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[25266] 月より舞い降りた錬鉄の英霊 (東方XFate)
Name: 石・丸◆054f9cea ID:35c81b6c
Date: 2011/01/06 21:44
 
 東方/Fate 1 
 
 その光景をどう表現したら良いのだろう。
 それはあまりにも不可解で、あまりにも怪異で、あまりにも美しかった。
 夜空に輝く紅い月。舞い散る赤は鮮血の色。視界の全てが朱色に染まった世界に君臨しているのは、まだ年端もいかない一人の少女だった。
 
「言ったでしょう? こんなに月も紅いから本気で殺すわよって」
 
 透き通るような綺麗な声。それでいて、震えが来るほどに冷たい。
 彼女の声は、染み入るように場に行き渡っていた。
 
「どうしたのかしら? まさか、私一人に怯えているの?」 
 
 少女がクスクスと楽しそうに笑う。
 けれど、この状況下で笑えることが既に異端だ。何故なら、彼女は大勢の“敵”によって囲まれているのだ。
 
 少女を取り囲む者達は一様に鎧を纏い、手にはそれぞれ武器が握られている。
 それは剣だったり、槍だったり、或いは弓だったりしたが、全てが“妖怪”をも切り裂く程度の力を秘めている。だが、それらの武器も当たらなければ意味はない。
 僅かの攻防を経て、既に幾人もの敵が少女の手によって倒されていた。
 
「……キサマ、一体何者だ?」
 
 得体の知れぬモノに対する恐怖からか、僅かに包囲網が広がる。
 少女はそんな光景を面白そうに眺めながら、ゆっくりと小さな両腕を広げていった。
 
「────私の名前はレミリア・スカーレット。地獄に堕ちたのなら閻魔にでも語って聞かせなさい」
 
 悪魔のように微笑みながら、悠然と相手を見下す少女。
 その優雅な仕草からは、彼女の絶対の自信と優越感が見て取れた。
  
 
 俺は彼女の足元で膝を付き、うずくまりながらも、必死になってレミリアと名乗った少女の姿を目に焼き付けていた。
 
 
 
  
 
 ──────幻想郷。
 
 
 そこは僅かな人間と、数多の妖怪が共存する不思議な世界である。だが“外”の世界とは特別な結界によって隔離されていて、例え妖怪と云えど自由に出入りすることは出来ない。
 そんな幻想郷においては、外の世界の常識は非常識となり、非常識が常識となる。妖精や幽霊が存在し、果ては鬼や天狗などという幻想の中にのみ存在するモノまでいるのだ。
 
 ────そう。
 
 ここでは、現在では失われてしまった様々なものが“在る”のだ。
 だから、俺のような異質な存在もここでは許容される。
 
「……ぐっ! 思ったより傷が深い……な」
 
 鋭い痛みが走る脇腹を押さえながらも、俺は全速力で駆けていた。
 幾度もの戦闘行為を経験した身体は疲労困憊していて、全身には掠り傷から致命傷になりかねない大きな傷まで刻まれている。それでも俺は止まる訳にはいかないのだ。
 
「……ああ、そうさ。俺はまだ止まる訳にはいかない」
 
 右手に握りこんだ硬い感触。
 確かめずとも分かる馴染んだ品。それは赤い宝石をあしらったペンダントだ。
 
 ゆっくりと右手を開き、そっと視線を落とす。
 これは俺が彼女によって助けられた証だ。十年間、一日も休まず注がれた思いと引き換えに助けられた。
 だからこそ俺は走っている。
  
 今一度強くペンダントを握りこむ。 
 
「必ず助ける──────凛ッ……!」 
 
 その為に俺は、この幻想郷まで来たんだ。
 
 

「さて、何とかして彼女に接触しないとな……」
 
 何処に行けば会えるのか。
 何処まで走れば辿り着けるのかは分からない。だけど、間違いなくこの世界にいる。
 
 罪と引き換えに地上に堕とされたという────月の賢者が。
 
「だが、まずは傷の治療が先決か……」 
 
 乱立する木々を避けながら、注意深く辺りに視線を巡らせる。
 
 月の羽衣を纏って幻想郷に突入する際、この場所が湖に浮かぶ島であることは確認していた。その際に、湖畔に建物らしき影も発見している。だから今は、その場所を目指して走っているところだ。
 別に知り合いがいる訳じゃないし、助けを請おうという訳でもない。傷の状態から考えて、一度休まなければ危険だと判断したのだ。
 また、何かしら利用できるものが手に入るかもしれないし、情報が得られるかもしれない。追われているという現状を鑑みれば、身を隠すのにも最適だろう。
 
「……何とか振り切れたか?」
 
 追われる者だけが抱く焦燥とした気持ち。俺は祈るような気持ちで後ろを振り返ってみた。
 その祈りが通じたのだろうか、延々と林が続くだけで誰の姿も見えないし気配も感じなかった。そのことを確認してから僅かに安堵する。
 完全に“敵”を撒けたとは思えないが、僅かでも時間が稼げたのなら幸いだ。
 
 そう考えた時、突然視界が開けた。
 続いて耳に届いたのはさざなみのような優しい音。月から降りてくる淡い光が頬に当たるのを感じる。それらを目の当たりにして、林を抜けたのだと理解した。
 
 そして──────真紅に彩られた不気味な館が俺の前に立ち塞がった。
 
 それは西洋風の洋館を思わせる巨大な宮殿だ。
 真っ赤な壁の色を見ていると、不思議と血の色を連想させる。
 
「…………」 
 
 少し近づいてみようと足を踏み出してみた。
 草木を踏み締めるやわらかな感触。あの歩みに合わせるようにして、ボーンという低い音が響いてきた。一瞬、侵入者に対する結界でも張ってあるのかと思ったが、よくよく聞いてみれば時計の奏でる音なのだと理解出来た。
 きっと館には、時計台でも設置されているのだろう。
 
 どこにあるのだろうか、そう思って僅かに視界を上げた時、左腕に鋭い痛みが走った。
 
「────ぐぅッ!」
 
 裂傷に続いて吹き出る鮮血。
 慌てて振り返って見れば、弓を構えながら俺に狙いを付けている敵がいた。
 
「逃げ切れると思ったのか、裏切り者」
「ちぃッ!」 

 敵が番えていた矢を放つ。
 その矢は光の粒子を纏いながら、俺を刺し貫くべく飛来した。
 
「────“投影、開始”……!」  
  
 言葉を鍵に、意識を急速に自身の中に埋没させる。
 
 瞬間、俺の両手に白と黒の双剣が生み出された。
 俺は双剣────干将莫耶を眼前にかざし急場の盾として行使した。刹那、眼前で光の矢が着弾するや激しい衝撃が全身を揺らす。その圧力は凄まじく、俺は遥か後方まで吹き飛ばされることになった。
 
「ぐうぅ──────ッッ!!」
 
 吹き飛んだ先にあったのは赤い壁。
 受身すら取れず吹き飛んだ俺は、激しい勢いのまま壁にぶつかって地面に崩れ落ちることになる。強く背中を打ち付けた為だろう。うまく呼吸が出来ない。けど、そんなことに構っている暇は無かった。
 俺は痛む身体に鞭打って態勢を立て直すと何とか前を見据えて────その光景に愕然とすることになる。
 
 なぜなら、既に大勢の敵に囲まれていたのだ。
 
 敵である男達は軽装ながら鎧を身に纏い、その手には各々武器を持っている。
 そして身に纏っているのは明確な殺気だ。
 彼等の正体は月が誇る精兵であり、本来“俺”もそこに所属するはずだった。云わば元の味方ということになる。だが現在は裏切り者の烙印を押され、狩られる立場に変わっていた。
 
