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[25273] 【習作】~29.530589(仮)~(オリジナル)
Name: Dau◆452d063a ID:38be5abf
Date: 2011/01/05 19:52
 初めまして、Dauと申します。どこぞの平均株価のような名前ですがあれはDowです。
 数年前まで二次創作の物書きをやっていたのですが特に何かあったわけでもなく二次創作が書けなくなり、一次創作専門の物書きへと転職してしまいました。昔からネタこそ温め続けてきてはいたのですがコロコロ変わったりで一貫性もなく、書き続けていたというわけでもなく。
 文章そのものは勿論、シナリオの構成も下手糞なままですし、見ての通り『勿論』も漢字にしたくなってしまうような漢字の開き具合もあまり考えない人間です。あるいは、漢字の方が格好良いなと思ってしまう厨二病患者、でしょうか。改行オオイゾコイツー。
 どの程度の頻度で交信……もとい更新できるかはわかりませんが、完結はさせたいと思っております。
 また、遅筆ゆえに細かく切ることで更新頻度を少しでも上げていこうと思います。

 内容(というか方向性)について軽く。
 オリジナル物です。作者がアホで設定魔で厨二病なので商業・同人・ネット公開などといった既存の作品の劣化感があるかもしれませんが特別どれを元にしているということはありません。
 ローファンタジーで、最近流行の『学園異能力バトル物』です。そういった作品でもよくあるようにあまり学園が関わってきませんが。
 色々とネタを織り交ぜて行きたいと思っています。底の浅いオタなので奇怪なものになるやもしれません。
 ご意見なぞ頂けると実にテンションを上げます。自重しないほどに。
 随分と前置きが長くなってしまいましたが、どうか生温かい目で見守って頂けると幸いです。



[25273] ~序~祓魔の魔剣~
Name: Dau◆452d063a ID:38be5abf
Date: 2011/01/05 22:41

 彼女は作られた。
 育てられた、と表現することも出来なくはないが、やはり作られたという表現の方が相応しいだろう。
 ごく普通の家庭で、ごく普通の教育を受けて育っていれば、彼女は自らの存在を肯定できていたかもしれない。自分がヒトとは違うということなど知らず、あるいは知ったとしても気にすることなく生きることができたかもしれない。
 祓魔の魔剣。
 誰が言い始めたか、彼女の、その血統に与えられた役はそう呼ばれるものだった。そして、彼女はそれを受け入れた。
 誰かのためになるのだと、人の幸福を紡ぐためだと。
 何の疑問もなく殺して、殺して、ひたすらに殺して、それが日常の一幕にしか過ぎなくなって。
 その役目から解き放たれてようやく、彼女は知ったのだ。
 自分が、自らが屠ってきたモノと何も変わらないモノなのだったということを。
 魔を討つために魔を内包した存在。それは矛盾を孕んだ存在だ。
 彼女がただ教えに忠実なる人形であれば、その矛盾を気に留めはしなかっただろう。
 彼女がただ愚かなる人間であれば、その矛盾に気付くことはなかっただろう。
 だが彼女は、不幸なことにも確たる意思を持ち、聡明な理性を持った人物であった。
 だからこそ、その矛盾に思い悩み、彼女は己の過去に自問を繰り返した。
 同胞殺し。
 その行為は生物種としてその本能に明らかに反した行動である。より優秀な遺伝子を残し、自らの子孫を繁栄させる。それが生物の本能だからだ。
 自身の遺伝子を残すために同胞と競争することも、その末にどちらかが、あるいは両者が命を落とすということは不思議なことではない。そういったことは自然界において、人などが生まれる遥か遠い昔から行われてきた生命の営みである。
 だが、自身とは異なる存在のために同胞を討つその行動は紛うことなき異端。
 だからこそ、彼女は苦悩する。
 自分の存在は、一体何なのか、と。
 神に捧ぐ聖木の姓と、月齢を意味する名を持つ少女は声もなく、誰にとでもなく問い掛ける。
 その咎から解き放たれて尚、問い掛け続ける。



[25273] ~壱~遭遇~
Name: Dau◆452d063a ID:38be5abf
Date: 2011/01/06 22:42
~壱~


 加古原かこはら飛鳥あすかという人間は、やや変わったその苗字を無視するのであればごく平凡な人間であるといえる。
 ごく普通の中流階級の家に産まれ、両親と、五つほど年上の姉と、二つ年下の妹という五人家族の長男として育てられた。
 その成長の過程に何の事件も存在しなかったというわけではないが、むしろ一つの事件もなく生きることはむしろ珍しいほどだろう。
 そういった意味で、加古原飛鳥は平凡だった。
 中学時代、ひょんなことから踏み入れてしまったJapanese Otaku culterの泥沼に頭頂部までどっぷりと浸かりはしたものの、それは別段、特別なことであるとは言えないだろう。
 成績も平平凡凡。友人にも恵まれた環境であった。ちなみに大切なのは量より質だ。
 ごく普通の家庭に産まれ、ごく普通の教育を受け、それなりに恵まれた友人を持ち、至極健康に育った少年。加古原飛鳥は、疑問符を脳内に浮かべる。
 頭の中を埋め尽くすのはとりとめもない、そして非常にどうでもいいことばかりだ。
 昨晩の深夜アニメは録れているだろうか? 微妙な忙しさのせいで確認していないが、そういえばHDレコーダーの容量が相当ギリギリな状態になっていた。もしかすると途中で切れてしまっているかもしれない。それはよろしくない。
 来月に発売のゲームの店頭特典はどこの店のものが一番いいだろうか? 携帯電話が普及した今、テレホンカードに実用性は欠片ほども感じないものの、一種のトレーディングカードとしての価値は認めている。とはいえ多々買いは再び金銭的困窮へと向かわせる。
「ふぅ」
 それでは、と、まるで前置きをしていたかのように飛鳥の思考は一つの疑問へと収束する。
 現状において最も重要な疑問。
 ごく平凡な小市民たる加古原飛鳥に、思考放棄を促す疑問。
 アレは、何なのか。
 空には煌々と。そんな表現の似合う満月がその存在感を充分過ぎるほどに主張している。
 それと対になるように、その存在はそこにいた。
 一体何なのか、という疑問を抱いておきながらも、飛鳥はすぐにその答えを思い描いていた。その上でそれを否定する。ありえないからだ。
 繰り返すが、加古原飛鳥はごく普通の学生だ。決して常人離れした身体能力を持っているわけではないし、超常の力を操ることもできない。
 だからこそ、飛鳥は自らの思考を否定する。
 月明かりが照らす少女の首筋に穿たれた二つの孔と、男の口端から流れる真紅の液体――血液。その二つから導かれた『吸血鬼』という単語を。
 男は、よく見る吸血鬼のイメージにあるようなマントを羽織ってはいない。厚めのジャンパーを着た、充分に美男子と形容していい青年。その容姿にどこか既視感を感じるも、生憎、飛鳥には吸血鬼の知り合いなどいない。
 目の前の存在が本物の吸血鬼なのか、それともそういったプレイなのか。
 前者なら逃げるしかないし、後者だとしたら寛容な心で見なかったことにしてやるべきだ。
 それから何秒経っただろうか。あるいは、数瞬しか開いていなかったかもしれない。すぐさま立ち去れば良いものを、飛鳥の足はコンクリートで固められたかのように動かない、動けない。
「っ、く……!」
 飛鳥と男の視線が、繋がる。その瞳は、まるで紅玉ルビーの如く鮮やかに輝いていて。
 不意に、男が笑みを浮かべた。
 マズい、と。
 直感的に飛鳥は思い、動きを止めた身体を無理矢理に動かす。幸いなことに、身体は言うことを聞いてくれた。
 ただ危機を告げる本能に従って身体を反転させようとした飛鳥が視線の端に捉えたのは男の跳躍――否、吸血鬼の飛翔だった。
「な」
 叫びを上げるほどの余裕もなく、吸血鬼は飛鳥の目の前に立っていた。
 あり得ない。そう、あり得ない。ただ距離を詰めただけなら決しておかしいものじゃない。彼我距離はそう開いていたものでもない。だが、問題はその過程だ。飛鳥には見えなかった。男が飛ぼうとした、そう理解したそのときには目の前に男がいた。まるで、瞬間移動したかのような動き。そんなことは人間には出来ない。
屠妖師とようし不定士ふじょうし……いや、どちらでもないただの素人か」
 飛鳥を上から下へとじっくりと眺めてから、男は耳に覚えのない単語を呟く。それが何を意味していることなのかなんてわかりはしない。わかりたいとも思えない。
 目の前に、こんな近くにファンタジーがある。好きで、焦がれた、その世界が。
 でも飛鳥は、そこに喜々として踏み込むことなんてできない。
 恐い。ただひたすらに恐い。
 一瞬でも油断をすれば、あるいは吸血鬼が気を変えたら、加古原飛鳥という人間は死ぬ。
 そこに漫画やアニメにあるような夢のある展開なんてなくて。ただ、一人の人間が死んだという事実だけが残る。
 そうだ。この世に幻想ファンタジーなんてものはない。あるのはただ、現実だけ。
 以前、葉河や瀞と語り合ったことがあった。ファンタジーの世界に行けるなら、行ってみたいかという、あり得ない仮定の話を。そのとき瀞は一も二もなく頷いた。面白そうだから、と。そして葉河は言ったのだ。ファンタジーに思えても、現実にあればそれは幻想ファンタジーじゃなく現実リアルだ、と。
「本当は伝承通り処女の血、というのが風情があるのだがね。健康な少年というのもたまには悪くない」
「っ……」
 口内に溜まった唾液を飲み込む。
「運動というのはいかがかな、少年?」
 そう言って手を伸ばした吸血鬼の手からは光が伸びていた。
 蛍を思わせるような、淡い、それでいて血のように紅い光。
 伸びていったそれは一メートル半ほどの長さでその伸長を止めると、吸血鬼は一振り。
 光の軌跡があるはずのそこに、何もないはずのその手に、一振の長剣が握られていた。
 何もないところからの物質の発生。あり得ない。理科が好きでもない飛鳥でも質量保存の法則程度は知っている。手品? トリック? そこまで考えて、否定。そんな馬鹿なことはない。以前少し齧ったことがあるから飛鳥はわかるが、手品とはタネを仕込んで、一定の状況でのみできる見世物だ。いくら今の飛鳥が動転しているとはいっても、あれだけ大きなものをどこかに隠していたのならば気付いてしかるべきだ。
 相変わらず淡い燐光を放つ長剣からは、吐き気を催すほどに強い血臭。あるいはその血臭は、男自身から放たれていたものかもしれない。
「何、だよ、それ……」
 誰も問いに対して回答を返さず、飛鳥の頭の中にも適切な答えなどない。
 そもそも、そんなことがわかっていればこんなに驚いてはいない。
「そう、そのかおだ。それを見せてくれ。俺を満足させることができたら……!」
 跳んだ!
 そう感じた瞬間に、飛鳥は全力で走り出していた。
 日常生活で聞くことなどない爆裂音が背後から聞こえてくる。
「そのときは、見逃してやろう。さぁ、逃げろ、逃げろ!」
 何だ、何だ、一体何なんだ。
 同じだ、と思う。車にはねられかけて、危うく死にそうになったあの時と。アレが、そして今、自分が感じているものこそが死の感覚なのだということを。
 とりとめのない思考のままに、飛鳥はがむしゃらに走る。
 倒れていた少女をヒーローよろしく助けようなどとは思いもしない。自分のことだけで精一杯だ。
 どうすればいい。どうすれば生きられるのか。無い知恵を絞って現状からの打破を試みる。
 案その一。見逃してもらう。
 無理だ。あの眼に交渉の余地があるようには見えない。
 案その二。死んだ振りをする。
 よく言うクマにすら効かないと定評のある死んだ振りが吸血鬼に通用するかはいささか以上に疑問である。
 案その。とりあえず一目散に逃げる。
 ターゲッティングされる前ならばともかく、完全に目が合ったこの状況から逃げ切れるわけが無い。
 案その四。狩る。
 どこのハンティングアクションかスタイリッシュアクションだろうか。狩られること間違いなし。もちろん人生は一死でクエスト失敗だ。
 案その五。自分の中に眠る超スゲーパワーが解放されてバケモノをブッチする。
 ただの電波である。厨二病にもほどがある。足りないからといっても勇気やガッツでも補えないものは間違いなく存在する。
 案その六……諦める。
 現状において他に選択肢のない最も適切な判断だと飛鳥の思考は無情にも訴える。
「もう少し急いだ方が良いと思うがね」
 すぐ後ろから聞こえてくる、小さな囁き。
「ってぬぉぉぉぉぉぉぉ!」
 諦めたらそこで試合、もといこの状況だと人生終了である。
 案その三を適用、意識は吸血鬼に向けつつも、体の向きを一八〇度左回転で反転させてダッシュ。
 特別身体能力が高いというわけでもない飛鳥ではあるが、この時ばかりは軽く全日本記録でも抜けるのではないかと思うほどの速さ。
 火事場の馬鹿力というのは凄いものだと余裕の無いはずの思考がかすかな余白で思考する。それに付随するように「+2でなければ使い物にならないけどな」とツッコミを入れる自分の思考がどうしようもないことを自覚。
 後ろからバケモノの気配は消えない。本気で追われれば一跳びで縮まりそうな距離を、まるでいたぶるかのように縮めてはこない。
 最近走ってばかりだなぁ、と思いつつ、そもそも、と。飛鳥の思考は最初の疑問へと立ち返る。
 あの男は何なのか。
 吸血鬼? そうかもしれない。だとしても十五年ほどの人生の全てをこの宮並で過ごしてきた飛鳥も、当然のことながらあのようなもの目にしたことは無い。
 だが、飛鳥の思考の片隅に、一つの言葉が浮かび上がる。
 都市伝説。
 この街には都市伝説が、その全てを把握している者がいないのではないかと思えるほどに多く存在する。その中には吸血鬼だ狼人間だ、果てはフランケンシュタインの怪物だと、どこのB級ファンタジーかと問いたくなるようなものもある。
 しかし実際、今飛鳥が目撃した存在はまさにB級ファンタジーかRPG辺りに出てきそうな吸血鬼そのものだ。
「どぅぎょぉるぉぉぉぉ!」
 腹の底から声を出しつつ、ただひたすらに駆ける。
 疲れなどは感じない。ただ、飲み込んだ唾液に血の匂いを感じた。
 不意に浮遊感。足は地面を蹴らず、空を切り、飛鳥の身体は疾走の勢いそのままに地面に墜落する。
「ごハッ」
 肺の中の空気が衝撃で吐き出される。これ以上走れるとも思えなかった。
 吸血鬼がいることはわかっている。だがそれでも、確認せずにはいられなかった。
 逃げることができない以上、諦めたかもしれないという微かな可能性に希望を託す他ないのだ。
 死が近い、そんなことを他人事のように考えながら、希望を抱いて恐る恐る、振り返る。
 そこには、
「まぁ、頑張った方だとは思うがね」
 血色の長剣を振り上げる、青年が立っていた。
「……ぁ」
 死んだ。
 純粋に飛鳥はそう思う。
 意外なことに何の感慨も湧きはしない。ただ、死ぬのだということに対する理解があるだけ。
 恐怖は無い。不安も無い。
 ただ何故か、実は大丈夫なのではないか、と。そんな思考も存在していた。
 青年は怯えた飛鳥を見るのに飽きたのか、掲げた刃を振り下ろした。
「ひゃーい!」
 瞬間。
 右側から奇声とも、笑声ともとれる声。
 続いて爆音が響き。
 青年の体が、質量を感じさせないような勢いで真横に吹き飛ぶ。勢いのまま、自生する木々をダース単位で薙ぎ倒してようやく巨体は止まった。
「は? なんで、お前……」
 先程にも増して疑問符で思考を埋め尽くす飛鳥の視界には、見覚えのある美しい銀色があった。
 飛鳥の思考は、過去へと向かって加速していく。



