2011-01-09 なれる! SEと法律〜中小企業の法律理解が浮かび上がる
■[ネタ]なれる! SEと法律〜中小企業の法律理解が浮かび上がる 
- 作者: 夏海公司,Ixy
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1.なれる!SEとは
なれる!SEとは、システム知識0で中小SIer*1のスルガシステムに就職してしまった桜坂工兵が、「この業界」によくあるデスマーチ、無茶振り、セクハラ・パワハラ、サービス残業等を経験しながら、一流のSE(システムエンジニア)に成長していく過程を描き出したものである。第三巻が最近刊行された。
デフォルメが入っていることは入っているが、作者が元SEであることもあり、根幹は実体験に基づいているから共感できる。
例えば、工兵の教育役の室見立華が、ネットワーク系については圧倒的技術を持ってるにも関わらず、大手ではなくこの中小ブラック企業のスルガシステムで働いている理由として、こう述べる*2。
大手なんて別にいいもんじゃないわよ。何をするにも手順と申請ばかりで。権限もないのに責任ばかり押し付けられる。この会社の方がマシよ。無茶振りはしても、あとは好きなようにやらせてくれるから。
「なれる!SE」第一巻239ページ
また、上長の藤崎は、大手携帯ゲーム会社が二次開発の大きな案件を一次開発を担当した大手ではなくスルガシステムに依頼した理由についてこう述べる。
大手のシステムベンダーでね。名前を言えば誰でも知っているような会社だけど。図体がでかい分レスポンスも悪くてね。お客さんの求めるスピード感についていけなかったんだ。
「なれる!SE」第二巻195ページ
思わず、「あるある」と共感してしまう記述である。 内部統制のためという名目で膨脹する業務手順と承認申請事項*3や、プロジェクトマネージャという肩書はあるから責任は負わなきゃいけないけど、細かいこともいちいち上長にかけあって承認を取らない状況*4等、大手SIerでまま見られる状況であろう*5。
これはあくまでも一例であるが*6、SE業界を知っている人にとっては、いろんなポイントで「あるある」「ないわ〜*7」とツッコミを入れて楽しめる作品である。
興味深いのは、本書から、中小企業がどのように法律を理解しているかが浮かび上がるということである。
「あ、ちなみにうちの会社年俸制なんで。今日の勤務に手当つかないけど、ごめんね」
「なれる!SE」第一巻219ページ
実際、こういう会社が少なくないので紛争が絶えないのだが、年俸性の採用と割増賃金支払義務の間に直接の関係はなく、年俸性を取っても原則として割増賃金を払わないといけない*8。
もっとも、年俸性の場合に、当該年俸には割増賃金が含まれているとの主張がされる場合も多い。この点の先例として、創栄コンサルタント事件(大阪高判平成14年11月26日労働判例849号157頁)があり、年俸300万円の中に時間外労働割増賃金が含まれるとされたが、具体的にどの部分が基本給で、どこが割増賃金相当部分か明確に定まっていない事案であった。大阪高裁は、年俸に含まれる割増賃金部分が結果的に法定の割増賃金以上といえるなら、個別に割増賃金を支払わなくとも違法ではないが、本件では、どの部分が基本給で、どこが割増賃金相当部分かが明確に定まっていないので、結局年俸に含まれる割増賃金部分が結果的に法定の割増賃金以上とはいえず、割増賃金を支払うべきとした。
スルガシステムでも、原則として割増賃金は支払わなくてはならない。年俸のうちの基本給と割増賃金相当額が区別され、更に工兵の長期間の超過労働、深夜労働、休日労働の割増分を加えた額が、当初の年俸内の割増賃金相当部分を下回るといった、奇跡的な場合以外は、休日労働についての割増賃金を支払わなければ違法ということになる*9。なお、割増賃金支払義務が免除される場合、例えば、管理監督者(労基法41条)であれば、休日出勤でも、深夜業に渡らない限り*10割増賃金支払義務を回避できるが、明らかに工兵は管理監督者には該当しない*11。
(2)二週間以内なら解雇は自由か?
更に興味深いのは、立華の、
「確か二週間以内なら、試用期間中でも首にできるんですよね?」
「なれる!SE」第一巻75ページ
という発言である。*12二週間で即戦力にならなかったら首という考え自体が労基法的の発想から解離しているが、インターネット界隈でそういう記述がまま見られる。
結論から言えば、2週間経過の前後を問わず、首にしたければ、解雇の合理的な理由が必要である。
ただし、試用期間については、労働者の不適格性を確かめ、不適格な場合に解約をできるという特別の条件がついていると解されている(解約権留保付労働契約説)。そこで、通常は解雇できない場合であっても、試用期間中であれば、不適格性を理由とした解雇ができるという意味で、解雇がし易くなることは間違いない。もっとも、その時点で能力が不足していても今後の教育・指導で矯正可能であれば、解雇が許されない等、その時点で戦力になっていなくとも、「不適格」と言えるとは限らないことが重要である*13。
本件では、スルガシステムは、かもめさん作成の「未経験者でも大丈夫です」という広告を打った上で、面接により工兵がメールとインターネット、卒論用のワープロくらいしか使えない人と分かった上で、今後の教育指導を前提に採用したものと優に認められる*14。そこで、試用期間といっても専門知識やスキルがないことを理由に「不適格」として工兵を解雇することは許されない。
なお、労基法21条は、「試用期間でかつ勤務開始後二週間以内なら、解雇予告したり、解雇予告手当を支給する必要はない。」と規定する(労基法21条第4号)。これは要するに、通常は解雇の理由があっても三十日の予告期間を置くか、予告手当を払う必要があるが、最初の二週間で解雇する理由が認められた場合に、更に三十日間も働かせる必要はないということに過ぎない。二週間経過前でも、解雇が認められるだけの理由(試用期間中は不適格性を含む)がなければ解雇できないのは同じなのである*15。
まとめ
*1:第二巻末の「豆知識」の説明を使えば、「様々なハードウェアやサービス、パッケージをひとつに組み上げて一つのシステムに組み上げて提供する業者」
*2:「コミュニケーションスキルゼロの立華を雇ってくれるのはスルガシステムだけだったんでないの?」というツッコミは入れないでおきましょう
*3:そういう会社に限って客にはBPRによるシンプルな業務手順を提案してたりするという法則があったりなかったり…
*4:そういうとこでは、なぜかお互いに課長とか、部長代理とかの肩書きで呼び合うことが多いという法則があったりなかったり…
*5:あ、もちろん、個別の会社を想定した記述ではございません。
*6:大手でも、効率的に内部統制を利かせることで申請関係の縛りが最小限に抑えられ、振った仕事をかなり好きなようにやらせてくれる会社も全くない訳ではないだろう。
*7:「梢さんといちゃいちゃ、立華の仕草にドキドキなんてリア充のSEなんて1パーセントもおらんだろ」等
*9:なお、割増賃金と通常労働時間対応分を区分していない場合において、外資系投資銀行業界の慣行や、毎月183万という極めて高額の給与等に照らし、例外的に時間外賃金が基本給に含まれている等と判断したモルガン・スタンレー・ジャパン判決(東京地判平成17年10月19日判例タイムズ2000号196頁)はあるが、これは極めて例外的事案についてのもので、IT業界では通常あれはまらないだろう
*10:最判平成21年12月18日判例タイムズ1316号129頁、平成11年3月31日基発168号等参照。
*11:事例判断だが、一審二審ともプロジェクトリーダー職の原告が管理監督者に該当しないとした東京高判平成21年12月25日労働判例998号5頁、東京地判平成21年3月9日労働判例981号21頁
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