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[22521] ネギま・クロス31 【ネギま・多重クロス】 第三部《修学旅行編》
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2011/01/11 23:40
・「境界恋物語」も完結したので、まずは此方の更新を再開します。

・この話は、作者の過去作品「ネギま・クロス31」の続編にして、第三部《修学旅行》編。狂乱と騒乱の京都の物語です。勢いが続けば、第四部《過去の記憶》編まで行くかもしれません。

・この話から読んでも、さっぱり話が理解出来ないと思うので、出来れば前レスの方を先にお読みください。『大停電』終了後からこの話はスタートします。

・世界融合型多重クロス。「転校生」に加え3-Aは原作以上に魔窟。そして敵も容赦が有りません。そんな中で、頑張るネギ君の成長物語です。

・原作以上に何でも有りの世界。例え「闇の魔法」で雷天2を使用しても絶対に勝てないレベルの怪物から、各作品に出て来る“あんな人”や“こんな人”まで、無駄に細かい世界設定ですが、スーパーロボット大戦みたいなノリで楽しんでくれると嬉しいです。

・今作だけでなく、前作の感想も頂けると、もっと嬉しいです。




 10月14日 序章その一
   15日 序章その二
   17日 第三部その一・前編
   18日 序章その三
   20日 序章その四
   23日 第三部その一・後編
   24日 登場人物辞典・上
   30日 第三部その二・表
   31日 登場人物事典・中

 11月1日 序章その五
   2日 第三部その二・裏
   30日 第三部その三

 12月2日 序章その六
   7日 狭章(表)
   12日 狭間章(裏)
   18日 登場人物辞典・下
   20日 修学旅行 一日目・その①(上)
   24日 修学旅行 一日目・その①(中)
   26日 修学旅行 一日目・その①(下)
   28日 修学旅行 一日目・その②(上)

2011年
 1月11日 修学旅行 一日目・その②(中)

   





 基本世界 『魔法先生ネギま!』+ α(『ラブひな』)


 クロス作品・31作品

 
 『R・O・D』(原作)
 『終わりのクロニクル』
 『戦闘城塞マスラヲ』&『レイセン』&『お・り・が・み』
 『Fate/stay night』及びシリーズ全般
 『消閑の挑戦者』
 『スパイラル~推理の絆~』
 『ブギーポップ』シリーズ
 『戯言』シリーズ&『人間』シリーズ
 『とある魔術の禁書目録』
 『コードギアス ~反逆のルルーシュ~』&『ナイトメア・オブ・ナナリー』
 『魔法少女リリカルなのはStrikerS』
 『Missing』&『断章のグリム』
 『されど罪人は竜と踊る』
 『Rozen Maiden』 
 『封神演義』(WJ版)
 『EME』シリーズ
 『BLACK BLOOD BROTHERS』
 『吸血鬼のおしごと』&『吸血鬼のひめごと』
 『薬屋探偵妖奇談』
 『レンタルマギカ』
 『D-Grayman』
 『ウィザーズ・ブレイン』
 『ハヤテの如く』
 『RAGNAROK』(ザ・スニーカー)
 『サクラ大戦』
 『夜桜四重奏』
 『東方project』
 『Get Backers』
 『Daddy Face』
 『Black Lagoon』
 『鉄のラインバレル』(原作)



[22521] 登場人物事典(上)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/11/02 22:49

 登場人物紹介です。上中下に分割して投稿します。
 ネタばれを非常に多く含む上、非常に多いので、“覚悟して”お進みください。






 ●『R.O.D』からの登場




 読子・リードマン


 言わずと知れた《紙使い》。ザ・ペーパーの異名を持つ大英図書館のエージェント。そこそこ強い。あらゆる紙が味方であるので、図書館や本屋では本気のタカミチでも苦戦する。

 亡き恋人の形見である黒縁眼鏡に、防弾防刃防火絶縁体のコート、そして大量に持ち歩く紙と本という出で立ちで、顔の造詣もスタイルもかなり良いのに、生活全てを本に捧げているが故に無造作。宝の持ち腐れ。勿体ない。
 今現在は図書館島の司書をしており、宮崎のどかとは親しい友人。神保町で数年前に出会って以来、彼女に《紙使い》の才能があることを発見した。しかし、のどかを大英博物館に関わらせるつもりは無い様である。のどか繋がりで図書館島の面々とは知り合いになった。

 大英博物館から派遣された、司書達の指揮官兼隊長。大司書長のアルビレオと接触した経験もあるようである。ただ、どうやら彼女と《赤き翼》の間には抗争は無かったように「見える」ので、彼女の先代・ドニーとの間のことなのかもしれない。
 大英博物館が組織として暗躍を続ける中で、いったい彼女は何を選んで行動していくのか……。




 Mrジョーカー


 現在の大英図書館の代表者。原作では本篇が終了していないので困ったけれども、一番最近に出た話では、彼は責任者なのでここに居座ってもらっている。

 読子の上司で、話し方は軽いが意外と執念深くて、ついでにかなりの策略家。言い換えれば腹黒い。ネギの来訪にも良い顔をしなかった。
 特別に悪い人では無く、私人として見ればそれなりに良い人だけれども、この話では悪者扱いが多い。常に中立で動く大英博物館の立ち位置があるため、良くも悪くも公人の姿が多いから。

 宮崎のどかに《紙使い》の才能があることを知って、彼女をそれとなく『大英博物館』に勧誘しようと考えているらしいが、今の処は読子に防がれている。
 謎の秘密結社『ミュージアム』という組織と関係を結び、“知識の収集”という理念を実行している。






 ●『終わりのクロニクル』からの登場


 佐山御言


 元『全竜交渉部隊』隊長にして、現在『UCAT』の本部長。年を経たら大城至みたいになりそうだ。
 麻帆良とは『UCAT』の協力組織として友好関係を結んでおり、同じ立場にある組織達の纏め役である。ネギの来訪に反発する面々を説得し、一年間の監視と見極めと言う名目で、ネギを滞在させる事を呑み込ませた男でも有る。

 勿論、善意では無く、その裏には組織としての計画も存在する。
 ヒオと原川を真帆良に送り込んだ張本人。ネギ・スプリングフィールドを取り巻く状況が予想よりも大きな問題であると知り、麻帆良に協力する組織の中で友好関係を結べそうな物を探り始めた様子だ。

 世界の中心にいる男。少なくとも本人はそれを信じている。傲岸不遜の変態で、人間として間違っているかもしれないが、人として間違ったことはしていないと言う存在。
 頭脳・格闘・交渉術に優れているが、彼の真骨頂は軍勢を鼓舞する事。戦力も何も関係が無い。彼がそこにいるだけで一兵卒に至るまでの全ての戦力が通常以上の力を出し、そして敵を怯ませるほどの熱と勢いと強さを持って相手に向かっていく軍団となりえる。
 カリスマAとかは普通に持っているに違いない。




 新庄運切


 『全竜交渉部隊』の一員。現在は『UCAT』本部長補佐官。
 佐山の相方にして突っ込み役。ストッパーに成りきれていないストッパーで女房。そしてその為には意外と手段を選ばない娘。
 『全竜交渉』においては色々な意味で物語に大きく関わっていたが、今現在は佐山の補佐官として仕事をしている。ちなみに常識人に見えて以外と現代常識に疎い。

 なお、彼女の尻は後の世(この話には一切関わらない……かもしれない『境界線上のホライゾン』)において尻神信仰(佐山発案)の、どうやら祭神に祭り上げられている。不憫だ。




 ヒオ・サンダーソン


 麻帆良の航空技術研究会所属、現在は大停電で損傷した《雷の眷属(サンダーフェロウ)》修復の為、アメリカに行っている。
 『UCAT』所属元『全竜交渉部隊』の対機竜戦力。金髪のアメリカ人。よく脱ぐ。何故か脱ぐ。原川の前では妙に脱ぐ。そのまま布団に入って圧し掛かって来た事もある。ちょっと問題だと思う。

 陸上競技が得意であり、才能あり。後半に入ってから加速するタイプらしい。
 機竜《雷の眷属》は彼女に何かがあると直ぐに飛んでくる。それで銃砲向ける。知らず知らずのうちに脅しになっている。
 原川とは結構深い仲。




 ダン・原川


 ヒオと同じく『UCAT』所属の青年。黒のサングラスに長身細身、クールな男で、ヒオの相棒。公私ともに相棒。機竜を稼働させるのがヒオ、操縦するのが原川である。
 原川は母親の名字であり、父親の姓はノースウィンド。ヒオが雷(サンダーソン)で原川が北風(ノースウインド)なわけだ。

 『UCAT』の常識人なのだが、周囲に振り回されて変態扱いされることが多い。
 冷静に見えるが結構熱い男。




 戸田命刻


 元『ノア』の主人にして、現在は『UCAT』の一員。佐山の部下の扱い。常識人。その戦闘能力は佐山以上であるが、今は常識人故に苦労を重ねているようである。

 かつて『全竜交渉部隊』と戦った女性。上位世界『TOP-G』の住人の生き残り。佐山と対になる存在であり、「もう一人の佐山」とも言うべき存在だった。
 双刀を操る冷静な女性だが、意外と感情的で人情家。同郷の新庄とは、仲の良い友人である。




 月詠史弦


 『UCAT』開発部室長。元2nd-Gの王族。外見は優しいお婆さん。
 馬鹿と変態がかなりの比率を占める開発部を、苦労しながらも取り持っている。

 当然、大河内アキラも顔見知り。アキラのメイン武装である概念槍『P-rz』は、アキラの両親と彼女、序に開発主任によって生み出された、かなりの特注品らしい。
 因みに、遥か先祖に当る初代の王族は、“本物の月”に築かれた都で月夜見と呼ばれて生きている。




 八号


 『UCAT』本部長秘書官。極一部に非常に毒舌な、万能メイド。
 自動人形で、書類仕事から重力制御による近接での銃格闘まで、何でもこなすメイド。
 なんかもう、この話に出てくる中に、まともなメイドは、多分いない。




 大城一夫


 UCATの元全部長。立場的には凄いのだが、しかし敵味方含めあらゆる生物から邪魔者扱いされる、エロと煩悩に塗れた変態ジジイ。かつて戦場で特攻させられた時、敵も味方も戦闘を中断し万歳三唱を唱えた位の、嫌な方に凄い存在。
 概念戦争中に特攻して消滅。誰もが其のまま消えている事を望んでいる。
 でも、出て来ないと断言が出来無いのが、この爺だ。




 出雲覚


 『全竜交渉部隊』の前線。武器は大剣。無駄に高い防御力をもつ。ヒオと原川の会話に出て来た「暴力カップル」の旦那の方。10th-G神族(北欧神話)の血を引く、クウォーター。
 女房共々、多分、何処かで出る。




 飛場竜司


 『全竜交渉部隊』の対武神(簡単にいえば巨大なロボットで、操作方法はモーションキャプチャー)戦力。美影という彼女がいるものの、出雲と共に煩悩に従った行動をすることが多い。
 物語の進行と共に、扱いが徐々に適当になって行った。




 ホライゾン・アリアダスト


 未来において、全長十キロを超える巨大戦艦『武蔵』に搭乗する姫。
 絶対に出るとだけ言っておきます。






 ●『戦闘城塞マスラヲ』及び『お・り・が・み』『レイセン』からの登場




 川村ヒデオ


 本名を川村英雄。言わずと知れた『戦闘城塞マスラヲ』及び『レイセン』の主人公。現在は麻帆良学園の公民講師。教員免許は持っていないが、宮内庁の役人と言う事で偽造されている。

 体力も並、頭脳も並みだが、眼光だけは歴戦の軍人や吸血鬼すらも退かせる。つまり外見だけは非常に怖い。当初はその眼光から、やくざだのマフィアだの殺し屋だの噂されてきたが、そこは麻帆良の生徒達。極普通の青年であり、どうやら無口だが親切な人間であると知ったそうだ。

 その頭脳は主に閃きと推理能力であり、相手の盲点を突く行動は変わらない。普段はさえない青年だが、元々が弱者なので、英雄だとか勇者とかの存在には、結構、心の鬱憤を出すこともある(ネギとか長谷部翔希とか)。
 特に、こと勝負になるとその頭脳は恐ろしい閃きを発揮し、敵のフィールドで勝ちを収めることが出来る冴えを見せる。それゆえに、聖魔杯では非常に注目を浴びていた。自分の描いた未来を掴むために努力する――――その姿を見た《闇》は、彼が確かに未来を見る魔眼の持ち主であると認めた。
 《闇》に認められたため、いつでも彼(性別はないが)を呼び出すことが出来る。闇を呼ぶ要領で、精霊を呼ぶことも可能。




 ウィル子


 《億千万の電脳》とも呼ばれる最新の神。情報世界の担い手となることを聖魔杯でヒデオに諭され、現在は地上と天界を往復しながら楽しく生活している。電脳に対する人々の想いが集まり、形に成った神。

 元々が超愉快型極悪感染ウイルスで、要は悪戯好きのコンピューターウイルス。悪戯で好き勝手に過ごしていたら、ハードごと捨てられてヒデオに拾われた。彼に取り憑いた当初は、ヒデオを道具扱いしていたが、聖魔杯を通じて相棒と認め、唯一の自分の眷属として後の世まで伝える事となる。
 その基盤は、玖渚友以下の『チーム』によって構成された。麻帆良大停電では、玖渚友とチームに“MAKUBEX”を加えた連中を相手取り、電子戦を繰り広げる。結果は引き分け。麻帆良学園祭で再戦する事を約束して別れた。

 全てをデータに構築し再構成させることが出来るので、理論上は開闢から終焉までのあらゆる物を造ることが可能。エネルギーと情報さえあれば、何でも生み出せる。そして実際、アレイスター・クロウリーから『アンダーライン』の技術を盗んでいる。
 過去に、みーこの魔力に当てられた影響で胃がある。データだけでなく食物を食べると美味しい。




 北大路美奈子


 現在は古典の教師をしている警察官。正義感も強く、良い人なのだが、少々早とちりがある。その為、ヒデオは、聖魔杯で出会って早々に岡丸で殴られ、引っ越しで隣人になった瞬間に薬物中毒扱いされた。

 何かどこかでフラグを立ててしまったらしく、ヒデオを相当に意識している。食事を造りに行くならまだしも、実家に合わせに行くとか聖魔杯終了後に言っていた。
 近頃は、ヒデオの周りに色んな女性の影が見えてきて、気が気では無い様子。




 岡丸


 北大路美奈子の持つ十手。インテリジェント十手。人間であった頃は北大路岡丸という名。この話では祖先と言う設定である。美奈子が古典の授業を行えるのは、彼が居るから。

 元は江戸の奉行所に勤めていた人格者だったそうだ。義理人情に厚く、丁寧で礼儀正しく、常に冷静で寡黙、背中で語る仕事人……なのだが、酒が入ると途端にボケる。何故か酒が飲める。色んな意味で変だ。
 なんでも、江戸時代に日本を襲った『千年伯爵』という存在の事も知っているとか……。




 《億千万の闇》


 アンリ・マンユ・ロソ・ノアレ。

 この物語における最強。あらゆる面において、他の追随を許さない正真正銘の最強。この前では、例え《真祖混沌》や『世界の意思』であろうとも、月人やスキマ妖怪であろうとも、ロストロギアで世界ごとふっ飛ばそうとも勝ちようがない。
 この世に存在する全ての闇であり、あらゆる闇の象徴。人間の暗黒面を統べてもいるし、大宇宙の漆黒も、光と共に現れる影もこいつの眷属。天使達の住む『天界』ですらも、《闇》を消すことは出来ない。人間の心に感情がある限り、そこに《闇》は存在するからである。だから最強。
 ――――なのだが、その力が余りにも大き過ぎるが故に《億千万の闇》自身も、自分で自力で表に出て来る事が出来無いという欠点がある。

 かつて聖魔杯において召喚され、川村ヒデオとウィル子に送り返された。人間の様に、自分より身上の存在であろうと(良い意味で)喧嘩を売れる人間の――――ナギ・スプリングフィールド辺りが全力で、死ぬ気でやれば、気合いで送り返せる――――かもしれない。出来そうで怖い。
 今現在はヒデオの『後ろ向きにまっすぐ』な部分や、ましてや《闇》に感謝する性格を気に入り、彼に助力することを約束。闇理ノアレや神野陰之を彼に派遣している。

 内部には色々と存在する様である。《名付けられし暗黒》《魔女》《神隠し》《影の人》《首括りの魔術師》。《宵闇》や《この世の全ての悪》など。




 闇理ノアレ


 《闇》から派遣されたヒデオへの使い。
 ゴシックドレスに身を包んだ、小悪魔のような外見の、悪魔的な性格の少女。実際、ヒデオを困らせて遊ぶ事が多い。しかし、真剣なヒデオに対しては協力的で、彼の意志に応えてくれる。

 基本、ヒデオの人生を面白く見れれば良いらしい。あっちこっちで勝手に表れて、茶々を入れては事件を引っ掻き廻す。その一方で、重要な案件は、しっかりと手を打っている。
 当の本人は精霊程度の力(初期のウィル子位)の力しかないらしいが、《闇》の端末である為、その状態でも一目置かれており、みーこやリップルラップル達とも交流していた。




 長谷部翔香


 宮内庁神霊班の副長。《鬼姫》と異名を持つ剣士であり、人間としては最高クラス。多分、青山鶴子と互角とか、そんなレベルの実力を持っている。アウター並み。並みの魔人じゃまず勝てない。
 ヒデオを扱き使い、傍若無人に生きている女性であるが、嫁ぎ先は決まっていることが原作で判明した。
 どこかって?……伊織貴瀬である。




 名護屋河鈴蘭


 初代『聖魔王』にして今現在は『魔殺商会』影の総帥・神殿教会の聖女・ゼピルム総長という恐ろしい肩書を持つ女性。二十歳ちょっと。体の起伏はちょっと足りない。

 伊織を「ご主人さま」と呼ぶが、実際権限を握っているのは彼女の方。一応、過去に受けた恩義は覚えているらしい。恩義と同時に恨み辛みも覚えているけれども。

 『聖魔杯』においてヒデオやリュータを破った女性。重火器の扱いだけでなく、実は名護屋河の血に流れる能力も使用出来る上に、常に来ているメイド服は防弾防刃防火防水防電の超高性能服。おまけに常に護衛に親友・ヴィゼータが張り付いているので喧嘩を売ってはいけない相手である。
 聖魔王の座が他者に譲られたとは言うものの、『億千万の眷属』や神殿教会からの信頼は厚く、魔神からの信頼も厚い。実際、世界の命運を握っている人物である。




 名護屋河睡蓮


 名護屋河鈴蘭の妹で、ヒデオの同僚。宮内長のエース。

 外見は清楚だが、基本的に冷静で頑固。あと天然。意外と常識を知らないところがある。それでも姉思いで、彼女に何かあったら駆け付けるタイプの良い子である。因みに酒には弱い。

 その実力はまさに凄まじく、おそらく生身でサーヴァントやアウターとやり合える数少ない人間の一人。実際過去には、ほむら鬼すらも打ち破っている。
 一飛びでビルを駆け上がり、普通の弓で戦闘用ヘリコプターを、発射されたミサイルごと墜落させることが出来る人間。その射程は数キロ。色々とおかしい。
 なんか、ヒデオがフラグ立てていた。




 みーこ


 《億千万の眷属》にして、初代魔王の側近たる魔神。通称を《億千万の口》。今は名護屋河鈴蘭の友としてふらふらとニートに生活している。和装姿からは想像もできないが、その実力は凄まじい。あらゆる物を喰らい、天すらも飲み干す。

 その正体は、スサノオの娘。ミスラオノミコトノヒメ。人間は愚か、妖怪でも勝てない。同じ神を持って来ないと太刀打ちがまず不可能な存在。かつて翔香が、貴瀬、沙穂と戦いを挑んだが、普通に負けた。
 肉体の欠損はダメージに成らず、直ぐに修復してしまう。しかし、神であるが故に生者の意志に敗北を喫する事も有る。精神的なダメージに弱い部分は妖怪と一緒だ。
 かつて『魔法世界』で暴れまわった過去を持つ。そして、《赤き翼》と戦争を繰り広げ、決着が付かなかったそうだ。相性も有ったそうだが、この場合、ナギ達を凄いと褒めるべきなのだろう。




 リップルラップル


 外見だけは少女の、元初代魔王。アトランティスとムーを沈めて、眠っていたクトゥルーも含めた当時の円卓全員から「一気に人間の数を減らしすぎだ」と言われて三日で退いた。三日とはいえ、初代魔王だった事は確か。ノエシス・プログラムを制定したのも彼女である。

 知能はドクターと同程度以上。実力は強いが未知数。正真正銘の幻想としての『龍』を召喚することも出来る。そして、実は、上位世界《天》の住人でもある。
 普段の武器は、なぜかミズノのバット。殴る、打つ、叩くの三つが簡単に可能で気に入っているそうだ。




 エルシア


 妙に出番が多い魔神の姫。二代目魔王フィエルの娘。外見だけは非常に良い。本当に生粋のお嬢様。そのせいで面倒くさがり屋で、雑種には興味が無いらしい。ただし、人間の魂の輝きを興味深く思っており、リュータやヒデオなど聖魔杯での幾人かを気に入ってはいる様子。
 『魔法世界』で暴れた過去も持っており、アルビレオやガトウとは喧嘩仲間として仲が良かったようだ。

 その魔法の実力は非常に高く、保有魔力量も非常に大きいが、それを魔本型の神器『獣の書』によって制御しているため、失うと焦点が合わなくなってしまう。過去には、それで山を消した事も有る。
 因みに『獣の書』は元々、魔界王立図書館に保管されていたのだが、この『獣の書』の隣には、『グリモワール』と呼ばれる魔本が置かれていて、後に侵入者を撃退する為、魔界神の娘が使用したとか何とか。

 魔法のプリンセス、トワイライト・エルシオンという存在が――――過去に魔法少女カレイドルビーを見た影響なのかは不明である。もしもそうだったら、きっと遠坂凛は証拠隠滅に動くだろう。




 伊織貴瀬


 悪の組織『伊織魔殺商会』を率いる精悍な男。みーこの眷属(と言う名の下僕)。天涯孤独だが、幼馴染にフェリオールと、現在《神殿協会》トップの甲斐律子。そして妹的な立場の白井沙穂がいる。

 鈴蘭が聖魔王になる切欠の始めを作った男。借金の形に体を闇ルートで販売されるよりは、多少はマシだったかもしれない。しかし、所詮は結果論なのだろう。
 商売人であり、しかも非合法。交渉に銃を用いるのも当たり前。大体は指揮官だが、実は本人もかなり強い。少なくともドライビングテクニックは世界レベル。ヒデオのランボルギーニは彼が送りつけたもの。
 麻帆良への非合法品は、彼が社長を務める城塞都市の『伊織魔殺商会』が供給している。

 もっとも最近は、世界情勢の変化によって、唯の商売人では無く、もっと別の意味で動き始めた様子。




 ドクター


 城塞都市に住む医者。鈴蘭の配下の変態。腕は確かなのだが、患者を実験材料と思っている節があり(女子には優しい)ヒデオもかつては両手にドリルを装着されかけた。
 ただしこれでも本名は《葉月の雫》というアウター。馬鹿と天才は紙一重というやつだ。

 検体である白井沙穂の事は可愛がっているらしい。ロケットパンチを付けたり、目の下にレーザーを仕込んだり、義眼として透視装置を付けたり(未来では確実に付いている)、サイボーグっぽく改造されたりと、愛情の方向が間違っている気もするが。
 人間に興味を覚えている事、そして人間を観察する事に、己の立ち位置を見出している。言動と行動さえ気にしなければ、アウターの中でも真っ当で、付き合い易い存在。




 VZ(ヴィゼータ)


 鈴蘭の親友。かなり上位の魔人。

 ギリギリ何とか、アウターの領域。「お・り・が・み」の最終決戦で彼の領域に足を踏み入れた。しかし勿論、底辺。後に『億千万の刃』とまで呼ばれる程に強大に成長するが、今はまだ発展途上である。
 魔人組織ゼピルムの幹部でも有り、現在は鈴蘭の護衛を務めてもいる。その剣技は、一振りで数百振りへと分裂し、1024本くらい一回で振られると人間どころか魔人も塵に成る。

 おそらく、『ミスマルカ皇国物語』に登場するパリエルの先祖なのだろう。




 ラトゼリカ


 通称をラティ。聖魔杯の受付のお姉さん。眼鏡を懸けた穏和な魔人で、サブカルチャーが好き。
 ゼピルム保有の戦闘艦《ヘルズゲート・アタッカー》のオペレーターだった事も有る。




 リッチ


 死を超越した存在。外見は紳士なスケルトンだが、その力は凄まじい。腐食と崩壊を統べる闇の大魔導師である。体内には億を超える無数の魂が幽閉されているとか。
 元々は愛妻を蘇らせようとしただけらしいが、それは自分が髑髏になるまで努力しても成功する事は無かった。最後は優秀な弟子にも先立たれ、長い年月を研究に打ち込んできた努力は徒労に終わった。
 その後『円卓』の一員として認められ、伊織家に住む。鈴蘭と出会った後は『関東機関』にいる。

 実は奥さんの設定を考えてあるんだけど、奥さんの名前を出したら物凄い反響が来そうだ……。




 ほむら


 名護屋河睡蓮の使い魔として顕現している鬼。正真正銘の鬼。その正体は『炎雷(ホノイカヅチ)』。坂上田村麻呂の討伐からも逃げ切った、かつてイザナギを追ってやって来た鬼神。イザナミに纏わり着いていた地獄の雷の八柱の一。伊吹萃香や勇儀よりも格が上。遥かに上。だって神だもん。

 この話では、月面で綿月依姫に呼ばれて、十六夜咲夜を倒した事もある(『東方儚月抄』の中巻を参照の事)。最も、今現在は、長い間に現世に居た為に神力が減っていて、嘗ての力は出せないらしい。

 みーこやリップルラップルの友人で、歴とした化け物。外見は気流しに不精髭の冴えない、細身のおっさんだが、眼光は鋭く牙は恐ろしい。人間を食らい、大酒を飲み、豪快な存在。さっぱりしていて、暴れるだけ暴れて満足すれば帰って行く。その力は凄まじく、拳銃の弾なんぞ其のまま口に入れてバリバリ食べる。やっぱり鬼なのだ。
 少し前にヒデオに、主人・睡蓮を殺すことに協力させようと持ちかけ、その剛力を持って脅したが彼は屈服せず、それ以来ヒデオを気に入って認めている。




 リュータ・サリンジャー


 聖魔杯においてエルシアのパートナーだった青年。ヒデオとはかなり仲が良く、出会って直ぐに友人となり、開催当初からの顔見知りだった。結構かっこいい二枚目で、友人にいて欲しいタイプ。
 実力は確かだったが大会で鈴蘭に敗退。魔神アーチェスを家族の敵として憎んでいたが、聖魔杯終了後は憎むことは止め、アメリカに帰国した。
 現在は特殊部隊エンジェルセイバーの一員で、今でも時々メールが届くようである。

 ジョンソン魔法学校に起きた「魔人襲来の悲劇」の際に佐倉愛衣と出会い、彼女の師匠的な立場になっていることが判明した。
 エルシアと言い、愛衣と言い、何か特殊な趣味でも持っているのかもしれない(もちろん冗談である)。




 マリーチ


 《神殿教会》の預言者。嘗てみーこと並び、魔王の側近を務めた《億千万の目》と呼ばれる視姦魔神。
 正体は、ヒンドゥー教の神マリーチ。陽炎の化身で、日光と月光を統べる神である摩利支天である。

 みーことは良い意味でも悪い意味でも長い付き合い。みーこが堕ちていた最中も、変わらずに世界を眺め、人間達を予言で自在に操って、様々な事件を演出していた。それは『魔法世界』の大戦期から変わらず、相変わらず、今も読めない笑顔の裏で、画策している。
 運命を知る「ラプラスの眷属」を持っており『運命は普遍である』ことが彼女の拠り所であった。
 尚「ラプラスの眷属」は幾つか種類が有る様で、彼女が独占している訳ではないらしい。人形師ローゼンや八雲紫も使用している、

 未来を知り、自分の見た未来の通りに世界を動かそうとしていたが、鈴蘭が聖魔王になった戦いにおいて(『お・り・が・み』のこと)リップルラップルによる不確定性理論によって論破され敗北。
 原作では、それによって堕ち、数世紀を過ぎるまで復活しないのだが――何故か、この世界では普通に預言者として活動をしている。実はそこには、大きな理由が隠されていて……。




 セリアーナ


 アウター。かつてドイツ帝国とナチスの裏で策動し、第二次世界大戦の引き金を引いた少女。
 元々『黒の森』に身を潜めていたらしく、その邸宅は、現在のイリヤスフィールの住居になっている。

 母親は白面金毛九尾狐。この話に出て来る九尾は、一応全て関係が有る。故に、妲己とも八雲藍とも関係が有る。しかし、具体的にどの様に関係しているのかは秘密。外見に似合わない怪物であると理解できていれば結構である。
 魔神一歩手前、最高ランクに届かない程度の魔人であるので、非常に強い。故に、“襲われて怪我をした”といっても微々たるもの。肉体的なダメージ云々より、突然強襲された事に対するダメージだったそうだ。
 現在は、クーガーと一緒に行動中。




 クーガー


 《神殿協会》聖騎士長にして、マリーチの眷属。通称をキリング・クーガーと呼ばれる狂戦士。

 元々は勇者だったが、その実力の高さに拘束。第二次世界大戦中に《神殿教会》に命じられ、現伊織貴瀬邸宅地下に広がるダンジョン攻略と、その奥にある《天の門》開放に挑んだ過去を持つ。しかし、帰還した彼が得たのは、勇者としての称号でも無く、世界の真実と、自分を慕う狐の娘だけ。両目を犠牲に、せめてセリアーナを母親と再開させようと動いたが、その努力も徒労に終わった。
 その後、彼は長い間《神殿教会》に拘束。幽閉。鈴蘭を巡る物語に巻き込まれていく。過去と今との全ての間、自分がマリーチと魔神の掌の中である事を知った。何よりも人間の意志を認めない彼らに一矢報いる為、反乱。最後は鈴蘭に理想を託して、逝った。

 ……が、最終回の最後で生き返った。しかもその後、なんだかんだでマリーチの眷属として、数世紀以上は生きる事となる。
 その実力は圧倒的。エーテル結晶(ドクター作)と呼ばれる神器を用いる事で、魔人すらも容易く屠る。




 クラリカ


 元《神殿協会》第二部所属の異端審問官。ヒデオの知人で『魔殺商会』の殴り込み役。美空の元上司で旧友。先輩。ついでに師匠でもある。

 アンタ本当にシスターか? とか言いたくなる位の性格で、銃を乱射するわ、改造車で敵のアジトに突っ込むわ、天使相手に啖呵を切るわ、もうトンデモナイ人。

 ただし目上の人間と、自分が認めた人間にはキチンと接する。逆らってはいけない人間もすぐに見抜く。勘の良さとしぶとさはかなりの物。
 今現在は鈴蘭の元で、部下として活動中。




 マリアクレセル


 天界に住む天使。司る力は『存在』。リップルラップルの妹。城塞都市を造ったのは彼女。外見は高校生。
 今現在のウィル子の監督役であり、ヒデオや城塞都市の面々に助言を与える役でもある。

 『魔法世界』の大戦期の末期に、必死にかき集めた魔力で接触してきた、魔導師・プレシアの願いを聞き届けて、複数の厳しい条件を突きつけた上で娘・アリシアを生き返らせたのは彼女。

 聖魔杯を鈴蘭に渡し、大会の開催のきっかけと、行く末を与えた存在。



 桃条千景


 内閣調査局の一員で、外見は高校生ほどの女性。

 川村ヒデオとは知人、もしくは依頼人、あるいは仕事仲間な関係。鈴蘭や貴瀬とも顔見知り。銀色のフェラーリに乗っている。
 作者もしばらく気が付かなかったが、そう言えば「お・り・が・み」に出て来た人だと気が付いた。具体的には原作で『関東機関』が反乱を起こしたときに、一人だけ参加しなかった、旧コード『E3』ことコード『E2』。

 最終話でハブられた悲しい過去を持つ。
 レイセン初登場時はカラー絵で描かれている。




 霧島レナ


 聖魔杯の司会者。ヒデオとは仲が良かったが、結局色々あって、それだけの関係だった。
 気の良い美人で、ヒデオも焦がれていた部分もあったようだ。しかし、ヒデオに見せていた姿は、全て養父・アーチェスへの想いが形に成っただけの演技。演技とはいえヒデオを気に入っていた様だが、しかし身内への依存心が強すぎた。
 今は大会中の振る舞いを神妙に反省し、仲間と共に城塞都市で再出発している。




 長谷部翔希


 現『関東機関』所属・《神殿教会》勇者。

 就職活動に失敗して『聖魔杯』の大会に出場。そこでは良い感じにヒデオ達に利用されるが、最後には鈴蘭をパートナー・エリーゼと共に打ち破った(が、結局美味しい所はヒデオに持っていかれた)。

 強いんだけど。強いんだけれども。でも、要するに中二病の体現者が現実世界でも上手に出来る訳では無い、とはヒデオの言葉。『全世界にいる勇者を羨む連中の恨みを見るがいい……』とか、思っている。

 年齢制限付きゲームを購入し、ヒデオの家に預けて行く、とかそんな事をして、姉に折檻されてもいた。
 昔は『関東機関』トップの飛騨真琴と恋人同士だったが、破局。
 今は、鈴蘭と付き合っているとか、いないとか。




 白井沙穂


 元『関東機関』所属『E1』。階級は軍曹。持つ得物は、神器『今月今夜』という漆黒の日本刀。
 長谷部翔香の弟子にして、伊織貴瀬の妹分である。
 未来における『ミスマルカ皇国物語』世界でも普通に生きてる剣士。きっとドクターに改造されたからだろう。酒場でオイルを飲んでいるし、将来的に人間を捨てる事は間違いない。

 その実力は高い。最初は“強い一般人”のレベルで、長谷部翔希にも敗北した。
 クーガーには軽くあしらわれ、魔人レベルの剣士に敗北して死んだことも有る。
 しかし、最終的には戦いと刃と血に狂いつつも、ドクターに弄られた体と、内蔵された武装によって、《円卓》の一角でもあるアウター、剣神《水無月の時雨》をも倒している。




 アーチェス・マルホランド


 別名を《暗黒司祭》バーチェス・アルザンデ。二代目魔王フィエルの部下で有り、エルシアとも知人。
 アウターにしては珍しく、人間には非常に友好的。自分の目的の為ならば人間を殺す事も厭わないが、享楽や自分の為でなく、人間や他人の為に力を奮う点で、他とは一線を画している。
 聖魔杯を巡る一連の戦いの裏で、暗躍。鈴蘭と翔希の対決の終了後、聖杯を奪い《億千万の闇》を顕現させようとした。しかし、ヒデオに阻止されて失敗に終わる。
 今現在は、城塞都市にて仲間と共に再出発の最中。

 しかし、彼を語る際に、何よりも重要な事実は――――聖魔杯を調整した張本人であると言う事だろう。
 要するに、この物語の原因の一角なのである。




 七瀬葉多恵


 アウター。鬼喰いの二十重蜘蛛。最近になって宮内庁神霊班へとやって来て、ヒデオ達を容赦なく鍛えている。和風の美女。そのまま《幻想郷》にいても不思議じゃない人。
 昔は好き勝手に暴れ回っていたが、ある時に八瀬童子(護法童子)に罰せられ、それ以降、鬼のみを喰らって生きる様になった。吸血鬼を呼び寄せて餌にする毎日を繰り返すうちに、仏の教えを忘れてもう一回暴れようとしたところを、翔香に敗北した。

 その性質《鬼喰らい》――――いやいや、折角なのでこう語ろう。
 『鬼を食す程度の能力』は、そのままの力。土蜘蛛と鬼ならば普通は鬼の方が強いのが摂理。しかし彼女の場合は、その法則を覆す事が出来る。別に日本の鬼に限った話では無く、吸血鬼でもOKである。
 因みに、黒谷ヤマメという娘が居るとか。




 ジョージ・レッドフィールド


 『聖魔杯』における最初の脱落者で、ヒデオの最初の対戦相手。
 大会後はエンジェルセイバーで指導教官となり、愛犬のロッキーと共にリュータ達を鍛えているらしい。
 佐倉愛衣の師匠の一人。






 ●『Fate / stay night』及び型月世界からの人物




 アルトリア・エミヤ・ペンドラゴン


 《紅き翼》の一員。第三席《千剣姫》。

 ジャック・ラカンと並ぶ《赤き翼》のアタッカーで、最前線で働く切り込み役。第三席の名に恥じず、 “戦場の片翼”と呼ばれ恐れられた『魔法世界』最強と名高い騎士である。
 その正体は、かの有名なアーサー王。世界最高峰の剣技を持ち、体に流れる『龍』の血によって莫大な魔力を誇る美少女である。表向きはナギが《妖精郷》の中に迷い込んだ後、湖で遭遇した……云々、という理由を付けているが、勿論これは大嘘。
 凛、桜と共にこの世界に召喚された、『呼ばれし八人』という特殊な英霊の「セイバー」である。

 彼女達を呼び寄せた《世界の意志》こと妲己の加護も有り、その実力は、かつて異なる世界で「聖杯戦争」に参加した時以上に高まっている。
 普段は『魔法世界』を放浪しながら、フリーランスの何でも屋的な仕事をしている。南方に旅行に行った際、同じ様な行動をしていたらしい(真偽不明)上条当麻と関わったそうだ。

 英国からの『禁書目録』の護衛も兼ねて、日本から麻帆良に来訪。大停電の最中、幾度と無く戦った吸血鬼・ツィツェーリエを撃退するも取り逃がし、その後、大橋にて「もう一人のネギ」を倒す。
 その後、停電で彼女に協力した面々と共に、エヴァンジェリンの封印解除に一役買ったそうだ。

 京都でも活躍して貰う予定。
 尚、名前のEはエミヤのE。あの“正義の味方”の名前である。今現在、アルトリアは鞘を保有しており、しかし『投影』などの、彼の保有スキルも使用できる。一体、どんな理屈であるのか、それは秘密だ。




 遠坂凛


 《紅き翼》の一員。第七席《千煌姫》。
 現在は学術都市アリアドネーで教鞭をとる女性。人気は高い。年齢的にはだいぶ……なのだが、見た目は若い。二十代で楽勝に通じる。年を取らないらしい。
 宝石を毎月少量、魔法が使えないタカミチに送っている。その金が何処から出ているのかは不明。色々とやっているそうだ。
 彼女の真価は戦闘能力よりは研究者・学者としての性質にある。《紅き翼》の頭脳面を率いていた女性である。まあ、それでもガトウと同じくらいには強い。

 そこまで強い理由というのが、『世界の意志』に招かれた『呼ばれし八人』の「キャスター」と言う立場であるから。

 リン・遠坂と呼ばれるのは、身分登録をする際にお得意の「うっかり」で、姓と名前を逆に登録してしまったため。その為に、中華系の血だと誤解されていたりする。
 その内に出てきます。




 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン


 《紅き翼》の一員。詳細不明。
 ドイツの『黒の森』で引き籠り、研究をしている少女。少女のはず。年齢の事は、他の女性陣と同様に尋ねてはいけない。
 かつてセリアーナが住んでいた屋敷で隠居中。エヴァンジェリンとは研究仲間であり、ナギが消えた数年後、共に別荘と図書館島に引き籠り、好き勝手に研究に打ち込んでいた時期があった。
 その時の名残で、ドイツの家とエヴァンジェリンとの家の間に転移陣が繋がっているとか。
 作者によれば「超チートキャラ。ある意味でこの世界最強レベルの能力」らしい。




 間桐桜


 《紅き翼》の一員。詳細不明。
 ナギの話では「ゼクトと共に消えた~」ということを言っているが、どうやらナギの杖をネギに渡す際に秘密裏に行動していたらしいことが判明した。
 エヴァンジェリンと戦って勝ちかけた事も有る。
 停電時に現れたようだが……。




 衛宮士郎


 出る。出るというか、出さなくちゃどうにもならない設定なのだけれど、でも殆ど出番は無い。精々一話、二話程度で、後は回想シーン程度で仄めかされるだけだと思う。
 世の中には衛宮士郎が『ネギま』世界に行く話は山の様にあるので、敢えて彼はギリギリまで出番を減らしてみる。




 両儀式


 出る。
 予定では無く、しっかりと出ると断言する。
 もう暫く先だけど。






 ●『ラブひな』からの人物




 浦島景太郎


 東大生で美人の奥さんがいて、しかも好きな研究に存分に打ちこめる、自分の趣味が勉強に成った、羨ましい事この上ない人。去り気にスペックが高い。
 流石に教職(というか講師)の今では、セクハラのスキルを表すことがないが、家では相変わらずドジを踏んで怒られるようだ。
 日常担当で、サラと並んで非常に貴重な常識人尚だが、良く考えてみれば彼も常識と離れている。普通の青年だけれども、瀬田に鍛えられたために結構強い。
 具体的には、青山素子と勝負して十回に三、四回は勝てる程度。
 修学旅行編では、妻のなる共々、京都に行くことになる。




 浦島(成瀬川)なる


 ご存じ『ラブひな』ヒロイン。時系列的にはまだ結婚をしていないが、もはや結婚までは時間の問題の為、皆浦島で呼んでいる。住んでいる家も一緒。景太郎と並んで、サラの保護者である。現在は高校教師となる為、教育実習を麻帆良で行っている。
 修学旅行では京都に行くのだが、出番は少ないはず。
 彼女が仮に活躍するとすれば、恐らく第五部《学園祭》編になるだろう。




 サラ・マグドゥガル


 麻帆良学園女子中等部3-A所属・出席番号二十八番。
 十二歳。実の父、瀬田記康は海外に渡航中なので、現在の保護者は浦島景太郎である。
 彼女の来訪には、浦島ひなたと学園長の何らかの密約が存在する。浦島ひなたは、如何やら世界の動乱を感じ取っているらしく、何かしら巻き込まれる事を予見していたようである。
 基本的に日常担当。学園長の語る「数少ない一般人」の範疇に入る少女。
 とは言う物の、その経験は並みの学生以上の物を有しており、「邪魔に成らない」「何も見ていない振りをする」「自衛は自分で行う」等など、アクシデントへの対処方法や、関わり方は知っている。




 青山鶴子


 現在の京都神鳴流の師範代。勿論裏の世界を知る、神鳴流でもトップクラスの実力者。アウターのレベル。かつての全盛期の兄弟子・詠春には劣るものの、現在の彼とは互角(逆に、今の詠春も実力はある)。
 原作の様な、神鳴流(笑)等と言う真似はしません。真剣に動いて貰います。
 《赤き翼》の親類縁者と言う事で、『魔法世界』のアリアドネーに定期的に来訪し、日本の陰陽道に関する講義を実習付きで行っている。遠坂とも友人。その容姿から以外と人気があるそうだ。
 修学旅行編で必ず登場。活躍に期待。




 青山素子


 現在、東京大学一年生。京都神鳴流の次期師範。
 本家・青山の家系であり、詠春とも当然ながら親戚。元々、家業に不向きの性格で(鶴子曰く『優しすぎる』とのこと)家を飛び出すも同然に東へ。その後、神奈川県の日向荘に辿り着き、そこで過ごす。
 才能は、長い神鳴流の歴史の中でも随一。刹那以上の才覚を有し、将来的には最強の剣士になれる、らしい。しかし、性根が未熟、と鶴子に言われている。
 大学に入学後も、友人達に顔を見せに、時々、日向荘に足を運んでいるそうだ。
 因みに、封印されている“妖刀「ひな」”。これは実は、厄神・鍵山雛に関係があったり……。




 前原しのぶ


 普通の高校生。麻帆良女学院に通う少女。東大進学を目指して勉強中。
 なるがいることを知っていて、それでも浦島景太郎に惚れている。不倫には成らない、筈。
 日常の人なので、必然的にシリアスな話では影が薄い。その代わり、要所要所で、日常の象徴として出させて貰うつもり。




 瀬田記康


 サラの父親で、煙草に白衣、メガネがトレードマークの地質学者、古代文化学者。遺跡発掘や古代遺跡についてのプロ。明日菜が好きそうな、渋いおじさん。
 色々な意味で浦島景太郎の師匠であり、その実力は鶴子と互角だという噂まである。
 現在はサラを麻帆良の浦島一家に預け、世界中を妻・はるかと共に放浪、発掘しているらしい。




 瀬田(浦島)はるか


 瀬田の妻。景太郎の叔母に当たる人物で、過去にはサラの母親と親友だった。
 サラの母親が死んだ後、瀬田の前から姿を消したが、結局サラの母親になる意味も込めて結婚。今は夫と共に世界中の遺跡発掘に同行している。
 ちなみに、かなり強い。




 浦島ひなた


 近衛近右衛門の同級生にして、相坂さよの(生前の)友人。
 ラブひな勢の中で、最も何をしているのか怪しく、最も腹の内が読めない人。サラを麻帆良に通わせたり、景太郎となるを麻帆良に関わらせたり、と何やら企んでいる。
 悪人ではない、と断言出来るのが幸いと言えば幸いか。






 ●『消閑の挑戦者』からの人物




 鈴藤小槙


 果須田裕杜の幼馴染にして、世界最高の頭脳を持つ、現在は大学生の少女。世界中をあっちこっちに放浪中。『ER3』に行ったら即座にそのまま《七愚人》になれる実力を持つ。実際、『ER3』だけでなく西東天からも『十三階段に入らないか?』と勧誘されてもいる。
 果須田裕杜の研究の成功例《パーフェクト・キング》であり、人類の至宝ともいわれる怪物の一人。
 世界の全てが数字と情報で認識出来、それらを自在に掌握し、操る事が出来る。
 魔力等の特殊な力を持たない存在の中では、間違い無く最強の人。ミクロは細胞一つ一つの動きから、マクロは天体までが、彼女の認識の範疇である。故に、普通の人間が行える動作はトレースが可能。木原神拳とか、《少女趣味(ボルトキープ)》とかの完璧なる模倣も可能である。
 勝負は基本的にしないが、仮にしたなら最強クラス。上手くやれば《一方通行》にも勝てる。
 修学旅行編で登場。




 果須田裕杜


 故人。鈴藤小槙の幼馴染にして、《パーフェクト・キング》へと昇華させた存在。
 あらゆる方面に突出した才能を持つ天才であり、鳴海清孝や『ER3』など、世界に名立たる天才たちの中でも特に有名な一人だった。現在の小槙の様に《七愚人》に勧誘された事も有る。
 彼が唱えた理論の中に『人類の進化』というテーマが存在し、これは物語に大きく関わっていく。




 鈴藤いるる


 小槙の従姉妹。果須田祐杜が開発したウォリスランド共和国所属の研究員。
 滅茶苦茶頭が良いが、飛び抜けた天才と言う訳では無く、『ER3』の通常研究者レベルである。
 朝倉和美の出生の意味と、その彼女が有する特殊な才能を知っているらしい。






 ●『スパイラル~推理の絆~』からの人物




 鳴海歩


 『スパイラル~推理の絆~』の主人公。
 兄の才能(本人は劣化コピーと蔑んでいたが)を受け継ぐ鳴海家の二男。
 しかし実は兄妹では無く、鳴海清孝のクローンだった事が作中で判明した。新陳代謝機能の低下による衰弱死という運命を抱えていた。しかし、《ブレードチルドレン》達の運命を変える為にも体の治療を目指し、現在は麻帆良にいる。

 鳴海清孝の知人『冥界返し』という医者から麻帆良に伝手を取り、入院と共に体質改善を始めたのが物語の始まる一年ほど前の事である。
 現在は様子見の状態。一応、支障は無い、という判断。激しい運動は自粛しているが、それなりに日常生活が可能になっており、入院費用や治療費を学園が負担する代わりに、麻帆良で音楽教師をしている。
 《ブレードチルドレン》からは、『彼が生き続ける限り自分達の運命も覆す事が可能だ』と、思われている。故に、運命を打ち破り、神の法則を覆す為にも、彼が死ぬことは許されない。

 一番原作のネギと近い立場の人間であり、才色兼備ではあるが一般人。別名を巻き込まれ体質。原作時の様な、清隆からの束縛も無いので、何かあった時に一番自由に行動できる人物かもしれない。
 結崎ひよのとの関係は……はてさて、どうなることやら。




 鳴海清隆


 世界で暗躍する、通称を《神》と呼ばれる天才。この世界で知らないことはほぼ、無い。
 「世界から外れた存在」であり、同時に傍観者。自分の物語は、既に歩によって答えを出され、敗北を認めている。しかし、続いて行く世界を面白くしたいが為に、彼方此方で各組織と接触している。
 物語を嫌でも狂わせる、戯言使いの《無為式》を期待しており、どうやら西東天と協力関係にある模様。ただし、それに歩を利用する魂胆はない。
 悪人ではないが、非常に気に障る存在であることは間違いない。




 結崎ひよの


 身分不明・年齢不詳のお姉さん。現在は、麻帆良中央駅前のアクセサリーショップ《ブラウニー》兼、非合法密売店の店長。そして、鳴海歩の同居人である。
 清隆の知人で、昔から彼の依頼を、様々な形で引きうけている。今回の麻帆良来訪もその一環だが、ひよのの内心の中に、歩へ対する感情が皆無だった、という訳でもない。
 何年か前は、歩とは先輩後輩の仲だった。新聞部として他人の弱みを握り、学園を裏から掌握していたそうだ。彼のサポート役だが、要するに見事に歩の手綱を握っていたとも言える。




 竹内理緒


 麻帆良学園女子中等部3-A組・出席番号十八番。
 ――――と、成っているが、正真正銘《ブレードチルドレン》の一人であり、他と同じく大学生である。
 その才能は、爆発物や危険物取扱、あるいは重火器の扱いに突出しており、中学生の時に既に、警察機動隊を手玉に取る程の実力だった。生まれが生まれであるが故に、しっかりと殺人も犯しており、歩を殺しかけた事も結構ある。
 歩と清隆の戦いが終わった後には、その技術を生かしてNGOの一員として地雷撤去へと携わっていたが、再度、清隆に呼び出され、そのまま麻帆良中学校に転入させられる事になる。不憫な娘だ。
 《ブラウニー》でアルバイトと称して、銃火器の手入れ・販売をしている。品物の卸し先は伊織魔殺商会で、中にはドクター製の怪しい物品も並んでいる、との事。
 何年か前に零崎一賊の爆弾魔・零崎常識《寸鉄殺人(ペリルポイント)》と接触し、その技術を教わったそうだ。
 魔法や魔術等には全く縁が無いが、頭脳と武器で戦う少女である。




 浅月香介


 《ブレードチルドレン》の一人。それなりに何でもこなせるが、理緒や亮子のような、突出した技能は無い。要は器用貧乏。野生のオオアリクイを倒した、とかいう逸話も有るのだが、なんか地味。
 現在は麻帆良大の建築課に所属。大学生として真面目に勉学に打ち込む傍ら、理緒のサポートをしている。大学生と言う立場で様々なイベントに潜り込み、各組織に関係有りそうな面々と接触しているらしい。
 常に不機嫌そうな顔の眼鏡の青年で、割と常識的な人間。メンバーでの突っ込み役。歩とも殺し合った関係だが、今では其れなりに良好な関係である。
 亮子とは幼馴染。彼女に危害が行かぬように、彼女の分まで人を殺している。




 高町亮子


 《ブレードチルドレン》の一人。運動能力は非常に高く、陸上では高校記録を保有してもいる。
 現在は麻帆良の体育課に所属。腹違いの兄妹である香介とは、交際中だと周囲に誤解されているそうだ。
 『殺すくらいなら殺される方がマシ』がモットーだったが、香介が彼女を只管に庇って、彼女の分まで人を殺していた為、結局直接的な攻撃にあった事は殆ど無い。
 話の中では常識人故に、香介と並び、苦労しつつも麻帆良での生活を楽しんでいる様だ。




 アイズ・ラザフォード


 《ブレードチルドレン》の一人。世界的に有名なプロピアニスト。長髪の美男子。
 何やら鳴海清隆を始め、世界の動きを追っているらしいことが判明した。
 土屋キリエに清隆からの情報を任せ、今現在は《金曜日の雨》九連内朱巳や白峰サユカと言った、アウトローな面々と共に策動し始めている。




 カノン・ヒルベルト


 故人。《ブレードチルドレン》の一人。アイズの親友。
 元々は鳴海清隆の命令で動く暗殺者で、その才能は理緒、亮子、香介が束になっても叶わない程だった。
 ある時アイズ達の殺害を計画し、実行。三人に重傷を負わせるが、最後には駆け付けた歩達に敗北。その後軟禁され、大人しくしていたが、最終的には水城火澄に殺された。
 暗殺者として活動中に、石凪萌太、霧間凪と出会ったことがある。




 土屋キリエ


 《ブレードチルドレン》の監視役。通称をウォッチャーと呼ばれる立場の人間。
 ウォッチャーとは、水城刃の死後、三つに分かれた彼のシンパの中で、子供達を監視に留め、成長を見届ける方針を立てた人々。大半は長年の他勢力との抗争で既に陰に葬り去られているが、彼女は鳴海清孝の配下に付いた為に、今でも生き延びている。
 物語が終わって以降は、生き残った《ブレードチルドレン》達を繋ぐ連絡員の様な仕事をしている。
 諜報能力・情報収集能力や、公権力への根回し。交渉や腕っ節も優れており、かなり優秀な人材なのだが、周囲に居る連中が揃って彼女以上に異常なお陰で、余り凄いと思われていない。




 鳴海まどか


 警視庁捜査一課。階級は警部。
 鳴海清隆の妻にして、歩の義理の姉である。警視庁に勤めていた頃に清孝が見初め、そのまま結婚した。
 勿論、その清隆の脳内に、彼女に対する利用心が皆無だった訳では無い。実際、自分と歩の対決に、彼女を盛大に巻き込んでいる。しかし、多少、愛する“方法”は変だが、しっかり愛情を持っている事も確かなのである。色々言いつつも、別れていないのだから、夫婦仲は良いのだろう。
 因みに、北大路美奈子とは一緒に酒を飲む仲で有る。




 水城刃


 故人。《ブレードチルドレン》達の父親。意味の通り、ブレード(=刃)のチルドレンである。鳴海清隆と同じく、「世界から外れた存在」であり、その異名を《神》に対して《悪魔》と呼称された。
 その能力は清隆と同等であり、鳴海清隆以外の存在には、決して殺されなかったという。
 その才覚・才能は他者を卓越しており、間違いなく世界有数の人材だった。しかし、何よりも彼が他者と違った点は、その技量を全て“自分の血族以外の人間の全滅”に奮ったと言う事実である。
 巧妙な事は、その技量が世界的に認められ、自分に対する信用が完璧に成った時に“初めて”人類抹殺に行動した点。それ故に、彼が鳴海清隆に殺害されなかった場合、彼の血族以外の人類は滅んでいたかもしれない。
 その彼の性質は、彼の子供達《ブレードチルドレン》全員に受け継がれている。チルドレンの共通点は、刃と同じく、胸の肋骨が一本欠けているのだ。




 水城火澄


 故人。水城刃の弟。《ブレードチルドレン》では無いが、彼の才能を色濃く受け継いだ少年。鳴海清隆と水城刃が正反対の存在であったように、彼は歩の正反対の存在だった。
 歩とは親しい友人に成ったが、最終的に対決。そして敗北。《ブレードチルドレン》の運命を託された歩を救う為、やはり刃のクローン体であった己の体を提供し、数多くの実験の末に死亡した。
 彼が居たからこそ、歩は現在、まあ人並と言っても良い状態に戻っている、のだが――――果たして、そんなに都合良く話が進むのだろうか?






 ●『ブギーポップ』シリーズからの人物




 ブギーポップ


 《不気味な泡》。

 現在は麻帆良学園女子中等部3-A・出席番号十一番、釘宮円の体の中に潜んでいる。
 マントと帽子に包まれた、電柱みたいなシルエット。登場する際には必ず口笛でワーグナー作曲のニュルンベルグのマイスタージンガーを吹きながら現れる。
 『人間が最も美しい時に、それ以上醜くなる前に殺してくれる死神』として女子中・高校生の中で名が知られているが、本来は『世界の敵』を始末することが目的。
 その正体は、《集合無意識(アラヤ)》から生み出された存在であり、型月世界で言う『抑止力の行使者(カウンターガーディアン)』に近いものがある。
 『世界の敵』に対しては問答無用、理屈抜きでの殺害権を保有している。つまり『世界の敵』は、どんな存在、能力を有していようと《不気味な泡》には「絶対に」勝てない、という理論が適応される。
 基本武装は絃。しかし、潜伏している人間の肉体の枷を外す事が可能な為、意外に俊敏で怪力。




 霧間凪


 《炎の魔女》。
 現在は麻帆良学園女子中等部の体育教師。学園広域指導員も兼任している。
 女優顔負けの美貌に、苛烈な燃え盛る輝きを見せ、態度、性格、実力、口調と、その全てに炎を幻視する。異性よりも同性に持てるタイプのカッコイイ女性である。
 生徒からの人気も高く、また素行不良の生徒達からもカリスマ的に信奉されているらしい。
 その体内に“斥力”を司る《炎の魔女》ヴァルプルギスを宿し、宿敵である“引力”を司る《氷の魔女》アルケスティスと、戦う運命を背負っている。この二対の魔女の戦いには《不気味な泡》も介入はしない。二対の魔女は、時間・並行世界、果ては次元をも超え、宿主を変えて永遠と戦い続けている。
 《炎の魔女》はMPLS能力者の始祖であり、「全てを支配下に置いて単一化を促進させる」性質を持つ。対する《氷の魔女》は「多様性を促進させる」性質を保有しており――――要するに「この世界で、人間以外の怪物が跋扈している理由」の一つに関わっているのだ。
 『人間の進化』。あるいは『人間や魔人の多様性』を始め、物語の中核を成す存在である。
 現在は二対の魔女の戦いは膠着状態。今すぐに戦争が再開されると言う訳ではない。だから、今は頼れるお姉さんで、ネギの信頼のおける戦力、という認識で構わない。
 しかし何れ、物語に大きく関わって来る事も、間違いないのだ。




 末間和子


 《博士》。
 『統和機構』の次期『中枢』になる存在。霧間凪の友人。一見すれば普通の優等生。しかし凪曰く「俺が知る中で最も頭の良い人物だ」との事。羽川翼みたいな存在と言えば解りやすいかもしれない。
 《不気味な泡》を巡る全ての物語に、近くも遠くも無く、知る事が出来るのに巻き込まれない、絶妙の位置に、自然と存在する才能を有する。その才能と、彼女の精神を、《酸素》に見こまれたようだ。




 九連内朱巳



 《金曜日の雨(レイン・オン・フライデイ)》。
 『統和機構』のエージェント。霧間凪の高校の同級生であり、彼女を初めて《炎の魔女》と呼んだ女性である。友人と言うよりも、ライバルとか腐れ縁と言う表現がしっくり来る関係。
 『統和機構』の中で、珍しく私利私欲が少なく、しかも非常に有能な為、『中枢』からも信頼されている――――が、その実態は“大嘘つき”であり、『統和機構』は愚か霧間凪ですらも簡単に騙し通す。
 彼女の最も大きな嘘は、「実は何の変哲もない、正真正銘の一般人」と言う事実を隠している事である。
 最近は、アイズ・ラザフォード達と協力して、世界の動きを探っている、らしい。




 柊


 《酸素(オキシジェン)》。
 『統和機構』の現『中枢』。しかし、彼が『中枢』である事実を知る者は少ない。
 「見えない物質」を体現する様に、非常に存在感が希薄で、彼と会うべき存在以外は、彼を認識する事が出来ない。話し方も空気の様で、ごく一部にしか通用しない会話を行う。
 同時に「生命を生み出す劇薬」の性質を示し、世界に結ばれる全ての運命を読む事が出来る。彼自身で運命を操作する事は出来ず、また百発百中と言う訳でもない。しかし、世界全てを見ているが故に『統和機構』は、世界の裏で存在し続ける事が可能なのだ。
 自分の運命は既に終わりかけ、存在意義だけで動いている。
 《不気味な泡》の存在は承知しているが、対面した事はない、らしい。




 高代亨


 《イナズマ》。
 「死線」「隙」「弱点」等を視認する《イナズマ》の力を持つ、侍風の青年。霧間凪の友人。
 『統和機構』のブラックリスト筆頭。最強と言われるエージェント《フォルテッシモ》を持ってしても決着が付いていない相手であり、今現在は世界を放浪している様である。
 かつて《不気味な泡》の物語に関わった際に、イナズマの力とは即ち「因果律や、死に関わる因果」を認識する能力である、と言われた。その性質だけで言うのならば、『直死の魔眼』以上の能力だと言える。
 作者として活躍させたいキャラ。
 出します。




 ピート・ビート


 どこかで出したいなあ、と思っているのだけれども、珍しく出番も決まっていない。
 あるいは、全然出ないかもしれない。












 ああ、長かった……。

 さて、そんな訳で人物紹介・上です。これで三分の一だ。

 次回は、戯言シリーズとか、時空管理局とか、断章騎士団とか、上条当麻と愉快な仲間達とかです。

 後半が、され竜とか、EMEとか、薔薇乙女とか、ウィザーズ・ブレインとか、封神演義とか、その辺。

 最後にはサプライズも有るので、お楽しみに。

 では、また次回。



[22521] 登場人物事典(中)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/10/31 21:45
 ネギま・クロス31
 登場人物事典その2 登場人物編(中)






 かなり量が多かったですが、頑張りました。

 良く読むと、なんか色々他作品との関係が示されているので、楽しんでくれれば良いなぁ、と思います。






  ●『戯言』及び『人間』シリーズからの人物。




 戯言使い(いーちゃん)


 麻帆良学園女子中等部、物理&科学教師。井伊入識(偽名)。
 本名不明の『戯言使い』。作者も一時間位、名前を考察してみたのだが、結局不明だった。多分この先で彼の名前が明らかにされる事は無いのだろう。
 名前の由来は、彼の妹である“井伊遥奈”の苗字。鏡の反対側である“零崎人識”を、鏡と言う事で「人」と「入」に入れ替えた名前。いいいりしき、と読む。母音が全てiだったのは嬉しい誤算。因みに、井伊入識ならぬ零崎入識を「ぜろざきはいしき」と読むと、子荻ちゃんとの会話の条件を満たせたりする(が、これがいーちゃんの名前だとは作者も思っていない)。

 元々は京都で請負人として動いているのだが、零崎人識に「麻帆良の妹を助けて欲しい」と頼まれ、妻の友と一緒に、教師として赴任した。教員免許は持っていないが、『ER3』在籍という過去を利用して、玖渚の権力で取得したそうだ。
 綾瀬夕映が、《零崎》である事を知っている。しかし、実際、綾瀬夕映は友人や姉に守られていて、彼が手出しをする程の問題では無かったのだ。それよりも重大な問題、即ち宿敵・西東天が絡んできている事を知り、依頼の中で並行して対策を立て始めた。
 幸いにして、妻・友はその筋では有名な電脳技術者だったので、警備員として介入出来ている。

 “なるようにならない最悪”。通称を“無為式”と呼ばれる異能を有する存在。彼が物語に介入すると「あらゆる方向で予想外に転がる」という結果を齎す。ハッピーエンドは何処かに消え、バッドエンドも姿を消す。残るのは、予想外に過ぎる、如何してそんな結果に成ったのか、過程が解らない答えのみだ。
 彼のこの性質は、若かりし頃程の力では無い。しかし、他者の思惑が全く別の結果を齎す、と言う点は同じ。その影響で、図書館島では、危うく、綾瀬夕映が零崎としての性質を奮う所だった。
 鳴海清孝と西東天が手を組んだ様に、今現在は鳴海歩と協力体勢にある。鳴海清孝の動向を玖渚友が探り、各種の“手掛かり”を歩が確保する、と分担しているようだ。
 『戯言使い』が手足として使っているのが、暗殺一族出身の闇口崩子。玖渚友と電神ウィル子の戦いを有利に進める為、彼女をヒデオに派遣して、現実でのアベレージを入手しようとしたのも彼の策略である。
 彼自身は「無為式」以外に特別な才を有しておらず、怪物達に話を運び、交渉するだけである。




 西東天


 《人類最悪》。
 戯言使いの宿敵。哀川潤の父親。通称を狐面の男。諦めの悪い人間。
 元『ER3』の研究者。幼い頃から英才教育を施され、僅か八歳で大学へ。二人の姉と両親の死を契機に、若干十三歳にして『ER3』に入る。その後、十九歳で二人の親友、メイド、娘と共に帰還。
 その後、事故で死亡した事に成っている――が、勿論生きている。この世界では、死亡偽装など特に珍しい事でもない。因みに、この時彼が一緒にいた赤子が、後の哀川潤である。

 「世界の終わり」「物語の終わり」を見ることを目的とする人物。言うなれば、『盤上の世界の行き着く先』を見る事に精力を注いでいる。かつて『戯言使い』と対立し、敗北したが、諦め悪く、何回でも終わりを見ようと頑張っている。
 その執念と、物語に興味を覚えた鳴海清隆が繋がるのは、其れほど珍しい事でもなかったのだろう。
 彼と協力して「世界の終わり」に必要な物として『戯言使い』の持つ「無為式」や、川村ヒデオの《闇》など、数多くの対象を物語に引っ張り込んでいる。
 《十三階段》と呼ばれる部下を率いている。




 玖渚友


 《青色》。又は《蒼色》。
 現在の『戯言使い』の妻。麻帆良学園・情報中央制御室責任者。
 左目だけが青い、嘗ての天才。その昔は、その才能は人間の最高に位置していた。

 元世界最高の電脳集団《チーム》のトップ。《チーム》は、電脳に関わる全ての文化を、強制的に叩きのばした、と言われる天才集団で、彼らが居たからこそ、今現在、電脳世界はこれ程に発展した、とまで言われている。彼らに出来ない事は無く、彼らが行わない事は無かった。宇宙開発や国連G8のファイヤーウォールから、一会社のアドバイザーまで。兎に角、適当に、好き勝手に暴れ続けて、ある時にぷっつりと姿は消えた。その原因は、『戯言使い』に有るらしい。
 百以上の機械を一度に操るような人間以上の才能は、いーちゃんと共に生きるために捨てたものの、過去の技術力や経験は未だに普通に有能な技術者のレベル。世界各国に潜む《チーム》の元メンバーに接触出来るだけでなく、“MAKUBEX”と呼ばれる電子存在と交流してもいる。
 実はウィル子の母親。その昔、《チーム》のメンバーが面白半分に生み出したIAが、ウィル子の起源であり、原型である。故に、ウィル子の情報に関するアプローチは《チーム》の誰かに酷似している。
 色々有ったが、夫婦仲は良好なので、良いのではないだろうか。




 哀川潤


 《赤色》。《人類最強》。
 真っ赤な髪に、赤で統一した衣裳を纏い、コブラとドゥカティに乗る美女。
 その通り名の如く、《人類最強の請負人》。値段は張るが、彼女に頼めば何でもやってくれる。

 最強にして『世界の法則から外れた存在』。生まれながらの主人公にして、絶対のヒーロー。しかしそれ故に、他者の仕事を請け負う事でしか、物語に介入出来ないと言う性質を持つ。
 その逸話は凄まじい。数十階建ての高層ビルから飛び降りて無傷で着地。走っている列車を蹴りで止める。老婆に成っても数百キロを背負った状態で天井を走れる、などなど。本人曰く、核ミサイルでも死ぬとは思えない、とか、一人で少子高齢化を覆せる、だそうだ。

 世界の法則から外れている為、気・魔法・魔術を初め、世界に関わる異能は一切が使用不可能。しかしそれでも、間違いなく人間としては最強である。少なくとも《赤き翼》レベルの実力は有るだろう。
 誰もが認める英雄で、美味しい所で登場する、一番、格好良い人。いーちゃんの知人で、最も頼りにしている人物の一人。西東天の実の娘であり、彼の死んだ姉の片方が、彼女の母親。彼の親友が、彼女の育ての親である。
 因みに、数世紀の後に、未来で人類最強の形容詞を得る《夢幻伝説》岡崎夢美とは血縁関係がある。衣服も赤色だしね。

 修学旅行に出ます。登場で、滅茶苦茶に美味しい場所を奪っていきます。




 零崎人識


 《人間失格》。殺人鬼。
 京都で十三人を殺した通り魔の犯人にして、殺人一賊《零崎》ファミリーの鬼子。顔面に入れ墨を入れた小柄な青年。『戯言使い』の鏡の反対側の存在。過去には汀目俊希と名乗っていたこともある。
 父・母共に零崎というサラブレッドであり、唯一、零崎同士の血から生まれた存在である。今は兄・双識から任された「妹達」の面倒を見るお兄ちゃんである。いーちゃんに良くからかわれている。
 かつて京都で彼と対峙した哀川潤が曰く『人殺しの天才』。その技量や身体能力は未熟だが、『他者を殺す』という性質だけは専門家顔負けであり、勝ち負けの理屈が通用しないそうだ。
 妹達だけでなく、親しい人間に対しても意外と面倒見が良い。いーちゃんも命を助けられている。
 綾瀬夕映の最後の兄であり、零崎舞織にとっての最後の兄でもある。




 零崎舞織


 殺人鬼。
 麻帆良学園の大学に通う学生で、かつては無桐伊織と名乗っていた少女。ある時に《零崎》に覚醒し、殺人一賊へと加わった。得物は、義兄・双識から譲られた大鋏《自殺願望(マインドレンデル)》。
 笑みを浮かべた無害そうな少女だが、実は頭も良く、狂いっぷりも結構な物。覚醒して間もないと言うのに、自分を襲ってきた暗殺者に両手首を落とされたと言うのに、それでも笑って、兄とのコンビネーションで見事に相手を殺し返した怪物である。

 無関係だから殺されない、という理屈は零崎に通用しない。何かしらの取引があるか、あるいは凄く仲が良いか、その場合ならば、彼女に殺される事は無いようである。
 過去に、人識共々、哀川潤に敗北している。その時に、見逃して貰う条件として『自分から殺しをする事は無い』と約束をした。以来、確かに其れを守っているのだが、正当防衛が適応される場合ならば別である。実際、停電の裏でも何人か始末している。
 家族の敵に容赦はしない。兄と同じく面倒見は良く、妹にして末娘の夕映とは仲良くしている。




 零崎軋識


 殺人鬼。
 《零崎一賊》の殺人鬼にして、双識、曲識と並ぶ有名人。本名を式岸軋騎。
 その得物は《愚神礼讃(シーレムスバイアス)》と名付けられた釘バット。その技量は高く、遠距離狙撃のライフル弾を、確立六割とはいえノックする事が出来るレベルである。
 実は《チーム》所属の技術者《街》であり、零崎一賊の中で、唯一家族以外の繋がりを持つ存在である。
 現在は植物人間状態であり、まともに行動できる状態では無い。彼も含めた零崎の有名陣が消えてしまったが故に、残りの零崎も排除しようと、《呪い名》連合が動き始めたのである。




 闇口崩子


 暗殺者。麻帆良学園女子中等部3-A・出席番号三十一番。
 本来は高校生だが、年齢を良い感じに誤魔化して中学生。中学生にしてはスタイルがかなり良いが、3-Aの生徒達の中では余り目立たない。それに、外見も幼く見えるのでなんとかなっている。らしい。
 日本人形のような雰囲気の、黒髪の少女。一見すれば大人しそうだが、趣味は小動物の殺戮だとか、常にナイフを持ち歩いているとか、並みの女子では無い。
 その正体は、《殺し名》七家系の第二位《闇口衆》本家直系の血を引く生粋の暗殺者。生家は北海道・大厄島。母親は闇口憑依。父親は六花我樹丸。《十三階段》の闇口濡衣は叔父である。

 《闇口衆》は、各個人、生涯に唯一人使えるべき主人を探す風習なのだが、闇口崩子は井伊入識こと『戯言使い』に忠誠を誓った。彼の命令は何でも聞かねばならず、一生の奴隷として過ごさねばならない。
 兄・石凪萌太の死を契機に、彼女の実力は衰え始め、今では精々が一般人の相手が出来る程度。大厄島を訪れて独り立ちして以降、全く戦えないと言う訳でもないが、実力は弱い。『戯言使い』も、それを承知しているので、脅しや脅迫、潜入捜査や情報収集を基本に使用している。
 この物語では主人『戯言使い』が麻帆良に加わることとなったので、その手伝いとして編入した。




 石丸小唄


 大泥棒。
 泥棒であって、間違っても怪盗では無い。プロとしての意識は有るが、美学は無い。得物を盗むのに他者を利用する事や、邪魔ものを排除する事もかなり多い。ルパンというよりも怪人二十面相に近く、実際『戯言使い』も過去に虐められている。哀川潤が“性格が悪い”のに対し、彼女は性悪なのだ。
 《人類最強》と張り合える、という異名を持つ。確かに間違っている訳ではない。しかし、小唄自身も、哀川潤と戦って勝てるとは思っていない。精々が得物を横取りして逃げる程度である。
 それでも凄いか。




 裏切連合


 《呪い名》によって構成された集団。その規模、黒幕、背後関係など一切が不明。
 嘗て萩原子荻が構成させた《裏切同盟》とほぼ同じ。時宮病院・罪口商会・拭森動物園・死吹製作所・奇野師団・咎凪党の六氏族で構成されている。違うのは、その規模だけである。
 《零崎》全滅という名目で動いているが、その詳細は不明である。
 停電に時宮病院の一人が潜入。霧間凪と高町なのはを苦しめるが、レイジングハートに想操術が通用する筈も無く、敗北。その後、逃走中に零崎舞織に殺害される。




 玖渚直


 第二世界『政治力』を統べる《玖渚機関》の機関長。
 出番はかなり少ないが、この物語の世界観を語る為には、絶対に必要な人材なので、今の内に紹介する。
 玖渚友の兄にして、『戯言使い』の頭の上がらない人。昔から色々と世話に成っていて、今でも、何かと助けて貰っている。何かと面倒事に巻き込まれる事の多い『戯言使い』が、未だに消されない理由の一つ。
 重度のシスコンであり、勘当されていた玖渚友を『玖渚機関』に呼び戻したのも彼。友を巡り、機関で邪魔者扱いされていた過去の『戯言使い』を、命を救う為に『ER3』に追放した張本人でもある。
 その才能は、かつての妹程でもないが、十分に神童と呼ばれるに相応しい。今現在、天才で無くなった友では太刀打ち出来ないレベルに有り、彼が居る限り『玖渚機関』は崩れないと言われている。
 因みに、彼の陰には、直木七人岬という決して表に出ない部下が存在したりするが、彼の出番は無い。






 ●『とある魔術の禁書目録』からの人物




 上条当麻


 《幻想殺し(イマジンブレイカー)》。

 彼に付いてを、敢えて語る必要もないだろう。
 本格的にネギと絡むのは第六章《魔法世界》での話なので、それまで我慢して貰います。




 《禁書目録》


 イギリス清教《必要悪の教会》所属《Dedicatus545(献身的な子羊は強者の知恵を守る)》。

 本名不明。通称をインデックス。『とある魔術~』のメインヒロイン。
 上条当麻とその仲間達(通称を上条勢力)においては、優秀なブレインである。

 『読めば魂まで穢れる』魔導書を十万三千冊、その頭の中に記憶しており、その為、世界各国の魔術結社衰残の的になっている。浚われたり、操られたり、守られたり、とヒロインの要素には事欠かないのでが、何故か本人より他の女性陣の方が目立ち、しかも話に絡んでくるので、影が薄い。
 とは言う物の、本当に影の薄い人は別にいるし、色々言いつつも上条当麻にとっての『守るべき大事な人間』であるので、重要人物である事は間違いない。原作ロシア編で、やっと本格的に、当麻との関係も変化し始めるかな……と思ったのだが、結局、また離れ離れだ。

 《必要悪の教会》と遠坂凛の約束により、麻帆良学園へ。飛行機の離発着が遅れた為、大停電の渦中に、アルトリア、御坂妹、五和の三人に護衛されながらも来訪する事と成る。とはいっても彼女が騒動に巻き込まれる事は無かった。
 停電の終了後、エヴァンジェリンを封じていた『学園結界』の仕組みを完全に見抜き、解除に一役買う。
 その後、関西国際空港で他の仲間と合流する予定、らしいが……。




 姫神秋沙


 《吸血殺し(ディープブラッド)》。

 上条勢力の一員で、上条に攻略させられた一人。かつて『学園都市』三沢塾で、魔術師アウレオルス・イザードによって実験体にさせられていた所を、上条、ステイルの二人に救出される。
 《世界の意志》によって出現した『原石』と呼ばれる異能者で、「あらゆる吸血鬼に対する絶対の血」を有している。魔術的にその身を封印していないと、吸血鬼を呼び寄せ、消滅させてしまう。

 この《吸血殺し》は、吸血鬼達に「例え飲むと死ぬと理解していても尚、魅力的に過ぎる」代物。概念的に吸血鬼に対して殺害権を有しているのだろう。どんな《始祖》だろうと、一吸いで死ぬ。上弦だろうと、《真祖混沌》だろうと、レミリア&フランドールだろうと、レディ・メーヴェだろうと、逃れる事は出来ない。恐らく《真銀》と同じ効力を有していると推測されている。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだけは、その「絶対の不老不死」という特性が《吸血殺し》の力を上回るので、ダメージを受けても死なず、何れ復活する。また、所詮は吸血鬼“もどき”でしかない《王国》ツィツェーリエ等も、殺す事が出来ない。

 作中では、停電前まで、城塞都市のドクターにその体質を診療して貰っていたらしい。その後、彼女の力が治ったのか、もっと悪い方向に行ってしまったのかは、まだ不明である。

 修学旅行編で登場。




 御坂美琴


 元学園都市第三位《超電磁砲(レールガン)》。

 『とある魔術~』の科学サイドのヒロイン。元々、自分の能力が通用しない上条当麻に注目していたが、《妹達》を巡る《一方通行》との事件から、上条当麻と本格的に関わる事と成る。
 上条当麻が裏で何をしているのか知らないまま、自分を助けてくれた時と同じ様に、誰かの為に動いている事を知り、時には対立しながらも事件を解決する事も多かった。しかし、肝心の話の“肝”については、他の《超能力者(レベル5)》と違って、むしろ排斥されていた節すらある。
 それは『学園都市』の暗部への関わりが、《妹達》に比較しても尚、非常に少なかったと言う意味と同じなのであるが――結果として彼女は、話の中核を知らないままに動き、故に、全てが後手に回っていたのだろう。彼女の想いが幾ら強くとも、中心に成り得なかった。
 結果、上条当麻は、御坂美琴が伸ばした手を掴む事無く、より大切なやるべき事の為に、関係を切り離し、ロシアで消息を絶つのだが……さて、如何なる事やら。結果は原作を待つばかりである。

 その実力は一国の軍・大隊に匹敵するともいわれ、人間の範疇で彼女以上の電撃の使い手は、この世界には存在しない。放電現象や電子機器の天敵であり、操者である。
 現在は世界各国に散った《妹達》を巡りながら、上条当麻の仲間として活動をしている様子。

 修学旅行で出る。




 ミサカ


 《欠陥電気(レディオノイズ)》。

 御坂美琴量産型クローン《妹達》の通称。大体の場合は、製造番号10032番の事を指す。
 感情の起伏が少なく、未成熟。それ故に上条当麻に対するアピールはストレートで、姉・美琴には出来ない真似をやってのける。中々に手強い相手であると言えるだろう。
 戦闘能力は少ないが、非常に有能。その最たる例が《妹達》の脳内リンク(通称をミサカネットワーク)。個人個人は電磁波・微弱電流程度の操作しか出来ない。しかし、一万人の姉妹の脳が独自の周波数を持つ電磁波で繋がっており、遠く離れた状態での意志の疎通や、人間には困難な計算機能を発揮出来る。
 全世界に散る事が多い、上条当麻の仲間達にとっては非常に有り難いスキルである。

 ミサカ10032番は、大停電前に《禁書目録》の護衛として、五和、アルトリアと共に来訪。学園内の非常事態を、玖渚友とウィル子に教える為、その能力を駆使して彼女達に接触。間接的では有るが、事件の解決に貢献していた。




 神裂火熾


 イギリス清教《必要悪の教会》所属《Salvere000(救われぬ者に救いの手を)》。

 元天草式十字清教の《女教皇》にして《聖人》。多角融合型魔術の使い手。
 《聖人》と呼ばれる特殊な立場の魔術師であり、その実力は高い。世界でも上から数えた方が早いレベルで有り、上位百人の中には確実に名を連ねる存在である。何かと敗北を喫する事が多かったり、より上位の実力者の計りになったりすることも多い気もするが、本当に強いんです。

 上条当麻とは《禁書目録》を巡る事件で知り合い、その後、幾度と無く共闘。対魔術結社、対ローマ正教、対英国内乱、対学園都市と、愛刀《唯閃》と共に潜り抜ける。
 尚、律儀な神裂は、その都度、彼にお礼をしようとするのだが、何時も機を逃してしまい、土御門に弄られ、五和に美味しい所を持っていかれる事に成る。まあ、お礼の方法にも多少問題が有る。因みに、上条当麻とは殆ど同じ年なのだが……態度も性格も体つきも、とてもそうは見えない。

 現在は、世界各国を巡り、上条当麻の知人・友人達を集めている。実質的な上条グループの纏め役を兼ねており、『魔法世界』グラニクスでアルトリアと接触して、《禁書目録》の交渉をしたのも彼女。
 同時、古くからの知人である土御門に、何かしらの調査を依頼しているようだ。




 ステイル・マグヌス


 イギリス清教《必要悪の教会》所属《Fortis903(我が名が最強である事を此処に証明する)》

 炎を操る天才ルーン魔術師で上条当麻の喧嘩仲間。《禁書目録》や学園都市を巡る戦いの中、共に喧嘩をしつつも、事件を解決する為に奔走する事が多かった。なんだかんだ言いつつも《禁書目録》を守ろうとする思いは同じな為、上条当麻とは仲良く(周囲が言うには)やっている。

 専門は拠点防衛や拠点攻略。炎のルーンを使用し、カードとして展開する事で効果を生み出す。使用する枚数が多いほど威力や術は上がり、切り札《魔女狩りの王(イノケンティウス)》ともなると魔術結社の壊滅も十分に可能に成る。
 発動が遅い、柔軟性に欠けると言う魔術の点で弱く思われがちだが、かつてローマ正教の手に堕ちた《禁書目録》を単身で救いだし、解放するという大役も完遂しており、実はとても強い。

 今現在は、上条当麻の一向と行動を共にしている。




 土御門元春


 イギリス清教《必要悪の教会》所属《Fallere825(背中刺す刃)》兼『学園都市』生徒。

 上条勢力の情報担当。イギリス清教と上条当麻のパイプ役にして、同時にアレイスター・クロウリーとも通じていた多重スパイ。また、彼ら以外の魔術結社とも深く関わりを持ち、その顔は非常に広い。
 《一方通行》等の科学サイドにも関わっており、飽く迄も裏方に徹しながら、数多くの事件で奔走していた。確実に成果を上げた彼の動きで救われた命は多い。

 学園都市で能力者として開発を受けている為、その魔術の使用は困難だが、実は世界有数の陰陽術師。上条当麻以上に鍛え上げた身体での戦闘が基本だが、魔術の使用を躊躇う事は無く、己を厭わない。
 似通った性質の為か、上条当麻の親友と言っても良いポジションに居る男である。

 現在は『魔法世界』の辺境の地で、旧《完全なる世界》研究施設の探索中。




 ローラ・スチュアート


 イギリス清教の最大主教。兼《必要悪の教会(ネサセリウス)》のトップ。

 英国本土において五本の指に数えられる世界最高峰の魔術師。その実力は当然高いが、それ以上に打算的で狡猾。聡明さと腹黒さを抱える女性。その本性を示す事は少なく、普段は馬鹿っぽい雰囲気である。
 人間の精神に痛烈な一打と与えると共に、無意味な善行もする。その為か不思議と人望は途切れず、神裂やステイルも、不満を抱えつつも命令に従う事が多い。

 魔術と魔法の統合が進んでいる事により、イギリス清教の宗教的立場は其のままだが、一方の《必要悪の教会》は『魔法世界』と、その下部組織《協会》に組み込まれている。
 その立場を利用し、魔術結社はイギリス清教の立場で、魔法結社は《必要悪の教会》の立場で顔を出す。魔法の隠匿は《協会》に任せる事も多いのだが、魔術の隠匿に関しては完全に彼女の掌の上。英国に犇めく多くの魔術結社も、ローラ・スチュアートの名を恐れている。

 今現在は上条勢力の保護者の一人。唯の気まぐれでは無く、その裏には深い考えが有る様だが、それは上条当麻ら本人達にも見えていない。
 《必要悪の教会》として、『魔法世界』の裏に潜む魔術組織を隠蔽・討伐するとともに、かつて《完全なる世界》と、其処に助力した組織達を狙い、陰ながらもネギ達の助けとなる行動を起こしている。

 二十年ほど前、身分を隠して魔法学校に忍び込み、ナギ・スプリングフィールドと出会い、なにやら楽しい経験した過去を持つ。その関係で《赤き翼》の何人かとも顔見知り。エヴァンジェリンも対面した事は有るらしい。




 アレイスター・クロウリー


 元『学園都市』統括理事長。

 かつての黒幕その二。上条当麻、《一方通行》を初めとする能力者や、イギリス清教などの各組織を己の計画に利用し、魔術師を滅ぼす一歩手前まで行った。しかし最後には上条当麻らに敗北。現在は『学園都市』の権利を親船最中ら理事会に譲って退き、《必要悪の教会》に隠居している。

 本名をエドワード・アレクサンダー・クロウリー。魔術的実力は世界最高。『黄金夜明』と呼ばれる魔術結社を設立したり『法の書』を記述したりと、彼の活動70年で、魔術の歴史が書き変わったとまで言われている。しかし、それ故に彼が魔術を捨てた事は、最大の汚点と記された。
 現在も世界最高峰の魔術師であり、同時に科学者である事は違いない。仮に魔術を知らなかった場合、その才能は『ER3』のヒューレット助教授すらも凌駕した可能性があると言われている。

 その処分については各国から多くの反発が有ったようだが、最後には呑み込ませたあたり、何か裏工作をしたのだろう。しかし本人も、もう表に出るつもりは無い。現在は、過去と同じく、聖ジョージ大聖堂の地下で逆さまの状態。ローラとは話し相手。
 かつて学園都市で利用していた監視技術“アンダーライン”をウィル子に伝授してもいる。




 五和


 天草式十字清教所属の魔術師。

 表向きは天草式~からの出向と言う形に成っているが、実際はその実力と上条当麻との関係を見込まれ、神裂によって合流を果たした、かつての上条勢力の一員。同時に原作のヒロインの一人である。
 身体強化魔術や剣での戦闘が多く、実力は中々高い。とは言う物の、平均的な魔術師の実力の領域を出る訳でもない。ただ、魔術の特性上、応用能力は高く、どんな相手とも組む事が出来る利点を持つ。

 特徴的な二重瞼に、天然な性格で家庭的と、数少ない常識的な女性。しかし一方で上条当麻に対する思いは強く、神裂を恋敵と認識してもいる様である。
 
停電の渦中に《禁書目録》の護衛として、アルトリア、ミサカと共に来訪。詰め所に到着後は、「もう一人のネギ」によって倒れた警備員達を介抱した。また、停電終了後のエヴァンジェリンの封印解除のサポートもした。




 オルソラ・アクィナス


 イギリス清教所属の魔術師。

 《必要悪の教会》に所属している訳ではない、純粋なイギリス清教出身のシスター兼魔術師であり、神裂によって合流を果たした、嘗ての上条勢力の一員。原作のヒロインの一人でもある。

 その専門は暗号解読であり、魔術書や魔術媒体の取り扱いが大きな仕事。言語や文化、世界各国の雑学にも優れており、その戦闘能力こそ低いが、上条勢力の外交方面の担当をしている事が多い。

 いわゆる“お婆ちゃん思考”であり、会話にやや難があるが、非常に優しく、性格的にも肉体的にも母性溢れる女性。自分を救ってくれた上条当麻には恩義以上の感情を持っており、天然か策士か不明なまま、さり気無くアタックをしかけている。




 アニェーゼ・サンクティス


 ローマ正教イギリス清教派の魔術師。

 イギリス清教に在籍してこそいるが、ローマ正教から改宗する気は無く、一種の宗派として成立している。名目上はローマ正教なので、その名前をローラに十分に利用されていると言う訳である。
 嘗てはローマ正教とオルソラを巡り、上条当麻達と対立。しかし、その後“アドリア海の女王”と呼ばれるローマ正教の魔術艦隊のパーツとして利用され、今度は彼女が上条当麻に救出される。ただ、他の女性陣と違い、上条当麻に惚れていると言う訳ではないらしい。

 集団指揮的な仕事が多く、言いかえれば軍勢を効率的に行動させ、運用する術に長けている。ローマ正教イギリス清教派のシスター二百人を確固たる意志統一の元で運用したスキルを使用し、物資や人材の輸送、運搬等の仕事を取り仕切っている事が多い。

 本人の戦闘能力も中々高く《蓮の杖》と呼ばれる武装を使用して戦う。長柄武器として《蓮の杖》を扱い、また空間座標に打撃を与える魔術を持つ。発動までのタイムラグも含め、野外での戦闘に不向きな所が難点かかもしれない。




 サーシャ・クロイツェフ


 ロシア成教《殲滅白書》所属の魔術師。

 イギリス清教との友好の証明として、クランス・R・ツァールスキーとローラ・スチュアートの間の協定によって派遣された。そしてローラは彼女を、そのまま上条勢力に合流させた。
 嘗て上条当麻の父・刀夜が引き起こした《御使堕し》事件から上条当麻に関わり始め、天使と非常に相性の良い肉体の特性を狙われ、物語に巻き込まれていく。

 《殲滅白書》は幽霊退治に特化した集団であり、魔力の残滓を解消する事や、土地に流れる霊脈・気脈等の問題解決が上手い。宗教は違うが、所謂“お祓い”に近い面が有る。その一員であるサーシャも当然ながら相応の技術は有している。
 どことなく小動物を感じさせる愛らしい少女だが、戦う際の獲物は拷問器具。様々な用具を使用し、問題解決には手段を選ばない面も持っている。対人戦・対集団戦と、どんな相手にも相応の戦いが可能。
 
現在は上条当麻の一向に加わり、シスター勢と交流を深めている様子。




 オリアナ・トムソン


 フリーランスの魔術師。《Basis104(礎を背負いし者)》。

 魔術業界では名の知れた、凄腕の運び屋。その手段を選ばず仕事を完遂する態度から《追跡封じ》の異名を有し、振り切られた追手は数多い。
 嘗て『学園都市』で、ローマ正教の仕事を請け負い、上条当麻らと対立。速記魔術と知力で、上条とステイルを苦しめるが、最後には二人の“凄く悪い連携”を攻略する事が出来ず、敗北。イギリス清教に捕縛され、幽閉されていた。その後、ローマ正教との戦いの途中で、上条当麻と共闘した。

 神裂に協力を頼まれ、現在は上条勢力に在籍。その経験を生かし、作戦時の侵攻や効率の良い行軍の方法。侵入・逃走経路。敵戦力の活動範囲や、相手への対処方法など、戦略上の現場参謀を担う事が多い。

 包容力のある、溺れそうな雰囲気を持った妖艶な美女。別に上条当麻に惚れている訳ではないが、興味深く思っている事も確かなようで、嫌々に助力している訳ではないらしい。




 吹寄制理


 『学園都市』出身の女性。

 上条当麻のクラスメイトであり、委員長。当然の如く当麻のフラグ能力に引っ掛かっているが、それを粉砕し続けた為に、対上条当麻用兵器として扱われる事も多くない。

 元々、何か怪しげに動いていた彼の動向を気にしては居たのだが、最後にはそれを嗅ぎつけ、力を貸す。といっても戦闘能力は大した実力を持っていないので、もっぱら雑務と事務処理が多い。書類仕事とか。
 しかし、上条勢力で雑務処理が出来る人材は、意外なほど少ないので、非常に重宝されている。




 《一方通行》


 元『学園都市』第一位《一方通行(アクセラレータ)》。

 此方も敢えて詳しく語る必要はないだろう。
 上条当麻と違い、結構裏で目撃されているのだが、はっきりと登場するのは相当に後の予定である。




 《打ち止め》


 御坂美琴量産型クローン《妹達》の製造番号20001番。

 《妹達》全員の思考制御と統率を目的に生み出された最終クローンで上位固体。――なのだが、《一方通行》と上条当麻の対決の煽りを受け、急遽、製造途中で培養漕から出されてしまった。故に《妹達》の中で外見は一番若く、外見や口調も小学生低学年以下に見える。

 《一方通行》の本心を見抜く明晰さと、彼を支える優しさを持つ、実は凄く優秀な幼女。
 現在は《一方通行》や“グループ”と共に旧《完全なる世界》研究施設探索をしている様子。




 《番外固体》


 元学園都市第三位《超電磁砲》の量産型クローン《妹達(シスターズ)》の《番外固体》。もっと正確にいえば、第三次製造計画(サードシーズン)によって生み出された番号外のクローンである。
 対《一方通行》用に調整された、負の感情に付加を懸けるミサカであり、大能力者相等の電撃使いでもある。かつては《一方通行》を相手に、その精神破壊を目論んで『学園都市』から破壊されたが、敗北。

 一命を取り留めた後は、取引の後に共闘。今現在は、《打ち止め》を護衛している。




 垣根提督


 元学園都市第二位《未元物質》。

 かつて己が所詮はアレイスターの道具でしか無い事に逆らい、《一方通行》に戦いを挑むも敗北する。
 死亡したかと思われていたが、辛うじてだが一命を取り留めていた。脳を三つに分割し、冷蔵庫程の補助機械を組みこんで命を繋いでいる状態だった、らしいが……。

 今現在は、《裏新宿・無限城》と呼ばれる場所にいるらしい。
 因みに、そんな地名は、“この世界”には存在しない。




 麦野沈利


 元学園都市第四位《原子崩し》。

 完璧主義者。しかし、その性格故に格下と侮っていた不良少年に敗北。《冥界返し》の『負の遺産』によって復活した。作者は原作十九巻での登場を見て、サイボーグむぎのん、とかいう言葉を受信した。
 その後、幾度と無く相手を追い続けるが、何れも敗北。最後にはロシアの大地で和解してしまった。作者はてっきり、死ぬと思っていたんだけど。

 今現在は『ER3』にいるらしい。




 《冥界返し》


 『学園都市』在籍の医者。カエル顔の初老の男性。
 ある意味一番にチートな人間で、あらゆる手段を用いても人間の命を救う事に全てを掛けている。その技能は確かだが、局部麻酔で心臓手術を行ったり、法的に危険な薬物・新技術を使用したりと、その伝説は数知れず。上条当麻が有る意味、一番お世話になった。
 嘗て、魔術結社に追われ死に懸けていたアレイスターを救い、彼が浮かぶ水槽を与えたのもこの人物。言い方を変えれば、『学園都市』の始まる切欠を生み出した諸悪の根源、でもある。

 その才能は高く評価されており、鳴海清孝や果須田祐杜、赤羽蔵人を初め、交友関係は広い。
 鳴海歩を麻帆良に行かせたのも彼である。




 風斬氷華


 どこかで出す。

 「いや性質上無理じゃない?」とか思わなくもないけれど、出す方法は考えてあったりする。




 エイワス


 こっちも出る。

 第六部《魔法世界》編まで続けば、だけれど。






 ●『コード・ギアス』世界からの人物




 ルルーシュ・ランぺルージ


 麻帆良学園女子中等部3-A組・副担任、数学教師。

 遠い並行世界からやってきた青年。元神聖ブリタニア帝国王子にして、後に皇帝。そして世界の半分を口先と頭脳と演技と行動で、正体不明のまま統率した希代のカリスマ「ゼロ」でもある。
 波乱万丈の人生の最後には親友に刺殺されたのだが、二百年の後にC.C.と共に麻帆良の地に来訪した。

 複数の世界の記憶を引き継いでいる為に知識が所々変だが、一番の基本知識は皇帝になった世界(アニメ版)である。だからガウェインを召喚出来ても自分での操作が不可能。ハドロン砲やスラッシュハーケンの使用は可能だが、殆どスタンドの扱いである。

 その正体は《世界の意志》妲己に召喚された『呼ばれし八人』たる特殊な英霊「ライダー」。



 しかし、その召喚過程には、かなり複雑な問題が有る。

 本来は『ナイトメア・オブ・ナナリー』世界(以下、ナナナと略す)の《ブリタニアの魔女》ゼロを「ライダー」として召喚する筈だったのだが、しかしナナナ世界のゼロは、“ルルーシュでもC.C.でもない《ブリタニアの魔女》と呼ばれる存在”だった。其処で、ルルーシュとC.C.の両方を召喚し、融合させることでゼロを再現させよう、と妲己は考えたのだ。この為に、麻帆良に魔王&魔女の両方が出現したのである。

 言いかえれば、二人は《ブリタニアの魔王》ゼロの状態が本来の姿で、同時に「ライダー」なのである。

 しかし、ここでもう一つ誤算、というか予想外の出来事が有った。

 『集合無意識』から呼び出された為、並行世界も含めた“ルルーシュ・ランペルージ”という生命が呼ばれる事となり、結果として召喚されたルルーシュは、並行世界の記憶が混ざった状態に成ったのだ。
 この辺は、型月世界の“座”のシステムに近い物が有る。特定の世界のルルーシュでは無く、ルルーシュ・ランペルージという人間の集合体が、形になったと言うべきだろう。
 ルルーシュであると同時に、ゼロ(ナナナ世界)の性質を抱えてもいる為に、不老不死。シャルルやC.C.からコードを受け継いで、不老不死になっている、という訳ではないのだ。



 学園での人気は高い。女子よりも美しい男子という呼称は真実のままである。あの傾国の美貌が壊れる事はこの先に無いと言う事であり、この点だけは、早くに死んで幸いだったかもしれない。無論、都市を取らないし変化をしないので、同様に、体力等の欠点も、この先に伸びないと思われる。

 絶対遵守のギアスは両目で制御可能になっている。一人に一回、という制約は変化していないが、その使い所の見極めが非常に上手くなっている。麻帆良の中で使われた人間は、葛葉刀子他、数人のみ。
 現在はエヴァンジェリンの家でC.C.共々生活している。C.C.とは婚約者という立場。彼本人もそこは納得しているようだ。




 C.C.


