●政治に負けた検察 「政治資金規正法の虚偽記載罪、不記載罪」は政治家には「嫌がられる法律」である。坂井隆憲衆院議員、村岡兼造・元平成研会長代理がこの法律で起訴され有罪となったことは周知の事実。坂井氏は1億6800万円の不記載、村岡氏は日歯連の橋龍への1億円のヤミ献金を平成研の収支報告書に虚偽記載したとして在宅起訴された。村岡氏は平成研の事務局長兼会計責任者の供述があったから起訴された。
小沢氏は鳩山政権のナンバー2、官廷、与党執行部には村岡元房長官に比較すれば「かなりの捜査情報が事前に報告」される。村岡氏とは異なり小沢氏側は逮捕に備えることが「可能」だったのである。「政府与党幹事長が村岡氏のように共謀共同正犯に問われる証拠をスタッフが供述をしなければ免れる」、これは政界では常識である。だから小沢氏のスタッフは「片鱗しか供述をしなかった」し、取り調べ検事も突っ込み不足だったのである。私はこの捜査によって「政治権力から独立を基調としていた東京地検特捜部は体質が変わった」と捉えている。つまり「厳正公平、不偏不党」「大物相手の特捜部」の伝統は崩壊したということ、「(政治的に)強い者に弱い、弱い者に強い東京地検特捜部になった」ということだ。小沢氏は検察が不起訴と決めたことで助かったと信じたに違いない。が、不起訴にしたことで「検察の威信」も「地に落ちた」と考えなかったとすれはあまりに自己中心的な考え方だったと私は思う。
しかし、昨年4月27日、東京第5検察審査会は小沢氏不起訴を「起訴相当」の議決をした。一昨年から検察審査会法が改正され、2回「起訴相当」の議決が出ると裁判所が指定弁護士を選び、指定弁護士によって「強制起訴される」よう改まった仕組みになっていた。検察が「公訴権を独占していた時代ではなくなっていた」のである。小沢氏は大きな誤算をしていたわけだ。同時に起訴、不起訴の裁量権を過信していた検察も鉄槌が下されたということだった。検察も大きな誤算をしていたことになる。検察ももはや「優雅独尊は許されない時代」と釘を刺されたのである。
●検察審査会のバッサリ 検察審査会は検察の不起訴処分をバッサリと斬った。議決理由は次の通りだった。
第1 被疑事実の要旨
被疑者は、資金管理団体である陸山会の代表者であるが、真実は陸山会において04年10月(筆者注・29日)に代金合計3億4264万円を支払い、東京都世田谷区深沢所在の土地2筆を取得したのに、
- 陸山会会計責任者大久保隆規被告及びその職務を補佐する石川知裕被告
と共謀の上、05年3月ころ、04年分の陸山会の収支報告書に、土地代金の支払いを支出として、土地を資産として、それぞれ記載しないまま総務大臣に提出した。 - 大久保及びその職務を補佐する池田光智被告と共謀の上、06年3月ころ、05年分の陸山会の収支報告書に、土地代金分が過大の4億1525万4243円を事務所費として支出した旨、資産として土地を05年1月7日に取得した旨を、それぞれ虚偽の記入をした上で総務大臣に提出した。
第2 検察審査会の判断
- 直接的証拠
- 04年分の収支報告書を提出する前に、被疑者に報告・相談等した旨の石川知裕被告の供述、石川は「04年分の収支報告書を提出する前に小沢に報告・相談した」と供述している。
- 05年分の収支報告書を提出する前に、被疑者に説明し、了承を得ている旨の池田光智被告の供述。池田は「05年の収支報告する前に、小沢に説明し、供述している。
- 被疑者は、いずれの年の収支報告書についても、その提出前に確認することなく、担当者において収入も支出も全て真実ありのまま記載していると信じて、了承していた旨の供述をしているが、きわめて不合理、不自然で信用できない。
- 被疑者が否認していても、以下の状況証拠が認められる。
- 被疑者からの4億円を原資として土地を購入した事実を隠蔽(いんぺい)するため、銀行への融資申込書や約束手形に被疑者自らが署名、押印をし、陸山会の定期預金を担保に金利(年額約450万円)を支払ってまで銀行融資を受けている等の執拗(しつよう)な偽装工作をしている。
- 土地代金を全額支払っているのに、土地の売主との間で不動産引渡し完了確認書(04年10月29日完了)や05年度分の固定資産税を陸山会で負担するとの合意書を取り交わしてまで本登記を翌年にずらしている。
- 上記の諸工作は被疑者が多額の資金を有していると周囲に疑われ、マスコミ等に騒がれないための手段と推測される。
- 絶対権力者である被疑者に無断で、大久保、石川、池田被告らが本件のような資金の流れの隠蔽(いんぺい)工作等をする必要も理由もない。
