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[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。(学園黙示録)【ネタ】 (十月十一日更新)
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/10/11 22:04
タイトルにちょっと追加してみたりする。
コレで見てくれる人が増えれば良いなと思ったり。



[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。【ネタ】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/08/17 12:19
~注意~
・作者の文章力はゴミ。
・何か石井君がおかしい。死にそうに無い。
・性格改変から転生系になってしまった。どうしてそうなった。
・御都合主義。
以上の事が「許せるッ!!」と言う人だけお読みください。
許せない人はもっと上手い人の記事を見ると良いと思うよ!!


















―――思えば、それなりに有意義な人生だったのかもしれない。

「隊長!!」
「隊長ぉ!!」
「しっかりしてくれよ隊長!!」

部下が叫んでいる。
無茶言うなよ。
血が流れすぎて意識が朦朧としてきてんだ。
しっかりしろとか拷問か、お前ら。

「隊長ぉ…何で俺なんか庇ったりしたんだよぉ…」

あーもう、泣くんじゃねぇよマルス。
昔からそうだなお前。
拾ってやった頃から、毎回毎回ピーピーピーピー泣きやがって。
誰よりも精密な射撃ができるようになったくせに、そういう所だけは変わっちゃいねぇなぁ。
『百発百中のマルス』の名前も泣くぞ?
そもそも何でって、お前の反応が遅かったからだろうが。
まったく、どん臭いったらありゃしねぇ。
だーからお前は孤児院だとかに行けって言ったんだよ。ソレなのに『隊長の役に立ちたい』だの何だの格好付けやがってよぉ。
許しちまった俺が悪いみてぇじゃねぇか。

「隊長!!しっかりして下さい!!今助けますから!!」

オイオイ、ペーター。
見てみろお前、この出血量で助かるわきゃねぇだろうが。軍医がそんなもんすら見切れなくてどうすんだよ。ったく。
幾らお前の腕が良くても、この出血量じゃあどうしようもねぇよ。
それに奴さん等、銃弾に毒なんぞ仕込んでやがる。
解毒剤もねぇんだ。どうしようもないさ。
それにそろそろ寝かせてくれねぇか?もう十分なんだよ、俺は。

十分に、生きたんだ。

あー、でも心残りは一つあるなぁ。

「…おぉい、アレックス…」
「―――何だ、隊長」

何だよアレックス。冷血漢で知られるお前まで泣いてんのかよ。
雨の中だからばれねぇとか思ってんじゃねぇぞこの野郎。バレバレなんだよバーカ。

「アレ…ゴフッ…煙草、寄越せ。薬用じゃないやつ…」
「―――ああ」

アレックスがポケットから煙草を取り出し、俺の口に差し込む。
そしてその巨体を雨傘代わりに、ライターで火を点けてくれた。
大きく煙を吸い込む。
―――ああ、不味い。
ベッと吐き出せば、自分の血と混ざり合って赤黒く染まった水溜りに落っこち、鎮火した。

「ゲフッ!ゴフッ!…アレックス…お前、よく、そんな不味いもん…吸える、なぁ」
「―――隊長は、味覚が餓鬼だからな」

うるせぇよ。いいじゃねぇか、パフェが好きでも。
それに薬用パイプとか、ハッカパイプとかは好きだぜ?頭が冷やせるからな。

「ああ、眠い」

とても眠い。瞼が勝手に下がってくる。
思い返せば、色々あった。
親が飛行機事故で死んだと思ったら、傭兵に拾われて、暗殺者なんぞの技術を仕込まれて、何時の間にやら傭兵部隊の隊長だ。
敵を殺して、仲間が死んで、何でか知らんが生き延びて。
一時期は自棄になって、たった一人で百人以上の軍隊にゲリラ戦仕掛けた事もあったっけか。
結局、生き延びたが。
そのせいで付いた渾名は、『神出鬼没の――――』

「ハハッ」

ああ、ソレこそどうでもいいことだな。
色々とクソッタレな人生だったが、部下には慕われていたようだ。

俺なんぞの為に、泣いてくれる奴らが居るんだから。

なら、それでいい。
最期を看取ってくれる奴らが居るんだ。
俺には、贅沢すぎる最期だ。

「――――」
「隊長?…隊長ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

傭兵部隊『名無しの兵士』隊長、『神出鬼没の何処かの誰か(ジョン・スミス)』死亡。






           ~プロローグ 死亡フラグと転生の巻~





「死亡した、はずだったんだがねぇ?」

ぼりぼりと頭を掻き、ずり落ちかけたサングラスを押し上げる。
普段は伊達眼鏡なのだが、休み時間だとかには『昔』を思い出すために此方をつけている。
場所は屋上、昼休み。
あの後、気付けば赤ん坊だった。
いや、何を言ってるか分からんと思うが自分でも何を言ってるか分からん。マルスが良く読んでいた、『俺の故郷だと思われる国』で描かれたコミックに出てきた凄まじい髪の毛の奴の言葉を借りるなら。

『あ、ありのまま起こったことを(ry』

って奴だ。
いや、マジで意味が分からんかったな。あの時は。
何を言っても「おぎゃー」としか発音できんわ、周囲の奴らはソレを見て「元気な男の子ですよ」とか言いやがるわ。
その後、落ち着いてみれば自分が赤ん坊になっていた事が分かった。
何かもう、疲労感しか湧かなかった。
結構カッコいい死に様だったと思うのよ。
その後、あいつ等が『隊長の意志を~』とか言って走ってって、隅っこにでかでかと『完』とか書いてあれば―――。

「いやいやいや、漫画に毒されすぎだろう俺」

無い無い無い、ソレは無い。
幾らなんでも現実と空想をごっちゃにしすぎだろう俺。
思い出は美化されるとか言うが、本当だなオイ。
少なくともあいつ等はそんな殊勝な事はしない。
俺が死んだ後は『ヒャッハー!!やりたい放題だぜー!!敵討ちと題して汚物は消毒だー!!』だの、叫びまくって阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出したに違いない。

「・・・・・・」

…ひ、否定できねぇぇぇぇぇ。

チクショウ、美化された部分だけは決定的に否定できるのに!!
非常識な行動にだけは否定が全くできねぇ!!
あいつら『たが』が外れると、即座に自分たちのやらかしたい事をやり始めるからなぁ。
そのせいで俺がどんだけ苦労した事か…!!

「まぁ、今更どうしようもないんだがねぇ」

前世がどうあれ、今の俺は、学生だ。
しかも世界中で一、二を争うであろう平和な国、『日本』の学生である。
『何処かの誰か(ジョン・スミス)』であった時の俺の、故郷では無いかと目されていた国でもある。
そんな事はどうでもいいが、ともかく『戦争』とはほぼ無縁の国だ。
俺が『あいつ等』に出会うことは、二度とないのだろう。
―――そも、『同じ世界』である保障も無い。
ペーターが好んで読んでいたSF小説だとかでもよくあるアレだ。

平行世界。パラレルワールドってやつ。

似ているけれど決定的に違う世界。
少なくとも俺は親を飛行機事故で失っていないし、どっかの飛行機が墜落した、と言う話を聞いても生存者が一人だけ、と言う話も聞いた事が無い。
そもそも、俺が拾われたシチュエーションである『密林に突っ込む飛行機』なんぞ滅多に無いだろうに。
ともあれ、同じ世界であると言う可能性は極めて少ない。
昔は鼻で笑ったりもしたが、まさか自分がその当事者になろうとは。

「意外と言う他、無いわなぁ」

ポケットから煙管を取り出しふかす。
人体に悪影響を与えるようなあのクソ不味い煙草ではなく、ハッカだとかハーブの類を詰め込んであるものだ。
『今の俺』の祖父に当たる人物から貰ったものだ。
パイプも良かったが、この煙管と言うのも中々どうして良いものだ。
そう思うのは、前世も日本人であったからなのか。

「分からんなぁ。分からんよ」

己の黒髪を撫で付ける。
前世と同じ、真っ黒な髪の毛。
日本人と言う人種を象徴するパーツの一つ。
まぁ、黄色人種である。と言う事のほうが外国にとっては代表的であるのだろうが。

「全く、どうしたもんか」
「一人で何ゴチャゴチャ言ってんだよ」

そう言って俺の特等席、屋上へ続く階段の屋根の上に登ってくるのは。

「小室坊か」

小室・孝。同じ二年生であるが、別の組の少年だ。

「お前、その呼び方やめろよ。同じ歳だろ?」
「まぁ、そう何だがねぇ」

不平を言いながら、俺の隣に座り込む小室坊。
この呼び方は、最早癖なのだ。
どうしても年下に見てしまうのは、前世の年齢分か。
元より六十近くまで生きた老兵であったのだ。同級生を見ても、孫とかそこら辺にしか見えん。
故に、ほとんどの人物に『坊』や『嬢』と付けてしまうのだ。
一度、その事で先輩方に呼び出されたこともある。無論、逃げ延びてやったが。

「その癖直さねぇと、また先輩方に呼び出し喰らうぞ?」
「大丈夫だ。また逃げ延びる。そして先生方に助けを請う」

面倒事は避けるに限る。態々喧嘩して先生方に眼をつけられる事も無い。
一応、評判だけは良いのだ。傭兵生活じゃあさして出来なかった勉強、と言う事もあり学生生活はほぼ勉強一辺倒。此処、藤美学園に入れたのもそういう理由がある。
存外に偏差値が高いのだ。この学園。

「…表面優等生」
「やかましいぞモテモテ王国の国王。ファーザーか?ファーザーと呼んでやろうか?」
「お前、偶に本気でムカつくな」

小室がグググッと拳を握るが、前世の習慣故に幼い頃から鍛え続けている俺のマッシヴボディには太刀打ちできないと踏んだのか、はぁ。と溜息を零して下を向く。
うむ。賢い判断だ。
俺と小室は、何時もこんな感じでじゃれあっている。
本来ならば俺と小室は出会わなかったのだろう。
何せ、教室が結構離れているし部活も違う。
『普通』では、一切の接点を持ち得なかった。
そんな俺と小室が、どうやって出会ったのかと言えば―――。

「あー!!やっぱ此処に居た!!」

バン!!と屋上へ続く扉を開けて出てきたのは、一人の少女。

「そら、嫁候補一号が来たぞ幸せ者」
「…茶化すなよ。そんなんじゃない」
「コラ其処ぉ!!人を無視してコソコソ話さない!!」

肘で小突いてやれば、少し恥ずかしそうに反論する小室。
そんな俺たちを指差して吠えるのは、小室の嫁候補一号。
宮本・麗。本来ならば三年生になる筈だった、俺たちの同級生だ。
下に居るそのお嬢さんこそが、俺たちが知り合う切欠になった人物なのだ。
事の起こりは、何のことも無い。

お嬢ちゃんが留年した事に対しての口論を見てしまった。それだけのことである。

最初は痴話喧嘩かと思った。何せ校内で見かけた事が何度もあるが、偉く仲がよさそうで既に付き合いを始めていたのかと思い。
その喧嘩している姿を見て。

『チクショウリア充爆発しろ!!』
『『!!?』』

何だか非常にムカついた。
前世でもほとんど女気の男が無かった俺。野郎ばかりの中で、戦争と宴会に明け暮れた日々。
別れるかどうかの瀬戸際たる痴話喧嘩とは言え、羨ましく見えたのだ。
周囲に誰も居ないと思っていたのか、叫んだ俺のほうを見て驚愕に眼を丸くする二人。
其処からは、ほとんど俺の独壇場である。

『前世でも現世でもモテない俺に謝れ!!謝罪しろ!!』
『え?いやその』
『シャーラーップ!!痴話喧嘩とかテメェ何様だコラァ!!周囲の事も考えろバーカ!!』
『ちょっと、ねぇ』
『死ね!!氏ねじゃなくて死ね!!股間爆発して死ね!!』
『オイ、なぁ』
『バーカバーカ!!もげちまえ!!はげちまえ!!』

思いつく限りの罵詈雑言を吐き散らかしてやった。
若干涙目になったのは、秘密だ。言ってて自分が悲しくなったからしょうがない。
でまぁ、俺の乱入により有耶無耶になったお嬢ちゃんとの口論は、俺を共同作業で撃沈した事により頭の片隅にでも追い遣られたのか二人仲良く帰っていった。
対する俺は。

『すいません。悪気は無かったんです。ただ、痴話喧嘩してたあの二人が羨ましくて…』
『分かったから、な?カツ丼でも食って、元気出せよ。学校には連絡しねぇから』
『お巡りさん…!!』
(哀れ過ぎて言いにくい、とは言えねぇやなぁ…)

近所迷惑で通報され、事情聴取をされた。
幸い、お巡りさんは俺の言い分に何処か共感するものがあったようで(目を逸らしていたのが気になるが)、学園への通達は思いとどまってくれたようである。
流石は義理人情の国、日本である。
あの優しさを、俺は忘れる事は無いだろう。

「…何泣いてんだ?お前」
「いや、お前さんたちとの出会いと日本の素晴らしさを少々」
「あー、アレね…」

宮本のお嬢ちゃんが、思い出したくも無い記憶を思い出してしまったかのようにうな垂れる。
隣の小室も同様である。
そして俺も。
俺にとってもあの魂の叫びは黒歴史なのだ。
何故か屋上が、昼休みと言う爽やかな時間帯にも拘らず暗雲立ち込めるようなどんよりした空気になりつつあるとき、ソイツは現れた。

「おーい、お前ら。そろそろ昼休み終わるぞー」
「出よったなサワヤ・カーン十三世。またの名を井豪・永坊」
「いや井豪の方が本名だからな?」

そう言って苦笑するのが、サワヤ・カー…じゃなくて、井豪・永。空手の有段者であり爽やかな笑顔と優しい心を持つI・K・E・M・E・Nである。
死ねばいいと思う。

「あ、呼びに来てくれたの?ありがとね」
「いや、気にしないでくれ。俺が好きでやったことだから」

宮本嬢の麗に対して、気恥ずかしそうな顔をする井豪。
毎度毎度思うのだが、どうにもこの男。

宮本嬢の事が好きらしい。だが小室とも親友。

見事なまでに板ばさみ。宮本嬢は小室坊が好きで(イマイチ小室のほうはそういうのに疎いようだが)、けれどその小室坊は自身の親友。
青い青春の中に混じる、小さな苦味。

「おお、何と言う悲劇。――――見てる分にはすっごい楽しい」
「何言ってんだお前」
「一々反応してると疲れるよ、孝」
「そうそう。ソイツの独り言は今に始まった事じゃないだろ?」

それもそうだな、と俺の隣から宮本嬢たちの隣へと降りていく小室坊。

「失敬な。俺は自分に正直なだけだ」
「「「ハイハイ」」」

そんな俺の言葉を無視して屋上から引き上げていく一同。
ちょっと寂しかったりする。

「――――」

皆が居なくなった事を確認し、学生服の袖からするりと『ある物』を取り出す。
それは。

「…なぁんで、『コレ』が此処に在るかねぇ?」

此処は、かつて自分の居た世界ではない。
分かっている。それは、決定的であり曲る事の無い事実なのだ。
なのに、今、俺の手の中にあるのは。

「―――相棒」

幾つもの戦場を戦場を潜り抜け、数えられぬほどの敵の首を切り裂き、何度も俺の命を救った、一本のナイフ。柄を押す事で刃が飛び出るタイプのものだ。
柄を押し込み、刃を露出させる。
極限にまで鋭く研ぎ澄まされたソレは、日の光を受け純白に輝いていた。
かつての俺が十五の誕生日を迎えた日、始めて自身の金で買った武器。
今の俺が十五の誕生日を迎えた日、枕元に置いてあったもの。
何故、コレが此処に在るのか。

「分からん、分からんが―――」

どうでもいいと思った。
損があるわけではない。寧ろ、かつての重みが喜ばしい。
なら、それでいい。
十分じゃあないか。

「さて」

刃を戻す。
袖の中にナイフを仕舞い込み、グッと一度身体を引き伸ばす。

「行くかね」

空を見る。何処までも続く青空だ。
平和だ。生温い日常。けれどソレは、かつてどれだけ欲しても手に入れられなかった幸福。
『死こそが永遠の安らぎ』とは、誰が言ったのか。俺の現状を死と呼んでいいのか知らないが、確かに死んでから安らぎが手に入ったとは思う。
そう思い、首を一つコキリと鳴らした。
――――――――――――――――――――それが、最期の安らぎだとも知らずに。











「おーい、早く来いよ。石井」

ああ、そう言えば自己紹介がまだだった。
床主市在住、藤美学園二年生、石井・和(いしい・かず)。かつて『何処かの誰か』と呼ばれた男の、今の名だ。



~あとがき~
何か知らんが書き直したら転生系とかそんな感じになっていた。何でだろうね。
こうすれば強かろうが何だろうが納得できる…のか?
「チートじゃねぇか!!」とか言われるかも知れませんが、強さとしては毒島先輩よりも弱いです。
後、石井君in元傭兵がやらかしたせいで井豪と宮本は付き合ってません。小室もふてくされてないです。つまり損をしたのは井豪だけ。哀れ井豪。
シリアスのままで行こうと思ったら途中でギャグが入った。心に余裕が無いと書けないんです。
では、アンケートお願いします。
①こっちでいいよ。
②前のほうがいいよ。
③妖星は天をも動かす美と知略の星。

②が多かった場合、前のほうを復活させようかと思います。優柔不断ですみません。



[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。【石井無双】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/08/19 11:54
~注意~
・作者の文章力はド低脳。
・割かし御都合主義だよ。
・ほぼ白紙であるモブが生き残るためには転生系とかにするしかなかった。今は反省している。
・石井君Tueeeeeeeeeeeee!!みたいなノリだと思われる。
以上の事が許容できる方のみ、お進み下さい。
許容できない人はもっと面白い作品を読めばいいと思うよ!!

































―――――日常は、想像以上に脆く、儚いものだったのだろう。

「シッ!!」

ナイフを振るう。『学生』だった『ソレ』の内、一人の首が飛ぶ。

「どっせい!!」

保健室のベッドを蹴飛ばす。ぶつかった衝撃で、『ソレ』の動きが止まる。
ナイフを腰の鞘に収め、点滴を吊るして置くアレを手に取り、『ソレ』を下敷きにしたベッドの上へ飛び乗る。

「ふんぬおらぁ!!!」

点滴を吊るして置くアレで『ソレ』を薙ぎ払う。三匹ぐらいが連鎖的に吹き飛んで行く。

「わぁー、凄いのね君。そう言えば、名前は?」

パチパチと手を叩く空気の読めない保険医。腹が立つ。

「やかましい!!どうしてこうなった!!どうしてこうなった!!」
「どうしてかしらねぇ?」

少々テンションがおかしいが、そうでもしなければ正気を保てる気がしない。
できることなら、夢であって欲しい。
今だって、『脳天気な後ろの先生を護る』という目的を支柱として無理矢理自分を奮い立たせているだけに過ぎない。
正直、混乱の極みである。

「アアアアアアアア!!」
「死ねッ!!」

倒れた状態から再度起き上がってくる『ソレ』の首を、ナイフで切り飛ばしていく。起き上がってくる、と言っても頭か体を潰さねば幾らでも襲い掛かってくるようなので、薙ぎ払ったり、ベッドの下敷きにしても起き上がると言うことは予測出来ていたといえば出来ていたのだが。

「クソ…マジでどうなってんだよ、コレ」

冷や汗が流れる。首が落ちれば死ぬ、と言うところだけは人間と同じのようで助かった。でなければ、既に俺の命は無かっただろうに。
『ソレ』の血で汚れたナイフを軽く振り、血を飛ばす。後ろでホルスタイン体型の保険医が「スカートが、スカートが汚れたぁ」だの何だの言っているが、知った事ではない。

「何だって、学園の生徒が」

生ける屍(リビングデッド)なんぞに成っている?




             第一話「悲鳴と校医と切断の巻」




事の起こりは、何であったのか。

朝食を食べて、『今の俺』を育ててくれた両親の仏壇の前で手を合わせてから学園に来た。
其処までは良い。
普通に授業を受け、普通に放課が入り、また授業。
その授業の途中で、睡魔に負けた。

「…ぬ」

起きてみれば、自分だけ。
移動教室であったのに寝過ごしてしまったようで、誰一人居ない教室の中。
教師に叱られる事を前提として、面倒くさいと思いながらも腰を上げる。
その時だった。
スピーカーから聞こえる不快なノイズ。
次いで入る、教師の声。

『全校生徒・職員に連絡します! 校内で暴力事件が発生、全生徒は職員の誘導に従って避難してください! 繰り返します……!』

(…暴力事件…?)
物騒な話もあったものだ。
こんな平和な国でそんな事は―――いや、無いわけじゃあないな。何処の国でも馬鹿やらかす奴は居るのだ。
ともかく、それならば一旦クラスメイトと合流しなければ。
そう思い、歩を進めれば。
またもや、ノイズ。
次いで入ってくる、教師の声。
けれど、先ほどのものとは全く異質のもので。








『ギャアアアアアアッ!!あっ!!助けてくれっ止めてくれ!!たすけっ、ひぃっ!!痛い痛い痛い痛い!!助けてっ!!死ぬ!!ぐわぁぁぁあ!!』








(――――――――)

一瞬、思考が停止した。
が、騒音ですぐさま動き出す。
両隣の教室から、我先にと逃げ出す学生たちの影が見える。
押しのけ、踏みつけ、『自分だけでも』と足掻く。
悲鳴と怒号が、学校中を響き渡る。

(オイオイオイ、一体なんだってんだこりゃ)

今さっきの放送で、校内のほとんどの人物が混乱に陥っているのか、非常に騒がしい。
恐らく、恐怖で思考が停止しているのだろう。

それでは、駄目だ。

(オーケー冷静になれ俺。『神出鬼没の何処かの誰か』は何時でも何処でも冷静にあれ。思考が止まれば死期が早まるだけだ)

此処で思考を停止させるほど、危険なことは無い。
叫び出したい、自暴自棄になりたい、そんな風な思考を無理矢理抑え、深呼吸をして気持ちを諌める。

(少なくとも、尋常の出来事じゃあ、ねぇわな。殺人鬼でも入り込んだか?笑えんジョークだが、現状じゃあ一番確率が高い出来事ではある、か)

ならば。

袖の中に仕舞い込んだナイフの有無を確かめる。
いつも通り、己の相棒は其処に在った。
次いで学校に常備してあるナップザックを開き、中を見る。

(乾パン良し、飲み水良し、防犯ブザー良し、裁縫セット良し、救急セット良し、トランシーバー良し。これだけあれば、事足りるだろう)

何故こんなものを常備しているかと言えば。
何を隠そう、俺は『災害時対策同好会』と言う変な同好会に入部しているからである。
元々、去年卒業した三年生の先輩が設立したものであり、正直なところ部活はどうでもいい、と思っていたところを勧誘されたのである。
部室など貰える様な立場ではなかったが、先輩が実費で購入したこのナップザックだけあれば事足りるようなもんである。

そもそも、災害時対策同好会とか部室貰ってもどうすりゃいいんだよ。
学生じゃあ大した事なんて出来んぞ。

ともあれ、先輩が置いていってくれたものは、現時点において高確率で生命を保証してくれるものだ。どんな状態になっても、一ヶ月か二ヶ月ぐらいは補給無しで生きていける。
まぁ、流石にそういうことは無いだろうが…。

「嫌な予感がする」

かつて戦場を渡り歩く間に身に着けた、直感的な予測。
『今の俺』になっても鈍らないソレは、存外に当たるから困る。
ともあれ、ナップザックを背負い、ドアを開けて教室の外に出てみれば。

「―――随分な有様だな、コリャ」

思わず、顔をしかめる。
其処には、想像以上に惨い情景が広がっていた。
踏みつけられ、骨があらぬ方へ曲った男子生徒が居る。

押しのけられ、顔の半分が潰れた女子生徒が居る。

他にも、点々と続くように死体が転がっており―――。

「―――ん?」

否、一人だけ生きている奴が居る。
確か、アレは同じクラスの。

「岡田、だったか?」

走りよってみれば、微かだが呼吸をしている。今ならばまだ、間に合うかも知れない。
見捨ててもいい、見捨ててもいいのだが…。

「…ちょっとばかし揺れるけど、我慢してくれよ」

ちと、後味が悪い。
ナップザックを背中から降ろし、荷物を入れる部分が胸のほうに来るようにする。
そして岡田を背負い、一気に保健室のほうへと駆け出す。

(まだ保険医が居てくれるんなら凄まじく助かるんだが――――居なかったときは、俺が処置せざるを得ない、か)

傭兵やってたこともあるのだから当然、止血だの何だののやり方は知っている。保険委員でもあるし。
救急セットを使わないのは、出来るだけ『いざ』と言うときの物品を減らしたく無いからだ。
岡田には悪いが、俺とて命は惜しいのだ。『いざ』と言うとき止血が出来なくて死んだとか洒落にならんだろうし。
少なくとも間に合うとは思う。

「死んでも恨むんじゃねぇぞ!!岡田ぁ!!」

この時の俺は、気が付かなかった。気がつけなかった。
目の前の惨状を見せ付けられ、死に掛けた岡田を一刻も早く保健室へ連れて行きたかったから。
だから、気にしなかった。
眼を向けなかった。
岡田が、何故死に掛けていたのかを。
骨が折れているわけでもない。
内臓が破裂しているわけでもない。
ただ、身体の何処かに――――。






―――まるで喰いちぎられた様な、そんな傷が―――











「―――無礼講だがご勘弁!!」

保健室に辿り着いた事でほっとしながらも、急ぐ事には変わりない。
褒められた事ではないと分かっていながらも、保健室のドアを蹴り飛ばし、中に入る。
中で驚いたような顔をしているホルスタイン体型の女性は――――校医の、鞠川・静香先生だ。

「ちょっと!ドアは手で開けて入って来てく「悪いが非常事態なんです!とっととこいつをベッドに寝かせてやってくれませんか!!?」え?あ、ええ」

鞠川先生の言葉を遮り、岡田をベッドに寝かせる。
そして額に濡れたタオルを乗せてやるが…。

そこで、ある『変化』がある事に気が付いた。

(…ん?)

タオルの端が、赤黒く染まっている。
血涙。岡田が赤黒い血を、瞳から流している。
先ほどまでは、何も無かった筈。
ならば、何故。
変化はそれだけに留まっていなかった。
明らかに、血色がおかしい。
確かにさっきも顔は蒼白かった。だが、コレは最早蒼白いなんてレベルじゃなく―――。

そんなことを考えた時。

「ヴオアァアァァァァァア!!」
「―――!!?」

岡田が、起き上がった。
だがそれは、明らかに『生きている者の姿』ではない。
白目をむき、灰褐色の肌をして、口や瞳から血を垂れ流すその姿を、断じて生者と認めるわけには、いかなかった。

「ンのやろッ!!」

腹部を思い切り蹴り飛ばし、壁に衝突させる。
思い切り頭部をぶつけた様だが、痛がる様子も見せず、ノロノロと立ち上がる『岡田であった者』。
一体、どういうことだ?
俺が寝ている間にどんな事があったんだ?

「困ったわぁ」

そんな事を思っていると、校医の鞠川先生はのん気にも薬品類が揃えてある棚に向かって行く。
一瞬、その素敵ボディーに目を捕られそうになるが自制する。幾ら女気が無いからってこの非常事態に色ボケるほど耄碌しちゃいない。たぶん。

「警察も消防も電話が繋がらないし、手当てしてる噛まれた人は絶対死んじゃうし、死んだら蘇っちゃうし、まるで変な人たちがだーい好きな映画みたい」

まるで、世間話でもするような軽さで、鞠川先生は衝撃的な言葉を放った。

「――――は?」

今、何と言った。
噛まれたら、死ぬ?死んだら、蘇る?
何だ、ソレは。
B級映画じゃないんだぞ。現実なんだ。現実だってのに、何だ、ソレは。
性質の悪い冗談としか思えないが、事実なのだろう。何せ、目の前で『恐らくそれであろう事態』が起こっているのだから。

ガサリ。と、何かが立ち上がる音がする。

『岡田であった者』が、再起を果たしたのだ。
殺さねば、殺されるだけ。奴は既に『岡田』と言う人間では無く、『岡田』という名の化け物なのだから。

「ヴォオオア!!!」
「…チッ」

袖から滑り落とすようにナイフを取り出し、刃を露出させる。
かつての経験と、今生でも磨き続けたナイフの使い方を思い出し、構える。
突進してくる『岡田だった者』に対して、俺は。



「許しは請わん。―――――――死ね」



ナイフを、振りぬいた。

ゾブリ。と『岡田だった者』の首に食い込んだナイフは。

まるで、バターでも斬るかのように。

滑らかに、首を切断し。

『岡田だった者』の首はあっけなく胴体から離れ、保健室の床へと落下した。

次いで、身体が傾き、倒れる。

「…殺す事に、こんだけ重圧を覚えるとはね」

随分と平和ボケしたものだと思う。十七年間と言う年月は、存外に長いものだったようだ。
特別親しかったわけでもない。ただ、二言三言の言葉を交わしただけの間柄であった。
かつての傭兵生活ならば、数ヶ月前に共に酒を飲み交わした奴らの首を刎ねる事なんぞ、幾度もあった事だと言うのに。

「…南無三」

軽く念仏を唱え、冥福を祈る。化け物となって果てる、何て、ただの学生であった奴にはこれ以上なく不本意な最期であっただろうに。
けれど、こうなった以上はこのまま嘆いているわけにも行かない。
少なくとも、噛まれた奴が今のようになるとするのならば今現在もねずみ算方式で奴らは増えていっている、ということなのだろう。
安全な場所が存在するのかどうか不明だが、ともかくさっさと逃げなければ、また<奴ら>に襲われるだけだ。
出来るだけ、狭い空間は遠慮したい。

「とっとと逃げるぞ!!鞠川先生!!」

思わず、荒々しい口調になる。教師に対しては出来るだけ丁寧に接しようと思ってはいるのだが、今はそんなことを気に出来る場合でもない。

「ちょっと待って。持ち出せるだけ持ち出さないと…」
「ンな事やってる場合じゃねぇだろ!!馬鹿かアンタは!!」

そんな俺の言葉には意も解さずに、鞠川先生は薬品漁りを続けている。
アンタさっき自分で『手当てしても意味無い』的なことを言ったばかりじゃねぇかよ!!今更薬品とか持ってってどうする気だよ!!

「あああああああああ!!さっきみたいな奴が来たらどうす――」

パキン、と。

部屋のガラスが割れる音が、聞こえた。







「ゼェイ!!!」
「ヴ・・・ア」

グシャリ。と、ナイフを最後の化け物の顔面に突き刺す。
コレで、最後のはず…。

「ヴオオオオアアアアアアア!!!」
「んなっ!!?」

完全に、油断していた。
大きく腕を振り上げ、此方に飛びかからんとする化け物を見たとき、最後に思ったことは。

(そう言えば、あいつ等…生き残れたかね)

最期に思い出すのは、小室坊や宮本嬢、井豪坊などの面々だった。
まるで、スローモーションのように。
その情景は、流れて行き。
眼前に、化け物の口が差し掛かったとき。






ゴシャッ。と、肉を叩き潰す音が聞こえた。






「――――え?」
「そこの君、無事か?」

見上げれば、女神が居た。

凛とした佇まい。

切れ長の瞳。

女性らしさを残しつつ無駄の無いしなやかな体躯。

美しく長い髪の毛。

コイツは―――。

「―――コイツはまた、別嬪さんな救世主が来たもんだ」
「フフッ、世辞が上手いな」
「世辞じゃねぇよ。少なくとも俺にとっちゃあ救世主さね」

軽口を叩くが、正直さっきの戦闘のせいで心臓が五月蝿くてしょうがない。

「そうか。私は、三年の毒島・冴子だ。君は?」
「…二年の石井・和。まぁ、好きに呼んでくれ」
「そうか、では石井君と呼ばせて貰おう」

そう言って柔らかに微笑む毒島嬢。…別嬪さんな面で『ぶす』島とはこれいかに。
いや、それにしても真面目に綺麗な女性だと思う。
凄く今更なのだが、この学園て女子のレベル高すぎじゃね?少なくとも宮本嬢や小室の嫁候補二号たる(二人とも否定するだろうが)高城、校医の鞠川先生も美人に分類される。
性格とか、そういうもんは置いといて。
とりあえず俺の無事を確認した彼女は、鞠川先生のほうへと向かって行った。
二人で何事か話しているが、気に出来るほど余裕は無い。
何というか、腰が抜けた。
張り詰めていた緊張の糸が、ぷつんと切れてしまったようだ。

「く、はぁ」

思わず、息が抜ける。
アレだけ緊張したのは、何時以来だろうか。
ペーターが変なテンションになって俺やマルスを新薬の実験台にしようとした時以来だろうか。
或いは、赤ん坊のときに『漏らすしかない』と自覚したときだろうか。
どちらにせよ、今俺は生きている。
それでいい。
その事実だけで十分だ。
とりあえずナイフの刃を仕舞い込み、袖の中へと戻す。
それと入れ違いで懐から薬用煙管を取り出しふかす。
…あー、色々と爽快な気分だ。

(とりあえずこっから先のことを考えねぇとなぁ。長居するのは選択肢としては下の下だし、学園の中はあの化け物だらけだろうし…ともかく、市街地にでねぇ事には袋のネズミ感は否めんな。その為にも足が要るか。学園の教師にそんな大き目の車、持っている奴居たっけかね。まぁ、ご都合主義的にマイクロバスとかありゃ良いんだが其処までこの学園が立派かと言うと…)

そんな風に今後の計画を立てていると。
バキリ。と、保健室のドアが、壊れる音がした。

「チッ…思考の時間すら与えてくれんか。ま、考える事すら最早出来んだろテメェらに比べりゃ、大分マシなんだろうな。――――こんな軽口が、吐けるくらいに」

ぞろぞろと化け物が現れる。
先ほど仕舞い込んだばかりのナイフを取り出し、咥えていた煙管を懐に仕舞い込む。
鞠川先生との会話も終わったのか、毒島嬢も、俺の横に並ぶように歩み寄る。
だが、其処で少々妙な事に気が付く。
先ほどと同じ、強烈な鬼気を発する彼女。
けれど、その口元が些かおかしい。

(オイオイ、まさかこの嬢ちゃんこの状況で――――)

笑ってんのか?
その女傑の口元には、薄く、笑みが浮かんでいた。

まるで、この厄介極まる化け物との戦闘を、楽しみにしているかのように―――――。

~あとがき~
石井君in元傭兵、奮闘するの巻。ちと強すぎたかも知れない。
そして毒島先輩と鞠川先生登場。やったねイッシー両手に花だよ!!持てないだろうけど。
ともあれ、次でフラグマスター小室君達との合流です。
果たして石井君は、フラグマスターのフラグ建築を遮りつつ、誰かにフラグを立てられるのか。
ちなみに○○嬢とか嬢ちゃんとか、呼称が安定しないのは仕様。基本呼び方適当なんですこの人。
そしてアンケート。
①構わん。続けろ。
②とっととこの低レベルな作品をやめろと言っているサル!!
③激流に身を任せ同化する。








~おまけと言うか何と言うか~
それは、保健室を脱出してからの話である。

「オオオォォアアアア」
「―――」

無言で化け物の手を払いのけ、ロッカーに叩き付ける毒島嬢。見事なもんである。
と言うかおかしいだろう常識的に考えて。何でこんな状況で冷静なの?馬鹿なの?死ぬの?俺なんて、数え切れないぐらい戦場に立った覚えあるのに正直怖くて仕方ねぇよ?ホラー苦手なのよね俺。

「職員室とは…全く面倒な事を言ってくれる」
「だって、車のキーは皆あそこなんだもん」

そう言って毒島嬢の斜め後ろ辺りから話しかけるのは鞠川先生。そう、俺たちは学園脱出のための移動手段を取りに行っているのである。
何?俺は話に参加しないのかって?殿やってるんで無理だ。常時警戒態勢。とは言え。

「オ・・・アアア」

ドスッと、出てきた化け物の胸に木刀の突きを叩き込む毒島嬢。とまぁ、このように出てきた化け物を毒島嬢が片っ端から片付けていくからあんまり殿の意味無いんだけどね。

(とりあえず、止め刺しとくか)

先ほどすっ飛ばした奴の首をさっくりと切り落とす。早足で移動しているので、動きの遅いこいつ等に後ろからガブリ。何て事は無いだろうが念のためである。
そんな俺の地味な作業に気が付かないのか、鞠川先生は毒島嬢に並走しようと速度を上げる。アンタは自分が非戦闘員だと言う自覚を持ってください。いやマジであんまり前出るんじゃねーよチクショウ。

「どーしてやっつけないの?毒島さんなら簡単なのに」

やっぱ俺の行動気が付いてねぇ。物音立てずにやってんだからしょうがないけど。

「出くわす度に頭を潰しているのなら、足止めされているのと同じだ。取り囲まれてしまう。それに、腕力が信じられないほど強い、捕まれたら逃げるのは難しい。…心配性の人物は後始末をしているようだがな」

チラリと此方を見る毒島嬢。どうにも、気が付いていたご様子。本気で何者なんだこの嬢ちゃん。元とは言え暗殺家業を営んでいたときもある俺としては軽くショックである。
まぁ、そんな事は置いといて。
御覧の通りと後ろを指せば、胴と頭が泣き別れした<奴ら>が点々と。まぁ、嬢ちゃんが的確に転がしてたから順当に出来た事なんだが。
そんな俺の行動に対し、毒島嬢は一つ頷くと外の様子を窺い始めた。

「へー、凄いのね」

そんな事を言って、前に踏み出す鞠川先生。だが。

「いやぁ!」

そのたわわな果実を揺らしながら、こけた。

「いやぁ、何なのよーもー」

そんな文句を言う鞠川先生。…いかんな、どうにもあの果実には気を取られる。てか、鼻血が出そうだ。あんまそういう耐性無いんだよ、俺。
そんな余裕がなけりゃあ、見ないで済むんだろうけど下手に余裕があるからどうしても視界に入る。
赤くなった顔を隠すためにそっぽを向き、伊達眼鏡の変わりにサングラスをかける。コレで顔が赤いのは隠せただろ―――。

「走るには向かない格好だからだな」

まるで、そんな俺の思いを裏切るかのように。
裂いた。一辺の躊躇も見せず、毒島嬢が鞠川先生のスカートを裂いた。
そして視界に飛び込んでくるのは。

――――紫のレースッ!!そして太股!!

いかん、無理。限界。出る。
ゴパァ!!と言う音と共に、鼻血を噴出し仰け反る俺。ソレを見て噛まれていたのかと鋭く問い質す毒島嬢、それどころじゃないのかスカートを気にする鞠川先生。
結局、根性で鼻血を止めるまでの数分の間、不毛な言い争いが続いたとか続かなかったとか。

―――ジョン・スミス。生前あまりに女気がなかったせいで、極限まで耐性が下がった男。それは、新たな生を受けてからも、変わらぬ事実。彼が最も苦手としたのは、色仕掛けだったとか。





[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。【石井無双2】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/08/19 11:48
~注意~
・作者は駄目人間。
・文章力低いよ。
・石井君in元傭兵。つまりISHII。
・ご都合主義的な流れがあるよ。
以上の事が許容できる方のみお進みください。
許容できない方は此処は俺に任せてもっと面白い記事の所へ行くんだ!!
























――――油断は死を意味する。故に、油断はしない。

バスッ、バスッと。
射撃の音が聞こえた。
けれどもソレは、かつて慣れ親しんだ銃撃の音とは違う少々軽めのものであったが。

「…この音、職員室からか?」

顎に手を当て、推測を口にする。
そんな俺を見た毒島嬢はその左手を軽く中空で彷徨わせ、意を決したように身体の横に降ろすと、こう言った。

「格好つけているところを悪いとは思うのだが、その、何だ。――――鼻にちり紙を突っ込んだ状態で言っても迫力に欠けるぞ?」

言うな。言ってくれるな嬢ちゃん。俺とてソレは分かるのだ。
元々、冴えているとは言えない面をしているのだ。肉体部から眼を逸らせばどちらかと言うと気弱そうな方だという自覚はある。
自分で思って悲しくなった。

それはともかくとして、銃撃の音だ。

あの化け物に思考能力というか、『ものを使う』という知能は無いだろう。ともすれば、この音を鳴らす者は自ずと『生きている者』と言う結論に達する。
どちらにせよ、職員室に向かうのは決定事項である。
現状、先の射撃音を鳴らした人物がこの極限状態で狂気に陥っていない事を祈るばかりであるが――。






―――イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!





悲鳴が、聞こえた。
いやもうちょっとばかり気品にかける声だったと思うのだが、こう『ウヤアアアアアアアア』とか『ギヤアアアアアアアア』とか。

(って、んな事はどうでもいい)

問題は、その声が存外に聞き慣れたような声であったことだ。
頭に思い浮かぶのは、『ソイツ』以外には基本的にツンケンした態度を取り『ソイツ』に対しても大抵は『ツン』、しかし一時的に『デレ』を見せる高等技術、所謂『ツンデレ』と言うものを習得した天才少女。

名を、高城・沙耶と言う。

「オイオイ高城嬢の悲鳴じゃねぇかよ今の!!」
「知り合いか?」

毒島嬢が聞いてくる。
知り合いと言えば知り合いなのだが、小室坊や宮本嬢とは違い然して親交があるわけではない。たまに校内で見かけるぐらいだ。
いや、一回だけ小室坊により対面させられたこともあるが、『馬鹿』と『冴えない男』と言う罵倒の言葉が乱舞して絶望の底に落ちかけた気がする。
黒歴史ゆえ、記憶の片隅へと追い遣っておく。

「知り合いの知り合いで知り合いと言うか何と言うか、まぁ知り合いである事に変わりはねぇな」

顔を一筋の冷や汗が流れる。
殺す事に、躊躇はしない。何故ならば、俺はかつて数え切れぬだけの者を殺した傭兵であり、化け物となってしまったのならば、おこがましいが殺す事こそ至上の救いだと思うのだから。
しかし、出来る事なら生き残っていて貰いたい。

「何はともあれ、急ぐとするかね」
「ああ」

毒島嬢と顔を見合わせ、頷く。話に入ってこれなかった鞠川先生が「ま、待ってー」とか何とか言っているがそんなもんは知らん。
死なない程度に面倒は見るが、それ以上は管轄外である。
ともあれ走る。
職員室目指して走る。
幸運な事に、道中は化け物に出会う事はなく比較的安易に向かう事が出来たのだが…。

「…バイクのエンジン音」
「いや、ドリルの回転音だな。コレは」

思わず、某世紀末漫画における世紀末救世主の言葉を言ってしまったが、毒島嬢に素で返された。
冗談でも言わなければやっていけない状況であるにしろ流石に汚染されすぎだろう、俺。俗に言う漫画脳という奴であろうか。こんな状況でなかったら、寺にでも駆け込んで座禅を組ませてもらうのも良いかも知れない。
そして、職員室へ向かう辺りのT字の廊下。

「―――小室坊!!宮本嬢!!無事だったか!!」
「石井!!」
「石井君!!」

逆側から、小室坊と宮本嬢が現れた。
この二人と大抵の場合一緒に居る井豪坊が居ないと言う事は―――――いや、言葉にはするまい。彼が居ないと言う事は、どんな形であれ井豪坊は『死んだ』と言う事なのだろう。

死者への同情は、無意味だ。

出来るのは、ただその死を悼むのみ。
とりあえず再開の喜びは後回しにして、音のする方へと顔を向けてみれば。

「うっうううっ!!」

―――化け物の顔をドリルで削り取る、高城嬢の姿があった。

(・・・・・・)

手助けするべきかどうか。
決断は、一瞬だった。

「ヴオオォォォアア…」
「アアア…」

手助け出来るほど、此方の状況も楽では無いようだ。
何時の間にか周囲を囲む、死者の群れ。
袖からナイフを取り出し刃を露出させる。

「…仕方無い」

此方もやる事をやるとしようか。

「右は任せろ!!」
「麗!!」
「左を抑えるわ!!」

毒島嬢が、小室坊が、宮本嬢が即座に行動を起こす。

「やあああ!!」

恐らく槍の代用であろう何かの柄(モップだろうか?)で、化け物を突き上げる宮本嬢。

「でえええい!!」

大きく振りかぶった金属バットで化け物の頭部を強打する小室坊。

「――――」

声も無く、素早く二匹の化け物の頭部を打つ毒島嬢。
やはり、その口元に浮かぶ薄い笑みが気になるところではあるが。

「まぁ、何だ」

クイッ、とずり落ちかけたサングラスを指で押し戻し。

「――――――念仏ぐらいは、唱えてやるよ」

手近な化け物の首を、容赦なく刎ねた。






             第二話~音と<奴ら>と若者の巻~








「・・・・・・」

呆然としている高城嬢。まぁ、ソレが普通なのだろう。
俺はまぁ、精神年齢とか構造とかが一般とは異なっているから良いとしよう。生ける屍、という未知の敵は『よく分からない』という怖さはあっても頭部を潰せば死ぬ、という事と動きが緩慢であるという欠点はその恐怖を大体消し去ってくれる。
しかして彼女からすれば、襲ってくる<奴ら>は恐怖でしかない。生きてきた中で、今日が初めて『命がけ』で行動した日なのだろう。

「た、高城さ…」

眼鏡を掛けた太り気味の少年が高城嬢に声を掛けようとするが、その前を宮本嬢が横切り。

「うんッ」
「ぅぁあん」

同じく高城嬢の元へ向かう鞠川先生の特大胸部装甲(超軟質)によって、間抜けな声と共に弾き飛ばされた。
決して羨ましいとは思ってないぞ?

「高城さん!!大丈夫?」
「・・・・・・宮本ぉ」

高城嬢の声が震えている。そりゃあそうだろう。
そんな彼女らを他所に、小室坊はドアの辺で何事かやっている。
その小室坊に、毒島嬢は声を掛けた。

「鞠川校医は、知っているな?私は毒島・冴子。三年A組だ」
「…小室・孝。二年B組」

そんな二人の自己紹介に触発されたのか、宮本嬢が顔を上げ、弾き飛ばされた件の少年も起き上がって来ている。

「去年、全国大会で優勝された、毒島先輩ですよね?私、槍術部の宮本・麗です」
「あ、えと、び、B組の、平野・コータ、で、す」

顔を赤くしながら自己紹介をする少年、平野・コータ坊。
二人の自己紹介を聞いた毒島嬢は、

「よろしく」
「―――ぁぁ…」

微笑みながら、言葉を発した。
見惚れる平野坊。まぁ、そりゃあそうだわなぁ。あんな別嬪さんに微笑みかけられたら、男なら誰でもそんな風になるわなぁ。

「…ッ何さ、皆デレデレして」

キッと毒島嬢を睨みつけながら高城嬢が言う。立ち直り早いなオイ。いや、目じりに涙が溜まってるのを見ると強がりか?
ん、とかお、とか各々が軽く声を漏らしつつ高城嬢の方を見る。
俺?まだ警戒中。大丈夫だとは思うけれど、そういう慢心がミスを招いた事などかつては何度もあった。主にマルスとかマルスとかマルスとかが。

「何が先輩よ!宮本なんか留年してるから同い年な癖に!」

その言葉に、少なからずショックを受けた様子の宮本嬢。
ふむ、ちとコレは空気が悪いかも知らんな。

「んな、何言ってんだよ、高城」

そんな小室坊の言葉に反応して、何か凄まじい表情をする高城嬢。
プライドの高い彼女にとって、さっきの自分の醜態や、毒島嬢が自分より頼りにされているこの状況が気に入らないのだろう。
ふむ、此処は―――。

「馬鹿にしな「高城嬢、高城嬢。ちょっと気が付いた事があるんだけど良いかね」何よ!!」

よし、釣れた。プッツン来ているであろう嬢ちゃんならば、些細な事でも気に障る。ならば、何ぞ声を掛けてやれば反応するだろうと思ったが、予想通りだ。
そして俺は、切り札を切る。







「―――この学校の女性陣て、胸的な意味で偏差値高く無いか?」







高城嬢と宮本嬢の二人がかりでボコボコにされた。毒島嬢は目が怖かった。

「いやね?老婆心と言うかね?ちょっと空気が悪かったから変えようと思っただけでいやすいません調子乗りました打たないで突かないで潰さないでそんな眼で見ないで」
「いやお前、それでも今の発言は無謀すぎるだろう。ソレと変なトラウマ発生してるぞ」

頭を抱え込みガタガタと震える俺と、先ほどの不注意を責める小室坊。
女性陣は先ほどのことで結束力でも高めたのか知らないが、ともあれ今、高城嬢は毒島嬢の胸の中にて絶賛号泣中である。その前にも色々あったようだが、想像以上の暴力に怯えていた俺には一切外界からの情報は入ってこなかった。
女って怖いね。これからは言葉をもうちょっと慎重に選ぼうかな。

「まぁ、どうでも良いか」
「…石井。お前ってさ、顔に反して意外にいい度胸してるよな」
「あ、あははははは…」

とりあえず命に関わらない面倒事はサラッと流す主義の俺に対して、小室坊はジト眼で睨みながらそう言ってくる。平野坊はただ苦笑いするばかりである。

「ま、嬢ちゃんたちが落ち着くまで警戒態勢敷いとこうや。警戒して損は無いだろうし」
「…もういいわよ」

おん?と少々間抜けな声を出しながら振り向けば、未だ涙目ながらもしっかりと立っている高城嬢。
正直な話、殴られまくってから気がついたんだが全部毒島嬢に丸投げしとけば穏便に片付いたんじゃあないのかなと思わないでもない。
アレ?俺もしかして殴られ損?

「発言はどうあれ、君の言葉で悪い空気が払拭されたのは事実。損では無いだろう」
「人の心を平然と読むな嬢ちゃんよ」

コツコツと此方へ近づいてきた毒島嬢。本気で何なのだろうこの女子は。武神とかそういう尋常でないものの生まれ変わりなんじゃなかろうか。

「君の心情が顔に出ていただけだ」

そうですか。ポーカーフェイスにゃ自信があったんだが、精神が肉体に引っ張られて来てるってのもあるのかも知らんな。
死ぬ三年前には、女に魅力を感じなくなっていたはずなのに、鼻血出たし。

「それと、嬢ちゃんとか嬢をつけて呼ぶのは止めてくれないか?年上ぶるつもりも無いが、一応な」

ついでとでも言うようにそう言ってくる毒島嬢だが、ソレは難しい。

「あー、うん。まぁ、努力はする。癖ってのは中々取れないもんでね、コレが」
「…やれやれ」

頭を押さえ、首を振る毒島嬢。許せ、精神年齢が下がって来てはいるものの、最早そういう呼称が俺のデフォルトになりつつあるのだ。
そんな遣り取りをしつつも、俺たち七人は、職員室へと向かうのだった。








「行くぞ!!」

小室坊の号令の元、皆が駐車場へと向かう為に職員室から出て行く中、殿を務める俺は職員室の中で起きた事を思い出していた。
職員室に入った俺たちが最初に始めた事は、一先ずの情報交換と方針の決定である。
お互いに気がついたことを述べたところ、以下のような事が分かった。

・化け物は生きている者を襲う。
・力は強いが機動力は無い。ついでに知恵も無い。
・視力では無く聴力を頼りに動く。
・噛まれたら終了。
・異常に生命力が強い。

この五つである。とは言え、この中で最も重要なのは恐らく『音』に反応するという事。
どういう原理かは知らないが、あの化け物は同類を襲わず生きている人間を襲う。
そして、その判断基準が音であるのなら。

(存外、コイツが役に立つかも知れんな)

ゴソリ、と背負って来たナップザックから取り出したのは防犯ブザー。あの留め金を外すと凄まじい音を鳴らすアレである。
最初、去年の先輩が買ってきた時は。

『一体何に使うんだよテメー!!』
『ハブラシッ!!』

と、思わず飛び蹴りをかましてしまった事もあったが今は感謝の念を禁じえない。
備えあれば憂いなし、とはこの事である。
そして、この先の方針といえば。

(とりあえず学園からの脱出、か。方針と言えるか知らんが、目的無いよりはマシかね)

少なくともこの学園の中で過ごすよりはマシだろう。補給の手段も無いことだし、どれだけの間、耐え続ければよいのかと言うのも分からない。

…耐えた所で、無意味なのかも知れんが。

また極めてどうでも良い事だが、あの亡者どもの呼称は<奴ら>に決定した。小室坊と宮本嬢が、あの化け物の事をそう称していた故である。
――――最初に言い出したのは、既に居ない井豪坊であったとの話だが。
だが、それすらも今は枝葉末節、どうでも良い事なのだ。
問題は。

「全世界規模のパンデミック、か。本当、笑えねぇな」

つまり、逃げ場が無いということになる。
パンデミック。スペイン風邪や黒死病、インフルエンザといったかつて世界中で爆発的に流行した病。だが、まだそれらはマシなほうだ。
掛かれば死ぬ。それだけだ。
今現在の問題となっているのは、そんな生易しいものではない。
普通の方法が、通じる相手では無いのだから。

その事が知れたのは、宮本嬢が見ていたテレビからの情報であった。

起き上がる死者。

意味を成さないテレビ報道。

麻痺した交通機関。

増える被害者。

テレビに映る情景は、流れ出る血と燃え盛る炎、乱舞する悲鳴と<奴ら>の群れ。或いは断絶したが故の砂嵐。地獄絵図とは正しくそのこと。

かつて居た戦場が思い出される。

役に立たない報道に怒りをぶつける小室坊。
小さな希望に縋ろうとする宮本嬢。
ソレを押し潰すような事実を淡々と述べる高城嬢。
パンデミックという言葉が放たれたのも、彼女の口からである。
天才を自称するだけあって、彼女は博識だった。
ソレが、絶望を深めるだけの情報であったとしても。

『どうやって、病気の流行は終わったんだ』

そんな小室坊の言葉に、鞠川先生はこう答えた。
――――色々考えられるけど、人間が死にすぎれば大抵は終わり、と。
なるほど確かに、感染すべき者が居なくなれば、ソレも終わるのだろう。
だが。

『死んだ奴は皆、動いて襲ってくるよ?』
『…拡大が止まる理由が無い、ということか』

平野坊の言葉に続くように、毒島嬢が絶望を口にする。
しかして、死体は死体。最先端医療を学んできただけの事はあるのか、鞠川先生が希望を口にする。

『これから暑くなってくるし、肉が腐って骨だけになれば、動けなくなるかも!』

確かにその通りである。普通ならば、それで納得できる。
では、現状を普通といえるのか。
無論、否である。

『腐るかどうか分かったもんじゃないわよ』

そんな俺の意志を代弁するかのように、高城嬢が肉体の腐敗を否定する。
動き回る死体など、現代医学の範疇では無いと。
少々の間、沈黙が落ちる。

『―――家族の無事を確認した後は、何処に逃げ込むかも重要だな』

その沈黙を破ったのは、毒島嬢であった。
毒島嬢はそう言うが、果たしてそんな場所が在るのか否か。そも、『家族』は未だ『家族』で在るのか。
思わず口を開きそうになるが、出てくる思想はネガティブなものばかり。最悪を『想定』するのは戦場の基礎だが、口にするかどうかはまた別物なのだ。

『ともかく、好き勝手に動いていては生き残れまい。チームだ、チームを組むのだ!』

そう一喝する毒島嬢。
―――なるほど、覇気がある。所謂、カリスマと言うものか。
その覇気に中てられたのか、憔悴したような状態から決意を決めたかのように身体に力を張っていく小室坊たち。
その調子ならば、容易く死ぬ事もあるまい。
殿を務めることを毒島嬢に伝え、降ろしていた腰を上げる。

『…出来る限り、生き残りも拾っていこう』
『はいっ』

毒島嬢の言葉に、小室坊が応答する。

『何処から外へ?』
『駐車場は、正面玄関からが一番近いわ』

宮本嬢の疑問に、高城嬢がルートを示す。
かくして、俺たちは駐車場に向かう事となったのだ。
それにしても。


(いやはや、都合よくマイクロバスがあって良かった。そういや、スクールバスとかあったなぁオイ。家が近いからすっかり忘れちまってたわ)


そして。

「やぁる事ねぇなオイ」
「そうねぇ」

いや鞠川先生、アンタは単純に戦闘能力が無いだけだろうが。
平野坊が改造釘打ち機で、小室坊が金属バットで、宮本嬢がモップの柄で、毒島嬢が木刀で<奴ら>を薙ぎ払っていく。高城嬢は指令を出したりしている。俺と鞠川先生、やる事なし。
サボりたくて殿言い出したわけじゃ、無いのよ?
そんなこんなで辿り着いたのは、昇降口。
一度全員が立ち止まり、毒島嬢が口を開く。

「確認しておくぞ。無理に戦う必要は無い。避けられるときは、絶対に避けるんだ」

確かにそうだ。突破口を開くときだけ戦う。それで十二分に進んでいける。
無駄に相手をするのは、愚の骨頂だ。…職員室に来るまで、態々首を刎ねていた俺の言えた事じゃ無いかも知らんが。
仕方ないだろうに。その時は<奴ら>の特性がイマイチ分かっていなかったのだから。もし急に素早くなったらどうする。

「連中、音にだけは敏感よ。それから、普通のドアなら破るくらいの腕力があるから、掴まれたら喰われるわ。気をつけて」
「近くに居たら、<奴ら>の手を切り落とすって手段もあるがね。あんまり期待はすんなよ」

そう言って、ナイフを手の中で弄ぶ。首を容易に切り裂けるコイツならば、一応捕まっても死が確定、と言うわけでもない。
過度な期待は、禁物だが。
そんな風にお互いの見識を再度確認しあったところで。

「キャアアアアアアアアアアアアアア!!」

悲鳴が聞こえた。
下方、階段の途中である踊り場に、四人の生徒が見えた。
四人のうち二人の男子は、バットとさすまた…だろうか、アレは。ともあれ、何らかの器物で武装しているようである。
だが、後ろ二人を庇いながらだと幾らなんでもきつかろう。

「平野坊。こっからの射撃は任せられるかね」
「え?あ―――ああ、任せてくれ」

突如声を掛けた俺に驚いたのだろう平野坊は、しかし直ぐに改造釘打ち機を構え狙撃の体勢に入った。頼もしい限りである。

「んじゃあ、近接戦部隊、行くとしますかね」

コキン。と首の骨を鳴らしながら言う。

「……気楽そうね、石井君」

宮本嬢がそう言ってくるが、そんなわきゃ無い。幾ら戦場に出た事があろうと恐ろしいものは恐ろしいのだ。ただ、俺は。

「―――こんな風にでも振舞わにゃ、真っ当に精神を保てんだけさ」

ソレを覆い隠すのが、他人よりも少しばかり上手いだけだ。









階段の欄干に足を掛け、一気に下まで飛び降りる。
どうにも毒島嬢も同じような思考に到ったようで、欄干を蹴り宙を舞う。

「そぅ…らっ!!」

ナイフを投げつけ、<奴ら>の頭部へと突き刺し、その近くに居た<奴ら>の頭部を踏み砕き、ナイフを回収する。
グチャリ、と肉を踏みつける感触が気持ち悪い。
後ろから襲い掛かってくる<奴ら>を、降り立った毒島嬢が吹き飛ばす。
一瞬の視線の交錯後、背中合わせとなる。

「こいつぁどうも、油断してたわ」
「…自ら囮になったつもりか?君は」
「いんや。俺はお前さんよりも弱いんでね。ちと力を借りただけさ」

元々、俺が生前得意としていたのはゲリラ戦である。
生存能力、といった意味では俺のほうが上なのだろう。だが純粋な戦闘能力、と言った意味では毒島嬢の方が上なのだ。もう本気で何この子。
階段を駆け下りながら、小室坊も<奴ら>を片付けているようだ。同じく階段の辺りで戦闘を繰り広げている宮本嬢だが。

「ふっ!!」
「オアア」
(おーおー、蝶のように舞い蜂のように刺すってか)

<奴ら>の腹を一刺し。ターンするように<奴ら>と自分の位置を入れ替えた。
階段と言う少々足場の悪い場所で、軽快なステップを踏んでいる事には、流石槍術部、と褒めるべきか何故にそこまで動ける、とツッコミを入れるべきか。
そんな状況確認をしている間に、最期の<奴ら>を毒島嬢が叩き潰したようである。

「あ、ありがと」
「大きい声は出すな。噛まれた者は、居るか?」

女子生徒の言葉を遮り、毒島嬢が確認を取る。
その言葉に女子生徒は手を左右に振り、「いません」と繰り返す。

「大丈夫みたい。本当に」

宮本嬢が毒島嬢にそう報告する。階段を降りてきた小室坊は、件の四人に対して「ここから脱出する。一緒に来るか?」と短く告げる。
その言葉に、彼らは頷いた。






「やたらと居やがる…」
「だな。増える速度的には黒い『アレ』よりも性質が悪い」
「…『アレ』並みに素早い<奴ら>とか、想像したく無いなぁ…」

小室坊が呻き、俺が同意し、平野坊が顔を青くする。どうよ、この男三人友情連携。
え?どうでもいい?
そんな風に階段で留まっているのに痺れを切らしたのか、高城嬢が文句を言う。

「<奴ら>は音だけに反応してるのよ?眼なんて見えないから隠れる事無いのに」
「そいつぁ些か早計、と言わざるを得んぞ高城嬢。お前さんも言ったように、奴らが現代医学の通りに動いている確証は無い。音に反応するのは間違いないだろうが、それ以外にも判断基準を持ってるかも知らんぜ?何せ<奴ら>、同士討ちをしねぇんだから」
「ムッ…」

薬用煙管を咥えながらそう論ずる俺に、高城嬢は顔をしかめながらも反論はしなかった。俺の言葉に、思うところがあったのだろう。

「しかし、このまま校舎の中を逃げ続けても、襲われたとき身動きが取れない」

確かに。毒島嬢の言うとおりである。さて、ではどうやって行くか。

「…玄関を突き抜けるしか無いわね」

宮本嬢が言う。だが、それには常に危険が伴う。
…否、『後続が安全に行けるだろう方法』ならば、ある。

「―――高城君の説を、誰かが確かめるしかあるまい」

つまり、そう言う事。けれど、ソレがどれだけ危険なことか、毒島嬢も分かっているのだろう。
訪れる沈黙。
その沈黙を破ったのは。

「僕が行くよ」

小室坊であった。だが、周囲の人物は。

(おーおー、不安そうな面してまぁ)

しょうがない。此処は俺が一肌脱ぐとしよう。

「いや、俺が行くよ。行かせてくれ」

決して、かの『足の速い飛べない鳥クラブ』の真似をしたかった訳ではない。
単純に、生存率が高いのは俺であろう。というだけである。
…『もしも』の時の、秘密兵器もあるわけだし。

「お、オイ石「まぁま、お前さんは此処で待ってなさいな」…」

文句を言う小室坊を手で制せば、おとなしくなる。
聞き分けのいい奴は好きだぞ?俺は。

「…良いのか?」

毒島嬢が問い掛けてくるが、態々聞くほどのことでも無かろうに。

「お前さんら、小室坊が立候補しようとしたときの面、鏡で見せてやろうか?えっらく不安そうな顔、してたぞ?其処で俺の出番だよ。一応武器らしい武器も持ってるし、小室坊よりも逃げ足は速いつもりだぜ?だから」

そう、だから。

「…気にすんな。小室坊の半分でも心配してくれりゃあ、それだけで十二分だ」
「…そう、か」

毒島嬢は、何処か暗い表情を見せる。だから、そういう面をするなと言うに。

(・・・・・・あの子等も、こんな気持ちだったのか)

思い出すのは、遠い日の戦場。
地雷原の上を歩かされた少年少女。見ているしか出来なかった俺。
思えば、酷いことをした。

態々、未来ある若者を犠牲にする必要も無かろうに。

肉体年齢で言えば、俺も彼らと同じなのだろうが、そんな事はどうでもいい。
死んだとしても、行くべきだった場所に行くだけだ。
それが十七年間も猶予をもらえて、平和と言う時間を満喫できたのだ。
お釣りが来るぐらい、幸せだ。
死ぬ気は無いが、死んでもいい。それで彼らの未来に繋がるのなら、それでいい。
だから。

「んじゃ、行ってくるわ」

軽く手を振り、階段を降りて行く。
心臓が、早鐘を打つ。
下に向かうたびに、叫び声が出そうになる。

(あー、やっぱ死ぬの怖いなコレ)

早すぎる前言撤回ではあるが、致し方ないだろう。怖いものは怖い。
<奴ら>が徘徊するフロアに、降り立った。

右を見る。来ない。

左を見る。来ない。

正面から<奴ら>が一匹。…真横を通り過ぎる。

…襲ってくる気配は、無い。

(見えて、ないな。視界は無い、か。<奴ら>同士が喰い合わない理由は分からんが、十分だ。んじゃ、此処でこいつを使う必要も無いか)

ポケットには、防犯ブザー。いざとなれば囮として使用できるソレを、今は消費しなくて済む。
地面に落ちている、喰われたであろう生徒のシューズを拾い上げ、そして―――。

(フンッ!!)

遠くへと、叩き付ける。
ガゴン。と、バケツか何かにでもぶつかったのだろうか。それなりに大きい音を立て衝突したシューズは、十二分に囮の役目を果たしてくれた。
一斉に<奴ら>は音のした方へと顔を向かせ、移動していく。
粗方が移動したところで、小室を先頭として次々に生徒が下りてくる。
先に行け、と指で指し示し警戒を怠らない。音が絶対にならない状況、などというのは真空状態以外では存在し得ないのだ。であるのなら、警戒は自明の理。
そして、さすまたの生徒が降りてくる時。



カァン、と。



さすまたが、ぶつかった。
普段ならば大した事は無いであろうその音は、嫌に大きく響き渡り。

「ヴアア」

<奴ら>の注意を、引き付けた。

「「走れ!!!!」」

小室坊の叫びと、俺の叫びが重なる。
完全に、此方へと<奴ら>の注意が向く。ああ、もう、面倒臭ぇ!!

「何で声だしたのよ!!黙っていれば、手近な奴だけ倒してやり過ごせたかも知れないのに!!」

そう小室坊にかみつく高城嬢の後ろに、<奴ら>。
木刀で、毒島嬢が打ち据える。

「無茶ほざくな阿呆が!!あんだけ音が響けば、嫌でも注意がこっち向くに決まってんだろ!!叫ぼうが叫ばまいがどっちにしろ気付かれてたよ!!文句言う暇があるならとっとと走れ嬢ちゃん!!」
「~~~ッ!!」

さすまたの生徒をとっとと逃がし、高城嬢の横を駆け抜けながら吠える。何か言いたそうな顔であったが、続く小室坊の言葉がそれを許さない。

「話すより、走れ!!走るんだぁ!!」

その言葉が、皆の背中を押す。
走る。切り裂きながら、突き飛ばしながら、走る。
先頭を行くのは、小室坊と毒島嬢。

「小室坊、毒島嬢!!殿は任せとけ!!」
「頼む!!石井!!」
「頼んだぞ!石井君!!」
「応さッ!!」

言い出した以上、期待に応えようじゃない。
首を刎ね、蹴り飛ばす。
止まらぬように、一所で立ち止まらぬように、されど隊列は乱さぬように。
其処で、見つけた。

「―――んの野郎ッ!!」

はみ出したのか、はみ出さざるおえない状況であったのか。
バットの少年が、囲まれている。
必死に<奴ら>の頭を潰しているが、状況は芳しくない。
今から走ったところで間に合わず、かといってナイフを投擲した後に素手で生き残れる保証も無い。

「クソッ!!出来る事ならバスに乗る時に使いたかったんだがなぁ!!」

ポケットから防犯ブザーを取り出し、振り回す。
学校側へと留め金に繋がる紐が最も伸びきったときに、思い切り引く。

留め金が外れ、勢いのままに飛び、そして。

ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!

騒音を鳴らし、落ちていくブザー。
それに釣られて、動いていく<奴ら>。
ギッ!!と睨みつけるのは、バットの少年。

「オイコラ!!そこのバット!!テメェだよテメェ!!」

イマイチ自分の事か分かっていない様子の少年に指を突きつける。

「とっとと行けぇ!!必要ないならその無駄な取っ掛かりは捨て置け!!掴まれるぞ!!」
「わ、分かった!!ありがとう!!」

首からかけていたタオルを外し、走っていく少年。

「…クソッ!!」

コレで、バスに乗る際に狙われる確率は高くなった。完全な無防備状態を、狙われ易くなったのだ。
先ほどの投擲で、疲労感が酷い。
肉体的な面よりも、精神的な部分で。
引き付けられなかった奴らの首を、刎ねる。だが、先ほどよりも刃の通りが悪い。

(チッ…疲労が出てきやがったか。動きが鈍く感じやがる…)

だが、泣き言は言っていられない。
各所でも、色々な人物が奮闘している。
何やら鞠川先生が立ち止まっているが、小室坊がカバーに入る。
――――バスに、辿り着いたか!!

「行け行けテメェらぁ!!さっさと乗り込めぇ!!」

未だ辿り着かない奴らを急かし、自身も前へと突き進む。
残りは…バスの前で護衛している、小室坊と毒島嬢だけか!!

「小室坊!!毒島嬢!!ちゃっちゃか乗んな!!殿は俺の役目だ!!」
「了解した。小室君、乗るぞ!!」
「はい!!」

ギュルリと方向転換し、近づいてくる<奴ら>を睨みつける。
二人がバスへと乗り込む音がする。
そして、置き土産とばかりに手近に居る一匹の首を。

「そら…っておお!?」

刎ね、切れなかった。刃は首の半ばで止まり、突き刺さったままだ。
どうやら、血と油で切れ味も随分と落ちていたらしい。
そして首にナイフを刺したまま、<奴ら>の顔が近づき―――。

「ンなろがッ!!」

ゴシャッ、と<奴ら>を蹴り飛ばし、ナイフを抜き取る勢いで、そのままバスへと飛び込んだ。

「ほっぶはぁ!!」
「無事か!?石井!!」
「…まぁ、ギリギリ、何とか。んな事よりさっさとドア閉めろ!!小室坊!!」
「ああ!!」

思いっきり頭を打ち付けたが、何とか無事である。噛まれてもいない。
とりあえず、小室坊にドアを閉めるよう促すが――――。

「――――――助けてくれぇ!!」

それを引き止めるように、声が聞こえた。

~あとがき~
はい。石井君、春の殿祭。バックアタックからは逃げられないですから。
そしてあの人物登場直前に終了。そしてまた石井君が無双。いかん、もっと無様に死に掛けるんだ石井君よ。君はかっこよくないんだよ石井君。
本当は今回で『あの人物』出そうと思ってたのに、想像以上に長くなってしまった。
どうしてこうなった。
それとアンケート。
①続けるんだぁぁ!!
②止めといたほうがヨクネ?
③ISHII祭開催。




[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。【ヅラ疑惑】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/08/24 21:39
~注意~
・作者の文章力はミジンコ。
・ヒャッハーしすぎた結果がコレだよ!といった内容。
・石井君の皮を被ったオリ主。というか転生系。
・無駄にギャグが入ってくる。
以上の事が許容できる方だけスクロールしてください。
許容できない人はもっと有名な方のSSを見に行くと良うござんす。
























―――――敵は何処か、誰なのか。知ったときには、内側に。

「待ってくれぇ!!」
「おおーい!!」

向こうから走ってくる一団。アレは確か…。

「誰だ?」
「三年A組の、紫藤だな」

小室坊の質問に、毒島嬢が答える。
三年A組担任、紫藤・浩一。一緒に走って来ている生徒は、恐らく三年A組の生徒たちだろう。

「ッ…紫藤…?」
「…?」

声のした方を見れば、宮本嬢が居た。
しかし様子が少しおかしい。
怯えている?いや、怒っているのか?
イマイチ、どちらなのか分からない。
ただ、『拒絶』の意志だけははっきりとしているようだ。
だからこそ、おかしい。
少々混乱時はヒステリックなところがあるとは言え、比較的誰にでも優しい少女である宮本嬢がこんな顔をするとは一体――――。

「行けるわよ!!」

そんな俺の思考を遮り、鞠川先生が小室坊へと声を掛ける。
が。

「もう少し待ってください!!」

小室坊としては、彼らも中に入れてやりたいようだ。まぁ、職員室を出発する際に毒島嬢と『生きてる奴は拾ってく』的な会話をしていたし、律儀にもソレを護ろうとしているのだろう。
しかし小室坊よ。
俺はアイツから嫌な予感しか感じられんのだが、そこんとこどう思うよ?

「前からも来てる!!集まりすぎると、出られなくなるぅ!!」
「踏み潰せばいいじゃないですか!!」

鞠川先生の悲鳴に、小室坊が荒々しく答える。それについては賛成だ。
今更、<奴ら>を人間と同じ扱いしていたら、生き残れない。
けれど、その思いを否定するのは高城嬢。

「この車じゃ、何人も踏んだら横倒しよ!!」

…そうだった。
コレは、バスなのだ。決してジープとかそういう類のものではない。荒々しい道を進むのに適した車で無い以上、障害物が多ければ何らかの不備が生じるのは、当然だろう。
小室坊も反論が思いつかないようだが、それでも紫藤教…まぁ紫藤でいいか。ともかく紫藤とその生徒たちを迎え入れようとする。しかし、ソレを宮本嬢が引き止める。

「あんな奴、助けること無い!!」

…ふむ?まさか、こんな事を言い出すとは。存外に、紫藤と宮本嬢の因縁と言うのは深いようだ。
しかし共通点は何だ?教師と生徒、学園と生徒、教師と少女…。

(うーん、何だろうなぁ、この妙に引っかかる感じ。宮本嬢、紫藤、紫藤……待てよ、あの紫藤の頭、あれは、もしかして)

いやまさか、しかし。
あくまでも推測だが…。

(まさか、宮本嬢は紫藤の『づら』を指摘してしまい、留年させられたのか―――ッ!!)

おのれ紫藤、何と心の狭い。




          ~第三話 街と頭と目的地の巻~




「皆さん急いで!!絶対に辿り着けますよ!!」

さて、問題の紫藤の素行である。
普段からも先生方に評判が良いと聞く敏腕教師だ。
この状態でも生徒を先導して目的地へと導くその行動は、教師の鑑といえよう。しかし…。

(あの眼。いやーな眼ぇしてやがんなぁ)

ずっと紫藤を観察しているから気が付いた事。ソレは、紫ど…いやあんな心の狭い奴はカツラヘアーでいいか。ともかくカツラヘアーの眼に、何か嫌なものに感じるのだ。
何処かで見た目だ。今の俺では無く、かつての俺が。
何処かの戦場で。

(何処で見た?どっかで見たぞあの眼。えーとアレだ、アレ。戦争で部下を切り捨てて自分だけ逃げる準備整えてた上官の眼だ。しかも戦術とかそういうんじゃ無くて単純に自分自身の保身の為に)

ああいう眼をした奴は大抵の場合、容易く部下を切り捨てる。
それが正しい事もあるが、さて。

「この場合はどうでるかね」
「…何やってんの?アンタ。てか、何でそんなもん持ってんのよ」

俺が乾パンの中身を真空パックに詰め替えていたところ、高城嬢が不審気な眼で見つつもドン引きしていた。非常に失敬である。
というか、何時の間に平野坊の隣から移動していたのかが気になるところだ。

(…まぁ、いいか)

ともあれ何時でも何処で準備万端、油断大敵、石橋はハンマーとかで叩いてから渡れがモットーである俺に『何でそんなものを』とか愚問もいいところである。
役立つものは常に準備してあるのだ。

「乾パンの空き缶とか凄い音が響くだろ?囮とかに使い易いかなぁって。角砂糖、いるか?」
「…食べる」

空き缶を高城嬢に見せ付けながら、角砂糖を手渡す。頭の疲れをとるには甘いものが良いと言うし、頭の回る高城嬢には是非とも今のうちに回復してもらいたい。
そしてこの空き缶は『音に反応する』という特性を持つ<奴ら>に対して、大きな武器になると思う。ブザーのほうが設置してから使えたりするし音の持続も長いので便利なのだが、既に無いものを強請っても仕方が無い。
常に前向きに、柔軟に対処するのが生存の秘訣なのだ。

「…んお?」

そんな遣り取りをしている内に、外のほうで変化があったようだ。
何やら本を大量に抱えていた眼鏡の生徒がずっこけて、カツラヘアーの脚にしがみ付いて叫ぶ。

「足首を挫きましたぁ!!」

…何と言うか、ご愁傷様?
この場面で脚を挫くとか致命的にも程があるぞオイ。マルスでもやらなかった最悪のミスをやらかしたやがったぞあの眼鏡。
というか何故本を抱えていた。
捨てろよ、移動の邪魔になるんだから。
ツッコミと同時にかつての仲間に思いを馳せていれば何かカツラヘアーが倒れた眼鏡のほうを向きながら何事かを言い、

ゴシャッと、眼鏡に思い切り蹴りをぶちかました。カツラヘアーが。

うん、まぁ生きるためには正しい判断だけどな?
それだけだったら俺とて批判する気はねぇんだけどな?

悪人面でこっち向くんじゃねーよ。

完全に本性丸出しじゃねぇか。
黒だ。アイツ絶対に黒だ。
内部に入り込んでも絶対良い事なんぞ無いよアレ。
間違いなく自分が生き残るためならあらゆる手段を使うよアレ。
仲間とか間違いなく切り捨てるぞ。いや、『仲間』という意識どころか周囲全部を『道具』としか見て無いようなタイプやも知らんな。

(…何であれ、疫病神としか言えんな。奴は)

眼鏡の生徒を囮に悠々と此方に突き進むカツラヘアー。
…あの様子じゃあ、もう空き缶を投げても助けられる可能性は無い、か。
まだカツラヘアーが肩でも貸してやっていれば何とかなった気がせんでも無いが奴にそれを期待する、という行為自体が無謀であったか。
カツラヘアーが乗り込むと同時に、小室坊がドアを閉める。

「静香先生!!」
「行きます!!」

小室坊の呼びかけに応え鞠川先生がアクセルを踏む。

「ごふぁ!!」
「石井君!?大丈夫か!?」

が、急激なアクセルと蛇行運転により地べたに座り込んでいた俺は慣性の法則により大きく身体を揺らして頭を打つ。近くに居た毒島嬢が心配してくれるが、問題無いと手で制する。
ぬぅ、ちとしくじったな。思慮が足りんかったか。
そりゃこの極限状態、急ぐに決まっとるし急激なアクセルも仕方が無い。準備して無い俺の責任だ。
とりあえず転がって辿り着いたバスの後ろ側から、何と無しに前のほうへと向かい、運転席近くの場所に立つ。
座れよって?立ってたほうが『色々と』行動し易いのさね。

「校門へ!!」
「分かってる!!」

高城嬢の声に応えながら、速度を上げ続ける鞠川先生。
道を塞ぐ様に現れる<奴ら>。

「人間じゃない…」

軽く俯きながらそう呟く鞠川先生。
次の瞬間、<奴ら>を睨みつけるように見て言い放つ。

「もう、人間じゃない!!」

更にアクセルを踏む。
バスが加速する。
群がる<奴ら>を跳ね飛ばしながら、蛇行運転を行うマイクロバス。
てかコレ車に弱い奴とか絶対に酔うだろ!!
こんな密室空間で吐くとかゴメンだぞ俺は!!
思わず心中で悪態をつくが、贅沢は言えない。
鞠川先生の表情を見ても、必死さが見て取れる。
そんなアクロバティックな運転をしつつも、バスは校門を突き破り外へと飛び出る。

「ぬおっ…!!」

軽く車体が跳ねながらも、素晴らしくクレイジーにドリフトを決めながら走行を続ける。
運転席の頭部クッションを咄嗟に掴まなければ、恐らくさっきよりも酷いレベルで頭をぶつけていたと思われる。
俺の判断力に乾杯。よくやったぞ、俺。
そう自画自賛しつつも、前方を向く。サクラの花びらを散らしながらも、バスは突き進んでいる。
そんな時、ふと鞠川先生の顔を見た。

「…ハァ…ハァ」

若干ながら、憔悴している。
脳天気だと思っていた先生も、少々先ほどの事は堪えたようだ。
そりゃあそうだ。あんなとんでもない体験をして、平常心を保てているほうが異常と言える。
このバスの大半が異常とか、言ってはいけないぞ?

(…こんなんは、柄じゃ無いんだがねぇ)

そう思いつつも、口が勝手に開いた。

「―――まぁ、何だ、鞠川先生よ。気休めにしかならんとは思うが、アンタのせいじゃあねぇさ。あんまり気に病むなよ?<奴ら>を轢いたこと」

カリカリと頭を引っ掻きながら言う。
どうにも女の弱っている顔、と言うのは苦手だ。
かつて周囲に居た女性と言うのが、豪胆な人物ばかりだったからであろうか。
突然に俺が発した言葉に、驚いたような顔をする鞠川先生。
しかし、彼女は前を向きながらもすぐさま穏やかな笑顔を浮かべて言った。

「フフッ、心配してくれたの?」
「…運転手に倒れられちゃ、困るってだけですよ」

あー、もう。俺は何故にこんなドギマギしているんだ。
人生経験で換算してみろ。二十七年しか生きていない小娘と合計で八十年近く生きた爺だぞ。『心だけは若々しく』と思ってた時期もあるが、耐性下がりすぎだろう俺。

「そう…でも、お礼を言っておくわ。ありがとう」
「…どう、いたしまして」

訂正。女の弱っている顔だけじゃない。穏やかな笑顔、ってのも苦手だ。
―――こうして俺たちは死者で溢れた地獄のような学園からの脱出に、成功したのだった。





「…どうにかだな」
「…うん」

後ろの席で、小室坊と平野坊が会話していた。
まったくもって同意見である。
どうにかこうにか逃げおおせられたものの、運が良かっただけの状況、と言うのも多数あった。
特に<奴ら>の群れに単身で突っ込んだときは、死ぬかと思った。
音だけに反応してくれる性質で、本当に良かったと思う。

「助かりましたぁ」

カツラヘアー…もう『ヅラ』で良くないか?
ともかくヅラが、毒島嬢に声を掛ける。
あー、一難さってまた一難とでも言うのだろうか。
コイツが居た。
獅子身中の虫と言うか、ある意味<奴ら>よりも面倒で厄介な敵が。

「リーダーは毒島さんですか?」

俺が眉間に皺を寄せて自分を見ているのにも気付かず、話を続ける。
俺の事など大したことは無いと思っているのだろうか。
たぶん、そうなのだろう。

「そんな者は居ない。生きる為に協力し合っただけだ」

そう素っ気無く毒島嬢が言う。
カリスマ発揮して皆を纏め上げたのは、お前さんだと俺は思うんだがね。
そんな毒島嬢の言葉に、眼鏡の奥の瞳を僅かに細めるヅラ。

「―――――――それはいけませんねぇ。生き残るためには、リーダーが絶対に必要です。全てを担うリーダーが」

言いながら、眼を厭らしい三日月形に歪めるヅラ。
否定はしない。
リーダーが居る、自分たちに指示をくれる人物が居る。
そう思える安心感は、かつて指示を貰う側であった事もある俺にもよく分かる。
この混乱した状況ならば、確かにその効果は大きい。

「…後悔するわよ」

負の感情を込めた声がした。
声のする方を見れば、やはりと言うべきか。
宮本嬢が居た。
彼女は小室坊を睨みながら言う。

「絶対に、助けた事を後悔するわよ」

強い断定の口調。
同意見だ。
小室坊はキョトンとしているが、コレは宮本嬢が正しい。
間違いなく奴は厄介事を引き起こす。『アレ』はそういう類の人間だ。
内心で宮本嬢に同意しつつ、視界の端に街を捉えた。だが。

「街が!!」
「…オイオイ、こりゃあまた、随分な景色じゃねぇのよ」

男子生徒の声に反応して、外を見る。
街からは、黒煙が立ち上っている。
恐らく<奴ら>が現れたが故だろう。逃げ惑う中で点けっぱなしになっていたガスコンロやら何やらを火種として、火災が起こったのだと思われる。
かつて、見慣れた景色。
…結局俺は、この景色を直に見なければ人生を終えられないのだろうか。
そんな風に微かな苦悩を抱きながらも、バスは進んでいく。

それから数分後の事。

「だからよぉ!!」

金髪の生徒が叫ぶ。
この状況に対する不安が、狭い車内に居たせいで爆発したのだろう。

「このまま進んだって危険なだけだってばぁ!!」

んじゃ何処に逃げりゃ良いんだよこのすっとこどっこい逆プリンヘアー。

「大体よ、何で俺らまで小室達に付き合わなきゃならねんだ!!」

その言葉に、平野坊と高城嬢が嫌悪を露にプリンヘアーを睨みつける。
俺もムカつくが、此処は大人の対応だ。
眼を閉じ、大きく深呼吸をする。…いかん、やっぱぶん殴りてぇ。
本来、俺たちだけで逃げるところを乗せてやったんだからちったぁ我慢しろと思うのは、流石に自己中が過ぎるのであろうか。
…たぶん、過ぎるのだろうなぁ。他の奴らもコレ目当てで一旦職員室に寄ったかも知れんのだし。

「お前ら勝手に街に戻るって決めただけだろぉ?ガッコん中で安全なところを探せば良かったんじゃねぇのかぁ?」

ならば何故残らなかったし。
いかん。もうこれ以上はヤベェかも知らんな。
思わずヒュッと首を刈り取っちまうかも知らんねコレは。
だが、俺よりもストレスが溜まっている人が居る。
鞠川先生だ。
こんな状況で、使い慣れないバスの運転なんぞをしてるんだ。その上で口やかましい餓鬼の言葉である。そのストレス、押して図るべしと言ったところか。
ああほら、イライラしてシートベルトを弾いたせいでたわわな果実が…。

オーケー、俺はまだ大丈夫だ。この程度の騒音など耐えてくれるわ。

心中で今の光景を記憶に焼き付ける。よし、良い感じに耐性が出来てきたぞ俺。
そんな自分の微妙な成長に喜びを感じているところに、後ろの気弱そうな生徒が言う。

「そうだよ、何処かに立てこもったほうが…さっきのコンビニとか!!」

その言葉に、ついぞ痺れを切らしたのか鞠川先生が急ブレーキを踏む。
そして安定した速度に安心しきっていた俺はというと。

「ハブラシッ!!」

ゴシカァン。と、バスのフロントガラスに顔面をぶち当てたのである。
しかし隣の先生、俺をガン無視。
いいけどね、別に。それだけ頭に来てるって事だろうし。
だくだく流れ出る鼻血を抑えながら立ち上がれば、シートベルトを外して身体ごと生徒たちに顔を向けている鞠川先生が見える。

「いい加減にしてよ!!こんなんじゃ運転なんて出来ない!!」

バン、と鞠川先生が手を叩きつければそのたわわな果実が揺れ動く。
…ほぼ真横に立ってる此処からでも見えるって、一体どういう大きさしてるんだよアレ。
きっと先祖は乳牛とかだよこの人。

「んな…んだよ…ッ!!」

プリンヘアーが不満を鞠川先生に叩きつけようとするが。







「あ?」







逆に思いっきりガン付けしてやった。殺気込みで隣の俺が。
確かにどん臭いとか脳天気すぎると思うことはあるが、その部分に救われた事がある。

精神的に、救われたところがある。

だから、彼女に不満をぶつけるようなら容赦なく殴り倒す。
仮に手を出すような事があれば、手足の一本や二本は覚悟してもらう。

「え、う、いや、その…」
「――――ならば君はどうしたいのだ?」

此方の殺気に気おされたのか、たじろく金髪少年。
そんな彼に追い討ち…いや、この場合は助け舟か。言いたい事の捌け口がシャットアウトされてしまい言葉が出ない状態から捌け口を用意してやったのだから。
何であれ、問い掛ける毒島嬢。

「グッ…き、気にいらねんだよ!!コイツが!!気にいらねんだ!!」

そう言って、小室坊を指差す金髪少年。
…いつか『そういう奴』が出てくるとは、思っていたがね。
こんな状態なのだから、精神的にまいってくる。そうなれば、精神は安定を求めてストレスの捌け口を探し、ぶちまける。
つまり、金髪少年の現状。
彼は小室坊にそのストレスの捌け口を見出したのだ。
だが、ソイツに言ったのは間違いだったな。
高城嬢は顔をしかめるし、平野坊に到っては舌打ちしながら武器を構え始めている。
高城嬢が手で制しているが。

「さて」
「?どうする気?えーと…」
「石井です。いい加減覚えてください鞠川先生」

チクショウ、結局人の名前を忘れてやがるよこの人。
それはともかく。
――――俺も、頭に来ているのだ。仲間が不当な怒りを受けて、ムカつかん奴はおらんよな。
音も無く、小室坊を見る金髪少年に近づく。

「何がだよ」

立ち上がりながら冷静に言葉を口にする小室坊。
今日気が付いたことだが、かなり図太い性格の少年だと思う。

「俺がいつお前に何か言ったよ!」

前言撤回。若干怒ってるよ、肝は据わってるけど図太いかと言われるとそうでもねーよこの子。
当然の反応なのだけれどね。
と言うか、一人称安定しねぇな小室坊。僕とか俺とか。

「てんめぇ!!」

小室坊に殴りかかろうとする金髪少年。それに対して、小室坊の近くに座っていた宮本嬢が武器を持ち駆け出すが。

「はーいストップ、宮本嬢は武器を下げなさいな、そんなもんで突き込まれたら吐くぞ?んで金髪少年よ、お前さんは―――首刎ねられたく無かったら、大人しく座っとけ餓鬼が」

最後の言葉だけ、ドスを利かせて言う。
金髪少年と宮本嬢の間に入り込んだが故に、何とか止める事が出来た。
いや金髪少年がどんだけボコボコにされようと構わんのだけれどね?ただ、ゲロの臭いが充満した車内とか居たくないのよ俺。
俺の言葉に宮本嬢はしぶしぶながらもモップの柄を下げ、金髪少年は腰が抜けたのかその場に座り込み小刻みに震えている。

(…ちと、やりすぎたかね)

シャコン。とナイフの刃を仕舞い込みながら思う。
ほら、生徒の目が何と言うか殺人鬼とかそういうおっかないものを見るような眼になってるよ。
その反応に対して反省していると、パチパチと手を叩きながら逆プリンを乗り越えてヅラが此方側へと向かってくる。

「いやぁ、実にお見事。素晴らしいチームワークですね。小室君、宮本さん、えーと…」
「いや単純にイラッと来たからやっただけでチームワークとかじゃねぇから」

とりあえず、反論しておいた。
今のをチームワークとかお前の目は節穴か阿呆。
何処をどう見ればチームワークに見えるのかと小一時間。
そう思いながらヅラを見れば、笑顔だが若干口の端っこが引きつっている。恐らく自分の言う事が否定されたのが気に喰わないのではなかろうか。
ざまぁと言わざるおえない。
てかコイツまで人の名前を覚えてないのかよ、覚えられても困るけど。

「し、しかしぃ、こうして争いが起こるのは、私の意見の証明にもなっていますねぇ」

何処か自慢げに言うヅラ。あーもう、面倒臭い奴だな本当に。

「やはりリーダーが必要なのですよ、我々には」

笑顔で宮本嬢に顔を近づけるヅラ。よし、そのまま引っ叩け宮本嬢。
それとも俺が頭のソレを引っぺがしてやろうか?ん?

「で?候補者は一人きりってわけ?」

不機嫌そうに高城嬢が言う。…候補者は一人きり、か。まったくもってその通り、この話の流れならば立候補すると言うか該当するのは。

「私は教師ですよ?高城さん?そして皆さんは学生です。それだけでも資格の有無はハッキリしてます」

ウザイ。非常にウザイ。何がウザイって面がウザイ。こう、『お前馬鹿じゃねーの?そんな事もわからねーの?』みたいな面がウザイ。

「私なら」

そう言って、ヅラが両手の指を立て自分の胸に当てる。

「問題の起きないように手を打てますよ?どうですか皆さん!」

バッ!!と、身体を逆方向に回しながら左手を伸ばす。
演技がかっているのが、またウザイ。
しかし、精神的に不安定な学生には効果抜群であったようだ。
次々に笑顔を取り戻していく学生たち。
…紫藤・浩一という男に、どうやら危険な方向にカリスマがあるようだ。
こういう面倒な自体に、周囲を己の手駒へと変える才能。
奴が現在行っているのは、一種の洗脳。
学生たちに蔓延する不安という穴に対して、『教師と学生』という立場を利用し付け入る。『教師と学生』という生きていく上で必ず覚える上下関係は、紫藤・浩一にある『厄介なカリスマ』の効果を増大させ精神を掌握する。
周囲から次々に賛同の拍手が上がる。
さて…。

(毒島嬢。ちょいと頼みがあるんだが、良いかね?)
(…?どうした、石井君)

コソコソと場所を移動し、小声で毒島嬢に話しかける。
そして、ポケットから取り出した『ある物』を手渡す。

(これを渡しておく)
(…トランシーバーか)
(そ。たぶん、このまま行ったらヅ…紫藤がこの空間の支配者になると思う。俺はどうにもああいう類が苦手でね、降りる。だから…)
(コレで連絡を取り合う、と言う事か。…良いだろう、その役、承知した)

すまんね。と手で返せば気にするな、と同じく手で返す毒島嬢。
恐らく、毒島嬢は『まだ』降りないだろう。
彼女がヅラに対してどんな感情を抱いているかは知らないが、今すぐ降りるといった行動は起こさないはずだ。
故に、現状把握を最も冷静に出来る彼女へと、トランシーバーを託す。

「と、言うわけで、多数決で私がリーダーと言う事になりました」

…どうやら、話は終わったようだな。
それじゃあ俺も降りる準備をするとしようかね、とナップザックを背負い込んだ時の事である。

「――――ッ!!」

バン!!と、宮本嬢がドアを開け放ち道路へと降り立った。
…どうやら彼女も、ヅラがリーダーを勤めるような集団には居たくなかったようだ。

「麗!!」
「嫌よ!!そんな奴と、絶対一緒に居たくなんか無い!!」

小室坊が引きとめようとするが、宮本嬢は拒否を口にする。
やはり、ヅラと宮本嬢との溝は酷く深いらしい。
ヅラの方はといえば、一瞬苦虫を噛み潰したような顔になりながらもすぐさま芝居がかった仕草で行動を共に出来ないのであれば仕方が無い、と言った。

「ッ!?何言ってんだアンタ!!…クッ!!」

続いて、小室坊が飛び出す。その行動に高城嬢と平野坊が驚いている。
ふむ、思いのほか道中の仲間が増えたと言うか何と言うか。
まぁ、とりあえず。

「すいまっせーん、紫藤センセー」
「何ですか?えーと…」
「石井・和です。えーとですねぇ…」

わざとらしく言葉を伸ばしながら、紫藤の注意を引き付ける。
もう少し、もう少し。
タイミングを見計らい、一瞬の隙を突いて。







スパーンと、その頭部を引っ叩いた。







「何だ、ヅラじゃ無かったのか。つまらん話だ」

ソレだけ言って、さっさと外へ出る。
先ほどの音が相当響いたのか、此方に注意を向けていたのだろう二人は、ポカーンとした顔をしていた。とりあえずサムズアップを繰り出せば、宮本嬢は数瞬をおいて笑いながらサムズアップを返し、小室坊ははぁ、と小さく溜息を吐く。
しかしてそんな安息も束の間である。

ファーン、と音が聞こえた。

「ん?」
「おん?」

小室坊と共に音のする方をを向けば。

巨大なトラックが、立て回転しながらも此方へと突っ込んで来ていた。

「うおわぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
「グゥッ!!」

俺は一人で。
小室坊は近くに居た宮本嬢を抱え込んで。
その脅威から飛び退った。









「小室君!!大事無いか!?」

毒島嬢の声に、すぐさまに身体を起こし周囲を警戒する。
…どうやら此処は、トンネルの中のようだ。
それにしても「小室君!大事無いか!?」ときたか。

「おーい、毒島嬢。俺の心配は無しですかーコンチクショー」
「いや、君は物理的な害では死にそうになかったから…」
「アンタは俺を何だと思ってんだ!!…ったく、三人とも無事だ。心配はいらん」

とりあえず、三人纏めて無事である事をバスから降りて走ってきた様子の毒島嬢に報告する。
と言うか、こんな時こそトランシーバーの役目だろうに。
何だろう、微妙に天然入ってるんだろうかと毒島嬢の性格に思案を巡らせていれば、ガラスの割れる音と共に<奴ら>がバスの中から現れる。
燃え盛る身体を、そのままに。

「オイオイ、燃えてても無関係、てか?」

袖からナイフを取り出し、構える。
バスの中で掃除もしたし切れ味は何とかなる…と思う。正直なところ砥石で研磨しておきたいところであるが、贅沢は言えない。

「警察で!!東署で、落ち合いましょう!!」

小室坊が叫ぶ。
とりあえず、此方側に来た一匹の頭を刎ねる。

「時間は!!」
「午後七時に!!今日が無理なら、明日のその時間で!!」

燃え盛る柱が、トンネルを遮るバスとの間に存在していた僅かな隙間を埋める。
向こう側にも<奴ら>は居たが、恐らく毒島嬢ほどの使い手であれば何とかなるであろう。

「…さて、じゃあ俺たちも動くとするかい?」

幸い、此方側に向かってきた<奴ら>は先ほどの一匹だけであったようだ。
クルリと後ろを向き、小室坊と宮本嬢に問い掛ける。
というかね?

「急がないとやばい。マジやばい。ガソリンに炎が引火してやばい」
「「ソレを早く言えっ!!」」

二人に頭を叩かれた。痛い。
とりあえず走る。全力で走る。
今日一日で随分と走ったりナイフ振り回したりしたものだなーと思いながら、走り続ける。
そして、背後で聞こえる爆発の音。

迫り来る爆炎。そして風圧。

けれど、それに巻き込まれぬまま何とかトンネルの外へと辿り着く。

「ッッハァ!!ハァ、ハァ、ハァ・・・あー、しんどい」

ぺたり、と地面に座り込む。
やはり命懸けというのは精神的に『くる』ものがある。学園の中で気を張りっぱなしだったと言うのもある。
余裕かましておいても、結局のところ精神が削られていくには違いないのだ。
―――いかんな。何時までも座り込んでちゃ。
思わず懐の薬用煙管に手を伸ばしそうになるが、グッと我慢。
重い腰を上げ、僅かに前を行く小室坊たちの後を追う。

「…ん?」

ふと、近くの階段の上を見る。
そこには、バイクのヘルメットを被ったままの…。

「んごあッ!?」

衝撃が来た。
階段の上から、飛びかかられたようだ。
着用している服の隙間から見える灰色の肌は、<奴ら>のもの。

(クソッ!!油断した!!)

ギリギリと俺の身体を道路に押さえつけながら、<奴ら>の顔が近づいてくる。

(ん、の…ガッ!!)

激突。しかし噛まれてはいない。
<奴ら>がヘルメットを外していない故に、思い切り頭部をぶつけてきた形になった。
コツコツと歯を鳴らしながら、尚も手を離さない<奴ら>。
噛まれはしない。だが、このままでは何も出来ない。
もし、こんな状況を<奴ら>にでも襲われたらひとたまりも無い。
いや、そもそもヘルメットによる頭突きによって気絶するやも知れない。

「クソがぁぁぁ…!!」
「ヴォオォオォ・・・」

ギリギリと俺を地面へと縛りつける<奴ら>。
けれど、不意にその力が弱まる。

「…ん?」

鈍い音と共に、<奴ら>が視界から外れていく。
ぐらりと傾く<奴ら>の向こう側には、コンクリートブロックを持った宮本嬢が見える。
その隣には、小室坊。
視界から宮本嬢が消え、小室坊だけが残る。

「ゲホッ、カハッ!はぁ、はぁ、はぁ…ハァー…」

呼吸が荒い。
心臓が早鐘を打つ。
目の奥が焼けるように熱い。
久方ぶりに味わった目前まで迫る『死』に、涙が出そうになる。

「ほら」

宮本嬢がコンクリートブロックを捨てに行っている間に、小室坊が手を差し出してくる。
言葉少なく差し出されたその手が、頼もしく見える。

(…そう言えば、昔もこんな事があったなぁ)

己が、己の『息子』と思っていた『仲間』に助けられた時だ。

『隊長!もっと俺のこと信じろよ!!俺、どん臭いけどアンタを助けられるぐらい強くなったんだ!!だから、もっと頼ってくれよ!!俺たちを!!』
『隊長、我々はもう保護者と被保護者では無いんですよ。我々は、あなたの手助けが出来る』
『―――隊長、俺たちは、仲間だろう』

そう言ってあいつ等は、手を差し伸べてきた。
あまりにも酷似する状況に、苦笑。

きっとうぬぼれていたのだ。戦場を駆け回った経験があると。

事が一段楽したのだと、気を抜いていたのだ。

そんなんじゃあ、野垂れ死んでも文句は言えないというのに。

差し出された手に、しっかりと手を重ねる。

「…すまんな、小室坊。いやはや、俺もまだまだ未熟だね」
「寧ろ、今までのお前が異常だったんだろ」

かもな、と笑いながら立ち上がる。
懐から薬用煙管を取り出し、咥えて吸い込む。
…嗚呼、気分が落ち着く。

「…吸うか?」
「いらねぇよ。男と、間接的とは言えキスする趣味は無い」
「そうだな。お前は宮本嬢と熱いベーゼでもかましてたほうがスッキリするだろうな。チクショウお前高城嬢とのフラグまで残留してるとかマジでもげろよ。つーか全国のモテない男子に土下座して謝罪をするべきだろ!!」
「いきなりキレんな!!」

もっげーろ、もっげーろと手拍子を叩く。小室坊が殴りかかってくるが、そんなテレフォンパンチなぞ当たるとでも思ったか!!
バーカバーカと出会った当初と同じように罵倒していたら、後ろから宮本嬢に頭をぶん殴られた。
凄く痛い。

「まったく、何馬鹿やってんのよ!!」
「いや、これは全面的に石井が悪いぞ!?僕は悪くない!!」
「なぁ小室坊。お前さんさ、結局のところ一人称どっちよ?俺なの?僕なの?意表をついておいらとか我輩とかそういう一人称を隠し持ってたりするの?」

うるせーなコノヤローと再度殴りかかってくる小室坊。しかし当たらないテレフォンパンチ。
今度は、二人纏めて宮本嬢に殴られた。
『ツッコミは避けられない法則』を実感した。

「ぬぅ、俺は気になったことを聞いただけなのに…」
「何で僕まで…」

小室坊が俺に続きそう呟く。
…ああ成る程、テンションがアッパー入ると一人称『俺』になるのか。
一人、納得する。
横で突然頷き始めた俺に小室坊が引いている。
だから失敬だろうそういう行動は。
…まぁ、何はともあれ。

「今は、進むしかないわなぁ」
「…そうだな」

俺の言葉に、小室坊が頷く。
結局のところ、安全な場所があるのか。
この事態が本当に収まったりするのか。
分からない事だらけで、危険しか見当たらないこの状況。
だが、前に進むしかない。
進まなければ、何も変わりはしないのだ。

「―――孝、石井君」

そう思い、既に暗くなった空を見上げていれば、宮本嬢の声。

「――――行こっ」

思わず隣の小室坊と目を合わせる。
まるで、俺と小室坊の会話を聞いていたかのように。
彼女は笑いながら、その手を伸ばしていた。


~あとがき~
石井君にフラグを立ててあげようとしたら、逆に立てられていたで御座るの巻。
どうしてこうなった。
そして紫藤の扱いが酷い?ダイジョブダヨー、キットコノサキハアツカイヨクナルヨー。
アニメしか見ていない自分ですが、あのデコの広さは普通じゃないと思います。将来が不安なレベル。

~おまけというかちょっとした幕間というか~

宮本嬢の言葉に従い、俺たちは歩いていた。
とりあえず前を行く宮本嬢の背中を見ながら、小室坊に声を掛ける。

「小室坊よ」
「ん?どうしたんだよ、石井」
「お前さん、鞠川先生についてどう思う?」
「…は?」

何言ってんだコイツ、のような顔で此方を見る小室坊。だから…ああ、もういいや。
俺はこういう立ち位置なのだろう。

「いや、は?じゃなくてだな、鞠川先生だ」
「…優しい先生だと思うぞ?」
「ああ、そうだな。優しいな。天然でもあるが」
「それは否定しないけどさ…だからって、それがどうした?」

小室坊がまさか邪魔、とか言い出すんじゃないだろうなと言いながら真剣な表情で俺に問い詰める。
いやいや、そんな事あるわけないだろ。俺はあの人が好きだ。いや『ラブ』じゃなくて『ライク』的な意味でだが。

「いや、肉体的な意味でどう思う?」
「……………爆弾?」
「ああ、爆弾だな」

思い出すのはあのたわわな果実。
些細な動きでも揺れるアレだ。
それだけでなく、全体的な肉感というか何と言うか。
一般的に言う『理想的な肉付き』というのはああいった感じなのだろうか。いや触ったわけじゃあないけどな?こう、何というか。

「イージーボディー…!!」
「おい石井、変な風にトリップすんな。歩け」

おおっと、俺とした事が。
それにしても、この一日で色気に軽い耐性が出来始めた気がする。

―――何かおっさん臭い方向に耐性が出来始めた気もするが、そこら辺は無視する。

気にしたところで何も無い。耐性が出来た事が大切なのだ。

「とりあえずアレだ。―――無性に抱きつきたくなる。揉みしだきたい」
「…お前さ、今日で色々と変わったな。頼りになる方向と駄目な方向に」

ナイフを振るってる時は頼れるんだけどなぁ、と言いながら宮本嬢の近くへと駆けて行く。
…一般的な青少年の滾りとしては、非常に真っ当なものでは無いのだろうか?それともあいつはかつての俺と同じく枯れているのだろうか?
そんな事を考えながら、同じく宮本嬢の近くへと走る俺であった。


~おまけのあとがき~
駄目な方向に耐性が付いた石井君。こんなんでいいのか。



[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。【いかん、吐く】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/08/26 14:13
~注意~
・作者の文章力は塵芥。
・今回石井君必要かコレ?
・こんな事できるわきゃねーだろ的な行動。
以上の事が許容できる方のみスクロールしてください。
許容できない人は今すぐコレの何倍も面白い記事を見つける作業に従事するんだッ!!

























――――絶望は、人の狂気を呼び起こす。同時に滅びも呼ぶのだが。

誰かが言った。頑張れば、何でも出来るのだと。
けれど、頑張っても出来ない事だってある。
例えば俺の現状とか。

「大丈夫か?石井」
「あー、割と無事じゃねぇな小室ぼグッ!!」

噛んだ。
思いっきり、舌を噛んだ。物凄く痛い。
というか揺れる。凄い揺れる。仕方が無いけど揺れる。

「ぬおぉぉ…と、取り合えず小室坊ぉ!!お前は運転に集中しろぉ!!」
「了解!!」

大声で要件を叫び、とりあえず運転に集中させておく。
現状、『俺だけは』ある理由から極限状態にある。その負担を減らしてもらうためにも小室坊には運転を最優先して頂きたい。
だが、どれだけ気をつけても『この状態』で俺の負担を減らすのは不可能に近い事だったとすぐに悟る。
現に俺は今、猛烈に死にそうだ。

「無理無理無理無理やばいってコレどうすんだコレ何なんだコレ」
「今更泣き言なんて言わないでよ!!というか五月蝿い!!」

宮本嬢が叫ぶが、無理を言ってくれるな。

「だってグワングワン揺れるんだよ半端無いんだよ正直車酔いとか目じゃねーぞコレ!!小石とかで跳ねると吐き気が五倍ぐらいに成るんだよ!!」

街中に辿り着いたは良いものの、結局のところ長時間のデンジャラスドライブは無理がある。腕力とか精神力とか限界。
それに加えて、坂道のカーブで横に逸れる。
酔う。寧ろもう吐きそう。

「ぬおぉぉぉ…流石にカートドライブとか無理だろ…提案者俺だけど…」

そう。俺の現状は荷物のカートに乗りつつ、ロープによってバイクに牽引されているという無茶過ぎる状態なのだ。
では何故、そんな無茶をしているのかと言うと。

こうなったのには、ちょっとした理由がある。

ヘルメットを被った<奴ら>を撃退し街へと向かう道中、このバイクを発見したのだ。
恐らくはあのヘルメットを被った<奴ら>の所持品であったのだろうが、未だ使用できる状態だったようなのでとりあえず拝借させて頂いた。
しかし問題がある。
大きさからして、精々二人乗り。対して俺たちは三人。一人余る、確実に余る。
どうしたものかと三人で唸るそんな中、俺が発見したのは倒れたトラック。既に<奴ら>と化していた運転手の首を刎ね、荷台に乗っていたらしいカートに目を付けた。

『よし。コレ使うか』
『は?』
『え?』

二人の疑問の声を無視し、バイクとカートをロープで繋げ即席の三人乗りバイクを製造。
狂人とかキチ○イを見るような眼で二人が此方を見てくるが、仕方在るまいよ。バイクを捨てるのは今の俺たちにはあまりにも惜しいのだ。出来る事なら、早急に毒島嬢たちと合流し戦力を整えたいところである。
そう俺が説明すると、納得したのかしぶしぶと頷く二人。
そうと決まればとっとと進むに限る。しかしカート部分にどっちかが乗るかと言う話になれば。

『宮本嬢は除外するとして…どっちが乗るよ』
『お前が乗れよ!?お前が発案者だろ!!』
『ああ!?何事も経験だぞ小室坊!!乗ってみたら案外快感かも知らんぞ!』

小室坊とどちらがカートに乗るかでもめる。
ついでに候補から宮本嬢を除外したのは、フェミニストを気取る気は無いが流石に女性をあんな場所に乗せるのは気が引けるからという理由。

なので、此処は男衆の出番。

俺と小室坊、どっちかが乗ると言う事。
ジリジリ距離をとり、まるで西部劇の早撃ちの如き緊張感が走る。

『…覚悟はいいか、小室坊』
『…ああ』

その後、死闘とも呼べるほどのジャンケン十番勝負があったと言う事を忘れてはいけない。宮本嬢の眼が冷たかった。後、冷静になった小室坊の自己嫌悪は凄まじかった。
何はともあれ俺敗北。
そして長い間、跳ねたり揺れたりをこの身で体験し続けていた。

「…その結果がコレだうっぷ」
「吐かないでよ!?絶対に吐かないでよ!?」

だから、無茶を言わんといて下さい。




           第四話 ~殺意と狂気とバイクの巻~




夕刻は過ぎ、既に月が昇る時間。
バイクは街中にある一つの坂の中腹辺りで停車していた。

「…誰か助けに来て「うおっぷ…やっべ」…くれないのかしら」
「来な「まずいってコレ」…いよ」
「どうして!?何で「ちょ、喉まで上がってきた」…そう言いきれるの?」
「昼間、学校の屋上で見たヘリと同じさ。僕らを助ける余裕は「うぼおぉぉぉぉえぇぇぇぇ」…なぁ、石井。お前さ、もう少し緊張感持てないのか?」

壁に手を突きながら胃の中のものを吐き出す俺に対して、小室坊が言う。宮本嬢も『空気読め』とでも言いたげな表情で此方を見ている。
無理を言うなチクショウめ、俺はさっきまで此の世の地獄とも言える状態を味わっていたのだ。死体が蠢くこの地獄の再現に、地獄のような状態と最悪の気分。
正にマキシマムヘル、極限地獄である。
とりあえず胃袋の中にあるものを全部消費してから、口の中に水を含み吐き捨てる。胃酸が喉を焼いて気持ちが悪い。
口直しとして、煙管を咥え肺一杯に吸い込む。ミントの爽やかさが口の中に広がり、気持ち悪さを払拭してくれる。

「ぷぁッ…あー、しんどかったぁ」

クハァと息を吐き出す。いやはや、今までで一番美味い一腹かもしれんねコレは。
煙管を懐に仕舞い込みゴキリと肩を一回転させ、鳴らす。
軽く頭の中で二人の会話を整理してみるが、さて。

「まぁ、何だ。…或いは、この先ずっと助けはこんかも知らんな」
「…え?」

宮本嬢が戸惑いの声を上げる。しかして、コレは事実だ。
小室坊の語るように、ヘリや飛行機を使用しているだろう人々が俺たちを助ける余裕と言うものは無いだろう。
彼らとて人間であり、『こんな状況』で他者を救える余裕を持っているのは非常に稀だ。
人間は言うほど強くは無い。無論、心に何か掲げたものがあるのならばそれに縋って『正常』を保つ事も出来るが、ソレは現状において『異端』と言える。普通の人間は惰性に流され、だんだんとこの世界に満ちる狂気に順応し己が精神を保とうとする。『異常』な『一般』が生まれるのだ。
故に、他者を助けると言うのは、まず間違いなく何らかの精神的支柱や目的がある場合に限る。
果たして彼らにソレが有るのか否か。
少々話はずれたが、ようは宮本嬢の頼ろうとする『常識』は既に無いと見て間違いない。
この世界を支配する法則は既に『力』だ。法の護りに意味は無く、己が身を己が力によって護らねば死が待つだけの世界。
…クソッタレな世界だ。かつて居た場所でもあるが。

「…ずっと?じゃあ私たちはどうしたらいいのよ!」
「出来る事を出来るだけやる。そんなところだな」
「そういうことさね。どんな状況であれ、停滞は常に厄介なものだ。手をこまねいている内にぽっくり死んだ、なんて笑い話にすらならんよ」

宮本嬢の悲痛な叫びに、小室坊が応えた。しかし出来る事を出来るだけやればいい、とは早速小室坊はこの状況に適応しつつあると言う事だろう。
それは、昨日までの『世間一般』という流れから逸脱しつつある、と言う事でもあるが。
しかしその言葉は、あまり宮本嬢には相応しくなかったようで。

「…孝っていつもそうね、肝心な時に盛り下がることを口にして。幼稚園の頃からずっと」

不満を露にし、小室坊へと愚痴を漏らす宮本嬢。その言葉に反応し、小室坊が心なし怒ったような表情でバイクの後部に座る宮本嬢へ振り返る。
こりゃあまた、空気が悪くなってきた。

「事実を言ったまで「まぁま、お二人さんよ。喧嘩したところで何も始まりゃせんだろうに。今はただ、生き残ることを考えなさいな。出来る事を出来るだけ、だろ?」…ッ、分かったよ」

バツが悪そうな顔で、バイクの横に立つ俺から顔を背ける小室坊。
そういう物分りの良い奴、好きだぞ俺は。
そう思いながら視線を少し横にずらせば、小室坊の後に陣取る宮本嬢と眼が合う。此方はまだ、納得をしていないようだ。
恐らく小室坊の後には、俺にも不満をぶつけるつもりだったのだろう。
…安全が確保できるような場所でなら幾らでも当り散らしてくれて構わんが、この状況で不和を生むのは好ましくないんだ。頼むから我慢してくれ。
そう願いつつ、言葉をかける。

「宮本嬢も、言い方が悪かったのは謝る。しかしな?立ち止まったところで希望は見えんのだ。いつか誰かが助けてくれる、というのは生きているから言える事。だから、死なないように出来る事、やろうや。…な?」

この通り、と手を合わせお辞儀をすれば、頭上から溜息が聞こえる。
顔の位置を元に戻せば、宮本嬢がジト眼で此方を見ていた。…何ぞ、言葉の選択をミスったか?

「…普段は変な人なのに、時々石井君てお父さんみたいだよね」
「俺変人扱いされてたの!?」
「いや、どう考えたって変人の域だろうお前は」

宮本嬢の口から明かされた新たな事実に驚愕する俺。しかし小室坊は容赦なく追撃をかましてきた。
『お父さん』というのは俺の精神年齢からして微かに納得はいくのだが、変人てのはどういう了見だよコノヤロウ。サングラスかけて薬用煙管を加えた学生の何処が変人だよ!!

―――――想像して思う。変人だった。

ヒッデェ、と俺が言うと二人して俺を笑いやがる。チクショウ仲が良いようで何よりだ。
それに釣られて此方も軽く笑みを浮かべるが、唐突に宮本嬢がハッとしたような表情を浮かべる。小室坊の顔も少々険しい。
やや近くから聞こえる、この足音と唸り声は。

「――――ォォゥ」
「…やれやれ、親睦を深めていたところに、空気の読めない事で」

<奴ら>に文句を言ったところで無意味、とは分かっていても言いたくなる。
電灯に照らされた坂道のカーブ辺りを歩いてくる<奴ら>の数は、両手の指じゃ足りないほどだ。
そんな大多数、まともに相手できるか。
バイクの上の二人も同じ考えのようで、小室坊がエンジンを唸らせる。

「…行きましょ」
「…ああ」

宮本嬢と小室坊が、前を向く。俺も自分の定位置に付くが…。
その位置に立ちでふと思う。
また、バイクによる高速移動が始まると言う事は。

「…たぶん、止まったときにまた吐くんで、そこんとこよろしく」

カートに乗りながら、片手を挙げて言う。
軽いジョークで言ったつもりだったのだが、無言のまま一気にアクセルを入れられた。

死に掛けた、とだけ言っておこう。






さて、<奴ら>から逃げて暫くの事である。
街中の道路で、パトカーを発見した。ライトが付いていたので大丈夫かと思ったが、どうやらトラックと衝突したようで、フロント以外は随分と拉げていた。
取り合えず二人に先行してパトカーを調べてみる。中の警官は死亡していたものの、<奴ら>と成っているわけでは無かった。

『南無三』

手を合わせ唱える。ただの自己満足だが、最低限の礼儀だ。
その後、役に立つ物品が無いかパトカーの中を探し回り、手錠と警棒、そして拳銃を発見。とりあえず視界に入った小室坊へと手渡し、軽く使い方を教える。

『何で使い方知ってるんだよ』
『気にするな。良くある事だ』
『普通無いだろ』

小室坊のツッコミを無視、視線を拳銃へと向ける。小室坊は何処かから戻ってきた宮本嬢と何か話しているようだが、耳に入ってこない。
小室坊が回転式弾倉を横から取り出していたのを思い出す。

(うーむ…弾倉振出式(スウィングアウト)で五連装のリボルバー…)

ニューナンブM60ないしスミス&ウェッソンM37エアウェイトと言ったところか。あまり戦場では見ることの無い銃なので、自信は無い。
だが恐らく、常人が扱うのならばこの程度が丁度いい。

少なくとも、アレックスのようにデザートイーグルを二丁とか普通は出来ないだろうし。

そう考えるとあの冷血漢、どんな筋肉してたんだろうなぁ、と昔を懐かしむ。普通の奴がアレックスのやるデザートイーグル二丁拳銃なんてやらかしたら銃弾があらぬ方向に吹っ飛んでいく事請け合いである。市販のものを改造して、完全に実践用へと作り変えていたから或いは肩の骨が外れるかも知らんような代物に成っていたしなぁ。
そんなんだから『魔王アレックス』なんて呼ばれてたんだが。
ちなみに、デザートイーグルの逸話として女子供が撃ったら肩が外れるだとかの話もあるが、射撃姿勢や扱い方に注意を払えば女性でも扱える。アレックスのは知らん。

『――――うっぷ』

と、そんな辺りで限界が来た。
堪えていた吐き気が、こみ上げてくる。

『やばい。また吐く。護衛は頼んだ』

ソレだけ言い残し、二人から顔を背けた。

そして、今に到る。

「ウボエェェェェェェ…」
「…周囲を警戒するために、僕たちが石井の傍に居なきゃならないのは理解できるんだが…」
「あんまり気持ちのいいものじゃ無いわね…」

小室坊と宮本嬢が揃って愚痴を零すが、仕方ないだろう。
流石にこんな状態のときを<奴ら>に狙われたら、幾ら俺とて一溜まりも無いのだから。

「あー、クソ…もう胃の中に何も残っちゃいないぞコレ…おん?」

そんな事を言いながら口元を手の甲で拭っていると、トランシーバーに毒島嬢からの通信が入った。
すぐさまポケットから取り出し、口元を当てる。

「…あいよー…此方、石井・和…」
『石井君、聞こえるか?』
「…うーい…ちょっと酔いが激しいが、何とか聞こえますよっと…」
『酔い?まさか酒でも飲んだのか?』

んなわきゃ無いだろうよ、と返す。
こんな緊急事態に酒とか飲む奴は馬鹿か酔拳の使い手だけで十分だ。
ずれかけた思考を戻す。

「ちょっと…エキサイティングなドライブをしてきただけだ…」
『ドライブ…?まぁいい、今、どの辺りに居る?』
「え?あー…コンビニの前…っても、コンビに何ぞ山の如くあるし正確にはちょいと分かりかねる」
『そうか…此方は、渋滞のせいで中々動きが取れなくてな』

毒島嬢の言葉にああ、そう言えばそうか、と思った。
こんな状況だ。一刻も早く逃げ出したいと思い、車を走らせる人が多いのは当然の事だ。

何処に逃げればいいのか、と言うのは分からないだろうが。

ともあれ、渋滞になるのは必然でありソレを思いつかなかったのは想像以上に疲労が蓄積していたからなのか。
分からないが、今は必要の無い思考だ。

『それと、君が置いていった乾パン。助かったよ』
「人間、腹ぁ空いてると気が立つからねぇ」

毒島嬢の言葉に軽く返す。
そう。あのバスに置いていったのは、何もトランシーバーだけでは無いのだ。
幾つもナップザックに詰め込んであった、乾パン。その幾つかをトランシーバーと共に毒島嬢に預けておいた。
高城嬢や平野坊に預けても良かったのだが、力づくで奪い取ろうとする奴が出てきてもおかしくは無いという点から、周囲にその強さを知られている毒島嬢に預けたのだ。
鞠川先生も、教師ではあるがあの空間を支配しているのはヅラという点から候補には上がらなかった。

『…まぁ、主な消費者は平野君であったが…』
「とりあえず減量しろ、と言っておいてくれ」

この先、食糧の浪費がどれだけ響くか分かっているのだろうか?平野坊は。
そんな事を考えながら言えばああ、と毒島嬢から返答が来る。
それじゃあ俺たちは進むとしよう、そう思い毒島嬢との通信を切ろうとすれば。

『待ってくれ…私たちも、或いは其方に向かうかも知れん』
「ヅ…紫藤が何かやらかしたか?」
『<奴ら>に対して自衛隊も対抗しているようでね。銃撃の音に怯えた女子生徒を指導が慰めていたのだが…何か、嫌な感じがしてな』
「そうかい。たぶんソレ、当たってると思うぞ」

気をつけろよ、とだけ言って通信を切る。とりあえず先ほどの通信内容を小室坊たちに伝え、カートに乗る。
先を急ごう、と無言のままに眼前の両者を急かす。
同じく無言のままに二人とも頷き、バイクは真夜中の道路を進み始めた。

――――背後で、自動ドアの開く音を聞きつつも。

それから数分の間、バイクは大して振動もせずに道路を走り続けた。そのまま難なく行くかと思いきや、俺に問題が発生した。

「…小室坊、宮本嬢。先に行っててくれ」

唐突に言い出した俺の言葉に、小室坊がバイクを停止させて此方を向く。

「どうしたんだよ。また吐きそうになったのか?」
「いや、そうじゃねぇんだ。ロープが、ちょいとなぁ…」
「あ、切れかけてるわね…」

宮本嬢の言葉どおり、そろそろロープが限界に近い。ぷちんと切れてもおかしくないほどに伸びきっている。
このまま乗っていては、単純に危険なだけだと思われる。
そんなわけで、集合場所を決めて俺は後から徒歩で行こう。

「すぐそこに、ガソリンスタンドあるだろ?ほら、あそこ。あそこで給油ついでに待っててくれ。俺は徒歩で向かうからさ」
「…大丈夫か?」

小室坊が言う。宮本嬢も、心なしか不安げな表情だ。
…こういう優しさを忘れないで居てくれれば、良いのだが。

「心配すんな。音を立てなけりゃ<奴ら>は襲ってこない、だろ?」

徒歩でも、危険が大きいわけじゃない。どちらかと言えば、此方のほうが危険は小さいのだ。
バイクのエンジン音に釣られて出てくる<奴ら>が居ない分。
そんな俺の言葉に、真剣な表情で頷く二人。それで良い。
バイクでガソリンスタンドへと向かう二人を見送り、歩みを進める。
死者の彷徨う夜の街、と現状を言葉にすると随分と不気味に思える。首を刎ねれば殺せるという事実がある分、不気味さは半減されるが。

(それにしても…)

思考しながら、脚を進める。
時折出現する<奴ら>に対しては、ナップザックから取り出した空き缶を無造作に投げ捨てる事で注意を其方に逸らす。

(こんな状況だ。人に遭遇したとしても、信用できるかどうか)

『力』こそが正義と成ったこの世界で、すんなりと生者を信用できるのか。
生者は、ある意味<奴ら>よりも厄介だ。明確に『敵』と断定できる<奴ら>と違い生者は内心で何を考えているか分からないし、どこかで精神に異常をきたす場合もある。
首を刎ねるのは、簡単だ。素人、それも正常な判断すら出来ないような奴の首を刎ねる事など朝飯前、寧ろ準備運動にすらならない。

だが、もし誰かが捕まっていたら?

見捨てりゃあいい、と思う己が居る反面、見捨てていいのか?と思う己も居る。
そもそも、かつて俺は俺を見捨てなかった傭兵団に拾われたからこそ生きていたわけで、傭兵団の団員たちからは『気にするな』と言われていたがそんな大恩を気にしないほど俺の神経は図太く無い。
だからこそマルスやペーター、アレックスたちを拾って育てたのだから。
今更、敵でも無いような誰かを見捨てるのはいかがなものか。

「そこんとこ、どう思うよ」
「ヴ――――」

側面から襲い掛かろうとしていた<奴ら>の首を刎ねる。一体だけならば、然して苦労はしない。大勢で来られるからこそ、逃げざるを得ないのだ。

「戦争は数だよ兄貴。…誰が言ったんだっけか」

何ぞアニメか何かのキャラクターが言った台詞であったはずだが、真理だ。
数が多けりゃそれだけ意識を裂かなければならないのだから、圧倒的多数で真正面から責めるのならば大量破壊兵器を相手が持っていない限り敗北は無い。
森などの中ならば、また別だが。

「ふぅんむ。どうしたもんかね?」

頭を捻るが、正直なところ答えは既に出ている。
小室坊も言っていたように、

「――――やるだけ、やりゃあ良いわな」

助けられる努力を、出来る限りしようじゃないか。
それでも死んでしまったのならば、そりゃあ仕方が無い。
出来る限りの努力を重ね、それでも尚、救出が不可能であると言うのならば諦めるしか無いのだ。冷酷と言われようが、そういうスタンスで生きてきた。
ソレは、きっとこの先も変わらない己の生き方。
死を悼むのは良いが、引きずってはいけない。未練は、いつまでも死者の魂を縛り付け己の行動を停滞させるのだから。

「ってなーに詩的な考えしてるんだよ俺は――――ん?」

思わず己の思考が気恥ずかしくなり、頭を引っ掻く。
其処で、何かが聞こえた。恐らく、ガソリンスタンドの方からだ。

「…やれやれ、厄介事ばっかりだなぁオイ」

ナイフの刃を仕舞い、袖の中へと戻す。
ゴキゴキと体中の関節を鳴らした後、軽く飛び跳ね調子を確認する。
うん、身体はしっかり動く。

「んじゃ、行くかね」

最後に一つそう呟き、死者の彷徨う夜の街を、音も無く駆け抜けた。








ガソリンスタンドへと辿り着いた俺だが、状況は想像以上に悪かった。
こそこそと物陰に隠れながらガソリンスタンド内部の様子を窺ってみたが、どうやら浅黒い肌の青年に宮本嬢が人質に取られているようだ。
そのせいで、小室坊も動けずじまい。

(あー、チクショウ。こんな事になるってんなら、無理してでもついてきゃ良かった)

痛恨のミス、という奴だ。だがクヨクヨしてもいられない。
解決策を、考えねば。

(とりあえず、全員俺に気が付いて無いようだな。小室坊は宮本嬢が人質にされてるから動けないみたいだし、さてどうする?)

状況を打破しようと思考を回転させていれば、彼らの会話が聞こえてくる。
どうやら青年に壊れているのか、と小室坊が聞いているようだがこの状況で壊れていない人間と言うのは少ないのでは無いだろうか。
そう思いながら、様子を窺い続ける。

「――――――――皆の頭、ぶち割って来たんだよ!!親父も、お袋も、婆ちゃんも弟も、小学生の妹までもなぁッ!!」

浅黒い肌の青年が、叫ぶ。己の家族を、己の手で殺したと。
<奴ら>になってしまった家族を、殺したのだと。

(…成る程。そういう理由、か)

或いは彼も、家族思いの青年であったのかも知れない。
だからこそ、狂ってしまった、壊れてしまった。
己が家族を、己自身の手で殺してしまったが故の狂気。精神がその事実を受け止めきれず、壊れ、狂い、そして今に到る。
悲しかったのだろう、辛かったのだろう、苦しかったのだろう。
泣いて泣いて泣いて、涙が出ないほどに涙を流した後に、己を護るために精神が砕けたのだろう。
ならば。

(ああ、ならば…)








同情はしよう。されど、許しはしない。








少なくとも、仲間に手を出したのだから容赦はしない。
理由は同情できるし納得できるが、俺の仲間に手を出したのだから許しはしない。
とは言え現状で何が出来るかと聞かれれば隙を窺うしか無い。あの青年、何だかんだで警戒を解いては居ないのだ。
飛び出したところで、見つかって身動きが取れなくなるだけだ。
一先ずナイフを取り出す。何があっても、対応できるように。
そうした瞬間に、動きがあった。

「まともで居られるわきゃねぇだろぉぉぉぉ!!」
「――――っん!!」

青年が狂ったような叫びを挙げ、その隙を突いて宮本嬢が逃げ出す。

「逃げてぇ!!」

宮本嬢が小室坊に対して叫ぶが、足がもつれているのか動きが遅い。
背後から伸びる男の手に、

思い切り胸部を鷲掴みにされた。

こう、モニュンといった質感をかもし出しながら。
男の顔がにやける。
宮本嬢が顔色を赤く染める。
小室坊が怒りを露にする。
そして俺はと言えば。

(――――)

ざわっ、と。
胸の奥でどす黒いものが燃えたつ気がした。
青年が何かを言っているが、激情が思考を白く染め上げるせいで聞き取れない。その変わりに、殺意が沸き立つ。
思わず、ナイフをぶん投げ脳天に突き刺そうとしてしまうが自制する。
あくまで冷静に行こう。仮にあの男が死んだとして、手から零れ落ちたナイフが宮本嬢に刺さったなど、間抜けにもほどがある。
ひとまず、奴のナイフを何とかしなければ。そうすれば、どうとでもなる。その後、あの胸を鷲掴みにしている腕を切り落とそうか。
冷静に、静粛に、黙々と殺意を燃やし隙を窺う事に徹する。あの男には、まだ少し周囲に対する警戒心が残っている。
今は、動けない。我慢の時だ。
そう己を自戒しているうちに彼らの会話は進んでいたようだ。青年が小室坊に対して、宮本嬢との関係を問い質しているらしい。

「まさか、ヤッてねぇのか!?馬鹿じゃねぇのお前!!」

嘲りの念が篭ったその言葉と共に、男が宮本嬢の胸元を曝け出す。
ピンク色の可愛らしいブラジャーが見える。
そのまま、彼女の胸を揉みしだく青年。我慢の限界に達したのだろう小室坊がついぞ動こうとした瞬間、男の制止が入った。

「おぉっと、バットは捨てな。でなけりゃこの子を殺す…!!」

宮本嬢の首にナイフを突きつけながら青年が言い放つ。その脅しは小室坊に対して強く効果を発揮し、その行動を停止させる。
不意に青年が視線を逸らす。その先には、小室坊たちが使用していたバイク。
このガソリンスタンドに来た、主目的だ。
それに眼をつけたという事は…。

「それから、バイクも頂くぜぇ!!」

やはりか、と眼を細める。
意識しているわけではないのだろうが、現状で青年の行っている行動はこれ以上無く理想的だ。人質、という手段は理性ある真っ当な人間に対して極めて有効だ。
「お前が言う事を聞かなければこいつを殺すぞ」という脅迫は、逆に「言う事を聞けば助けてやる」という意味合いを持ち自己の保身と要求をすんなりと通す。
仮にあの青年が宮本嬢を殺していた場合、何の躊躇も無く小室坊は奴の頭を叩き割っていただろう。

(さて…)

奴の意識は、小室坊と目先の欲望に捕らわれている。行動を起こすのならば、今であろう。
ゆっくりと身体を動かし、相手の死角へと潜り込む。
その間にも、彼らの間で話は進んでいく。

「…ガソリンが無い」
「レジぶち壊したんだろぉ!!金は幾らでもあんだろ!!給油しろぉ!!」
「…」

青年の叫びに小室坊は無言のままに行動を起こす。
小室坊が、バットを投げ捨てる。

――――投げ、捨てる?

甲高い音を立てながら、バットがコンクリートに落下する。
そう、『音』を立てながら、だ。

(――――ふむ)

ああ、そうか、と。
瞬時に小室坊の思考を理解する。
成る程。どうやら、小室坊も相当頭に来ているようだ。随分とえぐい事を考え付く。
それに、奴から見えているのはバットだけのようだ。
捨てるよう要求したのがバットだけ、という部分からもソレは窺える。
『アレ』をまだ、奴は見ていないのだろう。
もしも見ていたのならば、奴は真っ先に『アレ』を捨てさせるのだから。
そうであるのならば、俺の仕事は無い。
有るとすれば。

(とりあえず、周囲の警戒、だな)

予想が的中していれば、の話であるが。
小室坊の思いついた作戦は、危険と隣り合わせの作戦だ。
場合によっては、途中で『来る』かも知れない。
正直な話、『アレ』を使えば結果的にバットを捨てたのと何ら変わりの無い効果があるのだが、そこは冷静に考えられる立ち位置の差だろう。

(なら、冷静に考えられる位置の俺はアフターケアを万全にしようかね)

故に、『もしも』が起こらぬよう警戒する。
夜の闇に眼を凝らし、或いは『来る』かもしれない事態に備える。
邪魔は出来ない。下手に俺が動いて作戦が破綻しては意味が無いし、感情面の問題もある。
恐らく今、最もこの状況が頭に来ているのは小室坊その人のはずなのだから。

(…あ、いや、宮本嬢はそれ以上かも知らんな)

そう思い直しながら、視線を少し小室坊たちに向ける。
小室坊が千円札を入れ、給油を始めた。
給油についての案内音声だけの静かな空間で、小室坊が口を開いた。

「…なぁ、見逃して貰えないか?僕らは、親が無事かどうか、確かめに行く途中なんだ」
「俺の話を聞いてなかったのかよぉ!!街に居るんじゃお前の親も俺の家族と同じだよぉ!!」

――――随分と、思考が短絡的になっているようだ。
全ての人間が<奴ら>から逃れられないわけでは、無い。現に街に居たお前は、今此処まで逃げ延び、宮本嬢を人質に取っているわけで。
この街の住人全てが<奴ら>に成ったと、まだ決まったわけではない。正気かどうかは、別として。

「…終わった」

給油が終了したことを示す小室坊の言葉に、ナイフを振り回しながら男が吠える。
首元からは外れているのだが、宮本嬢は動く気力が既に無いようだ。

「行けよ…行っちまえよ!!」

男の言葉に小室坊が二、三歩横へと動くが、すぐさま男の方を向き説得する。

「なぁ、本当に「うるっせえお前もぶち殺したろかぁ!!」…」

再度ナイフを振り回しながら、男が吠える。
小室坊の、動きが止まる。しかしその手の位置は、『アレ』に近い場所。
――――仕掛ける気か。
夜の闇と小室坊たちのほう、両方に意識を割く。
そうしていると不意に、険しい表情だった小室坊の表情が和らぐ。

「なぁ、お願いだ「黙れぇ!!お前ホンットにぶち殺すぞぉ!!」」

もう一度、男に説得をしようとする小室坊。だが、男は聞く耳を持たない。
男が小室坊の言葉を遮り、ナイフを振り上げた瞬間。

小室坊が、動いた。

手を『アレ』に添え、男のほうへと突撃する。
戸惑ったような声を上げる男だが、既に何をしようと遅い位置だ。
男の右肩にポケットから取り出した『アレ』―――死んだ警官から奪った、件の拳銃―――を突きつけ、撃鉄を降ろす。
コレで、発射準備は完了した。

「…な」

男が、驚愕の声を漏らす。
そりゃあそうだろう。拳銃を持ってる事も知らなかっただろうし、ガソリンスタンドという場所で火気を扱うと言うのは暴挙とも言えるし。

「…撃つのは初めてだけど、コレなら外れない…」

小室坊が、言った。その言葉に、恐れや迷いといったものは感じられない。
本当に肝が据わっている少年だ。

(にしても…まさか、こんなに早く実践するとはね)

小室坊の様子を見て、思う。
思い出すのは、拳銃を渡した際の簡単な説明。

『どうしても外せない時は、ゼロ距離で撃て』
『…いや、無茶苦茶な理論じゃないかソレ?何で遠距離から攻撃できるのにゼロ距離で撃つんだよ』
『気にするな、良くある事だ』
『無ぇよ』

ゼロ距離射撃。絶対に外れない射撃法だ。
まぁ恐らく、俺が言わずともやらかしたような気もするがそれはどうでもいい。

「が、ガソリンに引火するかも知れねぇぞ…?」

男は、恐れを込めた声色で言う。確かに、ガソリンに引火して爆発すれば木っ端微塵で人生終了だろう。
脅しとしても、使える言葉だ。
―――まぁ、通用しないのだろうけど。
案の定、小室坊に動じた様子は無い。
それどころか、逆に言い放つ。








「女を盗まれるのよりは…マシだ」








(―――随分と、格好いい言葉、吐くじゃねぇか)

知らず、口元がつりあがり笑みが生まれる。宮本嬢も、随分と嬉しそうな顔をしている。
小室坊が、引き金を引いた。
銃弾の発射される音と共に、青年の肩から鮮血が吹き出る。
銃弾の勢いに呑まれ青年が仰け反り、宮本嬢を捕まえていた腕を放し、そして倒れる。
あちらの出来事は、今ので決着。
意識を完全に外へ向け空を見上げれば、空が白んできている。夜明けが近いようだ。

(さて……そろそろ不味いな)

明るくなってきたからか、『ソレ』の姿が遠くに浮かんでいる。
いい加減、逃げねば。

「うおっ!!うああぁぁぁぁっぁあぁ!!いだいっ!!血が、血がぁぁぁぁ!!」

銃弾を受けた青年が、激痛に叫びを挙げている。痛みに慣れていないのだから、そりゃあそうだろう。
だがしかし、彼の後ろに般若が一人。青年が差し掛かった影に気を取られ頭上を見上げれば、怒りを顔に表した宮本嬢。

「ヒィィ!!」
「よくも…ッ!!よくも!!」

青年が悲鳴を上げ、逆に宮本嬢が溜め込んだ怒りを爆発させようとしている。だが。

「止めとけよ、麗」
「そうだぞ宮本嬢。これ以上ここに居ると<奴ら>が来るぞ?」

小室坊の静止の言葉に乗っかり、俺も言葉を継ぎ足す。
二人の視線が、ゆっくりと俺のほうを向く。よせよ、照れるじゃないか。

「…何時から居たんだ?」
「そこの青年が家族殺したってところから」
「ほぼ始めからじゃねぇか!!何で助けに来なかったんだよ!!」
「無茶言うな!!俺は忍者じゃねぇんだぞ!?警戒心MAXの状態で気付かれずに近づくとか無理だバーカ!!」

小室坊が怒りを露に叫ぶが、俺も叫び返す。
売り言葉に買い言葉。だが、買い言葉のほうが若干勝ったようで、次の言葉に詰まる小室坊。
ザマァと言わざるを得ない。
だが、こんな事をしている場合ではないのだ。

「ほら、とっととバイク乗れよお前ら。早くしないと<奴ら>が来るぞ?」
「ッ!!…そうだったな。麗、早く行くぞ。石井、お前移動手段は?」
「…デンジャラスドライブ2、チェーンで繋ぐぞ編」

ジャラリ、とそこら辺から拝借してきたチェーンを見せる。
おい、お前らそんな「駄目だコイツ学習してねぇ」みたいな面で見てんじゃねぇよ。仕方ないだろ!?見つけたのコレぐらいしかなかったんだから!!
バイクの後ろにそこら辺から拝借してきたチェーンを巻きつけ、物陰に隠しておいたカートを固定する。コレで、移動手段は調った。いや、出来れば俺もバイクがほしいところだけどね?
無いんだから仕方ない。

「助けてッ!!助けてくれよぉ!!」

男がそう叫ぶが、小室坊は無視し宮本嬢は睨みつける。
俺はと言えば。

「青年よ」

声を掛ける。その声に、男は此方を見る。

「お、お前!!お前、助けてくれよ!!なぁ!?」

喚く男に、にこりと笑いかける。男も、軽く笑みを浮かべる。
――――殺す義理はあっても、助ける義理は無い。希望が大きいほど、絶望も大きい。
それに今回のことについては小室坊に一任しようと決めたのだ。故に、俺が手を出す事は無い。
だから、一つだけ言っておこう。

「青年よ、こんな言葉があるだろう?――――人を呪わば、穴二つ」

男の顔が、絶望に染まった。
出してくれ、と小室坊に声を掛ければ、バイクが走り出す。
後ろから聞こえてくる男の声を無視しながら、俺たちは街中を走っていく。
―――――――――さて、毒島嬢たちは無事かね?