 麻帆良学園女子中等部3-A・出席番号三十四番。クライン・ランペルージ(偽名)。

 嘗てルルーシュにギアスを与えた魔女。当初は利用しているだけだったが、ルルーシュの人生を見て、彼と共にいる内に心が変化。最後には彼を見守り、彼の残した者を見続ける事に成った。

 エヴァンジェリンとは実は同郷と言う設定。C.C.(に成る前の奴隷だった少女)と、当時のエヴァンジェリン(一城の姫)とは天と地ほどの立場の差が有ったが、それでも同じ土地で育った事には違いない。
 この物語では、エヴァンジェリンと同じ、大体600歳位をイメージしている。当時の故郷・レーベンシュスルト城の光景は、風化しては居るが、記憶に残っているそうだ。

 故に、不死者同士という事も相まって、中々仲が良い。自分をC.C.と呼ぶ事も許している。
 ただ、他の不老不死と違うのは、彼女のその不死性は“コード”と呼ばれる特殊な性質を宿している為だから。コードは、条件が整えば他者に引き渡す事が可能なので、その不死性は絶対と保障された物では無い。ナナナ世界では実際に、ルルーシュに世界を託して消えていった。



 その正体は、《世界の意志》妲己によって召喚された『呼ばれし八人』の英霊「ライダー」の片割れ。

 ナナナ世界のゼロが「ライダー」として呼ばれる筈だったのだが、ゼロは、“ルルーシュでもC.C.でもない状態”だった為、二人揃って呼ばれる事と成った。
 その真実を知るのは大停電の最中だが、ルルーシュと違って、魔女は如何やら、無意識の内に自分の立場を理解してもいたらしい。自分が英霊と教えられる前から、そんな雰囲気が節々に見えている。



 ルルーシュの人生を知っている為に、『誰かを守る事』や『世界を変える事』に対する意見は非常に厳しい。ルルーシュを全肯定している訳ではないが、彼の覚悟は理解を示し、共に有ろうとしている。

 特に、近衛木乃香を守ると言いながらも、中途半端だった桜咲刹那に対しては、同族嫌悪にも似た怒りを覚えた。其処には、守ろうとして傍に居る事から逃げた過去の己を重ねている部分もあったのだろう。
 エヴァンジェリンとネギが戦う中、停電中の桜通りで激突。死闘の果てに彼女を破る。

 その後、ゲリラ戦によって倒れたルルーシュと共に、息絶え、「ライダー」ゼロとなって大橋の決戦に参戦。発揮された本来の力を存分に使用し、「もう一人のネギ」の撃退に成功する。




 ゼロ


 《魔王》ゼロ。

 『ナイトメア・オブ・ナナリー』の世界のゼロにして、《ブリタニアの魔女》ゼロ。『集合無意識』の停滞を防ぐ為、エデンバイタルを利用し戦乱と混乱を巻き起こす不死の怪物。
 素手でKF(ナイトメアフレーム。ギアス世界のロボット)に勝てたり、相手のエネルギーを吸収したり、炸裂したクレイモアを空中で止めたり、虚空から専用機ガウェインを召喚出来たりと、明らかに常識外の存在。運動能力もありえない程高く、KFの蹴りを受けてもピンピンしている。

 その正体は、《世界の意志》妲己が呼び寄せた特別な英霊『呼ばれし八人』の「ライダー」たる真の姿。

 最も、その事実を“本人”が知ったのは、大停電において《魔女》と《魔王》の、両者が同時に死亡状態に成っている、という条件を満たした時。其処で初めて、封じられた記憶を戻され、「ライダー」の知識を与えられた。その後、真実に不満を言いつつも、しかし同じ立場の「セイバー」アルトリアと、「アーチャー」高町なのはと協力し、大停電において「もう一人のネギ」を撃退した。
 自分を呼び寄せた『世界の意志』妲己には逆らえない。しかし、向こうも大きな干渉はするつもりは無いらしく、他の隠された真実を教える気も無い様子である。

 ルルーシュとC.C.の両者の融合状態である。不老不死に加え、《ブリタニアの魔女》という立場。故に結界型ギアス(ザ・スピード、ザ・ランドなど)は、エデンバイタルの力の影響で、自由に使用可能という、超反則キャラである。
 ただしマーク・ネモを操ることだけは出来ない。




 シャーリー・フェネット


 ルルーシュを愛した、ごく普通の、だからこそ大切だった少女。
 役目が確定した。

 絶対に“出ざるを得ない役目”を背負っている。

 秘密が多くて、ここでは言えない。
 彼女ははたして、ルルーシュ達に何を齎すのか……。




 『妹』


 ナナリー・ヴィ・ブリタニア。
 ルルーシュが何よりも徹底して隠し、行動したために、彼の死においてようやっと全て自分の為、世界の為だと知った。その後の彼女がどうなったのか、語られることは無い。語るものでもないと思う。
 二人の結末は、ナナリーにも、ルルーシュにも、責が有った。

 絶対に登場しない。




 『親友』


 枢木スザク。
 ルルーシュの最悪の敵にして親友。殺し合い、裏切り合い、騙し合い、憎悪と怨恨の果てに、しかし最後は手を組んだ青年。彼がどうなったのかも、また不明である。

 こちらもまた、絶対に登場しない。




 『義妹』


 初恋の女性。ユーフェミア・リ・ブリタニア。集合無意識で出会った後、消えて行った。
 彼女の存在が、良くも悪くもルルーシュとスザクを変え、そして世界を変える切欠となった。
 世界によっては皇帝にも成り得た。彼女の不幸は、皇族の出生であり、現実に抗うには運命との相性が悪かったこと。姉・コーネリアに守られ過ぎていた事である。
 それさえなければ優しい世界で過ごせた筈、だと思っている。

 彼女も登場しない。




 『父親』


 ルルーシュの父。シャルル・ジ・ブリタニア。元ブリタニア皇帝。
 妻・マリアンヌの事は勿論、ルルーシュもナナリーも親として愛していた。愛していたが、しかしその愛し方を徹底的に間違えてしまい、結果的にはルルーシュを捨てていまい、その復讐として殺された。
 集合無意識で割と長くルルーシュと共にいたらしく、ルルーシュの中では決着が付いているようである。

 彼も登場しない。




 『母親』


 ルルーシュの母。マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。
 ギアス世界最強の人(だと個人的には思っている)。

 出ます。






 ●『魔法少女リリカルなのはStrikerS』からの人物




 高町なのは


 現・麻帆良学園中等部女子寮管理人。

 高町ヴィヴィオの義理の母。その正体は、時空管理局本局武装隊航空戦技教導官・高町なのは一等空尉である。名前が妙に長いのは役所の宿命みたいなものだ。
 時空管理局で《管理局の白い悪魔》《エース・オブ・エース》とも呼ばれる一流の魔導師。《闇の書》事件やJS事件を初め、難事件を幾つも解決してきた有名人である。
 防御を鍛えた、基本的な後衛型。しかし、空中での移動能力や、近接戦闘への対処方法も有しており、普通の後衛型魔法使いよりも堕ちにくく、耐久力が有る。親友のフェイトとコンビを組むと、多分一番強いのではないかと思っている。
 学園警備員の一員であり、娘のヴィヴィオを鍛える意味も込めて活動している。

 その正体は《世界の意志》妲己によって、この世界に召喚された、特殊な英霊『呼ばれし八人』の「アーチャー」の立場にある存在。



 実は彼女の召喚にも非常に大きな問題が隠されている。

 高町なのはが娘と共に麻帆良に来た理由は、管理外世界で発見されたロストロギア。通称《聖杯》が原因である。
 このロストロギアは、本来、魔力災害や戦争時に使用される道具であり、大きな魔力を感知し、吸収すると言う性質を有している。しかし、文明が滅んだ為、回収されずに放っておかれたのだ。そして、休眠し続けていた。
 しかし、ある時、その土地が――――微生物しか存在せず、管理外世界と言う事で、時空管理局の訓練プログラムの一つに指定されたのだ。度重なる訓練による魔力を感知したロストロギアは、徐々に活動を開始。
 そして高町なのはの砲撃の一撃で、完全に目を覚まし、その魔力を吸収に動いたのである。

 莫大な量の魔力を吸収する《聖杯》は、その後、転位する様に設定されていた。恐らく二次災害を防ぐ為に設定されたのであり、次元を越えて転位し、其処で消滅する様に予めプログラムが組まれていた。
 しかしここで、大きな問題が発生する。
 それが《聖杯》が、高町なのはの砲撃のみならず、その“彼女本人”も吸収してしまったと言う事だ。



 《聖杯》に取り込まれた高町なのはは、《闇の書》事件の時と同様、その魔力を奪われた。嘗てと違うのは、その吸収量が莫大であり、なのはの生命すらも全て吸い取る分量だったと言う事である。

 《聖杯》の中で死ぬ寸前だった高町なのはを、妲己が見つけ、《聖杯》に吸収された魔力を逆利用し、彼女を「アーチャー」として召喚した、というのが彼女の来訪の真実である。

 しかし、妲己の力を持ってしても、その全てを召喚する事は不可能だった。正確に言えば召喚が遅すぎた。なのはの肉体は《聖杯》に吸収された事で衰弱していて、英霊の器として使い物に成らず、また唐突に《聖杯》から肉体を奪うと、どの様な反応を行うのかが不明だった。

 其処で妲己は、“高町なのはの精神”だけを保存し、自分の世界に英霊として呼び出したのだ。



 故に、時空管理局で回収された《聖杯》の中で、全てを吸い取られて生命活動を停止した「高町なのはの肉体」が保管されている。
 一方で、その精神や実力は其のままに「アーチャー」として麻帆良に有る、のである。



 この真実を知っているのは、上層部の一部を除けば、《聖杯》解析を行っているマリエル・アテンザ。事後処理に当たるクロノ・ハラオウンと八神はやて。彼女達から伝えられたフェイト・T・ハラオウン。高町なのは本人と、彼女から語られたアルフ、ユーノだけ。

 高町なのはは、麻帆良の地にて生存しているが、次元を越えて戻って来る事は非常に困難である。その感情は、母親としてのなのはに結び付き、幾つかの行動を取らせた。警備員として高町ヴィヴィオを鍛え、停電で彼女がエヴァンジェリンに協力したのも、その内の一つだったのである。無意識の内に自分の立場を自覚していたようで、この世界に居るテスタロッサ母娘をヴィヴィオの関係や、自分の消えた後の娘を思ってが、根底には流れていた。

 その話題の重さに他者に抱える事を良しとしなかったが、停電の最中、自分の懸念が的中してしまったことで限界を迎える。アルフに指摘され、ユーノに事情を話し……其処で、ユーなの風になったりした。

 今も尚、麻帆良で管理人の仕事をし、ヴィヴィオに事情を隠したままであるが、『呼ばれし八人』の一人である彼女が、今後も動乱に巻き込まれない筈が無い。




 高町ヴィヴィオ


 麻帆良学園小等部所属の魔導師。

 高町なのはの養女。理由は不明だが、母と共に麻帆良に飛ばされ、今は麻帆良学園小等部に通っている。母親がやってきた理由は「アーチャー」だったから。同じ時期に来訪したルルーシュ&C.C.は二人で「ライダー」だったから、なのだが……。

 無限書庫の司書のライセンスを生かして、図書館探検部に所属。のどか、夕映、ハルナ、木乃香達と仲良く日々を過ごしている。なのはとしても、自分の寮の生徒が帰宅に同行してくれるので助かっている。
 その明るい性格故に、寮の皆にも人気。確かに幼いが、あの明日菜でも可愛いと認める位、しっかりしている。外見が近い風香と史伽。母親繋がりでエヴァンジェリンとも其れなりに交流が多く、実は現時点では、ネギよりも遥かに優秀な交友関係を構成しているかもしれない。

 裏では警備員の仕事もしている。訓練も兼ねて、なのはの目の届く範囲で活動させている。幼いと思えるが、なのはとフェイト。両方の母親から教育を受けている事も有って、かなり優秀な実力。
 普段はぬいぐるみに偽造しているデバイス、クリス(セイクリッド・ハートを略してクリス)を使用すると、魔法少女に変身して戦う事が可能。嘗てJS事件にて発動した『聖王』モードになれ、勿論あの反則的な防御鎧『聖王の鎧』も纏う事が出来る。しかし一方で、他者を守る広範囲防御魔法は苦手。そのサポート役に、ユーノとアルフを、なのは、フェイトから其々付けられている。

 大停電の最中、母親に似たアリシア・テスタロッサを目撃し、衝撃を受ける。長谷川千雨の助力で何とか乗り越えた物の、彼女が自分の越えるべき壁であると認識した様だ。
 実はかなり重要な役目。




 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン


 時空管理局所属の嘱託魔導師。本局所属の執務官。

 高町なのはの親友で、高町ヴィヴィオの義理の母親。アリシア・テスタロッサの妹でもある。
 嘗てアリシア・テスタロッサの代用品として『プロジェクト・フェイト』によって生み出され、道具として使われ、プレシアに捨てられた過去を持つ。当初は廃人寸前だったが、その後、なのはやアルフの手によって、精神的に自己を取り戻す。
 『時の庭園』における最終決戦時、それでもプレシアを母と慕って手を伸ばすが、その手が握り返される事は最後まで無かった。その後、ハラオウン家に引き取られる。

 なのはと共に多くの事件を解決した有名人。特にJS事件解決の評価は大きい。執務官としての能力は高く、多くの事件を手がけている。そんな中でエリオやキャロといった子供達も保護しており、将来に期待されるエリートと評されている。

 現在は、高町なのはの現状を知り、それでも何とか彼女を救おうと奮戦している。本来なのはが行うべき仕事を八神はやてと分担して受け持ち、アルフから送られる情報をマリエル・アテンザに渡し、元機動六課の面々にさり気無く根回しをして、クロノから公私混同に注意するようにと言われている。

 プレシアとアリシアがいるので、心配しないでも、彼女もしっかり出て来ます。
 ご安心を。




 ユーノ・スクライア


 時空管理局所属・無限書庫司書長。

 高町なのはが魔導師の道を歩む様に成った、《ジュエルシード事件》の発端にいた少年。今現在は、立派な青年であり、その持前の頭脳を利用して、未整理資料に埋もれる無限書庫の司書をしている。

 スクライア一族の特徴としてオコジョに変身する事が可能であり、最初になのはに出会った時は獣形態だった。当時は人間に戻れる事を話していなかった為、そのままお風呂に入ったりもしたのだが、当時の彼は子供なので問題無い筈、である。
 人間時でもオコジョ時でも魔法技能に変化は無く、なのはのサポートをする事が多かった。

 直接戦闘能力こそ高くないが、各種補助魔法に非常に優れており、なのはの砲撃や、はやての広範囲魔法も簡単に防ぐ障壁を展開出来る実力の持ち主。通信、索敵、妨害、捕縛など得意分野は幅広い。
 JS事件後も、相変わらずなのはと付かず離れずの関係を保っている。周囲からは“普通の関係ねぇ……”と言う表情をされるが、両者の認識では、とても中の良い友人同士なのだそうだ。しかし、言わせてもらえば、普通は中の良い友人と言うだけで、養女の様子を伺ったり、授業参観みたく顔を出したりしない。

 実質的にはヴィヴィオの父親みたいな物である。

 現在はフェイトに頼まれ、なのはのサポート役として麻帆良に来訪している。アルフと共に転位してきており、寮の中でも人気を博しているお陰で、カモがキャラ被りを心配していたりするが、ユーノは眼中に全くない。
 その能力を見こまれて、停電中はヴィヴィオと行動を共にしていた。しかし、不測の事態によって人間形態に戻ってしまい、彼女達と分断され、脱落する。

 ユーノ負傷の報は、なのはの精神に大きなダメージを与えた。と言うのも、なのはは、この世界に居るだろうテスタロッサ親子の影響から、アリシアを守る為に鍛えているつもりだった。自分一人で問題を抱えて、敢えて事情を告げなかった事が、彼の負傷に通じたのではないか、という自責の念である。
 無論、なのはが一概に悪いと言える訳ではない。しかし、ユーノの負傷が、この世界での彼女達の立場を明確にした事は事実である。更に、自分が「アーチャー」であり、既に肉体は死んでいるという事実も、なのはの精神に拍車を懸け、結果、ユーノへ頼る行動に移らせる事と成る。

 作者としても、そろそろ二人の関係は進歩して欲しいので。物語の中で少しずつ進展させていくつもりである。




 アルフ


 フェイトの信頼する相棒。元々は死病に罹った狼の一種で、群れから追放された所を、幼いフェイトが拾い、使い魔とした。フェイトから魔力供給を受けている為、彼女が魔力を消費すればするほど、フェイトに負担が懸かる。故に最近は子供形態で居る事が多い。
 格闘戦だけでなく魔法も十分にこなせる有能な存在。ただ、フェイトと共に《闇の書》事件を解決した後は、彼女の家を守る事を命題とし、あまり積極的に戦う様子は見せない。フェイトの仕事が忙しく成り、負担を少しでも減らそうと言う事なのだろう。

 ヴィヴィオの保母的な立場でもある。フェイト出て慣れているお陰か、かなり子供の扱いは上手い。
 現在は、時空管理局から転位して高町母娘の元に居る。転位行動が可能であるという事実が、高町なのは救出が決して不可能では無いという事実の証明に成っている。

 ヴィヴィオと一緒に居る事も多く、停電では共に警備員として戦っていた。しかしその途中、『感じ慣れたフェイトの様な、しかし明らかに違う気配』を察知し、ヴィヴィオを庇って負傷する。
 フェイトの姉にしてオリジナル、アリシアの存在を検知した辺り、流石と言うべきだろう。




 八神はやて


 時空管理局所属の魔導師。階級は二佐。

 高町なのは、フェイト・T・ハラオウンの親友で、ヴォルケンリッターの主人である。
 嘗て《闇の書》事件に置いてなのは達と対立をしたが、最後には協力して解決。その後は時空管理局に席を起き、やはり数々の事件を解決する。現場で仕事をこなすフェイトやなのは等と違い、時空管理局の組織そのものを、より良くしようと動いている。結果、彼女達よりも階級は上である。
 指揮能力や人を見抜く目も有しており、細部に渡って優秀な人材が集められ、設立された『機動六課』は、結果としてJS事件の解決に成功した。

 その実力は高く、遠距離魔法に置いて彼女に勝る者は無いと言われるほど。最も、その理由である、古代ベルカ式魔法の行使能力や、使用しているユニゾンデバイス。果てはレアスキル「蒐集行使」と、その特殊性故に本局内でも色物に見られているらしい。
 現在は、なのはの身を案じつつも、自分に出来る事をするしかない、と言い聞かせ、信頼するクロノやフェイトに任せて仕事に没頭している。その懸命さは、己の感じている不安の裏返しである。

 時空管理局が話しに絡んだ時に、出てきます。




 クロノ・ハラオウン


 時空管理局所属の魔導師。階級は執務官。提督。

 XV型戦艦クラウディアの艦長。一種の単身赴任中。整備点検も兼ねて、久しぶりに管理局本局に戻ってきた時になのはの事件に遭遇し、エイミィや子供に会う時間を削られながら、解決に奔走することになる。
 生真面目ながらも世話焼きな所が有り、義理の妹のフェイトだけでなく、なのはやはやても頼れる兄として慕っている。本局付きの提督という難しい立場ながらも、ついつい面倒を見てしまうそうだ。
 その実力は未だに顕在だが、最近は第一線に出る事はめっきり少なく成ったそうである。

 現在は、高町なのは一等空尉の転位と、それに纏わる諸問題の解決を、上層部から命じられている。




 ヴォルケンリッター


 はやてを守る四人の騎士のこと。シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。

 出てくるとは思うが、未だ出番はない。




 プレシア・テスタロッサ


 元ミッドチルダ中央技術開発局第三局長。後、高域次元犯罪者。
 《完全なる世界(コズモエンテレケイア)》幹部・技術開発主任。

 フェイトとアリシアの母親。元々はエリート技術者で非常に優秀な魔導師だった。しかし開発の利権を巡る上層部と、その末に引き起こされた事故によって愛娘と社会的地位を奪われ、最後には自ら姿を消す。
 その後、自らの人生を賭け、アリシアを蘇らせようとしたが失敗。生まれたのはアリシアと似ても似つかないフェイトだった。世界に絶望した彼女は、フェイトを道具として利用し、失われし魔術が残る楽園《アルハザード》を目指す為にジュエルシードの収集を開始する。

 高町なのはが魔法少女に成り、フェイトと友情を結ぶ物語のラスボスとして登場し、『時の庭園』での決戦終了後、フェイトの手を振り払って何処とも知れぬ時空に消えた。



 ……と思われていたが、実はこの世界の『魔法世界』大戦期に、辿り着いていた事が判明する。

 《完全なる世界》首領の《造物主》から死者蘇生の情報を得たプレシアは、アリシアを復活させる為に彼らに助力。また手持ちのジュエルシードと、自分も持つ科学理論を提供し、その代わりに保護と情報隠匿を求めた。
 大戦期末期。オスティア崩落のエネルギーを使用して天界のマリアクレセルに接触し、娘を復活させる事には成功するものの、その代償にアリシアとの一切の接触を絶たれる。その後、駆け付けたエヴァンジェリンとの最終決戦で敗北。現在は『魔法世界』の何処かで幽閉されていると言う。

 それは即ち、彼女は未だに生きていると言う事。研究が密かに引き継がれ、『魔法世界』でプロジェクト・フェイトとして稼働している痕跡が残っている辺り、彼女の影響は大きかったのだろう。

 C.C.曰く、「彼女はキャスターの可能性が高い」そうである。

 第六部《魔法世界》編で登場予定。




 アリシア・テスタロッサ


 《完全なる世界》幹部・魔導師。

 プレシアによって蘇った、フェイト・テスタロッサの姉。同時にフェイト・テスタロッサ・アーウェルンクスと共に育った幼馴染にして相方である。当然、物語には敵として登場する。
 『何処までもフェイトに縛られているとは実に皮肉が効いているわ』、と彼女は時折、自嘲する程だ。とは言いつつも、兄妹同然に育ったフェイト・T・アーウェルンクスの事は信頼しており、彼の望みを知っている為、離れるつもりは毛頭、無いらしい。
 また、フェイトガールズにも慕われており、さながら一つの家族の様に見えなくもない、状態である。



 マリアクレセルに復活させて貰う代価として、プレシアは複数の条件を飲んだ。一つは、アリシアとは二度と会う事が出来ないと言う事。もう一つが、今迄プレシが行ってきた事を、全てアリシアに伝えると言う事だ。つまり彼女は、母親の罪と、妹を知っているのである。
 自分を蘇らせてくれた母親・プレシアの事は愛している。感謝もしている。しかし、自分の為に母親がした所業を知り、自分の存在を後悔している面も有している。その中での折り合いは、付いていない。

 停電中に、転位してきた高町なのはとヴィヴィオを知り、彼女達と接触。自分なりの答えを探して動き始めたようである。
 外見は、フェイトの丁寧さを、プレシアの持つ気高さに置き換えたイメージの女性。気品と優雅さを示すのがアリシア。落ち着いた親しみやすさを示すのがフェイトである。顔立ち、体型などは当前だが非常に酷似しており、ヴィヴィオが見間違えるほどである。

 その実力は非常に高い。基本の武器は、母から受け継いだストレージデバイスを、バルディッシュの様な剣タイプに改造し、鞭と杖への変形機構を組み込ませてある。
 魔法の才能は元々少なかったのだが、マリアクレセルが肉体を再構成した際、リンカーコアも一緒に付けてしまった為、今ではミッドチルダ式魔法を使用出来る。直接は教わっていない物の、アリシアの為に、プレシアが残して行った資料によって魔法を習得。
 大停電では電磁波障害によって通信を妨害し、高町母娘を会話をし、最後は長谷川千雨がギリギリで撤退させた。


 因みに、母親を倒して牢獄へ送ったエヴァンジェリンとも対面しており、怨み辛みは有していない。プレシアは自分を救う為に其れだけの事をしたと自覚している為である。
 大戦が終結した後、自分も母と同じ扱いになるだろう、と予想をしていたが、アリシアはあっさりと見逃された。フェイト共々、当時まだ子供だった彼女を救う為に手を回したのはエヴァンジェリンで、しかも、一時では有るが彼女達を助けて面倒を見てくれたのである。

 エヴァンジェリンの教育が、彼女の人格形成に影響を与えたのは間違いないだろう。






 ●『Missing』及び『断章のグリム』からの人物




 神野陰之


 《名付けられし暗黒》。

 《億千万の闇》の一角でもある端末の一つ。端末の纏め役を兼任してもいて、《億千万の闇》本人にもかなり近い、闇夜の魔神。人間の形を有しているが故に、その身を縛る事ならば、何とか可能。しかし、彼を消滅させる事は、根本的に不可能である。

 変化を好むが、己の願望を持たない(というのも、その感情は他の《闇》の端末が抱えているから)。故に、彼の思考は他者に見えず、善悪の概念も通用しない。
 かつては人間であり、神野三郎陰之という魔法使いだった。小崎摩津方が弟子だった事も有る。しかし、《闇》と魔法の研究を探求した結果、彼本人が《闇》へと変異してしまった過去を持つ。「深淵を覗く者は深淵に覗かれている」……ではないが、今の彼は《闇》を知り過ぎた結果なのだ。

 外見に限って言えば非常に耽美的な青年。夜色の外套を纏い、怪しい美貌と耳触りな声で他者を惑わせる。普通の人間ならば、其処にいるだけで発狂しかねない存在であり、過去には幾人も精神を病んでいる。

 司る《闇》は、人間が認識し、名前を付ける前の《闇》。《闇》と“定義される前”の闇。始まりの混沌に極限まで近い存在“そのもの”である。
 《億千万の闇》の中でも、確固たる形を持った存在で、同時に恐れられる怪物。

 川村ヒデオを見極める為に時折顔を見せ、気紛れに彼を助けている。




 十叶詠子


 《魔女》

 《億千万の闇》の中に潜む存在。嘗て空目恭一達と対立した学園の魔女。
 優しい態度だが、その裏に有るのは何処までも純粋な無邪気さ。余りにも無邪気で逆に狂っている異端者である。邪悪さが欠如しており、己での善悪の判断基準を有さない。「みんな」を幸せにしようと本気で考え、手段を選ばず本気で実行する怪物である。

 原作の最後で命を散らすが、しかし“都市伝説”としてその存在を保ち続け、古くからの知人である神野陰之に手を引かれて、《闇》の中に潜んでいる。

 司る《闇》は、包み込む闇。受け入れ、全てを許容し、受諾し、そして行動を停止させる、甘い毒。

 停電の最中、川村ヒデオに接触して、間桐桜との会談を設けた。その態度が異常に親切だったのは、彼が何れ、自分達と同じ領域にやって来る事を見越しているからだろう。




 空目恭一


 《影》。

 《億千万の闇》の中に住む存在。近藤武己の高校時代の友人であり、魔王陛下と呼ばれていた。
 眉目秀麗な美青年だが、非常に目付きは悪い。また、人間味が薄い。己の欲望がかなり希薄であり、他者に何かを期待する事も無い。頭は良いが思いやりは欠如しており、知識は多いが伝達は苦手である。

 原作の物語の最後で、“向こう側”へと消え、今現在は《闇》の中で、あやめと共に静かに生活しているらしい。其れだけ聞くと、なんか少し、ほのぼのする。

 司る《闇》は《影》。何かが障害にぶつかった時に、その裏に生み出される実態の無い存在。常に対象に付き纏う黒いモノであり、決して消えない物である。

 大停電の裏で、あやめと共に静かに騒乱を眺めていた。




 (空目)あやめ


 《神隠し》。

 《億千万の闇》の中に住む存在。空目恭一が欲した“向こう側”の住人。近藤武己の知人だった。
 常に控えめな、気弱な少女。臙脂色のケープに、儚げな雰囲気の美少女。己の立場が、彼女自身で如何にもならないと諦めており、それが微笑に成って現れる。常に寂しさを感じさせる存在である。

 “向こう側”に効果を有する詩を歌い、自分の仲間を求めている。それは言いかえれば、彼女の孤独から生まれる欲求であり、仲間を呼ぶ歌声である。否応なしに他者を引き摺りこむ為、彼女自身に悪意は無くとも、関わった物は狂い、異界へと消えていく事に成る。性質が悪いのだ。
 元々は人間だったが、明治期に、“向こう側”に供物として捧げられ、《闇》の一部となった。この儀式は、美しく着飾られ、目隠しをされ、手を引かれ、山に置き去りにされ、最後には八雲紫の手で“向こう側”に送られると言う物。空目の祖母が若い頃の生贄が、彼女であるらしい。

 司る《闇》は誘いと衝動。全てを滅ぼす破滅への誘惑と、苦しみから逃れる為の手招き。闇へ到る入口の一つであり、崩壊への侵入を防ぐ物でもある。

 大停電の裏で顕現し、麻帆良学園を眠りで包む事で、無関係な一般人達を守っていた。




 近藤武巳


 《追憶者》。麻帆良学園女子中等部社会科学教師。

 かつての物語の主人公にして、ごく普通な青年。何の変哲もない一般人であり、しかし《闇》や“向こう側”に関わっても尚、狂わずに生き続けた、非常に珍しい存在である。
 高校卒業後は進路を、歴史や民俗学に取り、都市伝説や“向こう側”の研究を始める。大学卒業後は、その研究を見込まれ、麻帆良で教鞭を取る様になった。自分と同じく、“向こう側”の物語を知った日下部稜子と結婚し、今は平和に過ごしている……のだが。

 彼の耳には、また、聞こえ始めたのだ。
 かつて神野陰之から貰った「見えない鈴」の音色が。




 近藤(日下部)稜子


 《鏡》。

 近藤武己の妻。空目恭一、近藤武己などと同じ部活にいた普通の少女。
 他人と感情を共有する才能に長け過ぎていた為に“向こう側”の物語に巻き込まれる。親戚や、死んだ姉や、友人達が巻き込まれ消えて行く中、それでも最後まで関わり続けた。

 現在は結婚して近藤稜子。お腹の中に武己との子供がいるそうである。




 木戸野亜紀


 《硝子の獣》。

 かつての近藤武己、日下部亮子、空目恭一、あやめの知人で友人。才色兼備の美女。
 強いまま歪んだ精神と頭脳で、幾度と無く“向こう側”を巡る事件で活躍した。元々犬神筋だった影響も有り、“向こう側”には多少の耐性を有している様である。

 物語の最後。空目やあやめの消失を機に、武己や稜子に最後の助言を渡し、自ら姿を消す。
 しかし、そんな彼女が平凡な生活を置かれる筈が無く、今現在、何をしているのかと言えば……。

 直に出るので、登場に期待して下さい。




 《雪の女王》&《寝覚めのアリス》


 《泡禍》と呼ばれる《神の悪夢》を対処とする、断章騎士団の一員。
 出るはず。……というか、作者的に凄く出したい。
 修学旅行後に、二人セットで登場させたい。












 長い。……何が長いって、いわゆる組織や勢力図として絡んで来るから、異常に人数が増える事です。まあ、自分の頭の中の情報整理も兼ねているんですが。
 さて、これにて中編も終わり。次回は最後の人々です。
 本編を進めつつ頑張ろう。

 ではまた次回!



[22521] 登場人物事典(下)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/12/18 14:10


 ネギま クロス31 登場人物事典その② 登場人物編(下)






 そんなわけで後半です。
 前半と同じく、自己責任でお進みください。




 過去最長の長さに成ってしまいました。楽しんでくれると嬉しいです。






 ●『されど罪人は竜と踊る』からの人物




 《宙界の瞳》


 謎の指輪。
 内部には《億千万の喉》とアウターらに呼称された程の怪物が封印されている。

 千雨が保有する前の持ち主は、遠く離れた異次元世界の青年咒式師ガユス・レヴィナ・ソレル。その前の持ち主は、『大賢者』ヨーカーンだった。

 虚数空間を発生させ、千雨が使用している『断罪者ヨルガ』(これも元々ガユスの武器である)を保管していたり、あるいは千雨では不可能な高度咒式の演算補助を手伝っていたりする。
 老齢のドラゴンの様なものらしく、眼球だけを虚数空間で繋げることで外部と会話も出来るのだが、この場合の会話は難しくて、理解できる者も殆どいない。伏義が通訳をしている。

 千雨の肉体を借りることで一時的に活動が可能だが、千雨の頭が追い付かずパンクするために時間制限も付いている。両者が協力して、やっと普通の咒式師レベルだ。




 ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ


 戦闘一族ドラッケン出身の、とんでもない美貌を持つ男性。
 その実力は、到達者と呼ばれる十三階梯咒式士であり、剣術・格闘においては非常に優秀。いわゆる前衛役の典型みたいな戦士。ガユスとコンビを組んでいた(が、仲は悪かった)。
 一族の例に漏れず、竜を狩ることが趣味で生きがい。しかも戦闘狂という、リアルモンスターハンター。相手が強いほど興奮する困った奴。でも『魔法世界』には、普通にこんな人いそうな気がするから困る。

 家具の収集と言う、一見してまともな、しかし実は変態的なまでの趣味を持つ。
 どれくらい変態かと言うと、椅子が愛娘(女である)、名前を付け(ヒルルカ、と言う)、飾り立て(そのために給料を相方の分まで使い込む)、本物の娘の様に溺愛する。
 そこまででも相当だが、作中での相棒・ガユスが「ねえお父さん」と、こっそり腹話術の様に悪戯をしかけたら、疑うことなく「おお!ヒルルカがしゃべった!」とか喜ぶレベル。彼女(人じゃ無いけど)に相応しい婿を探してもいるらしい(勿論家具で)。

 しかし、そう言う部分を除けば、頭脳は意外と明晰。特に生物学・人間工学を始めとした動植物関係に関しては博識。黙っていれば頭のネジが飛んでいるのは分からないから、容姿と相まって非常に女性に人気がある。

 使う武器は、『屠竜刀ネレトー』と呼ばれる、二メートル近い化け物みたいな刀だが、形状としては剣では無く青竜刀や薙刀に近い。剣術よりも、むしろ「槍術」(ここ、重要)の方が専門なのではないかと作者は思っている訳だ。
 出す。絶対に出す。でも修学旅行から帰ってこないと出ない。此処まで書いておいてなんだけど。




 ヨーカーン


 謎の存在。中世的な美貌に虹色の瞳、八つの宝珠を持つ咒式師。

 大陸中に名を馳せた『大賢者』と呼ばれた存在で、作中でも最強クラスの実力を有している。宝珠の中に、高位アウター級の化物を封じ、自在に使役している、と言えばその実力は分かるだろうか。
 目的は不明だが、現在は《完全なる世界》に協力している。今のところは敵。原作のチートなネギはおろか、《億千万の眷属》でも勝てるかは怪しい。

 ぶっちゃけると、この物語のラスボスの一人。

 しかし、『《完全なる世界》は少しだけ《十二翼将》に似ている』とか言っているが、あの最悪最狂の変態集団に比較されるのもどうなのだろう? と思う。






 ●『Rosen Maiden』からの人物




 ローゼン


 《人形師》ローゼン。

 《薔薇人形(ローゼン・メイデン)》を生みだした、何所かの空間に引き籠っている、世界最高の人形師。種族的には『魔法使い』である。遠坂凛やイリヤスフィール曰く“アオザキレベル”らしい。そして当の本人は、そのアオザキと接触しているらしい。どうやったんだ。

 最も、彼女と違い、本人の戦闘能力は低く、飽く迄も職人の域を出る訳ではない。しかしその分、専門分野での実力は凄い。人形から人間へ進化する、という、3rd-G(『終わりのクロニクル』の)が、ようやっと完成させた技術を、たった一人で完成させる事からも伺えるだろう。

 今現在は滅多に表に出る事はせず、兎型の『ラプラスの悪魔』や人工精霊を自作して情報を得ている(《ラプラスの悪魔》はマリーチが創造した『使い魔』の技法。彼以外にも八雲紫が使用している)。生み出した《薔薇乙女》の戦いや運命も、常に見ているらしい。一歩間違えれば娘のストーカーだ。

 一説ではドイツ人とも言われているが、その詳しい情報は一切が不明。金髪の美男子、であるらしい。藤原妹紅のスペルカードに語られる「サンジェルマン伯爵」と同一人物ともされるが、やはり確証は無い。その癖、桜田ジュンとは何かしらの関係が仄めかされている。謎だ。

 一応、空間操作能力を持つ、限られた一部の個人とは知り合い。夢幻世界と隔離世の境界である『nのフィールド』と呼ばれる空間に住んでいるが、この世界に来れさえすれば、出会える、かもしれない。
 彼が人形師に成る前の姿を知っている、古参の人外(非常に年取った吸血鬼とか)もいる。

 嘗て、幼いエヴァンジェリンの人形師としての師匠だった経験が有る。その為、今尚も彼女が敬意を払っている人物の一人である。因みにこの時、同時期の弟子としてアリス・マーガトロイドもいる(アリスの方が姉弟子)。現在の弟子は桜田ジュン。
 研究者で、娘達との接触は殆ど無いが、契約者の人間達にはお節介を焼く面が有る。第三勢力の中でも、一番穏健な方ではないだろうか。




 水銀燈


 《薔薇乙女》第一ドール。葉加瀬聡美が契約した人形の一体。

 銀髪のロングヘアーに赤眼を持つ人形。黒色の編み上げドレスとロングブーツを纏っている。使役する人工精霊は紫色で、名前はメイメイ。
 基本武装は背中に生えている漆黒の翼。その翼は変幻自在で、飛行のみならず、羽を弾丸や炎に変えて射出する事も出来る。戦闘能力はかなり高い。

 基本的に他者を見下すような言動だが、本気になると感情を露わにする。基本的に、冷酷非道で好戦的な為、他のドール達との折り合いは悪く、特に真紅との関係は最悪。過去に殺し合った関係。
 その一方、ローゼンの弟子が産んだ人形達(茶々丸とか上海人形)とかは、実は仲が良い。向こうが一定の敬意を払って、しかも慕う様に接してくるため、感情的な衝突が少ないからである。

 現在、予期せぬ出来事によってアリスゲームは停止中である為、仕方なく他の人形達と共に、嫌々ながらも生活する事を余儀なくされている。
 五体の人形達の中では、外部交渉を任される事が多い。




 金糸雀


 《薔薇乙女》第二ドール。葉加瀬聡美が契約した人形の一体。

 ロールヘアの緑髪に緑眼の人形。黄色のハイネックワンピースとズボンを纏っている。使役する人工精霊は金色で、名前はピチカート。
 基本武装は日傘にもなるバイオリン。音や弓を使用した多彩な攻撃で、遠近両方に優れている。戦闘能力が若干劣るにせよ、万能性が高く、手強い。

 好戦的で行動的な為、他の人形達へ攻撃を仕掛ける事も多い。しかし、本人が頭脳派を気取っており、しかも策士策に溺れる状態が多い為(所謂ドジっ子だが、彼女が認識している様子は無い)、結局は負ける。子供向けアニメで、毎回主人公に倒される愛すべき悪役みたいなものだ。

 アリスゲームの停止は困っているが、契約者の葉加瀬とは非常に気が会う為、余り気にしていない。最近は、細々した道具を新調して更に盛り上がっている。
 五体の中では、葉加瀬の助手を務める事が多い。




 翠星石


 《薔薇乙女》第三ドール。葉加瀬聡美が契約した人形の一体。

 床まで届くほど長い茶髪にオッドアイ(右がルビー色、左がエメラルド色)の人形。緑色を中心としたオランダ風のエプロンドレスを纏っている。使役する人工精霊は薄緑色で、名前はスィドリーム。
 基本武装は、人の心を育てる「庭師の如雨露」。戦闘能力は低いが。人間の心へ干渉する道具である為、危険度は高い。育てるは育てるでも、間違った方向へ育てる事も出来る。

 計算高く高飛車に見えるが、それらは全て自分の身を守る為。本当は臆病者で人見知りが激しい、所謂ツンデレな性格である。口が悪い、とも言われるが、本来は喧嘩も出来ない性格なので、此れも反動。

 アリスゲームには元々余り興味が無い上に、蒼星石と一緒に居る時間が長い為、全然気にしていない。双子の片割れと共に超包子でアルバイトをしつつ、平和に生活している。
 五体の中では、記憶操作や情報封鎖の仕事が多い。図書館島では、零崎へ落ちた夕映を治めていた。




 蒼星石


 《薔薇乙女》の第四ドール。葉加瀬聡美が契約した人形の一体。

 ボブカット風ショートの茶髪にオッドアイ(右がエメラルド色、左がルビー色)の人形。青色を中心として、ブラウスとニッカー、シルクハットと半ズボンを纏っている。使役する人工精霊は薄青色で、名前はレンピカ。
 基本武装は、人の心を調整する「庭師の鋏」を持つ。これは他者の心を斬る能力を有しており、妹と比較して、どちらかと言えば精神ダメージが大きく成る攻撃が可能な様子。また、バリバリの武闘派でもあり、鋏だけでなく、シルクハットも武器になったりする。

 人形達の中で最も常識を弁えており、基本的には平和主義者。そして気真面目で寡黙。その分、内心に色々と抱えてしまっている。片割れの事を深く思うあまり、正の感情だけでなく負の感情も大きい。良くも悪くも、翠星石への拘りが大きく、過去には彼女と戦った事も有る程だ。

 アリスゲームの停止は、別に興味が無い。というか、ゲームが有ろうが無かろうが、多分、性格は余り変化が無い。日々を普通に、少し悩みながらも生活している。此方も超包子でアルバイト中だ。
 五人の中では、その能力の高さから、全員の補佐に回る事が多い。図書館島では、ネギとまき絵の、殺人への記憶を封じた。

 ……書いていて思ったが、何か、ルナサ・プリズムリバーと似てないか?




 真紅


 《薔薇乙女》の第五ドール。葉加瀬聡美とは契約していない。

 金髪ツイン縦ロールに碧眼の人形。赤色のワンピースに、ケープコートとヘッドドレスを纏っている。使役する人工精霊は赤色で、名前はホーリエ。
 基本武装はステッキと薔薇。近距離ではステッキで戦い、遠距離や撹乱では、薔薇の花や蔦を使用する。花弁を利用しての人形操作など、かなり器用な技も使用出来るが、彼女本人の戦闘能力は、特別に高い訳ではない。ネタ技として、ツインテールが鞭になったりもする。

 女王様気質でプライドが高く、尊大。しかし、決して傲慢一辺倒では無く、威厳が有るし度量も大きい。厳しいが、同時に優しいと、周囲からは判断されている。頼られる半面、頼る事は苦手で、時々、蒼星石がフォローを入れている。冷静沈着で頭の回転も速い。多分、普通に戦えば、一番勝率を稼げるのが彼女だろう。最強ではないが、最優なのだ。

 水銀燈とは、非常に仲が悪い。犬猿の仲である。しかし、何処か正々堂々と喧嘩をしている雰囲気が有る。真紅自身、水銀燈に対し、嘗ての自分の非を認め、謝罪する事を恥とは思っておらず、むしろ、「悪かった時に頭を下げない事の方が恥」とみなしている程である。

 元々、互いを潰し合うアリスゲームのやり方に疑問を持っており、現状に不満を抱いてはいない。
 契約者の桜田ジュンと共に、色々な所に顔を出している。




 雛苺


 《薔薇乙女》の第六ドール。葉加瀬聡美が契約した人形の一体。

 金髪の内巻き縦ロールの髪に薄緑眼の人形。桃色のベビードール風衣裳を纏っている。使役する人工精霊は桃色で、名前はベリーベル。
 基本武装は茨と人形。真紅の能力と似通っており、茨の操作や人形操作が使える。しかし、本人の性格も相まって、お世辞にも戦い方が上手いとは言えない。感情に左右される為、強い事は強いが、戦うセンスが無い、とも言う。

 我儘、泣き虫、甘えん坊と、小さな子供そのままの性格をしているが、子供ゆえの純粋さで、誰にでも優しく、今は例え水銀燈といえども普通に慕っている。子供って時々、凄い。

 アリスゲームの停止に付いては、戦わなくてよかったなあ、と単純に考えている。
 他の四人と違って、余り仕事は任されない。流石の葉加瀬も、雛苺に大役は任せられないという事だろう。しかしそれも可愛そうなので、大体はエヴァンジェリンへのお使いや、茶々丸の相手等をしている。

 因みにそんな時、ルルーシュに「ギアスは人形に効果が有るのか?」と言う実験を受けているのだが、多分、彼女は覚えていない。




 雪華綺晶


 《薔薇乙女》の第七ドール。葉加瀬聡美とは契約していない。

 ツーサイドアップの白髪に、隻眼で金眼の人形(もう片目は空洞で、そこから白薔薇が咲いており、あたかも眼の代わりに見える)。白色のミニスカートに、編み上げロングブーツを纏っている。使役する人工精霊は、不明。
 武器は保有しない。しかし、萃星石・蒼星石の「外部からの心への干渉」と対照的な、「内部からの心への干渉」という能力を有しており、夢幻世界やnのフィールドへと相手を縛りつける事が可能である。この場合、相手の肉体は昏睡状態に陥り、下手をすると死ぬ。

 ローゼンの考えた「形の無い人形」と言う存在であり、既にアイデンティティが変な事に成っている。詳しく言えば「現実の肉体に縛られる事と、人形が人間へと進化する事に関係が有るのだろうか?」という事であり、「人形が人間に至る為に肉体の必要性がどれ程有るのか」という、なんか面倒な理由によって生み出された。
 その為、基本的にはアストラル体(幽霊みたいなもの)で存在しており、肉体が存在しない。故に、他の姉妹の肉体に欲求を募らせる半面、姉妹の「魂」とも言えるローザ・ミスティカに興味は無い。水銀燈曰く、『姉妹の中で真に壊れている人形である』との事。

 生い立ちや特徴ゆえか、かなり歪んだ性格をしており、狡猾。彼女なりの価値観が有るらしいが、他者から見れば狂気にしか見えない。また、真紅・水銀燈の二体を相手に、一人で戦える実力も有している。
 現在は葉加瀬の元に居るらしいが、何か理由が有るのか、一向に姿を見せていない。




 桜田ジュン


 ローゼンの弟子。一応、巻いた世界のジュン。漫画とアニメで言われれば、アニメ世界に近い。
 なんだかんだで真紅が、ローザ・ミスティカを奪い、しかし全員を救う事で勝者に成ったのだが、最後にローゼンに出会い、自分の過去を知ると共に、師弟関係となる。

 『Rosen・Maiden』の場合、原作設定よりもキャラや人形師ローゼンの存在が基本であり、物語へのウェイトが大きいので、それほど厳密な世界設定は必要としない。

 その指先の技術や、裁縫・服飾技術は、恐らく人間が持つ技量の中では最高逢であり、アリスやエヴァンジェリン以上に優れている。ローゼンの著書を読んで人形を再構築したり、レプリカとはいえ、壊れた深紅達姉妹を修復出来る辺り、唯の才能以上の何かを有しているのだろう。

 お陰で、と言うべきか、師匠の代理で走る事が多い多い。あちらに顔を出し、此方に顔を出し、葉加瀬と契約した人形達の面倒を見て、真紅にこき使われ、自分の修業と課題を治め、と、学生時代とは比較に成らない多忙さで生活している。
 姉弟子であるアリスを訪ねて《幻想郷》へ顔を出して紫を初め他の女性陣に弄られたり、はたまたエヴァンジェリンと人形姉妹に虐められたりと、苦労ばかり重ねているが、実は彼女達からの信頼の裏返しなので、まあ、良いという事にしておこう。
 傍から見れば、回りにいるのは師匠と女だけだ。






 ●『封神演義』からの人物




 伏儀


 太公望、と呼ばれていた存在。

 その出生と過去の行動から《億千万の指》――――即ち『他者を導く力を有する者』と呼ばれている。最も、伏儀は面倒な事が嫌いなので、自分で名乗る事はしない。尊敬と畏怖を込めて、飽く迄も周囲が呼ぶだけである。

 性格は、怠け者で、しかし意外と熱血漢。柔和で温厚に見えて実は冷酷な策士と、二面性を持っているが、基本はまあ、その辺に居そうな普通の青年っぽい。少年漫画の主人公には見えないが。

 歴史的に言えば、周の軍師として東国と王都周囲の軍を纏め上げ、殷王朝終焉を補佐する多大な功績を上げた。仲間や友人が多く、また武力・知略に優れた非常に優秀な仙人であり、革命終了後は人間社会から撤退し、彼らを見守る事とした。
 しかし、その行動の裏に有った物は、先代《世界の意志》女禍を倒す為の行動であり策略だった。殷周革命に乗じ、歴史を思うがままに動かしていた『歴史の道標』こと女禍を倒す為、『封神計画』を打ち出し、自分自身を駒としてまでも、彼女を葬る算段を立てたのである。
 最終的に計画は成功し、新たなる《世界の意志》こと妲己に命を救われて、今に至る。

 本気の実力を示したのは、伏儀としては二回だけ。嘗ての同胞・女禍を倒した時。そして『深海の大破壊竜』――――後に《億千万の鱗》と呼ばれるクトゥルーと戦い、引き分けの末に《神界》を守りきった時のみ。この大喧嘩は、女禍と伏儀の戦い以上の被害が出た為、《億千万の眷属》と誤解される事に成った。

 人間の歴史は誰でもない、彼ら自身の手で作り上げる物であると、伏儀は思っている。故に、基本的に見物が多い。社会を眺めるのは娯楽の一種なのだそうだ。アウターらしいと言えばアウターらしいが、面倒くさがり屋に加えて、根は善良なので、其れほど悪い奴には見えない。人助けもしている。ネギのクラスの中にも、彼に救われた生徒が居たりする。

 元々、《始まりの人》と呼ばれる『来訪者』。滅びた母星を捨て、女禍や他の友人達と共に、遥か彼方の星からやって来た宇宙人。正確な年代は不明だが、最低でも八意永琳と同じ位か、それ以上に年を取っている。大体、数億~数十億歳だろう。




 妲己


 この世界の全ての物の中に居る意志。凄く単純に言ってしまえば、この地球を一つの生命体と見做した時の意志。即ち《世界の意思(ガイア)》そのもの。

 元々は仙狐だったが、数千年前、『封神演義』に語られる物語に置いて、先代の《世界の意志》女禍を出し抜き、世界と一つになってしまった。

 物語の舞台を生み出す、黒幕にして管理者の一人である。
 この世界で『聖杯戦争』のルールが適応されたり、人間・吸血鬼・魔人と多様性があったり、『原石』がいたりと、世界の有り方の内のかなり多くを、この狐だった存在が定めている。
 その影響力は非常に大きく、彼女の所業を語るだけで世界設定の説明に成ってしまう。『《闇》のせいです』、と並んで、『妲己のせいです』という言葉で、結構な事象の説明に成ってしまうほど。

 最も、だからと言って無敵では無い。星以上の力を持つ存在には勝てない。また、地球=妲己なので、数十億年先には、何れ太陽に星と共に呑み込まれる。例えば、次元世界を丸ごと崩壊させるロストロギアを使用されれば、妲己だけは逃げる事すら不可能なのだ。

 彼女の行動は全て《世界の意志》としての活動である。それは人間に留まらず、あらゆる生命体を己の手足とした上で、“地球そのもの”の活動を促進させていく行動である。
 故に、人間や他種族と比較し、善悪を定義する事が難しい。型月世界『鋼の大地』の物語の様に、人間が滅んだ時は、彼らに変わる種族を生み出して、世界を発展させていく――――様な事を、実際にしている。その為、敵でこそないが、味方でもない。「他の全て」より星としての活動を最優先にする存在である。

 しかし、そんな妲己でも、ここ最近の地球の混迷っぷりは少々身に余るのか、致命的な破滅を抑える為に、自分の持ち駒を準備する事にした。それこそが『呼ばれし八人』と呼ばれる、《世界の意志》から、かなり大きなバックアップを受ける特殊な英霊達であり、アルトリア、凛、ゼロ、なのは等である。

 普段は姿を見せないが、意識だけの状態で他者に接触する事も有る。この時は、生前の美貌に、あの特徴的な口調で登場し、人の神経を逆撫でる。
 《世界の意志》の仕事は完全完璧妥協無し、なのだが、それ以外の部分と成ると、もう好き放題。他者を弄って遊ぶ事がかなり多い。その為か、人に使われる事を嫌うルルーシュ辺りは、彼女を思い切り毛嫌いしている。

 八雲藍と妲己にも、しっかりと関係が有る。三千歳か、あるいはもっと年を取っている、同じ時代を生きていた連中(八雲紫とか、神とか)は妲己を直接知っているし。




 紂王


 周に滅ぼされた、殷最後の皇帝(本当は、始皇帝以前に皇帝という呼称は無いのだが)。文武に優れた名君だったが、女癖の悪さを妲己に付け込まれ、彼女に頼まれるまま堕落し、悪政を進めていく。

 二人の息子も、諌めた忠臣も、国家を愛する民も、教育係の聞仲も、全て妲己の策と戦いの中で失い、最後は自分自身も怪物になってしまった。周との戦いの最後で、怪物に成った自分が、本来ならば敬われる筈の自国民にまで恐れられている事を知り、王の資格が無いと自覚。
 周に敗北を認め、処刑されるが――――実は妲己の事を、誘惑による洗脳では無く、本当に心から愛していたらしい。ある意味、最も不幸を背負わされたキャラである。

 殷もまた、先代《世界の意志》女禍が、築いた文明の一つであり、その初代王は、彼女から人知を超えた力を得ていた。紂王は妲己の改造によって、その力を引き出されたのである。

 過去と良い、知名度と良い、実力と良い、実に英霊向きの人物だと思いません?




 女禍


 先代《世界の意志》。妲己に座を奪われ、伏儀に敗北して消滅した『来訪者』の一人である。

 発展しすぎて自らを滅ぼした母星を捨て、巨大宇宙船で銀河を渡り、数億もの種族の頂点に君臨した存在。地球来訪当時に、宇宙船に搭乗していた人材の中には、伏儀、ヤマ、ケイロン等、少なくとも八人以上のクルーがいた。

 他の者達は、手を貸して成長を促しつつも、地球で平和に生存する事を望んでいたのだが、妲己一人だけは反対を唱えた。彼女は、滅びた故郷の未来を見る事を渇望し、地球を実験室の如く使おうと画策した。彼女の強固な意志は変わらず、結果として、他の面々から封印される事と成る。
 しかし、実は生きていた妲己は、意識の状態で、微生物から進化を始めた生態系に介入を開始。発展を無理やり調整し、彼女の望む未来を得る為に、暗躍を始める(無論、失敗した時は、全て壊して一から作り直している)。

 地球生誕から、今の歴史に続く数十億年の間、女禍は延々と、母星のコピーを生む事を繰り返していた。歴史を生み、人間を生み、営みを操り、自然を統べる内に、彼女は世界を操る術を手に入れていた。
 その存在を知った者達からは『歴史の道標』と呼ばれ、そしてある時、有る回数目で――彼女を倒す為、伏儀による『封神計画』が実行に移される事へなった。
 最後には、全仙人の力を結集した伏儀に敗北し、消滅した。






 ●『EME』シリーズからの人物




 乾紅太郎


 『EME(エイト・ミリオン・エンジン)』所属のエージェント。PC(フェノメノン・クリーチャー。EMEでは、亜人種以外の全ての異形と定義される)課に所属。
 正義感が強く、挫折や苦悩を乗り越えた上で真っ直ぐ進む、主人公な青年。

 原作終了後なので、年齢は二十歳前後。より成長した卓越した射撃スキルと鍛えた身体能力を持ち、エースとして高い評価を受けている実力者。これだけ書くとゲームの主人公っぽいが、その例に漏れず、孤島でゾンビ相手に戦ったり、怪しい植物に覆われた研究施設から要人を奪還したり、ダンジョンと化した東京地下を彷徨ったりと、その手の経験は豊富である。

 基本は銃火器で戦い、愛銃はベレッタとコルトの二丁。大規模戦闘ではイングラムを使う。
 特殊技能として、無生物と自分に干渉する念動力を有している。幼い頃は故郷を壊滅させるほどだったが、制御出来る様になって以降は、ごく限定された領域でしか発動しなくなった。この能力は、銃弾の再装填や身体能力向上に使用される事が多い。

 そして、この手の主人公の基本として、やっぱり女にはもてる(で、本人に自覚は少ない)。

 ホテル「嵐山」に宿泊している。




 桧絵馬茜



 『EME』所属のエージェント。PC課所属で、紅太郎の後輩。

 綺麗好き、料理上手、家庭的、趣味は読書、謙虚で優しい女の子……と、実に普通な、且つ貴重な性格を持つ少女。子供の頃の夢は「お嫁さん」とか普通に書いていそうな性格である。
 本来ならば危険な任務に付く少女では無いのだが、彼女は体質に問題が有り、『EME』で働いている。

 彼女の異能は『強制妖媒体質』であり、平たく行ってしまえば、“周囲に存在する妖怪を初めとする異形の力を使用する”力。例えば、八雲紫の傍に居れば、彼女の『境界操作』をレンタルが可能になる、という非常に困った体質を持っている。
 また、彼女の体質は周囲の存在を呼び寄せてしまう。普通の妖怪や怪物ならばまだ良いのだが、これが高位の怪物と成って来ると、彼女自身に非常に危険が大きい。そして実際、嘗てはその体質で、子供の頃から怪異に巻き込まれる事が多く、『EME』に入る切欠となったのも、そんな一事件が原因だった。

 事件を解決したのは紅太郎と蒼之丞であり、以後、彼女は二人と親しく日々を送っている。というか、紅太郎には惚れている。

 入社したての頃は見習いだったが、今ではしっかり一人前。
 ホテル「嵐山」に宿泊している。




 巽蒼之丞


 『EME』の長官。
 『EME』のトップに立つ存在であり、多忙で表に出る事は少ない。しかし、紅太郎や茜の事は、今でもしっかりと見守っている。

 高い背に、整った顔立ちに、モデル体型、おまけに性根も強い、と茜と違った意味で貴重な女。立ち振る舞いだけを見れば旧家のお嬢様で(実際にそうなのだが)、和服が似合う大人の女性である。
 性格は……何と言うか、虐めっ子。残虐性は無い。イメージとすると、好きな女の子に素直に接せられずに虐めちゃう男の子、的な意味で虐めっ子。対象は紅太郎。虐めている、というか、反応を見てからかっている、というか、そんな感じ。

 でも実は、実家に紅太郎と相部屋で泊まったり、一緒にラブホテルに入った経験もあったりする。

 『EME』は、基本的に“民間企業”であり、回される仕事は全て、あらゆる政治的介入が意味を成さない仕事である。つまり国家機関が関われない――関わったら問題が起きる、秘密裏に対処するべき仕事を請け負っている。
 言いかえれば、余計な他組織からの横槍を防ぎたい場合の、仕事請負人とも言える。

 現在、麻帆良に協力を申し出ている組織の一つであり、神木・幡桃こと『世界樹』の保護や、それに関して発生する様々な現象を抑える仕事をしている。魔法先生以上に表に出ないが、縁の下の力持ちとして、麻帆良の平和を守っているのだ。

 その長官なので、当たり前だが能力は高い。政治力や指導力、判断力やカリスマ性は当たり前だが、『運動停止能力(ベクトル・ゼロ)』と呼ばれる力を持っており、戦闘も結構強い。

 これは、彼女の周囲では、“あらゆるベクトル”が中和・無効化される、と言う力。彼女が対象に直接手で触れた場合は、ベクトルは消滅する。《一方通行》、涙目である。






 ●『Black Blood Brothers』からの人物




 葛城ミミコ


 《乙女(メイデン)》。

 横浜海上沖に存在する人工島「特区」に置かれている「セカンド・オーダー・コフィン・カンパニー」(略して「セカンド・カンパニー」)の代表。世界で最も吸血鬼と親しく、彼らから認められた人間。
 特別に美人ではないが、明るく気が強い、仕事熱心な女性。

 最も古い吸血鬼と呼ばれる《賢者イヴ》と関わりが深く、彼女と、その護衛・望月ジローとの物語が、ミミコをここまで大きく育てたと言っても間違いではない。

 元々は「特区」のストリートチルドレンだったが、彼女の才能に眼を付けた陣内ショウゴに拾われ、吸血鬼と人間の間を取り持つ『調停員』の仕事を目指す様になる。
 偶然出会った、望月ジロー、コタロウの兄弟と共に日々を過ごし、数多くの事件を潜り抜けて大きく成長していく彼女は、徐々に吸血鬼からの信頼を勝ち取っていった。

 しかし『特区インパクト』と呼ばれる過去に滅ぼした筈の吸血鬼一族《九龍の血統》による大攻勢によって「特区」は壊滅。育ての親・陣内ショウゴを初め数多くの人材を失い、コタロウは敵の手に落ち、ジローは敗北した。
 それでも必死に足掻く彼女の資質を見出され、新生された「セカンド・カンパニー」の代表として就任。仕事をこなしながら、「特区」奪還に向けて動きだし、今迄勝ち得た多くの吸血鬼達の協力も有って、最後には勝利を勝ち取った。

 その際、唯一生き残った《九龍の血統》に属する少女・ワインに対して『例え《九龍の血族》出身の吸血鬼でも、平和に人間と生きられる世界を、生んで見せる』と約束。出来無かった時は、自分を眷属にする契約を結んで、決戦を終わらせている。

 大決戦の終了後、望月ジローとの間にダンピールの息子を生み、現在は彼を《賢者イヴ》に預けて修業を付けさせている。つまり、二十×歳で、子持ちと言う訳だ。

 麻帆良学園に在籍している非常に特殊な始祖、《福音》エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとも作中で仲良くなって、頼り頼られる関係に成りつつある。



 『原作』と違う部分は、この時に情報が流出した先は『魔法使い』だった事であり、古くからの『魔法使い』と吸血鬼の対立に、大きな波紋を広げた、という違う結果を出している事である(詳しくは世界設定で)。
 つまり、この世界の普通の人間は吸血鬼を知らないのだ。




 アリス・イヴ


 《賢者イヴ》の始祖。最古と呼ばれる吸血鬼。

 世界規模の動乱前、必ず現場に姿を見せると言われる、天真爛漫な性格の美少女。サラエボやウォール街にも出現した事が有る。今の世界では、幸いにも、“まだ”目撃されていない。

 始祖とは、言うなれば「吸血鬼一族の最初の一人」の事。始祖の実力は、他の一般吸血鬼と比較して圧倒的であり、例え生まれたばかりでも古参吸血鬼を簡単に倒せる実力を持つことも多い。
 始祖から生まれる、子供の「直系」や、孫「三世」は、皆、始祖の性質を受け継ぐ、という特徴を持つ。これは弱点もそのまま継承されてしまう。

 アリスの性質は『血を吸った吸血鬼の能力や記憶を全て引き継ぐ』という物。これにより、数千年の記憶を全て、過去に血を吸った吸血鬼の記憶と共に、保管している。本来、別の血族同士の吸血鬼が交わった場合、吸血鬼社会では「混血」と蔑まれ排斥されるのだが、彼女だけは特別扱いされている。その分、各血族との軋轢や板挟みが多く、苦労しているらしい。

 吸血鬼は、基本的に、長生きすればするほど強い。そして、始祖に近ければ近いほど強い。しかしアリスは、長所と同時に短所も入手してしまうので、全く戦えない。また彼女は「直系」「三世」などの、自分以外の血族を、一切、産む事が出来ない。
 その為、彼女は常に護衛を連れており――――先代の護衛が、望月ジローだったのだ。




 混沌


 《真祖混沌》の始祖。最強と呼ばれる吸血鬼。

 大陸内で最も偉大とされる始祖であり、吸血鬼としては世界最大の勢力を持つ。姿形は不明。
 と言うのも、肉体は既に滅びており、《北の黒姫》《南の朱姫》《東の竜王》《西の虎仙》と呼ばれる四体の血統に、八体の「直系」によって、精神生命体として存在しているから。
 四体の血統、八体の直系の何れか誰か一人が欠けた場合、「奇門遁甲」と呼ばれる時空干渉魔法を使用して、過去に戻って血族を育て、欠けた分を補充する、というチート能力を使用する事が出来る。これにより、彼が消える事は無い。

 幼かった《福音》エヴァンジェリンの性質を見て、その時すでに『この吸血鬼は真祖と呼ぶに相応しい』と認めていた。先見の明が有り過ぎるというのだろう。
 これにより、エヴァンジェリンは《吸血鬼の真祖》として認知されている。しかし、本来のこの物語での真祖とは=真祖混沌であるので、エヴァンジェリン自身、敬意を払う意味も込めて、自分から真祖と名乗る事は少ない。

 現存する全吸血鬼の議長的な役目を担っており、『特区インパクト』の影響を鑑みて、場所を無視した大会議を開き、人間社会との共存を問いかける等、そのカリスマ性に揺らぎは無い。




 白峰サユカ


 かつて「特区」の裏社会を統べていた、大吸血鬼ゼルマンの秘書官にして吸血鬼。

 元々は人間だったが、『特区インパクト』によってゼルマンが《九龍の血族》に倒された時、瀕死の彼に血を吸われることで、彼の血族を絶やさぬ為に吸血鬼へと転化した。
 その後、ゼルマンへの忠義の意味も込め、《九龍の血族》によって占拠された「特区」内で抵抗戦力を指揮。ゲリラ戦と「セカンド・カンパニー」との協定によって、特区奪還に大きな貢献をした。

 戦いが終わった後に、自分が指揮して動かしていた吸血鬼軍団が、実は遥かに目上の存在だった事を悟り、「知らなかったとは言えすいませんでした!(涙目)」、とビビって、世界に旅立ってしまった。

 現在は、何処でどんな風に知り合ったのかは不明だが、アイズ・ラザフォードと共に、混迷に向かう世界で、密かに情報収集に努めている。




 陣内ショウゴ


 故人。元「カンパニー」の『調停員』本部長。

 『特区インパクト』の際、《九龍の血族》を相手に奮戦するも、二重の策略によって致命傷を負う。
 駆け付けた《東の竜王》に、吸血鬼に成れば助かる、と言われるが、最後まで人間と死ぬ事を望み、未来をミミコ達次世代へ託して逝った。奇しくも『特区インパクト』最初の犠牲者だった。

 エヴァンジェリンが認める立派な人間だったらしく、麻帆良に封印される前、過去に何回か対面していた(この時、幼いミミコとも出会っているが、彼女は覚えていない)。後に行われた葬儀には、名前不明ではあるが、しっかりと献花を送ったらしい。




 朱鷺藤サキ


 「セカンド・カンパニー」の『調停員』本部長。

 元々は陣内ショウゴの元で『調停員』として働いていたミミコの先輩であり、同時に同僚だった。
 世界的に有名になった《乙女》を確実に補佐するべく、日々、「特区」での業務に追われており、最近は、過去の若さが衰え始めて、口調も随分と固くなってきた、とぼやいている。




 ワイン


 《九龍の血族》最後の一人。

 特区を巡る最終決戦の際、最年少と言う事で家族に守られていた為、最後まで命を落としはしなかった。
 カーサを初め、大事な八人の兄弟姉妹を皆、戦いで失っている、その為、勝者である葛城ミミコらを初めとする「カンパニー」の面々を、許すつもりは無い。

 ミミコが語った理想が、本当に形に成るかどうかを見極める為に生きている。仮にミミコが成功したら彼らを許し、逆に不可能だった場合は、ミミコを己の右腕にして、もう一度《九龍の血族》の理想実現に動く事を契約している。

 今は、《九龍の血族》始祖(の灰)の封印を託され、世界を巡っている。




 カサンドラ・ジル・ウォーロック


 《黒蛇》。故人。

 元々は非常に魔法に長けたジプシーの巫女だったが、その人間には有るまじき才能に眼を付けられ、魔法によって吸血鬼へと転化されてしまった過去を持つ。この時、幾種類もの吸血鬼の血を流し込まれた為、混血児になってしまい、彼女に大きな影を落とす事に成る。

 その後、長く吸血鬼として孤独に生きて来たが、後に一人の人間と出会う。己が抱える闇をその人間に見せた結果、彼は《九龍の血族》の始祖へと成ってしまった。つまり、物語の元凶だった。

 これを己の宿命を見たのか、以後、彼女は古くからの、そして唯一の親友であったアリス・イヴと離別し、《九龍の一族》として生きる事と成る。
 アリス・イヴの事は大事に思いつつも、しかし『特区インパクト』と呼ばれる大事件を引き起こし、決戦に敗北後もワインを守り切り、最後は望月ジローとの凄絶な死闘の後、死亡した。

 既に出てます。






 ●『吸血鬼のお仕事』及び『吸血鬼の秘め事』からの人物




 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ


 今現在は「セカンド・カンパニー」に就職している、元ローマ正教出身のシスター。半吸血鬼。
 柔らかい金髪に、か弱そうな外見の、しかし芯は強い女性。出身はイタリア。日本語、イタリア語、英語が使用可能な、結構な才女だったりする。
 元々は神学校に通っていたローマ正教のシスター見習いだったのだが、実地研修で日本に来訪して以降、人生が波乱続き。

 訪れた御崎町の教会は寂れて崩落寸前。しかも既に住人が住んでいた。おまけに住人が吸血鬼。吸血鬼と知ったのは、事件に巻き込まれて、致命傷を負い、彼女の体を治癒させる為に血を流しこまれた後だった……と、シスターとしての人生は、其処で完全に終了。吸血鬼の性質を得てしまった為、海を渡る事も出来ず、帰国すらも不可能になってしまった。
 仕方なく、元々の仕事で有った教会の活動をしながら、自分を転化させた吸血鬼・月島亮二と同棲。やがて心を通わせるが、亮二の過去と対吸血鬼部隊との戦いにより、彼は死亡してしまう。

 その後、『レレナが海を渡れないのなら、私達が海を渡る!』と来訪して来た家族の元へ戻り、高校生へ。これまた大きな事件に巻き込まれながらも卒業し、進路を「セカンド・カンパニー」へと向けた。
 ローマ正教の排他的な性質により、シスターには成れなかった。そこで、シスターとは違う方法で、自分を生かしながらも他者を救済する仕事を求めた結果だったようである。

 ただ、『調停員』として活動を始め、直ぐに『特区インパクト』に巻き込まれ、半死半生で脱出するという、此れまた大きな事件の影響を受けている。幸いにも命は拾い、今は朱鷺藤サキの元で働いている。

 一応、元ローマ正教の信者で、現吸血鬼なので、魔術と魔法の両方が使用可能だったりする(が、弱い)。




 月島亮二


 故人。

 嘗てレレナを半吸血鬼へと変えた《古血》(オールドブラッド。百年以上を生きた経験豊富な吸血鬼の総称。エヴァンジェリンも勿論《古血》の定義に当てはまる)。性格には不明だが、少なくとも平安時代には吸血鬼として存在していた様子である。
 詳細な情報が少ない為、はっきりとは不明だが、この物語では《闘将アスラ》の血族か、その近くの混血としておく。特徴も近いし。

 普段は闘争を好まない穏やかな性格なのだが、一回、本気を出すと、やはり血は争えないという事なのだろう。その心のままに行動し、《炎》と呼ぶ破壊衝動のままに周囲一帯に大被害を与えてしまう。
 非常に実力は高いのだが、数世紀前からの人類文明の急速な発展に、「世界の覇権を握っている種族は人間である」と確信し、以後、極力目立たない様に生きて来た。人間に敗北を認めた時、プライドも一緒に捨てたらしく、住民登録やアルバイトまでしていたから驚きである。

 本人の生きる意欲はかなり希薄であり、生きる為に生きる、という理屈で動いていた。その根底には、アウターの様な、人間を理解したい、楽しみたい、という感情が有ったのかもしれない。

 しかし不幸な事に、彼の物語は悲劇で終わってしまう。

 彼が理解した人間の感情は、彼が得たかった正の想いに反して、悲しみや絶望だった。負を知って初めて、レレナや愛猫と共に過ごしていた平和な日々が、どれ程に大切だったのかを、彼を過去から追い掛けて来た吸血鬼・上弦と、対吸血鬼部隊の長・真田によって教え込まれ、――――彼らを倒しつつも、自ら絶望を得て、命を絶ってしまったのである。
 以後、彼の死はレレナに深い傷跡を与え、彼女の高校への物語へと繋がっていく。

 出ません。




 上弦


 月島亮二を愛した始祖。

 吸血鬼社会の階級だけで言えば、前述の《賢者イヴ》や《真祖混沌》、《闘将アスラ》《術聖マーリン》《福音》と比較される様な化物であり、間違い無く最高逢の実力を持った吸血鬼、だった。

 平安の世に出現したが、当時の彼女は、自分自身が何者であるのかすら、今一、理解が及んでいなかった。何故自分が吸血鬼に至ったのかも無自覚に近かったようである。
 その彼女を拾ったのが、隠れ住んでいた月島亮二(当時は、魅月、と名乗っていた)。彼は彼女に「上弦」と、美しい月の名前を与え、彼女を育てた。つまり、月島亮二は上弦の家族で、恋人だったのだ。

 しかし、彼が人間に敗北を認めた時、その矜持の高さ故に彼と離別。皮肉にも、より上位の吸血鬼だった上弦の方が、月島亮二が欲していた『人間の意志』に近い物を持っていた。
 以後、只管に彼を探して彷徨い続けていた。そして再度、再開するのだが……愛しの彼は、レレナや、幽霊と共に生きていた。如何なったのかは、言うまでも無い。修羅場だ。

 彼女は再度、愛する者を手に入れようと暗躍し――――結果、月島亮二に倒され、精神崩壊の結果、廃人となってしまった。彼女が今、何処で何をしているのかは、一切不明である。



 和泉亜子の体に眠っている「上弦」は、この上弦の劣化コピー。
 御崎町で、上弦が月島亮二を捉える為、人間による巻き餌を使用していた。使用方法は、適当にさらって来た人間の血を吸って支配し、操って亮二を特攻覚悟で捕縛する、という作戦。
 この時、親戚を訪ねて町に来ていた亜子を巻き込んでいた。死ななかったのは運が良かっただけ。亜子以外に操られた面々は、僅かを除いて死亡している。

 吸血された際、彼女の中に「上弦」の血が封じ込められ、支配から解放された後も、その血の力が彼女の中に巡っている。血を見ると貧血に成るのは、彼女の体質もそうだが、彼女の中に有る吸血鬼の血が疼くからである。

 巻き込まれて以降、彼女なりに血との共生方法を編み出したらしく、亜子が血に便宜を図る代わりに、血は彼女の命を守るという約束をした。大停電で上弦の気配が出現したのは、そう言う理由である。




 クイナ


 嘗てレレナが知り合った吸血鬼の女性。

 元々、不当に吸血鬼へと転化させられた為、酷く吸血鬼を憎んでいた。しかし、彼女の暴走は結果として、最愛の姉(此方は自分で吸血鬼に成る事を望んでいた)を殺してしまう事に成る。
 その後、ショックで自失に陥った彼女だったが、レレナの強さを見て復活。亮二の死に喪失状態だったレレナに、今度は『アンタは大事な親が居るだろう』と諭して、何処かへと消えて行った。

 今は何故か、アイズ・ラザフォードと行動を共にしている、らしい。




 時田青磁


 レレナの高校の同級生。微妙に時代錯誤な雰囲気を持つ男性だが、義理堅く誠実な人間。

 高校時代にレレナに命を救われて以来、何かと彼女を手助けしようと気を使っており、「セカンド・カンパニー」への紹介口を出したのも彼(正しくは、彼を育てた家政婦の、たま、だが)だった。

 ホテル「嵐山」に宿泊中。






 ●『薬屋探偵妖奇談』からの人物




 深山木秋


 《薬屋》。

 麻帆良で薬屋を営む妖怪。一見すれば女子とも見間違えそうな可憐さが有るが、れっきとした男。
 軽い口調に似合わず、実際はかなり老獪な性格で、若い外見に不相応な、かなりの思慮深さと、賢さを持っている。正確には不明だが、かなり生きている事は間違いない。

 非常に人間に近いが、注意深い人間が「本当に人間なのか?」と訝しむ程度には違和感が有る、らしい。実際、自力で彼が人外と気が付いた者もいる。そして、そんなものか、と納得して受け入れている。この辺が、彼の魅力であり、社会での上手な付き合い方なのだろう。

 『深山木薬局』という、まるで時代に取り残された雰囲気を持つ店に、『どんな薬でも症状に合わせてお出しします』という胡散臭い看板を立てて営業している。
 この言葉は別に誇張でも何でもなく、病気や怪我など、凡そ人間と妖怪に関する薬ならば本当に製造が可能。八意永琳の如く万能ではないが、薬学と医学に関しては、彼を越える存在は中々居ない。エヴァンジェリンも花粉症への処方箋を出して貰っている。

 現実社会での妖怪コミュニティは、桜新町や『A&Border商事』など、結構な数が有るが、その上層部とも結構な顔馴染み。年の甲は伊達では無いのだ。

 麻帆良には、多種多様な存在がいるお陰で常連も多く、薬屋は繁盛している。
 大停電の時など、大きな被害が出そうな場合のみ、学園長やエヴァの要請で動く事が有る。




 座木


 妖怪。元『深山木薬局』一号店の受付。

 イギリス出身で、老若男女を問わずに甘い声を掛けまくる妖怪。詳しい名前は不明だが、正体は黒い狐みたいな生物。リベザルよりは遥かに年上で、人間に換算すると二十代後半くらい。まあ、万単位で生きている八雲紫がいる時点で、外見は余り当てに成らない。

 礼儀正しく丁寧な物腰で、特に女性に好かれ易い。『深山木薬局』の裏の顔――妖怪相談所の仕事では、その性質を利用した情報収集。電子機械の扱いにも長けていて、ネット回りにも強い。

 一時期、リベザルを一人残して秋と共に失踪していたが、最近帰って来た。しかし、用心の意味も込めて原型のまま、秋の周りをうろついている。

 強い物ほど礼儀正しいというが、怒るとかなり危ない、らしい。




 リべザル


 麻帆良『深山木薬局』二号店の受付と、薬の説明役。

 ポーランド出身の悪戯好きな「シレジアの幽霊」と呼ばれる妖怪。外見は猿っぽい。
 そこそこ生きている筈なのだが、精神も技術も経験も頭脳も、普通の大人にも及ばない、という、妙に未熟さが目立つ妖怪。成長が遅い種族らしいが、少年と言うか“男の子”な雰囲気は抜けきっていない。

 本来ならば外見の変化も難しいのだが、秋がエヴァンジェリンと交渉して、外見を実態付きで変化させる年齢詐称薬を手に入れてきている為、其れを服用して、何とか取り繕っているそうだ。

 基本的に、彼らは「人間社会で生きている妖怪」の象徴なので、余り暴れさせる予定は無い。




 高遠砂波


 京都の現役大学生。

 秋やリベザルが人間でない事を知って、この世界には常識外の存在がいる事も知った。
 兄・三次はかなり有能な警察官で、秋とも面識が有る。兄の関係上なのか、長生きしている秋の影響なのか、意外と各地の警察に顔が効き、京都府警の佐々沙咲とも知り合いと言う、謎の大学生。

 ホテル「嵐山」に宿泊中。






 ●『レンタルマギカ』からの人物




 伊庭いつき


 関東の魔術結社(派遣会社)《アストラル》社長代理。

 原作主人公。なのだが、出番が来るのはまだ先の話。基本的に、等身大の主人公が出るまでは遅い。

 世界の魔力の流れを、大きさ問わずに視認可能な魔眼「妖精眼」を手にしていた青年。《螺旋なる蛇》との戦いの中でこれを失うが、鍛錬によって視認能力を最獲得。今は、《アストラル》のトップで、《協会》からの評価を上げる為に激務をこなしている。

 原作終了組が多い中、珍しくも本編途中で物語に絡んでいる。その為、ツェツィーリエの現状など、僅かに差異が存在する。修学旅行終了後に、本格的にストーリー同士で混ざって来る事に成るだろう。




 穂波・高瀬・アンブラー


 《協会》所属の魔法使い。元《アストラル》社員。

 『魔法世界』本国の現実世界本山《協会》管理下の《魔法使いを罰する魔法使い》。イギリス清教《必要悪の教会》とは違う、元々に本国が任命している――要するに封印指定執行者みたいな役職である。

 「学院」在籍時、分散化していたケルト魔術を、再度体系化し、習得した天才少女、と評価が高かった。引く手数多の所を、幼馴染の伊庭いつきの為に《アストラル》へ来訪。社長教育係として徹底的にノウハウを叩きこむ。
 しかし事件を解決していく内に《アストラル》と《螺旋なる蛇》の関与を疑われ、その疑念を払拭する為に《協会》へ出向。現在は前述した立場になっている。

 《ゲーティア》首領のアディリシアとは、親友でライバル。



 イギリスは魔術・魔法の本場なだけあって、かなりの数が存在するのだが、有る程度の住み分けが女王エリザードと、三王女、本国《協会》、『最大主教』ローラ・ステュアートの手で成されている。

 ネギの卒業した「魔法学校」はウェールズ。『魔法使い』の数は決して多くない為(実際、ネギが卒業した時の卒業生は、ネギとアーニャ以外には三人だけ)、世界的に見ても数は少ない。その分、本国からの支援は潤沢で有り、多少位置的には遠いが、その分、自然豊かな中で、充実した生活を送る事が出来る。

 一方、「学院」はロンドンに置かれている。「魔法学校」が、幼少から大学までを兼ね備えた私立学校とするのならば、「学院」は完全実力主義のエリート学校。誰も彼も必死で机に齧りつく。まるで時計塔だ。

 魔法に関して言えば、教えている内容は余り違わず、その気になれば「魔法学校」でも習得出来る。
 しかし「学院」の場合は、勉学に加えて各種専門分野も教育している。例えば帝王学、経営学、最新科学や電子工学まで学習できるし、他の魔術結社ともお近づきに成れる。だからだろう。己のキャリアに箔を付けたい人間や、代々著名な魔術師を排出して来た名門一族などは、「学院」を選択する事が多い。

 「魔法学校」「学院」の二つは《協会》とエリザード、第一王女リメエアで抑えている。

 イギリス清教の神学校は、各地に小規模に点在している。此方は、ローラとエリザードで抑えている。国家の要地を「魔法学校」「学院」が抑えている代わりに、イギリス清教は広範囲に展開しているのだ。互いの利点を上手く活かしており、エリザードとローラの仲が良い限り、英国は簡単には崩れない。




 アディリシア・レン・メイザース


 英国魔術結社《ゲーティア》首領。

 イギリス名門貴族メイザース家の娘。「学院」出身の超実力派であり、史上最年少の魔術結社首領として有名。父の死が影響で「学院」を中退してしまったが、在籍時は穂波と親友でライバルだった。

 《ゲーティア》の名に相応しく、ソロモン王から脈々と先祖代々受け継いだ「王命喚起」の魔法によって、魔導書『レメゲトン』の七十二柱の魔神を使役する事が出来る。しかし無論、神と付いていても、所詮は悪魔との契約なので、当然代償を払う必要が有り、彼女の契約の対価は「記憶」と「思い出」だった。
 『レンタルマギカ』は原作途中からクロスしているので、彼女の行動は――原作の進展と共に、形に成って行くだろう。

 尚、ウェールズに休暇に訪れた際、カモに下着を盗まれた。




 タブラ・ラサ


 魔術結社《螺旋なる蛇(オピオン)》の首領《王冠(ケテル)》。

 上から下までを純白に包んだ少女で、あどけない口調の少女。
 如何やら実態が存在せず、魔術的な手法によってこの世界に顕現している様子。
 そろそろ原作でも本格的に出てきそうだ。




 フィン・クルーダ


 《螺旋なる蛇》幹部の《調停(ティフェレト)》。

 枯草色の髪と、鳶色の瞳を持った少年で、ケルト魔術の使い手。穂波・高瀬・アンブラーの師匠。

 過去に妖精に浚われ、“取り換え子(テェンジリング)”として帰還した。向こうで何が有ったのか、其れを彼が語る事は無い。しかし、帰還した時に彼は「妖精眼」と呼ばれる魔眼を手に入れ、同時に「他者の願いを叶える事を至上の命題とする」という、歪みを手に入れていた。
 善悪の判断が無く、ただ人の頼みを叶える機械、と呼ばれている――書いていて思ったが、なんか、フェイト・アーウェルンクスと外見的にもキャラが被りすぎな気がするぞ。

 現在は英国《協会》の牢獄(《必要悪の教会》が所有権を持つ「塔」)に幽閉されている。




 ツェツィーリエ


 魔術結社《螺旋なる蛇》の幹部《王国(マルクト)》。

 吸血鬼では無く、吸精(人間の生気を血液吸収によって可能にした存在の発展形。要するに蚊とか蛭とかの親戚である)。
 ツ「ィ」ツ「ェ」ーリエなのかツ「ェ」ツ「ィ」ーリエなのか、怪しいが、正しくはツェツィーリエ。作者も時々間違える。多分、探せば結構、間違えている。

 元々は低級妖精だったのだが、有る時、英国で吸血鬼の血を吸い、吸血鬼の概念を手に入れた。その為、始祖の様に生み出された訳でもなければ、血を吸われて転化した訳でもない。言うなれば吸血鬼の力を得た、「吸血鬼モドキ」とも言うべき存在である。

 普通の魔術技能は非常に高く、最も得意な分野はルーン魔術。しかし、それ以上に特筆すべきは“獣人化”という特徴。外見の変化は僅かだが、尋常ではない再生能力と戦闘能力で、容赦無く相手を倒す。例え相性が悪い軍団に囲まれても、無理やり闘争と逃走を可能にするほどに強い。
 これは、吸血鬼の概念を吸収した際に、吸血鬼以前の恐怖の対象――即ち、闇夜に紛れる狼と、狼男の概念も得てしまった為、と思われる(欧州の怪物=深森の狼、という概念は、過去も未来も同じなのだろう。この時代と1st-G、未来の『人狼女王』テュレンヌとかミトツダイラ・ネイトとかを経て、架空都市ロンドンまで続いて行くと考えると、長い物である)。



 弱い吸精だった時代、英国で吸血鬼の血を得て、急成長した――――と語ったが、その吸血鬼、とは、当時『切り裂きジャック』事件で一族内部に動乱が広がっていた《術聖マーリン》の血脈。名前で分かるだろうが、この一族の始祖は、アーサー王の師匠・マーリンだと思われる。研究時間を確保する為に、吸血鬼に成る、というのは、有りがちな発想だろう。

 今現在、彼女が非常に魔術に優秀なのは、血を得た際の吸血鬼が、元々非常に魔術能力が高かったからである。そして、実力的には圧倒的な差が有る《赤き翼》アルトリアに、毎回敗北を喫しながらも逃げ伸びている理由がこれ。

 即ち、アーサー王であるアルトリアは、師の血族に対して一種の魔術補正が懸かってしまうから。
 吸血鬼の血を吸った場合、より大きく成長していく為、長くを生きれば生きるほど、彼女は強くなって行く。その為、非常に厄介。



 欲しい物は奪い取ってでも己の物にする、という、強さへの探求心が形に成った様な人格をしている。基本的に『レンタルマギカ』世界の魔法使いは、「ネギま世界」より「型月世界」に近いが、彼女はその代表みたいな存在。ネロ教授とか。

 政治や社会などどうでも良く、唯自分が強くなることを求める。人間を犠牲にしても気にしない。その為、関係者からは災厄とも呼ばれ、彼女の周囲には悲劇と惨劇しか無い、とまで言われている。実際、己の為なら悪逆非道もいとわないが、同様の理由で、結果的に人助けに結びついた事もある。

 大停電時に《完全なる世界》との協定を確認する為に出現し、好き勝手に暴れまわる。適当に操った三体の眷属(彼女からすれば雑魚)で消耗させる一方、大浴場で亜子から発露した上弦の匂いを嗅ぎつけ、乱入。最後にはアルトリアに敗北するも、やっぱり逃げてしまった。

 本来、原作のこの時期には、フィンと共に英国に幽閉中なのだが、この物語では《完全なる世界》に救出されている為、顕在である。




 《礎(イソエド)》


 《螺旋なる蛇》幹部の《礎(イソエド)》。

 仮面を被った錬金術師だが、実は人間では無く、非常に精巧な「意志を持った自動人形」。彼を生みだした人物もまた、人形師ローゼンの弟子だった事が有るらしい。

 元《アストラル》の錬金術師ユーダイクスから体の一部を奪い、その後、数多くの魔術師を襲撃して肉体を確保。術式を展開したが、途中で《アストラル》に妨害され、敗北を喫す。

 しかしガラに回収され、生存。今現在は彼と共に《完全なる世界》の保護を求め、京都に滞在中。




 御厨庚申


 故人。元《螺旋なる蛇》の幹部《法(ゲブラー)》。

 伊庭いつきの「妖精眼」の中に眠っていた「生命の実」と呼ばれる呪物をフィンと共に入手したが、直後に《螺旋なる蛇》を裏切る。フィンに大きなダメージを与え、「御厨」の魔術の為に「生命の実」を使用しようとした所で、しかし《アストラル》に敗北。

 結局「生命の実」は《螺旋なる蛇》へ渡り、本人は塵と成って死亡……という、哀れな最後を遂げた。




 ガラ


 《螺旋なる蛇》の一員。元《ゲーティア》の書記官だった『魔法使い』。

 非常に優秀な人物で、先代の頃から長い間仕事を務めていた。アディリシアからの信頼も厚かった男。しかし、実はアディリシアの父を唆して破滅へと導いた、元凶とも言える人物だった。

 『魔法使い』の絶対の禁忌である『己自身が魔法に成る』という術を使用し、アディリシアの持つ七十二柱の一柱・悪魔ハウレスを取り込み、己の一部としている。その為、口が裂けている。

 英国で《礎》が敗北した時に、彼を回収し、そのまま戦場を離脱。後、英国に再度戻るまでの間、彼と共に世界中を放浪していた。
 物語では、《完全なる世界》と合流する為、放浪先を、京都へと向けて来訪している所。






 ●『D-Grayman』からの人物




 千年伯爵


 故人(人?)。

 過去にノアの一族と呼ばれる集団を率いていた男。歴史の裏に度々現れ、世界の終焉を目論んでいた。しかし、十九世紀に、ローマ正教ヴァチカン下の特殊組織『黒の教団』との激戦の末、敗れて消滅した。この時『黒の教団』自体も、多くの人材を失い、二度と復活不可能な程に疲弊し、その後、解散している。

 しかし、「黒の教団」とかノアとか、これでクロニカとか預言書とか名前が出てきたら、まるきり別の世界になってしまうぞ(第七の地平線は凄かったです)。



 その正体は(こっから物語のオリジナル設定。原作と大きく違うので注意!)先代《世界の意志》女禍によって生み出されたプログラム、又は人形の一種。

 前述したように、女禍は幾度となく世界を繰り返していた。聖書に語られる“大洪水”もそうした女禍の行動の一つであり、全てを無に帰して造り直していた。その彼女が、より確実に世界を白紙にする為に生み出したのが、千年伯爵。――正確には、聖書で語られるノアと使途の存在だった。「ノアの箱舟」とは、彼ら専門の保護シェルターみたいなものである。

 この女禍の暴挙に対して、女禍のクルーだった『来訪者』がイノセンスを提供し(少々、この辺には面倒な話が有るので、今はネタばれ禁止で秘密)、千年伯爵は敗北。生き延びた十二人の使途は世界各国へ広がって人間の中に紛れ込んだ。そして以後、七千年にも及ぶ熾烈な戦争が勃発するのである。

 当たり前だが、この時代に生きていたアウターとか、即ちTOP-G出身の神連中は娯楽として観戦していた(まあ、仮に千年伯爵が勝利していたとしても、みーこを初めとする神達に負けただろう)。

 しかし、千年伯爵が復活し、他の十二人が転生している間に、《世界の意志》は妲己に交代。世界を白紙に戻す必要は、女禍の消滅と共に無くなってしまった。……のだが、その理屈が伯爵に通じる筈も無く、ただ「世界を終焉に向ける為」だけに行動する様になる。

 要するに“理由”が“目的”に取って代わってしまい、しかも感情を確かに得てしまっていた為、終わりの無い連鎖で踊らされることと成ったのだ。



 女禍が生きていれば、途中で停止させる事も出来たのだが……残念ながら、普通に残酷な妲己は、伯爵の行動すらも「世界の進化の為よん?」と嗤いながら放ってしまった。せめて教えてやれよ。

 伯爵はその後、「人間の魂」と「感情」と「機械」を材料に、AKUMAと名付けた人工悪魔を量産。人間社会に確実に浸透しながらも『黒の教団』と激烈な戦いを繰り広げる(尚、伯爵のAKUMA製造の参考には、本物の悪魔を生み出す、神綺の持つ技術の一部が流用されている)。

 途中、江戸時代の日本にも来訪したのだが、流石に歩が悪かった。今の日本も相当にチートだが、当時の日本もかなりチートで、結果として日本は占領されなかった。

 AKUMAはイノセンスでしか倒せない、と言っているが、あらゆる物が混在するこの物語ではそんな事は無い。原作でAKUMAがイノセンスでしか倒せない理由は、AKUMAの体の構成物質「ダークマター」を壊せるのがイノセンスだけだからである。しかし、「物質的」には無理でも「概念的」な破壊が可能な物がある以上、AKUMAは無敵でも何でもない。

