他力 - 急性心不全、ゾーエーと四つのカースト、ツーソンのテロ事件
遅ればせながら、新年の所感と展望について。今年も、昨年半ばに得た心境と姿勢を引き継いで、「他力」をキーワードにして活動を続けようと考えている。他力本願。他力による救済。その信仰の要点を言えば、米国経済が崩壊して、新自由主義が没落することであり、日本人がそのイデオロギーから自由になることである。その福音の到来を待つということである。その条件が与えられなければ、日本人は新自由主義の体制から脱却することができない。自分自身の力で自己の生き方を変えることができない。逆に言えば、日本人は外の世界の動向に常に敏感で、潮流に即座に反応して内側の体制を変える。2年半前、リーマン・ショックから世界金融危機が始まり、テレビ報道がサブプライム・ローンの仕組みを解説していた2008年の秋、今からは考えられない映像だが、報ステの古館伊知郎が新自由主義を批判する言葉を絶叫していた。「小さな政府」、規制緩和、自己責任、これらを論って威勢よく悪罵しまくる古舘伊知郎の姿があった。私と同じ動機かどうかは不明だが、金子勝や田中宇も米国経済の動きばかりに目を凝らしている。米国経済の崩壊は、今年すぐに起こるとは思わない。しかし、そこに二重写しで被さるのは、1991年からの日本経済の体験である。不況は長く長く続いた。闘病生活が続き、そして快復への希望は徐々に失われ、体力を失い、老衰し、結局は死に至る病となった。
経済で起きた出来事は、何となく、生体における循環器系の疾患と障害と似ている。脳卒中とか心不全の病状に似ている。1991年の日本と2008年の米国で起きたことは、おそらく第一回目の発症なのだ。狭心症の発作。健康で活発だった者が、最初に胸が苦しくなって倒れ、病院に担ぎ込まれ、心臓のバイパス手術を受けて退院したということなのだ。そして、術後の経過と養生に入ったということである。その後、日本は膨大な財政出動を続けて景気回復を図るが、不良債権を処理できないまま1997年秋の金融危機を迎え、山一と拓銀が破綻する。これが二回目の発症であり、喩えて言えば心筋梗塞なのだ。日本は半身不随になった。ここからが本格的な不況であり、現在に続く暗鬱な時代の始まりである。1991年から1997年まで6年の時間がかかっている。そして、ここから医者が変わった。竹中平蔵が執刀医になり、痛みを伴う新自由主義の手術と処方で、日本経済は後戻りできない壊滅的打撃を受ける。活力と競争力の中核であった製造業と中小企業が破壊され、立ち直れない重症の身体となる。ヤブ医者のメスで中枢神経を損傷して寝たきりになったのと同じだ。と言うより、米国経済を助ける臓器移植のため、日本経済の心臓やら肝臓やらを片っ端から切り取ったのと等しい。2000年代の米国の繁栄と日本の没落は、外科医である竹中平蔵と院長である小泉純一郎の「歴史的功績」と言えるだろう。
山一と拓銀が破綻した翌年の1998年、それまで2万人台だった日本の自殺者数が、急に3万人を突破する異常事態になり、それが高止まりしたまま現在まで続いている。思い出す一つの風景として、多摩の方で3人の仲良しの中小企業の経営者がいて、家族に保険金を残し、3人で一緒に自殺した事件があった。右に見える競馬場、左はビール工場。中央道の国立府中IC近くのホテルで、3人で首を吊って死んだ。それが1998年の2月末。一つの画期を示す出来事として、私の中では特に強い印象が残っている。あの頃から、それまで聞いたことがなかった「セーフティネット」という言葉を巷で聞くようになった。それから10年間、「セーフティネット」に関心が集まる時代となり、そして、最近はその言葉も聞かれなくなりつつある。「セーフティネット」という言語が、その要請の意識と共に消える時代に入ってきた。1998年以前、日本人は「セーフティネット」という言葉を使わずに生きることができていたのである。つまり、リスクのない無憂の世界だった。リーマン・ショックから3年目の米国も、日本と同じ経緯を辿れば、必ず二度目のクラッシュ（急性心不全）が襲来することだろう。日米の経済を比較対照したとき、興味深い一つの問題としてデフレがある。一般の説明では、日本のGDPデフレーターがマイナスに転じたのが、バブル崩壊から4年後の1995年だと言われている。日本のデフレは1995年から始まり、15年後の現在も続いているのである。
デフレの問題について、症状の分析から対策の提案まで、最近は活発な議論がなくなっている。諦めたのか、飽きたのか、エコノミクスの論壇が注意を向けなくなった。以前は、クルーグマンのインタゲ論やスティグリッツの政府紙幣策も含めて、世界の専門家が日本のデフレ対策について百家争鳴して唾を飛ばす景観があった。今日（1/11）の日経を見ると、私の問題意識に即した特集があり、12面に「米経済『日本化』の懸念」と見出しされた記事がある。その中で、バーナンキがデフレ対策に心血を注ぎ、副作用のリスクを顧みずに量的緩和を未踏の領域に進めている事情が書かれている。ゼロ金利と量的緩和、どれも日本がずっと続けてきた金融政策だ。巨額の財政出動も同じ。日経の記事によれば、現在、米国の消費者物価の上昇率は前年比1%未満の水準で低迷していて、長期デフレの懸念が未だ払拭できてないと言う。日本が長期デフレに陥ったのがバブル崩壊から4年後。重ね合わせると、現在の米国がちょうど同じ時点に当たる。ドルや米国債の暴落も恐れず、米国が大胆な金融緩和と財政出動に邁進するのは、何としても日本経済の悪性循環の再現を防止しようとしているからで、デフレへの陥没を何より恐れているためだ。しかし、このジャブジャブの金融緩和が、確実に国内の雇用と消費を改善するとは誰も見ていない。マネーは新興国に流れ、株式と先物の投機市場に流れ込んでいて、原油や農産物の価格高騰に繋がっている。
