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[17103] 【習作】魔法少女リリカルなのは 空の果て
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:12626166
Date: 2010/03/29 19:15

初めまして、ラスフォルトといいます。
今回、初作品を投稿することにしました。

文章が固く読みにくいとは思いますがよろしくお願いします。

なお、この作品はいろいろのネタを使う予定があります。
そして一部のキャラにはとても厳しい仕様になっています。



とりあえず、あまり時間を取れませんが完結を目指して頑張りたいと思います。



[17103] 第一話 邂逅
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:12626166
Date: 2010/06/28 22:12

 ――みんながいればなんとかなる。

 そんな風に思っていた。
 それは何もなのはのような素人考えによるものではなかった。
 経験のあるクロノやたくさんの魔導師を見てきたリンディも認めることだった。
 たとえこの場に全員がいなくても、なのはにフェイトにアルフ、はやて、そしてクロノの四人がいればどんな敵にも負けることはないと思っていた。
 しかし、目の前の光景はそれを否定していた。
 燃え盛り、瓦礫をまき散らされた街。
 馴染みのないミッドチルダのクラナガンのショッピングモール。世界は違ってもそのにぎわいは同じものだったのにそれが見る影もない。
 四人、そこにエイミィを加えた五人はクラナガンの観光に来ていた。
 名目は三人の社会科見学。
 これから管理局で仕事をするのだからミッドの文化に触れておく方がいいと、企画されたもの。
 建前は勉学だが、実際は未だ保護観察の身で自由を許されないはやてに対しての息抜きでもあった。
 建前がある以上ヴォルケンリッターやアリサとすずかの参加もできなかった。
 行き先が首都クラナガンであり、なのはにフェイトそしてクロノがいることから護衛はいらないだろうと判断され、それでもごねた二名にはお土産を多めに買ってくることで納得してもらった。
 しかし、こんなことになるとは誰も予想していなかった。


「……フェイトちゃん」

 返事はなければ姿も見えない。

「……はやてちゃん」

 彼女はすぐ近くの車の屋根の上に倒れていた。半分失った羽と半ばから折れた杖が痛々しい。

「アルフさん……クロノ君」

 アルフは狼の姿で道路に転がっている。
 クロノは――今、なのはのすぐ横を吹き飛ばされて壁に激突し、瓦礫に埋もれた。

 オオオオオオオオオオオッ

 それが唸りを上げる。
 似ているものを上げるとしたらそれは虫だろう。
 しかし、それも数メートルもあり、虫というには肉厚がある。
 魔獣としては中型。
 管理局に指定されるものなら危険度は大きさに伴って比例するもの。それを考えればこの生物はランクBのカテゴリーなのに。

「ディバイン――」

 震える膝を無理やりに支えて、カートリッジをつぎ込む。

「――バスター!!」

 ここが結界の中ではないことも、市街地だということも忘れてなのはは撃った。
 桜色の壁を思わせる砲撃。
 だが、今まで多くの敵を撃ち落としてきた砲撃はそれに届かなかった。
 不可視の何かが盾になって止められる。
 魔力は感じない。それでもあの生物には魔法を防ぐ術があること思い知らされる。

「それなら――」

 空になったマガジンを排出して、新しいのを付ける。
 そして、一気に六発をロードする。

「ディバインッバスター!!」

 まだ残っている砲撃の上に重ねて撃ち込んだ。
 パリン、魔法の盾を破壊するような音を立てて、不可視の何かが壊れそれは桜色の光に飲み込まれた。
 次に起こった爆発の衝撃になのはは抵抗できず吹き飛ばされてビルに叩きつけられた。
 バリアジャケットのおかげで怪我はないが衝撃は全て抑えきれなかった。
 咳き込んでレイジングハートを支えにして立ち上がって薄れていく煙の中を見る。
 そこには身体の半分を削り取られ、その生物は赤い体液を流していた。
 緩慢に動くグロテスクな様に気持ちが悪くなるが、その動きも次第に小さくなり、止まった。

『生体反応消失』

 レイジングハートの報告に安心して力が抜けてへたり込んだ。

「……ああ、フェイトちゃん」

 それにはやてちゃんやアルフさんにクロノ君の無事を確認しないと。
 まだ息を整えてもいないのになのはは立ち上がろうとして、突然地面が震えた。

「きゃ……」

 踏ん張りが利かなかったなのはは無様に転んで、そしてそれを見上げることになった。

「あ…………」

 それは先ほどの生物によく似たものだった。
 両手の刃はカマキリの姿を連想させる。そして大きさはやはり魔獣としては中型のそれ。
 下から覗き込む形になり、鋭い歯が並ぶ生々しい口を見てしまい身が竦む。
 対処法を頭の中でシュミュレートしても一度緊張が解けた身体の反応は鈍い。
 ほとんど無抵抗ななのはに新たに現れた生物はゆっくりと近づいて、

「はあああああっ」

 気合いの乗った声と金色の光に吹き飛ばされた。

「フェイトちゃん!」

 なのはの呼びかけに応えず、フェイトは吹き飛ばした生物に対して突撃する。
 その手のバルディッシュはすでにザンバーモードに変形させてあり、バリアジャケットもソニックフォームになっている。
 体勢を立て直すよりも早く追いすがり、フェイトは大剣を兜割りの要領で振り下ろした。

「なっ!?」

 フェイトの顔が驚愕に染まる。
 渾身の一撃は甲殻を砕きはしたが、内側の肉に食い込んで刃は止まる。
 ここでなのはとの違いが出た。
 マガジンとリボルバーのリロード速度の違い。射撃と斬撃。
 フェイトにはなのはのようにゴリ押す術がなかった。
 結果、突撃の動きは完全に止まり、そこに鎌が横薙ぎに振られる。
 防御が薄くなっていたフェイトの身体に叩きつけられた。
 咄嗟に飛んでなのはが飛ばされたフェイトを受け止める。

「大丈夫? フェイトちゃん?」

 返事は呻き声だけで手にぬるりとした感触が流れた。
 見れば手は紅く染まっていた。
 頭がカッと熱くなる。レイジングハートを向けたところが先に相手が動いていた。
 上半身を伏せて、尻尾が持ち上がる。その姿にカマキリではなくサソリ化と認識を改めて警戒する。
 尻尾の先にある針が二つに割れ、その奥から紅玉が見えた。
 バチッ、空気が爆ぜる音と紅玉に紫電が走る。

『高エネルギーを感知、危険です』

 警告は分かっていてもなのはには何かをする術はなかった。
 全力の連装砲撃にカートリッジの過剰使用。
 なのはの身体とレイジングハートはもはや戦闘ができるものではなかった。
 それでもなけなしの魔力でシールドを張ろうとしても身体に走る痛みが集中力を奪って構成が遅く強度も頼りない。

「誰か……」

 このままでは自分はおろか腕の中のフェイトも、倒れたままのはやてもアルフもクロノ殺されてしまう。

「……誰か…………」

 ――ヴィータちゃん、シグナムさん、ザフィーラさん、シャマルさん、ユーノ君。

 願っても彼女たちは遠い場所にいて今の状況すら知らないだろう。
 ミッドの治安を守る地上部隊がいるはずなのに、それもまだ到着していない。
 助かる要素は一つもない。助けが来る気配もない。
 それでも誰かに願わずにはいられない。
 この目の前の理不尽からみんなを救ってほしいと。

「誰か……助けて!」

 叫び、襲いかかる衝撃に耐えるためフェイトの身体を抱きしめて目を瞑る。

 爆発が襲いかかる。しかし、それを思っていたほどのものではなかった。
 ゆっくりと目を開けると、そこには黒い背中があった。

「……お兄ちゃん」

 思わず言葉が漏れるがすぐに違うと気付いた。
 背格好は兄の恭也より一回り低いし、小さい。髪の色も黒ではない。手に持っているのも刀ではなく銃だ。
 それに何より彼がクラナガンに来れるはずない。

「誰……?」

「うーん、正義の味方かな?」

 何処かおどけた人の良さそうな声が返ってくるが振り返らない。

「あれは倒していいんだよね?」

「あ、はい。たぶん……でも――」

 注意を促そうとしてが、それよりも早く男の背中は見えなくなっていた。
 倒れそうな程の前傾姿勢からのダッシュ。
 足元の瓦礫などものともしないで一瞬で詰め寄るが、それに対する生物の反応も速かった。
 彼の接近に合わせて尻尾が横薙ぎに振られる。
 鞭のような尻尾と弾かれた瓦礫の散弾。
 彼は一瞬早く、道路に突き刺さった瓦礫を足場に高く跳んでそれらをかわした。
 そこから銃を向けて二発、轟音が鳴り響く。
 高圧縮された魔力弾だったが、それはなのはたちの魔法のように弾かれる。
 さらに一発。
 着地と同時の銃撃は今度は命中する。しかし、大きく身体を揺らすことになっても外殻に傷はなかった。

「ちっ……」

 すぐにその場から動く彼の足もとに雷撃が弾ける。

「君、大丈夫か!?」

 固唾を飲んで見守っていたなのはの肩を誰かが掴んだ。
 振り返るとそこには管理局共通のバリアジャケットをまとった男がいた。

「その子は……救護班、すぐに来い!」

 腕の中のフェイトを見るや、男はすぐに指示を飛ばす。
 見れば彼と同じ格好の魔導師たちがはやてたちを助けていた。
 なのはは今の状況を思い出して男に縋りつく。

「わたしは大丈夫です! それよりフェイトちゃんを……」

「大丈夫だ。必ず助ける。それより君も早くこの場から避難を」

「あの生き物魔法が効かなくて、近づいてもダメで、それで、それで」

「分かっている。あの生き物に関しての対処はある」

 その言葉に安堵して、力が抜ける。その拍子にフェイトを取られ、担架に乗せられる。

「あの……わたしを助けてくれたあの人は?」

 見れば徐々に戦闘は遠ざかっていく。

「あれは……誰だ?」

「え?」

 男からもれた言葉に虚をつかれる。
 てっきり、地上部隊の人かと思ったがそうではなかった。
 なら一体何者なのだろうか。そう思って注意深く観察してそれに気付いた。

「バリアジャケットを着てない」

 それに魔力反応は発砲の瞬間だけ。

「魔導師じゃない……」

「そんな馬鹿な! 魔導師でもない人間があれを倒したというのか!?」

 激昂する男が見ていたのは先ほどなのはが倒した生物。

「あ、そっちはわたしがやりました」

「な……なんだって!?」

 それはそれで驚愕の表情をされる。それに関しては追及しないでなのはは気になっていたことを尋ねる。

「あの生き物はなんですか? わたし管理外世界出身なんですけどミッドでは普通にいるものなんですか?」

「すまないが機密事項で多くのことはいえないんだ。簡単に言ってしまえばあれは魔導師、いや人類の天敵だ」

「天敵……」

「魔法、物理ともに防ぐ不可視の障壁。それを超えても頑強な甲殻に驚異的な生命力。さらには魔法ではない変換物質による攻撃」

 神妙に語る姿に相手の脅威の高さを感じさせる。それにその身を持ってその脅威を体感した。

「現状、もっとも有効な手立ては強力な凍結魔法による封印だけだ」

 だからこそ、単独撃破したなのはに驚いたのだろう。

「凍結魔法なら……」

「残念だが、デュランダルはアースラに置いてきてしまった」

 割り込んできたのはなのはが話題に出そうとしたクロノ本人だった。
 クロノの姿も痛々しく、頭から血を流している上に左腕はあらぬ方向に曲がっている。

「僕なら大丈夫だ。それよりあの生物について知っていること教えてくれ。これは執務官としての命令だ」

「……分かりました。では、こちらへ」

「彼女なら気にしなくていい、それより早く」

 なのはには聞かせられないという配慮を断ってクロノは急かす。

「あの生物は――」

「すまない。今は詳細よりも対処手段だったな」

 意識がはっきりしないのか頭を振って気を引き締めようとしている。

「凍結魔法しか効かないのか?」

「いえ、純粋魔法攻撃でも通用しますがSランク級の威力がなければ」

「現実的ではないな。近接もか?」

「多少ランクは落ちてもいけますが、あれの打撃を受けるのは」

「そうだな。食らってみて分かったがあれは見た目の割に重い」

 大きく深呼吸してクロノは男を見据える。

「凍結魔法の準備は?」

「あと十分ほどで完了します」

「……分かった。僕も時間稼ぎに回る」

「クロノ君!?」

 見るからに重傷な怪我で何を言い出すのか。なのはは思わず声を上げる。

「すまないがこの有様だ。後方支援に使ってくれていい。あと、時間がかかるがSランクの魔法もある」

 なのはは知らないが地上部隊には高ランクの魔導師は少ない。本来なら地上部隊が来た時点で任せるべきだし、彼らからも「海」の人間が出しゃばるなと思うだろうが、いざという時の手札を確保しておくことは重要だ。

「御協力、感謝します」

「ならわたしも……」

「君は立てないだろう?」

 指摘されてなのはは口をつぐむしかなかった。
 今、話しているだけでも身体に鈍い痛みを感じるし、レイジングハートもボロボロ。魔力もほとんどない。今の状態では砲台にもなれないと認めるしかなかった。

「それから、彼は一体何者なんだ?」

 クロノが視線を向けた先には会話中も生物の攻撃をかわして銃を撃ち続ける彼の姿がある。

「分かりません。見たところ魔導師ではないようですが……」

「あの動きでそれはありえないだろ」

 クロノもまた彼の気配からそれを感じて唸る。人間とは思えない動きで跳び回っているのに身体強化の気配もないのだから。

「ですが、彼がああして時間を稼いでくれているおかげで包囲も、凍結の準備も滞りなく進んでいます」

「……そうか」

 苦虫を噛んだ顔で呟いたところで、

 ギィエエエ!!!

 異形の悲鳴が響く。
 見れば片方の鎌が砕けていた。

「三十二発撃ってやっとか」

 気軽な様子に絶句するしかなかった。
 予備動作が感知できないから変換物質の攻撃の直撃を受けていた。
 見た目の割に重く、それでいて俊敏だったために大きなダメージを負った。
 AAAランクの斬撃でようやく傷がついた。
 魔弾を撃てる銃を持つ魔導師でもない人間がそれらを覆した。

「さて……」

 おもむろに彼は銃をホルスターも収めた。

「な、何をやっているんだ君は!」

 思わずクロノは叫んだ。
 彼が何者かわからなくても、今のところ優勢にことを進めている。なのに有効な攻撃手段をしまうなんて理解できない行動だった。
 しかし、彼が代わりに取り出したのは三十センチほどの一本の棒。
 そして、そこから青い魔力の刃が現れた。

「斬るつもりか。でも、あんな細い刃で」

 クロノの懸念になのはも同じ感想を抱く。
 フェイトのザンバーやシグナムのレヴァンティンと比べてその刃はとても細い。
 彼が動く。
 砕いた鎌の方にから回り込み、足に向かって刃を振り下ろす。
 刃は振り抜かれることなく、受け止められた。
 一縷の希望を抱いたが叶わなかった。
 彼はすぐに距離をとって反撃をかわす。

「まさか、さっきと同じことを」

 なのはの呟きにクロノも地上部隊の男も応えずに彼の姿に見入っていた。
 彼は縦横無尽に跳び回る。
 魔導師のような派手さはないが無駄がなく、まるで踊るように。
 その間にも何度も剣を振られるが一つとして刃は通らない。

「凍結魔法の準備は!?」

「あと少しで……」

 膠着していると察してクロノが声を上げる。

「よし。なら――」

 彼に念話で話しかけようとした瞬間、尻尾が地面に叩きつけられた。
 直撃しなかったものその衝撃を受けて、彼の身体は宙を舞った。

「まずい」

 彼に追撃をかわす手段がない。誰もが息を飲んだ。
 しかし、彼は自分と一緒に舞ったひと際大きい瓦礫に着地して跳んだ。
 しかも跳んだ先は振り戻された尻尾の上。
 そして、凶悪な尻尾が宙を舞った。

「なっ!」

 それを見ていた者たちは言葉を失った。そして次に起きた惨状に開いた口は閉じることができなかった。
 尻尾を斬り飛ばした彼は次に何の抵抗もなく足を斬り落とす。
 転び、もだえる異形を前に彼は剣を腰に添えて、抜刀の要領で振り抜いた。
 一瞬遅れた、異形の頭は両断され、崩れ落ちた。
 静寂が満ちた。
 誰もが自分の目を疑った。
 Sランク級の魔法しか効果がない相手を大した魔力を有しているとは思えない刃で軽々と両断した。
 地上部隊はこの手の生物に今まで凍結封印するしかなかったのに。
 ニアSランクの魔導師たちが四人で惨敗したのに。
 魔導師ではない彼はその身一つで全てを覆した。

「デタラメな……」

 人の気も知らずに呑気に悠々と歩いてくる彼の姿に誰かが呟く。
 黒いコートに線の細い身体。中性的な顔立ちは少女にも見えるが男性だろう。背の高さはクロノの少し上くらいだから十七か八くらいに見える。
 ふと、なのはは既視感を感じた。
 どこかで見たことがある顔立ち。当然、間違えた兄のものではない。むしろ恭也と似てる部分なんてない。
 男性の交友関係はほとんどないのに何故か感じるものに首を傾げるが、答えは結局出てこなかった。

「君はいったい何者だ」

 声をかけるのも憚られる中で近付いてきた彼にクロノが尋ねた。

「僕の名前はソラ。まあ、いわゆる「何でも屋」、になる予定の剣士兼銃使いだ。よろしく」

 それが彼とわたしたちの出会いでした。
 そして、彼と出会ったことで変わる日常をわたしたちはまだ知りませんでした。







[17103] 第二話 勧誘
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:7ccb8864
Date: 2010/06/28 22:14

「この「生物」が我々の前に姿を現したのは半年前――」

 空間モニターに映し出されたのは先日交戦した未知の生命体に類似した生物だった。
 地上本部の会議室の一室、そこにはクロノの他にはリンディとエイミィ。そしてソラと名乗った少年が並んで座っていた。
 彼らを前にして陸上警備隊アキ・カノウ陸上二佐は説明を始める。

「発生原因は不明ですが、体内でAAランク相当の力を体内の器官で生成。「餌」の捕獲や外敵への攻撃を行います」

 次々に映し出される類似体の魔獣にクロノは顔をしかめ、吊った左腕を抑える。

「解明できてはいませんが、奴らの持つ力は強力な上に魔法としての予備動作はもちろん魔力反応もありません」

 それ故に従来の魔獣討伐のマニュアルに乗っ取ることができないことを付け加えて、空間モニターを操作する。
 変わった映像は、生物を中心に地面が陥没し効果範囲にいた魔導師がなすすべなく巻き込まれるもの。隣に表示されている魔力を測定する波形は動いていない。
 効果だけ見れば重力系の魔法を使っていると思えるが、それを違うとデータが証明している。
 さらに増える画面には火炎、凍結、雷撃、空気の圧縮弾などというものもある。しかしどれも魔力反応はない。

「この映像は初の遭遇戦のものですが、この「対象」を停止させるまでの警備隊の損失は甚大で遭遇した一部隊は壊滅。
 94、95、96の三部隊を殲滅のために投入した結果、交戦時間10時間35分。負傷者36名。死者11名の犠牲の末に撃破しました」

 暴れ回る魔獣。
 振るわれる触手はたやすくシールドを砕き人をゴミのように吹き飛ばす。
 集中砲火を受けてもものともせず、人に襲いかかってそのままかぶりつく。
 音声が切られているが、凄惨な光景は気分がいいものではない。

「奴らは魔法を弾くフィールドを形成する特徴を持ち、なおかつ堅い外殻。これらを全て突き破り致命傷を与えるにはSランクの攻撃魔法が必要となります」

「厄介ね。Sランクの魔法は威力は高いけど効果範囲も広くなってしまう」

「その通りです」

 リンディの言葉に頷き、アキはそのSランク魔法で倒しただろう痕跡の画像を浮かべる。

「さらに付け加えるなら再生能力が尋常ではなく、裂傷はもちろん切り落とした足や触手も時間を置けば復元します」

「とんでもないわね」

「これまでは幸いなことに人のいない地区で発見、対処できましたが今回のような都市部に現れるケースは初めてです」

 上空ならともかく地上では周辺の被害を考えると大きな魔法は使えなくなってしまう。
 なのはが撃った連装砲撃はそういった面ではとても危険なものだった。幸いフィールドと相殺されてビル一つの大穴だけですんだが。

「奴らを他の魔獣と見分ける特徴はリンカーコアがないという点です」

「確かに形状そのものは魔獣とそれほど大差はないようね」

「リンカーコアを持たない生物か……」

「ええ、本来ならどんな生物にも必ずリンカーコアを持っているはずなのですが奴らには確認されていません」

 しかし、そう付け加えて表示されたのはらせん状の映像に細胞組織。

「その代わり奴らの身体の組成は従来の生物とはまったく違います」

 とは言われても遺伝子工学を知らないクロノ達には首を傾げるしかなかった。

「この体細胞は次元世界の生物において初めて確認されたものです」

「その細胞についての資料はないのね?」

「ええ、これまで回収できたサンプルは損傷が激しくデータを取ることはできませんでした」

 ですが、若干興奮した様子でアキは声を荒げて続ける。

「ですが! 今回、回収できたサンプルを調べれば何かがわかるでしょう」

 言われて、ずっと無言でいるソラに視線が集まる。
 彼は会議室に入るなり、何かをずっと考えていた。
 これまでの説明もおそらくは聞いてないだろう。
 これが局員なら叱責を受けるが、彼は民間人。まあ、それでも失礼には変わりないがそれをアキが指摘しないから誰も何も言わない。
 閑話休題。

「鉱物、燃料、電気、動物、植物、魔力――奴らの好む餌は個体差がありますが、その食害と他の生物に対する攻撃性は十分に「人類の天敵」とたりえると断定できます」

「対処手段は高ランク魔法の他に凍結魔法しかないと聞きましたが?」

「現状確認されている対処手段は三つあります」

 一つ目は高ランク魔法によるオーバーキル。
 二つ目は長時間の戦闘による疲弊を誘ってフィールドを弱体化させ殲滅する方法。

「三つ目の凍結処理は奴らの足を物理的に止め生体活動を弱体化させることができるため有効な手段となっています」

「高ランク魔導師を呼び出すことと周辺被害の考慮、それが一つ目の問題ね」

「二つ目は戦闘時間だ。10時間もあれを相手にするのは危険すぎる」

「凍結魔法は儀式魔法になりますが、他のプランよりも建設的で今まではそれで対処してきました」

「凍結した後はどうするのかしら?」

「完全凍結させ、破砕します。時間を置くと極低温に対応し活動を再開しました」

「とんでもない生物ね」

 もはや呆れるしかなかった。リンディは資料を置いてすっかり冷めてしまったお茶を飲む。

「我々はこの異常遺伝子保有生物を『G』と呼称しています」

 アキはそのままソラを、そしてクロノを見てから言った。

「そして私はこの『G』に対処するための特別組織を立ち上げたいと思っています」

「そこにうちのクロノを引き込みたいと?」

「その通りです。氷結の杖デュランダルを持つ彼にはぜひ来てもらいたい」

 地上本部の司令自ら海の人間に説明をしたのはこういうことかとリンディは理解した。

「本来ならもう少し明確な資料を用意した上で要請するつもりでしたが、貴方も奴らの脅威は身を持って体感したはずです」

「ああ。その通りだ」

 クロノにしても頷くしかなかった。
 情報がなかったから怪我をしたなどという言い訳をするつもりはない。情報があったとしてもあの時の自分はデュランダルを持っていなかったのだから大したことはできなかったはずだ。
 それを差し引いてもあの場には高ランクの魔導師が四人に使い魔もいた。なのはが一体を倒したものの二体目が現れた時点で自分たちの負けだった。
 そして、高ランクの魔導師たちの結果を覆す者が目の前にいる。
 彼も予備知識はまったくなかった。にも関わらず彼はそんなとんでもない生物に単体で圧勝した。

「えっと……何か?」

 視線が集まると思考を中断してソラは聞き返した。

「話は聞いていましたか?」

「部隊を作りたいんですよね? 勝手に作ればいいじゃないですか」

 なんで自分に断りをいれる必要があるのか首を傾げるソラに一同は溜息を吐きたくなる。

「できれば君にもその部隊に加わってもらいたい」

「いやです」

 にべもなく言い切った。

「理由を聞いても?」

 思わず口を挟もうとしたクロノはアキの落ち着いた声に言葉を飲み込む。

「僕は管理局員ではありません。それに加えて魔導師ではありません」

「理解している。だが、戦闘能力は十分だと認めている」

「そちらは圧勝したように見えているのかもしれない……ませんが、結構ギリギリだったんですよ」

「ほう、どのあたりが? それと言葉使いは気にしなくていい」

「全部、あれはサイキック能力でしょ? あんなのと戦うシュミレートなんてしてないから。刃が通ったのも銃が効いたのも運がよかっただけなんだけど」

「待ってくれ? サイキック能力、なんだそれは?」

「……もしかして墓穴掘った?」

 聞いてくるソラにクロノは無言で頷いた。

「知ってること全て教えてもらえるかな?」

「知っているというか推測ですよ。能力の気配が……友達に似ていたんです」

「その友達は今どこに?」

「知ってどうするつもりですか?」

 ソラの言葉に威圧感が増す。

「彼女に手を出すなら僕は躊躇わずに貴方達と戦いますよ」

 本気の敵意にクロノは思わず立ち上がってS2Uを起動する。だが、そこまでで動けなくなった。
 明らかに後に動いたはずだったのに、クロノの喉元にはすでに魔力の刃が突き付けられていた。

「クロノ!?」

 次に悲鳴を上げたリンディには銃口を。

「さあ、どうする?」

 挑発するように尋ねるソラ。そこには先ほどまでの人の良さそうな柔和な笑みはなく、無機質な能面のような顔があった。

「分かった。その子のことについては聞かないし詮索もしない」

 だから武器を収めてくれ。両手を上げてアキは降参する。
 言われた通り、武器を収めるソラ。クロノは警戒心を強くするがアキの視線でデバイスを待機状態に戻して椅子に座り直す。

「まあ、もう十二年も音信不通にしてたからどうしているか知らないですけどね」

 その言葉にバランスを崩してクロノは派手に転んだ。

「き、君は!」

 顔を真っ赤にして起き上がるクロノにソラはへらへらとしまらない顔を返す。

「クロノ執務官、落ち着いて」

「ですが!」

「落ち着けと言っている」

 静かで強い口調にクロノは口をつぐんだ。

「話を戻すが、君が言っているサイキック能力とは何かな?」

「魔法とは別形態の進化した能力って聞いた。体内エネルギーをこっちでいう変換物質として操作したりできるみたい。でも……」

「でも?」

「そこの世界の子はまだ進化の初期段階的な突然変異種みたいなものらしいから、それほど大きな力は使えなかったはず」

「なるほど、別の進化形態か」

「僕も十二年前に少し聞いた程度だからそれ以上は知らないよ」

「いや、有益な情報だった。それでは――」

「いやです」

 今度は言わせずに拒絶した。
 ここから白熱した論争がクロノたちの目の前で交わされる。

 曰く、管理局は好きじゃないし。団体行動はしたことがない。
 したことがなければ、是非とも試してみればいい。いい経験になるはずだ。
 曰く、「何でも屋」としての仕事がある。
 ならば、「何でも屋」として君を雇う。
 曰く、仕事とは別に探している物と探している人がいるから長期間拘束されるわけにはいかない。
 管理局が全面的に協力する。作戦行動時以外の自由は約束する。
 曰く、自分は命を狙われている。
 管理局に入れば身の安全は保障される。

「ああ、もう!」

 先に根を上げたのはソラの方だった。

「僕はね、お前は死ねって管理局に追い掛け回されたことがあるんだ。だから絶対に管理局には入らない」

「追い掛け回されたって、まさか次元犯罪者!?」

 流石にこのカミングアウトには傍観を決め込んでいたクロノは口を挟んだ。

「そうらしいね」

「らしいねって」

 軽い答えに毒気を抜かれてしまう。

「……君は一体何をしたんだ?」

「さあ?」

「馬鹿にしているのか!?」

「追い回したの君たちだよ。僕はただ言われるがままに逃げて戦っていただけだ」

 だから、僕は何で狙われていたのかなんて知らない。
 淡々と他人事のように語るソラに不気味さを感じる。そもそも、管理局内でこんなことを言い出す時点で正気の沙汰とは思えない。

「その時、人も殺した。僕を恨んでいる人は管理局の中にはたくさんいるはずだ」

 だから、僕は貴方達に協力できない。深く関わることは自分の首を絞めることになるから。

「……ならどうして話したの?」

「話さなければいつまで経っても放してくれないでしょ?」

「ここで私たちが貴方を捕まえるとは思っていないの?」

「その時は逃げます。怪我人が出ても責任は負いませんよ」

 険悪な空気が徐々に大きくなっていく。
 そんな中でアキは徐に口を開いた。

「はっきり言わせてもらうが」

「はい?」
 思いのほか、強い言葉を発するアキ。

「君の経歴はこの際どうだっていい」

「え?」

「どうだってよくないでしょ!」

「ならばクロノ執務官。今すぐに『G』に対抗する手段を提示できるか?」

「それは……」

「私たちには手段を選んでいる時間はない。奴らがいつまた都市部に出現するか分からない以上使える戦力はなんであっても確保しておくべきなんだ」

「えっと、でも僕は次元犯罪者で……ほら次元犯罪って時効はないんでしょ?」

「話を聞いた限り情緒酌量の余地は十二分にある。私も全力を持って君を擁護する。それに実績を積んでおけば無罪を勝ち取る良い材料にもなる」

「あ、あれ? え、どうして」

 予想外の返しに大いに戸惑うソラ。
 クロノ達に視線を向けて助けを求める姿は何か間違っている気がする。

「無理ね。そうなったアキは止められないわ」

「いや、だって僕は人殺しですよ。ばれたらやばいでしょ?」

 放置を決めたリンディにソラは足掻く。

「私の汚名など気にしなくていい。それに今の君の人柄に問題はあまりない」

 さらにアキは退路を塞ぐ。

「アキがそれでいいならもう何も言わないし、ここで聞いたことも他言しないと約束するけど」

 これだけは聞かせてとリンディは真剣な眼差しでソラを正面から見据える。

「貴方は今も人を殺したいと思っているの? 自分を追い回した局員を恨んでいないの?」

「僕は……」

 リンディの眼差しから視線を逸らし、うつむく。

「……誰も殺したくなんてなかった」

 絞り出された言葉に、リンディは「そう」と満足したように頷いた。

「君には管理局に関わることは針のむしろだということは重々に理解している」

 それでも、勢いよく頭を下げるアキ。言えば土下座までしかねない勢いにソラはたじろぐ。

「頼む! ミッドの、数多の次元世界を守るために君の力を貸してくれ」

 そして恥も外聞もかなぐり捨てて叫ぶ。

「私は君が欲しいっ!」



「あんな情熱的なアキは初めて見たわ」

 ソラが退室し、それにクロノ、エイミィが続いて室内にはアキとリンディの二人だけになった。

「……言うな」

 顔を羞恥で赤く染めてアキは顔を逸らす。

「恥ずかしがらなくてもいいじゃない。すごい告白だったわよ。レティにも見せてあげたかったわ」

「言うなよ絶対に!」

 士官学校時代、言い寄る男を全て撃沈した女とは思えないうろたえぶりにリンディは思わず出る笑みを隠しきれなかった。もう少しいじりたいが、それを我慢して口元を引き締め要件を切り出す。

「彼を引き込むこと、本気なの?」

「先ほど言った言葉に嘘偽りはない」

「危険よ」

「リンディ、君から見て彼はどうだ?」

 それは難しい質問だと考え込んだ。
 何の損得も考えずになのはたちを助けたことから悪い人間ではない。
 行動は基本的に行き当たりばったりで計画性はない。
 自分が不利になることをいとわずに他人を気遣う様は危うく見えるし、駆け引きというものを知らないとも分かる。
 そして、大切な人に対する正しい気持ちも持っているが、反面に彼が人殺しと称した冷酷な部分もある。

「多少、歪んではいるけど壊れてはいないわね」

「私も同じようなものだ。少なくても悪人には見えない」

「彼の話を鵜呑みにするのは危険よ」

「分かっている。彼が関わった次元犯罪のことを調べてくれるか? 私は別方面から素性を洗う」

「ええ。……あまり気負い過ぎないでね」

「肝に銘じておく。もうあんな恥ずかしい真似は御免だ」

 不覚だと俯くアキにリンディは先程の光景を思い出して笑みを浮かべた。





あとがき
 第二話をお送りしました。
 まだ、準備段階の話なので盛り上がりませんし、原作キャラとの関わりも薄いです。
 次の話から、からませていくことになります。

 ちなみに「G」のネタは分かる人はいるのでしょうか?
 多少アレンジしているけど、ほとんどそのままにしています。
 もちろん、バイオではありません。

 では、今回はこれくらいで失礼します。





[17103] 第三話 転機
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:2d1dfd38
Date: 2010/07/09 21:31

「こんなことになって本当にごめんなさい」

「そんなレティ提督のせいじゃあらへんって」

「そうですよ。あんなのが出てくるなんて誰も思いませんよ」

「っていうか、謝るのはなんにものできずにやられちまったあたしの方だよ」

「そんなアルフは悪くないよ」

 病室に入ってきたレティは挨拶もそこそこに頭を下げた。
 今回の負傷を旅行を企画した自分たちの責任だと感じて謝りに来たレティになのはたちは恐縮する。

「それよりもあれはいったい何だったんですか?」

「あーそれはわたしも気になる」

 なのはとはやての言葉。フェイトも無言ながらも目は二人と同じことを言っている。

「あれは近頃、ミッドに現れ始めた新種の魔獣よ」

 ある程度話すつもりで来ていたレティは簡単に説明する。

「簡単に言ってしまえば魔法の効かない魔獣よ」

 要約してしまえばこの一言に尽きる。そして、魔導師にとってはそれだけで脅威になる存在だった。

「そんな魔獣がいたなんて」

「知らないのも無理ないわ。混乱の元になるから情報規制をしていたし、シグナムたちにも口止めしといたから」

「シグナムたちも戦ったことがあるんですか?」

「ええ、シグナムとヴィータの二人でだいぶ苦戦していたわ」

 その二人を苦戦させるほどの生き物が何体も存在していることになのはたちは押し黙ってしまう。

「今回の一件でもう隠し通せるものではなくなってしまったと思うわ」

 レティが言葉を紡ぐたびになのはたちは口数を減らしてします。

「気にしなくていいわよ。あなたたちのせいじゃないんだから」

「でも――」

「むしろよくやってくれたわ。単独で奴らを撃破したのはなのはちゃんが初めてだから。すごかったわよ。あの二連砲撃」

「そ、そんなことないですよ」

 わたわたと手を振って謙遜するなのは。
 それに対して、

「二連射ディバインバスター。あかん極悪や」

「なのは、カートリッジを付けてから過激になっている気がする」

「そんなことないよ二人とも!」

 呆れるはやてとフェイトに頬を膨らませて抗議する。

「でも、あまり無茶はしないでよなのは」

「うん。心配してくれてありがとフェイトちゃん」

「……こほん。でも安心していいと思うわ。きっと近いうちに対抗策ができるはずだから」

「魔法効かんのに?」

「ええ、なのはさんは知っていると思うけど――」

「ソラさんのことですよね」

「今、この件の担当とリンディたちが彼から話を聞いているわ。まず間違いなく引き込むわね」

 断定の言葉に眼鏡の奥の目があやしく光る。

「ソラっていう人はそんなにすごいんの?」

「うん。あの後もう一体出てきたんだけど一人で倒しちゃったの」

「あれを一人で?」

「うん。銃とそれから剣でズバッと」

「ズバッと……」

 その表現にフェイトが食いついた。

「斬っちゃったの? すごく堅かったよ?」

「うん、もう本当にすごかったんだよ」

 レイジングハートに記録映像を出してもらおうと思ったが、手元にないことを思い出す。
 無理な砲撃はなのはの身体にも負担がかかり、レイジングハートもそれは同じでオーバーホールすることになってしまった。
 三人の容体は実のところなのはが一番の重傷と言えた。
 身体の怪我は大したことはなかったが、自身が撃った砲撃の反動の方が深刻で一週間の魔法行使の禁止を言い渡されるほど。
 それに引き換えてフェイトは肋骨を何本か折られはしたが魔法の治療ですでに完治している。
 はやてにいたっては不意の攻撃で気絶してしまっただけで怪我らしい怪我はしていなかったりする。

「バルディッシュ、昨日の戦闘映像出せる?」

『イエス・サー』

 フェイトの指示で浮かび上がる空間モニター。

「ふあー」

「……すごい」

「へぇ」

「っていうかこいつ魔導師じゃないんだよね?」

 始めてソラが戦う場面を見た四人はそれぞれ驚きをあらわにする。
 それは当然だろう。
 自分たち高ランクの魔導師でも歯が立たなかった相手に銃と剣を手に立ち向かう姿は蛮勇としか思えない。
 レティはその辺りを踏まえて感心と呆れを混ぜた顔をしているが、フェイト達は純粋にその勇気に憧憬を感じた目をしている。

「あっ……」

 不意にはやてが声を上げた。

「どうしたの?」

「レティ提督、もしかしてこのことうちの子たちにもー話してもうた?」

「シグナムたちに? そういえば忘れていたわね」

「せやったら、できれば言わんといてくれます?」

「でも……はやてちゃんも危なかったわけだし」

「今こうして無事ですから。あんまりみんなに心配かけとーないし」

 ただでさえ今は保護観察中の身。みんなが自由にできる時間は少ないし、今回のはやての旅行のためにその少ない時間をさらに削ったことは言われなくてもはやては気付いていた。
 そこに今回の事件のことが知られれば過保護な彼女たちのことだ、戦力差や対抗策なんて関係なしにこの種の生命体を探し出して駆逐しかねない。
 はやてとしてはそんな危険なまねはしてほしくはない。それにあっさりと気絶させられましたと告げるのは彼女たちの王として少し情けなさを感じてしまう。

「確かに、シグナムたちならやりかねないわね」

 そうなった時の反応を想像してレティは青ざめる。
 できるできないではなく、彼女たちはやる。
 彼女たちの実力は分かっていても、この常識の通用しない相手には無事で済むとは到底思えない。

「そうね。言わない方がいいでしょ」

 そう納得し、なのはたちにも言い含めたところでドアがノックされた。

「クロノだ、入ってもいいか?」

「どうぞ」

 返事を待って入ってきたクロノの姿に一同は驚く。
 左腕を吊り、頭には包帯。ベッドに横になっている自分たちよりも重傷な姿になのはたちは何かを言おうとして彼の後ろにいる人物に気付いてその言葉を飲み込んだ。
 クロノよりも頭一つ大きい身長。よれた黒いロングコートを着た青年。

「ソラさん」

「ああ元気そうでなにより、ええっと……」

「なのはだよ。高町なのは、なのはって呼んで?」

「了解」

 相変わらずの人の良さそうな顔でなのはの言葉にソラは頷く。

「それで、あのやっぱりソラさんは魔導師じゃないんですか!?」

「え……まあ僕は魔法は使えないけど」

「じゃあ、あの銃とか剣はなんなの?」

 矢継ぎ早の質問にソラはたじろぐ。

「こらこら、なのはちゃん落ちいてな。ソラさんが困っとるよ」

 興奮するなのはをはやてが止める。

「あ、ごめんなさい」

「いやもう慣れたよ」

 頭を下げるなのはにソラは肩を落とす。その質問はすでにクロノ達にされているのだろう。

「えっと、わたしは八神はやていいます」

「私はフェイト・テスタロッサ……ハラオウンです。助けてくれてありがとうございました」

「あたしはフェイトの使い魔のアルフっていうんだよ」

「レティ・ロウランです。この度は――、どうかしましたか?」

 突然凍りついたように固まったソラにレティは首を傾げた。

「すみません。もう一度言ってもらえますか?」

 耳をほじって聞き返す。そんなソラに一同はさらに首を傾げる。

「八神はやてです」

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです」

「アルフだよ」

「レティ・ロウランです」

「……もう一度」

「八神はやてです」

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです」

「アルフだよ」

「レティ・ロウランです」

「あ、あの高町――」

「なのははいい」

「むぅ……」

 素気なく扱われてなのはは頬を膨らませる。

「……て、まさか……いや、それよりも…………ろ」

 怒るなのはを気にせずソラは顔を押さえて俯く。表情がうかがえず、呟く言葉も聞き取れない。

「おい、どうし――」

 クロノが声をかけようとしたところでソラは顔を上げた。
 しかし、そこには先程までの柔和な笑みはなく、底冷えのする鋭く冷たい目があった。

「まさか、こんなに早く見つかるとは思っていなかったよ」

 言葉もそれに伴った鋭利なもの。
 それを向けられたのはフェイトだった。
 向けられた冷たい言葉にフェイトは身をすくませる。

「フェイト・テスタロッサ」
 ソラは彼女の名を呼んで、告げた。

「プレシア・テスタロッサが死んだ」

 すぐにその言葉の意味を理解できたものはいなかった。
 それは言われたフェイトだけでなく、そばにいたなのはたちも。
 予想もしなかった人物の名を、突然現れた男が彼女の死を伝えに来た。

「……母さんが……死んだ」

 元々、生存は絶望視されていたが改めて突き付けられると忘れていた痛みが胸の中でうずく。

「あんたは!? そんなことをわざわざ!!」

 アルフがソラに牙を剥く。
 そんな分かり切ったことを突き付け、無用に傷付けることは許さない。アルフだけでなく他のみんなもソラを睨みつける。それを意に介さずにソラは続ける。

「死んだのは一ヶ月前」

 また、思考が止まる。
 PT事件はもう一年前の出来事。それなのにソラはついこの間にプレシアが死んだと告げる。

「君は……まさかアルハザードからの帰還者なのか?」

「あそこはそんな所じゃないよ。何もない、何処にもいけない場所。僕たちは狭間の空間って呼んでいたけど」

「あ……あの本当に母さんと会ったんですか?」

「会った」

 端的な言葉にフェイトは何を聞くべきか迷った。
 彼が自分に話しているをしているのだから、プレシアはフェイトのことを話したのだろう。それだけでも嬉しく感じる。

 ――何を話したのだろうか。

 自分を嫌っていることだろうか。それでも構わない。
 アリシアはどうなったのだろうか。母さんの願いは叶ったのだろうか。
 死んだということは病気、治らなかったんだ。

「母さんは――」

「僕が殺した」

 その一言が、胸に感じた熱は一瞬で凍りつかせた。

「ころ……した?」

 ――意味が分からない。母さんは病気で死んだんじゃないの?

 知らずの内にフェイトの身体は震え出す。

「プレシアは止まることで君のことを振り返って、後悔していた」

 それは何よりも嬉しいことのはずなのに、

「でも、僕が殺した」

 目の前の男はそれを全て踏みにじる様に淡々と告げる。
 そして、念を押すようにもう一度繰り返す。

 ――いやだ。聞きたくない。咄嗟に耳を塞いでも彼の言葉を追い出すことはできなかった

「プレシア・テスタロッサは僕が殺した」




[17103] 第四話 試合
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:2d1dfd38
Date: 2010/07/09 21:34

「どうして許可を出したんですかカノウ二佐!?」

「二人の要望があったからだ」

 いきり立つクロノにアキは素気なく答える。
 クロノが抗議しているのはこれから行われるソラの実力を見るための模擬戦闘。彼の実力を計ることには異論はないが、問題はその相手だった。

「ですから何故と聞いているんです!? よりにもよってあいつとフェイトの模擬戦なんて」

「同じことを言わせるな。彼女から進言され、彼が了承した。それだけの話だ」

「それだけで済むはずがないでしょ!」

 母を殺された者と殺した者。殺された者が戦いたいと言ったなら考えられることは一つしかない。

「報告は聞いている。それで?」

「それでって……」

「私たちは彼が人殺しだということを納得した。それがたまたま予想しなかった身近な人間だった」

「だからって、こんな私闘みたいなこと」

「私は彼なりの考えがあってだと思うが」

 冷静になれと促され、クロノは病室での出来事を反芻する。
 確かにあの時の豹変は少しあからさま過ぎておかしく思える。

「少なくても私は彼が無暗に人を殺す人間ではないと判断したから引き入れた」

「ですが、それは彼が行った次元犯罪のことで……プレシアを殺したのは一カ月前なんですよ」

「それを何故フェイト・テスタロッサに告げた?」

 聞き返されて返答に詰まる。

「彼がそれを話すメリットなんて一つもなかったはずだ」

「それは……そうですが」

「それに言い出した彼女の方が君よりも冷静だったぞ」

「……フェイトは何と?」

「『聞きたいことがある。でも、うまく言葉にできないから全力でぶつかってみる』だそうだ」

 まるで熱血漫画だと苦笑するアキにクロノは頭を抱えたくなる。
 全力でぶつかって分かり合った経験からの行動なのだろうが、それを今後実践されるのはどうかと思う。

「すっかり兄だな」

「ほっといてください」

 苦悩するクロノにアキは意味ありげの笑みを向ける。

「一応、言い含めてあるからそこまで心配するな」

「……分かりました」

 憮然とクロノは空間モニターを見上げる。
 陸士の実戦訓練施設。直径三キロメートルのグラウンド。遮蔽物はなし。フェイトの利点の機動力が存分に生かせるフィールドだ。

「どっちが勝つと思う?」

 アキがそこにいる者達に向かって投げかける。
 そこにいるのはおおよそいつものメンツ。
 リンディとレティ。計器のチェックをしているエイミィに先程まで口論していたクロノ。そしてフェイトを心配するなのはとはやて、そしてアルフ。
 あの病室での一件からすでに一週間が経っている。
 なのはたちは無事に旅行は終わったと一旦家に帰り、それから理由をつけてミッドに戻ってきた。

「そんなのフェイトが勝つにきまってんだろ」

 アルフの言葉に誰も異を唱えたりはしない。
 ソラは「G」を撃退できたかもしれないが、「G」は魔導師の天敵ともいえる能力を持ったいたにすぎない。いうなれば相性の問題だ。
 魔導師と非魔導師の相性の問題など存在しない。
 攻撃力、機動力、防御力に射程、利便性。
 全てにおいて魔導師が上回っているのだから。低ランクの魔導師ならいざ知らず、高ランクの魔導師を生身で渡り合うのは到底不可能なことだ。

「ソラのあの武器は?」

 一つの懸念は「G」の甲殻を斬り裂き、砕いた剣と銃の存在だ。

「剣はBランク相当の魔力の刃を作るもの。銃は直射専用、威力Cランク、弾速Aランク相当。どちらも非殺傷設定に切り替えられる武器だよ」

 この手の武器は普通に出回っている。痴漢撃退用の防犯グッズなど魔導師でなくても使える非殺傷性の道具として。ソラの武器はそれを過剰な改造をしたものと考えていい。
 攻撃力と射程は誤魔化すことができるかもしれないが、速さを身上とするフェイトを捉えられるのかが問題になる。
 「G」との戦闘映像を見てもソラは魔導師の観点からすれば速いとは決していえない。

「おそらくは陸戦のAランクほどの評価になると思います」

 クロノの評価に誰も意を唱えはしない。そこにいる誰もがフェイトの勝利を疑っておらず、むしろ圧倒的な力差の相手にソラがどんな立ち回りするのかが気になっている。

「ところでリンディ。彼が関わっていた事件について何か分かったか?」

「いいえ、さっぱりね。過去の未解決事件、出所履歴、その他探してみたけどまったくないわ」

「そちらもか」

「というと……」

「ああ、彼の遺伝子情報から親族を探そうとしたんだが該当はなし。出生登録にもない。いわばこの世には存在しない人間のようだ」

「そうなると管理外世界の出身かしらね?」

「その可能性は低いと思うんだが」

 あの時の会議室での会話にソラはいくつもの失言をしていた。
 十二年前から音信不通、そこの世界の子。
 そういった言葉から次元犯罪は十二年前のこと。
 他世界との交流があり、向こう側と認知していること。
 素性などを知られないようにしているが、そういったボロが彼の交渉力の低さを示しているがそれをわざわざ指摘したりはしない。
 もちろん、彼が意図的に誤情報を流しているかもしれないが、それを踏まえて調べても彼にまつわる情報は全く出てこなかった。

「嫌な予感がするな」

「ええ、そうね」

 呟くアキにリンディは頷き、モニターの向こうの彼の姿を見る。
 開始の合図のブザーが鳴り響き、彼は動いた。



 目の前には母さんを殺した男がいる。
 そう聞かされた時は動揺したが、正直今はその実感が湧かない。
 それは仕方がないことだとフェイトは思う。
 彼、ソラは何一つ知らない会ったばかりの他人。
 母さんとどんな関係だったのか。
 アルハザードには辿り着けなかったのだからアリシアを生き返らせることできなかったのだろう。
 絶望の果ての母さんの姿を想像するだけで心が痛む。
 そんな母さんを前にこの人は何を感じたんだろう。

「意外だな」

「何がですか?」

「もっと怒りをぶつけてくると思っていたんだけど」

 不思議そうにするソラにフェイトは自分でも意外と落ち着いていることを自覚する。

「母さんの仇! っていう感じに」

「……本当に母さんを殺したんですか?」

「ああ。僕は嘘は言わない」

 即答された。それでも不思議と怒りは湧いてこない。

「理由を聞いても?」

「知る必要はない」

「……ならわたしが勝ったら全部教えてください」

 返答はない。鋭い目が探る様な見る。それを真っ直ぐ見返して続ける。

「知りたいんです。母さんのこと」

「後悔することになるぞ」

「きっと……泣くと思います」

 それでも、と目を瞑ると自分のことを心配してくれている親友たちや家族の姿が思い浮かぶ。

「でも、わたしは一人じゃないから乗り越えられる……と思います」

 自信がなかった。それは本心だった。
 ソラは目を瞑ってフェイトの言葉を反芻する。

「そうだね……君は僕とは違うんだ。なら大丈夫なのかもしれないね」

 呟かれた言葉には温かさがあった。そして鋭く細められていた目は柔らかなものに変わる。

 ――これが彼の本当の姿なんだ。

 納得して気付く。変わった目付き、それでも変わらない眼の光はかつての自分やシグナムたちがしていた信念を持つ目だ。
 だから、自分は彼を憎むことができなかったのだろう。

「いいよ。教えてあげるよ。僕に勝ったら全部、彼女のこと、アリシアのことも含めて全部」

「はい!」

 フェイトはバルディッシュを構え、ソラは魔力の刃を構える。
 そして、開始の合図と同時に動く。
 互いに疾走し、交差し駆け抜ける。
 互いの一撃は相殺される。

『ブリッツアクション』

 次の手はフェイトが取る。
 瞬時の加速。向き直ったソラの背後を取る。
 一閃。
 無防備な背中に向けて横薙ぎの斬撃は目標を失って空を切る。
 不意に陰った視界から咄嗟に前に飛ぶ。
 兜割りの斬り下ろされた刃がフェイトの髪をわずかに散らせる。
 背後を取り返したソラは追撃に距離を詰める。

『ラウンドシールド』

 二人の間を阻む円形の盾。
 これで受け止めてその間に体勢を治す。
 その後の戦闘構築をするフェイトに対して、ソラが微塵の躊躇いもなく剣を振り抜いた。

「……え?」

 何の抵抗もなく盾に刃が食い込み、そのまま速度さえ落とすことなく切り払った。
 ありえない光景にフェイトの思考は完全に止まる。
 返す刃を振り被る、咄嗟にフェイトはバルディッシュを盾にする。
 衝撃を受けて、ガラスが割れた様な音が鳴り響く。

「ちっ」

 飛び散った刃の破片の向こうでソラが舌打ちをして、回し蹴りを放ちフェイトを吹っ飛ばした。



「な、何今の!?」

 モニターの向こうで行われたことに驚いたのは当の本人だけではなかった。
 模擬戦が始まってまずか数十秒。
 挨拶代りに打ち合ってから、フェイトが背後を取る。
 それをバク転の要領で回避し、そのまま攻撃に移る体術に息を巻いたのもの束の間、それは起こった。
 フェイトがソラの斬撃を防ぐために出したシールドが紙のように斬り裂かれる様は見ている者たちの度肝を抜いた。

「バリアブレイク? それにしてって速すぎるし、魔力反応は……変わってない」

 エイミィの手がせわしなく動いて先程の現象を解析するが、この反応では結果は期待できない。

「あの魔力刃の特殊効果は?」

「そんなのあったら見せてもらった時に分かるよ」

 エイミィの泣き事を余所にアキはモニターを食い入るように見つめていた。

「これは意外なまでの掘り出しものだな」

「そうね民間協力ではなく、ぜひとも管理局に入ってもらいたいわね」

 アキの呟きに同意するレティの眼鏡は怪しく光っていた。



「今の、何ですか?」

 バリアジャケットのおかげで大したダメージもなく立ち上がってフェイトは尋ねる。

「流石にこれを話すことはできないな」

 立ち上がるのを待っていたソラは律儀に応える。
 手にある柄からはすでに新しい刃が再構築されている。

「強いて言うなら気合いと根性の賜物?」

「うう……嘘は言わないって言ってたのに」

 当然、ソラの言葉など信じられない。気合いと根性でシールドを斬れるなら誰も苦労はしない。

「負けを認める?」

「認めません」

 何処か楽しさを含ませるソラの言葉にフェイトは笑って応える。
 フェイトは思考から防御を除外する。ソラの斬撃は魔法で防げるものではなく、バルディッシュで受けるか、回避するしかない。最悪、銃も同じと考える。

『ソニックフォーム』

 バリアジャケットを換装し、改めてバルディッシュを構える。

「行きます!」

 全速を持って、距離を一瞬で詰める。
 間合いに入るのは一瞬。
 突進力を乗せた一撃にソラは一歩後退して、半身になる。
 それだけでフェイトの斬撃は空を切った。
 突進の勢いを殺しながら方向転換。再度、突撃。
 だが、同じようにかわされる。

 ――見切られている。なんてデタラメな。

 ソラの動きは決してフェイトが捉えられないほど速いものではない。
 それなのに当たらない。たった一歩ないしは半歩、それと連動する動きだけで回避する。
 その動きは以前に見学させてもらったなのはの兄姉たちに似た洗礼された動きだった。
 もしかしたら、自分は恭也さんや美由希さんにも勝てないのではないか。
 そんな弱気を打ち消し、フェイトは無意味な突撃をやめる。

『ランサーセット』

「プラズマランサー……ファイア!」

 八つのスフィアを構成、その内の五本を撃つ。
 ソラは回避行動に移らず、直進。
 当たる直前、ステップを駆使し身体を捻り、ランサーのわずかな隙間を縫うようにしてかわす。その様はまるで踊っているようにも見えた。

「ターン。ファイア!」

 残った三つのランサーを放ち、撃った五本を戻す。
 前後からの挟撃。これも回避するはずと思ってフェイトはそこに生じる隙を待つ。
 歩調を緩め、剣で三つのランサーを切り払う。
 予想は外れたが想定の範囲内、切り返す剣をバルディッシュで受け止め、彼の姿の先にあるランサーを見る。
 一瞬、気付いていないのかといぶかしむと、バルディッシュにかかっていた力が突然消えた。
 同時に目の前からソラの姿が消える。そして、目の前には目標を失ったランサーが。

『ディフェンサー』

 バルディッシュが張ったバリアがそれらを弾く、と同時に足もとがすくわれて浮遊感を感じる。

『ブリッツアクション』

 脇目も振らずにとにかく逃げを選択、フェイトは全速で空に逃げた。
 眼下を見下ろすと足払いの体勢から悠々と立ち上がるソラの姿。
 息一つ乱していないソラに対して、フェイトはすでに肩で息を吐き始めている。
 強い。
 素直にフェイトはそう感じた。
 シグナムに感じたものとは別種の強さ。
 シグナムの力強さに満ちた剣に対して、彼のは無駄を一切省いた洗礼された剣。どちらかといえばクロノに似ているが底がしれない。
 刃を消し、柄をしまうソラの姿に負けたと感じてしまう。
 そして抜き出される銃に気を引き締めた。
 銃口を向けられてフェイトは動き出す。



「……射撃は微妙ですね」

 先程の息もつかせない近接の攻防から一転して観戦室のテンションは落ちていた。
 距離を取って射撃魔法を撃ち合う二人。
 フェイトのハーケンとランサーが乱舞する中でソラはそのことごとくを回避し、反撃に銃を撃つが当たらない。そもそもフェイトからだいぶ離れた場所を通り過ぎていく。
 もちろんフェイトが動き回っているせいでもあるが、密かにまた神業を見せるのかと期待していただけに落胆は大きい。

「フェイトちゃんが勝負に出るよ」



『プラズマスマッシャー』

 射撃魔法では切りがない。そう感じたフェイトはハーケンセイバーをソラの目の前で爆発させ、目くらましに使う。
 その間にチャージを済ませる。
 爆煙は晴れていないが彼の動きはトレースしてあるから位置は分かっている。

「ファイヤー!!」

 金色の奔流が煙を切り裂き、ソラを捉えた。
 タイミングは申し分ない。回避行動は間に合わない。
 勝利を確信したフェイトに対して、ソラはおもむろに手をかざした。
 そして、それは起こった。

「な……」

 非魔導師にとっては抵抗などできない魔力の砲撃は彼の手に触れた瞬間にその形を失っていく。
 フェイトは撃った体勢のまま固まっていた。
 それほどまでにその光景は衝撃的だった。
 結局、必殺の砲撃はソラに傷一つ与えることができずに終わった。
 その衝撃から立ち直るよりも早く、ソラはフェイトに肉薄する。

「あ……」

 と言う間に、肩を掴まれ、足を払われて地面に叩きつけられる。そして後頭部に固いものを押しつけられた。

「僕の勝ちだね」

「……はい」

 釈然としない気持ちを抱きつつ、フェイトは頷いた。

「今のは何ですか?」

「魔力霧散化、僕の稀少技能と思っていいよ」

 そんなスキル聞いたこともなかったし、想像もしなかった。しかし、目の前で起こったことから認めるしかない。

「なんかそれずるいです」

「こっちは魔法が使えないからね。こうでもしないと高ランクの魔導師とは戦えないんだよ」

 むしろ、隠している手札がないと思っている方が悪い。
 それを言われてしまえばフェイトには返す言葉はなかった。
 それでも落胆は隠しきれなかった。

「……これじゃあ、話は聞けないね」

「ああ、そのことなんだけど」

 バツが悪そうに頭をかき、ソラは空を仰ぐ。

「話ならあいつに聞けばいいよ」

 不意にまた冷めた口調に変わる。
 ソラの視線を追って空を仰ぐと、紫の雷が降ってきた。

「サンダーレイジ!?」

 思わず身をすくめるフェイトの首根っこを掴み、伏せさせて手を避雷針のように掲げる。
 雷は先ほどの砲撃と同じように霧散して消える。

「随分と遅かったなアリシア・テスタロッサ」

 その名前にフェイトは勢いよく顔を上げた。
 黒いローブのバリアジャケット。金色のツインテール。そして自分と同じ顔の幼い少女がそこにいた。
 ソラの言葉を信じるなら彼女の名前はアリシアなのだ。

「それから……」

 視線をずらした先には一人の男がいた。
 アリシアの隣に立つ男の姿はまるで父親にも見える。
 黒い髪に黒のバリアジャケット。右目を眼帯で覆っているのが特徴な長身の男。

「あれ?」

 不意にフェイトはその男に見覚えを感じる。しかし、思い出すよりも早くソラが彼の名を告げる。

「あんな魔法を撃ち込むのを止めなかったのはどういうことだクライド?」

「止める前に撃ってしまってね。まあ君ならあれくらい楽に防ぐとも思っていたし」

 気軽なやり取りはフェイトの耳には入ってこない。
 それは確かクロノの父の名前でリンディの夫の名前。
 時の流れを感じさせるものの、写真の中で三人で写っていたハラオウン家の父にその姿は重なった。
 クライド・ハラオウン。
 かつて闇の書事件においてエスティアに最後まで残った英雄がそこにいた。




[17103] 第五話 胎動
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:2d1dfd38
Date: 2010/07/09 21:37



「……クライドさん……本当に」

 彼を迎えたのは涙ぐむリンディだった。

「ああ、僕だよリンディ。すまない長く待たせてしまったね」

「いいの、いいのよ。こうして帰ってきてくれたから……」

 そこまでで限界だった。
 リンディは周囲のことなど忘れてクライドにすがりつき、泣き出した。

「リンディ提督」

「母さん」

 貰い泣きするエイミィにそんな姿を始めて見て驚くクロノ。

「クロノか……大きくなったな」

 リンディをあやしながら向けられた言葉にクロノは咄嗟にそっぽを向いてしまう。

「それに……」

「まさか生きていたとはな」

「お帰りなさいクライド君」

「アキ・カノウさんにレティ・ロウランさん。ありがとうございます」

 そういう彼の目もかすかに涙が浮かんでいるのを指摘する者はいない。
 しかし、そんな感動の場面を気にせずにぶった切る男が一人。

「もう今日の用事が終わったなら帰ってもいいですか?」

 淡々とソラが発言する。
 空気を読めていない発言に非難の視線が集中するがソラは気にしない。

「どうして……」

 そんな中で口を開いたのはフェイトと同じ顔のアリシアだった。

「ねぇ、どうしてママを殺したのソラ!?」

 怒りというよりも困惑と悲痛、今にも泣き出しそうな声でアリシアは叫ぶ。

「……用はないようですね」

 そんな彼女を一瞥すらせずにソラはもう一度聞く。

「ソラ、君――」

 仲裁するためにアキが口を開くと突然、彼女の端末が鳴り始めた。
 逡巡はわずか、少し待てと視線でソラに示し、通信を開く。

「どうした?」

『部隊長、「G」と思われる反応を確認しました』

「……そうか、場所は?」

 内心でタイミングの悪さに嘆息する。それを外に出さずに必要な報告を受ける。

「――分かった。すぐに私は司令部に戻る」

 通信を終わらせてアキはソラに向き直る。

「そういうわけだ。すまないが頼めるか?」

「いいけど、協力するとなったら徹底的に使うんだね」

 これでもう四回目の出動だとぼやきながら踵を返す。

「すまない。都市内での戦闘になると高ランクの魔導師を使うのは難しくてな」

「いいけど、それじゃ」

「あっ……」

 止める間もなくソラは出ていく。

「クロノ執務官は今回は出なくていい。今はクライド――」

「いえ、自分も現場に向かいます」

 言葉を遮ってクロノはソラの後に続く。

「しかし、せっかくの再会では――」

「今はミッドに住む民間人の安全を優先するべきです。それに「G」対策の魔法の試験運用も早い方がいいでしょう?」

 そこで言葉を切ってクロノはクライドに向き直る。

「そういうことだから失礼します……父さん」

 他人の行儀に頭を下げて、クロノは早足で出ていく。

「……クロノ君、なんか変だった」

「そやな、どうしたんやろ?」

「そりゃあね」

 すっかり蚊帳の外ななのはとはやての呟きにエイミィは苦笑する。

「死んだはずのお父さんが実は生きていて目の前に現れたんだからどんな顔をすればいいのか分からないんでしょ」

 流石に付き合いが長いだけあってクロノの心情を的確に表している。


「それで、クライドさん。一体どうやって生き延びたの?」

 三人が去って、落ち着いたリンディがそう切り出した。

「生き延びたって言われてもな」

 クライドはバツが悪いといった感じに頭をかく。

「正直、どうして助かったのか私にも分からないんだ」

 それは無理からぬ話だろう。
 クライドはアルカンシェルを撃たれてから目覚めるまでの記憶がない。
 なまじ意識があったとしても主観的に何が起こったのか把握するのは難しいだろう。

「ただ、あの時アルカンシェルの光に飲み込まれて気が付いたらどことも知れない場所にいてね」

 それは一面が白の空間。
 あるのはエスティアの残骸だけ。地面はあっても空と同じ白でまるで空中に立っているかのよう。
 転移魔法は使えない。エスティアの航行システムは完全に死んでいる。
 どこにも行けない。何もできない状況で今まで過ごしてきた。

「それが変わったのは一年くらい前に時の庭園が落ちてきてなんだ」

「おそらくPT事件の直後でしょうね」

「それで新しいものが現れたということで調べたわけなんだ。そこでプレシアと彼女を見つけたんだ」

 そう言ってクライドは俯いているアリシアに声をかける。

「ほら、アリシア」

「……あ、はい」

 ぼうっとしていたアリシアは我に返ってリンディたちに向き直る。

「あ、アリシア・テスタロッサ・ハラオウンです。フェイトのお姉ちゃんです」

「ハラオウン……?」

「あ、いや待ってくれ。リンディ、決して私はプレシアとそういう仲になったのではなくてだな」

「分かっているわよ」

 慌てるクライドに微笑を返し、リンディはしゃがみアリシアをまっすぐに見る。

「今のフェイトの母のリンディ・ハラオウンよ。今日からあなたも私の娘よ」

「…………ありがとうございます」

 そう応えるアリシアに力はない。

「クライドさん、さっきのことだけど……」

「ん、ああ本当のことだ」

 言外にソラがプレシアを殺したことを認める。

「あんなに優しかったのに……」

 それはフェイト達を前にしてかた豹変したソラの態度からもその様子が理解できる。
 アリシアは彼になついていたのだろ。それだけに彼の変化と凶行を信じられないのだろう。

「アリシア……」

 俯く彼女にフェイトが近付く。

「あ……フェイトだよね。ママから聞いてるよ。本当にわたしにそっくりだね」

 顔を上げたアリシアはフェイトの姿を見て表情を輝かせた。

「さっきはごめんね。ソラに銃を突き付けられていたから、もしかしたらママみたいにって思って」

 また俯くアリシア。

「あ……うん。大丈夫だよ、あれは模擬戦だったから。でも、助けてくれようとしてありがとう」

「うん」

 フェイトに言われてアリシアは満面の笑みを浮かべる。
 フェイトとは違う笑い方はやはり別人だと思わせる。

「ちょっとクライドさん」

 そんな彼女たちを見守りつつ、リンディは彼女たちに聞こえないように話しかける。

「彼女、本当にアリシア・テスタロッサなの?」

「ああ、そうらしいね」

「らしいって……ってどういうこと?」

 要領の得ない返答に思わず声に力が入る。
 クライドがいた場所の説明ではそこがとてもアルハザードとは思えない。
 仮にそうであったとしても魔法を使ったあの子がどうしてアリシアを名乗ることが許されたのだろうか。

「すまないが、私もそこはよく分からなくてね」

 何も分からなくてすまないと、クライドは謝る。

「私たちが彼女を見つけた時、すでにアリシアは生き返っていたんだ」

「なら、名前は?」

「その前にプレシアの事情を聞かせてもらってもいいかな? 私もフェイトさんのことについてはほとんど知らないんだ」

「……ええ、そうね」

 気が逸っていたことを自覚してリンディは自分を落ち着かせる。
 クライドにはたくさん聞きたいことはある。
 でも、急ぐことはないのだ。何故なら、彼は生きていたのだから言葉を交わす機会はいくらでもある。
 当事者たちのことではあるが、彼女たちを前にして言いづらいこともあるかもしれない。だから、今この場で問いただすべきではない。

「あ、あの……」

 話が区切られたと感じて、今まで静観していたはやてがクライドに声をかけた。

「わたしは……八神はやていーます。フェイトちゃんの友達でクロノ君やリンディさんにとてもよーしてもらってます」

「そうか、よろしくヤガミ君」

「ヤガミは名字で、こっちの言い方だとはやて・八神になります」

「そうか、よろしくはやて君。それで、そちらは?」

 緊張をにじませるはやてに微笑を浮かべて、クライドはなのはたちを見る。
 代わる代わる自己紹介をする。
 それが終わるのを見計らって、はやては切り出した。

「クライドさん、実は謝らないといけないことがあるんです」

「ん? 君とは初対面のはずだが?」

「わたしのことじゃなくて……」

「はやてさん、無理しなくても」

「いや、いーんです」

 言い淀むはやてを心配する言葉はやんわりと断られる。
 深呼吸を一つして、はやてはクライドを真っ直ぐに見た。

「わたしが最後の闇の書の主です」

「なん……だって……?」

 はやての言葉にクライドは驚愕に言葉を失った。


「今回は君の役割はバックアップだから」

 とは言ったものの近接能力しかないソラが後方待機をしていても仕方がないことを思い出してクロノは誤魔化すように咳払いをする。

「これまでの研究で「G」に対して純粋魔法攻撃はあまり有効ではないと結論に達した。これは直接相手に魔力を叩きこむベルカ式でも同じことが言える」

「でも高ランクの騎士なら倒したって聞いたけど?」

「彼らの場合は純粋な物理攻撃として使ったからだ。基本的に魔導師は魔力によって威力を倍加しているから、純粋な体術は二の次にする傾向があるんだ」

 それ故に直接斬りつけても、魔力は浸透しないため十分な衝撃を与えることはできない。

「なら、質量兵器でも使えばいいんじゃないの?」

「あいにくと魔法で瓦礫を操作して撃ち出してもフィールドに弾かれた」

「魔法も弾いて、物理も弾くか、とんでもないな」

「それをあっさりと破る君が言うな」

「僕にだって斬れないものはいくらでもあるよ」

「……ともかく、これまでの研究でいくつか有効な可能性があるミッド式の魔法ができたからそれを試すことになったんだ」

「今の間はなに? それよりあの生き物について分かったことはないの?」

「ああ、それについては――」

 クロノは空間モニターを出して読み上げる。


 「G」の生体報告書
 「G」は体細胞が珪素を含む特殊な細胞組織により構成されている。
 この細胞組織が脳、神経系統においてデバイスと同じ働き、つまりは情報制御を行う。
 そして内臓器官、筋肉、骨格、循環器系統では体内エネルギーを熱エネルギーや運動エネルギーなどに変化させる性質を持つ。
 つまりは「G」とは変換資質を持った魔法そのものが形になった生物と考えられる。
 また、細胞内に珪素を取り込んでいるため、同サイズの生物よりも四倍の体重を保持している。
 その体重を支えるため、筋肉、骨格、外殻などの強度も相応なものとなっている。また、その重量を支える補助として周囲の重力場を操作している可能性が高い。
 なお、外見的なものに未だに共通点はなく、細胞組織のみが共通となっている。

「やっぱり、とんでもない生物だな」

「単純計算だと、通常生物の四倍の強さになるからね」

 簡単に言うソラ。
 当然、そこに能力も付与されるのだからそれ以上の強さになる。

「幸いなのは思考力が獣並みだというところか」

 例え、強靭な体と特殊な能力を持っていたとしても使うものに相応の頭がなければ宝の持ち腐れになる。
 報告書を見る限りでは「G」は捕食対象、及び敵と認識したものに対して攻撃をするがその攻撃手段は単純なものしかない。
 能力も魔法の展開が間に合えば防げるものであるから、こうして資料がそろっているならば十二分に対処の方法は考えられる。

「いつまでの戦えませんじゃ、すまないからな」

 それに管理局のプライドの問題でもある。
 本来なら次元世界を渡り歩いているクロノの管轄ではないが、地上の平和をないがしろにするような思いはない。そして、一度完膚なきまでに負かされているのだから雪辱の意味もある。
 何より、魔導師でもないソラに劣っていることが、これまでの自分の努力に疑問を感じさせられる。

「ま、気負い過ぎずに頑張ってね」

 ソラが気楽に言って、話が途切れる。
 沈黙が続くと、仕事に集中していた頭に雑念が混じり始める。
 目の前の謎だらけの青年。
 実力は魔導師でもないのにフェイトと互角に戦え、圧倒した。しかも、魔法無効化という魔導師にとって天敵ともいえる能力を持っている。
 「G」などよりもこいつの方が魔導師の敵に思えてしまう。
 経歴は一切不明の自称次元犯罪者。
 それにプレシア・テスタロッサの殺害動機。結局、彼は関係性もその時の状況も何も語らない。
 それでいてフェイトとそれにアリシアの前では稚拙な演技で悪者ぶる。
 そして、父クライドが生きいたこと。彼が一緒にいたこと。
 協力の条件に詮索はしないと約束してあるが、どれも聞かずにはいられない重要なことだった。
 かといってどれも応えてくれるとは思えないし、応えてくれたとしてもどれから聞くべきなのか迷う。

「君は――」

 自然と口が動く。
 やはり、一番気になるのは父のことだ。
 父は今まで何をしていて、何故帰ってこなかったのか。そしてどういった関係なのか。

「フェイトをどうするつもりだ?」

 しかし、考えに反して尋ねたのは義理の妹のことだった。

「フェイトを……か」

 ソラはその名前を反芻して目を瞑った。

「あの子には僕と同じ間違いを犯して欲しくないだけだよ」

「同じ間違い?」

 答えが返ってくるとは思わず、クロノは意外そうに聞き返す。

「僕は捨てられたんだよ」

 そして、答えは重かった。

「妹ができたって聞かされて、すぐに捨てられて。迎えにくるっていう言葉を信じても来てくれなかった。待つのをやめて施設から逃げ出して両親を探した」

 いろいろなことがあって、大切な人たちができた。

「そして両親を見つけた時、そこには僕の名前で呼ばれる妹と幸せそうにしている二人がいた」

 噛みしめるように話すソラ。当時のことを思い出しているのだろう。その表情は儚く、今にも泣きだしそうだった。

「僕は――」

「もう、いい」

 ソラの言葉をクロノは遮った。

「……少し、話過ぎたな。忘れて」

「……ああ」

 想像以上の過去の一端だった。
 ただ捨てられただけならまだしも、なかったものとして扱われるつらさは想像できない。

「君がフェイトで、妹がアリシアか?」

「そんなところ」

 アリシアについての最大の疑問は魔法を使ったこと。魔法資質があってプレシアにその名前を貰ったというならフェイトは何故否定されたのだろうか。

「君はまさか二人の仲を取り持つために、二人の共通敵になろうとしたのか?」

「詮索はするっ!」

 強い拒絶の言葉にクロノは口をつぐむ。

「…………どんな理由をつけても僕はきっとプレシアを許せなかっただけだよ」

 荒くした息を整えてソラは独り言のように呟いた。
 その言葉を聞くだけでクロノは何も返さなかった。


『クロノ君、準備はいい?』

「……ああ、いつでも……」

 気まずい空気でどれほど過ぎただろうか。通信で映ったエイミィの顔に安堵を覚えながらクロノは指揮車から降りる。

『対象は正面の廃ビルの三階。視認したら結界を張るから』

「……了解」

 使うのはデュランダル。待機モードから杖に変えて息を整える。

「付いていかなくていいの?」

「君はこの場に待機、不測の事態に備えてくれ」

「りょーかい」

 普段の軽薄な口調にホッとして、気を引き締め、目の前のビルに入る。

「エイミィ、誘導を頼む」

『はいよ。左側の階段から二階に上がってね』

 指示に従って歩き出す。

『……クロノ君、さっきの話……』

「聞いていたのか?」

『うん、ごめん』

 いつも明るいエイミィもあの話を聞かされれば普段通りにはいかないようだった。

『ソラ君が殺したのってやっぱり……』

「そうだろうね」

 ソラは両親と妹を殺した。
 自分を捨てたことの報復として理解はできるが納得はできない。

「どんな理由があっても人殺しは罪だ」

『そうだけどさ』

 執務官として仕事をしていれば、人の嫌な面を見ることは日常茶飯事ともいえる。それは補佐官である彼女も同じことが言える。
 エイミィが言いたいことは理解できる。彼に同情するのはクロノも同じだ。
 だが、それも許すべきではないという自分がいることを自覚する。

『ソラ君は後悔しているんだよ』

 返す言葉は出てこなかった。

「それならなんでプレシアを――」

 カタッという音に、クロノは言葉を止めた。

『どうかした?』

「……猫だ。子猫」

 足元を見れば崩れたコンクリートの隙間で体を震わせる子猫がいた。

「おびえている。多分、対象に」

 動物は得てして外敵に敏感だ。この子猫はこの建物にいる存在に気付いたのだろう。

『助けられる? ソラ君に行ってもらおうか?』

「そうしてくれ」

 子猫を助けて一旦戻るよりも、その方が早い。
 それにこれから戦うことを考えれば連れていくわけにはいかない。
 床に着けた膝を払って立ち上がって、クロノはそれを聞いた。

「人がいる! 声がした……上だ」

 ビルの中を木霊したかすかな声、それを悲鳴だと確信して叫ぶ。

『エネルギー反応増大、それに対象の部屋で大きな熱源……これは火災!?』

「すぐに現場に向かう」

 言うと同時に駆け出す。
 指示よりもモニターを自分で確認し、三階に上がる階段を飛ぶようにして駆け上がりさらに走る。
 そして、突然目の前の開けっ放しのドアからゴゥッと炎が唸りを上げて飛び出した。
 思わず、足を止めてしまう。

 オオオオオオオ。

 低い咆哮が炎の奥から聞こえてくる。
 部屋は一面火の海だった。
 その中央には首の長い異形の生物。
 一瞬、諦めかけたが部屋の隅でへたり込んでいる少女を見つけた。
 炎に焼かれながら、震え涙を浮かべる彼女にクロノは魔法を構築して放つ。

「要救助者一名、女の子。たった今確保! 大丈夫か君!?」

 突然ぶつけられた水に呆然と少女は顔を上げる。
 返事はなかった。
 クロノは気にせず、まだ女の子の周囲の火が消えてないことに意識を向ける。

「消化する。水が行くから目つぶって」

 かざした魔法陣から水が迸り、女の子の頭上から盛大に撒き散らす。

「けほ……けほっ」

 消化を確認してクロノは女の子に近付く。

「ごめんね……荒っぽくて、でももう大丈夫だから」

 努めて安心させるように丁寧に話しかける。

「立てる? 今、安全な所まで連れていくから」

 女の子を立たせると異形の生物は咆哮を上げた。

『クロノ君。対象を「G」と確認。気を付けてね』

 エイミィの報告に頷いて、逡巡はわずか。すぐに撤退することを決める。
 女の子がいたのは想定外。そして自分の魔法が効果あるかは未知数。
 民間人を戦いに巻き込むわけにはいかない。不本意だが今回もソラに任せる方がいい。
 しかし、その考えを嘲笑うかのように「G」が咆える。
 それに伴って周囲に光の壁が形成される。

『まさか、結界!?』

 魔力でなくても、高密度のエネルギーに囲まれたのが分かる。

「データにないタイプだ」

 その障壁と昆虫のような体躯に、それに不似合いな背中にある鳥の一対の翼。
 生物的におかしいがこの手の生物に常識は通用しないと思っていい。

「障壁に隙間は?」

『……ないね。これじゃあソラ君も入れない』

「……やるしかないか」

 クロノは覚悟を決める。

「君、名前は?」

「あ…………アズサ」

「アズサ、僕はクロノ・ハラオウン」

 名乗ってアズサに下がっているように言い含めて、デュランダルを構える。

『転送』

 足もとに展開された魔法陣は四つの円を頂点とする四角いもの。
 召喚魔法陣。
 本来ならクロノに適性はないがこの魔法は例外と言えた。
 魔法陣から溢れ出したの大量の水。
 召喚獣は同調を必要とするが、物質の呼び出しなら下準備しだいでどうとでもなる。
 そして、物質の操作は魔導師の初歩技能でもある。

『ガングニル・スピア』

 大量の水を圧縮してデュランダルの先に集める。

「いっけぇっ!」

 無造作に振り、水刃を飛ばす。
 フィールドと衝突して水は四散する。
 クロノは水を纏って視覚化したフィールドに走り寄り、デュランダルを叩きつけた。
 重量の慣性制御をリアルタイムで操作して数トンに及ぶ水の衝撃。
 わずかなせめぎ合いの末、フィールドは砕け、そのままの勢いで水の刃は「G」に深い傷を刻みつける。

「よし!」

 確かな手応えにクロノは気をよくする。
 半質量兵器魔法、ベルカとミッドの交合。それがこの水の魔法だった。
 高い抗魔力性を持つ「G」に対して有効な手段の一つが物理攻撃だった。
 しかし、ただの物理攻撃ではフィールドを破れず、フィールドの内側に入れても堅い外殻を破ることはできない。
 そのため、必要な衝撃を重量で補うことにした。
 魔法はそれを維持し、持ち回しをよくするだけに留め、攻撃は膨大な重量を利用する。
 結果は十分だった。
 最もこの魔法は違法ギリギリのもので質量兵器に近いものだ。当然、非殺傷設定などできるはずもなく完全に「G」対策の魔法だった。

 ――しかし、妙だな。

 もだえる「G」を前にクロノは疑問を感じる。

 ――火災は何故起きた?

 周囲の壁は光学的な能力に見える。熱源の上昇を気にしてみても、目の前の生物からそれらしい反応はない。

 ――まあ、いいか。

 気丈にも体を起こした「G」に疑問を払い集中する。
 それがクロノの失敗だった。
 初めての有効打による高揚。単独で未知の敵と相対する緊張感。そしてソラが常に一対一で戦っていたという中途半端な経験。
 それらがクロノの注意力を散漫にしていた。

『クロノ君、エネルギー反応後ろ!』

 エイミィの声に振り返れば部屋の隅で床から突き出た触手が二つ、こちら向いていた。
 その先から放たれた光線。
 意表を突かれてクロノは回避も防御をできなかった。
 そして、視界が赤く染まった。
 衝撃はなかった。そもそも光線はクロノに届いていない。
 クロノの目の前には赤い光を背負った背中。

「……あ、アズサ!?」

 魔導師だったのかと思ったがそこに違和感を感じる。

「~~ごめんなさい……防ぎ……きれない……今のうちによけて!」

 何が起きているのか分からない。しかし、その言葉でクロノが動くよりも早く爆発が起きた。

「ぐっ!」

 壁に叩きつけられた息を詰まらせる。
 頭から出血しているが大したことはない。
 すぐに頭を切り替えて、砲撃の先を確認する。
 砲撃した触手は燃えていた。

 ――燃えているのはなんでだ?

 反撃したのは自分じゃない。そもそも炎熱系の魔法はあまり使わない。

 ――まさかアズサがやったのか? 魔力反応はないのにどうやって?