~あとがき~
駄目だこりゃ。今回は何時もに増してガッカリクオリティ。何かこう、モチベーションが上がらない。あれだ、石井君が微妙にはっちゃけられないのがいけないんだ。
そんなこんなで、アニメで言う第四話終了。
次回は五話目に御座るよ。
そして恒例のアンケィィィィト。
①このまま行けば宜しい。
②出直して来いポンコツ野郎!!
③そんなことよりエロスを増やそうぜ!!

~おまけ~
「いやー、快適快適」
「…石井。お前ってさ、適応能力高いよな」
「…やっぱり変人ね」

カートによるデンジャラスドライブに慣れた石井君だった。
凄くどうでもいい一コマである。



[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。【石井暴走】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/08/27 11:11
~注意~
・作者の文章力はシャープペンシルの芯の欠片。
・石井君大ハッスル。
・無視される石井君。
・御都合主義もあるよ!!
以上の事が許容できる方のみスクロールしてください。
許容できない人はより楽しい方の記事を見てレッパーリィー!!すればグッド。






















―――――世界は狂って行く。されど、進むしかない。

死者が溢れ、生者は狂い、焔と鮮血が乱舞する。
車が爆砕し、黒煙を上げる。何処か見覚えのあるその光景は―――、

「こいつぁ、何かもう、戦場じゃねぇか此処」
「…それより酷いかもな」

俺の言葉に小室坊が答える。ふんむ、ソレは一理在るかも知らんな。
戦争と言うのは、理由はどうあれ明確な目的があるものなのだ。しかして、目の前で起きているソレには最終目的が無い。

ただ、生き残るために殺す。

悪いとは言わんが、終わりどころも落としどころも無いのが問題なのだ。
目的を達成すれば即座に終了する戦争と言う『手段』に対して、何時終わるかも分からないこの狂乱に乗じた闘争は、単なる『行動』でしかない。
野生の動物とて『満腹』という終わりどころが有ると言うのに、まったくどうしようもない事態だ。

「終わりが無いのは終わり、てか?」

漫画の言葉を引用してみるが精神はまったく軽くならない。
寧ろズンドコ重くなる。
それは置いておくとして、この現場にそのまま居ては危険極まりない。とは言え、目的地たる東署へと向かっているのだから来た道を戻るわけにもいかない。
となれば選択は一つ。

「小室坊、突っ切るかい?」
「ああ。麗、しっかり掴まってろよ?」

そう言う小室坊に、無言のまま抱きつく宮本嬢。おーおー熱いねチクショウもげりゃあいいのになぁ、と思いながらも顔がにやける。
青春とは、かようなものか。
この極限状態にあって、彼らのイチャつきぶりは精神的な清涼剤となる。…ただ、高城嬢がコレに加わると更に愉快な事になるのだろうなぁ。

本人たちには大変な事なのだろうが、見てる分には面白い。

もげろもげろと言ってはいるが、楽しいから言っているのだ。…妬ましさが、無いとは言わんがね?
さて、そいじゃあ。

「行けぇ!!小室坊!!」
「おう!!」

ズビシィッ!!と前を指せば、小室坊が思い切りアクセルを入れる。
ウィリーをかましながら戦場へと突撃する小室坊。お前は何故そんな曲芸走行が出来るんだと聞きたいのだけれどどうだろう。
あれか?実は隠れて乗ってたとかそういう秘密があるのか?
そんな風に考えていれば、何やら周囲が先ほどよりも騒がしい。
よくよく見れば、黒煙と火炎の奥に武器を持った住人が血走った眼で此方を見ながら叫んでいる。既に正気と言うものとは縁遠い面構え。

「おーおー、何やら狂った生者が仰山と。やっべぇぞ小室坊」
「分かってるよ!!」

小室坊へと緊張感の抜けた声を掛ければ、怒声が返ってきた。仕方ないね。
それにしても、真面目に小室坊の操作技術は高いようだ。
<奴ら>を避けつつ、さらには魚屋のおっさんらしき人物の包丁すらも避ける。そして飛んでくる弾丸も避けた。

「うおっ!?あぶなっ!!」

訂正、俺は微妙に避け切れなかった。頬に弾丸が掠ったぞチクショウ。
だがそれにしたって凄まじい。素人が撃ったとは言え弾丸を避けるとは。
天性のドライビングテクニックとでも言えばいいのだろうか。

「ヤベェ、今明かされる小室坊の才能…!!」
「石井、お前本当に余裕あるな…」

戦慄している俺の言葉に反応したらしく小室坊が疲れたように言う。
余裕がある、と言うのとは少々違う。現に危機感はバリバリに持っている。
ただ、愉快な考え方や発言をすることにより恐怖心だとかを覆い隠し、何時如何なるときでも冷静沈着に対処できるよう心がけているだけだ。
あとカートで酔わなくなったてのもあるかね。
そうやってつらつらと思考を回しながらも、後方の警戒を怠らない。

「ッ!!小室坊!!ショットガン二発目、来るぞ!!」

炎の向こうで、ショットガンを構えるサラリーマン風の男性を見た。即座に引かれた引き金は、しかし近くで立ち上がってきた<奴ら>に直撃し結果的に俺たちを助ける事となった。
もしも使い手が使い慣れた人物であったのならばこうは行かんかっただろうなーと思いつつ冷や汗を拭う。やはり銃という兵装は恐ろしいものだ。
俺も嘗てはスナイパーライフルやら拳銃やらを扱っていたが(主流がゲリラ戦であったため、ナイフを主に使っていたが)、使っていない期間が長すぎるのでどれだけ正確に射撃できるのやら。

「どうして!?あたしたちは、<奴ら>じゃないのに!!」

俺の思考を遮り宮本嬢が叫ぶが、そりゃあそうだろうよ。

「普通じゃねぇのさ、色々と。誰も彼も自分の事で手一杯、マトモな判断なぞ期待するほうが酷だ」
「そんな…」

俺の言葉に、宮本嬢が気落ちしたような声を出す。
まだまだ現実を認識していないとは言わざるを得ないが、彼女にとっては信じられない出来事だったのだろう。
しかして思うは昨夜の出来事。

(…ガソリンスタンドの青年って、前例があるのだがね)

まぁ、そういう優しさと言うか素直さと言うのが彼女の魅力なのではなかろうか、と彼女の事を前向きに捕らえてみる。

「…ようは、僕たちと同じさ」
「私たちと同じ…」

そんな事を考えていれば、小室坊が吐き捨てるように言った。
「僕たちと同じ」、か。詰まる話は狂ってきているという自覚があると言う事なのだろう。俺の場合、狂ったというより伏せられていた本性が起き上がったというのが正しいのだが。
つまり俺って臆病なんじゃねぇのかなーと自分の本性を再認識しているところで、

「なっ!?」
「…おん?っておわっ!?」

唐突に小室坊が声を上げ、道を横に曲る。背を預けていたカートの取っ手に素早く掴まり、振り落とされるのを防ぐ。
はて、此方でいいのだろうか?目的地へと向かうのならば、直進の方が早いはずだが。

「何?大橋は真っ直ぐじゃない!」

そんな俺の心情を読み取ったかのように、俺の言葉を代弁してくれる宮本嬢。
しかし小室坊にも何やら考えがあったようで、バイクを停止させ此方に視線を向ける。

「大橋の方、見てみろよ」
「ふむん?何があるんだ…よ…」

宮本嬢と共に大橋のほうを見るが、言葉が出ない。同時に、理解する。
ああ、こりゃあ無理だ。あんな状況じゃあ渡れる気はしないし、渡りきるのにもどれだけの時間を必要とするのやら。
これじゃ何時渡れるか分からない、と言う小室坊に了解の意を示し先を急ぐよう合図を送る。
時間は掛かるだろうが、別ルートのほうが安全であろう。
そうして俺たちは、

――――死者と狂乱に満ちた床主大橋を背に、バイクを進めた。




             第五話 ~離脱と合流と恋慕の巻~




「おー、何か大橋の方に馬鹿やってる奴らがいるっぽいぞ?」
「…石井君、此処から大橋のほうまで見えるの?」
「視力と聴覚、常に正常」

驚いたような声を出す宮本嬢に、サムズアップをしながら応える。
とは言うものの、流石に見えているわけではない。自衛隊と思われる人物が拡声器を使って警告を発しているから、何とか聞き取れたと言う程度だ。
あと、馬鹿が落っこちたのであろう水飛沫。
いやはやどんな時でも馬鹿というのは出てくるのだなぁと思っていると、トランシーバーに連絡が入ってくる。
即座に耳にあて、通信を行う。

『石井君?私だ、聞こえるか?』

毒島嬢の声が聞こえてくる。周囲からも聞こえる声からすると、学校でのメンツが揃っているようだ。

「うーい、此方は石井・和。しっかり聞こえとりますよっと」
『今、何処にいるか分かるか?』
「あー床主大橋が渉れなかったんで、御別橋ルートで合流地点に向かってるがどうかしたんかね」

と言うかこの遣り取りは前もやったような気がする。
前回と違い、今回は場所がしっかりと特定できるような位置に居るのだが。

『…いや、紫藤教諭が新興宗教の勧誘のような事を始めてな…』
「あー、やっぱりか?何時かそうなるような気もしてたしなぁあのヅラ」
『ヅラ?…まぁいい、取り合えず床主大橋ではないルートを進んでいるんだな?』
「イエス、その通り。御別橋ルート。あー、ただバイクで進んでるから結構な速度で動いてる」
『了解した。私たちも、そろそろバスを抜けようかと思ってな』

何でもないように毒島嬢が言う。成る程、今回居場所を聞いてきたのは途中で落ち合える可能性を少しでも高める為か。
確かに途中で出会えるのならば万々歳だ。
しかし、『バスを降りる』というのに懸念事項が一つ。

「…家族は、良いのか?」

俺がそう聞けば、フフッと軽く毒島嬢が笑う声が聞こえた。
人が心配しているのに、何だその態度は。泣くぞ俺。

『フフッ、すまない。先ほど、高城さんにも同じ事を聞かれたものだから』
「…左様かい。で、真面目な話、どうなんだよ。親御さんは」
『家族は父一人、その父も国外の道場に居る。今護るべきは小室君とした合流の約束と自分の命だけ、とさっき高城さんにも言ったところだ』
「あーあー了解しましたよチクショウ。聞いた俺が馬鹿だった」
『…いや、心配してくれたのは嬉しかったよ。ありがとう』

優しげな声が、トランシーバーから聞こえてくる。
…あーチクショウ、何だろうこのドギマギと言うかそういう感覚。あの声色はやっぱり苦手だ、顔が見えなくても想像できてしまう。

『寧ろ、君の方こそ家族の心配はしていないのか?』
「俺が藤美に入学する直前に飛行機事故で死んだよ。だから、天涯孤独とでも言おうかね」
『…すまない、不躾な質問だった』

毒島嬢が気落ちした声を出すが、そう気にされても困る。

「気にするな。俺は気にしない」
『…そうか』
「そうそう。それに、ある意味あの二人はそれで幸せだったのかも知らんよ。<奴ら>と成る事無く、逝けたんだから。俺自身、<奴ら>になっている親を見るのも、殺すのも、御免だしな」

苦笑しながら言うが、本音だ。
子供らしくなかった子供の俺を、愛情を持って育て上げてくれたあの二人には感謝している。もし二人が<奴ら>になっていたら、きっと事故の時以上に苦しい気分になっただろう。

『…分かった。では、私たちもそろそろ出ようと思う』
「ま、何にせよ情報の伝達はしっかりしろ…よ…」
『…?石井君?』

其処まで言って不意に何故か、彼女らと己の『息子たち』が被る。
己の周囲に集まる、『息子たち』の姿を思い出す。

『隊長!!俺、頑張るよ!!』
『怪我したら何時でも言ってくださいよ?隊長』
『―――任務は果たす』
『おーおー、皆燃えてるねぇ。ま、何にせよ情報の伝達はしっかりしろよ?』

彼らの初陣に、かつて俺自身が贈った言葉。
だからなのだろうか。その後に続く言葉までも、当時とまったく同じもので。









「…絶対に、死ぬんじゃねぇぞ。お前さんらはまだ若いんだ。こんな事で人生棒に振る何ざ、あっちゃならねぇよ」









思わず、感情に任せて言ってしまった。かつてマルスやペーター、アレックスや他の部下たちに言った言葉。若い奴らは、死んではいけないという戒め。
学生の俺が言うには、違和感しか生まない言葉。

「―――あー、悪い。忘れてくれ、今の」

誤魔化せるはずも無いが、取り合えず茶を濁す。
しかしそんな言葉で毒島嬢が引き下がるわけも無く。

『…まるで自分は若くない、とでも言いたげな言葉だな』
「――――さてな。そいじゃあ切るぜ」
『あ、おい、こら―――――』

一方的に通信を切断する。
トランシーバーを、ポケットへと仕舞い込む。手のひらを見てみれば、先ほどの焦りで汗が湧き出たのか濡れていた。

(…痛恨のミス、テイクツーってか?)

思わず、感情的になってしまったようだ。
今の俺は『何処かの誰か(ジョン・スミス)』という傭兵では無く、石井・和(いしい・かず)という学生。
必要なのは、技術と経験。感情は、不要だ。
彼女らを自身の『息子たち』と重ねて見るのは、お門違いだろうが。
今はカートの揺れに慣れてしまった己の身体が恨めしいと思った。
気分が悪くなっていれば、無駄な思考を省けたものを。

「あー…クソ、何だろうね?コレは」

呟いてみるが、何も思い浮かばない。
揺れ動くカートの取っ手に背を預けながら、ただただ空を見上げるばかり。

「あー、もう、何なんだよホントに!!おい小室坊!!今の俺の気持ち代弁してくれよ!!」
「知るか!!空き缶でも投げてろ!!」

とりあえず小室坊に問題をぶん投げてみたが、一蹴された。
ですよねー、と思いつつも自販機近くにあった空き缶入れから回収した空き缶を投げ付け、<奴ら>の注意を其方に寄せる。
そう言えば、ラジコンとかあると便利かも分からんね。
こう、後ろ側に空き缶取り付けて走る際に音を鳴らせば勝手に<奴ら>が引き付けられるし。

「うん、いい考えなんじゃないか?」

思考を切り替えることで、さっきまでの鬱屈した気持ちを取り払う。
現実逃避と言う無かれ、こうでもしなけりゃ前を向いて進めないのだ。
其処まで、精神的に強いわけじゃあないのよね、俺。

それから日が傾くまで、御別橋へと向かっていた俺たちであるが。

「此処も同じね…」
「だなぁ。どうするよ、小室坊。他の橋にでも行ってみるかい?」

宮本嬢の気落ちした声に乗っかり、小室坊に意見を聞く。
とは言え、他の橋も大体同じような状況では無いのかとも思う。人の流れがどうなるのかは分からないが、橋という建造物は大抵の場合ショートカットないし分断された場所を繋ぐ為に作られる。
だからこそ橋は交通の要所足りえる。
ならば、他の橋へ向かったところで果たして空きはあるのだろうか。よしんば空きがあったとしても、或いは封鎖されているかもしれない。
小さな橋ならば、また別だが。

「…たぶん駄目だろう、渡れないようにされてるよ。そうでなければ、規制してる意味が無い」
「やっぱり、お前さんもそう思うかい?」
「ああ」

どうやら小室坊も、俺と同意見であったようだ。

「…グッ…」

小室坊が携帯を開き、苦虫を噛み潰したような表情をする。
そりゃあ圏外だろうよ。こんな事態で電波が通ってるなんぞ管理を全自動化する以外ありえない。

「どうにかして御別橋を渡って、七時までに東署へ行かないと…」
「どうにかって…どうやって!?」
「グッ…今考えてる!」

小室坊と宮本嬢が言い合っているが、お二人さん何かお忘れじゃないかね?
パン!と拍手を一つ打ち、二人の注意を此方に向ける。
ポケットから取り出したトランシーバーを見せれば、二人とも「あ」といったような表情になる。

「これがありゃ、別に渡らずとも合流できるぞ?」
「…そう言えば、お前ソレ持ってたな…」

カッカッカ、と笑えば小室坊と宮本嬢も疲れたような笑いを漏らす。
さて、それじゃあちょいと連絡を…。
そう考えた瞬間、聞き覚えのある音が聞こえた。

「銃声!?」

宮本嬢が叫ぶが、コレは銃声ではない。

「んー、いや。こりゃ平野坊の改造ガスガンの音じゃないかね?学校で聞いた気がする」
「…だな。急ぐぞ!!!」

小室坊が言葉と共にアクセルを入れる。
急ぎ向かうは、音のした方。






(…あー俺、死ぬんじゃねぇのかな?)

いきなりの死亡断定に驚いただろうが、現状を説明しようか。

俺、スカイハイ。或いはフライハイ。

平野坊の改造ガスガンの音を頼りに突っ走ってきた俺たちではあるが、目的地へと辿り着く直前にある物品が眼前に現れた。
恐らく、工事か何かに使っていたであろう物品だ。

『小室坊、あれどうすんのよ』

俺の疑問に対して、彼は無言の返答を出す。橋へと駆け上がるように設置されたそれを、小室坊は突っ走った。
怖気づくのが普通であるが、突き進んだのだ。
その角度ゆえにそのまま橋の上へと乗り上げる事は無く、勢いのまま走行中の角度と変わらぬ勢いで宙を舞い、皆の視線を釘付けにしている。
その勇気は讃えよう。しかしである。

(後ろの俺も、気にしてくれよ)

その衝撃により、俺はカートから跳ね飛ばされたのだ。
現状、小室坊やバイクも一緒に空を飛んでいる状態だ。
しかし、安定した車体を持つ彼らと違い俺はカートという不安定な場所に乗っていたわけだ。
運の悪い事に、チェーンも外れてカートだけが先走った。

つまり、俺の足場は無い。

夕焼けに映える、バイクに跨り仲間のピンチに颯爽と駆けつける男女。
その後ろで無様に空中浮遊をする男。そしてカート。
随分とカオスなシーンである。

「「小室君!?」」

(・・・・・・・・・・・・)

平野坊と毒島嬢が、同時に叫んだ。死ぬかもしれない俺では無く、小室坊の名を。
そんな時、不意にプツンと何かが切れる音がした。
きっとそれは、俺の血管で―――――。










「イイイィィィィィィィヤッハアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!」











咆哮を上げる。たぶん漫画表現すると目がグルグルマークになっていると思われる。
弾けた。何かもう、全力で弾けた。
俺の発した奇声に周囲が目をむくが、知った事ではない。
眼球をギョロギョロと動かし、<奴ら>の数を大方確認する。

「おーおーおー…喰い放題じゃねぇかよぉぉぉぉぉぉ!!」

叫び、狙いを付ける。
空中で身を捻り、<奴ら>の頭上にウルトラC確定の芸術的回転着地を叩き込みつつ付近の<奴ら>の首を即座に刎ねる。
かつての仲間たちに『変態的体裁き』と呼ばれた体術だ。
拳銃の扱いやらナイフやらの練度は使用できなかった期間が長かったせいで錆付いていたところとてあったが、身体を動かす事は幼少の頃からやっている。
出来ないはずが無い。
グチャリ、と肉を潰す感覚を足裏に感じながら地面を蹴る。
身を低くしつつ正面の<奴ら>の脚を切り払い、身体が傾いたところを踵落としで頭を潰す。昔は良く喧嘩で使っていた技だが、こいつら相手に加減などしない。
先と同じく肉を潰す感覚。

(ああそうだろうチクショウ俺だって鬱憤溜まってんだよお前ら俺のこと嫌いか嫌いなんだなそうかそうかそうですかどうせ毒島嬢も小室坊も宮本嬢も平野坊も高城嬢も鞠川先生も俺のこと何てどうでもいいと思っているんだろ俺のことを変人とか思って馬鹿にしてるんだろうがおんどりゃ嘗めんな俺とて怒るときは怒るんだよ!!)

頭の中で高速の愚痴を唱えつつも、動きを止めない。
下から上へと突き上げるように<奴ら>の顔面を掻っ捌き、バックステップでサイドから来る<奴ら>を避ける。
バイクで突っ込んできた小室坊も奮闘しているようだ。
宮本嬢は、圧倒的で素晴らしい奮闘振りだ。
仲間との、共闘。
ああ、戦場を思い出す―――――――――ッ!!

「遅ぇぞ糞虫どもがぁぁぁぁぁ!!」

叫びを挙げながら、<奴ら>の首を刎ね、潰す。
首を刎ね、ソレをボールのように蹴り飛ばし別の<奴ら>の動きを封じ首を掻っ切る。
嗚呼、もう一本ナイフが無い事が悔やまれる。
あったのならば、こいつ等を思う存分屠れるものを…!!

「ジャアアアアアアアアアAAAAAAAAAASYAAAAAAAAAA!!!」

吼える。最早、意味のある言葉にすらなっていないが怒りを示すには十二分。
ナイフを投擲し、遠方の<奴ら>へと突き刺す。即座に前進し、その頭部から抉り裂くようにナイフを取り去り、返す刃で背後の<奴ら>の首を刈る。
転んだ<奴ら>の頭部を遠慮なく踏み潰す。
完全に死んだ<奴ら>を蹴り上げ、盾にする。

「ハッハァー!!ご機嫌じゃあねぇかオラァ!!」

こんなにおかしなテンションになったのは、百人の部隊を一人で相手した時ぐらいだ。
少し視線をずらせばバイクで<奴ら>を撥ね飛ばす小室坊が、平野坊に拳銃を投げ渡していた。平野坊はその銃を手にした瞬間。

『イイ顔』をしていた。

眼鏡が輝き、獰猛な雰囲気を纏う。
ああ、かつての仲間にああいう奴が居た。
俗に言うトリガーハッピー。引き金を引くことを至上の幸福とする者。

「イイ顔してんじゃあねぇかぁ平野坊よぉぉぉ!!!」

声を掛ければ、サムズアップで平野坊が返す。イイ感じのテンションだ。
今度から、ヒラ坊と呼ぶとしよう。
そんな事を考えながらも寄って来る<奴ら>を蹴散らし、次の獲物へと飛びかかる。
…人間相手なら自殺行為に他ならないが、動きが遅いこいつ等ならば思う存分動き回れる。
バトルジャンキーと言うわけではない。
溜め込んだストレスを爆発させられる場を見つけたことで、正気で無くなっているだけだ。
普段ならば余計な行動は避けるが、今回は無理。

「クカカカカ!!来いよ雑魚どもぉぉぉ!!」
「…石井って、本当はあんな性格してたのね…」
「人間、分からないものねぇ」

ギシィと音がしそうなほどに口元を三日月形に歪めながら吼える。何やら高城嬢と鞠川先生が話しているが、よく聞こえない。
聞く必要も無いが。
手近な<奴ら>の首を刎ねながらそう思う。
そうしている間に、鈍い音が響く。
眼を向ければ、毒島嬢が最後の三匹を随分とアクロバティックな動きで倒したようだ。

「フゥー、フゥー…ファァァァ…」

燃えていた己の精神が、鎮火していくのを感じる。
カリカリと頭をかき、目頭を揉み解す。
おー、表情がえらい事になってんなぁと思いつつ頬の筋肉を元に戻す。
大きく深呼吸を行い、落ち着きを取り戻す。

「…しゅーりょー」

気の抜けた声で戦闘の終わりを告げ、懐から薬用煙管を取り出し口に含む。…あー、いかんねどうも。今日はよく分からん精神状態が続く。
本来なら、もっと落ち着いてやるべきだろう俺。

「すごーい」

鞠川先生が驚嘆の声を上げる。まぁ、あれだけ居た<奴ら>をものの数分で片付けたのだからその驚愕も押してはかるべしというやつか。

「粗方片付いたようだな」
「だなぁ…いやはやテンション上げ過ぎた。今は反省している」
「…君にも、あんな鬼神のような一面があったのだな」

毒島嬢の隣へと歩いていけば、人の事を鬼神と呼びよる。
そう言われてもなぁ、と思う。いつも通りの俺ならば適当に空き缶をぶん投げ<奴ら>の意識をそちらに向けさせて逃げただろう。
今までのストレスがスコーンと爆発したから、あんな風になった。

「知らんうちにストレス溜まってたんじゃないか?お前さんらが俺の心配よりも小室坊たちのほうに視線を向けていたから、何か俺蔑ろにされすぎじゃね?と思ってストレスがこう、ドーンとなったのよ。てか本格的に俺の扱い酷いだろ」
「…それだけ大丈夫そうに思えるということじゃあ…」
「いーよチクショウ慰めんなよ惨めになるだろう俺なんてさぁ!!」

ウボアーと泣き出せば、毒島嬢がオロオロとしている。

「手ごわかったわねぇ」
「アンタは邪魔しかしてないでしょう」

同意するぞ高城嬢。
ゴキリと首を鳴らし、嘘泣きを止める。それを見た毒島嬢が困ったものを見るような眼で此方を見るが知った事ではない。
周囲を軽く見回せば、宮本嬢が鞠川先生へと小走りで駆けて行くところが見えた。

「先生!!」
「あらあら宮本さん!」

宮本嬢が鞠川先生に抱きつく。さっきまで<奴ら>の醜悪な面やら身体やらしか見ていなかったからかえらくその光景が眼に眩しい。
…眼福、と言う奴か。
うんうんと首を振っていると、横の毒島嬢が首を捻っている。気にするな、コレは分かる奴にしか分からんもんだから。

「小室君も!!」

小室坊がバイクを引っ張っていると鞠川先生が声を掛けていた。
へい先生。俺、俺、俺も居る。先生の視界内に収まるような位置に居るよ俺。念のため腕を振ってみる。
が、気付く様子は無い。
地面に俗に言うヤンキー座りでへたり込む。

「はぁー…やっぱ俺、存在感薄い?」
「いや…君ほど存在感の濃い人間は中々居ないと思うぞ…?」

俺がそう気落ちしていると、毒島嬢が苦笑しながらそう言ってくれる。
ならば何故、俺は無視されるんだろうね。
…あ、そういえば。

「トランシーバー、役に立ったかい?道中あんまし連絡来ないんでちと不安だったぞ?」
「十分、役に立った。君たちの大よその居場所を知る事ができたしな」

そうかい、と軽く返す。役に立ったのならば重畳、言う事無しだ。
さてそれにしても…。

「見てる分には、やっぱ面白いねぇ」

カッカッカ、と笑えば眼前には修羅場。
何かこう、高城嬢が小室坊に抱きついてるところを見て宮本嬢が頬を膨らませている。
非常に愉快だ。
まぁ現実に俺があの立場にあったら、どっちを取ればいいのか分からずオロオロした後に投身自殺するんじゃねーかと思うが。
しかしそう考えると小室坊の鈍感さと言うのは一種の精神安定に繋がっているのだろうか。

「…鈍感て、自分を護るスキルだったんだな」
「?…ああ、小室君のことか」
「そう言うこ「こーむろー!!どうしたのこれ!?どうしたのこれ!?予備弾は?これ警察で配備されてるスミス&ウェッソンM37エアウェイトだよね!?M36」ウルッセェェェェェェェェェェ!!!頭かち割るぞヒラ坊!!」

小室坊の拳銃を渡されたヒラ坊がギャースカギャースカ吠え立てるので、ナイフを取り出して吼える。俺の脅しにヒィィィ!?と悲鳴を上げながら後ずさるヒラ坊。
ったく、興奮しすぎだろオイ。
シャコンと刃を戻し、袖の中へと仕舞い込む。
それを見た毒島嬢が眉根を寄せているのだが一体どうしたのだろう。

「…君は、何時もナイフを袖の中に仕舞い込んでいるが何故落ちてこないんだ?」
「企業秘密。そっちのほうが格好良いだろ?」
「…そうか」
「そうだよ」

二人で顔を見合わせ、笑う。
――――或いは、平和な世界でこういう青春を謳歌したかったものだ。
さて、と立ち上がり皆のほうを向く。
願望や理想はままあれど、既に再開を歓喜する時は過ぎた。今からは、この先の話だ。






「ま、大体そっちの状態はトランシーバーだとかで分かってるしそう説明する事も無いんだけどなぁ。それとヒラ坊、お前はいい加減拳銃を仕舞え」
「あだっ!!」

銃を取り上げ、ヒラ坊の頭を引っ叩く。その後「返してよー」と縋りつくヒラ坊に拳銃を仕舞いこませ、皆のほうを見る。
とりあえず橋の上から、下へと移動した俺たちであるが、正直トランシーバーによる情報の遣り取りを行っていたので、互いの現状確認は不要なのだ。

「にしてもまぁ、川も増水してるしどうするよコレ」
「上流に行っても、どうしようもならないわね」
「ですよねー」

高城嬢の言葉に同意する。市外に出る方法を模索してみるが橋は使えないし、この川の勢いでは泳いで渡るというのも無理な話だ。
市外に出ても安全なのかは知らないが、少なくとも外部の状況を知れるだけで行動の幅が広がる。
だがそれは無理、と。
どうするかねぇと一同で考えているところに、鞠川先生が一つの提案を出す。

「あのー、今日はもうお休みにした方が良いと思うの」

鞠川先生が手を合わせながら言うが、中々に無茶を言ってくれる。
そりゃあなんぞ『歩いて大した距離も無いところに知り合いとか自室とかがあるのよー』てな感じのそういう展開なら分かるがね?
そんな御都合主義があるわきゃ―――、

「あのね?使えるお部屋があるの!歩いてすぐのところ!!」
「彼氏のへ「あんのかよ!?」…人の言葉遮るんじゃないわよっ!!」
「ごふぁ!?」

思わずツッコミを入れたら、思い切り高城嬢に蹴飛ばされた。いや流石にそういう展開は夢物語過ぎるだろうって思ったんで…。
とは言え八割言い終えた言葉はその意味を確実に鞠川先生へと伝達し、彼女には珍しくわたわたと慌てたような様子だ。
…この人、子供っぽい仕草が似合うなぁ。

「ち、違うわよ!!女の子のお友達の部屋だけど、お仕事が忙しくて何時も空港とかにいるから、カギを預かって、空気の入れ替えとかしてるの!!」

…ふむ。つまり、こんな感じか?

『いってらっしゃーい!!』

フリフリのエプロンドレスを身に纏い、はたきをクルクルと振り回す鞠川先生。…んー、あれだ、こう、何と言うか…。

「イメクラじゃねーんだよ」
「…石井、何となく考えている事は分かるが声に出すなよ」
「おおっと」

いしのなかにいる!…ちげぇよバーロー。
まぁ何にせよ、安全な場所があると言うのならばホイホイ付いて行かざるおえんな。

「マンションですか?周りの見晴らしは良いですか?」
「あ、うん!!川沿いに立ってるメゾネットだから!!すぐ傍にコンビニもあるし!」

ヒラ坊の質問に笑顔で答える鞠川先生。
果たして現状、付近にコンビニがあることは利点になりえるのかどうかとも思う。まぁ、食料が残っているのなら価値はあるか。

「あ!あとね、車も置きっぱなしなの!戦車みたいなの!!」
「わーい、すてきなまでにごつごうしゅぎーなんでもそろってるねー」
「…石井君、気持ちは分かるが素直に此処は喜んでおけ」

ジープか?ハマーか?ハンヴィーか?それともマジもんの戦車だったりするのか!?
そんな半ばヤケクソに近い思考で鞠川先生を凝視していた俺であったが。

「こーんなだよ!!」
「―――――おぅふ」

鞠川先生が手を広げると同時に、たわわな果実が揺れる。チクショウ耐性できてきたと思ったけどまだまだだったか。
ちょっと鼻血が出そうになったぜ…!!

「確かに今日はもうくたくたぁ…。電気が通ってるうちにシャワーを浴びたいわ…」
「そ…そうですねー…」

ヒラ坊、高城嬢の胸をガン見。気持ちは分かるがずっと見るのは三流だと俺を育てた傭兵の一人が熱く語っていた。
ほら、そんな風に見てるから思いっきり蹴り飛ばされる。
一流は、一瞬で網膜に焼付け脳内妄想へと昇華するらしい。

「そう考えると焼き付ける事しか出来ない俺は二流か」

一人そう呟き、しきりに頷く。一流はド変態の域だから俺はずっと二流でいいやと思う。
というかヒラ坊、気持ちよさそうな声を出してるんじゃ無いMかお前さんは。お前さんはあれだ、勇気で何とでもなると言っておけ。
とりあえず、何だ。

「小室坊。鞠川先生と一緒に、本当に部屋が使えそうかどうか見てきてくれんかね」
「最初からそのつもりだよ…静香先生!乗ってください」

あ、うん!と了承を返し小室坊の後ろへと乗る鞠川先生。それと小室坊、その果実でドギマギしてると嫁候補二人にドカバキされるぞ。
鞠川先生も分かっているのか天然なのか、しっかり抱きついてるし。
ああほらもう宮本嬢から黒いオーラ出てるし高城嬢はヒラ坊を蹴り飛ばしまくってるしどう収拾付けるんだよコレ!!

「…ま、いいか」

思考を投げ出し、地面に腰を下ろす。
結局全員、気が抜けているということだろう。
再開は、想像以上に皆をリラックスさせているようだ。良かった良かった。
そう思い、口に煙管を咥えてふかす。
―――――ああ、うまい。

~あとがき~
ギャグがこれ以上無く楽しい。でもそうすると学園黙示録っぽさが無くなっていくというジレンマ。
とりあえずISHI祭の弊害が此処に出たで御座る。ヒャッハーした石井君、暫くは大人しくしていると思われます。
精神安定の為にジョークとかぶっ放して蹴られたりするかもしれないけど。




~ヲマケというかその後~

小室坊と鞠川先生が帰ってきた、その後の事。俺たちは皆揃って鞠川先生の言う『友達』の家の前へと来たのだが。
…マテや、と言いたくなる。

「ハンヴィー!!それも軍用モデルだぁ!!」
「ねー?戦車見たいでしょー?」
「…おかしいだろ、絶対一般人じゃねーよ此処の人」

かつて戦場で見た事のある重厚な車体が、今眼前に存在している。
ツッコミたいがもう面倒臭くなって来ている。もう部屋の中に武器とか置いてあっても驚かねぇぞ俺は。

「一体どんなお友達なのよ…」

高城嬢が呆れたように言葉を発するので、自衛隊かなんか所属のお友達じゃねーの?と投げ遣りな感じで答えておく。

「…普通すぎる推測ね」
「それしか思い浮かばねぇからなぁ」

後はSATとかじゃねーの?
煙管を咥えながら言うが、趣味でこんなもん手に入れられるなら凄まじい金持ちか何かだぞ、その人。そんな人だったらヘルパーさんとか雇うだろうし。
ならば消去法で、ソレを手に入れられる正式な立場に居る人物としか思えない。

「<奴ら>は塀を越えられないだろうから、安心して眠る事は出来そうね」

宮本嬢が安心したような表情で言った。

「ふんむ…そいつぁ重畳。身体を休める事が出来るってのは、こういう状況下じゃ水よりも貴重だからしっかりと休んどけよ?」
「ともかく、早く―――ッ!!」

俺の言葉に続いた小室坊の言葉が詰まったのを見て、大体の予想が付いた。
上を見上げれば、<奴ら>。

「ホンット何処にでも居るのなあいつ等。やっぱGとかの親戚じゃないのか?」
「気持ち悪い事言うんじゃ無いわよ…小室、これでいい?」
「ああ、十分だ。下がってろ」

俺の言葉に反論しながら、高城嬢がバールを小室坊に手渡す。何だろう、バールって本来は武器じゃないのにナイフとか拳銃、真剣よりも強そうな気がするのは。
何はともあれ、ゆっくりと休むために最後の一仕事と行きますかね。
ナイフを取り出し刃を露呈。何時も通りに構えを取る。

「お互いにカバーしあう事を忘れるな」
「あいよ」

毒島嬢の言葉に軽く言葉を返し、視線を<奴ら>へと定める。

「――――行くぞ!!」

小室坊が門を蹴破りながら言う。戦闘可能な人員が、階段を駆け上る。
宮本嬢が突き刺し、毒島嬢が薙ぎ払い、ヒラ坊が射撃し、小室坊が抉る。俺も、近くに居た<奴ら>の首を刎ねる。
掴まれぬよう立ち回りながら、今朝方に小室坊が言っていた言葉を思い出す。

『…ようは、僕たちと同じさ』

自分たちも狂っているのだと言う発言。嗚呼、正しくそうだ。
単なる学生が、逃げるでもなく恐れるでもなくこの短時間で『戦う』という選択肢を選べるその思考。確かに今までとて戦ってきたが、ソレはあくまでも『逃走経路の確保』など逃げるための選択であった。だが、今の彼らは迷いなく攻めに出た。
昨日まで普通の学生だった彼らがだ。

異常、と言わざるおえない。

ソレほどに、この場の狂気が大きいのか。それとも、彼らには最初からその『適正』が存在していたのかは分からない。
だが、今は。

「…何があろうとも」

進むしか、無い。
そう一人呟くと共に、<奴ら>の頭を、叩き割った。




[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。【レッツエロス】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/08/27 20:44
~注意~
・作者の文章力は砂粒程度。
・石井君大暴走。
・自己解釈含まれます。
以上の事が許容できる方のみスクロールしてください。
許容できない方はより素敵な記事へとマッハ4の速度で行くべき。
























――――――息子が迷惑かけそう。詰まる話、性欲を持て余す。

『全世界に蔓延しつつある、いわゆる殺人病のあまりにも急速な感染拡大により、我が国を始め各国の政府機関は成す術も無いまま崩壊しつつあります。我が国における殺人病に関しては、既に二百万を超えておりその強大な感染力とシステム麻痺の影響から一両日中に一千万に達するものと見られています。尚、大きな犠牲を払いつつ放送の維持に――――』
「どーこ見ても同じようなニュースばっかりだなぁオイ。しょうがねぇ事だが、気が滅入るわこりゃ」

ピッ、とテレビのスイッチを押し電源を切る。
ごろりとフローリングの上に寝転がり、天井を見ながら思い出す。
<奴ら>を切ったり突いたり抉ったりしながら、先生の『お友達』の家に入った俺たち。
此処に辿り着いて女性陣がまずやり始めた事は、

「風呂、ねぇ。あー、俺もさっさと風呂入りてぇなー。キンキンに冷えたビール飲みながら焼き鳥とか食いてーなー」

親父臭いと言う無かれ、マジ最強の組み合わせだからアレ。何かもう想像するだけで涎出てくるんだけど、どうしようこれ。
あんましアルコールに強いわけじゃねぇから沢山は無理だが、あの一時は幸せだ。

「ヤッベ、マジどうするよオイ。なぁ小室坊、ヒラ坊」
「お前は寝転がってないで手伝え石井!!」
「いや、お前ら二人で十分だろ。三人目とか蛇足じゃねーか完全に」
「あははは…そうだね。二人のほうがやりやすい、かな?」

ほれみろーと小室坊を指差しながら言う。それにお前、俺だって頑張ってるんだぜ?
風呂場から聞こえてくる女性陣の楽しそうな声に引き寄せられ思わず身に言ってしまいそうになる謎の衝動を押さえつけているのだから。

収まれ俺の右腕ならぬ、収まれ俺の息子と言った心境であった。





 第六話   ~銃とエロスと鼻血の巻~





それは置いといて、今、小室坊たちがやっているのは何かと言えば。

「やーれやれ、まさかとは思ったが武器まであるとはねぇ…現状では至れり尽くせりと言うか何と言うか、ねぇ?」
「役に立つんだからいいじゃないか、そんなの」

そうだがねぇ、と小室坊の言葉に返す。此処まで上手く行き過ぎると、後で良からぬ事でも起きないかと心配になるのだ。
人生、山有り谷有りとも言う。
良い事があれば悪い事もあるというわけだ。
…今までがずっと谷だったから、山が出てきたのやも知らんが。

「それじゃあ行くぞ」
「ガンバレー負けんなー力の限りやってやれー」
「力の抜ける応援するんじゃねぇよ!!」

武器が入っているだろうロッカーをこじ開けようとしていた小室坊たちだが、ついぞ最終段階に入ったようでバールによる開封が行われようとしていた。
とりあえず応援してみるが、怒られた。ガッデム。
気を取り直したらしい二人は、力を入れるタイミングを計っている。

「「一、二ぃの、三!!」」

ガコン、とロッカーの扉が開く。勢いを付けすぎたのか、二人がそのまま前方へと倒れこむ。
二人を無視しひょいと覗けば、中には大型銃火器がずらり。
オイオイ、どう見ても日本じゃあ不味そうな代物がゴロゴロとあんじゃねぇのよ。

「コイツァ…」
「いってて…ん?オイ平野」
「ん、ん?…!!!!」

倒れていた状態から、俊敏な動きで立ち上がるヒラ坊。その勢いに押され、一歩下がるが…、

「やっぱりあったぁ!!」
「ヒラ坊、お前さんラスボスみてーな面してんぞ今」

ヒラ坊は何かこう、凄まじく邪悪と言うか何と言うか筆舌に尽くしがたい顔面を晒していた。あれだ、潰れたカエルを凄く邪悪にするとこうなるかもしれない。
そんなに武器を発見したのが嬉しいのか。

「…静香先生の友達だって言ったよなぁ、此処の人。一体どんな友達なんだ?」
「高校時代の友達とかそんなんじゃねぇの?現状、自衛隊とか」

小室坊の言葉に俺なりの回答を返す。…道中、SATの隊員だとか聞いた気もするがまぁ良いか。
何処かで誰かがくしゃみをした気がするが、気のせいだろう。
とりあえずこれ等の名前は確か…。

「スプリングフィールドM1A1スーパーマッチに、ナイツSR-25狙撃銃…じゃなくてAR10Tを改造したのかコレ?それにこのクロスボウ、バーネットワイルドキャットC5…だったかねぇ?」
「…お前、良く知ってるな」

元本職です、とは言えない。間違いなく頭おかしい人物と思われるだろうし。
それとヒラ坊、『同士発見!!』みたいな眼でこっち見るんじゃねぇよ。俺は生きてたら何故か覚えただけでありお前さんほど熱心じゃねぇよ。
小室坊が何と無しに手に取ったのであろうショットガンを見れば…。

「ソレはぁ!イサカM37ライオットショットガン!!アメリカ人が作ったマジヤバな銃だぁぁ!!」
「あっらー、何でこんなのが此処にあんだよオイ。確かベトナム戦争だとかで活躍したような銃じゃあ無かったかね」
「そう!!その通り!!石井君も銃に興味あるの!?いや、石井君なんて他人行儀な呼び方はやめよう!!そう、君は、同士・石「やかましいわこのすっとこどっこい」ぽふぁッ!!」

ゴツン、とテンション上がりすぎなヒラ坊に拳骨を落とす。…ったく、ホントにコイツは銃の事となると人格変わったみてぇになるなオイ。
と、そんな事をやっていればジャコン、と音がする。
其方を見てみれば小室坊が此方に向かってライオットショットガンを構えている。
…空だと分かっていても、やはり恐ろしいものだ。

「…小室坊、弾丸入ってなくても人に銃口を向けるもんじゃねぇぞ」

取り合えず手で銃口を退かしつつ、眉根を寄せて小室坊に注意する。
今の行動は、銃を扱う上でやっちゃあいけない手本として最初に上がるようなものだ。

「そう!!銃口を向けて良いのは…」
「…<奴ら>だけか…本当にそれで済めばいいけど…」

ヒラ坊の言葉を引き継ぎ小室坊が視線を下げつつ言う。たぶん、『もしも』の時を考えているのだろう。
狂っているとはいえ、人にもコレを向けなければ成らない時が来るのでは無いかと。
恐らく、と言うか確実にそうなるのだろうが。

「…無理だよ。もっと、酷くなるんだから…」

どうやらヒラ坊も同じ考えであるようだ。
まぁ、確かに無理だろう。
きっと狂った生者は<奴ら>以上に俺たちを苦しめるだろう。それはほぼ確定事項であり、これから先まず間違いなく起こりうる事態。
とは言え、此処で暗い顔してても始まらない。
そういうわけでこの話を打ち切りにしようとしたのだが…。
ヒラ坊が、口元を歪めて言った。

「この戦争には、和平交渉も降伏も無いよ…」
「…やっぱりな」

ヒラ坊の言葉に、小室坊も少し口を歪めて同意を口にする。…成る程、こいつ等は静かに、けれど確実に狂ってきているようだ。
現状を打破するにはそうならなければならないとは言え、未来ある若者が戦場を歩く悪鬼羅刹へと変化していくさまは、気持ちのいいものではない。

(――――まだまだ、俺も甘いね)

過保護とも言えるかも知れない。
既に戦争は軍人がやればいい、という状況ではないのだ。戦い、打ち勝たなければ無残な屍を晒すだけなのだから。

「だから」

下を向き考え込んでいる時だった。
ジャキン!!と。
マガジンをセットする音が、聞こえた。

が。

「格好付けてマガジンセットしても弾丸入ってないってのはシュールだよなぁ。安全だけど」
「同士・石井、弾丸を詰めるの、かなり手馴れてるね」
「だから同士じゃねぇっての」

そう言葉を返しながらも、弾丸を詰める作業に没頭する。かつてアレックスやマルスの手伝いとして、黙々と弾丸をマガジンにセットした事のある俺にとってこのぐらいは朝飯前だ。
速度は、ヒラ坊の大体二倍前後。
カチャカチャと弾丸を詰め込み、次のマガジンへと移っていく。

「小室坊、お前も手伝え。コレ面倒くさいんだから」
「あ、ああ…そう言えばお前ら、どうやってこんなのの扱い方学んだんだ?」

隣に居た小室坊にも弾丸を詰め込むのを要求すれば、了解の意と共に俺たちの銃に対する知識への質問が飛んできた。
ヒラ坊のほうは正直に言えるのだろうが、俺の場合はそういうわけにもいかない。
さて、どうはぐらかすかなと考えていれば。

「やっぱ、エアソフトガンとかか?」
「…まさか。実銃だよ」
「ほ、本物持ったことあるのかよ!?」
「ほぉ」

小室坊の代表的な例を否定し、実銃により学んだと答えるヒラ坊。それに小室坊は驚くが、俺としては然して驚きも無い。
銃を撃つ姿勢は、しっかりしていた。
単なる素人ではありえない事だったので、良く覚えている。

「アメリカに行ったとき、民間拳銃会社ブラックウォーターに勤めていたインストラクターに、一ヶ月教えてもらったんだ!元デルタフォースの曹長だよ…ッ!」
「…凄まじい熱意だなオイ」

マニア、此処に極まれりというやつか。
にしてもデルタフォースと来たか。かつては戦場で出会ったりしたこともあったのだが、凄まじい奴らであったと記憶している。
あそこの奴らは、俺が死んだ後も何処かで戦ったりしているのだろう。

「…お前って、本当にそういう方面だけは完璧なんだな…嫌われなくて良かった…」
「あははははは…」
「お前さんら、口動かす前に手を動かせ手を」

会話に没頭しているせいか、両隣の二人の手が止まっている。
俺はといえば話を聞いたり昔を思い出したりしている間にも手を止めず、黙々と弾丸をセットする工程を繰り返していた。
俺の言葉に、慌てたように二人が弾丸を詰め始める。

「…石井、お前はどういう理由だ?」
「企業秘密だ。形容しがたいというかたぶん話したら三日掛かる」
「じゃあいいや。お前、本当に話し続けそうだし」

小室坊はあっさり諦めてくれる。逆サイドのヒラ坊はとても聞きたそうな面をしているが、残念ながら話しても俺がキチ○イ扱いされるだけなのでやめておく。
そう考えていれば、小室坊が不意に口を開く。

「にしても、本当に何者なんだよ静香先生の友達。此処にある銃絶対に違法だろ」

そう言って、机の上に並べられた銃の数々を見ていく。
確かに普通の奴らが見れば、違法だと見えるのだろうが。

「んー、基本的には違法とは言えんのだよなコレが。パーツ自体を別々に買うのは構わんのだ」
「その後で、組み合わせたら違法になる」

俺の言葉を引き継ぎ、ヒラ坊が銃に対する知識を語る。

「でも警察の特殊急襲部隊、ほら、SATの隊員だって静香先生が」
「警官なら何でもありかよ…」
「国家権力最強説」

ヒラ坊の言葉に呆れたような表情で愚痴を零す小室坊。この日本でどれだけ国家権力が大きいのかを物語る事例であった。
まぁ、普通の人物で無いことは確かだろうが。
どこぞで聞いた話だが、結婚していない警官は寮にすまなければならないという規律があったはずだ。しかし此処の住人はこんな部屋を借りている。
ヒラ坊もその事に疑問を持っていたようで、先ほどの俺の思考をそのまま喋ってくれる。

「実家が金持ちか」
「付き合ってる男が金持ちなのか、ってぇ奴だな。考えによっちゃ汚職もありえるがね」

考えたところで何の意味も無いが、話題に上がった以上考えてしまうのが人間だ。
そんな会話をしていると、風呂場のほうから聞こえる声が更に大きくなった。

「…流石に騒ぎすぎかも」
「オイオイ、勘弁してくれよ。俺の色気に対する耐性が女性陣の嬌声によってメッキの如く剥がれてきてるじゃねーか。鼻血出るぞ」

いや、そういう意味合いじゃなくてね?とヒラ坊が言うが、そんな事は分かっている。今のは純粋に俺の心情を暴露しただけだ。
それにその答えなら、何時の間にか双眼鏡で<奴ら>を観察している小室坊のほうが詳しいだろう。

「大丈夫だろ。<奴ら>は音に反応するけど、一番五月蝿いのは…」
「…御別橋、か。ご苦労な事だね、まったく」

口に煙管を咥え、吸い込む。
警官やらが通行規制をかけてはいるが、果たしてソレに如何程の意味があるのやら。この異常事態で、人を押さえつければ何れ暴発を起こすかもしれない。
彼らもそれは分かっているのだろうが、そうする以外無い。
そして大を護るためには、小を切り捨てざるを得ない。十を救える事など普通無く、良くても必ず一を切る。場合によっては半分を切り捨てるのかもしれない。
正義感の強い警官、というのが居るかどうかはしらないが、市民を護るべき警官が市民を切り捨てる、というのは酷い矛盾であろう。

「…ホンット、面倒なこったなぁ…」






「何だよコレ…映画みたいだ…」
「地獄の黙示録に、こんなシーンが…」

双眼鏡を覗いた、小室坊とヒラ坊の台詞だ。俺も双眼鏡を覗かせてもらったが発展途上国における戦争の途中、ああいう景色は見た事があった為に二人よりもショックは少ない。
確か其処で、マルスを拾ったのだったか。

「あ、何だアレ…」
「どした?」
「テレビ、つけてみて」

何かを発見したらしいヒラ坊が声を上げ、テレビをつけるよう指示する。一先ず手近にいた俺がテレビの電源を点ける。
其処には、

『警察の横暴を許すなぁぁ!!』
『許すなぁぁぁ!!』

一人のおっさんの声を復唱する大多数の人間が移っていた。どうやら、警察隊に対するデモ行動が橋の上で起こっているようだ。

『我々はぁ!!政府とアメリカの開発した生物兵器によるぅ!!殺人病の蔓延についてぇ!!』
『ただいま、警察などによる橋の封鎖に対する抗議を目的としたらしき団体の人々が、シュプレヒコールを叫び始めました!!』

アナウンサーの解説が入るが、その間にも抗議は止まらない。
それにしても『政府とアメリカの開発した生物兵器による殺人病の蔓延』か。
随分と愉快な仮説を立ててくれる。

「殺人病って…」
「<奴ら>の事だろ、どう考えても」

二人が立ち上がってテレビを見ている中、一人寝転がりながら言葉を返す。

『団体メンバーから配られたビラによれば、彼らの主張は殺人病を蔓延させた者たちの糾弾する事です。日本、アメリカ両政府が共同開発した生物兵器が漏れ、このような状態になったのだと―――』
「正気かよ!?何が生物兵器だ!!死体が歩いて人を襲うなんて現象、科学的に説明がつくはず無いのに…」

小室坊。この街が既に『正気』と言う言葉から懸離れているのは、お前さんもよく知っているだろうに。そう思いながら視線をずらせば、ヒラ坊も何やら考えている様子だ。
そして、口を開いた。

「という事は連中、設定マニア「そうじゃねぇ。ああいうもんなんだ、混乱に陥った人間てのは」…え?」

ヒラ坊の言葉を遮り、どっこらせと起き上がり背後にある大きなベットに座り込む。
困惑した表情の二人を見る。さて、どう説明しようか。

「ふんむ…そうさな、小室坊、俺の体重分かるか?」
「え?い、いや、分かるわけ無いだろ…」
「だろうな。んじゃあ、その『分からない』に対してイライラしたりするか?」
「するわけないだろ、どうでもいい事なんだから」

小室坊が呆れたように言うが、現状で最上の答えだ。感謝しよう。
次にヒラ坊の顔を見て、問う。

「ヒラ坊、お前さんの目の前に銃があるとしよう。興味が引かれるか?」
「もちろん!!」

眼鏡を凄まじい勢いで輝かせるヒラ坊。想像以上の食いつきに若干引く。

「そ、そうか…だが、お前さんはその銃について何も知らない。そして調べる方法も無い。どう思う?」
「それは…ちょっと気分が悪いかなぁ…」
「オーケー、ソレだ」

は?と二人が同時に疑問の声を漏らすが、まぁコレだけじゃあよく分からんわな。
ひとまず自分の右側へと二人を座らせ、良いか、良く聞けよ?と前置きし、語る。

「どうでもいい事は、分からなくても何ら問題ないんだ。何せ、元々興味が無いからな。だが、興味や利点がある事に対しての『出来ない』『分からない』というのは、人にストレスを抱かせる。つまり」

其処で言葉を区切り、眼前のテレビを指し示す。映っているのはやはり抗議団体で、尚も御別橋の上でデモを行っている。

「あいつ等の状況は、正しくソレだ。何でこんな事態になっているのか、それを知りたいけれど情報も何も無い。危険から一刻も早く逃げ去りたいのに、それも警察隊によって止められている。分からない、思い通りに行かないという状態はあいつ等に極度のストレスを与え、そしてその蓄積されたストレスをぶつける相手は…」
「警察隊、延いてはその背後に居る政府…って事?」

ヒラ坊の言葉にコクリと頷く。
恐らくアメリカまでも標的としたのは、最も分かり易く身近な友好国であったからだろう。

「ただ、そのままじゃあ<奴ら>が存在する事へのストレスは消えない。交通規制を糾弾できても、命そのものを脅かす<奴ら>…まぁ、あいつ等の言葉で言うなら殺人病か。ともあれ、ソレは糾弾できずずっとストレスを溜め込む事になる。だから、結びつける。何の因果関係も無いであろう二つを、自分の中で形成した仮説によって繋ぎ合わせ『現状の原因』を作り上げる。糾弾して然るべき、と自分自身を納得させるためにな」

ストレスを生み出す主な原因は、<奴ら>と交通規制を行う警察隊。
普通に考えれば小室坊の言ったように<奴ら>が動く科学的根拠が無い以上『生物兵器』なんて考えは生まれないのだが、この状況下で『普通』は通用しない。だから彼らはこの状況を『生物兵器の被害』と考えた。
そしてその被害から逃げる為の行動を妨げる警察隊、或いはその背後の政府。<奴ら>と何の繋がりも無いだろうこれ等を、ストレスは繋ぎ合わせその捌け口を形成。恐らくは誰か一人の根も葉もない仮定が他の民衆に伝播し現状に到る、と言ったところか。
そこまで話し終えたところで、

パァン、と。

銃声が響いた。当然、橋のほうからだ。
それでも尚、テレビでのデモ放送は続いている。
とっとと逃げたほうが安全だというのに、相当狂気に飲まれているようだ。

「己の危険すらも分からん、か…ん?」

不意に、テレビの中に一人の警官が移りこむ。その警官はデモを扇動していたおっさんの肩に手を置き、意識を其方へと向けさせた。

『直ちに去りなさい』
『あぁ?』
『此処に居ては貴方たちも危険だ』

そう忠告する警官に対し、おっさんが喚く。

『詭弁だぁ!!お前たちはぁ!!政府とアメリカの陰謀を隠すためにぃ!!』
『もう一度言う』

初老に差し掛かったであろう警官が、重みのある声で言う。
ある意味、この警官も狂っているのだろうか。こんな状況で、デモ隊に対してまで警告を促そうとするというのは。
警官、という職種の人間を良く知らない故に、真実は分からずじまいだが。

『解散しなさい』
『断固拒否する!!帰れ!!』
『帰れ!!帰れ!!帰れ!!』

警官の通告に、罵声で返すデモ隊の面々。やはり正常とは思えない対応だ。

『我々は』

警官の顔色は見えない。カメラの位置関係から、その背中しか見ることは出来ない。
ただ、何と言うか。

『治安維持の為に、必要な全ての手段を取れと命じられている。法律的には怪しいが…』

その背中からテレビ越しに伝わる感情は、怒りと言うか、悲しみと言うか、色々な感情が入り交ざっている…ような気がする。

『命令は、絶対だ』
『へぁ?』

パァン、と。
拳銃を取り出し、おっさんの脳天を打ち抜いた。
周囲の罵声はなりを潜め、恐怖を示す狼狽の声が一つ上がり、次々に連鎖していく。
カメラが、仰向けに倒れ死亡しているおっさんを映し出し、その周囲に人が集まってきたところで映像は途切れた。

「…どうにもならなくなってる…」
「やばいな…」

ヒラ坊と小室坊が焦りの声を上げる。
大を生かすために小を殺す。恐らくあのおっさんは、『お前らもこうなりたくなかったら大人しく此処から立ち去れ』という警告の為に殺されたのだろう。
少なくとも、あそこに留まっているだけでは死ぬだけだっただろうし。
テレビの電源を消した小室坊。此処からすぐに脱出したほうがいいのではと提案するが、ヒラ坊がそれを制止する。

「明るくなって、視界が確保できるまで待つしかねぇよ。暗闇からガブリ、何てことも有りう…ッ!!」

言葉の途中で、背後から気配。反射的に袖からナイフを取り出し飛び退るが…。

「あぁん」
「…は?」

後ろから伸びてきた手は、しかして俺には掠りすらもせず空を切る。
その手の正体は。

「なぁーんでよけるのぉ、いしいくぅん」
「…寧ろアンタが何なんだと問い掛けたいんですがね鞠川・静香先生?」
「石井、鼻血でてるぞ」

ウルセェ小室坊。俺の耐性は金メッキレベルでバリバリ剥がれるんだよ、こんな素敵ボディーの人が、バスタオル一丁で現れたらお前。

「性欲を持て余す」
「直球すぎるだろお前!!!」

此方まで瞬時に移動してきた小室坊に頭を引っ叩かれた。何をする、事実を言ったまでだ。
と、そんなコントをやっている間に鞠川先生は女豹のポーズで此方へと近づいてくる。

「オイちょっと待て落ち着け先生どうした何があったアレか若い子等の恋愛話についていけず自棄になったかオーケー大丈夫だアンタはまだ若い寧ろ二十七歳と言うのが信じられないレベルで精神年齢も正直低いような気もするが何はともあれこっち来るんじゃねぇ!!鼻血が!!息子がぁぁぁ!!」
「おとなしくしなさーい♪」
「ぬおぉぉぉ…ん?」

段々と近づいてくる鞠川先生に戦慄し、眼前に来たあたりである事実に気付く。
この臭いは。

「酒飲んでんじゃねぇかオイ!!酔った勢いでとか一番性質が悪いぞ!?出来ちゃった婚とか最悪の部類に入るぞ!?てか俺にも酒寄越せオンドリャア!!」
「きゃいん!」

ビシィッ!!と頭部に手刀を叩き込めば、子犬の如き声を上げ俺から離れていく鞠川先生。しかし別の獲物(こむろぼう)を見つけたようでめげずに擦り寄っていく。
…あ、小室坊が胸揉んだ。

「いーけないんだーいけないんだー、よーめーに言ってやろー」
「今のは不可抗力だ!!てか誰だよ嫁って!!」
「ああ!?宮本嬢と高城嬢だよ天然ジゴロ!!」
「お前は俺を殺す気か!?」

バーローお前、こんな楽しい状況を誰が終了させるかよ。大丈夫だって、死なない程度に加減はしてくれると思うから。
そして何時の間にかヒラ坊にも襲い掛かっている酔っ払い教師。
見境ねぇなマジで。
あ、アイツも鼻血吹いた。でもキスか、キスなら仕方ないね。
鼻血吹いてぶっ倒れたヒラ坊を見て、一仕事終えたように顎の下を腕で拭い、

「…んっふ」

…いかん、舌なめずりがエロすぎるんだけど何アレ天然の生物兵器?俺としては<奴ら>なんかよりも眼前の酔っ払い教師のほうが恐ろしい――――ッ!!

「エロス最強伝説始まった……ッ!!」
「石井お前さっきからキャラおかしいぞ!?と、ともかく先生。大声は駄目です、下へ行ってください」
「えー、だめぇ!しづかおそとこわいからぁ!ずーっとこうしてるぅ…」

酔いが回ってきたのか、言葉を言い切る前に眠りかける鞠川先生。
よし、今のうちだ。そう思い、先生をベッドで寝かせるよう誘導していく。

「はーい、よい子はお寝んねの時間ですよー、ほーらベッドの中入って寝ましょうねー」
「んー…じゃあいしいくんもいっしょにねよーよー」
「喜んでッ!!」
「正気に戻れ石井!!」

ドゴスッ!!と、凄まじい衝撃と共に正気が戻ってくる。物凄く後頭部が痛いが今は気にしないでおくとしよう。

それにしても

「あぶねぇ、天然エロ生物兵器マジ凄まじい…!!まさか誘導しようとした俺の精神を逆に乗っ取るとはやるじゃねぇか…!!」
「えっへへーしづかすごい?」
「あーもーこいつ等は…あ、平野、見張り頼む」
「ふぇ?…へぐ…へう」

ガチャリとドアが開く音がしたので、其方を見てみればヒラ坊が外に出ようとベランダのドアを開けていたようだ。
ただし、何か呆けてるっぽい。

「はぁ…石井、俺が見張りしとくから、お前は先生を運んでくれ」
「オイオイオイオイオイ!!良いのかお前!?お前のスキル『ラッキースケベ』が発動したら嬉し恥ずかし目くるめく大エロスワールド発動するんだぞ!?それ棒に振って良いのか!?どっかの誰かさんはそういうもんを期待してるんだぜ!?」
「とっとと行けぇ!!お前にしがみ付いて静香先生離れないんだから仕方ないだろ!!」

なんだよー、じゃあ俺にしがみ付いてなかったらお前が言ったのかよエロスめ、と言ってやれば三度目の打撃を受けた。超痛い。
まぁ、下に降ろす事に反対するわけでも無いし良いか。
よっこらせ、と鞠川先生を背負い込む。

「太股の 感触知った 息子がドン…字余り」

俳句…いや季語が無いから川柳か。ともかく戯言を言うと同時に、鞠川先生が後ろに倒れかけるが即座に支える。
何?尻は触ったのかって?ンなわけねぇだろ!!俺は小室坊と違ってピュア且つノーマルスケベなんだよ!!ラッキーなんざ起こるわけ無いだろ!!







「オーケー、俺はこの背中の感触を一生忘れないだろう」

下の階に来たは良いものの、既に鞠川先生は眠っている。
とりあえず酒とかねぇかなーと思いつつも鞠川先生を背負って歩き回る俺。

「…何やってんの、石井君」
「ああん?酒とかねぇかなーって…何だ、宮本嬢か。そんな薄着でどうした?アレか?小室坊へのアプローチか?」
「んなッ…!!」

ウロウロしていたところに声を掛けてきたのは宮本嬢。随分と薄着――鞠川先生には負けるが――での登場だったので、思わず本音を漏らす。
狼狽しているが図星なのか、それとも想定外の言葉だったからなのか。
どっちでもいいけど。

「小室坊たちなら上に居るぞ。一応ヒラ坊も居るから気をつけろよ」
「何に対してよ!!まったく…ホント、頼りになるときとそうでないときの差が激しいわね」

そういう性分なもんでね、と短く告げる。そんな俺の横を素通りして行く宮本嬢だが、脚がふらついているようだ。
コレはもしや…と思った矢先、上の階から、

『わー!!たかしがさんにんいる!!』
『はぁい!?』
『いきなりふえたぁ!!』

と言う声が聞こえてきた。もしかして風呂に入った女性陣、全員酔ってるとかじゃ無いだろうな。
もしそうなら、そうなら…。
頬を赤く染めた、薄着の女性陣―――!!

「イケル!!全然オッケーじゃね!?」

あっるぇー!?全然良くねぇか!?と考えていたところで、半ば無理やり上げていたテンションを低下させる。
応接間と思われる場所に鞠川先生を寝かせ、シーツを被せる。風邪なんぞ引いてもらっちゃあ、困るし。先客として高城嬢が居たが、此方は既に眠っている。
煙管を取り出し、口に咥える。最近、随分とコレを吸う回数も多くなった気がする。
口に爽やかなミントの風味を吸い込み、吐き出しながら呟く。

「…適応してきてはいる、けれど堂々と耐え切れるほどのものでも無い、か。そりゃあ酒でも飲んで、思考回路放り出したくもなるわなぁ」

辛い事に、代わりは無い。
頼るものも無く、親の安否も不明、そんな状態で辿り着いた安心して休める場所。きっと其処で、色々なものが爆発したのだろう。
小室坊たちは変質が早かったのか知らないが、あまり『弱さ』を露呈しない。
それでも、思うところはあるだろう。

(マトモなのは俺ぐらいか?俺の場合、前提条件が異常なわけだが)

戦場を渡り歩いた傭兵、『何処かの誰か(ジョン・スミス)』。己の『息子』とも言える『仲間』を庇い、その仲間に看取られ死んだ男。
クソッタレなことも多い人生だったが、最後に良い事があったのだから良しとしよう。
ソイツが何の因果か、今は日本の学生だ。
異常であるが故に、異常に対して違和感無く受け入れられる。
寧ろこの状態に近いような場所ばかりを渡り歩いてきたのだから、本来はなりを潜めていた己の本性が露呈しただけで何も変わっちゃいない。

「…難儀なこったね、まったく」

とりあえず、腹に入るものでも作るか。
乾パンやらレーションなどはナップザックの中に入っているが、やはりマトモなものを食いたいというのは贅沢を知る人間の性。
冷蔵庫まで赴き、何か無いかと漁る。
その時だ。

「―――何だ、石井君か」
「…あん?その声は毒島じょ…」
「もうすぐ、夜食が出来る。明日のお弁当もな」

思わず、声のするほうに視線を向けてしまった。
ソレが良い事なのか、悪い事なのかと聞かれれば判断に迷う。
何せ、無言のままに鼻血がボタボタと垂れてきているし、硬直した際に冷蔵庫を開けっ放しにしているのだから。
唯、眼前にある物を言葉にするのならば。









「――――――――――漢の、ロマン―――――――――ッ!!」









輝かんばかりの肌色と白、そして申し訳程度の黒が艶めかしい肢体を覆う。
ようは、裸エプロン。初めてやらかした人物は、天才だと思う。
尚、コレは通常のエプロンでは無くフリルのついたエプロンであってつまり何だ、あれだよ、ああいうのは、そう―――、

「―――新妻スタイルッ!!」
「どうした?」

どうした、じゃねーよおんどりゃあ。寧ろこっちが聞きたいぐらいだべらんめぇ。

「取り合えず拝み倒して宜しいでしょうか?」
「何を言ってるんだ君は」

合掌し、九十度の角度でお辞儀する俺に対し、困惑した声を上げる毒島嬢。いや、あまりの神々しさに思わず欠片も無い信仰心が目覚めてしまいまして。
この人を御神体として象れば、多分日本中の半数の男は拝み倒すと思う。或いは女性ですらも拝むかも知らんねコレは。
三流の行動であるにも関わらず、ジーッとその服装を見つめているとやっと気がついたのか自身の着用するエプロンに触れる毒島嬢。

「…ああ、もしかしてこの格好か?合うサイズのものが無くてな、洗濯が終わるまで誤魔化していたのだが…はしたなさ過ぎたようだな」
「そうですね胸を揺らすな俺のリビドーが蝶・エキサイティン!!して全身タイツを着用したくなる」

すまない、と謝辞を述べる毒島嬢ではあるがどっちかと言えば俺のほうが謝罪したほうがいいんじゃあねぇかなぁ、と思わなくも無い。
というか毒島嬢まで酒飲んでるってぇわけじゃ…無いみたいだな。
一先ず思考を切り替え、エロスを遮断。色即是空空即是色。

「…ったく、何時来るとも知らん<奴ら>への警戒は無いのか?」
「小室君と平野君が、警戒してくれている。評価すべき男には、絶対の信頼を与える事にしているのだ、私は」
「然様で」

その原理で言うと、今の中に名前が入って無い俺は評価に値しないって事だよなーと思うが、まぁそれもそうかと思う。
あんな場所でどうでもいい事にプッツン来て暴れまわる醜態見せるような男、評価に値するわきゃ無いよなぁ。ちと寂しくも思うが、仕方が無い。

「軽く気落ちしているようだが、私は君も評価しているぞ?」

え?何故に?という疑問が顔に出ていたのか、毒島嬢は煮物の火加減を見つつも俺に対する評価を述べていく。

「君は、何時も周囲を見ている」
「…ふむ」
「周囲の緩衝材となり、有事のときに備えた作戦を立て、危険な場所に立つ。縁の下の力持ち、とでも言うのだろうな」
「そりゃあ当たり前だろ。現状、喧嘩やらで不和を生んでも意味は無いし、最悪の事態を想定してそうなら無いように頑張る、武器らしい武器持ってるのは俺だけ。評価するレベルにゃあ、入らんと思うのだがね」

頭をカリカリと引っ掻きながら言えば、心底可笑しそうに毒島嬢が笑っている。馬鹿にされているわけではないのだろうが、釈然としない。

「フフッ、いや、すまない。そういう事を無意識に出来る時点で、私は凄いと思う」
「そーいうもんかね?」

考えてみれば昔、マルスやペーターに『隊長は自己評価が低すぎる!!』とか言われたような気がするが俺ほど自画自賛するような奴も居ないと思う。
カートのときとか、滅茶苦茶「俺Sugeeeeeeeeeee!!」みたいなテンションだった覚えがある。

「それに…」
「それに?」
「―――君だけだ、未だ平静を保っているのは」

言葉が、途絶える。ぐつぐつと煮物を煮込む音だけが響くばかり。
溜息を一つ吐き、此方から言葉を発する。

「…気付いてたのか、お前さんも」
「まぁ、少しだけだがな。皆、少しずつこの世界に適応してきている。他者を傷つけることに対して、然したる忌避を覚えなくなってきているのだ」
「そうさなぁ」

ロッカーを開け、銃について語っていたときの小室坊たちはその最たる例だろう。
人を撃たなければならないかも知れない、という事実があっても深く絶望したような表情も無く、寧ろ何処か好戦的な笑みすらも浮かべていた。
しかし。
彼らの変質は分かり易いが、しかして今の俺を平静と判断するのは何処なのか。
その理由を、問う。

「なぁ、毒島嬢よ」
「何だ?」
「――――何で、俺を平静だと思った?俺とてお前さんらと同じく<奴ら>を斬る事に迷いは無いし、他者を傷つけることに忌避を覚えるほど甘っちょろい精神してねぇぞ?」

そう問えば、毒島嬢は一度軽く俯き、しかしすぐさま顔を此方に向けて言った。

「半ば、勘に近いものだ」
「勘、か」

ああ、と毒島嬢は短く返す。
勘というのは中々に侮れないもので、存外に良く当たる。

「勘なら仕方ねぇやな」
「納得するのか、それで」
「嘘を言っても得は無い、言われたとしても興味が無い。そういう事だ」
「…豪気だな、君は」
「元より評価を聞きたかったわけじゃあ無いからな。聞いたところで『ああ、そういう評価か』程度にしか思わない。他人の評価で一々テンション上げ下げしてたら、身がもたねぇよ。俺たちは生き残り、逃げ延びるためにこうして英気養ってんだろ?それなら、此処でテンション上下して不安定な精神状態になるなら無駄な思考は捨てて置くって話だ」

そう言って煙管を咥えようとしたが、止めた。
特に吸いたい理由があるわけでも無いし、今は吸う必要も無いだろうと思い直しただけだ。
段々、話し終えた後にコレを吸うのが癖になって来ているのかも知れない。
そんな俺を見ながら、毒島嬢が言う。

「本当にぶれないな、君は。生き残る為に、尽力するところ姿勢が」
「そりゃお前さんらも同じだろ」
「………そう、だな」

少々、毒島嬢の言葉の歯切れが悪かった。
―――あの『笑み』と関連があるのだろう、と推測するが今はまだ聞かなくていい。或いは彼女が話してくれる時期を待てばいい。
現状、困る事など無いのだから。

「…毒島嬢」
「何だ?石井く…ん?」
「眼福と同時に眼の毒だ。俺の制服着といてくれ」

上着を脱いで、手渡す。自前のナイフはポケットに仕舞い込む。
ちなみに俺が制服の下に着ているのはアンダーアーマーと呼ばれるインナースーツだ。身体のラインがかなり浮き出るものだがその分動き易く、傭兵時代もジャケットの下に着ていた。
それにしても、毒島嬢がポカーンとしているがどうしたのやら。

「どうしたー毒島嬢ー。…ハッ!?アレか、俺の着た制服なんて汗臭くて着れないってか!?」
「え?あ、いや!違う!そうではなくてだな!!」
「んじゃ、どうしたよ」
「想像以上の体つきをしていたものだからつい、な」

筋肉フェチだったりするのか、このお嬢さんは。
一応、無駄は出来るだけ削ぎ落とすよう気を使ってトレーニングしたせいでムキムキには見えないものの肉体の強靭さは中々のものだと自分でも思う。
近接武器を振るうには、丁度良い。
そう考え、不意に視線を毒島嬢に戻すが…。

「―――オウフ、破壊力倍じゃねぇか」

さっきまで止まっていた鼻血が、また流れ始めた。
裸エプロンに若干丈の長い男子制服を着る大和撫子風女子高生…属性詰め込みすぎじゃね?
俺が鼻を押さえていると、毒島嬢が何度目かの微笑を漏らす。

「……君は、本当に不思議な男だな。頼りになると思えば、今のように情け無い姿を晒すこともある。どちらが、君の本質なのやら」
「そう言われても、俺は最初からこういうスタンスで来てると思うんだが?」

俺がそう返せば、やはり君は変わっていないのだな。と返す毒島嬢。女性への耐性がメッキ程度に出来た事は変わったに入らないのだろうか。

「ま…あれだ、今更過ぎるんだが…手伝う事あるか?毒島嬢」
「いや、大丈夫だ。というか、君は料理ができたのか?」
「まぁ一応な。大したもんは出来んが、肉じゃがやらオーソドックスなもんは大抵出来る」

コレは自分が『何処かの誰か』であった時代にも料理をしていたことにも由来するが、石井・和として生を受けてからは更にレパートリーは増えた。一般的な料理ならば、一通り作る事が出来る。

「そうだったか…」
「そうだったのさね。んじゃ、手伝う事が無いなら俺は上に戻るかね。評価を上げてもらうためにも」
「ああ、そうしてくれると助かる―――ああ、それと」
「ん?」
「これからは、冴子と。そう呼んでくれ」
「―――――」

――――あまりにも。そう、それはあまりにも唐突な言葉で――――

「了解した、さっちゃん」
「…あまり了解していないようだが」

とりあえず、冗談をかましておいた。
苦笑する様も美しいとは、美人とは本当に得なものだなと、そう思った。









ベランダへと出た俺だが、双眼鏡を覗き鼻の下を伸ばしながら鼻血を垂らすメタボが居た。
初見の人が見たら間違いなく通報されるレベルである。

「…えへぇへへ…」
「ヒラ坊、鼻血鼻血」
「うおっ!?ど、同士・石井か…何時の間に…」
「ついさっきだ。階段でイチャこいてる男女二人組を無視して此処まで上がってきた。それと何回でも言うが同士じゃねぇ」

あー、あの二人かぁ。と呟くヒラ坊の横で、周囲を見渡す。
相変わらず意味の無いうめき声を上げながら夜の街を徘徊する<奴ら>。
果たして<奴ら>を動かす原動力とは、何であるのか。

「分からんなぁ…」
「何が?」
「<奴ら>を動かす『モノ』。ウィルスなのか、はたまた呪術的なもんなのか」
「そんな、呪術なんて非科学的な…て、<奴ら>に科学を当てはめても意味は無いね…」

そう言う事、と返しながら思考を回す。
現代科学では不可能な事象、かといって近未来の科学でどうにかできるのかと言われると知らんとしか答えられない。俺は研究者では無く元傭兵であり、現学生。そんな死者を動かすプロセスがどうこうと分かる立場ではない。
ならば、非現実的な考え方ではあるが呪術などが働いていると考えるのも仕方の無いことではなかろうか。
意識を周囲に向けながらそんな事を考えていると、異常が目に付いた。

「…ん?」

何やら、御別橋の上が騒がしい。暫くの間は静寂を取り戻していたため、嫌でも注意を引く。
耳を澄ませば聞こえてくるこの音は、重機か何かの駆動音だろうか。

「ヒラ坊、双眼鏡貸してくれ」
「え?あ、うん。ほら」
「サンキュ」

双眼鏡を構え、御別橋の上を確認する。
其処には。

「――――オイオイ、マジか」
「どうしたの、石井」
「警察隊の奴ら、トンでもねぇ事を思いつきやがる」

見てみろ、とヒラ坊に双眼鏡を渡す。
その光景を見たヒラ坊も、息を呑んでいるようだ。
今、橋の上で起こっている事は。

「ブルドーザーによる、生者も死者も関係ない駆除作業…てか」

車を撥ね飛ばし、<奴ら>を撥ね飛ばすドーザー。生きている者も、何人か巻き込まれつつあることを隣のヒラ坊が教えてくれる。

「そんだけ、切羽詰ってるってぇ事でも、あるか」

平和、沈静化の為とは言えあまりにも非人道的な手段だ。或いは、責任に耐え切れなくなった自殺者も出るかも知れん現状だな、と思う。
そう考えているとき、下から何かが聞こえてきた。

「…犬?」

ハンヴィーのすぐ下辺りに、白い点のようなものが在る。
ワンキャン吠え立てる子犬が、視線を下げた直ぐ其処に居る…ということは。

「ヒラ坊」
「分かってる」

静かに、しかし迅速にベランダに立てかけてあった銃を手に取るヒラ坊。逆に俺はベランダから離脱し玄関先へと向かう。その途中、小室坊とすれ違ったがそれはどうでも良いことだ。
玄関に脱いできた靴を持ち、すぐさままた上の階へと上っていく。

「…まっずいなコリャ」
「…まずいね」

ヒラ坊、小室坊と共に下を見る。
吠え立て続ける犬の声に釣られた<奴ら>が、山のように、其処に居た。


~あとがき~
エッロース、エッロースの巻で御座った。
結局石井君が色々と変な方向にぶっ飛んだけど気にしないで下さい。
さぁーて次回はワンコロとヨウジョの巻。
そしてアンケートでぃす。
①このままこのまま
②出直して来い!!
③俺、実はロリコンなんだぜ!?




[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。【ヨウジョとワンコ】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/08/28 15:58
~注意~
・作者の文章力は一ミクロン。
・石井君が格好付けた!!
・正直注意文のネタがなくなってきている。
以上の事が許容できる方のみスクロールして下さい。
許容できない方はより素晴らしきSSを見つけるためフライハイして下さい。















―――眼を逸らさず、皆と一緒に真っ直ぐ進め。きっと、希望は見えるから。

「どうすんだよオイ、この現状」
「確かに、状況は悪化しているな」

目線を下げれば、<奴ら>とワンコ。
そしてその付近では<奴ら>と人が臨戦状態、恐らくこの家の明かりを頼りにやってきたのだろう。
あ、喰われた。
他のところも先ほど見回したが、明かりのある家には人が集まってきては<奴ら>の餌食と成っているようだ。
まぁそれよりも俺にとってまずい現状は―――――、

「さっちゃん、まだその格好か」
「そんな早く着替えられるわけ無いだろう?それと、さっちゃんはやめてくれ」

その格好をやめたらなーと言葉を吐きながら、視線を逸らし周囲を見渡す。
未だに冴子嬢の格好は裸エプロン新妻スタイル男子制服エディション、鼻血と息子がドーンとならぬように自制する俺のことも考えろチクショー。
しかし、真面目に酷い状況になってきたなこりゃ。
阿鼻叫喚の地獄絵図セカンドステージってところかね?

「チッ…チクショウ…!!酷すぎる!!」

先ほどの現状を知った小室坊が銃を手に部屋に戻ろうとする。
恐らくは、襲われている奴らを助けようと下に向かう気であるのだろう。
…しかして、不安定な精神だな小室坊よ。
スタンスが定まっていない、ということだろうか。

「小室!!」
「ッ!!何だよ!!」
「撃ってどうするつもりなの!?」

しかし部屋へと入ろうとする寸でのところで、ヒラ坊が引き止めた。
撃ってどうするつもり、正しくその通りだ。
…人を助けたところで、利点は無い。
寧ろ銃声が<奴ら>を引き付け狙われ易くなるだけで明らかにマイナスのほうが大きい。
他者を助ける、という心がけは平時であるなら美徳となるであろう。
しかし現状でソレを成すのは周囲の仲間を危険に巻き込むことに他ならない。

「決まってるだろ!!<奴ら>を撃って、みん「忘れたのか?<奴ら>は、音に反応するのだぞ?小室君」」

小室坊の言葉を遮り、冴子嬢が部屋の中へと入っていく。
そのままセンサー式のスイッチを指でなぞり、部屋の電気を落とす。

「そして」

カチャリとベランダのドアを開け部屋に入ろうとする小室坊のほうを振り返り、真剣な表情で言い放つ。

「生者は光と、我々の姿を目にし、群がってくる」

鋭く、理性的な眼光だ。
現実はそういうものなのだと、理解している眼。

「この状況下で比較的安全地帯に居るって事は、他者にとって何処までも羨ましい状況だからな。当然寄って来るさ」

ベランダのほうからゆっくりと部屋の中へ入って行きながら、冴子嬢の言葉に継いで言う。
冴子嬢の手前辺りで動きを止め、小室坊のほうを振り返る。
小室坊よ、と一つ前置きをし口を開く。
戒めの言葉を紡ぐために。

「俺たちはな、神でも仏でも無いんだよ。全ての者を救える存在では無く、どこまでも泥臭く、無様に生へとしがみ付く人間だ。…出来る事を出来るだけ、お前さんが言った言葉だ。俺は、それをいい言葉だと思ってる」

けどな、と否定の意を口にし睨みつける。

「出来る事と無茶を履き違えるな。今お前のやろうとしていることは単なる蛮勇だ。己の命のみならず、他者の命まで危険にさらす愚行と言える」
「何だと!?」
「――――じゃあお前さん、俺たちを全員護れるか?お前の行動によって引き起こされたあらゆる困難から俺たちを、自分の手だけで護り通せるか?」
「ッ!!…そ、それは…」

食って掛かる小室坊を、冷たく突き放す。
意地の悪い事だ、と自分でも思う。
―――護ることなど、不可能に決まっている。
そもそも困難というのは対抗策があるからこそ乗り越えられるものなのだ。
対抗策も無いまま突撃するのは無謀の極み、蛮勇である。
しかしこの異常事態で結果が分かる行動など限られる。
生者を助けたとて、果たして常人であるのか狂人であるのか、何も出来ない愚者かも分からない。
その結果、誰かが傷つくのかすら分からない。
故に。

「慣れろ。それしか、無い」

冴子嬢から双眼鏡を受け取り、小室坊へと差し出す。
出来る事ならば、こんな事は言いたくは無い。
戦争も、殺し合いも、本来ならば国の軍人やクソッタレな傭兵の仕事なのだ。
未来ある若者にそんな事はさせたくは無いし、慣れさせたくも無い。
だが、そうしなければ生きていけない時なのだ。

「…慣れろ、小室・孝。生き残りたければ、大切なものを護りたければ、無残な屍を晒したくなければ、慣れろ」
「………」

無言のままゆっくりと差し出された手の上に双眼鏡を乗せる。
――――――――人間とは、無力なものだ。




           第七話   ~ロリとワンコと覚悟の巻~




部屋から立ち去ろうとする俺の背中に、小室坊の声が降りかかる。

「…石井は、目の前で誰かが死んでも平気なのかよ」
「――――平気じゃねぇさ。だが、必要なら容赦なく切り捨てる」

振り返らずに言葉を告げる。
軽蔑したきゃ軽蔑しとけ、とだけ言い残し逃げるように階段を降りて行く。
階段の中腹辺りで座り込み、頭を抱える。
…嫌だ嫌だ、何を格好付けてるんだ俺は。
テキトーに言えば良かったじゃないか、死なんように気をつけようぜとでも。
何をあんな上から目線で言ってるんだ俺は。

「っかぁ~~~!!…駄目だねぇ、俺」
「―――いや、そうでも無いさ」

あん?と後ろを振り返れば、冴子嬢が立っていた。
階段の高低差の問題で、黒い布がチラチラ見えて凄まじい眼福具合。
―――モロ、というのも中々だがやはりパンツはチラッと見えるところにロマンがあるのか。
かつて仲間が熱く討論していた事に対して深い感銘を受ける。

「君が言わなければ、私が言っていたところだ」
「…そうかい。お前さんが言ったほうが、良かったかも知らんがね」
「何故、そう思う?」
「お前さんのほうが、皆に頼りにされてるだろ?」

そういう人間が言ったほうが、説教ってのは利くもんだ。
俺みたいな奴が説教かましたところで「馬鹿が戯言言ってんぞー」となるのがオチ。
そんな俺の言葉に、成る程と一度頷く冴子嬢。
しかしすぐ優しげな表情を浮かべる。

「それでも、ありがとう」
「礼を言われるような事なんざ、した覚えはねぇよ」
「憎まれ役を買って出てくれただろう?」
「勝手に憎まれた設定にすんじゃねぇっての。それに小室坊が俺を憎むかも知らんが、お前さんを憎んだかは分からんだろうに」

どうだろうな、と肩を竦める冴子嬢。
…推測であるが、きっと誰が言おうとも小室坊は誰も憎まない。
あの少年は、やらなければならないことをしっかりとやれる人間だ。
誰が正しい事を言っているのかを、しっかりと理解できる賢い少年なのだ。
故に、心苦しい。
そんな人間を、悪鬼羅刹の道へと放り込まなければならない事が、心苦しい。

「…難儀なもんだなぁ、マジで」

懐から薬用煙管を取り出し、吸い込む。
爽やかなミントの風味が口の中に広がるが、何時もよりも不味く感じる。
心の靄が、晴れない。
相も変わらず身内に甘い精神だ、と自戒する。
周囲には『それがアンタの美徳なんだ』と言われてはいたが、戦場に立つ者の心構えとしてそういうのは如何なものだろうとも思う。

「はぁ…いざと言うときにと靴も上に上げたが、そういやコレもう使いもんにならんのだよなぁ」

ぶらりと目の前に吊り上げるのは、底が磨り減りすぎて使い物にならない靴。
先走る事があったら、上から跳んでも大丈夫なようにと持ってきたものの結局使わずじまいで良かった。
もしコレで跳んでいたら、足裏の衝撃が凄まじかったであろう。
―――確か、靴箱に男性用のブーツがあった気がする。
何でだろうなぁと思いつつも、家を出るときは拝借させてもらう事にしようと決める。
ふと視線を逸らせば、何時の間にか同じ位置まで来ていた冴子嬢が俺の顔をジッと見ていた。
いや、コレは俺の顔と言うより…。

「…煙管が気になるのか?」
「え?あ、ああ、その、何時も吸っているが煙も出ないしどんなものなのかと…」

わたわたと慌てる冴子嬢に、ククッと笑みが漏れる。
こんな少女らしい一面もしっかりと持ち合わせていたのか、この女傑は。
薬用煙管だよ、と説明すれば首を傾ける冴子嬢。

「煙草の代わりに、ミントやらハーブやらが突っ込んであるのさね。俺はコイツが好きでね…吸うかい?」
「…いや、遠慮しておこう」

然様で、とだけ返し座り込んでいた段差から立ち上がる。
そのまま下に向かえば、高城嬢と鞠川先生は未だ夢の中であるようだ。
のん気というか図太いというか。
…それだけ疲れが溜まっていたのだろうなぁ、この二人は。
非戦闘員であるからこそ、襲われたら大した抵抗も出来ないという不安は如何程のものか。
既に他者を殺す術を知り無手でも数匹ならば<奴ら>を屠れる自信がある俺には、よく分からないものだが計り知れないレベルなのだろう。
二人の寝顔に少しばかり頬を緩ませながらも玄関先まで歩き、ブーツの有無を確認する。
…よし、しっかりとある。
この大きさならば問題は無いだろうと思うと同時に、こんな風に無防備な配置をしていて良いのだろうかとも思うが、武器とは違うだろうにと考えを改める。
その時だ。

バシュン!!と。

銃撃の音が聞こえた。
―――どうやら、やってしまったらしい。
音から判断するに、狙撃に適した銃を使用したのだろう。
だとすれば、ヒラ坊か。
はぁ、と言う溜息を吐くと共に何故か安堵する気持ちがある。
それはきっと、彼らがまだ『普通』の範疇にいてくれたからであろう。
自分からソレを捨てろ、そんなものは既に無いと言い続けていた癖に現金なものだと苦笑する。

「やれやれ…仕方のねぇ坊主だことで」

ブーツに制服を裾を突っ込み、靴紐を縛る。
シャキン、と刃を露呈させる。
ついでにロッカーの隅っこで発見したアーミーナイフをベルトに付けてある鞘から抜き取る。
ぼふりと後ろから何かが掛かってきたので後ろを見れば、冴子嬢。

「制服だ…行くのだろう?」
「行かにゃなるめぇよ。…馬鹿の後始末は、俺の仕事だ」

二人して静かに笑いあう。
最近、こういう事が多いように思える。
上から降りてくる音に眼を向ければ、小室坊と宮本嬢が居た。

「小さな子を助けに行って来る」
「だ、だったら私も一緒に…」
「いや、玄関で見張っててくれ。向こうへはバイクで乗り込む」
「でも…」

おーおーおー、お暑いことで。
青春真っ盛りと言うか何と言うか、死地に赴く夫を見送る嫁さんの図、てか?

「行かせてやれ。男子の一存なのだ」

冴子嬢が言い放った。
ホント、昔ながらの大和撫子ってぇ奴かいこのお嬢さんは。
冴子嬢に礼を言いながら、小室坊が此方に眼を向け少し笑う。

「容赦なく切り捨てる、だったか?」
「カッカッカ!!なぁに、馬鹿が馬鹿をやったのならばその尻拭いが俺の役。一人じゃなくて皆でやれば、生きる確率もあがるってぇもんだ」
「…ハハッ、じゃあ尻拭いは頼むぜ、石井」
「任せときな」

ゴツン、と拳を突き合わせる。
…良い顔つきだ、自分のスタンスを定めたか。
そんな一昔の友情の深め方をしていれば、冴子嬢が景気付けとばかりに木刀を自在に振り回し、最後に振り下ろす。

「此処は何が何でも護りきる。安心して行ってこい!!」
「…頼りになる姉御だことで」

この分なら間違いなく大丈夫だな、と思い苦笑をもらす。
小室坊も電気を消しつつ、苦笑しているようだ。

「孝」
「ん?」

そんな小室坊の元へと歩み寄る宮本嬢。
オイオイオイ、何だ何だ何だ?出掛けのキスとかする気か?
死亡フラグじゃねぇだろうな?
…立ったところで、叩き折って見せるがね。

「これぐらいは持っていって」

そう言って差し出されたのは、あの拳銃。
スミス&ウェッソンM37エアウェイト。
何時の間にヒラ坊から取ってきたんだとも思うが、今聞くのはマナー違反だな。
拳銃を受け取った小室坊の手を、自分の両手で包み込む宮本嬢。
見詰め合う二人。

こいつ等、何で付き合って無いんだろう。

あーでも高城嬢が邪魔したりしてんのかね?と思考を巡らせる。
激しくどうでも良い事だが。

「そら、眼と眼があーうー何てラブロマンスやってねぇでとっとと行くぞ小室坊」
「うぇっ!?あ、いや、そういうんじゃなくてだな!?」

あーそーですかいと適当に流しつつ、ドアを開け放つ。
さて、化け物退治といたしましょうか。






『銃を過信するな。撃てば<奴ら>は群がってくる』
『どの道、バイクで音が出ますよ』
『そうだ。しかし、バイクは動くために音を出すのだ。だが銃声が轟くとき、君は動いていない……と言っても、そのフォローをしてくれる鬼神が傍に居るがな』
『オイオイ俺は鬼扱いかよ。せめてセガール扱いしてくれ』

更に凄まじくないかソレ?と小室坊がツッコミを入れるが無視をする。
家を出る直前、交わされた言葉だ。
小室坊の後ろに乗り込み、両脚で思い切り車体を挟み込む。
前方の小室坊も、ドライバーグローブを嵌めて準備万端なようす。
こちらは、出撃準備完了だ。

「孝」

宮本嬢の言葉に、小室坊がバイクのハンドルへと手を掛ける。
冴子嬢は後ろの俺へと声を掛けようとしていたようだが、大丈夫だとサムズアップで答えを返せば肩を竦める動きが返って来た。
愚問だったな、という意味だろうか。
ライトで照らされた前方の女子二人が頷きあい、道を空ける。
小室坊が、エンジンをかける。
恐らくこの音で、<奴ら>は寄って来るだろう。

「…何時でもいいぜ?小室坊」

俺のその言葉を引き金として、アクセルが踏まれた。
同時にドアが開け放たれ、<奴ら>の姿が露となる。
だが、それを飛び越えるようにバイクを跳躍させる小室坊。

「おおぅ!!やっぱお前、天性のドライビングセンスとかそういうもん持ってるぞコレ!!」
「かもな!!」

俺の軽口に、小室坊も同意を返す。
前方に広がっていた<奴ら>の群れを飛び越え、空いている場所に着地。
ドリフトをかけ耳障りな音を立てながらも、車体は正常な位置へと戻る。

「横から来るのは俺に任せとけ!!お前さんは運転にだけ集中しろ…よっ!!」
「おう!!」

行ってる傍から突っ込んでくる<奴ら>の首を刎ね、蹴り飛ばす。
とは言え。

「カカッ!!スゲェなオイ小室坊!!避けまくりじゃねぇか!!」
「お前も、負担は少ないほうが良いだろ!!」
「確かになぁ!!」

ほとんどの敵は、小室坊が避けて通っている。
右に左に揺れながら、完璧なまでに<奴ら>の隙間を縫って動いている。
見事、としか言いようが無い。
そして。

「おーおーおー!!ヒラ坊も頑張ってんじゃねぇのよ!!」

背後からの、援護射撃。
次々に眼前の<奴ら>が倒れていき、道を作る。

「快適なドライブだなぁええ!?」
「まったくだ!!」

そうしているうちに、眼前に明かりのついた民家が見えてきた。

「小室坊!!あそこか!?」
「ああ!!」
「よっしゃ!!」

目的地は、既に眼と鼻の先。
眼前に立ちふさがる一匹の<奴ら>を小室坊がドリフトで撥ね飛ばし、俺自身はバイクの上から上空へ跳躍する。

「闇夜の中からこんにちわぁ!!」

吼えながら、落ちていく。
近隣に居た一匹の<奴ら>の頭を、着地の勢いで押し潰す。
視線を横に向ければ、倒れた<奴ら>に引っかかって転んだらしい小室坊の姿。
―――もう、バイクは使い物にならんかも分からんね。

「ってぇ…おい石井!!行き成り跳ぶな!!」
「ああ!?今のは俺のせいじゃあ無かろうよ!!」
「それでもだ!!」

視線は<奴ら>から逸らさず、二本のナイフを構えながらの言葉の応酬。
小室坊が立ち上がるのを待ちつつ、警戒を怠らない。

「ワンッ!!ワンッ!!」
「ッ!!」

不意に聞こえた鳴き声に、身体を振り向かせる。
<奴ら>が二匹、犬と少女―――いやさ幼女か?―――へと向かっていく様が見える。
小室坊もバールを手に其方へ向かおうとしているようだが。

「小室坊!!他の方向警戒しとけ!!」

二本のナイフのうちアーミーナイフのほうを投げ付け、<奴ら>の頭部へと突き刺す。
それを確認したであろう小室坊は、すぐさま別の<奴ら>へと意識を向ける。
地面を蹴りつけながら<奴ら>の頭部に刺さったナイフを抉るように抜き去り、同じように近寄っていた<奴ら>を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばした<奴ら>の頭部を、即座に飛んできた銃弾が打ち抜く。

「―――ハッ!マルスレベルじゃぁねぇが、天才だな!!」

同じように、俺を後ろから襲おうとしていた<奴ら>の頭も打ちぬかれる。
お見事、と口の中で呟きながら犬と幼女のほうを見る。
恐ろしさに眼を瞑り、涙をこぼして震えるその子を。

「…もう、大丈夫だ」

抱きしめてやった。
大丈夫、大丈夫だと何度も繰り返し、制服をかけてやる。
ポンポンと数回頭に手を乗せ、<奴ら>の方へと振り向く。
背を向けながら、言う。

「少しばかり、そのワンコと一緒に待ってな」
「え…」
「すぐ、助けてやるから」

眼前まで来た<奴ら>に踵落としを叩き込みながら、踏み潰す。
突き刺し、抉り、刎ねる。
近づいてくる<奴ら>を冷静に、丁寧に処理する。

「来いよ、糞虫ども。―――――餓鬼を泣かせた罪は、重いぞ?」

鮮血乱舞で肉が飛ぶ。
バールが抉り、ナイフが切り裂き、銃弾が頭部を穿つ。
時折脚で頭部を破壊する。
前方の<奴ら>を切り倒した直後に、小室坊から声が掛かる。

「石井!!頭下げてろ!!」
「了解ッ!!」

素直に頭部を下げれば、頭上をバールが通り過ぎ背後でグチャリと音がする。
お返しとばかりに両サイドから小室坊に襲い掛かる<奴ら>の顎をナイフで突き刺しつつ立ち上がり、抜き去る。
眼だけで互いに礼をかわす。
当然、その間にも襲い掛かる<奴ら>は存在するがそんなものは。
バシュンと。

「脳漿ぶちまけお陀仏と」

ヒラ坊の援護射撃を喰らい、即座に倒れ伏す。
だが。

「ッ!!小室坊!!」
「お兄ちゃん、後ろ!!」

小室坊の後ろから、<奴ら>が来ていた。
当の小室坊といえば咄嗟に拳銃を引き抜き、<奴ら>の口へと突っ込み。
引き金を引いた。
倒れ伏す<奴ら>に安堵すると同時に、注意を促す。

「はぁ…ったく、咄嗟とは言え口ン中突っ込むとか何考えてんだお前さん。歯で傷が出来たら、お前も<奴ら>になっちまうかも知れんのだぞ?」
「わ、悪い悪い…咄嗟の事で…」
「しょうがねぇ…と、そこのお嬢ちゃんに礼言っとけ。あの子が『後ろ』って言ったから即座に反応が出来たんだろ?」

あ、と気がついたように小室坊が声を出し、ありがとうと声を掛ける。
そんなそんなと遠慮するように彼女は手を振るが、大手柄だ。

「さて、とっとと戻るとしようや。さっきの音で、また遠くから<奴ら>に出張されたら困る。それに」

―――こんだけ派手に暴れたんだ。何時までもあの部屋に留まってたら、何されるかも分からん。
生者にも、<奴ら>にも。
そういった意味を込めて、言葉を放った。
起きているのならば高城嬢辺りもそういう想像をしているやも知らんな。
俺の提案に、小室坊が頷いた。
とはいえ、バイクが壊れた以上移動手段が無い。
―――――――それに、あの子を見捨てるわけにもいかんしなぁ。
助けてしまったのならば、それに責任を持つべきだ。
助けてハイさようなら、というのは『助けた者』としてやってはいけない一例だ。
では。

「…迎えに来てくれる事を、祈るしか無いわなぁ」
「…お前、あんだけカッコいい事言っといて解決策は無いのかよ…」
「ああ?!お前、俺を青い狸と一緒にしてんじゃねぇだろうな!?」

いや、そうじゃないけどさ…と若干引き気味で言葉を濁す小室坊。
相変わらずのコントをやっていると、下から聞こえてくる声がある。

「お兄ちゃん、おじさん…」
「…おじさん?え?俺?」
「そうじゃないか?」

オイオイ俺どんだけ老け顔に見られてんだよぉぉぉぉ!!と軽い絶望を覚えつつ、彼女の見ている方向に視線を移せば。

「…パパ、死んじゃったの…?」
「………」

小室坊が声も出せず、その光景を見ている。
―――そりゃあ、そうか。俺とて、何と答えるべきやらと考えているところだ。
だが、先に動いたのは小室坊だった。

「お兄ちゃん?」
「小室坊…」

洗濯物であろうワイシャツを取り、付近に咲いていた花を摘む。
…ああ、そうか。
小室坊が、ワイシャツを顔布や布団代わりにかける。
そして花を彼女の眼前に差し出し、言う。

「君を護ろうとして死んだんだ。…立派なパパだ」
「…嬢ちゃん。お前さんは、誇っていい。お前さんのパパは、最後の最後まで、お前さんの親だった」

頭を撫でながら、言ってやる。
そして己が娘を護るために死んだのであろう立派な父親の亡骸に手を合わせ、南無三と唱える。
横を見れば、彼女の目に涙が溜まり始めていた。

「―――小室坊、後、頼む。俺は門前の警戒、してくるから」
「…ああ、分かった」

背後から、泣き声が聞こえてくる。
――――餓鬼が泣いてる世の中なんざ、糞だ。
喧嘩で泣くのならば、いいだろう。
ペットが死んで泣くのも、いいだろう。
だが。

「親が殺されて泣く世の中なんざ、あっちゃならねぇだろうが―――ッ!!」

憤怒が身を焦がす。
ああそうだ、あの人たちもそうだった。
子供が泣かない世の中を作りたくて、傭兵という職業になったのだと。
俺は、その姿を見て傭兵になったのだ。
誰かが泣いている姿は見たくないと、己と同じように親の居ない子供など見たくは無いと。
そう、思っていたのに。
叫びにすらならぬ怨嗟の声は、音も無く夜の闇へと吸い込まれていった。






「手榴弾打ち込みてぇ」
「行き成り何言ってんだ、石井」

集まりすぎた<奴ら>の侵入を防ぐ柵が、ガシャガシャと音を立てている。
あーもー、一気にこいつ等を爆散させてやりてぇなぁチクショウ。
呻き声もうざったいし。

「綱渡りってぇレベルじゃねぇだろ、コレ」
「落ちたら即死、だからな…」

トランポリンとか安全装置とか全くねぇからなーと思いつつワンコを抱きしめる。
小室坊には、あのお嬢ちゃんを持ってもらっている。
懐いてるみたいだし。

「道路じゃないところ、か。子供は目の付け所が違うねぇ」
「あ、相変わらず余裕だなお前…」
「カートに乗ったときと比べりゃこの程度。速度もゆっくりだし」

戦闘ヘリとかやっべぇぞーと頭の中で思いつつも口には出さない。
下には<奴ら>が群がっているが、これじゃあマジで地獄絵図だなオイ。
こんな絵面、無かったっけか。
俺たちが今渡っているのは、塀の上だ。
下に群がる<奴ら>の数は膨大で、ハンヴィーで突っ込んでも吹き飛ばしきれないだろう。
じゃあどうやって脱出する?と考えていたときに出たのがこの案だ。
提案したのは小室坊だが、元の発想は少女のものらしい。
だからどうしたと言う話だが。

「…おじさん、大丈夫?」
「大丈夫だ」
「怖くないの?」
「メッチャ怖い」
「子供を不安にさせるようなこと言うな!!」

後ろから聞こえるお嬢ちゃんの言葉に返答を返したら、怒られた。
ンな事言ってもよーと愚痴を零す。
幾らバランス感覚良くても怖いもんは怖いのである。
無理矢理隠してるけど、俺ホラーとかあんまし好きじゃあ無いのよ?
頭の中でそれを考えているとき、それが聞こえた。

「―――こ」
「…へ?」

いや、いや待て。
いやいやいやこの状況でソレは無いって。
漫画か何かじゃあるまいし。

「…オーケー、もう一度言ってくれお嬢ちゃん」












「おしっこ…」










「…どーすんだよコレ、どーすんだよコレッ」
「えーっと…我慢は?」

俺が小声で叫んでいると、背後の小室坊が彼女に質問した。
此処で問題だ。
①最近絶好調の石井君は名案を閃く。
②突然に<奴ら>が居なくなる。
③無理。現実は非常である。
個人的には凄く②を押したいところだが、どうだろう。

「えーっと…無理」

③だ。
答え③だコレ。
無理だってさアッハッハー。

「オイ小室坊、今の心境を表してみ?」
「世界がたった一日でぶち壊れてわけのわかんない連中と戦わなきゃいけなくてオマケに何かヒーロー染みたことまでさせられて「お兄ちゃん!!」背後ではおしっこ宣言て何でこんな目に遭って…」
「ハイよく出来ましたー」
「お兄ちゃん!!もう我慢できないよぉ!!」
「―――ぃよし、そこでしちゃいなさいな」
「…いいの?」
「お兄ちゃんが、全て許す」

良くない、良くは無いだろう。
彼には断じてそういう趣味は無いのだろう。
だが、背に腹は変えられぬ。
マルスがカレー粉を忘れた時のように。
マルスが飲料水を忘れた時もそうだ。
マルスがマルスがマルスがマルスが……。
チクショウ、全部マルスのせいだ。

「…小室坊…」
「…大丈夫だ。俺なら、大丈夫だから」
「…小室坊、コレは俺とお前、二人だけの秘密だ」
「…ありがとう」

何か変な感じで絆が深まりそうに成ったが、

何、気にすることは無い。

少し視線を向ければ、小室坊が百面相をしている。
最終的に、泣いた。
きらりと光る涙は、悲しみの証か。
馬鹿な考えをしていると、<奴ら>の手がブーツに乗った。

「―――邪魔だ」

即座に払いのけ、潰す。
この程度ならまだ何とかなる範疇だが、足首でも掴まれりゃお陀仏だ。

(ぬおぉぉ…何処まで行けば……お?)

絶望が身を支配しかけた瞬間、希望の音が聞こえた。
車の走行音。
それが、段々と此方に向かってくるのだ。
顔を向ければ、やはりソレは来た。

「小室坊!!」
「ああ!!」

顔を見合わせ顔を明るくさせる。
しかし、何と言うか、アレは―――――。

「シュールすぎんぞ、さっちゃん」
「は、裸エプロンで車の上に仁王立ちか…映画でもやりそうに無い展開だな」

事実は小説より奇なり、と言う言葉もあるが奇過ぎるだろ。
木刀持って裸エプロン新妻スタイル仁王立ち形態onハンヴィーって何なんだソレ、言葉にしてみるとスゲェカオスなんだけど。
そして、その下から狙撃銃を構えるヒラ坊が居る。
何ぞコレ。

「何ぞコレ」

うわー何かボーリングみたいに<奴ら>が吹っ飛ばされてんだけど何なんだろうこの展開。
学校でた当初はこんなんじゃなかったはずだぞ。
もっと切羽詰った状態だったはずだぞ。
もうコレ俺のジョークとか軽く超えた領域の高度なギャグとかそんなんじゃねぇの?
狂気への適応が斜め上に突っ走ったとでも言うのか?

『日本人は未来に生きている』

と言う言葉もあるが、それなのか?
未来に生きすぎだろう日本人。
あ、ドリフトかましてるせいでヒラ坊に冴子嬢の胸が直撃してる。
羨ましくいぞ。

「む、無茶苦茶やるな…」
「無茶苦茶ってか最早ギャグの領域だぞコレ」

と、ボーっとしてる場合じゃないわな。
トトトッと塀の上を駆け抜け、ジャンプする。
ハンヴィーの近くまで駆け寄り、ワンコをヒラ坊へと投げ渡す。

「ヒラ坊、パス」
「へ?うわぁ!?」
「わんっ!」

しっかりと渡った事を確認して後ろを向けば、何やら一人で無双してる女子が一人。
裸エプロンの美少女がゾンビを薙ぎ倒す…バカゲーとして売れるんではなかろうか。
取り合えず寄ってきた<奴ら>を蹴り飛ばす。

「孝!!早く!!」
「おら、嫁候補が呼んでるんだからとっとと行け」
「だからお前なぁ!!」

文句は一切受け付けませんーと言いつつ<奴ら>の元に切り込む。
木刀でバッタバッタと奴らを薙ぎ倒す冴子嬢。
寧ろお前が鬼神じゃ無いのかと小一時間。

「平野!!時間を稼いで!!」
「ヤボーール!!」

後ろから聞こえた大きな銃声は、ライオットでもぶっ放したのだろうか。
まぁ、何でもいいか。
あの銃声の大きさならば何匹か薙ぎ倒せるレベルの銃だろう。
<奴ら>を切り払いながらそう考えつつ、冴子嬢の近くへと立つ。
一匹の<奴ら>を蹴り飛ばす事で、複数の<奴ら>を薙ぎ倒し立つ空間を確保する。

「ヘーイ、随分とド派手な登場じゃねぇの」
「不服かな?」
「いんや、素敵に無敵だったぞさっちゃん」

だから、さっちゃんと呼ぶな!!と言いながらも<奴ら>を薙ぎ倒す冴子嬢。
ホンットに凄まじいなぁオイと思いつつも両のナイフで切り刻む事は止めない。
ナイフが二本あると楽でいい。
相手の動きが遅いから首も刎ね易い。
あと若干脆いのも踏み潰し易くてグッド。
ホラーは苦手だが、首刎ねて死ぬ相手ならば十分だ。

「ホント、同時に来なけりゃ雑魚なんだがねッ!!」

踵落とし。
そのまま<奴ら>の頭部を潰し、後ろへ下がる。
―――投げナイフも持ってくりゃ良かったなぁ。
あったのか知らんが。
ハンドガンでもいいが、ナイフのほうが扱いなれている。
何せ、最初に習った暗殺術は無手での殺し方だ。
武器も何も無い状態から始め、ナイフ、銃へと移っていった。
その中で最もしっくり来たのは、体術のからむナイフの扱いだった。
故に。

「ほい」

気軽に、首を刎ねる。
骨などの位置を大よそ把握し、切断に困らない部分をたたっきる。
コレで即死してくれるからやり易い。
もし首を刎ねても死なないような化け物だったらお手上げだった。
その後も、近場の<奴ら>から破壊していく。

首を刎ねる。

頭を抉る。

或いは潰す。

的確に『即死する場所』を狙いつつ、じりじりと下がっていく。
知らず、視界が開けていた。
ひしめいていた<奴ら>も少なくなってきたし、潮時か。

「さて、そろそろ撤退するかい」
「そうだな」

眼前の視界が開けるぐらいのところで、冴子嬢に言葉を投げる。
下がりながら塀の上を見てみれば、小室坊とワンコ。

「小室君!!」
「孝!!」
「小室!!」

鞠川先生、宮本嬢、高城嬢の順に小室を呼ぶ。
オイコラヒラ坊、テメェさっきから羨ましい位置に居るじゃねぇか。
変わってくれ頼むから。

「お兄ちゃんのお友達!?」

小室坊の背中に乗っている子が、何処か楽しそうに声を出す。
まぁ、こんな無双やってたら愉快な気分にもなるわな。

「ああ…」

小室坊が、眼を見開きながら口角を吊り上げて言う。

「大事な、友達だよ!!」

――――嬉しい事、言ってくれるじゃねぇか。

そしてヒラ坊テメェはいい加減にしろおんどりゃあ。
飛び乗った冴子嬢のケツが当たって鼻血吹くのは分かるが幸せ祭ですかドチクショー。
冴子嬢が髪の毛をかきあげながら、小室坊に向かって言う。

「川向こう行きの最終便だ。乗るかね?」
「――――もちろん!!」

小室坊が、大きく跳躍する。
人一人乗っけているというのに、随分な跳躍力だことで。
着地し、ハンヴィーへと乗り込む小室坊。
まだ寄って来る手近な<奴ら>を蹴り飛ばしつつ、笑う。
自分でもどうかしていると思うが、この現状が楽しい。
―――ああそうさ、皆でやりゃあいいんだよ。皆で。
カッカッカ、と笑っていれば白く透き通った肌が視界に写る。
うん?とその方向へと眼を移せば、冴子嬢。

「―――君も、乗るかね?」

クカッ、と笑いを漏らす。
そんなもん、答えは決まってんだろうに。

「―――――――――――乗らないわけが、あるまいよ!!」



~あとがき~
石井君と毒島先輩の間にフラグのようなものが立っているのかどうなのかの巻。
そしてギャグが楽しい。
でも、今回って登場シーンがそもそもギャグだよねと言いたい。
『石井君がありす運べばよくね?』とか言っちゃ駄目。小室君に『友達』宣言させたかっただけとか、そういうんじゃないからね?!勘違いしないでよね?!
そんでもってレッツ、アンケート
①このまま行こうぜ!!
②いい加減石井死にかけろ
③尻だ!!もっと尻を出せ!!




~おんまけ~
「要救助者、確保!!」
「先生!!」
「はいはーい!」

ヒラ坊の宣言を聞いた高城嬢が、鞠川先生に出発を指示する。
ソレに対して軽く返事をする鞠川先生。
…相当、この狂気に馴染んできてやがるなこの集団。
ただその方向が色々とぶっ飛んでいる気がしないでも無いんだが、どうよ。
そんな事を考えていれば、車が急発進した。

「おおっと」

ハンヴィーの上という、不安定な場所における急発進。
過去の出来事を彷彿とさせるが、嘗めてはいけない。
男は同じ失敗を繰り返してはいけない。
即座に別の場所に掴まり、振動に耐える。
が、小室坊は掴まれなかったようで。

もにゅん、と。

冴子嬢の胸に、突っ込んだ。
…ああ、そういうことか。
俺はあいつ等とは違う星に生まれたらしい。

「くたばれよラッキースケベ」
「不可抗力だ!!」

吠え立てる小室坊を無視して、下のヒラ坊を見る。
どうやら落っこちた際に女の子が上へ落ちてきたようなのだが…。

「ヒラ坊……テメェ、その子に手ぇ出したら掻っ切るからな」
「出さないよ!?」

鼻の下伸ばした奴が言っても説得力ねぇよ馬鹿が、と罵声を浴びせてからハンヴィーの上に座り込む。
さて…これで脱出、か。
夜風を受けながら、煙管を咥える。
地獄のような日々を潜り抜け、此処まで来た。
密度が濃すぎて、一日二日の事なのに妙に長く感じる。

「あー…しんどい」

無言のままに、ハンヴィーは進む。
暫くして、段々と夜明けの輝きが見えてきた。
懐から取り出したサングラスを着用する。
――――そう言えば、密度濃すぎて忘れてたが寝てねぇやな。
小室坊や宮本嬢と居た時も、見張り番をしてて寝ていない。
…今頃になって、眠気が襲ってきやがるか。
安全だし寝ていいだろうとは思うものの、何故か眠くはならない。
不眠症だろうか。

「石井君」
「あん?」

冴子嬢が、声を掛けてきた。
何事だろうか。

「眠いのか?」
「…何故分かったし」
「いや、自覚は無いのだろうが頭が時たまカクンと」

そう言ってその時の再現をする冴子嬢。
チクショウ、美人スゲェな何でも似合うわ。
思わず美人の圧倒的戦力に戦慄していると、サングラスを外された。

「…やはり眼の下に隈が出来ているな」
「然様で。…しかし、眠くならんのだ」
「不眠症か?」
「さてな」

俺が知りたいぐらいだよ、と返せば何やら考えている冴子嬢。
俺を寝かしつける方法でも考えているのだろうか。

「んな気にするなよ、身体さえ休めりゃどうとでも…」
「石井君」
「ん?て、おわっ!?」

急に、頭を引っ張られた。
顔に当たるのは、絶妙に柔らかい物体。
―――こ、コレは…!!

「人の心音を聞くと、安心するという。コレならば、眠れるだろう?」
「い、いや逆に眠れないというか何と言うか…」

鼻血を出さないよう、努力。
結局ソレは、俺が疲労に負けて眠るまで続いた。
起きた後、小室坊にからかわれたため遠慮なくジャーマンスープレックスを叩き込んでやった。
…あーもう、顔が熱い。

~おまけのあとがき~
どっちかと言うと立てられる側じゃねぇかなと。




[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。【死ぬ死ぬ詐欺】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/08/29 16:38
~注意~
・作者の文章構成力は屑。
・小室君に変わりましてピンチヒッター石井君。
・石井君強すぎるだろ!!
以上の事が許容できる方のみスクロールしてください。
許容できない方はもっと楽しいSSを見に行くべきで御座るよJK。























































――――希望を捨てるな。きっと、何とかなるから。

『ふぅん!!』
『ぐぼぅ!?』

ドゴッスゥ、と小室坊にジャーマンスープレックスを叩き込む。
ナップザックをクッションにしているから問題ない、頭は大丈夫のはずだ。

『~~~ってぇな!!何すんだよ』
『じゃかぁしい。俺の怒りが有頂天で理解しろ』
『何だよそれ…てか、車に乗ってやるもんじゃないだろ。今の技』
『やれたんだから気にするな』

俺の車内専用オリジナルジャーマンだぜ?と言ったらあーそうですかと返された。
そのまま車内へと引っ込んでいく小室坊。
ガッデム、感心して欲しかった。
こんな事が朝日が昇った直後辺りであった。
まぁそれは良いとして、

「「こぉげこぉげこーげよーボートこーげよーランランランランラーかっわくっだりー♪」」
「楽しそうだなーお前さんら」

ヒラ坊と少女―――希里ありすと言うらしい―――の歌を聞きながら、そう思う。
さて、俺たちの現状を説明しよう。
ハンヴィーによる河川横断、この一言に尽きる。
衣服を乾かすためにズボンや上着、パンツやらを竹竿に括り付けて川の中を進むハンヴィーはさぞかし外から見ればシュールのであろう。

「にしても、いい天気だねぇ」

ぽかぽか陽気とはこういうものだ、と太陽が言っているようだ。
コレで<奴ら>が徘徊している世界でもなけりゃ、昼寝するところ何だがねぇ。
ちなみに高城嬢は、ハンヴィーから半身を出し双眼鏡で周囲の視察をしている。
後は皆車内だ。

「「こぉげこぉげこーげよーボートこーげよーランランランランラーかっわくっだりー♪」」
「ありす英語でも歌えるよ?」
「凄いねぇ!歌ってみてよ!」

ヒラ坊に褒められたのが嬉しかったのか、ラーラーだか何だかと歌い始めるありす嬢。
無邪気なその行動に心が洗われる。
フェイスフラッシュレベルの輝きと洗浄力だ。
問題としては。

「ただ胡坐かいた足の上に座らせてるだけなんだろうが…」

ヒラ坊を見る。
ありす嬢を見る。
位置関係を見る。

…犯罪臭がもんのスゲェのなんのって。

最早アイツロリコンなんじゃねぇのかと思うレベルの犯罪臭である。
だってあれ『入ってんじゃね?』みたいな位置だぞ?
ヒラ坊のオーラも何か邪悪な感じだし。
どうでもいいけどお前ジャケット拝借してきたのか。
なんかもうロリコン確定していいような気がしてきたところで、ありす嬢の歌が終了した。

「じゃ、今度は替え歌だ」
「うん!!」

ありす嬢が元気良く頷いたところで、ヒラ坊を見た。
何か嫌な笑みを浮かべている。
とりあえずおかしな歌を歌い始めたら頭蓋陥没させるレベルで殴ろうと心に決める。
コキコキと指を鳴らし、歌いだすのを待つ。

「シュートシュートシュー「ハイアウトォ!!」ごふぁ!!?」

子供になんつぅ歌を歌わせようとしてやがるこのオタクメタボは。
背後から全力で打撃を叩き込み替え歌を中止させる。
とりあえずキューっと頚動脈辺りを締め付け寝かす。
CQB主体としてた傭兵のCQCなめんじゃねぇぞコノヤロウ。
―――まぁ、軍人じゃないから正確にはどっちも『モドキ』なんだがね。
ちょっとすりゃ起きるだろう。

「ありす嬢、ちょっとコイツ寝ちゃったみたいだから面倒見ててやってくれ」
「うん!!」

子供は純真でありがたい。
車内から上半身を出して周囲を視察している高城嬢が俺を悪魔でも見るような目つきで見てくるが、俺は知らん。
ひょいとハンヴィーの中を覗き込む。
今朝と昨夜の間ぐらいに俺を眠らせた冴子嬢は、今は眠っている。
実質的に二時間程度しか寝ていないのだが、俺はソイツで十分だ。
寝るのは好きだが、短時間の睡眠でも何とかなる。
その横では、小室坊と宮本嬢も眠っている。
ホントあいつ等結婚しろよ、と言いたくなる密着具合だが。

「…俺も冴子嬢に対して膝枕でもやってやりゃあ良かったかね?」




       第八話  ~車と銃と~




ガコン、と軽い振動が発生する。

「皆起きて、そろそろ渡りきっちゃう」

鞠川先生の言葉に反応し、ぬん?と車内に突っ込んでいた身体を戻し前方を見る。
確かに、もうすぐ渡りきるようだ。
そして再度ハンヴィーの中を見る。

「…ん…」

…何やら、小室坊の寝顔を見ている宮本嬢が頬を染めて笑みを浮かべていた。
幸せそうというか、こういうシチュエーションて結構あるよな。
ああ、アレだ。

「いい加減結婚しろよお前等。完璧に新妻の面じゃねぇのよ」
「ひゃあっ!?」
「ん…んん…」

背後からかけられた俺の言葉に、宮本嬢が悲鳴を上げた。
この狭い車内で俺に気付かぬとは、恐ろしいものだラヴラヴ空間。
高城嬢的にはどうなのだろう。
てか冴子嬢、呻き声がエロいんですけどそこんとこどうよ?
それと宮本嬢も「ジェラシィィィ」的な顔をするな、せっかくの顔が台無しだぞ。
小室坊の膝を冴子嬢が使っているのがそんなに気に入らんか。
と、そう思っていたところで。

「うおあっ!!?」

振動が来た。
恐らく川原へと乗り上げたのだろうが、一言言って欲しかった。
言ってくれれば。

「犬神○にならずにすんだものを」
「わー!!おじさん、足だけ出てる!!」

上半身inハンヴィーな状況。
とりあえず全身をハンヴィーの中に潜り込ませてから、再度ハンヴィーの上へと出る。
起きろおんどりゃあ、とヒラ坊を叩き起こしつつ周囲の警戒に当たる。
外道?さてな。

「誰も居ない…生きてる人間も!!」
「みたいだな。さて、どうしたのやら」

高城嬢の言葉に同意する。
肉眼で見えるだけの範囲ではあるが、人っ子一人見当たらない。
何故だろうと考え込もうとしたところで。

「あいでぇぇぇぇぇあぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

小室坊の悲鳴が聞こえた。
大方、頬でも引っ張られたのではなかろうか。
朝っぱらからラヴィなことで、ご苦労様な事だ。
そして愉快そうな事に進んで首を突っ込むのが俺である。
ハンヴィーの中を覗き込む。
外の状況は考え込んでも仕方が無いし、危険が無いなら此方を優先。

「いっ!何だよ」
「いーい御身分じゃない」
「何が…はぁっ!!?」

予想通りに頬を抓られたようで、頬を押さえた小室坊に宮本嬢が怒りを込めて言う。
視線を移動させた小室坊が驚嘆の声を上げる。
冴子嬢の存在に今気がついたようだ。
いやまぁ、俺もちょっと予想外だったがね?
あの後、俺を寝かしつけた直ぐ後に冴子嬢も眠ってしまったと聞く。
結果的に俺のほうが先に起きたわけで、警戒に当たっていた小室坊にジャーマンスープレックスを仕掛けた後は冴子嬢も車内で寝かしていた。
まぁ、小室坊の膝に頭を置くとは思わなんだが。
小室坊の近くで寝てはいたが、まさかあんな状態になるとは。

「ん…んん…?」
「さっちゃん、涎、涎」

ゆっくりと冴子嬢が起きるが、口元から涎が垂れていた。
ハンヴィーの上から指摘してやれば、眠そうな状態から一気に覚醒したのか必死に口を拭っている。
可愛らしい仕草だことで、と思うと同時にそれだけ深く寝ていたのか、とも思う。
―――この嬢ちゃんも、随分疲れてたのだろう。
覗き込みながらシリアスしていると、宮本嬢が小室坊に抱きついている。
ちょっと得意げな顔をしている。
独占欲か。
もげろ小室坊、マジもげろ。
だが小室坊は宮本嬢を即座に引き剥がす。

「降りよう」
「何でよ」
「いやぁ、もう日も昇ったから」

車外を見ながらそう言う小室坊が、宮本嬢に視線を移す。
そう言って小室坊が下げていく視線の先には…。
ほほう。

「エロ学派めが」
「ばっ!?ちがっ!?」
「安心しろ、思春期の少年ならば仕方ない」
「だから違う!!服着替えたほうがいいぞって俺は言いたかったんだ!!」
「つまり最後に艶かしい姿をその網膜に焼き付けたかったと」

だから違うっつってんだろぉ!!と殴りかかってくる小室坊のテレフォンパンチを避ける。
馬鹿めが、そんなパンチ当たるはずが無かろう。
愉快愉快と言いながらハンヴィーから飛び降りれば、他の皆も続々と降りてくる。
降りてきた皆は凝り固まった身体を伸ばしたり周囲を警戒したりしているようだ。
さて、俺はどうするか周囲を見ていると。

「同士・石井!手伝ってくれ!ありすちゃんを降ろす」
「だから同士じゃねぇ。…ほれ、アリス嬢」
「わっ!」

ありす嬢を支える為に手を伸ばすが、ありす嬢は咄嗟にスカートを押さえつけた。
一瞬、はてどうしたのかと思ったが。
――ああ、そう言えば。
幼いとはいえ、この年齢ならば羞恥心もあるか。
思わず苦笑しながらも、手近に居た宮本嬢を呼ぶ。

「悪い、宮本嬢。この子降ろすの、手伝ってやってくれ」
「…ああ、そういうことね」

一瞬きょとんとした眼をした宮本嬢だが、即座に俺の意思を理解してくれたようだ。
俺の位置と変わり、ありす嬢を抱きとめる。
エロは好きだが、変態ではない。
受け渡しに託けてロリの局部を見るなど言語道断。
そもそも俺はロリコンでは無く健康的色気とかが好きなのであって…、

「て、どうでもいいよソレは」
「どうしたのだ?石井君」
「何でもねぇよさっちゃん」
「だからさっちゃんと呼ぶなと言っているだろう。気恥ずかしい」

んじゃあさっさと着替えなさいな、とだけ言っておく。
さーて、と一度首をゴキリと鳴らす。
小室坊とヒラ坊のほうへと視線を向け両手を上げながら言う。

「おらー、野郎どもはちょっと移動するぞー」
「ん?何でだよ」
「何で?」
「女子が着替えるからだ」
「「あー…おわっぷ!?」」


アイアムアお気遣い紳士。
空気の読める男、石井・和とは俺のこと。
納得した表情を浮かべる男二人の頭をガシリと掴み、連れ出す。
ハンヴィーの後ろに来た辺りで、小室坊から放せと要求が来た。
放す。

「何で態々頭掴むんだよ!!」
「その場の雰囲気だ」
「…お前だとマジでそんな理由でやりそうだから反論に困るんだよ…」

食って掛かる小室坊に真顔で返すと、意気消沈したように肩を落とす。
いや、だってマジだし。
恒例のコントを繰り広げていれば、小室坊がふと気がついたように顔を上げる。
ヒラ坊のほうを向き、言いづらそうに言葉を切り出す。

「ええと、あの子…」
「希里ありすちゃん、小学二年生!!」
「何だヒラ坊テンション高めだな、ドストライクの年齢だったのか」
「いや違うからね!?小室もそんな眼で見ないでよ!!まったく…お父さんは新聞記者!」

そこまで言って、何かに気が付いたようにヒラ坊が顔を逸らす。
…まぁ、そうなるわな。
昨日の夜、俺と小室坊はその人が死体になっているところを見たのだ。
その事は、ヒラ坊も知っている。
つまり、彼女の父は既に故人であるということ。

「…だったって…」
「お母さんは?」

小室坊が彼女の母親について聞くが、恐らくは…。

「お父さんが、『後で会える』と言ってたって…」
「……」
(…つまりそれは…)

全員が、沈痛な面持ちとなる。
恐らく彼女の母親も、既に死亡している。
<奴ら>になったのか或いは別の要因で死んだのかは知らないが、少なくとも既に生者ではない。

『わあぁぁー!!』
「…おん?」

そんな暗い雰囲気を吹き飛ばすように、ハンヴィーの向こう側から歓声が聞こえてくる。
女性陣には、どうやら良い事があったようだ。
とりあえず、ハンヴィーにもたれ掛かりながら聞き耳を立てる。
煙管も咥えておこうか。

「お友達の服、持ってきたから好きなの選んで良いわよぉ?」
「えー!?先生、このジャケット良い?」
「良いわよぉ?」

鞠川先生の言葉に、高城嬢がめぼしい物を見つけたようで確認を取っている。
ハンヴィーの向こう側では、女性陣がやいのやいの和気藹々とやっているようだ。
良き哉、良き哉。
父性全開で頷いていれば、また別の声が聞こえる。

「スカートはこれしかないのですか!?」
「んふふ、セクシーでしょお?」

冴子嬢の驚いたような声に返答する鞠川先生。
…セクシー、セクシーか。
無意識に想像が形成されていく。

―――性欲を、持て余す。

いかん、想像するな俺。
色香に負けるな自分に負けるな精神を強く持つんだ俺!!
精神的には八十近くなんだぜ俺!?お前、孫と同じぐらいの年齢のやつらに欲情する気か!?
我慢だ我慢、我慢してる時点で大丈夫じゃないと思うけど想像力を破棄しろ。
ほーら、俺の精神は鋼の如く!!
俺は俺で自戒している間に、横でもコントが繰り広げられていた。
パシン!!と小室坊の肩に手を置いたヒラ坊がサムズアップしながら言う。
メッチャ眼が輝いてる。

「今こそお約束の時だ!!勇者小室よ!!」
「だから死にたくないって!」

とりあえず俺たちはチーム『駄メンズ』として活躍できるんじゃねーかと思う。
いや、アルティメットリア充な小室坊は入らないのか?
そりゃあ駄目だろ。

「駄目だろ小室坊!!もっと駄目になれよ!!」
「お前もお前で何言い出すんだよ石井!!…いや何時もの事なのか?」
「わん!!」

突然の鳴き声にん?と一同揃って下を向けば、あの白いワンコ。
尻尾ふりふり元気一杯である。

「相変わらず元気だなぁ」
「元気が取り柄だからなリア充(裏声)」
「石井、お前そんなに俺のこと嫌いか!?」
「何故ばれたし」
「ばれるに決まってんだろ馬鹿!!」
「ああ!?そもそもお前がリア充過ぎるのが悪いんだろ!?」

何だとテメェやんのかコラァと喧嘩を始める俺と小室坊。
小室坊からワンコを受け取ったヒラ坊は苦笑いしつつもワンコに語りかける。

「でもあんまり吼えるなよジーク」
「「ジーク?」」

喧嘩を中断し、ヒラ坊を見る俺と小室坊。
うん、とヒラ坊が一度頷く。

「こいつの名前さ。ジークってのは、太平洋戦争で零戦にアメリカが付けたあだ名さ」
「零戦?…ああ、ゼロ戦か。確かに、小さくてすばしっこくて、お前にぴったりだな」
「わん!!」
「んだよーどうせなら全滅でバンバンババンでブリーガーだ!死ねぇ!!のほうにしようぜ?」
「…いや、意味が分からないんだが…」

俺の希望に小室坊が疲れたように言うが、あれを知らんのか。
ゼロ戦よりもよっぽど凶悪な存在の名称だぞ。
マジかぁ、と思っているとヒラ坊がイサカM37を小室坊に差し出す。

「小室は、コレを使えよ。ショットガンだから、頭の辺りに向けるだけで当たるし」
「だから、使い方が分からないって。バットのほうがマシだ」

小室坊がそう言った瞬間、ガシュンと音がした。
ヒラ坊がショットガンの下部に付いているスライドを引いたのだ。

「これで、ショットシェル。つまり、散弾が送り込まれた。後は、サイトとターゲットを合わせてトリガーを絞る。それで頭は吹っ飛ばせる」

練習して無いから、近くの奴らだけにしておいたほうが良いと付け足すヒラ坊。
真面目に銃の知識だけはスゲェのな。
そう感心していたら、足元のジークも一つ「わん!!」と吠えた。
偶然だろうが、同意しているようにも聞こえた。

「弾が、無くなったときは?」

その言葉を聞けば、直ぐにヒラ坊はスライドを前に押し出す。
すると、その付近にあった部分が開いた。

「こうすると、このゲートが開くから、こうやって押し込めば良い」

弾丸を詰める仕草をするヒラ坊。

「普通は四発、薬室に一発込めたままでも五発しか入らないから気をつけて。それからこの銃には、もう一つ特徴があって」
「あー…一度に聞いたって分かんないよ」
「でも、注意しないと!それに反動も意外と強いし!」

お手上げ、とでも言いたげなポーズを取る小室坊に食い下がるヒラ坊。

「いざとなったら棍棒代わりにするさ」
「生き残るためには!!」
「分かってる」

二人で真面目に話し合っているので、俺が突っ込める隙間が無い。
いい加減、暇になってきたのでジークと戯れる。
川原に寝転び、ジークの鼻の前で指を回す。
ペシッ!!と叩こうとするところを手を引きこけさせる。
そうすると意地になってジークも向かってくるので、またこけさせる。
ヤッベ、楽しい。

「お兄ちゃーん!」

ありす嬢の声が聞こえたので、ジークを持ち上げて立ち上がる。
ひょいと頭の上に乗っけてやれば、大人しくしがみ付いている。
サングラス掛けて煙管咥えて子犬を頭に乗せた高校生…うむ、実にカオス。
既に前方の二人は女性陣の姿を見ているようなので、俺もひょいとハンヴィーの後ろから顔を出す。
そこで目にしたものは、

「おおぅ…ヴァルキュリア、とでも言えば良いのかね。格好良いじゃないの」
「わん!!」

見事なまでに着飾った、しかし実用性の高そうな服装の女性陣。
衣服についてはあまり詳細な知識が無い為、どれがどんなものとは言えないが全員似合っていると思う。
というか冴子嬢、スリット入ったスカートにガーターベルトニーソックスは些か刺激が強すぎるんだがどうなのよそこらへん。
横を見れば小室坊も唖然としているし、ヒラ坊は…。

「邪悪な顔してんなぁオイ」
「うっふっふっふ…」

変なオーラ出しながら、にやけていた。
もう一回締め落としておいたほうが良いのだろうか。






「何?文句ある?」

宮本嬢がそう言ってくるが、とんでもない。

「どっちかって言うと文句無さ過ぎて見惚れてたんだがお前等どうよ」
「いや、似合ってるけど…撃てるのかソレ?」

そう言う小室坊が心配しているのは、彼女の持っている銃だろう。
スプリングフィールドM1A1スーパーマッチ、先生の『お友達』の部屋から拝借した武器の一つだ。
まぁ、それなりに筋肉は付いているのだし射撃姿勢をしっかりすれば撃てるだろう。
それに撃てずとも、コイツには確か…、

「平野君に教えてもらし、いざとなったら槍代わりに使うわ」
「あー!使える使える!!使えます!!それ、軍用の銃剣装置もあるから!!」
「だな」

ヒラ坊の言葉に同意する。
そう、コイツには銃剣(バイヨネット)としても機能する装置が存在している。
蛇足だが『エェェェェイメン!!』の人が使っているようなもんじゃないぞ。
あれは銃剣の剣の部分だけだし旧式だ。
宮本嬢はといえば、言った傍から装置を発動したようで出現した刃に息を呑んでいる。

「ハンヴィー上げるわよ!!男子三人!!安全確保!!」
「イエスマァム!!」
「アイアイサーっと」

俺とヒラ坊が返答を返すが、小室坊は俺たちのほうを見るだけで何の返答も無かった。
空気嫁、と思ったが最近の高城嬢を現している気がしたので止める。
アプローチが足りんね。

「…あ、同士・石井は銃とか……いらなそうだね」
「要らんわけじゃないが、進んで欲しいとも思わんな」

周囲の警戒に当たる際にヒラ坊が俺だけ銃を持っていないことに気が付くが、ナイフを見せれば乾いた笑いと共に目線を元に戻した。
ナイフ二本あれば、大体は何とかなる。
銃はあるならあるで便利だが、無いならないでそれで良い。
三人でアイコンタクトを取りながら、土手を一気に駆け上がり背中を合わせる。
…誰も居ない。

「…クリア」

ヒラ坊が小さく声を出す。
特に足音もしないし、本格的に誰も居ないようだ。

「オーケー!問題なしだ!」
「わん!」

銃を持つ二人を緊急事態に備えさせ、俺が合図を送る。
頭の上のジークもそれに続き吠える。

「静香先生!」

宮本嬢の言葉に対し、鞠川先生が無言のままにエンジンを掛ける。

「行っくわよぉ!」
「わん!」
「ぬ?どうした?」

ジークが暴れるので、とりあえず降ろしてやる。
鞠川先生はアクセルを踏み込み、車体が加速する。
川原から土手を駆け上り、一気に道路へと乗り出す。
…て、オイ。

「わあぁぁぁぁ!!」
「ぬおぉぉぉぉ!!」

前後の位置に居た俺とヒラ坊の真上辺りに、ハンヴィーが躍り出た。
全力で横っ飛びを行い、避ける。
チクショウさっきジークが降りて行ったのはコレを予期してのことか――――ッ!!

「恐るべき生存本能…ッ!!」

俺がジークの危機察知能力にそう戦慄していれば、ハンヴィーはドリフトを掛けながら停車する。
うむ、クレイジー。
ヒラ坊は大丈夫かと視線を移せば、肩で息をしている。

「川で阻止できた…わけじゃ無いみたいね」

高城嬢が構えていた双眼鏡を下ろしながら、そう言った。

「そりゃあそうだろ。世界規模で起こってるんだから、被害を受けていないところなんざありゃしねぇだろうよ」
「でも、警察が残ってたらきっと!!」

その警察は、昨夜随分な事をしていたわけだがね。
まぁ、今その事を言って態々不安にさせることもあるまいよ。

「…そうね、日本のお巡りさんは、仕事熱心だから」
「…うん!」

高城嬢の言葉に、宮本嬢が嬉しそうに笑う。
―――仕事熱心が過ぎて、彼らも大変だろうにな。
多くの市民を護るために少数の市民を切り捨てざるおえないであろう彼らの心境は、果たして如何なるものか。
考えても詮無き事だが、昨夜の事を考えるとどうにも。

「これからどうするのぉ?」
「高城は、東坂の二丁目だったよな」

鞠川先生の疑問の声に対して、小室坊が高城嬢に確認を取る。
高城嬢の家から行くのだろうか?

「そうよ」
「じゃあ一番近い。まずはお前の家だ」

そうと決まれば即行動、と思い立ち上がるが不意に小室坊が高城嬢から顔を背けた。
何か、問題があるのだろうか。

「だけど、あのさ…」
「…分かってるわ…期待はしてない…でも…」

高城嬢が、傍観の念を含めた笑みを浮かべる。
…ま、此処は旦那候補の器のでかさを見させてもらうかね。

「もちろんさ」

小室坊の言葉に、何処か不安げに変化した顔を向ける。
それと同時に優しげな顔で頷く小室坊。
それを見た高城嬢も勇気付けられたのか、笑みを浮かべた。
おーおー何だ何だ今度はそっちかチクショウめ、とっかえひっかえかコラ。
期待はしたが『もげろ』という言葉が頭の中を乱舞する。
ああいう風にすれば、俺にもフラグが立つのか?