 さて、流石に神相手に負けた伯爵だったが、「現実は無理だけど被害出されても嫌だし」と、日本で暴れて貰っては困る“一部の人外が(というか八雲紫とかが)”、日本での絶対活動禁止を条件に、隔離世を展開した。人間に密着する日本の神達にしてみれば、人間の数に影響する伯爵は排除したかったのだろう。原作江戸の代わりに、この隔離世が戦いの舞台となった。

 其処で伯爵はAKUMAを量産して行った。目的のためとはいえ、強者に憐れまれるというのも哀れだ。
 この隔離世は『黒の教団』との激突で崩壊。旧「ノアの箱舟」事件、LEVEL4襲撃事件、第三アルマ事件、と、彼らとの戦争はますます激化して行った。
 そして最後は、己の宿命を乗り越えたアレンに敗北する。



 結論。

 この世界の千年伯爵は、行動自体は原作と同じであるが、出生原理から戦いの経緯まで、全て結局は他人の掌の中から抜け出せない、本当に可哀想な存在だった。しかも、その事実を初め、自分でも知らない事が多かった。やってる事は原作通りなのだが、もう少し、救済されるべき存在と言えるだろう。

 修学旅行が終わったら、登場が確定しているので、お待ち下さい。




 アレン・N・ウォーカー


 『聖杯』によって呼び出された「セイバー」の座に付く少年。マスターは焔・アーウェルンクス。

 伯爵を倒すであろう原作主人公なのだが、この話では割と悪役っぽい。原作と微妙に違う、歪んだこの世界でも、基本的な根っ子は変化が無いし、『黒の教団』との関係も深いのだが、でも敵か味方かと言えば、敵っぽかったようだ。神田には、「アイツは少なくとも味方では無い」と認識されていたらしい。

 まあ、この世界でも、最後に千年伯爵を倒したのは彼だし、ヒロインのリナリーとも良い感じで終わった。しかし、名前のNに見える通り、つまり「ノアの一族」としてのアレンの側面が深いのである。

 彼が英霊として呼ばれた理由も有るので、本編での登場をお楽しみに。
 修学旅行編で出ますよ。






 ●『ウィザーズ・ブレイン』からの人物




 セレスティ・E・クライン


 『聖杯』によって呼び出された「アーチャー」の座に付く少女。マスターはアリシア・テスタロッサ。

 金髪碧眼の、十歳か、少し上くらいの頼りなさげな少女。通称をセラ。一見すれば幼いが、育った環境の為、子供とはとても思えない精神性を有している。



 分岐する未来の一つ。玖渚友や一部の特殊な天才が、脳内仮装シミュレーションと設定した上で語る『情報世界が他者に観測され改変される世界』から英霊として招かれた。
 人の意志で情報を書き換え、現実を侵食して事象を発生される情報科学の発達した世界の人間。

 『I-ブレイン』と呼ばれる特殊な脳内コンピューターによって、量子力学的に解釈された情報世界を書き換え、それを現実にフィードバックさせる、という方法で様々な事象を引き起こす『魔法士』と呼ばれる存在である。

 『魔法士』には様々な種類がおり、種類によって戦闘方法が違う(原作者は、「格ゲーをイメージして書いている」と語っている)。セラは『光使い』と呼ばれる時空制御特化型魔法士である。

 また『魔法士』には、天然に発生した者・人工に発生した者がおり、後者の方が能力的に劣り、また脳が壊死して死亡する確率が高くなっている。前者の場合、遺伝子から弄って生み出すか、親から受け継ぐか、の二種類に限られるのだが、セラは母から『I-ブレイン』を受け継いだ、しかも『光使い』であるという、世界で唯一無二の存在だった。



 『光使い』は、「アーチャー」になれる程に優れた遠距離攻撃能力を有している。

 「D3(Dimension Distorting Device。多局面歪曲デバイス、とか、そんな意味)」と呼ばれる正八面体で構成された十二の結晶型デバイスを操作する事で、空間歪曲を利用した“荷電粒子砲”を自在に発射する事が出来る(補足だが、この粒子砲はLance、即ち“槍”と呼ばれ恐れられた為、セラは「ランサー」の要素も有している)。未来の戦艦を相手に一人で戦えるくらい強い。

 その為、押し寄せる大多数を排除したり、遠距離で狙撃したりという仕事が非常に得意。光の速さなので、認識してからの回避は当然に不可能である。見えた時には中っているのだ。

 しかし一方で、近接戦闘に非常に弱い。肉体は普通の十歳の子供で、しかも割と運動が苦手。一応、空間歪曲術による遠距離防御能力は持っているが、近接戦闘は全くできない。
 また、発射のプロセスを読み取り「射出を予測しての回避」は可能である。時間停止や空間操作系の能力を持っていれば、自分での回避は難しくとも、セラに攻撃を“外させる”事も可能になる。

 セラは「絶対に人を殺さない。何が有っても自分が死んでも、私は人を殺さない」と誓っている為、実力を持っている者ならば、つまりは対処が可能と言う事だ。勝てるか、五体満足か、は別として。

 というか、例え荷電粒子砲を本気で打ち込んでも、死んでくれないような怪物も結構いるから困る。



 セラの母マリアは、戦争で名を馳せた歴戦の『魔法士』であったが、人殺しの重荷に耐えて軍を脱走。後にセラの父と出会い、彼女を生む。夫の死亡後にセラを出産し、愛情を込めて育てるが――――有る時、戦争で力を使いすぎた為に、寿命がもう長くない、と言う事実を悟ってしまった。

 そして以後マリアは、セラを心では愛しているが、自分の死に大きな衝撃を受けない為に、非道に徹する事を決めた、という背景が有る。

 幸いにも死ぬ前に互いの想いを伝える事は出来たのだが、結局マリアはセラを庇って死亡。その後セラは、自分を拾い上げた青年ディーと共に、秘密結社『賢人会議』の一員に加わり、世界を相手にして行く事と成る……。

 母親に愛され、しかしフェイトへの所業を知るプレシアとの対比が、これ以上に嵌る少女も、中々居ないのでは、と思う。



 余談だが、原作作者も「リリカルなのは」とキャラが似ている事を自覚しているのだろう。公式二次創作において、「魔砲少女リリカルセラ」なる小話を掲載した事が有った。




 《人喰い鳩》



 未来で名を馳せている空賊。航空艦「Hunter Pigeon」を操る《異端なる空賊》ヴァーミリオン・CD・ヘイズという青年がその正体である。

 原作の主要登場人物。中心人物と言うよりか、どの中心人物に置いても重要な役目を持つ脇役、という印象を受ける男で、敢えて三枚目を演じている二枚目。空賊だが義理堅く、正義感も強い。

 超鈴音の持つ『I-ブレイン』は彼と関わりが深いらしく、本来はヘイズにしか使えない「破砕の領域」と呼ばれる特殊技法を、大停電の大橋で使用している。






 ●『ハヤテの如く』からの人物




 リィン・レジオスター


 幽霊。元アレキサンマルコ教会所属の変態神父。八十二年前、趣味が高じて教会地下にダンジョンを形成したものの、自分の造った罠に掛かり死亡。幽霊に成ってクリアする者が出るまで待っていた。

 八十二年後、ダンジョンへと来訪した綾崎ハヤテに憑き、自縛霊では無く憑依霊として現実へ現れ、ふらふら過ごしている。麻帆良にも時々顔を出していて、特に相坂さよとは仲が良い。

 元々神父だし、フェミニストなので女性には優しい(男には厳しいが)。寂しく過ごすさよを相手に、色々と相談に乗ったり、幽霊と言う種族の性質について語ったりと意外と美味しい役を持っているのだが、自分の煩悩に執着する余りに、シリアスを保てず、雰囲気を壊している。

 でも全くの無能と言う訳でもない。




 綾崎ハヤテ


 借金執事。原作主人公。やっぱり登場は遅い。今のままだと、学園祭以降まで出ないかもしれない。

 既に借金返済の為では無く、自分の意志でナギの元で働いている。実質的には執事長に近いが、出世した、と言ってもクラウスはまだ健在だし、トップと言う訳ではない。
 完璧とも言える執事技能に加え、勿論、必須スキル「必殺技」を持っている。一流の執事は、必ず必殺技を持っているべき、との事らしい。

 流石は主人公と言うべきか、実は意外と良い男。しかも執事なので女性受けが良い。さり気無くフラグを確保していて、三千院ナギ、マリア、天王州アテネ、桂雛菊、西沢歩、瀬川泉……と多くの異性に想いを寄せられているが、本人は気が付いていない。結局、誰を選ぶのやら。




 三千院ナギ


 三千院財閥の表面上のトップ。トップとはいえ実権は未だに帝に有る為、要するに「お飾り」である。

 財閥から勘当されていた事が有るので、以前ほど金に執着は無く、というか本人の頭が良いのでデイトレや株取引でしっかり儲けているので、余り生活には困ってはいない。
 “あの爺め、いい加減にしろよ”とは思っているが、過去の様に自分達を利用している様子は無いので、まあ良いや、と放っている。仕事もする必要が無いので、ある意味ナギにとっては最高の環境。

 少し前、東京ビッグサイトで行われる「夏の祭典」に初めて“客”として常識的に通ったそうだ。その時に、早乙女ハルナと衝撃的な出会いをし、彼女に執事体験を受けさせるとか、そんな事もしてたりする。




 三千院帝


 三千院財閥の実質上のトップ。諦め悪く策を練る、そろそろ現実を見るべきな御老体。
 近衛近右衛門、浦島ひなたとは当時の麻帆良学園で同級生。同時に、相坂さよの後輩だった。

 時間の流れが違う『王族の庭園』や、その中に眠る数々の秘密。ミコノス島別荘の地下碑文等など、解明されていない謎が多く眠る物に対し、アプローチを仕掛けるのに、自分一人では無く、麻帆良や他組織の力を借りている所が、流石と言うべきだろう。

 ミコノスを治めていたミダス王の伝説を調べれば良いのだが、ミダス王とは有名な「全てを黄金へ変える手を得た王様」である。食料や愛娘まで金に変わった、というオチが有名。そのミダス王が富と魔法で生み出したのが『王玉』で、『王族の庭園』への侵入条件で――――後はまあ、「カルワリオの丘の神(復活協会)」とか、「死者を天へと導くアプラクサスの悪魔」とか、「帝が見上げていた愛娘の写真」とか、その辺のキーワードから推測すれば、なんとなく形は見えて来る。確証は無いけど。

 いくら頑張っても死んだ娘は帰って来ないし、失った喪失は抱えて生きるしかないという事を自覚して欲しい物である。いや、むしろ現実を見据えているから、実行可能な計画を立てているのかもしれない。



 さて、実は三千院帝が、此処までして未だに目的に拘る理由が、キチンと存在する。言いかえれば、『何故、時間的には既に大きく経過している筈なのに、原作ストーリーの肝とも言える部分が終了していないのか?』と言う疑問に対する確固たる理由が存在するのだ。

 答えは簡単。
 ミコノス島を初めとする美味しい「研究材料」にして「信仰材料」を、宗教世界や《協会》が放って置く筈も無く、帝の狙いを挫いたから、である。

 つまり、ローマ正教を初めとする宗教世界の横槍や、《協会》の横暴によって、原作(最後の方で語られるだろう)エピソードが大きくずれ込んでしまったのだ。

 だから、ハヤテを取り巻く環境が変化している癖に、帝は今でも暗躍している、と言う訳だ。



 因みにこの世界、金持ちが多かったりするのだが、此方も区分が成されている。

 まず、元々財界を完全に掌握していたのが赤神・謂神・氏神・絵鏡・檻神の五大財閥。三千院帝が学生だった頃は、まだ五大財閥の派閥は完璧で、名家の三千院とはいえ、上からの拘束は揺らぎもしなかった。

 商才と先見の明に優れていた彼の元で、三千院は発展、財閥と名乗れるほどに大きくなって行ったが、やはり五大財閥(嘘か本当か、経済界の五大頂と『出雲技研』からは呼ばれたらしい)の支配は緩める事が出来なかった。しかし一応、この頃から今現在に続くほどの大金持ちになってはいる。

 彼ら五つの拘束が僅かに崩れたのが、本編開始二十年と少し前に発生した『狐と鷹の大戦争』。つまり哀川潤と西東天の大喧嘩。この大戦争は、当然のことながら各世界に大ダメージを与え、五大財閥すらも揺らがせた。

 三千院財閥もダメージが大きかったが、この隙に、彼は恐ろしい手腕と、更には長い付き合いだった「天王州」を初め、各種権力を存分に振い、痛みを受けながらも、辛うじて地盤を確保。
 何とか、五大財閥からの圧力を払いのけた、という経緯が有る。代償に世界の深い部分、特に『暴力の世界』には入り込めなくなってしまったのだが、帝はその代わりに各種開発事業で資金を確保しつつ、非日常一歩手前、同級生が長を務める麻帆良へと眼を付けた……と言う事なのだ。

 雪広財閥なども、五大財閥の束縛から如何にして抜け出したのか、という設定は有る。




 鷺ノ宮伊澄


 古くから京都を支えて来た名門。鷺ノ宮家の娘。「陰陽師」の家系故に、歴史は古いが、身分が高かった訳ではない。帝が介入しなかったら、規模と良い経済力と良い、此処まで大きく成長しなかっただろう。
 親友のナギには語っていないが、若い年齢に似合わず、歴代で最優な陰陽師である。

 実際、術限定ならば本当に強い。特殊符術魔法「八葉」ともなれば普通に高位力スペルカードで通用するし、《建雷神》の疑似神卸まで可能にしている。つまり、かなり凄い少女なのだ。
 本人の運動能力が壊滅的であり、また才能に感けて自分より強い相手に腕を磨いて来なかった為、総合的には、微妙な強さ、という事を除けば、の話だが。



 一般社会では十分過ぎるが、かといって本気で危ない相手には無謀なレベル。本人も自覚しているのか、最近の仕事は地脈の制御や結界補強や、各種権力者との相談とか、そんな仕事が多くなっている。
 京都の動乱を予見し、比叡山延暦寺の天台座主の元へ顔を見せるが、その帰りに迷子になった。山の中で鈴無音々に保護された後、真夜中に――本来は覚られない筈の、八雲紫と比泉円神、二大妖怪の接触を悟っている。そしてそこで、外に出る事を止める等、非常に賢明な判断だった。

 自分の実力の足りなさに歯痒さを得て、最近は修業をしている。その為、実力は徐々に伸びてきているが、まだまだ伸びは足りず、先は長く、成長はきっと大きい、らしい。『ハヤテの如く』の中では、普通に『魔法使い』やそれに関する存在に近いので、作者としても動かしやすい。

 修学旅行では、もう少し活躍して貰おう。

 尚、『魔術師』土御門元春と『魔法使い』鷺ノ宮伊澄とでは、「魔術」と「魔法」の差が大きな障壁となる為、どちらが勝つ、とは言えない。伊澄が万全なら彼女の勝ち、万全でなければ土御門の勝ちである。






 ●『夜桜四重奏』からの人物。




 比泉円神


 妖怪の肉体を持った人間。

 比泉円神という人間の精神が、サトリ妖怪の七海ギンという肉体に入り込んでいる。その為、彼は、比泉家の固有スキル「調律」と、サトリ妖怪の読心能力・催眠能力を使用出来る。更に、人間から陰陽道も学び、使用しており、物語の進行と共にどんどん強くなっている。尚、彼の「第三の目」は、妹と同じ、頭部に生えた獣風の耳である。

 外見は、ビジュアル系のお兄さん。冷たい印象を受ける眼鏡の奥に暗い炎を灯し、その頭脳を持って策略を練っている。本人の実力は高いが、人を見る目が有るかどうかは、最近怪しくなってきた。だって仕事を任せた連中は、和解して、離反してるし。


 
 桜新町には《七郷》と呼ばれる霊桜が植え込まれており、一種の結界と目印の役目を果たしている。

 《七郷》は、根が現実世界に、枝と花が“向こう側”に通じており、土地に住む「比泉」家は、この桜を目印に「調律」することで、町の平和を守り、あるいは妖怪達を救っている。
 この場合の“向こう側”とは、神隠しによって消える世界――――つまり八雲紫の領域であり、枯草の中に鉄が混じった匂いが漂う、「迷い家」とも呼ばれる空間である。その為、「比泉」家は円神に限らず、八雲紫には非常に相性が悪い。

 「調律」とは、この世界にこれ以上存在できなくなった妖怪を、彼らの世界に送り返す技法である。人間から得られる恐怖や信仰心が減少すると、彼らは徐々に力を失って行く。力を失いすぎると、最後は死んでしまう。そこで死ぬ前に「調律」して、彼らをマヨヒガへ送るのだ。

 送った後に、彼らが如何なるのかは、不明である。

 元々、妖怪達が「何処で生まれるのか」や、「死んだ後は如何なるのか」、といった問題に関わる話なので、詳しい事は語れない。人間は冥府へ向かって、閻魔の裁判を受け、六道輪廻を巡り、転生するのは間違いないが――――では、果たして妖怪は如何なのだろう? という疑問に関わって来るのだ。

 「迷い家」とは、神隠しで送られた先の世界であるので、つまり『Missing』で語られる異世界である。言い換えれば、常人ならば発狂するし、世界に居るのは良く分からない謎の生物ばかり。各種防御力を持つ者ならば多少の耐性は有るが、しかしかなり危険な場所には違いない。
 かつて“向こう側”へと無理やり送られた比泉円神は、驚異的な精神力で絶望を味わいながらも、正気を保ち続けた。そして同じ様に「調律」された七海ギンの肉体を乗っ取り、現実へと帰還したのである。

 あんな世界で只管生き続ければ、そりゃ歪みもするし、怒りもする。帰還後、彼は現実と“向こう側”を《七郷》を利用して融合させようと目論み、桜新町を拠点として様々な悪巧みをして行くのだ。



 《七郷》の株は意外と各所に植えられており、『白玉楼』にも植えられているし、麻帆良学園「桜通り」にも植わっている。植えられた場所が霊的に不安定になり、幽霊や異形を呼び寄せやすくなっている。エヴァンジェリンがまきえ、のどか、ヴィヴィオを襲った場所が「桜通り」だったのも、彼女が行動しやすいからである。

 桜新町は、比泉家や《七郷》の影響も有って、ごく普通に人間と妖怪の共存が可能になっている、非常に稀有な例である。その為、人間社会で生きる妖怪や《幻想郷》にも、かなり関わりが深い。

 八雲紫は、比泉円神の計画を利用して《幻想郷》に関わる何か別の計画を進めている様であり、比泉円神も、八雲紫を伝手として《完全なる世界》に京都で接触する算段を立てている。






 ●『Get Backers』からの人物。




 マリーア・ノーチェス


 新宿裏通りで、小さなオカルト系ショップを営む女性。年齢不詳だが、本人が言うには九十九歳。
 具体的な情報は殆ど不明だが、かなり凄腕な事は間違いない。

 原作『Get Backers』に出て来た“彼女本人”では無い。原作中でバビロンシティと呼称される“此方側”の世界に存在する女性であり、アーカイバのバックアップである『原作』のマリーア本人とは、性格、容姿など全てが等しいが、別存在である。

 この世界では、卓越した実力を持つ『魔法使い』であり、近衛近右衛門が頭の上がらない人物の一人。学園長の師匠であり、麻帆良学園への強権を有している《協会》公認の存在、という流石の御仁である。

 柿崎美砂は、本来認識出来ない筈の彼女の店を、何故か認識し、そして到達していた。




 MAKUBEX


 アーカイバ内に組み込まれた情報記録・管理プログラムの一部。主として情報発信をしている。開発者である『ER3』の開発者・間久部博士の名前を取り、その最後にXを付けられて通称をマクベスと呼ばれている。

 原作登場人物である、“MAKUBEX”少年の人格は未だに形成されていない。しかし、その情報処理能力はかなり高く、玖渚友が己のサポート役に抜擢する程には優秀。間久部博士もきっと喜んでいるだろう。

 今は所詮、優秀な電子計算機でしか無いので、“本編では一言も話していなかった”のである。




 ルキフェル・ピエール・ド・メディシス


 《魔術師ルシファー》。

 表の顔は、名門大学や名門私立学校に多くの合格者を送り出す有名私塾「メディシス・アカデミー」の経営者にして塾長。裏の顔は《完全なる世界》の協力者にして出資者である。

 やはり“こっち”の存在で、“向こう”のオリジナルである。約一世紀前、原作と同様に、カード型神器『神の記述』を手に入れ、ほぼ同時に最愛の娘を失う。原作では盲目に再会を望み、最後は敗北して、しかも赤屍さんに殺されたが、“こっち”ではそうは成らなかった。

 娘の死をしっかりと受け入れた後、彼は『魔法世界』から撤退。悲しみを癒す為に現実世界を放浪し、最後は日本に辿り着いて「メディシス・アカデミー」の原型となる個人教室を開く。最初は、普通の小さな私塾だったのだが、後に東京都新宿副都心駅西側に堂々と聳え立つ、高層ビルのオーナーにまで成った。

 元々ルキフェルは子供好きで、とても親切なナイスミドル。なので、原作でマリーアが語った通り、道さえ踏み外さなければ凄く普通の、そして同時に凄まじい実力の『魔法使い』に成っている。

 アウターや《赤き翼》等、チートキャラが多い中、ルキフェルとマリーアの二人は、「才能を本気で長年に渡って伸ばし続けた『魔法使い』」であり、学園長よりも強い。それで居て、長年の努力と研鑽で強くなった、正しく目上の実力者になっている。『魔法世界』や《協会》でも、滅多な事では刺激しない、というVIP待遇の存在。

 神器『神の記述』は、使用方法によっては未来までを予言する道具であり、同時に現実を侵食する非常に強力な召喚媒体でも有る。そもそも選ばれる事すら難しい道具を完全に扱う時点で、彼の実力の高さは
十二分に伺えるだろう。

 彼が未来に何を見たのか。それは不明。しかし《完全なる世界》に協力した以上、心に決めて行動しているのだろうし、確固たる目的の為に力を貸している事は間違いなさそうである。




 赤羽蔵人


 唯一、原作で登場したキャラ。東京で開業医を営む『赤羽』であって『赤屍』ではない蔵人さん。

 『超越者』こと『世界の法則から外れた存在』であるので、実力は原作と多分、同じくらい(つまり、ほぼ最強)。でも、“こっち”では“向こう”みたいに行動はしない。

 平和を愛する普通のお医者さんで、市民からの人気も非常に高い。腕も天才的に良く、《冥界返し》とも知り合いだそうだ。
 ……もしかして現実で積もった鬱憤を向こうで晴らしていたりしないよな、この人。






 ●『東方project』からの人物




 八雲紫


 《幻想の境界》。

 人間離れした美貌と、《境界を操る程度の能力》という、凄いのか凄くないのか曖昧な能力を持つ大妖怪。一説では《顕界でも冥界でも有る世界(ネクロファンタジア)》に繋がる存在とも言われている。

 妖怪の中では最強と言われており、アウター扱いをされている。とは言っても、彼女よりも実力で勝る相手はごろごろ、普通に居る。それでも尚、彼女の評価が高く一目置かれているのは、実力よりも本質や、その有り方に依る事が大きいからだろう。

 常識によって遮られた《幻想郷》と呼ばれる世界を隔離世に展開し、その中で、過去と同じ、妖怪と人間の有り方を模索しながらも発展していく世界を守り続けている。内部には、過去に澱となって消えて行った神や、忘れられた過去の大妖怪も住んでいる。
 一種の楽園だが、同時に牢獄でも有り、《幻想郷》へ入るかどうかは……これはもう、完全に個人個人によって評価が分かれている。くだらないという者もいれば、凄いという者もいる。唯、八雲紫と長い交流を持った者ならば、その労力と情熱、愛情に、一定の評価を下す事が多い。

 真意を隠した胡散臭い笑みで、各所に出没して暗躍しているが、その目的は《幻想郷》を守る事に集約される。其れを知らない者から見ると、何か混乱を起こして見えるだけの話で。
 《闇》、妲己と比較すると随分スケールが落ちるが、『八雲紫が原因です』も汎用性が高いかもしれない。実際は彼女より八意永琳とか八坂神奈子が問題なのだが、まあ管理人の宿命だ。

 因みに、『境界恋物語』とは(かなり遠いが)並行世界。紫=マエリベリーの理論は同じ。オリキャラの“八雲縁”及び他の関係者に付いては、不明。




 神綺


 魔界神。魔界を生みだした創造神であり、魔王と並ぶ権力者。その正体はルシフェルとか、そんな化物だろうと思われる。《綺翼の熾天使》とか書くと良いかも。

 政治的権力を魔王に渡している為、政治には殆ど関わらない。しかしその代替に、かなりの自由行動権を有しており、大抵は魔界最奥部にある地獄との境『第四地獄ジュデッカ』の伏魔殿(バンデモニウム)で、メイドの夢子や、己の凍りついた「本来」を守るユキ・マイの姉妹や、《幻想郷》に行って中々帰って来ない娘と共に、のんびり呑気に暮らしている。

 勿論、魔界は神綺が産んだ物なので、彼女の物である。故に、神綺は魔界では何でも出来る。そして、自分で生み出した魔界が愛しいので、壊すような真似はしない。

 政治的な権力は無いが、魔界の住民からは慕われている。神綺も「自分を慕ってくれる彼ら」をしっかりと愛している。嘘か本当か、全員の顔と名前を覚えているらしい。……敢えて強調したが、流石は魔界の神。そしてアウターで《億千万の眷属》。普通に見えて、実は内心の狂気は、並みではない。
 というか、かなりヤバイ。

 《億千万の腕》と、アウター内では呼ばれているが、この腕とは、世界を造り上げ、同時に母として皆を抱きしめる為の「腕」の意味。自分が生み出した魔界の住人は決して見捨てないし、絶対に消さない。愛情に見返りを求めもしない。けれども、タダほど高い物は無い。自分の腕という柵の中から絶対に逃がさない、と言う意味でも有る。
 「無邪気に残酷」という言葉が、一番似合うだろう。

 アリス・マーガトロイドもそうだが、一般的な魔界の住人(魔王の血族だけは特殊な事例)。それこそヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマンやザジ・レイニーデイを初め、ほぼ全ての魔族は、結局は神綺という存在から逃げる事は出来ないのだ。心が神綺に向いてさえいれば別に許されるのだが――彼女の存在を心から消した時点で、その人物は、恐ろしい目に合わせられる。

 『どうして私に、何も向けてくれないの?』と、実に透明な笑顔で、唐突に出現し、全てを壊されるらしい。それで嫌悪や憎悪が生まれれば、自分に向けていれば、それで良い、という、なんともはや……。

 尊敬でも畏怖でも思慕でも愛情でも憎悪でも憐憫でも、「何か」を向けてさえいれば神綺的にはOKなので、実際、魔界でそんなヤバイ騒動が起きる事は滅多に無い、のだが……。

 まあ、『境界恋物語』の番外編で、そんな滅多に無い筈の過去話が、有ったりする。




 風見幽香


 《四季のフラワーマスター》。

 《幻想郷》でも有名なUSC(Ultimate Sadistic Creature。つまり究極加虐生物)。《幻想郷》の歴史を記した書籍の中でも、人間友好度や危険度が最高クラスと書かれている、かなり危ない大妖怪。

 外見は、緑髪をショート風にし、スタイルの良い体を赤のチェックの上下に包んだ、優雅な女性。しかし、人間よりも花々を愛で、死体を埋めてに草木に与え、血肉を吸って美しく咲いた花達を何よりも愛する、怖い人。無論、花々を傷つけた相手は肥料にされる。
 《幻想郷》の中でも非常に情報が少ないが、他者との接触を全く絶っている訳ではないらしい。八雲紫とは色々な意味で長い付き合いで有る。

 普段は平和に暮らし、また弱者や子供には優しいのだが、分不相応な相手には非常に容赦が無い。植物を操る力を持っているが『大事な彼らを戦いに使う真似はしない』として、己の身体能力だけで戦う。
 でも、滅茶苦茶に強い。

 今は紫に招待されてホテル「嵐山」に居たりする。彼女から見れば、ネギは“脅威にすら思わないレベル”の実力だから、別に心配しなくても何かされる事は無い。ネギが何もしなければ。




 岡崎夢美


 《夢幻伝説》。

 《幻想郷》で発生した異変の数は多く、強者と呼ばれる妖怪は大体関わっているのだが、歴代を見ても唯一の人間の実行犯。とある未来から来訪した十八歳の天才少女。通称を《教授》である。
 生物学的に人間な筈なのだが、異常に強く、普通に博麗霊夢より強い。赤色の服に身を包み、人間離れした特徴を持つ所から、哀川潤の血縁関係者ではないか、と思われる。

 空間と世界を超える『可能性時空探査船』を弱冠十八歳にして造り上げ、助手の北白川ちゆりと共に《幻想郷》にやってきた。最終的には魅魔、霊夢、魔理沙ら連合に敗北して帰還する。

 実はこの人、やっている事だけならば、キシュア・ゼルリッチ並みに凄い人。
 十八歳で「世界移動の術」を手に入れているだけでなく、《幻想郷》で魅魔に敗北した時には、『月を永遠に満月にする(月の公転軌道や速度を変化させる)』などと言う、超離れ業までしてのけているのだ。

 ゼルリッチ爺と同じくらいに、色々と便利な人なので、出るだろう、多分。






 ●『サクラ大戦』



 大神一郎


 色々と政府に関わる重鎮で、学園長の先輩……らしい。停電の日に備えて、学園長が密かに連絡を取っていたことがタカミチとの会話で示唆されている。
 百歳を超えているはずであるが、未だに矍鑠として元気に動けるお爺さん。妻・さくらも最近は体調を崩しているものの、まだ存命中とのこと。

 学園祭には、ひょっとしたら出て来るかもしれない。






 ●『RAGNAROK』




 リロイ・シュヴァルツァー


 『魔法世界』の英雄譚で語られる、伝説の中の一人。幾つもの大国で名の知られた傭兵。
 《黒き閃光》《疾風迅雷》の異名を持つ、卓越した技量を持つ剣士――――であったようだが、その身の上には不明な点も多い。




 トゥーゲント


 『魔法世界』の英雄譚における、伝説の中の一人。龍人。
 持つ意味の名は《美徳》。その名に相応しく、礼儀正しい武人で有り、同時に世界最高峰の剣豪でもある。

 今もどこかで生存しているらしい。




 ロキ


 別名を《億千万の脳》。世界最高の科学者にして、究極の頭脳を持つ、善と悪の両極端を知るアウター。
 『魔法世界』英雄譚に語られる、一種の怪物。伝説上では成立初期から、歴史の背後に見え隠れしるらしい。有る時、古き異形達を率いる戦争が人間との間に発生した時、その真意を見せないままに、人類を救い、同時に死亡した、とされている。

 英雄譚には、僅かに記述がみられるものの、詳しい事は一切が不明。




 シュタール


 《奇術師(ツァオベラー)》。

 嘗てネギに「父親に会いたいかい?」と囁いた魔神。そしてネギが頷いた事に気分を良くし、故郷の村を悪魔に蹂躙させた張本人。
 彼の行動の背後には、メガロメセンブリア上院議員の思惑が絡んでいるようだが、はっきり言おう。彼らに御せる程、簡単な相手では無い。

 ラスボスの一人。




 オルディエ


 『魔法世界』英雄譚に語られる、かつてロキを葬ったらしい存在。
 既に出てます。探してみてください。






 ●その他の人物




 クトゥルー


 《億千万の鱗》と呼ばれる『深海の大破壊竜』。

 この世界では、ラブクラフトは飽く迄も「創作」。故に、邪神は出て来ないし、このクトゥルーも蛸のような多脚生物では無い。一応、南太平洋に眠ってはいるが、ルルイエは無いし、人を狂わせたりもしない。
 正体は、海底の山脈と同化している程に巨大な竜であり、肉体は完全に岩塊。仮死状態なので動けないが、心臓は拍動しているらしいし、意識だけを遠くへ飛ばす事も可能である。

 過去、中国大陸で発生した大きな動乱を、蓬莱山の東で嗅ぎつけ、襲来。『封神計画』終了後の大陸において、伏儀と熾烈な戦いを繰り広げた。この時、彼と決着が付かなかったほどの戦闘能力を有しており、その際、他の《億千万の眷属》から仲間入りを進められ、一気に怪物として名を知られる事になった。
 伏儀との決着は付かず、引き分けに終わった。しかし、クトゥルーは自分の使う気脈制御術を人間に伝授する事で、決着を図ったが――しかし結局、今迄、決着は付いていない。

 「九頭竜」と後に呼ばれるこの戦闘技術は、対仙人用戦闘術とも呼ばれ、非常に独特の形をしている。伝承は限られており、今現在、世界で数えるほどの使い手しか存在しないそうだ。





 《ダーティ・フェイス》


 トレジャーハンター。

 現実世界と『魔法世界』では伝説として伝えられる存在で、大英博物館や秘密結社《ミュージアム》から狙われる男。その伝説に比較して、容姿容貌が不明だった為、「表に出られないほど顔が汚いんじゃね?」と噂され、ダーティ・フェイスと呼ばれる様になった。この中には、行動が過激で、遺跡などに出る被害もかなり大きい事実への皮肉も込められているそうだ。

 その正体は個人では無く、とある家族と、そのサポートメンバー達である。

 OS市場を一年で塗り替えた「ふぉ~ちゅん・てらあ(正式名称をFortune-Teller Industry)」の創業者。天才少女の結城美沙。
 その弟にして、強力な念動力を持つ、次期結城グループ総裁の結城樫緒。
 双子の母親にして、僅か八歳で子供を生んだ、そもそもの問題の根幹を造ったヒロイン・麻当美貴。
 双子の父親であり、クトゥルー直伝の妖拳法「九頭竜」を治めた主人公・草刈鷲司。

 この四人と、双子のバックが《ダーティ・フェイス》の正体であり、「オーパーツ」と呼ばれる、過去の貴重な遺物を巡って《ミュージアム》と戦いを秘密裏に繰り広げているのである。

 尚、彼らが今迄に《ミュージアム》と争ったオーパーツは――。

 稗田阿礼が書いた古文書と、そこに記された、八意永琳が地上に残して行った『蓬莱の薬』。
 北欧に存在したといわれる『世界樹』と、其れを利用した外宇宙探査船『世界樹の船』。
 五千年以上前に、リップルラップルの影響で海中に沈んだ伝説の大陸『アトランティス』と、その秘宝。

 等など、実に冒険心を擽られる物ばかりだ。






 バラライカ


 ロシアンマフィア「ホテル・モスクワ」の大幹部。

 現代のソドムことタイ、ロアナプラ市に本拠地を置く、元ソビエト連邦空軍大尉。アフガニスタンの紛争に参加し多くの武勲を立てるが、ソ連崩壊と共に故国から排除され、マフィアへ身を窶した。
 本編には“関わらない”お方だが(というか世界観が徹底的に合わないし)、『魔法世界』編の前に、思い切りロアナプラでの大事件を書く予定が有るので、その時には出て来る筈、である。

 『Black Lagoon』を絡めた目的は、銃を撃つ為やメンバーに暴れさせる為では無く、現実裏の生々しい社会情勢や、「普通の悪党達の世界」がクロス世界でどんな風に動いているのか、の象徴である。

 つまり、彼らの世界は、ネギを初め、子供は見ない方が良い世界。
 大人達が、決して子供達には見せてはいけない世界なのである。

 この世界のロシアには、政府や宮廷の裏に《氷牙イリーリャ》と呼ばれる始祖の血統が存在し、古くからロシアを操っている(少なくとも、1263年にモスクワ大公国が建造された時から、国家の裏で暗躍している事は間違いない)。
 嘘か本当か、彼女の更迭と強制除隊も、彼らの影響が有ったとか。






 早瀬浩一


 まだ、生まれてすらいない(2005年一月に誕生)。

 尚、物語の中の年代で言えば、現在――――森次冷二は九歳、山下サトルは生後六カ月。九条美海は生後九カ月、中島宋美は五十六歳、ユリアンヌ・フェイスフルは十一歳である。
 JUDA(及び加藤機関)は、大体、三~四年前から動き始めている。そろそろ医療品メーカーとして名前が知られ始めた頃である。

 「正義の味方」とか「不老不死」とか「大型機械人形」とか、他にも色々と繋がれるキーワードが有るので、初期段階から構想の中に有った。既に幾つか伏線も捲かれている。
 ま、絡むのはもう少し後と言う事で……。






 今の所、未来の可能性も複数存在する。

 『ウィザーズ・ブレイン』。
 『ミスマルカ皇国物語』(レイセンの未来)。
 『秘封倶楽部』や『西方project』。
 『大先端時代』や『境界線上のホライゾン』(終わりのクロニクルの未来)。
 『ナイトウォッチ』(ブギーポップの未来)。
 『鉄のラインバレル』……。

 等など。


 どの世界の未来へと至るのか、其れは不明。
 あるいは、「これら全てが混ざった、もっとカオスな未来」が待ち受けている、かもしれない。
















 良し、これでクロス先の31作品は全部出たぞ。

 残りの三つは『Daddy Face』と『Black Lagoon』と『鉄のラインバレル』でした。
 長かったですが、取りあえず登場人物は完了です。また脇役や危ない人達が増えるでしょうが、そしたら逐一、この記事に書き足して進めて行くので、宜しくお願いします。

 次の辞典は、世界設定編。組織&地名、種族&職業……。あ、ネギ達3-Aのプロフィールも必要でしょう。激しくネタばれを含んでしまうので、中々出しにくいのですが。

 そろそろ修学旅行へと出発して貰おうかな……。

 ではまた次回!



[22521] 序章その一 ~老魔法教師と壮年魔法教師の場合~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/10/14 23:02


 ネギま・クロス31 第三章《修学旅行》編 






 序章その一 ~老魔法教師と壮年魔法教師の場合~






 「失礼します、学園長」

 一声を掛けて室内に足を踏み入れると、特徴的な瓢箪頭が視界に入る。これはもう、毎回の事なので気にしない。気にしたら負けだと思っている。

 「良く来てくれた、高畑君。……ま、座ると良い」

 ふぉふぉふぉ、という特徴的なバルタン笑いをしながら、学園長は席を促した。着席して話をするという事は、簡単に済む話ではないと言う事だ。数ヶ月前、ネギ・スプリングフィールドの来訪に関して相談を行った時も、同じ様に席に着いていた。

 あの時より、麻帆良における少年の環境は幾分、マシに成ったと言える。

 昨日の大停電に置いて、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルとの戦いを経験し――それを乗り越えた。少なくとも、エヴァンジェリンに(辛うじてだが)合格した影響は、この学園で優位に働くだろう。大抵の関係者は、未だに静観しているが、僅かに出始めた感心の声も密やかに届いている。勿論、少年の耳に入らない様に注意をしているが。

 源しずなが机の上に置いた緑茶を一口飲み、学園長を見る。対岸に座った近衛近右衛門は、よっこらせ、と腰を下ろす所だった。

 「さて……まずは、一つ尋ねよう。調子は如何かの? エルシア嬢と引き分けたようじゃが」

 机で向かい合う老人の瞳は、長い眉に隠れて伺えない。この老人が、恐らく、自分とあの『魔界』の王女との対決を設定した事は気が付けている。その真意もだ。

 「引き分けた、程では有りませんよ」

 言葉を訂正した。

 「相手が全力を出しきる前に、此方が全力に成って……何とか、隙を付いてドローに持ち込みました」

 「しかし、気絶をさせる事は出来たのじゃろう?」

 「気絶をさせただけです。仮に気絶をしていたとしても、今の僕ではエルシアさんは倒せません。倒す前に目覚められて返り討ちですよ。……それに気絶させるだけで精一杯でしたから」

 「結構、結構。――引き分け以上に価値のある物を得たのじゃ。その上で勝利を得る必要も有るまい?」

 「……ええ」

 やはりか、とタカミチは思った。

 魔神と言う存在は、渇望している。
 長い時を生きる種族だからこそ、儚い人間が、どれ程に輝くかを、見たがっている。
 だから、其れが出来ない人間に興味を持つ事は無い。
 そして、過去に有していたくせに、其れを失う相手には――――容赦が無い。
 例えば、世間の荒波で嘗ての理想を手放しかけていた、タカミチであってもだ。

 「――感謝します。学園長」

 「なんの。ワシは唯、場を拵えただけじゃよ」

 学園大停電の裏で、タカミチ・T・高畑は、麻帆良図書館の地下でエルシアと激戦を繰り広げた。

 勿論、その理由は、彼女達が持っている情報だったが、――――学園長の深面は違う。学園長が態々、この大停電に託けて危険な(それも世界クラスで危ない)相手と向かい合わせたのは、己を見失いかけていたタカミチを、もう一度、呼び戻す為だ。

 ネギ・スプリングフィールドの来訪と、彼への見えない劣等感。大人の社会で有るが故の足枷と、自由に動けない拘束。そして、ともすれば残酷にも成り得る正義と言う言葉。

 幾らタカミチ・T・高畑が有能だからと言って、気が付かずに積み上がれば、何時かは致命的になる。それを見越した学園長は、今この時期だからこそ――これからますます、間違い無く困難に直面するだろう彼を思って――そして、その意志を魔神ならば組み取れるだろうと予想して、敢えて、地下に向かわせた。

 結果として彼は、ナギ・スプリングフィールドとネギを繋ぐ事を、己の意志で定める事が出来た。

 大停電の間の中心戦力にこそ成らなかったが、彼の存在は、これ以降、より重要になるに違いない。

 「アルビレオも気にしておったしの。……ま、年長者の責務と言う奴じゃわい」

 まあ、魔神に期待した結果、今度同じ事をしたら殺す、と近右衛門は釘を刺されてしまったが、これは仕方が無い。初めから予想していた事だ。相手には何も伝えていなかったし、学園長とて絶対に地下で戦闘に成るとは思っていなかった。予期していただけだ。

 老い先短い自分の命を懸けたって、正直、余り惜しくは無い。

 それよりも、次の希望へとつなげる事の方が、もっとずっと有意義なのだ。

 内心は勿論、おくびにも出さず、ふぉふぉふぉ、と笑い、学園長は、さて、と言葉を区切る。

 「挨拶は此処までにして――本題に、入ろうかの」

 伝えるべき仕事は山ほど存在するのだ。



     ●



 「さて、まずは後始末の事からじゃな。エヴァンジェリンが暴れた事への反応は様々じゃが、外部に関しては――動かない様に話は付けておる。少なくとも、暴れた事に関しては、文句こそ出たとしても強硬な行動をする者はおらんし、麻帆良が責められる状態でも無い。今迄通り、彼女は此処の生徒で、ネギ君のクラスのままじゃ」

 「……色々と、手を回したようで」

 「いや、其れほど面倒でも無いわい。学園が停電になる事は事実じゃし、停電の最中はセキュリティの代わりに警備員や巡回の教師を増やす事も当然じゃ。こっそり内部に入り込もうとする不埒な輩が現れる事ものう。警備員が少々、特殊な人材と言うだけの話だからのう……。学校故の治外法権もある。だから、エヴァンジェリンが動いた事に関してのみを、気を付ければ良い」

 まず初めに、本国とも繋がりが深い《協会》に関してじゃ――と、学園長は語り始める。

 「エヴァンジェリンに関しての通達は無い。『魔法世界』の関係では《必要悪の教会(ネサセリウス)》も含めて、文句は出ておらん。麻帆良で暴れた事については、殆ど無視の状態に近いじゃろうな。『魔法使い』としての行動理念に反している訳ではないし、《協会》に被害を与える可能性も――エヴァンジェリンが『吸血鬼』である以上、低いわい。《カンパニー》との問題も有るでのう。……最も、学園に襲来した、別の吸血鬼については、情報を与える様に要請が有ったがのう」

 「もう一体、ですか」

 「そちらの話は、少々長いから、後で纏めよう。――ともあれ、魔法世界本国からのエヴァンジェリンに関する注文は無いし、その意を受けて動く《協会》や《必要悪の教会》でも、彼女の行動が問われる事は無いと言う事じゃ。……ま、多少の世論の変化と、波紋が広がりはするかもしれないがのう」

 白い髭を撫でつけながら、学園長は話を先に進める。

 「政府機関の方も、問題は無い。……麻帆良の土地に被害は無いし、神木・幡桃にも、霊脈(レイライン)にも影響は無い。無論、一般生徒にもじゃ。文句を言われる様な隙も、付け込まれる隙も、残しておらんよ」

 それに、と学園長は付け加える。

 「余り良い言い方ではないが……この地は少々、特別だからのう。頭の固い役人どもも、エヴァンジェリンに関する不満よりは、国家と利益を取る位の分別は有るし……それに、大神の大老も、何かと気にかけてくれておる。御大が生きている限り、早々に麻帆良への国家権力の介入は無いわい」

 麻帆良と言う土地を語り始めると、成立や歴史に始まり、膨大な情報となる。故に、全てを語る事は難しい。働いているタカミチとて、かなり深い部分を知っているが、全てを知っている訳ではない。知る程の余裕も無いし、知っても現状に何処まで役に立つかは微妙な情報も多いからだ。

 しかし、例えば。

 麻帆良という土地が、重要視される霊脈地の上に築かれている事。

 『世界樹』と呼び親しまれている、本国からも重要視される神木が聳えている事。

 その成立が、動乱の明治期であり、当時設立された、他の組織――――『神州世界対応論』を唱えた《出雲技研》であったり、帝都防衛の秘密組織《帝国歌劇団》であったり――――そんな、謂れ有る、“特殊な組織”と、ほぼ同時期に開校したとなれば……その中に多くの問題を抱えている事が、十分に判るだろう。

 そして、問題と同時に、相応の権力を有していると言う事も。

 彼の内心を知ってか知らずか、学園長は飄々とした態度のまま、話を進めていく。

 「エヴァンジェリンも、あれで自分の行動に対する後始末の準備はしておる。基本の助力は《カンパニー》に請うておるし、彼女の行動は『調停員』に監視されておる。最も、だからこそ、彼女――確か、レレナ・パプリカ・ツォルドルフ、君じゃったか――彼女が停電で倒れた時は危なかったが……それは主のお陰で、解決した」

 「ええ」

 これはタカミチも把握していた。

 人間から脅威とみなされる吸血鬼。怪異の代表とも言われる彼らを相手に、交渉するだけの力を持った組織が有る。
 横浜海上沖の人工島に築かれた『特区』を起点とする《セカンド・オーダー・コフィン・カンパニー》。
 その社長、葛城ミミコを麻帆良に呼び、『調停員』の派遣を初めとした各種取り決めを、エヴァンジェリンは停電で暴れる前に結んでいた。
 吸血鬼と人間の間を取り持つ『調停員』が居ると言う事実を持って、『自分は最低限のラインは守る』と言う事を、内外に示していたのだ。言いかえれば、周囲の安全と、彼女の不自由を保証していた。
 しかし、その『調停員』レレナが、外部からの攻撃で倒れてしまった。
 故に、エヴァンジェリンの停電中の行動を証明する為の『記録』を、タカミチが地下まで取りに行く事に成ったのだ。

 「主の努力に免じて、と言う事で、地下で観戦していた魔神が、ウィル子ちゃんを通じて、あの停電で発生していた事件、事象は、ほぼ全て映像として送ってくれおった。多少欠落している部分は有るが、問題無いレベルじゃ。今度、ヒデオ先生にも礼を送っておくべきじゃな」

 「ええ。伝えておきます」

 「《カンパニー》の方も、レレナ君が直接話を付けたようじゃ。彼女の怪我の責任は麻帆良に有るが、エヴァンジェリンに有る訳ではない、と言う事でのう。それに、此方も尋常では無い被害を受けていたからのう。大きく責められる事も無かった。……《乙女(メイデン)》からも苦言を呈されただけで、文句は無かったよ。……ともあれ、もう少しレレナ君は、麻帆良に滞在する事に成った。表向きは麻帆良教会のシスター・レレナじゃから、シャークティ君の同僚、じゃな」

 「……なるほど」

 一通り、エヴァンジェリンの話を聞いたタカミチは、頷いた。
 如何やら、外部から彼女に対して攻撃が加えられる事は――少なくとも、今は無いらしい。

 勿論、彼女を警戒する組織は有るだろうし、不満を持っている者もいるだろう。しかし、彼らが動くにも多少の猶予は有ると言う事だ。この辺り、学園長は抜け目が無い。
 流石、エヴァンジェリンの行動を、全て承知の上で見逃していただけの事は有る。

 《赤き翼》として共に戦ったタカミチは、エヴァンジェリンを信じても当然だろう。しかし、幾ら彼女を預けたのがナギ・スプリングフィールドだからと言って、悪名高い《闇の福音》を受け入れるには、相応の器が必要だ。
 そして、其れを周囲に示す為の、外交手腕と権力の上手な振い方も。

 やはり、タカミチは、まだ、この学園長には及ばないのだ。



     ●



 「外の組織に関しては、そんな感じじゃが……内部の方も、概ね、問題は無いわい」

 そう言って、話題を変えた機会に、学園長はもう一回、緑茶を呑む。タカミチも呑む事にした。
 ずず、と温かい一杯を呑んで、気分を一新する。

 そうして、今度は麻帆良と繋がる組織の話だ。

 「《UCAT》の機竜『雷の眷属(サンダーフェロウ)』の墜落は侵入者の仕業じゃ。乗員の二人、ヒオ君とダン君にも大きな怪我は無い。佐山君に話した結果『心配は無用』と返されたよ」

 ダン・原川とヒオ・サンダ―ソン。

 両者共に《UCAT》から、ネギ・スプリングフィールドの来訪に合わせて送られてきた戦力だ。無論、その真意が、ネギよりも“他の組織”への牽制の意味を持っている事は言うまでも無い。

 《UCAT》の代表、佐山御言も、その本音を隠す為だろう。『存分に麻帆良の一戦力として使用してくれて構わない』という趣旨の連絡を学園長にしていた。結果、彼らは日々、アルバイトの様に警備員の仕事を行い、同じ様に大停電の最中も働いていたのだ。

 しかし、彼らは撃墜された。

 全長十メートルを軽く超える、機竜『雷の眷属』と一緒に。

 高度、数百メートルの場所で。

 一撃で。

 とんでも無い、――と思う。

 乗っていた二人は無事だったが、機竜は大破したそうだ。

 停電中。彼らの撃墜を聞いて、隙を見てタカミチは二人と接触している。図書館に潜る前の事だ。その際、被害状況などを聞き、治療用の装備を与えて置いた。その影響か、停電の翌日には二人とも、揃って元気になっていた。

 機竜の修復の為『停電が終わった後は出立する』……と言っていたが、此方に責任を被せる気は無いようだった。相手にしても、まさか機竜を落とせる怪物が来るとは思っていなかったのだろう。

 機竜の撃墜は両方に責任がある、と言う結論で落ち着いたようだった。

 UCATは慈善組織ではないが、一本芯が通った組織でもある。

 やるべき事を確実に、其々の立場からやっていけば、性質的に、敵に回る可能性は少ないだろう。




 「次じゃ。大英図書館の関わる『麻帆良図書館島』には被害は一切、無い。故に、Mrジョーカーから何かを言われる筋合いは無い。……まあ、個人のレベルで動こうとしているようじゃが、読子・リードマンは信頼のおける女性じゃしのう」

 話題が変わった。

 タカミチは、読子・リードマンという女性を思い浮かべる。

 大英博物館所属・大英図書館から派遣されたエージェント《紙使い》。その立場故に、必ずしも味方であるとは限らないが、それでも他に比較すると普通の女性である。生徒に被害を出す可能性も低いし、被害を与える可能性も低い。特異な性質さえ除けば、普通の図書館司書の女性である。

 宮崎のどかとも交流が深いらしいし、図書館探検部でも有名だ。

 確かに大英図書館の動向には注意が必要だが、彼女が動く際には、何かしらのアクションが有る。此方に何も見せないまま、彼女が行動すると言う事は――読子・リードマンの性格や実力からしても、難しい。

 故に、問題無いという結論だった。




 「次じゃ。エヴァンジェリンに協力した、麻帆良所属の警備員達の処分について。具体的に言えば、ルルーシュ先生と、C.C.君。あとは寮監の高町さん。三名については、しっかりと報告書を提出する様に命じてある。停電終了後に、しっかりと対面して釈明をさせてもおる」

 更に話題が変わる。

 今度は、麻帆良学園に在籍していながらも、エヴァンジェリンに協力した三名に関してだった。

 半年ほど前、エヴァンジェリンが警備中に発見した、不死の魔女C,C,と、その相棒のルルーシュ。

 同じ時期に転位して来た、高町なのは。

 三名は、学園の警備員の一員だ。そして、警備員の仕事は大停電がメインである。

 問題は、“エヴァンジェリンへの協力”以上に、己の責務を優先させるべきである、という部分だ。エヴァンジェリンの行動は、最初から不干渉ということで学園長が黙認している。しかし、他の警備員に関しては――――例えエヴァンジェリンが引っ張り込んだとしても、許可を出していない。

 「彼ら三名が、エヴァンジェリンに協力していた事は事実じゃ。ただ、三名とも、言われた仕事は十分にこなしておる事も事実でのう。……C.C.が刹那君を相手に喧嘩した部分を除けば、警備員として動いていた、と見る事も出来るのじゃよ。高町さんは、霧間先生と協力して侵入者を抑えていたし、ルルーシュ先生は大橋に援軍として向かい、相手の撃破に貢献した。その真意がどうであれ、そしてエヴァンジェリンの為であれ……事実だけを捉えると、そう解釈出来る。だからまあ、今回は多めに見る事にした。次は無い、と警告もして置いたわい」

 「なるほど」

 頷いたタカミチは、頭の中で情報を整理する。

 エヴァンジェリンの停電での目的は“己の封印解放”では無かった。真実を伝えるつもりが無かった為に、その言葉を「建て前」として宣言していた様だが、本音は違う。

 もっと別の――――《赤き翼》の血を引くネギ・スプリングフィールドを見る為の――――序に言えば惚れた男の息子を知る為の、敢えて架された“試練”に近い。

 エヴァンジェリンは、交渉で巧みに協力者を生み出したが、彼らへ頼んだ事も“ネギと戦う戦場の調整”という意味合いが強かった。

 エヴァンジェリンとネギを一対一の戦いへ運ぶ事。
 ネギが全力で戦えるように成長を促す事。
 更には、自分が警備員を抜ける事へのフォローも有ったか。

 彼女は極力、麻帆良という土地に被害を出さない様に行動していた節が有る。

 事実、高町なのははエヴァンジェリンに助力していたと言っても、限定されたレベルだ。なのは自身は娘を思っての行動だったようであるし、その娘・ヴィヴィオは、『使い魔』の犬とオコジョと共に警備員として動いていた。

 ルルーシュとC.C.が、真っ当な善人であるとは学園長は、微塵も思っていない。しかし、分別をわきまえた、無辜の存在に無作為に危害を加える程の外道でも無いことは十分に判る。そして、彼らが学園警備員を壊滅させた相手に奮戦した事は確かだ。

 故に学園長は、彼らに関しては恩赦と言う事で、お咎め無しにした。

 何らかの措置を取る事で生じるデメリットよりも、手元に置いて置くメリットの方が大きいと学園長は判断をしたのだ。

 まして、修学旅行が間近に控えている今、手持ちの戦力を減らす事は得策ではないのだから。

 「川村先生は――――此方は、エヴァンジェリンの手回しで、殆ど関与を隠されておる。彼も見逃すよ。注意をするとすれば、ウィル子君に、もう少し自粛を促す程度じゃな」

 「……それはそれで、難しそう、ですね」

 「じゃな。まあ、何とかするわい。……で、その他の。民間からの協力者は、自己責任じゃな。勝手に動いていた生徒や、大学生の殺人鬼やら。麻帆良で騒乱を引き起こした事への対処はするにせよ、良くも悪くも個人の意志で動いておる連中に関しては、忠告で済ませることにした。最低限の仕事はしてくれておるし、今後に協力をすることを条件に、のう。……今回は見逃そう」

 喰えない笑みを見せながら、ふぉふぉ、と真意の見えない笑い声を上げる。
 さらに、学園長は続ける。

 「そんな中でも最も“要注意”の――――超鈴音に対しては、しっかりと釘を指しておいたわい。彼女は確かに、何を考えているのか見えない部分も有る。しかし、クラスを壊すつもりも、麻帆良に敵対するつもりも無い事は、確認しておいた。……それに、ネギ君もおる」

 “今”は余り、心配はしておらんよ、と学園長は静かに告げた。

 一区切りが付いた事を機会に、タカミチは一歩、話題を進める事にした。

 「処で、学園長。《完全なる世界(コズモエンテレケイア)》の動きですが……」

 停電での彼らの動きは――――? と訊ねた。

 長年後を追っている彼としては、この先の彼らへと通じる情報は非常に重要だ。

 「まだ映像を確認した訳では有りませんが、何人かが姿を見せていた事は、聞き及んでいます」

 「そうじゃな。その話に行こうかのう」

 空気を立て直す様に、学園長は、再度、真剣な目をした。



     ●



 「……はっきり《完全なる世界》として確認出来たのは三名じゃな。フェイト・T・アーウェルンクスと、その従者の焔。そして、彼に助力する、アリシアという少女じゃ」

 その言葉に、タカミチは渋い顔に成る。

 フェイト・T・アーウェルンクスと、アリシア・テスタロッサ。この二人に関しては、タカミチも承知している。本人達と深い関わりが有る訳ではないが、《赤き翼》として、あの二十年前の『大戦』では接触した事が有った。

 進む道が違っている事は理解していたが、それでも多少の感情の乱れは有る。

 恐らく、エヴァンジェリンの方が、思う所は大きいだろうが。

 「……すいません。――続きをお願いします」

 心に走った動揺を押し殺し、先へと進める。
 今、大切なことは、正しい状況の把握だ。

 「断定できる訳ではないが、フェイトの来訪した目的は、恐らく四つじゃ。一つ目が、エヴァンジェリンと接触する事で、彼女の信頼性について、周囲に疑念を抱かせる。……自分達の味方へと引き入れる為の算段じゃな。二つ目が、ネギ君の確認。何れ自分の敵に成る事を予見しておるのじゃろう。そのような事を言っておる。……三つ目が、此方の戦力の確認。ネギ君の来訪に前後し、麻帆良学園に新たにやって来た人材は多い。彼らを見る為じゃろう」

 そこで一端、学園長は言葉を切った。まあ、この辺の事情は、大きな問題では無い。決して小さな問題でもないが、今現在、早急に対処する程の問題では無いのだ。

 エヴァンジェリンを《完全なる世界》に引き入れる事は、まず不可能だ。それは相手も承知の上だろう。ただ、周囲から懐疑的な目線を与えることで、自由な行動を阻害する位の効果は見込める。

 ネギの実力を観察する事や、此方の戦力を確認する事。これは、今後の彼らの活動に関わって来る事だ。今現在の、麻帆良学園――――と言うよりも、ネギを中心とした勢力へのアプローチだ。冷静に対処すれば其れほど、脅威ではない。

 唇を緑茶で湿らせて、しかし、と学園長は続ける。

 最も大きな脅威は、別にあった、と最初に告げる。

 それだけで、四つ目の目的は把握が出来た。

 「最後じゃが、これは恐らく、同盟を組んだ相手の実力を見る意味があった。この場合は《螺旋なる蛇(オピオン)》のツィツェーリエや、大橋で新たに名乗った『セイバー』という青年。……そして――」




 「――――“もう一人”の、ネギ君の事じゃな」




 学園長の空気は、先程までと違い、固かった。
 数秒前までの柔らかな空気が引き締まり、タカミチですらも圧迫感に息を乱しかけた。
 その鎮められた部屋の中で、学園長は、停電の喧騒を思い出す様に語る。

 「完全に、此方の予想以上の相手じゃった。幾ら停電で、主やエヴァンジェリンが、普段通りの警備の仕事が難しいと言っても……、それを補うだけの戦力は確保しておいた」

 「しかし、其れは破られた」

 「そうじゃ。刀子君や、シスター・シャークティは、負けて不甲斐ない、と思っているようじゃが、アレは相手が悪すぎたわい。……はっきり言ってしまえば、あ奴が、全てを狂わせた、とも言える」

 さて、と言いながら、学園長は腕を組んだ。
 その表情は、固い。

 「奴がいなければ、何も問題は無かったのじゃ。……エヴァンジェリンとネギ君の対決。警備員の奮闘。停電に本来発生する筈だった騒動”以上“を、生み出しおった。……それも、かなりの被害を伴って、の」

 今回の侵入者で、最も注目するべき相手が、『もう一人のネギ』だった。

 もう一方の。『王国(マルクト)』ツィツェーリエの存在は置いておこう。彼女の本来の相手は麻帆良学園では無いのだ。アルトリアに撃退され、逃亡してもいる。ただ単に、フェイト・アーウェルンクス――――ひいては《完全なる世界》との顔見せに現れただけであり、好き勝手に暴れて帰って行ったのだ。

 京都における《協会》との一大決戦の傷跡も癒えていないだろうに、ご苦労な事である。

 話がずれた。戻そう。

 「……結局、彼は何者、なのでしょう?」

 タカミチの言葉に、ふむ、と学園長は黙考する。

 学園の停電中に出現した『もう一人のネギ』。

 当初は『アーチャー』と名乗っていた彼の実力は、非常に高かった。

 組織だった行動を防ぐ為に情報室と『雷の眷属』を抑えた後、光速戦闘を軸にゲリラ戦を展開。
 レレナ・P・ツォルドルフを初め、『雷の眷属』。弐十院満。ルルーシュ・ランペルージ。シャークティとココネ、春日美空。更には、神楽坂明日菜と空繰茶々丸までもが、簡単に堕ちたのだ。

 最終的には、大橋で、アルトリア・E・ペンドラゴン、高町なのは、《ゼロ》の連合に倒されたが……しかし、其れでも尚、死んではいない。
 後詰めに様子を伺っていた焔・アーウェルンクスと、その従者らしき『セイバー』と名乗った青年に救出され、逃亡してしまった。

 「断定は出来ないが。多分、主の師匠らと、関わりが有る、と思うのじゃ」

 「……やはり、そうですか?」

 「うむ、恐らくは、じゃが。……判断材料が少なすぎるのでのう。直接、本人に聞ければ良いのじゃが……」

 学園長は、ナギ・スプリングフィールドに言われた事が有る。

 その時の言葉は、『身分を証明する手段は無いが、俺の信頼出来る仲間だから、安心して欲しい』だった。

 もう二十年近くも昔の話だ。そして、その時から、彼女達が年を取った様子は見られない。

 勿論、緊急事態と言う事で学園長が訊ねるべきなのだろう。恐らく、向こうも聞けば教えてくれるだろう。今迄、尋ねなかったのは、純粋に、ナギの言葉を守っていたからに他ならない。

 しかし……それも、そろそろ、限界なのかもしれなかった。

 反省をしながら、学園長は口を開く。

 「あの『もう一人のネギ』は、『アーチャー』と名乗っておった。そして、正体不明の仮面の青年が『セイバー』じゃった」

 実際は、霧間凪と森の中で激闘を繰り広げた『アサシン』なる女性もいるのだが、此処で学園長は、敢えて彼女の存在を無視した。話を複雑にしてもいけない。

 「ええ」

 「一方で、アルトリア君達――――この場合は学園の味方として動いてくれた面々の事じゃが――は三人。アルトリア君が『セイバー』。高町先生が『アーチャー』。ルルーシュ先生、本人かどうかは微妙じゃが、あのゼロと名乗った存在が『ライダー』じゃ」

 重複しているが、何らかの関係が有ると見て、間違いは無いだろう。

 ただ、この問題の本質は、其処では無いのだ。

 「まだ、詳しい事は解らんよ。だが……あの『もう一人のネギ』は非常に高い実力を有しておった。恐らく、主が本気になったとして、引き分けや撤退ならば兎も角、勝つのは難しいじゃろう。そして一方、アルトリア君達の実力もまた、十分に認知されておるが……あ奴は、張り合っていた。――――如何いう意味かは、判るの?」

 「判ります」

 真剣な瞳で、タカミチ・T・高畑は頷いた。




 「つまり。《完全なる世界》は、下手をすれば師匠達に比肩しうる戦力を、有し始めている、と」




 今迄『もう一人のネギ』の存在が現れた事は、噂のレベルでも無かった。だから、彼が加わったのはごく最近の筈だ。何処から来たのか、正体は何者なのか、其れは全くの不明だが、彼がフェイト・アーウェルンクスと行動を共にしている事は間違いない。
 それも、ここ数カ月から。

 「そうじゃ。無論、多少の差はあるじゃろう。《赤き翼》の方が、実力的には上じゃろ。しかし、同盟を結んだ《螺旋なる蛇》を除いたとしても。――あちら側は、確かに、戦力を確保している。それも、非常に強力な……言いかえれば、主の本気で倒せぬ様な。ワシやエヴァンジェリンでも容易く勝てぬ様な相手が、のう」

 「……僕が下部組織を叩いている間に、僕以上の速度で復活していた、と言う訳ですか」

 「人数、と言う意味では、確実に減少しておるじゃろ。主が叩いて壊滅させた関係組織は、十や二十では効かんし、検挙された連中も二百では効かぬ。お主の活動は確かに成果が有ったし、ダメージを与えて折った。――しかし、残っている面子、主でも捕まえられぬ中心戦力の質が、非常に高く成り始めておることも事実じゃな」

 率直な言葉に、タカミチは臍を噛む。無論、自分の責任ではない事も承知しているが、感情を割り切る事は簡単ではない。

 《完全なる世界》。
 かつて『魔法世界』で起きた大戦争を演出した黒幕。
 《赤き翼》が立ち向かい、ゼクトと間桐桜の犠牲の上に壊滅させた秘密結社。

 戦争終結後も、残党たちはしぶとく活動を続けていた。その残党を刈っていたのがタカミチだ。
 執拗に狙い、草の根を刈る様に叩き、立ち上がれぬ様にしていたが……如何やら、彼の努力の空しく、確実に再興している。それも、今度は少年を狙って。

 「しかし……どうやって、でしょうね。高い実力が有る者は、大抵、有名です。しかし僕は、今迄一回も、噂すらも聞いた事が有りません」

 「ふむ。……不明じゃな。こればかりは。まさか何処からか呼ばれて飛び出た訳でもあるまいし。――――早急に、アルトリア殿に聞いてみるべきじゃな。あるいは、アリアドネーの遠坂殿か。……彼女達ならば、多分、知っているじゃろう」

 「……判りました」



     ●



 「ところで。学園長。修学旅行、ですが」

 「うむ、勿論、実行するよ」

 「――この状態で、ですか」

 「この状況だからこそ、じゃな」

 学園長は言った。

 ネギ・スプリングフィールドは、爆弾だ。それも、その辺の小さな爆弾では無い。使い方を誤れば――それこそ、世界を揺らがす程に大きな爆弾へと成りかねない。近衛近右衛門は。いや、彼だけでは無い。『魔法世界』を知る者、《赤き翼》を知る者、そしてナギ・スプリングフィールドを知る者ならば、これ以上無く、知っている。

 『日本で先生をやる事』。

 そのネギ・スプリングフィールドの試練に偽りは無い。
 しかし、その彼が引っ張られた、見えざる運命の糸が――――世界に波紋を広げた事も、また、事実だ。
 そして、その影響の大きさを知る者達は、少年を見極めようと動いている。

 「無論、言われずとも承知しておる。修学旅行でも《完全なる世界》は動くじゃろうし、ネギ君と、彼の生徒達と、麻帆良とを巡る、幾多の勢力が跋扈するじゃろう。一般人に手を出さないのがプロの流儀、とはいえ、3-Aの生徒達に、“一般人”はおらん。危険が有る事も承知しておる」

 「しかしそれでも、実行する」

 「そうじゃ」

 「……敵をあぶり出す、為ですか?」

 「それも有る。ネギ君達が集団で旅行に行くとなれば、何処かの組織は必ず動く。まして、古来より歴史を受け継ぐ京の都じゃ。間違い無くアクションを起こすじゃろう。……しかし、そのデメリットは、別に京都に限った話では無いよ」

 ネギ・スプリングフィールドの修学旅行が『何処で有ろうと関係無く』、彼を狙う組織は動くだろう。

 ならば《赤き翼》近衛永春が居座る京都が、一番マシだと、学園長は考えた。

 京都が安全なのではない。他の――其れこそ、自分達が容易に手出しが出来ない、“海外である事”の方が、もっと危険なのだ。

 「婿殿も、ネギ君に注目しておる様でな。……修学旅行の際に、一目、会いたい、と言って来た。大停電がエヴァンジェリンからネギ君への試練とするならば、今回の修学旅行は、《赤き翼》が《侍》からの、ネギ君への試練、なのかもしれん」

 「……学園長」

 言っている口調は軽いが、中身はそんな簡単な話では無い。

 京都は複雑怪奇な情勢の上に平穏が成り立っている。《協会》の意を受ける《関西呪術協会》を筆頭に、京都神鳴流、民間企業EMEなど、古くからの歴史を持つが故の、軋轢や領土争いが存在してもいる。

 そして、それ以上に、外部から入り込める者が多すぎる。

 実際に実行が出来るかは別としても、観光客を装えば、何者であろうとも、現地に潜り込む事が出来る。

 「生徒の身が、危険になります」

 「……ワシも、それが一番、心配じゃな」

 ゆっくりと椅子から立ち上がり、学園長は静かに室内を徘徊する。
 その中には、大人としての苦労と、公人としての責任に加え、限界を知る老人の懊悩があった。

 「旅行を中止には出来ん。麻帆良に協力している各組織との協議の末、ネギ君の対処能力と資質を見極める事が大事だとされた。旅行中のトラブルに、何処までネギ君が奮戦するかを、彼らは見極めようとしておる。……麻帆良が教育機関である以上、修学旅行は実施するべき行事でも有る」

 ゆっくりと歩く学園長を追う様に、タカミチも立ち上がり、そのまま窓際へと歩いて行く。

 二人は大きな硝子の前に、並んだ。

 「婿殿。……近衛永春とも、相談しておっての。――《関西呪術協会》内でも、不穏な動きが動き始めている。今回の騒動で、身内の膿を一網打尽にするつもりじゃ。そして、恐らく彼らが狙うだろうネギ君の為に、旅行中は人材を派遣してもくれる。無論、此方からも人材を同行させる。……ただ、それでも万全と言えるかは、判らぬ」

 しかし、と学園長は告げた。
 その中に、何かしらの言い様の無い、迷う様な感情が含まれていた。

 「これは、勘、なのじゃがな。……この旅行は、するべきだと、思うのじゃ」

 訝しげなタカミチの目線に応える様に、学園長は続ける。

 「危険が有る。ネギ君は、間違いなく騒動に巻き込まれる。一般人である一部を除き、3-Aの生徒とて、平穏無事に旅行を終える事が出来ると思わん。当の彼女達自身も思っておらんじゃろう。だから、生徒の安全を第一に考えるのならば、今からでも中止にするべきだと、ワシも思う……。しかし、じゃ」

 何かしら、長い間の経験なのだろうか。
 その中で、同時に、行かせるべきだと、心が騒いでもいるのだ。

 「この旅行は、何かを齎す。あるいは、何かを明白にする、そんな気がするのじゃ。ネギ君だけでは無い。あの3-Aの問題児達や、麻帆良学園や、あるいは過去に繋がる因縁や……。大きな世界の“うねり”が、形になる。そして、それは――ネギ君や、明日菜君や、他の皆にとっても、重要になる。彼らを取り巻く世界の情勢が―― 一つの大きな形になる予感が有るのじゃ。味方か、敵か、傍観か、相互依存か、あるいは無関係を貫くのか。それは分からぬ。けれどもじゃ。恐らく京都で、ネギ君に今後関わるだろう“殆ど”が、顔を見せる――――気がするのじゃ」

 「それが、学園長が旅行を許可する理由ですか」

 「そうじゃ。……ネギ君には話さぬ。彼には飽く迄も、西との交流正常化の特使として向かって貰う。裏で動くのは大人の仕事じゃ。そして、彼を助けるのも――――ワシらの仕事じゃ。……ネギ君を英雄にするつもりは無い。けれども、あの子の父親は英雄じゃ。それ故の苦労は多く、彼が解決せねばならない問題は、必ずや存在する。そして、ネギ君があのクラスにいる事は、偶然以上の何かが有る。旅行に行くことで――ネギ君が、己の置かれた環境を知り、そして己を取り巻く世界を、知ること。そして知る以上の何かを、得る事を……ワシは、期待したい、のじゃ」

 そう言って、タカミチと共に窓から、麻帆良学園を見下ろした。




 視線の先には、屋上で体育の授業をしている、3-Aの女生徒35人の姿が有った。







[22521] 序章その二 ~『伊織魔殺商会』の上司と部下の場合~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/10/15 21:40
 東京都・奥多摩に、とある秘密都市が有る。なんか、怪しげな施設=奥多摩なのか、とか思われそうだが、ある物はあるのだから仕方がない。建てた天使と、命じた娘に文句を言うべきであり、そして彼女達の文句を言える相手はそうはいない。

 地理的には、UCAT本部もそう遠くは無い。

 しかし、そのUCAT本部が壊滅しても無関係を決め込んだ、天使によって生み出された城塞が、此処だ。

 世界の趨勢を決するUCATの大決戦を、むしろこれ以上無い娯楽として魔神が眺めていた都。
 そして、次なる魔王を決める戦いを生み出した、聖魔杯の開催地。
 当初は名前が存在しなかったこの都を、誰が名付けたか、戦闘城塞と呼称され始め――――気が付いたらそれが、都市の名前に成っていた。

 大会開催期間は多数の参加者で賑わっていたこの都市も、今では人が減っている。参加者の大半は既に故郷に帰っているのだ。今尚も残留している者と言えば、この街に本拠地を持つ者達が大半で、そしてその内の八割以上が、とある組織の一員だった。

 都市の一角に大きく聳えるビルが有る。灰色の長方形な、強化硝子張り。会社前は清潔で、ロビーは高級感あふれる建物であり、一目で一流企業と示している。霞ヶ関に築かれていても違和感がない建物だろう。都市の中でも頭一つ抜き出ているビルと、肩を並べる相手はいない。

 しかし、この建物は、まず絶対に、外部の、それも普通の人間社会では、動かない会社だった。
 建物には、デカデカと悪目立ちしている看板が有って、其処には社の名前が漢字でこう書かれていた。

 『伊織魔殺商会』

 そのポリシーは、『鉛玉一発でフェラーリ一台分』。
 そして大凡、この都市の経済の大半を手中に収めるこの悪徳商社の扱う品は、平和的な代物以上に、物騒な代物が多い。それこそ、銃や重火器を初め、戦争を起こすのに必要な道具まで。

 つまり、この組織は、武器商人も兼ねているのである。






 ネギま・クロス31 第三章《修学旅行》編

 序章その二 ~『伊織魔殺商会』の上司と部下の場合~






 「《福音》エヴァンジェリンが、麻帆良の学園で大暴れ、とねえ」

 そのビルの中の一角で、一人のシスターが、一枚の報告書に目を通していた。いや、シスターの雰囲気を有しているだけで、実際は既にシスターでは無い。かつて《神殿協会》の異端審問官第二部に所属していたが、今はこの『魔殺商会』所属の戦闘員で、更に言えば『聖魔王』鈴蘭の部下でも有る。

 名前を、クラリカ。

 『魔殺商会』での荒事専門の社員である。

 「ま、内外における反響は抑えたようですが……」

 ペラリ、と送られてきた書類を捲り、内容を確認する。既にコピーをして、同じ物を上には提出済みだ。あの電子精霊が記録していたと言うデータと合わせて、今頃は今後についてを検討している最中だろう。

 この『伊織魔殺商会』は、麻帆良へと重火器を提供・販売している。元々の交流は少なかったようだが、二十年ほど前から、売買が始まっているのだ。
 何でも『魔法世界』での大戦争期に、麻帆良の学園長・近衛近右衛門が、当時まだ《関東機関》に出向前の伊織貴瀬に接触した様である。詳しい話は知らない。余り良い話でも無さそうだ。

 当時の状況は不明だが、大戦期を機として、麻帆良学園は『伊織魔殺商会』のお得意様になった。殆ど個人契約に近いらしく、中にはドクター性の怪しげな代物まで出回っているのだとか。
 商人としては利益が上がればそれでいいのだが、ここ最近は、如何もそれだけでは、難しい。

 来訪したネギ・スプリングフィールドの影響で、『魔殺商会』だけでなく、“神殺し四家”の伊織家として……あるいは、《神殿協会》やゼピルムとしても、行動をせざるを得なくなってきている、らしい。
 そんな事を、上司達は語っていた。

 「ま、私には関係のねー話っすね」

 自分が《神殿協会》のシスターだったのは、もう何年も昔の話だ。
 名護屋河鈴蘭を巡る、大きな物語の中で、彼女は今迄自分が信じて来た神に逆らった。

 信仰心を捨てた訳ではない。
 目の前に現れた神を、自分が信じて来た神であると認めなかっただけだ。
 自分が悪と判断した存在すら、天に昇っている等と語った神が、間違いと告げただけだ。
 やり直された正しい世界よりも、今のままの間違った世界を良くしていく方が良いと、叫んだだけだ。
 そして、その言葉を機会に生み出された、天との戦争によって、名護屋河鈴蘭は『聖魔王』へと成った。

 今は引退しているが、彼女のカリスマ性は今尚も健在だ。まあ、その分、女性としての魅力は少ないらしいが、多分、適当な相手が見つかるだろう。長谷部翔希とかと、なんか良い雰囲気らしいし。

 元々仲の良かった魔人や、あるいは人外離れした人間の面々ならば兎も角。それ以外の――魔神の最高位《億千万の眷属(インフィニティ・シリーズ)》すら味方に引き入れる辺り、凄まじい。

 そして、その鈴蘭に、自分も又、従っている。

 「そんな彼女達が、一体、何を困っているのやら……」

 そんな風に呟いて、クラリカはバサ、と書類を机の上に放り投げた。
 はー、と溜め息を吐き、凝りをほぐす様に肩を回す。

 「お教えしましょうか?」

 そんな彼女に、声を懸けた相手が居る。
 唐突に現れた声に、閉じた目を開くと、其処には一人の男が立っていた。

 「へ? ……って、え!?」

 「元気そうですね、クラリカさん」

 「ふぇ、フェリオール、副社長?」

 目の前に居たのは、今も昔も上司である事は変わらない、一人の男性。

 元《神殿協会》異端審問第二部の部長にして、『伊織魔殺商会』副社長――――フェリオール・アズハ・シュレズフェル。通称を「ふぇりっ君」だった。



     ●



 「何から話しましょうか」

 手近な応接室のソファに腰掛けたフェリオールは、クラリカにそうやって話し始めた。

 丁度、向かい合う格好で座る二人の間に、クラリカが先程に読んでいた報告書が置かれ、其処に付け加えるように幾つかの書類が乗っている。フェリオールの個人資料らしい。

 「……その前に、一つ質問ですが」

 「なんでしょう?」

 「副社長、今迄、何処に居たんですか? 大会に始まって、さっぱり姿が見えなかったんですが」

 「ああ、その事ですか」

 静かに微笑んだままのフェリオールは、静かに目線を反らし、静かに呟く。
 何処となく、哀愁が漂っているのは気のせいでは有るまい。

 「クラリカさん。どうせ私は、有能である代価に、引き立て役でしか無いのですよ」

 「すいません。私が悪かったっす」

 その言葉だけで予想が付いた。

 大方、表で好き勝手に暴れていた伊織貴瀬の裏で、『魔殺商会』の実質的な運営を任されていたに違いない。アレだけの、……参加者である鈴蘭やみーこは兎も角、貴瀬やクラリカや社員も暴れた『聖魔杯』だ。会社の実質的な雑務は全て彼が一手に引き受け、動かしていたのだろう。

 そう言えば、有能である事は間違いないくせに、妙に、何処か影が薄いと言うか。……こう、順番に名前を並べられて言った時に、うっかり飛ばされて、最後に思い出される様な、そんな感じが有る。

 なんというか、全てに渡って有能であるが故に、妙に、扱いが悪いと言うか……無難すぎると言うか。
 灰汁が無く、非常に常識人であるが故に、周りにキャラを喰われていると言うか。

 彼は、そんな感じの人なのだ。

 「まあ、試合の観戦はしていたので、退屈はしませんでしたがね……」

 何処となく捻くれた様な口調で、かつて日本の女子高生に流行を巻き起こしたフェリオールは、苦笑を浮かべた。とは言っても、言葉の中に不満は見えない。なんだかんだ言いつつも、伊織貴瀬とは幼馴染らしいし、昔からサポート役として動く事が多かったのだろう。

 悪徳商社を経営している今でも、同じだ。

 「……さて。私の話はこの位にしましょう。――クラリカさん。貴方が訊いて、私が答える、というやり方でも良いですか? そちらの方が、多分、判り易いでしょう」

 「え、ああ。……そうっすね。……判りました。――じゃあ、早速ですけど、良いっすか?」

 「ええ。どうぞ」

 《神殿協会》時代からフェリオールは優秀だった。伊達に十六人の司祭の一人で、枢機卿にも成り上がっただけある。伊織貴瀬も以外と各種技能に秀でているが、フェリオールも非常に優秀だ。

 彼の事務処理能力が『魔殺商会』を支えている、という言葉は、多分、嘘では無いだろう。実際、社員から一番に慕われている人材である。クラリカだって、彼が伊織貴瀬と共に行くと言うから、態々《神殿協会》を抜けたのだ。

 対談の空気を、其れなりに真剣な物に変えながら、クラリカは置かれた幾つかの書類を取った。別に上司に訊ねよう、とまで真剣に考えていた訳ではないが、多少、気に成った部分はある。

 「ええと、じゃ、『魔法世界と魔神の、詳しい関係について』を、お願いします。――――概要は、まあ、多少聞き及んではいますが、細部を知らないんで」

 『魔法世界』で大戦争が発生した時、その大戦争を終結させた《赤き翼》という集団が居た事。
 そして《赤き翼》に注目した最高位の魔神達が、意気軒昂と大戦争に“参加した”事。
 そして、彼らの動向を、以降も気にしている、と言う事だけだ。

 「……私も、直接、見た訳では有りませんが」

 そう前置きをして、彼は語り始めた。






 「クラリカさんも十分に知っているでしょうが、魔神――――即ち《常識の外に住む者(アウター)》や、それ以上に立つ《億千万の眷属》という存在は、基本的に傍観者です。こちらが余計な手を出さなければ、人間に手を出す事は、非常に少ないともいえます。――――ああ、これは勿論、“個人としての人間”が被害に遭う事は有っても、“生命体としての人間”が、被害に遭う事は少ない、と言う意味ですよ? 彼らは基本的に、快楽主義者で、享楽主義者です。中には人間を殺戮する事が好きだったり、泣き叫ぶ悲鳴を聞かないと眠れない者もいるでしょうが……。しかし、そんな彼らでも、決して、人間を全滅させる事はしません。何故ならば――」

 「人間を滅ぼしたら詰まらないから、ですよね」

 「そうです。人間を滅ぼす事は簡単です。しかし、それを実行しない。何故ならば、人間を滅ぼしてしまっては、この先、何で遊んだら良いのか判らないから。人間を滅ぼすなんて言う楽しい所業は、簡単に実行してはいけないから。面白い玩具は、長く、大切に使用して、最後に捨てる。それが、彼らの人間に関するスタンスです。だから、好き勝手に行動したら、周りから責められる訳です。『一人だけ楽しい事しやがって、この野郎』とね。勿論、中には友好的な存在もいますが……。現在『魔殺商会』と共に“居てくれている”みーこさんでも、決して『安全』では有りません。鈴蘭さんが居るから、彼女の道具である貴瀬が居るから、彼女の眼に楽しい世界が映っているから、仲良くしてくれている、だけの話です。――――強いて友好的なアウターと言えば……言えば…………、……居る筈、です。多分」

 頭の中に浮かんだ顔は、礼儀正しいが、しかし本質は怪物しかいなかった。
 気を取りなおしたように、彼は続ける。

 「先程も言いましたが……彼らは、飽いています。だから、何が楽しいかと、考える。何をすれば、“どの程度ならば”、“何処までやれば”、同族から責められる事無く、楽しく世界で遊ぶ事が出来るのか。其れを念密に計画し、人間を駒の様に動かし、彼らの一挙一動を見る訳です。――――鈴蘭さんが『聖魔王』に成る前は、そうやって動いていたのですよ。――丁度、二十年、程には昔。貴瀬がみーこさんの眷属と成り、そして『魔法世界』で大戦争が勃発した頃の話です」

 伊織貴瀬を眷属に引き入れたのが先か、『魔法世界』に行ったのが先かは、フェリオールも知らない。
 しかし、二十年前は、みーこも、ここ数百年の間で、かなり邪悪に動いていた時期だそうだ。

 「『魔法世界』ですか……。もしかして」

 「ええ。『魔法世界』。この世界とは違う、隔離世にも似た、しかし確実に存在する世界。言い換えれば――――好き勝手に暴れても、何も言われない世界です。……最高クラスの魔人達は、人間界の戦争に口を出す事は、滅多に有りません。彼らは自覚していますから。……リップルラップルの話では確か、火竜の本気が人間の核兵器と同レベル、でしたか? 核兵器以上の被害を、簡単に発生させる事が出来ると――彼らは自覚しています。そして、それ以上の被害を齎すと危ない、と言う事もね。しかし、その人間達の戦争が――――幾ら暴れても、現実に被害を与えないレベルで構築された世界ならば、別でしょう」

 「……だから、っすか」

 幾ら暴れても問題が無い世界。
 好き勝手に、傍若無人な魔神の力を奮う事の出来る世界。
 世界に飽いていた彼らの眼には、これ以上の無い、格別の餌に見えた事に違いない。

 「そうです。彼らは。――――だからこそ、乗り込みました」

 魔人達は、乗り込んだのだ。

 人間達の戦争が続く世界に。
 身内以外は全て敵と言う、彼らが待ち望んでいた、これ以上無い程の戦場に。
 かつて人間を支配していた頃と同じ様に、圧倒的な蹂躙を実行する為に。
 溜まりに溜まった欲求を洗い流す程に、喧嘩をした。

 「《神殿教会》……いまは《神殿教団》と名を変えてしまいましたが。其処に居た頃、当時の映像を見ました。数えるほどしか有りませんが……。彼女達は、まさに『災害』で、災厄でしたよ。ヘラス帝国とメセンブリーナ連合。その“両方”から敵と認識され、そしてその上で、両者をも蹂躙して戦場を制して行ったのです。無論、ただの第三者としてではなく……連合に付く者が居て、同様に、帝国に付く物が居ました。みーこさんは、どちらでも無かったようですがね。故に、戦禍の炎は、人間同士の戦争以上の物に成りました」

 魔神。カミの名を冠するに相応しく、彼らこそは歩く理不尽で有り、如何にも出来ない災害だった。

 戦場に登場すれば、其処は二軍に別れた魔神達が衝突する、地獄絵図に変貌した。
 壊し過ぎないように、適当に遊んでいたお陰で、両者共に完全に滅ぶ事は無かった。
 しかし、戦争を続ける気力を残し続けていたからこそ――――彼らは、戦争を止めなかった。

 魔神達の演出の上で、『魔法使い』達は争ったのだ。

 そして、彼らの助力する形で、魔神達も暴れまくった。
 戦場などと言う場所では無い。
 地獄すらも生温い、屍の山が築かれたらしい。

 『魔法世界』の大戦争で生じた被害の、約七割は、魔神達だったとまで、伝えられる程である。

 「ところが、有る時。魔神達は、揃って手を引くことを決定します。散々に楽しんだ戦争に飽きた訳では有りません。まだまだ蹂躙出来ていない場所は多く有った。やろうと思えば、もっと長く戦争を続けられた。『魔法世界』を徹底的に壊して、いたぶる事が出来た筈です。しかし、彼らは止めました。何故か? ――――見つけたからです。戦争をやる以上に、もっと面白い『対象』を」

 フェリオールは、まるで物語を語るような口調で、後輩に告げた。




 「後に《赤き翼》と呼ばれる様になる、人間達の姿をね」




 政治的な側面を詳しく知らないクラリカであっても、知っている。

 『魔法世界』の英雄にして、最強とも呼ばれる集団の事を。
 そして、その大将たる、ナギ・スプリングフィールドという男の事を。

 「破天荒な性格だったせいでしょう。辺境アルヴァレーに送られていた彼らの事を、魔神たちは知りませんでした。マリーチさんは《神殿教団》の預言者として活動し始めた頃でしたし、リップルラップルは傍観していました。天界も、積極的に介入はしなかった。……だから、魔神達は、《赤き翼》を知らなかった。同時に、《赤き翼》も、戦場での魔神を、噂以上の事は、知らなかった」

 そして、有る時、彼らは遭遇したのだ。
 戦場で、敵と味方と言う立場に成って。
 当然の様に、激突した。







 「……マジッすか」

 「マジです」

 「――あの、決着は」

 「付きませんでした」

 「……因みに、最初に遭遇したのは」

 「みーこさんです」

 「……それで、《赤き翼》の戦力は」

 「ナギ・スプリングフィールドを筆頭に、ジャック・ラカン、ゼクト、間桐桜の四名です」

 「……待って下さい」

 クラリカは、聞いた情報を、頭の中で反芻して、もう一回尋ねた。

 「みーこさんと、《赤き翼》が戦場で出会ったんすよね」

 「そうです」

 「――それで“決着が付かなかった”んですか? あの、みーこさんを相手に、ですよ!?」

 大きな声に成ってしまったとしても、無理は無いだろう。
 むしろ、大きな声に成らない方が奇妙なほど、フェリオールの語った言葉は非常識だった。

 「ええ。掛け値なしに本当の事ですよ。あの魔の最高位。アウターの筆頭。《億千万の眷属》にして魔王の片腕に数えられる《食欲魔神》みーこ。世界の中でもトップクラスの怪物。……彼女を相手に、たった四人で喧嘩を売って、純粋なる戦争の末に、引き分けました」

 「……んな、馬鹿な」

 あの魔神の実力は、良く知っている。

 クラリカが逆立ちしても勝てない魔人がいる。
 その魔人を簡単に殺せる高位魔人が《常識の外側(アウター)》だ。
 そして、アウター本気を、小指を捻る様に蹴散らす事が出来るのが、あの、みーこという、存在だ。
 人間のレベルで計れる筈が無い、存在なのだ。
 嘘か真か、正体は、スサノオノミコトの実娘、なのだとまで言われている。

 呆然と呟いたクラリカに、事実です、とさらりと言って、フェリオールは話しを続けた。

 「最も、相性的な面もあったようです。みーこさんに引き分けた、と言っても、《赤き翼》が圧倒的に不利だった事には違い有りませんよ。……さて、クラリカさん。戻ってきなさい。この程度で驚いていては、これから先、《赤き翼》の非常識さは理解出来ないでしょうから」

 此処まで唖然としたのは何時以来か。指摘されて、慌てて姿勢を正した。
 勿論、頭の中には先程の驚愕が渦を巻いている。

 「さて。みーこさんと分けた、という噂を聞いて、《赤き翼》を直接に見ようとする魔神が増加しました。エルシアさんとアルビレオ・イマが激突したり、近衛永春と剣神・水無月が接触したり、とね。表に出ている情報は統制されている為に非常に少ないですが、伝説に相応しい逸話がごろごろ転がっていますよ。後にも先にも、純粋な戦闘能力で、彼らに対抗できたのは《赤き翼》だけでしょう。……そんな彼らが、『魔法世界』の戦争に介入し、同時に黒幕を倒そうと動き始めた事を知って――――」

 一端、言葉を区切り。




 「――――魔神達は、《赤き翼》を眺める事を、決定します」




 フェリオールは、まるで教える様な口調で告げた。
 口調だけは過去と同じ、しかし中身は、規模が違う。

 「詳しくは不明ですが、如何やらマリーチさんが告げたようです。――――『《赤き翼》を泳がせた方が、もっと楽しい世界を見る事が出来るわよ?』、とね。――――みーこさんも、彼らを始末するには、余りにも惜しいと思っていたようです。そして、それは彼女だけでは無く、《赤き翼》と関わった他の皆も同じでした。エルシア嬢然り、ドクター然り、リップルラップル然り……。当時の彼女らの心情を代弁すれば、きっとこうなるのでしょう」




 『魔法世界』からは手を引こう。
 この大戦争で、これ以上に暴れはしない。
 その代わり、我らを引かせた主らを、見せてみるが良い。
 戦争を、其れを生みだす黒幕を、倒し歩む、理想へと至る物語を。
 英雄と成る《赤き翼》の軌跡を、綴って見せよ。
 我らが満足する程の、輝きを。




 「格好良く言えば、魔神達が、戯れに殺さない程の、立派な形を人間の力で生みだして見せよ……、と言った感じでしょうかね?」

 「いえ、多分それは、楽して世界を楽しもう、とか言う本音を、格式高く覆った、だけじゃないっすか?」

 「かもしれませんね。しかし、怪物達に“そう思わせた”という点で既に、《赤き翼》はアウター以上の怪物だと、私は思いますよ」

 やれやれ、と言いたげな表情で、彼は肩を竦めた。
 話をしているだけで、次元の違いを認識させられていた。

 「……かくして。魔神の皆さまは、『魔法世界』への介入を停止しました。そして《赤き翼》は苦労の末、戦争を引き起こした秘密結社《完全なる世界(コズモエンテレケイア)》を打ち倒し、大戦争は終結……。彼らは、英雄と呼ばれる様になったと言う訳です」

 戦争を操る秘密結社に加え、魔神も撤退させたのだ。
 英雄と呼ばれて、当然かもしれなかった。



     ●


 その他、色々な情報を得た後に。

 「……なんか、凄い、っすね」

 話が一区切りついた時、クラリカの口を付いたのは、そんな言葉だった。

 《常識の外側に住む者(アウター)》に認められる事は、決して珍しくは無い。

 名護屋河鈴蘭や伊織貴瀬もそうだが、例えば宮内庁神霊班に努めている名護屋河睡蓮と川村ヒデオ、その上司の鬼姫・長谷部翔香。元勇者の長谷部翔希。『聖魔杯』の際のリュータ・サリンジャー。白井沙穂や狂戦士のクーガー・レヴァールもそうだろう。

 しかし、大凡、戦場で相対して、その力を見出されるとは。
 桁外れという形容詞が、これほどに似合う集団も無い。

 《赤き翼》への驚愕が、感心へと変化したクラリカだった。
 伝聞の状態の彼女で、此処まで「凄い」と思わされるのだ。当時、彼らの活躍を直接に見た『魔法世界』の住人が、彼らを英雄と読んで祀りあげた気持ちが良く分かる。

 「ええ。しかし、此処までは過去の話です。ここからは、現在、直面している話」

 余韻に浸っているクラリカに、フェリオールは続けた。その言葉で再度彼女は、引き戻される。

 「現在の、話、っすか」

 「ええ。過去は過去として、今は過去から連なる、現在と未来の話ですよ。――――さて、このような経験を『魔法世界』は有している為、彼らは魔神を恐れています。当たり前ですね。二十年経った今でも、復興の兆しが見えない土地が至る所にあるそうですし。……『魔法世界』の戦争は終結し、魔神達が好き勝手に暴れる場所としての価値は無くなりました。勿論、秘境でこっそり生活し続けているアウターもいらっしゃるようですが、八割がたは現実世界へと帰ってきました。そして、ここ二十年の間、彼らは此方の世界で過ごしていた訳です。彼らがどの様に生きて来たかは、貴方も多少は知っている筈ですので、割愛しますよ」

 その通りだった。
 クラリカも、多少は彼らに関わった身だ。知っている部分が有る。

 故郷に帰った者、堕ちかけた神となって日々を過ごした者、人間社会に紛れていた者、崇められていた者と様々だ。共通する部分と言えば、やっぱりその本質が、怪物だと言う事だろうか。