 自分をかばったアズサを探す。
 彼女は瓦礫に埋もれるようにして倒れていた。

「アズサ……アズサ大丈夫か!?」

 幸い息はあるが、意識が混濁しているようだった。
 瓦礫を押しのけて安全を確保して、クロノは止まった。

「何だ……これは?」

 うつぶせに倒れているアズサの背中には二対四枚のナイフのように鋭く紅い羽が明滅していた。

「エネルギーフィン? いや、違う」

 リンディがディストーションシールドを使う時に現れるものに似ているが根本的なところで違うと感じる。
 ガラッ。
 その疑問を解決する間もなく、背後の音に振り返る。
 そこには未だに健在な「G」がいた。
 爆発の衝撃でこちらを見失ったのか長い首を彷徨わせている。

『――ノ君、何があったの!?』

 クロノは無造作に通信機のスイッチを切る。
 不意を打つべきか、アズサを連れて逃げるべきか。
 水の刃の維持は解けていない。これを使えば戦うことはできるがアズサをそのままにしておくことはできない。

「くそっ」

 せっかくのこれまでの雪辱を晴らせる機会なのに、またソラに任せる結論に至って思わず毒づく。
 そして、そうと決めたら早々にこの場から退避する。
 デュランダルを右手に、アズサに左腕で肩を貸すように持ち上げようとしてクロノは止まった。

「お……重い」

 本人に聞かれたら失礼極まりないことだが、小柄な見た目に反してアズサはクロノが持ち上げられないほどに重かった。

「いくら何でもこの重さはないだろ!」

 思った通りに事が進まない苛立ちについ声が荒くなる。
 その声か、気配かを察知して「G」がこちらを向いた。

「くそっ……」

 自分の迂闊さに腹を立て、結局戦うしかないと判断して立ち上がる。
 「G」にはもう先程クロノがつけた傷はない。

 ――やはり、一撃で倒さないとダメか。

 デュランダルを構え、戦略を考える。
 背後には動けないアズサ。今の彼女には最低限の防衛行動も期待できない。
 攻撃を背後に通してはならない状況。
 厳しすぎる状況だがせめて彼女だけでも守らなければ。
 そう奮起してデュランダルを構えた、その瞬間、長い首がボトリと無造作に落ちた。

「……何が――」

「随分派手にやったね」

 呆然としたところにかけられた言葉。
 「G」の体の陰から出てきたのはソラだった。
 そういえば、爆発で光の障壁が消えていたことに遅まきながら気付いた。
 ソラは「G」が死んでいるのを確認して近付いてくる。

「……今回は正直助かった。礼を言うよ」

 脱力して座り込みたくなるが、これ以上彼の前で弱味を見せたくないと意地でこらえる。

「それはいいけど、そっちの子は――」

 ソラがアズサを見て軽薄なしまらない顔が驚愕に引きつった。

「ああ、この子は――」

 なんと説明していいのか迷うとソラが先に呟く。

「……リアーフィン」

「フィン?」

 彼の視線は今にも消えそうな紅い羽に注がれている。

「まさか……HGS能力者?」

 聞きなれない言葉はもう慣れを感じていた。
 秘密が多いソラ。そんなソラが彼女の力を知っていても、もはや疑問を感じない。
 それでも、またかとクロノは盛大に溜息を吐いた。




あとがき
 おそくなりました、第五話掲載しました。
 都合、三度の書き直しでようやく納得できたものができました。
 そして、ようやくクロスのヒロインが登場したので作品名を出します。
 アズサ、未知の生命体「G」、アキ・カノウは「G ~Destine for Fire~」という都築真紀の三回で打ち切りになった作品のものです。
 三回しか掲載されていないので資料がないのですが、とらハやリリカルを混ぜてアレンジしたものにしました。
 ベースの人物を持ってきただけでほぼオリジナルと思ってくれた方がいいです。

 補足説明
 クライドが言っていた白い空間はドラゴンボールという作品にある「精神と時の部屋」をイメージしたものです。




[17103] 第六話 敵対
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:2d1dfd38
Date: 2010/04/10 16:25
 アズサ・イチジョウ
 家族構成なし。
 両親を亡くし、私設孤児院に入る。
 施設の人間曰く、「何度叱っても火遊びをする子」と煙たがられていた。
 少し大きな火事をきっかけに精神科の病院に入れられるも、そこでも何度も火事を出し、隔離された。
 その後、管理局能力開発研究部所属のイチジョウ博士の下に養子として引き取られる。
 しかし、研究所はイチジョウ博士を始めとした数名の行方不明者。負傷者は職員のほとんど全員におよぶ大規模な火災によって研究所は全焼。
 そして現在、人との関わりを最小限にして人口過疎地域に一人暮らしをしている。


「以上が、こちらで調べた彼女の経歴だね」

 食堂の一角でファイルをエイミィは閉じて一緒のテーブルにいるソラをクロノを見た。
 クロノはその報告に一層眉をしかめ、ソラは上の空だった。
 そして、それを示すように彼の昼食のパスタには備え付けの調味料が盛大にぶちまけてなお、空になった容器を振り続ける。
 それを見ないようにしてクロノは話しかける。

「ソラ、君の秘密主義をとやかく言うつもりはないがこの件に関しては別だ。知っていることいや、気がついたことがあるなら話してくれないか?」

 初めての遭遇から数週間、過去の記録から比較しても「G」の発生頻度は多くなる一方。
 そして前回に現れた羽を持つ新種。
 対抗策も確立しつつあるといっても情報不足なのは相変わらず。

「あのさ、クロノ。君は僕が何でも知っていると勘違いしてない?」

「だが、何かに気付いたのは事実だろ?」

 それには答えない。

「……あの子は、どうしてるの?」

「アズサは今、精密検査を受けている」

 そこ応えにソラは顔をしかめる。

「アズサが攻撃を防いだ。そしておそらく砲台を燃やした。これに間違いない?」

「ああ、あの時に他の要因は考えられない」

「それで魔力反応はなかった」

「その通りだ」

 ソラは溜息を吐いて告げた。

「予想通り、たぶん同じ能力だね」

「HGSという力のことか?」

「正式名称、高機能性遺伝子障害つまりは病気の一種なんだけど、その副産物として特殊能力を持つことになる」

 言いながらソラは首から銀のペンダントを外し、テーブルの上に置く。

「黎明の書」

 言葉に反応してペンダントは一冊の飾り気のない厚い書物に姿を変える。

「ねえさんが書いたレポートなんだけど」

 書を開くと浮かぶ空間モニターを操作して、ソラはテキストデータを見せる。

「え……うそ」

「第97管理外世界……」

 その中にある見知ったものを見てエイミィとクロノは唸った。

「知ってるの?」

「ああ……」

「なら話は早いね。その世界には魔法は当然ないけど、それだけにこういった特殊な人間が生まれるんだ」

 これは人の進化の分岐点ともいえる。

「元々、次元世界はそれぞれが過去と未来の姿っていう説もあるし、このHGS患者もフェザリアンっていう今では絶滅したらしい種族でミッドにもいたみたいだよ」

「あ……もしかしておとぎ話の天使?」

「たぶんね」

 ミッドの魔法は技術を突き詰めた奇跡だが、だからといって本物の奇跡が証明されたわけではない。

「アズサの場合はたぶんミッドのフェザリアンの末裔で、その能力が発現したんだと思う」

「そうなると「G」とは関係はないのか?」

「能力が同じことくらいしか僕には言えないよ」

 そう言ってソラは調味料の山になった料理を食べ始める。
 むせもせず平然と食べるソラを見ないようにしてクロノは情報を整理する。
 「G」と同じ力を持つ少女アズサ・イチジョウ。
 彼女の経歴から考えれば能力は先天的なものになる。もしもそれが魔法の力なら、制御訓練を積ませて事なきはなかったはず。
 アズサの能力は「G」に酷使している。それなら――

「もしかして彼女の体組織も「G」と同じなのか?」

 あの時は単純に重いと思ったが、そう考えれば辻褄が合う。

「HGSの体組織までは調べてないな。元々ねえさんの研究テーマから離れていたことだし、片手間に作ったものみたいだから」

「そうか」

 流石に全てが分かるとは思っていなかったが、だいぶ疑問はなくなった。

「それにしてもソラ君ってお姉さんがいたんだ」

「義理だけどね。僕を拾ってくれて育ててくれた人でね。あの人にはたくさんのものをもらった」

 語るソラの顔には陰りがあった。
 それに気付いてエイミィはクロノを見るが、彼は首を横に振った。
 ――追及はしない方がいい。彼の経歴については地雷が多すぎる。
 無言の言葉にエイミィは頷いた。





「これはこれは第三部隊のお二方ではありませんか」

 食事を終えた所で、不意に仰々しく嫌味を含ませた言葉をかけられた。
 振り返るとそこには二十代の青年が後ろに取り巻きを引きつれて見下した目を向けていた。

「…………誰?」

 ソラの第一声に声をかけた男は顔を引きつらせた。

「第一部隊の隊長、ルークス・アトラセア一等陸尉。近代ベルカ式のAAAランクの魔導師だ」

 知らないソラにクロノが紹介をする。

「おやおや、海のエリート様に名前を覚えてもらえていたとは光栄ですね」

「それで、一等陸尉様が何のようですか?」

 言い返すクロノ。二人の間に見えない火花が散る。

「海は何を考えているのやら、英雄が返ってきたかは知らんがパーティーなど開いている余裕があるというのに寄越したのは子供一人とは」

「あの生物を前に数で攻めればなんとかなると考えているなんて、陸の魔導師は随分と浅はかだな」

 クロノの発言に取り巻きの方が反応するが、ルークスはそれを制してソラを見る。

「たった二人で運用してきた部隊がたまたま一番撃破率が高いからって図に乗るなよ」

「くっ……」

 図に乗っていることはないがクロノは言葉に詰まった。

「ああ、そういえばクロノ執務官は何もしていなかったんですよね」

 痛いところをついてくる。
 先日の戦闘はいいところまで行ったが結局ソラに任せてしまった。アズサがいたからと言っても彼女に助けられているのだから言い訳にならない。

「AAA+の魔導師も大したことはありませんね」

 ははは、と笑い周りの取り巻きも失笑する。
 憤慨しても結果は出せていないのだから何も言い返せない。
 腸が煮える思いをどうにか治めようとしたところで、ソラが口を挟んだ。

「それってAAAランクの貴方も大したことないってこと?」

 ピシッ! 空気が凍って、笑い声も止まる。

「貴様は確か民間協力者か……はっ、礼儀を知らないようだな」

「こんな所で高笑いした人に礼儀を説かれても」

「くっ……魔導師でもない分際で」

「魔法が使えなくても結果は出しているんだからいいんじゃないの?」

「ど……どうせインチキをしたに決まっている!」

「そのインチキに劣っている無能さを棚に上げて何様のつもり?」

 ルークスの顔はみるみる赤く染まっていく。

「おい、ソラ。お前は何をしてるんだ?」

「いや、突っ込まずにはいられない体質で」

「そんな体質があるか!?」

「いやークロノも結構人のこと言えないと思うけど」

「ん、んっ」

 二人のやり取りに冷静さを取り戻してルークスは咳払いをする。

「ふん、まるで子供だな」

 見下した目を向けて続ける。

「精々今のうちにいい気になっているんだな」

「いい気になっているのはおじさんの方だと思うけど」

「おじっ!? すでに対「G」用の魔法は開発されているんだ!」

「ああ、クロノが試した奴ね」

「わ、私たちは先日四体目の「G」撃破したんだ」

「都市外で周りの被害気にしないで、でしょ? こっちは都市内であまり壊すなって注文付けられているのに。それに僕はこないだ五体目を倒したけど」

「くぬ……」

 的確な言い返しにルークスは言葉を失う。
 ソラをやっかむ気持ちは分かるが、ルークスの言葉は的外れだとクロノは思う。
 「G」のフィールドを突破し、斬断できる攻撃力に注目されがちだがソラの強さはそんなところではないと思う。
 自分たち魔導師は保身に気をつけて、バリアジャケットへの魔力を水増ししておけば「G」の打撃も能力も十二分に受け止められる。
 しかし、ソラにそれはない。
 丈夫なコートを身にまとっているかもしれないが剥き出しの部分に命中でもすればそれだけで致命傷になる。
 それでもソラは臆することなく「G」に斬りかかる。
 そこでの彼の表情はいつだって真剣でだった。
 その姿を一番見てきたクロノはある種の尊敬を感じてさえいる。

「そ、それに生きた「G」のサンプルだって確保されたんだ」

「……なんだって?」

 苦し紛れの言葉にソラは顔色を変えた。
 それを見てルークスは気をよくして続ける。それが――

「あの女を調べれば「G」についても分かるはずだ。そうすればお前のような異端者なんてすぐに――」

「その女の子のことちょっと詳しく教えてくれるかな?」

 言い終わった時にはすでにソラはルークスの喉を握りしめていた。
 締め付けられる圧迫感と正面から向けられた鋭い目に、それがソラにとっての地雷だったことにルークスは手遅れになったところでようやく気がついた。






 夕暮れに染まる町並みが少し好きだった。
 悲しみも痛みも全て包んでくれるようで。
 燃えるような朱は生まれついてのわたしの色でもあったから――


「あ……」

 目が覚めるとそこは見知らぬ天井があった。

「ここは……」

 見覚えがないのは天井だけじゃなく、壁も同じだった。
 白い壁と白い天井。窓は一つもなく広い空間に自分が横たわるベッドが一つだけ。
 プシュ、空気の抜けるような音を立てて壁の一角が開く。

「ここは管理局特殊部隊の施設だよ」

 入ってきたのは管理局のスーツをピンと着込んだ女性だった。

「初めまして、私は管理局特殊陸上警備隊部隊長アキ・カノウ二佐だ。よろしくアズサ・イチジョウ君」

「あ、はい。初めまして。こちらこそ、よろしくお願いします」

 背筋を伸ばしてアズサは勢いよく頭を下ろす。

「そんなにかしこまる必要はないよ。それよりも聞きたいことがあるんだがいいかな?」

「は、はい」

 そう言われてもアズサは緊張した返事をする。

「実はすでに君がここに収容されてから二日になる」

「え、そんなに……」

「君はあの時何があったか覚えているかな?」

「あの時……」

 思わず身体が震えた。
 思い出すのは見たこともない異形の化け物。
 制御できない自分の炎。
 自分の身体の焦げる匂い。
 そして、黒い背中。

「あ……あの、あの黒い人、く、クロノさんは……」

「落ち着いて、彼は無事だよ」

「……よかった」

 へなへなとアズサはその場にへたり込む。

「……続き、いいかな?」

「は、はい」

 シャンと背筋を伸ばして返事をするアズサにアキはにぎやかな子だと苦笑する。

「それでどうして君はあの場にいたんだ? あの一帯は禁止区画として閉鎖したはずだが?」

「わたしは……その……猫を探しに」

「猫?」

「あそこの廃ビルは地下に綺麗な地下水が湧いているんで、うちの水はそこで取ってるんです」

「それで?」

「そこに住みついている猫たちはいつも仲良くしてくれて、夕方にビルの前で禁止区画になるって聞いて猫たちを連れていったんですけど一匹足りなくて」

「それで探しに戻ってしまったと」

「……はい、ごめんなさい」

 頭を下げるが、怒られる気配はなかった。

「安心していい。その猫もこちらで無事に保護した」

「本当ですか!?」

 本当にせわしない子だと思いつつ、アキは本題に入った。

「君の調書を読ませてもらった」

 その言葉にアズサの顔に影が落ちる。

「魔法体系とは異なる力。その象徴ともいえる背中のエネルギーフィン。見せてもらえるかな?」

「…………はい」

 有無を言わせない強い口調にアズサは頷くことしかできなかった。

「すーはー」

 深呼吸して心を落ち着かせる。

「んっ……」

 キンッ、ガラスを弾く甲高い音を立ててアズサの背中に紅い光が生まれる。
 ナイフの様な鋭さを持つ二対四枚の羽。

「能力名は「クリムゾンエッジ」だったね? 主に熱量を操る「発火能力」と報告書には書いてあったが間違いないね?」

「……はい」

 お義父さんがつけてくれた羽の名前。
 燃えるような朱とナイフのように鋭さを持つ羽を現す名前。
 今はその色は好きではなかった。
 その色は手に入れたもの全てを奪った色だから。

「ふむ、興味深いな」

 手にした計測器をかざし、魔力反応を探るが当然機会は何も反応しない。

「熱もないし、それに――」

「あ、ダメ!」

 羽に手を伸ばすアキ。物思いにふけっていたためアズサは止めるに遅れた。
 パチン、静電気が弾ける音が響く。
 そして――

『魔法ではない。本当に別形態の能力なのか』

 アキの思考が頭に直接響く。
 精神感応能力。アズサが持つ「発火能力」が個人特有のものなら、それはHGSが共通して持っている能力だった。
 精神感応能力も細かく分ければ多岐に渡るが、アズサのその能力は接触により相手の思考を読み取るものだった。

『この力が解明できれば「G」がなんなのか分かるかもしれない』

 突然のことでもアズサはすぐに能力を止めようと集中する。

『体組織はあの「G」と同じか。能力といい、さしずめ人型の「G」(化け物)か』

「いやー!!」

 悲鳴と共にアズサの感情に反応して炎が迸る。
 咄嗟に腕を引いてアキは計測機を手放す。
 炎は計測器を包み、二人の間で燃え上がる。

「……少し、無理をさせたかな」

 悪意のある思考をおくびに出さずにアキはその場を取り繕う。
 アズサは何も答えずにただ自分の身体を抱えて震えるだけで顔も上げようとしない。

「必要なものがあったら言ってくれ。ああ、それから食事も必要か」

 まったく反応しないアズサにアキは嘆息して、何かあったら呼ぶようにと言い残して部屋から出て行った。





 一人残されたアズサは動悸を整えるのにしばらくかかった。

「ふぅ……」

 息を吐いて出したままのフィンを消す。
 先程流れたアキの思考を思い出す。
 表層のことしか読み取れなかったけど、アキが自分のことを化け物として見ていることが分かった。
 ベッドに身を投げ出す。
 思えばここは雰囲気が病院の一室に似ていた。
 窓のない、視界の全てが鉄の部屋。
 地獄のような日々だった。

「戻ってきちゃったんだ」

 いつかこの場所に戻ることになる気はしていた。
 だから、悲しいという気持ちは湧かなかった。
 ただこれからどうすればいいのか分からなかった。
 あの人が義父さんのように優しい人だとは思えない。
 「仕方ない」って諦めるのは十年も前に済ませているけど、

『―――――かい』

 不意に聞こえた、いや感じた声に身を起こす。

『……誰?』

『ああ、やっと繋がった』

 それは男の声だった。

『おっと安心してくれていいよ。私は君の味方だ』

 不信を感じたのか弁解が入る。

『これって魔導師の念話?』

『いや、違うよ。君も知っている精神感応、テレパスだよ』

『そんな……わたしの力はそんなんじゃない』

 初めての感覚に戸惑いつつも言葉を返す。

『君はその力について全てを知っているわけではないだろ?』

 そもそも、自分以外にこの能力を持っている人と会ったことがない。

『知りたくはないかい? その力のことを?』

 その言葉で思い出すのは義父さんのこと。
 鉄の檻から連れ出してくれた人。
 炎が力であることを教えてくれて、使い方を教えてくれた。
 炎を使いこなす訓練をして、うまくできると褒めてくれた。
 でも、褒められることが嬉しくて言えなかった一言。

 ――今日は調子が悪いから休ませて欲しい。

 そのたった一言が言えなくて、わたしは炎を暴走させて取り返しのつかないことをしてしまった。

 ――ごめんなさい、そう言おうとしたところで――

『私は君と同じ力を持っている』

 ドクン、その言葉にアズサの胸が高鳴った。

『現にこうして君と会話をしている』

 君がいる部屋は魔導師を隔離するためのものだから、魔導師の念話は外には通じない。
 魔導師でもないアズサにはそう説明されてもピンと来ない。
 それでもこの声の主の言っていることに嘘がないことを感じる。
 自分と同じ力を持つ者。
 それは孤独を生きてきたアズサにとって甘美な誘惑だった。
 だから――





「入るよ」

 ぞんざいな言葉で返事を待たずにソラは部隊長の部屋に入る。

「……ソラ、いくら民間協力者でも最低限の礼儀くらいは覚えてほしいんだが」

 デスクで空間モニターを開き、書類を捌いていたアキは嘆息して顔を上げる。

「そんなことどうだっていい。それよりもあの子のことだよ」

「耳が早いな」

 アキは苦笑して空間モニターを開く。

「聞いているとは思うが彼女の体組織は「G」と同様の珪素を含むものだ」

 アキの口調はわずかに弾んでいて、ようやく見つけた「G」を解明する手掛かりに高揚しているのが分かる。

「対「G」用の魔法の検証も済んだ。これでようやく君に無理をさせなくて――」

「そんなことを聞いているんじゃない」

 ドンッ、力任せにデスクをソラが叩く。
 ノイズが走った空間モニターに顔をしかめつつアキは首を傾げる。

「何を怒っている?」

「……あの子をどうするつもり?」

「しかるべき研究機関に送り、能力の解析及びその身体構造について調べるつもりだ」

「まるで実験動物だな」

「否定はしないよ」

 まなじりを上げるソラにこんな顔もできるのかとアキは感心する。
 いつもへらへらとして掴みどころがない顔が今は感情をそのまま表している。

「あんたは――」

「ソラ!」

 声を上げようとしたところで慌ただしくクロノが入ってきた。

「すいませんカノウ二佐。ソラ、君は気持ちは分かるが落ち着け」

「そう言うからには君もソラと同じことを言いにきたのかな?」

「……その通りです」

 クロノは頷いてアキに向き直る。

「アズサ・イチジョウを実験体にするという話は本当ですか?」

「本当だ」

「何故ですか!? 彼女はちゃんとした市民権を持っている。それなのに彼女の人権を無視するなんて」

「クロノ執務官、君はいつからそんな甘いことを言うようになった?」

「どういう意味ですか?」

「話に聞いていた君はもっと現実主義の人間だと聞いていた、ということだ」

 心当たりはあった。
 一年前までの自分は何事においても効率と結果を考えて合理的に行動していた。
 変わったのはなのはたちと出会ってから、彼女たちの理想を貫く姿勢にクロノは少なからず感化されていた。

「「G」の生体を解明することは急務だ。それに多少の犠牲が出てしまうのは仕方のないことだ」

「……本気で言ってるの?」

 押し黙ってしまったクロノを押しのけてソラが尋ねる。

「君には分からないだろうが、組織とは一を切り捨てて多を守るものだ」

「だから、何をしてもいいとでも?」

「そこまでは言わないさ。私たちも守るべきルールというものがある」

「だったら、何であの子を守らない!? あの子だってあんたが守るって言ったミッドの住人だろ」

「違う。あれは人の形をした「G」だ」

「違う! あの子は人間だ!」

 激昂して訴えるソラにアキは溜息を吐く。

「君の気持ちも分からないわけではないが、これを見ろ」

 映し出されるのはアズサのプロフィール。

「体細胞は人間に酷使しているが「G」と同じ珪素を含む特殊細胞。体重は同年代の四倍、平均体温42.1℃、異常なまでの自己治癒能力。そしてあの能力、これでも君はあれを人間だというのか?」

「あの子は人間だ」

「はあ……頑固だな君は。なら、あれの能力が街中で使われたら君はその責任を取れるのか?」

「それは……でも、能力の危険性なんて魔導師も同じだろ」

「魔導師だって一面を考えれば化け物と同じだよ」

「カノウ二佐!?」

 問題発現にクロノが戸惑う。

「事実だよクロノ執務官、実際に君たちを異端として排斥しようとする宗教組織だって存在しているのは知っているだろ?」

「それは……そうですが」

「まあ、あの子自身が危険とは私も思っていないが」

「なら――」

「優先事項の問題だ。彼女の人権よりも「G」への対策が優先された。これは上層部の決定でもある」

「あんなたはそれで納得したのかよ」

「したさ、それで市民の安全が守れるのならな」

 熱くなるソラに対して、アキは冷徹な眼差しで向き合う。

「以前にも言ったが、私はやつらを倒すためなら何でもすると言ったはずだ」

 だから、自称犯罪者であるソラも引き込んだ。

「恨みたければ恨めばいい」

 断固として譲らないと主張するアキにソラは思わず気後れする。

「――ああ、そうかよっ!」

 それでも負けじとソラはそれをデスクに叩きつけた。

「……なんのつもりだ?」

 それはソラに発行されたIDカードだった。

「もうあんたたちに協力なんてできない」

「それで、あれを連れ出すつもりか?」

 背を向けたソラにアキは忠告する。

「やめておけ、管理局はあれを追い続ける。どんなことをしてもあれにはもう平穏はない。それに君が巻き込まれるは必要ない」

「あんたの……あんたたちの主張は間違ってないんだろうね」

 ――でも、

「虐げられるあの子が納得するわけない」

「……君は何故そこまで庇おうとする? 言葉を交わしたこともないはずなのに」

 今になってそのおかしさに気が付く。
 これがクロノなら納得はしやすい。
 クロノは唯一言葉を交わし、さらには助けられた。
 ソラがしたことはせいぜいクロノと一緒に彼女を運んだ程度だった。
 倫理的なものでここまで感情をむき出しにして反発しているだけとは思えない。

「前に言ったよね。「G」と同じ能力を持っている友達がいるって」

「まさか、その友人が――」

「彼女じゃないよ。でも、だからってあの子を見捨てたら、僕はあの人に顔向けできない」

 そういうことかとアキは納得した。
 結局、ソラはアズサを助けたいわけではないのだ。そう思った、次の言葉を聞くまでは。

「それに僕と同じ目に会う人を見過ごすこともできないんだよ」

「それはどういう――」

 聞き返そうとした所で突然、警報が鳴り響く。

「「G」か。場所は何処だ?」

 すぐさま通信を繋げ、確認を取る。

『し、司令。それが……』

 戸惑うオペレーターに嫌な予感を感じる。

『数は五体――』

 その数に絶句する。今までそんなまとめて現れたことはなかった。しかし、続く言葉はさらに驚くべきものだった。

『場所は、ここです』

「なっ……」

 驚きのあまり言葉を失うがすぐに思考を切り替える。

「ソラ、聞いて――」

 顔を上げてもそこに彼の姿はもうなかった。
 デスクに残ったIDカードを見やり、最悪のタイミングだと毒づく。

「クロノ執務官、すぐに――」

 どちらに対処させるべきか、迷う。

「現れた「G」の対処……任せてもいいな?」

 ソラという強力な前衛がいたツケをいきなり払うことになった。
 「G」に対抗できる質量魔法はまだ実験段階のもの。それだって予想を上回る早さで試験運用できたのはソラが切り札として備えていられたから。
 クロノは二人の言い合いの内容に頭を悩ませていたせいでソラの動きを見逃していた。
 それに内心で反省して応える。

「……分かりました。ですがソラは?」

「ソラの目的はアズサ・イチジョウだ。彼女には発信機がついているここで奪われても――」

 言葉の途中で突然照明が消えた。それだけではなくデスクの空間モニターも。そして、鳴り響いていた警報も。

「何が起こった?」

 パネルを操作しても反応はない。

「こっちもダメだ」

 ドアの前に立っても開かない扉を前にクロノは拳をぶつける。

「システムダウン、まさかここまで周到に準備していたのか!?」

 驚愕の声は不気味なほどに静まり返った室内にむなしく響いた。







[17103] 第七話 迷走
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:2d1dfd38
Date: 2010/04/23 21:11
 突然、照明が消える。
 それにビクリと身体を震わせるが何も起こらなかった。

『さあ、これで外に出られるよ』

 頭の中に響く声に従ってアズサはアキが出て行った扉の前に立ち、壁にしか見えないそこに手を触れる。

『君の炎ならその程度の扉なんて簡単に焼き尽くせるだろ?』

 意識を集中すると自然にフィンがアズサの背中に現れる。
 暗闇の中、朱の炎が生み出されそれは瞬く間に大きくなる。
 そして、声の主が言うとおり、壁は炎に焼かれ、溶け落ちる。
 その先には非常灯が照らす薄暗い通路が続いている。

『簡単だろ? あとは抜け出すだけだ』

 ごくりと唾を飲む。
 もう後戻りはできない。
 だけど留まって未来はない。
 意を決してアズサは闇の中に踏み出した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「はああああ!」

 水の刃、ガングニルを纏わせてクロノは目の前の大型の狼に向かって突進する。
 狭い通路、それに狼がその前足で押しつけている一般局員。
 それらはクロノから戦術の幅を奪う。
 まともな不意打ちができない状況でクロノは声を上げて注意を引き、間合いを詰める。
 横薙ぎの一閃。
 しかし、狼は俊敏な動きで飛び退く。

「大丈夫か?」

 視線を相手に向けたまま、足もとの局員の安否を気遣う。

「立てるならすぐにここから離れろ」

「は、はい」

 答えたのは押さえつけられていた一人だけ。周りに倒れている人たちからの反応はない。
 暗くて判別できないが、むせ返る血の臭いに理由が分かってしまう。
 最悪な状況はクロノの頭を悩ませる。
 施設のシステムが完全に落ちたため、通常通信が使えないことが一般局員の避難を滞らせる。
 魔導師同士なら念話でやり取りも可能だが、情報のやり取りには限界がある。
 そして、一番の問題は施設に入り込んだ「G」の居場所を特定できないことだ。

「それにしてもタイミングが良過ぎる」

 ソラが決別した瞬間に、システムはダウンした。
 そのためアズサ・イチジョウの監視も消えた。いち早くその場に駆け付けた魔導師たちによれば扉は焼き切られて部屋はもぬけの殻だった。
 そして、自分たちは司令室に閉じ込められ、クロノがこじ開けるまでの間でソラを完全に見失うことになった。

「まさかとは思うが」

 この「G」の襲撃がソラによるものだと思わず考えてしまう。
 だとしたらいつからソラと「G」は関係していたのだろうか。
 もしかしたら、始めからでこれまでの行動は管理局に取り入るためのものだったのだろうか。
 だとしたら許せるものではない。

「ぐるるるるる」

 唸り声に思考を切り替えて目の前の相手に集中させる。
 狼の姿にアルフやザフィーラのことを思い出すが、その背に輝く緑のフィンに自然と警戒心が高まる。
 フィンがあるのは新種。
 体の強度が多少落ちている、その分能力が強いと新たに判明している。
 フィンの形状から能力が分かるらしいが、クロノの知識はまだ不十分であり、情報の元であるソラのことを考えると信憑性を疑ってしまう。
 狼型の「G」が咆えた瞬間、クロノは衝撃を受けてたたらを踏んだ。

「衝撃波の類か……」

 バリアジャケットの出力を高めに設定してあるからダメージはほとんどない。
 そしてその一撃でクロノは目の前の「G」の能力を空気の操作と当たりをつける。
 それでも未知の力を持つ敵にクロノは攻め方を迷う。
 これが魔法ならば迷わずに戦略を立てられる。
 魔法なら感じる魔力の大きさや構築された術式の規模を見るだけの相手の力量がある程度分かる。
 しかし、目の前の未知の敵には培った経験がまるで役に立たない。
 能力はどれほどの威力まで出すことができるのか。水の刃はこのタイプには通用するのか。
 完全な未知の敵と相対することがこれほどまでに擦り減らすことにクロノは焦りを感じる。
 もしかしたら、ソラもこんな重圧の中で戦っていたのだろうか。
 不意に過ぎった考えを頭を振って振り払う。
 それを隙と見て「G」が突進してきた。
 反射的に水弾を放つ。
 だが、狭い通路に強風が吹き、水弾は逸れて天井を破壊するだけに終わる。

「くそっ」

 前面に水を集め、受け止める。
 集中しようとしても雑念が紛れる。
 もしかしたら、今までの戦いも全部仕組まれていたのではないか。
 もしそうなら辻妻が合う。
 高ランクの魔導師が苦戦する相手にたやすく非魔導師のソラが勝てるのはやはりおかしい。
 だが、ソラが「G」を使役しているなら彼が倒せるのに納得できる。
 そう思考が帰結すると怒りが湧いてくる。

「お前は……邪魔だ!」

 水の壁を弾かせて、「G」を吹き飛ばす。
 弾けた水をかき集めると同時に広がった距離を一気に駆ける。
 力任せにデュランダルを振り抜き、水の刃が「G」を捉えた。
 前足の一本を切り飛ばし、返す刃を振ろうとして――

『ラウンド・シールド』

 視界の隅で動いた尻尾を咄嗟に展開した盾で受け止める。

「ぐっ……」

 その衝撃にシールドごとクロノは壁に叩きつけられた。
 そしてクロノが立ち上がるよりも早く「G」が圧し掛かってくる。
 ガキッ、噛みつこうとした口をデュランダルを噛ませて防ぎ、身体能力の強化に魔力を集中させ、押しこんでくる力と体重に拮抗させる。
 マウントを取られたことにクロノは焦るが、圧し掛かる牙を押しこんでくるが前足を一本失っていることから長くはバランスを保てなかった。
 それを見逃さずに、杖を傾け、「G」を上から横に引き倒す。
 そのまま、逆にクロノが上を取り、馬乗りになって水の刃を「G」の首に突き刺した。

「ぎあいいいいいいいいい」

 耳障りな悲鳴。吹き出る紅い体液。
 馬乗りになるクロノを引き剥がそうと暴れる「G」にクロノは振りほどかれないようにデュランダルを堅く握り、さらに深く水の刃を押しこむ。
 やがて抵抗は小さくなっていき、「G」は動かなくなった。

「…………ふぅ」

 召喚した水を送還してクロノは息を吐く。
 なんとか倒した。
 敵を倒したことにここまで安堵したのは久しぶりだと、場違いなことを考えてしまう。
 
『こちらクロノ・ハラオウン。「G」一体を撃破』

 念話で告げるとすぐに返事が返ってくる。

『こちら第一部隊。二体目の「G」と交戦中』

『こちら第二部隊。非戦闘員の避難まもなく完了します』

『アズサとソラは見つかった?』

『いえ、両名ともまだ見つかっていません』
 
 ソラはともかく何故アズサが逃げ出したのか分からない。
 部屋の様子では内側から破られていたらしい。
 直接お前をモルモットにするとは誰も言うはずがない。
 聞いた話では外部から完全に隔離した部屋に閉じ込めていた。
 そうなるといったい何がアズサを逃亡に駆り立てたのか。

「まさか、ソラの能力か?」

 今さら完全隔離してある部屋と交信できたとしても驚くつもりはない。

「残りの「G」の場所は?」

『不明です』

「なら広域スキャンをかける」

 S2Uを取り出し、魔法を発動する。
 建物全域を生命反応に限定して調べる。
 一階出口に人が集まっている。これは一般局員だろう。
 三階で密集しているのはおそらく第一部隊だろう。
 その他に階段に集まっている人たち。
 災害マニュアルに乗っ取って行動を取っている。とくに混乱は起こっていないのは幸いだった。

「地下に向かっているのが一人」

 おそらくそれがアズサなのだろう。「G」の反応がないことに歯がみしながら、探し続けてあり得ないことに気付く。

「ソラの反応がない?」

 思わずため息を吐きたくなる。
 今さら彼のデタラメさをとやかく言わないが、やはり「G」と何らかの関わりを持っているのではと思ってしまう。

「アズサ・イチジョウを発見。地下に向かっている」

 念話で場所を告げて、クロノも動き出した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「はあ……はあ……はあ……」

 息を切らせて人のいない廊下を走る。
 こんなに走ったのは久しぶりだった。
 何のために走っているのだろうか。
 こんなことをしても何にもならないのは分かっている。
 逃げ出しても管理局は必ず追ってくるだろう。
 声だけの人を信じて、たくさんの人に迷惑をかけて何がしたいのだろうか。
 自問自答に答えはでない。

『ストップ』

 突然の制止に転びそうになる。

「な、なに?」

『魔導師だ。どうやら気が付かれたようだね。それにこれは……何だ?』

「あ、あの……」

「いたぞ! サンプル01だっ!」

「サンプル……01?」

 呼ばれた言葉に愕然とする。
 廊下の先で杖を持って叫ぶ一団に恐怖を感じる。

『すまないが接続が維持できない』

「え……?」

『なに安心していい。それが君を守る』

「ちょ……ちょっと!?」

 引き留めようにも声の気配は頭の中から消えてしまう。

「そんな……」

 投げ出された状況にアズサは呆然とする。

「抵抗はやめ、大人しく投降しろ!」

 突き付けられた杖に思わず後退ったところで魔導師たちの横の壁が弾けた。

「きゃああ!」

 頭を抱えて伏せる。

「ぐおおおおおっ」

 壁を突き破って現れたのは異形の化け物。
 現れた「G」は巨人だった。

「うわあああああ」

 上がる悲鳴。
 巨人はその大きな腕を振り下ろす。

「ひっ……」

 弾けた赤に息を飲む。
 乱雑に撃ち込まれる魔法を意に介さず巨人はゆっくりと腕を引き戻す。
 庇うように立つ巨人の背中には自分と同じフィンがあることに目を見張る。

「あ、ダメ!」

 振り上げられた腕にアズサは制止の声を上げていた。
 炎が走り、その腕を包み込む。
 耳障りな苦悶の悲鳴を上げるが、それよりも振り返った向けられた敵意の意思にアズサは身をすくませる。
 反射的にもう一度、今度は意図的に力を使う。
 だが、炎は巨人の眼前を焼くだけだった。
 炎が通用しない無力さにアズサの身体から力が抜ける。

 ――ああ、私はここで死ぬんだ。

 恐怖はそれほどなかった。
 これまで人に迷惑をかけて、傷付けてばかりだった。
 今でもそうだ。
 自分が逃げ出そうとあの声に従わなければこんなことにならなかったはずだ。

 ――いつだって私はどこまでも愚かで、

 振り上げられた腕に抵抗する気力など湧いてこなかった。

 ――変わらない……変わっていけない自分が嫌い。

 だから、もういいのだ。
 諦めるのは慣れているのだから、自分が死んでも誰も悲しむ人がいないのだから。

 ――ああ、猫たちにお別れ言えなかったな。

 場違いな思考にアズサは苦笑してしまう。
 せめて笑えたことにかすかな喜びを感じて、振り上げた大きな腕を見上げて、腕を見失った。

「え……?」

「アズサ・イチジョウだね? 無事?」

 黒いコートの背中にクロノの姿を思い出すが、その声は頭に響いていたものとよく似ていた。
 でも、何か違った。

「少し待ってて、すぐに片づける」

 その人は黒いコートを投げ渡して被せてくれた。
 視界が塞がれた一瞬で重い音が響く。

「あ……あの……」

 見た目よりも重いコートから顔を出すと、巨人が倒れていた。

「へ…………?」

 先程まで魔導師に対して圧倒的な力を誇っていた生き物は無様に床に転がされている。
 その光景に向こう側の魔導師たちもポカンと呆けている。
 咆哮を上げて勢いよく立ちあがり、焼かれてもまだ大木と思える腕を巨人は振り回す。
 それをその人は受け止めたかと思うと、巨人の身体が宙を舞っていた。

「はっ!」

 気合いの乗った声。
 そして雷が落ちたかのような轟音が響いた。
 それも一つではなく何度も。
 薄暗い中で魔力刃の残光が幾重にも重なってまるで闇の中に花が咲いたようだった。
 場違いでも幻想的な光景に見惚れていると、不意に斬撃が止まる。
 そしてズンッと重い振動が廊下を震わせた。
 巨人はそれ以上動く気配はなかった。
 先程まで続いていた轟音が嘘のように静まり返って、歓声が上がる。

「き、君が例の第三部隊の切り札か。すごいじゃないか!?」

 興奮した魔導師の言葉にこの人も自分を実験動物として扱う人たちの仲間なんだと気付く。
 無理だ。こんな人からは逃げられるはずがない。
 先程感じた、安堵感が一瞬で凍りつく。
 しかし――

「寝てろ」

「は……?」

 間の抜けた言葉を最後に彼に近付いた魔導師は倒れた。
 そして、それを見ていたはずの残っていた魔導師たちも次々に倒れていく。
 何が起きているのか分からないアズサに彼は手を差し伸べる。

「僕の名前はソラ。君の味方だ」

 アズサはただ呆然と彼の顔を見上げた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「これは……」

 目の前の光景にクロノは顔をしかめた。
 人の死体が一つに、無造作に無傷で倒れている魔導師たち。
 そして廊下に無造作に倒れている巨人。

「ソラの仕業だろうな」

 気を失っている魔導師たちの容体を簡単に確認して、生体反応のない「G」に近付く。
 外傷は腕の重い火傷と、他方の腕の喪失。そして腹部における無数の打撃痕。
 それは間違いなくソラが着けた痕だろう。
 ソラの「G」に対しての攻撃は大きく分けて二つ。剣による斬撃か打撃による内部破壊のどちらか。
 詳しくは見ただけでは分からないが、この「G」の中身はミンチにされているのだろう。

「もう接触したのか」

 魔法によるサーチもアズサの部屋も知らずによく見つけられたものだと感心してしまうが、やはり先程の憶測に現実味を感じてしまう。
 ならば目的は何だったのだろうか。
 浮かぶ疑問を払って今やるべきことを考える。
 一度アズサを捕捉しているから彼女の位置を特定することは簡単だ。そして、おそらくソラもそこにいるだろう。

『クロノ君、聞こえる?』

「エイミィか、通信が回復したのか?」

『うん、それともうすぐシステムも復旧するから』

「そうか……「G」の死体を一体確認した。おそらくはソラがやった」

『おそらくって、一緒じゃないの?』

 返す言葉に迷った。司令室でのやり取りは当然のことながらエイミィは知らない。
 それに二人の主張のどちらが正しいのかクロノには分からなかった。
 状況ははやての時によく似ている。
 アズサには放火という前科があるがそれは能力の暴走によるもの。
 彼女の人権を無視した行為は違法であり、管理局は彼女の人権を侵害する権限はない。
 ないのだが、「G」の脅威は日に日に大きくなる一方。
 対処用の魔法ができたとはいえ未だに「G」の生体については謎が多い。
 そのために人の形をしている「G」であるアズサ・イチジョウを調べるたいのは分かる。
 しかし、彼女を人間ではないと言えるほどにクロノは割り切りはよくなく、かといって上層部の決定に異を唱えるほどに強い意志を持っていなかった。

「情けないな」

 優柔不断、ただ流されているだけの自分にクロノはうつになる。

「ソラが協力を打ち切ってアズサを逃がすために動いている」

「それって、どういうこと?」

「僕は何をやっているんだろね。グレアム提督にあんな偉そうなこと言っておいて」

 聞き返す言葉に応えずにクロノは独り言をもらす。
 結局、アズサを捕まえるために動いている自分は闇の書事件の時の恩師とやっていることが変わらないのではないか。
 アズサの尊厳を無視して、「G」の研究を早めることができるはず。
 逆にアズサを逃がしたら研究は遅れ、その間にも「G」による被害は増える。
 その間に犠牲になるのは一人か、それとも十人か、はたまたもっと多くの人たちか。
 それを考えればアキや上層部の決断は正しいのだろう。

『クロノ君、大丈夫?』

「……………問題ない。すぐに……ソラを追う」

 アズサを追うとは言えなかった。
 それを誤魔化すようにソラを追うと言ったクロノの心境は本人を含めて誰にも分からなかった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あ……あの」

 前を歩くソラに声をかけるのにアズサはかなりの時間を必要とした。
 しかし、声をかけて何を聞くべきか迷った。
 あなたは管理局の人間ではないのか?
 どうして助けてくれるのか?
 頭の中で聞こえた声によく似ているが本人なのか?
 もしそうなら自分と同じだというのは本当なのだろうか?
 疑問は尽きない。

「なに?」

 足を止めて振り返るソラ。

「…………わたしが……怖くないの?」

 絞り出した声は小さかった。

「何で?」

「何でって、それはわたしがあの……化け物と――」

「君は化け物じゃないよ」

 言い終わる前にソラは遮った。
 真摯な眼差しのソラにアズサは気後れする。
 とても嘘を言っているとは思えない眼差しだったが、自分を卑下することに慣れてしまったアズサはそれを素直に信じることはできなかった。
 いや、信じたくてもそれがやはり嘘で裏切られるのが怖いのだ。
 しかし、言葉にしなくても確かめる手段はある。
 触ることができれば、彼の考えていることが分かる。
 表層の思考までならフィンを出さなくても読み取れる。
 しかし、それを行うことに抵抗があった。

「でも……わたしはあの生き物と同じって」

「体組織はそうみたいだね」

 ソラは誤魔化すことなく頷いた。

「でも、それだけでしょ?」

「え……?」

「別に君が今まで暴れ回っていたわけじゃない」

「それは……そうだけど」

「だから君が不当に扱われることはないんだ」

 それはまるで自分に言い聞かせているようにアズサに聞こえた。

「それってどういう――」

 聞き返そうとしてところでソラはシッと人差し指を口に立てた。
 両手で口をつぐんでみると、静かな廊下に響く音に気付いた。

「ここで少し待っていて」

 止める間もなくソラは駆け出した。
 一人残されてアズサは壁に背中を預け、そのままズルズルと座り込んだ。
 彼に借りたままの黒いコートを握り締める。
 そうすることで少しでも彼の気持ちを読み取ろうとしてもアズサにはそんな能力はない。

「……分からないよ」

 正直、ソラが何を考えているのかさっぱりだった。
 会ったのは廃ビルの時でもアズサは気を失っていた。
 言葉を交わしたことも、目を合わせたこともなかったのに彼は助けに来たと言った。
 管理局から助けてくれるということは管理局を敵に回すということだ。
 それを見ず知らずの、それも化け物かもしれない相手のために行うなどとは正気の沙汰とは思えない。

「見つけたっ!」

 突然の声にアズサは身体を震わせた。
 薄暗い廊下の先には水色の光の玉を光源にして近付いてくる黒い影があった。

「…………クロノさん?」

 それは廃ビルで会った少年だった。
 自分が助けた姿を見て安堵するが、彼が管理局の人間だと思い出して警戒する。

「ソラは――」

 言いかけたところでソラが向かった先の廊下から争う音と魔力光の光が明滅して廊下を照らす。

「アズサ、すぐにここから離れるんだ」

 そう言ってクロノはアズサの手を掴もうとした。それを咄嗟に腕を引いていた。
 空を切った手に驚くクロノにアズサは口を開いた。

「わたしは……化け物なの?」

「な……何言っているんだ。ソラに変なことを吹き込まれたのか? それなら――」

「管理局の人はみんなそう思ってる」

 アズサがフィンを展開するとクロノはすぐさま彼女から距離を取った。
 その反応に痛みを感じながらアズサは続ける。

「わたしの力、「発火能力」だけじゃなくて他にもあるの」

「……何だって?」

「それほど強いものじゃないけど。手を使わないで物を動かしたり、触ってその人が何を考えているのか分かったり」

「まさか!?」

「アキっていう人が思ってた。それにサンプル01なんて呼ばれた!」

 いくら諦めることに慣れているからといってもそれは耐えられるものではなかった。

「管理局はわたしをどうするつもりなの?」

 溜め込めたものを吐き出してもクロノは苦い顔をするだけで何も返してくれない。
 その様子にアズサは落胆した。
 勝手なこととは分かっていても、誰か一人くらいソラの様に否定してほしかった。
 管理局に知り合いはいないから、唯一関わりがあったのは廃ビルで言葉を交わしたクロノだけがそれを期待できる相手だった。

「だからってソラを信用できるのか?」

「それは……」

 切り返された言葉に言い淀む。
 ソラを信じていいのかということはアズサにとっても疑問があった。
 頭の中に響いた含みのある声を信じたわけではない。
 ただ選択肢がなかったから流されるように行動していた。
 実際、あの声がなかったら停電が起きたからといってアズサは行動を起こしたりはしなかっただろう。

「ソラは信用できない。あの化け物だってもしかしたらソラが用意したものかもしれない」

 言葉に詰まったアズサにクロノは言葉を重ねる。

「ソラの目的を君の能力で確かめてみたのか?」

「それはしてないけど……」

「最悪、君は管理局に残る以上にひどいことをされる可能性だってあるんだ」

 クロノの言葉にアズサの中で疑念が大きくなっていく。
 もっとも、本来のクロノならこんな他人を根拠もなくおとしめる様な事は言うことはない。
 クロノもまたどうしていいか分からずに迷走し、冷静ではなかった。
 これがアズサではなければ何かを言い返していたかもしれない。
 だが、人と関わりを断つようにして生きていたアズサが執務官として働いてきたクロノに会話の主導権を取り返せるはずなかった。
 それでもせめてもの抵抗なのかアズサは思考をそのまま口にしていた。

「……あの人はわたしと同じ力を持っているって言ってた」

 それはソラのことを指したものでも、クロノの言葉に答えたものでもない。ただ思い出したことをそのまま口にしただけの言葉。
 そして、言葉にしてそれが自分を助けてくれる理由だと思った。
 しかし、そんなアズサの内情などクロノが察することなんてできるわけがない。

「何だって!? いや、やっぱりそうだったのか」

 驚愕から変わって納得する。

「それが本当なら、なおさら君を行かせるわけにはいかない」

 最後通告だと言わんばかりにクロノは杖をアズサに向けた。
 向けられた敵意にアズサは咄嗟に炎を走らせていた。

「あ……」

 まずいと思ったが、次の瞬間、浮遊感を感じていた。

「わ、わ……」

 床に受け身も取れずに身体を打ち付けて、そして気が付いたらバインドが身体を縛り付けていた。

「アズサ・イチジョウ、君を拘束――うわぁ!?」

 眼前に突き付けられた杖に抵抗の意思がくじけたかと思うと、クロノは悲鳴を上げて弾き飛ばされた。

「随分と酷いことをするんだなクロノ」

 青い光が走ったかと思うとアズサを縛るバインドが断ち切られた。

「ソラ、これはお前がやったのか!?」

 投げつけられた気絶する魔導師を押しのけてクロノが立ち上がる。

「そんなの言うまでもないでしょ?」

「君は! 自分が何をやっているのか分かっているのか!」

「アズサをここから連れ出す」

「それは管理局を、世界を敵に回すってことだぞ!? 正気か!?」

「正気だよ」

「……なら力ずくで止めさせてもらう」

 そう言ってクロノは杖を構えた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……なら力ずくで止めさせてもらう」

 そう言ってデュランダルを構えたクロノは頭の中で戦略を考える。
 ソラ。魔導師ではないが陸戦Sランク級の戦闘能力を持つ存在。
 魔法無効化という特殊技能を持つがおそらくは「G」と同タイプの力と予想できる。
 相手は人間と思わずに人型の「G」と考える。だからこそ扱うのはデュランダルだった。
 これまで一番多く彼の戦っている姿を見てきたクロノは当然彼と戦うこともシュミレートしたことがあった。
 ソラが駆け出した。
 十メートルもない距離は一瞬で詰められるが、それと同じだけクロノは背後に飛んでいた。

『スプレッド』

 三つの水弾がソラを狙う。
 一番の課題はソラを近付けないこと。
 この狭い廊下はむしろ都合がよかった。
 生半可な射撃は難なくかわされるが、クロノは彼が無効化すると当たりをつける。
 彼の背後にアズサがいるのだから。
 だが予想に反してソラは床から盾を拾い上げて防いだ。

「ぐへっ」

 引き潰した悲鳴。ソラが盾にしたのは投げ込んだ魔導師。
 予想外のことに思考が停止する一瞬で保った距離がなくなる。
 それでもソラが近付いてきた瞬間に設置していた五つのバインドが起動する。
 十数個の鎖が一斉にソラに殺到する。
 その全てをかいくぐってソラはクロノの背後を取る。
 それはクロノの誘導でもあった。
 ほんの少しの隙間を作った配置、普通の人間なら通れないそれにソラは気付いて動く。
 背後には身体を目隠しにしたストラグルバインドを設置してある。
 手応えはあった。しかし縛り付けられていたのは盾にされた魔導師だった。ソラの姿は完全に見失った。
 咄嗟に水を操作して全周囲に壁を作る。
 衝撃は頭上から来た。
 水が弾ける。ソラが着地して剣を振る。クロノは飛び散った水を集め直して盾にする。
 斬撃に水の盾は弾かれる。その度に水は再構築される。
 ソラの斬撃とクロノの再構築速度、後者の方がわずかに勝り反撃の余裕が生まれる。

『スナイプショット』

 再構築の隙間からソラの眼前で放った光弾。
 それを後ろに跳んで切り払う。
 距離が取れたことに安堵しながらも、「G」対策の魔法の有用性を改めて感じる。
 物質を使っているからかソラの能力では容易に無効化されない。
 壊されたとしても周囲に飛び散ったものだから再構築というよりも集め直すのは容易だし、重量もあるからソラの斬撃を十分に受けられる。

「ソラ投降しろ。君の手の内は全部分かっている。君では僕に勝てない」

 今のでソラの速度を改めて体感して確信した。
 非魔導師としては驚嘆に値するものでも始めからそれを除外して考えればソラの動きは決して常識外れというわけではない。
 近距離では確かに圧倒されてしまうかもしれないが、それも水の魔法の防御手段があるのだからそれほど恐ろしいものではない。
 ようはSランク魔導師と戦っていると思えばいいのだ。
 そしてソラは基本的に近接能力しかないのだから付け入る隙はいくらでもある。

「何を言っているんだか? 僕はまだ本気を出してないよ」

「……子供みたいなことを言うな」

 とは言いつつも構えを取ったソラに緊張を高める。
 半身になり、右腕を引いた極端な刺突の構え。
 貫通攻撃なら水の防御を貫くかもしれない。いや、ソラなら貫くと想定する。
 ドンッ、ソラの床を蹴る音が重く鳴り響く。
 そして気付いたら剣はもう目の前だった。
 十数メートルの距離を刹那で詰めて放たれた突き。
 それは水の盾を容易く貫通した。
 だが、咄嗟のクロノの操作と身のこなしによって刃はクロノの肩をわずかにかするだけで済んだ。
 クロノは勝利を確信した。
 全力の体重の乗った刺突の威力は息を巻くものだが、それ故に技後硬直も大きい。そしてソラの剣は水の盾を貫いて封じている。

『ブレイク・インパルス』

 本来なら振動エネルギーを持って対象を粉砕する魔法だが、全身に衝撃を送り込んで昏倒させる使い方もできる。
 だが、伸ばした手は難なくソラの左手に払われた。
 驚愕にクロノは目を見開く。
 魔導師に匹敵する突撃のエネルギーを身体を流さずに二つの足で受け止めた。
 どれだけの訓練を積んだというのだろうか。クロノには想像できないものだった。
 しかし、驚いてばかりではなくクロノは水の盾を操作して刺さったままの剣をソラの手からもぎ取る。
 これでソラの最大の攻撃手段を奪い取った。
 未だにソラの間合いの範囲だが素手、もしくは銃撃でも強度を上げたバリアジャケットなら受け止める自信はあった。

「なっ……!?」

 ソラは剣を手放して身を屈めていた。
 そして身体全身を使って左手で振り払ったのはよく知っているソラの魔法剣。
 それがクロノの身体を両断することはなかったが、その衝撃はバリアジャケットなど意に介さずにクロノの身体を突き抜けた。

「がはっ……」

 呼び出していた水がクロノの制御をなくし、盛大に床にぶちまけられる。
 盾に突き刺さっていた剣は落ちてソラの右手に収まる。
 直後、ソラの両手は霞んで一つの衝撃を受けてクロノは崩れ落ちた。 
 二本目の魔法剣。
 それが意味することは、ソラの戦闘スタイルが本来は二刀流であること。
 その事実にクロノは驚愕した。
 今までの「G」との戦闘にフェイトとの模擬戦。それら全てに手を抜いていたということだ。

「行くよアズサ」

「は……はい」

 拾った剣を納めてソラはアズサを呼ぶ。
 すでにソラの中でクロノは無力化したと思っているのだろう。
 事実、クロノは痛みに動くことも魔法を使うために集中することもできなかった。
 肋骨が折られているだろう。それだけではなく内臓も痛めているだろう。

「ま……まて」

 それでもクロノは目の前を通り過ぎようとしたソラの足を掴んだ。
 実力を隠していたソラに怒りを感じる。
 だが、それよりも嫉妬を感じてしまう。

「ど……どうして……」

 それだけの力があったらと思うと嫉妬せずにはいられない。
 魔導師を圧倒する力を持ち、「G」も苦にせず倒せる力があれば。
 そんな力があれば誰も犠牲にしなくて済むのに。

「どうして何だ……?」

 力が入らない手をソラは意に介さず振り解く。

「…………ごめんなさい」

 そんなクロノにアズサは頭を下げた。
 それがまたクロノの心をきしませる。
 謝られる筋合いはないのに。
 むしろ罵ってくれた方がよかったのに。
 それだけのことを自分たちは彼女にするつもりなのに。

「…………いけないのか?」

「わっ……?」

 不意にソラが止まりその背中にアズサがぶつかる。

「いけないのか? 一人でも多くの人たちを守りたいと思うのが?」

 うわ言のように喋るクロノの襟首を掴み無理やり起こす。

「だから、何をしてもいいっていうのか?」

「仕方……な――」

 言い終わる前に頬に衝撃を感じた。口の中に血の味が広がる。

「ふざけるな! 勝手なことを言って、全部お前たちの都合じゃないか!?」

「だったらどうすればいいんだ!」

 痛みを忘れて叫んでいた。

「僕には君のような力なんてない! 僕たちは全てを救うことなんてできないんだ! だったらより多くの人を守ることの何が悪いって言うんだ!?」

「大義名分を振りかざして、たった一人を犠牲にして偉そうなこと言ってるんじゃない!」

 また殴られた。痛みもう感じないが身体は動かせそうにない。それでもソラを睨みつける。

「偉そうなのはどっちだ! 一人を守ってヒーローを気取って、君の力ならもっと多くの人を救えるのに!」

「僕の力の使い方をとやかく言われる筋合いはない!」

「ふざけるな! 力を持つ者には相応の責任があるんだ。それを君は――」

「はっ……責任? そんなの管理局が勝手に押しつけたものだろ!」

「勝手はどっちだ! 義務も責任もないがしろにして力を行使する。まるでチンピラじゃないか!」

「チンピラで何が悪い! 人を助けるのに肩書きなんて必要ない!」

「そんなのはただの暴力だ! そんなものでいったい何が救えるっていうんだ!?」

「救ってやるさ! 現にアズサだって――」

「こんなの救いだなんて言わない!」

 クロノの剣幕に押されてソラが言葉に詰まる。

「これから先アズサは一生追われ続けることになる。それの何処が救いだ!」

「ぐっ……それでも僕は救われたんだ!」

「もうやめて!」

 振り上げた拳にアズサが飛びついた。

「アズサ、こいつは!」

「お願いだからもうやめて!」

 涙混じり懇願に振り上げた拳をソラは何とか下ろし、胸倉を掴んでいた手も放した。
 支えをなくしたクロノはそのままズルズルと壁に身体を預けるようにして座り込んだ。

「ごめんなさい……ひっく…………ごめんなさい」

 嗚咽をもらして謝り続けるアズサにクロノもソラも何も言えなかった。

 ――情けない。

 内心でクロノは自嘲した。
 結局、どっちが正しいなんてことは決められるはずない。
 それぞれ立場が違うのだから意見が対立することなんて当たり前だ。
 ソラは外部の協力者であり、管理局の行動理念などに準じる義務はない。
 クロノは逆に組織の人間だから個人のことよりもより多くの人の安息を守らなければいけない。
 物事の善悪なんて立ち位置だけで大きく変わることは分かり切っていたこと、なのにわめき散らして、挙句の果てには一人の女の子を泣かせる始末。
 これでは自分が何をしたいのか分からない。
 ソラも同じ様な心境なのだろう。
 今のソラ達は一秒でも留まっているべきではないのにアズサを無理矢理立たせることもせず、背を向けている。

「いけないな女の子を泣かせるなんて」

 気まずい空気を切り裂いたのは軽薄な声だった。
 それにすぐ反応してソラが庇うようにアズサの前に出る。
 水浸しの廊下を音を立てて悠然と歩く足取りはとても争いに来たとは思えないほどに軽い。
 背丈や声からしてソラと大して変わらない位だろうが、判別するための顔が道化師の仮面に覆われていた。

「……クロノの知り合いか?」

「そんな……わけないだろ」

 こんな奇抜な姿をした管理局員なんていたらすぐに話題になるはずだ。

「あ…………声の人」

 思わぬ言葉はアズサの口からもれた。

「アズサ……君の知り合いか?」

「あの部屋にいた時にテレパスで話かけてきた人。ソラかと思っていたけど……」

「テレパスってことはHGS能力者ってこと!?」

 道化師から目を離さずにソラは驚きの声を上げた。

「HGS? よく分からないがアズサと同じ能力者であることは間違いないよ」

 道化師の背後が揺らぐ。
 水色の光が照らす廊下に現れたのは闇に溶けそうな漆黒のフィンだった。
 それにクロノは驚愕、アズサは感激に目を輝かせる。

「お前は……なんだ?」

 一歩後ずさるソラ。顔は見えなくてもその表情が驚愕に染まっているのが分かるが、クロノのそれとは違っていた。

「やれやれ、せっかく用意した囮は全部やられてしまったか」

「囮、お前はまさか「G」を――」

「そう私が送り込んだ」

 道化師の肯定にクロノはその目に明確な敵意を乗せる。

「お前を……ぐぅ」

 立ち上がろうとして痛みが走り膝を着く。

「さあ、行こうかアズサ」

 そんなクロノも立ちふさがるソラも無視して道化師はアズサに向かって告げる。

「私は君の同族だ。君を理解できるのは私だけだ」

「わたしの……同族……」

「行くな! アズサ!」

 呆然とその言葉を繰り返すアズサにクロノは声を上げる。
 ソラはともかくこの道化師は危険すぎる。
 その姿を見た瞬間から嫌なプレッシャーに息苦しさを感じている。
 それを感じているのはソラも同じだったのだろう。
 フラフラと歩き出したアズサの肩をソラが掴む。

「アズサ、そいつは君の同族なんかじゃない」

「え……?」

「おやおや」

「そいつのフィンは君のと違って人工的な気配を感じる」

「正解だ。君が管理局が手に入れた秘密兵器というのは」

「もう手を切ったよ。それにしてもようやく合点がいったよ」

「ほう、何がだね?」

「HGS、魔導師とは別の進化系の能力を持つ生物。それがどうして大量発生していたのかっていうことだよ」

「ソラ、何を言っているんだ?」

「こいつからは闇の書と同じ気配がするんだ」

 予想もしなかった単語に声を上げそうになるが痛みで声を詰まらせる。

「クロノも夜天の主を知っているだろ? あの子だって常識では測れない技術を持っていたでしょ?」

「何を言っているんだ?」

 ソラの言っていることが理解できない。

「人の進化を研究テーマにした魔導書……確か、東天いや北天の魔導書だったか」

「正解だ。それを知っているからには君もいずれかの魔導書の王なのだろ? それならばあの失敗作が倒されたことも納得できる」

「とっくの昔に裏切られて魔導資質は失ったよ。今はただの剣士で銃使いさ」

 クロノとアズサの存在を忘れ、話が進んでいく。
 はっきりいってクロノには彼らが何を話しているのか理解できなかった。
 それでも推測できる情報はいくつもあった。
 常識外の技術。東天、北天の魔導書。
 名前と話し方からして夜天の魔導書と同系統のものだと分かるが、夜天の魔導書で「G」について聞いたことなどない。

「いったい……何を言っているだ君たちは?」

「ふむ……聞かせるよりも見せた方が早いか。ちょうど素材は転がっているのだから」

「やめろっ!」

 道化師が倒れたままの魔導師を一瞥するとソラが飛び出した。
 道化師はその手に分厚い魔導書を呼び出した。
 表紙には金装飾。デザインは違うがクロノの知っている夜天の書によく似たものだった。
 ソラは容赦をするつもりがないのか、真っ直ぐに道化師の頭に向かって先程と同じ瞬速の突きを放つ。

「驚いた。魔法を失ったのにこんなに速く動くなんて」

 道化師の眼前に剣先が突き付けられる形で止まっていた。
 そして、ソラの体制も不自然だった。右の剣を突き出した状態で、制動をかけるはずの足は床に着いていない。

「だけど、正面から突っ込むのは無謀だよ」

 そのままの体勢で突然ソラは壁に叩きつけられた。
 それだけでは終わらずに逆の壁、天井、床、まるでボールのようにソラは何度も叩きつけられる。

「……この!」

 銃撃が鳴り響き、バウンドしていたソラが落ちる。

「その状況で反撃とはデタラメだなぁ」

 呆れた声をもらす道化師の前ではソラが撃った魔力弾が制止して、霧散した。

「しかし、魔力も感じなければ他のエネルギーも君自身からは感じない……少し君に興味が出てきたよ」

 フラフラと立ち上がるソラを冷笑をする気配を出して道化師は改めて倒れた魔導師に向き直る。

「北天の魔導書」

「ま、まて……」

 止める間もなく、魔導書が開く。

「時間もないから簡単にさせてもらうよ」

 白色の魔力光が溢れ、一条の光線が魔導師を貫いた。
 ビクンッと魔導師の身体が震え、そして悲鳴が上がる。

「が…………ああああああああああっ!」

 変化はすぐに起こった。
 それはまるでB級ホラーの映画でも見ているような光景だった。
 あえて見たことがあるものに当てはめるなら、それは闇の書の闇の再生活動だろう。

「いやだ……だれか、たしゅ……ぐふっ」

 身体は膨張し、すぐに人の原型をとどめないほどに変わる。
 その光景にクロノの思考は完全に停止し、ただ呆然と変化が終わるのを見続けた。
 そうこうしている間に、かつて人だったものの背中に水色の光が生まれる。
 姿はもはや魔物と変わらないが、特徴的な光の羽はそれがなんなのか知らしめる。

「まさか――」

「そう君たちが「G」と呼ぶものだよ」

 道化師に考えを肯定してまず始めに思い出したのは「G」を倒した時の感触だった。

「ああ、その通りあれの材料も人間だよ。そこら辺にいた君のお仲間たちだよ」

 最悪な予想を言葉にされて込み上げてくる吐き気をクロノは何とか抑える。
 自分が倒した、殺した。何を、化け物を、人を。助けを求めて化け物にされた人を。
 バラバラの思考、今にも叫び出しそうだったが、ギャンとコンクリートを削るソラの剣の音に何とか我に返る。

「君の相手はこいつだよ」

 ソラが動くより早く、足下の水が凍り、針となってその足を貫いた。

「なっ……?」

 ソラはまた盛大に水しぶきを上げて倒れてしまった。

「ソラ!」

「アズサを守れ、クロノ!」

 すぐさまソラは無事な足で床を蹴って壁に剣を突き立て、足場を作る。
 それを追いかけて水が大蛇の形を取って襲いかかる。
 壁を蹴り、一瞬遅れてその壁が水蛇によって破壊される。
 足一本と剣を器用に使って左右の壁を飛び跳ねてソラは魔導師だった「G」に斬りかかる。

「やめろ、ソラ!」

 頭に過ぎった最後の魔導師の姿にクロノは思わず叫んでいた。
 しかし、ソラの勢いは止まらなかった。
 だが、刃は「G」の身体を切り裂くことはなかった。
 そしてソラが次の行動をするよりも速く、横手から新たな水蛇が殴り飛ばした。
 グシャ、そんな音が響いてソラは壁に叩きつけられて動かなくなった。

「……ソラ?」

 クロノは言葉を失い、アズサは呆然と彼の名前を呟いた。
 バリアジャケットのないソラの防御力はないに等しい。それを補うための黒いコートは今アズサが着ている。
 「G」の攻撃の強さはクロノは身を持って知っている。
 生身であんなもの耐えられるはずがない。

「やれやれ、運がないね彼。よりによって水流操作の能力が出てくるなんて」

 道化師の声には彼の不運を嘆く言葉が漏れる。
 しかし、同情はそこまでで道化師はクロノ達に向き直る。

「さて、玩具は壊れてしまったから本題に入るかな」

 クロノはデュランダルを杖に立ち上がり、S2Uを道化師に向ける。
 たったそれだけの動作で脂汗はにじみ出て、打たれたわき腹から激痛が走る。

「アズサ・イチジョウ、この世界に君の居場所はない」

 そんなクロノを無視して道化師は言葉を紡ぐ。

「まあ、私の力も貰いものでしかないから厳密に言ってしまえば君とは違う」

 アズサはクロノの後ろで震えている。

「だがね……」

 思わせぶりに魔導書を見せつける。

「この魔導書を使いこなすことができれば、本当のフェザリアンを生み出すことができる」

「え……?」

「聞くなアズサ!」

「少し静かにしていろクロノ・ハラオウン」

 軽く道化師は手を振る。
 それだけでクロノは不可視の力に掴まれて壁に叩きつけられた。

「があっ……」

 意識が一瞬飛びかける。
 かろうじて意識を繋ぎ止めるが、完全に動くための力が失われた。

「私の元に来れば君は孤独から救われる」

「孤独……でも……」

「彼らに君の苦しみを理解できるのかな? 無理だね、管理局は君をモルモットとしか見ない」

「でも……ソラは……管理局じゃないって……」

「確かに彼は違うみたいだけど、彼は無力な人間だ。いささかしぶとくはあるけど」

 かすかに動くソラを一瞥して道化師は続ける。

「だけど、彼と一緒にいたいと望んでも君の力は彼を殺すよ」

 それはアズサのトラウマをえぐる言葉だった。

「今のままでは君は一生孤独に生きて、孤独のまま死んでいく。それでいいのかい?」

「いや……やめて」

 耳をふさぎ、縮こまるアズサ。周りにはチラチラと炎が溢れ出す。

「君は――」

「やめて!」

 感情の高ぶりに炎が道化師に向かって走る。
 炎は命中する直前に弾かれてしまう。

「今は眠れ」

 道化師がアズサの頭に手をかざすとそれだけで意識を奪われたのか、アズサは道化師に向かって倒れる。
 それを抱き止めて――

「アズサを放せっ!」

 壁を支えにして立つソラが銃を突き付ける。

「呆れるほどの生命力だね。君、本当に人間?」

「うるさい、それより早く――」

「うるさいのは君だよ」

 銃を持っていた腕が道化師の言葉とともに捻じり曲がる。

「ぐぁ……」

 押し殺した悲鳴が上がり銃が落ちる。

「それではこれにて失礼」

 人を小馬鹿にしたような一礼をして道化師はアズサと共に消える。
 魔力反応はやはり感じない。
 どんな原理なのか、「G」関連の能力を目の当たりにすると疑問は尽きないが、そんなことをのんびりと考えている時間はクロノにはなかった。
 水が弾け、ソラが崩れ落ちる。
 呆けていたことを叱責して道化師が残していった「G」のことを思い出す。
 「G」はクロノのことなど見向きもせず、未だに戦意喪失しないソラをなぶる様に水の鞭で打ち払う。

「な……何で……?」

 どうしてそこまでするのかクロノには理解できなかった。
 何の交わりもないアズサにどうしてそこまで関わろうとするのか。
 管理外世界の友達が同じ能力者だから、だからといってもアズサは他人だ。自分の命を賭けるほどなのか。
 ソラのことは分からないことだらけだ。
 自分にない圧倒的な力を見せつけられて嫉妬し、自分勝手な正義に目ざわりだと感じた。
 それでも、何故か無様に痛めつけられる姿に込み上がるものを感じる。

「何を……やっているんだ僕は!」

 ダメージを負って動けない身体。そんなの今目の前で戦っているソラに比べたらどれほどのものだというのだ。
 痛くて力が入らない? 痛みで魔法制御に集中できない?
 クロノは自分の頬を力の限り殴る。
 そんな甘ったれた自分は死ねと言わんばかりにクロノは歯を食いしばり、立ち上がる。

「ブレイズ――」

 こぼれ落ちていく魔力を必死に繋ぎ留め、魔力を集中する。
 「G」はソラをなぶることに集中してクロノに気付いていない。
 もしかしたら人間の時だった気持ちが残っているのかもしれない。
 ソラに対して感じた劣等感と屈辱はクロノにも分かる。
 だが、それを間違ってもあんなことがしたかったわけじゃない。

「――キャ……」

 「G」に変わる前の魔導師の姿を思い出して引き金を引く意思が鈍る。

「ブレイズキャノン!」

 それを抑え込んでクロノは撃った。
 直後、限界を超えた代償か、クロノの意識は急速に闇に落ちていく。
 薄れゆく景色の中で最後にクロノが見たのは半身を失って、こちらに向き直った「G」の姿だった。
 そのままクロノは後ろに倒れ、気を失った。





[17103] 第八話 目標
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:2d1dfd38
Date: 2010/05/05 22:26


「スターライト――」
「プラズマザンバー――」
「ラグナロク――」

 曇った空の下で、氷の海の上で三人の少女の声が唱和する。

『ブレイカーッ!』

 三条の野太い砲撃は闇の書の闇の身体を容赦なく削り、そのコアを露出させる。
 そのコアを宇宙に転送、アルカンシェルで蒸発させる。
 ……はずだった。

「うそ……」

 その言葉を漏らしたのは誰だっただろうか。
 言葉にしなくてもその場にいる誰もがそう思った。
 なのはとフェイト、はやての三人の砲撃を受けて、闇の書の闇はその魔力を吸収してその体躯をより大きなものに膨張していった。

「も、もう一回」

 いち早くなのはが我に返ってレイジングハートを構え直す。
 しかし、空のマガジンを排出し、代わりのマガジンを取り出そうとしてその動きが止まった。

「フェイトちゃん」

 なのはの呼びかけにフェイトは首を横に振る。
 続いてヴィータ、シグナム、シャマルを見回しても苦渋の顔が返されるだけ。
 悲愴感が漂う中でクロノの目の前に空間モニターが映し出される。

『クロノ執務官。全員を連れてすぐにアースラに帰還しなさい』

「母さんそれは――」

『これは命令よ。クロノ執務官』

 厳しい顔の母にクロノは頷くしかなかった。

「クロノ君?」

「すぐにアースラに戻る」

「え……でも闇の書の闇が」

「手段はある、だから早くっ!」

 語気を荒げた言葉になのはたちは身をすくませてクロノの指示に従い、転移魔法陣に乗る。
 なのはたちは納得しないにしてもどこか安堵した表情をしていた。
 おそらく、何か秘密兵器があると思っているのだろうか。クロノの大丈夫という言葉を簡単に信じてしまっている。
 対して、ヴォルケンリッターにユーノは険しい顔を崩していなかった。
 流石に彼女たちは騙せないかと思いつつ、表情に出ないように気をつけてクロノは転移魔法陣を起動する。
 視界が一転し、アースラの転移室に変わる。

「わ、わたしブリッジに行ってきます」

「待ってなのはわたしも」

 すぐに駆け出すなのはとフェイト。それに続くユーノとアルフ。
 予想できる光景にクロノは同じように走り出すことはできなかった。

「はやて!?」

 ヴィータの突然の悲鳴に何事かと見ればはやてが倒れていた。
 すぐさまシャマルが診断して、突然の魔力行使や疲労によるものと判断して医務室に行ってしまう。
 取り残されたクロノは重い足をブリッジの方に向けた。
 なのはたちが出した総攻撃によってコアを露出、大気圏外に転送してアルカンシェルを使うプランは失敗に終わった。
 だからリンディあの場に直接アルカンシェルを撃ち込むことを決めた。

「これは仕方がないことなんだ」

 誰に言い訳をしているのか、それとも自分に言い聞かせているのクロノは一人呟く。

「だってそうだろ。このままあれを放置したら周囲を侵食して、無限に成長してこの世界を滅ぼすんだから」

 さらに可能性を上げるなら隣接する次元世界にまで浸食が広がることも考えられる。
 それを阻止するためにもアルカンシェルの攻撃は必要なことだとクロノは何度も繰り返す。

「いやああああああぁ!」

 ブリッジの扉の前に立つと中からなのはの悲痛な悲鳴が耳を響かせた。
 中に入るのをためらうが、すでにセンサーはクロノを捉え、ドアが勝手に開く。
 そこには膝を着き、頭を抱えて未だに悲鳴を上げるなのはの姿。
 その横には呆然とフェイトが空間モニターを仰いで立ち尽くしていた。

「おとうさん、おかあさん、おにいちゃん、おねえちゃん……」

「アリサ、すずか……うそ、うそだよね?」

 理解が追いついてない様に痛々しいものを感じる。
 空間モニターを見上げればそこには何もない海がただ映っていた。
 そう、何もない景色、かつて海鳴と呼ばれた街が消えた光景が。
 建物の倒壊。言葉にしなかった人的被害。
 その光景を見たのは初めてではないが、親しい人間が被害者になる瞬間を見たのは初めてかもしれない。

「どうして……?」

 いつの間にかなのはが向き直っていた。

「何で……?」

 フェイトも暗い顔で振り返る。

「これは……仕方がなかったんだ」

「仕方がないってなんで!? こんなはずじゃなかった……こんなはずじゃ」

 なのはの言葉にプレシアに言った言葉を思い出す。
 こんなはずじゃない現実。それを押しつけた自分たち管理局は本当に正しかったのだろうか。
 正しいはずだ。
 そうしなければ被害は海鳴だけには留まらなかったのだから。
 しかし、それを口に出すことができなかった。

「どうしてアリサを、すずかを、みんなを殺したの?」

「だから……これは……」

 うつろな目を向けるフェイトを直視できず目をそらしてしまう。
 その先にはやてがいた。

「こんなことになるんやったら、わたしが封印されとったほーがよかったんや」

「そんなことは……」

 ないと言えなかった。
 こんなことになるならはやて一人の犠牲ですませればよかったと少しでも思ってしまった。
 だからはやての言葉を否定することができなかった。

「なークロノ君。どうすればいいん?」

「どうすれば……?」

「海鳴の人、みーんな死んでもーたんや。クロノ君たちが殺したんや」

 はやての言葉が突き刺さる。
 そして――

「わたしも殺すの?」

 振り返ればそこにはアズサがいた。
 俯いた暗い目にクロノは思わず後ずさる。
 だが、後ろにはいつの間にかなのはとフェイトが立っていた。
 四人に囲まれてクロノは逃げ場を失う。

「どうして、おかあさんたちを殺したの?」

「どうして、あんなことをしたの?」

「どうして、殺してくれなかったの?」

「どうして、殺すの?」

 四人の言葉にクロノは何も返せない。

「やめてくれ……」

「クロノ君」

「クロノ」

「クロノ君」

「クロノさん」

「うわああああああぁ!!」

「クロノ君! クロノ君っ!!」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「クロノ君! クロノ君っ!!」

 揺り動かされクロノはまどろむことなく、意識を覚醒させる。

「ここは……」

 目の前の光景は無機質な天井。
 一瞬までいたアースラの景色はどこにもいなかった。

「……エイミィ?」

 ベッドの横で安堵した溜息を吐くエイミィの姿をぼうっと見て数秒、思考が回り出す。

「エイミィ! 状況――つぁっ」

 勢いよく体を起して走った痛みにクロノは悲鳴を上げかける。

「起きて第一声がそれ? 人に散々心配させておいて」

 恨みがましい言葉でからかい混じりにエイミィは呆れながら、水差しから水をコップに注いで差し出してくる。
 それを受け取ってゆっくりと飲み、息を吐く。

「それで、あれからどうなった?」

 変わらないクロノの様子にエイミィは苦笑する。

「今日は「G」の襲撃の翌日。負傷者、死傷者の数はこれね」

 エイミィの出した空間モニターの数字にクロノは顔をしかめる。

「部隊の被害率は32%。見事に惨敗だね」

「…………ソラはどうなった? いや、そもそも僕はどうやって助かったんだ?」

「クロノ君の近くでころ……近くにいた「G」はソラ君が倒したみたいだよ」

「ソラが……あの怪我で?」

 最後に見た彼の様子を思い出して信じられない気持ちになる。

「怪我? ソラ君は怪我なんてしてなかったはずだけど」

「なんだって?」

 記憶との食い違いにクロノは混乱する。

「……まあいい。それでソラはどうした?」

「あーそれがね……」

 歯切れの悪い対応にクロノはいぶかしむ。

「まさか……逃げてもういないのか?」

「そうじゃないんだけどね」

 言葉を濁すエイミィに不信を感じる。
 やがてエイミィは言葉を選びながら話し始める。

「クロノ君、落ち着いて聞いてね」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 気がつけば無機質な狭い部屋だった。
 その中央に座らせる形で固定されて、拘束服を着せられている。
 現状を把握してソラは管理局に捕まったと判断する。

 ――どうしてものか。

 敵の真っ只中で気を失ったのだから仕方がないと考えながら、脱走の手段を考える。
 しかし、考えを巡らせるよりも早く目の前の扉が開いた。

「ようやくお目覚めかソラ」

「…………アキか」

 舌打ちしたくなるのを抑えて睨みつける。

「随分と嫌われたものだな」

「あれだけのことをしておいてぬけぬけと」

 ソラの言葉にアキは深々と嘆息する。

「僕はあんたの顔なんてもう二度と見たくないんだから消えてくれない?」

「そうはいかないな。私は君に聞きたいことがある」

「僕には話すことはない」

「北天の魔導書とはなんだ?」

「アズサは今何処にいる?」

「君は何を知っている?」

「あんたたちなら彼女の居場所を突き止めているはずだ」

「私の質問に答えないで自分のことばかりか。君は今の自分の立場が分かっているのか?」

「教えたって何もできないだろ? もっと自分たちの無能ぶりを自覚したら?」

 部屋の空気がきしみ、二人の間に見えない火花が散る。
 もしこの場に二人以外の人間がいたらその場のプレッシャーに悲鳴を上げていただろう。
 とは言え、ソラの言動と態度のほとんどは虚勢だった。
 会話の主導権の取り方などの知識と経験でアキに勝てる道理はない。
 それに何を言っても、何をしても拘束されているソラにできる反抗などたかがしれている。
 だからといって泣いて許しをこうなんてことはソラにできなかった。

「ただ働きばっかりさせておいて偉そうに」

 愚痴る様に漏らすとアキは言葉を詰まらせる。
 ソラは察していないが、アキはそのことに少なからず罪悪感を感じていた。
 魔導師でもない人間を矢面に出さなければならないことは管理局員として恥でしかない。
 せめてもの救いは探しものを手伝うという交換条件でその罪悪感を誤魔化していたが、二つの内の片割れはその日の内にソラが出会ってしまった。
 運命のいたずらとそれは互いに割り切ったが、もう一つの方は簡単に済まなかった。

「すまないな、闇の書については管轄が本局の方だから私が調べられることは少ないんだ」

「別にいいけど……」

 部屋の空気がそれで幾分か和らいだ。

「それで話を戻すが……」

 アキの言葉にソラは警戒を高める。

「北天の魔導書とは何だ?」

「誰が教えるか」

「……状況が分かっていないようだな。君に黙秘権はないんだよ」

「なら拷問でもする? ドアの向こうにルークスだったけ? そいつがいるみたいだし」

 その言葉にアキとドアの向こうの気配が揺れる。
 気付いてないと思っていたのだろう。
 しかし、動揺はすぐに取り繕われて、アキは冷めた目でソラを見下ろす。

「必要とあらばな」

「…………ふっ」

 その答えに思わず失笑がもれた。

「何がおかしい?」

「別に……流石クライドと同じ管理局だなって思っただけだよ」

「それはどういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。お前たちは結局自分の都合でどんな汚いこともできるっていうことだよ」

「口をつつしめ。侮辱罪も追加したいのか?」

「事実でしょ? 多くを救うための犠牲だとか、悪を倒すために必要な悪だとか言い訳して、被害者面して手を汚す」

「黙れっ!」

 頬に衝撃が走り、視界がぶれる。
 すぐに顔を上げてアキを睨みつける。

「全部人のせいにして、自分たちの行動を正当化して、自分たちはあたかも汚れていないように振舞う」

「それ以上喋るな」

 アキは無防備なソラの首を掴み絞め上げる。

「自分の罪を棚に上げて、人のことにばかり難癖をつけて自己を正当化しようとする。犯罪者の典型だな、人殺し」

「ああ……だよ……ぼ……くは、人殺しだよ」

 でも――絞められて言葉をうまく紡げないが、拘束されているから抵抗もできない。それでも睨む力は緩めない。

「それでも……僕はお前たちより人を殺してないっ!」

 唐突に首に食い込む指の力が緩む。
 その隙に体を無理やり動かしてアキの手を強引に外す。
 勢い余って椅子から転げ落ちて、受け身も取れずに無様に転がる。

「くっ…………頭を冷やしておけっ!」

 吐き捨てるように言い放ち、アキは逃げるように出て行ってしまう。
 残されたソラはごろりと転がって仰向けになる。

「…………うぃなー」

 言って空しくなった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 アキとソラのやり取りをガラス越しに聞いていたクロノは部屋に満ちる嫌な空気に顔をしかめた。
 ソラのいる部屋を特殊ガラスで隔てるそこではソラの言葉に反感を感じる者ばかりだった。
 口々にソラをののしる言葉をもらす彼らにクロノは辟易とした。
 むしろ、少し前までの自分も同じだったのではないかと考えて怖気が走る。

『お前たちより人を殺してない!』

 その言葉はクロノの胸に深く突き刺さった。
 海鳴を消した夢。
 あれは夢ではなく、次元世界の何処かで行われたことだ。
 アルカンシェルによってもたらされた人的被害。極力被害が少ないようにしても絶対じゃない。
 それにアルカンシェルだけじゃなく、アズサのようなこと。
 他のどの事件だってそうだ。
 どれだけ被害を小さくしても犠牲は出てしまう時もある。その中には管理局が切り捨てた犠牲もある。
 小さな積み重ねはソラの言った通り大きなものになっているだろ。
 それは目を逸らしていいものではないはず。
 いつの間にかその重みに慣れて、割り切りがよくなり過ぎていたのかもしれない。
 それにクロノの動揺はそれだけではなかった。

『闇の書については管轄が本局の方だから私が調べられることは少ないんだ』

 アキの言葉。ソラの目的が闇の書だったことは驚きだった。
 闇の書事件は情報規制を行われている。だから彼女が言った通り部外者が簡単に調べられないようになっている。
 それはアキの地位でもそうだ。
 ソラが闇の書を探す理由はやはり怨恨だろうか。
 情報規制が行われているからソラが闇の書がもう無害な夜天の書になっていることも知ることはできない。
 もしソラがそれを知ったらどんな行動に出るか。
 ソラに打ち込まれた個所を手で押さえる。
 はやてを守るヴォルケンリッターが負けるとは思えない。
 だが、ソラの力は未だに未知数。
 そして時折見せる暗い表情に不安を感じてしまう。
 シュッ――空気の抜けるようなドアの開閉音にクロノは思考を止める。

「様子はどうだ?」

 先程の取り乱した姿は改めてアキは颯爽と入ってくる。
 そしてクロノの姿を見て意外そうな顔をする。

「クロノ執務官、もういいのか?」

「ええ、動けないほどじゃありません」

 それよりもこれはどういうことかと問いただす。

「妥当な対処だ」

 ソラは管理局の魔導師を攻撃した。
 そして道化師の持つロストロギアについても知っている。
 これまではソラの秘密よりも彼の実力を取っていたが、前者の割合が大きくなった。

「ですが、こんな強引なやり方は反感を買うだけじゃ」

「そんなことを言っている状況ではない」

 アキの言葉に言葉を飲み込む。

「ソラが何かを知っているのは確実だ。今回ばかりは彼の我儘を聞いている余裕も時間もない」

「それはどういうことですか?」

「アズサ・イチジョウに取り付けた発信機からの信号が動きを止めている。都市部から離れた廃都市区画の研究施設跡地だ」

「……そうですか」

「上層部は黒幕を倒すために部隊を結成して叩くつもりだ」

「まだ「G」の対処が確立してないのに?」

「人数と力技で押し切るようだ。すでに部隊の招集は始まっている」

「……随分と行動が早いですね」

「それだけ重要視されているということだ。だからこそ――」

 アキはガラス越しに転がるソラを見る。

「犠牲を少しでもなくすためには彼の情報が必要だ」

「だけど、ソラを戦力として協力してもらった方が――」

「アズサ・イチジョウも抹殺対象になっている」

「そんな!? どうして!?」

「さあな……」

 端的な言葉だったがそこに彼女の苛立ちを感じる。
 これでは彼女を助けたいと思っているソラに協力を求めることはできない。

「それにソラの身柄の引き渡しも要求されている」

 絶句するが納得してしまう。
 もうソラのことを庇えないくらいに状況が進展してしまっている。
 ソラの能力、知識。
 どちらも重大な秘密を持っているのは明白だ。
 そしてソラは自称だが元次元犯罪者。アズサをモルモットにする以上に抵抗はないと上層部は考えているに違いない。
 クロノにしてもその行動に納得してしまっている。
 ソラの力が解明されれば、ソラの知識を無理矢理でも引き出せば自体は好転するのではないかと思ってしまう。
 だが、それを肯定するのに押し止めるものがあった。
 短い間でしかないが行動を共にし知った彼の人柄。
 対立しまったが、彼の信念は一方的に否定できないものだと分かっている。

「…………どうするつもりですか?」

「どうすればいいんだろうな……」

 アキもこの部屋の空気を感じ取っているのだろう。
 ソラの発言は管理局の暗部を突き付けたものだ。下っ端や凝り固まった偉い人間が聞いても反感しか買わないだろう。
 何にしてもソラの考えは管理局にとってあまり良くないものだろう。
 そしてソラのあの性格。
 場所が変わったところで殊勝に振舞うとは思えない。
 見知った人だけに拷問を受ける様は想像したくない。
 とはいえ何をすれば最善なのか何も分からない。
 アズサのこと、ソラのこと、道化師のこと。
 そのどれもが自分たち管理局の手の外で動いている気がする。
 ズン――突然、振動が部屋を揺らした。

「何だ……!?」

 もう一度、衝撃が走る。
 部屋にいた者はその震動に立っていられずにみんな伏せる。

「これは魔力反応!?」

 クロノが叫んだ瞬間、震動が轟音とともに訪れた。
 ガラス越しの部屋を水色の壁が切っ裂いた。

「なんてデタラメな!」

 ここは管理局の施設であり、施設の中でも中央に近い位置にある場所だ。
 当然、建物は一級の耐魔素材で作られている。それを簡単に両断したのだから驚愕するしかなかった。

「……そうだソラは!?」

 ガラス越しの彼は変わらずに転がったまま。拘束服のおかげで身動きは取れていない。だが――
 胸の前で組むよう固定していたバンドが弾ける。
 さらに袋状になっている袖先を歯で噛みちぎる。

「デタラ――」

 ソラに使う常套句を言おうとして彼の腕から滴る血に息を飲む。
 力任せ、それも自分が傷つくことをいとわずに拘束を壊した。

「待てソラ!」

 ガラス越し、聞こえないと分かっていてもクロノは叫んだ。
 自由になったソラは躊躇いもせずに切り裂かれた亀裂に身を躍らせる。

「くそっ!?」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 切り裂いた建物から出てきたソラを確認して転移魔法陣を起動する。
 こちらの意図を察してソラはその魔法陣の中に着地する。
 すぐに起動してその場から飛ぶ。
 とはいえ、転移魔法を阻害する都市に張られた結界のため大きくは飛べないが時間を稼ぐには十分だ。

「…………何のつもりクライド?」

「助けてもらっておいて随分な言い方だね。まあいいけど」

 敵意を持って見返してくるソラに苦笑してクライドはそれをソラに投げる。
 まず銀装飾のペンダント。

「こじ開けようとしていたみたいだったけど、まだ中身には触れられていないよ」

 それに安堵した息をもらしたが、すぐに顔を引き締めて睨みつける。
 随分嫌われている。そのことに仕方がないと感じ、クライドは要件を済ませることにする。

「君の剣と銃だ。それからアズサ・イチジョウの居場所だ」

 最後の差し出した端末にソラの手は伸びなかった。

「何のつもりだクライド? あんたは管理局だろ?」

「管理局なら辞表を出してきたよ」

「…………はぁ!?」

 珍しいソラの間抜けな顔。
 一年前から変わり始めて、プレシアを殺してから戻ってしまったと思ったが、変わっていない彼に安堵を感じる。

「管理局に居続けると私がやりたいことができないんでね」

「ちょ、ちょっと待って。それじゃあアリシアはどうしたんだよ!?」

「あの子はリンディに預けてきたよ。大丈夫だ、フェイトも一緒なんだから」

「…………それが一番心配なんだよ」

 頭を抱えながら器用にペンダントを魔導書に具現化し、その中に収納させてある彼の服を取り出して着替えていく。

「相変わらず便利なものだね」

「…………まだいたの?」

 ソラの対応にクライドは肩をすくめる。

「足も用意してある。バイクだけど運転は?」

「したことないけど、基本くらいは知っているから何とかする」

「それは……」

 元公僕としては止めるべきなのだろうが、事情を知っている身としてはそれも憚れる。

「せめて信号は守ってもらえるかな?」

「馬鹿にしているの?」

「そ、そうだよな。こんな時に信号無視していらない手間を増やすことなんて――」

「赤が進めでしょ?」

「ちょ、それは――」

「冗談だよ」

「……こんな時に冗談を言っていられるとは恐れ入るよ」

「いやーシリアスが続いたから一度ボケを入れておけって血が騒いで」

「どんな血だそれは」

 突っ込みを返しつつ、ソラと二人っきりでこんな馬鹿なやり取りをしていることに驚く。
 プレシアとアリシアと出会い。そしてこちらに戻ってきてソラは変わってきている。
 だが、それは外面を良くすることにしかクライドには思えなかった。
 この軽薄な笑みの下にあるものをクライドは知っている。
 今、ソラはプレシアの時と同じようにできた絆を切り捨てしまった。言葉を交わしたことのないアズサと言う少女のために。
 ソラの経歴を知っているだけにその気持ちはなんとなく分かる。
 だが、それを口にして共感を分かち合う資格がないことをクライドは自覚していた。

「でも、のんびり交通ルールを守っている余裕はなさそうだけど」

「足止めはしてあげるよ。ソラは何も気にせず彼女を助けに行くといい。ただし、極力安全運転で」

「クライド…………どういう風の吹き回し?」

「別にこれであのことを水に流してくれなんて言うつもりはないよ」

 いぶかしむソラにクライドは戦闘の準備をしながら答える。
 そう、これはソラに対しての贖罪ではない。そんなものはソラが望むものではない。

「君が正しいことをしようとしている。だからその手助けをするだけだよ」

 ソラがやろうとしていることが間違っていないと思うからこそ、手助けするのだ。

「…………そう」

「さぁ……行け!」

 返事はないが代わりに用意しておいたバイクのエンジンが唸りを上げる。

「死ぬんじゃないよ、ソラ。まだプレシアの答えを聞いてないんだからね」

 小さくなっていく背中にクライドは聞こえない呟きをもらし、あることに気付いた。

「ちょっとソラ! ヘルメット!」

 叫んでも、もはや声は届いていないだろう。
 やれやれと溜息をもらしつつ、クライドは飛翔する。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 上空からソラを見つけ、威嚇射撃を行おうとしていた魔導師が水色の剣に貫かれた。
 そして次の瞬間、下から現れた人影がその魔導師を蹴り飛ばして水色の剣で標本のようにビルの壁に貼り付けた。
 一連の動作にクロノを始めとした「G」対策の第一部隊はまったく反応できなかった。

