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[21050] 【ネタ】DQ5ハーレム伝説(仮)(DQ5 オリ設定 原作魔改造 R15?)
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/14 22:18
このSSのほとんどは筆者の悪ノリと、微妙に割り切れなかったノリで出来ています。

原作の青年期、大神殿を脱出した後からの分岐と言う形にしていますが、このSSの内容的にヘンリーが邪魔だったから以上の理由はありません。

DQ5の主人公は小説版でリュカと名づけられているのですが、このSSでリュカの名を汚してしまうことに耐え切れなくて、アベルと言う名前にしました。(DQ5の小説は今でも心の名作)
アベルの名前には深い意味はありません。

一応、R15にしましたが、それほど過激なシーンはありません。つけなくても構わないレベルと思いましたが、念のためにつけただけですので。

設定に関しては、キャラクターが増えればその都度更新していきます。

筆者自身、この設定にデジャブを感じているので、もしかしたらどこかで似たような展開のSSがあるかもしれません。…ハーレムものではよくある発想だとは思うのですが…

好き勝手に改変しまくってますので、それを承知の上でお読みいただければ幸いです。


では。



[21050] 1
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/12 07:44


「う……」
 眠りの淵から意識が緩やかに浮上し、瞼の奥に薄い光が入り込んでくる。
 あまりの眩しさに一度強く目をつぶり、それからゆっくりと瞼を開けた。
「……どこだ?」
 細めた目の先にあるのは見知らぬ天井。見慣れた薄汚れた石造りの壁ではない。
(この柔らかい感触は……なんだろう?)
 首だけ動かしてみると、視界に白いシーツが飛び込んでくる。どうやらベッドで寝かされているようだ。
(そうか……布団の感触か……柔らかい寝床なんていつ以来だろう……?)
 そう、確か最後にベッドで寝たのは、まだ自分が幼い子供で父の後に付いていた頃…
 ぼんやりと思い出し、そこで急速に意識が浮上した。そうだ、俺はヘンリーとマリアさんと供に大神殿から脱出して…
「っ!ヘンリー……うっ……」
 慌てて上体を起こそうとして、途端意識が薄らいで再び布団の上に倒れた。
 体の自由が利かない。大きな怪我は負っていないようだが、全身が鉛のように重くなっている。
(…なんて有様だ…)
 内心でぼやきつつ、今度は無理をせずにゆっくりと上体を起こす。ただこれだけの作業なのにやけに時間がかかった。
「ふぅ…」
 一息ついて、改めて部屋の中を見回す。
 ベッドに窓に机にタンス。飾り気はほとんど無い非常にシンプルな部屋だ。
「どうして、俺はこんなところに……」
 一緒に脱出した筈のヘンリーは?マリアさんは?ここは一体どこなんだ?俺はどうしてここにいるんだ?
 いくつもの疑問が脳裏を通り過ぎていく……自分の身に関しては、きっと誰かが助けてくれたんだろう。純粋な善意か、それとも何か別の思惑があってかは知らないが……となれば、助けてくれた誰かが近くの居ると思うのだが。
「こうしていても仕方が無い、か」
 嘆息して、慎重にゆっくりとベッドから降りる。正直、布団の柔らかい感触が名残惜しかったが、そんな事を言っている余裕はない。
 立ち上がってから、手を握ったり足を動かしたりして全身の様子を確認する。まだ気だるい感じはするが、それでも問題はなさそうだ。起きたときに感じた気だるさは、長時間昏睡していたのが原因かもしれない。
 とりあえず部屋を出ようとしてドアノブに手を掛ける……前にドアが勝手に開いた。ドアの向こうに居たのは、人のよさそうな顔をした恰幅のいいおばさんだった。俺の姿を見て、驚いたように目を丸くしている。
「おや、もう動けるのかい?」
「え、ええ。なんとか」
 急に声を掛けられて少し口ごもりながらも何とか応える。……どうも人と話すのは苦手だ。それに奴隷期間が長かったせいで、奴隷や監視官以外の人とどのように話せばいいのか分からない。それでも、何かと人当たりのいいヘンリーが居ればどうにかなったんだろうけど。
「ええと、あの……」
 口の中でもごもごさせながら、次に言うべき言葉を探す。聞きたいことは正直たくさんある。が、ありすぎて中々口をついて出てこない。
「ああ、あんたはうちの近くの砂浜で倒れていたのさ。最初は死んでるかと思ったんだけど生きてたからね。見捨てるのも寝覚めが悪いから、助けてやったのさ」
 目の前のおばさんは僕の様子を見て察したのか、こちらが尋ねる前に応えてくれた。
「…そうですか。あ、ありがとうございます」
「ま、こんなご時世だしね。困った時はお互い様さ」
 俺の礼の言葉に気さくに笑いながら手を振るおばさんに、俺もなんとか笑みを返してこっそり安堵の息を吐く。……多分、この人は善人なんだろう。運が良かった。
「そうだ!俺の他に倒れている人はいませんでしたか?!」
 ヘンリーは?マリアさんは?俺がここに居るのなら二人もここに…
「ん?あんた一人だったけど?」
 が、俺の希望はあっさりと裏切られた。
(一人、か……二人とも、無事だといいけど……)
 肩を落としてうな垂れる俺に、おばさんは「何か食べ物もってくるよ、お腹空いてるんだろう?」と言い残して部屋を出て行った。こちらに何か事情があると思って気を使ってくれたのだろう。
 一人になった俺は、大神殿を脱出した時の事を思い出していた。
 大きな樽に三人で入って海に放逐されて……酷い波の揺れに揺さぶられて樽の中であちこちぶつかって意識が遠のきそうになって……意識が完全に途切れる寸前、何か強い衝撃を感じたような気がする。
(もしかして、その時に樽が壊れて海に投げ出されたのか…?)
 だとしたら、こうして生きているのは奇跡と言っていいだろう。そして、二人が生きている可能性は……
(いや、俺がこうして生きているんだから、0じゃない。まだ希望はある)
 浮かんでくる嫌な想像を必死で否定しながら、何度も自分に言い聞かせた。



 暫くしておばさんが食事を持ってきてくれた。
 起き抜けの時は混乱していて空腹を忘れていたが、料理を見ると思い出したように腹が鳴った。出された料理は、空腹を満たすほどの量はなかったが(普通に一人前の量だろうが)、奴隷の時に食べていたものとは大違いの美味しくて瞬く間に平らげてしまった。
 それから、改めて色々話を聞いた。
 今はいないけど、ここにはもう一人中年の男性がいて、この家で夫婦二人で暮らしていること。その人が俺をここまで運んでくれたこと。最近急に魔物が増えてきて物騒になったこと。
 もちろん、俺自身のことも色々聞かれたけど、適当に応えてはぐらかした。ヘンリーほど口が上手くないから誤魔化せた自信はないが、おばさんの方も特に突っ込んできたりはしなかった。あまり踏み込んでいい話じゃないと思ってくれたんだろう。
 驚いたのは、ここがビスタ港だと言うことだ。幼い頃の微かな記憶しかないが、船旅から故郷のサンタローズに帰る際に使っていた港だ。もっとも、現在は定期便が不規則になっていてすっかり寂れてしまったらしいが。
 ついでに、俺が奴隷として売り飛ばされた原因になったラインハットについても教えて貰った。先代の国王が亡くなってから急に税が上がったこと。そして各地から傭兵を集め始めたこと。噂でしかないがと前置きされた上で、後見人となった先代皇后が実権を握っているらしいということを教えて貰った。……ヘンリーがこの事を聞いたら、一体どんな顔をするのだろうか?
 一通り話を終えた後で、おばさんが思い出したように訊ねてきた。
「そう言えば、あんたの名前を聞いてなかったね」
「…アベルです」
 懐かしい故郷の風景を思い出しながら、俺は不思議な力を持つと言う母から貰った名前を答えた。



 この時の俺は、まだ何もわかっていなかった。いや、十年ぶりの帰郷に思いを馳せて他に何も考えられずに居た。
 これが、これから始まる、長く苦しい――そして桃色の(!?)旅の始まりであったことを。




[21050] 2
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/11 21:29
 翌日。
 俺は夫婦二人に見送られてビスタ港を後にした。
 手に持つのはおじさんに餞別だと渡された樫の杖。旅をするには杖くらいあった方がいいだろうと渡されたものだ。ついでに、厚手のマント、直射日光よけのターバン、丈夫なブーツ、携帯と保存に適した数日分の食料、そして僅かばかりだが路銀まで頂いてしまった。
 只管恐縮する俺に、二人は困った時はお互い様だと笑った。俺はいつか必ず礼をすると約束して、二人に頭を下げた。



 サンタローズに向けて街道を歩いていく。
 最近はビスタ港があまり使われていないということで、街道もあまり整備されていない。路上に石が転がっているやら草が生えっぱなしになっているやらで酷いありさまである。もっとも、魔物が増えているのなら街道の整備なんて録にできないだろう。にも関らず、俺の脚は自然に早足になっていた。
 去り際に、何処に行くのか聞かれた俺はサンタローズに行くと答えた。それを聞いた二人は、なぜか顔に苦渋の色を浮かべて、押し黙った。気になって訊ねると、おばさんが答えた。
「サンタローズなんて村は、今はどこにもないよ」
「え?」
「10年くらい前にラインハットの王子様が誘拐されてね。その原因になったから、と言う理由でラインハットの兵隊に滅ぼされたって話だ」
「なんだって…!?」
 それから動揺した俺は、別れの挨拶もそこそこに街道を急いだ。これだけ世話になったのだから最後くらいちゃんとしていきたかったのだが、故郷の話の衝撃に耐えられなかったのだ。
(一体、サンタローズで何が…?)
 考えれば考えるほど気持ちは焦り、足が速くなる。そして……
「うわっ」
 急ぎすぎて足元が疎かになってきた俺は、少し大きめの石を踏んで思わず転びそうになってしまった。
「…く、情けない」
 だが、おかげで落ち着くことができた。サンタローズはそう遠くは無いとは言っても、どれだけ急いでも三日はかかる距離だ。早く歩いたところで仕方が無い。冷静さを欠いていたようだ。
(とりあえず、この目で確かめるまでは、余計なことは考えまい……)
 自分にそう言い聞かせて歩を緩める。その時であった。
「ピキーッ」
 近くの茂みから、魔物が飛び出してきた。スライム一匹と、とげぼうず二匹。
(魔物!?)
 スライムは敵ではないが、とげぼうずは初めて見る魔物だ。魔物はこちらに視線を向けて様子を伺っている。見逃しては、くれないだろう。
(仕方が無い……)
 とりあえず樫の杖を構えて、相手の出方を待つ。とげぼうずの外見は見るからに硬そうで、こんな樫の木の杖で果たして立ち向かえられるか大いに不安だったが、やるしかない。
 じっと相手を見据えて出方を待って……とげぼうずが飛び掛ってきた!カウンターを気味に相手の顔の辺りを狙って杖の先端を突き出す!
 ガンッ、と甲高い音がしてとげぼうずはひっくり返った。と、今度は横からもう一匹のとげぼうずが飛び掛ってくる!
 慌てて身を翻して何とか避けたが、マントの一部が引っ掛かって体勢が崩されてしまった。
「この…!」
 何とか足を踏ん張って耐えて、マント越しにとげぼうずの頭をひっつかみ、地面に叩きつける!奴隷時代、いやと言うほど石材を運んできた体にはそれ相応の力が付いている。これくらいの大きさの魔物なら担いで持ち上げる事だってできる筈だ。
 思いついたら早速実践。マントを払い、地面に叩きつけられて目をまわしているとげぼうずを持ち上げて、先ほど杖の攻撃を受けてうずくまっているもう一匹に投げつける。ドガッ!と大きな音がして、二匹とも動かなくなった。
「ふう……」
 しばらくじっと見て警戒していたが、動き出す気配の無いとげぼうずの様子にほっと息を吐く。その時だった。
「あなた、強いのね」
 どこからか声が掛けられた。慌てて周囲を見回すが誰も居ない。
「ここよ、ここ」
 今度は足元から声を掛けられた。視線を落とすと、スライムと目が合った。ウインクされた。……ひょっとして。
「今の声はお前か」
「そうよ」
「スライムって喋るのか」
 言いながら、そういえば幼い頃にサンタローズの洞窟で喋るスライムに出会ったことを思い出した。
「当然よ。まあ、人語が喋れるのは私のような一部のエリートだけだけどね」
 ふふん、と笑い声まで聞こえてくる。そのクセ、表情はどこか呆としているいつものスライムの表情と変わらないのだから、ちょっと不気味だ。
「……それはまあいい。で、一体どこから来たんだ?」
「どこからって、さっきとげぼうず達と一緒に出てきたでしょ」
「ああ、そう言えばスライムも居たな」
 雑魚だから放置してたけど。向かってこないから逃げたのかと思っていたら、まさか観戦していたとは。
「やっぱりあんな坊や達じゃだめね。レディの扱いがちっともなってなかったわ」
 坊やがとげぼうずってのは分かったけど、レディとは…もしかして、このスライムのことか?
「レディって……スライムに性別なんてあるのか?」
「あるに決まってるじゃない。どうやって繁殖してると思ってるの?」
 いや、どうやってと聞かれても。
「まあいいわ。私、あなたのこと気に入っちゃった。ね?私を仲間にしない?」
 スライムは仲間になりたそうにこっちを見ている。…って、ちょっと待て。
「…魔物が人間の仲間になっていいのか?」
「んー、あなたは特別。だって色男だし」
 スライムに色男って言われてもな……
「なんて冗談はともかく、あなたからは不思議な力を感じるの。あなたの目を見ているとね、私の中にある淀んだ闇が消えていくのを感じるの。もう、これはあなたについていくしかない、みたいな?」
「そんな疑問系で言われてもな…」
 あまりにも気さくなスライムの態度に、俺は困惑するしかない。
「もちろん、魔物の闇を払うなんて誰にでもできることじゃないのよ?あなた、身内に不思議な力をもった人とか心当たりない?」
 …身内?と言えば父パパスだが…そう言えば、ゲレゲレを連れている俺を見て『マーサの血か…』と言っていたことが…母は不思議な力を持っていると聞いているし、そのことか?
「…ううむ、ある、な」
「やっぱり」
 嬉しそうに(表情はやっぱりいつものスライムのままで)笑うスライム。
「と言うことで、闇が払われちゃった私は哀れもとのスライムには戻れない体にされちゃったの……ああ、このまま置いていかれたら邪悪な魔物に襲われてしまうかもしれないわ」
「…そうなのか?」
「そうよ。闇が払われた魔物は、闇を持つ魔物にとって敵になるの。魔物は闇を感じる力をもってるから、一発でバレちゃうわ」
 てっきりこれも冗談だと思ったのだが、ことのほか真面目な声で言われた。嘘は感じられないから、事実なのだろう。そこで、魔物の言うことを素直に信じている自分に気づいて、思わず苦笑した。
「どうしたのよ、急に」
「いや、魔物にも色々あるんだなって思ってね」
 本当は魔物のことを信じる自分が可笑しかっただけだが。だが、これが本当に見知らぬ母から受け継いだ力と言うのなら、信じることができる。いや、信じたいと思える。もしそうなら、この力は俺と母の絆そのものだからだ。
「分かったよ。俺でよければ一緒に行こう」
「そうこなくっちゃ」
 スライムが飛び跳ねて喜びをあらわにする。そう言う反応されると、こちらも嬉しくなってくるから不思議だ。
「じゃ、あなたの名前を教えて。あと、私に名前をつけて」
「え?…あ、ああ、俺の名前はアベル。で、名前をつけてって…?」
「言葉のまま。闇をもつ魔物は名前なんて必要ないもの。基本、本能に忠実で乱暴なだけだし。でも、闇がなくなると心が芽生えて個性ができるからね。そうなると名前が必要じゃない?」
「…そんなものか…って、ちょっと待て。お前、自分のことエリートって言ってたよな?」
「もちろんエリートよ。私のような例外もいるにはいるの。と言っても、さっき出てきたときは本当にアベルを…あ、呼び方アベルでいいよね?ダメって言われてもそう呼ぶけど。ってとにかく、最初は私も本当にアベルのこと襲うつもりだったのよ」
「そうだったのか?」
 その割には、向かってきたのはとげぼうずだけだったが。
「ええ、あの時は闇をもっていたから。あなたの目を見た瞬間に払われちゃったんだけどね」
「そうだったのか……」
 目を見た瞬間って…合わせてもいないのか。確かに、俺もとげぼうずの方にしか注意を払ってなかったが。
「闇が無くなると人を襲わなくなる――魔物として生まれ変わるってことね。そうなると例えば私はスライムであってスライムじゃなくなるでしょ?だったら名前がないと不便じゃない」
「確かに……」
 例えば、このスライムを連れて魔物のスライムと遭遇した時、呼び方がスライムのままでは混乱するだろう。
「と言うわけで名前付けて。できればセンスのいいのお願い」
「名前か……むむむ……」
 名前……名前……そうだ!
「スラ子でどうだ?」
「…いや、あの、アベル?それって安直過ぎない?」
 呆れた声が返ってきた。その意見はもっともだが…
「自分は何かに名前をつけた経験が無くて…それに、今後他にも魔物が仲間になる可能性もあるんだろう?なら、シンプルに決めていかないとその度に時間を費やさねばならなくなる。そんなに名前のストックもない自分には正直難しいな」
「もう、仕方ないわね。ならスラ子でいいわ。じゃ、あらためてよろしくアベル」
「ああ、よろしく、スラ子」
 ぴょんぴょん飛び跳ねて自己アピールするスラ子に、俺も自然に微笑を浮かべて応じる。思わぬところで思わぬ仲間が出来てしまったが、こう言うのも悪くない。スライムだから戦力にはならないだろうが、一人と言うのはやはり心細かった。
 ふと、先ほど倒したとげぼうずのことを思い出した。彼(?)らも闇を払うことが出来ていれば無駄な戦いをせずに済んだのだろうか?
「どうしたのよ?」
 俺の様子が変ったことに気づいたのか、スラ子が尋ねてきた。
「いや、さっきのとげぼうずのことを思い出して。俺が闇を払うことができていたら、同じように仲間になってくれたのかな?」
「何、私だけじゃ不満なの?」
「そういう訳じゃないけど、無駄な戦いは避けられただろ」
 そう言う俺に、スラ子は全身をぷるぷると左右に震わせて答えた。
「どっちにしろ、無理だったわよ。闇を払うって、払われる方にも資格がいるから。ある程度知能があるエリートじゃないとダメなのよ。とげぼうずのエリートって聞いたことないし、多分システム的に無理ね!」
「そんなものなのか…」
 闇を払うなどと大層な力だとは思っていたが、万能ではないらしい。…ついでに、システムって何だ?とも思ったが嫌な予感がしたのでそれはスルーしておいた。
「それに…」
 どこか楽しそうな声音で、にんまりと笑うスラ子。…いや、表情は変わらないが、何と言うか、雰囲気的に。
「あいつらに知能があっても無理だったと思うわよ」
「どうしてだ?」
「あいつら、オスだったから。あー、アベルと遭遇できなかったら、今頃あいつらと交尾してたかも。本当、アベルに出会えて良かったわ」
 違う魔物で交尾するのかと言うのも大きな疑問だったが、何より。
「…オスだと駄目なのか?」
「駄目と言うか……あなたの目はメスを魅了する力があるの。私の勘だけど」
「…なんなんだそれは…」
 軽く眩暈がしてきた。もし、スラ子の勘が正しいのなら、俺はメスの魔物しか仲間にできないと言うことに…
「良かったわね、アベル。あっという間にハーレムが作れるわよ」
「…それは、あんまり嬉しくないな」
 あははと能天気に笑うスラ子の言葉に、俺は乾いた笑みで応えるのが精一杯だった。










[21050] 3
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/27 18:23

 とりあえず、ずっと立ち止まったままでいる訳にはいかない。予定通り、サンタローズに向かわなくては。
 と、そこでサンタローズの話で落ち込んでいた気分がいくらか晴れている自分に気づいた。スラ子と言う仲間を得たこと、母との絆がある(かもしれない)ことが俺の気分を軽くさせたのだろう。サンタローズのことは気になるが、それは今気にしてどうにかなることではない。ヘンリーとマリアさんのことについても、今の俺にできることは無事であるよう祈ることだけだ。まずは自分が動かなければ意味が無い。
 そう思うと、たった今、本当の意味で前を向くことができたような気がする。
(スラ子に感謝しないとな)
 かなり時間を遣ってしまったが、スラ子と出会えたのは幸運だった。それに、人付き合いが苦手な自分でも、魔物相手なら普通に話すことができる。それも俺にとっては嬉しいことだった。
 …次の瞬間までは。
「じゃ、そろそろ行こう、スラ子」
「そうね。でもこのままの姿だとアベルに迷惑かかっちゃうから、人間になっておくね」
「…は?」
 人間になっておく?
 歩きかけた足を止めて振り返る。本来見える筈のスライムの姿が無く、変わりに全裸の美少女が立っていた。
(今、あり得ない物をみたような……疲れているのかな?)
 一度視線を戻して深呼吸し、また振り返る。やはり、そこには全裸(ry
「…はあああっ!?」
 間抜けな声を上げてしまう。スラ子は一体どこに消えたんだ!?と言うか、なんで全裸の女の子が!?
「何変な声だしてるのよ、アベル」
「変な声って…その声…お前、スラ子なのか!?」
「そうよ。人間になるって言ったじゃない」
「いや、そんなことを聞いたような気もするけど、でも……」
 そこで、やっと俺は全裸の美少女をしっかりと見つめていることに気が付いた。慌てて背を向けて視線を逸らす。……あれが、女性の裸か……なぜだか顔が熱い。動悸も激しい。どうしたんだ、俺は。
「何、後ろ向いちゃったりして?」
「ど、ど、どうして、裸…」
 何故だか楽しそうなスラ子の声に、俺は馬鹿みたいに動揺した返事を返す。
「裸って…さっきからそうだったけど?」
 確かに魔物のスライムはそうだろう。だが、人間は違う。特に女性はみだりに人前に肌を晒さないものだ。
「と、とりあえず、これ」
 俺は慌ててマントを外してスラ子に渡した。小柄だったから、このマントで十分隠せるはずだ。
「これ?」
「これで体を包んで隠してくれ。じゃないと平静を保てない」
「ふぅ~ん?」
 スラ子は意味深に応鼻を鳴らした後、素直にマントを受け取った。……そろそろ振り向いてもいいだろうか?
「これで大丈夫?」
 確認してきたので、恐る恐る振り返ると、首から下をマントでぴっちりと隠した美少女――もとい、スラ子がいた。
 因みに、スラ子の容姿だが、髪は背中の半ばまで伸ばており、色は鮮やかなライトブルー。肌は驚くほど白く、透き通っているようだ。顔は先ほどから美少女と繰り返してきたが、どちらかと言うと可愛らしさの目立つ風貌だ。年のころなら13、4歳といったところだろう。胸は、それなりに膨らんでいたと思う。大きいかどうかは判断できないが……いけない、思い出したらまた変な感じがしてきた……
 とにかく、目に悪い(…のか?)ものが隠れたので、俺は安堵の息を吐いた。
「ああ。悪いがそうしていてくれ。……もし、魔物と遭遇したら戦闘は俺が頑張るから、とにかく自分の身を守ることを優先に頼む」
「うん。しっかり守ってね」
 朗らかに笑うスラ子に、思わず顔が熱くなる。…さっきまでただのスライムだったのに、どうしてこうなった?
「…ところで、確認しておきたいんだが、そんなに簡単に人間になれるものなのか?」
 スラ子は人間になると言った。そして、スラ子の言葉に嘘は無いことは分かっている。ならば、重要なことは人間になると言うことだ。
「いいえ、簡単じゃないわ」
「しかし、お前は随分あっさりと人間になったようだが…」
 スラ子の言葉に、俺は首を傾げる。実際、スラ子はもの凄く気楽に人間になっておくと言っていた。
「条件が揃ったからね」
「条件?」
 聞き返すと、スラ子は真面目な顔で頷いた。
「闇を完全に払うことと、人間になりたいって強く思うこと。この二つね」
「それだけ、なのか?」
 俺のことばに、今度はむっと頬を膨らませる。…本当に表情が豊かだ。これが、もとはただ薄笑いを浮かべているだけのスライムとは…
「それだけって言うけどね、闇を完全に払うのって難しいのよ?だいたい、人間になりたいって魔物はここで躓くの」
「そうなのか?」
「そうなの!私の場合は、アベルの力が強力であっという間に闇が払われたけど、本来なら凄く苦労するんだから。伝説では、私と同じスライム族のホイミスライムが何十年もかけて自分の中の闇を払って見事人間になった、なんて話があるけど、それくらい大変なことなんだからね!」
「そ、そうなのか。すまない」
 スラ子の剣幕に少々押されながら応える。これだけ言うとは、スラ子は伝説のホイミスライムを尊敬しているのだろう。
「と言うことは、スラ子は元々人間になりたかったのか?」
「え?全然」
「おい」
 思わず突っ込みを入れる俺に、スラ子はあははと笑った。
「この伝説は好きだけど別に人間になりたいって訳じゃなかったのよ。アベルに会うまでは」
「…俺に会うまでは?」
「うん。アベルに会ったら人間になりたいって思ったのよ。だって、そうすれば交尾できるじゃない」
「こっ……お、お前、いきなり何言い出すんだ!?」
「え?普通でしょ?好きになった異性と交尾した言って思うのは。人間は違うの?」
「いや……その、そんなこと言われても……俺にも良く分からないとしか……」
 実際、俺も交尾の経験はないし、惚れた相手もいない。好きになった相手といわれて思い浮かぶのは……あの日、一緒に冒険したあの娘だろうか。それも、遠い思い出だ。
「ま、まあとりあえず事情は分かったから、先に進もうか」
 このままこの話題が続くとまずいと判断した俺は、そう言って先に歩き出した。スラ子は「はーい」とどこか気の無い返事をして後から素直に後から付いてきている。付いてきていて…「痛っ」と悲鳴を上げて立ち止まった。
「どうしたっ!?」
 慌てて振り返る俺が見たのは、座り込んで足の裏をさすっているスラ子だった。…もの凄く無防備に座っているから、マントの布の隙間から女性の大事なところが見えそうになっているが、鋼の精神で無視をする。
「多分、石を踏んだんだと思う…うう、痛い」
 見ると、素足に切り傷がついている。俺は嘆息してホイミをかけてやった。…これくらいの傷にもったいないと思う気持ちも無いではないが、痛そうに目に涙を浮かべるスラ子を見ていられなかったからだ。
「ありがとうアベル。助かったわ」
「いや、礼はいい。しかし、困ったな……」
 先ほどは失念していたが、スラ子は素足なのだ。それで歩けば怪我をして当然だ。だが、俺はブーツの替えなんてもっていない。
 しばし悩んだ末、俺はターバンを振りほどいた。
(もったいないが……)
 近くに落ちている木の枝の先端で裂け目を入れて、一気に引き裂く。そして二つに分けた布をスラ子の足に巻いてやる。正直、無いよりマシな程度でしかないが、俺のブーツを渡すわけにはいかない以上他に手は無い。
「どうだ?」
「…うん、大丈夫みたい。でも、いいの?ターバン無駄にしちゃって」
「ま、仕方が無い。それより、歩く時は十分に足元を注意してくれ。砂利くらいなら平気だろうが、ちょっと先端のとがった石や、葉の鋭い草を踏むと簡単に傷が付くからな」
 言ってから、なんとなく自分の姿を見直す。…手にしている樫の杖とブーツ以外は奴隷時代に戻ってしまった。…十年以上馴染んだ格好だ。見目が悪いのは気になるが、不都合は無い。
「うん、気をつけるわ……だけど、人間の体って不便ね。肌は柔らかいのに先端には弱くて……スライムの頃だったらあれくらいへっちゃらだったのに」
「だから人間は色々身に付けるんだ。女性のことはよく分からないが、俺のわかる範囲で色々手助けするよ」
「ありがとう。やっぱり、あなたいい男ね」
「……分かったなら行くぞ」
 スラ子の言葉に顔が赤くなるのを自覚したが、どう言ってもやぶ蛇になりそうだったので、話を逸らした。
 そんなのお見通しとばかりに笑みを浮かべるスラ子の態度が、どうにも気恥ずかしかった。
 



 その日の夜。
 俺とスラ子は街道沿いにある小屋に入って休むことにした。一日で踏破できないような街道には、旅人用の休息施設がだいたい一つか二つはあるものだ。これは以前父と度をしていた時から知っていた。もっとも、モンスターが活発になっている現在では安全性はほとんど無いが。
 結論から言うと、この小屋は当たりだった。なぜなら、聖水が置いてあったからだ。これを小屋の周りに撒いておけば魔物の心配は完全になくなる…ことは無いが大幅に減る。ついでに毛布も置いてある。見知らぬ誰かの使い古しだろうが、これはありがたかった。今の季節は分からないが、夜になると冷える可能性があるし、最悪土の上で眠ることも覚悟していたのだから文句などあるはずも無い。
「そういえば、スラ子は聖水は大丈夫なのか?」
「ええ。だって、あれは闇を退けるものだもの。闇を払われた私なら平気よ」
「そうか。それは良かった」
 聖水はちょっとした安全確保に必須のものだ。それが使えるか使えないかでは旅の安全が大きく違ってくる。俺は安心して小屋の周りに聖水を撒いていった。
 夕食はビスタ港の夫婦から貰った魚の干物と乾パン。できれば火を通したいところだが、生憎俺はメラは使えない。
「スラ子、お前メラ使えるか?」
「…ごめんなさい。無理」
「そうだよな。仕方が無い。このまま食べよう」
 狩も考えないといけないなと思いながら、スラ子と並んで魚の干物にかぶりついた。スラ子が「意外といけるわね」と頭ごと噛り付いていたのが、可愛らしい容貌とギャップがあって少し可笑しかった。
 そして夕食も終えて、後は寝るだけになった。窓から外を見ると、少し欠けた月が煌々と輝いている。明るい夜、と言ってもいいだろう。……大神殿の石畳の牢獄のような部屋の中では、こんなことを一々考えている余裕なんて無かった。
 奴隷時代のことを思い出しかけて、頭を振って意識から追いやる。つい最近まで奴隷だったのだから仕方が無いが、自由になれたのだから忘れられるのなら早く忘れるべきだろう。それに、今は仲間がいる。
「さ、早く寝るぞ、スラ子。お前もなれない体で疲れただろう?」
 自分で言ったとおり、さっさと横になってスラ子にもそうするように促す。が…
「……ねえ」
「なん……だ?」
 スラ子の声に振り向くと、スラ子はマントを脱ぎ捨てて……つまり全裸で俺の枕元に立っていた。膝立ちになって俺の顔を覗き込んでくる。……昼に感じた可愛らしさとは一転して、やけに色っぽい表情だった。て、この状況はマズイ!
「交尾しない?」
「…い、いきなり何言い出すんだよ!」
 慌てて背を向けて顔を背ける。だが回りこまれた!同じように顔を覗き込んで…いや、先ほどよりも顔を近づけながら、また同じことを聞いてくる。
「だから交尾」
「…スラ子、人間では交尾は好きあった者同士でするものだから…」
「私はアベルのこと好きよ。アベルは違うの?」
「いや、その……だな……」
 混乱してきた。いや、確かに嫌いではないが、まだ出会って間もない相手に…
「否定しないならなら問題ないわよね。大丈夫、やり方は分かってるから、アベルは私に身を任せて……」
 のしかかって来るスラ子を、しかし突き飛ばすわけにもいかずなんとか押し返そうとする。が…
(くっ、なんだ?見た目より力が強い!?)
 このほっそりとした腕のどこにそんな力がと思えるほどの異常な力を発揮されて阻止された。もしかして、これが元モンスターの力なのか!?
(思い切り突き飛ばすことは可能だけど……)
 そこまで力いっぱい拒絶すると、スラ子を精神的にも肉体的にも傷つけてしまうかもしれない……そう思ったら躊躇してしまう。そして、躊躇している内にスラ子に唇を奪われた。
 唇が合わさるだけの、挨拶のようなキス。しかし、ゆっくりと顔を上げたスラ子の表情はとても妖艶で…
「何も心配なんていらないわ。天井の染みを数えている間に終わるから」
「ちょっと待て!その台詞は色々とおかしい!」
 スラ子は俺のツッコミを無視して、行為の続きをするべく俺のズボンに手を掛けて……


 その夜、俺は経験を得て、一つ大人になった。


 




[21050] 4
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/12 22:55

 翌朝。
 昨夜結構な運動をしたにも関らず、すこぶる体調が良かった。完璧どころか、最大値が上がっているような感じだ。
 で、隣を見るとスラ子が俺の腕にしがみついて気持ちよさそうに顔を緩めながら眠っている。
(……こういうのは、何て言うんだったか?そう……若気の至り)
 違うような気がする。まあ、そうだな。やってしまったものは仕方が無いと割り切ろう。
「はぁ……スラ子、起きて」
 嘆息して、隣で眠っているスラ子を起こす。スラ子は俺の声に反応してあっさりと起きた。
「ふぁ…アベル、おはよう。夕べはお楽しみでしたね」
「……それはお前だろう」
「でも最後の方はアベルの方からもしてきたじゃない」
「まあ、その、初めての感覚だったからな…」
 そんな気恥ずかしいと言うかもうどうにでもなれのような会話を終えて。
 朝食を食べながら、俺は体調が良くなっていることをスラ子に話した。
「そうなの?私もアベルの子種をいっぱい貰ったおかげで肌がツヤツヤしているのだけど」
「そう言うのはいいから。で、何か思い当たりはあるか?」
 俺の問いに、スラ子は軽く頭を捻り(因みに、既にマントをまとわせている。全裸のままと言うのはやはり俺の心臓に悪い)うーんと考え込んだ。
「確か、人間の交尾には房中術って言うのがあって、交尾すると元気になったり色々特典があったりとか聞いたことがあるけど……でも、確かに調子いいわね」
 空いている腕を動かしたり足を動かしたりして確認するスラ子。やはりスラ子も感じているようだ。
「そんな術があれば便利なのは間違いないが……」
「なら、毎晩交尾する?」
「……多分、違う意味で大丈夫じゃなくなるから駄目だ」
 昨夜の快楽を思い出すに、この快楽に溺れてしまいかねない。
「ケチ」
 台詞の内容ほど不満無さそうに言って、スラ子は朗らかに笑った。



 そして。
「くるぞ!」
「分かったわ」
 朝食後に速やかに旅を再開した俺たちは、またもモンスターに遭遇していた。
 ドラキー3匹。見た目、まだ普通の動物っぽい。これは、別の期待ができるかもしれない。具体的には食料とか。
 とは言えモンスターには違いないわけで。
 スラ子は自分の身を守るように足場を確保してドラキーの動きを警戒し、俺はスラ子を守るようにスラ子の斜め前に立つ。こっちの武器はやはり樫の杖。昨日もあれから二度戦闘を行っているが、まだ割れたり欠けたりしていない丈夫な杖だ。本当にいいもの貰ったな。
 ドラキーはまず俺に向かって来て、残り二匹がワンクッション置いてスラ子に向かって行った。ちっ、時間差か!
「スラ子!」
「分かってる!」
 スラ子は自分とドラキーの間に俺を挟むように移動し、俺はまず自分に向かってきたドラキーを倒すべく樫の杖を構えて…そこでドラキーが不意に急旋回した。予想外の動きに、突き出した杖が空を切る。
「しまっ…!」
 失策を嘆く余裕もなく、スラ子に向かった二匹の内の一匹が俺に牙を向けてくる。その間にとっさに腕を入れて腕を噛ませる。痛い!しかし…
「でえっ!」
 腕に力を込めて自ら地面に倒れこんで腕を振りドラキーを地面に叩きつける!ドラキーは牙が筋肉で縛られているため、咄嗟に離れることができずにそのまま地面に叩きつけられて、くたりと力を失った。
 そこへ、今度は先ほど急旋回して樫の杖の一撃を回避したドラキーが向かってきた。俺が倒れているから隙だらけだと判断したのだろう。間違ってはいないが、狙った場所が間違っていた。ドラキーの攻撃目標は俺の顔面、狙いは恐らく体当たり。視界にある以上、落ち着いてさえいれば十分対処できる。俺は、ドラキーが顔面にぶつかる寸前に羽を捕まえてそのまま地面に叩き付けた。返す刀で俺の体の反対側にもう一度叩き付ける。これが止めとなって、二匹目のドラキーも力を失って倒れた。
 樫の杖、今回は役に立たなかったな…って、そんな場合じゃない。確か、もう一匹スラ子に向かった奴がいる筈…
「お願い!お兄ちゃんを譲って!」
「駄目よ!アベルは私のステディなの!」
 意味不明(いや、だいたい分かったのだが分かりたくなかった)なやり取りをしているスラ子とドラキーを目の当たりにして、盛大にその場に突っ伏した。
 ……多分、仲間が増えるってことでいいんだよな……?



「お兄ちゃん!私も一緒に連れてって!」
 案の定、ドラキーは仲間になりたそうにこっちを見てきた。
「じゃないと私、他の魔物からあーんな目やこーんな目に合されちゃって、それでそれで、最後は……」
「ああ、大丈夫。ちゃんと仲間にしてあげるから」
 見捨てていくと言う寝覚めの悪い選択肢は今のところ俺には無い。無い、が…
「その『お兄ちゃん』ってのはなんだ?」
「ん、お兄ちゃんを一目見たときにビビッてきたの!この人こそ、私の理想のお兄ちゃんに違いないって」
 ……何がなんだかさっぱり分からないんだが。と、今のやり取りで何かを理解したのかスラ子が口を挟んできた。
「じゃあ私はお姉ちゃんね。特別にそう呼ぶことを許可してあげるわ」
「誰が!あんたなんてアバズレで十分よ!」
「ふふっ、しつけの悪い子にはお仕置きが必要ね……」
「ちょっ、お前達、少し落ち着いて…」
 険悪な雰囲気になりかけた一人と一匹の間に割ってはいる。が…
「アベル、こういう小生意気な娘は、一度痛い目にあった方がいいのよ」
「お兄ちゃんどいて!そいつ殺せない!」
 少しも聞く耳持たなかった。……そう言う態度を取るのか。
「お前達」
「「っ!?」」
 俺の声に、一人と一匹がビクッと体を硬直させる。
「仲間内での争いは許さない。これは守れ」
「わ、分かったわ」
「う、うん」
 今度は素直に従ってくれた一人と一匹…もう面倒だから二人でいいか…二人に、やれやれと息を吐く。スラ子が「ああ言う強引な一面もあるのね、惚れ直したわ」とかドラキーが「強引なお兄ちゃんも素敵…」とか呟いていたが聞こえない振りをした。
「ドラキー、お前もしかしてスラ子が元スライムだって分かるのか?」
「もちろんだよお兄ちゃん。それで、闇が無くなった敵だってことも分かってるよ」
「あなたももう闇は払われているでしょうに」
 ドラキーの言葉に、呆れたように嘆息するスラ子。なぜ分かるのか…突っ込まない方がいいんだろう。それに、人間から見てそうだと気づかなければ問題ないのだし、俺にしたってスラ子が実際に人間になったのを目の当たりにしていなかったら、スラ子が元スライムだなどとは夢にも思わないだろう。
「じゃ、とりあえずお前に名前をつけないとな」
 おかげで話が早くて助かる。魔物を仲間にした時の対処を知っていることを、仲間を見て分かって貰えるのだから。
「うん!素敵な名前をつけてね、お兄ちゃん」
「なら、ドラ美で…」
「「それは駄目」」
 即座に二人から駄目出しが出た。何故だ?
「その名前だけは絶対に使っちゃだめなの。今名前を出しただけでも十分暴挙なのに」
「ええ。アベルの勇気があるところは好きだけど、今のは蛮勇とも言える行為よ」
「……よく分からないが、分かった」
 二人の様子を見るに本気で駄目らしい。だがスラ子に続いてドラ子と言うのも…
「スラ子、何かいい案はないか?」
「ええっ!お兄ちゃんがつけてくれるんじゃないの!」
「そうねえ……ドラキーだから、ラキなんてどうかしら?」
「この女がつけた名前なんてヤダー!」
「そうか、名前を引くと言う考え方もあるのか……なら、スライムのお前はライムでも良かったのか」
「ちょっと、なんでそれを名前付けるときに思いつかないのよ!」
「だからお兄ちゃんに名前をつけて欲しいのー!」
 状況が混沌としてきた。一度落ち着こう。
「皆、落ち着こう。一度深呼吸を」
 スーハーと揃って息を吐いて、
「やはり名前は俺が考える。相手もそれを望んでいるようだし」
 の言葉にドラキーは安心してくるくると飛び回り、
「あと、俺はスラ子って名前結構気に入っているから、そのままでいてくれると嬉しい」
 の言葉にスラ子は顔を赤く染めて「あなたがそこまで言うなら仕方が無いわね」と嬉しそうに嘆息すると言う高等技術を披露して見せた。
 そして、また名前を考えたのだが…
「……ドラ江は?」
「それもまたギリギリ過ぎて…」
「むう……なかなか難しいな……」
 なぜここまで制限が多いのか。何か大いなる意思でも関っているのだろうか。
「う~~~~~~~~~ん、ドラっち、とか?」
 少しも浮かんでこなかったので、苦し紛れに言ってみる。と、
「ん、ドラっち…ドラっち…うん、いい感じ。お兄ちゃん、素敵な名前ありがとー!」
「ええ、いいんじゃないかしら」
 今のでいいのか!?…って、よくよく考えると、スラ子とそんなに変らないか。
「それじゃあ、ドラっち。俺はアベル。これからよろしく」
「うん、よろしくね、お兄ちゃん」
 …お兄ちゃんはお兄ちゃんのままなのか。突っ込みそうになったが、「うん!」と力強く返される光景を幻視して止めた。と、そうだ、釘を刺しておかないといけないことがあった。
「あのな、ドラっち……「じゃ、ドラっち、今から人間になりまーす!」…って、ちょっと待……」
 止める暇も在ればこそ。静止が間に合わなかった俺は、目の前の全裸幼女を見て途方にくれるのだった。
 …………幼女?




 で、現在幼女、もといドラっちは俺の上着を着て(小柄なスラ子よりもさらに小さいので、俺の上着で十分ワンピース代わりになった)、靴は仕方が無いのでスラ子が足に巻いている元ターバンの布キレをそれぞれ三分の一ほど切り取ったものを足に巻いている。着る物が無いから、仕方の無い緊急処置だ。こうなることが分かっていたから、ドラっちにはしばらくドラキーの姿のままで居て貰いたかったのだが…
 だが、これは不幸中の幸いだろう。もしドラっちがスラ子と同程度の背丈があったら、俺の上着程度ではどうにもならなかったのだから。
 因みに、ドラっちの外見を補足すると、髪は肩口で切りそろえられていて、色は深く暗い藍色。髪質がいいのか、艶やかさがあり光に照らせてうっすらと光の輪を作っている。顔立ちは少し釣り目だが全体的に整っていて、常に好奇心に満ちた瞳は彼女の闊達さをよくあらわしている。まあ、体つきは見た目相応でしかなく色々と足りていないが。
「えへへ、お兄ちゃんのにおいがする」
「もう、あなたのせいで足が心もとなくなったじゃない」
「…………」
 二人ののんきなやり取りを眺めながら、冷静に自分たちの状況を鑑みる。
 まずドラっち。俺の上着がワンピース代わりになっているものの、丈は膝くらいまでしかない、ちょっと動くと色々危ない状況だ。それ以前に、男物のみずぼらしい上着を来ている時点で大問題だ。
 次にスラ子。マントで全身を隠している美少女……これは悪い意味で人目を引くのではなかろうか。
 そして俺。上半身裸で、上記のような美幼女と美少女を連れた男。なんだろう。俺は世間と言うものをほとんど知らないが、例えば俺が外から俺たちのような集団を見たら……まずいな、犯罪者にしか見えない。主に俺が。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「どうしたのアベル。急に頭抱えたりして」
「いや、なんでもない。じゃあ、そろそろ先に進もうか」
 意識を切り替えて、なんでもない風を装う。…格好に関してはサンタローズに到着するまでの旅人の用の小屋に、衣服が放置されている可能性にかけるしかない。この際、ぼろきれでも構わない。
「でもアベル、昨夜は気づかなかったけど、あなた傷だらけなのね」
 露になった俺の体を見て、スラ子がそんなことを言っている。その声に、驚きも戸惑いも感じられ無かったのは救いだった。
 スラ子の言うとおり、俺の体にはいくつもの傷跡が刻まれている。どれも奴隷時代に付けられた物だ。
「まあ、な。気味悪いか?」
「そんなことないわ。傷は男の勲章よ」
 勲章ね……この傷はむしろ屈辱の証なんだが。長い奴隷生活で鞭に打たれて刻まれた、忌まわしい記憶しかない傷だ。だけど…
「それに、傷があろうがなかろうが、あなたがアベルであることには違いないでしょ?」
「うんうん、傷なんて全然気にならないよ。そんなことより、お兄ちゃんっていい体してるよねー」
 俺の傷跡を見てもまったく思う所のない二人の態度に、俺の心は幾分か軽くなった。
 



 その日の夜は、休憩小屋が見当たらなかった。いや、休憩小屋跡のようなものは一つ見つけた。魔物に壊されたのか古くなって朽ちたのか…まあ前者だろう。どうしようかと悩んでいると、ドラっちにいい場所があると教えられて、街道から少し離れた洞窟に案内された。ここはなぜかほとんど魔物が立ち寄らないらしい。
「うーん、なんだか妙に居心地が悪かったの。だから近寄る気になれなくて。他の魔物もそうだったみたい」
 なんとも都合の良い話だと思ったが、それが事実なら休むのに絶好のポイントだ。ドラっちも嘘を言っている様子はないし、ここで夜を明かすことにした。因みに、今日の夕食は道中で退治した一角ウサギのステーキ、あと自然林に生えている果物。ドラキーは果物を好んで食べる性質があるため、ドラっちが洞窟への道すがら果物の生えている木を教えてくれたのだ。ステーキを焼くための火は頑張って熾した。木と木をすり合わせて火をつけるなんて古典的な方法が本当に成功するとは思わなかった。だが、やはりメラが欲しい。相当疲れた。
 そして夜。
「なあ、スラ子、ドラっち。どうして裸になっているんだ?」
 目の前で服を脱ぎ捨て、全裸になった美少女と美幼女に、俺は恐る恐る尋ねた。
「「え?交尾」」
 ……返答は非常にストレートだった。いや、スラ子の例からドラっちも似たようなことを言い出すことは予想できていた。だが、こんな幼いなりでスラ子とまったく同じことを言うとは思わなかった。魔物の中ではこれが普通なのだろうか?
「ちょっと待ってくれ。スラ子は昨晩したばかりだし、ドラっちはまだ子供だろう?」
「むー!ドラっち子供じゃないもん!」
 頬を膨らませてぷりぷりと怒るドラっち。その怒り方がまさに子供だ。ついでに、一人称を名前で言うのも子供っぽい。
「あ、私は今日はドラっちの手伝いよ。ほら、こんなお子様の体じゃアベルが興奮できないかもしれないでしょ」
「また子供って言ったー!ドラっちは、ちょっと発育が遅いだけの、ちゃんとした大人なんだからね!」
 ちょっとって…いいとこ10歳程度にしか見えないのだが。
「お兄ちゃん……ドラっちじゃ、駄目なの?スラ子とは交尾したのに、ドラっちとはできないの?ドラっちはいらない子なの?」
「ぐ……」
 縋る様な目を拒絶することができず、助けを求めるようにスラ子に視線を向ける。
 スラ子は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「大丈夫よアベル。穴…ゲフンゲフン、愛さえあれば多少のサイズの違いなんて問題にならないから」
「待てスラ子!今お前何言い掛けた!?」
「もうっ、本当に大丈夫だよ、お兄ちゃん。ちゃんと入るから。……多分だけど」
「多分って!?」
「だって初めてだし。こんなこと言わせるなんて…いやん、お兄ちゃんのH」
「…とか言いながらなぜ俺にのしかかって来る!?」


 その夜。俺はサイズの違いは問題にならないことを知った。







[21050] 5
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/14 09:35


 ドラっち以降、新たな仲間が加わることはなく、ビスタ港を出て五日後に俺達はサンタローズに、俺の故郷にたどり着いた。
 途中の休憩小屋に使い古された上着が落ちているのは僥倖だった。ところどころ解れていて穴も開いていたから捨てられたものなのだろう。休憩小屋にゴミを放置していくのはマナー違反だが、おかげで助かった。
 そして、なんとか最低限の身支度を整えることができた俺たちは、サンタローズにたどり着いて……その光景に絶句した。
「これが、サンタローズなのか……」
 幼い頃の記憶を思い出してみれば、確かに残滓は感じられた。恐らく宿屋であった建物。道具屋であった建物。自分の記憶にある町並みのとおりに店がある。だが…
「これは……酷いわね。復興計画とか無かったのかしら」
「あの建物なんて、今にも崩れそうだよ」
 スラ子とドラっちが呟く。元魔物の目から見ても酷い有様らしい。
「……っ!」
「アベル!?」
「お兄ちゃん!?」
 焦燥に駆られた俺は、仲間を置いて走り出していた。思いつく限りの場所を駆け回って、そして、俺の家の跡地にたどり着く。
「はは……」
 見事に綺麗さっぱりなくなっていた。この家だけとくに周到に破壊されたのが分かる。つまりラインハットは兵隊は、この家の主こそが諸悪の根源とした訳だ。
「……何も、残っていないのか」
 思い知った。俺に、もう故郷なんてものはないことを。
「ちょっとアベル!どこに行ったの!」
「お兄ちゃ~ん!待ってよ~!」
 スラ子とドラっちの声に我に返る。そうだ、落ち込んでいても何にもならない。それに俺には仲間がいる。
「ああ、悪い。少し取り乱した」
「いいわよ。知っている街がこんな有様に変わっていたら取り乱すのも無理は無いし」
「呆然として寂しそうに笑うレアなお兄ちゃんが見れただけでも、むしろドラっち的にはご褒美だよ!」
 スラ子の気遣いは素直に嬉しかった。しかし、ドラっち、お前はどうしてこうなった?
「それで、これからどうするの?」
「……村の奥の湖の方に行こう。行きたい場所があるんだ」
 かつて、父はサンタローズに滞在中は頻繁に湖の奥の洞窟に行っていた。そこに行けば、何か父の手がかりを得ることができるかもしれない。
「分かったわ。じゃあ行きましょ」
 スラ子は自然に俺の横に立って手を握ってきた。驚いて視線を向けると、スラ子はにっこりと微笑んだ。
「こうしておけば、もうはぐれずに済むでしょ?」
「あ、ああ……そうだな」
 我を忘れて置いてけぼりにしたのは俺なので、否定できずに頷く。
「む~、スラ子ばっかりズルイ!」
 ドラっちが繋がれた手を見て不満そうに声を上げた。それからもう片方の手を見て、また不満そうに「うー」と唸る。確かに、こっちの手は樫の杖を握っているから空いていない。……やれやれ、仕方ないな。
「ドラっち、俺の変わりに杖を持ってくれないか?」
 スラ子に頼もうかとも思ったのだが、スラ子の片手はマントの前を閉じるのに使われている。まあ、樫の杖くらいなら対して重くないから、見た目子供のドラっちでも問題なくもてるだろう。
「えー、なんでドラっちが?」
「そうすれば、俺の片手が空くんだが…」
「任せて!」
 ドラっちは嬉しそうに俺の手から樫の杖を受け取って、そのまま手を繋いできた。
「えへへ~♪」
 嬉しそうに微笑むドラっちの姿に、俺も自然に笑みがこぼれる。
 どうにも気恥ずかしかったが、二人のおかげで落ち込んでいた気持ちが大分楽なった。