 名護屋河鈴蘭という少女が、その頂点に立って律しているお陰で、大きな害は減っている、筈だ。
 納得する彼女に、副社長が告げる。




 「しかし、ここ半年。具体的に言えば――――麻帆良の土地に、ネギ・スプリングフィールドが来訪する事が決定した頃から。その動きが、徐々に変わり始めたのですよ」




 気が付けば、彼の視線は真剣みを帯びていた。

 柔和な笑顔を崩さない彼にしてみれば、珍しい、射抜くような鋭い瞳になっている。

 「二十年前の戦争以降、『魔法世界』は、魔神達に触れようとすら思いませんでした。まさに『触らぬ神に祟り無し』という言葉の通りです。しかし、ここ半年ほどの間、その行動が、徐々に変わっています。それも、急激に良く無い方向に、です。……私達に触れないまでも、周囲には『魔法世界』の影が見え隠れしている。間接的に繋がり始めている。そして恐らく、率直に言えば、『野心』を持ち始めている。そして、あまつさえ。何処から聞き付けたのか、『ノエシス・プログラム』等と言う目的まで、抱き始めた」

 そして、僅かでは有るが、被害も出始めている。
 その筆頭が、三か月ほど前の、名護屋河鈴蘭への攻撃だった。
 かすり傷だったが、この騒動で、いよいよもって魔神達が、本格的に対処を考え始めたといえる。

 「……『魔法世界』は馬鹿になった、んすか?」

 クラリカには、はっきりと世界の危機だと理解出来ていた。

 そしてもう一つ。

 「ノエシス・プログラム」が、そんな大層な物では無い事を、知らないのだろうか。

 ……知らないのだろう。恐らく。

 「ええ、馬鹿ですね、本当に。……指示を出しているのは『魔法世界』の上層部の様ですが、彼らは喉元を過ぎた熱さを忘れ、無謀を始めている。何を考えているのかは知りませんが、彼らが如何なろうと知った事では有りませんが、それは事実なのですよ。――――ああ、因みに。ここ最近、アウターの皆さまが動いているのは、そんな理由が有るからです。みーこさんやリップルラップルが、各地の友人・知人と会談をしている様です」

 その内の一会場が、麻帆良地下のアルビレオ・イマの居住区とは、流石に知る由も無い、クラリカやフェリオールだ。その事実を握っているのは、学園長やタカミチなど、ごく一握りに限られるだろう。

 「……じゃあ、すいません。もう一つ、序に質問ですが」

 「ええ」

 「散々話に出ている、『麻帆良という組織について』を、教えて欲しいです」



     ●



 「……ええ。成る程。では、ごく簡単に説明しましょうか。……麻帆良は、教育機関です。しかし、本質は其処では有りません」

 最初は、そんな風に語り始める。

 「まず、色々と特殊な場所と言う事を知って下さい。政治的な面で言えば、宮内庁や政府機関の影響が有る。施設や土地と言う観点では、旧八百万機関や《神殿教会》や大英図書館やUCATの影響が有る。経営の側面でも無数の利権が絡まっています。そしてその上で、現実世界における学校と、裏の側面である魔法関係と……。――――全てが絡む箱庭、という揶揄される事も、決して間違いでは有りません。実際、麻帆良という『組織』に一切の関係を持たない事の方が難しい、とまで言われています」

 麻帆良の本質。
 麻帆良という土地の脅威は、其処に有った。

 歴史・背景・過程・設備・立地――――要因こそある。

 しかし、結果が集まったのは“何の意志でも無い”のだ。
 言い代えよう。




 気が付いたら、麻帆良と言う土地が、全てに関わる箱庭のようになっていた。




 理由なく、唯普通に、全ての要素が集まる舞台へと変貌していた。
 魔郷、魔窟、伏魔殿――そんな形容詞も、正し過ぎる程に、的を射ている。
 火薬庫では生温い程に危険なくせに、より危険物ばかり呑みこんでいくのが、あの麻帆良という土地だ。

 その原因は、判らない。

 「トップに立つ、今の学園長、近衛近右衛門は、立派な人物ですよ。外からは狸と呼ばれていますが」

 苦笑いを浮かべるフェリオールは、そう語った。
 私もそう思いますが、と付け加える事も忘れなかった。

 「組織の責任者として、呆れるほどに危険な綱渡りを、完璧に渡っている。同じ事が出来る人間は、そうはいません。一歩間違えたら、群がる利権に喰い尽くされますよ。経験や本人の実力もさることながら、先見の明が非常に高い。そして、肝心な所で手を抜く事は一切しない、との事です」

 《神殿協会》を初め、各組織も同じ事をしている、と思うかもしれない。
 しかし、決定的に麻帆良と違うのは――麻帆良は“教育機関”なのだ。それも『学園都市』の様な、超能力者が闊歩する世界では無い。ごく普通の生徒が、ごく普通に学校に行き、ごく普通に青春を送り、ごく普通に成長する世界なのだ。一般人の比率が圧倒的に多いのだ。

 確かに戦力は有している。警備員と言う名目で特殊な人材を確保してもいる。しかし、麻帆良という『組織』は他組織に大きな介入をする事も無ければ、武力に訴える事も無い。発生する事件は、全て“個人”の範囲で括られるレベルの物だ。

 「私も教会に居た頃、ランディル枢機卿から僅かに話されただけなので、立派な事は言えません。ですが……学園長は、気が付いています。麻帆良という土地が、何かしらの宿命を有している事を。個人の力では、まず解決が出来ない――――何をどうしようとも、火薬庫に成ってしまうという性質が有ると言う事をね。そして、その上で、動いている。より良い結果を出そうと必死に動いているのですよ。重圧や責任は、私の比では無いでしょう。――さて、そんな学園長ですから、魔神のような爆弾に、余計な手出しをしない、と言う事は十二分に理解出来ますね?」

 「ええ」

 「クラリカさん。《福音》が動いた大停電で、何が有ったのか。“元後輩”から聞いていますね?」

 「まあ。……一応」

 「結構です。――――先程も言いましたが、麻帆良と言う土地は異常です。そして、近衛近右衛門はそれに気が付いている。そして、気が付いているからこそ、状況が整う前に、事前に動いて形を造る事が出来る」

 フェリオールは、静かに、クラリカと目線を合わせながら語る。

 「あの地においては、緊急事態に備える、という言葉は、何が有っても大丈夫、と言う意味では無いのですよ。麻帆良という場所は、“緊急時に備える”、程度では間に合わなくなる危険が有るからです」

 通常、何かしらの事件が発生する事を予見したとして、それに備える事は当然の行動だ。
 しかし、麻帆良という土地は、事件の来訪を身構えて待機しているだけでは、到底、守りきれないのだ。
 取り巻く環境が、ただ守りに徹するだけの状況を許さない。

 「学園を防衛する戦力は有ります。各組織の僅かな介入を条件に、戦力を招いている。しかし、其処に頼り過ぎる事は出来ない。貸し借りを生むには危ういのが、麻帆良です。故に、極力、相手からの攻撃を――――相手が攻撃するというアクションに出ること自体を、防ぐ必要が有る。あの御老人が各組織と接触する事や、あるいは内部侵害に成らない程度に顔を突っ込むには、そんな意味があるのです」

 「初耳、っすね」

 「ええ。私も一回しか話された事が有りません」

 そんなやり取りをしながらも、クラリカは納得していた。

 ある意味、麻帆良と言う土地性を最大に利用した行動といえるだろう。

 放っておいても何れは何処かに、関わらざるを得ない。
 ならば、自分から相手を招き入れ、相手の準備が整わない内に牽制をして、一定以上の介入を防ぐ。
 それも、文句が出ない程の政治的交渉や、立場や、歴史を最大限に、使用してだ。
 なまじ受身で行動するよりも、遥かに有効かもしれない。

 「そして、それを可能にするのが、学園長である、と」

 「そうです。そして、その為には何よりも、相手を掴む必要が有る。――――だから、影も形も見えない、“存在を予想すら出来ない相手”には、如何しても苦手なのですよ、麻帆良は」

 「あ、そういう風に関係するんすか」

 再度、彼女は頷いた。






 麻帆良学園で発生した大停電は、まさにその『予想の範囲外』だった。

 予想が出来ていた部分は多い。

 学園への侵入者を初め、エヴァンジェリンとネギ・スプリングフィールドの対決。更には、《完全なる世界》に属する幾人かの来訪も、十分に学園長の予想の範疇にあった。

 奇しくも遠く離れた麻帆良の土地で、学園長も又、同じ事を言っていた。




 『あの『アーチャー』ネギという存在が、全てを狂わせた』――と。



     ●



 「丁度今、世界は――――自分の行動を決めかねている時でしょう。唯でさえ厄介な麻帆良と言う土地に、あの《赤き翼》の息子がやって来た。そして、大きく動いた。今迄、巻き込まれる事を嫌っていた相手であろうと、嫌でも舞台の上に引っ張り上げられるでしょう。学門・政治・経済・宗教・暴力に分割される五つの世界。表から第三世界に澱の神まで――――恐らく、今後、関わる事は間違いありません」

 既に、種は巻かれていた。
 少年の来訪が種だとするのならば、大停電のカーニバルが、発芽だった。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの行動は、良くも悪くも波紋を投げいれた。

 もしかしたら、とクラリカは思う。

 (今迄の麻帆良の騒動は、序章に過ぎなかったかもしれねっす、ね)

 クラリカには、たった一人の少年の存在が、世界を巻き込むと言う事実は、納得出来た。
 格好の見本である名護屋河鈴蘭がいるからだ。

 彼女と同じ程の、主人公という性質をネギ・スプリングフィールドが抱えているのならば。
 それが、麻帆良と言う土地で始まるのならば。
 その物語は、世界に響く事は、間違いない。

 「タイミング良く、ネギ少年が率いる3-A組には、修学旅行が控えています。学園長さんは、中止も計画に入れておいたようですが、周囲からの束縛によって難しい。ならば、毒を食らわば皿まで、という方針を決定した上で、どうせ実行するならば同じリスクで多くのメリットを、と動いています」

 淡々と話す、フェリオール。




 「……私達も、動くのですよ? クラリカさん」




 その時。

 クラリカは、一瞬、確かにゾクリとした気配を感じ取った。
 話していたフェリオールの瞳の中に、燃えるような感情を、確かに見ていた。

 (……そう、すね)

 今迄、丁寧な言葉遣いだったから、すっかり忘れていたが――――この目の前の存在は、この会社の副社長なのだ。
 魔神達を率いる名護屋河鈴蘭と、悪の組織を生んだ伊織貴瀬との、同程度の精神を抱えているのだ。

 「――――楽しみっすね」

 上司に返答しながら。

 (……さて)

 自分の感じている、湧きあがる、震えるような感覚は。

 きっと予見に対する武者震いなのだろうと、クラリカは思った。














 因みに。

 「そう言えば最近、社員達にアンケートを取ってみたいっすけど、中身は具体的には、何なんですか?」

 「ええ。――――そうですね。折角ですので、お話しましょうか。実質的に経営を握る私ですから、貴瀬の裁量を得なくて済む問題も有るんですよ。……それで、ですが、ね」

 フェリオールは、其処で、珍しい事に、悪戯が成功した子供の様な顔で、怪しげに微笑んだ。
 その笑みに、何か危なそうな物を感じ取る。

 クラリカの心情を読み取ったのか、フェリオールは、この対話の中で一番に楽しそうな声で。




 「今年の社員旅行は、イギリスと京都の二種類にしました」




 そんな事を語った。





[22521] 第三部《修学旅行編》 その一(前編)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/10/23 22:28
 [今日の日誌 記述者・超鈴音


 麻帆良学園の、大停電の日。
 ほんの数時間だった筈だが、やけに長く感じられたヨ。
 主役や従者、警備員等は兎も角、委員長もそうだが、運動部の四人組みまで関わるとは、いやいや。
 かくいう私も、かなり苦労をしたが――まあ、それでも、大停電が終わって、クラスのメンバー全員が無事に登校して来た事は、喜ぶべきことネ。
 これも皆の努力の成果と言う奴ネ。


 停電でこの規模と言う事は、恐らく、修学旅行はそれ以上になるだろう。
 中止に出来ない以上、なるべく手を尽くすのが学園長の有り方だが、しかし、それでも――唯で済むとは、思えない。
 委員長が停電時に那波さんを護衛に出歩いて、“彼女”を救ったのも、其れを予感してのことだろう?
 クラス会議で決まった時から、十分に把握できていたが。私以外にも、色々と準備を始めている者が居る。クラスとしても、覚悟を決めて行った方が良いのかもしれないネ。

 ……ああ、そうだ。
 実は気になっている事が、もう一つだけある。

 真剣な話だ。



 委員長には教えていたが、私は『魔法士』だ。頭の中に、特殊なコンピューターを搭載している、科学的な魔法使いだと、思っていてくれれば良いのが……私には弱点が有る。
 それは、電磁波――― ―一定の周波数を持つ、特殊な電磁波を放射されると、頭の働きが非常に悪くなるという物だ。
 しかし、私を妨害する程に、精巧な電磁波を放射する事は、今の科学力では、出来ない筈なのだ。
 麻帆良は愚か、『ER3』や学園都市でも、生みだす事は、到底、不可能な筈なのだ。

 ところが、だ。
 大停電の時に、その現象が、現れていた。

 大泥棒・石丸小唄と戦っている最中に感じていたが、明らかに私の頭が、妨害されていたのだ。



 ジャミングを実行したのは、あのアリシア・テスタロッサという少女だと思う。彼女ほどの雷電系魔法の使い手ならば、十分に可能だろう。しかし、その波長は。……明らかに、特定の指方向性を持って放たれた電磁波だった。
 それは言いかえれば、その周波数を、アリシアに教えた存在が居ると言う事だ。
 ――――勿論、この私でも、教えた存在が、何者なのかは、判らない。
 しかし、恐らく、《完全なる世界》の中に、『魔法士』の知識を有する者が居る事は、間違いないだろう。


 願わくば、我が親愛なる育ての親『賢人会議』や、あるいは幾度と無く助けられた『空賊』に、縁の無い者で有らん事を、望もう]






 ネギま・クロス31 第三部《修学旅行編》 その一






 大停電の翌日の事である。

 「明日菜さん。昨日は有難うございました」

 「お礼を言われる筋合いは無いわよ。ネギ。――――私も、結局、ネギを助ける事が出来なかったじゃない」

 麻帆良学園女子中等部の一角に位置する、スターブックスカフェの前で、歩きながら話をしていた二人が居た。

 紅茶色の髪に眼鏡を懸けた、スーツを着た少年が、ネギ・スプリングフィールド。
 ツインテールの女子中学生が、神楽坂明日菜。

 一見すれば姉弟にも見えるこの二人だが、実は教師と生徒という関係であり――――そして昨夜の大停電では、共に戦った『主人』と『従者』という関係でも有る。

 最も、神楽坂明日菜は、相手方の従者、クラスメイトである絡繰茶々丸と共に他の戦場に加わっていた為、大橋の戦いに介入できなかった。故に、正確に肩を並べた時間は精々が二時間である。

 「いえ、でも、明日菜さんに助けられた部分もありましたし。お風呂場の事とか」

 「そう? ……じゃ、コーヒーでも奢って貰おっかな? 眠気覚ましに、良いでしょ?」

 「はい!」

 今は朝だ。
 昨晩の大停電の終了したのが、丁度、午前零時の事である。

 神楽坂明日菜は、大橋に向かう途中。ネギ・スプリングフィールドは大橋の最終決戦が終了した時に、其々、気を失ってしまい、そのまま眠りに落ちてしまった。
 体を酷使した影響も有って、少し眠いのだ。

 「エスプレッソで良いですか?」

 「うん。……ふぁ――良い天気。……いつも通りの平和な日常ね」

 レジへ駆けていくネギの後ろ姿を見ながら欠伸をして、今度は周囲を眺める。

 停電終了後に、どれ程に急速なスピードで、証拠の隠滅が行われたのかは知らなかったが――明日菜の見る範囲では、昨晩の痕跡は何処にも見えない。よくも此処まで、立派に隠蔽していると思う。

 「どうぞ」

 「ん」

 器を受け取って、呑みながら歩く。今日はこれから学校が有った。水曜日だから、五時限で終わるのが幸いだろうか。
 昨晩のショックは消えている訳ではない。しかし、耐える事が出来ている。それに、気になっている事も有るのだ。例えば、昨晩に遭遇した運動部のメンバーとか、壊されてた茶々丸の様子とか。

 それに、エヴァンエリンに訊ねたい事も、ある。

 その明日菜の願いが、通じた訳ではないだろうが――――ネギの肩に乗っているオコジョ、アルベール・カモミールが何やら、昨日の仮契約に関して何かを話しかけようとした時だった。

 「あ」

 「え」

 偶然、なのだろうか。

 「……ふん」

 不機嫌そうな顔が、目の前に会った。




 その昨晩の喧嘩相手。

 《赤き翼》の一員。

 《闇の福音》と語られる吸血鬼。

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、本人だ。




 「お早うございます、エヴァンジェリンさん!」

 元気に挨拶をするネギ。昨晩、散々に彼女の実力を見た筈だが、以前の様な怯えは無い。
 停電を通して、彼女の真意をかなり詳細に知った今、怯える必要が無いと理解出来た様だ。

 「ああ。お早うだな、ネギ先生。――――元気そうで何よりだ」

 ネギの態度に、乱暴だがそう返した彼女は、傍らの机にカップを置き、腰掛ける。

 「昨晩の話だが」

 「はい」

 言いながら、机の上の砂糖を取り、器に。マドラーで掻き混ぜてから一口飲んで。

 「詳しい事は学園長に聞け。説明は面倒だ。――ボーヤが心配せずとも、私達が後始末をしたよ。ま、お陰で少々眠いが……まあ、それは私に限ったことでは無い」

 ぶっきらぼうに言う。口調だけを聞けば、停電前と変化が無い様に見える。
 しかし、彼女も、本音を覗かれて、曲がりなりとも敗北を認めてしまったからだろう。無駄な威圧感を振りまく事は無いし、言葉の端々に楽しそうな感情が見えていた。

 明日菜は、背後に控える友人に声を懸ける。

 「茶々丸さん、体は大丈夫?」

 「ええ。昨晩、葉加瀬やマスターが、急ピッチで仕上げてくれました。まだ再駆動から時間が経っていないので、余り滑らかな挙動では有りませんが、日常生活に支障は有りません。……明日菜さんも、大丈夫そう、ですね」

 「まあね」

 結局、昨晩に明日菜がした事と言えば、先程ネギが語った、風呂場での一軒を除けば、少ない。茶々丸を抑えた事と、北大路美奈子を加えた三人で侵入者のザリガニ怪人と戦った事くらいだ。その後は、もう一人のネギにあっさりと意識を刈られてしまった。

 最後は、遥か上空から落とされた気もするのだが、覚えていない。
 最後に、何か懐かしい感覚を得た気もするのだが……。

 「ねえ、エヴァちゃん。少し、聞きたい事があるんだけどさ」

 丁度目の前に、その“懐かしさ”に関して、色々と知っていそうな人が居る。

 「何だ」

 「……昨日の夜、途中で謎のネギに気絶させられて、ずっと眠ってた訳だけど」

 「ああ」

 「――今朝、夢を、見たの」

 「……ふん?」

 明日菜の言葉に、机に座り、肘を付いて此方を眺めていた吸血鬼の瞳が、スウ、と深く成った。
 金色の小柄な少女の存在感が、増したような錯覚を受けた。

 けれども、恐れは無い。

 「昔の夢、だと思う。……大きなエヴァちゃんが、小さい頃の私を、見ている夢だった」

 「続けろ」

 加減はされている。敵意や悪意は含まれていない。しかし、圧力だけが増え、周囲にふりまかれている。ネギとカモが冷や汗を浮かべる程度には強い圧力だ。にも関わらず、明日菜は何も感じない。

 怖くないのだ。
 目の前の少女が、自分に何かをしようと等、一切、思わない。

 それが分かる。

 「続けられるほど覚えている訳じゃないわ。でも、何か『魔法使い』みたいな人が、エヴァちゃん達に何かを叫んでいる光景だけは、覚えている。……ねえ、エヴァちゃんは」

 「知っているぞ。お前が知りたい事は、恐らく、ほぼ全てな」

 言葉と共に、威圧感が消える。蹈鞴を踏むネギに、席に座るように促す。

 「ボーヤ。明日菜も座ると良い。……丁度私も、言いたい事が有る」

 不敵な笑みを浮かべてそう言うと、クイ、と指を動かす。
 二人の目の前、整えられていた椅子が動き、座るのに丁度良い位置に惹かれた。
 音もたてず、手を触れた訳でもない。
 《人形遣い》エヴァンエジェリンの持つ糸による遠隔操作だった。

 「茶々丸。一時間目は?」

 有無を言わせず二人に着席を促した齢六百年の吸血鬼は、そのまま背後の従者に一声。

 「数学、だったと記憶をしていますが」

 「そうか。……先に行って、ルルーシュの奴に伝えておいてくれ。一時間目の授業は、個人的な用事で遅刻をする、とな」

 エヴァンジェリンの家に、不死の魔女共々居候をしているルルーシュ・ランペルージは、現在、麻帆良学園で数学教師をしている。大停電でも共犯関係を結んでいた。
 契約者で慣れているのか、エヴァンジェリンの無理難題も、渋々ながらも呑みこむ事が多い。

 「え……」

 「ちょ……!」

 驚く二人を尻目に、勝手に話を進めていく。

 「良いので?」

 「良い。どうせルルーシュの奴も、昨晩の騒動で疲れているし、準備も真っ当に出来ていまい。教科書も進まないだろう。ただプリントを消費する授業で眠っているよりは、遥かに有意義に使用出来る」

 「マスターとネギ先生は良いとしても、明日菜さんは授業に出ないのは、困るのでは?」

 「私が後で対策を取るよ。中学の数学など程度が知れているしな。真面目にやれば誰にでも出来る。あんなレベル」

 「了解いたしました。――では」

 主人とのやり取りの後、絡繰茶々丸はクラスへと去っていく。
 後に残されたのは、展開の速さに呆然とする二人と、不敵に笑う吸血鬼が一体だった。




     ●




 温かな湯気の立つコーヒーを一口飲む。

 「……もう、じゃあ、諦めて聞くけど」

 我に返って、取りあえず頭を抱えてみたが、目の前の少女が、今から学校に行く事を許してくれるとは思わなかった。
 成績が悪くとも真面目な女子中学生である明日菜にしてみれば、勝手に学校をさぼるのは良心がとがめるのだ。元々学費は学校持ちで、学園長や高畑先生に世話になっているのだし。

 しかし、エヴァンジェリンから話を聞く数少ない機会である事も事実だった。
 後で謝ろう、と思い。

 一息を付いた後に、真剣な表情で訊ねる。

 「エヴァちゃんは、私の知らない、私の過去を、知ってるのね?」

 「ああ。お前の生まれも、お前の過去も、お前の育っていく光景も、知っているな」

 返答は簡潔で、明白だった。

 「もう一つ。……私の見た夢の中に出て来たのは、エヴァちゃんで良いのね?」

 「ああ。そうだ」

 エヴァンジェリンの言葉は、淡々と事実を述べるに留まっている。
 恐らく、敢えて感情を見せない様にしているのだろう。

 「最後。――――エヴァちゃんが、私の事を“明日菜”って呼び捨てにし続けているのは、だから?」

 「そうだ」

 にや、と言う笑みの中に、やっぱり気が付くか、と言いたげな空気を宿して、彼女は頷いた。
 その雰囲気の中に、何時か感じ取った、優しさを見る。

 「お前も、薄々気が付き始めている様だから、言っておくが。……神楽坂、という名前は偽りでな。お前が麻帆良に入って来る時に準備をした名前なんだ。しかし、アスナは違う。お前の名前で、幼いお前が何時も呼ばれていた名前だ。……お前の本名を知る者が少ない以上、私が呼んでやるしか有るまい?」

 「……そう」

 明日菜は、その中に、確かにエヴァンジェリンの本音を感じた。

 正直に言えば、不安だった。自分の過去に何が有ったのかは、さっぱり解らない。思い出したくても思い出せない。そして、それを覆い隠して日々を生きるしか出来無かった。

 しかし――――決して表には出さなかったが、少なくとも、この目の前の同級生は、自分を知っている様だ。

 何かしらの理由が有る。
 そして、それは言えない程に重いらしい。
 厳しい彼女が、事実を付き付けない程に。

 「――――お礼を、言うべき?」

 明日菜の言葉に、まさか、と少女は返す。

 「言うべきは、礼の代わりに怨嗟の声だろうな? お前は私を責める権利が有る。如何して私の過去を教えてくれなかった。如何して私の記憶を封じていた……。ま、他にも色々有るだろう。普通は怒る所だ」

 其れだけの事を、私はお前達にしている、と付け加える。

 「……怒らないわよ」

 いや、怒れない、と言うべきか。

 彼女もそうだが、学園長も、タカミチ・T・高畑も、自分に対して隠し事をしている節が有るのは判っていた。自分の保護者が彼らで、そして何かと世話を焼いてくれている事を考えれば、その位は判る。
 確かに、色々と、思う所は有る。

 しかし、同時に――彼らが、自分を大事に思っている事も、分かるのだ。

 だから、感情が揺れはしない。
 ただ、そうか、と納得するだけだ。

 「質問はそれだけで良いのか?」

 「……色々と――――話してくれるの?」

 「質問に質問で返すのは、ルール違反、と言いたい所だが……。その通りだな」

 その言葉にも、やっぱりか、と明日菜は思った。

 別に彼女の事を知っている、と言う訳ではない。ただ、一緒のクラスで過ごして来た時から、なんとなく彼女の有り方が、分かる様な気がしているだけだ。

 自分から手を差し伸べる事は無く、しかし必ずその有り方を見続ける。
 他者の選択を責める事はしない。
 他者の有り方を貶す事はしない。
 その代わり、現実を自分自身で直視させる事だけは、徹底させる。

 「エヴァちゃん。意地悪だもんね。……教えてくれないもん」

 思わず、小さく笑みがこぼれた。

 「ああ、私は意地悪だぞ? 人から真実は、自分で知った真実より遥かに劣ると言うしな。――――私はな、明日菜。お前の人生を不幸にするつもりは無い。お前が逃げたいならば逃がしてやるし、守ってやることもできるだろうよ。ただ、私がそれをする為には――――お前は自力で、自分を知れと言うだけの話だ」

 多分、彼女は。
 昔から、そうだったのではないだろうか。
 自分が幼い頃、彼女と出会っていた事は事実だろう。
 もしかしたら、色々と世話を焼かれていたのかもしれない。
 その時の無意識の記憶、ではないだろうが、分かるのだ。
 きっと――彼女は自分を、厳しく、優しく、見ていてくれていたのだろうと。

 「……エヴァンジェリンさん」

 「何だ。ボーヤ?」

 ずっと背景に成っていたネギが、今度は声を懸けた。
 その瞳の中には、小さな炎が灯っている。

 「父さんとの関係を、教えてくれませんか?」




     ●




 場所が変わって、此処は3-Aの教室である。

 「さて、エヴァンジェリンさんと明日菜さんの二人は、所要によって欠席ですが」

 教壇の上に立ち、クラスを眺める委員長・雪広あやかである。

 「来週から私達は、京都・奈良へと修学旅行へ向かいます」

 教育に力を入れる麻帆良は、生徒の自主性を重んじる風紀がある。
 例えば、修学旅行の旅行先も、複数の候補を提示し、その中で生徒達が自主的に決める、と言う方針だ。
 勿論、生徒達の要望を聞き、それが“色々な条件”で実行可能だった場合、学園長から許可が下りる。
 問題児ばかりの3-Aであっても、それは同じ事だ。

 「皆さん、“ネギ先生の為に”京都・奈良を選んで下さって、非常に感謝しています」

 聞き様によっては、どの様にも取れる言葉を使用し、彼女は皆に言う。

 「準備は、済みましたか?」

 途端に上がる、元気の良い返事の声。
 色々と考えて京都・奈良を選んだ者も、何も知らずに京都・奈良を選んだ者も、混ざっている。
 しかし、楽しみな事には違いないのだ。

 「他のクラスが海外や沖縄・北海道等を選ぶ中、私達は京都・奈良という、非常にメジャーな場所を選択しました。海外からの留学生も多いですし、義務教育である以上、やはり古都に行くのが良い、というクラスでの総意ですが……」

 そこで、全員を見回して、告げる。

 「しかし、幾ら日本とは言え、旅行先では何が起きるのか、全く予想が出来ません。繰り返しますが……各々、“個人で”責任を自覚し、“入念なる準備”と、“いざという時の対処方法”を確認しておきましょう。――宜しいですわね?」

 返事は、やはり大きかった。



 3-Aの事を知らない人間が見れば、それは普通の中学校の光景にしか、見えなかっただろう。




     ●




 「……ナギとの関係か」

 「はい」

 明日菜とエヴァンジェリンの会話が一段落をした事を見て、今度は少年が割り込んだ。
 入れ替わる様に、明日菜は一歩引いた姿勢に成る。

 「まあ、ボーヤの勝ちでは有るから、答えられる範囲で答えてやろう。――――それで、何が知りたい」

 「その。停電前に聞きました。エヴァンジェリンさんは、父さんの事を、好いている訳では、無かったと、言っていましたよね?」

 「違うな」

 間違っているぞ、と、同居中の魔王っぽい雰囲気を身に纏って語る。
 ふん、と鼻を鳴らし、身を乗り出して目線を合わせながら。

 「ボーヤにはまだ解らんだろう。……私は『好きだなどと簡単な言葉では言えない』と言ったんだ。好きか嫌いかで言えば、好きが七で嫌いが三、と言ったところか? 恋愛的な意味で好いていたのか、少女の夢的に憧れていたのか、あるいは共に戦場を懸けた信頼か、あるいはその全てか……。簡単に言葉に出来ない感情が有った、と言ったんだ。奴への想いについて否定をした覚えは、毛頭無い」

 「…………」

 ネギは頭が良いが、如何せん、人生経験が不足していた。
 百戦錬磨のエヴァンジェリンの語る――『真実ではないが嘘でも無い』という理屈に、見事に引っ掛かったのも無理は無いだろう。

 「女性の感情を理解するには修行が足らんな」

 まだ十歳。いや、数えで十歳なので、実際は九歳だ。
 この麻帆良の土地で教師を行うのは、人生経験の意味も込められているから、子供としての未熟さは大目に見る。しかし、男女間の感覚は、もう少し頑張ってほしいと思う吸血鬼だった。

 「――で。他にも言いたい事が有る様だな。何を思いついた」

 明日菜とエヴァンジェリン。
 その会話の中で、何か琴線に触れる物が有ったようだ。
 それを、流石に目敏く捉えている。

 「……聞いていて思いました。明日菜さんは、エヴァンジェリンさんと昔に交流が有った。ならば、明日菜さんと父さんも、交流が有った。そして、今の僕は、明日菜さんと仮契約をしている」

 「……ああ」

 「――――妙に、整っているのは、偶然ですか?」

 疑っている訳ではない。ただ、知りたい、という感情が有るだけだ。
 全てが他者の掌の上、と言って、良い気分で居られる者は少ない。
 エヴァンジェリンの本音を、有る程度見抜いた少年だからこそ、疑いに成らないでいるのだ。

 「運命だろうな」

 冷めかけたコーヒーを一口飲むと、人間より遥かに長生きをしている少女は、口元を歪めた。

 「まあ、私は運命を『断定された物』と捉える事は嫌いだから、言い代えるが……。ボーヤが麻帆良に来た事は偶然ではないが、ボーヤの卒業証書に『日本で先生をやること』と出たのは世界の意志だ。ボーヤが神楽坂明日菜と出会った事は必然ではないが、ボーヤと明日菜が契約したのは、ボーヤ達の意志だ。確かに、お前達の過去や、此処に至るまでの過程に、私達が関わっている事は事実だが――――」

 まるで子供に言い聞かせるような口調で。

 「――――《赤き翼》の誰も。ボーヤと明日菜、お前達の歩みを、お膳立てするつもりは無いよ」

 そう語った。

 「……まあ、密かに助けはしているし、支えてはいる。だが――――その辺りの見極めは、上手い奴が多い。ナギの奴も多分、私達の事に文句は言わんだろう」

 消えたきり、姿を一切見せない、あの最強の男。
 自分で問題に蹴りを付けに行ったのだろうが、本当に馬鹿な奴だと思う。
 息子と明日菜。その二人を任された以上、自分の仕事を全うするだけだが――――それでも、思うのだ。
 自分じゃなくても良い。他の誰でも良いから、消える前に一言位、残して欲しかった、と。

 「今、奴が何処で何をしているのかは、分からんが。――――ま、生きてはいるだろうよ」

 その言葉に、少年が再度反応する。過去に聞きそびれた事を、聞く様な反応だった。

 「――――あの。如何して、そう思うんですか? 疑っている訳では無いですが。……やっぱり、信頼とか? ですか?」

 少年は、父の姿を見た事は、一度しか無い。
 村が悪魔に襲われた時ではない。
 杖を譲り受けた時だ。
 そして、その杖を渡してくれた相手が、本当に父親なのかすら、不明なのだ。

 それゆえに、彼は伝説でも有る父親を知ろうとしている。
 憧れや、羨望と共に、まず「知る」事から始まるのだ。

 「いや。もっと直接的な理由だ」

 言いながら、エヴァンジェリンは、懐から一枚のカードを取り出す。
 丈夫な台紙に、色彩豊かに記号や絵が表示された、契約の証。
 《仮契約》のカードだ。

 「あ、それ」

 「ああ。明日菜。お前も手に入れたか。これは私とナギの仮契約のカードだ。――今でも十分に使用出来る。使用出来るから、アイツは死んでいない、と言う事だ。単純だろう?」

 昨晩の夕方に、オコジョから説明を受けていた。詳しい理屈は不明だが、「主人」と「従者」の結びつきが強い場合、《仮契約》の証としてカードが出現するそうだ。

 納得する。

 カードが未だに機能しているから、ネギの父親は生きている。
 そして、ネギの父とエヴァンジェリンの絆は、強かったと言う事だ。

 「……やっぱり、エヴァンジェリンさん。本気じゃ無かった、んですね?」

 大きな効力を有する《巧みが作りし物(アーティファクト)》をエヴァンジェリンが有していた事を知って、少年はそう語る。戦いの場で使用されなかった事を見れば、まあ、そう思うのも無理は無いだろう。

 「いや。本気だったぞ? 殺意は無かったし、自分に制限を懸けた上での本気だったがな」

 「……そう、ですか」

 何やらショックを受けているが、今の少年と彼女の間には、其れほどの実力差が有った。

 実際、エヴァンジェリンはアーティファクト以外に、まだ『切り札』を複数抱えている。従者・茶々丸もそうだし、禁術『闇の魔法』も有している。言い換えれば、自分に大きく制限を付けて、殺意を除いて、その状態でやっとネギが、何とか“勝利条件を満たす事が出来る”レベル差なのだ。

 しかし、言いかえれば――その手加減が有っても、勝利した事は事実なのだ。
 態度は悪いが、自分の試練を越えたネギを、虐めながらも認めつつあることは、間違いない。

 ネギからの質問を、返しているのがその証拠だった。

 「今のエヴァンジェリンさんは、全体の六割から五割、の力でしたよね?」

 停電時の時は、完全に封印から解放されていた事を、思い出したのだろう。
 そんな発言をする。

 「何だ、気が付かないのか、ボーヤ?」

 くく、と得物を見つけた様な笑みで、エヴァンジェリンは笑った。

 確かに、二日前までは、彼女の力は全盛期の六割にも満たない実力だった。
 かつてナギに全てを封印されたが、友人達――アルトリアや、アルビレオや、遠坂凛や、イリヤスフィールの助力によって、何とか半分は、解放出来たのだ。

 しかし、今は、その状態ですら無い。




 ネギの麻帆良への来訪は、敵以上に、味方も動かしていた。

 その筆頭が、『魔法世界』の学術都市アリアドネーで教鞭を奮う、《赤き翼》の第七席・遠坂凛だ。

 英国で《ゲーティア》の首領、アディリシアから下着泥棒を敢行した、オコジョ。即ちアルベール・カモミールを釈放させて、保護観察の名目の元にネギに助言者として付けたのも彼女。

 《必要悪の教会》と交渉し、十万三千冊の魔導書『禁書目録』を護衛付きで派遣させたもの彼女だった。

 「イギリスからの客人と、アルトリアと私。更に、高町や、C.C.、果ては《闇》の眷属まで揃っているんだ。大体の事は出来る。例えば――完全なる、封印からの解放、もな?」

 刹那。
 ほんの一瞬だが、確かに、明日菜とネギは感じた。
 大停電で初めて知った、あのエヴァンジェリンの魔力。莫大な量の波動が、放出される。
 息を呑む二人に、くくく、と獰猛な瞳を見せて、彼女は笑った。






 「昨晩。全てが片付いた後、皆の力もあって、私はナギの封印から解放されたよ。……修学旅行前の心強い味方に、歓喜すると良い」






 その波動に驚いた『調停員』のレレナ・P・ツォルドルフが跳んできたり、散歩をしていたアルトリアが何かと思って飛んできたりするのだが、まあ、それは別のお話。






 その日の午後。

 少年は学園長から、修学旅行での任務を託される事となる。



[22521] 序章その三 ~鳴海歩とウォッチャーの場合~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/10/18 01:00


 ネギま・クロス31 第三章《修学旅行》編

 序章その三 ~鳴海歩とウォッチャーの場合~




 電話ばかりで会話をするのも何なので、久しぶりに車を運転して目的地に向かう事にした――――のは良いのだが。

 「……なんか、イライラするわね」

 高速道路を下りて、麻帆良へと向かう国道を抜けた所までは順調だったのだ。
 しかし、メインストリートの一本である麻帆良大橋は、何やら整備点検で通行止め。工事をしていた現場の人間には、ぐるっと回って他の入口から入って下さい、と言われる。仕方が無いから車を走らせ、何とか別の入口に到達したが、今度は其処から目的地までが面倒だった。

 まず、敷地が広い。大学部から小等部。その他の研究施設や宿泊施設。福利衛生施設。職員棟に売店。喫茶店。コンビニ。その他、雑貨店に嗜好品店。膨大な生徒を抱えるだけあって、地図が無ければ目的地に行く事すら難しい。
 そして、妙に迷い易いのだ。欧州風の街並みは、小さな路地が多い。ビルや近代的な建物の中に、古臭い物も混ざっているせいだろうか。生徒や教師など、この地で過ごしていれば感覚で生活出来るのだろうが、彼女は面会に来ただけだった。

 備え付けのカーナビも、敷地に入ってから妙に調子が悪い。街のあちこちに置かれている案内板に、警備員の詰め所等を利用して、何とか目的地へと向かっていく。
 結局、麻帆良学園女子中等部の近辺に来るだけで、予定より一時間以上も浪費してしまった。

 「全く……」

 言いながら、車を回す。
 目の前に見える優雅な建物が、きっと女子中等部の校舎だろう。
 竹内理緒からの話では、確か、目の前の通りをずっと駅の方に下って行った途中に有ると言っていたか。

 周囲に気を払いながら慎重に進めること、十分後。

 「……あれか」

 駅前のアクセサリーショップ《ブラウニー》。
 ようやっと目的地に、土屋キリエは辿り着いたのである。




     ●




 「あ、お久しぶりです」

 「ええ。アンタも元気そうね。結崎ひよの(仮)さん」

 近場の駐車場に車を止め、中に入った途端に、懐かしい声を聞く。

 「酷いですねぇ。仮にも生徒と監察官だった関係じゃないですか」

 「アンタが生徒だなんて、何の冗談よ。年齢不詳め」

 悪態を付きながらも、出されたコーヒーを呑む。このアクセショップは、小さな喫茶店も兼ねている。メニューは多くないが、値段と量がお得で、軽食もあり、女子生徒からは人気を誇っているそうだ。

 その席の一角に座る、スーツにコートの女性が、土屋キリエ。

 『刃の子供達(ブレードチルドレン)』達を繋ぐ監察官。通称をウォッチャーと呼ばれる存在である。
 《ブラウニー》の店主、結崎ひよのや、この建物に同居中の鳴海歩。あるいは麻帆良に通うチルドレン達とは顔見知りだ。過去に色々と、鳴海清孝の引き起こした事件に巻き込まれた。

 「それで。直接顔を見せた理由は?」

 言いながら、ひよのから陶器を受け取って口を付ける鳴海歩。
 眠そうな表情に、ラフな私服と言う格好だった。麻帆良の大学病院で体質治癒を促す傍ら、教鞭を取っていたと聞いたが、今日は授業が無いのだろうか。

 「昨日の騒動で音楽室周辺が破損しててな。危険だから、って事で臨時休校にしたんだよ。……誰だかは知らないが、屋根の上から人間大の塊を壁に叩きつけた、みたいな状態になってる」

 で? と不機嫌そうな顔(と言っても彼の場合はこれがデフォルトだが)で訊ねられ、キリエは息を吐いた。こういう嫌な部分は、流石は兄弟。よく似ている。

 「アイズから、アンタ宛てに連絡よ。聞きたい事も有ったし、丁度、こっちの方に来る用事が有った序に顔を出したわけ」

 ほれ、と懐から封筒に入った書類を渡す。
 郵送するよりも、直接に手渡した方が確実な内容だった。

 「……中身は?」

 その言葉に、周囲を伺う。一応、キリエの来訪と共に、『臨時閉店』という看板を出して貰ってあるが、安全に気を使うに越した事は無い。まあ、この店に入って来る相手は普通の女子学生が大半。

 普通じゃない学生の場合、裏通りから裏口に入り、そのまま地下の非合法店へと入る。つまり、此方も心配は無い、のだが……。

 「――大丈夫です。地下のお客さんも、理緒さんが応対してますから」

 「……そう。じゃあ、話すけれど」

 ひよのの事は一切、信用していないが、彼女の能力は折り紙つきだ。
 鳴海清孝が認めたと言う時点で、それ以上の保証は無い。

 「清孝が、西東天っていう男と手を組んだ事は知ってるわね? その西東天には、部下が居るのよ。名前を『十三階段』。何でも、数年前に一回、解散しかけたらしいけれど……。その時のメンバーの残りが、今でも手足の様に従っている、らしい。――――で、その何人かの動向、ってのが一つ」

 西東天。
 アメリカ・ヒューストンの『ER3』出身の、元学者。
 公的には死亡した、とされているが、そんなのこの世界では珍しくもなんともない。
 詳しい事は分からないが、あの鳴海清孝が接触する様な男だ。録な男で無い事と、その癖に異常な男なのだろうと言う事は分かる。そして、それが分かれば十分だ。

 「で、清孝自身の、ここ最近の動向を、探れるだけ探った奴が一つ。音楽家としての名声を利用して、秘密裏に旅行してるみたい。勿論、簡単には捕まらないんだけど」

 アイズの言葉を借りれば、捕まらない、と言うよりも、足が出ない、なのだそうだ。
 何処にいるかは分かる。表向きは何をしているのかも分かる。しかし、その裏で何をしているのかが、分からない。余り良い事ではなさそうだと言う事しか。

 「その他、色々と。ま、自分で確認して。――――割と危険な情報もあるみたいだしね」

 「……ようだな」

 封筒から取り出した書類を、手早く捲り、確認する。かなりの分量だ。しかも、入手が難しいレベルの情報も多い。
 背後から覗く結崎ひよのも、結構に細かく記された情報に、感心の声を上げていた。

 「……しかし、アイズ一人でこれだけを?」

 「いえ。何人か協力者を募った、って言ってたわね」

 「名前は?」

 以外と鋭い歩の声に、返事が割に愛用の手帳を取り出す。
 勿論、控えて有る。該当ページに記された名前を見つけ出して。

 「ん、――読むわよ?」

 「ああ」

 名前が記されていた、幾人かの名前を上げる。
 キリエの情報網を使用したとしても、正体が掴めない連中が多かったが――アイズが協力関係を結んでいると言う事は、其れなりに信用のおける相手なのだろう。幾人かには、所属組織も乗っている。

 テンポ良く、順番に、読む。

 「まず、九蓮内朱巳。所属は『統和機構』。コードネーム《金曜日の雨(レイン・オン・フライディ)》」

 「……いきなり凄いな。俺でも、何処かで聞いた事のある」

 「そうね。でも、割と信頼が置ける相手らしいわ。口調の端々にそんな雰囲気が有った」

 「……そうか」

 静かに反応を返す歩に、キリエは話を続行。

 「次。白峰サユカ。恐らく『カンパニー』と関係有り。吸血鬼っぽい」

 「――――どうやって接触したんだ?」

 「さあ? 嘘か本当か、旅行中に偶然関わった、とか言ってたわね。……彼女については、私の方から『カンパニー』に接触して、探っている所よ」

 「ああ、任せる」

 相変わらず、淡々としているが、これでも此方の話に興味を持っている事は分かる。
 伊達に数年来の付き合いでは無いのだ。彼の感情は読める。

 「最後。その白峰さんの友人だ、っていう“クイナ”っていう女性の人。こっちは、はっきりと吸血鬼」

 「本名じゃないな」

 「ええ。私もそう思う。何でも昔は小さな、対吸血鬼組織に属していたらしいわね。で、組織が壊滅後、難を逃れた彼女は世界を放浪しているらしいわ」

 まあ、設定だけならば、此方も余り珍しくは無いだろう。
 其処まで語って、キリエは手帳から顔を上げた。

 「ま、今上げた三人が、大体、アイズが接触している人物。後半の二人に、人間じゃ不味い領域を任せて、アイズと《金曜日の雨》で、政治・経済・学問の三領域を調べている、って感じね。勿論、清孝とか西東天の情報は、割と難しいみたいだけれど……」

 キリエは、アイズから言われた言葉を伝えることにした。

 「『多分、キヨタカからの接触は、アユムに直接行くだろう。アイツから直接、話を聞いてみろ』――――だってさ」

 「俺の所に顔を出したのは、そう言う理由か」

 「それも有るわね。――で、教えてくれない?」

 伊達に、長年彼らと付き合っている訳ではない。
 どの範囲までならば関わっても大丈夫なのかは、見極める事は出来る。
 それに、歩の場合――――キリエが正面から打算抜きで行けば、大抵の質問には答えてくれるだろう。
 それを、相手も理解している。

 「……分かった。まあ、程程にな」

 そんな風に、頷いてくれた。




     ●




 物語は、言うなれば一つの盤上で綴られる物である。




 それが、鳴海清孝の信じていた理念だった。
 自分は所詮、世界に操られる駒であり、対となる悪魔を殺す為だけの存在でしか無い。
 そして、悪魔から生まれた子供達も又、何れは消え行く運命から逃れる事は出来ない。
 かつて悪魔と呼ばれた男は、鳴海清孝が殺した。
 そして、彼を殺す為に、鳴海歩という存在を造り出した。


 しかし、その結果は、覆された。
 鳴海歩は、兄を殺す事は無く、物語を終わらせない道を選択した。
 盤上の駒を排除するのではない。
 盤をいくつも重ね、螺旋を築き、終着を遠ざけるのが、鳴海歩の選択だった。




 螺旋の物語。
 それは言うなれば、その物語が、終わらない事を意味している。
 世界と言う名の舞台で展開された、自分の物語が、途切れる事が無いと言う事実を、露わしている。
 それが、何処まで真実であるのかは、分からない。
 自分の物語は、確かに螺旋だろう。
 自分の物語が終わらない事は、鳴海歩が証明するだろう。




 ならば、他の物語は――――?




 終わりを齎すつもりは無い。
 自分は既に、敗北を喫した人間だ。
 しかし、無いと言われた終わりに、酷く興味が惹かれている存在が居る事も、知っていた。
 故に。




 『終わりの無い物語』を認めた鳴海清孝は。
 『終わりの物語』を望む、人類最悪の遊び人・西東天と接触をした。




     ●




 「凄まじく適当に、簡単に言えば、そう言う事らしい。……兄貴は、俺を巻き込むつもりは無いらしい。麻帆良に入れたのも、関わらせる、というよりも、最後まで見物して貰いたい、ようだしな」

 「悪趣味ね」

 「ああ」

 キリエの言葉に、全くだ、と同意を返す。
 背後で静かにしていた結崎ひよのも、其処だけは頷いていた。

 「ただ、確かに……今のところ、俺に回って来る面倒事は、多く無い。危険さが無いわけじゃないが、困難という訳でも無い。体の調子も悪くは無いし、仕事も……退屈はしない。だから、まあ、此処に居てやってるわけだ」

 「……そ、――――う?」

 キリエは一瞬、目を疑った。
 常に不機嫌そうな顔がデフォルトの歩が、苦笑では有るが、浮かべていたからだ。
 如何やら、面倒だ、と言いながらも――――日々を楽しく過ごしてはいるらしい。
 最初は、彼に教師など可能なのか、とも思ったが、以外と上手くやれているのだろう。

 「……まあ、良いわ。あちらの動きや、世界の動きは、私が何とか、抑えて教える事にする。アンタは平和に過ごしなさい。体の休憩がてらね。……さて、私は帰るわね」

 其処まで言って切りが良く成ったので、席から立った。
 珍しい自分の励ましの言葉に、変な顔をしていた鳴海歩だったが。

 「良いのか? 浅月香介とか高町亮子とかも時期に顔を出す。顔くらい見せて行ったらどうだ」

 そんな風に、返す。
 ますます珍しい。気遣う言葉が出る等、昔は滅多に無い事だったのに。
 これも、変化と言う奴だろうか。
 本質は其のままにせよ、抱えていた棘が、明らかに丸く成っている。
 まあ、悪い変化では無いので、何も言わない。

 「良いわ。鳴海歩。アンタみたいな人間の、変わった顔が見れただけで十分。あの子達に、元気でやんなさい、って伝えといて」

 ひらひら、と手を振って、コートを片手に足を出口に向ける。
 実はこの後も、色々と仕事が重なっているのだ。無駄な時間を過ごしはしなかったが、余計な無駄を消費する事は良くない。切り替えは大切だ。
 煙草を口に加えながら、店から出ようとして――――。

 「あ、そうだ。最後に一つだけ」

 もう一つだけ、聞き損ねていた情報が有った。
 思い出して良かった、と思いながら、振り向いて、尋ねる。




 「鳴海歩、それに結崎ひよの。アンタら――――《パーフェクト・キング》って、知ってる?」




 「……名前だけなら」

 「私もですね」

 そんな言葉が返ってきた。
 キリエの視線に答える様に、簡単な説明が、歩から流れる。

 「兄貴の友人の、果須田祐杜――――まあ、もう死んでるんだが――――っていう天才学者が唱えた、人類の完成品の事だ。生物学的に言えば、人類の進化の過程で発生した、突然変異体の親玉、みたいなものらしいな」

 続けて、ひよのも告げる。

 「何でも、その才能ゆえに、『ER3』からも勧誘されているそうです。《七愚人》の座を提供するから来てくれ、という言葉にも耳を貸さず、勝手に放浪しているらしいですが……。その人が何か?」

 「ええ。……今、日本にいるらしいわ」

 軽く肩を竦めて。

 「清孝の奴、彼女を“物語”に勧誘したみたい。……注意しなさい」

 そう言って、彼女は店を出た。






 パーフェクト・キング。
 直訳すれば、完全なる王。
 人間の完成品にして、到達点たる存在。
 


 個体名を、鈴藤小槙。
 彼女は今、京都にいるらしい。




 土屋キリエは、麻帆良から敷地外へと、次なる仕事の為に車を走らせながら、思った。


 まだまだ、京都での物語の登場人物は、増えそうだ、と。



[22521] 序章その四 ~《グループ》の場合~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/10/20 00:28


 ネギま・クロス31 第三章《修学旅行》編

 序章その四 ~《グループ》の場合~




 少し話を聞きたい? ……ああ、三日位前に行った、良く分からん遺跡の事か。遺跡と言うよりかは、遺跡にカモフラージュされた何かの設備、っぽかったな。大方、大戦期に使用された帝国か連合の拠点の一つだと思うんだが……。あ、それでも良いって?

 大した物も無かったから、そんなに面白い話でも無いと思うけどな。あ、でも気が付けなかっただけの可能性も有るのか。もう一回行けば、何か見つかるかもしれないな。

 実際、俺達の後に遺跡に向かった奴らは、何か見つけたみたいだし。

 ……ああ、その話を聞きたいのか?

 ……分かった。まあ、じゃあ今日は実入りも良かったし、話してやるよ。

 あ、マスター。酒追加で。

 一杯は俺のおごりって事で頼む。



     ●



 小さな酒場で会話をする二人の男が居る。

 片方は、如何にも冒険慣れしているといった雰囲気の青年。
 片方は、ローブに身を包んだ、如何にも魔法使い、といった雰囲気の青年だ。

 酔って気分良く話す青年の言葉を、静かに、しかし確実に、もう一人の青年は聞いている。



     ●



 まず簡単に、今回の行動過程を話すか。

 『魔法世界』の北方は、小さな村が点在する自然豊かな地方だ。住人達は皆、自然の中で生きている。勿論、野生の魔獣を初め危険は多いが、住めば都、っていう言葉の通り、以外と人口も多いんだ。

 今回、俺達が足を踏み入れたのは、そんな一地方に隠されていた、遺跡と思しき建築物だった。

 一見すれば草木に覆われた石山だったんだが、草木の配置が作為的だ、って情報をメンバーの一人が得た。それで、岩山に見せかけた遺跡じゃないか、と疑ってみたところ、どうやら、本当に隠された遺跡らしい、――――って訳だ。遠目で確認して、核心を持った。

 周辺の村に聞き込みをしてみたんだが、詳しい事は不明だった。と言うのもだ。大戦争の檻に『魔神』とかいうのが暴れまわった影響で、周辺の地形や生態系が狂ってしまって、詳しい事は不明だったからだ。

 大きめの竜族でさえ、語られた程にデカイ被害は出せない。だから、本物の『魔神』っていう存在には、俺は半信半疑なんだが……まあ、要するに大戦争の混乱で、情報が消えちまった、ってことなんだろうな。で、知っていた古参の人間も、年月と共に消えて行ってしまった、と。

 村自体は大戦前より存在していたみたいだが、生態系の崩壊や地形変化もあって、幾つかの集落と合併してしまっていた。そして、既に廃村となった土地から少し言った所に、例の遺跡が有ったんだ。

 幸いなことに、合併したお陰か、其れなりに大きめの集落になっていてな。旅行者とか、俺達みたいな冒険者達が、時々利用する規模の村だった。村人たちも、慣れっこ、って雰囲気だった。

 俺達は、集落に拠点を構えて、何日かを懸けて周辺情報を集めた。遺跡の内部は不明にせよ、危険な生物や、役に立つ動植物の確認は大事だからな。そうやって準備をした。情報が不足したままで活動する事も、この世界じゃ結構多い。とはいっても、生存確率はなるべく上げるのが筋ってもんだ。

 集落に拠点を構えて、……確か、二日後か。一通りの情報を集め終わったんで、取りあえずマッピングも兼ねて遺跡までのルートを確保する事にした。
 遺跡までは、歩いて二時間、懸からない位だった。直線距離にすれば其れほどでもないんだが、地面の高低差が大きかったんだ。大きく抉れたり、明らかに自然災害でもこうはならない、っていう痕跡が有ったりで――戦争の爪痕、って奴なんだろうな。

 途中で休憩を挟みつつ、何時間か道を行ったり来たりを繰り返して、遺跡に到達した。

 で、到達してみて、俺達が見ていた物は、遺跡じゃない事に気が付いたんだ。

 いや、正確にいえば――――遺跡だったが、遺跡で無く成っていた、と言うべきかな。



 岩山と雑木に覆われた遺跡の入口には、認証カードを利用した警備システムが付いていたんだ。



 最初は、多分、本当に古代の遺跡だったんだと思う。ただ、それを誰かが利用して、一つの施設に造り変えていたんだ。元々、見つけ難い場所に築かれていた遺跡を誰かが発見して、其処に機材とかを運びこんで、使用してたんだろう。

 周囲に人の気配は無く、打ち棄てられてから随分と時間が経っていたようだった。警備システム自体も、とっくに沈黙していた。自然の遺跡を利用した上での設備だ、って解って、正直、俺達は落胆した。

 ただ、内部に何も無い、とも思えなかった。……というか、そんな風に思う事で、自分達を慰めたんだけどな。結局その日は、村に戻って、今後を考える、って事で落ち着いた。

 苦労して目的地に着いたが、骨折り損に成るかもしれない……って事は、宝探しには良く有る事だ。まあ、互いに慰めつつ、歩きやすい道を探して村まで戻ったんだ。

 村に到着した俺達は――――其処で、別の集団が、やって来た事を知った。




     ●




 「別の集団、ね」

 「……お、反応したね」

 カウンター席で隣り合った赤毛の男が反応した事に、クレイグ・コールドウェルは気が付く。

 自分達の話を聞かせて欲しい、と言われて困惑したのは最初の事。

 この目の前の男が、如何やら結構な実力者である事と、以外と修羅場を潜っている事は、話している内に把握出来た。

 訊ねてみたところ、自分達が足を踏み入れた遺跡の一連の情報を売って欲しい、と言う事だった。

 自分達のパーティーは明日の午後にはこの地を経つ。そして、目ぼしい物は確保出来ている。

 ならば良いか、と言う事で、こうして酒場に並びつつ、話をしているのだった。

 「……クレイグ。君の話は面白い。――続きを頼む」

 「ああ。それじゃ、そいつらの話から、だな」



     ●



 正直言って、変な奴らだった。

 人数は六人。男女の比率は、男が三人、女が三人。その内、年端もいかない少女が一人。旅行者には見えなかったし、かといって熟練の冒険者にも見えなかった。その癖、妙に実力派の雰囲気を有していた。

 会話から聞くに、如何も、俺達が向かった遺跡が目的地だったらしい。

 何の用事が有ったのかは知らないけどな、流石に。

 リーダーは……金髪に派手な格好の男。笑顔の優男が参謀っぽかったな。で、サポート役が、やさぐれた雰囲気の女。それに、年端もいかないちっこい女が一人。で、多分、その幼女の護衛として、これまた若い、茶髪の女が付いていた。

 そして戦闘の中心となるだろう男が、白い――貧弱そうな学生風の男だった。他に適役がいなかったから、そう辺りを付けたんだ。派手な男も優男も、不良風の女も、皆、強そうな感じはしたんだが……そんな中で、妙に口調と態度が悪かった。だから、実力は有るんだと思った。

 それに、色々言いつつも、白髪の男は、仲間内では信頼されていたようだな。さっき言った幼女が、妙に懐いていたから、それが分かったんだ。

 年齢は皆若く、パーティーとしては違和感が有る。

 装備や武器なんかはかなりの物だが、衣裳や雰囲気が、俺達とは随分違っていた。

 なんつーか……アレだ。学校とかの、サークルやクラブみたいな雰囲気だったんだ。最も、外見に似合わず実力は確からしくって、村まで普通に到達していたから、最後は信用された。風変わりな冒険者の一向だな、って事で納得したらしい。

 連中が悪人には見えなかったし、資金も豊富で村の中でもかなり良い値段の部屋を、取ったからな。

 そうこうしている内に、その日は太陽が沈んでいった。

 ――――さて、困ったのは俺達だ。

 連中が、俺達の探った遺跡に向かうのは間違いない。

 この期に及んで、自分達の獲物を横取りされるのは嫌だった。

 無論、中にどれ程の宝が眠っているかは分からない。人の手が入っている以上、遺跡本来の宝は手に入りにくいかもしれないが――――その分、危険は少ないとも言える。

 夜間に相談した結果、俺達は朝一番で出発して、内部を探索して、一日で探索を終える事に決めた。

 外見から内部面積を大雑把に計った結果、一日有れば一通り見て回る事が出来る核心を得た、と言うのが一つ。で、やってきた別集団の奴らも、最低でも明日一日は準備に使用するだろうと踏んでの事だった。

 夕食時、離れたテーブルで、奴らの会話を聞いていた訳だが……。

 なんというか、本当に、変な奴らだったよ。

 友情って言うには、互いに許し合う空気が無かった。

 一時の契約って言うには、息が合いすぎていた。

 チームとしてのまとまりは有るくせに、互いに己の目的の為に協力しあっているだけに見えた。

 そしてその中に、天真爛漫な少女が同行してるんだ。

 俺じゃなくても気になるだろうよ。最も、アイシャやリンなんかは、少女の可愛さに注目していたみたいだけどな。



     ●



 「奴らの正体は解らん。ただ、宿泊名簿には《グループ》って記入してあったんだよ。まあ、変わったチーム名だと思ったけど、それは気にしても仕方が無い」

 ぐい、と大きめの硝子コップに満たされた酒を呑み乾して、クレイグはふう、と一息を付く。

 赤い顔に、徐々に焦点がぶれ始めた瞳。随分と酔っ払っている様だ。

 「……楽しそうだね」

 「ああ。結局、遺跡でお宝も発見出来たしなあ。期待、以上だったんだ」

 「それで。……折角だ。その集団に関して、もう少し、話してくれないか?」

 青年の言葉に、気分が高揚しているクレイグは、ああ、と頷いた。

 目の前の魔術師を信用している訳ではない。しかし、今は酒場で、周囲には人の気配が有る。目の前のマスターも通常運転だ。何かしらの危害を受ける可能性は低かった。

 「ああ。良いぞ。……と言っても、そいつらとそれ以上、関わらなかったんだが……」

 クレイグは、話を続行する。



     ●




 さて、朝早くに村を出発して、意気軒昂と遺跡に乗り込んだ俺達だった。マッピングの準備や事前調査のお陰で、意外と簡単に入口まで来れたんだ。

 認証扉の先は、大分荒れてはいたが、それでも人間が生活していた痕跡が有った。天井こそ岩盤だったが、地面は成らされていたし、壁には機械のコードが走っていた。勿論、既に沈黙していたけどな。

 入口から入ってすぐの所に、警備員か見張りの詰め所が有った。其処から、内部の地図を拝借してみた。遺跡の半分は開発済み。残りの半分は、まだ開発途中、と書かれていた。地図の表記が二十年以上昔の物だったから、既に開発されている可能性もあった。けれど、取りあえず俺達は、未開発と成っている部分まで足を進めることにした。

 遺跡の、開発されていた部分は――――なんというか、本格的な造りだった。二十年は経過している筈なんだが、劣化も少ないし、今でも整備すれば十分に使用可能な施設を残していた。大戦の渦中に建造された物なんだろうが、資金もきっと豊富に掛けられたんだろう。

 ただ、奇妙な事に、帝国と連合の、どちらの所属だったのかは今一、掴めなかった。例えば、帝国と連合の国旗が両方並んでいたり、その癖、どちらの国旗も扱いがぞんざいだったりした。

 連合の雰囲気も有れば、帝国の雰囲気も有る。……まるで、どちらにも所属して、しかし所属をしていない、そんな雰囲気が感じ取れたんだ。

 まあ、俺達トレジャーハンターには、瑣末なことだったから、余り気にしないで進んで行ったんだ。

 内部を歩いて、十分……位、だったか。

 奥に奥にと足を進めるほど、施設の中も徐々に荒れ始めた。床も舗装されない。壁のケーブルも少ない。天井から下がる灯も、粗末な物に成って行った。

 地図の通りに足を進めていた俺達の先に、一つの看板が見えて来たんだ。

 『此れより先、未開発。資材置き場や倉庫を兼ねる。小型の魔獣も確認されている。入る際は必ず複数で行動し、十分に注意する事』

 古ぼけて読みにくかったが、そんな風に、警告看板には書いてあった。掠れて見えない部分も有ったから大体の訳だが、そんなに間違っている内容では無いと思う。

 遺跡の深部、って事で俺達は俄然張り切った。

 其処からが、本格的な冒険の始まりだった、って訳だ。




 「いや、魔術師さん。アンタが遺跡に行くんなら、ちょっとアドバイスをしてやるよ。まず魔獣。中に住みついているのは、泥から進化した様な魔獣が大半だ。口に牙だけが映えている感じの、簡単に吹っ飛ばせる奴。で、それ以外には殆どいない……ああ、一体だけ、蜘蛛っぽいのが居た。リン曰く“禍蜘蛛”とか言う種族で、昆虫系統。単純な仕組みのお陰で、かなり昔から居る。人間も捕食するらしい」

 「……へえ」

 「――――ま、そんな奴らも、俺とクリスティンの二人で何とか出来た。遺跡に有りがちな、期待した宝物は少なかった。が、その分、二十年前の戦争備品の色々を回収出来たのも良かった。武器や弾薬は旧式だったんだが、今では入手が難しい希少金属の装飾品とか、年代物の魔放道具とか、掘り出し物も多かった。まあ、俺達の前にも何人か来た奴らが居たらしくて、既に荒らされた部屋も有ったんだが、それでも、まだ完全に踏破されてる訳じゃない。最奥部まで頑張れば、何かあるかもな。俺らは魔獣のレベル的に危なそうだったから、帰って来たんだが……」

 酔っ払った影響で、話の脈絡が無くなってきたクレイグに、青年は何も言わない。唯静かに、話を聞いているだけだ。

 「成る程。それで、この街に、と」

 「そうだ。品物の買い取りと、山分け。それに相場の確認も兼ねて、何日か滞在して、今日が最終日、って訳だな。明日は別の街へと出発だ」

 「……羨ましいね。僕は、役所勤めだ。――ああ、そうだ。それで、話は終わりかい? 僕としては、君達の後に来たっていう集団の情報も、欲しいんだけど」

 「何だ、兄さん裏の人間なのか? ……まあ良いか。相応の料金は貰ってるし。――俺達の後に村に来た《グループ》とか言う奴ら。あいつらの事だな?」

 「そうだ」




 俺達の中で、あの集団に一番接近したのは、多分、俺だと思う。

 遺跡の内部を探索している内に、途中で、情けない事に罠に引っ掛かった。

 遺跡からの帰り道で気を抜いていたつもりは無いんだが……重量の関係で動くタイプの罠だった。侵入者の帰還を防ぐ為のトラップだったんだ。目の前の道が崩れて、その時、俺は運が悪い事に――他の三人と分断される事に成った。

 ただ、幸か不幸か、帰りの方向は分かっていた。それに、最初に手に入れた地図にも、出口が書いてあったんだ。それに、罠が有るってことは、設置した奴らが抜ける為の出入り口も何処かに有るってことだからな。余り困りはしなかった。

 アイシャは俺を魔法で運ぼうとしたんだが、道中で疲労も重なっていたし、それに遺跡内部に何らかの妨害装置があったようでな。攻撃魔法の威力も低下したんだ。箒での運搬は危険だった。

 で、遺跡の出口で会おう、っていう約束をして、俺は一人で出口へ向かったんだよ。

 ――――その時だったな。

 俺が、あの《グループ》っていう連中に会ったのは。いや、遭遇した、っていうのも変か。俺は遠目にあいつらを見ただけだし、奴らも気が付いてはいなかった、と思う。

 最初に話声が聞こえて、其処で俺は足音を殺して、様子を伺う事にしたんだ。これでも気配を殺す事くらいは出来るしな。折よく、壁に罅が有ったんで、其処から覗く様にして、奴らを見たんだ。

 居たのはその内の三人だけ――――やさぐれた女と、金髪の派手な奴と、白いのだったけどな。

 驚くべき事に、俺達が何日か消費して安全に辿り着いた遺跡までの道中を、奴らは簡単に踏破していたらしかった。いや、本当に踏破していたのかはわからん。もしかしたら転位術の様な物を使用したのかもしれない。しかし、奴らは疲労も少なく、汗も殆ど流していなかった。

 其れだけで、奴らの実力は分かったよ。

 ……俺が一人で向かっていた出口は、施設の幹部とかが使用する場所だったらしい。妙に整備されていて、僅かだが動力反応もあった。もっとも、気が付いた所で手を出せる程、簡単な場所にも、見えなかったけどな。

 三人は、壁の周りを適当に調べていた。で、白いのが壁に手を当てて――何かをしたんだろう。

 何をしたかは分からない。

 ただ、隠されていた扉が、一気に開いた、事だけは分かった。

 巧妙に隠されていた壁が、まるで、何か大きな力を受けた様に、開いたんだ。

 息を呑む俺に気が付かず、そして、開いた扉の中に、三人は消えて行った。多分、扉の先には――階段があって、地下空間に通じていたんだろう。

 ご丁寧に、扉を閉めて行った。五分静かに待機して、連中が戻って来る気配が無い事を確認して、俺は素早く遺跡の外へと抜け出た……って訳だ。

 通り過ぎる一瞬、壁を確認してみたが、俺の目にも隠し扉が有るなんて見えなかったな。

 こりゃ、いよいよもって危なそうだ、って勘が騒ぐもんで、とっとと尻尾を巻いて逃げた、って訳だ。

 連中が俺に危害を加えるとも思わなかったが、だからって好き好んで藪を突く趣味は無いよ。



     ●



 「……それで。其処まで解っていて、何故、僕に、その話を?」

 「兄さん、俺に前払いで料金を払ってくれたしな。俺に危害を加えるつもりは無いってことだ」

 「――――確かにそうだね。……それで、連中の名前は分かるかい?」

 「いや。殆ど分かんないな。なんか聞きなれない発音だったし。……白い奴。そいつの名前だけ、他と印象が違ったんだ。えと……なんか名前っぽく無い事は、覚えてるんだけどな」

 「もしかして《一方通行(アクセラレータ)》かな?」

 「そう。それだ。確かそんな風に、呼んでた。…………アレ? なんでお前、その名前」

 「有難う。Mrクレイグ。……とても有益な情報だった」






 ぽう、と、ルーン文字で刻まれたカードから、赤い炎が立ち上った。






 「――――っ ! ――――っと! 起き、さ……――起きなさいってば!」

 「んあ!?」

 突如感じた衝撃に、彼は目を開ける。

 目を開ければ、其処には昨晩酒を飲んでいた木目の美しいカウンターと、見慣れた仕事仲間の顔。

 そして、店の外に見えるのは清々しい朝の陽ざし。

 「クレイグ。貴方、昨晩ずっと飲んでたの?」

 アイシャ・コリエルの言葉に、頭を起こす。
 途端、飲み過ぎを実感した。頭が痛い。二日酔いだ。

 「……あー」

 何やら、記憶が曖昧だった。

 確か、遺跡から帰って来て、戦利品と利益を分け合って、得た金で宴会をして――――。
 その後で、もう少し飲もうとこの酒場に入って――――。

 それで……。

 それ、で。

 ……どうしたんだっけか。

 寝ぼけているのか、意識がはっきりとしない。

 誰かと話をした様な気が――――。

 そうだ。確か、偶然隣に座った男に、今回の武勇伝を、酔った勢いで語って……。

 それで、最後は眠ってしまったんだ。

 記憶は曖昧だが、そうやって繋がっている。

 何も違和感は無い。

 『面白い話のお礼に、此処の料金は払っておこう。お釣りはマスターから受け取ってくれ』

 そんな声を聞いた気もする。

 「クレイグ。聞いてるの?」

 「ああ。……すまん、起きる」

 言いながら、目を瞬かせて立ち上がる。今から急いで宿に帰って、せめてシャワーと着替え位は済ませたい。一晩中飲んで、しかもカウンターで寝ていたお陰で、随分と節々が痛んだ。

 立ち上がって、店の外に出る。お代は本当に払われていたようだった。

 今度会った時は、礼を言おう、と思いながら――其処で、クレイグは気が付いた。

 名前を知らない。

 外見は覚えている。魔術師風の……赤い髪の、目の下に入れ墨をした、煙草を吸う青年。

 しかし、名前を聞いた気もするのだが……覚えていない。
 参ったな、と思いながらも、仲間に手を引かれて、クレイグは宿へと歩いて行った。



     ●



 そんな彼を見下ろす影が有る。

 影は二つ。

 「ご苦労さまでした、ステイル。――――首尾は」

 背後から声を懸ける同僚に、魔術師は答えた。

 「ああ。言われた通り、完全に記憶を消して来たよ。彼らは遺跡に潜り、適当な得物を見つける事が出来た。そして、“誰とも会わなかった”。……そういう風に、真実をすり替えて置いた」

 ふう、と煙草の煙を吐き出して、ステイル・マグヌスは答える。

 あのクレイグという男が、チームを含めた誰にも、遺跡で出会った連中について、話していなかったのが幸いだった。いや、恐らく彼らがやって来た事は話したのだろう。

 しかし『彼らが地下に潜って行った』事は、教えていなかったようだ。

 これは幸運だった。別に話されて困る情報でもないが、一応、手は打っておくべき情報が、彼らの先に合ったし、下手に表に出ればセンセーションを巻き起こしかねない情報が地下に隠れていたからだ。

 「土御門とその友人達が遺跡に行ったこと。そして、内部を探索したこと。そんな事は些細な情報だ。地下に行ったことも――別に隠すまでも無い。……けれど、彼らが地下に行って見つけた“情報”に関しては、門外不出だ。下手に地下の存在を気が付かれて、腕ききに乗り込まれても困る」

 「ええ」

 だから、ステイルは後始末にやって来たのだ。

 土御門達《グループ》は、クレイグ・コールドウェルの存在に気が付いていた。

 けれども、彼の記憶を消せる人間はいなかったし、下手に手を出しても余計に警戒心を煽るだけだ。

 だから、知らないふりをしたのである。

 「……それで。やっぱり遺跡と言うのは」

 「ええ。《完全なる世界》の、過去の拠点だった用です。――完全に沈黙していた
表と違い、地下空間に限って言えば、暫く前まで稼働していた可能性も有る、との事。……しかも」

 「しかも?」

 「土御門の言葉では――正直、かなり危険な設備が、地下に存在したそうです」
 私は詳しい事を知りませんが……、と前置きをした上で、神裂火熾は語る。

 「何でも、『学園都市』の様な、人工的に人間を生む設備だった、と。――それが科学では無く、魔法的なシステムも使用して動いている、と言っていました」

 「……へえ」

 それは、余り宜しく無い情報だ。

 確か『学園都市』ではクローンの製造は、武器を持って兵隊として育成させるまで、三か月だった筈だ。人工的に知識を上付け、急速に成長させる。

 その結果が、世界に散らばる御坂シスターズだった。

 剣呑な瞳に成るステイルに、神裂は内心の感情を出す事無く冷静に伝える。

 「処分された情報も多かったようですが、『学園都市』最強が、データを集めて組み合わせて再構成して、何とか形にはしたそうです。――かつての名を『第××支部』。計画統括における最高責任者の名は、《完全なる世界》幹部のプレシア・テスタロッサ」

 そして――――。


 「地下で動いていた人工培養施設を含む、一連の計画。その名を……『プロジェクト・フェイト』。そう言うようです」








 異なる世界で、かつてその計画が実行された事を、彼女達が知る由も無い。

 《完全なる世界》は、徐々に世界を巡っている。





[22521] 第三部《修学旅行編》 その一(後編)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/10/23 22:45


 ネギま・クロス31

 第三章《修学旅行》編 その一(後編)




 エヴァンジェリンさんから、父さん達の話を聞いた僕と明日菜さんは、学校に向かった。多少遅れても、今からならば二時間目の授業に間に合うだろう。

 自分の封印解放で、少しテンションが高いエヴァンジェリンさんは、久しぶりに外出をするそうだ。魔力に驚いて跳んで来たアルトリアさん(彼女とも久しぶりに挨拶をした)と一緒に、歩いて行った。
 また学校で、と挨拶をして別れた僕達は、校舎へ向かっている。

 「ネギ。さっきの金髪の女の人は、知り合い?」

 明日菜さんの質問に、返事を返す。

 「はい。父さんの仲間だった人で、アルトリアさんです。小さい頃から僕に会いに来てくれて、タカミチと同じくらいに仲が良いんです。……カモ君は、少し苦手にしていますけど」

 昔、カモ君は、アルトリアさんの夕飯に成りかけた事が有る。
 罠に掛かっていたカモ君が無事だったのは、僕が助けたからに他ならない。
 ……あの時、助けて置いて良かった。

 「それで、アルトリアさんが、何か?」

 「ううん。何処か、見覚えが有ったから。――エヴァちゃんの話では、私はネギのお父さんと関わりが有るみたいだし、アルトリアさんとも昔に出会っているのかも」

 「……あるかも、しれないですね」

 正直、明日菜さんの事については、本当に驚いた。

 明日菜さんが、父さん達と出会っていた事。
 その小さな頃の記憶が、父さん達の戦いに関わっていた事。
 そして、エヴァンジェリンさんが、明日菜さんを常に見守っていた事。

 僕の事だけでなく、彼女の事も有ったからこそ、エヴァンジェリンさんは、停電での戦いで、幾度と無く僕に覚悟を解いたのだろう。

 「――ネギ。私ね、エヴァちゃんに、停電前に、言われたんだ」

 明日菜さんは、何処か遠い目をして語った。

 「お前の人生だ。お前が決めろ。――その選択を無かった事にするな。間違えても良い。後悔しても良い。けれど、後ろに下がる事だけはするな、って」

 格好を付けすぎよね、と、明日菜さんは笑いながら言った。
 その意味は、今ならば良く分かる。
 踏み入れるのならば覚悟を持てよ、と彼女は言った。
 それは、戦う事だとか、傷つく事だとか、そういう事に対しての覚悟を持つ事では無い。
 この先、自分に襲い掛かる事象から、目を反らすなと言う事だ。

 「……不器用よね、エヴァちゃんは」

 泣きそうな、けれどもとても温かい感情を、其処には浮かべていた。
 簡潔な、陳腐な言葉で言うのならば――きっとそれは、愛されていた、という事実なのだろう。
 そして、僕を見る。

 「ネギ。アンタは、如何、思った?」

 「……優しい人だと」

 そう思った。
 彼女にされた事に対して、負の想いは湧いてこない。
 分かるからだ。
 優しい事と甘い事は違う、と言う事が。
 昔、ネカネお姉ちゃんに対して、アルトリアさんが短く告げた言葉だった。

 「やり方は厳しいですけれど。エヴァンジェリンさんは――――本当は、凄く、優しい人なんだと」

 「まあ、そうなんでしょうね」

 本当に、と頷きながら、明日菜さんは軽く息を吐く。
 何か、自分の重荷を確認した様な、そんな態度だった。

 「これから、きっと。大変ね」

 「はい」

 何に対してなのかは、解らない。
 けれども、停電で出会った、あのフェイトという少年の事も有る。

 「……ネギ。私は、貴方のパートナーよ。何よりも、私が、其れを選んだ。――まだ、完全に自分と向き合える訳じゃない。きっと、辛い事が有る。苦しい事も有る。……でも、ネギ。貴方の傍にいれば、きっと自分も成長できるから。……だから、これからも」

 にこ、と、思わず僕が固まる様な、燦爛として笑顔で、彼女は言った。

 「宜しく」

 はい、と、手が差し出された。
 少し、その顔に見とれてしまったけれども、僕は、明日菜さんの目を見て、握り返す。

 「はい!」

 彼女に何が有るのかは分からない。
 けれども、彼女の人生は、僕と、大きく繋がっているのだろう。
 彼女との関係は、まだ仮初の物でしか無い。
 関係が、どんな風に成るのかも、全然分からない。
 エヴァンジェリンさんに言われた通り、僕は未熟で、まだまだ学ぶべきことが多いのだろう。
 けれども、彼女とこうして、信頼関係を結べたことは、良い事だと思った。




 学校に行った僕は、学園長から修学旅行の話を聞く事となる。




     ●




 「エヴァンジェリン。余り魔力を周囲に放出する物では有りません。幾ら貴方が実力が高く、強いとはいえ、周囲からの悪意が皆無で無い事は承知の筈です」

 「分かっている。……まだ加減が効かなくてな。普段の通りに生活すると、余分に魔力が散ってしまうんだ。気を付けよう」

 街中を歩きながら、会話をする二人がいる。

 アルトリア・E・ペンドラゴン。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 『魔法世界』の大戦期、共に肩を並べて戦った《赤き翼》の戦友同士である。

 「お願いしますね。私としても、友人が悪意の籠った眼で見られる事は、良い気分では有りませんから」

 「……ああ。まあ、その言葉には感謝しよう」

 エヴァンジェリンの封印は、解除されている。
 つい昨日。
 多くの助力によって、完璧に、その封印から解かれていた。

 イギリス精教の『禁書目録』に結界の解析を頼み。
 解除に必要となる膨大な魔力を、《闇》を介したヒデオをケーブルに、高町なのはとデバイスが制御。
 そのエネルギーを利用し、電神ウィル子とアルトリアの共同作業によって結界破壊の道具を顕現。
 エヴァンジェリン自身の解析と、結界からの干渉妨害を防ぐ為、C.C.や五和や学園長が手を貸し。
 最後には、エヴァンジェリンが封印を強引に壊したのだ。

 (……あの馬鹿め)

 此処まで頑張って、ようやっと解除が出来たのだ。
 ナギが馬鹿で不器用だと言う事は重々承知していたが、束縛から解放されてみると、その常識外れっぷりがよく分かる。無限の魔力を保有する《闇》と、其処に関わる川村ヒデオと言う存在が無ければ、結界破壊の武器は造り出せなかっただろう。逆にいえば、《闇》まで借りて、何とか成ったのだ。

 あの馬鹿め、と、もう一回、悪態を内心で付いて、エヴァンジェリンは話題を変えた。姿を見せない相手に何時までも文句を言っても仕方が無いのだ。内心で、今度会ったら殴る、と心に決めて置く。

 「そう言えばアルトリア。お前、この後はどんな予定だ? 直ぐに帰るのか?」

 フリーランスとはいえ、自由気ままに過ごせる程、予定が詰まっていない訳は無い。
 逼迫している、とも言わないが、無駄な時間も少ないだろう。
 名前と顔が売れている有名人は、その辺りが辛いのだ。

 「いえ。取りあえず、リンからの頼みも有りますので……幾つか、此方で解決していきます」

 「ふむ。……京都か?」

 「流石に解りますか。――ええ。京都の詠春に幾つか託を、頼まれています」

 アルトリアも承知している。
 自分達が大戦期に戦い、壊滅に追い込んだ《完全なる世界》が、復活し始めている事。
 そして、今度は次世代の戦いに、移行し始めている事が、だ。

 「詠春の方も、色々と動いている様で。……取りあえず、懸案事項に対処する事となりますね」

 「それは良いが。……お前が護衛して来た、『禁書目録』とか、その辺りの連中はどうするんだ? 放っておくわけにもいかんだろう。迎えが来るのか?」

 「ええ。関西国際空港の方にですがね。明日か、明後日か。少し休息を取って、一段落したら、私と一緒に西に向かいます。確か――ええと、上条当麻の仲間達の何人かが、折良く日本で合流出来るそうなので……。そちらに引き渡す算段になっていますね」

 このご時世に、態々関西の空港で引き渡す理由は何なのだろう、というエヴァンジェリンは思ったが、直ぐにその答えに行きついたので、黙っている事にした。
 大方、あの腹黒い最大主教の計画なのだろう。
 その名前を、とアルトリアは呟く。




 「確か、《吸血殺し》と《超電磁砲》、と言っていましたか?」




     ●




 「さてネギ君。修学旅行の行き先は、京都じゃ。――知っておったかのう?」

 授業が終わった後、僕を呼び出した学園長は、そんな風に告げる。

 「はい。雪広さんに聞いています」

 なんでも、麻帆良の修学旅行は選択式で、海外へ向かうクラスも多いそうだ。
 しかし、委員長さんは、僕にこう教えてくれた。

 『このクラスには、ネギ先生も始め、留学生も多いので……クラスの相談と、学園長先生や高畑先生との話し合いも経て、京都・奈良への旅行と決定いたしました』

 詳しい仮定は話してくれなかったが、海外旅行は不思議と生きたいと言う人が少なく、むしろ京都・奈良に行きたい、という人が多かったのだそうだ。
 怪しい笑みを浮かべてそう語った委員長さんに、学園長先生も了承したのだという。

 「結構。実は、その事に関して、幾つか説明をしよう」

 穏和な態度のまま、学園長先生は僕に簡単に説明をしてくれた。

 「実はのう。ネギ君。……君に、京都で会いたい、と言っている人がおる」

 「会いたい人、ですか? 僕に?」

 「そうじゃ。――そうじゃな、何処から話そうかのう」

 ふむ、と僕に解り易く説明をするように、数秒ほど学園長先生は考えて。

 「ネギ君。君のお父さん……つまり、ナギ・スプリングフィールドには、仲間がおった。ナギを筆頭に、十二人。《赤き翼》という名を持つ、魔法使いの集団じゃ」

 「はい」

 アルトリアさんが、第三席エヴァンジェリンさんが、第十二席。遠坂さんが。確か、第七席。そして、タカミチが十一席、だった。……気がする。
 狙いすぎ、とアーニャは言っていたかもしれない。けれど、その話を聞いた時、英国叙事詩の『円卓の騎士』を思い浮かべたのは、僕だけでは無いだろう。カッコイイと思った記憶が有る。

 「その中に、青山詠春、という剣士がおってのう。第五席《侍(サムライマスター)》という名前で呼ばれた彼が、今回、京都でネギ君に会いたい、と言っておる人物じゃ」

 「はあ。……そんな人が、日本に居るんですか?」

 「うむ。関西呪術協会、という組織のトップに属しておる」

 簡単に説明して貰った所、関西呪術協会、とは日本古来の魔術を伝える組織なのだそうだ。

 江戸時代以前。首都が江戸に移るまでは、京都が日本の中心だった。今現在、文化財として保存されている建物が築かれた、当時の都と人々を守護していたのが、関西呪術協会の前身と成った組織らしい。
 しかし、江戸時代が終わったのとほぼ同時に、西洋魔法が流入。京に住居を構えていた日本の皇帝様も東京に移ってしまった。この麻帆良学園も、そんな時期に創立された、と学園長は語った。

 「そんな訳で、じゃ。実は、関西呪術協会と、関東魔術協会――――要するに、西方から入って来た魔法組織と、統括組織の麻帆良学園は、余り仲が良くなかった」

 「あ、わかりました」

 頭の中に、学園長先生の、次に続くだろう言葉が閃いた。

 「僕に、仲良くして欲しい、っていう言葉を告げに、行って欲しいんですね?」

 僕の父さんと、その青山詠春さんが、一緒に戦った仲間ならば、僕が橋渡しになれるかもしれない。
 そう思ったら、苦笑いと共に返される。

 「残念。ネギ君。――――“良くなかった”んじゃ。過去形じゃよ。個人レベルでの蟠りは兎も角、今は組織としての関係は、悪くは無い。それにな、そんな仕事を主に任せようとは思わんよ。そう言う事は、大人の仕事じゃ」

 僕の考えは、あっさりと否定されてしまった。

 「それに、個人で仲良くしよう、と言っても中々難しいわい。組織のトップの仲が良くても、下に居る人材の不満が解消される訳ではない。関係改善には、多少の時間と、相応の交流が不可欠じゃ。――――ただ、其れを上手くやったのが詠春殿での」

 長く成らない様に言葉を選びながら、学園長は僕に語った。

 「《赤き翼》の一員として名をあげたことで、彼が実力を培った“日本の魔術”に注目が集まったんじゃ。『魔法世界』に関係のある西洋魔術師も、一目置く様になったのじゃな。其れを利用して、詠春殿は、関西呪術協会の立場を高めたと言う訳じゃ。良い評価を渡されて不満を持つ者は少ない。そして、和睦というものの切欠に成るには、それで十分じゃった。今現在、西と東の関係は良好じゃよ」

 「じゃあ、なんで僕を……?」

 「ふむ。実はな、ネギ君」

 一拍置いて、学園長は僕に爆弾を落とした。



 「青山詠春というのは、旧姓での。――――今は、近衛詠春、というのじゃ」



 「……へ?」

 呆気に取られる僕に、学園長先生は言う。

 「いやのう。実は、ワシの娘が惚れてしまってのう。……関西呪術協会のトップに就任した詠春殿と夫婦に成ってしまったんじゃ。立場が立場なだけに、結婚までは色々と紛糾してしまったんじゃが、最後には周囲に認めさせてしまった。……要するに、ワシは詠春殿の舅なんじゃな。そして、更にもう一つ。――――件の詠春殿は、木乃香の父親でもある」

 その、さらなる衝撃的な情報に。

 「――――へええっ!?」

 呆然と、変な声を上げる事しか出来ない僕だった。
 学園長先生の娘さんと結婚したのが、父さんの仲間の詠春さん。
 そして、木乃香さんの父親でもある。
 意外過ぎる人間関係、余りにも唐突な情報に、思わずよろけてしまった。

 「ネギ君。話はまだ終わっておらんよ?」

 苦笑しながらも言われた学園長先生の言葉に、体勢を立て直した僕は、更に続く言葉を聞く。
 内心では、これ以上、意外な情報を貰わないかと怯えている位だ。
 明日菜さんの事だけでも、色々と考えていたのに――――この期に及んで、其処に木乃香さんの問題まで絡むなんて。

 「木乃香は。……あの子も、しっかりと才能を受け継いでおる。魔法の事だけは教えておらんが、それ以外には非常に厳しく躾けられておる。生まれ育った環境以外にも、少々、色々と“特殊な要因”が有るのじゃがな。――――まあ、それは置いておこう。ネギ君、君が自分で見抜くべき事じゃ」

 木乃香さんの話を終えて、学園長は僕に言い聞かせるように頷いた。

 「ネギ君。雪広君から聞いてもいるじゃろうが、今回の旅行でワシが京都・奈良へ行く事を許可したのには、そう言う意味も有るんじゃな。詠春殿と、関西呪術協会は、良く出来た組織じゃ。ネギ君が生徒と共に行っても、他の場所との安全性が格段に違う。それに、停電の様に、危害を加える連中も、プロじゃからな。“一般人”に手は出さんし」

 そして、と付け加える。

 「婿殿は、ナギの息子であるネギ君と会いたがっておる。その序に、木乃香の今後の事についても、彼女の担当教師であるネギ君と話し合いたいらしい」

 ふぉふぉふぉ、と学園長は笑って、僕に言ってくれた。

 「向こうからも、主に幾人か人材を派遣すると言っておる。ナギの話を聞いてくると良い。この度の旅行は、きっと主に取って良い物になるじゃろう」

 学園長の説明は、筋が通っていた。
 だから僕は、特に何も疑問に思う事無く、返事をしたのだった。




     ●




 「しかし、近衛木乃香、でしたか。詠春の娘は?」

 「ああ、私と同じクラスだな」

 エヴァンジェリンの気に入りだという、小さな喫茶店で一息を付きながら、二人は話をしている。
 勿論、会話は高度に偽装してあるので、他人に盗聴される心配は無い。

 「……エヴァンジェリン。貴方の目から見て、どうですか?」

 詠春の娘、と言う事は、ナギの息子のネギの様に、この先、色々と面倒な事に巻き込まれるだろう。
 それなりに厳しく育てた、と言う話を詠春から聞いてはいるが……。

 「化物だな」

 アルトリアの疑問に、ふん、と軽く鼻を鳴らして、吸血鬼は返した。

 「化物、ですか」

 「ああ。……いや、勿論、殺せるか否か、と言う観点では楽勝だぞ? そもそも、多少の護身術を嗜んでいる程度の実力だしな。保有する魔力は極東一かもしれんが、扱い方が未熟だから意味は無い。普段は呆けている事が多いから、その間に手を出せば簡単に始末できる」

 しかし、と吸血鬼の少女は語った。

 「近衛木乃香は、本気になると、怪物の本性が見える。いや、言い方が悪いな。人間だが、その性根が、誰にも手を出せないレベルに成る、と言うべきか。――実は停電の前に、一回、襲った事があってな」

 詠春の娘が、どんなレベルの存在であるのか。
 それを確かめる意味も込めて、図書館島の探検部と一緒に行動していた夕暮れを見計らって、襲撃した。
 その危機に際して綾瀬夕映が“覚醒”し、殺人鬼としての本性を表に出したのだが、それは置いておこう。結局彼女は誰も殺さす、そして彼女には《薔薇人形》達の手で、枷が掛けられたのだから。

 「その時に――――木乃香は、一回、本気に成った」

 「……如何なったのです?」

 「私の、血を吸う気が無くなった。……吸う事が脅威と思えた」

 「それは――――」

 あの天然そうな少女に、そんな力が有ったのか、と思う。
 力が有ると言っても、それは魔法に関してのことだと思っていたが――――違うのか。
 尋ねると、目の前の戦友は、違う、と言った。

 「近衛家は、藤原北家から連なる家系だ。間には天皇家の血も混ざっているし、伊達に脈々と受け継がれてきた訳じゃない。その魔力保有量は莫大だ。私の知人にも、藤原不比等の血を引く“不老不死の同僚”が居るから分かる。近衛木乃香は、間違いなく、ここ数百年間の近衛家の集大成と成る逸材だろう」

 「知人……?」

 「何処かの隔離世に住む不死鳥さ、今度紹介しよう。……話を戻すぞ」

 しかし、と彼女は続ける。
 その目の中に、僅かな不安が有った事を、アルトリアは見逃さなかった。
 不死の吸血鬼ですらも、血を吸う事に不安を覚える等、一体、何だと言うのか。

 「だが、それとは無関係で、多分、近衛木乃香の中には“何か”がある。私が、血を吸う事を躊躇わせるような、何かが、だ。そして其れは、彼女が本気に成った時に、本来の力を発揮する。そして、本気に成った時は、私にも脅威に成り得る、と言う事だ」

 目の前の紅茶に手を伸ばした彼女は、静かに告げた。

 「修学旅行は――――ネギだけでなく、近衛木乃香の面倒も、見る必要が有りそうだな、アルトリア」




     ●




 「なー、明日菜」

 「んー? ……あ、御免。少しぼーっとしてた」

 木乃香の声に、現実に引き戻される。ホームルームの時間も、今日は呆けている事が多かった。そのままHRも終了して、今は帰宅時間、あるいは部活の時間だ。今日は美術の部活は無い。

 美術……。そう言えば、元々は顧問の高畑先生に憧れて、入ったのだった。
 エヴァちゃんが私の過去を知っていて、彼女はネギのお父さん(ナギさん、と言う名前らしい)の仲間だった。そして、高畑先生はそのナギさんに世話に成った人……。
 つまり、高畑先生も、私の過去を知っていて、此処まで育ててくれたと言う事だ。
 前にも思った事だが、怨みは愚か、感謝の方が強い。

 しかし、同時に――――思ってしまったのだ。
 果たして、自分の思うこの感情は、憧れなのか、父性を見ているのか、それとも好きなのか、と。
 神楽坂明日菜は、これでも中学生。華も恥じらう乙女である。

 「明日菜?」

 「あ、御免。……それで、ええと。――何だっけ?」

 「もう、ちゃんと聞いててや。ネギ君の修学旅行の服、一緒に買いに行く予定やろ?」

 「あ、……うん。そうだったわね」

 頷いて、席を立つ。あのネギ坊主は、身の回りの物は多く持ってきたが、嗜好品と言う点では紅茶くらいが精々だ。まだ小学生だから仕方が無いとは言え、衣服に拘る事は余り無い。
 普段のスーツは学校から渡されている物らしいが、年相応の服は多く無いのだ。だから、同室の私達が服選びに付き合う事を、決めたのだ。学校から外に歩きながらも、そんな風に考える。

 「なあ、明日菜。大丈夫? 調子が良くないなら、明日にする方が良い?」

 気遣ってくれる木乃香だが、その心配は無い。
 唯少し、自分の近況の変化に、心が追い付いていないだけだ。
 齎された情報に、理性と感情がズレてしまっている、というか。

 「……大丈夫よ。うん」

 「――――なあ、昨晩、何かあったん?」

 私の煮え切らない態度に、木乃香は鋭く突っ込みを入れる。
 流石に、気が付くか、と思った。昨日の夜は、確かに自分が、何時部屋に戻ったのかも怪しいのだ。

 同室の敏い彼女が、私の挙動不審な態度に気が付かない筈が無い。

 「悩みを相談してくれへんの?」

 「……そう言う訳じゃ、ないけど」

 けれども、私は答えられなかった。
 魔法の事実を表に出してはいけない、その忠告を、肌で理解した、今だ。
 木乃香を巻き込む、というその恐れに、迷う。

 そう、言葉を濁していると、今度は木乃香が、暫く黙ってしまった。

 「……?」

 何か、と思ってみると、その雰囲気は固い。少し考えて、気が付く。自分にも覚えが有った。
 何かを踏み出す時の、覚悟を決めた一歩の、寸前の停滞だ。
 まずい、と思うよりも早く。
 意志表示をはっきりとするべきだた、と後悔するよりも早く。