「脱出する隙は見当たらない……か」
 
 包囲網の綻びを探して逃げ道を模索するが、敵も甘くはないらしい。
 体調が万全なら切り抜けることも可能だろうが、今は満身創痍の状態だ。両手に握る宝具の重さも堪える。やはり、ランサーとライダーの二人を同時に相手したのは失策だったと臍を噛むしかない。
 
「もう鬼ごっこは終わりだ。さあ、貴様が預かった“キー”とやらを渡してもらおうか」
 
 包囲する人垣から一人だけ進み出てくる。
 彼の手には、鋼鉄すら断つという剣が握られていた。
 
「……キーだと? 悪いが私には何のことを言っているのか見当がつかないな」
「とぼける気か?」
「惚けるもなにも、持っていない物を渡すことなどできまい。それとも何か、君はそれが何か説明が出来ると?」 
「さあな。手紙なのか宝具なのか、あるいは知識なのかは分からない。だだ俺はそれを取り返すよう命令されているだけだ」
「…………命令?」 
「フン。喋りながら時間を稼いで魔力でも回復させる気なのだろうが、こちらに問答する気はない。もう一度だけ通告するぞ。大人しくキーを渡せッ!」
 
 剣を構えながら歩み寄る男。
 月の兵士達は皆かなりの技量を有しているが、本来なら敵わない相手ではない。しかし、奴の背後にはまだ幾人もの敵がいて、対抗する手段が無いのだ。
 それほどに魔力を消耗し疲労している。今の俺では戦い抜くのは難しいだろう。ならば何とかしてこの場をやり過ごせないかと算段し始めるが、考えを纏める間もなく敵が眼前まで歩み寄ってきた。
 
「喋りたくないならそれでも良い。お前を殺してから、ゆっくりとその身体を探るだけだ」
「舐めるな……よ!」
 
 せめて一矢。
 俺は双剣を握り締めながら、何とか攻撃を受け止めるべく構えを取ろうとして……不意に全身の力が抜けた事に愕然とする。
 
「……なっ!?」 
 
 無様に崩れ落ちる身体。いくら踏ん張ろうとしても足に力が入らない。
 一瞬地面が揺れたのかと錯覚したが、何の事はない。俺の体力が限界に達しただけだった。 
 
 無慈悲に振り上げられる敵の剣。
 白刃が月光を照り返す様が目に飛び込んでくる。
 それでも何とか受け止めようと双剣を頭上にかざした瞬間──────何の前触れも無く、音すらたてずに、剣を握っていた敵の腕が千切れとんだ。
 
「な……にっ!?」
 
 それは正に一瞬の出来事。
 
 男は呆然としながら失ったと腕先を見つめている。そして現実に戻ってきた時には、既に首を切り裂かれていた。
 刹那にして視界が赤一色に染まる。
 そして、鮮血が雨のように降りしきる世界に、少女が舞い降りてきたのだ。
 
「────勝手に私の庭に入り込んで、一体何をしているのかしら?」
 
 夜の闇から染み出すように。ふわり、ふわりと舞いながら、少女は音も無く俺の前に降り立った。
 
 透き通るような白い肌。吸い込まれそうなほどに深い紅の瞳。
 青みががった紫髪は夜目にも鮮やかで、その身に纏ったピンクの衣装が月明かりに映えている。
 けど、何よりも印象に残ったのは、彼女から感じる闇色の気配だろう。それは何者をも寄せ付けないほど強力で濃密な魔力。
 
「今宵は満月。そんな日に紅魔館に乗り込んでくるなんて、なんて────愚かな人間なのかしら」

 突然の闖入者である少女を前にして、月の兵士がどよめく。
 仲間が殺られた事実よりも、彼女の圧倒的な雰囲気に呑まれて。 
 
「……幻想郷の…妖怪…か? まさか貴様、既に手を組んでいたのか!?」
 
 敵の言葉を受けて、少女が初めて気付いたという風に俺に視線を落とした。
 その視線が這うように俺を眺め、全身の傷を確認する。それから独り言のように言葉を紡いだ。
 
「────死ぬわね」
「……え?」 
「放っておいたら、すぐに死ぬわ────あなた」
 
 死という言葉が胸を貫く。
 意識してなかった訳じゃない。だけど、考えたら実現してしまいそうで明確には思考しなかった。だって俺には、死ぬ前に果たさなければならない約束がある。 
 
「……死ぬ、か。残念だが私はまだ死ねない身でね。その言葉には頷けない……」
「どうして? その傷だと手当しない限り助からないわ。仮に手当てする当てがあるのだとしてもこの男達に殺される。そういう“運命”なのよ」
 
 ────運命だと、少女が言放つ。
 
 決定事項で覆らない。そう諭すように。
 だけど、今更言われるまでも無く死が近いことは十分に理解していた。
 避けようがない事実。早く楽になってしまえと理性すら訴える。
 だが、苦しくても、辛くても、受け入れられる話じゃないんだ。俺にはどうしても果たさなければならない使命がある。願いがある。だから最後まで足掻いてやる。
 
 例え敵が────運命だとしても。
 
「……ここで死ぬ運命なんて受け入れられない。もしそれが運命によって定められているというなら、この俺が覆すっ!」
「そう。運命を覆す────ね。あなた、それがどれほど難しいことなのか分かって言っているの?」
「難しいとか、不可能とか、そんなのは関係ない。やるべきことがある。守るべき約束がある。それだけだ……!」 
 
 相手を射抜けとばかりに瞳に力を込めて少女を見やった。
 紅い悪魔と呼ぶのが似合うほど闇色に染まった少女。
 彼女がどれほど強大な力を持っているのか分からない。けれど、少なくとも今の俺を殺すくらい訳ないだろう。
 
 ────なら、この少女に助けを求めてみるか?
 
 馬鹿な話だ。
 少女に俺を助ける理由などない。笑われるか、無視されるか。殺されるのが関の山だ。
 なのに少女は
 
「────フン。よく、言ったわ」
 
 ゆっくりと俺に背中を向けると、敵である月の兵士に向き直ったのだ。
 
「悪いけどこの男は私が貰った。だからアンタたちは大人しく引きなさい。そうすれば見逃してあげるから」
 
 武装した大勢の男達を前にして、楽しい玩具を見つけたから邪魔しないでと啖呵を切った。

 
 
 ────結論から言えば、この交渉は決裂する。
 
 それも当然だろう。
 俺を追ってきた者達に要求を呑む理由はないし、敵が一人増えただけだ。
 しかし、その選択は結果的には間違いだった。
 少女と男達は戦闘状態に突入するのだが、誰が見ても分かるほどに戦力差は圧倒的だったのだ。
 
 夜空には鮮血が舞い、辺りに悲鳴が木霊する。一人対多数の戦いながら場を圧倒していたのはレミリアと名乗った少女の方だ。
 誰一人として彼女の姿を捉えられず、誰一人としてレミリアを傷つけることが出来ない。
 
 まるで夜空に紅の軌跡を描くように舞うレミリア。
 出血の影響だろうか、だんだんと意識が薄くなっていく中で、俺は彼女の戦う姿を最後まで見つめていた。
 
 
 
 
 
  
 
 遥か遥か高台の上。
 常人では辿り着けないほどの高みから、一連の戦闘行為を眺めている存在がいた。
 深遠を絵にしたような闇色と、見る者を圧倒するような美しさを兼ね備える一人の女性。
 
 彼女の名前は八雲 紫。
 境界を司る“妖怪”である。
 
 紫は音の無い世界にじっと佇み眼下を見据えていた。
 行われているのは紅い悪魔と月の兵士達との戦い。しかし、レミリアが敵を一蹴したのを見届けると、おもむろに虚空に向かって腕を伸ばし始めた。
 
