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ニッポン再生:突破口を探る/1 はやぶさ守った耐熱3000度

 ◇チーム離散危機越え、ひたむきに改良

 10年6月14日午前、オーストラリアの砂漠で、中華鍋を組み合わせたような直径30センチのカプセルが銀色の光を反射していた。ヘリコプターを飛び降りた「IHIエアロスペース」防衛技術部担当部長の森田真弥さん(53)は、7年間、60億キロの宇宙の旅を終え前日地球に帰還した惑星探査機「はやぶさ」のカプセルを手にした。「傷や焦げ付きもほとんど無く、びっくりするくらい、きれいだ」。宇宙航空研究開発機構(JAXA)スタッフら3人につぶやいた。

「はやぶさ」のカプセルの模型を前に説明する森田真弥・IHIエアロスペース防衛技術部担当部長=群馬県富岡市で塩入正夫撮影
「はやぶさ」のカプセルの模型を前に説明する森田真弥・IHIエアロスペース防衛技術部担当部長=群馬県富岡市で塩入正夫撮影

 はやぶさが小惑星「イトカワ」から採取した物質を収納するカプセルの製作を担当したIHIエアロ。森田さんは、はやぶさの大気圏再突入時に摩擦熱からカプセルを守るシールドの開発を担った。シールドに欠陥があれば、カプセル本体が燃え尽きたり、内部が高熱にさらされて、「イトカワ」から採取した物質が変質しかねない。「エンジン停止や通信不能など、トラブルを乗り越えて地球に戻ってきたはやぶさ。カプセルが損傷すれば、責任は重大」と緊張していた。

 シールドは、日本で開発された軽くて鉄よりも強度が高い「炭素繊維」にプラスチック樹脂を混ぜた厚さ2センチの特注品。秒速12キロの超高速で大気圏に再突入する、はやぶさに生じる熱は米スペースシャトルの再突入時の2倍の3000度。セラミック製など既存のシールドは役に立たず、カプセルを守る仕組みを一から考えるしかなかった。

 「シールド自体が燃えて、溶ける時にカプセルの周りの熱を奪う構造にできないか」--。97年、当時、日産自動車の宇宙部門に所属していた森田さんら8人のチームはこんな発想でシールド開発に着手したが、素材選びから始める全くの手探りの作業だった。

 シールドの試作品ができても、国内には3000度の熱風を吹き付けて耐熱性を調べる装置がなく、米国と往復し実験を重ねた。戦闘機のエンジンのような装置で試作品を高速の熱風にさらす試験は、部分的に燃焼し穴が開いたり、めくれたり、失敗の連続だった。

 薄い炭素繊維の膜を手作業で重ね合わせたが、燃焼時に発生するガスを放出し熱を逃がす「通り道」をシールドに作り込む技術が難しかった。数え切れないくらいのパターンを試し、着手から2年後の99年、やっと開発の見通しが立った。

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 しかし、その直前の99年春から日産の経営が悪化、チームは激震に見舞われていた。資本提携した仏ルノーから再建請負人として日産入りしたカルロス・ゴーン最高執行責任者(COO=当時)が宇宙部門のリストラを決めたからだ。森田さんら宇宙部門の技術者がバラバラになりかねない危機だった。

 森田さんもロケット開発で親交があった米国の研究所から「うちに来ないか」と誘われた。米国の方が研究環境が恵まれているのは確か。しかし森田さんには「仲間を置いて、自分だけ他に移る考えはなかった」。

 結局、日産の宇宙部門は00年に石川島播磨重工業(現IHI)へ丸ごと売却され、技術者ら約900人の離散を免れた。シールドやカプセルはその約3年後に完成。はやぶさ帰還に、森田さんは「日本に残って良かった」と感慨深げだ。

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 日本の航空宇宙産業の売上高(08年度)は約1・5兆円と米国(約20兆円)や仏(約5・2兆円)に遠く及ばない。しかし、はやぶさのシールドの耐熱技術は米航空宇宙局(NASA)など世界から注目される歴史的な業績となった。

 森田さんは「前例踏襲を嫌う現場の雰囲気が技術革新につながった」と開発過程を振り返る。「これまでの技術とどこが違うのか」と自問自答し、改良を重ねた姿は技術革新をいちずに追求し、世界一のモノづくり大国にのしあがった日本産業の原点でもある。

オーストラリアでのカプセル回収作業にも参加した=JAXA提供
オーストラリアでのカプセル回収作業にも参加した=JAXA提供

 森田さんが宇宙に関係する仕事を志したきっかけは、1969年、小学6年生の頃に衛星中継で見た米アポロ11号の月面着陸。元々、宇宙に興味があったが「人間が月に立つ姿に体が震えた」。それから約40年。森田さんがかかわった、はやぶさの帰還に日本国中が沸く。「生命体存在の可能性もある土星の衛星タイタンへの探査機送り込みに参加できれば最高」。日本発の宇宙探査が森田さんの技術者魂をかき立てる。

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 10年に国内総生産(GDP)で中国に抜かれることが確実で、経済大国としての存在感が揺らぐニッポン。しかし、世界に通用する技術や人材はたくさんある。現場から再生への突破口を探る。【山本明彦】=つづく

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 ■ことば

 ◇はやぶさの技術

 はやぶさプロジェクトには、日本国内の118の企業・大学が参加。カプセルやシールドを担当したIHIエアロスペースのほか、NECは燃料消費が少ないイオンエンジンを提供。はやぶさの位置情報や、機器の状態を伝える通信システムは富士通が担当した。また、住友重機械工業は小惑星「イトカワ」の物質を回収する装置を開発、オールジャパンの先端技術を結集した。政府は14年度にもはやぶさ後継機を打ち上げる計画。

毎日新聞 2011年1月1日 東京朝刊

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