「と、父さん?」

 クロノの呟きに周りが騒然とする。
 クライド・ハラオウン。この名前は地上の人間にも有名な名前だ。

「……どうして?」

「スティンガーブレイド」

 クロノの戸惑いを余所にクライドが魔法を展開する。
 描き出される魔法陣が展開されているころには八つの剣が現出、飛んでいた。
 咄嗟にクロノは身をよじる。
 すぐ脇を剣がものすごいスピードで通り過ぎて行った。
 飛翔による回避行動や防御では間に合わない速さに戦慄する。
 見回せば先の魔導師のようにクロノ以外の者たちはビルに磔にされる。

「よくかわしたね、クロノ」

「父さん……」

「悪いけど、ここから先は行かせるわけにはいかないよ」

 その言葉に彼がソラの脱走の手引きをしたことを確信する。

「父さん……あなたは自分が何をしているのか分かっているのか?」

「分かっているよ」

「ならどうして!?」

「どうしてか……少なくても間違ったことをしているつもりはないよ」

 間違ったことをしていない?
 管理局の施設を襲撃し、重要参考人の逃亡を手助けしておいて、そんなことを平然と言ってのける父にクロノは怒りを感じる。

「逆に聞かせてもらうけど、君たちは正しいことをしているの?」

「…………当たり前だ」

「どうして躊躇うのかな?」

 わずかな迷いをクライドは見逃さなかった。
 アズサの扱い、ソラの尋問、そしてあの悪夢がクロノを迷わせる。

「管理局の行動は確かに正しい。でもそれはソラが間違っているということじゃない」

「間違ってるだろ! あれだけの力があって、義務も責任も放棄して――」

「ソラに次元世界を守る義務も責任も義理はない。それを理由に彼を責める権利は誰にもない」

「そんなこと――」

「ソラは次元世界の全てにお前は死ねって言われたんだ」

 静かな、憐憫を含む言葉にクロノは押し黙る。

「親に否定されて、ロストロギアに翻弄されて、私たちはただ何も考えずにあの子を追い回した」

 唐突に聞かされたソラの過去の片鱗に思わず聞きいってしまう。

「世界の代表たる管理局はあの子を助けなかった」

 それは今のアズサと同じではないのか。

「誰にも助けてもらえず、ソラは一人で生きるために強くなった。あの力はソラ自身のためのものだ」

「だからって無暗に振るっていいものでじゃない」

「いつ彼が無暗に剣を振るった?」

「それは……」

「あの子は誰よりも剣を振ることの重みを知っている。あの子が剣を振るうのは私利私欲のためじゃない」

 クライドの言葉を否定することはできない。
 クロノが知る限りソラが剣を抜いたのは「G」と戦うためとアズサを守るための二つ。
 アズサを守ることがいけないことだとい言うことは口にできなかった。

「正直ソラが管理局に協力していることは驚きだよ」

 何も言い返せない。ソラに無理を言って協力を仰いだのは管理局だ。

「でもそれもいいと思っていた。彼が過去と決別して新しい幸せを見つけられるなら。だけど――」

 クライドの細められた眼光に思わずクロノは息を飲む。

「これは何だ!? ソラを散々頼っておいて、手の平を返したような扱いは!?」

「それは仕方がないことなんだ。「G」に対してソラの力は必要だったし、アズサのことは上層部が決めたこと。今回のことだって」

「……まるで自分のせいじゃないって言い方だな」

「そんなこと――」

 クライドの厳しい顔を見ただけで反論は封じられる。
 大きいとクロノは思った。
 半端な気持ちは一切許さず、誤魔化すこともできない。
 揺るがない何かを持って行動する様はソラによく似ていた。
 いや、この場合はソラがクライドに似ているのだろう。
 そう思うと目の前の男に怒りが湧いてくる。

「クロノ、お前は今まで自分の意思で何かしたことはあるのか?」

 父親の顔をして諭すようにする顔が憎らしい。

「決められた正義をただ遵守しているだけなら、ソラと本当に向き合うことなんてできないぞ」

 そして、息子よりも他人を心配している様に憤りを感じずにはいられない。

「…………さい」

 こんな男の背中を目指してわけじゃない。
 母さんの悲しみ、恩師の無念。様々な傷を残して消えたこの男は今管理局を否定する。
 その姿はとても英雄といわれ思い描いていた父の姿ではなかった。

「うるさい! 今さら父親面なんてするな!」

 気付いたら叫んでいた。
 そして、今まで溜め込んでいた不満をぶちまけていた。

「どうして今さら帰ってきたりするんだ!?」

 今この場において関係ない話でもクロノはそれを止められなかった。

「闇の書事件が終わって、ようやく止まっていた時間が動き出したのにどうして惑わせる!?」

 受け入れることができなかった。
 物心がつくよりも早くにいなくなってしまった人。
 それでも何度も話に聞いた理想の人。

「憧れていた、尊敬していた、なのにどうしてそんなことを言う!?」

 理想は失望に変わって目の前にある。
 こんな男は母が、恩師が語ってくれた人だとは思えない。
 ソラを逃がすために犯罪行為に走った人間なんて父親だなんて認められない。

「クロノ……」

 それに対してクライドは――

「いつまで甘えたことを言っている」

 どこまでも厳しい言葉をぶつけた。

「今さら父親面するつもりなんてするつもりはない。そんな資格なんてないのは自覚している」

 自嘲し、それでもと、クロノを真っ直ぐクライドは見返す。

「お前はもう執務官だ。自分で決めて行動するべき人間だ」

「そんなの分かってる!」

「分かってないだろっ!」

 クライドの一喝にクロノは気押されてしまう。

「お前は何も考えてない。ただ上の命令を聞いて行動しているだけだ」

「そ……それの何がいけないっていうんだ!? 組織っていうのはそういうものだ!」

「だからアズサを犠牲にすることも、ソラを利用することも何にも感じないのか?」

「あんたに何が分かる……」

 先程のスティンガーブレイドを見ただけでも分かる。
 構築速度に、射撃精度、操作性、弾速、威力。
 何を取っても今まで見たこともないほどに完成された、自分が使う同じものと比べて雲泥の差の代物だった。

「僕たちはあんたと違うんだ! 僕にはあんたたちみたいな力なんてないんだ!? それでも僕たちはこの世界を守らなければいけないんだ」

 だから、力ある者を利用して何が悪い。
 万能の力がないから何かを犠牲にしなければいけないのだ。

「……十二年だ」

「……何のことだ?」

「あの子が魔導資質を失って、あれだけの力を手に入れるために費やした時間だ」

「それが何だって言うんだ!?」

「生まれ持った才能を失って、零から強くなった」

「僕だって、あんたがいなくなって努力してきたんだ! それでも――」

「ソラは死に物狂いだったよ。いや、今でも同じだ」

 努力をしてきたのはソラだけじゃない。
 自分だって他の同年代の人たちよりも厳しい訓練を積んできた自負がある。
 それなのにこの男はそれをないがしろにする。

「もう……しゃべるなっ!!」

『スティンガーレイ』

 激情に任せてクロノは魔弾を撃つ。
 それも一発だけではなく息が続く限りの連射。
 クライドはそこから微動だに、防御する素振りも見せずに爆煙に包まれた。

「はあ…………はあ…………はあ…………くっ」

 煙が晴れたそこには悠然と水色の剣を傍らに浮かべたクライドがいた。

「その程度か?」

「くぅ……」

『ブレイズ・キャノン』

 クロノの砲撃にブレイドが盾になって防ぐ。
 ブレイドは揺るぎもせずに砲撃を受け切った。

『スティンガースナイプ』

 誘導弾を撃ち、自身も動く。
 動いて撹乱しようにもクライドには動く気配がない。
 背後、クライドの死角から魔弾が迫る。
 クライドはそれを一瞥もせずにブレイドで防いだ。
 巻き起こった爆煙に紛れてクロノは接近する。
 スティンガーレイを撃ち、煙を引き裂き、防御させる。
 その隙に、背後を取り、魔力を乗せたS2Uを叩きこむ。
 その一撃を素早く動いたブレイドが防ぐ。
 それでも――

『ディレイドバインド』

 打撃の前に仕掛けたバインドが発動してクライドの身体に絡みつく。

「どうだ!?」

「それで?」

 バインドにかかったのにクライドは動じた様子はない。
 それがクロノの癇に障る。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト」

 クロノは自分がもてる最大の攻撃を放つ。
 百を超える剣がクライドに殺到する。
 だが、クロノは次の光景に自分の目を疑った。

「スティンガーブレイド・トライフォース」

 クライドの剣が三つになる。
 クロノのブレイドとは一回りそれはクロノの視認速度を超えて動く。
 甲高い音を立ててクロノのブレイドが叩き壊される。
 数秒もしないうちにクロノのブレイドは全て破壊された。
 防ぐでもなく、完全に一方的に破壊された。その事実に愕然とする。

「そんっ――」

 叫ぼうとした瞬間に、喉元にブレイドが突き付けられた。
 チクリとした痛みに震えが走る。
 まさか非殺傷設定ではないのかと背筋が凍る。

「クロノ。お前は自分が死ぬことはないと思っていないか?」

「そんなこと――」

「お前と、いや戻ってきて感じたことだ。管理局の魔導師は自分たちが死なないということを無意識に思って戦っている」

 それの何がいけないんだ。誰も自分が死ぬと思って戦っているはずがないのに。

「ソラは自分が死ぬことも考えて戦っている。だから私たちができない一歩を踏み込んで戦える。それがお前とソラの決定的な違いだ」

 剣を突き付けられて熱くなった頭が冷めてくると疑問が浮かんでくる。
 この人は何故、こんなことを話しているのだろうか。
 本気になれば自分なんて一瞬で撃墜されてもおかしくない力の差なのに。
 遊ばれているのか、そうとは感じられない。
 時間を稼ぐなら撃墜してしまった方がずっと手っ取り早い。

「死に愚鈍になれと言ってるわけじゃないんだけど……」

 そんなクロノの心中を知らずにクライドは言葉をじっくりと吟味して話す。

「まあ、ようするに強くなりたいならソラのことをよく観察することだということだ」

「……人殺しから学ぶことなんてない!」

 クロノの言葉にクライドはやれやれと肩をすくめる。
 突き付けたブレイドを戻す。

「私が言いたいことはそんなところだ。あと一つ聞きたいことがある」

「……何?」

「ソラがアズサ・イチジョウを助けようとすることは間違っているのか?」

「っ……それは……」

「よく考えるといい。自分の頭と……心で……」

 クロノにそれ以上言うことを許さないクライドは言葉を遮り、ブレイドを動かす。

「さて、続きを――」

「ぬおおおおおおおおおおおおぉっ!!」

 クライドの言葉を遮って雄叫びを上げてルークスが重戦斧型のデバイスを振り下ろす。
 不意を打ったはずの一撃をクライドは見向きもせずにブレイドの一つで安々と受け止めてしまう。

「驚いた。あのバインドを解くとはね。それでも――」

 こと攻撃力に関しては部隊中トップの一撃を平然と受け止めてクライドは反撃をする。
 ブレイドの一本の薙ぎ払いにルークスは盛大に吹き飛ばされる。
 クライドがルークスに対応した瞬間にクロノは特攻する。
 クライドに対抗できる魔法。それを使うことに抵抗はあったがクロノは躊躇いを捨てる。
 デュランダルを取り出し、水を召喚。
 作りだした水の刃を一気に振り切る。

「くっ……これは――」

 三つのブレイドを重ねて受ける。
 だが、次の瞬間抵抗を失った。
 半身をずらし、ブレイドを傾け、水の刃はクライドのすぐ脇を滑り落ちる。

「クロノ……君の負けだ」

 自由になった三本のブレイドがクロノを囲む。
 そして衝撃。
 意識がブラックアウトしていく。
 それが急激な魔力ダメージによるものだと理解する前にクロノの意識は完全に途切れた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 気がつけば見覚えのある天井だった。
 時間が夜で同じ景色なのにそこが前に目覚めた病室だと理解するのに少し時間がかかった。

「クロノ君……」

 ベッドの傍らには前に目覚めた時と同じようにエイミィがいた。

「クライドさん……辞表を出していたって」

「…………そうか」

 普段の彼女がするとは思えない深刻な顔から出てきた言葉にクロノは気のない返事をして天井に視線を戻す。
 身体に感じるだるさは魔力ダメージ特有のもの。
 もう少し寝ていれば問題なく全快するだろう。今でも無理をすれば動くことはできるはず。
 しかし、動く気力は湧いてこなかった。

「なあエイミィ……僕が目指してきたのは何だったんだろね?」

「あ、あのさクロノ君。あの人が言ったことなんて気にしなくていいと思うよ」

 クロノの心中を察してエイミィが慰める。

「クロノ君がすっごい努力してきたことは私が一番よく知っているんだから」

「そんな努力、意味なんてなかっただろ」

 そう意味なんてなかった。
 同じ時間を費やしたソラは遥か高みにいる。

「はあ……」

 エイミィの溜息。それを肯定と思ってクロノはまたぼうっと思考を巡らせる。
 ゴスッ、そんなクロノの額にエイミィはファイルを振り下ろした。

「つ~~~いきなり何をするエイミィ!?」

 額を押さえて起き上がり、抗議するクロノにエイミィは難しい顔をして言葉を選ぶ。

「えっとね……らしくないよ」

「何がらしくだ!? 僕は事実しか言ってないだろ!」

「事実だけど今さらでしょ? そんな悩み、なのはちゃんたちに会っても感じたことでしょ?」

 エイミィの指摘にクロノは口を閉ざす。
 確かに彼女たちの才能に嫉妬を感じたのが事実なだけに否定できない。

「今のクロノ君はフルボッコにされてネガティブになってるだけだよ」

「フルボッコって……」

 事実ではあるが改めて言われると傷付く。

「あたしには戦うことってよく分からないけどさ。ソラ君はきっとクロノ君の何倍も努力したんだと思うよ」

 エイミィの言葉を黙って聞く。

「だからクロノ君より強いんだと思うけど……」

 言い淀みそれでもエイミィはその言葉を告げる。

「今のクロノ君はなんだか怖いよ」

「僕が……怖い?」

「うん……ソラ君やアズサちゃんよりも」

「訂正しろエイミィ! 僕があんな人殺し……たち……より……」

 自分の口から出た言葉が信じられずクロノは口を押さえる。
 人殺し。
 彼らは本当にそうなのか。
 短い付き合いで感じたソラは本当に凶悪な犯罪者だったのか。
 能力に振り回されて人を殺してしまったアズサは罵られてしかるべきの少女だったのか。

「クロノ君、もしかして二人に先入観持ってない?」

 クロノの心中をエイミィはずばり言い当てる。
 言われて理解がする。
 自分がソラとアズサに恐怖の感情を持っていたことを。
 未知の力を持ち、人殺しと名乗ったソラ。
 数多くの人を殺してきた「G」と同種の力を持ったアズサ。
 エイミィの言う通り、自分は彼らを恐れている気がした。

「……僕の何が怖いんだ?」

 幾分か冷静になってクロノは尋ねる。

「えっとさ……ソラ君はさ、その気になればバリアジャケットなんて関係なしに攻撃できるよね?」

「そうだな……あれはかなり効いた」

「でも、クロノ君は生きてるよね? それってちゃんと手加減してくれていたってことだよね?」

 ソラは「G」を内部から破壊した実績がある。自分が受けた攻撃がそれと同種なものだと認識して冷たい汗が流れる。

「それからアズサちゃんだけど……あの子は自分の力で誰かを傷付けたくないからあんな廃都市区画で生活しているわけだし」

 感情を引き金に暴走する炎の力は確かに恐ろしいものだった。

「二人とも自分の力がどういうものかちゃんと分かっているみたいだけど。クロノ君は非殺傷でも殺傷でも戦い方って変わらなかったよね?」

 クロノは自分の戦い方を思い出す。
 スイッチを切り替えるだけで生殺を決めることができるありがたく便利なシステム。
 殺傷設定を使う時など人形や障害物を破壊する時だけにしか使っていない。
 いや、「G」と、ソラとクライドの二人に使っていた。
 気が付くと吐き気がもようした。
 結論は何も変わらなかった。
 「G」はともかく、自分はソラとクライドを殺すつもりで攻撃していた。
 自覚なんてなかった。通用しそうなものを考えて実行したに過ぎない行動だった。

「あたしは魔導師じゃないから、どっちにしているか分からないからさ――」

 エイミィの言葉なんても耳に入ってこなかった。
 自分の行動は人殺しだった。過失などとの言い訳の効かない完全な。
 もし当てることができたらどうなっていたか。
 「G」を倒すための魔法なのだから威力は非常に高い。
 バリアジャケットを纏っていないソラなんて即死でもおかしくない。
 クライドにしたって大怪我で済むか分からない。
 そんな力を感情に任せて振り回した自分が信じられない。
 これでは彼らを責めることなどできないではないか。

「……そうか」

 ソラの言った言葉が今なら受け入れることができた。

『お前たちより人を殺してない!』

 どんな誤魔化しても自分の手の中にあるのは人を殺せる力。
 そして魔法で、立場で、きっと知らないところで多くの不幸を作ってきたのだろう。
 それを無自覚で振るってきたのは罪だとクロノは思う。

「……エイミィ、部隊の準備はどうなってる?」

「部隊って? 「G」殲滅戦の?」

「ああ……それのことだ」

 エイミィは端末を操作して調べる。

「作戦決行は今日の日没。クロノ君も可能なら参加の要請があったけど――」

「日没か……まだ時間はあるな」

「ちょ!? 何言ってるの? 昨日と今日で二度も撃墜されたんだよ。流石に無理だよ」

 起き上がろうとするクロノをエイミィは押しとどめる。

「無理も無茶も承知だよ。でも行かなくちゃいけないんだ。僕はアズサに言わなくちゃいけないことがあったから」

「クロノ君……それってまさか!?」

 クロノの言葉にエイミィは混乱する。
 当然だろう。部隊に合流して行くのではなく、独断で動くと言っているのだ。それも「G」の巣に。
 普通の神経なら正気を疑う、それはクロノも自覚していた。
 だがクロノの決意は揺るがない。

「迷うことなんてなかったんだ。アズサがどんな出生だったとしても、泣いてる女の子を助けない理由になんてならないんだ」

 それなのに自分たちの無力さを理由に彼女を犠牲にしようとした。
 そんなことをする前にやるべきことなんていくらでもあったのに。
 プライドや先入観による嫌悪感を捨てて、土下座でもしてソラに頼み込むことも。
 ソラと同等の力があると気付くべきだったクライドに相談することだってできた。
 情けない。どちらも私情で考えないようにしたことだった。
 ソラが人殺しだから線引きして深く関わらないようにしていた。
 突然、現れた父にどう接していいか分からないから距離を取っていた。
 アズサを助けるためなら、ソラだって協力してくれたはずだ。

「ああ、そうだこれが僕の目標なんだ」

 憧れを持ったのは法なんてものを理解していない子供の時。
 ただ父のような英雄に、一人で多くの人を救える人間になりたかったんだ。
 迷いが晴れると力が湧いてくる。
 重かった身体が嘘のように軽くなる。

「大丈夫、ソラもアズサの所に向かっているはずだから……だから手助けをしないと」

「ダメだよ、クロノ君死んじゃうよ」

「死ぬつもりなんてないよ……絶対戻ってくる、だから行かせてくれ」

「ヤダ……絶対だめ」

 エイミィは両手を広げてドアの前に立ちふさがる。
 どうしたものかクロノは迷う。
 できれば手荒な真似なんてしたくない。
 だが、もうアズサを助けにいくことを曲げる気にはなれない。
 できれば言葉でどいて欲しかった。

「エイミィ……頼むから――」

 プシュ、クロノの言葉を遮ってドアが外から開かれる。

「何処に行くつもりだクロノ執務官?」

「アキ・カノウ二佐……アズサを助けに行きます」

「…………自分が言っていることの意味が分かっているのか?」

「当然です」

「上層部がアズサ・イチジョウを抹殺することを決めた理由はおそらく彼女の能力が手に余るからだ」

 魔法とは違う能力。それがどんなものか詳細が分かっていなくても異端は混乱を招くものに変わりはない。
 だから、上層部はその混乱の芽を早く摘んでおきたいのだろう。

「例え、助けたとしてもアズサの処遇は変わらないぞ?」

「それは助けた後に考えます。まずは助けないとそれさえも考えられなくなりますから」

「…………意思は固いということか」

「それじゃあ――」

「だが、リンディに借りている君が一人で死地に赴くことは許せないな」

 アキの背後に人の気配が動く。
 それも一人ではなく数人。

「なら、力尽くで行かせてもらう」

 バリアジャケットを展開、S2Uを起動して構える。

「クロノ君!!」

 エイミィの悲鳴を合図にクロノは動いた。









あとがき

 第八話をお送りしました。
 予定としては次の話でクロノに焦点を当てた話は終了する予定です。
 クロノの話のコンセプトは組織と個人。
 あまり長引かせたくないため、クロノの心情の移り変わりを強引に推し進めていますが、御容赦ください。

 次回の九話はバトル主体となります。
 話数を重ねる度に量が増えているので、いつできるか分かりませんができる限り早く投降するように努力します。





[17103] 第九話 命火
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:2d1dfd38
Date: 2010/06/27 11:31

 廃棄都市区画。
 繁栄した都市や社会においてそれは必ずと言っていいほどついて回る裏側の社会。
 発展に取り残された場所。
 広大になりすぎ、治安維持の手が追いつかない無法地帯。
 社会に適応できなかった人たちが集まるスラム街。
 多次元からの住人が多いミッドチルダにおいてはそういった開発を放棄された街が数多く存在している。
 その場所もそんな社会から弾かれた街の一つだった。


「もう……追ってこないか」

 バイクで走りだして数分。クライドが時間を稼ぐとか言っていた割にすぐに追手は現れた。
 役立たずと罵りながら、慣れないバイクで全速で走らせた
 信号なんて守っている余裕はなく、時間が経つにつれて追手は数を増やしていく。
 挙句は道を塞がれるは、魔法を撃ち込まれるはで酷い目にあった。
 バイクの操縦で手一杯だったせいで反撃ができなかったため、余計に時間を浪費することになった。
 その分、操縦に慣れたがそんなことは何の慰めにもならない。
 ハイウェイに入り、通行止めのバーを壊したあたりからうるさいサイレンの音はなくなっていった。
 理由は分からないが、諦めてくれたのなら好都合だ。

「……急がないと」

 時間を確認、今は正午を少し過ぎたところ、クライドの調べでは襲撃は日没と同時にしかけるらしい。
 アズサの居場所を見つけること、予想される戦闘、脱出のことを考えれば時間はいくらあっても足りない。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 そんなソラの姿をビルの屋上から見下ろす二つの人影があった。

「……あれは管理局の魔導師ですかね姐さん?」

 一人は男。長い黒髪を無造作に束ねた、野性児のような印象の男は近付いてくるバイクを見て呟く。

「魔導師じゃないけど要注意人物の一人ね。
 都市部に放った手駒はほとんど彼一人にやられているわ。手段は単純に剣による斬殺」

 答えたのは女。淡々とした口調で男の疑問に答える。

「へえ……あいつが……」

 男の目に獰猛な光が宿る。

「それにしてもおかしいわね。彼はあの方にだいぶ痛めつけられたはず。生きていたとしても昨日今日で動ける怪我ではなかったはずなのに」

「そんなのどうだっていいじゃないッスか。要するにあいつは敵で、近付いてきている。ならやることは一つ」

 男は背中に三対六枚の金色のフィンを展開して……飛んだ。

「待ちなさい、レイ。まずはあの方に――」

 人の話を聞かずに飛び出した男にやれやれと女は肩をすくめ、その背に白い翼が現れた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 感じた気配にソラは咄嗟にブレーキをかけてバイクを倒し、後輪を滑らせて無理矢理止める。
 ドンッ!! 次の瞬間、目の前に空気を引き裂く轟音を立てて雷が落ちる。
 落雷の衝撃を受け切れずにソラは宙に投げ出される。が、すぐに体勢を治して難なく着地する。

「……いい反応するじゃねえかよ」

 作りだされたクレーターから一人の男が出てきた。
 がたいのいい野獣のような男。
 その背には昆虫の羽に似た三対六枚のフィンが広がっていた。

「……HGS能力者」

 しかし、感じる気配はアズサやあの人とは違う、魔力が混じったものだ。

「いや、「G」って呼んだ方がいいのかな」

「管理局じゃ、そう呼んでるらしいな。まったく不愉快だぜ」

「不愉快?」

「だってそうだろ!? よりによって「G」だぞ! まるで家庭内害――」

 ドゴンッ! 突然振ってきた瓦礫によってソラの視界から男が消えた。

「……まったく何を言い出すかと思えば」

 白い目を瓦礫に向けて女が降り立つ。その背に広がるフィンにソラは息を飲んだ。
 鳥のような、天使を思わせるフィンに心臓が早鐘のように鳴る。

 ――落ちつけ、彼女じゃない。

 胸を抑えつつ自分に言い聞かせる。
 同じ形状のフィンでも、その容姿は似ても似つかないまったくの他人。
 それでも動揺を抑えるのに数秒かかった。

「もう……いいかしら?」

「わざわざ待っていてくれたの? 随分と親切だね?」

「私の美貌に見惚れている相手に水を差すなんて無粋なことするわけないでしょ」

 長い髪を手で流し誇張する女にソラは引く。
 確かに彼女のフィンに見入ってしまったが、それをここまで勘違いするとは。
 どうしたものかと考えていると、彼女の背後にできたばかりの瓦礫の山をガラガラとかき分けて先程の男が出てきた。

「いきなり何すんですか姐さん?」

「貴方こそいきなり何をトチ狂ったこと言ってるのかしら?」

「いや、だってさ――」

「ん……?」

「…………何でもありません」

 睨みの一つで男は黙る。
 そんな光景を見つつ、ソラは戸惑う。

 ――何だろうこの空気は。

 アズサを助けるためにいろいろと覚悟を決めてやってきたのに、最初に相対したのがコントのコンビのような二人組。
 ああいったやり取りは嫌いではない。しかし、すっかり毒気を抜かれてしまった気分だ。
 溜息を吐いて気付く。
 いつの間にか肩の力が抜けて、頭もスッキリとした気分だった。
 考えてみれば、アキに対して啖呵を切ってからずっと気を張り詰めていた気がする。
 頭が冷えたのは良いことだが、それがおそらく、敵のおかげというのは間が抜けているとしか思えない。
 とりあえず気持ちを切り替えてソラは二人を改めて見据える。

「最初に確認しておくけど、あの道化師の仲間で間違いないよね?」

 ソラの言葉でグダグダだった空気が引き締まる。

「そういう貴方は管理局のジョーカーで間違いないかしら?」

 女の背後の瓦礫が浮かび上がる。
 サイコキネシス。
 ソラの知識の中ではそれはHGSの中で一番オーソドックスな能力だった。
 平たく言ってしまえば手を使わずに物を動かせる力。道化師も使っていた力だ。

「管理局とは手を切ったけど……アズサを返しにもらいにきたよ」

 自分のデバイスとも言える柄を抜き、スイッチを入れて刃を出して構えを取る。

「アズサって……あのフェザリアンのことか?」

「そうだよ。だいたいお前たちはあの子をどうするつもりなんだ? フェザリアンの資料は北天の魔導書の中に全部あるはずだろ?」

「俺たちだって大将が何でいまさらあんな劣等種が必要なのかなんて知らねえよ」

「劣等種? 随分な言い方だね……君たちはその紛いもののくせに」

「はっ……一緒にするな。俺たちはなあ――」

 ゴスッ、男の後頭部に女が操った意思が命中してそれ以上の言葉を強制的に黙らせる。

「……喋り過ぎ」

「……すいません姐さん」

 頭を下げて男は構えを取る。
 もう少し、情報が欲しかったがこれ以上は無理だろう。

「お前が倒していた奴はなあ、あんな姿になっても元は仲間なんだ。仇は討たせてもらうぜっ!」

 言葉と共に男が飛び込んでくる。
 その速度は想像よりもずっと速い。
 咄嗟にソラは剣を盾にするように構える。

「そんな細い剣で俺様の拳が止められるか!」

 止める気は初めからなかった。
 男の拳が刀身に触れた瞬間、ソラは剣を傾けてその威力を流す。

「へ……?」

 手応えのなさに間の抜けた声をもらして男が突進の速度そのままに横を通り過ぎていく。
 ソラは意識を一時男から切り離して前方に集中する。
 飛来する無数の石の飛礫。
 それを強引に剣で切り裂き、隙間を縫うようにして突き進む。

「ぬああああああっ!」

 背後の悲鳴を無視。
 肉薄した女は驚愕の顔をするが躊躇わず、剣を振る。
 魔法の盾、これまでの「G」のフィールドならば容易く切り裂けたが、歪んだ空間が剣を音もなく受け止めた。
 そして頭上の動く気配にすぐさまその場から飛び退く。
 自分の大きさほどある瓦礫が目の前に降り注いだ。
 さらに追いかけるように次々と瓦礫が降ってくる。
 ソラは女を中心に円を描くように走り、その弾幕の合間にナイフを投げる。

「……くっ!?」

 ナイフは女の肩に刺さり、飛礫の弾幕が途切れる。
 その隙を逃すまいと追撃をかける。

「させるかよっ!」

 しかし、戻ってきた男の奇襲を避けるための行動によってそのタイミングを失った。

「奇襲に声を出すのはどうかと思うけどな」

 気配に意識は割いていたから接近は気付いていた。それに声のおかげで回避することは簡単だった。
 男の拳を避け、すれ違い様に膝を腹に叩きこむ。

「ぐお……」

 打った腹を押さえてその場にうずくまる男。
 そこに爪先で彼の顎先を蹴り上げた。
 そして、飛んできたナイフを掴む。

「なんて……デタラメな」

 ナイフが飛んできた先、女は肩を押さえながら毒づく。
 そんな姿にソラは溜息を吐く。

「……アズサの居場所、教えてくれないかな?」

「この程度で勝ったつもりかしら?」

「そ……そうだぜ俺たちはまだ……」

 立ち上がった男は三秒も持たずにフラつき尻もちを着く。
 わけが分からない顔でもう一度立ち上がり、同じように倒れる。

「てめぇ……何をしやがった!?」

「人の顎先って急所の一つなんだよ。そこを打てば脳震盪を狙える」

「急所だからって俺たちの身体は人間なんかと違うはずだ!?」

「同じだよ」

 勘違いをしている男に現実を突き付ける。

「脳の位置、内臓の位置、骨格、関節、人の姿をしている以上その作り方は変わらない。現に君はこうして立てなくなっている」

 だからと、女の動きを気にしながら続ける。

「はっきり言って、人間の形をしているから今まで相手にしていた奴らよりもずっと戦いやすいよ」

 その言葉に絶句する気配が二つ。
 だがそれも事実だった。
 魔法とは違う能力体系の超能力。
 確かに魔法と比べると発動が早く、それでいて威力もあるのは脅威だが対応できないものではない。
 理性を持って力を行使するなら、その気配は視線やわずかな仕草で読み取ることができる。
 異形の「G」は獣の身体の上に本能で戦っているから読みにくいが、その分攻撃パターンは単純。
 気をつけるべきなのは驚異的な膂力による攻撃だが、獣と比べれば人型の身体能力は低い。
 そしてなにより、目の前の二人は能力や身体能力に任せた攻撃なので、まだクロノ達の方が強いのではないかと思えてしまう。

「そ、そんな馬鹿な……」

「くっ……」

 愕然と、悔しそうにする二人にソラはどうしたものかと言葉を探す。
 アズサを助けることが目的であり、戦うことじゃない。
 魔導師にはない本気の殺意を伴った攻撃とはいえ、戦うということは本来がそういうものだから文句はない。
 それにしたって戦い方が素人くさくて本気になれない。

「ほら……僕は弱いものいじめなんてしたくないし」

 選んだ末の穏便に引いてもらうための言葉に二人は沈黙した。

「……聞いてる? 君たちに用はないから怪我をしたくなかったらアズサの居場所を――」

 半身を逸らす。そこに雷撃が走り抜けた。
 話に時間をかけ過ぎたのか、それとも「G」の回復力か男は立ち上がっていた。
 その上、まとう気配が一変していた。

「お前たち魔導師はいつもそうだ……魔法が使えないからって人のことを見下して……」

「いや、僕は魔導師じゃないから」

「ようやく手に入れた……お前たちをぶち殺すための力だ。こんな程度で終わるかよ!」

「だから――」

 ソラの言葉を無視して、男の周囲に無数の電気の火花が弾ける。
 先程と比べ物にならないほどの電撃を無作為に周囲にばらまく。
 それに伴って光を増すフィンにソラは目を細めた。

「なるほど……そういうことか」

「死ねっ!!」

 電撃の槍が放たれる。
 それはまさに黒雲から光の速さで落ちる雷。
 それを見てから回避するなどできるはずがない。
 だから、それが放たれる前にソラは動いていた。
 突き立った瓦礫を盾にするように走る。

「くそっ……ちょこまかと」

 だが、ソラの身体を隠せる大きさの瓦礫は砕かれ、少なくなっていく。
 それでも一つ一つ壊し、ソラの逃げ場を少しずつ奪っていくことを考えるほどに男の気は短くなかった。

「サンダーブレイクッ!!」

 本物の雷とも思える一撃が頭上から降り注ぎ、その衝撃が周囲を薙ぎ払う。
 直撃など考えない一撃に煽られてソラは吹き飛ばされる。

「もらった!」

 空中、それも未だに体勢を整えていないソラに続く雷撃の槍を避ける術などない。
 男もこれで自分の勝利を確信した。
 バリアジャケットがないソラにとって直撃はそのまま死につながる。
 咄嗟にソラはナイフを投げる。

「なっ!?」

 命中の直前に雷撃は曲がり、投げたナイフに命中した。
 それでも帯電の余波が肌を焼く。
 それを無視してソラは着地、身体を引き絞る。
 男が驚愕から覚める前に地面を蹴った。
 持っている技の中で最大の射程と速度を持つ突きは男の肩を捉える。 

「くっ……だが捕え――」

 肩を刺されても男はひるまずソラの腕を掴む。
 だが、その行動に対してソラは左の剣を抜いていた。

「なっ……!?」

 絶句する男にソラはためらずそのまま、剣を突き出す。
 だが、突然左腕が折れ、刃は男の脇腹をかすった。
 それが女の念動力によるものだと気付く前に衝撃が走った。

「おおおおおおおおおおおっ!!」

 咆哮を上げ、男は掴んだ腕に電流を流す。
 だが、それだけで終わらずに力任せに拳を振り抜いた。
 ベキベキ、骨が折れる音と感触を受けてソラの身体を拳の勢いを使って投げ飛ばされる。
 そして受け身も取れずに地面を転がった。

「姐さん、助かりました」

 振り返って男は女に頭を下げる。

「しっかし、とんでもねえ奴だな」

「殺したの?」

「手加減なんて考えていられないですよ」

 身体に走る激痛を無視して立ち上がると同時に駆け出す。
 
「レイ、後ろっ!」

「え……?」

 女の叫びで振り返るが、遅い。
 電撃を受けて壊れ刃を作れなくなった剣を捨てて、新たな投剣用ナイフを抜き、放つ。

「うわっ……!?」

 咄嗟に出した腕に投剣が突き刺さる。
 その間に距離を詰めてスライディングで足を絡め取る。
 うつ伏せになる様に引き倒し、その背中を踏みつける。

「お前……何で生きて――」

 そして別のナイフでフィンを切り裂いた。

「ぎゃあああああああああああああああああ!」

 もう一枚を切り裂くことはせずにそのナイフを女に向けて投げる。
 不可視のフィールドがナイフを弾き飛ばした。

「…………化け物」

「……まあそう言われても仕方ないよね」

 苦笑してソラは折れた左腕を見る。
 折れただけではなく電撃による火傷。
 それが見ている間にも時間を巻き戻したかのように治っていく。
 唐突に覚えのある頭痛が走る。

「なるほど、それが君の魔導書の恩恵か……」

 突然現れた背後の気配にソラは素早くその場を飛び退く。
 そこに立っていた道化師の仮面の男を見据え、ソラは答える。

「そんなんじゃないよ。これは呪いだよ」

 十二年前のあの時から変わってしまった身体。
 どんな傷を負ってもすぐに治ってしまうが痛覚は消えたわけではない。
 死ぬほどの痛みを受けても死ねない苦痛。
 そしてなにより、どんなに死にたいと思っても、どんなに殺されても生かされ続けることは地獄としか思えなかった。
 まあ、大怪我をしてもその日の内に完治していることはこんな時にはありがたいと思えるだけに一方的な非難はできないのだが。

「そういう北天の魔導書は『後天的魔導師の開発』が技術なの?」

 その言葉に道化師の気配がかすかに揺れた。

「フェザリアンの能力を基本ベースにして、能力行使に使われる体内エネルギーを魔力素で代用。
 そのリア―フィンは周りの魔力素を集めるためのいわばアンテナの役割をしているってとこかな?
 だから、君たちはフェザリアンと魔導師の中間の存在。僕が感じていた違和感の正体だよ」

「素晴らしい」

 ソラの考察に道化師は拍手で称賛した。

「見事な洞察力と分析能力だ」

「でも、一つ分からない。いくら後天的に魔導師の資質を持たせることができたとしても、普通の人間には魔力を操る感覚や制御のための演算思考はまねできないはず。
 この二つは本能に刷り込まれたものだからね。それを可能にさせているのはどういうこと?」

「それは教えて上げてもいいけど、一つ提案がある」

 勿体つける様な素振りを見せて道化師は告げる。

「私たちの仲間にならないかい?」

「ありえ――」

「ないことはないだろ? 君は管理局と利害関係だけで協力していたんだから」

「……だとしても僕に何の利がある? それに目的も分からない奴に協力なんてできないよ」

「私たちの目的は管理局の崩壊だよ」

「それで?」

「……それでって?」

「管理局に喧嘩ふっかけているんだからそんなの分かっているよ。
 僕が聞いているのは管理局を壊して何がしたいのかっていうことだよ?」

「……君は今の管理世界をどう思う?」

「政治的なことなら僕はあまりよく分からないんだけど」

「難しいことじゃない。君だって管理局による理不尽で居場所を失った人間なのだろ?」

「それは……そうだけど。それは――」

「仕方がないことか?」

 遮られて言葉に口をつぐむ。

「管理局が行っていることは突き詰めれば『切り捨てる』という行為だ。
 自分たちの手に負えないもの、自分たちの害になるものをあらゆる手段を使って排除する。
 そして、わずかにでもそんな可能性があるものもその対象になる」

 それには思い当たる節があった。
 十二年前のこと。
 「G」に対抗するために強引に自分を引き込んだこと。
 アズサに対して取った処置のこと。

「彼らはそんな管理局から切り捨てられた者たちだよ」

 道化師は後ろの二人を一瞥して続ける。

「それは時として必要なことなのだろ。だが、今の管理局はその行為に酔いしれている」

 それはクロノに言ったことと同じだ。

「まあ、言いたいことはだいたい分かった。まとめると管理局が腐り気味だから処分したいっていうこと?」

「そんなところだね」

 溜息を吐いてソラは考える。
 道化師の考えは理解できるものだった。
 ソラ自身もアキやクロノの関わって彼らの選民的な意識に触れている。
 大を生かすために小を殺す。
 その理屈は分かっても、切り捨てられた小だった自分からすればその行為は納得できるものではない。
 そして今では自分も管理局から追われる身になっている。

「仲間になればアズサをどうする?」

「…………彼女のことは諦めた方がいい」

 沈痛なものを押し殺した言葉にソラが言葉を返そうとした瞬間、遠くで覚えのある気配が膨れ上がる。

「この気配は……まさか!?」

「北天の魔導書に目を付けられたんだ。もう、あの子は戻れないよ」

 その言葉が示す意味にソラは胸が締め付けられる痛みを感じた。

「なんで!?」

「北天の魔導書は自分の身体にフェザリアンを求めていた。
 「後天型魔導師」はその途中経過に過ぎないんだよ」

「くそっ……」

 それ以上話している気になれなかった。
 足下に転がっている剣の柄を拾って駆け出す。

「君も王だったなら奴らのやり方は知っているはずだ。
 彼女が望む望まないにしても、抵抗なんてできるはずがない」

 道化師の横を駆け抜ける。
 彼は特に何もせずにそれを見逃した。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「よかったんですか大将……行かせて」

 遠ざかっていくソラの背を見送っているとレイが声をかけてきた。

「構わないさ。私たちに彼と戦う理由はないんだから。それよりも、どうだった?」

「……とにかく強かったです。まるで手品でも使っているみたいにわけが分からなかったです」

「私も同じです。こちらを見ていないはずなのに全て見透かされているようで……」

 安堵を息を漏らしてフィンを消したアンジェが続いて応える。
 不死の身体という予想外のことがあっても、二人は能力で圧倒し、一度は殺した。
 それなのに完敗したような憔悴ぶり。

「あれが王の力ですか?」

「いや、違うね。彼の魔導書にはそんな力はない」

 北天の魔導書や、夜天の魔導書。それ以外の魔導書のどの技術も多かれ少なかれ魔力は使われている。
 魔力を伴わないソラの戦闘能力は魔導書の技術によるものではない。

「断言しますね。あいつのこと知ってるんですか大将?」

「ああ、よく……知っているよ」

 感慨深く、レイの言葉に頷く。

「まさか生きていたとは思わなかったよ」

 あの顔つき。
 前の管理局で会った時は闇にまぎれて気付かなかったが、自分があの顔を見間違えるはずがない。

「くくく、なるほどヒドゥンによる影響か……さしずめ闇の書の呪いと言ったところか」

 不死の身体になった経緯も予想できる。
 あの場でソラが失ったものは全てだろう。
 家族、名前、魔力、そして死ぬことさえ奪われた。
 その痛みは自分のことのように理解できる。

「今はソラか……お前はそちらにいるべきじゃない」

 見えなくなった背中に向かって道化師は言葉を紡ぐ。

「アズサ・イチジョウ以上に……世界は決してお前を認めないだろう」

 ソラは必ず自分たちの仲間になる。
 彼の真実にはそれだけの理由がある。
 口元が緩むのを抑えられない。これは歓喜だろう。
 レイやアンジェのように利害の一致が繋ぐ協力関係ではなく、本当の意味で共感し理解できるのは彼しかいない。
 そんなものあるはずないと思っていたものが、それが目の前に現れた。
 そして、彼を理解できるのも自分だけなのだ。

「待っているぞ、ソラ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 また、繰り返した。
 自分のせいで人が傷付いた。
 血が飛び散り、むせ返る臭いが立ち込めた通路。
 そこに血まみれになっても立ち続ける少年。

 ――もういい。

 その言葉が言えなくて、目をつむり、耳を覆った。

 ――もうやめて。

 倒れても立ち上がる少年に感じるのは申し訳なさ。

 ――わたしはそんなことしてもらえる人間なんかじゃない。

 その言葉は最後まで言えなかった。
 何もできず、ただ傷付けてばかりの自分。
 そんな生きている価値もない自分なんかのためにこれ以上誰かに迷惑をかけたくなんかない。

「本当にそう思っているのかい?」

 不意にかけられた言葉にアズサは膝にうずめていた顔を上げる。

「…………誰?」

 そこには誰もいない。それでも声だけは響く。

「私は北天の魔導書と呼ばれている。まあ、それは気にしなくていい」

 アズサの疑問を軽く流して彼、いや彼女だろうか、は続ける。

「それで君は本当に全て自分のせいだと思っているのかい?」

「だって……そうじゃないですか。わたしのせいでみんな……」

 義父さんもソラも、わたしに優しくしてくれた人はみんな傷付いて、いなくなってしまう。

「わたしなんて生まれてこなければよかった」

 そうすれば誰も傷付けず、こんな苦しい思いなんてしなかった。

「私はそうは思わない」

 思わぬ言葉に俯きかけた動きが止まる。

「生まれてきた者には必ず意味があると私は思っている。
 私は君たちのような魔導師とは違う進化をしたフェザリアンのことを研究している。
 そんな私が君に会えた。それだけで私は君が生まれてきてくれたことを感謝するよ」

「そんなこと……初めて言われた」

「それは不幸なことだね」

 同情するように、アズサの気持ちが分かっていると言うように北天の魔導書は頷いてくれる。

「理不尽だと思わないかい?
 魔導師はその力は好き勝手使っているというのに、君はその力を抑え込まなければいけない」

「それは……わたしの炎は人を傷付けるから」

「そうやって抑え込むから力は暴走するんだよ」

「え……?」

 そんなこと考えてもみなかった。
 思わず北天の魔導書の言葉に聞き入ってします。

「溜め込むことには限界がある。限界に達してしまえば暴走するのは当然のことだ」

「それじゃあ……どうすれば?」

「簡単だよ。君の思うままに力を使えばいい」

「わたしの思うまま……」

「そう……何も気にすることなくその炎を使えばいいんだ」

「でも……それは……」

「知っているかい? フェザリアンは魔導師によって絶滅させられたんだ」

「うそ……」

「うそじゃない。魔導師はフェザリアンの力を危険を恐れて殲滅した」

「でも……それじゃあ、やっぱり……」

「そして、管理外世界に未だに不完全ながらフェザリアンとなろうとしている者たちがいる」

「本当に!?」

 自分と同じ存在がいることに、半ば信じられないと思いつつもアズサは詰め寄っていた。

「本当だとも……でも、管理局が彼らを見つけたらどうするかな?」

 そんなこと容易に想像できる。
 自分にしたように、そして昔の魔導師がしたように、ただ魔法とは違う能力を持ち、人とは少し違う身体というだけで化け物扱いする。

「そんなことが許せるかい?」

「……だめ……そんなのいや」

「そう……彼らを守れるのは君しかいない。君にしかできないことなんだ」

「わたしにしかできない……」

 北天の魔導書の言葉が頭の中に染みわたって響く。

「奴らを倒さなければいけない敵だ」

「敵……」

「君の仲間を殺し回る憎むべき敵だ」

「憎むべき敵……でも……」

「憎いだろ? 君を迫害し、孤独に追いやった魔導師たちが。君はまたあの地獄に戻りたいのかい?」

「いやっ!」

 あの鉄の暗い部屋に戻るのは絶対に嫌だ。

「それなら戦わないと……自分の居場所と仲間を守るために」

 そうだ。戦わないとあの地獄に戻ることになる。
 自分と同じ思いをする人が増えるのもいや。

「さあ、目を覚ますんだ。目の前にいるのは君の憎むべき敵だ」

 不意に意識が白く霞んでいく。
 まるで夢から覚めるような感覚。

「思う存分戦って、私に君の……フェザリアンの力を見せてくれ」

 北天の魔導書の言葉を頭に染みわたらせてアズサは目を覚ました。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「た……助けて……」

 管理局の魔導師が這いつくばってこちらに手を伸ばす。
 恐怖に顔を引きつらせながら少しでもその場から離れようともがく。
 ソラの死角になる、魔導師が出てきた扉のなくなった部屋から炎が走る。
 悲鳴を上げる暇さえ与えず炎は魔導師を包んだ。
 後に残ったのは人の形をした消し炭だけだった。

「…………アズサ」

 ゆっくりと部屋から出てきた少女にソラは顔をしかめる。
 鋭いナイフのようなフィンを背に輝かせ、自分のコートを身にまとった悠然と立つ彼女には管理局で会った時の気弱な気配など微塵もなかった。
 俯いて表情はうかがえない。
 それでも気配には人を焼き殺した動揺がない。

「あ……ソラ。よかった無事だったんだ」

 顔を上げ、邪気のない笑顔でアズサはソラを見つけて喜んだ。

「アズサ、君は今……何をしたか分かっているの?」

「何をって……敵を殺したんだよ」

 臆面もなくアズサは言って、消し炭になった腕を踏みにじる。

「北天の魔導書が教えてくれたんだ。わたしは我慢なんてする必要なんてなかったんだって。
 だって、こいつらはずっとひどいことしていたんだよ?
 ううん、わたしだけじゃない。わたしの御先祖様もこいつらに殺されたんだよ」

 だから殺されて当然なんだよ、笑って言える彼女など見るに堪えなかった。
 抑え込まれていた負の感情の爆発。
 抑え込んだ時間が長ければ長いほど、犠牲にしてきたものが大切であるほど、それの爆発は恐ろしいものになる。
 北天の魔導書に騙されたわけじゃない。
 これはアズサの心の深くで眠っていた闇。
 理不尽な運命を呪い、憎む思いはソラも十分に知っているものだ。

「ふーん……ソラもわたしと同じだったんだ」

 まるで心を見透かしたかのようなもの言い。
 いつの間にアズサはソラの手を取っていた。
 それが精神感応だと気付いた時にはアズサの手は離れていた。

「アズサ、僕は――」

「ねえ……これからどうしよっか?」

 ソラの言葉を遮って、アズサがはやり気軽な言葉を投げかける。
 それはまるで初めてのデートに舞い上がる女の子の姿にも見えたが、周りの景色がそれと不釣り合いに殺伐としているせいで異様なものにしか見えなかった。

「まずは……周りの魔導師たちを皆殺しにして」

「ちょっと待って……周りの魔導師って何さ!?」

「えっとね……すごい数の魔導師がこっちに近付いてきてるんだよ」

 ここが室内で、ソラが感じられない距離の魔力を感知していることに息を巻くと同時に時間を確認する。
 日没までには時間はまだある。
 それなのに管理局が動き出したのは偵察部隊がアズサにやられたからだろうか。

「すごいよね……みんな、わたしを殺したくて集まったんだよ」

 遠くを見る彼女の瞳に暗い影が落ちる。

「アズサ……」

「大丈夫だよ。わたしはもう逃げないから……戦うから」

 決意に満ちた顔、言葉だけ見て聞けば立派なものかもしれないが、ソラにはそれがいびつに歪んでいるものにしか見えなかった。
 だから、もう限界だった。

「……こんなことしちゃダメだよアズサ」

「え……?」

 軽快なステップで踏み出したアズサが振り返る。

「こんなことしたって意味なんてない。最後に後悔するのは君なんだよ」

「後悔なんてしないよ。する必要もないでしょ? あの人たちはわたしを殺そうとしている、ならわたしがやり返してもいいでしょ?」

「本当にそれでいいと思っているの?」

 確かに相手は殺すつもりだけど、それだからって殺し合っても何もならない。
 いや、自分の方から折れる必要がないのは分かるのだが、アズサの行こうとしている道は泥沼でしかない。

「しつこいなぁ。ソラだって人殺しのくせに……」

「っ……だから、言ってるんだ。人を殺して元の生活に戻れると思ってるのか!?」

 痛い所を突かれて思わず声が荒くなる。
 それにアズサは身をすくませてから、ソラを睨みつけた。

「わたしはあんなところに戻りたくなんてない!」

 そのあまりの剣幕にソラは思わずたじろぐ。

「そっか……」

 アズサはゆらりとソラに向き直る。
 彼女のフィンの輝きが増す。
 それに伴って剥き出しの殺気が向けられる。

「アズサ……何を?」

「ソラはわたしをあの地獄に連れ戻したかったんだ……」

「ちょっ……ま――!?」

 ソラの言葉は途中で遮られ、炎が溢れ出した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……返すね」

 胸に銀装飾のネックレスが残る焼死体にアズサは無造作に着ていた黒いコートを投げる。
 変わり果てた姿を見下ろしていると不意に笑みが浮かんだ。

「あは……あははは……」

 紅蓮の炎の海となった廊下でアズサの乾いた笑い声が静かに響く。

「ははははは……」

 笑うアズサの頬に涙が流れている。

「誰も……いなかった」

 わたしの味方は誰もいなかった。
 管理局はわたしを殺そうとしていて、ソラはあの地獄に戻そうとした。
 どちらもわたしの敵だった。

『敵は殺せ』

「そうだ……敵は殺さないと」

 敵は殺さないとわたしは不幸になる。
 死ぬのはいや。あの鉄の部屋に戻るのもいや。
 抗うなら戦わないと。
 戦うための力ならある。
 魔導師を簡単に焼き殺し、ソラも彼らと同じ目にあわせた。
 自分の力がここまで強いことを初めて知った。
 そして、北天の魔導書が言った通り使う炎は思った通りに動いてくれる。
 炎だけではない、リーディングもサイコキネシスも普段以上に使える。それに念じて見れば壁の向こうの遠くまで見ることができるようになった。
 この力があればもう誰にも怯えなくて済む。

「みんな……殺せば……わたしは自由になれる」

 自分に言い聞かせるようにアズサは呟く。
 次の敵を探さなくては……足下に転がった人だったものを見ないようにアズサは歩き出して――

「アズサ……これはいったい……?」

 いつの間にそこにいたのだろうか。
 炎に照らされた黒い魔導師の服に身を包んだ小さい少年がそこに呆然と立っていた。

「答えろアズサ! これはいったいどういうことだ!?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「答えろアズサ! これはいったいどういうことだ!?」

 アズサに付けられたマーカーを頼りに来て、突然起こった覚えのある爆発に駆けつけて見ればそこは火の海でアズサが立っていた。
 それだけならいい。
 クロノの目に止まったのは人の形をした黒いコートを被せられた何か。
 肉の焦げた臭いにそれが何か容易に想像できる。
 それが何を意味するのか想像して、クロノは思わず込み上げてきた吐き気をもよおす。

「君が……やったのか?」

 信じたくないことを恐る恐る言葉にする。

「それのこと? それとも他の人たちのこと?」

 うっすらと笑みを浮かべ、簡単に頷くアズサ。

 ――誰だ。こいつは?

 廃ビルと管理局の廊下で会った気弱な少女はそこにいなかった。
 妖艶、と言うべきか。ある種の自身が身体全体から発せられているようで別人にしか見えないが、彼女の背中のフィンが本人だと示している。

「みーんな、簡単に殺せたよ」

 楽しそうに笑うその顔にクロノは見覚えがある。
 凶悪な犯罪者。それも人を殺すことを楽しんでいるタイプの。

「そんな……」

 あまりのことに言葉がでなかった。
 決意を固めて、無茶と無理ををしてやっと辿り着いた場所ではすでに全てが終わっていた。
 捕らわれの姫君は血まみれの化け物となっていた。
 そうしたのは誰か。彼女を連れ去った道化師か。
 それとも――

「どうして……?」

 管理局の先遣偵察隊を殺したことについては納得できる。
 許せないことではあるが、アズサには自分の命を守る権利がある。

「敵なんだから殺すのは当たり前でしょ?」

「違うだろっ!? ソラは君の味方だったはずだ!」

 彼女の言っていることはその一点で間違っている。
 彼女一人のために管理局と戦うことを躊躇わなかったソラがアズサを裏切るとは到底思えない。

「何を言ってるの? わたしに味方なんているわけないじゃない。
 わたしのことをただの人間に分かるはずない。だってわたしは化け物なんだから」

 自虐的な言葉を平然と口にして笑うアズサにクロノは返す言葉を失う。
 狂ったように笑う様は、泣いているようにも見える。
 アズサの本心がどこにあるのか、それを知る術はクロノにはない。
 それでも――

「僕は君のことを何も知らない……知ろうともしなかった」

 それは自分の、管理局の罪だろう。
 彼女の事情を知ろうともせずに人を殺すほどにまで追い詰め、誰も信じられなくしてしまった。

「僕のせいで巻き込んだ」

 あの廃ビルでアズサに力を使わせてしまったから管理局や道化師がアズサに目をつけた。

「僕が君たちを見逃していれば」

 ソラの邪魔をしなければこんな最悪なことにはならなかったかもしれない。
 考えれば考えるほど、もしもを考えてしまう。
 こんなはずじゃない現実。
 アズサの人生を狂わせたのは自分だと責めずにはいられない。
 そして、ソラの人生を終わらせたのも。
 意見の対立があっても、クロノはソラのことを死ねばいいなどと思わなかった。
 むしろ自分に初心を思い出させてくれて感謝さえしている。

「全部……僕のせいだ」

「そうだよ。だから燃えちゃえ」

 無造作に炎が一直線に迫る。
 しかし、紅蓮の炎は水色の魔法陣にぶつかって散る。

「だから……せめて、僕にできることは……」

 傲慢かもしれない。
 それでも、容易に想像できる彼女の結末と、人を傷付けることを恐れていた彼女のことを考えると自分にできることは一つしか考えられなかった。

「せめて僕が……君を討つ」

 S2Uを構え、アズサに突き付けた。




 爆発が建物を破壊する。

「くそっ!」

 黒煙を切り裂いてクロノは空に逃げる。
 威勢よく啖呵を切ったものの戦況は防戦一方だった。
 予備動作もなく、気付いた時には炎に焼かれていた。
 バリアジャケットがなかったら一瞬で焼き殺されていた。
 それに――

「遅いよ」

 気付いた時にはアズサは背後にいた。
 咄嗟にシールドを展開するが、構築が完成するよりも早くアズサの拳が魔法陣を叩き割り、クロノの背中を打った。
 飛んだ勢いを逆にして、クロノは地面へと落下する。
 なんとか体勢を直して激突を免れるが、全身に走る痛みに膝を着く。

「これが……人型の「G」の力なのか」

 その力には息を巻くしかない。
 魔法とは違う体系の炎や力場を操るだけの力かと思えばそれだけじゃない。
 素人にしか見えない体術なのに、そこに込められている力と振るわれるスピードは自分の師を超えている。
 身体能力のスペックが根本的に違いすぎるのだ。
 超能力と身体能力。これを魔導師ランクに当てはめればオーバーSランクに至っていることは間違いないだろう。

「もう終わり?」

 くすくすと笑いながらクロノの前に降り立つアズサ。

「魔導師って大したことなかったんだね」

 失望したと言わんばかりの眼差しにクロノは反抗するように立ち上がる。

「スティンガースナイプ!」

「だから遅いって」

 クロノの撃った魔弾はアズサに届く前に炎に包まれた。
 すぐさまクロノは飛びながら弾幕を張る。
 しかし、アズサはその隙間をかいくぐって近付いてくる。
 さらには設置したバインドも発動の瞬間にその場を離脱して効果範囲から逃れる。
 まるで悪夢を見ているようだった。
 自分がこれまで積み重ねてきた努力を何の努力もしていない力が蹂躙していく。

「これでおしまい」

「しまった!」

 憤り、魔法の制御がおろそかになったところをアズサは全力で疾走した。
 踏み込みで地面が爆ぜる。
 その勢いはクロノが知っている最速のフェイトに匹敵する程。
 咄嗟に展開したシールドで受け止めるが、衝撃は受け切れるものではなく、派手に吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。

「しぶとい!」

 痛みに動けないクロノにアズサは容赦なく追撃をかける。
 次の瞬間、クロノは炎に包まれた。

「あつっ……く……」

 地面を転がって消そうとしても炎は少しずつ大きくなっていく。

「すぐには殺さないよ。わたしの苦しみを少しでも思い知って死ねばいいんだ」

 アズサの言葉を聞いている余裕はなかった。
 バリアジャケットが意味をなさずに燃えていく。

「デュランダル!」

 展開した召喚陣から水を叩きつけるが、あろうことか水をかけられても炎は消えない。

「あはははは……水をかけたくらいでわたしの炎が消えるわけないじゃない」

 無様にのた打ち回るクロノの姿をアズサは嘲笑う。
 抗うことのできない絶対的な力に絶望感が込み上げてくる。

「調子に乗り過ぎだ」

 不意に響いたあり得ない声に耳を疑った。
 次の瞬間、炎がかき消えた。

「…………ソラ?」

 黒いコート姿の背中。
 この数週間見続けていた、焼き殺されたはずの少年は悠然とそこに立っていた。

「どうして……?」

 信じられない、それはアズサも同じだった。

「ちょっといわくのある身体でね。致命傷は勝手に治ってくれるんだ」

「……化け物」

「ま、否定はできないかな」

 苦笑いをするソラ。
 アズサは顔を引きつらせるとその場から突然消えた。

「……テレポートか」

 ソラが向けた視線の先にはその一瞬で遠く離れ、脇目も振らずに逃げるアズサの姿があった。

「ソラ……助かっ――」

 クロノは立ち上がり、助けられた礼を言おうとしたが腹部に受けた衝撃に言葉を詰まらせた。

「な……に………を」

 たたらを踏んでなんとか倒れるのを耐えるが、ソラは容赦なくクロノの顔を掴み地面に叩きつけた。

「もう管理局は来たのか。日没までまだ時間があるのに」

 クロノの存在を無視するような呟き、アズサを追うために身をひるがえす。

「ま……て……」

 痛みに耐え、いつかのようにクロノはソラの足を掴む。

「アズサは……僕が……ころ――ぐあっ」

 背中を勢いよく踏みつけられて、踏みにじられる。

「そんなことはさせない!」

「だけど、アズサは人を殺してしまった……」

 人を殺したアズサを管理局は決して許さない。
 正直、自分では彼女をどう裁くべきなのか分からない。
 それでも生かして捕まえたところでその末路が悲惨なことは予想できる。
 元々、人間として思われていない彼女だ。そこに人殺しも加われば、それこそただの化け物としてどこまでもひどい扱いを受ける。
 管理局から逃げ続けて安息などあるはずがない。
 捕まっても死よりもつらい運命。
 ならび自分にできることは今の内に楽に殺してあげることしかないのではないのか。
 それに――

「僕はこれ以上あの子が人を殺す姿なんて見たくない」

 絞り出した言葉に、ソラが踏みつける圧力が緩む。

「もうアズサは君が助けたかったあの子じゃない。
 あれは人を殺すことの快感を知ってしまった殺人鬼だ。
 仮に元に戻れたとしてもあの子がその事実に耐えられるはずがない」

 結局、どこに行きついても彼女は苦しむしかない。

「それが分からない君じゃないだろ」

「……分かってるさ……でも……」

 苦渋の顔をするソラの心情はよく分かる。
 彼もまた、アズサがこうなった原因を自分にあると責めている。
 それでも彼女を助け、守ろうとする姿は羨ましいものだが現実は優しくない。

「もう僕たちに彼女を救えないんだ」

「…………人殺しに生きている資格がないって言うならそれは僕も同じだ。それでも――」

 轟音。
 重い爆発音が響き衝撃波が身体を揺らす。
 そして、目の前の廃ビルが傾いた。

「おいおいおい……」

「ちょっと待ってくれよ」

 これはやばい。
 今、まともに魔法行使できる状態じゃない。
 ソラだって魔法はないのだから倒れてくるビルをどうにかできるはずがない。
 それでもこの場をなんとかできるのは自分だけだと、痛む身体に鞭を打って魔法を発動しようと集中する。
 しかし、クロノの魔法ができるより早く緑色の魔力衝撃が落ちてくるビルを吹き飛ばした。

「無事か?」

 そして降り立ったのは重戦斧型のデバイスを肩に担いだルークスだった。

「おっさんまで来たのか」

「誰がおっさんだ俺はまだ二十代だ!」

 ソラの言葉に過剰に反応し、ルークスは改めてクロノを見る。

「あれはどういうことだクロノし――」

 言葉の途中でソラが襲いかかる。
 ルークスはそれを寸でのところでデバイスで受け止めて声を上げる。

「何をする!?」

「何を言っている? あんたたちは僕の敵だ!」

 振るわれた拳をルークスは無造作に手で受ける。

「その体たらくで何ができる」

 はたから見ていてもソラの動きにはいつもの精彩さはない。
 にわかには信じられない死なない身体といっても疲労があるのだろうか。ともかく目に見えて消耗している。

「だったらお前たちはアズサをどうするつもりなんだ?」

 空で炎が弾ける。
 そして、いくつもの魔力の光が瞬く。
 それを見てソラは顔をしかめた。

「…………なんで……管理局が動いたわりには数が少ない」

「私たちは管理局とは別に動いている」

「はぁ?」

「アズサ・イチジョウの死を偽装して逃がすつもりだった……」

「そんなこと信じられるか!?」

「信じてくれソラ……僕たちはアズサを助けるためにここに来たんだ。待機命令を無視して」

 困惑するソラにクロノが立ち上がって説明する。
 一人で行動することを止められたが、アズサを助けたいと思ったのは自分だけではなかった。
 クライドと対峙したルークスの部隊。それに話を聞いていたアキを始めとした司令部のスタッフ。
 みんな懲罰を覚悟して、たった一人の少女を助けようと動いた。

「お前たちは世界のためなら人を殺せるんだろ、なら騙すことだって平気でやる」

「信じる必要はない」

 叫ぶソラにルークスはにべもなく言い切った。

「勘違いするな。私たちはお前に協力するためにここに来たわけじゃない」

「ああ、そうかい」

 掴まれている拳を振りほどき、ハイキック。
 それはルークスのシールドに防がれる。

「ああ、なってしまったら私たちにはもうどうにもできない」

 こちらの話に耳を向けず、危険な力を好き勝手振り回す。

「私たちはたった一人の少女さえ救えなかったようだ……」

 自嘲するように小さくルークスは笑う。
 初心に返った行動は報われなかった。
 それに虚脱感を感じるが、だからといって膝を着くことはできない。
 自分たちには彼女をああしてしまった責任がある。

「だから――」

「だが、お前はまだ諦めていないんだな」

 ルークスの言葉にクロノは言葉を止めた。

「お前は救えると本気で思っているんだな?」

「……僕はこの先の結末を知っている。
 今のアズサの気持ちも分かる。
 でも、生かされても死にたいくらいの後悔しか残ってなかった」

 苦しそうな顔は未だにその傷は癒えていないということだろう。

「でも……アズサはまだやり直せるはずだ。僕とは違って……きっと」

「それで、何ができる?
 今の戦場は空だ。魔法の使えないお前は彼女の前に立つこともできない」

「手ならあるさ」

「そうか……助けは必要か?」

「必要な――いや、近くに北天の魔導書がいるはずだけど……」

「黒幕か……そいつはぶっ潰して問題はないんだろ?」

「強いよ。たぶんアズサよりも」

「問題ない。そんな奴なら躊躇わずに戦えるからな」

「そう……」

 言葉はそれだけ、ソラは踵を返して走り出した。

『各員に告ぐ。アズサ・イチジョウのことはソラに一任した。
 私たちは彼女をかどわかしたロストロギアをぶっ飛ばす』

『了解』

 唱和する返事にクロノは溜息を吐いた。
 誰もまだ諦めていない。
 それなのに自分はまた勝手に見切りをつけた。

「情けない」

「なに年期の差だ。気にするな……それよりもまだ戦えるな」

 クロノは自分の身体をチェックする。
 バリアジャケットを再構成、身体には軽度の火傷、古傷も問題ない。

「はい……でも僕はソラの援護に向かいます」

 アズサのことはソラに任せるべきなのは分かっている。
 彼女の苦しみを知らない自分の言葉が届かない。
 その苦しみを知っているソラの言葉なら届くかもしれない。
 だけど、もし届かなかったら、止まらなかったら、ソラはどうするつもりなのだろうか。
 人を殺す思考ばかりの自分がいやになるが、もしもの時は――

「そうか。分かった」

 ルークスは追及せずにただ頷くだけだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……何?」

 ビルを爆破した直後、襲いかかってきた魔導師たちが不意に後退を始めた。
 初めの攻撃以降は何かをわめいて逃げてばかりで誰も焼けなかった。

「くっ……」

 唐突に現れた頭痛にサイコキネシスの制御が鈍る。
 とりあえずアズサは手近なビルの屋上に降りる。
 そしてサイコキネシスによる飛行を解除して、膝を着いた。

「…………はぁ……はぁ……」

 頭だけではない、息も苦しい、心臓が早鐘のように鳴り響く。

「無理のしすぎだよ」

 響いた声に背筋が凍る。

「いくら君が超能力を使う身体に適していても有限じゃないんだ。
 後先考えないで使えばそうなるのはどんな力も同じだよ」

 恐る恐る見下ろすと彼、ソラがそこにいた。
 焼いても、ビルを倒しても死なずそこに立つ彼に恐怖が込み上げてくる。

「どうして……」

 あれだけのことをしてどうしてまだ追ってくるのか。

「それで……満足できた?」

「満足って……何のこと?」

「これだけ好き勝手暴れたんだ。少しは気も紛れたんじゃないの?」

「……うるさい……もう……ほっといてよ」

 拒絶を口にしてもソラは一歩ずつ近づいてくる。


「ほっとけるわけないよ」

「あなたに何が分かるっていうのっ!?
 人間のあなたに化け物のわたしの何が!?」

「君は化け物じゃない」

「うそっ! うそよ……心の底ではみんなわたしのことを化け物だって思ってるはずよ!」

「まあ、クロノ達はそうだろうけど、僕はそんなつもりはないよ」

「おいこら、少しはフォローしろよ!」

 第三者の声に振り返ってみるが誰もいない。

「今、誰かの声がした……」

「気のせいだよ、それより……」

「でも……」

「それより……」

 軽薄な顔に有無を言わせない態度にアズサは黙るしかなかった。

「もうやめにした方がいい。これ以上続けても意味はない」

「意味がないってどういうこと?」

「管理局は組織だ。どれだけ強い力を持っていても個人でしかない君に勝ち目はない」

「そんなの……やってみなければ分からないでしょ」

「今の消耗で分かるでしょ。君に勝ち目はない」

「こんなの全然平気――」

 着いていた膝を勢いよく立たせる。
 まだ、少しふらつくがまだまだ戦える。

「仮に管理局を根絶やしにして君は……君の大事な人に顔向けできるの?」

「…………え?」

 ソラの言葉にアズサの思考は止まった。

「そ、そんなのできるに決まってるでしょっ!」

 そうだお義父さんはきっと褒めてくれる。
 あの時のように炎をうまく使えれば褒めてくれるんだ。

 ――ほんとに?

「本当に?」

 自問と同じ言葉をかけるソラに思わず息が詰まる。

「……さい」

「本当に君の大事な人は君が人殺しに――」

「うるさいっ!」

 床を砕く勢いで走る。
 こいつにこれ以上喋らせない。
 力尽くで黙らせる。
 そうしないと何か大切なものが壊れてしまう。
 わたしの力は炎だけじゃない。身体能力だけでも常人の数倍の力を持っているそれを使えば素手でだって人を壊せる。
 しかし……アズサの拳は空を切った。

「え……?」

「身体能力は確かにすごいけど、動きが直線的すぎるよ」

 言いながら、ソラはアズサの肩に触れる。
 咄嗟に振り払って距離を取る。
 得体の知れないものを見るような目をアズサはソラに向ける。
 払われた手をひらひらと振って、ソラはその手で手招きをする。

「口で言っても分からないようだね」

 そして腰を低くして構える。
 アズサに格闘術の心得はないが、堂に入った構えに思わず気後れしてしまう。

「…………あ、あああああああああああっ」

 それに抵抗するように声を張り上げて、アズサは走る。
 ステップを織り交ぜ、目を撹乱して背後を取る。
 ソラはまだ振り返っていない。
 いけるっ!
 そう思って突き出した拳にまた手応えはなかった。
 ソラはこちらを一度も見ずに手を掴むとアズサの勢いをそのままに投げ飛ばした。
 身体を捻ってなんとか足から着地すると、そこにソラが掌底が迫る。
 正面から真っ直ぐと突き込まれるそれを腕を交差して受け止める。
 しかし、その両手をすり抜けるようにしてソラの掌打は胸を打った。

「……えっと?」

 だが、予想していた衝撃はほとんどなかった。
 身体能力を強化していることを差し引いても強く押された程度の衝撃に困惑する。
 ソラもその体勢のまま固まっている。

「あの……」

 毒気を抜かれて思わずソラの様子をうかがう。

「やっぱりまだ無理か」

 何が無理なのだろうか。
 考えてみて、理解はできなかったがやることは決めた。

「いつまで触ってるんですか!?」

 目の前で感情の動きに合わせて炎が弾ける。

「おっと……」

 一瞬早く飛び退いたソラから守る様にアズサは胸を両手で抱くように隠す。
 赤面する顔を振って、思考を戻す。
 接近戦は勝てる気はおろか、触れる気がしない。
 やっぱり自分が一番頼れるのは炎しかない。
 炎を作りだそうと意識を集中する。

「アズサ……これで最後だ。今からでも大人しく人の話を聞くか、痛い目をみて聞くか」

 ソラの静かな言葉にアズサは距離を取るために飛翔する。

「ここなら……手出しできないはず」

 いくら死のない身体といっても、魔導師でもフェザリアンでもないソラが飛ぶことは不可能だ。
 ここから一方的に攻撃すればいいし、ビルを倒壊させてもいいかもしれない。
 それに今度は灰になるまで焼き尽くせば流石に生き返らないだろう。

「痛い目みるんでいいんだね!」

 口に両手を当てて声を上げるソラの姿が、戦いの場に不釣り合いで馬鹿にしているようだった。

「痛い目をみるのは……そっちだ!」

 手の上で作りだした大きな火球。
 それをアズサは躊躇わす振り下ろした。
 今まで作った中での最大火力。
 ソラはその場から動こうとはしなかった。
 そして――青い光が溢れた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……うそだろ?」

 目の前の光景にクロノは思わず言葉をもらした。
 青い魔力光。ソラの足下に広がるベルカ式の魔法陣。
 ソラが魔法を使った。
 しかし、クロノが驚いているのはそんなことではない。
 覚えのある魔力の奔流。

「あれは……まさか……」

 ソラの手元、膨大な魔力の中心として輝いているそれにもクロノは見覚えがあった。

「ジュエルシード」

 プレシアとともに虚数空間に落ちたはずの菱形の秘石がソラの手にあった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「何……それ……?」

 青い光に飲み込まれて消えた炎を呆然とアズサは見下ろした。
 眼下には青い光とソラを中心として浮かび上がる三角形と円の魔法陣。
 魔法について詳しくなくても、それがどういったものかという知識くらいはアズサにもある。

「ジュエルシードって言うロストロギアでね。
 願いを叶える宝石っていわれてる。
 だから願ったんだよ。魔法を使いたいってね」

「馬鹿かお前は!」

 突然の叫び声、屋上の片隅に隠れていたクロノが声を上げる。

「それは何万分の一の発動でも次元震を起こせる代物だぞ。
 人の手でどうこうできるものじゃないんだぞ!
 だいたい正しく願いを叶えるとは限らないんだぞ!」

「……そういうことだから手加減はできないから」

「ちがーうっ!!」

 クロノの言っていることはよく理解できないものの、それが危険なものだということは伝わった。
 どうすればいいのか考えようとしてソラの声が聞こえた。

「シルバーダガ―」

 その声が聞こえた瞬間、八つの銀光が線になってアズサに襲いかかる。
 咄嗟に飛び避ける。そして時間差で迫る二本の銀のナイフに意識を集中する。

「燃えろっ!」

 アズサの声に従うように銀のナイフは赤熱し、焼き崩れる。
 が、安堵もつかの間、三本のナイフが完全に崩れるようとした瞬間、爆発が起きる。
 身をすくませるが、爆発は煙だけで攻撃力はなかった。

「けほけほ……でも、これじゃあソラも何にも見えないはず」

 ソラの意図が読めず、次の行動を考えようとして背中に衝撃を受けた。

「なに……?」

 痛みはないが、何かが刺さった痺れる不快な感覚。
 そちらに気を取られたところで銀の光が視界の煙を切り裂き現れる。
 声を上げる暇もなく、銀のナイフは肩、太もも、脇腹、腕に次々に突き刺さる。
 これも強烈な不快感をもたらすが痛みはない。

「そんな……どうして?」

 煙は晴れていないのにまるで見えてるかのようにソラの攻撃が命中する。
 とにかく、この煙の中からでないといけない。
 焦った考えて煙の中から飛び出す。

「巨人の鉄拳」

 背後からの声に振り返るとそこには、青い魔力で構成された腕を横に携えたソラが拳を振り溜めていた。

「歯を食いしばれ!」

 振り下ろす拳に連動して巨人の腕がアズサを殴る。

「きゃあっ!」

 飛翔力を失ってアズサは殴られた勢いのまま、地上に落ちていく。
 衝撃や、視界の転換にアズサの意識はついていけず地面に無防備に激突する。

「フロータ―フィールド」

 その寸でのところで三段に重ねられた青い魔法陣がアズサの身体を柔らかく受け止める。

「鋼の軛」

 そして、地面から突き出た光柱がアズサの身体を貫き、拘束した。

「……あ…………」

 まさにその言葉の間に全てが終わっていた。
 あまりの力の差にこれ以上抵抗しようという意思が湧いてこなかった。
 そして熱くなっていた思考は急激に冷めて、慣れた諦めの感覚が甦る。

「……と」

 静かにソラがアズサの前に着地して、フラついた。

「……少しは頭が冷えた?」

 頭を軽く振って、何故か流している鼻血をぬぐいながらソラが尋ねてくる。

「…………もう……いいよ」

 目の前の少年から逃げることも、戦うことさえもできないと悟ってアズサは投げやりに言葉を返す。
 もう、全て諦めよう。
 死も、牢獄も、何もかも。

「そう……なら」

「やめろ、ソラ!」

 新たな魔法陣を作るソラの前に、アズサとの間にクロノが降り立つ。

「もうアズサに抵抗の意思はない。これ以上の――」

「クロノ……そこにいると巻き込むよ」

「っ……ソラ、本気なのか?」

「仕方がないでしょ、口で言っても分からないんだから」

「そうか……なら僕はここをどかない」

 アズサを守る様にクロノは杖をソラに向ける。

「もう……いいですよ。わたしなんか守らなくて……どうせ、わたしなんか……」

「諦めるなアズ――」

「まあ、いいか」

 不意を打つように足下の魔法陣が広がる。
 クロノの焦る気配を他人事のように感じながらぼうっと青い光をアズサは見つめる。

「アズサ……これが今の君の末路だ」

 その声を最後にアズサの視界は暗転した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 闇。
 右を見ても、左を見ても果てのない闇が続いている。
 それだけでも気が滅入るのに、足もとは水に浸かっていて酷く歩きにくい。

「誰か……」

 声を出しても返事はおろか、反響さえもない。
 不意に何かにつまずいて、頭から水を被る。
 口の中にぬめる感触に不快感を感じながら立ち上がる。
 顔を上げるといつからあったのか小さな光があった。
 気付けば走り出していた。
 何度も水や、何かにつまずきながらも必死に、すがるような気持ちで手を伸ばす。
 ここは寒い。苦しい。そして怖い。
 どれだけ走っただろうか。
 やがて光は大きくなっていく。
 光の中には四人の子供たちがいる。
 女の子が三人、男の子が一人。
 一人の女の子を中心にして三人は微笑んでいる。
 その女の子もまた嬉しそうな、楽しそうな、幸せそうな笑顔を浮かべて歌っている。
 ああ、思わず安堵して、手を伸ばす。
 そこにあるのは自分が望んだ幸せな日々。
 やっと帰ってきたんだ。
 しかし、差し出した手は光と闇の境界線で止まった。

「えっ……?」

 そこはガラスでもあるかのように隔たれていた。
 境界線に張り付き、力の限り見えない壁を叩く。
 声を上げて彼女たちの名を叫ぶ。
 壁は壊れることはない。
 叫びは届かない。
 そして不意に気が付く。
 光に照らされた自分の手が赤黒く染まっていることに。
 それが血だと気付くのにそう時間はかからなかった。
 そして、それは両手だけではなかった。
 全身が血にまみれていた。
 足下の水だと思っていたのは血の海だった。

「ひっ……」

 思わず後ずさるとまた何かにつまずいて後ろに倒れた。
 口に入った血を吐き捨て、顔をぬぐう。
 そして目の前にあったのは人の死体だった。
 それだけじゃない。辺りを見回せばそこかしこに死体が転がり、折り重なっている。

「うわぁ!」

 悲鳴を上げて境界線に縋りつき、先程以上の勢いと力で叩き、叫ぶ。
 思いが通じたのか唐突に境界線の壁がなくなる。
 つんのめるように光の中に入り込み、四人の元に駆け出す。
 しかし、安堵の笑みを浮かべて差し出した手を見て足が止まった。

 ――血にまみれたこの手で彼女たちに触れていいのか?
 ――あの綺麗な光景の輪の中に、汚れた自分は戻れるのか?
 ――何より、ねえさんを殺した自分がどんな顔をしてみんなに会える?