[25273] ~弐~キッカケ~
Name: Dau◆452d063a ID:38be5abf
Date: 2011/01/06 22:35
~弐~


「駄目だ、もう、これ以上は……」
 絶望に支配されながら、加古原飛鳥の口から言葉が漏れる。
 無理だと、不可能であると理性が語りかけてくる。
「だけど……」
 退けない。
 ここで退いたらチャンスは二度とやってはこないから。
 逡巡は一瞬。
 最後のチャンスを逃さないように、飛鳥は決断する。
「やってやる!」
 自棄気味に叫びながら、飛鳥はマウスの左キーをクリックした。
 心地よい勝利の感覚と、とんでもないことをしてしまったという後ろめたさが同時にやってくる。
『カッとなってやった。後悔はしてない』
 机の上で充電を続けている携帯電話を開き、幼馴染の御木川葉河にメールを送信。
「……ハァ」
 大きく息を吐き出しながら、飛鳥は机へと突っ伏した。
 そのままの体勢でしばらくいると、机の上から伝わる振動に飛鳥は上半身を起こす。
 液晶には見慣れた『御木川葉河』という名前が表示されている。
 内容は『今度は何を買った貴様』と一言。
 そう。
 当然の如く、加古原飛鳥が行った選択は人生の岐路になるものでも、まして生死に関わるものなどではない。
 単純に趣味の物品を買うか否かという、ただそれだけのもの。ただそれだけ、とは言っても飛鳥にとってはこの上なく重要な選択だ。何せ限定品、この機を逃せばもう二度と手に入らないのだ。
 今年になって同様の悩みは既に三件目。それだけでは少ないと感じる者もいるかもしれないが、今が一月中旬であるという情報を追加すれば驚くか、あるいは呆れることだろう。
 両親をはじめとした親族から受け取ったお年玉はその幾分かを貯金され、しかしそれでも相当量あったはずだが、その残額は見るも無残なものとなっていた。
「ってか……あれ?」
 改めて考えて、飛鳥は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
 立ち上がり、財布の中を、そして貯金箱の中を確認する。
 ない。
 ないのだ。
 残っているはずの金が、ない。
 いや、それは正確な表現ではないだろう。
 実際には、残っていると思っていたのにその実、残ってなどいなかったというだけの話。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ……ど、どうしよう?」
 よもや残金がないなどとは思わず、購入を決定してしまった。
 現在、飛鳥は半ば一人暮らしのような生活をしている。
 一人暮らしのような、と曖昧な表現なのは、今ここを住所としている人間が二人だからだ。姉である加古原雛は帰ってこない日が週に平均して二、三日もある。その上それが毎週決まっているわけではなく、週によっては毎日いたり、逆に一週間以上家を開けていることもありアテにならないのだ。
 そうは言っても水道光熱費、食費をはじめとした生活費は両親や雛に依存しているわけだが。
 なんにしても、たとえ金が尽きたところで生活には支障をきたさないということではある。
 とはいえ、飛鳥が自由に使える金というものはそれこそ小遣いのみだ。それが底を尽きたということはつまり。
「ど、どうしよう」
 いざとなれば姉の雛やお年玉を溜め込んでいるであろう妹の千鳥からの借金という手段に訴えることも選択肢に入れなくてはならなくなる。
 だがそれは、本当の最終手段だ。養っているということをいいことに完全にパシリとして使ってくる雛や、二つ年下の妹などに金を借りることになるのは可能なことならば避けたいところである。
 であらば、飛鳥がとるべき選択肢は限られてくる。
「葉河葉河……」
 なにかと頼りになる幼馴染の名前を呟きつつ、携帯電話を開く。
 ボタンを長押ししてメールの作成画面をオープン。慣れた手つきで本文を打ち込んでいく。
 件名はない。ただ一言「バイトない?」とだけ打ち終えると、飛鳥は送信ボタンを押した。
 さっきもメールは打ったばかりだ。葉河の返信は迅速だった。
 件名は『Re:テメェ馬鹿か』という簡潔なもの。本文はない。
 否定できないのが悔しいところだが、今の飛鳥は葉河に頼る他ないのも現実である。本文に「どういうことだ」と詳細を問う内容があり、それ以上は何もない。いつものことだと諦念を交えつつ、飛鳥は文字盤をタッチする。
 電話をすれば早いのかもしれないが、そうすると葉河の機嫌が悪くなるのでやめておく。曰く「電話は嫌いだ」とのこと。常日頃からそう言われているため飛鳥も誰に対しても連絡はもっぱらメールで、よほど必要に迫られない限りは電話機能を使わなくなっていた。
 残高がないにもかかわらず購入を敢行してしまったという旨の本文を打ち終えて、件名を消して送信する。
「はぁ……」
 葉河がバイトをしていないということは知っているが、それでも葉河に頼んだのは葉河を通じて生物部のネットワークに繋がると期待してのものだ。
 蒲原学園生物部。奇人変人の巣窟、人外魔境エトセトラ。様々な呼称を持つその部活に葉河は入学当初から所属している。
 飛鳥も葉河や、同じく幼馴染である蒼海瀞との関係もあってその面々とは顔見知りである。一見したところ普通の部活にも思えるが、よくよく考えれば流石は奇人変人と納得できるような人物だらけだということも理解している。彼らならば、誰かしら何らかのバイトを紹介してくれるのではないかと飛鳥は思う。校内で会えば挨拶や会話くらいはするものの、メールアドレスまでは知らないので葉河に頼らざるを得ないわけだが。
 返信が来る。それを開こうと操作していると、再びメールの着信を知らせるバイブレーション。
 件名の変更はなく、本文に『そういうのは自分で聞け、と言いたいところだがまぁいい。ウチの連中に聞いてやるから少し待ってろ。転送する』とあった。
 数分して届いた二通目を開くと件名は『Fw: Re:バイト』となっていた。つまりは誰かからの転送ということだ。
「流石は葉河、仕事が早い……って、え?」
 転送された本文を見て飛鳥は驚愕する。
 メール画面を埋める文字。それも一画面には収まりきらず、全文を見るのに二度のスクロールを必要とした。
 最下には『以上、梓から転送』という葉河の一言が付け加えられていた。どうやら飛鳥からして一つ上の先輩である橘梓からの転送らしい。
 それにしても、と飛鳥は思う。
「いくらなんでも早すぎるだろ!」
 そうツッコミを入れ、生物部の底の知れなさに驚く。葉河に感謝のメールを送ると、改めて二通目のメールを見る。
 仕事内容や勤務時間帯、短期の仕事ですぐに給与が入るなどといった事項が記載されていた。
 時給制ではないようだが、時給換算すれば一二〇〇円ほどになる。時間も授業が終わったあとか、あるいは休日。それもこちらの都合で一週間ずつ仕事が済むまで最短週一時間から、一週間丸々という選択肢までとることができるときた。
 ここまで条件に恵まれていると怪しさを感じずにはいられないが、梓の友人の手伝いであるがゆえの破格の条件なのだと付け足されていて飛鳥は安堵する。
 これだけの好条件に乗らないわけにはいかない。
 思い立ったが吉日と、飛鳥は葉河に仕事を受けたいと伝えるようにメールを送る。
「って、あれ?」
 何か重要なことを忘れていたような気がして、飛鳥は首をかしげる。
 数秒の思案の後、答えはすぐに出た。
「……えっと、何の仕事?」
 そう、仕事内容を確認していなかった。急いで受信メールを見直してみるも、梓の友人の手伝いである、ということ以外に何の説明もない。
 嫌な予感を感じつつ、飛鳥は再びメールを打つ。
 どういった内容の仕事なのか、という問いかけのメールに対する反応は一分ほど経っても返ってこない。
 それまでのメールのやり取りが高速だったために不安になるが、それでも数分してから葉河からの返信があって一安心する。
 メールを開き、その内容に驚愕する。
「測量関係……?」
 何が何だか理解できず、飛鳥はどういうことかと葉河に返信。しかし返ってきたのは『知るか』の一言。
 にべもない一蹴であった。