これらを総合すれば、被疑者と大久保、石川、池田被告らとの共謀を認定することは可能である。 - 更に、共謀に関する諸判例に照らしても、絶大な指揮命令権限を有する被疑者の地位と大久保、石川、池田被告らの立場や上記の状況証拠を総合考慮すれば、被疑者に共謀共同正犯が成立するとの認定が可能である。
- 政治資金規正法の趣旨・目的は、政治資金の流れを広く国民に公開し、その是非についての判断を国民に任せ、これによって民主政治の健全な発展に寄与することにある。
- 「秘書に任せていた」と言えば、政治家本人の責任は問われなくて良いのか。
- 近時、「政治家とカネ」にまつわる政治不信が高まっている状況下にもあり、市民目線からは許し難い。
- 上記1ないし3のような直接的証拠と状況証拠があって、被疑者の共謀共同正犯の成立が強く推認され、上記5の政治資金規正法の趣旨・目的・世情等に照らして、本件事案については、被疑者を起訴して公開の場(裁判所)で真実の事実関係と責任の所在を明らかにすべきである。これこそが善良な市民としての感覚である。よって、上記趣旨の通り議決する。
●だが、検察、再度の不起訴処分 検察審査会の議決では「東京地検特捜部の捜査不備を窺わせる」に十分な内容だった。この議決が政局を大きく揺さぶることになる。
それなのに、東京地検特捜部は5月21日再度、不起訴処分の結論を出した。私は「検察はやがて臍を噛む事態になる」と思った。
朝日新聞は5月22日付朝刊に《「再捜査、すぐ結論 「証拠弱い」崩さず 虚偽記載事件、小沢氏不起訴」「分かった」で「共謀」、無理筋だった」》という見出しで次の記事を掲載した。記事には次のような記述があった。
民主党の小沢一郎幹事長を「起訴すべきだ」とした検察審査会の議決から3週間余、東京地検特捜部は異例のスピードで再び「不起訴」の結論を出した。「絶対権力者」である小沢氏に「報告し了承を得た」とする元秘書らの供述を「有力な証拠」とした市民に対し、法律家の視点では「証拠として弱い」との評価を変えなかった。=1面参照
「捜査を尽くした上での検察の総意。起訴相当議決を受けても判断は変わらないだろう」。4月27日の検察審査会の議決があった後、複数の検察幹部がそうみていた。
事実上の「消化試合」の感が否めないスピード決着となった背景には、検察が組織として決断した「重み」と参院選への影響の回避、そして検察幹部の人事があった。
通常の刑事事件で容疑者を起訴するか判断するのは地検だ。しかし今回のような政界捜査では、地検は捜査の初期段階から東京高検、最高検と協議を重ねる。「完全なクロとも完全なシロとも言えないが、有罪が得られる確証がない以上、起訴はできない」と、組織として2月に小沢氏を不起訴にした経緯がある。
検察審査会の指摘を読んでも「再捜査で何をやればいいのか分からない」と戸惑う声が多かった。今年1月には衆院議員の石川知裕(ともひろ)被告(36)ら元秘書3人の逮捕に踏み切ったが、いずれもゼネコンからの現金授受については否定を貫き、小沢氏の虚偽記載への明確な関与も認めなかった。身柄を拘束した調べで認めなかったのに、任意の聴取で新しい材料が出るはずがない。そんな空気が大勢を占めた。
残された再捜査の方法として、今月15〜18日に小沢氏と元秘書3人から相次いで再聴取したものの、小沢氏の共謀を認定できるような供述の進展はなかった。石川議員以外の2人の元秘書については、1通の調書も作成されずに再捜査は終了した。
再処分の期限は、検察審査会の1回目の議決から3カ月以内。しかし、7月に予定される参院選に近接することを避けるほか、6月中と予想される検事総長、東京高検検事長、東京地検検事正、特捜部長ら大幅な人事異動も念頭に現体制でこの事件に区切りをつける狙いもあり、期限まで2カ月以上を残しての幕引きとなった。(以上朝日新聞)
私は朝日新聞の記事を読んで樋渡検事総長時代の検察は「時の政権や社会的・経済的強者を支える重要な武器となった」と感じた。なぜなら、再捜査は「小沢氏と元秘書3人から再聴取したほかおざなりの再捜査をしたに過ぎなかったからだ。
樋渡検事総長、伊藤次長検事、大林東京高検検事長は「検察審査会の強制起訴への議決が読めなかったのか」どうかはわからぬが、定年退官する樋渡氏はともかく大林、伊藤氏の2人が定年前に検察を去る運命にあったのはこの時から決まっていたと私は思う。「政治と距離を置く」という検察の伝統を守りきれなかったことはまぎれもない事実だし、その頃政界で指摘されていた「傲慢検察」にも検察審査会から2度目の「起訴相当の議決によって」鉄槌がくだされることが見通せたからだ。(続く)