「但しイケメンに限る」
「わん?」
「気にするなジーク、独り言だ」

鳴き声を上げつつぺしり、と頭を叩くジークを撫でつける。

そして、ハンヴィーによる移動が始まった。

「わぁー!」

車内からありす嬢の声が聞こえてくる。
現在ハンヴィーの上に待機しているのは小室坊と宮本嬢、そして俺だ。
尤も、銃を持っていない俺は上からの射撃という芸当が不可能なわけだが。
いざと言うときに備えての待機である。
ちなみに、ジークは流石に車内へと置いてきた。

「大きなバイクがいっぱい!!」
「あそこは、輸入物のバギーとかも売っているんだよ。偶に、軍の払い下げも扱ってる」

ヒラ坊がありす嬢にそう説明するが、バギーとかの車種は子供に理解できるのか。
というか、軍の払い下げを扱っているという話を聞いたこともあったが単なる町工場だとかに来る様なもんじゃあないと思うんだがどうよ。

「ふーん」
「何でそんなに詳しいんだか…」

ありす嬢が分かっているのか分かっていないのか判断が付きにくい声を上げ、高城嬢が疲れたような声を出している。
まぁ、ヒラ坊はそういう人種だしなぁと思いつつ周囲を見回していれば後ろからの会話が聞こえた。

「どうしたの?」
「いや、ヘリや飛行機が見えない。昨日まで沢山飛びまわってたのに」

ふんむ、と空を見上げてみれば確かに見当たらない。
音が聞こえなくなったとは思ったが、まったく見当たらないなコレは。

「大丈夫、よね」
「大丈夫だろ、きっとアレだ。ヘリの操縦士が下痢で休んでるだけだ」

おいおい、と後ろから小室坊のツッコミが入ったが声から判断するに宮本嬢は少し笑っているようだ。
それで良い。
最悪の想定は良いが、ネガティブはいかん。
生きる気力やらがゴリゴリと減っていくぞアレは。

「ね、気付いてる?」
「…ぁ、ぉ…何をだ?」

宮本嬢の質問に、小室坊がドギマギしたような声を上げる。
何だオイ、俺の背後でラブコメおっぱじめる気かコラ。
あまりの甘酸っぱさにハンヴィーから飛び降りたらどうしてくれる。
しかし、俺の想像とは違い宮本嬢の言葉は現状を嬉しがる言葉であった。

「私たち、夜が明けてからまだ一度も出くわしてないわ」
「……ぁ、確かに」
「ふむ、そうだな。あの血色の悪すぎる面は一度も見て無いな」

出来る事ならこのまま一生見たくねぇもんだけどなぁ、と思いつつソレは不可能だと理性が言う。
ンなこたぁ分かっている。
分かっているのだが、思うぐらいは良かろうに。
本当の意味で脳天気になれないというのは中々に辛いものだな、と自覚する。
どれだけ現実を逃避しても、心のどこかで現実を見据えて最悪の事態を想定する己が居る。
難儀なもんだ、と頭を振りつつ前を向いた。
舞い散る桜が視界を彩るが、警戒中の今ではやや鬱陶しい。
――――本来ならば、この景色を純粋に楽しめたのだろうか。
<奴ら>が現れずただただ花見として此処に訪れる事ができたのであれば、或いは俺もこの景色を純粋に『美しい』と思えたのだろうか。
そんな事を、夢想する。
夢想した、ところで。

「……空気読みやがれってんだよ糞虫どもがッ!!」
「<奴ら>です!!」

俺の怒りを孕んだ言葉に続き、ヒラ坊が警告を促す。
目測にして、三百といったところか。

「距離、右前方、三びゃーく!!」

果たしてその予想を後押しするヒラ坊の声が聞こえた。

「右に行って!!」
「わ、分かったわ!!」

高城嬢の言葉に返答しながら、鞠川先生がハンドルを切る。
振り落とされぬよう、付近の突起を握り締める。
しかし、曲った先にも<奴ら>。

「わぁ!此処も!?」
「突然に湧いて出たなオイ!!」

鞠川先生の言葉に続き、吠える。
さっきまで全く姿を見せなかったというのに、行き成り出てくるんじゃねぇよチクショウが。

「もーいやぁ!!」
「じゃあ、あそこ左!!左よ!!」

泣き言を漏らす鞠川先生に高城嬢が指示を飛ばす。

「何だってんだ!二丁目に近づくほど増えてるじゃないか!!」
「理由が、何か理由があるはずよ!!」

小室坊の言葉を聞き、宮本嬢が言った。
理由、理由か。
<奴ら>の習性を考えるのならば、二つの候補が上がる。

「――――二丁目に、音を鳴らす何かがあるのか、或いは二丁目に人が集結しているのか、だな」

<奴ら>が反応する音を鳴らす何かがあるのか、獲物である人が集結しているのか。
恐らくは、後者。
何故二丁目に集まっているのかまでは分からないが、音を出すものがあるのならばあの位置で既にその音が聞こえていてしかるべきであろう。
だが、何も聞こえてこない。
精々が<奴ら>の呻き声程度。
ならば、人が集結していると見て間違いは無いだろう。
そう推測を結論付けている間に、ハンヴィーは<奴ら>の群れへと近づいていく。
小室坊たちは俺を左側に置き、身体を伏せてその衝撃に備えている。
…こんな時までイチャイチャか貴様ら。

「そのまま押しのけてぇ!!」

高城嬢の一喝の元、ハンヴィーが突撃する。
撥ね飛ばされた<奴ら>が時折此方へと来るが、殴り飛ばして視界を確保する。
―――ん?

「ッ!!?鞠川先生ぇ!!とっとと車止めろぉ!!」

<奴ら>の群れの向こう側、日光を反射して輝くソレは、かつて俺も戦場で多用した基本的で効果的なトラップの一つ。

「ワイヤーが張られてんだ!!とっとと止めろ!!」

細さは人体を切断できるレベルでは無いが、それでも危険であることに変わりは無い。
しかして、既に加速した車体を止める事など容易ではない。
では止まりそうに無いのならはどうするか。
考えろ、考えろ、考えろ―――!!

「車体横にしろ!!先生ッ!!」
「ひうぅっ!!」

車体を横にすれば、速度はある程度保ったままに突撃は避けられる。
俺の叫びに反応したのか思い切りハンドルを切ったであろう先生の悲鳴と共に、車体が横へと回転する。
その勢いのまま、付近に立っていた<奴ら>をワイヤーに押し付けつつも、走り続けている。

「ヒラ坊!目隠し!!」
「見ちゃ駄目だ!!」
「ふあぁ」

俺が叫ぶよりも先に行動を起こしていたようで、ヒラ坊がありす嬢の目隠しをしたのだろう小さな驚嘆の声が聞こえた。
よし、それでいい。
思考を加速させ、次の行動に備える。

(このまま走り続けりゃあ、間違いなく壁にぶつかる!)

「ブレーキ踏め!!先生!!」
「やってるわよぉ!!何で止まらないのぉ!!」
「タイヤがロックしてます!!ブレーキ離して、少しだけアクセル踏んで!!」
「ろ、ロック!?ふぇぇぇ!?」

先生の疑問の声にヒラ坊のアドバイスが飛ぶが、よく分かっていないようだ。
にしてもタイヤがロックされているか、随分と面倒な事だ。
小室坊が風圧に負けて体勢を崩すが、即座に右手で押さえつける。
体勢を戻した小室坊は、再度宮本嬢の肩に手を置く。
普通に車体を掴め。
だが、そんなこと言っている場合ではない。

「「先生!!前、前ぇ!!」」
「いやあぁぁぁぁ!!

既に壁が近い。
俺と小室坊の叫びに悲鳴で応える鞠川先生。
ギリギリで急ブレーキを踏んだようで、耳障りな音と共に車体が停止する。
―――しかし、慣性の法則は無情にも車体の上に乗る存在を吹き飛ばす。

宮本嬢が、押し出された。

小室坊も手を伸ばすが、届く気配は無い。
ハンヴィーのフロント部分に身体を打ち付けた宮本嬢が、道路へと倒れこむ。
その周囲には、<奴ら>の影。

「小室坊!!行けぇ!!」
「―――おう!!」

小室坊が車体の上から飛びあがり、イサカM37を構える。
行け、ヒーロー。

「スライドを引いて…」
「ッ!?」
「頭の辺りに向けて…!!」
「孝!!」

小室坊が着地し、

「撃つ!!」

イサカM37を構えつつ、散弾を放った。
眼前に迫った一匹を吹き飛ばすイサカM37の散弾。
…一匹!?

「何やってんだテメェはぁ!!」

ナイフの刃を露出させる。
続いて跳んだ俺が、踵落としで<奴ら>の一匹の頭部を潰しつつもう一匹の首を掻っ切りながら小室坊の近くへと後退する。
チクショウやっぱ素人が扱うには無理があったか!?
反動やら何やらを考えながらぶっぱなさねぇとありゃ纏めて吹っ飛ばせるわきゃねぇよ。

「何だよ!!頭狙ったのに、一人しかやっつけられないぞ!!」

あ、まだお前さん<奴ら>を『人』で数えてたのな。
とてもどうでもいい事に気がつきながら、腰のアーミーナイフを抜き放つ。

「下手なんだよぉ!!反動で銃口が跳ねてパターンが上にずれてる!!突き出すように構えて!!胸の辺りを狙ってぇ!!」

ヒラ坊の一喝にイサカM37を構えなおす小室坊。
今度はミスるんじゃねぇぞオイ!!
かくして、先ほどのアドバイスの通りに放たれた弾丸は複数の<奴ら>を吹き飛ばすのに成功した。

「凄い…」
「感心してる場合じゃあ…ねぇだろうがよッ!!」

小室坊の左右から迫る二匹の<奴ら>の片方にアーミーナイフを投げつけ突き刺し、もう片方には手に持った愛用のナイフを振るい首を刎ねる。
突き刺したアーミーナイフを抜き去り、<奴ら>を蹴り飛ばし寄って来た<奴ら>に叩き付ける。

「けど…多すぎるな…」
「一発撃った後、トリガーを搾ったままスライドだけ引くんだ!!銃口は少しだけずらせ!!」

小室坊の零した弱音を拾ったのかどうか、ヒラ坊のアドバイスが再度入る。
そのアドバイスに従い、小室坊が散弾を放つ。
倒れていく<奴ら>。
…この分なら、俺は前に出ないほうが良いかね。
誤射されても敵わんしなぁ、と思いつつ後ろに下がる。

「ヒュゥー!!最高ぉ!!」
「調子乗って弾切れ起こすなよ小僧!!こんな状態でジャムるとか冗談じゃねぇからな!?」
「…ぬ?…弾切れかよ!」
「言った傍からかおんどりゃあ!!」

焦っているのか、弾丸を補充しようとする小室坊のポケットから弾丸が零れ落ちていく。
面倒臭いってレベルじゃあねぇなオイ。

「時間稼ぐから落ち着いてやれ!!」
「お、オイ!!無茶するんじゃ…」
「無茶せにゃいかん時だろうがよぉ!!」

ポケットに手を突っ込んでいる小室坊にそう言い捨て、<奴ら>の頭部を蹴り砕く。
あーもう、最近俺の流儀じゃねぇ戦闘ばかりだコノヤロウ!!
幾らやりやすくても本職はゲリラ戦だったんだぞ俺!?
<奴ら>にナイフを突き刺しながら心中で愚痴を吐く。
そして回し蹴りを叩き込むが…。

「ってマズッ!!?」
「オォォウゥゥ…」

背後から、<奴ら>の手が伸びてきた。
此処でお陀仏だってかチクショウが――――!!
しかし。

「フッ!!」

ゴシャリと、破砕の音が聞こえた。
振り向けば、凛々しい女傑。

「―――まぁた、助けられたな」
「気にするな」

ヒュン、と木刀を振るい<奴ら>の血を飛ばす冴子嬢。
にしても本気で多いなドチクショウが!!
ヒラ坊も必死に狙撃しているが、ちょいと数が多すぎる。
このままじゃあ、本気で押し負けるぞコレは。
―――だが今は、集中しろ!!
やる事もやらずに死ぬ、なんざ最悪の死に方だ。
ならば最期の最期まで足掻き続けて死んでやろうじゃあねぇかよ!!
そんな中。

バシュン!と。

今までとは違う、射撃の音が聞こえた。

「―――こんな時でもイチャイチャか糞がぁぁぁぁぁぁぁ!!ああもう、狩る!!全部狩りとってやるあぁぁぁぁぁ!!」
「あ、おい!!石井君!?」
「理性はあるから気にするんじゃあねぇぇぇぇぇ!!」

ドグシャッ!!と、<奴ら>の頭部を二匹同時に潰す。
小室坊の現状は、宮本嬢の胸を挟み込んだ状態でスプリングフィールドM1A1をぶっ放している状況である。
撃つたびに、揺れているようだ。
何がって?

―――小室坊の眼前にある、二つの山がだよ!!

故意ではない。
単純に、現状で尤も効率的な行動をしているだけだろう。
分かっちゃいる。
分かっちゃいるが腹が立つ。
故に叫ぼう。

「リア充死ねぇぇぇぇぇぇ!!」

ザクザクザクザクと<奴ら>を切り刻む。
時折顎を蹴り飛ばし、打ち上げる。
それにしても…。

「天は二物を与えずってなぁ、嘘だなぁオイ!!」

小室坊の、射撃の事だ。
昨夜あれだけのドライビングテクニックを見せ付けたにも関わらず、現在行っている射撃は正確無比としか言えない。
俺や冴子嬢が暴れる隙間を縫って射撃を通してきやがる。
ホント、チート祭かチクショウめ。
まぁ、あんまり当たっちゃいないんだが。
しかしてどうする。
真面目に数が多すぎるが…。
そんな時、声を聞いた。

「やっつけてやる…」

ヒラ坊の声。
怒りに震えるその声は、かつて己も出した事のある声だ。
家と親を無くし、戦場に出るしかなくなった子供を見たときに出した。
仲間が撃たれて死んだときにも出した。

―――許さない。

ただその一念を込めた声だ。

「皆やっつけてやるあぁぁぁぁぁ!!」

射撃の勢いが、増した。
より正確に、より速く叩き込まれていく弾丸。

「…なら、応えにゃならんわな」

その意志に、その怒りに。
何故にその感情を抱いたのかは知らないが、その怒りはきっと正しいものだから。
思考を冷まし、より正確に首を刎ねる。
すれ違うたびに<奴ら>の首を一撃で落とす。

『恐れるな、恐れれば刃が鈍る』

蘇るのは、教えられた教訓。
恐れを抱けば刃が鈍る。
故に、その恐れを覆い隠す。
突き刺し抉り砕き刎ねる。
そして。

「そら」

アーミーナイフを投げ付け、<奴ら>の後頭部に突き刺す。
ぐらりと倒れる<奴ら>の向こう側に、高城嬢。

「イチャつくのは構わんが、油断するんじゃあねぇ」
「だ、誰が誰とイチャついてるってのよ!!」
「小室坊に向かって『これからは名前で呼びなさいよ』……聞こえてたぞ」

何はともあれとっとと構えな、とだけ言って突き刺したナイフを抜き去る。
少し震えているのは、怒りもあるが恐怖もあるか。









「―――――お前さんは、天才だよ。落ち着いてやりゃあ、絶対に出来る。頑張れ」










天才、恐らく彼女にとってのアイデンティティー。
それを利用するというのは少々気がひけるものの、利用できるのならば何でも利用しよう。
生き残る為に、利用できるものは何でも。
それが功を奏したのか、何時も通りに強気な顔で銃を構える高城嬢。

「―――あったりまえでしょ!!」
「その意気だ!!小室坊へのアプローチもそんぐらい強気でやっとけ!!俺が楽しいからな!!」

うるさいわね!!という怒号と共に、散弾が放たれた。
コレで緊張なんざ欠片もねぇだろ。
冷や汗を流しつつもカッカッカと笑っていれば、冴子嬢が言った。

「…相変わらず、フォローが上手いな」
「他人利用して生き残りたがる駄目人間だよ」
「結果的に、それが他者の生存に繋がると思うぞ?」
「だとしても、だ!」

襲い掛かってくる<奴ら>の首を問答無用で刎ねる。
切れ味が落ちないことを、祈るばかり。
学園脱出の時と同じく一撃で首を刎ねられないという状況は、この密集地帯では致命的な隙だ。
即座に死亡確定。
まったく、気が滅入る。
――――それでも、振るう刃は止める事無く。







日暮れ時、されど未だに<奴ら>は減らず。
ハンヴィーから飛び出してきたジークが<奴ら>の脚に噛み付くが、当然の如く無意味だ。
そのまま歩を進める<奴ら>。
…こりゃあ、このまま続けりゃ全滅するな。

「――――――」

思考を回す。
こんな時、どうするべきか。
周囲を見渡せば、体力を使い切ったのか肩で息をする奴も多い。
銃弾も、ほとんど使い切ったようだ。

――――出来る事を、出来るだけ、か。
クカッ、と息を漏らす。
何というか、本当に何というか。
甘い、甘い、甘い精神だ。
それでも。

「見捨てられないのが、俺だよなぁ」

タタッと背後へと走り、高城嬢の近くの<奴ら>に踵落としをぶち込む。
高城嬢がバットか何かのように構えたイサカM37を奪い取る。
何やら近くに来ていたらしい小室坊も驚いた表情をしているが、まぁ丁度いいか。
どうせコイツも突っ込む気だったのだろうし。

「小室坊、後頼むわ」
「…ッ!?待て石井!!俺が行く!!」
「バッカお前、どうせ死ぬ気だろ?俺は生き残る気全開だぜ?」

バットの代わりぐらいになれば良いわなぁとイサカを振るう。
殺すには到らんだろうが、まぁ薙ぎ倒すには十分か。
とりあえず頑張るかぁ、と言いながらゴキリと首を鳴らせば、後ろから小室坊の問いが来た。

「…お前、何でそんなに軽く言えるんだよ。死ぬかも知れないんだぞ!?」
「軽くはねぇよ?ぶっちゃけ怖くてしょうがねぇんだけど」
「じゃあ何で!!」

何で、何でか…そりゃあお前、あれだ。

「んー……自己満足、だな」

小室坊の叫びに、振り返らず応えてから走る。
そう、自己満足だ。
単純に、目の前で仲間が死ぬとか大嫌いだから。
だから自分が行く。
俺が死んで泣いてくれる奴らがいれば最高だけどなぁ、とも思う。
しかし自分たちのせいでとか思われて泣かれると凄い嫌な気分になるな。

「って、死ぬ事前提でもの考えるな俺」

イサカで敵を薙ぎ払いつつ、ナイフで残った<奴ら>の首を刎ねる。
この数日で、何匹の首を刎ねた事か。
いや、何十匹か?
そんな事を考えていれば、同じく突っ込んできた人物が一人。
まぁ、当然そんな武闘派はアイツなわけで。

「石井君!!私も付き合う!!」

来たよ、木刀レディーが。
だが、アホかお前は。
何のために俺が囮に成ったと思ってやがる。

「ああ!?馬鹿言ってんじゃねぇよこのアマ!!とっとと帰れオラァ!!」
「断る!!」
「帰れ!!」
「断る!!」
「帰れ!!」
「断る!!」
「帰れ!!」
「断る!!」
「帰れ!!」

そう口論をしつつも、<奴ら>を殴り飛ばしていく俺と冴子嬢。
その間に、随分とハンヴィーからは離れてしまったようだ。
ああああああああもう此処まで来たら引き返せとも言えないじゃねぇか!!

「どうすんだよ!!トランシーバーお前さんに預けっぱなしだろ?!」
「鞠川校医に預けてきた!」
「ぬがっ…糞ッ!!なら俺より先に死ぬなよ!?」
「死ぬ気は無かったんじゃないのか!!」
「ンじゃ死ぬなぁ!!」

俺がアスファルトにイサカを擦りつけ、冴子嬢が電柱を叩く。
その音が、<奴ら>を引き付けた。

「もうホントに後戻りできねぇぞ馬鹿女!!」
「承知の上だ!!」
「ホンットに女傑だなぁチクショウ!!」

道中の階段を駆け上がる。
最上段まで来たところで、大きく意気を吸い込み叫ぶ。

「こっちだぁ!!糞虫どもがぁ!!!かかって来いよオラァ!!!!」

もう一度、注意を惹きつける為に声を張り上げる。
即座にダッシュ。
足場に存在するちょっとした溝を飛び越え、確認の為に後ろを振り返る。
全員は、惹きつけられていない。

「ンなら…こいつでどうだぁ!!」

手すりに、思い切りイサカを叩き付ける。
…けれど意識は大して惹きつけられず。
ナップザックにある空き缶も、前に使い切ってしまった。
ハンヴィーのほうを見てみれば、追い詰められている女子二人を護ろうとする小室坊とありす嬢を逃がそうとするヒラ坊が見えた。
何事か話しているようだが、焦りのせいでうまく聞き取れない。
そんな時。

「うそ!!」

ありす嬢の叫びが、聞こえた。

「パパも死んじゃいそうなときに、コータちゃんと同じ顔したもん、『だいじょうぶ』って言ったのに死んじゃったもん!!」

悲痛な叫び。
無力な自分に腹が立つ。

「いやいやいやいや!!ありす一人はいや!!コータちゃんやたかしお兄ちゃんやお姉ちゃん、おじさんといっしょにいる!!ずっとずっといっしょにいるぅ!!」

いや、一人にしないで!!と、叫びが聞こえる。

―――誰だって、一人にしたくはねぇさ。

皆、仲間と一緒に居たいのだ。
されど今、誰かを一人でも救うというのならその選択肢しか残っていない。
未だ幼き命を、残すべきだ。
出来る事なら俺とて、皆を救いたいとは思う。
その代償が己の命であったとしても、喜んで差し出そう。
どうせ一度は死んだ身だ。
けれど、現実はどこまでも残酷で最悪なものだ。

「お願い!!」

――――もう、いやあぁぁぁぁぁぁ!!
幼き少女の悲痛な叫びは、黄昏の空へと、吸い込まれていった。


~あとがき~
シリアスinしたよの巻。流石に此処をどうにかできるほど万能ではない石井君。
立場的には危険な場面を悉く小室君とチェンジしているわけですが、そうでもしないと活躍できない。
難しいね、話作りって。
さーて今回のアンケートは?
①レッツゴー石井君。
②そろそろ石井死ねばよくね?
③毒島先輩の裸エプロン最高だよね!


~その後の話~

「――――ん?」

悲痛な叫びに胸を痛めるが、何やらおかしな集団が見えた。
…消防士?

「皆、その場で伏せなさい!!」

その言葉と共に、消防士モドキが突撃していく。
ワイヤーの向こう側から、バズーカのようなものを構えてぶっ放す。
水か?あれは。
ハンヴィーに梯子が掛けられる。

「…助け、か?ありゃ。そうなら何処までもありがたいんだが」

分からないが、少なくとも敵では無いだろう。
狂った人間があんな統率された動きをするわけがないし、事実助けている。
――――まだまだ捨てたもんじゃねぇな、人間。

「今のうちに此方へ。車は後で回収します」

精神的な余裕が出てきたからか、声がしっかりと聞こえてくる。
女性の声、のようだが。

「消防では無いようだが…」
「だな。まさかとは思うが、先生の『お友達』とやらだったりするのか?」

いやソレは無いか。
それならばもっとゴツイ格好をしているはずだ。
精神的な安定をより磐石なものとするために、煙管を咥えて吸い込む。
…あー、落ち着く。

「…私も、貰っていいか?」
「どうぞ。…どういう心変わりだい?」
「私も、流石に今回ばかりはな…」

然様で、と返し冴子嬢に煙管を渡す。
俺の真似をして吸い込んだ彼女だが、直ぐに眉根を寄せた。

「…不味い」
「分かる奴にしか分からんよ、コレは」

視線をハンヴィーに戻す。
全員、向こう側に渡りきったようだ。
先生があの集団のリーダーと思われる人物に頭を下げている。

「危ないところを助けていただいて、ありがとう御座います」
「…当然です」

リーダーと思わしき人物が、ヘルメットを外す。
その中から出てきたのは、高城嬢と同じようなピンクに近い髪色の女性。

「…そう言えば、普通じゃねぇよな髪の毛の色」
「何がだ?」
「気にするな、独り言だ」

今まで気が付かなかった事実に驚愕しつつも、もう一度耳を澄ます。

「娘と、娘の友達の為なのだから」
「――ッ!ママァ!!」

高城嬢が、女性に駆け寄っていき、抱きつく。
女性も同じく抱きしめ返す。
…ああ、やはり彼女の母親であったか。
何か髪の毛の色似てる気がするなぁと思ったけどやっぱりか。
というかやっぱり地毛なのな、あれ。

「……あー、何にしても助かって良かったわ。良かった、良かった」
「…とはいえ、此方の状況は最ひゃふ…ひゃひふぉ!!するんだ!!」

冴子嬢が眉根を寄せていたので、頬を引っ張ってやった。
手を払いのけて怒られたけど。
だが、今はそんな顔してる時じゃないだろ。

「そう暗い顔すんなや、今はともかくあいつ等が助かった事を喜んどこう。生きてりゃ、大抵のことは何とかなるもんだよ」
「…そうだな」
「道が完全に断たれたわけじゃあねぇんだから、迂回していきゃいい。停滞は駄目だが、時間を食うぐらいは何とかなる」

現状ではだけどな、と付け足しておく。
まぁ、取り合えず道順に関してはアイツに頼むか。
トランシーバーを取り出し、通信を入れる。

「おーい、鞠川センセー、聞こえるかー、鞠川センセー」

…出ないな、どうするか。
そう困っていたところで、通信が繋がった。

『同士・石井!!無事?!』
「同士じゃねぇ。…ヒラ坊、鞠川先生は…ああ、そうか。あの人、機械オンチか」
『…無事みたいだね。それで、どうしたの?』
「俺と冴子嬢、迂回していくから道案内を小室坊に頼みたいんだが」
『分かった。小室!』
『…石井!!毒島先輩は無事か!!』
「俺よりも女の心配が先かテメェは。……無事だよ。それと、今度から『冴子』って呼んどけ。認めた人間にはそう呼んでもらいたいんだとさ」
『そ、そうか…。何にせよ、無事でよかった』

俺の生命力と悪運なめんじゃねぇよと返せば、苦笑が返ってきた。

「ま、ともあれ道案内、頼んだわ」
『ああ、任せとけ』

んじゃな、と通信を切り、冴子嬢のほうを向く。

「さて―――そいじゃあ、行きますか」




[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。【初恋爺】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/09/03 00:28
~注意~
・作者は文章力も甲斐性も無い。
・石井と毒島先輩が何か急接近。
・ギャグが楽しいお年頃。
以上の事が許容できる方のみスクロールして下さい。
許容できない方は他のもっと完成度の高いSSを見つける旅にレレレレッツゴー。

















































―――――恐怖を感じ、悔いるのならば、未だ正常と言う事なのだろう。

「さぁって…こっちの道は大丈夫かね」
「…さてな」

<奴ら>から小室坊たちがしっかりと逃げ出した事を確認した後の事だ。
俺と冴子嬢は小室坊の指示に従って高城邸へのルートを進んでいるのだが、状況はあまり良くは無い。
指示された道を幾つか回ってみたが、大抵は<奴ら>によって閉鎖されていた。
そもそもこの世界で状況が良い事とか…エロ方面しかねぇな、うん。

「それはそれでどうかと思う」
「何がだ?」
「何でもない、独り言だ」

日も暮れてきた中、タッタカターと走る走る俺たち。
流れる汗はかいてないんだけどどうよ。

「っと、ここら辺が件のルートだが…」

つついと曲がり角の影から指示されたルートを見てみれば、やはりわらわら<奴ら>が居よる。
無理無理、突破できるわきゃねーよ。
大人しくトランシーバーを取り出し、小室坊に連絡を取る。
あちらも予め傍で待機しているのか、返事は直ぐに来た。

『石井、どうだった?』
「小室坊、此処も通れそうにねぇわ」
『そうか…』

小室坊の声のトーンが若干落ちる。
まぁ、指示した先々が<奴ら>まみれじゃあ次に指示しても…みたいな感情になるかもな。
ふんむ、此処は一つ強攻策にも出れるよう『手段』を確保しに行ってみるか。

「小室坊、あのバイクの置いてあった店、覚えてるか?」
『ん…?あ、ああ、覚えてる』
「あそこ、軍の車やらも置いてあるかも知れないらしいから、ちょっと取りに行ってくるわ」
『車って…お前、運転できるのか?』

あたぼうよ、と返す。
戦闘ヘリなどの特殊なものは部隊のパイロットがやっていたが、ハンヴィーやら何やらぐらいなら俺にも運転できる。

『…分かった。また後で、連絡を入れてくれ。あの場所からのルートを知らせるから』
「オーケーボス、了解した。…冴子嬢、一旦戻る」
「承知した」

冴子嬢に逆走の意図を伝え、静かに、しかし迅速に走り出す。
来る途中に<奴ら>はいなかったし、ソレについては幸いっちゃあ幸いか。

(―――それにしても、話に聞いた高城嬢の家、でかいな)

少し視線を上に向ければ、馬鹿でかい青い屋根の屋敷が見える。
夕焼けに映える丘の上の巨大な屋敷、それが高城邸らしい。
親が右翼の何たらだかってぇ話を聞いた事が、あったような無かったような。
眼には見えてるんだけどなーと思わなくも無いが、愚痴を言っても仕方ない。
一先ずは移動手段の確保に向かってみるとしよう。

「ま、『偶に』って話だからあまり期待はしないでおくかね」
「?何の話だ?」
「あのバイクが置いてあった店にハンヴィーとか置いてありゃ良いやな、って話さ」

冴子嬢の疑問の声に応える。
店頭にあるバイクぐらいしか見ていなかったが、あのシャッターの向こうに或いはジープなどが置いてあるやも知れん。
そう考えながら走っている間に、件の店が見えてきた。

(…バイクか。それでも良いかも知れんな)

車が無かった場合にはバイクでも良いなーと思う。
…いや、でも俺が使った場合どうなるんだ?
決して運転できないわけではないが、小室坊レベルのドライビングテクニック発揮できるとは思えんし、俺が使ったところで逆に変な事になるんじゃなかろうか。
盛大に事故るとか。

「…ヤッベ、否定できない悲しさ」

一人小さく呟く。
いやいや、それは流石に無いだろうと首を振り、店の前に立つ。

「じゃ、中に入るとしますか」
「ああ」

シャッターを潜り抜けた先には、バイク、バイク、バイクの群れ。
日が傾きかけているため少々店内は暗いが、あまり問題はなさそうだ。
しかして、車は無さそうだな。
となると移動手段はバイクぐらいになる、か。
まぁうだうだ考えても始まりそうに無いし、

「さぁて」

とりあえず――――――バイク物色するか。




           第九話  ~恋と恐れと過去の巻~




「でも俺、やっぱりタンデムするとずっこける気するのよね」
「ならば止めておけ。私も事故で死ぬというのは御免だぞ?<奴ら>になるのも御免だが」
「ですよねー」

そりゃあそうだ。
『<奴ら>から逃げてたら事故って死にましたー』とかお前、本末転倒とかそういうレベルじゃねぇよバーロー。
そんなわけで、バイクは諦める。
ホイホイ付いていった俺は馬鹿か?
馬鹿ですねー駄目ですねー屑ですねー。

「誰がだぁ!?」
「突然どうした石井君!?」

取り合えず自分に対する悪口に耐え切れなくなったので小声で叫ぶ。
冴子嬢がどうしたかと聞いてきたが…コレはどう応えるべきか。
アレだ、その。

「自分に駄目出ししてたらテンションがハイになってきただけ」
「それは…いや、もう…いいか…」

諦めたような顔をする冴子嬢を無視してとりあえずテッテケテーと何か無いか探して回る。
よくよく見れば幾つかのドアがあるようだし、其処に色々と置いてあるやも知れんな。
隅々まで探し回ろう。

(…しかし何と言うか、冴子嬢と二人きり、か)

改めて意識すると、不思議な気分になる。
今までは三人以上で行動していたせいで考えていなかったが、美人と二人きりだ。
年老いたはずの精神が肉体に引っ張られているのか、どうにもこういう状況は舞い上がりそうになる。
あんまり舞い上がりすぎると酷い目にあうと思うので、ここらで少しクールダウン。
冴子嬢に迷惑をかけるわけにもいかんしな。
口に煙管を咥え、吸う。
ミントの爽やかさが口内から全身に駆け巡る。
―――美味い。
煙管を口から離し、くはぁと一つ息を漏らす。
ガツン、と頭を叩き意識を興奮状態から沈静化させる。

「オーケー、冴子嬢。探しに行こうか」
「…あ、ああ」
「?どうした?」
「いや、今の動作にどういう意味があったのかと…」
「気にするな」

単なる自己暗示ですが何か。
コツコツとコンクリートの床を歩く。
冴子嬢と別れ幾つかの場所を回ってみるが、目ぼしいものは見当たらなかった。
どうしたもんかと思考を加速させれど答えは出ない。

「石井君」

しかして後ろから自分を呼ぶ声が聞こえる。
大人しくその方向へと歩いていけば、冴子嬢が開けていたドアの中にあるものを見せてくれる。

「これはどうだろう」
「…おおぅ、こいつぁまた…」

付近においてある説明書を読む限り水上航行可能な…何だろうコレ。
バイクのようなハンドルとペダル付きの…車?バイク?
バギーの一種だろうか。
絶対コマンドウじゃあねぇしなぁ…つか、基本的にこういう類のものはアレックスの分野だ。
俺は使えれば何でも良しって言う主義だったし。
そういうわけでまぁ、何でもいいかと流す。
とりあえず使い方は説明書読む限り大体理解できた。
荷物を後部座席に放り込み、ドカリと運転席に座り込む。

「んじゃあ、行くとしますかね」
「運転の仕方は分かるのか?」

冴子嬢も近くの席に乗り込みながら質問してくるが、あたぼうよ。

「さっき覚えた。問題ねぇさ」
「…地味に能力が高いな、君は」

お褒めに預かり恐悦至極とだけ言葉を返しながら車体を動かし、外へと出る。
周囲に<奴ら>が居る様子は無い。
そんな事を確認している時に、ふと思う。
―――そういえば、<奴ら>の聴覚は何処までの距離の音を拾えるのだろうか。
塀伝いに歩いていたときの事を思うと、足元の<奴ら>はエンジン音に反応したような素振りは無く、ずっと此方に向かってきていた気がする。
そしてもう一つ。
最近不安に思っているのだが、本当に<奴ら>は音だけに反応しているのだろうか。
二丁目近くでは、大して音などしていないにも関わらず<奴ら>が溜まりこんでいた。
或いは聴覚のほうが優先されるだけで、嗅覚を宿しているのだろうか?

「ま、悩んだところで仕方は無いか」

ポケットからトランシーバーを取り出し連絡を取る。
出来る事ならとっととあいつ等と合流したい。
無事な姿を見て、安心したい。
傭兵としてそんな心構えで良いのだろうか、と思ったが今の俺は学生であるし、かつてもそんな心構えで生き抜いてきたのだと思い出す。
過去を懐かしんでいる間に、通信が帰ってきた。

『石井?着いたのか?』
「おうよ。それで小室坊、今、水陸両用のバイクだか車だかよう分からん車体を手に入れたんだがどうすれば良い?」
『よう分からん車体ってお前…』
「安心しろ。名称を知らんだけで動かせないわけじゃない」
『それなら…え?何だよ…ちょ、行き成り何す…』

後ろでわーわーと声がしたと思ったら、小室坊の叫びが聞こえた。
今、鈍い音がしたけど大丈夫なのだろうか。

『石井、聞こえる?』
「んあ?その声、高城嬢かね。一体どうしたよ」

聞こえてきた声は、高城嬢だった。
後ろで『何も殴ること無いだろ…』とか小室坊の声が聞こえる。
高城嬢も高城嬢で『アンタが直ぐに渡さないからでしょ!!』とか叫んでる。
耳が痛いので止めて欲しい。

『ったく…それで、その水陸両用の車体。<奴ら>に囲まれた時に対応できそう?』

その質問に、少しの間考え込む。
馬力自体はそれなりにあるだろうし、蹴散らすのも不可能では無いだろう。
しかしコレにはハンヴィーなどと違い屋根のようなものは無く、<奴ら>にも掴み易い位置に取っ手があるような車体だ。
そう考えると、

「ちと厳しいな。前方の<奴ら>だけなら可能だろうが、囲まれるとなると、な」
『そう…なら、まず川のほうに向かって。それから――――』

高城嬢が、今後の作戦を伝えてくれる。
その後は復活したらしい小室坊が懇切丁寧に、先のルートを教えてくれた。

「ふんむ、成る程な」

了承した、と最期に言い残しつつ小室坊との通信を切る。
さて、コレで進むべき道は示され都合の良い移動手段も手に入れたわけだ。
それじゃあ、行くか。

「出すぞ」
「ああ、出してくれ」

何の変哲も無い、受け答えのはずなのだが。
―――性欲を、持て余す。
いやいやいやそういうんじゃねぇんだよ俺は決してやましい気持ちで言ったわけじゃないんだよやましい気持ちで言ったわけじゃないんだけど愚息が反応したというかぁぁぁぁぁ!!
溜まってんだよ!!仕方がねぇだろ!!
心の中で半ば逆ギレしつつも、アクセルを入れる。
進みだした車体は緩やかな坂を上りつつ、加速していった。

そうして進む事暫く。

頭上を交通案内の看板が経過し、過ぎ去る。
一先ずの通過点である川が見えているが、<奴ら>も前方に存在している。

「面白くなってきたな」
「面白かねぇよ、チクショウ。面倒臭いだけだ」

吹き飛ばすのも吝かではないが、スマートじゃないな。
元々泥臭い戦闘を行ってきた俺が語る言葉ではないが省ける無駄は省くべきだ。
少し不機嫌な顔をしていれば、冴子嬢が再度声を掛けてきた。

「この先どうするか…もちろん、計画はあるね」
「当然。道順は聞いたし、道中にある特徴やら何やらも聞いた。備えあれば憂い無しを信条とする俺にソレは愚問だ」
「そうか、それならば安心だ」

言葉とは裏腹に、何処かつまらなそうな声色の冴子嬢。
『計画はあるか』と聞いたのはお前さんだろうに、何故そんな風に言うのか。
まぁしかし、安心しろ冴子嬢、間違いなくつまらなくなるはずがない。

「――――計画はある。強行突破ってぇ計画だがな」

大した特徴も無い場所で策とか不可能だべ、と言えば横から聞こえる笑い声。
しょうがなかろう、立てられる策が無いのだから。
強行突破なんて作戦はあんまり使いたくは無いんだがね

「掴まってろよー俺のデンジャラスドライブほどじゃ無いけれど、危ないから」
「了解した」

車体の加速はそのままに、土手を駆け下りる。
走行音に引きつけられて付いてきたのであろう<奴ら>が、急斜面に対応しきれず落ちていく。
ふむ、あまり足取りが良いとは言えないと思っていたが、踏ん張りすらも利かんのか。
とりあえず一つ収穫だなぁと思いつつも、車を止めない

「ォォォ…」

呻き声に、少し背後を見る。
倒れている状態からグググと起き上がってくる<奴ら>。
今、完全に頭から落っこちた奴とかも居るのに。

「死んじゃおらんのが残念だ」
「あの程度で死ぬ連中でもあるまい」
「まぁ、そう何だがね」

じゃあアンタの木刀とかどういう威力で殴ってたんだと思うが、このお嬢さんを普通に当てはめるだけ無意味か。
とりあえず、集まってきて囲まれたら厄介だ。
ハンヴィーのように屋根があるわけでもないし、身体を掴まれでもしたら厄介だ。
此処は一先ず。

「高城嬢の作戦を信じますかね」

ハンドルを横に切れば、ギャリギャリとタイヤを回転させ車体が川へと突っ込んでいく。
何か後ろで驚いたような声が上がっているが、そんなもんを気にしている場合ではない。
とりあえず逃げるが勝ち。
<奴ら>じゃ渡ってこれそうに無い勢いの川へと突っ込めば、盛大な水飛沫が全身に降りかかる。
正直大した事は無いが、冴子嬢は大丈夫だろうか。
突っ込んだ勢いで振り落とされたりしていないだろうか。
先に作戦の事を伝えときゃ良かったと思いつつ、後ろを見る。

「冴子嬢、大丈夫…くあぁ!?」














――――性欲が、加速する―――――














背後を見れば、ずぶ濡れの冴子嬢が居る。
オーケー、簡単な現象だ。

Q.比較的薄めの衣服に水が掛かればどうなるでしょうか?
A.透けて張り付くに決まってんだろJK。

つまり、今の状態はそういうこと。
冴子嬢の状態は濡れ透け衣服がピッタリペッタリ。
というか何ですかその座り方はパンツ見せて逆V字で座り込んでるって誘ってんのか誘ってんだな俺のリビドーをマキシマムドライブさせても宜しいでしょうか――――ッ!!
そして徐に胸元辺りで衣服を引っ張って―――、

「弾んだぁぁぁぁぁぁ!俺の心にストライク!!」

拳を握り締めクワッ!!と眼を見開いて吼えれば、冴子嬢が胸元を隠した。
そうか二人きりで変な感じがしたり舞い上がったのはこういう展開の前兆か――――ッ!!

「―――ぅ私も、女だぞ!?」
「ええ分かってますとも分かってるからストライクに入ってるだけだッ!!」

とりあえず見るな、これ以上見たらリビドーに任せて襲いそうで怖い。
前方に向き直り、煙管を咥え吸った。
ちらりと視界を動かしバックミラーを見れば、川辺でゆらゆらとしている<奴ら>の影が見える。
しかして、そのまま立っていても無駄だと悟ったのか川辺から去っていく。

(――――多少の思考力はある、ということか)

昆虫以下だろうが厄介だな、と頭をカリカリと引っ掻く。
或いは狂犬病などのように水が怖かったりするのだろうか?

「――――――ん、まぁ何であれ良しとしよう。高城嬢の『追っ手を全部巻いてしまおう大作戦(命名俺)』も成功したし」

流石天才、状況把握能力と発想が凄まじいな。
うーむと唸っていれば、すぐ横に冴子嬢の顔が現れた。
…って、オイ。
ドクンと大きく心臓が跳ねる。

「顔が近モゴォ!!?」
「今は、なるべく声を抑えたほうが良かろう?」

じゃあ顔を近くに持ってくるなと小一時間。
まぁ、正論である事には変わりないか。
――――とりあえず、川の真ん中辺りにある中州で一旦車体を止めるか。






「で?これからどうすりゃ良いんだボス」
『ボスって…ま、良いか。一先ず最初の指示通り公園に向かってくれ。そっからの行き先、分かるか?』
「オーケーオーケー把握してるよ、懇切丁寧に説明されたんだしな。でかい噴水がある公園だろ?」
『ああ…それじゃあ、気をつけて行けよ』
「あいよ」

トランシーバーの通信を切り、夕焼けを見据える。
さて、これからどうするか。
疲れは、以前の睡眠でほとんど取れた。
俺としては何もすることは無いし得も無いが、一休みとしようかね?
冴子嬢は疲労しているやも知れんし…あ、そう言えば。

「冴子嬢、体冷えてるんだったらナップザックの中に毛布があるから、それ使え。それと、確か車内の下のほうに備え付けのタンクトップが置いてあったから、それを着ておくといい」

恐らくタンクトップは、軍の人間が回収し忘れたものなのだろうと推測するが、それも告げるのは完全に蛇足か。
なので振り向かず、それだけを告げる。
そういえば冴子嬢は水を引っかぶったせいでびしょ濡れだった。
すっかり忘れていたが、日が傾き始めたこの時間帯でソレはあまり好ましくない。
風邪を引いた、なんて事になったら不味い。
そう思っていれば、冴子嬢の戸惑った声が背後から聞こえてきた。

「心遣いはありがたいのだが…一体何処で毛布を?」
「先生のお友達の家からパクッて来た」
「…何故?」
「いや、空き缶も無くなってたから随分とナップザックに空きがあってな。もし身体が冷えるような時があったら使えるだろうと思って」

まさかマジで来るとは思わなんだ、と一人呟いていれば、呆れたような溜息の後に背後から衣服を脱ぐ音が聞こえる。
濡れた服を脱いでいるのだろう。

「警戒は俺がしとくから、必要なら休んどけ」

<奴ら>は川の中まで入ってこれそうに無いし、警戒する必要は本来無いがね、と付け加える。
背後からは礼を言う声と共に、此方を気遣う声が聞こえた。

「君は大丈夫なのか?」
「俺は頑丈だからな。大体大丈夫だ」

但し、エロ方面の防御は金メッキだがな。
衣服の擦れる音に物凄く振り向きたい衝動に駆られるが、自制する。
俺は強い子、欲望に負けない強い子。

「色即是空空即是色色即是空空即是色色即是空空即是色」
「…石井君?」
「気にするな、自分を強く持つための自己暗示だ。頼むから気にするな」

俺の必死さを理解してくれたのか、それ以降冴子嬢の声は聞こえなくなった。
その代わりに、衣服の擦れる音が響く。
そして気がつく。

(…あれ?エロさ倍増じゃね?)

衣服が擦れる音だけって、お前エロ過ぎるだろ。
オイオイ俺の金メッキ耐性がバリバリ音を立てて剥がれてくじゃねぇかどうしよう。
ぬぅぅぅと唸っていれば、後ろからクスリという笑いと共に声が聞こえた。

「―――もういいよ」
「マジで?いいのか?見るよ?全力で振り向くよ?実は裸で慰謝料毟り取るとかそんなトラップじゃ無いよね?ああ違うんだペーター俺は悪くねぇだからそんな逆バイアグラとか言いながら注射打とうとしないでアレックス何でパイプレンチとか持ってんのギュインギュイン回るドリルが怖いんだけどあああぁぁぁぁぁぁ!!?」
「い、石井君?!」

トラウマ発動で中州をゴロンゴロン転げまわれば、冴子嬢の手が身体に触れた。
ハッ、と意識が現実へと引き戻される。
おおう、意識が飛んでたか。
顔を冴子嬢の方に向けつつ、頭を下げる。

「悪い、取り乱した冴子じょ……」

頭を上げたときに、その姿を見た。

「…?どうした?」
「あ、いや、その、何でもない!」

ぐわっと身体を元の位置に戻す。
…いかん、何だコレ。
タンクトップと、ポニーテールの冴子嬢を見た瞬間、何かこう、ね?
言語にしにくいんだけど、アレだ、電流が走った的な。
色欲とかそういうもんじゃあ無くて、ああもう何だコレ!?
おかしい、おかしいぞ俺。

「何か、おかしかったか?」

その言葉に、全力で振り返り肩を掴む。
キョトンとした顔をしているが、知った事か。

「おかしくないおかしくない!!おかしいのは俺のほうでお前さんは寧ろもの凄く綺麗というか美人というか!!えーとその、何だ!!?アレだよ!!その「――フフッ」…ぬ」

頭の中がこんがらがっている状態で言葉を並べていたら、笑われた。
…クールダウンした頭で考えると、俺、今凄く恥ずかしい事言わなかったか?
美人とか綺麗とかマジ顔で力説してたような気がするぞ?
途端に顔が熱くなっていくのを感じる。
口がうまく動かなくて、言い訳が出来ない。

「うぁ…いや、その…」
「綺麗というか美人というか、か。ありがとう、女としてはこれ以上無い褒め言葉だ」
「ヴぁ、ぬ、あ、が、ぎ…ぐぬぬぬぬぬ……」
「…本当に君は、不思議な男子だな」

最後にポツリと呟かれた言葉は、上手く聞き取れなかった。
ぬ?と疑問符を浮かべるもののクスクスという上品な笑いで誤魔化される。
ぬぅ、何かからかわれている気がするぞ俺。
普段おちゃらけている俺に対しての復讐か何かか、チクショウ。

「…はぁ、その様子なら、疲れているようじゃあなさそうだな」
「ああ、身体はしっかりと動くよ」
「そいつぁ重畳。良い事だ」

カッカッカ、と先の気恥ずかしさを流すために笑うが、唐突に思う。

―――全くと言っていいほど弱みを見せないこの女子には、好きな男が居たのだろうか。

もし居たとして、その男子が<奴ら>と成っていたのならばどう思うのか。
前世では結婚や恋愛といった事からとんと離れていた俺にとって、そういう感情はイマイチ理解する事が出来ない。
誰かを好きになる、とはどういうことなのだろうか。
…聞いて、みようか。
酷な事ではあろうと思うが、そう決まったわけでも無いしと半ば開き直りつつ声を掛けた。

「なぁ、冴子嬢」
「ん?どうした、石井君」
「――――誰か、好きな奴っているのか?」

俺がそう問い掛ければ、浅く笑う声が聞こえた。
さっきから俺、笑われてばっかだな。
気恥ずかしさに耐え切れず、背中を向けて座り込む。

「…行き成りだなぁ」
「あー、いや、何だ。答えたくなきゃ答えなくて良い。ただの戯言だと思って聞き流してくれ」

やはり、唐突過ぎたか。
そりゃあそうだろう、話に脈絡が無さ過ぎる。

「ただ、お前さんみたいな美人なら、寄って来る奴も多かったんだろうなーと。その中で気に入った男が居たんじゃねぇかと…あいや、どうでもいい情報だな。忘れてくれ」

あはははは…と苦笑する。
しかし、冴子嬢からの返答は無い。
もしかして、地雷踏んじまったか?俺。
『貴様ぁぁぁぁぁ!!』とか吼えられつつ頭を木刀でズガコーンとかち割られたりしねぇのかな。
そう思ってガクブル震えていると、唐突に冴子嬢が声を発した。

「―――私にも、好きな男は、いたよ?」

―――自分で聞いた、事なのに。
何故だ、酷くムカムカとした気分になるのは。
ソレは今まで知ることの無かった感情で、一体なんであるのか検討もつかない。
ただ、彼女の放った言葉が、無性に悲しくて、そして酷く頭を加熱させる。
何故なのか。
答えは出ず、思考は深みへと嵌り込んで行く。

「…………そう、か」

口に出すのは、それが精一杯だった。
人生で一度も抱いた事の無いこの不可思議な気分は、一体何なのか。
そう考えていたところで、車体に腰を降ろしていた冴子嬢が立ち上がった。

「そろそろ、どうだろう。数も減ったよ」
「あ…あ、ああ。そうだな、とっとと進むとしよう」

車体に乗り込み、アクセルを吹かし中州から出発する。
バシャリと先ほどよりも穏やかに入水しながら、車体を川原へと進ませる。

(好きな男が居た、か)

過去に分かれたという意味なのか、もう会えないという意味なのか。
そんな事を考えながらも車体は中州から離れ、川原へと近づいていった。
――――胸に、微かな痛みを残しながらも。







随分と日も傾き、夜に差し掛かった時間帯。
坂道を駆け下りる。
周辺を見れば、やはり<奴ら>がうようよと。

「また、増えてきた」
「だな。まぁ、こんだけエンジン音させてりゃ寄って来るか」

冴子嬢の言葉に同意しながらも、細心の注意を払いながら運転する。
結構コイツのエンジン音、五月蝿いのよね。

「このままでは、中洲に行く前と同じだ」

冴子嬢が少々焦ったような声を出すが、心配は要らない。

「問題ねぇさ。小室坊の指示通りなら、この角を曲れば何とかなる」

というか、何とかして見せてこその俺。
ハンドルを切り、ドリフトをかましながら角を曲る。
その際に、<奴ら>を一匹撥ね飛ばしておく。
そのまま闇に染まり電灯を灯す市外を走る。
――――よし、見えてきた。
中央に噴水を持つ、その敷地の名は。

「公園?!」
「ダンボールは最強の隠密兵器…と言いたい所だが、今回は別目的。とりあえず毛布でも頭から被っときな、濡れるぞ」
「え?」
「いいから被れ。被らないとまた俺のメッキの如き耐性が剥がれる」

いそいそと毛布を取り出す冴子嬢を横目に公園内へと進入。
アクセルは緩めずに、石で作られた階段を踏み越え噴水の中へと突入する。
再度、水飛沫が叩きつけられる。

「さって、こっからが本番」

手元に置いておいた黄色いテープを手に取り、ハンドルに巻き付ける。
回転方向は右、アクセルは吹かしっぱなし。
手を離すが、テープによって操作を固定されたハンドルが勝手に車体を動かす。
巨大な車体がエンジン音を立てながら噴水内をクルクルと回り始めた。

「囮完成…てな。いや、大きな噴水があって助かったわ」
「成る程な…音で引き寄せてその間に…」
「イエスその通り。ま、突破せにゃならん事にはかわりないがね」

ナイフを袖から取り出し、刃を露出させる。
が、それと同時に思うことがある。

(やっぱ、遠距離武器も欲しいところだな)

囲まれたときに接近戦は凄まじく危険だ。
一対一なら抜き・構え・射出の三工程を踏む銃よりも抜き、或いは振るいの一工程で攻撃できるナイフのほうが楽で確実なんだが。
遠距離としてはサイレンサー付きのハンドガンとかあれば最上なんだが、そうそう上手くはいかんわな。
後は、投げナイフとかぐらいか。

「ま、文句を言っても始まらないか」

よっこらせ、と立ち上がる。
音を立てれば<奴ら>に気がつかれるから銃は使えない。
尤も、弾丸が無いから最初から使えないのだが。
横に立つ冴子嬢を見るが…、

(また、その笑みだ)

僅かに口角が釣りあがっている。
<奴ら>との戦闘を心待ちにするかのような表情。
冷静な彼女が時折見せる、好戦的で嗜虐的な表情。
――――今は、意識するな。
ただ戦い、眼前の障害を排除するべきだ。
一度眼を瞑り、ふぅと一息吐いてから眼を開く。

「行くぞ、冴子嬢」
「承知した!!」

ほぼ同時に車体を蹴り付け、<奴ら>へと踊りかかる。
着地と同時に手近な<奴ら>を蹴り飛ばし、首を刎ねる。
が。

「――――オイオイ、マジか」

視線を向ければ、相変わらずの異常事態。
俺は先ほど、出来るだけ迅速に一匹の<奴ら>を仕留めた。
その間に、彼女は二匹の<奴ら>を仕留めている。
ヒュッと風を切りつつ<奴ら>の眼前に木刀を振り下ろし、突きつける。
木刀を突きつけられた<奴ら>が停止しているのは、音を立てていないからなのか。

「ぁぁぉぁぅうぁぁぁ…」
「臭いな。髪ぐらい洗ったらどうだ」

突きつけた木刀を即座に引き、下から突き上げ<奴ら>を上空へと吹き飛ばす。
…どうなってんだ、ホントに。
無茶苦茶すぎるというか、或いは脳のリミッターでも外しているのか。
駆け抜けると同時に<奴ら>の頭部を叩き割り、次の獲物へと移って行く。
俺も手近な<奴ら>の首を刈ってはいるものの彼女の速度はそれ以上だ。
砕き、駆け、また砕く。
一撃必殺と、高速離脱の繰り返し。
俺自身もかつて似たような戦術を取っていたが、あれは周囲に遮蔽物など隠れるものがあったからだ。
それを純粋な身体能力のみでやってのけるとは異常と言うか何と言うか。
けれど。

(不安定…いや、ある種の安定してはいるが偉く狂気的と言おうかね)

冴子嬢の顔を見る。
薄っすらとしたものでは無く、口元が随分と弓形になっている。
実に、楽しそうな表情。
その笑みは<奴ら>を倒すたびに、深くなっていく。
学校脱出時や平時のような冷静さはなりを潜め、悦楽に酔いしれているような目。
頼りになるといえばそうなのだが、さて。

「――――」
「ん?」

しかし、唐突にその動きが止まる。
彼女の眼前には――――、

(子供の、<奴ら>?)

何故止まったのか、と言う詮索は後だ。
早く倒さなければ<奴ら>に噛まれ、死が待っているだけだ。
けれど彼女は動かない。
その間にも、<奴ら>は冴子嬢へと向かっている。

「オイ!!冴子嬢!!」

動かない。
小さく舌打ちを一つ。
襲い掛かってくる<奴ら>の頭を踵落としで潰しながらに地面を蹴る。
彼女の前には、三匹の<奴ら>。
三匹を同時に接近戦で相手するのは、骨が折れる。

「止まってんじゃねぇ!!小娘が!!」

ならばまず、一匹を仕留めよう。
腰からアーミーナイフを抜き去り、投げ付ける。
寸分違わず額に突き刺さったナイフ。
ぐらりと三匹のうち中央の<奴ら>の体が傾き、倒れる。
前傾姿勢で突撃し、右の<奴ら>の首を刎ねつつ突き刺したナイフを抜き去り、刎ねた勢いを利用して身体を旋回させそのまま左の<奴ら>の首を刎ねる。
屈めていた身体を起き上がらせる。
視界を少し後ろに移せば、彼女は手を口元に当てている。
何を恐れているのか知らないが、動く気配は無い。

「――――ッチィ!!」

盛大に舌打ちを一つ。
ガシリと彼女の手を引き、走り出す。
彼女の身体は抵抗する様子すら見せず、されるがままだ。
狂気的な勢いの進撃と、それの唐突な停止。
―――子供に、何かトラウマでもあるのか?
しかして先ほどまで嬉々として<奴ら>を屠っていた様子と今の状態は合致しない。
本当に、どういうことなのか。
思考はすれど、当然の如く答えは出ない。
彼女の過去を知らぬのだから、分からずとも当然か。
ともかく今は、戦場を離脱するのが最優先。
無駄な思考を破棄し、足を速めた。

走り続け、時は完全に夜。

「…っと、此処までくれば大丈夫…だよな?」

場所は神社。
御神体の祭られる部屋の扉を、開け放つ。
ギシリと床を鳴らしつつ部屋の内部へと侵入し、扉に閂を掛ける。
閂を掛けた扉に背中を預け、トランシーバーで通信を入れる。
応答は、以前と同じく即座に来た。

『石井、どうした?こんな時間まで、何か問題があったのか?』
「…小室坊。どうにも今日中には無理そうだわ」

進行状況を伝える。
現在いる神社は、『いざと言うときには避難しろ』と言われた場所だ。
その事を伝えれば、何処か気落ちした小室坊の声。

『そうか…今日中は、無理そうか』
「ああ、悪い」
『いや、無事ならそれで良い。…けど何で?<奴ら>は囮で引きつけたんだろ?』

―――冴子嬢の事は、話すべきだろうか。
一瞬、小室坊に相談を持ちかけてみようとも思った。

(…いや、止めておこう)

あれは彼女の心情を知らぬ者が考えたとて分かる問題ではない。
話したところで、要らぬ心配を増やすだけだ。
そもそも近くに居る彼女に聞かれたら、意味が無いというか何と言うか。

「……ああ。ちょいと、別のアクシデントが起きた。まぁ、気にするな」
『気にするなって…アクシデントがあったんだろ!?』
「…気にしないでくれ。頼むわ」
『………分かった』

おう、恩に着ると言えば、通信が切れた。
トランシーバーをポケットに仕舞い、腕を組む。
瞳を閉じ、『手順』を考える。
小室坊たちには、話さなかったけれど。
先ほどのことはは聞いておかねば成らない問題だ。
誤魔化される可能性もあるが、行動しないよりもマシだ。
―――――――さて、尋問の時間だ。

「冴子嬢」

そう思い、呼びかける。
声を掛けたその人物は、祭壇の辺りで座り込んでいた。
今まで見たことの無い弱弱しい姿だ。
怜悧で、包容力溢れる彼女が初めて見せるであろう、暗い表情。

(…甘い、なぁ)

やれやれ、と心の中で呟く。
背中を扉から離し、ゴキリと首を鳴らす。
ギシギシと床を鳴らしながら、御神体の祭られる祭壇の前まで歩を進める。

「此処で夜を過ごす。接近戦しか出来ない俺たちじゃあ、この状況は危険すぎる。お前さんはまず身体を休めとけ」
「…………」

返答は無い。
一つため息を吐き、明かりになりそうなものが無いか周囲を見回す。
本来、此処でどうしても聞いておかねば成らない事だろう。
そうでなければ今後、己だけでなく全体を死へ導きかねないほどの隙だ。
けれど、どうにも聞く気になれない。
身内に甘いとは言ったが、幾らなんでも甘すぎるだろうと自分に呆れる。
そう思いながらも周囲から眼前の祭壇に眼を戻す。

「…お、ろうそく。マッチもあるな」

明かりになりそうなもの、発見。
マッチをマッチ箱に擦りつけ、火を灯す。
ろうそくへとその火を移し、部屋の中央へと設置する。

「お次は、と」

再度祭壇の元へと戻り、備えてある日本刀を手に取ってみる。
僅かに鞘から抜き放つ。
―――太刀、それも真剣だ。
どうやらそれなりに手入れはしてあるらしく、使えないこともなさそうだ。
しかし俺はマチェットを振るったことは数あれど、日本刀を振るったことは無い。
なればと後ろを振り向く。

「冴子嬢、使うか?」
「………」

やはり、返答は無い。
もう一度、溜息を一つ。
取り合えずナップザックから取り出した制服と一緒に置いておく。
存外に早く乾いてくれて助かった。
ノースリーブは、何と言うか存外に刺激が強かった。
戦場では良く見たはずなんだけどなぁと思いつつも、最上級の美人が着ているからかと思い直す。

「乾いてっから、着替えとけ。俺は向こう行ってる」

部屋の左右に掛かっている布の裏側に移動する。
暫くの静寂の後、布一枚隔てた横の空間からゴソリゴソリと着替えを行う音がする。
…考えても、意味は無い。
けれど、何もしていないとどうしても考えてしまう。
彼女が何ゆえああなり、今に到っているのか。
そんな事を俺の脳で考えても分かるわけが無いのに。
もっと建設的なことを考えるべきだろう。
…例えば?
彼女が好きだったという男のことを考えよう。
恐らく彼女が好きだというのだから顔と言うよりも精神的な美しさがある人物であり、認めるような男であるのならば更に男らしく、それなら肉体もがっしりしてて精悍な―――あれ?

「ほとんど完璧じゃね?」

そんな奴ならきっと顔もいいんだろうなぁ、と付け加えると絶望が加速した。
勝てる要素ひとっつもねぇぇぇぇぇと頭を抱え込む。
妙なズンドコテンションの中で、一つの事に気付く。

(…ん?)

先ほどの思考を思い出す。
『勝てる要素が一つも無い』、と思ったのか?
ちょっと待てよ?

何で俺、勝とうなんて思ってるんだ?

ううむ?何故だ?
首を傾げてみるがやはり答えは出ない。
答えは出ないのだが、その男に熱視線を投げかけてそうな冴子嬢を想像するとイラッと来る。
あっるぇー、何コレ。
昔、一度も抱いたことの無い感情だよ?
というか意識ある中で一度も抱いたことの無い感情だ。
んんんー?と考え込むが該当する。
そんな中で、冴子嬢の声が聞こえた。

「…もういいよ」

何時もより少し弱弱しいその言葉に、意識を冷ます。
今は俺のことよりも、冴子嬢自身のことを考えるべきだろう。
とりあえず、あの弱弱しい雰囲気を払拭したい。

「…ん、了承」

立ち上がりつつ、ナップザックからあるものを取り出す。
コレを使えば、或いは。
冴子嬢に背を向けながら横歩きで出てくれば、背後から疑問の声が飛んでくる。

「…何を、しているのだ?」
「………」

無言のまま、クルッと身体を冴子嬢の方へと向ける。

「…」
「…」
「……」
「……」
「………」
「………」

お互いに、無言。
チクショウやっぱ先輩が悪ふざけでナップザックの中に残してった『ギガンティック鼻眼鏡タイプX』で笑いを取るのは無理があったか――――!!
そう絶望しかけたとき、

「――――フフッ」

…あー、もう。
駄目だ、ああいう笑顔は何と言うか、弱い。
というか何で俺は自ら弱点につっこんでいくんだ。
Mか?俺Mか?実は俺ってMだったのか!?
部屋の中に、冴子嬢の笑い声が響き渡る。

「フフッ…君は…」
「――――笑ってくれりゃ、最上だ。悲しそうな顔してても、息が詰まるだけ。美人なんだから笑顔を忘れずに、な?」

カッカッカ、と笑いながら言う。
あの笑顔には、弱い。
けれどああいう笑顔を見ると、幸せな気分になってくる。
不思議なものだ。

「フフッ…ありがとう。しかし、鼻眼鏡をつけたままでは、締まらないぞ?」
「オゥフ、痛いとこ突かれたな…」

苦笑いしながら、鼻眼鏡を外す。
其処で、会話が途切れた。

「……」
「……」

そのまま暫く、無言が続く。
その静寂を切り崩したのは、冴子嬢。

「…何も、聞かないのだな」

冴子嬢がそう言うが、その弱弱しい態度のせいで聞きにくいんだよ。
そのまま言うのも何なので、茶を濁しつつ言おう。

「聞こうとはしたさね。さぁ尋問開始だヒャッハーとしようとしたところで端からズンドコオーラだ。お前、尋問してドンドン暗くなっていくのが楽しいのに最初からテンションゲージ最低とか何の面白味もねぇよ」
「…それは、悪かったね」

いやマジで凹まれても困るんだが、どうしよう。
俺、女の相手とか不得手なのよ?
多少の色気でドギマギする人間がそうそう簡単に女と二人っきりとか出来るわけねぇだろ。
対処の仕方とか、分からん。

「……その、何だ…謝らないでくれ。寧ろ笑ってくれ。そうすれば、何か色々とどうでも良くなりそうだからさ」

己の心情を正直に吐露するが、しかして彼女は笑わない。
俺のほうを見ず、部屋に掛けられた布を見ているだけだ。
こいつぁ、話を聞くわけにもいかんかねぇと顔を下に向けたところで、唐突に声を掛けられた。

「…君には、何の意味の無い事だが…」

―――君には意味の無いこと、か。

「決め付けるな。何の意味の無いこととかあんまり世の中には無い」

他者にとっての有益無益は、価値観によって違ってくる。
単なる笑い話が他者の心構えを変える事とてあるのだから、意味の無いことと決め付けるのは、些か度が過ぎていると言えよう。
少し強い口調でそう言えば、冴子嬢が少し微笑んだ。

「そう、か…では、聞いてもらえるだろうか」
「おう、聞きますともよ」

姿勢を正し、冴子嬢と目を合わせる。
風が出てきたのか、外の木の葉が擦れる音が少し五月蝿い。

「…思い出してしまったのだ、恐れを」
「ああ?そりゃ寧ろいい事だ。恐れは本能が鳴らす警笛だ。恐れを無くせば先に待つのは死だけだぞ。…と、冗談は置いておいて…餓鬼を見て、何ぞ思い出したか」

彼女の動きが止まったのは、子供の<奴ら>を見てからの事だ。
しかし、首を横に振る冴子嬢。

「困った事に、そうではない。…中州で私に、好きな男が居たか聞いてくれたな」
「忘れろ。黒歴史だ」

頼むから忘れてくれ。
忘れてくれなきゃ泣くぞと言えば、再度俺に向かって微笑む冴子嬢。
…ホント弱弱しくなってるね、このお嬢さん。
この程度なら、もっと馬鹿にするような笑い方で良いものを。

「フフッ…良いのだ。私も女だ、男を好きになることもあるよ…しかし、思いを告げたことは無い」
「…何故?」
「思いを告げる資格が、あるとは思えないのだ」

―――資格が無い?一体、それは何故?

「オイオイ、お前さんみたいな美人に資格が無かったら、世の中の女子ほとんどに資格がねぇぞ?お前さんならどんな男でも一発で…」
「人を、殺めかけていてもか?」

……ふむ。
人を殺しかけていても、その資格があるのか否か、と。
まぁ、一先ず話を聞いておこう。

「四年前、夜道で男に襲われた。無論負けはしなかった、木刀を携えていたからな」
「オイオイ、中学時代で木刀持ちとか補導されるぞ」

石井・和としての生を受けて十四年目、お土産で買って来たらしい木刀を学校で振り回していた馬鹿が補導されていたのを見たのだが、どうなのだソレは。

「―――男の肩甲骨と大腿骨を、叩き割ってやった」
「無視かコラ。無視ですかコラ」

見事なまでのスルー力だなオイ。
いや、シリアスそうな話に茶々入れる俺が悪いのかも知れんが、俺の言ってる事普段と比べりゃ比較的マトモだよな?
暴走してる方向性じゃあ、無いよな?

「事情を知った警察は、家まで送ってくれたよ」
「んじゃあ、それで良くないか?」

駄目だ、分からん、繋がらん。
寧ろ俺なら四肢を砕き動けなくなったところで裸にひん剥いて『変態です』というプラカードを首からかけさせ額に肉と書いておく。
過剰防衛?知るか馬鹿。
今の話と告白云々がどう繋がるのか、俺には全く理解できんぞ。
アレか?恋愛を知らない俺には理解できない非常に高度な次元の話なのか?

「けれど私を縛っているのは、その事ではない―――」

とは言え、何も分からなかったわけでは無い。
今の話で、思い当たる節が一つある。

「――――――――楽しかった、か?」
「―――え?」

カリカリと頭を引っ掻きながら、彼女に向き直る。
戸惑いを隠せていない表情だ。
<奴ら>との戦闘で見せる、あの笑み。
あの笑みの持つ、意味は。

「…お前さん、自分で気付いてるか知らんがな、<奴ら>を相手取るとき微妙に笑ってんだよ。最初は単なる戦闘狂(バトルジャンキー)かと思ったが、どうにも今の話じゃあ違うみたいだ。お前さんは、相手と『戦う』事じゃあなくて―――相手を『壊す』事に悦楽を感じる類の人間……それも、一方的に行うことを至上とする……違うか?」

かつて、戦場でそういう人間を見た事がある。
どこぞの国が新兵器だか何だかを持ち出してきて、一方的に相手側の兵士を虐殺していた時に、一部の奴らがああいう笑みを浮かべていた。
相手をゴミ屑のようにぶち殺す事、ぶち壊す事に悦楽を覚える、下種の笑み。
言葉を終え、静かに、されど虚偽は許さぬと視線を向ければ、彼女が視線を逸らした。
視線を逸らしながらも、言った。

「…その通りだ」

視線を逸らし、俯いた状態でポツリと呟いたその言葉。
その言葉を引き金としたのか、彼女が顔を上げ、狂ったように吼える。

「ああその通りだ!!それが真実の私!!毒島・冴子の、本質なのだ!!」

本質…本質か。
まぁ、そうなのだろう。
自らの自覚無き部分でそういう感情を覚えたのであるのならば、ソレは確かに彼女の本質なのだろう。

「ただ力に酔いしれ、楽しんでいた私が、少女そのものの真心を抱くことなど…!!」
「…冴子嬢」

声を掛けるが、止まる気配は無い。

「許されると思うかね!?」
「…ならお前さんは、周囲の奴らをどう思う?」

再度、声を掛ける。
周囲の彼らを、変質した小室坊たちをどう思うのかと、問う。
その言葉は届いたのか、されどその勢いを止める様子は無い。

「確かに周囲の皆とて力に酔いしれている点もある!!けれどもソレは、後から周囲の狂気に適応した結果だ!!君など楽しんでいる様子すらない!!私は、こうなる前からなのだよ…」

つまり、狂気が満ちる以前から、己はこういう人間なのだと彼女は告げたのだろう。
少し落ち着いたのか、最後は少しだけトーンを下げた冴子嬢。

「…噴水の前で気付いた。私は何も変わっていない。それどころか、ますます酷くなっている」
「――――冴子嬢。ちょっと、顔上げろ」

俯いている冴子嬢に、顔を上げるよう要求する。
俺の言葉に従ったのか、それとも声に反応しただけなのか顔を上げる冴子嬢。




















「そぉい」




















気の抜けた掛け声と共に鼻眼鏡を掛けたやった。
時が止まったかのように、見つめ合う二人。
眼と眼が合ーうーという歌が頭の中に流れてきたのだが、再生される画像が世紀末だったりスーパーな野菜的戦闘民族だったりするのは何故だろう。
とりあえず、鼻眼鏡の感想。

「………寧ろ自然体?」
「―――――」
「オーケー、刀傷沙汰は無しにしようぜ?俺が悪かった」

鼻眼鏡を握りつぶし、刀を抜きかけた冴子嬢に待ったをかける。
眼がマジだ、殺されかねん。

「―――私は、真剣な話をしていたのだ。君にならまぁ、明かしても良いかと…」

青筋を立てながら怨嗟の篭った声で言う冴子嬢。
けれどまぁ、俺の話も聞け。

「…冴子嬢。お前さん、偉いわ」
「……君はふざけているのか?それとも先ほどの話を…」
「聞いてたさ。聞いてたから、そう言ったんだ」

そうだ、聞いていたからこそ偉いと言ったのだ。
彼女の本質は、確かに圧倒的優位に立ち敵を破壊することに悦楽を覚える歪んだものかも知れない。
けれど彼女は、それを投げ出していない。

「冴子嬢よ。確かお前さん、力に酔いしれ、他者を打ちのめすのが己の本質だと言ったな?」
「…ああ、言った」
「本質ってのは、変えられねぇもんだ。何せ本質ってのは名の通りソイツの根幹を成す本来の性質の事だからな」

俺の言葉に俯く冴子嬢。
まぁ自分の悩みを『直せない』と言われれば絶望するわな。
でも、そうじゃあないんだよ、冴子嬢。

「でもな。お前さん、投げ出してねぇじゃねぇか」

え?とでも言いたげな表情で此方を見る冴子嬢。
…つか、こういう説教みたいな事は柄じゃあねぇんだがなぁ。
そげぶな不幸少年とか居てくれれば楽なんだろうけどなぁと思いつつも、そいつ居ると冴子嬢にフラグ立ってぶっ殺したくなるんじゃなかろうかと思い直す。
うん、そげぶいらんな。
阿呆な思考は投げ捨てて、言葉を続ける。

「自分の本質だからしょうがない、楽しいからもっとやりたい…そんな感情これっぽっちも持ってねぇだろ?大抵、そういう本質を持つ人間はその勢いのまま突っ走って、最終的には破滅するってのにお前さんは自戒し、悩んでいる…俺は、それを偉いと思う」
「石井君…」
「お前さんは正常だよ、冴子嬢。告白の資格だの、少女の真心だの、気にすんなや。…俺が保障する」

…あー、もう、何だ。
こういうこと言うの、恥ずかしいなぁチクショウ。



「……毒島・冴子は、女の子だ。自分の弱い心に悩み、自分の汚い部分から眼を逸らさず直視できる、強い…とても強い、女の子だ。今の感情を忘れなければ、お前さんは、大丈夫だよ」



「――――」

唖然としている冴子嬢の頭に手を乗せ、撫でてみる。
…顔色、変化なし。

「…何をしているのだ?」
「いや、『なでぽ』という特殊能力が俺に存在するのかの実験」

どうやら俺にはその資格が無いようだ。
やっぱ小室坊とか普段からモッテモテーな人物しか無理か。
チクショウ、もげてしまえ。
冴子嬢はと言えば、眼をパチクリとさせてからプッ、と噴出す。
…どうでもいいけど、俺のほうが背が高いんだなぁと頭の上の手の乗せ具合に実感する。

「フフッ…いつまで、頭の上に手を乗せているつもりだい?」
「おっと、こいつぁ失敬した」
「…構わないさ、元気付けてくれたからな」

ふんわりとした笑顔を此方に向けてくる冴子嬢。
―――嗚呼、成る程。
何と無く、何と無くではあるが、己の心情に気がついた。
目の前の少女の笑顔を見て心が暖かくなる、この感情は、

(コレが、恋ってぇもんかね)

精神年齢八十歳前後での初恋とは、事実は小説より奇なりと言うか何と言うか。
まさか、己が恋をする時が来ようとは。

「いやぁ、参った参った」
「?どうした?石井君」
「いやさ、気にしてくれるな冴子嬢。ちょいと己の心に気がついたという話だ」

カッカッカ、と笑えば彼女は首を傾げている。
――――惚れた弱みと言うやつか、妙に可愛く見えやがる。
小室坊にはどういう景色が見えてるんだかねぇ、と鈍感モテモテ男の友人に思いを馳せる。

「ま、もしお前さんが凶行に走ろうとしても、俺が止めてやるさね。頼れる仲間が此処に居るんだから、ドンドン頼れ」
「頼れる?石井君が?…愉快な冗談だな」
「うぉーい!?言ってる事が前と違う!!評価に値する人物じゃねぇの!?」
「さて、言ったかな?」

チクショウこのアマ…可愛いじゃねぇか。
そんなちょっと舌出してウインクとかドストライクぶち込まれた気分だぜ―――ッ!!

「…っと、冴子嬢。明日に備えてもうそろそろ眠っときな。警戒は俺がしとくから」
「――――では、そうさせて貰うとしよう」
「お?嫌に聴きわけがいいじゃねぇのよ」

俺がそう言えば、彼女はクスクスと笑いながら此方を見る。




「―――頼って、いいのだろう?」




「…カハッ…ハッハッハッ!そうだな!こいつぁ一本取られたわ!おうよ!任せときな冴子嬢!!」
「フフッ、では任せたよ」
「応さ!!」

そう言いながら横になる冴子嬢。
いやはや、何と言うか、この少女は。
ククッと漏れそうな笑いを堪えていれば、既に冴子嬢は寝息を立てているようだ。
恐らく、今日の事態がそれほど彼女にとって重圧であったのだろう。
乾いた自分の上着を、彼女の上に掛けてやる。
その後、ゆっくりと扉のほうを向き、一人呟いた。

「――――――――冴子、と呼べる日は、来るのかねぇ――――」








「いーい天気だね。今日も元気に逃亡生活、はっじまーるよー」
「…朝から気が狂ったか?石井君」
「わーお、酷い言い方。というか昨日から俺に遠慮無くなってんじゃね?」
「さぁ、それはどうだろう」

朝霧に包まれた部屋の外、小声で言葉を交わす。
一夜明けて現在となり、移動する時間帯となった。
ちなみに冴子嬢の悩ましげな寝息に息子が最終形態へと進化を遂げたりしたが、それは俺だけの秘密である。

「ま、おふざけは此処までとして…裏から道に出るとしようか。この神社から高城嬢の家まで、歩いて二十分も掛からんそう…あん?」

冴子嬢に声を掛けようとしたところで、神社の階段を上がってくる人影が見えた。
こんなご時世に神頼みしに来た信心深い人物…なわけ、ねぇよなぁ。

「ホンット、ご苦労様だねぇ」
「――――切り開くか?」
「ちょーいと厳しいんじゃないのかね、この状況は」

何のかんの言っているうちに、集まってきている<奴ら>。
――――まぁ、悩むほどの事では無いか。
最善の手を尽くし、生き延びるだけの事だ。

何、難しい事じゃあない。

ワイヤー張られてたあの場所ほど、絶望的じゃあない。
ナイフを取り出し、刃を露出させる。

「…なんだ、結局切り開くんじゃあ無いか」
「カッカッカ、そう言ってくれるな冴子嬢。スマートじゃねぇのは分かってんだから」
「責めているわけじゃあないさ。―――元より、私も戦いたくてうずうずしていた所だ」

おやおや、開き直ったのかねぇこの御方。
刃を振るうに躊躇なしとは、まぁ何と言うか。

「格好良いねぇ、お前さん」
「何、私が暴走しても止めてくれると言った男が隣に居るのでな、安心して暴走できる」
「暴走を前提に置くな小娘。俺、流石に斬殺エンドは嫌よ?」
「昨夜の気持ちを忘れなければ、大丈夫なのだろう?なら、心配は要らんよ」

然様で、と短く返す。
ゆらゆらと身体を揺らしながら近づいてくる<奴ら>。
横に立ち日本刀を構える冴子嬢の口元には、笑み。
けれど昨日までのような不安定さは其処に無く。

「――――フゥッ!!」

一息と共に、<奴ら>の間を彼女が駆け抜けた。
…出鱈目だなぁ、やっぱり。
何とか肉眼で捉えられたが、今の一息で三匹切りおったぞあの嬢ちゃん。
やっぱ軍神か何かの化身じゃ無かろうかあの娘。
一息を置いてドス黒い血を噴出しながら倒れる<奴ら>。
――――というか、本気で<奴ら>の耐久力も分からんな。
刀傷程度で倒れる事もあれば、腕を切り落としても死なん事あるし。

「うぅぅぅおぉぉぉ……」
「――――悪いが、近づいてくれるなや。俺はまだ、冴子嬢に臭いと言われたく無いんでな」

近場に来た<奴ら>の首を刎ねる。
だが、俺が一匹片付ける間に冴子嬢は一、二、三、四…何匹片付けてんだあれ。
ザ・冴子無双とか発売するんじゃねぇのかその内。
それにしても凄絶な笑み浮かべてんなオイ。
流石に昨日の発言は早まったか?
あれじゃあ『一般的な女の子』というより『逸般的女の子』だぞ。
何か三匹ぐらいに囲まれてるけど…、

「―――フッ!!」

はいオワター、何あれ怖い。
というか薄っすら頬を上気させて若干エロい―――、

「――――濡れるッ!!」
「って何か言い出したぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

叫ばずにはいられなかった。
最後の一匹が此方を向いたが、叫ばずにいられるかべらぼうめぇ。

「ぉぉぉあぁあぁぁぁ…」
「来るなボケェ!!」

近づいてきた<奴ら>をヤクザキックで蹴り飛ばす。
取り合えず思い切り頭部を踏み潰し、殲滅完了。
つかあの人、何匹切り殺したのよ。

「…とりあえず、神社抜けるぞ」
「うむ…嗚呼、気分が良い……」

ハイハイへブン状態ヘブン状態と返しながら走る。
ヘブン状態なフェイスで俺に並走する冴子嬢が非常に怖い。
横からズバァ!!とかねぇよな!?
タカタカと階段を駆け下り、道路を走ること暫く。
不意に冴子嬢が、声を掛けてきた。

「ああ、そういえば石井君」
「うん?何だ?」
「一つ頼みがあるのだが、良いかね?」
「切り殺されろって願い以外なら、何でもどうぞ」

会話しながらも足は止めない。
一瞬ムッとした表情の冴子嬢だが、すぐに何時ものクールビューティーな表情に戻る。
しゃあないじゃないのよ、さっきまでの凄まじさがまだ目に焼きついてんだから。

「…和、と呼んでも良いかな?」
「――――――――駄目無理不許可ありえない」
「なぁ!?そ、そんな否定する事なのか!?」

そりゃあそうだろう、だってお前、俺は―――。

「――――石井って呼ばれ慣れすぎて名前で呼ばれると逆に違和感」
「…そ、そうか……」

しょんぼりした表情の冴子嬢が、凄く可愛かったという話。


~あとがき~
何か途中から砂糖ぶち込んだような気がしました。
冴子嬢が立てた石井君のフラグが磐石となり、冴子嬢にもフラグが一本。
てかアニメでは凄まじかった…何あの鷲掴み。
で、アンケートなのよねコレが。
①このまま行こうぜ。
②出直して来い。
③文長すぎるから分割した方が良いよ。
④エッロッス!!エッロッス!!


~ヲマケなのかねコレ~

「ヘーイ、皆のヒーロー毒島・冴子さん、到着したよー」
「…ヒーロー?」
「痛い痛い止めてアイアンクロー止めて」

取り合えず高城邸門前にて到着の報告をしてみたら、アイアンクローされた。
だって仕方が無いじゃない、行動ほとんどヒーロー何だから。
俺?ちょいちょいヒーローの仕事手伝うマスコット。
てかジークの鳴き声聞こえるんですけど何処に居るの?

「めのまえがまっくらになってる」
「そうか、所持金が半分になりそうだな」

あ、冴子嬢流石に某有名なポケットに入るモンスターは知ってたのね。
あんまりゲームとかやりそうに無いんだけど。

「わん!わん!」
「おじさーん!!おねぇちゃーん!!」

そんなショートコントを繰り広げている間に、ジークとありす嬢が来たらしい。
タップタップと俺の頭部を締め付ける手を叩けば、素直に解いてくれた。
声のした方に向き直る。

「おーうありす嬢、ヒラ坊に何かされなかったか?」
「?何かって?」
「何も無いなら良い、気にするな」
「わん!わん!」
「ハイハイ、お前も無事で良かったよジーク。ほーれ頭の上だ」
「わん!!」

ありす嬢の安否を気遣った後、頭の上にジークを乗せる。
うむ、心地よい重量。

「同士・石井!!無事だったんだね!!信じてたよ!!」
「来たなロリコン疑惑ガンマスター。ありす嬢自体には何もしてないようだが下着に手ぇ出して無いだろうな。そして同士じゃねぇ」
「ぶふぁ!?のっけから酷い!!」

手を広げて駆け寄ってきたヒラ坊の顔面を足で受け止める。
―――――――うん、このテンションでこそ俺。






[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。【妄想祭】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/09/07 18:35
~注意~
・作者は人間の屑。
・自己解釈あり。
・石井君では無くISHII君。
以上の事が許容できる方のみスクロールしてください。
許容できない方はより楽しいSSへとマッハ4での移動をお勧めします。















































































――――生きる為の闘争。既に自明の理となったそれを、彼らはどう思うのか。

俺と冴子嬢が高城邸に辿り着いたその夜の事だ。
さて、場所は高城邸にある一室。異常なまでに濃い数日間を共に過ごしてきた『仲間たち』に、とある情報を伝える事と相成った。
その情報とは無論、冴子嬢の過去やらなにやらである。
冴子嬢の了承の元、彼女のサディスティックでバイオレンスな性癖を皆に暴露。皆一瞬驚いた顔をしたのだが俺を見た瞬間に『ああ、大した事無いか』みたいな表情になりやがった。
何故だ。
疑問は募るが、気を取り直して話を続ける事としよう。

「…まぁ、てなわけで冴子嬢は時たまヒャッハーして暴走する事もあるだろうが気にするな。ヒーローはダーク化しても最終的に正義を取り戻すいや止めてアイアンクロー止めて」

ちょっとしたジョークを挟もうとしたところで、すぐさま冴子嬢によるアイアンクローが執行された。だから何なのその握力。

「私は女だ。女の子だと、君が言ったのだろう?それをヒーローとは…せめてヒロインと言って欲しいものだな、石井君」
「いや行動が男前過ぎて既にヒーローというか何というかいたたたたたたた!!痛い!!やめれ!!割れる!!割れるってこれぇ!!死んじゃう!!死んじゃうツモ!!ゴメンゴメンヒロインヒロインおーんーなーのーこー!!」

力の限り女の子認定したら開放してくれた。そんなにヒーロー呼ばわりが嫌か冴子嬢。

「まったく…今後、気をつけるように」

ぬおあぁぁぁぁぁと頭の痛みに呻く俺に対して冴子嬢が言うが、痛みのせいであまり耳に入ってこない。チクショウ跡ついてない?

「…石井は今まで通りとして、冴子さんは随分印象が変わったというか…」
「同士・石井に対して、遠慮が無くなったような気がするね…」

小室坊とヒラ坊が呆れ半分驚愕半分の不思議な表情で言った。
まぁ、遠慮は無くなったわな。俺に対して。
遠慮しなさ過ぎて正直死にそうなんだけどそこら辺どうよ。

「同士じゃねぇぇ…ぐぬぬぬ、凄まじい握力…その細腕の何処にそんな力が…」
「気になるか?或いは身体全体で受ければ分かるかも知れんぞ?」

挑発的な笑みを浮かべて手を横に広げる冴子嬢。
チクショウ正直その胸にダイブして顔を埋めたいところだが、そんな事で嫌われたら困る。がっつく男は嫌われるとかどっかで聞いたことあるし。
此処は、グッと我慢しよう。

「幸せ固めならともかく冴子ブリーガーだ!!死ねぇ!!は勘弁願いたい」

嘘です本当はその胸の中で死ねるなら本望です。
だが我慢だ、我慢するんだ石井・和。俺は強い子、俺は強い子。

「…そ、そうか…」

少しどもりながらその手を下ろす冴子嬢。
…何で少し残念そうな顔してるの?
何?俺をそんなに殺したかったのか?そんなに俺のこと嫌いなのか?
まさか俺、告白する前に夢破れたりしちゃってる?
今までのは遠慮無くなったんじゃなくて嫌悪の表れだったのか!?
この後『貴様など蛆虫以下だぁ!!』という言葉と共に回し蹴り喰らうの俺!?
脳内で再生された冴子嬢の声にガクリと膝を付き、絶望の海に沈みこむ。

「うおぉぉぉ…俺の思いは、伝える前に敗れ去ったのかぁ…」
「…えっと、おじさん、大丈夫?よくわかんないけど元気出して?」
「くぅん…」
「…ありす嬢…ジーク…」

豪奢なカーペットの上にうずくまった俺に対して、ありす嬢が優しく背中を撫でてくれた。ジークも俺を元気付けようとしているのか、顔を嘗めてくる。
その優しさが、俺の中に眠る闘志を再燃させた。

―――嗚呼、俺はまだ、戦える。

そうだ、此処で立ち止まってどうする。歩き続ければ、きっと希望が見えてくる。
嫌いだというのなら、好きにさせてみせよう。きっとその度につまずく事もあるだろうけれど、この子達の優しさが俺を支えてくれる。
ならばきっと、大丈夫だ。

「ありがとう、二人とも…俺、頑張るよ!」
「うん!よくわかんないけど頑張って!!」
「わん!!」

頑張るぞーおー、とありす嬢と二人手を上に突き上げる。
そうだ、初恋は破れるものとか言うような奴も居るけれど、俺は頑張るのだ。
八十年越しの初恋、必ず実らせてくれるわ。
努力、友情、勝利と呟いてからバッ!!と冴子嬢の方に向き直る。

「冴子嬢!!」
「な、何だ!?石井君!!」

俺の突然の声に驚いたのか、僅かに身を引く冴子嬢。
くそう、単に驚いただけの仕草だというのに俺が気持ち悪くて引いてるように感じるのは何故だ。…恋は盲目、というやつか?
ともあれ、

「俺の、何処が嫌いだッ!!」
「――――は?」

ガッと拳を握りつつ、己にナイフを数十本ぶち込むような痛みと共に叫んだ。
きょとん、とした表情を冴子嬢がするがそんな隠さなくていい。
俺を殺したいほど嫌いなのだろう、そう、嫌いなのだろう。
嫌い、なの、だろう……。
嫌い、嫌い、嫌い…。

「きらっ…嫌い…何だろぉぉぉ…」
「ッ!?い、石井君!?」

やべ、涙出てきた。
何コレ初恋の人に嫌われるのってこんな心情なの?
スゲェな思春期、良くこんな気分味わいながらも生きていけるな、正直俺、今すぐ自殺したんだけど。
またもやガクリと膝を突いた俺の肩を、冴子嬢が揺さぶってきた。

「石井君?!大丈夫か!?安心しろ!嫌いではない!嫌っていないから!」

ちょっと焦ったような声色で、彼女は言った。
…嘘では、無いのか?この希望に、俺は縋っても良いのだろうか。

「……マジで?本当に?後で『貴様など蛆虫以下だぁ!!』とか言って回し蹴りしない?」
「しない、しないから安心してくれ」

そう言って優しげに微笑んでくれる冴子嬢。ズタズタになったイメージの心から、痛みがぐんぐん引いてゆく。
――――――希望は、あった。
ほれ見たことか、歩き続ければ希望は見えるんだよやっぱり。
さっき完全に立ち止まってたような気もするけど。
ヒャッホウとテンション駄々上がりで小躍りしていると、小室坊と宮本嬢が小声で何かを話しているのを見かけた。
けれど、気にしない。
今の俺は初恋一歩前進やったぜフ○ンな状態である。

「…石井、あれ完全に冴子さんに惚れてるよな」
「毒島先輩は…嫌い、では無いみたいだけど」
「……それにしても、石井が恋…ねぇ……」
「言っちゃ悪いけど、似合わないわね…」

―――――人生、生きてるだけでハッピーだよ諸君。





        第十話   ~銃と力と仲間の巻~





そして、一日が経過した。久方ぶりの安らかで心地よい眠りは、俺にとっては大いに精神を満足させるものであった。
朝食も済み、やる事も無いので高城邸の中をちょいちょい歩き回っているのだが。

『孝っ!痛ッ、痛いよ!』
『我慢しろ、麗!』
「中から聞こえる宮本嬢の叫び声と小室坊の声。朝っぱらからお盛んですね、と言っておけば良いのだろうか」

ある一室から聞こえる宮本嬢の悲鳴。時々『孝』と叫んでいるところが、変な妄想を加速させるのだがどうよ。
というかSMか。SMプレイなのか。
オイオイオイ、俺には心に決めた女が居るというのにヴォイスと申そうのせいで我が分身が波動砲級の大きさまで超進化しちまったじゃねぇのよ。どうしてくれるんだよコレ、生理現象とはいえ最近性欲がステイ祭だから暴発すんぞいつか。
とりあえず深呼吸と共に全力で血流を操作してみる。萎えろ、萎えるんだマイ・サン、今はまだお前の覚醒には早過ぎる。

「ふおぉぉぉぉ……よし、沈静化完了」
「あらぁ?どうしたの石井君」
「―――――――なん、だと…?」

部屋の中から、鞠川先生が現れた。何かぬとぬとした手で。
ヌルンヌルンかつ3<ピー>だと…?まさか小室坊の奴、大人の階段を一足飛びで駆け抜けて言ったというのか!?
そう戦慄していると、記憶の中にある彼の少年の顔が邪悪に染まって現れた。そしてその下腹部辺りで顔を赤く染める裸体の宮本嬢。

『ふははは!!此処か?此処がいいのか麗!?』
『ああん!!孝ッ!!孝ぃ!!』
『ふはーっはっはっはっはっは!!』
『あっ!あっあっあっ!!孝!!もう、私っ…』
『ふははは!!良いぞ!!<オラオラオラ>して<無駄無駄無駄>しつつ<ドラドラドラ>を晒してイけ!!麗!!』
『たっ―――――孝ぃぃぃぃぃぃ!!』
『ふはぁーはっはっは!!コレで百人斬り達成じゃあ!!』

高笑いする小室坊の周辺には、ぐったりした女性が多数。皆、息が荒い。
きっと魔王・小室が<ズギャーン!!>して<ズドーン!!>して<バキューン!!>したせいだろう。額から垂れてきた汗を拭う。

「何と言う益荒男…侮っていたぜフラグマスター小室―――!!」
「どうしたの?石井君」
「いや、ちょっと妄想が加速しすぎてテンション上がっただけです」

鞠川先生の声で上げていたテンションを取っ払う。
実際のところ、鞠川先生の手から香る薬品臭からしてそれを使ったマッサージか何かでもやっていたのだろう。いやまぁそんなにヌトヌトしてて打撲に効く様な薬をアンタは何処から持ってきたんだと聞きたい所だが。
それからあの悲鳴やら何やらの実態を予測するのならば、小室坊が暴れる宮本嬢を押さえつけていたのではなかろうか。だからピーピー悲鳴を上げていた。

まぁ、どっちにせよラヴいとは思う。俺も冴子嬢とそうなりたい。

というかこのままだと高城嬢が可哀想だなオイ。もっとこう、身体張っていかなきゃ小室坊のハートをゲットするには到らないんじゃね?
それこそ裸エプロンとかお風呂で遭遇とか。あ、いや、やっぱ裸エプロンは冴子嬢の特権にしてはくれまいか。
俺としてはかなり真剣な事を考えていたところで、部屋の中から声が聞こえてきた。

『あんな鉄砲の撃ち方するからおっぱいも痛いの!今から自分で薬塗るから!』

あんまりそういう言葉は大きな声で言わないように。恥じらいを持ちなさいあなたは。
まぁ、相当にバルンボルン揺れてたから痛かったのだろうな。というかブラジャーを着けてあの戦闘力とは…やっぱあの学園の乳偏差値スゲェ。
宮本嬢の叫びにそんな考察をしていれば、小室坊が追い出されてきた。
とりあえずからかおう。

「やーい、エロ学派の朴念仁ー」
「行き成り何言い出しやがるお前は!!」

小室坊が吼えるが、お前、俺だって苦労したんだぞ?

「ああ!?お前あの叫びと返しで俺の息子が波動砲クラスになったんだぞ!?鎮めるのにどれだけの苦労があったか分かるのか!?」
「波動砲(笑)」

笑顔でヘッドロックをかけたやった。ミシミシと音がしているが知った事か。
小室坊が腕をペシペシと叩いているのだが、ガン無視。

「いだだだだだ!!おまっ!!石井!!マジでやめろって!!」
「クカカカカカカカカカカカ!!何ぃ~?聞こえんなぁ?」
「あっ!!がっ!?やめっ!!ぎ…………」
「…小室坊?おーい、小室坊やーい」

高笑いと共にヘッドロックを継続していたら、途中でガクリと小室坊の身体が力を失った。あまりの痛みに気を失ったようだ。

執念が足りんぞ。

ヘッドロックを外し小室坊の身体を担ぎながら、とりあえず下の階へと降りる。暫くすれば起きるとは思うが、まぁ廊下に転がしておくのも可哀想だ。
妙にでかい階段の近くに小室坊をポイッと投げ捨てる。「グエッ」とカエルが潰れたような悲鳴を上げていたが気にしない。
此処なら通行人の邪魔にはならんだろうし。…あん?可哀想じゃないのかって?
お前、『通行人が』可哀想だろ。こんなの廊下にでんと置いてあったら。

「さぁて、どうすっか…ん?」

ほぼ無目的に行動しているため、次はどうしようかと頭を回転させようとしたところで、耳から何かがぶつかる音が入ってきた。
思わず、其方に眼を向ける。

「バカヤロォ!!お前が速く歩きすぎたからだ!!」

青い衣服の男性が、顎鬚の男性に対して吼えた。かなり大きな段ボール箱を二人で運んでいたようだが、入り口のドアにでもぶつけて落としてしまったようだ。
中身が何かは知らないが、随分と重量のあるもののようだ。誰だか知らないが敵では無いし、手伝ったほうが良かろうか。
そう思い、彼らの近くまで歩き声を掛ける。

「あー…手伝ったほうが良いですかね?」

頭をカリカリと引っ掻きながらそう声を掛ければ、顎鬚の男性が少し口元を緩ませながら言った。

「いいっていいって、こういうのは大人の仕事」

――――大人、大人か。既に大人だろうが子供だろうが関係の無い事態に陥っているのだが、まぁそれは外部での話、としておくか。
何ぞ文句を言うような事でも無いし、此処は大人しく引き下がろう。

「…ふむ。然様で」
「お前さんたちは、のんびりしてなってぇ」

青い衣服の男性がそう言い残し、二人は荷物を運んでいった。

「…のんびりねぇ…」

既に十二分にのんびりしているのだが、どうよ。まぁ、宮本嬢やらありす嬢としてはもっとのんびりとしていたいのだろうし、暫くこのままで居られれば良いのだが。
突然追い出されたりしねぇよなぁ、と思いながら懐から煙管を取り出し吸い込む。…あ、いい加減この煙管の薬草類を取りかえにゃあいかんかも知らんね。
ちょっとスッキリ感が薄くなって来てるし。
この屋敷にもあったかなぁーと記憶を辿るが、当然そんなものは無い。ナップザックの中には仕舞ってあったような気もするが、さて。

「ぐおぉぉあぁ…石井、お前…」
「お、起きたか小室坊」

俺が思考を回転させている間に、小室坊が起き上がっていた。
起きたかじゃねぇよこのバカ!!と俺を罵倒しつつ、飛び蹴りを放つ小室坊。ふむ、以前のテレフォンパンチと比べれば幾分かマシなようだが…。

「だがそうはいかん!!」

バッと身体を下に動かし、小室坊の飛び蹴りを避ける。そして飛び蹴りの失敗に伴い、もんどりうって床に転がる小室坊。
またもや、カエルが潰れたような声が聞こえた。此方を睨みつけ、痛みを堪えつつも立ち上がる小室坊。
おお、主人公っぽいぞ小室坊。差し詰め俺は大魔王?
『今のはメラゾー○では無い。余の○ラだ』とか言ったほうが良いのか?それとも帝王な不死鳥を撃つほうが良いのか?

「どう思うよ、小室坊。俺、どっちやれば良い?出来ないけど」
「石井…覚えてろよ…」
「一秒だけな」
「小学生かお前は!!」
「違いますぅー列記とした高校二年生ですぅー」

俺の挑発を込めた言葉に、んの野郎…と拳を握り締める小室坊。だがテレフォンパンチが当たらないのは了承済み、溜息と共にその拳が下ろされた。
とりあえず小室坊を好きなだけ弄ったので視線を周囲に向ければ、

「…誰かと思えば、石井君に小室君か」
「――――お、おお?おおおおおお!?」

視線の先に、着物姿の冴子嬢。
大和撫子とはこういう女子の事を言うのだろう、と納得する。彼女の青みがかった黒髪と白時の肌に、紺色の着物が非常に映える。
横を見れば、小室坊も顔を赤く染めている。
…ぬぅ、絶対コイツには渡さんぞ。
小さなライバル心を目覚めさせながら小室坊を睨みつける。そんな俺と、未だ見惚れている小室坊に、冴子嬢が声をかけてきた。

「…どうかしたか?石井君、小室君」
「え?あ、いや、その…何というかこう、大和撫子とはこういうものか!!って実感が俺の中からふつふつと…」

何といえば良いのか、言葉が上手く喋れない。
そんな風にしどろもどろと言葉に迷っている俺を他所に、小室坊が告げた。

「その…似合ってます…凄く…」

ストレートに、そう告げたのだ。
――――――何という、フラグ構築能力。恥ずかしがりつつもサラッと冴子嬢を褒めている小室坊。
きっとこんな風に褒めるから女子の意識を引きつけるのだろう。しかも小室坊は何だかんだで顔がいいから女子にとって褒められると嬉しいのだろう。
対する俺は凡人フェイス。せめてもっと褒められれば良かったのだが…、ああもうほら冴子嬢が顔赤くしてるしぃぃぃぃ!!

「チクショウ!!どうしてこうなった?!」
「うおっ?!い、行き成り叫ぶなよ石井!!」
「ウルセーよチクショウ!!無自覚フラグ野郎!!主人公かお前!?主人公補正付いてんのかお前は!?それとも凡人に美人は似合わないとでも言うのか!?良いじゃない夢見たってさぁ!!俺が夢見ても良いじゃない!!」

お前のような奴が居るから世界に失恋が増えるんだチクショウ!!と心の叫びを口に出しつつ床へと座り込む。
やっぱジジィの初恋とか無茶なのか。ジジィはジジィらしく縁側で緑茶飲みつつ一人寂しく人生の終焉を迎えろとでも言うのか。
…あれ?案外悪くないんじゃね?縁側で緑茶飲みつつ欲を言えば団子とか頬張って、静かに死に逝く。
最高の老後じゃね?
結構ありかもなーと思いつつあったところで、正気に戻った。

「…ハッ!?いかんいかん、小室坊の策略に引っかかるところだった…流石は小室坊…!!精神操作もお手の物…」
「…相変わらず異次元の思考回路してるなお前」

小室坊から一歩後ずさりつつ言えば、失礼な事を言ってくる小室坊。いやしかし、初恋気分で少々意識がぶっ飛んでるかも知らんな。
反省反省、と頭を叩けば、冴子嬢が笑っている姿が視界に入った。

「…フフッ…本当に何時も通りだな。石井君は」
「あん?そりゃあそうさね。高々数日でぶれるほど俺の精神は弱くねぇよ」

此処が違うんだよと胸を親指で指し示せば、小室坊が横目で此方を見ながらせせら笑う。

「元々ぶれてるからじゃないのか?」
「あー、成る程…………あっるぇー?否定できねぇ?」

ノリツッコミをしようとしたら、あんまり否定できる感じじゃあ無かった。もっとこう、カッコいいと思えるような言葉を続けようと思ってたのに。
むむむ?と首を傾げる俺を見て、小室坊まで噴出しやがった。ガッデム。

「ぬぅぅ…」
「フフフッ…」
「ハハッ」

唸りつつ、二人の笑顔を交互に見る。
曇りの無い、純粋で、心の底から愉快そうな笑顔だ。それを見て、此方も頬が緩む。

―――――良い表情だと、そう思う。

何だかんだでこの二人は、集団のトップに立っている事が多い。それ故に発生するストレスは並みでは無かろうし、こんな純粋な笑顔を見せるのも少なかろう。
やはり、誰であろうと無垢な笑顔というのは良いものだ。
そう思い首を縦に振っていれば、再度入り口のドアが開いた。

「え?なになに?」

ジークと共に、外に居たありす嬢が中に入ってきた。恐らく、二人の笑い声を聞いて来たのだろう。
一直線に小室坊へと向かっていったありす嬢が問う。

「何かいいことあったのお兄ちゃん?」

ありす嬢の問いに、小室坊が此方に眼を向けてきた。…まぁ、今さっきの下らんコントはありす嬢には理解しがたい話だろう。
適当に言っとけ、と首を竦める動きで意思を返す。小室坊がコクリと頷き、ありす嬢のほうへ顔を向けながら言った。

「ありすちゃんが元気で良かったって話してたんだ」
「うん!ありす元気だよ?」
「…そいつぁ、重畳だ」

小室坊の言葉に元気良く返したありす嬢を見て、またもや頬が緩んだ。
昨夜、小室坊と一緒にありす嬢のようすを見に行ったのだが、

『ひっぅ…ひっ…』

鞠川先生の胸に顔を埋めながら、泣いていた。…高校生の精神を変質させるほどの狂気の中は、小学生である彼女にとってはさらに辛いものだろう。
高校生ほど柔軟ではなく芯も出来上がっていない彼女の精神は、この異常に中々適応できない。故に、この状況に恐怖を抱くほか無い。

…親父さんを助ける事が出来れば、また結果は違ったのかも知れない。

過去を引きずる事はするまいと自戒してはいるものの、彼女の泣き顔を見るとつい思い出してしまう。或いは先生の『お友達』の部屋で、俺が小室坊を引き止めなければ助けられたのか、と夢想することもある。
そんな事は、きっとありえないのだけれども。
こういう事を考えてしまう時点で過保護なんだよなぁ、と頭をガリガリと引っ掻いていれば、何時の間にかありす嬢が足元に来ていた。何かを言いたそうだが、どうしたのだろう。
とりあえず視線を合わせ、何用か聞いてみる。

「どしたよ?ありす嬢」
「…チョージョーって、なに?」
「あー…ハハッ…」

首を傾げながら言う彼女に、思わず苦笑してしまう。少々難しすぎる言葉だったか。

「ああ、重畳か。…凄く良い、ってことさね」
「…じゃあおじさん、さっきあんまり『チョージョー』じゃなかった」

少し頬を膨らませながらそう告げるありす嬢にうん?と疑問の声を投げかければ、答えが返ってきた。

「だっておじさん、少し苦しそうな顔してたもん。いつもみたいじゃなかったもん」
「―――――――」
「なんで?いつもありすを笑わせてくれたりするのに、なんでおじさんはあんな顔するの?…おじさんも、つらいの?」

ありす嬢の言葉に、眼を見開く。
…そう、か。俺は、そんな顔をしていたわけか。

「…はぁぁぁぁ…そうか、俺はそんな面してたわけかぁ…」
「おじさん?」
「いやいや、ちょっと待ってくれ。今の面は見るなよーありす嬢。見るとお前さんの眼があまりの輝きに『うおっまぶしっ』ってなるから」
「そうなの?」
「そうなんだ」

実際には眉間に皺が寄ったりしているのだが、手で顔を覆っているので問題は無い。ありす嬢が無理に見ようとしない限り、俺の現状を知られることは無い。
軽いジョークを交えながら、思う。
―――いやはや、こんな小さな子に心配を掛けてしまうとは情け無い限りだやな。
しかも己が自戒している事でそんな風になるとは情けなさ当社比五倍で御座るよ。どうしよう、いっその事切腹しようかな。

(…いや、そんなもんよりもっと良いもんがあるか)

そう思いながら顔に乗せていた手をそのままありす嬢の頭にポンと置きつつ、

「じゃあ、ありす嬢。こんなんなら、どうよ?」

上に向けていた己の顔を正面に戻し、ニッと口元を歪ませ笑う。年上として、情け無い姿の印象ばかり残すのは御免だ。
そう思いつつ向ける笑顔に、少しの間きょとんとしていたありす嬢であったが、

「…『チョージョー』だね、おじさん!」
「…おう。俺にとっても、重畳さね」

―――――――――ありす嬢は、ニコリと笑いながら、そう言った。







『分かったわよ!!ママは何時だって正しいわよ!!』
「…おん?」

ありす嬢に笑顔を向けていた時である。お前、たまに俺が良い事やったらコレだよ。
上の階から聞こえてきた高城嬢の叫びに、全員が視線を向けた。

「ふんむ、親子喧嘩でも勃発したかね?」
「さてな」

俺の言葉に、冴子嬢が首を竦めながら返す。『ちょっと見てくる』と言い残し、小室坊がやや駆け足で階段を上ってゆくのを見るが、男のケツ見たところで兄貴系の人しか喜ぶとは思えない。

「ああん?ホイホイチャーハン?」
「どうした石井君。また何時もの持病か?」
「どっちかといえば持病にしたくないネタですが」

いかん、思考回路がおかしい。正気に戻ろう。
廊下を強く踏みしめるような足音が聞こえる。高城嬢は少々ご機嫌斜めのようだ。
とりあえず小室坊が出会い頭に引っ叩かれたりしない事を祈っておこう。何か気性が激しい高城嬢ならイライラをぶちまけそうで怖い。

「高城、どした?」

上の階へと上がっていった小室坊が、高城嬢と鉢合わせた。被害は無いが…あら、意外とファンシーな服も着るのね高城嬢。
今の高城嬢の格好は、上下共にフリルの付いた衣服だ。もっと動き易そうななもんばっか着てるのかと思ったけど、そうでも無いようだ。

「それとも親の趣味か?」
「何がだ?」
「いや、服の話」
「…ああ、成る程」

俺の言葉に冴子嬢が納得の声を上げた。いや、正直な話、衣服についてはあんまり詳しく無いからどこまでがカジュアルで何処までがファンシーなのか全く分からんのだが。
少なくとも、彼女の衣服は俺にとってファンシーに見えてイメージと合わない。まぁ似合ってはいると思うけれど。
冴子嬢の同意の言葉も、果たして俺の真意を汲み取ったものであるのかどうか。
まぁ、それはどうでも良いか。
今は彼らの会話を聞いていればいい。

「…名前で呼んでって言ったでしょ」
「さっちゃーん…あれ?冴子嬢と被ってね?」
「アンタじゃ無いわよ!!っていうかさっちゃんじゃない!!」

高城嬢のツッコミにこりゃ失敬、と返す。思わずジョークをぶち込んじゃったぜHAHAHA。
しかして俺が一度引っ掻き回した空気を、小室坊は引きずっているようだ。後頭部を手で引っ掻きながら頭を下げ、謝罪を述べる小室坊。

「ああ、えと、いや、ごめん…」
「男の癖にホイホイ頭を下げないで!」

わぁお、辛辣なお言葉。
そう思って不意に、横の彼女がどう思うのかを聞いてみたくなった。

「冴子嬢、お前さんとしてはホイホイ頭を下げる男ってどうなのよ」
「あまり好ましくは無いが…どうしてだ?」
「いやちょっとこれからの己の指針として」

首を傾ける冴子嬢を手で制しつつ、決意する。
オーケー分かった、俺は今後出来る限り頭を下げないでおこう。やるにしてもDOGEZAぐらい素敵で無敵な頭の下げ方をしよう。
三回転アクセル土下座とか、無重力土下座とか、五体倒置型土下座――通称土下寝――とか色々あるし、たぶん三回転アクセル土下座くらいなら俺も出来る。
よし、と決意を新たにしながら話の続きを聴くことにする。

「…ぁ」
「…まぁいいわ。今は良い、アンタだけは」

つまり俺やヒラ坊が頭を下げた場合『死ねマダオ』という言葉と共に蹴り飛ばすわけか。…あれ?ヒラ坊にとってはご褒美じゃねぇのソレ?
そんな風に彼女の言葉を飲み込んでいれば、下の階へと向かってくる高城嬢。引きとめようと手を伸ばす小室坊であるが、

「あ…たっ…さ「もういい!!」ッ…」

小室坊が『高城』から『沙耶』に言い換えようとしたと同時に、高城嬢がその言葉を遮った。…まぁ、そうそう染み付いた癖は抜けんわな。
俺とて今更『和』とか呼ばれても違和感しか覚えん。

「いや、呼ばれる側と呼ぶ側じゃ違うのか?」
「わん?」
「気にするなジーク、独り言だ」

足元で尻尾を振っているジークを頭の上にライドオン。マヅンガー乙完成。
『ズボンのーしーたのー鉄のー城ぉー』という替え歌を歌えという電波が流れてきたが、流石にそれは不可能だ。
歌ったら、間違いなく冴子嬢に斬殺ENDを迎えさせられる事請け合いである。俺はまだ死ぬつもり、無いのよね。

「…何だよ、一体」
「迷惑を、掛けてしまいましたね」

小室坊の出した戸惑いと不満を表す言葉に応える声があった。小室坊がそちらを向く。
此処からでは角度的に見えづらいが、恐らくは高城嬢のお袋さんなのだろう。冴子嬢と逃走を開始する前に聞こえたあの声と同一のものだと分かる。
そんな事を確かめている間に、高城嬢のお袋さんが死角から姿を現した。…ホントに一児の母かあの人、若々しいってぇレベルじゃ無かろうよ。

「ぁいえ、あぁ…」
「慣れていますか?幼稚園からのお友達ですものね」

戸惑いを見せる小室坊に、高城嬢のお袋さん―――まぁ、高城母としよう―――が、笑みを含む声色で言った。
というか、幼稚園からかあいつ等の付き合いは。…そう言えばそんな話を聞いた事があったような気もするが即刻記憶の片隅に追い遣った気がする。
だってお前、誰だって幼稚園からののろけ話とか聞きたくねぇよ。

「あ、あ…あはは…いやあの…にしても、凄いですね。立派なお屋敷だってのは知ってましたけど、此処まで凄いなんて…」

小室坊がやや上方を見ながら言う。あからさまな話題逸らしだが、確かにその通りだ。
正直、何をやってこんな馬鹿でかい屋敷を立てているのだろうか。右翼とはそんなに儲かるものであるのか。
…いや、違うか。そもそも金儲けの団体では無かったはずだ。

「つか、小室坊。お前さん幼稚園からの付き合いなのに来たこと無かったのかよ」

下の階から小室坊に声を掛ければ、小室坊の視線と共に高城母の視線が此方を捉えた。

「あら、あなたは…」
「石井・和ってぇもんです。お邪魔させて貰ってますよ」

まぁ、既に知っているのだろうが一応名乗りを上げておこう。…流石に、教師連中のように『えーっと』で俺の名前を始めないとは思うが、念のためだ。

「えぁ、いや、その、な?」
「…この家は怖いものね」
「えぁ…あの…」
「……あー、ハイハイ、成る程ね」

返答に困っているらしい小室坊に対する高城母の言葉に納得する。そういやぁ右翼ってのは随分と武闘派な連中の集まりだったか。
外に日本刀持った強面のお兄さん達が居たっけかね。
少々気まずそうな雰囲気の小室坊が、眉間の辺りに指を当てつつ謝罪を口にする。

「…すみません」
「正直な男の子は好きよ」

その言葉に、ギュピーンと俺の中のジョークシステムが駆動する。

「―――おめでとう!フラグマスター こむろは マダムキラー こむろに しんかした!」
「石井、お前ちょっと黙れ」
「イエス、ボス」

怖いぞ、小室坊。
小室坊の割とマジな一言に敬礼の体制をとりながら答える。対して高城母はクスクスとお上品に笑っている。
結構懐の広い人のようだ。
高城母の人となりを何と無く理解し始めたところで、小室坊がおずおずと口を開いた。

「あの…でも此処には長居しないとか」
「そりゃあそうだろ、小室坊」

小室坊の零した言葉に、俺が答えた。ちなみに『やれやれしょうがないなぁ小室君は』みたいな心境である。
どうにもこの少年、機転は利くし度胸もあるのだが平時に思考を回転させるのが苦手らしい。
良いか?と一つ前置きをして話し出す。

「此処は確かに要塞みてぇに堅牢で、水も食料もある。少なくとも外部からの侵攻を許すほど柔なとこじゃないさね。…が、ソレは外からの被害に対してだけだ。内から出る被害や困難に対しては、どんな要塞だろうとどうしようもねぇ」
「内?どんな危険が…」
「考えてみろ小室坊。人間が生きる為には何が必要だ?そしてその出所は?」

問い掛けた言葉に、小室坊が眉根を寄せて考え、指折り数えている。…まぁ、ちゃっちゃと話を進めるとしようかね。

「大よそ食料、水、それと電気もそうだな。お前さん、この異常な状況で一般的なライフラインが今も正常に稼動してると思うかね?死者が生者を襲い、さらに蠢く死者を増やすこんな世の中でか?馬鹿を言っちゃいけねぇよ小室坊。世の中全部が機械化されてるわけじゃあねぇんだ。それぞれの分野に特化した技術者たちが、水やら電気、食料を作ってんだよ。よしんば技術者たちが助かったとしても、何時まで働き続けりゃいい?家族の安否は気にならないと?…ちょいと横道にずれたが、ようは資源に限りがあるってぇ話さ。水も電気も食料も、何れ尽きる」

小室坊に、現状を叩き付ける。敵は<奴ら>や狂った生者だけではなく、目に見えない『世の中の事情』もそうなのだ。
一所に留まったところで、果てるが定め。世界を水と言い換えても良い。
今までは、己が行動を起こさずとも水は循環し続けてきた。しかし、今の世界ではその水を循環させる事が出来ない。
動かずに溜まったままの水は、何れ腐る。
生きる為には、行動し続けなければならない。
俺の言葉に納得したのか苦々しい表情で頷きつつ、一瞬外を見た。

「じゃあ、あのバスとかで…」

小室坊が外に停めてあるバスを見たのか、そう言った。まず間違いなくアレは移動手段なのだろうが、さて、『誰の為の』移動手段か。
高城母が、小室坊のほうを見ずに口を開いた。

「ええ。私たちが責任の持てる…いえ」

其処で一度言葉を区切った高城母の視線が、小室坊を射抜く。そして再び、口を開いた。

「私たちと共に生き残る覚悟のある人々だけを、一緒に連れて行く」

彼女は強く、そう発言した。
―――――この言葉、如何様に受け取るべきか。
右翼に賛同する者のみを連れて行くということか、それとも自分たちと協力して<奴ら>に対抗するという意思がある者を連れて行くということか。
果たしてどう受け取るべきなのか。それとも『右翼』という色眼鏡無しで言葉を聞いていれば、或いは答えが出るのだろうか。
今の俺には、判断が付かなかった。






「小室坊も、面倒な役割押し付けられたもんだねぇ…」
「ホントだよ…」

ガクリと横を歩く小室坊が肩を落とした。
あの後、高城母が言った言葉を思い出す。

『あの子に理解して貰いたい。でもあたしが何を言っても納得しないでしょう。あなたに、お願いできないかしら?』

…親と子の、確執という奴か。よく分からんが高城嬢もそれなりに苦労したのだろう。
何せ親が右翼の一大派閥ともなれば、周囲に色眼鏡掛けて見られただろうに。俺自身、高城嬢をそんな風に見るつもりは無いものの、彼女の親にはそういう色眼鏡を掛けて見てしまう。
人間の心理とは、面倒なものだ。
それに恐らく、そんな子供の頃の話だけでは無いだろう。それは既に解決しているかも知れないが、俺としてはこんな立派なところのお嬢様が『あんな状況』になったのが気になる。
…何番目に考えたのか知らないが、彼女のようなお嬢様を探す者に道中というか学園内で出会わなんだという事は、『そういうこと』なのだろう。

「…まぁ、考えたってしゃあねぇわなぁ。気楽に行こうや」
「…お前はそう言えるからいいけどな、俺は頼まれた当事者なんだぞ?高城を説得するなんて…幼稚園の頃から一度も口喧嘩で勝ったこと無いのに…」

俺をジト眼で睨みつけていた小室坊が、溜息を吐いた。ご愁傷様、と手を合わせてやればより深く沈みこむ小室坊。
いかん、傷口を広げただけだったか。
まぁともあれ、とりあえず皆で一度集まっておこう。高城母の言葉について、色々と考えることもあるだろうし。

そんなわけで集まったのだが。

「…何もここに集まってくることないじゃない…」
「お前がマトモに動けないんだ。仕方ないだろ」
「つか宮本嬢。お前さん布団か何か被っとけよ。幾らなんでも無防備すぎんぞ」

尻にタオル乗ってるしうつ伏せだけどそれだけじゃねぇかオイ。俺のポケモンが鯉の王様から暴れん坊に進化するぞ。

「それでぇ?どういうお話ぃ?」

鞠川先生はバナナを食っている。バナナを食っている。
そう、バナナを貪っている。

…何だろう、普通のことなのに何か卑猥に思えるのは。

アレか?鞠川先生の纏う天然系エロオーラのせいか?
どっちかといえば俺の頭が思春期特有のエロ関連想像システムを起動させっぱなしでウヒャッホゥな感じだからじゃねぇのかとも思うが、まぁ良いか。

「あたし達がこれから先も、仲間でいるかどうかよ」
「ブッ!」

腕を組んで窓の外を見る高城嬢が、鞠川先生の問いに答えた。つか先生よ、幾ら驚いたからってバナナをこっちの顔面に飛ばすなや。
…とりあえずティッシュ誰か持ってねぇかな。誰も持って無さそうだな。
仕方が無い。

「ジーク、舐めろ」
「わん!!」

応急処置として、頭の上のジークを顔のところまで持ってきてバナナの欠片を舐めさせる。非常にくすぐったいのだが今は我慢しよう。
ヤッベ、鳥肌立ってきたんだけど早く終わんないかな。

「わん!」

ジークが一吠え。
どうやら舐め終えたらしいジークを頭の上に乗せる。ずしりとくるが、相変わらず完璧な重量で心地がよい。
さて、と周囲を見回せば皆緊張、或いは戸惑いを見せている。当然といえば、当然なのだが。

「…」
「仲間って…」

小室坊が無言のままに高城嬢を見据え、宮本嬢は戸惑いの声を上げる。其処に、冴子嬢が言葉を入れた。

「当然だな。我々は今、より結束の強い集団に合流した形になっている。つまり」
「そう、選択肢は二つきり。飲み込まれるか」
「分かれるか…」

高城嬢が冴子嬢の言葉を引き継ぎ、さらにその言葉を小室坊が引き継いだ。…飲み込まれるか、分かれるか、か。
―――俺としては、もう決まってるわけだがね。
そう思っていれば、高城嬢の横へと向かいながら小室坊が言葉を続けた。

「…でも、分かれる必要なんてあるのか?街は酷くなる一方だけど、お前の親父さんは手際が良い」

流石偉い血筋なだけのことはあるよ、お袋さんも凄いし、と小室坊は言うが…飲み込まれる事にも、色々と問題があるのよ。純粋に『力があるから頼ろうぜ!!』みたいな思考だと、この先で苦労が増加するぞ小室坊。
それから、お前さんは少しばかり空気を読む事も覚えなさいな。ちょいと視線を横に動かせばお前さんの嫁候補二号がちょっと震えてるぞ。

「…ええ、凄いわ。それが自慢だった」
「ん…?」

小室坊が、外から高城嬢のほうへと視線を移す。この位置からでは、高城嬢の顔は窺い知れないが声の質から察するに、少しばかり泣いているやも知れない。
…そろそろ、爆発するかね?

「今だってそう…これだけの事をたった二日かそこらで…でも、それができるなら!」
「高城…」
「名前で呼びなさいよ!!」

高城嬢が、小室坊に向かって怒鳴る。
…今は、危険がすぐ其処にあるわけじゃあないし、腹を割って話させるべきだろう。言葉で吐き出せるストレスは吐き出しておいたほうが良い。
故に、傍観するとしよう。
小室坊が少し眉根を寄せながら高城嬢を諭そうとする。

「…ご両親を悪く言っちゃいけない。こういう時だし、大変だったのは皆同じだし「いかにもママが言いそうな台詞ね!」ぅうあぁ…」

高城嬢のその言葉に、小室坊が二の句を失う。

「分かってる…分かってるわ…私の親は最高!!妙な事が起きたと分かった途端に行動を起こして、屋敷と部下とその家族を護った!!凄いわ!!ホントに、ホントに凄い!!」

高城嬢が、吼える。実際、彼女の親は指導者として、統括者としてはこの上なく有能だろう。
けれど、しかし、なれど。

「もちろん娘の事を忘れたわけじゃなかった。寧ろ、一番に考えた」
「それくらいに…」
「流石よ!!ホントに凄いわ!!流石私のパパとママ!!生き残ってるはずが無いから、即座に諦めたなんて!!」

高城嬢の言葉を遮ろうとした小室坊だが、逆に高城嬢の叫びによってその動きが遮られた。
―――――『親に諦められた』。彼女にとってその事実が一番辛かったのだろう。
一番に考えた。そう、一番に考えたにも関わらず彼らとは、高城邸の人々とは『一度たりとも』出会う事は無かったのだ。
学園の近くにも、現れる事は無かった。学校で彼女を呼ぶこの屋敷の住人は、誰一人としていなかったのだ。
統率者としては一流。一流であるが故に、生存率の低い己の娘を切り捨てた。
果たしてそれは、『親』という立場から見れば如何なるものなのだろうか。

(一番に考えて、そうなったわけだ。辛さも人一倍と言ったところかね)

そんな風に思う俺を他所に、小室坊が怒りの形相で高城嬢の胸倉を掴み上げようと手を伸ばす。…ま、ちょいとそいつぁ見逃せんな。

「止めろ沙「ハイ、ちょいと落ち着きな小室坊。高城嬢も深呼吸して」何するんだよ石井!!」

無理矢理に小室坊を引き止める。
肩を掴んだ俺に対して、小室坊が叫び此方を睨みつけてくる。頭に血が上ってるのは分かるが、ちょいと落ち着け。

「いたいけな婦女子に暴力はいかんぞ、小室坊。言いたい事があるなら、暴力抜きで言え。…暴力付きじゃねぇと意思を理解できんのは、猛獣ぐらいだ。高城嬢は何だ?人間だろ?」
「でも!!」
「言いすぎなのは、俺も分かる。だから、お互いに気ぃ落ち着けて、腹割って話せ。…つか、だから俺に説教させんなよなーもー。俺はお前、もっとこう、おちゃらけて、微妙にシモネタばら撒きつつ空気を白けさせる役だろ」

なぁ皆、と聞いてみればありす嬢を除く全員に一も二も無く頷かれた。チクショウ少しは否定しろ。
少しの間、肩で息をしていた小室坊と高城嬢だが、やがて落ち着いたのか呼吸が正常に戻る。
ポン、と小室坊の背中を叩きながら言う。

「ほれ、小室坊。言いたい事、あるんだろ?」
「……礼は言わないからな」
「元より欲してねぇよ。俺が自己満足の為、勝手にやった事だ」

俺からそっぽを向いた小室坊に苦笑する。落ち着いてくれたようで、何よりだ。
二人が再度向き合い、小室坊が口を開いた。

「…沙耶、皆同じなんだよ。親が無事だと分かってるだけ、お前はマシなんだ。…マシ、なんだよ」
「…うん」

小室坊の言葉に、高城嬢が頷く。…或いは、停めるべきではなかったやも知らんな。
さっきのように思いのままに動いていたならば、よっぽど腹を割って会話が出来たかも知れない。己のミスが少々悔やまれる。
心のままに動いたほうが、大きく固い絆が出来上がる事も少なくない。男同士の殴り合いの末に友情が生まれるとかそんな感じだし。

いや、高城嬢は女だけどな?

暫くの間二人の間に沈黙が落ちるが、ともあれ話を進めよう。俺が止めなければもっとすんなり進んだような気がしないでも無いが、だからこそ俺が進めるべきだろう。
パンパン、と拍手を打つ。

「そーらそら、話が終わったんなら本題に入ろうじゃねぇか。じゃ、進行役は高城嬢って事で」
「アンタね…まぁ良いわ。じゃあ本題に入るけど、私たちは…あ」
「うん?」

高城嬢が喋り始める直前、何かの音が聞こえた。全員が部屋のテラスへと向かい、音の発生原因へと眼を向ける。
視線の先には、無数の車。色々な車種があるようだが、さてあの黒いリムジンに乗っているのは。

「アレは…」
「そう。旧床主藩藩主、高城家の現当主。全てを自分の掟で判断す「出入りか?出入りなのか?やっぱヤの付く自由業的な?」うっさいわね!!」
「ギャボアッ!!」

場の空気を引っ掻き回す己の職務を全うしようと、高城嬢の言葉の最中に己の言葉を突っ込んだら思い切り殴られた。超痛い。
数秒ほど肩で息をしていたものの、気を取り直したらしい高城嬢が言葉を続ける。倒れた状態で冴子嬢の下着とか見れたら素敵だが、気付かれた瞬間斬り殺されそうだ。

「…全てを自分の掟で判断する男、私のパパ!!」

言葉と同時に、リムジンが止まる。先ほど出入りと俺は言ったが、正しくそのような感じでリムジンの周囲にはこの屋敷の男衆が集まっている。
黒いリムジンから、一人の男が現れた。己の妻と多数の部下に迎えられ、しかし顔色一つ変えず前だけを見据えるその男。
…随分と、鍛え上げられた肉体をしている。
身体を起こしつつ、リムジンから降りてきた人物を観察する。筋骨隆々の肉体に、鋭い眼光、その手に携えるは日本刀。
恐らく、剣術の心得もあるのだろうと推測する。
―――――――あれが、高城嬢の親父さんか。









「この男の名は土井・鉄太郎!!高城家に仕えてくれた旧家臣である。私の親友でもある」

高城邸の庭から聞こえるその言葉に、運び込まれた鉄の檻の中に居る存在へと眼を向ける。…肌の色が、明らかに生ある者の色では無い。
間違いなく、<奴ら>と化している。

「そして今日、救出活動の最中、仲間を救おうとし…噛まれた!!」

――――その人物を、どうするのか。何と無く、予想は付くが。
高城父の言葉に、庭先に集まっている近隣住民たちがざわつき始めた。

「正に自己犠牲の極み。人として、最も高貴な行為であるっ。しかし、今や彼は人では無い。ただ只管に危険なものへと成り果てた」
「ぉぉぉぉぉあぁぁぁぁ!!」

掠れるような声で、檻の中の『土井・鉄太郎という人間だった存在』が呻き、暴れる。その様に、近隣住民が恐れ戦く。
けれど、その眼前に立つ高城父に恐れは見当たらない。

「だからこそ」

高城父が、手に持った日本刀の鍔を指で押し上げ、引き抜いた。
…やはり、か。
一瞬、ありす嬢をこの後に発生するであろう情景から逃がすかを考えたが、

(…いや。いい加減、見ておくべきかも知らんな)

この子は、己が思うよりもずっと強い。恐らくは、見ても大丈夫だろう。
或いは、己が目隠しをすれば良いだけだ。
視線を庭へと戻せば、既に高城父は刃を振り上げている。
檻の横には鍵を外すのであろう人物が待機し、鍵を鍵穴へと差し込んでいる。

「だからこそ…此処で、親なる者へ、高城の男としての義務を果たすッ!!」

ガチャリと。
檻を閉めていた鍵が、外された。中に居た『土井・鉄太郎という人間だった存在』が檻を開け放ち、目の前に立つ男へと向かっていく。
けれど、その突撃は無謀なものであり、これから『見せしめ』となるものだ。
かくして、その首は。

音も無く刎ねられ、宙を舞った。

その瞬間を見ていた人物が、何人居たのか。途中、赤ん坊を抱えた女性が落とした哺乳瓶が割れる音に気を取られた人間も、その瞬間から目線を逸らした人間が何人も居た。
その間に件の存在の首は音も無く宙を舞い、噴水の中へと着水した。此処からでは見えないが、恐らくその血液によって水は赤黒く染まっていっているのだろう。

「これこそが!我々の、今なのだ!!」

高城父が腕を振るいつつ、近隣住民へとそう言い放った。
…否定はしない。事実であり、真実だ。
噛まれた者は、例え家族であろうと仲間であろうと殺さねばならない。そうでなければ、次は己が死ぬだけだ。
胸糞悪い話だが、そういうことだ。

「素晴らしい友、愛する家族、恋人だった者であろうと躊躇わずに倒さねばならない。生き残りたくば」

其処で少し言葉を区切り、次の瞬間高らかに高城父が言い放った。



















「  戦  え  ッ  ! ! ! ! 」




















暫しの沈黙が落ちる。皆、現状を上手く飲み込めていないのだろう。
否、分かっていても納得しきれないというか、己の中にある『常識』がそれを妨げるのだろう。他者の命を奪うという行為に、納得するという事を。
…戦っていない者が、そうそう割り切れるものではない。
一度でもやってしまえば後はそのまま己の精神が変革していくだけだ。だが、成してもいない状況で、行き成り納得するのは難しいだろう。
高城父が、高城母を伴って庭から去っていく。
視界を高城嬢の方へと動かせば、何かを考えているのか口が堅く結ばれている。…まぁ、思うところは色々とあるだろうなぁ。
そう思っていたときである。

「どうした?平野?」
「おん?」

小室坊の声に、思わず顔をヒラ坊のほうへと向ける。…いい趣味のTシャツ着てるなぁと思うが、まぁそれは置いておこう。
確かに、何処か様子がおかしい。俯いているようだが、少々顔色が悪い。
小室坊も同じ事を思っていたようで、声を掛ける。

「顔色、悪いぞ」
「…刀じゃ効率が悪すぎる」

ボソリと呟かれた言葉に、はて?と頭の上に疑問符を浮かべる。今の今まで更に効率の悪い木刀を使い戦場を駆け回るスーパーヒー…ヒロイン・冴子嬢を見てきたと言うのに、今更そんな事を言い出すとはどうしたのやら。

「――な、何言って…」
「効率が悪いんだよぉ!!」

小室坊の言葉を遮り、ヒラ坊が叫ぶ。

「日本刀の刃は骨に当たれば欠けるし、三、四人も切ったら役立たずになる!!」
「…だとさ、石井」
「え?俺?」

ヒラ坊の剣幕に一歩引いた小室坊が、俺のほうを見ながら話題を振ってきた。
其処で俺に振るか小室坊よ。どっちかと言えば冴子嬢に振れよ。
木刀のときもそうだが、そこの人は業物とかの謂れも無いような唯の日本刀で<奴ら>をバッサバッサと切り倒して来てんだぞコラ。何匹斬ったか知らんが欠けてすらねぇぞあの日本刀。
それに俺のはナイフだぞ?日本刀とは系統が違う。
製造工程は日本刀に近いものが採用されているらしいが、俺のナイフは分類的にはハンティングナイフやらマチェット、ククリなどに近い『硬質なものもまとめてぶった切る』ことを前提に置いた代物だ。…いや、まぁ、斬り易い部分に刃ぶち込んでるとこもあるけどさ。
そういうわけで。

「冴子嬢にパス」
「…君は…まぁいい」

此方を一瞬ジト眼で見てきた冴子嬢だが、悪いけど日本刀に対する説明ならばお前さんの方が適役だ。そうやって眼で訴えてみれば、はぁと溜息を吐きながらも冴子嬢がヒラ坊のほうを向いた。
今ので嫌われたりとかねぇよな?

「決め付けが過ぎるよ平野君。剣の道においても、強さは乗数で表されるのだ。剣士の技量、刀の出来、そして精神の強固さ。この三つが高いレベルで掛け合わされたのなら、何人斬ろうが、戦闘力を失わない。…石井君のようにな」
「だから最後に俺に結び付けんなよチクショウ!!俺の武器ナイフよ!?議題としては刀じゃねぇのかい!!つか、前に刃が詰まったときあったよ俺!?俺のこと買いかぶりすぎだろお前さんら!!俺は大した腕前じゃねぇよ!?」

そもそも俺の場合は蹴りとかも加えてんだろうがーと叫ぶが無視された。本格的にいじめなんじゃ無いのかと思う。
割とがっくりと気落ちしている俺を他所に、ヒラ坊が叫ぶ。

「で、でも!!血油が付いたら!!」
「そう!!それで俺の刃止まったよ!?つまり俺は強くないッ!!」

ヒラ坊の言葉に眼を光らせ乗っかる。
そうだ、俺は学園脱出の際に血油やらによって刃が止まった事がある。なれば俺の強さは大したものでは無く決して議題にされるほどのものでは―――、

「石井君、君はその後から小まめに<奴ら>の衣服で拭っていたのだろう?それで解決ではないか」
「オウアー」

何か論破されたで御座るよ。どうしよう、このままでは『俺が強い』という圧倒的に間違ったイメージが皆に行き渡ってしまう。
俺がどうするかなぁ、どう誤解を解くかなぁと迷っていると、視界の端っこに歩いてくる小室坊の姿が映った。小室坊がヒラ坊の肩に手を掛ける。

「平野、もういいじゃないか」
「ッ!!触るなぁ!!」

しかして小室坊の手を、ヒラ坊が振り解いた。
息が荒い。何をそんなに怒っているのやらイマイチ分からないが、どうしたのだろうか。

「邪魔すんなよ!!マトモに銃も撃てない癖に!!」
「そりゃあお前、二日前までド素人だった人間が早々マトモに撃てるわきゃねーべ」
「お前も黙れよ!!お前なんか、同士じゃない!!」

俺の言葉に反論し、睨みつけてくるヒラ坊。
いや、それは別に良いんだけどさ。…しかして随分な乱心振りだが、先ほどの光景を見て思うところでもあったのかね?
―――いや、引き金はあれだが本心は別か?
取り合えず頭を捻るが答えは出ない。最近こんなんばっかだな。
一先ず沈静化の為に、もういっそのことキューッとやって意識落とそうかと考え始めたところで、高城嬢が吼えた。

「平野!!アンタいい加減に!!」
「グッギッ…ぐぅッ!!」

高城嬢の怒りを真正面から受けるヒラ坊。何かを言おうとしたのか、けれど歯を食いしばり下を向いたヒラ坊は、

「オイ!平野!!」

逃げ出した。小室坊とありす嬢が、ヒラ坊を追いかけていく。その後も何人かがヒラ坊探索へと向かい、テラスには俺と冴子嬢のみ。
…ふむ、はてさてどうしたものやらなぁと思いつつ懐から煙管を取り出し口に咥える。新しく投入した薬草の爽やかな風味が口内を駆け、鼻腔から出て行く。
――――嗚呼、美味ぇ。
テラスの欄干に背を預けつつ煙管を吸う俺の横で、冴子嬢が呟く。

「同じ硬貨の裏表、か…」
「…ふんむ?」

冴子嬢の放った言葉に、少々考えさせられる。恐らくはヒラ坊の状態、或いは原因を指していった言葉なのだろうが…ふむ、幾つか先ほどの言葉に対する解答の候補は出たが果たしてどの解答を指し言った言葉なのやら。

「にしてもまぁ、三日と経たずに面倒事が続くとは…前途多難だなぁ、オイ」

思わず呟いた言葉に、冴子嬢が反応した。

「…あの夜はやはり、迷惑を掛けてしまったかな?」

少し暗い表情で冴子嬢が言うが…俺はお前さんにそんな顔をして欲しくは無い。弱みを見せてくれるのなら嬉しいが、暗い表情は御免だ。
口から煙管を離し、懐に仕舞いこみながら反論を口にする。

「んなわきゃねぇだろ。…寧ろ、個人的には…その、何だ?あー…あんな話を、してくれたわけだからその…し、信頼してくれてるのかねぇ…とか、な?…と、ともかく迷惑何ぞ思ってねぇよ!!だから、暗い表情とかすんな!!」

ぷい、と顔を背ければ背後からクスクスと笑い声が聞こえる。…あーチクショウ、頭の中じゃあ色々とはっちゃけられるがどうしても面と向かって言うのは難しい。
恋愛難しすぎるぞJK。
餓鬼の頃にもっと色恋沙汰を知っておくべきだったかねぇ…と後頭部を引っ掻きながら思うが、そんな機会を潰したのは俺の意思だ。
つまり、どうしようもない。

「あー…クソ、情けねぇ…」
「フフッ……そう言えば聞いていなかったのだが、石井君」

突如として思いついたように、冴子嬢が声を掛けてきた。何だろう、愛の告白なら万々歳だが。
ありえないとは思うが、まぁとりあえず返事だ。

「あん?何ぞや」
「―――君のナイフは、一体どうやって手に入れたものなんだ?」

冴子嬢が此方を真っ直ぐ見据えて問い掛けてくる。…よせやい、照れるぜ。
まぁ冗談は置いといて、どういうものかと聞かれると、

「…正直な話、俺にも分からん。何せ家の蔵で発見したもんだ」

嘘である。本当は十六歳の誕生日に何故かあった代物だ。
本来、あるはずの無い代物なのだが。
しかし冴子嬢は信じてくれたようで、真剣にこのナイフについて考えているようだ。凄く今更だけど、チラッと見えるうなじが色っぽい。
鼻血でそうなんだけど。

「家の蔵でか…これまでの切れ味を見るに、相当な業物なのだろうが…銘は分かるか?」

その言葉に、空を見上げ過去を懐かしむ。…その問いの答えは、既に決まっている。
嘗ての己が、このナイフの名を聞かれるたびに答えた言葉。

「――――銘は無い。否、不要だ」
「…?どういう事だ」
「そいつぁ言えんな。秘密だ」

―――――――何処かの誰かの相棒に、名は要らず。
ただ、武器であれば良い。敵を殲滅するための道具であれば良い。
刃とは斬るためのものであり、己の成すべきは敵を打倒する事だ。故に敵の首を刎ねる、それで十二分なのだ。
銘など不要。元より銘があるものは、相応しき者の手元に渡る。
『何処かの誰か』である俺の手元に来るものは、名も無き刃であるのが道理。
…されど名付けるとしたら。
ポケットから己の相棒たるナイフを取り出し、太陽に向かって掲げる。太陽の光を受け銀色に輝くソレに、名があるとするのなら。

「…まぁ、仮に名があるとしても…『無銘』という銘だろう、な」

或いは、『名無し(ネームレス)』だろうか。『何処かの誰か』が『何処かの誰か(ジョン・スミス)』であるように、『無銘の刃』は『無銘(むめい)』なのだろう。
言葉遊びのようなもの。それが個人的に好ましいという話。

「無銘と言う銘か…おかしなものだな」
「まぁな」

冴子嬢の言葉にカッカッカ、と笑う。銘と言うのならもっと『菊一文字』やら『小烏丸』などの名称を付けるべきなのだろうが、それでもコレは譲れない。
それは良いとして。
ヒラ坊の暴走を改めて考える。『暴走の根底』は不明だが、あの暴走の『引き金』が庭での光景であることは間違い無く、そして暴走の『引き金』を引く事に成った『要因』は恐らく…。
一先ず冴子嬢へと話題を振り、先ほどの『言葉』に対する確信を持つとしよう。

「…気が緩むってぇのも、考えもんだよな」
「…そうだな」

…ビンゴだったかね?どうやら。
同意が得られたようなので、話を先に進めよう。

「気が休まれば、疲労やストレスが抜けていく。けれど同時に、気も抜ける。…今までは生き抜くことに必死だった、鞠川先生の『お友達』の家でも銃器を発見した事で興奮する事はあれども気を抜く事は無かった。…けれど、周囲を誰彼が護衛し好きな事の出来るこの空間じゃあヒラ坊の精神は緩みきり…先の状態へ発展したってぇところかね」

…面倒臭いものだ。
かつての馬鹿どもは、常にストレスを溜め込まないようギャーギャーワーワー騒ぎ立てている事が多かったせいか、イマイチヒラ坊の暴走する理由が勘に引っかからなかった。
クルリと身体の向きを変え、部屋の中へと戻っていく。

「どうした?」

冴子嬢の言葉に、片手を挙げて答える。そんなもん、決まってるだろ。

「何、俺もちょいとヒラ坊を追っかけてくるってだけさね。同士って呼ばれるのは勘弁だが…嫌われたまんまじゃあ気分が悪いんでね」
「…では、そろそろ私も行こう」

そいじゃあ一緒に行きますかね、と俺が言えば了承の意と共に冴子嬢が横へと並び立ち、そして俺たちは、その場を後にした。

そんでもってどうなったかと言えば。

「ヘーイ皆様ご機嫌麗しゅうー。何?ロリコン疑惑のガンマスターを寄って集っていじめようってか?オイオイそりゃねぇぜ。というか借り物を更に又借りして自分のものにしようとかアレかあんた等は?ジャイ○ンですかコノヤロー」
「な、何だお前は!!何処から現れた!?」
「木の中からですが何か。出来る事なら冴子嬢の胸の谷間にでも潜みたい気分だがそいつぁ無理ってぇもんだぜHAHAHA!!」

のっけからハイテンションである。いやぁー、俺ってこういうヒーロー系なアクションてすっごい苦手なのよね。
だから緊張をジョークで紛らわす。あんまり意味無いけど。
現状の説明をすれば、銃を沢山持っているヒラ坊を右翼の怖いお兄さん方が囲んでいるという状況だ。その後ろに、俺である。
道中、冴子嬢と別れたのだがずっと付いてったらフラグとか立てられたのだろうか。…いやしかししつこい男は嫌われると誰かが言っていたような気がする。
じゃあ正解かなぁと頭の中で考えつつも、周囲を見渡しながら再び口を開く。

「いやはや、あんまし虐めないで下さいますかね。そいつぁ、ロリコン疑惑だしトリガーハッピーだし精神的に不安定な部分もあるけど――――俺の仲間なんですわ」
「…い、石井君…」

俺の言葉に、少し目尻に涙を溜めながらうずくまっていたヒラ坊が此方を見上げてきた。…男の泣き顔なんざ見ても何も嬉しくないのだが。
…まぁ、まだ俺を完全に嫌っているようでなくて、良かった良かった。

「石井で十二分だ。但し同士はいらねぇ」

カッカッカ、と笑っていれば背後に人の気配と草木を掻き分ける音がした。視線をそちらに向ければ、小室坊が居る。
声を掛けようかと、そう思ったが。
―――――――――しかし、それよりも大きく俺の気を引くものが来た。

「―――――――何を騒いでいる!」
「そ、総帥」

背後に己の妻を引き連れ、威圧感を伴い歩いてくるのは件の男、高城父。
その姿を見た一人が、言った。

「こ、この子供が、銃をおもちゃと間違えているので…」

その言葉に、顔を顰める。おもちゃ…おもちゃねぇ?