 その腕に、何処からともなく二羽の鴉が舞い降りる。
 
「さあ、行きなさい。神酒を手に、晴れを越え、雨を越え、嵐を越えて。────そして賢者を探しなさい」
 
 紫の声を受けて、二羽の鴉が虚空へと飛び立つ。
 それをしっかりと確認してから紫は視線を戻した。その瞳はレミリアの従者によって館へと運ばれる男の姿を捉えていた。
 
「遂に始まるのね」
 
 そう。これは始まり。
 
「美しき幻想の戦い。──────第二次月面戦争が」
 
 かつて彼女の手によって起こされた戦いの、次の幕が上がるのだ。
 紫は含むように笑ってから、そっと境界の中へと姿を消して行った。
 
  
 



[25266] 第二話
Name: 石・丸◆054f9cea ID:5cdb65c1
Date: 2011/01/06 21:45
 
 東方/Fate 2 
 
「どうやら、気が付いたようね」
 
 目覚めるや、品のある女の声が降ってきた。
 まだ意識は朦朧としていたが、覚醒していくにつれ視界から様々な情報が脳に送られてくる。
 まず目に入ってきたのは赤色の天井で、全身に感じる柔らかい感触と合わせて、どうやら俺はベッドに寝かされているのだと理解した。
 
 続けて、ぐるりと視線を巡らせて見る。
 
 広い室内にはテーブルや椅子、クローゼットなどの調度品が置かれていて、普段は客間として機能しているのだろうと推察できた。また壁際には大きな窓も設置されていて、今はそこから気持ちの良い風が吹き込んでいる。
 
「起きられる?」
 
 再度掛かった声に視線を動かせば、銀色の髪をした若い娘が液体の入ったコップを差し出していた。俺が辺りに視線を這わせている間に用意したのだとしたら、随分と手際の良いことだ。
 
「心配しないで。毒なんて入ってないわ」
 
 表情に愛想はないが敵意も感じられない。
 瀟洒なメイド服を着ているところを見ると、この館の使用人なのだろう。
 
 俺は彼女からコップを受け取ろうと身を起こしかけて────全身に走った痛みに顔を顰めた。その様子を見たメイドが俺の背中を取ってゆっくりと身体を起こしてくれる。
 
「……すまない」
「気にしなくて良いわ。これが私の役目だもの」
 
 コップを手渡しながら、メイドが自分は十六夜咲夜だと名乗った。
 
「十六夜……咲夜?」
 
 不思議と聞いたことがあるような名前だったが、記憶には無い。俺は幻想郷に来たことがないから知らないのも当然なのだが、何処か違和感を感じた。 
 しかしその違和感はすぐに消え失せて,頭に代わりの疑問が湧いてくる。
 
「ここは……何処だ?」
「それは今いる場所が何処かという問い? それともこの世界が何処かという問いかしら?」
 
 フフっと笑ってから、咲夜がベッドから離れる。
 それからテーブルまで取って返し、そこで何かを掴み取った。
 
「ここは紅魔館。レミリアお嬢様が当主として支配する館よ」
 
 レミリアという名前を聞いて、真っ先に敵に襲われたことを思い出した。
 俺は満月の夜に瀕死の重傷を負いながらも、何とか幻想郷まで辿り着き、そこで一人の少女と出会った────?
 
「私は……助かったのか……?」 
 
 ハッっとして自身の状態を確認してみれば、至る箇所に包帯が巻かれていたり、細かな傷が手当てされていたりと完璧な処置が施されていた。あの時の状況から考えてレミリアという少女の手によって助けられたのだろうが、その理由が思いつかない。
 
 俺は僅かに警戒心を呼び起こしながら、咲夜が何をしようとしているのかを観察し続けた。だが当の彼女は特に俺を警戒する様子もなく無造作に近寄ってくる。
 見知らぬ俺を敵だと認識していないのか、それとも怪我人の一人など取るに足らない相手ということだろうか。 
 
「……咲夜と言ったか。君は怖くないのか?」
「なんのこと?」
「何って────君からしたら私など得体の知れない人間だろう。そんな男を警戒するのは当然の話だ。なのに君からは警戒心というものが感じられない。……単純に不思議だと思ってね」
 
 なんだ、そんなことねと言いながら咲夜がベッド脇に立つ。
 
「お嬢様があなたを助けろと仰った。お嬢様があなたは敵じゃないと言ったの。なら私はその言葉に従うだけ。────メイドなんてそういうものでしょう?」
 
 僅かに口元を綻ばせながら、でもね、お嬢様はワガママだから付き合うのは結構大変なのよと付け加える。
  
「当分は痛むと思うわよ。何せあなた、三日間も眠りっぱなしだったんだもの」
  
 はい、と咲夜が何かの錠剤を手渡してきた。
 
「薬よ。飲んでおきなさい。────ああ、ちゃんと人間用に調整されてあるから心配しないで」
 
 世界に人間と妖怪が居るように、薬にも人間に効く薬と妖怪に効く薬がある。妖怪用に調整された薬は人間に対しては毒になる。逆もまたしかりだ。
 そのことをこの女は知っている。
  
「…………」 
「なんだか複雑そうな顔ね。まあ、色々と訊きたいことがあるのでしょうけど、それはこちらも同じこと。けれど、私があなたに問答する訳にはいかないわ」
 
 そう言うと、咲夜が俺に背中を向けて歩き出した。
 彼女の行き先にあるのは部屋の外に通じるだろう扉だけ。
 
「……何処に行く?」
「もちろんお嬢様を呼んで来るのよ。何せお嬢様は、あなたが目を覚ますのを“とっても”楽しみにしていたのですから」
 
 大人しく待っていなさい。そう告げてから、咲夜は部屋を後にして行った。
 
 
 こうして、俺一人が部屋に残される格好になった。
 
 このまま待っていれば、お嬢様────おそらくレミリア・スカーレットが連れてこられるのだろう。ならば咲夜の言うように大人しく待つべきだろうか。それとも何らかの行動を起こすべきなのか。
 
 ふと、壁に掛けられている時計を眺めた。
 幾ら広い屋敷といえど、少女一人を連れてくるのにそれほど時間はかからないだろう。なら、悩んでいる時間はあまりなさそうだった。
 ゆっくりと瞳を閉じて瞑目する。
 しばらくは、時計の奏でるカチカチという音だけが耳に届いていた。
 
 
 
 
 ガチャリ、という音と共に扉が開く。
 
 結局俺は行動を起こさず大人しく待つことにした。俺に危害を加えるつもりならわざわざ手当てなどしないだろうし、正直に言えば、まだ満足に動ける状態じゃない。
 ここを逃げ出すにしろ、戦うにしろ、最悪の状態になってからでも遅くはないはずだ。
 そう思って、俺は咲夜が戻ってくるのを待ったのだ。それに悪魔めいた強さを持つレミリアという少女に、少なからず興味が湧いたのも確かだ。
 
「ようやく目を覚ましたのね。待ちくたびれたわ」
 
 フンっと鼻を鳴らしながらレミリアが先頭になって入ってくる。その後に二人の人物が続いた。
 一人は先ほど会ったばかりの十六夜咲夜。後の一人は初めて見る顔だ。
 
 初めて見た人物を観察してしまうのは、もう癖みたいなものだろう。俺はなるべく凝視しないように気をつけながら、新顔の少女に視線を這わせる。
 
 まず目に付くのは驚くほど長い紫色の髪だろう。腰下よりも長いが乱れてはおらず、丁寧に手入れされているのが伺える。また、頭の上には三日月をあしらったナイトキャップのような帽子を被っていて、何処かしら眠そうな印象を受ける。
 その少女は、レミリアに付き添うようにぴったりと後ろにくっつて歩いていた。
 