 手を繋いだまま二人を連れて村の奥に行く。
 すると、村に入ってから初めて人の気配を感じた。湖の周りには簡単な造りの小さな小屋が幾つかあり、ちょっとした集落になっているようだ。
「この辺りは人の気配がするな……」
「村から離れられなかった人たちが暮らしているのかしら?」
 俺の呟きに、スラ子が自分の考えを述べる。ドラっちはきょろきょろと周囲を見回して、
「あ、あそこに誰か居るよ!」
 人を見つけて俺の腕を引っ張ってそちらに向かおうとする。ドラっちが示した先では、初老の男性が怪訝そうにこちらを見ていた。
 とりあえず、この村に来てから初めて出会えた人だ。何か話を聞いておきたい。
「すみません、ちょっといいですか?」
「あ、ああ……構わないが、あんた達、何者かね?」
 逆に聞かれて返事に窮した。旅人と応えておきたいところだが、こんな格好で旅をするような者は居ないだろう。
「え、ええと、それは……」
「私たち3人はある場所から着のみ着のままで逃げてきたんです。そういう状況なので、あまり詳しく話すことはできないのですが…」
 俺が答えあぐねていると、スラ子が代わりに答えてくれた。内容は当然嘘八百なのだが、そうとは感じさせない堂々とした口振りだ。スラ子の言葉に、相手は納得したように頷いた。
「なるほど、なら聞かないで置くよ」
「…驚かないのか?」
 あまりに簡単に納得されたので、不思議に思ってつい訊ねてしまった。逃げ出した、なんて聞けばもっと大げさな反応をすると思うのだが。
 俺の疑問に、相手は苦笑いで答えた。
「こんなご時世だからなぁ。夜逃げくらい珍しくもなんともない」
 ラインハットの国王が代替わりしてから治安が悪くなったと言う話はビスタ港で聞いている。だけど、夜逃げが珍しくない程だとは思ってもいなかった。
「それで、この村を見かけて立ち寄ったのですが、廃墟のようになっていて驚いたんです。どういう状況なのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
 スラ子が丁寧に尋ねる。元魔物とは思えない話ぶりだ。人付き合いが苦手な俺よりも余程堂々としている。
「ああ、10年前、ここサンタローズはラインハットの兵隊によって一度滅ぼされたんだ。生き残った者もほとんどは復興の目処がないこの村を捨てて出て行ったよ。ただ、それでもワシのように村から離れられない者もいる。そんな者達が集まってここで暮らしているのさ」
「……失礼ですが、あなたはこの村の……」
「ああ、生まれてこの方、ずっとこの村で育ってきた。今更離れることなんてできないよ」
 それを聞いて俺は申し訳ない気持ちで一杯になった。この村が滅ぼされた原因の一端は間違いなく俺と父にある。
 最後に、困っているのなら教会に行けばいいと教えてくれた。この村に元々あった教会は戦争で壊されてしまったが、仮設してある小屋の一つに教会の関係者が派遣されていて、この村のボランティア活動の中心になっていると言うのだ。小屋の前には十字架があるから、見ればすぐに分かるらしい。
 礼を言って男と別れて、俺達は助言どおりに教会に向かうことにした。
 道すがら、俺は助け舟を出してくれたスラ子に礼を言った。
「スラ子、さっきはフォローありがとう。おかげで助かった。でも、あんな話し方もできるんだな」
「当然よ。私はエリートだもの。あれくらいお安い御用よ」
「うー、スラ子ばかり点数稼いでズルイ!さっきは全然会話に加われなかったし」
「なら、次の機会があったらドラっちに譲るわ」
「え?えと……それは……うー……」
「まあまあ、ドラっちにも十分助けられてるから」
「本当!?」
「馬鹿ね、方便に決まってるじゃない」
「スラ子には聞いてないもん!」
 他愛ない会話をしながら教会を探す。因みに、さっきからずっと手は繋ぎっぱなしだ。先ほど初老の男性と話している間もずっとそうだった。あれから数人とすれ違ったのだが、正直視線が痛かった。
「十字架の立ててある小屋……ここか」
 教会にたどり着いて、なんとなく外観をじっと見る。他の小屋よりは少し大きいが、ほとんど変らないと言っていいだろう。
 さて、ドアを開けなければいけないんだが……
「あ、ドラっちが開けるね!」
 樫の杖を持っている手でドアノブを摘んで器用にドアを開ける。あんな小さな手でよくそんなことが出来ると感心した。
「あら、いらっしゃい。教会に何かごよう……」
 出迎えてくれたシスター(若くはないが、それほど歳を取っているようにも見えない)が、俺達の様子を絶句した。その反応が気になったが、とりあえずこちらから用件を切り出すことにした。
「あ、あの、すみません。ちょっと相談に乗ってもらいたいことが…」
「え?ええと、その…幼女性愛なんてコアな悩みを相談されても…」
「違う!」
 あの絶句は俺達の関係を勘違い…いや、決して勘違いじゃないのが悲しいが、とにかくそう言う反応だったらしい。
「あの、その、気になさらないで下さいね?神の愛の前では歳の差なんてささいな問題ですから」
「いや、だからそうじゃなくて……その……」
 必死で否定するが、いざ用件を話そうとした段階で言葉に詰まってしまった。やはり、嘘を並べるのは苦手だ。ここはスラ子に頼ろう。そう思って目配せすると、スラ子は小さく頷いて俺に変わって口を開いた。
「あの、私たちは売り飛ばされそうになっていたところを、この人に助けられて一緒に逃げてきたんです。こんな格好をしているのは、その……裸にされていたので、この人から衣服を借りたんです」
 恥じらいながら言うスラ子に、お前は裸でも気にしないだろうと思ったが、さすがに黙っておいた。しかし、本当に大した演技力だ。シスターも今の話を完全に信じきっているようで、哀れむようにスラ子とドラっちのことを見ている。
「失礼な勘違いをしてしまい、申し訳ありませんでした」
「あ…ああ、いや、わかってくれれば…」
 頭を下げるシスターに、逆に申し訳なくなって顔を背けてしまう。ほとんど騙している様なものだから、気後れしてしまうのも仕方が無い。
「あなた達も、頼りになる人に助けられて幸運でしたね。これも、神の思し召しでしょう」
「うん!お兄ちゃんはすっごく頼りになるんだよ!」
「ええ、この人が居なければ、今頃どうなっていたことか…」
 言いながら、なぜかこちらに擦り寄ってくるスラ子とドラっち。先ほど和らいだシスターの視線が、また固いものに変ったのを感じて少し死にたくなった。……スラ子とドラっちが美少女と美幼女なのは認めるが、これは決して俺の趣味ではないんだ……いや、何が趣味なのか聞かれても困ってしまうのだが。
「とりあえず、あなた方にはまともな服が必要そうですね。村人の支援用にもってきた衣服ですが、折角ですからお分けします」
「いいんですか?」
「ええ、こうしてあなた方が教会に頼られたのも、神の救いがあったからでしょう。ならば、援助することは当然のことです。では、先にお嬢さん達から着替えをお渡しします。ねえ、二人とも。私についてきてくれる?」
 聞かれたスラ子とドラっちは一度俺の方を見て、俺が頷くと素直にシスターに付いていった。そのまま小屋の奥にある部屋に入っていく。
「ふう……」
 やっと開放された両手を見る。彼女達の小さい手は柔らかくて、まあ恥ずかしくはあったけど悪い気はしなかった。
「いい子達ですね」
「うぇっ!?」
 いきなり話しかけられてつい声を上げてしまった。慌ててそちらに顔を向けると、神父の姿をした中年の男がニコニコとこちらを見ていた。
 ……全然、気配に気づかなかった。
「ああ、驚かせてしまいましたね。私はここで神父の仕事をしている者です」
「ええと、すみません。全然気づいていませんでした」
「構いませんよ。地味とか影が薄いとかよく言われてますから」
「は、はあ……」
 確かに目立つタイプではないだろう。だが、本人に言われて「そうですね」と頷けるはずがない。結局、適当に言葉を濁した。
「…失礼ですが、名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「あ、アベルと言います」
 俺の名前を聞いた神父は、なぜか俯いて押し黙った。
「あの…?」
「あなたの父親の名前は、パパスと言いませんでしたか?」
「…っ!?な…」
 なぜ知っている、と言いかけて言葉を飲み込んだ。この村のことを考えると、父は恨まれている可能性がある。その懸念が、素直に認めるのことを躊躇させた。しかし、神父にはその反応で十分だったらしい。
「そうですか……大きくなりましたね、アベル」
「う……あ……」
 微かに…本当に微かにだが幼い頃の記憶が蘇った。幼い頃、サンタローズに居る間は頻繁に教会に脚を運んでいた。教会に行けばシスターのお姉さんがお菓子をくれた。そして神父のおじさんが、信心深い感心な子供だと褒めてくれたからだ。褒めてくれたおじさんの笑顔と、今の笑顔が重なった。
 この人は、俺の知っている人だったんだ。そして、多分あのシスターも。
 なぜか胸が苦しくなる。何か言わなければと思うのに、何も言葉が出てこない。俺が押し黙っていると、スラ子とドラっちの二人を連れたシスターが部屋から出てきた。二人とも、ごく普通の村娘のような格好をしている。元がいいから何を着ても似合っているが……生憎、今の俺はそちらに気をかける余裕はなかった。
「…どうしたの?アベル。様子がおかしいけど…」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「あ、ああ……」
 心配する二人に、生返事で答えるのが精一杯だった。
 そんな俺たちを見て神父は「今日はもう遅い。空いている小屋がありますから、そこに泊まっていってください」と休んでいくように進めた。俺達はその厚意に甘えさせて貰った。




 シスターに案内されて小屋に入った。あの後、シスターは俺の分の衣服と、休むための毛布を持ってきてくれた。
 小屋に入った後、3人切りになったら俺は、スラ子とドラっちに何があったのか問い詰められ、神父と恐らくシスターも幼い頃の知り合いだったことを話した。ついでに、サンタローズが俺の故郷だと言うことも話した。
「そうだったの…それで様子がおかしかったのね」
「もう、最初から教えてくれれば良かったのに」
「ああ…悪い」
 単純に教える機会が無かっただけだが、確かに教えなかったのは水臭かったかもしれない。
 覇気の無い俺の態度に、スラ子は苦笑を浮かべた。ドラっちも似た様な顔をしている。
「はぁ……仕方ないわね。今日は早く休みましょう」
「そうだね。残念だけど、今日は交尾なしでいいよ」
 いや、決して毎晩交尾していたわけではないが。
 それでも二人が気を遣ってくれていることが分かったので、素直に休むことにした。
 その夜は交尾無しで三人で寄り添いながら眠った。

 




[21050] 6
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/16 00:38
 翌朝。
 改めて教会を訪ねた俺は、父の事と自身のことについて話した。スラ子とドラっちにのことに関してはさすがに正直に話すわけにも行かず、俺が奴隷として働かされていた場所から逃げる際に一緒に連れてきた、と言うことにしておいた。俺自身についても、奴隷として強制労働していたことは話したが、大神殿のことまでは話していない。
 一晩置いて気を落ち着けたとはいえ、こんなことをこれだけ平静に話せるとは思っていなかった。神父とシスターは父の死を嘆き悲しみ、悲痛な人生を歩んできた俺を労わってくれた。父は村の人たちに本当に愛されていた、それが再確認できただけでも話してよかったと思う。
 一頻こちらの話を終えた後で、神父から改めて今のサンタローズのことを聞いた。誰もパパスのことを恨んでいないこと。国から目をつけられることを恐れ、復興が進んでいないこと。村を出た者の多くは新しく出来た南の街に移住しており、その者たちからの援助でなんとかやっていることを教えてくれた。
「南の街?」
「ええ。オラクルベリーと言って、数年前から急速に発展し始めて、今では大陸一の都市と呼ばれているほどです。まだまだ拡張が続いていると言う話ですよ」
 それから、以前父がこの村で何をしていたのか教えてくれた。
「パパスさんはこの村を拠点にして調べものをしていました。ただ、彼は調べものに他人を関らせようとはしなかったので、何を調べていたのかは知りませんが。わざわざ洞窟を拠点にしていたくらいですから、相当徹底してましたね」
 父が度々サンタローズの洞窟に行っていたことは覚えている。こっそりと後をつけて洞窟の中に入ったこともある。もっとも、川に分断されていて父の後を追うことはできなかったが。
「今、その洞窟は?」
「昔のままですよ。魔物も住み着いていますので、簡単には近づける場所ではありません」
 つまり、洞窟の奥にいけば父の痕跡がそのまま残されていると言うことか。いや、洞窟には魔物が住み着いているのだから、魔物に荒らされている可能性はある。だが、行って見る価値はあるだろう。
 …今の俺には目的が何も無い。ヘンリーとマリアさんを探そうとは思っているが、見つかれば終わってしまう話だ。だが、父が何を調べていたのか、それを知ることができれば、俺がこれから生きる道が見えてくるかもしれない。
「教えて頂いてありがとうございました。俺達はこれから洞窟に行って見ようと思います」
「達って、その子達も連れて行くの?」
 シスターに聞かれて思わず返事に詰まる。確かに、ここに預けていっても問題はない。今までの戦闘では、スライムとドラキーは基本的に逃げに徹して貰っていた。元が魔物なので見かけよりも力は強いけど、武器も無しに戦わせるわけにはいかないからだ。仲間を置いていくことには抵抗があるけど、安全が確保できるならそうした方が…
 と、俺の考えを察したのか、いきなり両側からスラ子とドラっちが抱きついてきた。
「わ、私、売られそうになって、凄い怖い思いをして…アベルの傍じゃないと、安心できないの。お願い、私も連れてって」
「ドラっちも、お兄ちゃんと一緒じゃないとイヤー!」
 ドラっちは素だが、スラ子は本当に大した演技力だ。目には涙まで浮かべていて、スラ子の性格を知っている俺ですら騙されそうになった。本性を知らない神父とシスターならは一発だろう。
 神父とシスターはそれでも二人を説得しようとしたが、スラ子もドラっちも一歩も譲らず、結局俺が二人とも必ず守るからと言って、シスターと神父に折れてもらった。以前と違い、ちゃんとした靴を履いているから、逃げ回って相手をかき回すくらいはできるだろうし。
「慕われてますね。ちゃんと守ってあげなければ駄目ですよ」
 同行できる事にはしゃぐ二人の姿を見て、シスターがこちらに視線を向けてからかうように微笑んでくる。
「いや、まあ、はは…」
 肉体関係まであるとはさすがに気づいていないだろうが、思わず乾いた笑いで誤魔化してしまった。
「あなた達の行く手に、神のご加護がありますように」
 神父の祈りの言葉に見送られて、俺達はサンタローズの洞窟に向かった。



「バギマ!」
 遭遇した3体の腐った死体のグループを、真空の刃が切り刻む。ぐちゃりと腐肉が飛び散って、くさったしたいはそのまま動かなくなった。
 サンタローズの洞窟の地下は、魔物の…特にくさったしたいの巣窟になっていた。他の魔物もいるにはいるが、くさったしたいと比べると小数でしかない。
「ふぅ…」
 精神的な疲労を感じてため息を付く。無論、魔力の消費もあるが、死体がバラバラに刻まれて飛び散ると言う光景もそれを助長させた。
「アベル、さっきから魔法を頻繁に使っているけど大丈夫なの?」
「お兄ちゃんって、今まで回復魔法以外使ってなかったよね」
「確かに、魔力は温存しておきたいところなんだが……こいつらを直接攻撃することに抵抗があってな」
 触りたくないと言う気持ちも単純にあるが、それ以上に殴った方の武器に腐食がうつらないか心配になったのだ。だから、出会うたびにバギマで撃退しているのだが…
「でも、魔力にもあまり余裕がある訳じゃないでしょ?」
「ああ。このままだと目的地にたどり着く前に魔力切れするかもしれないな…」
 いや、帰りのことを考えると、さらに余裕も見なければならない。どうしたものか…
「お兄ちゃん、どうするの?」
「う~ん、魔力を回復させる薬なんて持ってないしな…ある程度探索した時点で一度引き上げることも考慮しないといけないかもしれない」
「え~、面倒くさーい」
 不満そうに唇を尖らせるドラキー。俺も、こんな所に何度も来たくは無いが……
「ふふん、ついに私の出番のようね」
「ん?何か考えがあるのか?」
 スライムは俺の問いに自信たっぷりに頷いた。
「ええ、次にくさったしたいと遭遇した時は私に任せて」
「そうか…分かった。じゃあよろしく頼む」
 俺の言葉に、スラ子は「任せといて」とウインクした。
「ふん!そんな偉そうなこと言って何もできなかったら笑ってやるからね!」
「ふふっ、私の凄さを思い知らせてあげるわ」
 なぜか悔しそうに憎まれ口をたたくドラっちに、余裕の笑みで返すスラ子。相変わらず仲がいいなぁと思いながら、俺達はさらに先に進んだ。
 しばらくして、またくさったしたいの集団と遭遇した。今度は5体。先程よりも数が多い。
「スラ子」
「ええ」
 目配せをすると、スラ子は俺たちの一歩前に出て、両手の平を魔物たちに向けて翳した。そして、力ある言葉を唱える。
「ニフラム!」
 翳した手のひらから光の本流が溢れる。光はくさったしたいの集団を飲み込んで、瞬く間に光の彼方に消し去ってしまった。
「どう?ざっとこんなものよ」
「む~、スラ子のくせにぃ~!」
「本当だ。いつのまにニフラムなんて覚えたんだ?」
 聖なる光の彼方に魔物たちを消し去る魔法ニフラム。これならくさったしたいには効果は覿面だろう。
「ええ。ついさっきアベルがくさったしたいを倒した時にレベルが上がって覚えたのよ」
「レベルが上がってって……お前、見ていただけだろ」
「一緒に行動していれば、仮に馬車の中から眺めているだけでもレベルが上がるのよ。この世界の常識よ」
「そうか、常識なのか」
 深くは考えまい。となると、ドラっちもレベルが上がっているかもしれないな。
「ドラっちは何か魔法を覚えてないのか?」
「えっ!?えと…マヌーサなら使えるかも!」
 マヌーサか。これも結構便利な魔法だけど、今回は必要ないか。
「マヌーサ使うくらいならニフラムの方が早いわよねえ」
「うー…」
「そんなに気を落とすな。今回はニフラムに頼るけど、いずれマヌーサが必要な時も来る。その時はドラっちに頑張って貰うから」
 ぽんと頭に手を置いて励ましてやる。ドラっちは照れたようにはにかんで「その時は頑張るからね!」と元気よく答えてくれた。
「本当、ドラっちに甘いんだから」
 そんな俺たちを見て、スラ子は苦笑を浮かべていた。



 スラ子のおかげで順調に探索は進んだ。
 そして、そろそろ最深部まで来たと言うところで、またくさったしたいの集団と遭遇した。5体。数は多いがこちらにはニフラムがある。
「スラ子、頼む」
「はいはい。ニフラムニフラム」
 スラ子もすっかり慣れた様子でさっさとニフラムを唱える(因みに、繰り返しているが発動は一回しかしていない)。だが、今回は今までと違った。なんと一体その場に残ってしまったのだ。
「やーい!失敗した、失敗した!」
「え?そんな筈は…ならもう一度!」
 ここぞとばかりにはやし立てるドラっちに、スラ子は動揺も露に再びニフラムを使おうとする。が…
「わわわ、止めてください~!私、悪いくさったしたいじゃありません~!」
 先ほど一体だけ残ったくさったしたいが、慌てたようにあたふたと両手を振りながら必死で止めようとした。…喋ったということは、つまり…
「悪いくさったしたいは皆そう言うのよ!いいくさったしたいは死んだくさったしたいだけよ!」
「いや、死んでるじゃないか」
 スラ子の言葉に、思わず突っ込みを入れてしまう。と、スラ子はこっちを向いて説明してくれた。
「くさったしたいはね、外見が腐った死体に見えるからそう呼ばれているだけで、ちゃんと生きている魔物よ」
「そうなのか?」
 実は、くさったしたいの元は、サンタローズが滅ぼされた時に死んだ人なのかもしれないと思っていた。極力考えないようにはしていたが。
「ええ。もっとも、くさったしたいは屍肉を好むから、戦争跡などの人がたくさん死んだ場所によく現れるの。それでよく勘違いされるんだけどね」
「へ~、なるほどね~」
 ドラっちも感心したように聞いている。と言うか、お前も知らなかったのか。
「あの~、話は終わりましたでしょうか~」
 スラ子の説明が終わるのを律儀に待っていたくさったしたいが、おずおずと声をかけてくる。こう、くさったしたいに気弱そうに声を掛けられると、逆に不気味だ。
「ええ、話は終わったわ。つまりあたなは悪いくさったしたいだからやっぱり光の彼方に消え去って貰うわ」
「うん!スラ子、やっちゃえ!」
「ひゃあー!止めてください~!」
「待て待て待て待て」
 懲りずにニフラムを使おうとするスラ子を慌てて止める。だいたい、このくさったしたいにはもうニフラムは聞かないはずだ。ニフラムは闇の存在を光の彼方に消し去る魔法だ。つまり、闇を払われた魔物には効果が無い。
 俺の制止に、スラ子は「分かってるわよ」と素直に聞いてくれた。ドラっちも不満そうだったが素直に引き下がってくれた。
 それから、俺はくさったしたいに向き直った。正直、直視したい顔ではないが、そういう訳にもいかない。
「で、君はもう闇が払われているんだよね?」
「はいっ!あなたを一目見て、キュンって来ました!どうか私も連れて行ってください~」
 くさったしたいは仲間になりたそうにこっちをみている。…その顔で熱く見つめてくるのは勘弁して欲しい。後、語尾を伸ばすのもできれば止めてくれ。正直もっと距離をとりたかったが、そんな態度を見せて相手を傷つけるわけには行かないので、ぐっと耐えた。
「分かった、仲間にする。じゃ、早速名前をつけるから」
 多分、彼女も人間になるはずだ。なら、急いでそこまで話を進ませよう。
「ほんとですか!」
「あ、ああ!だから、落ち着いてくれ!」
 嬉しそうににじり寄ってきたくさったしたいの肩をつかんで引き離す。くさったしたいはぼろきれのような服を着ているのだが、そのぼろきれごしでもぐちにゃりと嫌な感触が伝わってきてぞっとしたが、何とか顔に出さずに耐えた。彼女はこれから仲間になるんだ。ここで嫌な顔を見せてはいけない!頑張れ、俺!
「名前、名前…」
 くさったしたいを落ち着かせることに成功した俺は、新ためて名前を考える。くさったしたいだから……くさったいしたい!?ここからどう改変すればいいんだ!?
「名前か~、楽しみです~」
 くさったしたいは期待の眼差しで(いや、なんとなくそう感じただけでやはり表情はアレだが)俺に名付けられるのを待っている。
(くさったしたい……くさった?したい?……く、これは難易度が高いぞ…)
 モンスター名をもじっていけばそんなに悩まずに名前を付けられる……そう考えていた頃が俺にもあった。が、俺の考えが甘すぎた!よく考えればもじって名前を付けるのが困難な魔物なんてたくさんいるじゃないか!
(くさったしたいー……くさ……した……う~~~~~~ん)
「ドキドキ」
 くさったしたいは期待の眼差しでこっちを見ている。ドラっちの時にもめたし、ここでスラ子達に頼るのは無しだろう……なんとか自分で名前を思いつかなくては。
「…………くさる……いや……うー……くさ、りん?」
 なんで疑問系なんだと、思わず自分に突っ込みそうになる。
「?くさりん、ですか?」
「あ、ああ。やっぱり、駄目かな?」
「いいえ、素敵な名前をありがとうございます~」
 どうやら気に入ってもらえたようだ。ほっと安堵の息を吐く。少しはなれたところから「ドラっち、いくらなんでもくさりんは無いなって思うの」「それより、りんは本来私の方につけるべきだったような」なんてやり取りが聞こえてきたが、当然無視した。
「じゃあ、くさりん。俺はアベル。これからよろしく」
「はい、よろしくお願いします!ご主人様!」
 ……ご主人様?
「ええと、なぜご主人様?」
「これから私が仕えるお方ですから」
「…アベルでいいぞ?」
「いいえ!ご主人様と呼ばせてください!」
 くさりんにとっては重要なことらしい。…まぁ、いいか。と言うか、もう色々と疲れたから、余計なことを考えたくない。
「分かった。好きに呼んでくれ」
「はい♪では、早速人間になりますね」
 ああ、やっぱり人間になるのか、良かった。本当に良かった。これでもうあの顔に引かずに済む。
 そして次の瞬間にはくさりんは人間になっていた。本当にあっという間だ。俺の目の前で人間になったはずなのに、いつ人間になったか分からなかった。
 くさりんは意外なことに全裸ではなかった。くさったしたいの時に身に纏っていたぼろきれを着ている。そして外見は…
(う……)
 知らないうちに、俺の視線はくさりんの胸元に釘付けになっていた。
 でかい。ぼろきれの袖の隙間から横乳がはみ出しているくらいでかい。一体なんなんだ、この圧倒的存在感は?
「あのー、あまりじっと見ないで下さい~」
「あ、ああ、すまない」
 くさりんが恥ずかしそうに両腕で胸を隠すように抑える。…逆に目立ってまったが、俺は我に返って慌てて目をそらした。
 くさりんもスラ子、ドラっちの前例に漏れず美少女だった。背丈は、多分女性の平均くらいだろう。見た目的には、10代後半くらいに見える。たれ目で、右目の目元に泣き黒子があるせいか、どこか気弱そうに見える。髪の色は明るい茶色で、だいたい背中の中ほどまで伸ばしてあり、緩やかなウェーブがかかっていた。
 が、なんと言っても目立つのはその胸だ。全体的にはほっそりしているため、胸のボリュームが余計に際立って見える。……ある意味これは人体の神秘と言える(元魔物だが)。
「うー!何、このおっぱいお化け!」
「本当、一体どうしたらこんなに大きくなるの?」
 ドラっちとスラ子はまるで親の仇でも見るような目でくさりんの胸を睨みつけている。
「どうしたらって、ただ人間になったらこうなっちゃっただけで…」
 二人の視線におろおろしながら、か細い声でぼそぼそと呟くくさりん。
「ふんっ!こんな生意気なおっぱいなんてこうしてやるもん!……うわ、何この弾力!?」
「ひゃあっ、触らないで下さい」
「そんなに凄いの?じゃ、私も……うわ、すご!これはある意味人体の神秘ね!」
「だからそんなに強く揉まないで……あーん、助けてください、ご主人様~!」
「……先に行くぞ」
 目の前で繰り広げられる桃色なやりとりから目を逸らして、さっさと歩き始めた。…スラ子と同じ感想を抱いたことは何気にショックだった。
「あ!待ってよ、お兄ちゃん!」
「ちょっと待ってよアベル。折角だからあなたも触っていきなさいよ」
「うう~、待ってくださいよ~」
 賑やかに慌てて後に付いてくる三人の様子に、俺は疲れたように嘆息した。





[21050] 7
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/16 13:49

 くさりんを仲間にしてからしばらくして、俺達は洞窟の奥にある部屋の前にたどり着いた。
 洞窟には場違いな木製のドアで、何かの紋章のようなものが描かれている。
「この辺りはなんだか近づき難くて、皆放置していたんですよ。それに、魔物の頃は何か嫌な雰囲気がしましたし……今はそうでもないですけど」
 くさりんが周囲を不安げに見回しながら言った。魔物の頃に嫌な雰囲気がした……魔物が嫌う何かがこの部屋にある、と言うことか?
「この紋章が原因なのかな」
「ああ、これなら見たことあるわ。簡単な魔よけの紋章ね」
 俺の後ろからドアを覗き込んだスラ子が説明して、それから不思議そうに首をかしげた。
「でも、ほんの気休め程度の効果しかない筈だから、魔物が近づけないってほどでもない筈なんだけど……それにしては、この辺りは見事に魔物の気配がないわよね」
「この辺に来てから、全然魔物と遭遇してないもんね」
 実は、くさりんを仲間にしてから一度も魔物と遭遇していない。今までの遭遇率を考えると、もう2、3回ほど遭遇してもおかしくなかったのだが。
「とりあえず入ってみるか」
 俺はドアノブに手を掛けて……開かなかった。やはり鍵が掛かっていたようだ。
「鍵が掛かってるわね?どうするの?壊す?」
「いや、これくらいなら何とかなる」
 スラ子の物騒な提案に苦笑を浮かべながら、俺は懐から針金を取り出した。……さて、まだ腕がさび付いていなければいいが。
「え?そんなもので開けられるんですか?」
「まあ、見ていてくれ」
 針金を適当な形にまげて鍵穴に居れ、ぐりぐり回す。十数秒後、カチリと音がして手応えが軽くなった。よし、開錠できたな。
「ほら、開いたぞ」
「わあ、凄いですね~」
 ドアを開けると、くさりんが感嘆の声を上げた。スラ子とドラっちも感心したように俺を居ている。
「お兄ちゃん、どこでそんな技術身に付けたの?」
「ああ、子供の頃にちょっとな。さすがに頑丈な錠前は無理だけど、一般に使われているような鍵なら大抵開けられるぞ」
 十年以上も使ってこなかった技術だったからちょっと不安だったが、案外なんとかなるものだ。
「子供の頃にって……まあいいわ。さっさと入りましょう」
 スラ子は呆れたように言ったが、特に突っ込んで訊ねようとはせずにさっさと部屋に入っていった。「あ、スラ子ズルイ!」とドラっちが慌てて後を追っていく。…スラ子は、俺があまり昔の話をしたくないことを悟って気を使ってくれたのだろう。本当に細かいところに気が回る奴だ。
「二人ともご主人様よりも先に入るなんて失礼ですよ~」
「別にそう言うのは気にしなくていいから。くさりん、俺たちも行くよ」
「はい♪」
 なぜか嬉しそうに返事をするくさりんを後に連れて、俺も部屋に入っていった。



「結構広い部屋だな……」
 周りを見回しながら、何とはなしに呟く。くさりんも同じように部屋を見回しながら「お掃除のしがいがありそうですね~」と呟く。元くさったしたいが綺麗好きと言うのは何か不思議な感じがするな。
 空間はかなり広く、俺達がサンタローズで使った仮設小屋の倍程度の広さがある。机、箪笥、ベッド、など家具も一通り置かれており、実際にここで生活していた跡が伺える。
「あれは……?」
 そして、部屋を見回している視線が、ある一点で止まった。
 ドアから正面に位置する部屋の奥に、一本の剣があった。立派な台座に鞘ごと刺して立ててある。柄の意匠の精緻さから、大変な業物であることが伺われた。いや、業物であるどころか……
「うわー、凄く綺麗な剣…それに、何か不思議な感じがする」
「この剣は……もしかして……でもこの空気は……」
 先に部屋に入っていたスラ子とドラっちが不思議そうにじっと剣を見つめている。二人の傍に近づいて行きながらも、俺の視線も剣に釘付けだった。そう、ドラっちやスラ子が言ったように、この剣からは不思議な『何か』を感じるのだ。恐らく、くさりんが言っていた魔物が嫌う雰囲気がこれなのだろう。
「スラ子、この剣のこと、知ってるのか?」
 先ほど聞こえてきた呟きが、何か知っている風だったので、気になって訊ねる。
「え?……ええ、心当たりはあるけど……」
 そこで初めて俺の接近に気づいたのか、スラ子は少し驚いたように方を震わせて振り返って答えた後、もう一度視線を剣に向けた。
「……ここに保管されている、ってことはこの部屋の主がなんらかの意図を持って置いていた筈よ。そちらを調べましょ」
「何、もったいぶっちゃって」
 曖昧な返答に、ドラっちが文句を言う。スラ子は苦笑を浮かべて、続けた。
「あんまり大層な名前を出して外したら恥ずかしいしね。私も実物を見たことがある訳じゃないし」
 と言うことは、相当大した代物の可能性があるのか。この剣から感じる雰囲気だけでも納得だが。この部屋の主か……間違いなく、父だろう。
「スラ子の言う通りだな。まずは手がかりを探そう」
 手がかりがあるとしたら、やはり書物か?とりあえず、部屋に置かれている本棚を調べてみることにした。スラ子は俺を手伝うつもりなのか後から付いてきて、ドラっちは「むむ~、いい仕事してるね~」と意味不明な唸り声を漏らしながらまだじっと剣を見つめている。
 あれ?くさりんは?一緒に部屋に入ってきたから、居るはずなんだが。
「……ご主人様~。何か、ご主人様宛の手紙が置いてあるんですが~」
「え?」
 声をかけられて振り向くと、くさりんが手にした封筒を示しながら、こちらに小走りに近づいてきていた。
「はい、ご主人様♪この『アベルへ』ってご主人様のことですよね」
「あ、ああ。ありがとうくさりん。これはどこで?」
 封筒を受け取る。確かに、表には俺の名前が書いてあった。裏返すとパパスと名前が書いてある。……間違いない、これは父が俺に宛てた手紙だ。
「机の上に置いてありましたよ。散らかってるのが気になって片付けてたら見つかったんですけど」
 姿が見えないと思ったら、そんなことをしていたのか。おかげですぐに手がかりが見つかったから助かったが……しかし、あの剣を目にして机の汚れを気にしていたとは、肝が据わっているというか動じないと言うか。…のんきなだけかもしれないが。
「…って、これ凄い剣ですね~。誰が使っていたんでしょうか~」
 のんきなだけだったのが確定した。今、気づいたのか……
 いや、そんなことはどうでもいい。正直、なぜこんなものを残してあるのか気になったが、それも手紙を読めば分かることだろう。俺宛ての手紙が気になったのか、スラ子とドラっちも集まってきた。
「ふぅん、アベル宛の手紙ねえ?」
「ねえねえ、なんて書いてあるの!」
「まずは俺が読んでからな」
 逸る気持ちを必死で抑えながら、俺は手紙に目を通した。



「……そうだったのか」
 手紙を読み終えた俺は、長い沈黙の後、そう呟くのがやっとだった。
 一度に多くのことを知りすぎた。
 母が生きていること。その母が魔界に囚われの身になっていること。父は母を助けるために、魔王を倒せる存在――勇者を探していたこと。
 確かに、父はどこか普通ではないと思っていた。頻繁に各地を回り、家の規模からすれば富豪では無いはずだが、なぜかサンチョと言う従者がいる。何も分からない子供の頃は疑問を持たなかったが、狭いながらもある程度世間を知ってくると、父の異常性が浮き彫りになる。だから、少々複雑な事情があるのだろうとは思っていた。思っていたが…
(魔王を倒すために勇者を探していたか……想像以上にも程がある)
 薄暗い洞窟の天井を仰いで嘆息する。手紙を読んでいる間、緊張しっぱなしだったから、今になってどっと疲れが出てきた。
「…ね、ねえ?なんて書いてあったの?」
 なぜか、俺の顔色を伺うように恐る恐る聞いてくるドラっち。……いや、多分険しい顔をしているんだろう。
(仲間を不安にさせてどうする)
 軽く頭を振り、再び視線を手紙に戻す。どこまで話したらいいのかまだ整理がつかない。とりあえず、一つ一つ答えていこう。
「その剣が何なのか分かった」
「…そうなの。それで、剣の名前は?」
 スラ子がやけに神妙な顔で続きを促してくる。先ほど、答えをためらった所を見るに、スラ子も気づいてはいるんだろう。気づいていて、それでも答えるのを躊躇いたくなるくらい伝説級の武器と言うことだ。
「『天空の剣』……選ばれし勇者のみが扱うことができる伝説の武器だ」
「やっぱり……」
「スラ子、知ってたの?」
 不思議そうに訊ねるドラっちに、スラ子は首肯して続けた。
「天空の装備には翼を模った意匠が凝らされていると聞いているわ。この剣の柄がまさしくそうだったしね。それに、この剣から感じる雰囲気……少なくとも、相当高度な魔力が込められているのは間違いないわ。だから、そうかも知れないとは思ったけど……まさか本当だったなんて……」
 信じられないと言う表情で、剣を見つめる。
「スラ子さん、詳しいんですね~」
「エリートだらか当然よ。あなただって、魔王が勇者によって倒されたって御伽噺くらいは知ってるでしょう?」
「ゆうしゃ?」
 くさりんが不思議そうに首を傾げる。その様子を見てスラ子だけでなくドラっちまでも呆れたように嘆息した。
「くさりん、それくらいドラっちでも知ってるよ」
「え~と…まぁ、知らなくても生きて来れましたし~」
 くさりんは誤魔化すように微笑んで、その様子にドラっちはため息を吐く。まぁ、くさりんも早速馴染めているようで何よりだ、と言うことにしておこう。
「まあ、それは良いとして、どうしてそんなものがこんな所にあるの?」
「父が見つけ出して保管していたんだ」
 答えてから、ようやく考えが纏まった。こうやって掘り下げられていけば、いつかは母の話に行き当たるだろう。あまり突っ込んで説明するのもどうかと思ったが、隠すようなことでもない。なら、最初から説明した方が早い。
「簡単に説明するぞ。俺の母は魔王に囚われているらしい」
「え!お兄ちゃんのお母さんが!?」
 ドラっちが驚きの声を上げる。スラ子、くさりんまでも驚いたように目を瞠っている。
「ああ。それで、父は囚われの母を救うために伝説の装備と勇者を探していた。この剣は、父が見つけてここに保管したんだ」
 要約すればそれだけだ。スケールは大きいが、話自体は結構単純だ。
「でも、魔王はどうしてアベルのお母さんを攫ったのかしら?」
「お兄ちゃんの力って、お母さんから受け継いでいるんだよね?それ関係じゃないの?」
「魔物の闇を払う存在が目障りなのは分からなくも無いけど…それが理由なら攫うよりも殺しちゃった方が早いでしょ」
「むー、確かに」
 スラ子の言うとおり、確かに不自然だ。それなら母には闇を払う以外の何かがあって、魔王はそれを欲して攫ったと考えた方が自然だが…
「ま、気にはなるが、いくら考えたところで答えが出るわけでもないしな」
「そうですねー、難しいことを考えても仕方が無いですし」
 俺の言葉にくさりんが同意するように頷く。……いや、それを言うなら分からないことだろ。と言うか難しいことは考えて理解するようにした方がいいぞ、くさりん。
「そうだ!お兄ちゃんなら、その剣使えるんじゃない?」
「……まあ、試してみるか」
 ドラっちに言われて台座に立ててある剣を手に取る。そして鞘から引き抜こうとして……
「駄目だな。抜けない」
 しばらく頑張ってみたが、諦めて台座に戻した。無理だろうと思っていたから気にはならないが。……勇者を探していた父が、自分が勇者である可能性を考えなかったはずが無い。恐らく、父にも抜けなかったんだろう。
なら、俺に抜けなくても無理は無い。
「むう……ドラっち、絶対お兄ちゃんが勇者だって思ったのに」
「そんな都合のいい話があるわけないでしょ。と言うか、私がアベルのお父さんの立場だったら、手に入れた時点でアベルにも試させてるわね」
 スラ子の話ももっともだ。それでも念のため3人にも試してもらったが、予想通りと言うか当然と言うべきか抜けなかった。元魔物が抜けたら、確かに立場が無いしな。
「とりあえず、他にも何か手がかりがあるかもしれないから、手分けして探そう」
 これ以上現時点で議論する材料がないので、俺達は他に手がかりがないか探すことにした。



 2、3時間ほど部屋を探し回ったが、他にこれと言った手がかりは見つからなかった。だが、いくつか旅の役に立ちそうなものは見つかった。恐らく父が予備で使っていた鋼の剣。かなり仕立てのいい丈夫そうな服とマント。そして、父が蓄えていたお金、15000G。
 鋼の剣は俺が使わせてもらうことにした。服とマントに関しては、サンタローズでもらった物よりも上等だったので、若干サイズが大きかったがこちらを使うことにした。後、ぼろきれを着ているだけのくさりんにも、ここに置いてある服に着替えて貰った。当然ぶかぶかだが、半裸のような格好よりは遥かにいい。そして、予想外に大金だった父の蓄えだが、これもありがたく貰っていくことにした。お金はあって困るものではない。
 後は『天空の剣』に関してだが……ここに置いていくことも考えたが、結局持って行くことにした。10年間無事だったとはいえ、自分でも簡単に開けられるような部屋に放置していくのは心もとないことこの上ない。洞窟内にいるモンスターも大したレベルではないので、冒険者や遺跡荒しがこの洞窟に侵入したら簡単に取られてしまうだろう。それなら、いっそ持ち歩いた方が安全だ。
 …加えて言うのなら、サンタローズの人を父の呪縛から解き放って上げたかったということもある。実際、この洞窟は父に頼まれた老人によって守られていた。この剣が無ければ、この洞窟を守る理由はなくなる。正直、もう開放してあげたかった。
 そして、後は洞窟を出るだけと言う段階になって、俺は改めて3人に向かって言った。
「とりあえず、これでここの目的は済んだけど……皆、今何時くらいか分かるか?」
 洞窟探索と部屋の探索で結構時間がかかってしまった。部屋を探している時についでに昼食は取ったが、可能なら時間が知りたい。
 今、俺たちのパーティは一人増えている。もし、誰かにくさりんを見られたら訊ねられることは必至だ。そして、魔物が人間になったなんて誰も信じないだろし、自分も上手く説明できる自信はない。だから、面倒ごとを回避するために洞窟を出るのは人目に付きにくくなる夜になってからにしたかった。
「今?だいたい3時くらいだよ」
 俺に問いに、ドラっちがあっさりと答えてくれた。なぜ分かるのか聞いたら、ドラキーは元々真っ暗な洞窟に生息していたから、体内時計が優れているのだとスラ子が教えてくれた。……本当に物知りだと思う。
「洞窟を出るのは、道は分かってるから1時間程度で済むな。ここは安全みたいだし、3時間くらいここで休んでいくか」
 俺は最初バギマを使っていたせいで魔力を消費しているし、スラ子もニフラムを何度も使ったせいでやはり魔力を消耗している。少し休んで行った方がいいだろう。
「ご主人様、ご休憩になりますか?」
「ああ」
「分かりました♪」
 なぜか嬉しそうに言って、服を脱ぎだすくさりん……ってちょっと待て!
「なぜ服を脱ぐ!?」
「え?だって、ご主人様、ご休憩になるって……」
「休憩とその行為に一体何の関連があるんだ!?」
「「「え?交尾」」」
 くさりんだけでなく、スラ子とドラっちまでご丁寧に返事をそろえてきた。
「それじゃあ休めないだろ!て言うか、スラ子とドラっちも止めてくれ!」
 抗議の声を上げるが、くさりんはあっさりと無視してスラ子とドラっちに訊ねる。スラ子とドラっちはまだちゃんと服を着ていた。
「お二人はいいんですか?」
「ええ。くさりんは仲間になったばかりだし、今回はあなたに譲るわ」
「ドラっちは…むぐ!」
「ドラっちも休むんですって。くさりん、頑張ってね」
 何か抗議の声を上げかけたドラっちの口を押さえて、くさりんに向けて手を振るスラ子。
「そうですか、お気遣いありがとうございますー」
「いいえ、楽しんでね」
「楽しんでね、じゃない!」
 俺の方を見てにやにや笑うスラ子に、またも抗議の声を上げる。が、当然のようにあっさりと無視された。
「頑張ってねー」
「大丈夫ですよ、ご主人様。いっぱいご奉仕しますから♪」
「くっ、このまま流されてたまるか!……うおっ、なんだこの力は?拘束が解けない!?」




 その日、俺はくさりんの『なめまわし』の威力を身をもって思い知った。

「…ふふ、まだですよ、ご主人様。私はまだ満足してませんから」
「ま、待ってくれ!もうこれ以上は無理だ!」
「大丈夫です……私の舌技にかかれば、すぐに元気になっちゃいますから」
「あーっ!」





























 オマケ

「スラ子、くさりんって、その……凄いね」
「いい?ドラっち。くさりんは技術において私たちの遥か先にいるの。しっかり見物して、今後の糧にするのよ!」







[21050] 8
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/16 23:24
「うわー!すごーい!こんなに人がいっぱい居るのなんて初めて見た!」
 ドラっちが人で賑わった大通りを見て感激したように声を上げている。
「ちょっと、ドラっち。あまりはしゃがないでよ。ただでさえ目立つんだから」
 スラ子がドラっちを諌めてはいるが、それでも目を輝かせて周囲を見ている。
「ふぇ~…」
 くさりんに至っては言葉も出ないようだ。
「ここが、オラクルベリー……」
 自分の記憶にある、どこの街よりも活気のある賑やかな街を見て、俺は呆然とその名を呟いていた。



 サンタローズを発ってから一週間後。
 俺達は新興都市オラクルベリーに到着していた。道中は大した問題も無く、度々遭遇した魔物も危なげなく撃退できていた。一つ、問題があったとすれば、くさりんが樫の杖を叩き折ってしまったことくらいだろうか。鋼の剣が手に入ったから、くさりんに樫の杖を渡して一緒に戦ってもらったのだが、力いっぱいに魔物に叩き付けた際に折ってしまったのだ。樫の杖が悪くなってきていたこともあるが、くさりんの馬鹿力が原因だろう。
 とにかく、新たな魔物が仲間になるでもなく、本当にあっけないくらい簡単にオラクルベリーにたどり着いた。
 そして、街の入り口の門をくぐり、視界に飛び込んできた風景に圧倒されて、そろって呆然としていると言うわけだ。田舎者丸出しだ。さっきから周囲からの視線が痛いのは、あまりにも間抜けな顔をしていたからだろう。
「ドラっち、スラ子、くさりん。いつまでもここに立ち止まっていても周りの迷惑だから、とりあえず行くぞ」
「行くって、どこに?」
 スラ子に聞かれて、一瞬考える。ああ、そうだ。まずは…
「宿の確保だな。それから装備を揃えに行こう」
「宿だね、分かった!…って、わっ!邪魔しないでよ、スラ子!」
 元気のいい声で答えてそのまま走り出そうとしたドラっちを、スラ子が慌てて捕まえる。少し微笑ましい光景だ。スラ子とドラっちは本当に仲がいいというか…最近はまるで姉妹のようだ。
「だからそんなにはしゃがないの。はぐれたら一発で迷子になっちゃうわよ」
「苦労かけるな、スラ子」
 礼を述べる俺に、スラ子は意地悪に笑った。
「でも、これだけ広いと私も迷子になっちゃいそうだわ。また手を繋いだ方がいいかしら」
「それは勘弁してくれ……ほら、行くぞ、くさりん」
 スラ子の冗談に苦笑で返して、まだぼーっと通りを眺めているくさりんにもう一度声をかける。
「ひゃ!ひゃいっ!すす、すみません、ご主人様」
 やっと正気を取り戻したくさりんが、慌てて俺の後についてきた。



 宿は普通に4人部屋を取った。部屋を決めた時、宿屋の主人から『あんたも好きだねぇ』とか言いたそうな顔を向けられたが気づかない振りをした。そして、宿屋の主人に街のことに関して色々と訪ねたのだが……
「カジノ?」
 主要な武器、防具、道具屋ときて、カジノと言う聞きなれない名前が挙がったので、思わず聞き返してしまった。
「ああ。あんた、もしかしてカジノを知らないのかい?だめだねぇ、それは。カジノに行かなかったらこの街の良さの半分も理解できないってのに」
「そ、そうなのか?」
「まあ、気になったんなら行ってみたらどうだい?あんまり遊びすぎて、財布の中身全部スっちまわないように気をつけなよ」
「あ、ああ。分かった、覚えておく」
 とまあそんなやり取りがあって。
 カジノが気になったものの、俺達は予定通り道具屋に来ていた。ここは複合店舗で、武器と防具も扱っている。それだけに、店内はかなり広く、多くの人で賑わっていた。
「賑わっているな」
「本当ですねぇ…」
 大通りに負けないくらいの人の賑わいに、人付き合いが苦手な俺は少し気後れしてしまう。おっとりしているくさりんも、この雰囲気には慣れないようだ。一方、
「うわー、服がいっぱいある!」
「ふぅん、リボンかぁ…あ、この色なんていいかも。どうかしら、アベル?」
 ドラっちとスラ子は早速店の品物に興味を示して、思い思いに物色している。
「とりあえず旅をするんだから、それを考えて選んでくれ」
 色々な服を手にとって胸の前で合わせながら鏡を見ているドラっちと、リボンを手に真面目に悩んでいるスラ子の姿を見て、俺は疲れた気分になりながらどうにか一言釘をさしておいた。
 結局、旅に出ることができる服となると、条件が絞られてしまう。俺はサンタローズで父の部屋にあった服が上等のものだったから、服はこのままで行くことにした。お金に余裕はあるが、だからと言って無駄遣いはできない。
 と、俺と一緒に行動していたくさりんが、ある服を見て足を止めた。
「あ、ご主人様、私はこれにしようと思います」
 と言って持ってきたのは……メイド服だった。いや、それはいくらなんでも。
「くさりん、俺達は旅をしているんだぞ?そんな服を着て旅を続けるのか?」
「でもこれ、冒険者用メイド服って書いてありましたよ」
「…なんだそれは?」
 あまりの言葉に、思わず疑問を口にする。と、
「お客様、説明がご入用ですか?」
「うおっ!」「ひゃあっ!」
 いきなり話しかけられて思わず声を上げてしまう。振り向くと、この店の店員(女性)が営業スマイルを浮かべながら立っていた。…何時の間に、全然気づかなかったぞ?
「え、ええと…」
「あのぉ、この冒険者用メイド服ってなんですか~?」」
 急に話しかけられて戸惑っている内に、くさりんの方から店員に話しかけていた。
「その名の通り、冒険者が着用しても大丈夫なように仕立てられたメイド服でございます。頑丈な布を用いて防刃性の繊維を織り込んでありますので、見た目とは裏腹な高い防御力を誇ります。その上魔法の効果まで付与されたまさに最高の一品と言ってもいいでしょう」
 店員の言っていることが本当なら確かに凄いが…
「なぜそんなメイド服があるんだ?」
「この街はまだまだ新興都市で、正直法の整備も行き届いておりません。そのため、街の大商人たちは身を守るために常に護衛を付けているのですが、あまりむさ苦しい護衛に四六時中傍に居られると気分が滅入ってきてしまいます。そこで、商人たちは考えました。『逆に考えるんだ。むさ苦しい護衛をつけなければならないのではない、綺麗な護衛をつければいいんだ』と」
 …よく分かるようで、まったく理解できないような理屈だった。
「それで白羽の矢が立ったのが、常に主人のそばに控えていても違和感がないメイドだった言うことです。それからメイド用装備が流行りだしまして、今やメイドと言えば冒険者に続く第二の戦闘職と言われるほどなんですよ」
 本末転倒、と言う単語が頭に浮かんだが黙っておいた。とにかく、このメイド服が旅をする上で問題ないことは分かった。
「くさりんは本当にそれがいいのか?」
「ハイ♪」
 嬉しそうに即答された。嘆息して、説明してくれた店員に話しかける。
「彼女に合うメイド服を用意してくれ」
「はい、お買い上げありがとうございます。…しかし、見事なスタイルですね。仕立て直すのにお時間を頂いても?」
 くさりんの胸に目をやり、感心したように、そして少しだけ嫉妬まじりに呟く。
「…どのくらいかかる?あまり長く滞在する余裕はないんだが…」
「そうですね。お急ぎなら、翌日にも。ただし、その場合少々料金を多めにいただきますが」
 値段を聞いたが、問題なく払えるレベルだった。
「それで頼む」
「はい、かしこまりました。お買い上げ、ありがとうございます!では、お連れの方、採寸をしますので付いてきて貰えますか?」
「あ、はい。ご主人様?」
「ああ、俺はスラ子達の様子を見てくる」
 くさりんが俺をご主人様と呼んだとき、店員は一瞬怪訝そうな目で俺を見たが、すぐに頭をさげてくさりんを連れて立ち去っていった。
 さて、スラ子達は……
「あれ?ドラっち一人か?」
「あ、お兄ちゃん。スラ子は今着替えているところ」
「もう決めたのか。意外と早いな。ドラっちは?」
「…冒険者用だと合うサイズが無い」
「言われてみれば確かに」
 普通の子供は冒険者になったりしない。外見年齢10歳の彼女に合う服がないのは当然と言えた。
「とりあえず店員に聞いて見るか…」
 きょろきょろとして、調度近くを通りがかった中年男性の店員を見つけて捕まえる。
「えと…すみません」
「はい、なんでしょうか?」
 声を掛けられた店員はにこやかに振り向いた後、ドラっちの姿を見て驚いたように目を見開いた。
「おお、これはいい美幼女……じゃなかった。お客様、何か御用ですか?」
 何だろう。今唐突にこの店員に聞く気力が失せたんだが。
「あー、間違えました、すみません」
「お兄ちゃん、ドラっちの服のことを聞くんじゃなかったの」
 咄嗟に誤魔化した俺を、あろうことかドラっちが訂正してしまう。すると、目の前の店員はドラっちの言葉を聴いて、さらに興奮したように叫んだ。
「健全な青年をお兄ちゃんと呼び、ロリコンの道へ堕とさんとする活発系美幼女!許せる!」
 駄目だこの店員……早くなんとかしないと。
 そう判断した俺が、どうやってお引取り願おうか考えている内にドラっちが勝手に話を進ませてしまった。
「アハハ、おもしろいおじさん。ねえ、おじさん、ドラっち服を探しているんだけど」
「ふ、服かい?じゃあ、今から用意するから早くぬぎぬぎしましょうね、ハァハァ」
「止めんか!」
 あまりの言葉に思わずこの店員を張り倒してしまう。今のはさすがに捨て置けなかった。
「あいたた。ああ、すみません、あまりにクオリティ高い美幼女の出現に少し気が動転してしまったようで。いやあ、面目ない」
「ああ、そうですか。じゃあこれで」
 シュタッと手を上げて、ドラっちを連れて行こうとする俺の脚に店員がすがり付いてきた。
「待ってください!せめて私にこの子の服を選ばせてください!」
「い、いやいや、間に合ってるから!」
 すがり付いてくる店員を何とか引き剥がそうとするが、がっちり腕を組んで足にしがみ付いているので中々引き剥がすことが出来ない。ドラっちはと言うと、どこか面白そうに俺と店員のやりとりを見ている。俺、一応お前のためにしているつもりなんだが。
「何騒いでるの?」
「どうしたんですか~?」
 そうこうしている内に着替えが終わったスラ子と、どこかで合流したのか採寸の終わったくさりんが近づいてきた。
「いや、この男がしつこくて…」
「私はその美幼女の服さえ見立てさせていただければそれだけで満足なんです!サービスしますから!」
 これだけのやり取りで事情を察したのか、スラ子が呆れたように嘆息しながら言った。
「とりあえず、サービスしてくれるって言ってるんだから、頼むだけ頼んでみたらどう?ドラっちも構わないでしょ」
「いいよー。このおじさん面白いし」
「サービスですかー。お得でいいですねー」
 仲間三人が店員に見立ててもらう側に回ってしまった。こうなっては俺一人否定していても仕方が無い。
「分かったよ。その代わり、俺達は旅をしているんで、風雨に耐えることができる丈夫な服をお願いします」
「ええ、ええ!それくらいお安い御用です。では、さっそく見立てて参ります!」
「はぁ…」
 やっかいなことになったなと思わずため息を付く。そんな俺を見て、スラ子は可笑しそうに笑った。
「心配しすぎよ。あの店員に下心があるのは分かるけど、ただ服を選ぶだけでしょう?サービスしてくれるって言ってるんだから、お言葉に甘えればいいじゃない。……それより、私の格好どうかしら?」
 言って、スラ子はその場でくるりとまわって見せた。彼女の穿いているミニスカートの裾がふわりと上がり、思わず視線が行きそうになって慌てて逸らす。
「どうって……うん、いいんじゃないか。似合ってる」
 スラ子は予想外にシンプルな装備だった。皮製の胸当てに肩当、赤いシャツを着ている。下は赤いミニスカート。いずれも模様がないシンプルなものだ。頭は、今までストレートに下ろしていた髪を、頭の後ろで白いリボンで束ねてポニーテールにしてある。軽装の女剣士(イメージ:FE紋章謎シー○王女)のような印象を受ける格好だった。
「そう?ありがとう」
 嬉しそうに微笑むスラ子の態度に気恥ずかしさを感じて、顔を逸らした。
 そうこうしている内に、先ほどの店員がドラっち用に見立てた服をもってやってきた。
「さあ、服を持ってきたから今すぐぬぎぬぎを!」
「こりんか、変態」
 俺は容赦なく店員に突っ込みの一撃をお見舞いした。