「オイオイお兄さん、随分な言い草じゃねぇの?少なくともヒラ坊とアンタが拳銃で勝負したら…十割でヒラ坊が勝つぞ?てぇか、玩具と思ってんのはお前さんじゃねぇのかよ」

周囲が此方を睨みつけてくるが、知った事か。確かにトリガーハッピーの気はあるが、銃をおもちゃと思うほどコイツは現実を見て無いわけじゃあないさね。
寧ろ、大して訓練もしていないのに矢鱈と銃を欲しがる周囲のほうが現実を見ていない。…この中に、これ等の銃の特性を完璧に言える者が居るのであれば、別だが。
高城父が、視線をヒラ坊に向ける。

「…私は高城・壮一郎。旧床主藩主、天道荘厳流総帥である。少年、名を聞こう!」
「ひ、ひひ、平野・コータ!!藤美学園二年B組、出席番号32番ですぅぅ…」
「声に覇気があるなぁ平野君」

怯え気味に、しかしはっきりとヒラ坊が自己紹介を行った。その様を見て高城父が一つ頷きながら此方に視線を移した。
相変わらず、猛禽類や猛獣を思わせる鋭い眼光だ。こっち見んな。

「…其方の少年は?」
「あら、俺もですかい?」

少々意外だったので眼を丸くして言うが、更に周囲からの睨みつけがきつくなった。まぁ、咄嗟に出た言葉だったとは言え少々『総帥』という立場の人物には礼儀が悪かったか。
一礼しつつ、自己紹介を行う。

「失礼…藤美学園二年C組の石井・和という者です。出席番号は二番」
「…ふむ。随分と冷静な眼をしているが、この状況が恐ろしくは無いのかね」

腕を組みながら高城父が言うが…そりゃあアンタ、

「怖くはありますが…それ以上に、譲れない一線もありまして」

死ぬにしても、蟠りを解かずに死ぬのは勘弁だ。少なくとも今は、ヒラ坊と仲直りするまで恐怖を感じようと引くわけにはいかんよ。
まぁ、目の前の男ならばまだしも周囲のお兄さん方に殺されるほど柔な身体はしていないが。

「そうか」

俺の言葉に対する高城父の返答は、簡潔だった。
最後に少しだけ此方を見て、ヒラ坊のほうへと向き直る高城父。それにしてもカリスマと言うべきか、凄まじいな。
正直、少々気圧され気味である。

「平野君。…此処に辿り着くまで、さぞかし苦労した事だろう。…どうあっても銃は渡さぬつもりか?」

その鋭い眼光でヒラ坊を睨みつける高城父。
…普通の人間なら、この一喝で渡しちまうのかも知らんな。しかして其処のガンマスターの銃に対する執着は、凄まじいぞ?
案の定、銃をより強く抱きしめながら

「駄目です!!嫌です!銃がなくなったら、ぉぉ俺は…俺はまた元通りになっ…元通りにされてしまう!!」

涙を眼の端に溜めながらも、ヒラ坊は言葉を続ける。

「自分に、出来る事が!ようやく見つかったと思ったのにぃ!!」
「――――」

その言葉に、少しの間絶句してからふんむと一つ頷く。
―――――成る程。だから、あの情景を見てそうなったわけか。だから、銃に拘るわけか。
今も見せている銃への執着は、単に銃が好きであるというだけでは無かったらしい。知っての通りヒラ坊の身体能力は高くないが、それを補って有り余るほどに銃器を扱う才能及び銃器に関する知識は凄まじいものがある。

…それだけだ。それだけなのだ、彼にとって。

平穏な日常の中でも、彼は感じていたのでは無いのだろうか。『己は無能なのだ』と。
聞いた話では、彼の家族は『完璧』の一言に尽きるような人物ばかり。その家族の一員である彼に存在する才能とは何なのか。
無論、銃器に関する才能だ。けれどソレは日常では全く役に立たないもので、『完璧』な家族の中で彼一人だけは『完璧ではない』のだ。
しかして日常が終わりを告げたこの世界で、彼は『銃』を手に取り初めて『才能』を真に発揮した。己にも成せる事があるのだと確信したのだろう。
確信し、戦ってきた。生き残る為に必死になって、戦い続けてきた。
なれど彼は安息の地にて『銃が無くても<奴ら>を殺せる』という事実を改めてまざまざと見せつけられた。今まではそんな事を考える余裕も無く進み続けてきたが、安息の地は気を緩め『生』よりも『才』に彼の眼を向けさせた。
仮に銃が不要であるのならば、己の意義は何であるのかと。己の成せる事は、何であるのかと。
そう、考えたのではなかろうか。

…本当に、考えすぎだってぇ話だなオイ。

全ては己の想像の域を出ない事ではあるが、まぁ半分ぐらいは当たっているのではなかろうか。
少なくとも、間違いなくヒラ坊の銃は必要なものであり、俺や仲間の命を幾度も救ったものだ。それをたかだか刀の一本で<奴ら>ぶった切った人が居るからと言って不要とするわけが無かろうに。
そんな風に考えていれば、高城父が更に問うて来た。

「…出来る事とは何だ。言ってみろ」

いや察しろよ。銃で戦える事、或いは人を護れる事だろうに。

「ッ!!それは!!ッそれはぁ…「あなたのお嬢さんを護ることです!!」ッカァ!?」
「…おう、ようやく前に出てきたかヒーロー」

後ろを向けば、小室坊が居た。
駆け足で此方まで向かい、高城父と相対する。…あの鋭い目に真正面から相対できるとは、やっぱ度胸あるな、お前さん。

「こ、小室…」

ヒラ坊の発したその言葉に、高城父が反応を示した。

「小室?…成る程、君の名前には覚えがある。幼い頃より娘とは親しくしてくれているな…」
「はい…ですが、この地獄の始まりから沙耶…お嬢さんを護り続けてきたのは、平野です!!」

高城父の言葉に、堂々と言葉を返す小室坊。ヒラ坊も涙を流しながら小室坊を見てるし、やっぱりお前さん、ヒーロー属性だわ。
俺には到底真似できん。間違いなく『護ってきたのこいつですから。じゃ』ってな感じで正面から離脱するぞ。
そんな風にくだらない事を考えていれば、背後から足音。

「コータちゃぁん!!」
「わん!!」

どうやらありす嬢とジークも来たようだ。ありす嬢なんぞそのままヒラ坊に抱きつきよったぞ。
そして高城父を睨みつけるありす嬢。大丈夫だろうけど心配だからちょっと間に立っておこう。
…しかしこの調子じゃあ、皆集まってくるかね?

「―――彼の勇気は、自分も目にしております。高城総帥」

噂をすれば何とやら。
ほら見ろ、冴子嬢も来た。それに鞠川先生と宮本嬢も。
となれば後は。

「私もよ、パパ」

聞こえてくる強気な声は、間違いなく高城嬢のもの。ここぞという時に真打登場とは、今日はスーパーヒーロータイムか何かかね?
それにしても、と後ろを見る。

(何はともあれ、やっぱり全員集合かいな)

思わず苦笑が漏れるが、それだけこのメンバーの結束が強いという事だろう。良い事だ。
改めて周囲を見てみれば、ヒラ坊を中心に学園のメンバーが勢ぞろい。何時の間にやら高城家の方々との距離が空いている。
マジで何時の間に…と呟いている俺の背後で、高城嬢が口を開いた。

「…ちんちくりんのどうしようもない軍オタだけど、コイツが居なければ、私は動く死体の仲間よ、パパ。…そうよ!!」

バッ、と右手を横に広げながら彼女は言う。

「コイツがあたしを護ってくれたの!!パパじゃ無くてねぇ!!」
「…高城…さん…」

…カッコいいじゃないのよ高城嬢。
ヒラ坊とか完全に泣いてるぞオイ。其処まで感動かい。
高城父は高城父でさっきよりも目が怖いし…まぁ、何とも言えん状態だな。俺のジョークも高城父には通用しそうにねぇし。
高城母も黙ってはいるものの、目力が強い。凄みと言うか何と言うか。

―――しかしな?

前を見る。高城夫妻。
後ろを見る。高城嬢。
―――――家族で睨みあうのは良いが、その間に俺が挟まれてるってのが納得いかねぇ。


~あとがき~
でけたー。結局あんまり冴子嬢とはお近づきになれない石井君。
後、妄想力が五倍ぐらいになってんじゃねぇのかという話。どうよ?
書く事もあんまりないのでアンケート。
①このまま行こう。
②もうちょっとマトモなSS書け。
③スーパー石井ストーム!
④裸エプロンをもう一度。




~その後の事で御座ろう~

「いやぁ、参った参った。帰るタイミング見失ったー…ん?」
「―――今なら中に入れてくれそうです!紫藤先生!!」

あの家族間目力対決より逃れて暫くの事である。
高城邸を見上げて携帯電話を耳に当てている何ぞガリガリというか弱気そうな少年を発見。あら、あのバスに居た子じゃないのよ。
スゲェ血色悪いけどしっかり飯食ってるのか?
とりあえず声を掛けようと、片手を上げながら少年に声を掛ける。

「あっらー久方ぶりな、少年。ヅラの元で元気してた?」
「ヒッ!?い、いいいい石井!?何で此処に!?」

何でってお前、居た堪れなくなってイヤッホゥと睨み合いから抜け出してきたら、その後屋敷に戻るタイミング完全に逃してお前さんにばったりと出会ったという話だよ。
というか俺にビビリ過ぎだろ少年。俺は悪魔じゃねぇよ?
つか、今紫藤って言ったか?

「何?電話相手ヅラなの?ちょっと貸して?」
「え?あ、ちょ!?」

コレ、傍から見たら完全に俺が悪者だよな。傍から見なくてもそうかも知らんが。
戸惑う少年を無視して、携帯電話を耳にあてがう。…何ぞエロイ声が聞こえるが何なのだろう。

「もしもしーヅラか?ヅラだな?さっさとくたばれ」

取り合えず第一声から罵倒。俺、アイツ嫌いなんよ。

『…その声、石井君ですか?』
「ああ石井だが。というか後ろからハァハァ声が聞こえるんだけど何やってんだお前。ナニやってんのお前?教師としてどうよソレ」
『…君には関係ないことでしょう?それとも、混じりたいとでも?』

少し此方を嘲るような声で言ってくるが、気にも留めない。
というか、認めるのね何ぞやってる事は。ふむ、嘗ての俺ならば『是非にも混ぜて欲しい』と言ったのかも知れんが…。

「いんや、悪いが心に決めた奴が居るんでね。そん時まで童貞は失いたくねぇんだわ」
『相変わらず品の無い言葉を使いますね、君は』

童貞ぐらいで品が無いとかお前、本当に男か。というかだな。

「品の無ぇ面してるテメェに言われたかねぇんだよクソ教師。…雨降ってきたし、とっととコイツ回収しに来いよハゲ」

それだけ言って、通話を切る。ほれ、と少年に携帯を返すと慌てたように俺の手から携帯を引ったくりどこぞに走っていく。
ヅラのところにでも戻るのか?とも思うが、まさかヅラの捨て駒だったりしねぇよな。そうだったらば保護するもの吝かでは無かったのだが。
まぁ悔やんでも仕方ないか、と思い頭を引っ掻きつつ、先ほどの事を思い出す。

(…ふむ、一部の電波は届くという事か?)

コレは一つの収穫だなぁと言葉を零せば、見計らったように雨が本降りになってきた。流石にこりゃあ帰るタイミング云々とは言ってはおれんな。
タッタカターと小走りで玄関口まで向かうが、
…さて。

――――明日は、随分と面倒臭い事になりそうだ。





[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。【ハゲ→ハゲ(真)】
Name: do◆579b2688 ID:00a27d88
Date: 2010/09/16 23:47
~注意~
・クソ文章。
・石井君魔改造。ISHII。
・自己解釈。或いは時系列に乱れがあるかも。
以上の事が許容できる方のみ、スクロールしてください。
出来ない人は急いで戻って良作SSの発掘作業に従事すると良いと思うよ!!





































―――――殺す価値も無い。そう言われる存在には、成りたくないものだ。

時刻は夜八時。高城邸にて貸し与えられたマイルームに『仲間』を集めた。
小室坊、宮本嬢、高城嬢、ヒラ坊、冴子嬢、鞠川先生、ありす嬢、ジークと見回し、全員が集まっている事を確認し、一つ頷く。

「…うし。八時だよ!全員集合!!」
「いや別に八時前から揃ってるだろ」
「気にするな、義務感から言っただけだから」

小室坊のツッコミに対して冷静に対処する。いやぁ、八時でメンバーが集合したりしたら言わなきゃあならんじゃないのよ。
頭から金だらいとかマルスによくやったもんだがなぁ、と昔を思い出したところで頭を振り雑念を払拭する。
いかんいかん、今は過去を懐かしむ時では無い。

「…皆に集まってもらったのは、他でもない。ちょいと面倒な事が起こりそうだからだ」
「面倒な事?何なのだ、それは」

俺の言葉に、冴子嬢が眉を顰めながら問うてくる。うむ、しかめっ面もまた良し。
冴子嬢の変わらぬ美貌を瞳で堪能しつつ、その問いに答えることにしよう。

「ん、実は『ギラギラ☆高城家睨み合い大会~ポロリは無いよ~』から逃げ出した直後の事なんだが」

俺のその言葉に反応して、高城嬢が此方を睨みつけてきた。
おお、怖い怖い。

「そのフレーズやめなさいよ!!」
「だが断る。だってお前さん、あれだぞ?凄まじいガンの飛ばしあいに挟まれた俺の気持ち考えろよ。蛇に睨まれた蛙というか、カーチャンに睨まれた駄目亭主というか…ともかくギンギラギンの視線の中に居た俺は萎縮してビビリまくってたんだぞ?もうそうなったら『ギラギラ☆高城家睨み合い大会~ポロリはないよ~』って名付けるしか無いじゃないのよ!!」

俺が言葉を言い終わった途端、視線が集中した。
え、萎縮してたの?あれで?と全員が視線で語りかけてくる。

バッカお前さんら、俺は結構小心者だぞ?

自分の事にはすっごい臆病な男だよ俺。もうきっとお前さんらとか居なきゃ全力で<奴ら>から逃げてトラップ作成したところに閉じこもってたと思うよ?
そんなわけで、

「俺の何処が小心者じゃないってんだよ!!」
「いやお前、たか…沙耶のお父さんと沙耶の睨み合いから外れるとき『ヒャッハー!!せっかくだから俺は高城邸の鯉と戯れてくるさー!!』とか叫んでったじゃないか。あの後、全員ポカンとした顔してたぞ?」
「記憶に御座いませんな」

小室坊の指摘にそっぽを向きつつそう答える。周囲から突き刺さる視線が凄く痛いんだけどどうしよう。

「…まぁ、石井君の態度がどうあれ今は彼の話を聞くとしよう。…それで、睨み合いの中から外れた後、君は何を見た?」

流石は冴子嬢、この空気を一蹴に伏してくれた。何と男らし…視線が怖い、読心術でも持ってるんだろうかあのスーパーヒロイン。
でもその怖さを抜きにしてもヤバイ、もうどっぷり惚れるわコレ。結婚してくれ。
思考が横道に逸れたが、会話を下に戻すとしよう。

「…うむ、実はな。庭先でちょいと厄介な奴を見つけた」
「厄介な奴?だれだい?同士・石井」
「同士じゃねぇ。…バスに居た、あのひょろっちい少年だ」
「ッ!?」

ヒラ坊の問いに答えた俺の言葉に、宮本嬢が大きな反応を見せた。恐らく、『起こり得る事態』に対し想像を働かせているのだろう。
そしてそれは、現実となるであろう事だ。

「…石井。まさかとは思うけど…来るの?あいつが」
「恐らくだが、間違いなく来ると思うぞ。何せ、『高城邸に入れそう』ってな事をあのハゲに連絡してたわけだからな」

高城嬢の言葉に、そう返す。
ザーザーと降る雨の音がやけに五月蝿い。周囲が少しばかり沈黙しているのだから、当然か。
そんな中で、ありす嬢が手を上げた。

「おじさん、しつもーん」
「ハイ、ありす嬢。どうした?俺のスリーサイズでも聞きたいのか?それとも知能指数か?今なら俺の煩悩の数まで教えてやるぞ?」
「ううん、それはどうでもいい」

わっほーい、子供は残酷だぁね。
いや真面目に聞かれたら逆にどうしよう、と迷うけれど一言の下に両断されるのもちとキツイ。複雑なジジィ心をどうか察して欲しい。
では気を取り直して、聞くとしよう。

「じゃ、ありす嬢。何が聞きたい?」
「あのね?」
「うん?」

























「はげって、だれ?」

――――そう言えば、ありす嬢は知らなんだか。こいつぁ、うっかりうっかり。






第十一話   『ハゲとカツラと説教の巻』






『ハゲってのはな、別名『紫藤・浩一』という陰険眼鏡だ。自身のつるっぱげを隠す為にカツラを瞬間接着剤で貼り付けたりと涙ぐましい努力をしているが、寧ろヘアフォーリーブ21に行けって話だよなと思うんだけど、どうよ?』
『?どういう意味?』
『む、分かりにくかったか?』
『石井、ありすちゃんにお前の異次元思考を理解しろっていうほうが無理だぞ?』
『オイオイ小室坊、俺は正直に話しただけだぞ?というか俺よりぶっ飛んだ思考の奴だって居るぞ?』
『何処に?』
『異世界なら居るんじゃないか?』
『じゃあやっぱり異次元思考だな、お前の考えは』
『あるぇー?割と論破されてね?俺』

そんな会話を経て、最後に『そういうわけだから奴には注意されたし』とだけ伝えて全員散開。
ただ今一人、ベッドの上で思考中。
彼の腐れ教師、ハゲ、下種、識別名称『紫藤・浩一』の来襲に関して色々と考えるところもある。奴の居るバスの車内が、どうなっているのかなどだ。
冴子嬢たちの話では、脱出前には多くの生徒が奴の洗脳下にあったという。さすれば『奴のみ』を仕留めるという策も不可能か。

(周囲の奴らが居ないなら、暗がりで首刎ねて一発なんだが)

少々物騒だとは思うが、奴はそれぐらいしなければ周囲に厄介事を振りまいていく。そういう性分の生命体だ。
何にせよ、不用意に接触すれば何が起こるか分からない。…此方が接触しないよう気をつけても、必ず接触してしまうのだろうが。
宮本嬢とか、スッゲェ剣幕で怒りそうだなぁオイ。
或いは高城邸に集まる近隣住民にも何らかの影響を及ぼす事もあり得る。

「…しょうもねぇ上に面倒臭ぇ…」

嗚呼、だるい。本気でだるい。
一回振り切ったと思ったら、また面倒事を持ってきやがるあのハゲ。
台詞だけは博愛主義者に近いものを持っているから、余計に性質が悪い。引っかかるような奴は簡単に引っかかる。
奴の言葉は、蜜を装った毒とも知らずに。
ぼふりとベッドに身体を預ける。

「さて、どうしますかね」

あのバスに乗っていた生徒は、まず間違いなくハゲの為に動く。あのハゲ、どうにも心の掌握術だけは達者らしい。
携帯電話越しに聞こえた、嬌声や水音を思い出す。

「―――」

無言のままに、瞳を閉じた。
これは単なる推測だが、バスの車内は随分な事になっているのでは無いだろうか。
幾らカリスマがあるとは言え、不満は何れ爆発する。溜まりこんだストレスは、怒りや暴力となって車内に吹き荒れるのは自明の理。

さすれば、解決策は何か。

当然、ストレスの発散。だがゲームも何も無いだろうあの車内で出来る事など高が知れている。
では何をすべきか。
目をゆっくりと見開き、誰に言うでもなく言葉を紡ぐ。

「原始的欲求…つまる話が三大欲求を満たす事。喰うか、寝るか―――エロって話だ。しかして食料の無駄な消費は奴も抑えたい、狭い車内で寝るにもストレスが溜まる…となりゃあ、自ずと行き着く先は生徒同士のくんずほぐれつ、か」

レズにセクハラ何でも御座れと言う事か。
いやはや、エロいねどうも。
妄想を膨らませつつ、少々眼を逸らした事実へと思考を向ける。
…可能性の一つだが、『己に反抗した者を車外へ放り出す』という手段も併用しているかも知れない。これから来るであろうハゲ一味にとって、反抗者は即ち『悪』だ。
ハゲに心酔している生徒たちにとっても敵であるし、ハゲにとっては『己の思い通りに動かない手駒』として邪魔にしかならないものだろう。
明日に直接関係ある事ではないが、以前のメンバーがそのまま残っている、という風に考えるのは少し甘い。何人かは、間違いなく<奴ら>の餌食であろう。
身体を起こし、胡坐を掻く。
やれやれ、と溜息を吐きつつ近場に置いておいた煙管を手に取り、口に咥え吸い込む。ミントの風味が良い感じではあるが。

「…んーむ」

多少は思考がスッキリするものの、依然ハゲ来襲に対する解決の糸口は見えない。寧ろ思考がクリアになった分、果たしてコレは解決策などあるようなものなのだろうかと言う疑問すら出てくる。
カリカリと頭を引っ掻く。
やはり、明日に備えてさっさと寝なさいと各々方を部屋に戻したのは不味かっただろうか。高城嬢などの知恵を借りれば、或いは奴を退ける策も立てられたかも知れん。
…嗚呼、完全に失敗だなコレは。

「俺程度の頭で、防ぐ策も無い事象への解決策なんざ無茶が過ぎ『石井君、まだ起きているか?』…む?冴子嬢か。起きてるがどしたよ?」
「では少々失礼するよ」

突然の声に少々驚く。が、その声が冴子嬢だと頭の中で合致し返事を返せばガチャリ、という音と共に冴子嬢が部屋へと戻ってきた。
夜這いだったら嬉しいけれど、ならば起きているかどうかなぞ聞かないか。
首を傾げつつ、問うた。

「何ぞ用かね?」
「…君が一人で考え込んでいるのでは、と思ってね」

あらやだ怖いこの子、やっぱり読心術でも持ってるんじゃなかろうか。少々の戦慄を覚えている間に、優雅に歩いて来た冴子嬢がベッドの縁に腰掛けた。
…良い匂いがする。
少しばかり顔が熱くなるのを感じる。初心すぎるだろ、俺。

「…何故に分かったし」
「全員が出て行った直後、部屋の奥から唸り声がしてね。声を掛けようかとも思ったのだが…一先ず、風呂に入ってきてからにしたよ」

クスリ、と笑うその姿に更なるトキメキトリスメギストス。何のこっちゃ。
ともあれじっくり観察すれば、確かに少し頬が上気している。髪の毛も少々濡れており、紺色に近い色をより鮮やかに示している。
…ぬ、お肌も何やらしっとり感が素敵。凄く突付きたい。

「衣装が殆ど変わってないってんで気付かんかったな、それは」
「それだけ思考に没頭していたということだろう?…紫藤の事で、考えていたのか?」
「ご明察。冴子嬢には参ったね、どうも」

少し眉根を寄せながら問うてくる冴子嬢に肩を竦める。
悉くこっちの意図を読まれるもんだ、と苦笑すれば「そんなことは無い」と首を左右に振る冴子嬢。

「寧ろ分から無い事のほうが圧倒的に多いさ。悩んでいる時に顔に出易いだけだよ、君は」
「ポーカーフェイスにゃ自信があったんだがねぇ…ま、誤魔化す必要も無い奴にポーカーフェイスしても無意味だが」

カカカッ、と笑う。そう言えば、随分と彼女に気を許したものだ。
此処まで俺の感情を読める人物は、あのメンバーの中では彼女ぐらいしか居ないのでは無かろうか。

(…ま、それもそう、か)

学園の出会いから、今に到るまでを思い出す。
彼女との付き合いは一ヶ月にも満たないが、過ごした日々は濃密すぎて胃もたれ起こすレベルの日々である。

まさか、惚れるとは思わなんだが。

これも一種の吊り橋効果のようなものだろうか、とも思うがそれはそれで良かろう。
恋愛のイロハなど分かったものでは無いが、『惚れた』という事実にその要因は関係なかろう。ただ己が恋をした、という結果があれば十二分。
理由など、二の次である。

「…んむ、何ともこっぱずかしい事考えてるなぁ、俺」
「ん?何がだ?」
「気にするな冴子嬢。こいつぁ、俺の問題でお前さんには――関係が無いわけじゃあないが、基本的に関係の無い事だ。何れ分かる事だし、仮に分からずとも損は無い」
「……逆に気になる言い方だな、それは」
「忘れてくれ、忘れてください、忘れなさいな、土下座してでも忘れてもらう」

『ゴゴゴゴゴゴゴゴ』というオーラを出しつつも涙目で土下座の形態に移行しようとする俺に、慌てた冴子嬢が待ったをかけた。

「ああいや、忘れるから。忘れるからそんな事しなくていい」
「ふむ、そいつぁどうも」

すぐさま真顔に戻り、ベッドに胡坐を掻き直す。

「…やはり、君は読めないよ」

呆れたように溜息を吐きつつ、冴子嬢がそう言う。
その様子を見ていると、自分自身の事であるにも関わらず『俺はどういう思考してるんだろ?』という疑問が浮かび上がってくる。
ふむ、と軽く頷き思考を展開するが―――、

「――――単なる阿呆か」

二秒で解けた。
無意味で無駄な思考ばかりをやらかす阿呆、それが俺では無かろうか。
うむうむ、と一人納得する。
暫くの沈黙が落ちる。やはり時計の音と雨の音だけが静寂の中に響き渡り、時間が過ぎていく。

「…それで、何か策は出たのか?」

沈黙を破ったのは、冴子嬢。しかしてその問いに、首を左右に振るしかない俺。

「出るわきゃねぇっての。そもそも、来る事それ自体を防ぐのならばバスにロケットランチャーとかをぶち込むしか無いさね」
「ならば何故、悩んでいたのだ?」
「阿呆だからな、俺は。無駄でも何とかならんもんか、と一回考えねぇと気が済まんのだ。無理な事は即座に諦めるがね」

首を竦めながらそう言えば、冴子嬢がふむ、と小さく呟き頷いた。
そして、此方を向き問うた。

「…実際には?」
「ぶっちゃけ、あのハゲぶっ殺そうかなと。…けど、暗がりで首を刎ねようにも奴に心酔してる生徒が間違いなく邪魔するだろうな。つまる話、ハゲが持ち込む厄介事を一度真正面から受け止めてからどうにかせんとならんのよ。高城家の検閲を通過した場合」
「…意外と物騒な思考だな。まさか、『殺す』とまで言うとは思わなかったよ」

俺の言葉に、大きく冴子嬢が目を見開いた。
どうにも、予想外の返答であったらしい。…俺ぁ、お前さんの思うほど綺麗な人間じゃないぞ?
そんな奴が恋をしているのだから、笑いものであるが。
カカッ、と軽く笑うもすぐさま顔を引き締める。

「俺、あのハゲ嫌いなのよね。無論『嫌いだからぶっ殺す』なんて餓鬼みたいな事は言わんが、厄介事を運んでくる疫病神の首刎ねる分にゃあ後ろめたさは欠片もねぇさね。…ああいう類の人間は、死ぬまで厄介事を振りまき続ける。普段なら無視しても構わんぐらいのもんだが、この状況だ。小さな災厄が何を招き入れるのやら」

生きている限り、同じような被害者を生み出し続ける。仮に車内の生徒が全員死んだとして、あのハゲは新たな手駒を見つけに行くだろう。
或いは何者かの傘下へと取り入り、内側からじわじわと己の色に染めていくか。
『生徒』という立場の子供には『教師』という立場を利用して一瞬でその人心を掌握できるものの、他の大人に対しては『教師』と言う立場は何の意味も持たない。
故に、心の弱い者を洗脳し、少しずつ己の勢力を拡大させる。
人間とは、基本的に流される変化する生き物なのだ。時代の風潮、何者かの囁き程度で、己の進む道を変えていく。少し囁かれただけでも、心に支柱となるものが無ければ簡単に変わってしまう。
そんなものだ。

「さて」

パン、と一つ膝を叩きベッドから立ち上がる。
俺もそろそろ風呂に浸かり、汗と疲れを流しつつゆっくり眠るとしよう。今日も色々と考えたり動いたりで疲れた疲れた。
ゴキゴキと関節を鳴らしつつ、冴子嬢のほうへと振り返らずに言う。

「俺ぁ風呂に行くから、お前さんも早く寝なさいな」
「…そうか。では、もう少し此処に居ても構わないかな?」

何故に、と思いもしたが、まぁ美人さんが己の部屋に長居してくれるのならば嬉しい事なのだろう、と思い直す。部屋の主である己が居ないのでは、あまり意味は無い気もするが。
何にせよ、断る理由は無い。

「お好きにどうぞと。但し、絶対に夜更かしはするんじゃねぇぞ。疲れを取るのが最上だ」

言いつつ、ドアの前まで歩くが一度ピタリと停止する。
そして、少しだけ冴子嬢のほうに視線を向ける。向こうもそれに気が付いたようで、姿勢を正した。
そう硬くなるな、と苦笑しつつ視線をドアへと戻す。

「明日は、忙しくなるかも知れんでなぁ」
「…ああ。そうかも、知れないな」

冴子嬢の返事に小さく頷き、そのまま部屋を出た。さて、風呂だ風呂。






朝だ。雨は振っているが、朝。

「朝、どんよりとした天気だが良く眠った気分の良い朝だ。でもきっと直ぐに厄介事が舞い込んでくるのよねコレが」
「…言ってる事は間違って無いから反応に困るぞ、石井」
「お前さんは俺に何を期待しているんだ」

一日経って、朝食をいただいたその後の会話である。
小室坊が何か難しい顔で文句を言ってくるが、別段俺は毎回毎回お前さんの言う異次元思考を繰り広げているわけじゃあないぞオイ。
一先ず、食後の一服に薬用煙管。駆け巡るミントの香りと風味で息リフレッシュ。

「んー、美味し」

思わずにんまりと笑みを見せれば、小室坊がジト眼で此方を睨んできた。

「…お前、本当に動じないな」
「何に動じろってのよ小室坊。来るなら来いって、ドンと構えときゃ良いんだよ。どうせ解決策なんぞありゃしねぇんだから」
「……ま、それもそうか」

完全論破である。開き直りと言い換えても良い。
ともあれ、そうそう、と小室坊に返しながら高城邸の中を歩く。何やら本日、高城邸の一室にて高城嬢の現状に対する説明会が行われるとの事。
大半の人物は現状を『殺人病』というウィルスのせいだと思っているようだし、『そりゃあ違うぞ』と主張するのも悪くなかろう。実際のところ、ウィルスなのかもっと別の要因なのか分からんような現状であるからして俺も強くは言えないのだが。
何にせよ、現状がそうそう楽に解決するわきゃ無いと分からせるには、丁度良いかもしれない。

「流石に高城嬢も、大人も居る一般市民相手に上から目線でものは語らんだろ」
「…どうだかなぁ…」

HAHAHA、と笑えば小室坊が溜息を吐いた。何、そう心配せんでも良かろう。
彼女とて、ある程度の常識は弁えていよう。常識が崩壊した世界で、何を言ってやがると思うかも知れないが。

そして、説明会。

「――殺人ウィルスなんて、原因を見極められない政府のこじつけ!!ただのパニック対策よ!!みぃんな大好きな、日本的気遣いってわけ!!」
(そう思っていた時期が、俺にもありましたと)

全力で強気だよこの娘、完全に真っ向からぶつかってるよコレ。そう言えばこの説明会の開催理由は、親父さんの悪口言われたからだっけか。
そう思いつつ、頭を痛める。
説明会が始まって数分程度なわけだが、彼女が開口一番に発した言葉は。

『殺人ウィルスなんて無いわよ。単なる政府のこじつけだから』

これである。当然、現状をウィルスによる異常事態だと思っている彼らとしては戸惑いしか無いだろう。
実際、俺たちも学園では現状を『新手のウィルスによる仕業』だと思っていたわけだし。
それが落ち着ける場所などを得て、つらつらと考えを並べたりしている間に『ウィルスじゃあ説明できない事ばかり』という結論に達したのだ。
…俺としては、未だにウィルスであって欲しいとも思う。特効薬とか作れるし。
しかして無能とは言え政府がそんな事をしないと言う事は、やはりウィルスでは無いと言う事だろうか。改めて考えると、謎は深まるばかりである。
そんな俺の思考を他所に、近隣住民の一人が高城嬢に反論した。

「じゃあ本当に死体が動き回ってるってのか!?馬鹿馬鹿しい…」
「ん?何だあんた等、現状見て無いのか?」
「あ?」

思わず、問い掛けてしまった。
少なくとも頚動脈喰いちぎられた人間が、易々と動き回っている様を見ては『死体ではない生身が動き回っている』と言われるほうが驚愕である。
あからさまに致命傷受けた人間が動いてるさまを見て、そんな発言が出るとは思えないのだが。
それともそんな被害を見る前に彼らは此処に非難したのだろうか。仮にそうであるのならば、高城家の対応がどれだけ迅速であったのかが窺える。

「…何が言いたいのか知らんが、あれは一種の伝染病みたいなもんだよ!」
「そぉよ!!理由も無しに起きる事なんか無いわ!!」

じゃあその伝染病が発生した理由は何なのさ、と問い掛けたくなった。
確かに高城嬢の発言には根拠といえるものは無いだろう。何せ、あくまでも『見て思ったこと』を学生が(最先端医療を学んできた人物も居るが)意見しあって出したに過ぎない結論だ。
高名な学者が「こうだ」と言えば、其方のほうが説得力が強い。
けれど、伝染病ならばその媒介となる『何か』があるはずだ。今の医療技術なら、その研究次第で何とでもなると思うのだがどうよ。

「――それならそれで良いけど!!理由を確かめるのは素人じゃ無理よ!!」
「うむ、ソレを研究する人員、施設、検体があって初めて理由が分かるわけだしなぁ。素人がどうこう言っても確定にゃならんだろうよ。あ、あと時間もか。…ま、それが出来る人物が其方に居れば、文句無いんだがね?…で、どうよ?」
「そ…それは…」

化粧の濃いおばさんが俺の問いに一歩下がった。
何にせよ、現状喰われたら<奴ら>の仲間入りとだけ覚えてりゃ良かろうよ、と最後に付け足す。
どうやら反論も無いようなので、あとは高城嬢に任せよう。
チラリと視線を高城嬢に移すと、意図を察してくれたのかコクリと頷き群集に向き直った。察しの良い娘っ子である。

「…今、そこの馬鹿が言ったけど、奴らに喰われずに生き続ける。それ以上に重要な事は無いわ」
「馬鹿って酷いな。俺ぁまだマシだろ」
「どうしたら良いかは、パパが教えてくれたでしょ?」

親指で俺を指しながら『馬鹿』と評す高城嬢に反論する。
無視された。ガッデム。
高城嬢背を向け、軽くいじけてみるが、そう言えば慰めてくれる奴も居ないので無意味だなと思い直し立ち上がった。

さて、では周囲の反応を見るとしよう。

群集へと視線を向ければ化粧の濃いおばさんが得意げな顔で笑っていた。化粧が濃くてけばいせいか、非常に品の無い面をしている。
うわぁ、顔を思いっきり殴りてぇ。
きっとこの写真貼り付けてパンチング・マシーンやったら余裕で100点とか出るんじゃ無いのかな?と思いつつ、おばさんの言葉を聞く。

「…そ、そうなのよね。結局それが言いたいのね!高校生の癖に銃なんか振り回してると思ったら!!」
「「「…は?」」」

おばさんの言葉に、小室坊、高城嬢、ヒラ坊が三人揃って疑問の声を上げた。

「結ッ局それだけなのよ!!保護するなんて口だけだわ!此処の連中は、我々を暴力で屈服させようとしている!!世界がこんなになって、アジアにも困っている人が無数に居ると言うのに!!」
「…何でアジアが出てくんだか…」

大仰な仕草で周囲へと言葉を放つおばさんに、高城嬢がげんなりした面で言った。
だよなぁ、と無言のままに高城嬢へと同意する。どっちかと言えば発展途上国とか引き合いに出しゃあある程度納得できたんだが。
基本喰うものにも困るような情勢だし。
ともあれ、俺や高城嬢(恐らく小室坊やヒラ坊もだが)の呆れ果てた様子を無視して、おばさんが言葉を続けた。

「皆さん!!聞いてください!!我々に殺人者になれと言っている…いいえ!!強制しているのは、殺人を肯定するあの男の娘なのです!!」

ご高説垂れるおばさんに、小室坊が一歩前に出て問うた。

「…あのぉ、一体何の話をしてるんです?」
「子供が口を挟む事じゃない!!」
「ッ!?…子供って…」

けれど小室坊の質問に対して返ってきたのは、罵声であった。
ピキッ、と。
額に軽く青筋が立つのを感じた。
前にも『大人の仕事』だと言われて手伝いをやんわりと拒否された事はあったが、それはまだ『荷物を運ぶ』という仕事であったから「それならそれで構わんか」、と思い無視したのだ。
けれど、今の話に子供も大人も関係があったようには思えない。
故に、思う。

(うわぁ…こいつ等、面倒臭ぇ…)

思わずげんなり。この手の人間は、ハゲと別の意味で面倒臭い。
分かり易く言えば、中身が伴わない言葉を吐く。
一方的に思想の違う他者を否定し、己の思想やら何やらを掲げるが結局それを通すための具体案を持ち合わせていない類の人間。

否定はすれど代案無しとか、滑稽にも程があるだろ。

ディベートやら議会やらの話し合いというのは、他者の意見を否定しても、それを否定する正当な理由を掲げるが故に『意見の練りこみ』が生じ、結果的に双方の納得のいく結論が生まれる。例外もあるが、大抵行き着く先は妥協、或いは折衷だ。
通す意味、方法があってこその思想や意見だろうに。
<奴ら>を殺す以外に現状を切り抜ける方法があるのなら、教えて欲しいものである。
そんな俺の怒りにも気づかず、ババァが言葉を続けた。

「―――此処からは大人が決める事よ!!搾取階級の豚どもよ!!暴力に頼った高校生では無く!!平和を愛する大人がねぇ!!」

―――――――――――――――――――――ふむ。

「がぼっ!?」
「おぉ――――」

何やらしわくちゃの醜い顔で叫んだババァが、横っ飛びに吹っ飛んで顔面から床へと落っこちた。
一瞬、ババァの言葉に湧き上がりそうになった周囲が、途端に静かになった。
何故かって?
分かり易く言おう。






















「平和…平和ねぇ…」























我慢できずにプッツンしたよ、俺。思わず手が出た。
いやぁ、流石に無理だわ。好き放題勝手放題に発言されてちゃ仏の顔は三度すら無いって話よ。クカカ、と笑みを洩らして群衆を見た。
腕を上げた状態で固まっていた群集から、血の気が引いていく。

「…まず聞こう。暴力を否定するなら、それで構わんよ。なら、お前さんらの言う平和は、どんなものであるかを提示しろ」
「そっ!それは暴力を振るわず会話で!!」
「人と見れば有無を言わさず襲い来る<奴ら>に、言葉を持って立ち向かうと?…勇敢な事だねぇ。俺にゃあ到底真似も出来そうにねぇわ」

そう返すと、言葉を放った男性が二言三言何かを呟いたが、程なくして俯いた。
クカカカカ、と更に笑いを大きくすれば部屋の中に笑いが木霊する。クカッ、と短く笑いを切り上げ、言い放つ。

「…じゃあ、どうぞご勝手に。とっとと<奴ら>のとこに白旗上げて突っ込んでこいよクソ蟲どもが。出来るんだろ?平和主義だろ?暴力振るうしかねぇ高校生とは違うんだろ?さぁ行けよ。止めやしねぇから。会話で解決するんなら、俺ぁあんた等の言う事を何でも聞いてやろう。死ねと言えば死ぬし、金を寄越せと言えばどんな事をしてでも調達してくれてやる。…さぁ、行けよ。行って来いよ平和を愛す大人ども」

クカカカカ、と挑発の意を込めて煽るが、

「…え…」
「…あ、いや…」
「………」

動かない。民衆は、動かない。
平和とは何なのか。掲げただけで、その意味を知らない。
確かに学生は、暴力を振るうだけで、己の身を護るのに精一杯だ。それは認めよう。
だが何だ、お前さんらのその姿は。その学生に一喝されただけで黙りこくって、己の掲げたものの意味も分からず言葉を吐いたと?
…情け無い。これなら天然だが鞠川先生のほうが万倍マシだ。
あの人は天然だが、芯はしっかりしている。現実を見て、出来る限りの判断をしている。

「―――――――――――――平和掲げるってんなら、その意味と方法を提示しろ。現状でそれがどういう役割を果たすのか、どうやって平和を成すのかを提示しろ。否定されたら言い返せ。それすらできねぇようなクソ蟲どもが大人を名乗ってんじゃねぇよ」

睨みつけながら言葉を吐くも、やはり群集は動かず。
その情け無い姿を見て落胆し、大きな舌打ちと共に続けて言葉を吐いた。

「…餓鬼が口を挟むなと言うのなら、餓鬼に論破されてんじゃねぇよ。平和を良しとする精神は認める、けれどそれを今、実行できないなら次善の策を捻り出せ。知能の低い動物じゃあるまいし、思考の停滞なんぞつまらん事をしてんじゃねぇよ」

其処で言葉を切り、溜息を一つ。やはり反論の一つも出ない彼らに、嫌気がさした。
―――言いたい事は、全て言った。
沈黙を続ける群衆に背を向けて、一室から外に出る。傘など無く、降りしきる雨が全身へと降りかかり衣服を濡らす。
上を見れば、やはりどんよりとした空。けれど今は、その雨がありがたいと思う。

熱された頭が、冷えていく。

パシャパシャと水を弾いて近づいてくる足音は、きっと小室坊たちのものだろう。
其方へと振り向きつつ、




















「石―――うおわぁ!?顔汚ぇ!?」
「ゴムロヴォォォォォ…俺、俺…駄目人間だぁぁぁ…」

泣いた。もう、みっともないぐらいに泣いた。

「…えっと、どうしたの?同士・石井」
「同士じゃねぇ…ズビッ…だってお前さんよぉぉ…俺、どんだけ似合わねぇ事してんだよぉぉぉ…てか、俺ぁ他人にとやかく言える立場じゃねぇだろうがよぉぉぉ……説教とか、お前さん俺が喰らうべきものだろうがよぉぉぉぉ…」

ぶっちゃけ、知ったかぶりが大きすぎるだろ俺。
あれじゃ殆ど威圧で異論封殺した上で言葉を掛けてるようなもんであって、決して話し合いというスタイルではない。
明らかに矛盾している行動と言動。
嗚呼、慣れない事するからこんな風になるんだよチクショウめ。やっぱ俺、そこ等辺でゴロゴロしとけば良かったんじゃなかろうか。

「…ええと、つまり石井は『自分に似合わない事をしたから泣いている』…って事で良いのか?」
「…其処に『無様で滑稽な』を付け足しても良い。寧ろ『死ねよ屑』と罵ってくれ」
「そ、そこまでの事かなぁ…?」

ヒラ坊がそう言って苦笑するが、その隣の高城嬢が言う。

「…私も、パパの悪口言ってたから相手してやったけど、アンタはまぁ、自分で停めたりしてた暴力を振るって周囲黙らせたんだから無様ね。普段は『仲良く行こう』とか何とか言ってる癖に、最終的には暴力で解決したんだから」

素晴らしい追い討ちありがとう。鬱状態が加速したわ。

「ですよねぇぇぇぇ…悪い、俺首吊ってくるわ」
「うちの庭先でやらないでよ!!」
「じゃあ切腹する!!あれだ、高城父呼べ!!介錯頼むから!!冴子嬢でも良いぞ?!」

ほらあそこの一本松とか素敵じゃないか!?と指差せば、だからうちの庭先でそんな事するんじゃないわよ!!と返される。
ギャーギャーワーワーと高城嬢と二人騒ぎ立てていれば、何時の間にやら屋根のあるところに着いた。そんな時、不意に小室坊が言った。

「…そう言えば、石井も言ってたけどあいつ等今までの惨状を見てこなかったのか?」
「眼を閉じていたんでしょ!?」

高城嬢がご立腹、と言った顔と声でそう言った。
あ、痛い、脛蹴らないで、俺が悪かったから脛蹴らないで。執拗なローキックやめて。

「…でも、ちょっと分かりますよ、連中の気持ち」
「ッ!!」
「ほぐあぁぁ!?」

ヒラ坊が呟いた言葉に反応したのだろう、高城嬢が俺に物理的な怒りを全力でぶつけてきた。ヤッベ、脛が、脛がぁぁぁぁぁぁ!!
砂が付かないように配慮しつつ片足上げて跳ね回る。その間に、ヒラ坊と高城嬢の会話が始まった。

「私に喧嘩売る気でも!?このデブチン!!」
「あぁぇあぃあや…そ、そうじゃなくて…」

高城嬢の剣幕に押されたヒラ坊が、しかし暗い表情を見せた。…ぐおぉぉ、後を引く痛みだぞコレ…。

「…人間て、見たくは無いものを見ないでいようとするんです…」
「ぬぅぅぅ…ま、まぁそうだわな…お前さんらが基本現実見てたから忘れてたわ……」

痛みを堪えながら、ヒラ坊の言葉に同意する。普通、見たく無いもんを態々見る奴ぁ居ない。
現実を見据え、何だかんだ言いながらも前進しているうちのメンバーが異常なのであって、本来ならばあんなもんではなかろうか。
そう考えれば、益々言い過ぎたんじゃ無いかと後悔する。が、それでも痛みのほうが意識を割く割合が強い。
ピョンピョンと飛び跳ねる俺に、小室坊が心配の言葉をかけた。

「…石井、大丈夫か?」
「急所直撃よりはまだマシだ…」
「ま、まぁ、そりゃそうだろうが…」

そんな会話を他所に、ヒラ坊の言葉は続く。

「誰も自分を否定されたくない…だから、ほとんどの人は何かが起こっていると分かっていても…何もしないんです…」
「でも、何かが変わってしまった事を認めざるおえないじゃない、今は」
「ええ…でも、そういうとき、一番初めに出てくる反応は…現状を、元に戻そうとします。どんなことでも、どんなに、上手くいかない事が最初から分かっていてさえ…何故かって言えば」

高城嬢の反応に、ヒラ坊が更に返し言葉を続けようとした時、それを遮るものがあった。
高城嬢だ。

「…変化を認めなければ、自らの過ちや愚かさを認めずに済むから」
「そ、そうです!…ぼ、僕はあの…学校とかで色々あった時に考えて…そう分かりました…」

高城嬢の言葉に強い同調を見せたヒラ坊だが、次第に言葉が尻すぼみになっていく。そんなヒラ坊の顔の近くに、高城嬢が自ら顔を近づけた。
…これはヒラ坊にフラグが立ったか!?

「ふーん、ちょっと見直したわ、アンタの事」
「…そっかぁ…」
「?…何?」

眼を細めながらからかう様に発した高城嬢の言葉に答えたのは、しかして小室坊であった。勉強になったよ、という小室坊を、全員がきょとんとした目で見つめた。
そして、軽くヒラ坊が笑う。同じく、高城嬢も笑う。
俺?ぶり返した痛みのせいでそんな余裕無いでごわす。

「…ぉ、何だよ」
「――そういうところかな?」
「何がだよ…恥ずかしいけど、素直に認めてるんだぜ?」

顔を軽く赤くして言う小室坊を他所に、高城嬢とヒラ坊が顔をあわせて笑っている。
あー、そろそろ痛み引いてきた。

「ね?そうだと思わない?」
「そうかも!確かにそうですね!」
「…だから、何がだよ」

少し仏頂面をしつつ問うてくる小室坊の言葉に答えたのは、俺。

「そりゃあお前、あれだよ」

おー、いてぇと言いながら姿勢を正し小室坊を見据え言った。

「だからお前さんは、俺たちのリーダーで皆のヒーローだっつぅ事さね」
「…はぁ?」

疑問符を頭に浮かべている小室坊を見てカカッと笑う。
背後を向けば、二人も同意見のようで、同じく笑顔であった。
どうにも本人は理解していないようだが、そんな小室坊だからこそ一同のリーダーを任せられると言う事だ。
未だ分からないという表情の小室坊に、少し表情を柔らかくして、声を掛けた。

「――――頼むぞ、リーダー。変質しても尚消えない、その気持ちを、何時までも持っていてくれ」







「とか何とか言ってやれば、エロスに走るから困ったもんだ」

宮本嬢が、小室坊の部屋に入るところをみーちゃったーみーちゃったー、脳内フォルダに収めよう。
小室坊と宮本嬢が、一つの部屋に二人きり。
つまりこれはあれですな?レッツエロスの匂いがする。
これはもう…、

「…若い二人に任せまチクショウもげろ」

本音が漏れた。いかんいかん。
ともあれ仮に突然エロヴォイスが漏れ出したら妄想で俺の股間がマッハ。てなわけで、スッタカターと部屋の前から立ち去る。
そんでもって自室にドーン。何故か鍵が開いていたが気にしない。

「いやっふぅ。ふかふかベッドにダイブイ…あら?」

衣服を脱ぎ捨てル○ンダイブでも決めようかな、と思っていたところでベッドの上で寝そべる何者かを視界に収めた。急停止して、跳躍をやめる。
…青い着物、深い紺色の長い髪の毛。

見まごう事なき我が初恋の君、冴子嬢であった。

向こうも驚いた顔だが、此方も驚きしか出てこないという話。
暫しの沈黙の後、居住まいを正して言葉を発したのは冴子嬢であったが、

「…あ…お、お邪魔させて貰ってい「部屋間違えたか。じゃ」」

彼女が言葉を言い切る前に、部屋の外に出た。
バタン、とドアを閉める。
おっかしいなぁ…此処だったはずなんだが、何故か冴子嬢が居るぞ?あっるぇー?此処、俺の部屋だよな、確か。
…じゃあアレは幻覚か?俺の冴子嬢への恋心が見せた幻影?
若き滾りはついぞ妄想を三次元で再生するほどに到ったというわけか―――ッ!!

「いや人間としてどうなのよソレ」
「何がだ?」
「おうわぁ!?」

ガチャリ、と当然の如く部屋の中から出てきた冴子嬢に驚き飛びのく。
…うんむ、ちょいと予想外。
ドックンドックン心臓が高鳴っている。まさか俺の部屋に冴子嬢が無断で入ってるとは思わなんだ。
心臓に手を当てながら荒い呼吸を続けている俺に少々の後ろめたさでも感じたのか、冴子嬢が憂いの顔を見せる。
超似合うんだけど、どうしようコレ。どんぴしゃストライクゾーン。
でも笑っていて欲しいジレンマ。

「あ、いや、すまない…驚かせてしまったか?」

どっちかと言えば嬉しかったですけども何か。驚いたといえば驚いたが、寧ろ先ほどまでのババァの面を忘れられるほど美しいのでプラマイゼロ。
美人てホント得で御座るよなーと思いつつ、少し気になった事があったので問う。

「驚いたが謝るほどじゃないさね。…それより、その刀は?」
「…高城さんの、お父上から頂いたものだ」

その手に持っていた日本刀について問えば、そう答えが返ってきた。
…ふむ、あのラストサムライなオーラを纏う高城父から頂いた代物であるならばさぞ名高い刀であるのだろう。
或いは、認知度こそ低いものの素晴らしい業物か。何にせよ普通の日本刀であるとは思えない。
…ま、そんな考察は置いておくとしよう。

「…取り合えず部屋の中に入らせてくれ。其処に居られちゃ入れんよ」
「あ、す、すまない。失念していた…」
「だから謝らなくて良いっての」

苦笑しながら彼女を緩やかにどけて、部屋の中へと入り込む。
それにしても冴子嬢、何時に無く弱気と言うか、おしとやかと言うか。
妙に弱弱しい姿である。
あれか?此処は俺の秘蔵の一発ギャグで…元気付けすぎて斬殺ENDは勘弁してもらいたい。散るならせめて告白してから散り逝きたい。
よし、普通に行こう、普通に。
とてとてと部屋の中に入り、ベッドに腰掛ける。が、其処ではたと気付く。

「…あ、冴子嬢がベッドに座るか?それとも椅子のほうが良いかね?」

ふかふかベッドに座り込むのは良いが、冴子嬢とて選択の権利はある。一方的に椅子を押し付ける、というのも気が引ける。
なので、問い掛ければ苦笑が返ってきた。

「フフッ…そんな気遣いは無用だよ」
「気遣いなんて上等なもんじゃ無いんだがねぇ」
「…では、此処に座らせて貰おう」

ギシリ、と音を立てて座ったのは俺の隣。昨夜も思ったのだが、もう少し俺との距離感を考えてくれるとドギマギせずに済むのだが。
そう考えたあたりで、『昨夜』という単語から思わず周囲の匂いを嗅いでしまう。
…むぅ、昨夜よりも良い匂いがするのだけれど何だコレ。恋と言うのは嗅覚すらもマトモに機能させなくなるのか。
恋の病、恐るべし。
それは置いておくとして、

「…それで、何ぞ用でもあるのかね?」

コテン、と首を傾げつつ問えば、少々言い辛そうにしつつも冴子嬢が言葉を発した。

「ん…実はだな、その…少し、弱音を吐きたくなってな」
「――――――――ふむ、良し。全力で吐き出せ」
「…ありが…い、石井君!?は、鼻血が出ているが大丈夫か!?外傷も何も無い状況での出血は非常に危険だと…」
「大丈夫だ。ちょっと興奮しただけだから」

冴子嬢から顔を逸らしつつ、そう返す。
…ヤッベェ、何あの可愛い生物もう全力で良い子良い子したくなったんだけど。これが世間一般でいうギャップ萌えという奴か。
普段、穏やかでクールな女子の見せる弱い部分…あ、ヤバイ追加で出そう。
何かこう、少し顔をこっちから背けてね?言い辛そうにね?

『…少し、弱音を吐きたくなってな』

だよ?
もう何だ、あれだ、人生最高。俺、あの顔見ただけで二回目の生を得た甲斐があったわ。
初恋によって漲るジジィソウルが最高潮だぞオイ。
ストップ高、ストップ高よコレ。もう脳内フォルダに完全保存したぞ。
たぶん頭部にどれだけの攻撃を受けてもあの姿だけは絶対に忘れないと言う自身があるぞ俺は。今なら高城父も素手で倒せるわ俺。
真剣白刃取りとか出来るぞ今の俺は。
阿修羅越え、阿修羅越え来たコレ。寧ろ千手観音みたいな。
ああもう何だろう、あれだ、コピペ。
あの『くんかくんかうわぁぁぁぁ』みたいな状況?ヘブン状態?
テンション上がりっぱなしで何言っていいのかわっかんねぇやッハッハー!!
とりあえず叫ぼう。

「イィィィィヤッホォォォォォォォウ!!」
「石井君!?ほ、本当に大丈夫か!?」

ハイテンションな俺を心配してか、冴子嬢がオロオロした顔で俺の手を握ってくる。…ああ、ヤバイなコレ、初恋の人に手ぇ握られてるよ俺!?
というかそのオロオロした表情もまた可愛いので脳内フォルダに永久保存。
…え、こっからどうすんの?マニュアルは?ねぇマニュアルは!?
取り合えず衝動の赴くままに下ネタ抜いて喋ろう。うん、ソレがいい。
沈黙は気まずい雰囲気を作り出す第一の要素だ、普通に喋るのが最高だが一先ず今は喧しくとも沈黙をしないほうが良い。
なので、喋る。

「そんな他人行儀な呼び方すんなってもー、君付けとかいらねぇから。ほら、『石井!!』とか言ってみなさいな!!俺ぁ『女王様』とか呼ぶから!!あと無茶苦茶な注文つけると『旦那様』とか呼ばれた日には嬉しくて嬉しくて―――」

テンションのままに喋り続ける俺に対し、一瞬戸惑ったような顔をしつつも、彼女は言葉を発した。

「え、ええと、それじゃあ―――様」
「――――へ?」

気の抜けた声が出た。
何かすっごい顔赤くしてそっぽ向いてああもう何コレ可愛い抱きしめて宜しいでしょうか駄目ですか駄目ですねチクショウ嫁にしてぇ。
取り合えず、あれだ。

「…わんもあぷるぃぃず」
「…石井」

そっぽを向きつつ、彼女はそう言った。
しかし、

「ノン!!絶対違った!!絶対違ったよ冴子嬢!!言ってくれ!!言わないと土下座するぞ!?言ってくれても土下座するがな!!だからワンモアプリーズ!!アンコール!!アンコール!!あの言葉をもう一度ッ!!ハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハリーハァァルイィィィィィ!!」

ビガゴン!!と眼光を光らせる勢いで叫ぶ。部屋が防音加工してあるのが幸いだった。
外に漏れたら俺、悶えに悶えてぶっ倒れるところだったぞ?
けれど、此処ばかりは彼女にも恥ずかしいようで俺を指差しながら叫んだ。

「い、いや!!さっきのは気の迷いだ!!決して故意に呼んだわけでは無いぞ?!あくまで君の勢いに押されて言ってしまっただけだ!!」
「なら気の迷いをッ!!もう一回だけ!!もう一回だけで良いから!!」

このとーりッ!!と手を合わせて嘆願する。今を逃せばきっと次は無い。
例えフラグが折れたとしても、俺はこの時の姿を糧に前を向いて生きていけると思うから。だから、と願いを込めて手を合わせ続ける。
そうしていれば、頭上から「あ」とか「う」とかの呻き声が聞こえ、最後に溜息が聞こえた。
思わず、顔を上げる。

「…うう、何故こんな事に……じゃ、じゃあ…もう一回だけだぞ?それ以上は絶ッッッッ対にやらないからな!?」

顔を赤らめながら宣言した冴子嬢に、全力で首を縦にブンブカ振りまくる。もうキツツキも画やと言う勢いである。
こほん、と小さく咳払いをした冴子嬢が、少しだけそっぽを向き、小さな声で言った。






















「―――――――――――旦那、様――――――」
























――――――――うん、あれだ。

「我が生涯に一片のぉ悔い無しッッッ!!」
「い、石井ぃぃぃぃぃぃぃ!?」

ギャボラァ!!とあまりの萌ゑ力に血を吐き出しつつも天に拳を掲げ仁王立ちする俺に、冴子嬢が焦りながらも声を掛けてきた。
…おっとっと、どうやら意識が何処かに飛んでいたらしい。意識をしっかりと持ち直し、気を引き締め顔を引き締め、

「―――で、要件を聞くとしようかね?」

全力でティッシュを鼻に詰め込みつつ、そう言う。
決まらないとか言うんじゃないぞ、俺だって分かってるんだから。

「…君は、相変わらずおかしな人だよ…本当に相談して良いのか不安になってきた…」
「いや大丈夫だ。俺ぁあれだよ?人の話を聞くのは超上手いと言われたご意見番だよ?恋愛なぞした事も無いのに恋愛の相談を持ちかけられて右往左往していたら当然の如くくっ付いた中学時代の奴らが憎いぃぃぃぃぃ!!…スマン、ちょっとテンション上がった」
「…やはり別の者に…」
「大丈夫!!大丈夫だから!!頼むから引かないでー!!」

部屋から出て行こうとする冴子嬢を泣きながら引きとめ、話を聞くことにした。
曰く、高城嬢を護ってくれないかと高城父から件の日本刀――小銃兼正・村田刀――を託された。
曰く、小室坊が非常時に頼りないと断ぜられたから自分にお株が回ってきた。
との事だ。
…しかし、分からんな。

「何処に弱音を吐く要素があるのさね?寧ろ、冴子嬢が一番頼りになると見抜いた高城父の慧眼に敬服するぞ俺は」
「…その選出理由の半分以上は、父の名声故だがな」

そう言いつつ、下を向く冴子嬢。大方、本当に護り切れるのかとかゴチャゴチャ考えてるんだろう。
とりあえず、アレだ。
煙管を咥えつつ、冴子嬢に語りかける。

「…そんなに護り切れるのか心配なら、皆で頑張りゃ良いんだよ、皆でな。思い悩むこたぁ無ぇさ。何のためのチームだ?…手ぇ取り合って、一緒に前進むためのチームだろうに。それに高城嬢とて自衛の手段を心得ていないわけじゃあるまい?」

そう問い掛ければ、やや間を置いて、しかし確かに冴子嬢がコクリと頷いた。

「…それも、そうか」
「そうさね。足りんところを補い合ってこそ、チームだ。高城嬢護るにしても、小室坊が頼りないにしても、そういうもんは俺たちが補えばいい。知恵も文明の利器もある人間が群れるのは、そういう理由があるからじゃないかねぇ?」

いやまぁ、チームって思ってるの俺だけとか言う寂しい状況が無きにしもあらずだけどさ、と付け足す。まさか俺だけ仲間はずれって事は無いよな?…無いよね!?
そんな風に焦りを覚えていれば、隣でプッと噴出した冴子嬢が、目元に溜まった涙を拭っている。何か随分とツボに入ったらしい。

「…笑うなよ。いや、笑顔は嬉しいけどさ」
「フフッ…すまない。絶対に杞憂だと言い切れる事を口にしたものだから、ついな」

然様で、とそっぽを向いて返せばまた笑われる。…何だよぅ、俺が何かしたかよぅ。
むむむ?と呻いても答えは出ない。完全に積みだよコレ。

「…では、私の頼まれた事に、チームの仲間である君は力を貸してくれるかな?」

ふんわりとした笑顔を浮かべているが…うむ、その台詞が気に喰わない。
手刀を、その額に振り下ろす。

「チェストゥ!!」
「いたっ!?…何をする!!」
「何をするじゃねぇってのよ戯け。何か?お前さんは頼まれなきゃ高城嬢を護らんのか?」

額に青筋を浮かべつつそう問えば、

「そんなわけがあるか!!そこまで良識を捨てたつもりは無い!!」

凄まじい剣幕で、彼女はそう言った。
うむ、そうだ。それでこそ『仲間』ってぇもんだ。二カッ、と笑みを洩らす。

「おう、それで良い。仲間ってのは、そういうもんだ。頼まれずとも、護るもんだ。誰かが誰かを護るだけなら、そりゃあ護衛と主人の関係。仲間ってのは、礼とか依頼とか抜きに、護り護られる関係だ。…それが、チームメイト、仲間ってもんだ」

依頼されたから護る、では無い。
便利だから護る、でも無い。
ソイツが『仲間』だから護る。それがあるべき『チーム』や『集団』の姿では無いか、と俺は思う。
世の中、トカゲの尻尾きりとかもあるけどさ。
其処まで言って、苦笑する。

「…なぁんて、偉そうな事言ったが、ようは『皆一緒に行こう』って事よ。足並みそろえて一歩一歩、前進みゃあいいさ…ってか俺、凄く恥ずかしい事言ってない?似合わない事バリバリ口に出してない?ねぇどうなのそのへん」
「…説教は自分らしくない、と言っておきながら、意外と頻繁にやってないか?君は」
「記憶に御座いません」

顔を背ける。…いかん、最近こんなんばっかだ。
何考えてんだろうなぁ俺。
そして彼女に返す二の句を考えたが…どうにも気恥ずかしい。なので、そのままそっぽを向きつつ言う。

「…その、何だ。前にさ、言っただろ?俺に頼れって。弱音吐きにきてくれる時点で頼ってくれてるとは思うんだが、な?…ん、あれだ、こう…もっともっと頼れ。苦労も悩みも全部乗っけるぐらいに頼れ。お前さんの重荷は、俺も背負ってやる」

…あー、チクショウ、恥ずかしいなぁもう。今、顔真っ赤だろ俺。
そんな俺を、クスクスと笑う冴子嬢。んむむむむむ…このままじゃあ、『逆に情け無い』みたいな評価受けたりしないかね?
構ってちゃんみたいな感じで。そう推測するが、違っていてほしい。
何時までもクスクスと笑い続ける彼女に、視線を戻した。

「…あんまり笑うなよぅ…」
「……フフッ。いや、すまないね。…君の性格が、最近良く分かってきた」
「あら、何ぞ?」

冴子嬢が呟いた言葉に反応して見れば、ふふんと得意げな顔で冴子嬢が笑った。おおう、何ぞ素敵な顔してるじゃないのよ。
思わず戦慄しちまうじゃないの、と一歩引けば、俺を指差し冴子嬢が言った。

「阿呆だ」

イエス、ビンゴ、その通り。前にも言ったような気もするが、正しくそれだ。


「ご名答。石井君人形を与えたいところだけど、無いので俺がボッシュート。さぁ、刀の試し切り以外で何なりと使うが良い!!」

何と無くさっきまでの気恥ずかしさを隠すためにテンション高くバッ!!と両腕を広げてみれば、

「――――では、君の力を確かめさせてくれないか?」

瞳に少しだけ妖しい光を灯しながら、冴子嬢が言った。
何かエロい雰囲気だけど、何コレトラップ?ハニートラップの一種なのコレ?
いやいやいや、変なほうに考えるな俺。あれだ、アダルティックラヴじゃなくてプラトニックマッスルで考えるんだ。

「…何?力試し?腕相撲?チャンバラ?壮絶なノーガード殴り合い宇宙!?拳と拳で語り合えば君の力と信頼度が分かるとかそういう事!?」

ヒイイィィ、と自分自身の挙げた例に恐れ戦けば、クスクスと笑う冴子嬢。今回ホント笑われてばっかだな、俺。
一通り笑い終えた冴子嬢が未だ目を弓形にしつつ、少し頬を赤くして此方を向いた。

「そういう意味ではないよ。…まぁ、分からないのなら仕方が無い、此処は逆に私の力を試すとしよう。…動くなよ?それと眼を瞑れ」
「…う、うむ」

ドンと来い、と手を広げながらの仁王立ち。もちろん、眼は瞑ったままだ。
…というか俺、何でこんな玩具にされているんだろう。俺の発言のせいか。
ともあれ、ドキドキしつつ殴られるのか蹴られるのか手刀ぶち込まれるのかとその時を待つが、中々にその時は来ない。
いい加減、眼を開けようとしたその時。

ふにょん、と。

何か、柔らかいものが腹部に当たった。
…え?何コレ?マシュマロ?いやいやマシュマロってこんな面積大きかったっけ?というかマシュマロって何だっけ?
思考が停止し、沈黙が落ちる。というか、身体が何か締め付けられてるんですけど何なのコレ。眼を開けることも忘れ、そのまま停止していれば己の胸部辺りから声がした。

「…ふむ、意外と背丈があるのだな君は。それに身体も随分がっしりしているし…ん、少々汗臭いか?それはそれで悪く無いと思うが……んんっ……」

―――――――――――――――――――――――ゑ?

















あの後、気が付いたらリビングに居た。何があったのだろうか、と思うがあの事象は鮮明に思い出せる。
抱きつかれていたのだろう、感触から考えて。
しかして、本当にそうなのか。俺の妄想とかじゃないのだろうか。
暫くの間リビングの天井を見上げつつ、ポツリと己の言葉を洩らした。

「………夢か?夢なのか?夢なんですか?」
「どうしたんだよ石井。天井なんか向いて」

何やら色々と武装した小室坊が、訝しげな顔で声を掛けてきた。
…そうだ、小室坊に頼めば良いんじゃなかろうか。

「…なぁ、小室坊。俺の事をぶん殴れ。思いっきり頬を引っ叩いても構わん」
「――――――――じゃ遠慮なく。今までの恨みッ!!」
「へなっぷぁ!!」

一瞬の躊躇すら無く、また後ろめたさも無い表情で、小室坊が腕を振るった。
バチコーンと素晴らしい音を立てつつ、俺の頬が引っ叩かれた。凄く痛い、凄く痛いけれど、それが今を現実だと認識されてくれる。
…オイ、オイオイ、オイオイオイ、オイオイオイオイ、オイオイオイオイオイ!!
マジか、マジだな、マジなんですね?

「―――ッシャオラァァァァァァァァァ!!昇竜拳!!しょーりゅーけん!!ひゃっほぉぉぉう!!うだらっしゃおららぁぁ!!」

リビングを縦横無尽に駆け回る。意味不明の奇声を上げつつ周辺を飛びまわり、宙返りや側転、ブレイクダンスなどを披露しつつ喜びと興奮を露にする。
同じくリビングに居たらしい宮本嬢が、ビクリと震え小室坊に抱きついた。普段ならばもげろと言うところだが、今はそんな場合では無い。

「うおっ!?ど、どうした石井!?何か変なトコぶつけたのか!?」
「違ぇよバッカお前さん、今の俺は幸せの絶頂期と言うかもう何と言うかヒャッホォウ!!野望に一歩前進したって事さね!!」
「…な、何がだ?全く分からないんだけど、お前の発言」
「異次元思考と思っとけ!!但し今の俺の脳内はお花畑だぞ!?もう桃源郷なんか眼じゃねぇぜってぐらい花やら蝶やらが舞ってるからな!?イヤッハァァァァァァァ!!本日は何だってやれるってぇ話だオラァァァ!!」

ついぞゴロンゴロンと高速で回転しつつ、リビングを端から端まで転げまわった。
が、

「おうぶらっはぁ!!?」
「…石井、大丈夫か?」
「…な、何とか…やっぱりはしゃぎ過ぎちゃあいけねぇよな…」

思いっきり、柱に腰をぶつけた。凄く痛い。
ビクンビクンと痙攣する俺を、小室坊が心配して覗き込んでくる。大丈夫だ、と返しつつも痛みに呻き腰を擦る。
涙目の視線を、周囲に向け思う。

(…ふんむ)

小室坊と宮本嬢を見れば、スプリングフィールドM1A1スーパーマッチなどの武器やナップザックを背負っている。重武装だし、何ぞあるのかね?
うごあぁぁぁぁ…と呻きつつも立ち上がり、小室坊に問い掛けた。
腰がマジ痛い。

「…な、何ぞやるのかね?そんな装備で…」
「ん?あ、ああ。そう言えばお前には言ってなかったか…親を、見つけてくる」

拳を握り、そう言った小室坊に対して、少々眉根を寄せて聞いた。それは時間的に間に合うような行動なのであろうか?

「危険だぞ?明後日だかに出発するんだぞ?」
「…それでもだよ。親の安否を、確かめたいんだ。…出発の時に戻らなかったら、親と一緒に居るって決めたと思ってくれれば良い」

その瞳の奥に宿る、強い意志に少しばかり見惚れる。
本当にヒーローでリーダーやってるもんだ、と少々笑みが零れる。まだまだ未熟と思いきや、何、この意思の強さがあるのなら、少しフォローしてやれば良い。
そうすれば、きっと大丈夫だ。

「…置いてかれるのは、覚悟の上ってかい?勇ましいねぇ、流石はヒーロー」
「茶化すなよ」

茶化してなぞおらんさ、と言いつつ、ポンと肩を叩き幸運を祈る。まぁ、きっと何とかしてみせるだろう、小室坊ならば。
嫁も居るし。
んじゃ頑張れよーと言葉を残しさよならしようとしたところで、

「待て」
「ぐぇッ!?」

襟首を、思いっきり誰かにつかまれた。
声は、聞き覚えが有りすぎる。
視線を恐る恐る其方へと向けてみれば、紺色の髪が視界に踊る。…うむ、紛うことなく、

「冴子さん!?」

毒島・冴子、その人であった。
その彼女ではあるが、俺を更に自分のほうへと引き寄せ、首を絞めるように手を回してくるのだが…胸が…背中に胸が!!これはあれか!?巷で噂の『当ててんのよスタイル』という奴か!?まさか、己がそんな状況を味わうとは思いも寄らなかった――――ッ!!
部屋に続きし至福を感じつつ、ヘヴン状態に陥っていれば、

「小室君。私『達』も連れて行ってくれないか?」
「え?」

小室坊に向けて冴子嬢が放った言葉に、宮本嬢が戸惑いの声を上げた。
だが、どっちかと言うと俺がそれを言いたい。

「…ゑ?俺も?ねぇ、俺も!?」
「当然ではないか。君は間違いなく戦力になる」
「いやいやいやいや!!俺ぁあれですよ!?親父もお袋も既に天国でウッヒャホウと踊ったり酒飲んだりしてると思われる身の上ですよ!?」
「で?」

うわっはーい、素敵な笑顔ですね。惚れ直しそうですよチクショウめ。
背後に立つ彼女の顔を首を回して見るが、有無を言わせぬ説得力がある笑みであった。何か、俺との会話のたびに強くなってないかお前さん。
そう考える俺を無視して、冴子嬢が言った。

「仲間は助け合うもの…では無かったのか?」
「…俺が行っても大した戦力にはならんよー?」

視線を逸らしつつそう言えば、耳元まで顔を近づけられた。近い近い息がエロい俺の息子が波動砲!!
けれど、当然その口から漏れるのは甘い囁きなどではなく、

「――――――――人に説教をしておいて、そんな言葉が通るとでも?」

死刑宣告であったりする。
ニッコリと笑いながら、冴子嬢はそう俺に宣告した。

「でっすよねぇぇぇぇぇぇ…そんなわけで、小室坊。俺も付いて行くって事で一つ」
「い、良いのか?」
「良いよ良いよ、俺が何ぞ主人公っぽく説教垂れた結果がこれだから。自分(テメェ)のケツぐらい、自分で拭くさ」

取り合えず離してくだしゃんせ、と冴子嬢の幸せホールド(背中型)を名残惜しい気持ちで振りほどきつつ、彼女の姿を見るのだが。

――――――――――――――性欲を、持て余す。

久々のフレーズではあるが、正しくそれである。
というかお前さん、何でそう何時も何時もエロティカルパレードな格好するのよさ。俺の波動砲が発射準備に入りそうじゃねぇかチクショウ。

「…何て言うの?その…狙ってない?何時も」
「ん?」

宮本嬢の若干引き気味なその言葉に、首を傾げる冴子嬢。いやぁ、何だろうね、セーラー服と日本刀と言う組み合わせのミスマッチのようなマッチしてるような不思議な感覚。
これもギャップ萌えとかそういう風なのだろうか、とも思うがどうにも冴子嬢はそういうものを意識していないようで。

「駄目だ宮本嬢。このお嬢さん普段は凛々しい癖に、微妙に天然入ってるから。計算なのか天然なのか分からんが、今回は断言できる。――――素だ」
「…さ、冴子さん。いい感じですけど、準備するの早く無いですか?」
「小室坊よ。此処に身一つで戦場に放り込まれそうな子羊が居るんだけど、そこ等辺どう思うのよ?」

冴子嬢の姿を見つつ、驚いたような表情をしている小室坊に対して問い掛けるが、

「ハッ」

鼻で笑われた。チクショウ見てろよこのモテモテ王国の国王めが、その内に下半身はパンツ一丁の親父になってしまえ。
愛称はファーザーだ。俺はオンナスキーで良いや。
駄目か。

「お前の場合、子羊の皮を被った異次元生命体か宇宙人だろうが。それも油断して近づいた瞬間に相手を襲う類の危険生物」
「酷いなお前さん。俺ほど善良な人間もおらんぞ?」

どうよこの全身から溢れる善良オーラ、と言えば。

「善良(笑)」
「よし其処に直れ小室坊。その額に肉と書いてバカにしてやる」

笑われたのでマジックを取り出し、襲い掛かる。集まってきたその他の仲間たちの中から、ありす嬢とジークが追いかけっこに参加する。
暫くの間、リビングでそうした追いかけっこをしていたのだが、

「あ、あははは…――――――ッ!!」

その光景に苦笑いを洩らしていた宮本嬢が、目を見開き突然に駆け出した。
…ついぞ、来たか。

「あ、麗!?…ッ!!石井!!」
「だろうな」

一瞬、彼女が駆け出した理由が分からないといった表情をしていた小室坊であったが、どうやら昨夜の事を思い出したようで俺へと声を掛けてきた。
それに対し、一つ頷く。
その会話の間に、宮本嬢がスプリングフィールドM1A1スーパーマッチの銃剣装置を起動、刃を露呈させリビングを出て行った。

「追うぞ、小室坊」
「分かってる!!麗!!」

宮本嬢の背中を追いかける。
恐らく彼女の視線の先には、何ぞの案内人と――――紫藤・浩一。
実際のところ、何を以って宮本嬢があのハゲをあれほどまでに敵視しているのかは知らないがあの勢いで殺しちゃ不味い。

殺しは、気付かれぬようやるべきだ。

仮にあのハゲを殺したとして、現状でどちらが悪いかと言えば間違いなく宮本嬢。あのハゲは此処で何をしたわけでもなく、建前上『偶然に助けられた』という状況だ。
そんな奴を公衆の面前で殺したりしたら、少しばかり不味い。
…まぁ、流石にそりゃあ無いだろうがいざと言うときの保険である。
ともあれ、もうすぐご対面と。奴を護るように動くのも癪だなぁ、とは思うものの仕方が無い。
仮に悪い印象を持たれれば、此方が厳しくなるだけだ。

「―――生徒たちだけでも、助けていただけ無いでしょうか?私は、自分だけでも―――」
「随分とご立派じゃない?」
「ッ!?」

案内人に事情を説明していたのであろうハゲの言葉が、止まった。
俺と小室坊よりも一足先にハゲの下へと辿りついた宮本嬢が、銃を突きつけているからだ。

「…紫藤先生?」
「み、宮本さん…ご無事で何より…」

あらら、引きつってらっしゃるなぁ顔が。ま、そりゃ刃を突きつけられたら怖いわな、普通。
一先ず様子を見よう、と小室坊を手と視線で制止、物陰から状況を観察。何ぞ動きがあった際には、

(…『コレ』を使うかね)

この高城邸に滞在している間に、ちょろまかした物品でちょちょいと作り上げた武器を見る。
サバイバルナイフの柄の尻にワイヤーを括り付け、小さな滑車にそのワイヤーを巻きつけている。少々アーミーナイフにがたが来ていたので、それに変わる武器として作成したものだ。
投げても直ぐに手元に戻せるという点で、あちらよりも便利だ。
そんな風に己の武器の再確認をしている間に、状況は進行している。
宮本嬢が刃を突きつけつつ、一歩一歩前に出る。

「…何で私が槍術が強いか知ってる?銃剣術も教わってるからよ。県警の大会じゃあ負け知らずのお父さんに。…そのお父さんをアナタは苦しめた」

…ふんむ?あのハゲと宮本嬢の親父さんに何ぞ関係があるのかね?
ちょいと小室坊を見るが、「知らん」とでも言いたげに首を横にブンブカ振っている。視線を、元に戻す。

「どんな事にも動じない人が泣いて謝ったわ。―――自分のせいで私を留年させたって!!」
「ッ!!?」
(ほむ…)

宮本嬢の告白に、小室坊が物陰から駆け出した。…まぁ、止めんでも良かろう。
いざとなったら何とかしてみせる。
彼女の言葉に耳を傾けながら、そのまま物陰に潜む。

「そして私には分かってる。成績を操作できるのは、アナタだけだって!!…でも、我慢した!!捜査が上手く行けばアンタも紫藤議員も逮捕できると聞かされてたから!!でも…もう…ッ!!」

突き出した刃が、ハゲの頬を浅く突き刺した。赤いラインが、流れ落ちる。
…というか、全く興味無かったから知らなんだがあのハゲ、紫藤議員の息子だったのか。
おおう?謎は全て解けたっぽいぞコレ。
つまりあれか、先の話から察するに紫藤議員の息子である奴が、議員の汚職か何かを暴こうとした宮本嬢の父親への警告として、宮本嬢を留年させたと言う事か?
あー、スッキリした。成る程、そういう裏事情か。
そう思っていると、

「…おんや、御機嫌よう。どうしましたかね?」

物陰に隠れる俺の横を通り過ぎ、とある男が、扉に手をかけた。













「さ…殺人を犯すつもりですかぁ…?警察官の娘でありながら、は、犯罪者に成るつもり―――」
「―――アンタに何か言われたく無いわよ!!」
「―――――――ならば殺すが良い!!」

バァアン、と。
銃声にも似た雷鳴と共に、扉の奥から現れたるは高城・壮一郎。相も変わらず威厳と貫禄がたっぷりなパパンである。
というかお前さんは普通の殺人も許容するんかい。少々意外だぞ俺ぁ。
どっこいせ、と物陰から立ち上がり外に出れば、緊迫した空気が伝わってくる。…んー、ちょっと死ぬ間際の天気を思い出して憂鬱気分。
そう思い空を見上げている間に、高城父が吼えた。

「…その男の父親とは、幾らかの関わりがある。だが今となっては無意味だ。望むならば…殺せッ!!」
「―――ッ!!」
「む」

高城父の言葉に反応し、小室坊が駆け出した。咄嗟に手を伸ばしそうになるが、瞬時に高速で思考を展開し考える。

走り出した小室坊を止めるべきか、止めぬべきか。

宮本嬢の意思を尊重するべきか、それとも殺人を肯定させるべきか悩む。どうせ、俺は何百人もの人を殺してきた傭兵だ。
今更、親しくも無い人間の命にとやかく言える立場でも無し。
どうすっかねぇ、と迷っている俺を他所に、別の腕が小室坊を停止させた。腕の先を辿れば、

「おんや、冴子嬢」
「ッ!冴子さん!」
「…宮本君は、自分で選択するべきだ」

冷静に、そう小室坊へ言い放った冴子嬢から視線を外し、宮本嬢とハゲのほうへと向ける。

「…良いでしょう!殺しなさい。私を殺して、命ある限りその事実に苦しみ続けるが良い!!それこそが――――」



























「え?マジで?じゃあ首貰うけど良いか?」


































「…え?」

眼前の俺を見て、惚けた表情をするハゲ。
既に宮本嬢の手からはスプリングフィールドM1A1スーパーマッチを叩き落とし、邪魔にならない位置に置いてある。
周囲が全員ポカン、としているが無視しよう。

「いや、だから殺して良いんだろ?いや、悪いな。じゃあ遠慮なく首刎ねさせて貰うから。一二の三で行くから覚悟しとけよー。ハイせーの」
「まっ、待ちなさい!!な、なな何故君が出てくるのですか!?」
「いやだってお前さん、放って置くと厄介事ばっかり周囲に振りまくだろ?だったらここらでちょいと屠っておいたほうが…」

先ほどの空気など胡散霧消、シリアス空気は何処へやら。何時の間にやら集まっていたらしいメンバーは、周囲の状況が理解できないようで戸惑っている。
うん、これも無視だな。
喉元にナイフを突きつけたままの俺に、ハゲがうろたえながら叫んだ。

「き、ききき君は私にどんな恨みを持っているというのですか!?彼女が私に殺意を抱くのは納得できるとして、君は―――」
「強いて言うのならお前さんの生態系が気に喰わない」
「なぁッ!?」

あんぐりと口を開けるハゲ。ハッハッハ、良い顔だ、飴ちゃんをやろう。
コロンと飴を奴の口の中に飴を放り込めば、反射的に口を閉じた。これで死体は間抜けじゃないぞ?

「んじゃ行くぞー?ハイ、ポーズ」
「ヒイィッ!?」

掛け声と共にヒュンとテキトーにナイフを振り抜けば、しゃがみこまれて避けられた。
…あ、でも微妙に避け切れてねぇ。
反射的にしゃがんだものの、頭部の髪の毛がゴッソリと切れている。どうやら、素敵なほどにつるりと頭の上を滑ったナイフが髪の毛を切り散らしたらしい。

「これで名実共にハゲか…感慨深いものがあるな…」
「…あ?あああああああああああああああああああああああああああ!!?」

思わず目を閉じ、感動していれば、恐らく己の変貌に気がついたのだろうハゲ(真)が叫びを上げた。
頭の上を触りまくるハゲ(真)だが、そんな事をしても現実は変わらんぞ。
とりあえずハゲ(真)から視線を外しクルリ、と宮本嬢のほうに向き直る。
ビシッ、と親指で背後のハゲ(真)を指差す。

「どうよコレ、ある意味で殺す以上に酷いんじゃね?」
「…ぷっ…」

頭頂部が見事なまでのつるっぱげとなったハゲ(真)を見せれば、宮本嬢が噴出した。後ろで大半の奴が笑っている。
…高城父よ、顔を逸らしているが肩の震えが全てを物語っているぞ。
ぽん、と宮本嬢の肩を叩き、言う。

「ま、殺すだけが復讐じゃねぇさね。今はまだ、綺麗な手のままで居ればいい。…そら、小室坊のトコに戻るんだ小室坊の嫁候補一号!!」

クカカ、と軽く笑いながら言えば、宮本嬢が顔を真っ赤にしながら叫んだ。

「ッ!!?だ、誰がよ!!!」
「ああ!?お前さんに決まっとろうが!!ちなみに賭けをやるとすればレートは1.2倍だかんな!!今のところお前が一番小室坊に近い!!」
「~~~~~~~~!!ああもう!!何なのよアンタァ!!」

依然、顔を真っ赤にして叫ぶ宮本嬢に対してアメリカンな笑いと共に肩を竦める。

「HAHAHA!!愚問だなぁ宮本嬢!!俺こそは!!殺伐とした空気を何とも言えない空気に変化させる達人!!」

ビシィッ!!と己を指差しつつ歯を光らせる勢いで見せ付ける。

「いっしぃぃぃぃぃぃぃっい!!かぁぁぁぁぁぁぁぁずぅぅぅぅぅぅうぼあぁぁぁ!!?」
「…何をやっているんだ、君は」
「いやつい魔がさして…ああん止めて誰かこの子止めてアイアンクローがめり込むってコレどうすんのコレ何コレねぇ怖いんだけど誰か助けてぇぇぇぇぇ!!」

プロレスやボクサーの入場時に入るアナウンスのようなテンションで叫んだら、冴子嬢に顔面へのニーキックからアイアンクローのコンボを貰った。
いやこれ本当に痛いのよ?
何かもう頭蓋がメキメキ言ってるんだけど、どうしよう。

「ぐおおおぉおぉぉぉぉ!?やっばいコレ!!高城家党首殿としては気の強くて暴力的な女性はどう思われますかってギャアアアアアアアア!!痛いっ痛いってホントコレマジでシナプス全滅するんじゃねぇんかなコレ!?」
「…ゴホン……何故、邪魔をした?」

メキメキと頭蓋が軋む音をBGMに、笑い終わったらしい高城父が問うて来た。何故に邪魔をしたのかと言われたって、そらアンタ、あれだよ。

「いや俺もアイツにはちょいとむかっ腹ぐおぉぉぉぉん!!割れるッ!!割れるって!!つか正直な話俺が邪魔しなくても殺さなかっただろうよギャアアアアアアア!!ゴメンゴメンちょっと空気読まなさ過ぎたすーみーまーせーんー!!」
「…何故、そう言いきれる?」
「ッハァ…ハァ…ハァ…いや…だってさ…」

やっとこさアイアンクローの呪縛より解放され、荒い息を吐きつつも高城父の言葉に答える。

「…はぁ…殺す価値がある人間たぁ思えんからさね。俺としては真面目に殺して後々の小さな災厄の芽を摘んでおこうかと思ったが…宮本嬢にゃ、殺す価値があるほどの人間とは映らんかったようだ。不意に見た目から、憎悪に混じって気だるさと嫌悪が見えたんでねぇ。こりゃあ『殺すのも面倒臭い』とか思ってんじゃ無いかと」
「――――成る程、想像以上に観察眼が優れているようだな」
「ンなわきゃあ無い。偶々だ、偶々――――あああ会話が終わった途端にアイアンクロー再起動させんといてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

結局、会話が終わった途端に、アイアンクローを喰らったで御座るよ。マジで痕になったりしてないかね、コレ。


~あとがき~
シリアスしよう→無理臭ぇ→今回の終盤。理由もこじつけ、何ぞコレ。
そんなわけで十一話終了。正直、説教はあまり好きではありません。でも石井君をジジィのようにするとそうなってしまう罠。
誰かボスケテ。
ではアンケィトを実施します。
①全力でこのまま直進。
②停止して死ね。
③お前の思考回路は常に斜め上なんだよ。
④冴子さんと石井君が結婚したら的な話とか興味ある?


~ヲマーケ~

俺による『キラッ☆ハゲツルピッカの紫藤君』事件が終了した後。
頭部輝く紫藤と、その配下の生徒たちが高城父の一喝によって排除されたその夜の事。
不意に、小室坊が言った。

「…石井ってさ、どんな役職なんだろうな」
「あん?何がよ、小室坊」
「いや、お前らにリーダーって言われて、色々と考える事もあってさ。…戦えば強いのは、冴子さんや平野、麗だし、沙耶は頭良いし、静香先生はお医者さん、ありすちゃんは…」
「一服の清涼剤じゃね?」

俺の言葉に、一瞬きょとんとした小室坊だが、すぐさま苦笑い。

「…ま、それで良いか。で、お前は何なんだろうな、と思って」
「あれだろ、偶に出てくる村人A」
「お前みたいな村人Aが居たら、世の中こんな風になる前にしっちゃかめっちゃかだよ」
「じゃああれだ、ヒーローであるお前に付いていくマスコット」
「それこそジークやありすちゃんだろ」
「じゃあ――――――遊び人兼盗賊兼暗殺者兼料理人」
「分かった、未確認生物だな」
「UMAか俺は」

そんな会話があったとか無かったとか。



[21147] 【習作】こんな○○だったら死にそうに無いかも知れない。【第一期・完】
Name: do◆579b2688 ID:00a27d88
Date: 2010/09/21 23:44
~注意~
・作者はクソ虫。
・石井君魔改造。つまりISHII。
・原作キャラとのカッポゥリングがあるかも。
以上の事が許容できる方のみスクロールして下さい。
許容できない方はすぐさまにより良きSSを発見する旅に出ていただきたいです。ブラウザバックでも可。













































―――――――終末は加速する。されど、歩みを止める事なかれ。

「ああああああー!!」

ハゲとその傘下一同が高城父の一喝により撤退を余儀なくされたその後の事。雨も上がり、夕日が差し込む黄昏時、横一列に並ぶ皆の前で、鞠川先生が声を上げた。
何だろう、と思いつつその姿を凝視。何かは知らないが相当嬉しいようで、飛び跳ねる先生の一部が上に下にと大忙し。
…オイオーイ、そんな『ポインポイン』と擬音を出しそうなほど飛び跳ねると心に決めた人が居るのに股座がいきり立つじゃねぇのよ。
そう思考がよぎった瞬間、ふと気付く。

「最近こんなんばっかだな俺」

股間ネタばっかじゃねぇか俺。
それは駄目だろ、俺のネタはシモネタ以外にもあるはずだ、持ち味を生かせ持ち味を。しかし俺の持ち味とは何ぞや。
空気を読まないこと?しかし今、壊せる空気は無い。
お気遣い紳士?現状、何を気遣えと。
うーむ、と一人思い悩む俺を他所に、鞠川先生が尚もそのたわわな果実を揺らしつつ嬉しそうに言葉を続けた。

「思い出したぁ!!うん、うん、絶対にそう!!間違いないわぁ!!」
「どうしたのせんせぇ?」

鞠川先生の言葉にありす嬢が疑問の声を上げれば、鞠川先生がありす嬢に駆け寄った。そしてそのまま両手を広げ、

ふにょん、と。いや、むぎゅうか?

そんな擬音を成すような歪み具合で、ありす嬢と彼女の抱えていたジークを纏めて抱きしめた。
ありす嬢は柔らかそうな母なる象徴に正面から顔面を埋もれさせ苦しそう、ジークはジークで脇の下に顔を挟まれ苦しそうである。
俺も母なる象徴に包まれてぇなぁと思いつつ、続く鞠川先生の話を聞く。

「お友達の電話番号、思い出したの!!」
「友達って…銃とかハンヴィーとか持ってた?」

鞠川先生の発した『お友達』という単語に、宮本嬢が声を上げた。
というか、電話番号忘れてたのね。お友達の電話番号ぐらい覚えておきましょうねーと言いたい感じもあるが、まぁ黙っておくとしよう。

「そう!!県警の特殊部隊、SATの隊員だからきっと生き残ってるわぁ!!」

鞠川先生は嬉しそうにそう言う。ふむ、確かにSATならばある程度の武装を取り揃えているだろうし、そうそう簡単に死ぬこたぁ無かろう。
が、それは一先ず置いておこう。
今は何より、彼女に伝えねば成らぬ事がある。先ほどのようにありす嬢とジークを思い切り抱きしめているわけでは無いのだが…、

「センセー」
「あら?何、石井君」

ニッコリ笑顔のまま此方に視線を向ける鞠川先生。
うむ、相変わらず年齢には不釣合いに若々しく子供っぽい表情である。しかして、




















「嬉しいのは分かるが、ありす嬢がスッゲェ苦しそうにしてんだがね」
「ううぅぅ…」

身体のほうは大人も大人。そのたわわな果実がありす嬢の頭頂部にライドオン。
そりゃあ小さな子供が頭の上にあんな超重量(但し超軟質)乗っけられちゃ、敵わんよな。俺?何時でもウェルカムさ。






         第12話  ~思いと終わりと脱出の巻~






俺の言葉に反応し、ありす嬢を開放した鞠川先生。ありす嬢もタカタカと鞠川先生から離れ、俺たちの列へと参入する。
しかして列の前の鞠川先生はそんな事も気にせずに何やら子供っぽい仕草で右腕をぶんぶか振りつつ、此方に言葉を向ける。

「それよりも電話電話!!」
「ああ、ハイ…」

鞠川先生の言葉に小室坊がいそいそと携帯電話を取り出すと、何時もののんびりした様子からは考えられない俊敏な動きでその電話を奪い取る先生。
いや、しかしだな。

「えーっと、1が此処で、2が此処で、3が…」

…機械オンチ、此処に極まれりと言うか。

「ゆっくりだなオイ」
「ひぎゅっ!?」

あまりのゆっくり加減に思わず手刀を額にぶち込んでしまった。若干涙目の鞠川先生に萌へるが、容赦無くその頭をグリグリ。
医者なら、もう少し機械の事も覚えなさいよって話である。

「いーたーいー!やーめーてー石井くーん!」
「良かろう」

鞠川先生の嘆願に応じる。
グリグリと米神の辺りに押し付けていた両の拳をパッと離し、涙目の鞠川先生を脳内フォルダ(通常型)に保存する。尚、冴子嬢は専用フォルダである。
記憶を失っても絶対に忘れる事は無い。そう断言しよう。
ともあれ再びボタンを押し始めた鞠川先生であるが、やはりその速度は遅い。ワンモアセッ!で米神をグリグリしてやろうかと思ったが、流石にそれは止めておこう。

「…代わりに、押しましょうか」

暴力的では無いにしろ、俺と同じくその速度に呆れていたらしいヒラ坊が代わりを申し込む。

「ううっ…分からなくなるから邪魔しちゃ駄目…」

だが、未だ残っている痛みに堪えつつ鞠川先生は携帯電話を手放さない。その根性だけは認めて良いと思うのだが、一つ疑問が浮上する。

「…頭に手刀入れられて忘れないんなら完全に記憶してると俺ぁ思うんだがどうよ」

だって、衝撃で忘れないんだからしっかり記憶していると思うのだけど。
その疑問をヒラ坊にぶつけてみるも、冷や汗と共に「いやどうよって言われても」という言葉が返って来る。うむ、逆に聞かれると俺も分からん。
そんな遣り取りを挟み数分後、押し終わったらしい鞠川先生が耳元に電話を近づける。
其処で、記憶の中から疑問が掘り起こされた。

「…通じるのか?電波」

眉根を寄せつつ一人呟く。
少なくとも、橋の辺りでは電波は通じなかった。そのせいで携帯電話での連絡が取れなかったわけで、しかしほっそり少年の携帯は通じていた。
…電波が回復したんかね?
別の回線でも使っているのだろうか、とその時は思ったが普通の学生であろう彼にそんな芸当が出来るはずも無かった。阿呆か俺は―――阿呆だった。
何にせよ、繋がるのならそれで良し。再び電波障害が起きる可能性が無きにしもあらずだが、とりあえず通じるのなら問題は無い。
暫くの間、何の反応も無かった鞠川先生が、不意に動きを見せた。少々眼の端に涙を溜めつつ、笑顔で電話に喋りかける。

「りぃかぁぁ!!良かった!!生きてたねぇぇ!!」

本当に、本当に嬉しそうなその言葉と声に、ありす嬢が笑顔を見せた。

「良かったね、せんせ」
「仲良き事は美しき哉」

うむうむとありす嬢の言葉に続き、頷きながらその様を見る。
鞠川先生の表情は、本当に嬉しそうで安心しきった顔だ。
こういう状況でも心配し合える間柄を、『親友』と言うのだろう。男女間であれば、或いは『恋人』と言うのやも知れないが。
…んー、でもそうすると、先生は親友の電話番号忘れてたって事だよな。
そこら辺、どう判断をつけるべきだろうか。それともこんな時にそういうことを気にするのは、やはり無粋なのだろうか。
―――無粋だろうな。

「…孝」

そう自分の考えを締めくくっていれば、不意に宮本嬢が声を上げた。そちらに視線を向ければ、小室坊も宮本嬢のほうを向いて「ああ」と頷いている。
恐らく、鞠川先生の友人が生きていた事に喜んでいるのだろう。或いは安全が確認できたが故に、後は自分達の親の安否を確認できると思っているのやも知れない。
前者か、後者か、或いは両方か。
其処までは予測できないが、まぁどちらでも良いか。先生の友人の安全が確認できた、という意味ではかわりない。

「あぁー…あたしもね、色々と大変だったんだけどぉ…」

再び鞠川先生に視線を向ける。
当の鞠川先生は久々の友人との会話が非常に楽しいようで、良い笑顔をしている。その歳不相応ながらも無邪気な笑みを見ていると、心が洗われる。
…笑顔は、良いものだ。
自身に向けられる優しげな笑顔は気恥ずかしくて苦手だが、ああいう純粋に喜ぶ笑顔を見るのは大好きと断言できる。

「あそこぉもう駄目。あ、鉄砲とか借りちゃってるけどぉ…」

そんな事を考えていれば、何やら会話に進展があった模様。
…ふむ、あくまで推測だが部屋の事でも聞かれたのかね?
そう思考を巡らせたと同時に、携帯が煙を噴き上げた。それに皆が一瞬ながらも戸惑いを見せ、しかしその戸惑いは即座に別の部分へと向けられる。
何故なら、次の瞬間、

「――――――――ッ!!?」

空が、輝きを放った。
夕日の赤をもかき消すほど圧倒的な白。
眼も眩むほどの純白の光に、懐のサングラスの事も忘れて右手で光を遮った。輝きを放ち続けるそれを見て、記憶の奥深くに存在した事例が蘇る。
この光の性質、意味が頭の中で整理され、その事実を理解。
…こりゃ、ちいとばかしまずいかね?
知らぬうちに冷や汗が流れる。下げていた左手で、顎下を拭い去る。

「もしもし!?りぃかぁ!?」

煙を上げる携帯電話に、鞠川先生が声を掛ける。既に壊れているそれに対して声を掛けるのは無意味な事だが、声を掛けるほどでもあるまい。
何れは理解し、諦めるだろう。視線を鞠川先生より逸らし別の場所へと向ける。

「一体、何だってんだ!?」
「この光は…まさか」

小室坊の疑問の声。それに続き、高城嬢は何かに気が付いたようで視線を鋭く光らせた。眼鏡に閃光がメッチャ反射してる。
いや、それはどうでも良いか。

「宮本!銃のドットサイト覗いてみて」

高城嬢が鋭く宮本嬢に声を掛けた。小室坊と宮本嬢が、同時に高城嬢の方へと視線を向ける。

「え?何で?」
「いいから覗いて!アンタのやつIC使ってるはずだから!」

戸惑う宮本嬢の疑問を封殺した高城嬢の言に、己の推測と記憶が間違っていなかった事を悟る。懐から煙管を取り出し口に咥え、頭をガシガシと引っ掻いた。
予感的中。出来れば違って欲しかったところだが、現実はそうも甘くない。
小さな舌打ちを一つ。
視界の端で、高城嬢の言に従い宮本嬢が銃を構えようとするが、

「あ、宮本嬢。一応人の居ないほう向けて構えんさいな」
「へ?あ、ああ、ごめん」

そのまま構えると高城嬢のほうを向きそうだったので、方向を変えさせる。小室坊にも注意した事だが、銃口を仲間に向けるのは弾丸無くてもやっちゃならん事だ。
ともあれ構えた銃のドットサイトを覗き込んだ宮本嬢であるが、恐らく。

「どう?ドットは見える?」
「んっと…見えない」

不可思議そうな顔をしながら発せられた宮本嬢の言葉に、高城嬢と二人顔を顰める。一度視線を合わせ、同時に頷いた。

「…決まりだねぇ、高城嬢」
「…そうね」
「おい高城、それに石井もどう言う事だよ」

少し狼狽した様子の小室坊。
片方の目を瞑りながら、一度煙管の中身を吸い込み、ゆっくり、ゆっくりと吐き出してから、言葉を紡いだ。

「…簡単な話、ライフライン完全終了って事さね」

眉間に皺を寄せつつ、そう言った。
恐らく今まで動いていただろう電子機器の類は、今の光で全て死んだ事になる。辛うじて伝わっていた電気、電波は完全に遮断された。
閃光を発していた空を見上げながら、大きな舌打ち。

「ったく…電磁パルスたぁ…やってくれるじゃねぇか。何処の国だか知らんがよ」
「電磁パルス?」

俺の言葉に、小室坊がオウム返しに疑問の声を上げた。けれどその疑問に答えようと口を開きかけた俺を遮り、

「―――EMP攻撃。反高高度核爆発とも言うわ」

高城嬢が声を発した。そのまま、小室坊に視線を向けつつ言葉を続ける。

「大気圏上層で核弾頭を爆発させると、ガンマ線が大気分子から電気分子を弾き出す、コンプトン効果が起きる。飛ばされた電子は、地球の磁場に掴まって、広範囲へ放射される電磁パルスを発生させる。その効果は、電子機器にとっては致命的。アンテナに成り得るものから伝わった電磁パルスで、集積回路が焼けてしまう」
「―――ま、そゆこと」

高城嬢の言葉に同調しつつ、首を縦に振る。
そう言う事である。厄介極まりない。
軍事用の電子装置には金属箔などでケーブルを保護する、過負荷が予想される場所に半導体の代わりの真空管を使うなどの電磁パルスに対する防護措置がとられている物もあるが。
…俺のトランシーバーは、生憎と単なる業務用だからねぇ。
トンネル工事だとかに利用する類の物であり、決して軍事用のものではない。業務用にしては通信距離が凄まじいものだったので買ったのだが、あんなものをぶっ放されたら堪らない。

「…つまり我々は」
「そう。電子機器は使えない」
「高速の移動手段が無いってのは…ちぃとばかし痛いな」

はぁ、と溜息を一つ。
高城嬢の出した結論に、己も理解していた事とは言え溜息を吐かざるおえない。そして高城嬢の言葉に反応したのは俺だけでは無く、

「ええ!?じゃあもう携帯電話使えないの?!」
「携帯どころかコンピューター、車も使えやせんよ」

宮本嬢の上げた悲鳴に、頭をガリガリと引っ掻きつつも答える。
今頃、何処もかしこもてんやわんやでは無かろうか。唐突にあらゆる電子機器が停止したのだから、戸惑いを覚えないはずが無い。
あー、クソ、戦場に居た頃はアレックスが殆どの電子機器に防護を施していたから気が付き難かったが、やっぱり面倒臭いな、この状況。
あーもー、鞠川先生は泣き出してるし。

「此処はやはり秘蔵の一発ギャグを―――」
「ふんっ!!」
「ぐぼぅ!!」

神速の踏み込み、そして打撃。
秘蔵の一発ギャグ『ジュウシマツ和尚のポーズ』を取ろうとした瞬間、冴子嬢の打撃がすっ飛んできた。そのほっそい身体からはイメージし難い圧倒的速度と腕力を持って振り抜いた打撃が横っ面を叩き、俺の身体が宙を舞う。
そして、

「ふんもっふ!?」

ドンガラガッシャーンと車田落ち。良い子の皆は真似するなよ?絶対真似するなよ?振りじゃねぇからな!?良いか絶対やるなよ!?
――――下手すりゃ脊髄折れて全身麻痺だ。石井お兄さんとの約束だZE☆
ご立派な玄関の階段下まで吹き飛んだ俺の元へ、冴子嬢が近づいてきた。

「まったく…こんな時ぐらい、少しは自重しないか」

此方へと屈みこんでそう言う冴子嬢。スリットが多いのだからあまり片膝立てたポーズはやめんさいなと言おうとした瞬間。
―――あ、下着見えた。
黒。黒である。
黒だよ黒、此処テストに出るからねーと思考が暴走。
…やばいってコレお前さん今の状態で鼻血出したら俺冴子嬢に絶対嫌われるヤバイヤバイヤバイ我慢しろ我慢するんだ俺ッ!!
歯を食いしばり、我慢を続ける。車田落ちしたせいで頭に血が上ってきたし、どうしよう顔面真っ赤だよきっと今。
そうして我慢を続けていれば、

「うわぁッ!?い、石井君?!大丈夫か!?す、すまない!!少しやり過ぎた!!」
「え?何が?」

突如として冴子嬢が身を引きつつ、謝罪をしてきた。しかし俺には何の事だかさっぱりで、何ぞやと思っていれば。

「ん?何か眼から流れてんだけど。あれ?視界が真っ赤だよ?」

突如として視界にケチャップでもぶちまけられたように赤くなった。つか、痛い痛い、眼に何か入って痛いんだけど。車田落ちの体制を戻し、地面に胡坐を掻く。
冴子嬢で見えないのだろう俺を、小室坊が覗き込んでくるが、

「どうしたんで…ちょ!?せ、先生!!ありすちゃんの眼ぇ塞いで!!平野でも良いから!!」
「え?なになにどうし…わっ!?」
「ちょっとどうし…ひぃっ!」
「何よ宮本、そんな声…なぁ!」
「まだありすちゃんには早い光景だねー」

騒ぎ立てる周囲に首を傾げると、ボタボタと地面に赤い液体が垂れる。
…この鉄臭い液体は、もしや。
クワッ、と目を見開き事態を把握する。相当に不気味か、恐ろしかったらしい周囲が小さな悲鳴と共に一歩後ずさった。
分かり易く言おう。
―――――鼻血を我慢しすぎて眼から血液噴出したらしい。
そりゃあ、ありす嬢の眼も隠すわな。いや、<奴ら>を見てるあの子なら大丈夫かも知らんが。
どっこいせと立ち上がりながら皆のほうを見る。あ、痛い痛い痛い、眼が痛くて上手い事開けねぇけどどうしよう。

「ちょ、誰かタオル貸して。つか水道何処?」

ふらふら動いていれば、コツコツと誰かが歩いてくる音がする。冴子嬢は既に近くに居ると思うし、誰だろうかと思えば。

「…直ぐ其処に庭に噴水あるから、そこに頭突っ込んできなさい」

高城嬢だった。でも噴水って、

「お前さん、あそこ首落ちたトコだろ。中々に鬼畜だなオイ」

良いから行け!!とケツを蹴り飛ばされる。ハイハイ分かったよー、行けば良いんだろ行けば。
真っ赤に染まる視界をそのままに、フラフラと動き出す。
が、

「おうっ」
「「「「「「あ」」」」」」
「わんっ」
「え?」

途中の石畳で躓き、こけた。一同が声をあげるが、ありす嬢だけは戸惑いの声、ジークは分からん。
ともあれ倒れた勢いでゴロンゴロンと転がりつつ草葉を超え、最終的に少しからだが浮き上がった時、再び石畳で頭をぶつけた。超痛ぇ。

「…だ、大丈夫か?石井」
「これが大丈夫に見えるなら眼科いけ。寧ろ俺が行きたいけど」

血涙出たんですがどうすれば良いでしょうか、と聞きたいところであった。その原因が我慢のしすぎと言うのだから匙投げられるだろうけど。
後頭部の痛みを堪えつつ、無理矢理に視線を開けた。
…あそこか。
場所を理解した直後、ぬおおおおうとダッシュ。その途中、再び石畳に突っかかりズンベッと倒れ噴水の水面に顔を突っ込んだ。
ジャストミート。ばっちりストライク。
でも顎痛いぞコレ。
その後、背後で高城父が現れたらしい事を高城嬢の声で察するが、構わず噴水で顔を洗った。うむ、誰も付き添いに来てくれんとは酷いな、皆。
身体を支えてくれてもいいじゃないのよ。








ヤッベ、濡れた顔拭くもん何も持ってねぇやと周囲をキョロキョロ見回していた時である。
パァン、と。

「―――バ、バリケードがぁぁぁ!!」
「…おん?」

一発の銃声。そして何やら男性の悲鳴と再びに射撃音。
思わず叫びの内容に眉根を寄せた。
…バリケード?
それは高城邸に続く道に存在しているという、あのバリケードの事だろうか。ともすれば、あの叫びの意味はつまり――、

「おいおい、破られたって事かね」

ゴキゴキと首を鳴らし、身体の調子を確かめながら一人呟く。門を見れば、銃を撃ちながら後退する男の頭を、

「ひいぃ!!」

<奴ら>の腕が、捕まえた。
腰のハンティングナイフを引き抜き投げ付けようと思うものの、既に遅かったようだ。途端に二、三匹の<奴ら>に群がられその肉を喰いちぎられる。

「―――南無三」

ハンティングナイフを一度仕舞い、冥福を祈る。仮に群れの中で見つけたのなら、真っ先に眠らせてやるとしよう。
黙祷を終え、食われていた男から視線を外し、門の向こう側を見ればぞろぞろと集まってくる<奴ら>の群れ。
…こりゃ、不味いかね。

「門を閉めろ!!急げ!!死人どもを中に入れるな!!」

高城父の一喝が飛ぶ。しかしてその指令は、

「総帥!!それでは門の外に居る者たちを、見捨てる事に!!」

高城父の部下である白い服の男が、そう叫んだ。
―――そう言う事だ。
門を閉じれば、外に居る者は屋敷の中に入れない。大挙する<奴ら>を掻い潜り、屋敷の中に進入すると言う事も不可能。
まぁ、その選択は指導者としては間違っていないわけだが。

「今閉じねば全てを失う!!やれぃ!!」
「ッ…」

白服が苦渋の表情を浮かべ、しかして行動を開始した。
そして、ガラガラと重い音を立てながら長大な門を閉じた。だが、完全には閉じきる事はできず。

「死体が入ったぞぉぉ!!」

一匹、<奴ら>が門の内側に侵入した。
再びにナイフを構えようとするも、それより早く銃弾が<奴ら>の胸元を撃ち抜いた。視線を背後に向ければ、予想通りの姿。
しかし、

「…うわーお」

テラ邪悪な顔。
親指を上に向けながら悪鬼もかくやと言う表情で笑顔を作るヒラ坊に若干引く。顔が怖すぎるんだよ、お前さん。
きっと俺よりも怖いよ、その顔。

「…すまない少年、俺が間違ってた」

何やらハゲが似合ってる感じおっさんが、玄関方向に視線を向けながら言う。やっぱアンタもさっきの顔には引いたか。
…さて、こっからだやな。

「んー…一難去ってまた一難、てな奴だな」

右手の袖から『無銘』を取り出し逆手に、左手でハンティングナイフを順手で持ち、シャランとリールから少しだけワイヤーを伸ばす。
それを見て思うのは。
…電子制御にしなくて、良かった。
最初は釣具のリールでも使おうと思ったが、あえて強力なバネを使った手動の引き戻しが出来るリールを選んで良かったと思う。
伸ばしつつ、戻しつつ。ワイヤーの調子を軽く確かめつつ、一度頷く。

「良し、これで十二分。さぁどっからでも来い…やっぱ来んなチクショウ」

闘争心を高めようとしたが、失敗した。やっぱりあれだ、わざわざ戦闘を望むようなもんじゃあ無ぇなチクショウめ。
そう思ったとき、ふと言葉が口から漏れた。

「―――出来れば今生は…普通の人生が、良かったねぇ…」

一人、呟く。誰にも聞こえないだろうその言葉は、空へと吸い込まれていった。
やはり前世の業が深いのだろうか。善行とか精々子供の命助けてたぐらいだからな、俺。
そう思っていたところ、

「総帥!奥様!得物をお持ちしました!!」

背後で、黒服の男性が声を張り上げる。その黒服の抱えていたトランクを見た高城母は身に着けていたストール…というのだろうか?
ともあれ腕に巻きつけていた白く薄い布を投げ捨て、ドレスの裾をビリッと引き裂き惜しげもなく人妻とは思えない瑞々しい肌を晒す高城母。
素敵な太股をありがとう。脳内フォルダにありがたく収めさせて貰いました。
次々にトランクから武器を引き出し、装着していく高城母。良いなー、俺もそんだけ武装してぇなぁ、ナイフで良いから。
つか薔薇のオーラ舞ってんだけど。ヒラ坊とか顔赤くしてボケッとしてるし。
その様子にクスリと笑った高城母だが、その視線を高城嬢に向ける。

「コレを使いなさい、沙耶ちゃん」

そう言いながら高城母が高城嬢に渡したものは、

「ル、ルガーP08の、オランダ植民地軍モデルゥ!!」

はしゃいでんなぁ、ヒラ坊。
まぁ、手渡した物はヒラ坊が言ったとおりルガーP08オランダ植民地軍モデル。前世で俺が使う事は無かったものの、アレックスが所持していたと思われる。
コレクション程度として、だったが。

「こ、こんなの使い方分からないわよぉ!大体なんでママまで銃を持ってるの!?」
「ふっふ…ウォール街で働いてた頃、エグゼクティブの護身コースに通ってたもの」

微笑みながら「弾当てるの、パパより上手いかもねと」と付け足しウインクをする高城母。本当に若々しいな、高城母。
というかヒラ坊はいい加減その興奮具合を何とかしろ。誰も聞いて無いから、お前さんの銃についての薀蓄。
未だ何やら会話を続けるその彼らから視線を外し、門を見据える。
…そろそろ、かねぇ?
既に凄まじい数の<奴ら>が押し寄せ、門を圧迫し始めている。ギシギシと軋みを上げる門、その圧力に押され始めている門付近の人々。
ならばつまり、この先の結末は。

「――――チッ」

舌打ちと同時に、ガシャンという音。
群れる死人の圧力に、門が破られた。
まったくだるい事この上ない。やっぱり、戦場に立つには勇気と根性が必要だぁね、俺にはあまり縁の無い言葉だが。
…さって、じゃあやらにゃいかんわな。

「…来いよ、クソ蟲」

シャコン、と『無銘』の刃を露呈させ構える。見据える先には、

「ぉおぉぉぉああぁぁ…」
「そら」

力の抜けた軽い声。
シュコン、とアンダースローでぶん投げたナイフが、リールからワイヤーを引き伸ばしつつ<奴ら>の脳天に突き刺さる。
クン、と軽く引いても抜ける事は無い事を確認する。
一つ頷きながら、その突き刺さった<奴ら>を支点として大きく回るように動けば、<奴ら>の周囲を細い鋼の糸が囲い込む。
接近する<奴ら>の首を刎ねつつ、左手を腰に添える。

「グッドラックだ」
「ぉ」

大して思うことも無いが、冥福を祈っておこう。
スイッチを押し、一気にワイヤーを巻き上げる。狭まったワイヤーにより纏めて十体ほど、<奴ら>の首がボトリと落ちた。
適度な長さでリールの巻上げを止め、戻ってきたハンティングナイフをキャッチ。

「うっし、順調順調。ワイヤー便利だ、やっぱり」

トラップにも武器にも使える素敵な糸、ワイヤー。しかし本来、こんな細いタイプのワイヤーが一般のご家庭にあるはずが無いのだが。
何に使う気だったのだろうか。それともあの場所のワイヤーだろうか。たぶんそうでは無かろうか。何かだろうかがゲシュタルト崩壊を起こしそうなんだろうか。
思考中断。
一先ず考察を終え、周囲に視線を向ければまだまだ此方に向かってくる<奴ら>。ああもう、薬用煙管を吸いたいんだけど。
あまりの数にイライラが募る俺の後ろ、イサカをぶっ放す小室坊が引きつった声を出した。

「…お前、相変わらず良く分からんところで凄いな」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「いやそういうんじゃなくて…まぁいいや――ッ!」
「ん?」

何やら視界の端に木刀構えた兄ちゃん発見。先んじて小室坊が走りこみイサカをぶっ放しているから、心配ないだろう。
だが、俺も俺で更に気になる者を発見。

「――シッ」

地を蹴りつつ『無銘』を振るう。
スパン、と軽く<奴ら>の首を刎ねた。視界の邪魔にならぬよう、ゆっくりと倒れる胴体を蹴り飛ばし、正面を見据える。

「…石井君か」

己の背後には、冴子嬢。
…ぶっちゃけ、兵としては彼女のほうが圧倒的に強いが、まぁ良いとこ見せたいじゃないの。
視線を少し背後に向け、

「余計なお世話申し訳ないね、どうも」
「…いや、ありがとう」

気の無い謝辞を述べれば、冴子嬢が軽く言葉を返してくれる。
顔を合わせ、お互いに少し笑みを浮かべる。その間に近づいてきた一匹は、

「そぉいっ!!」
「はっ!!」

俺による踵落としと、冴子嬢の突きであえなく撃沈。そしてふと思う。
…初めての共同作業?
若干阿呆な思考を展開しつつも、改めて周囲を見ていると思う。

―――多いなぁ、数。

門に防がれていた数を見ても思ったが、先生の『お友達』の家からありす嬢を助けに行ったときのような絶望感だ。

「よっ」

ドゴシャッ、と踵落としで<奴ら>の頭を叩き潰す。
そして回るように右手の『無銘』を振りぬき、その付近の<奴ら>を裂き切りつつ別の<奴ら>にハンティングナイフを叩き込み頭蓋を砕く。
計三匹を同時に片付ける。
追撃としてハンティングナイフを<奴ら>の多く集まる場所に投擲し、首元にワイヤーを巻きつける。首に引っかかったワイヤーの遠心力でクルリと旋回したナイフの切っ先が<奴ら>の首元を掻っ切りつつも、ワイヤーを引き戻せば首にそれを巻きつけられた<奴ら>の首がゴロリと落ち、倒れた身体が別の<奴ら>の体勢を崩す。
これで合計七匹、それでも減らない<奴ら>。
数が多すぎる。

「どんだけ出て来るのよさ、こいつ等」
「きりが無い…!」
「まったくだな」

数に呆れる三連コンボ。上から俺、小室坊、冴子嬢だ。
だが、特に効果とかは無い。呆れる事に意味があるわけも無かろうに。

「長引けば不利になる一方だわ!!」
「弾も持ちません!!」

宮本嬢の叫びに同調するように、ヒラ坊が言葉を発する。直後、銃声。
まったくもってその通りであるが、ともあれ今は戦うしか無かろう。手近な一匹の首を刎ねつつ、そう思う。
しかし、窮地ばかりで嫌になる。時間が経つにつれ犠牲者は増え、そして加害者たる<奴ら>へと変貌するのは理解しているがこう毎度毎度大量の<奴ら>が現れるとイライラするんだけど怒ってもどうしようもない。
さてどうするか、と思考を回転させ始めたところで、

「―――男で、戦う気概のある者は集まれ!!生き残りたいなら、女子供はその後ろに固まれ!!」

高城父の一喝が、響いた。玄関先に少し視線を向ければ、何時の間にやら避難した近隣住民がずらりと並んでいる。
恐らく、部下が誘導したのだろう。
こういうところを見ると、やはり優秀な人材が多いのだなと実感する。優れた指揮官の元には、優れた部下も集まる、と言う事だろう。
…そうすると俺、割と優秀だったのかね?
能力だけは高かったからな、あいつ等と思いつつ<奴ら>の首を裂く、裂く、裂く。

「あなた…」
「パパ!!それより家に立て篭もって…」

高城母の声に続き、高城嬢が吼えた。しかし、

「護って何の意味がある!!あの鉄門を破られたのだ!!」

高木嬢を睨み付け、高城父がそう言った。その圧力、気迫に触発されたのか立ち上がる人々が一人二人と増えていく。
そして高城父は、言葉を続ける。
その顔は既に阿修羅の如く。状況を真剣に見つめ、そしてその状況に怒りを抱く姿。

「家に篭っても、押し入られ、喰われるだけだッ」

そう断言する高城父の元に、男たちが集まっていく。そしてその中にはヒラ坊や小室坊たちも居るわけであり…何故居るし。
しかしてそんな小室坊たちを一瞬だけ視界に捉えつつも、高城父の視線は玄関下、庭先に広がる惨状を見つめ続ける。
その男が、口を開いた。

「…親孝行するのでは無いのか?小室君」
「ぉ…」

威厳ある声で、高城父が言い放った。その言葉に、少々呆気を取られたような顔の小室坊。
<奴ら>の首を刎ねる、踏み潰す、蹴り飛ばす。ワイヤーで胴体を切断、蹴り上げた上半身が<奴ら>の顔を打ちつけ動きを止める。
『無銘』を縦に振るい、頭を一刀両断。

「躊躇わずに、自分の道を行くのだ!!」
「「―――はいっ!!」」

高城父のその言葉に、ヒラ坊と小室坊の二人が頷いた。うん、カッコいいね。カッコいいよお前さんら二人とも。
真正面を向いて、奇麗な瞳だ。己の成すべき事を真に理解し、そして、それに向かって全力で進もうと決意した瞳。
良いね、カッコいい。カッコいいさね。
でもね?俺としてはね?

「―――――とっとと助けにこんかいボケェ!!誰がこの階段の番人しとると思っとんじゃコラ!!」

孤☆軍☆奮☆闘☆なわけよね。
玄関へと上がる階段の下、<奴ら>が上に上がらないよう高城父の演説中ずっとずっとずっっっっと、此処で<奴ら>を切り裂いていたのだ。援軍も無く、何故か妙に<奴ら>が襲来する其処で、一人<奴ら>を屠り続ける。
何このイジメ。何このイジメ。
大事な事なので、二回思ったよ俺。口に出す暇は無いけど。

「―――平野君」

けれど、何の問題ないように高城父は言葉を続けた。<奴ら>の頭部を踏み潰しながらも、視線をバッと玄関に眼を向けた。
そして吼える。

「無視かおんどりゃあ!!」
「――――娘を、頼む」

スッゲェスルースキル。何あの男、鋼鉄の精神ですかチクショウめ。

「うお、あぶなっ?!」

視線を一瞬逸らした隙に突進を仕掛けてきた<奴ら>から、半歩ずれる事でその突進を回避する。んでもって反撃のナイフ。
首を刈り取り、蹴り飛ばす。
その間にも何かバチコーンとか「壮一郎さんと私には…」とか「平野君や小室君に…」とか何ぞホームドラマのような事をしているけど真面目に助けてください。
喉が壊れても良いと思うほどに、叫びを上げる。

「冴子嬢ぉぉ!!助けて!!マジ助けて!!何か俺が気に入らない事したってんなら謝るからぁ!!ヘルプムイィィィィィ!!」
「―――さぁ!!お行きなさい!!」

徹底して無視される。本当にイジメだろコレ。
そして高城母の一喝の元、走り出すマイフレンズ達。
俺も階段から飛ぶように一歩下がり、玄関前に着地し彼らに並走。最早泣き出しそうというか半泣きで問い詰める。

「もういい!?もういい俺!?動いて良いんだよな俺!?つか何で皆無視したの!?ねぇ?!」
「い、いや…話の雰囲気がそう言う感じじゃ無かったから…」
「その…すまない、石井君」

小室坊と冴子嬢だけが言葉を返し、後の皆は全員こちらから視線を逸らす。チクショウ、チームワーク何てクソ喰らえだ。
友情とかそんなん夢幻だよ!!そう嘆くが、
…まぁ、生きているから良いか。
すぐに意識を切り替える。この切り替えこそが、俺の真骨頂よ。
ともあれ背後で爆発するダイナマイトをBGMに、走る、走る、走る。そうして走った先に、車庫発見。

「マットさん!!…あれ?…居ない…?」

車庫の中に駆け込んだ高城嬢が人の名を呼ぶが、誰も居ない。と思っていれば、

「お嬢様ぁ!!」
「ひゃあぁ!?」
「ぁぁ…」

何やら配置されていた車体の下から、中年のおじさんが出現。ただその出現した場所が高木嬢のスカートの下だと言うのが何とも言えない。
…何色だ、何色なのだ。地味に気になるそこんトコ。

「何処から現れるのよ!!」
「…ラッキーですよお嬢様。コイツは、対EMP処置されてます!」
「えぇ!?」
「しっかりと銅の三重被覆までして!マニアックな持ち主も居たもんだ!!」

車体下から現れたおっさんが少し笑いながらそう言う。そりゃ重畳、既に高速移動手段兼寝床となるものは無いと思っていたが、思わぬラッキーだ。

「わぁぁぁぁ…」
「じゃあこの車、動くんですね!!」

ありす嬢と鞠川先生が非常に嬉しそうな声を上げるが、

「ダメージを受けているので、調整に時間が要ります…」
「「ぅ…」」

おっさんの言葉に、少し落胆するありす嬢と鞠川先生。その姿に、思わず苦笑が漏れた。

「物事、そう上手くもいかんてことさね。…つぅわけで」
「―――此処を死守するほか無いな」

冴子嬢の言葉に、全員が臨戦態勢をとる。
…オイオイ、俺ぁ先ほどまで孤軍奮闘だったのに、まだ働かせる気かね?
が、文句を言っても始まらんわな。
―――――――――そう思い、両の手にナイフを構えた。焼け野原の先には、<奴ら>。







「シャオラァァァァァァァァ!!」

つるむ。
刎ねる。
つるむ。
刎ねる。
つるむ。
刎ねる。
つるむ。
刎ねる。
つるむ。
刎ねる。
車庫より拝借してきた皮のドライバーグローブでワイヤー握り締め、先端に括り付けているナイフを振り回す。先端の重量によって<奴ら>の首に引っかかれば、その遠心力でナイフが周囲の<奴ら>を切り裂き、引けば引っかかった奴の首が取れる。
…大道芸じゃねんだから。
判断能力の無い<奴ら>にだから効果のある戦法だよな、と思いつつもその作業を続ける。一度の投擲で殺せる<奴ら>は大よそ三匹、多ければ五匹。
ワイヤーを引き上げ、戻ってきたナイフをキャッチ。

「ええい、チクショウめ!!残業手当ては出ねぇのかって話よなぁ!!」

もう俺の仕事はあの階段下の死守だけで終了したかな、と思った直後にコレだよ。もう残業手当て貰っていいぐらいじゃねぇのかね?