「私がこの館の当主レミリア・スカーレットよ。そしてこちらのメイドが十六夜咲夜。紅魔館の実務全般を取り仕切っているわ。そして────」
 
 レミリアが背後を振り返って紫髪の女を見やる。
 それを受けて少女が前に進み出てきた。
 
「この娘がパチェ────パチュリー・ノーレッジ。魔法使いよ」
 
 よろしく、とパチュリーと呼ばれた少女が会釈する。
 
「魔法使い……か」 
 
 魔法使いとは魔法に魅入られた妖怪の総称で、魔法が身体の原動力になっている者を指す言葉だ。人間が魔法使いになることもあるが、これは稀な例である。故に、パチュリーと呼ばれた少女も妖怪なのだろう。
 
 もっとも、幻想郷でいう魔法使いとは“別の魔法使い”の存在を知っているが────出会うことはまずない。
 
 そのパチュリーの紹介を終えて、これでやるべきことは終わったとばかりにレミリアがベッド脇まで近寄って来る。そして備え付けの椅子を引っ張り出すや、ドカっと座り込んだ。
 レミリアの左右に、パチュリーと咲夜が控える格好になる。
 
「さて、私達は自己紹介を終えたんだから、あなたの名前を聞かせてもらいましょうか」
 
 最初に来るだろうと思った質問。やはりというか予想通り何者かと尋ねられた。
 しかし、俺はその質問に即答することが出来ない。名乗れない訳じゃなく“どちら”の名前を名乗るべきか迷ったのだ。それ以上に、その後に続くだろう質問の答えに窮するのは明白なのだ。
 
 何処まで話すのか。或いは、話したとして信じてもらえるのか。
 俺が直面している事態は、如何に幻想郷の妖怪だとて信じがたいものだろう。それほどに荒唐無稽な話なのだ。少し様子を見るべきだと俺の経験も告げている。
 
「あら、だんまりなの? でもそれは命の恩人に対してあんまりな対応じゃない?」
「……助けてもらったことには感謝してる。手当てしてもらったことにも。だが、それとこれとは関係ないと思うが」
「フフン。言いたくないってワケ? でも、無理やりにでも聞きだすことはできるのよ? なら、痛い思いをしない内に答えたほうが身の為だわ」
 
 冷笑を浮かべてながら、じーっと俺を注視するレミリア。彼女の紅い瞳が真っ直ぐ俺を貫いている。
 俺はその視線から逃れたい衝動に駆られたが、ここで視線を逸らすのは負けを認めるようなものだと思い、意地だけで彼女の視線を受け止めた。
 いつもの俺なら皮肉の一つも返しながら煙に巻くのだろうが、何故か意地を張りたくなったのだ。
 
 静かに、時計の音だけが流れる。
 
 それからしばらくは、互いに相手のことを観察するように睨み合う時間だけが過ぎていった。
 先に根を上げたほうが負け。そんな子供じみた睨み合いに終止符を打ったのは、結局俺でもレミリアでもなく、パチュリーと呼ばれた少女だった。

「────あなた、月の人間よね?」
「な……にっ!?」
 
 あまりにも予想外で唐突な言葉を受けて、驚愕がそのまま表情に出てしまった。
 慌てて取り繕うとするが、それより先にレミリアがパチュリーを振り返る。
 
「月の人間ですって? もしかして知っていたの、パチェ?」 
「ただの推測だったのだけれど、今の彼の反応で確信したわ」
 
 しまったと思うが、もう遅い。
 
「ふーん、月の人間────ねえ」
  
 レミリアが興味深そうに瞳を輝かせながら俺を覗き込む。
 それは、手に入れた玩具が本人の予想を越えて面白かった時の子供の反応に似ていた。
 
「さて、いったい何のことなのか私には見当が付かないが……月の人間かだって? 馬鹿馬鹿しい。君は月に人間が住んでいるとでもいうつもりか?」
「────ええ。幻想郷の妖怪なら誰でも知っているわ」
 
 今度こそしまったと思った。
 幻想郷では妖怪と人間が共存している。そして、その世界では月人が存在するのは当たり前なのだ。それらに関する知識をムーンセルから受けてはいたが、咄嗟に外の世界の常識で答えてしまった。
 
「今更しらばっくれても駄目よ。満月の夜、レミィに殺られた敵は間違いなく人間だった。そして、幻想郷に居る人間とは明らかに違った武器を持っていたのよ。それをどう説明するのかしら」
 
 パチュリーの言う通り、月の技術力は幻想郷は元より外の世界のそれすらも凌駕している。 
 例えば俺が幻想郷に来る際に用いた『月の羽衣』などは、月の光を編み込んで作られたゼロ質量の飛行装置であり、誰でも月の都から幻想郷まで至ることが出きる。
 
「本来なら外の世界から偶然迷い込んだ人間という可能性もあるのだけれど、あれだけ大勢の人間が一度に迷い込むとは考えられない。なら後は、月の都から来たとしか思えないわ」
「……だが、外から来た可能性を完全に否定できる材料ではあるまい。それをどう説明する?」
「確かに確立はゼロではないわ。けれど限りなくゼロに近い数値なのは間違いない。それに────例え貴方が何処から来たのだとしても、只者じゃないのはハッキリしているでしょう?」
「…………む」 
「ならここで問題になってくるのは、彼がどういう目的で幻想郷に来たのかということになりますね。その辺りはどうお考えなのですか、パチュリー様?」
 
 咲夜がパチュリーに伺いを立てる。
 言葉遣いなどから判断すれば、パチュリーという少女はレミリアと同じくらいの立場にあるようだと感じた。
 頭の回転も速く、目端も利くようだ。敵に回せば厄介な相手になるだろう。
 そのパチュリーが説明するよりも先に、レミリアが口を開く。
 
「あれだけ大勢の敵に追われていたんだから、穏便に済む話じゃないわよねぇ?」
 
 レミリアの紅い瞳が、心の奥底を覗き込むように細められた。
 
「…………」 
「あなた、一体、何を目的に幻想郷に来────────!?」
 
 突然、少女の言葉が途切れる。
 レミリアがそこまで口にした時、突然、紅魔館全体が揺れたのだ。それは一瞬の出来事だったが、遠くから激しい轟音が続いているとあっては、何か大事が起きたのは間違いない。
 
「……今の揺れはなに?」
 
 怪訝そうにレミリアの眉根が寄る。それを受けて咲夜の表情が厳しくなった。
 彼女達は辺りに視線を這わせ、五感から情報を得ようと精神を集中させている。
 
「……玄関の方から何やら音が響いてきますね」
「玄関ですって? 美鈴は何をしているの?」
「そうですね。美鈴が何かミスをした……という可能性も捨て切れませんが、常識的に考えて────」
「ここまで来れない何かが起こった?」
 
 咲夜の言葉をパチュリーが補足する。
 それを聞いたレミリアがすっと椅子から立ち上がった。
 
「いいわ。確認しに行きましょう」
「待って下さい、お嬢様。すぐに私が様子を見て参りますので、どうかこの部屋でお待ち下さい」
 
 主に万一の危険があってはならないと、咲夜がレミリアを推し留める。
 しかし、レミリアは咲夜の提案を却下した。
 
「私は紅魔館の主よ? 何が起こったのか確認する義務があるわ」
「ですが……」
「レミィのそれは義務というよりただの好奇心でしょう。もう病気みたいなものよね」
 
 フフっと笑いながらパチュリーがレミリアをからかう。
 それに対して憤慨してみせたレミリアだが、好奇心には勝てないのか、ズンズンと扉に向かって歩き出した。
 
「……ほら、早く行くわよ咲夜!」
「は、はい!」
 
 大慌てでレミリアの後を追う咲夜。
 二人が行ってしまって、室内には俺とパチュリーだけが残された。
 
「────さて、あなたはどうするの? この騒動に心当たりがあるのではなくて?」
 
 今だ断続的に響いてくる大きな音。
 その間隔はだんだんと短くなってきていて、只事じゃない事態が起こっているのは感じ取れる。
 
「ここで隠れてる? 別にそれでも構わないけれど、臆病者の烙印は押されるわよ」 
 
 挑発するようなパチュリーの言葉。
 それを受けた訳じゃないが、情報は得ておきたい。
 
「分かった。私も行こう。だが行道が分からないのでね、すまないが連れて行ってくれると助かるのだが……」
 
 その答えに満足したのか、パチュリーは大きく頷いてからそっと手を差し出した。
 
「案内してあげるわ。付いてらっしゃい」
 
 こうしてパチュリーと俺は、二人で紅魔館の玄関に向かうことになった。
 そこで待ち受けているものも知らずに。
 
 
 