 逡巡に固まっていると足を掴まれた。
 ギョッと振り返ると闇の側から白い手が自分の足を掴んでいた。
 そして、強く引かれ、倒された。

「……いひゃい」

 したたかに打った鼻を押さえていると、足を掴む感触が増えていることに気が付いた。
 地面に爪を立てて抗うがってもジリジリと闇の中に引き戻されていく。

「たすけ――」

 声を上げようとして詰まる。
 彼女たちと目が合った。
 目を大きく見開いた彼女たちの口がゆっくりと動く。

「死ね」

 耳元で響く底冷えのする声。
 引き戻される力に投げ飛ばされるように深い闇に連れ戻される。
 光が遠ざかっていく。
 呆然と小さくなっていく光を見続け、血だまりの中に落ちる。
 もう立ち上がる気力も湧いてこなかった。
 ここが自分の場所なのだと、受け入れる。
 そう思うと気が楽になり、笑いが込み上げてきた。
 ただ、ただ、笑い続けることしかできなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……はっ?」

 覚醒は唐突だった。
 今いる場所がどこかわからずにクロノは固まる。
 血の闇はどこにもなく、周りにあるのは廃墟の都市。

「今のは……?」

「僕の十二年前から見ている悪夢だよ」

 背後からの声に振り返ればソラがアズサを拘束から解いて地面に座らせるところだった。
 アズサは呆然と為すがままにされ、座り込む。

「口で言っても分からないから直接見せたけど……やっぱりあまり気分のいいものじゃなかったかな」

 そういう意味だったのか。
 てっきり力尽くで分からせるのだと勘違いしていたクロノは誤魔化すように咳払いをする。

「僕も……今のアズサみたいに世界の何もかもが憎くて、死ぬのが怖くて、戦い続けた」

 語り出すソラにクロノもアズサも顔を向ける。

「たくさん殺したよ。だってみんなが僕に死ねって言うんだから、それが間違っていたとは今でも思ってないよ」

 思わず言い返そうとしてクロノは言葉を飲み込んだ。
 人殺しの善悪の討議などこの場では意味がないことだ。

「正直な話、楽しかったよ。
 何もできなかった、守られてばかりだった自分の手で敵を殺せるのは爽快だった」

 それは今のアズサと同じものだった。

「でも、あとに残ったのはこんな血にまみれた手だけだったんだよ」

 家族も友達も、果ては魔法の才能さえ失って死ぬことも奪われた。

「僕はもう二度とあの人たちには会えない」

 そんな資格はないんだと自嘲する。

「アズサ……もう一度聞くよ。
 あんな屍の山を作っても君は君の大事な人に胸を張って会えるの?」

 アズサは俯いて応えない。
 ソラは言葉を続けることなくジッと待つ。
 やがて、アズサは力なく頭を横に振った。

「でも……わたしはもう……人を……」

「殺したとしても、これ以上人を殺さないといけない理由にはならない」

「でも……でも……」

「君はどうしたい? 僕みたいな結末でも構わなくて、まだ人を殺したいと思っているなら僕はもう君を止めない」

 その言葉にビクリとアズサは身体をすくませる。

「わたしは……」

「決めるのは君だ」

 傍で見ているクロノの印象では、アズサからはもう狂気は抜けきって初めて会った時の気弱な雰囲気しか感じられなかった。
 この状態の彼女なら間違っても、まだ殺し足りないと言うことはないだろう。
 そして改めてソラを見る。
 あの悪夢でソラが本当に人を殺していたことを確認できた。
 確認できたが、それでどうすればいいのか分からなかった。
 アズサと同じ状況ならソラもまた管理局に追われていた人間になる。
 人殺しは管理世界において極刑の犯罪だが、ならこう言うのか。

 ――君のしたことは間違っている。だから、君は死ぬべきだったんだ。

 そんなこと言えるはずない。

 ――管理局の説得を聞かなかった君たちが悪い。

 馬鹿馬鹿しい、身の安全も人としての権利も保障されないのに投降する人間なんているはずがない。
 結局、彼らは管理局が突き付けた、こんなはずじゃない現実に立ち向かったにしか過ぎない。
 それを責める資格は自分に本当にあるのだろうか。
 彼らを前にクロノは今まで持っていた信念が揺らぐのを感じる。
 今まで見てきた自分勝手な犯罪者たちとソラやアズサは同じなのだろうか。
 自問自答の答えは出てこない。

「わたしは……誰も傷付けたくなんてなかった」

 涙交じりのアズサの言葉にクロノは改めて安堵する。
 何が正しくて間違っているのか、今は答えが出せなくてもいい。
 今やるべきこと、考えるべきことはアズサのこれから。
 クロノはアキが計画しているアズサ救出のプランを話そうと口を開く。

「それは困る」

 クロノの言葉を遮る様に四人目の声がその場に響く。

「誰だ!?」

 いち早くソラが反応して周囲を警戒する。
 クロノもそれに続くが辺りに人の気配はない。

「もう少し、フェザリアンの戦いを観察をしたかったが致し方ないか」

 そして、金色の光が溢れた。

「これは……アズサ!」

 足下に広がったミッド式の魔法陣。それを見てソラが顔色を変えて振り返る。
 魔法陣の中心はアズサだった。
 アズサは胸を押さえて、声にならない悲鳴を上げている。

「くそっ!」

 ソラが魔法陣に手を着くが、次の瞬間弾き飛ばされた。
 溢れる魔力の奔流にクロノはその場に留まるので精一杯だった。

「ソ…………ロノ、たす……いや……」

 アズサのかき消えた声に自然とクロノの身体は動いていた。
 それが何者の、どんな術式か分からないものであっても、このまま放置することはアズサにとってよくないことになる。
 S2Uを魔法陣に突き立てて術式に介入する。

「何だ……これは……?」

 流れてくる圧倒的な情報量にクロノの干渉など意に介さずにその力を行使する。
 そして、アズサは金色の光に包まれ、光が弾けた。
 光の中から現れたのはアズサとは似ても似つかない女だった。
 アズサよりも頭一つ高い背丈。長い金髪の髪。青い目。
 服装も一新され、これまた金色の派手なバリアジャケットが展開される。

「お前が……北天の魔導書か」

 立ち上がったソラが浮かんだ疑問に答える。

「こいつが……」

 言われてみればリインフォースに似た気配を感じるが、悲愴を纏っていた彼女と比べると目の前の魔導書には人を見下した冷めたものを感じる。

「いかにも」

 ソラの言葉に北天の魔導書が頷く。

「今すぐアズサの中から出ろ。さもないと――」

「さもないと私を殺すか? 君には無理だ」

 次の瞬間、音が弾けた。
 それがソラの拳を金色の魔法陣による盾が止めたものと理解するのにクロノは時間がかかった。
 その間にも二度、三度とソラの拳や足が盾を震わせる。

「どういうことだ……?」

 その光景にクロノは疑問を感じずにはいられない。
 ソラには魔法を無効化する能力がある。
 それなのに北天の魔導書の張る盾は不動のままそこにあり続ける。
 四度目はナイフによる斬撃。
 しかし、これは甲高い音を立ててナイフの刀身が折れ飛んだ。

「くっ……」

 その結果に顔をしかめてソラは距離を取る。

「なるほど」

 納得した言葉を呟くとソラの足下から何の前触れもなく金の鎖が現れる。
 呆然としていたクロノの反応は遅れ、絡め取られる。
 ソラもまた一条の鎖を避けるものの、間断なく現れる鎖に呆気なく捕まった。

「すごいものだな……フェザリアンの身体というものは」

 感心した言葉をもらす北天の魔導書だが、クロノにはそれを気にしている余裕はなかった。

「解除できない!?」

 バインドに干渉して鎖を解く。
 魔法の基本でもある行為を行おうとしても、構築されている術式が堅過ぎてまったく干渉できない。

「当然だ。そのバインドはリアルタイムで術式を変化させている」

「だからって……まったく介入できないなんて」

「それも当然、フェザリアンの高速演算において構築された魔法は常人のそれとは遥かに異なるものになると今証明された」

 私の理論は正しかったと声を上げて笑う北天の魔導書をクロノは睨むことしかできない。
 だから、ソラに視線を送り説明を求める。

「憶測だけど、フェザリアンの特徴は人間の機能を十全に使えることにある。
 これは身体能力に限ったことじゃない」

「その通り。ここで問題にしているのは脳の働きのことだ。
 フェザリアンの脳は人間にあるリミッターが存在しない。
 故に思考領域と演算速度はAAAランク魔導師の数百倍。この意味が分かるかい?」

 その二つは魔導師ランクにおいても出てくる事柄だからクロノにも理解できる。
 思考領域は魔法の規模の大きさの限界値。
 演算速度は発動の早さ。
 クロノも一般の魔導師に比べれば大きく、早い方だがそれを軽く凌駕する数値に実感が湧かない。
 実感は湧かなくても、その結果は身を持って体験している。

「お前の目的はフェザリアンを作ることじゃなくて、フェザリアンを魔導師にすることか?」

「正解よ。元王」

「そんなことのためにアズサを……」

「彼女の存在は助かったよ。
 フェザリアンのデータは少なくてね。これでまた研究ははかどる」

 あまりに自分勝手な物言いにクロノは怒りを感じる。
 ソラやアズサのような抗う者ではない。
 私利私欲のために悲しみをまき散らす、本物の悪。

「このおおおおっ」

 バリアジャケットの強度を高め、身体能力の強化を限界まで引き上げる。

「ふむ……」

 術式に介入できないなら力任せに壊せばいい。
 バリアジャケットの効果を超過する圧力に身体に激痛が走るが、構わずさらに力を込める。

「お見事」

 音を立てて鎖が千切れる。
 勢い余って前につんのめるのをこらえてS2Uを突き付ける。

「ジュエルシードッ!」

 ソラの咆哮。
 青の魔力光が金色の縛鎖を弾き飛ばす。

「なるほど……魔力の供給量が今後の課題か」

 考察する北天の魔導書。それに構わずソラが叫ぶ。

「クロノ! 最大攻撃、魔力ダメージでぶっ飛ばせ!」

 短い指示に従ってクロノは魔法陣を展開する。
 ソラの意図はなのはがリインフォースにやったことと同じこと。
 自分になのは並みの砲撃が撃てるのか、感じる不安を振り払い。ただ集中する。

「響け終焉の笛……」

「ブレイズ――」

 二人の唱和に対して北天の魔導書は逃げる素振りも見せずに背中の紅いフィンの輝きを強くさせる。

「ラグナロクッ!!」

「キャノンッ!!」

 二つの砲撃が至近距離で放たれる。
 周囲を青い光が埋め尽くし、その衝撃の煽りを受けてクロノは吹き飛ばされる。

「……どうだ?」

 壁に打ち付けた身体を起こして、クロノは顔を上げる。
 もうもうと立ち込める煙。
 ソラの姿を探せば、彼もクロノと同じように建物に叩きつけられたようだったが、ぴくりとも動かない。

「おしかったな」

 響いた声にクロノは背筋が凍るのを感じた。
 煙が晴れる。
 そこにはバリアジャケットを半壊させながらも立つ北天の魔導書の姿があった。

「ソラ……起きろ」

 絶望にくじけそうになる。
 魔力はほとんど残っていない。限界を超えた力を使った反動で身体が悲鳴を上げてまともに動かない。
 それでも諦めることはしない。
 S2Uを杖にして無様でも立ち上がる。

「ソラ……!」

「無駄だ。あれほどの膨大な魔力を御したのだ。普通なら身体は破裂、脳は焼き切れてもおかしくない芸当をしたんだ。
 当分、起きることはないだろう」

 思わずクロノは歯がみする。
 本来ならとっくにリタイアしていてもおかしくないソラを責める気にはなれない。
 怒りは自分に向かう。
 本当に全てを出し切ったソラに対して自分はまだ動け、話せる。余力を残してしまったこと責めてしまう。
 第三者から見たら、クロノも十分よくやったと評価されるだろうが、そんな納得はできなかった。

「ま……まだだ」

 せめてルークスたちが来るまで時間を稼ぐ。
 しかし、S2Uを構えようとしてクロノは無様に地面に転がった。

「くそぅ……」

 悔しさに声をもらしていると、不意に北天の魔導書が歩き出した。
 その先はソラがいて、首根っこを掴まれて持ち上げられても起きる気配はない。

「……実に興味深いな。
 リンカーコアの機能は完全に停止している。どうして生きているんだこいつは?
 それにあれだけのことを身一つでこなし、ジュエルシードを抑え込む精神力……本当に人間か?」

 吟味するように北天の魔導書はソラを観察する。

「だが、素体としては格別か」

 その言葉にクロノは管理局で「G」にされた魔導師を思い出す。

「きっさまぁ!」

 だが、どれだけ怒りを感じても身体はもう動いてくれない。
 そんなクロノを無視して北天の魔導書の独り言は続く。

「こいつにフェザリアンの因子を埋め込めばどんな超戦士になるんだろうな」

 薄ら笑いを浮かべる北天の魔導書の手に無針の注射器が握られる。

「くそっ……動け、動けよ!」

 どれだけ叱咤しても身体は動かない。

「起きろソラ! 起きろ……起きてくれ!」

 叫びは届かない。
 北天の魔導書の手は無情にもソラの首に伸びていく。
 そして、燃えた。

「え……?」

「何だと……?」

 振り払っても腕についた火はその勢いを止めずに大きくなっていく。

「くっ……何のつもりだ貴様!?」

「ソラに……手を出すなんて許せない」

 同じ口から別の声。
 強い意思に満ちた別人のような声だが聞き間違えるはずがない。

「アズサ!」

「やめろっ! 自分が何をしているか分かっているのか!?」

 北天の魔導書の叫びに感じた安堵が一瞬で凍る。
 今の北天の魔導書の身体はアズサの身体。そしてその身体に火をつけたのはアズサ。

「初めから……こうすればよかったんだ。
 そうすれば、誰も傷付かなかったんだ」

「な……何言ってるんだよアズサ?」

 大きくなっていく炎。それは腕だけでなく身体を包み込んでいく。

「くっ……この……消えろっ!」

「ごめんなさい……こんなことしかできなくて」

「ダメだ……そんなことしたら君が!」

 炎の中、北天の魔導書の身体をしたアズサが儚げに笑う。
 ただ見ていることしかできない自分の無力を呪わずにはいられない。

『ありがとう……』

 不意に念話に似た声が頭に響く。

『助けてくれて……守ろうとしてくれてありがとう』

「違う……それは……僕の言葉だ」

 アズサに伝えたかった言葉。
 廃ビルで助けられた感謝の言葉。そんな当たり前のことができなくて、それが伝えたく彼女に謝りたかった。
 それがクロノのアズサを助けたいと思う理由だった。

『こんなふうにしかできなくて……ごめんなさい』

「だからって……」

 理屈でこれがベストだと分かってしまう。
 アズサ一人の犠牲でみんなに危険は及ばず、北天の魔導書も排除できる。
 そんな合理的な考えをしてしまう自分が憎い。

「だからってこんなこと!」

 執務官になると決めてから泣かないと誓ったことを忘れたかのようにクロノの目から押え切れない涙がこぼれ落ちる。

『ありがとう……こんな愚かなわたしのために……』

 ――違う。君は愚かな人間なんかじゃない。

 もう言葉を紡ぐことさえクロノはできなかった。

『最後に……一人じゃないって気付かせてくれて、ありがとう』

 ――そんな満ち足りた声で話さないくれ。

『あなたたちのおかげでわたしは最後に変われました』

 ――感謝なんてされるようなことできてもいないのに。

『だから……わたしはしあ――』

 唐突に念話が途切れる。
 繋がっていた感覚が消え、炎の中の人の形が崩れる。

「あ……あ………」

 炎の勢いはそれでも治まらない。
 まるで全てをなかったかにするように燃え続ける。
 何もできなかった。
 力はあると思っていた。
 そのための地位もあった。
 しかし、守れなかった。

 ――僕は無力だ。

「うわああああああああああああああああああああああああぁっ!!」

 夕暮れに染まり始めた廃墟の町並みでクロノの慟哭が響いた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……終わったか」

 立ち上る炎を見下ろして仮面の道化師は呟く。
 予想外の結末だったが、ソラの力の確認は十二分にできた。
 まさかロストロギアを持ち出してくるとは思ってもみなかった。
 ソラに驚かされてばかりだと仮面の下で苦笑する。

「大将……こいつら本当に生かしとくんですか?」

「ああ、そいつらには後始末をしてもらわないと困るからね」

 見晴らしのいい屋上。
 道化師の背後には金色の羽の男と白い翼の女が控えている。
 そして彼らの足下には呻く管理局の魔導師たちが転がり、呻いていた。
 ソラを特別視することにレイもアンジェも文句をつけなかった。
 当然だ。あれだけのものを見せられたのなら、その実力を認めるしかない。
 それができないような人間は、自分の力が絶対だと勘違いしている人間だ。

「お前たちは……何者だ?」

 半ばから折れた重戦斧型のデバイスを持っていた隊長らしき男が這いつくばりながら尋ねてくる。

「そんなこと言うまでもないだろ。君たちの敵だ」

 分かり切ったことに答えて、目の前に浮かんだ金の魔法陣に目を向ける。

「くそっ……あの小娘」

 悪態をついて現れたのは金髪の女。先程までアズサの身体に強制融合していた北天の魔導書だ。

「満足のいくデータは取れましたか?」

「一応な」

 不服そうな応え。
 当然だろう。せっかく見つけた実験動物に自殺を図られただけならまだしも道連れにされそうになったのだから。
 文句を言いながら、空間モニターを出してデータをまとめ始める北天の魔導書。
 道化師が彼女に気付かれないようにレイとアンジェに視線を送ると二人は無言で頷く。

「やはりこのデータを再現するなら……」

 無防備な背中に音を忍ばせて近付く。
 よく見ると実体化しているものの、それが不安定であることが見て取れる。
 おそらくソラとクロノの砲撃によるダメージなのだろう。
 そして、それがあったからこそアズサは北天の魔導書の支配に干渉できたのだろう。
 だからこそ……倒すなら今が絶好の機会。

「シリウス」

 紅い宝石からデバイスを顕現。
 そのままの勢いで振り下ろす。

「っ……!?」

 流石に魔力の反応を感知した北天の魔導書は素早く反応し、前に転がるようにして回避した。

「何のつもりだ?」

「分からないかな? 君を排除しようと思って」

 同じくデバイスを携えたレイとアンジェが北天の魔導書を囲むように退路を断つ。

「裏切る気か?」

「変なことを言うね。私たちの間にあるのは利害関係だけ。
 私たちは力を望み、君は実験動物が欲しかった。それだけのことだ」

 自分の研究に忠実な彼女だからどんな手を使ってもアズサを仲間として引き込むとは思っていた。
 だが、洗脳まがいのことをしてアズサの尊厳を穢す行いは許容できるものではなかった。
 それが自分たちなら納得はしただろう。
 管理局に一矢報いるためにその身をモルモットにしたのは彼らの意思なのだから。
 テロリストを自称できる自分たちだがそこに誇りも存在している。
 あんな本人の意思を蔑ろにして踏みにじる行為は自分たちが嫌う管理局と同じだ。

「君のやり方に我慢ができなくなった、と思ってくれていい」

「愚かだな。今日のデータでより強い力が得られるというのに」

「勘違いしないでもらえるかな。君の最終目的に私たちは興味はない。
 だけど、君とは別の形でそれを達成できる方法を知っているけどね」

「何だと……貴様、まさか!?」

 それにようやく気が付いたようだがもう遅い。

「君の技術は有効に使わせてもらうよ。
 そして来世でまた一から頑張ると良い」

 呪い殺さんとばかりに睨みつける北天の魔導書に道化師は躊躇わず魔力を解き放った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「もう行くのか?」

 病室から廊下を覗いたところで待ちかまえていたアキが尋ねてきた。
 たかがドア一枚先の気配を読み取れなかったことを反省しつつソラはアキを睨む。

「そうだけど……何か用?」

 敵意を向けた視線にアキは肩をすくめる

「まだ日が変わったばかりだというのにせっかちだな。
 クロノ・ハラオウンは完全に閉じこもってしまったというのに」

「……そんなこと僕の知ったことじゃないよ」

 視線を逸らして応えると、アキは細める。

「何だよ?」

「いや……アズサ・イチジョウのことをあまり引きずってはいないようだと思ってな」

 割り切ることができるのは悪いことではないが、と言葉を濁すアキの言いたいことは分かる。

「引きずってないってわけじゃないよ」

 後悔することには慣れている。
 そして塞ぎ込んでも何にもならないことを知っている。

「ただ……誤魔化しの効かない現実を思い知らされたって感じかな」

 魔導師や「G」を相手に勝ち越していたから自惚れていたのかもしれない。
 自分には力があるんだと思い、結局は力が足りなかった。
 守ることの難しさを改めて知った気がする。

「それに……満足して逝けたならそれはいいことなんだ」

 話しに聞いたアズサの最後。
 彼女が選んだ結果なら自分が言えることはない。

「僕の心配をするより自分たちの心配をしたら?
 命令違反して、僕を助けたんでしょ?」

「そのことなら大丈夫だ。
 クロノ達はあの場で記録に残らないように細工しておいた。
 君のことだって一人くらいならかくまえるさ」

「……でも、長居はしない方がいいでしょ?」

 拘束されてもおかしくない。
 それだけの秘密を抱えているのに武器を取り上げることもしなかった。
 そのことに感謝をする。

「……一つ、言っておく」


「北天の魔導書はアズサ・イチジョウから逃げ出していた」

「……何だって?」

 思わずすごむが、落ち着けとアキは手で制して続ける。

「だが、仮面の男たちの手で消されたようだ」

「消した……技術の略奪?」

「そんなことを言っていたらしい。
 それから今度「G」が戦場に出ることはないとな」

「どういうこと?」

「「G」は北天の魔導書の無理な研究による失敗作らしい。
 一応、人の形で安定する技術は確立しているようだ」

「となると、今後はフェザリアンもどきと戦うってこと?」

「そうルークスに言ったらしい。
 君によろしくと伝えてくれともな」

 自分を引き込むことを諦めていないのか。
 北天の魔導書に加担していたのだから完全に敵と認識していたが――

「まるで点数稼ぎだな」

「点数稼ぎ?」

「そう……まるで君への心象を少しでもよくしておこうという意図を感じる」

 そういえばはっきりと勧誘の答えを返していなかった。
 しかし、アキはそれ以上そのことに追及はしなかった。

「ソラ……一つ教えて欲しいことがある」

「……いいよ。今回助けられた御礼ってことで」

「恩に着る必要はない。答えたくないというならそれでいい」

「……いいよ」

「北天の魔導書と同じロストロギアはあといくつ存在している?」

「天空の書は全部で十二冊存在している。ただ伝わっている名前が○天とは限らないから。
 こっちに来てから確認できたのは北天と夜天の二つ。それから闇の書もそれだよ」

「あの手の魔導書があと十一冊か」

「一応言っておくけど、それぞれの持っている技術は違うから。
 フェザリアンの研究をしていたのが北天なら、闇の書は融合システムについて、夜天については本人から聞いて」

「そうか……ありがとう。参考になった」

「それじゃあ……僕はもう行くね」

 やはりアキはそれ以上のことを聞こうとする素振りを見せなかった。
 何を考えているのかが全く分からない。
 引き止めることことを、情報を少しでも引き出そうともしない。

「ああ……そうだ。これを持っていけ」

 投げ渡されたのは一枚のカードだった。

「これは?」

「君への報酬だ。今までの働きに見合う金額をそれに入れてある」

「……どうしてここまでするの?」

 流石に君が悪くなってくる。

「なに……こちらも点数を稼いでおこうと思ってな」

 そう言ってアキは背中を向ける。

「それじゃ、次に会う時が敵同士でないことを願うよ」

 手をひらひら振って去って行く背にソラは溜息をついた。

「みんな……僕のことを買い被り過ぎだ」

 所詮は人殺しの自分に人助けなんてできるはずなかったんだ。
 ねえさんのように、あの人たちのように誰かを守る力なんて自分にはなかったんだ。
 陰鬱な思考でアキとは逆の方に足を進める。

 ――これからどうしようか?

 宛てはない。することもない。
 それでも管理局にはいられない。
 追われるような感覚でとりあえず逃げることを考える。
 しかし、不意にソラの足が止まった。

「……通信?」

 銀装飾に姿を変えている黎明の書を介しての通信。
 この回線を知っている人間は一人しかいない。
 迷った結果、ソラは回線を開く。

「…………何の用、プレシア?」







 あとがき
 第一章クロノ編、終了しました。
 ここまで読んでいただきありがとうございます。
 第二章は同時間軸で展開されるフェイトにまつわる話を考えています。
 この作品はアンチにするつもりはなく、それぞれの苦悩と挫折、成長をテーマにしたものを目指しています。

 次回の更新もできるだけ早くできるように頑張ります。
 それでは失礼します。



捕捉説明
 フェザリアン
 超能力を操ることに進化した人間。
 とらはのHGSが安定して能力を行使できるようになったもの。
 「外力」「内力」「精神」の三つに能力が区分されている。
 アズサは「外力」の発火能力と「内力」の身体能力の強化に特化しているタイプ。




[17103] 第十話 再会
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:2d1dfd38
Date: 2010/08/01 10:13


「うん……そういうことだから心配しないで……」

 本局の休憩室でなのはは自宅に電話をかけていた。
 「G」との遭遇に、アリシアとの出会いで旅行の予定は大幅に狂ってしまい、帰ることができなかった。
 名目は転送ポートのトラブルということで他のみんなにも口裏を合わせている。
 魔法のことを打ち明けてから、もう嘘はつかなくていいと思っていたのに、また平然と嘘をついていることになのはは自己嫌悪する。
 それでも心配をかけたくなくて仕方がないことだと自分に言い聞かせる。

「うん……明日には帰れるはずだから……うん、それじゃ」

 携帯を切って、なのはは溜息を吐く。
 楽しみにしていた旅行の日程はそのほとんどを消化することはできなかった。
 そのことは残念に思うが、目の前の問題の方が今は大問題だった。
 休憩所にはなのはの他にはやて。そしてフェイトとアリシアの四人しかいない。
 そしてこの場の空気を悪くしているのは同じ顔の二人だった。
 微妙な距離を取りつつ、ちらちらと互いの様子をうかがうフェイトとアリシア。
 その動きは完全に同期していてフェイトが顔を上げるとアリシアが俯いていて、逆にアリシアが顔を上げるとフェイトが俯いている。
 寸劇のようなことを二人は部屋に入ってからずっとやっている。

「なあなあ……なのはちゃん」

 同じように携帯で連絡を取っていたはやてが声をひそめて話しかけてくる、

「あの子……ほんまにアリシアちゃんなの?」

「それは……」

 はやての質問に言葉が詰まる。
 なのははアリシアのことを話しの中でしか聞いたことがない。
 だから、そんなことを聞かれても返答のしようがなかった。
 ただ一つ分かっていることは、アリシア・テスタロッサに魔導資質がなかったこと。
 しかし、彼女は魔法を使っていた。
 それなのに彼女はプレシアからアリシアと呼ばれていた。
 それは明らかな矛盾だ。
 魔導資質を始めとした細かな差異。それによって認められなかったフェイト。
 そんなフェイトが魔法を使えるアリシアをどう思うのか想像できない。

「フェイトちゃん、あの――」

「検査の結果が出たわよ」

 意を決して話しかけようとした所でリンディがそう言って入ってきた。
 気が削がれて俯くなのはに対して、フェイトとアリシアが同じ動作でリンディに注目する。

「単刀直入に言って、アリシアさんは至って健康体。
 ただ、リンカーコアが異常なほどに活発で大きい、それこそSSSランク級の魔力ね」

「SSSランクっ!?」

 リンディの言葉にフェイトが叫ぶ。
 驚く気持ちはなのはも、はやても同じだった。
 SSSランク。
 魔法に関わって日が浅いとはいえ、それが最強の魔導師に与えれる称号だということは知っている。
 興味本位で調べても歴史上に数人しかいない。
 当然、リンディがここで言っているのは単純な魔力量の話だろうが、それでもお目にかかれるものとは思っていなかった。

「私もこんな数値初めて見たわ」

 感嘆に溢れた言葉。
 見せてくれた数値は自分たちのそれとは二桁も差がある数値を示していた。

「それってすごいの?」

 一人、そのことに驚いていないアリシアが首を傾げる。
 それがまた信じられなくて言葉を失ってしまう。

「すごいわよ。これだけの魔力を持っている人は今の管理局にはいないもの」

「でも……ソラとクライドに一度も勝ったことないよ」

 それは比べる相手が悪いのではないだろうか。
 ソラは非魔導師でありながらもフェイトに勝つほどのデタラメな実力者。
 クライドの実力は分からないけど、クロノの父であり英雄と呼ばれた人だ。弱いはずがない。

「アリシアさんは魔法を覚えてどれくらい?」

「えっと……半年くらいかな」

 指折って数えるアリシアになのははそれじゃあ無理だと納得する。
 魔力の大きさだけで勝てないことをなのはは身にしみて知っている。
 圧倒的な魔力があっても、それを使いこなすための経験が少なすぎる。

「半年で…………サンダーレイジを……」

「フェイトちゃん?」

 かすかな呟きになのははフェイトを見る。

「なのは……えっと、何?」

 振り返る一瞬に陰りのある表情を見た気がしたが向けられた顔は明るいものだった。

「……えっとSSSランクなんてすごいね」

 取り繕うように思ったことを口にする。

「うん……そうだね」

 頷くフェイトの気配が変わる。
 これはシグナムを前にした時と同じもの。
 獲物を前にした獣というべきか、生き生きした目はアリシアに対抗意識を燃やしていることが簡単に見て取れる。

「あの、アリシア――」

「ダメよフェイト」

 機先を制するようにリンディがフェイトの言葉を遮る。

「あなたは「G」と戦って、ソラとも戦った。これ以上は認めません」

「でも……」

「あなたが今するべきことはしっかりと身体を休めること。いいわね」

「…………はい」

 強く言われてフェイトは頷く。
 フェイトの体調はまだ万全じゃない。
 もしかしたらソラとの模擬戦で「G」との怪我が悪化しているかもしれない。
 衝撃なことが多すぎたせいですっかり忘れていたが、「G」との戦いで一番重傷だったのはフェイトなのだ。

「フェイトちゃん、身体は大丈夫なの?」

「うん、平気だよ」

 がっつポーズを取って自分は元気だと主張する。が、リンディの視線に身体を小さくする。

「はあ……だいたい模擬戦をする前にすることはたくさんあるでしょ?」

「…………はい」

 リンディの言葉にフェイトは力なく頷く。
 やっぱり不安を感じるのだろう。
 プレシア・テスタロッサのその後。
 生き返ったアリシア・テスタロッサ。
 そして、プレシアを殺したソラ。
 なのははフェイトの隣に座って膝の上で握りしめた手に自分の手を重ねる。

「フェイトちゃん」

 安心させるように名前を呼ぶ。
 なのはの言葉に緊張が緩んだのかフェイトは、大丈夫と頷く。
 そして、二人でアリシアに向き直る。

「アリシア、教えてあれから母さんがどうなったのか」

 真剣なフェイトの眼差しにアリシアは静かに頷いた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「あれ…………ここ、どこ?」

 目が覚めたらそこは見知らぬ場所にいた。
 薄暗い部屋。
 着ているものも自分のパジャマではなくて病人が着ている簡素な服。

「リニス……ママ……」

 いつも一緒にいてくれるリニスがいない。
 そのことがとても不安に感じる。
 ベッドを下りて部屋を見回す。
 そこはやっぱり見たこともない部屋。
 雰囲気は学校の保健室に似ているが、壁の所々から生えている木の根が不気味な雰囲気を作っている。
 床にも木の根は生えていて、躓かないように恐る恐る歩く。
 ぺたぺたと冷たい床を歩いて、半開きのドアから外を覗く。
 長い廊下も部屋と同じように薄暗く、非常灯がついているだけ。
 右を見ても、左を見ても誰もいない。
 それでもここにじっとしているのも怖い。
 意を決して廊下に一歩踏み出す。

「よかった。目が覚めたんだ」

 突然、気配もなく肩に置かれた手とかけられた声。
 それはアリシアの理性を容易く崩壊させた。

「きゃあああああああああああああああああああああ」

 アリシアは脇目も振らずに逃げ出した。
 おばけ。それとも変質者。
 とにかく逃げなければ、逃げないと――

「ちょっと待った」

「ひきっ」

 闇の中で浮かぶ首が行く手を塞ぐ。
 冷静に見れば全身が黒尽くめの服を着ているから首だけが浮いているように見えるだけなのだが、動転したアリシアはそれに気付くことはできなかった。

「だから待っててば」

 逃げる間もなく、首根っこを掴まれ猫のように持ち上げられる。

「いやーーーーたすけてーーっ!!」

「落ち着いて、僕は――」

 ジタバタと暴れるアリシアをなだめようとするが、その声は届かない。

「たすけてっ……ママっ!」

 次の瞬間、紫電の光が轟音を伴って視界を埋め尽くした。

「な、なんだ!?」

 紫電に照らされた少年は驚いて振り返る。
 つられてアリシアも見ればそこには何もなかった。
 そう暗かった廊下は綺麗に途中から消え去り、切断面は赤熱している。
 その向こうに広がるのは一面の白。
 異様な光景だったが、アリシアの視線はそこに浮かび上がってきた女性に釘付けにされた。

「…………ママ?」

 思わず疑ってしまった。
 そこにいた母の姿はアリシアが知っているものと全然違っていた。
 黒い髪に顔つき。間違いなく自分の母なのに違う。
 
 ――わたしが知っているママはあんなに皺が多くない。

 ――わたしの知っているママはあんな悪の女王みたいな恰好をする人じゃない。

 ――わたしのママはあんな怖い目でわたしを見たりしない。

 しかし、アリシアの心情を余所にその呟きが聞こえた女の目から涙が溢れる。

「アリシア……本当に……私のアリシア」

 ゆらりと手を伸ばす様に恐怖を感じてアリシアは身をすくめる。
 口元に浮かべた笑みに狂気を感じる。

「えっと……あの人が君のお母さん?」

 首を掴んでいる少年が尋ねる。
 女の人の尋常ではない気配に彼も引き気味に、いつでも逃げられるようにしている。

「アリシア、分かる? お母さんよ」

「……随分と個性的なお母さんだね」

 呟きながら少年はアリシアを掴んでいた手を放す。

「さ、お母さんのところにお帰り」

 少年が自分をあの人に渡そうとしていることに気付いてアリシアは焦る。
 母に似た、狂気を持つ彼女の下に行ったらどうなるのか想像するだけで身体が震える。

「…………う」

「怖かったでしょ? 苦しかったでしょ? 寂しかったでしょ? でも、もう大丈夫。これからは――」

「違うっ! こんな人、わたしのママじゃないっ!!」

 アリシアの叫びに女の動きが凍りつく。

「わたしのママはこんな怖い人じゃない!」

 叫んでアリシアは彼女から隠れるように少年の背後に隠れる。

「いや……でも、そっくり……じゃない?」

「そっくりじゃない! 髪の色とか全然ちがうっ!」

「へ、へーそうなんだ……っていうか僕を盾にしないでよ」

「やだ……助けてよ、お兄さん」

 また掴もうとする手をかわして、アリシアは少年の周りを回る。

「……………ふふふ」

 底冷えのする笑い声に二人の動きが凍りつく。
 ギギっと固い動きで二人は女の方を見る。
 女は笑っていた。
 口元を不気味に釣り上げて静かに笑っている。
 そして、目は笑ってなく、一層の狂気を帯びている。

「そう……あなたが私のアリシアを誑かしたのね」

「はいっ!?」

 女の視線は少年に注がれる。

「待っててねアリシア。すぐにその男を殺して目を覚まさせてあげるから」

 寒気のする魔力をぶつけられて身体がすくむ。
 自分に向けられているものではないのに、その気迫に腰が抜けてへたり込む。

 ――やっぱり違う。

 こんな簡単に人を殺すなんて言う人じゃなかった。
 今目の前にいるのは母の姿形をしたまったくの別人だ。
 不意に、少年のコートを掴んでいた手が振り払われる。

「……あっ」

 置いて行かれる。そう思った瞬間に泣き出しそうになる。
 でも、次の瞬間アリシアは抱き上げられた。

「逃げるよっ」

 少年の言葉に応えるのに思わず躊躇った。
 ちらりと女の人を見ると、彼女の足下には魔法陣が広がり、その周辺にはスフィアが浮いている。
 魔法に疎いアリシアでもそれが何なのか理解できた。

「うんっ!」

 強く頷いた瞬間にアリシアは身体にかかった衝撃に身を小さくして少年に抱きついた。
 少年が走る一歩一歩が身体を揺らす。
 普段体験することがないスピードに初めに感じた驚きも、今の状況も忘れてアリシアは胸を弾ませる。

 ヒュ……ドカンッ!

 が、風を切り、壁を撃ち抜き爆発した紫の魔弾が現実に繋ぎ止める。

「な、なんかいっぱい来るよ!」

 だっこの要領で抱き上げられているため、アリシアは背後から迫る無数の魔弾が見えていた。

「黙って、舌を噛むよ」

 それに応じる前に横にかかった力にアリシアは振り回された。

「ふえっ? ひやぁ!? きゃっ! ひぐっ」

 身体が横向きになったかと思うと元に戻り、そして息を吐く暇もなく横に、さらには逆さまになる。
 縦横無尽にかかる反動にアリシアは悲鳴を上げ、忠告通り舌を噛む。
 しかし、そのたびに炸裂する魔弾に文句を言うこともできない。




「……もう追ってこないかな?」

 どれくらいの時間振り回されたのだろうか。
 少年の呟きにアリシアは目を回して応えることができなかった。

「大丈夫?」

「……らいりょうふじゃない」

「そう言っていられる内は大丈夫だよ」

 ひどい。そう思っても言葉にする気力はなかった。

「さてと、これからどうするかな?」

「どうするって?」

 そういえば、ここが何処なのかまだ分かっていなかった。
 それにこの人が誰なのかも。

「あの――」

 それを尋ねようとしたが、突然目の前に浮かんだ紫の魔法陣に言葉を失った。

「――逃がさないわよ」

 そこから淀んだ目の母によく似た女が現れる。

「きゃ――」

 悲鳴を上げるより速く、風になった。
 そして――



「なんなんだよあいつは!?」

 二度目の逃亡を一段落させて少年が叫ぶ。

「きっとあれだよ! 悪い子を連れ去って窯にゆでて食べちゃう黒い魔女だよ!」

「なに!? あれって実在してたのっ!?」

「でも、それじゃあアリシア悪い子なの?」

「あー僕は悪い子だね。……うん」

「そうなの?」

「うん、僕は極悪人だよ」

 そう言って笑う少年はとてもそんな風には見えなかった。

「えっと……助けてくれてありがとう。わたしはアリシア・テスタロッサです」

「ああ、僕は……」

 不意に少年の言葉が止まる。
 どうしたのかと首を傾げて見ると、彼は目を瞑り物思いにふける様にしてから口を開く。

「僕はソラ……うん、僕の名前はソラだよ」

 それはまるで自分に言い聞かせているかのように感じる物言いだった。
 それでいて嬉しそうな雰囲気にアリシアは不思議なものを感じる。

「さてと……これからどうしようか?」

 それを尋ねるより早く少年、ソラが話を進める。

「えっと……ここはどこなん?」

 周りの通路はどれだけ走っても変わり映えのしない、無機質なもの。
 それが余計にテレビアニメのような悪者の秘密基地を思わせる。

「何処って言われても僕もそれをちゃんと把握できてないんだ」

「はあく……わからないっていうこと?」

「うん。僕も気付いたらこの世界にいたから」

 着いてきて、とソラは歩き出す。

「君はここにどうやって来たか覚えてる?」

 ふるふると首を横に振る。

「実を言うと僕も覚えてないんだけど、結構大きな次元震があったみたいなんだ」

 非常灯だけが照らす廊下。
 よく見ると壁には至る所に傷があし、床もぼこぼこしていて歩きにくい。

「見てみるといい。これがこの世界だ」

 そういって気付けばソラは壁に空いた大穴のところで立ち止まる。
 おそるおそる覗き込んでみてアリシアは息を飲んだ。
 そこに広がるのは一面の白。
 空も地面に境界はなく、一面の白は遠近感を狂わせる。

「二、三日くらい前にあれが落ちてきたんだ」

 アリシアが落ちないように支えながらソラが指差したのは白の空間の中にある唯一のもの。
 島だろうか。
 塔のようなものも見えるが、かなりぼろぼろで原型をとどめていない黒い塊にしか見えない。

「君はあの中にいた。たぶん時期から考えてあの魔女もあそこにいたはずなんだけど」

「あんなの知らない」

 うちにいたはずなのに、リニスと一緒にママが帰ってくるのを待っていたはずなのに。

「おうちに帰りたい」

「それは無理だよ」

 涙をためたアリシアの呟きをソラはにべもなく切り捨てた。

「僕もいろいろ試したけど、この世界からは通常の次元転移では出られないみたいなんだ」

「それじゃあ、ずっとここにいるしかないの?」

「…………僕はまだ諦めるつもりはないよ」

 ソラの顔を見ればそこに絶望はない。
 その姿にアリシアは単純にかっこいいと思った。
 兄というのはこういう人のことを言うのだろうか。

「アリシアッ!!」

 ズンッ、不意に地面、戦艦全体が揺れ、同時に響く声にアリシアは首をすくませる。

「アリシアッ! アリシアッ!! どこにいるの!?」

 わめく声は近い。
 流石にその声に応える気にはなれない。

「……あのこの世界から出られないんだよね?」

「うん、そうだよ」

「それって、あの魔女さんも?」

「うん、たぶんね」

 その答えにアリシアは途方に暮れる。
 この世界から出られないのなら自分は一生あんな怖い魔女に追われ続けると思うと挫けそうになる。

「まあ、それについての対処を考えないとね。でも正直、あれに挑むのはちょっと怖い」

「そうだね」

 気弱に呟くソラにうなずく。
 もし自分に魔法の力があってもあの人に挑むことはしたくない。
 声と振動は少しずつ近付いてきているように感じる。

 ――あれはいったい誰なのだろうか?

 それを考えずにはいられない。
 自分の知っている母とは思えない姿。
 それでも、どれだけ否定してもあの人が母であると確信している自分がいることに戸惑ってしまう。

「ともかくここから離れるよ」

「……うん」

 手を伸ばすソラに抵抗せずにアリシアはそのまま抱えられる。
 三度目は全速力によるものではなく静かなものな駆け足。

「大丈夫、逃げるのと隠れるのは得意だから」

 安心させるように言ってくれるが、アリシアの心は晴れない。
 何も応えることはできずにいると、ソラの足が止まる。

「ちっ……こんな時に」

 舌打ちしながら、ソラは胸に手を当てる。
 そして、青い光を散らして手に剣が現れる。
 もっともそれは鋼のそれではなく、木製の剣だが。

「アリシア、しっかりしがみついて、それから静かに」

「うん……」

 ソラの言葉に頷いて首に回していた手に力を込める。
 片手にアリシア、もう一方に木剣を持ち、曲がり角で待ちかまえる。

「声はこの辺りから聞こえたはずなんだけどな」

 そのまま数十秒くらいまっていると慌ただしい足音とそんな独り言が聞こえてきた。
 男の人の声。声からして人のいい優しそうな人だ。
 そんな人をソラが襲おうとしている。それがなんだか嫌だと感じた。

「ねえ、ソラ――」

 声をひそめて話しかける。
 しかし、それに男は気付いた。

「そこにいるのは誰だ!?」

 厳しい声にひっっとアリシアは小さな悲鳴を上げる。
 そこにソラの舌打ちの音が重なり、通路に躍り出る。

「君か!? ちょっと待て戦う気はない」

 男の制止の言葉を無視してソラは木剣を振る。
 水色の魔法陣がソラの斬撃を受け止める。
 盾を容易く切り裂き、返す刃が翻る。
 男はバックステップでそれをかわす。

「その子は……? いや、だから待て……待ってください!」

 悲痛な叫びにソラの木剣が男に眼前に突き付けられて止まる。
 黒い髪の男の人。右目は眼帯で覆われていて魔女の次は海賊が現れたとアリシアは驚く。

「お前がこっちの区画にいるのはどういうことだ?」

 敵意に満ちた声でソラが尋ねる。

「不可侵の約定を破ったことは謝る。実は人を探していてね」

 男は言いながらアリシアに視線を向ける。

「その子はもしかしてあの島から?」

「そうだけど……」

「ソラ……この人は?」

「管理局の人間。つまりは僕の敵」

 木剣をしまってもソラは男を睨み続けている。

「ソラ? それが君の名前なのかい?」

「気安く呼ぶな」

 その敵意に満ちた空気に耐えられすアリシアが口を開く。

「えっと、アリシア・テスタロッサです」

「私はクライド・ハラオウン。よろしく」

 男、クライドは嬉しそうにアリシアに応える。

「いやーまともな会話なんて何年ぶりだろうね。
 彼、ソラ……ソラ君はまともに話なんてしてくれないから。
 まあ自業自得なんだけどね」

「おい……あんたの目的はあれだろ?」

「あれ?」

 後ろを指すソラの指を追ってみてもそこには何もない。
 と、思っていると壁が突然爆ぜた。
 煙が流れ、爆風が髪を揺らす。

「アリシア……」

 煙の中から現れたのは先程の魔女。
 狂気に目を輝かせ、もれる魔力によってなびく長い髪。
 そして、にたーっと吊り上げ真っ赤に染まった口元が笑みを作る。

「きゃああああああああああぁっ!」

「おおおおおおおおおおおおぉ!?」

「うわああああああああああぁ!?」

 ソラとクライドは逃げ出した。

「おい、こら! お前が拾ったんだろ!? どうにかしろよ!」

「無茶言わないでくれ! っていうか何だあれは、無茶苦茶怖いぞ」

「知るか!? あれだって犯罪者の一種だろ管理局」

「犯罪者でもあれは管轄外だ!」

 荒れ狂う魔力の重圧はアリシアにも理解できる。
 二度の邂逅とは比べものにならない威圧感に身体が震えが止まらない。

「ちっ……役立たずが」

 舌打ちして、ソラは不満をもらす。
 それにクライドが言い返そうとした所で不意に空気が変わった。

「もう逃がさないわよ」

 通路の先から凍てついた声が響く。
 ソラの、クライドの足が止まる。

「どうしたの?」

「結界を張られた。これ以上逃げるのは無理みたいだ」

 ソラはアリシアを降ろして木剣を取り出す。
 木剣を手にソラはアリシアに背を向ける。

「どうせ、いつかやることに変わりはないんだ。
 だったら今ここで退治してやる」

 すっかり臨戦態勢のソラの横にクライドがおもむろに並ぶ。

「まさか君と一緒に戦うことになるとはね」

「近寄るな。どっかに行ってろ」

 にべもなく突き放すソラ。

「いや、まさか一人で戦うつもり? あれと?」

「あんたに背中を任せる方が怖いよ」

「だからって、あれは軽く見積もってもSランク級の魔導師なんだぞ。
 私よりも強いんだぞ!?」

「それでも……だ」

 クライドの制止を無視してソラは走る。
 狭い通路。
 周囲にスフィアを浮かべ、万全の状態で迎え撃つ魔女。
 魔女は杖をソラに向けて――

「ゴフッ……」

 血を吐いた。
 霧散するスフィア。
 そして、そのまま前のめりに倒れていく。
 予想外のことにソラの足は止まっている。
 魔女はそのまま音を立てて倒れた。

「えっと……」

 困ったような声をもらしながらソラは魔女に近付き、恐る恐る木剣で突っつく。
 反応はない。
 なんとも言えない空気がその場に漂い。
 誰も動けなかった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 あまりに予想外の出来事の話になのはは反応に困った。
 というか、プレシアが哀れに感じてしまう。
 本人たちは真面目だったのだろうが、アリシアのつたない話し方ではそれも曖昧になってしまう。
 しかし、納得できる部分もあった。
 冷静に振り返ってみるとあの時のプレシアは確かに怖かった。
 何の覚悟もなく、何の情報もなくあの狂気に満ちた目に遭遇したら自分も逃げ出しそうだ。
 うん。っと納得してなのははフェイトの様子をうかがう。
 フェイトは俯いたままだった。
 まあ、今の話で何を感じろというのも無理な話だと思うが。

「それで……とりあえずその時はママを縛って……魔法を封じることにしたの」

 その流れなら妥当な判断なのだろう。

「今日の話はこれまでね」

「え……?」

 リンディの突然の打ち切りの言葉にフェイトが顔を上げる。

「でも……まだ……」

「もう限界よ。アリシアさんがね」

「あたしなら……大丈夫……だよ……」

 というもののアリシアは眠たそうな目をしきりにこすっている。
 いつの間にかもうだいぶ遅い時間になっている。
 午前中にソラとフェイトの模擬戦。それからアリシアは検査を受け、夕食を食べて今に至る。
 時間はすでになのはが普段なら床についている時間だが、気持ちが高揚していて眠気を忘れていた。

「それに明日は海鳴に帰るんだからちゃんと寝ておかないと」

 諭すように言うリンディだが、フェイトは納得できないように視線を彷徨わせる。
 はやる気持ちは分かる。
 それでもここはリンディさんが言っていることの方が正しい。
 そう思って、なのはが口を開く。

「フェイトちゃん――」

「ありしあ……ねてないよ……ねてない……ふみゅぅ」

 なのはの言葉にアリシアの、もはや寝言の言葉が重なる。
 それを聞いてフェイトは重い溜息を吐いた。

「はい……」

「そう落ち込まないで時間はたくさんあるんだから」

 もうほとんど寝ているアリシアを抱き上げてリンディは続ける。

「それじゃあ、四人ともあまり遅くならない内に寝るのよ」

 そう言い残してリンディは部屋から出ていく。
 そして、残ったの四人の内で一番初めに動いたのはアルフだっだ。

「フェイト……大丈夫?」

「大丈夫だよアルフ。ありがとう心配してくれて」

 子犬の姿のままフェイトにすりよって案じるアルフにフェイトはしっかりと言葉を返す。

「……ちょっと安心したかな。母さんは相変わらずだったんだなって分かって」

「相変わらずって……いいのかなそれで?」

 あれはどう聞いても暴走していたと思う。
 それを相変わらずと感じるフェイトを哀れと思うか、器が大きいと思うか頭を悩ませる。

「でもすごいお母さんやね。クライドさんは分からへんけど、あのソラさんをビビらすなんて」

「あっ……それはわたしも思った」

 あの冷酷な目の少年の姿を思い出して、アリシアの話の中の彼とだいぶ違うように感じた。
 何よりソラのことを話すアリシアは嬉しそうだった。
 そして、そこに陰りを感じるのは彼がプレシアを殺したからなのだろう。

「フェイトちゃん……ソラさんのこと、どうするつもりなの?」

「できればあの人からもちゃんとお話を聞きたいけど……負けちゃったから」

「それならあたしも次には一緒に戦うよ」

 そう提案したのはアルフだった。

「嘱託試験の時みたいにさ、二人でやればあんな奴楽勝だよ」

「……うん、そうだね」

 そう応えてフェイトは笑った。
 話を聞いてから初めて見せた笑顔になのはは安堵する。

「それにしても……」

 おもむろにはやてが重い溜息を吐きだす。

「どうしたのはやてちゃん?」

「いやな……せっかくの社会科見学やったのに結局何もしてへんと思って」

「そういえば、こういうのは初めてだっけ?」

「せや……なのに初日に謎の生命体に遭遇して、入院するはめになって、それからフェイトちゃんがソラさんと戦う言い出して。
 それで最後にはアリシアちゃんとクロノ君のお父さんが登場…………あっ」

 突然、愚痴を呟いていたはやてが止まった。
 その顔は蒼白で身体は震え出す。

「ど、どうしたの?」

「あかん、忘れとった」

「忘れた……何を?」

「お土産……」

 ポクポクポクポクチーン。

「ああ!」

 烈火の如く怒るアリサと恨めしそうにふてくされるヴィータの姿が目に浮かぶ。
 そして、そのまま問い詰められて今回の事件のあらましを話してしまう自分。

「どどど、どうしよう!?」

 死にかけました、なんてこと言えるはずがない。

「お土産は明日だけでなんとかしても、写真とかがまずい」

「えっと……正直に話した方がいいんじゃないかな?」

「あかん……そんなことしたらみんな仕事にほっぽり出してしまう」

 はやてを第一に考えるヴォルケンリッターがはやての危機に駆け付けなかったと知ったら何をするか。
 今後の管理局から与えられる仕事を拒否するようなことにでもなれば、管理局の人間のとの関係が悪化しかねない。

「わたしも……お父さんたちに知られるのはちょっと……」

 なのはにしても管理局で働くことを全面的に賛成してもらったわけではない。
 もし、ここで死にかけたと話したら今後、魔法に関わることを止められるかもしれない。
 ようやく見つけた将来の目標という理由だけではない。
 魔法に関わったことで得ることができた絆を否定されたくはない。

「でも……それじゃあアリシアのことはどうしようか?」

 フェイトの言葉になのはとはやては顔を見合わせて、思いついた。

「それや!」

「それだよ、フェイトちゃん!」

「ふえ?」

 声を上げる二人にフェイトは訳も分からず首を傾げた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「…………ママ」

 ベッドに寝かせたアリシアがもらした言葉にリンディは苦笑して、頭をなでる。
 すると泣き出しそうだった顔は気持ちよさそうなものに変わる。
 闇の書事件のおりにフェイトが夢の中で会ったといった子供。
 フェイトの姉だとその時は言っていたようだが、実年齢や見た目のことを考えればどう見てもアリシアの方が妹に見える。
 アリシアが落ち着いたのを見計らって手を放し、静かにリンディは部屋を後にする。

「ママって呼ばれるのもいいかも……」

 思えばクロノもフェイトも「母さん」と呼ぶ。
 それに不満はないのだが、やはりもっと甘えてほしいと思ってしまう時もある。

「なるほど、確かにパパって呼ばれるのもいいかもしれないな」

 独り言に答える声に驚いて振り返るとそこにはクライドが立っていた。

「やあ、ただいまリンディ」

「……お帰りなさい」

 今日二度目のやり取り。
 といっても今回のそれは感動的なものとはいえない。
 もみくちゃにされたのか着崩れた服にお酒の臭い。
 彼の生還を本局に知らせてからわずか半日だが、熱烈な歓迎を受けたことが分かる。

「どうだった?」

「いや……みんな元気そうでなにより」

 笑いながらクライドは応える。

「彼らを守ることができたことは誇らしく思えるよ。ただ……」

 クライドの同期や部下たちは十二年の時間でそろぞれ出世し、それぞれの道を歩んでいる。
 それは自分たちにも言えることだ。
 次元航行艦の艦長になることを選んだリンディ。
 執務官になることを選んだクロノ。
 そんな時間の流れから取り残された現実はやはり堪えるのだろうか。

「大丈夫よ。あなたならすぐに復帰できるわよ」

「いや……そのことなんだけど……」

 言い辛そうにクライドは言い淀み、そして意を決して口を開く。

「管理局に戻るつもりはないんだ」

「……そんなどうして?」

「十二年は長過ぎた。もう昔のような熱意はないんだ」

 そう言う彼の表情はリンディの知らないものだった。
 次元世界を守ることを誇りにし、自信に満ちていたクライドはあの時確かに死んでいた。

「この十二年間、私は最低のことをして生きてきた。
 本当なら会わせる顔なんてなかったんだ」

 クライドは隠すように右目の眼帯を押さえる。

「その目は……ソラ君に?」

「いや、自業自得だよ」

 自嘲してリンディの言葉を否定する。
 だが、その表情はそれを肯定していた。
 二人の間に何があったか追及したい。だが、それに答えてはくれないだろう。
 それでもクライドが変わった原因がソラにあることは容易に想像できる。

「それにやることがあるんだ」

「やること?」

「ソラのことを調べようと思って……」

 それは意外な答えだった。
 てっきりクライドはソラの素性を知っていると思っていた。

「あの子は自分で次元犯罪者って言っていたわ」

「私が知っているのは罪状だけだよ。ソラの経歴とかまでは全然知らないんだ」

「それなんだけど……」

 リンディはソラについて調べたことを話す。
 解決・未解決の事件にかかわる前科の調査。
 遺伝子情報による血縁関係の調査。
 考えられる限りの方法で調べて見ても未だに何も分からない現状。
 それを聞いてクライドは眉をひそめる。

「おかしい……あれほどの事件がなかったことにされているのか?」

「ねえ、あの子はいったい何をしたの?」

「それは……答えられない」

「誰にも言わないわよ」

「知っているだけでも大問題になる。知らない方がいい」

「そう……」

 こちらの身を案じてくれているのは分かるが一抹の寂しさを感じてしまう。
 それを誤魔化すようにリンディは話題を振る。

「彼との付き合いは長いの?」

「まともな付き合いの長さはアリシアたちと同じくらいだよ。彼には嫌われているからね」

「嫌われているのに、気になるの?」

「ここにこうしていられるのもソラがジュエルシードの制御を成功させてくれたおかげだからね」

「なっ……!?」

 思わぬ単語にリンディは絶句し、同時に納得した。
 プレシアと共に虚数空間に落ちた九つのジュエルシード。
 彼女が辿り着いた場所に一緒にあるのは不思議なことではない。
 そして、ジュエルシードは空間干渉系のロストロギア。
 観測不可能な世界からの脱出する手段としては最良のもの。
 そう結論に達するとなんとも言えないものを感じる。
 多大な犠牲を引き換えにしても最愛の人を取り戻したい。
 プレシアの思想は今でも決して認められない。
 しかし、彼女の行為の棚ぼたで自分の最愛の人が帰ってきた。
 認めることができない。それでも思わず感謝してしまう。
 どうしようもない葛藤を一旦切り、リンディは艦長の顔でクライドに尋ねる。

「ジュエルシードは今どこに?」

「ん? 私が四つにソラが残りの一つを持っているはずだけど、それがどうかした?」

 あまりにあっさりとした返答に眩暈を感じる。
 この人はこの十二年でそこまでふ抜けてしまったのか。

「ジュエルシードは回収指定のロストロギアです。
 すぐに提出してください。これは命令です」

 思わずきつい言葉でリンディは告げる。

「私はそれでもいいんだけど……ソラが素直に差し出さないと思ったから言わなかったんだ」

「でも、彼が持っていても何にもならない――」

「いや、ソラはあれを使えば魔法が使えるから」

「…………は? 今なんて?」

「ソラはジュエルシードの魔力を制御できる」

「そんなどうやって?」

「本人いわく、雑念をなくして単純な命令なら簡単に叶うって言ってたけど」

「ありえないわ」

「だろうね。私も試してみたけど無理だった」

「なら、どうして?」

「それがソラの力とも言えるかな」

 ソラの力。
 そう言われて思い出すのはフェイトの魔法をかき消した光景。

「そうよ……あれはいったいなんなの!?」

 アリシアとクライドの出現で忘れていた異様な光景。
 モニター越しで見ていても、解析してみても解明できない未知の力。

「あれは……何というか……」

「それも秘密なの? ならいいわよ」

 言い淀むクライドをリンディは苛立ちを隠せなかった。
 ソラのことを何も語ろうとしない。
 それはまるで優先順位が彼の方が高いとしか見えない。

「すまない」

「もういいわ。とにかくジュエルシードを提出してください」

 強めて事務的にリンディは告げる。
 クライドは溜息を一つ吐いて、四つの菱形の結晶体を取り出した。
 それに懐かしさを感じながらリンディは首を傾げた。

「四つ、それからソラ君が一つ。プレシアと落ちたのは九つだったはずだけど残りの四つは?」

「私たちが見つけたのは五つだけだったよ」

 クライドの嘘を言っている気配はない。
 なら、彼らから離れた所に落ちたのだろうか。
 聞いた話によれば果てのない世界だったのだからその可能性は高い。
 もしくは虚数空間に落ちたままか。
 どちらにしろ、残りの四つの回収は不可能だろう。

「それとこれも渡しておくよ」

 そう言って差し出したのはデータチップだった。

「プレシア達が来てからの私たちのやり取りを記録したものだ」

「そんなもの取っておいたの?」

「職業病かな……十年以上も離れていたのについね」

 驚くものの、それはありがたいものだった。
 クライドがいなくなるとプレシアの話はアリシア一人に聞かなければならなくなる。
 意外にしっかりと話せていたが、言葉で伝えてもらうよりも映像の方がずっとわかりやすい。

「これを見て気付いたことをあとで教えてもらえるかな?」

「それは……ソラ君のことかしら?」

 リンディの言葉にクライドは頷く。

「確かにソラは次元犯罪者の人殺しかもしれない。
 でも、この一年。彼と関わって、彼がそんなことを好き好んでやる人間じゃないと……思う」

「でも彼はプレシア・テスタロッサを殺した」

「……ああ、その通りだ」

「どんな理由があっても人殺しは許されないことよ」

「分かっている。それでも……」

 クライドの言い分は理解できる。
 ただの次元犯罪者が人助けをした末に管理局に協力するなんて正気とは思えない。
 それにフェイトに取った態度だって無理があり過ぎる。
 余命のないプレシアを殺すことに何の意味があったのか。
 そして、クライドがそこまで気にする人物。
 彼が何を考え、何をしようとしているのか。
 それはリンディにも興味があることだった。

「まあいいわ。それで当てはあるの?」

 しかし、ソラの経歴は管理局の力を使っても調べられなかったもの。
 個人として動くというクライドがどこまで調べられるかは分からないが、別の方面からの調査という意味では好都合だ。

「一応ね……それとアリシアのことだけど……なんだったら連れて行くけど?」

 クライドの申し出にリンディは少し考えて首を振った。

「あの歳の子を捜査に連れていくわけにはいかないでしょ。
 フェイトのこともあるし、うちで預かるわよ」

「すまない。本当なら私が責任を持って面倒をみるべきなんだろうけど」

「いいわよ。それよりも……今度はちゃんと帰ってきてね」

「……リンディ……私は……」

 クライドは真摯な眼差しのリンディから思わず視線を逸らした。

「私は最低なことをしたんだ」

 まるで懺悔するかのようにクライドは

「本来なら合わせる顔なんてなかった……なかったんだ」

「……それもソラ君が関係しているの?」

 答えは返ってこない。
 それを肯定を捉えて、リンディは溜飲が下がるのを感じた。
 クライドがソラに感じているものが罪悪感だということが分かった。
 それで十分だった。

「言いたくないなら言わなくていいわ。
 ただ、これだけは覚えておいて」

 そっと近付き、リンディはクライドに抱きついた。
 強張る身体。抱き返してはくれなかった。

「私は許すわ。あなたがどんなことをしていたとしても……他の誰もが許さないと言っても私だけは最後まであなたの味方でいる」

「リンディ……」

「だって私はあなたの妻なんだから」

「っ……リンディ……ありがとう」

 リンディはクライドの身体を放して一歩下がる。
 今にも泣き出しそうな顔のクライドに笑顔を向ける。

「いってらっしゃい」

「ああ……いってくる」

 そう応えてクライドは背中を向けて歩き出した。

「……ああ、そうだ」

 不意に、空気が読めていないのかクライドは立ち止まった。
 だが、振り返った彼の真剣な顔にリンディは緊張する。

「あの闇の……夜天の書の主の八神はやて君だったかな」

「ええ、それがどうかした?」

「あの子とソラを会わせないようにしてもらえるかな」

「それは……どうして?」

「ソラの目的が闇の書の完全破壊だからだよ」

「……それはまさか」

「そうだよ。ソラは闇の書の被害者だ」









 あとがき
 フェイト編第一話完了しました。
 何も知らない、かつ第三者がいきなりあのプレシアに遭遇したらを考えての話でした。
 



[17103] 第十一話 悪夢
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:2d1dfd38
Date: 2010/09/12 00:03
 ――身体が動かない。

 また、この夢だとアリシアは定まらない思考の中で思った。
 あの日、自分が生き返ったと知らされた時から時々見る悪夢。
 見慣れた天井に見慣れた部屋。
 今はもうない自分の部屋なのに、そこにもう懐かしさは感じなかった。
 この夢を初めて見た時は動転して、声も出せずに泣き叫んだ。
 何度も見る夢に今は多少落ち着いていられる。
 金縛りにあったようにぴくりとも動いてくれない身体。
 凍えるように寒い空気。
 青白い光が照らす薄暗い光景。
 そして不気味なほどの現実感と息苦しさ。
 パニックになることはなくなってもが、不快感を感じずにはいられない。

 ――そうだ。リニスはどこだろ。

 何度も見たおかげで苦しさを感じながらも余裕を持って思考する。
 身体は動かない。
 せめて視線だけでも、と思って動かす。
 ぐらっ、まるで自分の身体じゃないように力なく首が横に向く。
 視界が一転して、部屋の内装、それと自分のすぐ横に丸くなっているリニスを見つけた。

「………………」

 声を出そうとしても余計に苦しくなるだけだった。
 それでも、懸命に声を振り絞る。

「…………っ」

 しかしどうしても声は紡げず、手を伸ばすこともできない。

 ――リニス。

 せめて応えて欲しいと思う。
 だが、リニスはぴくりともしない。

 ――ああ、そうか。

 唐突にアリシアは気が付いた。
 この夢はあたしが死ぬ時のものだ。
 リニスが応えてくれないのはもう死んでいるからで、こんなにも苦しいのは今まさに死ぬ瞬間だからなのだろう。

 ――死ぬっていうのはどんなものだろ。

 取り乱さないのはそれをすでに一度体験しているからなのだろうか。
 死んだ実感なんてないのに、こんなにも怖くて心が震えているのに、泣き叫ぶ気力が湧いてこない。
 ただ一つ思うことは――

 ――死にたくない。

 理屈など関係なくアリシアは叫んだ。

 ――これは夢だ。

 そう言い聞かせて、起きようと念じる。
 しかし、悪夢から目を覚ます兆しはない。
 そして思い出す。
 いつもこの悪夢から目が覚める時にはママかソラのどちらかが必ずいてくれた。
 でも、二人はもういない。
 もしかしたら、という考えがアリシアの不安を掻き立てる。

 ――誰か!

 声にならない叫びを上げる。
 それでもママの手の温もりもソラの声も聞こえない。
 一人。
 絶対的な孤独の不安にアリシアの精神が限界まで張り詰める。
 耐えられない。
 こんな死の恐怖なんて耐えられるわけない。
 正気を保っていられたのは慣れがあったから、それも結局は短い時間しかない。

 ――助けて!

「…………ア」

 願いが通じたのか不意に誰かの声が耳に響いた。
 そして何度も感じた引っ張られる感覚。

「……リシア」

 それに伴って声は鮮明に聞こえてくる。

 ――あれ? この声……誰だったけ?

 聞き覚えがあるはずなのに咄嗟に出てこない。
 そして、その答えが出ないままアリシアの意識は覚醒した。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 フェイト・テスタロッサはドアの前で固まっていた。
 ドアの向こうにはアリシアがいる。
 それを考えるとどうしても緊張してしまう。
 もうすぐ朝食の時間。
 早朝の軽い訓練をみんなで行い。
 まだ起きてこないアリシアをリンディが起こしに行こうとしたところを気付いたら自分が名乗りを上げていた。

「…………はぁ」

 思わずため息がこぼれる。
 正直、アリシアに対する気持ちは複雑だった。
 彼女が生き返って自分の前に現れるなんて思ってもみなかった。
 そして彼女は闇の書の中で会った彼女とは別人で、あれが自分勝手な夢だったと突き付けられた気分だった。
 もちろん、あのアリシアが悪いわけではない。
 それでも、と考えてしまう。
 あのアリシアは本当のアリシアではない。
 考えるまでもない。魔法を使えるのだから本当のアリシアであるはずがない。
 それでも彼女はアリシアを名乗ることを許された。

「どうして……どうして、わたしじゃだめだったの?」

 思わず呟く。
 紫電の魔力光じゃなかったから。
 SSSランクの最高の魔力がなかったから。
 半年でサンダーレイジを使いこなすことができなかったから。
 もし、あれほどの才能が自分にもあったなら認められたのだろうか。
 そんな風に思ってしまう。

「はぁ……」

 思わず暗い思考が過ぎる。
 あのアリシアを倒せば自分は認められるかもしれない。
 頭を振ってすぐにそんな考えを否定する。
 ソラが言っていた。
 わたしは認められていた。
 その言葉が嘘でなかったと信じたい。

「…………よし」

 気を入れ直してフェイトはドアを叩く。

「アリシア……起きてる?」

 ノックをするが、返事はない。

「アリシア?」

 もう一度呼んで、フェイトは開閉パネルに手をかざす。

「アリシア……起きてる?」

 自然と声をひそめて尋ねる。

「…………………フェイト?」

 遅れて声が返ってくる。
 ゆっくりとした動作で上体を起こすアリシア。
 今ちょうど起きた様子だった。

「うん。もうすぐご飯だから……その、呼びに来たの」

 近付いてフェイトはそれに気が付いた。
 アリシアの顔色が蒼白で汗もかいている。

「どうしたの?」

「あはは……ちょっと怖い夢を見ただけ」

 力のない声はかすかに震えていた。

「……どんな夢だったの?」

 フェイト自身も悪夢は時々見る。
 それはプレシアに真実を告げられた時のもの。
 あの時のことは今でも胸をきしませる。

「気にしないで……すぐに行くから先に行って」

「でも……」

「お願いだから……先に行ってて」

 強い拒絶の言葉にフェイトは伸ばした手を止めた。

「お願いだから……見ないで……」

 シーツにくるまってうずくまるアリシアにフェイトは伸ばした手を戻す。
 かすかに震えている白い山に追究することはできなかった。

「分かった……それじゃあ……待ってるから」

 ほとんど逃げるようにフェイトは部屋から出ていく。

「…………ママ……」

 ドアが閉じる瞬間にもれたアリシアの呟きが、フェイトの心をきしませた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 本日の予定。
 午前中にショッピングモールで買い物、昼食。
 午後には海鳴への帰路に着く。
 「G」との遭遇による怪我から入院し、みんなが退院したその日にフェイトがソラと模擬戦を行い。
 そして、アリシアとクライドの生還。
 文化の違う次元世界ではどんなものが売っているか楽しみではあるが、それを楽しむ余裕はなかった。

「なー……なのはちゃん」

「……うん」

 それに加えてこの場に満ちる重い空気が気まずさを濃くする。
 はやての座る車椅子を押しながらなのはは背後を窺う。
 最後尾にはリンディとアルフが歩いている。
 自分たちと彼女の間を歩いているのはフェイトとアリシア。
 それも間に一人分の空白を作っている。
 互いのことを気にかけているのは分かるが、その微妙な距離感と沈黙が傍から見ていて苦しかった。

「まー流石に下手なこと言えんしな」

 アリシアとの距離を掴めないのははやてもなのはも同じだった。
 彼女に対して思うことはなくても、フェイトを差し置いて馴れ馴れしくするのも憚られる。
 かといってアルフの様に露骨な、それでも本人たちが気付いてない、敵意をむき出しにすることもできない。

「でも……このままなんてやだよ」

「そやな」

 そう考えるとこの買い物は絶好の機会に思えた。 

 しかし――

「このぬいぐるみかわいいね、フェイトちゃん、アリシアちゃん」

「うん……そうだね」

「うん……そうだね」

「このアクセサリきれーやな。ペアみたいやし二人とも付けてみたら?」

「いいよ、別に……」

「あんまり興味ない……」

「フェイト、あ……アリシア、この肉うまいぞ食ってみろよ」

「ごめんアルフ。もうお腹一杯」

「あたしも……」

 あの手この手で話を振っても二人はずっと上の空で答えるだけだった。
 買い物の間、そして今の食事に至ってもずっと続いている光景に三人はうなだれてしまった。

「これはかなりの重傷みたいね」

 今まで見守っていたリンディが頬に手を当てて唸る。

「……なのははもう駄目です」

「うちも白旗やー」

「リニス……不甲斐ないあたしを許しておくれ」

 三者三様で突っ伏す。
 思考に没頭するフェイトがこんなにも手強い相手だとなのはは思わなかった。
 しかも、アリシアも同じような反応しかしてくれないからどうしようもない。

「……撃てばちゃんとお話聞いてくれるかな?」

 何を、とは言わなかったがはやてとアルフがその呟きに顔を上げる。

「ナイス提案やなのはちゃん。さー今すぐズドンッと」

「これもフェイトのためなんだ。アリシアの方は別に遠慮しなくてドカンッてやっていいけどさ」

「やめなさい」

 レイジングハートに手をかけたところでリンディがなのはを止める。
 それに不満そうな顔を返すとリンディは溜息を吐く。

「しかたがないわね」

 その呟きに期待が膨らむ。
 今まで静観していただけだったが、大人である彼女なら二人の仲を取り持つくらいわけないと思える。

「ところでアリシアさん、ソラ君のことなんだけど」

 しかし、その口から出た言葉に絶句する。
 プレシアとソラの話題は地雷だと思って避けてきたことを平然と口にするリンディが信じられなかった。
 現にソラの名前が出てアリシアの身体が目に見えて震える。
 そして、それはフェイトも同じだった。
 しかし、リンディは五人の反応を気にせず優しい笑顔のまま続ける。

「彼の能力について何か知らないかしら? 
 プレシアさんのことを聞き出すのにどうしても戦闘になりそうだから対策を考えないといけないのよ。
 それにフェイトも再戦する気でいるから」

 アリシアはリンディからフェイトに視線を移す。
 そこには先程までのおどおどした様子はなく、真剣な眼差しがあった。

「えっと……ソラの能力って?」

「そうね……あの人並み外れた身体能力も気になるけど、やっぱり魔法を無効にする力の方が気になるわね」

「あれって、そんなにすごいの?
 できた時のソラもすごく喜んでたし、ママもクライドもすごい驚いていたけど?」

「それは当然よ。あんなことができる能力は今のところ次元世界では見つかってないんだから。
 フェイトも気にしてるし?」

「そうなの……フェイト?」

「うん……すごく気になる」

 自然な形でフェイトもそれに答えていた。
 思わずなのはとはやては羨望の眼差しをリンディに向けてしまう。
 自然な形で二人の会話を成功させた手腕は流石と言える。
 とはいえ、ソラの能力について気になるのはなのはたちも同じだった。

「うーん。でも、あたしもよく分からないんだよね」

「なんでもいいんだけど?」

「ソラはちょーこうなんとか技法って言ってたけど?」

 それだけの説明では分かることなどない。
 結局はソラはそういうことができるという考えるしかないのだろうか。

「技法……ならあれは稀少技能じゃなくて技術っていうことなのかな。
 それじゃあ……あの体術は?
 魔法も使わないであの身体能力はありえないと思うけど」

「あれはひたすら鍛えたからだって言ってたよ。
 それでもまだ足りないって言ってたよ」

「足りないって……あれで?」

「うん……まだまだフワには届かないって」

「フワ?」

「うん。今フワと戦っても絶対に勝てないって言ってた」

 あのソラが勝てないという相手などなのはには想像できなかった。

「それってやっぱり魔導師なの?」

「ううん。管理外世界の人だって言ってたから、たぶん違うよ」

 思わず聞いていた質問を否定されて唸る。
 やはり非魔導師で自分たちよりも強い相手なんて想像できない。

「フワかー……日本人みたいな名前やな」

「あ……そういえばそうだね」

「やっぱり、こー仙人とか賢者みたいな人なん?」

「そうかな? わたしはソラと同じようなスマートな……ほらニンジャっていうのだと思うけど?」

「詳しいことは聞いてないけど、あたしは熊みたいに大きな人だと思うなぁ」

「おっ……みんなの意見が割れたなー。
 なのはちゃんはどんなんだと思う?」

 楽しそうに会話を盛り上げるはやてになのはも笑みを浮かべながら考える。

「わたしは…………お兄ちゃんみたいな人だと思うな」

 自然とそう答えていた。
 家伝の剣術がどれ程のものか習っていないなのはには分からないが、見学した時の兄と姉の戦いはすごいと思った。
 願望が混じっているかもしれないが自分たちの家族が強いんだと思いたかった。

「なのはちゃんって意外とお兄ちゃんっ子やったんやなー」

「そ、そんなんじゃないよっ」

 はやてのからかいに頬を膨らませて反論する。
 その光景が面白かったのかフェイトが笑い、アリシアもつられて笑い出す。
 そんな二人の姿に安堵する。
 やはり、しかめ面で思いつめた顔をしているよりも笑っている方がいい。

「なーなー他になんかないんか?」

「えっとねー」

 一度話して抵抗が薄れたのか、アリシアは楽しげにはやてに答える。

「歌うことが好きなんだけど……ぼえ~なんだよ」

「ぼえ~なんかい!」

 すかさずはやてが突っ込む。
 しかし、はやての気持ちも分かる。
 ソラが歌を好きだということも意外だし、何でもそつなくこなす印象があっただけに親しみを感じる。

「うん、クライドはサウンド・ウェポンって言ってた」

「そこまでなんだ……」

 ふと考えて見ると自分の周りには歌が上手い人が多いことに気付く。
 花見の時に聞いたフェイトの歌。
 聞いてない人でもはやてにシャマル、シグナムにユーノもうまいと聞いている。
 それに遠い地にいるもう一人の姉も。

「あとは……こんなこと言ってたよ」

「今度はどんな話?」

「えっとね。こっちに来たら本と戦うんだって」

 本と戦う。
 がばーっと口を開くように広がる本とそれに真面目に剣を構えるソラを想像して思わず噴き出してしまう。

「なんかおもろい人やな」

「名前は確か……」

「アリシアさん、ちょっと待って――」

「闇の本……書だったかな?」

「…………なんやて?」

 アリシアの口から出た思いがけない言葉になごんでいた空気が一瞬で凍りついた。
 リンディはしまったといった顔で額を押さえている。

「え……え……?」

 自分が変えた空気がなんなのか分からずに戸惑うアリシア。
 なのはははやての様子をうかがうが、彼女は呆然と固まって空気と同様に凍りついていた。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「海鳴よ……わたしは帰ってきたー!」

 転送ポートから出てはやてが妙なテンションで叫んだ。
 空元気でそうせずにはいられなかった。
 アリシアの言葉を切っ掛けに、リンディが説明してくれたソラの目的の一つ。

『闇の書の復讐』

 あの闇の書の事件から時間が経って、今は十二年前になったクロノの父が死んだとされていた事件。
 クライドの帰還によってエスティアでの闇の書の暴走による死傷者は零になった。
 しかし、回収される前に引き起こされた悲劇は過去最大のものだったらしい。

『殺人狂の百人殺し』
『都市一つを壊滅させた人間災害』
『生身で戦艦を撃ち落とした悪魔』

 その遺業は様々な尾びれをついていて何処までが本当なのか分からない。
 それでも、そこに犠牲になった人がいるという事実は確かなことだった。
 ソラもその一人だと聞かされて黙っているはやてではなかった。
 あの後、帰る予定を無視してソラに会いに行こうとしたはやてをリンディが止めた。
 どうしてと食い下がるはやてにリンディが告げたことは衝撃的だった。

「ソラ君は闇の書を完全に破壊する術を持っているのよ」

 それがどんな方法かは分からない。
 最悪ヴォルケンリッターが消される可能性もある。
 それ以上にリンディが突き付けた言葉にはやては何も言い返せなかった。

「謝る……それでソラ君が納得すると思っているの?」

 ソラは魔導資質を失って、その上であれほどの実力を手に入れた。
 復讐のために費やした年月。
 その長い時間をどんな気持ちで、どんな生き方をしてきたのか想像もできない。
 それを説得してやめてもらえるのだろうか。
 もし、止まってくれなかったらヴォルケンリッターは殺されるのか。
 止まってくれても、ソラの気は治まるのだろうか。
 結局、はやてはリンディの言葉に従った。
 ソラの気持ちを晴らす手段も思いつかず、ヴォルケンリッターを失う恐怖から問題を先延ばしにすることを選んでしまった。

「うまくいかんなー」

 清々しい青空を仰ぎながらはやては呟く。
 闇の書の罪を償う気でいたのに、いざとなったら何をしていいのか分からなくなってしまった。
 頭を下げて、それからどうすればいいのかまったく浮かばない。
 軽く考えていたつもりはなかったが、所詮はつもりでしかなかった。

「はやて、お帰り!」

 元気なヴィータの声にはやての心臓がドキッとはねる。

「ヴィータ!? どーしてここに?」

「どうしてって……電話で迎えに行くって言ったじゃん?」

 不思議そうに首を傾げるヴィータに言われて、はやては昨日の電話のことを思い出す。
 昨日だけではない。
 「G」に襲われてからヴィータだけではなく、シグナムにシャマル、ザフィーラからも連絡を受けた。
 自分たちが襲われたことは報せてなくても、都市部に現れたことを心配していた。
 電話越しには誤魔化せたが、今はそれができるとは思えなかった。

「そ、そーいえばそーやったなー」

 かろうじてそう応えるが、脳裏に浮かんだソラの顔にヴィータをまじまじと見てしまう。

「ただいまヴィータちゃん」

「ただいま」

 その不自然な動きにヴィータが気付くより早く、なのはとフェイトが会話に入ってくる。

「おう、お帰り」

 ヴィータの視線が二人に行きはやては思わず息を吐く。

 ――気まずい。

 「G」に襲われたこととソラのこと。
 隠し事をしている後ろめたさに気が滅入る。

「なっ!? テスタロッサが二人!?」

 ヴィータの叫びに意識を戻す。
 並んで立つフェイトとアリシアにヴィータが驚いている。
 彼女のことを紹介するサプライズも考えていたのに実行することも忘れていた。

「えっとなー。その子はアリシアちゃんってゆーってフェイトちゃんのお姉ちゃんや」

 普通に紹介して、考えていた言い訳を続ける。

「旅行がちょー長くなってしもうたんわこの子に会ったからなんや。黙っていてごめんなー」

「は? お姉ちゃんってテスタロッサよりちびなのに? って、いってーっ何しやがるっ!?」

 ちびと言われたアリシアがヴィータの足を思い切り踏みつけた。

「あたしはちびじゃないもん! そっちの方が小さいくせに!」

「んだとー!」

「むーっ!」

 ヴィータとアリシアが睨み合い、視線の火花を散らせる。
 ぎゃあぎゃあ、わあわあ、と見た目に相応しい喧嘩を始め得るアリシアとヴィータ。
 それにおろおろとしながら止めるフェイトとなのは。
 微笑ましくもある光景に安堵しながら、はやても二人を止めるために口を開く。

「はやて、危ねぇっ!」

「え……?」

 唐突にヴィータが叫び。こちらに向かって飛んだ。
 何のことかと理解する前に不意に影を感じる。
 見上げると青い空はなく、視界一杯に何かが映った。

「プロテクション」

 リンディが張ったシールドがそれを受け止める。
 そこでようやくはやてはそれがマンションの屋上に設置されている貯水タンクだということに気が付く。

「アイゼンッ!!」

 ヴィータは落下の止まったそれをグラーフアイゼンで横殴りにぶっ飛ばした。
 盛大に水をまき散らし、タンクは屋上の床に激突、二度三度バウンドしてようやく止まった。

「てめぇら何者だ!?」

 騎士甲冑をまといながらヴィータは屋上のさらに一つ上、貯水タンクがあったはずの場所に立つ二人に向かってグラーフアイゼンを向ける。
 年の瀬は二十歳くらいの男女。
 剣呑な空気をまとっている彼らにはやては息を飲むが、彼らの背中にある羽に思わず目を奪われる。

「なんやあれ?」

 男の方は三対六枚の昆虫のような羽。
 女の方は天使のような真っ白い翼。
 それが何なのか分からないが、魔法によるものではないと感じた。
 得体のしれない存在に恐怖を感じる。が、前に立つヴィータが頼もしく思える。

「姐さん……やっぱ不意打ちって卑怯じゃね?」

「ただの挨拶代わりよ。高ランクの魔導師がこの程度でやれるはずないでしょ?」

「それもそうか」

 気楽に言葉を交わして女の方がはやてに向かって口を開く。

「夜天の魔導書の王。八神はやてで間違いないわね?」

「そ――」

「随分とひどい挨拶ね。まずそちらが名乗ったらどうかしら?」

 肯定しようとしたはやてを手で制して、リンディが応じる。

「おばさんに用はないわ。用があるのは夜天の王だけよ」

 さっさと答えろと言わんばかりに睨みつけられる。
 リンディさんをおばさん呼ばわりとは勇気があるなぁ、と感心しながらはやてはリンディの行動を待つ。
 未だにリンディははやてに発言しないように手を出している。
 ならば、従った方が良いのだろうとはやては口を噤む。

「管理外世界での魔法の行使は重罪よ」

「ふん……管理外世界に住み着いてる奴が何を偉そうに。
 だいたいこの力は魔法ではなく超能力っていうのよ」

「超能力って、まさかあのっ!?」

 思わずはやては声を上げる。
 超能力。それは魔法に並ぶSFの代名詞。
 魔法が実在するのだから超能力だって存在していてもおかしくないのだが、実際に現れると驚いてしまう。
 驚き、反応を示したはやてを見て、女は納得したように頷く。

「流石は夜天の王。北天の技術に精通しているとは……」

 ――あれ、なんか誤解しとる?

「どういうことはやてさん? 何か知っているの?」

 その誤解はリンディにまで及ぶ。

「えっと……」

 なんと説明していいのか迷う。
 その間にも女の人は話を進めようとする。

「さて、夜天の王。貴女には二つの選択肢があります。
 大人しく我々と共に来るか、痛い目にあって無理矢理来るか」

「……どうやら話し合いの余地はないようね」

 先程から徹底的に無視されているリンディは溜息を吐く。
 
「ヴィータさん、戦闘を許可します。
 結界は私が張るから全力で戦っていいわ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「了解っ!」

 保護観察の身である以上、勝手な戦闘行動ができない。
 しかし、リンディの許可をもらったヴィータは待ってましたと言わんばかりの勢いで突撃する。

「ぶっとべーーーーっ!!」

 わずか十数メートルの距離を一瞬で詰めてグラーフアイゼンを振る。

「おおおおおおおおっ!!」

 それに対して男が動く。
 雄叫びを上げ、女の前に立ち、金の羽を輝かせて拳を振り抜く。

 ズドンッ!!

 重い音が大気を震わせる。

「くっ……」

「ぬっ……」

 互角。ハンマーと拳を打ち付けた姿勢で固まる二人は苦悶の表情を浮かべる。
 ヴィータはすぐさまその場を離脱してグラーフアイゼンを構え直す。

「てめぇ……」

 防御されたのではなく、相殺されたことがヴィータのプライドに傷を付ける。
 一撃の重さは身内の中で一番だという自負がある。
 それを目の前の男はその拳で打ち合いに来た。

「名前は……?」

 プライドが傷付いたがそれにこだわるつもりはない。
 武器を交えて感じた実力は決して雑魚ではない。
 魔力を感じないせいで実力が測れないが武器を交えてその強さを感じ取ることができた。
 魔導師に当てはめるなら軽く見積もってAAランク。
 しかもタイプは騎士に近い。
 それを二人同時相手にするのは流石のヴィータも厳しいと判断する。
 もう一人の女はなのはたちに任せるとして、目の前の男に集中する。

「知りたけりゃお前から名乗れ」

「……夜天の王、八神はやての騎士ヴィータだ。こいつはグラーフアイゼン」

「……レイだ」

「てめえに教えてやるよ。あたしとアイゼンに砕けないものなんてないってなっ!」

「上等っ! お前の自信をぶっ壊してやるよ! この拳でっ!!」

 そして、二人は同時に動き出す。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ハンマーと拳の打ち合いを始めた二人を背景に、女が残った自分たちを見下ろす。

「なのはさん、フェイト……頼めるかしら?」

「はいっ!」

「うんっ」

 すでにバリアジャケットとデバイスを構えてフェイトはなのはと一緒に頷く。

「リンディさん、わたしも……」

「あたしだって戦えるよ」

「二人はダメよ」

 同じく完全武装したはやてとアリシアが参戦しようとするがリンディは止めた。

「彼女たちの目的ははやてさん、あなたなのよ」

「う……」

「アリシアさんはいざという時はやてさんを守ってくれないかしら?」

「ん……分かった」

 はやては渋々、アリシアは素直に指示に従う。
 二人に戦わせない本当の理由は分かっている。
 相手はヴィータとまともに打ち合える人のパートナー。
 まだまだ魔導師としてむらがあるはやてが戦いには早い相手だ。
 アリシアに関しては実力が未知数だから。

『アルフ……母さんたちのことお願いね』

『あいよ……気をつけてな』

 念話による短いやり取りを終えてフェイトは女を見据える。
 白い翼を持つ天使のような存在。
 その目は強い意志を持ちながらも冷め切っている。
 それに言いようのない不気味さを感じながらフェイトはバルディッシュを握る手に力を込める。

「なのは……先に行くよ」

『プラズマランサー』

「ファイアッ!」

 四つの雷槍を放ち、同時に切りかかる。
 雷槍は女の目の前で不可視の壁に弾かれる。
 それを気にせず突撃。

「はああああああああっ」

 気合いを込めてバルディッシュを振り下ろすが、女の眼前で音もなく止まる。
 だが、それも予想の範囲内。

『リングバインド』

 発動の早い拘束魔法を叩きつけるように放つ。
 金の輪が女を囲み締め上げる。
 そして、すぐにその場を離脱する。

「バスターーーーッ!!」

 響くなのはの声と視界の隅に溢れる桜色の光。
 眼下の女は回避行動を取れない。まだバインドも壊されていない。
 なのはの砲撃の直撃を受ければ、いかに能力の体系が異なるとはいえ無事で済むはずがない。
 しかし――

「えっ!?」

 フェイトは驚愕に目を見開いた。
 直撃する寸前、女の翼が輝いたかと思うとその姿が一瞬で消えた。

 ――転移魔法!? それもあんな一瞬で?