「出ないわよ!弱音吐くな!!」
「吐きたくもなるわぁぁぁぁ!!お前さんらがホームドラマ展開してる間、俺がどんだけ頑張ったかを知れぃ!!」

高城嬢の言葉に、思わずがなり立てる。あれ本気でおっそろしい上に疲れる、熱いと三重苦で辛いんだぞコラ。
仕事場としては最悪だ。傭兵時代よりキツイよあれ。

「ッ!ふんっ!!」

車庫内に進入した<奴ら>に接近。『無銘』で脳天をかち割り再び前方へと舞い戻る。
其処には丁度、冴子嬢。
今度は俺から少し弱みを見せてみる。

「もう泣きそう!!泣いて良い!?俺泣いて良い冴子嬢!!」
「男ならそう簡単に涙を見せるな!!」
「チクショウ厳しいなぁお前さん!!」

聞いてみたら、駄目だった。クソッ、本気でイジメなんじゃ無かろうかコレ。
再びワイヤー付きのナイフをアンダースローで投擲し、喉元に突き刺す。同時に近くの<奴ら>を『無銘』で斬り付け、蹴り飛ばす。
ともあれ、車庫に辿り着いてからソコソコに時間が経っている。小室坊と宮本嬢が近場でラブコメやり始めたりもしたが、疲労感MAXの俺には毒でしかなく視界から外した。
そんなわけで、今尚首を刎ねているわけだが。

「――――皆ぁ!!戻ってぇ!!」
「ッ!!おおう!!やっとこさかねや!!」

唐突に、待望の鞠川先生ヴォイス。どうやら車の準備が出来たらしい。
キュルリと身体を捻り、車体の元へと向かう。走る勢いのままにフロント部分へ飛び乗り、再びそこを足場に跳ね上がる。
車の屋根に飛び乗り、同じく皆も思い思いの場所へと配置に付く。そうして全員が車に乗り込んだところで、屋根に開いた穴から顔を出した小室坊が叫んだ。

「マットさん!乗ってください!」

未だ工具やら何やらの置いてある棚を弄っていたおっさんに声を掛けた小室坊だが、しかしその作業着を着たおっさんは、振り向き笑みを向けた。

「―――惚れてる女が、皆と一緒に居るからね」

…こいつぁ、どうにも、全くもって。知らぬうち、口が動いた。

「―――マットさん、だったか?」
「ん?お前は…」
「石井。石井・和」

俺が掛けた言葉に、マットさんが此方を向いた。どうやらあまり覚えていなかったらしい己の名を告げ、その人の姿を見た。
何の事は無い、何処にでも居るような中年男性だ。
けれど俺には、その姿が―――

「―――あなたの名前は、絶対に忘れない」

―――どうにも、カッコよく見えた。
惚れた女の為。
それが建前なのか、真実なのか。真実だとして、単なる憧れであるのか、そうでは無いのか。
分からない、分からないけれど、その言葉の意味は理解した。かつての俺ならば、何を言っているのか、と首を傾げたかも知れない。
けれど、今の俺だからこそ思う。
惚れた女の為に命を懸ける。きっと、俺も同じ選択をするだろう。
怖いけれど、死にたくないと思うけど、その人を護る為に果てるのも悪く無いと、きっとそう思えると思うから。
頭を下げつつ言葉を発した俺の姿に、一瞬だけ静寂が訪れ、ついでマットさんから笑い声が零れ、顔を上げれば彼は、

「沙耶お嬢様!!…お元気で」

高城嬢の安寧を願い、頭を下げた。その姿に、苦笑を浮かべる。
…本当、カッコいいおっさんだ。
怖く無いはずも無いのに、それを抑えて未だこの場に残り、己の成すべきを成すと言う。その姿は、誰がどう言おうと、カッコいいのだ。
俺ぁ、一生この人の生き様には勝てないのだろうなと思う。
そしてそのカッコいいおっさんが、此方を見た。

「…石井、だったか?」
「…ん?」
「これ、持ってけ」

そう言ってマットさんは、己の首に巻いていた真っ赤なスカーフを此方に手渡した。長い年月つけてきたのだろう、所々がほつれたそのスカーフを、強く握り締めた。

「…縁起、悪いッスよ」
「馬鹿言え、沙耶お嬢様を守って貰うための駄賃だ」

ニッ、と笑みを浮かべる彼を見て確信する。絶対勝てない、何があっても勝てない、これから先の一生賭けても勝てるとは思えない。
頭を下げ、心から思う言葉を口にする。

「…家宝にしますわ、うちの」
「ハハッ!!そうしてくれると嬉しいね!!」
「……出してくれ、先生」

再び笑みを浮かべるマットさんの姿を最後に、車を出すように頼む。そうすれば、一気にアクセルを踏んだのだろう、車体が加速した。マットさんが見えなくなるまでずっと頭を下げ続け、暫くの後に顔を上げる。

「―――ホント、家宝だね、こりゃ」

加速する車体の上、額にスカーフを巻きつける。屋敷内を駆け抜ける車体は、右に左に揺れ動きつつも門へと近づいていく。
そして庭へと突入した瞬間、唐突に車体が跳ね上がり―――

「――――――」

高城父の横を、通り過ぎた。車内で高城嬢がその名を呼ぶが、しかし彼は反応しない。
交差を終え着地した車体は、一瞬揺らぐも加速をそのままに門を抜け道路を進む。道中、<奴ら>を撥ね飛ばしながら車体が進む中、車内の宮本嬢が声を上げた。

「何処から逃げるの!?」
「あそこしかあるまいよ!!」

宮本嬢の言葉を返すように冴子嬢が指し示したのは、バスがぶつかり崩れたバリケード。だが、その道幅は途轍もなく狭い。
無理がある。しかし、

「え!?狭すぎるわ!!」
「だがやらにゃならんだろうよ。逃げるにゃあそこを通るしか無かろうよ…冴子嬢」
「ん?・・・うわっ!?」

同じく屋根の上に登っていた冴子嬢を無理矢理に車体の中へと押し込め、横になる車体の上に一人残る。さすれば、車内の冴子嬢から批判の声。

「石井っ!!何をするっ!?」
「ん?何、危ない事をせんようにちょいとねぇ」
「君はどうなる!?」
「お前さんよりは価値の無い命さね。俺がくたばったら後を頼むぞや、ブシドー娘さんよ」
「なっ!?」

俺の言葉に眼を丸くする車内の冴子嬢に、クカカ、と笑みを見せる。さて、それでは準備をせねばな。
車内に半身突っ込み、横になる車体の上で通れる幅を見極める。
…危険を冒すのは、ジジィで十分。
これまでも、これからも、若人がその命を懸けることは無い。というか、何だ。

「―――好きな女の前でぐらい、カッコ付けさせろチクショウめい」

一人、誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。面と向かって言うには恥ずかしすぎる台詞だと思うし、言わない。
ともあれ、顔面が削れるのでは無いのかと思うほどに顔を道路へと近づけつつ眼を見開き、距離を測る。バリケードとの距離、目測三十メートル、二十五メートル、二十、十八、十五、十二、十、九、八、七、六…。
バリケードが近づく中、そして。

「そぉのぉまぁ…まっ!!」

衝突回避。しかし、

「うごっ!?」
「はんぐっ?!」

身体を思い切り車内に潜り込ませれば、小室坊と頭をぶつけ合った。うごををををを、と呻きつつ車内で縮こまる。
そして同時に、

「うおっ!?ドア取れた!?ドア取れた!?俺ミスった!?」

バギン、と火花を散らしつつバリケードの端に掠った車体のドアが吹き飛び、風が吹き込む。その音と衝撃に、ミスったのかと涙目になる。
しかしてその不安は、

「だいじょぶだよ!おじさん!」
「マジで!?ねぇマジで?!俺ミスって無い?!ミスってない?!二重丸!?」
「はなまる!!」

ありす嬢の笑顔によって取り払われた。ミスってない、俺ぁミスってないというわけか。
見る見るうちに、己の中の不安が取り払われていく。

「…っはぁぁぁぁ…良かった、良かったぁ…死ぬがど思っだぁぁ…」

真面目に涙をこぼしつつ、車内で呼吸を整える。よしよしと頭を撫でてくれるありす嬢に礼を言いつつ、身体から力を抜いた。
ドアがぶっ飛んだが、車体は何の問題も無く速度を保ち走り続ける。

そして。

「どっこいせっとぉ…おー、風がなかなか」

走り続ける車体の上に再び座り込み、上がりかけた太陽を見続ける。いやぁ…一時はどうなるもんかと思ったが、上手くいって良かった。
お気に入りの煙管を咥えつつ、のんびりとミントの風味を味わう。車内でも何ぞ話し合いが行われているようだが、既に疲労感とミントフレーバーの幸せに酔いしれる俺にソレを聞く余裕は無い。
…あー、美味ぇ、だりぃ、眠りたい。
今日は人一倍働いた。見る人も無かったが、確かに俺は働いていた。その疲労感が、身体中を巡り眠気を誘う。
しかして、

「…ん?」

ポン、ポン、と、何やらおかしな音で眠気が誤魔化される。エンジンが不調なのだろうか。

「何だかお車調子悪いんだけど、どこまで行けば良いの?」

運転席の鞠川先生がそう疑問の声を上げる。
…何処まで、何処までか。
俺には進路など分からない。故に、その答えを握るのは、

「―――行けるトコまで!!」
(…クカッ)

心の中で声を出し、顔で笑みを作る。良いね、実に良い。
やっぱ、お前さんはリーダーだわ、小室坊。

「悪いけど、麗と僕の親探しに付き合ってもらいます!!その後は、先生の友達も!!」
「ッ…ええ!!」

…小室坊よ。お前さん、自覚はあるかい?
きっと自覚の無いだろう小室坊に、そう心の中で問いかける。
普通、こんな状況でそんなことを言える奴なんて滅多に居ないんだぞ?全員の同意を得て、それでも尚、己の進むべき道を往ける奴なんて。
皆に信頼されてるから、出来る事だ。
だからお前さんはリーダーで、ヒーローなんだよ。
クカカカカ、と笑い声を上げる。が、即座に視線を戻し、

「―――国道が見えてきたぞ!!」

報告する。此処からは未だ小さくしか見えないが、きっと<奴ら>と事故を起こした車で閉められているのだろう。
そのまま、視線を向け続けていれば、

「…石井君」
「おん?」

背後を見れば、車内から身を乗り出す冴子嬢が居た。手を伸ばし、彼女の身体を車体の中から引っ張り出す。

「ありがとう」
「気にしなさんな」

カカッ、と笑みを見せる。
車体の上で座り込む俺の横に、ゆっくりと座る冴子嬢。風が強いものの、その流れる紺色の髪を美しいと思い見蕩れる。
そんな俺の顔を、冴子嬢が覗き込んできた。

「お、おおぅ!?なななな何ぞ!?冴子嬢!!」
「―――いや、君のボーっとした顔など、滅多に見られたものではなかったのでね」
「んぐ…」

クソゥ、微笑が美しいじゃねえのよ。そう思い、更に顔を赤くしてしまった。

「…フフッ、顔が真っ赤だぞ?」
「や、喧しい!!赤くない!!赤くないぞチクショウめ!!」
「では、そう言う事にしておこうか」

冷めろ、冷めろ俺の顔。
あーもー、何なのよコレさぁ。俺は今日頑張ったよ?頑張ったよね?
何でこんな辱め受けてるのよ。俺ぁ羞恥プレイされて喜ぶような特殊な趣味してねぇってんだよもう。
顔の下半分を手で覆いながらそう思っていると、此方に視線を向けてきた冴子嬢。

「…聞こえたよ」
「―――何がよ」

少し不機嫌な顔で彼女に問い掛ければ、涼しげな顔で彼女が顔を耳元に近づけてきた。…いい香りするよなぁ、この女子。
のん気にそう思っている俺に、彼女がクスリと笑いかけ、

























「――――――好きな女の前で、カッコつけさせろ…だったか?」

























思考停止。眼前でクスクスと笑う冴子嬢だけが視線の中に映りこむ。

「…う…あ…え…ぬ…?」
「これでも耳はいいのだ。聞こえるさ」

顔真っ赤。ヤバイ、イカン、何コレ怖い。
そんな身動きの取れない俺を冴子嬢がクスクスと笑いかけ、何事かと小室坊たちが此方を見上げてくる。
…見んなよ。俺を見んなよ。
そしてふと、冴子嬢が視線を前に戻した。

「―――答えは何れ返す。今は未だ、保留とさせてくれ」

…保留、保留か。
それはつまり、その、何だ。

「…嫌ってはいないって事で、良いかね」
「それで良い。けれど、まだ答えは伏せさせてくれ」

すまないね、とだけ言葉を残しクスクスと笑い続ける彼女。その横顔に、今までよりも恋焦がれる。
叫び出したいような、気恥ずかしくて泣き出したいような。不思議な気持ちだが、悪くない。
―――嗚呼、悪くない。

「ん…」
「っとぉ…」

走り続けていた車体が、停止した。冴子嬢と二人、車体に掴まる。
眼前を見れば、やはり国道は<奴ら>と事故を起こしたらしい車で充満している。ああもう、先ほどの甘酸っぱい空気が吹っ飛んだじゃねぇのよさぁ。

「いっぱい…」
「…んぅ!」

車体の中から聞こえるありす嬢の悲しそうな声を受け、高城嬢が不満げな声を出す。誰に向かってのものかは知らないが、きっと小室坊だろう。
愛されてんな、小室坊。

「…まったく」
「おう?」

仕方無さそうな小室坊の声の後、車内で変化があった。
ゴソゴソと車内から小室坊、ヒラ坊が這い出してくる。そしておもむろに銃を構え、二人が笑みを見せ此方を見た。
…へぇへぇ、了承したよ、リーダー。
冴子嬢に眼を向ければ、やはり彼女も臨戦態勢で笑みを見せる。その様に肩を竦めつつも、俺もまた、笑みを見せてナイフを構える。
小室坊が、笑みを見せつつ叫んだ。

「―――ホントに、メンド臭いよなぁ!!」

銃声が一発、滅び行く世界に鳴り響く。それを合図に、己の身を動かす。
車体を蹴り付け宙を舞い、落下と共に<奴ら>の頭蓋を砕いて散らす、叩き割る。グチャリ、という肉を潰す感触が足裏に伝わり、切り裂いた頭半分がずるりと落ちる。
ゆらり、と着地の態勢から立ち上がり、凄絶な笑み。
…そんじゃまぁ、何だ。

「――――――――――――――――――生きる為に、戦おうじゃあねぇのよさ!!」

明日は何処か、終わりはあるか。それは知らぬが進むべし、ただ只管に進むべし。
―――――――進むべし。

~あとがき~
第一期終了ー。二期があればまた書くでしょうが、一先ずここらで一段落です。
さてはてこの先どうなるやら、石井君の恋は叶うのでしょうかね。叶うと良いですがね。
…文章、こんな一段落で良いのかなぁ…?
これからもちょくちょく修正するやも知れません。









※此処から先は何もありません。















































※無いってば。










































※チクショウ恥を晒してくれる。

~要望のあったオマーケ~

――――――普通じゃない恋をして、普通に結婚したのだが、どうだろう。

「朝だ。清清しい朝だ」

どうでもいいけど目覚まし時計は嫌いである。喧しい。
うーん、と一つ伸びをしながら関節をボキゴキと鳴らす。身体を捻る、肩を回す、首を倒すたびに関節が音を立てる。
…疲れてんのかね、俺。

「まぁ、『昨日』までずっと調理師免許取ったり資金繰りに奔走していたわけだから仕方が無いか」

他にも店舗借りたりとか色々とやった。
バリバリと頭を引っ掻きつつ、ベッドから抜け出し窓際へと歩を進める。
着の身着のままというか、トランクス一丁のままにカーテンを開け放つ。差し込む日差しは、まだ緩やかだ。
明朝五時、何ら変わらぬ朝なれど、変わったことも一つ有り。
少しばかり視線を背後のベッドへとずらせば、

「…ん…んん…」
「…クソゥ…」

敗北感を覚える。
己の抜け出したベッドの中で、未だもぞもぞと身動きをとる者が居る。長く流麗な紺色の髪を持つその美女の寝顔を、可愛らしいと思ってしまう。
普段は凛々しく、寧ろ『カッコいい』とまで思ってしまいそうな女傑なのに、時折こういう可愛らしいところを見せるのは卑怯では無かろうか。というか卑怯だ、絶対卑怯だ、ストライクゾーンど真ん中に剛速球ぶち込まれた気分だ。

「…慣れねぇなぁ…どうも」

視線を外に戻し、顔の下半分を右手で覆いつつ一人呟いた。
『昨日』以前にもこのような情景は度々あったのだが、どうしても慣れない。恋焦がれた時ならば、戸惑いつつも嬉しさでテンションが跳ね上がり「ヒャッハー宴じゃー!!」みたいなモーションしながらその姿を脳内フォルダに納めつつあれやこれやの加工を施していたのだが、いざ悲願成就してみれば、気恥ずかしさが込み上げる。
…何だろうね、コレ。
非常に言語化しがたい気分ではあるが、悪い気はしない。焦がれた女性を手に入れて、一方通行だった思いが繋がって、そうして心に生まれたこの感情は―――、

「――いとおしい、とでも言うのかねぇ?」
「―――何がだ?」
「えひゃい!?」

顔の横をほっそりした両腕が通り過ぎた瞬間、後頭部にもにゅん、と柔らかい感触。
…ええと何だろうこれ凄く柔らかいっていうかいや既に何回か感じたことのある感触だとは思うけどやっぱりコレは素敵ですねーというかあのメンバーの中じゃあコレが一番ミニマムというのが信じられないんですけどどうなのよああそうかあれか『貧富の差はあれど貴賎は無い』というやつですね俺ぁ今心で理解しましたよいえこの人のならば何だって受け入れる覚悟はありますが改めて理解すると心に響く言葉―――ッ!!
思考が暴走し、顔が熱されていくのを感じる。
身体が硬直し動かない俺の耳元で、涼やかな微笑が聞こえた。視界の端に、紺色が映る。

「フフッ―――相変わらず、攻められると弱いのだな」
「…うっさいやい」

その言葉への反論が、見つからない。
気恥ずかしくて、顔を下に向けるしかない。というか何時の間に起床したのだろう、視線を逸らした隙にだろうな。
そう自己完結しながら、ゆっくりと横に視線を向けた。まぁ、何だ、何はともあれ朝の挨拶をせねば成るまいよ。
そう思い首を横に向け、彼女の顔と向き合うように、

「……お、おはようさんです…」

できなかった。
恥ずかしさから目線が右へ左へと動き、けれど彼女はやはり耳元でクスクスと笑みを浮かべ、穏やかな微笑を此方に向ける。そして此方の腹部まで垂らした両腕の指をキュッと組み合わせ、何処か艶やかな声で囁いた。

「そんなに緊張する事も無かろう?昨日はもっと激し「やめてー!!ホンット気恥ずかしいからやめて下さいお願いしますっ!!」…フフッ」

その言葉に、思わず叫ぶ。やはり攻められると弱いな、と彼女は言うが仕方が無かろうよ。美人で、己が惚れた女性にそんなことを言われればきっと誰でもこうなる。
またも微笑が聞こえ、組まれた指が解かれる。その指が、頬を突付いて来た。

「学生の時は、寧ろこういう事を嬉しがっていただろう?」
「…あれは、その…そういう関係になってなかったからであって、こうなると、何だ…う、嬉しいけど恥ずかしいというか…」
「そういうものか?」
「そ、そういうもんだ!!少なくとも俺にとってはそういうもんなの!!」

ガーッと吼えつつも、今の自分は顔が真っ赤になっているのだろうなと、そう思う。
子供っぽい俺の返答に、やはり彼女はクスクスと楽しげで上品な笑い声を上げ、しかしてふと気付いたように言葉を紡いだ。

「――――お早う、和」
「…ん」

名前で呼ばれたのが、どうにもむず痒くて。
其方を見ずに言葉少なく返答すれば、少し不満げな声色で彼女は言った。

「何だ、昨晩のように呼び返してくれないのか?」
「…まだ恥ずかしいんだけども」
「ほう?昨日はあんなに私に恥ずかしい格こ「すんません直ぐ呼びますッ!!」宜しい」

満足げに横で笑みを見せる彼女を見て、思う
…これから一生、このお嬢さんに敵う事は無いんだろうねぇ。
ほぼ確定事項であろう事実に、思わず苦笑が漏れる。惚れた弱み、というやつだ。
―――じゃあ、呼ぶとしよう。

「…お早うさんだ、冴子」
「―――――ああ、お早う、和」

笑みと共に素直に返されたその言葉がやはり恥ずかしくて。思わず、顔を背けた。
――――石井・和。結婚して一夜あけた、その朝の光景であった。

~感想~
恥ずかしくて書いてたこっちが死にそうなんだけど。



[21147] 【習作】こんな出会いをした○○だったら死にそうに無いかも知れない。【IF】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/08/16 22:27
~注意~
・コレは作者がノリと勢いで書いたSSです。
・文章力低め。
・頑張ったけどこんなもん。
・あの人がこんな出会いしてたら生き残れてたかもしれないね。と言う想像です。寧ろ妄想。
・発端は、CV:杉田で吹き替えされた動画を視聴したとき。
以上のことを許容できる人のみ、お進み下さい。



































俺がその『おっさん』に会ったのは、何歳のときだっただろうか。
『・・・』
『・・・』
『・・・・・・』
『・・・・・・』
実家の裏にある雑木林の中で、俺はその『おっさん』と出会った。
いや、どっちかって言えば『出遭った』の方が正しいのかもしれない。
ボロボロのロングコートに血塗れの手拭い、傍には二本のアーミーナイフ。
しかもありえないぐらい狼狽している。
どう考えても、犯罪者にしか見えない風貌だった。
が、しかし。
随分と幼かった頃の俺は、そんな事も気にせずに。

『おじさん、だれ?』

と、聴いた。
犯罪も事故も少なく、平和そのものの田舎町。
そんな場所で育った幼い俺には、警戒心と言うものがすっぽ抜けていたのだろう。
そんな俺に対し、『おっさん』は目を丸くし、次いで顎に手を当て、最後に自分自身を指差した。
どうやら、自分に対して言ったのか疑っているようだった。
それに対し、こくりと頷く俺。

ふむ、と。

その時、始めて『おっさん』が声を出した。
そしておっさんは、低く、渋く、ハードボイルドな感じのヴォイス(ボイスでは無く、ヴォイス。これだけは譲れない)でこう言った。

『俺は―――おっさんだ』

直後に俺は、『おっさん』の股間にヘッドバッドをかました。



            第一話『子供とおっさんの巻』



顔を蒼白くさせながら股間を押さえつけ、縮こまるおっさん。
『そんなことを聞いたんじゃない』という抗議の代わりに打撃を加えたのは確かだが、別にソコを強打しようとしたわけではない。
近所の子供達に『石頭』で知られていた俺は、自分の最も強い『武器』で攻撃したに過ぎない。
ただ、位置関係が少し悪かっただけの事だ。うん、不幸な事故なんだ。

『うわぁ…なんかグニュッてした。きもちわるい』

頭から汚れでも払い落とすかのように頭の上を払う俺。
それに対しておっさんは、縮こまりながらも抗議の声を上げた。

『おまっ…ソレは…酷すぎる…だろ…。何…この仕打ち…』
『だって、きもちわるかったんだもん』

今思えば恐ろしい事をやってのけた当時の俺は、言葉の暴力で『おっさん』の心をズタズタに引き裂いていた。酷い追い打ちだったと思う。
その証拠に、『おっさん』は股間だけでなく胸の辺りも途中から押さえつけていた。

『どうしたのおじさん?そこいたいの?』
『ああ…おっさんのピュアなハートはお前の言葉でズタボロだ…』

若干涙目になっている大柄の男を、当時の俺は幼いながらも『キモい』と思ったりもした。

『いがいと『せんさい』なんだね。『いわおのごときがんめん』してるのに』

当時、あまり意味を理解していなかった俺だが、何を指すかだけは何となく理解していた。
可愛くない餓鬼だった。

『うっせーコノヤロー、人を見かけで判断すんな…てか、難しい言葉知ってるな、坊主』

大分調子が戻ってきたのか、腰の辺りをトントンと叩きながら起き上がる『おっさん』。

『おとーさんからおしえてもらったんだ!!』

えっへん、と胸を張る俺。
その日の前日、酔っ払った父さんから過去話を聞かされていたのだ。やれ、近所の金田爺さんは昔は巌の如き顔面をしていただの、母さんは結構繊細だっただのと言っていた。

直後に、母さんにチョークスリーパーを掛けられていたのはいい思い出だ。

『そうか…まぁ、何はともあれ坊主、とっとと帰れ。もう直ぐ日が暮れるぜ?』
『えー、ぼく、カブトムシとりにきたんだけど』

不満そうに言う俺に対して、『おっさん』は納得したようにあー、と呟いた。

『まぁ、ああいう類の虫は暗くなってからのほうが見つけ易いからな』
『でしょー?だから、まだかえれないよ』

ふーむ、と『おっさん』は唸った。そして暫く思案した後、よし。と一つ頷き言った。

『じゃあ、俺の話し相手になってくれよ』
『やだ』
『即答!!?』

俺の答えに、おっさんはショックを受けていた。
だが、この件に関しては『おっさん』が悪いと思う。カブトムシを捕獲しに来ている子供に向かって、『俺の話相手になってくれ』とか話し聴いてたのかコノヤロウというレベルだ。

『もう少し暗くなってきたら、虫がよく集まってくる場所があるんだよ。だから、な?』

この通り!と手を合わせてまで言ってくる『おっさん』に対して、じゃあ、いいか。と俺は頷いた。傍から見たら、屈強そうな男性が五歳ぐらいの子供を拝んでるような図になるのだから、さぞシュールであっただろうに。

『そうこなくっちゃなぁ!!いやぁ、久しぶりに人と会ったからテンション上がっちまってなぁ!!』

どっこいせ、と上機嫌で地面に座り込み当時の俺と視線の高さを合わせてくれた『おっさん』。
さーて何を話そうか、とぶつぶつ呟いている『おっさん』を見て、一つ俺は気が付いた事があった。

それは即ち。

『…おじさん、みぎめがみえないの?』

彼の右目が、盲目であったと言う事だろう。
立っていたときは体格差とバンダナの影で見えづらかったが、同じ目線で目を合わせてみれば彼の右目には、大きな傷が走っていたのだ。
そんな俺の言葉に対して、『おっさん』はしまった。とでもいうような顔をした。
恐らく、子供だった俺に対して、あまり見せたいようなものでは無かったのだろう。
バツが悪そうに頭をガリガリと引っ掻いた後、はぁ、と深い溜息をついて『おっさん』は頷いた。

『ああ、俺は生憎と右目が見えんのだ』
『…だいじょうぶなの?』
『ったりめぇよ!俺は右目が見えなくたって誰よりも強いんだぜ!?』

自信満々に言葉を放った後、『おっさん』は恥ずかしげには言葉をつけたした。

『…まぁ、股間強打は勘弁だがな?』
『…』
『な、何だその目はぁ!!コレは男だったら誰でも抱える弱点だぞ!?』

ジト目で睨む俺に対して、『おっさん』は焦るように自分の正当性を主張した。
まぁ、俺もその数年後に似たような体験をして、病院送りになったのだが、ソレは別の話。

『へーほーふーん』
『ンの餓鬼…まぁいい、とりあえず俺の武勇伝でも聞いてもらうかねぇ?』

適当な返事をした俺に青筋を立てた『おっさん』だが、流石に子供にキレるのは大人気ないとの判断をしたのか、自身の話題を振ってきた。

ソコからは、ほぼ『おっさん』の一人舞台だった。

自分は傭兵団の団長をやっていただの、マフィアに喧嘩売って無傷で返ってきただの、大商人の家の娘が攫われるのを事前に阻止しただの、団員の一人がホモだっただの、他にも沢山の話をしてくれた。

『どうだ?スゲェだろ』
『おじさん、ゆめはねてみるものだよ?』
『夢扱い!?』

まぁ、当時の俺は欠片たりとも信じていなかったわけだが。
と言うか、後半最早武勇伝じゃなくて愚痴か何かなんじゃないのかってぐらい小言をぶちまけていた気がする。凄まじく怨嗟の篭った声で。

『…っと、そろそろ頃合だな。ついて来な、坊主』

不意に『おっさん』が空を見上げ、どっこいせと腰を上げると、その手を差し出してきた。
突然差し出された手にキョトンとしていた俺だったが、直ぐに満面の笑みになり。

『うん!!』

『おっさん』の手を取り、着いていった。
それが俺と『おっさん』の、長いようでそうでもない付き合いの始まりだった。
『おっさん』は、どういうわけか夏休みの間だけ裏山にある小屋に住み着いてはやって来た俺と一日中遊んでくれた。河で魚を取ったりとか、山菜を見つけ出しては『夕飯が出来たぜオラー!!』と叫び、俺も真似して『おらー!!』と手を突き上げたりしたものだ。
ちなみに、親には『おっさん』の事を話さなかった。どう見たって不審者であったし、そう思われたら間違いなく『おっさん』に会わせて貰えないだろうと、子供ながらに知っていたからだ。
ともあれ、そんな『おっさん』との思い出の中で特に印象深いものある。

それは、『熊殺し』だ。

『おっさん』と出会ってから数日たったある日の事、俺は不用意に山へと踏み込んでしまった。

『へへっ、きっとおじさん驚くだろうなぁ』

何時もは、所定の位置に『おっさん』が居て、ソコから一緒に小屋まで行くはずだったのだが、その時の俺は山に少し慣れたことも有り、珍しい道を通って『おっさん』を驚かせてやろうと思っていたのだ。
けれど、それは最悪の選択だった。

ガサリと揺れる草。

その音に怯え、足が止まる俺。

緑の奥から這い出てきたのは、こげ茶色の死神。

『ヴぉおおぉぉぉおぉぉぉぉ!!!』

『う、うあぁぁああぁぁぁ!!?』

巨大な熊に、出遭ってしまったのだ。

人の臭いを嗅ぎ付けたのか、それとも別の理由があったのか。
熊と出遭ってしまった俺は、叫び声を挙げて必死で逃げた。
しかし、子供の体力なんて、たかが知れている。
褒めるところがあるとするならば、木に登らなかったことだろう。
木に登っていたのならば、即座にアウトだっただろう。

『ヴォオオオォォォォォォ!!』

『ヒッ!!!』

案の定、直ぐに追いつかれ、その右腕が俺に襲い掛からんとしたときだ。

『――――――――』

丈の長い草を掻き分け、『おっさん』が、現れた。
神速とも言える速度で俺と熊との間に入り込み、熊と対峙する。
腰から抜き放った二本のアーミーナイフを軽く動かしたかと思えば。

『ヴォ―――――』

最初に熊の右腕が切断された。次いで、その首が落ちた。

『―――南無三』

ポツリと。

『おっさん』は倒れ伏す熊に、一言だけそう言った。
シャン。と音を立ててアーミーナイフを腰の鞘に収めた『おっさん』は、尻餅をついて口をポカンと開けていた俺に対してその手を伸ばすと。

『―――無事か?坊主』

優しげに、そう言った。

その後は、泣いた。ワンワン泣いた。御免なさいだとか色々と言ったが、とりあえず泣いて泣いて泣きまくった。
『おっさん』の顔は見えなかったが、恐らく苦笑していたのだろう。『ハハッ』という困ったような笑い声が頭の上から降ってきたのだから。
この一件だけで話が終われば単なるいい話で終わるのだが、この話には続きがある。

『おじさん!!』
『ん?何だ?』
『ぼくをでしにしてください!!』
『…はぁ?』

俺は、『おっさん』に弟子入りしたのだ。

理由は単純、強くなりたかった。子供だった俺にとって、『強さ』とは一種の憧れのようなものであり、ソレを見せ付けた『おっさん』は、俺にとってヒーローだったのだ。子供と本気で言い合ったりしては敗北するような駄目なおっさんだったが、少なくとも当時の俺にはヒーローだったのだ。
最初こそ嫌そうな顔をしていたおっさんだが、熱心に頼み込む俺の熱意に負けたのか、『少しだけだぞ』と言って、俺に稽古を付けてくれた。

まぁ、単純に走ったりして体力つける程度だったが。

一応『おっさん』は、俺の未来の事を案じていてくれたらしく『あまり筋肉を付けすぎると身長が伸びにくくなる』と言う学術的見解から、とにかく体力づくりを率先してやらされたのだ。
今思えば、子供が知らないうちにムキムキマッチョマンになってたとか親にとって洒落にならんかったと思う。そういう部分でも、感謝をしている。
年齢が上がるごとに、その内容もハードになって行った。無論、俺だって自主的にトレーニングした。というか、子供の頃からそんなことをやっていたせいでしっかりと身体を動かさないと眠れないようになってしまったし、そうでもしなければ次のトレーニングについて行けなかったのだ。

途中からは、ナイフの使い方も入ってきた。

『おじさん!!出来た』
『よし!!コレで綺麗に刺身が出来たな!!』

魚の捌き方だったが。

当時、どちらかと言えば無垢であった俺はすっかり騙されていたが、アレは間違いなく『おっさん』の策略だったに違いない。
主に、自分の仕事量を減らす的な意味で。

他にも。

『おじさん!!出来た!!』
『よし!!コレで今晩のおかずが増えたな!!』

周囲の状況をしっかりと把握する、という名目で毎日毎日山菜を取りに行かされたりもした。夏休みが来るたびにそんなことをやらされたものだから、最早あの山の地形は頭の中で簡単に描き出せる。ただ、腹が立つ事にそんなことでもしっかり地形把握能力が上がっているから困る。

一旦行った所ならば、忘れないようになってしまったのである。
















まぁ、ともかくそんな出来事などを経て俺と『おっさん』は親交を深めていったのだ。
鍛えて、駄弁って、別れる。その繰り返し。
だが、終わりは存外あっけないものだった。

俺が、小学六年生の時分。

『坊主。俺、明日からこれねーわ』
『マジで?』
『マジ』

そんな感じで、あっさりと。
寂しくはあったものの、その位の歳になれば少しは分別もついてくる。
ああ、おっさんも忙しくなるのかなーと思いながら、その日は『おっさん』と共に一夜を明かした。酒を飲んだのは、その時が初めてだった。

『飲め、坊主』
『おお、コレがお酒…ブフォッ!!?』
『ブハハハハハハ!!バーカ、そいつぁウォッカだぜ!!餓鬼が飲むもんじゃねーんだよ!!』
『飲めっつたのはおっさんだろうがコノヤロー!!』
『やんのかコラァ!!師匠の威厳見せてやるぜ!!でも金的だけは簡便な!!』
『隙有りッ!!』
『ゴッ!!?…お、おま…だから、股間はやめろと…』

そんな遣り取りをしていたら、何時の間にか眠っていた。
目が覚めたときには、新品のアーミーナイフ二本と置手紙が置いてあるだけだった。
その置手紙も、この先トレーニングするならどんなものが良いかとか、ナイフの扱い方とかしか書いて無くて、別れの挨拶など何も書かれて居なかった。
アーミーナイフについては、正直ありがた迷惑としか言いようが無かったものの、せっかくくれたものだったし『使う事が無ければ良いな』と思いながらも、お守り代わりに携帯している。
ばれたら不味いとは思うが、『そういう物はばれないように工夫してこそ』とは『おっさん』の言。今尚、誰にもばれたことは無い。
それからは、親の都合で引っ越したこともあり、本当に『おっさん』との縁は途絶えてしまった。

けれど。

確かに一緒に過ごしたのだと、鍛えた体が教えてくれる。
確かにソコに居たのだと、貰ったナイフが教えてくれる。
『おっさん』は、俺に色々な事を教えてくれた恩師だ。
高校生になっても、その思いは変わらない。

―――あ。

そう言えば自己紹介がまだだったな。

床主市在住の藤見学園二年生、石井・和(いしい・かず)。何処にでも居る普通の名前だろ?

~あとがき~
俺の文章力なんてこんなもんなんだよ畜生め!!




[21147] 【習作】こんな出会いをした○○だったら死にそうに無いかも知れない。【IF続き】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/08/16 22:29
~注意~
・本作の石井君は『おっさん』に弟子入りして割と口が達者です。
・凄く生命力強いよ!噛まれたら終わりだけど。
・モブキャラを助ける為には原作捻じ曲げる事も必要。
・この話には『いい男』が出てきますが、あの人とは別人です。
・文章力たったの5か…ゴミめ。
それでもよければ、読んでいってください。
























俺とその人物との出会いは、唐突且つ最悪であった。
そう、アレは何時ものように最早習慣と化したランニングをしていた時だ。
俺は、少し休憩を取るために公園へ立ち寄ったのだ。
その公園には、トイレとベンチがあるだけの、殺風景な場所だった。

殺風景な、場所だったのだが。

「…ん?」

俺が『ソレ』に気がついたのは、公園に入って直後だった。
元々ベンチで休憩を取ろうかと寄った場所だったわけで、そのベンチに異常があったのならばそりゃあ気がつくだろう。
月の陰りで今一顔が見えづらい『ベンチに座る人影』を見たとき、俺の中を怖気が駆け巡った。

「―――――」

月が影に隠れているのを、感謝した。
何故なら、『ソレ』を直視しなくて済んだからだ。
なのに、脚が動かない。

駄目だ。

無理だ。

逃げろ。

逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ―――!!

『アレ』は、対峙していいものではない。
長年の『おっさん』との稽古で培った経験と本能が警笛を鳴らす。
『アレ』は間違いなく俺にとって『死』を齎す者だ。
今はその人物を直視していないが、見たら確実に俺は『死』に到る。
だが、月は無情にも、人影を照らして行く。

(止めろ)

その人影は、青いつなぎを着ていて。

(見るな)

胸元のジッパーに手を掛けて。

(嫌だ)

ジィィィィ、と下まで引き降ろし。

(嘘だ)

男の急所を露出させ、こう言った。







「やらないか」







「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

全速力で、回れ右をした。



             第一話~ホモと剣士と強姦魔の巻~



彼と私の出会いは、唐突且つ申し訳無さで一杯になるようなものであった。
ソレは中学時代の話。
私は、強姦魔に襲われた事がある。
その際、私は『正当防衛』と言う言葉を盾にその強姦魔を思う存分に叩きのめした。
楽しかった。知らず口の端が釣りあがり、興奮で心臓が早鐘を打ち、『叩きのめしても罪に成らない敵』を自らの力で圧倒する快感に、酔いしれていた。
そして、強姦魔に止めを刺そうとしたその時だ。

「あああああああああああぁああああぁぁってぇちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

唐突に、『何か』が伸びてきた。
その『何か』は強姦魔の襟首辺りを捕らえると、高速で引っ込み大通りのほうへと連れて行った。

(・・・・・・・)

振り上げた木刀の振り下ろす先が分からず、とりあえず大通りのほうを見てみれば、月明かりに照らされた人影が二つ。
一つは、先ほどの強姦魔のもの。
もう一つは、その男を支える眼鏡を掛けた少年の人影だった。

「オイ!!しっかりしろブラザー!!!しっかりしろっつってんだよオイ!!俺の声が聞こえねーのかよ!!?『奴』にとっ捕まるぞ!!?」
「――――」

今、何と?
ガックンガックンと強姦魔を揺さぶりながらがなり立てるその少年の言葉の一つが、琴線に触れた。
ブラザー、といっていたと言う事は―――。

「…お前は、その男の仲間か?」

路地裏から、大通りへと出る。
こちらを見る少年への期待に、胸が膨らむ。木刀を握る腕に、知らず力が入る。
頷いてくれ。自分は、ソイツの仲間なのだと。もう一度、あの快楽を私に味合わせてくれ。
知らず、口の中に唾液が満ちる。
今からまた『やれる』のだと思うと、興奮と快感で頭がボーッとする。

「へ?あ、いや、ん?違うんだけどそうって言うか何ていうか、同士と言うか何と言うか…」

煮え切らない言葉ではあったが。
同士。確かに少年はそう言った。ならばこの少年も、この少年も『やれる』のだ。
ああ、ならば。

(もう一度、もう一度だけ)

あの快感を、味わえるのだ。
快感が体中を駆け抜け、血が沸き立つのを感じる。味わえる、またあの感覚を。肉を打ち、骨を砕き、無様な悲鳴をBGMに他者を『壊す』、何事にも勝る、その時間が。

「あの、ちょっと?お姉さん?もしもーし、聴いてますかー?すいませーん」

何か言っているが、聞こえない。
ただ、ただ目の前の『獲物』を、私は―――。





――――蹂躙したい。





「ちょ、おまッ―――!?」

バックステップで一閃を避ける少年。
良くぞ避けた、と思う。不意打ち気味に振り抜いた一撃を、良くぞ見抜き反応したと、心の中で賞賛を送った。

が、当時の私はソレを『偶然』としか捉えていなかった。

何せ、自慢ではないがその当時、私に勝てるものなど父など一握りの人物しかおらず同年代の者たちは私と打ち合うこと自体を避けていた。
だから、過信していたのだろう。

「フッ!!」「おわッ!!」
「セッ!!」「チョッ!?」
「ヤッ!!」「なんとぉ!!?」

木刀を振れば、避けられる。
姿は滑稽。決して美麗と言えるような避け方ではなかったが、此方の一撃をしっかりと見抜き次の手が少し振り難いような位置取りを自然体で行う。
どう考えても自分より格が下だとは、言い難い相手だった。

が、そんな考えに当時の興奮しきった私が到るわけも無く。

「どうした!?避けることしか出来ないか!!」
「無茶言うなコンチクショウ!!泣くよ!?俺泣くよ!?」

唯、打ち据えるためだけに剣を振るっていた。

打ち据えたいと、悲鳴を聴きたいと、蹂躙したいと。自らの強さを、相手の息の根が止まるほどに打ち込みたいと、その一心のみで。

「ハハッ!!ハハハハハハハハッ!!!」
「チクショウこの人薬かなんか入ってんじゃねーのか―――って、ぬおわ!!」

長らく続くかと思われたその剣舞も、唐突に終わりを告げる。
少年が、倒れていた男の手を踏みつけたのだ。
体勢が崩れたその少年に、上からの一閃を叩き込もうとした私の木刀は―――。







ゴチュッ。







―――彼の股間を、打ち据えた。

「――――フッ」

一瞬、この上無く真面目な顔をした後、悟りきったような表情を取った少年は、どさりと倒れた。

「…え?」

今思うと、かなり間抜けな面をしていたのだろう。
あっけなく、馬鹿らしい最後を迎えた事に冷静さを取り戻した私は、まぁ犯罪者だし良いだろうと言う自己弁護の元、二人を置いて、駆け足で自宅へと帰った。








「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

走る、走る、走る。
全速力で走る。
振り向くな。振り向けば死ぬ。色んな意味で死ぬ。
主に俺の尻が。

「チクショウ神様仏様!!俺が一体何をした?態々目立たないように伊達眼鏡まで買って『何処にでも居る気の弱い少年』のようなオーラを演出してきたと言うのに!!そんなに俺の事が嫌いかコラァ!!」

体力の無駄だと分かっていても、叫ばざるを得ない。
何処かの誰かが言いました。

『世界は、『こんなはずじゃなかった』ばかりだ』

ああ全く以ってその通りだ、同感だ。
クラスメイトの中には『毎日がつまらない』とか言ってる奴が居るが、少なくともこんな目に遭うなら俺は平凡でいい。普通最高、平凡最高。今日は何をしようかとか今日の飯は何だろうかとか想像出来るだけで幸せだと思うんだ、俺。
特に『おっさん』の過去話を聞いて、そう思った。

『坊主。世の中なんぞ何が起こるか分からん。だから、いつも通りの日常は大切なんだ』
『えー?でもいっつも同じじゃつまんないよ?』
『ああ、確かにな。だが俺の知り合いの話をしてやろう。そいつはな?日常がつまらんと言って俺の団に入ったんだが、コレがまた色男でな?女どもから夜討ち朝駆け何でもありで、最終的にそいつ追って来たヤンデレ幼馴染に既成事実作られて結婚した』
『けっこんするとダメなの?』
『ダメじゃあないが方法が普通じゃない。爆弾やら包丁やら飛び交うし、戦場のほうが何万倍もマシと思ったぐらいだ。あいつも、普通に過ごしてたら幼馴染の変な一面を見ずに済んだだろうに。坊主よぉ、お前は普通に生きろよ?変な奴と係わり合いになるなよ?』
『もうなってる』
『変人認定!?』

石橋は叩いて渡れ、備えあれば憂い無し。日常を謳歌できる事こそ、至上の幸福なのだ。
そんなことを涙ながらに思いながら、一心不乱に走っていれば。

「ん?」

何かが聞こえてくる。悲鳴のような声と、何かを殴りつけるような音。それと―――









「いいのかい?ホイホイスピードを落としちまって。俺はノンケだって構わず食っちまうんだぜ?」









―――ガチホモの声。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

スピードを上げる。
理屈じゃないのだ。人間誰だって、失いたくないものがある。その為ならば、人間は限界と言うものすらも超えられるのだ。
パンパンに張っているであろう脚に気合を入れ、尚も前へ。

(ああそうさ。俺は、俺は、俺は)

「こんなところで、終われないんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

風になれ、石井・和。風になるんだ。
自身の身体に掛かる全ての重荷を取り外し、今こそお前へは風になるんだ。

「アイアムウィンドおおぉおおおおおおおおおおおおおぉおぉおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

恐らくその時の俺は、短距離走のオリンピック選手とも張り合えた。
最早自分でもよく分からない言葉や叫びを吐き散らしながら、俺は走った。
良く近所の人に文句言われなかったなぁと今更ながら思う。
それから、どれだけ走っただろうか。
過去最高の速度で走り続けていた俺は、電灯の少ない通りに差し掛かった。
そんな時、路地裏に繋がっているであろう通路が視界に入った。
ソコで見たものは。

一人の少女が、男に止めを刺そうとしている場面だった。

「あああああああああああぁああああぁぁってぇちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

不味い、ソレは不味い、幾らなんでも不味い。例えどんな理由があろうともその年齢で犯罪を犯す事もあるまいに。いや年下だった俺が言えた立場ではないのだが。
おっさんも言っていたのだ。

『いいか坊主。犯罪を犯すならまず自分で責任の取れる年齢になってからにしろ。どんな理由があろうと、親御さんに迷惑かける奴は最低だ!!!』
『そっか。おっさんは親御さんに迷惑かけたんだ』
『最低認定!?というかお前口悪くなったなオイ!!!』
『おっさんのおかげでね』

…何はともあれとりあえず、学生であるうちは不味いだろう。

そう判断した俺は、直線に動いていたエネルギーを無理矢理横に捻じ曲げ、死に掛けていた男の襟首を引っつかみ、大通りのほうへと引っ張った。
其処までして俺は、ある事実に気が付いた。
男。そう、男なのだ。

(…い、いやいやいや)

流石に無い、ソレは無いだろうと思う。だが。








『おいお前。俺のケツの中でションベンしろ』








完璧なまでに、ヴォイスが再生されてしまった。
其処からはもう、錯乱状態だ。
ズタボロの男の胸倉を引っつかみ、がなりたてる。

「オイ!!しっかりしろブラザー!!!しっかりしろっつってんだよオイ!!俺の声が聞こえねーのかよ!!?『奴(ガチホモ)』にとっ捕まるぞ!!?」

男の目を覚まさせようと、前後にゆすり捲くる始末。虫の息の人間にその対応はどうなのか、と思う人も居るだろうが、そんなものを気にできるほど余裕が無かったのだ。当時の俺は。
そんなコント染みたことをやっていると、路地裏に続く道からコツコツと誰かが歩く足音が聞こえた。

「…お前は、その男の仲間か?」

その声に反応して其方を向けば。
――何と、まぁ。
言葉に出来ないほど、その姿は美しかった。月に照らされたその髪が、切れ長のその瞳が、無駄の無いその肢体が、彼女の全てが、美しかった。
ただ、何と言うか。

(口が、口が怖い。何か笑ってるよあの人、あの笑み見たことあるよアレ。何というかアレだ。『ずるい事を思いついたおっさんがしていた笑み』に似てるんだよ。『コイツ絶好のかもだぜ』みたいな感じの、そんな笑みだよアレ)

そんな感想を抱いていたからか、彼女への返答は随分とあやふやなものになってしまった。

「へ?あ、いや、ん?違うんだけどそうって言うか何ていうか、同士と言うか何と言うか…」

その言葉を発した直後、彼女から感じる怖気が『そこそこ』から『最大』に変わった。
いかん。アレはいかん。ああいう類はいかん。

「あの、ちょっと?お姉さん?もしもーし、聴いてますかー?すいませーん」

その質問が、彼女との大立ち回りの幕開けであった。












『――――と、犯人は『木刀の女にやられた』と供述しており、現場に居合わせた少年とは何の関係も無いとの事です。尚、現場に居合わせた少年は『何処か』を強打された際に気絶したものと見られ、現在、市内の市民病院に入院中との事です。また、その二人を襲おうとしていた全裸の男性については、警官に見つかった瞬間に逃走を図り、今の所は何も―――』

その翌日の朝、脂汗と共に私の朝食は始まった。

(つまり私は、何の関係も無い人物に危害を加えたと言う事か?い、いやいやいや彼も紛らわしい事を言っていたわけで、別に私が悪いと言うわけではないと言うか何と言うかコレは謝りに行くべきなのだろうかそうなのだろうかいやそのええと)

焦っていた。
昨夜、股間を強打したあの少年は、実際のところ強姦魔とは何の関係も無かったのだ。
ただ、ズタボロになっていた男に追撃を加えようとしていた私を見て、正義感を働かせ殺人を止めようとしていた、という事になる。
それを私は、強姦魔の仲間だと見て―――。

「ふむ。最近巷を騒がせていた悪党も捕まりコレで一安心、と言ったところだな」
「そ、そうですね」

父の言葉に、とりあえず賛成しておく。
そうだ、件の強姦魔も捕まったのだしそれでイーブンだろう。うん、きっとそうだろう。

「しかし、居合わせた少年も不憫だな。一体、誰に気絶させられたのやら」
「うぐっ」
「どうした?喉に飯でも詰まったか?」
「い、いえ。大丈夫です、大丈夫…」

父の言葉が良心を責め苛む。やはりここは。

(謝罪に、行くべきなのだろう)

幸いにも今日は休みだ。時間はたっぷり有るし、剣の稽古も無い。
何も持っていく物は無いが、其処は誠意と真心を込めた謝罪で許してもらうしかあるまい。
そうと決まれば、急ぐしかあるまい。
今日の行動方針を決めた私は、急いで朝食を食べ進め、市民病院へと見舞いに行く事にした。







「…ッハ!!」

バッ!!と布団を跳ね除け飛び起きる。
右を見る。白い。
左を見る。白い。
上を見る。…顔のような染みがある。怖い。

「此処は…病院?」

確か、昨日俺はガチホモから逃げて、路地裏でズタボロにされている男を発見して、何か綺麗な女の子(既に『女』と言う表現が許されそうな感じはしたが)の木刀で――。
あ。

「ッッッ!!!」

パジャマのようなズボンのゴムを引き伸ばし、『息子』の安全を確認する。
恐らく入院患者用の衣服なのだろうが、そんな事は関係ない。
俺の『男』としての死活問題なのだ。

「――――」

ある。確かにある。
俺はまだ、男だ。俺はまだ、石井・和だ。
おっさん、ゴメン。俺はアンタに凄く酷い事をしていた。
でも、コレでイーブンだろう?それにアンタは頭突きだった。まだいいじゃないか。
木刀で股間を強打されるときの、あの玉が割れるかと思うほどの激痛。アレは、そうそう喰らっていいもんじゃない。

「…ははっ」

自然と笑いがこみ上げてきた。
ああ、素晴らしい。生きているって、こんなに素晴らしいことだったんだ。

「ハハハハハハハハッ!!生きてる、俺、まだちゃんと『俺』として生きて「すまない。此処は石井・和の病室で合っているだろうか」い…る…」

ガチャリ。とドアノブを捻る音と共に、ソレは現れた。
脂汗が滲み出る。
股間が痛み出す。
血の気が顔から引いていく。

「ああ、すまない。ノックを忘れて「うわアアアア嗚呼阿アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!木刀が!!木刀が!!木刀がぁぁぁぁぁ!!やめて止めて潰さないでお願いだから玉が、僕の玉がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」お、おい!?どうした!?」

PTSD。心的ストレス障害。つまり、トラウマである。
この時の俺は、この人物に対してソレを持っていたのだ。
しかも、結構深くエグイものを。

「お、おおおおおおおおおおおおおお俺をどうする気だ!?―――玉か!?また玉を狙うのか!?それとも今度は棒か!?」
「い、いや今日はそれについてだな」
「チクショウ!!人生なんていつもこんなんばっかだよ!!」
「だ、大丈夫だ!!私は君に何もしない!!」
「嘘だッ!!おっさんはそう言って俺にトラップを仕掛けてくるんだ!!『俺は手ぇ出してねぇしぃ』とか言って俺の釣果を持っていくんだ!!…やめてよおじさんぼくがつったんだよそれいくらじぶんがなにもつれなかったからってひとがつったさかなをとらないでよおとなげないよおじさん」

何かいらんトラウマまで引っ張って来てしまったが、それから数十分の間、俺は彼女と面と向かって話をする事が出来なかった。
でまぁ、数十分後の話だ。

「…落ち着いたか?」
「あ、ああ、大丈夫だ、問題ない、うん問題ない」
「そうか…いや、本当に昨日はすまなかった。奴の仲間かと勘違いしてしまい、君に不当な力を振るう事になってしまった。少々興奮状態であったとはいえ、軽率が過ぎた」

真面目な顔で頭を下げる彼女、毒島・冴子さん。
彼の剣術家、毒島先生の長子だとか。いやはや、そんならあの剣筋も納得。そりゃあそんな大物に教えを超える立場且つ、並々ならぬ才能を持つのならば、アレほど鋭い剣筋も頷ける。
つか、おっさん並みじゃない?
けれど、そんな九十度を保つような綺麗な謝罪をされても困る。

「い、いや、そんなに頭下げられても困りますって。俺自身、色々あって混乱してたとはいえ紛らわしいこと言ったのは事実なんですから」
「そうか、そう言ってくれると楽なのだが…差し支えなければ、その『色々』と言うのを聞いてもいいかな?」
「―――ガチホモに、追いかけられました。走ってくるんですよ、こうね、キレーなフォームで。顔を揺らさず表情すら崩さずにシュタンシュタンシュタンてこう…」
「わ、分かった!!聞いた私が悪かった!!だから忘れろ!!忘れるんだ!!」
(朝のニュースの全裸の男とは、もしやその人物だったのか?)

また変なトラウマを発動しそうになったところで、冴子さんのストップが入った。
そうだ、もう奴は居ないんだ。逃げなくていいんだ。記憶の底に封印するんだ、俺。
…あ、そう言えば。

「何で俺の名前を?」

そうだ。昨日、俺は冴子さんに自分の名前を名乗った覚えが無い。
だが、彼女は確かに此処に来て居るし俺の名前を確認しながら入って来た。
何故だろう?
そのことを告げると、冴子さんは困ったような笑みを浮かべながら、こう言った。






「噂になってるんだよ。その、『アレ』を強打されて気絶した可哀想な少年が居るって。主に男性患者の間で」






「すいません俺ちょっとフライハイしてきます」
「待て待て早まるな!人の噂なぞ直ぐ消える!!気にする事でも無いだろう!!」
「可哀想って何だよ可哀想って!!死んでない!!まだ死んでないよ俺の息子!!激痛から立ち直って元気にしてるよ!?」

そんな風に騒いでいると、病室のドアが開いた。

「・・・・・・病院では、お静かに」

巌の如き顔面を持つ看護士長が、威厳ある声で、言い放った。

「「…は、はい…」」

頷くしか、無かった。
そんな遣り取りを経て、俺と冴子さんは知り合った。
偶に道場に呼ばれてはボコボコにされている。
何だよあの人強すぎるよチートかよとか思うところもあるが、何ぞストレス解消になっているのならば良いのだろう。体中痛くなったりするけど、いいんだよ。
――――美人て、得だなぁ。



~あとがき~
原作前の出会いに御座る。フラグが立つかは知りません。
原作は人がポンポン死ぬので、こういう場面でギャグをしないと精神的に持たない。自分が。
この作品の石井君はこんなんです。色んな意味で逞しいです。髪の毛も原作よりボサボサしてて不良のような髪の毛だよ!普通の学生だけど。




[21147] 【習作】この話における○○の全貌【誰得設定集】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/09/02 19:58
~登場人物というか石井君(本編版)~

石井・和(いしい・かず)/何処かの誰か(ジョン・スミス)
この作品の主人公である人物。原作では鞠川先生を護る為に<奴ら>に立ち向かい、噛まれて<奴ら>になる前に駆けつけた毒島先輩の介錯で人間のまま死亡した男子学生。男前だと思う。
この作品ではおおよその外見は石井君だが、中身は全くの別物。何処かの世界で死亡した、傭兵部隊の隊長たる男『何処かの誰か(ジョン・スミス)』が生前の記憶を持って転生した学生。生前の癖で自然と身体を鍛えてしまい、非常にマッシヴな肉体を持っている。また銃撃戦よりもナイフを使ったゲリラ戦を得意としていたようで、変態的体捌きによって百人近い部隊を一人で殲滅した事もある。一人だけ殺してすぐ引っ込むという戦法を繰り返していたらしく、それによって付いた渾名が『神出鬼没の何処かの誰か(ジョン・スミス)』。当時の本人は死亡覚悟のヤケクソでやっていたらしく、「そんなこともあったな」程度にしか覚えていない。
ちなみに名前のほうは彼を拾った傭兵の一人が国籍も何も分からない彼に対して冗談で言ったものを真に受け、以後そのまま使っているだけである。その為、本名は不明。肌の色や髪の毛などから日本人では無いかと言われていたが、死亡した今では謎である。とりあえず転生先は日本人だった。
柄の尻を押す事で刃が飛び出る仕込みナイフを使用する。彼が『石井・和』としてコレを手に入れる前にちょっとしたエピソード的なものもあるのだが、きっと公開されない。拳銃も使えるが、どの程度の損害が<奴ら>にとっての致命傷となるか分からないため、あまり使おうとはしない。
実際の精神年齢から大体の人物(主に学生)を『坊』『嬢ちゃん』と付けて呼ぶ癖がある。その割には、性的な刺激などへの免疫が妙に低い。戦闘中とかじゃないと太股とかパンツとかで鼻血を噴出す。余裕があると見てしまうらしい。免疫を強化しつつある。
伊達眼鏡よりサングラス、普通の煙草より薬用煙草。不良なのか優等生なのか非常に分かりづらい嗜好をしているが普段は優等生で通っている。但し名前を覚えられてはいないようで、先生方が彼を呼ぶ時はまず「えーと」で始まるのが通例。
両親は高校一年生の時に事故死。色々と思うこともあったようだが、現在は『<奴ら>と出会う前に世を去れてまだマシな方だったんだろう』と考えている。子供らしくない子供だった自分を育ててくれた今生の両親には、感謝していた模様。

・どうでもいい石井君in元傭兵のメインキャラに対する思想。

小室・孝→鈍感型フラグマスター。もげろよ。
宮本・麗→小室嫁候補一号。痴話喧嘩じゃなかったのね。
高城・沙耶→小室嫁候補二号?。属性詰め込みすぎだろ。
平野・コータ→ロリコン疑惑のガンマスター。ありす嬢に手を出したら掻っ切る。
毒島・冴子→好きです。でも俺程度が告白しても受け取ってくれんだろうな。
鞠川・静香→最年長且つ最大級。もう少ししっかりしてください。
希里・ありす→最年少。妹とか娘とかそんな感じ。
ジーク→ワンコロ。良い感じの重量感。
(故)井豪・永→爽やか青年。良い奴だった。

ヅラ:紫藤・浩一。ウザイ


この作品における石井君の全貌の巻。誰得なんだろう。



[21147] 【習作】何処かの誰かの短編集【過去編】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/08/26 14:34
何処かの誰かの短編集

~何時も通り~
「オーイ、スミス」
「…あん?何だ、お前かロッキー」
「ああ僕だ。なぁなぁスミス、ファミリーネーム改変する気は無いか?」
「何だよ、ジョン・小杉にでもするつもりか?だったら名前も変えたいんだが」
「いや――――ドゥってのはどうだっ!!」
「はい残念まだ死なないー。眉間に鉛玉ぶち込もうったってそうは行かんぞ」
「ちぇー、ホンット隙だらけに見えて隙が無いよなぁスミスは」
「まだ『身元不明の男性死体(ジョン・ドゥ)』になるわけにゃあ、いかんからな」

うん、何時も通りだ。


~マルスのドジ~
「マルスお前何回俺の近く誤射すりゃ気が済むんだよテメェェェェ!!」
「すんません隊ちょぶふぉぉ!!」
「隊長!!食い物がありません!!」
「何ぃ!?」
「スイマセン買出し忘れてました!!」
「マルスゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「隊ちょぶふぉあぁぁぁ!!」

その後も、しこたま殴ってやった。


~テンション上がったペーター~
「隊長ぉぉぉぉ!!」
「来るんじゃねぇ腐れ眼鏡!!」
「そんな態度ぉぉぉ!!酷いじゃないですかぁぁぁぁ!!息子も同然の僕にぃぃぃ!!」
「その血走った眼が怖いんだよ馬鹿!!とっとと俺の部屋から去れ!!」
「ええ去りますともこの新薬を試させて頂ければねぇぇぇ!!」
「マルスにしとけよ!!」
「既にやりました。マルスもアレックスも他の皆も…残るは、隊長だけですよぉぉぉぉ!!?」
「ギャアアアアアアアア!!?」

結局、新薬を打たれた。疲労回復の効果があったらしい。


~ジョンの日課~
「マラソン三キロ、腕立て腹筋スクワット各百回…コレを朝昼晩と繰り返せ」
「隊長!!俺、狙撃手なんで参加したく無いです!!」
「よしマルス、ならお前は俺の日課に付き合え」
「ハイ!!何するんですか?」
「じゃあマラソン三キロ、腕立て腹筋スクワット各百回行くぞー」
「…ゑ?」

最初は死ぬかと思っていたが段々と気持ちよくなってきた、と被害者は供述している。

~アレックスの趣味~
「おいアレックス、ドライヤーから火が出たんだが」
「――――改造しておいた」
「アレク、アレク!!洗濯機がミキサーみたいに俺たちの服ズタボロにしてんだけど何でかな!!」
「――――改造しておいた」
「アレク。僕の注射器がミサイルみたいに飛ぶんですが」
「――――改造しておいた」

何でもかんでも改造すれば良いってもんじゃない。

~ジョンの趣味と嗜好~
「よぅし、クッキーが焼けた」
「隊長殿!!少し宜しいでしょうか!!」
「おお?ウェイバーじゃねぇか。どしたよ」
「実は、近隣のカフェにスーパーウルトラデラックスガイアストライクレイジングオメガビッグパフェなるものが発売されたらしいのであります!!」
「よし、喰ってみようぜそのパフェ。お前も来い」
「ハッ!!了解であります!!」

甘いものとか料理とか、実は大好き。

~強運のマルス~
「おーい、マルス」
「お、隊長じゃないで…うわっ!?烏の糞!?」
「もう少し進んでたら当たってたかも知らんな」
「ですねー…あ、あんなところに風船が引っかかってる。下に居る子は…取りに行ってきます!!」
「あ!!オイ待てマルス!!だーもう、俺も行く!!」

その数秒後、大型トラックが其処に突っ込んできたとか何とか。

~ペーターの眼鏡~
「ペーター、お前の眼鏡って度が入ってたっけ?」
「いえ。伊達ですが?」
「んじゃ何で掛けてんだよ」
「その方が頭良く見えるでしょう?何言ってるんですか?」

思わず納得してしまったジョンであった。

~冷血漢・アレックス~
「アレックス!機材運ぶの手伝え!!」
「――――改造カートを使うといい」
「アレクアレク!!料理当番なのに何でなんもしねぇの!!」
「――――全自動フライパンを使っている」
「アレクゥゥゥゥ!!僕の新薬実験に付き合ってくれると言ったじゃないですかぁぁぁぁ!!」
「――――暴走眼鏡撃退兵装・トレンディーラッセル13号起動」

冷酷と言うか自分で何もしない=血が通っていない=冷血漢という方程式。






気が向いたときに更新される短編集に御座る。



[21147] 【習作】トチ狂った思考の末に出来たよく分からない予告【超絶ネタ】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/09/19 16:16
~注意~
・頭がバグった結果書いた。今は反省している。
・期待するだけ無駄な内容。テンションおかしい状態で書いたのでお許し下さい。



















―――或いは、こんな世界もあるやも知らん。

「オーイ、其処のお嬢ちゃんよ。此処は何処だね?」
「…おにーさん、だれ?」
「あん?オイオイ嬢ちゃん勘弁してくれよ。俺なんざどっからみても…あれ?お兄さんじゃね?」

死んだはずの傭兵、ジョン・スミス。しかし何ゆえか、若返って見知らぬ土地に唯一人。

「魔法に魔道士?アレか?かぼちゃの馬車でドリフトかます気か?」
「何言ってんだジョン」
「寧ろあんた等が何言ってんだナカジマ夫妻」

魔法、魔道士、管理局。意味不明の言葉に戸惑うジョン・スミス。
其処から、彼の生活が始まった。

「何時までも居候も悪いので管理局とやらに入ろうかなと」
「魔力量が足りないと実働隊は無理よ?」
「どんだけ魔力至上主義なんだよ其処」

管理局に入ろうと決意するも、出鼻を挫かれる。

「地上部隊に配属されたジョン・スミス十七歳(仮)です。よろしく」
「(仮)って何だ、(仮)って」
「実年齢知らんのですよコレが」

何とか地上部隊に入隊し、始まる管理局での職務。

「シャラー!!待てコラ引ったくりがぁぁぁぁぁ!!」
「来るんじゃねぇよ化け物が!!何で魔法使ってねぇのにそんな速さ出るんだよ!!」
「人間の可能性をぉぉぉぉ…嘗めんなぁ!!」
「ぎゃああああああ!!?」

地道に働くも、上がらない給料。

「アレ?マックスの奴、何処行った?有給とったの?」
「ああ、アイツは『海』に持ってかれたよ」
「あっらー、そう言えばアイツ魔力量高かったっけね」

引き抜かれていく仲間。

「ヘイ隊長、何死にかけてんスか」
「ジョン…さっさと…逃げろ…。他の…奴らを…連れて…」
「いやぁー、残念ながら逃がしてないのあと隊長だけッスよ」

用意周到に危険を回避。但し死亡フラグが降りかかる。

「お嬢ちゃん、名前は?」
「…チンク」
「ああ!?お前さん、男の下腹部みてーな名前付けられてんのかよ!!じゃあそんな風にぐれても仕方ねぇわな」
「嘗めているのか貴様ぁぁぁ!!」

ナンバーズと衝突したり。


「ウェーイ、レジアス中将。何で御座いましょうかね」
「…ジョン・スミス四等陸士、君は本日付で機動六課に配属となった」
「マジすか?何で俺なんぞが?」
「分かり易く言えばスケープゴートだ。本来はゼストを向かわせるべきなのだろうがな」
「わーヒデェ」

何か身代わりにされたり。

「アッハッハッハッハ!!俺なんぞお前さんらより階級下だぞ!?敬語なんか使うな使うな!!」
「え…いや、でも…」
「エリオ坊も、キャロ嬢も、それとティアナ嬢もだ。スバルの馬鹿を見てみろよ、遠慮なく俺の横っ腹にタックルをかま「ジョン兄ぃぃぃぃ!!」ゲファア!!」

同僚の敬語を直そうとしたり。

「ヘーイ教官殿、怒りは分かるがちとやりすぎじゃ無いですかね?」
「…邪魔しないでくれる?」
「あっるぇー、何か地雷踏んだ臭くねぇか俺。そこんとこどう思うよティアナ嬢」

上官との対立が勃発してしまったり。

「オイオイオイ自分の娘同然の奴に男の下腹部的な名前付けるような奴の顔が見てみたいと思ったらお前さん、性格歪んだマッドサイエンティストかね。アレか?自分の理想的な娘でも作りたかったのかね?」
『君はよく喋るねぇ。…大した魔力も無い割に』
「ハッハッハ、安心しなさいな。お前さんの顔面グチャグチャにするぐらいの腕力があるからよ」

とりあえず元凶らしいマッドサイエンティストに喧嘩売ったり。

「何だよギンガ、お前さんピッチピチのスーツ着て。遅すぎた反抗期かコラ」
「――――」
「あ、オイ。それ以上進むと愉快なことになるから――――」
「―――ふぇ?」
「ハイ落とし穴ぁ!!とり餅とネット班ゴー!!」
「え?え?ええええええ!!?」

妹の正気を取り戻すために愉快な事やったり。

「ヴィヴィオの嬢ちゃん、お前さんもそんな格好かよオイ。早すぎる反抗期じゃ無いスかなのはさん。教育方針スパルタすぎたんじゃね?」
「い、いや、スミス君?!そんなこと言ってる場合じゃ…」
「さぁ来いヴィヴィオ嬢!!お前さんの大嫌いなヘッドロックかましてやんぜ!?」

聖王様に、ヘッドロックかけようとしたり。

暴走青年リリカれないジョン・スミス。始まらない。



[21147] 【習作】やっちまった感じしかしねぇうろ覚えの記憶に頼ったSS【超ネタ】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/08/29 09:40
~注意~
・作者はゴミ屑。
・テンションに身を任せた産物。
・こんなところあるわきゃねぇだろ!!というツッコミは無しで。
以上の事が許容できる方のみスクロールしてください。
許容できない方は他のもっと楽しいSSへと行くとよろしいで御座る。





















―――思えば、それなりに有意義な人生だったのかもしれない。

「隊長!!」
「隊長ぉ!!」
「しっかりしてくれよ隊長!!」

部下が叫んでいる。
無茶言うなよ。
血が流れすぎて意識が朦朧としてきてんだ。
しっかりしろとか拷問か、お前ら。

「隊長ぉ…何で俺なんか庇ったりしたんだよぉ…」

あーもう、泣くんじゃねぇよマルス。
昔からそうだなお前。
拾ってやった頃から、毎回毎回ピーピーピーピー泣きやがって。
誰よりも精密な射撃ができるようになったくせに、そういう所だけは変わっちゃいねぇなぁ。
『百発百中のマルス』の名前も泣くぞ?
そもそも何でって、お前の反応が遅かったからだろうが。
まったく、どん臭いったらありゃしねぇ。
だーからお前は孤児院だとかに行けって言ったんだよ。ソレなのに『隊長の役に立ちたい』だの何だの格好付けやがってよぉ。
許しちまった俺が悪いみてぇじゃねぇか。

「隊長!!しっかりして下さい!!今助けますから!!」

オイオイ、ペーター。
見てみろお前、この出血量で助かるわきゃねぇだろうが。軍医がそんなもんすら見切れなくてどうすんだよ。ったく。
幾らお前の腕が良くても、この出血量じゃあどうしようもねぇよ。
それに奴さん等、銃弾に毒なんぞ仕込んでやがる。
解毒剤もねぇんだ。どうしようもないさ。
それにそろそろ寝かせてくれねぇか?もう十分なんだよ、俺は。

十分に、生きたんだ。

あー、でも心残りは一つあるなぁ。

「…おぉい、アレックス…」
「―――何だ、隊長」

何だよアレックス。冷血漢で知られるお前まで泣いてんのかよ。
雨の中だからばれねぇとか思ってんじゃねぇぞこの野郎。バレバレなんだよバーカ。

「アレ…ゴフッ…煙草、寄越せ。薬用じゃないやつ…」
「―――ああ」

アレックスがポケットから煙草を取り出し、俺の口に差し込む。
そしてその巨体を雨傘代わりに、ライターで火を点けてくれた。
大きく煙を吸い込む。
―――ああ、不味い。
ベッと吐き出せば、自分の血と混ざり合って赤黒く染まった水溜りに落っこち、鎮火した。

「ゲフッ!ゴフッ!…アレックス…お前、よく、そんな不味いもん…吸える、なぁ」
「―――隊長は、味覚が餓鬼だからな」

うるせぇよ。いいじゃねぇか、パフェが好きでも。
それに薬用パイプとか、ハッカパイプとかは好きだぜ?頭が冷やせるからな。

「ああ、眠い」

とても眠い。瞼が勝手に下がってくる。
思い返せば、色々あった。
親が飛行機事故で死んだと思ったら、傭兵に拾われて、暗殺者なんぞの技術を仕込まれて、何時の間にやら傭兵部隊の隊長だ。
敵を殺して、仲間が死んで、何でか知らんが生き延びて。
一時期は自棄になって、たった一人で百人以上の軍隊にゲリラ戦仕掛けた事もあったっけか。
結局、生き延びたが。
そのせいで付いた渾名は、『神出鬼没の――――』

「ハハッ」

ああ、ソレこそどうでもいいことだな。
色々とクソッタレな人生だったが、部下には慕われていたようだ。

俺なんぞの為に、泣いてくれる奴らが居るんだから。

なら、それでいい。
最期を看取ってくれる奴らが居るんだ。
俺には、贅沢すぎる最期だ。

「――――」
「隊長?…隊長ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

傭兵部隊『名無しの兵士』隊長、『神出鬼没の何処かの誰か(ジョン・スミス)』死亡。




         プロローグ  ~リリカルとは程遠い人生だった~




「何か既に一回通った事のある道のような気もする」

無意識の中で発言された戯言は、耳に入らなかった。

「…何処よ、此処」

周囲を見回すが、雨が降っている様子も無く密林ですらない。
気がつけば、丘の上に立っている。
遠くに見えるのは街、だろうか。
いやそんなことよりも己はあの時死亡したのでは無いだろうかと思う。
と言うか間違いなく死亡したはずだ。
だがしかし、肉体に痛みは無く服装も何やらおかしい。
風通しが良く、時折吹く強風にはためくその服装は…。

「…俺の普段着じゃねぇのよ」

身元不明であった俺の出身国『では無いか』と予測された日本の、浴衣と呼ばれる薄い衣服、それが今の俺が身に纏っている服装。女性用の浴衣はもう少し窮屈らしいが、それはどうでも良い。
ともあれ、死の間際に纏っていた迷彩柄の服装では無い。
手榴弾やナイフ、ハンドガンも当然のように無い。
――――ハッカパイプすら無いとか、何のいじめだこれは。
さて。

「どうしたもんかね」

うーむ、と首を捻る。
死んでいない、と言う事についてはまぁ置いておこう。
人生なんて何が起こるか分からないのだし他の誰かとて『死んだと思ったら何故か生きてた』何て体験をしているはずだ、たぶん。

『さっすが隊長!!適応力が変態だな!!』
『死んでも其処は変わりませんか』
『――――ある種の狂人と言ったところか』

何やら特に親しかった仲間三人の声が聞こえてきたような気もするが、気にしない。
ゴスッと己の頭を殴り飛ばし、余分な思考を破棄する。
打撃自体に意味は無いが自己暗示のようなものだ。
ともあれこれから考える事は、まず。

「衣食住、だな」

何時までもこの浴衣を着ている、というわけにもいかない。
食べるものは当然の如く必要だ。
そして住まう場所が欲しい。最低限、雨風を凌げればそでれ構わない。
そうやって落ち着ける場所を手に入れてから此処が何処なのか、何故生きているのかなどを考えてゆけばいい。
――――後者は、一生分かりそうにも無いが。

「何にせよ、まぁまずは街まで…ん?」

向こう側から、子供が一人走ってくる。
現実的にはありえないであろう青い髪を揺らして走ってくるその少女……否、あの年齢ならば幼女などに分類されるのだろうか?
まぁどちらでも良いかと思い、走ってくるその幼い女の子へと声を掛ける。
俺の年齢ならば、爺さんが声を掛けたと思われるだけで変態扱いはされないだろう。

「オーイ、其処のお嬢ちゃんよ。此処は何処だね?」
「…お兄さん、だれ?」
「あん?オイオイ嬢ちゃん勘弁してくれよ。俺なんざどっからみても…あれ?お兄さんじゃね?」

青い髪の女の子に言われて、初めて気がつく。
今までとんと気がつかなかったが、肌が随分と若々しい。
年老いて衰えてきたと思っていた筋肉もしっかりとついており、筋骨隆々なムキムキマッチョメンとも言える風体だ。
出来る事なら顔も見ておきたいところだが、生憎と鏡が無い。

「なぁ、お嬢ちゃん。鏡持って無いかね?」
「ないよ?」
「ですよねー」

まぁ、流石に持っているはずも無いか。
顎を擦ってみたところ生えていたはずの無精髭が無い。
そして顔にあるはずの無数の縫合の痕跡すらも無くなっている。
どうやら本格的な若返り、或いはあらゆる機能が全盛期と遜色ないほどに回復しているようだ。

「こいつぁ中々、奇々怪々とでも言おうかね」
「どうしたの?お兄さん、こまってるの?」
「あ?いや、何と言うかねぇ…」

果てどうしたものかと首をかしげていると、女の子が心配そうな顔をしつつ問うてくる。
だが、どう答えようか。
困っていると言えば困っているのだが決して不都合は無いし、寧ろ利点しかなくそういう意味でならば困っているとは言えないのだが。
さてどうしよう、と思考していたところに。

「――――ゥ」
「あん?」

砂埃が、視界に飛び込んできた。
何やら丘の下から物凄い勢いで『何か』が突撃してきているようだ。
では一体その『何か』とは何なのか。
答えは女の子が握っていた。

「あ、お母さんだ」
「…は?」
「―――バルゥゥゥゥゥ!!」

ズドドドドドドドドドドという音と共に、その全貌が見えてきた。
女の子と同じ青い髪の毛に、両手両脚に機械的なガントレットやローラーブーツを装備した女性。
但しその形相、般若の如し。
まるで眼前の俺なんかは完膚なきまでに無視しているかのような速度で突撃してくる彼女は、

「スバルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
「ゴッフアァァ!!?」

実際俺なんかを見ていなかったようで、素敵なまでに俺を弾き飛ばしてくれた。
ギュルンギュルンと回転しつつ宙を舞う俺。

「ああもう!!眼を離した隙に居なくなって!!」
「ごめんなさい…」
「いいのよ、あなたが無事だったから」
「おかーさーん!!」
「スバルゥゥゥゥゥ!!!」

何やら下でホームドラマを描いているようだが、俺には気に出来るほどの余裕は無い。
気合で衝撃による意識のブレを無くす。
落下時に備え身体をクルリと丸める俺。
地面へと叩きつけられると同時に身体を回転させ衝撃を逃がす。
その回転の勢いに身を任せながらも腕を伸ばす事で地面を叩き空中へと跳躍。
見事な着地を決める俺。
Yの字ポーズで百点満点俺Sugeeeeeeee!!というフレーズが頭に浮かぶ。
どういうことだ。

「~~~ッあー、死ぬかと思ったぁ…」
「スバルゥゥゥゥゥ…あら?あなたは?」
「あ、お兄さん。だいじょうぶ?」

さて、俺を撥ね飛ばした暴走機関車の如き女性―――青い髪の嬢ちゃんの母親であるようだが―――は今俺の存在に気がついたようだ。
チクショウ何なんだこの仕打ち。
嬢ちゃんは俺が吹っ飛ばされた事を分かっていたようで、安否の確認を取る言葉をかけてくれた。

「まぁ、何とか無事だが…」
「スバル、このお兄さんと知り合い?」
「ううん。『ここどこ?』って聞かれただけ」

その言葉に一度眼を丸くする女性。
しかしその直後納得したようように首を縦に振り、此方を見る。

「そう…あなた、名前は?」
「ん?ああ、ジョン。ジョン・スミスだ」
「偽名?」
「いんや、本名。俺を拾った奴が冗談で呼んだ名前をそのまま使わせてもらってる」
「……あなた、へんな子ね」
「カッカッカ……子、か」

子、と呼ばれると自分が若返ったのだと嫌でも実感する。
まぁ本当に若返ったのか否かと問われれば首を傾げざるおえないが。
何せ若い頃の肉体についていたはずの傷すらも無く、されど鍛え上げられた肉体は若い頃よりも強靭である。
そして、経験と記憶は年老いたもの。
俺と言う人間の『集大成』に近い肉体だ。
そんな風に俺が自分の身体について考えていれば、先ほどの発言を気にしたのか女性が俺の顔を覗き込んできた。

「?どうし「おーい!クイントォ!!」「お母さーん!!」あら」

彼女の言葉を遮る声のする方へ視線を向ければ、彼女の夫と思われる人物と青い長髪の女の子が此方に向かって走ってきている。

「二人も来たみたいだし…ねぇ、ジョン・スミス君?」
「ん?」
「私たち、ピクニックに来たのだけど、良かったら一緒に食べない?」

は?という戸惑いの言葉を無視し、彼女と青い髪の女の子は先ほど来た二人のところへ向かっていった。二言三言話したかと思えば、先ほど走ってきた男性が此方を手招きしてくる。
――――行くべき、なのだろうか。
まぁ、罠だとか物騒なことは無いだろうからとりあえず付いていくべきなのだろう。
しかし家族の団欒に俺が突っ込んで良いものかと思いつつも脚を勧めれば、既にシートが敷いてある。
しかも円のような状態を描きつつも、しっかり俺の場所があけてある。
座れ、ということなのだろう。

「あー、まぁ、その…お邪魔します?」
「「いらっしゃーい!!」」
「おう、座れ座れ」

子供二人は純真だねぇ、としみじみ感じつつも男性の勧めにより座らせていただく。
どっこらせと胡坐をかけば、男性がほぅ、と声を漏らす。

「…何だよ」
「ああ、いや。随分と逞しい体つきしてるなぁ、と」
「身体が資本の仕事、やってたからな」
「そうか。…にしてもお前、敬語は苦手か?随分とぶっきらぼうに言葉を言うようだが」
「そうねぇ、年上にはちゃんと敬語使わないとね」

二人がそう言ってくるが、少しの間迷う。
俺の実年齢は恐らく六十前後、拾われたので年齢はよく分からないが大体そんなもんだろう。
精神疾患でもあるんじゃねぇのかと疑われるところだが、ここで俺が生きている事も異常の一つだ。
まぁ、実年齢を言ってもいいだろう。

「…こう見えても、六十前後だ。お前さんたちよりも年上だと思うが」

瞬間、空気が凍る。
少女二人はサンドイッチをパクついているが、大人組は凍結中である。

「……ギャグか?」
「事実だ。何故か知らんが若々しい姿になってた」
「そんなことありうるの?」
「んな聞かれてもなぁ…」

カリカリと頭を引っ掻く。
知れると言うのならば俺が知りたいようなものだ。

「……次元漂流者が若返った、か。そんな事例聞いた事が無いけどなぁ」
「次元漂流者?」
「ああ、アナタの事よ。ジョン・スミス…さん?」
「ジョンで良い。というか若返った事信じるのか?当事者が信じられんような事だぞ?」

嘘を吐くような人はそんなこと言わないわよ、と女性は言う。
成る程、それもそうか。

「―――あ、そう言えばこっちの自己紹介がまだだったわね。私は、クイント・ナカジマ」
「ゲンヤ・ナカジマだ。よろしく」

ゲンヤ…まぁゲンヤさんにしておこう。
ゲンヤさんの差し出した手を握り返し、クイントさんから差し出された手も握り返す。
両親に自己紹介をしなさいと言われた二人も、こちらを向いて笑顔で言う。

「スバル・ナカジマです!!」
「ギンガ・ナカジマです」

…ふむ、どうやらギンガと名乗る長い髪の毛の子が姉のようだ。
少々だが落ち着いた雰囲気が感じられるし、恐らく姉としての自覚を持ち始めたあたりと言うところか。
一通りナカジマ家の面々が自己紹介したところで、はたと気付く。

「そう言えば…さっき手足に付けていたのって何だ?」
「え?デバイスだけど?」
「デバイス?…新種の兵器か何かか?」
「いや、魔導士が魔法を使うのに使用されるものよ?」

…は?何だそれ。

「魔法に魔導士?アレか?かぼちゃの馬車でドリフトかます気か?」
「何言ってんだジョン」
「寧ろあんた等が何言ってんだナカジマ夫妻」

いやいやいや、この世界で魔法やら魔導士やら何てそんな非常識な…。
…いや待て。
非常識とか言ってる場合じゃあ無いだろう。
そもそも俺が今此処で生きているという事、それ自体が常識的とは言えない事態なのではなかろうか。
と言うか言えない、絶対に言えない。
ならば此処は何処だ。
まぁ間違いなく地球上と言う範疇から離れている。
いや、或いは未来の世界か?
いやしかし『科学』を『魔法』と言い換えるかどうかと聞かれると……。
だが高度に発達した科学は魔法特別が付かないと言う話とてあるし……。
うむ、此処は。

「ゲンヤさん」
「ん?どうした?」
「此処、何処だ?」

聞かざるおえんなコレは。
その言葉に、ナカジマ夫妻は目を丸くした後あーそうかそうか、と声を発し一つ頷く。

「そう言えばあなた、何も知らないでこっちに来たのだったわね」
「そう言う事になりますな」
「此処はな、ミッドチルダってところ…というか世界だな」
「ミッドチルダ……成る程、さっぱり知らん」

そりゃあそうだろ、とゲンヤさんが言う。
何でも聞いたところによれば此処には時空管理局と呼ばれる武装警察のようなものがあるらしく、この世界を中心に展開する異世界を管理しているらしい。
この時空管理局、通称『管理局』と呼ばれる機関にナカジマ夫妻は所属しているらしく幾つか存在する部署の中で陸上部隊と呼ばれる場所に在籍しているようだ。

(ほむ、ほむ………)

―――此処からは、俺の私見だ。
この時空管理局という機関は何かおかしい。
質量兵器、ようは俺や仲間たちが使っていたハンドガンやスナイパーライフルなどの銃火器や化学兵器などを禁止しているのはまぁ良いだろう。
かつて起こったらしい『惨劇』を回避する為にソレを根絶するのは構わないし、死者を増やさないための行動というのも理解できる。

だが自分たちだけ戦力を蓄えると言うのは如何なものか。

話によれば支配下にある世界に支部というのもあるわけではないようだし、他の世界には大した戦力と呼べるものが無いのではなかろうか。
実際のところは知らないが、それでは武力を独占する組織のように見えるのだが。
それに警察と裁判所をまとめておくというのは間違いでは無いだろうか。
裁判では被告人に対して検察、弁護人と言う討論を交わす人間がおり最終的にそれを聞いて有罪か無罪かの判決を下す裁判官がいるわけだが、警察と裁判所が同化した場合は検察と裁判所が同化するというも同じではないだろうか?
であるならば、裁判は容易に有罪無罪を決定できる。
それでは――――。

(まるで、管理局が)

――――世界の支配者のようでは無いのだろうか?
仮にあらゆる世界を管理下に置いた場合、武力を持つ機関は管理局だけとなる。
どれだけの事をされても、された世界はそれに反抗する力が無い。
裁判にしても思いのままだ。

(……考えすぎだよなぁ)

流石に其処まで腹黒くは無いだろう。
どこぞの宗教カルトにおける狂信者でも在るまいし、一大機関がそんな馬鹿げた方向性に突っ走るわけも無かろうに。
というか検察云々のところとか穴がありすぎて意味が無いだろう。

「アッハッハッハッハ!!無い無い!!」
「お、おい、ジョン?大丈夫か?」
「あの、もしかして私の蹴りが変なところに入った?」
「ハハッ、あー、いや、ハハッ!!気にしないでくれ、俺が馬鹿げた妄想を繰り広げただけだから」

俺が突然爆笑し始めたことに対してナカジマ夫妻が気を使ってくれるが、手で制す。
まぁ致し方ないだろう、俺だってそんな人物を見かけたら心配する。

「そうか…あ、そう言えばお前、泊まる所無いよな?」
「ん?まぁ、そりゃそうだろ。俺は此処に初めて来たわけだし」
「あ、じゃあうち来る?」

―――――――――は?








それから、一ヵ月後のこと。

「何時までも居候も悪いので管理局とやらに入ろうかなと」
「魔力量が足りないと実働隊は無理よ?」
「どんだけ魔力至上主義なんだよ其処」

ジャブジャブと洗い物をしながらクイントさんに希望を述べるが、即座に潰された。
結局、俺はナカジマ家に居候する事となりまして。
豪胆とか人が良いとかそういうレベルじゃないと思うのよねもう。
身元不明の青年(実年齢は六十そこらだが)を家に招きいれ、尚且つ居候として置いておくなど普通では考えられない所業だと思われる。
最初は五回ぐらい確認したのだが、間違っていなかったらしい。
マジ○チの所業である。
ちなみに、他の次元から流れ着いた『次元漂流者』たる俺は『保護観察』のような扱いらしい。
元々『傭兵』なんてヤクザな事やってたし、質量兵器を嫌う管理局としては俺のことを危険人物として見ているようだ。
武器が無ければ、俺なんて無力だというのに用心深い事で。
馬鹿正直に話したのは不味かったなぁ、と思いつつもまぁ良いかと思考を流す。

「そもそもあなた、リンカーコアがあるかすら分からないじゃない」
「あー、確か魔力を取り込む機関だっけかね」
「よく覚えてるわね」

目新しい知識には存外食いつきが良いんでね、とだけ返答する。
まぁ魔法だの何だのなんてのは俺が元々居た世界では『夢物語』という類の事象である為、それ関連の事には嫌でも興味が向き記憶してしまうというもの。
だが、このリンカーコアも全員が全員持っているわけでも無いようで。
―――事務仕事とかあんまり向いていないんだがねぇ。
しかしそんな文句を言ってられる場合でもなくなってきた。
世話になりっぱなしと言うのは俺の微かなプライドが許さない。

『え?隊長プライド何てあったんですか?』
『不意打ちも騙まし討ちも上等な隊長に?』
『――――――違和感だけだな』

また幻聴が聞こえてきた。
いい加減お前らは俺を解放しろコノヤロウ。

(……いや、俺が執着しているだけか)

完全に死んでから生まれ変わって此処に着たのか、それとも途中から時間でも遡って此処に来たのかは知らないが、もう二度と出会えない存在に未だ執着している。
―――未練、としか言いようが無い。

「ホンット、どうしようもねぇなぁ」
「どうしたの?ジョン」
「うんにゃ、何でもない。それよりも、二人に教えてるアレ…何て言ったっけ?」
「ああ、シューティングアーツの事?何?習いたいの?」
「ンなわけあるかい。わくわくした面になるな」

このおば…………お姉さん、ことある事に『シューティングアーツ』と呼ばれる格闘技を習わせようとしてきやがるんだよなぁ。
何かしっかりとした身体作りだから云々と言っているが、そんな事は俺の知ったことではない。
流石に居候だからといって何でも従うというわけではない。
俺にも選択権ぐらいはあるのだ。
――――此処の住人は居候と言う立場を盾に脅したりする事は無いありえないが。

「何だ、つまらないわね…」
「おーい、寝かしつけてきたぞ」

クイントさんが本当につまらなさそうに言い、そのすぐ後にゲンヤさんが居間に入ってきた。
どうやらスバルとギンガを寝かしつけてきたようだ。

「お疲れ様っと…ツマミ要るかい?」
「ああ、頼むわ」
「あ、私のもお願いね?」
「ヘイヘイ」

冷蔵庫の中から缶ビールを二本取り出し、二人が座る机の上へ置く。
えーと、鶏肉…のようなものはある、ネギ…のようなものもある。
『のようなもの』と言っても、決して危ないものというわけではない。
単純に地球に存在する食い物と同じものなのかどうかが分からないというだけで、何時も料理に使っているようなものだ。

今の言葉で気がつくかもしれないが、居候してからの料理人は俺である。

居候として出来る事をやろうと思った俺がまず始めた事は、家事である。
風呂を洗い(シャワーでは無かったことに少々驚いた)、掃除をして、食事を作る。
二人には子育てに専念して貰いたいというのもあったが、最たるものは己の自己満足であろう。
まぁ、それはどうでも良いとして。
串に材料を刺していき、自家製のタレに漬ける。
その後、網を敷いたコンロの上に焼き鳥を置き焼いていく。
適度に焼けたところでもう一度タレを塗り焼く。
後は、いい感じになるまで焼くだけだ。

「ほい完成」
「おっ、来た来た」
「おいしいのよねージョンの作った焼き鳥。…名前に似合わないけど」
「やかましい」

昔、知り合いの日本人に教わったのだ。
何処にでも現れるような俺なんぞよりよっぽど神出鬼没な人物ではあったが、親切で気前の良い青年であったと記憶している。
彼から『風呂上りのビールと焼き鳥は最強』と教わったが、本気でアレはヤバイ。
病み付きになる。
暫し無言の間、焼き鳥を食らう。
ビールが無いのは悔やまれるが、致し方なし。
そう言えば、ゲンヤさんが来たのなら就職の話をもう一度話すべきだろう。

「クイントさんにはもう話したけど、俺、管理局入ろうと思うんだわ」
「ん?何だお前、管理局入ろうとしてたのか?」
「求人率は良いらしいからな、管理局」
「まぁ、そうねぇ。万年人材不足だからね、うちの組織」

はぁ、とナカジマ夫妻が溜息を吐く。
何でも、地上部隊とやらは俺の想像以上に不味い状況らしい。
魔導士というのにはランクが存在するのだが、曰く最高であるSSSから最低であるFの11段階評価、細かく言うと更に『+』と『-』の符号が付随する事により33段階の評価。
当然コレは高いほうが良く、高ければ高いほど強いようだが魔力量やレアスキルによっても左右されるらしい。
そして地上部隊に所属する魔導士なのだが、高いランクの陸士は通称『海』と呼ばれる次元世界などを行き来し、或いは介入を行う部隊に盗られることも少なく無いという。
俗に言う引き抜きである。
しかも予算やら装備、人員の質が『海』よりも劣るという事で確執が深まっているとか。

「『海』には沢山ストライカーが居るって言うのに、うちには少ないってどういう事なのよぉ…」
「だよなぁ、こっちにはゼスト隊長ぐらいなもんか?ストライカーなんて」
「…つか何で内部事情を一般人の俺に話すよ、お二人さん」
「そりゃあお前が聞き上手なのが悪い」
「そーそー、何でか知らないけど話しちゃうんだから。実は傭兵じゃなくてメンタルカウンセラーとかそういうんじゃなかったのあなた」

俺のせいか?それ俺のせいなのか!?
ツッコミを入れたかったが、ゲンヤさんには流されるだろうしクイントさんは酔っ払っている。
というかビール一本で酔うんじゃねぇよアンタ。
弱すぎるだろアルコールに。
こくりこくりと船を漕ぎ出したクイントさんを「寝かしつけてくる」とゲンヤさんが退場する。
その間に俺は既に何も残っていない焼き鳥の皿を洗い場へと運び、スポンジに洗剤を付けて洗う。
元より家事は嫌いではなかったが、この家に来てから趣味に近くなっている気がする。

「…管理局、かぁ」

入ったら、どういう風になるのだろうか。
正直、ああいう組織の『規律』というのはあまり好きではない。
規律が嫌いだとは言わないが、大切なものをいざと言うとき護れないのなら規律など要らないとも思う。
だが、手っ取り早く稼ぐには管理局が良い。
コレが理想と現実のギャップと言うやつか。

「やっぱ難儀なもんだね」
「ジョン、お前いつもそれだな」

お?と顔を向ければ想像通りにゲンヤさん。
とりあえず缶ビールをまたも二本取り出し机の上においておく。
そして菓子類の棚に仕舞っておいたするめの袋を取り出し、冷蔵庫からマヨネーズとカラシを拝借する。
小皿の上にマヨネーズとカラシを出し、するめで混ぜ合わせる。

「おっ、いいじゃねぇか」
「だろ?」

ゲンヤさんにも好評なようで、二人でビールを飲みながらするめを食らう。
美味い。

「クイントさんが居ると怒られるんだよなぁ、ビール」
「本来なら、俺も怒るべきなんだろうがなぁ。未成年が酒なんて飲むなーって」
「肉体年齢は外見相応、って判断が出たわけだしな」
「それでもあんまり怒る気になれないのは、お前がおっさん臭いからだな」
「加齢臭とかして無いよな俺」

そうじゃねぇよ馬鹿、とゲンヤさんが言ってくるがンなこたぁ百も承知だよ。
唯のジョークだと返せば分かってると返される。
クックック、と二人で浅く笑う。
嗚呼、こういう風に男同士で飲むのは楽しいもんだ。

「若い奴らは女と飲みたがるが、こういうもんも良いよなぁ」
「外見は若いお前が言っても説得力無いぞ?」
「然様で。まぁ正直な話、ビールよりも日本酒のほうが好きなんだがね」
「飲んだ事あるのか?外国に居たんだろ?地球の」
「知り合いに貰ってハマった。やっぱ俺の出身は日本だったのかねぇとしみじみ思ったもんだよ」

妙に日本の製品がしっくりくるんだよなぁ、と語ればゲンヤさんも、

「俺も先祖が日本人だったらしいからな。日本のものが妙に馴染むよ」

と返してくる。
お互い、行ったことも無いのに日本が合うよなぁと苦笑する。
そしてビールを飲み終わったところで、このささやかな飲み会はお開きとなった。

「さって、んじゃあ寝るかい。片付けはやっとくから、歯ぁ磨いて寝に行きな」
「おう、悪いなジョン」

なぁに、気にする事はねぇさと片手を上げながら返答する。
机の上の空き缶を片付けながら、思う。
――――――――管理局、入ってみるかい。

~あとがき~
何かやってしまった。駄目だ、ギャグすくねぇ。そしておっさんとの会話書いてるときが一番楽しいという事実。
本筋に無い話を書くと流れを考えるのが面倒臭いで御座る。
続くのだろうかコレ。

~次回予告?~

「地上部隊に配属されたジョン・スミス十七歳(仮)です。よろしく」
「(仮)って何だ、(仮)って」
「実年齢知らんのですよコレが」

何とか地上部隊に入隊し、始まる管理局での職務。

「シャラー!!待てコラ引ったくりがぁぁぁぁぁ!!」
「来るんじゃねぇよ化け物が!!何で魔法使ってねぇのにそんな速さ出るんだよ!!」
「人間の可能性をぉぉぉぉ…嘗めんなぁ!!」
「ぎゃああああああ!!?」

地道に働くも、上がらない給料。

「デバイス使えよお前」
「使ってますよ?アームドの自己強化能力」
「本体を使え本体を!!」
「ああ!?基本的にジャーマンスプレックスで終了だろうが!!」

デバイスを使えよと指摘されたり。

「相手の防壁、崩したーいなー、ハイ、バリアブレイィィィィック!!」
「うわっ!?」
「そしてキャメルクラッチ!!」
「いたたたたたたたたたたたたた!!?」
『だから普通にデバイス使えよ!!』

教導隊との戦闘でやりたい放題だったり。

『筋肉部隊20名!!集合しマッスル!!』
「…どうしてこうなった」

謎の部隊の結成に関わってしまったり。

「…クイントから話は聞いている。ジョン・スミスだな?」
「あー、アナタが件の」
「ゼストだ。よろしく頼む」
「いやいや此方こそ、隊長」

ストライカーに遭遇したり。


暴走青年リリカれないジョン・スミス。続くのだろうか。



[21147] 【習作】やっちまった感じしかしねぇうろ覚えの記憶に頼ったSS【駄文の極み】
Name: do◆579b2688 ID:d32f757b
Date: 2010/09/05 06:08
~注意~
・オリ主。
・キャラがおかしくても泣かない。
・記憶が微妙なせいでストーリーが無茶苦茶。
・そのつもりは無いけれど、アンチ管理局になってるかもしれないが気にしない。
以上の事が許容できる方のみスクロールして下さい。
























訓練場に移動した俺とゼスト隊長であったが、開戦の前に一つゼスト隊長から宣言があった。

「この勝負、俺は魔力を使う気は無い」
「…ほぉ?自らの利点を捨てるとな?」
「侮っているわけではない。純粋な武芸者として、挑みたいだけだ」

ザシャリ、土を踏みしめながらと槍を構える騎士、ゼスト・グランガイツ。
オーバーSの魔導士ランク、それを支える莫大な魔力を自ら封ずるとは。それほど、自らの技芸に自信があるということか。
こちらもデバイスを起動させ、手甲を装備する。鉛色のソレが装着された腕を軽く振るい、数回跳ねて身体の調子を確かめる。
うむ、異常なし。ゼスト隊長のほうへと身体を向ける。

「了承した。なら、俺も魔力は使わない。…元より、大したものは使えないからな」
「強化を使わなくて良いのか?此方は槍、其方は無手だぞ?」

まぁ、そうなんだがね。けれど、何時でも魔法を使用できるほど戦場は甘くない。

「どれだけ準備しても常に万全とはいかない。…それが、戦場ってもんだろ?」
「―――成る程、道理だ」

重々しく頷く騎士の眼光が、鋭く光る。
嗚呼………目の前の騎士は、間違いなく、強い。
近代の戦闘で槍という武器を使う者はいなかった。
精々が銃剣装置によって展開された刃を振り回す程度だ。
だが、この男はその手に持つ槍一本に、どれだけの年月を重ねてきたのか。
対して俺は無手。
剣道三倍段、という言葉があるようにリーチの差は絶対だ。
どこまでやれるか。

「…いや、気持ちで負けてちゃいかんわな」

フッ、と軽く息を吐く。
瞳を閉じ、呼吸を整え、全身に力を込める。
やや姿勢を前に倒し、腕を上下で軽くクロスさせる。
自分自身が培ってきた経験から組み上げた、独特の構え。

「…ふむ。その構えは何処の流派だ?」
「流派なんぞあるかい。俺が遣り易い構えをしているだけだ」
「そう、か。いや、隙が見当たらんのでな」
「油断してくれりゃ有難いんだがね」
「それは難しい注文だ」
「だろうな」

いやまぁ、動き方の一環に八極拳を取り入れている部分もあるが…それはどうでも良いか。
互いに、身体へと力を込める。
面倒臭いと思うと同時に、こんなのも偶にはいいかと思う。
結局、あっちの世界じゃ死に掛けるまで騙まし討ちやトラップ祭だ。
真正面からぶつかるのも、まぁ悪くは無いだろう。
ジャリ、と互いの靴が地面を擦る。

「じゃあ」
「いざ尋常に―――」

―――――勝負ッ!!




         第二話  ~子供には真っ当な名前を付けたいものだ~




「フンッ!!」

先手を取ったのは、相対する槍の騎士。
巨躯に違わぬ豪腕から繰り出される突きは、強烈且つ高速。
ゴッ!!という風を突き抜けるような音を出しながら迫るその槍に対して、

「っと」

バックステップを行い、射程圏内から逃れる。
そのまま片足を上げる事で、戻りきる前の槍を上空に蹴りとばそうとするが…。

「フンッ!!」
「ぬぁ!?」

何時の間にか引き戻していた槍が、もう一度突きこまれた。
軸足の足首に思い切り力を込め無理矢理に横へとずれる。
今の一撃が掠ったらしく、服の端がスパッと切れた。

(なんつぅ速度だよクソッ!!馬鹿じゃねぇのか!!)

槍術馬鹿一代ってぇレベルじゃないだろ。
天才ってのは、こういう人間のことを言うのだろうか。いや、その巨躯を支えるだけの筋力もその一因であろう。
そうして推測を立てている間にも槍は容赦なく突き込まれる。
高速の引き戻しと、それ以上に速い槍の突き。
普通に対応しているだけでは、間に合わない。
なれば、手段は一つ。

「おおぁっ!!」
「ぬっ!?」

―――タイミングを見計らい、叩く。
槍の放たれる速度は何と無しに覚えた。
引き戻され、突き出され、再度引き戻される一秒程度の時間で槍に掌底を叩き付ける。
槍に叩き込まれた己以外の力に、ゼスト隊長が声を上げた。
その間に今度は槍を足場として刃を蹴り付け、身体を前方に押し出す。
コンパクトに拳を振るい、顔面を狙う。

「オォラッ!!」
「―――嘗めるなッ!!」
「ゴッ?!」

しかし、更に踏み込まれた。
穂先の下がった槍を地面に突き刺しつつも、肩による突撃が胸にぶち込まれる。
カハッ、と肺の中から空気が叩き出され一瞬だが意識が遠くなる。
だが、ただでは転んでやら無い。
両手で騎士の頭を挟み込み、腕力だけで身体を前に押し出す。

「―――シャラァ!!」
「ぬがっ!!」

膝を、顔面に叩き込む。
してやったりと口角を吊り上げるが、どうしたものか。
空中で受身は取れんし、このまま折りたたんだ足を突き出してゼスト隊長の胸板を蹴り飛ばせば距離は取れるだろうが、振り上げられた槍の餌食だろう。
関節技を決めるにしても、槍の絶大なリーチが急所を襲ってくるだろう。槍を持っている腕ならばまだ何とかなるが、首を前方から絞めたとて槍が当たる。
…どうする?
思考は一瞬、行動は即座だった。
もう片方の足をゼスト隊長の背中に引っ掛け、叩き込んだ片足を自分の胸元に引き付けながら、腕力と片足で掠めるように頭上を飛び越える。
おまけにも折りたたんだ足を伸ばす事で、後頭部を蹴り付けながら身体さらに前へと押し出しつつ回転を加える事で裏を取った。
その瞬間。

「ズェェェェア!!」
「…おうわぁ!?」

ブン!!と身体を旋回しながら振り抜かれた槍の穂先が、鼻を掠めた。
チッ、という皮膚を削る音と共に血が流れ出る。完全に背後を取ったはずが、一秒と掛からずに反撃を加えられた。
マジどういう身体構造してんだこの槍男。
ドサリと背中から落ちるも、身体を転がす事で衝撃を逃がし即座に立ち上がる。
ゼスト隊長も、槍を構えなおす。

「…随分と、無茶苦茶な動きをするな」
「お前さんが言うなや。そっちこそどういう筋肉してんだ」
「無駄を省き、極限まで鍛え上げた肉体だ」
「然様ですかい。そいつぁスゲェ…なっ!!」

会話の最中に付きこまれた槍を横にずれる事で避ける。
冷や汗が垂れる。

「テンメェ…騎士道精神はどうした。不意打ちってのは、俺の専売特許だぞ」
「戦場では、油断が命取り…違うか?」
「あーあー、了承了承。俺が悪うござんし、たぁ!!」
「ぬぐっ!?」

此方も不意打ちをかます。槍の前方に添えた手を蹴り付ける。
しかし、槍を手放さない。
――――オイオイ、手の甲に蹴り叩き込んだのに離さねぇのかよコイツ!!
真面目に化け物だな、と思いつつ姿勢をさらに下げる。被害を最小限に食い止める為の姿勢。
槍の主要な一撃は、当然『突き』。
振り下ろしならば姿勢を下げても速度次第で叩き切られる可能性もあるが、突きであるのならば相対時の正面から見た面積を減らせば当たる可能性は低くなる。
槍は、刃自体はそう長くない。叩き切られるという可能性は低い。
一瞬の膠着の後、互いに地面を蹴り前へ出た。

「…ゼイッ!!」
「オラァ!!」
「フンッ!!」
「ぬお!?」
「ハァ!!」
「おおっ!?」

突き込まれた槍を上方から殴りつけようとするが、その前に引き戻される。
そしてまた突き込まれた槍を避ける。
そのプロセスをもう一度。
軽くステップを刻みながら避けるが、突きが速すぎる。
一旦守勢に回ると、厳しい。見栄を張らずに、大人しく身体強化を使っておくべきだったか。

「ハハハハッ!!良くぞ避ける!!良くぞ受ける!!本当に四等か!?」
「じゃかぁしい槍小僧!!マジで戦闘ジャンキーかお前さんは!!」
「小僧!小僧か!ハハッ!!そうかそうか、お前から見たら俺も小僧か!」
「十歳以上の差があんだから、小僧で十分!!」
「―――ならば小僧として、老練な戦闘をご教授願おうか!!」
「教える事なんざあるか阿呆が!!俺は教員じゃねぇんだよ!!」

チクショウ楽しそうだなぁオイ!!
ガゴン!!と両腕をハンマーのように振り下ろし槍を叩く。
だが、先ほどより少しだけ硬直時間が短い。恐らくある程度の対策がしてあったのだろう。
即座に、槍による突きが来た。

「チクショウもっと隙を見せろやぁ!!」
「無茶な注文だな!!強者を相手に隙を見せるは愚行の極み!!」
「正論だが俺は強者じゃねぇよ!?」
「いや強者だ!!少なくとも俺と打ち合えるのならば強者に相応しい!!」
「自分大好きかテメェ!!」

自身の力を正当に評価しているだけだ!!と吼えながらも鋭い槍が来る。半歩横にずれ、紙一重の位置で槍を避ける。
―――中々、攻撃できない。
というか、現状守勢に回るだけだから攻撃を叩き込める機会が少ない。
本来、一撃必殺が俺の信条。一撃をぶち込んで次の標的に向かい、そしてまた一撃をぶち込む、というのが俺のスタイル。
純粋な殴り合いは、実は遠慮したかったりする。

「シッ!!」
「ハァッ!!」

ジャブが、振り上げられた槍の柄に弾かれた。
まずい、前面がら空き――――!!

「貰った!!」
「させるくあぁぁぁぁぁ!!」

無理矢理に身体を捻り、突きを避ける。
ギチリと身体が軋む音がしたものの、無視する。
――――やっぱり、ナイフとかそういうもんが欲しいところだ。
試合前は格好良いこと言ったけどやっぱ武器とか欲しい。
手甲による近接格闘も出来ないわけじゃあないけれど、それ単体は厳しいものがある。

「関節技、掛ける余裕もねぇしなぁ!!」
「そう簡単にやらせはせんよ!!」

ああそうですかい、と短く呟きバックステップ。
薙ぎ払われた槍の穂先が、浅く腹部を切り裂く。
しかし、深くは無い。
着地後すぐさま斜め前へと前進し、横から叩こうとするが…。

「ぬおっ!?」

がくりと、身体が下がった。
何かに引っかかったかと思えば、足元には窪み。ショベルで抉られたような、そんな窪みだ。
…見覚えがある。
恐らく肩でのタックルをゼスト隊長が行ったとき、地面に突き刺した槍を抜くに当たって余計な部分も抉ったのだろう。
それを感じさせない速度で動いていたが、正しくとんでもない筋肉だ。抉った分の重量感を一切感じさせないその力、見事。
心の中で賞賛を送りつつ、身体が倒れていくのがゆっくりに感じる。
視界の中で大きく目を見開いた隊長が、しかしすぐさま顔を引き締めた。恐らく彼にとっても今の事態は予想外だったのだろう。

「ッ!!セァ!!」
「ぬ」

ビタリ、と目前で槍が止まる。突き込まれた風圧が、顔を打つ。
槍は、少しでも動けば突き刺さるような位置だ。
冷や汗がぽたり、と流れ落ちた。

「…俺の負け、だなぁ」
「無手でよくやるものだと思うがな。正直、自信を無くす」

両手を挙げ降参のポーズを取れば、ゼスト隊長の槍が戻っていった。

「こっちゃほとんど守勢だったがな」
「それでも、だ」

お互いにデバイスを待機状態に戻しながのら会話。
しかし、無手と言うのならばそちらの部隊のクイントさんとてそうだろう。

「クイントさんも無手でしょうに」
「クイントも確かに無手だが、魔力無しでの勝負をした事が無いのでな」
「あー、そういうこと。…てか、それならクイントさんとやってこい!!」
「何、そう気にするものでもあるまい。俺の有休が減っただけだ」
「俺の体力も減ったんだよ!!」

戦闘が終わって落ち着いたのか、まったく顔色を変えず会話するゼスト隊長。
チクショウこの鉄面皮、マジの戦闘ジャンキーか。
人の都合も考えてくれよ、いやへタレ隊長のせいで巡回免除されたけどさ。

「クソッ…厄日か、今日は」
「そう言ってくれるな。代わりにコレをやろう」

ゴソゴソとポケットを漁っていたゼスト隊長から、何かが手渡される。
クシャクシャになった横長の紙だ。
何かの引換券らしい。
――――隊長、意外とアバウトだな。
こういうものは財布かなんかにキッチリ仕舞っているようなイメージがあるのだが、そうでも無いようだ。
ジッと券を見てみれば、よく分からない商品の引換券のようだ。

「…?コレで救出作業も楽々に、デバイスに繋げば電源要らずで即回る、地上部隊開発『楽々ドリル君第4号~天元突破~』…何スかコレ」
「俺も良く分からんが、知り合いに渡された」
「渡された、じゃないでしょうよ。地上部隊は予算無いのに何造ってんだコイツ等」
「いや、これが中々評判らしくてな。一応の資金源として活躍してはいるらしい」

そいつぁまた、何と言うか。

(…もうちっと、マトモな名前で売り出しゃあ良いのに)

此処最近で分かった事なのだが、何だかんだで地上部隊には優秀な局員が多い。
ただ人格的に問題のある奴ら―――主に屯所に良く居る世紀末陸士どもとか―――がほとんどである為に、働きが悪いのだろう。
あと優秀な機能でも悪ふざけと受け取られたり。
そんな奴らばっかりなので、レジアス中将が頭悩ませてたり『海』の連中が『陸は駄目だ』とか言ってくるんだろうなぁ。
たぶんぶつかり合えば地上の馬鹿どもがヒャッハーわはーと攻め入って『海』の連中をボコボコにした後、『負け犬』という看板つけて簀巻きにして吊るしておく気がする。
空飛ばれたら、どうしようもないけど。

「…いや、ケンツローとかヲオウは手からレーザーとかビームとか出してなかったか?」
「どうしたスミス四等陸士」
「ああ、いや。地上部隊の謎戦力について少々」

細身で白髪の陸士――トギ・ホフト――の胡坐ビームは、空飛んでてもある程度の高さなら当たる気がするけど。
当たり判定どこだよアレ。
そう言えばヅャギは『人類羅漢計画パート2』とか言う書類をこの前纏めていた様な気がするなぁ、と思いつつも話を戻す。
あの世紀末どもに意識を回していたら身が持たない。

「ま、そういうことならありがたく貰っときますよ」
「そうしてくれ。持ち運びにも便利な改造を施しているらしいから、常に持っていると良いだろう」
「そりゃありがたい。備えあれば憂いなし、ってのは好きな言葉ですから」
「…確か、クイントの夫の先祖と同じ世界の土地の出生だったか?お前は」
「明確には知りませんが、たぶんね。どうにも向こうの食いもんや酒が合う」
「―――今度、飲みに行くか?」

そりゃあありがたいですが、俺は見た目で断られるんですよ。
そうゼスト隊長に言えば、そうか。と短い答えが返ってきた。
心なしか気落ちしているように見えるのは、俺の気のせいなのだろうか。
それにしても、とゼスト隊長の槍を思い出す。
支給品では無く己だけの武装、というのは何時の時代でも憧れるものだ。

「―――俺も、自分のデバイスとか欲しいもんだ」

質量兵器が無い以上、使用する武器はデバイスに限られてくる。
出来る事ならアームドが良い。
インテリジェントやストレージなどのミッド式魔法に準ずるものは肌に合わない。
魔法の才能が大して無いというところもあるが、武器の形状が最も慣れ親しんだ形状であるからだろう。
まぁ、全部が全部杖の形ってわけじゃ無いんだろうけど高確率で杖だしなぁ。
そんな風に考え込んでいる俺に、ゼスト隊長が言った。

「デバイスならば、自作できるぞ?」
「……え?」

マジで?






「完成度の低い簡易ストレージデバイスと呼ばれるものだが、アマチュアの手で製造されたデバイスも確かに存在している」
「何とまぁ、デバイスってアマチュアの手だけで作れるもんなのか…」

アレックスが居たら嬉々として色々と作り出しそうなもんだ、と思いながらも自前の弁当を広げる。
結局、あの後すぐに昼休みの時間となり、屯所で食事をすることにした。
弁当を持ってきているらしいゼスト隊長もデバイスについての話をする為、共に食事をとってもらう事にした。
それにしてもゼスト隊長の弁当箱、でかいな。

「…やらんぞ」
「別に貰いませんよ、自分のあるんだから。それより隊長のは自作ですか?」
「そんなわけが無いだろう。…妻のものだ」
「結婚してたんスか、アンタ」
「式は挙げていないがな」

内縁の妻だと言いながらも開いた弁当のご飯部分には、新婚かバカヤローと言いたくなるようなハート型のチラシにそぼろで『ゼスト』と書いてあった。
何だろう、凄く似合わない。
寧ろ豚丼とかズドーンと入ってるほうが似合う。
顔を向けてみるが、にやけてる、すっごいにやけてるよ騎士殿。
「フフフ、メガーヌめ」とか言ってるけど内縁の妻ってあの人か、クイントさんの親友の女性か。
そう言えば二年ぐらい前に出産したとか何とかクイントさんから聞いてたけど、旦那この人だったのか。隊の人間、どう思ってんだろこの事。

「……なぁ、隊長殿。その弁当、いつも『そう』なのか?」
「ん?ああそうだな周囲はこの弁当から溢れる圧倒的美味を感じさせるオーラに自分の弁当が惨めになるのか顔を逸らして何処かへ移動していくのだ流石メガーヌの弁当―――ッ!!」

ガッ、と拳を握りながら感極まったように言う隊長
オーケー、この人も変態だった。
それ美味そうなんじゃなくてアンタのにやけた面から逃げてんだよ隊長。
というかアレだ、奥さん関わった場合この人止められる人間とか居るのか。
少なくとも奥さんであるらしいメガーヌさんはあんな弁当作ってるって時点で恐らくこの人物と同等の方向性を持っていると思われるから頼りになりそうに無い。
―――ぬ、そういえば。

「…あー、そういえば隊長殿。アンタ、娘居るよな?」
「嗚呼居るさ居るとも目に入れても痛くないほどに可愛い娘だとも嗚呼あの髪の毛の色やハイハイで俺の膝に向かってくるところの愛くるしさと言ったらもう何と言うか天使なんていう陳腐な表現じゃ間に合わないほどのもので…」
「オーケー分かった、十分だ隊長。アンタの家族愛は理解した」
「ぬ、まだまだ語りたい事があるのだが…というか語ろう嗚呼ルーテシア―――」

いかん、地雷だった。
ここは無理矢理に方向転換を―――

「た、隊長!あんた娘に好きな男子とか出来たらどうする?!」

――――何言ってんだ俺ぇぇぇぇぇ!!
テンパッているにも程があるだろう俺。
幾らなんでも地雷過ぎる質問だっただろう俺。
しかして俺の焦りに反し、ゼスト・グランガイツの暴走は停止した。

「…ふむ、そうだな」

うーむ、と考え込んでいる感じのゼスト隊長。
良かった、まだ娘の将来に対してはしっかりとした思考を持っているようだ―――

「四肢を砕き内臓を抉り肌を削ぎ首を刈り全ての肢体をバラバラに分解した後コンクリートに詰めて海へと投げ捨て……いや海へ投げ捨てるのは海が汚れるから却下だな。メガーヌに怒られる。此処は犬の餌に…」
「何処の拷問だよ阿呆がぁぁぁ!!」
「誰が阿呆だ!!俺とて娘の将来を考えていたが熟考の末に…もう完膚なきまでに抹殺するしか無いと結論をだしただけだ」

―――駄目だこの人、完全に駄目だ。
完膚なきまでの家族馬鹿、たぶん家族の為なら何でもやらかす類の人だ。

「あー…オーケー、ちょっと話を本筋に戻そうか隊長」
「ん?ああ、俺の家族が如何に素敵かどうかという話だな?」
「違うから、それよりも前、デバイスの話」
「――――――――――――――――――――――おお」

大分長い思考の後、やっと気がついたように顔を上げるゼスト隊長。
マジで忘れてんじゃねぇかこの人。
本当にこの人に相談を持ちかけてよかったのだろうか。
レジンが隊長を務めるうちの問題児部隊――――第53陸士隊、通称ゴミ捨て場――――の中には技術だけは一級品の奴らが居るから、そいつらに頼んだほうが良かったか?
そう考えていたところで、ゼスト隊長が一つ咳払いをした。

「…では話を戻すが、基本的にデバイスの核となる小型のスーパーコンピューターを中心として外装を形成しておけば大丈夫だ」
「ふむ…存外に簡単なものですな」
「ああ、ある程度の知識さえあれば誰でも組める。資金力も、パーツに寄るが大して要らない」

俺の薄給でも?と聞けば、半分以上は余るだろうなと答えが返ってきた。
あまりの凄まじさに、思わず溜息を一つ。スパコンがあの給料の半分で、というのが信じられない。

「オイオイ、スパコンにも金が掛からんのか?普通、相当な高額になると思うんだが」
「AI無し、機能を小規模なものに絞るのならば然して金は掛からん。ミッドの技術力は、恐らくお前の居た世界よりもずっと上だ」

…それでも、俄かには信じがたい事だ。
質が悪かろうとスーパーコンピューターと言うのは普通のコンピューター、ようはパソコンよりも演算能力が桁違いに高かったと記憶している。
それが大して金も掛けずに買えるとなると、そりゃあ信じられん事だろう。

――――だがまぁ、ありがたい話か。

薄給の俺にはありがたい。
この前初月給を貰ったときは『こんだけかよぉぉぉ!!』と絶望したところだがあの程度でも半分以上の釣りが来るとは、或いは小娘の小遣いでも組めるのではなかろうか。
恩返しの為の金をとっておかにゃならんし、渡りに船と言うやつだ。

「さて、じゃあどんなデバイスを造るかねぇ」

少々わくわくしながら顎を擦っていると、ゼスト隊長が念のため言っておくがという前置きと共に簡易ストレージデバイスの欠点を語り始めた。

「簡易デバイスには収納や瞬間装着の機能は無い。つまりお前の使っている支給品のデバイスと違い、待機状態が存在しないという事だ。それなりの重量を持つ現物を持ち運ばなければ成らないが、構わんのか?」
「寧ろ、俺としてはそっちの方が安心できますわ。どうにも重量が無いと、武器を持ってるって実感が湧きませんのでね」

デバイスの待機状態は、確かに便利だ。
ブレスレットやカード、ペンダントなどの持ち運びに便利な状態で尚且つ軽いという質量保存の法則を真っ向から殴り倒す形態がデバイスの待機状態だ。
けれど、元々武器を持ち歩いていた性分のせいか重さが無いと締まらない。
マチェットでも愛用のナイフでもそうだが、やはりある程度の重量あってこその武器だと思う。

「ふむ…まぁ確かに、最近のデバイスは子供の局員でも扱いやすいようにと軽量化が重視されている節があるからな。元の世界では主に質量兵器を取り扱っていたらしいお前にとっては、デバイスはあまりにも軽すぎるのだろうな」

――――子供の局員でも、扱い易いようにか。

「…仕方がねぇが、納得できねぇなぁ…」

ギリリと歯を鳴らしつつ、思う。
きっと彼ら彼女らは、自ら志願して局員となったのだろう。
周囲が止める中、餓鬼の頃から傭兵となった俺が言えた義理では無い。
言えた義理では、無いのだが。

「―――納得、出来るわきゃねぇよ…」
「…ジョン、お前は子供の局員が戦闘に参加するのは反対か?」

ゼスト隊長が、少々真剣な顔で問うてきた。
…反対か否かなど、当然反対に決まっているだろうに。

「ああ、そりゃあそうさね」
「そうか。…では、何故?」

そう答えれば、素っ気無く答えが返ってきた。
しかしそれに続いて言われた言葉に対し、一瞬だけ思考を回す。俺の生い立ちというか成り立ちを、話すべきなのだろうか。
―――答えは、直ぐに出た。

「…俺が地球で傭兵をやってた時のこと、ちぃと聞いてくれ」
「老人の長話は勘弁して欲しいな」

そう言いながら肩を竦めるゼスト隊長。
まぁ、そう言ってくれるなやと苦笑する。

「…俺が所属していた、というか率いていた傭兵部隊『名無しの兵士(ネームレス・ソルジャー)』てのは、あんまり金を受け取らん主義だったんだ」
「…だった、ということは、今は違うという事か?」
「あん?…ハハッ、違う違う。俺が既に抜けてるから過去形、ってなだけさね。でまぁ、あんまり金を受け取らん代わりに、雇うには一つの条件があるんだ」
「ほう?」

興味を持ったらしいゼスト隊長が、居住まいを正す。
続けてくれ、とテーブルの上で指を組むゼスト隊長の言葉に頷き、話を続ける。

「―――子供を、戦場に出さない事だ」

なぜならば、死ぬからだ。身体の出来上がっていない未熟な子供が出れば、高確率で死ぬ。
ミッドでは魔力あってこその管理局員。というか、無ければ到底次元犯罪者などには立ち向かえないのだろう。
それでも正直な話、子供が戦う様を見たくは無い。そりゃあ、彼らが己の意志で戦場に立ち、その決意に見合うだけの力を有している事は間違いない。
だから、ソレを否定するのは俺の我儘なのだろうけども。

「餓鬼が戦場に出れば、死ぬ。…俺のとこじゃあほとんど当然の事だ」
「……では、お前のいたという傭兵団の雇われる条件とは」
「お察しの通り、餓鬼を殺させないためさ。子供が数合わせで死ぬなんざ、笑えねぇだろ?」

ハハ、と疲れたように笑いを漏らす。
しかしてゼスト隊長の面は、少々の怒りを表している。

「…だが、ミッドでは違う。お前のところはどうなのかは知らんが、我々の世界では彼らは『戦力』であり戦士だ。今のお前の言葉は彼らの決意を侮辱するものであり、到底聞き過ごすというわけには行かない」
「そりゃあ、分かってるよ。でもこれはさ、俺にとって曲げられない一線なんだ」

戦場に子供が立つのは、見たく無い。本当は、笑っていて欲しい。
――――――――過去の俺は、そう思う仲間の気持ちを踏みにじってしまったのだが。

「…俺はさ、我儘言って餓鬼の頃から暗殺術教えて貰ったり、戦場に出たりもした。けど、俺が誰かを殺したと言う度に、俺の親兄弟に等しい奴らがスゲェ苦しそうな面見せるんだわ」

成長してから、分かった。
俺は彼らの『子供を死なさない』という目的に憧れて、傭兵となる道を選んだ。けれどそれは、彼らの目的にあまりにも反した目的だったのだ。
死なせたく無いのに、死ぬような道を歩かせなければならない。
何時も何時も戦場に飛び出してくるから、教えたくも無い殺人術を俺に覚えさせざるおえなかった彼らの葛藤を、当時の俺は理解しなかったのだ。
死なせたくない、『子供が戦うような世の中は間違っている』と無言のままに訴えていた彼らの思いを、踏みにじってしまったのだ。

「…馬鹿だったんだよなぁ、あの頃の俺は。皆の役に立つ事がスゲェ嬉しくて、無我夢中で戦場を駆けずり回ったもんだよ。それがドンドン皆の心を痛めつけてるのも知らずに、ただ一人で突っ走ってさぁ。…それで皆の命まで失わせてんだから、笑えねぇよ」
「―――それは、まさか…」
「俺が人質に取られて、一部は無抵抗のうちに射殺。結局はスナイパーが俺を人質に取った兵士の頭をぶち抜いたが…最悪の気分だったよ。確か、十二ぐらいの時だ」

ゼスト隊長が、無言のままに俯いた。
推定年齢ではあるが、十二歳の時に俺は初めて仲間を、『家族』を失った。
己の過ちでだ。
あの時のことは、悔やんでも悔やみきれない。
自慢ではないが『名無しの兵士』の構成員は非常に強かった。
そんな猛者を、俺は無抵抗のまま殺させてしまったのだ。

「…その後も、戦場に立ち続けた。傭兵団全体で作った孤児院の餓鬼どもをやしなわにゃならんかったし、『誰かが死んでも立ち止まるな』ってのがうちの標語だったからな。…結局、俺が五十歳ぐらいの時には昔の仲間は皆死んでたよ。孤児院には『俺たちも傭兵になる』って言って聞かん様な馬鹿が沢山居たが、二十になるまで待たせた」
「…そうか」
「要らんところまで話が飛躍したが、ようは戦場に子供を立たせたくないのさ、俺は。あいつ等は自分で志願して戦場に立っているんだろうが、それでも思うんだ。餓鬼は脳天気に友達と遊んだり、全力で親に甘えてりゃあ、それで良いじゃねぇか」

喧嘩で泣くのならば良い。
親に叱られて泣くのならば良い。
ペットが死んで泣くのも良い。
けれど、親が死んで泣いてるのは駄目だ。
殺される恐怖に泣いているのはもっと駄目だ。
子供は、未来へ繋がる貴い遺産であり、世界の宝だ。
そんな子供が親の不条理な『死』に、己の『死』に、怯え悲しむのは、嫌だ。
或いはそんな時が来るであろう戦場に立ち続ける子供を見るのは、嫌だ。
単なるエゴ。否、エゴと言うにもおこがましい独りよがりかも知れない。
けれど、絶対に許容してはいけない一線。ジョン・スミスという精神が生きている以上、きっと捨てる事の出来ない一線。
ギシリ、と椅子に背中を預け天井を仰ぎ見る。

「俺に、世界を変えるほどの力は無い。だから、これからも子供が戦場に立つんだろうな」
「…ああ、きっとそうだろう」

重苦しく、ゼスト隊長が頷いた。
これからも管理局は人員不足を嘆く限り、有能な人材とあらば引き込むだろう。それは『世界』という大きな枠組みを護る組織にとって仕方が無い事だ。
魔力が無けりゃあ、やってられん仕事だし。
それでも、

「…やりきれないねぇ、どうも」
「…そうだな」
「何だ、同意してくれるのか」
「俺自身、娘が戦場に立つ事となったのならと夢想するだけで死にそうな気分になる。というか今現在血反吐を吐きそうだ」
「吐くなよ、絶対吐くなよ」

冗談だ、とニヒルに笑いながら横を向くゼスト隊長。
確かにカッコいいのだが、口の端からゴポリと漏れる血液を何とかしろ。
とりあえずこれで拭け、と手渡したハンカチで血を拭うゼスト隊長。その隊長が、ふと聞いてきた。

「…お前は、管理局が嫌いか?」
「ん?…んー、嫌いではないが、好きでもないな。やっぱ俺自身の感情としては子供が戦って血を流すとこは見たく無いけど、それで世の中平和なのは事実だ。だからこんな悩んでんだけどな?」
「個人の感情としては嫌いだが、結果だけ見るのならば好ましいという事か?」
「そういう事。まぁ、しょうがねぇさね。元々俺みたいなアウトローが規律一杯の管理局に突っ込んだのが間違いだったんだろうし」

早い話一番悪いのは、この世界の常識を飲み込めてない俺なんだよなーと思う。この世界では子供とて立派な『戦士』であり、俺たちの世界のような『数合わせ』では無いのだ。
俺が彼らにとやかく言うのは、間違いでしかない。

「…ま、なら出来るだけ、子供の命を護って行こうじゃあないのよ」










あれから数日後、俺はパーツを買い揃え、簡易ストレージデバイスの製作に勤しんでいた。
そして昼休み、ついぞデバイスが完成した。

「…よし、コレで完成…したんだよな?」
「お?何々ジジィ、何造ってんだよ。腰痛ベルトか?」

ひょっこり俺の後ろから顔を出し、馬鹿なことを言い出すバンダナが居た。

「死ね」

完成した直後の簡易ストレージデバイスを持ち、リックの顔面に突き込む。
ドゴスッ、と鈍い音がすると同時にリックが床を転げまわる。
追撃のローキックを連打。相手の太股に向かって打つべし打つべし。

「いだだだだだだだだだ!!額も痛いけど太股も痛い!?ッギャアアアアアアア!!パーンて!!腿がパーンてなった!!スッゲェ良い音した!!」
「そうか、そのまま死ね」
「ギャアアアアアアア!!まだやるか!!鬼、悪魔、外道!!」

褒め言葉として受け取っておこう。
柄の尻を叩けば、刃が飛び出る。
蹴りの勢いは弱めずに、ヒュンヒュンとナイフを模したデバイスを手の中で自在に動かす。
ギュッとグリップを握れば、ずしりと心地よい重量感が感じられる。製作に際して良い物を選んだ甲斐があったというものだ。

「いだだだだだだだ!!…あっ!!いだ!?いだぎもぢい?!」

雑音を無視。―――相棒だったあのナイフが、このデバイスのモチーフだ。
自らの貯めた金で初めて買ったあのナイフは、非常に良いものだった。
仲間も最初は直ぐに壊れるだろうと踏んでいたようだが、凄まじく長持ちしたものだ。
折れず曲らずよく斬れる。それが、あのナイフだった。
日本刀の製法を利用したものだったようだが、思い出せば偉く安価なものだった気がする。
あれを売っていた行商は、何時の間にか消えていたが一体何者だったのだろう。

「ほっと」

トンと柄の尻に衝撃を加えてやれば、突き出ていた刃が引っ込んだ。
ちなみにモチーフのナイフも同様であるが、このナイフは柄が割と長めだ。
何せ内部に刃を収納しているわけだしその刃も首を一撃で刎ねられる長さの刃である為、必然的に長めとなる。大きさは、日本刀の小太刀などに近いかも知れない。
種類としては、ハンティングナイフとサバイバルナイフの中間だろうか。或いはファイティングナイフの趣も取り入れてあるやも知らんな。
ともあれ自作デバイスの愛用ナイフ再現度に満足しつつ、デバイスを仕舞っているときに、

「ああん!!もっと!!もっとぶって!!」
「…アニバ、出番」

何か気色悪い声が聞こえた。
リックの口から飛び出したドM発言に、エマージェンシーコールとしてある男を呼ぶ。
パチンと指を鳴らすと、突如としてトギに似た顔の男が横に現れる。

「どうした?この天才に何か用か?」
「リック=木偶」
「木偶ktkr!!」

何かいやぁな笑顔を浮かべる横の男。正直うざくて怖い。
名前はアニバ。ファミリーネームは知らないが、元は次元犯罪者に成りかけていたところをケンツローにボコボコにされて管理局に入ったらしい。
トギと似ているのは、偶然だそうな。
ちなみにケンツローを筆頭に屯所に居る(レジンの話では、『平時に市街へ出すと所かまわず世紀末なストリートファイトを始める』らしい)世紀末陸士どもは人の話を聞かなかったりする世紀末思考回路を持っているが、この男はソレに加えて。

「さぁて?何処の秘孔から試してやろうかぁ~?」
「え!?いや、待てアニバ!!」
「我慢しろぉ。コレが成功すればお前の魔力は今までの約十倍となる」
「ちょ、止めろ!!頼むから止めて!!」

――――マッドサイエンティストと言うか、何と言うか。

「俺は天才だぁ!!」

アニバの指が、最早泣き顔に近いリックの身体へと突き刺さる。
一瞬快感を感じたような表情になったリックだが、すぐさま顔色を赤くしたり青くしたりと忙しない。その結果、

「あっふぅ…うごっ?!…お、おばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!?」
「…ん?間違ったかな?」

リック、轟沈。
泡を吹いてビクンビクンしているリックを尻目に、首を傾げるアニバ。
まぁ、割と頻繁にある光景だ。よくこの屯所に来ては暴言を吐いていくような輩にリックが嗾けたり、アニバ自身が進んでやっている。
その後、トギによる記憶抹消が行われるが。
カリカリと頭を引っ掻きながら日常風景を思い出していると。

「ワハハハハハハハハ!!」

ガシャーンと屯所の窓を突き破りながら短く刈り込んだ金髪の陸士が高笑いと共に突撃してきた。
凄い『決まった』みたいなポーズ取ってるけど決まってねぇから。

「サフザー。お前だからその登場の仕方止めろ」
「帝王に玄関は無いのだ!!」

ワハハハハハハ!!とまたも高笑いをかますサフザー。
コイツは大抵、昼過ぎに出勤してくる。
社長出勤ならぬ、帝王出勤だそうな。
とりあえずアイツが張っているバリアが砕けるまでヲオウに小パン連打してもらった。
途中、『肋骨が折れた』とか『奥歯が砕けた』とか『目押しミスらなーい』とか聞いた気もするがまぁどうでも良いだろう。
ゴキゴキと関節を鳴らしつつ、懐に手を入れる。…が、己の好きなハッカパイプが無い事に気が付く。チッ、と舌打ちを一つ。正直、口が寂しくて仕方ない。
そう思いながらふと周囲を見れば、一つ席が空いている。

「あれ?マックスの奴、何処行った?有給とったの?」
「ああ、アイツは『海』に持ってかれたよ」
「あっらー、そう言えばアイツ魔力量高かったっけね」

数少ない常識人だったんだがなぁ…何でこの部隊に入ったのか分からんぐらいの好青年だったのに。
まぁ、だからこそ『海』は持っていったのだろう。マックスにとっては幸せな事だったかも知らんな、この部隊の人間を相手にしなくて良くなったのは。
取り合えず疑問も解消したし、時間も丁度良い感じになったようだ。

「…じゃ、ちょっと俺、ゼスト隊長の所行って来るわ」
「何だ、随分とゼストさんに気に入られたみたいだね、ジョン」

レジンがそう言ってくるが、まぁ、そうなのだろう。
あの一件で随分とゼスト隊長とは親しくなった。この一週間で何度も呼び出されたりもした。
娘であるルーテシアのアルバムを山ほど持ってこられて一つ一つの情景を説明されたのは、嫌な思い出である。
だってあの騎士殿、途中からメガーヌさんとのイチャイチャ話まで発展するんだぞ?
俺、途中からは「あー、聞いてる聞いてる」しか言ってなかった気がする。
…いかん、思い出したらテンション駄々下がり。

「やべぇ、やっぱ行きたくねぇ…」
「いや行けよ。ゼストさんはうちの隊を色眼鏡無しで見てくれる奇特な人だぞ」

がっくりと肩を落としている俺にレジンが言った。敵味方問わず色眼鏡掛けて見られるような部隊ってのもおかしい気がするぞ俺。

「どっちかって言えば単に同類なだけじゃねぇかと俺は思うんだが」

あの人の家族馬鹿っぷりを見れば何と無く分かるんだろうけどなぁ…ぼやきながらも屯所の扉を開け、ゼスト隊の屯所へと歩を進めた。

そんなこんなでゼスト隊屯所。

「うぃーっす。ゴミ捨て場のジョン・スミス、到着いたしましたー」
「――――来たか」
「オーケー、ゼスト隊長。貫禄たっぷりでカッコよく言ってるつもりなのかも知れないですけどさっきまで鼻血垂らしてたのバレバレですよ」

赤いのが見えてます、と指摘する。
ぬ、という声と共にゴシゴシと鼻の下を擦るゼスト隊長。大方、『メガーヌ秘密ファイル』とか言うのを開いていたのだろう。
他人に見せる気は無いくせに話題に出すのだから性質が悪い。

「…ふんむ、しかし随分とまぁ、寂しい屯所ですな」
「……そう思うか?」
「そりゃそうでしょう。ゼスト隊長と俺以外、人が居ないんですから」

周囲を見回せば、人が居ない。恐らく皆仕事やら何やらで出払っているのだろう。
――――或いは他の人間に聞かれたく無い話をするために、追い払ったか。
ともあれ、話を進めるとしよう。

「…で、俺が呼ばれた理由はなんですかね?」

眼を鋭く光らせ、問い掛ける。
昨日、ゼスト隊長お奨めの飲み屋に連れて行かれた時の事である。結局、俺と飲むという話を実現させやがったのだ、この騎士殿は。
店主は俺の事をゼスト隊長から聞いたのか既に知っていたようで、何も言わず焼き鳥と日本酒を出してくれた。何故日本酒が此処に在るのかと疑問があったが俺と実年齢が同じぐらいだろう店主曰く、

『客の為なら、用意できるもんは用意する』

との事だ。カッコよすぎるだろ店主。
それでまぁ、酒と焼き鳥が美味いの何のって。今度からゲンヤさんも誘って良いかと聞けば、構わないと答えられたので絶対連れて来ようと決意する。
男三人、静かに飲むのもいいだろう。
そう言えばレジアス中将は連れてこないのかと聞いたときは、

『あいつは酒癖が悪くてな。飲みすぎると、愚痴ばかり騒ぎ立てるようになる』
『うちは喧しいのはお断りだ』
『…成る程』

という会話があった。確かにあの店に喧しいのは似合わない。
そんな楽しい酒盛りの中(尤も、俺はアルコールに強くないのでほどほどだが)、ふとゼスト隊長が顔を引き締め、言ったのだ。

『明日、大事な話がある。俺の隊に来てくれ』
『ふんむ…?まぁ、良いですけども』
『恩に着る』
『礼には及びませんて。てか、行く程度で礼なぞ言いますかね?』
『…まぁ、それもそう、だな』

最後の言葉だけ、やや歯切れが悪かったのが印象に残っている。
十中八九、普通とは言いがたい話があるのだろう。それが何かまでは分からないが、少なくともゼスト隊長にとって言いにくい事なのだろう。
…仮に、聞いた時点で逃げられなくなる話であっても構うまい。
何ともならなそうな事を出来るだけ何とかするのが俺の真骨頂だ。その時は、その話自体を何とかする方法を考えるとしよう。
そう思いながらもゼスト隊長を見てみれば、何処か言い辛そうにしている。呼んでおいて今更躊躇するとは、何とも情け無い。
此処は一つ、喝を入れるとしよう。口調を少々素に戻す。

「小僧、言いたい事があるなら言え。俺は念話なんてもんは使えんし、大して読心術を使えるわけでも無い。言葉にせにゃあ伝わらんよ」

腕を組みつつふん、と荒々しく鼻息を噴出する。
そんな俺を見上げながら、椅子に座ったゼストが苦々しい表情で言う。

「…聞けば、後戻りできんかも知れんぞ?」

…この、小僧は。ぴきり、と額に青筋が入るのを感じる。
態々人を呼び出しておいてこの台詞、嘗めているのかおんどりゃあと叫びたい。

「そんな忠告するぐらいなら、呼ぶな。…とっとと話せ」

ギロリとゼストを睨みつけながら言う。後戻りできない話など、既に何度も体験してきた事だ。
今更ひるむはずも無かろうに。
そんな俺の感情が伝わったのかは分からないが、少し間を置いてゼストが頷いた。

「ならば言おう。……一週間後、俺の部隊に秘密裏に付いて来て欲しい」
「―――――――――ふむ、そりゃあ一体どういう目的で?何処に?」

まぁ、隊の中に一人だけ別の隊の人間が混じっていれば微妙に戸惑う人たちも居るだろうが、わざわざ秘密裏に付いて来て欲しいとは…果たして、如何様な理由なのか。
そう問えば、実はな、と前置きしてゼスト隊長が語り始めた。

「―――少し前に、俺の部隊へある情報が入った」
「情報?何のだ?」
「…戦闘機人、というものを知っているか?」
「ふむ…記憶にはまぁ、あるな。ようはサイボーグとかそんな感じの存在だろ?」

サイボーグ?とゼスト隊長が聞いてくるので機械化された人間のことさね、と答えておく。
納得したように頷いたところを見ると、間違っては居ないようだ。
戦闘機人。機械と生身の人間を融合させた、禁忌の生命体。
まぁ、その存在自体を否定するわけではないが製作者は正気とは思えんな。延命治療や何やらに使うのならばまだしも戦闘に特化させるなど、下種だと俺は思う。
そんなもん造るぐらいならテメェが戦場に出て死に腐れ、と思ったものだ。
レジンにそのデータを見せられた時には。

「俺の部隊は、長らくその戦闘機人を追いかけていてな。幾つかのプラントも発見したのだが、大抵はもぬけの殻だ」
「そいつぁ、ご苦労さんなこって。…んで?今回もそれの情報が入ってきたと?」
「ああ。――――それも極めて明確な場所の情報が、だ。今の今までは、己の手で探すほか無かったと言うのに」
「…成る程。警戒するわな、そりゃあ」

違法な研究を行っている場所と言うのは、基本的に見つかりにくい場所に建設してある。当然の事だ、見つかったらしょっ引かれるわけだし。
故に、その場所は己の手で探すしか無い。けれど今回、そんな情報がすんなりと手に入ったというのだからそりゃあ警戒するだろう。
或いは何らかの罠が仕掛けてあるかも知れないわけで、援軍を頼むのは理解できるのだが…。

「…しかして、何故に俺かね。そもレジアス中将にその話を持ちかければ大々的な部隊で当たれるかも知らんぞ?」
「…戦闘機人の製造者はどういうわけかそういう情報に聡い。大量の部隊で進むとなれば、決して捕らえる事は出来ないだろうな。…それに、レジアスには話すわけにはいかない」
「ん?何でだよ。お前さんら、親友なんだろ?」

俺が首を傾げながらそう問えば、ゼストが眼を瞑った。何事か考えているようで、暫しの間そのまま時が過ぎる。
そして眼を開くと同時に、言葉を発した。

「親友どころでは無い、盟友だ。俺はアイツを盟友だと思っているし、アイツも俺の事を盟友と思ってくれているだろう」
「なら、何故だ。話さない理由が何処にある」
「…変わってしまったのだ。『俺たちは盟友だ』と語り合った時から、時間が経ち過ぎた」
「―――何か、志すものがあったのか?」

聡いな、と苦笑いするゼストに、その話し方から考えれば何となくな、と返す。
苦笑いを治めたゼストが、再度語り始める。

「…地上本部は、本局から蔑ろにされている。管理局の拠点たるミッドを護る俺たちには眼を向けず、『海』…次元航行部隊にばかり眼を向けている。予算も、装備も、人員も…いや、正確に言えば装備や人員は充実しているのかも知れんが基本的には本局が扱いきれず地上に厄介払いした者が多いと言うべきか」
「つまり俺たちですね分かります」

第53陸士隊。通称ゴミ捨て場。
上官に対して敬意を払わなかったり、過去に小さいながらも問題を起こしていたり、性格に問題があるような管理局員をぶち込んでおく一種の蟲毒。クビに出来ないほど才能や能力自体は高めの人材が多い為、何処からも警戒されている部隊。
もっとも、当の隊員たちはそんな周囲から感じられている恐怖も知らず、今日も元気に世紀末してたり性悪な事やってたりするのだが。時々顔を出す別部隊の奴らまで一癖も二癖もあるような問題児ばかりなのだから気が滅入る。

「ともあれ、マトモと言えるものが少ない。故に若い頃のレジアスや俺は、地上部隊の地位向上を目指していた…目指して、いたのだ」
「…夢半ばに敗れた、とでも言いたいのか?お前さん」
「俺は諦めてなどいないさ。だが、レジアスは違ったようだ。どれだけ己の地位を高めても、地上部隊の地位は変わらない、改善されない。その事に、絶望したらしい。最近では『アインヘリアル』と言う新型兵器を製造する計画を立てているそうだ」
「そりゃあまた、何と言うかねぇ…」

漲る若さは夢を見せ、年老いたとき消えていく。俺も、かつてそうなりかけた事がある。
どれだけ己が戦場を駆け回ろうと死んでゆく子供の数は一向に減らず、本当に俺の行動は意味あるものなのかと何度問い掛けた事か。
―――その度に、マルスやアレックスたちが言ってくれたのだったか。

『隊長や先輩たちが居るから俺、今生きてるんだぜ?』
『僕もですよ、隊長。隊長たちが拾ってくれなかったら、何処かで野垂れ死にしてたでしょうね』
『――――二人と、同意見だ』
『自分も、隊長殿に感謝しております!!』
『俺も!!』
『俺だって!!』
『私も私も!!』
『あたいが一番感謝してるよ!!』
『バッカお前、おいらに決まってんだろ!!』

その言葉を聞くたびに、古い仲間と泣いてたっけか。
俺たちの行動は、無意味なものでは無かったと。
けれど彼らの問題は微動だにしなかったようで、片や絶望してしまったようだ。俺たちのように、無駄では無いと実感できる事が、無かったのだ。

「…難儀なもんだな」
「ああ、そうだな。…そして盟友を疑っている俺も、変わってしまったのだろうな」

まるで懺悔するように放たれたその言葉に、眉根を寄せる。この誠実で実直な男には、あまりにも似合わない言葉だったからだ。
盟友といった人物を、

「…疑う?何をだ」
「――――アイツが、レジアスが、戦闘機人と深く関わっているのでは無いか、とな」

…何とまぁ、それはまた、実に難儀なものだ。
そう思う、と言う事はそれなりの理由があるのだろう。しかして、それは何か。

「…情報が、筒抜けなのだ。行く先々は少し前まで人が居た痕跡があるのにもぬけの殻。戦闘機人の件は周知の事実だが、流石に場所がどうだのとまでは明かしていない。知っているとすれば、俺の部下か――――上層部、というわけだ」
「成る程ねぇ…お前さんの所の部下は、皆実直そのものってぇ感じだしスパイって感じはしない。なら、其処に思考が行き当たっても不思議では無い、か」

些か早計過ぎるとも思うが、しかし彼に最も近い上層部としてはレジアス中将が挙げられる。ならば、疑いの目を向けてしまうのも理解できる。
本人は心苦しいだろうが、部隊を預かる隊長と言う立場の人間にとって危険要素は出来るだけ無いほうが良いわけだし疑う事は間違っていない。警戒を解いた瞬間に死亡、なんざジョークにしたって性質が悪すぎる。
だがやはり分からないのは、

「なんで俺?もっと頼りになる奴は居るだろ」
「…確かに、純粋な力で勝る者は他にも居るだろうが――――万が一の事態でも俺の仲間を見捨てずにいてくれるのは、恐らくお前ぐらいだろう」
「…買いかぶり過ぎだ、隊長殿。俺は不意打ち、騙まし討ち上等の卑怯で矮小な四等陸士、お前さんの思うような上等な人間じゃあな「それは、嘘だな」…あん?」

俺の言葉を遮り、ゼストが言った。

「お前は前に語ったな?自身の失敗で仲間を失ったと、最悪の気分だったと。そんなお前が、目の前の人間を見捨てられるか?」
「…他人だ、見捨てる」
「クイント達が、頼んでもか?」

――――――――この、騎士モドキが。
あー、もう、ハイハイ。分かった分かった、こう言えば良いんだろ?