[25266] 第三話
Name: 石・丸◆054f9cea ID:5cdb65c1
Date: 2011/01/08 22:46
 
 東方/Fate 3 
 
 紅魔館の玄関は大きいホールのような構造をしていた。
 
 外側から重厚な扉を開けば広いロビーが迎える格好になっていて、正面と左右に廊下へと続く扉が見て取れる。それとは別に二階へと上がる階段も設置されていて、それを登ればホールを見渡せるテラスに出ることが出来た。
 
 俺とパチュリーは二階の廊下からテラスへと出ていて、そこからその惨状を目撃することになる。
 
「────美鈴」
 
 パチュリーの視線の先には、緑の服に身を包んだ赤毛の女が立っていた。
 彼女は薄く血の滲んだ頬を腕で拭いながら、厳しい視線を玄関に向けている。
 
 その玄関は何か大きな力で破壊されたようにひしゃげ、砕け散っていて、その破片がホールの至るところに散乱していた。
 それだけではない。
 豪華な装飾を施された美術品や調度品などが無残に破壊され、床に無造作に転がっていた。
 
「これはどういうことなの美鈴? 説明しなさい」
「……お嬢様? それに咲夜さんまで……」
 
 俺達より先に出ていたレミリアと咲夜が、美鈴と呼ばれた女に歩み寄っていく。その様子を見た美鈴は、厳しい表情を軟化させて二人を迎えた。
 
「怪我してるじゃない。大丈夫?」 
「大したことはありません。ただ、その……突然敵に襲われてしまって……」
「敵────ですって?」
 
 美鈴の言葉を受けて、レミリアが玄関に視線を投げかけた。
 そこには、砕けた玄関を塞ぐようにして立ちふさがる幾人もの人影があった。 
 
「────フム。中々に手荒い歓迎をしてくれる。さすがは幻想郷の妖怪というところか。しかし、噂には聞いていたが、客人のもてなし一つ満足に出来ぬようだな」
 
 武装した大勢の男達。
 その中から人込みを掻き分けるようにして男が進み出て来た。
 その男は周りの者達とは違い武装しておらず、漆黒の法衣を纏い悠然と立っている。だが、魔力というのだろうか。全身から放たれている雰囲気は異質で、明らかに周りの者達と一線を画していた。
 
「あの黒衣の男……指揮官面をしてるわね。さながら部隊長っていうところかしら」 
 
 パチュリーの言葉は的を射ていた。
 あの男と俺に“直接”の面識はないが、あの顔を忘れるはずがない。
 
「言峰────綺礼」
「知っているの?」
 
 俺の呟きを拾ったのだろう。パチュリーが相手の正体を確認してくる。
 
「……知り合いという訳じゃない。ただ、あの男の元になった人間を知っているだけだ」
「元になった────? 不思議な言い回しね。それは一体どういう意味なのかしら?」 
 
 興味深そうな瞳を向けてくるパチュリー。だけど、どう答えたら良いものか。
 長々と説明している時間はないし、何処まで話して良いのか判断も付けづらい。しかし、こういう事態に陥ったのなら、もう月の関与を否定する理由は無くなったことになる。
 だから俺は、簡潔に事実だけを話すことにした。
 
「そのままの意味さ。彼は言峰綺礼という人間を元にして作られたホムンクルスだろう。いわゆるコピー人間だ」
「そんなことが可能なの?」
「ムーンセルの力を使えば可能だ。だが────驚くほど似ているな。元となった人間は既にいないが……一体誰の知識から再現したのやら」 
「……へえ。ムーンセルね。その言い方だと、もう月から来たことを惚けないのね」
 
 俺の答えを受けて、パチュリーの表情が少しだけやわらかいものに変化する。対して俺は、肯定の意味を示すように頷くに留めておいた。それで納得した訳じゃないだろうが、パチュリーは特に追及することもなく視線を階下に戻す。
 今はそちらの状況の方が優先するということだろう。
 
 
「客ですって? ここを紅魔館と知ってその台詞を吐いているの?」
「残念だが紅魔館など知らないな。いや、知る必要がないと言い換えたほうが正確か。なにせ、私にとっては踏み潰すべき障害に過ぎないのでね」 
「────何ですって!?」
 
 言峰の言葉にレミリアが敵意を剥き出して応える。それに倣って咲夜と美鈴も構えを取った。
 階下の状況は、いつ戦いが始まってもおかしくない一触即発の雰囲気になっている。
 
「随分と尊大な態度じゃないの。それで、アンタ達は一体何様? 目的はなに?」
「ふむ────月よりの来訪者だといえば伝わるか」
 
 言峰の言葉にレミリア達が目を剥く。
 奴は月よりの来訪者だとはっきり口にしたのだ。
 
「月……?」 
「私の目的は一つだ。この屋敷に男を一人運び込んだろう。その男をこちらに引き渡してもらおうか」
「知らないわねぇ、そんな話は。アンタ、どこか別の場所と勘違いしてるんじゃないの?」
「浅はかな答えだな、娘。私がこうして訪ねてきた段階で問答は意味を成さない。答えはYESかNOか。もっとも、大人しく引き渡すのなら命だけは助けてやるぞ」
 
 そう宣言した言峰がそっと右腕を掲げる。それに合わせて、一つの巨大な影が進み出て来た。
 
 一歩一歩が大地を震撼させるような重厚な歩み。ゆっくりと、ゆっくりと現れる漆黒の体躯。人型だが、断じて人間ではない。
 その姿を見たレミリアの瞳が、すっと細められた。
 
「妖怪────いいえ、違うわね。もっと異質な存在…………牛頭半人って、まさかミノタウロスッ!?」
 
 ミノタウロスとは、神話上に登場する牛頭人身の怪物の名前である。
 
 この場に現れたモノは、その名前が示すとおり真っ黒な体躯に強靭な筋肉の鎧を纏った牛の化け物だった。
 岩のような硬質な肌。腕回りや太ももなど大人が一抱えしても届かない。奴は削岩機のような馬鹿でかい斧を両手で持ちながら、眼下にレミリア達三人を見据えている。
 ミノタウロスは天井に届くほど大きく、奴の前に佇むレミリアなど、簡単に踏み潰されそうなほど小さく見えた。
 
「幻想種────ここの流儀に習うなら式神になるか。作り物だがね、その力は本物だ。君も妖怪の端くれならば感じるだろう。相手が“鬼”だろうと“吸血鬼”だろうと、粉砕する力がコレにはある」
  
 鼻息を荒くして高ぶる化け物。
 後は言峰の命令さえ受ければ、この場を殲滅するまで暴れまわるだろう。
 
「最初に通告するが、こちらと事を構えるということは“月”を敵に回すということと同義だ。言うならば、君の判断に幻想郷の命運がかかっているといって良い。心して判断しろ。一千年前、幻想郷が月に敗れ去ったのを知らぬ訳ではあるまい?」
 
