皆さん、はじめまして。そうでない方はこんにちは。オリジナル板で活動させていただいているぢるぢると言うものです。同タイトルのものをチラシの裏に投稿させていただいていたのですが、私の操作ミスでチラシの裏検索に引っかからない?というか、投稿が反映されていない状態になってしまったので一度削除させていただき、再投稿という形をとらせていただきました。たぶん削除されているかと思いますが、もし二重投稿になっていた場合には御手数なのですが、報告をして頂ければ幸いです。そして、削除という形をとってしまい感想を残してくださったASK◆aed85290様、大変申し訳ございません。また見つけて読んで頂けるなら、とても嬉しく思います。
ガサ、ガサ…… 闇に包まれた獣道ですらない道を進む。奇妙な造形の木々があちらこちらに存在する異様な空間を、ただ、ひたすら前に…… その日、親友であった人物が失踪した。 彼女は、喫茶店のオーナーをしていた。物珍しさがあったのだろう、開店当初はそこそこの人が利用していた。しかし、次第に飽きられていったのか、ここ最近は閑古鳥が鳴くありさまであった。 馴染みの客もつかず、経営不振に陥った店に出資してくれる銀行などあるはずもない。仕方なく彼女は、次第に怪しげな金融機関にお金を借りていた……らしい。 そんな事とは露知らず、彼女は私に新店舗を出したいから、銀行から融資を受ける為に保証人になってくれと言ってきた。その時、しっかりと確認しておけばよかった。彼女を盲目に信用していた私が愚かであった。差し出された書類にサインをして、顔をあげた時に見た彼女の笑顔は、今までに見た事がないほどにゆがんでいたのだから…… ドンドンドンドンドンッ!!! ピンポンピンポンピンポン!!! 今日もその音で目が覚めた。「希美子さーん、鮫島希美子さーん。お金返して下さ〜い。」「人様からお金を借りているくせに、返せないんですかー?」 うるさい、私が借りたお金じゃないだろう!!! 内心、そうごちた。だが、そんなことを言っても取立て屋には通用しない。彼らはただ、貸した金が回収できさえすればいいのだ。そこには、借りた本人かどうかなど微塵も関係がないのだから。 寝ぼけ眼から段々覚醒していった瞳からは、伽藍堂になった部屋が映し出された。我ながら、到底年頃の娘の部屋とは思えないほど物がなかった。 売れる物は全て処分した。欲しいと思った物も、全て我慢した。切り詰めて切り詰めて、月々の給料の大部分を返済に回した。だが、それすらも膨大になった借金の利子にしかならなかった。 これ以上私にどうしろというのだろうか。頼める親、兄弟なんてこの世にない。そして、親友だった人物は私に負債を押し付けて雲隠れ。今あるのはこの体と、最低限必要な生活用品だけである。 そろそろ、彼らの対応をしよう。 携帯の時計を見ると、午前7時を回り9分を指していた。毎朝毎朝、こんなに早くから怒鳴り散らされてはご近所に迷惑がかかる。いや、もう今更か。すでにアパートの大家さんからは、これ以上騒ぎがあれば賃貸契約を解除するとの告知を受けている。 寝癖すら直さずに、玄関に向かうのであった。「はい……ですから、今、本当にお金が無いんです」「おいおい、だからって返さなくていい通りにはならんだろう?」「けど、ないものは返せな……」 ガンッ!!!「黙れ!!お前はきっちり耳を揃えて借りたもん返せばいいんだよ!!」 壁を殴りつける音と、声を荒らげる男の勢いに出かかった言葉を呑み込むしかなかった。「お願いします!!どうか、どうかあと、あと6日だけ、6日だけ待ってください!!」「随分とまぁそっちに都合のいい事ばっかり言うな。こっちだって慈善事業でやってるわけではないんだ、わかるか?」 「それに、」そう言うと男の目が変わった。「お嬢さんは若いし、それにそこそこの美人だ。稼ぎ方は他にもあるんじゃないのか……なぁ?」 背筋が寒くなる。ニヤニヤと嫌らしく笑う男の顔に恐怖した。「それは……体を売れ、という事でしょうか。」「おや、貴女がそう決めたのであれば、その手のお店には伝があるので紹介するが?」 わかっている癖に…… 白々しく提案してくる男を苦々しく思う。だが、ここで反論したところで私には何ができると言うのだろうか。 