「俺の負けだよチクショウが。どうせ俺は他人の尻拭いせにゃ気が済まんようなお節介焼きで甘過ぎる傭兵失格な人間だよ、クソッ」
「…では、頼まれてくれるか?」
「逃げれないって言ったのはお前さんだ小僧。あー、チクショウめ。老人に無理させんなっつの」

ガリガリと頭を引っ掻きつつ、ゼスト隊の屯所を出て行く。

「…一週間後、か」

――――――――――何事も無く、終われば良いんだがね。














「で、結局不測の事態発生したわけだが、どうよ」

地面の下からこんにちは。レッツ生首。
ゼスト隊長の近くに居たちびっ子が飛び退り、俺のほうを見て警戒を強める。そのまま立っていたならジャーマンスープレックスで沈ませたものを。
惜しい。

「ッ!?誰だ貴様は!?」
「情け無用の男、ジョン・スミス四等陸士十七歳(仮)」

デーッデデーンッデデデッ!デデッデデーン!と腰の簡易デバイスから音が鳴る。俺の台詞に反応して音楽を流すよう、調整したのだ。
どっこらせ、と言いながら『穴』から這い出る。
右手には、支給品のデバイスをコンセントとして魔力を動力源にギュルンギュルン回転するドリル付き。ドリル自体もそうだが、ドリルパンチってのも割と漢のロマンだと思う。
ちょっと横を見れば、血達磨で倒れているゼスト隊長。もう虫の息っぽい。

「ヘイ隊長、何死にかけてんスか」
「ジョン…さっさと…逃げろ…。他の…奴らを…連れて…」
「いやぁー、残念ながら逃がしてないのあと隊長だけッスよ」

部隊の皆には穴を通って逃げてもらいましたよ、とドリルを見せる。
それを見て、少し目を見開くゼスト隊長。

「それ…は…」
「ええ、『楽々ドリル君第4号~天元突破~』です」

カッカッカと笑う。まさか『何時使うんだよコレ』と思っていたこのドリルが役に立つとは、人生何が起こるか分からんね。
やはり人生は『石橋はハンマーで叩いて渡れ』『備えあれば大抵憂いなし』という思考で行ったほうが良いな。俺の人生訓は間違っていなかったようだ。
それにしても途中でゼスト隊長にくっ付けておいた発信機からの通信が途絶えた時はどうしようかと思ったが、何とか死ぬ一歩手前で見つける事が出来て良かった。
まぁでも、とゼスト隊長を見れば血だらけでボロボロの身体。四肢は折れていないようだが、肋骨やら何やらは何本か圧し折れているだろう。

「その風体じゃあ逃走は…無理っぽいなオイ。マトモに歩けないんじゃねぇのソレ」
「…まぁ…そう…だな…」

自嘲気味にハハッと笑うゼスト隊長。
このままでは『俺を見捨てて逃げろ』とかカッコいいようで実は全然かっこよくない事を言い始めそうな様子である。…面倒臭い男だ、まったく。
はぁー、と溜息を吐きながらポケットからあるものを取り出す。

「ったく…コレ使え」

投げ付けたのは、揉み込んだ薬草の汁が入った液体。
ミッド周辺に自生している薬草で、人間の治癒力をサポートする機能があるようだ。但し、少々臭いがきついのが悩みどころか。
しかし臭いを抑える程度の加工ならば、この世界の技術力を持ってすれば余裕と思うのだが製品として売り出されているところは見た事が無い。何故だろう、と改めて思い首を捻るがそう言えば魔法で治癒したほうが早いのだと気付く。
やはり魔法、恐るべし。

「…恩に…着る…」
「まだ現状を切り抜けたわけでもねぇんだから、礼は要らんよ。それにその薬草は傷こそ回復するものの流石に失った血液は回復できんし骨も治せん。…其処で大人しくしてろ」
「…そうさせて、もらおう……」

ぐったりとプラントの壁に背を預けるゼスト隊長。さて、と思いゼスト隊長を此処までボロボロにしたであろう人物に眼を向ける。
どうやら先ほどまで攻撃を加えなかったのは、律儀にも待っていたというよりも突如として現れた俺に驚いていたようだ。

「…ふむ、随分な有様だな。お嬢ちゃん」
「――――!」

俺の言葉に意識を取り戻したのか、ナイフを構える眼前の人物。
眼前に立つは銀髪のちびっ子。片目は潰れているし身体にも無数の裂傷がようだが、未だに倒れる様子は無い。
というか片目を失いつつもゼスト隊長をここまでボッコボコにする目の前のちびっ子は、果たして何者なのだろうか。

(…まぁたぶん、戦闘機人なんだろうけど)

そうでもなければ小さな体格の少女が、巨躯の騎士を此処までボロボロにできるとは思えない。
そんな風に思いながらも警戒を解かず構えていれば、ちびっ子が手に持ったナイフを突き出しつつ問うて来た。

「―――どうやって逃げ切った」
「あん?」

突如として放たれたその言葉に、疑問の声を上げる。

「この施設には、私の姉妹が来ているはずだ。その姉妹から、貴様のように大して魔力の無い人間程度が逃げ切れるとは思えん」

残った片目で此方を睨みつけるちびっ子。オイオイそんなに見つめるなよ、照れるぜ。というか魔力の大きさって理解できるもんなのね。
俺、全く分からんのだがどうよ。
まぁ冗談は置いといて真面目に答えるとしよう。

「あー、それね。俺の後を追って穴の中入って来たんだけども、このドリル、俺じゃあコントロールし切れなくて無茶苦茶に掘り進んでるし、ここら辺は意外と地盤が緩かったらしくてな。それでまぁ、何と言うか――――犬神家?」

いやー、あれは爆笑したわ。クイントさんとか助けに行ってる時に偶然にも手足から光の羽っぽいものを生やしたおっかないねーちゃんと出遭った。
俺がクイントさんとかをさっさと逃がそうと穴の中に引きずり込んだら一瞬の沈黙の後に追いかけて来たわけだが…、

『―――待て貴様ッ!!』
『あ、馬鹿!お前さん、そんな風に頭から突っ込んだら!!』
『ん?…うわぁぁぁぁぁぁ!!?』
『…オーイ、息で来てるか?』
『―――ゥ―――ゥ―――』
『出来てるっぽいな…ちょっと上から見てみるか…ぶっふぉ!?』

頭から突っ込んだそのねーちゃんに左右から崩れた土が直撃。上半身が地面に埋まった状態で、しかもすっぽり嵌まってるせいで身動きも取れない。
幸い息はしていたようだが、上に出てその姿を見たときは爆笑した。いやぁ、女の子の犬神家ってのはえらくシュールだったな。
まぁ、それ以上に。

『――――尻神降臨の巻』

身体に密着するスーツのせいで、尻の形が丸見えであった。
ピッタリスーツによる素晴らしき尻の肉感にそそられて思わずスパンキングをかましそうになったが、頑張って自重した。
偉いぞ俺。

「でも鷲掴みしたかった―――!!」
「…貴様、何を言っている?」
「いや、お前さんの姉妹のケツプリ具合を思い出して少々息子が最終形態に進化しつつあるってだけだ。気にするな」

は?と首を傾げるちびっ子。片目潰れてんのにホント余裕ねお前さん。
それにしても、外見と違い内面は随分と大人びているようだ。話し方から落ち着きが感じられるし幼いといった印象は見た目だけだ。
――――ロリババァでは無く、ロリ姉か。需要…ありまくりじゃね?
そこまで考えたところで、名前を聞いていないことに気付く。まぁ答えてくれるか分からんが。

「お嬢ちゃん、名前は?」
「…チンク」

ちびっ子の言葉に、思わず呼吸を止めた。
…なん…だと……?
チンク…だと………?
そんな、それじゃあ、

「ああ!?お前さん、男の下腹部みてーな名前付けられてんのかよ!!じゃあそんな風にぐれても仕方ねぇわな」
「嘗めているのか貴様ぁぁぁ!!」

何か手に持ったスローイングナイフぶん投げて来ましたよこの子。
嫌だわ最近の子ったら切れ易いのね。お爺さんあまりの悲しみに涙ちょちょ切れそうなんだけど。
ひょいひょいと無茶苦茶に投擲されるナイフを避けていく。というか顔真っ赤にして可愛いなオイ。
ナデナデさせろコラ。『なでぽ』とか出来ないだろうけど。
しかしこのままナイフを投げ付けられ続けると面倒臭いな。少し会話をして落ち着かせよう。

「まぁまぁ待て待てチンク嬢。名前が微妙なのはお前のせいじゃ無い、親のネーミングセンスが特殊なだけだ。気にするな」

もっと怒った。ガッデム。
しかし当たらない。というか頭部狙ってるの丸分かりだもの、そりゃあ避けられるさ。

「えぇい貴様はぁ!!とっとと当たれ!!そして死ね!!」
「あらやだ奥様この子、人に向かって死ねだって」

奥様って誰だ。何処のだ。
いやまぁ、避けてるのは割とギリギリなんだけどね?たぶん冷静だったらこんな言葉吐けないと思うのよね俺。
今でこそ怒りに我を忘れて投げているから避けられるものの、理性的な投擲が可能ならば俺の身体とかに投げて動きを止めてから俺を仕留めるだろう。
きっとマトモに投げたら基本的には百発百中なんじゃないか?

「お前さん、そこら辺の真偽はどうなのよ?」
「クッ……!!」
「…ん?」

突如として鉛色の雨が終了を告げた。
疑問に思い前方をしっかりと見据えれば、ちびっ子がナイフを投げるのを止めて顔を真っ赤にしている。しかも、プルプルと震え出した。
―――もしや、コレは―――
フゥッ、と大きく息を吐き出したちびっ子を見て、確信した。

「……貴様なんぞにコレを使うのは癪だが…」
「オイオイ嬢ちゃん。トイレ行きたいなら早く言えよ待っててやるから。我慢は身体の毒だぞ?」
「―――死ねッ!!」
「おおっと」

ひょい、と首を傾けてナイフを避けるが、小さな違和感を感じた。
さっきまでとは、何かが違うのだ。小さな小さな変化であろうがしかし、決定的に何かが違う。

(何だ?一体、何が…)

高速で回転し始めた思考が、一瞬の時間を何秒間にも引き延ばす。達人だとかは相手の攻撃を見切る際に一瞬が何時間にも感じられるらしいが、ようはそんなものだ。
知り合いの拳法家曰く『一種の境地』だそうだが、俺にはよく分からん。
そんな状態のままに、視界に入ったチンク嬢の様子を捉えた。
何やらチンク嬢が薄っすら笑みを浮かべている。
ゆっくりと、彼女の口が動いた。

「―――ッ!!」

ゾクッと、怖気が走る。長年の生死の遣り取りが培ってきた直感が、現状の危険性を告げる。
咄嗟に身体を前に倒した瞬間に、

ボン、と。

通り過ぎたナイフが、爆発した。もしあのまま立っていれば、顔面の半分を抉られた可能性もある。
ねっとりとした嫌な汗が、全身から噴き出る。明確なる『死』が、己の横を通過したのだと久方ぶりに実感した。
ぽたり、と汗が床に落ちた。

「…オイオイオイオイ、C4でも使ってんのかそのナイフ。…いや、インヒューレント・スキルとか言う類のもんか?恐ろしいもんだなオイ」
「チッ…避けたか」

露骨に舌打ちしやがるあのちびっ子。だが此処で怒らないのが大人の対応。
それにしても、今のが俗にISと称される機能か。魔法と言うよりも個々が持つ特殊能力のようなもの、だったかね?
魔法と能力…何処かのそげぶ少年の世界感じゃねーかおんどりゃあ。
とりあえず気持ちを落ち着かせるためにつらつらと考えたどうでも良い思考を破棄し、チンク嬢の言葉に答えるとしよう。

「ああ避けるさ、避けるとも。戦場で培ってきた俺の直感、嘗めんじゃねぇよ」

悪いがこちとらメルヘンな魔法の世界じゃなくて、醜悪で血生臭いバイオレンスな世界の出身なんでね。死に直結することにゃ敏感なんだよ。
そんな風に頭の中で悪態を付きながら刃を構えなおす。

「…ふん」

一つ鼻息を鳴らしたチンク嬢が、ナイフを構えた。今までとは違い、明確に鋭い殺意と敵意を此方へと向けてくる。
…懐かしいと思ってしまうのは、この世界が『死に難い』世界だったからか。まぁ何にせよ、こちらをしっかりとした『敵』として見てくれたようだ。

(あんまり嬉しくねぇな、オイ)

眉根を寄せながら、そう思う。結局のところ戦わずに済むのならそれが最上であり、それを抜きにしても『敵』として見られるのは好ましくない。
何故ならば、

「どうやら見誤っていたようだな。単純に私の機能が落ちてきているだけかとも思って―――ッ!?」
「あら、避けられちまったか」

彼女の言葉の途中で踏み込み、横一閃。
刃を露呈させたナイフ型の簡易ストレージデバイスを振りぬいたが、生憎バックステップで避けられた。不意打ったから決まったと思ったんだが。
…こうなるから、『敵』として見られるのは好ましく無いのだ。道端の石ころか何かと思ってくれりゃ今の一撃で首を掻っ切れたのだが。
視線を前に向ければ、チンク嬢が此方を睨みつけている。そんな眼をされてもね。

「貴様ッ……」
「卑怯とか言うなよ?魔導士ランクD程度の人間がオーバーSランクの騎士殿を倒すような戦闘機人を倒すには不意打ちぐらいしかねぇんだから」

しかも魔力というか、道中でぶっ壊してきた鉄屑が居るせいで魔法使い難いらしいし。俺程度の魔力量じゃあ発動すら出来んとの事。
身体強化は使えないし、いやはや参った参った。…あのドリルの場合は待機状態のデバイスを利用して、魔力を動力として活用するから動いたようだ。

「…で、納得はして貰えたか?」

警戒を緩めずに此方が言葉を発すれば、少し納得したような表情を浮かべるチンク嬢。
ふむ、存外に聴き分けが良いというか話しの分かるお嬢さんのようだ。

「…管理局員が、投降の言葉すらなく首を刈りに来るとは、思わなかっただけだ。別に卑怯と言うようなつもりは無い」
「そりゃ失敬。…でもな――――」

ゆらりと、身体を揺らす。その動きに従うまま、前方へと踏み込みナイフで一突き。
遠慮なくもう片方の瞳を狙ったのだが、片腕を咄嗟に上げられて防がれた。恐らくは、彼女の着ているピッタリスーツによるものだろう。
飛び退る彼女を睨みつけ、己の胸中に渦巻く憤怒を吐き出した。





















「―――――大恩ある人や知り合い殺されかけて遠慮してられるほど、優しくねぇんだわ。俺」



















地面を蹴りつけ、前へと出る。遠慮なく首を掻っ切りに行き、デバイスを振るう。
非殺傷設定?純然たる物理攻撃にそんな素敵機能を期待すんな。

「クッ!!」

またもや俺の一閃をかわしたチンク嬢がナイフを投げる。…爆発する、という特性上腕では殴りにくいなコレは。
手甲を着用してはいるものの、爆発によって発生する衝撃は確かに腕に伝わるわけだし、短時間だったとしても痺れて使い物にならんくなるのは勘弁願いたい。
そういうわけで、かわす。
かわす、かわす、かわす。
高速で投げ付けられるそのナイフを、難なくかわしていく。

「どしたぁ、戦闘機人。『捨て駒』の代名詞たる四等陸士程度に遅れを取ってんじゃねぇ…よっ!!」

両腕を、頭部に振り下ろす。ゴギン、という重く硬い音と共にチンク嬢の身体が傾く。
されどもただでは転ばぬようで、

「ぐぅぅ…ッ!!」
「―――――――チィッ!!」

ザシュリ、とわき腹を切り裂かれた。赤い血が、傷口から噴出する。
咄嗟に身体を逸らしたものの、完全には避け切れなかった。普通なら、あの一撃で少なくとも数秒間の隙が出来ると思うのだが。

「…オイオイ、脳震盪起こしとけよ小娘。計算が狂ったじゃねぇか」
「ふん…嘗めるなジョン・スミスとやら。これでも私は姉、姉は易々と倒れてはならんのだ」

自信満々という言葉を全身で表すチンク嬢。
…姉関係あるのかそれ?
まぁ、姉云々は置いておくとして恐らく頭部にも何らかの処置がされているのだろう。本当に面倒臭いとしか言えない。

「面倒臭い体してんなぁ、お前さん」
「…何が言いたい」

俺の言葉に、チンク嬢が憤怒を込めた視線を向けてくる。だがまぁ、そう邪険するな。

「人間の急所突いても殺しにくいなぁ、って事だ」
「…本当に管理局員か?」
「一応な」

相手であるチンク嬢に呆れられた。ガッデム。
そう言われても、ぶっちゃけ捕獲できるとは思えんしなぁ。俺一人でどうにかできる相手ならば、既にゼスト隊長が叩き潰しているだろうし。

「ま、何にしても――――そろそろ、仕舞いとしようや、嬢ちゃん」
「…そうだな。終わりとしよう」

―――――怖気が、走る。

「ランブル――――」
「ッ!!」

本能のままに後ろを向き、地面を蹴る。
『ランブル』という言葉。彼女が最初にナイフを爆発させた時に、見た。
その口の動きが、恐らく―――

(爆発の、キーワード!!)

ナイフなのか、それとも別の何かを要因として『起爆させる』のか分からないが、ともかく彼女の武器はその言葉で『爆発』する。
その中にはゼスト隊長の周囲に散らばっていたものもあり、彼女がどれだけ無防備であれ『突撃する』という選択肢は存在しない。
ギュルリと身体を旋回させ、逆方向へと突き進む。散らばったナイフを出来る限り弾き飛ばしていくが、それでも足りぬほどの数。
全て、先ほどの俺とのやりとりで投げたナイフだ。

(オイオイ、この為の布石かよ!!)

或いは純粋に利用したのか。
無茶苦茶に投げていたナイフが、全て爆弾として機能する。――――それは、決して『無駄』な一撃が存在しないという事。
外れようと、刺さろうと、全てのナイフが爆弾。恐ろしいってレベルじゃあねぇな。

「…クソッ!!」

防御の手段など無い。全てのナイフを弾けるほどの機動力も、攻撃範囲も俺は持ち合わせていない。
ならば、起こるであろう爆発からゼスト隊長を救うには。
ゼスト隊長に覆いかぶさるように身体を動かし、自らの身体を盾の代わりとする。
その瞬間、




「――――――デトネイター!!」




ナイフが一斉に、爆発した。

「ぬぅおぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

衝撃が身を打ち、爆砕した壁や床の破片が肉を抉る。押し寄せる熱風は肌を焼き、己の意識を奪おうとあらゆるものが襲いかかってくる。

「―――ギッ!?」

――――右目を、壁の破片が切り裂いた。
焼け付くような激痛が右目を走り、脳内が痛みに白熱する。
爆発による轟音が鳴り止んだ時、己の身体に無傷な場所など、ありはしなかった。
けれど、

「―――――」

死んではいない、意識は落ちていない。
意識を研ぎすませ、警戒を怠るな。
ゆっくりと起き上がれば、土煙の向こう側に小柄な影。その影――チンク――が、驚嘆の声を出した。

「…まだ、生きているか」
「なめんじゃ、ねぇよ…直撃する位置は、何とか避けてんだ…。そう簡単に、死ぬか…ってんだ」

正直、もう死にそうだけどな。
だがそれは、相手も同じだろう。

「…お前さんも、死に掛け…じゃねぇのよ…自爆覚悟たぁ…恐れ、いった…」
「―――流石にガジェットを叩き壊しながら突き進んでくる奴らまで相手には出来ん。一刻も早くこの場から離脱するのが、私の今の使命だ」
「…?ガジェット…ああ、あの鉄屑か…?」

道中、俺も幾つか壊した。あれのせいで魔法が使えない力場だか何だかが発生しているらしいが。
とりあえず装甲と装甲の隙間にナイフ突き刺して全力で内部の配線やら何やらを引き裂いておいたが、あれはマトモにぶっ壊せるとは思えんのだが…。

―――待てよ?ぶっ壊せる奴ら、居る。

だが、あいつ等がそんな情報を持っているはずが無い。はずが無いのだが…。
この壁の向こう側から聞こえる世紀末BGMは。
まさか、と思い壁のほうを向いた瞬間である。

「受けてみよ!!次元世界覇者ヲオウの拳を!!!」
「うぼおぉあぁぁぁぁぁ!!?」

壁をぶち壊しながら、筋骨隆々で浅黒い肌をした陸士が突っ込んできた。何か凄まじいビームを射出しながら。
その後ろからは、馴染の面子がぞろぞろと。
思わず、疑問の声が出た。

「…お前さんら…どうやって…」
「ゼスト隊の人が伝えてくれたよ。『ジョン・スミス四等陸士が自分たちを逃がしてくれた』ってね」

ヲオウの影から現れたレジンが、その理由を教えてくれた。
そして、リックが周囲を見回しながら言った。

「――で?ジジィをボコボコにした奴らは?」
「…逃げた…みたいだな…」

何時の間にやら、先ほどまで居たはずの少女が消えている。
その辺りで、視界が擦れてきた。
ぐらりと身体が傾き、衝撃が身体を打つ。どうにも、血を流しすぎたらしい。

「…悪い…後…たの、むわ…」

言葉を残し、瞳を閉じる。このまま死ぬんじゃねぇのかなぁ、とも思ったが己の身体を暖かい『何か』が包み込んだ事を感じる。
―――そういえば、レジンは回復魔法の使い手だったか。
ならば大丈夫だろうと、意識を落とした。
―――――――――俺が眼を覚ましたのは、その数日後の事であった。


~あとがき~
駄目だ、やっぱうろ覚えで書くのは不味かったか。完成度が酷い。
『ここら辺原作と違うんじゃないか?』ってところは、ジョンが世界に入り込んだせいだとでも思ってください。
…やっぱり学園黙示録のほう一本に絞ろうかなぁ…。

追申:アンチ管理局のつもりは無いんですが…どうにも『ジョン・スミス』という人間の設定的に管理局の『子供局員』というのをあまり快く思えない状態になってしまいました。
   不快に思った方が居たのなら、申し訳御座いません。
   …あんまり内情には触れず、適当にぶらぶらしてるのがジョンには似合ってる気がする。



[21147] 【習作】やっちまった感じしかしねぇうろ覚えの記憶に頼ったSS【どうしてこうなった】
Name: do◆579b2688 ID:00a27d88
Date: 2010/09/09 21:41
~注意~
・作者は生きている価値なし。
・オリ主。
・キャラ崩壊、捏造、自己解釈。
以上の事が許容できる方のみ、スクロールして下さい。























































































『右目が見えるよ!!』
『やったねジジィ!!』
『ジョイヤー!!』
『ユクゾッ』

医務室であった数時間前の会話である。
あの男性の下腹部に存在するパーツに良く似た名称を持つ少女との死闘から、既に約一週間が経過していたようだ。『ようだ』というのも俺は丸々一週間眠りっぱなしであったようで、これ等の事情は全てレジンやリックから聞いただけのことであり俺自身が知覚していたわけでは無い。

まぁ、そんな話は置いておくとしよう。

一週間ぶりに目覚めた俺にとって衝撃的だったのは、『右目』が見えていた事だ。
件のIS(インヒューレント・スキル)、『ランブル・デトネイター』とやらの爆発によって右目に石の欠片がぶち刺さったはずなのだが確かに視界がある。間違いなくあれは水晶体やら視神経をズタズタに引き裂いていたと思われるのだが、魔法と言うのはそんな傷まで治せるのだろうか。
それをリックに問えば、

『流石に無理だぜジジィ』

との返答。
ならばどういうことだと困惑していれば、レジンがその事について説明してくれた。

『一部の技術犯(誤字にあらず)が、「ヒャッハー!新鮮な実験体だぁ!!」と言って新型の『義体型デバイス』を君に取り付けた』
『もうあいつ等取り締まれよ地上本部』
『一応『補助器具』として許可されているよ。尤も、奴らは趣味でやってるだけだがね』
『…商品化すれば、絶対売れると思うんだが』

というか資産は何処から調達したのやら。
あいつ等、そのうち『趣味』の一言で戦闘機人でも造るんじゃなかろうか。いやまぁ、流石にそういう人道から大きく外れたような事は――――――あ、でも戦闘機人捕獲したら『改造じゃー』とか言って連れ去りそうだ。
というか仲間の右目ぶっ潰れて喜ぶってどういう精神構造してんだあいつ等。ドリル受け取りに行った時も、

『ちょっと改造されてみないか?』
『ドリル内蔵型の右腕とか』
『指がマシンガンになる左腕とか』
『胸から荷電粒子砲とか出せるようになるぞ?』
『今なら眼からビーム機能も付く!!』
『あ、あと足裏からバーニア出せるよ!!』
『息子砲とかも有りだぜ!?』

とか何とか言って詰め寄ってきたんだけど。というかラストの発言が危ない。
あいかわらず一部の陸士はぶっ飛んでる性格してんなぁオイ、とか思ったりしたものだ。自分もその内の一人と認定されていると思うと、自殺したくなったが。
まぁしかし。

「…スゲェな、コレ」

病室で、眼を動かす。問題なく視界が確保されている。
『義体型デバイス』と言うだけはあるようで、完全に右目としての機能を発揮しているのだ。神経系と接続するのをどうやったのかは知らないが、恐らく魔法やら地球の数段先を行く科学技術によって接続しているのだろう。
実際のところどうなのかは知らないが、そう考えねば納得が出来ない。戦闘機人という前例がある以上、決して人体と機械の接続と言うのは不可能ではないはずだ。
そう結論付けながら、右目に力を込めれば

「ふむ。『眼』としての機能と同時に、デバイスとしても機能するわけか」

ギュイン、という駆動音と共に右目が鉛色に輝く。
レジンから伝え聞いた話ではあるが、この右目には通常の『眼』として機能する他にも一種のデバイスとして機能する部分があるらしい。尤も、キャパシティの大部分は『視覚確保』として使用されているようで、魔法の演算処理をするだけの機能は無いらしい。
『せいぜい己の思考を高速化させる事と暗視・望遠機能が付与されるぐらい』とはレジンの話だが、俺としてはそれだけで十分だと思う。
…本気であの技術屋たちはとんでもないな。真っ当に仕事すれば莫大な金が手に入るだろうに、何故に管理局に居るんだあいつ等。

『何と無く』
『趣味』
『困難な状況のほうが燃える』

何か幻聴が聞こえてきたが、無視しよう。

「…つか俺、戦闘機人とかに認定されないよね?」

右目だけならまだセーフだよね?ちょっと神経系の関係から脳にまで機能の一部が影響与えてるけど問題ないよね?
まさか万全状態のゼスト隊長に『お前を破壊する』とか言われたりしないよね?他にもクイントさんとかが出てきたりして。
あまりにも精巧に完成してしまったイメージに自らの身体を抱きしめガタガタと震えていれば、病室のドアが開いた。
視線を、其方に向ける。
ドアの向こう側から出てきたのは、少々白髪が混じり始めた髪の毛の中年男性。

「よう、ジョン。元気にしてるか」

俺の恩人の一人、ゲンヤ・ナカジマその人だった。

「…ああ、ゲンヤさんか。どうしたよ?」
「どうしたよってお前なぁ…自分の知り合いで、尚且つ妻の命の恩人が大怪我をして意識不明。そんな奴が目覚めたって聞けば、来ないわけにはいかないだろ?」

呆れたようにゲンヤさんが言う。まぁ確かにそう言われると納得できる。
ほら、見舞いの品だと籠一杯の果物を渡された。見舞いの品としてはテンプレートなもんだが、そんな事を言って場を白けさせるのも悪い。
正直嬉しいし、素直に受け取っておこう。
籠の取っ手を握り締め、付近の台の上に置く。

「ありがとさまっと…っても、俺一人でこれ全部は食いきれないからスバルとギンガも…」

そこまで言ったところで、気が付いた。自分がナカジマ家に世話になっている間に見た彼女らの食欲には、驚かされたものだ。
この籠にある果物の量であれば…、

「一日で終わるな」
「うちの娘二人は、大食いだからなぁ」

思わず、二人同時に肩を落とす。
―――――――――――――あの年齢で三人前と四人前、計七人前の食事を完食とか、ねぇよ。




            第四話   『シスコン達の挽歌』




「朝昼晩とー飯食ってー間食取るからふっとるんだ」
「…お前、うちの娘の前でそれ歌うなよ?」

即興で思いついた某虫刺されに聞く薬品の歌の替え歌であるが、どうにもゲンヤさんには不評だったようだ。あの姉妹ならあんまり気にしなさそうな気もするんだがなぁ、とも思うが最近はギンガも色々と気にし始めたらしい。
スバルは、相変わらずだそうで。

「…そう言えば、ゼスト隊の奴らはどんな様子でしたかね?聞いた話じゃあ逃げ切ったらしいですけど、クイントさんとメガーヌさんの傷の深さじゃあ…」

思い出すのは、ケツプリねーちゃんの足元に倒れ伏していた二人だ。幸い、死ぬ前に回収できたが傷の深さから察するに或いは下半身不全という事も有りうる。
そんな思いを込めてゲンヤさんに問えば、苦笑と共に言葉が返ってきた。

「ハハッ…普通に暮らす分には、問題ないらしい。ただ戦場に出るとするならば、ちょいと今まで通りってなわけにもいかないみたいだ」
「…然様で。当の本人達は、どう思ってますかね?」

また難しい事を聞いてくるなお前は、とゲンヤさんが言うが仕方なかろうに。気になってしまうのが、人情と言うものだろう。
うーんと顎に手を当てて少々考え込んでいたゲンヤさんだったが、まぁ言っても良いかと小さく呟いたあと、口を開いた。

「…悔しい思いは、しているみたいだな。ただ二人とも『子供を残して死なずに済んで良かった』とも言っていたよ。…あんまり気に病むな」

ゲンヤさんが肩に手を置きながらそう言うが、気に病んでいるわけが無かろうに。肩に置いてある手をのけながら眉根を寄せて言う。

「そりゃ深読みしすぎだ阿呆が。贅沢を言えば後遺症も無く逃がしてやりたかったが、全員を逃がせた時点で十二分、寧ろ俺には出来すぎだ」

凄まじい魔力量の持ち主だったらば、力技で件の戦闘機人をボコボコにしつつ全員を逃す事が出来たのかもしれないが、俺程度がやれば普通なら半数が死んでいる。
それなのに運良く全員を逃がす事が出来たのだ。それで『後遺症を残してしまった』って悔やむのは、あまりに贅沢が過ぎるって話だろうよ。

「…割り切ってるな、お前」
「割り切るわンなもん。どうしようもねぇ状況や過ぎた事を悔やんでうじうじするほど俺はネガティブ思考じゃあねぇんだよ」

というか正直、五体満足で普通に生活できるって時点で十分すぎると思うぞ俺は。あの傷なら、地球の技術力で考えりゃ生きていたとしても動く事すらままならんと思う。それを『戦闘が出来ない』程度に抑えたわけだからとんでもない。
ゲンヤさんが、米神の辺りを指で引っ掻きながら言う。

「なら、良いんだがな。お前が少し後ろめたそうに言ってくるから少しばかり心配しちまったよ。無用の心配だったか」
「無用すぎるわ。それよりも俺としては…」

少し前に製作したばかりの自分のデバイスを台の引き出しから取り出す。……刀身は見事に圧し折れ、フレームにも無数のひびが入っている。
スパコンに相当するクリスタルのような部分も、無残にぶち壊れている。修復など到底不可能なようすで、二度と使えそうにも無い。
何度見てもガッカリする姿だ。

「これが、一ヶ月も経たず使い物にならんくなるとは思えんかったなぁ…。もうほとんどデバイスとしての機能捨てて硬いフレームだとかを選んで組み上げたってのに」

こつん、と指で弾けば更に皹が広がる始末。るーるーと涙を流す。
チクショウ、何のいじめだよコレ。
そんな俺に苦笑しながらも、ゲンヤさんが話しかけてくる。

「ま、まぁ、そう気を落とすなよジョン。助かったんだから良いだろ?」
「そりゃあそうですがねぇ…こう、自分の手で組み上げたものって微妙に愛着が湧くじゃないの。それが一週間で壊れるってお前…」
「あー…じゃあもう、本格的にマイスターに製作を頼めよ。そうすりゃあ自作デバイスよりもよっぽど強固で上等なもんが作れるぞ?」
「―――結構金掛かるんじゃ無いのか?」

そ、そう言われるとな…と視線を逸らすゲンヤさん。
実際のところ、ワンオフの代物とてピンからキリまであるらしく一概に高価とは言えない。下を見れば大体数万程度、しかし上を見れば百万を突破するやも知らんとも思う。
インテリジェントデバイス何かは、その辺りではなかろうか。

(あー、でも今は支給品の中に短刀型のアームドデバイスあったかねそう言えば。どうせ身体強化しかほとんど使わないし、十二分か?)

別段ワンオフで無くとも良い気がしてきたがどうだろう。無理にインテリジェントデバイスを求めているわけでは無いし、それで良いかもしれない。

(…でも、何時かは自分専用のデバイスも持ちてぇもんだ)

やはり『相棒』や『専用』と言った言葉には惹かれるものがある。年甲斐も無くカッコいいと思うし、インテリジェントデバイスとの掛け合いというのも面白そうだ。
何より、インテリジェントデバイスの『自分自身が使わずともデバイス自体が魔法を起動できる」というシステムが良さそうだ。慣れるまで時間が掛かるらしいが、最初から馴染むような武器などそもそも少ないのだ。
やっぱ、金を溜めてマイスターに頼むべきか、と決意を固めた時である。


コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。

思わず、首を傾げる。
…はて?誰だろう。ゼスト隊長たちは他の病室で療養していると聞いたし、レジンたちも今朝方に一度訪れているし、やる事があるだとかで午後からは来ないと聞いたが。
候補として上がるのはスバルとギンガぐらいだと思うが、ドアをノックする位置はどう考えても彼女らの身長では間に合わない。
うーむと首を傾けている間に、再度のノックが響いた。
何時までも待ちぼうけにさせておく、というわけにもいかんか。

「はいよー。どうぞ」
「―――失礼する。ジョン・スミス四等陸士」

その言葉と共にガチャリとドアを開けて入ってきたのは、

「…レジアス・ゲイズ中将?何故にこんなところに」

恰幅の良い中年男性、地上本部における実質的トップであるレジアス・ゲイズ中将その人である。
だからこそ更に疑問が募るわけであるが、さてこの人は見も知らぬ隊員の見舞いに来るほど暇のある方であっただろうか。
答えは当然、否。寧ろ地上本部の地位向上に躍起になって働いているような人物であり、四等陸士など『捨て駒』の代名詞が怪我した程度で見舞いに来る事の出来る人では無い。
じゃあどういうことなのよ、と思っていればレジアス中将が視線を少し下に向ける。

「……礼を、言いに来た」

搾り出すように言われたその言葉に、再び首を傾げる。
礼?中将に礼を言われるような事などしただろうか?
ゲンヤさんが『何の事だ?』と言いたげな視線を此方に向けてくるが、俺のほうが知りたい。疑問の意を視線に乗せ、レジアス中将を見る。

「…ゼストの事だ」

レジアス中将が簡潔に言ったその名に一瞬だけ戸惑う。
が、すぐに頭に豆電球が灯るレベルでビコーンと情報が引っかかった。ぽん、と右手の拳を開いた左手に乗せる。

「――あ、あーあー、ハイハイハイハイ、そう言えばそうだっ…でしたね。レジアス中将とゼスト隊長は、盟友でしたか」

そう言えばそんな事を言っていた気がする。『どうせ下っ端の俺が知っててもどうにもならんだろ』と思考の隅っこに追い遣っていた記憶が蘇ってくる。
…ゼスト隊長が途中で口にしたレジアス中将への『疑い』。その事を問うべきか迷う。
だが、答えは即座に出た。

―――俺が問うたところで彼の『真実』が知れるわけも無いか。

ぶんぶんと頭を振るい、思考を飛ばす。
己の本性は政治家でも革命家でもなく単なる傭兵であり、管理局に在籍する目的も純粋に金稼ぎの為だ。裏の事情は、歪みを正そうとする者たちに任せればいい。
というわけで。

「ちゅーじょー、何か見舞いの品ってあります?」

見舞いの品を強請ってみた。ベッドの横に座るゲンヤさんが焦ったようにわたわたと動く。
いやぁ、流石に『陸』のトップに言うには礼儀に欠け過ぎる言葉だったかね?

「おまっ!?おいジョン!!」
「…あ、あー…悪いが、持ってきていない。…その、すまない」

対してレジアス中将は、俺の反応が少々予想外だったのか対応に戸惑っている。いつも厳格な表情をしている中将にしては珍しい姿だ。
珍しいものを見た、とは思ったものの良いものを見たとは思えなかった。出来る事なら年若い女子などが焦る様を見たかった。

(嗚呼そういえば件の戦闘機人たちのケツやら何やらを撫で回しておけば良かっただろうか特に穴に頭から突っ込んだねーちゃんのケツは素晴らしかったしでもチンk…チンク嬢の未発達な身体を弄り回すのも素敵かな俺は精神さえ大人だってぇんならロリィでも喰っちまうような男だぜでもその逆は精神が苛まれるので勘弁してもらいたいなぁ―――ッ!!)

先ほどの思考をスイッチにしたのか煩悩が開花し右目による高速演算が発動したらしい。記憶を鮮明に思い出させ、何かこう、

(ムラムラしてきた)

そう思ったところで、ある事に気が付いた。

「…うーむ、若干肉体に精神が引っ張られてるか?」

小声で呟く。…いや、どっちかって言うと身体が若くなったせいで性欲が滾るぜぇ!!みたいな状態になってるんだろうか。
オイオイお前、どうするんだよコレ。女性局員のバリアジャケットとかって太股とかがチラチラ見えて『おっほぅ!!』ってなるぞ俺。
嗚呼ヤバイ、自覚したら凄い鮮明なイメージが高速演算のせいで構成されてゆく。
―――やっべ、イメージで俺の息子が超進化しそう。

「静まれ我が分身―――!!」
「行き成りどうしたジョン」
「いや、忘れかけていた青い衝動がこの身を焦がし思考の中で構成された素晴らしき光景が俺の波動砲を発射準備させたというか何と言うか」
「…例えがよく分からんが言いたい事は分かった」

流石ゲンヤさん、理解力が高い。
とりあえず、俺は退室しとくとゲンヤさんがベッド横の椅子から立ち上がり、レジアス中将に一礼してから外へと出て行った。
ぱたん、と静かにドアが閉められた結果、俺とレジアス中将だけの空間が出来上がる。
ぶっちゃけた話、とっとと波動砲を処理したいのだが…、

「……」
「……」

凄く、対応しにくい。『出て行け』というのもアレだ。
沈黙が続く。

「……」
「……」
「………」
「………」
「……出て行ったほうが、良いか?」
「…えーと、ハイ、お願いします…」

レジアス中将の申し出に、頭を下げつつそう言った。
カツカツと床を鳴らしながら、レジアス中将も病室から退場する。そしてあの何とも言えない、微妙な空気を過ごして尚、
――――――――――我が息子、未だ衰えず。




























「俺のティアナの方が可愛いに決まってんだろJK」
「は?何を馬鹿言ってんスか先輩。俺のラグナのほうが可愛いに決まってるでしょ」
「はぁ!?確かにお前んとこのラグナちゃんが可愛いのは認めるがな!!うちのティアナのほうが三倍は可愛いね!!」
「ハッ!!俺も先輩のとこのティアナは可愛いと思いますが俺のラグナはその五倍は可愛いに決まってるでしょ!!」
「てめぇヴァイス!人の妹呼び捨てにしてんじゃねぇよ!!」
「ああ?!やるかヒョロ男!!」
「やってやるよチャラ男!!」
「誰がチャラ男だ!!俺はラグナ一筋と心に決めてんだよ!!」
「どうだかねぇ~?お前この前、同じ隊の女の胸をガン見してたって聞いたぜ?」
「ぐおっ!?…そ、そういうティーダ先輩こそ同僚の太股をチラ見してるって噂ですが?」
「がふっ!!お、お前それはあれだ、生理現象だから仕方無いだろ」
「じゃあ俺のも生理現象ですから仕方無いッスね」
「お前のは駄目だ!!」
「理不尽すぎんだろアンタ!!」
「黙れッ!!ともかく貴様を俺と同じ『兄』と認めるわけにはいかねぇな!!」
「上等だ!!俺もアンタを認めるわけにはいかない!!」
「………」

―――――オーケー、状況を整理するとしよう。
ゴミ捨て場の中間達やらゲンヤさん、レジアス中将が訪れた、次の日の事だ。午前中、スバルとギンガがクイントさんのお見舞いついでに俺のところに寄ってくれた。
ゲンヤさんも当然付き添いで来ていた様だが、クイントさんと何かしら難しい話(恐らく怪我についての話であろうが)をすると二人に言ったらしく、この病室まで案内した後すぐにクイントさんの病室へと戻っていった。
…正直、『俺にこの子等預けてもどうしようもない』と思わなくも無かった。
一応俺は怪我人なわけだし、彼女らを楽しませるアイテムも病室には無い。そんな風に少々悩んでいると、スバルが俺の病室に来てからの第一声を発した。

『…大丈夫?ジョン兄』

不安そうな表情でそう問い掛けてくるスバルの頭を、取り合えずワシャワシャと撫で繰り回してやった。
わわわ、と驚いたような声を出すスバルだったが、中々手を止めない俺に観念したのか途中からは大人しく撫でられてくれた。
いやまぁ、何と言うか、嬉しかったのだ。
確かにゲンヤさん達にも見舞いに来てもらったわけだが、そういうのとはまたちょっと違う。何だろう、孫が自分の見舞いに来てくれた爺さんの気持ちみたいな。
一通りスバルの頭を撫で繰り回した後、ギンガを近くに呼び寄せ再び撫で繰り回そうとするが『自分はスバルほど子供じゃない』という事を示したかったのか頭に置こうとした手を除けられた。年頃の少女とは真に難しいものである。
そんなわけで見舞いの品である果物を彼女らに振舞いながら、和やかに時間は流れた。その際、彼女らと幾つか話をしたのだがダイジェストでお伝えしよう。

『ジョン兄、右目だけ青くなってる!』
『ああ、実は俺の右目には凄まじい魔力が込められていてな。開放すると暫くの間黒い瞳から青い瞳に変化するんだよ』
『ホント!?』
『嘘だ』
『うそなの!?』
『それも嘘だがやっぱりその嘘も嘘でしかしそれすらも嘘で嘘が嘘で嘘嘘嘘嘘嘘嘘ばかりで最終的に嘘…さぁ、何回嘘って言ったかな』
『え?あ、うぅぅぅ…?』

スバルをからかってみたり、

『ジョン兄さんに教えてもらったクッキー、学校のみんなが『おいしい』って言ってくれました』
『おお、そいつぁ結構な事だ。お前さんもこの数ヶ月で随分料理が出来るようになったんだな。最初は黒こげなもんばっかりで泣きべそかいてたのに』
『練習したんだから当たり前です!!バカにしないで下さい!!』
『カッカッカ!!まぁ、そう怒るなやギンガ』
『もう…』

ギンガの近況を報告されたり、

『ジョン兄!アイス食べたい!アイス!』
『今度の休日には退院できるらしいし、その時に作りに行くから楽しみにしとけ』
『わーい!!』
『スバル!いつも兄さんにねだってちゃ…』
『まぁまぁギンガもそう怒るなって。それとも、お前さんは食べたくないのかね?』
『うっ…それは、その…』
『カッカッカ、我慢はあんましするもんじゃねぇぞ?我慢せにゃならんときもあるが、別段これは我慢するような事じゃあなかろうに』
『…じゃあ、その、私も…』
『オーケーオーケー、材料も買ってくさね―――――懐具合がちょっと心配だが』
『…あの、やっぱり私は…』
『いや、大丈夫だ、問題ない、草と水でも人間生きていけるから』

退院した時の約束をしたりと、色々な事を話した。
主にダイジェストするのはコレぐらいで良いだろう。此処までは良い。
問題はその後、午後からの話だ。
二人を帰した後、飯を食ってそれでは一服茶でも飲もうかと思った時である。

『ジョン・スミス四等陸士の病室って此処で合ってるか?』
『先輩、ノックぐらいしてから入りましょうや』

ガチャリとドアを開けながら、二人の管理局員が入ってきた。
一人はオレンジ色の髪の毛をポニーテールのように纏めた女顔の男。
もう一人は茶髪で如何にも女にモテそうな顔の男。
とりあえず第一声を発したわけだが、

『誰だ、お前さんら』

何者であるのかを問いかけた。
顔も知らない奴に見舞いされるほど俺は偉くない。レジアス中将のような接点の薄い人物が来るという事例もあるが、あれは彼と密接な関係を持つゼスト隊長を助けたからであって平時ならば俺の見舞いに来るという事はありえない。
そして眼前の二人は、顔も見知らぬ赤の他人。俺のところに来るのは不自然極まりない。
警戒心と猜疑心全開で二人を見れば、少し慌てたように居住まいを正してから自己紹介を始めた。

『おっと…そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はティーダ、ティーダ・ランスター。首都航空隊に所属してる。階級は二等空尉だが、近々昇進予定』
『俺は、ヴァイス・グランセニックってもんです。階級は二等空士、武装隊で狙撃手やってます』

よろしくな、と笑いかけてくるランスター二等空尉とは対照的に、何処か一歩引いた様子のグランセニック二等空士。
その余所余所しい態度にランスター二等空尉が眉根を寄せているが、普通そういう反応をするのは俺なんじゃないのかと思わなくも無い。

『…ヴァイス、お前スミス四等陸士と大して歳変わらないだろ?何で敬語使ってんだよ』

…あー、ハイハイ、リックと同じかこの青年。思わず溜息を吐きそうになるが、考えを改める事で押し留める。
リックと違ってこの青年は『海』の人材であり、俺の実情を知らんでもあんまりおかしくは無い。
そう思っていれば、グランセニック二等空士が手を左右に振りながらランスター二等空尉にツッコミを入れた。

『いやいやいや、ティーダ先輩。この人、年上ですよ?俺や先輩よりもずっと』
『はぁ?ヴァイスよぉ、お前其処のベッドに居る奴がどう見たら俺より年上『年齢六十前後となる老人に何ぞ用かね?二等空尉殿』…ゑ?』

にっこりと微笑みながらそう言えば、目を点にして此方を見るランスター二等空尉。やはりこういう面をした奴を見るのは面白いものだ。
カッカッカ、と笑いながら言葉を続ける。

『なぁに、前も似たような事を言ったんだが、階級としてはお前さんらの方が圧倒的に上だろうに。俺に対して気を使う事はありゃせんよ』
『あ、そう?じゃあ普通に喋らせて貰うわ』
『先輩…あー、俺は一応、年上や目上には敬意を払う性質なんでこのままいかせて貰います』
『おいヴァイス。なら二等空尉である俺に対しての敬意はどうした』
『払ってるじゃないスか。最低限』

テメーたまに俺のこと呼び捨てにするじゃねぇかオラァとランスター二等空尉が殴りかかろうとするが、難なく避けられている。狙撃手を名乗る割には接近戦の心得もあるのか、グランセニック二等空士は。
マルスとか狙撃はマジで百発百中の癖に普段は勉強できない運動できない忘れ物過多という駄目人間の典型みたいだったというのに。
というか病院で暴れんじゃねぇよ青年。

『喧嘩なら外でやれ』
『おおっと…悪い悪い、ちょっと興奮しすぎた』
『…で、俺に何ぞ用かね?『海』の人間が『陸』の下っ端である俺に用があると?』

ちょっと嫌味っぽく言うが、二人とも大して気にしたようすは無い。寧ろ先ほどよりも真剣な表情にて俺のほうへと身体ごと向きを直した。

『ああ、用がある。まずお前に問うが――――――――――妹は、好きか?好きだな?好きだよな?』

…は?と思わず声に出してしまう。そんな俺に対して、ランスター二等空尉は畳み掛けるように言葉を続けた。

『は?じゃねぇだろは?じゃ。妹だよ、い・も・う・と。シスターでもマイラヴァーでも全世界の至宝と言い換えてもいいが、とにかく妹だ』

全世界の至宝レベルなのか妹。
可愛らしさが五臓六腑に染み渡るとか目に入れても痛くないと思う事はあるが、流石に其処までの誇張表現は俺には出来そうに無い。
…さて、少々勢いに押されたが、言葉を返さねば。

『…いや、俺に妹と呼べるような奴は…居るっちゃあ居るが、義理だぞ?』

正確に言えば、ナカジマ家に養子入りしたわけでもないので『妹分』と言ったほうが正しいのだが。
ともあれ俺の発言に一応満足したのか、腕を組みつつうんうんと頷くランスター二等空尉。どうしよう、俺は凄く面倒臭い奴を相手にしているのかも知れない。

『義理…義理の妹か…いい響きだな…実の妹には敵わないがなっ!!』
『そうッスね。見てくださいよ、コレ。うちの妹のラグナってんですけど、可愛いでしょ?俺が実家に帰るたびに『お帰りお兄ちゃん!!』て言ってくれてその度に俺ぁもう――――!!』

ランスター二等空尉の発言に乗っかり、グランセニック二等空士が財布から己の妹であろう人物の写真を見せてくる。そして感極まったというよりも何ぞ興奮してきたのか己の身を己で抱きしめハァハァと荒い息遣いを始める二等空士。

どっからどう見ても変態である。

というかあの財布、妙に分厚いから札束が入ってるのかと思ったがよくみりゃ全部写真じゃねぇかのかアレ。妹か、全部妹の写真なのか。
視界に写る変人を無視して先ほどの写真の少女を思い出すが…ふむ、確かに可愛いな。
しかしてそれが俺に何の関係があるのだと思ったところで、

『――――はぁ?ヴァイス、お前何寝ぼけてんだよ』

冒頭に戻るわけである。
未だ眼前ではどちらが『兄』として正しいのかを争う馬鹿二人。

「うちのラグナなんか近所じゃ評判の美少女ですよ!?」
「ケッ!!うちのティアナなんか近所のガキ共から女神扱いされてんだぜ!!…無論、俺が全部引っぺがしたがな!!」
「その心意気は認めますがね…うちのラグナは!!まだ添い寝してくれるんスよ!?正しく妹の極みと言えましょうや!!」
「ぐふぅッ!?…く、クソォ…最近ティアナが俺に甘えてこない事を知っての狼藉か…小学校に上がるまでは俺が居なきゃ夜トイレにいけなかったティアナが懐かしい…」
「ゲハァ!?…うちのラグナは、昔から一人で何でも出来るからそういう体験は無かった…」

何やら途中から『兄』がどうこうよりも、妹自慢及び妹の過去暴露大会になっているのだがどうしたら良いのだろうか。
…とりあえず、アレだ。

「だから、喧嘩するなら他所でやれ」
「喧嘩じゃねぇ!!聖戦(ジハード)だッ!!」
「そうッスよ!!コレは『兄』という存在としては譲れない…」
「いいから黙れ。でなきゃ果物ナイフで頚動脈掻っ切るぞ」

というか俺のところに来た目的は何だ。
ギラリとナイフを光らせれば、流石に二人とも大人しくなる。
…やれやれ、俺がツッコミ役に回るとか『名無しの兵士』の中か屯所の中以外じゃありえなかったのに、どうしてこうなった。
俺も全力でボケかましてぇなぁーと思っていれば、グランセニック二等空士が恐る恐る声をかけてきた。少々、脅しすぎたかね?

「…あの、スミス四等陸士」
「ジョンで良い。…で、何ですかねグランセニック二等空士殿」
「あ、俺もヴァイスで良いんで…それじゃあジョンの旦那」
「旦那って何ぞ旦那って」

思わずツッコミを入れれば、何か旦那っぽいからッスと返答が来た。別に構わんのだが、何か少しこそばゆくもある。

「それじゃあ話を戻しますけど…旦那は、妹の事が好きですか?」
「ああ、好きだな」

LOVEではなくLIKEだが。
というか俺、義理とは言え自分の妹に欲情するほど吹っ切っちゃいねぇよ?
俺の返答に真剣な表情で頷き、ヴァイス二等空士が続けて問い掛ける。

「じゃあ、自分の妹の未来をどう思いますか?」

実はこっちが本題なんスよ、とヴァイス二等空士が言うが、

「どうって…そりゃあお前さん、幸せになって欲しいに決まっとろうよ」

思い出すのは、スバルとギンガの二人。
二人とも大喰らいではあるものの、優しい心根の持ち主だ。出来る事なら良い男と結婚して幸せな家庭を築いてもらいたい。
まだまだこの先どうなるかは分からないものの、ギンガなどは気立ての良い嫁さんになりそうである。良妻賢母の代名詞になりそうだ。

(…ふむ)

気紛れに、ちょっと想像してみる事にした。
右目によって上昇した演算能力を極限まで駆使し、自身の妹分二人の成長する行く先をイメージ。
そしてその上からウェディングドレスを重ねつつ結婚式会場を想像の中で構築し、ゲンヤさん、クイントさん、メガーヌさん、ゼスト隊長など知り合いを配置していく。新郎の顔は分からないがとりあえず俺の中にある『爽やか好青年』をイメージしタキシードに当てはめつつ、ヴァージンロードを歩かせてみるが――――おお、素敵じゃないのよ。出来る事なら俺もギンガやスバルの結婚式にはお呼ばれしたいものだ。
一人その想像に満足していれば、ランスター二等空尉が詰め寄ってきた。というか顔が近いし眼が怖いから離れて欲しい。

「…素晴らしい、素晴らしいぞジョン・スミス四等陸士。そうだよな、兄としては妹に幸せな未来を歩んで欲しいよな?」

顔を鼻先まで近づけるランスター二等空尉。
だから、近いって。

「お、おうさ。そりゃあそうだろうよ。わざわざ不幸な未来を望むような奴はよっぽど性格捻れてるか不仲な奴ぐらいだろ?」
「…じゃあ旦那。妹に幸せな未来を歩ませるためには、どうしたら良いと思います?」

ヴァイス二等空士まで詰め寄ってきやがったが…妹に幸せな未来を歩ませる方法?
『レールの上を行くような穏やかな人生が最高である』と誰かは言うかも知れないが、俺は彼女ら二人に苦難もあるだろうが自分の選んだ男性と自由な人生を送ってもらいたい。
なので、やはり俺としては、

「悪い男に引っかからないようにする…か?」

悪い男に引っかからなければ、彼女らならばきっと良い男が見つかるだろう。彼女らが認めた人間が、悪い男であるとは到底思えないが。
そう呟いた瞬間、グワッと詰め寄っていた二人が瞳を見開き、我が意を得たりとでも言いたげに天井を仰ぎつつランスター二等空尉が、此方に顔を向けた。

「そう!!そうだよジョン・スミス!!俺もそう思った!!…だが、それには一つ欠点がある」
「…欠点?」

そりゃあ何ぞやと問い掛けたところで、地雷を踏んだのだと気が付いた。
二人のシスコンが凄まじく邪悪なオーラを滲ませつつある。いかん、絶対に面倒臭い事になる、コレは駄目な兆候だ。

「クククッ…聞きたいか?聞きたいな?」
「いやちょっと待て俺は別に「シャーラァァァップ!!」うおっ!?」

ランスター二等空尉の誘いを断ろうとした俺に対して、ヴァイス二等空士が吼えた。チクショウお前はもう少しマトモだと思ったのに。
そしてランスター二等空尉が腕を左右に広げ力説を始めた。

「欠点は何か!!…それは、『結局人間なんて蓋を開けてみるまで分からない』ということだ!!善人のふりをしている奴が居る、表面上じゃ良い人でも裏じゃあ何考えてるのか分からない!!身体目当ての奴が居るかも知れねぇ!!金目当ての奴が居るかも知れねぇ!!そんな奴らを外見で判断する事が出来るのか?無理だろう?そしてそんな何を考えているのか分からない奴らに妹が預けられるか!?なぁヴァイス!!」

あらん限りの力で叫ぶランスター二等空尉が、ヴァイス二等空士に話を振った。というか、此処が病院だという事を考えて欲しい。
話を振られたヴァイス二等空士も二等空士で、力拳を握りつつ叫んだ。

「そうだ!!預けられるわけがない!!じゃあどうするか!!自白させる?無理だ、精神に対する魔法は念話以外禁止されている。殴って吐かせる?もし違ったら『無用な暴力を振るった』として妹に嫌われてしまう。ならば、ならばどうすれば良いのか!!妹に嫌われず、変な男を寄せ付けない方法!!!分かりますかね旦那ぁ!?」

ズズイと顔を近づけるヴァイス二等空士。
いかん、駄目だ、完全に地雷踏んだ臭い。
そう言えば入隊した直後にこの二人に気をつけろとリックが言っていたような気がするが、こういう事だったわけか。
入院してから『どうでもいい』と投げ捨てていた記憶にクリティカルヒットするような事が山のように起こっているのだが、コレは新手のいじめだろうか?
だとしたら至極陰惨な虐めである。精神的にきついというレベルではない。
…取り合えず答えなければ顔を離してくれそうに無い。

「わ、分からんが…」
「分からねぇのかジョン・スミス!!それでも兄かジョン・スミス!!良いか!?何の問題も無く妹を幸せにするにはなぁ!!」

其処で一度言葉を区切るランスター二等空尉。そして、ヴァイス二等空士と共に爽やかな笑顔を此方に向け、言った。






































「「――――――――兄が、妹と結婚すれば良いじゃない」」









































ゴキゴキと関節を鳴らし、全身の調子を確かめる。まだ少々痛むものの、部屋の『掃除』をするには十二分だ。
ギシリとベッドを軋ませつつ立ち上がる。
標的は、眼前のシスコン二匹。いい笑顔のまま言い切った達成感に額を拭っている姿が爽やかで、またムカつくのだが。

「どうだよ旦那」
「この完璧な理論―――」

シスコンどもが何事かほざいているようだが、知ったことではない。
とりあえず、何だ。

「落ちろ、小僧ども」

音も無く前方へと駆ける。
素早くランスターとヴァイスの首根っこを引っつかみ、風を通すために全開になっていた窓へと全力で腕を振り抜き、病院の外へ二人を投げ飛ばす。
笑顔のまま宙を舞う二人。思考が停止しているのか、それとも言い切った達成感に酔いしれているのか知らないが己の現状を気にしていない。
重力に引かれ、下へと落ちていく二人。三階だし、死にはしないだろう。
空士というぐらいなのだから、きっと飛行魔法だとかも習得しているだろうし、気が付けばギリギリで持ち直せるんじゃないのかと思う。
外からはカエルが潰れたような悲鳴と共に『人が降って来たー!?』とか『何か笑ってるー!?』とか一般人(主に感性的な意味で)の悲鳴も聞こえるが、知ったことではない。
ぶはぁ、と大きく息を吐き出す。精神的に死にそうだ。
それに追い討ちをかけるように、

「…うぉぉ…」

ズキリズキリと身体が痛みを訴え始める。
少々、力みすぎたようだ。
おぼつかない足取りでフラフラとベッドへと向かい、ゆっくりと身体を倒してゆく。再びベッドに横になり、天井を眺めた。
そのまま外の喧騒をBGMに天井を眺める中で、ふと思う。

――――というか俺、入院しているんだよな?

おかしい、絶対におかしい。
入院とは療養する行動であり、決して疲労感を増大させるようなものでは無いはずだ。抗がん剤治療を行っているような患者ならばまだしも、普通大怪我を負って入院したような人物が疲労を溜め込む事はありえないと思う。

「…あー、チクショウ。スバルやギンガに会いてぇ…」

思わず弱音が口から出る。
それかゼスト隊長やゲンヤさんと酒を飲みに行きたい。この一時間足らずで蓄積されたストレスを思う存分解消したい。

「……」

改めてストレスを認識した瞬間、疲労がドッと増えた気がする。ヤベェ、鬱になってきた。
暫くして外の騒ぎも収まり、静寂が訪れる。
差し込む日差しの暖かさに、段々と瞼が重くなってきた。昼飯も食い終えている事だし、一眠りしたいところだ。
というか、

「…寝よう」

寝て、全てを忘れよう。
今日の事は、思い出したくない。
寧ろ記憶の奥底に封印したい。どっちかと言うと奴らと出遭ったという事実を抹消してしまいたいと切に思う。

「…嗚呼」

リックの忠告を、よく覚えておけば良かったと思った。いつもはどうでもいいことしか喋らないような男だが、偶に重要な事を喋るから困る。
…ともかく今は眠い。
睡眠の欲求に身を任せ、瞼を閉じる。
視界を闇が支配すると同時に、己の意識はその暗闇の深く、深くへと、潜っていった。


~あとがき~
うん、あれだね。ヴァイスファン、ティーダファンの皆さんに土下座しなきゃならんよね。
いやもう、マジでスイマセンでした。テンションと勢いだけに任せて書いていたらこんなもんが出来ていたという話。
ちょっと焼き土下座してきます。
そしてアンケィト。
①このままのテンションで行けば?
②とっととやめろクズ。
③フェイトソンまだー?
④最早三馬鹿結成で行こう。
































































~おまけというか、アレな話~


―――――――――微かに、声が聞こえる。

「―――――さ―――――く―――」
「…ん?」
「―――に―さん、起きて――――」

誰だろう、己の眠りを邪魔する者は。
俺は今、悪い現実から眼を背けて…はて、悪い現実とは何だったか。
頭が上手く働かない。思考に靄が掛かったようにハッキリとせず、己の現状も何もかもが全て曖昧で、不鮮明だ。

「―ョン兄さん、起きて下さ――」
「…んん?」
「ジョン兄さん、起きて下さいってば!」
「――――んー…?」

正常に動かない思考のまま、ゆっくりと起き上がる。
周囲をキョロキョロと見回すが、どうやら病院では無いようだ。…病院?何故に俺は病院を思ったのだろうか?
んんん?と思考の海に潜ろうとするが、直ぐに諦めた。
思考が正常に働かない以上、どうしようもないから今の現状に身を任せ同化しとけと脳が語りかけてくる。
いつもなら割と深く考えるのだが、今はどうでも良いと思考を投げ出した。
そんな時、ふと視界の端に踊る『青』を見つけた。
先ほどまで己を起こそうと語りかけてきた者の『青』であろうか。
取り合えず、視界に入った『青』へと眼を向けるが、其処には。

「…?」
「お早う御座います、ジョン兄さん」
「………ギン、ガ?」
「?そうですよ?どうしたんですか?」

首を少し傾げながら此方を覗き込んでくる、青い長髪の女性。
その顔立ちも顔色も己の良く知る幼い少女によく似て――――幼い少女?本当にそうだったか?
先ほど俺は、無意識的に『ギンガ』と名を呼んだでは無いか。ならば彼女こそが『ギンガ』であり、己の曖昧な思考の中に存在する少女は『ギンガ』では無いのでは無いか。
或いは、彼女の幼き頃の姿か。恐らくそうなのであろうが、

(…どうでも良いか)

思考を投げ出す。
何にしても、今は現状を尋ねよう。

「…俺、どうして此処に居るんだ?」

寝ぼけ眼のままコテンと首を傾げた俺の姿がおかしかったのか、一瞬呆気に取られたような顔をしたギンガであったが、直ぐにクスクスと笑い始める。
その姿に、少しムッとなる。

「…何だよ」
「フフッ…いえ、こんな兄さんを見るのは久しぶりかなーって」
「……久しぶり?」
「ええ。『あの夜』以来、兄さんいつも私より早く起きてるんですもの」

…あの夜?どの夜だ?
思い出せない、思考があらゆる経路を鎖し現状のみに意識を向けろと訴えかける。その訴えに応じて、目の前の彼女にのみ意識を向ける。
思い出せない以上、知っている者に尋ねる以外あるまい。

「…なぁ、ギンガ。あの夜ってのは、何だ?」

俺の問い掛けに、「へ?」と声を漏らしたギンガが、しかしすぐさま頬を膨らましそっぽを向いた。
一体どうしたというのか。

「へー、そんなこと言っちゃうんですか。あの夜の事は絶対に忘れないって言ったくせに」

あんなに激しくした癖に…とか呟いているが、本気で何事なのか分からない。というか激しくって何だ、何が激しかったというのか。
…まぁ、何はともあれ悪いのが俺ならば謝らざるおえまいよ。

「…その、何だ。スマン」
「いいですよーだ。兄さんがボケボケしてるのは今に始まった事じゃないですし、昨日も激しくした事、どうせ覚えてないんでしょ」
「…スマン」

取り合えず、頭を下げる事しか出来ない。本当に何も思い出せないのだから。

(コレはいい加減、腹を切る覚悟でもせにゃならんのか)

あまりにも情け無いとしか言えない己を恥じ、故郷であろう日本の『武士道』に乗っ取り腹切りするべきかと思ったが、凄まじく痛いと聞く。
というか絶対痛い。腹斬られた事のある俺が言うんだから間違いない
やっぱ介錯とかそういう人も必要だよなぁと、そう思ったところで、

「―――――――――んふ」

彼女が、笑みを見せた。舌なめずりをしながら。

ゾクリ、と怖気が走る。
今の彼女の笑みは、先ほどまでの朗らかで春風のように淡い笑みでは無く、ねっとりと絡みつき、男を放さない妖艶な笑みだ。
思わず、喉が鳴る。
しかして本能が警笛を鳴らす。
駄目だと、ソレは違うと、何が違うのかは分からないが警笛を鳴らしている。
ゆっくりと近づいてきたギンガが己の胸に手を這わせ、耳元で囁く。

「…じゃあ、思い出させてあげます」
「…待て、待てギンガ。落ち着け、どういう事だ」
「そんなに慌てないで下さい兄さん。『いつも通り』で良いんですよ」

…いつも通り?何がだ?何をだ?
疑問が思考の中を乱舞し、警笛がより大きく鳴り始める。
これ以上先に進むなと、己の思考を無理矢理にでも切り開けと。
焦る気持ちとは裏腹に己の身体は動かず、逆にギンガが着ていた衣服は音も無くシュルリと落ちてゆき、その肌を露にしていく。
ギチリ、と頭の奥で何かが軋みを上げた。止まっていた歯車が動き出すかのように、少しずつギチリ、ギチリと歯車が動く。
少しずつ、思考がクリアになって行く。

「ギンガ、オイ、落ち着け」
「落ち着いてないのは、兄さんですよ?私はいつも通りです」

コテンと首を傾げるが、その仕草による可愛らしさよりも潤んだ瞳と紅潮した肌の色気、そして何より本能の鳴らす警笛が俺に拒絶の意思を抱かせる。
この子は、こんな子じゃ無いと。

「いやいやいや、いつも通りじゃねぇよ。お前さんはそんな子じゃなかったはずだ」
「…こんな子にしたのは、兄さんです。あの夜、私に襲い掛かって来た兄さんが私を滅茶苦茶にして、こんな子にしたんです」

あの夜からも、ずっとずっとこんな風に私を変えたのは兄さんです、と彼女は言う。
少し瞳を潤ませながらギンガが放ったその言葉に、再び思考が鎖されてゆく。もうこのまま身を任せろと脳が語りかける。
反抗しようとする気が、少しずつ失せてゆきへたり込む。
そんな俺の上で、ギンガがはたと気が付いたように拍手を一つ打った。さっきまでの艶かしい空気が霧散し、正気が戻る。

「そう言えばもう、兄さんなんて呼んでちゃ駄目ですよね」
「…うぇ?」

にっこりと笑うその姿に、血の気がサーッと引いてゆく。何か、その先を言わせてはいけないような。彼女の背後に見覚えのある二つの影が見えているような気がする。何かこう、シスコン空尉とシスコン空士のツーショットが浮かんでる。

「昨日は『兄さん』じゃなくて名前で呼んでましたものね、ほら、あの写真の時とか」

嬉しそうにギンガが指差すのは、真横。
ギギギギと首を動かせば、写真立てが一つ。其処にはウェディングドレスを着たギンガをお姫様抱っこで抱き上げる―――――、










































「じゃあ、しちゃいましょうか。あ・な・た♪」









































―――――タキシード姿の己が写っていた。

「ナッパァァァァァァァァァァァァァァァァム・デスッ!?!?」

意味の分からない悲鳴と共にガバリ!!と起き上がれば、外は夕暮れに染まっていた。居場所は、病院のベッドの上だ。

「――――ッハァッ!!ハァッ!!ハァッ!!」

呼吸が荒い。
喉が渇く。
目の奥が焼けるように熱い。
特に右目など、まるで神経系を焼き切るかのように―――、

(………右、目?)

ピコン、と頭の上に豆電球が灯ると同時に、ピシリと青筋が立つのを感じる。
近くにおいてあった水を一気に煽り、乱暴にコップを台の上へと戻し口元を拭う。未だ呼吸は荒いが、大丈夫だ、少しだけ落ち着いた。

「―――――」

一度両目を閉じ、再度見開く。
右目に力を込める。
リンカーコアより魔力を導入し、右目の義体型デバイスを起動。ギュイン、と己の魔力光である鉛色の輝きを見せながらデバイスが起動する。
それと同時に、網膜に相当する部分に無数のウィンドウが出現した。
幾つかには『強制終了』だの『接続エラー』だのうだうだと長い文章が書いてあったので、纏めて消去する。
その中で一つ、大きなウィンドウが表示されている。
読む。

「…アナタの今日をリフレッシュ、『キャンセルナイトメア』。この機能はこのデバイスの着用者が睡眠状態に入ると同時に『その日で最も嫌な情報』を別の情報と結びつけ改変します。その情報は『夢』として再生され、アナタがどう思おうと問答無用で脳裏に焼き付けられます。多少の脚色、思考の一時的な麻痺などがありますが人体に問題はありません。これであなたもポジティブに!嫌な記憶は完膚なきまでに忘れ去り明日へと眼を向けましょう!!…追申。この文章を呼んでいるという事は、相当に嫌な記憶を持ってしまったのだろうな、ジョン・スミス四等陸士。で、いい夢は見れたかよ。by特務技術班一同…」

読み終えると同時に、ククッと笑いが漏れた。
…笑わせる、笑わせてくれる、本当に愉快だ、愉快すぎて狂いそうだ。
嗚呼、あのシスコン二匹を引き裂きたい。よくも、よくもよくもよくも俺にあんな夢を見させる原因を作り出しやがったな。
それと技術班の奴らもだ。あいつ等の『安心安全』は『最低最悪』に直結しうるという事が理解できた。
奴らがヒャッハーした理由も頷ける。恐らく俺にこういう悪夢を見せてどっかで爆笑しているのだろうが、引き裂きたい。
だが、その前に最大の元凶をどうにかしよう。
奴らを引き裂くのは、その後でも遅くは無いはずだ。
果物ナイフを、手に取る。

「そうかそうか、この右目のせいで、俺はあんな夢を見たわけか。そうか、そうか、そうか、そうか、そうか、そうかそうかそうかそうかそうかそうかそうかそうか…クカッ…クカカッ…クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!!こんな右目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!ぶち壊してやっるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ジョン・スミスさん!どうしまし―――――――って何やってんですかアンタぁぁぁぁぁぁぁぁ!?右目にナイフ突きつけるなんてどうしたんですか!!義体とは言え、痛覚神経にも一応接続されているんですよ!?」

どうやら俺の叫びを聞きつけてやってきたらしい医師が、右目の義体型デバイスをナイフで貫こうとする俺の腕を掴む。
だが、止めてくれるな。こうせねば、ならぬのだ。

「離せよ先生ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!俺は、俺はこの右目を潰さにゃならんのだ!!でなければ、でなければギンガに申し訳が立たねぇ!!兄として、否、人間として!!俺はあの子にこの目を潰す事でつぐなわにゃならんのだぁぁぁぁぁぁ!!あんな夢を見てしまった!!あの子の将来の幸せを願いながらも、あんな夢を!!例えどんな理由、原因があろうとも!!俺は兄として、見ちゃあならん夢を見てしまったのだ!!」
「何をわけの分からない事を…!!誰か!!誰か鎮静剤を持って来い!!307号室のジョン・スミスさんが暴れ始めた!!」
「うおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ギンガぁぁぁぁ!!俺は、俺は、俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!―――最低だぁぁぁぁ!!」

――――――――喉がつぶれんばかりのその叫びは、夕暮れの闇へと、消えていった。

~おまけのあとがき~
何だろう。本編のエロスコールが此処で発動された気がする。



[21147] 【習作】やっちまった感じしかしねぇうろ覚えの記憶に頼ったSS【何コレ酷い】
Name: do◆579b2688 ID:00a27d88
Date: 2010/09/11 19:53
~注意~
・作者の文章力は塵芥。
・オリ主且つ御都合主義。
・キャラ崩壊が激しく立派な人も駄目になる。
以上の事が許容できる方のみスクロールしてください。

































































































『『妹愛が無ければ即死だった』』
『そのまま死ねよお前さんら』
『ジョンよぉ、俺が死んだら誰がティアナの夫になるんだよ』
『ラグナの夫もどうするんスか。…まさか、二人とも奪い取る気ッスか!?』
『やらせはせん!!やらせはせんぞぉ!!』
『オーケーちょいと面貸せよ。頚椎折るから』
『『お断りします』』

かつての馬鹿二人との会話。あれからもう、二年も経っているのか。
今となっては何もかも懐かしい、あの日の思い出だ。
シスコン二人の襲来、義体型デバイスによる悪夢、その翌日に無傷で帰還したシスコン二人、ムカつく顔面に拳をくれてやったのは一度や二度ではない。

というか数えるのも飽きるぐらい殴った。悲鳴が全て妹の名前だったのは気色が悪かった。

けれども、確かに『友』と呼べる二人であった。何処か『名無しの兵士』に所属していた息子たちにも似た雰囲気を持つ二人とは、妙に馬が合った。
…そう、合ったのだ。

「…兄さん……」

一人の男の墓の前で、少女が泣いている。
今の今まで会ったことの無い少女だが、髪の毛の色から察するにティーダの妹であろう。
――数日前の事だ。ティーダ・ランスター一等空尉が、追跡中の違法魔導士の凶弾に倒れ、死亡したのは。
心無い上官は、その死を『無駄』であったとほざいた。仲間を護ったでも無く、違法魔導士を検挙したわけでも無く、何の意味も無く凶弾に倒れ、死んだ無能者であると。

顔面を、二度と見れなくなるほどに殴りつけてやった。

雨の中、墓前に立ち続ける彼女に掛ける言葉が見つからない。
彼が無能者などではなかったという事は、彼女が一番良く識っているだろう。妹第一主義の駄目男ではあったが、無能では無かった。
隊の仲間に気を配り、さり気なくサポートの出来る男であった。
『執務官になる』と数ヶ月前の酒の席から豪語し、必死になって勉強していた様を覚えている。きっと、なれると思っていた。
しかして其の夢は、此処で終わりを告げた。
ティーダ・ランスターという男は此の世に在らず、残されたのは幼い妹ただ一人。頼れる親類縁者すら居ないのだろう彼女に、何と言葉を掛ければ良いのか。

(―――分かるわけ、ねぇだろうがよ)

唯一の肉親を失った彼女の悲しみを理解する事など、此の世の誰にも出来よう筈が無い。その悲しみは彼女だから持つものであり、誰かが易々と『分かるから元気を出せ』と語れるほど浅い悲しみでは無いのだ。
俺程度に、理解できよう筈が無い。
故に、俺に出来る事といえば。

「―――風邪引くぞ、お嬢ちゃん」
「…あなたは?」

雨に濡れる彼女に、傘を差してやるぐらいだ。
俺の言葉に反応したのか、彼女が顔を上げ問い掛けてくる。

「ジョン・スミス。お前さんの兄貴の、親友だ」
「…そう、ですか。その…先ほどの事は、ありがとうございました」
「ああ、あのクソ上官の事なら気にするな。俺がムカついただけだから、お前さんが礼を言う必要なぞ欠片もありゃせんよ」
「…それでも、ありがとうございました」

ぺこりと此方に頭を下げてくるその少女に、俺は――――、




























「あまりの可愛さに耐え切れなくなってむしゃぶりつく気だろ!?俺がもし違法魔導士の一撃で死んでたらお前、絶対に慰める振りしてティアナを『頂きます』しちゃう気だったんだろ!?やらせはせん、やらせはせんぞジョン・スミス!!」
「ウルセェシスコンとっととくたばれ」
「ゲファン!!」

違法魔導士を無事検挙した、その後の会話であった。
ティーダ・ランスター一等空尉が、ジョン・スミスと共に行動していなければというIFの話。






         第四話    『出張手当の出ない世の中なんて滅べばいい』





時は、俺がゼスト隊を『モグラ式救出作戦~偶にケツプリ~』にて生還させるも入院し、そして退院した辺りまで遡る。
何の問題なく退院できた俺がまず始めに向かったのは、当然の如くナカジマ家。
約束は果たさねばならんな、と少しばかり懐が寂しくなるのに眼を瞑りアイスの材料を買ってナカジマ家のインターホンを鳴らしたのだが、

『あ、兄さん。来たんですね?』

出てきたのがギンガ(念の為に言っておくが、九歳である)だったのが不味かった。

『…スマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガスマンギンガ…』
『わあぁぁぁぁ!?お父さん!!お母さん!!兄さんが!!ジョン兄さんが壊れた!!』
『お、おい!どうしたジョン!頭でも打ったか!?』
『え!?何!?私やメガーヌを救出したときにどっか頭ぶつけたりしたの!?』
『どーしたの?ジョン兄?』

アイスを作りにきたつもりが、いの一番にギンガへのDOGEZAを発動してしまった。
まぁ、そんなアクシデントはあったものの、退院した当日は何事も無く過ごす事が出来た。ナカジマ家の団欒に混じりつつも俺作アイスを全員で突付き平和な時間(スバルが食べ過ぎていたので米神をグリグリしてやったりもしたが)を噛み締めた。
その翌日は、

『やぁやぁやぁ技術班諸君。地獄への水先案内人が来たから大人しく死ね』

笑顔でゴキリと指を鳴らしつつ、トンデモ装備を開発し続ける技術班の元へと赴いた。

『うおぉぉぉぉぉ!?ジョン・スミス四等陸士から凄まじい殺意が感じられるぞ!?何故だ!?』
『片手間で作った殺意メーター振り切れたんだけどどうしようコレ!!』
『何が気に入らなかった!?成長した義妹とキャッキャウフフとか最高じゃないか!!』
『何のために我々が高速思考及びマルチタスクの補助機能を付けたと思っている!!』
『子供を大人へと!!大人を子供へとシミュレートする為にだぞ!?』
『どんな相手も理想の姿!!何処に不満がある!?』
『俺もあんなボン!キュッ!ボン!な義妹が欲しいぜ!!』
『じゃあエロゲ作るか?義妹設定モノの』
『良いねソレ。最高だねソレ』
『ヒロイン誰にする?ギンガちゃんの他にはホワイトデビルとかフェイトタソとか色々候補あるけど』
『ロwリwコwンwうぇっwwうぇっww』
『てか最近入ってきたはやてちゃんとかどうなのよ?駄目?』
『そう言えば最近白い悪魔こと高町なのはちゃんが撃墜されたらしいぞ?』
『そして入院した義兄に看病され病院で目覚める幼い恋―――よしネタにしぎゃあああああ!?』
『…全員、歯ぁ食い縛れ。ぶん殴ってやる』

有言実行。ぶん殴ってやった。
それにしても、あいつ等の主な資金源がエロゲだと知った時には深い絶望を味わったものだ。
だって想像してみ?俺の右目はエロゲを元手に作られたって事だぞ?
というか、奴ら俺の悪夢をダビングしていたようである。
丁寧に処分しておいた。
ああっ!エロゲのネタがっ!とかほざいていた技術者は問答無用で踵落としを放っておいた。
『コレが美少女の足だとしたら…ハァハァ、興奮してきた』とか言うポジティブシンキング極めすぎて変態へと足をずっぽしはめ込んでいるような奴だったので、

男の象徴を踏み抜いてやった。

音も無く崩れ落ちるその姿に、微かな憐憫も感じたが己の心に鎖を巻きつけ封印を施した。
俺はその日、修羅となったのだ。
そしてその翌日は、件のシスコン二人と再会。
冒頭の言に繋がるわけだが、その時は頚動脈をキューッとしただけで話は終了した。けれども、問題はその翌日に倍率ドンで現れたわけだ。
ちょうど日も差し掛かり、さて寮に戻るとしようかと思ったときである。

『君が、ジョン・スミス四等陸士か?』

黒い髪の少年が、話しかけてきた。
外見は俺の(肉体的)年齢と然して変わらないと思ったが、それよりも何処かで見たことのある顔だと記憶を探る。

『そうだが…ちょいと待ってくれ、えーと、その顔どっかで見たことあるんだが…』
『クロノ・ハラオウン。執務官だ』
『…おお、そうだっ…でしたね。それで、何用ですか?』

そういえば最年少で執務官試験だかに受かった少年が居るとか言うデータを閲覧した事があったのだが、その時の少年が目の前の少年か。
思い出したことに思わず素の口調で喋りそうだったところを、敬語に直す。
俺のその言葉に、苦笑を浮かべたハラオウン執務官。

『無理に敬語を使わなくても結構だ。僕も執務官として話をしに来たわけじゃない』
『然様で。じゃあ、あー…』
『好きに呼んでくれて構わない。僕も、君の事は好きに呼ばせてもらうが…』
『おうさ、好きに呼んでくれクロノ坊』
『坊って…まぁ、君から見れば誰でも坊なのだろうけど…ま、まぁいいさ』

ではそうさせてもらうよ、と頷くクロノ坊。ややエリート意識の強い『海』の人間にしては随分と親しみ易い性格をしていると思ったものだ。
だが、それは俺の思い違いであったと直ぐに悟る事となる。突如としてクルリと身体を旋回させ、俺に背を向けたクロノ坊。

『…僕には妹が居る。血の繋がらない妹だ』

俺に背を向けつつクロノ坊が語る。
突如として切り出されたその話題の意図が掴めなかった。

『ふむ…で?それがどうしたよ?』

首を傾げる俺に対して、振り返りながらギュピーンと目を光らせクロノ坊が肩を掴んできた。結構身長差があるにも関わらず、身体から滲み出るオーラがクロノ坊の肉体を妙に大きく見えた。
そして、その身体から滲み出る邪悪なオーラはかつて見たことのあるものであった。
そう、俺が入院していた間に見た事のあるオーラだ。

『その妹は僕に追いつこうと必死になって執務官の勉強をしたりともう可愛くて可愛くて仕方が無いのだけれどもそんな彼女の肢体を嘗め回すほどに見つめる変態どもというか人間の屑は排除してしかるべきだと僕は思うのだがまぁそれは置いておくとしてともあれ僕の可愛い可愛い妹が幸せになるにはどうしたら良いと思う気になって気になって夜も眠れずに最近不眠症なんだがそれを心配してくれる姿がまた可愛いんだけどどうしよう!!』
『初対面の俺に随分と濃い問題ぶつけて来るなお前さん』

己の妹の事を語るクロノ坊のマシンガントークに一歩後ずさりながら言えば、ハッと気がついたようにクロノ坊の眼が正気に戻る。

『すまない、取り乱した。…いや僕も無茶苦茶だとは分かっているんだが、それでも誰かに聞かずには居られなかったんだ』

それぐらいに可愛い妹なんだ、とクロノ坊は言葉を付け足した。
しょんぼりと肩を落とすクロノ坊にどう言葉を掛けて良いのかわからない。シスコンに関わって良いことなぞありはしないのだが、軽度(実際には重度だったのだが、奴らのせいで感覚が麻痺していた俺には軽度にしか思えなかった)のシスコンを放っておくのも何だ。
今なら引き戻せるかも知れないと思ったが、とりあえず先に聞くべき事があった。

『…何故に俺?』
『風の噂で、君が自分の義妹にとても深い愛情を抱いていると聞いてね。参考までに聞こうかなと思い飛んできた次第だ』
『…何ぞ変な意味にも聞こえるが、そうだな』

まぁ、間違ってはいない。彼女らに対する俺の愛情は本物だと言える。
しかしそれはゲンヤさんやクイントさんに対しても覚える普通レベルの親愛である。
行き過ぎて偏愛になりかけているクロノの参考にはなりそうに無いが、今ならまだ引き戻せるだろう。そう思い、声を掛ける。

『あー、クロノ坊。あのな?幾ら妹が心配だからって…』

が、

『待てぇゐ!!』
『妹の事で俺たちを抜きにするとは不届き千万!!許せんッ!!』

聞きたくも無い声を聞き、思わず顔を向けてしまう。
少し沈みかけた夕日を背負う、二人分のシルエットが見える。俺にとっては声でまるわかりだが。

『!?誰だ!?』

突如として聞こえてきた馬鹿二人の声に、クロノ坊が至極真面目に反応する。
シリアスな空気など一欠けらも無いこの空間で、緊迫した空気を醸し出せるクロノ坊には『シリアスメーカー』の称号をくれてやろうと心に思ったものだ。
周囲を巻き込めないという欠点はあるが。
逆光のせいでうまく見えないが、片方の人物がクロノ坊を指差す。

『誰か?誰かだと!?俺たちを知らないって事は妹スキーとしてはモグリの証!!』
『でも先輩。あの執務官、妹スキー初心者みたいッスよ?』
『え?マジで?じゃあ仕方ないな。とりあえずは一から現状一万まである『妹の完璧な幸せについて』教え込もうぜ』
『うぃーっす』

あっさりと被っていたキャラを捨てやがったこいつ等。
逆光で見えづらかった馬鹿二人が、テクテクと歩いてクロノ坊の近くまで寄る。それを許したのがいけなかったのだろう。
馬鹿二人が即座にクロノ坊の耳元に手を当て、何事かを吹き込み始めた。
その結果。





































『妹さいっこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』






































デバイス掲げてそう叫ぶ馬鹿がまた一人誕生した。
親御さんが見たら泣くから本当に止めなさいクロノ君。周りを取り囲んでいた馬鹿二人も一緒になって叫びを挙げる。

『宴じゃああああああ!!新たなる同士の誕生に乾杯ッ!!』
『我らが同士がまた一人増えた!ところでどんな妹何スかクロノ執務官?俺の調べた限りじゃあ二年前に養子入りした、としか分からなかったんで』
『ん?ああ、フェイトと言ってね。可愛いだろ?』

少し顔を赤くしながら妹らしい少女の写真を取り出すクロノ。馬鹿二人と一緒にその写真を見るが言うだけあって可愛らしい顔立ちをしている。
…それにしたって、随分と露出の多いバリアジャケットを着ている。
まさかこの年代から露出魔としての性癖を発揮しているのではなかろうかと、一瞬だけ写真に写る少女の将来が心配になった。

『おー、本当だ。人形みてぇな子だなぁ。…ま、ティアナのほうが可愛いが』

そう言ってどこぞからアルバムを取り出すランスター。
全部彼の妹であるティアナという少女が移っているのだが…幾つかは完全に盗撮したっぽいのだが、俺は殴るべきなのだろうか。

『いやいや、うちのラグナのほうが可愛いッスよ?』

続いてそう言ったヴァイスはといえば、空中に映し出したスクリーンに妹のお遊戯会や運動会の映像を映し出している。
デバイス使ってやるほどなのかソレ。
ともあれ妹自慢をする馬鹿(先天性)二人に対して、馬鹿(後天性)の反応はと言えば。

『…ほう、君たちは僕に喧嘩を売ると?言い値で買おう』

ぴきり、と額に青筋を浮かばせるクロノ坊に、馬鹿二人が得意げな顔で言う。

『事実を言ったまでだぜクロノ執務官。ティアナの可愛さはクラナガン一だ!!』
『ラグナはミッドチルダ一ですけどね』
『残念ながらフェイトは次元世界一だ。君たちの妹も可愛いとは思うが、フェイトには及ばないよ』

はん、と二人の意見を鼻で笑い己の義妹こそ至上だと語る後天性馬鹿。
ぴしり、と先天性馬鹿二人の額にも青筋が。遠くから「クロノくーん?どこにいるのー?」という少女の声が聞こえるのだがどうしようか。
そんな周囲の声を聞いている間に、馬鹿どもの喧嘩はますますヒートアップ。

『オイオイ、クロノ執務官よぉ。うちのティアナが負けると?』
『ちょいと調子に乗りすぎじゃないスかね?ラグナが一番』
『いやフェイトだ』
『いやティアナだから』
『いやラグナッスからね』
『いやいやフェイトだと言っているだろう』
『いやいやティアナに決まってんだろ』
『いやいやいやラグナが一番可愛いって天地開明のころから決まってるんで』
『ンだとコラァァァァァ!!ぶっ飛ばすぞチャラ男!!』
『やってみろやヒョロ男!!そこの女たらしもかかって来いよ!!』
『だだだだだだだ誰が女たらしだだだだだだだ!?』
『へっ!エイミィでしたっけねぇ?クロノ執務官の幼馴染』
『最近いい雰囲気だって評判ッスよねぇ?』
『バッ!?エイミィとは仲の良い友達だ!!』
『本当に?本当にそう言い切れるのか?』
『嘘を吐くのは妹への背信と見なすが、宜しいか?』
『当然だ!!彼女とは友達だ!!それ以上でも以下でも無い!!』
『本当に?』
『嘘は無いか?』
『くどいッ!!エイミィとは、と・も・だ・ち・だッ!!』

あ、何ぞクロノ探しに来た女の子が泣きながら踵返して走ってった。今のがエイミィとか言うクロノの幼馴染なのだろうか。
彼女の姿が見えなくなった辺りで、視線を馬鹿三人に戻す。
未だ不毛な争いは続行中だ。

『そもそも君たちは実の妹に欲情しているのか?全く、人間としてどうかと思うよ?』

その口ぶりだと、お前さんまさか義理とは言え養子入りした自分の妹に欲情してんじゃなかろうな?
ならば捻り潰さねばならんが。
そんなクロノ坊の言葉に、ランスターとヴァイスは口を尖らせる。

『欲情なんてしてませんー、ピュアですー、ピュアすぎて鼻血が出てしまうだけですー』
『そうですー、ちょっと<デストローイ>してしまうだけですぅー』

どちらも駄目だと思うのは俺だけか。

『仮に欲情していないとして、実の妹と結婚は出来ない。コレは純然たる事実だ』

養子入りしたら義理とも不可能だと思うのだが、俺の考えは間違っているのだろうか?
そこら辺の法律には詳しく無い為、断言は出来ないが。

『『ハッ!!だったら可能な次元世界に移住するのみ!!』』

力拳を握って力説する事か馬鹿どもが。
その二人を見て、ハァ、と溜息を零す後天性馬鹿。

『…このままでは拉致が空かないな』
『ああ、これじゃ誰の妹が一番か分からねぇぜ』
『やっぱりここは、第三者の意見を聞くべきッスね』

グルリ、と此方を見る三馬鹿。ぶっちゃけよう―――こっち見んな。

『…何だ三馬鹿。もう喧嘩は終わったのか?』
『『『誰の妹が一番可愛い!!?』』』
『ウルセェ黙れ口を開くなそれから全員自分の妹に土下座して来いよクソが』

そう言えば更にギャーギャーと騒ぎ出すので、いい加減ぷつんと来た。
速攻で裏を取り三人の頚動脈をキューッとしてから、各々の居るべき場所に送り届けてきた。
とりあえず最後に窺ったクロノの親御さんには、

『お子さんは馬鹿二人のせいで馬鹿となってしまいました。お悔やみ申し上げます』
『…えーと、ど、どういうこと?』
『分かり易く言いますと極度のシスコンに御座います。『妹と結婚すれば妹は悪い男に絶対引っかからない』という暗示を受けておりますので、出来る事なら早急な記憶抹消をお勧めします。では、自分はこれで』
『え?あの?ちょっと!?』

幾つかの注意を述べて、すぐさまその場を離れた。すまない、親御さんにエイミィ嬢とやらにフェイト嬢とやら。
俺は、貴方達の愛する人を救う事が出来なかった。
視界が妙に悪かったのは、走るときに受けた風のせいなのか、それとも。
まぁ、何はともあれ退院後のそんな日々を過ごしたわけだが、本題はその後日、退院してから初の出勤の時である。
屯所の壁に掛けてある掛け軸型のデータベースには『今日の一言システム』というものがあるのだが、日替わりでデスクトップに出現する文字が変わる。
今日の一言は「読みあい放棄のブッパッコー」か、と相変わらずカオスな文面を見つつも己の席へと向かう。他には「次元世界小パン王」「甘えんな」「NDK?NDK?」等の文面がある。
どうでも良いか。

『…ん?』

己の席へと向かう途中、ある異変に気がついた。
机の上に、書類が置いてあったのだ。
基本的に問題行動の多い第53陸士隊に回ってくるような書類関係は、レジンが管理している。俺の机の上においてあるというのは非常に珍しい。
さて何だろうと思って見て見れば、その全てに同じ文章が書いてあり判子が押してある。
その文章に目を見開き、一度目を擦り、再度見るが文面は変わらない。

『…オイ、レジンよ。何だこの書類は』

背後で水を奪い合うケンツローと長い金髪の陸士――ジン――が飛び蹴りをかまし合っている情景を無視してレジンに問い掛ける。

その書類の名称は、『ジョン・スミス四等陸士貸し出し請求書』。

その全てに任務の期日やら何やらが書いてあり、貸し出し許可の意を表すレジンの判子が押してある。
そんな俺の言葉に対して、ケロリとレジンが返した。

『見ての通りだが?』
『いやいやいやいや、見ての通りだが?じゃねぇだろうよ。お前さん、何時の間にこんなもん作っていやがった?』
『お前が入院している間だ。…何か問題があるか?簡単に首を切られなくなったとは言え、四等陸士は四等陸士だ。隊長の命令には絶対服従してもらうよ』

コノヤロウ、ぬけぬけと抜かしやがる。その眼鏡を叩き割ってやろうか。
怒りに震える俺を見て、レジンがやれやれと肩を竦める。やっべぇ、殺意で人が殺せるなら俺は眼前のヘタレを何回殺しているんだろうか。

『これはな、一種のイメージアップ作戦だよ』
『人身売買でイメージアップか。凄まじいブラック企業だな管理局』
『違う違う、単なる貸し出しだよ。危険な任務や、一人で行わなきゃいけない任務にお前を連れ出せるってだけだ』

似たようなもんだろうがと思うが、口に出しても無駄だろう。

『この第53陸士隊は全体からゴミ捨て場と揶揄されているド畜生部隊だ。傭兵ジジィにエリート嫌いのバンダナ青年、そして命令聞かない世紀末メンバー。そんな僕たちがこの先で快適に過ごすには他の部隊に貸しを作っておけば良い』
『お前らが行けば良かろうよ』
『駄目駄目、僕は隊長だしリックは副官、世紀末メンバーは命令聞かない…消去法的にお前だ。それに魔力が少なくても戦えるんだって事を、多くの陸士に知ってもらうという広告塔的な役割もあるんだぞお前は』

そう言って俺を指差すレジン。まぁ、理由は大よそ理解できた。
『魔力量が低いから俺たちは弱いんだ』と思っているような局員が一部には居るようだし、そいつ等に希望を持たせる為に俺が行くのは良かろう。
しかしだ。

『人権は何処行った。俺の自由意志は何処だ』
『『四等陸士は道具と同じ』…んっんー、コレは名言だな』

したり顔のレジンに、とりあえずのニー。
ギャボラァ!!と吹き飛んだレジンがこの屯所の数少ない女陸士――マミカ――の服を切り裂こうとしていた青みがかった白髪の陸士――レチ――の手刀に直撃する。
あ、レジンが裸になった。
プッツンしたレチの小足が刺さり、昇竜で浮かす。ハイ壁際来たよー。

「シネッシネッシネッシネッシネッシネッシネッシネッシネッシネッシネッシネッシネッシネッシネッシネッシネッシネッ」

両手を広げ蒼白い魔力光を纏うレチの突撃に、レジンの身体がズタボロになっていく。それにしても、よくこの屯所の壁は壊れないな。
窓は割れるけど。
視線を其方から逸らし、椅子にどかりと座り込み書類を睨みつける。当然だが、内容は変わらない。
思わず頭を抱える。

『…つか、マジでこれいかにゃならんのか?』
『行かなきゃ駄目だぞ、ジジィ。その書類提出した部隊の予算を少量だけど前金として既に頂戴してるわけだからな。行かなきゃ信用問題だ』

コツコツと後ろから現れたリックはそう言ってくるが、

『…金貰ってる時点で信用云々いえるのか?』
『それは全体で承知してある。そもそも何の関係も無い戦場に命懸けで行くんだから金を貰わなきゃあおかしいだろ?』

リックのその発言に、俺個人じゃなくてこの部隊の予算だろ?と言えば個人で貰ったら駄目だろ、とか言い返された。
現状で色々とおかしいと思うのだが、どうよ。

『いや、普通こういう大々的な組織でそういうのは不味いんじゃ…』
『何か知らんけど許可が下りたらしいぞ?他の局員なら駄目だけど、四等陸士なら良いって』

チクショウ、下っ端ってレベルじゃねぇよコレ。『四等陸士』って階級、甘く見られすぎだろ。
非公式の階級だけどさ。
というか、金貰って何の関係も無い戦場に立つってお前、

『完璧に本業じゃねぇか』
『本業?…あ、そういえばジジィ傭兵だったな。何かもうクラナガンにおける駐在さんみたいな感じで世の中に紛れ込んでるからすっかり忘れてた』
『…俺としては、のん気に駐在さんやってるほうがいいがねぇ…』

(当時では)最近入手した緑茶を啜りながら呟いた。
傭兵っちゃあ傭兵だが、『名無しの兵士』はある種傭兵モドキだ。子供が死なないってんならどうでも良いと割り切るし、死ぬなら安価でも戦争に参加する。
金稼ぎの方法は、何も戦場だけでは無いのだ。
ペーターは一応医者としても活動していたし、アレックスはよく町工場で働いていた。マルスは、あれだ、基本ガキ共の玩具。
ギシリと背もたれに思い切り身体を預け、天井を仰ぐ。

『ま、ともかく明日から時々激務が入ってくるってぇ事かね。ようは』
『そういうことじゃね?頑張れよ四等陸士、お前の地獄はまだまだ始まったばかりだッ!!』
『…気楽でいいな、お前さんは』
『当事者じゃねぇしな』

ケラケラと笑うリックから視線を外し、大きく溜息を吐いた。
そんな俺を見かねたのか、リックが言葉を投げかけてきた。

『ま、ずっとってわけじゃ無ぇし心配するなジジィ。それに何だかんだでジジィにも拒否権があるんだぜ?本当に厄介な任務には拒否権無ぇけど』
『結局命懸けの確率は変わらんだろうよ…』
『ま、大半の『海』は俺たち下に見てる節はあるし来るとしても『陸』の連中ぐらいだ。コレを期に、他の部隊の奴らと親交を深めるのも悪くないぜ?』
『…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…』

な?と笑顔のまま言うリックを見て、もう一度だけ、深い深い溜息を吐いた。
―――――――――だりぃ。







「でも、マジで助かったぜジョン。お前が居たから魔力節約できたわけだし。もし居なかったらあいつの魔法で死んでたかも知れなかったわけだし」
「そいつぁ重畳。仲間の葬式なんざあんまり見たくねぇし、良かった良かった」

日当たりの良いカフェのテラスで飯を喰らいつつ談笑中。
あの後、念のため顎の骨をちょいと外して魔法の詠唱を不可能にしつつランスターと共に違法魔導士をしょっ引いた。
奪っておいた奴のデバイスはどうしてくれようかと思ったが、ランスター曰く『回収して分解・再利用する』との事。まぁ、『海』の人材が処理するなら安心だろう。
『陸』の技術犯どもの手に渡ったら、十中八九で魔改造されてトンデモデバイスになる。

「そうだろそうだろ?だってお前、俺を救ったって事は間接的にティアナの未来を護ったって事だぜ!?泣いて嬉しがるほどの幸せだぜ!?そういうわけでお前を貸してもらった費用、割引するように口利きしてくれ」
「やっぱお前さん死んだほうが良いと思うんだが、ちょっと地上本部から飛び降りてこい」
「俺が死んだらティアナはどうなる。…悪い男に引っかかって最悪のコースを突っ切る事になるぞ!?お前責任取れるか!?というかお前がティアナを奪う気だろやっぱり!!絶ッッッッッ対に許さんぞ俺は!!」
「後者はそんなつもりねぇから心配すんな小僧。というかお前さんの場合、妹に寄って来る男は皆須らく悪だろうが」

何当たり前のこと言ってやがる、と主張するランスターに頭を痛める。コレさえ無ければ気の良い青年なのだが。

「…ま、良いさね。飯を奢ってもらったし、レジンに少し金を返しておくよう口利きしてやる」
「おおっ!流石はジョン!!話が分かるな!!」
「個人での貸し出しは、個人負担だからねぇ。兄と妹の二人暮しって話を聞いて、金を毟り取るほど俺も鬼じゃねぇさね」

命懸けで割に合わないとも思うが、ランスターが生きている事でその妹が笑顔になれると言うのならば、そう悪い話でも無い。
家族が死んだ、何て報告は聞きたいもんでは無かろう。
幼い身でその言葉を聞かされる事が、どれだけの重荷となるのやら。子供の内は、子供らしく遊んでるのが一番と言う話。

「…それにしても、絶好調みたいだな。新しいデバイスは」

デザートのパフェを口に運びながら、違法魔導士をバリアごとぶち抜いたあの砲撃を思い出す。元々、魔導士ランクの高かったランスターではあるが、午前中のあれは今までの比では無かった。
そんな俺の言葉に、ランスターが得意げな笑みを見せた。

「お、やっぱりそう思うか?実際、良い感じだぜ?この新しい相棒は。流石は新品って部分もあるが、やっぱり」

このカートリッジシステムが一番の要因だな、とランスターは告げつつポケットから薬莢のようなものを取り出した。
眼を細め、その小さな部品を見る。

「カートリッジシステムか…やっぱ便利だな、ソレ」
「ああ、コイツのお陰で魔力の底上げが出来るからな」

二ヒヒ、と笑うランスター。
さて、少々カートリッジシステムについて説明をしよう。
ランスターが使用していた白銀の二丁拳銃には、ある機能が使用されている。
最近になって安定した運用が可能となった、カートリッジシステムと呼ばれる魔力増強機能だ。
カートリッジシステム自体は以前から存在していたのだが、如何せん問題があった。
そもそもカートリッジシステムの興りは『ベルカ式魔法』と呼ばれる接近戦主体の対人戦闘を前提とした魔法体系に在る。故に基本的にはそれに通ずるデバイス、つまりアームドデバイスに付随する機能でありミッドチルダ式のデバイスであるストレージデバイス及びインテリジェントデバイスには向いていない機能だったようだ。

三、四年前に一人の少女が自らのデバイスに搭載したのが本格的な採用試験の始まりであったと聞くが俺はよく知らん。

それはさて置き、前もって魔力を込めておいた弾丸型のカートリッジをロードする事で一時的に魔力を増大させるこの機能、使いこなせば大きな戦力となる。
魔力量の少ない人材が多い地上部隊は、この機能を普及するために尽力したものだ。
特に技術班の連中などは、

『ヒャッハー!!魔力は増強だぁ!!』
『やっぱり魔法はパゥワーだよな!!』
『魔力のオーバーロードでボロボロになりつつも最後の一撃を決めるとかロマンじゃね?』
『でもセーフティー設けろってよ』
『マジかよ、辞表出してくる』
『俺も管理局辞めるわ…』
『何の為に此処入ったと思ってんだよ…』
『バッキャロウ!!テメェら、美少女が怪我したらどうする!?セーフティーは当然だろ!!』
『ハッ?!そ、そんなことに気が付かなかったとは…俺は何て駄目な奴なんだ!!俺は、俺は紳士失格だぁぁぁ!!』
『嘆く暇があったら作れ!!地上部隊の美少女たちに笑顔を与えるのは俺たちだぜ!?』
『美少女に海も陸もねぇだろ班長!!』
『―――お前、今良い事言った。野郎ども、そういうわけだから全力でやれ!!』
『おうよっ!!あ、でも試験機とかどうする?セーフティー抜きだったりキャパシティにちょいと問題があるあのトンデモデバイス』
『ゴミ捨て場のジョンに使わせとけ。アイツ無駄にしぶといから大丈夫だろ』
『だよなー…ってアレ?ジョン?何時から其処―――アギャアアアア!?』
『うわぁぁぁぁ!?ジョン・スミスが来襲したぞぉぉぉぉ!!皆へそ隠sゲボハァ!!』

―――湧きに湧いてましたとも。ああ、面倒臭いぐらいに。
そうして『ベルカ式カートリッジシステム』と呼ばれるシステムにミッドチルダ式を用いた改造を施す事で所謂『最新式カートリッジシステム』というものが確立された。
その最新式カートリッジシステムを導入したデバイスと言うのが、ランスターの使用する銀色の二丁拳銃である。
近頃の働きが認められたようで『最新式カートリッジシステム搭載デバイスのテスター』という題目で支給されたものであるそうな。
そのデータを元に更なる改良が進めば、自作デバイスにもカートリッジシステムを組み込めるようになるとか。

「ま、それはそうとして…クイックファントムだったっけか?それの名前」
「ああ、何時までも『試験機一号』じゃ格好つかないしな。他にも『ランスター専用アルティメット銃』とか『ティアナ&ティアナ』とか名前の候補があったけどティアナに『絶対にやめて!!』と言われたのでやめました」

未だ実際に対面した事の無いティアナ嬢よ、良くやった。

「仕方ないから音声を全部ティアナにしようとしたら、『そんなことしたらもう兄さんと口利かない』って言われたんでやめざるおえなかったぜ。…なぁ、何でだと思うジョン!?何でティアナ俺に死亡と同義の事しようとするんだ!?」
「お前が駄目人間過ぎるからだ」

何だとコラァ!!と掴みかかってくるが、事実そうなのだから仕方が無い。何時までも掴まれているというわけにも行かないので、軽く手首を捻る。
即座にテーブルの上の食べ物や飲み物を隅に寄せ、ランスターが倒れこむ事による被害を無くす。

「いだだだだだだ!!ギブギブ!!」
「あいよ」

パッと手を離し、事も無げに料理を並べなおす。此方を涙目で睨みつけているランスターを無視していれば、ふとその視線が俺の顔に集中している事に気付く。

「…どうしたよランスター、何ぞあるのか」
「いや、今更だけどお前、『そのバンダナ』手に入れたんだなと思って」
「―――ああ、コレか」

ランスターが指差すのは、己の額に巻かれたバンダナ。『亡霊』と刺繍されたバンダナだ。
リックが俺の入局一周年を記念して渡してくれたものだ。第53陸士隊の面々は、必ず身体の何処かにこのバンダナを巻きつけている。
リックお手製と聞いたときは、少々驚いたものだ。刺繍自体は自分で付けたものだが、バンダナの触感から察するにかなり良い布を使っていると思われる。

「亡霊(ゲシュペンスト)。…一回死んだようなもんだった俺には、この刺繍が丁度良い」
「しかし不吉な刺繍だな、それ」
「余計なお世話だ。…何だ、まさか羨ましいのか?このバンダナが」
「ハッハッハ、面白い冗談言うぜジョン!!」

そう言って「俺はティアナが作ってくれたお守りがあるもんね~」と俺に巾着袋を見せつけるシスコン一等空士。ところどころ血がついているのだが、それは縫った者の血であるのか、それとも彼自身の血であるのか。
意味の無い詮索を頭の中でしていれば、そう言えばという前置きと共にランスターが問い掛けてきた。

「なぁ、リックは何で何時もバンダナ巻いてるか知ってるか?」
「ん?ああ、知ってるさね。確か、上官やら周囲との確執によるストレスで十円ハゲが出来たからソレ隠す為につけてたけど、何時の間にかトレードマークになってたんだろ?」

酒の席でリック自身が暴露していた話だ。今はもう十円ハゲも無くフサフサらしいが、トレードマークとして着用していると聞いた。

「そうそう、俺もリックとレジンの二人とは同期で三人とも空士になったんだが、あの二人が上官に逆らって地上部隊に配属されたって聞いたときは、驚いたもんだぜ」
「へぇ…あの二人も空士だった時代があったわけか」
「ああ。リックの『海』嫌いは、そん時の事に起因するってわけだ」

ほへー、と気の抜けた返事をする。
なるほど、上官に逆らって地上部隊に追い遣られたわけか。周囲にもエリート様が多かったのかね、と思いサングラスを指で押し上げる。
此方はレジンに貰ったものであり、何の変哲も無い市販のサングラスだ。強いて言うのなら、少々強度が桁外れというぐらいだが。
その実情を知っているからか、ランスターが半眼で此方を見据えてくる。

「…貰いもんで固まってんな、お前の装備」
「喧しいわ小僧。良いんだよそれで、それだけ他人との繋がりがあるって事だから」
「―――そう言えば、その『右手』のもそうだったっけ?」

頬杖をつくランスターが言うのは、間違いなく俺の『インテリジェントデバイス』の事だ。
まぁそうだな、と返せばランスターが眉間に皺を寄せる。

「何ぞ文句あるかね」
「いや、文句っつぅか、デバイスの名前が『名無し(ネームレス)』って…そもそも名前で良いのか?もっと普通な名前付けたほうが良くないか?」
「さてな。直接我が相棒に聞いてくれ」

そう言った瞬間、テーブルの上に立体映像が構成される。
大よそ十センチ程度の身長、褐色の肌と銀色の挑発を持つ女性の像だ。
閉じられていた金色の眼を開き、ランスターの顔を見上げる。

『―――問題ない。その名で十二分だ』

0と1で構成されたその小人は、そう言った。

「だとよ」
「まぁ、使用者とデバイスが了承しているってんなら良いけど…相変わらず、凄まじいな『陸』の技術屋どもは。自分たちの趣味だけで『デバイスAIのイメージ映像の構成機能』なんてもんを付けるとは…恐れ入ったぜ」
「金が無ぇから頭で補うしか無いとか何とか言ってたぞあいつ等」
「そう言えば、カートリッジシステムの理論やら何やらは地上部隊の技術者たちが考えたんだっけ?」
「ああ。結局テストに使用したネームレスに金掛けすぎて、最終的な完成品は『海』に持ってかれたとの話だがねぇ」

そう言えば、レジアス中将とか怒り心頭ってな感じだったよなぁと思い出す。それを諌めるゼスト隊長とオーリスさんも大変そうだった。

「…あ、俺もティアナの立体映像登録して貰おうか…」
「止めろ馬鹿。妹さん泣くぞお前」
「感動でだろ?」
「恥ずかしくてに決まってんだろすっとこどっこい」

スパン、と頭を引っ叩く。相変わらず思考が微妙にずれた青年だ。
俺もそう言われた事があるものの、本質的には結構真面目なほうだぞ俺は。少なくとも眼前の青年とは違う…と思いたい。
いてぇ、と頭を抑える青年から視線を外し、立体映像の女性を見る。恐らくは連動する『親父』からの情報を受けたのだろうか、振り返った彼女(実際にはその必要は無いのだが)と視線がかち合う。
感情の読めない無表情。起伏の激しいボディーラインと彼女そのものであるAIを作成した技術犯ども曰く、

『クールビューティー系だけど実は天然て凄く萌えない?』

との事である。否定はしない、寧ろ大好物だ。
しかして無機物に欲情するほど俺は特殊では無い。いや偶に声だけで「やっべぇ惚れそう」と思うような事もあるけど、特殊ではないはずだ。

「独立型支援ユニットは最高だった」
『―――どうした相棒(バディ)。突然拳を握り締めて』
「気にすんな相棒(バディ)。偶になる発作だから」
『発作?…識別名称『親父』から送られてくるバイタルチェックのデータからは、何の異常も検出されないが…』
「そう言うもんじゃ無くてだな…何と言ったもんかねぇ…」

首を傾けるネームレスの立体映像への返答に困る。発作といっても実際のものでは無くて…ああもう、何と言って良いのか分からんぞ。
天然が萌ゑるというのは否定せんが、こういう時は厄介だ。いやまぁ、よっぽど愉快な性格に設定でもしない限りAIってのは基本こうなのかも知らんが。

「…ま、気にするな。身体に害はねぇさ」
『了解した。では私は戻るとしよう』
「あいよ」

ヴォン、と掻き消えるネームレスの立体映像。何でも、あの映像を形成している間は全キャパシティを総動員しているせいで魔法などが使えなくなるらしい。
本来ならば立体映像を映し出しつつも戦闘を行える予定だったらしいのだが、技術犯の奴らがブラックボックスを作りすぎたせいでキャパシティを生かしきれないとの事だ。ネームレス本体も使用できないシステムが眠っているらしい。
技術犯曰く『謎のシステムにはロマンがある』らしい。実戦でそんなもん求めるなと殴っておいた。

―――既に気付いたかも知れないが、こいつが件の『トンデモデバイス』だ。

最新式カートリッジシステムの雛形の雛形、セーフティーも無くその他技術犯の趣味やら何やらを詰め込んだインテリジェントデバイス。それがこのネームレスの正体。
待機状態であるグローブと、起動させた際に構成される大き目の刃を持つナイフを一対とするデバイスであり魔法制御の機能などは殆どグローブに集中している。それとは逆に、武器となるナイフ部分にはカートリッジシステムのみしか搭載しておらず非常にシンプルな作りをしているが、魔力による物理的な負荷は全てナイフ部分に集中するらしくフレームが異常に硬い。
その性質から考えると、或いはアームドデバイスとインテリジェントデバイスを両立させた画期的デバイスであるかも知れない。
但し、欠点もある。
二つのデバイスを連動させるような格好であり、それと同時に技術犯どもの趣味が詰め込まれている為かキャパシティの容量が少なめであり精々四つの魔法を予め登録しておかなければ迅速な魔法の構成が難しい。
つまり実戦では四つまでしか魔法を使えない、という事である。ロマン詰めすぎて普通の魔導士にゃあ扱いにくすぎる代物だ。

「俺に取っちゃソレぐらいで十二分だがね」
「ん?何か言ったかジョン」

ネームレスの機能を思い出している途中、漏れ出した言葉を聞いたランスターがレモネードを飲みつつ問い掛けてくるが何でもないと手で制する。
自身も食いかけであったパフェに手を伸ばし一口。
…甘くて美味ぇ。
自然に満面の笑みが零れると、眼前のランスターが口を開いた。

「お前、甘いものが好きなのかよ」
「ジジィが甘いもの好きで何が悪い」
「いや、大抵屯所じゃ緑茶とか言うの飲んでるから苦いもんが好きなのかと。後、似合わねぇ」
「余計なお世話だチクショウめ」

少々気恥ずかしく思い、視線を逸らしつつパフェを一口。――――嗚呼、美味い。









「俺って奴ぁ!!俺って奴ぁ何て事しちまったんだぁぁぁ!!うわぁぁぁん!!ラグナァァァァ!!」

ドン!!とビールのジョッキを机に叩きつけつつ嘆くヴァイス一等空士。コイツもコイツで、二年間のうちに昇格しやがったのである。
さて、ランスターとの共同戦線を越えた三日後の夜、貸し出し業務よりも更に面倒な事が発生した。
それが何かは一先ず置いておくとして、場所はゼスト隊長にお薦めされた件の飲み屋。
ギャーギャーと叫ぶヴァイスに店主が非常に迷惑そうな面をしている。申し訳ない気分だ。

「旦那ぁぁ…やっぱり俺、兄貴失格ッスよねぇぇ…」
「そう嘆きなさるなやヴァイス」

ぽんぽん、と背中を二度ほど叩いて慰めるが、未だ顔を赤くして呻いている。

「ぐぅぅ…おっさん、ビールもう一杯」
「あいよ」

ヴァイスの差し出した空のジョッキを受け取り、注ぎ足す店主。
…前々から思っていたが、本当に此処は品揃えが凄まじい。
ビールサーバーもありゃあ日本酒も置いてあるし、ゼスト隊長の話では地下にワインセラーまであるとか何とか。マジ何者だ店主。
というかヴァイス、お前さんまだギリギリ未成年じゃなかったか?酒飲んでいいのか?
肉体年齢が同じような俺の言えた義理では無いかも知らんが。

「うぅぅ…どんな面してラグナに会えば良いんだよ…そもそも俺なんぞが会って良いのか……?どう思います?旦那」
「知るかタコ。店主、熱燗一本。それとレバ刺し」
「あいよ」

コトン、と置かれた熱燗とレバ刺し。相変わらず何処から仕入れているのかまったく分からんが、安全だし美味いから問題は無い。
とくとくと熱燗を自前の杯に注ぎ込み、飲み干す。

「…くぁぁ、美味ぇ。アルコールにゃ其処まで強かねぇけど、やっぱ酒は美味ぇなぁ…」
「旦那ぁ!!無視しないで下さいよぉ…俺、真面目に困ってんスから」

机に顎を乗せううう、と涙を流すヴァイス。
シスコンであるコイツにとって、自分の妹の目を潰してしまったというのは己の心臓を抉られるほどの辛さであったのだろう。
当初、コイツからの通信が入ったときは驚いたものだ。
一度眼を瞑り、その成り行きを思い出す。

『…旦那ぁ』
『あん?どうしたよヴァイス』

最初は、暗い声のヴァイスからの電話に驚いたものだ。
二年間の付き合いではあるが、陽気でフランクなノリが特色である奴があんなな声音を出すとは珍しいとしか言えなかった。

『俺、俺…』
『…どうした、辛い事があるってんなら言ってみろ。コレでも人生経験豊富な男だぞ俺は。恋愛以外の悩みなら何でもござれだ』

電話を掛けてきたにも関わらずどうにも言葉が詰まっていたようなので、少々促してみた。
そうすると、ぽつぽつとヴァイスが語り出した。

『…実は、俺…今日』
『今日、どうした?』
『…任務が、あったんです。狙撃の』
『ふむ、それで?』
『立て篭もり犯を狙撃するって任務で、ミスしちまった』
『ンなミスぐらい気にすんなよ。結局仕留めたんだろ?』
『…仕留めましたよ。けど、その犯人が人質に取ってたの…俺の、妹なんスよ』

其処で、少々思考が停止した。
言葉に詰まり、しかし必死に口を動かして、問うた。

『―――おいヴァイス。じゃあ、まさか、お前さんの言うミスってのは』
『…俺―――』

――――――妹の左目を、潰しちまった。
そう言った直後、電話越しに泣き出したヴァイスの居場所を聞き出し直行。家で一人机に突っ伏していたヴァイスを取り合えず飲み屋に連れて行き、今に至る。
辛い事や嫌な事があったら、一先ず飲むに限る。
飲んで一晩ぐっすり眠って、二日酔いが冷めた辺りで忘れるか解決法を探すに限る。
…っても、この様子じゃあ一晩寝るぐらいで解決するたぁ思えんな。
仕方が無い。

「…ヴァイスよぉ」
「…何スか、旦那」
「とりあえずお前さんは、しっかり妹さんと話し合え。まずは其処からだ」

酒を飲みながらの俺の言葉に、姿勢を正したヴァイスが俯いた。

「…無理ッスよ、やっぱり。俺、もうラグナに合わせる顔が無ぇんだ」
「そりゃあお前さん、思い込みだ」
「何処がッスか」

ギロリ、とヴァイスが此方を睨みつけてくる。

「好きだ好きだと言っていた妹の左眼を、打ち抜いちまったんスよ!?お兄ちゃんは、どんな奴でも一発で仕留めるスナイパー何だぞって豪語してたのに!!そんな俺が、どんな面でラグナに会えばいいってんだ!!」

酒のせいもあってか、興奮した様子でガタリと椅子から立ち上がり俺の胸倉を掴むヴァイス。息が荒く眼は血走っている。
チラリと店主に眼を向ければ、外でやれと促された。

(…やれやれ、俺はメンタルカウンセラーじゃねぇんだがねぇ)

ポケットから財布を取り出し無造作に投げ付ければ、受け取った店主が代金を抜き取り此方へと財布を投げ返してきた。
パシリ、と財布を受け取る。

「毎度」
「ん、また来る」
「今度は、落ち着いた奴と来い。喧しいのはご法度だ」
「スマンね、迷惑を掛けて」

苦笑しつつ、胸倉を掴むヴァイスの手を解きつつ店を出る。一瞬呆気に取られていたようなヴァイスであったが、すぐさまに店を出て俺の後ろについてきた。
暫しの沈黙のまま、夜道を歩く。

「……」
「……」
「…あの、旦那」

その沈黙を破ったのは、ヴァイス。視線を少し背後に向ければ、びくりと肩を震わせた後に俺から視線を逸らし、謝罪を口にした。

「…その…すみませんでした。行き成り掴みかかっちまって」
「気にするな。餓鬼の癇癪なんざもう慣れっこだよ」
「餓鬼って…いや、餓鬼ですかね、俺は」

ハハ、と乾いた笑いを洩らすヴァイス。
…そういう風に認められるなら、まぁ、半人前ぐらいかね。

「一人前になりたきゃ、辛い事や嫌な事は酒飲んで忘れられるようになりな坊主。何時までもうだうだと引きずってんのはみっとも無ぇぞ」

道中、ベンチを発見したため其処に二人して座り込む。時折吹く夜風が酒で熱くなった身体を冷ましてくれる。
再び暫くの沈黙が降りたが、それを破ったのも再びヴァイスであった。

「…コレばっかりは、無茶ってもんですよ。忘れるなんて、出来るわけが無い」
「だろうな。俺がお前さんでも、忘れる事は出来んだろうな。…いや、殆どの人間がそうだろうよ、家族の目を奪っちまった何て事、忘れられるものかよ」

ベンチにもたれ掛かり、夜空を見上げる。今宵は満月、瞬く星も美しく、月見酒としゃれ込むのも悪く無かったかと思う。
そんなくだらない思考を展開していた俺に、ヴァイスが苦笑した。

「…さっきと言ってる事、矛盾してませんかね?旦那」
「矛盾しちゃいねぇよ。頭を使え、頭を」
「…は?」

きょとんとした表情をするヴァイスに、今度は俺が苦笑する。
まぁ、『頭を使え』と言ったが正直先ほどの会話でソレに気づけというのが無理と言う話か。

「――忘れられないってんなら、ソレを糧に進め。もう二度と同じ事はしないと、今度は絶対に護ってみせると誓いを立てろ。記憶を持ってんのが悪いんじゃ無い、それを引きずってウジウジするのが悪いってぇ話だ。後悔しても良い、懺悔しようと構わない、けれどそれを何時までも引きずって暗い顔して生きるんじゃねぇよ」

俺自身、己の慢心で仲間が死んだ。
あの時の事は鮮明に覚えているし、忘れる事は出来ない記憶だ。

―――だが、それを引きずってはならない。

引きずれば、同じ場面で二の足を踏む。それは己の死へと繋がるものであり、或いは仲間の死すら呼び寄せるものだ。
『もう二度と同じ事をするものか』と己に誓い、克服する事。
数式やら化学式じゃない。コレが本当に正解であるのか分からない。
しかし立ち止まったところで何があるわけでも無い。
コレばかりは、間違いの無い事なのだろう。
ならば、ゆっくりでも良いから歩みを進めていくべきなのだと、俺は思う。

「…かなり難しい事言いますね、旦那」
「それだけお前さんに期待してるってぇ事さね」

カカッ、と笑えばヴァイスも苦笑いを浮かべる。

「重いもんを背負わせますね、旦那は」
「じゃあ、ラグナ嬢と何時までも不仲を貫くかね」
「冗談!!俺ぁラグナに許してもらうためなら土下座だろうが何だろうがやってみせますよ!?俺はラグナに嫌われたら死にますからね!!」

そう言ってベンチから立ち上がるヴァイス。その顔には先ほどのようなどんよりとした空気は無い。
そいつぁ重畳、と返しつつ、はたと気がつく。

「お前さん、何で家で縮こまってやがった」
「え?いやその、何と言いますか…俺なんぞがラグナを待っていていいものかと思いまして…途中から待合室抜け出してきたんスよ…」
「――――阿呆がぁ!!」
「ごふぁ!?

ゴニョゴニョと喋りつつ俺から視線を逸らすヴァイスの顔をぶん殴った。
連れ出してきたのは俺ではあるが、今はそんな事を考えているような場合ではない。胸倉を掴み上げ、無理矢理にヴァイスを立たせる。

「とっとと病院に向かえクソ戯けぇ!!確かこの近くの病院だろ!?全力で行け!!そんで、妹さんの近くに居てやれ!!…自分が起きて、周囲に誰も肉親が居ないってのは、子供にゃあ辛いもんだよ。…お前さんに両親が居るなら、別だがな」

けれど、そう言った話を聞いた事は無い。
俺の言葉に見る見る顔を青くし、同時に目を見開くヴァイス。バシン、と胸倉を掴む俺の手を払いのけヴァイスが吼えた。

「―――――――――ッ!!?だ、旦那ぁ!!何で俺に酒なんぞ飲ませたんスかぁ!!」
「じゃかあしいわ!!俺とて気が動転して忘れ取ったんじゃボケェ!!」
「だぁぁぁぁぁ!!びょ、病院!!どっちだっけ!?どっちでしたっけ旦那ぁ!?」
「でぇぇぇぇい!!ヴァイス!!お前のデバイスの、ええと何だっけ…スコールベイダーだっけ?」
「惜しい!!ストームレイダーッス旦那!!」
「そう!それ!それに地図データ送るからとっとと出せ!!」
「もうありますよ!!」

そう言って俺にドッグタグを見せるヴァイス。そう言えばあれがデバイスの待機状態だったか。

「よし!ネームレス!!データ送信!!」
『了解』

短い返信と共に、右手のグローブにあるクリスタル状の部分が二、三度点滅する。
それと同時に、ヴァイスが受け取ったデータから地図を展開。

「此処か!!じゃあ旦那、俺はここらで!!」
「おう!それと後日で良いから飲んだ分返せよ!!」

了解しましたぁ!!と俺に返しつつ走り去るヴァイス。その後姿が見えなくなるまで手を振った後、

「…はぁ~…やれやれ。若人の相手は大変だ」
『相棒も肉体年齢は十分若いはずだが』
「精神的なもんだ。お前さんには、ちょいとまだ分かりづらいかね?」

溜息を吐きつつドサリとベンチへと座り込めば、立体映像を形成したネームレスが右肩に現れた。その問いに苦笑しつつ答えれば、どうやらネームレスは本気で悩んでいるようで立体映像が『悩んでいます』と言いたげなポーズを取った。

『…精神的な問題と言うのは、私には分かりづらい』
「だろうなぁ…あいつ等が、わざわざそう言う風に作ったんだから参るよなぁ」
『相棒は、精神的な問題が理解できるAIの方が、良かったのか?』
「ん?んー…さて、どうだろうねぇ」
『相棒、答えになっていない』

AIの思考を受信し、立体映像がムッとした表情を取る。
こういうところを見ていると、本気で趣味に関する奴らの技術力は凄まじいよなぁ、と実感する。その技術力、発想力を何故もっと別のほうに生かさないのか甚だ疑問ではあるが。
ともあれ、

「世の中に明確な答えのある問題なんざ、数式か化学式の問題ぐらいしかねぇさね。大抵のもんは白黒付かずのグレーゾーンだ」
『…効率の良い行動は、明確な答えでは無いのか?』
「お前さんらデバイスってぇのは人格があろうとも結局のところAIで、最高効率を優先するんだろうがねぇ…人間てのは、難しいもんなんだよ。特に心ってのは、一筋縄じゃいかないもんだ。効率が良いと分かっていても、その選択をしたくないと思ったりする」
『…そういうものか?』
「そういうもんさ。お前さんも、もう少し稼動してれば分かってくるさ」

そうか、と言葉を返し消えた、立体映像のネームレスから視線を外し空を見る。
嗚呼、こんなに月が綺麗な日には。

――――――やっぱり、月見酒と洒落込みてぇところだねぇ―――――

~あとがき~
技術犯が超便利。ネタ的にも、武器的にも。
落ち込まない・死なない・前向きに進むがこの話のモットーです。いや正直ギャグやりたいだけというのも否定できないですけど。
そんなわけで、こんなお話でよければ見捨てずに居てください。
では恒例のアンケート。
①このまま行けばよかろうぞ。
②原作ぶち壊し杉死ねよ。
③よっしゃ馬鹿祭だぜヒャッハー!!
④オイ、もっとエロスしろよ。





[21147] 【習作】やっちまった感じしかしねぇうろ覚えの記憶に頼ったSS【駄文の極地】
Name: do◆579b2688 ID:00a27d88
Date: 2010/09/14 19:38
~注意~
・ゴミ屑文章。
・オリ主。
・あらゆる方向性から原作崩壊。
以上の事が許容できる方のみ、スクロールしてください。















































「―――――ああ、太陽が美しい」

時刻は五時。シャガッ、と音を立ててカーテンを開けば太陽が見える。
素晴らしき哉。夜明けの美しさとは、正にこの瞬間に凝縮されているのでは無かろうか。
日の昇る瞬間をこの眼で見ゆる事こそが、近頃の趣味となっている。俗世に汚れたこの身を、浄化してくれるかのような美しさである。
まぁ、そうは言っても。

「やっぱティアナだろ」
「いやラグナッスから」
「フェイトだよ、当然」
「とりあえずお前さんらは毎度俺の部屋でシスコン談義すんの止めろや」

背後で徹夜のシスコン談義を繰り広げている三人組によって即座に汚されるわけだが。
シスコン三匹INマイルーム。泊り込みである。
管理局の寮に入って早四年、その間に随分と俺色(と書いて『殺風景』と読むとはシスコン三匹の談)に染まったのだが、最近は落ち着かない。
分かり易く言うと暇な時にこいつらが入り浸っているのである。
俺の放った文句に、床に座り込み三角形を形作っていた馬鹿三匹が此方を向いた。

「ジョン、お前の部屋だからこんな話できるんだぜ?お前の部屋以外だったら俺たち三人のうち残りの二人が完全にアウェイだぜ?家主の妹カラーに染まったその部屋で他者の妹談義とかお前、阪○ファンの中で一人だけ巨○ファンが応援してるようなもんだぜ?」

オイコラ待てやその例え。

「お前さん実は地球出身じゃなかろうな」
「いや、お前ン所のデータベースに乗ってたぞ?アウェイの究極系って事で」

相変わらず意味不明のデータベースだなあの掛け軸。今日の一言システムもそうだが、何処からそんな語録を習得しているのだろうか。

「そうッスよ旦那。旦那の部屋ぐらいッスよ?妹関連が何も置いて無い兄の部屋って」
「いやだって写真持って無いしなぁ…てか、それならクロノ坊の部屋でも良いじゃねぇのよ」

ヴァイスの言葉に反論しつつ、クロノ坊の方を見た。過去に拝見したときには、クロノ坊の部屋は普通であったはずだ。
というか司法関係の辞書やら何やらしか置いてなくて、妹のフェイト嬢とやらの写真などは別段見当たらなかったと思うのだが…。
そう思いつつクロノ坊に声を掛ければ、

「ん?僕の部屋か?スイッチ一つでフェイト色d「オーケー分かった、だからそれ以上喋るな次元航行艦アースラ艦長」そうか…」

得意げな顔で俺に部屋の秘密を語ろうとする馬鹿の言葉を停止させれば、ションボリする後天的馬鹿兼次元航行艦『アースラ』艦長。何でも、元々は母親のものであったらしいがその実力と実績により艦長職を任されたとの事。
何れは建設予定の次元航行艦『クラウディア』の艦長にも任命される予定だとか何とか。
流石はエリートってな感じではあるが、同じくエリートであるはずのティーダが執務官試験に合格できないのは何故なのか。
やっぱりシスコンだからだろうか。

(つか、このシスコンが次元航行隊提督かぁ…能力だけは異常に高いってこたぁ知ってるが、世も末と言うか何と言うか…)

変態だから能力が高いのか、能力が高いから変態なのかどっちだろうかと思考を回転させる。すると、右目の『親父』を通してネームレスからの通信が入る。
…深く考えると身の毒、か。
この二年間で随分と人間臭い事を言うようにもなったもんだ、と一人クスリと笑っていればズイと身を乗り出したティーダがクロノ坊に顔を近づける。

「というか、近々エイミィちゃんと結婚するんだって?クロノ艦長殿?妹スキー失格だなぁ」

ケッケッケ、と笑うティーダ(長年の付き合いで呼び捨てとなった)に対してクロノ坊がフッとニヒルな笑みを見せる。
ああ、でも絶対面倒臭いぞこれから始めるであろう話。

「フフッ…ティーダ一等空尉、そしてヴァイス一等空士。確かに僕はエイミィに告白され三日三晩ほど部屋中を転げまわったり苦行を味わったりしたよ…だが、僕はソレを乗り越えた。残念ながら、僕は君たちの先へと行った」
「…何?」
「どういう事ッスか」

詰め寄るティーダと普通に座っていたヴァイスに対して、ニヤリと笑みを見せるクロノ坊。
ピッと指を一本立て、語り出した。

「良いかい?妹を愛するという事は、つまり己の家族を愛するという事…そして愛とは減るものじゃあ無い。ならば何人愛そうとも妹スキーには変わりなく、そして僕はこれから妻スキーと子供スキーへと進化する!!…僕は、騎士ゼストに其の事を教えられた。彼は妻を愛し、娘もまた愛している男だ。妹のみに眼が眩み、視野狭量となって『妹スキーは妹以外を愛してはいけない』という思考に縛られている君たちには分かるまい!!この気高き精神が!!」

びしぃぃ!!と二人を指差し瞳をカッと輝かせるクロノ坊。
コイツのエイミィ嬢との結婚報告は、分かり易く言えば病状の悪化であったという話だ。
というか、ゼスト隊長の家族馬鹿までうつったとかハイブリッド馬鹿じゃねぇのかねコレ。次元航行艦がアイツの家族一色に染まるんじゃね?
そう思ったところで、ふとあるイメージが浮かび上がった。

日本の痛車の如き次元航行艦…………駄目だ管理局の信用がた落ちだよコレ!?