 かつて月面戦争と呼ばれる幻想郷と月の都との戦争があった。
 幻想郷に居る古参妖怪が手勢を集めて月に攻め入ったのだ。
 
 結果は────幻想郷の惨敗。
 
 月の高い技術力の前に妖怪は撤退を余儀なくされたという。
 何の目的で妖怪が月に攻め入ったのか理由は明確に語られていないが、その時妖怪を率いた者は今も生きているはずだ。レミリアがその事実を知らないはずがない。
 
「……お嬢様」
 
 咲夜がレミリアの判断を伺うように視線を落としている。美鈴はいつでも動き出せるように態勢を整えながら、辺りに向かって気を配っていた。
 そして当のレミリアは、何かを考えるようにじっと瞑目しながら言峰の言葉に耳を傾けていた。
 
「娘、何を悩む必要がある? 幻想郷の命運と見知らぬ男が一人。もはや、天秤に掛けるまでもあるまい」
 
 悔しいが奴の言うことは至極当然で、レミリアが悩む必要性など微塵も感じられない。俺は彼女にとって降って沸いた災いであり、何のよしみもないのだ。
 なのに彼女は、瞳を閉じて考え込んでいる。
 
「戦力差は決定的。例えこの場を逃げ延びても月からの追っ手に怯える日々が待っているのだぞ。よほどの愚か者でない限り答えは導き出せるはずだ。──────それとも、私の手で殺されるのをご所望か?」
 
 言峰の力は未知数だが、奴を再現している以上、サーヴァントとまではいかなくてもそれなりに戦えるのは間違いない。それよりもミノタウロスの力が脅威だろう。
 例えば、俺が宝具を撃ち込んだとして、果たして一撃で殺しきれるかどうか……。
 
「さあ、最後にもう一度だけ機会をやろう。あの男をこちらに引き渡せ。君も無駄に命を散らしたくはないはずだ」
「────貴様、お嬢様を侮辱するなっ!」
  
 言峰の恫喝に対して咲夜が動く。しかし、当の彼女を制止したのは他ならないレミリアだった。
 
「お…お嬢様っ!?」
「待ちなさい、咲夜。勝手な行動は許さないわ」
「しかし……」
 
 従者を制しながらも、再び瞑目するレミリア。
 そんな彼女の気持ちを代弁するかのように、パチュリーが呟いた。
 
「別にあなたを庇っている訳じゃないと思う。レミィは考えているのよ、この幻想郷のことを」
「……尚更分からないな。私を差し出せば済む話だろう」
「あら? 差し出されたいの?」
「そんな訳があるまい。だが……納得するだけの理由がないだけだ」 
「私にもレミィが何を理由に要求を拒んでいるのかは分からないわ。気に入った玩具を取られるのが嫌なのか、相手に言われるがまま行動するのが嫌なのか。それとも彼女に義理立てしているのか────」
 
 パチュリーがミノタウロスと言峰を視界に収め、それから周りにいる武装兵士を捉えた。
 
「戦うのが怖いとは思えないけれど、どちらにしろ悩むなんてレミィらしくないわね」  
 
 そう思ったのは、パチュリーだけではなかったらしい。
 行動を起こさないレミリアに業を煮やしたのか、その少女は問いかけるような声と共に闇より現れた。
  
 
 
 
『──────“何を考えているの、お姉さま?”──────』
 
 
 
 一階と二階を繋ぐ階段。その中間点に彼女はいた。
 
 風に靡く金色の髪。レミリアと同じ紅色の瞳。年端もいかない少女のように小柄な体躯は細く、強く抱いたら折れてしまいそうだ。
 だけど何よりも印象的だったのは、彼女の背中で光る七色の不思議な翼だろう。その翼は闇の世界の中で、一際強く輝いて見えた。
 
「何故なの、お姉さま? どうして考える必要があるの?」 
 
 不思議で堪らない。そんな気持ちが込められた問いかけ。
 圧倒的なまでの存在感は、とても少女が放つものとは思えない。
 
「そんなの────お姉さまらしくないわ」
「フラン……?」
 
 音も無く、フランと呼ばれた少女が開かれたままの右手を突き出した。
 その手の先にいるのは、牛頭人身の化け物の姿。
 
「フフフ……」
  
 ミノタウロスを眺め、笑みを浮かべる少女。
 一体何が行われるのか。
 そう思った時、フランは開かれていた右手をぎゅっと握り込んだ。
 
「────どっかーんっっ!!」
 
 同時に呟いた稚拙な掛け声。
 だがその瞬間、言峰の側にいたミノタウロスが文字通り“吹っ飛んだ”!
 
 
『きゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは────────ッッッ!!!!』 
 
 
 ホール中に響く黄色い笑い声。
 狂気に満ちた声と絶叫が合わさったフランの笑い声は、一瞬にして場の全てを飲み込んでしまった。
 
「なに……が……?」
 
 目の前に惨状に硬直する月の兵士達。それは言峰綺礼ですら例外ではなかった。 
 しかし、それも無理のない話しだろう。彼等は目前でその行為を目の当たりにしたのだから。
 
「…………殺した…だと? 馬鹿な……一体どう……やって…?」
 
 体内から爆発したみたいに無残に飛び散った黒い化け物。
 四肢は無残に吹き飛び、血肉が辺りに散乱する。完全に爆散だった。
 そんな光景に一同が唖然とする中、フランと呼ばれた少女がゆっくりと場に降り立つ。
 
「アハハハハハハッッ!! ねえお姉さま。私達は一体誰なのかしら?」
 
 一歩、一歩と、確実に歩みを進めるフラン。
 彼女の瞳には姉であるレミリアしか映っていない。
 
「私の名前はフランドール・スカーレット。なら、お姉さまの名前はなあに?」
「────私の名前?」
「そう、名前。幻想郷の命運? 未来? そんなものが私達に何の関係があるっていうの? 紅魔館に挑む者は例外なく弾幕で応える。それが五百年続いた私達の歓迎の仕方でしょう? 違う、お姉さま?」
 
 フランドールはレミリアの隣まで歩むと、寄り添うようにして止まった。
 それから彼女達の“敵”である月の兵士達を紅い瞳で見据えるのだ。
 
「いっぱい、いっぱいいるわ。ねえ、お姉さま。わたし、遊んでもいいかな?」
 
 期待に満ちた声。狂気を秘めた声だった。
 けれどレミリアには、自分を後押しする声援に聞こえた。
  
「……そうね。ありがとうフラン。“思い出したわ”」
 
 レミリアもフランドールに倣って敵を見据える。
 
「私の名前はレミリア・スカーレット。あなた達は踏み入ってはいけない場所へ土足で入ってきたの。その無礼を許すわけにはいかないわ。代償はきっちり払ってもらう──────あなた達の命でね」
 
 レミリアとフランドール。二人の姉妹は背中を合わせて敵を見据える。
 その視線を受ける恐怖は如何ほどのものなのか。想像するだけで身の毛が弥立つ。 
 
「妖怪が……愚かな真似を。自ら月と戦争になる道を選ぶというのか?」
「ごちゃごちゃと煩いわね。もう、そんなことは関係ないの」
「な────にッ!?」
「殺すって言っているの。分からないかしら?」
「チッ!」 
 
 交渉は決裂した。
 そう判断した言峰は、控える大勢の兵士に命令を下す。
 
「構わん。この場にいる者を皆殺しにしろッ! 全員だ!」
 
 主の声を受け、一連の行為に動揺していた兵士達にも力が戻ってきた。彼等も戦う者だ。殺せと言われて躊躇う者はいない。
 その証拠に、建物を揺るがすほどの大声をあげて武器を構える兵士達。だが、その一段に向かって動く一つの影があった。
 
