頭もお腹も一杯になった韓国平和ツアー
8月29日、日本が「韓国併合」し朝鮮半島の植民地支配が始まって、丁度100年の節目の日にあたります。韓国では、この日を「国恥の日」と呼んでいます。この日に、少し緊張感を持って酷暑の大阪・関空を飛び立った「憲法0条の会・西区」韓国平和ツアーのメンバーは10人でした。
小雨降る仁川空港に到着。早速予定を変更して、天安の独立記念館に向けて、高速道路を疾走。高速道路は4車線で広く、よく整備されている印象を受けました。右側通行でした。
独立記念館はスケールが大きい。「同胞の家」は、サッカー場ほどの大きさで高さが45mとばかでかい瓦葺の家。展示館は、1号館から7号館まであり、韓国の歴史を見ることができます。蝋人形は動き、リアルに展示されています。5号館まで見学したところでタイムオーバーとなりました。
2日目は、朝鮮王朝を代表する最高の宮殿といわれている景福宮を見学。景福宮は、「万年も輝く大きな福を示す宮殿」という意味だそうです。
正門の光化門は、この8月15日に復元されたばかりのピカピカで天井の絵も真新しく素晴らしい。さっそく、全員集合でハイ・チーズ。
興礼門前で、古式豊かな、太鼓の合図で行われる守門将交代式を見ることもできました。景福宮は広く、一つ一つ見て回るのも大変。やっと、福武門を出ると正面には大統領府・青瓦台が護衛に守られてデ゙―ンとそびえ立っていました。
午後は、3・1独立運動の発祥の地として知られるタプコル公園に。老人の憩いの場でもあるのかあちこちに三々五々集まっています。園内には、日本軍の官憲に抵抗する民衆の姿が描かれたレリーフが12枚も展示されており、ひとつひとつがとても迫力がありました。
歩き疲れたのか、年のせいか休憩がほしくなりガイドさんのおすすめで「足裏マッサージ」でリフレッシュ。元気を取り戻した一行は南大門市場へ向かいました。丁度お店をセットするところでエネルギッシュに繰り広げられており、危ない危ないという場面にも遭遇。南大門は消失しており現在は復元中でした。
海鮮鍋でスタミナをつけて、漢江遊覧へ。橋からの一斉噴水はライトアップもされており、波も打ち、色も鮮やかで意気なお迎えでした。
3日目は、日本軍「慰安婦」歴史館「ナヌムの家」を見学。アジア・太平洋戦争のとき、日本軍は進出先に「慰安所」を作りました。朝鮮女性をはじめ多くの女性たちが騙されて「慰安婦」という性暴力被害を受けました。日本軍「慰安婦」被害を訴えてきたハルモニが「ナヌムの家」に住んでおり、歴史館もあります。ボランティアの女子大学生がガイドをしてくれました。説明は要領を得ており、迫力をもって語ってくれて感銘を受けました。日本軍「慰安婦」という名称もいろいろと討論の上にできたと聞きました。また、ハルモニとも面会することができ「慰安婦」問題を肌で感ずることができました。
午後は、西大門刑務所歴史館に向かいました。植民地時代に拷問、裁判、収監、死刑など日本の官憲が悪の限りを尽くしたところであり、あまり見たくない歴史館です。歴史展示館は、今修復中でした。丁度「巨大な監獄、植民地に生きる」特別展を開催中で、ボランティアガイドさんの日本語説明を受けました。西大門刑務所は日本の網走刑務所に似ているといわれています。死刑場の建物を案内されたとき、先日東京拘置所の死刑現場が公開されていましたが規模は小さいけれどもそっくりであったのには驚きました。こんな施設は、もう二度と機能してほしくないと思った刑務所でした。
プデチゲ、骨付きカルビ、冷麺、チチ“ミ、海鮮鍋、石焼きビビンバと韓国料理を満喫。見るからにからそうで赤い。ビールなしではとても食べられそうにない代物です。ビールの味はいま一つでしたが、マッコリはまずまずの味でした。
韓国料理はボリュームたっぷりでしたが、見学も韓国の歴史に詳しいガイドさんでボリュームたっぷりでした。お腹も頭も一杯になった韓国平和ツアーでした。