 結局、昨晩は葉河からそれ以上の情報が送られてくることはなかった。
 その代わりに、今朝目覚めた飛鳥が携帯電話を開くと、葉河からの一通の新着メールが届いていた。
『確認した。お前向きの仕事だろうから安心しろ』
 メールの文面はそれだけでそれ以上の情報はない。見れば、受信日付は午前四時となっている。
 何でそんな時間に送ってきたのかと飛鳥は疑問に抱きつつも、感謝の意を打ち込んで返信する。まるで待ち構えてでもいたのかのように、すぐに着信音がメールの着信を告げた。
 要項、という件名のメールを開くと、本日十四時に面接を実施するとの旨と、面接場所が記載されていた。
「必要なものは……身一つって」
 履歴書でも必要なのかと一瞬でも焦ったのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
 くぅ、という腹の音で自分の空腹に気付いた飛鳥は一階の台所へと降りて冷蔵庫を物色する。炊事洗濯エトセトラ、家事の全般を受け持つ飛鳥はもちろん、その中身を把握している。休日の昼にいつも食べているような冷凍食品のたぐいは雛が食い散らかしてしまって残ってはいない。
「どうしたもんかな」
 悩みつつ、テレビの電源を点ける。蛸足というレベルを超えて接続された大量の配線の先には大量のゲームハードが繋がっている。それらは飛鳥が生まれる前のものから最新機種まで、少なくとも飛鳥の知る限りの全てのハードを網羅していた。機種によっては同じものが数機揃えられているものすらある。
 これら全ては姉である加古原雛の所有物だ。昔は飛鳥も大量のゲームハードが家にあることを随分と喜んでいたものだが、最近ではコンシューマゲームなどめっきり起動していない。そもそも内蔵ハードディスク容量の違いや本体色の違い、そして内蔵基盤の差異にまでこだわられても流石に理解できないレベルだ。
 そしてこれだけ大量のゲームハードの繋がるテレビは未だに古き良きブラウン管テレビ。むしろそっちを取り換えるのに金を使ってくれと思う飛鳥だったが、雛曰くブラウン管の方がいいとのことで買い替えの気配はない。
 チャンネルを変え、ニュースを見ようとして、気付く。テレビの右上端に表示される、中央にコロンを挟んだ四つの数字の羅列に。
 数字はそれぞれ、一、三。そしてコロンを挟んで三、四と表示されている。
「……ぇ」
 13:34
 思考がそれを時間の表示であると思いだすのにたっぷり十秒を要し、最後の一桁の値が五へと変わる。
 午後一時三十五分。
「うわ! やっべぇ、遅刻する!」
 二階へと駆け上がり、箪笥の中から適当な、それなりにマトモな服を選びだして着替える。その工程にかかったのは僅か一分。
 顔を洗い、歯を磨きと準備を済ませ、リビングの時計を見やれば、一時四十二分を指していた。残る時間はあと十八分。
 指定されている場所はそう遠くない。自転車で急げば五分もかからず到着するだろうと飛鳥は安堵の息を吐き出した。
 早めに出るか、と思い戸締りを確認しはじめた飛鳥はある事実を思い出す。
「チャリパンクしてんだったぁ!」
 時刻は一時四十五分。走ったところで間に合うかどうかは危うい時間になってきていた。
 だが、何にしても既に悩んでいる時間も何もない。すべきことは一つ、と戸締りを無視して家を飛び出す。
 全速力ではないものの、起き抜けには厳しいダッシュを行いながら、飛鳥は手元の携帯電話を操作する。今回は緊急時なのでメールではなく電話だ。疾走しながら耳に当てていると、数回のコールの後に反応。
「葉河!」
『起きんの遅ぇぞ』
 その発言から葉河は事情は把握していることと飛鳥は理解する。当たり前といえば当たり前だ。指定の時間が十四時だと送ったのは葉河なのだから。
 話は早い、そう思い飛鳥は問う。
「今暇?」
『忙しくはない』
 ホッと一息つく余裕などあるはずもなく、飛鳥の口から吐き出されるのは小刻みな呼吸音。
「ウチの戸締りしてくんね?」
『……馬鹿かテメェ』
 葉河から返ってくるのは予想通りの反応。
 相変わらずメールの文面でも律儀に三点リーダを二つ一組で使ってくる。
「頼む」
『この時期なら……鍋だな』
 金欠ゆえにバイトをやらねばならないというのにそれにたかるとかどういうことか。そんな感想を抱きはするが、葉河の要求は別に珍しいことではない。幼馴染という間柄であるし、両親が家にいない者同士ということで葉河とせいはよく加古原家へと食事をしにくる。逆に飛鳥の方も蒼海家で食事をご馳走になることもあるので文句があるわけでもない。バイト斡旋の恩も含めてその程度安いものだ。
「金が入ったらで」
 要するに次は鍋が食べたいのだと、葉河の要求を理解して飛鳥は返す。確かに時期柄、鍋が食べたくなる季節でもある。しかし鍋が食べたい季節という意見は一致しつつも薄着を崩さない葉河はいったい何者なのだろうか。そんな例年通りの疑問を抱きつつ葉河の返答を待つ。
『戸締りくらいそれほど時間も掛からんだろうに……まぁいい。とりあえず急いどけ』
「サンキュ」
 言って、携帯を閉じる。
 自宅警備で培った脆弱な肉体は悲鳴に近いものを上げてはいるものの、ここで間に合わずバイトが決まらなければ待ち受けるのは悲惨な結末だ。
 雛に借りればそれをネタに永久にパシられることは自明。千鳥に借りれば既に存在しない兄の威厳は絶対値として見ると上昇することになる。どちらも選びたい選択肢ではない。それが嫌だから葉河にバイトの斡旋をしてもらったというのに、寝坊で時間に間に合わなかったなどとなってはどうしようもない。
 嫌な未来を想像すると、アスファルトを蹴る足に力が籠る。
 と。
「ぇ……」
 宮並の交通量は多いとはいえない。もちろん大通りであればその限りではないのだが、今飛鳥が横断せんとする小さな車道などはいくら休日とはいえあまり車と出会うことはない。何故か警察署も交番もなく、警官を見かけることがない宮並とはいえ大幅に法定速度を破る者は滅多に見ない。
 だからこそ飛鳥はソレを問題と思わず、見落とした。
 信号の色は赤。
 右から物凄い、あからさまに法定速度を破っているとしか思えない速度で車が突っ込んでくるのを視界の端に捉える。
 一コマ、また一コマと、まるでパラパラ漫画をゆっくりめくってでもいるかのようにゆっくりと車が近付いてくる。しかしだから避けられるというものでもない。自分の身体の動きはそれよりも遥かに遅いのだから。
 走馬灯ファンタズマゴリア。一つの単語を思い出す。死の直前に人が見るものがそれならば、自分は死ぬのか、という疑問が浮かび、衝撃がそんな思考すらも吹き飛ばした。
 だが、その衝撃は全身に浮遊感を与えることはなかった。急激に加わった衝撃に肩が絶叫するが、心を占めるのは痛みや驚愕よりも安堵。
 黒の長髪が、暴走車の生んだ風に煽られて大きく流れる。
「ったく……」
 そう言って溜息を吐いたのはクラスメイトの川潟かわかた果観はてみだった。
 無論、飛鳥の腕を引っ張り、命の危機から救ったのもまた彼女だ。一体いつの間に近付いていたのか、その気配すら悟らせないのだから流石というべきだろう。世が世であれば男を押しのけ、さも勇猛な武将になっていたのではなかろうかと飛鳥は思う。平和なこの時代のこの国でそれがどう役立つのかは甚だ疑問だが。
「周り見て動きなよ。まぁ、あの車もあの車だけど。葉河か瀞ならともかく、アンタならはねられたら死ぬよ多分」
 呆れたように言って果観は笑った。
 葉河、瀞という共通の友人を持つものの、果観は飛鳥の幼馴染というわけではない。魔窟、生物部が誇る最強の生物兵器。ゴア表現メーカー、悪鬼羅刹などと多くの渾名、あるいは異名ともとれるものを持つのが彼女だ。
 排他的な性格の彼女のことだ、身内ではなく見知らぬ誰かであれば吹き飛ばされるのをそのまま見送っていてもおかしくはない。そう考えて、彼女が友人だったことに安堵を覚えた。
「あ、えっと……助かった」
「気を付けなよ。あと急いでるんじゃないの? 梓のバイトの時間もうすぐでしょ?」
「サンキュ」
 気遣いに感謝しつつ、飛鳥は再び駈け出した。
「まぁ間に合わないよね」
 果観が何かを告げる声が聞こえてはきたものの、飛鳥はそれが何なのかわからないということにしておいた。
「認めたくないものだな……」
 若さ故の過ちというものを、そう思い抱き、飛鳥は疾駆する。




ΦあとがきΦ
 壱から少し時間軸が巻き戻っています。
 時間軸がブラブラするとよくわからなくなるとよく言われているので多分コレきりです。ヒロイン(?)は実在します。いつか出ます。



[25273] ~参~銀色~
Name: Dau◆452d063a ID:38be5abf
Date: 2011/01/07 00:07
~参~


 ここ数年で、これほど長く走ったことがあっただろうか。
 いや、ない。と反語を思考の中で浮かべながらぜぇはぁと肩で息をする。
 そんなこんなでなんとか指定の場所に辿り着いた飛鳥だったが、何故か待ち惚けを食らっていた。
 指定されていたのは宮並には数少ないマンションの一室。だったのだが。
 開いていない。そもそもエントランスの時点でオートロックで入ることが出来ない。ちゃんと呼び鈴も鳴らしたはずなのだが反応がないのだ。
「まさか、中で殺人事件が……?」
 と、そんなくだらないことを考えるよりも先にまずは指定の場所を間違えたのではないかと考えるべきだろう。そう思って一応確認もしてみるが、やはり間違いはない。そもそもマンションの絶対数自体が少ないのだからそうそう間違えはしない。
「何でー?」
 そのまま、三十分ほど待たされただろうか。唐突に携帯から着信音が聞こえてきた。メール着信はバイブレーション設定しているので音がしたということは音声着信なわけだが、となると葉河ではない。携帯を開いて液晶を見ても表示されているのは知らない番号だ。誰だろうかと受話ボタンを押して耳に当てる。
「もしもし?」
『あー、もしもし。そちら加古原飛鳥君のケイデンでよろしいでしょうか?』
 聞こえてきたのはアルトとテノールの中間ほどの澄んだ、恐らくは女性のものと思える声だった。橘先輩かとも思ったが声質が違う。
「ケイデン?」
 聞き覚えのない言葉に思わず問い返すと、
『携帯電話のことです。して、加古原飛鳥君でしょうか?』
「あ、えーと、はい。そうですけど」
『あぁ良かった。えっとですね、こちら梓を経由して君にアルバイトを頼んだ者なんですけど、えっと、今どこにいますか?』
「指定されたマンションの前にいますけど。あの、さっきインターホン鳴らしたと思うんですけど……」
『それは僥倖。とりあえずロック開けるんで入ってきてもらえますか? 詳しくはそれからお話します』
 電話口で長々と話していたいとも思わない。疑問は残りつつも電話の声に従ってマンションへと入った。