「────美鈴!?」
 
 疾風となって踏み込む美鈴。
 彼女は兵士の一人に狙いを定めると、自身が纏っていた“気”を一気に開放した。 
 
 
『────────“撃符・大鵬拳”────────!!!』
 
 
 ショートレンジからのアッパーカット。
 中国拳法でいう揚炮の型のように天に向かって右腕を突き出す彼女。
 その威力は凄まじく、圧倒的に体格差のあった大男を問答無用で吹き飛ばした。
 
「八極拳か────ッ!?」
 
 言峰が吹き飛ばされた兵士を目線で追う。いや、追ってしまった。
 奴が目を離したのはそのほんの一瞬だけ。
 一秒にも満たない刹那の間。なのに奴が目線を戻した時、彼の眼前にはレミリアの姿があった。
  
「────散れ」
 
 奴とて歴戦の戦士である。
 言峰綺礼はレミリアの姿を認めた瞬間、あらゆる回避行動を取ろうとした。相手が妖怪といえど遅れを取らない自信もあったろう。けれど奴は、少女の軌跡すら追うことが出来なかった。
 
「………………グッ!!!」
 
 口元から赤色の泡を吐きながら崩れ落ちる言峰。
 それも無理からぬことだ。
 奴を駆け抜けるように過ぎ去ったレミリアの手の中には、未だ脈打つ言峰の心臓が握られていたのである。
 
 胸をぶち抜かれ絶命する言峰を見据えながら、レミリアが掲げた心臓を────握り潰す。
 瞬間、雨のように降り注ぐ鮮血。それらを全身に浴びながら彼女は従者に命を下した。
 
「咲夜、美鈴。一人として逃がすな。月の人間に────紅魔館の掟を教えてやりなさい!」
「はい! お嬢様ッ!」
 
 その後に行われたのは、もはや戦闘行為と呼ぶのもはばかれるくらいの一方的な殺戮だった。
 人数だけなら月の兵士が勝る。しかし、咲夜や美鈴。そしてフランドールに敵う者など誰一人としていなかった。
 そして、それが当然であるように、僅かな時間で紅魔館における戦いは終了する。
 
 
 
「……ひどい有様。霊夢にはあまり見せられない光景よね」
 
 惨状を目の当たりにしたパチュリーが誰となく呟く。
 戦闘が終わったのを確認した俺とパチュリーは、並んで階下へと降りていた。
 
「先に喧嘩を吹っかけてきたのは向こうの方よ。それとも逃がしてあげればよかったの、パチェ?」
「別に咎めている訳ではないわ。ただ、これで本当に戦争になるかもしれないわよ。どうするのレミィ?」
「もちろん、これから考えるのよ。けど、その前に────」
 
 ニヤっと笑うなりレミリアがとてとてと俺の目の前まで走り寄って来た。
 そして
 
「さて、今度こそ話を訊かせてもらうわよ」
 
 そう、楽しそうに言い放ったのだ。
 
 



[25266] 第四話
Name: 石・丸◆054f9cea ID:5cdb65c1
Date: 2011/01/11 23:29
 
 東方/Fate 4 
 
「飲み物は紅茶で良いかしら? 何ならコーヒーも用意できるけど」
 
 咲夜がお茶請けとしてのクッキーをテーブル上に用意しながら、軽く俺に視線を向けてくる。
 気配りというのだろうか。色々と作業しながらでも、周りにいる人物の様子を事細かに観察しているのが分かる。今もクッキーを用意し終わるや、横目で時計の針を確認していた。きっと次の作業にかかる時間を逆算しているに違いない。
 小さなことの積み重ねが事をスムーズに運ぶ。咲夜はメイドとしてはかなり優秀な部類に入るのだろう。
 
「……どうしたの、そんなに見つめて。もしかして紅茶もコーヒーも駄目だった?」
「いや、随分手際が良いものだと思ってね。私も些か執事関連のスキルには自信があるが────君も中々のものだ」
「へえ、良く見ているわね。────というか、こんな手際が幾ら良くたって誰も褒めてくれないから、ちょっと嬉しいわ。ねえ、お嬢様?」
「一体なんの話よ?」 
 
 ほらね、と咲夜が苦笑交じりに嘆息する。それからどっちにするか決めた? と俺に答えを促してきた。俺がその質問に答えようとした矢先、レミリアがクッキーに手を伸ばしながら口を挟んでくる。
 
「コーヒーにしときなさい。咲夜の紅茶はちょっと……アレなのよ」
「アレとは何ですか、お嬢様。心配なさらなくても、お嬢様の紅茶はいつも通り私の特別製ですよ」
「普通の紅茶でいいわ」 
「────特・別・製・ですっ!」 
「……うー」
 
 何ともいえない表情でクッキーを頬張るレミリア。
 ここだけ見れば、年相応の少女に見えるから不思議だ。 
  
「なら、コイツにも特別製を淹れてやりなさい。これは当主としての命令よ!」
 
 俺を指差しながら、何故か勝ち誇るレミリア。
 それを確認した咲夜は、はいはいと頷いてから紅茶を淹れる為に部屋を後にした。そんな一連の光景を見ていたパチュリーは「……はあ。道連れを作ったわね、レミィ」と小さく呟いている。
 
 
 
 言峰達との戦闘後、俺達は紅魔館内にある応接室に移動していた。
 
 複数の客人を迎える為に館内には幾つかの応接室が備えられているらしい。この部屋はその内でも狭い部類に入ると言っていた。それでも一通りの調度品は揃っているし、内装の豪華さも手伝って、この室内を見るだけでも紅魔館の質の高さが伺える。
 
 現在この室内にいるのは、俺を除けばレミリア・スカーレットとパチュリー・ノーレッジの二名だけだ。
 紅美鈴は戦闘の後始末と警護があるとのことでロビーに残っていて、フランドール・スカーレットは戦闘後に何処かへと姿を消している。
 十六夜咲夜はたった今、紅茶を淹れる為に部屋を出た。
 
「じゃあ、咲夜が戻ったら本格的に話を始めるとして────まずは、あなたの名前を訊かせてもらいましょうか」
 
 レミリアの紅い瞳が楽しげに細められた。
 応接室の中央にはテーブルが置かれていて、それを囲むようにソファーが設えてある。レミリアはちょうど俺の正面に座っていたので彼女の表情の変化は良く見えた。

「この期に及んで名前を言えないなんてことはないでしょう?」
「……確かに隠す意味はないな。だが、それを訊いてどうする?」
 
 質問に対して質問で返すというのはマナー違反だろう。だが、敢えて俺はそのマナー違反を慣行した。
 
 ────相手の反応を見る為にだ。
 
 ちょっとした仕草や言葉の傾向から相手の性格が掴めることもある。
 しかし今は、レミリアがどういう反応を返すのかが気になっていた。接した時間は長くないが、レミリアは何処となく彼女に似ている気がしたのだ。
 あいつなら、ちょっと怒りながら俺に詰め寄ってくるに違いない。
 予想通りというか、レミリアは口を尖らせて抗議の意思示し、パチュリーは軽く嘆息した。
  
「……もっと信用してくれても良いと思うのだけれど。私もレミィも伊達や酔狂でアナタを助けた訳ではないわ」
「パチェの言う通りよ。それに、あなたが月の関係者なのはバレているのよ。────もう月人との戦闘も経験したし、話の内容によっては手助けできるかもしれないじゃないの。これでも言えないのかしら?」
 
 確かにレミリアは二度に渡って月人と戦闘を繰り広げ俺の命を救ってくれた。
 それは結果的にそうなったに過ぎないが、助けてもらった事実は変わらない。
 その思いには応えたいと思うが……。 
 
