きょうの社説 2011年1月8日

◎「武士の家計簿」ヒット 「サムライ」を生かせばどうか
 映画「武士の家計簿」の観客動員数が全国で105万人を超え、刀ではなく、そろばん を手に激動の時代を生き抜いた下級武士の物語が共感を広げている。加賀藩の財政を担った「御算用者(ごさんようもの)」もまた藩政期のサムライであり、時代劇といえばチャンバラのイメージが定着するなかで「そろばん侍」の実直な生き方が新鮮な感動を呼び起こしたのだろう。

 「百万石」や「城下町」という代名詞で語られる金沢だが、映画で気づかされるのは、 「サムライ」という言葉も金沢の魅力発信の切り口になるという点である。とりわけ、日本に「サムライの国」のイメージを膨らませる外国人の誘客には効果的である。

 旅行関係者によると、「松本・高山・金沢・白川郷誘客協議会」がPRする高山経由で 金沢に入る観光ルートは、欧州の旅行会社の一部で「サムライ・ルート」と名付けられている。金沢を訪れる欧米観光客も、長町武家屋敷を「サムライ・ハウス」と言ったりする。世界共通語である「サムライ」は外国人を引きつける力があり、この言葉を金沢の魅力発信に生かさぬ手はない。

 全国では「武士(もののふ)の郷(さと)」を掲げる会津若松市が昨年「SAMURA I CITY」という名称を商標登録した。これを機に、まちなかサムライ演出事業として甲冑姿のガイドが観光案内し、記念撮影にも応じている。甲冑姿の案内はともかく、行政が「サムライ」という言葉の価値に気づき、あの手この手で地域を発信する姿は参考になる。

 「武士の家計簿」の原作者、磯田道史氏は映画化について「チャンバラが出てこないか らこそ、当時の人々の本質が描ける」と語っている。確かに江戸時代は武士が刀を抜くことは滅多になく、武家社会は死と隣り合わせというイメージではなかった。

 磯田氏が猪山家の古文書を発見したのがきっかけで加賀藩のサムライ像が鮮やかに浮か び上がったわけだが、魅力的な物語はまだまだ足元に埋もれているだろう。紋切り型のサムライ像にとらわれることなく、映画を弾みに、この地域から多彩なサムライ群像やサムライ文化を発信していきたい。

◎日米防衛協力の強化 口約束だけが先走る不安
 前原誠司外相とクリントン国務長官による日米外相会談は、東アジアの安全保障環境の 変化に応じ、防衛協力を強化する日米両政府の意思を一段と明確に示した点で意義がある。

 会談のポイントは、日米の新たな「共通戦略目標」を策定し、日本有事および周辺事態 に備えて、自衛隊と米軍の協力を円滑に行うための協議を加速させる方針で一致したことである。

 気掛かりなことは、日本側の対応である。菅直人首相は鳩山政権下の外交・安保路線を 修正し、日米同盟の深化を強調しているが、日米安保の在り方については、前原外相や小沢一郎元代表ら党内有力者の考え方に差異があり、外相会談の合意を日本の国家意思として確実に遂行できるのかどうか不安がぬぐえないからである。

 普天間飛行場移設問題を解決する道筋が全く見えないなか、外相会談の口約束だけが先 走り、内実が伴わないといったことにならないよう、菅首相は腹を据えて取り組んでもらいたい。

 安全保障分野での日米協力の指針となる現行の共通戦略目標は2005年に策定された 。北朝鮮の核・ミサイル問題や台湾海峡での中台有事などに連携して対応することを明記しているが、北朝鮮の韓国砲撃で緊張が高まる朝鮮半島情勢や、南・東シナ海での中国の軍事的膨張に対応して、戦略目標を見直すのは当然であろう。

 朝鮮半島危機が、日本の安全を脅かす周辺事態につながる場合の備えも怠ってはならな い。周辺事態の際の日米協力を強化するとなれば、例えば、米軍に対する自衛隊の後方支援の在り方を考え直す必要もあると思われる。

 政府の新安保・防衛力懇談会は昨年提出した報告書で、武器・弾薬を提供できない現在 の後方支援の内容を見直すことを提言している。「現実的かつ能動的な協力」を行うためには避けて通れないテーマであるが、民主党内の安保戦略がまだ確立されていない上、国会運営で協力を得たい社民党などへの配慮から、そうした議論が期待できそうにないのは、歯がゆいことである。