月刊誌「文芸春秋」が2月10日から、海外電子版の配信を始めるという広告を元旦の新聞で目にした。多くの総合月刊誌が休刊を余儀なくされるなかで、文芸春秋は発行部数63万部を誇るマンモス雑誌。日本を代表する雑誌といって過言ではないだろう。
書籍などの電子化は時代の最先端を行く現象であり、誰にもこの流れは止められない。これには賛否両論あって、自ら進んで電子書籍を発行する作家がいる一方で、かたくなに電子化を拒む人も少なくない。長年書籍を扱ってきた書店や印刷業界などからも悲鳴が上がっている。
そんななか、保守派メディアの代表格とも呼べる文芸春秋が腰を上げたのだ。正月早々、驚きのニュースである。
そこで、文芸春秋社のデジタル・メディア局長・西川清史氏に話をうかがった。同氏によると、電子書籍がちまたで話題となっている今、同社でデジタル雑誌を発刊したらどんな結果が出るのか「試してみたいという好奇心」が今回の動機のひとつだったらしい。「やるからにはうちの看板雑誌でやった方が面白い。あっと思うようなことを、あっと思うような時期に、というサプライズを狙った」と語った。
今回の海外電子版は、国内に住む人は購入できない。印刷版の文芸春秋は海外で約9000部売れており、海外在留邦人が約113万人(2009年10月1日現在、外務省推計)いるなかで「まだまだ需要がある」と考えたらしい。
電子版「文芸春秋」はデジタル雑誌配信サイトの「MAGASTORE(マガストア)」や「zinio(ジニオ)」、アップル社の「App Store(アップストア)」を通じて購入することになる。国内に住む人の購入リクエストをどうやってブロックするのか疑問に感じたが、残念ながら「いろいろな処理を通じて区別する」としか教えてもらえなかった。
なぜ海外だけなのか。当然浮かぶ疑問をぶつけてみると、予想通りと言おうか、国内の書店への配慮を理由として挙げた。「90年近くお世話になってきた書店を無視して、電子版を国内で出すというのは言いにくい」(西川氏)のだ。
ただし、具体的な予定はないが、今後の展開次第では国内でも配信する可能性はゼロではないようだ。現在の出版業界を取り巻く厳しい状況や、ネット関連技術の進歩、電子書籍関連商品の多様化を考えれば、国内版もという動きに遠からず進む可能性は高いと、私はみている。
ちなみに、当面は電子版には広告を載せないという。海外向けの広告の需要がどの程度あるのか不明であることや、ネット広告料が安過ぎることを、西川氏はその理由として挙げた。
だが、電通による「日本の広告費」の推定値(09年)を見ると、広告媒体に占めるインターネットの比率は、テレビの半分しかないものの、ラジオや雑誌を大きく上回り、新聞とほぼ肩を並べている。すでにインターネット広告は相当な存在感を持っている。インターネット広告の料金体系を今から高めに設定し直すというのはかなり難しく、すでに出来ている流れに乗るしかないのではないか、というのが私の見方だ。
肝心の記事は、電子版にも載せることを承諾した筆者のもののみを載せる予定だという。価格は日本円で1000円前後。印刷版の750─800円よりは若干高い。しかし私が90年代半ばにロンドンに住んでいた頃、現地の店で手にする日本の雑誌の価格の高さ(日本の定価の1.5~2.5倍)にためいきをついたことを思えば、十分お手頃と言えるだろう。
ニューヨークに住む日本人の女友達に、今回の件を知らせたところ、早速「ぜひiPadで読みたいけど、どうやって買えばいいのかな?」と尋ねてきた。さて、この試みにはどんな反響があるのだろうか。2月10日は彼女だけでなく、日本の雑誌界が注目する日となりそうだ。
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金井啓子(かない・けいこ)
Regis College(米国)と東京女子大学を卒業。ロイター通信(現トムソンロイター)に18年間勤務し、ロンドン、東京、大阪で記者、翻訳者、エディターと して英語・日本語記事を配信。2008年より近畿大学文芸学部准教授。英語やジャーナリズム関連の授業を担当。「ロイター発 世界は今日もヘンだっ た」(扶桑社)を特別監修。日本テレビ「世界一受けたい授業」、関西テレビ「スーパーニュースアンカー」への出演、新聞でのコラム執筆の経験を持つ。