 「誤魔化しは、無しやで。明日菜」




 ゾワ、と肌を指す様な気配が立ち上る。
 殺意の様な、邪悪な物では無い。
 強いて言うのならば――――気迫。
 3-Aの誰を持ってしても負けると言われる、其れこそ委員長やエヴァンジェリンや転校生ですらも、感心する程の、その性根が見える。

 「―――――っ」

 何を、言い出すのか、と言おうとした明日菜だったが、その目力に黙る事しか出来ない。
 勿論、彼女は怒っている訳ではない。
 真剣に成っているだけだ。
 真剣に成る。唯それだけで、周囲が軋むのだ。

 近衛木乃香という存在が――あのクラスにいる、その理由が、此処にある。

 普段はほわほわとしている、あの天然な彼女は、周囲に被害を出さない為に、敢えて気を抜いている。
 実力だとか、戦闘能力だとか、そう言う物を除いた、別の次元で、彼女は強い。
 そして、その強さを、自分の為でなく、人の為に振るえるから、彼女は明日菜の親友なのだ。

 「明日菜。ウチ、其処まで何も見えん愚か者じゃ、あらへんよ?」

 明日菜でも滅多に見ない、真剣な瞳だ。

 見た事が有る。

 例えば――――そう、例えばだ。自分と彼女が初めて同室に成って、初めて喧嘩をした時に見せた気迫。
 あるいは、自分と委員長・雪広あやかの喧嘩を止めようとした、その時の気迫。
 騒がしいクラスを、一瞬で黙らせる、その精神の強さ。

 そう言えば、何時だったか委員長が言っていたか。

 『近衛木乃香さんは、……やんごとなき家系の出身だけは、ありますわね』――と。

 いわば、風格なのだ。血筋と言い代えても良い。他にも理由が有るのかもしれないが、それは彼女の有り方に関係は無いだろう。

 ただの、目の前の友人が――――これ程に、強いのだと感心したのは、何時だったか。

 自分の親友が、紛れもない、大きな器の人間だと確信させる程の、鬼気が有った。
 けれども。

 「御免。木乃香。言えない」

 此方も、真剣に一声だけ返す。
 言わない、のでは無く、言えない。
 其れだけで、彼女には十分に意味が通じるだろう。

 「……ほか。……じゃ、ええよ」

 ふ、と圧力が消えた。

 「そうならそうと、言うてくれれば良いのに。……明日菜にも言えん事は有るんやな。親友としては、ちょっと悲しいけれど、明日菜が言えんー、ゆうなら、ウチは聞かへんよ。……ま、何時かや。言えるようになったら、言って欲しいけどな」

 ほわほわ、とした空気を“敢えて”纏って、彼女は歩いて行く。

 明日菜には、その姿が、妙に遠く見えた。

 今迄ならば、例え木乃香の“本気”を見ても、普通に直ぐに動けていたのだろう。
 けれども、今は違う。エヴァンジェリンを初め、自分のクラスの中のメンバーが、普通で無い事を実感した今では、違ってしまっている。

 近衛木乃香が自分に危害を加えない事は知っている。
 あのクラスを大切に思っている事も、良く分かっている。
 そして自分の大事な親友である事も、十分に――――心から、解っている。

 「明日菜? 行くよ?」

 けれども、木乃香の中にあるモノが、一体何であるのか。
 彼女の本音が、一体何を感じているのか。
 彼女の見ている世界が、一体、何であるのか。
 彼女は、何を抱えているのか。




 それが、明日菜には見えなかった。






[22521] 第三部《修学旅行編》 その二(表)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/11/02 22:03

 ネギま クロス31
 第三章《修学旅行》編 その二(前編)




 [今日の日誌 記述者・長瀬楓




 停電の名残も消えつつある中、外に出た所で刹那を見かけた。
 あの魔女ことクライン殿に敗北して、良い具合に折れた事は承知であったが、まさかアレほどに変化するとは思っていなかったでござる。何せ、木乃香殿と一緒にいたのでござるからな。
 無論、刹那は緊張していたし、態度もぎこちなかった。
 間にネギ坊主が居たから、何とか成っていたのかもしれぬ。
 しかし、彼女が、長年の幼馴染である木乃香殿と、関係が修復できるのならば、それは良い事であるな。


 因みに刹那は、如何やら拙者とも幼馴染であったことも、思い出してくれていた。
 有り難い事だ。
 勿論、拙者と刹那の関係は、精々が数カ月。一年も存在しないのだが、それでも過去を知る存在が居ると言う事は、感謝に値する物である、と思う。
 拙者が彼女と初めて出会ったのは、京の都の『EME』であった。家庭の事情で、一時だけだが預けられていた拙者は、刹那と友人に成った。別れるまで、共に遊んだ経験はある。
 拙者が家に戻って暫くした頃、『EME』本部で大規模な抗争が有ったと聞いた。その犯人が『統和機構』と呼ばれる組織であり、彼らは『EME』保有の異能者の中でも、特に特別な連中を目的としていたそうだ。
 幸い、刹那は標的では無かった。
 しかし、闘争の最中、相手方の一人に彼女は精神を乱され、枷を組みこまれた。
 拙者は後に、それを知ったが、しかし――――自身では、何も出来なかった。
 唯の一人の友人すらも、救う事は難しい、と痛感したのは、その時であったな。


 なんでも、木乃香殿とネギ坊主は、修学旅行の自由行動中、刹那殿も誘って、三人で買い物に行く予定を立てたのだそうだ。明日はその予行演習と言っていたか。
 ……そう言えば、明日菜殿の誕生日が近い、と何日か前に木乃香殿は言っていたきがするでござるな。委員長も、しっかりと餞別を選んでいたのでは無かったかな?
 ひょっとしたら、彼女達はその贈物を買いに行くのかもしれぬ。さて、明日は休日。拙者も特にするべき事は無いので、風香や史伽と何処かに出かけようか、と思ってもいたのだが――――。
 拙者も何か、贈呈する方が良いかもしれん。
 なにせ、この平穏が何時まで続くのかは――予想が出来ないので、あるからな]




     ●




 「う~ん! 良い天気!」

 「ホント。絶好の遊び日和」

 東京都・渋谷・ハチ公口前。休日には、若者で賑わうこの空間に、三人は居る。

 「それじゃあ! 九時間耐久カラオケに行こう!」

 「よーっし! 幾らでも歌っちゃうよお!」

 ノリ良く笑顔でボケる、明るい笑顔の少女が椎名桜子。
 そのボケに続く、大人びた少女が柿崎美砂。

 「こら違うだろ其処!」

 最後に鋭い突っ込みを入れたボーイッシュな少女が、釘宮円。
 麻帆良学園3-A組、チア部所属の三人娘である。

 彼女達は、出席番号が近いと言う事も有り、良く一緒に行動している事が多い。
 今日もそうだった。修学旅行の自由行動時に着る私服を選びに、態々麻帆良の敷地から都内まで、電車を乗り継いで出て来たのである。
 麻帆良の店が悪い訳ではないが、年頃の少女達にしてみれば、やはり流行や最新のトレンドと言った物は押さえたい。オシャレをしたい、着飾りたい、と思うのが常なのだ。

 「資金も多くないし、余り無駄遣いも出来ないんだよ。解ってるでしょ?」

 そんな発言に対して、残った二人は。

 「あ、ゴーヤクレープ一つ」

 「私も。くぎみーは?」

 「あ、私も同じで。……って、話を聞け!」

 話し半分に聞き流し、ゴーヤクレープを購入していた。因みに店は『IAI』提供だった。
 ……全く、もう、という呆れた内心を出さず、円も一口。味は苦い。けれども、苦みが肩の力を抜いて行く。
 他にも食べようか、と一瞬思ったが止めた。あのメニューの中で、ゴーヤが一番、無難そうだった。他の品物を食べて、食べきれなくなっても不味い。
 大体IAIの商品はニッチ過ぎるのだ。絶対に離れないファンが居ると同時に、一般人全員に受けるとも言えない食品が並ぶのである。

 カラオケの売り子や、怪しい出店や、安売りの看板や、店頭に並ぶ衣裳を横目に、街を歩く。

 「あーん、楽しいよう!」

 心から楽しんでいる声で、桜子が言った。

 麻帆良学園の生徒達は、基本的に学園から出ない。学園内部に全てが揃っているが故に、余分な外出が必要無いのだ。休日でも部活動の練習は有るし、外に出て無暗に時間を消費するのも非効率。
 それこそ、自分で予定を調節し、目的と時間を造って外に出る必要が有る。
 こうして、休日に、都会の中をぶらぶらする、という事自体が珍しいのだ。

 「……まあね」

 息を吐く。
 本当に良い天気だ。
 隣を歩く友人達に、行き交う人々。誰もが日常の中に生きている。平和そのものの光景だ。

 失って初めて気が付く世界が、この場には存在する。

 それは、紛れもない事実だ。
 過去の自分は、この世界が、どんなに良い世界である事かを、知らなかった。
 知らないままの子供が、癇癪を起したような、物だった。
 それを、あの死神に諭されたのだったか。
 自分が、かつて滅ぼしかけた世界が、この場には存在する。
 かつて『世界の敵』に成り得た自分が――――。

 「……あ、見て、あれ」

 前を歩いている美砂が、立ち止まって正面を指差した。
 頭に浮かんでいた過去の残滓を、今は考えないようにしよう、と追い払い、円はその先の方向を見る。




 ネギ・スプリングフィールド(十歳・教師)と、近衛木乃香(十四歳・生徒)がデートをしていた。




     ●




 修学旅行の準備をしているのは、何もチアリーダー三人娘だけでは無い。

 彼女達の場合はごく普通に――――いや、少なくとも今現在は健全な買い物に出ている。しかし、他の生徒が全員、同じ様に動いている、と言う訳でもなかった。
 言いかえれば、かなり危ない準備をしている者達も、結構な数がいた。

 「お邪魔するよ」

 「あ、いらっしゃい、龍宮さん、……と」

 麻帆良女子中等部の駅前アクセサリーショップ《ブラウニー》地下一階。
 鳴海歩と《ブレード・チルドレン》の活動拠点にして、銃火器販売を兼ねる裏の店で。
 連日の用に、『伊織魔殺商会』から卸される、非合法な品々に囲まれて整備と調整をしていた竹内理緒は、来訪した客の以外さに、言葉を一瞬失った。

 「……美空、か」

 「御苦労っすね、りおっち」

 「その呼び方は止めてって」

 龍宮真名に続き、地下へと続く階段から防音扉を開けて顔を出したのは春日美空だった。非常に珍しい組み合わせだ。これが春日美空では無く、例えば長瀬楓とかならば、まだ話は通じるのだが。
 常の如く愛称を否定して、促す。

 「……まあ、取りあえず、中にどうぞ」

 カウンターに座ったまま指示を出す。しっかりと扉を閉めて貰うのも忘れない。
 オートロックで、開閉には学園警備員の保有する特殊カードが必要で、その他幾つかの開閉条件も存在するから、内部に誰かが入り込む可能性は低い。しかし、こういう小さな部分は大切だ。
 下手に一般人に入り込まれて、記憶消去の魔法を懸ける手間暇を考えると、予防が何よりなのだ。

 「それで、今日は何を? 新作も入荷したけれど」

 自分の背後にずらり、と並ぶ木箱と大棚を振り返った。
 頑丈な木と鉄のロッカー。その中に入る物は、大中小と様々な銃器だ。全て理緒が完璧に手入れをしてある。余りマニアックな品は常駐していないが、注文を受ければ手配は出来る。
 そんな棚の中に佇む鉄扉の奥、厳重に隔離された一際大きな空間の中には、手榴弾を初めとする爆発物が所狭しと保管されている。

 「……こりゃまた、話には聞いていましたけど」

 凄いっすねぇ、と美空は感心した声を上げた。
 壁に造られた棚の中には、再梱包された防弾服や、外敵から身を守る補助器具が仕舞われている。
 さり気無く店の隅に置かれているのは、ひょっとして機関銃と呼ばれる品では無いだろうか。

 「感心するのは結構だけど。此処は博物館じゃないの。お客で無いなら、お帰り下さいな」

 理緒も暇ではないのだ。
 クラスメイトの修学旅行の準備(敢えて具体的には言わないが)を手伝う必要が有るし、大停電で消費してしまった自分の武器の補充も残っている。

 「ああ。……実は、客と言うか、個人的な頼みなんですが」

 指摘されて、美空は理緒を見た。
 すわ、唯で品を譲ってくれ、とかいう問題かと思ったが、瞳の色を見るに、全く別の問題らしい。

 「何が?」

 「あー。……この店、魔殺商会から仕入れてますよね。で、当然、向こうとは回線通じてるっすよね? 良ければ、少し電話を貸してほしいんですが」

 「なんですか、それ」

 そりゃ確かに、あの悪徳商会と回線は確保してある。
 しかし、此方から掛けたとしても、手配をしてくれる有能そうな人間に通じるだけだ。
 売り手と買い手という関係を崩す訳ではないし、それ以上はあちらとしても望んでいないだろう。
 そんな事くらい、仮に美空が普通の女子中学生でも理解出来ると思うが……。
 理緒の顔に、その内心が現れた事を読み取ったのだろう。事情を話す。

 「いえ。実はっすね。私も独自の、かなり大きめのルートは持ってるんすが、停電で侵入者を撃退していた時、携帯を壊しちゃったんすよ。お陰で、番号も内部情報も、確保された回線もおじゃん。外の適当な電話で連絡してみたんですが、なんか本社で色々あったようで、繋がんないんすよね。――――で、此処を頼ろうと」

 「……あ、そう。そう言う理由か。……ん、良いよ」

 カウンターの横に備え付けられた、一見すれば唯の、実際は専門家の手が入った固定電話を取りだす。
 受話器を取り上げ、番号を押し、最後のボタンを離す前に手渡す。

 「これ使って。……でも、理解出来ていると思うけど、会話は全部、私達に筒抜け。美空が、どれくらい向こうに影響を持っているかも、全部推測されるけど、それでも良いね?」

 「しゃーないっすね。背に腹は代えられないってもんです。私の情報と危険となら、前者を取るっす。――――ま、今迄、隠せただけでも良いとしましょうか」

 どうせ、この先、嫌が応にも、クラスの皆の内部事情を知る事に成るんでしょうし――――と、彼女は付け加えて、その受話器を取った。
 ダイヤル音。相手の取る音。理緒も聞きなれた、魔殺商会です、という言葉。
 そうして、彼女は話し始める。

 「……ところで龍宮さん。貴方は?」

 「ああ」

 あ、どうも。元第二部所属の美空っす、――――と、相手方と会話をする美空を横目に、二人は会話をする。顧客と売人という関係とは言え、付き合いは其れなりに長い。何か用事が有ったのだろう。

 「停電前に頼んでおいた、修学旅行用の装備の受け取りと。……あと、少々の注文をな」

 「ええ。――――それじゃあ、そっちから行きましょう。何が欲しいんです?」

 そういって会話をする二人の表情は、其れだけを見れば、普通の女子学生にしか見えなかった。
 無論、会話は物騒に過ぎるのだが。




     ●




 「ネギ君と、木乃香だよね」

 「……買い物、にしては――――こんな所まで出て来る、普通?」

 「生徒に手を出す教師か。十歳の子供に手を出す中学生か。どっちにしても不味いよ、アレ」

 ヒソヒソヒソ、と道の隅っこに集まって雑談をする三人。

 もわもわと頭に浮かぶのは、妖艶な笑みの木乃香と、涙目のネギだった。毎日面倒をみる木乃香は、幼いながらも愛らしい同居する少年に欲求を募らせ、そしてある昼下がり……と、昼ドラ並みに有りがちな想像が頭を過る。

 色々変な過去を抱えていても、年齢相応の思考回路は消えないものだ。
 都会の中学生女子が、全員、清廉潔白など、迷信も良い所である。

 「……ま、それはそれとして」

 脳内のピンク色を払いのけて、円は二人に訊ねた。冗談も程程にしよう。

 「如何する? 別に放っておいても問題は無いだろうし、伝えた所で、年齢が年齢だし」

 例えあの二人がデートをしていたも、正直、何も問題は無い。
 学園長を初めとする教師達も、十歳の子供と中学校三年生の女子の交流が、不健全とは思わない筈だ。

 「あ、でもほら。仮にネギ君と木乃香が仲良くなったとして、クラスで贔屓する事とかも……。――――いや御免、ないわ、それ」

 途中で語った美砂が、自分で否定をした。そんな風な性格ならば教師になれないだろう。そもそも常日頃、同室の明日菜に対する授業中の扱いが、良い、とはお世辞にも言えないのだ。
 まあ、神楽坂明日菜が、勉強が得意で無いという理由も有るが。

 「……どうする?」

 桜子の言葉に、少し考えて、円は答えた。

 「――――ん。私は、取りあえず、委員長に相談するべきだと思う」

 「相談? なんで」

 「ほら。普段、一緒に居る筈の明日菜が居ないじゃん。……まあ、明日菜が寝ているからだろうけれど」

 しかし、それならば、麻帆良の敷地外に出て来る理由にはならないだろう。
 麻帆良の外に出ている。
 しかし、明日菜は一緒に居ない。
 確かに良い雰囲気だが、年齢的にデートというのも、ネギの性格もあって難しい。

 「……じゃ、ちょっと待ってね」

 一連の説明を受けて、美砂が携帯で連絡を取りだした。素早くアドレスから呼び出し、一押し。
 休日だが、雪広あやかならば、この時間には既に起きている筈だった。

 「あ、いいんちょ? 今、時間ある?」

 美砂の言葉に、電話の向こうで何やら声が返って来る。一人では無い様子だった。如何やら、那波さんや夏美と一緒らしい。室内だろうか。
 修学旅行前ということで、色々な雑務が有る、と言っていたが、そんなに忙しいのだろうか。
 あるいは、もっと別の――――自分達のクラスの“裏”に関わる問題を、解決しているのかもしれない。
 そう言えば停電中に出歩いていたらしいし、どんな暗躍をしたのか、其処までは見通せていないが――――しかし、彼女の事だ。悪い事ではないだろう。

 「……うん。明日菜の事で。――――そう、近い予定で」

 立派だな、と思う。
 そうやって、努力の出来る人間を、素直に凄いと、円は思っている。
 釘宮円は、別に日常の裏に顔を持っている訳ではない。
 非日常と日常で、態度や性格が変化する者は、クラスメイトも含めて、存在する様だが、円は違う。
 自分の中に眠る、あの《不気味な泡》は、語っていたか。

 『君は、何時までも止まったままだ』と。

 止まったまま。フラットにもシャープにも成らない、常に平らなままの性格。
 己の抱える、釘宮円という故人の性格から、逸脱する事も、外れる事も無い。
 それは、退化も劣化もしない代わりに、変化もしない、進化もしない。成長すらも困難であると、そういう事実の証明だ。過去よりは幾分、マシに成った自覚はあるが、それでも、過去を引き摺っている。

 故に、自分の『異能』もそれに近い。

 こうして、友人達と一緒に居ると言うのに、自分の内面は、変わらずに穏やかだ。変化が無さ過ぎる。
 間違いなく、異常な精神なのだろう。

 「――――ああ! そっか。……うん、ありがと。明日菜には秘密にしておくよ」

 美砂の話が終わった。

 「何だって?」

 桜子の声に、美砂が答えた。
 自分も、普段と同じ態度で、話に乗っかる。

 「言われて思い出したけれど、明日菜の誕生日なんだよ、もう時期。……で、多分、秘密にプレゼントを買いに来たんじゃないか、って委員長は予想してた」

 「あ、四月だっけ、明日菜の誕生日」

 桜子がそう言えば、と付け加える。クラス全員の誕生日を覚えている訳ではないが、彼女は明日菜や委員長とも、幼稚園の頃からの長い付き合いだった。今迄もお祝いをした事が有る。

 「じゃ、序に買ってく? ネギ君達を一々見て無くても良いんじゃない?」

 「そうしよっか」

 円の提案に、美砂は、うんと頷いた。
 気が付けば、ネギと木乃香は見えなくなっていた。
 まあ、何か騒動に巻き込まれる心配は無いだろう、と《不気味な泡》を寄生させる少女は思う。

 陰から、忠義者の侍少女が見ているのだし。




     ●




 休日。故に、通常の授業が行われている女子中等部校舎に人影は少ない。
 幾つかのクラスでは補修が実施されていたり、屋上でサークルが活動していたりと、決して人気が無い訳ではないが、日頃の喧騒に比較すれば微々たるものだろう。

 「さて」

 そんな、静かな校舎の3-A組で。

 「出て来い、相坂」

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルはそう声に出した。
 誰もいない教室の中で有る。
 その声は、小さく響き、消える。
 ガランとした室内の中で音を経てるのは、エヴァンジェリンと、背後に佇む人形の従者の稼働音。
 そして――――。

 「はい!」

 そんな声と共に現れる、一人の少女だ。
 そう、まさに現れた。唐突にその場に出現をしたという表現が、何よりも正しいだろう。
 古めかしい黒地のセーラー服に、揃えられた長い髪。奥床しく礼儀正しい、日本の淑女を形にしたような雰囲気を持つ、少女。美少女だ。
 唯一問題が有るとするのならば、その身体が透けている事だろうか。

 「久しぶりです、エヴァンジェリンさん!」

 「ああ。悪いな。ボーヤが来てから放って置きっぱなしで」

 ふ、と皮肉気な笑みを浮かべて、吸血鬼は目の前の少女を見た。




 相坂さよ。
 麻帆良学園女子中等部3-A・出席番号一番。
 1925年生まれ。享年十五歳。
 教室に潜む、正真正銘の亡霊である。




 「で、どうだった最近は?」

 「いえ。結構退屈しないで居られましたよ?」

 エヴァンジェリンが始めてこの教室に足を踏み入れたのは、二年前――――即ち、自分が神楽坂明日菜と共に、中学一年生に入った時の事だった。それまでは、麻帆良の自宅で常に準備だった。
 勿論、神楽坂明日菜の面倒は、まだ修業途中だったタカミチや学園長、地下で休息を取るアルビレオや、転位魔方陣の先のイリヤスフィールと共に、さり気無く見ていたが。しかし、無駄に広い麻帆良の敷地内。相坂さよの隠密性も相まって、女子中学校の校舎の一角に、亡霊がいる事には全く気が付かなかった。

 入学式の前。自分がクラスメイトとして入り込む教室に、下見に訪れた時。
 エヴァンジェリンはこの地味な幽霊の存在を見抜いたのだ。

 「相変わらず皆さんは賑やかですし。転校生の皆さんも面白いですし。ネギ先生は可愛いですし」

 そう言って薄く微笑む彼女からは、とても危険な匂いは感じられない。
 出合った当初は――――当時の彼女は、まさに亡霊、悪霊一歩手前だった。エヴァンジェリンが強引に除霊しようかと思った程で、事実、かなり真剣に排除の準備をした程だ。
 しかし成仏させる為に、相坂さよ本人を調べている過程で、その考えを止め――話し相手になる事にしたのだ。その代わり、人間を決して襲わない事と、目立たない事を約束させた。

 さよの事情に同情したのか、と問われれば、恐らくエヴァンジェリンはイエスと答えるだろう。
 だが、エヴァンジェリンも、理解されない事の辛さと、孤独の痛さは十分に知っている。
 故に、少々結びつきは弱いが、友情らしき物を、育んでいるのだ。

 「ま、そのボーヤのせいで、こうして四カ月以上も、会話が出来なかった訳だが」

 少年の来訪に合わせて、エヴァンジェリンはさよとの接触を止めた。

 教室内で接触して下手に感付かれても不味いし、自分を“悪人”だと思わせておいた方が何かと楽だからだ。まさか未練がましい幽霊と、毎日、話しこんでいるとなったら、其れだけで勘違いされるだろう。

 そう言う経験は、今迄、かなり多い。

 お陰で、クラスの中でも、エヴァンジェリンは、悪役(?)という扱いに成りつつある。自分の今迄の過去の行いを恐れたり、実力を畏怖していたりする点では同じなのだが、『頼れる師匠』的な空気なのだ。
 この前の停電でますます、そう思われてしまった節があって、かなり困っている。
 自分が吸血鬼だとか、犯罪者だとか、化物だとか、そう言う事実は知られずとも――――彼女が、相当深い裏の存在である事は、少し関われば理解出来るだろう。しかし、その理解の上で、『エヴァンジェリンは実は良い人疑惑』が持ち上がり始め、そんな評価を下し始めたのだ。

 本当に、面倒な連中だ、とエヴァンジェリンは思う。

 「――――まあ、元気そうだな」

 「ええ。亡霊ですし」

 肉体に縛られていない分、何も問題が無いですよ、とにこやかに笑う。
 その笑顔だけを見れば、何を心配する必要があるのか、と思うエヴァンジェリンだった。

 クラスの中で相坂さよを知っているのは、エヴァンジェリンと、彼女が教えたC.C.と、自力で気が付いた龍宮真名くらいだ。早乙女ハルナや、那波千鶴や、四葉五月辺りは――――恐らく、彼女達が、幽霊か亡霊か悪霊か怨霊か御霊かは知らないが、それに類する存在に、関わっていた事が有るからだろう。無意識の内に感じ取っているようだが、それでも認知していない。

 逆に、桜咲刹那の場合。今度は、完璧に隠しておいた。停電後の刹那ならば兎も角、過去の彼女ならば、顔を見せただけで木乃香の害に成ると斬られていた可能性が高い。
 例えその程度では死なないと知っていたとしても、隠しておいて正解だったと思う。

 「ふむ。……そう言えば、あの変な神父の幽霊は如何した? セクハラされていないか?」

 「リィンさんですか? ……大丈夫、です。時々暴走しますけど、まあ悪い幽霊では有りませんし。それに、最近は色々と教えてくれますから。鷺ノ宮家と『神殺し四家』の関係とか。幽霊とオカルトの認識の話とか」

 「そうか」

 相坂さよの友人にはリィン・レジオスターという幽霊がいる。
 鷺ノ宮から麻帆良に通じる霊脈を道路に、顔を見にやって来ているらしい。少々変態の気が有る事を除けば、美形で有能だから色々と助かっているそうだ。

 「……あ、でも」

 「ん? 何か問題が有るか? 手を貸してやらん事も無いぞ?」

 エヴァンジェリンが言うと、さよが自分でもよく分かっていないのか、曖昧な態度になる。

 「ええ。いえ、リィンさんの事じゃないんです。自分の感じている事で。……大したことじゃないんですが――――ここ最近、と言うか、何週間か前から、少し変な感じがするんですよね」

 本当に曖昧な言葉で、彼女が何が言いたいのか、エヴァンジェリンは懐疑的になる。
 さよ自信も、言葉に出来ない雰囲気を感じ取っているのだろう。もどかしそうに言葉を選んだ。

 「ほら、私、幽霊……というか、亡霊じゃないですか。既に死んでいるお陰で、色々と、こう……《闇》とか、黄泉とか、“あちら側”とか、が、少し感じられるんですが、その中に、違和感が有るんです」

 「違和感……?」

 「ええ。何か、こう――――引っ張られる? と言いますか。イメージとするとあれです。お風呂とかプールの栓を抜いた時に、流れる水に体が引っ張られる感覚みたいな。自分は大丈夫だけれど、何か他の周囲の物が、外に流れる感じで。私の住む領域が領域なだけに、気に成るんですよね」

 ふむ、とエヴァンジェリンは考える。
 《赤き翼》の中で《闇》に関して最も詳しいのは、間桐桜だ。しかし彼女は居ない。もしも居れば、多少の助言をくれたかもしれないが、生憎、今の彼女は実態化すらも難しい状態だ。
 生きてはいるが、此方側に出て来る事は不可能。まあ、停電の渦中に川村ヒデオを通じて、少しだけ顕現した様だが、すぐに気配も消えてしまった。

 「他に何か気に成る点は?」

 「ええと。――――あ、そう言えばですね」

 うーん、と頭を悩ませた後に、さよは、気に成る事を、告げた。




     ●




 「如何しようか、この後」

 昼も過ぎた頃、柿崎美砂が言った。両腕に懸かる荷重は戦利品だ。各人、紙袋を上に釣っている。値段と品物の折り合いも中々に上手く行ったといえるだろう。久しぶりの外出に満足できた。
 お昼御飯も終わり、午後に周辺を回る時間は残っている。

 「明日菜のプレゼント、買いに行く?」

 自分達の買い物は、終わらせた。となれば、話を聞いた明日菜への誕生日プレゼントを買って帰っても良いかもしれない。

 「因みに、ネギ君達は何を?」

 「ん。委員長の話では、多分、オルゴールじゃないか、って。この前、委員長の家に来た時、カタログを貰って行ったとか話してたし」

 「相変わらずの観察眼だねぇ、いいんちょは」

 「そうじゃなければウチのクラス纏まんないっしょ」

 そんな風に、軽口を叩きながら、取りあえず駅の方向に歩く。相変わらず人間の数が多い。三人で横並びになると少し迷惑なので、適当に順番を入れ替えつつ、話を繋げていく。

 「明日菜に贈る物ねえ。……なんか良い案ある? 個人的には、普通の物より少し凝った物の方が良いかと思うんだけど。――――ほら、最近、“色々”と大変みたいだし」

 桜子が言った。その中に含まれる微妙なニュアンスに、円も気が付く。
 そう言えば彼女は、何やら妖怪化した猫を身内に飼っていた。表向きは猫で通しているが、しっかりと妖怪の類である事は、多少詳しい人間ならば把握出来るだろう。エヴァンジェリンとか。
 まあ、円の場合は《不気味な泡》が居るからこそ、何とかなっている。仮に円だけだとしたら、絶対に気が付かないし、気が付けもしないだろう。それは多分、美砂も同じだ。

 柿崎美砂も、椎名桜子も、自分も――――そしてクラスの九割は、飽く迄も人間の範疇に有る。ただ、特殊な武装を持っていたり、性質を抱えていたり、才能を宿しているだけ。あの道化師はそう語っていた。
 何でも、人外と呼べるのは、エヴァンジェリン(吸血鬼)と、ザジ・レイニーデイ(魔族)。クライン・ランペルージ(不死者)と絡繰茶々丸(ロボ)くらい。ハーフまで含めて良いのなら、桜咲刹那を始め、何人かいるようだが。……いや、結構いるのか、人間じゃない連中も。

 「ん……、あ、そう言えば」

 「何、美砂? 何処か良い場所知ってる?」

 「新宿の、ね……。駅前から少し裏路地に入った所に、一軒のオカルト系ショップがあるよ。割と品ぞろえも良いし、店長さんも気さくなお姉さんだし、贈り物を選ぶには良いかもしんない。値段もそこそこで、なにより“御利益”がしっかり有る。この身で経験済みだからね」

 でもね、と美砂は付け加えた。

 「大抵が留守で、開店休業も同然なんだよね。――――元々、趣味で始めた様な店らしいけどさ」

 そのまま、二人に語る様に、柿崎美砂は告げる。
 その女性の名前を。




 「マリーア・ノーチェス、っていうんだけど」




     ●




 「――――ええ。そう言う訳で、幾つかの手配をお願いしようと」

 電話を続ける美空を横目に、龍宮と竹内の二人は、変わらず商売を続けていく。
 外見は学生に見えても、これでも両者共に専門家だ。その口調は流暢だった。

 「……で、整備を頼まれた訳ですが、このレミントン700のカスタムは如何します?」

 「多分、野外での直接視認での狙撃がメインになるからな……。ストックは自前が有るし必要ない。ドットサイトは頑丈で着脱可能な奴を適当に身繕ってくれ。修理と調整だが、銃身の摩耗と、少し命中が右寄りに成るのを直しておいて欲しい。あとは……調整後に、もう一回注文しよう」

 「はいはい。では、その通りに。月曜日の夕方にでも取りに来て下さい」

 「ああ。……それと、IMIデザートイーグルを一丁頼む」

 そう言った龍宮の注文に、ん? という顔をする。

 「良いですけど……。ああ、そう言えば歩さんに売ってましたっけ」

 「停電の最中にな。まあ、十三万円で売れたから元手は取れたし、良いんだが――――近接銃器が少ないのはな、少々困る」

 その言葉に、また冗談を、と言いたくなった理緒だった。

 正直に言おう。龍宮真名という女性は、確かに銃火器の扱いも手慣れているが、それ以上に身体能力が非常に高い。銃火器を使用しなくても、とても強いのだ。
 以前、古非が言っていたか。

 『あの体裁きは、何か特殊な格闘技術を持つ者の動きアル。私の中国拳法とは相性が悪そうアルね』と。

 あの古非が言うのだ。其れだけで彼女の実力は読みとれるという物だ。
 が、しかし利用してくれるのならば商売人としては有り難い。

 「そうですか。……では取りあえず7.62x39弾を四箱分。7.62mm NATO弾を、40発分。日頃のサービスも込めて10発分オマケしておきます。で、デザートイーグル一丁と、レミントン700の調整で良いですね?」

 「ああ。確かに」

 頷いた龍宮に、では、と素早く電卓を叩く。
 無論、料金を確かめる為――――既に終えている、頭の中の計算と、合致しているのかを確認する為だ。計算は得意だった。

 「しめて七十三万円。料金は指定の口座に振り込んで下さい。10日以内に振り込まない場合、利子が増えますので、御了承を」

 別に無駄な儲けをだすつもりはないが、此方も商売なのだ。あの悪名高い伊織魔殺商会から卸されている以上、此方も少々割高になるのは致し方が無い。それでも利用者が多いのは、理緒のカスタム技術が優秀である事と、あの組織から流れる弾薬の性能が桁外れだからだった。

 ドクターとかいう科学者によって生み出された弾丸は、魔導皮膜(理屈は不明だが、要するに魔力によるコートが懸かっているのだろう)に覆われている為、人間以外の生物にも効果を発揮できる。

 その分、銃自身の消耗が激しかったり、無駄弾を打つと本体より金が掛かったりするのだ。

 「ああ。――――解った」

 無駄金にうるさい龍宮真名だが、決して財布の紐は固くない。むしろ必要経費にはしっかりと金を出す。確かに、趣味や自分に金を出す事が少ないが、ケチでは無いのだ。

 そんなやり取りをしていると、ガチャ、と電話が置かれた。

 「やー、参ったっすねえ」

 やれやれ、という口調で受話器を置き、はー、と美空は溜め息を吐いた。

 「連絡は付いたのか?」

 領収書にサインをする龍宮が、手元から目を反らさないまま訊ねる。

 「ええ。何とか。――――ま、こっちの手配も何とかなりました。ただ、向こうに予想外の事態が起きたようでしてね。起きたと言うか、判明したと言うか」

 今やっと、私も知った所なんですが……と、美空は、とある一言を告げた。




     ●





 時刻は夕時である。昇っていた太陽も沈みかけ、空は赤かった。
 歩く三人の手元には、昼頃よりも数を増した袋がある。何れも紙袋で、中身を伺う事は出来ない。

 「いやー、しかし。なんか面白い店だったね」

 新宿から麻帆良に向かう駅に乗り換えた所で、若干トーンの下がった声で桜子が言った。流石に一日中出歩いていれば疲れるだろう。
 その言葉に、そうでしょ? と美砂が言う。

 「独特の雰囲気があってね。嫌いな人もいるみたいだけど」

 うんうん、と頷き合う友人達に同意する裏で、円は冷静に考えていた。
 いや、あの店が面白かった部分は本当だ。確かに、シルバーアクセサリに目が無い円には魅力的な店だったし、値段も質も上々だった。また行きたいと思った。

 しかし――――。

 「だから、寄り付く人と、そうでない人がいる。あの店に気が付く人と、気が付かない人がいる。なんて言うのかな、一種の保護色なんだよね」

 「わかるなあ、それ」

 歩きながら、美砂と桜子の会話に、その通りだ、と同意する。美砂も桜子も、何とはなしに語っている。裏は見えない。それは言いかえれば、目の前の二人が、あの店に付いての本質を知らないと言う事だ、
 黒魔術師の住居をそのまま店にした様な、独特の雰囲気。それは、確かに特徴的で済む問題だ。

 だが、あの店の立地条件は、そんな問題を越えている。

 保護色と美砂が言っていたが、まさにそうだった。保護色。それは言いかえれば、周囲に溶け込み、何も奇妙な所は無いと錯覚させていると言う事だ。即ち、感覚誤認と認識阻害である。
 其処に店が存在しても、それを当然と思って、それで済ませてしまう性質を有していると言う事だ。
 言いかえれば、その場所にあの店が有る事を知っていて、始めて到達出来るだろう立地条件なのだ。

 「…………」

 「あ、くぎみー如何した? 疲れた?」

 「え? あ、御免。少し考え事をね。それと、くぎみー言うな」

 軽口を返す。熟考していて気が付かなかったが、見れば駅のホームだった。
 そのまま折良く到着した列車に乗り込む。席に余裕は無く、三人分を取るのも悪いだろうと考え、扉近くに立つ事にした。鉄棒に寄りかかると、肩に感じたのは疲労だ。やはり思った以上に疲れたらしい。
 夕暮れに照らされる車内の中、流れ行く都会の街並みを何と無く見つめながら、店の店主だという女性の事を、円は考えた。

 マリーア・ノーチェス。
 外見は褐色の肌に、陽気な笑顔のお姉さんだった。しかし脳裏で《不気味な泡》が囁いた言葉によれば、相当に高位の魔法使いで、学園長よりも年上。実力も、学園長以上かもしれないそうだ。

 彼女が構える店は、新宿に程近い裏通り。店には非常に高度な認識阻害が展開されており、商売として繁盛している訳ではない。しかし、売り物の質は良く、値段もそれなりである。
 神楽坂明日菜への誕生日プレゼントも、三人の手持ちのお金で購入出来た。
 しかし……。
 釘宮円には、気に成っている点が有る。



 柿崎美砂は、どうやって、あの店を知ったのだろう?



 クラスの不文律も持ち出すまでも無く、円はそれを美砂に訊ねようとは思わない。
 彼女には彼女の事情があって、彼女があの店に関わるまでの物語も存在するのだろう。無暗に立ち入る事は、御法度なのだ。そう決まっている。
 しかし、如何やら。
 覚悟はしていた事だが、自分の友人も――――やはり、一般人では無かったと言う事だろう。
 美砂が、マリーアを『魔法使い』と知っている様子は無い。何かしらの関係者の雰囲気も、余り見えない。しかし、それでも彼女は、あの店を知っていたし、顔を出す事が出来ているという。
 ごく普通の、一般人では無いのだ。



 奇妙な猫の妖を連れる椎名桜子。
 都市伝説《不気味な泡》を演じる釘宮円。
 そして、今初めて確認した、柿崎美砂の異質。



 (……ま、良いか)

 頭の中で、軽く流す事にした。
 自分も相手も、友人同士だと思っている。

 自分の内に眠る道化師が何も言わない所を見るに、『世界の敵』と成る可能性は無いのだろう。
 僅かな助言を与えてくれるだけだと言う事は、自分にとって危険という事でもないのだろう。

 だから、何も問題は無い。

 例え互いが異常で、互いが狂っていて、歪んでいるとしても、それを受け入れるのが、あのクラスだ。
 絶対に壊れない。互いが壊したくない日常こそが、あのクラスなのだ。

 それは、35人の共通認識だろう。

 「あ、あれ?」

 ふと、美砂が頓狂な声を上げる。
 その言葉に視線を向ける。見えるのは当たり前だが、麻帆良に向かう列車の、車内だ。其処には、少し遠い、隣の車両の連結近く、その座席に、仲良く座っている二人組がいた。

 片方がもう片方に倒れ込んでいる格好で――――それは、ネギと木乃香だった。
 静かに眠る少年は、ぼんやりと外を眺める近衛木乃香の膝に頭を載せている。

 「歩き疲れて寝ちゃうなんて、やっぱり子供だね、ネギ君は」

 「ま、良い気分転換に成ったんじゃない? 何時も頑張ってるしねえ」

 「まだまだ、子供だけどね。でも、……うん、修学旅行も控えている事だし」

 ふ、と円は珍しく、自然な笑顔で告げていた。




 「休息は、誰にとっても、何にとっても、大切だよね」




 列車は、麻帆良へと向かっていく。
 その穏やかさは、嵐の前の静けさだと告げていた。




     ●




 その夜。


 新宿裏通りの、名もなき一軒の店。
 暗い店内。僅かに灯された光源は、小さな蝋燭の炎だけだ。
 揺らめく光に照らされ、『魔法使い』マリーア・ノーチェスは一枚の札を捲る。
 それは『神の記述』と呼ばれるカード。
 『世界』の運命を占う事も叶える神器だ。

 「…………」

 魔女は無言で、机の上に、そのカードを放る。
 其処には、精緻な絵でこう記されていた。

 『奴隷と成る英雄』と。








 相坂さよは告げた。

 「なんか、死んだ人を呼び出すアイテムが見つかったとか、黄泉で噂されてましたよ?」








 春日美空は報告した。

 「聖魔杯が盗まれたそうっす」









 遠い遠い、遥かな世界で起きた、一つの大きな物語。
 それは形と品を変え、登場人物を変えて、再度紡がれる。


 空前絶後の動乱が幕を開ける。


















 作者です。さあ、こっから本格的に物語が混ざります。消えた聖魔杯に、呼ばれる英雄達。それがどんな意味なのか、是非とも予想して、楽しみにしてくれると有り難いです。
 化物揃いの敵を相手に、否応なしに巻き込まれるネギ君と、クラスの明日はどっちだ?

 厳しい感想でも良いので、何か一言あれば、お願いします。

 ではまた次回!



[22521] 序章その五 ~《人類最強の請負人》の場合~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/11/01 18:48

 「聖杯、という物を御存知でしょうか?」

 目の前の嫌な相手にそう言われたので、哀川潤は、取りあえず適当に返す事にした。

 「キリストの血を受けた杯の事か?」

 その言葉に、石丸小唄は、ええ、と頷いた。
 二人が居る場所は、東京某所のレストランである。
 小じんまりした内装に、二十か三十のテーブルが置かれ、座席とメニューが付随している。何の変哲もない、ごく普通の、何処にでもある様なレストランだった。

 「では、聖魔杯、は御存じですか?」

 「……大会優勝者に渡される器の方だな?」

 「ええ。やはりご存知ですか」

 しかし、その客はレストランの雰囲気とは違う。
 座っている影が二つ。
 何処にでもいそうで、逆に何処にもいない様な、個性を消した女性が一人。
 何処にもいないだろう、圧倒的な個性をまき散らす女性が一人。
 麻帆良の教壇に立つ『戯言使い』ならば、間違いなく顔を顰める様な問題人が揃っていた。

 「で、そいつが如何したんだ?」

 「ええ。……盗まれたそうです」

 そう、軽い口調で大泥棒は語った。






 ネギま・クロス31 第三章《修学旅行》編

 序章その五 ~人類最強の請負人の場合~






 水を運んで来た女性のウェイターが離れるまで見送って、大泥棒は口を開く。

 「哀川潤。貴方は聖魔杯に出場しなかったのですよね?」

 「ああ。世界の覇権なんざどーでも良かったしな。興味無いし。……それにアレだ。一緒に出てくれる人外のパートナーを見つけんのも大変でよ。ぜろりんもオレンジも人間だし。春日井春日から軍用犬を借りようかとも思ったが、面倒なんで止めたんだ」

 それは実に、彼女らしい理由ではないか、と大泥棒は思った。
 そもそも、自力で大抵の事は出来る哀川潤だ。《人類最強》の異名は比喩では無い。人間に実行可能な全てが、彼女には可能に成るという事なのだ。そして、人間以上を求める性格ではない。

 「ま、一応説明いたしましょう。聖魔杯の優勝賞品であった聖魔杯は、――――ヤヤコシイですわね。聖魔大会の優勝賞品であった聖魔の杯は、誰の手にも渡らず保管されていました。それこそ、二代目の聖魔王、優勝者である長谷部翔希の手に渡る事も無く、川村ヒデオの手に渡る事も無く、です」

 長谷部翔希は無用な力を欲するほど愚かでは無いし、川村ヒデオは、既に《闇》という存在と繋がっているらしい。
 彼らは、聖魔杯で何か大きな望みを叶える事は無かったのだ。
 いや、聖魔杯で手に入れられる力等、自分で手に入れる、という心積りなのかもしれない。
 それはそれで、とても人間らしい選択だと思う。

 「聖魔杯は、主催者である名護屋河鈴蘭が、開発者であるアーチェス・マルホランドに渡しました。彼が不当に力を使う筈が無い、という確信を得ていたからでもあるでしょう。その通り、彼は確かに使用しなかった。大会中に地下に掘ったと言う空間の最奥部で、厳重に封印した訳です」

 しかし――――と、石丸小唄は告げる。

 「しかし、それが盗まれた」

 「……盗めるもんなのか?」

 「ええ。可能か不可能かで言えば可能でしょう。実行したいとは思いませんが」

 プロであると自負が有る自分でも、――――いや、プロであるからこそ。喧嘩を売って良い相手と、いけない相手の区別は付いている。

 アウターという存在は、売ってはいけないタイプの相手だ。
 無論、仕事として盗もうとする時は、盗みを実行するが……態々、藪を突いて蛇を出す趣味は無い。それこそ虎児を得る為以外の理由で、虎穴に入る理由を持ち合わせてはいないのだ。

 「で?」

 「まあ、そう話を急かさず……。哀川潤、この写真を見て下さい」

 小唄は言いながら、一枚の写真をテーブルの上に置く。
 戦闘城塞の地下空間。秘密裏に仕掛けられていた監視カメラの中で、盗んだ犯人を捉えていた映像を、印刷したものだ。
 泥棒の面目躍如と言ったところか。変装をして城塞都市に潜り込み、こっそりと無断で拝借して来た代物である。

 「聖魔杯の周辺には、幾つもの罠や防御装置が設置されていたようです。科学的な意味でも、魔術的な意味でも。……通常の人間ならば侵入は不可能。魔人でも滅多な事では接近しない、そんな空間の奥に、安置されていたのですわ」

 「…………!――――へえ、こいつは」

 写真に映っていた犯人を見て、赤色は、感心した様な顔をした。
 滅多な事では動じない哀川潤でも、少々、意外だったらしい。

 「盗んだ相手が、それらのトラップに引っ掛かった形跡は無し。しかし、不思議な事に――――監視カメラという、一番単純なシステムには、くっきりと犯人の姿が映っていたのですわ」

 そう、まるで自分が犯人です、と見せつけるかのように。
 相手方を、挑発するかのように、映っていたのだ。
 それが、一番の問題だった。

 「で、だ。小唄。……お前がやったのか?」

 「まさかですわね、お友達(ディアフレンド)」

 写真を見た請負人に、当然の様に否定を返す。




 画像には、如何見ても石丸小唄にしか見えない女性が映り込んでいた。




     ●




 テーブルの上に置かれた、印刷された写真を見る。

 長いみつあみに、眼鏡。長ズボンと、紫の上着。髪形を隠す帽子。スタイルに、背格好まで、何処からどう見ても、その画像に映っているのは、彼女の仕事人姿だ。

 しかし、これは彼女では無い。
 自分自身で、これが自分では無いと知っている。

 「まず初めに。……私は一切、聖魔杯の盗難に関与していません。プロの矜持として言いますわ」

 石丸小唄は、その辺の泥棒では無い。大泥棒だ。
 適当な言葉で煙に巻いたり、敢えて相手を勘違いさせたりする事は有る。
 しかし、盗んで無い物を盗んだとは言わないし、その逆も同じだ。盗んだ事を隠すつもりも無い。

 「……けれどもだ、この写真はどっからどんな風に見ても、客観的に見れば、お前だよな?」

 「そう。だから困っているのですよ。態々、相手を挑発するかのような状態で、写真に身を晒している。……確かにまあ、私ならば、する事も有り得る行為ですが、しかしこれは私では無いのです」

 「証明――――」

 よっこらせ、と姿勢を変え、足を組みかえて哀川潤は聞く。
 その目が真剣に光っている。自分の話の重大さを把握してくれたようだった。

 「――――出来んのか?」

 「其処、ですね」

 まさに、それが問題だった。
 死活問題と言っても良い。

 「私は聖魔杯の泥棒を実行していません。それは私が自分で知っています。そして、この写真の女性は、私に良く似ている……いえ、似ているどころでは有りませんね。瓜二つよりも近い、間違いなく“同じ”でしょう。……しかし、似てこそいますが、コレは私では有り得ない」

 何処からどう見ても、石丸小唄にしか見えない。
 機械に撮られ、印刷されたと言う点を差し引いたとしても――有り得ない程に、精度が高い。
 多分、この写真の相手と自分と、どちらが本物か、と言われれば……同じ様にしか見えないだろう。相当の眼力を持った相手でも、見分ける事は困難ではないか、と思う。

 「アリバイの証明は出来ません。この写真が撮影された時は、丁度、東京で他の仕事をしていましたのでね。……仕事の裏付けは取れても、他に何をしていたのか、自分が城塞都市に入り込めないか、と言えば、そんな事は無いからです」

 むしろ可能だ。ちょっと暇を見つけて城塞都市に入り込み、聖魔杯を盗み、他の仕事を完遂する。
 自分ならば出来ると、言える。
 確信を持って言う事が出来てしまうからこそ、困っている。

 「つまりこれは、お前にそっくりな誰かだと」

 「ええ。……其処で、哀川潤。貴方にお尋ねしますが」

 泥棒は、自分に誰も注目していない事を確認した後で、言葉を紡ぐ。




 「これ、貴方では有りませんよね?」




 哀川潤は、今、目の前に有る姿を、容易く変える事が出来る。
 変える必要のない時は、自分の姿をアピールするかのように赤色に身を包んでいるが、時々は違う事も有る。具体的に言えば、かなり昔の事に成るが、斜道卿一郎研究施設に入った時とかだ。
 そのスキルは、機械ですらも騙し通す声帯模写技術や、警備システムを潜り抜ける事が可能。
 彼女が、そんな力を使う事が少ないだけで――――使わなくても十分に仕事を完遂が可能な故に、使う機会に恵まれないだけで。
 人類最強の名の如く、人類トップクラスの才能を発揮し、実行出来るだろう。

 哀川潤は、自分に変装する事が出来るのだ。
 そして、自分と同じ仕事を終わらせる事が出来る。

 「違うな」

 「……でしょうね」

 「そんな面倒な真似はしねえよ。正面から行く」

 「ええ。理解しています」

 石丸小唄も、別に本気で、彼女が盗んだとは思っていない。
 自分と同じ事を実行可能な人材で、尚且つ近くに居たから、今後の事も兼ねて確認を取っただけである。

 そもそも、仮に哀川潤が泥棒をしたとして、監視カメラに映ったとしよう。そんなへまをする可能性は零に近いが、それでも仮定の話でするのならば。
 堂々と素顔を晒し、得物を片手にポーズを決めて不敵に笑って映る、位までして、それで彼女だ。

 だから、断定できる。

 こんな如何にも、自分に罪を被せようとする写真に映っている相手が、目の前の赤い請負人の仕業で有る筈が無いのだ。

 「と、致しますと……。これは中々、困った事態でございますわね」

 「ああ。……だから、私を呼んだんだろう?」

 「ええ」

 そう、正直に言うと、結構に困った事態だ。自分一人で解決出来る事態だとは、全く思っていない。
 事象の見極めは、スペシャリストには必要不可欠。出来ない事を出来ないと認めないと、あっさりと死んでしまうのが裏の業界なのだ。

 「貴方に頼るのは癪ですが、背に腹は代えられません。私からの依頼を請け負って下さいます?」




     ●




 状況を整理しようか、と請負人は言った。
 テーブルの上に置かれた写真を摘み、ひらひらと示す様に振る。

 「これは……。この写真の女は、何処からどう見てもお前だ。私だってココまで見事に変装するには、ちいっとだけだが、間違いなく苦労する。準備も含めて、二、三日は必要だろう。しかも変装だけじゃない。口調、態度、挙動、行動倫理、更には見に纏う雰囲気まで――――全てをお前と“同じ”に変えるなんてのは、難易度が中々高い」

 不可能じゃない、と言う辺りが哀川潤だった。

 「で、だ。そうなると、純粋な変装よりも、確実な方法が有る。幻術や身体変化。……所謂、魔法や魔術的技能による変身だ。こっちを使えば、随分と難易度は低くなる。侵入に特殊技能が必須、ってことは間違いないけどな」

 そちらの方面でも、多分、相当なレベルの存在なのだろう。人間ではない可能性もある。
 アーチェス・マルホランドを初めとする高位のアウターが、しっかりと封印する為に築いた堅牢な砦から、対象を盗み出すのだ。身体能力が優れているだけでは如何にも成らないだろう。

 「個人では無い、可能性が高いですわね」

 「ああ。最低でもお前と同等以上の身体能力を有し、尚且つ魔法・魔術技能に精通し、――――面倒な事に、“盗み出す”なんて事を実行する奴だ。……結果だけを見れば、十中八九、個人じゃない。トラップを解除する奴と、盗む奴の、最低でも二人以上。もしかしたら変装している奴も含めて三人かもしれねーな」

 例えば、哀川潤の上げた「条件」を満たす事が可能な存在は居る。

 アウター ――アーチェス・マルホランド以上の実力を有する存在ならば、盗む事は可能だろう。
 しかし、聖魔杯の存在を知る魔人や魔神が、泥棒に入るとは思えない。何か目的が有るのならば、直接本人か名護屋河鈴蘭か、あるいは勇者に頼めばいいのだ。

 頼む事をしなかった。それは即ち、魔神や魔人では無い、別勢力による奪取と言う事実を示している。

 さらに、請負人と大泥棒は話す。

 「この世界。言いかえれば『暴力の世界』じゃ、お前も相当な有名人だ。そして、お前と同じ事が実行できる存在、となると其れだけで実行犯が絞られちまう。……しかし、それでもこの相手は、態々、泥棒をした。御丁寧に証拠まで残して」

 実力の高い存在ほど、その絶対数が少ないのは当然だ。
 グループで結果を出したと見込んでも尚、石丸小唄以上のレベルの者は、哀川潤とて多くを知らない。

 「要するに、裏は裏でも、恐らく――――直接、この世界に関わりの無い者。“此方側”で暴れても問題が無い者。……そう、例えば『魔法世界』に本拠地を持つ者である、と言う事ですわね?」

 「其処までの断定は出来ねえが。……ま、そんなところだろうな。『魔法世界』か、『学園都市』か、隔離世から知らねえが。――――で、如何する?」

 私に何を頼むんだ? と請負人は聞く。
 石丸小唄は、そうですわね、と言いながらも、何を頼むかは決定していた。




 「哀川潤。……悪魔の証明を、お願いしても宜しいですか?」




 別に、何処で何が盗まれようが、自分の伝説が独り歩きしようが、全く構わないが――――自分に濡れ衣を被せ、あまつさえ利用するのは、これはちょっと、許せない。

 自分に対する侮辱は、自分の手で報復をさせて貰おう。
 売られた喧嘩だ。プロとして買わせて貰おう。

 だから、侵入した犯人。
 盗んだ相手は、自分が蹴りを付ける。

 何時、誰が、何の為に、あの聖魔杯を盗んだのかは解らないが。
 それでも、大泥棒の矜持に懸けて、少し本気で動く。




 「――――ああ、良いぜ。請け負ってやる」




 その大泥棒の空気を感じ取り、赤色の請負人は獰猛な笑みを浮かべた。
 猛々しく、シニカルな、全てを塗り替える深紅の態度で、牙をむいた。

 悪魔の証明。それは即ち、不可能の証明だ。
 石丸小唄が、あの泥棒を実行していない事を、証明する。
 彼女が行ったと証明するよりも、事実無根の証明という、遥かな難問を――――彼女は軽く請け負った。


 だからこその、最強。
 だからこそ彼女は、誰よりも物語に必要な、ヒーローなのだ。
 誰もが憧れる、熱く輝く、存在なのだ。
 彼女に任せておけば、大丈夫だろう。
 それは、信頼や確信では無い。
 事実だ。

 石丸小唄は、現状を認識しつつも尚、くすり、と笑みを浮かべた。








 「ところで、当にお気づきかと思いますが、周囲が危ないですわね」

 「ああ。入った時の客層から店の関係者まで、全部が全部、綺麗に入れ変わってるな。……具体的に言やあ、血と硝煙の匂い、って奴だ。敢えて放っておいたけどよ」

 「厨房の料理人からウェイターまで、揃って銃火器の携帯とは。……狙いは私でしょうね。全く、アウターのくせに、人間兵力動員からの動きが早いと言いますか」

 「あるいは、お前と関わった、私への牽制かも含むかもな? ……ま、あれだろ。何れにせよ」

 この状況を楽しむかのように、上機嫌で、哀川潤は言った。

 「逃げるか」

 「ええ」






 その日の東京の夕刊に、国道沿いの24時間営業のレストランで、謎の爆発が発生し、店が全焼したという記事が掲載された。
 警察は出火原因を調べるとともに、直前に店の周辺に集まっていた怪しい集団が、事件に関与している可能性が有ると見て調査を進めている、と書かれていた。


 店の一角で話し込んでいた、二人の女性の存在は、何処にも記されていなかった。






 《人類最強の請負人》。

 哀川潤。

 参戦。















 大活躍予定の哀川さん。歩く理不尽とも言われる、その怪物的な実力を奮うのはまだ先ですが、これで彼女も登場です。京都最終決戦が、怪獣大戦争というか、凄い事になるでしょう。

 作中で推測しているので丸解りかと思いますが、犯人は、原作で株が絶賛大暴落中の彼女。でも、実力や性格は補正されています。他のガールズ同様、かなり手強いですよ。

 京都への伏線と言う事で危険なフラグばっかり乱立していますが、盛り上がる前には準備を入念に行う必要があるので、辛抱をお願いします。

 ではまた次回!



[22521] 第三部《修学旅行編》 その二(裏)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/11/02 22:27


 ネギま クロス31
 第三章《修学旅行》編 その二(裏)




 密やかに、しかし確実に、世界の裏で動乱の種が捲かれていた。
 種は、麻帆良の停電を機に、発芽を初め、大きな混乱の花を咲かせていく。
 深く暗い、何処かで。
 神達も又、世界を伺っていた。






 「由々しき事態です」

 周囲に並ぶ魔神達に臆する事無く、黒服の少女は告げた。
 大広間の様な空間。宙に浮かび、周囲を見回しながら、深刻そうな表情で、闇理ノアレが言う。
 否、深刻そうな、では無い。深刻な話だった。

 「皆さま、既に耳にされていると思いますが……」

 ともすれば小学生にしか見えない少女が、場を取り仕切る様に語る姿は、不釣り合いだった。
 しかし、其れを指摘する者はいない。周囲にいる者たちは皆、目の前の少女が、どれ程に“とんでもない”存在の一つであるのかを、承知しているのだ。

 其処は、まさに魔城だった。
 中央に入る、闇理ノアレを除いたとしても、その場には怪物しかいなかった。
 『魔法世界』の伝説に語られ、古き神達と呼ばれる、最高位のアウター達が並んでいた。
 さながら、かつて魔王の周囲に集った『円卓』と呼ばれる状態を示すかのように。

 「聖魔杯が、消えました」

 その一言に、周囲の空気が動く。
 深く、暗く、畏怖を周囲に知らしめるかのように。

 ――――聖魔杯。

 世界の命運を握る、二代目聖魔王を決める戦いにおいて、優勝者の証と示された器。
 そして同時に《億千万の闇》を呼び起こす神器として使用される、召喚媒体。
 それが、消えた。

 「正確に言えば、盗まれました」

 かつて“聖魔杯”において。
 アーチェス・マルホランド――――かつて魔王の側近を務めた《暗黒司祭》バーチェス・アルザンデは、『聖魔杯』を利用する事で、最強最古の神《億千万の闇》を召喚して、望みを叶えようとした。
 しかし最終的に、彼は川村ヒデオに敗北を喫し、《億千万の闇》もウィル子に帰された。
 其れほどの神器は、今、管理者達の手元に存在しない。

 「……御安心を。《闇》は、動きません」

 《闇》を送り返した時、川村ヒデオは死んだ。そして、《闇》に蘇生させられた。同時に彼は《闇》に見込まれ、眷属として生きる事を望まれている。
 その監視役たる《億千万の闇》の端末・闇理ノアレがこの場に居る。
 そして《億千万の闇》が契約した、川村ヒデオも、未だに存命中だ。

 故に、《闇》は動かない。

 ざわり、という空気が鳴動する。
 其処に有ったのは、安堵と緊張だった。
 しかし。

 「聖魔杯は、何も《闇》だけを呼び出す道具では有りません。アレほどの神器。使い方を変えれば、何か別の――――もっと“他の存在”を、呼ぶ事も可能になるでしょう」

 ノアレは、ぐるり、と周囲を見た。
 其処には、世界を滅ぼせる怪物達と、関係者が揃っている。

 《億千万の眷属》たる、口が、指が、鱗が、腕が、瞳が、喉が、電脳がいる。

 アウターたる、鬼が、蜘蛛が、魔導師が、学者が、狐が、氷帝が、姫が、剣神が、いる。

 リップルラップルとマリアクレセルの姉妹が揃っている。

 長谷部翔香とクーガーと名護屋河鈴蘭が、静かに傾聴している。

 「盗まれたこと自体は、私達の不手際です。アレほどの神器、人間や魔法使いが目を付けぬ筈は、有りませんもの。盗まれた我々が悪い、としておきましょう」

 しかし、と闇の少女は、周囲に告げる。
 その態度は飽く迄も優雅に、しかし酷く不安を煽った。
 その背後に居る《億千万の闇》の意志を、示しているかのようだった。

 「――――聖魔杯が奪われ、使用される以上……我々に介入されても、文句は言えないと言う事ですよね?」




     ●




 所変わって、東京都某所。

 セレブや金持ち、果ては政治家達も御用達の高級ホテルを、ウィル子のナビで探し出し、乗り入れる。
 一応、適当では有るが、マナーと言う物を那多蒼一郎から聞いている。自分に不釣り合いな外車を建物の外に止め、出て来た案内係に鍵を渡して、駐車を頼んでおく。自分の姿を見た途端に、フロントにいた女性が一瞬、顔をひきつらせたが、其れほどに自分は迫力が有るのだろうか、と川村ヒデオは思った。

 「ほ、本日はどの様な御用件でしょうか?」

 多分、あるのだろう。
 無理も無い、と思う。何せ今の自分は、『魔殺商会』に属していた時と同じ、黒スーツにサングラスという、マフィア顔負けの姿。目つきが悪い事は自覚しているし、真っ当な人間に見えない事も承知の上だ。

 「……話が、通っていると思いますが」

 良く見れば、その手がカウンターの下に伸びていて、何時でも警備員を呼べる状態に成っていた。
 しかし、ヒデオの一言で、客だと考え直したのだろう。直ぐに取り繕い、女性は言う。

 「はい。お名前をお聞きしても宜しいでしょうか?」

 自分の背後に、今は同僚である北大路美奈子はいない。彼女は麻帆良で仕事が残っている。だから、特に何も言わず、大事な要件です、とだけ語って出てきてしまった。

 嘘は言っていない。しかし、嘘では無いだけだ。
 その事実に、僅かに心が引っ張られるが、顔には出さない。

 どうやら相当に重要な話らしく、如何しても自分に話したい、と言って相手は連絡をくれたのだ。その真剣さと剣幕に、ウィル子も思わず了承し、他者への口外厳禁も約束してくれた。
 何よりも自分に、話を持ちかけたというその事実が――――事の重要さを、露わしている。

 ヒデオは自分を呼び付けた女性の名前を出す。




 「――――霧島レナ、という女性から、聞いていないでしょうか」




     ●




 遥か神代の時代より、世界を見ていた魔神達は知っている。
 どれ程に時が移ろうとも、人間という生命は愚かであると言う事を。
 しかし同時に、十分に知っている。
 そんな人間の中にも、自分達が認める存在が生まれ出ると言う事も。
 故に、彼らは互いに問うた。
 何処まで我らが、口を挟もうか、と。






 初代魔王のリップルラップルが告げた。

 「今は、状況Dなの。何も問題は無いの。……でも、仮に聖魔杯や、それに連なる問題が発生すれば、嘗ての様に。天の介入を招く事にも成りかねないの」

 ノアレの語った通り、《闇》が表に出て来る事は、まず、あるまい。
 仮に顕現したとしても、川村ヒデオの周囲だけ。彼の身を殺さない様に、守ったり、補ったりが精々だ。
 だから、本格的に天の介入が早々に発生するとは、思っていない。

 「それは、可能性の話なのかな?」

 はい、と手を挙げた上で発言をしたのは、名護屋河鈴蘭だった。
 かつて人間として聖魔王の位階に付き、世界を造り変える天の兵器《ユグドラシル・システム》を壊した経験を持つ彼女だ。
 言葉を信じるのならば。自分が生きて居る限り、天が世界を、再度造り変えるとは思わないが……基本的に、彼らも魔神。人間の頼みなど簡単に無視して、自分の意見を翻す事も考えられる。

 「……まあ、現状は静観、で納まっていますが」

 天の代表。リップルラップルの妹・マリアクレセルが答えた。

 「仮に、この場に居る皆様か、あるいは消えていないアウターか。そんな方々と同じレベルの物が、あの聖魔杯から“呼ばれ”、そして暴れた場合、状況Aに匹敵する可能性は有るでしょう。少しならば見逃しますが、仮に恒常的となると……。まあ、再考の余地は生まれるでしょうね」

 「――――そっか」

 そうなっちゃうか、と鈴蘭は息を吐く。
 聖魔杯が盗まれたという事実で、最も大きなダメージを受けているのは彼女だった。
 人間と人間以外の全てが、等しく楽しく生きていける世界を望む。
 その理想を突き詰め、形へと変えて来た彼女だからこそ、目に見えない反乱は大きなダメージだ。
 その身には殆ど危害は加えられていない。だが、精神的な衝撃と、重なる疲労が確実に蓄積していた。

 「……動く?」

 いや、と。違うか、と鈴蘭は言い代える。

 「皆は。動く事に、躊躇いは無い。……そんな認識で、良いかな」

 周囲に向かって、声を放つ。
 その地位を他に譲ったとしても、その身に秘めた資質は存在する。
 魔神に認められ、天を倒し、己の物語を、自分自身で造り上げた彼女だからこそ、見抜いている。

 「――――楽しむのに、良い口実が出来た、かな」

 前々から承知はしていたのだ。
 あの《神殿教会》のマリーチが、世界の行く末を何よりも楽しんでいる事。
 川村ヒデオや、その他の出会った人々が、妙に他と絡んでいる事。
 徐々に徐々に、得も言われぬ、何か見えない危機が存在している事に。
 鈴蘭は肌で感じ取っていた。

 「現状を。何よりも正しい認識を。世界で動く流れを。――――確認した後で、決めようね? 皆? 私も、動きたいんだ」




     ●




 東京・霞ヶ関の一角に、宮内庁神霊班のオフィスビルがある。

 人間社会に害を成す悪霊討伐や、負の想念の祓い。果ては隠れ潜む魔人への対抗など、日本の裏で頑張る、宮内庁のオカルト部署である。
 その中の、大きな一室。川村ヒデオ、名護屋河睡蓮、《鬼姫》長谷部翔香に、ほむら鬼。最近加わったアウターの七瀬葉多恵等、色々な意味で問題あるメンバーが集まる事が多い、その部屋の中で。
 目の前の電話が鳴った。

 「……ふむ」

 誰かが取ってくれるだろうか、と思ったが、部屋の中を見ると、彼しか受話器を取れる者がいない。

 川村ヒデオは麻帆良に出向中で、名護屋河睡蓮は姉の為に色々と動いている。
 長谷部翔香と七瀬葉多恵、ほむらの三者は、《闇》の精霊と一緒に、何やら深刻な話に出向いている。

 直接、自分のデスクに懸かって来た、と言う事は――最近出向して来た面々では、役不足だろう。
 仕方が無い、と息を吐き、愛妻弁当の箸を置いて、那多蒼一郎は受話器を取った。

 「はい、宮内庁神霊班の班長、那多蒼一郎ですが」

 「あ、ええと……初めまして。那多さん――――で宜しいですか?」

 受話器の向こうから聞こえて来たのは、聞き覚えの無い男の声だった。
 那多はプロだ。これでもアウターを相手に張り合った時期も有るし、辣腕ぶりを鈍らせた覚えは無い。

 「――――ふむ。そうですが?」

 無難な返事をした那多の、訝しげな声色を聞きとったのだろう。電話の向こうの相手は、なにやら説明する様な口調で、付け加える。

 「ええと、伊織貴瀬さんと、鈴蘭さんの妹さんから、番号を伺いまして。それで、少し重要な話なので、そちらにも話を付けようと思ったのですが、川村ヒデオ君は、不在、と言う事で。……ええと、それで上司である宮内庁の班長さんにも伝えようかと」

 変な言葉遣いだが、言葉の中に、嘘を言っている雰囲気は無い。
 鈴蘭と睡蓮、名護屋河の二人が今現在、一緒に行動している事は承知の上だ。
 確か揃って、奥多摩山中の本社ビルで重要な話をしていた筈だ。伊織貴瀬から情報が回ってきている。

 「――――ふむ、了解した。――――で、其方は、どなたかな?」

 声だけすれば、優男。しかし、この部屋に連絡を入れると言う事は、生半可な人材では無いだろう。
 言葉に注意をしながら、彼は相手の出方を伺う。




 「あ、御挨拶が遅れました。すいません。私、《アルハザン》首領。アーチェス・マルホランドです」




     ●




 世界の運命を見る者がいたとしたら、きっと彼らはこう告げただろう。



 ――――赤い糸が、世界中を巡っているわ。

 《幻想》世界の紅い月は、喜悦を瞳に言うだろう。



 ――――運命は……全て、同じ形を……。同じ、物語を……。

 見えない《酸素》は誰にも届かない声で囁くのだろう。



 ――――さあ、観客も主演も一つの舞台に集まっているわよ?

 視姦の魔神は、笑顔のままで残酷に告げるのだろう。



 ――――観察しよう。娘達よ、君達の眼で見ていなさい。

 《薔薇人形》を生んだ人形師は、ただ静かに呟くのだろう。






 「今頃は、恐らく。……アーチェスを初めとする、外に顔を効く者が動いておろう」

 みーこが語る。傲岸不遜を形にした魔神は、周囲より一つ格上の空気を示しながら。

 「聖魔杯を奪った者を追うと同時に、大会の関係者や、我らに関わる者達に話を繋げておる。あ奴らも愚かでは無いよ。むしろ、人間社会に直接に被害が与えられた場合、色々と面倒を受けるからのう」

 その内の一環として、監視カメラに記録されていた人間の行方を追っているらしい。
 伊織魔殺商会やゼピルムやらの関係で使われた、傭兵や歩兵戦力が展開しているようだ。




 盗まれた当時の、詳しい状況の説明をしよう。

 気が付いたのは、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが、麻帆良の地で一騒動を起こした頃だ。
 城塞都市で、ウィル子から通信でお祭り騒ぎ(カーニバル)を観戦していた時だった。

 唐突に、地下で一つの魔力を感知した。
 もっと正確にいえば、地下で感知していた魔力が、乱れたのだ。
 地下深い、かつて川村ヒデオ一向が採掘仕事をされた、聖魔杯が保管されていた場所からだった。

 何かあったのか、とアーチェスが、配下を引き連れて確認に向かった所、聖魔杯が、消失していたのだ。
 その直前までは、確かに科学的に存在が感知されていた聖魔杯が、消えていた。

 だが――――其れだけならば、此処まで大きな問題では無かった。

 その後の調査で、判明した事。
 それは。



 聖魔杯が盗まれたのは、大凡、三ヶ月以上も昔の事だった、と言う事実だ。



 詳しい調査で既に判明している事だが、その直前まで、皆が聖魔杯と思っていたアイテムは、実は偽物で、レプリカ未満のものだったのだ。

 情けない事に。
 三カ月の間、誰も、聖魔杯が盗まれていた事に、気が付かなかったのだ。
 都市に住んでいた面々は愚か、アウターまでも、気が付かなかった。
 気が付かぬ内に侵入し、対象を掏り替えられていた事に、誰も気が付かなかった。

 簡単に侵入し。
 聖魔杯と見分けが付かない、しかし空の器と入れ替え。
 とうの昔に本物が交換されていた事に、誰も気が付けなかったのだ。

 魔力の乱れは、複製された偽物の聖魔杯が、顕現限界を越えて消失した時の物だと判明している。
 そして、魔力の消失した際の波長や、僅かに残った空気中の残滓から、大凡数カ月単位で顕現していた事も、判明した。

 其れを念頭に置いて、周辺の警備システムを、《億千万の電脳》の力も借りて組まなく探した所――――監視カメラにだけ、聖魔杯を抱える人物が映っていたのだ。
 聖魔杯が盗まれ、本格的に調査をしなければ決して発見出来ないような、そんな僅かな記録の中に、画像は残っていた。

 それは、まるで、自分が盗んだと挑発しているかのようだった。
 映っていた人影が、大泥棒・石丸小唄であると調べが付いた事は、言わずとも良いだろう。




 「あの人物が、本当に盗んだかは、後じゃ。捕まえてから話を聞けば良いからの」

 こんな時に最も役に立つだろう《神殿教会》の預言者は、一切動いていない。
 マリーチのみは、この状況を悟っていた様子も有るが、面白そうだという理由で見逃したのだろう。逐一、顔を出して訊ねなくても想像が付く。無論、犯人についても教えてくれていない。

 「しかし、判明している事が一つ」

 くく、と含み笑いをしながら、みーこは告げた。

 「ノアレの言う通りじゃ。……何かは知らぬが、我らに手を出した、と言う事だよ」

 くく、と、日本神話最高の英雄の娘は、笑みを浮かべる。

 不謹慎な事に、彼女は心が躍っていた。
 現状を認識すればするほどに、心が高揚してしまう。
 だから、どうしようもなく、彼女は《常識の外側(アウター)》なのだ。

 「全て。全てが繋がっておったのだよ」

 今ならば、これ以上無く、明白だった。

 三カ月ほど前、名護屋河鈴蘭とセリアーナが、『魔法世界』のメガロメセンブリア元老院からの刺客に、凶刃を向けられた時。
 麻帆良地下で、アルビレオ・イマの元に出向き、簡単な会合を開いた原因ともなった事件。
 ここ最近で方針を変え始めた、『魔法世界』メガロメセンブリア元老院の態度も、それで説明が付く。

 あの時既に、相手の攻撃は始まっていた。

 恐らく、アレは隠れ蓑だったのだ。
 あの自害した犯人達は、ヴィゼータで賽にした後で喰らってやったが、あの時、既に、聖魔杯を奪取するシナリオは開始されていた。
 混乱の僅かな隙を付いて聖魔杯を偽物と入れ替え、三月の機関で、準備をしていたのだ。
 より大きな計画を、実行に移す為に。

 「さて、此れまでを聞いて……お主らは如何する?」

 ニイイ、と唇を歪め、みーこは周囲に告げた。
 反対の声は、上がらなかった。




     ●




 同時刻、麻帆良の職員棟を訊ねていた人間が居た。
 嫌でも人目を引く巫女服に身を包んだ、凛とした美貌の日本風美女である。

 「川村ヒデオの居場所は、何処でしょう」

 礼儀を弁えつつも、何処か威丈高な口調。眼光は鋭く、生まれ育った家の厳粛さを示す様な振舞いだ。

 休日と言う事もあって、室内にいた教師は多くない。応対にやや難が出たが、取りあえず隣接する応接室に彼女を通し、近くに居るヒデオの関係者に収集を懸ける事になった。
 待つこと十数分。慌ててやってきたのは、ヒデオでは無く、その同僚の婦警である。

 「すいません。ヒデオさん、今、少し出ているんですが」

 その姿に(この場合は、姿と言うよりも、こんな格好で出歩いている事に対してだったが)、やはり呆気に取られつつも、来客の応対をしたのは、北大路美奈子だった。
 偶然、裁かなければいけない教師としての仕事が残っていて、休日出勤だったのだ。

 警察庁心霊班に所属する美奈子は、目の前の相手がヒデオの同僚の――――宮内庁神霊班の人間である事は知っている。職員室に直接顔を見せに来るとは、かなり大きな要件が有るのだろう。そう思い、多少の事情を知っている美奈子が、睡蓮の相手をする事を申し出たのだ。

 美奈子は応接室に腰をおろし、出された緑茶を真面目に飲んでいる相手と対面する。ヒデオを訊ねて来た女性と、向かい合う様に。

 美奈子が優秀である事は、睡蓮も承知している。だから、この場にヒデオが居ないという情報を聞き、幾つか簡単な話をすれば、それで終わる……筈だったのだ。

 唯一点。
 普段通りの言葉遣いで。



 「……そうですか。――――ところで今。川村ヒデオの事を、“さん”と呼称しましたか?」



 彼女が、つい、そう呼んでしまった言葉に、睡蓮が訝しんだ事を、除けば、の話である。

 ……仮に。もしも。仮定の話として。

 この場に川村ヒデオが居たら、実に面白い光景に成ったに違いないのだが、残念ながら彼は今、霧島レナに呼び出されて高級ホテルで会談中である。
 余計な茶々を入れるメンバーも、この場にはいない。

 ……。

 …………。

 空気が重くなった。

 「ええ。ヒデオ“さん”と呼びました。何か問題が?」

 睡蓮の表情は変化せず、美奈子の表情は笑顔のままである。
 しかし、何処と無く周囲の空気が冷たくなっているのは、間違いでは有るまい。

 この時、両者共に、なんとなくでは有るが、譲れない感情が有る事を、心の中で感じ取っていた。
 見る人が見れば、“修羅場”と表現したかもしれない。

 この時、職員棟にいた教師全員が、背筋に寒気を感じたのだが、話の本筋とは関係無い。

 …………。

 ………………。

 沈黙が部屋を支配した後、口を開いたのは睡蓮だった。

 「……まあ、良いでしょう。それで北大路美奈子。今現在、川村ヒデオは何処に居ますか」

 「解りません。本日は休日。ヒデオさんは、用事が有ると言って外出しました」

 「外出先は?」

 「不明です。何か重要な仕事だと思いますが」

 「なるほど。聞かされていないと。――――余り役には立ちませんか」

 「本来ならば、知らなければいけないのは、貴方ではないでしょうか?」 

 「数か月も一緒にいて休日の予定も聞いていないのですか、常識知らずな」

 「失礼ですね。休日に職員棟に巫女服で来る人間に言われたくは有りません」

 ――――ピッシャアアン!

 稲光と共に特大の雷が落ちた。
 と、音楽室前の廊下を歩いていた鳴海歩は錯覚したそうだが、関係は無い、筈だ。

 「――――美奈子殿も、睡蓮殿も、少し落ち着かれたほうが」

 「岡丸。少し静かにしていなさい」

 「十手。少し口を閉じていなさい」

 常識的な発言を封じ、両者共に、正面から見つめ合う。
 ここに、川村ヒデオを巡る戦いが、幕を開けたそうである。




 因みに、名護屋河睡蓮が本来の目的を思い出すのは、一時間後の事である。




     ●




 形へと繋がっていく。
 決して抗う事が不可能な、怪物の会話が。
 世界という玩具で遊ぶ、この世に成らざる異形達の歓談が。
 全てを滅ぼすカミ達の、その行動の結びが。
 この時、世界の命運が決まりかけていた事を、その場に居た者たち以外は、誰も知らなかった。
 ほんの気紛れで、この世界を壊せる連中が、動きかけた事を、知る者はいなかった。




 彼らを止めたのは、唯の一柱の、発言だ。




 手が上がる。

 「ねえ、少し言いたい事が有るの。良い?」

 「なんじゃ。《腕》。――――主がか? 珍しいの」

 みーこの視線の先には、同じ《億千万の眷属》である、《腕》と呼ばれる存在がいた。

 遥かな過去に置いて天との戦争に敗北し、その身体を封じられている彼女は――――故に、現在は『円卓』程の力を有してはいない。
 しかし、紛れもない神族であり、彼女が有する存在価値は、誰もが認めていた。
 何せ、創造神の血を持っているのだから。

 「ええと。……今回の出動に関して、お願いがあるの」

 「反対、を唱える気かのう?」

 「ううん」

 否定をしながら、立ち上がった。
 《腕》の背後に控えていたメイド兼護衛が、素早く椅子を支える。

 「まさか。基本方針は、皆の言う通りで良いわ。私も、外にも人間にも興味無いし。……でも」

 赤い服に、六枚の黒い翼をもった彼女。
 魔界の最奥部に城を構える、魔王とは“違う意味”での、魔界の最高権力者。
 《億千万の腕》は、言葉を選んで、続ける。

 「でもね、――――ちょっと時間が欲しいのよね。猶予、っていうの? 待機しておいて欲しい、っていうのかしら」

 ほんわか、とした余裕を崩さないまま、彼女は両手を合わせて、お願いしたいわ? と言う。
 顔付きと態度だけを見れば、幼い子供が其のまま成長した様だが、見掛けだけだ。

 「……何を……いや。――――詳しく話す事じゃな」

 水を指されたみーこは、しかし、その相手の態度の中に、何か他の存在の意志を見る。
 《口》の言葉に、そうねえ、と指を顎に当てながら、《腕》は言う。

 「実はね。私達が動くのは構わないけれど、その前に、出来るだけの準備をしておきたい、って言った人がいるの。それで、私から話題に出して欲しい、ってね」

 「……もしやとは思うが」

 彼女に頼みごとをした存在に、心辺りが有ったのだろう。珍しくもその表情を僅かに顰める。彼女のその態度だけで、その場に居た面々にも理解出来たらしい。

 「あやつか」

 みーこの言葉に。

 「ええ、そうよ」

 と簡潔に、笑顔のまま頷く。
 釣られて、彼女の頭のアホ毛がぴょこんと揺れた。

 熱気に包まれていた周囲に、溜め息とも呆れ声とも取れる、ざわめきが広がる。
 “その人物”に対する評価を思い出し、相対した時の雰囲気を思い出し、知らず知らずに溜め息を吐いたのだ。

 “その存在”は、戦闘能力のみに限定して言えば《億千万の眷属》には、全く及ばない。
 しかし“彼女”の有り方は、余りにも異質で、特異だった。
 ここに居る面子とは確かにズレテいるが……一目置かれている存在、という表現が正しいだろう。
 魔神を持ってしても「本当に変な奴だ」という表現が生まれる、胡散臭い存在だ。

 周囲に己の言葉が行き渡った事を確認して、《腕》は再度口を開いた。

 「ええとね、ほら。私達が暴れると、割と簡単に災害以上の被害が出ちゃうでしょ?」

 「……まあ、そうじゃな」

 みーこは、腕組みをして肯定する。

 「そうすると、昔みたいに喧嘩をする事に成るわよね。まあ、面白半分に人間側に付くのもいると思うけど、結果として凄い被害が出ちゃう」

 「ま、確かに、そうなの」

 リップルラップルも頷く。
 過去に伝説のアトランティスを、病魔メドゥーサや古代文明と諸共に葬った経歴は伊達では無い。

 「でも、そうすると、私達は良いとしても――――無関係な仲間も、ダメージ受けちゃうじゃない。『魔法世界』で隠居している皆とか。人間社会で隠れている皆とか。後、何処かに封印されているアウターとか」

 最後だけを妙に具体的に仄めかす。
 それで、大体の言いたい事は伝わった。

 「……成る程。まあ“あの人”らしい言葉ですね。そう言う物を気にするとは」

 時々顔を見せているという土蜘蛛・七瀬葉多恵が、苦笑する様に微笑んだ。

 自分の好きな行動をする時に、其れを自制して、他者を考える事が出来る者は、この場所にはいない。
 けれども、渦中の存在は違う。
 何よりも、己よりも大切な物を抱える異形だ。

 だからこそ、この場の面々とは一線を引いている。
 他のアウターと比較して見れば有り得ない言動だが、“あの妖怪”の、そんな態度や行動が紛れもない本気で有る事は承知している。

 だから、誰も消さない。
 その有り方が、とても珍しい、希少な物だと知っているからだ。

 「それで、もう少し。……ええと、一カ月? だったかしら。その位だけ、待機して欲しい、って言ってたわ。その後は、まあ、お好きにどうぞ、って。『最低限、それだけの期間が有れば、隠れ潜む異端者や、消えるべき異邦人を初めとする、境界等の“此方側”の問題は、解決出来るでしょう……』って、言っていたもの」

 「ふむ、怪しく笑って、かな?」

 「怪しく笑って、ね」

 茶化す様なリッチの言葉をそっくり反芻し、因みに、と彼女は続けた。

 「私は提案に賛成したわ。可愛いアリスちゃんにも、少しだけ関わる話題でも有ったから」

 其処まで行って、《億千万の腕》は腰を下ろす。

 先程までの、唯の熱狂に任せた会談とは形が変わっていた。
 《腕》と、彼女の裏に有る者の意志は、単純だ。自分達が受けるデメリットやリスクを、最小限に抑え込む為、事前に手配した上で行動すれば良い、と言っているだけだ。

 その言葉は、彼らの感情を僅かに冷やす。

 自分達ならば兎も角、闘争から見を隠す、古くからの仲間に無駄な被害を出すのは、少し迷う。
 神世の時代からの顔馴染みは、もう数が少ないのだ。戦って消すならばまだしも、見ず知らずの場所で消えて貰うのは――――少し、嫌だ。
 喧嘩相手が消えるのは、勘弁してほしいという、自己満足の為だが、躊躇する事は確かだった。
 どうする? という空気が、漂った。

 「……ところで、魔界神。訊ねるわ」

 その隙を付いて、静かに話を聞いていたエルシアが声を上げる。
 魔王の娘であるエルシアは、当然、魔界神である《億千万の腕》とも交流が深い。
 静かに佇む金髪メイドや、魔界神の娘、アリスとも知人だった。

 「そのスキマ妖怪は、当座の所、一体何をするつもりなのかしら?」

 「ああ、そういえば、言ってなかったわね」

 パン、と軽く両手を合わせて。






 「京都に封印されている飛騨の大鬼を、解放しに行くって、言ってたわ」






 《億千万の腕》と呼ばれる、魔界の創造神。

 神綺と呼ばれる魔神は、微笑んだ。








 古の都に、全ての役者が揃うまで、後、少しである。
















 修学旅行の爆弾・その三。八雲家参戦フラグが成立しました。

 神綺ママ。この話では《億千万の腕》という怪物です。名前の由来はその内に出します。
 相性・精神力・立場・能力差等も有るので一概には言えませんが、名護屋河睡蓮と博麗霊夢が、ほぼ互角だと考えれば良いかなと思います。詳しくは、また彼らが出て来た時に。
 誤字やミスは逐一修正しますので、御了承下さい。
 伏線を全て出し終わるまで、もう少しです。
 ではまた次回。



[22521] 第三部《修学旅行編》 その三
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:075d6c34
Date: 2010/11/30 23:38

 ネギま クロス31

 第三章《修学旅行編》 その三




 [今日の日誌 記述者・那波千鶴


 あやかと一緒に何日か前に外を出歩いたけれども、何も問題は無かったわ。
 周囲が少し騒がしかった事や、熱気が押し寄せる感覚が有った位かしら。
 私は興味が無いけれど、一生懸命になれる人を、私はカッコイイと思うわ。お世辞じゃなくてね。
 何かに打ち込める人を、尊敬出来る。だから、あやかとも同室に成っているし、勝手に護衛みたいな仕事をしているわ。……まあ、あやかから頼まれないと、私も動きにくい立場なんだけれども。


 雪広財閥は、お金持ちだけれど決して由緒正しい、と言う訳ではない。先祖代々と言っても、文明開化は愚か、第二次世界大戦以降の家柄。木乃香さんのお家には、比較が出来ない程よ。
 上海の経済特区開発で発展して、上海の後は、横浜海上沖の経済特区で利益を得ている。
 国際的な繋がりが有るから、決して見下されてはいないけれど……日本国内での影響は少ないわね。まあ、その分、多国籍企業との提携が多いらしいし――ええと、なんだったかしら。ボーダー商事? とかいうコングロマリットとも、手を組むとか何とか、言っていたかしら?
 話を戻すわ。
 だから、あやかの家は、お金持ちで富豪で財閥だけど、木乃香さんの家ほど政界に顔が効く訳でもないし、権力を持っている訳でもない。
 あやかは次女だし……。お姉さんが家業を継いだとしたら、将来的には、何処かの家に嫁ぐ事に成るでしょう。勿論、関係を重視する為に。
 ま、其処で当然でしょう、と頷けるのが、あやかの矜持なんだけど。


 あやかは、このモラトリアムを楽しんでいる。
 楽しんで、自分達の手から何れ消えて行くから、大事にしたいと思っている。
 停電の日、あやかは確かに戦力を確保していた。
 息も絶え絶えで消えかけていた“あの人”を、自分の手駒として迎え入れた。
 ……あやかは、私達全員の事情を、ほぼ全て――――と言っても間違いない程、把握している。だからこそ、今度の修学旅行の為にも、“あの人”を自分の兵力として抱えた。
 暗躍している、と言えばそれまでだけれども、そういう事が出来るから、あやかは強いのよね。


 私は――――強くないわ。自分が強いだなんて、全く、欠片も、思っていない。
 確かに、停電は怖くなかった。
 自分が死ぬとか、消えるとか、何か別の存在に成るとか、そんな意味で怖いと感じる事は無い。
 あの《神の悪夢》に比較すれば、その程度、何も怖くなんかない。
 けれど、私は弱い。
 そうでしょう?
 だって、もしも私が強いのならば。
 この身の中に、あの悪夢の欠片が眠っている筈がないのだから]



     ●



 例えば、頭が良いと言う事実に何を思うか。

 近衛木乃香は、部屋の中で呆けながら、そんな事を考えていた。
 二段ベッドで寝転ぶ自分横、机の傍には、明日出発する修学旅行の荷物が詰め込まれている。衣類から雑貨、嗜好品まで、準備は万全だ。図書館探検部に所属しているお陰か、荷造りは得意だった。

 (頭が良い、言うんは……)

 少なくとも、自分は当てはまらないだろう、と思っている。
 クラスの中で一番良いのは、超鈴音と長谷川千雨の二人だろう。千雨は隠しているが、分かる。上手く言えないが、前者は頭に未来のスパコンが入っている様な感じで、後者は異界のスパコンが入っている感じだ。根本的に、頭の構成が一般人とは違う。
 天才、とまではいかずとも、秀才と呼ばれる人材は多い。
 葉加瀬聡美、雪広あやかと朝倉和美は全てに。宮崎のどかは言語分野に。絡繰茶々丸は数字に(ロボットだから当然だが)。綾瀬夕映は雑学に。
 クライン・ランペルージや竹内理緒や闇口崩子などの、明らかに理由有りの転校生陣だって、決して馬鹿じゃない。恐らくは人生経験なのだろう。対象を見た時の、答えへのアプローチの方法が、明らかに知者の物だ。

 (……それに比較して)

 木乃香は、自分が、何処まで優秀であるのかが、解らない。

 学業の成績が良い。これは、まあ、良い。
 実は運動も、クラスの怪物陣程では無いが、平均として見れば出来る。これも、まあ、良い。
 躾や行儀作法、日本芸術にも精通している。これは、家庭が家庭だ。良いだろうと思う。

 けれども、其れが本物の様な気がしないのだ。
 自分の力で手に入れた物の様な気が、しない。

 (お父様に……)

 近衛詠春に、厳しく躾けられ、鍛えられた。だから、精神的に鍛えられたと思う部分に、間違いは無い。
 あのエヴァンジェリンに正面から向き合って、しっかりと退かせた胆力は――――己の物だと、思う。

 けれども。

 上手く言えないが……自分自身の努力によって掴んだ物が、少ない気がするのだ。



 努力をして手に入れた、と言うよりも。
 本当に努力をしなければ手に入らない物だったのかが、解らない。



 もしかしたら、例え何もせずとも、己はこの技術を習得出来たのではないか、という物が、結構ある。
 それこそ、先の天才達の話を出すまでも無く。
 自分が仮に、努力や、経験を積んでいない状態だったとしても。
 自然に、会得し、崇め奉られる程の技量を、発揮している様な気がするのだ。

 ――木乃香だって、解っている。

 それは、普通の人間にとって侮辱だ。
 自分だって、今持っている“自分で手にしたと自信を持って言える力”を馬鹿にされたら、怒る。
 きっと自分は努力をしなくても大丈夫だった、という言葉は、言ってはいけない言葉の一つだ。
 だから、絶対に言うべきではないと、心に誓っている。
 しかし、それでも、彼女の心は惑うばかりだった。


 自分の、この衝動は、一体何処から来るのだろう?