「なら、今日のところは事務所に戻るわ。明日お店を紹介してあげよう。」 俯くしかできない私の様子を、この話を受け入れたと思ったのだろうか、恩着せがましくそう言うと、男は玄関へ向かう。「店に勤めたら、祝いに初めての客になってやるよ。」 ゲラゲラと笑いながら出て行く男を、ただ見つめる事しかできなかった。 バタンッと閉まる扉の音で、耐えられなかったのだろう、私の体は崩れ落ちた。「ヒッグ……ッング、どうして、どうして私だけ……どうしてよ!!!」 ガンガンガン、床に叩きつけられる両手の痛みなど感じられない。「どうして、どうしてどうしてどうして……どうしてこんな事になったのよ……ねぇどうして!!!」 その叫びに答えてくれる者などいるわけが無い。「何でよ!!なんで私がこんな目に会わなくちゃならないのよ!!私がいつ彼奴らにお金を借りたって言うの!?どうして私が買いたいものも買わず、我慢しなければならないの!?私だって、可愛い服が欲しい!!美味しいものだって食べたい!!友達と、街でウィンドウショッピングをして、流行ってる歌の話をしたい!!なのに、なのになのになのに、どうして!!??」 心からの叫びであった。 わんわん泣いた。 泣き叫んだ為か、落ち着きを取り戻してきた。気がついた時、12時の時報が鳴り響いていた。「お腹、空いたなぁ……」 朝御飯も食べていない為、お腹は悲鳴をあげていた。 こんなに時にもお腹が減るなんて……少し、可笑しくて笑いが込み上げてきた。「ハハハハハ……」 乾いた声が何もない部屋に虚しく響いた。 あと、一日か…… 私に残された時間は残り一日。いや、すでに24時間を切った。あと十数時間のうちに、再びあの男がやってくだろう。 気が変わった。そう言ったところでこの話が流れる事はないだろう。そして、無理やりにでも連れられていく。きっと、そうなるはずだ。 いっそ、逃げてしまおうか…… ふと、そんな考えが浮かんできた。 どうせこれ以上進んでも地獄しかない。ならば、守るべきものが無い私が居なくなったところで困るのはあの男くらいだ。第一、なぜ私がした借金じゃないのにこうも苦しい目に遭わなければならないのか。 そうと決まれば善は急げ。幸い、私物はほとんどない。準備にそれ程時間もかからないはずだ。 勢いよく立ち上がると、押入れ深くにある筈の旅行カバンを探すのであった。「結構、荷物あるわね。」 数日分の着替えと多少の小物。それと写真を入れただけなのに、大きめの鞄ははち切れんばかりに膨らんでいた。これでも減らせるだけ減らした。運ぶ事だけで一苦労しそうだが、しかたがない。「よいしょっと。」 パンパンになった鞄を持ち上げ、玄関へ向かう。最後に振り返り、今まで過ごしてきた部屋を見渡した。 残していく物は、卓袱台と本棚にしていた空のカラーボックス。そして嘗て我が家で唯一の娯楽であったテレビを乗せていた台くらいか。 思い出の詰まった物は全てお金に変わってしまった。母が使っていた嫁入り道具の化粧台も、父が大切にしていた古伊万里の大皿も……「さようなら……」 一言だけ呟いて、もう振り返ることはなかった。 ガタンゴトン……ガタンゴトン…… 最寄りの駅から電車に乗り込み、様々な駅で乗り換えをしながらあてもない旅へと出発した。途中彼奴らが見張っていないか心配になった、がどうやら杞憂だったようだ。ざまぁみろ、これで私は自由だ。今まで苦しめてきた奴らに、少し復讐できた気がして気分が良くなった。 さて、もう脅される事がなくなったのはいいが、これから先どうしようか。何せ目的地すら決まっていないのだ。さらに困った事に、切符を買ったおかげでお財布の中身はすっからかんになってしまった。あとは硬貨が数枚あるくらいか。 あーあ、あと6日あれば給料日だったのになぁ……あ、店長にバイトやめますって連絡してないや…… どうしてこうもタイミングが悪いんだろう。逃亡初日から、もう明日のご飯にも困るありさまだ。こんな事ならバイト先に今まで働いた分の給料を貰ってくればよかった。 悔やんだところで、後の祭りだ。やめやめ、これ以上考えても解決策なんてでてこない。そう言えば、何処へ向かう電車なんだっけ。 ふと、電車の中を見渡し路線図を探す。 見つけた。 此処からでは見難かったため、近くまで歩み寄る。