 どこに、女の姿を探してフェイトは辺りを見回す。

『ラウンドシールド』

 突然、バルディッシュが背後にシールドを作る。
 振り返るとそこには女がいて、手をこちらに向けていた。
 ゾクリッ。
 嫌な予感がして、フェイトはすぐに別の魔法を発動する。

『ソニックムーブ』

 その場から離脱した瞬間、女は開いていた手を握る様に閉じる。
 それに伴ってシールドがひしゃげ、遅れて霧散する。
 あり得ない壊され方に息を飲む。

『フェイトちゃん! 大丈夫!?』

『うん……大丈夫だけど……』

 超能力がどういう力か分からないがとんでもない力だということは分かった。
 何の予備動作なしに行使される力は確かに脅威だ。
 それでも敵わないとは思わない。

『敵生体の能力発現時、空間の歪みを感知しました』

「そう……事前に感知できそう?」

『可能です』

 短い時間で対策を立ててくれる頼もしい相棒に感謝しながらフェイトは女を見据える。
 傾向と対策はできた。
 あとはそれがどこまで通用するか試すだけ。
 何も分からなかったソラとの戦いと比べれば気が楽になる。

『大規模な空間の歪曲を感知』

 バルディッシュの報告と目の前の光景にフェイトは息を飲んだ。
 自分が住むマンションを始めとした周囲の建物が何かに握り潰されたように次々と壊れていく。
 そして生み出された大量の瓦礫が重力に反して浮き上がる。

「いけっ!!」

 その大量の瓦礫が津波になって押し寄せる。
 すぐさま飛ぶ。
 旋回、急上昇、急停止、急降下。
 地面を這うように飛び、フェイトを追い雨の様に降り注ぐ瓦礫。
 見慣れた町並みが蹂躙されていく。
 それに怒りを感じると同時にゾッとする。
 コンクリート片や鉄筋、ガラス、などなど。
 それらがかなりの速度を持って追いかけてくる。
 勢いと量を考えてシールドを張っても結果は周りの建物と同じになる。
 ちらりと、女の様子を窺う。
 彼女は最初の位置から動かず、両手を指揮者のように振っている。

 ――遊ばれている。

 なのはもフェイトと同じように瓦礫の波に追われているが、追いつかれていない。
 機動力では上の自分が振り切れないのに、なのはがぎりぎりのところで追い掛け回されているのはそういうことなのだろう。

『なのはっ!』

 フェイトは一気に加速してなのはを背中から掴み、さらに速度を上げて離脱する。

「撃って!!」

 二倍の量になって追いすがる瓦礫。
 なのははフェイトの意図をすぐに理解してカートリッジをロードする。

『ファイアリングロック解除』

「ディバイン……バスターッ!!」

 桜色の砲撃がより大きな津波となって瓦礫の波を飲み込み薙ぎ払う。
 さらにその取りこぼしをフェイトがプラズマランサーで撃ち抜いていく。

「よくできました」

 パチパチと手を叩きながら女が褒める。
 それが子供にするようなものに感じて神経を逆なでる。

「どうして……こんなことするんですか?」

「言っても、たぶん意味はないでしょ?」

 どこかで聞いたことのあるようなセリフ。

「あんたたちは今回は巻き込まれた運の悪い被害者」

「はやてちゃんをどうするつもり?」

「部外者の君たちが知る必要はないわ」

「なら、わたしたちが勝ったらお話を聞かせてください!」

 レイジングハートを構え、勇ましく言い放つなのは。

「へーなら私が勝てばあんたたちは諦めるんだね?」

「え……それは……」

 まともな反応が返ってくるとは思ってなくて虚を突かれる。
 その間にも女は納得して続ける。

「もう少し遊ぼうかと思っていたけど気が変わった」

 言いながら取り出したのは黒い石。
 そして――

「起きなさい、レグルス」

 魔力が溢れる。
 それも禍々しく恐ろしいものが。
 黒い石は光を放ち、姿を変える。
 デバイスのセットアップのように、石は姿を変えていく。
 そうして組み上がったのは一本の黒い剣だった。

「え……?」

「何……それ?」

 思わずそんな言葉が漏れる。
 それは確かに剣なのだが、大きさが異常だった。
 並び立つ女の倍の刀身。それに伴い刀身の幅は彼女を十分に覆い隠せるほど。
 しかも柄が見当たらない。
 いったいどうやって振り回すのか、そもそも振り回せるのか、疑問が尽きない。

「リンカーデバイス、レグルス」

「リンカーデバイス?」

「最強のデバイスを作ることを目的とした破天の魔導書の作品の一つ……って言っても分からないでしょうね」

 始めから説明する気がなさそうな口調で女は言ってこちらを見据える。
 一層に緊張が高まる。

「そういえば……名前、聞いてませんでした」

「………アンジェ」

「アンジェさん……わたしはたか――」

「興味ないわ」

 女、アンジェは名乗ろうとしたなのはの言葉を切り捨てる。

「さてと……それじゃあ死ぬ気で足掻きなさいっ!」

 アンジェの足下にミッド式の魔法陣が広がる。

「いけっ! レグルス!!」

 重厚な黒い刃が無造作に回り、切っ先をなのはに向ける。
 そして、幾重にも環状魔法陣が剣を包み、発射された。

「速――」

『プロテ――』

「なのはっ!!」

 傍から見ていたフェイトが叫び声を上げられたのはなのはが不完全なバリアごと吹き飛ばされた後だった。
 だが、落ちていくなのはを心配している余裕はなかった。
 旋回する剣がこちらに切っ先を向ける。
 次の瞬間、フェイトは咄嗟に身を捻っていた。
 そして、突風が横を通り過ぎ、マントを引き千切っていく。
 振り返ってもそこに剣はもうない。
 黄色の魔力光の尾を追って空を見上げ、目に入った太陽に思わず目を細め――

『ソニックムーブ』

 バルディッシュの強引な魔法展開にフェイトは逆らわずに従う。
 風の衝撃に身体が流される。
 その体勢を立て直しながら命じる。

「バルディッシュ」

『ソニックフォーム』

 バリアジャケット換装して飛ぶ。
 守りに回ってはいけない。
 そう判断して、剣に向かう。

「――ここっ!」

 紙一重のところで身を捻って剣をかわし、すれ違い様にバルディッシュを叩きつける。
 しかし剣は小揺るぎもせずに飛び去っていく。

「くっ……」

 そのまま剣が向かった方とは逆に飛び、旋回。
 遠くでは剣が同じく旋回してくるところだった。

『ハーケンフォーム』

 カートリッジを使ってバルディッシュを鎌にする。

「はああああああっ!!」

 交差する瞬間に、剣をかわして刃を打ち込むが、弾かれる。
 そのままの勢いで離脱し、旋回、交差。
 それを高速で何度も繰り返す。
 一方的に打ち込んでいるのはフェイトで、剣はフェイトにかすってもいない。
 しかし、フェイトは焦りを感じていた。
 何度斬撃を放っても手応えは堅く、効いている気がしない。
 それでいて速さは互角で少しでも緩めたりしたら、きっと追いつけなくなって畳み込まれる。
 ザンバーフォームなら通るかもしれないが、換装している余裕もない。
 そして、何より装填しているカートリッジがあと二発しかなかった。
 当然、リロードしている余裕なんてあるはずもない。
 今互角に打ち合っていても、すぐに均衡が崩れることは予想できた。
 どうすることもできないジレンマ。
 打開策なんて思いつかない。
 不意に、目まぐるしく変わる景色の中に桜色の光が見えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 剣の初撃をリアクターパージで受けたが、衝撃を殺し切れずになのはは少しの間気絶していた。

「レイジングハート……どれくらい気絶してた?」

『17秒です』

「そっか……フェイトちゃんは?」

『上です』

 言われて見上げると閃光が瞬き、衝撃が空気を震わせた。
 金色と黄色の光が入り乱れる中で、また一際激しい閃光が光る。

「すごい……」

 改めて見るフェイトの高速機動戦に目を奪われる。
 目まぐるしく動く金と黄の光はどちらがどちらなのか分からない。
 援護する隙間さえない攻防になのははただ傍観することしかできなかった。

『マスター』

「え……あ、何レイジングハート?」

 相棒に呼ばれてなのはは我に返る。

『このままではフェイトのカートリッジが持ちません。早急に対処を』

「そう言われても……」

『あの戦場に介入する必要はありません。
 術者本人を叩きましょう』

「そう……だね」

 自分たちが相手をしているのが剣ではなく、アンジェだったことを思い出す。
 当のアンジェはビルの上に浮かび、フェイトと剣の戦いを観戦している。

「レイジングハート……エクセリオンモードいくよ」

『分かりました』

 杖から槍に姿を変えたレイジングハートを遠くのアンジェに向けて構える。

「アクセルチャージャー起動……ストライクフレーム」

 レイジングハートから6枚の光の羽が広がる。
 アンジェがこちらに気付いた様子はない。

「エクセリオンバスターA.C.S……ドライブッ!」

 自分を一本の矢に見立てて飛ぶ。
 この一瞬、真っ直ぐ飛ぶことだけにおいてフェイトに匹敵する速度を持ってアンジェに迫る。

「なっ……!?」

 ようやくアンジェがこちらに気付くがもう遅い。
 魔導師なら防御も回避もできない距離と速度。
 しかし、なのはの突撃がアンジェの眼前で止まった。
 シールドの手応えではない。
 何か見えない力で押し返される。
 それは……好都合だった。

「ブレイク――」

 カートリッジをさらに上乗せし、零距離からのエクセリオンバスター。
 自分の魔力光の先でアンジェの顔が引きつる。

「――シュートッ!!」

 砲撃した瞬間の炸裂になのはは吹き飛ばされる。
 節々が痛む身体を押さえて爆煙を睨む。

「やったかな……?」

 手応えはあったと思う。
 まだ倒せないにしても、一旦はフェイトに休む暇を与えられたはず。
 煙が晴れた中心には黒い塊があった。

「あれは……」

 それはフェイトが相手にしていたはずの剣だった。

「そんな……どうやって!?」

 フェイトの戦場とは距離があったはずなのに、それはいつの間にアンジェの前に現れて盾となってなのはの砲撃を防いだ。

『来ます』

 レイジングハートの警告と同時になのはは手をかざす。

『ラウンドシールド』

 防御の完成と共に切っ先が向けられる。
 そして――
 トスッ……そんな軽い衝撃を身体に感じた。

「え…………?」

 見下ろすと黒い剣が胸に突き立っていた。
 シールドを何の抵抗も感じさせず剣は突き破ったのだ。

「レグルス、死なない程度に食べていいわよ」

 そんなアンジェの声が聞こえたかと思うと身体の内側から激痛と共に何かを抜き取られる感覚を受ける。

「あ……あぐ、あああああああああああああああああああああああっ!」

 この痛みは知っている。
 かつて、闇の書にリンカーコアを蒐集された時とまったく同じ痛み。

「なのはーっ!」

 そしてあの時と同じように叫ぶフェイトの姿がかすむ視界の中に映る。
 しかし、飛んでくるフェイトが不自然に止まる。

「あんたの役目はこの後よ」

「きゃあっ!」

 そのままの体勢でフェイトはビルに叩きつけられた。

「ふぇ……フェイト……ちゃ……ん」

 霞んでいく意識を必死に繋ぎ止めようとするが、その意思も空しくなのはの意識は暗転した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『これから抵抗した場合、この二人を殺す』

 念話に似た声が頭に響いたのはラケーテンハンマーを使おうとした瞬間だった。

「なっ……?」

 振り返った先には剣に串刺しにされたなのはと気を失っているのかぴくりともせずに宙に浮いているフェイトの姿だった。

「うそだろ」

 二人の実力はよく知っている。
 AAAランクの二人を同時に相手をして勝つなんてことができるのはヴィータの知る限りではリインフォースだけだった。
 それなのにあの白い翼の女はほとんど無傷で二人を倒したことに驚愕する。

「あー……姐さんレグルスを使ったのか……かわいそうに」

 同情するようなレイの呟き。

「レグルス?」

「姐さんのリンカーデバイスでな。これまたえげつないスピードで飛んでくんだよ」

 レイの説明にヴィータの脳裏にはあることが思いつく。

「まさかテメエもそのリンカーデバイスっての持ってたりするのか?」

「当然、持ってるぞ。俺のはベガって言うんだ」

 これ見よがしに青い宝石を見せるレイに怒りを感じる。

「テメエ! 手抜いてやがったのかっ!?」

「何言ってんだよ。常識内の魔導師相手にリンカーデバイスなんて使うわけないだろ」

 見下した物言いにヴィータの怒りは振り切れた。

「っざけんなーー!!」

 警告のことも忘れてヴィータはレイに襲いかかる。

『あかん、ヴィータッ!!』

 頭の中に響くはやての念話の声にヴィータの動きが硬直する。

「あ……」

 その隙を逃がすことなく、というよりも反射的に出していたレイの拳がヴィータの側頭部を打ち抜いた。
 レイとヴィータの戦いはそんな呆気のない終わりになってしまった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 目の前に放り出されたなのはとフェイト、そしてヴィータの姿にはやては息を飲んだ。
 まだまだ未熟な自分なんかと比べて、ずっと強い三人が呆気なく負けてしまった。
 しかもその内の一人が自分のせいだということがはやてにさらなるショックを与えていた。

「どうして……こないなことするん?」

 呆然と、戦意を喪失してはやては呟く。

「邪魔だったからよ」

 にべもなく女は言い捨てて、続ける。

「私たちの目的は夜天の主である貴女だけよ」

「でも……夜天の書はもう……」

「もっと正確に言うなら夜天の技術が刻まれた貴女の脳よ」

「脳……?」

「どうも自覚はないようね。
 貴女の頭の中には夜天が培った技術が眠っているのよ。
 私たちはそれが欲しいの。なに、命の保証はちゃんとするわよ」

 リインフォースが残したものがあると聞いて喜ぶ気持ちがわいてくるが、状況がそうはさせてくれない。
 それが何か、はやてには理解できなくても答えは決まっている。

「わたしは……いかへん」

 彼女たちが何のために夜天の技術を必要としているのか聞くまでもない。
 こんなことをしてまでそれを求める相手なんて信用できない。

「ふぅ……」

 はやての答えに女は溜息を吐く。
 そして、突然ヴィータの手が弾けた。

「ぐあああああああああああああああっ」

 悲鳴を上げるヴィータを踏みつけて黙らせ、女は鋭い眼光をはやてに向ける。

「分かってないようね。貴女には『来ない』という選択肢は与えていないのよ」

「そっちの獣とちびっこにおばさんも下手なことしたらこいつらの命は保証しないぜ」

「あんたら……」

「リンディさん、放してっ!」

「落ち着きなさいアリシアさん!」

 牙をむくも男の忠告で動きを止めるアルフ。
 それに反して動こうとするアリシアをリンディが止める。

「さて、夜天の王、改めて選ばせてあげる。 
 このまま大人しく私たちと一緒にくるか、ここにいる貴女の友達を皆殺しにされたいか」

 与えられた選択肢に息を飲む。
 突然背負わされた六人の命。
 おそらく、目の前の二人は殺すと言ったら躊躇わずに殺す人間だ。
 この中で強い三人が負けた以上、彼女たちには本当に皆殺しにする力がある。

「わたしが行く、ゆーたらみんなには手を出さないんやろな?」

「はやてちゃん!?」

「追ってきたらその限りではないけど、殺さないことは約束して上げてもいいわよ」

 最大限の譲歩。そう思える言葉にはやては納得する。

「そなら――」

「相変わらずえげつないことをしているなお前たちは」

 不意に聞き覚えのない声が響いたかと思うと、目の前に手の平大の銀色の球が落ちてきた。
 そこに現れる朱の魔法陣。
 そして、朱の閃光が弾けた。

「なっ……これは!?」

「なに!?」

 二人の驚愕の声、そして何かがはやての横を通り過ぎてその二人を吹き飛ばした。
 広がった黒く長い髪。
 民族衣装のようなバリアジャケット。
 見たことのない背中にはやては言いようのない懐かしさを感じた。

「アサヒ・アズマ……てめえどうしてここに!?」

「答える筋合いはないな」

 男の叫びをその人はあっさりと切り捨てる。

「アサヒ……」

 その名前をはやては反芻する。

「アサヒお姉ちゃん……」

 自然と出た言葉に疑問を感じるより早く、彼女が振り返る。

「やれやれ、私をそう呼ぶということは君は私が知っているハヤテ・ヤガミ、こちらでは八神はやてだったか。
 その本人に間違いなさそうだな」

 溜息混じりの言葉がはやての感覚を肯定する。

「え……でも……」

 続く記憶が出てこないことに戸惑う。
 いつ、どこで、彼女と会ったのか思い出せない。

「積もる話は後だ。
 先にこいつらを片付けるから少し待っていてくれ」 

「片付ける?
 今まで逃げ回ることしかしなかった貴女が随分な自信ね」

「かわいい妹分の前だからな。
 それからお前たちに一つ言っておくが……」

 アサヒの周辺に先程の銀の球体が浮かび上がる。
 その数は十二。その全てに環状魔法陣が付いている。

「私はお前たちが恐ろしくて逃げていたわけじゃない。
 戦う必要を感じなかったから逃げていただけだ」

「相変わらず口は減らないみたいね」

「だから今日は見せてやるさ。東天の王の力をなっ!!」

 アサヒの声を切っ掛けに朱色の魔力が解き放たれた。







あとがき
 途中で話を切りましたが、第11話をお送りしました。
 時系列は第6話から第7話の時のなのはたちの話になります。
 次の話で天空の魔導書の目的を明かす予定です。
 できるだけ早く書こうとは思っていますが、気長にお待ちください。



追伸
 はやての口調がとても難しく感じます。
 こうした方がいい、この言葉使いはおかしいと思う所など、是非アドバイスしてください。





[17103] 第十二話 姉妹
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:069a5958
Date: 2010/09/12 08:07

「そう……シャマルさんが来てくれるのね」

『ええ。それからはやてさんの警備としてヴォルケンリッターを全員招集させる許可を取るわ。
 あとは武装隊の手配ね』

 レティの言葉にリンディはひとまず息を吐く。
 はやてを狙った未知の能力を持つ敵勢力の報告。
 リンカーコアにダメージを負ったなのはや負傷したフェイトとヴィータの治療のための医療スタッフの手配。
 はやての護衛の強化。
 急を要する報告と対処はそんなものだろうと、砂糖をいつもより多めにした緑茶をすする。
 程良い甘味に癒されながらもリンディはやるべきことを進める。

「それからユーノ君。忙しいことは分かっているけどそのリストの言葉を至急調べてくれるかしら?」

 無限書庫につなげた映像の先にはユーノの真剣な顔がある。
 その周囲にはいつものように本が並んでいるが、彼の表情はいつもに比べて険しい。
 その内心は手に取るように分かる。
 なのはたちが危険にさらされていたのに、それを知らずに無限書庫の仕事をしていた自分に怒りを感じているのだろう。
 彼に責められる理由はないのだが、彼はそういう人間だ。

『……いえ、いくつかもう見つけました』

「早いわね」

『北天の魔導書についてはエイミィさんからも調査依頼がありましたから』

「エイミィからも?」

 クロノと共にアキの元に出向している彼女が同様の依頼をしている。
 それに言いようのない不安を感じる。

『……とりあえず分かったことを説明します』

 北天の魔導書。
 人の進化と魔法との関係性について研究する魔導書。

 破天の魔導書。
 高性能なデバイスを作ること目的とした魔導書。

 東天の魔導書。
 魔導師の技術を収集して研究することを目的とした魔導書。

『……以上です』

「これだけなの?」

 それぞれの概要は理解できたが肝心の「超能力」「リンカーデバイス」のことについて触れていない。
 それに東天の魔導書の目的が夜天の魔導書と同じだ。

『はい……魔導書について調べても出てきたのはこんなデータばかりなんです』

 画面に映し出されるテキストデータ。
 最初の一文こそはユーノの報告通りの内容だが、あとは文字化けしていて読むことができない。
 これはどういうことだろうか?

『おそらく、無限書庫には検閲というシステムがあるんだと思います』

 検閲。
 公権力が、出版物や言論を検査し、不都合と判断したものを取り締まる行為をいう。

 無限書庫はそれこそ調べればどんなことでも出てくるかもしれないが、それが無秩序であれば悪用の方法はいくらでもある。
 プライベート、機密、そういったものが意味をなさなくなってしまう。
 それらを無視して情報を集められるならどんな労力がかかっても管理局は使っていたはずだ。

「そうなると彼女からの情報だけが頼りなのね」

 元々一級のロストロギアだ。
 そう簡単に情報が出てくると思ったのが甘かったのだ。

『すいません』

「いえ、ユーノ君のせいじゃないわ。
 それじゃあ「超能力」と「リンカーデバイス」についての調査をお願いね」

『そちらの方ですが、「超能力」なら僕の知識で説明できます』

「あら……そうなの?」

『なのはの世界の本に出てくる架空能力の一つです』

 はやてが反応したのはそのためか。
 その分類もたくさんあるが、主には脳の秘められた力を解放した力とされる。
 またその能力も多岐に渡り、「発火」「発電」「念動」など個人によっては使える力も大きく異なる。

「魔法との違いは?」

『魔力を使わないことですね。
 この能力は人の脳が発する特殊な力の波動を使って現実そのものを書き換えるものですから魔力とは何の関係もないんです』

「そう……」

 大規模な物体操作をしても魔力を感じなかったことに納得できる説明だった。

『それからこの能力はミッドチルダでも確認されたことあったんです』

「え……本当に?」

『はい……時代は古代ベルカのさらに前の時代。
 ミッドとベルカが分かれる前の時代になります』

 なんだかいつものユーノではない気がする。
 嬉々として語るユーノの新たな一面。
 歴史のことを語らせるとこうなるのかとリンディは思う。

『彼らはフェザリアンと呼ばれ、魔法とは違う力を持っていたんです』

「それが超能力?」

 羽を持つ者。たしかに襲撃者の二人の背には羽があった。
 とはいえ、自分も魔導師としての羽持ちなのだからその呼称には文句の一つも付けたくなる。

『残っている歴史的文献からするとおそらくは』

「今現在、そのフェザリアンは存在していないの?」

『種族的には魔導師との戦争によって絶滅したらしいです』

「そうなると彼らはその生き残り、末裔かしら?」

『その可能性は低いと思いますけど……』

「なるほど……参考になったわ」

『いえ、あとは無限書庫を使ってもう少しいろいろ調べてみます』

「そう、よろしくお願いね」

 これで調査依頼は完了。
 ユーノが博識であったおかげで時間を取られてしまったから、あとの作業はレティに任せることにする。

「レティ。アサヒ・アズマ、それからレイとアンジェの身元を洗ってもらえる?」

『それくらい自分でしなさいって言いたいけど、あんまりその本人を待たせるわけにはいかないか』

「そうなのよ。悪いわね」

 画面の向こうで溜息を吐く親友。

『その代わり、彼女の話はあとで聞かせてもらうわよ』

「ええ、分かったわ。それじゃあ……」

 挨拶もそこそこに通信を終わらせる。

「ふぅ……」

 リンディはすぐに立ち上がらずに別のモニターを開いた。
 それはリンディが持っていた記録装置、レイジングハート、バルディッシュ、シュベルトクロイツから取り出した戦闘記録。
 映し出されるのはアサヒ・アズサの登場した場面。

「一定しない資質能力の魔導師か……」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アサヒと名乗った少女が黒い髪をなびかせ、屋上から飛び出す。
 その姿をリンディは観測スフィア越しに見守る。
 管理局に増援を要請してからまだ一時間。
 専用ポートを作っているとはいえ、部隊の編成と移動時間を考えると少なくてもあと三十分はかかるはず。
 せめてそれくらいの時間は持ってほしいと勝手な希望を抱く。

「シャイターン……準備は?」

『万全です』

 彼女の言葉に彼女を囲む十二の球体が応える。
 スフィア型のAI搭載のブーストデバイスだろうか、何にしても珍しい型のデバイスだ。

「スラッグバレット、一斉掃射」

 アサヒの号令で銀球から放たれる十二の魔力弾。
 それに襲撃者の二人が身構え、魔力弾は二人の前で弾かれた。

「はっ……でかいこと言ってこの程度かよ!?」

「…………馬鹿、上よ!」

 遅れてアンジェが気付く。
 十二の弾丸の内、彼女たちを狙わなかった二発が二人の頭上でビルを打ち砕く。
 その瓦礫が降り注ぐ。

「それでも下策だけど……」

 降り注ぐ瓦礫にアンジェが手を掲げる。
 それだけで瓦礫の落下は止まる。

「ならこの程度の策に引っかかるお前は馬鹿だな」

 その彼女の背後をいつの間にとっていたアサヒが囁く。
 アンジェは振り返ると同時にレグルスを切り払う。
 それを掻い潜り、アサヒは手に構成した電撃をまとった魔力弾をアンジェの胸元に叩き込む。

「がっ……」

 肺の中の空気を絞り出され、電気ショックを身体を震わせ、吹き飛ばされる。

「姐さんっ!?」

「余所見とは随分と余裕だな」

 声を上げるレイにアサヒは幅の広い、くの字の形をした短剣で切りかかる。

「ちっ……舐めるなっ!」

 紙一重に斬撃を回避し、反撃に拳を振り被る。

「ホローバレット」

 アサヒの呟きと共に銀球から撃ち出された魔力弾がレイの肩を撃ち抜く。

「うおっ!?」

 彼が持つ不可視の防御フィールドのおかげか、ダメージはないが衝撃に拳が止まる。
 そこに容赦なくアサヒは斬りかかる。
 咄嗟に腕を盾にするが、これも防御フィールドのおかげか通らない。

「はあっ……ぐっ?」

 今度は蹴り。
 しかし、それも膝を狙撃されて振り抜くことができなかった。
 アサヒの斬撃を驚異的な反射神経と不可視のフィールドで防ぐものの、レイの攻撃は予備動作の段階で徹底的に潰される。
 その戦術は傍目から見ていたリンディにとって信じられないものだった。
 本来なら中・遠距離を得意とするミッド式の魔法を近接に使っている。
 器用な戦いをするクロノでもこんな芸当は決してできない。
 さしずめ行動封殺型の魔導師と呼ぶべきなのか。

「いい加減にしやがれっ!!」

 レイの身体から電撃が迸る。
 たまらず距離を取るアサヒ。

「もう容赦はなしだ! いくぞベガッ!!」

 レイの手に青い宝石が握られる。

「スナイプバレット」

 しかし、青い宝石が魔力を発するよりも早く、四方からの光線がレイの手を撃ち抜いた。

「なあっ!?」

 悲鳴を上げ、手からこぼれ落ちた青い宝石をレイは追いかけようとしてそこに――
 
「紫電――」

 足下には三角と円のベルカ式魔法陣が展開され、刀身には炎がまとう。
 隙を見せたレイが我に返るが遅い。すでにアサヒは彼の懐に入っている。

「―― 一閃」

 袈裟切りに振り切る刃は直撃し、先程のアンジェのようにレイは吹き飛ばされ、ビルに叩きつけられる。
 その衝撃でビルは倒壊を始める。
 まだ五分も経っていないのに終わってしまった。
 その事実よりも、アサヒが行ったことにリンディはただ驚愕し、混乱していた。
 先程までアサヒはミッド式の魔法を使っていた。その証拠に魔法陣もミッド式のものだった。
 だが、レイに対しての最後の一撃はベルカ式だった。
 さらにはアンジェに放った雷撃付与の魔法から電気変換の資質があるかと思っていれば炎を使った。
 紫電一閃のような魔力を込めた一撃にわざわざ別のエネルギーに変換させる行為は無駄でしかない。
 なら、本来の変換資質は「炎熱」なのか。

「シールド」

 アサヒの呟きに三つの銀球を支点にがベルカ式の防御盾を作る。
 そこにぶつけられる瓦礫の弾丸。
 アサヒが視線を向けた先には荒い息を立てるアンジェがいた。

「電撃付与の零距離ショットを撃ち込まれてよく立てたな」

「あいにくと再生能力も高い身体なのよ」

「なるほど……それなら――」

「サンダースマッシャー!!」

 言葉を遮って、紫電の魔力がアンジェを飲み込んだ。
 虚を突かれて固まるアサヒにアリシアが飛び、近付いて言い放つ。

「あいつはあたしが倒す」

「待て、子供は大人しくしていろ」

 言うだけ言って飛んで行こうとするアリシアのマントをアサヒは掴んで止める。

「子供扱いしないで! あいつはフェイトを傷付けたんだよ! 絶対に許さないんだから」

「だからと言ってだな――」

 困った顔をするアサヒは不意に言葉を止めて、まじまじとアリシアを見る。

「な……何?」

「その年齢でその魔力……」

 いぶかしんでアサヒは突然アリシアを突き飛ばす。

「きゃっ……」

 二人の間を黒い剣が通り過ぎる。
 その隙にアリシアはアサヒから離れる。

「待てっ!」

 止めようとするが、そこにレイが背後に前触れもなく現れる。

「もらった!!」

 視覚外からの奇襲。
 それにさえ反応して銀球から魔力弾が発射される。
 が、それを受けてもレイは止まらなかった。
 半ば力任せに拳を強引に振り抜く。
 拳はアサヒを捉えて吹き飛ばす。

「くっ……」

 身体を捻り、衝撃を緩衝させビルの壁面にアサヒは着地する。

「てめえの攻撃は軽いんだよ! そんなんで俺を止められるか!!」

「そうか……重い攻撃が望みか……なら」

 血の混じった唾を吐きながらアサヒは八つ銀球を操作してビルに差し込んだ。

「創生起動――」

「おいおいおい……ちょっと待てよ」

 ビルの素材に魔力を込め、作られた鎧姿の騎士。
 大きさは大柄な大人程度のものだが、携えた身の丈ほどもある剣は重量のあるものだと一目で分かる。

「なんだよそれは!?」

「単なるゴーレムの一種だ。こいつの一撃はとても重いぞ」

 事もなげに告げるアサヒ。
 驚愕しているのはレイだけではなく、リンディもだった。
 ここに来てまた別種類の魔法が使われた。

 ――まさか……彼女も。

 リンディは一つの可能性を思い浮かべる。
 はやてが彼女を姉と呼んだ。
 それならば彼女にもあるのかもしれない。
 数多の魔法を使うことができる稀少技能「蒐集行使」、それならば納得ができる。

 ――だけど、ありえるの?

 「蒐集行使」は夜天の魔導書から派生した稀少技能。
 それを主の関係者だからといって使えるのか。
 リンディの疑問に目の前のはやてが答えてくれるわけもない。
 結局、何も分からないままに事態は進む。

「サンダースマッシャーッ!!」

 紫電の砲撃が空を彩る。
 それを切り裂いて進む黒い剣。
 砲撃を受けて、勢いを落とした黒い剣をアリシアはつたない飛行で回避する。
 が、その間にもすでに新しい魔法を溜める。

「フォトンランサー」

 作りだしたスフィアは一つだけ。
 そこにアリシアは自分の出せる魔力をひたすら注ぎ込む。
 同じ魔法でも使う者が異なれば違う魔法になる。
 SSSランクの魔力によって作られたそれは最早フェイトのものとは別物だった。
 押え切れない魔力が迸り、紫電をまき散らせる。

『形状設定:ソード』

 彼女の持つデバイスがその魔力を最適な形にする。
 相手に合わせた剣の形状。
 アリシアの身体を倍にしても余りある大剣。
 それを――

「いっけえーーーーーっ!!」

 ――放った。
 真正面からぶつかる黒と紫の剣。
 黒い剣から溢れる魔力が紫の魔力を浸食するが、フォトンランサーの威力はそれを上回る。
 剣を弾き、そのままアンジェに突き進む。
 フォトンランサーは命中し、濃密な爆煙を作りだす。

「やったかな?」

 独り言を漏らすが、それにデバイスが答えた。

『フォトンランサー・ファランクスシフト、スタンバイ』

「え……でも……」

『まだ足りません』

「でも……あたしはスフィア一つしか作れないんだけど……」

『心配はいりません。制御はこちらに任せてください』

 わずかに逡巡し、アリシアはデバイスの言葉に頷いた。

「フォトンランサー」

『ファランクスシフト』

 自分の意思に反して魔力を使われる感触にこそばゆいものを感じながらアリシアはただ感心する。

「すごい……デバイス持つだけでこんなに違うんだ」

 デバイスを持っての戦闘が初めてのアリシアにとってその恩恵に驚くばかりだった。
 周囲に浮かぶフォトンスフィアの数は三十五。

「くそっ……ガキが調子に乗って」

 煙を吹き飛ばし、アンジェが睨みつけ、その光景を見て固まる。

『スタンバイ・レディ』

「レグルスッ!!」

 アンジェがその名を呼ぶと、彼女の前に黒い剣が現れる。
 それに構わずアリシアはトリガーを引く。

「ファイアッ!」

 視界を埋め尽くす紫電の弾丸。
 再び爆煙がアンジェを包み、その様子が分からなくなるがアリシアはとにかくあるもの全てを叩きこむ。

「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」

 流石にSSSランクの魔力を持つアリシアもこの魔法行使には息を荒くする。

「流石にこれだけやれば……」

 濃密な煙が晴れるとそこには未だに悠然と黒い剣があった。
 だがそこに感じる魔力は始めに感じたものよりも大分小さくなっている。

「よくもやってくれたわね」

 その陰から出てくるアンジェも消耗を示すかのように白い翼の輝きを弱くしている。
 それでもその眼光は衰えていない。
 まだまだこれからと、アリシアは気を取り直す。
 しかし――

「戻って来い? どういうことですか?」

 唐突にアンジェがそんな言葉をもらした。

「ですが目の前には夜天と東天が……増援……分かりました」

 独り言を終わらせて、アンジェはアリシアを睨みつける。

「貴女……名前は?」

「え……アリシア・テスタロッサ・ハラオウン」

「その名前覚えておくわ。
 レイ! 撤退よ」

「撤退って……」

 大きな鎧から逃げ惑うレイがいぶかしげな声を返す。

「あの方からの情報よ。
 もうすぐ増援が到着するわ。今回は私たちの負けよ」

「そうか……なら尻尾を巻いてさっさと失せろ」

 鎧の操作を止めてアサヒが上から目線で言い放つ。

「くっ……てめえ」

「レイッ!」

「分かってるよ。
 くそっ……覚えておけよ」

「三流の捨て台詞だな」

 追い打ちにレイは目を剥くが何とか反論を押しとどめる。

「……あ、そういえば姐さん――」

「ごちゃごちゃうるさい。さっさといくわよ」

 アリシアの目の前からアンジェが消え、レイのすぐ隣に現れる。

「ちょっと待ってくれ! まだ俺の――」

 レイの叫びを無視し、アンジェが彼の身体に触れると二人はその場から音もなく消えた。
 リンディは周囲の索敵をして彼女たちの反応がないかを確認する。
 結果は何処にも反応はない。
 とりあえず警戒を緩めるリンディの前にアサヒが降り立つ。
 その手にはぐったりとしたアリシアが抱えられていた。

「アリシアさん!?」

「問題ない。初めての実戦で緊張の糸が切れて気を失っただけのようだ」

 言葉の通り、アリシアに目立った外傷はない。
 それに安堵しつつリンディは改めてアサヒに向き直る。

「この度の救援、ありがとうございます」

「気にしなくていい。それよりもそこに転がっている奴らの手当てが先だ」

 アサヒの視線の先にはなのはたちの姿。
 アルフとはやてが、リンディも戦闘を観測しながらも応急手当てを施しはした。
 が、フェイトとヴィータの傷は分かりやすい外傷だったが、なのははリンカーコアにダメージを受けている。
 この場で対処できるものではない。

「アルフすぐになのはさんたちを家に」

「あいよ」

 結界を解き、景色が元に戻っていく。
 倒壊したビルやマンションは消え、何事もなかった街並みがそこに現れる。
 それには当然自分たちが住んでいるマンションも含まれる。
 アルフがなのはとフェイトを抱えて飛んでいく。
 ヴィータもはやてに肩を貸してもらってついて行く。

「貴女も……」

「……仕方がないか」

 渋々ながらもアサヒはリンディの言葉に従った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ごめんなさい。遅くなって」

「別に気にする必要はない。
 管理局の仕事の遅さは今に始まったことじゃないからな」

 開口一番のきつい言葉にリンディは引きつりそうな顔を必死に押し留める。
 なのはたちの応急処置、遅れてきた増援に対しての追跡、警戒などの指示。
 それらが一通り全て終わってからリンディは本局に報告をした。
 その間にアサヒはすっかりくつろいだ様子だったがバリアジャケットに身を包んだままだった。
 リビングにはソファに我が物顔で座っているアサヒに、居心地の悪そうなはやて。それから彼女につき従っているヴィータしかいない。
 リンディはアサヒの対面に座る。

「さて……改めて久しぶりだな、はやて」

 わざわざリンディが出てくるのを待ってから、彼女を無視するように話を始めるアサヒに彼女の性格の悪さが窺える。

「えっと……ごめんなさい。
 どーしてもあなたのこと思い出せへん」

「それは仕方がないだろ。当時、君はまだ物心がついたばかりの頃だったんだから」

 そう答えるアサヒの顔はリンディに向けるものよりも和らいだものだった。

「失礼ですが貴女とはやてさんの御関係は?」

「姉妹だ」

 端的な言葉に驚く。

「私がおじさんとおばさんに拾われたから血の繋がりはないがな」

「そうなの……」

「その同情的な目はやめろ。貴様らにそんな目をされても反吐が出る」

 またきつい言葉にリンディは今度こそ顔を引きつらせた。
 随分と嫌われている。
 管理局というだけで毛嫌いする者もいるがここまでひどいのは初めてだった。

「そうなると貴女もこの世界の出身なんですね?」

 なのは、はやてに続いて三人目の高ランク魔導師が同じ管理外世界で見つかった。
 ありえないと思いつつもその現実を受け止めようとして、アサヒはそれを否定した。

「私はミッド出身で、この世界に来たのは初めてだ」

「は……?」

「え……?」

「勘違いしているようだから言っておくが、はやてはミッド生まれだ」

 爆弾発言にリンディだけではなく、はやても固まる。

「どうせギルのじじいの差し金でこんな辺境世界に隔離されたんだろ」

「ちょっと待って!」

 さらなる問題発言にリンディは待ったをかける。

「はやてさんがミッドチルダ出身って本当なの?」

「私を姉と呼んだんだ、間違いないだろ」

「でも……いや……それなら……」

 納得ができてしまう。
 はやてがミッドチルダから移住した人間なら魔導資質があってもおかしくない。
 むしろ、高ランクの魔導師が管理外世界で二人も同じ年代、同じ街で生まれる可能性の方が本当ならありえない。
 しかもそこにギル・グレアムの名前が出てくることで信憑性が増す。

「グレアムおじさんが隔離って……どーして?」

「そんなの闇の書のせいだろ……ん、おじさん?
 あいつははやてにとっては祖父の位置づけだったはずだが」

「そーなん?」

 驚く感覚が麻痺してしまったのか、はやては呆然とアサヒの言葉を受け入れる。

「あんな奴、家族だと思わない方が身のためだがな」

 言い捨てるアサヒの顔には嫌悪感がありありと浮かんでいる。

「ごめんなさい。ちょっと整理させてもらえるかしら?」

 いくらなんでも予想外の内容過ぎた。
 確かにグレアムは高齢なのだから、子供が、孫がいてもおかしくない。
 だが、そんな話は一度も聞いたことがない。

「整理したければ黙っていろ。私ははやてと話しているんだ」

「そのはやてさんが一番混乱しているのよ」

 その指摘にアサヒは舌打ちをして黙った。

「お茶でもいれるわ」

「私のはいらん」

 にべもないアサヒの言葉に、わかったと返し、リンディはキッチンに向かう。
 お茶と茶請けの用意をしながらアサヒのもたらした情報を吟味する。
 どれも唐突で裏も取れていない情報だがしっくりとはまる。
 先程も思ったが、はやてがミッド出身ならこの世界と時代に生まれた魔導師はなのは一人になる。
 それに加えて移住がグレアムの関与ならば、彼がはやての下に闇の書があると知っていて当然だ。

 ――それに今まで不自然だと思っていたピースがこれで埋まる。

 闇の書の転生先を特定した。
 今までできもしなかったことが、どうして都合よく見つけられたのか?
 しかも、転生先が魔法文化のないグレアムの出身である管理外世界で、極稀にしか生まれない魔導師の下だった。
 そして、その子がまたグレアムにとって都合よく天涯孤独の身だった。
 これらのことを全て偶然というなら、どんな天文学的数字の確率になることやら。
 改めてグレアムに事の真意を問い質す必要ができたが、まだ許容範囲だと思う。
 衝撃の事実でもそれは今を揺るがすものではない。
 グレアムが背負おうとした業の深さを改めて思い知らされた。
 それでも、全てを受け入れ彼女は彼を許すと言う器量があるとリンディは思っている。
 しかし――

「……嫌な予感がするのよね」

 言いようのない不安が心を掻き立てる。
 このままアサヒの話を聞いてしまったら壊れてはいけないものが壊れてしまう気がする。
 お湯が沸き、自分の分のお茶を注ぎ、はやてとヴィータにはジュースを用意する。
 キッチンとリビングは繋がっているから三人の様子が見て取れるが、誰も動こうとはしない。
 お茶の用意をして、ジュースを二人の前に差し出しても手を出すことはしなかった。
 はやての気持ちが落ち着くまでどれくらいかかるだろうと思案していると、はやてがおもむろに口を開いた。

「あの……アサヒおねーちゃん……わたしのおかーさんとおとーさんが死んでるのは……」

「知ってる。私の目の前で殺されたからな」

 その言葉に息を飲むが、はやては取り乱しはしなかった。
 それでも車椅子の肘掛けに乗せた手は握り締められて震えていた。

「はやて……」

 そんな彼女の手を取ろうとヴィータが動く……が、その目の前を朱の光線がかすめた。

「てめー何しやがる!?」

「何をしやがるだと? 貴様こそ何様のつもりだ?」

 その瞬間、アサヒの身体から強烈な威圧感を持った魔力が溢れ出す。
 ヴィータに向けられた視線に乗せられた殺意に、傍にいるだけで心臓を鷲掴みにされた錯覚に陥る。

「だいたい、何でよりよってはやてを闇の書の主に選んだ?」

「選んだって……それは別に……」

「悪意があるとしか感じられないな。
 管制人格は何を考えているんだ」

「アサヒおねーちゃん……あの子にはリインフォースっていう名前を上げたんや。
 あの子を物扱いするのはいくらおねーちゃんでも許さへんよ」

「はやて……それは全部分かって言っているのか?」

 ヴィータに向けられた殺気がはやてにまで及ぶ。
 竦みそうになる体を押さえて、はやては頷く。

「おじさんとおばさんを殺したのがこいつらだと本当に分かっているんだな?」

「…………え?」

 時間が止まったかのように凍りつくはやて。
 そして、それとは逆に烈火の勢いヴィータが叫んだ。

「言い掛かりだ!」

 机を飛び越し、アサヒの胸倉を掴んで激昂する。

「前の蒐集は十二年前だ。はやては今十歳なんだよ!
 あたしらがはやての両親を殺せるわけねーんだよバーカ!」

「……おい、管理局。
 今、エルセアのあの場所がどうなっているかこのどあほうに教えろ」

「……あの場所のことを知っているっていうことは貴女はそこにいたのね?」

「当然、はやてもな」

 突然振られた話題に神妙な言葉を返すとヴィータが不安に揺れた顔をこちらに向けてきた。
 その顔を見ると複雑なものを感じずにはいられない。
 このことはもっと別の形で教えるつもりだったが、こうなっては隠しておくこともできない。

「これは現在のエルセアの……前回闇の書の主を捕まえた場所よ」

 空間モニターに映し出される。
 鉄のドームによって覆われた黒い空。
 地面には青い線が幾何学的に線を引いてある。
 薄暗い空間には青い燐光が漂っている。
 その光が照らす光景は異様なものだった。
 舞い散った無数の瓦礫。それが静止画の様に映っている。
 それだけではない、炎上する車も、傾き今にも崩れそうな建物も。
 そして、逃げ惑う人の姿すらも走った格好、転んだ格好、振り返って姿のまま固まっている。
 一つのジオラマにも見えるその光景だが、映像越しでも見える質感と色彩がそれが本物だと知らしめる。

「闇の書の主が確保された場所から半径およそ500メートルの範囲に展開された青の魔法陣。
 その範囲において全ての物体は時間の流れを止めているわ。
 管理局はこれを「時間災害ヒドゥン」と呼称しているわ」

「時間の流れが止まってるって……そんな魔法あるわけない……」

「実際、そう解析されているのよ。
 予測だけど、時間干渉系の稀少技能を持った人が闇の書に蒐集されて、そこに膨大な魔力がつぎ込まれておきた現象だということになってるわ。
 それほど強いものじゃないみたいだからバリアジャケットを着ていれば大丈夫みたいだけど……」

 リンディもヴィータの否定に賛成したい気持ちで一杯だが、与えられた資料と現実の証拠に反論することはできない。
 それにこうとも思える。

 ――古代魔法ならそれくらいのことができるかもしれない。

 夜天の魔導書は今の技術では解明できない技術の固まりだ。
 どんな超常な魔法があってもおかしくないし、それにリンディは古代魔法の一つをアリシアという形で見ている。
 そう考えれば、時間操作をする魔法があることも許容できてしまう。

「あの……リンディさん……これ……カメラ動かせます?」

「ええ、できるわよ」

「それじゃー……そこの角、右に行ってもらえます?」

 恐る恐る指示を出すはやてに従ってリンディはゆっくりとカメラを動かしていく。
 押し潰されそうな重い空気に息が詰まる。

「そこ……」

 一件の家の前ではやての指示が終わる。
 何の変哲もない、ミッドにはよくある家だが。
 その壁面には生々しい血の跡が着いている。
 しかし、そんなものよりも釘付けにされるものがそこにはあった。

『Yagami』

 ミッドチルダの言語で書かれた表札。
 はやての道案内と合わせて考えれば、決定的な証拠だった。

「確かに信憑性は出てきたけど、ならどうしてはやてさんだけが解放されたのかしら?」

「そんなの闇の書の主に選ばれたからだろ」

 そう言われてしまえば納得するしかない。
 元々が闇の書によって引き起こされたものなら、それを解決するのだって闇の書にできるかもしれない。

「うちの庭で二人は殺された……」

 考察しているとアサヒが不意に呟いた。
 アサヒの言葉に自然とカメラを操作する手が動く。
 見せるべきではないという思いを感じるが、はやては知っておくべきだと思いもする。
 壁についた血痕から引きずった跡を追う。
 そして、そこには一組の夫婦が折り重なる様に倒れていた。
 真っ赤に染まった背中。
 ぎりっ……アサヒの手が握り込まれ、顔の険しさが増す。
 流石に両親の顔を見せる気にはなれなかった。

「私たちもあの人がいなかったら殺されていただろうな」

「あの人?」

「灰色の髪の男の人だ。
 デバイスは剣だったからおそらくは騎士だろう」

「記録ではそんな人はいなかったはずだけど」

 前回闇の書事件の報告書は穴が空くほどに目を通している。
 しかし、そんな人物はいなかった。
 だが、それとは別に一つの考えが浮かぶ。
 灰色の髪の男。
 それはソラと同じ髪の色だ。
 それでいて剣を使うことも一致している。

 ――考えすぎよ。

 灰色の髪など広い次元世界から見れば珍しいものではない。
 剣のデバイスだって聖王教会に行けばいくらでもある。
 それに年齢だってソラは十二年前なら子供のはず。

 ――本当に?

 ソラの失言から十二年前になんらかの次元犯罪に巻き込まれていたのは明白。
 時間災害ヒドゥンの現場にいたのならはやてと同じで年齢の概念はあてにならない。
 それであの街で止まらなかった代償に歳を取らない身体になっていたとしたら、どうだろう?
 子供であることを想定した情報を集めていたが、それでは何も出てこないのは当然ではないのか。
 突拍子のない馬鹿げた考えを頭を振って追い出す。

「だが、あの時管理局が来る前に主は無力化されていたはずだ」

「それは……」

 アサヒの言うとおり、管理局が現場に到着した時にはすでに闇の書の主は無力化されていたらしい。
 抵抗らしい抵抗もされずに捕縛できていた。
 彼ならば暴走した闇の書を倒すくらいできそうだと思えてしまう。

「……あの人のことはいい。
 それよりもはやて、これで納得できただろ?
 それを踏まえて言わせてもらう。
 闇の書に関わる全てを今すぐ私に譲渡するか、破棄しろ」

 はやては答えない。
 今の彼女の心中は完全に混乱しているだろう。
 はやて自身に非がなかったとしても、はやては自分を加害者の立場に置いていた。
 ヴォルケンリッターがしたこと、闇の書が行ったことを彼女たちと一緒に償っていこうと意気込んでさえいた。
 なのに、その被害者遺族に想像もできない形で自分も含まれていた事実は第三者の視点から聞かされても衝撃的だった。
 ヴィータが不安げな眼差しではやての様子を窺う。
 彼女もこんな形ではやてとの関わりがあったとは想像できなかったはず。

「少し……考えさせてもらってもえーかな?」

 時間を置いて考えたい、そんな当たり障りのない返答をしたはやてにヴィータの顔が引きつった。
 思わず、溜息をリンディは吐きたくなった。
 はやてに全幅の信頼を持っていることは分かるが、この状況でも自分たちが優先されると思っていたのだろうか。

「はやて……どうして?」

 リンディの推測通り、ヴィータがはやてに詰め寄る。

「今日会ったばかりのこんな怪しい奴の怪しい話を信じんのかよ!?」

「ヴィータ、ちょー落ち着いてなー」

「落ち着いてなんていられるか!
 こんな……無理矢理な設定、絶対に嘘っぱちだ!」

「まあ、そんな簡単に信じられない話だと分かっているが……貴様は少し黙っていろ」

 朱色の光が何処からともなく一閃され、ヴィータを撃ち抜いた。
 これが平常なら不意打ちにも難なく対応できていただろうが、まったく反応できなかったというのはそれほど取り乱していたということなのだろう。

「ヴィータ!?」

「スタンバレッド……気を失わせただけだから心配する必要はない」

 睨むはやてにアサヒは簡単に説明し、話を続ける。

「はやての言いたいことは分かっている。
 両親を殺されたっていっても、まだ小さかったから実感も湧かないだろうし、無理矢理とはいえ主となった責任を感じている。
 それに私の話がまだ半信半疑で信じられないのだろ?」

 自分のことをしっかりと認識している言葉にはやての視線が緩む。

「できれば、ゆっくりと考える時間を上げたいが状況がそれを許さない」

「それはあの襲撃者のことね」

 口を挟むとものすごい視線で睨みつけられた。
 だが、いい加減彼女の敵意にも慣れてきた。

「はやてさん……あの二人の目的は夜天の魔導書、つまりは貴女ということになるわ」

「……はい」

「おい……待て貴様」

「つまり貴女を狙ってまた彼らはやってくるということなのよ」

「待てと言っているのが聞こえないのか貴様っ!?」

「間違ったことを言っているかしら、アサヒお姉さん?」

 くっ――と歪むアサヒの顔に今までの溜飲が少し下がるのを感じる。
 毅然としていても結局はまだ子供。
 年の瀬はエイミィと同じくらいか少し下。
 たたずまいに出る自信は彼女の実力だろうが、話し合いの場に感情を持ち込んでいる所がまだまだ甘い。
 そういうところはソラと似ていると場違いなことを思いながら会話の主導権を握る。

「おそらく彼らの目的は夜天の書と同系列の魔導書を集めることね」

 押し黙るアサヒにそれで正解だと確認する。

「その目的は――」

 それは考えるまでもないだろう。
 テロリスト、犯罪者、それも第一級のロストロギアを集めて行おうとしていることなど一つしか考えられない。

「管理局を潰す、ということかしらね」

 管理局に不満を持つ集団なんて珍しくもない。
 それでもリンディが知る中でもロストロギアを集めて蜂起しようする気合いの入ったテロリストなど始めてだった。

「でも、そんな魔導書を集めても管理局を潰せるとは思わないけど」

「そうなん?」

「闇の書の闇。あの暴走体は手がつけられないことは確かだったけど、それはあくまでも暴走体の話よ。
 実際、ヴォルケンリッターとリインフォースが管理局を襲撃しても決して落ちることはないわ」

 結局は資料本であるし、流石のヴォルケンリッターも数の暴力に勝つことはできない。
 それはあの襲撃者にも当てはまることだった。
 間断のない弾幕を張り続ければ疲弊し、どんな敵だって落とすことはできる。

「できるだろうな」

 だが、アサヒはそれを否定する。

「技術によっては管理局の魔導師なんてただの烏合の衆にしかならない」

「それ……ほんとーなの?」

「説明する前に聞いておくが、はやては夜天の魔導書についてどこまで知っている?」

「リンカーコア蒐集して、偉大な魔導師の魔法を集めて研究する大型のストレージデバイスって聞いたんやけど」

「それは何のために?」

「何のため?」

「集めるだけなら管制人格よりも機械人格の方が効率が圧倒的にいい。
 変な改変も受けることもない。
 だが、機械には新しい何かを作り出すことはできない。
 間違い、それを正すことができるのは人間だからな」

 言葉の端々にある闇の書への悪意ある言葉にはやてはその都度顔をしかめるが未だに言い返しはしない。

「天空の魔導書の最大の特徴は永遠の時を旅し、研究し続けることにある」

 それ以上の興味がアサヒの言葉にはあった。
 リンディもまた彼女の話に聞き入ってしまう。

「その共通の目的は「神」を作りだすことだ」

「…………さてと救急車でも呼びましょうか」

「真面目に聞く気がないならさっさと私の前から消えてくれていいんだが?」

「ごめんなさい」

 あまりの突拍子のない言葉につい妄想癖のある犯罪者の様に見てしまった。
 素直に謝り、続きを待つ。

「「神」とは便宜上の言葉だ。
 お前たちの言い方ならSSSランクの魔導師が「伝説」や「英雄」になる。
 「神」というのはその上に位階のことを指す」

「それは簡単にいえばSSSSランクの魔導師を目指しているっていうこと?」

「ありていに言えば、そうなるな」

 肯定するアサヒ。
 思わずリンディははやてと顔を見合わせた。
 魔導師のランクは最大SSSランク。
 言葉にすれば単純だが実際はそうではない。
 SSSランクとは管理局が決めた基準値を上回ったもの全てのことを指す。
 それ以上のランクの区分ができないものを一まとめにしたものだからSSSランクと認定してもその力はピンキリになる。
 アリシアを例に上げれば、彼女は魔力量のみでSSSランクに区分されている。それも戦闘能力を差し引いたものとして。

「でも……そんなものを研究して何をするつもりなの?」

「それ以上は何もない」

「は……?」

「天空の魔導書はただ「神」に至ることを目的としているだけにすぎない。
 冒険家が未知の遺跡に挑むと同じように、研究者が未知の存在を解明しようとしているにしかすぎない」

「何処のマッドサイエンティストよ……」

「否定はできないな」

 顔をしかめるアサヒにリンディはため息を吐いた。
 アサヒがもたらした情報で後のことは類推できる。
 「神」クラスの魔導師を作り出す方法は不明。
 そのための様々なアプローチをするために複数の魔導書が存在している。
 「生物」を分野にしたのが北天の魔導書。
 「武器」を分野にしたのが破天の魔導書。
 「魔導」を分野にしたのが夜天と東天の魔導書。
 そしてその研究の試作か、副産物をあの二人の襲撃者が利用している。
 彼女たちの力はなのはたちを上回っていた。
 それが量産される可能性、さらに強くなる可能性を考えれば最終的に一人ひとりがSSSランク級の敵になる。
 そんな敵が五人もいれば、アサヒの言うように確かに管理局を潰すことはできるかもしれない。
 むしろ、その可能性の方が高いかもしれない。
 突然の世界の危機に震えが走る。
 しかし、そんなリンディの内面に気が付かず、はやてが尋ねる。

「それやったら……夜天の技術は「蒐集行使」なんかなー?」

「いや……おそらくはそれだろ」

 アサヒが指したのはヴィータだった。

「守護騎士システムは他の魔導書にはないからな。
 蒐集した魔力を用いて、新たな魔力生命体を作り出す。
 それが夜天の技術だと私は推測している」

「他の魔導書の技術は知らんの?」

「分かるのは接触したあいつらが持つ魔導書のだけだ。
 それも私の勝手な分析によるものでしかない」

「ヴィータたちがそのことを知らないのはなんでかなー?」

「そんなこと私に分かるわけないだろ」

「それについては簡単に説明できるわ」

 アサヒに代わってはやての質問にリンディが答える。

「ヴォルケンリッターは自分たちの本来の在り方を忘れていた。
 それに蒐集していた頃の記憶も曖昧だから、正直彼女たちの知識はあまり当てにならないのよ」

「あれは……そんな状態で自分は悪くないって言ったのか」

 蔑みに呆れの眼差しが混じり気を失っているヴィータに向けられる。
 流石にフォローできそうになかった。
 なのでスルーして話を続ける。

「そうなるとはやてさんの警備をもっと強化しないといけないわね」

 相手がそんなロストロギアを使う相手なら用意した護衛では心もとない。

「管理局の護衛など当てになるものではない」

「言ってくれるわね」

「現に「G」という北天の作品にいいようにやられているではないか」

「あれがっ!?」

 思わず驚くが納得してしまう。
 あんな生物が自然に生み出されるより、誰かが作りだしたと思う方が現実味がある。

「なら……協力してくれないかしら?」

「何だと……?」

「貴女の力があればはやてさんを確実に守ることができるはずよ。
 個の力でははやてさんを守れないから夜天を手放せと言っているのでしょ?
 私たちが協力すればはやてさんに時間を上げられるわよ」

「理屈は分かるがありえないな」

「……理由を聞いてもいいかしら?」

「いつ後ろから撃ってくる相手など信用できないな。
 私も東天の魔導書を持っているのだから」

「管理局はそこまで不誠実な組織ではないわよ」

「嘘だな。ロストロギアと聞けばありもしない権利を主張して奪っていく、それがお前たちだ」

「ロストロギアは危険なものよ。個人が持っていいものではないわ」

「だから抵抗する者は犯罪者か? そうしてお前たちは私の父さんと母さんを殺したのが正しいのか?」

 アサヒの言葉にリンディは絶句した。

「管理局の主張は確かに間違っていないだろうが、私はお前たちを一切信用するつもりはない」

「でも……」

「それに東天の書は母さんの形見だ。
 それを奪おうというなら私は全力を持って貴様らを排除する」

 返す言葉が出てこなかった。
 管理局の中には確かにアサヒが言うような過激な手段でロストロギアを回収しようとする派閥がある。
 自分はそうではないが、それを理由に反論する資格はない。
 目の前の少女の人生をどんな理由があったにせよ狂わせたのは管理局だ。

「そういうことだ、はやて。
 私は管理局を信用できない。その力においてもそうだ。
 到底奴らから守れると思っていない」

 完全に上からの目線でアサヒは言い捨てる。

「かといって私一人では君を守ることはできない」

 それでいてアサヒは自分のできる範囲をきちんと把握している。

「もう一度言う。
 闇の書に関わる全てを捨てろ。
 それが君のためだ」

 繰り返されたアサヒの言葉にはやてはやはり答えられない。
 リンディはそれに助け船を出すように指摘する。

「でも、はやてさんの中から夜天の技術を都合よく取り出すことなんてできるの?」

「可能だ。私には「記憶操作」の稀少技能があるからな」

 またさらりと驚く発言をする。
 これでさらにアサヒの能力資質が増えた。

「なら知識だけを消してしまえばいいんじゃないかしら?」

「ヴォルケンリッターがいる限り、奴らが知識を消したことを信じるとは思えないな。
 それに深層意識化でヴォルケンリッターを構築する魔法を使っている可能性が高いことを考えると……」

「知識の消去がヴォルケンリッターの消失に直結する可能性が高いということね」

 流石にアサヒの主張を認めるしかない。
 管理局もヴォルケンリッターも信用できない彼女がはやてを守る手段として選んだのは戦場から遠ざけること。
 それが間違っているともいえないし、彼女が選択できる唯一の手段なのだろう。
 それに反論するためのカードをリンディは持っていなかった。
 「G」の脅威について対処しきれてない事実。
 襲撃者二人に負けたなのはたち。
 どちらも彼女の意見を補強するものでしかない。

 ――どうすればいいのかしら?

 実際、そこまで大きな事件となるのなら専用の部隊を作る必要がある。それもオーバーSランクで構成された部隊が。
 だが、今の段階で誰がそれを信じるというのだろうか。
 敵の全容はアサヒの言葉でも把握しきれないが、最終的にはオーバーSランクの集団。
 確認もされてない「神」を目指すロストロギア。
 リンディが報告したとしても、何処まで本気でこの話を受け入れてくれるか、それとも所詮はテロリストと過小評価されるか。
 まともな反応を期待できないほど、この話は突拍子もなく、また大きな案件だった。
 今、確実な対抗手段は目の前のアサヒしかいない。
 だが、彼女の生い立ちが管理局に引き込むことをできなくしている。
 八方塞がりな状況でしかなかった。

「一つ聞かせてもらってもいいかしら?」

「……言ってみろ?」

「ヴォルケンリッターの実力でははやてさんを守るには不足かしら?」

「全員を知っているわけではないから確かではないが、そこの赤いの程度だったら時間稼ぎくらいにしかならないだろう」

「一応、同じ系列の魔導書なのに?」

「そいつらが闇の書でいる間の時間、他の魔導書は己の技術を研鑽していた。
 この差は大きいだろうな」

「そう……はやてさんはどうしたい?」

 考えられる質問は全てした。
 あとの選択ははやて本人に任せるしかなかった。

「私は…………みんなを捨てたくは……ないんやけど……」

「おじさんとおばさんを殺したことはどうする?」

「それは……この子たちやって好きでそんなことしたわけじゃない。
 前の主の命令で仕方がなかっただと……思う……」

「だから無実だというのか?」

「それは……そうじゃなくて……」

「いい加減、目を覚ませ……君はそいつらに都合のいいように利用されているだけだ」

「…………ちょう、黙れ」

 底冷えのする声がはやてから発せられた。
 変わったはやての雰囲気にアサヒは驚き、その言葉に従ってしまう。

「みんなのこと悪くゆーのは許さへん!」

「許さないだと? それは本気で言ってるのか?」

「本気や! みんな、私のために大怪我しながらもそれでも戦ってくれた。
 大切な家族で、私の宝物や!」

「問題を履き違えるな! そもそもこいつらがいなければ――」

「うるさいっ!!
 わたしが一人ぼっちの時、一緒にいてもくれなかった。
 わたしの家族はヴィータ達だけや、あんたなんかわたしの家族やないっ!」

「………………分かった」

 はやての叫びにそれだけ言ってアサヒは立ち上がる。

「今日のところはこれで帰らせてもらう」

 そのまま流れるように玄関に向かって歩き出す。

「ただ、これだけは言っておく」

 廊下に続くドアの前で立ち止まり、アサヒは背中越しに話し始める。

「君の人生だ。
 君が夜天の王であること選ぶなら、それを止める権利は私にはない。
 だが、闇の書の罪を背負うというなら、まずは私を納得させてみろ。
 それができなければ力尽くで君から夜天を引き剥がす」

「…………分かった」

 背中越しの威圧感に唾を飲みながら、はやては頷いた。

「もっとも、この程度の罵詈雑言で癇癪を起している君にそれができるとは思えないがな」

「な……!?」

「それじゃあ……また……」

 最後に痛烈な皮肉を残してアサヒはドアを開け、滑り込むように廊下に出て、ドアを閉めていた。
 言い返そうとしたはやては口を開いたまま固まってしまう。
 リンディはとりあえず、アサヒを見送るために立ち上がった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 目が覚めるとそこは自分の部屋だった。

「わたしは…………負けたんだ」

 目覚めははっきりしていて、気を失う寸前のこともしっかりと覚えている。

「なのはは……」

 思い出すのは黒い剣に貫かれたなのはの姿。

「なのはっ!」

 飛び起きようとして、ベッドに半身を預けて眠っているアルフが目に入った。
 心配させたことに申し訳なさを感じる。

『起きましたか、マスター』

「バルディッシュ?」

 机の上に待機状態のバルディッシュが置かれていた。

『はい。無事で何よりです。それから彼女も命に別条はないようです」

 短い彼の言葉に胸を撫で下ろす。

 ――よかった。

 なのはを貫いた黒い剣。
 それを見た瞬間、頭の中が沸騰した様に熱くなって突進していた。
 だが、突然金縛りにあってまったく動けなくなり、あらぬ機動でビルに激突し、さらには見えない何かに握り潰されるようにして意識を失った。
 思い出すと自分の無力さに拳を握り締めていた。

「あれからどうなったの?」

『程なくしてヴィータが撃墜されました。
 その後、未確認の魔導師の介入とアリシアの二名により襲撃者を退けました』

「未確認の魔導師……それと……アリシアが……」

 バルディッシュの報告に胸のもやもやが大きくなる。
 それが何なのか分からず、そのままにしてフェイトはさらに尋ねる。

「なのはは今何処に?」

『クロノの部屋です。それからアリシアはエイミィの部屋に』

 元々がこの世界での活動拠点として用意した家だから部屋は今住んでるものたちよりも多くある。
 あえてその二人の部屋にしたのは掃除が行き届いているからだろう。

「ありがとう」

 アルフの肩にシーツをかけてフェイトは廊下に出る。
 クロノとエイミィの部屋はすぐ近く。
 まずはクロノ部屋、なのはのところに行こうとして、不意に止まった。
 人の気配に違和感を感じた。
 リビングの方には人がいて話をしている。
 クロノの部屋には気配を感じない。
 なのはがまだ寝ているのならそれは当然だが、違和感を感じたのはエイミィの部屋からの気配だった。
 一人、気配を感じる。
 それは当然アリシアのはずなのに違うと感じる。

 ――わたしは……この気配を知っている。

 フラフラとその気配に引かれるようにフェイトはエイミィの部屋の前に来ていた。
 ノブに手をかける。
 しかし、そこで動きが止まる。
 開けてはいけない。そんな警告が頭に過ぎる。
 それでもフェイトは意を決してノブを下ろす。
 音を立てないように、ほんの少しだけドアを開く。
 部屋を覗き込むとベッドに眠るアリシアの姿が見えた。
 寝相が悪かったのか、シーツが床に落ちている。
 隙間から見る角度ではそれ以上は見えなかった。

 ――気のせいかな。

 不意にそんな考えが浮かぶ。

 ――そうだよね。何を期待してたんだろ。

 人の気配読むなんてスキルを身に付けた覚えもない。
 そう納得して、とりあえずアリシアが落としたシーツをかけ直そうと思い、ドアを大きく開ける。
 それより早く、床に落ちていたシーツが動いた。

「ふう……」

 誰かのため息が聞こえた。
 女の人の声だが、リンディの声はリビングの方から聞こえている。
 それならエイミィか、それともアースラスタッフの誰かが来ていたのか。
 ドアを小さく開いた覗きの体勢のまま、フェイトは固まる。

 ――いったい誰?

 死角でゴソゴソと動き、シーツがアリシアにかけられる。
 そして、彼女が視界に入る。

「――っ!!?」
 
 その姿にフェイトは両手で口を押さえて、悲鳴を殺した。
 彼女はベッドに腰を下ろし、そのまま優しい手付きでアリシアの頭を撫でる。

 ――ありえない。

「アリシア…………」

 優しい、記憶の中で何度も聞いた、何度も夢見た声。
 黒く長い髪。そして、その顔をフェイトが忘れるはずもなければ、間違うこともない。
 そこにはプレシア・テスタロッサがいた。

 ――ありえない。でも――

 フェイトはノブにかけてある手に力を込める。

「うるさいっ!!
 わたしが一人ぼっちの時、一緒にいてもくれなかった。
 わたしの家族はヴィータ達だけや、あんたなんかわたしの家族やないっ!」

 リビングから響く、はやての怒声に身をすくませた。
 あんなはやての声を聞くのは初めてだ。
 何があったんだろうと、ドアを開いたまま、リビングの方に視線をやっていた。

「……あっ」

 すぐに視線をエイミィの部屋に戻す。
 しかし、そこにはベッドで眠るアリシア以外に誰もいなかった。

 ――幻だったの?

 呆然とフェイトはその場に立ち尽くす。

「もう食べられないよ~……むにゃむにゃ」

 典型的なアリシアの寝言にフェイトの緊張が解かれる。
 そして、不意にリビングへのドアが開いた。
 出てきたのは知らない女の人だった。

「ん……?」

「あ……」

 思わずフェイトは後ずさる。
 そんなフェイトに女は近付き、ポンっとフェイトの頭に手を乗せる。
 ひっ、と肩をすくませるが、手はすぐに放れる。
 女はその手を自分の前で水平に下ろし、フェイトの頭くらいの高さで止める。
 そして首をひねり、もう少し手を下げる。

「あ、あの……」

 いったい何をしているのだろうか。
 初めて会う人の奇妙な行動にフェイトの警戒心が緩む。

「こんな短時間でずいぶんと伸びたな」

「はい?」

「その子はフェイトで、アリシアさんじゃないわよ」

 リビングから出てきたリンディがその姿を見て苦笑する。

「なんだ姉妹か……それにしてもそっくりだな」

 女は開いているドアからアリシアの姿を見つけて納得する。

「フェイト、こちらはアサヒ・アズマさん。
 私たちを助けてくれた人よ」

「は、初めましてフェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。
 助けていただきありがとうございました」

 バルディッシュの言っていた未確認の魔導師のことを思い出して頭を下げる。

「気にするな。
 言い方が悪くなるが君たちを助けたのはついでだからな」

 にべもないきつい口調に思わずたじろぐ。

「それよりあっちはアリシアとか言ったか?」

「ええ、それがどうかした?」

「気をつけた方がいいかもしれない。あれだけの魔力だ。それだけでも研究の価値はある」

「……肝に銘じておくわ」

 なにやら不穏な会話がされている。

「それから見送りなんてしなくていいんだが」

「それは最低限の礼節というものよ。
 管理局とは関係なしのね」

「…………勝手にしろ」

 言い捨ててアサヒは玄関に向かって歩き出す。
 その後に続くリンディ。フェイトもそれに流されるようについて行く。

「聞いておきたいことがあるんだけど?」

「まだ何かあるのか?」

 リンディの言葉に辟易とした顔でアサヒが振り返る。

「貴女はこの十二年間、何をしていたの?」

 その問いにアサヒは目を細める。
 十秒、二十秒。
 ジッとアサヒはリンディを睨み、リンディはその視線を黙って受け止める。

「あの……えっと……」

 その空気に耐えきれずフェイトは何かを言おうとするが、何も思いつかなかった。

「ずっと……旅をしていた」

 アサヒが重い口を開いた。

「管理世界、管理外世界、未開拓世界、未確認世界。
 いろんなところ旅して、あの子を解放するための何かを探していた」

「そう……」

「結局、私のしてきたことは実を結ばなかったし、五年、いや六年かずっと気付かずに放っておいたのは事実だ。
 責められても仕方がない」

「それでも貴女は頑張ったんでしょ? それを知れば――」

「知らせる必要はない。自分が無力だった言い訳をするつもりない」

「…………分かったわ」

「もういいな?」

 話を切ってアサヒは扉を開ける。
 しかし、その足は不意に止まり、

「ちっ……」

 大きな舌打ちをして振り返る。

「……一度だけだ」

「は? ……何の――」

 リンディが聞き返そうとしたところでアサヒは深々と頭を下げた。

「え…………ええ!?」

 面を食らって驚くリンディ。それを無視して頭を下げたままアサヒは言う。

「はやてのこと……よろしくお願いします」

「…………はい。全力を尽くさせてもらいます」

 何がなんだかさっぱりなやり取りにフェイトはただ呆然とするしかなかった。

「では……」

 そのまま一歩下がって扉が閉まる。

「ふぅ……」

 フェイトの横で肩の力を抜いたリンディが息を吐き出す。

「何かあったんですか?」

「そうね……いろいろ有り過ぎたわ」

 疲れた様子を隠そうとするリンディに不安を覚える。
 その不安を与えたのはおそらく自分なのだろう。
 アンジェに無様に負け、見知らぬ魔導師に助けられた。
 肝心な時に何の役にも立てない自分の無力さがいやになる。

「身体はもう大丈夫なの?」

「はい……平気です」

「なのはさんも命に別条はなさそうだから安心していいわよ。
 それにすぐにシャマルさんも来るから」

「……うん、それなら安心かな」

「…………フェイト、あのアンジェという人に負けたことは気にしない方がいいわ」

「え……でも……」

「後で詳しく話すけど彼女たちは特別なの、だから決して恥ではないの」

「………はい」

 目線を合わせて優しく諭すように言ってくれるリンディにフェイトは頷いた。
 彼女がそういってくれたおかげでフェイトが感じていた不安が少しは和らぐ。
 そう、少しは。
 中の様子を窺ってから開けっ放しのエイミィの部屋の扉をリンディが閉める。
 そこには気持ちよさそうに眠るアリシアしかいなかった。
 フェイトが覗き見たプレシアの姿はどこにも見当たらなかった。





あとがき
 12話終了しました。
 今回はかなり早く書けましたが、予定よりかなり長くなってしまいました。

 今回の話ははやて、ヴォルケンリッターのうつ展開の話でした。
 はやての設定に関してはやりたいことがあるため、かなりの無茶をしています。
 フェイト編なのですが、話の展開上、はやて編が混じっています。
 説明ばかりで、しかも長い文をここまで読んでいただきありがとうございます。




補足説明
 アサヒ・アズマの戦闘スタイルについて簡単に説明

 遠隔操作型強化デバイス「シャイターン」
 十二の端末によって構成されているが、それぞれを個別に操作が可能。
 その内部には常に射撃魔法が装填されているため、アサヒの任意のタイミングで即座に撃つことができる。
 これを使い、敵の攻撃動作を狙撃したり、死角からの攻撃を行える。
 類似兵器を上げるならファンネルです。




[17103] 第十三話 会議
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:42aa34c1
Date: 2010/09/20 01:57


 ドンッ!!

 身体に衝撃が走り、紫電の魔力光が目の前で散る。

「くっ……」

 この戦闘が始まって五回目の被弾に呻く。
 訓練用のもろい弾殻だからダメージはないが、速さを身上とするフェイトにとっては屈辱だった。
 対するこちらはまだ一撃も有効打をいれていない。
 しかし、それは攻撃が届いていないということではない。

『プラズマランサー』

 生成されたランサーは普段の数には及ばないたった三つ。

 ――おかしい。

 最大数を構成しようとしたはずなのにうまくいかない。

『……集中してください』

「してるよっ!」

 バルディッシュの言葉にフェイトは声を荒げて反論する。
 だが、練り上げた魔力はフェイトの意思に反してこぼれ落ちていく。

「……っ、ファイアッ!」

 そのまま三つのランサーを放つ。
 一直線に飛ぶランサーに対するアリシアは回避行動を見せなかった。

「ラウンドシールド」

 展開される紫の魔法陣の盾にランサーが弾かれる。
 射撃も砲撃もアリシアは苦も無くそれを盾で防ぐ。

「お返し」

 アリシアの手から放たれたフォトンランサー。
 すぐに回避行動を取ると、フェイトの脇を自分のランサーの数倍のスピードでアリシアのランサーが駆け抜ける。

 ――これがSSSランクの魔法。

 同じ魔法なのにここまで違うことにフェイトは苛立つ。
 単発でしか撃ってこないが、弾速、命中精度、込められている魔力の量まで違うのに、弾体はフェイトのものと変わらない大きさ。
 それは相応の魔力を圧縮している証拠。

「もう一発……いっくよー!」

 なのに、アリシアは気楽に新たに作ったランサーを放つ。
 流石に動いていれば当たらない。
 これが止まっている時に撃たれれば動く前に着弾してしまう。
 それでも気が抜けないのは確かだった。

『アリシア……』

 脳裏に浮かんだ母の声をフェイトは頭を振って追い出す。

「わっ……」

 目の前を紫のランサーがかすめていく。
 すぐさま方向転換する。

『警告!』

 バルディッシュの警告に方向転換。またアリシアのランサーが進行先を駆け抜けていった。

 ――集中しないと。

 アリシアがランサーを撃つタイミングは彼女の動きを見ればすぐに分かる。
 素人臭さの抜けないあからさまな動き。
 それなのにうまく反応できないのにもどかしさが募る。

『アリシア……』

 またあの声が頭の中に響く。
 あれは幻じゃないと思う。
 見直したアリシアにかけられていたシーツがなによりの証拠だ。
 でも、それならどこに消えたのか。
 あの場で隠れることができたとしても、日が変わってからも誰もプレシアの姿を見た者はいない。
 アリシアは知っているのだろうか?
 それにいつからいたのか?
 もしかして初めて会った時からずっと側にいたのかもしれない。
 ソラはフェイトを認めてくれたと言ってくれた。
 なら、どうして出てきてくれないのだろうか?
 でも、ソラはプレシアを殺したと言っていた。

 ――分からない。分からないよ。

 何が何なのか、誰が何を考えているのか、本当のことがどこにあるのか。
 全部分からない。

『…………険、危険』

「危ないフェイトッ!」

 バルディッシュとアリシアの声に我に返ると視界がなくなっていた。
 それが何なのか認識するよりもフェイトはそれに激突した。
 初めてアリシアとの模擬戦闘。
 結果はフェイトの飛行機動のミスによる障害物との激突で幕を閉じた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ハラオウン家のリビングには重い空気が流れていた。
 起きた出来事のあまりのことに誰もが口をつぐんでいた。

「………………もう無理だ……」

 始めに耐えきれなくなったのはヴィータだった。

「あかん……ヴィータ」

 とは言ったもののはやても限界だった。

「だって……だって、はやて…………」

 こちらを向くヴィータの目には涙が浮かんでいた。
 その気持ちは痛いほど理解できる。
 それでも耐えなくてはいけないのだ。

「あんな…………あんなふうに壁に……穴開けるなんて……初めて見た……くっ」

 こらえ切れずにとうとうヴィータは腹を抱えて笑い出した。
 ばんばんと床を叩くヴィータをとがめる者はいない。
 だいたいの人達は顔をそむけて肩を震わせている。
 そんな中で唯一笑ってないのはフェイトだけだった。
 彼女は今、部屋の隅で膝を抱えている。
 おそらく、その顔は真っ赤に染まっているだろう。

「あー……もう一回」

 笑うのを一段落させたヴィータはもう一度アリシアとフェイトの模擬戦を空間モニターに流す。

「もうやめてっ!」

 普段の大人しさを捨てて、フェイトはヴィータに飛びかかり、端末を奪おうとする。
 その手をかいくぐってヴィータは映像を早送りして、問題のシーンを再生する。

『危ないフェイトッ!』

 映像の中でアリシアが叫ぶが、もう遅かった。
 フェイトは最高速度でビルに自分から突っ込んでしまった。
 幸いにもバルディッシュがカートリッジを使ってバリアジャケットの効果を飛躍的に上げたため、フェイト自身に怪我はなかった。
 しかし、咄嗟に上げた防御力と元来のスピードによってビルの壁は最小限の壊れ方をしてしまった。
 つまりは、壁にフェイトの人型ができたということになる。

「ぶっ……」

 今度ははやてがこらえ切れずに噴き出した。

「はやてまで……」

 今にも泣き出しそうな顔でフェイトが責める眼差しを送ってくる。

「もう……本当に見事で、結界を解くのを躊躇っちゃったわ」

 ニコニコっとシャマル。

「気にするなテスタロッサ。こんなこともたまには……ある……だろう……」

 決して顔を合わせようとしないシグナム。

「しかし、これは攻撃の手段としても有効かもしれない」

 真面目にザフィーラが分析しているが、それが逆に周りの笑いを誘う。

「まあまあ、クロノとエイミィがいなくてよかったじゃないか」

「あら、この映像はちゃんと残しておくわよ」

「ええ!? 何で!?」

「規則としか言えないかしらね。それにアリシアさんの戦闘分析をする必要もあるし」

 リンディの言葉に打ちひしかれてフェイトは膝を着く。

「フェイトちゃん……元気出して」

「なのは……」

 弱々しくフェイトはなのはに縋りつく。
 そんないつもに似た光景にはやては胸を撫で下ろす。
 撃墜されたなのはも魔力ダメージだったため、何事もなく目を覚まし、シャマルからの特に異常なしと太鼓判ももらった。
 フェイトもあの撃墜を気にしてか、昨日からずっとぎこちなさがあった。
 自分も出生のことを知らされて普通じゃなかったと感じる。

「ごめんねフェイト。わたしのせいで……」

「あ……その……アリシアのせいじゃない……よ」

 と、思った矢先にアリシアに声をかけられて挙動不審になるフェイト。
 やはり突然現れた姉?の存在は戸惑うものなのか。
 考えて見れば、自分の状況もフェイトとあまり変わらないことに気が付く。
 いや、もっと最悪かもしれない。
 突然現れた義理の姉。
 自分、夜天を狙う襲撃者。
 自分の生い立ちに深く関わっていたヴォルケンリッターと闇の書。
 アサヒの話は自分から他のみんなにすると、ヴィータとリンディに頼んでいる。
 とはいえ、長い間黙っておくわけにはいかない。
 対策会議が終わったら、はやてはみんなにそれを話すつもりでいた。

「さて、みんなそろったことだし本題に入りましょうか」

 リンディの一言に場の空気が真剣なものに変わる。

「アレックス、お願い」

「はい」

 リンディの指示でアレックスが端末を操作して昨日の戦闘映像を流す。

「通信で話した通り、今はやてさんは夜天の書の技術を目的に狙われているわ。
 彼女たちは「超能力」と「リンカーデバイス」という二つのロストテクノロジーを保有しており、推定ではSランク級の能力者。
 今後の展開次第ではそれ以上になると考えられるわ」

 初めは主を守れなかった無様をさらしたヴィータを睨む視線が三つあったが、映像を見るうちにそれが消えていく。
 流石に別の形態の能力であっても彼女たちがどれほど強いかは理解できるのだろう。

「しかし、「超能力」とはこの世界にある架空の能力だとばかり思っていたが」

「シグナムさんも知っているの?」

「ええ、主の部屋に「今日からこれで君も超能力者!」というタイトルの本がありましたので、それを少し興味本位で……」

「ちょ……シグナムあれ見たん?」

「ええ、それが何か?」

 言えない。
 それはまだヴォルケンリッターが現れる前に買った本で、不自由な身体もあって使えたら便利だろうな、っと割と本気で特訓した。
 そんなこと口が裂けても言えない。

 ――って、そんな目で見んといてなのはちゃん。

 この中で唯一この世界の出身であるなのはが意味深な、同情的な視線をなのはが向けてくる。
 なんの因果か今は魔導師になっているが、あれは抹消したい黒歴史だ。
 それでも魔法というものになれているみんながそれがどれだけ恥ずかしいことか理解できていないのがせめてもの救いと取るべきか。

「とにかくそれらの能力にまったく知識がないからといって、黙ってやられるわけにはいかないわ」

 リンディの言葉に緩んだ気を引き締める。
 相手が魔導師ならばどんなに高ランクの魔導師でも共通した戦い方がある。
 だが、彼らは魔導師ではなく超能力者。
 彼らには今まで蓄積した戦う経験も知識もない。対して彼らは魔法を熟知していた。
 単純なアンノウンなら薙ぎ払えるかもしれないが、実力が近いならこの差は致命的なものになる。

「まあ一度の相対に、ある程度の情報もあるからもう大丈夫でしょうけど」

「問題はこれ以上強くなって場合のことだろ?」

 リンディの言葉をヴィータが告げる。
 そこに含まれる自信は一度の相対で魔法を使わない技術への戸惑いがなくなったからなのだろう。
 魔法と超能力の違いにあの時一番戸惑っていたのはおそらくヴィータだった。
 長い間、魔導師やそれに類する魔導生物としか戦ってなかった彼女にとって、その経験が仇となってしまった。
 そういう能力があるということを理解したのなら、後は気兼ねなどせずに戦えるのだろう。

「そうね。最悪の状況を考えれば相手は私たちの想像もつかない力を得るかもしれないのだから」

「東天の魔導書の王、アサヒ・アズマの話ですか?」

「今のところ、否定する要素はないのだけど話があまりにも大きすぎるのよね」

 シグナムの言葉にリンディは困ったと言わんばかりに頬に手を当てる。

「とりあえず彼らがロストロギアを所持していることから近くの部隊が動くことになったわ。
 だけど、本局はあまりこのことを重要視していないの」

「それは何故ですか?」

「組織としての規模が見えてないのと、やっぱりSSSランクを超える魔導師の存在なんて信じられないみたいね」

 困ったものだとリンディはため息をつく。

「まあ、その辺りは私たちの方でなんとかするとして……」

 一旦言葉を切ってリンディはこの場にいる全員を見回して告げる。

「はやてさんは準備が完了次第、本局の方で生活をしてもらうことになるわ」

「まーそーやろなー」

 高ランクの魔導師に相当する相手に狙われているのなら管理外世界にいるよりも本局かミッドチルダの管理局の勢力が強い場所の方がずっと安全だろう。
 それに本当に何も知らないまったくの無関係な人を巻き込むことを良しとするつもりもない。

「その間、アースラ・チームはヴォルケンリッターとなのはさんを組み込んではやてさんを守ることになったわ」

 はやては知らないが、一戦艦にこれだけの戦力が集中することはまずない。
 それほどにまでリンディは彼らのことを危険視している。
 もっとも、はやてが狙われていると知ったヴォルケンリッターに管理局の仕事をさせても使い物にならないだろう、と推測されていたりもする。。

「それにクロノもそろそろ出向期間が終わるから戻ってくるわ」

「ほなら安心やなー」

 みんながそろえば怖いものなしだとはやては思った。

「そうね。でも念を入れて……」

 リンディは言いながら端末を操作する。

「技術部からの要請でね。
 なのはさんとフェイトにモニターを頼みたいっていう武装がいくつかあるの」

 カートリッジシステム搭載を強引に推し進めたせいで、二人はよく技術開発などのテストによく駆り出される。
 映し出された武装の一つにはやては思わず顔を引きつらせた。

「まじかよ……」

 信じられねえ、はやての気持ちを代弁するようにヴィータが苦い呟きをもらす。

『カートリッジパック』
 本体はリュックサックのように背負う小型コンテナ。
 底部から出る弾帯をマガジンの代わりに接続することによって、マガジンの交換をせずにカートリッジを使い続けることができる。
 搭載弾数300発。

「うわー」

 みんなが同じような顔をしている中で、なのはだけが目を輝かせる。

『流石はマイスター・マリー。いい仕事をしています』

 それに満足そうなレイジングハートの言葉が重なる。

「これ、いつ来るんですか?」

「一応、今日の夜には届く予定よ」

「楽しみだねレイジングハート」

『はい』

「……それでヴォルケンリッターについてだけど」

「私たちにも何かあるんですか?」

「それはないんだけど……ユニゾンデバイスの方はどうなったのかしら?」

「あーそれは……」

 ユニゾンデバイスの構想に関してはリンディにも話している。
 はやてが考えている融合騎は自分だけはなく、ヴォルケンリッターにもユニゾンできるようにと考えている。
 それが完成すれば十分な戦力になると考えているのだろう。
 しかし――

「ごめんなさい。実は今行き詰ってるんです」

 ユーノに頼んだ無限書庫での資料探しに、聖王教会に話をつけてもらって協力してもらっていたりもするが、問題が出てきてそれから進展していない。
 現代の融合騎。
 機械思考の魔力炉搭載型のレプリカなら何の問題もなく作ることができるが、はやてが望んでいるのはそんなものではない。
 古代の融合騎、その純正品を作ろうとしているのだから多少の苦労は覚悟していたし、何年かかっても必ず作り上げる気でいた。
 しかし、今の状況だとそれが歯がゆく思う。

「そう……なら仕方ないわね」

 リンディははやての内心を察してそれ以上は何も言わなかった。

「あとは私の個人的な伝手で三人くらいの高ランク魔導師を呼べるかしらね。
 それにアリシアさんもいるし、当面は問題ないでしょ」

「うん……あたしがみんな守ってあげる」

 リンディの言葉に勢いよくアリシアが立ち上がって胸を張る。

「そうやなーアリシアちゃん強いもんなー」

 実際、アンジェを退けたのはアリシアだし、彼女はこの中で最も大きな魔力を有している。
 しかも、はやてにはできない精密操作を可能にしている。
 年齢の差があっても彼女の存在は頼もしく感じる。
 もっとも、その姿は子供が背伸びしている微笑ましさしかなかったりもする。

「そうだねアリシアちゃんがいれば千人力だね」

 なのはも笑顔で彼女の言葉に同意する。

「…………ん?」

 気のせいだったのだろうか。
 視界の隅でフェイトの顔が曇ったようにはやてには見えた。
 しかし、改めて見てもそんなことはなく、普段通りの彼女がそこにいた。

「どうかした、はやて?」

「ううん……何でもあらへん」

 不思議そうに首を傾げるフェイトにはやては気のせいだと結論付けた。

「強くならないと」

「そやなー」

「うん、みんなで一緒に強くなろ」

 フェイトの言葉にはやてとなのはは頷いた。

 ――そやな、強くならんとねーちゃんにまた頼ることになる。

 それは嫌だと思い、はやては拳を握りしめた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 今後のことを話しあっている輪の中でフェイトの思考は別のことを考えていた。

 ――アリシア、あんなに強かったんだ。

 彼女と戦ってみてその力をフェイトは見せつけられた。
 射撃・砲撃・防御の魔法はどれも実用レベル。
 近接と飛行に関してはまだまだ素人。
 それでもアリシアの射撃は特にすごいの一言だった。
 同時制御が苦手のようだが、その分一発がすごい。
 そして、その一発に手も足も出なかった。
 それは屈辱で、ショックで、嫉妬した。
 たった半年でアリシアは自分を追い抜いた。
 類まれな才能に、SSSランクの最高の魔力。どちらも自分にはないもの。
 それはまさしく大魔導師と呼ばれたプレシアの才能を受け継いだ力なのだろう。

 ――わたしじゃやっぱりダメだったんだ。

 自分は母の期待に答えられなかったのだと痛感する。

「うん……あたしがみんな守ってあげる」

 不意に聞こえたアリシアの言葉が胸を締め付けた。
 アリシアには確かにそれだけの力がある。

「そうやなーアリシアちゃん強いもんなー」

「そうだねアリシアちゃんがいれば千人力だね」

 さらにそれに答えるはやてとなのはの言葉。
 かつて、なのはが蒐集された時に感じた無力感が胸を締め付ける。
 だが、アリシアには彼女たちを守る力がある。
 思わず、アリシアを嫉妬のあまり睨みそうになるがそれを抑える。
 こんな醜い感情を知られたら嫌われるのではないかと思い、フェイトは平静を装う。
 そして、フェイトははやてが自分を見ていることに気がついた。

「どうかした、はやて?」

「ううん……何でもあらへん」

 その答えに内心で安堵の息を吐く。
 はやてに気付かれていないのなら大丈夫だろう。

「強くならないと」

「そやなー」

「うん、みんなで一緒に強くなろ」

 フェイトの言葉にはやてとなのはが同意するが、フェイトの耳にはそれは届いてなかった。

 ――そう。強くならないと、アリシアよりも強くならないと。

 フェイトは知らずに拳を握りしめる。

 ――そうすればきっと母さんも認めてくれるはず。

 淡い希望を胸にフェイトは決意を固める。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「それじゃあ行ってきまーす!」

 元気な声を伴ってアリシアが飛び出す。

「いってきます」

 その後をなのはが力のない声を発しながら続く。

 ――気が重い。

 ただでさえ旅行の予定が遅れ、そしてはやてが襲撃されたことによって帰るのがさらに一日延びてしまった。
 事情は説明され、納得もしてくれたらしいが、危険な目にあったと知られたのは心苦しいものを感じる。

「なのは……大丈夫?」

「うん……大丈夫だよ」

 心配するフェイトの言葉になのはは答える。
 両親とは一応電話で話をしている。
 はやてを守るために戦うことの承諾は取っている。
 問題があるとすれば――

「アリサちゃんになんて説明しよう」

「それは……どうしようかね?」

 フェイトも同じように思案する。
 はやてが狙われていると知って、彼女が黙っているとはなのはには到底思えない。
 かといって話さなければ後が怖いし、旅行が遅れた言い訳もできない。
 はやての外出は流石に止められた。
 それにアリサとすずかをハラオウン家に呼ぶのも関係者の存在を知らせないために止められた。
 そのため、なのはとフェイトが事情の説明のために外に出ることになり、アリシアもそれについてくることになった。
 脳天気に駆け回るアリシアに微笑ましさを感じるが、同時にため息が漏れる。

「アリサちゃんのことだから無茶なことは言わないと思うけど……」

「何もできないもどかしさで不機嫌になるよね」

 それをなだめるのに苦労しそうだと、思わずぼやく。
 アリサにすずか、それに家族。
 彼女たちに心配をかけてしまうことが何よりも気が重かった。

「早く解決できたらいいんだけど」

 アンジェと対峙してなのははヴィータ達と同じものを感じていた。
 はやてを助けるために蒐集を行ったヴォルケンリッターと同じような意志を持った目。
 彼女たちが何を抱えて、何故はやてを狙う、いや力を求めるのかは分からない。
 それを確かめるためにももう一度戦わないといけない。
 話を聞くためにも戦って勝たないといけない。

「次は負けない」

 相手の能力がどんなものか理解した。
 それに強化装備もある。
 条件は同じとは言えないが、戦う力はある。

「あれ……」

 なのはが意気込んでいると、不意にフェイトが立ち止まった。

「どうしたの?」

「今……かすかに魔力を感じた気が……」

「わたしは何も感じなかったけど……」

「二人ともおそいよー!」

 見ればだいぶ離れた所でアリシアが頬を膨らませて声を上げていた。

「ほら……呼んでるよ」

「うん……」

 促されてフェイトは歩き出すが、数歩でその歩みは止まる。

「ごめん、なのは。アリシアと一緒に先に行ってて」

「え……?」

 聞き返す前にフェイトは駆け出していた。

「フェイト?」

「すぐ追いつくから」

 アリシアに負けず劣らずの珍しい大きな声でフェイトはそういうと曲がり角を曲がって姿が見えなくなる。

「もうフェイトったら……」

 アリシアがなのはの元に駆け寄り、その手を取る。

「にゃ? アリシアちゃん?」

「ほら、追いかけよ」

「あ……うん」

 アリシアに手を引かれる形でフェイトの後を追う。

「……フェイトちゃん……早い……」

 なのはたちが曲がり角に着いた時にはもうその先にはフェイトの姿はなかった。

「だいじょーぶ、ちゃんとデバイスがトレースしてるから」

 言いながらアリシアはなのはの手を引く。

「あ……アリシアちゃん、こんなところで空間モニター出しちゃだめだよ」

「えっと……フェイトはこっち……」

 なのはの言葉を聞かず、アリシアはどんどん進んでいく。

「…………あ、止まった」

 その呟きになのはは安堵する。
 情けないが、アリシアの速度に合わせるのがつらかったのだ。
 最後の角を曲がるとフェイトはそこに立ち尽くしていた。
 周りを見ても特に何もない。

「フェイトちゃん?」

「え……あ、なのはそれにアリシアも」

 驚いた様子で振り返るフェイト。

「もうフェイト、一人で勝手に動くと迷子になっちゃうんだよ」

「ご、ごめんアリシア」

「うん、よろしい」

 お姉さんぶってアリシアはフェイトを叱っているが、先程一人で道も分からないのに先に走って行ったではないかとなのはは呆れる。

「それでフェイトちゃん……感じた魔力は?」

「あれは……気のせいだったみたい」

「そうなの?」

「うん……ごめんね。早くアリサの家に行こう。
 待たせるとなんだか怒られそう」

「あ……そうだね」

 時間を確認、少し急がないと約束の時間に間に合わないかもしれない。
 そんな焦りを抱き、なのはは見逃していた。
 フェイトが青い宝石を隠すようにポケットに入れる瞬間を。






あとがき

 13話終了しました。今回はやや短い話になりました。
 この作品はなのはたちに劇的な成長をさせるつもりがないので、オプションパーツなどで強化するつもりです。
 次回は戦闘になりますので、期間が長くなるかもしれません。
 とりあえず早く書けるように次回もがんばります。






[17103] 第十四話 強敵
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:12626166
Date: 2010/10/22 00:21


 はやてに聞かされた話はあまりに突拍子もないもので信じ難いものだった。
 元はミッドチルダ出身、そして十二年前の闇の書事件の被害者。
 停止した時間の流れから解放された数少ない生存者。
 はやての両親を殺したのがかつての主だと言われ、思わず否定の言葉を叫びそうになった。
 だが、はやては自分が言葉を発するよりも早く言った。

「わたしは許すよ」

「正直、おとーさんとおかーさんを殺されたって言われても実感できないんよ」

「それに今のわたしの家族はみんなや。
 どうしてもわたしに償うゆーならずっと一緒にいてくれるだけでいい」

 涙の気配も見せなかったのは彼女が言うとおり実感ができないからだろう。
 それでも憤りを感じずにはいられない。
 主の命令に諾々と従っていた昔の自分たちがこれほど憎いと思ったのは初めてだった。
 気丈に振舞うはやての姿を正視できなかった。

「あまり張り詰めると身体によくないわよシグナム」

「シャマルか……」

 場所は屋上。かたわらにおいてある時計が二時を指している。
 蒐集以来、こんな時間まで起きていることは久しぶりだと感慨にふけりながら、シャマルが差し出したマグカップを受け取る。

「主は……?」

「みんなと一緒によく眠っているわ」

「そうか」

 会話はそこで止まる。
 夜の警戒は大人組みが引き受けて、ヴィータを含む年少組は今夢の中だろう。
 その傍らにはザフィーラもいるし、襲撃があっても彼女たちが起きるには十分な時間を稼げるだろう。

「…………シグナムは……はやてちゃんの話、どう思った?」

 はやての話、それはつまりアサヒというはやての義理の姉の話。

「私たちには否定する根拠も証拠もないということを理解した」

 アサヒははやてとの関係を証明する証拠をいくつも示したが、自分たちにはそれを否定するものは何一つなかった。
 あやふやなこれまでの蒐集の記憶。
 本当の名前さえも忘れていた自分たちに何かを言い返すことなどできるはずもない。

「それに私も覚えていることが一つあるが……」

 それは前回の蒐集で最後に戦った騎士のことだ。
 名前も知らない灰色の髪の少年。
 才能はあった。経験もなかなかだった。
 殺伐とした蒐集活動の中で唯一充実した戦いだった。
 結果は当然自分が勝ち、リンカーコアを抜き取った。
 もう二度と会うことはないと思っていた少年に、シグナムは先程映像の中で再会を果たした。
 あの時と変わらない姿のソラと呼ばれる少年。
 戦い方こそ違うが本人としか思えなかった。
 しかも、魔力を失い条件付きとはいえフェイトに勝ったと聞いて思わず昂揚したが、彼の存在が意味することに冷水を頭からかぶせられた気がした。
 十二年前と変わらないソラの姿。
 それは時間干渉系の魔法の影響としか思えない。

「その記憶も主の話を肯定するものにしかならない」

「そう……」

 相槌を打つシャマルの声に力はない。
 やはり、あの話が堪えているのだろう。

「シャンとしろ。今は主を守ることだけを考えろ」

 はやては許すと言った。
 それで割り切れるわけではないが今は彼女を守ることに集中しなくてはいけない。
 雑念は敗北を呼ぶ。

「分かっているわ……ただ私たちは恵まれていたんだ、って思って」

「そう……だな」

 全てを無条件に許し、優しく受け入れてくれた母の様な存在のはやてを主に持てたことはこの上のない幸運なのだろ。

「はやてちゃんだけに限ったことじゃないわ」

「何……?」

「リンディ艦長やクロノ君、レティ提督。
 みんな、私たちに思うところがあるはずなのに何も言わないで、罪を償う場を与えてくれた」

 シャマルの言葉を聞いてシグナムは思う。
 確かに自分たちの周りの人たちは良い人たちばかりだ。
 管理局に所属することになり、社会の成り立ちを知って自分たちがいかに浅慮な考えで行動していたかを痛感した。
 闇の書の暴走がなく蒐集を終わらすことができたと仮定しても、自首したところで平穏など得られることはなかっただろう。
 はやてを含め、一生牢獄か、少ないくても全員がバラバラになって管理局に従事させられていただろう。
 今の状況だって本来ならありえなかったかもしれない。
 全員が一緒にいられるのはシャマルが挙げた三人のおかげと言っても過言ではない。
 そして、高町とフェイトの存在も本来なら滅びにしか向かわない自分たちを止めてくれた。

「確かに……恵まれているな」

 誰かが欠けていたらこの平穏もなかっただろう。
 恵まれ過ぎてそれが当たり前だと思っていたのかもしれない。
 誰も自分たちがしてきたことを責めなかった。
 許し、罪を償う方法を示してくれた。

「だからこそ、軽く見てしまっていたのかもしれないな」

 管理局の仕事に従事していれば許されると無意識に思っていた。
 だから、被害者遺族に会いに行こうとも探すこともせずに言われるまま仕事に没頭した。
 はやての両親を殺した真偽はともかくアサヒにソラという自分たちを恨んでいる者がいることを彼女たちが現れてようやく実感できた。
 歴代の心のない主の意にそぐわない命令にただ従ってきた。
 それをはやてたちはその主のせいだと言うが、シグナムはそうは思えなかった。

「いずれ……答えを出さなければいけないな」

 どのように罪を償っていくのか。
 改めてそれを考えなくてはいけないと思い知らされた。
 決意を新たにしていると、そこに思いがけない声がかけられた。

「ねえ……まだ気付かないの?」

 声にシグナムとシャマルは弾かれた様に振り返り、構えを取るがその声の主の姿を見て固まった。
 幼い声に相応の幼い容姿。
 とは言ってもはやてたちと同じくらいの年格好。

 ――いつからそこにいた?