     ●




 名護屋河睡蓮も帰宅し、職員棟の中には穏やかな雰囲気が流れていた。何やら応接室で女の戦いをしていたらしい北大路美奈子は、随分と疲弊した顔でよろよろと出て来て、そのまま帰宅してしまった。
 無理も無い。あんな南極よりも空気の凍る世界で、二時間も男を巡って戦っていれば、そりゃあ辛いだろう。

 そんな事を、ごく普通に他人事と受け止めながら、鳴海歩は職員室で紙の束を捲っている。

 修学旅行の日程やグループの行動予定表を初め、同伴する教職員の情報までが揃って掲載されている。
 生徒の数が圧倒的に多い麻帆良とはいえ、教職員の数も不自由ない程に揃っている。今回の麻帆良女子中等部の修学旅行、京都への同伴職員も既に決定されていた。

 「……ま、やっぱり訳ありの教師になるよな」

 ペラペラ、と同伴教師を眺めながら、そんな風に思う。
 訳有りのクラスを送る以上、教師も変なのばっかりだ。

 一番の常識人は、あの日本史教師こと、近藤武己だろうが、その彼だって自分と同じ程度には非常識に慣れているらしい事を、確かいーちゃん(協力関係を結んで以降、第三者がいない場所ではそうやって呼ぶようになった)が言っていた。そのいーちゃんは、奥さんから聞いたらしい。
 なんでも彼の通っていた高校の、彼の在籍していた時代には、妙に失踪事件や自殺事件、猟奇的犯罪が多発していたそうだ。偶然ではないらしいが、詳しい操作が行われて解明される前に、圧力が懸かったそうである。その圧力の出所は、宮内庁神霊班か警察庁心霊班か内閣かだそうだ。
 要するに、この室内にはいない川村ヒデオが所属する事になる部署だった。危なくて当然だ。

 「つーと、今のクラス関係者は、多そうだな」

 問題に対処可能な人材は、何人行くのだろう、と読む。
 今回の修学旅行で京都・奈良へと向かうのはA組だけでは無い。D組、H組、J組、S組も含めた五つのクラスが、関西へと足を運ぶ事と成る。

 ただ、各クラスが独自のルートや行動先を選択できるため、微妙に行動先は違う。嵐山のホテルを拠点とする部分までは一緒だが、班別行動と京都観光の日時が逆だったり、オプションで奈良まで足を運ぶクラスが有ったりと、様々だ。
 必然的に教師の数もそれなりに多く成るが、一クラスに付けるのは、補佐も兼ねて精々が三、四人と言った所だろう。

 「担任のネギ先生と、ルルーシュさんは当然として――――」

 あのクラスに同伴するのは、自分と霧間凪の二人だった。生活指導も兼ねている彼女がいれば、新田先生の負担や、ネギ先生も減るだろう、という事で学園長が決定したらしい。正しい選択だ。
 その他、先程名前を出したが、他クラスの副担任をしている近藤武己。臨時で余所のクラスに預けられた北大路美奈子と川村ヒデオ(ペアだった)。更には浦島景太郎、と、見事に女子中等部の教師陣が名を連ねている。

 他クラスの生徒の中にも見習いレベルとはいえ『魔法使い』は居るし、関係者である瀬流彦先生(勿論ネギは気が付いていないが……)に、養護教諭も兼ねるレレナ・P・ツォルドルフと、源しずなもいる。教師陣での問題も少なそうだ。
 言い方は悪いが、あのクラスさえ何とかなれば、後は如何にでもなるのが、この旅行なのだ。

 しかし。

 「……いーちゃん、居ないな」

 高町なのはが居ないのは納得出来る、というか当然だ。
 娘のヴィヴィオは普通に小学校が有る。なのは自身は麻帆良学園女子中等部の管理人。三年生が旅行で不在でも、二学年・一学年の生徒は学校で過ごしている。何時も騒ぎの中心になる生徒が居ない分、仕事は普段よりも格段に減るだろうから、気楽といえば気楽かもしれないが。

 「……手元に置いておく方が安全か?」

 いーちゃんの妻、玖渚(旧姓)友は学園中央制御室の責任者。彼女の自宅は城咲で、実家は神戸に置かれているそうだし、いーちゃん自身も京都鹿鳴館大学に在籍していたらしい。知人や顔馴染みも多いらしく、二人を旅行に同行させると、何かと助けに成ってくれる、かもしれないが……。

 「……いや、それ以上に、影響の方が大きいか」

 それ以上に、デメリットが多そうだと、学園長は判断したのだろう。

 手を組んで解って来た事だが、彼は非常に運が強い。幸運、不運、悪運、奇運、なんでも良いが、兎に角、偶然のような必然、必然の様な偶然を引き寄せる才能に長けている。言いかえれば、何処に転がるか解らない不確定要素の塊みたいな男なのだ。
 だからこそ兄や西東天に注目されているのだろうが、旅行に伴わせるには害にしか成らない。

 一通り、教師達を確認し終えて、歩は書類を机の上に置いた。

 旅行の準備は終わっているし、停電中の二の轍を踏まないよう、準備は進めている。

 しかし、京都での五日間が激しく不安な事に、違いは無かった。




     ●




 考える。そして、理解する。

 大切にされている事は解る。愛されている事も、解る。自分に重荷を背負わせない様に、色々と便宜を図っている事も解る。
 そして、其れを――――ウチが受け入れる可能性が低い事も、承知しているんやろう。
 ウチを守る為の一種のスタイル。御爺様やお父様が抱える、謎の秘密に対する防護壁みたいな物や。

 『近衛木乃香は、何も知らない一般人です』

 そんな理屈も、無いと有るとでは大きな違いが有る。
 堅気の衆に手を出すんは、何時だって手段を選ばないか、選ぶ余裕の無いか、あるいは一線を引いた強者やもの。エヴァちゃんの場合は、最後やったな。

 本当にウチが何も知らないならば、それは唯の阿保、巻き込まれる理由を生むだけやけど――――ウチが事情を知って何も言わない事を、二人が知っているならば、それは打ち合わせをしていないだけの共謀や。

 狸な御爺様の事や。ウチが襲われる可能性が一パーセントでも下がって、それでデメリットが無いならば、信憑性が低くても流布するやろう。そういう工作は非常に上手いもんや。

 勿論、ウチは、御爺様達が抱える秘密は知らん。
 だから、ある意味では、間違いでは有らへん。

 クラスの事情は、殆ど何も知らんし、明日菜の過去ですらも聞いた覚えは無い。
 エヴァちゃんや、その他の色んな人がネギ君に注目している事も、其れが理解出来るだけや。
 それしか解らん。



 何かが有る事は解っても、何が有るのかは解らない。



 だから、知らないと言う事実は間違いじゃない。
 ウチは、何時もそう言う立場に有る。

 それで、不安は無いのか? と言われれば、有るに決まってる。不安や。怖くない言うたら嘘や。
 けれども、や。
 其れを越える為に、ウチは、あんなに厳しく育てられたんやろう。
 そうであっても大丈夫なように、ウチは心が強く成った。

 どっちが先かは解らへん。ウチの精神力が異常に強かったから隠す時間を流くしたのかもしれんし、長くしたからもっと精神力が強く成ったのかもしれん。けれど、どちらにしても代わらへん事は有る。
 それは、ウチは知らない部分を知りさえすれば、後は如何にか成るってことや。

 イメージとするなら、あれや。土台。土台の中の、一番大事な中心部分だけを抜いて、その上に完璧な調律の楼閣を築く。重心配分から装飾まで完全やから、例え外部からの攻撃を受けても、まず崩れん。
 そうして、一番の最後に、中心から真下まで貫通する様な心棒を一気に落として、周囲に連結させる。
 すると、今迄以上に堅牢な、中から外まで壊れる事の無い一つの城の完成や。
 この場合の“心棒”が、お爺ちゃん達が隠す秘密で、城壁や天守閣の部分が、ウチの教え込まれた色々な事なんやろう。

 ……けれどもなあ、と木乃香は大きく息を吐く。
 その“教え込まれた事”に対して、自信が持てない。
 自分のスキルのくせに、自分で取得した確信が妙に曖昧だ。
 まるで予め、自分の中に刻み込まれていたか、自分の中にインストールされたか……。

 (……インストール)

 近い表現や、と木乃香は思った。
 元々才能が有った自分の器の中に、何かがインストールされて、結果、今に至る。
 成長と共に内部で様々なプログラムが構築されて、でもそれは巧みに隠れていて外には見えず。
 己の器を、本体を変えるだけのモノに限ってのみ、自分で得た物だと確信を深める事が出来る。

 そんな感じだ。

 気にし過ぎなのかもしれないと、自分でも思っている。実家のある京都に向かう事もあって、神経質になっているのかもしれない。
 しかし、瑣末な事かも知れないが、大きい気がするのだ。

 それこそ、常に気を払って居ない限り、何処かで勝手に暴れてしまいそうな気がして。
 心の一部で注意を向けて、監視していない限り、何かが壊れてしまいそうな気がして。



 近衛木乃香は、だから、本気を抑えている。




     ●




 麻帆良の一角に広がると有る森のログハウス。
 ぬいぐるみと人形が並ぶファンシーな家の中、階段から降りて来た人影は、目当ての相手を探し、一連の行動の報告をする。

 「マスター。旅行への準備は全て完了いたしました」

 「ああ。……そうか」

 礼を言う、と言ったまま、顔を上げない。てっきり若い肉体の主人の事だ。テンションを上げて喜ぶかと思ったが。
 絡繰茶々丸は訝しみ、目線を下げると、手紙が目に入った。

 「? ――何を、読んでおられるので?」

 「遠坂からの連絡だ。……停電の時とは違って、今度は迅速に届けてくれたらしい」

 簡単すぎる仕事ではうっかりを起こし、長い仕事では何処かでうっかりをおこす、のがアイツでな。――――とエヴァンジェリンは、戦友を評する様に語る。唯の比喩なのか違うのか、茶々丸には解らないが、兎に角、遠坂凛という《赤き翼》の一角が、割とドジを踏みやすい性格である事は把握した。

 なるほど、如何やら手紙の内容が深刻だったのだろう。

 「一体、何が書かれていたのです?」

 「……《蛇》がな」

 「――――蛇。……爬虫網有鱗目ヘビ亜目、では無く」

 「ボケてるのか?」

 「失礼。冗談です。……七つの至宝を求めるゼムリア大陸の」

 「それは私が昨日していたゲームだろう。ウロボロスじゃないぞ、茶々丸。別の大蛇だ」

 「では、今度こそ真面目に。――――魔法結社《螺旋なる蛇(オピオン)》、でしたか。《完全なる世界》と手を組んだ、とまでは知っていますが」

 「ああ。――――協力状態、というよりも、相互扶助、相互補完だろうがな。互いの領域、互いの目的を邪魔しない程度に、手を組んでいる。先の停電でアルトリアが追い払った《王国》ツィツェーリエもその内の一人だが……」

 エヴァンジェリンは茶々丸を一瞥し、また手紙へと顔を落とす。その顔に掛かっている眼鏡は、件の遠坂凛から送られてきた“特別製”だ。
 なんでも多重次元屈折現象とやらの概念を刻んであり、専用のペンで手紙を書いた場合、この眼鏡が無ければ判別は不可能。解読は愚か、文字の認識すらも出来ないのだと言う。その精度の高さは『魔法世界』の検閲すらも軽く透過するのだとか。

 「動いている、と言っている。本国メガロメセンブリア某所と《必要悪の教会》からの情報だな」

 「なるほど。では、どの様に旅行に関係すると」

 「その情報によると、連中の内、幾人かが関西で動いているそうだ」

 「……誰が、でしょう?」

 「魔法使いガラと、《礎(イソエド)》。……《協会》及び英国魔術結社《ゲーティア》より、絶賛指名手配中のお二人だよ」

 面倒な事だ、と吸血鬼は息を吐いた。




 「昨年の九月だったか? 京都で大きな騒乱が有った。知っているな?」

 「ええ。《螺旋なる蛇(オピオン)》と《協会》戦力の大規模衝突でした」

 「そうだ。本来ならば《協会》だけで何とかする筈だったのに、被害の大きさに、後始末に関西呪術協会も駆り出されたからな、詠春も嘆いていたぞ。英国の《ゲーティア》、京都の《八葉》、神道の名門《葛城》に、《アストラル》だ。霊脈調整や一般人への隠蔽なども含め、洒落に成らんかったようだしな」

 京都の事件、とは昨年九月に発生した魔法使い同士の一大バトルである。

 前々から《協会》に注目されていた魔術結社《アストラル》の社長を巡り、《螺旋なる蛇》と《協会》が激突。当初は圧倒的に有利かと思われていた《螺旋なる蛇》だが、最終的な勝利は《協会》に軍杯が上がったという事件だった。

 《螺旋なる蛇》の幹部、フィン・クルーダという人材は確保。同じく幹部の陰陽師・御厨庚申は死亡。他二名は逃亡中という状態だった。
 その逃亡した二名の内の一人が、何を隠そう、あの吸血鬼・ツィツェーリエ。騒乱の前から、密かに《完全なる世界》は《螺旋なる蛇》と手を結んでいたのだろう。唐突な横槍と襲撃でタイミングを失い、結果として逃走を許してしまったということだ。
 現在は、フィン少年は英国某所で監禁状態に有る、との事である。

 まあ、彼らの話は、今は直接には本編に関係が無いので、この位にしておく。事情を知っている人だけが、ふうん、と頷ければ良いだけの話だ。

 「ツィツェーリエの奴が停電に出現したのは、組織間の関係強化の為だろう。どちらかが提案したのかは知らんが……。京都での接触も、その返答と見るのが一番良い。停電と京都。この二つをもって、互いの立ち位置を確認し、結び付きを強める」

 《完全なる世界》の残存戦力は、逐一、タカミチがしつこく攻撃しているお陰で減少傾向にある。例え「もう一人のネギ」を初めとする大きな戦力が確保されたとしても、人数が減っている事に違いは無い。

 一方の《螺旋なる蛇》も、抱える事情は同じだ。著名な術者を引き込み、戦力を確保していると言っても、周囲に敵を抱える以上、単独では困難も多い。その点、彼らが手を組んだのは、元々《協会》には関わりの無い《完全なる世界》。しかも本拠地は『魔法世界』だ。

 これ以上無い理想の関係だと言える。

 「遠坂凛の手紙も、そう書いていてな。……まあ、京でフェイト達と《螺旋なる蛇》の両者が、敵に回る事に成るのは間違いないと思って良い」

 「……その割には落ち着いていますね」

 茶々丸は指摘する。やり方はアレだが、ネギを成長させる事と守る事を己に貸す主人だ。もっと危機感を持っても良いと思うのだが。

 「慌てても始まらん。本当に関係の無い一般人には被害は出ない。3-A以外の一般生徒にも出ないさ。つまり、クラスとボーヤの心配だけをすれば良い。学園長の心配は、突き詰めて言えば――――“今回の修学旅行で、全員を如何に完璧に無事に五日後に帰還させるか”だ」

 麻帆良と明確な敵二つを含め、動いている組織は両手の数では足りない。
 その状態で、三十五人に何も被害を出さす、体にも心にも傷を負わさず(あるいは、負わせても治した上で)日常に戻って来させる。
 簡単に成功するだろう、と楽観視を出来る程、エヴァンジェリンは甘くない。

 「事情を知る教師達も同伴するが、麻帆良の戦力を分断させるという意味に等しいからな……。高校や大学の教師陣、高町を初めとする職員は、残留せざるを得ない。戦力が万全と言う訳ではない。ただ……京都には、京都の味方が居る」

 そうなのだ。
 麻帆良から遅れる味方には限界がある。
 しかし、京都は関西呪術協会の御膝元だ。《赤き翼》の近衛詠春と、京都神鳴流、あるいは『エイト・ミリオン・エンジン』がいる。

 長年の関東との禍根は、彼の活躍と手腕によって解消されている。大戦期に遺恨を抱えていても、彼らとて『魔法使い』だ。何も知らない一般人を守り、土地や街や建物を守る事は何よりも優先するだろう。
 それは相手も同じ。クラスメイトが一般人でない事を念頭に置いた上でも――女子中学生を相手に、本気に殺しに掛かって来る相手組織は、相当に限られる事は間違いない。

 其処まで話して、ただ、と彼女は付け加えた。再度の否定だった。

 「それでもだ。殺伐とした事に絶対に成らない訳じゃない。それを防ぐ為のカードが多いだけの話だ。起こり得る。いや、……多分、起きるだろう。無駄な被害を出さない事と、目的を完遂する為に犠牲を出す事は、同じだ。――――それが何者なのか、誰が行うかは、断言出来んが」

 ふむ、と彼女は頷いて、従者に命令を出した。

 「茶々丸。電話だ」

 「はい。……どちらへ?」

 「《カンパニー》の《乙女(メイデン)》へ。……少々、手を貸して貰うことにする」

 麻帆良の教員として、戦力を送る事にも限界はある。
 ならば、もう個人個人の伝手で味方を向こうに派遣するしかない。事実、そうして人材を送っている者もいる。例えば霧間凪とかだ。

 エヴァンジェリンの伝手とは、大停電前にも世話に成った、葛城ミミコだ。
 《カンパニー》は無理でも、多分、個人としてならば良いアドバイスをくれるだろう。

 「アスナとネギが最優先、とは言ってもだ。無為にクラスに被害を出すのは、本意ではないからな……」

 「……木乃香さんは?」

 「――――? ああ、無論、近衛木乃香も、かなり優先順位は高いぞ。詠春の娘だしな」

 しかし、彼女に関しては、正直、あまり不安では無いのだ。

 「近衛は……何というかな。大丈夫な気がするんだ。浚われても、力を利用されても、多分、解決出来る――――気がする」

 勘でしか無い。しかし、こう言う時の勘が、的中率が意外と高い事を、彼女は知っている。

 「それにだ。桜咲刹那がいる。……アイツを許した訳じゃないが、停電を機に変わった事も事実だ。彼女に任せるのも悪くは無いだろうよ」

 そこまで語って、エヴァンジェリンは受話器を取った。




     ●




 誤解が無い様に言うが、近衛木乃香は、本気を出した事は有る。

 ネギが解雇されると教えられた二学年末のテストの日。あの時はかなり本気でテストに打ち込んだ。お陰で普段から学年上位だったが、ますます上位に食い込んでしまった。
 図書館地下で人形から逃げようとダッシュした時や、ドッジボールをした時も、かなり本気だった。
 桜通りでエヴァンジェリンに襲われた時、正面から立ち向かった時も、本気だった。
 その時の感覚は、覚えている。

 ――――まるで、もう一人のウチが、起きたみたいやった。

 近衛木乃香の裏。
 インストールという表現を使おう。有る時から自分の中に“もう一人”がインストールされて、住み始めた。それ以来、彼女は変わる。

 本気になると、思考や性格は其のままに、見える世界が変わる。
 鮮明に、明確に、まるで自分と言う存在が、神に成ったと錯覚すらもするかのように。
 己の内に眠るインストールされた己が、周囲を支配できる気すらも、するのだ。

 だからこそ、本気に成る事を、木乃香は恐れている。

 それは麻薬にも似ていたかもしれない。
 あるいは上に立つ快楽だったのかもしれない。

 だからこそ、暴れてしまう事を、恐れている。
 自分の意識しない所で、その力に頼る事を、恐れている。

 ――――アレは、危ない。

 危ない。使っている最中に、危ないのだと、理解が出来た。

 先祖代々に長い歴史を持つ近衛家だ。近衛という名前が分かり難いのならば藤原家でも良い。かつて大化の改新を行った中臣鎌足から藤原へ。そして藤原北家から近衛家へと続いている。
 その過程か、あるいは始まりか。そう言った物に関わる存在が、多分、自分自身の裏の正体なのだろう。

 祖父や父が隠している物の正体は解らずとも、自分の中に有るモノの検討はついた。それも、恐らくは彼らの教育の賜物なのだろうが。

 「……タイミングが、良いんか、悪いんか」

 修学旅行が直ぐ目の前に有る。明日だ。

 何も知らない近衛木乃香という存在を利用して、学園長と父親が動いている事は承知の上だ。と言うか、向こうも普通に読んでいるだろう。木乃香が其れを知っている事を承知で動いている。
 その内の何割かが偽りであり、教えない代わりに多くを叩きこんであると言う事実も。
 そうまでして隠したい理由と、自分の内部に存在する物が有ると言う事と。
 けれども、その中に有るのは深い愛情だと言う事も――――知っているとも。

 「……ウチも、覚悟を決めんと、いかんなあ」

 起き上がって、部屋の隅に置かれた机を見た。
 自分の、整えられた机の上に、つい先日撮影した、幼馴染との写真が有る。

 ――――せっちゃんは、何か大きな壁を、越えたんやな。

 桜咲刹那。
 幼い頃、一緒に過ごした彼女は、大停電を機に大きく変化していた。
 良い意味で、大きく形が変化して、そして自分の隣に戻ろうとしている。

 「……ならば。ウチも――――自分に立ち向かわなければ、アカン」

 きっと自分は信頼されているのだろう。
 自分ならば、自分に絡まる無数の糸と因縁を、全て乗り越えられると、信頼されている。
 例え、その為に秘めたる猛毒を使用したとしても、それに囚われる事も無いと、思われている。

 だから、それに応えよう。
 この修学旅行は、紛れもない。



 「近衛木乃香の物語で、近衛木乃香の戦いや」



 その言葉は、正しく的を得ていた。

















 体長崩して寝込んでました。点滴四時間三日連続なんて生まれて初めて体験した。
 さて、修学旅行前の伏線は、これで殆どお終いです。

 大停電が、ネギと明日菜の最初の戦いで、エヴァンジェリンの話とするならば。
 修学旅行は、ネギと明日菜を取り巻く世界が見える話で、近衛木乃香の話でも有ります。

 次回と次々回で、京都に渦巻く勢力図の表裏、味方と敵と第三勢力がはっきりと形に成るので、それで“ああ、京都がヤバイな”と思ってくれれば作者としても幸いです。

 ではまた次回。


 PS・名前の抜けていた葉加瀬は追加しました。ミスです。御指摘、感謝します。



[22521] 序章その六 ~『時空管理局』の場合~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/12/03 14:11
 ※少しミスが多いので、後ほど修正します。




 それは《闇の福音》と、伝説の息子が激突する前。
 高町なのはがエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに協力を申し出る、少しだけ前の事。

 バサッ、と音を立てて、紙の束が床に散らばった。
 場所は、時空管理局本局の一室。

 「フェイトさん!」

 慌てたリィンフォースⅡが、ふよふよと床の書類を掻き集め、手際良く整理していくが、その光景は頭の中に入って行かない。

 「……はやて、今、なんて」

 聞き間違いだと、そう思った。
 しかし、間違いではないと、目の前の友人は言った。

 「せやから。フェイト。……なのははな、――――死んでるんや」

 恐らく、あのロストロギアと接触した時には既に。
 そう八神はやてに続けられた言葉は、彼女の耳には入らなかった。






 ネギま クロス31 第三章《修学旅行編》
 序章その六 ~『時空管理局』の場合~






 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。

 時空管理局の嘱託魔導師にして執務官の資格を有する、エリート魔導師。

 嘗て、ロストロギア『ジュエルシード』を集めた事件を皮切りに、時空管理局と接触。高町なのはと友情を結び、母の死と己の出生の真実を乗り越え、解決後はハラオウン家に養子として迎えられ――多くの努力の末に、今の地位を手に入れた。
 特に『JS事件』と呼ばれる、犯罪者ジェイル・スカリエッティの捕縛とテロ解決の功績は高く評価され、時空管理局の中では高町なのはと並び、名声を獲得している若き女性だ。

 当然ながら非常に優秀であり、魔法の腕も一流。滅多な事では冷静さを失わない。
 ――――のだが、今の彼女は、普段の様子からは考えられないほど、我を失っていた。

 無理も無い。
 無事だと確信していた、大事な友人が――――実は既に亡い事を突然に告げられて、狼狽しない筈が無いのだ。

 「……はやて。それ――は。……一体、如何いう」

 「安心してや。ちゃんと説明する。……取りあえず座るとええ。少し、長くなる」

 床に散らばった書類を拾い集めていたリィンフォースを横目に、皮張りのソファに腰掛ける様に告げる。はやての目から見ても、その狼狽ぶりはかなりの物だ。一回、しっかりと落ち付かせた方が良い。

 この半年間。つまり、高町なのはと高町ヴィヴィオが消えてから。
 フェイトの行動ぶりは、かなりの物だった、とクロノからの話で耳にしている。なのはから得た情報の中に、彼女に関わる物も有ったらしいし……要するに、仕事に打ち込む事で気分を紛らわせているのだろう。はやてだって、なのはが姿を消して以降、彼女の立場を守る意味も込めて、多少無理をして仕事をしている。

 時空管理局にしてみれば、優秀な魔導師が一人、遠くへ転位された、だけだが。
 フェイトやはやて。更にはクロノ。事情を知っている彼らにしてみれば、なのはに、本局に帰って来て貰いたいのだ。今は彼女と共に居るユーノやヴィヴィオ、アルフだって、そう考えているに違いない。

 不在の彼女の席と居場所は、守りたかった。

 「フェイト、深呼吸や。少し冷静に聞いて欲しい」

 腰を下ろし、眼を閉じて心を静めている彼女に対面しながら、はやては言う。
 彼女自身、クロノとマリエル・アテンザ、二人から話を伝えられたのは、つい数時間前の事だ。正直、己の心の整理は付いているとは言い難い――が、それでも、フェイトの方が深刻だろう。

 今後の方針や対策の意味も込めて、今は事実を確認する事が最優先なのだ。

 「ええか?」

 「うん。……御免、お願い」

 リィンが回収し終わった書類を机の隅に置き、彼女は頷いた。
 じゃあ、とはやては、クロノからの書類を手に、確認する。

 「まず、大前提として説明するけど。なのはは、――――現在、肉体に一切の生命反応が無い。誰が見ても、立派な死体の状態や。心臓は動いてないし、呼吸もしていない。脳波も無い。瞳孔は開いたまま。リンカーコアも停止。死後硬直は、既に始まって、終わった後や」

 口に出して事実を言うと中々ショックだが、はやて以上にショックを受けている人物がいるのだ。
 組織の上の立場にいるのでも有るし、己が取り乱す訳にもいかない、そう思って続ける。

 「肉体は。管理局保有の特別隔離病棟で、安置されている状態や。クロノ君が手を回してくれたお陰で、肉体の周囲に時間遅延の魔法を最大展開してある。腐敗の心配はない。――――此処までは、OKか?」

 「……うん」

 大丈夫、続けて、と言われて、はやては了解する。

 「今現在、管理局内に置いて、なのはの現状を知っているのは、三提督、クロノく……クロノ提督、ウチとヴォルケンリッター。マリエル主任とシャーリー、フェイトちゃんや。他の皆は、なのははロストロギアの影響で、遠く離れた世界へ転位した、と思っている。……そして、其れは間違いじゃないんや」

 完全に正しくも無いが、間違っている訳ではない。
 事実、彼女達だって、真実を知るまでは、そうだと思っていたのだから。

 「間違いじゃない。……間違ってはいない、っていうだけやけどな。ヴィヴィオと、そして、なのはは、確かに次元世界の辺境に居る」

 フェイトの言葉は矛盾しているが、しかし事実だった。
 高町なのは。
 彼女が、二人、確認されているのだから。




     ●




 「まず、なのは(の死体)は本物や。クローンと言う訳でもなければ偽物でもない。紛れも無く、正真正銘、半年前の訓練で姿を消した、高町なのは本人の肉体で間違いない」

 衣服やデバイスまで、事故当時と一緒だったのだ。違いは、命が有るか無いかだけだった。

 「でも、……向こうのなのはも、本物でしょ?」

 やっと、冷静になったのだろう。普段の口調と雰囲気を見せながら、フェイトは言う。
 事象の否定と言うよりも、矛盾を並べる口調だった。

 「ヴィヴィオも一緒にいる。定期的な連絡だってしてる。それだけならまだ偽装が可能だけど……アルフとユーノが接触してるもの。二人が間違いなくなのは、と言っている以上、あれが本物だ、って私は確信してる」

 「私もや。通信記録を見せて貰ったが、あれは偽物じゃない。つまり、遠く離れた先のなのは、彼女も本物と――――そう仮定をして、話を進めるべきやと、そう思う。少なくとも無関係という可能性は無い」

 「うん」

 外部に情報が漏れないよう、データ処理に奮闘しているリィンを横目に、若き乙女達は話を続ける。

 「なのはが転位した時、同じ反応が、二つ確認されている。つまり、出発地と到着地や。片方は放棄世界。片方は侵入困難な世界。前者はマリエル主任の元、ロストロギアの解析をする事で。後者にはクロノ君が手配する事で、徐々に、詳細が分かって来た」

 「なのはの転位時の様子と、原因だね」

 「そうや。ま、フェイトも知ってるから軽く流すけど」

 本当に軽く、纏める程度にはやては話す。

 管理外世界で眠っていたロストロギア、呼称名『聖杯』が、管理局の訓練で再起動し、高町なのはの魔力を感知して稼働。彼女の魔力収集に動いた事。
 高町なのはの砲撃と魔力を吸収した『聖杯』は、本体を一部欠けさせながらも、組み込まれていたプログラムに従い転位行動を開始した事。
 途中、高町ヴィヴィオを巻き込み、最後には遥か遠い世界へ漂着した。これが、約半年前で有る事。
 そして着地点である、新たに発見された世界は、通常の方法では到達困難であり、半年の準備を懸けて、物資とユーノ、アルフを送るのが精一杯だったと言う事だ。

 「ところが。つい先ほど……といっても、一日二日は前のことやけどな。解析途中のロストロギアの中から、高町なのはの肉体が発見された。発見して取り出すまで非常に苦労したらしい。曖昧な情報を渡すわけにもいかん、って言うて、情報がシャットアウトされた。だから、解析班のシャーリーは別としても、他の誰にも、なのはの体が発見された事は伝わって無い」

 緊急事態だ、と悟ったマリエル・アテンザは、彼女が情報を伝えるべき、と思った人間にしか渡さなかったのだ。彼女自身、かなり混乱していたのだろう。
 伝えられたのは、先程名前を上げた面々だけだった。

 「遺伝子や細胞やらコアやら、全てを調べた上で、なのはの体は、本物で、死んでいる、という結論が出た。今の管理局の設備を誤魔化せる偽物、っていうのは、少し考えにくい。可能性は有るけどな」

 はやては、「で、まずは、なのはの現状からや」と、リィンから渡された用紙を見ながら語る。

 「さっきも言ったが、時空管理局のなのは(死体)と、転位先のなのは(生者)は、両方共に高町なのは。記憶の欠損も無い。つまり、同時に二人の、なのはが存在する事に成る」

 「うん」

 「一応、なのはが、今どんな状態なのか、と主任を中心に皆に考えて貰ったんやけどな。結果、想像された結論が有る。管理局で言うのもアレやけど」

 その表情が、煮え切らない困った物に、見えたのは、間違いではなかっただろう。

 「率直に言えば『肉体と精神の分離』って奴やな。喧々諤々の議論の末に、同席していたクロノく……クロノ提督が最初に考えたんやけど。――フェイト、幽体離脱、って表現、分かるか?」

 「――――言葉は、聞いた覚えが有るね」

 「そうか。技術とか魔法とかで専門用語ばかりに成った議席に、一石を投じた意見やった。シンプルで簡潔な言葉だった。――――高町なのはは、あの『聖杯』で転位する際に、肉体をこっちに置いたままにして、精神だけを向こうに送ってしまったのでは? と」

 「……なんでそんな風に?」

 思ったのだろうか、とフェイトは言う。
 あの義兄は、基本的に常識に足を付けて過ごすタイプの人間だ。この世界でのオカルトめいた話の九割九分は、管理局の科学で解決出来る事を知っている。残った物だって一応の説明はつけられる。
 二人の高町なのはが居て、心と体が逸れてしまった、という考えは、余りにも唐突過ぎやしないか。

 「――――まあ、途中経過の議論は置いておく。長いし、正直、私も理解出来ん面があったしな。ただ、『幽体離脱』という現象に非常に似ている、と無限書庫から資料を苦労して引っ張ってきた。ユーノはおらんけど、幸いにも上手く情報が見つかった。――――で、最後には、さっきのクロノ君の結論に落ち着いたんや。『現在の高町なのはは、肉体が精神と切断されている。肉体は管理局に、精神は転位先に』――――ってな具合でな。比喩なのか、それとも『幽体離脱っぽい何か』なのか、その解析は専門家と、あるいは高町なのは自身に付きとめて貰う事に成った。……で、次の問題が出た」

 「――――ヴィヴィオ?」

 「そうや、高町ヴィヴィオ。――――なのはと一緒に転位した、もう一人の娘や」






 「正直に、マリエル主任の言葉を伝えるで? 『正直、不明。高町一等空尉の場合は、まだロストロギアで説明が付く。でも、聖王様の場合は、見当もつかないわ。調べてみるけど、今から困難さが予想されるから期待しないで。力に成れなくて御免なさい……』――――と、こうなる」

 参ったわ、と言いながら、はやてはフェイトに語る。

 「なのはの転位より、ヴィヴィオの転位には謎が多い。なのはは最大跳躍前、ランダムジャンプの途中で、スバルやユーノとも接触してるんや。しかし、二人は巻き込まれず、ユーノと一緒に居たヴィヴィオ“だけが”巻き込まれた。これは、「二人のなのは」以上に変や」

 「……出土したロストロギア『聖杯』が、古代ベルカに関わる遺産だった、とか?」

 「ん、主任も可能性の一つとして上げてたな。ただ、残された破片を調べた所――古代ベルカ、とは似ても似つかない時代区分だった。――――けれどもや。管理外世界で、放置された眠れるロストロギアで、しかも偶然になのは、ヴィヴィオの二人だけを選択するかのように転位させた……となると、ちょっと作為的すぎる。フェイトが言うた様に、アイテム自身に、何かしらの理由や意図が有る事は間違いないやろ」

 「……だよね」

 状況を整理すると、高町なのはとヴィヴィオの転位は、謎だらけだ。
 『幽体離脱』や、ロストロギアの意志、ではないか、と予想されていても、所詮は其れだけだ。
 そもそも、彼女達が『辿り着いた世界』の事すらも、余りにも不可解な事が多すぎる。
 謎が多く、情報を集めて何か進展するごとに、倍の謎が生まれる感じだ。

 「ヴィヴィオに関して――――聖王教会の方は、提督達の力も借りて、何とかしてある。カリムやオットーが心配してる位や。……ヴィヴィオが向こうで平和に生きてる事は事実やしな。St.ヒルデ魔法学院にも、事故によって転位してしまった為、戻って来るまで休学します、と連絡してある」

 対照的なのだ、とはやては語った。

 転位に関して、一通りの結論が見えている高町なのは――――彼女は、その身に謎が残り。
 その身には、何も異常が無い高町ヴィヴィオには――――彼女は、転位の謎が残り。
 そして、追求しようにも、余りにも膨大なピースが散らばっている。

 「一応、解明する為に班は組まれてるけど、ロストロギア絡みで、しかも謎ばかりや。管理局としても――――危険を減らしたいとも思ってると同時に、利潤も求めてる。……ウチもクロノ君から聞いたんやけど、第六次障壁に関する長距離移動や、時間遅延と初めとした、各世界の存在する座標に関するイニシアチブにも繋がるらしいし。――――人数を割けない、割いても効率に繋がらない、って感じや」

 彼女達とロストロギアの秘密が解けるまでには、時間が懸かる。
 多忙な執務官が、顔を出せる事件でもない。


 だからだ。
 フェイトに出来る事と言えば、仕事を確実に終わらせると共に、彼女達の帰りを待つ事だった。




     ●




 そんな会話をしてから、なのは本人に情報が伝わったのは――――二日後だった。
 もう、一月は昔の話に成る。

 伝えたのはフェイトだ。クロノやはやてやマリエルやリンディや、その他、彼女に関わる皆が、言うのを躊躇っている時に、彼女がなのはに、事情を、分かる限りで伝えた。
 友人である自分の仕事だと、進んで行動した。

 『……私が、死んでる、か』

 やはり、彼女も知らなかったらしい。管理局で肉体が保存されている、と聞いて、かなりショックを受けていたようだった。当たり前だ。お前は既に死んでいる、と言われて傷つかない人間は居ない。
 呆然としていたけれども、それで壊れなかったのが彼女だった。

 『そう、なんだ』

 そう頷いて、自分よりも周囲に気を使った。心の中で辛く無かった筈が無い。
 大丈夫だよ、と空元気で、無理をしていた様子を覚えている。
 あの時ほど、親友として、隣に居れない事が悲しかった事は無い。

 なのはは。
 管理局からの情報を、アルフやユーノや、そしてヴィヴィオにも、伝える事はしなかった。

 『今の私が幽霊に近いならば、ヴィヴィオが普通に転位して来たならば。――――私がそっちに帰れる可能性は、多分、低いんじゃないかな』

 静かに彼女は語っていた。自分が此方に帰れる見通しは立っていない。ユーノやアルフやヴィヴィオは戻れるだろうが、己一人だけは置いてけぼりだ。だから、母親としても――――そんな悲しい話は、出来ない。

 彼女は、そう告げた。

 その時の彼女は、とても寂しそうな顔で、誰かに良く似た眼をしていた。

 考えるまでも無く理解した。
 己の母親。プレシア・テスタロッサに似ていたのだろう。

 「……母親、か」

 次元犯罪者として管理局に手配され、己の手を取らずに虚数空間に消えていった母親を思う。
 残念な事に、フェイトを愛してはくれなかった。彼女の罪を正当化する事はしないけれども、母親として娘に持っていた愛情は本物で、本当に優しい女性だったと言う事は、理解している。

 子供を持つと、性格が変わると言うのは、本当なのだと思う。

 『――――あのね、フェイトちゃん。……プレシアさんが、この世界に、来てるの』

 彼女が“向こう”で知り合った吸血鬼の少女が、過去にプレシア・テスタロッサという魔導師と接触していた事。そして、母親が、姉にあたる、――――己のオリジナル。アリシア・テスタロッサを蘇らせた事を、フェイトは内密に、秘匿通信で聞いた。

 無論、誰にも語っていない。
 しかし、抱えるにしては――――とても重い、秘密だった。

 生きていた母親が到達した、今、親友が居る世界の事。
 蘇った姉と、離れているヴィヴィオと、多くの謎。
 時空管理局の仕事と、己が手伝えない専門外という壁。
 なにより、高町なのはが、二度とこの世界で眼を覚まさないかもしれないと言う、その衝撃。

 考える事と、頭の中を過る大事な事が、多すぎた。

 「……駄目だな、私は」

 フェイトは、疲れているのだ。
 なのはの為に、たくさんの仲間が動いてくれている。これは感謝している。
 同時に、時空管理局としても機密レベルが高い為、多くに話す事は出来ず、守秘義務に遮られている。これは納得している。

 しかし、此処まで己の心がダメージが大きいとは、とても思わなかった。

 どうやっても自分が手出しできない場所に、親友と娘が消えている事が、此処まで重いとは。
 その重圧と日常に、疲労が重なって剥がれない。

 「……全然、駄目だ」

 当の死んでいるかもしれない本人は、ヴィヴィオを鍛える為、そして古代ベルカから母まで繋がる問題から守る為に、かの地で必死で動いている。
 遠く離れた自分は、あっさりと心にダメージを負って、まるで泥の中に居る気分だ。

 そして、その迷いを忘れるかのように、無理して仕事に打ち込んでしまっている。クロノやはやてからは、状況の推移を待つしかない、休暇を取るべきだ、と再三言われているが、気が優れないのだ。

 事情を知らないながらも、フェイトが消耗している事を知って、後輩のティアナや、エリオやキャロも慰めてくれている。ティアナに至っては仕事を肩代わりまでしてくれている。

 自分でも分かっているのだ。
 現実を見据えて、高町なのはという存在に対して――――折り合いを付ける必要が有る事は。
 今の己が逃避でしかない事は、良く、分かっている。

 「……解ってるんだけどね」

 仕事にガムシャラに打ち込んでいる間は、意識を他に向けずに済む。
 限界まで仕事をして、泥の様に眠り、翌日も仕事だけを考える。
 時折行われる、遠い地のなのはとの会話も、終わった後には寂寞が募るだけだ。其れを忘れようと、覆い隠そうと、また体に負担を懸ける。

 だから、無理をして――――普段はしない様なミスで、バルディッシュにダメージを与えてしまった。
 悪循環だった。




 今、フェイトは本局へと顔を出していた。バルディッシュの調整と修復の為だ。技術部に顔を出した所、マリエルは所要で出ていると聞き、彼女の出向先の古代遺物課まで足を運んでいた。

 顔馴染みのシャリオ・フィニーノとも会話をして、デバイスを預ける。自己修復機能が搭載されているとはいえ、ここ最近、彼にも随分と無理をさせていた。調整は必須だろう。
 彼女達にデバイスを預けて、廊下で天井を見上げて、ぼんやりと時間が過ぎ去るのを待っている。

 基本がロストロギア関係の部署とは言え、技術システムは技術課以上だし、頼れる技術者も二人いる。普段通りに治して貰えれば良いのだ。『聖杯』解析という大事を、邪魔させたくは無い。

 なのは、ヴィヴィオの二人を転位させたロストロギア『聖杯』の破片は、管理局に回収されている。
 回収され、解析され――――その仕組みの一部を利用したからこそ、なのはの元へ、アルフやユーノ、予備のカートリッジ等も転送出来たのだ。

 他のロストロギアと並行して、しかも稼働の様子を見ながらだったお陰か、準備に半年も掛かってしまったが。兎に角、信頼のおける二人の仲間を、彼女達へと送る事が出来た。
 正直を言えば、フェイトが助けに行きたかった。
 助ける事は無理でも、一緒に居て、何か支える事くらいは、してあげたかった。

 「……フェイトさん?」

 「ん、……あ、御免、シャーリー。――――出来たの?」

 声を掛けられる。顔を上げると、眼鏡の女性が此方を覗いていた。シャリオ・フィニーネ――――機動六課前からの付き合いが有る、技術者だ。ロストロギアの監督から、デバイスの調整と、その才能は幅広い。

 「はい。マリエルさんがあっという間に」

 「そう。……有難う。助かった」

 短く感謝の言葉を述べて、バルディッシュを受け取る。短い挨拶をして来る彼の調子は、戻っている。
 自分の雑な扱い方で、随分と苦しめてしまった。謝ろう。

 「あの、フェイトさん」

 「ん、なに、シャーリー。デバイスの扱い方に注意、とか?」

 「いえ。それも有りますけど。……マリエル技術主任が。折角だから、ロストロギアの解析に付いて、少し話を聞いていかないか、と。――――大分、疲労も溜まっているようですし、無理はしないで欲しいんですが」

 「ん、じゃあ、……寄って行くよ。本局には長い時間の滞在が難しいし、余所へ顔を出すのも機会が少ないし。なのはとヴィヴィオの話でしょ? なら、答えは決まってる」

 「ええ。……それじゃ、どうぞ」

 促され、フェイトは部屋へと足を踏み入れた。






 それから一時間後。
 時空管理局の、高町なのはの関係者は、突如として舞い込んだ情報に、さらに身を震わせる事と成る。




 古代遺物管理課で解析途中だったロストロギア『聖杯』の断片が、突如として活動を再開し――――そして、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンと共に、消えたという、情報だった。
















 フェイト・T・ハラオウンの参戦フラグが立ちました。

 ロストロギア『聖杯』とヴィヴィオの謎、更には呼ばれた理由。この辺は頭を捻って考えて有るので、まだまだ深い謎ばかりですが、管理局の皆さんには要所要所で頑張って貰います。世界の基盤にかなり絡むので。

 最初にちらっと語った程度でしたが、原作なのはの時系列で言うと、『JS事件(StrikerS)』から三年後過ぎから交わり、四年目に入る所なので、Forceの二年前、Vividの直前くらいの物語です。

 ではまた次回。
 京都に揃った役者達の姿を、御期待下さい。



[22521] 第三部《修学旅行編》 狭章(表)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/12/07 22:29


 ネギま クロス31 第三章《修学旅行編》 狭章(表)






 京都。
 かつて日本の中心として栄えた、古の都。

 今、その遥かな歴史の中においても類を見ない、未曾有の大騒乱の舞台が、構築されていた。




     ●




 京都北区に位置する『炫毘神社』には、裏の顔が存在する。
 即ち、関西呪術協会総本山という顔だ。

 「良く来てくれました、アルトリア」

 本殿の上座で正座する近衛詠春は、一足早く駆け付けてくれた友に、頭を下げる。
 《赤き翼》の第五席《侍》の目の前に居たのは、共に戦場を駆けた友、第三席の《千剣姫》だった。

 「ええ。他ならぬ戦友の頼みです、詠春。――――息災そうで、なによりです」

 「寄る年波には勝てませんよ。……貴方は相変わらず、変化が無い様で羨ましい限りです」

 「年は取りませんから。……そう言えば、少し痩せましたか?」

 「ええ。少々、無駄を削ぎ落としました。老けると、肉は重くていけませんからね」

 アルトリアの目には、大戦期よりも痩せた詠春が映っている。一見すれば弱く成った様にも見える。
 本人は謙遜しているが、彼女には見抜けていた。握力や腕力は落ちたかもしれないが、間違いない。落ちた肉は余分な物。剣速を初め、日本刀における戦いの技量は向上している。

 頼もしい限りだ、と内心で微笑んで。

 「では早速、現在の京都における状況説明と、ネギ及び3-Aクラス警護の打ち合わせを致しましょうか?」

 「ええ。準備はしてあります。では別室に案内しましょう。……あ、その前に――――紹介しておきましょうか」

 直ぐ様に動こうとしたアルトリアを、詠春は軽く制して、一人の女性を呼び寄せた。
 壁際に控えていた女性は、眼鏡を懸けた理知的な和風の女性だった。

 「今回、3-Aのガイドとして木乃香の護衛に付けるのが彼女です。――――自己紹介を」

 詠春の言葉に、はい、と頷き。
 女性は、アルトリアの目の前で、丁寧に頭を下げ、名乗った。

 「天ヶ崎千草、と申します」




     ●




 烏丸通り・東本願寺前。

 「相変わらず、人が多いんやなぁ」

 どうしても、人混みは慣れない。
 そう小さく呟きながら、街中を歩く女性がいる。
 大学生くらいだろうか。全体的に柔らかい色彩の服と帽子を纏った、如何にものんびりとした雰囲気の女性だ。特別な美人ではないが、可愛らしく整った顔をしている。

 「街は暑いし、人は多いし……」

 はあ、と息を吐きながら、ふらふらと歩いている。
 その歩き方は適当そのもの。気の向くまま、自由奔放に行動しているかのようだった。

 しかし、見る者が見れば、気が付いただろう。

 勝手気ままに動いている様に見えて、その動きが常に周囲と連動している事を。
 その好き勝手な動きは、しかし一切、周囲に被害を与えていない事を。

 「祇園寺君の家でゆっくりさせてもらえば、良かったんやろな……」

 まるで、人間と言う集団の中に溶け込む様に。
 互いに干渉しあう波の中で舞い踊る様に。
 人間の流れを把握しているかの様に。

 彼女は空間を、支配している。
 彼女は領域を全て把握しているのだ。

 周囲に有る全ての動きを把握し、決して己が邪魔に成らない様に行動している。

 「――陽が沈むまで、時間を何処で潰そかなぁ」

 天才・果須田祐杜が生涯最後に生み出した、最高傑作。
 彼女こそが人類の至宝《完全なる王(パーフェクト・キング)》。

 鈴藤小槙は、街の中を彷徨っている。




     ●




 京都駅構内・某食事処。

 座敷の奥まった一室に席を取り、早めの昼食を取っている二人組の男がいた。
 一見すれば大学生風の二人。片方はラフな私服の青年。もう片方は、どこか剣呑に見える男だ。

 「……それで、羽原。探れたか?」

 「ああ、下調べはな」

 テーブルの上に置いたコンパクトなノートパソコンを、くるり、と引っ繰り返して、羽原と呼ばれた男は、向かい合う男にデスクトップを見せる。表示されているデータは、何処かの旅館の詳細だった。

 「凪と麻帆良学園生徒が滞在する旅館へ、俺達が泊まる為、宿泊予定も入れてある」

 「先程、語尾が限定系だったな? ……何か不明な点でも?」

 「――――俺達が予定を入れたのと、ほぼ同じ時期に、予約が幾つも入ってる。……言いかえれば、同方向のアプローチが確認されてるんだ。ただ、その宿泊客が、掴めない」

 「お前でもか?」

 「俺でもだよ、高代さん」

 湯呑みに入った緑茶を口に運び、困った様に羽原――――羽原健太郎は、呟いた。

 「一応、凪の助けに成れる程度には才能が有る、と自負している俺だけど、相手の尾が掴めない。それなりにしっかりした旅館、と言っても普通の旅館だ。俺が壁を破れない筈が無いからね。と言う事はだ。つまり――――」

 「隣室、同フロアの住人が、一筋縄では無い、と言う事か」

 「そういうこと。多分、相当大きな組織が一枚噛んでるんだろう。その組織が、旅館そのものを監視するか何かして、此方に情報を与えてくれない、と言う事だ」

 まあ、アクセスできないが故に――――逆に相手が存在する、という事実も読めるのだが。
 それは相手方も承知の上だろう。

 「で、そっちは?」

 「ああ」

 頷いて、高代亨は静かに頷いた。

 「大丈夫だ。問題無い。得物の準備は、整った」

 「そうか。心強いよ」

 何せ、この高代亨という男は、霧間凪の知人の中ではトップクラスに高い実力の存在だ。
 京都で起きるだろう大騒動では、非常に頼りになるだろう。




     ●




 千本中立売。某所。

 鉄筋コンクリート六階建てのマンションが有る。四年ほど前までは骨董アパートと呼ばれ、倒壊して再建築された今では、唯の塔アパート、と呼ばれている建物だ。

 この建物の一部屋は、実は『戯言使い』こと井伊入識(偽名)の仕事場で、住居だった。

 無論、彼は今現在、遠く離れた麻帆良で教師として妻共々潜入している為、彼は住んでいない。同様に、闇口崩子も住んでいない。しかし、誰も住んでいない、訳ではない。

 奥部屋に置かれたベッドで、惰眠を貪る人間がいる。
 一応、他人の部屋と言う自覚はあるらしく、清潔に使用しているらしい。しかし同時に、勝手知ったる他人の家、という事か。部屋の中には、まるで大学生のワンルームマンションの雰囲気が満ちていた。

 「――――んが」

 唐突に、ぴく、と動き、のろのろとした動きで、枕元の携帯を取る。最小に設定されたバイブレーション機能が、メールの着信を告げていたのだ。

 「……あー。あーあー、……何だよ?」

 気だる気に眠りから覚め、むく、とベッドの上から身を起こしたのは、顔面に刺青を入れた、若い男だった。細身の体に、気紛れそうな瞳を持つ、童顔の男。しかし年齢は、成人以上だろう。

 携帯の時計を眺め、時間を確認し、意外そうな口調で彼は言う。

 「……まだ昼間じゃねえか」

 人の眠りを妨害しやがって、と呟きつつ、携帯を弄る。別に体が長時間睡眠を欲している訳ではない。が、休める時に休もうと思って、思い切り睡眠を取っていた事は事実だった。明日からの五日間で――――起きるだろう騒動を考えると、体力を温存しておくにこした事はないのだ。

 「誰だよ……。――――……アイツか」

 確認した後、仕方ねえなあ、と言いながらもメールを確認する。
 この男、人格破綻者のくせに身内には異常に甘い。指名手配のくせに、妙にお人好しと呼ばれている位だ。最も、そう呼称する相手は、彼の周りの同じ人格破綻者だけなのだが。

 メールには、こう書かれていた。

 『お兄ちゃんへ。此方の準備は整いました。“許可”も取れましたので、どうぞご自由に動いて下さい。昼寝なんかしてちゃだめですよ? 警察に捕まっちゃだめですよ? 戯言使いさん曰く、京都の警察は手強いそうですから』

 「へーへー。……心配しないでも知ってるよ」

 妹からの連絡に、横柄な態度で頷いた彼は、身を起こす。
 つい今まで、すっかりと忘れて惰眠を貪っていたのだが、それは見ない振りだ。伝えたら細々と怒るに違いない。妹のくせに世話焼きなのだ。彼女は。

 「……しゃあねえな、ったく」

 何よりも家族を大事にする彼ら一賊は、身内の危害を見過ごさない。
 彼の場合は意識が希薄であり、家族と認めたのは死した兄一人故に、其れほど柵に囚われてはいないが――――あの妹は別だ。麻帆良の大学に通いつつ、自分より経験豊かな妹を構っている。

 気乗りはしないが、兄の務めは、果たしてやらないといけない。

 「そんじゃま――――殺して解して並べて揃えて晒してやりに、いきますかね」


 そう言って、零崎人識は動きだした。




     ●




 「詠春。現状、京都の様子は如何なっているのです?」

 呪術協会本拠地の奥まった一角、会議室で地図を見ながら会話を交わす伝説の二人である。
 空中に投影されるように浮かぶ京都市内地図。其処には、3-A生徒が巡る各名所に加え、総本山や関係組織等の拠点がマーカーでポイントされている。

 「来る途中で気が付きました。野鳥やゴミに紛れて式が飛んでいる事にね」

 「ええ。総本山の術師の何割かは、市内に展開させています。個人的には絞りたい所ですが……昨年の問題も有って、《協会》からの命令が強いのでね。何か有ったとしたら不味い、と厳重に言われてしまいました」

 「ああ。――――《螺旋なる蛇》ですか。なるほど」

 昨年、魔術結社同士が激突した影響で、『魔法世界』と下部組織《協会》との京都での監視が強くなっているのだ。

 別にそれで介入される程《関西呪術協会》は隙を見せてはいないが、表の体裁を整える為にも、有る程度の人材は防止役として市内に潜ませなければいけない、と言う事なのだろう。

 正直、各個撃破の可能性が上がってしまう。が、魔法使いが無辜の市民を守る事を謳っている以上、避けられない行動では有る。

 「最も、日中の京都市内で、めくらめっぽうに無差別に暴れる者は居ないでしょう。今回、騒動が起きる場所は、まず間違いなく3-Aとネギ君と木乃香の行く先です。《完全なる世界》が、京都で何を狙うのかは不明ですが、其処には必ず『目的』と『意志』が有ります。それを読み解けば、自ずと対策も見えて来る」

 「ふむ」

 「……私と貴方を初め、《完全なる世界》幹部クラスとも十分に互角に戦える援軍を集めてもいます」

 力が強い者がいるだけで、随分と大きな抑止力になりますからね、と彼は続ける。

 「もう一つ。裏山の奥深くに封じてある、あの大鬼」

 「スクナ、でしたか?」

 彼女の言葉と同時に、総本山の裏から山奥に分け入った、広い湖が表示される。
 十数年前に――――ナギ、詠春、そして幾人かの協力者の手で、あの地に封印された話は、有名だ。

 「ええ。両面宿禰(リョウメンスクナノカミ)。あちらにも、信頼のおける者が既に向かっています。敵に利用される事は無い、……筈です。相手が相手だけに、断言はできませんが。あ、後、これは確定情報では無いですが――――麻帆良の学生が宿泊する、ホテル『嵐山』」

 ふ、と地図の上にホテルの印が浮かび上がった。

 「随分と前から、予約が埋まり始めています。――――どうも、「敵」と言う訳では有りませんが、「味方」でもない……。3-Aの関係者、と言うべき立場に有る組織、個人が、集っている訳です。集まった事が偶然か、必然か、それは不明ですが……ともあれ、下手に宿泊場所に喧嘩を売る馬鹿は居ない、と言えるほどに、戦力が集中しています」

 「なるほど」

 自分の手元に有る情報を総合するだけでも、京都は明らかに戦力過多になっている。向こうが相当の戦力を持って来ても、迎撃するだけの人材や準備は有る。

 それだけ、自分も相手も、京都での事件に――――より正確に言えば、渦の中心にいるだろうネギと3-Aに注目が集まっている、と言う事なのだろう。

 この旅行で発生する騒動が大きい物で有る事は間違いない、と確信している詠春だが。同時に、本当に、京都だけの問題なのか、という疑問も過っている。
 遠坂やイリヤスフィールが裏で動いているとはいえ、『魔法世界』の闇は不安定に過ぎる。

 嵐が何処まで大きくなるのかは、例え歴戦の彼らでも読めなかった。




     ●




 遠く離れた、英国・ヒースロー空港。

 世界最大規模の空港には、ターミナルが五つある。その内の第五ターミナルはイギリス国内向けで、第二ターミナルは工事中。残った、第一、第三、第四ターミナルの――三番目。日本へと向かう搭乗口の傍に、一人の女性がいた。

 非常に目立つ女性だ。黒髪に、和風の顔立ちの美女、というだけならば左程珍しくも無い。しかし、巫女服にも似た衣裳に、傘を被って顔を隠し、オマケに厳重に梱包されている細長い包みを保持している。
 場所と時代が、非常に浮いていた。

 「やれやれ、全く。――――ここから日本へ向かうのは、面倒ですなぁ」

 軽く溜め息を吐く。仕方が無い事とは言え、出来る事ならばもっと日本近くに転位したかった物だ。

 しかし、向こうの都合が付かなかった、と言うのならば諦めるしかない。愛用の得物はカウンターに預けて申告しなくてはいけないし、フライト時間も考えると……日本に付くのは、予定時間ギリギリだろう。

 「ま、兄様もおるから大丈夫やとは思うけど」

 息を吐きつつ、窓から灰色の空を見上げる。
 イギリスの街空は、何時見てもすっきりしない、曇り空だ。
 優れない気分を形にするように、大きく息を吐いて――――。




 はあ、と息がシンクロした。




 「あら」

 周囲を見回して悟る。声の出所は、すぐ傍で空を眺めていた男だった。
 顔に疲労が溜まって見えるのは、多分、世間というよりも組織の柵に苦労しているからか。

 「sor……いや、失礼」

 相手も意外だったのだろう。英語で謝る途中、彼女の容姿を見て直ぐに日本語に変える。所々のイントネーションと丁寧語にやや不安が残るが、かなり流暢だった。
 何と無く眼が合い、黒コートに身を包んだその大男は、丁寧な口調で話しかけて来た。

 「つい溜め息を吐いてしまって。――――見た所、日本人の様ですが……帰郷ですか?」

 「ええ。丁度、仕事にも蹴りが付きましたし。親戚にも顔を出す様に呼ばれていますので。其方は?」

 「仕事です。顔見知りを迎えに出る必要がありましてね」

 困ったものです、と、その“魔術師”は頷いた。
 彼女の眼力ならば、読みとる位、簡単だ。

 紅い髪。目の下のバーコードの様な紋様。常に懐に潜められた片腕の先には、恐らく武器が眠っているのだろう。格闘能力は彼女に全然及ばないが、足運びや周囲への気配の探り方を見ても、結構な修羅場を潜り抜けた実力者だ。

 「もしや、同じ飛行機かもしれませんなあ」

 「ええ。こちらとしても、貴方の様な方と一緒になるのは……ええ、少々、心が騒ぎます」

 注意深く、相手は言葉を選んだ。その態度で、彼女も気が付く。
 相手もどうやら――――自分の事を、裏社会に関わる人間であると、見抜いたらしい。
 英国で、魔術師で、海外へ向かう事が多いとなると――――この男。恐らくは《必要悪の教会》だろう。自分ならば簡単に対処できるが、しかし余分な騒ぎを起こすつもりは無い。

 彼女の目的は、さっさと帰って、故郷の騒動を収める事なのだ。

 「上手いなあ、流石は英国紳士さん。ウチもそうやけど。……安心せいや。日本に帰るまでは、何も起きんでしょう」

 自分は何もしない。
 だから、貴方も何もするな。

 「ええ、でしょうね」

 暗に示した言葉は、相手に伝わったらしい。

 折良く響いた放送に合わせ、微笑んで軽く頭を下げ、背中を向けて搭乗口へと歩いて行く。あの男より上の実力者は多いだろうが、風格からしても、一端のプロである事は間違いない。

 取りあえず、愛刀と式・烈風を飛行機内で広げずとも大丈夫だろう。

 京都神鳴流師範代・青山鶴子は、そう思った。




     ●




 京都南東に位置する、ホテル『嵐山』。

 明日から、埼玉県麻帆良市にある中学生達が修学旅行に来ると言う事で、旅館は事前準備で大わらわだ。
 勿論、営業もしているし、一般のお客もいる。中学生達に人手が取られる為に、人数制限こそ有る物の、普段通りの応対がされている。

 「部屋の予約をしたものですが」

 そんなホテルのフロントを訪れた青年が居る。

 視力を補うよりも、顔を隠す意味合いの方が強そうな眼鏡を懸けた人物だ。顔立ちも決して悪くは無いし、衣裳や服装には地味だが光るセンスが見え隠れしている。一歩間違えれば、自分の世界に閉じこもってしまう印象を受ける人物だろう。

 影が有る、と言うのだろうか。
 クラスの中で自然と孤立する空気を持った――――しかしそれでいて、地味な才能を持っていそうな男だ。

 「はい。お名前をお聞きしても宜しいですか?」

 フロントの受付嬢は、笑顔のまま、さり気無く彼を観察する。

 顔は平均レベル。背格好も並み。健康的か不健康か、と言えば、後者だろう。しかし資金力はあるらしい。身に付ける衣服や、各所に見えるさり気無い地味な装飾は、地味だが高価な物だった。

 青年は二つのケースを携えている。片方は革製の頑丈な年代物トランク。もう片方は、使い古された実用的な布鞄だ。片方の中身が衣類だとして。……果て、もう片方は何なのだろう。

 この男性と良い、つい数時間前に旅館を訪れたカップルと言い、あるいは兄妹と言い――――妙に、荷物を多めに運ぶ客が多かった。

 お客のプライバシーを詮索する事は厳禁だと知っていても、好奇心が刺激される職員だ。
 そんな彼女の思惑を余所に、彼は表情を変えずに、名前を言う。

 「……桜田ジュン、と言います」




     ●




 廊下の途中で、何処となく影の有る青年と擦れ違う。その片方の手に、大きめのトランクが抱えられている事を、乾紅太郎はさり気無く確認した。

 互いに表情を見せず、無言で擦れ違う。一瞬だけ見えた鍵から読み取った数字は――――己の部屋の近く。如何やら青年は、自分達の部屋のすぐ傍に宿泊するらしい。
 果たして、これを良いと見るか悪いと見るかは、個人の立場によるだろう。

 「……先輩、今の人って」

 青年が部屋へと消え、十分に距離を取った所で、同伴していた傍らの少女が声を上げた。
 今回の仕事を一緒に行う、紅太郎の後輩にして同僚。桧絵馬茜だ。

 「うん。多分、訳有りの人間だろうね、僕達と同じ」

 「ですね。……やっぱり、あのトランクの中に何か?」

 「そうだね。入ってると思うよ。――――僕達と、同じでね」

 大事な事を二回、態々と繰り返す。

 そんな彼ら二人は、京都に本拠地を置く民間企業『EME』のエージェントだ。
 元々、京都の陰陽寮からの歴史を有し、第二次世界大戦以降は世界各国の対魔組織と連携を結ぶようになった『八百万機関』。それを英語読みで『EME(エイト・ミリオン・エンジン)』である。

 政治的圧力に無関係な立場を持っており、ある意味独善的ともいえる判断で動く組織だが――――その自力は高く、仕事振りも良いので、信頼がおかれている。他者からの依頼を受ける事は少ないが、独自の情報網と結びつきで、協力同士にある相手も多い。

 「水狩部長から聞きましたけど。今の京都って異常ですよね?」

 「うん」

 まあね、と紅太郎は頷いた。昼行燈だが腕は確かな部長からは、珍しくも、しっかりと命令を受けている。曰く『極力、民間への被害を減らせ』との事だ。

 「魔術結社同士の抗争で、《協会》が目を光らせている……。でもそれは、決して、この街が安全、ってことじゃないんですよね」

 「そうだよ、茜ちゃん。監視の強化は簡単だけど、同時に人手が分散する。『魔法世界』や《協会》が、人材を派遣すると言っても限られている。そんな不安定な状況で、街にやって来る連中は単純な筈が無い。言いかえれば、《協会》の警告なんて簡単に無視できるアウトローが来る、ってことでも有る。勿論、実力も高いだろう。……それはつまり、各地に問題の火種が有る、ってことだ」

 街の片隅で、術者が秘密裏に始末されている可能性がある――――とまでは、流石に言わないが、近い事は有るだろうし、集中していない隙は突かれるだろう。撹乱され、相手を取り逃がす目算も高い。

 彼らを相手にするのは、彼らに因縁の有る魔法使い達に任せるとしてもだ。

 「僕達の仕事は、普通の人達を守る事。日常を守る事だ。それを忘れなければ良いよ」

 そう言って、紅太郎は、さて、と“恋人役”になった後輩に声を懸ける。

 「偽装も兼ねて、何処かに行く? 茜ちゃん?」




     ●




 『じゃあ、少し遠いですけど、祇園の「大原女屋」まで行って休憩しませんか?』

 廊下から聞こえる声に、ふむふむ、と頷き、盗聴をしていた少女は同室の男性に告げる。

 何故かメイド服を着て、腰には日本刀を指し、眼帯で片目を覆った美少女だった。

 「主様。隣人は如何やら、外回りに行くようです」

 「ああ。……それで、もう一人の方は?」

 返された声に、はい、と頷き少女はトランクに偽装した、超高性能の盗聴用機械を弄り、別の部屋を探る。幾ら外見はアレでも、その実、アウター・葉月の品物だ。大抵の情報は入手できる。

 やがて聞こえて来たのは、別の声だ。
 ぶっきらぼうな男の声と、傲慢そうな子供の言葉だった。

 『全く、なんで俺がこんな仕事を。……おい、真紅。出てきて良いぞ』

 『到着までが長いのよ、ジュン。……喉が渇いたわ、紅茶を準備しなさい』

 その会話が発進されているのは、二つ離れた部屋だった。
 外に出て行った二人組と擦れ違った、根暗そうな男性が、その部屋の持ち主。廊下の時点では一人だったが、今に成って、声は二つ聞こえている。と言う事は。

 「誰と会話をしているのでありますか?」

 「大方トランクの“中身”だろうな。少し待て、今調べている」

 少女の言葉に、部屋の中に居た男性は、静かに返す。

 不敵な笑みと、眼鏡の奥の冷徹そうな瞳が特徴の、精悍な男だった。スーツ姿に身を包み、雰囲気だけを見れば道楽者だが、身に纏う空気は、紛れもない、――――気楽な人間では決して手に入らない、戦場を知る一流の男の物だ。

 仮にこの場に川村ヒデオが居たら、絶句するだろう二人が、部屋の中には居た。




 男の名は、伊織貴瀬。
 従う少女は、白井沙穂。

 闇金や武器売買を初め、各種悪徳事業に手を染める『伊織魔殺商会』の、社長と、その妹分である。

 副社長のフェリオールの進めに従い、“社員旅行”でこのホテルに宿を取ったのだ。勿論、確信犯である。



 綺麗な指で操作されるPCの画面に、やがてホテル『嵐山』の宿泊リストが浮かび上がった。

 「ほう、随分と予約リストが埋まっている」

 呟いた貴瀬は、自分と同じフロアに居る宿泊客を眼で追って行った。

 「主様。確か、麻帆良学園3-Aは、本館の、二階に泊まるのでしたか?」

 「そうだ。麻帆良学園の中等部の内、3-A“だけ”が本館二階に泊まっている。他のクラスが一階や別館なのに対してな。――――これは、一種の隔離政策だろう。そして当たり前だが、彼女達の様子を伺える、本館三階の高級部屋には、俺達の様な、関係者が集まっていると言う訳だ」

 面白いぞ、見てみろ、と貴瀬は沙穂に画面を見せる。

 ホテル『嵐山』。
 宿泊客は、揃いも揃って、一筋縄ではいかない連中ばかりだった。




     ●




 「ところで詠春。尋ねますが」

 しずしず、と木張りの廊下を歩く二人の向かう先は、客間だ。
 アルトリアの宿泊部屋へと案内される途中で、彼女は前を歩く友人に、小声で声を懸ける。彼らだからこそ聞き取れる、囁く様な声量だった。

 「なんです?」

 「天ヶ崎千草。……彼女は信頼が置けるのですか?」

 「……私の見立てに不安が?」

 「いえ、そうではなく」

 誤解させてしまったら謝ります、と言いながら、アルトリアは語る。

 「決して全員では有りませんが、あの大戦期で印象に残った人材は、記憶に残っています。――――天ヶ崎、と言う名前は」

 ――――記憶の中でも、結構にしっかりと残っている名前では無かったか。

 決して味方だった訳ではないが、あの『魔法世界』での大戦で出合い、そして死によって別れた人々の中に、その名を冠す者がいなかったか。

 「……ええ、おっしゃる通りですよ」

 詠春は静かに頷く。

 「私達の知る、あのアマガサキの娘です。実子では無い様ですがね。――――大戦期の後、関西呪術協会が引き取りました」

 「その彼女を、クラスのガイドとして、同行させて良いのですか?」

 「ええ。確かに最初に出合った時は、刃を向けられましたが――――」

 侍は語った。

 彼女の両親の死に関わった《赤き翼》に、幼かった彼女は憎悪を向けた。その標的は自分だった。彼女が狙える唯一の相手だったからだ。無論、百戦錬磨にして歴戦の勇士である自分に叶う筈が無い。

 彼女を捉え、面倒を見て、“知人”に修業を付けさせ、関西呪術協会へと招き入れた。

 「――――今の彼女は大丈夫です。絶対に」

 断言出来る。自分達の目の前を歩く彼女は、もう自分達へと憎しみを向ける事は止めている。
 無論、それで《赤き翼》がした事を許した訳ではない。けれども、彼女なりに折り合いを付けて、個人の憎悪を抱える事は止めたのだ。

 「それに、ネギ君達に付けるのは、千草さんだけでは有りません。彼女のサポートもいます。心配はいりませんよ」

 詠春の言葉に込められた、強い意志を。

 「――――分かりました。詠春。……貴方の言葉を、信じましょう」

 アルトリアは、信じる事にした。
 彼女の勘が、信じても良いだろうと、告げていた。




     ●




 ホテル『嵐山』。

 本館・三階の宿泊客は、以下の通り――――。


 『睦月』 「高代」様。

 『如月』 予約は入っておりません。

 『弥生』 「時田」様。

 『卯月』 「鈴藤」様。

 『皐月』 「桜田」様。

 『水無月』 「乾」様。

 『文月』 「伊織」様。

 『葉月』 「高遠」様。

 『長月』 「姫神」様。

 『神無月』 「八雲家御一同」様。

 『霜月』 「八雲家御一同」様。

 『師走』 予約は入っておりません。






 騒乱の火種は、確実に、撒かれていた。

 それを、ネギ・スプリングフィールドは、知る由も無い。
















 敵も味方も関係者も第三者も盛りだくさん。次回は《完全なる世界》一行と謎勢力です。

 アルトリア(Fate)、鈴藤小槙(消閑)、羽原健太郎と高代亨(ブギーポップ)、零崎人識(戯言)、桜田ジュン(Rosen Maiden)、乾紅太郎と桧絵馬茜(EME)、伊織貴瀬と白井沙穂(マスラヲ)、青山鶴子(ラブひな)、ステイル・マグヌス(禁書)……エトセトラ。
 今迄は麻帆良敷地内でしたが、旅行中は各地で絡んできます。これぞ、多重クロスの醍醐味でしょう。

 ではまた次回。『聖杯』の謎と、意外な人々を、期待してくれていると嬉しいです。
 ヤバイ奴が出ますよ!



[22521] 第三部《修学旅行編》 狭章(裏)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/12/12 02:30
 隔離世の中に、一つの城が浮いていた。

 現実とも異世界とも違う、ただ空間だけが広がる世界。これから世界が生み出される、白いキャンパスとも例えられる、広大にして無限の概念を併せ持つ空間に、一つの城が、まるで航行する様に浮いている。

 巨大な岩塊を基盤にして、複数の塔を併せ持つ城だ。古代遺跡にも思える城構えに、閉ざされた感情な鉄門。城の周囲は整地され、緑の草木と土、落下防止の石壁で覆われている。

 格子が嵌った窓が僅かに有るだけで、光源の数は多くない。
 吹き抜けの通路や、渡り廊下でさえも、一層の不気味さを盛り上げる演出材料にしか見えない。見るからに陰鬱そうな外見に違わず、内部も決して明るく開放的な構造に成っている訳では無かった。

 「――――私が言うのも何だけれど、ずっと居て、良く気が滅入らないわね」

 その城の内部の廊下を歩きながら、一人の少女が、口を開いた。
 前を歩く、全身を黒の衣服で覆った男へ向かってだ。

 「何、慣れだ」

 男の顔は伺えない。顔が陰で殆ど見えないという事実もそうだが、顔面が仮面で覆われているからだ。
 声も無機質に聞こえるが、長い付き合いである少女には――男の声の中に、楽しげな物が混ざっている事は、感じ取れた。

 何かと一人が多いこの男も、親しい身内の来訪は歓迎するのだ。

 「そうは言ってもね、デュナミス。引き籠りは健康に良くないわよ? 『魔法世界』や現実に顔を出せば、とは言わないけどさ。せめて城内に運動設備を整えるとか」

 「私も考えはしたのだがな」

 はは、と低い笑い声と共に、男――――デュナミスは、少女へ返す。

 「元々が古い城を無理やりに改装した物だ。しかも二十年以上も昔に。半分以上を占める研究設備に加え、エネルギー、隠密・防御性能と、空間航行能力で空間の一割ずつを使っている事は、君も知っているだろう? 後は、雑貨や食料、居住空間で一杯だ。腕が錆びない様にするだけで限界だ」

 「そうだとしても」

 一ヵ月おきに来る度に、わざわざ、別に敢えて暗さを演出しなくても良いではないか、と思う。

 蝙蝠や吸血鬼では有るまいし、日光――――は隔離世まで届かないにしても、人工的な光を浴びて何の不都合があるというのだ。明るいなら明るい、暗いなら暗いで、中途半端な状態は体に悪い。

 「――――何、一つの心構えみたいなものだよ、アリシア」

 デュナミスは、少女の内心を読み取ったかのように、語った。

 「今の私は雌伏を肥やす時だ。こうして闇と影の中に隠れ、次なる行動に向けて準備を整える。――――その為の期間である事を、己に言い聞かせる為に、敢えて余分を捨てて有ると言うだけの話。煌々とライトアップされる城で、湯水のように金を使用し、それで一生懸命に準備をしています……とは説得力に欠けるだろう? そう言う事だ」

 「……少し極端な気もするけど」

 まあ、貴方が納得しているならば良いわ、と彼女は告げ、其処で会話を打ち切った。
 会話の間に、城内の目的地へと到達したからだ。




 この施設の、嘗ての責任者は、プレシア・テスタロッサと言った。
 少女の――――アリシア・テスタロッサの母親だ。




 此処は、《完全なる世界》移動拠点『時の庭園』である。






 ネギま クロス31 第三章《修学旅行編》 狭章(裏)






 嘗て《完全なる世界》の技術主任の地位に付いていたプレシア・テスタロッサは、大戦前に一つの研究施設を造り出した。『魔法世界』の辺境に眠っていた城と、周辺の大地を諸共に改造した、極秘施設だ。

 仮に時空管理局の人間が、その様相を目撃できたのならば、理解出来たに違いない。研究施設は、彼女が、この世界へと来訪する前に住んでいた『時の庭園』の複製そのままだった。

 《完全なる世界》総合技術開発本部――――通称を『時の庭園』。

 プレシアの第一声から、組織内では、そう呼ばれる事と成る。

 己の娘を蘇らせる為、彼女はこの施設で研究を進めると共に、出た利益を《完全なる世界》の一員として還元する事で、『魔法世界』の混乱を生んでいた。

 仮にメセンブリーナ連合、ヘラス帝国に発見されていた場合、施設が抱えていた大量の証拠や技術が、接収と言う名目で流出していた事は想像だに難くない。其れほどまでに、プレシア・テスタロッサの魔法技術は、この世界からすれば異質だったのだから。
 戦争の裏で、この施設から出た技術が、双方に渡され、戦禍を拡大させていた。

 大戦が終わりに近づくにつれ――――『時の庭園』は、徐々に稼働率を落とし始めた。研究者が減り、各種情報が消され、そしてプレシアの研究の決着と共に、最低限のシステムを除いて停止し始めた。
 そしてプレシアは施設を、娘の蘇生とほぼ同時期に、空間の狭間、隔離世へと封印したのだ。
 彼女はその後、娘を安全な場所へと預け、『造物主』達ら最高幹部達と合流。最終決戦の場『墓守人の宮殿』に置いて――――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと戦い、敗北した。

 《完全なる世界》について、少し詳しく調べれば、手に入る情報だ。まあ、組織そのものを知らない者が大多数を占めるが故に、結果として殆ど秘匿されているのだが。

 「……けれど、それは手元に有る」

 有るんだよ、と、アリシア・テスタロッサは呟いた。嘗て稼働していた、そして今、再び動いている研究フロアを歩きながら、自然と出た言葉だった。

 嘗て母親が、己の為に造り上げた城だ。戦争の裏操作という悪魔に魂を売り渡し、身命を賭してまで――――自分への愛情故に稼働させた研究施設が、この場所だった。
 正直、気楽に過ごす事が出来る空間では無い。

 再度の命を手に入れた時、アリシアは母親の所業を、全て教えられた。自分を復活させた――――あのマリアクレセルという天使の出した条件の中の一つが、彼女の行為を、アリシアが知る事だったからだ。

 自分の母親の罪が、この『時の庭園』には刻み込まれている。蘇らせた娘に、母親の犯した罪を背負わせる。そんな非情さは、天使達にしてみれば、確かに必要だったのだろう。

 死者蘇生という、理を覆す代償に比較すれば安い物なのだろうか。
 それとも優しい顔をした天使が残酷だっただけなのか。

 母の行為を知ると同時に、『時の庭園』の場所や、稼働コードも、アリシアは手に入れていた。『魔法世界』のどの場所に封じられ、どうすれば稼働し、そして実験を行えるのか。

 全て――――十二分に、知ってしまった。
 この城の、隅から隅まで、何が出来て何が出来ないのか、全て把握していると、言っても良いだろう。

 アリシア・テスタロッサは、母では無い。
 プレシアの知識を受け継いでいても、彼女の記憶を受け継いでいる訳ではないし、才能や技量は自力で磨かねばならなかった。蘇生時にリンカーコアが同伴して来た事は驚いたが、それでも訓練で魔法技術を習得したのだ。

 アリシアは、プレシアが文句なしに認めるほど、真っ当な性格をしていた。

 だから、当たり前だが、迷った。
 この『時の庭園』を、再度、稼働させて良いのか。
 あの大戦の時と同じく、《完全なる世界》の拠点の一つとして動かし、利用しても良いのか。
 結論が出たのは、決して昔の事では無かった。




 「やはり気分が優れないか。……毎度毎回、自分を責めるのは、程程にするべきだろう」

 「……良いじゃない、別に。――――私の譲れない部分だもの。ここに来る事は」

 デュナミスの言葉に、トーンの落ちた声で返す。

 やはりそうだ。研究棟へと足を踏み入れると、自然と心が重くなってしまう。暫くすれば復活するとは言え、心に抱える物は、早々消えない。

 しかし、だ。母の残した遺産とも言うべき物を、こうして使うまでの葛藤は、デュナミスとて承知の上の筈だ。忠告や気遣いも、度を過ぎれば煩わしいだけになる。

 正直に言おう。確かにこの城に来る事に、抵抗は残っている。過ごすだけでなく、動かす事に付いて――――懊悩が無いと言えば、嘘に成る。迷いまくりだ。フェイトと共に救った、あの五人の娘達だって、事情を知った後には、私達が代わりに仕事をします、そう言ってくれた程だった。

 けれども、これは譲れない、自分なりのケジメなのだ。
 母と同じ罪を、違う使い方と、自分の抱える物の為に、背負う。
 だから、その事実から目を背けてはいけないし、迷いや後悔や苦悩を抱えなくてはいけない。
 彼女なりの覚悟を決めて、歩んでいるのだから。

 「――――それで、話をお願い。何処まで話されたかしら?」

 自分に言い聞かせて、デュナミスを促す。
 向こうも、もう毎度の反応に気を悪くした様子も無く、ならば、と話し始めた。

 「《水》《火》《風》の三体は調整中だ。今回の京都の事件に出す事は、まず出来ない。最低でも一月は必要になる」

 「……その代わりになるのは?」

 アリシアの、感情を殺した問いかけに、デュナミスは、壁際のコンソールを操作し、一つの情報を示す。
 一見すれば、何の変哲もない軍団情報だが、その情報コードは『魔法世界』北方部の、研究施設の一つが中心と成っていた事を露わしている。母の知識を持つアリシアは、瞬時に読み取った。

 ずらり、とまるでクローン製造工場の如く、人形が並んでいた。

 「――――プロジェクトFATEの、遺産、か」

 「ああ。そうだ。――――プレシア主任が、君を救う為に培われた技術。それを体系化した、一種の兵隊製造のシステムだ。魔力によって動く、意志と命の無い人形部隊、とも言えるか。今でも時折、フェイトが使っているが……上手く量産体制を整えた。……まあ、元に成った研究施設は、少し前に上条勢力とかいう連中に、発見されてしまったがね。問題は無い」

 フェイトは時折、自分の姿をモデルにした人形を使用する事が有る。外見は、小学生と同じ位。白髪に、無表情に、無口、とフェイトの特徴をそのまま兼ね備えた、フェイト(ミニ)だ。

 人形なので意志を持たず、本物のフェイトが一種の遠隔操作をしているのだが、外見も相まってかなり有効に利用できる。例え破壊されても、魔力と少量の有機水に還元され、綺麗に消滅してしまう、というのもメリットの一つだ。
 最も、ミニとはいっても大抵の術者よりは強いし、多分、今のネギ・スプリングフィールドでは足元にも及ばないだろう。流石に《福音》には負けるだろうが、その位には強い。

 「数は?」

 「今の所、約二十。今すぐにでも動かせるのは半数と言ったところか。質と量を兼ね備えるには、時間が懸かるだろうな。――――フェイトが直接に調整した人形には僅かに劣るが、それでも納得して貰えるだろうレベルでは有る。……雑魚減らしの戦力としては十分だ」

 「うん……」

 分かった、とアリシアは頷いた。
 取りあえず其れだけあれば、今回の京都での作戦には十分だろう。

 母親の遺産を使用する事へ、覚悟は決めた。母親と同じ道を辿るかも知れないと――――そう思っている。プレシア・テスタロッサは《闇の福音》に敗北し、死す事こそしなかったが、既に二度と、自分が出会う事は決して叶わない状態に有る。

 けれども、それでもアリシアはこの道を歩んでいるのだ。

 母が自分へ愛情を向け、魔女に成ったのと同様に。
 己は家族へ愛情を向け、魔女と呼ばれるべき存在になるのだろう。

 「アリシア、君達の方は如何なんだ? 確か、調と共に、再度の本格始動に向けて協力者を仰いでいた筈だな?」

 自分の現状を伝えたデュナミスは、今度はアリシアへと問いかけた。
 現在の《完全なる世界》は、役割を分担し、二人組を中心に動いている。例えば、フェイトは焔と。暦は環とだ。自分の場合は調と一緒の行動だった。

 「ええ。――――そうね、かなり頼れそうな……利益や損得では動かない相手が、いるわ」

 「ふむ。詳しく聞かせて貰いたいな?」

 勿論――――と、頷いた。




     ●




 《完全なる世界(コズモエンテレケイア)》。

 嘗て『魔法世界』の裏で暗躍し、戦争を演出していた黒幕にして、《赤き翼(アラルブラ)》の宿敵たる秘密結社。

 一時期は、それこそ『魔法世界』全土を掌握していた事もあった組織だが、一切を無視して蹂躙する魔神達と、取るに足らない筈の僅か十三人の英雄達によって徐々に体裁を失って行き――――そして、帝国と連合、両者の中で結びついた抵抗勢力との連合によって、敗北。

 激戦に注ぐ激戦の中で、首領《造物主(ライフメーカー)》と最高幹部の九割九分を失い、瓦解した(この辺り、まだ少し、面倒な説明が有るので、今は死んだ、と言う事にしておこう)。

 尚も活動を続けていた者を語るとするのならば、辛うじて命を拾ったデュナミスと、三番目の肉体で蘇った《土》のフェイト・T・アーウェルンクス。彼と共に育った幼馴染のアリシア・テスタロッサと、二人が拾った五人の少女のみだった。

 地下に潜って動く下級構成員はいる。しかし、現実ではタカミチ・T・高畑に。『魔法世界』ではクルト・ゲーデルに追撃され、満足な活動を出来ているとは言い難い。
 実質的な組織としては、僅か八人(あるいは九人)の、非常に小さな組織だったのだ。
 だからこそ、彼らはその手を広げ、協力者を引き入れていた。




 東京都の新宿副都心には、無数の高層ビルが乱立している。都会の名に相応しい、まるで天へと延びるかのような群れ。若者は集い、会社員は務める、日本の経済を支える重要地だ。
 駅西側に位置する、決して抜群に高い訳ではない、しかし堅実そうな一つのビルの中で、廊下を歩く二人組の少女が居た。

 「現実世界は便利よねー。金と権力さえ有れば、大抵の事が解決出来るのは――向こうと同じだけど」

 「そうね。……うん、便利な事は認める」

 だからって住みたくは無いけど、と、片方の少女は言った。
 浅黒い肌の少女だ。実際年齢は兎も角、外見は十代前半。ハートにも似た紋章を刻んだ額。それだけならばまだ良いが、両頭部から伸びる、横への角が、彼女が人間でない事を示している。

 「下の様子を見れば分かる。毎日毎日、勉強に追われて、しかも強制される日々は、嫌」

 「私だってヤダよ、それ」

 そう返した、一見すれば普通の少女だった。黒髪に黒い瞳。唯一違う部分は、その頭には猫耳が生え、腰からは黒い尻尾が飛び出ている事だろう。秋葉原辺りでは見かけるかもしれないが、決してコスプレでは無い。歴とした亜人種である。

 「唯一、此方の、この建物で過ごす利点と言えば。……大人しくしていれば、まず見つからない事、位だと思う」

 「隠れ蓑、って凄いよねー」

 大都会のビルの中で、一体、何が行われているのかを正確に知っている者はいない。尤もらしい会社名に、外見や業務を説明されれば、詳しい所まで知らずに人は見過ごしてしまう。
 勿論、利益の出ない組織ならば摘発されるのが落ちだが、逆に言えば利益を出して、存在を隠し、政府を通り抜け、一定の信頼さえ獲得してしまえば……その辺は社会の中でキチンと納まる。
 清廉潔白な組織は存在しない。その噂を一蹴するだけの実力と名声が有れば良いのだ。

 そう、例えば。
 一階を受付に、二階から五階までを勉強室に、六階を個人学習室に、そしてそれより上を経営者や関係者の施設と定めた、この名門学習塾。毎年、旧帝大以上や最高学府クラスの学生を排出する、名の知れた、この「メディシス・アカデミー」の経営者が《完全なる世界》の協力者だと、誰が思うだろう。

 そう言いながら、二人の少女は、やがて廊下を渡り終わり、一つの木扉へと到達した。
 軽くノックをし。

 「おじさん、入るよ?」

 叩く音と同じ位に軽い口調で、少女達は部屋へと入った。

 塾のみならず、敏腕経営者の部屋と言う物には、独特の雰囲気が有る。例えば、緊張感のある空気や、常に擦れる紙の音や、光を取り込む窓に移る陰影や――――そんな空気の中に、このビルの持ち主にして、同時に塾経営者の男は居た。

 午後の休息の時間だったのか、優雅に紅茶を飲んで、机の上にカードを広げていた。
 欧州系の顔立ちに、イタリアの高級スーツを身に纏った、三十代から四十代の男。丁寧に撫でつけられた髪の中には、若干の白髪が混ざっているが、これは現実社会の苦労の表れなのだろうか。

 「……ああ、環君と、暦君か」

 気を静めていた為にノックは耳に入らなかった様だが、部屋へ足を踏み入れると気配で悟ったらしい。
 二人の少女――――有角の少女、環と、猫耳少女の暦。二人に、人好きのする柔和な笑顔を見せて、座るように促した。その姿だけを見れば、ごく普通の男だろう。

 しかし、少女達は知っている。

 この男性は、下手をすれば自分は愚か、フェイト・T・アーウェルンクス以上の年寄りで有る事。
 《完全なる世界》へと自発的に協力を申し出た、稀有なる『魔法使い』で有る事。
 そして、現実世界での活動拠点を確保してくれる大事な伝手であると言う事実だ。




 彼の名は、ルキフェル・ピエール・ド・メディシスと言う。




     ●




 「そうか。ルキフェル・P・D・メディシス――――《魔術師ルシファー》、か」

 報告を聞いたデュナミスは、意外そうな、しかし納得した響きで答えた。

 「……知ってるの?」

 彼が知っている事が、少し予想外だった。

 アリシアが軽く調べてみた所、『魔法世界』の住人では、殆ど聞いた事の無い名前とされていた。情報管理が厳しめな『魔法世界』の事だ。現実世界の情報を得るのは限定されている。文書や通り一遍の知識ならば簡単にせよ、数十年も昔の一『魔法使い』の名前なぞ知られていなくて当然だと思う。

 しかし、優秀な人材が野に隠れているのは、何時の時代でも何処の場所でも違いは無い。
 その実力は、間違い無く『魔法使い』では上位に位置し、恐らく――――戦い方にもよるが――――戦術と戦場を整えれば、短時間ならば《赤き翼》とも其れなりに戦えるのではないだろうか。

 「一部の有名な研究者――――特に、神器や魔導研究に携わった者ならば、知っているか、いないか、といったレベルの人物だろうな。使い方次第では、未来すらも見通すという、カード型の神器『神の記述』に選ばれた『魔法使い』として伝わっている」

 「……そうなの?」

 「ああ。……昔、アリアドネー魔法騎士団候補学校の、魔道具関連の研究室に、在籍していた事が有ってな。その時に一時、学内で有名になった。最も」

 と、一端言葉を区切り、記憶を探りながら彼は続ける。

 「名前が知られた頃に……丁度、事故で娘を失い、消息を晦ました。以後、行方知れずのままだった。私もすっかりと忘れていたが……そうか、現実世界で、個人学校を経営していたか」

 子供好きだったらしいしな、……と、頷く。アリシアも、暦・環から、普通に親切な人です、と報告を受けている。まさか危ない趣味を持っている訳ではないだろう。

 「で、話を戻すよ。――――ルキフェルさんのお陰で、現実での行動が随分とやりやすい。ビルの中に、拠点との転送陣も有るから。今回の京都でも協力してくれるし、後……お金で、少し助けて貰った」

 「金。……ふむ、雇われ、と言う事か?」

 「そう。傭兵達をね。雇って、京都へ送ってくれる手筈に成っている。脱退したゼピルム出身の魔人達だって」

 ほう、と感心の声を上げたデュナミスだった。
 魔神達を率いて、世界を造り変えようとした天界に反旗を翻し、企みを打ち破った少女――――名護屋河鈴蘭、彼女が保有する戦力がゼピルムだ。

 魔神の伝説を知り、過去に思い切り横槍を入れられた《完全なる世界》は、再度の轍を踏まない様に、彼らの動向に逐一、眼を光らせていた。だから、名護屋河鈴蘭や、その周辺人物に付いての情報は多い。

 「嘗て、方針を転換したゼピルムは、《聖魔王》鈴蘭個人の人望に惹かれ、大多数が残っていた。だが、彼女の台頭を受け入れなかった一部の魔人達もいる。そんな彼らは組織を抜け、別組織として闇社会で動いていたそうだが。……そうか、彼らを雇ったのか」

 「正直、私は期待していないけれどね。魔人、とはいえ、精々が、ネギ・スプリングフィールドの生徒達を抑えられる計りにしかならないと思う」

 「成る程。其処に、フェイトの人形勢を加えれば、軍団としては十分か?」

 「……こっちの準備を加えれば、ね。――――デュナミス、今回の目的は、ネギ・スプリングフィールド達を倒す事じゃないんだよ。今回の京都の騒動で、有る程度……敵と味方と第三勢力が、はっきりと別れると思うんだ。だから、ゼピルム傭兵団と、フェイト人形だけじゃ、正直、不安が残る。デュナミスはまだ動けないし、暦と、環と交代した栞は、本部の留守番だしね。フェイト、私、焔、環、調に、ルキフェルおじさん。それに《螺旋なる蛇》では……ちょっとね、苦しい」

 普通に考えれば十分過ぎる戦力だろう。だが、世界を相手に喧嘩すると言うのであれば――――これでは全然足りないのだ。使える手駒は、其れこそ全て確保しないといけない。

 「だから、一応――――協力関係を結べそうな、人間以外の存在とかを、呼んでるんだけど、ね」

 使い所が難しい、気の抜けない相手が多くて大変なんだ、と。
 彼女は、その「人外達」を思い浮かべて、溜め息を吐いた。




     ●




 京の都が、風水に基づいて構築されている事は有名だろう。嘗て桓武天皇は、平安京へと遷都した時、長岡京建造の知識を十二分に使用し、結界を張った、という。
 東に鴨川、西に山陰道と山陽道、北に鞍馬山、南には巨椋池。入念に念入りに、彼が結界に拘ったのは、彼が葬って来た数多くの人間達の、その恨みや祟りを恐れていたからだ。

 京都の北東――――即ち、数多くの災厄が入り込む、鬼門の方角。

 その場所を封じる為に、一つの寺社が存在している。
 名を、比叡山延暦寺と言った。




 草木も眠る午前二時。延暦寺の土産物屋の別室で、鈴無音々は唐突に目を覚ました。

 妙に肌寒かった。
 肩までしっかりと布団を懸け、鍛えた体を持っているのにも関わらず、だ。

 自宅を持っている彼女だが、平日の晩は土産物屋に寝泊まりする事が多い。今日もそうだった。観光客に土産を売ったり、寺の中で行われる日々の修業を聞いたり、山々の中で煙草を吸いながら思索に耽ったり――――と、平穏無事に、一日を過ごし、太陽が沈むと共に店を閉めたのだ。

 室内を見れば、酒瓶と煙草の灰皿。そして夕刻に保護した、寺社を訪ねて来て迷子になった少女が一人。

 乱雑だが不潔では無い室内には、敷かれた二組の布団。最低限の私物と、衣服が揃った、手狭な部屋だ。土産物屋の中に付随する、従業員用の仮眠室を改造した物だった。

 「変ね……」

 季節は春とはいえ、山の上だ。寒く感じる夜も有る。寝間着がチャイナドレスとはいえ、流石に布団を敷かずに眠る愚行はしないし、体を冷やす事もしない。何時でも何処でも、体を万全の状態にする為に――――自然と、気を使うようになっているのだ。

 現役を退いたとはいえ、其処らの人間に遅れを取りはしない。

 「……寒い、んじゃないわね。これは」

 冬空にも似た、凍てつく空気。
 肌を指す痛みにも似た“寒気”は、周囲の温度が原因ではない。
 曲がりなりとも『狐と鷹の大戦争』を知っている彼女の勘が、告げていた。

 ――――これは、怪異の気配だ。

 この現代に馬鹿らしい、と思うかもしれないが、常識外れの怪物は今尚もいる。大多数は人間社会に溶け込み、巧みに混ざり合い日々を送る。そうでなければ相互利益として国家に関わるか、異なる世界に隠れているしか無い。

 延暦寺で働いている九割は普通の人間だが、残りの一割は、多少の事情を知っている人間だ。少なくとも天台座主は結構な実力を有しているらしいし、自分の様に裏に精通している人間もいる。

 それに、遥か昔に霊脈の上に築かれた寺社だ。集う人間の実力は低くとも、建物自身が持つ力が有る。そう簡単に、この鬼門を通り抜ける怪異は、存在しない筈なのだ。
 静かに身を起こし、カーテンの隙間から、寺社の方向を覗く。

 其処には何も見えない。
 静かに天井に蒼い月が懸かり、そして静謐さを感じる山門と、人影の無い通路が有るだけだ。
 針の様に痛い空気で、息が辛い。

 視界の中には何も見えない。だが、確実に――――見えないだけで、いる事は感じ取れた。

 「外に出ない方が、良いだろうね……」

 「――――ええ、お止めなさい」

 静かに、背後から声を掛けられる。
 つ、と真剣な目で背後を振り返れば、夕方に迷っていた少女が、静かに見を起こして自分を見ていた。

 日本風の美少女だ。年は――――恐らく、まだ学生の範疇だろう。高級な着物に身を包んだ、大和撫子に相応しい容貌の美しい少女だ。
 本日、天台座主に訊ねて来た彼女は、相当な権力者なのだろう。其れ位しか分からない。だが、扱われ方が丁重だった。それこそ、トップが顔を出す程に。

 しかし、以外と庶民的な部分も有るのか。用事を済ませて、そのまま帰るかと思いきや、何処か栓が抜けているのか山中で迷子に成り、帰るに帰れなくなっていたのだ。それを音々が発見し、――――気が付いたら、明日の朝まで泊める事になっていたのである。
 時代不相応というか、世間知らずというか、お嬢様らしいと言うか、携帯電話も持たず、腕は確からしいが、何処か抜けている。天然な天才、とでも言えば良いのだろうか。

 「今は丑三つ時。妖達が最も動く時間ですよ」

 「お嬢ちゃん、アンタは?」

 「私は、……唯の陰陽師です」

 「――――とても、そうは見えないけれどねぇ」

 本当かい? と首をかしげる音々に、すいません……、と少女は軽く頭を下げる。

 「最近、妙に都の空気が怪しいので、鬼門へと尋ねて来たのですが、迷ってしまって。――――ですが、今、外に出てはいけない事だけは、確かです。貴方もお分かりの筈」

 少女が、陰陽師かどうか、の審議は別にするとしても――――その言葉には、頷かざるを得ない音々だった。

 今、外に出たら、多分、自分は死ぬ、気がする。
 この世界には、人間の常識では測れない怪物が居る事は……長年、寺社で働いているのだ。知っている。そう言う存在からの攻撃を防ぐ為には、まず狙われない事が一番だ。

 「確か、鷺ノ宮とか言ったね、お嬢ちゃん。――――私は己の勘を信じる事にしたよ。安心しな、外には出ない」

 迷子の少女に、そう告げる。
 必要以上の地雷、と友人からは言われる彼女だ。同じ様に、自分だって余計な危機を招くつもりは無い。仮に此処に、親友の浅野みいこが居たとしても、同じ結論に達するだろう。

 外には出ない。
 今晩の怪異は、明日の朝までは、知らない振りをする。
 そう陰陽師の少女に告げて、もう一度、横に成る事にした。




 その判断は、正しかったのである。




 「ふ、表に出ない程度には賢いか」

 男は、土産物屋の中に居た人間達が、息を潜めて出て来ない事を知ると、軽く嗤った。

 細身に高身長の美男子だ。来ている服も持ち主のセンスの良さを伺える。頭部から耳が生えている事を除外すれば、街中で女性達の目を引く、格好良い男だっただろう。
 しかし、眼鏡をかけた知的な瞳の中には、隠し様の無い澱んだ光が有る。
 それは、暗い昏い、孤独と絶望を孕んだ色だった。