おそらく、米国の住宅問題というのが、日本の90年代の不良債権問題なのだろう。解決まで時間がかかり、問題の所在と責任が曖昧にされ、途中で二度目の金融ショックを引き起こす。そして、「他力」のスタンスの私は、その米国の金融市場における二度目の心臓発作の発生を待望している。新自由主義の神聖な王宮が地響きを立てて崩壊する日を待ち望んでいる。それが、日本経済にどれほど悪い影響を及ぼそうが、日本の銀行が潰れようが、私は新自由主義の神殿が壊滅するＸデーが来る日を祈っている。そして、このことは、世界中の多くの貧しい者たちが心の底で願っていることだとも思う。南米、アジア、それ以上に中東イスラムの地域で、貧困に喘ぐ一般民衆が神の雷の一撃を願っていることだろう。こうして、「他力」になった私が気づくのは、私自身がすでに存在として彼らと同じになっていることである。他力信仰の私は、精神的に、経済的に彼らと同じ地平に生きている。つまり、無力で惨めな虫螻のような存在だ。この世界に歯を立てられない、この世界に手がかりや足がかりを持てない、世界をグリップしてドライブする能力と資格と立場を持たない無一物の人間だ。ただの衆生である。NHKスペシャルの番組取材班が撮って映すような、汚れたシャツを着て、少し恨めしい目でカメラを見据えるところの、最貧国や新興国の貧しい男たちの群れの一人と同じだと了解する。昔はそうではなかった。昔の日本人は、日本の中間層は、カメラのこちら側で彼らを見ていた。
日本人は、世界の市場を動かすプレイヤーであり、世界経済のステイクホルダーだった。したがって、組織の中にいる日本人は、その一部だと自己認識できたのである。だから、実際にあのとき、富士銀行の職員が何十人も犠牲になったが、NYの9･11テロを一般の日本人は被害者の視線で捉えたのである。次に同じ事件が起きたとき、今それが起きたとき、被害者として自己同一化して意識する日本人は、10年前よりはるかに少なくなっているだろう。10年前も、南米やアジアや中東イスラムの貧しい者たちは、それを神の怒りの報復だと思ったのである。同情などはしなかったのだ。それに関して気になるのは、1/8にアリゾナ州のツーソンで起きたあの事件を、米国人たちはテロと呼んでいるかどうかである。あれこそテロだ。テロの定義は、「政治的目的を達成するために、暗殺・暴行・粛清・破壊活動など直接的な暴力やその脅威に訴える行為」である。日本のマスコミ報道では、テロという言葉は登場せず、銃撃事件という表現で伝えられている。検索エンジンを使って、「Tucson terror」の二語検索をかけると、記事が何本かは出て来たが、あまり一般的になっている様子は感じられない。10年前の9・11事件以来、米国人はテロの定義を特別なものにスリカエた。「米国と敵対する勢力による攻撃」の意味に変えた。だから、米国人が米国の議員を銃撃する行為は、今では「テロ」の表象とは遠いのである。その観点から、ツーソンの事件で「テロ」の概念が元に戻るかどうか興味深い。自己批判の契機とするかどうか。
アレントが言っているビオスとゾーエーという言葉を手がかりに、全く勝手ながら、着想で論理を飛躍させて、世界を四つのカーストに分けると、第一に米国の新自由主義の王宮の住人、第二が新自由主義に関わって前向きに生きている人間、第三がそれと関わりのない貧しい衆生、第四が動物や植物などの生きものたちという区別になる。第三のカーストは、まさに「剥き出しの生」であり、路上に斃れて屍を曝す人間であり、動物と同じく何も権利を持たない人間である。飢えて畑を荒らし、住宅街に出て来て射殺される熊や猪や鹿と同じだ。新自由主義の奴隷だ。辺見庸は、『しのびよる破局』の中で、2008年の秋葉原事件について、生体が起こした痙攣作用のようなものだという説明をしていた。今度のツーソンのテロ事件も、そして、何ヶ月に一度の頻度で発生する米国の銃乱射事件も、生体の痙攣反応のように見ることができるだろう。年末のTBSのサンデーモーニングだったか、米国で父親による家庭内暴力が深刻な問題になっていて、家出してホームレスになる少年が激増しているという報道がされていた。1997年の神戸の酒鬼薔薇事件、2000年の西鉄バスジャック事件、2001年の池田小の児童殺傷事件などを思い出す。神の雷の一撃による王宮の崩壊は、おそらく、私の老後の人生を豊かにしてくれることには繋がらないだろう。しかし、日本の20代や30代の若者にとっては、新しい社会を築く「他力」になるはずだし、世界の第三カースト（衆生）の子供たちにとっても、豊かな生き方を手にする可能性を掴む画期になるだろう。「他力」によって救済され解放される。私はそう信じる。