 フェンスの上に腰かけ、クスクスとこちらの反応を楽しむように笑い見下ろす女の子。
 夜のこんな時間、こんな場所に現れたということは敵で間違いないはずなのに、その接近にまったく気が付かなかった。
 それほどまでに思考に没頭していたのか、それとも目の前の少女の実力か。
 どちらなのか判断はつかないが異様な気配をまとう少女に自然と警戒心が強まる。

「初めまして、夜天の騎士さん」

 上品に頭を下げるその姿は人形を思わせる。
 見た目は幼いがはやてたちと同じ天才の類と考えれば油断はできない。

「貴様は……敵か?」

 それに加え、相対しているのにリンカーコアの大きさが見えない。
 少女がまとっているのはバリアジャケット。
 超能力者ではないなら、それが分かるはずなのに魔力の大きさがまったく感じられない。

「ううん……貴女たちは敵じゃないよ」

 無邪気に少女は首を振った。
 虚をつかれた言葉にいぶかしむ。

「だって……貴女たちじゃセラの敵になれないでしょ?」

 眼中にないという言葉にシグナムは斬りかかった。
 目の前の少女は敵で間違いない。ならば、どんな姿をしていても斬るのに躊躇いはない。
 だが……

「くっ……」

 思わず、剣を振り上げたまま足を止めた。

「どうしたの……来ないの?」

 剣を抜き、斬りかかる。
 その動作によって近付いて初めて気が付いた。
 あと一歩踏み込めばそれは彼女の攻撃の間合いに入ることを意味する。
 頭の中に警鐘が鳴り響く。
 幾多の戦場を超えてきた経験が告げている。
 目の前の少女に勝てないと。

「……シャマル……主を連れて今すぐ逃げろ」

「シグナム? 何を言ってるの?」

 信じられないと言った言葉が返ってくる。
 自分でもらしくないことを口にしている自覚はあった。
 ベルカの騎士が一対一、それもまだ剣を交えてもいないのに逃亡を考えた。
 それはあってはならないことだし、これまで一度もそんな無様をさらしたことはなかった。
 だが、そんな誇りに拘っていられる相手ではない。
 初めて相対する格上の存在。

「クスクス……そっちのお姉さんはちゃんと力が計れるみたいね」

 返事をする余裕はない。
 少女の一挙一動を見逃すまいと集中する。

「それじゃあ、ちゃんと名乗りましょうか」

 スカートの裾を摘み、優雅に少女は一礼する。

「南天の魔導書の王――セラ」

「…………っ」

 ここに来て少女、セラから放たれた魔力に息を飲んだ。
 気を抜けばそれだけで動けなくなってしまいそうな威圧感。
 はやてと同じ王で、それ以上の魔力だがそこに含まれている敵意や殺意が目に見えない重圧になってのしかかる。
 悪意や敵意には慣れているシグナムでも気を引き締めなければ飲まれてしまいそうになる。

 ――これほどの威圧をこの歳で……

 まるで歴戦の戦士を目の前にしているように身体が粟立つ。

「お前は…………何だ?」

 この小さな身体に似合わない圧倒的な威圧感。

 ――どんな人生を送ればこんな人間になるんだ?

 まるで理解できない化け物を前にしたような気分だった。

「ちゃんと名乗ったでしょ? 南天の魔導書の主だって」

「…………そうか」

 セラの返答にシグナムは深く息を吐く。
 欲しかった答えではないが、元々返ってくると思っていなかった。

「悪いが……殺す気でいかせてもらう」

 先程の弱気を押し込めて、魔法の非殺傷設定を解除する。

 ――この少女をはやて、それにテスタロッサや高町に会わせるわけにはいかない。

 悪意の塊の様な少女。
 主を始めとした彼女たちは優しすぎる。
 彼女たちには敵を殺すことはできない。むしろ、理解と和解を考える。
 だが、シグナムは知るべきではないと考え、慣れ合える相手ではないと判断する。
 絶対にかなわない存在を相手にすること。
 決して、理解のできない分かり合えない存在。
 そんなものは彼女たちに近付けさせるべきではない。

 ――例え、刺し違えることに……いや、刺し違えてでも殺す。

「ちょっとシグナム!?」

 戸惑うシャマルの声は無視する。

「へー……セラを殺すって身の程が分かってないみたいね」

 シグナムの殺気を叩きつけられてもセラはニコニコと笑っている。
 戦うとは思えない態度に憤りを感じるが、好都合だと同時に思う。
 セラはこちらを格下と侮っている。
 なら、付け入る隙はいくらでもある。

「ふっ……」

 セラのプレシャーに負けないように気合いを込め、息を短く吹いて止め、飛翔する。
 放たれた矢の様に速く、真っ直ぐ突っ込む。

「紫電一閃っ!!」

 炎をまとった剣を真っ直ぐ振り下ろす。
 近付いて斬る。
 それがシグナムにとっての戦い方。
 刃が届けば斬れないものはない。
 そう……届けば……

 ガキンッ!

 甲高い鋼と鋼を打ち合わせた音が鳴り響く。
 打ち合わせたのは柄を中心に両側に刃を持つ双刃剣。
 フェンスに腰かけたまま、素早くセットアップして、無造作に振られた剣にシグナムの剣は安々と受け止められた。

「くっ……」

 力任せに押し込んでもビクともしない。
 それはあり得ない光景だった。
 ヴィータほどの一撃の攻撃力があるわけではないが、余裕の素振りも崩せないことはシグナムのプライドに障った。

「おおおっ!」

 一合、二合。
 残るカートリッジを斬撃に乗せて続けざまに斬りつける。
 だが、それも同じように片手で操る双刃剣に受け止められる。

「……もう終わりかしら?」

 変わらない口調にシグナムは思わず後ずさる。
 装填していたカートリッジを全て使っても立たせることもできない。
 魔導師ランクの絶対的な差を感じずにはいられない。

「夜天の騎士は表の世界じゃ強いって有名だったけど、この程度だったんだ」

「なんだと……」

 侮辱されたことに萎えかけた気概に力が戻る。
 だが、セラの言葉に反論できなかった。

「まったく……この程度の技術なんて本当に必要なのかしら?」

 理解できないと頬を膨らませる姿は子供のそれなのに微笑ましさを感じられない。

 ――どうする……どうすればいい?

 彼女に通じそうな攻撃はファルケンしかないが当てられるとは思えない。
 ヴィータを始めとしてテスタロッサたちが来れば戦術の幅も広がる、勝機も見えてくる。
 だが、彼女たちとセラを対峙させないと考えを撤回することになる。
 もっとも、シグナムが対処の手段を考えている時間的余裕はなかった。

「うらあああああっ!」

 背後からのラケーテンハンマーによる強襲。

「らうんどしーるど」

 セラは振り返りもせずに背後に濃い赤の、血色の魔法陣を展開する。
 さらにそこに上からフェイトが鎌を手に急降下してくる。
 セラは無造作に射撃スフィアを放つ。
 ヴィータの攻撃は難なく防がれ、迎撃に対してフェイトは無理な回避運動を取って離れていく。
 そこに桜色の砲撃が撃ち込まれた。

「なっ!?」

 驚きの声はヴィータのもの。
 すぐさま彼女はその場を離脱する。
 ヴィータの攻撃を防いでいた盾に砲撃は直撃、その爆発の余波にヴィータは吹き飛ばされる。

「なのは、てめえもっと考えて撃て!」

 体勢を立て直しながらヴィータが叫ぶ。
 遠くの方で高町がしきりに頭を下げているが、それを気にしている余裕はなかった。

「ヴィータ……」

 呼んで注意を促す。

「なんだよ? いくらなんでもあの砲撃の直撃を受けて……」

 煙が晴れて無傷なセラの姿にヴィータは絶句した。
 ラケーテンハンマーとディバインバスターの波状攻撃にも関わらず盾を突破できなかった。
 信じられないのはシグナムも同じだった。

「ヴィータ……オーバーSランクと戦った経験はあるか?」

「んなもんリインフォースくらいしかねえよ」

「私もだ……」

 思えば自分たちよりも格上の相手と戦った記憶がない。
 蒐集の戦いで覚えているのはどれも格下ばかり。
 テスタロッサや高町にしても連日による蒐集の疲れや命を奪わない手加減がなければデバイスを強化していても負けない自信がある。
 現にあれからのテスタロッサとの模擬戦はそのほとんどがシグナムが勝っている。
 だが、セラは明らかに自分たちよりも格上の相手。
 長い蒐集による戦闘経験がまったく意味をなさないことに、自分たちの経験がどれだけ脆弱なものだったか突き付けられる。
 ヴォルケンリッターの将として、この場にいる年長者として指示を出さなければいけないのに具体的な指示が浮かばない。

 ――どう戦えばいい? どの攻撃なら通じる?

 シグナムが迷っている間に、高町がセラに話しかけた。

「あなたもはやてちゃんを狙ってるの?」

「はやてちゃん? 確か夜天の王様の名前だったわね。
 ええ……そうよ。レイとアンジェから聞いてないの?」

「……何でそんなことするのはやてちゃんが何をしたっていうの?」

「それは王様になった因果じゃないのかしら?」

「それは……どういう意味?」

「天空の魔導書に関わった人間に平穏なんてあるわけないじゃない。
 あれは関わった人を不幸にするだけの呪いの魔導書なんだから」

「なっ……リインフォースさんはそんな人じゃないっ!」

 呪いの魔導書は闇の書であって夜天の魔導書ではない。
 そう言ってくれる高町に頭を下げたくなるが、セラの言葉を否定できないのも事実だった。
 はやての身体を蝕んだ事実。
 はやての家族にまつわる真実。
 そして、元の名を取り戻したというのに自分たちが原因ではやてが狙われている。
 もし自分たちがいなかったら、はやては家族を失うこともなく、不自由な身体になることもなく、今狙われることもなかった。
 セラの言うとおり自分たちが不幸を呼んでいるようにしか思えない。

「リインフォース……夜天の管制人格の名前かしら……
 もっと分かりやすく話してくれないかしら……」

「それは……」

 非難するセラに高町は言葉に詰まる。

「それよりあなたはなんなのかしら?
 見たところ夜天とはなんの関わりもないようだけど?」

「わたしは友達だよ」

「友達……なら部外者だね。
 邪魔だからどっかに行って」

 笑顔のまま突き放すセラに高町の表情が引きつる。

「部外者って……わたしははやてちゃんの友達だから関係あるよ」

「ふーん……なら死んでもいいんだね?」

「…………え?」

「あなたには手加減する必要はないから……うん、それにわたし、あなたのことが嫌いだな」

 いきなりの嫌い発言に高町は目を白黒させて混乱する。
 その反応を気にせずにセラは言葉を続ける。

「だから…………」

 ゾクッ、不意にシグナムは背筋に悪寒を感じた。

「高町逃げ――」

「死んじゃえ」

 シグナムが高町とセラの間に飛び込むが、それよりも速くセラは動き、高町の目の前に……

『プロテクション・エクステンド』

 高町はその踏み込みに反応できていない。
 代わりにレイジングハートが五発のカートリッジを使って強固なバリアを瞬時に組み上げる。
 桜色のバリアはセラの双刃を受け止める。
 しかし、セラの斬撃は止まらない。
 刃を戻す動作で逆の刃を叩き込み、さらに戻した体勢から一層の力がこもった斬撃が放たれた。
 一瞬の間に三つの斬撃を受けてバリアは無残に砕ける。

「……ひっ」

 セラの殺気に満ちた目をまじかで見た高町が短い悲鳴を上げる。

「くっ……」

 大きく離されたシグナムはセラを追うが、バリアを砕きそのまま流れるように次の斬撃の放たれる。
 シグナムの位置では間に合わない。

「なのはっ!」

 頭上から猛スピードで突っ込んできたフェイトがその斬撃を受け止め、さらにその勢いのままセラを突き放す。

「大丈夫か高町?」

「あ…………はい」

 返す言葉に力はない。
 それは当然かもしれない。膨大な魔力の重圧と深淵の闇を持った目はシグナムでも気が折れそうになる。
 今、空中戦をしているフェイトはいつもの調子に戻っている。
 いや、カートリッジを盛大に使いまくって、いつも以上のスピードでヒットアンドウェイを繰り返している。

「テスタロッサ……強くなっている?」

 あのアリシアの模擬戦はどこか集中力にかけていたが、今はそんなことはない。
 むしろ動きに無駄が少なくなっている。前の模擬戦との間に何かがあったのだろうか?
 だが、それでもセラの方が上手だった。
 スピードを生かして全方位から攻撃をしかけるがセラはそれを的確に双刃で受け止める。
 そして受け止めた同時に繰り出される斬撃をフェイトはなんとか身のこなしだけで避けて離脱する。
 その繰り返し、一見テスタロッサが押しているように見えるが優勢に戦っているのはセラの方だった。

「高町…………プランCはいけるか?」

 まだ戦えるかと尋ねる。
 正直、まだ戦わせるべきではないと思っているが優先するべきことははやての安全だとシグナムは自分に言い聞かせる。
 今フェイトが拮抗しているのは彼女が合わせているだけ、いつ攻勢に出るか分からない。
 襲撃があった場合、前線で戦うのはシグナムとヴィータ、それに高町とテスタロッサと予め決めておいた。
 そしてセラは四人がかりで戦わなければいけない相手だと判断した。
 誇りや気使いなどしていて勝てるような生易しい相手ではない。
 それが分かっているのか、高町も震えそうになる身体を押えて頷いた。

「なら任せた」

 一方的に言ってシグナムは飛ぶ。
 全速で飛んで二人の戦いに割って入る。
 今まさにフェイトに対して振られた刃に攻撃する勢いでレヴァンティンを叩き込む。

「あら?」

「シグナム!?」

 二人の驚きの声。
 それに――――――

「くらえっ!!」

 ヴィータの気合いの入った声が重なる。
 グラーフアイゼンの一撃を血色の盾で防ぎ、セラはその場から離脱する。

「畳みかけるぞっ!」

 いくら彼女が膨大な魔力を持っていて、相応の技量が合っても彼女は一人。
 三人による接近戦の波状攻撃なら彼女の防御をかいくぐって一撃をいれるのは不可能じゃない。
 距離を取ったセラにテスタロッサが追いすがり、刃を交わらせる。
 反撃をシグナムが潰し、ヴィータが追撃する。

「くっ……」

 初めてセラの顔が歪む。

「しつこいっ!」

 セラを中心に放たれた衝撃波をこらえられずに吹き飛ばされる。
 だが、十分だった。
 彼女の身体が紅と金の輪が幾重にも重なって拘束する。

「こんなバインド……」

 リアルタイムで構築強化しているバインドにも関わらずセラは力任せに拘束の輪を砕く。
 その隙を逃さずにシグナムは斬りかかっていた。
 しかし……

「遅いよ」

 掲げられた剣が振り下ろされるより速くセラの双刃がシグナムの胸を貫いた。

「がはっ……」

 血を吐き、衝撃にレヴァンティンが手からこぼれる。

「何人集まってもセラに勝てるわけないじゃない」

「それは……どうかな……」

 口元を吊りあげて笑い、シグナムは未だに自分の身体を貫いている刃、それを握るセラの腕を押えこみ、もう一方の手をセラの首に回し、締め上げる。

「っ……なんのつもり? こんなことしたって――」

「なに……すぐに分かる」

『撃て……高町』

『シグナムさん……でも……』

『非殺傷設定なら問題ない。いいからはや――ぐふっ』

 腕の中で暴れるセラの攻撃に息が詰まるが、シグナムは決して腕の力を緩めなかった。

『はやく……しろ……』

 体格差で押えこめても、魔力差でいつまでも押えこめない。

『…………分かりました。少し痛いかもしれないですけど我慢してください』

 次の瞬間、桜色の光が背後から迫るのを感じた。

「らうんどしーるど」

 腕の中からセラが呟き、シグナムの背後に盾が形成される。
 盾越しの衝撃にシグナムは身体に響く痛みに歯を食いしばって耐える。

「こんな砲撃じゃセラの盾は貫けないって分からないのかしら?」

「そうだな……一発では無理だろう」

「え……これは……」

 セラの笑みが消え、背中にかかる高町の砲撃の圧力が増した。

「カートリッジ数百発による連装砲撃だ。
 いくら貴様が強くても……耐えられるはずがない」

 カートリッジの魔力に頼った無茶な魔法。
 それもベルト給弾式の機構だからこそできる無茶。
 高町が持つカートリッジの数を合算すれば、それこそSSSランクに届くはず。

「そうね……流石にこの砲撃を二十発くらい立て続けにくらったら耐えられないわね」

 冷静にセラは分析する。

「でもいいの? あなたも無事で済まないわよ?」

「かまわん……死にはしないからな」

「ふーん…………でも…………まあいいや」

 言葉を交わしている間にも砲撃の圧力は絶えず押しかかり、血色の盾を軋ませる。

「あと…………五発くらいかしら」

「観念したか?」

「それはどうかしら?」

 腕の中で笑う気配。

 ――なんだこいつの余裕は?

 盾には亀裂が入り、今にも崩壊しようとしているのにセラは微塵も焦っていない。

「あと四発……」

「何を……する気だ?」

 いぶかしむシグナムの問いに答えず、セラは数を読み上げる。

「さん……」

 暴れなくなっても、砲撃の衝撃に身体の力が抜けそうになる。

「にい……」

 傷に響く衝撃にただひたすら耐える。
 セラが何をたくらんでいてもこの砲撃の直撃を何発も食らえば無事ではすまない。

 ――そのためにもここで拘束の手を緩めるわけにはいかない。

「いち……」

 一緒に巻き込まれることに備えてシグナムは身を一層固くする。

「ゼロ……」
 
 不意に砲撃が止まった。
 そして、わずかに遅れて盾が砕ける音がシグナムの耳に鳴り響いた。

「…………なんだと?」

 耳をつんざいていた砲撃の轟音が唐突に消え、不気味な静寂が訪れる。

「ふっ……」

 セラは剣を捻じり、押し込む。

「ぐっ……」

 そして引き抜いた。
 盛大に血が噴き出すが、セラはそれを浴びるのを嫌ってバリアを張りながら距離を取る。

「いったい…………何が?」

 何故、高町の砲撃が止まったのか。
 胸の傷を押えながらシグナムはそれを見下ろした。
 ビルの屋上。
 周囲に空の薬莢をまき散らし、膝をついた高町は呆然と両手に握った残骸を見ていた。
 その手のレイジングハートはひびだらけで、半ばから折れていた。

「貴様……何をした?」

 あの状況で高町に攻撃をしていたとなると何処まで化け物なのだろうか。
 しかし、シグナムの予想に反した答えが返ってきた。

「セラは何もしてないわ」

「うそを……ゴフゴフッ」

 つくな、と最後まで言えなかった。

「はあ…………カートリッジの使い過ぎの自爆よ」

 呆れを混じらせたセラの言葉。
 言われてようやくその可能性に気が付いた。
 大量のカートリッジの連続使用。その負担は当然デバイスを傷付ける。
 休みなく百におよぶカートリッジを使えば、オーバーヒートして最悪自壊するのは当たり前だ。

「そんなことも予想できないなんて……ほんとーにお馬鹿さんね」

 ぐうの音も出なかった。
 強大な敵と戦うことに意識を集中し、新しい武装をテストなしに使用した結果だった。
 シグナムが身を呈して作ったチャンスも報われなかった。

 ――将、失格だなこれは。

 思わず自嘲してしまう。

「――集まれ……」

 轟。
 周囲に満ちていた魔力の流れが変わった。

「天に流れる力よ・・・…我が手に……」

 流れの先はセラの左手。
 掲げられた手の上で紅い魔力が大きくなっていく。

 ――これはまさか……集束砲!?

 血色を始め、桜色に金、赤に紫。
 自分たちの魔力の光もそれに吸収され、さらに大きく膨れ上がる。

「その輝きを持って……全てを焼き尽くす光となれ……」

「全員、退避っ!!」

 声と念話で叫ぶ。

「クリムゾン・レイッ!」

 セラが腕を振り下ろす。
 それに伴って巨大なスフィアは一条の破壊の光となって降り注ぐ。
 深紅の砲撃はビル一つを飲み込み、大地を穿つ。
 その鳴動は空中にいるシグナムも震わせる。

「高町っ!」

 光に飲み込まれたビルの屋上には高町がいた。
 デバイスを失った彼女にそれを防ぐ術はない。
 しかも……

「………………高町……」

 大地に空いた大穴にシグナムは身震いした。
 物質を破壊した殺傷設定の魔法。
 周りの建物はその衝撃に薙ぎ倒されている。
 壮絶な威力。
 そこにあったものを塵も残さずに消滅させた。

「うふふ……まずは一人……」

 セラの笑い声にその事実を実感する。

「さあ、次は誰にしようかしら」

 気軽に次の獲物を選ぶセラ。

「あああああああああああああああっ!」

 悲鳴の様な雄叫びを上げ、そのセラにテスタロッサが特攻する。

「よせっ……テスタロッサ!!」

 シグナムの制止も空しく、テスタロッサはセラに肉薄し、鎌を薙ぐ。。
 怒りに満ちた攻撃はまっすぐで、セラが半身になって動くことで空を切った。
 そのまま双刃が振られる。
 だが、それが届くよりも速くテスタロッサの拳がセラの頬に突き刺さった。
 バルディッシュを薙いだ勢いそのままに投げ捨て、無手になってセラを攻める。

「ああああああああああああああ」

 そこに普段のテスタロッサの姿はなかった。
 技も駆け引きもない、怒りにまかせたラッシュ。
 右、左、右、左。
 元々、防御力の低いテスタロッサのバリアジャケットはセラのそれとぶつかり壊れていく。
 しかし、テスタロッサは止めない。
 拳が裂け、紅く染まっても痛みを感じないのかひたすら殴り続け……その拳を掴まれた。

「……おかえし」

 不機嫌な声でそれだけ言って、セラは双刃を手放し、テスタロッサの頬に右ストレートを叩き込んだ。
 防御する間もなく、テスタロッサはそれを無防備に受けて吹き飛ばされた。
 撃ち出された様に吹き飛ばされる。
 セラは浮いた双刃を取り直し、切っ先を離れていくテスタロッサに向ける。

「くっ……」

 先端に灯る紅い光にシグナムは動こうとするが、力が入らずに飛ぶどころか浮遊魔法も突然切れる。

 ――なにが……

 思っている間に視界がぶれ、暗くなっていく。

『シグナム! ……シグナム! ……返事をして!』

 頭の中に響くシャマルの声に自分が重傷を負っていたことを思い出す。
 そして、抵抗できないままにシグナムの意識はそこで途切れた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 殴り返された、それを認識した時には自分の意志とは関係なく空を飛んでいた。
 だが、フェイトの思考はそのことをすぐに忘れ、怒りに支配される。

「許さない……」

 脳裏に浮かぶのは紅い光の中に消えたなのはの姿。

「絶対に許さない……」

 ギラギラと殺気に満ちた目のを少女に向ける。
 しかし、少女の姿は紅い背中に隠された。
 パリンッ……ガラスの砕ける音が耳に響く。
 そして、仰け反って落ちていく紅い少女。
 それが誰で、何をしていたのかフェイトには考える余裕がなかった。
 フェイトの思考を占めるのは怒りと殺意だけ。

「絶対に……殺してやる」

 ――殺す。

 そのためならなんでもする。
 自分がどうなってもかまわない。
 なのはを殺したあの女を殺せるなら命だって惜しくない。

「バルディッシュッ!!」

 バックパックから限界まで伸びた弾帯を引き、バルディッシュを掴む。

『ザンバーフォーム』

 大剣となったバルディッシュを二度、三度振る。
 二百数十発の弾帯が鬱陶しくなびく。
 それにしばし目を向け、おもむろにフェイトはバルディッシュを上段に構え――

「カートリッジ・フルロード」

 弾帯にいくつもの環状魔法陣が巻き端から弾けていく。
 システムを通さずに魔法を使っての直接解放。
 エネルギー損失、身体にかかる負担、危険性。
 様々な要因を全て無視し、フェイトはそれを実行した。
 解放した魔力は全てザンバーの刃に回す。
 とてつもない力の反動にバルディッシュは暴れ、その身を砕いていく。
 だが、彼は文句の一つもなく主の命令を全うする。
 気を抜けばすぐにもぎ取られそうな柄を全力で握り、歯を食いしばる。
 身体が内側から破裂しそうな圧力。
 現に身体のあっちこっちから血が噴き出す。

『ガッ…………ザッザー…………プラズマザンバー』

 金の線が空に伸びる。
 すると、それを中心に雲が逃げ、戦場に漂う砂塵や煙が吹き飛ばされる。
 その向こうで少女が引きつった顔でこちらを見ていた。
 しかし、それさえもフェイトは不快に感じた。
 少女が今感じているのは恐怖だろうか?

 ――そんなもの、なのはは感じる間もなく殺されたのに……

 ギリッ……バルディッシュの柄を握る手にさらに力がこもる。
 慌てた様子で少女は双刃を掲げる。

 ――なのはは抵抗もできなかったのに……

 四つの円を頂点にした見たこともない魔法陣が展開される。
 それが何であっても叩き斬る、いやこの魔法なら叩き潰すと言った方が正しい。
 圧倒的な魔力による超重圧攻撃。
 原型の魔法とはかけ離れ、もはや暴発寸前の大剣、柱をフェイトは振り下ろした。

「ブライカーッ!!!」

 大気を切り裂き、金の光は逃がす隙間を与えず少女を飲み込む、大地を割る。
 結界が未だに維持されているのは奇跡だった。

「ふー…………ふー……………ふー」

 呼吸がまともにできない。
 金の刃はすでになく、柄だけのザンバーになり下がっている。
 全身に力が入らないのに、バルディッシュを握る手は強張ったまま剥がれない。
 そのおかげで落とさずにすんではいるが限界だった。

『………………システムダウン』

 同時にフェイトがまとっていたバリアジャケットが弾けた。
 元の普段着の姿に戻り、そして重力に引かれて落ちた。

「…………あ…………」

 落ちている自覚はない。
 そもそも身体の感覚さえもなかった。
 高高度からの転落。オートリカバリーさえも働かない状況。

 ――それでもいいや。

 なのはを守れなかった自分の結末には丁度いい。
 訪れる死を受け入れるが、紫電の光がそれを許さなかった。

「フェイトッ!」

 落下するフェイトを攫うようにアリシアが捕まえ、そのまま減速できずに地面に突っ込む。

「わわ……」

 慌てるもスピードは緩まない。
 そんなアリシアに対して彼女のデバイスは冷静にフェイトを覆うバリアを作る。
 それと地面に激突する瞬間に幾重にも重なったオレンジの魔法陣が二人を受け止めた。

「フェイト大丈夫!? ひやっ……血がこんなに……えっと……えっと……」

 不時着して早々にアリシアは混乱する。
 そこにアルフが降りてきた。

「どきなアリシア……フェイトすぐに治療するから」

 そんなアリシアを押しのけて、アルフは魔法陣を展開する。
 ユーノに教わったらしい治療系の結界。
 鉛のように重くなった身体がほんの少しだけ軽くなった気がした。
 もっとも、そんなこと今のフェイトにはどうでもいいことだった。

 ――どうして……生きてるんだろ……

 あのまま死んでいた方がよかったのに。
 縋りつく二人に煩わしささえ感じた。
 しかし、それを口に出す気力はなかった。
 その声を聞くまでは……

「あーあ、髪がぐしゃぐしゃ」

 目を見開き、どこにそんな力が残っていたのか、フェイトは上半身を起こして声の先を見る。
 そこには髪をいじりながら降りてくる少女の姿があった。
 言葉通り、少女の髪はぐしゃぐしゃに絡まっている。
 バリアジャケットはだいぶ損傷しているが、彼女の動きには怪我を負った不自然さはない。

「……そんな……どうして……」

 フェイトの代わりにアリシアがそれを口にする。
 アルフも同じことを思っていたのだろう。少女の姿を見て言葉を失っていた。

「ありがとう……エレイン助かったわ」

 少女は背後に突き従う女性にそう言葉をかけた。
 金色の長い髪。線の細い身体をしているがその身にまとう漆黒の鎧は不釣り合いに重厚だった。

「礼にはおよびません。命令を遂行しただけです」

 その口から発せられた機械的な応対。

「損耗率はどれくらい?」

「全体の機能は34%に低下。兵装レベル3以降の使用不能。通常戦闘は可能です」

「そう……」

 短いやり取りを終えて、少女が向き直る。

「紹介しておくわ。この子が南天の技術の結晶、戦闘魔導人形エレインよ」

 自慢げに紹介するがフェイトの耳にはそんな言葉は入っていなかった。

 ――どうしてまだ生きている?

 その疑問の答えが目の前にあるのにフェイトの思考は答えを出せずに、憎悪が再燃する。
 理屈なんてどうでもいい。
 目の前の少女が存在していることが許せない。
 なら、どんなことをしても絶対に殺す。
 何度でも死ぬまで攻撃する。

「うう……」

 軋む身体を無理やり動かして立とうとする。

「フェイト、ダメだよ」

 それをアルフが肩を掴んで押し止める。

「邪魔を……しないでっ!」

「……っ!」

 アルフの腕を払い、立つ。が、膝に力が入らずに倒れる。
 その光景を少女はクスクスと笑って見下ろす。

「あたしが相手よ」

 少女の前にアリシアが立ちはだかる。
 少女はふーんと首を傾げてから無造作に双刃を振った。

「え……?」

 まったく反応できずにアリシアは両断され――

「そこまでだ」

 三つの銀球を頂点にしたベルカの魔法陣がそれを受け止めた。
 同時に自分たちを中心に配置された銀球が魔法陣を作り、視界が一変した。
 距離にしてわずか数十メートルの短距離転移。
 目の前の少女の姿は少し離れ、彼女と自分の間には新しい人影が佇んでいた。

「やっと出てきてくれた……初めまして東天の王様」

「挨拶なんてどうでもいい。さっさと消えろ」

 ボロボロで誇りまみれのスカートを摘み優雅に頭を下げる少女に対してアサヒはにべもなく告げた。

「あらら……つれないわね」

「そんななりで私と戦って勝てると思ってるのか?
 砲撃馬鹿と砲撃馬鹿の馬鹿にやられて魔力はほとんど残っていないはずだ」

「ええ……そうね」

 少女は肯定し、でもね、と付け加える。

「エレイン」

「了解。ディバイドエナジー」

 人形から少女に魔力が流れる。
 それに伴ってバリアジャケットが修復される。

「うん……だいたい七割くらいかしら」

「それずるい!」

 アリシアが声を上げ、それに対してフェイトの感情が振り切れた。

「お前はっ!」

 叫んで咳き込む。
 なのはが削った魔力を無意味にした。
 やはり、こいつの存在は絶対に許せない。

 ――どんなことをしても絶対に殺してやる。

 ギラギラと殺気の満ちた目を少女に向けても、少女はクスリと一笑してアサヒに視線を移す。

 ――力が欲しい。

「そいつを連れて離れていろ」

「あ……ああ」

 アサヒの言葉にアルフが返事をしてフェイトを抱き上げる。

「放してアルフ! あいつはわたしがっ!」

「落ち着いてフェイト、なのはは――」

「なのははあいつに殺されたんだ!」

 どこにそんな力が残っているのかフェイトはアルフの腕の中で暴れる。
 それを気にせずに相対した少女とアサヒは喧噪を無視して緊張を高める。

「行きなさい、エレイン!」

「了解しました。敵勢力、殲滅します」

 人形の腕が変化する。
 肘から先が環状魔法陣に包まれたかと思うと、漆黒の刃に姿を変える。
 そして倒れるくらいの前傾姿勢を取って、突撃。
 飛ぶ勢いで迫る人形にアサヒは大振りのナイフを抜く。

「錬鉄召喚」

 同時に人形の進路に無数の鉄の鎖が現れる。
 鎖は人形に絡みつき、地面に縫い付ける。
 が、人形が地面を蹴る。
 それだけで鎖が引き千切られた。
 それでも勢いは減じたものの何事もなかったかのように人形は接近、風を唸らせて刃を振る。
 そこにさらに別の鎖が腕を捕る。
 遅延は一瞬。
 その鎖もほとんど抵抗なく引き千切られた。
 しかし、その一瞬でアサヒは身をかがめ、地面を蹴る。
 刃が空気を切り裂き、その余波に煽られてアルフとアリシアがよろめく。
 アサヒは人形を無視し、一直線に少女に突撃する。

「甘いわよ」

 召喚師は術者本人を狙う。
 それはセオリーだが少女はそんな優しい相手ではなかった。
 アサヒの周りのスフィアから撃たれる魔弾を同じ数の魔弾で少女は迎撃。
 足下から伸びる鉄の鎖を双刃を回転させ、斬り払い。
 その勢いのままアサヒに斬りつける。
 しかし――

「――そこまでだ」

 二人の間に一人の男が割り込み、灰色の盾をそれぞれに向けて刃を止めていた。
 すぐさまナイフを引き戻してアサヒは横に跳躍する。

「ヘイセ? どうしてここに?」

「それより先にエレインを止めろ」

 困惑する少女に男は言う。

「……戻りなさいエレイン」

 アサヒを追撃しようとした人形はその一言で少女の元に戻る。

「それでどうして貴方がここにいるのかしら?」

 双刃を引き、改めて少女は男と向き合う。
 灰色の盾を消した男はおもむろにため息をついて――

 ゴチンッ!

 拳骨を少女の頭に落とした。

「なっ……なにするのよ!?」

 頭を押え、涙目になって少女は抗議する。

「それはこちらの台詞だ。
 独断専行で何をやっている!?」

 男のお叱りに少女は年相応に首をすくめる。

「だ……だって、レイもアンジェは不甲斐ないし……
 二人の代わりに夜天とついてで東天も取ってくれば褒めてくれると思ったから……
 それに北天が来ている間は帰れないんだから」

「それが勝手だと言っているんだ」

「ヘイセは帰っていいわよ。
 すぐに終わらせるから」

「気持ちは組んでもいいが、度が過ぎると彼に怒られるぞ」

「…………仕方ないわね」

 構え直した双刃を少女は下ろす。

「そういうことだ……セラが迷惑をかけたな」

「そう思うならはやてを狙うのをやめてくれないか?」

「そうだな……状況次第ではそうしてもいい」

「…………なんだと?」

「え……?」

 予想もしなかった言葉にアサヒと少女が間の抜けた声をもらす。

「それはどういう意味だ?」

「その子を使わなくても闇の書の技術が手に入れられる可能ができた。
 それもより完全な、もしかするとそれ以上の形でな。
 そうすれば不完全な形でしか知識を持っていない八神はやてには価値はないからな」

「……なるほど」

 男の言葉にアサヒは少し考え込んで――

「さっさと消えろ」

 あろうことかそんなことを言った。

「どうしてっ!!?」

 フェイトが声を上げる。

「フェイト、ダメだってば!」

「うるさいっ……放してっ! ……放せっ!」

 暴れるフェイトをアルフは必死に押さえつける。

「こっちの始末は私がやるから、さっさと行け」

「ならば任せるとするか」

「それじゃあまたね、おねえさん。
 次はちゃんと殺してあげるから……ふふふ」

「にげるなぁぁあ!!」

 フェイトの叫びを無視して二人は展開した魔法陣の中に消える。
 怒りのやり場を失ったフェイトはアサヒを睨む。

「どうして……どうして……」

「少し眠れ」

 アサヒはフェイトの目の前に手を掲げる。
 朱の魔法陣が展開されたかと思うと、急速な眠気に襲われた。

「じゃま……しない……で……」

 必死に意識を繋ぎ止めるがフェイトの意志に反して瞼は落ちていく。

 ――どうして邪魔をするの?

 彼女、それに彼女たちの仲間には報いを受けさせないといけないのに……

 ――敵だ。

 他の誰もが否定しても、アルフだけは分かってくれると思ったのに……

 ――みんな敵だ。

 なのはがいない世界に価値なんてない。

 ――邪魔する奴はみんな殺してやる。

 なのはを殺した女を殺せるなら他に何もいらない。悪魔とだって契約してもいい。
 だから――

「起きて、ベガッ!」

 ポケットの中の宝石を握り締めて叫ぶ。

『……よいのか? 彼女は――』

 頭の中に響く声に同意する。
 なのははこんなこと望まない。
 それでも自分にはもうこれしか考えられなかった。

「いい。だから、わたしに力をちょうだいい!」

『……ここに契約は成立した。
 ようこそ、『星霜の壺』の戦いへ……』

 瞬間、眠気が吹き飛び、重かった身体に活力が戻る。

「フェイト……? うわっ!?」

 力はフェイトの身体だけでは納まらず、外に放出された魔力はアルフを吹き飛ばす。

「あは…………あははは……」

 立ち上がりながらバリアジャケットを構成する。
 気分がいい。
 身体にみなぎる魔力が普段よりも調子がいいとさえ思わせる。
 この力があれば、なのはを殺したあの女を殺せる。
 それに――

「おい。貴様、何をしている?」

 呆れた眼差しをアサヒが向けてくる。

「うるさいな……これ以上邪魔をしないでよ・・・…」

 早くあの二人を追わなければいけないのに。

「聞く耳はなしか……あまり暴力で言い聞かせるのは好きではないが……いいだろう、相手をしてやる」

 構えるアサヒだが、その姿に脅威を感じない。
 今の力なら軽く一蹴できる。

「ベガ……武器を……」

 フェイトの意志に答えるように宝石を同じ青の魔力がフェイトの前で形を作る。
 現れたのはバルディッシュよりも一回り大きい大鎌。
 それでも手に取ると違和感のない重みだった。
 それに満足してフェイトは構え――

「ダメッ!」

 飛び出す瞬間、アリシアが両手を広げて立ちふさがった。

「こんなことしちゃダメだよ、フェイト」

「アリシアも邪魔するんだ……」

 自分でも信じられない冷たい声が出た。
 そして、そのまま大鎌を振った。
 アリシアを胴から両断した、かに思えたがその姿は次の瞬間、朱の魔力の粒子になって霧散する。

「ちっ・・・・・・」

 思わず舌打ちがこぼれる。

「下がっていろ」

 いつの間にかアリシアを抱えていたアサヒが宙にアリシアを押し出し、ナイフを構え突撃してくる。
 フェイトもそれに対して突撃する。
 が、普段の調子で力を込めたら信じられない速度でアサヒの横をすり抜けた。

「あは……」

 方向転換。
 だいぶ距離が離れるが、遠い気がしない。
 撃ち出された魔弾がゆっくりに見える。
 隙間を縫う様に魔弾をよけて肉薄、大鎌を振る。
 防御する間もなくアサヒは両断されるが、それも幻影だった。
 周囲に視線を巡らせると、次々にアサヒが現れる。
 全てが幻影。その中から本体を見ただけで判断はできなかった。

「サンダーフォールッ!」

 周囲に巨大な四つのスフィアを作り、雷をばらまく。
 雷撃に貫かれた幻影は朱の粒子になって霧散していく。
 その中で盾を展開した一人がいた。

「プラズマスマッシャーッ!!」

 すかさず砲撃を撃ち込む。
 金の砲撃が真っ直ぐアサヒを捉える。
 轟音が響き、爆煙が広がる。
 手応えはあった。
 しかし、煙が晴れた先にあったのは紫の魔法陣だった。

「フェイト・・・・・・」

「いい加減にしてよアリシア。
 わたしはあの二人を追わないといけないんだから……」

「お願い、話を聞いてっ!」

「もう・・・・・・黙ってよっ!」

 なのはと同じ言葉がフェイトの癇に障った。
 大鎌が大剣に変わる。

「プラズマ――」

『やめなさいっ、フェイトッ!!』

 聞いたことのある声が叫ぶ。
 だが、フェイトは止まらない。
 大剣の刃が大きく伸びる。

「何をしている退けっ!」

「いや、どかない」

「ザン――」

「だめぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 その声にフェイトは金縛りにあったように全身が硬直した。

「…………え?」

 声の方を素早く見る。
 そこには白いバリアジャケットをまとったなのはが飛んで来ていた。

「な・・・・・・の・・・・・・・・・・・・は・・・・・・?」

 これは夢だろうか。
 思わず自分の頬を抓ってみる。

「…………いたい」

 そんなことをしている間になのははフェイトの前で止まる。
 何かを言おうとしたが、全速で飛んできたせいか息が上がっている。

「・・・・・・なのは?」

「うん・・・・・・なのは・・・・・・だよ・・・・・・フェイトちゃん」

 名前を呼んでくれる彼女に思わず涙が溢れる。

「本当に・・・・・・なのは・・・・・・?」

「うん・・・・・・アサヒさんに助けてもら――」

 限界だった。
 気付けば彼女の名前を連呼しながらフェイトは抱きついていた。

「なのは・・・・・・なのは・・・・・・よかった」

「・・・・・・・・・・・・ごめんね。心配掛けて」

 あやすように背中を撫でながらなのははそれを受け入れる。
 戦闘が完全に終わったことを察したのか、結界が薄れ始めていく。
 白み始めた空にフェイトの泣き声がただ響き続けた。





あとがき
 14話完成しました。
 正直言って、やってしまった感が強い話になってしまいました。
 なのはたちの大きな壁として登場させたセラですが、強くしすぎたかもしれません。
 万能型のSSランク。
 しかも人形遣いで、回復スキルまで完備。
 自分で書いていて倒せるのかと思うくらいにチートです。

 さらにはカートリッジを使ったなのはとフェイトの捨て身技など。
 まあ、書いていて楽しかったですけど。

 感想を下さった方、ありがとうございます。
 知り合いからは難しくて感想を書きにくい作品と言われました。
 まあ、初めての作品なのでこんなものかと思ってますし、カウントの方をモチベーション維持にさせてもらっています。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。



捕捉説明
 今回のポジション
 はやて :待機
 アリシア :実戦戦闘の力に難があるため待機
 アルフ :戦力差があり過ぎるためはやての護衛
 ザフィーラ :はやての護衛
 シャマル :結界維持 フェイトの攻撃で結界強化して魔力を使い切る
 ヴィータ :負傷するも戦闘続行はできたが、結界強化を助け魔力を使い切る
 リンディ :フェイトが起こしかけた次元震の対処











[17103] 第十五話 予兆
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:fa2fc7a2
Date: 2010/11/03 10:55



「お疲れ、リンディ」

「ありがとう、レティ」

 差し出されたコップを受け取ってリンディは一息吐く。
 本局の重鎮に対しての戦闘報告。
 リンディの指揮能力を責められてもおかしくない報告は意外にも淡々と進み、さらにはリンディの進言もとくに拒絶なく受け入れられた。

「それは当然ね。
 前の報告は未確認の異能力者だったけど、今回は魔導師の襲撃だったんだから」

「そうね……それもSSランクの魔導師のテロなんて何年ぶりかしら?」

 思わずリンディはため息をもらす。
 解析の結果、セラと名乗った少女の魔導師ランクは暫定的にSSランクと評価された。
 もっとも、彼女にはまだエレインという戦闘能力が未知数の人形を持っていた。

「「陸」の方も「G」のことでだいぶ混乱しているものね」

「そっちはどうなったのかしら?
 デュランダルの量産が決まったって聞いたけど?」

 「G」への対処手段が安定すればクロノが戻ってくる。
 現場の指揮を任せるならやはり自分の子供が一番と思ってしまうのは親馬鹿かもしれない。
 それでもセラとの戦闘の場にクロノがいたらと思ってしまう。
 戦略によって相手をはめる戦い方はなのはたちには無いものだった。
 彼がいればあそこまで一方的なことにならなかったと思う。

「それなんだけど――」

 言葉を濁しながらレティはそれを教えてくれた。

「部隊舎が襲撃を受けたって……本当なの?」

「ええ……何でも複数の「G」が隊舎に侵入と同時にシステムも落とされたって」

「クロノ……クロノは無事なのっ!?」

「ええ、怪我をしているみたいだけど軽傷みたいだから安心していいわよ」

 レティの言葉に安堵して、乗り出した身を戻す。
 クライドが帰ってきてくれたと思ったら、クロノがいなくなる。
 なんてことがあったらと思うとゾッとする。

「それで、「G」の統率された動きに、システムダウンの手際。
 操っている者に、内通者。「G」は何処かの組織の生物兵器って判断されて、地上の方も捜査に本腰を入れるみたいよ」

「そう……アサヒさんが言っていたことが本当なら「G」は北天の魔導書が作りだしたものだっていうことだから、おそらく主犯は彼らね」

 いよいよ、アサヒが言っていたことが現実味を帯びてくる。
 闇の書と同格の魔導書の戦力に管理局は対応しきれていない。
 彼らは周到に姿を隠して戦力を蓄えてきた。
 「G」の存在に対処できても、フェザリアンには? リンカーデバイスのことだってまだ分かっていない。
 それにセラというSSランクの魔導師もいる。
 なのはたちを一蹴した相手と戦える魔導師は管理局にどれほどいただろうか。

「ダメね……悪い方にしか考えられないわ」

「最悪の場合は旧暦時代の戦争を再現することになるわね」

 冗談では済まない話にリンディはため息を吐きたくなる。

「今のところ、彼らに対抗できる人は……アサヒ・アズサとソラ君の二人だけか……
 アリシアさんは固定砲台としてなら十分に通用するわね」

「そうね。もっとも、どちらも一筋縄ではいかない子たちだけど」

「そのソラ君も天空の魔導書の関係者だったらしいわよ」

「それ、本当なの?」

 驚きはしたが、あの身体能力と魔法を無効化する手段を思い出すと納得してしまう。

「ええ……隊舎襲撃で北天の魔導書を彼が確認したみたい。
 それについての技術のことも知っていたみたいだから、本局が拘束及び出頭命令を出しているけど……」

「それは……逆効果じゃないかしら?」

 あの子の性格を考えると権力を振りかざしての無理強いは反発を生むだけだと思う。

「あまり無茶なことをして、敵に回さないでほしいわね」

 もし、彼が敵に回ったら脅威になると思えないが怖い。
 魔導師ではないのだが、何をしでかすか分からないという点においてはいくつもの魔法資質を使い分けるアサヒよりもソラの方が上だ。

「その辺りの采配はアキに任せるしかないでしょ」

 彼女ならその辺りのバランスをうまく取るだろう。
 早まってあれほどの人材を手放すようなことはしないはずだ。

「それで、これからアースラはどうするつもり?」

「そうね……」

 改めて考える。
 今回の件で自分が任されているのはフェイトになのは。それからヴォルケンリッターにアルフも加えて七人の戦力がある。
 それにアリシアもいるから八人。
 はやてに関してはまだ狙われている可能性があるから戦力としては数えられない。

「どうするって言っても、まずはみんなの回復を待たないとどうしようもないわね」

 プログラム体であるシグナムとヴィータの怪我ははやての魔力を使えばすぐに回復するものだったが念のため検査を受けている。
 デバイスを暴発させたなのはも同じだし、フェイトに関しては複雑だった。
 デバイスの修理もそうだが、拾ったリンカーデバイスを使った影響がどんなものか精密検査を行っている。
 リンカーデバイスについてはまだユーノの追加報告はないのだから、どんな悪影響があるかも分からない。

「そうじゃなくて……関わらせるの?」

 レティの問いにリンディは口を閉ざした。
 戦闘の結果は手酷い敗北だった。
 それも二度の。
 ヴォルケンリッターの時とは違う。相手は殺すことをいとわずに攻撃してきた。
 これからの戦場もそんなものになるだろう。
 彼らの様なタイプの相手は殺さなければ止まらない可能性の方が高い。
 殺し、殺されるそんな戦場に彼女たちを関わらせるのには確かに気が引ける。

「無理をさせなくても、他に魔導師はいるのよ」

「分かっているわ……でも……
 あの子たちがこのまま引き下がるとは思えないのよね」

 頬に手を当てて唸る。
 このまま泣き寝入りする姿が誰一人思い浮かばない。

「それに……強くなる機会を奪いたくないのよね」

 負けた悔しさをバネにする。
 そうやってヴォルケンリッターと互角に戦えるようになったなのはとフェイトのことを思うとそう思ってしまう。
 指揮官としては失格かもしれないが、成長する姿を見守りたいと思ってしまう。

「リンディ……貴女ねぇ……」

 呆れをにじませたため息を大きく吐くレティ。
 次の言葉を出そうとして――

「リンディ提督」

 アレックスの声が割り込んできた。

「アレックス、彼女たちの転移先が分かったの?」

「いえ、それとは別件なんですが……これを見てください」

 目の前に映し出されたのは海鳴の地図。
 それが魔力の濃度で色分けされているが、それを見てリンディは顔をしかめた。

「見ての通り、現在の海鳴なんですが異常な魔力が計測されているんです」

 地図は魔力濃度が高い赤に染まっている。
 原因はやはり先程の戦闘だろうか。
 現実空間に物理的な被害を出さないようにはできたが、残留魔力が残ってしまったのだろうか。
 それにしても異常な数値を示していると思う。

「一応調査しておいた方がいいかしらね」

 こんな時に事後処理もしなくてはいけないと思うと頭が痛くなる。

「早くエイミィも帰って来てくれないかしら……」

「現実逃避しないでください。
 やはり調査隊に任せますか?」

 第97管理外世界はアースラの管轄だが今の状況ではまともに機能するはずもない。

「そうね……ちょっと気になるから急ぎでお願いしておいて」

「分かりました」

「その話、待ってもらえるか?」

 さらに新たな声が加わる。
 振り返ると巨漢の男、ザフィーラがいた。

「その調査、自分に任せてもらえないだろうか?」

「ザフィーラさん……でも、貴方ははやてさんの護衛が?」

「本局なら襲撃の心配もないだろう。それにシグナムとヴィータも復調している。
 主のことは二人に任せればいいかと」

 元々の用事だったのだろう、シグナムとヴィータの診察結果の書類をザフィーラは差し出してくる。
 ざっと目を通してみるが異常とありと診断はされてないようだった。

「前の戦いのことなら気に病むことはないのよ」

 戦闘に参加しなかったが、はやての傍で周囲を警戒するのは重要な役割だった。

「いや、そうではなく……何か胸騒ぎがするんだ」

「…………まあ、いいでしょう」

 曖昧な理由だったが、特に断る理由もないのでリンディは承諾した。

「でも一人で大丈夫なの?」

「問題ない」

 自信満々に頷くが、まだ敵が近くにいる可能性を考えると単独行動はさせたくない。

「そうは言ってもね……」

「だったらあたしも一緒に行ってもいいよ?」

「アリシア!? いつの間に? いえ、どうしてここに?」

 てっきりフェイト達と一緒にいると思っていた彼女がこんなところにいると思わずに声を上げる。

「えっと……探検してたら迷子になっちゃた」

 てへへっと笑うが、その笑顔はどこか曇っていた。

「それでちょーさするんだよね? あたしも手伝ってあげる」

「アリシアさん……これは遊びじゃないのよ」

「分かってるよ」

「なら……」

「むう……また仲間外れ……あたしだってみんなの役に立てる……はずなのに……」

 むくれるアリシアにその心情を察する。
 先程ザフィーラに言った言葉がそのままアリシアに当てはまっている。
 アリシアの場合はリンディが実力不足として戦闘参加を認めなかった。
 フェイトに勝ったといっても、それは彼女の精神が不安定だったことが大きかったし、アリシアの戦い方は見ていて危なっかしかったからの判断だった。
 現にアリシアはセラを前になすすべなくやられるところだった。
 魔力があって、周りからすごいと言われても何の役にも立てなかった。
 そのことに負い目を感じているから何かをしたがっているのだろう。
 それに激情に駆られたフェイトを目の当たりにして戸惑っているようにも見える。

「…………それじゃあ……お願いしようかしら」

 頬を膨らませてそっぽを向くアリシアにリンディは言った。

「いいのか?」

「ええ、一度こうしておかないと次に彼女たちと戦うことになったら飛び出して行くかもしれないから」

 喜ぶアリシアに聞こえないようにザフィーラに話す。
 アリシアは聞きわけはいいかもしれないが、それでも子供だ。
 子供の暴走がセラたちのような相手と対峙した時に起こして欲しくない。

「貴方には悪いけど、彼女の世話お願いできる?」

「承知した」

 嫌な顔一つせずにザフィーラは頷く。
 それが鉄面皮で隠したものか、本心からの言葉だったのかリンディには判断できなかった。

「それじゃあアレックス、彼のサポートをお願いね」

「分かりました」

 アレックスは敬礼をして、二人を促してその場を離れる。
 彼らが廊下を曲がって見えなくなってリンディはまたため息を吐いた。

「大変ね……次から次へと」

「本当に……何とかしてもらいたいわ」

 天空の魔導書関連でも手一杯だというのに余計な事後処理まで行わなければいけないと思うと気が滅入る。

「ああ……ここにいましたか御二方……って何ですか?」

 声をかけてきた男を思わずリンディは振り返って睨みつけた。
 たじろいだのは見知らぬ男性だった。
 とは言っても本局の制服を着ているし、略章から自分と同じ次元航行艦の艦長だということは分かる。

「いえ、ごめんなさい。何でもありません」

「そうですか……
 初めまして巡航L級13番艦。艦長ユワン・シーアンです。
 この度、そちらのアースラと共同戦線を張ることになりました。
 よろしくお願いします……」

「リンディ・ハラオウンです。
 こちらこそ――」

「ああ……堅苦しいのはなしにしませんか?
 年下の若輩者に敬語を使うのもあれでしょうし」

 姿勢を正し敬礼をしようとしたところで相手が素行を崩した。
 痩身の体躯に眼鏡をかけた柔和な顔立ち。それに十代後半の年格好。
 一見、頼りなさそうに見えるが次元航行艦を預かる身なのだから相当の遣り手なのだろう。

「ええ……そう言っていただけるなら、そうしましょう」

 差し出された手を取って、リンディは応える。
 自分も上下関係に厳しくいうわけではないから、ユワンの申し出を素直に受け入れる。

「それで……」

 人の良さそうな笑みが消え、真剣な眼差しを向けられる。

「御二人はソラという少年に会っていますよね?」

「ええ……そうですが」

 また厄介事かと、辟易とする内心を隠してユワンの言葉を聞く。

「これは極秘事項なのですが、彼は――――――」

「…………え?」

 自分が何を聞いたのか耳を疑った。
 隣にいるレティも驚きに目を見開いている。
 その言葉にはそれほどの衝撃があった。

「……クライド・ハラオウン氏と連絡を取る方法はないですか?
 できれば事実確認を行いたいだけど……」

「ごめんなさい……連絡先は聞いてないの」

「そうですか……どちらかが接触してきた場合はすぐに連絡を……」

「はい……分かりました」

 もはや思考は回らず、機械的に頷く。
 その他にも人員の構成、巡回経路の簡単な打ち合わせなどをしてもほとんど頭に入ってこなかった。

「……それでは、これで失礼します」

 リンディの様子を察してかユワンを必要以上のことは喋らずに去っていく。

「リンディ……大丈夫?」

「ええ…………大丈夫よ」

 レティに上の空で答えながら、ユワンが報せたことを考える。
 考えるが、何も知らないリンディに答えなどだせるはずもなかった。

「いったい何を考えているの……アナタ……ソラ君……?」

 リンディの呟くは空しく廊下に響いて消えた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 目の前のシリンダーにいつかのように浮かぶひびだらけのバルディッシュ。
 損傷は人格プログラムにまでおよび完全に機能は停止している。
 修理よりも新しいものを作る方が時間的にもコスト的に良いとさえ言われた。
 その痛々しい姿にフェイトは申し訳ない気持ちになる。
 なのはが死んだと早とちりして暴走した結果が今のバルディッシュの姿であり、自分も同じようになっていたはずだった。

 ――本当なら死んでいたんだよね。

 改めて見た戦闘記録では自分でも信じられないことを行っていた。
 二百発以上のカートリッジを一気に使った魔法。
 魔力の大半が押え切れずに無意味に放出されてしまっていても、その力はフェイトが扱える魔法を超越していた。
 その代償は全身を紅く染めた自分の姿だった。
 素人目にも出血は致死量で、死んでいておかしくない量だった。
 それが五体満足で何事もなく生きていられる理由は右手の中にある青い宝石のおかげ。

「それじゃあフェイトさん、右手をそこの台に置いてください」

「はい」

 バルディッシュの隣りに用意した台座にフェイトは言われた通り右手を置く。
 右手の中、それは比喩ではなくまさにその通りだった。
 とは言っても右手に宝石が埋め込まれたなどというものではなく、フェイトがその手の内側にベガの存在を感じているからだ。

「うーん……こっちのスキャンにも反応はなしか……」

 すでに医務室でも診察を受けたが、フェイトの身体はいたって健康体、不自然なところはなかった。
 暴走の後なのだからそれが異常とも言えなくないが、フェイトの身体の中に入り込んだベガが見つからない方が懸念された。

「えっと……ごめんなさい」

 険しい顔をするマリーに思わずフェイトは頭を下げる。

「いや……むしろ謝らないといけないのはこっちだと思うんだけど……」

「謝るって……どうして?」

「だって二人とも、こっちが用意したカートリッジパックのせいであんなことになっちゃったわけだし」

「そんな……あれはわたしのせいです」

「そうですよ。マリーさんのせいじゃないですよ」

 なのはも否定する。
 なのははともかく、自分のは完全に自業自得だった。
 本来の用途を逸脱した使い方をしたのだから逆に怒られるべきだった。

「いいえ……ああなることは予想するべきだったの……
 ごめんなさい……ちょっと調子に乗ってたわ」

 殊勝に頭を下げられても困ってしまう。
 どうしようと、なのはに視線を送っても彼女も同じく困った顔をしている。

「……調子に乗った、ってどういうことですか?」

「フェイトちゃん?」

 思わず険しい口調で聞き返してしまう。
 なのはのいぶかしむ声を無視してマリーを睨む。
 あれがもし彼女の不注意から起きた必然で、そのせいでなのはが危ない目にあったというなら――
 思わず、手に力がこもる。

「えっと……ほら、ミッド系のデバイスでカートリッジシステムを付けるの初めてだったから……」

「それで?」

「つい前からやってみたかったことをいろいろしちゃって……」

「それで?」

「じ、実用性をちょっと考えてなかったとか……?」

「それで……なのはが危険な目にあったの?」

 マリーが引きつった顔で後ずさるがフェイトはその分近付く。

「ふぇ、フェイトちゃん!」

「ちょっとなのはは黙っていて」

 止めようとするなのはに言葉を返しながらもフェイトはマリーから視線を外さない。

「どうなの……マリー?」

「ご、ごめんなさい」

「謝ってほしいんじゃなくて――」

 ベガの力が宿る右手に熱がこもる。

「あ、あのっ!」

 一際大きな声を出して、なのはがフェイトの言葉を遮った。

「それであの装備は何が悪かったんですか!?」

「それはね――」

 マリーはすぐさまなのはの質問に答える。

「やっぱり、ノーマルのデバイスに連続カートリッジの負担が大きいの!
 対策としてはオーバーヒートへの対処ととフレームの強化の二つだけど!
 ああいったものの場合は、初めから連続カートリッジを使うことを考えた専用デバイスにした方がよさそうかな!」

「それじゃあ、レイジングハートには使えないんですか!?」

「ちょっと難しいけど既存のデバイスには外殻をカウリングすればいいかな!
 大きくなって取り回しが悪くなるけど、なのはちゃんの戦闘スタイルならそこまで影響しないと思うよ!
 ただ……」

 勢いに任せた会話を止めて、マリーはフェイトに向き直る。
 そこにはフェイトに詰め寄られたときの気弱さはなく、真剣な眼差しで彼女を見据える。

「えっと……何……?」

「何にしてもフェイトさんみたいな使い方は絶対にダメ」

「うう……ごめんなさい」

 それを言われてしまえば謝るしかない。
 先程の思考を熱くしていた熱は消え失せ、フェイトはうなだれる。

「でも、フェイトちゃんにはあの装備は不向きだったんだよね」

「そうなの?」

「うん……これ見てもらえる」

 マリーは端末を操作してセラとの戦闘映像とシグナムとフェイトの模擬戦の映像の二つを流す。

「フェイトちゃんの最大速度は確かに上がっているんだけど、初速と制動が遅くなってるんだよね」

 端末を叩き、データを数値として表す。

「だから小回りが利いてないからヒットアンドウェイで戦うフェイトちゃんのスタイルにはあんまり合ってないみたいなの」

 これはバックパックの重さと、魔法で作った速度を持て余してしまうから。

「それから近接での攻撃パターンが少なくなってるかな」

 それは弾帯ベルトにデバイスが繋がれているための欠点。
 常にフルパフォーマンスで魔法を使えるのは大きな利点だが、それでフェイトの最大の持ち味の速度を殺すことにつながってしまう。
 説明されて、理解はできたがフェイトはポカンとマリーを見返した。

「えっと……これが私の見立てだけど……どうかな?」

 最後は気弱にこちらの反応をうかがう。

「間違ってないと思うけど……」

「けど?」

「ちょっと意外だったかな。
 マリーがこんなに戦闘に詳しいなんて」

「そりゃあ、私は技術職の人間だけど扱ってるのはデバイスだからね。
 戦闘のことも分からないと良いものは作れないから」

 苦笑して答えながらマリーは続ける。

「それでバルディッシュはどうする?」

 その言葉にフェイトは考える。
 自分にはカートリッジパックで強くはなれない。
 修理にはレイジングハートよりもかかるし、部品は全部交換しないといけない。

「この際だからベルカ式のデバイスにもっと近付けて、カートリッジシステムを前提にした構造に設計し直した方がずっといいと思うけど」

 元々、後付けされたシステムだけにメンテナンスの手間がかかるし、全体のバランスも悪い。
 システムとデバイスを完全に一体化させればフェイトの負担は確かに少なくなる。
 利点しかない提案なのにフェイトは頷けなかった。

「……元通りに直せる?」

「それってインテリの後付けでカートリッジ?」

「うん……」

 それが一番手間がかかり、何の利点もないことは分かっていてもフェイトは言わずにはいられなかった。

「できるけど……」

「お願いします」

 リニスの形見ともいえる愛機をどんな理由があっても手放す気にはならない。
 深々と頭を下げるフェイトにマリーはため息を漏らして――

「分かった。じゃあそうしよ」

 フェイトの内心を察してくれたのか、マリーは追及もせずに頷いてくれた。

「ただし、時間がかかるのは覚悟しておいてね」

「うん……」

「それで、リンディ提督から二人に代わりのデバイスを用意しておいてって言われているんだけど」

「え……でも……」

 思わず、二人は自分の愛機に視線を向ける。

「気持ちは分かるけど、自衛のためにも我慢してね」

「……はい」

「それでフェイトちゃんの方だけど」

 マリーはフェイトの右手を見て続ける。

「リンカーデバイス『ベガ』。それはちゃんと使えるの?」

 言われて意識を集中してみる。
 ベガはあれからこちらの呼びかけに言葉を返してくれないが、力の使い方はなんとなく分かる。
 イメージするのはバルディッシュの姿。

「解放」

 その一言で右手から青の光が溢れる。
 溢れた魔力の光はフェイトの手に収束し、形をつくる。
 なじんだ重さが手にかかるが、形状はまったくの別物。
 機械的な造形はなく、青い結晶の刃をそのまま取り付けた古めかしいデザインの三日月斧。
 望めば、鎌にも大剣にも、それ以外の形にもなってくれることが分かる。

「本当に右手の中にあったんだ」

 解析できなかったから半信半疑だったであろうマリーが目を丸くする。

「見たところ、機械部品は使ってないみたいだけど……なんなのかなこれ?」

「専門家でも分からないの?」

「これはどっちかっていうとロストロギアの方だと思うけど」

「ねえフェイトちゃん……身体は本当になんともないの?」

「うん、大丈夫だよなのは」

 軽く振って、形を鎌に意識する。
 それだけで三日月斧は大鎌に形をかえる。
 魔力の刃ではないが、その強度と切れ味はハーケンフォームよりも上だと感じる。
 改めて考えるとすごいデバイスだ。
 武器そのものが魔力を生成し、その魔力が自分に流れ込んでくる。
 湧き上がる力に気持ちが大きくなる。

「ずるいな……こんな武器を使ってるなら強くて当然だよ」

「え……何?」

 フェイトの呟きは聞こえていなかった。
 聞き返された言葉に何でもないと答えながら、フェイトはベガをしまうイメージをする。
 青い刃の武器はガラスを砕くように粉々に砕け散り、床に散らばるよりも早く空気に溶けた。

「うん……わたしはこれがあるから大丈夫かな」

「うーん……でも一応こっちも持っていてくれるかな?
 あんまり公にして使うわけにはいけない武器みたいだし、ね」

 官給品はオーソドックスな杖だけに不満を感じるが、納得するしかなかった。
 それに持ち歩くだけなら邪魔にはならないのだから気にする必要もない。

「ところでそれはストレージなの?」

「ううん。意志はあるみたいだからインテリジェントだと思うけど」

 フェイトの答えにマリーは難しい顔をする。

「そういうデバイス型の意志のあるロストロギアならなおのこと気をつけなくちゃいけないよ。
 よくある話だけど力をくれるかわりに何かしろって言うのが多いから」

「あ……それは……」

「ん? 心当たりあるの?」

 マリーの言葉に頷く。
 ベガを受け入れた時に感じたイメージ。
 それは倒すべき敵の姿だった。
 『シリウス』を持つ仮面の男。
 『レグルス』を持つアンジェ。
 それから『リゲル』と『スピカ』も持つ見たこともない人。
 セラが倒すべき敵に入ってなかったことが不満だったが、フェイトに拒む理由はなかった。

「そう……それが向こうのリンカーデバイスを持つ魔導師の戦力というわけね」

 話している間に入ってきたリンディが話をまとめる。

「母さん……」

「それで他には何か分かった?」

「うん……仲間割れとかじゃなくて、ベガは他のリンカーデバイスを全て破壊することが目的みたい」

「それは……」

 どういうことかしら、とリンディは考え込む。
 フェイトもベガの意図が分からなかった。

「あれ……アリシアちゃんは?」

 なのはの言葉にフェイトはその存在を思い出す。
 てっきりリンディと一緒にいると思っていたのにその姿はどこにもない。 

「あの子にはちょっとザフィーラと一緒に海鳴に戻ってもらったわ」

「何かあったんですか?」

「大丈夫よ。ちょっと不審な魔力が溜まってるからそれの調査をお願いしただけだから」

「もしかして……わたしのせい……?」

 後先考えずに行ったカートリッジ全弾を使用した魔法の余波被害だと考えてフェイトは身体を小さくする。

「それは分からないけど、大丈夫よ。
 大したことじゃないし、危険もないから」

 不安に感じるフェイトの頭をリンディは撫でてなだめる。
 しかし、リンディの言葉はすぐに否定された。

 ピーピーピー

 突然鳴り出したリンディの携帯端末。
 その音の種類は確か緊急連絡のもの。
 リンディは素早く端末を取り出して操作する。

『艦長。ザフィーラとアリシアちゃんが海鳴に到着した瞬間、結界に捕らわれました。
 通信は可能なんですが、ちょっとおかしなことになっているんです』

 空間モニターに映ったアレックスの報告にリンディは珍しく重く、疲れたため息を深々と吐き出した。






あとがき
 今回は短めに15話を投稿させてもらいました。
 フェイトのヤンデレが徐々に進行しつつある……
 この後はゲームのシナリオをアレンジした設定を考えています。
 


 



[17103] 第十六話 幻影
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:fa2fc7a2
Date: 2010/11/12 00:28





「サンダースマッシャー!!」

 放たれた紫電の光の奔流を叩きつけられて一匹の蛇の様な胴体の竜が悲鳴を上げて地面に落ちていく。
 その身体はすぐに空間に溶けるように散らばって消えていく。

「大丈夫か?」

「ぜんぜんだいじょうぶだよ……もう一発いくよっ!!」

 紫電の砲撃が夜空を彩る。
 狼の姿をしたザフィーラの背にはアリシアが跨っている。
 はやてや仲間以外を背に乗せることに少なからずの抵抗はあったものの、アリシアはザフィーラの不満に見合う戦火をもたらしていた。
 アリシアの欠点は機動や攻守の切り替えにある。
 いくら魔力が多く、優れた攻撃手段に強固な防御力があってもそれがまだうまく噛み合っていない。
 だからこそ、アリシアが攻撃に専念させることをザフィーラは選んだ。
 アリシアの足と防御を担当することで、彼女はなんの気兼ねをすることなく撃ちまくる。
 砲撃は魔力の大きさに任せたもの。
 収束は雑で、距離もない。が、威力は高い。
 むしろ、ザフィーラの目から見ても見事としか言えないフォトンランサーを撃ってもらった方が効率はいいのだが――

「まあ……いいか」

 これも本人の経験と割り切って納得する。
 それに大きな魔法を使うことが楽しいのか、生き生きとしている彼女に水を差すのも憚られる。
 そう思えば、アリシアを背に戦うこの経験もいつか彼女と同様に大きい魔力を持つはやての時に役に立つのではないかと思えた。

『二人ともお疲れ』

 五匹の竜を撃ち落とし、周囲に敵の気配がないことを確認したタイミングでアレックスが映った空間モニターが浮かび上がる。

「アレックス……これはどうなっている?」

『分からない。君たちが到着したと思ったら結界が張られてそいつらが現れた。
 結界はまだ解けてないから警戒を怠らないように。
 それから艦長にはすでに伝えたけど増援はすぐには出せない……ごめん』

「気にするな」

「そうだよ……べつにアレックスのせいじゃないよ」

「それで……あれはどこの世界の生き物だ?」

『ちょっと待って…………えっと第78未開拓世界の魔導生物みたいだね。
 ここからそう遠くはないけど、まさか流れてきた? いや、それにしては本物じゃなかったみたいだけど」

「……そうか」

 アレックスの言うとおり、別の世界から迷い込んだ可能性はある。
 フェイトの捨て身の攻撃によって空間が不安定になった可能性も十二分に考えられることだった。
 だが、アレックスの言うことももっともだ。
 撃墜された竜は何も残さずに消滅した。
 それは生物としてありえないものだ。
 それにこの結界の気配は自分たちが張るものに近いものを感じる。

「…………ページにすれば二ページほどか」

 思わず、目分量で五匹の竜の魔力量を計算してしまう。
 もう蒐集などしなくてもいいのに、つい計ってしまうくせに苦笑するしかなかったが、それが天啓のようにザフィーラは閃いた。

「まさか……」

「どうしたの、わんちゃん?」

「わん……!? アリシア、言っておくが私は狼だ」

 近所の人間ならともかく、魔導に関わっている者にその扱いは不服だった。

「それってアルフと同じ?」

「ああ、そうだ」

「ふーん……それより何か分かったの?」

「…………まだ確証はない」

 そう、その考えは根拠のないものでしかない。
 それでも確信はあったが、同時にそうでないで欲しいと思ってしまう。

『二人とも不信な魔力反応が現れた……気をつけて』

 警告を残して、アレックスを映した空間モニターが邪魔にならない配慮されて消える。
 アレックスの言っている魔力反応はザフィーラも感じていた。

「大丈夫だ。先程と同じようにすればいい」

 背中を掴むアリシアの強張った手から緊張が伝わってくる。

「うん……がんばる」

 それにしっかり答えるアリシア。
 そして、現れたのは蝙蝠の翼を持った石の悪魔、俗にいうガーゴイルの群れだった。
 数十匹の群れ。
 あまり強くもなく、糧にするには弱い。それでも数が多かったので一ページにはなったことをザフィーラは覚えている。

「やはり……そうなのか?」

 思わず呟きが漏れる。
 魔導生物に闇の書の気配を感じる。
 そして、この魔導生物はヴィータと二人で蒐集した相手だった。
 二つの符合にこれが闇の書に関わる何かが起こっていると認めるしかなかった。
 ともかく、ザフィーラは目の前の敵に集中する。
 敵の外皮は堅く、ザフィーラの拳では砕くのに時間がかかる。
 ヴィータなら一撃だったが、今はその役目はアリシアに期待できそうだった。

「それじゃあ……いっくよー!」

 戦場に似つかわしくない無邪気な声が響く。
 それを聞きながら、ザフィーラは駆けた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 竜に、悪魔、怪鳥、狼、昆虫、スライムなどなど。
 図鑑の中でしか見たことのない魔導生物をアリシアはかたっぱしから撃ち落としていく。
 初めこそはあまり使ったことがない砲撃魔法を使っていたが、途中からそんな余裕もなく元々アリシアが唯一使えるフォトンランサーに切り替えた。

「もうすぐ夜が明けるな」

「そうみたいだね」

 白み始めた空を仰ぎながら答える。
 いい加減、無限に湧いてくる魔導生物に辟易とした気持ちになってくる。

『周辺の魔力値が減少している……どうやらもうすぐ終わりみたいだね』

 魔導生物を倒すことで異常な数値を示していた落ち着きを取り戻している。
 そう戦闘の合間に教えてもらったが、それを気にしている余裕はなかった。
 魔力にはまだ余力があっても、それを扱うアリシアの精神は長時間の戦闘で摩耗していた。
 それはザフィーラも同じだった。

「同行した相手がお前で助かった」

「え……?」

 休憩時間とも思える新たな魔導生物が現れる間の数分。
 ザフィーラが話しかけてきた。

「これがヴィータやシグナム、万全の高町やテスタロッサでもこうはいかなかっただろう」

 それはザフィーラの最大の賛辞だった。
 彼女たちは確かに優れた魔導師、騎士だが今回の戦いでアリシア以上の働きをすることは誰にもできなかっただろう。
 硬い敵、大きな敵、小さく素早い敵、多種多様の魔導生物。
 得手不得手が出る数の相手をアリシアは問答無用に全て撃ち抜いた。
 普通の魔導師ならとっくに魔力を空にしている戦闘密度なのにその攻撃力は乱れることはなかった。

「えへへ……ありがとう」

 褒められるとやはり嬉しくなる。
 思い返せば魔法のことで褒められたのは初めてだった。
 母、プレシアと距離を取りソラに魔法を教えてもらった。
 そのソラは褒めてくれたことは一度もなかった。
 まあ、彼が出した課題をクリアしたことがないのだから、褒められなかったのは当然かもしれないが。
 彼に教えてもらった魔法はフォトンランサーだけ。盾や飛行は彼がいなくなってクライドに教えてもらったものだった。
 それまでアリシアはひたすらにソラを的にしてフォトンランサーを撃ち続けた。
 が、結局一度も彼に命中させることはできなかった。

「今度こそ当ててやるんだから……………ってちがうちがう」

 ぶんぶんと頭を振ってその考えを吹き飛ばす。

 ――ソラはママの仇。

 改めて自分に言い聞かせる。
 今でもあの時のことは鮮明に思い出せる。
 仲直りしていろんなことを話した。
 フェイトのことを話したり、ソラが教えてくれなかった魔法のことも少しずつ教えてくれた。
 その日は、みんなの絵を描いた。
 四人が一緒にいる絵を初めにかあさんに見せようと走っていた。
 でも、プレシアの部屋に入ろうとした瞬間、聞こえたのは彼女の悲鳴だった。
 目を剥いて仰向けに倒れたプレシア。その身体には生気が感じず、ソラはそれを見たこともない冷たい眼差しで見下ろしていた。
 悲鳴を聞き付けたクライドが部屋に入って瞬間、殴り倒された。
 そして、アリシアは最後まで何が起きたか分からずに呆然と立ち尽くしたまま、気絶させられた。
 目を覚ました時にはプレシアの身体は冷たくなっていた。
 そして、ソラは何処にもいなかった。

 ――あんなに優しかったのに。

 今でもソラが何でそんな凶行に及んだのか分かっていない。
 プレシアを殺したことは理解して恨む気持ちもあるのに、彼と過ごした記憶がそれを邪魔する。

 ――ママと仲直りできたのはソラのおかげ。

 ――怖い夢を見た時は手を繋いでいてくれた。

 ――魔法を教えるのは厳しかったけど楽しかった。

 思い出す記憶はどれも良いものばかり。
 だからこそ、ソラがしたことが信じられない。

「次が来るぞ」

 ザフィーラの言葉に思考を現実に戻す。
 白み始めた空の中で魔力の流れを感じる。
 それがどの方向を向いているのかまではアリシアには分からないため、ザフィーラが見てる方向を見る。
 そして、そこにいた者にアリシアは首を傾げた。

「フェイト?」

 黒衣とマント、手にはバルディッシュを携えた妹の姿がそこにあった。
 どうしてと疑問が浮かぶ。
 彼女は本局にいるはず。

「…………もう身体は大丈夫なの?」

 脳裏に浮かぶ激情に駆られたフェイトの姿。
 それに尻込みする思いを感じながらアリシアは尋ねる。
 しかし、フェイトは答えずにぼうっとした顔でそこにたたずむだけ。
 彼女が黙っていると言いようのない不安が大きくなってくる。

「フェイト……あの……」

「アリシア・テスタロッサ。あれはフェイト・テスタロッサではない」

「え……?」

 ザフィーラの言葉にまた首を傾げる。
 どこからどう見ても目の前にいるのはフェイトだった。

『うん……確認したよ。本物のフェイトちゃんはそっちに向かっている最中だからそれは偽物だね』

 アレックスがザフィーラの言葉を肯定する。

「これはやはり蒐集した者たちか」

 ザフィーラの言っていることはよく分からないけど、あれがフェイトの偽物だということは理解できた。

「どうしよっか?」

 いくら偽物でも姿かたちが同じフェイトに手加減なしの魔法を打ち込むのに躊躇ってしまう。

「…………あなたは誰? どうしてわたしと同じ顔をしてるの?」

 思案していると偽物のフェイトの方から声がかかった。

「え…………あたしはアリシア。フェイトのお姉さんだよ」

「アリ……シア?」

 偽物フェイトはその言葉を聞いて目を大きく見開いた。

「どうして……? あなたは死んだはずなのに……」

「うん……そうみたいだけど、生き返っちゃったみたい」

「それじゃあ、母さんはっ!?」

 彼女とは思えない大きな声で叫ぶように訊いてくる。
 その目があの時のフェイトの様でアリシアは思わず息を飲んで、肩をすくませた。

「えっと……ママはもういないの」

「……そんな」

「あのねフェイト……」

 例え偽物と分かっていても絶望に染まった顔は見ていられなかった。
 アリシアはザフィーラの背から飛び、駆け寄ろうとする。

「え……」

 絶望が驚愕に変わる。

「なんで……? なんで飛んでるの? それにその杖……」

「フェイト?」

「どうして……アリシアが魔法を……?」

「フェイトッ!?」

「違う……」

 腹の底から響く重い声にアリシアは身体を震わせた。

「違う……あなたはアリシアなんかじゃないっ!」
 
 ドクン、と心臓が一際大きく鳴った気がした。
 その言葉を聞いたのは二度目だった。

「待ってフェイト……あたしはアリシアなの! ママも認めてくれた」

 偽物だということを忘れて声を上げる。

「うそだっ!」

 対する言葉に身体が竦む。
 狂気に染まったプレシアの姿と重なる激情に駆られるフェイトの姿が重なって見える。

「アリシアなんかじゃない。あなたがアリシアなら……どうしてわたしは……」

 ブツブツと届かない言葉をもらすフェイトの姿に言いようのない恐怖を感じずにはいられない。

「ねえ……どうしてわたしじゃダメだったの?」

「フェイト?」

「教えてよ……どうしてわたしじゃダメだったの!?」

「それは……分からない」

 その答えは嘘であり、本当だった。
 プレシアが自分のことを認めてくれた経緯を、アリシアは知らない。
 そこにソラが何かをしたということは分かっていても、彼がどんな言葉を彼女に与えたかを知らないのだ。

「そっか……母さんを騙したんだね」

「違う。あたしは――」

「うるさいっ! あなたはアリシアなんかじゃない! 母さんを騙した……わたしの敵だっ!」

「いかんっ」

 フェイトの左腕に展開される環状魔法陣。
 突発的な魔力の増大にザフィーラがアリシアの前に立ち、盾をつくる。

「あああああああああああああああああああああああっ!!」

 力任せに腕を振りかざして金色の砲撃を撃ち込んだ。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 金の光を青の盾が受け止める。
 金の光が盾を貫くことはなかったが、衝撃で舞った爆煙が晴れた先にフェイトの姿はなかった。

「後ろだっ!」

 叫ぶザフィーラの声にアリシアは反応できなかった。

『ラウンド――』

 デバイスもまた反応しきれずに中途半端な構成の盾を鎌が一薙ぎで切り裂き、アリシアの身体ごと打ち払う。
 バリアジャケットの出力を元々多めに割り振っているおかげでダメージはほとんどなかったが、殺傷設定の攻撃に冷たい汗が流れる。
 ソラに似た冷めた眼差しで見下ろすフェイトの姿にアリシアは言葉が出てこなかった。
 ソラと明確に違うのはそこに憎悪という感情が込められていること。

「フェイト……」

「許さない……絶対に許さない」

 本物のフェイトが見せたことのない表情を向けられてアリシアは戸惑うことしかできない。

「あなたの存在を……わたしは絶対に許さないっ!」

 まるで生き返って初めて会ったプレシアのような目で偽物のフェイトは叫んだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 吹き飛ばされるアリシアをザフィーラはすぐに追いかけようと身をひるがえす。
 だが、その前に立ちふさがる者がいた。

「お前は……」

 見たこともない相手だった。
 てっきり蒐集した相手が何らかの形で身体を持って現れていると思ったが彼女は違った。
 赤と黒のバリアジャケット。
 髪型こそ違うが、手に持っているデバイスの形状といい高町なのはにそっくりの姿。

「何者だ?」

 蒐集の時にこんな少女がいたとは聞いてない。
 何より彼女からは自分たちによく似た気配を感じる。

「お初にお目にかかります。
 私は闇の書の構築体の一基。
 ≪理≫のマテリアル星光の殲滅者といいます」

 丁寧な口調の挨拶だが、彼女がまとう気配に自然と警戒心が強まる。
 そして何より聞き流せない言葉があった。

「闇の書だと?」

「はい。この度の出来事は闇の書の防衛システムの再生機構が働いてのもの。
 本来なら、近隣世界を含め、もっと大きな規模に行うはずでしたが彼女の干渉によってこの世界にのみ留まっています」

「再生機構……それに……」

 彼女という言葉にザフィーラは思い当たる人物が一人浮かんだ。

「はい。闇の書の復活のため、貴方には私の糧になっていただきたく思います」

「……そうはっきり言ってくれれば、むしろ清々しいな」

 追究したいことはあったが、悠長に話している暇はない。
 偽物のフェイトと戦っているアリシアのことが気になる。

「だが、断る」

 はっきりと拒絶して拳を握る。

「そう言うと思いました。
 それではこの場で、魔導戦の勝敗にて」

「よかろう。分かりやすくて、助かる」

「では……行きます」

 レイジングハートに良く似たデバイスを星光の殲滅者が構える。
 その足下に展開される桜色の魔法陣。

「ブラスト――」

 膨れ上がる球体を前にザフィーラは目の前に盾を展開する。

「――ファイヤーッ!」

 砲撃と盾がぶつかり合う。
 撒き上がる爆煙にまぎれ、ザフィーラは獣形態から人型に姿を変えて飛び出す。
 すでに星光の殲滅者は杖を構え直し、その先をザフィーラに向けていた。

「パイロシューター」

 撃ち出された三つの魔弾。
 一つ目をかわし、二つ目をバリアをまとわせた拳で打ち払い、三つ目を無視して突っ込む。
 星光の殲滅者はその制御を手放して盾を張る。

「おおおおおおおおおっ」

 雄叫びを上げて振り抜いた拳は盾ごと星光の殲滅者を吹き飛ばす。

「ちっ……」

 しかし、ザフィーラは舌打ちする。
 手応えから盾を砕いて、その身に拳を叩き込んだわけではない。
 ダメージはほぼないと判断し、追撃を駆ける。
 下に落ちていく星光の殲滅者に向けてザフィーラは慣れた構成を組む。

「鋼の軛っ!」

 地面から無数の拘束条が星光の殲滅者を目掛けて突き出る。
 が、突き刺さる直前に星光の殲滅者は身をひるがえし、その先に着地する。

「ブラスト――」

「させんっ!」

 杖を構えるよりも速く、ザフィーラは落ちる勢いを利用して突撃する。
 自分が作り出した拘束条をその拳で砕き、足場を失った星光の殲滅者が落下する。
 すぐさま飛ぼうとする彼女にザフィーラは追い縋り、浴びせ蹴り。
 掲げた杖で防ぐものの星光の殲滅者はさらに下に。

「これは……なるほど、そういうことですか」

「お前に距離を取らせるわけにはいかないのでな」

 鋼の軛の森の中でザフィーラは改めて構えを取る。
 星光の殲滅者のスタイルがオリジナルと同じならば距離を取らせるのはまずい。
 そのために障害物があり、視界の悪い戦場をザフィーラは作り出した。

「ですが、これで勝ったと思わないでもらいたいですね」

 撃ち出された魔弾の数は十二。
 ザフィーラは一旦身を引いて、拘束条の影に身を隠し移動する。
 拘束条の影から影へ。
 誘導弾はザフィーラを追い切れずにあらぬ方向に飛んでいく。

「ふんっ」

 三度目の接近による拳打は今度こそ盾を砕き、その身を捉える。

「ぐっ!」

 拘束条に背中から叩きつけられる星光の殲滅者にザフィーラは突撃する。

「牙獣走破っ!!」

 足に魔力を集中させた飛び蹴り。
 バリアブレイクを付与させた一撃は咄嗟に張った盾を砕き、さらに蹴りを追加に繰り出す。

「ブラストファイヤー」

 その合間、星光の殲滅者は強引に杖を向けて撃った。

「ぐおっ!?」

「くっ……」

 直撃を受けたが、急ごしらえの魔法はザフィーラの騎士甲冑を通すことはなかった。
 しかし、その衝撃に両者の距離が離れる。
 煙に紛れて拘束条の影に身を移す。

「ルベライト」

 その動きを予測していた星光の殲滅者はバインドでザフィーラの腕を取る。

「ブラスト――」

「くっ……」

「――ファイヤーッ!」

 撃たれた直後にバインドを破壊する。
 回避できるタイミングではなかった。

「はあっ」

 腰を落とし、バリアで砲撃を受け止め、同時に拳を叩き込む。
 方向を変えた砲撃は拘束条を薙ぎ払う。
 ザフィーラは拳を、星光の殲滅者は杖を構え、睨み合う。

「ふふ……」

「何がおかしい?」

「失礼しました。
 ただ、楽しいと思って……」

「楽しいだと?」

「そうです。
 自分の全力をもって敵と戦うこの心の滾り。
 貴方も理解できると思いますが?」

「…………否定はしない」

 シグナムではないが自分の中に戦いを楽しむ心があることを素直に認める。

「ですから理解できません。
 何故、闇の書を拒むのか……」

「どういう意味だ、それは?」

「言葉通りの意味です。
 貴方たちは蒐集を行うこと、つまりは戦うことを楽しんでいたはず。
 その在り方を受け入れていたはず。
 なのに何故、今になってそれを否定するのですか?」

「我らはあのような在り方を受け入れてなどないっ!」

 主に道具のように使われ、やりたくもない戦いを強いられた。
 何度、その身を無益な血で濡らしたことか。
 何度、騎士の誇りを穢されたことか。

「それは嘘ですね」

 断言したザフィーラの言葉を星光の殲滅者は静かに否定した。

「私は貴方たちと同じところから生まれた存在です。
 ですから、貴方たちの気持ちは知っています」

「だったら――」

「強者と戦う高揚感」

 思わず、返す言葉に詰まった。

「一頁を埋めていく充実感」

 静かな口調に思わず聞き入ってしまう。

「闇の書を完成させた達成感」

 責めるでも、なじるでもない言葉は全てが的を射ていて耳を覆いたくなる。
 
「そこには喜の感情が確かに――」

「黙れっ!!」

 ザフィーラの咆哮に星光の殲滅者の言葉が止まる。
 だが、止めたところで次に出てくる言葉はなかった。
 分からなくなる。
 自分たちがどんな意志を持って蒐集を行っていたのか。
 だが、彼女の言葉を認めるわけにはいかなかった。
 それははやての両親を自分たちの悦楽のために殺したと認めてしまうようだったから。
 苦悩しているザフィーラは隙だらけだった。
 しかし、星光の殲滅者はその姿に杖を下ろした。

「…………何のつもりだ?」

 遅まきながらそれを指摘する。

「興が削がれました」

 無表情な顔から何を考えているのか読み取れない。

「それにもう時間です」

 星光の殲滅者が見た先では今まさに日が昇ろうとしているところだった。

「燃えたりませんが、今宵の戦いはここまでです」

「また、お前には確認しなければいけないことが――」

「あとの話は彼女に訊いてください」

 ザフィーラの言葉を遮って、星光の殲滅者の姿はかすみ消えた。

「彼女……だと……」

 それが何を意味するのか考える。
 が、そこに轟音が響き渡り、アリシアの存在を思い出す。
 立ち上る黒い煙に嫌な予感が胸に過ぎる。
 その煙の中からアリシアが飛び出してくる。

「まだ無事か」

 バリアジャケットに破損があるが動きはしっかりしている。
 それでも頭をせわしなく動かし、きょろきょろと周りを見るということはまだ戦闘は継続中なのだろう。
 そして、そのアリシアの背後にフェイトが現れる。
 その姿はぼやけ、不安定に揺らいでいるが未だに実体は確かだった。
 アリシアはそれを気配で察したのか振り返りざまにフォトンランサーを撃つ。
 が、それより速くフェイトは切り返しアリシアの背後に張り付く。

「くっ……間に合えっ!」

 ザフィーラの所からでは距離があり過ぎた。
 射撃魔法もなく、高速移動もないザフィーラには決して届かない距離でフェイトはハーケンを振り――
 金に青が絡みついた残光が空から落ちてきた。
 俯瞰できた距離だからこそ、ザフィーラの目でもそれを見ることができた。
 転移魔法陣から現れた本物のフェイトが急降下と共に青い刃の鎌を一閃。
 偽物にバルディッシュごと青い線を刻み、次の瞬間にはこれまで現れた魔導生物と同じように消えていった。
 フェイトに遅れて高町なのはの姿も確認する。
 
「…………ふぅ」

 周囲の警戒を緩めずにザフィーラは息を吐く。
 星光の殲滅者の言葉を信じるならこれ以上の魔導生物の発生はない。
 戦ってみて、彼女がそんな嘘をつくような人格ではないと感じたが、その言葉を鵜呑みにするつもりはなかった。
 何より、ザフィーラはある種の期待をもって周囲を探っていた。

 バサッ!