 ……。
「どう、お兄ちゃん、似合う?」
 着替えを終えたドラっちが、嬉しそうにその場で回ってみせる。その姿をみた店員が「女神が光臨したー!」と絶叫して気絶したが無視した。
「うん、似合ってはいるけど……」
 ドラっちは、何と言うか…黒一色の格好だった。袖の無い黒のワンピース(ミニ)。膝上まである黒のソックス。そして足元まで届く黒いマントに、つばの広い黒いとんがり帽子。本当、見事なまでに黒一色だった。
「どういう基準で選んだんだろうな、こいつ」
 まぁ、マントがあるし、帽子も日よけになるからまったく旅に向かない格好と言う訳でもないが。
「あら、可愛らしくていいじゃない。私は気に入ったわよ」
「そうですね~。ドラっちさん、とっても可愛いです~」
「えへへ~、当然!」
 本人が気に入ってるならいいか。スラ子とくさりんにも好評のようだし。
「むむ、いけない!大切なことを忘れていた!」
 と、突然ガバッと身を起こした店員が、慌てて店の奥の方に駆けていった。そして、すぐに何かをもって戻ってくる。
「これ、これを持ってください!」
 そう言って店員がドラっちに差し出したのは、ドラっちの身長よりも長い、不思議な形をした杖だった。杖の先端には球体の石が嵌められている。
「これ?」
 ドラっちは首をかしげながら、その杖を受け取って体の前で斜めにして両手で持った。あまりに長いから、そうしないと杖の先が床に当たってしまうのだ。
「魔法幼女キタコレーーーーー!!」
 店員は意味不明な叫び声をあげつつ、ガッツポーズをとって再び気を失った。自棄に満足そうな顔をしているのがなんか嫌だ。
「まったく、なんなんだ一体?」
 呆れを通り越して、いっそ恐怖すら感じるんだが。と、スラ子が杖を見てふんふんと呟いた。
「でも、この杖、かなり良いものよ。念じるだけでメラとヒャドが使えるみたい」
「本当か!?」
 それはかなり助かる。メラは当然として、ヒャドも水の確保や食料の保存やらで非常に重宝するからだ。
「ええ、この説明書に書いてあるわ」
「説明書って…」
 見ると、スラ子が示した部分に一枚の紙切れが貼り付けてあった。ええと、魔道士の杖・改……?
「魔道士の杖って言う、念じるだけでメラが使える杖は聞いたことがあるけど、その改良バージョンかしら?」
「でも、これどうするんだ?ここは防具屋だから、杖は管轄が違うと思うんだが」
 そう。ここはあくまでも複合店舗なのだ。一つの店が武器、防具屋を兼ねているのではない。スラ子はちょっと考えて、
「じゃあ、これが店員の言っていたサービスってことにしておきましょう。調度気を失っていることだし」
 と言った。説明書には5000Gと書かれているんだが、本当にもらってもいいんだろうか?
「うんうん、この杖があればドラっちももっとお兄ちゃんの役に立てるし!」
「いいサービスでしたねー」
 ドラっちがすぐさま賛同して、くさりんも既に決定済みのような発言をする。
 まぁ、ここにあるってことは、この男は恐らく購入してきたんだろう。この男も満足しているみたいだし、ここはありがたく頂戴しておこう。
 予想外にいい物が手に入った俺達は、いまだ気絶している男に形だけ感謝を述べて、次の店に向かった。






[21050] 9
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/19 18:28

 防具選びが終わり武器屋へ。
 因みに、俺も防具屋でターバンとスモールシールドを購入した。ターバンは布が必要になった時に布切れとして利用してもいい。スモールシールドは小型な分扱いやすそうだし、普段は腰の横に引っ掛けて持ち運びできるようになっているのも都合が良かった。
 さて、武器に関してだが、俺は鋼の剣をもっているし、ドラっちも先ほど魔道士の杖・改を手に入れたので、必要なのはスラ子とくさりんだけだ。
 武器選びに関しては、ドラっちが一番難儀すると思っていたので、正直ほっとしている。
 くさりんは樫の杖を叩き折ってしまうくらいにパワーがある。単純に腕力だけなら俺よりも上だろう。どうにもどんくさいところがあるから器用に武器を使いこなすことは無理かもしれないが、逆に言えば単純に振り回すだけでいい武器なら問題ないだろう。メイスやバトルハンマーでいいのがあればいいと思っている。
 スラ子の方は、さすがに俺には及ばないものの、その華奢な見かけに反したパワーを持っている。剣を振り回すくらいなら問題ないはずだ。彼女はくさりんと違い何かと器用そうだから、どんな武器でも扱えそうだ。頭の良い彼女なら、武器の選択も彼女に任せて問題ないだろう。
 そしてドラっちは……実は彼女は見た目相応の力しかなかったりする。いや、恐らく人間の子供よりは力があると思うが、せいぜいその程度でしかない。重い武器を振り回すのは無理だろう。そして不器用ではないがスラ子ほど起用でもないから、技術を必要とする武器を持たせることにも不安がある。だから、何か特殊な効果をもった軽い武器を探すしかないと思っていたのだが……幸運なことに向こうからやってきてくれた。
 と、言うわけで現在俺達は武器屋に来ている訳だが。
「私はこれにしますね~」
 例の冒険者用メイド装備を見つけたくさりんは、あっさりと自分の武器を決めた。その名も『鋼鉄の箒』。箒の部分以外全て鋼鉄で出来ており、箒の付いていない側にはトゲ付き鉄球まで付いている。名前とは裏腹にかなり凶悪な武器だ。ためしに俺も手に持ってみたが、重量はかなり重い。俺でも油断して振ればすぐに体勢が崩れてしまうだろう。だが、力持ちのくさりんなら問題はない。
 一つ問題があるとすれば用途不明な箒の部分だが……
「本当これでいいのか?」
「ハイ♪お掃除できて戦闘もできるなんて、画期的ですよね~」
 …まぁ、本人が納得できるならそれでいいか。値段も手ごろだし。
 これでくさりんの武器が決まった、後はスラ子だけだけど……
「アベルが剣で、ドラっちが杖で、くさりんが箒かぁ……」
 ぶつぶつ呟きながら何か考え込んでいる。
「どうかしたか?」
「いや、武器が被るのが嫌だなって思って」
「そんなこと気にしなくても、一番使いやすい武器を選べばいいじゃないか」
「それはそうだけど……」
 俺の言葉に頷きつつも、もうしばらく考え込んで、
「うん、決めた。アベル、予備の武器も買っていいかしら?」
「別に必要なら構わないが…」
「ならこれとこれにするわ」
 そう言って彼女が手に取ったのは、チェーンクロスとショートソード。
「チェーンクロスなんて使えるのか?」
 チェーンクロスとは鎖で出来た鞭のような武器だ。先端には勢いをつけるために小型の分銅がついている。正直、俺にはこの武器を使いこなせる自信が無い。鉄製とは言え、鋼鉄の剣よりは軽いからその点では扱いやすいだろうが。
「さあ?用練習と言ったところね。でも、きっと何とかなるわよ」
 スラ子は根拠も無く自信たっぷりに言ってウインクしてみせた。
 何はともあれ、防具と比べて武器はやけにあっさりと決まったのだった。



 道具屋で薬草や保存食を一通りかって店を出た頃には、すでに日が暮れ始めていた。
「どうする?もう宿に戻る?」
「いや、折角だからカジノに寄って行こう」
 宿屋の主人に聞いて少し気になっていた。ちょっと寄り道して行くだけなら構わないだろう。
「そっか!じゃあ早く行こうよ、お兄ちゃん!」
「おい、引っ張るな、ドラっち」
「慌てずにのんびり参りましょう~」
 幸い、場所はここからそう遠くない。俺達は町並みを眺めながらゆっくりとカジノに向かった。
 しばらくして、やたらと派手な建物が視界に入ってきた。もしかして、あれが?
「うわー!キラキラだ!楽しそう!」
「…う~ん、ちょっとケバいわね。あまり趣味じゃないかも」
「私も、もう少し静かな雰囲気の方が…」
 スラ子達が思い思いに感想を述べる。
「まあ、とにかく入ってみよう」
 俺達はそろってカジノの建物の中に入っていった。
 そして……
「うわー…凄いね、ここ」
 さしものドラっちも言葉を失っている。
「なんだか、人の熱気が凄いというか…少し異常な気がするわ」
「私、ちょっと怖くなってきました~」
 中は外見以上に凄かった。やたらと金ぴかで煌びやかで眩しいくらいだ。そして、それ以上に凄いのがここにいる人たちだった。
 狂喜の歓声を上げるもの。興奮の雄叫びを上げるもの。悲嘆の悲鳴をあげるもの。絶望の絶叫を上げるもの。様々な感情が渦を巻き、それが人をさらなる興奮へと駆り立てる、一種異様な空間だった。
「凄いな。人の欲望がこれだけむき出しになっている場所なんてそうそう無いぞ」
 俺達がきょろきょろと中を見渡していると、一人の女性が近づいてきた。バニーガールの格好をした色っぽい女性だ。恐らく、このカジノの店員か何かなのだろう。
「お客様、カジノは初めてですか?」
 案の定、そのようなことを聞かれた。
「え、ええ。あの、ここは、一体何をする場所なんですか?」
「夢を買う所ですわ」
 唇を色っぽく歪めながら言う。だが、その表情が俺にはなんだか薄ら寒いものに思えた。
「ここに来る人たちは皆、一夜限りの夢を買いに来るんです。一攫千金の夢を見に来る者、熱狂と興奮の夢を見に来る者……見事、幸運の女神に微笑まれた者だけが夢を手にすることができる、まさに夢の国ですわ」
 やけに抽象的な言い回しだが、ここに来る者の『夢』を煽っているということは理解できた。
「よろしければ、詳しい説明もいたしますが」
「いいえ、結構よ。もう少し見物してから帰るから」
 俺が答える前にスラ子が割って入ってきた。ややぶっきらぼうな声だ。しかし、女性は気を悪くすることも無く「そうですか、それは残念です」と一礼して去っていった。
「スラ子、どうしたんだ?」
「別に。部の悪い賭けってのは嫌いじゃないけど、あからさまに損をするのが分かってるような賭けをするつもりはないってだけ」
「どうしてそんなことが分かるんですか~?」
 不思議そうに訊ねるくさりんに、スラ子は笑いながらカジノの中を見渡して、
「じゃなかったら、こんな立派な建物になってるはずがないじゃない。相当、巻き上げてるわよ。絶対」
 力強く断言した後で、「でも…」と付け加える。
「ここで夢を買う人たちを否定もしないけどね。結局、当人の問題だから。…それより、あそこにバーがあるみたいだから、あっちに行きましょう。ここにいるよりはマシそうだし」
 肩をすくめて返事を待たずに歩いていってしまった。スラ子にしては珍しい態度だ。そんなにここが合わなかったんだろうか。
「スラ子、嫌ならもう帰ってもいいぞ。俺もあんまり長居したくないし」
「うん、ドラっちも、ここまで派手なのはちょっとね」
 俺とドラっちの言葉に、スラ子は今度はいつもの柔らかい笑みで答えた。
「馬鹿ね。これだけ人が居るんだから、何か面白い情報があるかもしれないじゃない。アベルは元々人探しをしているんでしょう?」
「…ごもっとも。そうだな、バーでちょっと聞いて見るか」
「ええと、難しい話は終わりましたか?」
 おずおずと尋ねてくるくさりんに「ああ」と苦笑して答えてから、俺達はバーの方に向かった。



「いらっしゃい…と、これまた変わったお客さんたちだね。子供にお酒は出せないんですが」
「いや、ちょっと話を聞きにきたんだけど」
 不思議そうに出迎えるバーのマスターに、俺は挨拶も早々用件を伝える。と、マスターは口元に苦笑を浮かべて、
「お客様、ここに来て早々そんな話をされるのはマナー違反じゃありませんか?」
「へ?マナー?」
 何のことだろう?俺が困惑していると、隣からスラ子が口を挟んできた。
「そうね。じゃあ、私とこの子はお子様だからミルクでも頂くとするわ。彼とそこのおっぱいお化けには飲み安くてアルコールの薄いカクテルを作ってあげて」
「ドラっち、お子様じゃないもん!」
「あの…おっぱいお化けって、もしかして私のことですか~?」
「分かりました。では、早速用意いたしましょう」
 そんなやり取りをして、マスターがカクテルの準備をする。お酒なんて飲んだことないけど大丈夫かな?それにしても…
「スラ子、やけに堂々としているな?」
「まあね。雰囲気に合わせただけよ」
 さらりと言ってのける。本当に器用なだな……正直、かなりうらやましい。
 ほどなくして、俺達の前にドリンクが出された。とりあえず一口飲んでみる。……うん、すっきりしていて飲みやすい。悪くない味だ。
「さて、お客様。聞きたい情報と言うのは何でしょうか?」
 …なるほど、先に注文することが質問することに対するマナーだったのか。確かに、店に来て注文もせずにいきなり頼みごとなんてしたら嫌がられるだろう。
 スラ子は質問自体は俺に任せるつもりのようで、目配せしてきた。少し考えて、とりあえず現在もっとも気になっていることを聞いて見る。
「近くに漂流者が流れ着いた、とか言う噂はありませんか?」
「ふむ、漂流者ですか……」
 マスターはしばし悩んでから、口を開いた。
「そう言えば、今から二週間ほど前、街の腕利きの医者がここから南にある海辺の修道院に呼ばれたという話です。それに関係のある話かもしれませんね」
「海辺の修道院ね……」
 それなら、そこに流れ着いたヘンリー達が怪我を負っていて、医者が呼ばれたという可能性もあるか……二週間前なら、時期的にも俺がビスタ港に流れ着いた頃と一致する。うん、確かめてみる価値はありそうだ。
「他に知りたいことはございませんか?」
「うーん……特にないかな」
 いくらなんでも勇者の情報なんてこんなところで手に入るはずがないし、そんな伝説上の存在の話を訊ねるのも少し恥ずかしい。となると自分の目的で聞くひつようのあることはほとんど無い。
「ふむ、では一つおもしろい話をお教えしましょう。お客さま方はカジノで遊ばれましたか?」
「いや、ちょっと空気に馴染めなくて」
「それは少々残念ですね。ここまで大きなカジノは、この大陸ではここだけでしょう」
「はぁ」
 もしかして、それが良い話とやらじゃないだろうな?
「ですが、このカジノの最大の特徴は大きさではありません。ここでしか楽しめないものがるんですよ。その名も『スライムレース』です」
「スライムレース?」
 スライムの名前に反応した元スライムのスラ子が聞き返す。
「ええ。その名の通り、スライム達に競争させてその順位を当てるゲームです。ここで良い活躍をするスライムは、周囲から大人気なんですよ」
「ふぅん」
 反射的に頷きながらも、疑問が脳裏を過ぎる。魔物のスライムを一体どうやって捕まえてレースさせているのか。いや、スライムは弱い魔物だから捕らえるのは難しくないかもしれないが、レースをさせるとなると…
「お客様、不思議そうな顔をなさってますね。実は、このスライムたちは『モンスターじいさん』と呼ばれる老人が管理しているのです。何でも、魔物の悪い心を取り払って、仲間にする能力をもっていると言う話ですよ。だから、スライムレースに出場する魔物たちは暴れたりしないから安心なんです」
 魔物を仲間にする能力。それは、もしかして俺と同じ…?だったら人間になってるんじゃないのか?
 考え込んでいる俺を見て、マスターはやや怪訝そうな顔をした。
「ん?面白くありませんでしたか?この話を聞かれた方は、たいてい『そんなまさか』と笑い飛ばすか『凄い老人がいるんだな』と話半分に感心するかどちらかなんですか」
「いえ、大変興味深いお話でした。その人に会ことはできますか?」
「スライムレース場の脇に地下に続く階段がありますから、そこで会えますよ。まぁ、大変変った方なので、会う時はお気をつけて」
 そう言ってマスターはやや意味深な笑みをもらした。



 支払いを済ませてバーから離れ、再びカジノへ。スロットやポーカーには見向きもせず、カジノの一角にあるスライムレース場に向かう。折角なのでレース場を覗いてみると、カラフルな色をしたスライムたちがスタートラインの手前で待機していた。
 魔物がそうやって大人しくしている時点で違和感がある。となると、モンスターじいさんとやらはやはり俺と同じで魔物を仲間にする能力をもっているのだろう。そう思って、仲間にも話を振ってみた。
「皆は、モンスターじいさんの話はどう思う?」
「間違いなくモンスター使いね」
 少し不機嫌そうな声でスラ子が答える。同じ種族のモンスターが賭け事の道具にされているのはあまり良い気分じゃないだろう。
「うん、皆闇が払われてるよね?」
「そうですね~。私たちと違って完全ではないですけど~」
 ドラっちに確認されて、うなずくくさりん。…完全ではない?
「どういうことだ?」
 その言葉に疑問を覚えて訊ねると、くさりんは困ったように慌てた。
「え、ええとぉ…私たちは完全に闇が払われているんですけど、ここのスライムさん達はそうじゃなくて……」
「…闇が完全に無くなるのは苦労するって話はしたでしょ?」
 くさりんが答えあぐねていると、スラ子が嘆息しながら口を挟んできた。
「まぁ、そんな話をしたような記憶はあるが……」
 確か、どうやって人間になったのか聞いた時だったか?完全に闇が払われるのが魔物が人間になる条件だとか……
「通常のモンスター使いはね、闇の一部を払って魔物から邪悪な心を取り払うの。そうやってまず魔物の凶暴さを消してから、冷静になった魔物に対して仲間になるか交渉するのが一般的ね。だから本来なら魔物を倒して自分たちの強さを見せ付ける必要があるわ」
「でも、俺の時は完全に払われたとか言われたし、そもそも戦ってすらいないが……」
「だからアベルは特別なのよ。広義で見ればアベルもモンスター使いだけど…もはや別物と思った方がいいでしょうね」
「なるほど……」
「もっとも、現存するモンスター使いなんてほとんど居ないと思うわよ。能力は血によって引き継がれるみたいだから凄く限定されてるし、第一、魔物が近くにいることに大抵の人間は抵抗を抱くしね。…もしかしたら、ここの人もこうしないと共存できなかったのかも…」
 言って、スラ子はレース場にいるスライム達を見た。そろそろレースが始まるようで、スライム達は一斉にスタートラインの前に揃って身構えている。どこか緊張しているようにも感じるから不思議だ。
「まあ、こう言うのも、ありなのかもね」
 何かに納得したように、スラ子がほっと息を吐いた。
 そして、
「…ねえ?ドラっち達今回影薄くない?」
「スラ子さんは頭がいいですからね~。魔物使いのことなんて、全然知りませんでしたし~」
「いや、別にお前たちのことを忘れてたわけじゃないぞ?」
 置いてけぼりにされていたドラっちとくさりんはすっかり拗ねていた。



 結局レース自体は見ることなくその場を離れ、しばらくしてレース場の脇にある階段を見つけた。結構分かり辛い場所にあり、探すのに時間が掛かってしまった。実際、目立たないようにしているのだろう。
「この中は明るいけど、もう6時回ってるよ」
「もうそんなになるのか。なら、早いところ切り上げないとな」
 実際、興味本位であってみるだけだ。少し話が聞ければそれでいい。自分は普通のモンスター使いではないみたいだから、あまり参考にはならないだろうけど、それども興味はある。
 薄暗い階段を下りて、地下へ。狭い空間にドアがあり、そのドアには『モンスターじいさんの部屋』とプレートが張ってある。
 ドアを開いて中に入ると、思ったよりもかなり広い空間が広がっていた。数匹のカラフルなスライム(恐らく、レースに出場するスライムだろう)が走り回ったり飛び跳ねていたりして運動している。部屋の奥の方には別の階段があり、そこがレース場に直接繋がっていることは想像付いた。
 そして部屋の手前側に一人の老人がおり、その老人の隣にはなぜかバニースーツを来た若い女性(20歳くらい)と大木槌をもったブラウニーが控えていた。
「おや、お客さんかね?」
 まず、老人がこちらに向かって訊ねて、ついでバニーガールがこちらを向いた。彼女はなぜか驚いたように俺を見た後で、慌てて老人に向き直り興奮したように言った。
「おじいさん、今までお世話になりました。私、ついに運命の人を見つけましたわ!」
「……」

 なんだって?





[21050] 10
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/21 09:24

「おや、お客さんかね?」
 まず、老人がこちらに向かって訊ねて、ついでバニーガールがこちらを向いた。彼女は俺を見て驚いたように目を瞠り、慌てて老人に向き直り興奮したように言った。
「おじいさん、今までお世話になりました。私、ついに運命の人を見つけましたわ!」
「……は?」
 何が起こったのか理解できない。スラ子達も当然そうなのだろうと思いきや、スラ子達はまたかとでも言いたそうに苦笑を浮かべている。
 俺達の当惑を無視して、老人と女性の話は続く。
「そうか……イナッツ、今まで世話になったな」
「いえ、おじいさんの助けがあったからこそです。こちらこそ本当にお世話になりました」
「そこのお方、イナッツは私の孫娘も同然の存在じゃ。よろしく頼みましたぞ」
「は、はあ…わかりました……じゃない!」
 今、もの凄く俺の意思を無視されて話が進んだんだが。あまりに自然に話が進んでいたせいで、思わず頷きかけたぞ。
「と言うか明らかに今の流れはおかしいだろう!俺は今来たばかりだぞ」
「運命の始まりはいつだって唐突なものよ。一目で落ちる恋もあるでしょう?」
「いや、それでも限度が……」
 ん?一目でって……思い当たりと言うか、身近で知っている例が。そう思ってまさにその例の当人であるスラ子達に目配せすると、驚くべき答えが返った。
「そのイナッツさんて元魔物よ」
「なんだって!?」
 その可能性も考えていたが、実際そうだと分かるとさすがに驚いてしまう。と言うことは、彼女(イナッツと言う名前らしい)はこの老人に人間にしてもらったと言うことで……いや、だったらなぜあんなことを言い出したんだ?
「そう言うあなた達だって元魔物じゃない」
「なんじゃと!?」
 今度は老人の方が驚いたように声をあげる。それからしげしげとスラ子達を見て、唸り声を上げる。
「ううむ、イナッツの例を見ていたから知ってはいたが、まさか他にも居るとは……いやはや、世界は広いのう」
 それは俺も同意見だ。
「…とりあえず、話を聞かせて貰っていいですか?俺はア…」
「アベル、でしょ?」
 名乗ろうとした俺の言葉を遮って、イナッツさんが俺の名前を言った。
「な……」
 なぜ知っている。俺はこの女性に見覚えは……いや、元魔物と言う話だから、見覚えはなくて当然なのか。絶句する俺に、イナッツさんは嬉しそうに微笑む。
「やっぱり。あの時の男の子だって一目見てすぐに気づいたわ」
「む~、どうしてお兄ちゃんを知ってるの?」
 ドラっちが面白く無さそうに突っ込む。その問いかけに、イナッツさんは懐かしむように遠くを見た。
「そうね、なら始めから話をするわ。私がアベルと出会ったのは、今からおよそ10年前の話よ」
 10年前か……確かに、その頃はまだ俺はサンタローズで暮らしていた。10年前……その頃に俺と関わりがあった魔物と言うと、もしかして……?
「その頃の私は一角ウサギだったわ」
 ……ああ、違うか。当然だよな。名前も違うし。しかし、一角ウサギ?
「その時の私は人間の仕掛けた罠にかかって足を怪我していたの。その時、私の前に二人組みの人間が現れたのよ。一人はいかつい大男で、とても強かったわ。近くで魔物と争っていて、またたくまに魔物を切り伏せていったの」
 その頃は父と二人でよく旅をしていたから、大男とは父のことだろう。今の俺よりも背が高かったし(実際に比べることは不可能だから服のサイズの違いによる推測だが)、小型の魔物の一角ウサギから見れば確かにそうなるかもしれない。いかつい、って感じはしなかったけどなぁ…
「その大男は次に私を見たわ。私は恐怖で震えることしか出来なかった。その時、大男の影から一人の子供が出てきたの。震えている私の姿を見て、私の怪我に気づいた彼は、私に走り寄ってきて『ウサギさん、大丈夫?』って言いながら私にホイミをかけてくれたの」
 …そんなことをしただろうか?記憶には無いが、当時の俺ならありえない話ではない。
「私はその子がどうして助けてくれたのか理解できなくて、混乱して何も言えなかったわ。そうしている内に、大男が『アベル、もういいか?』と呼びかけて、男の子はその大男の一緒に行ってしまった。最後に、『ウサギさん、元気でね』と振り返って手を振ってくれたわ」
 確かに当時の俺がやりそうな話だった。父とのやりとりも容易に想像できたし、恐らく事実なのだろう。
 そこまで話してから、イナッツさんはウットリと頬に手を当てた。
「あれが、私の初恋だったわ。あの男の子――アベルに、もう一度会いたい。あの時言えなかったお礼を言いたい。叶うことなら交尾したい!だから私はその時に人間になろうって思い立ったの」
「途中までそこそこ良い話だったのに、余計な一言のせいで台無しだ!」
 と言うか、こいつらは一言目には交尾と…流され続けている俺も大概だが。しかし、スラ子達と違ってその時には人間にならなかったのか。それを言うならゲレゲレもだが、あいつはオスだし……って、待て。ゲレゲレは本当にオスだったか?勇ましい外見から勝手にそう思ってただけで、ちゃんと確認したか?
 ……考えないようにしよう。
「ん?どうしたんですか、ご主人様?なんだか難しいお顔になってますよ?」
「いや、なんでもない。でもスラ子達はすぐに人間になったのに、イナッツさんは違ったんだな」
「イナッツでいいわよ。これから貴方と一緒になるんですから」
「……その話はおいておくとして、どうやって人間になったんだ?」
 とりあえず付いて行くだとか言う話は後回しにしておいた。既に人間になっているとはいえ、状況的にはスラ子達に近い。それだけなら無理に断る理由は無いが…彼女はこの老人の仲間の筈だ。それを連れて行くのはさすがに抵抗がある。
「人間になることは決意したんだけどね。でもどうやれば自分の闇を完全に払えるか分からなかったし…そんな状況が一年くらい続いたある時、おじいさんに出会ったの。魔物を引き連れている彼を見て、彼に助けを求めたの」
 そこで、今までじっと成り行きを見ていた老人が口を挟んできた。
「あの時は驚いたよ。一角ウサギがこっちにやってきたと思ったら、いきなり『私はイナッツと言います。私、人間になりたいんです!協力してください!』と言ってきたんじゃからな。モンスター使いのワシにも初めての経験じゃったからさすがに驚いたよ」
「それで、おじいさんの所に預かって貰うことになって彼の世話になったの。相変わらず中々人間にはなれなかったんだけど、おじいさんと居れば身の安全は保障できたし」
 いくら魔物の凶暴さをなくしたとはいえ、一角ウサギは食用にもなる魔物だ(かく言う自分も食べたことがる)。大人しい性格では逆に標的になりかねない。その点でも都合が良かったんだろう。余談だが、イナッツはその頃には自分のことをそう名乗っていたらしい。いつか人間になった時のために備えて、自分で自分に名前をつけたとか。
「そうこうして6年くらい経過してから……今から3年前ね。無事闇の完全除去に成功して人間になったの。まぁ、なんとなくだけど自分の中の闇が薄れていったことは感じていたしね。で、無事に人間になることはできたけど、あの時の男の子の手がかりは何も無かったし、おじいさんに恩もあったからおじいさんの助手をしていたのよ」
「あの時は驚いた。ついさっきまで一角ウサギだった魔物が人間になってたんじゃからの。ドラ吉に頼んでバニースーツをちょろまかしてこれなかったらもっと大変なことになっていたじゃろうな」
 人間になった時は基本裸だからな…くさりんは少し違ったが。因みに、ドラ吉と言うのは彼の仲間のドラキーで、さっき部屋に入った時は気づかなかったが、部屋の奥の方でスライムレースに出場するスライムたちの監督のようなことをしている。
「因みに、今の話は当然わしも聞いておるぞ。だからお主についていくと言うのなら、快く見送るだけじゃ」
「おじいさん……ありがとうございます!私、必ず幸せになりますから!」
 なんだろう、凄く断り辛い雰囲気になったんだが。いや、本人達がいいのなら構わないが…
「あなたは、本当にイナッツが居なくなってもいいのか?」
「まあ寂しくはなるが、ならカジノのオーナーに頼んで新しい助手を探して貰えばいい。幸いと言うか、スライムレースは人気があるからの」
 それを聞いた時、スラ子が口を挟んできた。
「スライムでレースをするのはあなたの提案なの?」
「ここのカジノのオーナーじゃよ。ワシの能力を聞いてそう提案してきた。この提案にのれば、カジノの地下にわしの仲間の居場所を用意してやると言われての」
「それって横暴だよね」
 むっとするドラっちに、老人は「ははっ」と明るく笑って言った。
「確かに、魔物達を受け入れてくれる新転地を求めてきたわしにとって、最初は苦渋の決断じゃったがな。だが、今やレースに出るスライム達は人気者になっておるし、スライム達もレースで闘争心を発散できるしやる気になっておる。このドラ吉やブラウン(ブラウニー)のような見た目が可愛らしい魔物は傍に置けるようになったしな。わしももう歳だ。これで十分と言うことにした」
「そうね。確かにスライム達もやる気になってるみたいだし、いいんじゃないかしら?」
 元スライムであるスラ子がこういうと、説得力がある。
「さて、次はおぬしの話を聞かせて貰おうかの。元魔物の仲間を引き連れているんだから、色々あるのじゃろう?」
「大して話せることは無いですけどね」
 俺は簡単にスラ子達が仲間になった顛末を話した。向こうから仲間になりたいと言ってきた。で、仲間にしたらすぐに人間になった。事実だけ述べるならこれだけである。
「むう……随分と変ったモンスター使いも居たものじゃな……」
「私は7年もかかったのに……」
 感心したように呟くモンスターじいさんと、少し羨ましそうに愚痴を零すイナッツ。
 イナッツの言葉に、逆にスラ子のほうが呆れたようにフォローを入れた。
「イナッツも十分凄いわよ。たった7年で人間になれたんだから。まあ、幼い頃のアベルにある程度闇を払われていたことと、闇を払う能力をもつモンスター使いと一緒に居たことにも助けられてると思うけど」
「一瞬で人間になった人に言われても……」
「それはアベルが特殊だったってだけよ」
 そんな二人のやり取りを他所に、モンスターじいさんは少々考え込んでから、「ふむ」と頷いて口を開いた。
「多少毛色は違う見たいじゃが、同じモンスター使いなら教えておかねばならないな」
 そして、モンスターじいさんはモンスター使いの持つ『血』について、教えてくれた。
 モンスター使いの力は、エルヘブンと言う外界から閉ざされたところにある国の住民のみがもっている力らしい。だが、モンスターを仲間にすることを他の国の人間から嫌われ彼等の仲間になったモンスター共々迫害されそうになったので、国を閉ざして外界との関わりを断っているのだとか。モンスターじいさんもエルヘブンには行ったことがなく、彼の父親がエルヘブンの民だったらしい。
「父は、モンスター使いの力を認めさせるのが夢じゃったよ。結局、叶わなかったがな」
 そう言ってから、モンスターじいさんは改めて俺の顔を――いや、モンスター使いの力をもつ目をしっかりと見てきた。
「お主の縁者は間違いなくエルヘブンの民じゃろう。もう何十年も外界とのつながりを断っている国じゃが、もし己の力が気になるのなら探してみることじゃ。もっとも、ワシも若い頃に探したが結局見つからなかったが。父もどこにあるかは教えてくれなかったしの」
 エルヘブンか……そこに行けば、母の手がかりがつかめるかもしれない。もっとも、何十年も外観との繋がりを断っている国を探すのは簡単にはいかないだろうが、旅のついでに探す価値はあるだろう。
「貴重な話、ありがとうございました」
 礼を述べて立ち去ろうとする俺たちを、モンスターじいさんが呼び止めた。
「イナッツは連れて行かんのか?」
「いや、その……」
 先ほどスライムレースの話で流れてからすっかり失念していた。
「……私じゃ、連れて行ってもらえないのかしら?」
 イナッツは仲間になりたそうな目でこっちを見ている。……仕方が無い。だが、念のためもう一度確認しておくか。
「二人とも本当にいいのか?」
「当然じゃ。そうなるようにワシはイナッツに協力してきたんだからな」
「私も、アベルに再会するために人間になったんだもの。もしここで拒否されたら、これからどうすればいいのか分からなくなっちゃうわ」
 決意は固いようだった。ここまで言われては、俺に拒否する理由はない。
「分かった。これからよろしく頼む、イナッツ」
「ええ。ありがとう、アベル♪」
 そして改めて、今度はイナッツも連れて立ち去ろうとする俺を再度モンスターじいさんが呼び止めた。
「おおっ、そうじゃ。街を出る前にもう一度わしのところに来てくれ。おぬし等に渡したいものがある」
「はぁ…分かりました」
「なるほど、おじいさんアレを譲るのね」
 イナッツは何かを理解したのか、どこか楽しそうに言った。
「ああ。わしにはもう必要のないものじゃし、この若者に渡した方が有効利用してくれるじゃろう」
「まあ、役に立つものならありがたくいただくが…一体なんだ?」
「それは見てからのお楽しみよ」
 イナッツは茶目っ気たっぷりにウインクして、微笑んだ。



 宿屋の主人に4人部屋のままでいいからと、一人増えることを許可して貰い(当然お金は出たが)部屋に戻った。
 久しぶり…と言うか、ほとんど初めてのちゃんとした宿で、俺達は旅の汚れを綺麗に洗い流しリフレッシュした。
 そして夜。
「じゃ、明日に備えて…」
「交尾ね!」
 寝るか、と言いかけた時に、全裸のイナッツがにじり寄ってきた。
 まあ、もはや予想通りの展開だが、意外なことにスラ子、ドラっち、くさりんの姿は見えない。
「あれ?三人は?」
「初めての時くらい二人っきりにさせてって頼んだの。一時間くらい席を外してくれるって」
 …まあ、あいつ等なら夜に出歩いても大丈夫だとは思うが。
「よくそんな条件をあの3人がのんだな」
「これからも仲間は増えるんだから、そう言う取り決めは必要じゃないかしらと提案したら納得して貰えたわ」
 おおっ、あの3人が…毎晩隙あらばと迫ってきていたあの3人が!成長したなぁ…
「私との行為が終わった後は保障しないって言ってたけどね。ベッドでするのってほとんど初めてだから楽しみって言ってたわ」
 やはりここは逃げよう。今日は一人で野宿にするべきだ。そうだ、それがいい、そうしよう。
 そう判断して逃げようとする俺の腕をイナッツが掴んできた。大した力じゃないから簡単に振り切れそうだったが…
「…私じゃ、駄目なの?」
「う…」
「ずっと、アベルのことを思ってきたのよ。今日のこの日をずっと待っていたの」」
「ああ、いや、何と言うかだな……」
 詰んだ。この状況でイナッツを振りほどくことは俺にはできない。
「分かった。交尾しよう」
「その、私、経験ないから、あの…あなたからリードして?」
「…善処しよう」
 基本、流されてきた俺には中々難易度の高い注文だった。



 その夜。俺は初めて自分がリードする行為を経験した。
「あー、その…なんだ。良かったか?イナッツ」
「ハイ♪」

 そして、小一時間後に戻ってきた3人に……いや、これは言うまい。










[21050] 11
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/21 17:34
 そして翌朝。
 散々搾り取られて太陽が黄色いとか思った割には異様に体調が良い自分にかなり驚いた。
 ……いや、今までも行為の後は結構体調が良くなっていたのだが、今回はあれだけ……いや、思い出すのはよそう。
「もしかして、スラ子が言っていた房中術とか言うのが本当にあるのかもな……」
「何か言いましたか、ご主人様?」
「いや、なんでもない」
 隣を歩いているくさりんに聞かれて、誤魔化す。行為のことを思い出していたとはさすがに言えない。
「ふんふ~ん♪」
 くさりんに目をやると、彼女はご機嫌な様子で鼻歌を歌っていた。……しかし、今更だがサイズが合わない服を着ているのにも関らず、くさりんの胸の隆起ははっきりと目立つ。多少早歩きとはいえ、歩いているだけで胸が上下に揺れているのが分かるくらいだ。思わず凝視しそうになった俺は慌てて目を逸らした。
「しかし、随分機嫌がいいんだな?」
「えへへ~、分かりますか~」
 本当に嬉しそうに、いつもののんびりした声で答えるくさりん。
「今日は昨日買ったメイド服が着れるんですよね~、楽しみです~」
「ああ、そのことか」
 他の皆は普通にサイズに合う服があったのだが、くさりんだけは仕立て直す必要があったのだ。……主に、その巨乳のせいで。
「それにぃ…」
 はにかむように言って、ぽっと頬を赤く染める。
「ご主人様と二人っきりなんて、初めてですから~」
 ……そう言えば、仲間と別行動を取ったのは、これが初めてだった。
 始めに皆でモンスターじいさんの所に行ったのだが、支度に少し時間がかかるから、他に用事があるならそっちを優先してきて欲しいと言われたからだ。元々モンスターじいさんを手伝う気だったイナッツはその場に残り、手が空いているのなら手伝って欲しいと言われた。それで、スラ子とドラっちに手伝いを頼んで、俺とくさりんで仕立て直しを頼んでいたメイド服を取りに行くことにしたのだ。その際、用事が済んだらここに来てくれとメモを渡されている。
「それで、ドラっちがさんざんズルイとか行ってたのか」
 俺とくさりんが二人で昨日の店に行くといった時、ドラっちは「くさりんだけ、ズルイ!私も行く!」とかなりしつこく食い下がってきた。スラ子と俺の二人に説得されてしぶしぶ引き下がってくれたが、そう言うことだったのか。
「本当は私も皆さんと一緒に着替えたかったんですけど、そのおかげでご主人様と二人っきりになれたのでしたから、幸運でした~」
「おおげさだな」
「そんなことないですよ~。今だって凄くドキドキしているんですから~」
 俺が苦笑すると、くさりんは少しだけ心外そうに言って俺の手をとってその豊満な胸に持っていった。うおっ、柔らけぇ!じゃなくていきなり何を!
「ね~、胸がどきどきしてますよ~」
「いや、正直胸に阻まれて分からないと言うか、こっちが平静じゃなくなってきそうだから止めてくれ」
「…う~、残念です」
 くさりんは本当に残念そうに顔を曇らせながらも、あっさりと手を開放してくれた。くさりんは基本的に素直に言うことをきいてくれる。……例外はあるが。
 しかし、想像以上に落ち込んだ様子だったので、少し気の毒に思った俺は代わりに手を繋いでやった。サンタローズで二人の手を繋いだ時に嬉しそうにしていたのを思い出したのだ。くさりんとは繋いでいなかったし、これくらいはいいだろう。
「ええと、代わりにこれでいいか」
「え……はい♪ありがとうございます、ご主人様♪」
 きょとんと繋がれた手を見つめた後、くさりんは俺に極上の笑顔を向けてくれた。……なれないことをして少々恥ずかしかったが、悪い気分ではなった。

 ………。
「どうですか~、ご主人様~」
 メイド服に着替えたくさりんが、スラ子とドラっちがそうしたようにその場で回ってみせる。うん、よく似合っている。似合ってはいるんだ。だが、一点、大きな問題があった。
「ええと……なんで、その……胸を強調した服装に……?」
 訊ねると、聞かれた女性の店員は少し引きつった笑みを浮かべたような気がした。
「いえ、その胸を完全に覆わせようとすると、エプロンの布がどうしても足りなくなってしまったので、仕立て屋がそのように改造を施したのです」
 メイド服はよくある黒の上下にエプロンが付いているタイプのものだ。下に着ている服は、首までぴっちりと覆っている。だが、その上に付けるエプロンが問題だった。まず普通に肩紐があるのだが、それが胸のサイドからすぐ下まで伸びており、胸を押し上げるような構造になっている。元がメイド服だから下品な感じは無いが、いやがおうにも胸に目が行ってしまうデザインだった。
「ご主人様~、どうなんすか~?もしかして似合わないんですか~」
「いやいや、よく似合ってる…ぞ」
 不安そうに顔を覗き込んでくるくさりんを慌ててフォローして、思わず言葉につまる。くさりんは先ほどまでとは違い、体にピッタリあった服を着ているので胸の形がはっかりと分かった。しかもそれが下から押し上げられているのだ。さらに、さっき少し屈んでこっちの顔を覗き込んだだけなのに、それだけの動作で胸がたぷんと揺れたのがはっきりと分かった。…なんだ、この破壊力は!?
「…これ、戦闘中とか、大丈夫なのか?」
「まあ、固定はされてますから、多少揺れるでしょうが大丈夫でしょう。……揺れまくって垂れてしまえ」
 店員が最後に呟いた言葉は聞こえない振りをしておいた。…この店員の胸が結構控えめなのも気づかない振りをしておいた。
「えへへ~、じゃあ早くスラ子さん達のところにもどりましょう~」
 俺の言葉が余程嬉しかったのか、浮かれたように手を引いてくるくさりん。別に腕を組んだわけじゃないのに、それだけで俺の二の腕にくさりんの胸が触れて思わずうろたえてしまう。
「あ、ああ。これ、残りの代金です」
「ありがとうございました。……巨乳滅びろ」
 店員の感謝と怨嗟の声に見送られながら、俺達は店を後にした。



 メモに書かれていた場所は、俺達が行った道具屋とは反対方向の町外れの方にあった。
「なんでこんな所に呼んだんだろうな?」
「う~ん、なんででしょうか~?」
 たどり着いた場所は、結構な大きさの倉庫だった。調度その時、倉庫からドラっちが顔を出した。
「あー!お兄ちゃん達遅いよー!早くー!」
 そのまま駆け寄って来て、手を引っ張られる。少し興奮しているようだ。
「どうしたんだ、ドラっち?」
「んふふ~。あのおじいちゃん、凄いものをくれたんだよ!」
「わわ、待ってください~」
 ドラっちに促されて倉庫に入ると、中には一台の幌馬車が置いてあった。乗合馬車と比較すると小型だが、その分頑丈そうな造りだ。繋がれている馬は栗毛の馬で、毛並みが良く何よりも体格が大きい。素人目にもかなりの名馬ではないかと思わせる風格があった。
「はぁい♪アベル」
 御者の席に座っていたイナッツが、こっちに向けて手を振ってきた。その近くではモンスターじいさんが満足そうに馬車を見て頷いている。
「おお、アベル、戻ったか」
「あ、ああ。あの、おじいさん、これは一体…」
「ふむ、これが昨日言っていた渡したいものじゃよ。ワシがここに落ち着く前に使っていた馬車じゃ。少々古いが丈夫さは折り紙付きじゃ。馬は街で一番のものを用意して貰ったから、名馬じゃぞ」
 渡したいものって……この馬車が?!
「いや、さすがにこれを貰うわけには…」
 こんな高価なものを無償で渡されるのは気が引ける。しかも、街で一番の名馬となると、総額はどれほどのものになるか…
「じゃが、モンスター使いはいつ仲間が増えるとも限らんからな。馬車はモンスター使いにとってはある意味必需品じゃぞ」
「それは……分かるが……」
 確かに、モンスター使いは旅の最中に突然仲間が増える時があるから、基本的に常に仲間を受け入れる備えがいる。それに、仲間の人数が増えれば、それだけ必要な物も増えるから、大量に荷物を運搬する手段が必要になってくる。馬車があればどちらの問題も解決するだろう。
「しかし、こんな高価なものをただで貰うわけには…」
「何、可愛い孫娘への選別じゃよ。イナッツはワシの孫も同然だと言ったじゃろう?」
 モンスターじいさんは冗談めかして言った後、懐かしむように馬車を見た。
「それに、こんな所でずっと埃をかぶせておくのももったいないじゃろ。道具は使ってこそ意味がある。同じモンスター使いのお前さんに出会ったのも何かの縁じゃ。もらってくれぬか?」
「そりゃ、もらえるなら助かるが…」
「いいじゃない、もらっちゃえば。おじいさんもこう言ってるんだし」
 まだ渋っていると、ドラっちが口を挟んできた。
「それに、アベルが貰えないって言っても無駄よ。だってこれは私への選別なんだから」
 イナッツもそう言ってきた。そこまで言われては仕方が無い。実際、馬車が手に入るのは非常に助かるのだ。
「……それもそうだな。ありがたく使わせてもらいます」
「うむ。旅に役立てて貰えれば本望じゃ」
 そんなやり取りをしていると、スラ子が馬車から出てきた。
「ふう、こんなところかしら。あら、アベル。お帰りなさい。くさりんも……随分、嫌味な格好しているわね」
「え?くさりん…って、何、これ!?」
 スラ子が俺に向けて手を振り、ついでメイド服に着替えたくさりんに恨みがましそうな視線を向ける。ドラっちは馬車のことで頭にいっぱいで気づいていなかったようで、スラ子の言葉に疑問を持って改めてくさりんを見た驚愕の声を上げた。二人の視線は、メイド服に着替えてさらに強調された胸に向けられていた。
「ふえっ!何か問題ありましたか~?」
「その、何も問題ないって素で思っているところが余計に癇に障るわね」
「このおっぱいお化け!おっぱいに溺れて溺死しちゃえ!」
「ひゃあ、ドラっちさんやめてください~!ああっ、ご主人様、助けてください~」」
「ううっ、この柔らかさは確かにドラっちにはないかも…」
 スラ子が妙に冷ややかな声で呟き、ドラっちは不満そうにくさりんの胸に掴みかかった。急に胸を揉まれたくさりんは、強引にドラっちを弾きはがずこともできず、困惑した様子で胸をかばっている。
 ……いや、うん。仲がよろしくて大変結構だ。そういう事にしておこう。
「じゃ、馬車の中を見させてもらうか」
「もう必要なものは仲に積んであるわよ。簡単に整理しておいたけど、気になったらいって頂戴」
 無視して馬車に向かう俺に、スラ子も二人のやりとりを無視して説明してくれる。
「あらあら、賑やかね」
「うむむ、あの立派なおっぱいが元くさったしたいというのじゃから、世の中は広いのぉ」
 イナッツとモンスターじいさんが俺達のやりとりを眺めながら楽しそうに笑っていた。
 スラ子が言ったとおり、馬車の中にはすでに荷物が積まれていた。と言うか、俺達が持っていた荷物よりも明らかに多い。大体、旅に必要なものはこれから調達するつもりだったのに、大抵のものは既にそろっているのだ。
「もしかして、これも……」
「ああ、ワシからの餞別じゃ。旅は色々必要じゃろ?」
 馬車から顔を出して訊ねると、いともあっさりとモンスターじいさんが頷いた。
「嬉しいが……どうしてそこまでしてくれるんだ?」
 あまりの施しぶりに怪訝に思って訊ねる。可愛い孫娘の餞別だとしてもこれは度が過ぎているように感じる。
「ワシはな、こう見えて結構金持ちなんじゃよ。スライムレースが流行っているおかげで、仲間のモンスターを養っても十分余るほどの金を持っておる。じゃがな…」
 そこで、モンスターじいさんは僅かに顔色を曇らせた。
「仕方なかったとはいえ、これはモンスター使いの力を金稼ぎに利用した結果じゃ。どうしても後ろめたさはある。だからこそ、せめてそのお金で同じモンスター使いであるお前さんを援助しようと思ってな。半分はワシの気を楽にさせるためのものじゃ。だからお前さんが気にする必要はない、むしろワシを助けると思ってもらってくれ」
「…分かりました。援助、感謝します」
 これ以上の遠慮は逆に失礼になる。俺はモンスターじいさんに向けて深く頭を下げて、精一杯の感謝の意を示した。



 馬車を手に入れて仲間を一人増やした俺達は、昼食後にオラクルベリーを出発した。向かう先は、ヘンリーがいるかもしれない海辺の修道院。馬車を使えば半日も掛からないらしい。馬車はイナッツに御者をやってもらうことになった。乗馬の経験者がイナッツしかいないと言うのが一番大きな理由だったが、他にもイナッツは戦闘が苦手でそっちでは役に立てないと言うこともあった。人間になろうと決意してから10年間、戦闘からはずっと逃げ回っていたと言う話だから無理もない。
 もっとも、ずっとイナッツに御者を任せっぱなしと言うわけにもいかないから、いずれは俺も御者の仕方を教え貰うつもりだが。
 とりあえず今回はイナッツに御者任せて俺達は馬車の中に待機することになった。この辺りのモンスターは馬車に乗って走っていれば、ほとんど襲ってこないと言う話だ。
「馬車は初めてだけど、結構揺れるねー」
「それはそうよ。街の道路ならともかく、外の道はあまり整備されていないもの」
「慣れるまでの辛抱ですよ~」
「まぁ、ここまでスピード出せるのはこの辺だけだろうけどな。魔物の動きが活発なところだと、馬車を守りながら移動することになるだろうし」
 そんなやり取りをしながら馬車に揺られて目的地を目指す。特にトラブルもなく日が暮れる前には修道院にたどり着いた。
 馬車から降り、イナッツとくさりんに馬車の世話を任せて、俺、スラ子、ドラっち3人で修道院に向かう。
「ここ、なんか雰囲気が違うね」
「神に使える女性が集う場所だもの。一種の聖域よ。これじゃあ、魔物達は近寄ってこれないわね」
 ドラっちが建物を見て呟き、スラ子が解説する。いつも通りの光景だ。
「……俺の想像が合っていればいいんだが」
 呟きながら、修道院に近づくと、庭に居たシスターが声をかけてきた。
「お客様、ここは神に仕える乙女が集う場所です。理由も無しに男性が近づくのは禁じられています」
 抑揚の低い小さな声。常日頃から感情を表に出さないようにしているためであろう。俺は慌てて頭を下げた。
「し、失礼しました。俺は、アベルと言います」
「アベル、さん…?」
 そのシスターは、俺の名前を聞いてなぜか怪訝そうな顔をした。俺はそれに気づくことも無く、若干緊張しながら用件を告げた。
「あ、あの!こ、ここにヘンリーは来てませんか!」
 若干声が上ずった上に奇妙な問いかけになってしまった。スラ子が後ろで呆れたように肩をすくめている。
 しかし、シスターは俺の言葉に驚いたように声を上げた。
「もしかして、あなたがヘンリーさんとマリアさんの言っていたアベルさんなのですか?」
 シスターの声に、俺は自分の予想が当たっていた事を確信して、大きく安堵の息を吐いた。