そんな未来に対する俺の焦りを無視し、妹スキー二人が吼えた。

「違う!!それは違うぜクロノ!!俺たちは妹を幸せにする為に妹と結婚する事を選び、未だに一人身で居るだけだ!!」
「先輩の言う通りッスよクロノ艦長!!アンタは、妹の幸せが大事じゃあ無いのかよ!!」
「…フッ、それならば心配ない」

…あー、もう二度寝して良いかな俺。でもこいつ等放って置くと何仕出かすか分からんからなぁ…。
どうしようか、と悩んでいれば。































「ジョンにフェイトの将来を預けるという事で解決した!!」
「マテやド腐れ艦長ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「うごあぁぁぁぁ!?」

本人の意思を無視しまくった爆弾発言を発したド腐れ艦長に、全力で蹴りをぶち込んだ。





         第五話    『もうコレは駄目かも分からんね』





「っつうぅぅぅ…何をするんだ我が義弟」
「黙れ小僧、貴様に義弟呼ばわりされる覚えはねぇよタコ。というか結婚前提かコラ」

指の関節をゴキンバキンと鳴らし、どうやって頭蓋を砕いてやろうかと思いつつクロノ坊を睨みつけていれば、やれやれとでも言いたげに首を竦める。

「コレは母さんも賛成している事だ。…というか何故フェイトとの結婚を嫌がる?僕もエイミィが告白して来なければフェイトと結婚していたと思うぞ!?何故だ!?何処が不満だ?!彼女の天然ぶりを見ればきっと君も好きになるぞ!!寧ろ最近は発育目覚しいあの肢体を一目見ようと彼女の演習に男どもが群がってくるのだが滅して構わないか!?」
「じゃかあしいわボケェ!!見も知らぬ少女の未来を預けられた俺の身にもなってみろ!!そも何でお前さんのお袋さんは許可だした!?俺は『壊滅の影』とか『神出鬼没の悪夢』とか呼ばれるような男だぞ!?そもそも、お前さんのお袋さんとは何回か話したことあるけど、そんな素振り欠片も無かっただろオイ!?」
「何、気にすることは無い」

クロノ坊の言葉に、ガーッ!!と吼え立て講義するが、流された。
ちなみに、『壊滅の影』『神出鬼没の悪夢』という厨二病臭いこの通り名は、犯罪者の間で最近広まってきたものである。
この通り名、分かり易く言えば俺の戦法に由来する。
幻影魔法を便利だと思った俺が、ティーダから三年間かけて覚えた魔法だ。俺自身の魔力保有量が低いため、一度の魔法発動での持続時間は三秒、使用できる回数は十回程度だが。
ともあれ、幻影魔法を利用した隠蔽と身体強化による迅速な行動、カートリッジシステムによるそれらの両立を駆使し犯罪者一人一人の首を絞め落としていたら何時の間にやら定着していた通り名だ。

幾つか組織を潰した事もあったりする。

まぁ、そんな戦法を取っているせいで俺がそんな通り名を持っていると知っている奴らなんぞ数少ないのだが。
せいぜい第53陸士隊の馬鹿どもか、この眼前の馬鹿ども、それからゼスト一家とナカジマ一家ぐらいだろうか、そういう通り名を知っているのは。

「それに通り名に関しては問題ない。どうせフェイトは知らないし、知られたところで管理局の人間だ。君が不利に陥る事は無い」
「いやいや、聞いた話じゃ執務官になったんだろお前さんの妹。そんな子とお前さん、『管理局の汚点』と呼ばれる第53陸士隊の人間が釣り合うわきゃねぇって」
「大丈夫だ。彼女はそういう事を気にするような人間じゃあない」

あのなぁ…とツッコミを入れようとするが、力が抜ける。
言って分かる人間ならば、当の昔にこいつ等はシスコンをやめているだろう。こいつ等が俺の言葉を素直に聞くのはきっと戦場以外ありえないと思う。
そう結論付けつつはぁ、と諦めの溜息を零したところで、

「ということでだ…僕の妹を、頼んだよ?」

ポン、と優しげな顔でクロノ坊が肩に手を置いてきた。
思わず横っ面をぶん殴りたくなるが自粛する。暴力はいい事では無いな、うん。
でも暴言は自粛しない。

「死ねよお前さん。どっかで一人寂しく干からびろよ」
「家族スキーとして一人寂しく死んでいくのは勘弁願いたいな」
「じゃあ看取ってやるから死ねよお前さん。自害しろよ介錯してやるから」
「断る。エイミィと結婚して七十年ぐらい経過したら、その申し出を受けても良いとは思うがね」

まだ若いエイミィを未亡人にするわけにはいかないよ、と爽やかな笑顔を浮かべるハイブリッド馬鹿。きっと既に妻となるエイミィ嬢とあんな事やこんな事をする算段まで計画しているのだろう、笑顔の裏に変なオーラが見え隠れしている。
駄目だ、コイツ提督とか終わったわ次元世界。
はぁ、と大きく溜息を吐きつつベッドに腰を下ろし、クロノ坊を見据える。…というか、俺はこいつ等と会話しているといっつも溜息を吐いている気がする。
幸せじゃないのはそのせいなのか。溜息の分幸せが逃げているのかチクショウ。

「あのなぁ、クロノ坊。それでも俺はジジィ、お前さんの妹は若々しい少女だ。…肉体年齢はともかくとして、実年齢が祖父とその孫ぐらいに差がある男と、お前さんの妹は結婚したがるのかね?政略結婚てわけでも無ぇってのに」

俺のその言葉に、軽くクロノ坊が笑った。
妹が関係する話だというのに、珍しく真面目な苦笑をしている。

「…何、お局様になるよりはマシだよ」
「いや、お前さんの妹美人なんだから引く手数多だろうに」

見たところ、スタイル抜群で人形のように綺麗な顔立ち。クロノ坊の話に寄れば少々天然な部分が強いものの優しい性格をしているようだ。
―――偶に聞く話では、フェイト・T・ハラオウンは『百合』と聞くが。
もしかして、それのせいで避けられてんのか?と首を傾げていれば、クロノ坊はしかめっ面をしながら言った。

「信頼できる奴が少なすぎる。それにあれだぞ?僕の知り合いでありフェイトの親友である二人なんて、『凄すぎて逆に貰い手居ないんじゃね?』とか言われてるんだぞ?あの二人はともかくとしてフェイトにはそんな人生を歩んで欲しくは無い」
「…ん?待てよ…」

クロノ坊の言葉に、ティーダが反応を示した。
えーと、確かそんな風に言われてた奴らが…と頭に手を当て下を向くがそれも一瞬。すぐさま頭を上げクロノ坊のほうを指差しつつ言った。

「あー!!その二人ってあれだろ!?『エースオブエース』高町・なのはと…『豆ダヌキ』八神・はやて…だっけ?」
「先輩、『豆ダヌキ』じゃなくて『夜店の主』ッス。たぶん魔法でイカ焼きとかとうもろこしとか出すんじゃ…あれ?手品じゃないかそれ?」
「ヴァイス、ニュアンスが違う。『夜天の主』だ。――――ちなみに、我が義妹を死神呼ばわりした者は極刑に処そうと思うのだが」

クロノ坊の至極真面目な顔での発言に、二人が同調したように頷いた。
ホントこいつ等仲良いなオイ。

「ああ、妹を不吉な異名で呼んだら極刑だな」
「あとクロノ艦長、やっぱ俺達としては妹スキーと家族スキーは違うと思います」
「いやいやいや、妹スキーの延長線上に家族スキーがあると言うか進化形態というか…」

再度シスコン談義を繰り広げそうな三人を見て、軽く溜息を吐きそうになる。が、何回も溜息を吐くのは好ましくない。
だりぃ、と一言呟きベッドから立ち上がる。

「取り合えずお前さんらは俺の部屋から出てけ。話はそれからだ」

最終的に殴り合いにまで発展しそうになった馬鹿三匹のケツを蹴り上げ外へと追い出す。外から打撃の音やら何やらが聞こえているが、だんだんと遠ざかっていき、最後には無音へと到る。
恐らく、喧嘩しながら各々の部屋へと戻っていくのでは無かろうか。
暫くの沈黙が続く。

「………だりぃ、本気でだりぃ…」

外からノックする音が聞こえないところをみると、どうやら素直に帰って行ったらしい。いかん、無駄に心労が増えた。
ぺたりと床に座り込みつつ懐から薬用煙草を取り出し口に咥え、吸い込む。

…ああ、落ち着く。

口の中を駆け抜け、鼻腔から外へと出る爽やかな香りと風味が荒んだ心を落ち着かせてくれる。やはり、普通の煙草よりも薬用である。
一先ず先ほどの心労によるストレスが消えかけていたところで、

『大丈夫か?相棒』
「…ネームレスか。大丈夫さね、気にするなや」
『ならば良し』

ジジッ、と掠れるような音を残しつつ現れたのは我が相棒の立体映像。俺の事を心配してくれたのも嬉しいが、相変わらず実体があったら顔を埋めたくなるようなスタイルである。
…今更だが、あいつ等趣味詰め込みすぎだろう。何この南蛮の民族衣装みたいな露出度の高い服、滑らかな腹部が素敵なんだけど―――ッ!!
そんな事を考えていれば、無表情のままにコクリと頷いたネームレス。

『…ふむ、欲情したのか?』
「ぶふぉ?!」

咄嗟に薬用煙草を口から離して良かったと思う。
盛大に噴出した唾を拭いつつ、ケホケホと軽く咳き込む。…クソ、不意打ちだった。
立体映像を睨みつけ、言う。

「何故に分かった」
『親父から送られてくる身体データ及び脳波の計測からの判断だ。…相棒の慌てふためく顔は、中々に良いものだな』

その言葉と共に、網膜へとバイタルチェックの数値が表示される。…心拍数の上昇や、脳波の高揚度合いなどが事細かに示されている。
その中で、赤い文字でピックアップされているのが判断基準の数値なのだろう。付近に表示された標準値と比べ、割かし高いようだ。
少々気恥ずかしくなり、此方から『親父』を操作する事で網膜部分への表示ウィンドウを消去する。
消去直後に再展開と言う追い討ちは無い。

「…あー、クソ、二年間でいらんとこまで随分と人間臭くなりやがって」
『相棒のお陰だ』

またも無表情のままに返答するネームレス。相変わらず、此処だけは変わらない。
人間の精神に対する理解度などは、今までよりも良くなっていると思うが、表情と言うか感情の起伏ももう少し人間臭くなってくれりゃあいいのだけれど。

―――それはそれで、俺の精神的負担がでかいような気がしないでも無い。

どうすりゃ良いかね、と悩んだところで答えなど出る筈もなく。まぁ、俺とコイツが不仲にさえならんのならばどんな状態でも構わんか。
体中の関節をベキゴキと鳴らしつつ立ち上がる。

「…さて、無駄な思考は其の程度にして次の事を考えるとしますかね。あいつ等も帰った事だし、色々とやる事がある」

俺の言葉にふむ、と一度答え瞳を閉じるネームレスの立体映像。恐らく、自身のデータベース内に記録されているスケジュールを確認しているのだろう。
便利な事だ。

『…確か、今日はゲンヤ・ナカジマ氏への面会に娘であるギンガ・ナカジマ氏とスバル・ナカジマ氏、それから妻のクイント・ナカジマ氏が来るのだったな』
「そ、ンで今日は非番である俺は道案内として借り出されたわけだ」

飲み屋でゲンヤさんに頼まれて、大した迷いも無く頷いたのを思い出す。
何時もの飲み屋での事である。

『なぁ、ジョン。一週間後、お前暇か?』
『あん?…んー、どうだっけかネームレス』

ゲンヤさんの問いに、俺のスケジュールを記録しているネームレスへと確認を取った。

『――問題ない、非番だ。特に行動予定があるわけでも無い』

一瞬の間を置いて帰ってきた返答にコクリと頷きつつ、ゲンヤさんへと顔を向けた。
ついでに冷酒と焼き鳥を店主に頼む。
数秒後、ことりとカウンターの上に置かれた焼き鳥をほうばる。相変わらずの美味さだった。

『むぐんぐ…だとさ。で、何ぞありますかね?』
『ああ、実はな。クイントやギンガ、スバルが俺の面会に来る予定でな。此処最近、忙しかったせいであんまり家に帰れなくてなぁ…』
『…確か、ゲンヤさんの所属部隊って主に裏方関係だったかね?』
『おう、俺には魔力というか、リンカーコアが無いからな。資質ゼロ、裏方や指揮が本業だ』
『ふんむ…やっぱりそういう意味じゃあ俺ぁ運が良かったってことかいね。魔力があるから実働部隊に居られるわけだし』
『そう言うこった』

そう言ってから一度ウィスキーを煽るゲンヤさん。良い飲みっぷりである。
しかして不意に記憶の隅に埋もれていた情報が、先ほどの会話と結びつき引き出される。

『あ、でも近々昇進するって話だな。確か、108部隊の部隊長だったかね?』
『お前、良く知ってるなぁ…。ま、そうだ。しかも三等陸佐の地位だ、スゲェだろ』
『ハッハッハ、万年下っ端の俺に対する嫌味か小僧。此処の酒代全部お前さんに払わせるぞコラ』
『構わんさ。そんぐらいに懐の余裕はある』

ふふん、と笑いつつ此方を見てきたゲンヤ。
チクショウ、余裕綽々じゃねぇのよ、と思ったものだ。

『…チッ。クイントさんに小遣い減らされちまえ』
『そりゃあ困るな。家に帰れない俺の楽しみが中々味わえなくなっちまう』
『…ま、そうなると俺も困るな。奢ってくれる奴が居なくなる』
『欲望に忠実だなぁお前…で、俺は忙しいわけだ』
『だから迎えに行けってか?オーケーオーケー、酒奢って貰うんだからそんぐらい引き受けるさね』
『あ、冗談じゃ無かったんだなさっきの発言』
『当たり前だ。薄給局員嘗めんなよ』

確か、そんな感じの会話をしていた。
思い出したらちょっとムカついてきたと同時に、万年下っ端である悲しみを覚えた。チクショウ、絶対レジンとかの陰謀だ。
少しばかり鬱になりかけていれば、ネームレスが言った。

『相変わらず相棒は、53陸士隊での仕事よりも別件による仕事のほうが多いな。駐在は廃業寸前ではないか?』

余計なお世話だチクショウめ。
ともあれ、さっさと朝食を作って準備せねばなるまいよ。そう思い、床から立ち上がりエプロンを身に着ける。
毎日選択しているバンダナを三角頭巾代わりに、いざ料理を始めようとすれば、ネームレスが言った。

『―――相変わらず似合わないな、相棒』
「ウルセェよチクショウ。ンな事は十も二十も承知の上だ」










「クイントさん!!クイントさん聞こえるか!?…返事しろ小娘ぇ!!」
『へ!?あ、え!?何で回線が繋がってるの!?非常時は混雑を避ける為に一般回線が閉じられてる筈なのに…』
『技術犯御用達の回線で繋いだだけだ。気にする事は無い、クイント氏』
『え、あれ、ネームレス?』

眼前に見えているだろう俺よりも、立体映像のネームレスのほうへと意識を集中させたクイントさんに若干のイライラが募る。
さて、状況を説明するとしよう。

空港、大・炎・上。

つまりは面会に来ていたナカジマ一家大ピンチ。
何故こんな事になっているのかと言えば、原因らしきものが思い当たる。
事の起こりは、朝食を食べ終え、軽くシャワーを浴び、いざナカジマ一家を迎えに行く時間帯になって空港へと向かった際の事である。

『…ん?』
『どうした相棒』

肩に立体映像のネームレスを乗せつつ、空港に入ったその時、不審者を発見した。
何かすっごい挙動不審な動きをしてたり嫌な笑みを見せていたりしたので、不審者と断定しようかとも思ったが、とりあえずネームレスに意見を聞いた。

『…なぁ、あそこでコソコソしてる眼鏡、誰だと思う?』
『さぁ…分からんが、疑わしいからしょっ引けば良いのでは無いか?相棒』

コテン、と首を傾げるネームレスに一つ頷く。

『成る程、素敵な意見だ。…おーい、其処の眼鏡。ちょっとこっち…あ、逃げやがった』

声を掛けた瞬間、逃亡。即座に人ごみの中に紛れ込み、消えていった。
追いかけるべきか、と思った直後、

ドオォォン、と。

轟音が響いた。
咄嗟に振り返る。黒煙と爆発が、青空を彩るミスマッチ具合。
眼をむき、叫んだ。

『何ぞぉ!?』
『ふむ…空港が爆発しているな』
『冷静に判断してんじゃねぇっての。…て、スバルゥゥゥゥゥゥゥ!?ギンガァァァァァァァァァ!?クイントさぁぁぁぁぁぁぁぁん!?』

ネームレスへのツッコミを入れた直後、己が空港に来た理由を思い出し再び叫んだ。

『ああ、そういえばナカジマ一家が来ているのだったな』
『だから冷静に言うな!!ちょ、連絡…って、非常時は一般回線通じねぇよチクショウ!!どうするよオイ!!』

ナカジマ一家は、既に到着している時間帯だ。つまり、爆発に巻き込まれた可能性とてある。
咄嗟に連絡を取ろうとするが、一般回線と言うのはこういう非常時に開くようなものではない。故に、連絡が取れないと悟る。

『くっそ、どうするどうするどうする!?念話とか通じるのかコレ!?…いや俺向こうが受信準備してないと出来なかったよチクショウ!!『親父』にそういう機能があるとは言え無制限には使えないって話だよ!!』

何故か説明口調だった俺。
誰に対して説明しているのだろう、と一瞬思わなくも無かった。

『まぁ、待つと良い相棒。少し私に策がある』
『マジか!?某サイバーなトロンの司令官の『いい考えがある』レベルだったら直ぐに廃棄物に出すぞコラ!!』
『それは困るな。全力でやるとしよう』

柄にも無く焦りまくった俺を制したのは、我が相棒ネームレス。
相変わらずのクールな受け答えに焦りのせいか思わず暴言を吐いてしまったがその時の俺には気付く余裕も無く、そのまま彼女に任せる事とした。

『―――』

ヴン、と立体映像が消えたと思った瞬間、回線が開いた。中空に浮かぶ薄緑色のウィンドウ内には人の顔が映っている。
眼前に現れたウィンドウには、戸惑ったクイントさんの姿。

『え、え、え?』
『ふむ、これで良いかな?恐らくはクイント氏との通信が出来るはずだが』
『おおう、流石だなネームレス』
『これで廃棄物には出さないな?』
『…いや、スマン。柄にも無くちょい焦ったが故の暴言だ。忘れてくれ』

こんな一連の遣り取りを経て、冒頭へ到るわけだが、

「良いからこっちに意識を向けろや小娘!!お前さんの娘二人はどうしたぁ!!」
『え?!あ、ジョン!?』

俺の叫びにビクリと肩を震わせウィンドウへと向き合ったクイントさん。
未だに少々戸惑っていたようだが、唐突にハッとしたような表情で言った。

『ッ!!そうなのよ!!あの二人が居ないの!!』

その言葉に、思わず眼をむく。

「はぁ!?まだ火災現場に取り残されてんのかまさか!?」
『ええ、私がちょっとお手洗いに行っている間に爆発が起きて…それから人の波に流されちゃってあの子達を見つける前に避難所に入れられちゃったのよ…』
「チッ…厄介だな。何でこうも面倒事が降りかかるかねぇ!!」

思わず己の不運に嘆いていれば、一度回線を開けば余裕が出来るのか、ネームレスの立体映像が眼前に出現し、言い放った。

『いわゆる業(カルマ)というものではないか?』
「じゃかあしいわ!!」
『ならば黙ろう』

俺の叫びに無表情のまま立体映像を消すネームレス。消える一瞬前に放った言葉の通り、ネームレスは何も喋らず沈黙を続けている。
気を取り直してウィンドウのほうへと視線を戻す。

「…ともかく、クイントさんは其処に居ろよ!?絶対居ろよ!?振りじゃねぇからな!?たぶんゲンヤさんもすぐに駆けつけると思うから、絶対に避難所から動くなよ!?以前のお前さんならまだしも今のお前さんじゃ救出は無理だからな!?」
『それぐらい分かってるわよ!!…ジョン、あの子達、お願いできるかしら。非番だっていうのは、私も知っているのだけれど…』

心配と申し訳無さで一杯になったような声で、俺に言うクイントさん。
だが、そんな遠慮など無用だ。

「――――愚問さね。俺ぁ、あの子等の兄貴分だぞ?俺が助けずどうするよ」

妹を救うために兄が動く。極めて自然な行為だ。
其処に何の疑問も異論も無い。
言われるまでも無く、やってやる。
此方がニヤリと口角を吊り上げて言えば、ウィンドウ内のクイントさんも顔を柔らかく微笑ませた。

『…そう。じゃあ、頼んだわよ』
「任せとけ。こちとら火の中水の中草の中森の中で生き抜いてきた男だ。唯一戦ったことの無い戦場は女子のスカートの中だけだ」
『相棒。面積的にスカートの中での戦闘は困難を極める。布と言う薄い防御は軽々と破られるし、其処を戦場とするには些か分が悪い』
「いやそういうんじゃねぇから」

俺のジョークに真正面から反応したネームレスにツッコミを入れる。他人のジョークを一向に理解出来ない我が相棒に若干呆れる。
ともあれ、と通信回線を切断し、火災の現場を見る。立ち上る黒煙が視界を塞ぎ、燃え盛る炎と崩れた瓦礫が行く手を阻む。
…厄介極まりないな、こりゃあ。
しかし行かなければ我が妹分たちの命も危ない。

「…さて、じゃあ行くとしますかねっ!!」
『それは構わないが相棒。一つ問題が発生した』

ドン、と地面を蹴りつけたと同時にネームレスが言った。
突然のネームレスからの報告に、思わずつんのめり地べたに顔面をぶつける。超痛い。
ぬぐおぉぉぉ…と呻きつつも起き上がり、ネームレスに問い掛ける。

「…何ぞ。行き成り人の出鼻を挫きよってからに」
『それはすまないと思う。…しかし、深刻な問題だ』

ネームレスの何時も以上に真剣な電子音声に、思わず顔を引き締める。
大抵の事は『相棒の力と私で何とかなる』と言ってのけるこのデバイスが、『深刻な問題』というのだ。よっぽど深刻なのだろう。
そう思い言葉を待てば、ネームレスが問いを放った。

『――相棒は、あの中に生身で突撃する気か?』
「いや流石にバリアジャケットとか纏わないと…………あ」

其処まで言って、気付く。ネームレスの欠点として、『登録されていない魔法は即座に構成できない』と『四つまでしか魔法を登録できない』というものがある。
そして俺がネームレスに登録している魔法は―――、

『うむ、気がついたか。バリアジャケットも、魔法の一つだ。そして私に登録されている魔法は身体の強化、バリアブレイク、隠蔽の幻影魔法、後はバインドだけだ。残念ながら、バリアジャケット構成の魔法は登録されていない』
「…クソッ!!」

どうする、どうすると頭を捻るが答えは出ない。当然だ、『不可能』と決定しているような事を何とか出来るほど俺は完璧では無いのだ。
ギリリ、と悔しさに歯を鳴らす。
生身であの火災に突っ込んだのなら、入り口部分で大火傷を負い熱と黒煙で肺をやられるだろう。人を助けるなど、困難な状態に陥る。

…ああ、チクショウ。

この世界に来て己の無力を嘆いたのは、今日が初めてだ。
今までは何とかなっていたから、油断していたのだ。
何時だって困難は眼前に在り、厄介事は現れる。
常に万全の準備を、が己の信念では無かったのか。それを忘れるとは、己にとって最大の恥だ。
チクショウ、どうする、どうすれば良い。
いつもならばこんな気分を一新させるようなジョークも浮かぶのだが、己では無く他者の命が懸っている状態ではそう簡単にも浮かばない。
そう思い頭を抱えていた俺の眼前に、ウィンドウが表示された。

『―――フフフ、お困りのようだなジョン・スミス四等陸士!!』

デデーン!!と効果音をつけてウィンドウの向こう側でポーズを取るのは、第13技術室のメンバー、通称『技術犯』どもだ。
悩みに悩むこの現状でふざけた言動を取る奴らに、若干の怒りを覚える。

「…技術犯どもが何のようだ」
『そう睨むなジョン・スミィス四等陸士ぃ。我輩たちは貴君に朗報を持ってきたのであぁぁる』
『そのとぅーりだスミス君。君と、そして我らが愛娘であり最近アイドルに昇華しつつあるネームレスにとっても有益なものだ』

その言葉に反応したのか、ネームレスが立体映像を確立させ無表情のまま言う。

『私はあなた方を親と思った覚えは無い』
『おおっ!!ツンデレだ!!AIが自己進化によりツンデレを手に入れたぞ!!』
「いや違うだろ。というか朗報ならとっとと寄越せ。俺ぁ今虫の居所が悪ぃんだよ」

眼を限界まで見開きウィンドウを睨みつけば、ウィンドウの向こう側の技術犯どもがビクンと震える。

『分かったからその顔やめれ。マジ睨まれただけで死ぬ気がするからやめれ。…仕方ない、全員配置に付け!!データ送信だぁ!!』

技術犯のリーダー格が吼えた直後、迅速な動きでウィンドウの向こう側の技術犯どもが各々のパソコンの前に着席した。

『さぁくれてやる!!これが勝利の鍵だ!!』
「とりあえず黙れ―――ん?」

ガタガタと、ウィンドウの前に立つリーダー格の後ろでパソコンを操作していた者がエンターキーと思われる部分を押すたびにウィンドウが右目の網膜部分に浮かび上がる。
『冷凍』と表示されバツ印の押されたそのウィンドウが、次々に『解凍』の文字へと変わり内容を書き示していく。

「こいつぁ…?」
『相棒。どうやらブラックボックスの解除キーを此方に送り込んできているようだ』
『その通りだ我が娘!フフフ、お前の中にある無数のブラックボックスは、我々の手にある解除キーによってのみ解凍される!!』

何でそんな面倒臭い事を、と言おうとするがそのよりも前に表示されたウィンドウが『解凍』の文字と共に消滅していく。

『解凍状況、40パーセント、45パーセント、57パーセント…』

ネームレスの報告と共に、次々と消えていくウィンドウ。
そして、ついぞ最後のウィンドウが、『第一コード開放』との文章を示す。

『解凍状況100パーセント―――――――第一ブラックボックス解凍』
『ふはははは!!早速開いてみろジョン・スミス!!其処にお前の求めるものがある!!』
「…ネームレス」
『了承』

俺の言葉に短く返したネームレスが、解凍されたブラックボックスの情報をウィンドウにて示した。
ピックアップされたウィンドウを見る。
…以前、管理局に入ろうとした際の筆記試験で見た覚えのある情報だ。確か、この情報を元に組み立てられる魔法は、防御系統のものだったはずだ。
そしてそれは―――、

「…バリアジャケットの構成術式?何だってこんなもんが…」
『フフフ、それこそが第一のブラックボックスに封印されていた我らが技術の結晶が一つ!!趣味全開で作ったまま使える奴など居ないと思ったが――――やったぜ皆ぁ!!やっぱジョン・スミスは最高の実験台だぜ!!』

ウィンドウの向こう側でワッと完成を上げる馬鹿どもを睨みつける。

「帰ったら殺すから覚悟しとけ。…それよりネームレス。ジャケットの展開を頼む」
『無理だ』
「…は?」

簡潔に返された否定の言葉に、思わず瞳を丸くする。同時に、焦りが生じる。
爆発が発生してから既に三十分ほどが経過している。本格的な火災自体は、大よそ二十分程度だがそれでも危険であることに変わりは無い。
冷や汗を流し始めた俺に、技術犯の一人である女性が言った。

『あ、そのバリアジャケットは『行動』と『詠唱』を条件として構成されるから普通に構成するの無理。今から私の言う事に従って動いてね?それと、カートリッジも装填しておいてね。構成するときに必要だから』
「何でも良いから早くしてくれ!!とっとと俺は助けにいかにゃならんのだ!!」

ガション、と言われたとおりにカートリッジを装填しながら叫ぶ。
焦りを見せる俺に、女性技術者が笑顔を見せながら言った。

『はーい。じゃあまず両脚を肩幅に開いて』
「…何故に?」
『良いからやりなさいっ!!』
「あ、ああ」
『返事はおうっ!!でしょ!?』
「お、おうっ!!」

ザリッと地面を擦りつつ、足を肩幅に開く。
俺の行動と言葉に満足したらしい女性技術者が、怒りの形相から再び笑みを見せた。

『はい、良い子ねー。じゃ、次に両手を前に突き出してクロス!!』
「おうっ!!」

バッ!!と両手を前に突き出し、身体の前で交差させる。

『ゆっくり上に上げて』
「おうっ!!」

腕をゆっくりと上に上げる。頭上で腕をクロスさせている状態だが、こんなのがバリアジャケット構成の鍵なのだろうか。

『そのまま右腕の力瘤の辺りまで左手を移動させつつ右手の甲を外に向けつつ勢いよく下げて!!』
「おうっ!!」
『そして復唱ぉ!!』
「おうっ!!」

ババッ!!と流される勢いのままにポーズを取った俺。
そして、叫ぶ。
























『変・身ッ!!』
「変・身ッ!!――――――――え?」


























『―――コード認証。装填されたカートリッジをオートロード…魔力充填完了。バリアジャケット改めヒーロージャケット、構成開始』
「ちょ、おまっ―――」

その言葉と共に、全身に魔力が駆け巡る。
身体を中心として魔力で構成された輪が出現し、上下に同様のものを展開。最上部と最下部に魔方陣が展開されると同時に魔力が散布される。
身体を覆う輪が回転し始め、実を覆う衣服が剥がれ始める。
誰得だよこの光景。

「おおおっ!?」
『ヒーロージャケット…以下HJと略称。HJの展開率、10パーセント』

ビキビキと音を立てつつ、まず始めに両腕へとアーマーのようなものが展開された。ネームレスと同じ黒と白でカラーリングされたアーマーだ。
両肩に展開されたアーマーはまるで鬼の顔のようで、アーマーの無い部分は黒いラバーのようなものが貼り付けられる。
それでいて通気性が良いと感じる不思議に、悲鳴を上げた。

「何ぞコレ!?何ぞコレ!?」
『展開率、20パーセント、30パーセント…』

次々に展開されるアーマーとラバー。
胸に、脛に、足にアーマーが展開され、アーマーの無い部分はラバーが覆う。辛うじてズボンのようなものはあるが、其処以外は全てその二つで構成されている。
ラバー部分に奇妙なラインが奔る。一瞬己の魔力光である鉛色に輝き、即座に消え、
そして、

「ああああああああああああああああ!!?」
『展開率、90パーセント…展開完了』

最後に頭部をヘルメットのようなもので覆われ、首下に真紅のマフラーが形成されたところで、変化が終了した。
バキン、という音と共に身を覆う輪が砕け、身体が自由を取り戻す。状況がイマイチ把握できないが、バリアジャケット…と思わしきものが構成された事は理解できる。

「…本気で何だコレ―――ん?」

眼前にウィンドウが表示され、反射的にそれを見た。
ウィンドウを挟んだ向こう側には、乱痴気騒ぎの馬鹿どもが居た。

『――――っしゃあぁぁぁぁぁぁ!!成功だぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『いやっほぉぉぉぉぉう!!』
『流石だぜスミス!!お前ならやれると思ってた』
『変身ヒーロー誕生だオラァァァァ!!』
『ヒャッハー!!』
『正義の味方!!正義の味方!!』
『ミスタァァァァァァ!!』
『ゲッシュペンストォォォォォ!!』
『わざわざバイタルチェックし続けた甲斐があったずぇぇぇぇ!!』
『さぁ行けスミス!!いや、ミスター・ゲシュペンスト!!人助けだ!!』
『ヒーローイヤーは地獄耳!!』
『ヒーローパンチは五トン級!!』
『行くぞ必殺ゲシュペンストォォォォブレイカァァァ!!』
「…オイ、何だコレ」

ウィンドウの向こう側で狂喜乱舞する馬鹿どもを睨みつけ、問うた。
その声にん?と技術犯が全員此方を見た。
代表として技術犯のリーダー格がウィンドウの前へと進み出て顔を顰めた。

『何だ、不満かスミス』
「不満と言うか何だこれ。バリアジャケットじゃなくてヒーロージャケットって何だよオイ」

己の姿を指差せば、リーダー格の男が下がり別の男性技術者が前へと出た。
ウィンドウの向こう側に立つ男性技術者がクイッと眼鏡を押し上げつつニヤリと笑って言う。

『いや、本質的にはバリアジャケットと同じだよ?ただ、大幅に趣味を取り入れたらキャパシティ喰うわ調整難しいわで実戦には投入できなくてねぇ…が、其処で君の義体型デバイスによるバイタルチェック機能を利用したわけだ。デバイスを通して集めた君の身体情報を元に、ネームレスへと仕込んだそのジャケットを調整。その結果がそれだと言う事だ!!』
『ちなみにヒーロージャケットってのは、俺たちが設計したジャケットシリーズを指す言葉だ。他にも色々作ったんだがなぁ…』

リーダー格の技術者がうーむと声を上げると同時に眼鏡の男性技術者が一歩下がり、他の技術者が前面に出てきた。
その手には、今まで作ったのであろうジャケットのサンプルを写真として貼り付けたプラカードを持っている。

『ファイティング・レッドは着た人間の精神を高揚させすぎて『頑張れ頑張れ出来る出来る気持ちの問題だ』とか五月蝿いし』

ジャケットと言うかTシャツである。

『ブレード・ブルーは言語機能に問題でて『オンドゥルルラギッタンディスカー』としか言えなくなるし』

凄くマトモに見えるが欠点でかいなソレ。

『ラバー・イエローは『カブトムシ食えるイケメン』じゃないと着れないし』

もう着用の基準が分からんぞ。

『バイオ・グリーンは『ぶるぅぅぅあぁぁ!!』とか叫ぶようになる上に負けそうになると自爆するし』

更に別の存在とか吸収出来る機能付いてないかそのジャケット。

『エロス・ピンクは女性しか着用不可のスリングショ「もういいから喋るなお前ら」あら、そう?』

局部しか隠れていないようなバリアジャケットモドキを見た時点で、言葉を制した。遅すぎた気がしないでも無い。
ドッと疲れるが、今倒れるわけには行かないのだ。
とっとと彼女らを助けに行かなければ、と足に力を込め、駆け出す。
『ヒーロー』と銘打たれている割に特に身体が軽くなったなどの効果は感じないが、先ほどと違い付近の火の熱さを感じない。
成る程、バリアジャケットが好まれるのは防御だけではなくこういった効果があるからか、と一人納得し小さく頷いた。
ともあれ、

―――これなら、いける。

炎の中に突っ込んでも、これならば黒煙を吸い込むことも無いだろう。断熱効果で己の身の安全も保障される。
グッと足に力を込めそのまま炎の中に突っ込もうとした瞬間に、通信が入った。

『其処の人!!止まりなさい!!』
「……ぬ」

眼前にウィンドウが開かれ、その枠内には茶髪の少女が映っている。面倒臭い、と思い顔を顰めつつも彼女の言葉を待てば、

『IDを……え?あれ?ちょ―――』
「ん?」

ブツッ、と。
会話の一つも交わさぬまま、通信が突如として切断された。
ウィンドウの向こう側の少女も驚いた表情をしていたが、寧ろ俺のほうが驚いている。俺には自分から通信を切るような権限は無いし、能力も無い。
何故だ?と軽く首を捻りつつも炎の中に突入すれば、同時にウィンドウが開いた。
馬鹿が、笑っていた。

『ふはははははははは!!正義の味方は誰にも正体を知られてはならない!!故に通信は切断させてもらったぞ!!』
「正義の味方って何だよ。正義の味方って」
『ヒーロージャケットタイプ6『ミスター・ゲシュペンスト』!!管理局に存在する誰も知らない影の部隊『ノーバディファイブ』の五人の下に現れた六人目の謎の戦士!!主に物影に隠れて卑怯な戦法を好む正義の味方…という設定だ!!資金源とする為にアニメ化しようかと思ったが、エロス・ピンクのせいで失敗に終わった。深夜枠ぐらい取れないかなぁと思うのだけれど、どう思う?ジョン・スミス四等陸士』

一気に捲くし立てる技術犯に、気が滅入る。というか一体こいつ等は何処に向かって進んでいるのだろうか。
エロゲ作ったり、アニメ作ったり、市販の日用品作ったり。

「…なぁ、お前ら何がしたいんだ?」

マスクの奥でズーンとテンションが下がる。
こいつ等、能力自体は高いのだが頭の中で何を考えているのかまったく分からない。そういった意味を込めて問えば、ウィンドウの奥で力拳を握りつつ技術者達が吼えた。

『面白い事は全力で!!つまらない事は死んでもやらない!!それが俺たち技術犯!!御用とあれば即参上!!力を貸すかは知らんがな!!』
『ヒャッハー!!戦闘機人とかにドリル装備させたいぜ!!』
『寧ろロケットパンチだろ!!』
『馬鹿、おっぱいミサイルに決まってんだろ』
『『『お前、天才だな』』』

…もう、ネームレスに言ってこいつ等との回線無理矢理に切断してもらおうかな。

『おーい、班長!!アインヘリアルの企画書ぶんどってきたぜぇ!!これで漢のロマン、巨大ビーム砲を思う存分作れるって話だぁ!!』
『良くやった班員B!!早速改造に取り掛かれ!!』

ウィンドウ越しに何やら不吉な言葉が聞こえてくる。嗚呼、レジアス中将の地上防衛に対する夢はこの馬鹿どものせいで地上防衛(笑)となるのか。
そのまま製造したらしたで微妙に役に立たない鉄屑になった気がしないでも無いが、こいつらに改造を任せたら逆にあらゆる意味で最悪の兵器となりそうである。
夢潰えたであろうレジアス中将に軽く手を合わせつつ、周囲を見回す。
メラメラと炎が燃え立っている。けれど、熱は全く感じない。
元々の魔力量が少ない俺にはあまり多用できるものでは無いが、成る程コレは良いものだ。バインドを捨ててでも登録しておこうか。
―――ジャケットのデザインは、別として。
ともかく、探すために走り回ろうかと思っていれば、ウィンドウ内から最後通告とばかりに言葉が飛んできた。

『あ、ジョン・スミス。急ぎたかったらネームレスに頼んで背中の環を使え』
「環?そんなもんあるのか?」
『相棒、これが今のお前の姿だ』

そう言ってネームレスが映し出したのは、己のバリアジャケット姿。
龍を模したような頭部装甲と、鬼を模した肩のアーマー、獣の爪を思わせる足の装甲…これ、どっちかといえばヒーローもので良くある、敵側のヒーローとかの姿じゃないか?

『一先ずカートリッジをロードしろジョン・スミス。ジャケットに登録されてるシステムを起動させる条件だ』

…どうしようか、と思考を巡らせるがこいつ等との会話に割いた時間を少しでも取り戻したい。
流石にこの緊急事態で無駄な事を言うほど奴らも人間腐っていないだろう。
ガション、とカートリッジをネームレスに突っ込む。

「…とりあえずネームレス、頼むわ」
『了承。カートリッジロード。第一ジャケットシステム起動―――』

体中に一瞬魔力が満ち溢れ、しかし直ぐに消える。
ヴィイイイイイイという駆動音と共に、確かに背後の部分へと魔力が集約していくのを感じる。そして、その力が最高潮まで高まったと同時に…




















デーッデデーンデデデン♪デデッデデーン♪
『む、間違えた』
「――――何で登録しといたBGM流してんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『ちなみに本来の機能は加速器な。背後から魔力放出して加速するタイプの』


~あとがき~
うん、駄目すぎる。やっぱリリカれない書くときはギャグだけの話のほうが良いわ自分。
特に言う事も無いので、アンケートに行きます。
今回は、今回出てきたジャケットについて。
①一発ネタでやめとけ。
②このまま出せ。




~おまけ~

「―――その後は、大変だった。発動はしたが制御できなかったブースターのせいで壁にゴンゴンぶち当たるし、ギンガと一緒に居たクロノ坊の妹には技術犯どもの仕込んだ合成音声が勝手に『私の名前はミスター・ゲシュペンスト!!正義の味方だッ!!』とか名乗るし、そのままブースターで飛んでった先に居たスバルのところじゃ女神像に頭から突っ込んだ上に高町・なのは嬢のバインドに巻き込まれて身動き取れなくなったし、気付かれずに飛んでかれたから無理矢理頭引っこ抜いて一人寂しく火の中を歩いて帰る事になったし…」
「分かった、分かったから飲めジョン。俺が奢るから」
「…スマンな、ゲンヤさん。こんな事につき合わせちまって」
「いや、こっちも娘助けられたんだからこの程度どうってこたぁ無いが…そう言えば、八神が『あの鎧の人何者や!?』とか騒いでたが…」
「言うなぁ!!言ってくれるなゲンヤさん!!黒歴史だ!!黒歴史なんだよ今回の事件は!!俺の中で封印したい出来事なんだよ!!俺はミスター・ゲシュペンスト何かじゃねぇんだよ!!あん時はあの子ら助けにゃならんと思って必死だったんだよぉぉぉぉ!!」

変なところで原作三人娘との繋がりが出来たジョンであった。



[21147] 【習作】やっちまった感じしかしねぇうろ覚えの記憶に頼ったSS【調子に乗りすぎた】
Name: do◆579b2688 ID:00a27d88
Date: 2010/09/25 18:35
~注意~
・駄文。稚拙。
・オリ主。
・原作崩壊、キャラ崩壊。
以上の事が許容できる方のみスクロールしてください。
※今回、試験的に文法を変えてみました。コメント次第で戻したりするので、出来ればお願いします。























































