槙原動物病院は喫茶店翠屋を市街地に距ること約20分、近道の公園から大通りへと入って、その繁華街のなかにある、一区画がそれです。
いま、その動物病院にたどり着いた少女、高町なのはは異形の物体におそわれるフェレットを抱き上げるとともに、宝石を受け取るのでした。
「その…何がなんだかよくわかんないけど、一体なんなの!?何が起きてるの!?」
「君には…資質がある。お願い、僕に少しだけ、力を貸して」
「資質?」
「僕は、ある探し物のために、ここではない世界から来ました。
でも、僕一人の力では思いを遂げられないかもしれない。
だから、迷惑だとわかってはいるんですが、資質を持った人に協力してほしくて…。
お礼はします、必ずします!僕の持っている力を、あなたに使ってほしいんです!
僕の力を…魔法の力を!」
「魔法…?」
「お礼は、必ずしますから!」
「お礼とか、そんな場合じゃないでしょ?
どうすればいいの?」
「これを!」
いきなり動物から人の言葉で話しかけられ、魔法という非現実的なことを告げられた上に宝石を渡されたことから混乱の極みにある彼女は、あまりの急展開に思考を一時的に停止し、現実に対応するだけの状態にありました。そのためフェレットから赤い球を受け取ったなのはは、よくわからないながらもフェレットとともに呪文を唱え始めたのです。
「それを手に、目を閉じて、心を澄ませて。
僕のいうとおりに繰り返して
いい?いくよ!」
「うん…!」
「我、使命を受けし者なり」
「我、使命を受けし者なり」
「契約のもと、その力を解き放て」
「えと…、契約のもの、その力を解き放て」
「風は空に、星は天に」
「風は空に、星は天に」
「そして、不屈の心は」
「そして、不屈の心は」
『この胸に!
この手に魔法を!
レイジングハート、セット、アップ!』
「Stand by Ready. Set up」
いきなり宝石から人の言葉が聞こえ、同時に光の波があふれるように宝石から放たれます。その輝きに、おそってきた異形はひるみ、いったん後退するのです。
「なんて魔力だ…。
落ち着いてイメージして!君の魔法を制御する、魔法の杖の姿を!
そして、君の身を守る、強い衣服の姿を!」
イメージ……
彼女は、一瞬悩んだ後、彼女の考えるもっともふさわしい衣服を、彼女の考えるもっとも強い魔法使い、いや、魔法少女の姿を想像します。
「成功だ!」
そこには、一人の魔法少女がたたずんでいました。聖祥大学付属小の制服に似ているようにも見えますが、上半身を覆う白い上着以外は静脈の色を思わせるどす黒い赤色な点が異なります。さらに、帽子でなく彼女の頭を飾るのは、目をかたどったマークが印象的なバンダナです。
「ふぇー?これ何ー?」
「きます!」
「Protection」
「おそいの」
ユーノの声に反応するレイジングハートですが、なのははそれより早く反応していました。ユーノは焦る心をなんとか抑えつつ、彼女に魔法の説明をおこないます。
「僕らの魔法は、発動体に組み込んだ、プログラムと呼ばれる方式です。
そして、その方式を発動させるために必要なのは、術者の精神エネルギーです。
そしてあれは、忌わしい力の元に生み出されてしまった思念体…。
あれを停止させるには、その杖で封印して、元の姿に戻さないといけないんです」
……ですが、なのはは聞いていませんでした。
「とにかく、倒せばよいのね。いくよ」
言葉とともに、一直線にその思念体と呼ばれる存在に駆け出すのです。
「え”?!」
彼の驚きはある意味当然といえます。まさか、思念体相手に呪文を放つことなく飛び出していくなんて、誰が考えるでしょうか。
走り出した彼女は、思念体の目前でいきなり跳び上がり、片足を脇下に、そして逆足で首を刈り取るかのように振り上げると、そのままぶら下がるような姿勢となり、その勢いのままくるりと回転すると、相手の腕を極めるように肘に当たる部位をぐいぐいと締め上げるのです。そう、いわゆる腕挫十字固と呼ばれる技です。
あまりの展開に言葉を失っているユーノの前で、その思念体は勢いを失い、だんだんと陰のように姿が薄れています。
「どうすればよいの」というなのはの声に我に返ったユーノは、慌てて説明します。
「えーとさっきみたいに体を強化するのなら心に願うだけで発動しますが、より大きな力を必要とする魔法には、呪文が必要なんです」
「呪文?」
「心を済ませて。心の中に、あなたの呪文が浮かぶはずです」
「Protection」
「リリカル・トカレフ」
「封印すべきは、忌わしき器!ジュエルシード!」
「ジュエルシード、封印!」
「Sealing Mode.Set up
Stand by Ready」
「リリカル・トカレフ、ジュエルシード、シリアル21、封印!」
「Sealing」
「これが、ジュエルシードです。レイジングハートで触れて」
「Receipt number XXI」
「あ、あれ?終わったの?」
「はい、あなたのおかげで…。ありがとう…」
「ちょっと、大丈夫?ねぇ!」
フェレットを抱き起こしながら、周囲の状況に気がついた、田中ぷに……もとい、高町なのはさんは、冷や汗を浮かべます。
「もしかしたら…、私、ここに居ると大変アレなのでは…。
とりあえず…、ご、ごめんなさ~い!」
果たして、彼女の目指す世界はいったい何なのでしょうか。
読者、一染の好憎に執し給うこと勿れ。至嘱。