[21050] 12
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/22 11:43
「ヘンリー!無事だったのか!」
 ヘンリーが療養している部屋に案内された俺は、ベッドに寝かされているヘンリーの姿を見て思わず駆け寄った。ヘンリーの右足と右腕はギプスで固定されている。医者が呼ばれたというのは、恐らくこのことなのだろう。
「おー、アベル、久しぶりだな。ま、ちょっとヘマしたせいで、こんな状態だけどな」
 ヘンリーの減らず口にほっとする。怪我はしているが、元気そうだ。気の抜けた俺は、思わずその場にへたりこんでしまった。
「……本当に、無事でいてくれた良かった」
「おいおい、勝手に殺すなよ。言っとくけどな、俺はアベルは無事だって信じてたぜ。薄情な奴だな」
 肩をすくめながら憎まれ口を叩いてくる。ヘンリーと離れ離れになっていた期間は二週間ちょっとくらいでしかないのに、妙に懐かしく感じて涙が出そうになった。その時、俺の耳に女性の忍び笑いが聞こえてきた。
「ふふっ、そんなこと言って。ヘンリーもアベルが来たって聞いてとても嬉しそうにしていたんですよ」
 視線を移すと、ヘンリーの枕もとの傍に一人の女性が立っていた。しまった。ヘンリーに意識が行っていて気づかなかった。…って、彼女は…
「お、おいっ、マリア、ばらすなよ!」
 ヘンリーの慌てたような言葉に確信を得る。やはり、あの時一緒に大神殿から脱出したマリアさんか。奴隷の時と違って、清潔なシスターの格好をしているからすぐには分からなかった。
「マリアさんも無事だったのか」
「ええ、ヘンリーのおかげで、私は傷一つ負わずに済みました」
「ヘンリーのおかげ?」
 不思議に思って訊ねると、マリアさんは感謝の視線をヘンリーに向けて教えてくれた。
「はい。私たちが乗っていた樽が壊れて、海に投げ出されたあの時、ヘンリーさんが咄嗟に私を抱きしめてかばってくれたんです」
「そうだったのか」
 あの時、俺は訳も分からずに海に投げ出されたが、ヘンリーはそんなことまでやってのけたらしい。
「名誉の負傷だな、ヘンリー」
「違えーよ。俺はただマリアがあまりにも美人だったから抱きつくチャンスを狙ってただけだ」
「もう、ヘンリーったら…それで、私がせめてものお詫びに看病しているんです」
 ヘンリーの言葉に、マリアさんがぽっと頬を赤らめる。この二人、何気にいい雰囲気だな。少し微笑ましい。
「お前の方は今までどうしてたんだよ?」
「ああ、それはだな……」
 話を振られて、簡単に説明しようとして……ようやくスラ子とドラっちを放置してしまったことを思い出した。慌てて振り返ると、二人とも所在ない様子でドアの前でたたずんでいる。スラ子は呆れたような、でも少し寂しそうな顔で俺達のやり取りを見ていて、ドラっちは分かりやすく不満そうに頬をふくらませて怒っている。
「むー!やっとドラっち達のこと思い出した!」
「あ、ああ。悪い」
 ドラっちが怒ったように声を上げ、その声を聞きとめたヘンリーとマリアさんの二人が不思議そうな顔をする。
「なんだ、連れがいたのか?」
「あ、ああ。ここまでの道中で知り合ったんだ。紹介するよ。スラ子、ドラっち、入ってきてくれ」
 慌てて二人を呼ぶと、スラ子は色々と諦めた様子で、ドラっちは尚も分かりやすくぷりぷり怒りながら入ってきた。
「アベル、旧友との感動の再会なんだから仕方ないとは思うけど、それでも私たちを忘れていたのは酷くないかしら?」
「スラ子の言う通りだよ!ドラっち達のことほっといて行っちゃうんだもん!」
「ああ、分かった。悪かった」
 ドラっちはもちろん、スラ子も口ぶりから察するにかなり機嫌が悪そうだった。
「へえ、可愛いお嬢ちゃん達じゃないか。どこで知り合ったんだよ?」
 スラ子はともかく、見た目10歳のドラっちを見ても平然とそう言ってくるところが、ヘンリーのいいところだと思う。しかし、どう答えたものか……ヘンリーだけなら正直に説明しても構わないが、シスターであるマリアさんの前で元魔物を修道院の中に連れ込んでいると説明するのは気が引けた。
 そこでマリアさんの様子を伺うと、なぜか酷く驚いた様子で二人のことを見ている。
「…この二人からは、ほとんど穢れを感じられません。もしかして、私と同じシスターの方なのですか?」
 その言葉に、逆に俺が驚いてしまう。スラ子とドラっちがシスターだって?……あり得ない。
 返事に困っていると、やはりいつものようにスラ子が気を利かせて俺の代わりに答えてくれた。
「いえ。ただ、私達は幼い頃から強制的に節制させられていたので、もしかしたらそのせいかもしれません……あの、その頃のことはあまり詮索しないで頂けると助かります」
 暗い表情を作って俯くスラ子に、マリアさんはすっかり騙されて気遣うような視線を向ける。しかし、上手い言い訳だ。こう言われては、深くこれ以上突っ込むことはできない。
「…すみません。苦労なさっていたのですね」
「いえ、アベルに助けて貰ったから、今は平気です」
 そう言って、スラ子は自然な仕草で俺に擦り寄ってきた。
「ドラっちもお兄ちゃんが一緒だから平気だよ!」
 反対側から、ドラっちが俺の腕に抱きついてくる。
 両側からスラ子とドラっちに挟まれた俺を見たヘンリーが、面白そうにニヤニヤと口元を歪めた。
「随分なつかれてるじゃないか、なあアベル」
「…はは、まあな」
 ヘンリーの言葉に、俺は乾いた笑いを返すことしか出来なかった。



 一頻現状の話が済んだ後、話は自然にラインハットのことに移っていった。
「ヘンリー、ラインハットのことは…?」
「知ってる。ここに出入りする商人に頼んで情報を貰ったしな」
 そして、ヘンリーは顔に若干影を落として呟いた。
「ったく、親父の奴も簡単にくたばりやがって……」
「ヘンリー……」
 気遣うように声をかける。ヘンリーは、悪戯ばかりしながらも父親のこと彼なりかなり気にかけていた。いや、気にかけていたからこそ、どうしようもない悪戯好きと言うイメージを周りに与えて、自分を次期国王の座からは離そうと考えていたのだ。こんな最悪な形で実現するとは思ってなかっただろうが。
「今、ラインハットは明らかにおかしい。そもそも義母さんにしたって、デールを次期王座につけたいだけで、自分が権力を握りたいとは考えていなかったんだ。だが、今のラインハットでは義母さんがデールを差し置いて好き勝手しているらしい。デールをあれだけ溺愛していたあいつが、デールをおざなりにして好き勝手やっている?違和感あり過ぎだ」
「ヘンリーはラインハットをどうしたいと考えている?」
 俺が尋ねると、しばし遠くを見た後で、決意の瞳で言った。
「あんなんでも俺の国だからな。なんとか元の正常な状態に戻したいと思っている。だけど、今の俺はこんなだしな」
「そうか……」
 ヘンリーは十年間ともに生きてきた親友だ。可能なら、その願いをかなえてやりたい。それに、今この国はラインハットによって定期船が制限されている。このままでは、この大陸を離れて旅をすることができなくなる。
 ……うん、ヘンリーを助けることは俺達のためにもなるな。
 そう判断した俺は、黙って話を聞いていたスラ子とドラっちに目配せした。ドラっちはきょとんとしていたが、スラ子の方は俺の考えなんてお見通しとばかりにすぐに頷いてくれた。
「ヘンリー。ラインハットの話、俺達が手伝おう」
「いいのか?アベルだって大切な目的があるんだろう?」
「その目的のためには、別の大陸に向かう必要がある。でも、今はラインハットが定期船を止めているために不可能だ。なら、ラインハットをどうにかしなきゃならないだろう?」
 俺の言葉に、ヘンリーは珍しく感極まったように目を伏せた。
「悪いな、アベル」
「らしくないな、ヘンリー。任せた、と気軽に言ってくれ」
「…ふんっ、確かにそうだったな。任せたぜ、アベル」
「ああ、任せろ」
 お互いに軽く拳をぶつけ合って、笑みを交わす。
「ただし、城に行く時は絶対に俺も連れて行けよな!その時までには絶対怪我を治しておくからな!」
「分かっている」
 話が終わって、これ以上長居するのも悪いと思って席を立ちかけた時、マリアさんに呼び止められた。
「もし、ラインハットに行くというのなら、シスター長の話を聞いていって貰えませんか?」
「シスター長の?」
「はい。シスター長は、先代のラインハット国王と知り合いだったと伺っております。何か、いい話が聞けるかもしれません」
 それなら、ここを退室した後で会いに行くのもいいだろう。幸い、夕食の時間までまだ余裕はある。
「ありがとう、マリアさん。会いに行ってみるよ。じゃあな、ヘンリー。しっかり休んでおけよ」
「ここで寝てればマリアが甲斐甲斐しく世話してくれるからな、言われなくたってそうするさ」
「もう、ヘンリーったら…アベルさん、どうかお気をつけ下さいね」
 二人の微笑ましいやり取りに笑みを浮かべながら、俺はスラ子とドラっちを連れて部屋を後にした。



 シスター長の所に行く前に、ここを管理しているシスターに一度馬車のことを相談しに行った。
 本来なら真っ先にしなければならないことだったのだが、ヘンリーのことを聞いてそっちに意識が行ってしまったのだ。待たせているくさりんとイナッツには悪いことをしてしまった。
 それで相談したところ、商人用の馬車小屋があるからそこを使えばいいと言われた。それでくさりんとイナッツを迎えに行き(長い間待たせていた性で少し拗ねられた)馬車を馬車小屋に移してから、シスター長への面会を頼んだ。
 思いの外簡単に面会を許され、俺達は修道院の一室に案内された。
 この修道院で一番広い部屋と言う話だが、内装は落ち着いていて品があり、自然と厳かな気持ちになってくるような部屋だった。その部屋の真ん中に、シスター長はたたずんでいた。品格を漂わせている、優しげな顔をした初老の女性だった。傍には彼女の世話役らしいシスターが控えている。
「話は聞いています。貴方達はラインハットに行きたいそうですね」
 静かだが、不思議とよく通る声で彼女は言った。その声に、自然に背筋が伸びそうになる。彼女の前でだらしない様子を見せてはいけないと、そんな気持ちにさせる声だった。
「は、はい。それで、マリアさんから貴方のことを教えてもらいました」
 少し噛んだものの、何とか臆せずに答える。と、シスター長が俺の顔――いや、瞳をまじまじと見つめてきた。
「……あなたは、不思議な力をもってますね。今の貴方なら、ラインハットを救えるかもしれません」
 しばしじっと考え込んだ後で、何かを決意したように顔を上げた。
「今、ラインハットは行き来を制限されています。唯一の道であるオラクルベリーの北にある関所は、厳重に警備されて許可の無いものは決して通れないという話です。…袖の下を渡せば通れる可能性もありますが、恐らく法外な金額を要求されるでしょう」
「そうですか……では、どうしたら」
 俺の問いかけに、シスター長は静かに頷いた。
「それ以外の手段を使うしかありません」
「それ以外…?」
「旅人の扉、と言うものをご存知ですか?」
 ええと、聞いたことはあるが……
「大昔に作られたという、遠く離れた地と地を繋ぐ泉のことですね」
 俺が考え込んでいると、スラ子が代わりに答えてくれた。
「ええ、その通りです。ここから南に向かい、橋を渡ってさらに南下した場所に祠があります。その祠の中にラインハット城内に直接繋がっている旅人の扉があるのです」
「本当ですか!」
 それなら、ラインハットに向かうどころか、城内への侵入も一気に果たせる!
「ですが、ただラインハットに乗り込むだけではどうにもならないでしょう。まずは、その祠からさらに南にある神の塔を目指すことです」
「神の塔?」
「ええ。そこには、真実の姿を暴くと言うラーの鏡が保管されております。もし、ヘンリーの言っていた『太閤が別人になったようだ』と言う言葉が本当なら、きっと役に立つでしょう」
 ラーの鏡…もし、それを使えばスラ子達も元の姿に戻ってしまうのか?……いや、深く考えないようにしよう。
 そこまで教えられて、ふと俺は疑問に思った。なぜ、この人はここまで親切に教えてくれるのか?その疑問を述べると、シスター長は沈痛な面持ちで言った。
「前ラインハット国王とは懇意の間柄でした。かつてはこの修道院からも多くのシスターをラインハットの教会に送っていたのです。彼は、謙虚で真面目な王でした。今のラインハットの現状に、きっと天国から嘆いていることでしょう。叶うのなら、私は彼を安らかに眠らせてさしあげたいのです」
 真剣さ以上に悲痛さを感じさせる言葉だった。それほどまでに切実なのだろう。
「……分かりました。貴方のお言葉どおり、まずは神の塔を目指してみようと思います」
「お待ちください。神の塔は敬謙な神に仕える者の祈りでしか扉を開けられない筈です」
 そこで、シスター長の傍に控えていたシスターが始めて口を挟んできた。しかし、シスター長は優しげに微笑んで言った。
「いえ、大丈夫ですよ。彼の周りには清らかな魂を持った女性が3人も居ます。スラ子さんとドラっちさんとくさりんさんでしたか?あなた方なら扉を開けられるはずです」
「あの、私は駄目なんですか?」
 イナッツが不思議そうに口を挟む。シスター長は頷いて答えた。
「ええ、あなたも一般の人よりは穢れは少ないですが、それでも世俗の穢れを纏っています。扉を開ける資格にはなりえないでしょう」
 …皆、元魔物だが、彼女らに差があるとしたら人間として生活してきた時間だろう。イナッツは3年を超えているが、その次に長いスラ子でさえ人間になってからまだ二週間も経っていない。それが原因なのかもしれない。つまり、時間が経てばスラ子達でも無理になる可能性はあるのか。それがどれだけ先のことなのかは分からないが。
「なら、早く言った方がいいか……シスター長、ありがとうございました。必ずラインハットを元の平和な国に戻して見せます」
「そうですか……どうかお願いします」
 そして、シスター長はこちらに向かって深々と頭を下げてきた。



 シスター長との面会の後、今日はもう遅いから泊まっていけばいいと進められたので、お言葉に甘えることにした。
 くさりんとイナッツを紹介していっなかったので、改めてヘンリーの部屋に向かったら、ヘンリーが少々鼻息荒く「そのおっぱいと色っぽいバニーちゃんを紹介してくれ!」と言ってきてマリアさんに腕を抓られていた。本当お似合いだな、この二人は。
 その夜、男女同衾などありえないと言う理由で、俺達は初めて別々の部屋で眠った。
 おかげで今日はゆっくり眠れたが、何か物足りなく感じたのは……気のせいと言うことにした。きっとそうだ。そうに違いない。






[21050] 挿話1
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/09/10 18:00
~修道院に宿泊中 スラ子視点~


「はぁ……」
 寝室として通された部屋から一人外に出た私は、月明かりに照らされた色取り取りの花が咲いている庭を眺めながら小さく溜息を吐いた。
(……考えたって、どうにもならないことなのに、ね)
 浮かんでくるのは、アベルと供にアベルの旧友――ヘンリーに会いに行った時の事。
 ヘンリーを見たアベルは、すぐさまヘンリーの元に駆け寄っていった。…一緒に居た私たちのことを忘れて。
 二人の会話をずっと見ていて、思い知った。

 ――アベルが、あんなにも嬉しそうな笑顔を見せたことがあっただろうか?
 ――アベルが、あんなにも気安い態度を見せたことがあっただろうか?
 ――アベルが、あんなにも心を許していることがあっただろうか?

 分かっては、いる。詳しくは聞いていないけど、アベルとヘンリーの間にはとても長い年月の付き合いがあることくらいは。
 長い年月……つい最近出あったばかりの私では、どうしようもない差だ。
「分かっては、いるんだけど…ね」
 それでも、これまでの短い付き合いで一番アベルのことを分かっていた気になっていた私には衝撃の事だった。私は、あんなにもアベルと心許せる仲になることができるのだろうか?あんなふうに、お互いを信じられるようになるのだろうか?
 アベルとヘンリーの二人の絆は、私の絆なんて所詮ちっぽけなものに過ぎないと見せ付けているようで、それがどうしようもなく寂しかった。
「はぁ……男相手に嫉妬しても仕方ないのに」
 それでも、その絆の強さが羨ましくて……ともすれば、元魔物の私達ではそんな絆を得ることはできないんじゃないかとまで思えてきて…
「……エリートが聞いて呆れるわ」
 皆の前では普段通りの自分で居られたと思う。そして明日からも普段の自分でいられるだろう。
 だから、今夜くらいは、仕方が無いんだ。少しくらい、弱気になることなんて。
「――スラ子、どうしたの?こんなところで」
「っ!?お、驚かさないでよ、ドラっち」
 不意に声を掛けられて振り向くと、眠そうな目を瞬かせながらドラっちが近づいてきている所だった。…声を掛けられるまで、全然気づかなかったなんて……そんなにも思い耽っているとは思わなかった。
「こんなところで何してるの?」
「…ちょっと夜風に当たりたくなっただけ。ドラっちの方こそどうしたのよ?」
 適当にはぐらかして聞き返す。皆、眠っていたはずだけど…
「トイレで目が覚めたら、スラ子のベッドが空いてたから捜しに来たんだよ」
「…すぐに戻るから気にしなくてもいいのに」
 暗に早く戻れと言ったつもりだったが、ドラっちはそのままこっちに近づいてきて、私の隣に来た。
「ふぅん、夜の花ってのも中々いいじゃない」
「…子供は寝る時間よ」
「ドラっち、子供じゃないもん!」
 ムキになって言い返してくる。そう言う反応が子供っぽくていつもからかっているんだけど、今夜はそんな気分じゃない。
「…まぁ、いいけどね。確かに、夜の花ってのも悪くないし」
「…むー」
 適当に同意すると、ドラっちがなぜか不満そうに唇を尖らしていた。…なぜだろう?
「スラ子、やっぱりちょっとおかしいよ。どうしたの?」
「……あなたにまで分かるようじゃ、末期ね」
 諦めたように嘆息する。やっぱり、と言った事は私の様子がおかしいことに気付いていたんだろう。
 そんな自分に呆れると同時に、ドラっちの気遣いが少しだけ嬉しかった。
「ねえ、ドラっち」
「ん?何」
 そんなことを思ったせいか、私は自然にドラっちに問い掛けていた。
「アベルとヘンリーの仲を見て、どう思った?」
 そして、訊いた瞬間に後悔した。こんな質問の仕方じゃ誤解されかねない。慌てて訂正を入れようとしたが、その前にドラっちがいともあっさりと答えた。
「ん?仲良いよねー。昔からお兄ちゃんのこと知ってたのは羨ましいけど」
 幸い変な意味には取られなかったみたいだ。……ってドラっちなら当然よね。でも…
(羨ましい、か……)
 やっぱり、そうなんだろうか。どれだけ強く想っても、築いてきた年月の長さには敵わないのだろうか?
「そうね。アベルがあんなにも無防備に心を許している相手って、ヘンリーしかいないものね」
 つい、そんな愚にもつかないことを呟いてしまう。
 だって、私はアベルがあんなにも気を許した相手を他に見たこと…
「へ?何言ってるの、スラ子」
 しかし、ドラっちは私の言葉を聞いて、本当に不思議そうな顔をした。
「気を許すも何も、お兄ちゃんは初めから全部受け入れてくれてるじゃない」
「え?」
 思わず聞き返す。
「お兄ちゃんがヘンリーに気を許しているのは分かるけど、それはドラっち達だって一緒でしょ」
 それは……その通りかもしれないけど……
「でも、ヘンリーはアベルの昔のことを知っているし…」
「別にお兄ちゃんの昔のことなんて気にしなくてもいいじゃん。聞けば教えてくれると思うけど、聞いたからどうだって訳でもないし」
「それは、そうだけど……」
 …なんで私はドラっちの言葉に反論できずに居るんだろう?確かに、アベルは私達に気を許してくれている。それくらいは分かっている。だけど、それ以上にヘンリーには気を許して…
(…あれ?)
 自分の考えに疑問が浮かんだ。なぜ、アベルが気を許す相手に程度の差をつけるなんて考えているのだろうか?アベルがヘンリーに向ける信頼と、私達に向ける信頼に差なんてあるのだろうか?
 考えれば考えるほど分からなくなってくる。……ひょっとして、あの時無視された形になったのを拗ねてただけ、とか?それにヘンリーが羨ましいと言う想いが重なって余計なことまで考えすぎて……
「……はぁ」
 だとしたら、愚かにも程がある。本当、何がエリートなんだか。
「そりゃ、付き合いの長さだったら敵わないけど…」
 私が溜息を付いている間にもドラっちの話は続く。楽しそうに、闊達な笑みを浮かべながら。
「だったら、ドラっちはその付き合いの長さを超えるくらいずーっとお兄ちゃんと一緒に居るんだから。そうすれば、ドラっちが一番長い付き合いになるもんね」
 名案を思いついたとばかりに、嬉しそうにどこか誇らしげに言う。
 …ドラっちの言うとおりだ。本当に、今夜はおかしな夜だ。こんなにも、ドラっちから教えられるなんて。
「悪いけど、それは無理よ」
 それがちょっとだけ悔しかったから、私は意地悪に微笑みながら言ってやった。
「私もずっとアベルの傍に居るからね。そうすれば、ドラっちよりも先に出会ってる私が一番長い付き合いってことになるでしょ」
「むー、ドラっちが一番になるようにちょっと譲ってくれたっていいじゃない!」
 膨れるドラっちに声を上げて笑う。ドラっちが余計に不機嫌そうに膨れたが、気づかない振りをした。
「まったく、ドラっちに教えられる日がくるなんて思いもしなかったわ」
「む、今ドラっちの悪口言わなかった?」
「そんなこと無いわ。むしろ褒めたのよ」
「むー…本当かなー?」
 疑わしげな視線を向けるドラっちに「もう部屋に戻りましょう」と促して私は先に花壇から離れた。
(ありがとね、ドラっち)
 後ろから「ちょっ、ちょっと待ってよー」と追ってくる気配に、心の中でお礼を言いながら。



 翌朝。
 私が一人になったタイミングを見計らうように、アベルの方から近づいてきた。
「スラ子、昨日はすまなかったな」
「へ?…ああ、良いわよ、もう。久しぶりの親友の再会だったんだもの、気にしてないわよ」
 実際、昨夜のドラっちとの会話でもうほとんど吹っ切れている。…昨日の会話のせいか、ドラっちが少し眠そうにしているのはご愛嬌だが。
 が、アベルは予想外に真面目な顔で謝罪してきた。
「でも、スラ子、あの時少し寂しそうな顔してただろう?スラ子にしては珍しい態度だったから気になってたんだ」
 …私は表に出さないように気をつけていたつもりなのに、アベルにもバレていたなんて……どうしよう、凄く嬉しい。
 アベルは、ちゃんと私たちのことを見てくれているんだ。ドラっちの言ったとおりじゃない。
「あの時は、死も覚悟していた友人と再会できて、つい我を忘れてしまっていたんだ。本当にすまなかった」
 生真面目に頭を下げるアベル。
 ズルイ、と思う。その態度の真剣さから、どれだけ私達の――私のことを気に掛けてくれているのか、想ってくれているのか、いやでも思い知らされてしまう。
「そう、じゃあお詫びに欲しいものがあるんだけど、いいかしら?」
「ああ、俺にできることなら何でも」
 …簡単に安請け合いする所は原点かな。それでも、私たちに気を許してくれているからだと思うとやっぱり嬉しいんだけど。
 どんどんどんどん惹かれていく。切欠はアベルの能力なのは間違いない。でも、こうしてもっと好きになってしまうのは、やっぱりアベルだからなんだと思う。
「ねえ、少し屈んでくれないかしら?」
「ん?こうか?」
 言われたまま、何の疑問も持たずに実を屈めたアベルに、私は背伸びをしてアベルに顔を寄せる。
「…ん」
 唇が触れるだけの軽いキス。私も悪かったから、これくらいで勘弁してあげよう。
 驚いた顔を見せるアベルに、私はウインクして微笑んだ。
「さ、皆に合流するわよ。早く出発の準備をしないとね」
「あ、ああ」
 私はアベルの手を引いて、皆の元へと戻って行った。







[21050] 13
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/22 20:15
「スラ子!くさりん!そっちは頼む!ドラっちは援護を!」
「分かったわ!」
「わわ、分かりました~」
「いっくよー!マヌーサ!」
 修道院を出て、橋を渡って南下した俺達は、急に活発になった魔物たちとの戦いに難儀していた。馬車に乗っている余裕はなく、今は馬車を守りながらゆっくり南下している。
「ふっ!」
 気合一閃!鋼の剣で最後のアウルベアを斬り捨てて、俺は一息ついた。
「ふぅ…まったく次から次へと…気を休める暇も無いな」
 この辺りは魔物の動きが活発だとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。正直、サンタローズやオラクルベリー周辺の比じゃない。
「本当ね。ニフラムが効く相手なら早いんだけど……」
 ぼやきながら、スラ子が大きく息を吐く。彼女は前衛と後衛の間に立ち、両者のフォローに回っていたから特に疲れているだろう。まだ使い始めたばかりのチェーンクロスを見事に使いこなしているのは大したものだった。
「ドラっち、こんな連戦初めてだから疲れちゃったよ~」
 後方から魔法と魔道士の杖・改で援助していたドラっちも、魔力の消耗による精神的な疲れのためか声に元気が無い。
「ふぇ~、疲れました~。こんなにたくさん居るなんて、いったい何処からいらっしゃったんでしょうか~」
 俺と一緒で前衛で立ち回っていたくさりんも、疲れたように肩を落としている。いくらパワーがあるとは言え、あれだけ重い武器を振り回しているのだから無理も無い。
 連戦が続いているので、仲間の体力の消耗も激しい。そのため行軍が遅くなってまた魔物に遭遇しやすくなる。ちょっとした悪循環だった。
「ごめんなさい、私も手伝えればいいだけど……」
 疲労している俺達の姿を見て、御者台の上からイナッツが申し訳無さそうに謝ってくる。
「いや、魔物が現れても馬が怯えないように御してくれているだけで十分助かってる」
「そうそう。何も正面切って矢面に立つことばかりが戦いじゃないわよ。どうしても気になるなら、馬車をしっかりと守ることで返してくれればいいわ」
「……そうね。二人ともありがとう」
 俺とスラ子の慰めの言葉に、イナッツが礼を言う。己の無力を嘆く気持ちは良く分かるが、それに耐えて皆を見守ることがイナッツの役割だ。ここは納得して貰うしかない。
「ある程度魔物を倒していけば、いずれ魔物の気配も収まるだろう。それまで皆頑張ってくれ」
 疲労している仲間にホイミをかけてから、俺達は塔を目指して移動を再開した。



 次に現れた魔物は、スライムナイト6体だった。ちっ、数が多い!
「迎え撃つぞ!」
 突撃してきた一体のスライムナイトの攻撃を弾き返し、ついで向かってきたスライムナイトの突撃をなんとかバックステップでかわす。
 そこへ、さらにもう一体のスライムナイトが俺の方に向かってきた。スライムナイトの剣を盾で防ぎ、今度はこちらから斬りかかる!相手はそれをなんとか盾で受け止めたが、大きく姿勢を崩した。その隙を狙って追撃をかけようとして…
「くっ!」
 最初のスラムナイトが割って入ってきて後退を余儀なくされる。気が付けば、俺は一人仲間たちと分断されていた。しまった!これが狙いだったのか!
「ご主人様!」
 俺が離されたことに気づいたくさりんがこっちに向かってこようとするが、別のスライムナイトが行く手を遮る。
「邪魔しないで下さい~!」
 くさりんはどこか間の抜けた声だったが、それでももの凄い勢いで鋼鉄の箒を振るった。スライムナイトはそれを盾で受け止めるも、くさりんはものともせずに強引に振りぬく!ガンッ、と凄まじい音がして、スライムナイトは吹っ飛ばされて地面に叩き付けられ、動かなくなった。
 それを見た別のもう一体がくさりんに向かっていく。くさりんは先ほどと同じように鋼鉄の箒を振り、しかし今度のスライムナイトはそれを盾で受け止めずに剣で受け流した。
「はわわ~」
 振りぬいて姿勢を崩したくさりんに向けてスライムナイトは剣を振りかぶり…
「危ないっ!」
 スラ子が少し離れたところからチェーンクロスを振り、その剣を弾き返す!くさりんはその隙になんとか距離を取った。
「スラ子さん、ありがとうございます~」
「礼は後!さっさと構えて!」
「ちょっ、ちょっとスラ子ー!こっちも手伝ってよー!」
 少し離れたところで、メラとヒャドを使って残りのスライムナイトを牽制していたドラっちが悲鳴を上げる。
「世話が焼けるわね!」
 スラ子はドラっちと敵の間に割って入ってスライムナイトの接近を阻む。チェーンクロスで牽制して、そのまま一気に接近してショートソードで突く!ダメージは与えたものの、相手はまだ健在で、返ってきた反撃の一撃をスラ子は勢いのままに転がって回避した。
「くさりん!こっちは俺一人で大丈夫だから、スラ子の援護を!」
「わ、分かりました~!」
 その間、俺もただ見ていたわけではない。二体のスライムナイトの連携攻撃から、なんとか身を守っていた。…この分なら、こっちは俺一人で大丈夫そうだ。
 くさりんが一体倒していて、こっちに向かっているのは2体。残りが向こうに向かっているようだ。なら、こいつらくらいはせめて俺が引き受ける。先ほどから守りに徹していたおかげで、相手の攻撃はもう大体読めている!
 一体のスライムナイトの突進を横に飛んでよけ、すかさず俺を狙ってくるもう一体の斬撃を、手にした盾で横から弾き飛ばす!思わぬ方向から剣を弾かれたスライムナイトは大きくよろめいた。
「せいっ!!」
 すかさず俺はもう一方の手に持った鋼の剣を横に凪ぐ!見事、その一撃は相手の胴に決まり、両断した。
 だが、一体倒したからと言って油断はできない。攻撃を終えて、まだ体勢が整っていない俺に残りのもう一体が突撃してきた。もっともこれは予想の範疇だったから、俺は慌てずにバックステップで回避する。後は一対一だから問題ない。……筈だったのだが、運が悪かった。
「うわっ!」
 回避して着地したその先に、拳大の石が転がっていた。それを踏んづけた俺はバランスを崩して転びそうになり、反射的に転ばないようにもう一方の足で踏ん張ってしまう。が、その選択は誤りだった。無理に転ばないように耐えてせいで隙だらけになった俺に、先ほどのスライムナイトが剣を振り下ろしてきた。不安定な体勢のまま、なんとか腕だけで鋼の剣を振ったがあえなく武器を弾き飛ばされてしまう。
「くっ!」
 さらに向かってくる追撃をスモールシールドで真っ向から受け止め、その勢いに押されて体勢が崩れていた俺は、そのまま尻餅を突いてしまう。
(このままやられてたまるか!)
 倒れた俺に向かって剣を振りかぶってくる敵に、俺は素早くバギを唱えようとして――
 ドサッ…
 唐突に、目の前のスライムナイトがその場に崩れ落ちた。見ると、その後ろには剣を振り下ろした姿のスライムナイトが立っている。
(なんだ?同士討ちか?)
 予想外の出来事に、俺は起き上がるのも忘れて呆然とそのスライムナイトを見つめてしまう。混乱していたこともあるが、相手から殺気が微塵も感じられなかったからだ。
 やがて、スライムナイトは俺の方にゆっくりと顔を向けた。
「問おう。貴方が私のマスターか?」
 スライムナイトは仲間になりたそうにこっちを見ている。
「…ああ、なんだ。そう言う事か」
 事態を理解した俺は(いや、台詞の内容は意味不明だったが)、大きく安堵の息を吐いて脱力した。



「皆、大丈夫?」
 戦闘が終わり、気遣うように声をかけてくるイナッツに、皆思い思いに返事をする。
「平気平気。スラ子が頑張ってくれたし」
「…私一人、妙に疲れた気がするんだけど?」
「おかげで助かりましたー」
 そんなやり取りの後で、スライムナイトを連れている俺の方に視線を向けた。
「で、その子が新しい仲間なの?」
「ああ」
 スラ子の言葉に頷く俺。どうも、相手は俺の呟きが聞こえたようで、それを了承の返事と受け取ったらしい。いや、断るつもりは皆無だったが。
「じゃあ……」
 名前を付けないとな、と言いかけた俺の言葉を遮って、スライムナイトが皆に向かって一礼した。
「私の名はアーサー。マスターのために戦う騎士です」
 その言葉に、俺も含めた皆が一様にぽかんとした顔でスライムナイトを見る。
「もう名前付けちゃったの?」
「いや、まだだが……」
 ドラっちに聞かれて困惑したように首を振る。戸惑っている俺たちに、スライムナイト…もとい、アーサーは説明してくれた。
「アーサーとは、私の魂に刻まれた名前です」
「…なんだって?」
 怪訝そうな顔で見る俺たちに構わず、アーサーは冷静な声で続ける。
「私は、運命に導かれしマスターと出会い、そのお方の剣となり盾となって戦う使命を持っています。今日、ようやく私は運命と邂逅することができました」
 そして、スライムナイトは兜を取った。美しい金色の長髪が、兜が外されるのと同時にふわりと広がる。アーサーはすでに人間になっていたようで、どこか中性的な顔立ちの美少女の姿がそこにはあった。スライムナイトの頃に纏っていた装備は、どれもそのまま残っているようだ。そう言えば、アーサーが乗っていたスライムが消えている。
 そして、呆然とする俺の前に片膝を付き、恭しく頭を下げる。
「マスター、私は生涯あなたの騎士として、身も心も貴方にささげましょう。貴方の剣となり幾多の敵を切り伏せ、貴方の盾となりあらゆる困難から守り、命尽きるまであなたと供にあることを誓いましょう」
「あ、ああ?よ、よろしく?」
 …何を言っているか全然分からない…仲間になる、と言うことで良いんだよな?
 戸惑いながら仲間を見ると、スラ子が驚愕と戦慄の混ざった複雑な表情でアーサーを見つめていた。
「この子……厨二病だわ!まさか、本当に実在するなんて……」
「知っているの、スラ子!?」
 ごくりと唾を飲み込むスラ子に、ドラっちが驚愕の声で聞き返す。訊ねたドラっちは、なぜか妙に満足そうな顔をしていた。
「ええ。知識を持つ魔物の中にはね、人間の作った物語に惹かれて、その設定を自分に当てはめて自己陶酔する妄想癖の強いタイプがたまにいるの。基本的に自発的に人間になろうとする魔物は大抵このタイプよ」
「そうなのか?」
 俺の問いに、スラ子は神妙な顔で頷いた。
「伝説のホイミスライムも、人間になりたいと思った切っ掛けは、世界各地を巡って歌によって人々の心を癒していく吟遊詩人の物語に惹かれたからだと言われているわ。そう言う魔物は人間になることを目指しているから、自発的に自分に名前をつけているの。そうね、人間になることを目指して予め自分に名前をつけているような魔物は、皆厨二病患者と言ってもいいくらいね」
「わ、私は違うわよ!物語に感化されたんじゃなくて、アベルに出会ったからだし!」
 スラ子の言葉を聞いたイナッツが慌てて首を振って否定する。それにアーサーも不服そうに続けた。
「私もだ。事実、私はこの通り運命のマスターに出会えている。これこそが私が騎士として戦う使命を与えられていたことに対する証明だ。そのような訳の分からない病気持ちなどではない」
「こ、ここまで設定を貫き通せるなんて……さすが本物は違うわ」
 スラ子が感心と恐怖のない交ぜになった顔でアーサーを見つめる。
「ええと~、よく分かりませんが~、そちらのアーサーさんは私たちの仲間になったんですよね~?」
「ああ。そうだな、これからは供に戦うことになる。よろしく頼む」
 話が良く分かっていない様子のくさりんの言葉に、アーサーが頷いて答える。まぁ、俺も正直よく分からなかったし、仲間になることさえ分かればそれで十分だ。
「俺はアベル。これからよろしくな、アーサー」
「承知しました。全身全霊をもって貴方にお仕えします」
 妙に堅苦しい態度のアーサーに、俺は戦闘の時よりも精神的な疲労を感じて重いため息を吐いた。



 アーサーは言動は少々堅苦しいが、戦力としては非常に頼りになった。
 馬車を守りながら戦っている俺たちにとって、前衛で攻撃を受け止められる存在が増えるのは非常に助かることだった。加えて言えば、アーサーはホイミを使うことができる。回復魔法の使い手は今まで俺しかいなかったから、基本魔力は全て回復に回すことにしていたが、アーサーのおかげで他に回す選択を選ぶことも可能になった。
 それから何度か戦闘を繰り返し、夜になった。
 ある程度魔物の気配がなくなったところで、俺達は周りに聖水を撒いて休息をとる事にした。今は馬車があるので、休むために必要な毛布の類も簡単に持ち運べる。そして、夕食を食べ終え、いよいよ休むという段階で、スラ子達がこんなことを言い出した。
「それじゃ、私たちが見張りをやるから、アベルとアーサーは先に休んでて」
「そうですね~。初めてはやはり二人きりがよろしいでしょうから~」
「ちゃんとドラっちたちの分も残しておいてよね!」
「ふふ、それではお二人ともごゆっくり」
 そう言って、俺とアーサーの二人を残して4人揃って離れてく。まぁ、見張ってなきゃいけないからそんなに遠くはいかないだろうが。
 …しかし、この露骨な気遣い(?)はなんとかならんか。
「アーサー、どうする?一眠りするか?」
「もちろん、交尾する」
 なんだか妙に男らしく断言して、纏っている鎧を脱ぎ始めた。さすがに鎧は脱ぐのに時間がかかるようだ。
 のんきにそんな事を考えながら、念のためにアーサーに確認する。
「アーサーは最初から人間になりたかったんだよな?なら、無理に…」
「違う」
 言い掛けた俺の言葉をアーサーはきっぱりと遮った。
「あなたと交尾したいと言うのは、紛れもなく自分の意思だ。騎士としてだけでなく女としても、自分の全てをマスターに捧げたいと、そう思っている」
 そして鎧を全て脱ぎ捨てて、俺の前に立った。彼女の白くほっそりとした肢体が月明かりに照らされて露になる。その幻想的な姿に、俺は思わず息をのんだ。
「マスター。どうか私を受け入れてくれ」
 アーサーは切なげに呟いて、俺に抱きついてきた。
「……分かった」
 そんな顔をされて、俺に断れるはずが無かった。

 小一時間後。
「zzz……マスター……」
「はぁ……」
 隣で小さな寝息を立てているアーサーを見て、そろそろ色々と観念し始めている自分に気づき、俺は大きく溜息をついた。





[21050] 14
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/26 07:09
 翌日、俺達は少し寄り道して旅人の扉があると言う祠によって見ることにした。
 それほど遠回りにならないこともあり、先に場所を確認しておいた方がいいという判断からだ。
 森の中を歩きながら、時折邪魔な枝を切り払って道を進む。神の塔に行くだけなら海沿いに南下していくのが一番早いが、祠は目立たないように森の中央に位置していた。
「あ、ここの要石は……次は右ね」
 シスター長から預かった地図を見ながら、御者の台に座ったイナッツが指示を飛ばす。ラインハット城に直接繋がっている祠なのだから、この祠の場所は本来なら秘中の秘とも言える物だ。それ故簡単にはたどり着けないようになっており、事情を知らないものがこの要石で位置を判断して道を進むと、森の中をずっと回り続けてしまうことになるらしい。
「イナッツ、大丈夫か?」
 俺達は魔物に備えなければならないから、御者と地図の確認の両方をイナッツに任せている。既に何度か要石の角で曲がっているから、少し不安になって確認した。俺の目には、この要石が二つほど前に通り過ぎたものと同じにしか見えない。スラ子の話では、さりげなく周囲の環境を似せて同じ要石を置くことでそのように錯覚させているとのことだが…
「……道順に関しては、何とか大丈夫よ。その都度チェックしながら進んでるしね。どちらかと言うと、馬車に乗っている方が大変ね。道が狭いから頻繁に馬を御さないといけないし、道が悪いから凄く揺れるし……」
「馬車って意外と不便だよねー」
 イナッツの言葉を聴いて、ドラっちがしみじみ呟く。
「仕方ないわよ。構造上、馬車の幅より狭い道は通り抜けられないんだし、ずっと車輪が接しているからちょっとした段差でも凄い揺れとして感じるしね。本来は整備された道を歩くものなのだから当然なんだけど」
「そうですね~。イナッツさんに言われて道に置いている石は退けているんですけど、木の根が張り出しているのとかはどうにもなりませんし~」
 いつものようにスラ子が解説すして、馬車の前で道を確認していたくさりんもスラ子の言葉に頷いた。それから「あ、また見つけました~」といつもの間延びした声で言いなら、鋼鉄の箒で小石を道の脇にどける。あれを本当に箒としても利用するのは少し驚きだ。
「まぁ、焦らずに進もう。そう遠くないのだろう?」
「そうね……後二回、要石を通過したら到着するはずだけど……」
 イナッツが少し考えながら答えたその時、
「マスター、前方に敵だ」
 俺の隣を歩いているアーサーが静かな声音で告げた。声量は抑えられていたが、不思議とよく通る声で皆その声を聞いて辺りを警戒する。少し離れた前方に、魔物の集団があった。やや開けた空間に山賊ウルフ6体とまどうし3体が集まって周りを伺っている……幸い、まだこちらには気づいていないようだ。
「まどうしが居るか……マスター、私は先に行く」
「ああ。スラ子?」
「分かってるわよ」
 アーサーが森に入って行き、スラ子が後に続く。彼女等の役割は奇襲。山賊ウルフは大した的では無いが、離れたところから魔法で攻撃してくるまどうしは真っ先に倒しておいた方がいい。二人の姿が森に消えたのを確認した後で、
「行くぞ!」
 相手の集団に気づかせるように、わざと大声で仲間に呼びかける。
「分かりました~」
「任せて!」
 くさりんとドラっちが俺に続き、それからあまり離れないようにイナッツが付いてくる。
 山賊ウルフの集団は俺の狙い通りに、向かってくる俺たちに気づいて慌てて武器を構えた。同時にまどうしが杖を構えて呪文を唱え始める。が――
「遅いっ!」
 俺たちに気を取られた山賊ウルフの集団を通り抜け、アーサーが森から飛び出してまどうしに突撃し、突然のアーサーの出現に驚いているまどうしをそのまま剣で貫いた。すぐに剣を引き抜いて、返す刀で近くにいるもう一体に斬り付ける。魔法を一度も唱えることなく、二体のまどうしが沈黙した。そしてもう一体は、
「はい、残念」
 アーサーに続いて現れたスラ子のチェーンクロスによる連続攻撃で、あっさりと倒された。
 一瞬で仲間のまどうしを全て倒された山賊ウルフ達は、事態について行けずに混乱し――そこへ、俺達が合流した。
 浮き足立った山賊ウルフの集団が全滅するのは時間の問題だった。



「アーサーが一早く気づいてくれて助かった。おかげで難なく勝てたよ」
「いえ、このくらい大したことでは……」
 俺の礼の言葉を、アーサーが小さく頭を下げて否定する。本当に堅苦しい奴だなと思いながら、俺はアーサーの頭に片手を置いた。
「折角だから礼くらい受け取ってくれ」
 そのまま頭を撫でる。彼女の金髪は上質なシルクのように滑らかで、撫でていて気持ちが良かった。
「あ、う……マスターがそう言うなら」
 顔を赤くして、されるがままになるアーサー。…彼女が結構初心だと気づいたのは昨夜のことだ。どうやって気づいたのかは……まあ、言うまでもないだろう。
「あーっ!アーサー、いいなー。お兄ちゃん、私も!」
「はいはい。ドラっちもよく頑張ったな」
 …まぁ、ドラっちは一度マヌーサを掛けたくらいだが、頑張らなかったわけでもない。あっという間に決着がついたため、活躍の場が無かっただけで。「えへへ~」と頬を緩ませるドラっちを、先ほどまで撫でられていたアーサーが少し羨ましそうに見ている。…また撫でてやった方がいいか?
「もう、少し気を抜きすぎよ」
 そんなことを考えていると、呆れたようなスラ子の声に諌められた。さすがに自重しよう。
「そうだな、気をつける。でも、この辺は魔物の動きが大人しいな」
「そうですね~。森に入ってからはあんまり魔物と遭遇していませんし~」
 俺とくさりんの疑問の言葉に、先ほどから地図を見ていたイナッツが答えた。
「ここは天然の迷路みたいになってるから当然じゃないかしら?むしろ、ここまでやってこれたあの魔物の集団を褒めるべきね」
 …まぁ、そのおかげで俺達に倒されてしまったんだが。
「でも、油断はしない方が良いわよ。動物系のモンスターとか、とんでもなく森の行動が上手いのが居たりするからね」
 スラ子が釘をさしてくる。確かに、ここまでが順調だったからといって――
「っ!?」
「マスター!」
 俺が魔物の接近に気づいたのと、アーサーが声を上げたのは同時のタイミングだった。
 その直後、木々の陰からクックルーが飛び出してきた。クックルーは反応のできていないドラっちに向けてそのまま突進し、
「くっ…!」
 アーサーが咄嗟に割って入って盾でその突進を受け止める!よろめきながらも何とか盾で押し返す!
「ドラっち、さがれ!くさりんはアーサーを!」
「わ、分かった!」
「わわわ、分かり…」
 そうこうしている内にさらに2体のクックルーが飛び出してくる!
「この~!」
 体勢の崩れているアーサーに向かった一体を、くさりんが鋼の箒で受け止め――
「もうっ!お行儀が悪いですよ~!」
 なんと箒を一度手放して、クックルーの体を掴んで持ち上げてしまった。そのまま後方に投げ飛ばす!投げ飛ばされたクックルーはもの凄い勢いで木に激闘して動かなくなった。
 残りのもう一体は俺に向かって突進してきた!この勢いはスモールシールドでは受け止めきれないし、よければクックルーはそのまま馬車に衝突してしまう……なら!
「喰らえ!」
 正面に迫ってきたクックルーに、俺は半歩だけ横にずれて斜めからスモールシールドを叩き付ける!もの凄い勢いのクックルーの突進に少し押されながら、俺は強引にスモールシールドを押し付けて斜め下に起動をずらし、クックルーはそのまま馬車のすぐ近くの地面に頭から衝突した。そこへ、スラ子がショートソードで切りかかって止めを刺す。
「まだ来るわよ!」
「ドラっち!!」
「うんっ!ヒャドぉっ!」
 さらに続けて飛び出してきたクックルーの足元に、ドラっちが魔道士の杖・改を振ってヒャドを掛ける。クックルーはそこで足を滑らせて、仰向けに倒れて転がり落ちてきて、そこへ体勢を立て直したアーサーが向かい、止めを刺す。一番最初にアーサーが盾で押し返したクイックルーは、この間にくさりんが鋼鉄の箒で止めを刺していた。
 一旦、魔物の奇襲が止まり、俺達はようやく戦いの準備を整え終えた。クックルーの突進に馬が怯えないように必死で御していたイナッツが、落ち着いたのを見計らって距離を取る。だが、まだ魔物の気配は消えていない。
 そして森の奥から出てきたのは、7体のアウルベアーと10体のエビルアップル。そして、未だ残っていたのか、1体のクックルーだった。相手も不意打ちに失敗したことに分かっているようで、じりじりと距離を詰めながら慎重にこちらの様子を伺っている。……このままなら、まともに正面からぶつかるのは必至だ。
「……魔物の動きが何だったっけ?」
「ああ、俺が悪かった」
 スラ子のぼやきに、俺は何も返す言葉が無かった。



 戦況は苛烈を極めた……と言うのは言いすぎだが、さすがに苦戦した。
 俺とくさりんが前衛に立ち、二人でカバーしあいながら確実に敵の数を減らしていく。アーサーとスラ子は時折俺たちのフォローをしながら、馬車に向かう魔物を迎撃し、ドラっちがメラとヒャドを駆使してそれを援護する。
 俺達は多少の傷を負いながらも、敵を倒していき――
「……なんとか、なったな」
 最後のエビルアップルをアーサーが倒したのを見て、一息ついた。
「いえ、まだだ」
 アーサーが言って、森の奥に鋭い視線を向ける。そこに居たのは、なぜか一体だけ戦場から離れていたクックルーだった。
 そのクックルーは戦闘が終わったのを確認してから、ゆっくりと森の奥から出てきた。殺気は感じられない……と言うことは。
「ピヨピヨ、私は悪いクックルーじゃないピヨ、どうか仲間にして欲しいピヨ」
 クックルーは仲間になりたそうにこっちを見ている。
 ……一々つけているピヨと言う言葉が、正直少し鬱陶しい。なんだか狙ってやっているような違和感も感じる。
「変な喋り方ー」
「そうですかあ?可愛らしいくていいじゃないですか~」
 ドラっちとくさりんの会話を耳にしながら、拒否する理由はないのでクックルーの言葉を受け入れることにする。
「ああ。仲間にするのは構わないが……」
「嬉しいピヨ!ありがとうピヨ!頑張るピヨ!」
 ピヨピヨと声を上げながら、おざなりに羽を振って喜びを示すクックルー。……声のテンションと妙に淡白な反応との落差が激しすぎる。やっぱりわざとやってるんじゃないか?
「喜んでくれるのは嬉しいが、そのピヨとか言う喋り方はなんとかならないか?」
 そう思った俺は、ためしにそう聞いてみた。いや、無理だと言われれば仕方が無いが…できるなら普通に喋って貰いたい。
「――そうですか、それは残念です。キャラ立てに調度いいと思ったのですが」
 クックルーは実にあっさりと頷いて、先ほどとは打って変った妙に冷めた声でそう言った。残念だ、と言いつつもそんな様子はちっとも感じられない。と言うか、キャラ立てってなんだ?
「個性が埋没しないように、特徴的な所を目立たせてキャラクターの位置づけを確立することよ。…なんでそんなものを狙っていたのかは分からないけど」
 疑問を口にするまでもなく、スラ子が解説してくれる。俺はなんでスラ子がそんなことまで知っているのか分からないが…
「いえ、既に多くの仲間がいるようなので、あまり個性が弱いと目立てなくなるかなと」
「…もう十分個性的だと思うけど」
 聞いていたイナッツが思わず突っ込みを入れる。うん、俺もそう思った。
「そんな訳でして、鳥系モンスターらしく語尾にピヨとでもつけておけば印象に残ると思ったのですが…まぁ、お兄ちゃんに嫌がられてまでやるような事ではないので仕方が無いですね。別の方法を考えます」
 ……お兄ちゃん?
「ちょっと!お兄ちゃんをお兄ちゃんって呼んでいいのはドラっちだけなんだから!」
 疑問に思った直後、ドラっちが猛烈な勢いで反発した。既に一歩も譲らないと言う態度だ。
「いえ、私も妹系キャラですから……しかし、確かに呼び方が被るのはいただけませんね。どうでしょう?お兄さん、お兄様、兄君様、兄チャマ、兄君の内どれがよろしいでしょうか?私のキャラクター的には兄君が似合うと思うのですが」
「だからお兄ちゃんをお兄ちゃん扱いしていいのはドラっちだけなの!」
 訳の分からない質問に混乱しているうちにドラっちがさらに反発する。
「ですが、同じ妹系でも、あなたは活発系妹で、私はクール系ですからキャラ被りはしませんよ?」
「言っている意味はよく分かんないけど、駄目ったら駄目!」
「むう、独占系妹キャラですか……確かに、それも妹キャラの極致ですね。仕方がありません。ここは引き下がりましょう」
 あくまで態度を曲げないドラっちに、クックルーは諦めたように嘆息した…様に見えた。まだ人間になってないから、そこまで判断は出来ない。ああ、そうか。まだ名前も付けてないんだった。
「もう何でもいいから、そろそろお前の名前を付けるか」
 このまま話していても埒が明かないので、強引に話を変える。
「分かりました。では中をとって旦那様と呼ばせていただきます」
 何と何のどう中をとったら旦那様になるんだ?と突っ込みそうになるのを何とか我慢した。もう面倒だからここは強引でも納得しておこう。
「では旦那様。私はセンスは問いませんので、耳にした瞬間、閃光のきらめきのように相手の脳裏に強烈に焼き付けるようなインパクトのある名前を希望します」
「センスを問われないのは助かるが、その希望には答えてやれないぞ」
 どっと疲れを感じながら、それでも名前を考える。クックルーだから……クックル……ククル……クルル!これだ!
「よし、クルルでどうだ?」
 自分の中では割とまともな名前を付けられたと思う。
「ふむ、クルルですか……」
 しかし、相手の反応は少し微妙そうだった。今回は割りと自信あったから少しショックだ。
「不満なら別の名前を考えるが…」
「いえ、思ったより普通の名前だと思っただけです。旦那様から頂いた名前に不満など言いませんよ。まぁ、いい名前だと思います」
 妙に冷めた反応だったが、一応受け入れて貰えたのでよしとしよう。
「じゃあ。俺はアベル。よろしくな」
「ええ、これからよろしくお願いします、旦那様。では、散々お待たせてしまったので、ここらでパッと人間になっておきます」
 そう宣言して、宣言どおりパッと人間になった。…まあ、目の前で人間になられても、どう人間になったのかはやはりちっとも分からなかったんだが。クルルはふむふむと頷きながら、興味深そうに自分の体を眺めていた。
 クルルの外見は、ドラっちとほぼ同じ年齢くらいの美幼女だった。クルルの方が若干背が高く表情がどこか冷めているため、少し大人びて見える。髪の色は鮮やかな紫色で、背中を覆ってしまうくらい長くボリュームがある。体つきは年齢相当だが、女子らしい丸みを帯び始めている。
 …俺も慣れたもので、しっかりそこまで確認してしまってから、イナッツに馬車から予備の服を出して貰うように頼んだ。
「あ、イナッツさん、髪を括るものがあれば一緒に下さい。まぁ、麻紐とかでも構いませんので。ああ、二本お願いします」
 ついでとばかりにクルルがイナッツに声を掛け、イナッツは「分かったわ。少し待ってて」と答えてから中に入っていく。ほどなくしてイナッツが予備の服と、紐、そして予備の靴を持ってきた。予備の服は、サンタローズの洞窟で見つけた父のお古だ。以前はくさりんが着ていたが、クルルの背丈なら上着だけでワンピースのように着られる。靴はサイズがあってないが、これは我慢してもらうしかない。
 クルルは手早く着替えて、それから髪を頭の両サイドでそれぞれ紐で括った。髪にボリュームが合ったので二つに分けたのだろう。
「どうでしょうか?ツインテールといえば定番の萌えだと思うのですが?」
「…言っている意味はよく分からないが、似合っているぞ」
 先ほどまでは少し重苦しい印象の髪型だったが、括ることで大分スッキリしたように見える。萌えと言う言葉は意味不明だが、こっちの方がクルルのイメージに合っている様に感じた。
「むう…クルルたん萌え~、くらいの反応を期待したのですが…似合っていると言って貰えたのでよしとします」
「だからお前は何を言っているんだ…」
 クルルの意味不明な言葉に、疲れたように嘆息する。
「……随分変な子が仲間になったわね」
「面白い方じゃないですか~」
「むむむ…ドラっちと同じ幼女系…強敵かも」
 スラ子、くさりん、ドラっちがそんなことを言う。スラ子の意見には割と賛成だが、ドラっちが何を言っているのかもよく分からない。…幼女とはそう言うものなのだろうか。
「なんにせよ、仲間が増えたのはいいことだ。マスター、そろそろ先に進もう」
「そうだな。クルル、とりあえず足が痛くなったら言ってくれ。馬車に乗ればいいから。乗り心地はお世辞でも良いとは言えないが」
「分かりました。まぁ、人間の体に慣れたいので可能な限り歩きますよ」
 黙ってやり取りをみていたアーサーに促され、俺はクルルに一言注意してから移動を再会した。
 …仲間との出会いのやりとりは大抵疲れを感じるが、今回が一番疲れたかもしれないな。