「あ……」 思わず言葉が漏れてしまった。行き先も判らずに飛び乗った電車ではあった。どうせ行くあての無い身だし、何処へ行っても構わない。しかし、そこに書かれていた地名には見覚えがあった。「洞巌ケ原……」 幼い頃の思い出が蘇る。 昔、まだ家族がいた頃は毎年、夏になるとそこへキャンプへ行っていた。そこには、バンガローはもちろん、バーベキューハウスや森の中に張り巡らされたハイキングコースなども整備されており、行楽シーズンとなると人で溢れかえっていた。 近くには湖もあり、父は普段しないくせに大きな顔をして釣りが何たるかを語りながら釣れもしない針を垂らした。私と母はアヒルのボートに乗ったりして楽しんだものだ。 行きたいな…… 懐かしさの余り、目が熱くなってくる。もう、考えるまでも無かった。
ブロロロロー…… まだ、目的地までは2つ程前の停留所でバスを降りた。仕方がない、なんせもう財布の中身は本当にスッカラカンになってしまったのだ。だが後悔は無い。時間だけはたっぷりあるのだ。観光がてら歩いて行く事にしよう。 キャリーケースで本当によかった。そうで無ければ、こんな距離を歩く事すら躊躇われただろう。ゆっくりと休み休み行っても夕暮れまでには着くだろうか。今日の宿は着いてから考えればいい。のんきにそう思いながら歩き出した。 季節はそろそろ秋も半ばに差し掛かり、あたり一面に広がる広葉樹たちは冬支度を始めて色とりどりに葉を染めている。舗装された道路沿いに広がる光景だけを見るために、此処を通りがかるだけでも十分な見応えだ。しかし悲しいかな。先程から歩いている人物は私だけしかいなかった。いや、先程降りたバス以外に通りがかる車さえ見る事は無かった。 急に隔絶された空間に放り込まれたからか、少し怖くなった。たかだか数キロの道程がこんなにも長いものだったのか。 自然と歩くペースが上がっていった。 少し、見通しが甘かった…… 秋の日は釣瓶落とし。このことわざが指し示す様に、夏至を迎え、秋も半ばにはいると日が落ちるのも早い。日暮れまでには湖付近に到着するものとばかり思っていたが、まだ一つ目の停留所を過ぎただけであった。今だに目的地のそれは見えてこない。しかし無情にも、日はすでに山の影に隠れ、あたりはすっかり黄昏ている。 少し、寒くなってきたな…… 先程までは軽く走っていたためか体は火照っていた。だが、少し休憩したのがいけなかった。日が落ちたからか、あたりは急に寒さが強くなってきた気がした。さらに、汗をかいていたのかどんどん熱を奪われていく。 仕方がない。一度歩くことをやめ、立ち止まった。たしか去年買ったコートを詰め込んだはずだ。取り出しやすい位置にあるといいのだが…… そんな願いとは裏腹に、目的の物はケースの奥深くにあって簡単には取り出せなかった。ただでさえ寒さで震えているのに、これ以上冷えては堪らない。やっとの思いでコートを取り出すことができた。 そう言えば、これが自分で買った最後の物だな……これを買った二週間後、あの書類に印を押してしまったっけ。 ギュッと手に入る力が強くなる。 そのまま時間がすぎていった。 脳裏には様々な事が思い出される。そろそろ一年になるのか…… 元々借金はそれ程多くはなかった。いや、頑張ればそう遠くないうちに清算できたはずだ。精々三千万くらいだったか。その頃の私は、身に覚えのない借金に戸惑い困惑した。なんせいきなり強面の男達が押し寄せてきたのだ。驚かない方がおかしい。 強引に家へと入り込まれ、あまりの展開の早さに警察を呼ぶ暇さえなかった。そこで彼等から親友が失踪したことを知らされた。そして何時の間にか連帯保証人になっていたも突きつけられたのだ。 その時の私の顔は、見事に唖然として間髪いれず真っ青になっていただろう。信頼している友の突然の裏切り……そして納得いかない突如として押し付けられた三千万の借金。そのときの彼等の話は全く覚えていない。と言うより、それから一週間はどう過ごしていたのか全くわからない。気がついたら私が覚えている暦から、1週間経っていた。 ブルッ 体が寒さで震える事で、現実へと戻された。こうしているうちにもどんどん体温は奪われる。 胸に抱きしめていたコートをいそいそと着込むのであった。