8月29日、日本が「韓国併合」し朝鮮半島の植民地支配が始まって、丁度100年の節目の日にあたります。韓国では、この日を「国恥の日」と呼んでいます。この日に、少し緊張感を持って酷暑の大阪・関空を飛び立った「憲法0条の会・西区」韓国平和ツアーのメンバーは10人でした。
小雨降る仁川空港に到着。早速予定を変更して、天安の独立記念館に向けて、高速道路を疾走。高速道路は4車線で広く、よく整備されている印象を受けました。右側通行でした。
独立記念館はスケールが大きい。「同胞の家」は、サッカー場ほどの大きさで高さが45mとばかでかい瓦葺の家。展示館は、1号館から7号館まであり、韓国の歴史を見ることができます。蝋人形は動き、リアルに展示されています。5号館まで見学したところでタイムオーバーとなりました。
2日目は、朝鮮王朝を代表する最高の宮殿といわれている景福宮を見学。景福宮は、「万年も輝く大きな福を示す宮殿」という意味だそうです。
正門の光化門は、この8月15日に復元されたばかりのピカピカで天井の絵も真新しく素晴らしい。さっそく、全員集合でハイ・チーズ。
興礼門前で、古式豊かな、太鼓の合図で行われる守門将交代式を見ることもできました。景福宮は広く、一つ一つ見て回るのも大変。やっと、福武門を出ると正面には大統領府・青瓦台が護衛に守られてデ゙―ンとそびえ立っていました。
午後は、3・1独立運動の発祥の地として知られるタプコル公園に。老人の憩いの場でもあるのかあちこちに三々五々集まっています。園内には、日本軍の官憲に抵抗する民衆の姿が描かれたレリーフが12枚も展示されており、ひとつひとつがとても迫力がありました。
歩き疲れたのか、年のせいか休憩がほしくなりガイドさんのおすすめで「足裏マッサージ」でリフレッシュ。元気を取り戻した一行は南大門市場へ向かいました。丁度お店をセットするところでエネルギッシュに繰り広げられており、危ない危ないという場面にも遭遇。南大門は消失しており現在は復元中でした。
海鮮鍋でスタミナをつけて、漢江遊覧へ。橋からの一斉噴水はライトアップもされており、波も打ち、色も鮮やかで意気なお迎えでした。
3日目は、日本軍「慰安婦」歴史館「ナヌムの家」を見学。アジア・太平洋戦争のとき、日本軍は進出先に「慰安所」を作りました。朝鮮女性をはじめ多くの女性たちが騙されて「慰安婦」という性暴力被害を受けました。日本軍「慰安婦」被害を訴えてきたハルモニが「ナヌムの家」に住んでおり、歴史館もあります。ボランティアの女子大学生がガイドをしてくれました。説明は要領を得ており、迫力をもって語ってくれて感銘を受けました。日本軍「慰安婦」という名称もいろいろと討論の上にできたと聞きました。また、ハルモニとも面会することができ「慰安婦」問題を肌で感ずることができました。
午後は、西大門刑務所歴史館に向かいました。植民地時代に拷問、裁判、収監、死刑など日本の官憲が悪の限りを尽くしたところであり、あまり見たくない歴史館です。歴史展示館は、今修復中でした。丁度「巨大な監獄、植民地に生きる」特別展を開催中で、ボランティアガイドさんの日本語説明を受けました。西大門刑務所は日本の網走刑務所に似ているといわれています。死刑場の建物を案内されたとき、先日東京拘置所の死刑現場が公開されていましたが規模は小さいけれどもそっくりであったのには驚きました。こんな施設は、もう二度と機能してほしくないと思った刑務所でした。
プデチゲ、骨付きカルビ、冷麺、チチ“ミ、海鮮鍋、石焼きビビンバと韓国料理を満喫。見るからにからそうで赤い。ビールなしではとても食べられそうにない代物です。ビールの味はいま一つでしたが、マッコリはまずまずの味でした。
韓国料理はボリュームたっぷりでしたが、見学も韓国の歴史に詳しいガイドさんでボリュームたっぷりでした。お腹も頭も一杯になった韓国平和ツアーでした。