 祠には程なくして辿り着いた。
 予想外にこじんまりとしており、当たり前だが馬車は通れそうに無い。扉には鍵がかかっていたが、この程度なら俺の技術で問題なく開けられるだろう。
 クルルを仲間にしてからは魔物の遭遇は無かったが、それでも祠に着いた頃には日が暮れ始めていた。近くに魔物の気配が無かったため、俺達はここで休んでいくことにした。
 そして夜。
 俺の仲間達は『初めての時は二人っきりにする』と言う決まりをいつのまにか作っているようで、見回りに行くと言い、実にわざとらしく俺とクルルを二人きりにしてくれた。因みに、アーサーの時は見計らったかのようなタイミングで戻ってきたため、恐らくどこかで覗いているだろう。別に構わないと言えば構わないが…
「それでは、旦那様。交尾の時間です」
 二人きりになってから、俺が聞くよりも早くクルルはそういって服を脱ぎ捨てた。本当に、なんでこう言うところは皆同じなんだろう。
 呆れたような顔で見ていると、クルルは少し考え込んで。
「もしかして、服を着たままの方が好みでしたか?」
「…いや、汚れるとこまるから、脱いでくれた方が助かるが」
「むう、情緒と言うものを理解しない方ですね」
 すぐに裸になるような相手に言われたい台詞ではない。
「で。どうですか、旦那様。私の裸は。興奮しますか?」
 そう言って、やはりやたら冷めた表情で体を見せ付けるようなポーズをとる。
「…そう言う事聞かれると、逆に萎えるんだが」
 表情もいつものままだったし。クルルは滅多に顔色を変えず、それで居て突拍子も無いことを言い出すから正直思考が読めない。
「いえ、ドラっちでも相手に出来た旦那様なら、私くらい育っているのは既にババアとか言い出すものかと」
「お前とドラっちじゃそんなに変らないだろう!?」
「甘いですね。私の方が若干胸が大きいです」
 そう言って胸を張るクルル。……確かに、ドラっちより大きいのは分かるが(分かるくらい見慣れてしまっているのだが)。
「……50歩100歩だろう」
 俺の仲間で胸の大きさを比較したら、この二人がワースト1,2なのは間違いないし。
 そうぼやくと、クルルはいきなり俺の目の前に顔を寄せて、真顔でじっと見つめてきた。
「な、なんだ?」
「いいです。あなたがそこまで巨乳最高主義と言う幻想を抱いているのなら、まずは私がその幻想をぶち殺して見せましょう」
 言いながら、俺の方ににじり寄っている。言葉の意味はよく分からないが、妙な迫力があった。
「ふふっ、胸の大きさだけが戦力の決定的な差ではないと言うことを教えてあげます」
「意味が分からない、と言うか戦力って何だ!?」
 俺の質問を無視し、クルルはその時初めて妖艶な笑みと言う表情を見せて、俺の上にのしかかって来た。


 その日、俺は小さな胸にもそれなりに使用方法があることを知った。
 …久々だな、このフレーズ。


 



[21050] 15
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/28 23:07
 修道院を出て一週間後、俺達は無事神の塔に辿り着いた。
 念のためにすぐには入らず、周りの魔物を一掃して聖水を撒いて一晩休みを取る。(夜のことは…もう慣れた)
 そして翌朝。俺達はついに神の塔に乗り込むことにした。のだが…
「当然だけど、馬車を連れて塔の中に入ることは出来ない。だから、塔に入るメンバーと馬車に残るメンバーに分かれる必要がある」
 皆を前に、俺はそう言った。塔の中にどんな魔物がいるとも限らないから、可能なら全員で行きたいのだが、馬車を放置していくわけにもいかない。どこか神妙な顔で俺の言葉を待っている仲間達を見ながら、俺はまずアーサーに声をかけた。
「アーサー」
「はっ!お供しま…」
「悪いけど、留守番頼む」
「……は?」
 酷くショックを受けたような、信じられないと言った顔で俺の顔を見返してくる。正直、ここまで反応するとは思っていなかったから罪悪感が沸いたが、だからと言って変えるわけには行かない。アーサーを残すのにはちゃんと理由があるのだ。
「回復魔法が使えるのは俺とアーサーしか居ない。もし何かあった時、回復魔法が使える者が居ないと手遅れになる可能性がある。俺は塔に登るから、馬車を任せられるのはアーサーしかいないんだ。悪いけど、頼まれてくれないか?」
「……マスターの命とあれば」
 若干残念そうではあったが、俺の言葉に納得してアーサーは頷いた。
「後、クルルも残ってくれ」
「仲間にして間もなく絶賛放置プレイですか。しかし、放置プレイには飴も必要だと思いますが?」
 やはり意味不明なことを言うクルルに、俺は呆れたように嘆息しながら説明した。
「お前はまだ装備が無いだろう?さすがにそんな状態では塔には連れて行けない」
 当然だが、クルルを仲間にしてから装備を買いに行く余裕は無かったので、クルルの格好はまだ馬車に置いてある予備の服のままだ。当然武器ももっていない。ここまでの道中も、クルルには後方からルカナンとマヌーサで援護に徹してもらっていた。ラーの鏡が手に入ったら、一度オラクルベリーに戻って彼女の装備を揃えてやるつもりだが、今はどうにもならない。
「ふむ。仕方が無いですね。デスポエムでも考えながら大人しく待っていることにしましょう」
 …まぁ、大人しくしてくれるならいいか。
「それで、あと一人だけど……」
 そこで言葉に詰まる。実は、昨夜一晩考えたのだが(大して長く考える時間があった訳ではないが)決まらなかったのだ。
 スラ子は塔に連れて行くべきだと思う。仲間との連携が上手く、チェーンクロスとショートソードを巧みに使い分けて相手を翻弄することができる。だが、ドラっちは魔道士の杖・改のおかげで攻撃魔法が使えるという利点があり、物理攻撃に強い相手には役に立つだろう。そして、くさりんはやや動きが鈍いものの、アーサーを超える抜群の攻撃力を誇る。攻撃のバランスを考えると、あえてスラ子を残していくと言うのも手ではあるのだ。
 緊張の面持ちで待つスラ子達を前に答えあぐねていると、アーサーが何かを決意した顔で口を挟んできた。
「マスター、塔には4人でいけばいい」
「アーサー?だけど、そうすると馬車の守りが…」
「問題ない。昨日の内にこの周囲の魔物は粗方片付けてある。念のために聖水を撒いておけば、余程のことでもない限り魔物は近づいてこないだろう」
 …確かに、アーサーの言い分は分かる。塔を攻略している間、馬車を残していくことが分かっていたから、昨日の内に周囲の魔物を倒しておいたのだ。だが、貴重な馬車の守りを疎かにすることに抵抗がある。
「それに、塔にはどんな魔物がいるのか分からない。なら、塔の攻略に戦力を集めるべきだ」
 悩んでいると、再度アーサーが言った。そして、俺の前に片膝をつき、宣言する。
「私はマスターの剣であり盾です。マスターのものを奪おうとするあらゆるものをなぎ払い、この身に代えても守り通してみせましょう。マスター、貴方の騎士を信じてください」
 アーサーの真摯な視線に貫かれ、俺は反論の言葉を失った。……そうだな。ここはアーサーを信じて任せよう。
「分かった。塔には俺、スラ子、ドラっち、くさりんの4人で行く。だけど…」
 それから、俺は言い聞かせるように強い口調で言った。
「自分の身もちゃんと守れよ。お前も、俺の大切な仲間なんだからな」
「……承知、仕りました」
 やけに畏まった、それでいて感極まったような言葉に苦笑を浮かべながら、俺はアーサーの頭を優しく撫でてやった。



 イナッツ、アーサー、クルルの3人に馬車を任せて塔に向かった俺達は、固く閉ざされた重い扉の前に来ていた。ここが、敬謙なシスター…すなわち、清らかな魂を持った女性の祈りで無いと開けられない扉か。ためしに扉の取っ手を引いてみたが、どうあがいてもビクともしない。鍵穴のようなものも見つからなかった。
「やっぱり開かないな。スラ子達なら開けられるらしいけど」
 そう言って視線を向けると、スラ子が頷いた。
「そうね。私がやってもいいけど、ここはこの中では一番人間暦の浅いくさりんにやってもらいましょうか」
「ふえ?私ですか~?」
 不思議そうに聞き返すくさりん。
「ええ。この3人の中じゃ、あなたが一番シスターっぽいし」
 どう言う理屈だと思ったが、それでも何となく納得できてしまった。確かに、スラ子、ドラっち、くさりんの3人なら、くさりんが一番シスターっぽくはある。…メイド服を着たシスターなんて居ないだろうが。
「むー、ドラっちがやってみたいけど、そういう理由なら譲ってあげる!ばーんと気前良く開けて見せてよね!」
「そ、そんなこと言われましても~」
 ドラっちの無茶な要求に困惑するくさりん。
「まぁ、とりあえずやってみたらどうだ?」
「わ、分かりました~。ええとぉ…扉さん、開いてください~!」
 俺に促されて、くさりんは目を瞑って両手を胸の前で握りながら、祈りなのか何なのか良くわらない事を言って――ゴゴゴ、と重い音を立てて見事扉が開いた。シスター長が開けられると言っていたから大丈夫だとは思ったが、それでも目の前の光景に唖然としてしまう。
「本当に開いたな……」
「当たり前よ。私たちほど清らかな乙女なんて、世界中探してもそうそう居ないわよ」
 俺の呟きに、それを聞きとめたスラ子が自信たっぷりに言ってきた。いや、まずお前達が清らかな乙女って言うのが信じられないんだが。
 つい怪訝な視線を向けてしまう俺に、スラ子が笑って種明かしをしてくれる。
「清らかな乙女って、要するに世俗の穢れに塗れてない女性のことなのよ」
「穢れ?」
「ええ。穢れと言うのは生きていく上で避けられない罪、とでも言ったらいいかしら。この世にあるものは動物も植物も含めて全て命を持っている。人間は…まぁ人間に限らないけど、その命を奪って糧にしていかなければ生きていくことができないでしょ。その時に命あるものを殺し、己の糧にする罪が穢れなのよ。敬謙なシスターとは節制と神への祈りで以って、穢れを清めた女性のことよ」
 少々難しいが、言っていることは理解できた。食事をするのに動物植物を殺さないわけにはいかない、と言うことだ。
「穢れは分かったけど、どうしてスラ子達なら大丈夫だったんだ?」
「私たちは最近アベルによって闇を払われて人間になったでしょ。その時穢れも払われていて…そうね、一度リセットされていると思って。要は生まれたばかりの赤ん坊のようなもので、まだ穢れが溜まるほど時間が経ってないの。イナッツが無理なのは人間として3年間暮らしていたことが原因ね。そう言う訳だから、アーサーとクルルでも勿論開けられるし、特に修行を積んでいるわけじゃないから後数年もすれば私たちじゃ開けられなくなるわね」
 なるほど。しかし、スラ子の知識には感心するより他ない。なんで人間のシスターに関する知識まで持っているのか。
「…お前は何でも知ってるな」
「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」
 俺の言葉に、スラ子は可笑しそうに微笑んでウインクした。
「…解説だとスラ子の独擅場だよね」
「…スラ子さんは物知りですからね~」
 台詞の無かった二人が少し拗ねていた。



 塔の中は魔物で溢れていた。今まで見たことも無い魔物も増えているが、こっちだってここまでの道中でレベルが上がっている。そう簡単には遅れをとることはない。
 道を塞ぐインスペクターを鋼の剣で斬り倒し、不気味な笑い声を上げるわらいぶくろをドラっちが魔法で燃やし、向かってくるさまようよろいをくさりんがその力で打ち倒し、回復魔法をかけようとするホイミスライムをスラ子が事前に片付ける。俺達は上手い具合に役割分担しながら、階段を上って最上階を目指す。階が上がるごとにモンスターの勢いはますます増していった。
「え~い!メラ、ヒャド、メラ、ヒャドぉっ!」
 次々と現れる魔物を、ドラっちは魔道士の杖・改を振りながら攻撃魔法を乱発して必死で足止めする。
「ひゃあっ!熱いじゃないですか~」
 炎の息を噴きかけられたくさりんが、鋼の箒を振り回してドラゴンキッズの頭を叩き潰し、文字通り息の根を止める。
「あー、もう、鬱陶しいわね!」
 集団で道を塞ぐがいこつ兵を、スラ子がニフラムで光の彼方へと消し去る。
「…くっ、このっ!」
 まぶしい光で視界を晦ませてくるビッグアイを、盾で視界を守りながら鋼の剣で目を貫いて仕留める。
 戦いはどんどん苛烈さを増していき……4階に付いた辺りで魔物の勢いが大人しくなり、俺達はようやく一息つくことができた。
「はぁ~~~~っ、お兄ちゃん、疲れたよー」
「ふぇ~、しんどかったです~」
 ドラっちとくさりんは周囲の敵の気配がなくなったのを見計らって大きく息を吐いた。ドラっちは床に立てた杖にしがみつくように脱力し、くさりんも鋼の箒を床につけて肩を下げている。
「疲れてるのは私も同じだけど、まだ気を抜かないでよ」
 スラ子は気丈にも平気な振りをしているが、それで少し息が荒い。
「とにかく、この辺りは魔物の気配が無いみたいだ。今の内にホイミをかけておこう」
 そう言って皆にホイミを掛けて回る。連戦と魔法の使用による精神的な疲労は癒せないが、傷や体力の疲労ならこれで回復できる。
「…うー、ホイミってことはすぐ先に進むんだよね」
「当たり前でしょ、ここだっていつ魔物がやってくるか分からないんだし」
「まぁ、塔の大きさから行って、そろそろ最上階も近いだろう。皆、もう一頑張りだ」
「分かりました~。もう一頑張りします~」
 そんな会話を交わし、すぐに行動を再開する。しかし、今までの階と違って、4階ではまったく魔物と遭遇しない。
「魔物さん、居ませんね~」
「それは助かるが……どうしてなんだろうな?」
 ここまでの魔物の勢いを知っているだけに、いっそ不気味に感じる。
「きっとドラっち達に恐れをなして逃げ出しちゃったんだよ」
 ドラっちが能天気にそんなことを言い…
「もしくは、この階には強い魔物が居て、他の魔物は必要ないから……なんてこともあるかもね」
 スラ子がそう続ける。スラ子の場合は気を抜くなと言う意味もあるだろうが、実際にその可能性はあるだろう。
「もう、スラ子ってば心配しすぎ!」
「あなたが楽観的過ぎるのよ。慎重過ぎるくらいで調度いいの!」
「わわ、二人とも、こんなところで言い争いは止めてください~」
 スラ子の言葉にドラっちが噛み付き、スラ子が言い返してくさりんがわたわたと慌てる。
 …相変わらずと言うか、緊張感が無い。慎重そうなスラ子も、ドラっち達とやりあうと途端にこうなってしまう。まぁ、緊張しすぎるよりはずっといい。おかげで俺も少し肩の力を抜くことが出来た。
 すっかり緊張感をなくした俺達は、周りを警戒しつつも賑やかに先に進み――
「ほら、私の言ったとおりだったじゃない」
「うー…こんなの、ただの偶然だもん!」
 階段の前に、一体のさまようよろいが立ちはだかっていた。
 そのさまようよろいは、ここまでで遭遇したものとは明らかに違っていた。
 まず、他のさまようよろいと比べて大きい。いや、違和感を感じるほどではないのだが、これまで会ったさまようよろいは俺よりも少し小柄だったのだが、こいつは俺とほぼ変らないくらいの背丈がある。そして、鎧に施されている装飾が若干豪華なものになっており、鎧の状態もいい。手にしている剣は研ぎ澄まされていて、盾は頑丈そうで幅が広い。
 ここで階段を一人で守っていることを考えれば、今までのさまようよろいより遥かに強いことは間違いないだろう。
「わ~、強そうですね~…」
「そうだな。皆、気を抜くな」
 小声で話しかけてくるくさりんの言葉に頷き、皆に注意するよう呼びかける。
 さまようよろいは俺たちの姿を確認すると、俺の方に剣先をまっすぐに向けてきた。
「おい!そこのお前!あたいと勝負しろ!」
「……は?」
 今までになかった喋る魔物の反応に、俺達は困惑した。






[21050] 16
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/08/29 10:53
「おい!そこのお前!あたいと勝負しろ!」
「……は?」
 今までになかった喋る魔物の反応に、俺達は困惑した。
「ええと、それは俺のことか?」
 困惑したままで聞き返すと、俺に剣先を向けたさまようよろいは「おう」と頷いた。
「もしお前が勝ったら、あたいはお前の仲間になってやる!けど、あたいが勝ったらあたいをお前の仲間にしろ!」
 …何を言っているんだ、こいつは?仲間になりたそうにこっちを見ている…でいいのか?
「それって、どっちにしても仲間になるってことよね?」
「だったら、俺は直ぐに降参するが…」
「だからそうじゃねえって!」
 スラ子と俺の反応に、さまようよろいはガンガンともどかしそうに地団太を踏む。…地団太踏むさまようよろいなんて初めて見たぞ。
「あたいはお前に惚れた!だからお前に付いて行きたくて仕方ねぇ!これはもうどうしようもねえんだ!けど、あたいは惚れた男がどれだけ強いのか知りてぇんだ!だから…あーもうっ!とにかく勝負だ!」
 そして自棄になったように言ってくる。若干要領を得ない言葉だったが、言いたいことは理解できた。
「だって。どうするの、お兄ちゃん?」
「どうするって言われてもな……受けるしかないだろう」
 ドラっちの言葉に諦めたように頷く。実際、これからついてくことになる相手の実力を知りたいと言うのはよく分かる話だ。
「ええと~…お仲間が増えたんじゃなかったんですか~?」
「その通りなんだが……まぁ、そのための通過儀礼のようなものだ」
 イマイチ理解していないくさりんに説明してやる。と、スラ子がわざとらしく小首を傾げながら口を挟んできた。
「別に勝負を受ける必要はないんじゃないかしら?拒否したって仲間になってくれるわよ。本人がそう言ってるんだし」
 訊きながらも、口元には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。俺の返答を予想しているのだろう。
「…仲間になってくれる相手の頼みを無碍にはできないからな」
「ふふっ、そう言うと思ったわ」
 スラ子はやっぱりと言いた気に微笑んだ。…すっかり見透かされているな。
 とにかく、話が決まった俺はあらためてさまようよろいに向き直った。
「分かった。勝負を受けよう」
「本当か!?」
 嬉しそうな声を上げるさまようよろいに、俺は「ただし」と条件をつける。
「勝負は、相手に一撃有効打を与えた時点でその者の勝ちとすること。そして、可能なら寸止めか剣の腹で攻撃すること。この2点の条件が無ければ受けられない」
 仲間になるのだから、せめて本気の殺し合いのような真似はしたくない。稽古の真似事で十分だろう。
「ん~、よし、分かった!あたいだってお前を傷つけたい訳じゃないからな」
 相手の方も深く考えずに了承してくれる。それを見て、俺はスラ子達にここで待つように言って仲間から離れた。
「じゃあ、行って来る」
「折角だから勝ってきなさいよ」
「お兄ちゃん!絶対負けないでよね!」
「頑張ってください~」
 仲間の応援を背中に受けながら、俺はさまようよろいと対峙する。
「へっ、覚悟はいいか?」
「ああ」
 言われて、剣と盾を構え直す。相手も同じように剣と盾を油断無く構えた。
「そっか。なら、行くぜぇ!」
 雄叫びを上げて、さまようよろいが剣を振り上げて俺に向かってきた。


 
 剣と剣が激しい火花を散らしてぶつかり合う!
 その衝撃でこっちはやや体勢を崩し、さまようよろいの方はすぐさま刃を返して横薙ぎに剣を振ってくる。俺はそれを辛うじて後ろに飛んで避けてすぐさま突きを放ったが、相手はあっさりと盾で受け止めて弾き返し、同時に通り過ぎた刃を返して今度は斜め下から切り上げてくる。その攻撃をスモールシールドで上方に逸らしながら、今度は横に跳んで距離を取る。
(強い…!)
 ……勝負は俺の劣勢だった。相手は力で俺を上回っていて、俺の攻撃はあっさり弾き返される。そしてこっちは相手の攻撃を逸らすのが精一杯で、真っ向から受け止めることはできない。攻撃の切り返しの速さを見るに、技でも相手の方が上だろう。俺の剣術は所詮幼い頃の記憶にある父の姿を真似ただけに過ぎない。
「はっ、まだまだぁっ!」
 さまようよろいは距離を取った俺にすぐさま切りかかって来る。スピード自体は、軽装な分こちらが上か。しかし、絶対的な差と言うほどでもない。悠長に距離を取って戦うことはできないだろう。
 立て続けに放たれる斬撃を、あるいは避け、あるいは逸らすことで何とか防ぎ続ける。こちらも時折反撃を挟んでいるのだが、それは相手の盾で全て弾かれていた。
「中々やるじゃねえか!」
 さまようよろいは、恐らく想像以上に粘る俺に興が乗ってきたのか、さらに攻撃のペースを上げる。こっちも何とかそれに対応して相手の攻撃を避け続ける。
 ――スピード以外にも俺が相手に勝っている点があるとすれば、それは戦ってきた経験の差だ。さまようよろいの攻撃は確かに激しいが、なんとか次の攻撃を予測することはできる。その上で回避行動が精一杯なのだから、実力の差はやはり大きいと言わざるを得ないが。
(後は魔法か…)
 さまようよろいは魔法を使えないタイプの魔物だ。相手に無い切り札を持っている点では確かに俺の有利に思えるが……
(バギ程度じゃ意味が無いしな)
 剣を交えながらの戦いでは、さすがに集中力の要る上位魔法のバギマを使う余裕は無い。いや、バギにしてもこのタイミングで出すと予め決めて置かねば狙って放つことはできないだろう。そして、このさまようよろい相手にただバギを放ってもこっちに隙が出来るだけだ。
(ならどうするか……)
 このままではいずれ相手の攻撃を捌き切れなくなって、負けるのが目に見えている。別に負けてもいい勝負だが、相手のことを思うのなら勝っておきたい。
 ……一つ、浮かんだ案があった。試したことは無いが、いけるかもしれない。――いや、このくらいの無茶をしなければ、この相手に勝つことはできない!
「はっ!逃げることしかできねぇのか!?」
 さまよう鎧は回避を続ける俺を挑発するように、次々と斬撃を繰り出してくる。それでも俺はチャンスを待って回避に専念して…
(――ここだっ!)
 そして、袈裟懸けに向かってくる剣に向けて、その攻撃を弾くために横からスモールシールドを叩き付けようとする。が、
「甘ぇっ!」
 それに気づいたさまようよろいが、すぐさま剣を翻したことによって、逆に大きく盾を弾かれてしまった。――そう、俺の狙い通りに。
 盾が弾かれて隙だらけになった俺に、さまようよろいはすぐさま追撃を仕掛けるべく剣を振り上げ……
「バギ!」
 俺の魔法が発動した。ただし、対象は相手ではなく『さきほど弾かれた俺の手にしているスモールシールドの前面に向かって』だ。
 わざと不完全に発動させたそれは、激しい突風を生じさせ、弾かれた盾を受け止めて逆に押し返してくる。盾を持つ腕に凄まじい衝撃を感じながら、俺はその勢いにのせて盾をさまようよろいが振り上げた剣の腹にぶちかました!
「なっ…!」
 さまようよろいは予想外の衝撃に意表を突かれ、その手から剣を弾き飛ばされてしまう。そして――
「勝負あり、だな」
 剣を弾き飛ばされたショックから立ち直ってないさまようよろいの首の辺りに、俺は鋼の剣を寸止めで突きつけた。



「やったじゃない、アベル」
「お兄ちゃん、凄い凄い!」
「ご主人様、カッコ良かったです~」
 こちらに駆け寄ってくる仲間の歓声を受けながら、俺は改めてさまようよろいに言った。
「これで満足できたか?」
「…へっ、ああ。あたいの負けだ。強いな、お前」
 やけにさっぱりと言って、構えを解く。その声は妙に嬉しそうな響があった。
「じゃあ、仲間になってくるな?」
「もちろん……いや、こっちから頼む!あたいをお前の仲間にしてくれ!」
「分かった。じゃあ、名前を付けないとな」
 さまようよろいだから……さまよう……まよう……まよい……マヨイ、でいいか。
「マヨイでいいか?」
「あー、あたいにはちょっと似合わねえ気がするけど……いいぜ、別に何か希望がある訳じゃねぇしな」
 少し難色を示したが、了承してくれた。
「じゃあ、マヨイ。俺はアベル。これからよろしく頼む」
「おうっ!よろしくな、アベル!」
 マヨイはやけに威勢のいい声で応えて「じゃあ、人間になるぜ」と言った。数秒後。
「がーっ!兜ウゼぇ!」
 マヨイは唐突にそう声を上げると、兜を脱いで地面に叩きつけた。既に人間になっていたらしく、兜の下の容貌が露になる。
 好戦的な印象を受ける釣り目が特徴的な、野性的な印象の美少女だった。くすんだ黒髪は首の後ろのあたりで適当にざっくばらんに切られており、ぼさぼさに広がっていてみるからに手入れとは無縁だが、それが返って彼女の野性的な魅力を引き出せている。
 そんなやりとりの間にやってきた仲間達ともお互い自己紹介して、その後でスラ子が心配そうに聞いて来た。
「そう言えばアベル。あんな無茶な魔法の使い方して大丈夫だったの?」
「ああ、実はあまり大丈夫じゃない」
「え?」
 聞き返すスラ子に答えずに、俺は右手で盾を持っていた左腕の肩を押さえた。実は、会話の間一度も左腕を動かしていない。バギの突風を盾で受け止めた際に肩が外れていたからだ。自己紹介のやりとりの雰囲気を壊すことができず、治療を後回しにしていた。
「……っ!」
 右手に力を込めて、外れた左肩を強引に嵌める。激痛が全身を駆け巡ったが、なんとか悲鳴を上げずに歯を食いしばって耐えて、すぐにホイミをかける。痛みが引いていくのを感じて、思わずほっと息を吐いた。
「わわ、大丈夫なんですか~?」
 心配そうにのぞきこんでくるくさりんに「ああ」と笑みを返して左肩の調子を確かめる。若干違和感があるが、この程度なら問題ないだろう。
「まったく、どうしてそんな無茶したのよ?」
「勝ちたかったからな」
 呆れたように聞いてくるスラ子に、端的に答える。
「お兄ちゃんって、実は結構負けず嫌い?」
 からかうように笑いながら、ドラっちがそんなことを言ってくる。完全にそれが無かったとは言わないが…
「マヨイが俺に勝って欲しそうだったからな」
「へ?あたいが?」
「ああ……違ったか?」
 マヨイが不思議そうな声を上げたので、聞き返してしまう。マヨイはしばらくキョトンとしていたが、やがて嬉しそうな笑みを作った。
「ははっ、アベルに惚れてよかったよ。いい男だな、お前!」
 そう言って笑いながら嬉しそうにバンバンと俺の背中を叩いて来た。
 マヨイの馬鹿力で叩かれた背中は痛かったが、不思議と悪い気はしなかった。



「実は、ここから上の階は行った事がねえんだ。何かに邪魔されて入れなかったんだよ。今は大丈夫みてぇだけど」
 5階へと続く階段を登りながら、マヨイが不思議そうに言う。
「神の塔、なんて名前がついているくらいだから、聖域にでもなってたんじゃない?だとしたら、目的地はすぐそこね」
 スラ子の言葉を聞きながら、5階に上がる。足を踏み入れた際、空気が変ったのをありありと感じた。どこか修道院で感じた清浄な空気を思い出させる…なるほど、聖域か。5階だけが聖域になっていたと言うことは、ここにラーの鏡がある可能性が高いのだが…
「お兄ちゃん、あれじゃない!」
 ドラっちが指をさした先には、台座の上に立てかけられた、一枚の立派な鏡が置かれていた。しかし……
「道が途切れているな」
 周囲を見渡しながら呟く。この階層の奥にその鏡は置かれていたが、その場所はここから隔絶しており、唯一繋げている橋も途中でなくなっている。この幅では飛び越えていくのも無理だろう。
 どうしたものかと悩んでいる俺の隣で、くさりんがしきりに不思議そうな顔で首を捻っていた。
「どうかしたのか?」
「いえ~…何と申しましょうか~、足場が無いのに足場があることが分かると言うか~」
 …どういう意味だ?見るとドラっちとマヨイも不思議そうに橋の途切れた辺りを見つめている。
「う~ん……橋は途切れてるのに、なんか渡れそうなんだよねー」
「ああ、なんつーか、奇妙な感覚だな」
 そんな中、スラ子だけが何かを納得した様子で頷いていた。
「なるほど、そう言う事ね。じゃあ、早速鏡を取ってくるわ」
 そう言って軽い足取りで橋の上を渡っていく。
「お、おい!待っ…!?」
 止める間もなくスラ子の足は、橋の途切れた空間まで進み……何もない空間にしっかりと足を付けた。
「は?」
 唖然とする俺に構わずに、スラ子はそのまま橋を渡りきってラーの鏡を手に取り、再び何もない空間の上を歩いてこっちに戻ってくる。
「はい、これ」
「あ、ああ……って、スラ子、今のどうやったんだ!?」
 渡された鏡を反射的に受け取った後で、慌てて問いかける。スラ子は悪戯が成功した子供のような顔で微笑んだ。
「ああ、あれはね。別に橋は途切れてないのよ。そのように見えてるだけで」
「どういう意味だ?」
 聞き返すと、スラ子はいつもの調子で説明してくれた。
「この空間に満ちている聖域の力で足場を見えなくさせているだけなの。多分、普通の人には完全に足場が無いように見えるんだけど、この塔に入る資格のある清らかな乙女には、足場があることだけは分かるようにしてあるみたいね」
「…なんでそんなことを?」
「目に映るものだけが真実とは限らない――真実の姿を暴くラーの鏡の試練にはぴったりでしょ。視覚に頼らずに自分の感覚を信じた者だけが手に入れられるんだから。ここが聖域になっているのも、ラーの鏡を守るためじゃなくてこの試練を作るのが目的だったんじゃない?」
 スラ子はそう言って締めくくった。俺たちの反応と周囲の状況でそこまで推測できるスラ子は、さすがとしか言いようが無い。
 とにかく、これでラーの鏡を手に入れると言う目的は達成できた訳だ。
「それじゃあここを脱出するか。皆、リレミトを使うから俺の周りに集まってくれ」
 仲間が集まってきたのを確認して、俺はリレミトを唱えて神の塔から脱出した。



 無事馬車に戻り、馬車の留守を任せ居ていた仲間たちに新しく仲間に加わったマヨイを紹介した。途中、アーサーが少し険しい顔で、マヨイに「お前は騎士なのか?」と問いかけたが、マヨイが「いんや、戦士だ」と答えると「ならばいい」と言ってあっさり引き下がった。…装備が似ているから役割が被るのが心配だったのだろうか?
 馬車の方の状況も聞いたが、一度だけ魔物がやってきたくらいで概ね平和だったらしい。その魔物も大して手ごわい相手ではなく、アーサー一人であっさりと撃退したようだ。
 まだ日は暮れていないが、俺、スラ子、ドラっち、くさりんの消耗が激しいので、ここで一晩休んでいくことにした。念のため周囲を一度警邏してから辺りに聖水を撒き、イナッツが用意してくれる夕食を食べて、そして夜になる。
 やはりと言うか当然と言うか、とにかく俺とマヨイは二人っきりになっていた。
「よし、じゃあ交尾するぞ!」
 やけに威勢のいい声で言って、鎧を脱ぎだすマヨイ。「鎧脱ぐの面倒クセッ」とかぼやきながらてきぱきと裸になって行く。そしてマヨイが胸当てを外し終えた所で、俺は驚きで目を見張った。鎧に隠されていて分からなかったが、マヨイはかなりの巨乳の持ち主だった。間違いなく、くさりんに継ぐ大きさだ。いや、形はマヨイの方が上か?
「何ジロジロ見てるんだ?」
「あ、いや。悪い。大きいな、と思って」
 慌てて目を逸らしながら、そんなことを口走ってしまう。…と言うか、一体何を言っているんだ、俺は?
「ああ。胸のことか。そう言や、人間になってからなんか揺れて痛いなとか思ってたんだよ。これが原因だったんか」
 どうっすかなーこれ、と呟きながらと自分の胸を手でぐにぐにと変形させるマヨイに、「サラシでも巻いたらどうだ?」とアドバイスをする。本人はまったく無自覚でやっているみたいだが、そう言う無防備な行動は正直勘弁して欲しい。
「サラシねぇ。ま、後で試してみればいっか」
 マヨイは特に気にした風も無く、残りの鎧も全て外して全裸になった。
「よし、やるぜ!」
 そして妙に男らしくそう宣言して……しかし、そこで動きを止めた。どうも戸惑っているようだ。
「……どうしたんだ?」
 硬直したマヨイに問い掛けると、マヨイは「あはは」と気まずそうに乾いた笑みを漏らした。
「いやさ。あたい、初めてだからこっからどうすりゃいいのか分かんねぇんだよ」
(この性知識の差は一体何処からくるんだろうか……)
 そんな疑問が脳裏を過ぎったが、それを無視して一度息を吐くと、自分からマヨイに近づいていった。
「分かった。それなら俺に任せてくれ」
「…へ?」
 俺は戸惑うマヨイの肩を抱きしめて、いまだ状況を理解できてないマヨイに口付けをした。



 小一時間後。
「ああああ、あんな恥ずかしいことするなんて……」
「そうか、悪かったな」
「あ、いや、気持ちよかったし、別にいいけどよ…って何言わせてんだ!」

 行為を終えて、真っ赤になって恥ずかしがっているマヨイの姿は妙に可愛かった。
 ……自分が随分と手馴れしまったことについては、もう諦めることにした。






[21050] 閑話1
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/09/05 23:40
~神の塔を攻略し、修道院へと戻る間のある一幕~

 神の塔を攻略し終えた俺達は、修道院へ向かって邁進していた。
 この辺りの魔物はもう俺たちの往障害にはならなかった。往路の時点で相当数の魔物を減らしているし、俺たちも皆修道院を出た時のことを思えばレベルアップしている。
 そして何よりも…
「でやあっ!」
 先ほど遭遇した魔物の集団の最後の一体を、俺やくさりんと供に前衛に立つマヨイが一刀両断に切り裂く。
 神の塔で仲間にしたマヨイの存在が、それに拍車を掛けていた。
 塔での一騎打ちでは辛うじて俺が勝利したものの、マヨイの実力は明らかに俺よりも上だ。攻撃も防御も仲間内で頭一つ抜いている。安心して前衛を任せられる仲間の増加は、それだけで戦闘の安心性が一気に増加した。
「…新入りのマヨイさんには前衛で頑張らせて、私は相変わらず後方でルカナンを唱えるだけの仕事ですか。やはり旦那様は新しい女の方がいいのですね」
「いや、あなたも十分新しいじゃない」
「そうですね。私は2番目ですから……そして直ぐ3番目4番目と降格していくことでしょう」
「人聞きの悪い言い方しないの……多分そうなるとは思うけど。考えようによっては、私が一番古い女なのかしら」
「なるほど。ではこれからは敬意を込めて『お母さん』と呼ばせてもらってよろしいでしょうか?」
「やめて。確かに私の主な仕事は御者のほかは皆のご飯の支度だけど、この歳でお母さんと呼ばれたくないわ」
 なんて会話をクルルとイナッツがしていた。…だいたい後方に控えているせいか、この二人は結構仲良くなっているようだ。クルルの思考は未だに不明だが。…そういえば、イナッツが歳とかいっていたが、彼女等の年齢はどうなっているんだろう?見た目の年齢=魔物として生きた年月であっているのであろうか?…まぁ、深く考えるのはよそう。
 改めて意識をマヨイに戻し、労いの言葉を駆ける。
「さすがだな、マヨイ」
「へっ、相手が弱すぎるだけだ」
 満更でも無さそうに剣を持った手で器用に頭を掻く。
「しっかし、この鎧結構動き辛いんだよなー。重さは気にならねぇんだけど、関節の動きがどうも硬くてよ」
 ぶんぶんと関節の動きを腕を負って確認しながら愚痴るマヨイ。確かに、全身をぴっちり覆っているので動き辛そうだ。それが聞こえていたのか、アーサーが納得したように頷いて口を挟んでくる。
「マヨイの鎧は私のものとは違い、関節部も金具で補強されているからな。確かに鎧の隙間も守ることはできるが、動きが制限されてしまうから私はあまり好きではない」
「だよな。いっそどっかで変えようかなー」
「って、その鎧はかなりいいものだろう?もったいなくないか?」
 マヨイの言葉についそう訊いてしまう。素人目にも、かなり上等物の鎧だと分かった。
「んー、まあいい奴だってことは聞いてるけどよ」
「別に買い換えずとも、動きの邪魔になるパーツを外せるように修繕すればいい。多少の費用はかかるはずだが、買い換えるよりはずっと安く済む」
「へー、じゃあそうしてみっかな」
 アーサーの助言に、マヨイは素直に頷いた。それから「あと、マスター」とこっちを向いて付け加えてくる。
「マヨイの装備で一番高価なものは恐らく剣だ。その次が盾。鎧は3番目だろう」
「そうなのか?」
 単純にもっとも金属の使用量が多く、関節部に手間のかかっている鎧が一番高いと思ったのだが。
「マヨイ。お前の剣と盾はエビルメタル製だろう?」
「へ?そー言や、そんな名前だったような…」
 マヨイが思い出そうと斜め上を皆がら首を捻る。そんなマヨイにアーサーは「自分の武器も知らないのか…」と呆れたように嘆息した。
「なんなんだ、そのエビルメタルって?」
 俺が聞き返すと、アーサーはふむと頷いて少し考えた。
「そうだな……マヨイ、マスターに剣を貸してもらえないか?」
「ん?別にいいけどさ。ほれ」
 マヨイに渡されて反射的に手にとって……驚いた。
「あ、ああ……って、なんだこれ、いやに軽いな?」
 むろん武器としての重量はあるが、刀身は今俺が使っている鋼の剣よりも少し長い上に肉厚なのに、重さは4分の3程度しかない。そして、金色に光る刀身には刃こぼれ一つ無かった。俺の武器なんて連戦で大分刃毀れしているのだが、見事なものだ。
「気づいたようだな。エビルメタルとは魔界で採れる金属で、鋼よりも硬く、その上軽い。そして、このエビルメタルは別名生きている金属とも言われている」
「生きているだって?」
 驚く俺に対し、マヨイは「あー、そんな話聞いたことあったなー」とのんきな声を上げている。
「ええ。なぜ、この剣に刃毀れ一つないのか分かるか?理由は、刃毀れ程度の損傷なら、自動的に癒して元の状態に復元させてしまうからだ。その特性からそのように比喩されている。まぁ、さすがに折れたら無理だが」
「それは凄いな……」
 感心したように呟く俺に、アーサーは少し目を輝かせて話を続けた。
「もう一つ、面白い話をしよう。この剣、かなりの業物なのは間違いないが、作り方は広義で見れば鋳造になる」
「え?でも、これ、かなりの業物なんだろう?鋳造の量産品とは一線を隔しているように見えるんだが」
「エビルメタルは鍛造には向かないからだ。鍛造とは、基本的には叩いて伸ばし、強度と鋭さを増すように鍛えていくのだが……エビルメタルにはそれができない。叩いて伸ばされた程度の変化では修復力が働いて元の状態に戻ってしまうからだ」
 ああ、なるほどな。自動的に復元すると言うのなら、叩いて伸ばした変化は無くなってしまうのか。
「しかし、いくらエビルメタルと言えども、ただ単に型に流し込んだだけでは十分な強度は得られない。ならばどうするか?特別な鋳型を用いて魔法で高圧力を掛けながら一気に流し込み、刃の鋭さと硬さができるように一瞬で固めてしまうと言う製法だ。ただし、これができる設備は非常に貴重で、かつその技術を持っている者もごく少数しかない。エビルメタルはそれほど埋蔵量は多くないのだが、一度見つかればその性質ゆえ発掘は容易だ。にも関らず、その製法の難しさでどうしても高価なものになってしまう」
 随分と本格的な説明だった。マヨイはと言うと、理解することを諦めようで、退屈そうにあさっての方を向いている。…正直、俺もここまで本格的な話をされるとは思ってなかったから少々辛い。
「それで、剣と盾の価値の差だが、剣の方が製法が難しいからだ。基本的にただ硬くすればいいだけの盾と違い、剣には鋭い刃をつける必要がある。しかも鋳造で、だ。どうやっても剣の方が困難なのは当然のことだろう」
 それでようやく話が終わったらしく、アーサーは一息ついた。
「アーサーは武器に詳しいんだな?」
「ええ、一時期こって居た時期があった。そのおかげで、私は騎士を志す切欠となった物語に出会うことが出来た」
 …それは、アーサーが自分の剣をカリバーンと呼んでいる事と何か関係があるのだろうか?
「伝説と呼ばれる武器の話はかなり好んで集めていたから、マスターの持っている天空の剣に対しても、信憑性の高そうな情報から明らかに疑わしい物語まで交えて、スラ子よりも詳しい話ができるだけの自信があるが……」
「あ、ああ、それはいい。勇者しか使えない武器ってだけで十分だから」
 多分、とても長い話になるのが予想されたので、先手を打って断って置いた。
「……そうか。なら仕方が無い」
 そういいながらも、明らかに残念そうな雰囲気を漂わせるアーサー。若干申し訳ない気もしたが、そこまで興味は無いし。と、そこで俺はマヨイから剣を借りっぱなしだった事を思い出した。
「マヨイ、これ返すよ。貸してくれてありがとう」
 何かに使ったと言うわけでもないが、念のために礼も言う。
「いや、そんな礼を言われることじゃねえけどよ。……アベル、もしかしてこの剣、気に入ったのか?」
 マヨイはそう言いながら剣を受け取って鞘に収める。それから、ふと思いついたように言ってきた。
「へ?あ、ああ。いい剣だと思うぞ。正直、羨ましいくらいだな。アーサーもそうだろう?」
「そうだな、私の剣よりも業物であることは認めよう。もっとも、私は手入れの不要な剣は少々つまらなく感じるが」
 俺は素直に賞賛し、アーサーはそう言った後で「やはり私にはカリバーンが一番だな」と付け加える。やっかみではなく、本当にそう思っているのだろう。実際、アーサーは夜営の度に剣の手入れをしているし、その間はどことなく楽しそうにしているように感じる。
「ふぅん、羨ましいのか~」
 俺の言葉に何か感じるものがあったのか、マヨイは自分の剣を見て少し考え込んでいた。




※ エビルメタルはアイテム物語と言う本で『黄金の爪』の材料とされていますが、ここでは名前を借りただけです。



[21050] 17
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/09/06 00:27
 ラーの鏡を無事手に入れた俺達は、準備が整い次第ラインハット城に向かうことを告げるために、シスター長、ヘンリー、マリアさんに会いに行った。
 因みに、修道院に立ち寄ったのは俺一人だけで、皆は馬車の中で待ってもらっている。話が終わり次第すぐにオラクルベリーに向かうと言う理由もあったが、どこでアーサー、クルル、マヨイの3人と知り合ったのか説明できる自信が無かったからだ。こそこそさせて申し訳ないと思ったが、この3人には現在馬車の中に隠れて貰っている。
 先ずシスター長に報告を終える。彼女は「貴方達に神のご加護がありますように」と祈りを捧げて見送ってくれた。
 そしてヘンリーが療養していた部屋に行く。そこでは、怪我が完治してギプスが外れたヘンリーとマリアさんが待っていた。
「よう、アベル。ようやく怪我が治ったぜ。この通りだ」
 ポンっとギプスで固定されていた右腕を叩いて、腕を曲げて力瘤を作るヘンリー。
「と言っても、病み上がりだからまだ大した力は出ないけどな。普通に動くくらいなら問題ないさ」
「そうか、なら……」
 俺の言葉を遮って、ヘンリーがニヤリと笑みを浮かべる。
「ラインハット城に行くんだろう?当然、付いてくぜ」
「…分かった。ついにラインハット第一王子の帰還だ。派手にやってやろう」
「はっ、ガラにもないこと言うなよ」
 そんなやり取りの後で、ヘンリーはマリアさんに向き直った。
「マリア。今まで看病ありがとな。こんな状況に耐えることが出来たのは、マリアのおかげだ」
「そんな……私の方こそ、ヘンリーにどれだけ助けられたことか……ヘンリー、お願いだから無茶だけはしないで。アベルさん、ヘンリーをよろしくお願いします。貴方もお気をつけて」
「大丈夫だ。俺には頼りになる仲間がいるからな」
 二人の空気に当てられながらも、マリアさんの言葉に力強く頷いてみせる。
 話が終わり部屋を出ようとすると、ヘンリーは尚も名残惜しそうにマリアさんを見つめて行った。
「全部終わったら、また遊びに来るからな。待ってろよ」
「もう……ええ。待ってるわ、ヘンリー」
(……俺は、どう見ても場違いだな)
 苦笑と供にそんな感想を抱きながら、一足先に部屋を後にした。



「……なぁ、アベル、聞きたいことがあるんだが、いいか?」
 ヘンリーを連れて馬車に向かい、中を見たヘンリーが開口一番そう言ってきた。十分に予想できたことだから黙って頷く。
「どうして女の子が3人も増えてるんだ?神の塔に行っていたんじゃなかったのか?」
 ヘンリーの言葉は俺が予想した通りのものだった。
 そして、俺の方はヘンリーに全てを打ち明けることを決めていた。と言うか、単に修道院の中だったから言えなかっただけだ。ヘンリーなら最初から話も構わないと思っていたし、突拍子も無い話でも信じてくれるだろうと確信している。
 とりあえず時間がもったいないので先にイナッツに頼んで出発して貰い、馬車の中で説明することにした。
「実は、彼女たちは皆元魔物なんだ」
「何だってー!?」
 スラ子達と出合った経緯を簡単に説明する。いや、さすがに言う必要の無いことまで詳しくは説明できないのだが。
 一通り話を聞き終えると、ヘンリーは「へーっ」と感心したように呟いていた。
「お前が変わった奴だってことは知ってたけど、まさかここまでとはなー」
「随分あっさり信じるんだな?」
 信じてくれるとは思ったが、本当なのかと聞き返しもしてこなかった。俺の疑問に、ヘンリーは苦笑を浮かべながら答える。
「お前が見ず知らずの女の子に声かけて付いてきてくれるよう頼んだ、なんていわれるよりは余程信じられるよ」
「ああ、なるほど」
 ヘンリーは俺の人下手な性格を知っている。ありえないような事情があった方がむしろ納得できるかもしれない。
「しっかし、アベルの仲間かぁ…」
 ヘンリーは興味深そうに皆を一瞥する。じっと見ないのは気を使ってのことだろう。
「なんだ?」
「ん?ああ、いや、何でもねぇよ」
 何か含むような言い方が気になって訊ねた俺に、ヘンリーは軽く笑って誤魔化した。