「さて、と」
 部屋番号は指示された通り。
 遅刻にどう言い訳したものかと悩みながらドアノブに手をかける。
「えぇい、ままよ!」
 力を入れ、ドアを引く。
 と。
 内側から聞こえてきたのは奇妙な声。
 そう、
 一般に喘ぎ声と呼ばれるようなたぐいの。
「……ぇ?」
 視線の先には二人の、いわゆる「ファイナルヒュージョンなう」といった様子の男女。
 思考に三秒。
「すいません間違えましたッ!」
 なかなか閉じようとしない扉を無理矢理に力で閉じて大きく息を吐き出す。
「な、え? ちょ、部屋番号間違ってない、よな……?」
「えぇ、間違ってませんよ」
 混乱する飛鳥の背後から、そんな気楽な声が聞こえて思わず振り返った。
「加古原飛鳥君ですね。ボクの部屋はコチラです。さぁどうぞどうぞ、入っちゃってください」
「ちょ、え、っと……」
 振り返った先にいたその存在を一言で言い表すのであれば、銀だ。
 染色したようにも、増して白髪のようにも見えない。美しい白銀の長髪。
 ボーイッシュな女性にも、女性的な男性にも見えた。中性的な、それでいて驚くほどに整った容貌はアニメや漫画の中から出てきたと言われた方がむしろ納得できる。
 視線を整った顔立ちから少しずつ下げていき、相手に聞こえないような小さな声で「男か」と呟いた。
 その胸部には余計な脂肪分がついているようには見えなかったためだ。
「……ふむ」
 数秒の思案。その容姿に呆けた後、飛鳥は一つの事柄に気付く。
「ってまさか、わかってて違う部屋を教えたのか!」
 相手が雇い主だとわかっても、どうしても敬語を使う気にはなれなかった。というか、こんな罠にハメられてそれでも敬語で話せるのは相当な人格だろうと飛鳥は思う。
「まぁお隣さんにも良い薬になるでしょう。ほら、朝っぱらから合体とかし始めるのは迷惑だと思いません?」
「そうかもしれんがそんなところに俺を突っ込ませることの方がよほど迷惑だよ!」
「見解の相違という奴ですかね。まぁこんなところで立ち話もなんです。部屋に入っちゃってくださいな」
「む……」
 釈然としないものを感じながらも、飛鳥は少年に勧められるままに部屋の扉を開けた。
 警戒はしたものの、流石に連続で同じ罠にハメるつもりはないのか特に何があるということはない。
「安心してください。間伐入れずに二度ネタを使うほどボクは没個性的ではありませんから」
「……さいですか」
 ふぅ、と溜息を吐きながら飛鳥は靴を脱いで上がる、と。
 そこで違和感を感じた。
 瀞や葉河の部屋にはない、カレンダーにタペストリー。それも風景や犬猫などといった柄ではない。
 アニメ柄にゲーム柄、ところによってはR指定が掛かるものもある。その様相に呆れながらも、そのほとんどが何なのかがわかってしまう自分にも飛鳥は呆れる。
「はいはい奥の方に進んじゃってくださいねー」
 言われてリビングに進むと、再び絶句する羽目になった。
 どこぞのレンタルショーケースを思わせるそこは、ある意味で異世界とも言える。それなりに濃い飛鳥の部屋でさえこの部屋と比べてしまえばごくごくマトモだ。戸棚には大量のフィギュアやプラモデル、玩具が。本棚には漫画、ライトノベル、ファンブック、そして飛鳥の部屋にもある薄い本が。
 まさしく、誰もが思い描く『キモオタの部屋』そのものだった。
「うげ……」
 それでいて部屋の主はこの美貌。何か間違っている気がする。
「おっと、片付いていなくてすみませんね。ついさっき起きたばかりでして」
「いや、別に片付いてるとかそういう問題じゃなく……ってまさか、連絡つかなかったのって?」
「寝坊しました」
 コイツ、殺っちまおうか。
 葉河辺りが横にいたら冗談交じりにどちらともなくそんなことを言い始めるだろう頃合だ。
 ただ、不思議な感覚もあった。
 まだ会ったばかりだというのに、まるで友達のように踏み込んでくる。普通ならばそこに苛立ちを感じるというのに、それもない。それは別に同類だからというだけではないだろう。フレンドリーと表現すればいいのかもしれないが、それだけで片付けるのも釈然とはしなかった。
「いやぁ、すみませんね……驚きました?」
「えっと、まぁそりゃ驚きはしたけど。俺も似たような趣味だからなんつうか」
「おぉ、同好の志ですか! それは僥倖、実に僥倖です! お仕事の方もはかどりそうですねぇ。あ、座ってください」
 勧められたソファには見覚えのある十八禁ゲームのサブヒロインキャラクターのクッションが置かれていた。それにしてもあのヒロインはだいぶ人気薄いマイナーキャラなのだがよくクッションなど売っていたな、などと無駄な関心をしつつ飛鳥は腰を下ろす。
「……えっと、それで仕事っていうのは?」
「早速そういう話をしたいんですか? 最近の中学生はサボタージュすることに命を懸けるという話を聞いていたのですがねぇ」
「どこでそんな話を聞いたんだアンタ」
「ソースは2ちゃん」
「もういい聞いた俺が馬鹿だった……」
 出会ってまだ数分だが、彼がどんな性格なのか、飛鳥はおぼろげに把握しつつあった。
 疑う余地もなくオタクだ。そして愉快犯。子供っぽいと言ってもいい。
「まぁ、話が進まないのもなんですからね。簡潔に言うと測量のお手伝い、といったところでしょうか」
「そういや葉河のメールにもそんなこと書いてあったな。測量って……伊能忠敬的な?」
「えぇ、認識としてはそれで構わないと思いますよ。この辺りでちょっとデータ測定をする必要がありまして、そのお手伝いをお願いしたいんです」
 そんなことを言われても、飛鳥にはそんな技術はない。葉河に『お前向きの仕事』と言われていたので安心していたものの、実際に内容を聞いてみるとちっとも向いているとは思えない。
「おっと、勘違いしないでくださいね。別に君に特別な技術を求めているわけではありません。ただ機器を設置する手伝いと、その機器が出した数値を記録する手伝い、それと作業中のボクの話し相手になってくれさえすれば良いので」
「話し相手って……それで俺向きってことか葉河」
「梓ちゃんにはなるべくボクと話の合う人にして欲しいとお願いしておいたんですが、どうやら同好の志である君ならば資格充分ですね。うんうん、良いパートナーにめぐりあい宇宙そらでボクは実に感激です」
「めぐりあい宇宙そらとかどこの三部作完結編だよ」
「嗚呼! この一言一言を理解してツッコミを入れてくれる人材! ボクはそれを望んでいた!」
 何故か気に入られてしまったらしい。
「あ」
 銀色は何かを思い出したかのように手を叩き、
「ボクはさかきさくと申します。年齢不詳。性別は男の娘を目指しています。人には言えないお仕事をしております。趣味はジャパニーズオタクカルチャー全般ですが特にエロゲーが得意分野です。ジャンルは陵辱ゲーとかその辺りが」
 そこまでまくし立てられて、その容姿でエロゲーとか陵辱ゲーとか何の臆面もなく言い放つコイツは色んな意味でどうにかした方がいいのではなかろうか、と飛鳥は本気で思ってしまう。
 そもそも自分で名乗っておいて年齢不詳とか、性別で目指しているというのはどういうことか。
「さて、名前くらいは聞いていますがボクは君の事をちっとも知りません。自己紹介してもらえると嬉しいんですがね」
「えっーと。加古原飛鳥です。中三で趣味はゲームとかアニメとか……まぁそんな感じで」
 真面目に相手にする気も失った飛鳥はなおざりに名乗る。
「よろしくお願いしますね、飛鳥君」
 満面の笑顔で右手を差し出され、
「あー。よろしく」
 飛鳥は苦笑交じりに、その手を握り返した。




ΦあとがきΦ
 やはりタグの使用が横幅を広げる原因の模様。
 横幅固定タグを見つけ出さねば……
 ちなみに作者、日常パートが苦手であります!



[25273] ~肆~魔法使い~
Name: Dau◆452d063a ID:38be5abf
Date: 2011/01/07 20:37
~肆~


「で。これは何?」

 飛鳥は両手に持ったソレを顎で指す。重さは二十キロほどだろうか、そろそろ腕も限界に近い。
 意外だったのはこの榊が運転免許を持っていたということだ。見たところ歳も同じか一、二個上くらいかと飛鳥は思っていたのだがそういうわけではなかったらしい。

「榊じゃなくて朔って呼んでくださいな。ボクと君の仲じゃないですか」

 車でやってきたのは東宮並公園という、この宮並では有名な桜の名所だった。
 宮並の桜はミヤナミザクラという固有種である。天然記念物にも指定されている神代桜という桜と同じ、エドヒガンを原種としていると言われている。
 通常、彼岸桜の仲間は一般的なソメイヨシノと比べて開花時期も早い分、散るのも早い。しかし、ミヤナミザクラは満開が三月中旬から四月いっぱいまで続き、最終的には八月初頭までは少し花が残るという不思議な生態を持っている。少し気になって葉河に聞いてみたところそんな回答を受けたのが飛鳥の頭には残っていた。

「会ったばっかなんだが。つうか心を読むな。で、これ何なんだよ重いんだが」

 改めて聞くと、榊もとい朔は笑みを浮かべ、

「ツァール・メーターという奴ですよ。オーラ力とか無限力とか、そういった目に見えない力を測定するんです。あ、ここらで置いて良いですよ」

 そんなフザケた回答を返す。

「何でネーミングがクトゥルー神話で測定対象が黒富野なんだよ。そもそも無限力イデとか測定されたらマズいだろ」
「じゃあ超力ザ・パワー
「じゃあって何だ。つうかそんなもん測定したいなら木星にでも行ってろ」

 よく言えば話していて飽きない。オブラートに包まずに言うと真面目に相手にするのが面倒臭い。そう飛鳥は判断。
 よもや会って数時間と経たずしてこんな感情を他人に抱くことになろうとは飛鳥も思ってもいなかった。

「……で? 実際は何を測定するんだ?」
「龍脈を流れる干渉力、一般的に魔力や霊力と呼ばれるものの流れを計測するんですよ」
「今度はファンタジー設定かい。もういいや。とりあえず設置して出た数字記録すればいいんだろ?」

 真面目に相手にしていたら話が一向に進まないということはもうわかったので適当に流しておく。

「はいそうですそうです。思考停止でどうぞ。さながら暴君崖上散弾の如く」
「はいはいテオSPテオSP。つうかネタに節操ないなアンタ……」
「わかる飛鳥君もたいがいでしょうに」

 フレに呼ばれたんで移動しますね、とでも言ってやろうか。そんなことを考えながら飛鳥は呆れていた。口を開けば何らかのネタばかりだし、マトモに話なんか進みはしない。
 でも、不思議なことにそれが嫌ではない。
 仕事だから、バイトだから仕方がない。そんな風に考えているわけではない。非生産的で内容のないことばかりを言っているが、それらをくだらないと思いつつも、笑って返してしまう自分がいる。
 ネタにちゃんと反応すると、朔は思わずドキッとしてしまうような笑顔を見せてくる。そんな美貌や所作と二次元まっしぐらな頭の中のギャップがその一因なのは間違いない。
 一目惚れ? それこそまさかだ。男の娘趣味はなかいはずだ、と頭を振る。

「どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもない。で、これどう設置するんだ?」
「まぁさっさと設置だけは済ませておいた方がいいですね。とりあえずその箱、開けちゃってください」

 言われるままに、重たい箱を開けると、中に入っていたのは、

「……」

 また箱だった。

「マトリョーシカかよ!」
「いえいえ。よく見てください。箱型なだけです。変形トランスフォームさせればちゃんと機器になりますって。あ、変形システムチェンジの方が好みです?」
「どっちでもいいよ」

 よく見ると、確かに箱に見えた金属製のそれには無数の分割線パーティングラインが入っていた。そりゃあこんな金属製の箱が入っていればあの重さも頷ける。

「何だコレ? 鉄?」
「ルナチタニウムです」
「そんなこと言うだろうと思った」

 わかっていてわざわざ聞く必要はなかったのだが、つい聞いてしまう。
 妙なペースに呑まれてるな、と思いつつもそれを楽しんでいる自分がいる。

「冗談ですよ。本当はヒヒイロカネです」
「せめてそれは赤いものに対して言えよ」
「じゃ、じゃあ……」
「なんだ次はユニオン鉱石か?」
「鬼憑鉄でお願いします」
「だからコアだってお前……」
「飛鳥君に通じてるんだからいいじゃないですか」

 そんな雑談をしつつ箱を、箱状だったものを開いていく。
 驚くほどに緻密な分割をされたその箱は、一度の引っかかりもない滑らかな展開で少しずつその本来の形状へと姿を変えていった。

「……百葉箱?」

 展開したソレは、よく学校の裏に設置されている気象情報観測用の百葉箱によく似ていた。
 百葉箱が白く木製であるのに対して、これは黒玉ジェットのような光沢のある黒だし、明らかに金属製だ。

「えぇ、デザインは百葉箱のそれを踏襲したものですよ。定点測定さえできればいいので頑丈さ優先で金属製ですが」
「百葉箱が白いのって太陽光線の影響を受けないようにするためじゃなかったっけ」
「そうですね。でもこれは別に気温やら風速を観測するためのものではありませんから。ただボクが考えたデザインで頼んだら先方にそれだと色々とまずいからやめた方がいいと言われたもので」
「あ、そう」

 一体元がどんなデザインだったのかということは聞かないでおく。どうせどれもくだらない内容でしかないので拾ってやるのは数回に一度で良い。

「あとはこれを中に設置して、と」

 取り出されたのはどこかで見たことのあるような、それでいて今や見かけなくなった一品だった。
 今時分、そんなものを使ってる人間がいるとは思わなかったがいるところにはいるものかと飛鳥は思う。

「ポケベル?」
「いえ、これがさっき言ったロイガー・メーターですよ」
「……さっきお前ツァール・メーターって言ってただろ」

 ツァールとロイガーといえばクトゥルー神話において忌わしき双子とセットにして呼ばれる旧支配者グレートオールドワンだ。それで間違えたのだろう。
 節操なくネタを使っているからそんなことになるのだ、と飛鳥は苦笑。

「えっと、そうでしたっけ?」
「まぁどっちでもいいよ、どうせ正式名称どっちでもないだろ……」
「そろそろこれでネタを引っ張り続けるのもアレですから引っ張りませんね」

 勝手に引っ張って勝手に切るとはまたつくづく自分勝手な奴だなぁと、もう何度目になるかもわからないくらいの大きな溜息。

「とりあえず、この中に入れておけばこれは大丈夫です」
「え? いいのか?」
「これは定点観測用なので受信用のポケベルでデータを受けとるだけでいいんですよ」
「受信はポケベルなのか」

 本当にいるところにはいるものである。
 あるいは、それすらもただのネタなのかもしれないがツッコミを入れても面白くはならなそうなので飛鳥は放置することを決めた。

「じゃあ戻りましょうか」
「ん? 戻るってどこに?」
「車にですよ。今のと同じ装置を公園内にあといくつか設置しなくちゃいけませんからね」
「……ちょっと待て、今の重さのをそんだけ運ぶってことか?」
「そうですよ。ちなみにここが一番近いです」

 よもやこんな機材運びをすることになるとは思っていなかった飛鳥はしかし、文句一つ言うことなく運動不足気味の体に鞭打って駐車場へと向かう朔に続いた。
 飛鳥は忘れていたが、これはアルバイトである。





 一月の日の入りは早い。
 既に日は傾き、あと三十分もすれば暗くなってしまうことだろう。

「つ、疲れたぁ」

 アルバイト経験ゼロにして運動不足ここに極まるといったところの飛鳥にとって、これほどの重労働はなかった。
 いくつか、と言った朔の表現は嘘ではなかったが、説明不足でもあった。車に残されたロイガーアンドツァールメーターとその固定具がなくなったので解放されるかと思いきや、朔は更に車で三往復。結局のところ五十個も運ぶことになったのだから。
 自称、目標男の娘の朔は「おにゃのこに重たいものを持たせるなんてこの鬼畜~、眼鏡~」と叫んで一つとして自分で持つことはなかった。もちろん飛鳥は鬼畜であるかどうかはともかくとして眼鏡はかけていない。

「はい。お疲れ様でした」

 と、朔は男であることを忘れてしまいそうなその笑顔に動揺しつつも肉体の疲弊に抗うことはできずに褐色腐朽菌に腐朽されつつある椅子に座り込んだ。

「他にもやることがないでもありませんが、いつもより仕事がはかどったので今日はこのくらいで終わりとしておきましょうか」
「そ、そうしてもらえると助かる……」
「まぁいつもよりはかどったと言っても、いつも一人だと気が向かなくてちっともやらなかっただけですがね!」

 堂々たる口調で言い切る朔。
 ツッコミ入れる気力もなく、飛鳥は大きく息を吸う。

「てかこれって何なんだ? 大学の卒業研究とか?」

 結局のところ、何を計測しているのか本当のところを飛鳥は教えられずにいた。
 測定の値を記録すればいいだけと言われていたし、この日に限っていえば測定どころか設置しかしていないので不都合があるかといえばないのだが。

「あー、違いますよ。ボク、大学なんて上等なもの行ってませんし。言ったでしょう? 人には言えない職業ですって」
「せめて自分が何を計測しているのかくらいは知りたいんだけど」
「そんなにボクの職業が知りたいんですかぁ? 仕方がないですねぇ」

 朔が人の話をあまり聞いていないということも飛鳥はわかってきた。ともかく怒涛の話し方だ。

「魔法使いですよ魔法使い! どうです? 憧れます? シビれて憧れるゥ?」
「……流石は朔! 俺たちには恥ずかしくて口には出せないことを平然と言ってのける。そこにシビれる憧れ……は、ないな、うん。これでいいか?」
「飛鳥君の反応がなおざりですね……三十まで童貞を大事にとっておくと魔法使いになれるとネットでは評判ですが」
「お前、どんだけ高く見積もっても三十路はいかねぇだろ」
「飛鳥君は魔法使いになってみません? てか資質あります?」
「ウッセェ! ほっとけ!」
「あらま。フラれてしまいましたね」

 至極残念そうに、もしくは残念そうな演技で、しくしくと泣き出す朔。実に面倒だと思いながら飛鳥は無視しておく。

「あ、そういえば飛鳥君」

 一瞬前の泣き顔が嘘かのような笑みで両手を叩く。まるで百面相をやっているかのようだと飛鳥は思う。

「何だよ」
♂×♂ウホッの場合脱DTになるんですかね?」
「知らねぇよ!」

 半ばキレ気味に返しつつも、飛鳥は知らず知らずに笑みを作っていた。




ΦあとがきΦ
 続・日常パートです。どうにも会話を連続させると地の文書けないんですよね……まぁ内容がスカスカな会話だからですが。
 ちなみにこんな内容のない会話は俺自身が友人とよくしている会話の雰囲気を踏襲しております。本当に内容ないですねぇ。
 キャラを立てるのに必要な一話だったと思ってください。
 ネタにロボット系が多いのは作者の趣味です。もう一話ほどクッションを置いてちゃんとストーリーは進みます。

 ……どうやらルビを振ると文章幅が制限できずにひたすら伸びる模様。
 文章幅制限のタグは機能しないようですし……考えねば。



[25273] ~伍~三週間~
Name: Dau◆452d063a ID:38be5abf
Date: 2011/01/08 20:53
~伍~


「意外に続くもんだな」

 登校してきた飛鳥は開口一番にそう告げられて驚いた。

「続くって、何が?」
「バイト。お前の飽きっぽさだと一週間くらいで飽きると思ったんだが」
「バイト、ってあぁ、あれか」

 飛鳥が朔のバイトを引き受けてから三週間が経っていた。
 バイト、とはいっても飛鳥からすれば既にバイトという印象はない。初日こそ肉体労働を強いられたものの、その後は本当にただ数字を読みながら朔とくだらない話くらいしかしていない。結局のところ、何を計測しているのかは伝えられないままだ。なんでも「ミヤナミザクラがこんなに長く咲き続ける理由に関係があることですよー」だそうだが、それも本当なのかは怪しいところだと飛鳥は思う。
 本当にそんな仕事内容であれだけの金をもらっていいのか、と一週間ほど経った頃に朔に聞いたところ「お金には困っていないんです」と満面の笑みで返されていた。
 そんなことを葉河に伝えると「なんだそりゃ」と葉河は呆れた様子で苦笑。

「測量の仕事というかもはや風俗業の一種だな」
「風俗業言うな! 変な勘違いされるだろうが」
「飛鳥」

 呆れた様子で肩を叩いてきたのは果観。まずい、と冷や汗が全身の汗腺から吹き出すのは錯覚。
 何故か。それは果観がそういった性的な話題を嫌っているためだ。葉河曰く「そういう話をしているとえらく機嫌が悪くなる」とのこと。風俗云々と言っている程度で突然キレるということはないだろうが、避けておくにこしたことはない。
 彼女の機嫌を悪くした時に起こるのは暴力行為、そしてそこから発生する葉河、瀞、ときどき飛鳥の怪我から昏倒。本当にその細腕にどうしてそれだけの筋力が備わっているのかもわからないのだが、深くは問うまいと飛鳥は決めていた。
 しかし、意外なことに果観は溜息を吐き出して、

「風俗業ってのは性風俗のことばかりを言うわけじゃないの。広義で言うとゲームセンターも風俗業だから。そういうものばかりを考えてるアンタの脳内がよろしくない」
「そういえば……」

 瀞はどうした? と聞こうとして、飛鳥は問いかけを飲み込んだ。
 よく見れば机の上に突っ伏して眠っている。学校でよくぞそこまで、と純粋に関心してしまうほどの見事な熟睡っぷりである。

「相変わらずよく寝てるなコイツは」
「そういう生物だからな」
「まぁ瀞だから仕方ないでしょ」

 扱いの不憫さには飛鳥も同情するが、かといって瀞がいじられ役から抜けてしまうといじられ役は飛鳥が一手に引き受けることになってくるため、瀞に対して心の中で両手を合わせるだけにしておく。というのも本気でいじめられているのであればともかく、果観や葉河のそれは身内同士でのじゃれあいに過ぎない。
 ただのじゃれあいで人間が飛ぶ光景を見るのも実に不思議なものだと当初は思ったものだが、果観と知り合ってもう一年以上、その程度で驚いていては生きていけないことは飛鳥も悟っている。