 夜空にコートをはためかせ、不敵な笑みを浮かべている。

 「ならば良い、街へ行くとしよう」

 向こうが此方の邪魔をしない以上、手出しをする事は無い。それを判断したのだろう。利口な相手だ。

 彼一人ならば、部屋の中の陰陽師は、もしかしたら向かって来たかも知れない。そうなれば、自分は苦戦しただろう。だが――――しかし、今の彼は一人では無い。その背後には、恐ろしく強大な妖怪が居る。
 少なくとも喧嘩を売る人間は、まずいない、と言う程の怪物だ。

 「寄り道は厳禁よ?」

 背後から、声が聞こえる。
 自分をこうして、京の都へと誘った、大妖怪の、胡散臭い声だ。

 「ああ、分かっている。――――こうして都へと招き入れてくれるんだ、感謝しているよ。……八雲紫」

 感謝だけだがな、と内心で呟いた。自分が利用しているのと同じ様に、相手も又、此方を利用しているのだ。必要以上に敵対するつもりはないが、慣れ合うつもりも無い。

 男が振り返ると、夜の神社の上空に、一人の女性が浮いていた。
 夜風に流れる金髪に、黄金比の体。唐風の衣裳と可愛らしい日傘に、顔を隠すセ扇。そして、真意の見えない、徹底的に“判らなさ”で覆われた笑顔と、紫の瞳。

 八雲紫。
 大凡、野に生きる妖怪達の中で、最も名の知られた、そして妖怪の中の最強と呼ばれる、怪物。
 《境界を操る程度の能力》という、観念的すぎて逆に何が出来るのかが、イマイチ、良く分からない――――兎に角、怪しくて、同時に、喧嘩を売るべきではない、妖怪だ。
 嘘か本当か、彼女を軽く凌駕する実力を持つ、《億千万の眷属》ですらも―――― 一目を置き、対等に扱っている、と聞いている。
 直接の戦闘能力や、その妖怪としての立場とは“別に”、大きく評価されている存在だ。

 「結構ですわ。さあ、早くお進み下さい。延暦寺の結界は、他と比べて少々、抑えるのが面倒ですの」

 くす、と少女の様に微笑み、彼女は先へと促す。

 長い間、京都の都を災厄から守ってきた延暦寺の結界。霊脈を制御し、都防衛の役目を果たす、この寺社の結界は、そう簡単に妖怪が近寄れる場所では無い。いや、普通に人間に紛れての来訪は出来るが、境内では力が抑制される性質を持っている。

 それを、軽い手つきで防ぎ、通路を造る辺り、この妖怪は異形。……いや、態々、京都へと侵入する際に、鬼門から入り込む等と言う、面倒で「らしい」事をする者は、馬鹿か異常か桁外れかのどれかである。
 自分が同じ事をしようと思ったら、苦労は免れないだろう。出来ないとは言わないが。

 促され、男は、軽い人踏みで――――寺社の境内を抜ける。
 通り抜けてしまえば、後はもう、何も気にする事は無い。

 「宜しい。後、貴方がする事は、分かっていますね?」

 「ああ。俺の思い通りに、動けば良いのだろう? ――――俺がどう動こうとも、そちらに害は無い。例え、成功しようが、失敗しようが」

 「ええ。そう言う事ですわ。応援だけはして上げますので、どうぞ、頑張って下さいませ」

 くすくす、と年齢を見せず、虚ろに彼女は微笑み、男の名前を呼ぶ。




 「比泉、円神さん」




 “向こう側”と呼ばれる、神隠しの行き着く先を知る、嘗て人間だった者の名を――――彼女は呼んだ。

 「……ふん。傍観者を気取る者は、嫌われるぞ」

 「誤解ですわ。傍観者を望むつもりは、更々有りませんもの。――――しっかりと介入して、自分達の“居場所”を守らねば……何が如何なるのかも、判らないのでございます。その為に、貴方を利用する。それに何か問題が?」

 「俺が、《完全なる世界》や《螺旋なる蛇》と合流し、“向こう”と“こちら”の融合を目論んでも、か」

 「お好きにどうぞ? 出来る物なら、ですけれども。……ご存知? 私は「家族」と、幾人かの友人と共に――――既に、京都の旅館に宿泊していますわ」

 「……ち。……精々、うっかり死なない様に、気を付けるんだな」

 嫌な女だ、と比泉円神は思うが、手は出さない。出したとしても、円神の力は彼女に叶わない。仮に実力が彼女以上だとしても、能力の相性が徹底的に悪すぎるのだ。
 何せ、“送った先”が彼女の領域なのだ。

 無言のまま、彼は京都の街中へと消えて行った。




     ●




 「……疑問が有るが、良いか?」

 「何です?」

 「……良く、こうもまあ、協力者を見つけて来るものだな」

 デュナミスの言葉の中には、感心が混ざっていた。

 彼は外見に似合わず、どちらかと言えば研究者タイプの男だ。引き籠っているつもりはないが、インドア派である事は間違いが無い。大戦期に相見えた相手が、同じタイプの《赤き翼》の第四席。アルビレオ・イマだったことからも分かるだろう。

 「デュナミス、コミュニケーション苦手だしね。……でもまあ、それには理由が有るんだよ。少しだけ後で纏めて話すから、次に行くけど」

 ふふ、と可愛らしく語って、彼女は一端、話題を変える様に大きく息を吸って。




 「『聖杯』の話をします」




 真剣な表情で、そう言った。
 母譲りの、気の強い瞳を光らせて、言葉を選ぶように言った。

 「……そう言えば、一月ほど前に、連絡を貰って――――それきりだったか」

 剣幕に、自然とデュナミスの口調も固くなる。

 フェイト・アーウェルンクスが『聖杯』という存在を知り、入手したのは、約一月前の事だ。何でも現実世界での騒動に顔を突っ込んだ際に、手に入れたと語っていた。
 その時の連絡で、一種の召喚媒介で有る事をデュナミスが読みとり、使う為の方法を思案していたのだ。しかし、恐らく、かなりの長文が始動キーと設定されており、その探求は困難である、と言う結論に落ち着いて……放ってあった。

 「その、始動キーが、分かった、と言ったら……如何する?」

 「――――! それは、……如何して、だ?」

 「それも、後で語るけど。――――デュナミス、貴方の言った通りよ。あの『聖杯』は召喚媒介だった」

 アリシアは、出来るだけ詳細に、語った。

 フェイトが手に入れた『聖杯』を使用して、召喚が可能であると言う事。
 呼び出された存在は、英霊と呼ばれる、過去や未来に置ける著名な存在か、あるいは《世界の意志》との契約によって物語への参戦権を入手した者、であると言う事。

 話を聞くデュナミスの顔は、……仮面で覆われていて見えないが、驚愕している事は、空気だけで十分に伝わって来る。
 彼女の話はまだ続く。
 まるで、誰かから直接に――――法則を教えられたように。

 呼ばれた英霊は「セイバー」「ランサー」「アーチャー」「ライダー」「バーサーカー」「キャスター」「アサシン」の七つのクラスに分類され、各個人の特性を生かした種に成ると言う事。
 一つの『聖杯』から出る英霊は、通常が七体、特殊な事例を入れて八体であり、同じクラスの重複は無いと言う事。
 サーヴァントと呼ばれる彼らがこの世界に留まる為には、魔力の供給が必須であり、また契約相手を探す、仮契約的な側面を持つ必要が有るという事。
 これらは、《世界》が定めているルールらしい、と言う事。

 そして――――。

 「フェイトと、私と、焔、暦、環、栞の四人は――――その英霊を、既に手に入れているわ。フェイトは「アーチャー」を。焔は「セイバー」を。暦は「キャスター」を。環は「ランサー」を。栞は「バーサーカー」を、ね」

 勿論、今度、デュナミスにも呼んで貰うけれど、とアリシアはそう告げる。
 一通りの話が終わった後、暫くの沈黙が落ちた。

 「……は、」

 情報処理と、現状の認識に、デュナミスは行動不能と混乱に陥っていたのだ。
 優秀な彼でさえも、呆然と時間の経過を待つしかなかったという、その点だけで――――如何に、衝撃的な情報だったのかは、分かるだろう。

 「……それは」

 五分は、時間が経っただろうか。
 息を吹き返したように、大きく呼吸を再開させると、彼は絞り出すような声で言った。

 「……凄いな、驚いたよ、ああ」

 自分に言い聞かせる様な声色だったのは、『聖杯』の魅力に感動していたのか、それとも、衝撃に感情を迸らせていた為か。兎に角、彼は静かに深呼吸をして、冷静さを保つべく、努力をしていた。
 一回、仮面を外し、端正な顔を晒して、もう一回仮面をし直す、という行動をとる程だった。

 更に五分は経過しただろう。
 ようやっと、彼は普段の口調で、アリシアに声を向ける。

 「久しぶりに驚いたな。……そう言えば、君の――――サーヴァント? か。は、一体どのクラスだ? ダブりが無いと言ったな。……「アサシン」か? それと調のサーヴァントは如何した?」

 『聖杯』に関しての一通りの情報を、一先ずは消化したのだろう。

 デュナミスは、今現在の《完全なる世界》の影響と、今後に関する話題を出した。
 ええ、そうね、とアリシアは首を縦に振り。

 「デュミナス。紹介しておくわ。――――私の契約した、サーヴァント」




 「……「アーチャー」を、ね」




 予想外の単語を言った。

 「――――待て待て! 一つの『聖杯』からは七体で、クラスが重複しないのだろう?」

 流石に見咎める。
 てっきり「アサシン」が来るのだろう、と思っていたデュナミスは、意外な単語に声を上げた。冷静な態度は何処へ行ったのかと、彼を知る物ならば思うほどだ。
 今迄に露わにされた情報を総合すれば、普通にそう考える。

 「そう。それは絶対の法則。でも、クラスが重複する可能性は、有るのよ。例えば、単純に――――」




 「――――『聖杯』が複数、存在するとか」




     ●




 「な――――! ……それは!」

 アリシアの単語は、再度、彼を驚かせる。しかし、そう。冷静に成ってみれば――確かに、それならば納得出来る。というか、それしか考えようは無い。

 道具という品物は、どう扱っても、そのものが保有するプログラム以上を実行する事は出来ないのだ。

 再び高ぶってしまった感情を、落ち付かせながら、デュナミスは冷静に思考する。

 つまり――――今現在。

 フェイトと、調以外の四人と、アリシアが、英霊と契約をしている。
 そして、英霊を呼ぶ為の『聖杯』は、既に最低二つが、確保されている、と言う事だ。
 それならば、先の言葉も納得出来る。即ち、契約できる英霊の数は、十四体。フェイト達で半分だ。自分が契約する余裕も、確かに残っているのだから。

 「……よし、……落ち付いたぞ。――――まあ、聞きたい事は色々と有るが、取りあえず、二つ、良いか?」

 「ええ、幾らでも。正直に言えば、全部話す為には、結構時間が懸かるな、と予想してたし」

 何でも聞いて? と、態度を少し柔らかくして、首をかたん、と倒す。
 しかし、そんな態度に構う事無く、デュナミスは矢継ぎ早に問いかけた。

 「一つ、サーヴァントは信頼出来るのか? 次だ。信頼で出来たとして、役にどれ程、役立つ?」

 当然とも言える質問に、うん、とアリシアは頷いた。

 「大丈夫。今の所、私達が呼んだ面々は……皆、信頼が持てる相手だよ。――――あ、そうだ、言い忘れてたけど、私達の目的意識や、立場に近い英霊が、呼ばれてるみたい。理由は不明だけど。……だから、少なくとも、敵になったりはしない。で、実力は――――かなり高い。私と互角か、もっと上、かな」

 因みに、アリシア・テスタロッサは強い。
 旧《完全なる世界》の幹部、とまでは行かないが――――恐らく、本気になったタカミチ・T・高畑や、クルト・ゲーデルを相手に、互角に戦える実力を持っているだろう。

 少なくとも彼女と同じレベル、の人材が居るとなると、これは非常に心強い。しかも、契約相手だ。契約の形を取っている以上、有る程度の制御は通用すると言う事でも有る。

 「調のサーヴァントは?」

 「調のは、……少し、企んでる、考えている事が有るんだ。京都で実行するつもりだよ。仮に成功すれば、調にサーヴァントが付くし、失敗したら、本部で召喚する。作戦に必要だから、契約していない、ってこと」

 「……少し本題からずれるが、君の「アーチャー」を聞いても良いか?」

 その問いかけに、アリシアは、少しだけ沈黙し、まあ良いか、と言った。

 「ええと。……真名を――――あ、ほら、英霊って弱点を防ぐ為に、真名を隠してるんだ。弱点を見破られちゃうとか有るから――――でも、多分、誰も私の「アーチャー」の名前、知らないと思うから、良いや」

 未来の存在らしいし、と彼女は一拍置いて、名前を言った。




 「セレスティ・E・クライン、って言うんだけど」




 「……知らんな」

 「うん、でも、親近感が湧いてるんだ。セラは良い子だし。……彼女の生い立ちと、理念を聞いて、納得出来たから」

 アリシアの口調に、優しげな物が混ざる。
 そのサーヴァントの事を思っているのか、それとも彼女の母親の事を思っているのか、はたまた、“居た”という妹の事を思っているのか。判断は付かないが、どうやら、そのセラ(セレスティ、だからセラなのだろう)と言う少女を、信じている事は間違いなかった。

 彼女がこんな口調で語ると言う事は、つまり信じても良いと言う事である。
 彼女の人を見る目が、優れている事は、確かだ。

 「この場に姿は見えないが、……同行させてなくて、良いのか?」

 「うん。少し、向こうで仕事をして貰ってるから。停電前も、そうだったけど」

 この時期にして貰う仕事、と言えば、京都関連の問題しかないだろう。

 フェイト達の作戦の詳細は、大雑把にしか聞いていないが……とすると、セラという英霊も助力すると言う事だ。
 フェイトが雇った、人斬りに堕ちた神鳴流剣士も加えれば、その戦力は半端な物では無い。

 「――――私の準備した人形軍団と、ルキフェルが雇った傭兵団も、作戦上で必要不可欠、なのだな?」

 「勿論。今回の目的は、ネギ・スプリングフィールド達の殺害じゃないから。もっと、別の――――大局的な面から、実行してるのは、知ってるでしょ? 信じて欲しいな」

 彼女の率直な言い方に「すまん」と、デュナミスは軽く頭を下げる。
 一方で、此方側戦力を、もう一回、計りなおしていた。

 フェイトとアリシア。五人娘達の中で同行するらしい、焔・調・環と、合わせて四体のサーヴァント。魔術師ルシファー。比泉円神。《螺旋なる蛇》。人形フェイト軍団と、ゼピルム傭兵団と、月詠。

 先程よりも、大幅に強化されている。
 総力には程遠いが、かなりの数が有る事は違いない。
 油断をするつもりはないが――――失敗するとも、思えない状態だった。

 内心で結論を出して、デュナミスは、最後に言った。

 「……これが一番、訊ねたかった事だが」

 今迄の情報は、所詮、細かい事だ。
 一番に尋ねなくてはいけない、大切な問題が残っているからだ。
 組織の一員として、同時に研究者として、どうしても突きとめたい、疑問が有った。

 「納得した面もある。協力者を発見したのは、英霊の力なのだろうな。召喚後のシステムは、彼らから詳細を聞いたとしよう。疑問は解けた。だが――――」




 「ならば、その『聖杯』の召喚呪文を、突きとめたのは、誰だ?」




 そう。其れだけが疑問だ。

 デュナミスが幾ら調べても、手掛かりが無い状態で呪文を探り出すのは不可能だった。
 恐らく、相当に長い(詠唱に一分近くは必要だろう)、何語かも不明な言葉を、ヒントも無しに探し当てるのだ。これは、無理難題を越えている。

 自然に理解出来たとか、偶然、『聖杯』から教えられた、のならば良い。しかし、デュナミスは、そうではない、と確信していた。明らかに、背後には、誰かの意志が有った。




     ●




 「……唐突に、現れた奴が居たのよ」

 沈黙を選ぶ事は、出来なかったのだろう。
 アリシアは、彼の質問に、気乗りがしない様子で、言い始めた。

 「そいつは……何と言うか、怪しい奴よ。いきなり姿を見せて、滔々と『聖杯』の召喚呪文を教えたの。『こう唱えれば、呼び出せるのだ』ってね。……そして、そのまま、今の《完全なる世界》に居付いている。協力してあげよう、と言って。しかも、首領の方に“直談判”して」

 その有り得ない行動に、驚く暇も無かった。未知数で、怪しすぎる存在だったが、追い払う事は不可能だった。フェイトですらも、悟る、其れほどの化物だった。しかし、随分と態度は大きかったらしいが、協力するという言葉自体は、本心だったらしい。
 その人物は、何でも、この世界に来て、多くの組織を見た後で、最後に《完全なる世界》へ手を貸す事に決めたようだった。そして、今も尚、内心は読めないが、理由は分からないが、兎に角、一緒に居るらしい……。

 「そいつは言ったわ。――――『我は《世界の意志》と交渉をして、この世界へと来た。そして、汝らを助けると、好きに決めたのだ。……其処に誰の意志も無い、我の気紛れと、世界の行く先と、汝らの行く先を、期待しているだけの話。存分に協力してやろう。信じて貰わずとも一向に構わないのだよ……?』――――ってね」

 アリシアはそう語った。




 外見は、中性的で、男女の区別が付かない。
 皮肉屋で、飄々とした態度をしている。
 時折、容赦なくフェイトと首領の首を狙うが、しかし戯れに過ぎない。
 彼らと共に、色々な悪巧みをしている事が多い。
 実力は、恐らく――――《億千万の眷属》と同等か、下手をすれば、それ以上。
 真っ直ぐに性格が悪い、神出鬼没の存在。
 虹色の瞳を持つ、年齢不詳の異形。




 『世界を見回って、二千百十万秒には届かないが……それでも全てを見た。何、《完全なる世界》は、我が過去に居た、十二翼達と、少しだけ似ている。そうとでも、思っていると良い……』




 『時の庭園』での、デュナミスとの話を終わりにするかのように、アリシアは、その存在の名前を呼んだ。




 「『大賢者』ヨーカーン。それが現れた、《完全なる世界》最大の助力者にして、諸刃の剣たる存在よ」








 遠く鳴り響いた《闇の福音》の宴は、開幕のベルに過ぎなかった。

 京都で起きる騒乱は、不穏を孕み、世界を巡る物語と成る。












 ネギの周りが過剰戦力かと思ったら、敵がサプライズばっかでヤバイ、というお話。特に最後の奴。

 『聖杯』は一つでは無く、故に召喚されている『英霊』も七体では無い、というある意味、予想済みの方も多かっただろう事実も判明しました。
 この世界で型月ルールが適応されるのがおかしい? とは言わないで下さい。だって《世界の意志》=“あの”妲己の時点で、既に色々と手遅れです。

 アリシアのサーヴァントは、「アーチャー」。
 真名は『ウィザーズ・ブレイン』のセレスティ・E・クライン。
 原作を知っている方は納得出来るかと思いますが、「母と娘の関係」や、「小の為に大を犠牲にする」、更には、「公からは追われる立場」と、敢えて色々と、面白い繋がりを考えて決めました。因みに、大停電で超鈴音が告げている『I-ブレインを知る者』とは彼女の事です。

 フェイト(ミニ)とは、原作六巻・修学旅行編での、子供フェイトの事です。本気のエヴァなら一撃で葬れるとは言え、十も二十もいたら、かなり危ない。

 フェイト、アリシア、焔、環、調とサーヴァントが四体。
 月詠とゼピルム傭兵団とフェイト人形軍団。
 《完全なる世界》に助力する《螺旋なる蛇》のガラと《礎(イソエド)》。
 祓い手・比泉円神。
 『魔法使い』の《魔術師ルシファー》ことルキフェル。
 敵か味方か怪しい八雲紫。
 そして《完全なる世界》所属の、ラスボスの一人『大賢者』ヨーカーン(流石にこの人は、京都には来ません)。

 これ、京都がマジで壊滅しないかなあ。

 ではまた次回。
 ヨーカーンも出た事ですし、そろそろ、人物事典(下)が出るでしょうか。




[22521] 第三部《修学旅行編》 一日目 その①(上)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/12/24 00:15
 ネギま・クロス31 第三章《修学旅行編》 一日目 その①(上)




 まだ太陽が昇って間も無い、午前五時半。

 「おはよーございますっ!」

 けたたましい時計の音に加わった大声が隣から響いて、私の意識は引き戻された。
 まだ春先。少し冷たく、そして清々しい空気が、深呼吸をした私の鼻に感じられる。温かい布団の魔力に囚われながら目をうっすらと開ければ、興奮したネギが、起き上がって着替えていた。

 「……ネギ、……早くない……?」

 「いえ、教職員は早めに行く必要が有るんです!」

 不機嫌そうに呟く私に、そう言葉が返ってきた。
 私達は別にそんなに早い予定では無い。午前九時に大宮駅だ。麻帆良から列車で直ぐ、まあ七時半から八時に出れば余裕だろう。着替えと食事を考えても、もう一時間は楽勝だった。
 修学旅行と言う事で、毎朝の新聞配達は休みだ。日々の習慣で少し早く起きてしまい、二度寝を楽しんでいたというのに、こいつは。

 でも、まあ……気持ちは分かる。
 誰しも経験した事が有ると思う。大きなイベントの前に、興奮して寝付けない、と言う事は。
 数日前からのネギはまさにそれだった。四日、三日も前から大きなリュックサックに荷物を詰め始め、半日に一回は持ち物の確認をして、何時間に一回かは「修学旅行のしおり」を読み返し、まだかなあ、と空を見上げて呟いていた。
 子供ね、と思ったけれども、考えてみればまだ十歳の子供だった。ついつい忘れてしまいそうになるが、十歳の子供ならば、こういう大きな旅行は楽しみに違いない。自分もそうだった。

 ネギの学校の教育システムが、私達の学校と何処まで同じなのかは知らないが、多分、こういうイベントは少なかったのではないかと思う。

 「明日菜さん! 木乃香さん! 今日から修学旅行ですよ!」

 「ネギ……。少し、落ち着きなさいよ、全く」

 布団から起き上がって、窓を見る。青には少し早い紫色の空だ。雲の数は少ない。きっと良い天気だろう。布団を畳んでベッドから降りると、木乃香も丁度起き上がった所だった。

 「ほな、張り切ってるネギ君に、朝御飯、作って上げよな。おにぎりで良い?」

 「はい! 有難うございます!」

 いそいそと身支度を整え、台所へ向かう木乃香を横目に、私も起きる。まだ少し眠いが、着替えて顔を洗えば気分もすっきりするだろう。いざとなったら列車内で休めば良い。
 大きく伸びて体を解しながら洗面所へ向かう私の視界には、期待に胸を弾ませている子供先生が居た。やけにテンションが高い。修学旅行のみならず、別の理由が有って、此処まで心待ちにしているのだ。私はそれを知っている。


 ネギは今回、京都で会う予定の人がいるからだ。


 ネギの会う人は、ネギのお父さんの友達だ。
 学園長先生が、ネギに修学旅行の話を持ち出した時、序に良い事を教えてあげよう、と言って、教えてくれたらしい。
 何でも、ネギのお父さん、ナギさんと。エヴァちゃんと、アルトリアさん。三人の共通の友人である……彼らが昔、一緒に戦っていた仲間の一人が、京都に居るのだという。

 その人の名前を近衛詠春さんと良い、学園長の娘婿だと語られたそうだ。話を聞いた時に、名前からしてまさか、と思ったが、予想通り木乃香の父親でも有るとの事らしい。

 「おいしくなーれ、言うとな、本当にご飯は美味しくなるんやで?」

 「そうなんですか?」

 「そうやよ。ウチが実践済みや」

 洗面台で顔を洗い、耳に届く台所の呑気な会話を聞きながら、思う。

 ……まあ、木乃香が並みの人間じゃない、とは思っていた。
 私の思う、彼女自身への不安や疑惑は、置いておこう。腹を割って話し合う機会を設ければ良い。

 ネギの来訪初日に「明日菜君、済まないがネギ君を泊めてやってくれないかのう?」と学園長が言った時は、ただ少しだけ関わった私達に頼んだんだろう、と思った。けれども今は、そう単純な話では無かったんだろう、と考えられている。
 普通、十歳の少年を教師で招くならば、ネギ専用の環境を整えるべきだ。実際、スーツは特注の物を用意しているし、職員室の机は少し小さめだ。同じ様にネギの部屋を準備する事くらい簡単の筈。そして、あの学園長がそういう細かい部分を見逃すとは思わない。子供のころから知っているけれど、実は如才ない人だとは分かっている。

 つまり、少しだけ故意だったのだ。考えてみれば、生徒と教師の同室を認めている時点で、違和感を覚えるべきだった。

 結果的に、私はネギの魔法を口止めしている代わりに、ネギを部屋へ泊める事に成った。しかし、もしも“そうならなかったとしたら”。私がネギの事を部屋に留めなかったとしたら。……それでも多分、色々言いながらも、学園長は、私の近くにネギを置いたのではないかと思う。

 「ほれ。出来上がりや。行きの電車の中で、暖かい内に食べてな?」

 「はい!」

 顔を上げて、タオルで水気を拭く。鏡を見ながら、髪をツインテールに結び、一通りチェックする。身嗜みは乙女の基本だ。考え事をしていても、手は勝手に動く。
 エヴァちゃんの話を信じるのならば、私は昔、ナギさん達と一緒に居た。理由は判らない。記憶も霞み位だ。でも、普通に考えれば、何か大きな理由が有ったのだろう。英雄とか伝説とか、そんな御伽噺に語られる凄い人達と、一緒に居たのだから。
 そしてナギさんの息子のネギと、私が同室に成った。

 ここまでくれば、私の同室で、しかも学園長の孫である木乃香に、何もない、と考える方がおかしい。表に出すつもりは一切なかったが、木乃香にも何かあるだろう、と実は私は辺りを付けていた。まさか修学旅行前に秘密が判明するとは思っていなかったけれど。

 私の推測を肯定する様に――――事実、木乃香は、ナギさんの仲間の子供だった。
 勿論、だからと言って私の見る目は変わらない。天然で、実は鋭くて、友達思いで、怒らせると怖くて、自分の中に一本、強い芯を抱えている普通の女の子。それが近衛木乃香という存在だ。其処に幾つか、親の世代からの縁が付随するだけだ。むしろ願ったりである。

 ただ、此処まで奇妙に環境が整っていると、怒りよりも呆れが来る。
 実際は――――怒りも呆れもしないが、感心してしまう。

 クラスの面々が「事情持ち」で、少し外れている事は承知の上だし、互いに心の奥へ踏み込まない様に気を使って日々を送っている。私は昔の話が“出来ない”からまだ楽だが、語れる記憶を持つ皆の闇は――――クラスメイトでも、躊躇う位、危ないのだ。この数カ月で私は心に、それはもう、夕映とか祐奈とか亜子とかを見て、その事実を刻み込んだ。
 訳有りの生徒が集まった切欠は、間違いなく学園長に有る。
 そのクラスの担任はネギだ。

 作為が有るのは間違いない。悪意が無いのが幸いだ。学園長の狙いは、把握しきれないが……学園長なりに、ネギも、私達も、学園も、全てをしっかりと支えようとしているのだろうと思う。
 まあ、今のネギにそんな事が出来る、とも思えないが。

 でも、期待している部分もあるし、学園長達の見る目を、信じても良い様な気がする事も確かなのだ。
 明日菜だって、最初は随分、生意気で駄目な、ガキンチョだと思ったけれど。
 一生懸命なだけで、努力するだけで、其れだけではいけないのだという事実を、知らない子供だったのが――――けれども、大停電までを通して、その評価が変わったのだ。

 自分の人生や過去もそうだが、まあネギにならば……一緒に進んでも良いかな、と思った。勿論変な意味じゃない。ネギの運命が、この先に私達と絡むのならば、隣で立ち向かうのも良いと、そう思ってしまった。

 洗面所から出て様子を伺うと、ネギは丁度おにぎりを手渡され、玄関に出た所だった。

 「襟ちゃんとして、忘れ物は?」

 「ないです!」

 首回りを整えて訊ねると、もう三日前から準備してましたから! と明るく返される。
 これはホント、小学生の遠足だ。しかも自分の目標とする父の足跡を知るかもしれない、という期待で頭が飽和状態だ。調子に乗っている時が危ない、と注意しておこう。委員長が言うには、「気楽な時こそ付け込まれる」らしいし。

 「じゃあ、先に行って来ますー!」

 「気い付けてな、ネギ君」

 手を振って、元気一杯に駆けて行くネギの後ろ姿を見送りながら、私はなんとなく思った。

 そんなに簡単な、楽しく終わらせられる修学旅行には、多分、ならないだろう、と。




     ●




 「修学旅行だよ、カモ君!」

 「兄貴、楽しそうっすね」

 「楽しみだよ、本当に!」

 ウェールズに住んでいた頃の授業で、学校外に行く事なんて、薬草学や体育がほとんどだった。アーニャは図書館を根城にしていた僕に、不健康だから外に出ろと言っていたけれど、気が付いてみれば本気で外で勉強した事なんて卒業試験位だった気がする。

 来たばかりの頃に学園長先生に言われたけれど、以前の僕は周囲が見えていなかった。
 寝ても起きても立派な『魔法使い』に成る事を夢見ていて、実際に体験したつもりに成っていただけだった。経験は知識に勝る。まさにそれは、停電で痛感した事だ。

 僕からすれば、異国情緒あふれる古都への旅行。しかも、生徒の皆が、僕や外国出身の人達の為に選んでくれた行き先。魔法学校では体験できない、修学旅行――四泊五日の長旅だ。
 しかも父さんのお友達にも会う事が出来る。エヴァンジェリンさんも一緒だし、アルトリアさんは一足先に行っているらしいし、父さんの住んでいた家も有るらしい。

 公私混同はいけない、とタカミチに言われたけれど、どうしても、心が躍ってしまう。
 父さんの足跡に、この目で見て、この手で触れる事が出来るんだもの。

 「就任以来、最っ高に忙しくなるよ!」

 「油断だけはせんで下さいよ? 兄貴」

 「うん、分かった!」

 そう気合いを入れ直しながら駅に向かった。麻帆良中央駅から出ている電車は、公営と私鉄の両方が有る。公営電車の早いのに乗れば、教員でも集合時間には十分だ。因みに僕の電車料金は子供運賃だ。
 背中に感じるリュックサックと、腰元に付けたサブバックの重さ。服とか仕事道具とか、幾つかの魔法道具もあって意外と量は有るけれど、軽めを心がけて詰め込んだ。僕の気分が浮かれていることも有るからか、全然重くない。

 麻帆良駅に入って大宮までの切符を買う。大宮からは学校で予約を確保してあるのだが、大宮までは個人集合だった。寮の皆は、多分連れ添って行くのだろう。一応、最後の電車に間に合う様に、部屋の中をなのはさんの方でも確認をしてくれる事に成っている。

 ホームへ降りて列車を待っている時だ。

 「あ。お早う、ネギ先生」

 丁度、同じ電車を待つ近藤先生に遭遇した。
 近藤武己先生。僕と同じ、女子中等部の先生だ。社会科の歴史を担当していて、穏やかな先生だから普通に慕われている。話し方も穏やかだから、お昼後は眠くなる、という噂もあるけど。
 しっかりとスーツを着込んだ近藤先生は、少し大きめのスーツケースを携えていた。

 「あ、お早うござい、ます……?」

 元気よく挨拶をした僕だったけれど、語尾が少し小さくなる。
 近藤先生の隣に、見知らぬ女の人を見たからだ。

 大人しめの色の、少し厚い私服を着た、茶色が懸かった髪を持つ女の人。年は判らないけど、近藤先生と同じくらいの年齢だろうか。彼に寄り添うように立つ彼女は、優しそうなお姉さんだ。

 「あの……」

 その人は? と僕が言い掛けると、近藤先生は、ああ、ネギ先生は初めて会うね、と言って。

 「僕の、細君……分かるかな。妻、だよ」

 ――――と、静かに微笑んで紹介してくれた。
 そう言えば、近藤先生の指には結婚指輪が有る。同じ指輪を、女の人も付けていた。言われてみれば女の人と、近藤先生。二人の持つ雰囲気は似ている。夫婦の空気? と言う奴かもしれない。

 「初めまして、ネギ先生。――――近藤稜子、です」

 女の人――――稜子さんは、少し腰をかがめて、目線を合わせて自己紹介してくれる。
 穏やかだけど元気の良い、近藤先生と同じ、皆から慕われそうな色を持った目が有った。

 「武己君から、同僚に十歳で先生に成った凄い男の子が居る、って聞いてたけど、こうして会えて嬉しいです。宜しくね?」

 はい、と彼女は僕に手を出して来る。握手だ。

 「はい、宜しくお願いします!」

 その手を握り返す。
 朝早いせいで、少し肌寒い空気だったけれども、手は温かい、心が落ち着く様な感触がした。ネカネお姉ちゃんに見る、何と言うのだろう。……多分、母性的な温かさだった。

 「でも近藤先生、良いんですか? 奥さんを一緒に旅行に連れて行って」

 僕の疑問に、少し苦笑いをしながら、近藤先生は言った。

 「稜子のお金は自費だし、仕事の邪魔にはさせないよ。それに……行きたい理由を説明したら、学園長も、笑って許してくれた。まあ、“君への贈り物じゃよ”、って言って」

 「理由、ですか?」

 まあ、近藤先生の事だから私事に感ける事は無いだろうし、学園長から許可を得ているなら、別に良いけれど。

 「うん。もう少ししたら、多分、何処にも行けなくなっちゃうからね。最後の機会だよ」

 「……あの、御免なさい。良く意味が、分かりません」

 如何いう意味だろう?
 僕の言葉に、やっぱりネギ先生には少し難しいかな、と笑って、近藤先生は少し照れ臭そうに。




 「稜子のお腹に、子供がいるんだよ。……この旅行が、夫婦での最後の旅行、って事」




 そう告げてくれた。

 「え……」

 思わず、稜子さんの方を見る。来ている服が厚めで、ゆったりとした感じの物だから、分からない。
 でもそう言えば、少し下腹部が、大きい様な……。

 「あ、電車が来たね。一緒に行こうか。ネギ先生」

 僕が呆然としているとタイミング良く、電車がホームに滑り込んで来る。
 日本語は十分読めるけれど、大宮駅に行くのは初めてだ。一緒に行ってくれると心強い。

 「あ……はい!」

 頷いて、僕は大宮駅行きの電車に乗り込んだ。






 大宮駅に、麻帆良学園女子中等部の生徒・約二百名が集まっている。
 同じ制服を着込んだ女子が一堂に集まっているのは、中々に壮観な長めだと思う。
 今は仕事中、と言い聞かせて、僕は静かに様子を伺っていた。

 「はい、麻帆良学園の皆さん。それではこれから出発しますが、確認です。何か問題が有ったら、直ぐに近くの先生に話を伝えること。自分達だけで解決できそうでも、一応呼んで下さい。列の先頭には私。最後尾は生活指導の霧間先生が居ます。他にも、今回の旅行には、全部で二十人弱の先生が居るから、しっかり頼る様に。良いですね?」

 その言葉に、はーい、と、各クラスが返事をする。

 しずな先生が今回の修学旅行の総監督だ。列車の手配からホテルの予約、果ては全クラスの行動日程の確認と、先生達への仕事分担を確認して、進行運営を行っている。
 生活指導が凪さん。養護教諭にはレレナさんもいる。他にも、中等部で仲の良い先生が、結構集まっている。しずな先生曰く『慣れないネギ先生が頼れるような、顔馴染みの先生を多めに集めてくれた』のだそうだ。有難う、とお礼を言って置いた。

 「それでは京都行きの皆さん。各クラス全員揃っている事を確認して、新幹線に乗り込んで下さい。時間は有るので落ち着いて行動する様に」

 微笑みながら語るしずな先生だけれど、実は怒らせると一番怖い人だという事は良く知っている。
 だってお姉ちゃんも怒る時は笑顔だったから。

 「では一班から六班までの班長さん、お願いしまーす」

 「皆さん。素早く、けじめを守って動きましょうね」

 僕の後に、今度は委員長さんが続けてくれた。

 委員長さんも、何かと気を使って、クラスを纏めてくれている。僕がする必要のない仕事は、しないでも良い様に協力して下さい、とクラスの皆に言ってくれたのだ。お陰で集合も楽だった。
 凪さんが細事に小言を飛ばす事は少ないが、それでも広域指導員としては優秀だと聞いている。折角の修学旅行に、叱られる経験は出来るだけ減らしてあげたい。だから、委員長さんがクラスを纏めてくれている事は、とても助かる。

 考えてみれば、あのエヴァンジェリンさんだって、委員長さんの言葉には、納得して従っていた。其れだけで、纏める力や、引っ張る力が凄い事は分かる。僕も見習いたい位だ。
 号令を受けて、ざわざわ、と話をしながらも、三十五人六グループは、しっかりと乗り込んで行った。




     ●




 構内に響いた甲高い電子音を、素早く抑えた。既に生徒達が集まり、わいわいがやがやと雑談をしながら並び始めている。そろそろ整列だ。

 「……今、出発前だ、ウィル子」

 『あ、そうですか? じゃあ手早くお話しますよ』

 「……ああ」

 周囲の騒音から逃れる様に、少し距離を取る。電子の神である彼女からの通話は、当然のことながら最優先だ。トンネルの中だろうが地下深くだろうが、ケーブル、ワイヤーさえ通じていれば声が直通である。まして外ならば、彼女が例え傍になくても何とかなる。
 人気の無い一角にさらりと入り込んで、ヒデオは耳から聞こえて来る相棒の声に集中した。

 『『聖杯』の諸情報は伝わっていると思いますので割愛します。で、停電の後の話し合いで決まりましたが――――幸いにも魔神の皆さんは動きません。強硬派もいましたが、《億千万の腕》という魔界の神様が少し時間を、と言って抑えてくれました』

 「……それは、助かる」

 聖魔杯(大会)では一精霊だった彼女だが、既に立派な神だ。しかも、この情報化社会に最大限に力を発揮できるだろう電子の神《億千万の電脳》である。年若いが、しかし魔神の会談に顔を出す事は出来る。
 みーことか、その仲間達が揃う怪物のミーティングに、しっかりと列席して情報を伝えてくれるのだ。

 流石に国家機密を初め、通常の自分が知る事が叶わない情報を教えてはくれないが、今は緊急事態。

 『で、知ってると思いますが。話し合いの結果、関係者で連携をとります。鈴蘭さん率いる《神殿教団》と、魔殺商会と、ゼピルム。そこに、聖魔杯の関係者ですね。具体的に言えば、二代目聖魔王にして《闇》と関わってるマスターと、アーチェスさんの所と、勇者とかです。……伝わってますよね?』

 「つい、先日」

 聖魔王に、『円卓』に、《億千万の眷属》に、アウター。その集団が、有る程度の団結を持っているが故の行動だ。ヒデオも上司から命令を受けている。停電後に唐突に方針決定が成されたのだ。
 そんな大事な、と思われるかもしれないが、実際、本当に大事なのだ。

 《聖魔杯》――――《闇》すらも呼ぶ事が可能な神器が奪われたという事は。
 実際に、その危機をこの身で体験しているヒデオであった。

 『まあ、犯人とか――――あと、盗まれた経緯ですか。その辺は大分、明確になっているんですが、対処方法が少し面倒でして。だから犯人達が此方で動けない様にしよう、と言う事ですよ』

 「具体的には?」

 周囲の様子を伺いつつも、手早く情報だけを入手していく。余り長くこんな場所に居ると怪しまれるだろうが、空気が真剣だと思わせれば、誰に問われる事も有るまい。
 向こうも自分の呼吸は心得ている。撃てば響く様に、答えは流暢に明確に帰って来た。

 『麻帆良には宮内庁と警察から、其々……鳴海清隆の圧力の結果とはいえ、派遣されてますからね。これ以上は難しいかと。だから、マスターと婦警を補助する感じで人材が送られると思います。――――今回の事件の渦中に位置するのが、多分ネギ・スプリングフィールドな事は、間違いありません。だから、ネギ少年の方はマスターに任せて、ネギ少年の周囲は婦警を初めマスターに近い人に頼んで、犯人の背後にいる連中は、此方の仕事で、と決定しました。――――あ、詳しい事はそっちに人が行きますから。その人から聞いて下さい』

 「……人?」

 『ええ。新幹線で一緒に成ると思いますので。それじゃまた。愛してますよ、マスター』

 「……あ、ちょ」

 ちょっと待って、――――と言う前に、さりげなく面倒を引き起こしそうな情報を伝えて、ウィル子の電話は呆気なく切れた。最後のラブコールは良いにしても。
 登録番号の少ない携帯電話の、通話終了と示されたディスプレイを見ながら、暫しヒデオは固まった。

 何だろう。凄く嫌な予感がする。
 事件と言うか、精神的疲労が溜まりそうな、凄く厄介な事件が、自分に降りかかりそうな気が――――。

 「あ、見つけたよ、ヒデオ君!」

 携帯電話を胸に仕舞って、表に一歩出た時だ。なんか、聞き覚えのある声が耳に届いた。

 ――――ああ、遅かった、か。

 聞き覚えが有るというか、つい先日に、青山の高級ホテルで、『聖杯』盗難事件の詳細を聞いたばかりの相手だ。聞き間違える筈も無い。
 あの大会中に、自分が確かに惚れていただろう魔人の――――明るい声だった。

 「大宮駅の女子中学生集団、ってのは簡単だったけど、見当たらなくってさ。会えて良かったよ!」

 ヒデオが声の方向に振り向いた時には、以外な程に自分に体を近付ける、白い服の女性がいた。
 最初に有った時は仮面の笑顔。次が、仮面が剥がれた激昂の表情。今浮かべている様な、仮面では無い素の笑顔を見たのは、大会が終わった後だった。

 自分としては、元々の素材が良いのだから仮面は必要ない、と思うのだが。
 まあ、其れを言った事は無い。ウィル子に『それ絶対に言っちゃいけませんよ、マスター』と半眼で睨まれたし、そもそも言える気概を持っていたら引き籠ってなどいない。

 「しっかりと父さんに許可も取ったし、同行させて貰うね」

 今は仕事中。流石に自分に絡めて来る腕からは逃げたが、本人からの逃走は無理だろう。それに、新幹線に乗る以上、もう自分の行動先は決定済み。
 下手に打たない方が良いだろう、とヒデオは考える。

 「……新幹線の中、だけです。――――それ以上は教師として、無理です」

 裏の顔は如何であれ、こなす仕事に手を抜きはしない。神霊班に居た頃から心がけている拘りだ。
 それに教師である以上、旅行中とはいえ――――いや、旅行中だからこそ、公私混同は控えるべきだ。ヒデオは新聞記事に乗りたくは無い。飽く迄も、此処での遭遇を“偶然”で済ませられる範囲。
 京都に到着した後。自分の知らない所で助けてくれるのは大歓迎だが、堂々と職権乱用をしている、と表になるのは嫌だ。ヒデオは元々、悪い事も出来ない性格なのである。

 「うん、十分。短い間だけど、別に良いよ?」

 京都で一緒に行動は出来ませんよ? と言外に匂わせると、相手も軽く頷いた。

 「――――では、僕が責任者の先生に話を付けて来るので、少し離れて下さい。近いので」

 そう言って、少し彼女と距離を取って、さて、とヒデオは大きく息を吐きだした。

 取りあえずは、そう。
 周囲を見回して、すっかり目立っていたことを反省する。

 困った様に微笑む源しずな先生と、なんか不機嫌そうな顔になっている北大路美奈子と、好奇心に満ちた瞳で此方を見ている女子達に。
 何と言って彼女との――――霧島レナとの関係を説明したら良いのかを、考えよう。




     ●




 何か皆、教師として以上に修学旅行を楽しんでいる気がしなくもない。
 学園長から許しを得ている近藤先生は兎も角、突然に現れた川村先生の知人だという女の人は、特にそうだ。偶然出会ったらしいが、それで同行を願い出るのは……うん、少し常識外れだと思う。川村先生の事だから、邪魔に成らなければ、と前置きをした上で許した理由が、有るのだと思う。
 まあ、僕も結構心が弾んでいるから、人の事は言えないかもしれない。

 後、何か事情や関係を追及する女の子達って凄く怖いんだな、と思ったけれど、僕は何も言わなかった。明日菜さんの言葉を借りるのなら、『藪の中に居る蛇を刺激する勇気は無い』(どんな意味だろう?)と言う事だ。

 集合と人数確認が終わって、僕たちは全員、新幹線に乗り込む。
 ひかり216号・新大阪行き。所要時間は約二時間半。十六両編成で、十二号車から十四号車までの約二百席が、麻帆良学園の指定席である。3-Aは十四号車の前半分。僕としずな先生も同じである。

 三十五人で六グループと言う事は、六人組が五つに、五人組が一つ、と言う分配に成る。
 クラス名簿と、修学旅行の栞に記載された班を確認する。
 ホームルームで決めたという組み分けは、こんな感じだった。



 一班 ―――― 柿崎美砂(班長)、釘宮円、椎名桜子、鳴滝風香、鳴滝史伽、サラ・マグドゥガル。

 二班 ―――― 古菲(班長)、春日美空、超鈴音、長瀬楓、葉加瀬聡美、四葉五月。

 三班 ―――― 雪広あやか(班長)、朝倉和美、那波千鶴、長谷川千雨、村上夏美。

 四班 ―――― 明石祐奈(班長)、和泉亜子、大河内アキラ、佐々木まき絵、竹内里緒、龍宮真名。

 五班 ―――― 神楽坂明日菜(班長)、綾瀬夕映、近衛木乃香、早乙女ハルナ、桜咲刹那、宮崎のどか。


 基本的には、仲の良いメンバーが組んで、そこに人数的に合いそうな人達同士が組み合わさった感じだった。例えば、一班はチアリーダーの皆さんに鳴滝さん&サラさんだし、四班も運動部の皆さんプラス龍宮さんと竹内さんだ。3-Aは、少しくらいは相性が有るらしいけれど、大体仲が良くて嬉しい。
 刹那さんが、明日菜さん達と一緒に居る事が、少し驚きだった。もしかしたら木乃香さんが引っ張り込んだのかもしれない。

 「ネギ先生」

 グループに目を通していると、いきなり背後から声が掛けられる。
 気配の無い事に驚いて、少し心臓の鼓動を早くしながら振り向いてみれば、闇口さんが静かに立っていた。

 「――――っ、はい。えと、なんでしょう?」

 「エヴァンジェリンさんから伝言です」

 「え? あ、はい」

 相変わらずの感情を消した様な、静かな口調で語る闇口さんだった。他の人達から聞いた様子だと、実家の躾が厳しくて、その名残なんだとか。でも、意外と耳に入って来る声色なので、余り困らない。
 僕は慌てて、最後のグループを確認する。



 六班 ―――― 闇口崩子(班長)、相坂さよ、絡繰茶々丸、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、クライン・ランペルージ、ザジ・レイニーデイ。



 ……なんか、凄そうな人達が集まっていた。
 エヴァさんと茶々丸さんとクラインさん。停電の時から、何かと関わった人達だ。そして其処に、闇口さんとザジさんという、クラスでも割と無口な人達が加わって、相坂さんという……相坂さん……ええと、今迄、気にしていなかったけれど、一体誰なんだろう、この人は。
 タカミチから貰った名簿の、最初の人。そう言えばクラスの一角に誰も座っていない席が有った様な……。あれ、でも、授業中に誰かいた気が……。

 「先生、聞いていますか」

 頭を悩ませる僕に、闇口さんは問いかける。

 「――――あ、えっと。……御免なさい、考え事を。ええと、エヴァンジェリンさんからの伝言ですよね?」

 「はい。『茶々丸と一緒に、一仕事を終えてから追いかける。レレナも連れて行く』……との事です」

 「ああ、分かりました。――――って、ちょっと待って下さい。レレナさんもですか!?」

 あの半吸血鬼のお姉さん、レレナ・P・ツォルドルフさんが、麻帆良に養護教諭として赴任して来たのは、つい数日前だ。学園長が許可を出して、この修学旅行に飛び入りで参加する事に成っていた。
 勿論、僕はあの人がエヴァンジェリンさんに関わる、一種の「監視役」であると僕は知っている。停電の時に直接聞いている。けれど、その割には凄く良い人だと知っているから、歓迎した位だ。

 旅行計画は前々から立っていたから、レレナさんが居なくても、保険の先生は他に居る。しずな先生も保健室仕事は出来るらしいし、確かに困る事は少ないかもしれないけど。
 でも、流石に少し乱暴な気が……。

 「あの、闇口さん。どうして貴方がエヴァンジェリンさんからの言伝を?」

 「――――では、確かに伝えました」

 僕の質問をさらりと無視して、彼女は軽く頭を下げて、自分の席へ戻って行ってしまった。そして、特にザジさんやクラインさん(と、面倒を見ているルルーシュさん)と話す事も無く、静かに窓を眺めている。なんか、少し不機嫌そうな態度だった。
 井伊先生が同伴していないのが、そんなに辛いのだろうか?

 「ええっと……」

 判断に困っていた時だ。
 静かに、体に慣性が懸かり、窓が閉まる音と共に、ゆっくりと新幹線が発車する。気が付けば、発車時刻になっていたらしい。段々と窓の外の景色が流れ、皆が歓声を上げた。この車両だけじゃない。隣の車両でも同じ様に喜びの声が上がっているだろう。

 「ネギ先生。挨拶をお願いしても良いですか?」

 「あ、はい。今行きます」

 しずな先生の声に、自分のする仕事を思い出す。後で詳しい話を聞く事にしよう、そう思って、だから僕は其処で――――彼女から詳しい話を聞く事を止めてしまって、そして疑問も忘れてしまった。
 そして同様に、乗る前にカモ君達に言われた、忠告もすっかりと頭から抜け落ちてしまっていたのだ。

 僕は気が付かなかったのだ。

 幾ら麻帆良が大らかで学園長があんな性格でも、普通に考えて――突然、団体の中に、部外者が入り込むという事が、異常であるという事を。
 普通は有り得ない異常が許される位、実は僕の周りは、平和でも何でもなかったという事を。




 そして僕は知らなかったのだ。
 この時、既に新幹線の中で、一つの陰謀が動いていたという事を。














 ばう! と、黒い犬が、列車の何処かで吼えた。




















 なんかヒデオがハーレムだ。まあ原作でもハーレムっぽいですがね。ウィル子、ノアレ、睡蓮、美奈子、エリーゼ、レナ、アカネ……。別に勇者を妬まなくても良いんじゃないか、ヒデオ。
 作中で語った通り、「マスラヲ」勢の立ち位置は、基本、こんな感じです。
 ネギとヒデオ(と精霊)が絡んで、クラスメンバーはヒデオの周辺人物と関わって、敵VSアウターになる(ヨーカーンVS《億千万の眷属》とか、想像するだけで恐ろしい。というか、彼らで『大賢者』に勝てるかな……?)。

 一日目の新幹線から事件で、果たして無事にネギと3-Aは麻帆良に帰れるのでしょうか?

 大停電は相手が加減をしてくれたけど、今度の旅行は違います。少しだけフェイト勢が本気。死にはしませんが、しっかりダメージは追います。ネギ以外にも。
 作者は、成長物語は、努力・友情・熱血の三本柱の王道に、挫折と動機と人間関係で補強されていると思っていますが……でも、この世界では、どれも取得はシビアです。特に友情。
 ただ泣いていれば助けてくれる程、甘い相手はクラスに居ません。頑張れネギ。自分の力で全員を味方に引っ張り込むんだ。

 あ、葉加瀬の契約人形数は五体(水銀燈、金糸雀、萃星石、蒼星石、雛苺)です。前に七体全部、と書きましたが、アレはミスです。探して治しておきます。

 ではまた次回。




[22521] 第三部《修学旅行編》 一日目 その①(中)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/12/24 00:31
 時速二百キロを超える新幹線の屋根の上に、黒い影が有った。

 白い車体に映える漆黒は、四つの足と尾を持った、一匹の獣の形をしていた。
 瞳の色は紅く、口から伸びた小さな牙は白く、それでいて何処か生物らしくない作り物めいた形だった。
 犬。その姿を視認する事が出来る物が居れば、獣をそう呼んだだろう。まさに犬だ。いや、正しく言えば、犬では無く狗だった。

 漆黒の狗神は、得物を求めて疾駆する。






 ネギま クロス31 第三章《修学旅行編》 一日目 その①(中)






 子供が子供で居る時間は大切であると、雪広あやかは思っている。

 どうせ時間と共に失ってしまうモラトリアム。自分の様に、自身で時間を手放した人間から見てみれば、存分に堪能して大人になって貰いたい。時間は貴重で、失っても取り戻せるのは不老不死のエヴァンジェリン位なのだから。

 自分は良い。望んで選んだ道だ。しかし、死んだ弟に重ねている、あの子供教師は違う。嫌が応にも進まざるを得ない宿命が有ったとしても。それで、大事な時間を失う事とイコールで結びつけてはいけない、と思っている。
 どうせクラスの統率は仕事なのだ。信用や信頼は兎も角、今のネギ先生では、確固たる絆には遠すぎるだろう。

 (まあ、明日菜さんやエヴァさんや……)

 一部には、大停電で認められた感じがするが、それでも全員には程遠い。
 自分が深い面はフォローする。浅い部分だけならば負担は少ないだろう。何れ大きく関わるにせよ、この修学旅行の間に、少しくらい日常を堪能して欲しいのだが……。
 両立の困難さを知っている者からすれば、贅沢な悩みなのだろうか。

 「ネギ先生、グリーン車を確保してあるのですが、一緒にどうでしょうか? 少しくらい気を抜いても良いと思いますわよ?」

 列車の出発前。そう言ってネギの手を引っ張ったが、仕事が有りますからと、あっさりと断られてしまう。残念だ。素直に頷かれてしまうと、それはそれで教師として問題だったが、それは置いておく。

 「また、あやかったら……」

 彼女の様子を見ていたのだろう。那波千鶴に、あらあら、と微笑まれる。朝倉和美はカメラを回しているし、長谷川千雨は我関せずを貫いている。村上夏美は曖昧な笑顔だった。
 全員の点呼を取った後で、席に腰を下ろす。窓の外を眺める振りをして、静かに考えた。

 ネギは如何やら、この班分けについても、何も気が付いていない。素直に、仲の良い子同士がチームを組んだ、と思っているのだ。そんな素直で真っ直ぐな味方が出来る彼を、本当に可愛いと思う。
 ネギの考えは間違ってはいない。基本的に、仲が良い面々で組んでいる。仲が良いだけで組むとグループ数も多くなるから、六人と五人に分かれて構成している。

 しかし、重要な事は。この場合の仲が良いとは――――取りも直さず、己の本性や過去を暴いても良いと言える関係と言う事だ。
 例えば、あやかと同じグループで、寮も同室である那波千鶴や村上夏美の場合。彼女達は、互いの本音や本性を、それぞれに見せた事が有る。互いの過去の傷を示して、苦しんで、それで構築された友情だ。単なる「お友達」よりも強い、明らかな絆が存在する。
 運動部の四人組。超包子。図書館組み。チアリーダー三人娘。互いに“相手が言いたくない事は尋ねない”を守りつつも、それでも答える勇気を持って、訪ねる覚悟を持ちあっている関係だ。

 こう言っては悪いが――――ネギ・スプリングフィールドが介入するには、難しい。

 (……可愛いですわ。それに、人気も有ります)

 それは間違いない。頭も良い。礼儀正しい。時々ミスしているけれど、十分にフォローが可能だし、将来に大きく期待できる人材だ。普通に生活を送るならば、アレほどに人気が出るだろう先生もいるまい。

 けれど、このクラスは普通では無い。
 それだけでは駄目なのだ。

 例えネギ少年が、非凡な才能を持っていたとしても、英雄の息子で有ったとしても、そして今迄の人生が平穏無事で有ったとしても――――その彼とは違う、壮絶な人生を送って来た者ばかりなのだ。
 比較する物ではないが、経験が乏しすぎる。今の彼では、余りにも荷が重すぎるのだ。
 タカミチ・T・高畑や、ルルーシュ・ランペルージという……世界的に見ても稀有だろう人材で、やっと何とかなる、そんな連中が、十歳の少年に唯唯諾諾と従う筈が無い。

 別に内心で馬鹿にしている訳ではない。ただ、「まだ早いよ、ネギ君」。そう周りが言うだけだ。言って、自分たちの戦いに介入させないだけ。「もっと育って世界を知ってから来てね」、と言われるだけなのだ。
 けれども。

 (この旅行で、少しはまた……)

 あの大停電で、彼が《福音》や親友に、認められたように、少しは成長できるのだろうか、……そう思いたかった。
 弟に重ねている、だけなのかもしれない。






 ゆっくりと新幹線が西へ向けて動き出した。

 (さて……)

 列車が出発したことを確認して、意識を切り替える。

 これから約二時間半。この列車は数回の停車を除いて、かなり侵入が難しい隔離場所だ。逆に言えば、何か起きるのならば既に下準備は進められていると思って良い。
 事実、霧間凪辺りは、様子を一通り調べているだろう。

 (……調査は任せるにしましても)

 安全確認は、あの《炎の魔女》に押しつけておけばいい。しかし、少し、自分にも情報が欲しい。
 少年を誘えていたら、上手い事、別車両に入り込めただろうに、残念だ。

 (……どうしましょう?)

 別にネギ・スプリングフィールドを利用して入り込もうと思った訳ではない。けれど、彼が同伴していれば、他者の違和感を軽減できただろう、と言う話だ。一人の年上の女子として可愛がりたかったことも事実だし、彼を出汁に情報を得ようとしたのも事実。

 簡単で単純な一面では語れないのが、現実の難しい所だ。
 まして、恐らく交渉能力と統率能力ならばクラス一の彼女だ。戦闘能力はからっきしだが(というか、多分クラス最底辺だが)、その分、彼女には指導力と指揮者たる資質が有る。

 (朝倉さん……は、記念写真を撮っていますし)

 あちこちに顔を出し、はいチーズ! と言いながらカメラを連射している。
 何が難しいかと言えば、旅行と陰謀の両立をしなければならないのだ。彼女は情報収集ならピカイチだが、その為に彼女の邪魔はしたくない。自分の為だけに相手を動かす事はあまり好きではない。ポリシーみたいなものだ。

 伊達にあのクラスの委員長を務めている訳ではないし、クラス全員からの信頼を勝ち得ている訳ではないのだ。全員の日常を表向きは守りつつ、生徒達の暗躍と弊害を抑制し、全員の願いをなるべく叶える……そんな難問を解決出来るから、雪広あやかは、委員長たり得ているのである。
 その為には、新鮮な情報は必要不可欠。しかし、頼んで非日常へ誘うのは嫌だ。ジレンマである。

 (……どうしましょう、ですわね。本当に)

 あやかは、ネギが『魔法使い』である事を初め、大体、自分を除いた三十四人のクラスメイトが、どんな組織に繋がっているかまで――――把握していると言っても良い。判らない相手もいる。天敵の神楽坂明日菜がそうだ。しかし、どんな「立ち位置」かは分かる。

 互いの領分を侵さない様に、慎重を期す行動が必要だった。
 だから今は、この列車に関する情報だ。誰か偵察を送りたい。

 (『彼女』――――使いましょうか?)

 大停電の最中に味方に引き入れた『彼女』は、契約して、あやかに憑き従っている。見えないだけで直ぐ傍にいるのだ。今でもそう。幽霊を感知が出来る者でも、相当に見つからない技量の怪物。
 風を受けない様に、新幹線の屋根の上で寝そべっているだろう。
 『彼女』は武器だ。雪広あやかが手に入れた、数少ない私兵。そして、とびきりに優秀な隠し刃。

 「あやか」

 静かに悩んでいると、隣席の親友が声をかけて来た。頼り頼られる大事な友人だ。

 「自動販売機まで行ってくるけど、何か欲しい物は有る?」

 ふふ、と包容力のある静かな笑顔で話し掛ける那波千鶴の瞳が、私が行って来ましょうか? と語っているのを見て。

 「……ええ。では適当にお願いします」

 そう、頼む事にした。




     ●




 「取りあえず。はい、これ」

 京都へと走る「ひかり」十号車に隣接された喫煙ルームの中に、川村ヒデオはいた。染み付いた煙草の匂いが強く漂う室内は、しかし雑談と密談には打ってつけの場所だ。自分の隣で煙草に火を付ける霧島レナだが、これは偽装だろう。ヒデオも彼女も、煙草は吸わない。

 「『聖魔杯』が奪われた経緯は、先日、話したよね。……これは『聖魔杯』自体に関する情報。リップルラップルさんとマリアクレセルさんの言葉を纏めて、幾つか補完をした程度だけど、十分だと思う」

 手渡された数枚の書類を捲り、写真と文書を確認して、懐に仕舞う。
 一々資料を見ながら話し合うのは、少し不味い。門外不出の機密事項である。

 「余り時間も無いから、軽く話すけども」

 軽く周囲と近辺を伺い、話を盗み聴く相手や、機械が無いかを軽く確認してレナは口を開いた。

 「『聖魔杯』は天と円卓と魔神によって生み出された、は知ってるよね。マリアクレセルとか、リップルラップルとか、ミウルスとか……。後、みーこさんとかも助力してる。『聖魔杯』は世界を統べるに相応しい人間と人外のペアに贈呈され、飽く迄も象徴としての役割が大きかった。其処に細工を加えて、《闇》召喚の媒介にしたのが、お父さんだった」

 「……ええ。十分に」

 知っている。その“お父さん”ことアーチェスに、ヒデオは一回、心臓を貫かれて殺されたのだ。
 別に謝って貰ったし、特に蒸し返すつもりは無いが。

 「さて、此処で少し歴史の話に成るけれど……ヒデオ君、歴史上で『聖杯』という存在が何処に出て来たか知ってる?」

 いきなりの問いかけ。なんだと思って彼女の顔を見れば、意外と真剣な色を浮かべていた。
 唐突だが、脱線する訳ではないらしい。

 「――――英国叙事詩と、……テンプル騎士団。それに、最後の晩餐、くらいですが」

 引き籠っていた時代。歩いて五分の本屋で、金を使わずに立ち読みしていた本は雑貨本が多かった。コンビニと違って漫画は包装されていたし、かといって分厚い真面目そうな書籍は面倒だった。
 自然と、手が伸びる書籍は雑学や男心を擽る品物ばかりになる。

 「ん、十分。――――そこまで知識を持ってるなら分かるだろうけど、本来の『聖杯』は宗教的側面が凄く大きいんだ。《神の子》の聖遺物だしね。……ヒデオ君は知らないかもしれないけど、あの辺の闇も深くてね。ローマ正教、イギリス清教、ロシア成教……。何れも、《神の子》に纏わる伝説や余談は多い。特にローマ正教。私が言って良いかは微妙だけど、狂信と紙一重な人達も多いし、実際『聖杯』以外の聖遺物も残ってるんだよ。有名な所だと『聖霊十式』――――ま『使途十字(クローチェディピエトロ)』『女王艦隊』は、既にないけど――――とかね。で、そんな物の頂点に近いのが『聖杯』だった」

 何せ、RPGで言う、神の加護を受けたアイテム、って感じだし、と彼女は語る。

 「聖書で語られる《神の子》。……歴史的に言うならばクライストさん。《神の子》に関わる物は、皆、多少の力を持つっていう性質が有る。唯の十字が十字架に見えるみたいな感じでね。――――で、さっきヒデオ君が言った「最後の晩餐」の杯。これはローマ正教やイギリス清教の下で、非常に厳重に保管されてる、んだけど。……《神の子》の血を受けた伝説を持つ『聖杯』。これは、何処にも無いんだね」

 「無い、ですか」

 「そう。正しく言えば“有った”かな? 何処かに消えて、それきり。風の噂じゃ「哲学の猫」とかいうのに持ち逃げされたらしいけど。――――さて、『聖魔杯』は、その消えた『聖杯』。処刑された《神の子》の血を受けた消えた本物と比較しても遜色ない品。……というか、かなり深く関わってるんだ」

 長い言葉を話して口が渇いたのだろう。机の上に置かれたコーヒーを一口飲んで、彼女は続けた。

 「……詳しいですね」

 元々調べてきて、自分に報告する役目なのだから当然だろうが……。
 それでもかなり流暢だ。流石は司会者で、役者だっただけは有る。

 「お父さん、アレでも司祭だったからね。聖遺物に関する知識も凄いよ。……オリジナル『聖杯』と『聖魔杯』って、基本的に表裏一体らしいんだ。『聖杯』は人間から、『聖魔杯』は聖魔から、其々生み出されたんだけど――なんて言うのかな。親子というか、兄弟というか、そんな関係らしい」

 「……原型とレプリカ、ではなく?」

 「『聖杯』って言うアイテムの、試作品の一号機と二号機みたいな感じかな。根底に流れている物は同じだけど、其処から積み上がった物が全く異なっている……、って。《神の子》の血を受けたから『聖杯』に成った道具と、『聖杯』として神から生み出された道具、の差かな。――――少しずれたけど、つまり『聖魔杯』ってのは、実は象徴に限定されない」

 「……召喚器具、と」

 何回も出た話だ。《闇》を呼べる以上、それ以外の存在は十分に喚起可能である、と。

 (……いや、出た話だったか?)

 ヒデオの記憶では、そんなに頻繁に会話をした覚えは無い。
 何時、その情報を手にしたのか、と少し考えて、思い出す。

 (……そう言えば)

 大停電の最中に、そんな話を聞いた覚えが有った。闇口崩子に殺されかけて、飛び込んだ闇の中。あの『迷い家』と呼ばれる空間に佇む、一軒の古びた家の中で、《魔女》と名乗る女性と会話をした後だ。

 自分の目の前に姿を見せた、間桐桜という存在が、小さく呟いていた。




 『聖魔杯』は、「英霊」を呼ぶ事が出来ます――――と。




 その時は、意味が全く分からなかったが――――今、思えば、この状況を見越していたのかもしれない。すっかり忘れていた言葉だった。如何して、こう都合良く思い出したのかは、今は考えないようにしよう。
 深く考えると、どつぼに嵌りそうな気が、凄くする。

 ヒデオが熟考する間に、霧島レナは説明を続けて行った。

 「それもそう。でも、他にもある。宗教的価値。魔法的価値。考古学的価値。歴史的価値。金銭的価値。政治的な価値もある。だからもう……『聖杯』と同じだけの力を持つ、ってだけで、皆、目の色を変えて探してるんだよね。それで、自分の物にしようとしてる」

 ……成る程、と素早く思考を切り替えたヒデオは、静かに納得した。
 どんな組織も欲しがる垂涎の的だ。手に入れればそれだけ、自組織の価値や名前はあがる。交渉や駆け引きには十分過ぎる品物、と言う事だろう。

 だからこそ、聖魔杯が終わった後、あの『聖魔杯』は厳重に封印を施され、地下深くに安置されたのだ。

 「その『聖魔杯』が盗まれるまで気が付かなかった私達も、相当に間抜けだけどね。……一応『聖魔杯』を奪った相手を調べてはいる。『魔法世界』のメガロメセンブリア元老院はかなり怪しいんだけど――――確実さを求めれば時間が必要。大戦以降『魔法世界』には基本的に出入り禁止だし。動くと被害が馬鹿にならないから……というか『魔法世界』が崩壊しかねないから動けないし」

 でもヒデオ君、と窓から自分の方に向き直り、彼女は訪ねて来た。

 「そう言う道具を手に入れたら、大抵の人は――――使ってみたくなる。そう思わない?」

 「……成る程」

 その言葉の意味を、ヒデオは正確に捉えた。
 流石はアーチェス・マルホランド。いや、この場合はその背後に居るだろう『円卓』か。

 「――――何か、動きを掴んだ、と」

 大きな力を発揮する道具を手に入れたら、使いたくなるのが人情だ。
 売買を目的に入手したのでない限り、大抵は“使用方法”を初め、各種機能を学ぶのがセオリーだろう。
 言いかえれば、盗まれた後、何処かに必ず、再度『聖魔杯』は出現する、と言う事だ。

 その時に奪い返すか――――あるいは、現実での行動を不可能にさせるか。そうすれば余計な被害は出ない。

 「掴んだって程じゃないよ。監視カメラに映っていた人は、大泥棒の石丸小唄、って人だと判明したけど、彼女も捕まっていない。濡れ衣の可能性もある。……でも今回の京都で、『聖魔杯』か、それに近い物に関わる可能性は有る、って情報を伝手で入手した。情報源は『魔法世界』に隠遁してるアウターなんだけどね」

 信頼できる人らしいし、と彼女は付け加える。

 「……分かりました」

 ほぼ状況は掴めた。
 つまり『聖魔杯』は、召喚能力も魅力的だが、同じ位に他メリットが多いアイテムだという事だ。
 そして今『聖魔杯』は、既に何処かの勢力に渡っていて……今回、その『聖魔杯』か、あるいは『聖杯』が、主に英霊関係として、修学旅行中に使用されるという事なのだろう。断定は出来ないが、中らずとも遠からず、と言った処に違いない。

 「一応、最優先事項は『魔法世界』の組織かな。――――大停電の映像を見てた魔神達が、「もう一人のネギ・スプリングフィールド」が『聖杯』で呼ばれた物じゃないか、って言ってたし、同じ様な事態に成らない様に、麻帆良の生徒達に隠れて関わるつもり。――――宜しく」

 「……ええ」

 取りあえず、自分が思い出した事実を脳裏にしっかりと刻み込んで、頷いた。手にした情報は多い。これらは、修学旅行の厄介事解決の大きな道具に成る。
 自分にできる事は、所詮は小細工でしか無い事。そして、その小細工を最大限に生かす為にも、使い方が大事であり、下準備さえ整えれば、舞台さえ整えれば、ハッタリも立派な武器に成る事を、彼は良く知っていた。

 弱者である彼は、例え《闇》に認められてもそのスタンスを変える事は無い。
 ヒデオが了承を返した時、ゆっくりと列車が止まった。窓の外を見れば、少し自然を感じる都会が見えている。大宮を出発して、今は――――浜松だ。

 「……では、そろそろ僕は、仕事へ戻ります」

 三十分近くも席を外してしまったのだ。良からぬ噂を立てられても不味い。京都まで、一時間半。
 警戒の緊張持続時間を考えると、そろそろ相手が何かしらの手を打って来ても良い頃だった。

 「あ、ヒデオ君。個人的な質問だけど」

 扉を空けて、外に出ようとした背中に、気さくな雰囲気で一声、掛けられる。

 「北大路美奈子さんとは、交際中?」

 「いえ。……同僚です、多分」

 即座に否定を返す。麻帆良に赴任して結構な時間が立つが、時折、一緒に食事をしたり、出かける程度だ。周囲は交際中と思っているらしいが、ヒデオの方から彼女にアプローチをしかけた事は無く、当の美奈子から直接的な言葉を聞いたのだって停電が終わった時だった。
 ……ああいや。停電前に、一つ、ラブコメな感じのイベントは有ったか。口に。

 「ふーん。……じゃあ、電子の神様とか、闇の精霊さんとか、ミスリル銀の彼女とか、宮内庁の巫女さんとかは?」

 「……いえ、別に」

 ウィル子は相棒だし、ノアレは自分を弄っているだけ。エリーゼはツンだけで一向にデレないし、名護屋河睡蓮とは……まあ、普通に同僚だ。しっかり付き合っている相手はいない。
 自分の性格的に、出来ない、と言うのもあるが。

 「そう。じゃ、まだ私にもチャンスは有るんだね?」

 「…………」

 何かを言ったら、そのまま大変な事に成りそうだったから、敢えて効かない振りをして扉を空けた。








 黒い犬が壁に磔に成っていた。




     ●




 東京駅で乗り換え、新幹線「ひかり」が出発して少し。図書館島の皆さんはカードゲームに興じているし、逆に眠いのか無言でのんびりしている人達もいる。でも基本的に、楽しんでいるようだ。

 「ねえねえ、美奈子先生。あの川村先生と一緒に居た女の人は、いったい誰なの?」

 特に生徒が集まっているのが、普段会話が少ないけど、慕われる先生。具体的に言えば、年齢が一番近い美奈子先生だ。

 「霧島さんですか? ……唯の知り合いですよ」

 「ホント? 本当にただの知り合い?」

 好奇心丸出しで北大路先生を問い詰める朝倉さん。質問は彼女に任せているけれど、近くに座っている生徒達は、面白そうだと誰も止める事はしない。

 「じゃあ、この前、学校に来てた巫女服の女の人は? 修羅場っていたという情報が有りますが!」

 朝倉さんの勢いに押されて、仰け反っている美奈子先生だった。やっぱり年の近い先生は、親近感を持てるのだろう。前にそんな事を新田先生に話された。
 最も、僕の場合は「可愛がられている」と言う表現が正しいらしいけれど。

 (……あ、そう言えば)

 その話題の、川村先生は一体何処に行ったんだろう。新幹線が出る前までは確かに、この車両で姿を見ていたけれど。車内を歩いているのかな。
 幾つか訪ねたい事も有ったので、取りあえず探してみる事にする。あの女の人と良い雰囲気だったら邪魔をしないで、何もなかったと言って帰ってこよう。

 カモ君を肩に乗せたまま、少し出てきます、と言って立ちあがった。

 車両の外に出る。自動扉を開けると、高速で流れて行く景色が乗車口から見えた。新幹線っていう乗り物は初めてだけど、こんな速度で走る列車は凄いと思う。
 僕の育ったウェールズには、こんな電車は無かったし。
 見る間に色を変える景色に気を向けたまま、歩いていた時だ。

 ――――ボヨン、と何かにぶつかった。

 頭に感じる、暖かくて柔らかい感触。

 「あら」

 慌てて頭を上げると、見知らぬ女性の顔がすぐ上に有った。
 相手の胸元に顔を突っ込んでいた事に気が付いた。

 「おませさんね、貴方」

 「あ、す、スイマセン!」

 どうやら、正面不注意でぶつかってしまったらしい。確かに目の前に誰もいない様に見えたのだけど……今、向こう側から出て来たのかもしれない。

 体のラインが浮かぶ、高そうな服を着た人だ。紫の瞳に、彫像のような体を持っている。日傘と扇子という、僕には少し理解不可能なスタイルだったけれど、美人な事には違いない。

 御免なさい、と頭を下げて擦れ違う。
 視界の隅に、喫煙席で話をしているヒデオ先生を捉えた。何を話しているのかは見えないけれど、雰囲気は真剣そうだった。出直した方が良いだろうか。
 少し考える僕に、ぶつかった女性は唐突に、背後から話し掛けて来た。
 まだ、何処にも行かず、僕を見ていたらしい。

 「ねえ、貴方。――――門松をご存じかしら?」

 「……え、……は?」

 いきなりこの人は何を言い出すのだろう。
 振りかえり、戸惑う僕の前で、怪しい笑顔を浮かべた女の人は、静かに語り始める。

 「正月に玄関に飾られる門松。アレはね、“竹を縄で囲む”と言う所に本質が有るの。竹は筒状でしょう? そして、筒は入口と出口で、異なる世界へ繋がっている、と考えられていた。中国の桃源郷伝説や、ギリシャ神話の良世界への入口も、洞窟が出発点になっているものよ」

 「はあ……」

 取りあえず、頷いた。綺麗な人だ。けれど、何処か人間離れしているというか、ズレテいるというか。
 異邦人、という言葉が似合いそうな、印象を受ける。

 「つまり門松は、異世界へ通じる竹を、縄で縛っている、という象徴なの。縄で縛っている、というのは――――黄泉路へと流したスサノオ……食欲魔神の父と同じね? 穢れを押しつけて流してしまう、と言う事。そして同時に、大きな注連縄の意味でも有る。だから悪い物の通り道である竹を縛って、自分達に降りかかる災厄を除きましょう、防ぎましょう……というのが、基本的な意味。因みに、蓬莱山輝夜が竹から産まれたのは、竹が異界と繋がる物で、且つ彼女が別世界の住人である、という事を示していたの」

 「――――あの?」

 何か背筋に嫌な感じがして、警戒を強める僕に、何も拘泥せず、女性は滔々と語る。
 上手く言えない。けれど、妙に違和感が有る。鳥肌と、嫌悪感と、気分の悪さが、段々と強く成って来る感覚がした。
 「違う」「異質」「外れ」。そんな言葉が頭に浮かんだ。何かはわからない、けれど、何かが……この目の前の女性は、違っている。ロボットや人形以上に人間に近いくせに、けれど把握ができない未知の相手。

 くるり、と腕に抱えていた、畳んだ日傘を躍らせて、紫の瞳の女性は、僕に囁いた。




 「さて、ネギ・スプリングフィールド。……この現代世界で、異界に入り込む為の「筒」は――――果たして何処に、有るでしょうか?」




 胡散臭い、真意が見えない怪しい笑顔と共に、僕の名前が、告げられる。
 ぶつかって来たのは、確信犯か。

 「――――! 僕の事を!」

 咄嗟に、スーツの中に仕舞って有った予備の杖を取り出し、構える。
 あの長い杖は列車の中では扱えない。魔法学校で使用していた練習用の予備杖だが、少しは役には――――。

 「あら可愛い。――――ええ、とても可愛い、“子供”ね」

 ふふふっ、と扇で口元を隠した女性は、僕の警戒を歯牙にもかけない。

 そして、ほぼ同時。
 外が一瞬で暗闇に包まれた。
 同時に車内に響く反響音。

 「!」

 完全に不意を突くタイミング。相手の攻撃か、と思った。
 自然と、窓の外へ視線が向く。山岳地帯が多い日本。新幹線や鉄道が、直線を走る為に必要となる、トンネルに入ったのだ。

 「トンネルを抜けると、其処は雪国だった……。川端康成は、知っていたのかもしれないわね? 入口と出口が、全く色を変える世界なのだとしたら? その間の筒の中は、一体、何処に通じているのかしら。……現代の筒は、この場所よ?」

 その声は。
 背後から。

 「え、っ!」

 視線を外したのは一瞬。向かい合っていた状態。しかも、二人が居たのは狭い列車の通路で、連結部分に築かれた空間だ。早々背後を取れる場所でもない。
 そう覚った時には、動けない。

 くすくすくすっ、と少女の様に笑う笑顔と、首筋に掛かる妖艶な吐息。
 杖を構えた腕に添える様に、白い手袋に包まれた綺麗な――――何処か異常さを感じさせる腕が、纏う様に伸びている。
 視界の隅にチラつく金髪に、背筋がざわめいた。

 「自分の立場を、忘れちゃ駄目よ? 怖い怖ーい怪物は、気を抜いたその時に、やって来る物よ?」

 その時、理解した。
 自分に対する敵意だとか、殺意だとか、そう言う感情と全く違う、異質と言う意味での「怖さ」。
 言葉が通じ、外見が同じで、しかし意味と中身が全く見えないからこそ、判らない。
 冷や汗を冷や汗と自覚し、今の自分の技量では逆立ちしても叶わない事実をはっきりと自覚するよりも早くに。




 「さあ、――――《神隠し》へと、誘いましょう」




 そして。
 世界が、引っ繰り返った。




     ●




 「……」

 グリーン車の座席に、静かに座る一人の女性がいた。
 世間一般で言えば十分に美人の範疇だろう。黒いサングラスで覆われた顔からは、整った顎のラインしか伺えない。しかしそれでも、女性の見えない部分を想像するには十分だった。
 気の強い才媛。……そんな印象を、立ち振る舞いからは受けるだろう。

 「―――――――全く」

 女性は唐突に立ち上がる。何か、不機嫌そうな顔だった。衆人環視の前でなければ、きっと舌打ちをしていたかもしれない。雰囲気の中に、明らかにオーラが見え隠れしていた。

 憤懣とした態度を纏ったまま、彼女は静かに前の車両へ向かう。グリーン車から幾つかの車両を進めば、其処は指定席車両だ。麻帆良の学生達が集っている空間である。
 静かに足を進め、連結車両に入り込んだ。

 自動販売機とゴミ箱。喫煙ルームが揃う空間が有るだけだ。喫煙室の中では白い服の女性が静かにコーヒーを飲んでいる。隣車両へ向かう扉の奥には、動く生徒達の姿。自動販売機の前でペットボトルのお茶を買う、三十前位の女性が一人……。

 その他、周囲には誰もいない。
 壁も床も綺麗なままだ。




 川村ヒデオも、ネギ・スプリングフィールドも、そして彼女が招いた黒犬も、その痕跡も、何もない。




 「…………」

 女性は静かに懐から携帯電話を取り出し、短縮ダイヤルを押した。同僚に連絡を入れるのだ。
 数回のコール音の後、繋がる。聞こえて来たのは、はんなりとした京都弁だ。

 『はい、天ヶ崎。――――新幹線で、なんかトラブルでも有りましたえ?』

 「ええ。――――少しね。いきなりやられた感じが有るわ」

 『詳しく説明、出来ます? 無理なら調べて』

 「やれるだけやってみるわ。ああ、近衛木乃香は無事だから、それだけ伝えて置くわね。十分後に連絡をお願い」

 そう言って、電話を切った。

 全く、まだ京都に到着してすらいないというのに、厄介事が発生するとは。
 近衛木乃香への危害や、他者からの妨害を防ぐ為に、屋根の上を初めとして各所に、自分の眷属を置いておいたというのに。

 腹立たしそうに息を吐いた女性は、取りあえず、最後に自分の眷属が感じられた場所に視線を向ける。
 その時だった。




 「亜紀、ちゃん……?」




 「――――!?」

 背後から掛けられた声に、振りむいた。普段、冷静沈着な彼女にしてみれば、有り得ないほどに動転した行動だった。

 (如何して、私の名前、を……!?)