 日が暮れ始めた頃にオラクルベリーに到着した。
 この街に来るのが初めてなヘンリー、アーサー、マヨイの3人が感心したように周囲を見回している。因みに、同じく初めてである筈のクルルは特に関心の無い様子で普段の冷静な表情を貫いていた。
「これがオラクルベリーか。噂どおり、活気のある街だな」
「へぇー、人間ってこんなにたくさんいるんだなー」
「…凄いな」
 ヘンリーが感心したように言い、マヨイはもの珍しそうにキョロキョロと首を巡らしている。アーサーも珍しく人波に圧倒されたようで、ぼんやりと呟くのみだ。まぁ、初めてこの街に訪れれば誰だってそうだろう。俺たちもそうだったし、むしろ平然としているクルルがおかしい。
 それは置いておいて、こっちはこれからの支度を始めよう。もう日が暮れ始めているから、役割分担して進めないといけないだろう。
「イナッツ、くさりん、宿の確保と馬車の世話を頼めるか?ああ、部屋は俺とヘンリーは二人部屋にしておいてくれ」
 以前は全員で一つの部屋を取ったが、さすがにヘンリーと皆を同じ部屋にさせるわけにはいかない。
「分かってるわ。馬車の方もモンスターじいさんに頼んでみるから」
「分かりました~。では、ご主人様、また後で~」
 街の入り口でイナッツ、くさりんと分かれる。それから、改めてアーサーが尋ねてきた。
「マスター、私たちは?」
「とりあえず道具屋に向かおう。補給も必要だけど、クルルの装備も揃えてやらないとな」
 アーサーの質問に答えて、「それに…」とヘンリーに視線を向ける。
「ヘンリーにももう少しマシな格好をして貰わないとな。なんとか王子っぽく見える格好にしてやらないと」
 今のヘンリーの格好は、さすがにドレイの頃とは違うが、実に地味な無地の服を着ている。修道院で用意されたものだから仕方が無いが、ラインハットに第一王子のヘンリーを連れて行くことが重要なので、最低限それらしい格好をして貰った方がいい。
「いいのか?そんなお金あるのかよ」
「無論、おごりじゃないぞ。上手くいったらきっちり返して貰うからな」
「分かった。その時は倍返しにしてやるよ」
 ヘンリーの質問に軽口で答え、ヘンリーも承知とばかりに軽口で応答してくる。十年間も供に生きてきたのだから、この辺の呼吸はバッチリ合っている。と、そのやり取りを聞いていたスラ子が口を挟んできた。
「なら、私とドラっちはヘンリーを連れて補給の方を担当するわ。ついでにヘンリーの服も見ておいて上げる。見栄えだけはいい服を探してくるわ」
「いいのか?」
「ええ。荷物もちはヘンリーにやってもらうしね」
「って俺、荷物持ちかよ!」
「リハビリだと思えばいいじゃない」
 ヘンリーの抗議の言葉を、スラ子がスルリとかわす。さすがと言うか……恐らく、この先のことも見越して、ヘンリーに荷物持ちをさせるのだろう。ラインハットまではヘンリーと行動を共にすることになる。だが、病み上がりでラインハットでの切り札でもあるヘンリーに戦わせるわけには行かない。となると、ヘンリーに出来るのは荷物持ちだけだ。ほこらに向かうときにはどうしても必要になるからな。
「ドラっちはお兄ちゃんと一緒がいいんだけど」
「あなたの装備はもう揃えているでしょう?だからこっちを手伝いなさい」
「あー、そうだな。ドラっち、俺からも頼む」
 ドラっちが不平を言うも、スラ子と俺の言葉に「お兄ちゃんが言うなら」と折れてくれた。さて、後は……
「俺はクルルと一緒に装備を探しに行くが、アーサーとマヨイはどうする?」
「マスターの意思に従うが…武器を見に行くのならそちらについていきたい。人間の武器屋には興味がある」
「あーっと、あたいも武器を見に行きたいんだけど」
 アーサーとマヨイは二人とも俺の方についていきたいみたいだ。念のためスラ子に目配せすると、自分たちで構わないと言うように頷いてくれた。
「じゃあアーサーとマヨイは俺達と一緒に行くか。スラ子、ドラっち。ヘンリーのこと頼んだぞ」
「分かってるわよ。それじゃ、後で」
「任せて、お兄ちゃん」
「…はぁ、俺荷物もちかよ…仕方ないけどさ」
 肩を落とすヘンリーの姿に、俺達は小さく笑みを交わした。



 道具屋について、スラ子達と別れた俺、アーサー、クルル、マヨイの4人は、まず防具屋の方に来ていた。
「さて、先ほどまでなぜか一言も喋る機会がありませんでしたが、ここからは私が主役です」
「やる気?なのは構わないが、何を買うか考えてあるのか?」
「ふふふ、勿論です。ここまで考える時間はたっぷりありましたからね」
 いつもの冷静な表情に変化は無いが、それでも妙に自信満々な態度で頷くクルル。因みに、アーサーとマヨイの二人は興味深そうに周囲の防具を眺めて「ふむ……色々あるものなんだな」「と言うか、明らかに防具以外も混ざってねぇか?」と会話していた。
「アーサーたちも何か欲しいものがあったら言ってくれ」
「いや、私は今の装備に満足しているから必要ない。どんな装備があるのかは気になっているが」
「んー、あたいは鎧の改造を頼みてぇけど…ま、後でいいや。クルルの装備が先だろ?」
 念のために二人にも尋ねると、そんな返答が返って来た。確かにアーサーは今の装備でも十分そうだし、マヨイの鎧の改造は…確か装備の修繕は別の店があったはずだからそっちになるだろう。
「では旦那様、早速私の装備を探しに行きましょう」
 クルルが俺を促して、手を引いてくる。彼女にしては珍しく積極的だ。と、そこに一人の店員が声を掛けてきた。
「おおっ、あなたは以前活発系美幼女を連れていた……ぬっ!今度はクール系美幼女と、てて、手を繋いでいるだと!羨ましすぎるぞモゲロこの野郎!私と変わってください!」
 …また変な奴が来た。
「?…一体何ですか、コレは?」
「クール系美幼女からコレ呼ばわりとは!なんと言うご褒美!!」
 いつもの冷静な表情のまま放たれたクルルの言葉に、店員は訳の分からないことを言い出して感激に打ち震えて自らの体を抱きしめる。うん、正直言ってかなり気持ち悪い。アーサーとマヨイもいきなりの不振人物の登場に混乱しているのか、あっけに取られて様子で店員を見ている。
「いい、いや、そんなことはこの際どうでもいいのです!その様子からみるに、麗しい見た目に反してパッとしない地味な服を着ているクール系美幼女の装備を買いに来たのですね!是非また私めに装備を選ばせてください!」
 店員は鼻息荒くそんなことを言いながら詰め寄ってきた。関りたくないのが本音だが…
「お断りします」
 悩む間もなくクルルが一言で切って捨てた。それから、畳み掛けるように一気に言った。
「何なんですかあなたは?何でそんなにキモイんですか?と言うか何で生きているんですか?生きてて申し訳ないとか思わないんですか?今すぐ鏡でも見て自分のあまりのキモさに憤死したらどうですか?」
 これだけの事を言ったのにも関らず、クルルの表情は一切動いていない。一方店員の方は、
「ふおおおおおおおおおっ!クール系美幼女からの容赦の無い言葉責め!うれしい!でもっ…」
 意味不明な雄叫びを上げてその場に倒れ、ビクンビクンと不気味に体を痙攣させ始めた。いかん、本気で気持ち悪い。しかし、クルルは倒れた店員に一瞥をくれることもなく、再度俺の手を引いて促してきた。
「では、早速装備を買いに行きましょう」
 本当に何事もなかったかのような態度に、少し戦慄を覚えてしまう。
「あ、ああ。その通りだが……ほうっておいていいのか、あれは?」
 直視できずに指で示して訊ねる。視界の端では、例の店員が未だに痙攣していた。本当になんなんだ、あれは…?
「喜んでるみたいですし、いいんじゃないんですか?ぶっちゃけ、関りたくないですし」
「それより時間に余裕はあまり無いのだろう?なら早く装備を探すべきだ」
「そ、そうだぜ、アベル。ほら、早く行くぜ」
 クルルだけでなくアーサー、マヨイにも言われて、俺達は店員を放置して装備探しを再開した。
 さて、俺達は以前ドラっちの装備が中々見つからずに先ほどの店員の力を借りた。クルルもドラっちとそれほど背丈が変らないので苦労すると思ったのだが、それはどうも俺たちの探し方が拙かっただけだったようだ。クルルは実にあっさりと自分の探していた防具を見つけていた。
「ふむ、これがいいですね」
 と言ってクルルが取り出したのは、袖の短い一見何の変哲も無い薄い黄緑色の服だった。若干サイズが大きいが、それでも問題なく着る事はできるだろう。
「これは?」
「みかわしの服ですよ。やはりスピードに定評のあるクルルと呼ばれる私としては、動きやすさ重視で装備を選ぶべきかと」
 訊ねると、そんな返事が返って来た。…いつそんな風に呼ばれたのかは知らないが、クルルの身のこなしが軽いのは本当のことだ。クルルはその調子でテキパキと装備を揃え「それでは、早速着替えてきます」と言って着替えに言った。数分後。
「どうですか、旦那様。新装備の私は?興奮しますか?」
「…興奮はしないが、似合っているんじゃないか」
 早速新しい装備に着替えたクルルが俺の前に立っていた。上着は先ほどのみかわしの服。下は黒いスパッツに、脛を半ば以上覆っている見るからに頑丈な黒いブーツを履いていた。両腕にはリストバンドをつけており、紐で括っていたツインテールもちゃんとしたリボンに変えている。冷静な雰囲気のクルルとはイメージの合わないやけに活動的な服装だが、意外なことによく似合っていた。
 少々露出が高いのと軽装過ぎることは気になるが、スピードを生かして回避を重視するのならこれで構わないだろう。
「もう少し反応が欲しいですね。ふともものラインが最高!とか言って欲しかったのですが」
「…お前は俺のことをどう思っているんだ?」
 意味不明な言葉にジト目で聞き返すが、クルルは平然と「大切な旦那様ですが、何か?」と答えたため、口を噤んだ。
「しかし、そのブーツは少し動きにくくないか?」
 アーサーがクルルの装備を見て、そんな感想を漏らす。言われてみれば、軽装な服と比べるとそのブーツは少し浮いていた。
「ああ、これは武器もかねているのですよ」
「は?武器だぁ?」
 聞き返すマヨイに、クルルは頷いて答える。
「ええ。スピードに定評のあるクルルこと私の能力を生かすためには、やはり鍛えられた脚力かと思いまして」
「それとブーツがどう繋がるんだ?」
「このブーツには薄い鉄板が仕込んであります。ふふ、ブーツを履いた女の脚はまさに凶器ですよ。これを武器にキックの鬼を目指します」
 …確かに凶器にはなるだろうけど、蹴りは隙が大きいから難しいんじゃないか?
「蹴り技なんて使えるのか?」
「今はキックとハイキックが使えます。旦那様と交尾をすれば連続キックとSPハイキックにパワーアップしますよ?」
「いや、何を言っているのか分からないんだが」
 本当にクルルの言動は意味不明で戸惑うことばかりだ。
「まあ冗談はともかく、足技には自信があるので安心してください。いずれ旦那様にも披露してあげますよ?」
「勘弁してくれ……」
 相変わらずのクルルの言動に、俺は疲れたように嘆息した。





[21050] 18
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/09/14 23:20
 クルルの防具を買い終えた俺達は武器屋の方に来ていた。
「あ、あのさあ、アベル。あたいも武器を買いてぇんだけどいいか?」
 武器屋に着いたところで、マヨイが珍しく遠慮がちにそんなことを言ってきた。
「は?でもマヨイにはその剣があるだろう?」
 驚いて聞き返す。以前アーサーに教えて貰ったのだが、相当の業物だ。正直、買い換えるのは勿体無いと思うのだが…
「いや、いい武器なんだけどよ。あたいには少し軽すぎんだよ」
「…軽すぎると問題があるのか?」
 マヨイの言っていることは、すぎる、と言うのは少々大げさだが本当のことだ。実際に手に持った感覚では、俺の使っている鋼の剣よりは軽い。その上で鋼の剣よりも頑丈なのだから、いい事尽くめだと思うのだが。
「あー、いや、問題っつーか、なんて言うかよ…」
「…武器の重量はそのまま威力に繋がる。マヨイが言いたいのはそういう事だろう」
 マヨイが返事に困っていると、アーサーが口を挟んできた。
「マヨイなら重い武器を振り回すのに十分な膂力がある。それならばそちらにした方が結果的には攻撃力が上がるだろう」
「なるほど……」
 アーサーの言うことも一理ある。…まぁ、皆には武器を買い与えていた訳だし、マヨイが望むのならそうしなければならないだろう。正直、もったいないとも思うが仕方が無い。
「分かった。気に入った武器があったら言ってくれ」
「いいのか!?」
「ああ。でも、あまり高いものは無理だからな」
 パッと顔を輝かせるマヨイに、一言釘を刺しておく。マヨイは威勢良く「分かってらい!」と答えて早速武器を探しに行った。アーサーも「マヨイの武器探しに付き合ってくる」と言って後を追っていった。二人が武器を見ている様子を一瞥してから、俺は残っているクルルに顔を向けた。
「…で、クルルはどうするんだ?」
「もちろん、武器を探しに行きますよ。キックも武器にしますが、補助程度にするつもりなので」
 キックの鬼になるんじゃなかったのかと思ったが、とりあえず突っ込まずに置いた。「それじゃあ、行きましょうか」とクルルに促されて武器屋の中を歩く。クルルは投擲用の武器のコーナーで脚を止めた。
「ふむ、これがいいですね」
 そう言って彼女が手に取ったのはブーメランだった。外周が金具で補強されているためか、専用のグローブとセットで販売されている。少々値は張るが買えない程じゃない。
「ブーメランなんて使えるのか?」
「ええ。実は私、こう見えてもブーメラン空手の使い手なんです。ブーメラン空手……それは実戦空手とブーメランを組み合わせた全く新しい格闘技のことです」
「いや、別に興味は無いが」
 と言うか、全くもって意味不明だった。
「もっとも、私はブーメランを自動追尾させたり分裂させたりできる境地には至ってませんが。せいぜい敵に命中したブーメランがその場に落ちずに手元に戻ってくる程度です」
「いや、それだけでも十分凄いんじゃないか?」
 普通に考えたら、何かにぶつかったら失速してその場に落ちるはずだ。しかし、クルルはオーバーに肩を竦めて首を横に振った。
「いえいえ、私なんてまだまだです。話によると、一度投げたブーメランがその場に居る敵全てに順番に当たっていった上で、ちゃんと手元に戻ってくると言う凄まじい使い手までいるそうですから」
「…それは本当にブーメランなのか?」
 そこまで行くと使い手とかそういう問題じゃない気もするが。
 とにかく、これでクルルの武器は決まった。後はマヨイの武器だが……
「お~い、アベル!」
 そんなことを考えた直後、不意に聞き覚えのある声を掛けられた。振り向くと、何やら大きな斧のようなものを持ったマヨイとアーサーがこちらに近づいてきている。
「もう決めたのか?」
「おう!こいつにしようかと思うんだけどよ、いいか?」
 マヨイは手にした戦斧を示すように掲げた。柄の長さは片手で扱えるよう一般的な剣とほとんど変らないが、凄いのは柄に付いている斧だ。2枚の刃が両側に付いており、それぞれ分厚く大きい。これだけ分厚ければ力いっぱい叩きつけてもそう簡単には刃毀れしないだろう。柄の先端には鋭い突起が付いていて突くのにも使えるようになっている。
 マヨイ達が言っていたように、重さだけなら俺の使っている鋼の剣の倍近くあるだろう外観だ。
「…なかなか凄い武器だな」
 一瞬言葉に詰まりながら答える。そんな重そうな武器を片手で軽々と持ち歩くマヨイの姿に圧倒されたからだ。
「へへっ、すげーだろ。最初からなんとなく考えてたけどさ、予想以上のもんがあったぜ」
 嬉しそうに鼻を鳴らすマヨイ。一方、アーサーは少し残念そうだった。
「私は別に買い換えるつもりはなかったが……この武器屋は少々特殊な武器にはしり過ぎている。剣や槍などのメジャーな武器があまり見られなかったのが残念だ」
 アーサーの言葉に、そう言われればと以前耳にした話を思い出す。この街では個性的な武器を扱っているのが流行っていて、剣等のメジャー所は逆に人気がないため必要最小限の揃いしかないらしい。そのことをアーサーに話すと、彼女は呆れたように嘆息した。
「同じ剣でも使い手次第で十分に個性は出せる。むしろ皆が珍しい武器を選ぶことこそが個性の消失だろうに…」
 どうやらアーサーはあまりこの武器屋がお気に召さなかったらしい。いや、アーサーの言っていることももっともなのだが。
 とにかく、マヨイの武器に引っ掛けてある値札を確認する。『バトルアクス、2000G』
 マヨイとアーサーの二人で見てきただけあって、値段の割にはいい武器だろう。現在アーサーが使っている剣と比べてどうだと言われると見劣りはするが、アーサーが言っていた重量と言う点では問答無用でこっちの方が上だ。
「この値段なら問題なく買えるな。クルルの武器も決まったところだし、買いに行くか」
「いいのか!?」
 喜ぶマヨイに「ああ」と頷いてカウンターに行って武器を買う。戦斧を軽々と扱うマヨイに店員は少し唖然としていたが、支払いは滞りなく済んだ。マヨイは刃にカバーを掛けて背中に担ぎ、クルルはそのままグローブを装備してブーメランを腰に掛けた。それから、
「よし、じゃアベル。この剣やるよ」
 マヨイが腰に佩いている剣を鞘ごと俺に渡してきた。反射的に受け取ってから、驚いてマヨイの顔を見返してしまう。
「いいのか?」
 確かにどうするのか気になっていたし、必要が無いのなら俺が使いたいとも思っていたが…
「あたいにはこの武器があるからな。もうこっちは必要ねぇから貰ってくれよ」
 照れ臭そうに笑いながら言うマヨイ。それを聞いて、俺はようやくマヨイが新しい武器を欲しいと言った真意を理解した。以前俺がマヨイの剣を羨ましいと言ったことを覚えていたのだろう。そのまま渡すといっても受け取り辛いから、新しい武器を買って渡す理由を作ったんだ。
「…ああ。ありがとな、マヨイ」
 感謝の意を精一杯込めて礼を言って受け取る。途端マヨイは真っ赤になって落ち着き無さそうに視線を動かした。
「べ、別に、もっと重い武器がいいなってのは前から思ってたことだしよ…その…だからいいんだよ!」
「…ふむ、様子から察するにずばり照れているのですね、マヨイさん」
 黙って成り行きを見ていたクルルが、冷静に突っ込みを入れる。
「ばっ…なっ、て、照れてなんかねぇよ!」
「なるほど、これがツンデレと言う奴ですか」
「意味不明なこと言うな!」
 賑やかにやりあう二人。……もっとちゃんと礼を言うつもりだったけど、仕方が無い。
 俺は鋼の剣を外して、マヨイから貰った剣を腰に佩いた。前よりも刀身が多少長くなったが、違和感はほとんど無い。軽くなった分だけ動きやすくなったようにも感じる。
「…とりあえず、次の店に行くか」
「そうだな」
 二人を置いてアーサーを促す。アーサーもすぐに同意してくれた。
 マヨイが鎧の改造をしたいと行っていたから、修繕店か。中古の武器の取り扱いもやっていた筈だから、この鋼の剣もついでに引き取ってもらえばいい。…刃毀れが酷いから、ほとんど金にならないだろうが。
 先に歩いていく俺たちに気づいたマヨイが慌てて後を追ってくる。因みに、気づいた時にはクルルは俺の隣に居た。…全然気づかなかったんだが、いつのまに…?
「知りたいですか?後悔しませんか?」
「…いや、いい」



 次の目的の修繕店。大型複合店の中でもここだけは隔離された部屋にある。以前来たときは必要無かったから立ち寄らなかったので初めてになるが、先に回った武器防具屋と比べて店内は随分雑然としていた。あちこちに使い込まれた武器や防具が置かれ、店の中央には恐らく修繕用の砥石やら金槌やら鉄板やらが置かれている。
「おや、いらっしゃい」
 中央に置かれたカウンターにいる店員が、俺たちに気づいて声を掛けてきた。
「武器の引取りと鎧の改造を頼みたいんだが…」
「ではまず武器の引取りの方からお願いします。どちらになりますか?」
 鋼の剣を差し出す。店員はぼろぼろの刀身を見て、むしろ感心したように声を上げた。
「おお、随分と使い込まれてますね」
「いや、その、最近は連戦続きだったから」
 因みに、一番刃がぼろぼろになったのは神の塔でマヨイと戦った時だ。あれ以降、斬るという点ではほとんど役に立たなくなっていた。まぁ、鋼よりも硬い金属と打ち合っていたのだから仕方ないが。
「これほど酷いとなると修繕は無理ですね…500Gで買取になりますが、よろしいでしょうか?」
「あ、ああ。と言うか、そんなに貰っていいのか?」
「こんなご時世ですから鋼鉄は貴重なんですよ。溶かして再利用でも十分元は取れます」
 なるほど。ほとんどただ同然になると思っていたから、嬉しい誤算だ。
「それで、鎧の改造の話ですが…」
「ああ、あたいが今着てる鎧を改造してもらいてぇんだ」
 マヨイが一歩前に出る。店員はマヨイの鎧を見て、また感心したように「ほぅ」と声を上げた。
「これまた立派な鎧ですね。改造の必要など無いように見えますが…」
「ガチガチ過ぎて少し動き辛ぇんだよ。関節まで金具で補強されてて鬱陶しいったらありゃしねえ」
「…それこそ巧みの技なのですが…それはともかく、どのような改造をご希望ですか」
 マヨイの愚痴に店員は少し不満そうに呟いた後、気を取り直して聞いて来た。…どうもこの店員は根っからの職人タイプらしい。
「んー、とりあえず腕のこの部分はいらねぇし、こんな全身ガチガチ守る必要もねぇし、ここもいらねぇし」
 自分の纏っている鎧を指差しながら説明するマヨイ。そうすると、肩当、胸当て、腰当、篭手、脛当てくらいしか残らなくなり、ぱっと見アーサーよりも軽装になるだろう。…お腹の部分をがら空きにしていいのかとも思ったが、まぁマヨイの勝手だ。
「分かりました。では、一度鎧を脱いで貰えますか?」
「おう、分かった」
 マヨイは迷わずその場で鎧の留め金を外し始めて…
「待て待て待て待て!」
 さすがに慌てて止めた。いくらなんでもこんな人前で脱がせるわけには行かない。店員も更衣室に案内するつもりだったようで目を丸くしている。…ああ、この人は本当に常識人なんだ。と場違いにそんなことを思った。それはともかく。
「なんだよ、インナーならちゃんと着てるぜ?」
「それでもだ。更衣室はあるんだよな?」
 マヨイを諌めて店員を促す。店員は「こちらです」とすぐに案内してくれた。
 …マヨイのインナーは丈の短いタンクトップとスポーツパンツのみだ(サラシも巻いているが)。さすがに人前でそんな格好にさせる訳にはいかない。
 更衣室に入ったマヨイに、俺は身に付けていたマントを外して渡す。
「出てくるときはこれを羽織ってくれ」
「へ?別にいらねえけど」
「俺が困るんだ。頼むからそうしてくれ」
「まぁ、いいけどよ…」
 そんなやり取りの後で。マヨイが脱いだ鎧を手に更衣室から出てきた。言いつけ通りにちゃんとマントを羽織ってくれている。俺はさっさとマヨイから鎧を受け取ってマントで体を隠すように指示した。
「別に見られても気になんてしねえのに…」
「俺が気にするんだ。頼むから自重してくれ」
「わ、分かったよ」
 元魔物は基本羞恥心が薄いということを久々に味わった。
 何はともあれ、後は鎧を改造して貰うだけだ。店員は鎧の継ぎ目の金具を確認して「この程度なら今から小一時間もあれば終わります」と言ったので、マヨイとクルルの二人にここで待機してもらい、俺とアーサーは店で別れたスラ子達と合流することにした。
「じゃ、二人とも、また後でな」
「分かりました、では私はここで店内を物色しながら待つことにします」
「おう、早く戻ってきてくれよ。…うー、鎧着てないのは落ち着かねえな」
 二人に別れを告げて、俺とアーサーは合流場所へ向かった。



 合流場所へと向かう途中、気になっていた事があった俺は少し寄り道することにした。
 再び防具屋の中に顔を出す。今連れているのはアーサーだけだからまたあの変態に絡まれることはないだろう。
「マスター、ここに何か用事が?」
「ああ。……と、これだ。悪い、ちょっと待っててくれ」
 お目当ての物を見つけた俺は、アーサーに待つように言って一人で買いに行く。さて、喜んでくれるといいのだが…
「アーサー、これ」
「…マスター、これは…?」
 戸惑いながら受け取るアーサー。その手には俺が買ってきた銀の髪止めが置かれていた。
「ああ、アーサーってかなり長髪だけど、縛ったりせずにそのままにしているだろう?髪が乱れると戦い難くなるかと思って」
 戸惑うアーサーに説明する。無論、それもあるのだが、クルルとマヨイには装備を買い与えたのにアーサーにだけ何も買わないということが少し気が引けたと言うのも大きい。
「いえ、そんなことは……いや、その……」
「もう買ってしまったし、迷惑じゃないなら受け取って欲しいんだが」
 逡巡しているアーサーを促すように声を掛ける。普通に買ってあげると言っても遠慮すると思ったから先に買ってしまったのだが、失敗だっただろうか?
 アーサーは尚も躊躇っていたが、しばらくして意を決したように頷いた。
「わ、分かりました。マスターからの初めての贈り物です。一生を掛けて大切にいたします」
「そんな大げさな……それより、もし良かったらつけて欲しいんだけど」
「…わ、分かりました」
 緊張しているのか、アーサーはなぜか丁寧語になっていた。そして躊躇いながら、首の後ろくらいの位置でその豊かな金髪を束ねて、髪止めで止める。金髪のストレートの姿も綺麗だったが、髪を束ねた姿も様になっている。銀の髪止めも、金髪との対比がいい感じだ。
「うん、似合ってるじゃないか」
「そ、そうか?わ、私には髪止めなど似合わないと思ったが」
 …それで躊躇していたのか。俺は安心させるように笑いかけながら言った。
「そんなことはない。良く似合ってる」
「…あ、ありがとう」
(……アーサーも結構照れ屋だよな)
 真っ赤になって俯きながら小さく呟くアーサーの姿に、俺は口元が緩むのを止められなかった。












[21050] 19
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/09/17 07:00
 スラ子達と合流した俺達は、そのままスラ子達に付き合って補給品の買い物をしていた。どうもヘンリーの衣装を探すのに手間取ってしまったらしい
。おかげで値段と見栄えの双方に妥協できるものが見つかったといっていたが…
「ヘンリー…くくっ…よく似合ってるぞ」
「うるせえ、笑いたけりゃ笑え」
 つい笑みを漏らしながら言う俺に、不機嫌そうに答えるヘンリー。今のヘンリーはなんと言うか…やたらとフリルの突いた豪華なシャツにタイツのようなズボンと言う何か勘違いした王子様のような格好だった。いや、正真正銘王子なんだが。実際、王侯貴族に見えなくも無い。普段のヘンリーを知っているからギャップの差が激しくておかしく感じてしまうだけだ。
「ま、とりあえず見た目が誤魔化せればいいからね。演劇用の安物が手に入ったらから安く買えたわ」
 スラ子もそういって含み笑いを漏らす。安物であるため、ヘンリーの服は近くで見れば生地の安っぽさがはっきりと分かってしまう。それも俺にとっては余計におかしさを助長させた。
「ったく、好き勝手良いやがって」
「悪い悪い。で、補給品はこれで全部か?」
「んー…全部だよね、スラ子?」
「分からないなら無理して答えないでよ。ええ、問題ないわ」
「…で、持つのは俺なんだよな」
 そんな会話を交わしながら、マヨイたちの待つ修繕店に向かう。そろそろ鎧の改修は終わっているだろうか。
「ところで、アーサー?」
 そこで、スラ子がふと思い出したようにアーサーに話しかけた。
「………」
「…アーサー?」
「……はっ!な、なんだ?」
 再度の呼びかけにようやく反応する。先ほどからアーサーはこんな感じで、どうも上の空になっているようだが…?
 スラ子はそんなアーサーの姿をしばらくジロジロと見つめた後、何かを悟ったようにニヤリと唇の端を上げた。
「その髪止め、一体どうしたのかしら?」
「えっ!?い、いや、これは、その!」
 …なんで慌てているんだろう?
 疑問に思ったが、答えあぐねている様なので代わりに答えてやる。
「俺が買ってあげたんだ。髪を纏めておくのにいいと思って」
「お兄ちゃんに買ってもらったんだー。いいなー」
「アーサーには装備を買ってやらなかったからな。せめてこれくらいはね」
 羨ましそうにアーサーの髪止めを見つめるドラっちに、苦笑しながら説明する。
「ふぅん、やっぱりアベルに買ってもらったんだ……それでさっきからやたらと気にしていたのね」
「い、いや!別にそんなことはないぞ!」
 スラ子の言葉に、アーサーが慌てたそぶりで首を振る。そう言われてみれば、何度か髪止めに触れていた。……もしかしたら、俺が一方的に買ったものだから断れなかっただけで、本当は邪魔になっていたのかもしれない。喜んでくれたと思ったのだが…
「もしかして、邪魔になってるか?なら無理に付けなくても…」
「そそ、そんなことはない!」
 先程よりも強い口ぶりで即座に否定した。それから小声でぼそぼそと呟く。
「…そ、そのだな。マスターから頂いたのが夢じゃなかったとかだな、確かめるために、その、何度か確認していたと言うか…」
「触れるたびに口元が緩むのを必死で我慢してたものね、よっぽど嬉しかったのね」
「ス、スラ子!」
「あれ?アーサー顔真っ赤だよ?クスクス」
「そ、そんなことは!」
 スラ子とドラっちがアーサーをからかって振り回すと言う少し珍しい光景に、俺もつい笑みを零す。そんな俺に、ヘンリーが話しかけてきた。
「随分仲いいな、お前等」
「ああ、仲間だからな」
「へぇー」
 俺の言葉に、ヘンリーはなぜか少し微妙な顔をした後で「ま、アベルらしいと言えばらしいか」と何やら呟いて一人頷いていた。



「おう、アベル。遅かったな」
「退屈すぎてデスポエム第二段を考えている所でした」
 修繕屋では、すでに鎧を装備し終えたマヨイとクルルが退屈そうに店内を眺めていた。いや、それはいいのだが…
「…随分、軽装になったな」
「おう!これで随分すっきりしたぜ」
 マヨイの格好は鎧が幾つか外されたせいで健康的な上腕と太腿、それにお腹の部分が曝け出されており臍が丸見えだった。風邪を引かないだろうか…ってそんなことはどうでもいいが。
「…鎧はどうやったんだ?」
 マヨイの鎧はなぜか胸当てに改造されていた。胸当てになったせいで、マヨイの胸の大きさがはっきりと分かるようになっている。…いや、確かにマヨイは腹の部分もいらないと言っていたが、分離できる構造だったか?疑問に思って訊ねると、マヨイの代わりにクルルが答えてきた。
「旦那様、それに関してはこんな格言があります」
「格言?」
「はい。『細けぇこたぁいいんだよ』」
「…分かった」
 深く考えるのはよそう。そんな俺を他所に、スラ子達は集まって賑やかに会話している。
「随分思い切ったわね。結構立派な鎧だったのに」
「むー、またおっぱい見せびらかして…このおっぱい戦士!」
「ちゃんと隠してるだろ!」
「まあまあ、もてる者の特権ですよ、ドラっちさん」
「クルルだって私と似たようなものじゃない!」
「貧乳はステータスですから。ああ、そういう意味では私はドラっちさんに負けてしまいますね」
「…すっごく、ムカつく~」
「…………」
「アーサー、気にする必要なんて無いわよ。アベルは胸の大きさで差別したりしないから」
「なっ、わ、私は別に気にしてなど!」
 非常に参加し辛い会話だった。なんとなく気まずい気持ちで視線を逸らすと、ヘンリーが妙に悔しそうな驚愕の顔でマヨイを見ていた。
「くっ…イナッツさん、くさりんさんに続いてこんな巨乳まで…う、羨ましくなんてないんだからな」
「うん。ヘンリー、少し黙ってくれ」
 今までは鎧姿だったから気づいていなかったらしい。激しくどうでもいいが。
 なんだか妙にどっと疲れた気分になって、溜息を吐いた。そんな俺に、店員が話しかけてくる。
「この方の鎧ですが、あまったパーツの部分を引き取らせていただけるのなら修繕費を抜いてもこれだけのお金を払いますが……」
 そう言って店員が差し出した紙には1500Gと書かれていた。…俺の鋼の剣が500Gで売れたから、その3倍だ。
「そんなになるのか?」
「はい。かなり質のいい鋼鉄を使われているようですからね」
 それなら売ったほうが得か……マヨイの方に視線を向けると、マヨイは「構わねぇよ」と頷いてくれた。
「分かった。引き取って貰っていいか」
「ありがとうございます」
 売値を俺に渡して鎧を引き取って奥に持って行く店員。
(…この店にもちゃんとまともな店員はいるんだな)
 店の奥に消えていく店員の背中を見送りながら、俺は失礼にもそんなことを思った。



 買い物を終えた俺達は宿を取ってくれていたくさりん、イナッツと合流して一泊した(馬車は宿屋が預かってくれた)。
 翌朝、俺達は早朝にオラクルベリーを発った。
 馬車を飛ばして修道院へ向かう。修道院へ寄る理由は、ラインハットに向かっている間に馬車を預かって貰うためだ。さすがにあの祠には馬車ごと入ることはできないし、仮に入ることが出来たとして馬車ごとラインハット城に攻め込む訳にもいかない。そういう訳で馬車は置いていかざるを得ず、このこと事態は既に以前来た時にシスター長に頼んで了承を得ていた。
 そして、馬車を預かって貰うと言うことは、当然戦闘能力の無いイナッツもここで預かって貰うことになる。
「イナッツ」
「ええ…」
 イナッツには既に話してあったことだが、彼女は悲しそうに瞳を伏せて俯いた。…俺もイナッツを一人で残していきたくないが、連れて行く訳には行かない。ただでさえ病み上がりで戦うことのできないヘンリーを連れているのだから、これ以上護衛対象を増やすわけにはいかないからだ。イナッツも足手まといになることは望んでない筈だ。
「折角出会えてこれからはずっと一緒だと思ったのに…どうして、私は今まで戦う訓練をしてこなかったの?…もし、私が強ければアベルに着いていくことができたのに」
 悔しそうに、低い声で呟くイナッツ。出会ってから数日の間離れるのはこれが初めてのことになる。寂しい気持ちなら…多分俺も一緒だ。
 俺は俯くイナッツの肩を優しく抱いた。
「…イナッツがそうやって自分を守り続けていたから、再会することができたんだろう?イナッツは俺たちが無事に戻ってくるのを待っていてくれ。必ず戻ってくるから」
 イナッツを元気付けるように、そして俺自信も必ず戻ると言う決意を込めて誓う。
「そうですよ~、ご主人様のことはお任せください~」
「ああ、この身に変えても必ずお守りする」
「だって。だからイナッツは安心して私たちが帰ってくるのを待ってて」
 仲間達に口々に励まされて、イナッツはなんとか顔を上げて微笑んだ。少し目の端が光っているが、気づかない振りをした。
「分かったわ。皆、必ず無事に帰ってきて」
 手を振るイナッツに見送られて、俺達は祠に向かった。



 日が沈み、足元が覚束ないほど周囲が暗くなってくる。これ以上進むのは危険と判断した俺達はここで夜営をすることにした。
 修道院からは徒歩の移動だったが、ここ半日の間で思ったよりも距離を稼ぐことができた。まあ以前の時も馬車を守りながらの徒歩の移動だったので条件はほとんど変らないのだが、今は病み上がりのヘンリーがいる。ヘンリーに合わせて行軍速度が遅れるかと思って居のだが、杞憂だったようだ。
「だーっ!疲れたー!」
 夜営が決まり、疲れ果てた様子で荷物を下ろすヘンリー。馬車が無くなって不便になったのはこの事だろう。今までは馬車に荷物を積んでおけばそれで良かったが、今は荷物をじかに担いでいる必要がある。魔物相手の戦力を減らしたく無い以上、ヘンリーに荷物もちの仕事が回ってくるのは当然だった。
「鈍ったんじゃないか、ヘンリー」
「病み上がりだぞ、俺は」
 ヘンリーの言葉に、俺も肩に掛けていたザックを下ろしながら視線であっちを見るように促した。
「ふぅ、じゃあさっそく夜営の準備をいたしましょう~」
 視線の先には、一番大きなリュックサックを背負っていたくさりんが、特に愚痴を零すでもなく荷物を下ろしていた。そのままテキパキと…いや、少々もたつきながらスラ子達に手伝って貰って荷解きをしている。
「…くさりんは全然疲れていないようだが?」
「ぐっ…性格悪くなったんじゃないか、お前?」
「そうかもな」
 少し悔しそうに言うヘンリーに笑みで答える。俺の態度に、ヘンリーもやれやれと呆れたように笑みを返してきた。
 因みに、僅か数日分とはいえこの人数の荷物をヘンリー一人で持つのはさすがに無理だ。それで残りは俺とくさりんで分担してもっている。俺は魔物と遭遇した時にその場で投げ捨てても問題ない荷物を詰めたザックを肩に掛けて持ち運び、くさりんにはヘンリーでは持ちきれないような野営用の毛布などのかさばる荷物を持ってもらっていた。こう言う時、くさりんの力持ちは非常に頼りになる。そのせいでくさりんは戦力から外れてしまったが、これだけ人数がいるのだから問題は無かった。
 道中、3度魔物と遭遇したが、基本的に俺、クルル、マヨイの三人を中心に戦っていた。新しく変えた武器の使い勝手を見るためだ。スラ子とアーサーの二人にはヘンリーとくさりんの護衛を第一にしてもらい、ドラっちにはいつも通り後方からの援護をしてもらった。
 武器をバトルアクスに持ち替えたマヨイは「あっはっはー!これでこそやりがいがあるってもんだぜー!」と叫びながら生き生きと戦っていた。巨大なバトルアクスを易々と振り回し、向かってきた敵を文字通り粉砕していく。豪快なマヨイには以前の剣よりも似合っているようだ。
 クルルは割と技巧派だった。離れたところからブーメランを投げつけ、そのまま後を追うように疾走し戻ってくるブーメランを自ら掴みに行って接近戦に切り替える。接近戦ではブーメランを鈍器のように振り、或いは鉄板の仕込んであるブーツによる蹴りで敵に一当てしてから距離を取り、またブーメランを投げつける。遠距離、近距離を巧みに使い分けた見事な戦い方だった。
 そして、黄金の剣(黄金色だからとスラ子の提案でそう呼ぶことにした)に持ち替えた俺だが、以前も剣を使っていたから戦い方自体はそれほど変わらない。リーチの違いと扱った感覚の違いが分かればそれで十分だったが、実際に使ってみて驚いた。想像以上に扱いやすかったからだ。鋼の剣よりも軽いため以前よりも思い切り振っても体勢が崩れない。それでいて、威力は以前よりも遥かに高い。リーチの長さもすぐに把握できて、実際に戦闘に生かすことができた。本当にビックリするくらい手に馴染む武器だった。
 とにかく、装備の確認もできた。ほこらに到着するのはこの分だと明後日になりだろうが、決戦の準備は万全と言っていい。
 イナッツが居ないため、野営での食事は干し肉とパンだけで簡単にすませた。別に鍋くらいなら持ってくることはできたのだが、ちゃんとした野営の食事はイナッツが合流してからの楽しみにしたかったからだ。
「…でも、本当に大丈夫なのかな?」
 固い干し肉をモゴモゴと噛んでいたヘンリーが、何とか噛み切って飲み込んでから思い出したようにそんなことを呟く。
「何がだ?」
 食事の手を止めて聞き返す。皆も気になったようで手を止めていた。
「いや、ラーの鏡はあるけどさ、そもそも義母さんが怪しいってだけで偽者だと決まった訳じゃないし」
 一瞬、何を今更と思ったが、神の塔から戻る前に俺も皆とした話だということを思い出した。そう言えばこのことをヘンリーに話しておかないといけなかった。
「別に太后が偽者でなくても構わないんだ。無論、それに越したことはないんだが」
「へ?どういう意味だよ」
 顔に疑問符を浮かべるヘンリーに、俺は視線でスラ子に説明するを求めた。スラ子は頷いて説明を始めた。
「最初に言っておくけど、ラーの鏡が無駄になる確率は状況的に考えて低いのよ。第一に神の塔周辺には多くの魔物が配置されていたこと。ついで神の塔の中にまで魔物が侵入していたことね。この周囲の魔物のリーダー的存在は、よほどラーの鏡を警戒していたことが分かるわ。無論、真実の姿を暴くと言うラーの鏡が魔物にとって都合の悪い物だというのは事実だけど……実際に、使われたら危ないと考えなければそこまではしないでしょうね」
 因みに、神の塔の内部にどうやって魔物が侵入していたかと言うと、地下に隠し通路を作って強引に侵入していたとマヨイが教えてくれた。
「つまり、ラーの鏡が有効な可能性は高いのか!」
「まず間違いないでしょうね。もっとも、太后が魔物だと決まったわけじゃないけどね。状況的に太后が一番怪しいのは事実だけど、権力と言う点では大臣や王が魔物であっても不思議ではないんだから」
「…デールがそうだとは信じたくないけどな」
 ヘンリーがぽつりと呟く。ヘンリーは継母とは折り合いが悪かったが、デールとはそれなりに仲が良かった。奴隷時代『デールも俺の子分なんだけど、親分がいなくなって泣いたりしてないだろうな』なんて零していたのを記憶している。
「だけどね、権力で人が変わるなんて話はありふれてるから、太后が偽者じゃない可能性も確かにあるのよ。そして、その場合に必要なのがあなたの存在よ」
 ピッ、と人差し指をヘンリーに向けるスラ子。ヘンリーはなぜかうろたえた様に「俺?」と聞き返した。
「太后の陰謀によって放逐された第一王子の帰還の手助けをした――これもラインハットに攻め込む正当な理由にはなるのよ。その場合、あなたが間違いなく10年前に居なくなったヘンリー王子だと周囲に信じさせる必要があるけど。…ラインハットの強引なやり方に内心で反感を抱いている兵士もかなり居ると言う話だから、彼等を味方につけることができれば決して難しい話じゃないわ」
「なるほど…つまり俺が王子としての威厳を見せてやればいいんだな!」
 ヘンリーは自分の仕事が明確になって、怯むどころか逆にやる気に火がついたようだ。しかし、そこででややテンションを落として呟く。
「でも、太后が魔物だった場合、この辺りを仕切る魔物ってことになるんだろう?その…勝てるのか?」
「大丈夫よ。ラーの鏡がなんで無事だったかって言うと、聖域に守られていたからなのよ。でも、強力な魔物なら聖域を無視して侵入することができる……逆説的に、化けている魔物は聖域に無理やり侵入できる程の力が無い魔物ってことなのよ」
 無論、だから弱いと決まったわけではない。悲観的になるほど強い魔物である可能性が消えただけだが…俺たちにはそれで十分だ。
「その程度なら、俺たちでなんとかできる」
 俺は力強く頷いた。皆も俺に続くように頷き返してくれる。
「…そいつは頼もしいな。なら、何も心配は要らないわけだ」
「あるとしたら、あなたが王子に見えなくて失敗してしまうことかしら。ああ、それが一番心配だわ」
 スラ子がわざとらしく空を仰いで嘆くように顔を抑える。
「む、この俺の溢れる高貴さがわからないのか?」
 むっとして反論するヘンリーに、仲間達は口々に、
「うん、ドラっちには全然分かんない」
「おや、珍しく意見が合いましたね、私もです」
「なんか頼りねえ感じがするんだよなぁ」
「私には~、ご主人様の方が立派に見えます~」
「くさりん、マスターと比べること事態が失礼だぞ。まぁ、ボロを出さないように気をつけることだ」
 どれも容赦がなかった。ああ、ヘンリーが落ち込んでうな垂れている。あそこまで言われたんだから、気持ちは分からないでもないが。
「あー、とりあえず元気出せ。ヘンリーならきっと大丈夫だ」
「ふんっ、絶対にこれこそが王子だって態度見せて証明してやるからな!覚悟しとけよ」
 俺の慰めの言葉に、ヘンリーはふんっと鼻を鳴らして強がった。…これだけやる気を出して貰えるのなら十分だな。

 それから二日後。俺達は無事祠に到着した。








[21050] 20
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/09/18 06:56
 ラインハットへの突入は日が暮れ始めるくらいの時間にした。
 ヘンリー王子の帰還と言う名目がある以上、むしろ人目があった方がいいと言うスラ子の意見に従って、ヘンリーがそれならと提案したのだ。今はどうか分からないが、ヘンリーの父が王だった頃は、この時間は大体謁見の間に待機していたらしく、上手く言えばそこで弟のデールと会えるかもしれない。現国王のデールにヘンリーを認めさせることができれば、その時点で俺たちの目的のほとんどは達成できる。
 そして、ラーの鏡を使う役割だが…
「ヘンリー、ラーの鏡はお前が使ってくれ」
「俺でいいのか?」
「いいも何も、あなたしかいないのよ。今回メインはあくまでヘンリーで、私たちはその手助けをするだけ。国を追われた王子が帰還し、城内に潜む魔物の正体を暴く……これ以上の演出は無いわ」
 ヘンリーの問いにスラ子が説明する。まぁ実際問題、手が開いているのがヘンリーしかいないと言う事情もあるのだが。
 こうして城に突入する準備を整える。ここまで持ってきた荷物は祠の中に置いていくことにした。この祠は一般には知られていないし、魔物も入り込んで来ないようだから安全だろう。
 そして、徐々に日が低くなってきて、遂に突入を開始する時間になった。
「いくぞ」
 皆と頷きあい、祠の奥にある旅人の扉に入る。奇妙な浮遊感の後、気づけば、俺達は石畳の部屋の中に立っていた。周囲の壁も切り立った石でできており、窓は無く若干埃臭い。そして、旅人の扉の正面に階段があり、その先は扉で閉ざされていた。
「…開けるぞ」
 ドアノブを捻る。意外な事に鍵は掛かっていなかった。しかし暗い。旅人の扉が不思議な光を発しているせいで真っ暗ではないが、少々足元がおぼつかなる暗さだ。扉を開けた先は細い通路になっていて、行き止まりだった。行き止まりの壁に触れてみたところ、手触りが違い。木製の何か壁のようなもので塞がれているようだ。軽く押してみたが、それなりの重量感が帰ってくる。思い切り押せば倒すことはできそうだが、大きな音が立つのは避けられない。
「皆、準備はいいか?…特にヘンリー、ここからはお前が主役だ」
「ああ、分かってるぜ。大丈夫だ」
 ヘンリーは少し緊張していたようだが、声に震えは無かった。この分なら大丈夫だろう。皆に視線を走らせると、皆は黙って頷いた。
「じゃあ…行くぞ」
 力いっぱい目の前の壁を突き倒す。ドンッ、と重い音がしてそれは倒れた。先に進むと何やら埃っぽいにおいがする。この部屋は倉庫になっているようで、整然と棚やら装備やらが並んでいた。俺が今倒したものは本棚のようで、周囲には本が散らばっている。そして、部屋の外から複数の人が駆けつけてくる足音が聞こえる。やはり、今の音が聞こえたらしい。
「マヨイ、部屋のドアを破ってくれ。派手に行くぞ!」
「おうっ、任せときな!」
 マヨイはバトルアクスを振りかぶり、頑丈そうな扉に思い切り叩き付けた。大きな音がして扉が粉砕される。
「なっ、何事だ!?」
 驚く人の声が聞こえてくるが、それを無視して俺達は一斉に倉庫から飛び出した。
「な、何者…ぐはっ!」
 声を上げようとする兵士を剣の腹で弾き飛ばす。他の兵士たちも仲間達の手によって瞬く間に沈黙させられた。
 皆には極力殺さないように言ってある。まぁ、大怪我くらいは負うかもしれないが、そこまでは責任はもてない。
 倉庫から出た先は中庭になっており、そこには何と数匹のモンスター――ドラゴンキッズが放し飼いにされていた。城内にモンスターが放し飼いにされている状況には驚いたが、ドラゴンキッズくらいなら今の俺たちの敵ではない。クルルとドラっちが遠くからブーメランと魔法で先制攻撃し、アーサーとスラ子が止めをさす。俺とマヨイとくさりんは残りのドラゴンキッズに向かっていき、それぞれ苦も無く一撃でしとめた。
「中庭に魔物が居るって事は、いよいよ魔物が化けている可能性が高くなったわ」
「そうだな。ヘンリー、道は分かるか?」
「そこの扉から城内に入れる筈だ。まずは左に行って階段を目指してくれ!」
 ヘンリーの指示に従い、マヨイが扉を蹴破って城内に侵入した。
 ヘンリーを中心に、先頭を俺とマヨイとアーサー。左右をスラ子とクルルで固め、後方をドラっちとくさりんに任せた。突撃力を第一に考えた陣形だ。散発的に向かってくる兵士たちを俺とマヨイとアーサーの3人でなぎ払い、撃ちもらした相手をスラ子とクルルの二人が沈黙させる。後方ではドラっちが魔法を使って追いかけてくる者を阻み、それでも追いすがってくる相手をくさりんが鋼の箒で弾き飛ばす。
「後はそのまままっすぐ進めばいい!その先が謁見の間だ!」
 階段を登ったところでヘンリーが指示を飛ばす。謁見の間の前には数名の兵士が立ちふさがり、鉄製の大きな扉を守っていた。が、
「イオ!」「バギ!」
 アーサーと俺の魔法によって吹き飛ばされる。バギはわざと不完全に発動させて突風を作り、イオの爆発の衝撃を後押しした。吹き飛ばされた兵士には目もくれず、俺とマヨイとアーサーの3人で扉に武器を叩きつけて強引に押し開いた。バン!と大きな音がして扉が全開になり、その勢いで謁見の間に侵入した。
 謁見の間には多くの兵士たちが待機していた。賊の侵入を聞きつけて、王を守るためにこの場に待機していたのだろう。…予想通りの状況だ。兵士たちは侵入者の俺たちに向けて一斉に武器を構える。その時!
「聞け!ラインハットの勇敢な兵士達よ!」
 ヘンリーの張りのある声が広い謁見の間全体に響き渡った。何事かと中注目する兵士たちに、俺達はヘンリーの姿を目立たせるように一歩下がる。ヘンリーは堂々と胸を張り、声を上げた。
「私はラインハット王国第一王子ヘンリー!ヘンリー・S・ラインハット!かつて義母の謀略により国を負われる憂き目あったが、祖国の危機を聞きつけ地獄の底から舞い戻ってきた!」
 兵士たちの間に動揺のどよめきが起こる。威風堂々としたヘンリーの姿は確かに王族としての威厳に溢れていた。
「今、ここラインハットの民は苦しみ、暴力が横行し悪逆の道へと進もうとしている!もしお前達がラインハットを愛し、元の平和なラインハットの姿を取り戻したいと願うのならば、私に従え!」
 兵士たちの動揺は一層大きくなった。「本当に、あのヘンリー王子なのか」「ばかな、そんな筈は」「いや、だがヘンリー王子の面影が…」等、ヘンリーを支持する声が大きくなってくる。後一押しだ。
「お前達が守るのはラインハットか!それとも、横暴の限りをつくす太后か!真にラインハットを思う心があるのなら、答えは一つのはずだ!」
 その言葉に、ある兵士が決意したように声を上げた。
「俺達はこんな国の姿なんて望んでいない!ヘンリー王子についていくぞ!ヘンリー王子のご帰還だ!」
「ヘンリー王子がラインハットを救うために戻ってきてくれたんだ!」
「俺はヘンリー王子を信じる!あの先代国王の面影のある顔立ち…あの方は間違いなくヘンリー王子だ!」
 その場に居る兵たちの7割以上がヘンリーの声に従い、歓声を上げた。「太后様を裏切るのか!」「偽者に決まっている!」と声を上げているものも居て、その場で兵士たちの争いが生じる。しかし、こちらについた兵士の方が圧倒的に多い。彼等は太后派の兵たちを押しやり、玉座へと続く道を明けた。
「ヘンリー王子!どうかラインハットをお救い下さい!」
「ああ、必ず救ってみせる。皆、それまで援護を頼む」
『おおっ!!』
 兵士から歓声が沸き、俺達はその間を悠々と駆け抜けていった。道があいたので、ヘンリーを先に立たせてアーサーにはヘンリーの左側、マヨイにはヘンリーの右側、そして俺はヘンリーの後ろについて道を進んでいく。
(…さすが、ヘンリーだな)
 幼い頃からずっと供に居た親友の背中を眺めながら思う。ヘンリーはやはり王族だ。俺では到底ヘンリーのように振舞えないだろう。
 兵達の間を抜けている最中、兵士たちの呟きが耳に届いてきた。
「さすがはヘンリー様だ。あの凛々しいお姿、まさに王子として威厳に溢れている」
「それにヘンリー様がお連れしている戦士達を見ろ。あの美しさ…まるで物語の中の戦女神のようだ」
 その呟きが俺の耳に届いた時、俺は一瞬息が詰まった。
(違う!彼女たちは『俺の仲間』だ!ヘンリーのじゃない!)
 衝動的にそう喚き散らしてやりたくなるのを、何とか押し留める。そんなことをしては、全てが台無しになってしまう。
(…俺の中に、こんな暗い感情があったなんて)
 仲間達への強い独占欲、嫉妬、執着……それが思い知らされ、同時にこの程度のことでそれが溢れそうになる自分の小ささに嫌気がさした。
(こんなにも、小さい男だったのか、俺は……)
 思わず唇をかみ締める。そんな俺を知ってか知らずか、隣を走っているマヨイが小声で話しかけてきた。
「ヘンリーって、意外とすげぇ奴だったんだな」
「……ああ、そうだな。俺なんかよりも、ずっとな」
 マヨイの言葉を聴いて、先ほどの暗い感情を引きずっている俺は自嘲気味に答えた。その通りだ。人付き合いが下手な俺は、ヘンリーの助けが無ければ長く苦しい奴隷の日々を生き抜くことなんて出来なかっただろう。…やはり、ヘンリーは特別な側の人間なのだ。
「は?何言ってんだよ。アベルの方が何倍もすげぇ奴に決まってるだろ」
 本当に何を言ってるんだと言わんばかりの表情で、マヨイは言った。
「そりゃ、荷物持ちだったあいつがここまで堂々としているのはすげぇと思ったけどよ、そのすげぇ奴をここまで連れてきたアベルの方が何倍も凄いに決まってるじゃねえか」
「……そんなことは」
 俺なんて、たったあれだけのことで我を忘れそうになるような小さい男に過ぎないのに。
「ま、とにかくあたいにとってはアベルの方が何百倍も凄い奴ってことだ」
「…そうか、ありがとな」
 マヨイの言葉に、少し救われたような気がした。…そうだ、皆俺を信じて着いてきてくれているんだ。これくらいのことで一々気に病んでいるわけにはいかない。
「ん?まあいいや。それより、目的地についたようだぜ」
 なぜ礼を言われたのかまるで分かってない様子のマヨイが、視線を先に向けた。視線の先には、王冠を被った少年が立っていた。脇には豪華な服装を着た中年の男いる。デール王と大臣なのだろう。
「我が兄ヘンリーよ。何用でここラインハットに戻ってきた」
「王様!騙されてはなりませぬ、この男がヘンリーのはずが…」
「黙れ大臣!お前は下がっていろ」
「…こ、このことは太后様にお知らせするからな」
 大臣は納得がいかない様子でそう言い、玉座の奥の階段に消えていった。謁見の広間はいつのまにかヘンリーに着いた兵たちによって制圧されている。興奮しているようで、口々にヘンリーの名を呼ぶ歓声が聞こえてきている。
 因みに、ヘンリーはデール王と大臣が言い争っている隙に、素早くラーの鏡で二人の姿を映していた。どうやら二人とも魔物ではなかったらしい。デール王が魔物で無かったことに、ヘンリーは微かに安堵の表情を見せた。しかし、それもすぐに威厳ある王子の顔に変える。
「デール王よ。私が望むのはラインハットが元の平和な国に戻ることです」
「…あなたを追放した国を、恨んでいないのか」
「うらむはずが無い。私の心は常に祖国にある」
 と、そこまで堅苦しい言葉遣いをしていたヘンリーが、不意ににやりと悪戯な顔で笑った。
「それに、子分の事が気になっていたからな。子分を助けるのは親分の役目だ」
「…兄さん!…すまない。僕のせいで…」
 デール王も砕けた口調になって、うな垂れる。ヘンリーは「いや、お前のせいじゃない」と首を振って、言った。
「義母さんの所に案内して貰えないか」
「母さんの所に?」
「ああ、人が変わったようだと言う噂を耳にしたんだ。デール、お前の目から見て実際どうなんだ?」
 デール王は少し悩んでから口を開いた。
「…確かにその通りなんだ。前は僕に優しい母だったのに、今は僕も邪険に扱っているんだ。しかも、何やら怪しい者たちとつるんでいる姿もみかけている」
 それを聞いたヘンリーは俺の方に視線を向けた。こんな状況にも関らず、先ほどの暗い感情が浮かんできて一瞬怯みかけたが、すぐさま頷いて答えた。太后が偽者なのは、これでほぼ確定だろう。
「デール。義母さんの所に案内してくれ。この状況を打破する方法があるんだ」
「…分かったよ。兄さん、この国を頼む」
「実際に頑張るのはアベル達だけどな」
 その言葉に、デール王は初めてこちらを見た。
「兄さんの協力者の方ですね。改めて御礼を言わせてください」
「いや、こっちにも都合があってのことだから気にするな」
 …感情が揺れているせいか、王が相手だと言うのに雑な言葉遣いになってしまった。しかし、デール王はそれを気にした様子もなく、なんと俺に向かって頭を下げてきた。
「それでも、兄をここまで連れてきてくれたことを感謝します。おかげで、この国にも希望がもてました」
 顔を上げると、デール王は決意の表情で「こっちです」と案内してくれた。
 太閤の部屋の前には一人の兵が立っていた。デール王の言葉だと言うのに許可がなければここを通すわけにはいかないと言う一点張り。結局、じれたアーサーが剣の腹で殴り倒して気絶させた。…アーサーにしては珍しい行動だ。気が立っているのかもしれない。
 部屋に入ると、中央の豪奢なソファに越し変えている太后が、怒りに顔をゆがめていた。傍には太后を必死でなだめようとしている大臣の姿が見える。
「何奴じゃ!誰も入れるなと申しておったではないか!」
「母上、私です。兄上がどうしても貴方に折りいって話があると」
 デール王の言葉の後で、ヘンリーが一歩進み出た。俺はマヨイとアーサーの二人に目配せして、ヘンリーを守るようにその隣に立つ。太后との距離は近く、二歩も踏み込めば肉薄できる位置だ。
「義母上、私はどうしても義母上にお尋ねしたことがあり、こうして参りました」
「ふん、ヘンリー王子の偽者が何を言うか」
 大臣の言葉に、ヘンリーは不適に口元をゆがめた。
「果たして誰が偽者なんだろうな。ええ、義母上」
「無礼者!何を申すか!」
 ヘンリーは激昂する太后に、ラーの鏡を突きつけた。ラーの姿から光が溢れ、目の前の太后を飲み込んだ。
「さあ、ラーの鏡よ!かの者の真の姿をここに晒したまえ!」
「なっ、その鏡は!?」
 驚愕の声と供に太后の姿が変わっていく。光が収まった後、そこにいたのは一匹の醜い魔物の姿だった。口は耳元まで裂け、肌は浅黒く両手には妙に鋭い長い爪が伸びている。
「なっ、化物!?」
 大臣が悲鳴を上げて腰を抜かす。偽太后は怒りに醜い顔をさらに歪ませて、激昂してきた。
「ふん、こうなってはこの場に居る者を皆殺しにするのみだ!これでも食らえ!」
 偽太后はその口から激しい炎を吐き出してきた!スラ子とクルルは咄嗟にヘンリーを掴んで後ろに下がらせた。
「おりゃああああっ!」
 マヨイは炎を遮るように盾をかざして偽太后に突進していく。俺とアーサーは咄嗟にマヨイの後ろに隠れて炎をやり過ごした。マヨイは盾で炎を押しのけて突進し、
「くらえ!」
「がっ!」
 盾を構えたまま相手にぶつかって行った。偽太后は盾で顔面を強打され、壁際まで吹っ飛ばされる。その直後。
「はっ!」「せいっ!」
 俺とアーサーがマヨイの背後から飛び出して左右から偽太后を挟撃する。俺が左、アーサーが右だ。偽太后は挟撃に対しどちらから迎撃するか躊躇し、結局両方を迎撃しようと中途半端に俺たちに両手を向けた。――最初に躊躇した時点で、もう手遅れだった。
「ぎゃあああああっ!」
 俺とアーサーの剣が、偽太后の両腕をそれぞれ片腕ずつ同時に斬り飛ばした。それだけで済ませるつもりはない。俺は直ぐに剣を翻し、偽太后の胸を剣先で貫いた。ほぼ同時のタイミングで、俺と同じように追撃に移ったアーサーの剣が偽太后の腹を貫く。
「ぐ……が……」
 それでも、偽太后はまだ生きていた。最後の悪あがきにもう一度炎のブレスを吐こうと口を開き、
「これで終わりだぁっ!」
 激しい炎を吐く前に、盾を投げ捨てたマヨイのバトルアクスの一撃によって頭を粉砕された。
 捨て台詞を残す余裕もなく、ラインハットを苦しめた魔物、偽太后はこうして退治された。