「で、調子はどうなの? その風俗業」
「いや、風俗業ちゃうと言ってるだろ」
「アンタと朔なら気は合うと思ったけど。お互いあんまり人の話聞かないしマイペースだし」
「俺はお前にそんなイメージを抱かれていたのか……ってちょっと待て」

 果観の何気ない言葉の中に、不自然なものが含まれていたことに飛鳥は気付く。

「お前、朔と知り合い?」
「まぁ一応ね」
「誰のことだ?」

 葉河の質問に、果観は少し悩むような仕草を見せ、

「変態という言葉を体現する存在。あと銀色」

 と、遠慮なく言い切った。間違ってはいない、いないのだが、流石は果観、言葉に容赦がないと思わざるにはいられなかった。
 とはいえ、飛鳥も朔について問われれば、似たような回答をするのだろうが。





 薄暗くなっていく公園で、飛鳥は手元のメーターが示す数値を書き込みながら朔へと視線を向ける。
 定点観測の某メーターは勝手にデータを集めてくれるが、その他にも街を歩いて回って色々なところで測定をするというのはここ数週間で習慣となった作業だ。

「なんだかなぁ……」
「どうしました飛鳥君?」
「いや、さ。今朝友達に言われたんだ。意外に長続きしてるな、ってさ。俺って飽きっぽいから」

 自分の飽きっぽさについては、飛鳥にも自覚はあった。

「葉河に言われて、はじめて気付いたよ。三週間なんて、普通に考えればたった三週間なのかもしれない。でも、何かすごく長い気がしてさ」

 何だか感慨深くなってきた飛鳥は、思いついたままに口を動かす。

「バイト……って言ったって全然真面目に仕事なんてしてない。もし初日みたいなことを毎日やらされてたら絶対にもたなかった」
「そこ、随分と確信を持って言いますね」
「俺は自分の忍耐力のなさには自信があるんだよ」
「なんですかそれ」

 朔が苦笑する。いつもくだらないことを言うのは朔で、それに苦笑するのは自分なので珍しいな、などと飛鳥は思う。

「そういえば、お前、果観と知り合いだったのか?」

 昼間に話していたことを思い出して、果観からの評価も合わせて伝えると「あはは」と朔は笑う。

「梓ちゃんの紹介だからもしかして、とは思っていたんですが果観のクラスメイトでしたか」
「果観ってお前みたいな下ネタを連発する奴のこと苦手だと思うんだけど、どういう経緯で知り合ったんだ?」
「んー。説明は難しいんですけどね」

 朔の言葉のトーンが落ちる。

「彼女はボクの幼馴染の仲間というか、同類というか……ともかく同じような感じでしてね。彼女を探してこの街に来たんですよ、一応」
「果観を、探して? ってかちょっと待って、よくわからないんだが幼馴染の仲間、って、どういうこと?」

 朔との付き合いももう三週間だが、その言葉がネタなのか事実なのか、それともネタ風に脚色した現実なのか、それについてはどうしても判断がつかないでいた。

「知りたいですか? そんなに知りたいですかボクの過去が!」
「いや、別にお前の過去には興味ないけど」
「嗚呼、ようやく飛鳥君が素直になってくれましたか。これは僥倖、実に僥倖です」

 朔は飛鳥の話など聞いてはいなかった。トリップといってもいい。

「ボクは小さな頃、おっきなお家に預けられてましてね? 他にも同じように預けられた子供が二人いましてね?」
「はいはいそれで?」
「……ボクは、彼女達を救わなきゃいけないんですよ」
「え……?」

 いくつかの段階をすっ飛ばした発言に思わず笑い飛ばそうとして、飛鳥はやめた。やめざるをえなかった。告げた朔の横顔が、冗談を言っているようには見えなかったからだ。
 今まで見たどんな朔の表情よりも真剣で、どこか覚悟を感じさせるほどの強い意志が感じ取れた。

「って、なんか妙なこと言っちゃいましたね。すいません、忘れてください」
「珍しく殊勝なこと言い始めるな……キモチワルッ!」
「アハハッ、たまにはそういうこともありますよ。さて、んじゃ次の計測ポイントは……アッチですね。行きましょ行きましょ」

 飛鳥も朔の言葉が、その表情が、気にならなかったというわけではない。
 ただ、それを聞いてもいいのかと、そんな逡巡の内に朔の表情は笑顔に戻っていた。いつもと変わらぬ満面の笑みを浮かべる朔からは、先程までの強い意志の片鱗すらも感じ取れなかった。

「なぁ、朔。こういうことを言うのは変だと思うけど、思ったときに言っておかないと言う機会もないだろうから言っとくよ」
「何ですか? ハッ、愛の告白ですか? いやいやそういうのはまずお友達から……」
 無視する。その上で目の前の、銀色の少年へと向き直り、
「朔。お前と話してると内容はオタクチックでくだらなくて、本当に生産性のない話ばっかりだけど、でもなんつうか、な。楽しいからさ。俺はお前に会えてよかったと思う」

 一瞬の沈黙の後、

「ヒモ生活でもしてみますか?」

 朔に言われ、笑みがこぼれる。やはりシリアスな空気には戻れないな、と飛鳥は察する。

「お前がどんな仕事してるのかわかったら考えてもいいよ」

 本当ならシリアスな空気に戻して「友達だろ? 何か悩みがあるんだったら相談に乗るくらいはするぜ?」などと、気の利いた台詞の一つでも言ってやりたかった。
 朔が、飛鳥に始めて見せた『弱さ』を。一瞬とはいえ、見てしまったからにはどうにかしたい、と。
 だが、機会を逃した飛鳥にはいつも通りに軽口をきくことしかできなかった。どこか気恥ずかしくて、きっとまた機会はあると後回しにして。

「あぁそうだ、飛鳥君」
「ん? な、何だよ」
「今日、明日、明後日辺り、夜に出歩くのは自重してもらえませんか?」
「何を唐突に……」
「いや、丁度明日が満月ですからね。吸血鬼や狼男辺りが出てきてもおかしくありません」
「おかしいわボケ」

 この時の忠告が冗談ではなく本気の警告だったと気付いたのは数時間後、その日の夜のこと。
 まさしく「そのときはまさか、そんなことになるとは思っていなかったのです」だった。
 思考が、逃避したかった現実へと回帰していく。




ΦあとがきΦ
 今回はともかく短いですが、ブツ切りですのでご容赦を。これ以上いらんものを伸ばしても仕方がありませんからね。
 ……いや、肆と一つにしてしまえばいいというのはごもっともですが三週間という時間を飛ばすからには切った方がいいかなぁ、と。
 ちなみに俺、書き貯めは一話分しかしとりません。
 ここまでやってようやく冒頭へお返ししま~す。
 次回、吸血鬼の目の前に戻ります。



[25273] ~陸~銀の幻想~
Name: Dau◆452d063a ID:38be5abf
Date: 2011/01/09 00:58
~陸~


「は? なんで、お前……」

 わからない。ひたすらにわからない。
 目の前にいるのが本当に吸血鬼なのかどうかも。勿論、あの存在がマトモではないことはわかっている。瞬間移動のような動きをしたり、何もないところから剣を出現させたり、それは少なくとも飛鳥が今まで思い描いていた幻想ファンタジーの世界の住人に他ならない。
 だがそれと、本当に吸血鬼かどうかは必ずしもイコールではない。とはいえ、目の前の脅威という意味では飛鳥にとって何の違いもないのだが。
 そして、もう一つの謎が、目の前にいた。
 銀。
 そう、銀だ。
 まるで白金を紡いだ糸のように美しく月光に照らされたその少年――否、少女は、

「だから夜に出歩かないでください、って言ったでしょうに」

 そう言って、溜息を吐き出した。ふくよかな胸の膨らみがそれに合わせて動く。

「お、おま、おま、おん、な……?」
「もう少し滑舌悪いと放送コードに引っかかりそうなどもり具合ですね、と。お話はまた後にしましょう」

 朔の、恐らくは朔なのであろう銀色の少女の視線を追うと、そこに吸血鬼の青年は立っていた。
 ありえない、という言葉を呑み込む。あの吸血鬼は瞬間移動すらするのだ、ほんの一瞬前に飛ばされたからといって今ここにいることが不思議ではない。
 いや、そもそも。こんな非現実的な場において「ありえない」なんて単語に意味があるのだろうか。
 吹き飛ばされたことでのダメージなどないと言わんばかりに吸血鬼は自身の髪についたほこりを掃い、
 緊、と。
 空気が凍りついたかのような甲高い金属音。
 音の発生源は剣だった。紅黒い燐光を放つ吸血鬼の長剣。

「また君か。食後の運動中に乱入とは、淑やかさが足りないのではないか? 淑女レディ

 鍔迫り合いの音が聞こえる。剣の動きは止められている。ならばそこにはあるはずだ、剣の動きを阻んだモノが。
 そう思った飛鳥が目を凝らすと、そこにはただ光があった。
 電球やLEDなどというような人工光とは違う。それはやはり、吸血鬼の生み出した血色の燐光と同じで、蛍のように幻想的な光。銀色の光。
 バチン、と。まるでショートでも起きたかのような音が聞こえ、次の瞬間には吸血鬼と朔の間には数メートルの距離が開いていた。何が起きたのか、それは『あの現象』を把握していない飛鳥の知るところではない。ただ、何らかの斥力が働いたのではないかという推測だけがある。

「レディ、ですって? 何を言ってるんですかね。ボクは誇り高きOTAKUですよ?」

 死の匂いを纏う吸血鬼に対して、朔は臆してはいなかった。まるで飛鳥と軽口を交わしているときのような気軽な口調で告げる。
 素手では無茶だ、そう思った時には徒手だったはずの朔の手には光。銀光は一瞬にしてその身を伸ばし、
 朔は踏み込む。
 紅と銀、二色の光がぶつかり、銀の光が破れる。
 だがそれは、敗れではない。無意識のうちに、根拠なく飛鳥は思っていた。
 銀の光杖は剣が鞘から放たれるように、蝶が蛹を脱ぐように、その本質を表していた。
 綺麗だ、と、場の雰囲気にそぐわぬことを飛鳥の思考は紡ぐ。
 光杖の中から姿を現したのは槍だった。
 仕切り直すように朔が後方へと跳ぶ。先程の吸血鬼のそれを彷彿とする恐ろしいほどに速い動き。

「ハッ!」

 どこか木の枝を思わせる美しい銀槍を、朔は振り抜いた。
 ぶつかり合った刃と刃が耳障りな高音を放ち、銀色の長髪がなびく。
 再び離れる二者の距離。

「君は実に旨そうだ」
「ボクはリア充っぽい男性は嫌いですので」

 吸血鬼が動くよりも速く、朔は動いていた。
 遠心力を十全に利用するような動きで銀槍を振るう。が、その刃は止められ朔はまた距離をとる。
 一見すれば、朔が攻め続けていて優勢に見えるが、それは違う。朔は攻め続けなければならないのだ。先手を取ることで勢いをつけた突進を行っている。そのためのヒットアンドアウェイ。
 再び飛び退く朔。飛鳥ですら思い至ったのだ。それに吸血鬼が気付いていないわけがない。ならば距離を詰め、純粋な力の勝負に持ち込めば良いだろうに、しかし吸血鬼はそうしない。何故か、それは余裕だからだろう。
 吸血鬼の周囲に光が生じる。まるで鬼火を背負うかのように。それは吸血鬼自身や、朔が銀槍を出したときと似た非人工的な燐光。だが、今度のそれは剣ではなかった。表現するならば光球だろうか。それが物質なのかどうかすら、飛鳥にはわからない。
 魔法。
 飛鳥が思い浮かべた単語はそれだ。今まで意図して考えなかった、これまでの人生では存在するとも思わなかった超常の技術。
 だが男が生み出した光球は、まさしく飛鳥の思い浮かべる魔法のエフェクトそのものだった。ここまで非日常的なモノを見たのだ。飛鳥も今更魔法なんてありえないとは思う気にはならない。
 光球が一際強く光ったかと思うと、その瞬間には集束された光の弾丸となって朔を襲う。