 それは羽音だった。
 視界の隅に黒い羽根が舞い落ちる。

「……やはり……お前のことだったか……」

 ゆっくりと振り返る。
 黒い翼に黒の装束。
 長い銀色の髪が風になびく。

「リインフォース……」

「久しぶりになるな……ザフィーラ」

 あの雪の日に最後に見た満足した幸せな笑顔は今、バツの悪い複雑な苦笑を浮かべていた。






[17103] 第十七話 契約
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:fa2fc7a2
Date: 2010/11/23 14:38

『申し訳ありません、リンディ提督……こんなことになってしまい何と詫びていいか……』

「いいえ……闇の書ほどのロストロギアだから余波被害は想定の範囲よ。気にしないでちょうだい」

 モニター越しに頭を下げるリインフォースにリンディは平静を取り戻して応えた。

 ――いい加減、驚くのも疲れてきたわ。

 この数日の物事の移り変わりは異常ともいえる速度だった。
 海鳴に向かったザフィーラとアリシアが結界に捕らわれたから最悪の予想をしてみたものの、それは外れ、出てきたのは予想の斜め上の出来事。

「えっと……つまり闇の書が復活しようとしているわけなのね」

『はい……申し訳ありません』

 リインフォースはそれが起こらないように自分から消滅を望んだ。
 それなのにこんな事態を引き起こしてしまったことに自分を責めているのがその表情から読み取れる。
 彼女を責める気持ちはないが、どうしたものかと考える。

「…………再生システムが動き出した心当たりはないの?」

『はい……それがまったく……』

 リインフォースの意図から外れた現象なら外部からの干渉だろうか?
 起こらないはずの出来事が起こったのならそれが自然現象ではないと考える。

『艦長……これはもしかして彼らの仕業かもしれませんよ』

 別のモニターでアレックスがそれを指摘する。
 彼ら、それははやてを狙ったテロリストたち。
 その内の一人が、夜天の技術を得るためにはやてを狙う必要はなくなった、と言った。
 その言葉を信じて考えるなら、確かにこの状況が彼らによって作り出されたものだと考えることができる。
 はやてを狙わずに闇の書を復活させる。そうすれば彼らが望むものを手に入れることができる。
 だが、リンディの頭にもう一つの可能性が浮かぶ。
 しかし、それを口に出すことは躊躇われた。

「……もし、そうだとしたら面倒ね」

 はやての護衛が必要なくなったとしても、これでは根本的な解決になっていない。
 それに彼らが夜天の技術を奪っていくのは見過ごすわけにはいかない。
 だが、実際はほとんど手詰まりでしかなかった。
 彼らに対抗できる手段がなかった。
 本来なら高ランクのなのはやシグナム達がいれば対処できない相手はいないはずだった。
 なのにこちらの常識を覆し、嘲笑う存在に憤りを感じずにはいられない。
 ロストロギアや次元犯罪者に翻弄される人々を守る自分たちがそれらに翻弄されている、それはどんな皮肉だろうか。
 ユワンの部隊の力も規制のことを考えれば過剰な期待はできない。

「とりあえず……次の発生はいつになるかしら?

『そうですね……少し様子を見ないと分かりませんが三日は大丈夫だと思います』

「三日ね……」

 とりあえず、目先の問題についてリンディは考える。
 リインフォースのおかげで無秩序な混乱は起こっていない。
 押え切れない防衛システムに方向性を定め、条件付けされたおかげでだいぶ対処しやすくなっている。
 闇の欠片の構築体が行動できるのは夜に設定された結界の中だけに設定されている。
 それがなかったら通常空間であの魔導生物たちが暴れていたことになる。
 民間人に被害が及ばない配慮。
 666頁分の魔導生物に予想される連戦への対処。
 十分とはいえないが、ありがたい条件だった。
 ヴォルケンリッターが数ヶ月をかけたものを一日で対処しなければいけないと言われたらどうしようもなかった。

 ――そう考えると、夜天の魔導書もかなりのものね。

 一度対処できたから侮った見方をしていたが、魔力を解放するだけでこれだけの事象を引き起こせるのは脅威だ。

「マリー……あと三日でなのはさんのレイジングハートだけでも修理できないかしら?」

『三日って……無茶言わないでくださいよ!』

「そこをなんとかお願い。
 バルディッシュの方は後回しにしていいから」

 フェイトが手に入れたリンカーデバイスに頼るのは気が引ける。
 一見ロストロギアに見えても、まともな資料がない今はそれを強く咎めることはできない。
 かといって違法にロストロギアに手を出したからといって身内を罰するのは気が引ける。
 それに、今となってはフェイトが唯一の対抗手段ともいえる状態だった。
 フェイトをテロリストたちの切り札として配置させるなら闇の書の残滓で消耗させるわけにはいかない。
 ヴォルケンリッター、高町なのは、アリシア・テスタロッサ、それにアルフ。
 はやては除外して使える手札は一つでも多くしたい。

『……とりあえず、頑張ってみますとしか言えません』

 肩を落としてマリーはそう応えた。
 きっと彼女はこれから徹夜で作業にかかってくれるだろう。
 頭が下がる思いだったが、隣りの気配にリンディは思考を切り替える。

「とりあえず、こんなところかしら。
 ヴォルケンリッターには病み上がりで悪いけどすぐに仕事をしてもらうわ」

「はい……元々私たちの問題ですから気にしないでください……それより……」

 リンディの言葉にシャマルが応える。
 促された言葉は聞くまでもない。
 シャマルが控える車椅子に座るはやてはそわそわとリンディの話が終わるのを待っている。

「もういいわよ。
 好きなだけとは言えないけど、ほどほどにね」

 席を譲る様に椅子ごとリンディはその場から移動する。

「あ、ありがとなーリンディさん」

 慌てた様子でリインフォースが映る画面の正面にはやては移動する。

『あ、主はやて……』

「リインフォース……」

 画面の向こうで彼女はバツの悪い表情を作る。
 今生の別れ方をして半年程度の時間で再会してしまったことによる気まずさだろう。
 その様子に苦笑しながらも、リンディは険しい顔をしていた。

 ――できれば他にもいろいろ訊きたかったんだけど。

 天空の魔導書のこと、夜天の技術のこと、そして何よりソラのこと。
 どれも重要なことだったが再会を喜ぶはやてを前で話せることではなかった。

「とにかく、ユワン提督の方に連絡をしないといけないわね」

 今回の闇の書の残滓事件とテロリストが無関係ではない可能性があるなら今できる万全の態勢を整わせなければならない。
 協力体制を取るにあたって、向こうの戦力の把握もしなくてはならない。
 やることはたくさんある。

「はあ……二人とも早く戻って来てくれないかしら」

 まだ「陸」にいる息子とその補佐官を思ってリンディは愚痴をもらした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 フェイトは戸惑っていた。
 テロリストと闇の書の欠片との戦い。
 その二つが終わってからアリシアが自分から距離を取る様になった。
 元々、彼女との距離を上手く取れないでいたフェイトからすればそれは悪いことではなかった。
 気がかりなのは自分の中にある醜い感情を知られたこと。

 ――魔法を使えるアリシアなんか認めない。

 嫉妬ともいえる思いだった。
 魔法を使えたから自分は母に否定された。
 それなのに魔法を使えるアリシアはプレシアに受け入れられた。
 それに憤りを感じずにはいられなかった。
 本来なら偽物と同じように声を上げて彼女を否定している自分が容易に想像できる。
 それができなかったのはソラの存在があったから。
 彼がもたらした母、プレシアの死。その衝撃が大きすぎてアリシアのことまで気が回らず、怒りをぶつけるタイミングを逃してしまった。
 そして、その感情は今も胸の中にあるが、制御できないほどではなかった。

「な……なあフェイト」

「…………何、アルフ?」

 引きつった声を出すアルフ。
 その声に現実逃避から思考を戻す。
 その内心は言葉にしなくても伝わってくる。

「あれって……あれだよね?」

「うん……そうだよね」

 時間は休日の昼時。
 アリシアが発する微妙な空気に気まずさを感じて散歩することにしたフェイトはなのはとの思い出がある公園に来ていた。
 そこで見たものは、あのセラと名乗った少女が備え付けのくずかごを漁っている姿だった。
 それも彼女だけではない。
 レイと名乗った男の人もそこにはいて、自動販売機の下に手を突っ込んでいた。
 最強のテロリストの二人のあまりの姿にフェイトとアルフの思考は完全に止まっていた。

「これって……どういう状況なのさ!?」

「さ、さぁ……」

 まともに回転し始めた頭で考える。

 ――まさかテロリストってすっごく貧乏なのかな?

 明日食べるものに困って犯罪に走る人の話も聞いたことがある。
 もしそうだとするならば……思わず同情の目を向けてしまう。

「ねえ……レイ。本当にこの辺にあるの?」

「ああ、たぶんな……くそ、ただのガラス玉か」

 思わず聞き耳を立ててしまう。
 どうやら何かを探しているようだった。
 二人の会話に思わず安堵の息が漏れる。
 もう少しで世のテロリストや犯罪者に対するイメージが音を立てて崩壊するところだった。

「なんでこんなことしなくちゃいけないのかしら」

「そりゃあ、お前が独断専行で好き勝手やるからだろ」

「むぅ……レイが「ベガ」を落としたのがいけないのよ」

 ああ、と納得しながらフェイトは右手を押えた。
 そこにある青い宝石。
 元々はそれは彼、レイの持っていたリンカーデバイスだった。

 ――落し物は落とし主に返すべき。

 そんな常識的な考えが浮かぶが、迷う。

「ほら、レイのせいで変な目で見られてる」

 セラと目が合ってドキリと胸が大きく鳴る。
 思わず右手に力がこもる。

『アルフ……戦闘の準備を』

『ちょ……フェイト?』

 アルフの驚く声を無視して、この場で戦うことを考える。
 「ベガ」と契約して魔力量の差を埋めた今なら負ける気はしない。
 今ここであの時の雪辱を晴らせるならそれはフェイトにとって望むところだった。

「あん……見せもんじゃねえぞ、コラァ!!」

 まるでチンピラのようにレイに睨みつけられた。
 ふとフェイトは違和感を感じた。

「このおにーさんは気が立っているから近付いちゃダメよ」

 セラがクスクスと笑いながらこちらを気遣う。
 その様子、自分のことなどまったく覚えてない様にフェイトは考えるよりも早く動いていた。

 ズバンッ!!

 フォトンランサーがくずかごを撃ち抜く。ゴミが舞い上がり雨のように降り注ぐ。
 が、セラはいつの間にその下にはいなかった。
 すぐさまベガを顕現させて振り抜く。
 鋼を打ち合わせる甲高い音を立てて、三日月斧と双刃剣が交差する。

「ああ……何処かで見たことがあると思ったら馬鹿な魔法を使った管理局の魔導師さんだったのね」

 人を小馬鹿にした変わらない表情、あの時感じた殺意を思い出す。

「あの子は元気にしてる?」

「うん……なのははぜんぜん元気だよ」

 皮肉をこめて応えるが、セラはあっそ、とだけ応えてまったく動じない。
 ベガに込める力が強くなる。それに対して押し返す力をはっきりと感じる。
 前は壁を相手にしているような手応えだったが、彼女との差が埋まっている確かな手応えをフェイトは感じる。

「じゃあ、次に会ったらちゃんと殺してあげないとね」

「…………そんなことできると思ってるの?」

 ――決めた。この子はここで殺そう。

 自分でも意外に思うくらい自然にそう思えた。

「フェイトまずいよ」

「ちょ……何してんだよセラ!」

「アルフは黙ってて」

「邪魔」

 間に入ろうとしたアルフを一喝する。
 向こうも止めようとしたレイを押しのけている。
 幸い、向こうもやる気のようだった。

「…………フェイト、ごめん」

「え……?」

 目の前のセラに集中していたフェイトは背後からのアルフの声に意識を逸らす。
 しかし、振り返るよりも早く背中に衝撃を受けて、意識が暗転した。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 アルフが目の前の二人に感じているのは恐怖だった。
 初めて会った時から変わらない、本能が訴える衝動。
 どんな間が抜けた行動していても彼らは絶対的な強者。
 獣の本能に従って、身体は震え、平伏してしまいそうになる。。

 ―― 一秒だってこいつらの前にいたくない。

『アルフ……戦闘の準備を』

『ちょ……フェイト?』

 にも関わらず、アルフの心情を知らないフェイトはすでにやる気だった。
 思わず正気を疑う。
 確かにフェイトの魔力は「ベガ」と契約してから飛躍的に上がっている。
 流れてくる魔力の量が多くなり、アルフも力が漲っている。
 それでも、いやだからこそまだ足りないと分かってしまう。
 魔力の差もそうだが、たたずまいからして違うのだ。

 ――相手を殺すために戦っている。

 結果的に殺してしまうかもしれなかったヴォルケンリッターたちとは全く違う。
 そんな本物の殺意に当てられ、もはや戦う前からアルフの心は折れかけていた。

 ズバンッ!!

 思案している内に音を立ててくずかごが宙を舞った。

 ――何が――

 何が起こったのか理解するより早く、目の前で三日月斧と双刃剣が甲高い音を立ててぶつかり合った。

「ああ……何処かで見たことがあると思ったら馬鹿な魔法を使った管理局の魔導師さんだったのね」

 アルフの思考が追いつかないまま事態は進んでいく。

「あの子は元気にしてる?」

「うん……なのははぜんぜん元気だよ」

 初めて聞くフェイトの人を蔑むような口調に思わず耳を疑った。

「じゃあ、次に会ったらちゃんと殺してあげないとね」

「…………そんなことできると思ってるの?」

 フェイトから流れてくる感情にアルフは震える。
 信じられないくらいに冷たい感情。
 目の前の二人と同じ、敵に対しての本物の殺意。
 セラにフェイトは本気で殺意を抱いていることに戦慄する。

 ――まずい、まずいよ。こんなのフェイトじゃない。

 自分の知らないフェイトの姿にアルフは焦る。
 このままにしてしまったら取り返しがつかないことになりそうで不安が大きくなる。

「フェイトまずいよ」

「ちょ……何してんだよセラ!」

 咄嗟にフェイトの前に立って止めるが、無情にもフェイトはそれを鬱陶しいといわんばかりに押しのける。

「アルフは黙ってて」

「邪魔」

 向こうのレイもセラを止めようとしていたが無理なようだった。
 思わず、彼と顔を見合わせる。

 ――なんとかしてくれ。

 ――実力行使しかないだろ、これは。

 ――でも……

 ――考えている暇はねぇ、そっちは任せた。

 ――……仕方ないか。

 決して分かり合えるはずのない相手とアイコンタクトを交わして、アルフはフェイトの背中を見る。

「…………フェイト、ごめん」

「え……?」

 目の前のセラに集中していたフェイトにアルフはスタン効果を付与したフォトンランサーを叩き込んだ。
 同時に向こう側で空気の弾ける、慣れ親しんだ電撃の音が響いた。
 糸が切れたように崩れるセラを、自分がフェイトにしたように、レイが受け止める。

「あ、あははー……失礼しましたーっ!」

 周囲の視線に対してレイはセラを担ぎ上げて駆け出した。

「あ……」

 という間にその背中は小さくなっていく。
 そして残されたアルフに周りの視線が集中する。
 昼時の公園。
 しかもフェイトが握るベガはいまだに三日月斧の形を維持している。
 こそこそとした声と白い視線。
 そして――

「警察を呼んだ方がいいんじゃないか?」

 獣の聴覚に聞こえてきた野次馬の声にアルフはレイと同じ行動を取った。

「お騒がせしましたーっ!」

 つまり、逃走。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 気が付いたらアルフの腕の中にいた。

 ――確か……セラと戦おうとして……

 意識を失う直前のことを思い出そうとするが思い出せない。
 景色が流れ、アルフの荒い息が聞こえる。
 逃げている様子に自分がまた負けたのかと思うが、前にはレイの背中が見え、その肩にはセラが担がれていた。
 何かがおかしい。
 強烈な違和感をフェイトは感じる。
 何故、アルフがレイを追い駆けているのか?
 何故、レイは脇目も振らずに逃げるのか?
 何故、セラは気を失っているのか?

「ゴフッ!!」

 目の前を走るレイがいきなり吹っ飛んだ。

「え……?」

「なっ!?」

 投げ出された少女、セラはそのまま身体を捻り、後ろ回し蹴りで踵をレイの側頭部に叩き込み、さらに飛ばす。

 ぐしゃり!

 そんな擬音が聞こえてきそうな倒れ方をするレイを思わず心配してしまう。

「まったく……いきなり電気ショックなんてひどいことするのね」

 担がれ、乱れた服と髪を簡単にを整えてセラはこちらに向き直った。

「アルフ……降ろして」

「フェイト?」

 言いながら、驚くアルフの腕からフェイトは自分で降りる。
 自分の身体をざっと診るが外傷はない。平衡感覚もはっきりしているし、魔力の滞りもない。
 異常はないと判断してベガを構える。

「こんな所でやるつもり?」

「結界を張ればどこだって一緒」

 公園の中でも人通りの少ない場所なのだろうか。
 周りに人影はないが、通常空間で戦うつもりはない。

「封時結界」

「解除♪」

 一瞬、フェイトを起点にして世界の色が変わるが、次の瞬間に色は崩れ元の色彩を取り戻す。

「…………結界」

「解除♪」

 一際力を込めて結界を構築するが、次の瞬間により大きな魔力によってそれは潰される。

「うう……」

 思わずうめく。

「生憎だけど、怒られたばっかりだから戦うつもりはないわよ」

「うそつけ……やる気まんまんだったじゃねーか」

 お腹と頭を押えながら意外と平然にレイが立ち上がる。

「なんのことかしら?」

「しかもえげつない回避手段使って泣かして」 

「なっ……泣いてない!」

 思わずレイの言葉に反論しながら、無意識に腕で目元をこする。
 二人は妙に生温かい視線を向けてくる。

「泣いてないよ……」

「……そうね。泣いてないわね」

「あーうん。俺の勘違いだ勘違い」

 気遣われた気がしたがそれを意識の外に追いやり状況を考える。
 結界の構築は不可能。
 通常空間での戦闘は街の被害を考えればできるはずもない。
 かと言って、相手はテロリスト。そんなことを気にするような相手だとは思えなかった。
 
「戦わないって言ってるのに……」

「ならどうしてここにいるの? それに夜天の魔導書を復活させようとしているのもあなたたちでしょ!?」

「夜天の魔導書の復活? 何のこと?」

「とぼけないで!」

「ちょっとフェイト落ち着いて」

「でも……」

「いいから……ここはあたしに任せてくれよ」

 言いながらアルフはフェイトの前に出る。

「あ……あんたらの目的はベガっていうリンカーデバイスだろ?
 見ての通り、今そいつはフェイトのもんになってるのに取り返すつもりはないのかい?」

「あーそれな。そいつが決めたことなら俺たちがどうこう言う問題でもないからなぁ」

 がしがしと頭を掻きながらレイが応える。

「それはどういう意味だい?」

「ベガがそいつを主に決めたんだろ? 
 元々、そういう契約で力を借りてたから文句はねーよ」

「契約って……こいつはあんたの相棒じゃないのかよ!?」

「たぶん勘違いしていると思うけど、リンカーデバイスはただの道具じゃないぞ」

「……どういうことだい?」

「リンカーデバイスはその名前通りリンカーコアを持つデバイスだ。
 つまり、ちゃんとした自我を持っていて生きているんだ」

「…………は?」

「だから、そいつが別の主を見つけましたって言うなら、俺はそれを見送るだけなの」

「ちょ……ちょっと待ってくれよ、デバイスが生きてる?」

 思わずアルフは振り返ってわたしの手の中にあるベガを見る。
 フェイトも同じようにベガを見る。
 冷たい鉄の様な柄の感触。
 その中に魔力を感じるが、これそのものが生きているとはとても思えない。

「どうせリンカーコアを動力にしているデバイスだと思ってたんでしょ?
 そんな生易しいものじゃないわよ」

「でも……ベガの声を聞いたのは初めの時だけだし」

「あら……?」

「んな馬鹿な?」

 フェイトの言葉に今度は二人が驚く。
 それからセラはジッとフェイトを凝視してから、納得するように頷いた。

「なるほど、そういうことね。
 よかったわね。当分あなたはあなたのままでいられるわよ」

「それはどういう意味?」

「さあ……どういう意味かしら」

 笑うセラに思わず目に力がこもる。

「そういうわけだから。セラたちはベガを取り戻したいとは思ってないの。
 ベガと戦うのはセラたちの役目じゃないしね。
 それでこっちから質問。
 夜天の魔導書を復活させようとしているってどういう意味かしら?」

「とぼけないで……あなたたちの仕業でしょ」

「だから何のこと?」

 白々しくとぼけるセラに怒りが込み上がる。

「ちょっとフェイト……いや、そっちが知らないって言うならそれでいいんだ」

 そんなフェイトをなだめながらアルフはその場を取り繕う。

『まずいよ。こいつらが本当に無関係なら余計なことは教えちゃまずいって』

 念話での言葉にフェイトは自分の失敗を自覚する。

「あら……そっちの質問に答えてあげたのに、こっちの質問には答えてくれないのかしら?」

 セラはアルフの誤魔化しを気にせず追究してくる。

「答える筋合いはない」

 戸惑うアルフに代わってフェイトが素気なく答える。
 元々は敵なのだ。
 律儀に答えなど返す必要なんてない。

「ふーん。そういう考えは嫌いじゃないけど利口じゃないわよ」

「……行こうアルフ」

 相手が戦う気がないならこれ以上ここにいる必要はない。
 そして戦えないならこれ以上顔を合わせていたくない。
 ベガを消し、踵を返す。

「なあ、どういうことだよ?」

 背後でレイがセラに尋ねる。

「どうもこうも……あの子、死んでるのよ」

 歩き出した足が止まった。

「まあ、死んでるって言うか死にかけてるの。
 ベガのおかげで命を取り留めているみたいね」

「ちょっとそれどういうことだよ!?」

 止まるフェイトに対して、アルフが激昂する。
 そんなアルフにセラは微笑んで……

「答える筋合いはない、わ」

 無情な言葉に絶句するアルフ。
 思わぬ言葉、鼻で笑ってしまう内容なのにそれを否定する言葉が出てこない。
 頭では否定しているのにそれが嘘じゃないと心が理解している。

「……今、この街で夜天の魔導書が復活しようとしてるんだ」

「アルフ!?」

 事情を話し始めるアルフに思わず声を上げる。

「いいから……任せて……」

 こちらの制止を聞かずアルフはそのまま話し始める。

「闇の書の残留魔力が集まって防衛システムが再生しようとしてるんだ」

「…………なるほど、それでヘイセが言っていた闇の書を手に入れる別の方法だと思ったのね」

「そうだよ……」

「ふーん……でもセラたちはそんなこと知らされてないわ」

「無関係だっていうのかい?」

「少なくてもセラたちは……ヘイセが動いているかもしれないから絶対とはいえないけど」

 嘘は言っていないと思う。
 少なくてもこの二人は本当にベガの回収だけのためにこの世界に来たようだった。

「質問には答えたよ。
 だから教えてくれ、リンカーデバイスってなんなんだい?
 今、フェイトはどうなってんだい!?」

「教えて上げてもいいけど……そっちはその代わりに何を教えてくれるの?」

「なっ!? 今、話したじゃないか!」

「それはセラたちがベガを取り戻さない理由と交換の話。
 質問はリンカーデバイスと、そっちの子の現状の二つね。サービスで一つの情報と交換でいいわよ」

「やっぱ、えげつねー」

「脳筋は黙ってて。ああ、別に情報じゃなくてそっちの子が土下座して頼むんだったら教えて上げてもいいわよ」

「足下見やがって……」

「そうよ。立場はあなたたちの方が下なの。
 それで……どうする?」

「……いいよアルフ」

「でも……」

「こんな奴の話なんて本当のことかも分からないから。
 ユーノだって頑張ってくれてる。身体のことだってもっとちゃんと調べれば分かるはずだよ」

「随分楽天的なのね」

「敵の言葉を鵜呑みにする方が楽天的だよ」

 セラを睨み返す。

「うん……悪くない判断ね。
 それじゃあ特別に教えて上げようかしら」

「え……?」

「む……」

「この天の邪鬼が」

 レイのもらした言葉に頷きたい気分だった。
 三人の冷ややかな視線を無視してセラは楽しげにビニールシート広げる。

「あれ?」

 何を始めたのかと首を傾げていると、セラはテキパキとそれらを何処からともなく取り出す。
 ビニールシートに始まり、ホワイトボード。そして白衣。
 それから足場になる台を用意して黒いマジックで「リンカーデバイスについて」と大きく書く。

「気にすんな。気分屋で形から入る奴なんだ」

 ため息を吐きながら教えてくれるレイに思わず同情してしまう。

「大変なんですね」

「分かって――」

「そこうるさいっ」

 嬉しそうな顔になるレイにセラは厳しい言葉をぶつける。

「私語は慎むように」

 その警告はフェイト達にまでおよび、セラは座れと促す。
 釈然としない気持ちを抱きながらフェイトはそれに従って、指されたビニールシートの上に座る。

「ほら……レイも座りなさい」

「って、俺もかよ!?」

「どうせリンカーデバイスの原理なんて覚えてないんでしょ?
 良い機会だから聞いておきなさい」

 有無を言わさないセラが発する空気にレイは渋々フェイトの隣りに腰を下ろす。

「こほん……それじゃあ授業を始めようかしら」

 そう切り出してセラは話し始める。

「まず初めにリンカーデバイスっていうのは破天の魔導書が作り出した生体デバイスのことなの。
 その数は数百に及ぶわ」

「数百っ!?」

 驚きの声をアルフが上げる。
 声にしなかったがフェイトも驚いていた。

「作られた当初の話よ。今はだいぶ少なくなっているわ
 それで、なんで破天の魔導書がこんなに同系統のデバイスを作ったのかっていう話だけど。
 それは当然、天空の魔導書の共通の目的のためよ」

「共通目的って「神」の魔導師?」

「そう、リンカーデバイスの最大の特徴はレベルアップすることができる点なの。
 普通のデバイスはパーツの追加とかで性能を向上させるけど、リンカーデバイスはある一定波長のリンカーコアを食べてその能力を向上させるわ」

「一定の波長?」

「うん……その一定波長のリンカーコアっていうのが、リンカーデバイスが寄生したコアのこと、つまり今のあなたのコア」

「……でも、それでどうやって「神」になるの?」

「「コドク」って言葉知ってる?」

 さらさらとセラはホワイトボードに「蟲毒」と書く。

「古代魔法の一種で一つの壺にたくさんの虫を入れて閉じ込めるの。
 中の虫を互いを殺し合わせて、生き残った最後の虫を使って行う呪い系の魔法。
 やり方はそれと同じ」

「それってまさか……」

「壺は世界。虫はリンカーデバイス……ううん、この場合は魔導師になるのかな。
 リンカーデバイスを使って魔導師を互いに殺し合わせて、その寄生者の魔力を奪って成長していく。
 そうやって数百の力を束ね合わせて作り出した最後のリンカーデバイスが破天が考えた「神」に至る道。
 儀式の名前は「星霜の壺」」

 突然、突き付けられた内容に実感が湧かない。
 セラの説明で自分のおかれた状況を理解する。
 感情に任せた不用意な契約によってフェイトに課せられたものは途轍もなく大きい。

「力をもらった対価よ。
 それにまだ終わりじゃないわよ」

「まだ……あるの?」

 もはやセラに対する敵愾心は消え、怯えた目を向ける。

「リンカーデバイスはストレージ、インテリジェント、アームド、ユニゾン、ブーストなど全ての要素を持っているわ。
 その中でもシステムの基盤となっているのはユニゾンシステムなの。
 ユニゾンシステムの危険性って知ってる?」

「それは……融合事故?」

「正解。
 リンカーデバイスの目的は生贄になる魔導師を使って戦わせること。
 そこに人間性を求めたりはしないわ。
 むしろ、その身体を乗っ取って存在意義を全うしようとするわ」

「それってやばいよ!
 なんかベガをフェイトから引き剥がす方法はないのかい?」

 アルフの叫びにフェイトも同感だった。
 いくら力を貰えると言ってもリスクが大き過ぎる。

「自分に不都合になったからって勝手に契約は解けないわよ。
 そうね……ベガの気まぐれしかないんじゃないかしら?」

「……本当にそれしかないのかい?」

 セラがいい加減に答えていないと察して激昂することはなかった。

「他の方法は破天の魔導書の意志に直接聞かないと分かんないわ。
 でも、何処にいるか知らないし、期待もできないわ。それに――」

「それに?」

 この上何があるのだろうか?

「今のその子の命はベガに支えられているのよ」

「それはさっき言ってことだね?」

「そっ、二つ目の質問。
 その子はあの時、数百のカートリッジを一気に使ったでしょ。
 それのリバウンドを受けたのは分かってるでしょ?」

「……うん」

「それが致命傷だったということ。
 ベガもそれは誤算だったんでしょうね。
 後遺症がどこまでひどいかは分からないけど、ベガが自分の意識を眠らせて生命維持をしてるんだから相当なものよ。
 だからベガを引き剥がすことは、そのままその子の命を断つということになるわ」

 本来なら死んでいる、それは自覚していた。
 そしてベガがそれを治してくれたと思っていたがそうではなかった。

「今、ベガはその子の生命維持と戦闘能力の確保の二つにそのリソースを全部割いているの。
 だから、少なくてもあなたの身体が完治するまでは融合事故は起こらないと考えていいわ」

「え……?」

 絶望の淵に立たされ、あと一押しで奈落の底。そんな気分だったが意外にもセラの口から救いの言葉が出てきた。

「それから融合事故って言っても、要は精神のせめぎ合いになるわ。
 お決まりのことだけど強い精神力でリンカーデバイスを従わせることは可能なの」

「えっと……」

 目の前の少女は本当にあのセラなのだろうか。
 人を小馬鹿にいつも笑っていて、人が苦しんでいるのを嘲笑って、人を殺すのに喜びを感じて、人を見下している。
 そんな印象しかない彼女が自分にとって優しい言葉かけてくれるセラは不気味だった。

「……なんか失礼なこと考えてない?」

「ううん、そんなことないよ」

 慌てて否定する。
 咎める様な視線を一つ向けてから、セラは話を戻す。

「まあ、リンカーデバイスの性格もそれぞれだけど、ベガはそこまで過激な性格はしてなかったはずよ、ねぇレイ」

 呼びかけ、しかし答えは返ってこない。
 不思議に思って隣りをうかがう。
 胡坐をかき、膝の上に肘を乗せ頬杖を突く形で微動だにしない。目は開いているが、これはもしかして。

 ズバンッ!!

「ぬわっ!?」

 結構な威力の血色の魔弾がその額を撃ち抜いた。

「レイ……あなたを見くびっていたわ。
 まさか目を開けたまま寝るなんて高等技術を持っていたなんて」

「ちょ……ちょっと待てセラ! お、落ち着け、頼むから落ち着いてください」

 血色の光が視界を埋め尽くす。
 とりあえず目を瞑って、耳を塞ぐ。
 攻撃はすぐ隣だけどセラならうまくやるだろうと判断する。

「ぎゃああああっ!」

「さてと……何か質問はあるかしら?」

 何事もなかったように尋ねてくる。
 それを何事もなかったように受け入れアルフが先に手を挙げた。

「あのさ、こいつはリンカーデバイスを持っていたんだろ?
 それなのに変なデメリットはないみたいだけど」

「レイとアンジェは特別よ。
 二人は魔導師じゃなくて超能力者だからユニゾンシステムが機能しないのよ。
 だから、システムの大半は使えないけど、リンカーデバイスはそれ自体に独自に魔力を持っているから、それだけで強力な武器になるの」

「でも、それじゃあ何でこいつらに使われていたのさ?」

「それは……」

 セラが言い淀んだ。
 アルフが疑問に感じたことはフェイトも当然感じた。
 レイとアンジェは魔導師ではない。
 それはリンカーコアがないことを意味している。ならば彼らに使われることは存在理由から外れることではないのか。
 そもそも、互いが争うことを宿命付けられたリンカーデバイスがどうして協力できるのか。
 優秀な魔導師が選考基準なら持っているのはセラになるはずだ。

「……どうしてなの?」

 どうやら知らなかったみたいだった。
 未だに倒れているレイをセラは蹴って起こす。

「んぁ……ただフェザリアンの能力原理を知りたいから力貸してくれてただけだぜ。
 それから宿主を見つけるのは戦場の方がいいとか言ってたな」

「つまりはただの探究心と足代わりなのね」

 肩すかしをくらった気分だった。

「まあ、その代わりに俺たち用のデバイスを組んでくれたからありがたい話でもあったしな」

「まるで人間みたいだね」

 役目を果たすだけの機械のような存在かと思ったらそうではない。
 自我を持って生きているというのも納得する。
 自分で考え、行動する。興味があったから知りたいと思う。
 そして、御礼を返すことまでしている。
 それはまさしく人の行動だ。

「そっちは何かないの?」

 アルフの質問はそれで終わり、セラの視線がフェイトを向く。
 突然振られても困ってしまう。
 敵愾心は薄れても、嫌悪感は消えていない。
 嫌いな相手に教えてもらうのは抵抗があるが、引き出せる情報は引き出しておくべきだと理性が言っている。

 ――でも、何を聞けば……

 聞きたいことはたくさんある。
 説明されなかったリンカーデバイスのシステムの全容も気になる。
 それに授業とは関係ないが、彼女たちが戦う理由。
 南天の魔導書のことも知りたい。
 挙げれば切りがないほどに、自分たちは何も知らない。

「ねぇ……魔法を無効化する技術って知ってる?」

 思考が迷走し、自然と口に漏れた言葉はそれだった。
 セラたちが持つ技術は気になる。
 しかし、それはロストロギアが絡んでいるから理解が及ばなくても納得できる。
 今、フェイトにとっての答えの出せない疑問はソラだった。

「魔法を無効化……いくつかあるわね」

 別の話題なのに律儀にセラは答えてくれた。

「……その人、魔導師じゃなかったんだけどわたしの魔法を消しちゃったの」

「魔導師じゃないのに魔法を消した……ありえないわね。
 魔導師なら魔力結合を強制的に切ることもできるけど非魔導師がやった?
 稀少技能だとしても非魔導師が技能そのものを持っている話だって聞いたことないし……
 AMF発生装置は今の技術じゃ携帯なんて無理だし…………その人、人間?」

「うん…………たぶん」

 自信を持って頷けなかった。

「実際に見てみないと分からないわね。
 でも、非魔導師にはそんなこと絶対に不可能よ」

「そう……だよね」

 フェイトの結論もセラと同じだった。
 あの時の模擬戦を何度考察しても何も分からない。
 ロストロギアに精通し、自分よりも豊富な知識を持っていそうなセラにも分からないならどうしようもない。

「それにしても魔導師じゃないか……確かレイもそんな人に負けたとか言ってたっけ?」

「ああ、姐さんと二人がかりで殺したのに生き返ってきたんだぜ、あのばけもん」

「世界は広いわね」

「…………そうだね」

 不死身の怪物。まるでおとぎ話のような話だった。
 レイとアンジェの戦闘能力は知っている。
 そのレイが化物と呼ぶ相手など想像できなかった。
 でも、生きているデバイスなどもあるのだから、一概に否定できない。
 ソラの存在にしたってそうだ。

「さてと、このくらいかしらね」

 それを終わりの合図にしてセラはホワイトボードに書いた文字を消し始める。

「ありがとう……って言うべきなんだよね」

 抵抗はあったが、しなければいけないほどにセラは知りたいことを教えてくれた。

「言わなくていいわよ。お互い敵同士なんだから変な情を持っても邪魔にしかならないわよ」

「戦うなら容赦するつもりはないよ。
 わたしはなのはにしたことは絶対に許さないから」

 言われるまでもないことだった。
 感謝の気持ちと、セラへの敵愾心はまったくの別物だ。

「それでいいわよ」

「……あんたたちはこれからどうするつもりなんだい?」

 ビニールシートから立ち上がってアルフが尋ねる。

「とりあえずホームに戻るわ。
 それから闇の書についてどうするか決めるかしらね」

「介入するつもりかい?」

「場合によってはね。
 南天の魔導書と照合すれば防衛システムのバグを取り除くこともできるはずだからメリットは十分だと思うわ」

「バグを取り除くって、そんなこと本当にできるの?」

「天空の魔導書の基本システムは共通で互いのバックアップの役目もあるからできるはずよ」

「それじゃあリインフォースは……」

 治すことができる。
 その可能性にフェイトは高揚する。

「あ、でも……」

 こちらにはそのための天空の魔導書がなかった。
 唯一味方に近い立ち位置にいる東天の魔導書の主のアサヒがいるが、彼女が夜天の魔導書を救うために力を貸してくれるとは思えない。

「他人の心配をするよりも自分の心配をした方がいいんじゃないかしら?」

「え……それはどういう意味?」

 まさか、ここで丁寧に教えてくれたのは初めからこの場で自分を始末するつもりだったから。
 思わず緊張に身を固くするが、セラの方には変わらず戦闘の意志はないようだった。

「だって、これからあなたは命を狙われるのよ」

「……何を言ってるの?」

「言ったでしょ。
 リンカーデバイスは他のリンカーデバイスと戦うために存在している。
 彼らの戦いはリンカーコアを食べること、つまり相手を殺すことよ」

 その意味を改めて教えられて身体に震えが走る。

「あなたがベガを手にしたっていうのはそういうこと。
 あなたは他のリンカーデバイス使いに狙われ続ける。
 そして、あなたは他のリンカーデバイス使いを殺さなくちゃいけない」

「そんな……」

「それが力を求めた、あなたが支払う対価よ」

 茫然とするフェイトにセラは無情なまでの事実を突き付ける。
 大きな力を手に入れた代わりに人殺しになる。
 ベガに命を支えられているフェイトにはその戦いから逃げ出すことはできない。

 ――こんなこと誰にも相談できない。

「それじゃあ、またどこかで会いましょう」

 用意したもの全て片付けて、さよならをセラが言ってるがそれに言葉を返す余裕はフェイトにはなかった。
 倒すこと、それが相手を殺すことだとフェイトはここに来てようやく理解した。

 ――世界はいつだってこんなはずじゃない。

 義理の兄なったクロノの言葉をフェイトは思い出さずにはいられなかった。
 こんなことを望んでいたわけじゃない。
 あの時、セラを確かに殺したいと強く思ったが、それは他の人たちに向けられるものではなかった。

「アルフ……わたしは……どうすればいいのかな?」

「フェイト……」

 フェイトがもらした弱々しい呟きに、彼女の使い魔はただ寄り添うことしかできなかった。







[17103] 第十八話 死合
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:fa2fc7a2
Date: 2011/01/10 11:25

 あれから二日経った。
 闇の書の残滓の発生もなく、かといってリンカーデバイス使いの襲撃もなかった。
 呆然と、フェイトはベッドに寝そべりながら天井を見続ける。
 本来なら手に入れたベガの力に慣れるため訓練をするべきなのだろう。
 突然得た力は大きく、今までの感覚で魔法を使おうとするとどうしても構成が荒くなり、動く距離一つとっても齟齬が生じてしまう。
 戦いにおいてそれらは死活問題になることだが、それを改めるための訓練をする気には到底なれなかった。

「これは……人を殺すための力……」

 己の右手をかざす。
 手にした魔法の力は人を殺すためのもの。
 そんな力を使うのには抵抗があった。
 訓練をすることさえ、人殺しのためだと思ってしまう。

「どうすればいいんだろう……」

 答えてくれる人はいない。
 リンカーデバイスの役割を知っているのは自分とアルフだけ。
 リンディにもなのはにも話していない。
 その二人が今、いないことにフェイトは安堵する。
 リンディは明日の闇の書の残滓の発生に備え、アースラにいる。
 なのはは急ピッチで進められているレイジングハートの修復、その調整のために本局にいる。
 早急な戦力確保のためにバルディッシュの修理は見送られているが、それが今は歯痒い。

「どうすればいいんだろう……」

 答えは出せない。

 コンコン!

 思考にふけっていると小さなノックが聞こえた。

「フェイト……アルフがごはんできたって」

 ドアの向こうでアリシアが呼ぶ。
 時計を見ると十二時を回っていた。
 それに気が付くと空腹を感じる。

「うん……分かったすぐ行く」

 返事をしながら自嘲する。
 こんな状況になっても身体は普段と変わることなく食事を求める。
 だからせめてと思う。

 ――みんなに心配かけないように普段通りにしなくちゃ。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「うん……分かったすぐ行く」

 ドアの向こうからの返事。
 そのドアをアリシアは開けて中に入る勇気を持てなかった。

「分かった……それじゃあ……待ってるから」

 今、フェイトは自分の知らないところでどんな顔をしているのか、確かめるのが怖かった。
 偽物とはいえフェイトに向けられた感情はアリシアが予想もしていなかったのものだった。
 母を失い、兄の様に慕ったソラもいなくなり、アリシアが求めたのは会ったことのない妹の存在だった。
 ソラの裏切りに、クライドに対しても恐怖心を感じ拒絶し、閉じこもった日々。
 アリシアを保たせているのはソラへの復讐心と、フェイトに対しての姉という義務感だった。
 ソラを憎むこと、フェイトに対して良いお姉さんでいたいという意気込みがアリシアを平静にしていたが、あの言葉が胸に突き刺さる。

 ――魔法を使えるアリシアなんか認めない。

 それを言った一人目は母、プレシアで。「お前はアリシアじゃない」と、何度もなじられ、拒絶された。
 二人目は偽者のフェイトの口から、それでも本物のフェイトはそれに対して何も言ってくれなかった。

「あたしは……アリシア・テスタロッサなのに……」

 忘れたはずの傷がうずくのを感じる。
 それ以外の名前を持たないアリシアからすれば、「あなたはアリシアじゃない」という言葉は苦痛でしかなかった。
 気が付けば、今まで見えていなかったものが見えてくる。

 ――信じてくれてないんだ。

 生き返ったこと、自分が本当にアリシアだということをフェイト達は信じてくれていない。
 言葉にされてなくても分かってしまう。
 自分でも魔法が使えるようになったことは以前と変わったことだと分かっているが、それで自分そのものが変わったとは思ってない。
 生き返った理由も、魔法が使えるようになったわけも分からない。
 それでも自分はアリシア・テスタロッサだと言うしかない。
 折り合いをつけたはずの感情が偽物のフェイトの言葉でうずく。

 ガチャ!

 その音にアリシアは身を跳ねさせた。

「あ……アリシア……そこで待っててくれたんだ……」

「あ……うん」

 思わず頷く。
 待っていたつもりはない。
 ただ思考に没頭していただけだった。

「えっと……」

「ん…………」

 そこで会話が止まってしまう。

「それじゃあ……行こうか」

 誤魔化すように促す。
 前は自然に手をつなごうと伸ばしていた手は出ず、戸惑いながらフェイトにアリシアは背を向けた。

「……でも……いつまでも逃げてちゃダメだよね」





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「あれ? リインフォースにザフィーラは? それにアレックスも?」

 リビングに入ってフェイトは首を傾げた。
 テーブルに用意された食器の数は三つだけ。
 他の三人の姿はどこにも見えなかった。

「三人とも通信室にいるよ」

 料理の盛り付けをしながらアルフが答えた。
 明日のことがあるからアレックスは分かるが、他の二人も?
 一日一回ははやてと話していることを知っているが、昼時には珍しい。

「なんかさ……グレアム元提督と話をするらしくてさ、二人は通信越しにってことらしいよ」

「そっか……リインフォースはここから離れられないしね」

 グレアム元提督が何をしようとしていたかフェイトは教えられていた。
 時期を見て、はやてに話すと聞いていたが、アサヒが現れたことでそれができなくなったのだろう。
 彼女によって知らされた出生の秘密がヴォルケンリッターとの関係をどうするのか、気になるところだった。

「はやてって……ソラが探している闇の書の持ち主なんだよね?」

「うん……そうだけど」

「大丈夫なの? ソラはその本に全部奪われたって言ってたけど」

「大丈夫だよアリシア。
 シグナム達もリインフォースも良い人たちだから。
 ソラから全部奪ったのは前の心のない主なの」

 そう、問題は出生の話だけではない。
 闇の書を憎むソラについてもどうするか決まっていない。
 問題は山積みだと改めて思う。

「……どうしたの?」

 フェイトの言葉を聞いてアリシアは何か考え込んだ。

「フェイト……ソラは奪われる痛みを知っているのにどうしてママを奪ったのかな?」

「それは……」

 言葉に詰まる。
 ソラがプレシアを殺した理由は未だに分からない。
 それに本当に殺したのかフェイトは疑ってさえいる。
 でも、アリシアが言うことはもっともだった。
 ソラは奪われる痛みを知っているのに、何故プレシアを殺したのだろうか。
 彼の口ぶりを思い出せば、そこに意味があるよう感じるが、何を意図していたのだろうか。
 考えて見ても全く分からない。

「アリシア……母さんが殺されたっていうのが嘘っていうことはない?」

「あたしは覚えてる……ママの最後の悲鳴も、冷たくなった身体も……
 ママはソラに殺されたの……」

「でも……それじゃあ――」

 その時見たプレシアの姿は何だったのか、それを聞こうとして言葉に詰まる。
 聞いても答えを持っているとは思えない。

「……なんでもいいけどさ、早くメシにしようよ」

 気まずくなりかけた空気をアルフの声が霧散させる。

「そ……そうだね。今日のお昼は何?」

 取りつくように応えて、席に着く。

「ほら、アリシアも」

「あのねフェイト、聞きたいことがあるの」

 しかし、そんな二人の気遣いに構わずアリシアは続けた。

「それは……今じゃないとダメなの?」

「できるだけ早い方がいいかな。決心がにぶっちゃうから」

 真剣な眼差しのアリシアにフェイトは息を飲み込んでから、頷いた。

「分かった」

 決意を固めた顔にフェイトも覚悟を決める。

「何が聞きたいの?」

「あのね……フェイトはあたしのことをどう思ってる?」

「どうって……それは……」

 予想の範囲の質問だった。
 偽物によって知られた自分の醜い感情。

「フェイトはあたしのこと……本当にアリシアだと思ってる?」

「…………」

 予想していても、沈黙を返すしかなかった。
 死者蘇生が本当だとは到底思えない。
 生き返ったよりも、より鮮明にアリシアの記憶を受け継いだ人造魔導師だと考えた方がいろんなことに辻妻が合う。

「フェイトもママと同じ……あたしよりも別のアリシアを見ている気がするの」

 鋭い。
 フェイトは闇の書の夢の中で会ったアリシアを見ていた。
 自分の勝手な都合のいい夢だったかもしれないが、あの時の彼女の姿は鮮明で現実感のあるものだった。
 アリシアを見るときは無意識に夢の中の彼女と比べてしまう。
 抱きしめてくれた温もり、悲しそうにそれでも嬉しそうにバルディッシュを渡し、送り出してくれた笑顔は今でも覚えている。
 確かに自分のお姉さんだったアリシアに比べてると、彼女は違う。
 子供ぽっく、無遠慮、お姉さんぶっていても言葉だけ。
 
「わたしは……夢を見たの……」

「夢……?」

「闇の書の中で見た夢は優しい母さんがいて、リニスがいて……アリシアがいた幸せな夢だった」

「それって……」

「幸せな夢だったけど……そのアリシアはわたしを送り出してくれた。
 待っていてくれる人たちがいる現実に……」

「そっか……フェイトにとってのお姉さんはその人なんだね?」

「うん……ごめん」

 思わず謝ってしまう。
 何に対してなのか自分でも分からない。
 このことが彼女を傷付けると分かっていても、嘘をつくことはできなかった。
 フェイトの言葉にアリシアは俯き、動かなくなる。

「アリシア……?」

「……ねえフェイト……あたしは生き返った意味あるのかな?」

 俯いたまま、出てきた言葉にフェイトは戸惑う。

「それは……」

「誰もあたしのことなんか見てくれない……生き返ったって信じてくれたのは――」

 言葉を途中で切ってアリシアは頭を振る。

「本当に何で生き返ったんだろ……こんなことなら死んだままの方がよかったのに」

「……っ」

 思わず息を飲んだ。
 そして、叫んでいた。

「アリシアッ!!」

 自分でも信じられないくらいの大きな声。
 テーブルを叩き、立ち上がる。その拍子に並んでいた料理がこぼれるがそんなことにまで気が回らない。
 今、アリシアは言ってはいけないことを言った。

「母さんはアリシアを生き返らせるために……頑張ったのに……それを……」

 湧き上がる感情は怒り。
 自分の身を顧みずにアリシアを生き返らせるためにその生涯を奉げた母の行動を否定する彼女の言動は許せるものではなかった。

「だから、ママはあたしのことなんて見てなかったの!
 ママの言っていたアリシアはあたしじゃない!
 フェイトが見ているアリシアだってあたしじゃない!
 じゃあ、あたしはなんなの!?」

「だからって!」

「フェイトには分からないよっ!
 お前はアリシアなんかじゃないって言われる気持ちはっ!」

「ふざけんなっ!!」

 叫ぶアリシアの胸倉をアルフが掴み、吊るし上げる。

「あんたなんかにフェイトの何が分かるっていうんだ!?」

「あぐっ……」

 手足をばたつかせてアリシアが暴れるが、アルフを止める気にはなれなかった。

「フェイトだってな、あのくそババァに――」

 その瞬間、フェイトは右手に違和感を感じた。

「……くっ――」

 違和感は次の瞬間に明確になる。
 右手が一度、痛みを伴うくらいに震える。
 そして、世界が一変した。

「なっ……」

 絶句の声はアルフが。
 フェイトは驚いている余裕はなかった。
 熱くなった頭が一気に冷たくなる。
 見慣れたリビングはそこにはなく、周囲は荒れ果てた都市。
 空は一面、星の海で圧巻だったが感傷に浸れる気分にはなれない。
 理解する。ここが壺の中なのだと。

「フェイト……」

 不安そうな声でアルフが振り返る。

 バタバタッ

「…………」

 それに応える余裕はフェイトにはない。

 バタバタバタバタッ

「……ベガ」

 呼び声に呼応して右手から光が溢れ、三日月斧の形を作る。
 さらにバリアジャケットをまとい、戦闘の準備は整う。

 バタ……バタ……バタリ

「アルフはアリシアと何処かに隠れて……ってアリシア!?」

「きゅう……」

 アルフに吊り上げられたままのアリシアは顔を白くさせて力なくうなだれていた。

「アルフッ!」

「あっ、ああ」

 すぐにアルフもそれに気付いて掴んでいた胸倉から手を放すが、ぐったりとアリシアはアルフに寄りかかり意識を失っている。

「ど、どうしよう……」

 呟いて、すぐに考えを改める。
 これはむしろ好都合だった。
 これから起こる戦いはリンカーデバイス使い同士の殺し合い。
 アルフは自分の使い魔だから一緒に取り込まれたのは分かるが、アリシアがいる理由が分からない。
 それでも気を失っていてくれているならこれ以上巻き込むも知られることもない。

「アルフ……アリシアのこと、お願いね」

「フェイト……でも……」

「大丈夫……アリシアも悪気があって言ったわけじゃないから」

 改めてアリシアを見る。
 自分よりも低い背丈に、お姉さんぶることで気付かなかったがアリシアは見た目の通りの子供だった。
 年の割にしっかりと明確に話すが、それでも彼女は幼い。
 頭が冷えてくれたおかげで、彼女の不安が分かる。

 ――わたしにはフェイトっていう名前があった。

 だから、新しい自分を始めることができた。
 でも、アリシアにはアリシアという名前しかなかった。
 どんなに否定されても、どんなに拒絶されても、アリシア以外になれない彼女の苦しみは想像できない。

「ごめんね……アリシア」

 何の苦しみも知らずにプレシアに受け入れられたと思っていた。
 もっとちゃんといろんなことを話すべきだった。
 互いに傷付き、傷付けることを恐れて距離を取ったせいで、互いのことを本当に理解できていなかった。
 本音を聞かせてくれたアリシアに何を言っていいか分からない。
 それでも今はもっといろんなことを話したいと思える。

「……来た」

 頭上に大きな魔力反応を感じる。

「らぁぁぁぁっ!」

 雄叫びと共に鋼色の魔力光をまとった男が降ってくる。

 ズドンッ!!

 落下の勢いを上乗せした長剣の一撃が、飛び退いたフェイトがいた場所を穿つ。

「くっ……」

 地面との衝突によって起きた衝撃波に吹き飛ばされながらもフェイトは体勢を立て直し、ビルの壁に着地する。

「しゃあっ!!」

 土煙を切り裂いて飛び出してきた男はそのまま剣を振る。
 ベガを構え、受け止めるがその衝撃は想像以上に重かった。
 足場にしていた壁が陥没して、中に叩き込まれる。

「プラズマスマッシャー!」

 さらに追撃に迫る男に吹き飛ばされながら砲撃を撃つ。

「はっ!」

 男は剣を一閃して、砲撃を両断する。
 その隙にフェイトは着地、プラズマランサーを周囲に展開、特攻した。
 剣を振り抜いた状態の男に肉薄、三日月斧を振る。
 返す刃がそれを受け止めて甲高い音が響き渡る。

「あなたは……どうして……戦うんですか?」

 鍔競り合いをしながらフェイトは尋ねる。

「はぁ? リンカーデバイスを持ってるくせに戦う理由なんて聞いてんじゃねえよっ!」

 押し合う力が急に消えて、フェイトはバランスを崩す。
 そこに鋭い前蹴りが襲う。
 咄嗟に後ろに飛びながら張ったラウンドシールドでそれを受け止め、同時に展開していたプラズマランサーを射出する。
 男はバックステップでそれをよけ、よけきれなかったものを剣で切り払う。

 ――強い。

 今のフェイトから相対的に見て、シグナムと同程度の相手。
 剣撃や、格闘は素人のような雑さがあるが一撃に込められた魔力がそれを十二分な凶器に変えている。
 男が再度突撃してくる。

「プラズマランサー……ファイヤッ!」

 迎撃に撃った十二のランサーに男はそのまま突っ込む。
 よける素振りも見せずに命中したかに思えたが、男を包むフィールドにランサーは弾かれる。
 その光景に動じることなく、フェイトはまっすぐ振り下ろされる剣にベガを振り薙ぐ。
 一合、二合。
 打ち負けることはなく、それでも相手の体勢を崩せるほどの一撃を加えることもできずに拮抗する。
 刃を交わすたびにフェイトは相手の戦い方を分析する。
 タイプはベルカ系。
 今のところ射撃系の魔法は使っていない。

 ――シグナムと同じ……でも、隠している可能性もある。

 しかし、フェイトは男に違和感を感じずにはいられなかった。
 大きな魔力。
 それだけで確かに攻撃力も防御力も高いがそれを魔法として使っていない。

「大人しく死ねっ!」

 一際大きな一撃。
 シールドで受けるがその一撃は容易く盾を砕く。
 ベガで受け止めるが、支えきれずに吹き飛ばされる。

「もらったっ!」

「ソニックムーブ」

 強引に移動魔法を起動。
 無理な体勢からの急加速は身体を軋ませるが、それを代償にフェイトは剣を振り切った男の背後を取る。
 非殺傷に設定した一撃は斬撃を打撃に変換されて男の背中に叩き込まれる。
 弾き飛ばされた男はビルに激突し、壁を壊して中に消える。

「ファイアリングロック解除――」

 そこに容赦なくフェイトは殺傷設定の砲撃を――

「プラズマスマッ――」

 すんでのところで強制停止をかける。
 励起した魔力が行き場を失い霧散し、腕の環状魔法陣が音を立てて砕け散る。

「わたし……今……」

 自然と殺傷魔法を使おうとしていた。
 まるでそうすることが当たり前のように殺す気で魔法を使おうとした。
 そのことに背筋が冷たくなる。
 そもそも自分が今している戦いが意味するものを思い出す。
 大きな魔力が弾け、目の前で爆発する。
 ビルを中から崩壊させて出てきた男は未だに健在だった。

「あう……」

 思わず腰が引けた。
  
「ちっ……ビギナーのくせに手こずらせやがって」

 舌打ちをして男は右手を前に突き出した。
 足下に鋼色の魔法陣が広がり、右手から光が溢れる。

「エルナト……セットアップ」

 男が光に包まれてその姿を変える。
 服の形状をとっていた騎士甲冑が消える。
 代わって鋼色の魔力光がその身体を包み、硬質的な形を作る。
 ガシャン……威圧するような鋼の擦り合う音が響く。
 現れたのは全身に鋼を纏った姿。
 足の先から頭のてっぺんまで覆われた全身甲冑。

「いくぞ!」

 叫びと共に、前と同じ正面からの突撃。
 フェイトは迎撃ではなく、その突進を上に飛んで回避する。
 同時に砲撃魔法の用意を行い、意識して設定を非殺傷にして――撃つ。
 金の光の奔流はよける素振りも見せない男に命中した。
 しかし、次の光景にフェイトは絶句した。
 砲撃の中を何の抵抗もなく突き進んでくる。

「くっ……」

 予想もしなかったことに反応が遅れる。
 二重三重の防壁を張るが、男はパワータイプの騎士、フェイトの盾は呆気なく力任せに叩き壊される。
 それでも一秒にも満たない時間を稼ぎ、フェイトは突撃の進路から逃げる。
 距離を取って仕切り直す。
 男は追撃をせずに話し始める。

「これが俺のエルナトだ。
 鎧形態のリンカーデバイス。この装甲はあらゆる魔法を弾く。
 よってお前に勝ち目はない」

「そんな……」

 男の言葉にフェイトは呆然となる。
 その言葉が本当だということは先の砲撃で証明された。

 ――どうすればいい?

 プラズマスマッシャー以上の攻撃力を持つ魔法はまだある。
 しかし、それも通用しなかったらどうする。
 ファランクスシフトも強固な防御力を捻じ伏せる魔法だが、詠唱をしている暇を与えてくれるとは思えない。
 何をしても効果があるイメージが浮かばない。

「お前で十人目だ。大人しくしていれば痛い思いをしなくて済むぞ」

 その言葉にフェイトはベガを構えることで応える。
 魔法が通用しなくても、降伏はできない。
 降伏は死と同義となっている今、どんなものを突き付けられても戦うことを放棄することはありえない。

 ――覚悟を決めないと。

 緊張に唾を飲む。

 ――殺さないと……殺される。

 突き動かすのは恐怖。
 人からこれほどまでの明確な殺意を向けられたのは初めてだった。
 殺すつもりでも眼中にもされなかったセラたちとは違う。彼は本気で自分を殺すために攻撃している。
 目の前の男はすでに九人も人を殺している。
 十人目を殺すことに躊躇いがあるとは思えない。

「無駄な足掻きを!」

 防御力に任せた突撃。
 フェイトは振り下ろされる剣を半歩引いて空振りさせる。

「ハーケンフォーム!」
 
 三日月斧を大鎌にして、フェイトは無防備な胴を薙ぐ。

「くっ……」

「効かねえって言ってんだろうが!」

 刃は装甲に阻まれる。
 切り返された剣を多重防御の盾とベガ、それと後方への全力離脱でなんとか受け止めて、すぐに飛ぶ。
 突撃に次ぐ突撃。
 男の戦術は単純だがそれ故に対処手段が浮かばない。
 強固な装甲と強力な攻撃。
 速さに特化したフェイトといえども、魔力の大きさに任せた突進はいつまでも回避していられない。

 ――どうすればいいの?

 答えの出ない自問自答を繰り返す。
 不意に目の前から男が消えた。

「え……?」

 速度で振り切られたのではない。
 目の前から忽然と姿を消したフェイトは足を止めて周囲を見回す。
 鎧の姿はどこにもない。

 ――直前に描かれた魔法陣は確か――

 考えた瞬間に背後から気配を感じる。

「おらぁっ!」

「がっ!?」

 背後に転移した男の拳がフェイトの背中を殴打する。
 衝撃に息が詰まり、そのまま吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。
 痛みが全身に駆け回り、殴られた背中に一際大きな熱を感じる。

「くっ……ベガ」

 痛みをこらえ、身体を引きずって傍らに落ちたベガを拾う。
 それだけで痛みが少し和らいだ気がした。

「はっ…………はぁ………はぁ……」

 ベガを杖にしてなんとか立ち上がる。
 そこに男が降りてくる。

「しぶといな。いい加減諦めろよ」

「そんなこと……コホッ」

 反論しようとして咳き込む。
 血が混ざった唾にいよいよこれが本当の殺し合いだと自覚する。

「いくら頑張ったところで無駄なんだよ。
 俺のエルナトの鎧は最強なんだよ」

 最強。
 確かに彼は強いがそれに違和感を感じた。
 膨大な魔力を乗せた攻撃力は確かに今まで戦った中で一番強かったセラ以上だ。
 防御力にしてもユーノ以上の堅牢な鎧が常時展開されている。
 なのにそうと思えない自分がいた。
 なのはだったら、砲撃が通用せずに自分と同じように為す術がなくなる。
 シグナムも決定打を与えられない。
 はやてはそもそも広域戦闘タイプだから一対一はありえない。
 唯一、ヴィータの攻撃ならと思えるが、それもどこまで通用するか分からない。
 身内の中では彼に勝てるイメージが浮かばない。

 ――他には……

 頭に過ぎったのは二人の姿。

「……なにがおかしい?」

 男の言葉に自分が笑っていることに気が付く。
 いぶかしむ男を気にせずにフェイトは思考する。
 膨大な魔力を持ちながらも繊細な戦い方をするセラ。
 それと無駄のない体術を駆使し、理不尽とも思える魔法無効化能力を持つソラ。
 この二人に目の前の男が勝てるイメージが浮かばない。

「なんだ……その程度なんだ」

 あの二人と比べたら目の前の男が大したことがないように見える。

「負けられない……」

 こんな力任せにしか戦えない相手にさえ勝てないでセラやソラと戦うなんてできない。
 挫けそうだった心を立て直してフェイトは立ち上がり、ベガを構える。

「……お前も馬鹿だな……苦しく死にたいってか?」

 男の足下が爆ぜ、全身に鎧をまとっているとは思えない速度で襲いかかる。

「ふっ!!」

 右足を引き、左足を軸にその場で回転する。
 ひるがえったマントが切り裂かれる。
 剣をかわし、その勢いのまま三日月斧を男の胸に叩きつける。
 甲高い音を立てて弾かれる。
 男が体勢を直し、切り返すより速く前に飛ぶ。
 振り返ると男が迫る。
 横に構えられた剣。
 フェイトは男に対して前に出た。
 ベガを持ち替え、尖った石突をスピードを乗せて前に突き出す。

「くおっ」

 鎧に傷はつかなかったものの、その勢いに押されて男はたたらを踏む。
 その隙を逃さずにフェイトはバリアジャケットを換装する。

「ソニックフォーム」

 男が振り返ったところを背後に回り込んでベガを叩き込む。
 衝撃を無視して男は反撃するが、剣を振り上げた時にはフェイトはもうそこにはいなかった。
 空振りする男の無防備な頭を殴る。
 たたらを踏んで退く足下にフォトンランサーを撃ち込み、地面をえぐり足を取らせる。
 派手にバランスを崩す男の身体に大鎌をひっかけて、身体能力の強化を最大にする。

「ああああああああっ!」

 叫び、一回転させて遠心力乗せて投げ飛ばす。
 飛ばす先は上。

「プラズマ……スマッシャー」

 飛んだ男を追うように金の奔流が彼を飲み込む。

「くそっ……調子に乗りやがって」

 爆煙の中で男が悪態を吐く。
 フェイトは爆煙の中に躊躇わず突撃する。

「なっ!?」

 爆煙を切り裂いて現れたフェイトに男の反応が遅れる。
 すれ違い様にベガを叩き込み、ターン。
 男が振り返ったところに肉薄し、剣を振らせる間も与えず一方的に切りつけて離脱する。

「この……ちょこまかと」

 広大な空の空間を縦横無尽に駆け、フェイトは一方的に攻撃を重ねる。
 渾身の魔力を乗せた一撃はダメージになっていないが、それでもフェイトは続ける。

「もっと……もっと速く」

 さらに自身を加速させる。身体の痛みは気分が高揚しているせいか感じない。
 近接してベガで切り付け、時にはフォトンランサーを零距離で叩き込む。

「――いい加減にしやがれ!」

 何度目かの攻撃が剣に阻まれた。
 そのまま押し込まれ、大きく弾かれる。

「これで――」

 しかし、次の男の動きは金の輪によって止められる。

「バインド……いつの間に!?」

 当然、今の攻撃中にこっそりと仕組んでいたものだった。
 相手との魔力差を考えてもあまり長くは持たない。
 フェイトは男の言葉に答えずにそれを展開する。

「アルカス・クルタス・エイギアス……」

 フェイトの周りに三十八基のフォトンスフィアが浮かび上がる。

「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ……」

 詠唱を重ね、スフィアに魔力を装填。設定を打ち込む。

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル……」

 今の魔力量ならもっと多くのスフィアを作ることができた。
 だが、フェイトはそのリソースを弾丸強度と弾速に回す。アリシアのフォトンランサーの様に。

「フォトンランサー・ファランクスシフト。撃ち砕け、ファイヤー!」

 かろうじて残った理性でフェイトは非殺傷で最大魔法を解き放つ。
 毎秒七発を撃ち込む四秒間。千を超す金の弾丸はあますことなく男に撃ち込まれる。

「スパークエンド!」

 残ったスフィアを一つにし、さらに魔力をそこに注ぎ込み放つ。
 一際大きな爆煙が広がる。
 息を弾ませながらフェイトはそれが晴れるのを待つ。
 しかし、待つよりも早くそれは落ちた。
 音を立てて地面に激突する男。
 それを最後に鎧が砕ける。

「……勝った?」

 眼下に倒れる男を見据えてフェイトは呟く。
 それでもまだ油断はせずにゆっくりと降りる。

「そんな馬鹿な……エルナトが……俺の最強の鎧が……」

 地面に這いながら男は呆然と呻く。

「ひっ……」

 フェイトがその前に降りると短い悲鳴を上げる。
 強気な態度は一変して怯えた表情を見せる。

「あの……」

「すいませんでしたぁっ!!」

 それは見事な土下座だった。
 額の付き方、肘の脇締めと曲げ方。地面にそろえて付いた両手。
 素人目から見てもそれは見事な土下座だった。

「…………え?」

 あまりのことにフェイトは混乱した。

「どうか……どうか命ばかりは御助けを!」

 手の平を返した身勝手な言葉に怒りを感じると同時に安堵する。
 人殺しをしなくてすむと思うと、肩から力が抜ける。

「……いいよ。二度とわたしの前に現れないって誓ってくれるなら」

「はい。それはもちろんです」

 なんだか調子が狂う。
 年上にここまで下手に出られることもそうだが、先程までの剥き出した殺意を思うと余計にそう思う。

「それじゃあ……この結界をすぐに解いて」

「はい……すぐに……お前を殺して」

「え……?」

 完全に反応が遅れた。
 土下座から地を這うように飛び出し、突っ込んできた。
 かわしきれずにぶつかる。
 そして、腹部に熱を感じた。
 力が抜けて膝を付く。

「あ…………」

 手をそこにやるとぬるりとした感触。
 見ると手は真っ赤に染まっていた。

「ははは……こんな手に引っ掛かってくれるなんてな」

 男は手に赤く染まったナイフを手にフェイトを見下ろす。

 ――立たなくちゃ。

 そう思っても力が身体に入らない。
 今までのダメージと無理な高機動戦闘のツケが一気に噴き出した。

 ――立たなくちゃ……殺される。

 何とかベガを支えにして立ち上がる。
 それを男は待ってから蹴り飛ばした。

「がっ……」

 地面に投げ出されたフェイトをさらに男は踏みつける。

「この……この……よくも……ビギナーのくせに生意気なんだよ!」

 何度も何度も蹴られる。

「俺は選ばれた存在なんだ……お前如きに……お前なんかに……」

 傷付けられた自尊心を晴らすように男はフェイトをなぶる。

「べ……ガ……うあっ……」

 伸ばした手を踏みつけられる。

「ふう……ふう……もういい……死ね」

 突き付けられた剣がゆっくりと持ち上げられる。

「そうね……貴方が死になさい」

 紫電の魔弾が剣を弾いた。

「ちっ……なぁ!?」

 続く無数の魔弾に男はその場を飛び退く。
 その際にナイフをフェイトに向かって投げるが、紫の防御陣がそれを弾く。

「アリッ――」

 またアリシアに助けられた。そう思って顔を上げるが目に入ったのは長く黒い髪だった。

「…………かあ……さん?」

 見間違えるはずがない。目の前に守る様にして立つのは母、プレシアの背中だった。

「少し待ってなさいフェイト……すぐに片付けるから」

 短い言葉だったがそこにある温かさに思わず涙が溢れる。
 フェイトを中心に紫の魔法陣が広がる。

「少し痛いけど……我慢しなさい」

 その言葉に刺された熱を帯びる。
 しかし、激痛は一瞬だけすぐにその痛みは薄れて全身が楽になる。

「かあさん」

「何だよお前はっ!?」

 男の剣をプレシアはラウンドシールドで防ぐ。

「この空間はリンカーデバイスユーザーのための戦場。それなのに――」

「貴方……うるさいわよ」

 シールドを解くと同時に撃ち込まれた魔弾に男は吹き飛ばされるが、その足を鎖が縛る。
 鎖はプレシアの操作によって動き、大きな弧を描いてビルに叩きつけられる。

「サンダースマッシャー」

 一発、二発、三発。紫の砲撃が容赦なく撃ち込みビルを瓦礫に変える。
 巻き起こる衝撃波にフェイトは身構えるが、プレシアの防御陣がそれを全て受け止める。
 そしてプレシアが腕を一振りした。
 未だに形を維持している鎖が引かれ、煙の中から男が引きずり出され、彼女の足下に転がる。

「……まだ生きていたの?」

 それに冷たい言葉をプレシアは投げかける。
 掲げた手に魔力の槍が形成される。

「待って、かあさん!」

 今まさに振り下ろされそうになった腕が止まる。

「フェイト……こいつは……」

「分かってる……でも……」

 目の前の男がどうしようもない人間だと分かっていても、目の前で人が殺されるのは嫌だった。

「…………いいわ」

 フェイトの心情を察して、プレシアはそう答えると槍を無造作に男に投げた。

「あっ……」

「げはっ!?」

 気絶していた男はその衝撃に仰け反り、目を覚ます。

「このババア……よくも……ひぃ!」

 スパンッ!!
 魔力の鞭が男の目の前で跳ねる。

「三度目はないわよ。とっとと消えなさい」

 男は無様にプレシアから少しでも逃げよう這うように逃げ、距離を取ったところで振り返り、

「覚えてやが――ひい!」

 何かを言おうとしたところでフォトンランサーが顔の横をかすめ、悲鳴を上げる。
 尻もちをついて男はさらに逃げる。
 その背中をフェイトは唖然と見送った。
 同時に右腕がかすかに鳴動する。
 そして、世界が揺らぎ始めた。
 だが、そんなことを気にしている余裕はフェイトにはなかった。

「本当に……かあさんなの?」

「ママッ!?」

 フェイトの声に重なる様にアリシアの声が響いた。
 その取り乱した様子に、やはり彼女も知らなかったのだと察する。
 改めて目の前のプレシアにフェイトは視線を向ける。
 最後に見た狂気の顔はそこにはなく、記憶の中の優しげな顔。
 しかし、その目は悲しげに閉じられ、静かに首を横に振った。

「違うわ……二人とも……」

 その口から出てきたのは否定の言葉。

「私は貴女達に母と呼んでもらえる存在ではないの」

「でも……」

 アリシアが叫ぶ。
 フェイトもそんなことはないと思った。
 目の前にいるのは間違いなく自分の知っている優しい母だった。
 受け入れられない二人にプレシアはそれを告げた。

「私は……ソラがプレシア・テスタロッサのリンカーコアを元に作り出した融合騎、ユニゾンデバイスなのよ」







[17103] 第十九話 喧嘩
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:fa2fc7a2
Date: 2010/12/29 00:06



 アレックスは目の前の光景に混乱していた。
 眼鏡を外し、目頭を揉み解す。

 ――そういえば、このところ働き詰めだったなぁ……

 闇の書の残滓事件の一時的とはいえ現場指揮を任せられたり、度重なる戦闘の記録をまとめなど。
 エイミィがいない穴を埋めるために確かに寝る間を惜しんで頑張っていた。

 ――ああ……それとも彼女もリインフォースみたいに現れたのかな。

 改めて部屋を見る。
 ギル・グレアム元提督と八神はやて、ヴォルケンリッター、そしてアサヒ・アズマの会談を中継中のこと。
 リビングから言い合う声が聞こえてきた。
 何事かと思って、覗いてみれば完全武装の三人にさらにいつか見た人物、プレシア・テスタロッサがいた。
 改めて見ても幻覚は消えてくれない。
 夢かと思って頬を抓ってみても痛い。

「えっと……これはどういうこと?」

 結局、自分で答えは出せずに尋ねる。
 しかし、戸惑いの表情を浮かべているのは自分だけではなかった。
 フェイトもアルフもアリシアもみんな一様に呆然としている。
 唯一プレシアだけが気まずそうに俯いている。
 結局、答えてくれる者はいない。
 形容しがたい沈黙がリビングに充満する。
 十秒、二十秒。
 沈黙が続き、そして静寂を破ったのはアルフだった。

「あ……アレックス、ちょっとこっちに……」

 呆然としたまま腕を掴まれて廊下に連行される。
 アルフはドアを閉めると深々と息を吐いた。

「えっと……本当に何があったの?」

 尋常じゃない状況だということは理解できるが、何がどうなってあんな状況になっているのか全く見当もつかない。

「いや……あたしも何がなんだか……」

 困った顔をするアルフ。

「とにかくさ……今はあの三人で話をさせてくれないか?」

「それは……」

 応えに躊躇う。
 思い出すのはプレシアがフェイトにぶつけた辛辣な言葉。
 アリシアの話ではフェイトのことを最後には認めたと聞くが、それが本心からの言葉だったのか怪しくもある。

「たぶん……大丈夫だと思うから……頼むよ」

「…………分かった」

 フェイトのことを第一に考えるアルフが言うのだからアレックスは信じることにする。

「ただし、後でちゃんと何があったか報告するように」

「ああ……それはもちろんだよ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……それはどういう意味プレシア?」

 目の前のソラが怒りの表情で睨んでくる。
 気迫で相手を威圧する術を知っている彼の言葉は身体を竦ませるが、それでもまっすぐとその目を見返してプレシアは言葉を返した。

「言った通りの意味よ。
 私のことは置いて、貴方達は元の世界に帰りなさい」

「本気で言ってるの?」

「本気よ。
 貴方も分かっているでしょ?
 私の身体では虚数空間を渡る次元移動では足手まといにしかならないって」

 ベッドから上半身を起こした状態で、冷静に事実を告げる。
 ジュエルシードを用いて虚数空間に防壁を張って次元移動を行う技術を目の前のソラと開発した。
 理論上は完璧でそのテストも一ヶ月前に完了している。
 目の前の少年は魔法が使えないながらも、深い知識と発想能力、そして情報処理能力は自分に勝るとも劣らないものだった。
 魔力制御能力はジュエルシードを何の補助もなしに操ったのだから、これで魔法資質があれば自分以上の大魔導師だっただろう。

「だからって……」

 ソラが顔を歪めて考え込む。
 きっと必死に打開策を考えているのだろう。
 だが、それは無理な話なのだ。

「ここに来て一年……よく生きられたわ」

 病気のことは自覚していた。余命が長くないことも分かっていた。
 医療設備のないこの世界で一年も生き永らえたのはそれこそ奇跡だった。

「だから……」

 その言葉を出すのに躊躇った。
 それでも言わなくてはいけない。

「だから、私を殺しなさい」

「だから……なんでそうなるんだよ!?」

「私が生きている限り貴方達はずっとここに留まり続けるわ」

 食料はエルセアに張り巡らされた木から取れるし、時の庭園に備蓄していたものもまだある。
 それでもこの何もない白い世界はそれだけで精神が圧迫される。
 よくこんな世界で正気を失わず十年以上も生きてこれたと、ソラとクライドに感心してしまう。

「あの子には陽の光の下で笑っていてほしいのよ」

「だからって、僕があんたを殺したら……」

「直接手を下す必要はないわ。
 薬でもなんでも……死因さえ誤魔化せばどうとでもなるわ」

 ひどいことを頼んでいるのは分かっている。
 それでもこんなことはクライドには頼めない。

「でも……」

「あの子には私がいなくてもフェイトがいるわ。
 あの子が欲しがっていた妹。
 あの子は優しい子よ。こんな愚かな私に最後まで手を差し伸べてくれた」

 だから、きっとアリシアのことも受け入れてくれるはず。

「勝手だよ。だいたいそのフェイトに何も残そうとしてないじゃないか?」

「必要ないわ。
 フェイトはようやく私から自由になれたのよ。
 新しい自分を始めたあの子に私は不必要よ」

「だから……何も残すものはないの?」

「ええ」

 正直、何を残せばいいのか分からない。
 あの時に発した拒絶の言葉は全て本心からのものだった。
 それを今さらどんな顔をして撤回しろと言うのか。
 必死に戦う姿、傷付きそれでも立ち上がる姿、絶望に打ちひしかれるた姿。
 今でもあの子に打った鞭の感触は手に覚えている。
 あれほどの仕打ちをしても、きっと謝れば許してくれるだろう。
 しかし、それではプレシアの気持ちが晴れない。

 ――私は本当に気が付くのが遅すぎる。

 今いるアリシアも初めはありえない魔力資質に拒絶をした。
 しかし、返された言葉は衝撃だった。

 ――あなたはアリシアのママなんかじゃない!