 太后が魔物が化けた偽者だったと言う噂は、ヘンリーについた兵達によって瞬く間に城内に知れ渡り…
 そして、夜が明けた。






[21050] 21
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/09/26 16:59
 翌日。俺達は夜明けと供に旅人の扉を使ってラインハットを後にした。
 人目を盗んで立ち去る形になったが、これには理由がある。昨日、偽太后を倒した後でスラ子がヘンリーに頼んだのだ。
「無事目的は達成したし、私たちはさっさと城から立ち去ることにするわ。下手に残ったりしたら政争に巻き込まれかねないしね。お偉い方に紹介されるなんて事態は真っ平御免よ」
 スラ子はどこか不機嫌そうで、言葉の節々に棘があった。スラ子の心配はもっともだったが、もうほとんど日が暮れているのに加えてラインハット城に突入などと言う大立ち回りをしたせいで皆の疲労が濃い。そこで俺は部屋を借りて一泊し、翌朝早くに城を出ることを提案した。無論、俺たちが泊まっている部屋には誰も近づけさせないように頼んだ。デール王は快諾し、すぐに部屋を用意してくれた。
「ヘンリー。イナッツと合流したら、今度は正面からラインハットを訪ねるからな。だからそれまでに関所を通れるようにしておいてくれ」
「分かった。そのときは歓迎するぜ」
 最後にヘンリーと別れの挨拶をした後、俺達は誰にも会わないように客室に閉じこもり、すぐに体を休めて夜明けと供に出発した、と言う訳だ。だから現在ラインハットがどうなってるかは分からないが、太后が魔物が化けた偽者だったと言うことは知れ渡っているようだから大丈夫だろう。
 祠に戻り、置いてきた荷物を回収する。ヘンリーが運んでいた荷物は食料だったから、まだ残り3日分くらいの量が入っている。悪いと思ったが、これもくさりんに持って貰った(くさりんは全然平気そうだったが)。
「二人とも、何かあったのか?」
 祠を出て修道院へと戻る道すがら、俺はスラ子とアーサーに話しかけた。スラ子は昨日から不機嫌そうだったし、アーサーも真面目な顔で俯きながら何か考え込んでいて気になったからだ。道の確認はクルルがやってくれているし、周囲の警戒はマヨイがしているから話を聞く余裕くらいはある。
 俺の言葉に、スラ子はしまったと言うような顔をしてから、小さく首を横に振った。
「別に大したことじゃないわ。そうね、いつまでも不機嫌にしてても周りの迷惑よね。いい加減切り替えるわ」
「そうか?…まぁ、何かあったら言ってくれ」
 自分に言い聞かせるように言って微笑むスラ子。その笑顔に翳りが無かったから、俺もこれ以上は深く突っ込めなかった。
「アーサーは?」
「私は……自分の不甲斐なさを実感していた所だ」
 アーサーは少し悩んでから、そう答えた。
「不甲斐ない?」
「いや、不甲斐ないと言うか……」
 聞き返すと不明瞭な返事が戻ってくる。どうも、アーサーの中でも整理できていないらしい。
「ラインハット城に突撃した時、兵士の一人が私たちを指して『ヘンリー王子が連れてきた戦士』と言っていたんだ。その時、私は反射的に私はマスターの物だと否定しそうになった。状況を壊しかねないから何とか我慢したが…」
「そうだったのか…」
 ラインハットの兵士達の言葉をアーサーも耳にしていたらしい。…その反応が俺とほとんど同じ物だったのが嬉しかった。俺はあの後マヨイのおかげで直ぐに吹っ切れたが、アーサーはそれを抱えたまま戦ってくれていたのか。
「まぁ、実際我慢できたのだからあまり気にするな」
 こんな言葉しか掛けてやれない自分を不甲斐なく思いながらそう言うと、しかしアーサーはまだ困惑したような顔で首を横に振る。
「その、そうではなくて……いや、確かにそれもあるのだが……あの時、軽率なことをしそうになった自責の念は確かにある。でも一方で、なぜマスターの物だと主張できなかったのかと言う想いもある。それで、どうすべきだったのか考え込んでしまっていた。……確かに、今更思い悩むような問題ではなかったな。すまな……い?」
 俺は、アーサーが謝罪する前に彼女の頭を撫でていた。そこまで俺のことを想っていてくれたことが、本当に嬉しかった。
「ありがとう、アーサー」
「う…いや…その、礼を言われるようなことは、何も…」
 しどろもどろになるアーサーが可笑しくて、俺はつい笑みを漏らした。そんな俺たちの様子を眺めていたスラ子が、これ見よがしに嘆息してみせた。
「まったく……アベルが気にするといけないって思って気を利かせて黙っていたのに、アーサーはあっさり話しちゃうんだから。まぁ、アベルの様子を見る限り、アベルにも聞こえていたみたいだから構わないけど」
 そして、少し不貞腐れたように呟く。
「私がさっさと城を出るって言った最大の理由はそれなのよ。あそこに居る限り私たちはヘンリーの仲間扱いになるから、それが嫌だったのよ。ヘンリーが嫌いなわけじゃないけど、私はあくまでアベルのものよ」
 スラ子が不機嫌だった理由も、結局俺やアーサーと同じだったらしい。それで、他の者も同じ思いをしないように気を使ってくれたのだ。スラ子の機転の良さには本当に助けられているな。
「そうだったのか……ありがとな、スラ子」
 礼を言って、今度はスラ子の頭を撫でてやる。
「別に頭を撫でられて喜ぶような歳でもないけど……まぁ、アベルがそうしたいと言うのなら特別に撫でさせてあげるわ」
 スラ子は口ではそう言いながらも、嬉しそうに微笑を浮かべていた。



 日が沈んで夜になり、俺達は適度に開けた場所に陣取って夜営していた。それなりのペースで進んでいたので、明後日の昼には修道院に着くだろう。この道はこれで3度目だから慣れたものだ。
「あ、そうだ、アベル」
 皆で集まって夕食を食べていると、スラ子が明日の天気の話でもするような気軽さで話しかけてきた。
「何だ?」
「今晩の交尾はどうする?」
「ぶっ…ゲホッ、いきなり何を言い出すんだ!?」
 いきなりの発言に思わず咽てしまった。どうでもいいが、スラ子の交尾発言に慌てたのは俺だけだった。いざ行為に及ぶと途端にしおらしくなるマヨイでもそうなのだから、この辺の仲間たちの感性はイマイチ理解できないところがある。
 スラ子はあんな風に言っているが、断じて毎晩行為に及んでいた訳ではない。特にここ一週間はヘンリーが同行していたから禁止にしていた。……そうか、ヘンリーが居なくなったからか。
 俺の言葉に、スラ子は意地悪っぽく笑みを浮かべて応える。
「少なくとも、私とアーサーはアベルに甘える権利があると思うんだけど?」
「?どう言うことですか~?」
 くさりんが不思議そうに聞き返していたが、そう言われてしまうと俺としては彼女等の気持ちが嬉しかっただけに何も言えない。俺の方にも、仲間をもっと大切にしてやりたいと言う想いがある。あるが…
「だが、イナッツに悪いだろう?」
 くさりんの疑問は適当に笑って誤魔化しておいて、スラ子に聞き返す。俺もいい加減慣れたものだから行為に及ぶのに抵抗はほとんど無いのだが、イナッツと別行動をしているのにそう言うことをするのは気が引けた。しかし、スラ子は構わずにあっさりと言う。
「もちろん、イナッツと合流したら、その日の夜はイナッツにアベルを独占させてあげるわよ」
「ふむ、そうですね。一晩中旦那様を独占できるのですから、むしろイナッツさんは感謝するべきかと」
 スラ子の発言に、クルルも便乗してくる。いや、俺も別行動して寂しい想いをしているだろうイナッツに気を遣うつもりだが…
「じゃあ、一晩で3人ずつ相手にしてもらえばいいんだよね!ドラっちは今日がいい!」
「さ、3人でとか大丈夫なのか!?」
「大丈夫ですよ、マヨイさん。分からなければ、私が色々と教えてさしあげますから~」
 …何か恐ろしい方向に話が纏まりつつあるのだが。
「待て待て待て!いくらなんでも連続で3人相手は無理だ!」
「いいじゃない、この一週間、皆寂しい想いをしていたんだから。…それに、今日は特に相手をして欲しいしね」
 トーンを落として続けられたスラ子の言葉に、思わず返答に詰まる。
「ほら、アーサーも」
「…そうだな。私も、マスターのものだと言うことを改めて確認させて欲しい。その…駄目か?」
 縋るような目で言ってくるアーサー。…俺の完敗だった。
「分かった。その…善処しよう」
 諸手を挙げて降参の意を示し、今後のことを思って溜息を吐いた。



 それから二日後。予定通り昼前に修道院についた。
 道中、特に問題は無かった。いや、あったと言えばあったが……連日三人相手と言うのは何気に初めての経験であったが、何とかなってしまった。経験で分かっていたことだが、交尾の後はなぜか体調が良くなる。結果的に一晩ぐっすり眠った程度には回復しているのだ。スラ子の言っていた房中術の話はもう実際にあるものとして真面目に検討するべきであろう。
 そう言う訳で俺の方は何も問題はなかったのだが…
「マヨイさん、直に修道院に着きますね」
「お、おう!」
「どうしたんですか~?少し様子がおかしいですけど~?」
「なな、なんでもねぇよ」
 昨夜を供にしたマヨイの方がむしろ重症だった。なんというか、行為に関して疎いマヨイに対し、交尾の時は人が変わるくさりんと妙に知識と技術に長けているクルルが一緒だったのだ。何かと恥ずかしがるマヨイがある種の生贄になったのは当然と言えた。二人に染められなくて本当に良かったと俺はほっとしているのだが、そのおかげでマヨイの二人に対する態度が少々ぎこちない…と言うか、少し怯えが混じっている。まぁ、時間が解決してくれるだろう。
 それでも、くさりんは平素と交尾の時は明らかに様子が違うからマヨイもそれほど意識せずに済んでいるが、常に冷静さを崩さないクルルに対してはそうもいかないだろう。クルルが表情を変える時があるとすれば……いや、それはどうでもいいが。
「ふむ、私、こう見えて医術の知識もありますので、宜しければ診てさしあげますが?」
「いいいい、いいって!いらねえから!」
 クルルもどうも分かってマヨイで遊んでいるみたいだから性質が悪いと言うか…
「ねえ、お兄ちゃん。マヨイに何かあったの?」
「あ、ああ。あると言えばあったな」
「なるほど、ナニかあったのね」
「…まあ、あまりからかわないでやってくれ」
 ドラっち、スラ子とそんな会話を交わす。アーサーは一人話が分からないようで不思議な顔をしていた。…これからイナッツに会いに行くといいのにこんな状態でいいのかと思ったが、変に気負わない方が俺達らしいかもしれない。
 そうこうしている内に修道院の庭が見えてくる。庭では数人のシスターが花壇に水遣りをしており、その内の一人がこちらに気が付いて駆け寄ってきた。
 怪訝に思いながらそのまま見ていると、そのシスターはまっすぐ俺の方に駆け寄ってきてそのまま抱きついてきた。
「アベル!」
「っ!イナッツか?」
 飛びついてきた体を抱きとめて、声が掛けられてようやく気づいた。俺の言葉に、イナッツは顔を上げてムッとしたような表情を作る。珍しく膨れているが、その顔は確かにイナッツだった。
「…分からなかったの?」
「あ、ああ、すまない。そんな格好をしているとは思わなかったから。フードで顔も隠れていたし」
「…確かに仕方が無いわね。許してあげるわ」
 イナッツは直ぐに笑顔に変わって、少し名残惜しそうに俺から離れた。
「皆も無事でよかった」
「へへっ、当たり前だろ!」
「必ず守ると約束したからな」
「ね、心配いらなかったでしょ」
 口々にお互いの無事を喜び合う。それから、ドラっちが改めて訊ねた。
「それで、イナッツはどうしてそんな服着てるの?」
「例え数日でも、修道院内でそんな格好をさせる訳にはいかないって言われてね。それで貸して貰ったのよ」
「ああ、なるほど」
 その言葉に納得する。確かに、修道院内でバニーガール姿は問題だろう。
「ね、アベル、どうかしら?」
「ああ、よく似合ってる」
 イナッツは普段の格好こそ派手だが、家庭的で控え目なところがある。そんな彼女の雰囲気によく似合っていた。実際、清楚なシスターのように見える。
「そう、ありがとう」
 イナッツは俺の言葉に嬉しそうに微笑んで、
「信じてたけど、本当に無事でよかった……」
「ああ、イナッツが待っていてくれたからな」
 甘えるように俺の胸に顔をうずめて抱きついてきた。その肩を俺は優しく抱き返してやった。
 


 俺達はシスター長の所に行ってラインハットでの顛末を話した。シスター長はラインハットが救われたことに涙を流して喜んだ後、俺たちに向かって深々と頭を下げて礼を述べた。それから、マリアさんの所にも寄って行った。ヘンリーから伝言を頼まれていたからだ。
「そう、ヘンリーはラインハットに……ヘンリーが無事に故郷に戻れてよかったわ」
 マリアさんは微笑んでそう言ったが、その笑みには少し翳りが見えた。ヘンリーが無事に故郷に戻れたことを喜ぶ一方で、あえなくなってしまった事を悲しんでいるのだろう。普通に考えれば、ヘンリーは王族でマリアさんとは身分が違いすぎるから、そう思うのも無理は無いが…
「ヘンリーから伝言を預かっている。『必ず迎えに行くから待っていてくれ』と」
 その言葉に、マリアさんは驚いたように口を押さえた後、眼の端に涙を浮かべて嬉しそうに笑った。
「もう、ヘンリーったら……本当に、馬鹿なんだから」
 マリアさんは声に出さずに小さく何か呟いてから、俺に向かって頭を下げた。
「アベルさん、ヘンリーを助けていただいて本当にありがとうございました。アベルさんの目的が無事達成できることを祈ってます」
「ああ、ありがとう」
 マリアさんの礼の言葉を受けて、俺達は修道院を後にした。



 久しぶりの馬車でオラクルベリーに向かい、そこで補給しがてらモンスターじいさんに会いに行った。
 ビスタ港の定期船の運航が再開され次第、俺達は別の大陸に向かう予定だ。二度とここに戻って来れないということは無いだろうが、それでもしばらくオラクルベリーに立ち寄ることはなくなる。その前にもう一度会っておきたかった。
 モンスターじいさんはあれから新たに3人も増えた仲間に少し驚いた後、久々に会ったイナッツの元気そうな姿に喜び、俺たちをもてなしてくれた。改めて馬車に対する礼を言い、それからラインハットのこと、定期船の運航が再開され次第別の大陸に向かうことを告げた。
 モンスターじいさんは黙って話を聞いた後で、別れ際に一言忠告してきた。
「親の後を追うのも良いが、自分の幸せも考えるんじゃぞ。ワシは父の想いを継ぐために魔物使いになったが、一度父から言われたことがある」
「…何といわれたんですか?」
「無理に俺の夢を継ぐ必要はない、とな。それ自体が自分の望みだと言ったら笑って喜んでくれたが」
 モンスターじいさんは少し遠い目をしながら、懐かしそうに言った。
「親と言うのはな、確かに自分の子が自分の後を継いでくれるのは嬉しく思う。じゃが、それ以上に望んでいるのは子の幸せだ。お主の親もきっとそうであるだろう。……本当の親の望みを間違えぬようにな」
「…心に留めておきます」
 俺の言葉に、モンスターじいさんはうんうんと目を細めて頷いた。



 オラクルベリーで補給も終えて、後はラインハットに向かうだけになったのだが……
 俺の提案でその前に寄り道をしていくことに決めた。ラインハットが持ち直すにはまだ時間がかかるだろうし、寄り道をする時間はあると判断したからだが、それ以上に俺がそこに行きたかったからだ。
 寄り道していく場所はアルカパの街。
 もし、俺の記憶のままであるのなら――俺の、唯一の幼馴染と言えるビアンカが暮らす街だ。






[21050] 22
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/10/03 23:35
 オラクルベリーを出て10日後、俺達はアルカパの街に辿り着いていた。
「それで、これからどうするの?ビアンカさんって娘に会いに行くの?」
 街に着いて早々、馬車を引くイナッツからそう尋ねられた。
 幼馴染…と言うほど一緒に居たわけではないが、とにかく幼馴染のビアンカのことに関しては皆に既に話している。取り立てて隠すような話ではないし、ビアンカの話をしなければアルカパに行く理由が説明できない。結局、俺の幼馴染と言うことが気になったのか、ビアンカとの関係は根掘り葉掘り聞かれ、一緒にお化け退治したことまで話している。
 しかし、ビアンカに会いに行くか。もちろんそのつもりだが……
「会いには行くつもりだが……どうするかは会ってからだな」
「そうなんですか~?」
 不思議そうに聞き返すくさりんに、俺は頷いて答える。
「もし、ビアンカが俺のことを忘れているようなら、そのまま別れるつもりだ」
 一緒に冒険したとは言っても所詮数日一緒に遊んだだけの間柄だ。もう10年も経っているのだからその可能性はある。
「俺があの時のことを鮮明に覚えているのは、変わらない奴隷の日々の中でずっと輝き続ける思い出だったからだ。平和に暮らしていただろうビアンカが覚えているかどうかは分からないな」
 ビアンカと一緒に幽霊退治した思い出は、俺が子供の頃の思い出の中で二番目に印象に残っていることだ。辛い奴隷時代の中で、あの思い出は一際強く輝いていた。
「一緒に冒険した思い出なんて、普通に暮らしていれば余程のことがない限り忘れられないわよ」
 呆れたように言うスラ子。気を遣っているのか本心か……本当に呆れきっているようだから本心だろう。スラ子の言葉を聞いていた皆も頷いている。
「ええ、若かりし頃の一夜限りの冒険……忘れようにも忘れられない出来事ですね」
 …なぜだろう?クルルの言い方だと別の意味に聞こえてしまう。…まあいいか、話を進めよう。
「覚えていたのだとしても、俺と父は死んだものだと割り切っているのなら、わざわざ名乗らないつもりだよ」
 もし、そうやって割り切っているのならそう思っていてくれた方がいい。俺はこのまま危険な旅を続けるのだから、わざわざ真実を教える必要は無いだろう。
 …正直言うと、この可能性が一番高いと思っている。サンタローズはアルカパから近くにある街だ。気になるようなら様子を見に行くことくらいはできるだろう。もし、様子を見に行った先で、廃墟になっている俺の家を見たら……死んだと解釈された方が自然だ。特に俺の家は周到に破壊されていたし。
 だが……
「それでも、ビアンカが俺と父が生きているとまだ信じているようなら……ちゃんと名乗って何が起こったのか、事の顛末を伝えるつもりだ」
 もしそうなら、真実を教えてあげなければならないだろう。これ以上俺や父のことを気に掛けることはないように。
「へー、色々考えてんだなー」
 マヨイが感心したように言い、それからドラっちが、
「じゃあ、どうやってそれを確認するの?」
 と続けてくる。…それが一番悩みの種だった。
「問題はそれなんだよな……どうやったら不自然にならない程度に俺と父の話を聞き出せるのか……」
 口下手の俺にそんな真似が可能なのだろうか?その困難さを想像し、思わず溜息をついてしまう。
「なんなら私が聞いてきてあげるけど?」
「いや、それはいい」
 スラ子の提案を俺はきっぱりと断った。確かにスラ子なら俺よりも遥かに上手くやれるだろうが…
「俺の数少ない知り合いのことだから、できれば自分でちゃんとやりたい」
 10年間も奴隷生活を送り、子供の頃も父について旅生活を送っていた俺に、知り合いと呼べるような人物はほとんどいない。だからこそ、自分の知っている相手とは自分で向き合いたかった。
 俺の返答に、スラ子は意味深に「ふぅん」と鼻を鳴らしたが、それ以上は何も言ってこなかった。
「…マスター、とにかく先に宿を探さないか?そのビアンカさんを探すのはそれからでも遅くないだろう」
 アーサーの提案で、俺はビアンカの事で皆に話し忘れていたことがあったのが分かった。
「ああ、宿を探すのとビアンカを探すのは同じ意味になるんだ」
 なんとなく苦笑を浮かべながら、不思議そうな顔をする皆に向けて言う。
「ビアンカは、この街一番の宿屋の娘なんだ」



「どうしてそんな重要な情報を話し忘れますかね、旦那様は?」
「そう言う抜けている所はアベルらしいけどね」
「まあまあ、手がかりがあって良かったじゃないですか~」
 と色々と好き勝手に言っている仲間達を連れて宿屋を探す。それほど大きい街でもないから、目的の宿屋はすぐに見つかった。この規模の街の宿としては随分立派な建物は、10年も前のことなのでおぼろげであるもののどことなく見覚えがあった。
 かつての知人に自分の意思で会いに行くという、ある意味初めての体験に(サンタローズで小さい頃の知り合いと再会したのはほとんど偶然だったし、そもそも会うまで忘れていた)俺は少し緊張を覚えて深呼吸する。
「緊張しているの?」
「いや、もう大丈夫だ。行こう」
 イナッツの言葉に小さく首を振って、宿の中に入っていった。
 馬車の見張りも必要なのでイナッツ、スラ子、ドラっち、アーサーだけを連れてロビーを抜けてカウンターに向かう。このメンバーであることに特に理由はないが、宿の確保はイナッツに頼むことが多い。ついでに馬車の置き場に関しても訊ねる必要があるので、必然的に馬車の御者であるイナッツの仕事になるからだ。
「いらっしゃいませ、ご宿泊ですか?」
「ああ、8人で泊まれる部屋を頼む」
「8人ですと、10人用の大部屋になりますが、よろしいですか?」
「ああ」
 馬車の置き場等事務的な会話を終えて部屋を注文する。この規模の宿にしては随分良心的な宿泊費だった。部屋に入る前に先に馬車を置かせてもらうために一旦宿を出て馬車小屋に馬を繋ぐ。それから今度は全員で宿に入ったのだが、店員はさらに三人の女性を連れて入ってきた俺を見て驚愕に目を見張った。
 …この手の反応も既に慣れたものだ。この状態で全員で部屋に向かうと、何とも微妙な視線を向けれるのだが、一々気にしていても仕方ない。多分、相手が想像している通りの関係なのは間違いないわけだし。ああ、全然気にしていないぞ。
「…アベル、どうかしたの?変な顔して」
「いや、なんでもない」
 …訂正する。まだ完全には吹っ切れては居ない。まぁ、仲間は皆少しも気にしていないのだから、俺一人気にしても仕方がないのだが。
 とにかく、店員は多少引きつり気味ではあったが営業スマイルに戻ると、部屋の場所の説明とともに鍵を渡してきた。それを受け取ってから、俺はようやく本来の目的を果たすために店員に尋ねた。
「聞きたいことがあるんだが、この宿にビアンカと言う女性はいないか?」
「…?ビアンカさん、ですか?」
 不思議そうに首を捻る店員。…宿屋の持ち主の一人娘なのだから、知っていると思うのだが。10年前の記憶だが、ビアンカは太陽のような強い輝きを持つ少女だった。彼女の印象が薄くて忘れた…なんてこともないだろう。
「お兄ちゃん、もしかして場所間違えたの?」
「いや、この宿であっていると思うのだが…」
 しばし考えてから、別の聞き方に変えてみる。
「ビアンカと言うのは、この宿の主の一人娘の名前なんだが、何か知らないか?」
 店員は少し考えてから「少々お待ちください」と言って奥に行ってしまった。それからしばらくして、恰幅のいい中年の男性を連れて戻ってくる。その男性は、やはりと言うか大勢の女性を連れている俺を見て一瞬目を瞠った後で、一つ咳払いをしてから話しかけてきた。
「私は今のこの宿の主だ。ビアンカちゃんを訊ねてきたのは君かい?」
「え、ええ」
 ビアンカちゃん、と親しげな言い方をしたと言うことは、この人はビアンカの知り合いなのだろう。だが、自分の娘だったらわざわざちゃん付けで呼んだりしない筈だ。……今の、とか言っていたな。
「…今の、って言うことは、以前は違ったの?」
 俺が疑問に思うのとほぼ同時に、スラ子が店主に訊ねていた。
「ああ。私は以前からこの宿で働いていてね。7、8年前に、前の宿の持ち主のダンカンさんから譲り受けたんだよ」
 ダンカン…なんとなく聞き覚えがある。確か……そう、ビアンカの父親がそんな名前だったはずだ。
「ダンカンさんはそのちょっと前から体調を崩し始めていたんだが、サンタローズが壊滅した事件がショックだったのか余計に体調を悪くしてしまってね。結局、人の少ない静かな村に移住して養生することになったんだよ。それで、ダンカンさんからの信頼が厚かった私が宿を譲り受けたんだ」
「そうだったのか…」
(つまり、ビアンカはここには居ないのか……)
 そう悟ると同時に、気が抜けてしまう。機会を外されて拍子抜けしたと言うか…そもっとも、旅をしている内に再会する機会はあるだろうから問題の先送りだが。
 俺は緩んでしまった気を慌てて戻して、店主に尋ねた。
「ダンカンさん一家がどこに引っ越したかは分かりますか?」
「ああ。隣の大陸にある、山奥の小さな村だよ。一度だけ手紙が届いて、無事に移住が済んだと知ることができた。まぁ、それ以降は定期船が途絶えてしまったため一度も連絡はとっていないがね。名前もない小さな村だが、体にいいと言われる温泉が沸いているためそこそこ知名度はあって、温泉の村と言えば分かる者も多いと言う話だよ」
 店主は丁寧に教えてくれた。つまり、この大陸を出ればまた出会う機会がある、と言うことか。
「ええと、教えてくれてありがとうございます」
 礼を述べる俺に、今度は店主の方から尋ねてきた。
「ところで、君はビアンカちゃんに会いに来たと言う話だが、どういう知り合いなんだい?」
 店主に聞かれて少し慌てる。ビアンカが7,8年前にこの街を出たと言うのなら、彼女もまだ子供だったはずだ。父親のダンカンさんならともかく、その娘を訪ねてきたというのは少々不自然だろう。
「ええと……俺は、サンタローズに住んでいて、以前ビアンカと一緒に遊んだことがあるんです」
「なんと……あの村の出身だったのか」
 驚いたように聞き返す店主に頷く。
「はい。その時、調度サンタローズから離れていたため難を逃れたんですが、おかげで戻れなくなってしまって。それでようやく旅立つことができるようになり、気にしていたら悪いと思って会いに来たんですが……いないなら仕方ありません」
 慣れない敬語で少し疲れたが、なんとか誤魔化せたと思う。
「ふむ……それは残念だったね。まあゆっくりしていきたまえ」
 俺は店主に一礼して、皆を連れて部屋に向かった。途中、感心したようにスラ子が話しかけてくる。
「随分上手く話せるようになったじゃない」
「いや……まぁ、人目に晒されることには慣れたからな。そのおかげかもしれない」
「ふむ、つまり私たちと交尾をしてきたおかげ、と言うわけですね」
「…そう言う言い方は止めてくれ」
 クルルの露骨な言い方に、呆れながらも苦笑を浮かべる。
「ご主人様、元気になられたようですね~」
「え?」
 くさりんの言葉に思わず聞き返した。元気も何も…別に変なところはなかったはずだが。
「マスター。ビアンカが居ないと知った時、明らかに落ち込んだような顔をしていたぞ」
 そんな自覚はまったくなかったのだが。…確かに、会おうと言う決意が無駄になったことは少しはショックだったが…
「そのビアンカさんって人に会うのが本当に楽しみだったのね」
「…そうだった…のかな?イマイチ自覚は無いけど」
 イナッツに言われて、俺は少し首を捻る。…だけど、確かに会おうと思っていた。もしかしたら、会いたかったのかもしれない。俺の事はしらない方がいいとは思っても、会わないとは考えなかったのだから、きっとそうなのだろう。
「そうか……俺は、ビアンカに再会したかったのか」
「ま、旅してたらまたあうこともあるだろ。気にすんなよ」
「うんうん、お兄ちゃんにはドラっちがいるんだし!」
「ドラっち、それを言うなら私たちでしょ」
 仲間達の気遣いの言葉が嬉しくて、俺は知らず内に微笑を浮かべていた。



 宿に泊まったその日の夜。
 夜中に目を覚ました俺は、皆を起こさぬように静かに部屋を出てベランダに向かった。
 視線を遠くに向ける。その先には、幼い頃ビアンカと一緒に冒険をしたレヌール城があった。
「……そう言えば、約束したっけな」
 別れ際のやり取りを思い出す。また一緒に冒険をしようと約束したあの時のことを。
 彼女は両サイドでお下げにしていたリボンの片方を外して、約束の印として渡してくれた。あのリボンはビアンカと一緒に助けたゲレゲレの鬣に結んだ筈だ。
「ゲレゲレか……無事だといいけどな」
 アルカパの街は、幼い頃のおぼろげな記憶しかないとはいえ、破壊しつくされたサンタローズよりも見知った雰囲気を感じていた。
 だからだろう、郷愁の念を感じてしまうは。
「らしくないな……」
 そんなのは自分の柄じゃないと思ったが、それでももう少し懐かしさを感じる空気に浸って居たかった。
「お兄ちゃん?どうしたの、こんなところで?」
「ドラっちか?」
 声を掛けられて振り向くと、いつのまにか直ぐ近くに来ていたドラっちが俺の顔を覗き込んできた。
「む~…お兄ちゃん、またビアンカさんのこと考えてたんでしょ!ドラっち達は昔の女のことなんてあまり気にしないけど、それでもビアンカさんのことばかり気にされるとヤキモチくらいは焼くんだよ!」
 今、まさにビアンカのことを思い出していただけに、反論できなかった。
「ああ、悪かったな」
 言いながらドラっちの頭を撫でてやる。…ドラっちの頭を撫でるのは(あとアーサーも)なんだか癖になってきてしまったな。いや、ドラっちが強請ってくると言うこともあるんだが。
 頭を撫でられたドラっちは嬉しそうに目を細めている。誤魔化すつもりは無かったけど、なんか誤魔化せてしまった。
「でもドラっちもこんな夜更けにどうしたんだ?」
「ん?トイレに起きたらお兄ちゃんが居なかったから探しに来たんだけど」
 トイレとか平然と言ってしまうところが子供なのだと思うが…それはまあいい。
「そうか、悪かったな。もう戻る」
「え?せっかくお兄ちゃんと二人っきりになれたんだから、もうちょっとここに居ようよ~」
 甘えてくるドラっちに思わず苦笑する。俺は仕方ないなと苦笑してドラっちの気が済むまで付き合ってやることにした。
 …この時には既に先ほど感じていた郷愁の念など、もうすっかり消えていた。
 一緒にベランダに並んで、楽しそうに鼻歌を歌っているドラっちを横目で見て今度は仲間達のことを考える。
 ラインハット城で自覚した自分の持つ暗い感情。仲間に対する強い独占心と執着心。これだけ大勢の女性に囲まれて…いや、これだけ大勢の女性に囲まれているからこそ、より強く感じているのだろう。
(恐らく、俺は歪んでいるんだろう)
 普通の男なら……こんな大勢の女性と関係を持ったりはしない。世間知らずの俺だってそれくらいはわかる。俺の父パパスは、ずっと俺の母を、一人の女性を追い続けていた。きっとそれが普通なのだろう。だが、俺は仲間との関係を当然のように受け止めている。大切な仲間の頼みを断れないと言う、ただそれだけの理由で。多分、そこから歪んでいるのだ。
(…だけど)
 ドラっちを見て…それを通して皆の姿を脳裏に浮かべて、思う。それで仲間と一緒に居られるのなら、俺はこのままでいいんだと思う。まだ完全に割り切れたわけじゃないが、仲間と一緒に居たいと言うのは俺の紛れも無い本心なのだから。
「む~、お兄ちゃん、また何か考え事してる!」
「ああ、すまない。今度は皆のことを考えていたんだから許してくれないか」
「そこはドラっちのことを考えてたっていうところだよ!」
 子供のようにムキになって言うドラっちに、俺はつい笑ってしまった。

 結局、それから10分と経たずにドラっちは船をこぎ始めて眠ってしまい、部屋まで背負って運んでいくことになった。

 



[21050] 23
Name: KIN◆da3b7fbb ID:8a6a21b6
Date: 2010/10/10 22:42
 アルカパを出て約2週間後。俺達はラインハットの城下町に辿り着いていた。
 途中にあった関所は問題なく自由な行き来が可能になっており、各地の情報交換や物資の運搬などで結構な賑わいになっていた。
 関所には宿もあり、そこで一泊して行ったのだが、関所にいる間に警護兵の一人から面白い話を耳にしていた。
「新ラインハット王ヘンリー即位、か……本当、何があるか分からないものだ」
 ラインハット城下町の城門前広場に大きく張り出された御触れ。それに書かれている新国王ヘンリー即位の記事を読み、俺はつい苦笑を浮かべた。聞いてはいたが、こうやってお触れを見ると感慨がある。ヘンリーがすごい奴だと言う事は分かってたが……本当に王様になってしまうなんてな。
「奴隷から王様に出世ね。物語でも見ないようなすごいサクセスストーリーよ」
「王様ですか~、凄いですね~」
「さすがはマスターのご友人、と言ったところか」
 スラ子、くさりん、アーサーが俺に続いて好き勝手な事を言っている。因みに、ラインハットの城下町についてから、宿屋を探すメンバーと情報を集めるメンバーに分かれて行動したので、ドラっち、イナッツ、クルル、マヨイの4人は別行動をとっている。ここで待ち合わせの約束になっているから、そろそろ合流するころだと思うが…
「お兄ちゃ~ん!」
 噂をすれば、と言うやつで丁度広場にやってきたドラっちが、意外なほどよく通る大きな声で俺を呼んだ。そのままドラっちは俺に駆け寄ってきて…
「え~いっ!」
「…っと。急に飛びついてくるな」
「えへへ~、いいじゃない♪」
 そのまま腕に抱きついてきた。街の活気にあてられたのか、ドラっちは楽しそうにニコニコと笑っている。実際、ヘンリーが正式に国王に就任してからまだ一週間と経っておらず、新国王就任祝いと言わんばかりに街全体が活気に満ちていた。それから、
「旦那様~」
 平坦だが、妙によく通る声でそんな声が聞こえ、ものすごい勢いで人影が--いや、間違いなくクルルの筈だが、俺の視界には影しか捉えられなかった--俺に向かって飛びついてきた。
「うおっ!」
 咄嗟にドラっちをかばいながら腰を落としてしっかりと空いた片手で受け止め……そのまま横に流した。勢いが強すぎて、そうしないと俺が倒れてしまいそうだったからだ。実質かわされた形になったクルルは、「おおっと」とやはり平坦な声で言いながら強引に片足を前に出して突っ張って、同時に俺の腕を掴んで引っ張ることで、なんとか少し前に出た程度の位置で踏みとどまった。
「クルル、ええと…いったい、何のつもりなんだ?」
「いえ、ドラっちさんばかり目立つのもアレなので、同じロリキャラとしてここは対抗しておくべきかなと」
 冷静な表情で告げてくるクルルに嘆息する。まぁ、何事もなかったから構わないが。
 それから遅れてやってきたイナッツとマヨイが、俺の両脇に張り付いているドラっちとクルルを見て仕方ないなぁと苦笑をもらす。
「まったく、この二人ったら……置いて行かれたかと思ったわよ」
「ま、元気でいいじゃねぇか」
 イナッツ達と合流した俺達は、とりあえず歩きながら情報を交換する。…ドラっちとクルルに抱き付かれているせいか、周囲の視線が妙に冷たかったので場所を移したかっただけだが。城に入るのはまず情報交換した後のことだ。
「宿はどうした?」「4人用の部屋二つ、何とか確保できたわ。中部屋は全部埋まっていたから、小部屋が空いてて助かったわ」「アーサー、いい武器あったかよ?」「いや、オラクルベリーとそう変わらないな」等と適当に歩きながら会話を交わしていると、スラ子が「そうそう」と皆に向かって声をかけた。
「私たちの事についても話を聞けたわよ」
「は?あたい達の?」
 何のことだと聞き返すマヨイに、スラ子は苦笑を浮かべながら説明する。
「ほら、ラインハット城に攻め込んだ時のことよ。私達も結構目立ってたから、何か噂になってないかなって思ったのよ」
 スラ子は以前ヘンリーの仲間扱いをされたことで不機嫌になっている。だから皆にも同じ気持ちを抱かせないために、あらかじめヘンリーが城に帰還した際の噂話を集めていたのだ。その結果…
「ヘンリーは神の遣いの戦乙女の力を借りて恐ろしい魔物が化けていた偽太后を成敗した、って話になってるのよ」
「なんでも、たくさんの女神がヘンリーさんのために力をお貸ししたーって話ですよ~」
「ああ。神が遣わした戦乙女と言うのは不遜にも程があるが。私なら真なる秩序を守る使命を与えられた聖騎士と言う設定に…いや、なんでもない」
 同じように話を聞いていたくさりんとアーサーが付け加える。…ああ、そう言えばアーサーは騎士の物語に憧れていたんだったか。最近あまり意識する機会が無かったらすっかり忘れていた。
「え?たくさんの…って、ドラっち達、そんなに大勢じゃないよね?」
「多くの兵士達の噂話をまとめる内に、正確な人数が分からなくなった、と言うことでしょう」
 ドラっちの疑問に、クルルが推測で説明する。まぁ、そう言う事だろう。
 あの後、俺達はすぐに部屋に閉じこもって周りとの関わりを断っている。兵士達はヘンリーが仲間…いや、味方を連れていたことは知っているだろうが、あの騒ぎの中正しく状況を把握できた者はほとんど居ないだろう。それで兵士達が好き勝手に噂している内に情報がすっかり捻じ曲げられてしまった、と言うのが本当のところだと思っている。ヘンリーの方も、俺達を巻き込まないようにわざと噂を煽った可能性もあるし。
「あれ?その話おかしくねぇか?」
 そこまで聞いたマヨイが不思議そうに首を捻った。
「一緒に居たアベルの話がねえじゃねえか」
「ちょっと、マヨイ…」
 ズバリと言うマヨイに、イナッツが控えめに声をかける。この反応で、イナッツが大体のところを正確に理解していることが分かった。まぁ、俺も苦笑せざるを得ない話なのだが。マヨイの疑問に対し、アーサーはやや不満そうに低い声音で答えた。
「…話の中にマスターが居なかった、ただそれだけだ」
「へ?」
 まだ良く分からないと言った様子で聞き返すマヨイに、俺は自分から説明した。
「だから、ヘンリーと一緒に突入したところを目撃した兵士達で、俺のことを覚えているものが居なかった、と言うことだ」
 卑下するような言い方になってしまったが、仕方が無いことだと思っている。男よりも華やかな女性の方に意識が向くのは当然のことだ。…厳密に言えば、皆無と言うことは無かったかもしれない。ただ、話をまとめる際に、乙女達、と一括りに纏めてしまった方が座りが良い、という事なのだろう。とにかく、結果として一緒にラインハットに突入した俺の存在はきれいに無かったことにされていた。
「ええー!ドラっち達はお兄ちゃんのものなのに、絶対おかしいよ!」
「そうだぜ!アベルあってのあたい達だろう?!」
 ドラっちとマヨイが憤りの声を上げる。何事かとこちらを見る通りすがりの人に、軽く手を振って何でもないと伝えて、俺は二人に向き直った。
「まぁ、噂話なんて得てしてそんな物だ。俺は気にしていないし、そっちの方が都合がいい事も確かだし」
「都合がいいって?」
「俺がラインハットに行っても周囲に騒がれずに済むだろう?面倒事に巻き込まれるのは御免だからな」
 俺がそう説明すると、二人は不承不承頷いてくれた。因みに、アーサーとくさりん相手にも似たようなやり取りをしている。…俺なんかを蔑ろにされたことにそんなに怒らなくてもと思いつつ、その気持ちは少し嬉しかった。
「そう言う訳だから、ラインハット城には俺一人で行く。皆のことは覚えている人がいるかもしれないしな。その間に補給をしていてくれ」
 あの時居なかったイナッツなら一緒でも問題ないだろうが、一人だけ連れて行くのも気が引けたし、ヘンリーと二人で話したいこともあった。
「どうせ美化されまくっているから、一緒に行っても気づかれないと思うけどね」
「何言ってるんだ、スラ子。皆をこれ以上美化できる余地なんて残っていないだろう?十分美人なんだし」
 スラ子の呟きを聞きとめてそう言うと、皆は一様に驚いた顔で俺の方を見てきた。な、なんだ?変なことを言ったつもりは無いが。
「…さすが旦那様、天然ですね」
 クルルがしみじみと呟き、それに皆が同意するように頷く。皆、なぜか照れているように少し顔を赤くしている(クルルはいつもの様子で平然としていたが)。
「何のことだか分からないんだが…」
「今回はクルルの言ってることの方が正しいわよ」
 不思議そうな顔をしている俺に、スラ子が嘆息交じりに突っ込みを入れてきた。