 警戒を最大限にしつつ、声を放った相手を観察する。

 自販機の前に居た一人の女性。親しみやすい空気の、穏やかな笑顔が似合う――――普通の女性。浮かぶ表情は、驚きだ。
 どこか見覚えのある、否、見覚えの有るどころでは無い。忘れようのない相手だ。十年ほど前までは、毎日の様に顔を合わせていた、同じ部活の……少女。
 自分の目に映る、記憶よりも随分と育ち、平和に生きているだろう彼女は。

 まさか、と思った。
 どうしてこんな場所に、と。

 「……日下部、か?」

 思わず口を着いて出てしまった言葉は、感慨か、後悔か、過去への寂寥感か。
 仕舞ったと思っても、もう遅かった。そのまま立ち去らなかったのは――――立ち去れなかったのは、硝子とも例えられた、彼女の弱さだったのかもしれない。
 誤魔化し、逃げる前に。
 そう考えた時には既に、目尻に涙を浮かべた、過去に友人だった彼女に、しっかりと抱きしめられていた。




 彼女の名前は、木戸野亜紀。
 過去に《神隠し》から始まる怪異譚に巻き込まれた、一人の女性である。




     ●




 世界は認識と共に形を変えるという。

 川村ヒデオが、その漆黒の狗が壁に磔になり、そして引き裂かれて死んでいる光景を認識した瞬間、世界が浸食された事に気が付いた。

 まるで日常という白いキャンパスに、墨汁を流し込んだかのような印象。綺麗に汚れが落とされた壁や床も、色彩豊かな窓の外も、明るい光源も、一瞬にして全てが『異界』へと色を変えた。

 ざあ、……と。
 まるで砂嵐が流れる様に。
 視覚も、触覚も、嗅覚も、聴覚も、そして本能も、体で外部を感じる為の全てが、塗り替わる。

 「――――!」

 ガタンガタンと、列車の走る、ただ単調な音は、虚無的なまでに物寂しく。
 自販機と蛍光灯は、朽ち果て、既に古びた様に沈黙し。
 今迄見えていた鮮やかさは、全てが灰色と黒の、影に示されるだけの風景へと。
 そして、壁に磔に成っていた黒狗も又、何か別の物へ。

 「……これは」

 咄嗟に、背後を顧みる。
 今、自分が出て来た喫煙室の中には誰もいない。
 黒く変色したコーヒーの器が、床に零れているだけだ。

 「……これ、は」

 自分が隔離された事を知った。

 静かだった。単調な音が、自分の呼吸音に紛れて消えて行きそうなほどに、静かだった。
 心臓の鼓動や、乱れた呼吸が響き、ますます焦燥感を募らせる。
 誰の声も無い。何の音も響かない。虚ろな空間だけが広がっている様な、まるで世界に自分一人しかいない感覚。

 鼻に付く――――枯草の中に、錆びた鉄が混ざった様な、匂いが漂っている。

 (……不味い。脱出を)

 あの時と同じだ。《魔女》戸叶詠子と会話を交わした、あの時の事を、思い出す。
 隔離された部屋の中に漂う、形だけは同じ……しかし、明らかに違う世界の薫り。見えざる怪異が犇めく世界。長い間、この世界にいれば、間違いなく人間を捨てる事と成る場所だ。

 幾ら自分がノアレに接しているとはいえ苦手だ。仮に死んだ後に《闇》に遊ばれる運命が有ったとしても、今はまだ人間でいたい。
 取りあえず、何とかして出口を見つけないと……気分が悪い。精神的に《闇》に耐性が有っても、神経や肉体が持つ時間は限られている。込み上げる吐き気を耐えながら、周囲を見回した。

 窓の外。視界の片隅。見えないが、何かがいる感覚を覚える。

 「――――おい」

 突如、ぼそり、と、背後から声を掛けられた。

 無論、驚いた。心臓が跳ねるかとまで思った。けれども――――聞き覚えのない、しかし何故か危険ではないと分かる声だった。《闇》という空間を知っている者の、声だったから、だろうか。

 それでも用心しながら、感情を顔に出さずに振り向くと(例えこんな場合でも、顔色は変わらない)。
 其処には、静かに佇む一人の美麗な青年と、臙脂色のケープを来た少女がいた。

 「……来い、出口まで案内してやる」


















 黒狗を使役していたのは、犬上小太郎かと思わせて、木戸野亜紀(味方)だったぜ、と言うお話。見破った人がいる辺り、流石だと思います。
 『Missing』キャラはこれで全員出たのですが、確実に死んでしまった、文芸部最後の一人・村上俊哉だけが、どうやっても出れないのが、残念です。

 相変わらず怪しい八雲紫。この話の定義では十分にアウターレベル。少なくともVZよりは強い。
 彼女は助言者や賢者な立場なので、味方では無いですが、敵でもないです。アウターや《闇》と関わりが深いヒデオの行動・説得・状況次第では、助力してくれる、かもしれません。

 さて、最近、少し悩んでいるのですが、作者の別作『境界~』は、混ぜない方が良いんでしょうか? 私的には出したく、作者としては出したくない、と言った感じです。
 「混ぜるべきではない」という意見も「作者の好きにすれば良い」という意見も理解出来るので、迷っています。一種のサービスとするか、あるいは関与せざるべきか……。ご意見下さい。

 ではまた次回。





[22521] 第三部《修学旅行編》 一日目 その①(下)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/12/26 14:04

 『ある公園で、子供達が遊んでいた。夕刻に成り、徐々に子供達が帰って来る中、一人の子供だけが、夜に成っても家に帰って来なかった。
 慌てた家族が、一緒に公園で遊んでいた子供達に話を聞いたところ、子供達は一様に、消えた子供が誰か見知らぬ子供と遊んでいる処を見ていたという。しかし、子供達は皆、その見知らぬ子供が誰かの知人で有り、誰かの顔見知りであると思って、特に注意を払っていなかった。
 見知らぬ子供と、最後まで公園に残っていた子供は、それきり二度と戻って来なかった』

 参考文献・大迫栄一郎『現代都市伝説考(一部・改定)』より。






 ネギま クロス31 第三章《修学旅行編》 一日目 その①(下)






 《神隠し》に誘われた人間を、近藤武己は今迄に二人、知っている。


 今でも懐かしい、そして消えない棘と成って心に残っている、あの高校時代の事件でのことだ。

 当時、文芸部に所属していた近藤武己には、友人が五人いた。一人は今の自分の妻・日下部稜子。残りの四人が、空目恭一・村上俊哉・木戸野亜紀。……そして、あやめと言う少女だ。
 向こうが友人と思ってくれていたかは――――今でもはっきりしない。けれど、一緒の部活を行い、共に事件に巻き込まれたこと考えると、普通の友人以上には仲が良かったのだと思う。

 あやめは人ではなかった。過去に『異界』へと生贄に捧げられ――――長い時の中で、《神隠し》と言う現象を、否応なしに呼び寄せてしまう悲しい存在へと、変貌していたからだ。
 彼女を最初に見つけたのが、空目恭一。《魔王陛下》と呼ばれていた青年だった。他者を拒絶する空気を纏う、黒衣に身を包んだ美麗な彼は、死へと向かう衝動を抱えていた。だから彼は、あやめを見つけ、自分の物にして、消えようとした。

 彼が死へ足を向けたのは、過去に彼が《神隠し》に直面したからだ。目隠しをされ、見知らぬ誰か……云や、「何か」に手を引かれ、異界へと連れ去られた。
 そして、非常に有り得ない事に、戻ってきた。世界でも数えるほどに珍しい現象なのだそうだ。
 けれど、やはり《神隠し》に有ったことで、彼は壊れてしまっていたのだろう。

 ……彼だけでなく、誰もが皆、歪んで、壊れていたのだと思う。
 あやめを捉え、『異界』を嗅ぎ取り、学園で自分達が巻き込まれた事件を終わらせ、最後には――――《魔女》十叶詠子の陰謀を阻止して、『異界』へ贄に成るかのように、消えて行った。

 空目恭一の親友・村上俊哉は、彼を守って死んだ。
 空目恭一に惹かれていた木戸野亜紀は、後始末を終えて、自分達に「忘れな」と簡素に告げて、人知れず学園を去った。
 そして近藤武己は、彼らが消えた後、呆気ないほどに日常を取り戻した。自分が望み、自分と――――そして日下部稜子の二人だけを、絶対に守る為に行動した結果が、大事な友人達を消して産まれた末の、平穏だった。

 後悔をしている訳ではない。あの時、彼が、仲間を裏切ってまで――行動しなかったら、きっと自分と彼女は死んでいたのだ。悩んで苦しんで、武己は、彼らよりも稜子を選んだ。それだけだ。
 けれども、罪の重さは、知っている。
 武己の行動で、少なくとも幾人かは――――あの『異界』に関わり、そして壊れたのだ。
 その棘は一生、消えない。

 「……言う事が見つからない、感じだね。近藤」

 「――――うん」

 「……私もだよ。――――まさか二人に遭うとは、ね」

 「亜紀ちゃん……」

 高校を出て、進路を社会科学や史学へと向けた。文芸部だったし、特に変な目で見られる事も無かった。消えた空目恭一の私物を、僅かでは有るが譲り受けもした。
 歩んだ背後には、ふとした折に耳にした「都市伝説」が有ったからかもしれない。曰く、『本当に危険なオカルトスポットに、黒い服の男と、可愛い少女の二人組が姿を見せる……』と。
 きっと、彼らは何処かに居るのだろう。そう思っていた。『異界』の一部と化し、意識や思考を留めつつも、人の形をしているだけの別の存在へと至ったのだろう。そう思わずにはいられなかった。

 高校からエスカレーター式に大学に進み、稜子と付き合いつつも日々を過ごし、気が付いたら教師に成っていた。そんな日々の中でも、武己は自分の抱える罪を忘れる事が出来なかったし、そして――――都市伝説を忘れることも、出来なかった。
 麻帆良に招かれ、彼女と夫婦と成り、潤沢な生活を送っていても……自分の罪は消えない。
 姓が、日下部から近藤へと変わった稜子。彼女もまた同じ負い目を抱えていた。だから、一緒に歩んでこれたのだろう。重い平和に押しつぶされる事も無く。

 「風の噂で、結ばれた事は聞いてたけどね。――――名無しで祝儀を送っただけだけど」

 「あ、あれ、やっぱり……木戸野、だったんだ」

 「……亜紀ちゃんは。今、何を?」

 「関西の、……いえ。神社の雑用よ」

 木戸野亜紀の態度は、過去と変わっていない。突き放した態度と、人の背中を押す誤解されそうな優しさとが同居している。彼女の事を僅かなりとも知っている二人だから、何とか見えるだけの物。
 彼女が列車に乗っていたのは仕事だったからだという。経緯を初め疑問は尽きないが、個々の話はしてもしきれない。話すには重すぎて、けれども――――言いたい事は、山の様に有る。
 武己が仕事をしている間、買い忘れた飲み物を買いに行っていた稜子が、彼女を引っ張って来た時には、それはもう驚いた。目を疑ったレベルでは無い。自分の心理が見せた幻かと思ったほどだ。

 けれど、紛れもなく彼女は、正真正銘の木戸野亜紀。
 《硝子の獣》と呼ばれた、儚く美しい獣の女性だった。

 「近藤。稜子。これは忠告だ。……悪い事は言わない、直ぐに学校に戻りな」

 一通りの話が落ち着いた処で、彼女は二人へとそう語った。感情は読めない。けれど、彼女の性格が学生時代から大きく曲がっていないのならば、これは自分達を気遣う為の言葉なのだろう。
 唐突。そう思うが、彼女がこう語るという事は、きっと何か理由があるのだ。しかし、それは出来ない。

 「戻れって。――――修学旅行の最中だよ、無理だ。仕事で来てるんだ」

 「――――なら、絶対、私達に関わらない事だ」

 私、ではなく、私達、とそう語った。唯の神社の雑用が、危険な筈が無い。きっと『機関』やそれに類する仕事をしているのかもしれない、そう思ってしまった。

 「近藤、まだ『鈴』は持ってるね? それ使えば、ヤバイ領域の見極めは出来るね?」

 「……うん。あるよ」

 頷く。嘗て、古びた一軒の喫茶店で神野陰之という男から手渡された『鳴らない鈴』は、今でも尚、近藤武己の元に存在する。昔は携帯電話に付けていて、今も――手元に持っている。

 『何処に居るのか見えない猫を探す為には、鈴を付ければ良いと思います』

 そう言った武己に、ならば鈴を上げよう、とあの闇夜の魔人の笑みと共に手渡された。
 『鳴らない筈の鈴』が鳴る時は怪異が近い。それを知っていたからこそ……普通の人間である武己は高校時代、何回も命を拾ったのだ。

 「二人に、友人だった人間として、忠告しておく。二度と」

 静かに、木戸野亜紀は言った。
 とても強い、けれども悲しそうな意を込めて、自分達に言った。

 「二度と“向こう”に関わらないようにしな。危ないと思ったら、過去と同じで良い。自分達の事を優先しな。誰もそれを責めない。誰もそれに怒りはしない。……出来るだけ、後始末は付けてやるから」

 もう自分は戻れない。けれども、お前たちは違う。そう彼女は語るかのように。
 踏み込んで、運良く戻って来れたのだ。これ以上、危険に遭いに行かなくても良い――――そう告げた。

 「アンタらは、自分達の幸福を確実にしな。腹の中の子供の為にも、どっちが死んでも、狂っても、消えてもいけないんだ。……恭の字と、あやめと、俊哉と、私と。四人の分まで、日常に生きる事を、心に刻んでおきな」

 「亜紀ちゃん……」

 皮肉気な笑顔を口元に浮かべて、過去に別れた友人は、自分達二人を自分の席に戻る様に、促す。
 単調に動く連結車両は、三人以外には誰も居ない。喫煙席の中で、静かに佇む霧島レナという女性が窓を眺めているだけだ。

 「……行こう、稜子」

 「――――うん」

 無言の強制に、踵を返す。彼女の真意は見え過ぎるほど見えた。昔の様に、脆いくせに獣の如き性質で、苦しみながらも気高く生きるのだろう。それが彼女だ。
 もう一度。それは過ぎたる望みなのかもしれない。
 だから。

 「猶予が有ったら、京都で会おう」

 背後に掛けられた声に、心が震えたけれど、振りかえる事が、出来なかった。




     ●




 世界は、容易く塗り替わる。



 「“ヨウコソ”」

 「――――――う」

 じり、と目の前の少年が下がった。大きく一歩、自分から逃れる様に。
 その顔の、開かれた瞳に浮かぶのは、怯えと焦燥感。逃げ出さない勇気は残っているようだが、それも何時まで持つものか。この世界で正常で居られる者は、最初から狂っている者だけだ。

 只管に黒く紅い、まるで裏返ったかのような世界に、声が反響する。
 きっと己の表情は、三日月のような白々しさが浮かぶ仮面の嗤いになっているだろう。

 「分かるでしょう? 見えないだけで居る事が」

 人の形をしていない。ただ気配だけが留まり、生者の周りに集って行く。

 「見えるでしょう? 何処カラ覗カレル感触ガ」

 眼も無く、しかし景色を感じ取る偽りの視線が、生者の体に絡みつく。
 妖としての本性を、僅かだけ垣間見せながら。

 「聞コエルデショウ? 人ナラザル者達ノ声ガ」

 八雲紫は異界を見せる。
 声も無い、喉も無い、けれども囁く様に、籠った声に成らない声が、可聴領域ギリギリで、掠めて行く。
 姿は無く、届く声は、方向すらも見失わせ、視覚すらも歪ませていく。

 「此処が、此れが、《神隠し》」

 逃げ出せるほど甘くは無い。
 正気でいられるほど優しくは無い。
 急いで何とかしなければ、きっと全てが囚われる。

 「一夜ノ夢。然レドモ悪夢ノ傷ハ心ニ深ク」

 言の葉と共に、何かが寄り集まって行く。
 腕と、目玉と、歪んだ口と、黒々とした漆黒の「何か」が、集まり形を成して行く。

 「心ニ積モル澱ハ、繰リ返サレル怪異ノ始マリ」

 固形では無い。まるで気体が意志を持つかのよう。
 冷たい、人間には持ち得ない感触が、体を拘束し始める。

 「――――狂気も世界も、人を容易く呑み込むのよ?」




 其処に至って。

 「――――――――!!」

 少年が、声に成らない絶叫を上げた。




 八雲紫は《神隠し》の力を持つ妖怪である。

 本当に「妖怪」であるのかは、怪しいが。そして別に《神隠し》の化身でも何でもない、もっと深い部分に繋がる存在なのだが――――《神隠し》を実行している実行犯であり、人間以外の怪物である事は、確かである。人間だった過去も有り、そんな彼女が異形と化した物語も有るが、ここでは関係が無いので割愛しよう。

 《神隠し》。人間が、ふと消えてしまう現象。
 失踪事件や誘拐事件が多い、昨今の現代社会でも、決して解明されない事象として確かに存在している。年間数万件の行方不明事件の中の一厘だが、確かに《神隠し》は存在しているのだ。

 何人かは、彼女の手で《幻想郷》に招かれる。餌として妖怪に振舞われ、割合として千分の一くらいは運良く生き延びて『人間の里』で一生を終える。
 何人かは、彼女の手で『異界』へ招かれる。その中に八雲紫の意志は無い。自分が行うべき仕事であり、役目でしか無いからだ。一定の条件が揃った時、八雲紫は嵌った相手を攫って行く。

 日常の裏。意識の死角。見えない処に潜んでいる恐怖。そんな場所が『異界』へと繋がっている。現実を侵食する、色違いの世界。
 枯草の中に僅かに鉄錆が混ざった、『異界』と呼ばれる場所。
 民俗学者・柳田國男が『迷い家』と呼んだ、日常の裏に隠された「別の世界」の真の姿。
 『冥界でも顕界でも有る世界(ネクロファンタジア)』――――。




 世界の裏の怪異は、人を呑み込み微動だにしない。




 「ラス・テ……ッ、マっ……! く――――……っ、《魔法の矢》!」

 悲鳴を上げて、それでも気を失わなかったのは立派だろうか。自分に攻撃の意志を向けるのは愚かとしか言いようがないが、心が折れないのは評価に値するかもしれない。
 あの《闇の福音》。昔から優しいとは知っているが、大事な子供の成長は適度に促していたらしい。こうしてこの世界で、戦う意思を持つ人間はそうはいない。
 しかし、息が続かず短縮詠唱なのは、仕方が無いか。

 (ま、妥当な所かしらね……)

 絞り出された悲鳴のような声と共に殺到した、二十ほどの魔力の矢。威力、含有魔力量、速度、数、軌道、どれも中々だ。それだけ少年は必至なのだろう。
 けれど、スキマを使うまでも無い。避けるまでも無い。

 「並みね、詰まらないわ」

 扇で打ち払う。パアン、と魔力が弾かれ、虚空へと拡散させる。腕の一振りで十分だった。
 『異界』とは、とどのつまり現実の反転世界だ。だから、現実世界の住人でも、非日常や非常識に関わっている者ならば、倒れるまでの時間は長い。僅かながら常識外への耐性が付いているからだ。
 ネギ・スプリングフィールドの場合、持って三十分か。

 「吸血鬼を乗り越えて驕ったのかしら」

 アウターから仕入れた話によれば、結構面白い戦法を取ったそうだが、期待外れだ。
 知人の中で、今の少年と似ているタイプと言えば、恐らく霧雨魔理沙だろう。だが、向こうは捻ってある。自分よりも遥かに強い相手に感心される為に――殺されない為に、向上心と創意がある。

 「経験が無いのは良いとしましょう。でも工夫が無い。アレンジが足りない。発展させようという意識が無い。「開発」という行為を怠っている。そんな心構えで世間を渡っていけると思っているのなら、滑稽な事この上ないですわね」

 「……っ」

 何かを言い代えそうとしても、しかし言い返せない。其れほど、今の彼は苦しいのだ。肩に止まっていたオコジョなど、当の昔に気を失って懐で丸まっている。獣は脅威に対する本能が強い。
 はあ、はあ、と肩で行きをしながら、周囲に纏う気配に心を消耗させていく。
 膝は震え、自分を見据える瞳は涙目だ。

 「……なんで、僕を」

 やっとのことで、少年は自分に問いかける。
 差が圧倒的だという事は理解できているのだろう。今の彼は、精々が魔人一人程度の実力。《幻想郷》の下級妖怪レベル。知識は多くても実戦経験に天と地ほども開きが有る以上、下手をすれば氷精に敗北してもおかしくは無い。
 歯から、カチカチと震える音を鳴らしながら、やっとのことで自分が彼を襲った動機を聞いて来た。

 「理由など意味が無い、有っても理解は出来ない。――――異形が奇怪な行動をして、その理由を語る必要は無いでしょう? 貴方は、目の前で怪しい動きをしているモノが人間の形をしていなかったら、理由を聞きたいと思わないでしょう? 本質を捉えられない相手には、言葉は意味を持ちませんわ」

 そう、言葉を用いて何かを伝えようとする時点で、自分を相手にするには無駄なのだ。言葉に意志を乗せるのは結構。けれども、言葉で全ては語れない。
 自分をどう思うかは、所詮、自分の行動を最後まで見て、それで理解してくれれば良い、それだけの話。
 修学旅行が終わるまで彼が無事なら、その時、きっと分かるだろう。

 「でも、敢えて、何か適当に言うなら――そうね。……貴方の様な子供が、涙目で必死に頑張っている姿は、ぞくぞくする程に甘い。――――私の様な、長生きしている者にとっては、食べたい位に」

 思わず、仮面が剥がれて、獰猛な笑顔が露わになってしまった。自分の顔を見て、さあ、と顔を青覚めさせている。

 食べるという言葉は建前だ、勿論。こんな子供相手に現を抜かすほど愚かじゃない。でも涙目のネギ少年が、思わず虐めたくなる可愛さを持っているのは事実。ああ、嗜虐的な思考で、思わず生唾が。
 アウターや七瀬葉多恵や風見幽香が、格下の人間を虐めるのも凄く分かる。そう言えば昔は、従者の狐の事を、こうして少し強めに虐めて上げたんだったっけか……。

 「さあ、そろそろ心が辛いでしょう? この『異界』は、人を呑み込み精神を壊す。過去、関わってまともで居られた人間は数えるほどしかいない」

 見れば分かる。
 動く度に息が荒く、練られる魔力が乱雑になっている。
 中威力呪文は愚か、《魔法の矢》ですらも使用が困難なほどだ。彼の魔力の流れを見ればよく分かる。

 「妖怪は人の心を食べる。恐怖が有って妖怪たりえる。こうして見ている貴方の、その心の闇は――――とても美味しそうね」

 心が折れれば、後はもうパニックだ。何も言えず、何も語れず、少ない体力を枯渇させ、周囲の怪異に飲まれ、最後は発狂し、人間の形を失ってこの世界と同化する。
 そうなったら、まあ美味しく食べてあげる事にしよう。何、ネギ・スプリングフィールドが死んだところで、自分の知り合いで怒る相手と言えば、エヴァンジェリンくらい。後の連中と言えば、死んで残念だった、と言うだけで三日もすれば忘れるだろう。

 立場は兎も角、個人の価値など、そんな物。
 ここで死ぬような人間なら、別に必要無い。

 「…………う、あ……《魔――の――》、――――」

 パクパク、と、口から漏れるのは呼気だけ。呂律も回らず、呪文を唱える事も出来ない。
 体が痙攣し始めている。ああ、もう長くない。持って一分だろう。このまま眺めていれば良い。
 その光景に震える心を自覚して、どうしようもなく、己が人間でない事を自覚する。

 八雲紫にしてみれば、別にネギ・スプリングフィールドが如何なっても興味は無いのだ。
 死のうが狂おうが、教師になろうが英雄になろうが、彼が死んでも《幻想郷》に被害は無い以上は如何でも良い。優先順位の遥か下。自分が妖怪の餌として連れて来る人間より少しマシな程度でしか無い。

 けれど使い道は多い。
 『魔法世界』との大戦を終わらせたのは、ネギの父・ナギだ。あの最終決戦。『魔法世界』を震わせた余波は、隔離世と《幻想郷》にも影響を与えている。同じ事を防ぐ意味も込めて、この少年には頑張って貰わないと困る。




 居なくても遜色は無い。でも、居てくれた方が、利用価値が有る。
 所詮、この少年は駒にしか過ぎないのだ。




 酷いと言われる通りは無い。同じ事は皆している。それが嫌ならば――自分で違うと言えるだけの力を示さなければならない、それだけの話だ。八雲紫自身、そうやって生きて来た。
 だが、少なくとも今の少年は、八雲紫が信じるに値しない。
 僅か数分の会合で、八雲紫はそれを見抜いた。
 戦う資格が有る事と、信じる資格は別物だ。戦う資格が無いならば『異界』に誘いはしない。曲がりなりとも大停電で、あの《福音》は認めた。だから誘った。しかし結果はこの通り。

 (――――随分と、私も冷酷です事)

 僅かに自虐が混ざるが、それでも辞める気も救う気も無い。救われるなら自分が何もしなくても救われるだろうし、此処で終わる相手も多いのだ。ネギだけが此処で落命する訳ではない。過去、自分が招いた人間の殆どが、彼女の見ている中で朽ち果てた。八雲紫の仕事は、そう言う物だ。けして逃れられぬ宿命みたいなものだ。
 そもそも八雲紫が彼を呼ばなければ、これ程のダメージを心に負う事も無かっただろうが……それはそれだ。後からよくも、とやり返しに来るなら来ればいい。彼女は少年を見て、そして期待が外れた。




 だから、自分の中の価値は低く、自分の目的へと至る計画に組み入れない。
 だから、消えても生きても、如何なろうと知った事では無い。




 《神隠し》という現象に、理屈や理論を求める事こそが間違いだ。
 《常識の外側に住む者(アウター)》に人間の心を要求する事こそが誤りだ。
 彼らは“そういうもの”だ。
 むしろ、そんな彼女が、新幹線という文明の中、この少年を、この『異界』に呼んだ真の理由は――――。




 「貴方に有るのかもね、川村ヒデオさん?」




 背後の青年に、問いかけた。




     ●




 無口な青年と、儚げな少女。二人は口を開かず、ヒデオも又会話が得意ではなかったから、自然と沈黙が下りた。必要ない事は話さない、そうヒデオは誤解されがちだが、実は人見知りが激しいだけである。
 静かに歩く一向だったが、僅かながら少女と会話をして分かった。

 青年の名は空目恭一。少女の名を“あやめ”。停電の渦中でヒデオが遭遇した《魔女》戸叶詠子の後輩で、《魔女》が語る《影の人》と、《神隠し》、そう呼ばれる存在だそうだ。

 (確か……)

 記憶を手繰る。十叶詠子は、自分の事を《闇の民》と呼んでいたか。その時、一緒に出ていた名前の中で――《名付けられし暗黒》が神野陰之。《この世の全ての悪》が間桐桜で……確か他にも《首括りの魔術師》と《宵闇》が、いる、のだったか?
 何れにせよ、自分が中に入るには分不相応だろう。そして、ヒデオは己を一向に入れる程に人間を止めてはいない。間桐桜はまだ除外するにしても、どうせ碌でもない連中に決まっているのだ。あの《魔女》だって、話し方は丁寧で善良そうだが、純粋すぎて人間味が少なかった。

 ノアレも、そして自分も。大方《闇》だのに関わる連中は、どこか変なのだ。
 二人に案内されて到達した、ネギ少年を虐める、初対面のこの女性も含めて。

 「悪ふざけが過ぎます、……子供を虐めて」

 何が目的だか知らないが、子供を聞きとして虐める存在を、まともである、とは思いたくは無い。外見が、こうして普通の、少し怪しい雰囲気の女性であるとしても、その本質は――――やはりみーこを初めとする、アウター勢と大して変りは無いのだろう。
 素早く駆けよって、ネギを抱き起こす。息切れ、動悸、焦点の合わない瞳、意識は……曖昧。だが、幸い命に別状はなさそうだ。現実でしっかりと回復させる必要があるが。

 「あら、御免なさいね?」

 悪びれず、女性はくすくすと笑って少し離れる。自分に敵意は向けて来ない。
 嫌な雰囲気だ。常に見せる余裕は強者の証。だが、それ以上にこの女性は……性根からして胡散臭い。

 「……僕には何もしない、のですか」

 「ええ。だってネギを招いたのは、貴方を呼ぶ為だもの、川村ヒデオ。――――いえ、《闇》と繋がった者?」

 (……また《闇》か)

 呻き、悪夢に苛まされているような少年の頬を、数発、叩く。こんな場所で寝ていたら其れこそ危険だ。心まで浸食されて帰れなくなる。幾度か叩くと、僅かに彼の焦点が合い始めた。
 嫌になる事に、自分はノアレのお陰でちっともこの『異界』が怖くない。鼻に付く錆びた匂いが嫌いなだけだ。自分を案内して来た二人組もきっと同じだろう。

 (確かに)

 ああ。自分は最古の闇に通じている。大停電で、エヴァンジェリンが自分に協力を求めたのもそれが理由だった。川村ヒデオ、ではなく、《闇》の眷属として、自分を見ていた部分が有った(後に、それは覆されたが)。彼女も同じなのだろう。

 「……勘違いしないでね? 貴方は興味深いと思うけど、それだけよ」

 思わず、振りかえる。そんな言葉が出るとは、思ってもみなかった。
 先程の言葉を訂正しよう。多分、精神的にはヒデオの知るアウター勢に近い。リッチとか、ほむらとか。

 「私も《闇》は知っているもの。光の境界に住む《宵闇》という端末が、知人に居ますもの。光の闇の境界が《宵闇》であるからこそ、境界に潜む私は「彼女」をよぉく知っている。貴方も名前くらいは、何処かで見知っているのでなくて?」

 ……知っている。先程考えていた名前だ。会話と言い、此方の思考の読解と良い、どうも調子を崩され易い。やはり自分より遥かに上位な相手には、間違いが無いのだろう。
 確信を深めつつ、静かに踏み込む。

 「――――では何故?」




 「初代の『聖杯』が、闇と繋がっていると言ったら、貴方は驚くかしら?」




 「……何を」

 「そのままの意味よ。数刻前、貴方が魔人の小娘と話していた『聖杯』。「哲学の猫」に盗まれた試作一号。……ほら、手が止まっているわよ? 急いで助けてあげなさい。私には、その子はもう如何でも良いから」

 言われて、肩を貸して、立ち上がらせる。細身の自分ではかなり辛いが、相手は子供。運べない訳ではない。なんか腕とか瞳とか、怪しくてキモイのが周囲の虚空から覗いているが、此れも気にしない。そんな物で揺らぐほど、自分の精神は弱っちゃいないのだ。
 死んだ時に接触したノアレの本体に比べれば、『異界』は恐れるに足らない。体感するのも別に初めてではないのだし。

 「……う」

 「ネギ先生、大丈夫ですか?」

 声をかけて、体をゆする。やがて彼の焦点が合うと、息が戻り、……そこで大きく咳き込んだ。ゴホゴホッ! と、咽び、乱れていた肺の機能が取り戻され、同時に冷や汗が流れ出ている。肩を貸していなかったら、きっと地面に膝を着いて立つ事も儘成らなかっただろう。

 「……あ、――――か、わむら、先、せい?」

 焦点が合わない瞳が、何とか自分を捉えた。

 「ええ。……立てますか?」

 如何してこんな場所に、そう言いたげな顔をして、周囲を伺った。自分の感覚が夢かどうかを、確かめる様な行動だ。無理も無い。多分、意識が朦朧としている間でも、悪夢や怪異の恐怖に晒されていたのだ。
 自分の体と、自分に接触しているヒデオが紛れもない実態である事を確認して、少し安心したネギだったが……視線が一点に固定される。

 「だ。大、丈夫で……ひっ」

 その先に居たのは、少しだけ距離を取って、虚空に座る女性だ。
 小さく悲鳴を上げ、青い顔に成って、震え始めてしまった。心が何処まで持つかは、怪しい。

 (……よほど、虐められた)

 のだろう。克服できるトラウマなのかも怪しい所だ。まあ、彼の事だから大丈夫だとは、思うが……。
 それよりも早く逃げよう。ヒデオもそろそろ、体力に限界が近づいていた。別に此処で休んでも大丈夫そうだが、それは少し――――人間が外れそうで、嫌だ。
 怯えたままのネギはまるで子犬だ。困った顔で女性を見ると、向こうは軽く肩を竦めて言った。

 「安心なさい。ネギ君に危害を加えるつもりは無いわ。庇護もしないですけれど。今回、貴方と会う為に顔を出した。けれども唯の顔見せでございます。この先、縁が繋がる為の、会合。……次に会うのは、幾日か後でしょうね」

 やっぱりか、と思った。この女性も旅行中に顔を出すらしい。苦労ばかりが積み重なる。
 曲がりなりとも、言葉が通じ、丁寧に応対すれば危険が少ない分だけマシ、か。

 「すいません。一つ質問を」

 「ええ。何かしら?」




 「……狗を殺したのは、貴方ですか?」




 「違うわ」

 質問に、即座に返って来る。自分より頭の回転が優れている相手は数多く知っているが、この女性は特にそうだ。此方の意図を殆どロス無しに汲み取っている。アウターでも、中々、こうはいかない。
 実力はみーこさん達に劣るにせよ、頭脳や立ち回りで評価されているのだろう、と勝手に予想を付けた。

 「この『異界』は世界に属するモノ。けれど、黒狗を害したのは意識に属するモノ。互いに共存が可能が故に、互いに干渉が出来る。狗を殺したのは、私以外の誰か。多分、ネギ少年の生徒の誰かよ」

 ……この女性が怪しい理由が分かった。
 人を呼ぶ時の呼称が一定では無いのだ。ネギ、ネギ君、ネギ少年、ネギ・スプリングフィールド、貴方。言うなれば、本人を定義する名前を数多く変えて呼んでいる。だから、自分の有り方を見透かされた気分になるのだろう。それだけではないだろうが。
 そうですか、と納得したヒデオと、怯えているネギを見て、女性は怪しく微笑んだ。
 何をされるのか、と警戒心が湧きあがる。

 「――――さ、御帰りなさい。丁度、出口へと至るトンネルに入る処。この機を逃すと列車から二人の姿が忽然と消えた事に成るわ」

 困るでしょう? と言われると同時に、出現したのは空間の裂け目だった。ぎょろり、と覗く眼玉が一斉に自分達を見つめて来る。やっぱり気色悪い。

 もういいのか、と思う。真意が全く読めない。真意を読むこと自体が無意味かもしれないが……。いや、色々言いたい事も、聞きたい事も、考えたい事も有るが。
 考え直す。
 今はネギが最優先だ。自分一人ならば兎も角、子供をこんな場所に置いておくのは良くない。彼を一人で帰しても、多分何かと問題が起きそうだ。この状態を自力で隠し通せるとは思わない。

 大丈夫です、と軽く安心させる様に肩を叩いて。
 ――――自然体で一歩を踏み出し、そのまま隙間の中に飛び込んだ。

 「私の名は八雲の紫。また会いましょう」

 最後まで耳に残る、耳障りな、それでいて何処か心の奥を震わせる様な、自己紹介だった。




     ●




 川村ヒデオが、ネギを抱えて立ち去って、数分後。
 『異界』で静かに佇んでいた空目恭一は、踵を返して移動しようとした。

 既にこの世界に同化した彼は、もはや異常など何も感じない。あやめも同じだ。しかし、一応、疲労はある。何かと世話に成っている八雲紫に、無言のまま軽く頭を下げ、休息用の古びた一軒家に向けて歩き出そうとした、その時だ。
 その足が止まる。

 「……ああ」

 足元。自分の行き先を塞ぐように、一匹の子犬が纏わり付いていた。
 見覚えが有った。
 静かに考える。そう言えば、誰かに殺されたらしい黒狗を、川村ヒデオが見ていた。そして、彼が『異界』へ招かれたと同時に、狗も共に入り込んだとするのならば……。
 記憶を辿る。狗の大きさは不定形だった。大きければ小さくも有る。子犬の群れかと思えば、猟犬の群れだった事も有る。雨に濡れる見えない子犬があれば、人を喰い殺す野犬でもあった。

 あやめの足元に入り込み、戯れる子犬の元に腰を下ろし、彼は静かに告げた。

 「……木戸野に伝えてくれ。――――気を付けろ、とな」



     ●




 ガタン! という音と共に、足が動く地面に付く。地面では無い。堅い感触は人工物。定期的な振動は、走る列車の床を示していた。周囲は暗く――――。
 一瞬後、パア、という音と共に、窓の外には流れる景色が映っていた。

 (……どうやら)

 トンネルから出た事に、直ぐに気が付いた。間違いない。『異界』でもなければ、浸食された世界でもない。普通の、麻帆良学園一同が乗った新幹線の中だった。
 何とか無事に戻って来れたらしい。いざとなったらノアレを呼ぶ必要が有るかとも思ったが、そんな事に成らなくて良かった。本当に。

 懐から携帯を取り出して時間を見ると、消えてからまだ十分と経過していなかった。静岡県にはトンネルが三つあるらしいから――最初のトンネルで消えて、三つ目のトンネルで戻ってきた、と言う事だろう。『異界』に常識は通用しないから、時間の流れも一定とは限らないし。
 ふう、と一息を付く。傍らのネギを見ると、己が現実に帰還した事に戸惑い、深呼吸をして落ち着こうとしていた。深く吸われた空気の中に、鉄や枯れ草の匂いはしない。普通がこれ程に安心出来るものだとは知らなかった。

 自分達が消えた場所だ。霧島レナの姿は無い。だが、直ぐ傍のダストボックスの一番上に空のコーヒーカップが捨てられている所を見る限り、彼女は席を外しただけだろう。
 その一方で、壁や床を確認する。ものの見事に痕跡は無い。獣の痕跡、解体現場もかくやという傷ついた壁や床には、傷跡一つ残っていない。消える仕組みだったのか、それとも誰かが消したのか……。

 現場と、先程までの体験を重ね合わせて、思考を展開させているヒデオに。

 「あの……」

 そう言って、何とか冷静さを取り戻したネギが、問いかけた。




 「あの……川村先生、本当は一体、何者、ですか?」



 言葉を理解して、やられた、と悟った。

 (ああ、そうか)

 八雲紫め。本当に……性格が悪い。此処に至って、彼女の目的を、ヒデオは理解した。

 (そういう、事か)

 これでは、嫌が応にも、ネギ・スプリングフィールドに対して、自分がごく普通の教師ではない事を――――態々、教えなければならないではないか。
 そして、自分だけでは無い。連鎖的に、北大路美奈子や霧島レナについても情報を出さざるを得なくなってしまう。となると、修学旅行で、自然と協力し合って事件に当たる事と成る。
 下手をすれば、ネギは自分以外の教師にも……疑いを持つかもしれない。
 となると、何れにせよ……この修学旅行での、スタンドプレーは難しくなる。

 少年の目の中に、紛れもない疑念が混ざっている事を知って、ヒデオは再度、深く溜め息を吐いた。
 京都に到着するまでに、何とかしよう。




     ●




 目の前に腰を下ろした友人の手から、冷たい緑茶のボトルを受け取って、雪広あやかは尋ねた。

 「千鶴、他の車両の様子はどうでしたか?」

 「そうね……」

 少し考えて、彼女は穏やか過ぎる程に穏やかに、聖母の如き微笑みで、言った。




 「可愛いお犬さんと戯れて来たわ」




 くすくすくす、と笑う笑顔の中に、歪んだ光が一瞬だけ映ったのを、あやかは見逃さず――――そして、それを敢えて、無視した。

















 作者に、あの原作の恐怖を書くのは無理です。筆力と文才が足りない。

 小崎摩津方のこと、「すっかり」「忘れてました」。爺か娘かは未定ですが、《首括りの魔術師》は出ます。大停電の前に「梨の木」の伏線張ってあったのに。
 『Missing』キャラは、神野陰之・十叶詠子・小崎摩津方・空目恭一・あやめ・近藤武己・日下部稜子・木戸野亜紀の八人ですね。

 で、原作者繋がりで『断章のグリム』に関わる那波さん。なんか凄そうな御方ですが、凄いです(凄惨です)。クラス最強がエヴァンジェリンとすれば、最“凶”が那波千鶴。
 彼女が表舞台で活躍するのは過去編(ヘルマン編?)なので、それまでは御想像下さい。ヒントは「保育園で働いている」と言った点です。子供って無邪気に残酷です。そんな《泡禍》な過去。

 アウターレベルからのネギの評価は、まだこんなもんです。期待されるルーキー。でも同じレベルの奴は結構いるし、みたいな。そこから如何に脱出するかが、主人公の醍醐味でしょうか。

 八雲紫は超便利です。今後もちょくちょく顔を出すと思います。彼女にとって、真っ当なネギ自身には何の興味も有りません。でも「未来の英雄」であり、「過去の英雄を継ぐ者」であるならば、相応に成って貰わないと、彼女の為にも困る。人外とか異邦人とか、「外れている者」には凄く優しいんですがね。
 でも、言葉の端々にネギの強化予告が。開発力を叱ったりとか。

 次回は清水寺から一日目の夜です。
 そろそろ別のサーヴァントも出るかな……?




[22521] 第三部《修学旅行編》 一日目 その②(上)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/12/29 00:57

 『――――まもなく京都です。お降りになる御客様は、御忘れ物の無きようご注意ください……』

 麻帆良学園女子中等部を乗せた「ひかり216号」が、京都駅に滑り込んだ。

 新幹線はこのまま新大阪まで向かうので、降車は素早くと言われている。無論、3-Aの32人も降りる前にしっかりと注意を受け、忘れ物が無いよう確認した後で、身支度を終わらせていた。
 ホームから構内へと移動して、集合した所で声を懸ける。

 「……ネギ、生きてる?」

 「――――――――――――はい」

 何とか、と返したネギの顔色は悪い。足腰もふらふらだ。何でも、新幹線の中で怪しい怪物に襲われて、精神的ダメージを受けた、と語ってくれたが、思い出したくも無いのか、殆ど私へ伝わっていない。

 しずな先生や皆には、川村先生を探している最中に電車酔いに有った、と説明してくれた。けれど、ネギの事情を、皆に語ったのが、その川村先生。
 ネギは、何か不信感を抱いている様で、先生への態度が堅かった。

 (……一体、何が有ったのかしらね)

 そう言えば私は、北大路先生が普通の先生では無く、魔法に関する一種の警備員的な仕事している事を知っているのだ。だって大停電の最中に出会ったし、一緒になんかザリガニらしいのを退治したのだ。冷静に考えれば、美奈子先生と関係が深そうな川村先生が「訳有り」でも良い筈だ。
 ルルーシュさんを知っているネギが、それに思い至らなかった……あるいは、知っていても尚、怖がっているのなら。よっぽど怖い目に有ったか、あるいは疑いを持つ行動を見たのか。

 列車の中で有った“色々”を、これはしっかり聞き出す必要が有るだろう。

 「大丈夫、です。……仕事は、しっかりしますから」

 憔悴した顔で、私と話をする。お世辞にも万全とは言い難い。無理しているのが見え見えだ。
 私だけじゃない。他の皆も、大丈夫ー? と声をかけているし、委員長に至っては、休んだら如何でしょうか? と一足先にネギを旅館へ送り届けようとまでした。流石にやり過ぎだと思ったけれど、つまりネギは、其れ位、危険そうに見えたのだ。

 「無理はするなよ、ネギ」

 流石に見かねたのだろう。ルルーシュさんが副担任らしく、代理として一連の仕事をしてくれる。まあ、元々ネギの仕事は其れほど多くない。十歳の教師に、無茶な仕事を押し付ける事はしないという事だ。

 「あー。……それではこれから、クラス別に別れて、バスで清水まで向かう」

 周囲に迷惑に成らないよう、なるべく小さく纏まれ、と指示をした上で語り始めた。
 ルルーシュさんは、……これはもう、完全にエヴァちゃん側の人だと分かっているので、ネギも安心している。敵ならかなり怖い人だけど、味方ならば凄く心強い、と私でも思う。

 あ、そう考えれば――――普通では無いのに、敵か味方か、立場が見えない人は、かなり怖いか。つい感覚が麻痺してしまっているけれど、言われてみれば怖い、かもしれない。
 そんな事を思いながら、私はネギの隣で説明を聞いている。

 「見ての通り、人がかなり多い。逸れないように注意を払って移動する様に。霧間先生は麻帆良学園の最後尾に付くから、3-Aの最後は六班と、鳴海先生だ」

 相変わらず、声は良く通るし、指示の出し方も上手い。人の上に立つ、指導者という仕事が、此処まで嵌る人も中々少ないだろう。天性のカリスマ性を持っている。
 何処かの貴族の血が流れている、という風評が本当ならば、少しスペックの無駄使いな気もするけど。
 そうこうしている内に、ルルーシュさんは見知らぬ女の人を、全員の前に引っ張り出した。

 「さて。今回の旅行で、私達と一緒に京都を回ってくれる、現地の人を紹介する」

 眼鏡をかけた和風の人だった。着物が似合いそうな雰囲気の、京都美人。イメージに違わず、はんなりとした京都弁で、笑顔と共に私達に頭を下げながら、挨拶する。

 「天ヶ崎千草、と申します。よろしゅう頼んます」






 ネギま クロス31 第三章《修学旅行編》 一日目 その②(上)






 『さて、これからこのバスで清水寺へと向かいます。本日は生徒さんの日頃の行いが良いせいか、お日柄も良く……』――云々。そんな風にマイクを持って話しているのが、天ヶ崎千草とかいう女。

 旅行会社の人間なのか、ガイドなのか、その辺は知らないが、要するに――近衛木乃香の為に派遣された術師と言う事だろう。上手い手だ。ガイドならば傍に居ても何らおかしくない。
 流石に語りは上手くないが、話術も知識も中々で、前の方に座る生徒達は賑やかにも聞いている。

 (そう言えば、近衛の父が友人と言っていたな……)

 ふわ、と欠伸をしながら、魔女は友人の言葉を思い出した。
 温かな日差しとバスの振動は、不精な彼女に眠気を与えるのに十分だ。新幹線の中でも休んでいただろうが、という魔王の突っ込みは耳に入らない。

 急用だ、といって従者と『調停員』を引き連れ、エヴァンジェリンは『特区』へと行ってしまった。折角の旅行だというのに野暮な事だと思う。調べ物が有るらしいが、はてさて。
 なるべくさっさと帰って来て欲しいものである。何せ、この六班。壊滅的なまでにまともな奴がいない。吸血鬼、ガイノイド、霊(自縛霊で動けないが)、不死者、魔人、そして暗殺者の人間だ。まあ、その分、下手に気を使わず安心出来もするのだが……。
 記憶の中の日本と、同じ様で正反対な、流れる景色と人を見ながら、隣に座る班長を見た。

 「確か闇口、お前は京都に住んでいたんだっけか?」

 「ええ。短い間ですが。いーお兄さ……井伊先生、程では有りませんが、少しは知っていますよ」

 「そうか。じゃあ、自由行動時の解説や案内は、任せても良いな」

 「……それは良いですけど」

 魔女の方を意外そうな顔で見ながら、暗殺者だった少女は問いかける。

 「良いんですか? ネギ先生の周りには色々有りそうですよ? てっきりクラインさんも手伝ってあげると思っていましたが」

 「面倒だ」

 質問を、クラインこと魔女C.C.は一等の元に切り捨てた。

 「停電はエヴァに頼まれた。個人的な意趣返しも有った。だが、今回の私は飽く迄も学生。戦う理由も無ければ、私が手を出す理由が無い」

 逆に言えば、手出しをしてきたら相応に報復するという意味でも有る。魔女にとって平和な日常と言う物は貴重。あの《世界の意志》にサーヴァントとして使役される代償が平穏と幸福である以上、有る時間は有効活用しなければならない。
 だらだらと生活出来るのが、どのくらいに楽なのか、こればかりは実際にやった人間でないと判らないだろう。しかも、面倒見の良い相方は、何かと自分の世話を焼き、文句を言いつつも自堕落生活を推進させてくれる。
 魔王に世話される魔女。茶々丸に世話されるエヴァンジェリンが同居人と考えると、結局、両者は似た物同士だという事だ。

 「精々、観光と修学を満喫させて貰うさ」

 シニカルな笑みと共に、再度、ふああ、と猫にも似た欠伸をして、緑髪の魔女は目を閉じた。
 結局そこから五分もしない内に、清水寺前の駐車場に停車し、降車する事に成ったのだが。




 「京都ー!」

 「おお、これが噂の飛び降りるアレ!」

 「誰か飛び降りてみてー!」

 「では拙者が」

 「お止めなさいみっともないっ!」

 清水の舞台。京都・奈良への修学旅行のメジャースポットである。
 大きな声で委員長が叫ぶが、効果は無い。女子中学生でなくても、思わずテンションが上がってしまい、感嘆の声を上げる。実際、周りにいる観光客も感心しているし、其れほど迷惑でもないだろう。

 (……ほう)

 魔女も思わず感心する。彼女の知っている日本は、ごく僅かな記憶を除けば、殆どがブリタニア占領期の物だ。戦争で歴史的建造物も失われているし、整った街並みも無かったのだ。

 「ここが有名な「清水の舞台」ですね。毎年、日本漢字能力検定協会が「今年の漢字」を発表している場所でもあります。――――此処は本来、本尊の観音様に能や踊りを楽しんで貰う為の装置で有り、国宝にも指定されています。飛び降りで有名ですが、江戸時代には実際二百三十四件の事件が確認されており、生存率は85パーセントと以外に高く……」

 ペラペラペラ、と趣味である神社仏閣の知識を披露する綾瀬夕映に、おお、と全員が感心の声を上げる。
 それを横目に、普段とあまり変わらないクールな面々が、今度は闇口崩子の裏話を聞いていた。

 「この「清水の舞台」は“舞台造”と呼ばれています。同じ造りの寺社は、奈良の長谷寺、鎌倉の長谷寺。二つの長谷寺に有ります。本来は、綾瀬さんが語った様に、本尊の供養の為ですが――――位置的、場所的にも、過去にはそれ以外の用途で使われていたと言われています」

 「ふむ、それは?」

 興味深げに話を聞くルルーシュ。知的好奇心を満たす話題には、何かと心を向ける事が多い。幾ら日本育ちだと言っても、戦国時代やもっと前の兵法に精通している男である。
 知識から少し穿った、ともすれば信憑性に欠ける話の方が、喰い付きが良いのだ。勿論、C.C.も面白そうだ解説を止める事はしない。

 「死体捨て場、ですね」

 へえ、とか、何処かで聞いたな、とか言いながら周囲が反応する中、彼女は話を続けていく。

 「清水から坂を下ると、鳥辺野、という土地が有ります。これは京都の大葬礼地なんですよ。平安時代から、幾銭もの屍が葬られてきました。鳥辺野の鳥とは、死体を突く烏の事です。烏が辺んでいる平野、で鳥辺野ですね。……奈良の長谷寺、鎌倉の長谷寺の直ぐ傍にも、墓場や霊場が有るんです。後者の場合は、彼の有名な鎌倉霊園ですか」

 「……初めて聞いたな」

 「そうですか? 因みに、長谷寺の長谷、とは即ち“初瀬”。死者の霊が宿る場所と言う意味になります。瀬の字は、『三途の川』の河岸を思わせるのでしょう。――――清水の舞台は、見ての通り、下も結構、高さがありますから。ここから死体を捨てても匂いは届かない。捨てた死体を見る必要も無い。……清水が建立された当時には、階級差もあって、庶民の為の墓は無いも同然でした。親しい人が死んだ時、死体を担いで、舞台から落として、最後は冥福をお祈りして帰る、と言う訳ですね」

 其処まで語り、途端に小声に成って闇口崩子は囁いた。

 「……因みに。何年か前に、この「清水の舞台」が崩壊しています。ニュースにもなったので知っている人もいるんじゃないでしょうか。……ほら、表面上は取り繕ってますけど、基盤は新しいです」

 と言って彼女が指差すと、確かに指の先は“時代を経ている”と言い難い木材が見えていた。雨風に晒されているが、明らかにまだ若い。

 「噂は諸説ありますが、人間に化けた怪獣が喧嘩した、という話が都市伝説に伝わっていますね。赤色の怪獣と、人喰いの怪獣の大決戦らしいです。……本当、常識外ですよ、あの人達は」

 「ん?」

 ぼそ、と最後に付け加えられた言葉が小さく、聞き取れなかった。魔女の訝しむ顔に、いいえ、何でも有りません、と彼女は言って、それよりも、と促した。

 「清水には他にも色々と面白い場所が有ります――――」

 「有名なのは“音羽の滝”ですね」

 このままじゃ見せ場が無くなる、と思ったのか、綾瀬夕映が、よっこらせ、と崩子の話に割り込んだ。瞳の中に、趣味で負けたくありません、と珍しくも強い炎が浮かんでいる。
 何か瞳の奥に不味い色を感じ取ったのか、闇口崩子は素直に場所を譲り渡す。

 「其処の石段を下った先に有る滝がそうです。見えますよね。あの三筋の水は、其々「学業」「健康」「縁結び」の効果が有ると言われています。――――『松風や 音羽の滝の清水を むすぶ心は すゞしかるらん』。これは平安期、第六十五代天皇こと花山法皇が書いたと伝えられる和歌ですね。『栄華物語』や『吾妻鏡』に語られています……」

 ――――云々。対抗心のまま、これまたマニアックな話を展開させていく。まあ、少し真剣に日本史を調べれば十分に分かる話だが、それでも知っている人間は多くない。

 「夕映、……なんでそれで、成績悪いのさ」

 そんな突っ込みが入るが、其れを無視して、彼女は清水の話を更に広げる。
 途中、闇口崩子と天ヶ崎千草まで加わった大説明会は、場所を移し移動している間も長々と語られ、結局、その蘊蓄はバスの乗車時間まで続けられた。

 宮崎のどかが縁結びの水を飲んでいたり、恋占の石を実行していたり、ネギへの想いを隠そうとしていない事は、当の相手を除いて誰しもが気が付いていたが――――まあ、それも良いだろうと魔女は思う。

 言いたい事は、言える内に言っておかなければ、ともすれば悲劇にも成りかねないのだから。
 魔人を愛した少女達の終わりを知っている魔女は、本気でそう思った。




 そんなこんなで、一日目の観光は無事に過ぎていった。




     ●




 京都・嵐山区の一角に位置する、ホテル「嵐山」。

 庶民も泊まれるリーズナブルな部屋から、かなり高級なセレブな部屋まで、幅広い客層に対応できる老舗の旅館で有る。内装も美しく、宿泊客に不自由をさせない設備、乗務員も揃っている。
 麻帆良学園の京都・奈良への修学旅行は、毎年この旅館を使用しており、向こうも対応や行動を心得ている。向こうも、学園が騒動料込でかなり料金を払っているお陰で、助かっているらしい。
 夕食を終え、一日の反省会も終え、修学旅行の夜の醍醐味・自由時間だ。

 「――――最後に、入浴、行動は自由ですが、なるべく班別行動を心がけるようにして下さい。一般のお客さんの迷惑にならない様に。就寝は九時半です。明日の起床は七時半、一階大広間に集合して朝食です。では、また明日会いましょうね」

 おやすみなさい、と源しずなが、大広間での最後の言葉を告げた後、一気に喧騒が満ちて行動を始める生徒達。本当に元気が良いな、と思いながら、霧間凪は寄り掛かっていた壁から身を起こした。

 (今は……八時か)

 廊下に出て、腕時計で時間を確認して、さて、と考える。何かを動くとすれば、今から行動するべきだろうか。壁に掛かっている案内図を見ながら、霧間凪は構造図を確認した。
 ホテル「嵐山」は、大きく三つのブロックで構築されている。本館A棟、B棟、別館だ。この中で、B棟、別館は修学旅行や団体に使われる客間が大半を占めている。別館とB棟の一部が、麻帆良学園の普通の生徒達が泊まっている部屋だ。B棟には、無関係な一般客も泊まっている。

 本来ならば麻帆良学園の生徒は全員別館に宿泊予定だったのだが、予約が入った後に設備に不良が発見されたらしく、本館A棟の一部にも宿泊する事に成った。勿論、その一部に泊まる生徒は3-Aであり、整備不良も何処まで本当なのかは分かった物では無い。

 (学園長も良くやる……)――と、本気で感心する霧間凪だった。

 A棟は三階建て。二階に生徒達が泊まり、三階は『睦月』から『師走』までの、十二の高級客間。この十二の部屋は、恐らく旅館内で最も危険なスポットと化しているだろう。凪が知っているだけでも二、三の組織が有る。
 一階には、ロビー、大広間が複数、食事処、そして温泉が有る。温泉は露天風呂も有り、嵐山の大堰川の眺めを一望できる造りに成っているそうだ。

 「ふむ……」

 生徒の目が有る中で呼び寄せた友人達と接触するのは良くないだろう。教師らしく、就寝時刻を守らせた上で、こっそりと動けば良い。子供と違って大人は其れが出来る。
 羽原健太郎と高代亨。二人は本館A棟三階『睦月』に泊まっている。向こうは自分の到着を把握しているし(メールが届いた)、今はまだ、大きな騒動も無い。

 「あ、凪先生。良いでしょうか?」

 自室へと考えながら戻る彼女に、源しずなが背後から声を懸けた。

 「教職員の方たちは、早めに入浴をお願いしたいんですが……」

 「ええ。――――ああ、それなら、今から行く事にしますよ」

 何者かが旅館に侵入する方法は、想定とすれば五カ所。正面、裏口、地下、屋上、そして風呂場だ。地下と屋上(屋根から屋根裏を含む)が、温泉用ボイラーやパイプ、上下水道に繋がっているのは明白だから……風呂場を警戒するのは、理に叶っている。

 「生徒の皆も、ひょっとして一緒に?」

 「はい。別館にも温泉と大浴場があるので、3-A以外の人達は皆そっちに行ってますけれど。今ならば……そうですね、五班と六班、位ではないでしょうか」

 「……そうですか。分かりました」

 神楽坂、近衛、桜咲、宮崎、早乙女、綾瀬。それに加えて、闇口、ザジ、クラインだ。風呂場の中で一緒に汗を流すのも、中々面白いかもしれない。
 それに、もしかしたら他の女性客にも出会える。風呂場の中ならば互いに無防備で、互いに話し合う事も出来るだろう。刃傷沙汰に成る可能性が、無い訳でもない(成らない事を祈っている)が。
 自分としても旅行で体を動かしたし、さっぱりとしたい。その辺は成人女性の嗜みだ。

 かくして、《炎の魔女》は意気軒昂と浴衣と洗面具を携え、風呂場に向かうのだった。




     ●




 ホテル「嵐山」の大浴場は、当たり前だが男女別である。

 やってきた麻帆良学園の学生達は女子中学生。生徒達は全員女子だが、教職員は男性もいる。時間をずらすとか、一般客が少ないとか、そう言う問題では無い。
 混浴が有る施設を学校として指定する筈が無い。常識以前の問題である。

 露天風呂も併設された湯は、柔らかな弱アルカリ性。肌に良いという事で女性達には特に人気が高い。だからだろう。生徒達以外にも、普通に一般客が湯に浸かっていた。
 ――――否。訂正しよう。客では有ったが、「一般」客には程遠かった。




 「あー。――――温泉、良いなー」

 「そうねー」

 呆けながら並んで夜空を眺める、二人の少女が居た。白い肌に、純和風の顔立ち。どちらもすこぶる美少女である。違いと言えば、片方が黒髪で、片方が白髪というだけだろう。

 「こればっかりは、八雲紫に感謝しても良い」

 「そうねー」

 黒髪の少女の連れない返事に何を思ったのか、白髪の少女が視線を向けると、顎の先まで浸った彼女は、億劫そうに目を閉じていた。締まりの無い表情で、弛緩して湯に浮かんでいる。それでも尚、絶世の美貌が崩れないのは本人の血の性なのか。

 「……もう少し反応しろよ」

 「いーじゃない。久しぶりにえーりんから解放されてるんだもの。偶にはのんびりしたいわ」

 「……輝夜。私が知る限り、お前は何時ものんびりしてる」

 「貴方が働き過ぎなのよ、きっと」

 そう言って、輝夜と呼ばれた少女は静かに目を開け、悪戯好きな子供にも似た笑みを浮かべる。過去に天皇すらも魅了した顔だ。多分、外を出歩けば十人単位で男が寄って来るだろう。
 『竹取物語』に語られる「かぐや姫」は、千年以上の時を経ても衰える事は無い。
 全く、と呟きながら、白髪の少女は湯で顔を拭い、親友の方を向く。

 「輝夜、私達が来た理由、……“来れた”理由。判ってるよな?」

 「ええ。傍観して、確認すれば良いんでしょう? それ以外は何もしなくて良いのよ。部屋は八雲の式が守ってくれてる。だから仕事以外は、私はなーんにもしない。ごろごろして過ごすの。最近えーりん、煩いもん」

 その言葉通り、彼女はホテルに到着してから、ずーっとごろごろしていた。プレステポケットとソフトを、確か五時間位稼働させていた、気がする。
 部屋に付いて、ごろごろして、ごろごろして、夕飯を食べて、ごろごろして、風呂に入って、多分、寝るまでごろごろして、明日起きても、ずーっとごろごろしているのだろう。出不精症候群という表現は決して間違いでは有るまい。

 「それに、今更観光も無いでしょ? 貴方、私を探して日本中巡ってた時に、大体全部見たんじゃない?」

 「そりゃそうだけどな。お前がごろごろしてる間に、私が何をしてたと思う……。風見幽香と七瀬葉多恵の、二人の喧嘩の仲裁役だぞ? 世界樹の化身と鬼喰らいの土蜘蛛に挟まれた、私達の苦労が分かるか?」

 「ほっときゃ良いのよ、あんなの。喧嘩の原因を造った『魔殺商会』とかいう連中と、呼んだ隙間に全投げしても罰は当たらないわ」

 輝夜は頭の上に乗せていた白手拭いを、ぎゅ、と絞って、もう一回、頭の上に乗せる。
 何処からどう見ても、温泉を楽しむお嬢様とその友人の姿だった。

 七瀬葉多恵、という土蜘蛛を、彼女達が詳しく知っている訳ではない。ただ、鬼連中と同じ位に長生きをしている土蜘蛛で有り、実力は高く、序に黒谷ヤマメの親らしい、と言う事は、八雲紫から聞いていた。
 一方の風見幽香も、此れまた何故に八雲紫が呼んだのかがさっぱり分からない存在である。八雲紫と仲が良い事は知っているが、しかし、あんな怪物を招く以上、何か理由が有るのだろう。詳細は不明だが。

 「そうは言ってもな、かなり危なかったんだぞ。旅館が無事だったのは一重に他の客のお陰だ」

 「あら、貴方達だけじゃ無理だったの?」

 意外そうな顔で、輝夜が聞いた。長い間を色々言いつつも生きて来た関係だ。互いの実力は互いに十分に知っている。少女の実力が、大きく彼女達に劣っているとは思えない。

 「建物に大きな被害を出す訳にいかないだろ。――――険悪な二人の間に、見るに見かねた侍風の男が割り込んだんだよ。丁度、互いの邪魔になる位置だった。それに二人が気を取られた隙に、風見幽香を八雲藍と桜田が抑えて、七瀬葉多恵を『八百万機関』と私で抑えたんだ」

 考えてみれば、あんな怪物達が一堂に会していて、それで何も起きない筈が無かったのだ。穏便に済ませようとした宿泊客が協力したお陰で、大きな被害は免れたと言っても良い。

 人形師の桜田ジュンは、風見幽香とはアリス・マーガトロイドを通して顔馴染みだった。
 『EME(八百万機関)』が事情にどれ位まで精通していたかは、まだ不明だが、過去の陰陽寮の頭には八雲家が関わっていた事は、その目で見て承知している。
 そして、二大妖怪の間に踏み込んだ侍風の男。アレは凄い。両者が一番、踏み込まれて嫌になる場所を瞬時に見抜いて、抜き見の日本刀を突き立てたのだ。度胸と良い技量と良い、簡単に出来る事では無い。

 「ふーん。それで疲れてるってわけね。――――仕方ない。じゃあ光栄に思いなさい、妹紅」

 何を思ったのか、彼女は静かに佇まいを治すと、顔を上げて白髪の少女に告げた。

 「背中を流してあげる。――――その代わり、貴方もお願いね? 洗いっこしましょ?」

 「交換条件なら働いた事に成らないっての……」

 そう口では言いながら、頼まれようかな、と態度で言う様に、藤原妹紅は腰を上げた。






 「お、他のお客かな?」

 大浴場の方から話声と笑い声が届いて来る。賑やかな雰囲気を感じ取って、座ったままの妹紅は顔を向けた。
 ガラ、と扉が開く。ほぼ同時に背中を流し終わった輝夜も振り向いていた。露天風呂に続く扉に、結構な数の影が見える。どうやら団体客のお出ましらしい。

 「へえ、それじゃあ鈴藤さんは、旅行者なんですか」

 「せやな。色々回ってるんや。でも、最近は海外も段々飽きてきてな、久しぶりに日本に帰って来たんよ。京都には友達もおるし」

 入って来た数は十人。中学生から高校生位の女子が八人。明らかに成人した女性が二人だ。

 「あ、こんばんわ」

 集団の先頭、鈴藤と呼ばれていた女性と会話をしていた、紅い髪の少女が先客に気が付いた。そのまま二人に向かって頭を下げる。
 其れを機に、背後に居た、恐らく学生な面々も各々に挨拶をし、あるいは軽く頭を下げて来る。無言で頭を下げて来た者の中には少々、怪しそうな年齢の者もいたが、何も言わない。
 何せこの中では彼女達が一番、鯖を読んでいる。

 「ああ、こんばんわ。良い夜だね」

 妹紅も又、元気の良い少女達に挨拶を返した。彼女達が何者なのかは、この際、気にしない。風呂場と言う環境で殺伐とした空気を持ってくる程、輝夜も妹紅も馬鹿では無いのだ。
 仮にこの場に乱入して、この良い休息時間を邪魔するモノがいれば、空気が読めないそいつらに怒りを覚えるに違いない。真剣にそう思う。

 「……私も相当に困難な人生だが、お前も相当そうだな、クライン」

 「なに、そうでもない。もう治った傷さ、凪先生」

 皮肉気な口調と共に、少し離れた場所に腰を下ろす、教師らしい女性と、中学生には見えない少女。

 (……ん?)

 その少女に、何か奇妙な感覚を覚えて、顔を向ける。何なのだろう。この親近感でもなければ違和感でもない感覚は。少し考えるが、違和感はするりと抜けて、そのまま霧散してしまった。

 「妹紅、手が止まってるわよー」

 「あ、悪い悪い」

 慌てて手を動かす。持参した液体石鹸で泡立てたタオルで、首から腰まで流してやる。月光に映える輝夜の白い裸身は、同性の妹紅から見ても羨ましい位に美しい。『永遠亭』で一緒に風呂に入った事も、もう何百回何千回とあるが――――その度に思う。
 彼女と父親の問題は、決して遺恨なく消えている訳ではないが、骨抜きにされたのも分かる気がした。
 ふと過去を思い出した妹紅の耳には、入って来た女子達の会話が届いてきている。

 「のどか、それでネギ先生の事は、どう思ってるのかなー?」

 「ハルナ、余り冷やかしてはいけませんよ。……で、如何なのです?」

 「えと、あの。……あうあう」

 そんな、学生らしい色恋沙汰の話や。

 「――――良いお湯」

 「そうですねー」

 口数が少ない、人間風の少女と、鯖を読んだ少女。

 「せっちゃん、もう少しこっち、来てくれへん?」

 「ええと、……お嬢様。その。――――申し訳、ございません……」

 何か事情が有るのか、距離を保とうとする女子が二人。まるで主人と使用人の様だ。
 そんな風に考え事をしながら手を動かしていたからか。

 「ひゃん!」

 可愛い悲鳴に気が付けば、背中だけでなく前にも手が伸びかけていた。危ない危ない。自分には女同士で愛で合うと言う怪しい趣味は無いのだ。勘違いされても困る。
 慌てて、手元に意識を引き戻した。

 「もう。……妹紅?」

 「悪い。流して風呂に戻ろう。――――如何も、意識が定まらない。疲れてんのかな」

 お湯を懸けるぞ、と一声かけて、背中を流す。石の床に弾かれた飛沫から湯気が立ち上った。
 洗面器を戻して、椅子を直して、タオルを伴って浴槽へ再度入る。お湯に包まれる身体と、火照った顔に吹く夜風が気持ち良い。文明が発展しても、歴史が動いても、こういう気分はきっと過去と同じだろう。

 隣を見れば、はああ、と同じ様に親友も溜め息を付いていた。
 やはり、これだから温泉は止められない。

 「――――学生かい?」

 堪能する事、約三十秒。一息ついた所で、妹紅は目の前で会話をしていた少女に話し掛けた。
 風呂場での雑談というものは、色々と実りが多いのだ。老若男女が集う風呂場は、一期一会を体現した様な空間だと、江戸時代には学習していた。
 話しかけられた紅い髪の少女は、振りむいて。

 「はい、中学校の修学旅行です。――――あ、私は神楽坂明日菜です。初めまして」

 こんばんわ、と頭を下げて名前を告げ、挨拶をしてきた。礼儀正しい子だった。

 「私は藤原妹紅。知り合いに招待されて泊まってる。……こっちは友人の」

 「蓬莱山輝夜よ。こっちの友人をやってるわ。――――他の皆は、貴方のお友達かしら」

 「はい。向こうにいる、鈴藤さん――――」

 そう言って明日菜と言う少女は、指では無く掌全体で、一人の女性を示した。孤立しているのではなく一人で居る事が好きそうな、何処かふんわりとした雰囲気の女性だ。鈴藤と言うらしい。
 小さなその動作だが、彼女がさり気無く気を回せるらしい事は伺える。明るく賑やかに振舞っているが、多分、本質を見逃さないタイプなのだろう。

 「――――あの人は、丁度お風呂場の前で初めて会った人ですけど、後は皆、同じ学校です。今、向こうで座っているのが先生。ええと……自己紹介します?」

 「いや」

 別に良いよ、と断った。リーダー核なのだろうこの少女だけならば兎も角、他の女子達の名前までは一度に覚えられない。そもそも、風呂場での会話に名前は余り必要ない気もする。

 「学校は?」

 「あ、麻帆良です。埼玉県の」

 「ああ。あの――――」

 エヴァンジェリンが住んでいる、と妹紅が言おうとした――――。




 ――――その時だった。




 「――――――――っ!」

 背筋を走った勘が、体を動かしていた。咄嗟だった。傍らに居た蓬莱山輝夜と神楽坂明日菜。両者の腕を掴み、強引に牽引して、石畳の上に飛び上がる。
 飛び散る水飛沫と、妹紅の行動を訝しむまでも無く、ほぼ同時に霧間凪が覚った。

 「全員避けろっ!」

 その言葉に、全員が反射的に動く。
 反射的か、あるいは本能的か。

 足を水から抜いて転がる様に石畳に乗った闇口崩子。傍らの近衛木乃香を抱え上げ一気に背後へ飛んだ桜咲刹那。

 「ネモッ!」

 魔女の一挙動から生み出された泥人形。「ネモ」が、動きの遅い図書館島の面々を無理やり現在位置から弾き飛ばす。一連の中、ザジは無言で素早く移動していた。
 同時、断続的に響く水と石を穿つ音。雨よりも激しい、無数の閃きが上空から降り注いだのだ。
 彼女達は見た。




 数秒前まで彼女達が居た空間に、白とも銀とも判断が付かない、無数の槍が突き刺さっている光景を。

 そしてその槍は――――空に浮かぶ、白いコートに身を包んだ男から伸びていた。


















 何回も言いますが、この話は、ネギが主人公です。ネギが育てば、皆、今迄の振舞いを謝ってくれます。でも、今はまだ舐められきってる。
 英雄を目指すって言う事は、ナギを越えるという事は、この物語では、そう言う事です。
 逆に言えば、本当に必死に頑張った時、成長した時や、その姿を見ている人は、王道くらい王道に、結果や仲間が付いてくるんですよ、この話。
 VSスクナ戦とか、かなり熱い予定ですしね。

 今年最後の更新です。

 天ヶ崎千草。実は、この人かなり物語(修学旅行編に非ず)で美味しい場所を持っていきます。多重クロス故の設定や、捏造もあるので、楽しみにしていて欲しいなあ、とか思ってます。
 
 『八雲家御一行』は、八雲紫、八雲藍、藤原妹紅、蓬莱山輝夜、風見幽香。協調性が全然無い集団ですが、彼女達は「二つ」の理由が有って呼ばれました。妹紅が言っていますが、その内の一つは「観察」です。“何を?”とか“誰を?”とか、その辺はお楽しみと言う事で。
 原作だと喧嘩仲間な二人ですけど、この話では『境界恋物語』設定なので親友です。

 謎のランサーとか、そろそろ頑張ってほしいネギとか、同じ時間の男湯とか、その辺が次回の話でしょうか。

 ではまた、来年の正月明けにお会いしましょう。
 皆さま良いお年を。



[22521] 第三部《修学旅行編》 一日目 その②(中)
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/01/11 23:39


 女湯で騒動が起きる、少しばかり前の事である。

 欧州圏に置ける風呂文化は、正直に言おう。日本よりも遥かに劣っている――と、ルルーシュは思っている。

 まず日本程に豊富な水資源が無い。上下水道の設備も後背を期している。更に文化と宗教観とが混ざった為に、毎日のように風呂に入る事は無い。欧州で発達した香水も元々は匂いを誤魔化す為だ。清潔感を保つ日本と言う国家はかなり珍しいのだ。

 「……ふう」

 肩まで温泉に浸かりながら、気の抜けた息を吐いた。

 嘗て父親に、此処とは違う日本に送られ、偽りの平和の中で生きている間に、其れをしみじみと実感したものである。土蔵暮らしと良い、逃亡生活と良い、仮面の生活と良い――――保護されるまでの間、清潔感を保つのが、アレほど困難だとは思いもよらなかった。

 元々綺麗好きなルルーシュだ。一度、身を清める生活に慣れてしまって以降は、ほぼ毎日のように風呂を堪能していた。何かと世話に成ったメイドが家に来るまでは、妹も一緒に風呂に入ったもので有る。
 盲目でも尚も可憐な顔立ちに、茶色の光沢有る髪。桜色の唇に、白い裸身に、まだまだ未発達だが故に美しかった色々――――。

 (……いやいや、俺は飽く迄も兄としての目線だ)

 咳払いをして記憶の光景を振り払う。シスコンのルルーシュとしては妹ナナリーの姿は絵画に残しても良い美しさだったのだが、実行しようとした時に見えた妙に黒い笑顔の前には断念せざるを得なかったのである。
 地上に舞い降りた天使こと我が妹、と堂々と裸婦画のタイトルに付けようとしたルルーシュは悪くない、筈だ。

 そんな思い出は有る物の、可愛い彼女には一度たりとも(もう完璧に)劣情を感じた事は無かった。断言出来る。魔女曰く“それも別の意味で健全じゃないぞ”との事だが、放っておこう。あの女は何かと自分をからかっているのだから。
 風呂に入ったのは妹とだけではないか。偽りの一年の間、義弟とも一緒に入った。ゼロとして動いていた頃に魔女が勝手に乱入して来た。黒の騎士団の慰安旅行で温泉に行った事が、確か有った様な、いや無かったような……。

 まあ今は良いか、と魔王は大きく息を吐いた。吹き付ける涼しい風が快かった。こんな空気の中で過去に浸っているのも悪くは無いが、大事なのは、過去に誰と一緒に風呂に入ったか、では無いのだ。

 今ここで一緒に風呂に入っている、沈鬱な目の前の少年の事なのである。
 そろそろ、無視して気にしないのも限界だった。生来の気質が現状維持を許さなかった。
 一緒に風呂に来て、露天風呂に身を沈めて、はや十分。
 ネギ・スプリングフィールドの調子は、一向に快方に向かわない。

 「――――ネギ」

 柄じゃない、と思いながらも、自分しか相談に乗れる相手がいないのだから仕方が無い。

 「何が有ったか、話してみろ」






 ネギま・クロス31 第三章《修学旅行編》 一日目 その②(中)






 恐怖の概念が一つではない事を、僕は思い知った。

 あの列車の中。トンネルと共に招かれた、赤と黒に彩られた錆びた世界で感じた感覚は、大停電前にエヴァンジェリンさんに脅かされた覇気とも、あるいは大橋で“もう一人の僕”に向けられた殺気とも、まるで大きく違う、全く別の種類の恐怖だった。

 言葉にできない、異質という性質。

 何と言えば良いのか。
 生きるとか死ぬとか、そう言う概念では無い、もっと別の――自分が知っている、言葉で表す事の出来る世界では無い。異質、あるいは異常。その場に会って、ただ違う、ただ違和感だけを思い知らされる、そんな心を揺らがす世界が、あの場所だった。

 言葉に言えない恐怖。
 有るだけで、全く違った側面を持つが故の恐怖。
 其処に存在し、しかし常に隣人として有り続けるだけの恐怖。

 発狂するかと、真剣に思った。後にも先にも、狂うかもしれない、と心に想いが去来したのは、九年生きてきてあの時が初めてだった。
 見えないのに感じる視線。実態は無いのに腕に触れる感覚。鉄と枯草で満ちた嗅覚。視界を染める昏い反転色。口元に感じた自らの唾液の味と、耳触りな程に煩く騒ぐ心臓の鼓動。

 肉体的な意味では無く、精神的な意味で、壊れると、そう思った。

 その世界の中に、あの女の人がいた。怪しい笑みの、金髪に扇子を携えた、紫の瞳を持った女性。空間を操って、僕をあの世界に招待した、謎の――――人間では無い、存在。

 名前は知らない。
 意識が消える寸前に、その名を誰かが呼んでいた気もするが、僕は名前を、聞いていない。

 僕の『魔法の矢』を、当然の如く扇の一振りで打ち払った実力。僕では逆立ちしても叶わない技量。常に責め立てる口調の、未熟さばかりを指摘した苛烈な言外。周囲を世界に取り巻かれていた事も有って、僕はあっさりと心を折られて敗北した。
 完膚無きに、エヴァンジェリンさんに責められた以上に、容易く土を付けられた。

 負けた事は……それでも、まあ良い。辛くない、悔しくない、といえば嘘ではないけれども。ショックでは有るけれど、特別に堪えてもいない。心に重く圧し掛かってはいるが、まだ我慢が出来る。前に進める、と思う。
 あの女の人は、例え本気のエヴァンジェリンさんでも、そう簡単に勝利は掴めないのだと、薄々では有るが把握しているからだ。そんな人に攻勢を受けて、それで負けない筈が無いと思っている。

 あの、狂った感じがする世界も――――同じだ。一回解放されてしまえば、自己を取り戻せる。自己を取り戻せれば、冷静に成って、呼吸を整える事が出来る。そうして、落ち着いて、情景と自分を顧みる事が出来る。
 列車に戻って以降、あの世界の衝撃は徐々にでは有るが消えつつあった。あの場所が怖い所だ、行きたくない場所だ、危険な場所だ、とは本能から理性まで、自分の感覚全てで理解させられた。
 君子危うきに近寄らず。向こうが逃げさせてくれるかどうかは判らない。あの世界からは全力で逃げなければいけない。だけれど、あの恐怖を今でも引き摺っている、訳でもないのだ。

 終わってからならばなんとでも言える、と良く言われるけれども……そんな感じに近い。今だから落ち着いていられるだけ。再び招かれたら、きっと僕はまた如何にもならなくなるだろう。
 でも言い換えれば、何かを言えるだけの気力は残っている。幸いにも。新幹線から降りた当初は、それでもまだ不安定だったけれど――皆と清水を回っている内に、随分と気が晴れて来た。ルルーシュさん達が気を使ってくれて、仕事を分担してくれたお陰でもある。
 そして、恐怖から解放されつつあると同時に……不安と懊悩が、襲って来たのだ。

 僕が本当にショックを受けている事は、一つ。
 あの大停電を終わらせて、少しは成長できたかと思ったのに――それが所詮は、偽りでしかなかったという事。勝てないまでも少しは足掻いて、何か一つの結果を出せるかと思ったけれど、それも出来なかった。
 いや、そんな程度じゃない。あの女の人は、僕の事を「期待外れ」だと言っていた。如何してあの人が僕を襲ったのか、その理由は一切が不明だけれど、それでも何かを求めていた。それも、僕が得ているだろう何かをだ。
 戦えるようになったと思った。けれど、思っていただけに過ぎなかったのかもしれない。

 僕の心を一番に苛んだ事実が、それだ。
 悩ませる一番の原因が、その事実だ。
 自分の得た物に、正解など無いと、そう言われた気分になった。

 僕が掴んだ事に、僕が手に入れた物に、……そして僕が選んだ選択肢や、導いた結論は、やっぱり正しい物など、無いのかもしれない。




 あの過去と同じ様に。




 思った瞬間に、ドロリ、とまるで泥の様な澱が心の中で動いた気がする。過去に封じ込めた筈の、けれども決して消えない、不安感が押し寄せて来る。停電の最中にも、少しだけ感じた感覚だった。
 自分の自信が揺らいでしまえば、もう駄目だ。空元気のままで、皆に気取られないようにするのが精一杯だった。

 そのままズルズルと、立ち直る切欠を掴めないまま、僕はこうして一日を終えようとしている……。




 「……なるほどな」

 僕の独白を聞いたルルーシュさんは、静かに目を閉じながらそう呟いた。
 お風呂場には、僕とカモ君とルルーシュさん以外は誰もいない。鳴海先生は既にお風呂から上がってしまったし、新田先生を初めとする別館に宿泊している他の人達は入浴の時間が違うのだ。
 だから、この場には川村先生もいない。

 「……まあ、以前のエヴァンジェリンの時みたく、引き籠らないだけマシ、か」

 エヴァンジェリンさんに協力しているルルーシュさんだ。味方、とは断言できないけれど、敵では無い、とは断定できる。敵か味方か一切が分からないよりも、もっとずっと頼りに成る相手なのだ。
 大停電でも、エヴァンジェリンさんのサポートに、大橋での仮面での戦闘に、とかなりの活躍をしていた。少しだけ常識外れな側面もあるけれど、でも僕よりも全ての面で上回っている人だ。大停電の次の日の授業でも、僕が授業をするのがやっとだったのに、平然と素知らぬ顔で授業を進めていたらしい。

 見習うべき点がたくさんある、とそう思う。

 (……それはルルーシュさん、だけじゃない、けれど)

 自分より社会で生きていた先生方は、ずっと世慣れしていて、人間と言う物を良く理解しているのだ。だから僕は、麻帆良学園3-Aの教師の皆さんを見習って、相談して貰って、今迄三カ月、なんとかやってきた。やって来れたと思っている。

 けれど、考えてみれば、気が付くべきだったのだ。
 明日菜さんがいて、エヴァンジェリンさんがいて、木乃香さんがいて、刹那さんやクラインさんがいる。その教師に、僕とルルーシュさんだ。僕の前身はタカミチだった。凪さんも体育の受け持ちだ。ならば、他の先生達に何かあっても――変では無い、いや、むしろ有り得ることだと、気が付くべきだった。

 井伊先生、浦島先生、川村先生、北大路先生、新田先生、鳴海先生……。
 思えば、ルルーシュさんやタカミチの事を含めて、僕は何も、周りの皆の詳しい事を知らないのだ。
 僕があの空間で壊れなかったのは――――何故か、川村先生が僕を見つけたからだ。もしかしたら、あの女の人は適当に此方側に帰還させてくれたかもしれない。でも、其れは可能性でしかないのだ。

 あの狂いそうな空間の中に居て、それでもあの人は耐えていた。ただ耐えていたのではない。耐性が有る……あるいは、慣れている。そんな言葉より、もっと相性が良さそうな、そんな雰囲気だった。

 川村先生――――川村ヒデオさんは、悪い人では無い、と思っていた。
 外見は怖いけど、親切だし、何かと自分の事を気に懸けてくれていた人だ。
 けれども、……正直、今は、余り関わりたくないと、そう思う。

 「正体や、その他の事を尋ねる事も、そうですけど。……その、余計な事まで言ってしまいそうで」

 もしも彼の行動の裏に、何かしらの悪意が潜んでいたとしたら、僕は何を言うのか、解らない。
 曖昧だからこそ、深く切り込む事が、出来ないのだ。

 「その事を、神楽坂には話したのか」

 ポツリポツリ、では有るが、内心を打ち明けた僕に、ルルーシュさんはそう返す。

 「……まだ、です」

 僕が答えると、呆れた様な言葉が返ってきた。
 何と無くエヴァンジェリンさんにも似た、子供に叱りつける様な感じだった。

 「馬鹿だ、お前は」

 ふう、と温泉で暖まった息を大きく吐き出しながら、ルルーシュさんは僕に言う。

 「エヴァンジェリンから聞いているぞ。大停電の前に、仮契約をしたのだろう? ならば、俺よりも神楽坂に相談しろ。……仮とは言え、契約は契約。契約を蔑ろにする奴を、俺は――――正直、信じる気にはなれないぞ」

 自分がそうだからな、と過去を思い出す様に、ルルーシュさんは、夜空を紫苑の瞳で見上げて言った。
 その“契約”が、一体どんな重い物であるのか、僕は寡聞にして知らないけれども、きっとルルーシュさんと、多分クラインさんにとっては、とても重要なのだろう、と思う。
 言葉の中に明らかに重い感傷が、含まれていた。

 「……まあ、相談された以上、突き返すのもアレだから、一応、助言はしてやるが」

 黙ってしまった僕に、仕方がなさそうな口調で、それでも言ってくれた。

 「その女性の事を、俺は知らん。エヴァンジェリンならば兎も角な。だから、女については何も言えないさ。だが、……ネギ、お前に付いて、言ってやろう」

 ルルーシュさんの目に、ほんの一瞬だけ紅い光が灯ったのを、僕は確かに見た。見間違いかもしれないけれど。
 そして――――。

 「覚悟が足らん」

 そんな言葉を、言った。




     ●




 ざばり、と湯を肩に掛けながら、思う。

 強さとは戦いに限定されない、と魔王は良く知っている。いや、ある意味では、強さとは全て戦いに直結すると言っても良い。だが、所謂“喧嘩”や“戦闘行動“以外の強さも、確かに存在するのだ。

 知略を尽くしても、戦場で無双を奮っても、尚も勝つ事が出来なかった相手がいた。
 自分が殺した初恋の義妹や、最後まで自分を好きだと言ってくれた少女や……そんな彼女達の持っていた物は、戦う覚悟は戦う覚悟でも、喧嘩をする覚悟では無かったのだ。

 ネギ・スプリグフィールドが、成長している事は知っている。
 どんな方法を使おうが盲点を突こうが、例え方法が姑息であってもエヴァンジェリン相手に一回、勝利した事は紛れもない事実だ。行動に問題が有っても結果が揺らぐ訳ではない。

 昨年に出会ったばかりの彼が、そんな事を出来るとはお世辞にも思っていなかった。
 人脈や、交流や、知啓は、れっきとした本人の武器で有り、成長の証だろう。まだまだ伸びる。しかし、エヴァンジェリンが求めた様に――戦う事。その意味や、その事実自体は、しっかりと識っている。

 だが、しかし、と言うべきか。

 (……ネギ)

 だからこそ、ルルーシュは確信した。




 取り間違えているぞ、お前は。




 「覚悟がたらん」

 その言葉に、ネギは絶句した。僅かに上向きだった精神が、また下落を始めた事に気が付く。
 どうせ内心では、停電よりも強くならなくてはいけないとかなんとか、きっと盛大に勘違いをしているのだろう。顔色を見れば分かる。

 ――――が、違う。戦う事への覚悟など、エヴァンジェリンが当に確かめているのだ。今更そんな事を言いはしない。戦いは戦いでも、もっと別の意味で、戦うべき力を持つべきなのだ。
 多分、その出会った女性も、実力を確かめたとしても……今の実力を否定はしていなかった筈だ。成長しろ、工夫しろと良い、戦い以外の面を確認していったのだろう、と思う。

 「ネギ。……覚悟が一つではない事だけ、覚えておけ」

 詳しい事を話す気は無い。別に、懇切丁寧に語った所で意味は無いし――――恐らくエヴァンジェリンならば、その身でもって体験させる道を選ぶだろう。人から教えられるのではなく、自分で掴み取る事が大事なのである。
 十歳の子供に無茶を言うな、と言われるかもしれない。しかし、ネギは十分に恵まれている、と魔王は思う。同じ年の自分に比較すれば、随分と……優遇されている。間違いなくだ。

 自力で結果を得る事を要求されるにせよ、道標が有る。自分を見守る存在がいる。英雄や両親に縛られる事も無く、ただネギとしての個人を見てくれるだろう相手がいる。そして何よりネギ自身が、其処までしても尚、辿り着けるかが分からない、目標を追っているのだ。

 ならばきっと、厳しくても乗り越えて行けるだろう。苦しんで悩んで迷って、そして最後には歩んでいけるだろう。そう確信しているのだ。
 故に、本当にこの目の前の少年が、何かを求めるのならば――――助言の優しさが必要だとしても、甘さは必要ない。少なくともエヴァンジェリンは、多分、そう考えている筈だ。

 「ネギ。応えを求めるなよ。……人から得た答えは、答えを与えてくれた人間に付随する。だから、自分で確信を持って、自分なりに導けるまでは参考程度に聞き流しておけ」

 誤解は人を動かすのに最適だが、諸刃の剣にも成る。だからルルーシュは、駄目なら神楽坂にしっかりと“相談”しろ、とそう付け加えた。

 ネギの求めに応えられる解答を、彼は持っていない。その思想や言動は、確かに……そう、確かに一つの力が有る。間違いない。大国を動かす権力にまで発展する力だ。だが、彼の持つ答えがネギに適応できるとは、とてもではないが思えなかった。

 魔王自身、自分の頭脳が人より遥かに優れている確信は有るし、確固たる矜持が有る。だが、その頭脳で過去に行った事は、この世界でも十分に外道と呼ばれる事象だ。テロリストであり、人殺しであり、国家反逆罪であり、騒乱罪であり、各種国際法違反であり、そして終いには世界征服だ。此処まで非道を行った人間もそうはいない。
 優秀、有能、便利。殆どがそんな言葉で片づけられた。自分の周りでまともだった関係は、ほんの一握りだ。その大半も自分の手で消してしまった。だから自分よりも……ネギの様な、未熟ながらも補完し合う関係の方が、多分、ずっと健全で安心だと思う。

 神楽坂明日菜は、確かに馬鹿だが、決して愚かでは無い。学校の成績と人格は全く別の物だ。それをルルーシュは十二分に把握していた。
 熱血漢に見えて意外と目敏い神楽坂に、冷静に見えて視野狭窄なネギ。自然と事象に立ち向かえる少女に、悩んで前に進む少年。片方は前衛で片方は後衛。そして二人は相棒同士だ。
 まあ、良いコンビではないかと思う。

 ルルーシュの言葉に、再度考え始めてしまった少年は、一緒に入浴していたオコジョ相手に何かを呟いている。エヴァンジェリン曰く、あのオコジョは色ボケさえ除けば、かなり優秀なのだそうだ。賢者や助言者として本気で役目を任せるのは難しいにしろ、縁の下のサポート役には十分だろう、と話していた。
 ふう、と息を吐いて、ルルーシュは立ち上がった。そろそろ十分、暖まった。

 「考え過ぎて上せない様に気を付けろよ、……俺は先に上がる」

 壁一枚を隔てた向こう側では、随分と女子達が盛り上がっているようだった。魔女は《炎の魔女》と話し込んでいるし、桜咲刹那は距離感を図りつつも近衛木乃香に近寄り始めているらしい。如何やら先客や他の宿泊客もいた様で、随分と楽しそうな声が聞こえてきていた。

 (……まあ、偶には時間を懸けて楽しんで来ると良い)

 悠然とクラスで過ごしている魔女だが、他の生徒との仲は悪くない。むしろ自分が今迄殆ど、送った事の無い学生生活だ。年齢差こそあれ、意外と楽しんでいる。
 ガラリ、と中へと向かう引き戸を開け、足を踏み入れる。時間帯が悪いのか、それとも別館の風呂に行っているのか、浴槽にも脱衣所にも人の気配はない。
 騒がしいのも嫌ではないが、ルルーシュはどちらかと言えば静かな環境の方が好きだ。願わくば、せめて今日一日位はこの平穏が続いて欲しい物である……。

 そう思った、その時。




 音が来た。

 ――――ズダダダダダダダダッ!! と、岩を穿つ、鈍く軋んだ音が、隣から鳴り響いた。




     ●




 響く悲鳴と叫びは、露天風呂から。
 空気が変わった。緩から緊へ、平穏から闘争へ。

 「――――ちいっ!」

 まさか覗きがドリルで穴を開けた音では有るまい。先程の願いが完璧に裏切られた事を悟り、ルルーシュは振りかえって、露天への扉を叩き開けた。
 風呂場での襲撃は、確かに効果的。羞恥心が有る人間ならば、素っ裸で戦える筈が無い。一応腰元にタオルは巻いているが、甚だ心もとなかった。しかし。

 「何が有った!」

 声と共に躊躇せず、外へと体を躍らせる。
 何処に隠し持っていたのか、ネギが小さな杖を取り出すのを横目に、叫んだ声には――――。

 「――――敵襲だ!」

 舞い飛ぶ飛沫と、逆巻く風に乗り、撃てば響く様に緊迫した声が帰って来る。

 女風呂に居た魔女の発した言葉だ。当然、彼女様子は伺えないが、垣根を超えて疑似ナイトメアフレーム「ネモ」の姿が見えていた。こんな場所であんなモノを出すとは。
 のっぴきならない状況か! と、上空に白い影を視認し、魔王は垣根の方向へと走り出していた。周辺の状況や、相手の情報が欲しいが、今は何よりも――――。

 (防御手段!)

 間髪入れずに、その魔女がネモを通って、此方側に体を躍らせて来る。緑の髪に白い裸身、当然彼女も裸だが、そんな程度で動転する程ルルーシュは初では無い。

 「来い! 仕事だ!」

 言葉で悟った。あの上空の白い影は、恐らくサーヴァント。自分達と違う、他の誰かによって召喚された、強大なる力を持った何時かの時代の怪物――――。

 「……全く、あの女狐め!」

 きっと大橋で戦った、「もう一人のネギ」と出所は同じに違いない。
 自分達にこんな仕事を任せた妲己に悪態を付きつつ、ルルーシュは駆けよる魔女を受け止めた。




 その時ネギは、人間が混ざる光景を、確かに目視したという。


 轟、とまるで風が吹く様に、その身が変わった。
 腹部へ飛び込む様に駆け寄った魔女の体が、泥か粒子で構成されていたかのように、魔王に重なる。
 皮膚が、筋肉が、血潮が、白骨が、全てが砕け、流体の如き流れのまま、魔王へと入り込んだ。
 僅かな苦悶の声と共に、喉を仰け反らせたルルーシュは、一瞬の後に両目を紅く染め上げる。

 「―――― !」

 その声が漏れるまでも無く、その身が覆われた。虚空から生み出された漆黒の鎧と外套、両手両足の装甲が、影の様に絡み付き、その身を包んだのだ。
 そして顔が戻った時には、まるでチェスの王を示すかのような、特徴的な仮面がその顔に被さっている。
 仮にスローモーションで見た場合、その身が別の物で再構成される印象を受けたかもしれない。だが実際は、ほんの一瞬。僅かにも満たない、まさに刹那の瞬間の後、魔王ゼロへと移り変わっていた。

 盲目の妹が未来を見た、素手で巨大機械と渡り合った、己の手で殺した初恋の少女が皇帝へと就任した――――妹が悪夢を乗り越え、その親友が騎士となった世界で。
 異なる世界で怪物と呼ばれた、《ブリタニアの魔女》ゼロ。

 即ち世界に使役される「ライダー」だ。




 「――――ち」

 大浴場の石畳を、漆黒の脚甲が蹴りあげ、一瞬で加速する。
 立ち上る湯気と、河から吹き寄せる風。それらにマントを翻らせ、空中へと加速。魔王ゼロは空を飛べない。だが、大地を蹴りあげ、非常識なほどに大きく跳躍する事と、浮かび続ける事は出来る。

 眼下、風呂場の床には大穴があった。石柱は砕け、石畳は割れ、其れを生みだした凶器は何処にも見えない。見えない攻撃か、あるいは素早く手元に引き戻されたか。
 入浴していただろう女性陣は、各々に動いていた。近衛を抱え上げた桜咲、図書館メンバーに駆けよる《炎の魔女》。その他、名前も知らない面々。

 それらを尻目に、魔王は接敵した。
 コマ送りの如く、夜闇の中を飛び、空中に立つ白い影へと。

 「――――!」

 言葉は発さない。
 仮面を通してみた相手の顔は、ただ無表情。その中には、人間らしい感情が一切、視認できない。

 『……ルルーシュ! コイツ相手に容赦は無しで行け!』

 分かっている。脳裏に響いた魔女には、行動で返す。言葉が通じる様な相手では無い。その赤色の、人形か作りモノめいた瞳が、相手の全てを物語っていた。
 白髪、白いコート。そして表情の無い、無色透明な男。瞳の色が紅いのは、恐らく色素が薄いから。
 雰囲気だけが白いのではない。態度も、感情も、言葉も無く、ただそこにあるのは、まるで機械の如く冷徹で、容赦のない無慈悲な、殺戮と闘争の為だけに存在するにも似た兵器の如き怪物――――!

 「――――!」

 技巧は凝らさない。そんな技量は無い。だから、数トンを超える質量にすら耐えうる頑強さを持って、拳の中に光を握り、ただ、叩きつける!

 その一撃に、相手が取った行動は、一つ。
 楯をその場に生み出した。

 ぞろり、とその身体から、銀色が生み出された。まるで、植物が育つかのように、白いコートの裾口から銀色の金属が生み出され、粘性を帯びた液体の如く蠢いて、防壁を形作ったのだ。
 バキャッ!! と、夜空に響いた音は、岩を穿つ槍の音色では無く、鉄槌を止める楯の響きだった。

 「……っ止めるか!」

 拳に戻る衝撃に、そう簡単ではないか、と魔王は内心で毒づいた。
 シンプルに構成された、鈍く光る金属の防壁。それは、目前で生み出された代物。表面が僅かに波紋を広げているのは、恐らく並みの金属では無く――。

 「ならば!」

 一瞬の間に、ゼロは相手の背後へと回り込んでいる。相手と自分の間に干渉すれば、須臾で動く事も、決して不可能ではない。魔王ゼロとは、そう言う怪物だ。

 相手の反応もまた早かった。コンマ何秒も経過していないだろう。だが、それでも尚、魔王の攻撃が上回る。そのコンマ数秒で十分だ。
 背中を突き破って飛び出した銀線や、後ろ髪が其のまま伸びた無数の針や、首から付き出た骨の槍や、此方に向く顔と首、胴体に先んじて、相手の横腹に全力の一撃が叩き込まれる!

 音は、鈍く、ぐしゃりと。
 まるでナマモノ以外を叩き潰した様な感触と共に。
 謎のサーヴァントを、蹴り飛ばす!

 「……!」

 僅かに紅の瞳が細まり、ほぼ同時にグキャ、と首の骨が折れた確かな音が響く。威力、角度、方向、衝撃、何れも文句の付けようが無く、その一撃は紛れもなく大きなダメージへと、成った――――そう、思った。

 だが、その予想を凌駕し、相手は動いていた。
 首が砕け、その頭が不自然に横を向いたまま、それでも白い男は向き直った。

 「――――っな」

 驚く暇も、無い。攻撃を繰り出した後の体は、相手からの一撃を受けるのに十分すぎる隙を生む。
 肉体が回避行動に移る前、体が動くよりも早く、不自然に“曲がった”肩周りが、まるで爆発するかのように膨れ上がった。白いコートを裂き、その肌から直接に突き出たモノこそが、粘性のある銀色。

 『コイツ、人間か――ッ!?』

 不死者である自分以上に、明らかに不自然な相手を前に、脳裏で魔女が困惑していた。だが、その言葉に返す余裕など微塵も無い。
 肩から流れ出た本流が、魔王の身を捉えていた。普通の人間ならば決して関節が曲がらない、伸びない方向。それは皮膚や肉では無く、擬態された、あるいは同化した、その身に絡む銀の金属――――!

 「――ッ!」

 銀の一撃が、その頭部を突き指す寸前で、体が思考に追いついた。首を傾げた魔王の顔元を、槍へと移り変わった銀光が霞め、その仮面を削り取り、そしてそのまま鞭の如く撓り、襲い掛かる!
 防げたのは、一重に《ブリタニアの魔女》だったからに他ならない。縦横無尽、生い茂る鋼の密林の全てを、紙一重で避け、衣服に傷を付けながらも、魔王は全てを凌いだ。

 その動き、その反応速度、そして全くの意識外からの攻撃。
 ただ戦う事の身に特化したかのような肉体と、感情を見えない顔。折った筈の首は既に修復され、白い肉体から湧き出る銀の金属は、自在に形を変えて迫りくる。

 その機械の如き殺戮能力はバーサーカーか。
 それとも、疾風の如き金属を統べるランサーか。

 セイバーでは無い、ライダーにしては乗り物が無い、キャスターとアサシンでもない、アーチャーは「もう一人のネギ」だ。故に導かれるのは、七から五を引いた差のどちらか。

 だが、思考をしている余裕はなかった。
 傍から見れば光が瞬いている様にしか見えない刹那の内に、無数のやり取りが交差している。互いに銃弾を見切れる目。その挙動を、眼下の者は僅かを除き、音から判断する事しか出来なかった。

 「……ぬ、う」

 そんな猛攻の中、ゼロは呻いた。歩が悪い。相手と魔王では、経験と技量が違う。ゼロの攻撃が当たれば有利になるが、相手の戦い方は、それをさせてくれなかった。急所を狙いつつも、確実に持久戦へと流れ始めている。

 「こやつ、は――――」

 人間で有れば、魔王の力には抗えない。だが、効果が無いという事は、かなり大きく人間を逸脱している事は間違いないのだ。
 修復作用のある銀色の金属を、その身から自在に出して操る。そんな科学技術を魔王は知らない。目にした事も無い。

 だが、何時だったか映画で見た。休日の夜半にやっている、映画のテレビ放送だった。
 人間と機械が戦争をしている世界。一向に倒れない人間達を滅ぼす為、そのリーダーを殺す為に生み出された殺戮機械。方法は、過去に戻って子供のリーダーを予め殺す事……。
 その二番目の映画に出て来た、あの液体金属のターミネーターと、そっくりだ。

 恐らくこいつは――――。

 『……機械だ! それも恐らく……ナノマシン!』

 精神干渉か、あるいは少女マオの《ザ・リフレイン》か。先頭の裏、瞳の奥で相手の記憶を読み取った魔女が、告げる。

 「やはりな!」

 打撃の効果が無いのも、此方の拳を容易く受け止めたのも、それで得心が行く。如何なる技術かは知らないが、全身にインプラントをされていれば、生半可な攻撃は通用しない。

 魔王の――――この場合は、ゼロでは無く、ルルーシュが――――持つギアスは、機械に効果は無い。
 《ブリタニアの魔女》の持つ異能も同じだ。生物と機械、あるいはその両方に効果がある。だが――無数の軍隊に等しいナノマシンの群れ、全てを停止させる事は不可能に近い。
 こういう場合のセオリーとして、頭を潰せば良いのだろうが――――。

 「ちいッ!」

 上から降り注ぐ様な、肩を掠める一撃を無理やりに腕で払いのけた。その銀の軌道は、露天へ降り注ぐ形。腕からの衝撃に形を崩し、弛み、大きく軌道を外れて男の体へと戻っていく。
 頭を狙う余裕はない。下手を見せれば間違いなく、このサーヴァントは、露天風呂の他の人間を狙う!
 魔王の思考を肯定するかのように、新たな声が響いた。




 「テュール、そのまま押さえておきなさい」




 少女の声は、夜空に遠く。
 声を聞いたと同時に、白髪の男――――テュール、と言うらしい――――は、攻撃を苛烈にした。

 『っマスターか!』

 「不味い!」

 四方八方から襲うそれは、まるで嵐。往なすので精一杯だった。
 不味かった。眼下を一々確かめる余裕はないが、幾ら行動が早いと言っても――――まだ全員、戦闘の準備が整っているとは思えない。

 ギリ、と歯噛みをする。魔王が僅かに時間を稼いだお陰で、裸で戦う状態は凌げそうだが、援軍や武装は期待できないだろう。
 風呂場の騒動が今、他の誰かに伝わった所だとしても、救援が来るにも、時間が足りな過ぎる。
 即効で勝負を決める、その戦法は、今のこの状態では確かに有効だ。

 『狙いは近衛か!』

 ネギか、神楽坂か、あるいは近衛か。誰かだと見当は付くが、誰なのかは分からない。
 正直、旅館への襲撃を想定していない訳では無かった。だが、まさか、此処まで堂々と攻め入るとは。
 周囲を欠片も気にせず、目撃されても構わない程に、周囲を憚らずにやって来るとは。
 唯の手出しにしては、不可解な点が多すぎる。
 だが、猶予は既に無かった。

 「邪魔な皆さんには、少し遠くへ行って頂きましょう」

 他を見る余裕はなかった。
 ただ、恐らくこのサーヴァントのマスターである少女が、何かしらの技術を使う事だけは推測が経った。

 だが、魔王は動けない。このサーヴァントを相手に戦える人間がいない。銃も打撃も剣も、そして並みの魔法も効果の薄いだろう相手だ。
 そしてそもそも、空を飛んで戦える人間が、この場にはネギ以外に居ない。当然、少年を近寄らせたら反応する間もなく斬り身にされる。
 マスターで有る《完全なる世界》の少女には対抗出来る戦力があっても――――この殺戮兵器を相手に出来る戦力が、魔王ゼロ以外に、この場には無い。

 「《来たれ》」

 結界か、転位か、あるいは別のものか。視界の片隅、耐えない連行を潜り、辛うじて確認出来た亜人の少女が、カードを片手に、アーティファクトを呼び寄せていた。
 広がるそれは、まるで門の形にも似た、あるいはゲートの様な、八角形の青い紋章だった。

 『あれは……』

 余裕が有る魔女が、片目を介して叫んだ。

 『何かの――――入口だ!』

 刹那。




 風呂場の中に居た少女達が、三人を除いて、かき消えた。




 霧間凪も、図書館島の面々も、闇口やザジも、その場に同行していただけで有ろう一般の客人達も、皆が皆、揃って、姿を消した。
 その場から、まるで空間に飲まれたかのように、消えた。

 残ったのは、未だに空中に留まる二体の英霊と、神楽坂明日菜と、ネギ・スプリングフィールドと、桜咲刹那と、近衛木乃香だけ。彼女達だけが無事だった理由を考える余裕も、魔王には無い。
 内心で、アレだけの人数を揃えていれば大丈夫だろう、と信じていた自分を、殴りたくなった。
 だが、後悔をする暇はない。そんな余裕は、残っていない。




 「《無限抱擁・十絶陣》」




 少女、環・アーウェルンクスが告げた、その宝具の名前を聞く余裕も無い。

 (まず、この場を切り抜ける……!)

 明らかに人の気配が消えた事を悟って、魔王は舌打ちを隠さず、大きく戦法を変えた。悠長に戦っていたつもりはないが、この際、リスクを冒しても決着を狙わないと、不味い、不味すぎる。
 兎に角、この現状を如何にかしないと――――下の残った四人が、危なすぎる。

 残された手が少なすぎた。今出来る最善手は、この白男を一刻も早く倒し、何とかして消えた連中と援軍を呼び戻し、迎撃態勢を整える事だ。
 だが、打破しようにも、状況は悪くなるばかりだった。
 傾いた流れは、立て直す間もなく、一気に色を変えていく。

 指揮官たるルルーシュが、焦りを覚えるほどに、瞬く間に。
 これ程に焦がれる様な苛立たしさを感じたのは、何時以来か。

 「――――え、ちょ。……皆!? 何処!?」

 状況を呑み込めず、驚愕する神楽坂の声。

 「まずい、まずい!……お嬢様、しっかりとお掴まりを!」

 近衛を抱いたまま、刀を構えて動き出す桜咲。

 「……っ、逃げましょう! 皆さん!」

 咄嗟に、最善手を実行に移したネギ。

 だが、それでも――――後手に回っていた。




 いざ駆け始めた彼女達の前に、再度、二つの影が、現れた。
 逃げ場を塞ぐ、まさにその表現が正しかっただろう。四人を挟みこむかのように、前と後ろに、まるで、空中から飛び降りるが如く、出現していた。




 「やれやれ。……こんな仕事は好きでは無いんですがね」

 片方は、少年が大橋で見た、白い髪の青年。
 サーヴァント「セイバー」。




 「お初お目に掛かりますえ、――――刹那、先輩?」

 そして、人斬りの神鳴流剣士だった。
















 新年初投稿です。今年も一年宜しくお願いします。

 テュール、って誰? と言う人は、角川スニーカー文庫から既刊の『RAGNAROK』をお読み下さい。二巻が初登場です。本名をテュール・ヴァイス。ぶっちゃければ殺人機械。ナノマシンのお陰で半不死身、既に精神が崩壊した、“嘗て人間だった”化物です。マスターには忠実ですが……。

 環のアーティファクトは、名前のまんまです。詳しくは次回以降。

 ネギの過去話とか精神性の構築話は、ヘルマン襲来前後なのでお待ちください。ナギに遭わず、悪魔の恐怖も得ず、けれど後悔と不安だけは抱えているのがこの話のネギです。ネギを唆した奴は外道(というかヨーカーンと並んでラスボスの一人)ですしね。

 しかし第二次スパロボZ破界編ことスーパーテロリスト大戦にギアスが参戦とは、期待半分不安半分で、今から楽しみです。多分、混ざった世界の一つがブリタニアに占領された日本なんだろうなあ……。スーパー系が軒並み守っているチートな日本はナイトメアフレームじゃ倒せないだろうし。

 ではまた次回。
 この危機を打破できる鍵は、既に明日菜が持っています。


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