 その言葉にようやく自分のことを振り返ることができた。
 アリシアのために違法研究に手を染め、アリシアと重ねることを拒んでフェイトを拒絶し続けた。
 そこにいたのは目的のために狂った女だった。昔の面影なんてどこにもない。
 自分がどんな風に笑っていたのかさえも思い出せなかった。
 自分の存在を否定される痛みを知り、それをフェイトに強いたと思うと罪悪感に苛まれる。

 ――私のことなんて忘れた方がいいのよ。

「卑怯者……」

「そうね……その通りだわ」

 会話がそこで止まる。
 淀んだ空気の中、ソラはジッとプレシアを睨み続ける。

 ――本当に卑怯者ね。

 プレシアは目の前の少年のことを何も知らないことを思い出す。
 管理局に所属していたクライドとは違い、ソラの素性は全く知らない。
 たまたま出会った狭間の世界の先客。赤の他人。
 そんな人物に人殺しを強要し、自分の宝物を預けるのは筋違いでしかない。

 ――それでも私が頼れるのはこの子しかいない。

 アリシアを拒絶していた時から彼女を支え、仲を取り持ってくれた彼だからこそ信頼できる。

「…………いいよ。望み通り殺してあげるよ」

 重い沈黙を破ってソラが答えた。

「そう……あり――」

「ただし……楽に死ねると思わないでね」

「ええ……それは望むところよ」

 それだけのことをしてきた自覚はある。
 今さら安楽を望むことはない。
 彼がもたらす裁きを甘んじて受け入れようと――そう思っていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 プレシアは昔の記憶から現実に意識を戻す。
 目の前には同じ顔、フェイトとアリシアが並んでいる。
 あの会話から数日して、ソラはいきなり部屋に入ってきたと思ったら有無も言わさずに貫手を自分の胸に突き立てた。
 ジュエルシードを使えるからと言っても膨大な魔力を精密操作出来ていたわけもなく、リンカーコアを狙ったその攻撃は肉体にまで被害をもたらした。
 生きながら胸に風穴を開けられると同時にリンカーコアを抉り出された痛みは想像を絶するものだった。
 それが自分が望んだ殺され方ではなかったと思う間もなく意識が落ち、そしてありえない目覚めを果たした。
 目覚めたら視点の高さが変わっていた。
 それどころか人の姿をしていなかった。自分の、杖の姿を見た時は夢と思って現実逃避した。
 動揺が納まって、残されたソラのメッセージから自分の現状を知らされた。

「ユニゾンデバイスって何?」

 アリシアの不意の質問に肩すかしをくらう。
 しかし、当然だと思い直す。

「古代ベルカ時代に作られたデバイスのことよ。
 姿と意志を与えられ状況に合わせて術者と「融合」して魔力運用するデバイス。
 それもレプリカじゃない。完全自律行動型の純正品」

 このすごさは二人には分からないだろう。
 ある理由から開発を中止され、封印されたロストテクノロジー。
 知らされた時は自分もわけが分からず呆然としてしまった。

「元々はソラが魔導資質を取り戻すために開発していたのものなんだけど……
 よりにもよって、そのコアにプレシア・テスタロッサのリンカーコアを使ったの」

 そのせいで自分の自意識はソラに殺されたあの時から続いて存在していた。

『楽に死ねると思わないでね』

 ソラが残した言葉通り、これは最悪の状況だった。
 裏技としか言えない方法で生き残ったが、それは一層プレシアの罪悪感を掻き立てた。
 デバイスとは言え、自分をプレシアと認識できていることがそれを強くする。
 生前と死後の境界に揺れることの不確かさ。
 自分がフェイトとアリシアに強要したものを自分も体験することになるとはまったく思ってみなかった。

 ――予想しておくべきだった。

 そもそもソラにお願いしたのが間違いだったのだろう。
 彼は魔導師の常識を覆す存在だ。裏技の一つや二つや三つあって当然と警戒しておくべきだった。

「今の私は移植されたリンカーコアが映し出す残影。
 ただのプログラム体でしかないの……だからもう私は母と呼ばれる資格なんてないの」

 本当なら姿を見せずにずっとアリシアのデバイスとして一生黙っているつもりだった。
 しかし、訳の分からない空間に取り込まれ、フェイトの危機に思わず動いていた。
 そして今に至るがプレシアは二人の顔を直視できずにいた。

「それじゃあ、あたしがママを殺されて悲しんでいた時にママはそれを黙って見てたのっ!」

 アリシアの責める言葉に何も返せなかった。
 その時は動転していたから何ができて、何ができないか把握していなかったが、言葉をかけようとしなかったのは事実だった。

「言ったでしょ。私はプレシアの記憶を持つプログラム体でしかないの。
 散々貴女達をなじった私が今ではこの有様よ」

 もはや自分がプレシア・テスタロッサと名乗ることは許されない。
 それが融合騎・プレシアの結論だった。

「そんなの勝手だよ!」

 アリシアはそんなプレシアに怒りを爆発させる。

「資格とか……プログラム体とか、むずかしいことは良く分からないけど。
 ママはママなんでしょ? どうしてそんなこと言うの? おかしいよ?」

「そう……おかしいのよ。私はプレシア・テスタロッサの姿をした偽物だから」

 プレシアは腕を振って、自分の調整用空間モニターを開く。
 二、三の操作をしてそれをアリシアたちの前に移動させる。

「それを押せば融合騎・プレシアのデータは初期化されるわ。
 好きなだけ痛めつけてくれて構わないわ。そして気が済んだら消せばいい」

「母さん!?」

「っ……」

 絶句する二人。
 しかし、それ以外に償う方法が思い浮かばなかった。

「どうして…………どうしてそんなこと言うの?」

「こうすることくらいしか……貴女達に償う方法が思いつかないの」

 その言葉にアリシアは大きく目を見開き、そして――
 高まる魔力の気配。
 感情の高まりによって放出された衝撃にプレシアは目を閉じて抵抗せずに受けた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ドンッ!!
 重い音にフェイトは何が起きたか理解できなかった。
 アリシアが怒り、逆に冷静になってしまって口を挟むことができなかった二人の会話。
 それはアリシアが発した魔力衝撃によって止まった。

「アリシアッ!?」

 壁に叩きつけられたプレシアの姿に思わず声を上げる。

「どいてフェイト……その人はやっぱりママじゃない」

「アリシア……何を言ってるの?」

「ママはいつも忙しくて約束破ってばかりだったけど、それでも優しかった。
 こんなこと言う人じゃなかった」

 その目に怒りを宿してアリシアは壁に叩きつけられたプレシアに一歩踏み出す。

「ダメッ!」

 その手を取ってその動きを止める。

「放してフェイト!!」

「いいのよフェイト」

 プレシアの声にフェイトは振り返る。

「プレシア・テスタロッサはそれだけのことをしてきたのよ」

「でも……」

 全てを受け入れようとするプレシアにフェイトはどうすればいいか分からなくなる。
 戸惑っているとアリシアがフェイトの手を振り払う。
 しかし、アリシアが向かった先はプレシアではなく、空間モニター。

「アリシアッ!」

 気付いていたらその小さな身体を突き飛ばしていた。
 予想以上に力がこもっていたのか、アリシアはテーブルを巻き込んで倒れる。
 アルフが作った、冷めてしまった料理が散乱する。

「……フェイト」

「あ……」

 怪我はないようだったが、頭から料理を被って酷い有様だった。
 しかし、それでも劣らない眼光の強さにフェイトは後ずさる。

「フェイト!? なんか今すごい音が」

 飛び込んできたアルフが部屋の惨状を見て固まる。
 その音に反応してアリシアはフェイトからアルフに視線を切り替えた。
 その隙にフェイトは空間モニターを見る。
 全体を見て、目的の項目を探し、見つけ操作する。

「フェイト……何を――」

 プレシアの姿が紫の魔力光に包まれ、杖の姿になる。
 フェイトは駆け出しそれを拾い上げると、そのままの勢いで窓に向かう。

「あ、フェイト!」

「フォトンランサー」

 ――ごめんなさい。

 内心で謝ってフェイトは窓をランサーで撃ち破る。
 そして、走る勢いを殺さずに飛ぶ。

「くっ……」

 塞がったはずの傷に鈍痛が走るが我慢して速度を上げる。

 ――どうしよう。

 何も考えずに飛び出してしまった、当然宛てはない。
 それでもあの場に留まってはいけないと、フェイトは思った。
 アリシアの気持ちが分からないわけではない。
 フェイトもプレシアの話に憤りを感じている。
 しかし、だからといって消えてほしいなんて思えない。
 何をどうすればいいのか分からずに少しでも遠くに逃げなければ、そんな衝動に駆られた飛び続けるが世界が色を変える。

「結界!?」

 一瞬、アリシアのものかと思ったがそれはよく知っている類のものだった。
 管理局が闇の書の残滓に対して用意していた緊急用の結界。
 しかし、それが何故起動したのか。
 その疑問の答えはすぐに分かった。
 立ち昇る紫の魔力。

「まさか……撃つつもり?」

 これまで以上の魔力の高まりに戦慄する。
 そして、遠くで紫の光が一際大きく光ったと思うと、壁を思わせる魔力の塊が迫る。

「くっ……」

 右手を前に盾を多重展開する。
 が、砲撃はフェイトの横を通り過ぎ、背後の海を穿つ。
 巨大な水柱が上がり、そこに込められた魔力の大きさ、アリシアの本気さを感じる。

『フェイト……やめなさい……アリシアの好きなようにさせて』

「うるさい黙って!」

 プレシアの声に一喝を返して対策を考える。
 威力からして防御はその上から押し潰される。
 幸い遠距離の命中率は高くないようだが――

「もう次が……」

 あれほどの砲撃をしたのに疲労の様子もなく、次弾の高まりを感じる。
 逆に距離を取ってしまったことが仇になる。
 これなら近接でアリシアを制圧した方がずっと効率的だった。
 迫る砲撃にフェイトは回避を取るが、

『フェイト危ない!』

「え……?」

 紫の砲撃が命中し、破壊された建物。
 そこから吹き飛ばされた拳大程のコンクリートの塊が振り返ったフェイトの額を直撃した。

「くぁ……うぐ……」

 飛びかけた意識をなんとか引き止めて、乱れた飛行制御を立て直す。
 そして、一層痛みを増した腹部に手をやる。
 つい先ほどに感じたぬるりとした感触。どうやら傷が開いたようだった。

『フェイト……』

「大丈夫……母さんは私が守るから……それにアリシアだって本当は――」

 言葉を切って砲撃を回避する。
 身体にかかる慣性が全身に激痛を走らせる。
 回避運動を繰り返すたびにフェイトの動きは鈍くなり、対する砲撃はその精度を良くしていく。

 ――このままじゃ落とされる。

 そう判断してフェイトは急降下する。
 建物に紛れて身を隠す。
 フェイトの狙い通り、アリシアはこちらの姿を見失ったのか、二度三度の砲撃をあらぬ方向に撃って止まった。
 着地して、手短な建物の中に身を隠して一息吐く。

『フェイト、すぐにロックを解きなさい』

 ――ロック? ああ、そういえば……

 疲れた思考で言われるがままフェイトは持っていた杖の操作モニターを開く。
 そこにある『モード固定』の項目を解除する。
 するとすぐ様、目の前に紫の魔力が現れ人の形を取る。

「なんて馬鹿なことを」

 プレシアはすぐにフェイトの傷を見て、前のように治療系の魔法陣を展開する。
 焼けつく痛みに顔をしかめる。

「本当にどうして……」

 フェイトの頬に手を添えて、今にも泣き出しそうな母の姿に胸が締め付けられる思いが溢れる。
 その手を取りながら、フェイトは思ったことをそのまま口にする。

「あの時……言った言葉……覚えてますか?」

「……ええ」

「私は母さんに笑っていてほしい……幸せになってほしい。
 この思いは今でも変わってない」

 ――呼吸が苦しい。それでもちゃんと言わないと。

「そしてそれは……きっとアリシアも同じで……」

 一つ一つを確かめるようにフェイトは言葉を紡いでいく。

「償ってほしいとか……いなくなってほしいとか……そんなことは望んでない」

 だから、アリシアは怒ったのだ。
 罰せられることばかりを望むプレシアが自分たちのことを見てくれてないことに。

「融合騎とか、生き返ったとか関係ない……
 わたしはまた母さんと話ができることが良かったって思ってる……
 危ないところを助けてくれて本当に嬉しかった」

「でも、私は――」

「だから、母さんが今ここにいて、苦しんでるならわたしは助けてあげたい」

 初めてプレシアの言葉を遮って、フェイトは言った。

「だってわたしは……プレシア・テスタロッサの……あなたの娘だから」

「…………本当に……貴女っていう子は……なんて……なんて……」

 感極まった声でプレシアはフェイトを抱き締める。
 彼女が今どんな顔をしているか分からなくなる。

「母さん……」

 それでも、そこにある確かな温もりにフェイトは安らぎを感じて目を閉じた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 どれだけの時間そうしていただろうか。
 不意にフェイトが押し、身を離す。

「アリシアを……止めないと……」

「そうね……あの子とももっとちゃんと話さないと」

 思い出すのはアリシアがフェイトに向けた言葉。
 
 ――死んだままの方がよかった。

 その言葉に身を切られるような痛みを受けた。
 独りよがりなことだと分かっていた。
 それを言葉にされるのはやはり辛い。
 それに自分がアリシアに対して意識していたことをずばり言い当てていた。
 常にどこかで「この子はアリシアだ」と意識して自分に言い聞かせていた。
 今ならアリシアが感じていた憤りを理解できる。

「アリシアを止めないと……私が……母さんを……みんなを守る……」

「フェイト……?」

 フェイトはそのままプレシアを押しのけて歩き出す。
 焦点の定まってない瞳に嫌な予感が浮かぶ。

「ベガ……」

 フェイトの手にバルディッシュに形が似た青い刃の三日月斧が現れ、怪しい光を灯している。

「魔力があれば……私は強くなれる……誰にも負けない……」

「フェイト、待ちなさい!」

「邪魔……しないで……」

 衝撃が身体に走る。

「がはっ……」

「安心して……すぐに終わらせるから……」

 笑いかけてくれるが、それはフェイトが浮かべる様な笑顔ではなかった。
 妖しさを持った笑みを消し、不気味な無表情になってフェイトは元来た通路を歩き始める。

「フェイト……」

 接触型のスタン攻撃だったのだろう。
 身体は痺れて動けないが致命的な痛みはない。

「あれは確か……リンカーデバイス……」

 予想だが、確信を持ってフェイトの突然の凶行の原因がそれだと見る。

「このままじゃ……」

 怒りに我を忘れているアリシアと操られているフェイト。
 この二人が戦った場合の結果を考えて背筋が凍る。

「誰か……」

 助けを呼ぶ。
 始めに浮かんだのはジュエルシードの回収の時にフェイトと対峙していた白い少女。
 しかし、プレシアには彼女と連絡を取る手段はない。
 システムのリストに登録されている名前は少ない。
 その内の一つに回線を繋ぐ。

「早く出なさい……」

 繰り返されるコール音に苛立ちながらプレシアは待つ。

『はい、どちら様って……ええ!? プレシア!?』

 空間モニターの向こうでクライドが驚きの声を上げる。

「クライド、すぐに来てちょうだい!!」

『来てって、それよりなんで生き――何があった?』

 深い追及をせずに察してくれたクライドは混乱からすぐに立ち直る。

「フェイトとアリシアが危ないの、お願い助けて」

『場所は?』

「第97管理外世界よ」

『第97管理外世界……ミッドからは時間がかかるな。ともかくすぐに行く』

 そうして通信が切れる。
 そして、次の相手に連絡を取ろうとして止まった。
 リストの中に一番初めに登録されていた名前は「ソラ」。
 彼に頼ることはいろいろな意味で躊躇われるが、これに似た状況を予想していたのは彼しかいなかった。
 意を決して回線を繋ぐ。
 呼び出しのコール音が繰り返され緊張が高まる。
 そして――

『…………何の用、プレシア?』

 不機嫌を隠そうともしないソラが空間モニターの向こうに映る。
 向けられた冷めた眼差しに思わず気持ちが引ける。

『というか、ちゃんとリンカーコアは定着していたみたいだね。
 なんの音沙汰もなかったからてっきり失敗したと思ってたけど』

「ええ……一応は……」

『まあ、どうせ融合騎になった自分はあの子たちの母を名乗る資格なんてないっとか一人で自己完結して満足していたんでしょ』

「…………」

 アリシアもそうだったが自分はそんなに分かりやすいのだろうかとプレシアは悩む。

『ま、運よく生き永らえたんだからすぐに結論なんか出さないでゆっくり考えればいいんじゃない?』

「運よくって……成功確率はどれくらいだったの?」

『さあ……設備もなかったし、テストもしてない、下準備は結構適当だったから……10%くらいかな』

「10って良くもそんな歩の悪い賭けを……」

『あんたが生きたままあの世界から脱出するよりはいい数字だと思うけど』

「そうだったとしても、どうしてアリシアとクライドに何も話さなかったの!?」

 殺せと言い出したのが自分だけに強くは返せないが、彼がアリシアを置いていったことには憤りを感じていた。

「貴方がクライドを嫌っているのは分かっているわ。
 でも、アリシアは……アリシアに融合騎のことを話していれば、あの子の気持ちは変わらなかったはずよ」

 母を助けるための歩の悪い賭けでもアリシアは失敗してもソラを責めることはしなかったはず。
 それはフェイトも同じだ。

『何を言ってるのプレシア?』

 しかし、プレシアは気が付くことになる。

『僕は人殺しなんだから元々アリシアと一緒にいられるわけないじゃない』

 自分がソラという人間を何も理解していなかったことに。

「なっ……?」

『僕は血に汚れた薄汚い存在。
 それが分かってるから僕に自分を殺せって言ったんでしょ?』

 そんなつもりはなかった。
 倫理観が薄いのは分かっていた。だから、人の生き死も計算しそれを天秤にかけて行動できる人間だと思っていた。
 あの時、プレシア・テスタロッサが生きていても百害あって一利なしだと計算できていたと思っていた。
 ソラの心を知らないまま。

『僕たちが一緒にいられたのはあの世界だったから。
 何もない、社会も法もないあの場所だから一緒にいられただけ
 だから、本来は敵同士のクライドと生きてこっちに戻るために協力していたんだ』

 プレシアがいなくなり、あの世界に留まる理由がなくなったからソラはアリシア達と別れてあの世界から脱出した。
 例え、プレシアが人のままあの世界から出ることができてもそれは変わらなかっただろう。
 だからソラはあの時、全てを一人で決めて実行した。

「なら……どうしてアリシアとフェイトの仲を取り持とうとしたの?」

『それは傍にいられなくても幸せになってほしいからだよ。
 それにフェイトのことは他人とは思えなかったから……でも、ただの代償行為なのかもしれないけど』

 ――この子は何なの?

 自分を人殺しと卑下しながらも、自分を削って他人の幸せを願う様は歪んでいるようにしか見えない。
 いったいどんな罪を背負えばこんな人間ができるのか想像もつかない。

『それで、要件はメンテナンス?』

「え……?」

 話題の転換についていけずプレシアは間が抜けた返事を返した。

『だからメンテナンス。
 一応融合騎は自己メンテナンスができるからあまり必要ないかもしれないけど、やっぱり一度不具合がないか検査した方がいいだろうし。
 マニュアルにも書いとおいたと思うけど?』

「ええ……そうね」

 ――メンテナンスなんてしてないわよ。

 内部データのマニュアルに全く目を通していないことを悟らせないようにプレシアは頷いた。
 同時にソラと連絡を取った要件を思い出す。

「あのねソラ……」

 改めて今の状況をソラに伝えることを躊躇う。
 不確定要素が重なったとはいえ、ソラが懸念していたフェイトとアリシアが争うことになった。
 言えば力を貸してくれるだろうが、果たしてそれでいいのか。
 思わず迷う。
 しかし、大気を震わせる天雷の音と交差する魔力の爆発に迷いを払う。

「ソラ……実は……」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アリシアは母が大好きだった。
 いつも仕事で忙しくて一緒にいられなかったけど優しくて、一緒にいられる時は嬉しくて楽しくてとても幸せだった。
 しかし、目が覚めたら全てが変わっていた。
 住んでいた家もなく、リニスもいない。
 そして母は怖くなっていた。
 優しい言葉をかけてくれない。ぎゅっと抱きしめてくれない。
 それは母の姿をした別人だった。
 それでもたくさんの言葉を交わして、喧嘩もして少しずつ分かり合うことができた。
 なにより母さんがソラに殺された時は本当に悲しかった。
 そして、本当は生きていたと知って嬉しかった。
 なのに――

「フェイト……」

 地表からゆっくりと飛んでくるフェイトをアリシアは見つけた。
 その手には三日月斧。プレシアの杖はどこにもない。

「あの人はどこ?」

 フェイトは答えずに三日月斧を構える。
 その態度にアリシアはムッと顔をしかめる。

「……フェイトも分かるでしょ。あの人はママじゃない。
 ママはあんなこと言ったりしない」

「違う……あの人は母さんだ。どうして分かってあげないの?」

「そんなの分かんないよっ!」

 あの人は勝手に決めてしまった。
 その決めたことに自分のことなど一つも考えてもくれていなかった。

「そんなはずない! アリシアは母さんのことをよく知ってるはず」

「分かってるから違うの!」

「アリシア……」

「ママはあんなこと言わない。
 ママは約束を破っても「ごめん」ってちゃんと謝ってくれた」

 でも、あの人は謝らなかった。
 そして罰というよく分からないことを言い出した。

「あたしのママはもうどこにもいないのっ!」

 感情に合わせてアリシアの身体から魔力が溢れ、大気を震わせる。
 無秩序な魔力放出で起きた風がフェイトのマントや髪を大きく揺らす。

「…………分かった。どうしても母さんの敵になるんだね?」

「え……?」

 何かが変わった気がした。

「なら、アリシアは私の敵……」

 次の瞬間、アリシアの目の前からフェイトが消えた。
 そして消えた瞬間に目の前に現れる。

「なっ!?」

 ――速過ぎる。

 前に模擬戦で戦った時とは段違いの速度。
 しかし、その手の攻撃にアリシアは身体にしみついた反射でバリアを展開していた。

 ギャンッ!

 球面のバリアを削ってベガが振り抜かれる。
 紫の膜の向こうでフェイトが驚きの表情を浮かべている。
 そこに向かって――

「ファイアッ!」

 フォトンランサーを撃つが、すでにフェイトはそこにいなかった。
 後ろからの風がアリシアの長い髪を前に流す。
 同時に感じる背中からの魔力の高まり、空気を切り裂く風切り音。
 それだけでアリシアは見もせずに背後に盾を展開する。
 硬質な音を盾が鳴らす。
 そして、そこにさらに魔力を注ぎ込み爆発させる。

「くっ……」

 爆風に煽られて吹き飛ばされるアリシア。
 それはフェイトも同じだった。

「ふう……」

 一息を吐く。
 そして、体勢を立て直しベガを構えるフェイトを改めて見る。

 ――模擬戦の時とは比べ物にならないくらいに強い。

 それがどうしてなのかは、アリシアにはベガの違いくらいしか分からない。
 デバイスを持つだけで信じられないくらい強くなれることをアリシアは経験上知っているが、バルディッシュとベガにそこまで差があったとも思ってもみなかった。
 もっとも、それはアリシアの勘違いの部分が大きい。
 アリシアが持ったデバイスはプレシアを内包した一級品の特別製だったから自分でも信じられないくらいに魔法が強化されていた。
 確かにベガは特別なデバイスだが、それでも模擬戦との大きな違いはフェイトの心構えによるところが一番大きい。
 戦闘経験や知識に乏しいアリシアはそこまで分かるはずもなく、訂正してくれる人もいない。
 結局、知らぬままアリシアは本気のフェイトを初めて前にしていた。

「フォトンランサー」

 デバイスなしで使える唯一の攻撃魔法をセットする。
 しかし、それを撃つより速くフェイトが動いていた。
 ランサーを放棄して、勘に任せて盾を展開し死角からの攻撃を受け止める。
 反撃しようにもフェイトはもうそこにはいない。

「くっ……」

 アリシアの視線を振り切り、フェイトは死角から手を休めることなく攻撃してくる。
 防戦一方の状況にアリシアは焦る。
 このパターンは前にソラにやられたことがある。
 フェイトと違って彼のは足さばきによるものだったが、連続する死角からの攻撃に何度も悔しい思いをした。
 だから当然、対抗手段も考えていた。

「う……あああああああっ」

 横からの斬撃を盾で受け止めると同時に魔力を一気に解放する。
 単純な魔力放出。そこに攻撃力はほとんどない。
 が、衝撃に煽られてフェイトの速度がわずかに鈍る。

「そこっ!」

 すかさずフォトンランサーを撃つ。
 が、デバイスの補助のないそれは今までとまったく違うものだった。
 まさしく閃光の如き速さを持っていたランサーは見る影もなく、普通のランサーとして飛ぶ。
 そんな攻撃は今のフェイトには通用せず、すぐに反応して展開したラウンドシールドにあっさりと弾かれる。

「うそっ!?」

 アリシアが声を上げている間にまたフェイトの姿が消える。

「なんてね!」

 バリアジャケットのマントを切り放し、ベガの斬撃を柔らかく受け止める。
 そしてそれを巻き付け固定する。
 予め組み込んでおいた即席のバインド。
 空間設定などの制御ができないアリシアができる唯一の相手の動きを止められる手段。
 さらにそのバインドは自分の腕に巻き付く。

「これでもう放さない」

 アリシアは今のフェイトとの実力差をきちんと理解していた。
 自分ではフェイトの速度に対応できない。
 だから、バインドで互いの身体を繋ぎ止めた。
 そして――

「ふっ!」

 短く気合いの入った呼気。
 魔力を込めた単純な拳を、堂に入った構えから放った。
 単純な一撃でも、そこに込められた膨大な魔力はそれを十二分な凶器に変えていた。
 しかし、フェイトはそれを手の平に作ったバリアで受け止める。

「え……?」

 そのままフェイトはバリアを解き、拳を掴む。
 次の瞬間、電気の衝撃がアリシアの身体を駆け巡った。

「かは……」

 意識が飛び、緩む拘束を無造作にフェイトは払って、改めてベガを振り下ろした。
 直撃。薄くなった装甲のバリアジャケットを抜けて鈍い刃がアリシアの身体に食い込み、弾き飛ばす。
 一瞬、意識が途切れ、地面に激突した衝撃を受けて戻ってくる。
 バリアジャケットは落下の衝撃を受け止めるのを最後に弾ける。
 呼吸がままならず、斬られたところが焼けつくように痛い。今にも泣きだしてしまいそうだった。
 しかし、泣き叫ぶ力さえ出てこなかった。
 そして、その暇もなかった。
 頭上で金色の魔法陣が大きく広がる。

「サンダー ――」

 雷光がアリシアを包み、その動きを完全に拘束する。

「――レイジッ!」

 迸る雷撃が降り注ぎアリシアはギュッと目を瞑る。
 しかし、耳をつんざく轟音は聞こえても、身体に受ける衝撃はいつまで経っても襲ってこない。
 おそるおそる目を開けると金色の粒子が舞っていた。

「これって……」

 この現象は見たことがある。
 あらゆる魔法を強制的に無効化し、魔力の粒子に戻す特殊技能。
 それを扱える人は一人しか知らない。

「ソラ……」

 見上げたその先には黒い服をまとった大きな背中。
 母を殺された時は、どうしてと嘆き憎みさえもした。
 しかし、プレシアの話を聞き、こうして自分を守るように立つ彼の姿は前と何も変わっていなかった。

「やれやれ……なんか予想以上に最悪な状況みたいだね」

 内容とは裏腹な軽薄な言葉がとても彼らしかった。








あとがき
 テスタロッサ一家の親子喧嘩と姉妹喧嘩の話でした。
 ようやく第九話の最後につなげ、本命(ソラ)を出すことができました。
 長かったです。
 少し時間系列に違和感がありますが、九話の戦いから数日間ソラは眠っていたと思って下さい。


捕捉説明
 融合騎プレシア
 プレシア・テスタロッサのリンカーコアを元にして作られたデバイス。
 アリシア、およびフェイトにはユニゾン適性はないので融合はできないが、杖のモードではインテリジェントデバイスとして使用可能。
 今までの戦闘ではアリシアの魔力を使ってプレシアがほぼ全ての制御を行っていた。
 なので、アリシア単独での魔導師ランクはBランク(飛行適性有り)。
 バルディッシュと同等のデバイスを持ってAランク。
 融合騎プレシアを使うと、アリシアの処理を上回ってプレシアが魔法行使を行うため、彼女のSSランクがそのまま当てはまることになる。









[17103] 第二十話 暴走
Name: ラスフォルト◆c45a1398 ID:fa2fc7a2
Date: 2011/01/10 11:28
「うぷ……」

 クラクラしていた頭がようやくはっきりとしてくる。
 融合騎プレシアの中に残しておいた召喚獣用の転送魔法陣を使ってミッドチルダから大幅な時間短縮をして呼び出してもらった。
 しかし、その代償はひどい酩酊感だった。

「さてと……」

 踏みしめている地面の感覚を確認しながらソラは上を見上げた。
 光の魔法陣の中でこちらを見下ろしているフェイト。
 しかし、そこにある表情は前に見た時のものと比べて違和感があった。

「お……」

 どうやって空から引き吊り下ろそうかと考えていたら、自分から降りてきた。

「ソラ……どうしてここに?」

「プレシアに呼び出された。
 緊急用の召喚魔法を残しておいたけどあれは最悪だね。二度とやりたくない」

 通って来た形容しがたい次元空間を思い出すだけでまた酔ってくる。

「母さんを……殺してなかったんだね」

「いいや。確かにプレシアは僕が殺していたよ。
 まあ、あのプレシアが人間のプレシアと同じだってことは認めるけどね」

「違う……あれは母さんだ」

「違わない。あれはもうプレシアじゃない。
 でも遺言の伝言くらいにはなったでしょ?」

 フェイトやアリシアに何の責任も取らずに消えてしまおうとしたプレシアが許せなかった。
 だから、小さな可能性に賭けてみた。

「……ソラ、そこをどいて」

 しかし、三人の話し合いはわだかまりを解くどころか、こじれたようだった。

「どいたら何をするつもり?」

「アリシアを……倒す。倒して魔力をもらう……そうすれば私は強くなれる」

「強く……ね」

 フェイトが構える三日月斧に視線を向ける。
 仄かな魔力を灯すそれは見るからに妖しく、プレシアの言っていた言葉を思い出す。

 ――ロストロギアみたいなデバイスに操られている。

「バルディッシュ……だったけ? 前のデバイスはどうしたの?」

「今は修理中」

「捨てるの?」

「っ……そんなことはしない」

「だといいけどね。そんなことをしたらリニスが悲しむだろうし」

「なっ!? どうしてあなたがリニスのことを!?」

「さあ……どうしてだろうね?」

 虚ろで妖しい表情から生きた表情に戻ってきた。
 それでもまだ刃を引く気配はない。

「とりあえずアリシアと戦うのをやめるなら話してもいいよ」

「……それはできない。私は強くならなくちゃいけないから」

「……なんでそうなるのかな?」

「リンカーデバイスは他人の魔力を一時的に蓄えることができるの。
 それはカートリッジみたいに使えるから、蓄えた分だけ有利になる」

「だから、アリシアの魔力が欲しいってことね」

 リンカーデバイスがどんなものかは分からないが、嫌なデバイスだと感じた。
 そのシステムと同じものをソラは知っている。それはソラが嫌悪する闇の書と同じだからだ。

「君はそういうのに手を出すタイプだと思ってなかったよ」

 言葉を交わしてなくても、刃を交わし多少は彼女の人柄を把握しているつもりだった。
 強くなりたいという気持ちは分かっても、何かに縋る気持ちは分からない。

「アリシアはずるい。
 あんなに母さんに思われているのに少しも分かってあげようとしない」

「だからって、アリシアを――」

 思わず言葉を止めた。
 会話は成立しているが、それには違和感が付きまとう。
 完全に洗脳されているわけではない。
 むしろ、思考を誘導されていて、自分の行動に疑問を感じていないように感じる。

「…………アズサと同じか」

 ならば本人を説き伏せるよりも先におかしくしている元凶を抑える必要がある。
 ソラはフェイトの持ちベガに視線を向ける。

「邪魔をするの?」

「そうだね……アリシアが欲しかったら、まずは僕を倒すんだね」

「ええっ!?」

 驚きの声は後ろから、アリシアが赤い顔をしてうろたえていた。

「えっと……あのねソラ……わたしはそういうつもりじゃなくて……その……」

 前を見ると同じように顔を赤くしたフェイトが何かを弁解していた。

「何を言ってるの二人とも?」

「だ……だって、その言い方じゃまるで……わたしがアリシアをくださいって言ってるみたい」

「みたいって……実際そう言ってるでしょ?」

「だから……そういうことじゃなくて……その……なのはだったら別にいいんだけど……」

「えっと……何を言ってるのかな?」

『貴方……無自覚であんなことを言ったの?』

 懐に忍ばせた、待機状態のプレシアが呆れた言葉をかけてくる。

「分からないから、説明してほしいんだけど」

『つまりね――』

「待った。その話は後で」

「とにかく、邪魔するなら容赦しない」

 自己完結したフェイトはその言葉とともに切りかかってくる。
 前よりも速い速度で接敵してくる。
 それに対してソラは一歩前に出る。
 その一歩だけはフェイトの速度に劣らず、結果フェイトは間合いを狂わされる。

「くっ……」

 身体同士がぶつかり、体当たりは機動力を上げていたフェイトが押し切る形になってソラがバランスを崩す。
 しかし、倒れながらソラはフェイトを掴み、その速度のまま地面に叩きつけた。

「がっ……」

「あ……」

 フェイトのくぐもった悲鳴にやってしまったとソラは頭を抱える。
 予想よりも速い速度だったが、その動きは単調で読みやすかった。
 カウンターを入れることもできたが、あまり傷付けないように組み敷くことを選んだ。
 しかし、フェイトの速さが早過ぎたため、勢いを殺しきれずにかなり強めに地面に叩きつけることになってしまった。

「えっと……大丈夫?」

 と言いつつも関節を極めようと掴んだままの腕を捻ろうとして、弾かれた。
 電気の衝撃に痺れる手をプラプラと振りながら、ソラは距離を取ったフェイトと向き直り、同時に光剣を抜いた。

 ガキンッ!

 硬質な音が響き、魔力の刃がフェイトの三日月斧を受け止める。

「どうして……」

「いくらやっても無駄だよ」

 フェイトの困惑にソラは答える。

「君は確かに速いけど、まだ対応できるレベル」

 言外にフェイトよりも速い相手を知っているという言葉にフェイトは驚きの表情を浮かべる。

「それにまっすぐで分かりやすいっ!」

 刃を外し、蹴り。
 しかし、フェイトはバランスを崩すことなくそれに対応、蹴り足の前に手をかざして盾を作る。

「あう……」

 そんな盾を無視して浸透衝撃はフェイトの腕を痛めつける。
 怯むその隙に蹴り足を戻す勢いで逆から剣を振る。
 紙一重のタイミングでフェイトは後ろに飛んでそれを回避。
 開いた間合い。ソラの間合いから離れてフェイトの気配がわずかに緩む。

「甘いっ」

 しかし、そこはまだソラの射程範囲だった。
 右手を弓を引くように後ろに、前のめりに足に力を溜めて、矢の様に自分の身体を撃ち出す。
 蹴り足の衝撃に地面が爆ぜる。広がった間合いが一瞬で零に戻る。
 驚愕に顔を引きつらせるフェイト。彼女の右肩を狙って全ての勢いを乗せた突きを放つ。
 が、フェイトはそれも真上に飛んで回避する。

「ちっ……」

 地面に足を叩き付け、地面を削ってブレーキをかける。
 止まる間にフェイトは上から六つのプラズマランサーを準備し――

「ファイアッ!!」

 止まった瞬間を狙って撃たれたランサーをソラはステップでその間を縫う様にして回避する。
 しかし、ランサーが地面を穿ち舞い上がった土煙がソラの視界を覆う。
 その煙を切り裂いて目の前にフェイトが現れる。
 認識と同時に光剣を薙ぐが、それは巻き起こる風を切り裂くだけだった。
 しかし、そこでソラは動きを止めず、左手にもう一つの光剣を逆手に抜き、背後に突き出した。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「なっ!?」

 煙に紛れ不意を打ち、超反応を予想して正面からフェイントをかけた。
 そして背後を取り、必殺の一撃を当てようとしたところで見えたのは新たな光剣の切っ先。
 反射的にのけぞり、魔力の刃が頬をかすめていく。

「わわ……わっ」

 そのまま体勢を戻せずに尻もちをついてしまう。

「あ……」

 次の動作に移るより早く、ソラに光剣を突き付けられた。
 両手に握られた魔力の刃を発生させている光剣に目を奪われる。

「二刀流……」

 直感的にそれが彼の本当の戦闘スタイルだと理解するが、同時に屈辱が込み上げてくる。
 前の模擬戦で彼はまったく本気を出していなかった。

「どうして……」

 どうして魔導師でもない人間がここまで戦える。
 どうして魔導師でもない人間がこれほどの力を手にしている。

「くっ……」

 プレシアに否定された時のような絶望感が湧きおこる。
 まるでこれまでの自分の努力が全て否定されている気分だった。

「そんなことない……私は……強くなったんだ」

 リンカーデバイスを持ち、より多くの魔力を得てアリシアに勝った。
 しかし、それでもまだ敵におよばない。
 勝つためにはもっと強くならなければいけない。

「やれやれ、このリンカーデバイスってやつを壊せば正気に戻るのかな?」

 冷めた言葉にフェイトの背筋が凍った。
 そして、ソラは素早く右の剣を戻し、銃を抜いた。
 前に見たものよりも大型になったそれの引き金を躊躇うことなくソラは引いた。

「あっ!」

 手に衝撃。ベガが衝撃にもぎ取られて落ちる。

「ちっ……アキの奴……直したなんてものじゃないぞこれは」

 ソラは銃を左手に持ち替えてさらに一発、二発と魔弾をベガに叩き込む。

「やめてっ!」

 ベガは自分の命を支えている。
 もし破壊されたら自分は死んでしまう。
 フェイトはソラに飛びかかるが、ソラはフェイトの体当たりに足を残して一歩引く。

「あっ……」

 足をかけられてフェイトは転ぶ。
 ソラはフェイトに一瞥をくれて、ベガに視線を戻す。

「ダメ……やめて……ソラ……」

 ――折角手に入れた力なのに。

「やめろぉぉぉ!」

 フェイトの願いを聞いたのはその使い魔のアルフだった。
 飛んでくる勢いをそのままにアルフはソラに拳を放つ。

「くっ……」

 不意打ちを紙一重で回避するが、ソラは大きくバランスを崩す。
 アルフは落ちたベガを拾い、離脱する。

「おい……犬。なんのつもり?」

「聞いてくれソラ……これは――」

「ダメ! 言わないでアルフッ!」

「でも、フェイト」

「分かってるでしょ? それのせいでフェイトがおかしくなってるってことは?」

 ソラは銃口をアルフに向ける。
 フェイトはその間に立つ。

「アルフ……ベガを渡して」

 アルフからの答えはない。

「早くっ!」

「っ……」

 アルフから受け取ったベガを見る。
 ソラの銃撃を受けていてもそこに傷はついてない。
 そのことに安堵しながら、考える。

 ――今のままじゃ勝てない。

 ため息を吐いて二つの剣を持ち直しているソラの姿を見据える。
 覇気のない気の抜けた佇まい、隙だらけなのに攻撃できない何かを感じる。
 結局、未だに彼の実力の底が見えない。
 それでも彼の言葉を思い出す。

 ――君は確かに速いけど、まだ対応できるレベル。

 なら、もっと速く動けばいい。

「ソニックフォーム」

 バリアジャケットを換装すると同時に飛び出す。
 正面からの一薙ぎをソラは上からの斬撃で迎え打つ。
 次の瞬間、フェイトはソラの背後に回り込み、振り返る勢いでベガを振る。
 ソラは振り返らずに光剣を背中に回して受け止める。
 力の入らない無理な体勢、ソラはフェイトの斬撃の力に逆らわずに身体を回して受け流す。
 その動作から流れるように逆の光剣が閃く。
 咄嗟に後ろに飛んでフェイトは回避する。
 そして、改めてフェイトはソラのデタラメさを感じていた。

 ――まるで後ろにも目があるみたい。

 それに二つの光剣によって攻防が同時に行われている。
 今のままの速度では二つの光剣を振り切れない。

「もっと……速く……」

 エルナトの男やアリシアのようにソラを速さで翻弄するならまだ速さが足りない。

「常駐起動……ブリッツアクション」

 移動系の魔法は飛行を除けば基本的に瞬間効果のものばかりになる。
 何故なら移動系の魔法は推進力を与えるものになるからに他ならない。
 飛行魔法は長く一定に対して、加速魔法は一瞬で最大の魔力運用を行うことになる。
 加速魔法を常時で使うことは常に全力疾走していることと同じことになる。
 しかし、魔力供給をベガから受けているからガス欠の心配はいらない。

「並列起動……ソニックムーブ」

 さらに新たな魔法を起動する。
 それも移動系の重ね掛け、本来なら衝突してどちらも強制停止するが片の方の制御をベガに完全に任せる。
 バルディッシュでは決してできない魔力運用を持ってフェイトは三度目になる攻撃を開始した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「プレシア、犬と念話をつないで」

 三日月斧を犬から受け取って構え直したフェイトから視線を外さずにプレシアに指示を出す。

『…………つないだわ』

『犬、状況説明を簡潔に』

『誰が犬だ! あたしは狼だ!』

 律儀な突っ込みが返ってくるが、今はそんなものにかまっている余裕はない。

『そんなことどうでもいい。で、あのデバイスを破壊するとどうなるの?』

『それは……』

 言い淀むのは御主人さまに口止めされたからか。
 融通の利かない、ただ諾々と主に従うだけの彼女に苛立ちを感じずにはいられない。

 ――主が間違ったら殴ってでも止めるのが従者の役目じゃないのか。

『もういい。プレシア、どう見る?』

 早々に見切りをつけて今度はプレシアに尋ねる。
 同時にフェイトが動いた。
 バリアジャケットの形状を変え、今までよりも速く迫る。

 ――左から水平の薙ぎ払い。

 フェイトの構えから瞬時に判断し、ソラは対する行動を取る。
 右の光剣を振り下ろし、打ち付ける。
 思っていたよりも軽い衝撃にそれが布石だと判断する。
 同時にフェイトが組んだ術式を確認し、背後からの攻撃を察知する。
 半瞬遅れて、目の前からフェイトが消える。
 左の光剣を背中に回し、三日月斧を受けると同時に身体を捻る。
 光剣の刀身をなぞらせる形で受け流し、右の光剣を振る。
 フェイトは後ろに飛んでそれを回避した。

『そうね……あのデバイスの名称はリンカーデバイス。破天の魔導書によって作られた生きたデバイスみたい』

『破天? こっちでも天空の書……』

『ミッドで何かあったの?』

『ちょっとね……今はそんなことどうでもいいけど』

 プレシアの情報を元に考える。
 リンカーコアを内包しているのなら独自意識を持っている可能性が高い。
 それにフェイトが操られていると仮定する。

『この手のタイプのものなら、使用者のリンカーコアと同期している可能性が高いわね』

『同感……』

 フェイトとリンカーデバイスのコアが繋がっている状態ならリンカーデバイスの破壊はフェイトのコアの破壊と同じ意味となる。

『リンカーコアを破壊されたら魔導師は死ぬ』

『貴方は例外だけどそれは何億分の一の確率よ』

『分かってるよ』

 そうなると犬のあの慌てようも納得できる。

『対処法とすればリンカーデバイスからの干渉を閉じればいいと思うわ』

『簡単に言ってくれるなぁ』

 思考リンクの切断は魔法の領域。
 他にも魔力ダメージによる昏倒、物理的に意識を刈り取る方法もあるがフェイトの速度を考えると難しい。

『プレシア……一番のシステムの準備を』

 指示を出し、目を見張る。
 加速系の魔法を自身にかけたかと思うと、さらに別の魔法が起動する。

「くっ……」

 一瞬で間合いを詰められ、刃が迫る。
 本来なら移動系の魔法の効果が切れてからの非高速攻撃は反応速度の差でソラの防御も間に合うはずだった。
 しかし、フェイトは高速のまま動く。
 そして光剣が届くより速く、フェイトの三日月斧がそれをかいくぐってソラの身体に打ちこまれる。

「がっ……」

 脇腹に容赦のない衝撃。
 あばらが折れる嫌な音が体内に響く。
 足のふんばりは効かずにフェイトの斬撃に弾き飛ばされて壁に背中から激突する。
 肺から空気が絞り出され、血を吐く。

 ――これだから魔法が使えない身体は……

 脆弱な身体にそう思わずにはいられない。
 どれだけ精確に次の行動を予測しても、魔導師と力比べすればフェイトのような小さい子供にも勝てない。
 こちらの反応速度を上回る速さ、人を軽々と吹き飛ばす膂力。
 ソラの体術によるごまかしも圧倒的なスペックの差には無意味なものと化す。

「はっ……」

 血の混じった唾を吐きながらゆっくりと立ち上がる。
 激痛が身体に走るが無視する。
 この程度の傷ならあと三十秒もすれば元に戻る。

『ソラ……大丈夫なの?』

『問題ない。それより準備は?』

『いつでもいけるわ』

『そう……なら……』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ベガを握る手には確かな手応えを感じた。
 勝った、と達成感を感じたのも束の間、ソラはゆっくりと立ち上がった。

 ――ありえない。

 手には確かに骨を砕く手応えがあった。
 それにあの速度で壁に叩きつけられたのだからバリアジャケットに守られていない常人では立てるはずがない。

 ――あれ……どうして手が……

 自分の手が小刻みに震えていることに気が付く。
 ソラに恐怖を感じたのだろうか。
 違うと否定しつつも、フェイトは何か大事なことを忘れている気がした。
 自分の中に違和感を感じても、それが何か具体的には分からない。
 ソラが動き出すことで、フェイトは自身に向けていた思考を彼に戻す。
 足下がおぼついていない満身創痍。それなのに眼光は少しも衰えていない。
 その気迫に気押される。
 ソラは懐に手を差し込むとそれを出した。
 それは逆三角形のプレート。
 バルディッシュとは色違いの紫のそれを掲げて叫ぶ。

「プレシア……ユニゾン・イン!」

「なっ!?」

 その可能性を完全に失念していた。
 融合騎プレシアはソラが魔導資質を取り戻すために作ったものをベースにしている。
 だから、正統な使い方をすればソラは魔導資質を取り戻す。
 魔法を使えるソラ。
 その脅威レベルは今までの比ではない。
 戦慄して身体に力がこもる。
 しかし――

『システムエラー……該当するリンカーコアが確認できません』

 フェイトにまで聞こえるシステム音にその場の空気が固まった。

「ユニゾン……イン」

『システムエラー……該当するリンカーコアが確認できません』

 ソラは力任せにそれを地面に叩き付けた。

『ちょっとソラ!』

「うるさい! お前はそこで埋まってろ!」

『それ完全な八つ当たりじゃない。ちょ、やめて、ああっ!』

 踏みつけられた母の悲鳴は聞こえなかったことにする。

「こほん……」

 ソラは佇まいを直して手招きする。
 安い挑発。
 それにフェイトは乗った。
 決してこの微妙な空気にいたたまれなかったわけではない。

「ふっ……」

 先程と同じ方法。
 ソラの防御速度を超えてベガが届く。
 肩口から脇への振り下ろし、刃はその身体に深々と食い込む。
 が、止まった。

「くっ……」

 目の前には痛みにこらえるソラの顔がある。
 三日月斧を身体を使って止め、肩に食い込んだ刃を右手が掴む。
 それに対してフェイトは刃を押し込んだ。
 本来なら近接になったらすぐに離脱しているところだったが、深手を負ったソラの反撃が今までの様な理不尽な攻撃力を持っているとは思えない。

 ――これはチャンスなんだ。

「ぐあっ」

 抑えつけようとしていたソラの力が緩む。
 フェイトはさらに力を込めて――それを見つけた。
 刃を掴む手とは逆の手に握られた見覚えのある菱形の青い石。

「まさか、ジュエル――」

 言い終わる前に膨大な魔力がそれから溢れ出した。

「あう……」

 溢れ出した魔力の激流に身動きが取れなくなる。

 ――まさか自爆?

 溢れ出した魔力が巻き戻る様にソラの手に収束していく。
 その力は人が操ることができないことをフェイトは身を持って知っている。
 なのに、膨大な魔力は統制を失うことなく圧縮され、形になる。

「ブレイズ――」

 ――まさかジュエルシードを制御している!?

 そんなデタラメなことありえないと思いつつも、ジュエルシードから溢れる魔力は止まっている。

「――キャノン」

 そして、フェイトはその青い光に飲み込まれた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ぐっ……あぁっ……」

 断ち切られた肩が元に戻る。
 そこで生まれる激痛は最早慣れたものだったが、それでも悲鳴が漏れる。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 呼吸を整えて顔を上げる。
 非殺傷設定とはいえ、生まれた衝撃は射線上のものをきれいに吹き飛ばしていた。
 しかし、その先にフェイトの姿はない。

「逃がした?」

 そんなはずはない。確かに命中させた手応えはあった。
 周りを見るとその姿はすぐに見つかった。
 道路に倒れ、ベガを支えにして立ち上がろうとしている最中だった。

「しぶといね」

「あなたにだけは……言われたくない……」

 立ち上がっても力が入らずにフェイトは膝を着く。

「どうして……」

「ん?」

「どうして……ベガを手に入れたのに……わたしは強くなったのにどうして勝てない……」

 フェイトの独白にソラは呆れが混じったため息をもらす。

「それ本気で言ってる?」

 だとしたらフェイトの評価を改めなければいけない。

「だって、やっぱりおかしいよ!
 ソラは魔法が使えないのに、わたしたちの方がすごいことができるのに、なのに――」

「少し黙れ」

 銃を抜いてフェイトの頬をかすめる様に撃つ。
 銃撃に驚いてフェイトは黙る。

「勘違い、それに甘ったれたことばかり、はっきり言わせてもらうけど――」

 そこでソラは言葉を止めた。
 今は説教をしている場合ではない。
 思い出すのは北天の魔導書に操られたアズサの末路。
 最初に決めたように説得や説教は後回しにして元凶の対処を優先する。

「ま、それは後でゆっくりと教えて上げるよ」

 フェイトから視線を外して三日月斧に目を向ける。
 もし仮説が正しければ、リンカーデバイスの破壊はフェイトの死に直結する。
 本来ならこの類のものは考えるまでもなく破壊したいのだがそうもいかない。

「プレシア……封印してみる?」

『まあ、それが妥当かしらね』

「母さんまで、どうして!?」

 裏切られた、そんな顔をするフェイトに対してソラは――

「てい……」

「はうっ!?」

 首筋に手刀を落として意識を刈り取る。

「それじゃあ、あとは任せてもいい?」

「ええ」

 プレシアが現れてフェイトに近付いていく。

 ――これで正気を取り戻せればいいけど。

 話した限り洗脳ではなく思考誘導のようだからリンクさえ切って落ち着かせれば元に戻ると思う。

 ――もしダメだったらどうするかな……

 今後のことを考えながら、ソラはフェイトの周囲にいた人たちに憤りを感じていた。
 こんな怪しいデバイスをフェイトがどうやって手に入れたのか。
 どうしてフェイトがそれを使うことを管理局は容認したのか。
 それに彼女に自分は一人じゃないと言わせた友達は何をしているのか。
 戦闘時間はアリシアを含めてだいぶ経っている。
 それなのに参戦してきたのはアルフだけで――

「…………プレシア待った!」

 思考に没頭していて、その察知に遅れた。
 制止の声は遅く、振り返ったプレシアは頭上から降り注いだ野太い砲撃の光に飲み込まれた。
 さらにソラの周囲に十数発の魔弾が降り注ぐ。

「くっ……」

 回避するも誘導し、追ってくるそれらをソラは二つの光剣で切り払う。
 全てを切り伏せたところで、彼女はソラとフェイトの間に降り立った。

「高町…………高町……えっと……」

「なのはだよっ! 高町な・の・はっ!」

「そうそう、高町なのは」

 良い反応を返すなのはに満足しつつ、ソラは冷めた視線を向ける。

「それで今さら何をしに来たの?」

 本当に今さらだ。
 アリシアとフェイトが具体的にどれくらい戦っていたかは分からないが、もう全て終わっていたのだ。
 なのに彼女はそれを邪魔した。
 それは何故か。
 ソラはなのはの持つデバイスに目を向ける。

 ――リンカーデバイスではないけど……

 そこにある装備に半ば呆れる。
 一際、機械的なフォルムになった魔法の杖。
 カートリッジマガジンがついていたところには弾帯ベルトが装着され、背負っているバックパックにつながっている。

「はぁ……君もフェイトと同種か」

 怪しいデバイスか、スペックアップの違い。
 ソラにとってはどちらも同じだった。
 ようは目の前の少女も安易な手段で強くなった口なのだ。

「何をしにって、フェイトちゃんとアリシアちゃんが喧嘩を始めたって聞いたから止めにきたの」

「それで? 見ての通り全部終わっていたんだけど、どうしてプレシアを撃った?」

「やっぱり……あれはプレシアさんだったんだ」

「って確認しないで撃ったの!?」

 それは予想外だった。

「えっと……だって着いたらプレシアさんがフェイトちゃんに近付いて何かしようとしてたから」

「ああ……前科あるもんね、納得……ってなんで僕まで!?」

「フェイトちゃんをこんなにしたのはあなたでしょ?」

 なのはは杖を向けて、敵意のこもった目でソラを睨む。

「あのプレシアさんとか……あなたは何をたくらんでいるの?」

 心外なことに悪者扱いされているようだった。
 弁解を考えるが、優先順位を思い出す。
 ジュエルシードを使った封印魔法は制御が難しいからあまりやりたくない。
 プレシアが行動不能にされたからリンカーデバイスの封印は後回しにする。
 せめてフェイトの手元からリンカーデバイスを離した上で拘束しておくべきだろう。
 クライドも呼んでいるようだから封印は彼に任せればいい。

「答えてっ!」

「悪いけど、そんな暇はない」

 リンカーデバイスによる回復率がどれほどか分からない以上、悠長にしていられない。
 駆ける。
 彼女には悪いが説明し、納得させる時間が惜しい。眠らせることにする。
 なのはとの距離を一瞬で詰める。

『アクセルフィン』

 なのははそれに対して防御ではなく、後ろに飛んだ。
 そして飛ぶと同時に杖にカートリッジが何発も装填され、チャージタイムなしに砲撃の準備を整える。

「話を――」

 飛んだ姿勢のままなのはは引き金を引く。

「――聞いてっ!!」

 ディバインバスター。
 壁を思わせる砲撃。しかも至近距離であるため逃げ場はない。

「くっ……」

 ソラは光剣を納めて、手を前にかざした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 眼前で桜色の魔力の奔流にソラが為すすべなく飲み込まれた。
 そう見えたのは一瞬で、砲撃はソラのかざした手に触れた瞬間その形を維持できなくなり弾けた。
 その現象は放射が終わるまで続いた。
 知っていたこととはいえ、実際にやられると絶句するしかない。

『マスター、もう一度砲撃を行って下さい』

「レイジングハート?」

『彼の力の秘密が分かったかもしれません』

「本当?」

 驚いているのも束の間、ソラが迫ってくる。
 足下のフェイトを抱えながら、前に盾にバインド、アクセルシューターをばらまく。
 しかし、どれも瞬く間に霧散させられる。
 理不尽だと叫びたくなるが、それでもわずかにソラの進行を遅らせることができた。
 なのははフェイトを抱えたまま、ビルの屋上に飛ぶ。

「ここなら大丈夫だよね」

 魔導師ではないソラにとっては建物の上なら容易に辿り着けないはず。
 今一つ自信を持てないが、未だに地面にいるソラを確認して大丈夫だと自分に言い聞かせる。
 ビルの屋上から飛び降り、地面までは降りずに半ばのところで止める。

「ディバインバスター!」

 ソラの手が届かない位置からの砲撃。
 しかし、それは十分な回避距離があるということでソラは余裕を持って回避し、銃を向ける。

「バスターッ!」

 カートリッジをつぎ込んで遅滞なく砲撃を重ねる。
 ソラが撃った魔弾を飲み込み、桜色の奔流が押し寄せる。
 二発で道路を満たし逃げ場はなくなる。
 しかし、ソラはビルの壁を蹴って上に逃げる。

「バスターッ!!」

 そこに三発目を撃つ。
 身動きの取れない宙空なら当たると確信するが、ソラは突然動いた。
 道路の端から端まで不自然に飛んでソラは砲撃を回避した。
 何が起きたか理解できず、なのはは呆然としてしまう。
 が、突然足を引かれて意識を戻す。

「これは……ワイヤー?」

 地面に引く力に抗いながら足を見ると細い鋼線が巻き付いていた。
 まだ武装を隠していたことに驚きよりも呆れてしまう。

「レイジングハート」

 アクセルシューターで鋼線を切り、意識をソラに戻す。
 が、つい先程までいたその場所にソラはいなかった。

「どこに……」

『上です』

 レイジングハートの言葉に上を見るとソラが落ちてきた。
 咄嗟にバリアを張るが、ソラの光剣は抵抗なくそれを切り裂き、なのはに届く。

『リアクターパージ』

 バリアジャケットの上着が弾け、ソラの斬撃が逸れる。
 すぐさま落ちるソラに向かって杖を向け、砲撃を撃つが鋼線によって放物線を描く様に落ちるソラには当たらなかった。
 着地するやいなや、ビルの隙間に跳び込み、なのはの視界から姿を消す。
 呼吸を整えながら冷や汗を拭う。

「本当にあれで魔法使ってないの!?」

『はい。魔力反応は光剣と銃にしかありません』

 レイジングハートの肯定が信じられなかった。

 ――魔法も武器の差も全部がこっちに有利なのに。

 しかし、それは変えがたい現実だと分かっている。

「これじゃあ砲撃が当てられないよ」

 初撃はソラが突っ込んで来てくれたから当てられたが自由に動き回る彼を捉えられない。
 これが空だったらと思う。
 学んだ機動は陸を駆けるソラには役に立たない。
 バインドも役に立たない。
 これまでの努力は全てソラの前では無意味だった。

『落ち着いてくださいマスター』

 ハッとレイジングハートの声に我に返る。

『手は必ずあります』

「……そうだね。諦めるのはまだ早いよね」

 カートリッジの残数も十分にあって、身体も動く。
 そして後ろにはフェイトがいるのだから諦めることは許されない。
 気を取り直して警戒心を高める。
 全方位、どこから来てもすぐに反応できるように意識を集中する。
 しかし、いつまで経ってもソラは攻めてこない。

 ――おかしい。

 流石にそう思う。
 ソラの能力を考えるなら必ず接近戦を挑んでくると思ったのにまったくその気配はない。

「……まさか、フェイトちゃん!」

 なのはは一気に急上昇し空に出る。
 見下ろせば、今まさにソラがビルの縁から屋上に乗り込んでいるところだった。

「ダメ……フェイトちゃんを巻き込む」

 杖を構えるが、ソラとフェイトの距離が近過ぎる。
 なのはは急降下とともにレイジングハートを前に突き出し――

「エクセリ――」

「待ってくれ、なのは!」

 モード変更とA.C.Sによる突撃はアルフによって阻まれた。

「アルフさん!?」

「ソラに任せてくれ」

「でも……」

 そうこうしている間にソラはフェイトの元に辿り着く。
 しかし、なのはの予想に反してソラはフェイトの手に握られたままだったベガをもぎ取ると、大きく振り被って……
 投げた。
 大きな弧を描いて三日月斧は回転して落ちていく。

「ふう……」

 一仕事やり終えたと言わんばかりに額を拭うソラになのはは嫌な予感を感じた。

「えっと……もしかして……」

「そのなんというか……落ち着いて聞いてくれよ、なのは」

 なのははこれまでのことをアルフに説明される。
 プレシアがいた理由。
 アリシアとフェイトの喧嘩。
 リンカーデバイスに操られていたようにしか見えなかったフェイト。
 そして、それを取り押さえたソラ。
 話を聞くにつれてなのはの顔は蒼白になっていく。

「ご、ごめんなさいっ!」

 ソラの前に急降下してそのまま土下座して頭を下げる。

「え……いや……」

 なのはの急降下に身構えたソラは行き場のなくなった光剣を彷徨わせる。

「えっと……」

 迷った結果、ソラは降りてきたアルフに銃を向けた。
 つまり、なのはのことを無視することにした。

「なっ……」

「話してもらうよ。リンカーデバイスについて、全部ね」

 顔を上げたなのははソラの行動を止めようとして口をつぐんだ。
 フェイトをこんな暴挙に走らせたリンカーデバイスのことは気になっていたことだった。

「それは……あっ!」

 答えあぐねたアルフが突然声を上げた。

 ――そんな古典的な――

 思う間にそれは起こった。
 突然起き上がったフェイトは地を這う様に駆け出し、ソラに突撃する。
 アルフに意識を集中していても、ソラの反応は速かった。
 銃床を叩きつけるように振り下ろす。
 それを左手で受け止めて、フェイトは右手を伸ばし、ソラのコートを掴む。
 次の瞬間、ソラはフェイトを蹴り飛ばしていた。
 屋上をバウンドして転がるフェイト。

「ちっ……しまった」

 ソラが顔をしかめ、自分の穴の空いたコートを見てからフェイトを見る。

「これで……わたしは強くなれる……ベガ」

 ゆらりと立ち上がるフェイトの手にあるものになのはは息を飲んだ。
 青い菱形の宝石、ジュエルシード。
 ジュエルシードは一際大きな光を溢れさせる。
 その魔力の奔流が巻き起こす風になのはは吹き飛ばされまいとふんばる。

「……うわっ」

 が、フェイトに斬りかかっていたソラは正面からそれを受けて吹っ飛んだ。

「ソラさんっ!」

 屋上の外に投げ出されたソラを追い駆けようとしたが、その声に身体が強張る。

「あは……あはははっ」

 不気味に笑うフェイトに寒気が走る。

「あ……なのは、いつからそこにいたの?」

 怪しく笑うフェイトがなのはを見つける。
 ゆっくりと近付いてくるが、フェイトがまとう大き過ぎる魔力にあてられてなのはの身体は思う様に動いてくれない。

「もう大丈夫だよ……この力があればもう誰に負けない。
 あのセラにだって負けない。なのはを傷付ける奴はみんな――殺してあげるから」

 ――違う! こんなのフェイトちゃんじゃない!

 声にならない叫びを上げながら、まじかに顔を近付けてくるフェイトの表情はなのはが時の庭園で見たプレシアに良く似ていた。
 恐怖に震える身体を抑えつけて、なのはは一歩下がってフェイトにレイジングハートを向ける。

「なのは……?」

 傷付いた表情に心が萎えるが、それを取り直して力を込める。

「フェイトちゃん目を覚まして、フェイトちゃんはそのベガに操られているんだよ!」

 仄かに光を灯すフェイトの右腕。
 流石のなのはもこの状況のおかしさには気付く。

「どうしてそんなこと言うの?」

 切っ掛けはきっと自分がセラに殺されかけた時なのだろう。
 何をしても届かない敵と戦って打ちのめされて、力を求める気持ちは理解できる。

「わたしたちは間違えちゃったんだよ」

 しかし考えて見れば、この状況はヴォルケンリッターと戦った時とまったく変わらない。
 負けた理由を武器の差にして、相手と同じ武器を持って強くなったと思っていた。
 同じ土俵に立てば負けないなんて根拠のない自信が、前の戦いによる自爆をもたらした。
 武器に差があっても戦えることを、なのはは今さっき思い知らされた。

「違うっ! 私は間違ってないっ!」

 聞く耳を持たないフェイトの姿に自分を重ねる。
 魔法という未来の目標を得て、それを完膚なきまでにセラたちに叩きのめされた。
 その屈辱の末に新しい力を求めたのは自分も同じ。
 もしかしたら、ベガを手にしていたのはなのはだったかもしれない。

「…………フェイトちゃん、ここから、もう一度やり直そう」

 カートリッジの弾帯ベルトを外して、バックパックを下ろす。
 ほんの少し軽くなったレイジングハートは頼りなく感じたが、同時に懐かしい重さだった。

「やめて……なんでなのはと戦わなくちゃ……うん、そうだね……
 なのはに勝たないと……母さんは認めてくれないんだよね」

 戸惑いの表情を変えて、初めて会った時の様な憂いを帯びた顔になる。

「絶対に……助けるからね、フェイトちゃん!!」





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「どうしてっ!?」

 空に金の軌跡を描きながらフェイトは叫ぶ。

「何でっ!?」

 いつかの再現のように飛ぶなのはの姿は遅く感じるのに追いつけない。
 手には武器はない。
 それでも身体に巡る魔力は以前の比ではなく、速度だって速くなっているはずなのに、いつの間に背後を取られている。

「私は強くなったはず……」

 後ろからアクセルシューターを撃ってくるなのは。
 フェイトは速度を一気に上げて突き離す。
 旋回して、四つのアクセルシューターを正面から見据え、

「プラズマランサー……ファイヤッ!」

 四つのシューターに対して三倍の十二のランサーを迎撃に放つ。
 なのはのシューターを貫通し、そのままランサーはなのはに殺到する。

「シュートッ!!」

 なのはは前面に弾幕をばらまく。
 ランサーは射線上のシューターを貫通し、衰えることなくなのはに届く。
 左右に身体を振って回避行動を取るが、数発のランサーが直撃する。
 しかし、なのはの前進の勢いは衰えない。

「くっ……」

 バリアジャケットはすでに半壊しているのに全くひるまずに突っ込んでくる。

「ファイヤッ!」

 さらに撃ち込む。
 一瞬爆煙に包まれるが、それを切り裂いて突き進んでくる姿に恐怖を感じる。

「もう……いい加減にして!」

 手に魔力の刃を作る。形状はクロノのスティンガーブレイドの一本に良く似たもの。
 それをすれ違い様に振る。
 一瞬早く、なのはは横に回転してそれを避ける。
 空戦機動、バレルロール。
 高度や進行方向を変えずに位置をずらす回避運動。
 交差の一瞬、なのはと逆さに顔を合わせる。

「ディバインバスターッ!」

 短く持った杖でなのはが撃った。
 威力こそ最大のそれではないが、直撃だった。
 空高く弾き飛ばされて、機動を立て直す。
 そこに今度は力の入った砲撃が迫る。

「プラズマスマッシャーッ!」

 遅れてこちらも砲撃で対処する。
 二つの砲撃はせめぎ合って、金の奔流が桜色の光を飲み込み、なのはを捉えた。

「…………なんで?」

 こちらの攻撃が当たっているのに落ちない。
 砲撃に飲み込まれながらも、未だになのはは落ちていなかった。
 バリアジャケットはボロボロで、肩で息を吐いている。
 髪留めもなくなり、二つに結っていた髪も下がっている。
 レイジングハートだってもうボロボロだった。
 なのに落ちない。そして、確実に反撃はこちらを捉えていた。

「何でっ!?」

 分からない。
 ソラは別格としても、エルナトの男もアリシアも圧倒したのにただの魔導師に何故これほど苦戦をしているのか。
 なのはが持っているのはカートリッジを外したノーマルのインテリジェントデバイス。
 戦力差は圧倒的なのに勝てる気が――

「そんなことないっ!」

 過ぎる不安を声に出して振り切る。

「フェイトちゃん……」

「私は間違ってないっ!」

 ――どうして分かってくれないの。

「私たちは強くならなくちゃいけない。そうしないとあの人たちに勝てない!」

 弱いままだとまた繰り返すことになる。
 なのはが血色の光の中に消えた時の絶望感を思い出すだけで身震いする。
 あんな思いは二度と味わいたくない。

「そうだけど……今のフェイトちゃんは強くなんてないよ」

「うるさい……うるさい……うるさいっ!」

 耳を覆ってなのはの言葉を追い出す。
 彼女の言葉は言いようのない苦しさを感じさせる。

 ――黙らせればいい。

 そうだ、これ以上なのはに喋らせちゃいけない。
 ソラに攻撃を当てた、ブリッツアクションとソニックムーブを重ねて発動する。
 なのはの後ろに音より速く回り込む。
 彼女が振り返る、レイジングハートがオートプロテクションを発動するより速くフェイトはなのはの後ろ首を掴む。

「あああああああああああああああああああっ!」

 そのまま急降下して、なのはを地面に叩きつけるように投げる。
 地面と激突する瞬間、桜色の魔法陣が広がってなのはの身体を受け止めるが、勢いは止め切れずに地面にクレーターが穿たれる。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 わずかな行動で信じられないくらいに息が上がっている。
 ジュエルシードの魔力を得たことによってベガはすでに自分の身体を完全に修復してくれている。
 そしてベガの機能も十全、それ以上に働いている。その証拠に身体には十分な魔力が漲っている。
 それでも身体は重く、息が苦しい。

「フェイト……ちゃん」

 レイジングハートを支えにしながら、痛々しい姿で立ち上がるなのはにフェイトは息を飲んだ。

「もう……やめて……」

 ――もう嫌だ。どうしてなのはをわたしは傷付けているの?

 ――我慢しないと……私が強くなるために必要だから……あとでちゃんと話せばきっと許してくれる。

 ――だめ、もうやめて――じゃないと――

 頭の中に様々な声が響く。
 頭が酷く痛かった。

「そうだね……終わりにしよう」

 答えるなのはの足下に巨大な魔法陣が展開する。
 同時に桜色の粒子が彼女の前に集まっていく、さらに集束点を中心に環状魔法陣が引かれる。
 スターライトブレイカー。
 かつて、なのはと戦った時に勝負を決めた彼女の必殺技。

「…………」

 動きを拘束されているわけでもない、無防備な姿に攻撃を仕掛けることもできたがフェイトはあえて距離を取った。
 一直線に伸びる道路の端まで飛び、振り返る。
 そこから見ても大きな桜色の光点。
 なのはの姿はそれに覆われて見えなくなっていた。

「……ベガ」

 手を横にかざして呼ぶ。
 するとそこには慣れた三日月斧の重さが生まれる。
 調子を確かめるように振って、

「ザンバーフォーム」

 三日月斧を大剣に変える。
 高速儀式魔法によって雷を作り、そのエネルギーを刀身に集中する。
 構築するのはプラズマザンバ―。
 なのはのチャージ時間に、フェイトも己を高めることに集中する。
 しかし、不安を感じずにはいられなかった。
 初めてそれを見た時はあまりのことに恐怖さえ感じた。
 今ではその大きな魔力も恐れるに値するものではない。むしろ自分の魔力の方が大きい。
 なのに、どうしてもこの砲撃を撃ち合っても勝ったイメージが浮かばない。

「勝たないと……勝たないと……勝たないと……」

 そのためにどうすればいいか考えて、フェイトは新しい魔法をその場で作る。
 イメージはソラが見せた突撃。
 開いた間合いを一瞬で零にし、全身の力を一点に集約させた突き。
 それは回避できたことが自分でも信じられなかった見事な技だった。

 ――あんな技があれば……

 ソラの動きを思い出して、半身になって弓を引く様に大剣を構える。

 ――再現できないところは魔法でカバー。

 四肢のソニックセイルに魔力を込める。
 光の羽が大きくなって、一際大きく輝く。
 スターライトブレイカーの魔力が臨界に達するのに合わせる様に準備が整う。

「ライトニング・ブレイカー!!」

 自身を矢に見立て、撃ち出した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 この一撃で――

 変わり果てたフェイトになのはは見ていられなかった。
 魔力の大きさに任せた空戦機動にかつての面影はない。
 攻撃魔法はどれも速くてかわしきれず、それでいてとても重い。
 一撃一撃に意識を奪われそうになっても、歯を食いしばって耐えた。

「こんなの全然痛くない」

 今にも挫けそうになる痛みをこらえながら、スターライトブレイカーの制御に集中する。

 ――あんな迷いしかない攻撃に負けない。

 リンカーデバイスにカートリッジシステム、アドバンテージを突き放されたなのはを立たせていたのは意地だけだった。

「ごめんね、レイジングハート……こんな無茶に付き合わせて」

『気にしないでください』

 何一つ文句を言わない相棒に感謝する。
 そして、前を見据える。
 立ち上る金の光。
 膨大な魔力の奔流がそれだけで、気持ちを挫かせる。
 それでもなのはは目を背けなかった。

「スターライト――」

 この全てを撃ち抜く魔法がフェイトを救うと信じて――

「――ブレイカーッ!!」

 解き放った。
 視界は桜光に覆われてフェイトの姿は見えない。
 それでも、フェイトの魔法とぶつかったのを感じた。
 拮抗する力。
 スターライトブレイカーにさらに自分の魔力を注ぎ込む。

「もっと……もっと……もっと……」

 スターライトブレイカーを切り裂いて近付いてくるフェイトの魔力。

「エクセリオンッ!!」

 カートリッジの代わりに自分の魔力を叩き込み、さらに身体の奥底から強引に魔力を引き出す。
 形状こそ、ノーマルのシーリングモード、その光の羽はさらに大きく広がる。
 乗算されて消費される魔力は一瞬でなのはの魔力を零にする。
 それでもなのはは力を求める。
 魔力のオーバロードを無視して、感覚が示すまま、限界を超えてリンカーコアが魔力を作り出す。
 自己ブースト。
 限界を突破して放出された魔力はスターライトブレイカーを一回り大きなものに変え、勢いが増す。
 しかし――
 桜の光が二つに弾けた。
 割いたのは金の光。
 すぐ目の前には大剣を前に突き出すように突進してきたフェイトの姿。

 ――そんな無茶な!

 なのはは声にならない叫びを上げる。
 ブレイカーの中を突撃なんて正気とは思えない。
 現にフェイトのバリアジャケットはそれだけで半壊、自分のよりもひどいことになっている。
 しかし、フェイトが撃ち勝ったのは事実だった。
 まとったプラズマザンバ―のエネルギーはほとんど消え、前進の推進力にも力はほとんどない。
 それでも大剣の切っ先はまっすぐなのはに向かっていた。
 迫るフェイトの姿をなのははスローモーションで見ていた。

 ――ごめん、フェイトちゃん。

 助けられなかった。
 はやての時の様に魔力ダメージで昏倒させれば、リンカーデバイスの呪縛から解放できたかもしれない。
 しかし、なのはの力は及ばなかった。

「なのはっ! よけてっ!!」

 それでも意志のある確かなフェイトの叫びを聞いて安堵する。
 ようやくフェイトの声が聞こえたと思った。

 ――ごめん、フェイトちゃん。

 もう身体が動いてくれない。
 どれだけゆっくりに見えてもベガの刃を避ける力はなのはには残っていなかった。
 そして――なのはの視界が赤く染まった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 手に鈍い感触が響く。
 何度か経験したことがある、それでも人間相手には初めての肉を貫く感触。
 それは今までにないほどの不快感をフェイトに与えた。

「あっ……」

 取り返しのつかないことをしてしまった。
 思わず後ずさる。
 その拍子に切っ先はあっさりと胸から抜けた。
 支えを失った彼はそのまま倒れた。

「ソラ……さん」

 呆然としたなのはの呟きが耳に響く。
 フェイトがベガの凶刃を突き立てたのはなのはではなかった。
 二人の間に割って入ったソラの胸だった。
 なのはを殺さなかったことに安堵したが、それさえも醜い考えだと嫌悪感が湧きおこる。

「ソラさん……」

 彼の血がかかった顔を拭いもせずになのははその名前を繰り返す。
 倒れたソラを中止に赤い染みが広がっていく。
 フェイトとなのは、どちらも時間が止まったかのように動かなかった。
 どう見ても致命傷。致死量の出血。

 ――殺した。

 頭の中に響く声が重くのしかかる。

「違う……」

 ――人殺し。

「違う……わたし……そんなつもりじゃ……」

 ――これが汝が求めた力。

「わたしが欲しかった力はこんなのじゃない!」

 ――もう遅い。汝は我らの戦争から逃れることはできん。

 ゾッと背筋が凍った。
 これがリンカーデバイスという力を手にした代償。
 同じリンカーデバイスの使い手を殺し、殺される運命。
 漠然と捉えていたその意味がようやく本当に理解できた。

「いや……わたしは……殺せない……」

 ――もう一人殺しただろ? 汝はもはや立派な人殺しだ。

 ベガの声に身体が震える。

 ――なら、もう一人殺せば意志は固まるか?

 不意に身体が自分の意志に反して動いた。
 未だに握っている大剣を振る。
 剣に付着していたソラの血が地面に線を描く。
 そして、足を一歩踏み出した。なのはに向かって。

「まさかっ!?」

 抵抗しようにも身体はまったく言うことを聞いてくれない。
 感覚がなくなったわけではない。自分の足でしっかりと歩いている。
 思考と身体がかみ合わない。

「なのはっ……逃げて!」

 未だに自失状態から立ち直っていたないなのははフェイトの叫びにまったく反応しない。

「くっ……誰か……」

「このぉぉぉぉ!」

 助けを求めるフェイトに雄叫びを上げてアルフが落ちてくる。

「フェイトの中から出ていけぇ!」

 落下の勢いをプラスした拳は金色の魔法陣の盾に阻まれた。
 そのまま押し込もうとするアルフにフェイトの身体は手をかざし、プラズマランサーを撃った。

「がっ……」

 アルフは軽々と吹き飛ばされて転がる。

 ――これで獲物は二人。どちらを殺せば我が道具となる?

「ああ……」

 絶望が心を満たす。
 リンクした思考がベガの意図がこちらの意志を完全に折ろうとしていることは分かっている。
 しかし、抵抗する術はなかった。
 身体の主導権は完全に取られ、小指一つさえ自分の意志で動かない。

「やめて……お願い……」

 倒れたソラの横を通り、なのはの前に立つ。

「逃げて……なのは……早く……」

 大剣を振り被る。
 見せつけるゆっくりとした動作がフェイトの精神を限界まで張り詰める。

「い……いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 絶叫。
 大剣が――腕を掴まれて止まった。

「え……?」

「あっ……」

 正面に座り込んでいたなのはの目に光が戻った。
 誰が止めた、止めてくれた。
 ベガとフェイトの思考が一致して頭だけで振り返る。

「え……?」

 それが誰なのか、フェイトは一瞬分からなかった。
 血にまみれた服で立つのはフェイトが大剣で刺し殺したはずの男。
 しかし、立っていると言ってもフェイトの腕を掴んでいる左手以外はだらりと身体全体が弛緩していた。
 まるで、いや以前にアリサのうちで見たホラー映画に出てきたゾンビそのものだった。
 安堵の表情が一瞬で引きつる。
 そこに右ストレートが叩き込まれた。
 一瞬で視界が白く染まり、のけぞる。

「ディフェンサー」

 咄嗟に防御陣を起動する。
 そこにソラの拳が障壁を何の抵抗もなく突き破り、フェイトの腹を打った。

「かはっ……」

 あばらが砕ける感触。衝撃に肺の中の空気が絞り出される。
 とても死人とは思えない威力の拳をフェイトはどこか他人事のように感じていた。
 すぐにベガの力で身体が修復されるが、痛みはそのままで、身体は呼吸困難で喘いでいる。
 そこにソラはさらに追い打ちをかける。
 すんでのところで、またフェイトの身体は意志に反して動き、ソラの攻撃を回避する。

 ――何だあいつは!?

 狼狽するベガの声を、いい気味だとフェイトは思う。
 距離を取るために身体に魔力が走る。
 が、動くより速くソラが詰め寄って、顔を鷲掴みにした。
 それだけで発動寸前だった魔法が止まり、魔力が霧散する。
 不可解な現象にベガがさらに困惑するが、やられたままでは終わらなかった。
 ソラの手を振り払い、後退しながら横薙ぎに大剣を振る。
 それは距離を取るための威嚇の攻撃だった。
 しかし、ソラは素早く二つの光剣を抜くと、ベガの大剣に叩きつけるように斬撃を放った。

「――そんな無茶な!」

 ソラの光剣の魔力刃はとても細く短い。いくら苦し紛れの大剣の一撃とはいえ正面から打ち合えば、容易く押し切られてしまう。
 実際、光剣の刃は二つとも大剣と激突して簡単に砕けた。
 しかし、それは大剣の方も同じだった。

 ――なん……だと……

「うそ……」

 半ばから折れた刀身が弾かれて地面に突き立った。
 その結果に驚愕している隙にソラはボタン一つで新たな刃を生成していた。

「あ……」

 突き出される刃に反応できなかった。
 が、桜色のバインドが寸前でそれを止めた。
 バインドはすぐにほどけるが、フェイトがその場を離脱するには十分な時間だった。

「なのはっ!」

 大剣を折られたベガの動揺に身体の主導権が戻る。

「フェイトちゃん……気をつけて何かおかしい」

 言って、緊張した表情でなのははソラにレイジングハートを向けている。
 改めて、ソラを見る。
 服についた血の跡が彼を殺した証拠として残っている。
 しかし、刺されたことなんてなかったかのように彼は動いた。
 魔法が使われた気配は感じなかった。
 ならどうして――
 不意に前触れもなくソラの姿が視界から消えた。

 ――どこに……

 素早く視線を巡らせるが、気付いたら目の前にソラがいた。
 振り被った光剣に咄嗟にディフェンサーを張ろうとして、先程の光景を思い出す。
 折れた大剣を盾に防御が間に合う。が、そこでソラの攻撃は終わらない。
 逆の光剣をバックステップで回避。
 それを引き戻す動作に連動して踏み込み最初の剣が迫る。
 息を吐かせない連撃。
 しかも、一つ一つの斬撃は前と比べてずっと速く、重かった。

「くっ……ジャケットパージッ!」

 このままではすぐに押し切られると判断して、フェイトはその魔法を起動する。
 バリアジャケットを構成していた全魔力を瞬間的に解放して、衝撃波を放つ。
 その隙に離脱、バリアジャケットを再構成しようとして――腕に細い糸のようなものが絡みついた。

「きゃあっ!?」

 それが何か理解する前に強烈な力で引き戻される。
 無防備な姿がソラの前にさらされる。
 手繰るような手と、その逆に構えられた光剣。
 それをコマ送りするような引き伸ばされた時間感覚の中でフェイトはそれを見ることになった。
 全ての感情が、全ての力が顔から抜け落ちた、ゾッとする無表情。
 これが本当にソラなのか信じられなかった。
 悪ぶっていた時のものとは根本的に何かが違う。まるで人形、機械を前にしているようだった。
 その動作はまるで決められた作業を淡々とこなしているようだった。
 そして――

「あっ……」

 腕を引かれていた力が唐突になくなる。
 そのままソラの脇をすり抜けて前のめりに転がる。
 背後のソラが動く気配から少しでも離れる様にそのまま転がって、地面に左手を突いて立とうとして――失敗した。

「え……うそ……?」

 無様に額を地面に打ち、左腕を見たが、そこには何もなかった。
 二の腕の半ばから先、あるはずのものがない。
 目の前にそれが音を立てて落ちた。
 自分の、見慣れた左腕が目の前に転がっている。
 もう一度、自分の腕を見る。
 やはり、そこには何もなく、痛みも感じない。
 強烈な違和感に呆然としていると、切断面を金の魔法陣が勝手に包み込んだ。
 麻酔をかけられたように左腕の感覚が消える。

「きゃああっ!」

 なのはの悲鳴にフェイトは我に返る。
 レイジングハートを弾かれて、両手を大きく上げさせられたなのはの前にソラが身を低くして光剣を振り被っている。
 バリアジャケットを作り直している間さえ惜しんでフェイトは力任せに飛翔した。
 左腕のない状態はバランスは悪く、機動が安定しないが全て魔法で安定させて、ソラに体当たりする。
 それを察知したソラは素早く身を翻して、フェイトを避ける。
 それとすれ違い様に光剣が無防備なフェイトの腹部を貫いた。
 止まり切れず、フェイトは地面にこするように不時着することになる。

「フェイ――」

 叫ぶなのはの声はソラの拳で途切れた。

「なのはっ!」

 焼けつく腹部の痛みを無視してフェイトは叫ぶ。
 その声に反応したのかソラがゆっくりとフェイトを見た。

「ひっ……」

 思わず、悲鳴がもれる。
 殺気をぶつけられたわけではないのに。
 膨大な魔力を向けられたわけではないのに。
 向けられた瞳に何の感情がこもっていないのに。
 身体が恐怖で竦む。
 今までにないくらいに死を思わせる。

「いや……来ないで……」

 ソラは空いてる手に銃を持ち、フェイトに向け――

「もうやめてっ!」

 ソラの姿をアリシアの背中が隠した。
 銃声が響く。
 アリシアの肩から血が舞った。
 衝撃によろめくが、それをふんばってアリシアは両手を広げてなおも立ちふさがる。
 続く魔弾がアリシアの足を貫く。
 膝を着くも、震えながら立ち直す。

「アリシア……ダメ……」

 今のソラは普通じゃない。
 このままじゃ、殺される。ここにいるみんな。
 ソラはそれを決して躊躇わず実行する。その確信があった。

「アリシア……逃げてっ……わたしのことなんていい。
 なのはだけでも連れて逃げてっ!」

「やだっ!」

 フェイトの叫びに劣らない声でアリシアが叫ぶ。

「こんなこと……ソラは絶対に望んでない!」

 彼のことを信じた言葉だったが、ソラは構わずに剣を構えて駆け出していた。
 必殺の一突き。

「その通りだ」

 男性の声が響いたかと思うと、水色の縛鎖がソラの腕や身体を地面に縫い付けた。
 縛鎖、チェーンバインドに止まらず、レストリックバインドにストラグルバインド。
 フェイトが知る限りのバインドに知らない見たこともないバインドが次々にソラを絡め取っていく。
 しかし、その数が増えると同時に先にかけられたバインドは次々に弾けていく。

「ここは任せて、君たちはすぐに逃げろ」

「クライド……さん」

「クライド……でも……」

「あの状態のソラの相手に君たちは邪魔だ、早くっ!」

「……分かった。ソラのことお願いね」

 アリシアはそう決断して、フェイトの右手を取り、肩を貸すようにして飛んだ。

「待ってなのはが……」

『そっちはあたしに任せて……』

「アルフ?」

 信頼できる使い魔の声にフェイトの気が緩む。
 緊張が解けると身体中から悲鳴が上げて、痛みが走る。
 遠のく意識の中、眼下の街で激しくぶつかり合う二人の姿を最後にフェイトの意識は薄れていく。

 ――わたしのせいだ。

 ソラがあんな風に変貌したのも、みんなが傷付いたのも、全て自分のせいだと責める。
 力を求めるあまり、ベガにつけ込まれ、強くなることを言い訳にしてアリシアやなのはに刃を向けた。

 ――わたしの心は……こんなにも弱かったんだ……

 後悔の念を抱いたまま、フェイトの意識は闇に沈んだ。
 その後、約一時間に及ぶ戦闘の末に、ようやくソラの暴走は止まった。







あとがき、という名の言い訳
 第二十話、お読みくださってありがとうございました。
 相変わらずに好き放題させてもらってます。
 それでも既存のキャラを洗脳、暴走させるのは難しいですね。

 フェイトの話はこのあとのエピローグでひとまず終わります、次は同時間軸のはやての話になります。

 フェイトの話は「強さ」をテーマにしたものになります。
 自分は決してカートリッジ否定派ではありませんが、カートリッジによる安易なレベルアップやそれに依存した戦い方はどうかと思ってます。
 カートリッジという安易な方法で強くなることを経験してしまい、同じことを繰り返したフェイトの暴走。
 友達のことを思うあまり暴走して悲劇の切っ掛けをつくったなのは。
 彼女たちに失敗を経験させることが目的な話でした。




捕捉説明
 ライトニング・ブレイカー
 プラズマザンバーのエネルギーを纏っての重突撃魔法。
 ソラの刺突を真似ているが、あれは地上型のものなので、どちらかといえばなのはのA.C.Sの方に近い。
 突き出した大剣によって全てを突き破る攻防一体の魔法になるが、即席のため未完成。
 後方にはソニックムーブを発生させるので副次効果範囲は広い。
 攻撃力の高い魔法ではあるが、実体剣の場合は殺傷能力が高過ぎることが問題になる。
 もっとも、今回の件で仮にも人を殺した、なのはを殺しかけたというトラウマが刻まれてフェイトがこの魔法を使うことは二度とない……たぶん。


 エクセリオン
 後のブラスターモードの原型。
 自身のリンカーコアの機能を強制的に引き上げて、火事場の馬鹿力を意図的に使用する。
 この魔法を知識なしに感覚で組めたのは彼女の血筋による力かもしれない。


 並列魔法・ブリッツアクション&ソニックムーブ
 以下、自己解釈の理論になります。
 移動系の魔法は位置座標の設定や自身の動きなどの設定など精密な制御が必要になる。
 そこに手を加えることは困難であり、良く似た情報を処理するため並列して使うことは不可能とされている。

 通常ではソニックムーブもしくはブリッツアクションによる接近、そこから非高速攻撃となる。
 ソニックムーブからブリッツアクションへスイッチするのにも、前の魔法の停止から次の魔法の起動までわずかなタイムラグが存在する。
 そのため、結局は非高速攻撃と大差のないタイミングで攻撃することになる。

 並列させた場合、ソニックムーブで接近、常駐したブリッツアクションによってタイムラグなしに高速攻撃を行うことができる。
 また、ここで高速攻撃による衝撃の反作用も魔法の効果で受け止める必要がある。
 常時加速状態と、衝撃緩和によって、大抵の魔導師は同じことをすればすぐに魔力を枯渇させる。
 ベガによる魔力供給があったからこそできた無茶ともいえる。


 ソラの武装について
 前回、第九話において故障した光剣と銃は、アキの指示の下、修繕されていた。
 元々、ソラのハンドメイドの上、有り合わせの部品で作ったいたもの。
 しかもその部品も十年以上前のものであるため、今の技術で作り直すことで性能が向上することになる。
 具体的には魔力刃の強度。弾丸の強度に弾速。
 光剣の形状は目立った変化はないが、銃は大型の銃になっていて反動も強くなっている。



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