 とにかく話を終えた俺は、皆と宿で落ち合う約束をして一人ラインハット城に向かった。門番の兵士はあらかじめ話を聞かされていたようで、俺の名前を出すとすぐに玉座まで案内してくれた。玉座に座るヘンリーに反射的に声を掛けそうになって慌てて踏みとどまる。仮にも一国の国王を兵士達の前で呼び捨てにするわけにはいかない。
 不器用に挨拶をした後で、ヘンリーは傍に控えている若い男--おそらく、弟のデールだろう--を残して周りの者を退室させた。それから、俺は改めてヘンリーと挨拶を交わした。
「よぉ、遅かったじゃないか、アベル」
「ラインハット復興にもっと時間が掛かると思ったから寄り道してたんだ。悪かったな、ヘンリー」
「なんだよ、こうして俺が似合わない国王になって頑張ってるって言うのに、お前は寄り道か?」
「悪かったって」
 ドレイ時代の頃と変わらないやり取りに思わず安堵の息を吐きそうになる。国王になろうが、ヘンリーはヘンリーだった。
「どうしてヘンリーが国王に?」
「ああ、ラインハットに突入したとき、周りの兵士を味方につけただろ?あれが原因で、兵士達の支持が俺に集中しすぎたんだよ。俺が王にでもならないと納得しないくらいにな」
「そうだったのか」
 国のことはよく分からないが、あの時謁見の間に集まった兵士の7割以上がヘンリー側についてた。そのヘンリーが国の象徴である王になるのを望まれるのは、むしろ当然の成り行きなのかもしれない。
「まったく、俺は王になんかなりたくなかったってのに…」
「兄上、往生際が悪いですよ」
 ぶつぶつと愚痴をこぼすヘンリーを、傍に控えている男、デールが諌める。
「…ま、文句を言っても仕方が無いしな。この通り、デールも側近になって手伝ってくれるから、何とか頑張ってみるつもりだ」
「そうか……」
 気軽に頑張れよとは言えなかった。国王と言うのがどれだけ重圧が掛かるものなのか…俺には到底理解できないからだ。
「ま、それはいいさ。アベル、お前別の大陸に渡りたいって言ってたよな」
「ああ。…定期船再開の目処がついたのか?」
「なんとかな。順当にいけば二週間後に初便が出る予定だ」
「二週間か……ビスタ港まで、となるとちょっとギリギリか」
「悪いな。こればっかりはこっちの都合で延期にはできないんだよ。まずは様子見で月に一度のペースで再開させる予定だから、これ乗り過ごしたら一月待ってもらうことになる」
 さすがに一月も待てない。となると、何とか二週間でビスタ港にいく必要があるが……まぁ、大丈夫だろう。
「もともと遅れたのはこっちだから気にするな。こちらこそ悪いな、ヘンリー。大分無理しただろう?」
「いや、運航の再開は最重要項目だったから、アベル達の事がなくても真っ先にやったよ。特にラインハットに関しては周りの国も注意してたみたいだしな」
「ええ、定期便の再開は急務でした。交易を再開して物資を補給する必要もありますしね」
 ヘンリーの説明にデールが続ける。結構長い間鎖国のような状態になっており、周辺国を安心させるためにも必要なんだとか。ラインハットは近いうちに戦争を仕掛けるつもりだと噂になっていたらしい。偽太后の暴政が続いていたら、恐らくそうなっていたことだろう。
「後、アベルに渡すものがあるんだが…」
「俺に?」
 ヘンリーの言葉を受けて、デールが一度退室して何かをもって戻ってきた。トレイのようなものを両手で支えていて、その上に袋と腕輪が乗っていた。袋はおそらくゴールドが入っているのだろう。腕輪は、青い宝石が埋め込まれていて、不思議な模様が描かれている。何かの流れを表しているのだろうか?
「これは…?」
「3万ゴールドと『風の腕輪』だ。アベルの旅の役に立つと思って倉庫から引っ張り出してきた」
「3万って…」
 ほかにも聞きたいことはあったが、まず渡されたお金の金額の大きさに驚いた。しかし、ヘンリーは苦笑を浮かべて逆に少し申し訳なさそうに言ってくる。
「確かに普通なら大金だけど、国から見ればたいした金額じゃないんだ。今ラインハットは財政が苦しくて、これだけしか用立てできなかった」
「…別に無理はしなくてもいいぞ?」
「いや、アベルは国を救ってくれた恩人なんだからな。これくらいの礼はさせてくれ」
「分かった。ありがたく受け取っておくよ」
 俺は差し出された袋と腕輪と杖をデールから、受け取った。この腕輪はなんだろうか?何かの魔力を秘めているようだが…
「で、その腕輪は『風の腕輪』って言って、以前王族が身を守るのに身に着けていたものなんだ。この腕輪を身に着けた手を相手に向けて難じると、かまいたちで相手を攻撃することができるんだ」
「そんなものを受けとってもいいのか?」
 魔法を発動できる装飾具なんて、下手したらその価値は先ほどの3万ゴールドを超える。しかも、王族が身に着けていたものとあってはなおさらだ。しかし、ヘンリーは今度も首を横に振った。
「どうせ倉庫に眠っていたような代物だ。アベル達が持ってた方が有効に使われるだろ?」
「…本当に悪いな、ヘンリー」
 再び俺は礼を言って、素直に受け取ることにした。…この腕輪はドラっちに使ってもらうか。
 それから、ヘンリーとデールの二人から現状のラインハットのことを聞いた。なんと本物の太后は生きていて、地下に幽閉されていたらしい。偽太后を倒した後、無実の罪で投獄された人を解放している内に隠された牢獄を見つけて発見されたと言う話だ。
「…義母さんは色んなことを話してくれたよ」
 太后が捕らえられたのは、大体二年前のことらしい。デールもその辺りから義母の様子が急に変わったような違和感を感じていたから間違いないと言うことだ。太后は魔物の協力を得てヘンリー王子を殺した(実際には生きていたのだが)のだが、そのことで魔物に付け込まれていい様に使われていたらしい。そして二年程前、どんどんエスカレートする要求に、罪を明かされてもいいからこれ以上は協力できないと言ったところ、取引していた魔物が偽太后を連れてきて本物の太后を地下に幽閉したそうだ。
「その魔物は母に『そこで、貴方のせいで衰退していくラインハットの姿を見ているといいでしょう』と嘲笑したそうです」
「…その魔物は、肌の色は違うが人間の老人のような外見で、赤黒いローブを纏っていたと言う話だ」
 その特徴に、何か気になるものを感じた。…もしかして、その魔物は…!
「ゲマかっ!?」
 憎き父の敵の姿を幻視して、俺は思わず声を荒げた。あの時のことは今でも鮮明に覚えている。首に当てられた冷たい鎌の感触、目の前でじっと耐えながら魔物の攻撃を受け続ける父。そして、ゲマによって灰にされた父の姿--奴隷時代、何度も悪夢で見た光景だ。
「多分な。ま、俺達を大神殿に連れて行った張本人だ。間違いないだろう。…城に侵入できるほど強大な魔物…相当厄介な化け物だぜ、あれは」
「母の偽者が重税で集めていた金の多くも、どこかへと送金された形跡がありました。裏が取れたのは一部ですが、その送金先は光の教団です」
 魔物、大神殿、光の教団……本当、厄介な話ばかりだ。
 すべてを話した太后は、ヘンリーに何度も謝罪し、ヘンリーもそれを許した。現在は離れに一室与えられてそこで大人しくしているらしい。一応会っていくかと言うヘンリーの提案は丁重に断らせてもらった。恨み言の一つや二つあるのは事実だが、それも今更だ。
 一頻り話が終わった後、ヘンリーは俺と二人で話がしたいと言い、デールを退室させた。ヘンリーは一礼して部屋を出て行くデールを見送った後で、改めて口を開いた。
「…アベル。あと少しでラインハットの情勢は一先ず落ち着くことになる。そしたら、俺はマリアにプロポーズするつもりだ」
「そうか」
 不思議は無かった。二人は見るからにお似合いであったし、何やよりもヘンリーはマリアさんに迎えに行くと伝言を残している。
「俺は、ほとんど親の愛を知らずに育った。だからかな、俺は親になってみたい。マリアとなら、それができるような気がする」
「…いつから、マリアさんのことが好きだったんだ?」
 俺の言葉に、ヘンリーは少し口の端を上げた。
「奴隷の頃から…って言ったら、信じるか?」
「信じるよ。…と言うか、疑問が一つ解けた」
 マリアさんが監視官に暴力を振るわれていたあの時、ヘンリーは率先して飛び出していった。あれは、いつもヘンリーらしく無かった。奴隷を十年も続けていれば似た様な場面に出くわした事など何度もあったことだ。今までならヘンリーが監視官の注意をこちらに向かうように仕向けて、その隙に俺が被害にあったものをさりげなく救いホイミを掛ける、のような方法で対処していた。だが、あの時はそれを試すことも無く、後先考えずにヘンリーの方から立ち向かっていったのだ。疑問に思わない筈が無い。
 俺の言葉に、ヘンリーも「それはそうか」と苦笑して、話を続けた。
「マリアは教団の信者でありながら、奴隷制度のことを強く反対していた。だから、結構有名だったんだよ。そして、そのマリアが一度大神殿を視察に来たことがあったんだ」
「…それは、知らなかったな」
「で、俺はマリアの奴隷反対に反感を抱いていたんだよ。光の教団の信者の癖して、何綺麗ごと言ってやがるってな。それで、視察に来るって話を耳にして、化けの皮を剥がしてやろうって思ったんだ。わざと臭い泥水かぶって、結構派手に流血したように見える傷作って『助けてくれー』って訴えたんだよ」
 悪戯好きのヘンリーがやりそうなことではあった。ヘンリーは、ほとんど痛くはないけど、血は割りと派手にでるような傷を作って監視官の目を誤魔化すようなこともよくやっていたし。
「俺はさ、当然相手は薄汚れた俺を見て逃げていくと思ったんだよ。マリアは俺達奴隷とは違って綺麗ななりをしていたしな。そしたら「何が奴隷反対だ。偽善者め」って笑ってやるつもりだった。だが…」
「実際は違ったのか?」
「ああ。俺の怪我…まぁ、わざと作った怪我だから痛くなかったんだけどさ、とにかくマリアは俺の怪我を見て何の躊躇もなしに俺に駆け寄って、薄汚れた俺の手を取ってハンカチで血を拭ってくれた。そして、付き添いで視察していた兵士に『なんでこんな酷いことを!』って詰め寄ったんだ。俺は、その光景を呆然と見ていたよ」
 …ヘンリーの気持ちは分かる。俺も、恐らくヘンリーと同じ感想を抱いたはずだ。あそこは、それくらい酷い場所だった。
「マリアはもう一度俺の手を取って『きっと私が貴方達を開放して見せます』と言った。……マリアが教主の怒りを買って奴隷に身を落とされたのは、それから間もなくのことだった」
 マリアはその時の奴隷が俺だったなんて知らないだろうけどな、と付け足してヘンリーは話を締めくくった。
「…そんなことがあったのか」
 そんな事情があったなら、あの時真っ先に向かっていったのも無理はない。
「それで、マリアさんに惹かれたのか?」
「まあな、一目惚れのようなものだ。修道院で一緒に過ごして、マリアしかいないって思った」
 ヘンリーはさりげなく惚気てから誤魔化すように咳払いをして、話を続けた。
「…でもな、俺があの時真っ先に飛び出すことができたのは、お前が来てくれたからだ。お前なら何があっても俺の味方をしてくれるって核心があったから、あんな無茶ができたんだよ」
「それは……当然だろう?」
 ヘンリーは俺の言葉に頷いて、それから真剣な顔で続けた。
「お前がそう言うやつだったから、俺はあの地獄ような場所で生き抜くことが出来たんだよ。俺が馬鹿やっても、お前が必ずフォローしてくれるって信じてたから、なんとか上手くやっていくことができたんだ」
 ヘンリーの言葉に胸を打たれる。俺も、ヘンリーがいなければ奴隷時代を生き抜くことはできなかっただろうと思っていた。ヘンリーの方もそうだったとは思わなかった。
「それは俺の方だ。不器用な俺は、ヘンリーがいなければ生き抜くことはできなかった。ヘンリーが助けてくれたから、やってこれたんだ」
「…へっ、お互い様だった、って訳か」
 ヘンリーは軽く笑い、再び真面目な顔に戻った。
「アベルは、これからあてはあるのか?」
「ああ、父は天空の装備の所在をほとんど掴んでいた。隣の大陸のサラボナに居を構えるルドマンと言う豪商が『天空の盾』を持っているらしい。一度出向いて話を聞いてみるつもりだ」
「そうか……まあ、お前なら上手くやるだろ」
 そして、ヘンリーは俺の方に片手を差し出した。
「俺はラインハットを必ず元の平和な国に戻す。アベル、お前も頑張れよ。それと、例え離れ離れになっても、俺達は友達だからな」
「ああ、もちろんだ」
 俺はヘンリーの手を取って、友情の誓いを込めて強く握手を交わした。



 それから、2週間後--
 俺達は無事再開された定期船に乗り、次の大陸へ向かった。



[21050] 24
Name: KIN◆da3b7fbb ID:8a6a21b6
Date: 2010/10/17 09:26
 定期船に揺られること3週間。俺達は無事、次の大陸の港町、ポートセルミへと辿り着いた。
 海にも凶悪な魔物が居るとのことだったが、この3週間で2回はしか遭遇しなかった。定期船に乗るときに説明を受けたのだが、定期船は基本的にトヘロスによって守られているとの話だ。この規模の定期船を魔法でカバーするには、交替も含めて最低6人は必要で、この船には予備も含めて7人のトヘロスの使い手が乗っていた。トヘロスは魔法の効果を高める魔方陣が描かれている特殊な部屋で行われ、そこにはMP切れに備えて相当数の『魔法の聖水』が常備されていると言う話だ。海の魔物は、海の中にもぐられてしまってはこちらからは中々手を出すことができない上、船体に直接攻撃されて船底に穴を開けられる恐れもある。そんなことをされては沈没は必至で、そのためにもトヘロスの魔法は必要不可欠だった。
 だが、トヘロスの魔法とて完全ではない。事実この3週間の間二度魔物に遭遇している(後で船長に聞いたのだが、二度も魔物に遭遇するのは珍しいらしい。魔物の活動が活発になってきていると不安そうに言っていた)。その時に備えて船底は魔法によって強化されており、鉄とほぼ変わらないくらいの強度があり、さらに魔物を追い払うために大量の銛が常備されている。船乗りは力があるが魔法が使えない者がほとんどで、基本的にこの銛を投げつけて魔物を追い払うのだ。そのため銛は消耗品になり、それで大量の銛が用意されていたのだ。二回目に魔物と遭遇したときは俺達も丁度艦上に出ていたため手伝ったが、海中から襲ってくる魔物は剣ではどうすることもできず、攻撃魔法を使える俺、アーサー、ドラっち以外は基本的にみていることしかできなかった(マヨイは銛を借りて手伝おうとしたが船乗りに止められたし、クルルもさすがに海中の敵をブーメランで攻撃しようとはしなかった)。
 以上のことから分かるのは、船を一度出航させるだけでも相当のお金が必要だと言うことだ。そもそも、トヘロスを使える者を6人も揃えるのがまず困難であるし(聖水を作れるレベルの僧侶の力が必要になる)、魔法の聖水は結構高価な薬だ。消耗品の銛を大量に確保するのにかかる費用も馬鹿にならない。この一回の出航で一体どれだけのお金が動いたのか、冒険者に過ぎない俺では想像もつかない。
 まぁ、長く語りはしたが、そのような事情は船に乗っている俺達にはあまり関係のないことで、船に乗っている間、俺達は結構暇だった。ヘンリー王の紹介と言うことで、他の船員たちとは離れた場所にある一番良い部屋をもらえたものの、海の上では何もやることがなかったのだ。体が鈍らない様に簡単なトレーニングくらいはしていたが、船乗り達の邪魔をする訳にはいかないのであまり目立つことはできなかったし。
 基本的に暇、模擬戦のような目立つ特訓はできない、そして他の船乗り達とは隔離された部屋……この状況でやることと言ったら一つしか無い訳で……色々と説明できないような状況になっていた俺は、ポートセルミの港が見えたときには心底ほっとしたものだ。皆との行為が嫌な訳じゃないが、行為におぼれる様なことだけはしたくなかった。若干手遅れになりつつある気がしないでもないが……いや、俺はまだ大丈夫だ。
 ようやく船を下りてポートセルミの港にやってきた俺は、賑やかな港の様子に少し圧倒された。慌しさ、と言う点では今まで見たどの街よりも勝っている。
「うわ~、凄く賑やかですね~」
「ずっと休止していた定期船がようやく再開されたんだもの。にぎわって当然ね」
 くさりんが感心したようにつぶやいて、すかさずスラ子が説明を入れる。
「そうね、船の行き来も凄い人だったわよ。おかげで馬車を降ろすのに苦労したわ」
 四苦八苦しながら船から馬車を降ろしていたイナッツが嘆息する。桟橋をなんとか馬車で渡っている傍で人が行き来していたこともあり、かなり苦労していたようだ。
 港に留まっていても周囲の邪魔になるだけなので、俺達はさっさと街の方に向かうことにした。
 街は、俺が知っている街とはどこか違う匂いがした。幼い頃は父について世界中を回っていたはずなのだが、記憶に残っているのはせいぜい故郷のサンタローズ、アルカパ、ラインハットくらいだった自分にとっとは、体感的には初めて訪れる大陸と言ってもいいだろう。これが大陸を渡ると言うことなのかと思うと、少々不思議な感慨がある。
「マスター、これからどうする?」
「そうだな……」
 アーサーに聞かれて考える。船が港に着いたのが昼過ぎくらいで、船から降りるだけでもかなりの時間を消費したためもう日が赤くなり始めている。まずは暗くなる前に宿を確保しておいたほうがいい。
「今日のところは宿を取ってゆっくり休もう。慣れない船旅で疲れたしな」
 船乗り風に言うなら、久しぶりの陸の上、と言うことになる。今日くらいはゆっくり休んで、本格的な行動は明日でもいいだろう。
「そうですね。そこそこの頻度でしていましたし、今日くらいはゆっくり休むのが吉かと」
「えー、久しぶりの宿なのにー」
「まあまあ、ドラっちさん、機会はいくらでもありますから~」
「お、お前ら、こんなところで何の話してるんだよ!」
 ……まぁ、好き勝手に言っている皆は無視するとして。
「じゃあ、行くか」
「あ、アベル、ちょっといいかしら?」
 皆を促して歩き出した俺に、珍しくイナッツが提案してきた。
「宿を取ったら、酒場の方に行ってみない?」
「酒場に?」
「ええ。なんでも料理が美味しいって評判なんですって。折角だし、たまには贅沢してみないって思って」
 酒場か。イナッツがこんな提案をしてくるのは少し意外だが…って、イナッツはもともとカジノに住んでいたんだったか。
「イナッツはお酒は好きなのか?」
 そう聞くと、少し恥ずかしそうに躊躇いながらうなずいた。
「ええ。おじいさんに付き合って、少しだけね。そ、それに料理の方も気になるし」
 遠慮がちな言い方だったが、かなり好きなのかもしれない。料理のことを付け足すように言っていたことで、余計にそう感じた。俺はあまりお酒に興味が無かったから酒場にはほとんど立ち寄らなかったが、もしかしたらイナッツに悪いことをしていたのかもしれない。
 …そうだな。いい機会だから、イナッツにお酒の飲み方でも教えてもらうとするか。今まではそうでもなかったが、これからは酒場にも情報収集で立ち寄ることがあるだろうしな。
「俺はいいと思うが、皆はどう思う?」
「そうね。酒場なら色々と面白い話が聞けそうだし、丁度いいと思うわ」
 スラ子が真っ先に賛同し、皆も同意するように頷く。
 こうして、俺達は宿を取った後、酒場に向かうことになった。



「ここが噂の酒場か」
 目の前の屋敷のように大きな建物を眺めながら呟く。決めたとおり先ず宿を取り、そこで馬車を預けてからここに来たのだが、この酒場は宿屋もかねているようだ。
「どうせなら宿もここにすればよかったな」
 そんなことを呟くと、クルルがほぅと感心したように嘆息した。
「旦那様の方からそんな発言が出るとは……今夜はホームランですかね」
 …またクルルが意味不明な発言をしだしたんだが。
「クルル、その冗談はちょっと洒落にならないから」
 スラ子が苦笑とともにクルルに突っ込みを入れる。他の皆もクルルの発言の意図が分からないようで不思議そうにしている。…いや、イナッツはなぜか気まずそうに顔を赤くして俯いているが。
「酒場に宿屋……この広さの建物なら、ステージもあるわよね。だとしたら、この宿屋は連れ込み宿に間違いないわ」
「連れ込み宿?」
 聞きなれない言葉に聞き返すと、先ほど挙動不審だったイナッツが慌てて口を挟んできた。
「あ、あのね、アベル。私は、その、久しぶりにお酒を飲みたいなーとか、料理も参考になるかなーって思っただけで、こんなところだってことは知らなかったのよ?」
「あ、ああ」
 まくし立てるような勢いだったので、反射的に頷いてしまう。……しかし、やっぱりお酒を飲みたかったのか。これからは少し気をつけよう。
 慌てるイナッツの態度が可笑しかったのか、スラ子が小さく笑みを漏らして説明してくれた。
「男が女を連れ込んでお楽しみをする為の宿……ようするに、交尾をするための宿なのよ」
「こ…っ」
 声を上げかけて、慌てて飲み込む。いや、自分も経験しまくっていることだが、さすがに往来で口にするのは抵抗があった。
「スラ子さんの説明に補足しますと、この酒場に来る男性の多くはステージの踊り子が目当てなのでしょう。それで、気に入った踊り子が居たら一晩買って一夜限りの愛に励むのです」
 クルルがそんな風に付け足してきた。なんでこんな事に詳しいんだ?
「いえ、いつのまにかそういうキャラ付けになっていたので。この際、こっちの方面でもアピールしておこうかと」
「…まぁ、それはいいとして」
 スラ子とクルルの話を聞いた仲間達が、今の話を聞いて興味深そうに宿を見ている。
「どうする?入るか?」
 連れ込み宿と知って少し尻込みしているイナッツに確認した。イナッツは「え…」と言って言葉に詰まってしまう。と言うか、さらに顔が赤くなった。
「イナッツさん、酒場のことだと思いますよ~」
「え!?ええ、そうね。もちろん、分かってるわよ。そ、そうね、どうしようかしら?」
 くさりんに突っ込まれ、やや噛みながら答えるイナッツ。目的の場所が予想外の所だったから軽く混乱していたのだろう。もしくは、あからさまに交尾をするための場所に行く、と勘違いいしたのが恥ずかしかったのかもしれない。イナッツは結構行為に対して初心なのだ。
「えー、折角ここまできたんだし入ろうよ。宿なんて気にしなきゃいいんだし。マヨイもそう思うよね?」
「ええっ!?あ、あたい!?あ、あたいは…も、もちろん気にしねえぜ!」
 そしてイナッツ以上に初心なのがマヨイだった。今も、ドラっちに急に話を振られて慌てている。恐らく、いや、間違いなくからかわれたのだろう。マヨイの行為に対する免疫の無さはもう皆知っているし。船で行為に及んでた時もマヨイはよくからかわれて…いや、ここで思い出すな。
「マスター、こんなところで話し込んでいても周りの迷惑だし、入るならさっさと入ろう。先ほどから目立っている」
「あ、ああ、そうだな」
 入り口を塞いでいたわけではないが、この集団で建物を見ている俺達は確かに目立っていた。先ほどから何度もやっかみの視線を向けられている。…この宿の目的から考えれば、当然かもしれない。
 俺はその視線から逃れるように、皆を連れて酒場に入っていった。



 大きな酒場のドアを開けて中に入る。その瞬間、ガシャーンと大きな音が響いてきた。いくつかの悲鳴が飛び交い、周囲の客が壁際へと非難する。店の中央に置かれていたステージの方を見ると、恐らく先ほどまで踊っていたと思われる薄い衣装を纏った女性が奥に消えていくところだった。
 そして、そのステージから少し離れた場所……俺達が入ってきた入り口から数メートルほど離れた場所で、複数の人相の悪い男が一人の気の弱そうな男を取り囲んでいた。
「か、返すべ!そのお金は、村の明日ために皆で必至で集めた金だべ!」
「ひゃっはー!そりゃいいや!それを聞いたらなおさらこの金で酒が飲みたくなったぜー!」
「ああ……明日が、明日が~」
 何か目の前で事件が繰り広げられている。…と言うか、一体何が起こっているんだ?
「ふむ、種籾でないのが残念ですね」
 意味不明なクルルの発言は当然聞き流すことにして…
「何か揉め事か?複数で一人を相手にたかるとは、騎士の風上にもおけないな」
「ほんとだぜ。情けない奴等だな」
 アーサーが眉根を顰めながらつぶやき、マヨイが同意するように頷く。まぁ、あの男達が騎士かどうかはともかく、揉め事なのは間違いないだろう。揉め事か…不愉快だが、事情も知らずに口を挟むようなことでもないしな…
 そんなことをしている間にも、事態は進んでいた。
「まあまあ、そんなに嫌がるなよ。俺らがこのお金を頂く代わりにその魔物退治を引き受けてやろうってんだ。悪い話じゃねえだろ?」
「い、嫌だべ!あんた達は信用できないだべ!」
「なんだっとぉっ!」
「ひぃっ!」
 人相の悪い男…もう面倒だからゴロツキにしよう。ゴロツキがバンッと机を叩いて威嚇すると、気の弱そうな男はあからさまにびくりと体を震わせた。
 男がテーブルを叩いた拍子に、テーブルに乗っていた皿が落ちて地面に欠片が広がる。それを見てくさりんが「あ~!」と悲鳴を上げた。
「ああ、あんなに散らかして……うう、お掃除したいです~」
「くさりん、そんな場合じゃないわよ。で、どうするのアベル?今日は止めておく?」
「えーっ!ドラっち、もうお腹ぺこぺこだよー!」
 スラ子の提案にドラっちが悲鳴を上げたが、俺もスラ子の意見に賛成だった。こんな状況で暢気に食事はできないだろう。
「そうだな、今日のところは出直して……」
 と俺が言いかけたその時、ゴロツキの一人が俺達に気がついてにらみつけてきた。
「あ~ん?なんだー、てめぇ、何見てやが…!」
 そのゴロツキはイチャモンを付けてきて…なぜか俺の周囲に居る皆の姿を見て言葉を止めた。
「て、てめぇ!そんな見せ付けるように女侍らせやがって!それは俺らに対するあてつけか!?あ~ん!?」
 なんだ、唐突にキレ出したぞ!?
「や、野郎……おっぱいメイドにバニーちゃんまで……畜生!俺なんて生まれてこの方彼女なんていたことねぇよ!」
「ポニー美少女に加えて、魔女娘とツインテールロリ娘だとぉっ!?どれだけ守備範囲が広いんだ!?」
 ゴロツキ達が口々に俺を非難してくる。なぜか、店の壁際に避難している客もうんうんと頷いていた。何なんだ、この急展開は?
 戸惑う俺の肩に、スラ子がぽんっと片手を乗せて、まるで哀れむように小さく首を振りながら説明してくれる。
「アベル……人相が悪いってことはね、ブ男なのよ。彼らは生まれながらにしてモテない運命を背負わされた哀れな子羊達なの」
 ついにスラ子まで訳の分からないことを言い出した。その言葉が聞こえたのか、ゴロツキ達がさらに怒り狂って悲鳴にも似た声を絶叫を上げる。
「畜生!俺達はどうせブ男だよ!このイケ面がぁっ!」
「なぜだ!なぜ神はこのような富の偏在を認めるのか!イケ面か!やっぱりイケ面が原因なのか!」
 血の涙を流さんような勢いでぎりぎりと歯噛みしながら絶叫するゴロツキ達。一体何が彼らをここまで追い詰めているのか…?
「失礼ね。私はアベルだから一緒にいるのよ。例え彼がブ男でも関係なく好きになっていたわ」
「そうだな。マスターがマスターであることに意味がある。見た目など重要な問題ではない。マスターはどうであっても私のマスターなのだからな」
「私も、アベルが好きだから一緒になりたかっただけよ。外見なんて関係ないわ」
「ドラっちだっておにいちゃん一筋だもん!」
「私も、ご主人様はご主人様だけですよ~」
「あたいだって、アベルの外見じゃなくて、中身に惚れ込んだんだからな!」
「ただしイケ面に限る、ですね。分かります」
 なぜか皆が対抗するようにそう言い、そして最後にクルルがぽつりと付け足したことで、ゴロツキ達の態度が余計に悪化した。
「うおおおおおっ!こ、この胸を焼いて熱く煮えたぎる思いはなんだ!これが…これが嫉妬か!」
「憎い!俺はイケ面だけが女の子を独り占めできるこの世界が憎い!憎いから許せん!俺は、この世界のイケ面とあり方を断罪する!」
「そうだ!俺達はイケ面だけが女を支配できるこの世界のあり方に反逆する!俺達はトリーズナーだ!あんたらも、そう思うだろ!」
 ゴロツキ達の声に、なぜか非難していた客達が「そうだー!」「イケ面に死を!」「ロリっこ萌え~!」などと口々に賛同の叫び声をあげる。先ほどまでゴロツキに絡まれていた気弱そうな男もなぜか「そうだべ!」と同意していた。
 …って、いつのまにか、俺一人が悪者にされている!?なぜだ!?
「踊り子目当てに酒場に通うような男達の前に複数の女を連れて現れたのですから、当然の帰結ですね」
「……原因の幾割かはクルルのせいだと思うのだが」
 冷静に説明してくるクルルに、疲れたように嘆息する。が、そのやり取りでも目の前のゴロツキ達を刺激したらしい。
「くそっ、またイチャつきやがって!どれだけ俺達を怒らせれば気が済むんだ!」
「先生……あのイケ面が憎いです!」
 ゴロツキ達のテンションがどんどん変になっていく。どうしたものかと思ったその時、
「旦那様ー、あの人たちこわーい」
 クルルがわざとらしい棒読みで左腕に抱きついてきた。それとほぼ同時に、
「ご主人様~、私怖いです~」
 なぜかくさりんまで右腕に抱きついてきた。うお、柔らか…じゃなくて!
「あ、あいつ、おっぱいメイドにご主人様と呼ばれているだと!俺もそんなメイドが欲しいよ、この野郎!」
「あんなロリっ子の、だだ、旦那様だと!それは許されていいことなのか!?」
 二人の行動に刺激されて、ゴロツキ達の怒りがさらに跳ね上がる。店の客の恨み声もひときわ大きくなった。…もう、俺は完全に悪者扱いだな。
「クルルはともかく、なぜくさりんまでこんなことを?」
「いえ、先ほどクルルさんに、私が腕に抱きついたら反対側から抱きつくようにと言われましたので~」
「私が仕込みをして置きました。視覚的インパクトが強いくさりんさんを選んだのは、我ながらいい判断だったと思います」
「またお前か!」
 今日のクルルはやけに絶好調だな…もう、呆れすぎてため息も出ない。
「くっ、余裕を見せやがって……特に、そのようなよ、幼女に旦那様と呼ばせるとは言語道断!いいか、これはあくまで社会倫理的な意味で許せないのであって、実は俺がロリコンで羨ましくて仕方が無いって訳じゃねえんだからな!誤解するなよ!」
「さっすがリーダー!ツンデレ風に自分の性癖を暴くなんて、凡人には出来ないことを平然とやってのける!そこに痺れる憧れるぅっ!」
「だからロリコンじゃねぇって言ってるだろ!」
 …本当に、一体何がしたいんだ、こいつらは?
 よく分からない遣り取りの後、先ほどリーダーと呼ばれたゴロツキは俺に向けてビシッと指を突きつけてきた。
「とにかく、てめぇのようなイケ面は許しちゃおけねぇ!てめぇをぶっ倒して、そこの幼女を保護させてもらう!いいか、これは俺がロリコンだからじゃなくて社会的な正義のためなんだからな!」
「ならそのバニーちゃんは俺が貰った!」
「じゃあ俺はおっぱいメイドちゃん!」
「貧乳クール美少女、萌え~!」
「男勝りって属性も捨てがたいと思うのですが、どう思われる!?」
「いや、ポニーが最高だろうJK!」
 リーダーを先頭に拳を振りかぶって俺に向かってくるゴロツキたち。店内の客はなぜかゴロツキの味方をしていて歓声をあげている。が、俺の耳にはもはやその歓声は届かなくなっていた。
「……そう言うことか」
 自分自身驚くくらい低い声が漏れる。なぜか悪者扱いされていて戸惑ったが、相手がそう言う思惑であるのなら、一切手加減の必要は無い。
(どのような理由があったとしても、仲間を渡す訳にはいかない)
 ゴロツキのリーダーと呼ばれた男が振りかぶった拳で殴りかかってくる。無駄な動きが多いそれを、俺は半歩移動して軌道から避けながら、同時に反撃に移った。
 素手の戦闘経験はあまりないが、それでも数多くの戦闘をこなしていけば自然と最適な動きが分かってくる。
 腕を振りかぶる必要は無い。威力をあまさずに相手に伝えるには、脇を締めてまっすぐに突くのがもっとも利に叶っている。腰に構えた拳を相手に向けて突き出す。突き出しながら、同時に足を上げて踏み込む。この辺の体重移動に関しては武器の扱いと一緒だ。
 自分の脳裏に描いた最適な突きを繰り出すように、俺は拳を相手に向け…
「マスター、いけない!」
 アーサーの声で、腕は止められなかったものの僅かにタイミングがズレた。が、
「あびばぁっ!」
 その一撃で突進してきたゴロツキは吹っ飛ばされ、そのままテーブルに激突し、テーブルを破壊して動かなくなった。タイミングがずれた割には、俺の想像以上の威力だった。他のゴロツキ達も、吹っ飛ばされたゴロツキを見てぎょっとしたように足を止めている。
「…っ、べホイミ!」
 アーサーは咄嗟に動いて、先ほど俺の攻撃で吹っ飛ばされた男に回復魔法を掛ける。ゴロツキはまだ気を失っているようだが、ぱっと見外傷は消えた。
「マスター、今の突きは、下手したら相手を殺していたぞ。私が止めなかったらどうなっていたか…」
「そうなのか?」
 驚いて聞き返す。他のゴロツキたちにも今のアーサーの言葉が聞こえたようで、ビクリと体を震わせていた。
「すげぇなアベル。正拳突きなんて使えたのか」
「正拳突き?」
 感心したようなマヨイの言葉に聞き返す。
「いや、今アベルがやった技だよ。あれ、武闘家が使う正拳突きだろ?」
「俺は単純にもっとも威力が高くなるように突いただけだが……」
 俺の返答に、アーサーとマヨイはそろって複雑な顔をした。
「これが、マスターの強さの秘密の一端…」
「…あたいが遅れを取る訳だ」
 なにやら呟いているが、俺の耳までは届かなかった。と、その時、背後から右腕を引かれた。イナッツだ。
「あの、アベル……」
「ん?」
 声を掛けられて気づいた。先ほどの熱狂が嘘のように静まり返っている。…どうやら、やりすぎてしまったようだ。
 俺は少し黙考した後、酒場のマスターが居ると思われるカウンターに近づいていった。周りの視線が集中するのを感じたが、それを何とか意識しないようにしてカウンターの前に行き、マスターの前にお金を置いた。
「これは壊してしまったテーブルの代金と迷惑量です。300ゴールドあるから、足りると思うけど……」
「い、いえ、大丈夫ですが」
 遠慮がちに頷くマスターに、俺はもう一度頭を下げる。
「結果的に俺のせいで盛り下げてしまったようで、すみません。俺達はこれで失礼します」
 慣れない敬語で何とかそれだけ言って、周囲の客の気まずい視線を感じながら皆を連れて酒場を後にした。




[21050] おまけ1
Name: KIN◆da3b7fbb ID:8a6a21b6
Date: 2011/01/01 00:49
 其の一

 ある日のキャンプの出来事。
「お兄ちゃ~ん!」
 キャンプの準備を終えて寛いでいる俺の所に、ドラっちが嬉しそうに笑顔で駆け寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「ドラっち、新しい特技覚えたよ!」
 俺の前にやってきて得意げに小さな胸を張るドラっち。その様子をほほえましく思いながら訊ねた。
「何を覚えたんだ?」
「うん、ふしぎな踊りを覚えたの!」
「ふしぎな踊り?」
「ふしぎな踊りと言うのは、奇妙な踊りで相手の感覚を不安定にさせることで相手のMPを減少させる効果をもつ特技ね」
 オウム返しに聞き返すと、予想外の所から返事が帰ってきた。振り向くと、いつの間にか俺の隣にスラ子がやってきていた。
「スラ子、いつの間に来たんだ?」
「解説が必要そうな気配がしたから、かしら」
 …確かにスラ子の解説にはいつも助けられているが。
「奇妙な踊りと言うのは、人が無意識に身に付けている動きの連動や関節の動きに対して、それに反するような動きを織り交ぜた踊りのことよ。意識していなくても、こう動いたら次はこう動くとか、腕はこっち方向には曲がらないとか言うのを誰しも無意識に理解しているから、あえてその連動から外れた動きをしたり、一見曲がらないように見える方向に腕を曲げたりして相手に奇妙な印象を与えるのよ。実際に関節の動きを無視している訳じゃないからできない動きじゃないけど、普通に暮らしてて最適化される動きじゃないことは確かだし、かなり難易度の高い踊りよ」
「へぇ……なるほどなぁ」
 感心して頷く俺に、スラ子は「ただ…」と口元に苦い笑みを浮かべて続けた。
「不思議な踊りって、特殊な力が働いてMPを減少させるんだけど、そのトリガーになるのが相手が奇妙に感じることだから……奇妙に感じなければ通用しないのよね。成功すればマホトラよりは相手のMPに与える影響は大きいけど、マホトラみたいにMPを吸収できる訳じゃないし、踊っている余裕があるのなら素直に攻撃したほうがマシと言うイマイチ使えない特技よ」
 スラ子の言葉にもっともだと内心で頷く。実際にそうしなかったのはドラっちに気遣ったからだ。想像通り、折角覚えた特技を使えないと言われたドラっちは不機嫌になってスラ子をにらみつけた。
「むー、スラ子うるさい!」
「私は事実を言ってるだけだけど?」
「ふんっ、絶対に実戦で役立ててやるもん!」
 ドラっちは不満そうに頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。その様子に、スラ子はやれやれと嘆息して、視線をこっちに遣した。…フォローしろ、と言うことなのだろう。
「まあ、俺は期待しているから、頑張れよ」
「うん!もっちろん!」
 俺のフォローの言葉に、ドラっちはすぐに機嫌を戻して笑顔になった。それから思い付いたように続けてくる。
「そうだ!お兄ちゃん、ドラっちのふしぎな踊り見てもらっていい?」
「え?…それは、構わないが」
 ドラっちの提案を、少し悩んだ末了承した。自分のMPが減らされてしまう可能性はあるが、キャンプの準備も済んで後は寝るだけ…いや、素直に寝られないかも知れないが、兎も角、後は休むだけだ。今ここで多少MPが減らされても翌日には回復しているから問題ないだろう。
 ドラっちの言葉を聴いていたスラ子が「へえ」とからかう様な笑みを浮かべた。
「ふしぎな踊りってかなり難しい踊りよ。ドラっちに踊れるの?」
「踊れるもん!ちゃんと覚えたんだから」
「そう?なら、私も見物させてもらおうかしら」
「ふんっ、MPが減っても知らないからね!」
 ドラっちの言葉に、スラ子は「それは楽しみね」と余裕の笑みで返す。やれやれ、スラ子は本当にドラっちをからかうのが好きだな。仲の良い証拠だが。
「それじゃ、踊るからね」
 宣言して、ドラっちは俺とスラ子の前に立って踊り始めた。
 小さな体をなんとか大きく見せるように、手足を目いっぱい振り回して踊っている姿は、奇妙と言うよりもむしろ……
「…なんだか、微笑ましいわね」
「ああ」
 耳打ちしてきたスラ子の言葉に頷く。ドラっちには悪いが、子供が背伸びして演技しているようでついそんな風に感じてしまった。一応、踊りの中にスラ子が言っていた連動を無視した動きらしきものが入っているのだが……何と言うか、完全には踊りきれていない。それでも一生懸命踊っているのが余計に微笑ましいと言うか。
 しばらくして踊りが終了し、ドラっちが少し息を荒くしながら、期待に目を輝かせて訊ねてくる。
「ね、ね、不思議だった?」
「ええ、不思議だったわよ。そうよね、アベル?」
 スラ子は微笑を浮かべながらさらりと言い、こっちに話を振ってきた。俺も大きく頷いて応える。
「ああ、不思議だったぞ」
 不思議なくらい和んでしまう踊りだった。
「ホント!?よーし、じゃあ、次は実戦で使ってみよっ!」
 嬉しそうにぐっと拳を握るドラっちに、俺は一言釘をさして置いた。
「でも、実戦で使うのは止めてもらいたいな」
「えー?なんでー?」
 不満に頬を膨らませるドラっちに、俺は諭すように続ける。
「俺達のパーティには攻撃魔法の使い手が不足しているから、できればそっちに専念して貰いたいんだ。それに、何と言うか…敵にドラっちの踊りを見せてやるのは勿体無いだろう?」
「え?…ま、まあ、お兄ちゃんがそこまで言うのならやめてあげるっ」
「ああ、頼む」
 なぜか少し頬を染めたドラっちの言葉に、俺はほっと安堵の息を吐く。
 …本当のところは、やはりスラ子が言っていたように素直に攻撃した方がマシと言うこともあるのだが、ドラっちは踊っている間そちらに集中しすぎていた。普段のドラっちなら、スラ子が俺に耳打ちしたことに何らかの反応を示しただろう。効果が有るとか無いとか以前に、戦闘中にあんな無防備な姿を晒させる訳には行かない。それに、あのドラっちの踊りを敵に見せてやるのが勿体無いと言う気持ちも少しはあるのだが。
「アベルって、本当にドラっちには甘いわよね」
 スラ子は見透かしたような目でわざと俺に聞こえるように呟いて、クスクスと笑みを漏らした。




 其の二

 ある日のキャンプの出来事。
「ご主人様~」
 キャンプの準備を終えて寛いでいる俺の所に、くさりんが穏やかな笑みを浮かべながら、パタパタと駆け寄ってきた。
「どうしたんだ?」
 前にもこんなことあったな…と頭の片隅で思いながら聞き返すと、くさりんはと嬉しそうにはにかみながら答えた。
「実は、新しい特技を覚えたんですよ~」
「へえ…何を覚えたんだ?」
「はい、さそう踊りです~」
「さそう踊り?」
「説明しましょう。さそう踊りとは、楽しそうな踊りを踊ることで、相手を釣られて躍らせてしまい相手の動きを封じる特技のことです」
 オウム返しに聞き返すと、予想外の所から返事が帰ってきた。振り向くと、いつの間にか俺の隣にクルルがやってきていた……って、クルル?
「なぜクルルが?」
 失礼な疑問だと我ながら思ったが、仕方がないだろう。
「ふふ、スラ子さんだと思いましたか?甘いです……私ですよ」
 いつもの無表情ながら、どこか得意げな様子でそんなことを言ってくる。…深く考えるのは止そう。クルルのやることだしな。
「多分旦那様は私のことだからと失礼な結論付けて疑問をうっちゃってそうですが、そこは目を瞑っておくとして…」
 エスパーか、お前は?
「さそう踊りの説明に戻りますが、やはり効果を発揮するには相手に『自分も踊りたい』と思わせる必要があるようで…まあ、実際そう思った所で踊るなんてことは普通ありませんが、そこは特殊な力が働いて無理やり踊ってしまうようです。成功すると見た目たのしそうですが、ぶっちゃけラリホーとかの方が遥かに効果的と言うイマイチな特技ですね」
「そうなんですか~、残念です…」
 本気で落ち込むくさりんに、慌ててフォローを入れる。
「ま、まあ、もしかしたら必要な場面があるかもしれないし、使えて損と言う事はないだろう」
「う~ん…それもそうですね~」
 俺のフォローの言葉に、のんびりと考えて笑顔に戻るくさりん。それから「そうです~」と何かを思いついたようにぽんと手のひらを合わせた。
「よろしければ、私のさそう踊りを見てもらえませんか~?」
「え?それは構わないが……どうして?」
「いきなり実戦で使用するのは少々不安ですので~」
 なるほど。それは一理ある。それに、利いたとしても一緒に踊ってしまうくらいなら問題はないしな。
「分かった。俺でよければ」
「ふむ、折角ですので私もご一緒しましょう。こちらがつられて踊りたくなるような情熱的なダンスをお願いします」
「そ、それはちょっと難しそうですけど、頑張りますね~」
 ぐっと胸の前で両手を握り締めて、やる気を出すくさりん。
「それでは、行きますよ~」
 そう宣言して、くさりんは踊り始めた。
 相手に自分も躍りたいと思わせるのが目的であるためか、結構動きの早いダンスだ。うん、それだけなら構わないが……
(ゆ、揺れている…)
 まあ……その、割と上下の動きも激しい踊りであるので、何と言うか……くさりんの大きな胸が、凄く揺れていた。ただでさえ胸を強調するように下から持ち上げるようなデザインの服を着ていると言う所に、この動きだ。くさりんは下にコルセットを着て締め付けている筈なのだが、それでもあの大きな胸を完全に固定するのは無理だったようだ。
(って、いけない!)
 慌てて視線を逸らすも……またすぐにそちらに視線を向けてしまう。ただ胸が揺れているだけなのに、なぜこうも意識させられてしまうのだろうか?…謎だ。
「って、どうして踊ってくれないんですか~?」
 と、踊りを止めたくさりんが不満そうにこっちを見てきた。う、マズイ、胸にばかり意識がいって碌に踊りを見ていなかった。
「あーっと…どうも、通じなかったようだ」
「う~、そうですか~……ショックです~」
 残念そうに落ち込むくさりん。違う意味で男の動きを封じることが出来そうだと思ったが、さすがに黙っておいた。
 クルルはそんな俺を見て、いつもの無表情のまま大仰に肩をすくめて首を横に振って見せた。
「やれやれ……これでは違う意味でさそう踊りですね」
「上手いことを言ったつもりか!」
 少しそう思ってしまった分だけ、突っ込みの声が大きくなってしまった。
「ふえ?どういう意味ですか~?」
 純真な瞳で小首を傾げているくさりんの視線が少し痛かった。




 其の三

 ある日のキャンプの出来事。
 クルルは一人、皆から離れた場所でなにやら難しそうな本を読んでいた。それに気づいたイナッツがクルルに近づいて話しかける。
「何読んでるの?」
「ああ、魔法書ですよ。補助魔法に定評のあるクックルーことクルルの私としては、マホカンタとフバーハくらい使えなければ格好が付かないかなと」
「ふぅん……でも、どうして急に?」
「いえ、実は作者が私をメンバーに加えた理由が『クックルーが仲間になればフバーハとバイキルトの使い手が手に入るwwうめぇww』と勘違いしたのが原因でして、結局半分ほど書いた所で不安になって確認したところ『バーカ、クックルーはフバーハ覚えねぇんだよ、pgrwww』と言う事実が発覚しましてですね、それでも途中まで書いた以上引くに引けなくなったと言う事情があるのですよ。つまりフバーハくらいは覚えておかないと、私の存在意義に関わるかなと思いまして」
「何メタなこと言ってるのよ……でも、そうね。そう言う手があるのなら、私も勉強してみようかしら。そうすれば、戦闘でも役に立てるようになるかもしれないし……」
「いえいえ、イナッツさんには戦う力なんて必要ありませんよ。今のままのあなたでいて下さい」
「でも、皆が戦っているのをただ見ているのって結構辛いのよ。それに、戦えないとまたラインハットの時みたいに私一人だけ置いていかれることがありそうだし……」
「男の帰りを信じて待つのはいい女の証明ですよ。それに、その分合流した時は旦那様にいっぱい可愛がって貰えたのではないですか?」
「う……それは、その……そうだけど」
「ふむ、イナッツさんを見ていると、以前の純真だった頃の自分を思い出しますね。思えば、私にもそんな時代がありました」
「もう、何馬鹿なことを言ってるのよ」
 その後も二人は結構楽しそうに会話していた。
(イナッツとクルルって何気に仲がいいよな)
 そんなことを思いつつ、とりあえずクルルの意味不明な発言は全力で無視することに決めた。


※ 後にアーサーとマヨイのエピソードも追加します



[21050] 設定
Name: KIN◆da3b7fbb ID:959eee1c
Date: 2010/10/10 13:51
設定

・魔物が人間になることに関して。
魔物が人間になるための条件は『闇が払われる』『人間になりたいと強く願う』の2点。
作中では以下のプロセスでアベルの仲間になった魔物は必ず人間になる。

アベルに出会って『愛』に目覚める

アベルの力で闇が消え去る。

アベルと愛を育む為(婉曲的な表現)に人間になりたいと強く思う。

人間になる。

とりあえず愛の奇蹟と言っておけば許されるんじゃないかと思っている。
アベルの力は限定的にしか発動できない。その代わりに発動した場合は一瞬で魔物の闇を消し去ってしまう。


・闇
魔物を魔物たる存在にしている本質。
細かい設定は何も考えてない。考えるんじゃない、感じるんだ。

・聖域
闇を持つ魔物が立ち入れない場所。強力な魔物なら聖域の力を無視して進入できるが、その間は不快感を感じて能力が低下する。
人が集まるだけでも弱い聖域になるので、魔物は基本的に街中に入り込もうとはしない。勿論オリ設定。

・人間になった魔物に関して
魔物の頃の性質をある程度残している。(特技が使えるとか力が強いとか)
魔法に関しては魔物の時に覚える魔法は全て覚える。
細かい設定は考えていないので必要になったらその時に考える。

・子供の頃のアベルの能力
現在のような能力は無かったが、助けるなど能動的に行動した際に若干発動していた。
イナッツはこの力で、人間化は無理までもかなり多くの闇が払われている。

・原作で仲間にならないモンスターについて。
例外的に一角ウサギを仲間にしたが、基本的にはなしの方向で。
細けえこたぁいいんだよ!

・エビルメタル
アイテム物語に出てきた黄金の爪の材料…らしい。このSSの設定は名前を借りただけで完全オリジナルなので、よろしく。
鋼鉄より硬くて軽く、しかも自動再生までする鈍い黄金色の金属。その性質から生きている金属とも呼ばれている。
尚、マヨイの装備しているさまようよろいの剣と盾はこのエビルメタル製で、剣はアベルに譲られてから『黄金の剣』と名前を改めた。






登場人物

・アベル(主人公)
主人公。自分に惹かれたメスモンスターの闇を完全に払い去ってしまう力がある。オスは無理。
魔法も使えるが、奴隷時代に鍛えさせられた肉体で戦う方がメインで、魔法は基本的に回復専用にしている。
人付き合いが苦手で、ヘンリーによくフォローしてもらっていた。今はもっぱらスラ子にフォローされている。
随分交尾に手馴れて来た自分を諦観してきた、吹っ切れつつある16歳。
ラインハットの一件で、自分が独占欲と嫉妬心が強いことを思い知らされ、それを切欠に仲間と自分の関係について深く考えるようになった。
E:黄金の剣(旧さまようよろいの剣・エビルメタル製)
E:上等な旅人の服
E:上等なマント
E:ターバン
E:スモールシールド

・スラ子(スライム)
記念すべき最初の仲間にしてアベルの筆下ろしの相手。外見年齢13、4歳。
DQシリーズのスライムに対する恩恵に漏れず、何故かやたらと物知り。「そう言えば聞いたことがある」的な活躍をする。
性格は大人ぶっている内にそっちが地になってしまったようなイメージ。自称エリート。
明るい空色の髪。こしの辺りまで届く長髪で、現在はポニーテールにしている。どちらかと言うと可愛らしさが目立つ風貌。
フォローやら解説やらで大活躍。カジノが嫌いと言う意外と真面目な一面がある。
E:チェーンクロス ショートソード(予備)
E:りぼん(魔法により状態異常に対する抵抗力が付加されている)
E:皮の鎧

・ドラっち(ドラキー)
妹キャラ。外見的には子供にしか見えない。自称大人。外見年齢10歳くらい。
なんだかんだでスラ子と仲が良く「知っているのか雷電」的ポジションになるかもしれない。
艶のある、深く暗い藍色の髪を肩口で切りそろえている。猫っぽい釣り目で、闊達な印象を受ける。
どんどん口調が子供っぽくなってきているのは書き分けのため。
E:魔道士の杖・改(ヒャド、メラが使用可能)
E:黒いワンピース
E:黒いマント
E:黒いとんがり帽子
E:黒いオーバーニーソックス
E:風の腕輪(対象一体をかまいたちで攻撃、威力はバギマ程度)

・くさりん(くさったしたい)
メイドキャラ。気が弱くて力持ち。巨乳。外見年齢10代後半。
交尾の時はなぜか攻めの性格に変わるベッドヤクザ。舌使いが凄い。
明るい茶髪で、緩やかなウェーブがかかっており、長さは背中の中ほどくらい。たれ目で柔和な印象を受ける。
天然にありがちなダメイドかと思いきや実は掃除が得意で綺麗好き。ちょっと頭が弱い。
E:鋼鉄の箒(トゲトゲ鉄球付き)
E:冒険者用メイド服
E:冒険者用メイドカチューシャ

・イナッツ(一角ウサギ)
アベルの能力ではなく(影響はあったが)自力で闇を完全に払い、人間になった。
スタイルの良い金髪バニーガール。色っぽいたれ目が特徴的。外見年齢二十歳。とっても一途。
人間になると決意してから、ずっと戦いを避けてきたので戦闘能力はほぼ皆無。いわゆるサポートメンバー。
家事万能で主な仕事は馬車の御者や飯の炊き出し。戦闘には参加しない。
余談だが、口調がスラ子と被っているので作者的に書き分けが困難である。
E:素手(非戦闘員なので武器は装備していない)
E:バニースーツ 旅人の外套(旅の間のみバニースーツの上から羽織っている)
E:うさみみバンド
E:網タイツ

・アーサー(スライムナイト)
人間の書いた騎士の物語に感化され、アベルに出会う前から人間になることに憧れていたスラ子いわく厨二病患者。
長身でスリムな体つきをしていて、長く美しい金髪が特徴的な中性的美少女。外見年齢17,8。
やたらと堅苦しい喋り方を好む。根は真面目なのだが、自分の世界に酔っているところがある。騎士になりきっている時は口調が変る。実はかなりの照れ屋。
剣オタクで、剣の知識ならスラ子を上回り、剣の手入れが趣味になっている。騎士の物語を読んだのも、剣に纏わる物語を集めていたのが原因。
因みに、人間になったら兜の視界の悪さが気になったのため、兜は破棄した。食いしん坊属性は無い。
E:スライムナイトの剣(アーサーはカリバーンと呼んでいる。自分で名づけた)
E:スライムナイトの鎧
E:スライムナイトの盾
E:銀の髪止め(魔法抵抗力が若干上昇する)

・クルル(クックルー)
不思議系美幼女。基本、常に冷めた顔をしていて中々表情が変らない。外見年齢10歳くらい。
ドラっちよりは少し背が高くスタイルがいいが、あくまで少し。ボリュームのある鮮やかな紫色の髪で、ツインテール。
変な言動を好み、よく訳の分からないことを言い出して周囲を困惑させる。何気に交尾の技術と知識が凄い。
意外と運動神経が良く、身のこなしの軽さには定評がある。
ブーメラン空手の使い手と言うのは当初はただのネタの予定だったのだが、武器がブーメランとキックなのでそのまま残ってしまった。
E:ブーメラン
E:皮のグローブ(指貫)
E:みかわしの服
E:リストバンド(力をわずかに上昇させる効果がある)
E:頑丈なブーツ(蹴りのための武器にもなる)

・マヨイ(さまようよろい)
野性的な美少女。力持ちで男勝りな口調の脳筋キャラ。
くさりんに継ぐ巨乳の持ち主で、アベルと同じくらい背が高くスタイルがいい。ぼさぼさの黒髪を首の後ろ辺りで適当に切ってある。外見年齢17,8。
基本的に大雑把な性格をしているのだが、交尾の時は知識がないためか、急にしおらしくなる。
中ボスのような立ち位置だったためか、彼女の装備は他のさまようよろいのものよりも遥かに良い物である。
元々装備していた剣は、アベルが羨ましそうにしていたため武器の変更を口実にアベルに譲った。
E:バトルアクス
E:さまようよろいの鎧・改(機動性は上がったが守備力が大きく減少)
E:さまようよろいの盾(エビルメタル製)


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