記者の目

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記者の目:「動的防衛力」に転換した防衛大綱=坂口裕彦

 ◇政治の関与足りず 実行に不安

 民主党政権が初めて改定した「防衛計画の大綱」(防衛大綱)が昨年12月17日に閣議決定された。軍事的に台頭する中国を念頭に、自衛隊のあり方について「静から動」「量から質」「北から南」へと転換させる内容は、時代の変化に沿ったものだ。しかし、安全保障政策の大転換にもかかわらず、策定過程の議論は不十分で、これから大綱を肉付けし、実行していくことに不安を覚える。民主党には外交・安保政策に対する強い信念が欠けている気がしてならないからだ。

 防衛大綱は、10年先を見据えた安全保障政策の基本方針だ。最大のポイントは、基本理念を改めたことだ。76年の初めての大綱から、旧ソ連軍の侵攻を想定して掲げてきた「基盤的防衛力構想」をやめ「動的防衛力」を採用した。

 ◇南西諸島防衛重視は現実的

 基盤的防衛力構想は、日本が力の空白となり、周辺地域の不安定要因とならないよう、必要最小限の防衛力を持つ発想。ともすれば、部隊や装備の規模を追いがちになる。テロや離島侵攻などの脅威に、機動性や即応性で対処する動的防衛力は、厳しい財政事情にも合致する。輸送力確保が必須だが、もっと早く転換してもよかった。米国の対中戦略に合わせた海空自衛隊の重視や、手薄な南西諸島の防衛力強化も現実的だ。

 問題は、大綱の大部分が官僚と有識者で作られ、政治家の参加は限定的で、国民的議論がなされなかったことだ。

 大綱は、菅直人首相の諮問機関、「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」(安防懇)が8月にまとめた提言に沿っている。委員らは、鳩山由紀夫首相時代の2月に設置されてからの半年間で14回の秘密会合を重ね、防衛官僚らが傍らで見守った。防衛力の「選択と集中」を促し「動的抑止力」や、離島防衛の強化を打ち出した。だが、安防懇メンバーが振り返った一言が印象に残った。

「政治の側の明確な意思やバックアップは感じなかった。自分の足元には、何もないふわふわした感じがいつもしていた」

 複数の委員が挙げたのが、3月に首相公邸で開かれた鳩山首相(当時)らとの食事会。防衛議論が切りだされることはなく「この程度の思いなのかとあきれた」という。

 党内議論も「熟議の政治」には程遠かった。党外交・安全保障調査会が本格的に議論を始めたのは11月24日。政府が09年10月に1年先送りを決め、時間は十分にあったにもかかわらずだ。11月29日に大綱への提言を了承するまで調査会が開かれたのは、わずか4回というスピード決着。党中堅議員は「本当は、1年ぐらいかけてやる議論ではないのか」と憤まんやる方ない。出席した1年生議員からは「生半可な議論しかないから内閣支持率が落ちる」との声も出たという。

 私も驚いた。例えば最大の焦点だった「陸上自衛隊の定員削減」は、1議員から反対意見が出るや、あっさり翌日削除。発言した議員の意見が次々と反映される文言の修正が繰り返され、とにかく了承を得たい一心のようだった。

 自民党のある官房長官経験者は「考えられない」と首をかしげた。04年の前回大綱で、同党は大綱の閣議決定の9カ月前には提言をまとめた。族議員の問題はひとまず置いても、時間をかけて議論するマナーはあった。北沢俊美防衛相ら関係閣僚は、昨年10月から協議を重ねたが、議論不足を覆すには至らない。

 ◇民主党内議論し基本方針明確に

 武器輸出三原則の見直しに至っては「国会対策」のカードになった。見直しの背景にあったのは、世界的潮流となっている戦闘機などの国際共同開発に参加できずに、国内産業が衰退し、武器調達コストもかさむとの危機感。北沢氏は1月に検討を表明し、安防懇や、党調査会も同じ方向性を打ち出した。関係閣僚でのすり合わせも終え、私は「政権の覚悟」を感じていた。

 ところが一転、見直し明記を断念した。菅首相がねじれ国会での協力を当て込んだ社民党が見直し反対なので、配慮したのは明らかだった。逆に、年末にはタカ派色の強いたちあがれ日本への連立打診が判明。衆院で再可決が可能な3分の2以上の議席確保になりふり構っていられないのだろうが、両党は外交・安保政策で「水と油」。大綱の重要テーマが、場当たり的政治的駆け引きの犠牲になった。

 12月27日、防衛省内で動的防衛力の肉付け作業が始まった。旗振り役の安住淳副防衛相は「自衛隊の発足以来、最大の改革だ」とハッパをかけた。心意気は買う。しかし、大綱に“魂”を入れるためには、まず民主党内で本気で外交・安保の議論をし、基本方針を明確に示すことが不可欠だ。(政治部)

毎日新聞 2011年1月11日 0時11分(最終更新 1月11日 0時17分)

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