「ッ!」 

 放たれた光弾を朔は右手で、いや、右手に展開した銀光の盾で受け止めた。それでも全ての衝撃を吸収はできないらしく、数メートル弾き飛ばされる。
 飛ばされた先は飛鳥の目の前。何と声をかけるべきか悩み、

「そんなに不安そうな顔しないでください。君は、ボクが守りますから」

 飛鳥が何かを言う間もなく、朔にそう笑顔で告げられた。

「く、そ、っ!」

 吸血鬼と朔の優劣は飛鳥の目から見ても明らかになってきた。
 危ない、と。助けなくては、と。
 走馬灯のように加速した思考の中で、そんな思考が生まれては消える。
 だが、そんな瞬間にも朔は吸血鬼と斬り結んでいる。
 葉河ならきっと悩まないだろう。自分や、あるいは瀞が危機だと知れば、敵うか敵わないか、そんな判断はあとにして走り出すだろう。
 自分はどうか、

「俺、は……」

 崩れた膝を上げる、だが、そこまでだ。
 踏み出せない。
 友達を、友達だと認めた人間すらも我が身大事さに助けられない自分に、飛鳥は己の歯が折れんばかりに噛み締める。
 一合、二合、三合と、剣と槍がぶつかり合う度に響く金属音。
 それを飛鳥はただ見ていることしか出来ない。
 飛び出したところでクソの役にも立たない。それどころか朔の足手まといになるだけだ。だが、それは真実なのか? ただ恐いから、踏み出すことができないから、そう自分に言い聞かせているだけなんじゃないか? と、飛鳥の思考は紡がれていく。
 幾条もの光弾がぶつかり合い爆音を、剣と槍がぶつかり合い金属音を、飛鳥はただ聞いている。
 認めよう、と、飛鳥は思う。自分は非力だ。たとえ踏み出したところで朔の迷惑なるだけだと。
 そして飛鳥は認める。自分は、たとえ朔を救える力があったところで踏み出すことのできない臆病者なのだということも。
 その上で飛鳥は決める。決して目を逸らさないと。
 もう何度目かもわからないほどの剣槍のぶつかり合いを、飛鳥は見る。受け止め切れなかった銀槍が弾かれ、朔の白い肌を血色の刃が切り裂く。致命というほどには深くはない、だが決して浅くもない傷。すぐに薄水色のシャツにどす黒い血の染みが生まれ、広がっていく。しかし朔はそんなことを気にすることなく、銀槍を振るう。
 剣戟が交叉する。

「君も甘い」

 朔が現れた瞬間、考えなかったわけではない。実は朔が物凄く強く、一瞬で、まるでギャグのように吸血鬼を倒してくれるのではないか、そんな希望を。
 だが、そんなことはなかった。それどころか、ファーストアタック以外、朔は吸血鬼に対してマトモな一撃を入れられてすらもいない。

「俺の推理を話そう。君は俺を探していた、そして見付けた」

 鍔迫り合い。せめぎ合う刃が軋みをあげる。

「本当なら君は思っていたはずだ、高威力の術式砲撃で俺の倒す、あるいは大きなダメージを与えようと」

 吸血鬼の言うとおりならば、朔には初撃で大きな一撃を吸血鬼に入れることもできたのだろう。だが、朔はそうしなかった。

「だが予想外のことがあった。それは少年の存在だ。高威力術式を紡いでいる時間はない、そう判断して」

 轟。
 光と光のぶつかり合いが再びの爆発を生み出す。

「君は飛び込んだ。違うか?」

 吸血鬼の言葉に朔は答えない。代わりと言わんばかりに、担った銀槍を構えなおす。
 その全身の傷が、その原因の一つが飛鳥であることは疑いようもなかった。
 どれだけ自分に向けて罵声を浴びせたところで何の意味もない。
 どれだけ考えたところで、状況を打開する策などない。
 出来るのはただ、目を逸らさないことだ。朔を信じ、目の前の現実から目を逸らすことなく。
 殺陣のように、朔と吸血鬼は凄まじい速さで斬り結ぶ。その隙を縫うように、光の弾丸が放たれ、相殺され、あるいは盾によって防がれる攻防。
 そうする間にも、朔の身体には擦過傷のような浅いものから血染みのできるようなものまで、大小様々な傷が付けられていた。そのままでは出血多量になってしまってもおかしくないと思えるほどに。

「ふぅ……やはり、満月が近いとお元気ですねぇあなた方は」

 全身に血染みを作って、シャツはまるで元からそんな色だったのかと思ってしまうほどに血に塗れて。
 しかし朔は怯んではいなかった。臆してはいなかった。
 いつもと変わらない笑みを浮かべて、

「大丈夫、大丈夫ですよ、飛鳥君」

 飛鳥を安心させるように、告げる。

「安心してくださいな。足りない分は勇気で補えば良いんです」
「随分と余裕だな。少年を気遣うとは」

 血塗れの朔を見て、吸血鬼は長剣を構えたままに嗤う。

「いえいえ、余裕なんかじゃありませんよ」

 朔は銀槍を振り上げると、そこに何かが集まっていく。ソレが何なのか、飛鳥にはわからない。ただそれが『力』なのだと、何なのかはわからずとも、肌が感じていた。

「この一撃で、終わりにします」
「ほぅ? まだ俺に初撃以外傷一つ付けられていないというのに、大きく出たな」
「友達が見てる前です。あまり無様な姿は見せたくないものです、よ……!」

 振り下ろされる銀槍。その先端から放たれる力の奔流を迎撃せんと、吸血鬼も紅剣を振るう。
 二つの力がぶつかり合い、衝撃波が発生する、そう飛鳥は思った。だが、発生した結果は飛鳥の想像とは違った。

「伏せて!」

 頭を思い切り抑えられ、感じ取るのは圧力が頭上を越えていく感覚。
 次の瞬間、発生したのは銀の太陽。あまりの光量に飛鳥も目を閉じる、と。
 衝撃。予想外の衝撃を受けて、飛鳥は意識を手放した。



[25273] ~漆~術式~
Name: Dau◆452d063a ID:38be5abf
Date: 2011/01/10 20:18
~漆~


 明るい。目を開けずともわかるこの明るさは、太陽の光だ。
 身体を起こそうとすると、全身が軋むように痛む。昨夜はなにか妙な寝方でもしただろうか、と前日の記憶を探って、飛鳥は跳ね起きた。

「……っ!」

 見回せば、そこは魔窟、もとい通い慣れた朔の部屋だった。
 もしかして昨日の不可思議な現象は夢だったのかもしれない、という飛鳥の思考も否定される。

「おっと、目が覚めましたか。おはようございます飛鳥君」
「あぁ、おはよう……じゃなくて!」

 あまりにも自然体な朔の挨拶に飛鳥も思わず返してしまうも、すぐさま疑問を取り戻す。

「アレはなんなんだ! いや、んなことよりまず、お前は大丈夫なのか? 何があったんだ?」

 次々と浮かび上がる疑問をまくし立てると、朔は肩をすくめていつものように笑う。

「その様子だと別に問題はなさそうですね。外傷がないのは確認しましたが……勿論全裸にひん剥いて全身くまなく。キャッ」
「キャッ、じゃねぇよ。それより質問に答えろ。えっと……怪我は大丈夫か?」
「え?」

 飛鳥は一瞬、呆気に取られたように動きを止め、

「あ、えぇ。あの程度の怪我くらいかすり傷みたいなものですよ。強がりとかではなく。あの場では色々と不利な状況が多かったので退きましたけどね」

 すぐに笑顔を取り戻して言葉を続けた。

「その不利な状況って言うのは、やっぱり俺か?」
「何を言ってるんですか飛鳥君。人は守るべきものがいると強くなるって言うじゃないですか。まぁぶっちゃけると、君が足手まといだったのが原因ですがね」

 朔の言葉に躊躇はなかった。だが、その顔にあるのは笑みだ。
 自分が足手まといだったと面と向かって告げられて、ショックを受けるのが普通なのかもしれない、と飛鳥は客観的に思う。

「……そっか。ごめん」

 だが実際に飛鳥が感じたのは情けなさだ。
 自分のせいで朔が傷ついた。そして自分は何もできなかった、と。

「いえいえ。君が無事だったことが何よりも僥倖です。気にしないでください」

 そう言って、朔は笑う。

「わかった。んで、アレは何だ? 嘘でもネタでもなんでもなく、本当のことを教えろ」
「うわ、この人本当に一言で気にしないよウッワァ……と、一応言っておきましょうか」
「そういうのは今はいい。教えられないとかそういうんであればそう言えよ」
「すぐにいつもの調子に戻ってくれる飛鳥君は大好きですよ? ……と、これ以上先延ばしにすると質問が肉体言語になりそうなのでお話しましょう」

 一息の間を開け、

「アレ、というのはつまり、昨晩のボクと彼との交戦……もとい、その際に用いていたモノのことですね?」

 飛鳥は頷く。

「逆に聞きましょうか。飛鳥君にはアレが何に見えましたか?」
「何に、って……えっと、魔法?」

 成程、と朔は頷いて、

「魔法。現実には不可能な手法や結果を実現する力。この語彙を用いるのは主に欧州系のそれに対してで英語ではマジック、これは魔術、魔法、呪術、手品を。ソーサリー、これは妖術、魔法、魔道を。ウィザードリィ、これは魔法、妙技、ついでにダンジョン系RPGを。ウィッチクラフト、これは魔女術とでも呼ぶべきものを。といったように様々な言葉と微妙な違いのある概念を持つので該当する言葉のない日本語ですと訳語が翻訳者によって違うので混乱が起こる……以上、ウィキペディアより」
「転用かよ! つうかなんか途中にRPG入れただろお前」
「いやぁ、流石のボクもあれほど古い作品にはなかなか手を出しておりませんねぇ。TRPGくらいならちょくちょく手を出しましたが」
「とりあえずダイスロールして正気SAN値のチェックをしておけよお前は。つうか話戻せ」

 相変わらず言葉の端々にネタを詰めてくる朔に、飛鳥も思わず返してしまう。

「……って話が逸れるのは君のせいでしょうに。まぁ続けますと、一般的に認知されている魔法という言葉は要するに普通はできないことを成す事、と言ってしまえるでしょう。それは漫画、アニメ、ゲームといった様々な媒体でも似通っていますね。あ、魔術と魔法の違いについてどこぞの子実体菌類の作品の概念とは異なるのでアレは置いておいてくださいね」
「しじっ……菌類? ってあぁ、うん」
「ボクらはそれを《術式じゅっしき》と呼んでいます。魔術の術に、方程式の式。術式です」
「術、式」

 その簡素な言葉は飛鳥の思う魔法という言葉の位置ニッチに、驚くほどすんなりと入り込んだ。
 朔は反復する飛鳥を気にすることなく言葉を続ける。

「術式は汎用性の高い技術です」
「技術? 能力じゃなく?」
「えぇ。術式はあくまで技術です。そのレベルには錬度や才能が関わってくるという点で科学ほどに普遍的な技術ではありませんが、門戸そのものは決して狭いものではありません」
「でも、俺は……いや、ほとんどの人間はそんなものがあることも知らないはずだ。本当に魔法……じゃなくて、術式が技術で、誰でも簡単に使えるのであればもっと広まってなければおかしいだろ」
「ごもっとも。とはいえその疑問にはちゃんと反証があります。何故広まっていないのか。簡単な理由です。術式は個人に、驚くべきほどの力を与えます。飛鳥君も見たでしょう?」

