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2011年1月8日(土)付

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イレッサ訴訟―和解に向け、協議進めよ

悲惨な被害を再び発生させることのないよう医薬品の安全性・有効性の確保に最善の努力を重ねていく――。薬害エイズ事件の後、厚生労働省の敷地内に建てられた薬害根絶の「誓いの碑[記事全文]

孤族の国の福祉―個人支える制度と社会に

家族と社会のかたちが変化の波に洗われている。それに合わせて社会保障のかたちも変わらなければ、安心はとても得られない。昨秋に実施された国勢調査の速報値が、都道府県ごとに公[記事全文]

イレッサ訴訟―和解に向け、協議進めよ

 悲惨な被害を再び発生させることのないよう医薬品の安全性・有効性の確保に最善の努力を重ねていく――。

 薬害エイズ事件の後、厚生労働省の敷地内に建てられた薬害根絶の「誓いの碑」の一節だ。その反省はどこまで生かされているだろうか。

 建立から3年後の2002年夏、肺がん治療薬イレッサは世界に先駆けて日本で承認された。その薬を飲んだ患者や遺族が副作用の被害を訴えた裁判で、大阪、東京両地裁が和解を勧告した。患者側が明らかにした裁判所の所見の骨子は、製薬企業と国の責任を明確に認める内容になっている。

 関係者はこれに応じ、直ちに話し合いのテーブルにつくべきだ。

 原告は4家族15人だが、副作用による死者はこれまでに800人を超す。使った時期によって企業や国の責任の度合いも微妙に異なる。手間と時間がかかる裁判手続きで、早期に公平かつ全面的な解決を図るのはおのずと限界がある。これまでの薬害と同じく和解の道をとるのが賢明な選択だ。

 薬に副作用はつきものだ。だがイレッサの場合、死者の数は他の抗がん剤と比べても極端に多い。発売から2年半後に使用方法が制限されると、被害は急速に減った。製造から承認、医療現場への周知、市販後の追跡と監視。それぞれの局面で省みるべき点があったのは疑いない。

 大阪地裁は、イレッサの添付文書に副作用のことがしっかり書かれていなかった問題を指摘するとともに、「重い副作用のない抗がん剤」として患者らの期待を高めた企業の姿勢に言及した。裁判では直接争われていないが、イレッサをめぐっては専門でない医師が大量に処方したことが被害の拡大をもたらしたとも言われている。

 患者や遺族一人ひとりの救済はもちろんだが、薬害を生んだこうした様々な原因の解明とその改善こそ、国民が期待する最も重要なことだ。

 和解を成立させ、一連の経緯を徹底的に検証する。それは、現にイレッサを使用し、効果を上げている患者たちの不安をぬぐうことにもつながる。

 薬害肝炎を機に厚労省に置かれた検証委員会は昨年、医薬品行政の見直しや企業のあり方について提言をまとめた。内容は多岐にわたるが、それらを貫くのは生命・健康の尊重であり、被害の予防を何よりも優先させて迅速に対策を講じなければならないという、至極当然の考えである。

 よく効く半面、使い方を誤れば副作用も強い。そんな新しい抗がん剤はこれからも登場するはずだ。がん治療薬を対象外としている現在の健康被害救済制度や、専門医の養成についても検討を深める。提言の精神を生かした真摯(しんし)できめ細かな対応こそ、多くの被害者に対するせめてもの報いである。

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孤族の国の福祉―個人支える制度と社会に

 家族と社会のかたちが変化の波に洗われている。それに合わせて社会保障のかたちも変わらなければ、安心はとても得られない。

 昨秋に実施された国勢調査の速報値が、都道府県ごとに公表され始めた。目立つのは、世帯数の上昇だ。人口が減り続ける中で、一人暮らしが増えている現実を映し出す。

 単身世帯の数が、夫婦と子どもがいる世帯の数を上回って最も多い世帯類型になる――そんな見通しが専門家の間で有力になった。

 配偶者と死別した高齢者の一人暮らしが増えていることは、これまでも指摘されてきた。新たな変化は、50〜60代の男性単身世帯の増加である。

 原因の一つは、未婚者の増加だ。すでに、50歳男性の6人に1人は一度も結婚をしたことがない。20年後には3人に1人が未婚者になる見通しだ。

 社会全体をみれば昔よりずっと豊かになり、ライフスタイルの自由度が増した。一人で生きることも、個人の価値観に基づいた選択肢としては尊重されなければならない。

 だが、正社員になかなかなれないため安定した収入が見込めず、結婚へと踏み切れないまま独り身を余儀なくされている若者が増えているのも現実だ。単身世帯はますます増え続けると予想される。

 単身世帯は、失業や事故、病気などで生活の糧を失えばたちまち貧困に陥り、社会から孤立しがちだ。

 日本の社会保障、税制や教育支援など公的制度は、「働く夫と専業主婦と子ども」からなる「標準世帯」をモデルに設計されてきた。だが、2030年には、単身世帯が全世帯の4割を占め、こちらが標準になる。

 単身世帯ならずとも、家族に看病や介護を委ねることはそろそろ限界だ。女性が外で働く必要性は、今後ますます強まるだろう。同居する家族がいたとしても、「日中は担い手不在」になる確率は高まる。

 社会保障は、もっと個人に焦点を当てた制度へかじを切らざるをえない。

 専業主婦優遇となっている現行の年金保険料の制度や、一人暮らしに対応しきれていない介護保険サービスなどが見直しの対象となる。

 高齢者医療制度も、個人化の視点から再考すべき点は多い。所得税の配偶者控除の是非についても、財源確保にとどまらない議論を期待したい。

 個人をしっかり支えるための制度作りは、同時に地域社会の再建に向けた取り組みの強化も必要とする。

 個人重視というと、ややもすれば「家族軽視」ととられがちで、価値観をめぐる対立に陥りやすい。だが、死別や離別で誰もが「孤族」になる時代を迎えている。現実を共有し、対策を実行に移すときだ。

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