「まあ、レミィに関しては“何だか面白そう”という好奇心が大半だろうけど、私達を頼っても損はしないわよ。────貴方が本当に困っているのならね」
「何よパチェ。それじゃ私が何も考えてない子供みたいじゃないの!」
「事実、そうでしょ?」
「それ、本気で言ってるの?」
「逆に聞くけど、レミィは冗談だと思うの?」
  
 半ばじゃれあうようにレミリアとパチュリーが言葉を掛けあう。
 こうして見ると仲の良い姉妹に見えなくもない。そう思うと同時に、激しい戦闘行為を経験した直後だというのに落ち着き払っていることに感心した。
 
 ──────幻想郷の妖怪、か。
 
 きっと、彼女達も修羅場には慣れているんだろう。切り替えが早い。
 そう考えながら、不思議と自分が“安心”している事実に気づき、驚愕した。
 
 幻想郷は敵地だと思っていた。妖怪は恐ろしい存在だとも。だけどこうして接してみれば、彼女達も人間とそう変わらない。
 楽しければ笑うし、理不尽なことには腹を立てる。それぞれに価値観があり、大切なものもあるのだろう。
 人と妖怪という在り方は違う。けれど、魂の在り方は似ているんじゃないか。
 そう、思った。
 それでも、俺が他人の前で気を許すことなど滅多にない。些細な綻びから破綻することがあるからだ。なのに彼女達の前では、かつて冬木の街にいた時にような純粋な気持ちでいられる。
 
 何故だ?
 
 それはきっとレミリアやパチュリーに“裏”がないからだ。
 ないと感じるから、嫌な緊張感が発生しない。
 彼女達だけじゃなく、咲夜や美鈴、フランドールだってそうだろう。特にレミリアなんかは、思ったことをそのまま口にしている節がある。それは見ていて気持ち良くなるくらい眩しい光景だった。
 
 完全に心を許すことは無い。
 警戒を怠ることもない。それはもう癖みたいなもんで今さら抜けるようなものじゃない。
 
 それでも────それでも、少しは信用して良いんじゃないか。
 
 そんな風に考えてしまった。
 
「…………衛宮士郎だよ」
「え?」 
 
 掛け合いに夢中になっていた二人が同時に振り返った。
 
「……今、あんた何て言ったの?」
「名前だよ、名前。衛宮士郎。それが俺の名前だ」
「エミヤ────シロウ?」
 
 反芻するように、レミリアが口の中で繰り返す。
  
「エミヤシロウね。うん、響きは良くないけど────気に言ったわ」  
「────そうか。もっとも、今の私には“アーチャー”という名前の方が相応しいがね。出来るならこちらで呼んで欲しい」
「アーチャー? へんなの。名前が二つあるってわけ?」
「二つ名みたいなものじゃないですか。お嬢様でいう“永遠に紅い幼き月”みたいな」
「……咲夜!?」
 
 会話に割り込んで来たのは十六夜咲夜。
 いつの間に現れたのか、きちんとトレイに人数分の紅茶を載せて戻ってきていた。
 
「二つ名ねぇ。そういえばレミィは“スカーレット・デビル”なんて呼ばれてたこともあったわね」
 
 何が可笑しいのか、パチュリーがクスクスと笑いながらレミリアの方を見ている。
 対するレミリアは、ちょっと罰が悪そうに下を向いてしまった。
 
「ほう。スカーレット・デビルとはまた仰々しい名前だな。まあ、あれだけの力を備えているのだから、名前負けしているということはないが────」 
「違う、違う。レミィのそれはそんな大層なものじゃないわ。単に大量の血が吸えずに飲み零した血液で服を真っ赤に染めるから付いた仇名よ」
「……なによ。ちょっと少食なだけじゃない」
「違うわ。行儀が悪いだけね」  
「────もう、どうでも良いじゃないそんなのっ! そ・れ・よ・りっ!」  
 
 レミリアが矛先を俺へと向けてくる。
 
「これからアンタはアーチャーって呼べば良いのねッ!」
「ああ。それで構わない」
「……フン! じゃあ、次! あなたがここに来た目的を教えなさい」
 
 俺の淡白な反応が気に入らなかったのか、レミリアは憤慨したようにそう言い切った。それから口を尖らせながらプイっと横を向いてしまう。
 まるで子供のような反応だが、不快感はまったく感じない。むしろ好感が持てる。
 そんなレミリアを補足する為だろうかか、パチュリーが話の後を受けた。
 
「さっきは少し茶化しちゃったけど、私達も興味本気で訊いているわけじゃないの。最悪の場合、幻想郷と月との戦争になるかもしれない。それは理解してるわよね」
「無論、理解している」 
「なら、これからの行動指針を立てる為にも情報は必要よね。そして、それは貴方にも言えることだと思うの」
「確かにな。私がこの先どう行動しようと情報は得なければならない。それに私が君達を巻き込んでしまったとの自覚もある」
「じゃあ、一緒に解決しましょう」
 
 彼女の言葉は正論だ。
 お互いが情報を欲していて、それを話し合える場も設けられている。後は俺が彼女達を信用するか否かというだけだ。
 
 改めてレミリアとパチュリー、咲夜の三人を見つめる。
 思えば出会ってから誰もが、見知らぬ俺を邪険に扱うことなく一人の人間として接してくれていた。それは彼女達の余裕のなせる業なのか、それとも性格に拠るものなのかは分からない。
 だけど、心地よい対応だったことは確かだ。
 
 俺は三人を見つめながら、そっと右手を外套のポケットに忍ばせて、中にあるペンダントを握りこんだ。
 言えないことはある。だが、一人の力で解決できないからこそ俺は幻想郷まで来たはずだ。
 
「……運命か。だとしたら、まったくろくでもない運命だよ、これは」 
 
 こうしてレミリアに出会った巡り合わせが何を意味するのか。
 それを確認する為にも踏み出すしかない。俺は覚悟を決めて正面からレミリアを見つめた。 
 
「レミリア。実は人を────探しているんだ」
「喋る気になったのねっ!」
 
 拗ねていたレミリアの顔色が輝く。
 きっと彼女は退屈が何よりも嫌いなんだろう。停滞よりも能動を。安全で平和な生活より危険だが動きのある日々を選ぶに違いない。
 そういう点でも彼女に似ている。そう思いながら、俺は改めてレミリアの紅い瞳を見つめた。
 
「ああ。俺がこの幻想郷へ来た目的はある人物と接触する為だ」
「ある人物? 私の知ってる妖怪かしら?」
「いや、妖怪じゃない。月人だよ。彼女の名前は──────」
 
 ふと、そこで妙な違和感を感じた。
 水面に小石を落とした時に波紋が広がるような感覚。突如として室内に異質なものが混ざったような。
 
「……何だ?」 
 
 その根源は、室内の壁際から感じられた。
 
「────誰ッ!?」
 
 違和感を感じたのは俺だけじゃ無かったらしい。
 レミリアが壁に向かって振り返りながら声を荒げる。
 
 
 
『────“フフフ、その話に私も加えてもらおうかしら”────』
 
 
 
 闇より響く妖艶な声。
 続いて何も無い空間に亀裂が走った。瞬間、室内の空間と闇の亀裂とが繋がり、中から音も無く一人の女が進み出てきた。
 
「……空間……転移?」
 
 闇色の隙間から覗く数多の目。そんな不気味な空間を越えて現れたのは妙齢の女性だった。
 紫陽花のような紫色のドレス。金糸を編みこんだような美しい髪。見る者を虜にするような妖艶な瞳。
 その佇まいは、幻想の中から具現した闇の女神を思わせた。
 もちろん面識はない。だが、レミリア達には見知った顔だったようで、彼女達は声を揃えてこう言った。
 
 ────八雲 紫と。
 
   


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