 昨晩の光景を思い出す。まるで映画のワンシーンのようなアレは、確かに人間業とは思えなかった。

「そして術式とはその能力に個々人の才能というものが非常に大きく関わってきますからね。才能というのは実に面倒なものです。何故なら才能は人と人との違いを明確にしてしまうためです。その差を個性と言える人ばかりならば良いわけですけど、そういうわけじゃありませんからね。人は自分と違う者に対して容赦がない。肌の色が違うってだけで筆舌に尽くしがたいような差別が行われていたということは飛鳥君もご存知でしょう?」
「あぁ……」

 人種の違い、宗教の違い、それだけで何度も戦争は起きている。その程度は社会科で学ぶ。特別に興味のあるというわけではない飛鳥とてそのくらいはわかる。

「それと同じ。術式を知らない人は、術式を使える人間を恐れ、妬み、嫌うんですよ」
「でも! 俺はお前のことを嫌うとか、恐いとか、そういうのは……」
「別に君もそうだと言っているわけじゃありません。そう考える人もいる、そしてそれは決して少なくない、ということです」
「……それでも」

 いやいや、と、朔は首を横に振って飛鳥の言葉を遮った。

「今は人の差別意識について御託を並べる時じゃありません。それにボクの言葉はあくまで予想にしか過ぎませんよ。あるいは単純に自分たちの優位性を失いたくないために秘匿しているだけかもしれませんし、他の理由かもしれません。この世界において術式の存在をあまりおおやけにしない、というのは昔からの慣習のようなものですからね。ひな祭りにあられを食べて、七夕に笹に短冊を吊るすのと同じ。最初は何らかの意味があったのかもしれませんけど、今じゃ残ってるのは形骸的な残滓のみですので。つっかかられると話が進められませんよ?」
「あ、うん」
「さて、それでは先程の質問に戻りましょうか。術式という技術はこの世界に充溢する世界の構成素《霊子》という存在に対して、精神が潜在的に持つ干渉力を行使することで干渉、その情報を書き換えることによって物理法則、術士はそれを一般則と言いますが、それを超越した現象を励起させるものです」
「えっと……その霊子っていうのは、原子みたいな?」

 解説を続ける朔の言葉に疑問を持った飛鳥は遠慮することなく問う。

「ニュアンスは遠くはないのですが、正確ではありませんね。霊子は情報体です。たとえるならばコンピュータが丁度いいでしょうか」
「コンピュータ?」
「ボクらがこうして五感で感じ取る世界がコンピュータで言うところのディスプレイだとすると、霊子はパソコンの本体と言うべきでしょうか」
「んー、と。つまり術式っていうのはパソコンで言うプログラムとかそういうものってことか?」
「まさしく。流石ファンタジー方面にも強いオタの方に説明するのは楽ですねぇ。他に何か聞きたいことは?」
「さっき精神って言ってたけど、それって心のことか?」
「んー、心というのとはまた違いますね。通常、様々なこと記憶するのも脳です。まぁこれを表層記憶と言うわけですが」
「表層ってことは深層もあるのか?」
「えぇ。深層記憶を蓄積するのは精神です。深層記憶というのは自分の意思でもそうそうアクセスできないものですからね。飛鳥君は生まれ変わりって信じます?」
「えっと、エジプトのファラオの生まれ変わりとか、そういう?」
「えぇ、それです。要するにそれが深層記憶ですよ。その精神が宿っていた、以前の人生の記憶。あるいはデジャビュやジェメビュという形で現れることもありますが」

 朔の言葉を聞いていて、飛鳥は自分の中に生まれつつある気持ちに気付く。
 それは興味だ。
 ほんの前夜、ほんの数時間前にはただ怖いと、踏み出すことなどできないと思っていたというのに、飛鳥はもう面白いと思ってしまっている。
 飛鳥はそんな、自分の興味の心が怖い。だが怖くとも、飛鳥は朔の言葉を止めない。聞こうとする自分を止められない。それどころか、自分から質問さえしてしまう。

「精神は深層記憶を保つものであり、生物が生物として《個》を保つのに必要不可欠なものです。精神が失われると、個としての括りは失われます」
「えっと……身体が崩れるのか?」
「いえ、個というのはそういう意味ではありません。複数の……といっても霊子は情報を書き込むまっさらな記録媒体のようなものですので数を数えるものではないんですがまぁ、一定範囲の霊子が一つの括りとしてまとまったもの、それを個というわけですが、それを失った場合、生物はただ生物ではない物質となるだけです」

 真剣な表情のままに、飛鳥は朔の言葉を聞き続ける。

「精神を持ち《個》を確立すると、そこには精神の持つ自己を保とうとする力が働きます。これは無意識的なものであり、一部の例外はありますが、基本的には誰もが用いている力です。まぁ力というと大仰に感じるかもしれませんが……そうですねぇ」

 と、朔はたとえを考えているのか、顎に手を当て悩んだ様子を見せるが、それも一瞬。
 何かを思いついたように手を叩く。

「たとえば術式戦をしています。血液という物質を水という物質に変換すること自体は術式を用いれば難しいことではありません。それを応用して、相手を倒すために相手の血液を水に変えます。血液を水になんて変えられたら酸素運搬ができません。相手は死にます。ですがそんな風にはならないんですよ。何故か? それは個が持つ自己を保とうとする力が働くためです。とはいっても、高位の術士であれば、術士相手でなければ、あるいは大きく実力差がある場合などはそのフィルターを破壊して相手の個の内部にそのまま干渉することもできるんですがね」

 また、と言って朔は大きく息を吸い、

「精神は非常に優秀な情報処理能力も持っています。どこまでいっても物理メモリに過ぎず、様々な制約に縛られる脳や、コンピュータなんかよりもよほど高い。術式は精神の無意識領域を使うことで、脳だけに頼っていては不可能な情報処理を行い、世界に干渉するわけです」
「難しいな……」
「まぁ、細かい理論云々はある程度知ってる程度です。どうやって手を動かしてるのか、と言われても、別に意識し生体電流を流して動かしているというわけではないでしょう? まぁ人体工学を学んでいると効率的な動き方ができる、といった感じに知っていて損はないんですがね。要するに何でも慣れですよ」
「慣れ、ねぇ……」
「ボクの友人が術式を知らない人に術式を教える時によく言うらしいのが、術式は自転車に似ている、とのことです」
「自転車?」
「そう、自転車です。最初は何でできるのかがわからなくて、だけど一度できるようになると何でそんなにできなかったのかわからなくなる、と」

 ふと、飛鳥の思考に一つの疑問が浮かんだ。

「なぁ朔」
「何ですか飛鳥君」
「さっきからのお前の話を聞くに、なんか俺が術式を使うことを前提にしてる感じがするんだが?」

 飛鳥が聞いたのはあくまで昨晩に起きたことが一体なんだったのか、ということだ。つまり飛鳥が求めていた回答はこの場合《術式》という一言であった。
 勿論、術式という言葉を聞いたところでその意味を理解することはできなかった。そういう意味では朔の説明は不自然ではないように思える。
 だが、朔の説明は詳細過ぎた。その言葉はまさに、これからそれを学ぼうとする者への心構えのようで、

「え?」

 と、朔が返したのは、意外という言葉が相応しい声色だった。

「術式に興味を持って術士になってみたいって思ったんじゃないんですか? ウッソォ? 今時の中学生はそんなにモノに興味を示さないんでしょうか?」
「いや、興味はあるよ。だから聞いたんだ。でも……」

 その先を告げるか否かと言い澱み、

「怖いですか?」
「え……?」

 先回りするように、朔は飛鳥の言葉を拾う。
 銀色の少女が浮かべるのは、いつものふざけた彼女のそれとは違う真剣な、しかし優しげな笑み。
 飛鳥の心中を読んでいるかのように朔はゆっくりと、飛鳥に飲み込む時間を与えるように言葉を続ける。

「追われて、死に掛けて、そりゃあ怖いでしょうね。その気持ちがわからないとは言いません。だから無理にとは言いません。嫌ならば嫌だと言ってもらえれば」
「俺は」
「ただ、ボク個人としては君にはボクの相棒パートナーになって欲しいと思っていますけどね」

 無邪気な、悪戯っ子のような笑顔。
 それはつい前の日に死闘を繰り広げていた人間のものとは思えなくて、思わず自分の頬が緩むのを飛鳥は自覚した。

「何言ってんだ馬鹿野郎」
「野郎じゃなくてアマですよ」

 あはは、と、朔は笑う。
 いつも通りのその笑顔に、飛鳥は自分の中の何かが軽くなったように感じて、口から言葉が流れ出す。

「……怖かったよ。すげぇ怖かった。お前が助けに来てくれて、だけど押されてて、助けなきゃって思って、でも動けなかった。俺は怖かった。お前が負けて、殺されるとか、そういうのじゃなくて、もしお前が負けたら自分がどうなるのかって思って怖かったんだ。俺はそんな、友達のために動くこともできないような臆病者だ」

 飛鳥の言葉を聞いて、自分は相応しくないと、そんな吐露を受けて、それでも朔は笑みを崩さない。

「臆病者、ですか。結構じゃないですか。勇気を振り絞って戦って死ぬよりも、臆病風に吹かれて逃げ延びた方がよほど良いですよ。少なくともボクは、友達に新で欲しくはないですよ。実際昨晩も、ボクは逃げましたしねぇ」
「俺なんかを相棒にしたって、何の役にも立たない。術式なんて使ったこともないし、運動だってちっともしてない」
「役に立たないなんてことはありませんよ。ボクのモチベーションが上がります」

 一瞬の反証に、飛鳥は気圧されるように言葉に詰まるも、続ける。

「足手まといになる」
「守るべき者がいる人間というものは強いものです」
「……なんでだよ、なんで、俺なんだよ!」

 飛鳥とて男だ。漫画やアニメの英雄ヒーローに憧れなかったわけがない。
 自分には秘めたる力が眠っていると夢想したのも一度や二度ではない。
 ただ、飛鳥にはわかった。わかってしまった。
 幻想はどこまでいっても幻想に過ぎないものであると。自分が、何の役にも立たない臆病者に過ぎないのだと。
 だからこそ、わからない。
 何故飛鳥が自分を誘うのか。ただ足手まといになるだけのはずなのに。

「それは君が、ボクの友達だからです」
「理由になってねぇよ、馬鹿、野郎……」
「だから、野郎じゃなくて、アマですって」

 そう言って、朔は口端を上げた。




 The 1st Chapter【銀の新月】 Fin.




ΦあとがきΦ
 ……なんという説明回か! 今までの中で文章量は多いように見えて地の文少ねっ! 朔が物凄い勢いでひたすらに説明を続けています。
『読者はあなたの設定を見にきているのではありません。物語を見にきているのです』なんてニュアンスのことがどこかに書いてありましたな……むぅ。以後気をつけることにしましょうか。
《術式》というものは俺の創作ですが、根本にあるのは『何でもできる』で使い方次第であらゆる創作物における超常的現象を再現することのできるように設定してあります。まぁ本当に何でもアリ。宝石剣ゼルレッチだろうとミッドチルダ式だろうと次元連結システムだろうと咒式だろうと幻想殺しだろうとマギア・エレベアだろうとトランスジェニック能力だろうと再現は可能という。実に二次創作の異世界流離系向きの設定でつ。
 説明が終わったところで第一章終了。次回、ようやく話は進みます。
 ちなみにチャプター名は今決めた!


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