ミスター・ゲシュペンストのテーマ 作詞・作曲 第13技術室一同

一番

~~~~~~~~~~~~~~♪(伴奏)

月夜に踊る黒い影、あれは何だと誰かが叫ぶ。

ビルの谷間を掻い潜り、路地裏までも追いかける。

悪人絶対逃がさない、正義の亡霊此処にあり。

赤いマフラー正義の証。

鋼のボディは冷たいが、心は真っ赤に燃えている。

放つ拳は闇砕き、振るう刃は悪を断つ。

世界の平和を護る為、いくぞ必殺!

『ゲシュペンスト・ブレイカァァァァァァァ!!』

悪人倒せば去っていく、闇夜に紛れて去っていく。

おお彼の名は―――

「ふんっ!!」

ビリィ!!と、管理局第53陸士隊所属、ジョン・スミス四等陸士は、渡された紙切れを思い切り破り捨てた。
何故にこんなものを書いたのか。
そもそもミスター・ゲシュペンストは妙な戦隊モノにおける『知られざる六人目』みたいな立ち位置では無かったのか。
というかゲシュペンスト・ブレイカーって何だ、聞いてないぞ。
数々の疑問がスミスの脳内を高速で駆け巡るのだが、一向に答えは出ない。何故なんだ、と頭を悩ますスミスだが、第13技術室―――通称、技術犯―――の班長(本名は不明。班長と呼べ、と本人が言うのだから仕方が無い)がバラバラになった紙切れを掻き集めながら此方を睨んで来る。
そして叫んだ。

「あああああああああああ!!き、貴様ぁ!!我々第13技術室一同がこの四年間寝る間も惜しんで考えていた『ミスター・ゲシュペンストのテーマ』、その楽譜を破り捨てるとは何事だぁ!!鬼!悪魔!外道畜生!!」

そんなに時間掛けてたのかよ、とスミスは心の中でツッコミを入れた。声に出せば、その四年間の事を延々と聞かされ続ける気がしたからだ。
長い溜息を一つ。
気を取り直し、班長の掻き集めていた紙切れを指差し吼えた。

「じゃかぁしゃあ!!何だコレ!?何だコレ!?何故作詞した!?何故作曲した!?誰にこんなもんを歌わせようとしたぁ!!」
「ふっ…決まっているだろう」

白衣とボサボサの茶髪には全く似合っていない前髪をかき上げるような気障なポーズの後、班長が指を鳴らした。
途端にガラガラと、ホワイトボードが黒子に扮した技術犯の二人(頭だけ黒子であり、後は普段どおりの白衣である)の手によって運ばれてくる。
バン!!と班長がその手を叩き付けたボードには、

「このっ!!麗しき美少女たち『ナンバーズ』にだっ!!」

多種多様。様々な背丈や髪色、髪型をして少女たちの写真が貼り付けられている。
そのホワイトボードの余白部分、写真の貼り付けられていない場所にはびっしりと『ナンバーズを捕獲しよう大作戦』『誰が一番おっぱいでかいか予想グラフ』『ジェイル・スカリエッティとの紳士同盟結託採決』などのメモ用紙が貼り付けられている。
…最後が不吉すぎる。
『ジェイル・スカリエッティとの紳士同盟結託採決』のメモ用紙を見て、スミスの心は凄まじい不安に脅かされた。仮にこの変態どもと次元犯罪者ジェイル・スカリエッティが手を組んだ場合、どんな生物兵器が飛び出すか分からない。
絶対おっぱいミサイルとか付けるんだろうな、と予測する。(双方の本来の年齢から見て)年端も行かぬ少女たちをそんな辱めに合わせる事など、己が許さない。
パァン、と快音を響かせながら班長の頭部を叩き、ホワイトボードの写真軍を指差しながらもスミスは叫んだ。

「力説して言うなぁ!!第一そいつら敵!敵だからな!?」
「だからどうした。―――我々には、あれがある」

得意げな顔でそう言う班長。
彼の指差す先に視線を向ければ、

「おい、此処の配線間違ってるぞ!!」
「マジかよ!?悪い、超特急で直すわ!!」
「早くしろぉ!陸士隊があの子らとっ捕まえた後、調きょ…ゲフンゲフン、更生するのは俺たちだ!」
「わはははは!!全くだぜ!!」
「くくく…写真撮影を嫌と言うほどやってくれるわ!」
「オイオイ、コスプレが先だろ?」
「どっちもやるに一票」
「馬鹿ッ!私が百合の世界に引き込むのよ!!」
「いいえ腐女子の世界へと!!」
「つか、話を聞きだすのは陸士隊の奴らだろ?」
「安心しろ。常にウィンドウフルオープンでやってくれるとの約束だ」
「此方が差し出す報酬は?」
「僕達の番になったら、同じくウィンドウフルオープン」
「成る程、妥当だな」

とんてんかん、と不吉な言葉を吐きながら何やらを製作している技術犯一同。その形状、どうにも理解しかねる。
一方は椅子だと分かるのだが、もう片方は…もふもふ?

「何ぞアレ」
「ん?マッサージチェアと羽箒に決まっているだろう」
「決まっているとか言われても困るわ」

そんな事も分からないのか、と肩を竦める班長。非常にイラッとくる姿である。
いや分かんねぇよ、と呟く。
その言葉に反応したのか、班長が此方を向き真剣な表情で言った。

「いいか?ジョン・スミス」






















「人間は、苦痛より快楽に弱い!!」
「まずは捕まえる事を考えろやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐぼぅ!?」

全身を使った拳のフルスイング。美しい放物線を描きながら吹き飛んだ班長が、技術犯一同の元に突き刺さる。
あの火災から四年、相変わらずの技術犯であった。






         第七話       『感染或いは抗体生成』






「何でネームレスのオーバーホールしに行ったらあんなくっだらねぇ事に発展したのやら…何でか分かるかや、ネームレス」
『理解不能だ、相棒。私は集積したデータから予測を割り出すぐらいならば出来るが、常に進化を続ける者達に対応する事は出来ない』

己が相棒へと問い掛ければ、無慈悲な答えが返ってきた。その答えにバリバリと髪の毛を引っ掻きつつ、思う。
…ありゃ進化ってよりも、突然変異じゃないかね?
脳内が常に突然変異、ミュータントもびっくりの変異っぷりだと思うのだがどうだろう。そのうち、眼からビーム出したり、凄まじい再生能力を持ったり、磁力を操ったりしだすんじゃなかろうか、あいつ等は。
ニートのバリアはチート級、と口ずさみながらも地上本部の中を闊歩するスミス。本日午後より、レジアス中将からの呼び出しを喰らっているのだ。
その事実を改めて認識しつつ、薬用煙草を咥えた。ミントのような風味が、荒んだ心と思考を穏やかにしてくれる。
口から煙草を放し、サングラスの奥で片目を瞑りつつ呟いた。

「…お叱りの言葉、じゃあ無いと思うんだがねぇ」
『そうだな。私から見て、相棒は良くやっていると思う。褒められる事はあれど、叱られるような事はしていないはずだ』

一人零したその言葉に、ネームレスが同意した。スミスもまた、その返答に頷き返す。
そして、思う。
…この八年間、色々あったなぁ。
この世界に身を置いて、早八年の歳月が経過している。
月日の流れは早いものだな、と一人呟く。思い返せば色々あった。
世紀末陸士に地上の将来が心配になったり、ゼスト隊が全滅しかけたり、戦闘機人と戦ったり。他にもシスコンとの出会いや技術犯との出会い、空港火災、違法研究所の調査・破壊など上げればキリの無いほどイベント目白押しの日々。
…ああ、あとクリスマスとかもあったかねぇ?
ミッドでは少々馴染みの無いイベントであったが、クリスマスの夜、幼いギンガとスバルの寝室へ隠密技能を総動員して忍び込み、枕元へとプレゼントを置いた事があった。朝起きてそのプレゼントを見た、あの時のナカジマ姉妹のはしゃぎようは今も色あせない。
今ではそんな二人も立派になって、ギンガなど己よりも上の階級だ。恐らく、そろそろ入局する頃合であろうスバルも己より上の階級となるのだろう、とスミスは思う。

「…情けない兄貴分だな、俺」
『昔を懐かしんでいたのか?』
「まぁ、ねぇ。今じゃあ俺の妹分二人も立派になってまぁ、だってのに俺ぁ何時まで経っても下っ端だ。その内、愛想尽かされるんじゃねぇのかや、と思ってな」
『…』

相変わらず脳波から己の心情を測定したのだろうネームレスの問いに、明かりの灯る天井を見つめながら答えた。
この先、彼らは優秀な成績を残し上へと昇進していける事だろう。それはきっと、己には不可能な事であり、未来ある若者たちが掴むべき世界だ。
老兵は何も言わず、ただ去るのみ。
肉体的に言えば老兵とは言い難い状況なれど、そも己は大組織を管理するのに向いてはいない性分だ。傭兵団と言うこじんまりした組織を纏めるのでも苦労したのだから、管理局と言う一大組織を任される立場になっても困る。
ふとそんな考えを抱けば、少々の間沈黙を保っていたネームレスが答えた。

『…それは無いな、相棒。ギンガ氏もスバル氏も、相棒を蔑ろにするような事は無い』
「だろうな。あいつ等、優しいから」
『そういう意味では無いのだが…』
「ん?何ぞ言ったかね、ネームレス」
『…いや、良い。少々システムチェックを行っていただけだ』

そうか、と言葉を返して歩を進ませれば、何時の間にやら中将の執務室前に辿り着く。礼儀としてドアをノックするも、返答が無い。

「…んん?」
『返答が無いな』

疑問の声を上げる。ネームレスの声も不思議そうだ。
暫くノックを続けるが、やはり返答は無い。
…んー?
首を傾げ、唸る。どうするべきかと考えていれば、ネームレスからの伝達。

『相棒。そう言えば、何やら一年ほど前に執務室の改装が行われていたはずだ』
「あら、そうだったっけかね」

その言葉に、ネームレスがうむ、と返答を寄越した。
続く話に耳を傾ける。

『主な改装としては防音加工を施したらしい。それと、執務室の内装をより堅牢にしたともデータには載っている』
「オイオイ、何か企んでるんじゃなかろうな、中将」
『いや…それは無いようだ。どうやら本局も似たような感情を抱いたようで内情調査に来たようだが、三日後に調査員が胃潰瘍で潰れたらしい』

…胃潰瘍、か。
まぁ確かに、『今の』地上部隊の中に常人が放り込まれればそうもなるわな、とスミスは一つ頷いた。そして合掌。

「南無三」

哀れな調査員の冥福を祈る。きっと、この四年間、或いはそれよりも以前から、少しずつ濃度を増していた地上部隊の瘴気にやられたのだろう。
…常識人には辛い場所になったもんだねぇ。
そう考えれば、己は常識人では無いのだろうか、無いのだろうなと自己完結。己の異常性を自覚してるだけ奴らよりはマシだと思いたい。
若干テンションが落下中であるスミスは、じゃあインターホンとか無かろうか、と周囲を見るもそんなものは見当たらない。
どう考えても、設計ミスだった。

「…仕方無ぇやな、普通に開けるか」
『そうすると良い』

ネームレスの言葉に背中を押され、スミスはガチャリとドアノブを捻った。
…何で此処はアナログなのよ。
捻り終えたところで、そんな疑問が頭をよぎる。
ハイテクな機器や設備が多数設置されている管理局だが、何故かドアノブ。自動ドアが多い管理局では珍しいと思う。
まさか此処にも財政難の陰が、と戦慄するスミスはドアを開けるが、

「―――――――ぉ」

瞬間、轟音。同時に暴風。
あまりにも唐突な出来事に思考が一瞬停止するが、戦場にも似た鬼気が執務室内部から発せられていたことで反射的にネームレスへと武装構成を指示、右手のネームレス本体が発光すると共に手中へナイフが形成された。
室内から迫り来る暴風に管理局員の制服がバタバタと音を立てて揺れる。その風に押されぬよう両手を顔の前方辺りでクロスさせつつも、右目の『親父』をしっかりと見開く。
轟音の元である前方へと鋭く視線を向ければ、





















「レジアスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
「ゼストォォォォォォォォォォォォ!!!」






















―――おっさんVSおっさん。
中年太りのおっさんが放った拳と、巨躯のおっさんが突き出す槍がぶつかり合い、轟音を立てる。その度に、執務室が悲鳴を上げていた。
中年太りのおっさんが成す一挙動一挙動が空気すらも邪魔になるほどの速度で行われ、踏み込み、鋭く拳が放たれる。
対する巨躯のおっさんの槍も空気…否、音を突き破り、周囲に圧倒的な暴風を撒き散らしながらその拳を迎撃する。
力と力がぶつかり合い、凄まじい音を立てる。その余波で、おっさん同士の服が裂け、弾け飛び、上半身が露と成る。

全く嬉しくないサービスカットだった。

思考が停止し、既にナイフを下げてしまったスミスの存在にも気付かずに、二人のおっさんは戦う事を続けている。中年ぶとりかと思われていた髭面のおっさんの肉体は、想像以上に分厚い筋肉で構成されており、拳を握るたびに血管が浮き上がっている。巨躯のおっさんは見た目通りであり、引き締まった鋼のような肉体には無数の傷跡。
槍が拳を裂こうと喰らい付きにゆくも、逆の拳によって刃の腹を叩かれ逸れる。隙の出来た胴体に髭面のおっさんが蹴りを叩き込もうとするが、大きく旋回した槍の石突によって潰される。
おっさん同士が距離を取り、互いが互いを睨み付ける。
再び、二人が吼えた。

「レジアスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「ゼストォォォォォォォォォォォォ!!」

熾烈なる闘争、荒れ狂う暴風、ガチムチボディ、流れ出る汗、舞い散る『机だった物』と『椅子だった物』の破片。
此処は地獄か、それとも煉獄か。
どちらにしても精神衛生から考えて長居して良いところでは無いのだが、視界の端に映る存在がある。思わず、其方に視線を向けてしまった。
赤いツインテールのミニマム少女と、ショートカットの眼鏡美人だ。ミニマム少女が展開しているのか、球状の皮膜に覆われている。
バリアだろうか、とスミスは推測した。現状ではどうでも良い事だが。
その二人が、叫んでいた。

「父さん!いい加減にして下さい!!」
「旦那もだよ!!ああもうバリア張るのキツイ!!」
「が、頑張ってアギトさん!」

プルプルと震え出したミニマム少女を、眼鏡美人が励ましている。状況が状況で無ければ非常に微笑ましい光景なのだが、生憎と彼女らの生存が懸った暴力乱れ飛ぶ戦場の如き空間では微笑ましさなど一切出てこない。
他人事のように(実際ギリギリ他人事なのだが)その光景を見ていたスミスだが、不意に眼鏡美人が彼の方を向いた。
彼女は地獄で仏でも見たような顔で、スミスへの叫びを上げた。

「―――あ!!スミスさん!!助けて下さい!!」
「え!?スミス!?ちょ、あの二人止めてくれよ!!」

ミニマム少女もまた、その叫びによってスミスの存在を認識し視線のみを向けた。既に涙目であり本気で助けて欲しそうだった。

「――――フッ」

スミスは、菩薩のような笑みを浮かべた。その笑みに、部屋の隅に展開されたバリア内で縮こまる二人は嬉しそうな笑みを見せる。
そして、

「――――――――――」

スミスは、無言のままに、ぱたむ、とその扉を閉じた。
閉じる瞬間、部屋の隅に居た二人が絶望的な顔で此方を見ていたような気もするが気のせいだろう、とその光景にフォーカスを掛けつつ心の奥底に仕舞いこんだ。例えるなら三重金庫に鎖を巻きつけ、更に海へと放り込むぐらいの仕舞い込み具合である。

「………」

無言のままに瞳を閉じ、高速思考を展開する。
先ほどの視覚素子より認識された映像を、枝分かれする情報の分別経路に流し込む。
映像は、無数の情報から成る。例えば『焚き火をしている』という映像の中には燃えている火や、その番をしている人、火を調節するための器具などが存在し、それらは『事象』『人物』『物質』などの情報に分類される。
そして先ほどの光景を細分化するとなると。
――――――――解析終了。
『親父』に、ウィンドウが投影される。
結果、全情報は『理不尽』へと集結。魔法、身体能力、技能、陰謀他数々の分類から外れ、その情報は丸ごと『理不尽』というにっちにもさっちにも行かない情報分類へと流し込まれ、己の中にある一つの結論を生み出した。
…うん、まぁ、何だ。

「――――見なかった事にしよう」
『相棒』
「見なかった事にしよう」

爽やかな笑顔で、ネームレスの意見を封殺した。何も思い出したくない、もう二度とあの光景を見たく無いと本能が告げている。
ふと、窓の外を見た。今日は太陽が降り注ぐ良い天気だ。
…そうだ、こんな時は空でも見て気分をスカイハイフライハイさせよう。
素晴らしいほどの名案だと自分で思う。清清しき晴れ渡る青空を見て、嫌な事は全て記憶から抹消し、新たな自分と成るのだ。
スミスはそう自分に言い聞かせ、地上本部の強化ガラスで作られた窓を開いた。
その先には青く何処までも広い空が――――、

「飛んでる!俺、今飛んでる!!」
「良かったなぁ!!空を飛べて!!」
「輝いてるぜマイフレンズ!!」
「これぞ友情パワーだな!!」
「皆の力を合わせ、今!!」
「「「「「スカイハイ!!フライハイ!!」」」」」

―――――広がって、いなかった。
寧ろ、空を彩る清清しい青とは程遠い、焼け焦げたような茶褐色が視界に飛び込んだ。己の視界範囲を占めるその全ては、

筋肉だった。

視覚の暴力と言い換えても構わない。
上半身裸の陸士五人から迸るような汗がぽたぽたと流れ落ち、ミチミチと音を立てそうなほどの筋肉がひしめき合う。ワセリンでも塗っているのか、それとも単純に汗のせいなのか。その肉体は異常なまでに光を反射しテラテラと輝いている。

「うおぉぉぉぉ!!これぞ陸士式飛行術!!筋肉があれば何でも出来る!!」
「筋肉万能説ktkr!!」
「やっぱり筋肉だな!!」
「さぁお前ら!!せーので行くぞぉ!!」
「応ッッッッ!!」
「「「「「レッツ、マッソォ!!」」」」」

ムキィ、と上空を舞う陸士五人がマッスルポーズを取った。
吐き気がこみ上げた。
ちなみに飛んでいる、とは言うが正しくは違う。彼らのそれは決して飛行魔法などでは無く、先ほどまで視界を占めていた筋肉は更なる上昇と共に小さくなっている。
下に眼を向け『親父』の望遠機能を起動させれば、小さく見える無数の陸士達が一仕事終えたような顔で額の汗を拭っている。ついでに言うのならば、彼らの上半身も裸、光に反射してテラッテラに輝きを放っている。
つまりどう言う事か、分かり易く言おう。

(身体強化×筋肉)×(身体強化×筋肉)=大・跳・躍

強靭な肉体より繰り出される振り上げと共に、その振り上げられた腕に乗った脚による跳躍は相互的に力を高め『天を舞う筋肉』という状況を作り出したのだ。その結果、ジョン・スミスのSAN値は大幅に削れる事となった。
「あー」という悲鳴と共に落ちていく筋肉達磨五人を完全に意識から追い出し、窓を閉める。下方からドグシャ、と非常に生々しい音と「筋肉が無ければ即死だった」という声が聞こえてくるがそれも無視する。
視線を内部へと向ければ、当然のような顔で隠し扉から出現した二人の陸士が居た。その二人は、人型のフィギュアを手に何かを語り合っている。
フィギュアは両方とも、非常に見覚えのある姿だった。

「やっぱ超合金リボルテックミスター・ゲシュペンスト完成度高ぇよなぁ。ほら、このバイザーとか、光るんだぜ?」
「確かにそうだけど、こっちの超合金リボルテックガリューも凄いぞ?刃がさ、シュパーンと。こう、シュパーンと」
「あー、確かにカッコいいなコレ」
「つぅか似てるよな、この二つ」
「偶然の一致らしいけど、妙に共通点も多いって話だ。姿を消したり刃物使ったりするトコとか」

やいのやいのと言いながら去っていく陸士を見つめていれば、今度は廊下の奥からドタドタと全力疾走しつつ特攻してくる陸士達。皆、好き好きに手に持った長方形の包装をびりびりと破り捨て、廊下へとゴミを散らしていく。
直後、壁の側面から現れた掃除機が吸い込んでいったが。

「ひゃっほーう!!シャマルてんてートレカゲットだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぬははははははははは!!甘いわぁ!!こちとらフェイトソンカードをゲットしたぜ!!」
「おおっ!?ウェンディちゃん出たぞ!!」
「おいおいマジかよ!?リスト外のカードだろそれぇ!?」
「クッソ羨ましいなぁお前!!」
「…俺、八神…」
「―――俺、もう三十枚あんだぜ?」
「ああ、暖炉の火種としてありがたく利用させてもらった」
「資源の有効活用だな!!」
「ヒャッハー!!ダブりは消毒だぁ!!」
「良し!!じゃあ今夜は皆で狸鍋喰いに行こうぜ!!」

良いね!!と駆け抜ける陸士達。一体どんな思考の飛躍をしたのだろうか。
というか陸士は、八神・はやてに何か恨みでもあるのだろうか。技術犯も八神・はやてには大した反応を返していなかった気がする。
尚、フィギュアについてもカードについても発売元は全て技術犯である。とりあえず一回、あいつ等を仕留めておかねば成らないのだろうか、とスミスは知らず拳を握った。
しかし、直ぐに無駄だと悟る。きっと奴らが壊滅しても別の部署が開発を始めると思ったからだ。
顔の上半分を覆うように手を当て、思った。
…何時から、だったけかねぇ…。
地上部隊がこんな風になったのは。最初からこうでは無かったはずだ。
確かにその前兆は色々と見られたが、最初からこんな性格であったとは考えたくは無い。
きっと技術犯とかゴミ捨て場の連中の空気が伝染したのだろう、とスミスは精神衛生の為の結論を出す事にした。
仮に最初からこんな性格の陸士ばかりだったのならば、管理局は終わりだ。色んな意味で危ういとしか言いようが無い。
自分の傭兵団レベルのロクデナシが集う場所、という事になる。
それは数多の次元世界を管理下に置く組織としてどうなのか。駄目に決まっているだろうJK、と即座に判断。
というか現状あんな奴らが居る時点でどうなのかと思うが、それでもスミスは希望を見出した。

「まだだ…まだ地上部隊だけ…一部『海』にも出てるけど『陸』だけだ…」

その一部とは、主にシスコンからファミコン(ファミリー・コンプレックスの略称であり、ファミリーコンピューターの略称ではない)へとランクアップし、最近子供まで出来て有頂天気味の変態提督の事である。
最近は仕事が忙しいようであまり顔を合わせる事も無いが、時折子供の成長報告をメールで送りつけてくる事がある。勘弁して欲しい。

『相棒。自己暗示も良いが、そろそろ活動を再開するべきだ』

考えに耽っていたスミスへ、ネームレスより無慈悲極まりない宣告が放たれる。薄れ掛けていた数分前の惨劇が記憶に蘇る。
問うた。

「…やらなきゃ駄目?」
『駄目だ』

クソッ、厳しいなぁチクショウと愚痴を零しながら、スミスは再びドアノブに手を掛ける。そして諦めと疲労感を乗せ、そのドアノブを捻った。
ドアが、開く。



                     ●



「ウェーイ、レジアス中将。何で御座いましょうかね」

改めてドアを開き、まるで今しがた現れたかのような口ぶりで執務室内部へと踏み込んだ。視界の端に犬神家スタイルで執務室の床に突き刺さるゼストが見えたが、精神衛生の為にその光景を脳内から弾き出す。「あそこでルーテシアの写真さえ落とさなければ…」とか「あそこでメガーヌの写真さえ出されなければ…」とか言っているが気にしない。
来たか、と何処かの指令のようなポーズで重々しく言うレジアスの姿は、相変わらずの上半身裸、膨れ上がった筋肉のせいでパッツンパッツンとなったズボン姿。しかも筋肉の圧力で弾けとんだ部分があり、短パン状態である。
威厳など、全く感じられなかった。
色々とどうでも良くなってきたスミスに、レジアスが少し間を置いて告げる。

「…ジョン・スミス四等陸士、君は本日付で機動六課に配属となった」

その言葉に、スミスは両目を見開いた。

「マジすか?何で俺なんぞが?」

己を指差しながらそう言葉を発するが、その疑問は当然の事である。
機動六課。此処最近設立された遺失物管理部に分類される部署。
ロストロギアと呼ばれる危険物の探索・調査・確保を行う任務の関係上、管理局でも選りすぐりの優秀の魔導師を集めたエリート部隊。エリートどころか問題児・落ち零れとして扱われているスミスには、縁の無い部隊だ。
設立理由は、『レリックと呼ばれるロストロギアへの対策、独立性の高い少数精鋭の部隊の実験のため』と聞いたような気もする。地上では、そんなことよりも『美少女部隊キター』と叫ぶ陸士が多かったわけだが。
スミスの質問にレジアスは、ふむ、と頷いてから一言。

「分かり易く言えばスケープゴートだ。本来はゼストを向かわせるべきなのだろうがな」

其処で言葉を切り、あれを見ろ、と視線を動かすレジアス。
レジアスの向ける視線の先にスミスも追随すれば、やはり犬神家スタイルのゼスト。見えてはいないが、頭の突き刺さった場所から「ルーテシアァァァ…」とうめき声にも似た声が聞こえる。
不気味な事この上無かった。
娘のルーテシアが機動六課に引き抜かれたのを聞いて暴走を始めたのだ、とレジアスは語った。
つまり『スケープゴート』とは地上部隊にとって、では無く機動六課にとって、という意味。仮にあの騎士が己の娘を引き抜いた機動六課に向かった場合、きっと課長である件の少女は血祭りに上げられる事だろう。
その事態を想像してみれば、

「わーヒデェ」

襲い来る彼女の守護者たちを撥ね飛ばし、槍の一撃で少女を吹き飛ばす騎士の姿が容易に想像できた。『容易に想像できる』というところが、酷い。
地上部隊最強の魔導師『騎士ゼスト』。
その本性は家族馬鹿であり同時に戦闘狂(バトルジャンキー)、槍の一撃は音速を超えあらゆるものを貫き穿つ。今後、彼の娘や嫁に手を出すような者が居た場合、遺書を書いてから手を出す事をお薦めしよう。
但し敵は除く。
レジアスが視線を元に戻すのを確認し、スミスもまた視線を戻した。再び向き合う格好になったスミスとレジアスだが、其処でスミスはふと疑問に思った事を切り出した。

「…なぁ、中将よ。そもそも何故に陸士を送り出す事になった?噂じゃあ、機動六課てのは八神の身内と新人を中心として組まれた部隊ってぇのを聞いたが」

機動六課とは、永続的に設立される部署では無い。設立内容にもあるとおり、基本的には『実験部隊』という特色を持つ。
それ故か、大々的に人を集める事はせず課長である八神・はやての身内もしくは新人などに的を絞って設立された部隊だ。単なる一陸士が出向く必要性は感じられない。
…そも、戦力過剰だぁな、あの部隊。
そう思う。
新人の話は知らないが、教官など『上の立場』に居る者たちを管理局で知らない者は居ない。
課長たる彼女もそうだが、高町・なのは、フェイト・T・ハラオウン、そしてヴォルケンリッターの面々。このメンツを知らない者など、管理局の何処を探してもいないはずが無い。
それほどに有名な局員。同時にその全員が高ランク魔導師であり、寧ろ数が多すぎてリミッターを掛けられているとか何とか。
率直なスミスの問いに、しかしレジアスは後頭部を掻きながら笑みを見せた。

「一応、設立に際し援軍兼査察官として此方も一人送ると約束してしまったものなのでな」

ハッハッハッハッハ、困った困った、と髭面で笑うレジアス。その様を見て、思う。
…中将も、中々愉快になったもんだよなぁ。
以前ならば全力でその機動六課とやらを設立する事を拒んだだろうに、考え方が柔軟になった。肉体は、柔らかさを消して強固になっているが。
三年ぐらい前からか、どうしてかこんな愉快な性格になってしまった。きっとこれも技術犯などを病原とした馬鹿ウィルスのせいだ、とスミスは結論付けた。
…って、ああ、そうか。
そこでふと、気がついた。先ほど戦力過剰と六課のメンツを評したが、そう考えればこうなるのも納得が行く。己が六課に出向くのも、だ。
ゼストが暴走する、というのも要因の一つではあるがそもそもあの部隊は『部隊保有ランク制限』に対し優秀な魔導師にリミッターを付ける事で戦力過剰なメンツを揃えている。その中にオーバーSというランクのゼストを突っ込むのは、そもそも無理がある。
故に己が出張る事となったわけだ。
己が優秀だとは思わないが、少なくとも変態と化した陸士達を美少女の集まる六課にぶち込むのは危険極まり無い。ならば、自分が適役なのだろう。
レジアス本人が言ったことでは無いが、恐らくその筋が濃厚だな、と一人頷くと同時に、部屋に入ってからずっと思っていた事を口に出す。


「―――中将、服を変えたらどうよ。中年のガチムチボディを見て喜ぶような趣味、生憎と俺ぁ持ち合わせちゃおらんのよ」

机と椅子を新調する前に服を新調しろ、と言葉を付け足す。
パッツンパッツンの短パンムキムキ中年を見て、喜ぶ人間は特殊な筋の人間しか居ない。少なくとも、スミスはその筋の人間では無い。
その言葉に、レジアスが眉根を寄せた。

「む、この肉体美を否定する気か?」
「ウルセェよ、『若さを思い出した』とか言って三年間でどんな肉体改造してやがる」
「フッ…おかげで再びゼストに渡り合える…」

そう言いながらムッキィとその肉体を俺に見せつける中将だが、

「―――――――――あーもう!!いい加減にして下さい!!」

彼の左後ろに立っていた女性が、怒りを爆発させた。先ほどまで怒りを我慢していたらしく、プルプルと小刻みに震えていたのをスミスは見ていた。
そんな怒り狂う女性に、レジアスが面倒臭そうな視線を向けた。

「む…オーリス。何をそう怒っている」
「怒りますよ!まったく…『今日から再出発する』と言い出したと思えば筋肉トレーニングを始めるし、執務室を改装するし、挙句の果てに今日は騎士ゼストとの殴り合いを始める始末…!!おかしくなった『陸』を収める為に尽力するのが、地上本部トップとしての役割でしょう!それを自覚して下さい中将は!!」
「いいではないか、結果的に今までよりも地上を護れているのだし」

なぁ、とレジアスが同意を求めてくるが、返答に困る。
こんな状態になってから確かに犯罪者の検挙率やら何やらは激しく上昇したが、レジアスの言葉を肯定すれば人として大切な何かを失うような気もする。
うーむと悩むスミスに、先ほどまでレジアスを叱っていた女性が視線を向ける。睨み付けるような鋭い視線だった。

「それとスミスさん!!何でさっき助けてくれなかったんですか!?」
「無茶いわんでくれオーリスさん。俺ぁあんな超人バトルの中に入り込めるほど強靭な身体してねぇのよ」

肩を竦めるスミスに、しかし彼女はギリギリと歯を鳴らしながら拳を握った。

「クッ…こんな時だけ常識人のフリをして…」
「常識人では無いけど割かし一般ピーポーよ?俺」

そう言うスミスを、彼女はより強く睨み付けた。
オーリス・ゲイズ。レジアス・ゲイズの娘であり、彼の補佐を務める人物。
馬鹿ウィルスに感染せず、抗体を作り出し日夜親の暴走を止めようと奮起する彼女の姿は、スミスから見て非常に印象深い。
ただその印象は、焼け石に水というか何と言うか。
どう考えても無理な事に全力を持って抗う姿はある意味で勇者にも見えるし、しかして愚者にも見える。改めて考えるとどちらだろう、とスミスが思考を開始したところで、

「スミスゥゥゥゥ!!人の事見捨ててんじゃねぇぇぇぇぇ!」
「そぉい」
「へぷっ!?」

ミニマム少女が飛んできた。そのままだと顔面に直撃する勢いだったので、そのミニマム少女を額からするりと外したバンダナで受け止め、四隅を硬く結びつける。もごもごと動く内部の少女に、スミスは苦笑した。
既に定型句ともなった言葉を彼女に掛ける。

「ようアギト、元気かね」
「うっせー馬鹿スミス!!さっさと此処から出せ!!バンダナ焼くぞ!!」
「そりゃ困る」

慣れた手つきでそのバンダナの結び目を解けば、火山が噴火するかのような勢いでミニマム少女が飛び出してきた。心なしか肩で息をしているところ、中々に苦しかったらしい。
少々悪い事をしたな、と思いつつもその姿を直視。
かつて見た時と変わらぬその子供のような姿。けれど、その気勢は出会った当時、二年ほど前のものでは無い。
気付かぬうちに口元が緩み、彼女の姿を見ていたようで。真っ赤な髪のその少女、烈火の剣精・アギトは、宙に浮かぶその身を此方から少し離した。

「な、何だよ。その眼は」
「…うんにゃ、何でもねぇさ」

アギトの問いに首を横に振り、カカカ、と笑みを洩らす。
その言葉に納得しかねているらしくしきりに首を傾げるアギトの姿を見て、笑みをより深くする。
…良かったなぁ、ホント。
思い出すのは二年前、彼女が捕らえられていた違法研究所での事だ。
新生ゼスト隊と共にその研究所へと踏み込んだ時、彼女は随分と虚ろな眼をしていた。まるで何もかも諦観したような、空虚な瞳。
そも、彼女に『アギト』という名すらも無かった頃の話。研究所のデータバンクに、識別名称として『烈火の剣精』という名が載っていただけ。
確か、アギトという名はゼスト隊長の娘が付けたものだ、と彼女の名の由来を思い出す。
それにしても、

…ゼスト隊長無双だったなぁ、あん時は。

違法研究所で槍をぶん回し、研究員を問答無用でぶちのめしていたゼストの姿は、今でも克明に覚えている。己と彼の部下たちは、騎士が好き勝手暴れている間に地上本部と連絡を取りつつ、データ解析やコピーを行っていた。そしてアギトは、直接的に自分を救い出したゼストに恩を感じ彼についていく事を決心したのだったか。
そのせいで、アギトが本局預かりになりそうな時には一悶着あったものだ。
そう昔を懐かしんでいたスミスだが、そろそろ本題に戻るとしようと一人呟き、レジアスの方へと視線を向ける。
どうやら先ほどの遣り取りの間にちゃんと着替えをしてきたようで、既にマトモな制服姿だった。何時の間にかゼストも犬神家状態から脱出していたようで、部屋を見回すも姿が見受けられない。
いつの間に、と思うも本題から話がずれぬよう心の奥にその疑問を仕舞いこんだ。

「ま、とにかく…俺ぁ機動六課配属って事でよろしいんですかね?」
「うむ。既に課長である八神には書類を送ってある。大丈夫だろう」

レジアスの返答に「然様ですかい」とだけ言葉を残し、部屋を出た。ガチャリとドアが閉まると同時に、口に薬用煙草を咥え一服。
…明日から、本格的に忙しくなりそうだね、こりゃあ。



                     ●



「―――どーしてこうなった…」

その日、八神・はやては頭を抱えていた。
あの空港火災から苦節四年、管理局の対応の遅さに嘆き周囲の協力を得てこの機動六課を設立した。
無論、理由はそれだけでは無い。自分の姉のような人が持つ希少技能(レアスキル)による予言の解析結果が全て『いずれ起こりうるであろう陸士部隊の全滅と管理局システムの崩壊』と出たからだ。
…たまぁに「タッポイタッポイ」とか「ユーはショック」とか言ってたのは、何やろなぁ。
そう思いながら、彼女はより深くデスクに身体を預けた。
彼女は知らない事だが、すでに陸士部隊は一度全滅している。人間の良識と言うか、ノーマルな性格というものを投げ捨てている的な意味で。
今の彼らは真・陸士部隊ならぬ『紳』・陸士部隊と言えるだろう。
そんな陸士部隊の惨状を知らぬ彼女は、その手に持った書類に再び眼を向ける。

「…ジョン・スミス四等陸士…かぁ…」

迂闊だった、と一人小さく言葉を零した。
色々な条件を付けられるとは、予測していた。遺失物管理部は地上の区分、つまりその区分のトップであるレジアス・ゲイズ中将と関わる事は必然である。
そして、レジアス・ゲイズ中将と言えばミッド地上を軽視する本局に強い不満を抱いており、本局との連携で強い権力を持つ聖王教会、その二つから強力なバックアップを受けている自分の事も快く思っていない。
そんな彼が、設立の条件は一つだけだと言った。
提示された条件は、

『地上部隊の陸士を、一人でも入れてくれ』

ようは査察官だな、と彼は臆面も無く言い切った。武闘派、強硬派で知られた彼にどんな変化があったのか、はやては知らない。
自分が四年前に一時期所属していた108部隊で中将と接触する事は、ほとんど無かったからだ。
何にせよ、自分はそれを受け入れた。例え査察官が居ようとも、自分は成すべき事を成してみせる、という覚悟と決意が彼女にはあったから。
でも今は、そんな自分を殴りたい。というかデアボリック・エミッションでもぶち込んで消し去っても良いと思う。
再びに書類を見れば、其処に書かれた名称と顔写真は当然変わらない。
ジョン・スミス四等陸士。写真ではオールバックの黒髪と右目の傷が印象的だ。
…いや、この容姿は問題じゃないんよなぁ…。
寧ろコレぐらいの容姿、多種多様な人種の集まる管理局では割かし普通。それよりも問題なのは、彼の六課移籍前の所属。
それを見て、はやては更にガックリと肩を落とした。

「…何しでかすか分からん…」

彼の所属は、第53陸士隊と呼ばれる問題児の集まり。特に『世紀末メンバー』と称される武闘派陸士達の噂は本局にまで伝わっている。
曰く、

『胡坐を掻かれたら死ぬ』
『服を脱がれたら死ぬ』
『命のポーズを取られたら死ぬ』
『ビンタされたら死ぬ』
『パンチされたら死ぬ』
『つんつんされたら死ぬ』
『ピラミッド見えたら死ぬ』
『回転されたら死ぬ』
『ビンを撃たれたら死ぬ』
『ガソリン撒き散らされたら死ぬ』
『自分の身体を突いたら死んだ』

らしい。「何なんや、あんた等」と叫びたい気持ちである。
他にもバスケットボールのように華麗で執拗で繊細な物理攻撃などが確認されているようで、『絶対に戦いたくない陸士』では毎年上位を占める人々だ。
尚、聖人のような顔をした剛の拳よりもストロングな柔の拳を持つ白髪の陸士は常に一位を独占している。コメント欄には『バグキャラカエレ』『人の秘孔を勝手に突かないで下さい』『二度当て止めて』などが書かれている。
そんな問題児の集まる第53陸士隊の一員、ジョン・スミス。
自身の尊敬する局員、ゲンヤ・ナカジマ三佐は「アイツは大丈夫だ」と言っていたが油断は出来ない。もしかしたら、レジアス中将が機動六課の弱点を作るような意図で彼を送り込んできたのかも知れないのだから。

「…絶対、六課は潰させへんで…!!」



                       ●



「ところで中将、スミスさんを送り込んだ理由は?」
「ん?ああ、奴ならばゼストも納得するだろうと思ってな。ゼストの娘とも親しいから、きっと助けになってくれるだろう」
「そ、そんな理由ですか?」
「馬鹿者、ゼストが暴れたらどうなるか分かるだろう?」
「…六課終了ですね」



                       ●



何としても、六課は潰させない。
自分に力を貸してくれた友達や、六課設立の為に手を貸してくれた多くの関係者の為にも、機動六課を潰すわけにはいかない。絶対に期限終了まで存続させて見せる。

「…良し、頑張ろ」

パン、と頬を叩きながら気合を入れる。
第53陸士隊が何だ、絶対に六課の汚点なんかにはさせない。
…やったるでぇ!!
モリモリと元気が湧いてくる。長年の夢だ、たった一人の陸士のせいで潰させたりなんかしないぞ、と熱意が燃え上がる。
ガタリと椅子から立ち上がり手を両手に掲げ、

「しゃー!!来てみぃジョン・スミス!!返り討ちやぁ!!」
「はやてちゃー…どうしたんですか?」
「え、あ、いやその…き、気合入れとったんやけど…」

そんな様子を、自身の家族の一員であるユニゾンデバイス、リインフォースⅡに見つけられた。
何と無く気恥ずかしくなり、言葉が尻すぼみとなる。
「へー、そうですかー」と感心したような顔でコクコクと頷いたリインだが、途端にハッとした顔へと戻った。わたたたた、と両手をぶんぶんと振るったリインが此方を見て叫んだ。

「あの、あの!!そそそそそそ、外に沢山陸士の人が!!」
「…陸士が?何や、文句でも言いにきたんか?」

そう言って眉根を寄せるはやて。
陸士の中には此方を良く思っていない者たちも居る。その人々が難癖つけてきたのでは無いのか、との推測をするが、しかしリインは首を横に振った。
リインが急いで無数のウィンドウを開く。
そのウィンドウの中では、

『うおー!!なのはさん!!うおー!!』
『フェイトソン居ますかー!?』
『八神ー!!俺だー!!…ゴメン、やっぱ何でもない』
『シグナム姐さん!!手合わせしてくれ!!』
『シャマルてんてー!!俺の下腹部が大変なんで診て下さい!!』
『ヴィーたん!ヴィーたん!』
『ザッフィーの兄貴ぃぃぃぃ!!殴ってくれぇぇぇぇぇ!!』
『リインたんドコー?』

やいのやいのとサイン色紙を持って騒ぎ立てる陸士達。
…え?なんやの、コレ。
空いた口が塞がらないと言うか、何と言うか。何なのだろう、この状況は。八神・はやては現状を飲み込めず、ポカンとしていた。

「…え、ええと…コレ、何?」

リインに状況を問い掛けてみるが、彼女も涙目で首を横に振った。

「ううっ…外に出たら『おおっ!?リインたんだぞ!!』って陸士の人がリインを指差して、そしたら沢山の陸士の人達が寄って来て…怖くなって逃げ出したら、今度はあんな風に…」
「…そ、そか。大丈夫で良かったわ」

よしよし、とリインの頭を撫でるはやてであったが、未だに状況を良く飲み込めない。とりあえず彼らが騒いでいるのはクレームとかそういうのでは無いというのは理解できるが、どうしてあんな熱狂の渦になっているのだろうか。
単なるネームバリューであそこまで熱狂するだろうか。
うーん、と唸っていれば、

『――――――何やってんだ馬鹿どもがぁぁぁぁぁぁぁ!!』

ウィンドウから、轟音。
突如として、陸士でできた人垣の一角が爆発した。宙を舞い、車田落ちで地面に激突する陸士達。
吹き飛んだ人垣の一角からゆらりと立ち上がる人物を見て、陸士達の熱狂が恐慌へと変わった。誰もがその姿を見て叫びを上げている。

『ぎゃあああああああ!?』
『うわぁぁぁ!!スミスだぁ!!『肉体言語のジョン・スミス』が来たぞぉぉぉぉ!!』
『ジャーマンされるぅぅぅぅぅ!!』
『金的はらめぇぇぇぇ!!』
『やかましい!!人様の通行に迷惑だろうが変態ども!!空気は読まずとも場を考えてふざけろ!!』

いや空気も読まなあかんやろ!?と、はやては心の中でツッコミを入れた。
ウィンドウ内では黒髪のオールバックにサングラス、額にはバンダナを巻いた男性が陸士達一人一人に拳骨やプロレス技を叩き込んでいる。

『撤収!!撤収ぅぅぅぅぅ!!』

一目散に逃げ出す陸士達。逃げる者を追う気は無いのか、とりあえず気絶させたらしい陸士を無造作に一団の中に投げ入れている。陸士達も慣れた手つきで投げられた陸士達をキャッチし、すたこらさっさと逃げていく。
数秒後、男性の周りには人っ子一人居なかった。
ポカン、と口を開けていたはやてだったが、先ほど陸士が叫んでいた名前を思い出す。
…ジョン・スミス?
ウィンドウの中に存在する、煙草を咥えて吸い始めた男性を凝視してから、ギギギギギと首を書類の元に回す。
その書類に貼り付けてある顔写真と、その名。
サングラスやバンダナを巻いてはいるものの、その容姿は全く変わらない。そして書類に記されている名は紛うことなく、

「…ジョン・スミス……」

そう呟いたと同時に、ウィンドウの中の男性が、此方を向いた。



                       ●



時は、陸士が機動六課の辺りに集まり始めたところまで遡る。

「―――で、何故にお前さんがついてくるのよ」
「旦那からの伝言を伝えるためと、お前に協力するため」

無音のまま廊下を歩くスミスは、自身の頭頂部に座り込むアギトの存在に眉根を寄せた。別段、重いと言うわけでは無いが頭に異物を乗っけられれば誰でも気になるものだ。
問い掛けに対して返されたアギトの言葉に、より深く眉根を寄せる。

「伝言?」
「ルールーの様子をしっかり見てこいってさ。…後、何かお前が違法研究所とかで助けた奴?その後、執務官だかが来て有耶無耶になったアレ」

アギトがクルクルと指を回しながら言う。恐らく、何かを思い出しながら言葉を紡いでいるのだろう、と推測。
ふむ、と小さく声を出し顎に手を当てる。
潰した違法研究所は数知れず。その中で執務官が関わってくるものは…、

「あー…エリオ・モンディアルだったけかねぇ、あの少年」

思い出すのは、人間不信一直線の彼。何ぞオリジナルの代わりとして育てられたが、両親と引き離される時に一悶着あっただか何だかで人間不信になったとか。
ヒーロージャケットを纏いつつのその話を聞いていたが、彼は今元気にしているだろうか。

「…で、あの少年が何ぞや」
「ルールーにちょっかい出すようなら縊り殺せってさ」
「あの人の脳内どうなってんのよさ」
「家族の事でいっぱいだよ、きっと」

ですよねー、と言葉を返しつつ、スミスは頭を抱えた。
…あの小僧、少しは自重せい。
何なんだ縊り殺せって、自分でやってこいやオラァと叫びたい気持ちになったが、そうすると「じゃあ遠慮なく」といってから嬉々として首を取りに行くような様が容易に想像できた。というか、あの騎士は絶対にそうする。
…順調に駄目人間増えてるな、地上部隊。
彼の病気は元々だが、更に悪化したと思われる。アギトの話を聞いて、少し前にゼストから聞かされた話を、スミスは思い出した。
それは、何時もの飲み屋での事。

『ジョン、何やら俺の可愛い可愛い娘であるルーテシアが本日午後二時、商店街で見かけたらしい赤い髪の小僧に見惚れていたとの報告が俺の愛しい愛しい妻であるメガーヌから入ったのだが』
『はぁ、そんで?』
『殺しても良いだろうか』
『飲み屋でする話じゃねぇだろうよソレ』

おもむろにデバイスである槍を取り出そうとした騎士の後頭部を強打し、気絶させた事を覚えている。閉店間際の出来事だったため、その巨躯を背負いえっちらおっちらゼスト宅まで運んでいたところを、夜の散歩に来ていたらしいルーテシアの召喚獣、ガリューに助けられた。
…最早親友の域だな、アイツとは。
思う。あの召喚獣は良く出来た召喚獣だと。
当初は何と無く己の纏うヒーロージャケットに似ている姿にシンパシーを覚えて親しくなったのだが、それからと言うものグランガイツ家に関しての事で色々と手伝ってもらう事が多い。主にゼストの暴走を止める事などであるが。
ちなみに、二年ほど前にゼストとメガーヌは正式に籍を入れた。新旧ゼスト隊のみならず陸士一同が駆けつけた結婚式場は大盛り上がりとなった。
調子に乗って「ルーテシアちゃんが結婚できる年齢になったら俺に下さい」と言った馬鹿が居たが、頭を握り潰されそうになって前言を取り消した。尤も、

『ルーテシアの何処に不満があると言うのだぁぁぁぁぁ!!』
『ぎゃあああああああ割れる!割れる!!実が出るぅぅぅぅぅぅぅ!!』

という展開に発展したわけだが。

「…そう言えば、お前さんは戸惑ってたよなぁ、周囲のテンションに」
「は?何が?」
『結婚式の時だ、アギト氏』

苦笑しながら唐突に放たれたスミスの言葉に疑問符を浮かべるアギト。その疑問の声に応えたのは、右の肩に現れたネームレスであった。
その姿を見て、アギトが笑みを浮かべた。

「お!ネームレス!元気だったか!?」
『うむ、オーバーホールはしっかりされている。不備は無い、全てオールグリーンだ。元気と言う単語が当てはまる状況下と判断できる』
「…相変わらずめんどくさい喋り方するな、ネームレス」

けれどもそれは一瞬、相変わらず無機質無感動無表情で放たれたその言葉にアギトがげんなりとした顔をした。
…何で仲良いんだろうねぇ、この二人。
疑問である。騒がしいアギトと感情を出さないネームレス、この二人は妙に仲が良い。
デバイス同士、通じ合うところがあるのだろうかと疑問に思いながら暫く歩みを続ければ、機動六課の隊舎が見えてきた。
ジャリ、と靴が道の砂を噛むのだが、

「…ンの馬鹿どもがぁぁ…」
「うわー…また沢山居るなぁ…」
『最近ではあれがベーシックになってきているな』

眼前に広がるは阿鼻叫喚と言うべきか、変態陸士の集合地帯。馬鹿ウィルスに感染し、そのまま変態の仲間入りした陸士達であった。
周囲の状況を考えろと言うか、あれでは隊舎の中に入れない。
無言のままにネームレスへと身体強化を指示、ガションとカートリッジ一発分の魔力を丸ごと利用して身体強化を行えば、全身に力が漲る。クラウチングスタートのポーズを取り、隊舎の前でテンションを上げまくる陸士達を見据える。
グッ、と足に力を込め、

「――――――何やってんだ馬鹿どもがぁぁぁぁぁぁぁ!!」

突撃した。
爆発的な脚力による突進は空気をぶち抜き、その身を砲弾と化したかのように陸士達の集まる一角へと突き刺さった。当然、其処に居た陸士達はボーリングのピンのように宙を舞い、何故か車田落ちで落下した。
ぐへぇ、ぶほぉ、うわらば、と思い思いの悲鳴を上げてベシャリと地面に這い蹲る陸士達を無視し、身を起こす。
スミスの姿を確認した陸士達が、一斉に慄いた。

「ぎゃあああああああ!?」
「うわぁぁぁ!!スミスだぁ!!『肉体言語のジョン・スミス』が来たぞぉぉぉぉ!!」

肉体言語として右ストレートをぶちかましてやった。

「ジャーマンされるぅぅぅぅぅ!!」

お望みどおりジャーマンスープレックスを叩き込んでやった。

「金的はらめぇぇぇぇ!!」
「やかましい!!人様の通行に迷惑だろうが変態ども!!空気は読まずとも場を考えてふざけろ!!」

流石に金的は可哀想だったので、鼻フックからの背負い投げで勘弁してやった。鼻に差し入れた人差し指と中指をその陸士の衣服で拭きつつ、周囲を睨み付ける。

「撤収!撤収ぅぅぅぅぅぅぅ!!」

何故か楽しげに逃げ出した陸士達の一団に、気絶させた陸士達を無造作に投げ付ければ胴上げのようにキャッチしてそのまま連れ去っていく。「メディック、メディーック!!」と叫んでいる者も居るが、別にそこまでするほどでも無かろうに、とスミスは溜息を吐いた。
粗方放り込んだと一息つけば、既に誰一人として周囲には居なかった。
パンパンと両手を擦るように打ち鳴らし、手についた土ぼこりなどを取り払う。そして不意に上を見上げるも、突如として『何か』が消えた。
…何ぞ?
顔を顰めるも、答えは出ない。
首を傾げていれば、着崩した管理局制服の中からいそいそとアギトが這い出てくる。背の羽を動かし、宙を舞うアギトが吼えた。

「い、行き成り突撃すんな!!びっくりしただろ!!」
「うん?…何、気にする事は無い」
「お前はそうだろうけどこっちは違うんだよ!!」

ギャーギャーと騒ぎ立てるアギトが鬱陶しくなり、バンダナの中に閉じ込めた。そして、隊舎を見上げながら、

「すんまっせーん、本日より機動六課に配属されたジョン・スミスってぇもんですけども。入ってよろしいですかね?」

そう、問い掛けた。


~あとがき~
何やってんだろう自分、これは幾らなんでも酷すぎるだろう自分。
もう原作崩壊ってレベルじゃねぇよチクショウ、不快に思ったならすぐ消しますんで正直に言ってくださるとありがたいです。
てか、結局あんまり原作に突っ込んで無い。
そんなわけで久々のアンケート。
~どんな短編が読みたい?~

①ナカジマ家のジョン・スミスに対する感情。
②ハラオウン家のジョン・スミスに対する感情。
③世紀末陸士どもの日常。
④技術犯どもの日常。
⑤そんな事よりスカさんだ。





[21147] 【習作】やっちまった感じしかしねぇうろ覚えの記憶に頼ったSS【駄文だコレ】
Name: do◆579b2688 ID:00a27d88
Date: 2010/09/27 00:40
~注意~
・駄文。稚拙。
・オリ主。
・原作崩壊。キャラ崩壊。
以上の事が許容できる方のみスクロールしてください。






















































「―――誰も返事してくんないんだが。俺、もしかして嫌われてんのかね?」
『第53陸士隊の出と言う時点でマイナスイメージは免れないぞ、相棒。最早歓迎とは無縁の人生だと自覚するべきだ』

陸士一同を蹴散らした、その後の事。
機動六課隊舎に向かって訪れを示す声を上げたスミスであったが、返答は無い。何故だろう、との疑問を込めて呟いた言葉は、しかしネームレスによって正論の的となった。
―――否、正論では無い。

「…いや普通、こういうもんは隊舎に入って執務室の課長とかに挨拶するのが通例だと思うんだがね、俺ぁ」
『ならば何故こんな事を?』
「何と無くさね」

深い意味は無いんだがよ、とネームレスの問いへ返答するスミス。自分の成した行動の意味を考えるも、無論そんなものは思い浮かばない。
…いかんな、地上部隊に染まりすぎたか。
ぼりぼりと頭を引っ掻きつつ、懐から薬用煙草を取り出し咥え込んだ。爽やかな風味を味わいつつも、外から声を掛ければ絶対に誰かが返答をした地上部隊の屯所や隊舎、本部を思い出す。そもそもあれが異常だった。
そう言えば返答をする人間が顔を出す場所が予想外すぎて、思わずぶん殴ったこともあったっけかね、とその時の事を思い出すが、
…まぁ、良いか。
その事実を記憶から抹消した。というか、突如として背後のマンホールから飛び出してくる奴らが悪いのだ、とスミスは自分の行動を正当化した。そんな事をされれば、誰だってソイツをぶん殴るだろう、と。
気を取り直し、着崩した制服をしっかりと着込む。未だ味の残る薬用煙草を口から離し、ゴミ箱の中に投げ入れた。
しっかりと入った事を確認し、隊舎の入り口に視線を向けた。いざ行かん、と歩みを進めたところで、

「…そう言えば、ここにはあのバッテンチビも居るんだっけ」

頭上のアギトが、ポツリと言葉を洩らした。その独り言に含まれた単語が気になり、スミスは進めかけの足を止めた。
そして、頭上のアギトに問う。

「バッテンチビ?」
「あたしと同じユニゾンデバイスの事。青い髪の毛の奴だ」

生まれたときからぬくぬく育ったみたいで、脳天気そうな奴だったよ、と大した興味も無さそうにそう言うアギトだったが、その言葉に反応を示すものが居た。
ネームレスだ。

『―――――――――情報該当。リインフォースⅡ(ツヴァイ)空曹長、八神・はやて課長の補佐官であり古代ベルカ式魔法の使い手、魔導師ランクはA+。現時点で製造より八年の歳月を迎えたユニゾンデバイス、更には凍結・冷却系の魔法を習得しているようだな。性格は明るく幼いが、仕事は出来るとの事だ』

右肩に載る立体映像がそう語ると同時に、右目へと情報が記載されたウィンドウが無数に展開される。その中には件のユニゾンデバイス、リインフォースⅡとやらの写真が表示されているものもあるのだが、どう考えてもそのアングルは隠し撮り系統のものだった。
…何故にこんなもんが…。
そんな疑問を含め、スミスは右肩のネームレスへと問い掛けた。

「…お前さん、何時の間にこんな情報を調べたのよさ」
『第13技術室のデータバンクから必要そうな情報のみを抜き取っただけだ。他には推測スリーサイズなどが載っていたが…聞くか?相棒』
「聞かねぇよ」
『そうか』

一瞬、推定スリーサイズが記載されているのであろうウィンドウを開きかけたネームレスを手と言葉で制する。
何やってんだあの変態どもは、と少しばかり頭を痛めるが、
…ああ、何時もの事か。
変態がデフォルトの奴らに何を言っても無駄である。ストレスになりそうなものは早めに切り捨てるのが、楽しく生きるコツなのだ。
そんなネームレスとの会話を終えたとき、ふと自分の知り合いも此処に居る事を思い出す。
…ヴァイスも此処だっけかね、配属先。
ゼストの娘であるルーテシアは別として、特に己と親しい狙撃主なシスコンの事が頭をよぎった。あの青年もまた、ヘリパイロットとして召集を受けていたのだったか。
少々記憶を掘り起こしその顔を思い出せば、妹の写真片手に鼻血を垂れ流してサムズアップする馬鹿の姿が花びら舞い散るフレームの中に想起された。何も言わずそのイメージを記憶から抹消し、再び入り口を見据える。

「…さて。ちょいと足を止めたがいい加減、中に入るとするかいね」
『そうだな』

肩に映し出されるネームレスが頷いたのを確認し、スミスは機動六課隊舎の入り口前へと歩を進める。ドアが、開いた。






















「やっぱレジアス中将、地味に節約してるんかね?」
『単なる趣味だと噂に聞くが』

自動で開くドアを前にして、そんな会話があったとか無かったとか。





      第八話  『本場関西人のツッコミを受けるとテンション上がる』





「―――ジョン・スミス四等陸士、ただいま到着致しました」
「………」

はやては一瞬、夢か何かでも見ているのかと思った。
…凄まじいギャップやな。
執務室に入ってすぐさま静かに、しかし良く通る声と共に敬礼の姿を取った比較的長身の男性の名は、ジョン・スミス。先ほど陸士達を蹴散らした人物であり、『管理局の汚点』『ゴミ捨て場』と称される問題児部隊、第53陸士隊に所属していた人物。

場合によっては、六課の敵と成り得る人物。

レジアス・ゲイズ中将が自分たちの隊舎の中に放り込んだ問題の種かも知れない、と思っていた。
しかし今の行動は模範的で、嫌味など全く感じられない。先ほど見た荒々しい様子は感じられず、静かで物腰穏やかな男性といった雰囲気を醸している。
暫しの間、そう言ったギャップに気を取られその姿を見ていたはやてを妙に思ったらしいスミスは、眉根を寄せて敬礼の姿を僅かに崩した。

「……あの、八神課長?どうかなされましたか?お体の調子が悪いのでしたら医務室の方へ…」
「――――ッ!?」

ゾゾゾゾッ、と。
鳥肌が立った。少しばかり身を引きつつ、彼の姿を見る。
どうやらこちらの急な行動に戸惑っているようで、難しい顔をしながらしきりに首を捻っている。だが、仕方が無い事だ、とはやては自分を弁護した。
…敬語使われると、違和感しか覚えられへん…!!
理由は分からないが、ただ目の前の男性に敬語を使われると猛烈な違和感が生じるのだ。きっと、コレがもう少しフランクな喋り方だったらまだ大丈夫だったのだろうが、尊敬語や謙譲語をふんだんに使用したその敬語は、失礼ながら彼には非常に似合わない。
そのまま互いに硬直していたのだが、不意にスミスの方が動いた。その長身を少し屈めながら、はやての視線に己の視線を合わせ、問うてきた。

「…本当に大丈夫かね、お嬢さん」
「…あ、はい」

その心配を、今度はすんなりと受け入れられた。恐らく先ほどのほうが素の喋り方なのだろう、何処か老人のような口調に返答を返した。
なら良いんだがね、と最後まで心配そうな顔で言った彼だが、ふと何かに気がついたように眼を丸くし、直後に頭を下げてきた。

「…申し訳ありませんでした。心配が過ぎたとは言え、課長に対してあのような口調を使ってしまって」

その言葉は本当に申し訳無さそうで、どうやら根が真面目なようだ。
これなら特に問題も無いか、と思い気を許しそうになったはやてであったが、しかしすぐさまその思いを叩き出し、思い直す。
…もしかしたら、これが作戦かも知れへん!
凶暴な一面、または最低な一面を隠すためにあえて優しいフリをして六課に近づき、少しずつその評価を落とすように仕向けてくる。獅子身中の虫と思われぬよう、自分を演じているのかも知れないのだ、とはやては考える。
この人物は援軍で有り監査官。気を許せば即座に失態へと繋がる、と彼女は気を強く引き締めた。
――――強く引き締めすぎたせいで、睨み付けるようにその人物を見てしまったのだが。



                     ●


睨みつけられたスミスはと言えば、彼もまた焦っていた。先ほどからおかしな行動をしていた彼女を心配して、つい普段どおりの口調で話してしまったのが、

(え!?睨まれた!?やっぱりあんな口調じゃ駄目だったかね!?)

そう声には出さず心の中で焦りを口に出せば、ネームレスからの念話が届いた。

(いや、流石に其処まで心は狭くないだろう。…もしかしたら、相棒の存在自体が気に喰わないのかも知れないな)
(マジで!?え、俺ってそんなに気に喰わない存在!?隊舎前の事も本気で嫌いだから返答無かったのか!?)

大いに焦るスミスだが、実際には全然そんなことは無い。しかし気にする余裕など彼には無く、焦りはそのまま加速していった。
焦りは焦りを呼び、事態を混迷化させていく。



                     ●



対するはやてもまた、慌てていた。
…や、やってまったぁぁぁぁぁぁ!!
彼女が『自分は彼を睨みつけている』と気付いたのは、ジョン・スミス四等陸士がビクリと身体を震えさせ、彼女から一歩遠のいた時だ。知らぬうちに視線に力が篭っていたようで、心配していた様子の彼を思い切り睨みつけていた。
普段ならば冷静に対処するところだが、色々あって少しばかり不安定になっていた彼女の思考を、焦りが駆け巡る。
…だ、駄目や!絶対この事報告される!『八神・はやては返答もろくすっぽせず、逆に相手を睨みつけるような課長だった』って報告されてまう!
そんな事実を管理局内に流されれば、あまり良い感情を持たれないだろう。早速六課崩壊への足がかりが出来てしまった、とはやては顔を青くした。
しかし、実際にはありえない事だ。
彼女のバックボーンは非常に強大であり、それぐらいの話は『緊張した陸士の思い過ごし』と打ち消す事が可能だろう。そもそもジョン・スミスに報告の義務は命ぜられておらず、査察官と言っても、単に『あんまり変な事すると怒るぞコノヤロー』という程度の釘刺しである。大した権限を与えられているわけでは無いのだ。
だが、そんな事情を彼女は知らない。
故に焦った。焦って焦って、普段の彼女なら口走らないような言い訳を言ってしまった。

「あああああああ…あのな!?今のは生まれ故郷…ってスミスさんも地球出身やったよな!?あ、あれは日本の挨拶の伝統で…」

先ほど睨みつけた事をそんな風に説明しようとすれば、眼前の男性は目を皿のように丸くした。

「マジで!?日本に行った事あるけどそんな話聞いたこと無かったぞ!?てか、俺の生まれ故郷(仮)にはそんな初対面の人間にメンチ切るような伝統があるのかや!?何か?!日本人は全員ツッパリなのか!?」

…いきなり下手やってもうたー!!
焦りながらも言いつくろおうとする自分よりも更に焦った様子のスミスに、はやての焦りは加速した。というか名前はジョン・スミスという完全な外国人名称なのに日本の生まれだったのか、そもそも(仮)って何だ、とはやては律儀にも心の中でツッコミを入れる。
加速した焦りのままに、しかし僅かな思考の冷静な部分が彼女を助ける事となった。

「い、いや!ちゃう、ちゃうで!?日本人皆ツッパリってわけやないからな!?さっきのは単なる言葉の綾というか…」

尻すぼみになりながらではあるが、そう言葉を放った。
どうやら先ほどの言葉が間違いである、というのをしっかりと理解してくれたようで、男性は胸を撫で下ろしながら苦笑した。

「そ、そうか…いや良かったぁ…日本人全員がツッパリなら俺も髪の毛リーゼントにして変な旗刺したバイクのらにゃならんのかと…」

少し気分が落ち着いたからなのか、思わず身体が動いた。
―――動いて、しまった。

「なんでやねん」

ベシッと手の甲をスミスの胸板にぶつけるようなツッコミ。

「―――」
「―――」

沈黙が降りる。部屋の隅っこで状況を見ていたらしいリインがオロオロと飛びまわっているが、そんな事を気にできる余裕など、今のはやてには無かった。
…終わった…。
はやての顔から血の気が引いていき、またしてもやってしまったと彼女は心の中で頭を抱えた。関西人の血が騒いだせいでツッコミが発動した気がしないでも無いが、そんな事を言っても相手は納得しないだろう。
六課設立直後に大ピンチ到来!?と涙目になり始めたところ、視界の端で件の彼がわなわなと震え始めたのを見た。ああ、ついに怒られるのか、と若干諦めの状態に入りかけたはやてであったが、スミスの反応は彼女の想定外のものだった。
彼女の手が置いてある胸板へと彼は視線を移しながら、



























「――――今のが、関西人の生ツッコミか…!!」

























感極まったような声で、そう呟いた。
眼が点になる。

「…え?」
「ちょ、すんません、もう一回、ワンモアプリーズ」

人差し指を一本立ててツッコミをせがむその男性の姿を見て、一瞬呆気に取られる。しかし、反射的に身体がその提案を受け入れてしまったらしい。
手を一度胸板から離し、再びポスンとツッコミを当てる。

「…なんでやねん?」
「いや、もう少し強く」

その要望に、はやては応えた。

「…なんでやねん」
「ぬるい、まだまだだ」
「なんでやねん」
「違う、もっとこうスコンと」

首を振るい違うといってくるスミスに、はやては少しばかりの憤りを覚えた。わけの分からない注文ではあるが、此処まで駄目だしされると腹が立つ。

「なんでやねん」
「駄目だな」
「なんでやねん!」
「無力!」
「なんでやねん!!」
「非力!!」
「なんでやねんッ!!!」
「無駄無駄無駄ぁ!!」

段々と威力を強くしたのだが、しかしスミスのお眼鏡にかなったツッコミは無かったようで全てに首を横に振られた。

「―――――ッ!!」

クワッ、とはやての両目が見開かれる。
ついぞストレスが爆発したらしいはやては、ガラリとデスクに設置されている棚の一番下段、大きな段を開け放ち、其処から最終兵器を取り出す。
その純白の姿、重なり合うその白は連なり叩き付ける威力を増加させ、また同時にその清清しい音は人の怒りや憎悪を吹き飛ばす。

それの名は、ハリセン。それはもう、見事なまでのハリセンだった。

『ツッコミ』という事象においては最強の武装であるそれを構えたはやては、二、三度その武器の調子を確かめるように振るい暗い笑みを見せた。リインがそれを見て更にオロオロとし始めるが、やはり気にしていない。
その暗い笑みを見て、スミスは笑みを深くした。まるで長年の宿敵を見つけ、今正にその決着が着くかのような笑みを。
両手を広げ、スミスはその一撃に備えた。

「――――来い!!八神・はやてぇ!!」
「なん」

管理局の制服、つまりスカートである事も忘れて大きく一歩前に足を踏み出し、床を大きく踏みしめる。身体強化もしていないのに、床が割れた…ような気がした。

「でや」

限界まで捻った身体を元の状態へと戻しつつ、そのハリセンは空気を喰い裂きながら振りぬかれ、眼前の男性の顔面へと、

「ねんッッッッッ!!!」
「――――――――――ぶっぽぉう!?」

叩き込まれた。
ズバシィ!!という強烈な音と共にぐらりとスミスの長身が傾き、床へと倒れた。その際、受身に失敗したらしくゴヅン、と頭をぶつけその痛みにゴロンゴロンと身体を右に左に転がしている。肩で息をしつつその様子を見ていたはやてだが、冷静になるにつれて心が無になっていくのを感じた。
…無理…。
もう挽回できない、もう終わった。彼の口車に乗ってしまった時点で、自分の負けは決定してしまったのだ。
ゴメンなカリム、私、夢半ばで朽ちるわ、と涙を流しながら自分の姉に近い人へと謝罪するが、突如として前方で倒れていた男性が起き上がり始め、

「ふ…ふふふふふ…い、良いツッコミだったぞ…八神・はやて…もう、俺に思い残す事は…」
「――――――あるだろ馬鹿ぁぁぁぁ!!燃えろ!!お前は燃えとけ!!」
「うぎゃあああああ!?あ、熱ッ!?ちょ、アギトやめい!!俺ぁ人間として当然の行動をしただけであってだぁぁぁぁぁぁっつぁぁぁ!?」
「うっさい!燃えろ!灰になれ!」

―――燃えた。
何処からか飛び出した赤い髪の小さな少女が彼に火の粉を浴びせかけ、燃やしているのだ。大切なものなのかそれだけは燃やすまいと額のバンダナを火の粉から遠ざけつつ、身体に降りかかる炎の熱にのた打ち回っている。
あまりにもカオスな光景に、はやての思考が停止した。そしてドタンバタンと暴れまわりながら執務室を縦横無尽に駆け巡る彼ら。
不意に、言葉が漏れた。

「…何なんや、アンタら」
「ぎゃああああああ熱い!!マジで熱い!!やめっ…うおおお?!制服の端っこがぁぁぁぁ!?誰か消火してくれぇぇぇ!?」
「やべっ?!やりすぎた!?―――!!あ、おいそこ、バッテンチビ!!こいつの炎消してくれ!!」
「リインにはリインフォ「熱ぁぁぁぁぁぁ!!」わー!!わー!!い、今冷やしますからー!!」
「ちょ!?寒ッ……」
「お、オイバッテンチビ!?何か今度はスミスの顔が真っ青に…」
『生体反応低下中…ふむ、少々不味いか?』

けれどもその呟きは、喧騒の中へと消えていく。一人の男が、死にかけている喧騒の中へと。



                      ●



一悶着を終え、スミスとはやては向き合って床に座っていた。本来、畳でもない床にそのまま座り込む必要性は無いのだが、その場のノリである。その横ではアギトとリインが言い争いをしているが、それこそ然して気にする事でも無い。
互いに座ったは良いものの、動きが無い。そのままの時間が過ぎていく。

「…いや、ホンットすいませんでした。調子こきすぎた」

先に動いたのは、スミスだった。
本人が『極東の生んだ究極の謝罪』と呼ぶ土下座を披露、その額を床に擦り付ける。きっちりと揃った指先、縮こまりすぎているわけでも堂々としすぎているわけでも無い肘の開き、何よりも『謝罪の真心』が彼の身体から溢れ出している。
そのオーラに押されたのか、それとも土下座に引いたのか。

「そ、そんな謝らんでもええよ?元々は、私がちゃんと返事せぇへんかったのが悪かったんやし」

だから早く顔を上げてください。切実にそんな願いを込めつつ、はやては、スミスの狂態を許すことにした。
実際には、彼の土下座を見ていると自分の狂態まで思い出してしまいそうになるので、さっさと土下座を止めて欲しいという本心があるのだが。

「では」

短くそう言葉を切りつつ、スミスは顔を上げた。真正面に来る事となった(ギリギリ)少女であり己の上司となった人物の顔を見て、思う。
…こりゃまた美人だな、オイ。
この世界の魔導師とやらには美人が多いのか、それとも魔力を持っているから美人なのか。
判断はつかないものの、この世界に来てスミスが見てきた女性陣は以前の世界の基準で言えば『美人』に当てはまる者ばかり。とりあえず眼福、眼福と眼前のはやてに向かって合掌を行っていれば、彼女が軽く身体を揺らした。
合掌し下げていた頭を上げる。

「どうしましたかね?」
「いや、行き成り拝まれたから何だろうと思って」

あはは、と眉根を寄せつつ笑みを見せたはやてに、しかしスミスは目を伏せた。

「ぬ…不躾だったようですな。不快に思ったのなら、申し訳ない」
「不快とは思えへんけど、そんな風にされたこと無いから、なんやろと思って」
「眼福だったものですから」
「お世辞が上手いなぁ、スミスさん」

…世辞じゃあ無いんだが、ね。
やはり周囲が自身と同じレベルの容姿ばかりであると、美的センスも鈍ってくるのだろうか。それとも自身の思う『美人』のレベルが低いだけであって本当は皆平凡な顔立ちなのか。
そこまで思い、いやいやそれは無いだろう、とスミスは首を振った。
仮にこのような顔が平凡であるのならば、男衆が哀れすぎるでは無いか。あれか、神もやっぱり女好きとかそういうもんなのか、とスミスの思考が迷走を始めたところで、

「――――ジョン・スミス四等陸士」
「…はっ」

先ほどの陽気な声から打って変わって厳かなはやての声が、聞こえた。その声を聞き、反射的に敬礼のポーズを取る。
此処数年で培った、『外行き』の状態だ。
本局の方へ顔を出しお偉い様にあった場合は、多少なりともこういう礼儀を持ち合わせねばならない。変態の巣窟と化した地上部隊では今や考えられない事だが、かつては地上部隊でもそんな事をしていた時期もある。
ちなみに、今はこんな感じである。

『おお、○○二等陸士、元気か?』
『元気ッスよー、○○軍曹』
『ところでこの間借りたエロゲだが…素晴らしい出来だった』
『でしょー?』

二言目にはエロゲ、ゲーム、漫画などの単語が飛び出す。その癖、犯人検挙率だけは技術室共同開発のびっくりドッキリアイテムや、変な覚醒の仕方でもしたらしきヒャッハーする陸士どもの活躍によって著しく向上しているのだ。

悪循環では無いが、悪環境ではある。

常人が足を踏み入れれば発狂、感染の二択を迫られる地上本部。数少ない抗体持ちですらもそのストレスに胃を痛め酒を煽る日々。
オーリスさんご愁傷、と無言、不動のままに彼女の冥福を祈る。きっとレジアス中将を相手に悪戦苦闘しているのだろう、とスミスは思った。
其処で高速思考を終え、意識をはやてへと戻す。彼女は此方から視線を外し、表示したウィンドウ内の情報を読み上げる。

「あなたの主な役割は遊撃です。フォワードである『スターズ分隊』『ライトニング分隊』から少し離れた位置に―――」

告げられたその役割に、スミスは敬礼のポーズを崩さず、しかし心の中で頷く。
…お誂え向きの役だあね。
遊撃。己に見合った役割であり、同時に彼らにとっても都合が良い立ち位置だろう。
『本隊』である機動六課とは別で動き回り敵を潰す。ゲリラ戦を最も得意とする己にとって気楽にやる事が出来るし、彼女ら機動六課にしても『功績』といったものを奪われずにすむ。
六課の課長である八神・はやてがどちらの意図も含んでやったとは思わないが、結果的に自分にとって都合が良い。
そうゆったりと思考を展開していればどうやら話も終わったようで、重要そうな単語のみを脳内で局所的に纏め上げ事情を飲み込む。

「了解しました」

敬礼のままにそう返答を返せば、突如としてはやてが眉間に指を当てながら唸り始めた。

「…んー…やっぱ、似合わへんなぁ…」
「は?」

突如として本日よりの上司が行い始めた行動に、再び困惑。何だろう、この娘は独り言の癖でもあるのだろうかと思ったところで、わたわたとその上司が慌て始めた。
落ち着きの無い子だが、大丈夫なのだろうか。

「い、いや違うんよ!?その、悪口ってわけじゃなくて…」
「あー、分かったからもう少し落ち着きなさいな。…ほれ、別に何を言うわけでもないから正直に言いたい事を言ってみなさいな」

その言葉に落ち着きを取り戻したらしい彼女は、一度呼吸を整えてから少しばかり言いにくそうに口を開いた。

「――――その、敬語が似合わないって言うか…」
「…まぁ、そりゃあそうだが」

今言うべき事なのだろうか。
そんな意を込めて彼女を見やれば、「ほら口には出さんけどそんな目ぇするー!!」と眼の端に涙を溜めて此方を睨んできた。
…ああ、豆ダヌキ。
何と言うかこう、小動物的な可愛らしさというか。きっとそんな意味で付けられた異名では無いのだろうが、イメージとして豆粒を例えに引き出すような小ささのタヌキが脳内に想起されると同時に、その異名に納得した。
ううう、と未だ此方を睨みつけてくる上司の頭を撫で繰り回したい衝動に駆られるも自制し、問う。

「…とりあえず、俺ぁ出てって良いかね?まだ伝える事があるなら、別だが」
「ううう……ええよ。別にもう無いし、基本的な事は分かってるんやろ…?」
「そりゃまぁねぇ。渡された資料に記されてなかったの、役割ぐらいだし」

そう言って、若干気落ちした感じの上司から視線を逸らす。テンションの上下が激しい上に突然に泣き出すとは大丈夫なのだろうか、このお嬢さんは、と思いつつもきっと平時は切れ者なのだろうと信じて降ろしていた腰を上げる。
手を真横へと伸ばし、未だリインフォースⅡとの喧嘩を続けていたアギトの首根っこを引っつかみ頭の上へと乗せる。

「行き成りなにすんだスミ…わぷっ!?」

ギャーギャー騒ぐので、バンダナを使い密封。

そのままポケットにバンダナを突っ込み動きを封殺。何かが動くような感触はあるものの、然して気にしたるものでも無かろうと意識の外へとはじき出す。
執務室のドア前に立てば、自動的にそのドアが開き外へと続く道が開かれた。

「…あ、とりあえず俺の口調は素で良いのかね?」

六課隊舎内の廊下へと歩を進めようとした時、先ほどからの口調の変化に気が付いた。似合わない、と言われるとどうにも変更せねばならないような気になって、素のフランクな口調へと戻したのだが構わないのだろうか。
そう思い問い掛けたスミスに、はやては視線を向けず床に『の』の字書きながら、

「最低限敬語らしきもの使ってくれればええよー…」
「…然様ですかい。んじゃあ、失礼しますわ八神課長」

完全に意気消沈しているが大丈夫だろうか、と思いつつも部屋を出た。背後では自動的にドアが閉まり空気を吐き出すかのような音を立てている。
ゴキゴキと身体中の関節を鳴らして大きく伸びを一つ。
改めて隊舎を見回してみれば何処もかしこも真新しく染み一つ無い清潔な隊舎だ。シールを剥がした跡や世紀末陸士達の大暴れによって破壊された痕跡の残る第53陸士隊とは大違いだな、とスミスは元の部署と今の部署を比較した。
清潔感が、月とすっぽんである。

「何故にすっぽんなんだろうねぇ」
『何がだ、相棒』
「ん、こっちの話だ」

懐から取り外していたサングラスを取り出し着用。ポケットからはアギトを包んだバンダナと共に薬草煙草を取り出す。一先ずバンダナを解いてアギトを解き放ち、額に着用。やはりギャーギャーと喧しいので片手まで叩き落とす。
ぶぎゅる、と廊下に這い蹲ったアギトに「だいじょぶかーあぎとー」と全く心の篭らない言葉を送り、スミスは額にバンダナを巻きつける。
トレードマークセット完了。何時ものジョン・スミス四等陸士の姿が、そこにあった。

「よぉーし、そんじゃあ下っ端らしく頑張るか」
『戦闘時に『イーッ!』と叫ぶ気か、相棒』
「いやご丁寧にアニメの音声引っ張って来なくても良いから、ネームレス」
『そうか』

電子音声の中、何処から拾ってきたのかアニメに出てきた悪の組織における下っ端戦闘員の音声を流すネームレスにツッコミを入れた。
今日も彼らは平常運転である。



                     ●



――――それは、昔の話。
『彼』がまだ、二度と戻りたいとは思わない場所に居た時の事。
星すらも見る事が出来ないないその場所で、『彼』はうずくまっていた。
世の中の全てを憎悪するかのような瞳で、『彼』は世界を見ていた。
救いなど無い。
希望など無い。
あるのは絶望と諦め、そして憎悪。親から、否、『親だと思っていた男女』から見捨てられこの暗闇に放り込まれた『彼』の心には、既に光など存在していなかった。
けれど、決して『彼』はその男女を恨んではいたわけではない。
…僕は、マトモじゃない。
人間では無い種族も、数多の次元世界との繋がりを持つミッドチルダでは珍しくは無い。けれど、それらの存在とてきっと『母』という存在があり生まれてきたのだろう。
だが、『彼』には『母』が存在しない。
プロジェクトFという計画があった。クローニングした素体に記憶を定着させる事で、従来の技術では考えられないほどの知識や行動力を最初から与える事が出来るのだが、その最大の目的は元となった人物の肉体と記憶の複製。
けれども当然、完全な複製など出来よう筈も無い。
良く似ていても「新たな人格と素質を備えた別人」として目覚める。『彼』は幼い少年をクローニングした素体だったようで、目覚めたときには元の記憶は大して持っていなかった。けれども新たな素質として高い魔力資質と魔力変換資質『電気』を持っていた。
日常生活では何の問題も無い事だ。けれど、自分を『製造した』らしい研究者たちにとっては十分な目印にでもなったのだろう。

ある時を境に、『親だと思っていた男女』から引き離された。

無論、抵抗した。けれどその抵抗は無意味なもので、『親だと思っていた男女』もその事実を突き付けられた途端に男女は抵抗をやめた。見捨てられたのだ。
其処からは、地獄の日々。
閉鎖された光も差さぬ空間、与えられる必要最低限の食事、毎日の投薬や採血、魔力の測定、変換資質の研究。人間として保障されるべき最低限の人権すらも無く、彼の身体は毎日毎日痛めつけられ、弄くられていた。
誰も信じない、信じたく無い。裏切られる恐怖と、自分を人と思わない研究員によって『彼』の心は、ズタズタだった。黒いヘドロのような感情だけが心の中を這いずり回り、『彼』の心を蝕み、ささくれ立たせるのだ。
時間すら分からぬその空間の中、彼は外が騒がしくなるのを聞いた。
…何だろう。
不思議に思った。この光の差さぬ部屋に来るのは研究員だけで、その研究員ですら研究施設の最も奥に存在しているこの部屋には研究以外で近寄る事は無い。近寄ってくるときは、足音だけがカツカツと近づいてくる。
こんな、何かが倒れ伏すような音は、しない。

『な、何だ貴さ『はい黙ろうねー蛆虫野郎』ゴッ!?………』

この部屋の前に立ち、自分の姿を見るたび侮蔑の視線を投げかけてくる雇われの魔導師の声が聞こえた。直後、何かが倒れる音がする。
少しだけ興味が湧き、ドアの近くに立ち寄る。

『チッ…まさか門番前にしてオプティックハイド終了とは思わんかったなぁ…』
『まぁ、結果的に研究施設内部の人間を一掃したのだから構わないのでは無いか?相棒』
『俺ぁもっとスマートに行きたかったんだがねぇ…』

何処か気だるそうな男性の声と、女性を模した電子音声が聞こえてくる。外で何やらやっているらしく、ガチャガチャという音。時折、強く壁でも殴りつけているのかドゴン、ガゴン、という金属音が響くも変化は無い。
いい加減、無駄だと悟ったらしく音が消えた。暫くの間、無音が続いたが途中で「お」という声が一つ聞こえた。

『んーと、コイツァ…オイ、解けるかね、此処のパスコード』
『無理だ、相棒。此処は第13技術室に頼むしかあるまい』
『…あの変態どもに頼るのは癪だが、仕方がねぇわなぁ…』

再びガチャガチャと言う異音が響き、数十秒して電子ロックを解除した事を示すピッという電子音が鳴る。咄嗟に上を見れば、今まで閉じていた事を示す赤いランプが緑色へと変化していた。
ドアが開き、その奥から。

『ハロー、誰かさん。元気じゃねぇだろうが、生きてるかね?』

―――――正義の味方が、現れた。
無論、現れた存在がそう名乗ったわけではない。けれど、『彼』の記憶にある『正義の味方』の画像と、目の前の存在が重なって見えた。
龍のようなヘルメットに、緑色に輝くバイザー、黒いレザーと白の目立つ鎧、そして全身を流れる鉛色のライン。首元に巻いた赤いマフラーが、彼の動きと連動しふわりふわりと舞い踊る。
音も立てず室内に侵入し、その存在は周囲を見回す。
そして一言。

『暗いなぁ此処、窓の一つも無いじゃねぇのよ。幸い排気口はあるみたいだけど、こんな暗くてじめじめした場所に良く居られるな、お前さん』

その物言いに、カチンと来た。色々と言いたいことはあったが、とりあえず叫んだ。

『好きでいるわけじゃない!!』
『おっと、こいつぁ失敬』

思い切り睨みつけてそう叫ぶものの、その存在に『彼』の叫びは大した効果を齎さなかった。大して反省した様子も無く、その存在はスマン、と手を合わせた。

『…一体、何のようですか』
『んー?いや、ちょいとお前さんを助けに』
『…助け?』
『おうさ』

何かおかしいところでもあるか?とばかりに自信満々で返された返答に、暗い笑みが零れた。そして、怒りがこみ上げる。
――ふざけるな、何が助けだ。
来るのならもっと早く来い、何故己が最も辛かった時に来なかったのだと、叫び出したくなった。

『…助けですか。それで僕に恩を売ろうと?僕を助けることであなたに何の得があるんですか?』

けれども怒りを押さえ、嘲りの声を絞り出す。当時、極度の人間不信に陥っていた彼には、『誰かを助ける』という行動の裏には何かあるように思えて仕方が無かったのだ。
その嘲りに対し、ヘルメットの存在は首を傾けながら面倒臭そうに答えた。

『ああん?得なんぞ無ぇさね。俺ぁ単にパシられただけだからよ』
『…パシられた?』
『おう。俺よりも上の立場に居るおっさんが『ちょっと違法研究所潰してこいよ』って軽く言ってくるんで頑張って潰しました』

ほらコレ此処の研究員とかから剥ぎ取ってきたネームプレート、と何処からか取り出した無数のネームプレートをその存在は『彼』に見せ付けた。そのネームプレートに収められている小さな顔写真は、確かに『彼』の身体を弄繰り回していた研究員たちのものだった。
「全員、ちょっと昏倒させてきたから二時間は起きないと思うがね」と言ってから後頭部を掻こうとし、しかしヘルメットによって出来ない事に気がついたようにその存在が舌打ちをした。そして『彼』に手を差し出す。

『ほれ、行くぞ』
『…嫌です』
『…おいおい、まさかお前さん本当にこのかび臭そうな空間が気に入ったのか?あれか、きのこを栽培する温室で眠りたいとか言い出すような奇特な思考回路の持ち主か。駄目だぞ、あんまり不健全な生活してちゃ』
『違う!!』

バヂン、と電気が跳ねる。そのまま全身の魔力を操作して、電気をバチバチと身体に帯電させる。その様を見て、ヘルメットの存在が言った。

『…少年、良くそんな電気纏って平気だな。実は身体が異常なまでに伸びるとか言うデビルなフルーツ食ったんじゃ無かろうな』
『……』
『無言のままに電気ぶっ放すかね普通』

纏った電気を動かし叩き付けようとすれば、半歩下がったその存在に軽々と避けられる。その姿に怒りを覚え、再び電撃をぶつけようとするが、

『――――――阿呆』
『え―――ッ!?』

何時の間にか此方に一歩踏み込んでいたその存在に、平手打ちをかまされた。大して力の篭ったような一撃でも無いのに、すとんと腰が落ちた。
尻餅を付き、頬を押さえた状態でその存在を見上げる『彼』の目線までその存在は腰を下ろし、感情を映さぬバイザー越しの瞳が、『彼』を見据えた。

『…お前さん、何をそんなに怖がってる。誰かを信じるのが怖いのかね?』

その言葉に『彼』は息を呑んだ。しかし視線を逸らし、

『…あなたには関係の無い話です』
『そうだな、俺にゃ関係の無い話だな』

――――ンでも、それで「はいそうですか」と引き下がるほど、俺も聞き分け良くねぇんだわ。
静かな声でそう言った存在が、更に言葉を続けた。

『お前さんが何で人間不信になってんのかは知らんがね、子供がそんな『世の中クソだな』みてぇな面晒してんのが気に喰わねぇのよな、俺ぁ。確かにお前さんが何で人間不信になったのかを聞く理由は俺にゃ無いわな。でも、俺ぁそれとは別にお前さんが暗い顔してんのが気に喰わねぇのよ。ソレは、俺と関わりのある事だ』
『ハッ…随分と自分勝手ですね』

その言い分に、『彼』は本当の嘲笑を洩らした。ようは自分が気に喰わないからその面を止めろ、そう言っているだけではないか。
助けに来たといい、傲慢な事だ。
お粗末な言い分を嘲る『彼』だが、当の存在は「そりゃそうだろうよ」と、事も無げに『彼』へと言葉を返した。

『お前さん、そりゃ大衆の流れに身を任せるのは楽だ。大局ではそういう流れに乗った奴が一番上手く世の中渡ってける』

でもよ、とその存在は言葉を続けようとして、しかし大きく息を吸い、小さな間を置いて。
告げた。



























『―――自分(てめぇ)の信念捨てたら、人生終わりだろうよ』
























その言葉に、『彼』は眉根を寄せて問うた。

『…信念?』
『おう、信念さね。俺ぁさ、世の中、子供は皆笑ってて欲しいんだわ。無論、喧嘩するだろうし怪我もするだろう、ペット死んだり爺さん婆さん亡くすだろうよ。そん時は存分に泣いて貰って構わんのよな。…でもお前さん、そうじゃねぇだろう。人信じれなくて、沢山注射やら何やら打たれて、そのせいで嫌な面晒してんだろうに』

気に喰わん、そりゃ気に喰わんな、と語るその存在を、『彼』は見つめた。そして、その言い分に再び思う。
…自分勝手だ。
自分勝手。自分が嫌だからその顔を止めろと言うその言い分は、間違いなく自分勝手だ。
自分勝手、だけど。
何故だろうか、その言葉に嫌な気はしない。言ってる事はこの上なく自分勝手で、けれど何処か惹かれるものがある。だからだろうか。
『彼』は、問い掛けた。

『…信念て、何ですか?』

分からない。幼い頃に『家族だった時間』は消滅し、そして此処で何年も非人間的な扱いを受けてきた自分には、その言葉が分からない。
その問いに、存在が眉根を寄せたような声で答えた。

『あん?どう言う事よ』
『僕には、信念なんてありません。ずっと、ずっとこの光の差さない部屋か研究室で日々を過ごしてきました。だからなのかは分かりませんが、あなたの言う信念がどういったものなのか、分からないし、。持っていない。』

だから、だから、だから。

『教えて下さい。…信念て、何ですか?』
『―――――――ふんむ』

その言葉に、その存在が上を向いた。そして再び、此方を向き直り、自分でもこんなんで合ってるのか分からんが、という前置きと共に言葉を紡いだ。

『まぁ、信念てのは…分かり易く言えば曲げちゃならん思い、さなぁ』
『…曲げてはいけない思い?』

そ、とヘルメットの存在は軽く言葉を返した。
…分からない。
やはりその言葉の意味は、分からない。曲げてはいけない思い、というのは何なのか、分からない。
そう戸惑っていた『彼』に、ヘルメットの奥で苦笑を洩らしたその存在はポスン、と『彼』の頭の上に手を乗せた。
グリグリと撫で回せば髪の毛が乱れ、咄嗟に『彼』はその手を振り払った。その行動に、再び苦笑を洩らすヘルメットの存在。

『カッカッカ、何、いずれお前さんにも分かる事だ。気長に待ってりゃあいいのさね』
『いずれって…今すぐ分かる事じゃないんですか』
『そりゃあそうだろうよ。信念てのは、本当に自分が『コレだけは絶対』って意思を持てる思いだ。ンなら、そうそう簡単に見つかるもんじゃあねぇのよな』
『…そう、ですか』
『だぁから、ンな気落ちしたような面ぁ晒すなや。ほれ、笑え笑え』

そう言いながら、ヘルメットの存在は『彼』の頬を引っ張った。そうして、無理矢理に笑顔を作り出し満足そうに頷いた。
だが当然、頬を掴まれている『彼』は痛いわけで。

『むぎっ!?ふぁふぃふふ…何するんだ!!』

その手を振り払い、怒鳴りつけた。その怒りを苦ともせず、ヘルメットの存在はその中から電子処理のされた音声で笑い声を上げた。

『クカカカカカ!!何、あんまりにも湿気た面晒しやがるんでちょいと笑わせてやっただけさね!!』
『無理矢理笑わせたんだろ?!』
『おうよ!…ま、本当なら、普通の笑顔を見せて欲しいんだが』

今のお前さんじゃ、そうも行かんだろ?とその存在は言った。
…まぁ、確かに。
今の自分が笑えるとは思えない、と『彼』は思った。そう思い少し悩む彼に、その存在は再び頭に手を乗せ、クシャクシャとその赤い髪の毛を撫で回した。

『だからそう思い悩むな。ゆっくりで良い、ゆっくりで良いから、お前さんは進んでいけ。そうすりゃ勝手に笑顔も信念も付いてくる。それにお前さん顔が良いから外に出ればすぐ彼女とかその手のお姉様に声掛けられるぞ?』
『なっ!?』
『カッカッカ!!そう顔を赤くするなってのよな!!事実ではあるが、そうそう人生上手く行くように作られちゃおらんのよ!!人生山有り谷有り!!人生楽ありゃ苦もあるってなぁ!!』

其処でヘルメットの存在は一度言葉を区切り、しかしすぐに「だから」と言葉を続けた。クシャクシャと乱雑に動かしていた手で、ポンポンと数度『彼』の頭を軽く叩いた。

『…外に出て、色んなもん見て来い。今まで苦難の連続だったんだろ?なら、きっとこれからは良い事づくしだ。美味いもん喰って、カッコいい服着て、誰かを好きになって、そんで幸せな家庭でも築け。お前さんには、その資格がある』

優しげな声。それは、まるで『彼』が『家族だった時間』に聞いたとある男の、つまり、『父親』にも似た声。
無論、声そのものが似ているわけではない。けれども誰かを慈しむような、励ますようなその声の質は、確かに『父親』のようで。
そう思い、上を見上げればそのヘルメットの存在は出入り口を見て、

『さ、外に出るぞ。とっととこんなかび臭そうなトコから『これは一体…あ!あなたは!!』ゲッ!?』

しかし、現れた金髪の女性を見て面倒そうな声を上げた。そして直後に、ギギギと小さな異音を洩らしつつ、シュタッと片手を上げた。

『ハッハッハ!!私の名前はミスター・ゲシュペンスト!!ミッドチルダの平和を護る愛と正義と隠密の亡霊、ミスター・ゲシュペンスト!!』
『そんな事は聞いてません!!あなたは何者なんですか!?』
『ミスター・ゲシュペンスト!!』
『名前じゃ無くて!!』
『では正義の味方と答えよう!!』

先ほどとは微妙に音質の違う声が、爽やかな声でその女性と喋り始めた。
何やら「ああああああ!ちょ、電子音声が、電子音声が勝手にぃぃぃ!!」とか『相棒、電子ロックが掛かった。外せない』とかの叫びやドアの外で聞いた女性の声を聞いたが、あまりの事態に気を取られていた『彼』や金髪の女性には聞こえていなかったようで。
途端に背中のブースターを光らせ始めたその存在―――ミスター・ゲシュペンスト―――が明後日の方を向いた。
そして、

『さらばだ諸君!!また会おう!!私は何時でも君たちの味方だぞっ!!』
『味方なら待ってください!!それから身分の証明を…!!』
『ハッハッハッハッハ!!正義の味方が身分をばらせば、それはまた死んだも同じ!!正義の味方とは常に孤独なのだよ!!…だが、少年!!』
『え!?ぼ、僕!?』

そう、君だぁ!!と若干テンション高めに叫ぶミスター・ゲシュペンストは大仰なポーズで身体を動かしながら叫ぶ。

『君がもし陸士となり、十五歳になった暁には!!私の後を継ぐ者として、このヒーロージャケットを受け渡そう。…いや、そんなけち臭い事は言わないッ!!君専用の、君だけのヒーロージャケットを、授けよう!!その時まで、コレを身に着けている事だッ!!』
『わ!?』

そうミスター・ゲシュペンストが力説すると同時に、何かを投げ付けられた『彼』。反射的にそれを受け取り見てみれば、まるで腕時計のような形状をした機械。恐らくはデバイスか何かだろうが、コレを身に着けていれば良いのだろうか、と首を傾げる。

『それは君のバイタルデータを計測し、君の安全を常に表示してくれる!!私の後を継ぐまで、風邪や大怪我をせずに居てくれたまえ!!では改めて―――さらばだ!!』

ビシッとサムズアップと共に、再び明後日の方向を見るミスター・ゲシュペンスト。その行動にハッとしたような表情で金髪の女性が駆けつけようとするが、既に時遅し。
ゴォォウと輝きが最高潮に達し、粒子のように鉛色の輝きを周囲に撒き散らし始める。そして、その脚で地面を蹴りつけると同時に、

『とぉぉぉぉう!!』

加速した。
背後のブースターから排出された魔力によって大気が操作されたのか、爆発的な空気のうねりと共にその身体が壁を叩き壊しながら外へと飛び出していくのを、『彼』と金髪の女性はただポカンと見ているしか無かった。



                      ●



「ん…」

日差しが射すのを感じて、『彼』は、赤い髪の少年、エリオ・モンディアルは目を覚ました。随分と、懐かしい夢を見たものだと思う。
あの日以来、常に肌身離さず着用・所持している腕時計型のデバイスを見る。今朝の状態が、細やかな数値として無数に表示される。
…よし、今日も元気だ。
あの日以来、彼は金髪の女性執務官――フェイト・T・ハラオウン――に保護されている。法的後見人は彼女の母親だが、保護者は彼女だ。口下手だった自分に対し、積極的に話しかけてくれた件の保護者には感謝してもし切れない、とエリオは常々思う。
そして、毎朝の日課へと行動を映す。
無理を言って作って貰った、地球と言う世界の『カミダナ』と呼ばれる小さな台。其処に乗せられているのは、彼の憧れであり目標の一つ。

「…お早う御座います、師匠」

龍のようなヘルメットに、緑色に輝くバイザー、黒いレザーと白の目立つ鎧、そして全身を流れる鉛色のライン。首元に巻いた赤いマフラーだけは風が吹こうとも揺れる事は無いが、しかし忠実にその姿を再現したフィギュアに手を合わせる。
彼の心の師匠、ミスター・ゲシュペンストのフィギュアだった。
ちなみにこのフィギュア、限定物だったりする。
エリオが初めて貰ったお小遣いで何を買おうか、と迷っていたところ怪しげな雰囲気の行商らしき人物(技術犯と書いたネームプレートが付近に置いてあったが)がフリーマーケットのように出していたそのフィギュアを見て、衝動買いしてしまったのだ。
その二日後から『超変身!亡霊陸士ミスター・ゲシュペンスト』というアニメが始まったのは、余談である。既に第一期が終わり、近々第二期だとか。
そんな事もあり、始まる前に製造されたフィギュアはこれ一つ。コアなファンの中では『幻の逸品』と呼ばれ時価数十万の値が付けられていたりする。しかしそんな事は知らないエリオは、常にコレを自分の中の『ヒーロー』に見立て拝んでいるのだ。

「…良し、今日も立派な陸士兼騎士兼ヒーロー目指して頑張ろう!!」

おー!!と数年前とは打って変わって元気の良い掛け声を上げながら、エリオは言った。目指すは立派な陸士兼騎士兼ヒーロー、辛く険しい道のりなれど、決して諦める事はしない。

何故なら、それが彼の『信念』だからだ。

彼の心の師匠であるミスター・ゲシュペンストは彼に『信念』は曲げてはいけない思いだと言った。
ならばきっと、立派な陸士兼騎士兼ヒーローになりたいという己の思いは『信念』なのだろう、と彼は判断したのだ。
故に曲がる事は無く、常に彼は前を向いて進む。そして腕時計のデバイスが、本日のスケジュール及び現在時刻を表示した。

「…今日は、僕と同じフェイトさんに保護された子が来るんだっけ…」

そのスケジュールを見て、エリオは一人呟いた。面識は無い、ただ名前だけは知っている。
キャロ・ル・ルシエ。
自分と同じくフェイトの助けとなる事を望み、自然保護隊から志願して転属したとの話を聞いた。自分と同じ年齢の少女であるらしいが、果たして仲良くできるだろうか。

「…いや、弱気になってちゃ駄目だ」

寧ろ自分がリードするぐらいで行かなければ、とエリオはムンと気合を入れた。そうだ、自分がその子を引っ張っていくぐらい強気でなければヒーローになんかなれない。
単純な強さだけではなく、心まで強くなければヒーロー足り得ないのだ。そして騎士もまた、それと同じである。
ならば誰かを気遣う優しさを持ち合わせねば、と彼はより一層決心を固めた。
が、
…とりあえずご飯食べよう。
ぎゅぐるぅぅぅぅ…と大きな音を立てた腹に手を添えつつ、ドアを開けた。
この暫く後、彼は知らず心の師匠と二度目の邂逅を果たすわけだが、それはまた次回の話。




~あとがき~
わははははははは、時系列とかおかしくなってるかも知らんけど気にせんで下さい。というかエリオ君の初期の人間不信振りがあんまり上手く書けない…修正が必要か…?
ともあれそんなこんなで第八話。何でがはやてあんな風になったのか分からんです。
これもジョン・スミスって奴の仕業なんだよ!!



~おまけ~

世紀末陸士の日常 ~主に北痘神げんこつ編~

・ヅャギ様の優しさ

「逃げられんぞぉ~!!」
「う、うわぁぁぁぁぁ!?」
「北痘羅漢撃!!」
「ぎゃああああああ!?」

逃げ惑う違法魔導師の背後から、安心の羅漢が突き刺さる。超高速で繰り出される連続の貫手は、北痘神げんこつ伝承者の中でも最弱と呼ばれるヅャギ・ホフトの最終奥義である。
普通にやれば強いのだが、あの義兄弟達に囲まれたのが、彼の運の尽きだろう。
背後からボコボコにされ、戦闘不能となった違法魔導師を引きずりながら廃棄都市を闊歩するヅャギであったが、途中であるものを見つけた。

「うぅ…お腹空いたよぉ…」
「我慢しろ…今日はゴミ箱にも何も無かったんだから、仕方ないだろ」
「…」

廃棄都市に住む、捨て子たちだった。どうやら兄弟であるらしく、お腹を空かせた弟らしき少年に、兄らしい少年が少し困ったように言った。
そうして彼らを見ていたヅャギを、彼らが逆に見返してきた。その凶悪なマスクと格好に、二人は一度ビクリと身を震わせた。そしてその彼らに、ヅャギが吼えた。

「何だぁ!?その目はぁ!!」
「ヒッ!?ご、ゴメンなさい!!」
「ッ!!」

ヅャギの怒声に身を縮こまらせる弟を庇うように、兄がその手を広げてヅャギを睨み付けた。怖いのに、勝てるはず無いと分かっているのに、それでも彼は弟を庇った。
そしてヅャギは懐に手を突っ込み、チラリとショットガン型のデバイスを見せ付ける。しかし、ギュッと両の目を瞑ったものの、兄は弟の前からどかなかった。

「…その耳が弟に似ている…」
「え…わわっ?!」
「うわぁ!お金だ!!」

懐に突っ込んだほうとは逆、違法魔導師を地面に落としフリーとなっていたほうの手でポケットから財布を取り出し、ヅャギはその兄弟へと投げ付けた。反射的に受け取った兄がその財布を開くと、少しではあるが金銭が入っていた。その事実に、弟が声を上げる。
ヅャギがいつも持ち歩いている、軽い買い物用の財布だった。

「あの、コレ…」
「俺は第53陸士部隊所属、ヅャギ様だぁ!!」
「「え?」」

兄の言葉を掻き消す様にヅャギは叫び声を上げ、違法魔導師を再び引きずりつつ廃棄都市を出て行った。余談ではあるが、この時助けた二人の捨て子がヅャギに憧れて陸士部隊に入り、『最強』と名を馳せるのは、まだ先の話。



・ケンツローとツン、『ユリア』を奪い合う

「ケンツロー、『ユリア』は俺が貰うぞ!!」

己の使い魔(女性型)にバリアジャケットを構成させた長い金髪の陸士――ツン――は、ケンツローにそう宣言した。対するケンツローも、真剣な表情でそれに答える。

「俺に挑もうと言う人間には、全てこの拳で答えるのみ」

お互いに真剣な表情で間合いを計り、じりじりと近づいていく。そうしてその距離が、互いの拳の届く距離となる。
そして、決戦の火蓋は切って落とされた。
互いに高速で自身の懐へと手を突っ込み長方形の機械を取り出し、開く。ピコン、という機動音と共にその画面に明かりが灯り即座にAボタンを押し込む事でセットされていたカートリッジが起動、ゲームがロードされる。
二人して屯所の床に座り込み、始まったゲーム内のキャラを動かし通信対戦の準備を行う。体力を回復させる建物の二階へと上がり対戦ルームに入る。途中、萌えボイスで応援してくる施設のナースに胸をときめかせながら対戦が始まった。

「………」
「………」

ピコピコピコ。
カチカチカチ。
ジジジジジジ。
ビシューンビシューン。
ガガガガガガガガガガ。
ティウンティウンティウン。

「ユリアァァァァァァァァ!!」
「俺の北痘神げんこつは無敵だ」

行き成りツンが血反吐を吐いてぶっ倒れ、ケンツローがキリリとした表情を見せた。
彼らが手にし、プレイしているのは最近技術犯が開発して発売した『ラブプラス+バトルB(ブラック)/W(ホワイト)』である。ちなみにケンツローはB、ツンはWバージョンを購入した。
このゲーム、捕まえたモンスター(女性型)をヒロインとして攻略できるのだが、バージョンどころかゲームのカートリッジそれぞれで出現するモンスターが全く違うので、お眼鏡に叶うモンスターが出るかどうか完全に運なのである。
そしてケンツローのカートリッジで出現したモンスター『ユリア』を気に入り、ツンは日々奪おうとしているのだがケンツローもまたそれを死守している。
尚、このゲームで戦うのはモンスターでは無くトレーナーたる主人公である。ヒロインを戦わせるなど、彼らには出来なかったらしい。
彼らはこの後、サボリが見つかりヲオウによるスーパーGO☆SHO☆HAにより蹴散らされたとか何とか。


・どんな『トギ』も

ジョインジョイントギィ デデデデザタイムオブレトビューション バトーワンデッサイダデステニー
ナギッペシペシナギッペシペシハァーンナギッハァーンテンショーヒャクレツナギッカクゴォ
ゲキリュウデハカテヌナギッナギッゲキリュウニゲキリュウニミヲマカセドウカナギッカクゴーハァーンテンショウヒャクレツケンナギッハアアアア
キィーンホクトウウジョウダンジンケン
K.O. イノチハナゲステルモノ バトートゥーデッサイダデステニー
セッカッコーハアアアアキィーン テーレッテーホクトウウジョーハガンケンハァーンFATAL K.O.セメテイタミヲシラズニヤスラカニシヌガヨイ
ウィーントギィ (パーフェクト)

基本的な犯罪者退治の流れである。


~おまけのあとがき~
さーて次はどのネタ行こうかなー。



[21147] 【習作】やっちまった感じしかしねぇうろ覚えの記憶に頼ったSS【後半微妙】
Name: do◆579b2688 ID:00a27d88
Date: 2010/10/08 16:20
~注意~
・文章ゴミ。
・オリ主。
・原作崩壊。キャラ崩壊。
以上の事が許容できる方のみ、スクロールしてください。

















































とある少年が、決意を固めているその二日前の夜。
ジョン・スミス四等陸士が寝床とする小さな寮の個室では、ささやかな宴会が開かれていた。宴会、と言っても、

「だぁから何でお前なんだよぉぉぉ…俺でも良いじゃねぇかよぉぉぉ…」
「ハイハイ、分かった分かった」
「ティアナァァァァァァァ…何故だぁぁぁぁぁ…ナズェナンデャァァァァァ…」

―――ティーダ・ランスター一等空尉による、一方的な愚痴大会に近いのだが。
…どうしてこうなった。
スミスはそう思うが、答えは分かりきっている事だ。自家製のタレをつけた焼き鳥をモグモグと咀嚼しつつ、スミスは事の起こりを思い出す。
昼頃に機動六課隊舎への挨拶を済ませたスミスであったが、その日は特にやる事があったわけでは無い。なので大人しく六課隊舎から退場し、寮の自室で久々の昼寝に勤しむ事とした。念のため、アギト用の布団やら枕やらをちょちょいと製作したりもしたがそれは蛇足である。
そんなわけで暖かな日差しの差し込む中、昼寝を開始したのだが、

『―――――ジョォォォォォォォン!!』
『――――――――』
『うおぉぉぉぉぉぉ!?おまっ、無言のままに切り裂こうとすんじゃねぇ!!』

突然の咆哮と共に蹴破られたドア。長年の習慣から声のする方向へと反射的にネームレスのナイフ部分を構成して振るうも、避けられた。
其処で初めて文句を言う侵入者の顔を見れば、

『―――あんだよ、ティーダじゃねぇのよさ』

最近、執務官試験に合格して有頂天状態に入っていたティーダ・ランスターだった。
随分と急いで来たのだろう、顔は汗だく、肩で息をしていた。そんなティーダを訝しげに見ていたスミスであったが、ティーダが凄まじい形相でスミスの肩を掴んだ。
それはもう「ホントにガンナーかコイツ」と思うほどの握力で、顔は血涙でも流しそうなほどに深刻な表情であった。
そのままティーダはガクガクとスミスの身体を前後に揺すりつつ、吼えた。

『あんだよじゃねぇぜジョォォォォォン!!ティアナが!!ティアナがぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『ちょちょちょちょちょっと待てティーダダダダダ!!ゆすっ!!揺するるるる――ああもうウゼェなオンドリャア!!』
『がふっ!!』

高速で揺する為に上手く喋れず、言葉がぶれた。しかし一向に揺するのを止めなかったので、仕方なくスミスはその腹に鉄拳をぶち込んだ。

あくまで仕方なくである。決して私怨は含まれていない。

毎度毎度妹の話で人の睡眠時間削ってくれてんじゃねぇよ、とかそんな感情は一切無い。あくまで話を聞かないティーダを鎮圧させる為に殴っただけである。決して仕事が終わって風呂に入り、少しだけ酒を飲んで気持ちよく眠れそうな時にウィンドウ付きの通信入れて二時間近く妹自慢されたとかそんな私怨は無い。無いったらない。
そんなわけで内臓に響く一撃を貰いぐったりするティーダを簀巻きにしつつ、騒音で起床したせいでかご機嫌斜めなアギトのストレス解消として額に肉と書いてやったり、技術犯謹製の精神攻撃アイテム『アフロ行きます~燃え上がれ頭髪変~』を頭に被せたりしていると、

『…ん…んんん…?』

ティーダが目を覚ました。取り合えず右に左に転がして一通り遊んだ後、さてどんな要件で来たのかと問い掛けてみれば、

『ティアナが引き抜かれたぁぁぁぁぁ…』
『いや引き抜かれたって…別に配属先が同じだったわけじゃなかろう?確かお前さんの妹さんも、スバルと同じ陸士386部隊所属だったと思うんだが…』
『執務官権限使って俺と同じ首都航空隊に入隊させようと思ってたのに…!!』
『くだらねぇ事に権限使おうとしてんじゃねぇよ阿呆』

歯を剥き出しに悔しそうな表情をするティーダ(アフロ)の頭をスパーンと引っ叩こうとしたのだが、跳ね返された。グニンと丸っこい毛の束がたわみ、そして打撃を跳ね返したのだ。
…恐るべしアフロパワー…!!
アフロには夢とか希望とか破壊力とかバズーカ砲が詰まっていると言うが真実だったのか、と戦慄するスミスであったが、疑問に思う事が一つ。

『…つか、執務官にそんな権限あるのか?』
『さぁ?』

分かんねぇのにやろうとしてたのかこの馬鹿、と簀巻きの状態で器用に肩を竦めるティーダの顔面へとストレートを捻じ込んだ。額に直撃したためか、ゴロンゴロンと痛みにのたうち回るティーダ。それを無視してスミスは話を続けた。

『―――で?そんぐらいの事なら普通に通信で言えば良かろうに』
『うごをををををををを…いや…実はお前に折り入って頼みたいことがあってな…っと』

そう言いながら脱皮でもするように簀巻き状態を脱するティーダに、やっぱ侮れんなこのシスコン、と改めてスミスは思った。
かなりきつく縛ったはずなのだが。
脚を抜き取り、自由を得たティーダが胡坐を掻きつつ真剣な表情で、

『―――――ヴァイスぶっ殺した後、お前も自殺しろ』
『オーケー、その頭蓋かち割ってやろう』
『分かった話し合おうだから右手に集中して身体強化掛けるのやめて下さい。俺、接近戦そこまで得意じゃ無いんだよ』

一先ずぶん殴ろうと立ち上がり拳を固めるスミスを、ティーダが割と焦ったような顔で制止した。
チッ、と小さな舌打ち。魔力の集約によってギシギシと音を立て始めていた右手の拳を解き、構成した魔法を消失させる。
再び部屋のフローリングに座り込み、ティーダと向き合う。するとティーダは無言のままにウィンドウを展開する。

『取り合えず、コレを見ろ』
『ん?…ふむ…こいつぁ―――六課のメンバー表か?』

見せられた表には、管理局でその名を知らぬ者はいないだろう著名人の名前が並んでいる。
未だ下に続く欄があるようだが、此方に操作の権利が渡されているわけでは無いので動かせない。故にティーダへと視線を向けながら問いかければ、頷いた。

『ああ、六時ぐらいに更新された情報なんだが…問題はそこじゃねぇ』

ティーダがウィンドウに向けていた指を下に動かす。その動きに表示領域が連動し、下の欄が現れる。其処に書かれているのはロングアーチの職員やヘリパイロットなどのサポート要員。自身の名前もその欄の『分類:遊撃』へと記載されている。

『まず此処にヴァイスの名が書かれている。そしてお前の名もだ。更にコレを動かすと…』
『…新人枠?』
『そう!!そこでコレだよ!!此処!!新人枠の上から二番目!!ティアナ・ランスター!!この素敵な名前の響き!!俺の妹そのもの!!』

『ティアナ・ランスター』の部分を拡大したティーダが叫ぶ。
良く良く見れば自身の妹分である『スバル・ナカジマ』の名前の他に知っている名前が二つあるのだがそれは置いておくとした。

『これよ!!何でティアナがお前らと同じ部隊に居るの!?仮に最初からティアナがこの部隊に配属されていたとしても、俺が居るべきだろ普通!?兄と妹はワンセットが世界のスタンダード!?管理局は何時からこんな変化球投げてくるようになった!?』
『少なくとも四年ぐらい前からは地上部隊がボークどころか大暴投でデッドボールぶちかます感じにはなってたわな』

何故だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!と叫ぶティーダを無視し、

『しかし、確定じゃあ無かろうよ。決まっている枠もあるみてぇだがよ…入らないかも知らんぞ?』

よく見てみれば新人枠の内の二つ、ティアナ・ランスターとスバル・ナカジマの欄には『候補』と注意書きが載せられており、暗に未だ確定では無いという事を示している。
がしかし。

『バッカお前、ティアナが入らないわけねぇだろ。俺が手取り足取り腰…を取ろうとしたら愛の肘撃ちをかまされたな、そう言えば』
『其処で愛と思えるお前さんの脳内回路が凄ぇよ』
『ティアナの行動全てが俺にとっての愛なんだよ。…ともかく超優秀なティアナが入れないはずが無い。きっと明日の魔導師試験で華麗にBランクへと昇格したティアナは引き抜かれる。故にそれは決定事項なんだよ―――チクショウ!どうしてこうなった!』

結局、ティーダは希望を持ちたいのかどうなのか。分からないが、取り合えずスミスは冷蔵庫から適当にビールを取り出し、フローリング中央のテーブル上に置いた。

『――――とりあえず飲んで忘れとけ』

意訳すると、『酒に溺れてとっとと再起不能になれ』という意味である。ようは、酒に丸投げであった。そんな遣り取りを経て、冒頭に到る。
計画通り、或いは計画異常に酔いつぶれたティーダは、延々と愚痴を零し続ける。若干吐きそうなので、さっさと外に放り出したい、とスミスは思った。

「うぼぉぉぉぉぉ…ナズェナンディスカ…」
「分かった、分かったっての…とりあえずもう帰れ。俺ぁ明日、ちょいと用事があんだからよ」
「てぃぃぃぃあぁぁぁぁなぁぁぁぁぁぁ…」

涙やら鼻水やらを垂れ流すティーダの襟首を引っ掴み、部屋の外へと放り出した。ドアを閉め、懐から薬用煙草を取り出し吸う。
…ふんむ。
ティーダとの遣り取りで若干疲労した精神を鼓舞しつつ、眼前にウィンドウを開く。『八神・はやて』の名義で送られてきたそのメールには、短く一つの文章。

『―――明日午前八時頃、新人の魔導師試験を行いますので視察に来られたし  八神・はやて』
「――――――俺が行く意味、あんのかね?」

俺ぁ魔導師としちゃ三流もいいトコだぞ、と誰に言うでも無くスミスは言葉を零した。




        第九話   『本日は地味な主人公』




「―――スミスさん、もう少ししたら来るって」
「そ、そっか…」

フェイト・T・ハラオウンは緊張していた。
彼女の親友の一人、八神・はやてが『ジョン・スミス四等陸士を新人の魔導師試験に連れてくる』と聞いたときは驚いた。彼女は『戦闘経験だけは豊富だから』という理由でふと呼んでみたという話だが、フェイトにとってそれは緊張に値するものだった。
…一体、どんな人なんだろう…。

ジョン・スミス。彼女の義兄の友人。

義兄曰く『可も無く不可も無く、人柄は悪くない』。そんな平凡な評価だったのだが、義兄が彼の部屋に出向き帰ってくる時は、必ずと言っていいほどボロボロだった。その度に何があったのかと聞いたのだが、

『話し合いがヒートアップしただけさ、心配要らないよ』

と清清しい笑顔で返されるばかり。結局、それ以上深くには話を突き入れられずいつもそこで話は終了、真相は闇の中。
―――彼女は与り知らぬ事だが、実際にはシスコン談義が過熱して殴り合いに発展しただけである。
最終的に鎮圧するのはスミスなのだが、基本的にシスコン三人が殴り合い各々に傷を付けているだけで、スミスが関わっている事は少ない。
けれど、世の中には知らぬ方が良い事とてある。流石に彼女も、

『君のお兄さんシスコンは(四年前からはファミコン)で、同じシスコンと殴り合ってるんだ』

そんな事実を突きつけられたら、頭を抱えるしか無くなるだろう。
彼女も多数の苦難を乗り越え今を生きる戦士であるが、『尊敬していた兄が変態だった』と言われたら心が折れかねない。ある意味でどんな魔法、兵器よりも簡単にフェイト・T・ハラオウンを倒すことが出来る必殺の言葉である。
しかし真相を知らぬ彼女にとって、或いはジョン・スミスと言う人物は『乱暴者』では無いか、というイメージがある。だからこそ、場合によってはその人物に物申さなければならない。
が、兄が気にしていない事柄に自分が首を突っ込んでよいものか、という思いもある。だからなのか、少し身体が堅くなっていた。
そんな姿を見かねたのか、自分の顔を親友が覗き込んできた。

「…どしたん?何やガチガチやけど」
「え!?う、ううん!!何でもない!!」
「なら良いんやけど…」

自分の事を心配そうに見つめるはやてに対し、慌てて言葉を返す。少し腑に落ちないような表情をしながらもはやてが視線を外した。
…そう言えば、はやてはもう会った事あるんだよね。
昨日、隊舎の執務室を訪れたと言っていたはずだ。
…なら。

「…はやて」
「んー?何?」
「スミスさんって、どんな人?」

問い掛けてみた。一度の会合程度では分からないとは思うが、顔を会わせた事も無い自分よりは、まだ件の人物の事を知っているだろう、との判断からだ。
その問い掛けにはやてはうーんと唸り、

「どんな人って聞かれてもなぁ――――――――――妙な人、としか答えられへんなぁ…」

親友からの評価は、結構酷いものだった。

「…みょ、妙な人かぁ…」
「あー、でも悪い人じゃないんよ?ただ雰囲気が独特というか…改めて聞かれると、言語化しにくい人やなぁ…スミスさん…」

あははははー、と苦笑いを零すはやて。やっぱり直に見ないとどうしようもないか、と肩を落とすフェイトの背後、ヘリの中から一人の青年が顔を出した。
その青年が、先ほどの会話を聞いたのだろう。問い掛けてきた。

「旦那が、どうかしたんスか?」

ヴァイス・グランセニック。狙撃手であり、同時に六課ではヘリパイロットを務める青年である。その彼が発した『旦那』という言葉に、フェイトは首を傾げた。

「旦那?」

フェイトの問いにヴァイスはあー、と声を洩らし、

「ジョン・スミス四等陸士の事ですよ。俺は普段、『旦那』って呼んでるんで、つい」
「何やヴァイス君、知り合いなん?」

はやての問い掛けに、ヴァイスは大きく頷いた。

「まぁ、かれこれ八年ぐらいの付き合いッスねぇ」
「へー…意外と長いんやね」
「戦闘機人事件の直後ッスからね、付き合いが始まったの」

ヴァイスが過去を懐かしむように言った言葉に、しかしフェイトとはやては少し顔を暗くした。戦闘機人事件、それが起こったのは今より大よそ八年ほど前の事だが、
…丁度、その時は…。
彼女らの親友が、空から堕ちた時期だった。長年の無茶が祟り、任務中に撃墜され瀕死の重傷を負った親友は、或いは空を飛ぶどころか歩く事すら困難では無いかと言われるほどだった。今でこそ、過酷なリハビリを経て空を自由に飛んでいるが、
…無茶する癖が、直ってないんだよね…。
それなのに自分や周囲が無茶をすると激しく叱り付けてくるのだから、性質が悪いと言うか。こっちも心配してるんだけどなぁ、と親友を思う。

「…あー、すんません。ちょっと無神経でしたか」

どうやら顔色を見て、何を思っているのかを悟ったらしいヴァイスが頭を下げた。その謝罪に、二人は慌てて弁解を述べる。

「い、いやそんな頭下げんといて!」
「こっちが勝手に暗くなっただけだから!!」

わたわたと慌てるような二人に、

「…そう言ってくれると、こっちとしても気が楽ですけ――――おお!?」

そう言いながらヴァイスが顔を上げると共に、驚愕の声をあげ、目を見開いた。その視線の行く先は、当然自分たちの背後なわけで。
何だろうと思い、振り向いてみれば。

「――――――どうも」
「え…え?」
「いや、え?って言われても」

ぽりぽりと米神の辺りを指で引っ掻く、眼前の男性。
振り向いた先、それこそ額と額が当たりそうな程に近い距離に男性の顔。額にはバンダナを巻き、眼にはサングラス、口元には黒い円筒状の物体――恐らく、薬用煙草などの一種だろう――を咥えている。
サングラスで隠れている右目には、大きな傷跡が見える。
冷静に状況を認識していったフェイトだったが、しかし段々と顔が熱くなっていくのが分かり、

「―――――ッ!!?」
「雷パンチッ!?」

咄嗟に、電気を纏った拳で男性を殴りつけた。バチィ!!と電気が炸裂する音と共に男性の身体が宙に浮き、頭から地面に落ちた。
拳を放った状態のまま荒くなった呼吸を整えていれば、

「おー、良いストレート貰ったなぁ、旦那」
「見事なまでの車田落ち…でもあれ、危ないんちゃう?」
「大丈夫なんじゃ無いスか?旦那、打たれ強いですし」
「ふーん」

背後と真横から、無責任な会話が聞こえた。完全に他人事である。
少々二人に怒りを覚えた時点で、ハッと正気が戻ってきた。
…な、殴っちゃったー!?
恥ずかしさはあったが、暴力を振るうほどでは無い。普段はこんな事にならない筈だ。
では何故、あんな事をしてしまったのか。
少し思考を巡らせて見れば、即座に答えへと思い至った。先ほどの感情に、羞恥があったのは確かだが、それと同じぐらいに、
…無意識に、警戒してた…。
誰に気づかれるでもなく自分の背後へと立っていた男性に対して、無意識のうちに警戒心を抱いていた。自惚れかも知れないが、これでも幾つもの修羅場を潜り抜けてきた一人前の魔導師。気が抜けていたといっても、誰かが背後に立っていれば気が付くはず。
しかし男性は立っていた。ヴァイスが声を上げるまで、全く気付かなかった。
改めて周囲を確認しても、魔力の残滓すら残っていない。つまり、魔法を使ったわけでは無く、純粋に身体一つで近づいてきていたという事だ。
心の中で軽く賞賛の声を上げるも束の間、

「―――――やい!何してくれてんだお前!スミスは良いけどあたしまで吹っ飛んだじゃねーか!」

ビクンビクンと痙攣を起こしながら倒れている男性の服から、小さな少女が飛び出して、吼えた。
…ユニゾンデバイス?
その姿に、今は付近に居ないはやての『家族』を重ねる。これほど勝気では無いが、大よそ彼女と同じぐらいの身長だ。
そんな彼女に、直下の男性が少し身体を動かして、

「おーい…アギトよぅ…俺も心配しろよお前さん」
『――ふむ、バイタルチェックは異常なしだぞ、相棒。先ほども、落下の際に受身を取っていただろう。心配は無用だと判断するが』
「そーそー!お前に心配なんて要らないだろ!」
「あっるぇー?俺、実は蔑ろにされてんじゃねコレ」

よっこいせ、と男性が身体に付いた砂などを払いながら立ち上がった。先ほどまでの痙攣は何処へやら、ゴキゴキと首を左右に倒し関節を鳴らす姿は、到底怪我とは無縁に見える。
しかし、念のため聞いてみた。

「あ、あの…大丈夫ですか?」
「あん?大丈夫っちゃあ大丈夫だが、痛覚神経が麻痺してるわけじゃ無いんで痛みはあるわな」
「すすすすすすいませんでしたぁ!!」

特に顔色を変えているわけでも無かったが、謝った。対する男性はその謝罪に対しても特に顔色を変えるわけでは無く、

「気にしなさんな。後ろに突然人が立ってたら誰だって殴…らねぇなオイ。せいぜいが飛び退るぐらいじゃねぇのかね?」

男性の言葉に、頭を抱えてしゃがみ込んだ。旦那、フォローか追い討ちかどっちかにしましょうや、とヴァイスの声が聞こえる。全力で同意したい。
嗚呼やっぱり私不味い事やっちゃったよね絶対やっちゃったよね、と思い始めていると、肩に手を置いた者が居る。
振り向けば親友であるはやてが居り、

「フェイトちゃん、大丈夫や。そんな落ち込まんと、ほら」
「はやて…」

彼女はフェイトに向けて慈母の如き笑みを浮かべ、まぁ、と前置きしつつ、

「――――殴ったの、『陸』から来た査察官やけどな」

――――――死神の如き宣告を行った。
顔が青ざめ、先ほど『旦那』と呼ばれていた男性の事を思い出す。ヴァイスに『旦那』と呼ばれた、と言う事はつまり、
…ジョン・スミス四等陸士…。
今までは『兄の友人』という部分にしか眼が行っていなかったが、しかし彼にはまだ別の肩書きがある。彼は援軍であり、同時に査察官。六課が問題行動を起こした場合、地上本部などに通達する役割を持つ、味方であると同時に、敵。

「わー!!ごめんなさいすいませんもしかして私執務官失格ー!?」

思考が暴走を始め、フェイトはわけもわからず叫び始めた。流石にゴロゴロと転がるような事は無いが、それでも周囲から見れば奇妙な光景だった。
頭を抱えしゃがみ込み、かと思えばハッとしたように立ち上がり、しかし考え込み、再びしゃがんで頭を抱える。

「…海も大概個性的なキャラが居るのな。…寧ろ、クロノ坊の妹だからナチュラルな流れなのか?」
「いや、普段はもっと普通なんよ?」
「じゃあ普通のところ見せてあげましょうよ。何故にあんな死刑判決のような事を」

いやー、面白そうな反応見れそうやったから、とはやてが舌を出しつつウィンクするが、そんな言葉はフェイトの耳には入ってこない。今彼女が最優先としているのは、どうやって査察官に弁明するべきかという一点のみ。
故に彼女は真剣に、そして高速で思考を展開し始める。まずは自分が決して故意に殴ったわけでは無いと証明しなければ無い。
…考えなさい、フェイト・T・ハラオウン!大丈夫、私ならやれる…!!
決意する。そして、どうすれば良いかを考える為、まずは思いつく限りの案件を思考の中に並べ始めた。
…さぁ、此処からが本番…!!



                      ●



「えーっとやっぱり普通に謝って言うべき…でもそれじゃあ真剣みが伝わらない…でもどうすれば…何とかして忘れて貰わないと…いっそのこと頭に電気を流して記憶を…」
「おい、しゃがみ込んだお嬢さんが心情をドバドバと外界に吐き出してくれてるんだけどこれが普通と言うやつか?」
「ちょっと天然なだけやから!こんな子じゃないんよ!?普段は!」
「八神課長、想定外の反応でちょっと焦ってません?」
「スケジュール通りに行くとほくそえむけど、そっから外れると大いに焦る…何処の厨二病シスコン王子だよ、お前さん」
「私は厨二病ちゃうよ!?」
「否定するトコ其処ッスか、八神課長」



                      ●



「そぉい!」
「ひぎゅっ!?」

あまりにも復帰が遅いフェイトに痺れを切らし、男性が問答無用でその額へと手刀を振り下ろした。
ベシィ、と鈍い音が響いた一分後。

「とりあえず、落ち着いたかね」
「はいぃぃ…」

漫画的に表現するのならば、「しゅー」と煙を立てていそうなほど赤く染まった額を抑え、フェイトはしゃがみ込んでいた。その前では地べたに座り込む男性、ジョン・スミス四等陸士が呆れたような表情を浮かべている。
その様に益々先ほどの痴態が恥ずかしくなり、顔を俯かせた。そんな羞恥心を覚えているフェイトの背後では、

「キレーに手刀入ってたなぁ」
「そうッスね。何回かやられた事あるけどアレ、かなり痛いッスよ」
「…一体、何したん?」
「フッ…漢達の挽歌、とだけ言っておきますよ…」
「カッコつけてるトコ悪いけど、私、絶対ろくなことじゃないと思うんよ」

相変わらず、はやてとヴァイスが他人事オーラ全開で会話を交わしていた。
背後の二人をキッと睨みつければ、揃って此方から目を逸らし、口笛を吹き始めた。それでも睨みつけるのを止めないでいると、

「さーて俺はヘリの最終調整しなきゃなー墜落しちゃ困るからなー」
「頼むでーヴァイス君ー私も中の機械がしっかり作動するか確認せななー新人の様子見れないと困るからなー」
「そーですねーそっちも頑張ってくださいねー」
「分かっとるよー」

白々しく、二人がヘリの中へと乗り込んだ。
…むぅ。
その態度に思わず顔をむくれさせそうになるが、その挙動を見たのだろう、視界の外から苦笑の声が聞こえた。慌てて視線を戻し、フェイトはスミスと向き合った。

「――――」
「うん?」

改めて、小首を傾げる彼の姿を見る。
特に何をつけているわけでも無いらしい黒髪はオールバックで、けれど露出するべき額にはバンダナが巻かれている。右目には裂傷を負ったのだろう古傷が見えるものの、サングラスの奥にある瞳は確かに両方とも開いているようだ。
確か、右目は義眼だと聞いた気がする。
管理局の制服はやや着崩されているが、それを指摘する気にはなれない。この人物が制服をしっかりと着ている様を想像すると違和感だらけだからだろうか。
そんな風にジーッと観察を続けていると、

「あー…そう熱視線を向けられると恥ずかしいんだが、ね」
「へ?あ、す、すいません!」

苦笑を零しながらそう言う彼から飛び退り、頭を下げた。そこでようやく事の本題を思い出し、彼にも立ち上がるよう促す。
ゆっくりと立ち上がったスミスが服に付いた土埃を振り払い終わった頃を見計らい、フェイトは再び頭を下げた。

「…あの、本当にすみません…色々と…」
「さっきも言ったが、気にしなさんな。八神課長にも言ったがね、俺ぁ単なる援軍とほぼ変わらんよ。流石に横領だとかするようなら告発したりせにゃいかんが…ま、お前さんらはそんな事ぁせんだろうし、査察官って肩書きは、有って無いようなもんさね」

だからそう頭を下げてくれるな、こっちが申し訳なくなる。
そう困ったように笑いながら言うスミスに対して、フェイトは胸を撫で下ろした。
…良かった…。
流石に自分の失態で六課が潰れた、などと言う事態は勘弁願いたいと、フェイトは思った。
―――やはり彼女は知らないが、彼女の親友が既に似たような事をやらかしている。

「……」

安堵するその姿をどう受け取ったのか、一歩二歩と彼が近づき、此方の肩に手を置いてきた。不思議に思い視線を向ければ、優しげな視線を此方に向けている。優しげな、それこそ己の知らぬ『父』と言うのはこのような目をしているのだろうな、と想起させるほどの視線を向けるスミスに、しかしフェイトは冷や汗を掻いた。
…何でだろう、凄く嫌な予感がする。
それは先ほど親友が見せた、女神の笑顔からの死刑宣告と言う精神的ダメージが限界突破しそうな感じの凶悪コンボを味わったからだろうか。本能の奥底から鳴り響く警笛に緊張しつつ、眼前の彼が口を開くのを捉え、

「――――若気の至りは、誰にでもある。偶々Sッ気に目覚めちまっただけだろうよ」

…えええええええええええ!?
警笛は正しかった。もうこれから優しい笑顔を見ると裏に何か有りそうで怖いな、と思いつつフェイトは冷や汗を掻き、彼は言葉を続けた。

「だが大丈夫だ――――――分かってる、誰だって自分の嫌な部分は見たくないもんさね。けど、それから眼を背けちゃあなん無ぇよ。俺も手ぇ貸すから、前向いて進もうや」

やはり優しげな笑顔で語りかけてくる彼。その言葉は、心が鎖されたような人が聞けば涙を流しそうな言葉であるが。
…何か良い事言ってるようでやっぱり根本的な部分が間違ってる…!!
根本的な部分でこの人は理解の仕方を間違えている。
別に自分はSに目覚めたわけでも無いし、それから眼を背けているわけでもない。心配してくれるのは嬉しいといえば嬉しいが、有りえない心配事に気を掛けられるのは果たしてどうなのだろうか。
どう対応するべきなのかと迷っていたフェイトは、ふと、はやてが下した『ジョン・スミス』の評価を思い出す。

『悪い人では無いけど、妙な人』

親友の評価は、間違っていなかった。決して悪い人では無いのだが、微妙なところで認識のズレと言うべきか、不思議な部分がある。
ともかくその間違いを正すべきだろうと思い、

「えっと…ですから、そう言うのじゃ無くてですね?今のはその、六課が潰れてしまうかも知れないと言う心配でして…いえ、スミスさんが大丈夫そうで安心したと言うのもあるのですが…ううう」

しかし、上手く伝えられない。
どう弁明すべきだろうか。あらゆる弁明が曲解・変質し、奇妙な方向性で伝達されそうで恐ろしい、とフェイトは思う。ある意味、この人を交渉に出したら無敵なのでは無いだろうか――――いや、会話の終止符が見えず交渉決裂で終わりか。
半ば、自分の妙な評価の撤回を諦めかけていたところだったが、

「…スミス、たぶんお前の思ってる事とコイツの言ってる事、違う」
「―――え?」

思わぬところから、援軍が来た。彼の頭上、髪の毛の上に胡坐を掻いていた赤い髪のユニゾンデバイスが彼の間違いを指摘する。
その指摘に、スミスが視線を上へと移す。

「あん?マジか?」
「大マジだ。お前が妙な方に曲解しすぎなだけだ」

だから偶に『異次元思考』って言われるんだよ、と言いながらユニゾンデバイスが彼の頭をゲシゲシと蹴った。
…ありがとう、名前も知らないユニゾンデバイスさん!!
思わず名も知らぬ彼女に感謝の念を送る。決して蹴った事に感謝を送ったのでは無いので、その辺りを履き違えないで貰いたい。マジで?と問い掛けてくるスミスに対して、フェイトはブンブカと首を縦に何度も振った。
そのリアクションに、ふむ、とスミスは一度頷き、

「そうかー…いやはや、俺ぁクロノ坊に感化されて変な性癖でも目覚めたのかと思って…スマンね」
「い、いえ。分かってくれれば―――って兄さんに、変な性癖?え、あの、どういう…」

にこやかに受け答えようとして、しかしそれは不可能に終わった。聞き逃せない言葉が有り、それを彼に問おうとして、けれど彼は視線を遠くに向け、

「――――今言った事は忘れてくれ」
「え、でも、あの…」
「世の中には知らん方が良い事もある―――知るとして、お前さんにはまだ早い」

至極真剣な表情でそう語り、此方の肩に手を置いてきた。
…まだ早いって…。
子供扱いされているのだろうか。自分より少し年上程度にしか見えないのだが、と容姿を確認した直後、兄から聞いた情報を思い出した。

『アイツは、見た目と実年齢が全く合致しない』

曰く、性格と見た目からはやや想像しづらいが結構な年配だと言う。
肉体的な年齢は若々しいが、精神年齢は自分たちを大きく上回っていると聞いた。それならば、自分を子供扱いするのも納得が行く…のだろうか。
此処で怒るのはそれこそ子供だし、しかし兄の『変な性癖』とやらを聞いてみたい気もする。どうするべきだろうか、と思い悩んでいたが、

「―――――フェイトちゃん!スミスさん!そろそろ時間や!!」

新人試験、始めるでー!と言う叫びに対し、眼前の彼は片手を上げつつ歩き出し、

「へーいっと…そいじゃあ行きますかいね、フェイト執務官殿」

やや自分を通り過ぎた辺り。少し首を傾け此方を向きながら、彼はそう言った。



                      ●



『頑張れよティアナああでもやっぱり頑張って欲しく無いって言うか俺の部署に来て欲しいって言うかいやでもそうすると有り得ない事だがティアナが試験に落ちるって事でああんもうやっぱり兄と妹はセットでナンボっつぅかあれだぜやっぱり俺が六課に移籍するっつーか新人試験のターゲット全部ぶっ壊してやんぜ――――!!』
『仕事しろティーダ!給料差っ引くぞ!?』
『ああん!?てんめ、このゴリラ・ニュー上司!!俺とマイスウィィィィィィットシスターティアナとの甘い一時を邪魔する気かぁ!?やってやんよ!!ファントムブレイザーでボッコボコにしてやんぜオラァ!!』
『黙れシスコン!寧ろ俺にその妹紹介しろ!!写真取るから!!』
『ざっけんなゴリラァ!!テメェのような色黒筋肉と出会ったらその汗臭さでティアナが卒倒しちまうだろうが!!』

ンだとゴルアァァァァァァァァァァァ、と言って自身の胸を連打し兄へと殴りかかる男性、それに応戦する兄の姿をウィンドウ越し見て、少女は思った。
…通信、切って良いかしら。
明るいオレンジ色のツインテールが風に揺れる中、ティアナ・ランスターはげんなりしていた。大事な試験前に兄からの通信が入ったので回線を開いたら、

『ティアナー!!お兄ちゃんだー!!結婚しようぜ!!』

いきなりこの発言である。
魔導師としての能力も、執務官を目指すその志も、魔法に込める信念も尊敬できる兄なのだが、何故か妹離れが出来ていない。訓練校に入った時はそれこそ朝昼晩と休む間もなくひっきりなしに通信が入り、一時期兄からの通信を拒否した事すらあった。
…後が酷かったけど。
その当時の一週間後、兄に対する通信拒否を解いて見れば、

『ティアナ、見てるか?お兄ちゃん――――今から、死ぬぜ』

恐らく、地上本部の屋上なのだろうところから落ちようと身体を傾ける兄の姿が映っていた。その直後、画面外から飛び出してきたバンダナとサングラスを着用した男性に羽交い絞めにされていたが。

『待て早まるなティーダ!!お前さん、幾らなんでも追い詰められすぎだろうよ!?』
『ウルセェよチクショウ!!お前は良いよなぁジョン!!妹のギンガちゃんだっけかぁ!?その子と何時もイチャイチャイチャイチャよぉ!!』
『訓練に付き合ってるだけだ阿呆が!それに何時もじゃねぇっての!!週に二回ぐらいだ!!』
『それでも十分羨ましいんだよぉぉぉぉ!!クソッ!!ティアナミン!!ティアナミンを寄越せ!!俺ぁもう一週間ティアナミンを摂取してねぇんだ!!生ティアナを抱きしめさせろぉぉぉぉぉぉ!!あああああああ!!』
『何だそのビタミン的なもんはぁ!正気に戻れシスコン!寧ろその性癖を治せシスコン!!真人間に戻るが良いシスコン!!』

男性の兄に対する『シスコン』の連呼に、納得してしまう自分が嫌だった。
ジタバタと暴れる兄に、それを押さえ込もうとする男性。数分の間、それを呆気に取られて見ていた自分だったが、しかし終焉は唐突に。
暴れ続ける兄に堪忍袋の緒が切れたのか、

『―――――――いい加減にしろやシスコン空尉ぃぃぃぃぃぃ!!』
『ぬごぉ!?』

男性が身体を弓形に反らせ、抱え込んだ兄を頭から屋上のコンクリートへと叩き込んだ。ズガゴン、と重い音が響き、兄が撃沈した。
男性が手を離すと同時に、パタリと兄が倒れ、そこで自分は自意識を取り戻した。

『…に、兄さん!?』

ウィンドウ越し、焦ったように声を掛けた。その直後、

『―――――――ティィィィィィィアナァァァァァァァァァ!!』

――兄が、咆哮と共に起き上がった。
頭から血をダクダクと流しながらも、腕の力だけでその身を宙へと躍らせ、四回転半の宙返りをしつつYの字ポーズで見事に着地。そのまま三百六十度を嘗めるようにしっかりと見回し、しかしウィンドウは眼中に入らなかったようで、

『何処だぁ!?何処に居るティアナァァァァァァァ!?お兄ちゃんだぞぉぉぉぉぉぉぉ!!ティィィアナァァァァァァ!!』
『ティーダ、血、血。それとお前の胸元辺り』
『ああ!?俺は今、ティアナ探しという崇高な使命を――――』

全うしているところだ、と言いたかったのだろうが。しかし、兄が向けた胸元への視線はウィンドウに写る自分の姿を捉えた。
再び呆気に取られていた自分であったが、ウィンドウの向こう側で手を振って見た。そうすると、兄は感極まったように何とも言えぬ表情を浮かべ、

『―――――ティアナミン、急速チャァァァァァァァァァッジ!!』
『…とりあえず傷薬此処に置いとくから、勝手に塗っとけよ?』

その後はもう、凄まじい勢いでのトーク。
兄が一方的に喋り、自分はただただその勢いに押されるばかりで。助けを求めようとしたが、何時の間にかバンダナとサングラスの男性は消えており、結局、ルームメイトが帰ってくるまでは兄の一方通行な会話に付き合うハメとなった。
そんな昔の事を懐かしみつつも、己の武器である自作デバイス――アンカーガン――にカートリッジを込めていく。軽く調子を確かめるが、問題無く駆動する。
その結果に満足しながら、ふと思った。
…それにしても…。
未だ展開されているウィンドウの向こう側、男性と激しい戦闘を繰り広げる兄を無視し、己の視界の端、身体の調子を確かめているのか何も無い空間に向かって拳を振るう友人を見る。訓練校時代からの割と長い付き合いで、口で言うのは恥ずかしいが、
…まぁ、親友、ってやつなのかもね。
そんな事を言えば調子付いて抱きついてきたりしそうだから絶対口には出さないが。しかし、そう思うような間柄だからこそ、

「…不思議よね」

ポツリと零した言葉に、友人が反応を示した。拳を振るうのを止め、此方を向く。
額に巻いた長い鉢巻が旋回する体の軌道を示すように、半円を描く。
…確か、お兄さんに書いて貰ったんだっけ?
その鉢巻は、兄のバンダナを羨ましがり催促したところ貰ったものだと聞いた。大して意味の無い記憶を掘り起こしていれば、友人が小首を傾げた。

「どしたの?ティア」
「別に。アンタと私の縁が、不思議って話よ」
「不思議って?」

小首を傾げる友人――スバル・ナカジマ――に、己の横に表示されたウィンドウを指し示す。正しくは、そのウィンドウで戦闘を繰り広げる兄を、である。

「私の兄さんとアンタのお兄さんが友人で、私とアンタがその二人を介さずに友人になったて事が不思議よね、って思ったのよ」

かつてあのウィンドウの向こう側で見た、バンダナにサングラスの男性。
ジョン・スミス四等陸士。
後に兄から聞いたその名は、訓練校時代、自身のルームメイトであるスバルからも幾度か聞いたことのある名だった。自分の兄のような存在であり、美味しいアイスや食事を作ってくれる人だと、楽しそうに語っている事が多かった。

怒ると怖い、と言う話も、良く聞いたが。

自分のその言葉に、「あ、そう言えばそうだね」と感心したように頷き、しかし唐突に顔を赤くし、頬を人差し指で掻きながら、

「…運命の赤い糸ってやつ?」
「気色悪いこと言うなっ!!」

ベシッ、と手刀を額に叩き込む。が、口では痛いと言いつつもそんな素振りは見せない。
相変わらず頑丈な身体よね、と思いつつも手刀を打ち込んだ自分の手を擦る。寧ろ攻撃した此方の方が痛みを覚えるのだから、不条理だ。
そんな事を思いつつも、ティアナは肝心な話を進めるとした。

「…まぁ、いいわ。それより、あんまり暴れてると、試験中にそのオンボロローラーが…って、少し前にパーツを取り替えたんだっけ?」
「うん!ジョン兄がこの前、新しい部品買ってきてくれたからね!」

満面の笑みでそう言葉を零すスバルに、ティアナは視線を下げた。
彼女の履いている自作デバイス、ローラーブーツは、外装こそ以前のままではあるが確かに所々新品の輝きを放っている。
再び視線をスバルの顔に戻せば、やはり満面の笑みを浮かべている。

「確か、試験の一週間ぐらい前に送ってきてくれたんだっけ。郵送で」
「うん。『魔導士試験当日でガタが来ちゃあ洒落にならんだろうよ』って、一緒に送られてきた手紙に書いてあった」

恐らく彼女の兄の口調を真似たのだろう、しかし老成したような喋り方と彼女特有の明るい声質のミスマッチに、思わず苦笑が零れた。

「―――良いお兄さんね。兄さんとは大違い」
「え?でもティアのお兄さんも、確かパーツ送ってきたんでしょ?」

同じぐらいに私のよりも大きいダンボールが送られてきてたよね?と首を傾げるスバルに、しかしティアナは俯き、拳を握った。
…ええ、送ってきたわよ。
それはもう、パーツを全て新品に交換出来るほど送ってきた。確かに送ってきてくれたのは嬉しい、嬉しいのだが、

「―――兄さんがプリントされた抱き枕とか、兄さんの声がする目覚まし時計とか、兄さんを再現したAI搭載の中枢部分とかまで入ってたけどねぇ…!!」

直後に入った通信で、『それをお兄ちゃんだと思って全力で抱きしめ、愛でてくれよな!!』と言っていたが、抱き枕に関しては容赦なく魔力弾をぶち込んでやった。
いいストレス発散になった。
自分の言葉に納得したらしいスバルは、あー、と声を上げ、

「あの目覚し時計、起きれないよね」
「『起きろー、朝だぞー』って囁くだけで、寧ろ周囲がうるさいと自動的に黙らせる電気ショックを飛ばすのよね、アレ」

完全に目覚まし時計としての役割を放棄している。
後ろの部分に、『第十三技術室』という文字が彫られていたのだが、其処で造られたのだろうか。だとしたら、何故こんなものを造ったのか。
謎は深まるばかりであると、ティアナは遠い眼をしつつ思った。



                      ●



「なぁ、俺たちなんでティーダヴォイス収録の目覚まし時計なんて造ったんだっけ?」
「その場のノリであるな」
「寧ろそれ以外、野郎の願いを聞く理由あるか?」
「だよなぁ。造るとしても美少女ヴォイスが良いよなぁ、等身大で」
「―――あ、ちょ、貴様ら聞け!!天啓!!天啓降りたぞコレ!?」
「ん?どしたどした?何か思いついたのか班長?」
「――――――デバイス擬人化計画―――――!!」
「何…だと……?擬人化…だと…!?―――素敵だな、それ!」



                      ●



『お早うございます!』

ん、とスバル・ナカジマは、準備運動を取りやめ空中に表示されるウィンドウに眼を向けた。遠い眼をしていたパートナーも、ウィンドウへと視線を向けた。
其処に映っているのは、自分よりも年下のようで、しかしこの試験の試験官の一人である人物。

『さて、魔導師試験の受験者たち二名、揃ってますかー?』
「「はい!!」」

ティアナと二人、ウィンドウの前に整列した。それを確認したウィンドウの向こう側、試験官――リインフォースⅡ――が黒いトレーを見た。
恐らく、其処に自分たちの名前が書いてあるのだろう。

『確認しますね?陸士386部隊所属のスバル・ナカジマ二等陸士と』
「はい!」
『ティアナ・ランスター二等陸士!』
「はい!」

リインフォースⅡの言葉に応答しつつも、スバルはふと思った。
…ジョン兄より、階級上何だよね、私。
あまり意識した事は無かったが、改めて言われるとそう思う。もしかしたらジョン兄に指令飛ばしたり出来るのかな、と一瞬だけ想像するが、

『ジョン・スミス四等陸士!皆のフォローに―――』
『もう回ってる。それよりとっとと前見ろ阿呆めが。そら、敵が来るぞ』

…こうなりそうだなぁ。
普段は抜けていると言うか、穏やかで愉快なところのある人だが肝心な時にはしっかりと動いているのだから、自分が指令を飛ばしたところでもうやってそうだなぁ、とスバルは思う。家の大掃除の時、誰よりもテキパキと動いていた事を思い出す。
…そもそも私、突撃系だし。
指令を飛ばすのはパートナーであるティアナの役目で、自分は目の前の敵に集中すれば良い。そう考えを改め、ウィンドウに意識を集中させる。

『所有している魔導師ランクは、陸戦Cランク!本日受験するのは、陸戦魔導師Bランクへの昇格試験で、間違いないですね?』
「はい!」
「間違い有りません」

短く答えた自分に続き、真剣な声でティアナが返答した。その返答に、ウィンドウ内の試験官がトレーから顔を上げ、再び此方を見た。

『はい、本日の試験官を務めますのは、この私。リインフォースⅡ空曹長です!』

よろしくですよー!と敬礼を行う彼女に、

「「よろしくお願いします!!」」

此方も敬礼を返した。



                      ●



その頃、上空では。

「お、早速始まってるなぁ…そう言えば、スミスさんはずっとDランクのままやけど良えの?昇格試験、受けたりしてる?」
「あん?面倒臭ぇからやらんよ俺は。そもそも俺、魔導師としては三流だぞや」
「…魔導師ランクの基準は数年前、魔力量から任務達成率に変わったから結構高いランク行くと思うんやけどなぁ、スミスさん」
「八神課長、旦那に何言っても無駄ッスよ。旦那、表彰とか大嫌いな人なんで、昇格試験とかそう言うの全部断ってるんスよ」
「…給料上がるで?今度やってみぃひん?」
「だが断る―――良いな、この台詞。一度は言ってみたかったんだが、スカッとするわ」

こんな会話が繰り広げられていたりするのだが、スバルとティアナの二人には、知る由も無かった。



                      ●



『二人は此処からスタートして、各所に設置されたポイントターゲットを破壊』

あ、もちろん破壊しちゃ駄目なダミーターゲットもありますからね、とリインが告げる。

『妨害攻撃に気をつけて、全てのターゲットを破壊!制限時間内にゴールを目指して下さいです!』

何か質問は?と明るい声で問われ、スバルとティアナは視線を合わせた。

「えーっと…」

…何かある?ティア。
アイコンタクトでそう問えば、ティアナは視線をウィンドウへと向け、

「ありません」
「――ありません!」

静かに言い放たれたその言葉に追随し、此方も言葉を放った。内容は理解した、後はそれを成すだけだとスバルは思い、ウィンドウを見る。
ウィンドウの中の試験官はその両手を合わせ、

『では、スタートまで後少し!ゴール地点で会いましょう!――ですよ!』

最期にウィンクを一つ残し、ウィンドウが閉じる。代わりにスタートを告げるランプが三つ灯り、時間を示す。
ピコン、と一つ目のランプが消え、パートナーと二人、身を堅くする。
二つ目のランプが消え、

「レディー―――!!」

ピー、と鳴り響く音と共に最期のランプが消え、試験の開始を告げる。

「「ゴー!!」」

二人同時にそう告げ、移動を開始する。まずは試験会場である廃墟の屋上、その曲がり角を抜け、日の当たる箇所へと出た。
出たと同時にティアナが立ち止まり、アンカーガンのサイド部分に設計されたコックを捻り、別の廃墟に対して狙いを定める。無言のままに引き金を引けば、放たれるのは弾丸ではなく二つの銃口、その下にある射出口よりのアンカー。
ワイヤーを伸ばし突き刺さったソレは彼女の魔力光であるオレンジに光る魔法陣を展開し、ワイヤーを固定する。

「スバル!」
「うん!!」

ティアナの呼びかけに答え、スバルが彼女の近くへと駆け寄る。ティアナがその腰を抱え、アンカーガンの引き金を再び引けば、コックが回転を開始し固定されているワイヤーを巻き取る。その流れに乗り、二人は屋上から飛び降りて、

「中のターゲットは、私が潰してくる!!」
「手早くね!!」
「オッケェー!!」

ワイヤーを巻き取る途中、ティアナがその手を離した。落下するスバルはガラスを突き破りながら廃墟内部へと侵入する。
ガラスが刺さる事は無い。姿形こそ衣服であるものの、バリアジャケットとはその身体全てを覆う防御魔法だ。苛酷な環境からも使用者を護るその鎧は、ガラス程度が突き破れるものではない。
ギャリギャリと火花を散らし、異音を立てながらもローラーブーツが突入の勢いに歯止めを掛ける。
…あれだね。
見れば、ターゲットとして提示された機械が三つほど。小型の球体が中に浮かんでいる。
スバルの進入に反応したのか、設置されたターゲットがバリアを展開する。球体中央部分が光り、青く光るレーザーを放つが、

「―――」

放たれる青い閃光を、脚部に装備したローラーブーツの高速機動によって避けていく。放たれる弾幕の隙間は僅かであるものの、避けるには十二分だった。
無言のままに跳躍し、一つ目のターゲットを殴りつけ破壊。勢いをそのままに脚を振り上げ、踵落としの要領で二つ目のターゲットを蹴り砕く。
反応を示しているターゲット、その最期の一つが未だレーザーを放つもののの、右へ左へと身体を動かし避ける、避ける、避ける。
そして下げていた右腕を肩辺りの高さまで上げ、

「―――――ロードカートリッジ!!」

重厚な篭手、歯車にも似た二重の回転盤を持つ黒いソレを装着した右腕を大きく広げ、スバルは叫んだ。篭手の後部、拳部分よりも重厚に設計された其処から前方へと伸びるカバーがスライドし、篭手の内部からカートリッジを吐き出す。再びカバーが掛かると同時、スバルの魔力が増加する。

「リボルバァァァァァァァァ…!!」

ギュイィィィィィ、と音を立てながら二重の回転盤が同時に、しかし逆方向へと回転を始める。大気を巻き込み旋風を起こすその拳を、

「シュゥゥゥゥゥゥゥト!!」

―――中空へと、突き出した。
放たれるのはスバルの魔力光である空色の弾丸。回転盤(スピナー)の螺旋を引き継ぐそれは、同様に大気を巻き込み旋風を形成し、ターゲットを突き抜ける。その圧力に負けたターゲットが爆散し、消え失せる。
回転盤、カートリッジロードの影響から未だ煙を上げる篭手――リボルバー・ナックル――を振るい、スバルは再び身体を動かした。



                       ●



「―――落ち着いて、冷静に」

中でスバルが大暴れしている頃、同じくティアナもターゲットの破壊に勤しんでいた。
足元に魔法陣が展開し、アンカーガン先端に魔力の弾丸を形成。一つ一つ確実にターゲットを破壊し、次のターゲットに移ろうとすれば、

「―――あっ!?」

即座に、ターゲットを移し変えた。
再びターゲットを打ち抜きつつも、ティアナは僅かながら冷や汗を掻いた。
…危なかった。
無数の、下部が錐となった円筒状のターゲットを打ち抜く中、一つだけ三角のマーカーを持つターゲットがあった。普通のターゲット内部に設置されたマーカーは丸だが、ダミーターゲット内部に設置されたマーカーは、三角。
もしあのまま打ち抜いていたら、減点だった。
…もしかしたら、失格の可能性もあったわね。
数年前までは魔力がランクの基準であったと聞くが、魔力が無くとも優秀な成績を残す局員の出現が、その基準を変化させたと、訓練校で教わった。今の魔導師ランクが示すものは、魔力の量では無く任務達成率。
Bともなれば、比較的水準の高いランク。『誤射』というのは有ってはならないものだ。
…兄さんにも、言われたしね。
思い出すのは二年前。中々訓練が上手く行かなかったその日、相変わらずハイテンションで通信を入れてきた兄にその悩みを吐き出せば、真剣な顔で兄は言った。

『いいかティアナ。焦っちゃ駄目だ。焦りは誤射を生む、動揺も同じくだ。だから、砲撃魔導師…いや、遠距離射撃を主体とする魔導師ってのは誰よりも冷静でいないと駄目なんだよ。俺の後輩も昔、動揺で誤射しちまった事があってな。…ティアナ、お前がどんな魔導師を目指すかは知らないがな、これだけは覚えておいてくれ』

―――――ランスターの魔法はあらゆるものを打ち抜くが、打ち抜いちゃいけないものもある。
それは、仲間であり、助けるべき人員。誤射は悪徳、故に焦りもまた悪徳であり、動揺も悪徳。背後を預かる者は、常に冷静である事が求められる。
故に彼女は先ほどの冷や汗を拭い、

「――――よし」

打ち抜く。落ち着いて、確実に、一つ一つ残りのターゲットを打ち抜いていった。



                      ●



駆ける。重力など知った事かとばかりに壁を走り、スバルは廃墟の外、ティアナとの待ち合わせ場所を目指し突き進んでいた。
道中発見したターゲットを一撃の元に粉砕しつつ、目的の場所へと出れば、

「―――――」
「―――――」

アンカーガンを使って降りてきたのだろう、ティアナと丁度顔をつき合わせる事となった。無言のままに集合地点を通過し、廃墟の上を駆けていく。
そこで、スバルが軽い笑顔を見せた。

「良いタイム!!」
「当然!」

ティアナも表情こそ真剣ではあるが、その声には喜色が滲む。自分たちが良い調子で進んでいる事を確認しながらも、二人はゴール地点を目指し突き進む。
暫く進んだところ、通行止めの看板が廃棄された地点の先、寂れた橋の下に無数のターゲットが設置されていた。
その姿を見たスバルは笑みを深くし、

「行っくぞぉー!!」
「スバルうるさい!!」

しかしティアナに叱られた。うっ、と少し声を詰まらせつつも前方へと飛び出していく。
背後からティアナの援護射撃が放たれ、ターゲットを破壊していく。それに負けじと殴り掛かり、蹴り飛ばし、破砕する。
時折混じるダミーターゲットを破壊しそうになってはティアナに怒られ拳を引き、だが勢いが止まる事は無く、ターゲットが次々に破壊されていく。

「せあっ!!」

回し蹴りが最後の一機へと突き刺さり、粉砕した。ティアナが周囲を警戒するが、残っているターゲットも居ないようでアンカーガンを降ろした。

「次、行くわよ」
「うん!!」

素っ気無いティアナの言葉に大きく頷きつつ、スバルはその横へと並走する。まだ始まったばかりではあるものの何とかなりそうだ、とスバルは思うが、
…っと、気を抜いちゃ駄目だよね。
安心したところに落とし穴があるとは母の談。そのせいで試験に落ちたのならば、アイスクリーム一ヶ月は禁止だと姉からも言われた。
その事を思い出し、身震いを一つ。
…気を抜いちゃ駄目だ、絶対駄目だ。



                      ●



「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

叫びを上げ突進したスバルの拳が、ターゲットの放つレーザーを打ち消し、続く蹴りがレーザーを放つターゲットを破壊した。その姿を見つつ、ティアナは思う。
…相変わらず、凄まじいわね。
身体能力では一生敵いそうもない。冷静にそう思う。
訓練校ではその才能に嫉妬したこともあったが、けれどそもそも彼女と自分の役割は違う。彼女は接近戦を主体とする魔導師で、自分は遠距離戦を主体とする魔導師。
身体能力に差があるのは、当然の事。
兄も「俺、実は接近戦弱いんだぜ?今日もスミスにぶん殴られた」と言っていた。ぶん殴られた原因は十中八九兄にあるのだろうと推測するが。
試験とは無関係の事を思い出しながらも周囲への警戒は怠らずに居れば、スバルが物陰に隠れる自分の隣へと到着した。使い終わったカートリッジを吐き出す彼女を横目に、

「よし、全部クリア」
「この先は?」
「このまま上。上がったら最初に集中砲火が来るわ、オプティックハイド使って、クロスシフトでスフィアを瞬殺。―――やるわよ」
「了解!!」

サムズアップするスバルから視線を外し、ティアナはアンカーガンのコックを回した。上空、螺旋状に設計された建物の天井にある隙間目掛けてアンカーを射出し、固定する。
そしてアンカーが巻き取られ、予想通りの集中砲火が放たれる。

―――しかし、其処に彼女らの姿は無く。

別方向、瓦礫の積もる道の奥で火花が散る。しかし姿は無く、ただ其処を『何か』が動いているのを示すだけ。

「五!」

声が響く。

「四!」

火花が消える。同時に射撃音と破砕音が響き、ターゲットが壊れていく。

「三!」

再び地面から火花が散る。同時に周囲の空間が歪み、何者かの姿を形成し、

「二!」

スバルの姿が露となる。ターゲットが反応しレーザーを打ち込むが、それを避けつつリボルバーナックルの回転盤を回し、時折レーザーを弾きつつ、

「一!」

スバルが跳ぶ。ターゲットの一団に向かうスバルの背後、

「ゼロ!!」

ティアナの姿。形成された三つのスフィアが力を高める音が響き、

「クロスファイア…」
「リボルバー…」


「「シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥト!!」」


同時に、双の魔法が放たれた。
暴風と魔弾がターゲットを粉砕し、土煙を上げる。残ったターゲットは突っ込んだスバルが次々と破壊しつつ、

「イエェーイ!ティア、一発で決まったね!!」
「ま、あんだけ時間があればね」

最後のターゲットを破壊するスバルに視線を向けず、囮として利用したアンカーガンを回収しながらティアナは答えた。

「普段はマルチショットの命中率、あんま高くないのに。ティアはやっぱ本番に強いなー」
「うっさいわよ!さっさと片付けて、次に―――」

言いかけ、言葉が止まった。
視線の先、未だ残るターゲットが居た。まだ気付いていないスバルに声を掛けようと思うが、しかし、

「―――――スバル伏せ!!」
「えうっ!?」

叫んだ。言葉通りに伏せたスバルの頭上、アンカーガンによる射撃魔法がターゲットを打ち抜いた。
…冷静に、冷静に。
冷や汗を拭いつつ、ティアナは自分にそう言い聞かせた。焦った末の行動ほどミスを起こし易い、故にどんな時も冷静に。
自分の射撃が届く範囲であった為、退かすよりも射撃魔法を打ち込むほうが早いと判断したが故の行動だったが、上手くいったようだ。
少しの満足感を覚えていれば、うー、と下から唸り声。見れば、今も未だ伏せの体勢を続けるスバルが居た。

「…ティア、私何時まで伏せてれば良いの?」
「もう良いわよ、ターゲット破壊したし」
「え、ターゲット残ってたの?」

破壊音で気付きなさいよ、と思うが口には出さない。それよりも、早くゴールを目指すべきだろう、とティアナは判断した。
立ち上がったスバルを見つつ、

「ほら、さっさと行くわよ!」
「うん!!」

大きく頷き返したスバルを見て、走り出した。



                      ●



「でまぁ、何の問題も無く試験は終了しましたと」
『高町氏とスバル氏、感動の再会という場面もあったがな』
「何を言っているのだ、ジョン・スミス」
「偶にこうなるから気にすんなよ、シグナム」

唐突に言葉を発したスミスに、烈火の将・シグナムは首を傾げるが、問題の人物の頭上に乗るユニゾンデバイス、アギトの言葉により取り合えず考える事を放棄した。地上部隊には変わり者も多かったし、スミスはその中でも『元祖変人部隊』と呼ばれる陸士53部隊、通称ゴミ捨て場に所属していたような人間なのだから仕方ないか、と思いもしたからである。

「…そう言えば昨日の魔導師試験、二人とも合格したそうだな」
「おうさ。スバルもティアナ嬢も晴れて六課入り…まぁ、ティーダが泣きながら『合格おめでとう』と書いた旗振り回して六課に突撃かけてきたのは予想外だったが。後、頭から血ぃダラダラ流しつつ高町空尉に思いっきり引っ叩かれた」

何故そんな事態になった、と問えば、

「いやちょっとヘリから降りる時にこけてな。受身ミスして運悪くゴロンゴロン転がり廃墟に衝突して崩れてきた瓦礫に頭ぶっ叩かれて、瓦礫押しのけて立ち上がったところ助けてくれようとしてたらしい高町空尉とご対面」
「相変わらずだな、お前は」
「どういう意味か図りかねる言葉使ってくるな、お前さん」

相変わらずって何がだよ、と問い掛けるスミスに、全体、とシグナムは短く答えた。
そんな彼らが居るのは、クラナガンに存在する駅の一つ。此処に新人、特に年少組が集まってくると言う話だったのだが、

「話では、新人を迎えに来るのは私だけだった気がするのだが」

別段、スミスが居て困る事は無い。
武装隊に居た頃、ヴァイスが縁で度々顔を合わせる事もあった。友人、とまでは行かずとも知人程度には人と形を把握している。
常識人のような変人。ジョン・スミスとはそう言う男だ。
シグナムの問いにスミスは口元に咥えていた薬用煙草を離し、

「ゼスト隊長が娘迎えに行けってうるせぇのよ。ガリュー連れてるだろうから、おかしな事が起ころう筈もねぇのに」

面倒臭いもんだよなぁ、と呟きつつカリカリと頭を引っ掻くスミスの姿を見て、シグナムは武装隊での日々を改めて思い出す。
…中々に充実した日々だった。
騎士ゼストとの打ち合いなど心が歓喜に震えたものだ。あの神速にして豪壮な槍の一撃を受け流せた時は感極まった。
ヴォルケンリッターの将である自分ですらも受けるのが精一杯な武人など、滅多に出会えるものではなかった。故に良く模擬戦を申し込みに行っていた、寧ろ常に打ち合っていたかったのだが、部下からは書類仕事済ませてからお願いします、と嘆願されたので断念した。
…私は、教える立場には向かないのだが。
どちらかと言えば自分はワンマンアーミーという立場が相応しい。『将』と名乗ってはいるが、それとコレとは話が別だ。
あくまでも自分は騎士であり、軍の統率者では無い。だから書類仕事が難しくて涙目になっても悪くは無い。
一度、そのせいで悩んでいたときには部下一同に見られて恥ずかしかった。恐らく上司として来た人物がマトモに書類を製作できないと知って嘲笑っていたのだろう。本気でパソコン教室にでも通うべきか、と思ったものだ。
―――尚、シグナムはそう思っているが部下の実態はこうである。

『やっべぇ…機械オンチシグナム姐さん萌へる…!!』
『オイオイ、普段強気で完璧そうなのに実際は駄目なお姉さんとか…ストライクだいコレ!!』
『此処は俺が手取り足取り腰取り…』
『いや其処は俺だろう』
『いいえ私よ!!』
『貴様らにシグナム姐さんは渡さんぞぉぉぉぉ!!』
『そうだそうだ!!財産の独占は犯罪だぁ!!』
『ゲェー!!技術犯!!どっから現れた!?』
『天井裏から来ますた』
『床下から来ますた』
『窓から来ますた』
『こんな隠し扉からだが大丈夫か?』
『大丈夫だ、問題ない』
『一番いい隠し扉を頼む』
『それならシグナム姐さんのデスク直下にあるでFAだろ』

そんな事も露知らず、シグナムは書類相手に悪戦苦闘していたりする。その隠し扉を巡って、武装隊一魔法大会が開かれたりしたのだが、それはまた別の話。
そんな回想も束の間、
…あそこだけ、人ごみが割れている?
ソコソコに利用者が多いこの駅、そこに存在する多種多様な人種が交じり合う人ごみの中で不自然に空間の開いた場所がある。
その割れていく人ごみの中から、一際目立つ人型の昆虫を引き連れた紫の髪の少女が片手を上げ、

「――――チャオ」

気の抜けたような、何処か感情が希薄そうな声でそう言った。その姿を認めたアギトがスミスの頭から少女へと向かい、スミスもまた片手を上げて応えた。

「ルールー!!」
「おう、来たかルーテシア嬢。それにガリューも護衛ご苦労さん」
「――――」

スミスからかけられた労いの言葉に、人型の昆虫――ガリュー――が、無言のままにその手を差し出していた。スミスもまたそれに応じ、手を差し出す。

「――――」
「――――」

互いに無言のまま、固い握手が交わされた。言葉は要らないとでも言うように、無言のままに交わされた握手は、見る人が見れば『奴らは、心で通じ合っているんだ』と解説でも入れそうな雰囲気を醸し出している。
その光景を見たシグナムは、

「…彼らは仲が良いのか?アギト」
「…ガリューとジョン、親友」
「何か知らねぇけど、シンパシー感じるんだってさ」

別段興味も無さそうなルーテシアとアギトの返答に、そうか、とシグナムは短く返した。なぜ同族意識(シンパシー)を感じるのかは分からないが、やはり変人だからなのだろうか。
きっとそうなのだろうと結論付けたところで、はたと気がつく。少し上を向いていた視線を下げ、

「念のため聞くが…ルーテシア・グランガイツ三等陸士で、間違いないか?」

先ほどスミスが『ルーテシア嬢』と呼んでいたことから察するに確実だろうが、念のためシグナムは問い掛けた。しかしその問いにルーテシアは首を傾げ、

「…訂正済み?」
「は?」
「…昔、アルピーノを名乗ってたから」

その言葉に納得し、理解する。
…ああ、そう言う事か。
彼女の両親は数年前まで式を挙げておらず、彼女は母方の姓である『アルピーノ』をずっと名乗っていたのだと聞いた事がある。書類にもそう書いてあったはずだが、騎士ゼストの申告により訂正されたのだったか。
思い出しつつ、シグナムがルーテシアを見ていれば当の彼女はしきりに時計を眺めており、

「…時間…」
「ん?…おお、もうこんな時間か」

時計を見れば、既に他の新人が到着していてもおかしくないような時間帯であった。なのでシグナムは歩を進めようとして、

「…エスカレーターは、何処だったか」
「いや其処、見取り図あるだろ。真っ直ぐ行って右手側」

ガリューとの固い握手を終えたらしいスミスが指し示す方向に揃って向かえば、

「おお」
「おお、じゃ無かろうよ。お前さん、天然ボケの気でもあるのかね?…武装隊の頃から機械オンチとかそういうもんがあったけど」
「黙れ」
「はごっ!?」

容赦無い肘撃ちを顔に叩き込んだ。

「…六課女性陣は俺に何ぞ恨みでもあんのかや」

昨日も色々あって最終的に高町空尉に殴られたしよぉ、と愚痴るスミスを無視して、シグナムはエスカレーターへと乗り込んだ。続くルーテシアやガリューも乗り込み、

「ちょ、お前さんら、も少し俺の心配してくれても良くないか?」
『相棒は頑丈だ。故に心配は要らないだろう』
「肉体的には頑丈でも心はガラス細工とか良くある話だぞ?」
『相棒の心がガラス細工なら、人類の心は皆砂の城だ』

ヒデェ、と言うスミスを最後尾に、一団はエスカレーターを上っていく。



                      ●



…まだかな。
エリオ・モンディアルは時計を確認しつつ、そう思った。予定の時刻を過ぎているのだから、そろそろ来るとは思うのだが。

「えーっとぉ…」

念のため再確認するが、やはり時間は過ぎている。然して時間が経過しているわけでもないが、やはりこういう時は『自分が時間を間違えたのではないか』と不安になってしまう。
出来ればもう来て欲しいなぁ、と思うエリオの気持ちが通じたのか、

「あ…」

ピンク色の長髪をポニーテールにした、トレンチコートを羽織る女性がエスカレーターに乗り、やって来た。その人物に駆け寄り、

「お疲れ様です!!私服で失礼します!!」

掛けた言葉に、女性の視線が此方に向いた。そのまま敬礼を行い、

「エリオ・モンディアル三等陸士です!!」
「ああ…遅れてすまない。遺失物管理部、機動六課のシグナム二等空尉だ。長旅ご苦労だったな」
「い―――」

え、と言葉を紡ごうとしたが、出なかった。
何故なら、エスカレーターに乗って現れた別の人物に、その視線を奪われたからだ。
…嗚呼。
自分は、夢でも見ているのだろうか。会いたい、会いたいと思い、しかしきっと会う事は無いのだろうと思っていたその人物に、出会えたのだから。
街で見かける事があった。その姿に心奪われ、もう一度会えるのならば話がしたいと思ったからだ。
けれど、それは無理だと、思っていたのに。
…嗚呼…!!
エスカレーターで上がってくるその人物に対して、エリオは駆け出した。



                      ●



…嗚呼。
ルーテシアは、心臓の高鳴りを押さえられなかった。どれほど前だったか、買い物の途中に見かけた、その真っ赤な髪を今でも覚えている。
もう一度会えないだろうかと、願って止まなかった。その人物が、今此方に駆けて来ている。
…エリオ・モンディアル。
引き抜かれた時は面倒臭い、としか思えなかったが、しかし父から彼が其処に居ると聞かされた時は手放しに喜んだ。

父は、血涙でも流しそうな表情で歯を食いしばっていたが。

一昨日の夜に発表されたメンバー表を見て、その喜びは最高点に達した。会えるのだと、やはり、彼に会えるのだと思った。
駆け寄る彼に両手を広げ、抱きしめる体勢を取った。



                       ●



「エリ「ガリューさん!!ガリューさんですよね!?」」

ルーテシアの横を通り過ぎ、そのやや後ろに控える漆黒の召喚獣、ガリューの両手を握りしめたエリオは、興奮していた。

「あの、『超変身!亡霊陸士ミスター・ゲシュペンスト』の十三話『超危機!!亡霊陸士死す!?』で謎の陸士ミスター・ゲシュペンストを助けた謎のヒーロー、ガリューさんですよね!?うわぁ、一回街中で見たことあったけど、また会えるなんて…!!」

しきりに本物だ、本物だと言うエリオの言葉に対して、各々が返した反応は様々だった。
ルーテシアはガリューを睨みつけ。
ガリューは握手の睨みつけられた事に戸惑い。
スミスは胸の辺りを押さえて呻き出し。
アギトはそれを呆れたような視線で見て。
シグナムは「ふむ」と頷き、

「そのアニメなら、リインも見ていたな。主はやては、『何でこの人、アニメになっとるの!?』と驚いていたが」
「ゴフッ!?」
「おいスミス、傷は浅くないだろうけどこんなんで倒れるなよ」

戦わなきゃ、現実と、とスミスの頭をゲシゲシと蹴るアギトを他所にシグナムは話を続けた。

「…そう言えば、もう一人は?」
「え?…はい、まだ来てないみたいで…」

その質問に冷静さを取り戻したらしい(何処からか取り出したサイン色紙とペンをガリューに渡していたが)エリオは顔を俯かせる。その直後、直ぐに敬礼のポーズを取りつつシグナムと向き合い、

「あの、地方から出てくるとの事ですので、迷ってるのかも知れません」

探しに行っても宜しいでしょうか、と問うエリオに、
…真っ直ぐな眼をした少年だ。
表情を柔らかくしたシグナムは、そう思った。自身の戦友、フェイト・T・ハラオウンが言うには騎士を目指しているとの事だが、気構えは十分あるようだ。
なのでシグナムは、

「ああ、頼んで良いか?」
「はい!!」

強く応えたエリオ。それに続き、

「あ、じゃあ俺も行くわ。その子の特徴、一応聞いてっから」

スミスが手を上げた。
その声を聞いたエリオが一度「あれ?」と声をあげ、首を傾げ、うーんと唸り、しかし「気のせいか」と呟いて、

「えっと…じゃあ僕、こっちのほうを探します」
「おうさ。んじゃ俺ぁ向こうを探すとしますかね。アギトォ、お前さんも手伝ってくれ。桃色の髪の毛の女の子だ…『の』が多いな、この説明だと」
「どうでもいい事気にするよな、お前」

アギトの言葉にそういう性分だ、と答えるスミス。そんな中で、更に手を上げた人物が居た。
ルーテシアである。

「…私も探す」
「ん?ルーテシア嬢もか?いや、お前さんは別に此処に居ても…」
「探す」
「いやルー「探す」…分かった。じゃあアギトと一緒に探しなさいな。ガリュー、護衛頼むぞ」
「―――――」

グッ、と無言のままにサムズアップするガリューに、スミスもまたサムズアップを返し、各々が散開し、『キャロ・ル・ルシエは何処だべらぼうめぇ作戦』が、発動した。
一人その場に残ったシグナムは、うーむと唸り、

「…私も、探すべきか?」
「いやお前さんは其処に居ろよ。目印なんだから」

未だ遠くには行っていなかったスミスに、ツッコミを入れられた。
尚、この作戦の最中でエリオ少年が件のキャロ・ル・ルシエにフラグを立てたり、ルーテシアがそれに嫉妬したりしたのだが、それもまた、別のお話。


~あとがき~
最後の辺は少し急ぎ足になってしまった感がある。どうも、お久しぶりです。
普通に魔導師試験の部分削ればよかったかな、とも思いますが後の祭り。最後のエリオ君との出会いはつめつめで御座って申し訳ない。
そしてシグナム姐さんに天然属性が付加された臭い。何故だ。
ではおまけと言う事で、一つ。


~オマーケ~

世紀末陸士の日常  ~きっとナム痘聖げんこつ編~

・それはきっと正しい怒りで。

無残だ。無残なものだ。
その拳はとうに砕け、その両脚も同じく、瞳は見えず、耳は聞こえず、されど意思だけは気高くあろうとした漢が居た。
しかし、その魂は穢された。心無い悪党の手によって。
踏みにじられ、無駄なものだと一蹴される。
故に、彼は叫ぶのだ。

「おまえらの血は何色だぁぁぁぁぁ!!」

放つ一撃一撃が悪党の肉を抉り、砕き、微塵に潰す。怒りと共に放たれる鋭く華麗な一撃は、悪党どもの肉体を、余す事無く破壊した。
そして、レチの、ナム痘水鳥げんこつ伝承者の目には、一筋の涙が―――、

「ところで、アイツはPC筐体の前で何やってんだレジン」
「何かエロゲでカッコいいおっさんが出てきたんだけど、無残にやられたんでイラついたらしい。戦略シミュレーションのシステム入ってるんで、レベルMAXにしてボコボコにしてる最中だとさ」



・その悲しみは何の為

「お師さん…」

サフザーは、泣いていた。
己が手で、最愛の師匠を討った。その事に、涙していた。
…こんなにも。
思う。サフザーは、思うのだ。

「こんなに苦しいのならば」

大好きだった師匠。

「悲しいのならば」

その師匠の命を奪ったこの手で。

「―――愛などいらぬぅぅぅぅぅぅ!!」

―――全てを、終わらせよう。

「…で、PC筐体ぶっ壊してるサフザーは何がしたいんだよ?レジン」
「何かエロゲで好きなキャラが師匠ポジションで、でも攻略の為には一回そいつ殺さなきゃいけないみたいだったんだが…耐え切れなかったらしい」



・ハード様の一族

スクライアの一族は、フェレットに変身する者が多い。理由は不明だが、次元世界に点在する一族には変身魔法が伝わっており、それは大抵一種の動物に変身するのだが。

「ぶひっ、ぶひひっ!!」
「ん?…やはり豚か」

ハード様の一族が変身するのは、全て豚である。偶に間違えられて養豚場に送られる事もあるが、大抵檻を破壊して脱出するのだとか。



・本当に頭の良いお方?

「俺は、美しいか」
『美しいです!』
「俺は、美しいか」
『美しいです!』
「俺は、美しいか」
『美しいです!』
「――レジン、レジン。ユタが何かメッチャポージングしてるけど、返答してるあの鏡、何だ?」
「ユタが自分でプログラミングした魔法らしい。一定のキーワードに対して、特定の返答を返すって話だが」
「俺は、美しいか!?」
『はぁ、はぁ…あ、兄貴ぃ!!』
「―――偶にバグる」
「あ、鏡叩き壊したぞユタの奴」


~おまけのあとがき~
エロゲネタは使いやすくて良い。



[21147] 【習作】やっちまった感じしかしねぇうろ覚えの記憶に頼ったSS【駄目ぽ】
Name: do◆579b2688 ID:00a27d88
Date: 2010/10/11 21:15
~注意~
・駄文。稚拙。
・オリ主。転生。
・原作崩壊。キャラ崩壊。
以上の事が許容できる方のみ、スクロールして下さい。


















































ザザーン、と押し寄せる波の音に、スミスは目を細める。
海岸沿いの縁、麦藁帽子を被ったジョン・スミスは、静かに釣り糸を垂らしていた。最新式のロッドでは無く、竹竿に釣り糸を括り付けただけの簡素な釣具。
糸の先を辿れば、小さなブイが揺れる波の上に浮いている。
…あー、幸せだ。
磯の香りを含んだ風を受けながら、スミスは思った。
釣り、というのは彼にとって行動自体が目的と同義だ。魚を釣る為に糸を垂らすのではなく、糸を垂らした結果、魚が釣れる。そういうもの。

「――――ん」

糸を引く感覚が来ると共に、竿を引き上げた。
引き上げられた糸に連動して餌に食いついた魚が水面から飛び上がる。地球の鯛にも似たミッドチルダ特有の魚だった。
…お、ラッキー。
ミッドチルダでは割と高級魚として知られ、ムニエルにすると美味いと評判だ。鮮やかな赤色の鱗に光を反射させ煌くその魚を、

「ほっと」

『グローブをつけていない』右手でキャッチ。即座に釣り針を魚の口から取り外し、海水を汲んだバケツの中へと放り込む。
小さな飛沫を上げながらバケツの中へと放り込まれた魚は、先客である小さな魚と共に悠々とバケツの中を泳いでいる。
釣りを始めてから二時間、計二匹の釣果である。
その様を満足そうに見つめたスミスは、懐から何時もの薬用煙草を取り出し咥える。次いで腕を振るい、釣り糸を遠くへとキャスト。
再び水面へと着水したブイを見つめつつ、スミスは両手で竿を握り、
……うーむ。
ちらりと視線を下げれば、何も着けていない右手が見える。
六年間、それなりに長い時間を共に過ごした相棒は、今此処には居ない。風が直に当たる右手に少しの違和感を覚えつつも、スミスは昨夜の事を思い出す。
それは、エリオのラッキースケベによりフラグが立ったキャロに対して、ルーテシアがガリューをけしかけようとしたのを止めた後のこと。何だかんだで年少三人組を六課隊舎に送り届けたスミスは、そこでシグナムたちと別れ、寮へと帰還した。
遊撃と言う立場上、書類仕事などとは縁遠く実働でなければ特別やる事も無いスミスは寮へと帰還したものの、暇を持て余す事となった。アギトはそのままルーテシアへと着いて行ったため、一先ず部屋の掃除でもしようか、と思い始めた瞬間、

『レッパァァァリィィィィィィ!!』
『フンッ!!』
『ヘヴンッ!!』

飛び蹴りの体勢で班長が現れたので、迎撃した。
ドアをぶち破るほどの加速度を持っていた班長の身体は、自身の加速によって形成された勢いと、その逆方向から放たれる迎撃の勢いに板ばさみにされ、見事なまでの空中トリプルアクセルを決めつつ胴体着地した。
ピクピクと微かな痙攣を起こす班長の下へと近づき、

『寮のドアぶち破ってくんじゃねぇよ、お前さんは――』

もう少し落ち着きを持て、と言いそうになったところで、

『―――貰ったぁ!!』
『ぬおっ!?』
『うん?』

技術者とは思えないほどの瞬発力を発揮した班長が、一瞬の隙をついて手から外していたネームレスを強奪した。行動の意味を見出せずに眼をパチクリと瞬かせていると、

『ふははははは!!ジョン・スミス!!ちょっとネームレスを借りるぞ!!答えは聞かんがなぁ!!』
『は!?いやお前さん何言って…』
『説明の時間も惜しい!!明日の昼時には返す!!ではサラダバー』

言うが早いか、班長の足元にぽっかりと四角い穴が開いた。ヒャッホー、という叫びを残して消え往く班長に対して伸ばした手は空を切り、
…何時の間に設計したんだよ、コレ。
視線を下方に向ければ、段々と閉じていくハッチ。落下していった班長を見るに、恐らく第十三技術室へと直結しているのだろうソレが、何時の間に設計されたのかスミスは知らない。そもそも公共施設である寮にこんなものを設計して良いのだろうかと思うが、そこは奇人変人の集うようになった地上部隊、何の問題も無いのだろう。
そんな事もあり、今日に到るわけだが。

「ま、開発したもんに対してあいつ等が粗末に扱うわきゃ無かろう…気長に待つとするかいね」

人間性は色々とぶっ飛んだ部分の多い彼らだが、自分たちが開発したものに対しては丁寧に扱う傾向がある。ネームレスを強奪していったものの、恐らく緊急でオーバーホールか何かをやっているだけなのだろう、と当たりを付けた。
出来れば早いところ返して貰いたいところだが、まぁ、奴らの事だ。きっと一晩でやってくれるだろう。
そして顔に当たる海風を感じながら、

「――――――――平和なもんだ」

そう呟いた。
――尚、ネームレスを強奪されているスミスには知る由も無いが。
釣りを敢行している今現在、八神・はやて課長による機動六課メンバー全員に対する挨拶が行われていたりする。





          第十話   『デジタルに頼りすぎちゃ駄目』





機動六課隊舎の廊下、其処を二人の女性が歩いていた。
片や、長い金髪を持つ美(ギリギリ)少女、フェイト・T・ハラオウン。
片や、赤味の強いピンク色のポニーテールをした美女、烈火の将・シグナム。
どちらとも管理局内では知らぬ者など居ない程の有名人。尤も、それは機動六課全体に言える事であり普通の部隊から見れば過剰戦力としか言いようが無く、また有名人である高ランク魔導師には専ら能力制限を掛けており、『宝の持ち腐れじゃーか馬鹿野郎』みたいな様相を成しているのだが、それは完全に蛇足である。
そんな事情はさて置き。
並ぶ二人のうち、金髪の方、フェイトが隣を歩くシグナムへと声を掛けた。

「シグナム…ホント久しぶりです」
「ああ、テスタロッサ。直接会うのは半年振りか」
「はい、同じ部隊になるのは初めてですね」

どうぞ、宜しくお願いします、とフェイトは、シグナムに笑顔を向けた。それは此方の台詞だ、と返すシグナムは、

「大体、お前は私の直属の上司だぞ?」
「それがまた、何とも落ち着かないんですが…」

フェイトにとって、シグナムは同格の相手だ。過去に幾度もぶつかり合い、またその中で育まれた友情がある。
そんな相手を部下に持つ、というのは、彼女にとって少々の困惑を持つに十分なものだった。その心情を察したのだろうシグナムが、笑みを浮かべた。

「上司と部下だからな…テスタロッサにお前呼ばわりも良くないか…敬語で喋った方が良いか?」

少し底意地の悪い笑みを浮かべたシグナムに、フェイトは微妙な笑みを浮かべ、

「そう言う意地悪は、止めてください。良いですよ、テスタロッサで、お前で」

その返答にシグナムは、そうさせて貰おう、と短く返答し、しかし直後、不機嫌そうに眉根を寄せた。両腕を組み、その豊かな胸部装甲を歪ませつつ、

「それにしても…あの馬鹿者は何処をほっつき歩いているのか…」
「…えーっと、それって、スミスさんの事ですか?」

フェイトの言葉に、美しい顔に刻んだ皺を更に深くしたシグナムは、フン、と荒い鼻息を一つ。

「あんな奴に『さん』など付けなくて良い。全く、今日は主はやてからの挨拶があったと言うのに…」
「うーん…はやては通信入れておいた、って言ってたのになぁ…」

…風邪でも、ひいたのかな?
恐らくスミスを良く知る者たちが聞いたら、爆笑して転げまわるような予想を立てたフェイトは、首を傾げた。
今日は、新部隊・機動六課に所属するメンバーの顔合わせがあった。はやての挨拶は短く、しかし部隊のメンバーには須らく好評だったようで、挨拶が終わると同時に惜しみない拍手が送られた。
その後のメンバー同士による改めての顔合わせがあったのだが、その中に件の男性の姿は見当たらず、その内に顔合わせは終了。メンバーは各々の持ち場へと移動、或いは案内されていった。
自分達は特に案内する人物も居なかったので、こうして廊下を歩いているわけだが、

「―――む」
「あ」
「おん?」

曲がり角、猫背気味で歩いてきた男と視線がかち合った。
額にバンダナを巻き、眼にはサングラス、黒髪はオールバックで口端に薬用煙草を咥えたその男は、今日の挨拶の時に居なかった男で、

「…スミスさん」

思わず零れた名前に、スミスは笑みを浮かべつつ片手を上げ、

「おおう、一昨日ぶりかね」
「一昨日ぶりかね、では無いわ馬鹿者!」
「んごっ!?」

直後、シグナムの拳骨によって廊下を転げまわった。ぬおぉぉぉぉぉぉ、割かし響くぞコレ!と騒ぐ彼をシグナムは見下し、

「…主はやてから今日、挨拶があるとの通信が回ったはずだが?」
「ぬおぉぉぉ…つ、通信?何の事だかさっぱりだぞぉぉぉいだだだだだ!!踏むなぁぁぁ!!俺にその道の趣味は無ぇぇぇぇぇ!!Mじゃねぇから!!俺、Mじゃねぇからぁ!!」

その言葉に眉を顰めたシグナムは、更に踏む力を強くした。

「…誤魔化すと、為にならんぞ?」
「誤魔化してねぇってのよ!!つか昨日帰った直後に技術犯の奴らが来てぇぇぇぁあいだだだだ!!踏むの止めろ!!癖になったらどうする!!新たな領域に目覚めたらどうすんだよチクショウ!!横の執務官殿を女王様呼ばわりせざる終えんくなるじゃねぇか!!」
「え!?私!?」

何で私!?と悲鳴を上げたフェイトをシグナムが可哀想な子を見るような眼で見つめた。其処に見える感情の色は、哀れみ。
…いやそんな眼をされても!?
戸惑う。何なのだろう、この空間は。先ほどまでスミスを題材として会話を繰り広げていたが、当のスミスが現れた直後にカオス空間へと早変わり。

「テスタロッサ…だから『あのフォーム』だけは止めておけと…私は止めたのだが…」
「そんな手遅れだったか、みたいな顔で俯かないで下さいシグナム!違うからぁ!!私はSじゃないからぁ!!」
「そうだぞ、シグナムさんよ」

何時の間にか立ち上がっていたスミスは、シグナムを横目に見ながらそう言った。混乱を起こした当人に間違いを正されると言うのはアレだが、
…そのまま誤解を解いて…!!
期待をした。以前に間違いを正したのだから、今回は正しい事を言ってくれるのだろうと。
期待を込めて見つめるフェイトの視線の先、スミスは薬用煙草を咥えなおしつつ、

「執務官殿はアレだ―――きっとどっちもイケル派だ」

―――事態を更に混迷化させる一言を放った。

「テスタロッサ…」
「違います!!私は至って普通です!!だからそんな眼で見ないで!!」
「だが、しかし…武装隊では『テスタロッサ執務官は百合でショタコン』という噂が…」

誰だろう、その噂を流した人物は。なのは直伝の『お話』によって反省させてあげたい気分、と何やら暗黒面に目覚めそうになったフェイトだったが、しかし意識を取り戻し、話の本題、事の起こりを思い出す。
何故あんなにもカオスな会話になってしまったのかは不明だが、それは一先ず置いておく。なので、話の本題を問うてみる事にした。

「あの…それで結局、スミスさんは何で挨拶の時に居なかったんですか?」

その問いに、うーんと唸ったスミスは、自分の右手を見せる。
…どう言う事?
首を傾げるフェイトだが、隣に立つシグナムが、ん?と疑問の声を上げる。

「…ネームレスはどうした」

その言葉に、あ、とフェイトも声を上げた。以前にはめていたグローブ、それが見当たらない。
対するスミスは苦笑を浮かべつつ手をヒラヒラと動かし、

「まぁ、オーバーホールか何かやらかしてんでしょうが……寮に帰った直後、生みの親に理由も聞かされず持ってかれましてね」
「生みの親?…ああ、ネームレスのか。となると、第十三技術室…」

納得したらしいシグナムは、ややあって顔を俯かせ、奴らかぁ、と小さく呟いた。同様にスミスもまた顔を俯かせ、ああ奴らだよ、と呟く。その葬式前夜、或いは宴会芸が思ったより受けなかった中年男性の如き空気に、
…ええっと…。
フェイトは戸惑った。
何だろう、自分は何か悪い事でも聞いてしまったのだろうか。友人には天然だの何だのと評されるが、其処まで空気読めない発言をかましたのだろうか。
やっちゃったかなー、という焦りを抱えつつ、ふと気になった単語があった。

「あの…第十三技術室って、『陸』の部署の…ですよね?」

その名は、幾度か聞いた事がある。
眼前の男性、ジョン・スミスが所属していた陸士53部隊と同様に、あらゆる部署から爪弾きにされた者たちが集う場所だと聞く。今までは日の目を浴びなかったが、四年ほど前から活発化したその技術力は地上に大きな恩恵を齎したと聞く。
その技術力の高さに、本局の上層部が危機感を覚えている、と言う話まである。
フェイトの問いに顔を上げたスミスは、サングラスの奥で片目を瞑りつつ、口端に咥えた薬用煙草を二本の指で挟み口元から離した。

「おうさ、正確に言えば『地上部隊所属第十三技術室』何だが―――技術犯と呼ばれるほど、その性格に問題のある奴らが多い」
「技術班?」
「いや、技術犯」

微妙に違ったらしいイントネーションを理解して、頭の中で整理してみるものの、
…また物々しい名前だなぁ…。
幼少の頃、親友たちと共に通った地球の学校で習った漢字に置き換えれば、技術の犯人と書いて技術犯と読むのだろう。名前だけ聞くと技術力を使って犯罪でも犯したような気もするが、聞く話によれば第十三技術室は爪弾きにこそされたものの高い技術力を持つ者ばかりが集まった管理局屈指の技術屋集団。
地上部隊も彼らの技術力を借りるようになってから、大幅に防衛機能が上がったと聞く。そんな彼らが『技術犯』という異名で呼ばれるとなると、相当な性格をしているのだろうな、とフェイトは思う。
…スミスさんが、十二人ぐらい?
そうフェイトは予測をつけるが、残念ながら濃度が違う。
スミスの変人濃度を4とするのならば、彼らの変人濃度は10とかそこらである。段違いに奇人変人の集う魔窟だ。

「…まぁ、ともあれ強奪されてたんで通信を見れなかったわけよな。六課に出勤した直後、八神課長に捕まってねぇ。さっきまでその事を説明してたってぇ話だ」
「成る程な……では、そろそろ無駄話も切り上げるとしよう。テスタロッサ、時間は良いのか?」
「え?…あ、少し急がないと」

シグナムに問われ、現在時刻を確認したフェイトは軽く駆け出した。
通り過ぎる際、スミスに対して軽い会釈をすれば片手を上げる返事が返り、再び前を見て脚を進める。これから管理局本部に出向いて、この部隊が追う物質についての説明会をしなければならない。
そんなわけで、フェイトは走り去り、

「――――ああ、シグナムさんよ。ヴァイスの奴、何処に居る?技術犯からアイツにネームレス預けたって伝言があったんだが―――海の中から」
「お前は一体何処に行っていたのだ、ジョン・スミス。…まぁ、ヴァイスならば恐らくヘリポートだ」
「ん、了解」

―――その背後を、スミスが追いかける形となった。



                     ●



ヒュンヒュンと音を立てながらプロペラを回転させるヘリの下、ヴァイスはとある人物達を待っていた。それは機動六課に所属する以前から付き合いのある、部隊内での上司であり、

「―――ヴァイス氏。相棒は、私のこの姿を見てどう思うと推測する?」
「驚くんじゃねぇの?」

また、彼女の待ち人も同時に現れるだろう。
ヴァイスは己の返答に、そうか、と呟き返す女性を見て、思う。
…ホントにコレ、機械か?
所々、機械的要素の目立つその肢体を見るが、その大半は人間の女性と変わりないように見受けられる。プロペラの起こす風に舞う長い銀髪に、南洋を思わせる褐色の肌、その双眸は彼女の担い手の魔力光と同様の鉛色で、プロポーションは男の欲望全開。服装もまた、男が喜びそうな露出度の多い民族衣装を模したものであり、ヴァイスがシスコン一直線、妹に操を立てるある意味での益荒男(ますらお)では無かったのならば、その肢体に目を奪われていただろう。

「…デバイスの変形機能がある程度の質量無視するっても、行き過ぎだと思うなぁ、俺」
「ヴァイス氏。この体躯は中核に私を使っているが、基本的に外付けのものだ。本来の変形とは、少々別物だと言っておこう」

特に表情も変えぬその女性。その右手には、日々ジョン・スミスが着用しているグローブが装着されている。しかしてそれは、彼が渡したわけでは無く、

「…やっぱ、信じられねぇなぁ…」
「ふむ。安心すると良い、ヴァイス氏。ソレが正常な反応だ。彼らのように『デバイス擬人化計画』と言って、人に似せた体躯を設計する方が異常なのだ」

そう頷き、再び視線をヘリポート入り口へと向ける女性。
…ネームレス、何だよなぁ。
幾度か見た事があるホログラム。それよりもやや人間性を廃した、機械部分が少々目立つ体躯を持つ件の彼女を見て、ヴァイスはこうなった経緯を思い出す。
事の始まりは、数十分前。一昨年から武装隊で使用され始めた新型ヘリ、JF704式の準備を入念に行っていた時のこと。機器が正しく動くかどうかなどの確認を行っていたヴァイスは、不意に人の足音を聞いた。
視線を向けた先、ヘリポート入り口から現れたのは、

『グッモーニンだヴァイス・グランセニック。元気にしているか?しているな?良し、俺も元気だし何の問題も無いな』
『行き成り一人問答始められても。俺は旦那ほどツッコミ能力高くないんだぞ?』
『フッ…言葉を返している時点で上出来だ、ヴァイス・グランセニック。他の局員ならば戸惑い、言葉を失うところだぞ』

クックック、と笑う天然パーマに白衣の妙に偉そうな男。技術犯・班長の言葉にはぁ、と適当な返事を返しつつ、彼の後ろに誰かが居る事に気がついた。入り口から班長に続いて出てくるその人物は、

『――――』

フード付きのローブを纏っており、顔の見えない。はて何者だろうかと首を傾げたヴァイスは、視線を班長へと戻す。

『班長、後ろに居るのは誰だよ。まさか技術犯の一人があんなインパクト少ない真似するわけ無いし』

ヴァイスの問いに、班長はクク、と喉を鳴らした。

『良い勘をしているな、ヴァイス・グランセニック。その通りだ、こいつは我らの一員では無い』

が、と班長は言葉を置き、

『貴様も良く知る、そして我々にとって娘も同然の者―――ぬおぉぉぉ!!何が気に入らなかった!?突然のアームロックは止めろ!!そんなところまでジョン・スミスに似たか!?』
『ふむ、自己判断機能があなた方に娘と見られるのを忌諱してな。つい』

班長への束縛を解いたその人物が、自身のローブを剥ぎ取った。その中から現れたのは、確かに自分も良く知るが、それは立体映像でしか見たことの無いもので、

『…はぁぁぁぁぁぁ!?』

―――人に似た体躯を持つネームレスが、其処に居た。
驚愕に大声を上げたヴァイスだが、その声を不服に思ったらしい班長が身を屈めつつ口元に人差し指を当てた。

『シーッ!!…声が大きいぞ、ヴァイス・グランセニック!貴様は落ち着きを知れ!』
『いやあんた等にその台詞言われるとお終いなんだが…つか、何だよコレ。ネームレスのホログラムを物理的に完全再現したってか?』
『その通りだ、ヴァイス氏。よくもまぁ一晩でこの体躯を作り上げたものだと私も思うが…』

そう言ってまだ動かしなれていないのであろう、肢体をぎこちなく動かしながら自分の身体を確認するネームレスに対し、班長は得意げな顔で、

『クククク…ユニゾンデバイスであるアギトちゃんのデータを収集し、その昔に酔っ払った勢いで製作した人型骨子を基盤に、我ら第十三技術室が全力を挙げて一晩で完成させた素敵モード…古の女神の名を賜ったコレこそ…ネームレス・モルガンモード!!モードと言っても何時もは特殊空間に安置されている体躯を、発動と同時に転送(アポート)しているだけだがな―――!!』
『いや其処まで聞いてねぇから』
『説明とは技術者の義務でありロマン!!ヴァイス・グランセニック、貴様が聞こうが聞かまいが関係の無い事だ!!』
『相変わらず人の話聞かねぇなぁ、アンタ』
『ジョン・スミスにも良く言われる。…ふむ、そうだ』

どうせなら其処のヘリも改造してやろうか、と言う班長に、ヴァイスはスミス直伝のジャーマンスープレックスを叩き込んだ。その数秒後に復活を果たした班長は、要件は済んだとばかりにダッシュでヘリポートから飛び降り、

『では貴様ら!ジョン・スミスには宜しく伝えておくといい!!サラダバー』

ハーッハッハッハッハッハ!!という高笑いと共に、何やら腰部分のボタンを押そうとしていて、

『――――――――マッスル飛行魔法!!ダブルバイセップス・スタイル!!』
『ぬおぉぉ!?』

突如として下からポージングと取って現れた筋肉陸士により、ヘリポートよりも高い位置へと弾き飛ばされた。
作動させようとしていたのだろう何かのボタンはその衝撃で壊れたらしく、執拗にボタンを連打する班長だったが、それは徒労に終わり、

『コンナハズハー!!』

悲鳴と共に落下していった。急ぎ下を見てみれば筋肉達磨達によるガチムチマットの上でズルンズルンと滑っている班長が居た。明らかに塗りすぎだろうと言うほどのワセリンと、流れ出る汗が嫌な輝きを放つその陸士達に班長は連れ去られ、

『アッ―――――――!』

何処からか聞こえた悲鳴に、ヴァイスは頭を抱えて塞ぎこんだ。
俺は何も聞いてない、俺は何も悪くない、俺は何も関係無い、と念仏のように唱え、ストームレイダーに頼みウィンドウを展開。ストックされた『ラグナ成長録』を見て心の傷を癒したヴァイスは、今度の休みにはラグナを力いっぱい抱きしめようと決意した。

「…クソ、嫌なもん聞いちまったぜ…」

舌打ちと共にそう呟いた。それから、視線を再びネームレスへと向けてみる。
…いや、ホント凄ぇわ。
非常に人間に近い体躯を持つ彼女。それを開発した者たちを思う。
第十三技術室。スミスが縁で幾度か顔を合わせた事のある者達だが、自分の先輩や知り合いと比肩するキャラの濃さを誇っていた。
そのキャラの濃さに比例して…なのかは不明だが、優秀であると言う事は理解していた。だが、彼らの優秀さはヴァイスが予想していたものよりも数段階上の優秀さであり、明らかに『海』でも不可能かと思われる事をやってのけた。
同時に、理解する。
…こりゃあ、外には出せんわなぁ。
第十三技術室の面々は、各所から爪弾きにされた技術者たちばかりだ。主に性格の不一致や独創的思考回路が問題で地上部隊に配属されているが、その実態は元は本局に居た事さえあるエリート集団。そのオーバースペックとすら呼べる技術力を持った彼らをクビにして、仮に管理局の敵側に回ったとすれば。
…太刀打ち出来ねぇかも知れねぇな…。
だから、飼い殺しにする。
予算の少ない地上部隊に所属させ、その力を発揮する機会を減少させる。そう言った思惑で彼らが地上部隊に居るのだと聞かされた事があるヴァイスは、
…旦那の部隊と同じなんだよな。
陸士53部隊。俗に『ゴミ捨て場』と呼ばれる部隊に所属する彼らは、しかし決して『ゴミ』と呼べるほど能力が低いわけではない。
寧ろ、魔力こそ低い者は居るだろうが須らく一騎当千と呼べる兵(つわもの)や切れ者ばかり。或いは本局自慢の地球発掘三人娘ですらも打倒しうる可能性を持つ。そんな彼らが地上部隊で、重要な任務を与えられない場所に居るのは、やはり上官と反りが合わなかったり性格が独特だからだ。

「…難儀なもんだよなぁ、旦那も」

彼の人物は、魔法を殆ど使わず管理局入局の試験に受かった。
その際に滅多打ちしたのが本局でも地位の高い人物であり、その人物の手によって『四等陸士』と言う捨て駒の代名詞である階級を設定されたのだが、彼は『任務達成』と言う部分だけで見るのならば優秀な局員だ。
…死に掛けても達成するからな、あの人。
戦闘機人の一件。あの事件で彼自身の命も危険に晒されたが、確かにゼストが依頼した『部隊の救助』と言う任務を完遂した。その後も『問答無用で姿を見せない』という戦法ではあるが、多くの任務を達成しているという。
しかしその気質は表に出る事を好まず、また表彰される事や公式の場に立つ事を嫌う。そのせいで彼は出世と言う言葉とは縁遠く、

「今もまだ四等陸士のままなんだよなぁ…」

回転するヘリのプロペラに視線を向けながら、そう呟いた。その様を妙に思ったのだろう、顔色を変えないままに此方を見たネームレスが小首を傾げる。

「どうした、ヴァイス氏。唐突に独り言を始めて」
「いや、旦那の――お前の担い手について、ちょっとな」

そうか、と言葉を返すネームレスが、ピクリと動きヘリポートへの入り口を見た。人間で言う耳辺りの部分から伸びる黒い感覚器がキシ、と小さな音を上げ、

「――――相棒含め三人、いや、恐らくリインフォースⅡ氏も居るか」

そう呟いたネームレスの言葉に、ヴァイスは視線を入り口へと向ければ、ネームレスの言葉通りに四人が現れた。自分にヘリの準備を頼んだ者達と、彼女の待ち人の混合集団。
はやて、フェイト、リインが横一列に並び、その後ろを頭二つ分ほど抜けたスミスが続く中、はやてはスミスへと視線を向けながら、

「うーん、やっぱりデジタルだけじゃあかんのかなぁ…今朝の事も、普通に口で言っておけばなぁ…」
「タイミングが悪かっただけさね。まぁ、伝えられたとして俺が行くかは別だがね。あんまし挨拶とか朝礼とか、好きじゃ無ぇのよなぁ。長ったらしい上に定型句ばっかりで」
「はやてちゃんの挨拶は短くスッキリですよー!」
「へいへい、分かりましたよ、リイン曹長殿」
「そもそも好き嫌いで出る出ないを決めていいものなのかなぁ…」

和気藹々と談笑する彼らがヘリポート入り口から出てくる。そしてはやてが此方に気付き、

「―――あ、ヴァイス君!もう準備できたん―――」

か、と言う口を作ったまま、はやての動きが停止した。彼女は急に口元に手を当てたかと思うと、

「八十二…ううん、八十八…違う。まさか、オーバー九十!?そんな、あんな逸材がまだ管理局に存在していたなんて…八神・はやて最大の失態…!!」
「は、はやて?」
「はやてちゃーん?」

何事かをブツブツと呟き始め、フェイトとリインは戸惑いを見せ、ただ一人スミスだけが口元から薬用煙草を落とし、

「え、は、ちょ…えぇええぇえぇぇぇ!?」

叫んだ。その近くに歩み寄るネームレスは、

「落ち着け、相棒」
「いや落ち着けるか阿呆!!ンな…何でお前さん、そんな…えぇぇぇぇ!?」

空いた口が塞がらない、と言うような表情で叫ぶスミスに、相変わらずの無表情を見せるネームレス。念のため、とでも言うようにスミスが眉根を寄せつつ、

「…お前さん、本当にネームレスか?」
「ああ。証拠を見せよう」

右手部分、鉛色の球体がはめ込まれたグローブを翳した彼女の体躯が輝き、

『――――これで、証拠になっただろう?』
「………オイオイ………」

地面にパサリと落ちたネームレスを拾い上げたスミスは、引きつった笑みを見せていた。その姿を見るヴァイスは、やっぱりなぁ、と苦笑を浮かべ、

「まぁ、旦那。確かに返却しましたよ、ネームレス」
「…一体、どんな改造施したんだよ。あの変態どもは」
「俺は深く知りませんよ。ネームレス自身に聞けば、一番分かるんじゃ無いっスか?」

ネームレスを右手に装着し、拳を握ったり開いたりを続けるスミスにヴァイスはそう答えた。その言葉に応じるかのように、先ほどの女性と同様の立体映像が現れ、

『まぁ、多くはキャパシティの増量だな。とは言っても、元より相棒が使用する魔法は少ない。故に、魔法構成部分についての制約は今までのままだが…幾つかのブラックボックスが開放された』
「ブラックボックスねぇ…前みたいなイロモノじゃ無かろうな」
『それについては追々説明するとしよう。それより、八神氏やハラオウン氏は、ヘリに乗らなくて良いのか?』

本局に行くのだろう?と問うネームレスの言を受け、スミスがはやての肩を叩きヘリを指し示す。その動きにあわせて戸惑いを見せていた二人もまたヘリへと視線を向ける。
その事を確認したヴァイスは、

「――――じゃあ、出発するとしますか?」

ニッ、と快活な笑みを見せた。



                     ●



「いってらっしゃーい…っと。おー、流石はヴァイスが期待したヘリ、速い速い…速いが、きっと揺れは少ねぇんだろうなぁ、アレ。地球の戦闘ヘリとは違うんだろうなぁ、アレ」

ヘリポートから飛び立つヘリに向かって手を振り続け、高速で遠ざかり見えなくなったところでスミスは振っていた手を下ろした。
地球のは戦闘機動入るとえらく揺れて溜まったもんじゃねぇのよな、とスミスは一人呟く。ゴキゴキと関節を鳴らし、周囲を見回せば、

「ふんむ…」

さて、再び手持ち無沙汰。遊撃と言う立場にある以上、戦闘以外で特にやる事があるわけでは無いが、此処最近は働いていないせいで逆に落ち着かない。
…給料泥棒は、趣味じゃねぇのよな。
何もせずに金を貰う、というのは好ましくない。働いてこそ『自分はコレを貰う価値がある』と認識が出来るわけで、何もせずに給料などを貰っても恐縮してしまう。講座に振り込まれた金額を見ても、恐らく渋い顔しか出来ないだろう。
そう思ったスミスであるが、やる事が無いのは確かな事実で、

「どうすっかねぇ…さっきのに乗っていけば、また別だったんだろうがねぇ…」

そう言って、懐から新たな薬用煙草を取り出し口端に咥える。先ほど落としてしまった薬用煙草は、既にポケットへ突っ込んである。
…ホント、本局いっときゃ良かったかね。
片目を瞑りつつ後頭部を引っ掻き、そう思った。
無限書庫にでも顔を出し、何らかの書物でも読んでいれば気も紛れただろう。ロリィな狼、フェイトの使い魔であると此処最近知ったアルフをおちょくるのもまた良しか、と思うもののそれはあくまでも空想であり、現実はヘリポートにぽつんと立つのみ。
仕事が面倒臭い、と言う輩も居るが、それはあくまでも『仕事をやれる立場』だからこそ言える言葉で、今の自分のように『仕事をやれない立場』からして見れば仕事やりたい、超絶やりたい、といった気分になるのだ。
うーむと思い悩むスミスに、再び立体映像を構築したネームレスが、一つ頷いて言った。

『…ふむ。相棒、暇だと言うのならば提案が一つある』
「おん?何ぞや」
『新人…スバル氏たちの様子を見て来てはどうか』

ネームレスの言葉に、スミスは顎に手をあて考える。
…どちらにせよ、仕事していないのに変わりは無ぇんだがなぁ…。
かと言ってやる事も無い。査察官と言う名目上、あまり六課の持つ事情に深く立ち入れない…と言うか遠ざけられている部分がある以上、書類仕事すら無いのだ。
ともすれば、ヘリポートの上で突っ立っているよりもマシか、と思い、

「――――良し、んじゃあ行って見るかね。場所は分かるんだろ?」
『うむ。十中八九、沿岸部に備えられた六課の演習場だろう。高町氏が完全監修した陸戦用空間シミュレータが配置されているとの事だ』
「金掛けてんなぁ、オイ。やっぱ変態でも後見人としちゃ優秀なのか、クロノ坊は」

それと母親のリンディさんも同じく後見人だったっけかね、とスミスは心の中で言葉を紡いだ。スミスの言葉に同意するように頷いたネームレスは、更に言葉を付け加える。

『他、聖王教会からの援助もあるらしいがな。…とはいえ、此処まで圧倒的バックボーンが存在するとあからさまに『何か有ります』と言っているようなものだな』

ネームレスの言葉に、だよなぁ、とスミスは頷いた。
この機動六課、名目上は『古代遺物の回収及び独立性の高い少数精鋭の部隊の実験』というものであるが、まず間違いなく裏の事情がある。それが何なのかを知る良しも無いし、知る気も起きないが単なる実験部隊であれほどのバックボーンを得るのは不可能に近い。主に課長であるはやてとの親交が深い人々がバックボーンに居るらしいのだが、戦力過剰としか言いようの無い部隊に『知り合いだから』と言う理由だけで手を貸すほど良識が無いわけでは無いだろう。

どう考えても、バックボーンに着くだけの特殊な理由がある。

それはレジアス中将も重々承知している事で、しかし『それで地上が平和になるのならば良いだろう』と豪快に笑っていた。実際、この機動六課が専門に扱っている古代遺物(ロストロギア)、『レリック』と呼ばれる赤い水晶のような形状をした物質の齎す被害は甚大だ。
ミッドチルダで、その首都クラナガンで件の古代遺物が暴走を起こした場合、どれほどの市民が被害を受けるのかなど想像に難くない。表向きの名目とは言え、それを回収するのはまず間違いないだろうしそれで被害が減るのならば良いのだろう。

「…ま、難しいこと考えたところで、俺に何ぞやらかすほどの権力は無ぇしなぁ。要人暗殺ぐらいなら片手間でやれる自身あるけどよ」
『相変わらず物騒な発言を真顔で言うのだな、相棒』
「そう珍しくも無いと思うがねぇ、要人暗殺なんざ。ソレこそ、実はもう潜り込んでるかも知れんぞ?敵対勢力が」

クカカカカ、とスミスは笑みを洩らすが、
…マジでありえそうで怖ぇのよな、コレが。
即座に顔を引き締め、眉間に皺を寄せた。
管理局のセキュリティは万全だと、スミスは思う。きっと他の局員もそう思っているだろうし、恐らく本当に万全なのだろう。
だが、しかし。
この異常な科学力を持つ世界で、本当に『万全』という言葉が存在するのだろうか。そもそも世の中では万全の状態を整えたとしてもアクシデントが発生する事など、多くは無いが、少ないと言うほどでも無い。何処かに落とし穴や抜け道があるものだ。
特に、ある一つの事を過信しているとそういった状況に陥り易い。ならばセキュリティに全幅の信頼を置いているだろうこの管理局で、そんな事がありえるか否か。
…分からんなぁ。
自分の出した結論に、ふぅ、とスミスは溜息を吐いた。悪い癖だと、そう思う。
自分ではどうしようもない事に対して無駄に思考を巡らせては疲労し、結局は思考を投げ出す。直そう直そうと思っても、コレは己の性分のようで中々変わらない。

「…難儀なもんさねぇ」
『…今日、その言葉を聞くのは二度目だ』
「あん?」
『何、相棒を待っている間にヴァイス氏も同じような事を言っていてな』

…ヴァイスがねぇ?
相棒の事について何か考えていたようだが、と報告するネームレスに一つ頷き思考を巡らせるも、思い当たる件は無く、恐らくヴァイスも取りとめも無い事を考えていたのだろう、と結論付けた。

「…と。存外に長い間、話してたな」

右目の義眼、『親父』の表示する現在時刻を見てスミスはそう呟き、

『うむ。では、向かうとするか?』
「そうするかね。とりあえず―――こっから降りるか」

スミスがヘリポートから下を見つつそう言うが、ネームレスは否定するでもなく頷き、

『了解した』

その短い言葉と共に、スミスの身体を魔力が駆け巡る。身体強化の魔法が細胞の一つ一つに魔力を染み渡らせ、強度を上げていく。二、三度飛び跳ねてその感触を確かめたスミスは、かくしてヘリポートの縁で身を倒し、

「レッツ、紐無しバンジー」
『駆け下りると言う点でバンジーでは無いな。

――――六課隊舎の壁面を、駆け下りた。
途中、医務室で機材の準備をしていた女性局員やヴォルケンリッターの一人がその光景を目撃し己が目を疑い互いの見たものを確認しあっていたりしたのだが、蛇足である。
ともあれ壁面を駆け下りるスミスは、隊舎入り口付近の上で壁面を蹴り、変態的体術により空中で姿勢を整え、地面を削りつつ着地する。

「おおおおっとぉ…っと!」

が、勢いは衰えない。速度を保ったまま地面を蹴りつけ、前へと加速する。
…生身でこんな無茶できるんだから、魔法ってのは凄まじいよなぁ。
結構な高度のある場所から駆け下りて、尚且つ身体に何の被害も出さず着地できるなど普通在り得ない。けれどソレが出来るのは、やはり魔法と言う力があるからなわけで。

「――――便利だなぁ、魔法」

過信するのも止むなしか、と、スミスは一人そう思った。



                     ●



「到着っとぉ…おんや、あそこに見ゆるは…」

海岸沿い、六課自慢のシミュレーターがあると聞く場所へと到着したスミスは、その付近で何やら人影を見つけた。
右目の『親父』の望遠機能を起動させその姿を確認してみるに、ピンク色のポニーテールと赤いお下げが見えた。片方はシグナムで間違いないのだが、もう片方は…、

「…誰だ?」
『恐らく、シグナム氏と同じくヴォルケンリッターの一員、紅の鉄騎・ヴィータ三等空尉であろうな。どうする、声でも掛けてみるか』

そう問うネームレスに、スミスは一度ううむと唸り、

「…いや、止めとくさね。あの二人、どうにも俺が踏み込んでいい感じの話はしてないみてぇだわ」
『―――そうか』

望遠機能で見えた二人の横顔は、真剣そのもので。きっと自分が踏み込めない域の話をしているのだろうな、とスミスは当たりを付ける。
話し掛けるのを諦めたスミスは、だからと言うべきか、海のほうへと視線を向けた。

「…ほぉ…コイツァまた、金掛けてそうだなぁ、オイ」
『うむ。基本、地上部隊は貧乏部隊が多い。あれを見ると、それを改めて実感するものだ』

向けた視線の先、海の上へと設計された仮想都市。ホログラムだろうが、しかし魔法により構築されたその都市には確かな質感と構造が存在しているようだ。
未知への探究心からか、思わず都市の中に飛び込みたくなるような気持ちにもなる。
…俺だって、男の子。
年老いて精神が落ち着いただろうが、未知に対する好奇心と言うのは衰えない。それが幻想、夢見ても届くはずが無いと思っていたような事象であれば、尚更だ。
尤も、流石にソレは出来ない。気持ちはあれど、同時に良識もある。
なのでスミスは、周囲を見渡し、

「おーおー、居る居る。スバルにエリオ坊、ティアナ嬢に…ルーテシアとキャロ嬢は…」

…何だ、修羅場ってんのか、アレは。
やや半眼で見る下方、新人達の集まりの中で、桃色の髪の少女と紫色の髪の少女が向かい合い、見えぬ火花を散らしている―――ように思える。実際のところ会話が上手く行っていないだけなのかも知れず、何とも言えないのだが。
その周辺では常時呼び出されている召喚獣のガリューと、白い小さな竜――フリードリヒ――が戯れていると言うか、

「―――向かってくるフリードリヒを、ガリューが相手してやってる感じかね?」

見ればキューキューと吼えるフリードリヒに、加減をしつつもガリューが手を出している。
種族は違えど、やんちゃな弟と不器用だが優しい兄、と言ったところだろうか。異種族交流に和みつつ、ふと見当たらない影があることに気が付く。

「…アギトが、居ない?」
『ふむ…そのようだな。はて、どうしたのやら』

新人五人組の近くにも、召喚獣たちの近くにも居ない。さて何故だろう、と思っていれば、

「はーなーせー!!」
「後学の為に!!後学の為にちょっとで良いですから調べさせて下さい!!」
「いやだー!アタシは研究者嫌いだし技術者も嫌いなんだ!!着せ替え人形扱いは嫌なんだよ!!」

眼鏡を掛けた女性局員に捕獲されているアギトが居た。その台詞の内容に、
…ああ、トラウマになってんのかね。
違法研究所に居たときの事があり、アギトは研究者が嫌いだ。それは当然の事として、彼女はあんな形でもデバイスと言う機械の一種である。なので一般的な医者よりも技術者に見せた方が良いと言う事で、一時的に技術犯に預けられた事があるのだが、

『ふはははははは!!あらゆるデータを紳士的に採取して紳士的開発を行ってくれるわぁ!!』
『アギトちゃん!!風呂とか入るかい!?直ぐ用意するぜ!?』
『テメェ!!その姿を撮影する気か!?―――焼き増ししろよな!!』
『貴様らぁ!!アギトたんの裸を見て良いのは我輩だけであるぞ!?控えい!!』
『ウルセェよロリコン!!』
『違う!!生命礼賛!!我輩はロリコンではなく生命礼賛者である!!』
『うっせーロリコン!ケツの穴に地球からのお土産として貰ったWASABIぶち込むぞ!!』
『取り押さえろー!!』
『ぬぅぅぅぅ!?何をする貴様らぁ!!ちょ、やめ、まっ――――アオォォォォォォォ!!』
『アギトちゃん、アギトちゃん!!次はコレ着てみて!!』
『―――ちょ、やっばいわよコレ!!班長カモン!!カメラ準備!!』
『可愛いわぁぁぁぁ…お持ち帰りOK!?』
『ゼスト隊長に殺されるZE☆』
『あっちゃー、そりゃ無理だわー』
『バロスwwwそんぐらい最初に計算しwwとwwけwww』
『やかましいわよ乳神教徒!!アンタ題材にしたBL本買いてあげましょうか!?』
『ちょww勘弁ww』
『う…うわぁぁぁぁぁぁん!!助けて旦那ぁぁぁぁ!!スミスゥゥゥゥゥ!!』

―――と、こんな地獄絵図が広がっていたのだとか。
スミスがゼストの代理として迎えに行ったとき、アギトは泣きながらその胸元に駆け込んで来た。問題の技術犯たちは、イイ笑顔で此方を迎えていたので、

『子供を泣かすんじゃねぇよゴミ虫どもがぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『ぬおぉぉぉぉ?!どうしたのであるかジョン・スミス!!』
『最新式怒りメーターが『謙虚』から『有頂天』になっちまった!?』
『ナイトメア・モード起動時と同レベルかよ!!』
『オラァァァァァァァ!!』
『うわぁぁぁ!!メガトンパンチが来――ぶべぇ!?』
『ギャアアアアア!!』
『メディック!!メディィィィィィック!!』

遠慮なくボコボコにしておいた。そんな事もあったよなぁ、と思いつつ修羅場っている感じの二人から視線を外し、スミスは再度仮想都市を見て、

「……久々に、身体を動かしたくなるわなぁ、コイツは」

ハイスペックな感じの演習場を見て、スミスはそう呟いた。
ここ一週間ほど、身体を思い切り動かす機会が無かった。馬鹿どもを殴ったりと気疲れは多かったものの、身体的疲労を覚えていない。
疲れることに快感を覚えるマゾヒストでは無いが、身体を動かさないと鈍りそうで怖い。そんな意図を込めた発言だったのだが、

『ゼスト氏に頼めば嬉々として相手をしてくれると思うぞ、相棒』
「死ぬわ」

純粋なる物理破壊力のみでAランク魔導師のバリアを破砕する騎士とやりあうなど、正気の沙汰ではない。決して勝てない、とは言わないが、
…やるとしても、外道戦法だわなぁ。
罠を仕掛け、身を隠し、隙を窺い首を討つ。不意打ちだろうが何だろうが、四方八方あらゆる手を尽くし、加減無く『殺す』為に動かねばならない。しかして模擬戦でそんな事をするわけにもいかないわけで。
結果、模擬戦での勝利は不可能。純然たる殺し合いならば、或いは。

「地力が違いすぎるってのよなぁ…俺ぁ蟻、あっちは像とかそんなんだろうよ」
『ふむ…前提としての戦法が違う以上、そうなるか』
「そうそう。あっちは騎士だが、俺ぁ暗殺者とかその類なんだから、真正面から戦えば負けるさね」

そう言って肩を竦めたスミスは、次いで、

「――――新人は、これからに期待ってぇ奴だわなぁ」

どっこいせ、と座り込みつつ、そう呟いた。
視線を向ける下方、五人の新人が居る。スバルとティアナの実力は魔導師試験で知っての通り、残りの三人にうちルーテシアは言わずもがな、恐らくエリオとキャロとて潜在的能力、資質は己の遥か上なのだろう。
しかし、圧倒的に経験が足りない。
幾度かの戦場は経験しているのだろうが、それでも未だ足りない。修羅場を潜り抜けたその先の勝利を、彼らは未だ知らない。それを知り、自らの力量を理解し、成すべき事をしっかりと成せるようになった時、彼らは己を容易く越える。
成長の過程ですら追い抜かれるかも知れないというその感覚は、寂しくもあり、けれど嬉しくもある。未来ある若者が、未だ未熟な雛鳥が成長し、大空へと飛び立つその瞬間を垣間見れるやも知れぬという期待感があるのだ。
だが。
…子供が戦う、ってのは、やっぱり心苦しいがねぇ…。
この部分だけは譲れないと、信念が叫ぶ。育ちゆく雛鳥たちを高みの見物できる楽しさはあるが、それと同時にそんな雛鳥が戦場に出なければいけない、という不快感もある。そうは思ってもやはり自分にできる事など大して無いのだから、

「願わくば、高町教官殿がしっかり鍛えてくれる事を、祈るとするかね」
『大丈夫だろう。教導隊で扱かれた経験がある高町氏ならば、恐らく』
「ま、教導隊はスパルタ教育ってぇ噂だしそれ伝来の教育方針ってんならば…しっかり扱かれんだろうねぇ、新人達」

クカカカカ、と笑うスミスだが、其処で『自分が本当の意味で新米だった頃』を思い出す。その頃に己が受けていた訓練を端的に表すと、
…デッドオアアライブ…!!
超実戦形式、出来なきゃ死ぬだけだとでも言いたげな扱きを経て自分は幼少ながらも戦場に立ったのだ。かつてはあれが『スパルタ』と言うものか、とも思っていたが世間一般に触れると別段そうでも無い事が分かり、自分が志願して戦場に立ったとは言え何ともやるせない気持ちになったものよな、とスミスは嘆息した。
…どっちかっつぅとイジメ、って言われたからなぁ。
それから再び、下方に眼を向け、

「――――まぁ、頑張んなさいな、雛鳥たちよ。ミッドの明日は君たちの肩に…ってか?」

近い将来、そうなるのやも知らんな、と言葉を付け足したスミスは、ゆっくり見させて貰いましょうか、と口端に薬用煙草を咥え、立ち上がった。
その行動にネームレスが、

『…見ていかないのか、相棒』
「何、心配は要らんだろうさ。教官なんて役職に付いてる奴ぁ、限度や引き際ってのを心得てるもんだ。だから、大丈夫だろうよ」

それに、とスミスは言葉を置き、

「疲れて帰ってくるだろう新人どもに、腕を振るおうかと、な」
『…料理か』

ご名答、とスミスは笑う。
此処で見ていても結局、仕事をした事にはならない。訓練に参加できると言うのならば参加してみるのも良いだろうが、新人用に組んだメニューへ自分が参入したとして、張り切りすぎたせいで訓練にならなかった、という事態は避けたい。
なので、

「――――――――――――さぁて、ちょいと話を着けて来るか」

踵を返し、来た道を戻っていくのだった。



                      ●



シグナムとヴィータは、食堂に来ていた。ヴォルケンリッターの四人で、ちょっとしたミーティングのようなものを行おうと思い、此処を集合場所として選んだのだが、

「…何をしている、お前は」
「レッツ下拵え。戦うコック的にはセガ○ルを目指したいところだな」

カウンターを挟んだ向こう側、厨房の中でとりあえず手首折っとく?と言うスミスに、シグナムは遠慮なく右ストレートを叩き込んだ。あふん、と妙な声を出して仰け反るその男は、しかし鼻を押さえながらバネ仕掛けの人形の如く起き上がった。

「クソ、性格的な意味で本当に烈火よな、お前さん。ツッコミが激しすぎる」
『相棒の技術犯に対する行動も似たようなものだと思うが』

あいつ等と同レベルで考えるんじゃねぇっての、と、デバイスとの漫才を繰り広げるスミス。その様子にシグナムは嘆息する。
…まさか、食堂にこの男が居るとは…。
そう思うが、シグナムはスミスを嫌っているわけでは無い。
戦い方はあまり好ましいものでは無いが、その戦い方ゆえに無傷で人質を助け出した事もあると聞く。ならばソレを否定するのは傲慢であり、否定するとしてそれ以上に彼が全力を発揮できるだろう戦い方を提示できない自分にとやかく言う権利は無い。
どちらかと言えば、その人柄は好ましいかも知れない。性格は、変人寄りな部分があるためにイマイチ受け入れがたいが。

「―――ん?」

そう思いながらもジト眼でスミスを睨みつける己の横、ヴィータが此方を小突いてきた。視線を下げた先、彼女は小声で問うてきた。

(おい、誰だよアイツ)
(ああ。件の男、ジョン・スミスだ)

彼女の小声に合わせ、同じく自分も小声でそう言った瞬間、ヴィータが視線を鋭く光らせ、スミスへと飛びかかり、

「お前が朝に居なかった奴かぁ!!」
「そぉい」

しかし、その強襲作戦はスミスの腕により中断させられた。
ヴィータの額に向かって、しっかりと伸ばされたその腕は、飛びかかる彼女をしっかりと押さえつけた。暴れるヴィータだが、

「んのっ!!テメッ!!オイ!!」
「…シグナムさんよぉ。お前さんの同僚、妙に可愛らしい事してくるんだが。まるで中国四千年の歴史を穢さぬよう繰り出した攻撃みたいに」
「例えが良く分からんのだが」

ヴィータはグルグルと腕を振り回すも、決してスミスには届かない。
八歳児程度であるヴィータの身長と、百八十センチを優に超えるスミスの身長が生み出す悲しいまでの身長差は絶対的であり、彼女の腕は空を切るばかり。暫くは暴れ続けていたヴィータだが、終ぞそれは無駄だと悟り、

「…この手どかせよお前!!」
「どかしたら間違いなく鉄拳が飛んでくるじゃねぇのよ。絶対に退かさんぞ」

クカカカカカカカ、といっそ悪役の如き笑みを浮かべるスミスだが、

「…いい加減にしろ馬鹿者」
「だがそうはいか…ごふっ!!」

シグナムの攻撃を避けるも、ロックの外れたヴィータの鉄拳がスミスの横っ面を打ちつけた。
しかし、厨房に立つ者としての最後の意地なのだろうか。料理器具に当たる直前で動きを止め、頬を擦りつつ仰け反った姿勢を戻した。
いつつつつ、と頬を擦るスミスを、フン、と荒い鼻息を放つヴィータが指差し、

「お前、何で今朝居なかったんだよ!!」

そう叫んだ。その問いにうんざりしたような表情を浮かべるスミス。

「もう俺、説明する気が起きねぇんだけどもねぇ…分かり易く言えば、デバイス強奪、通信届かず、海」
「だからお前は海で何をしていた」

釣り、とサムズアップで答えるスミスに、再びヴィータが殴りかかろうとするも先ほどと同じ方法にて止められる。今度は自分からその押さえつける手を退かそうとするヴィータだが、存外に押さえつける力が強いらしく苦戦している。
それを見るシグナムは一つ溜息を吐きつつ、

「ヴィータ、とりあえずコイツは捨て置け。簡潔すぎてイマイチ分かりにくいが、ようはデバイスへと入れた通信が奴に届かなかったと言う事だ。最後の一つは、確かに殴りたくなるのも分かるが」
「むぅぅ…今度、模擬戦でボコボコにするからな、お前」
「フッフッフ…俺が受けるとでも?」

ニヤリと笑うスミスに、ヴィータもまた笑い返し、

「上司命令だ。受けろ」

握った拳を下に向け、親指を突き出した。

「き、汚ぇ!?汚ぇぞこのロリっ子!!クソ、これだから権力は!!俺、一応査察官よ!?報告するぞコンチクショウ!!」
「ほとんど権限なんて無いってはやてに聞いたぞ」
「うわぁぁぁぁぁ!!言わなきゃ良かった!!」

先ほどとは逆に、今度はヴィータが悪人のような笑顔を浮かべた。対するスミスは冷や汗を流し、うろたえている。
…というか、流石にそれは職権濫用なのでは…。
シグナムはそう思うが、スミスは相変わらずうろたえているようで、

「チクショウ!ジョーカーが即座に無効化されたんだが、どうするべきかねネームレス?!電子頭脳で答えをどうぞ!!」
『諦めるべきだな、相棒』
「おおぅ…相棒にすら見捨てられた俺って、何だと思いますかヴォルケンズの皆さん」

その問いに、ヴィータと視線を付き合わせたシグナムは、ヴィータと共にスミスの方へと向き直り、

「「…屑?」」

問いに、息を揃えて答えた。
うわーお、辛辣ぅ、と落ち込むスミスに背を向けカウンターから離れたシグナムとヴィータは、食堂の座席に座り、

「…そろそろ来るかな、シャマルとザフィーラ」
「時間的に、各々の職務は終わっているはずだ。恐らく、そろそろだろうな」

座席の上、ぷらぷらと脚を揺らすヴィータの問いに、シグナムは淡々と答える。そっか、と言葉を返すヴィータが背を椅子に預けた。
そんな折、噂をすれば影、とでも言うべきか。

「―――来たようだな」

シグナムは、食堂の入り口に視線を向けつつ言った。
観葉植物が設置された入り口の向こう、やや幼げな顔を持つ金髪の女性と、青い毛皮の大柄な獣が食堂内へと入ってきた。
その一人と一匹が自分たちの座るテーブルを見つけ、その付近に来ると同時に、

「――――スマン、遅れたか」
「いや、私とヴィータも今し方に到着したばかりだ」

獣、ヴォルケンリッターの一員、蒼き狼ザフィーラの問いに、シグナムが答えた。その隣で金髪の女性、同じくヴォルケンリッターの一員、風の癒し手シャマルが胸を撫で下ろし、

「良かったぁ…ちょっと今日、驚いた事があったせいで少し医務室の準備に手間取っちゃって。だから遅れたと思ったんだけど…」
「驚いたこと?」
「ええ、六課の隊舎を駆け下りる人が居てね?それに驚いて――」

ピッピッピー、と。
その言葉を聞いた瞬間、何処からか口笛が聞こえ始めた。皆が何処からだ?と首を回す中、流石は獣と言うべきか、ザフィーラが出所を発見した。
あそこだ、とザフィーラが首の動きで指し示す先、バンダナとサングラスを着用したオールバックの男が不自然に口笛を吹いている。何やら冷や汗を掻いて「し、仕込みやらなくちゃなー」と此方に背を向けた男に対して、シグナムは無表情で、

「…ああ、奴か。奴ならば納得だ」
「…あのー…お茶請け、入ります?」

此方が向けた視線に気が付いたらしいスミスが、いそいそと厨房から現れ、トレーにクッキーや紅茶を載せて運んできた。

「オメーの奢りだろうな」
「寧ろ自作。出費は少なめなんで、どうぞどうぞ」

半眼で睨みつけるヴィータに、先ほどの小物っぽさは何処へやら。何故か堂に入った仕草で座席に座る女性三人へとクッキーと紅茶を置き、視線を下げ、

「…ドッグフード、要ります?てか、水の方が良いですかね?」
「…皆と同様のもので良い」
「了承っと」

ザフィーラに確認を取ったスミスが、厨房の中へと消えた。その背中を見送った後、ヴォルケンリッターの面々が顔を突き合わせ、

「…今の人って…」
「例の四等陸士だってさ。やっぱり変人だった」
「へ、変人って…どれくらい?」
「無駄にリアクションが大きくて、六課隊舎を駆け下りるぐらいには変人」

ヴィータに質問したシャマルが、冷や汗を掻いた。その様を見るシグナムは、
…奴よりもおかしな奴らが、地上には居るのだが…。
そう思うも、口には出さない。それを知るには彼らの精神は未だ脆く、自分も地上部隊の変貌振りには少々戸惑ったところもあった。

慣れてしまえば、どうと言う事も無いが。

とりとめも無い事を考えるシグナムを他所に、戻ってきたスミスがクッキーと、紅茶の入った底が浅く広い皿をザフィーラの元に置いた。そして立ち上がったスミスは此方を向き、

「じゃ、俺ぁまた厨房に引っ込むんで。味の感想、後で聞かしてくれれば幸い―――あ、ちとクッキーはちと甘めに作ってあるから、食った後に紅茶でも飲めば良い感じだと思うぞ」

さーて、そいじゃあ仕込みに戻るかねぇ、と身体を伸ばすスミスの後ろ姿を見て、ヴォルケンリッターの面々は互いの顔を見合わせる。
議題は、出されたクッキーや紅茶などだ。
自分たちの身内、シャマルの壊滅的な料理の腕を知る彼らは、料理が上手そうには見えないスミスの出した『手作り』の菓子類に対して、疑問を持ったのだ。
―――シグナム、アイツの料理の腕、分かるか?
―――分からん。
―――もしとんでもない味だったら…。
―――シャマル…お前が言うな。
アイコンタクトを取る中、シャマルが酷い!と叫んだ。涙を流すシャマルの背を叩きつつ、そして同時に頷き、クッキーへと手を伸ばす。
―――我らは一蓮托生。良いな?
―――食べたふりとかやめろよ。
―――テーブルの下から出て、ザフィーラ。
―――了解した。
一同がクッキーを持った(ザフィーラのみ、『咥える』だが)のを確認して、
一口。

「………」

しっとりとした口触りと、やや強い甘みが口の中に広がった。一同、無言のままに残りの欠片を口の中へ放り込み、飲み込んだ。次いで紅茶へと手を伸ばし、同じく一同の準備が完了したのを確認して、
一口。

「………」

橙色をしたその紅茶は、薔薇の香りに似た柔らかいが強い香気を放ち、やや強い甘みのクッキーに合う柔らかな渋みを持っていた。皆が黙々とクッキーを食し、紅茶を飲んだ。各々の小皿とティーカップが空になるのはほぼ同時で、揃ってティーカップを置き、一言。


「「「「―――――――――美味い」」」」


妙な敗北感とガッカリ感が、ヴォルケンリッターを襲った。



~あとがき~
想像:新人訓練風景。ルーテシアをちょっと目立たせるぞ!
現実:スミスさん提供のお茶会inヴォルケンズ。
…あっるぇー?



~オッマッケッ!~

・ナカジマ家の思う、ジョン・スミスと言う男



・ゲンヤ・ナカジマの場合

「はぁ…疲れた疲れた…」

陸士108部隊の部隊長、ゲンヤ・ナカジマは、己の肩を叩いていた。先ほど書類仕事が終わり、ようやく一息つけたところだ。
…隊長ってのも、楽じゃねぇよな…。
前線には出ないが、やる事は色々とある。特に部隊長、という重役に着いてからは書類仕事が以前よりも大幅に増えたものだ。
給料は上がったが、身体の疲れも上がった。最近では、湿布などを張ることもある。
俺も歳食ったなぁ、と思い、天井を見上げていれば、

「隊長、お疲れ様です」
「おお…悪いな」

コトリ、と部下の一人がコーヒーをデスクの上に置いた。去っていく部下に礼を言いつつ、ブラックのコーヒーに口を付ける。
口の中に広がる苦味を味わいつつも、
…比べるのは失礼だろうが…。
ジョンの淹れたコーヒーの方が美味かったな、とゲンヤは思う。
短い期間ではあったが、己の家庭で居候をしていたジョン・スミスという男が淹れたコーヒーは、中々に美味いものだった。自称・傭兵であったが、寧ろ家事手伝いか何かでは無いのだろうか、と思うほど家庭での仕事をこなしていた。
…そのお陰か、スバルやギンガも良く懐いたもんだよなぁ。
未だ二人が管理局に入っていない幼少期、休みの度に顔を出すスミスを心待ちにしていた二人を思い、苦笑が漏れた。或いは親である自分達よりも慕われていたかも知れないな、とも思う。
スバルは来る度にアイスを強請って、それをギンガが諌めて、苦笑したスミスが此方に作って良いかと問うてくる。その様を見る度に、妻と顔を見合わせ笑い、

『お前、その為の素材買って来てるだろうが。なぁ、クイント』
『どうせスバルのお願いを断る気も無い癖に、ねぇ?』
『ハッハ、子供にゃあ勝てんてぇ話だ。仕方なかろうよ』

そして子供らが寝静まった後、三人でスミスの作った料理をツマミに酒を飲んだりしていたものだ。
それから、一度自分とクイントが口喧嘩した時は、

『子供らに悪影響だろう阿呆どもがー!!』

と、説教をかまされた。子育ての何たるかを解かれたりと、それからは夫婦円満って奴だったなぁ、とゲンヤは思い出す。
…息子のようで、友人のような、親のような。
自分にとって、ジョン・スミスとはそう言う男なのだろう。そう思いつつ、ゲンヤはコーヒーを飲み干した。



・クイント・ナカジマの場合

「…最近は、静かねぇ…」

洗濯物を干しながら、クイント・ナカジマはそう呟いた。
夫も子供たちも管理局へ入局し、特に子供たちは寮での生活。夜には夫が帰ってくるものの、やはり一抹の寂しさを覚える。
…けど…。
そう思えるのは、きっと幸せなことなのだろうと、クイントは思う。
自分の両手と、両足を見る。
深く残る手術痕は、八年前の戦闘機人事件で付いたものだ。自分がまだ現役の頃、違法プラントへ突入したゼスト隊は、其処で『ガジェット・ドローン』と呼ばれる機械群と、それらを使役する戦闘機人達に出会った。ガジェットの放つアンチマギリンクフィールド、俗にAMFと呼ばれるソレは、効果範囲内の魔力結合を解く、つまり魔法の構成を無効化するものであり、自分たちゼスト隊は大いに苦戦を強いられ、窮地に陥った。
特に自分とメガーヌは、両の太股と踵部分から虫の様な羽を展開する女性型戦闘機人に完膚なきまでに叩きのめされた。脚の腱が切れ、腕も骨折、そんな時に、

『ハローバッドモーニング的な感じっぽいな、お二人さんよ』
『―――!?』

かつての居候、ジョン・スミスが現れた。何故かドリルを持って地面から現れた彼は、即座に自分たちをその穴の中に押し込め、

『おし、運んでけ皆の衆!ちょっと動けないっぽいぞそのお二人さん!!』
『お二人とも、此方です!!』

中に居た隊員に、運ばれた、その後、後ろから何やら怒声と叫び声、そして笑い声が聞こえたのだが、逃げおおせた安心感から気絶した自分には知る由も無い。

「…ホント、幸せよねぇ…」

本来ならば、きっと自分はあそこで死んでいたのだろう。しかし自分は今を生きて、子供や夫が居ない家を寂しいと感じている。そう思えるのが、きっと幸せで。
…命の恩人に、感謝しなくちゃね。
家に来るたび料理を担当したがる中身は老人、外見は青年の男を思い、クイントは笑みを浮かべた。
久々に来た時は、自分が料理を振舞おうと、そう思いながら。



・スバル・ナカジマの場合

夜。二つの月が照らす夜空の下、疲れ果てて帰ってきた新人達を待っていたのは、

『おう、お帰り。飯とデザート用意しといたから、好きなもん食え』

俺の奢りみてぇなもんさね、と笑うジョン・スミス四等陸士による料理のオンパレードであった。食事をする際のマナーとして手を洗った彼らは、一斉に食事を開始し、

「―――ジョン兄!もう終わった!!」

二十分後、大皿を掲げたスバルが、元気良く叫んだ。

「早ぇなオイ!!クソ、エリオ坊まで食欲魔人とは予想外だった…!!とりあえずカウンターにもう一皿置いといたから、持ってけ!!」
「流石ジョン兄!!準備が良いね!!」
「やかましいわ!!こっちゃ予想外の伏兵で大忙しなんだよバーロー!!」
『見栄を張るからこうなるのだ、相棒』

ウルセェ!!と叫ぶ兄貴分の前、カウンターに置いてある山盛りのスパゲッティを、空になった皿と入れ違いで運んで行く。
新人達が座るテーブルの中央にソレを乗せれば、早速エリオが手を伸ばし、自分の小皿に移す。スバルもまた椅子に座り、小皿へと移すが、

「どしたの?ティア。…美味しくなかったりした?」

あまり食事が進んでいないらしいティアナが、視界に入った。
兄貴分の作った食事があまり美味しくなかったのかと心配になり聞いてみれば、慌てたように首を横に振り、そうじゃなくて、と前置きをしつつ視線を厨房へと向けた。

「…見た目とのギャップが凄いじゃない、スミスさん。どうにもそれが気になって…」
「…そうかなぁ?」

ティアナの言葉に振り向いて、兄貴分の姿を見てみるが、

「うおぉぉぉぉぉう!!」
『夜中に叫ぶと迷惑だぞ、相棒』
「じゃかあしい!つか、お前さんも手伝えネームレス!!せっかくあんな形態になれるんだから!!」
『カートリッジ三本分を消費しての変形になるが、良いのか?』
「燃費悪ッ!?」

肩に乗るデバイスの立体映像と会話しながらも、急いでスパゲッティを茹でたり、サラダを盛ったりしている。
その服装は、普段は額に巻いているバンダナを三角巾代わりにして、中央にひよこが描かれたエプロンを身に着けている。
…あー、そっか。
その姿に違和感を覚えたスバルは、成る程、と一つ頷き、ティアナを見て、

「サングラス付けて無いと、印象変わるね」
「違うわよ!…そうじゃなくて、無骨そうな外見の割に…エプロンが…」

妙に可愛らしいじゃない、とティアナが言った。
…そう言われると…。
確かに、体型と服装が合っていないようにも感じる。しかし、スバルにとってはあれ如きで動じるものでは無い。何故ならば、

「でも、ジョン兄、フリル付きのエプロンとかも…」
「―――ッ!!」

丁度、水を飲んでいたティアナが口を押さえた。どうしたのだろう、と思い周囲を見渡せど、エリオは食事に勤しみ、キャロはフリードリヒの世話をして、ルーテシアは無表情にサラダを食べている。唯一、アギトだけが腹を押さえて蹲っており、

「クソッ…不意打ちだ…想像しちゃったじゃねーか…」

と震える声で呻いている。原因が分からないため、とりあえずそれらを思考から弾き出し小皿に盛ったスパゲッティを食べる。
…うん、美味しい。
母の作ってくれる料理も美味しいが、それと同等に彼の作る料理は美味しい。幼い頃に出会い、そして、長い付き合いの中で何度も彼の料理を口にした。始めの頃は自分の食事量に驚いたらしく、慌てて追加の料理を作っていた事を思い出す。
…八年かぁ。
最初に出会ったときは、変な男の人が居ると思っただけだった。丘の上、ボーっと立っているその人に声を掛けたのが始まりで―――。

「―――ま、いっか。ジョン兄!デザート!!」
「へぇへぇ分かりましたよっと…おら、とっとと取りに来い!!」
「えー、運んでよー」
「甘えんな阿呆」

そんな事を言うならやらんぞ、と取り出したアイスを仕舞おうとする兄貴分に待ったを掛け、急いでアイスを受け取りに行く。
―――彼と彼女の関係は、何処にでも居る、普通の、しかし本当の兄妹のようだった。



・ギンガ・ナカジマの場合

ギンガがある用事を済ませ、108部隊へと戻る為に廊下を歩いていたときの事。とある理由から鋭敏な聴覚が、シャッターの音を捉えた。
バッ!!と視線を向ければ、何時の間にか壁際に立っていた三人の陸士が此方にカメラを構えている。

「ああもう!だから何の前触れも無く写真取るの止めてください!」
「ワハハハハハハ!それは無理って話だギンガちゃん!!」
「俺たちは!!」
「美少女と見れば!!」
「撮影せずには要られない!!」
「「「それが俺たち、陸士・フラッシュマンズ!!」」」

シャキーン!!とポーズを取る陸士達は、しかしてギンガが腕を振り上げると蜘蛛の子を散らすように逃げていった。ある者は高速移動魔法で、ある者は開いた窓から飛び降り、ある者は隠し扉を使い逃走を行う。
その様に、ギンガは嘆息し、

「うう…こんなはずじゃ無かったのに…」

肩を落とし、涙を流した。父から聞いた管理局は、もう少しマトモだったはずなのだが。
…でも。
辞めようなどとは、思わない。
自分が管理局に入ろうと思ったのは、空港火災の時に命を救ってくれた人に憧れを抱いたのもある。
両親が管理局に勤めていたから、というのもある。そして、
…兄さんが…。
兄と呼べる人が、勤めていたからで。
いつ頃からだっただろうか。彼が、ジョン・スミスと言う男性が気になり始めたのは。
小さな頃、妹が見つけたその人は、そのまま家に居候する事となった。母や父が居ないとき、自分たちの面倒を見たり、食事を作ってくれたりしたその人は、自分たちにとって兄のような存在だった。妹は、きっと今もそんな風に思っているのかも知れない。
しかし自分は、

「――――何でかなぁ」

異性として、見ていた。
きっとそれは、父の次に近しい男性だったからで、それを未だに引きずっているだけなのだろう。ようは憧れのようなものが、成長と共にそのまま付いてきたと言う話で、
…幼稚なのかなぁ。
家族のような人に、恋心を抱くのは。きっと兄は、自分が勇気を振り絞って告白したとしても、

『兄さん、好きです!!』
『うん?俺もお前さん好きだぞ?ゲンヤさんとか、クイントさんとか、スバルとかも』

…こう返してきそう…!!
あまりにも精巧に出来たイメージに、ギンガは肩を落とした。あの兄は間違いなくこう返す、LOVEをLIKEとして取る人間だ。それは鈍感だとか、そう言うのでは無くて。
ある日の夜、父がふざけて聞いた事だった。

『お前、好きな女とか居るのか?』

その言葉に、幼い頃の自分や妹、母までもが興味津々と言った様子で顔を寄せた。しかし、兄が言った言葉は、

『―――俺、恋愛経験とかねぇのよなぁ。ずっと戦場駆け回って、孤児だとかの面倒見て、そんな人生送ってたから』

マトモに女と付き合ったことすらねぇんだわ、と米神を引っ掻く彼に、両親は沈黙し、自分と妹は首を傾げるばかりだった。
…やっぱり、気付かないかなぁ。
少なくとも、達成困難な話ではあると思う。『恋愛』と言う文字が抜け落ちているような兄の心を動かすには、一体どうすれば良いのか。
それが分からず、

「…前途多難、かぁ…」

足取り重く、ギンガは108部隊へと帰って行った。尚、その話を聞いていたらしい一部の陸士達が、

「うらー!!死ねぇジョン・スミス!!」
「このリア充が!!リア充が!!」
「寧ろリア獣!!妹に手を出す獣めが!!」
「嫉妬の炎が燃え上がる!!」
「行くぞ我らが最大奥義ぃぃぃぃ!!」

暴走し、ジョン・スミスへ突撃を仕掛けたのだが、

「――――俺のモーニングタイムを邪魔するとは良い度胸だなぁ、オイ。…死を、くれてやる」

静かな読書の時間を邪魔され、プッツン来たらしいスミスの手によって血祭りに上げられた。その後、その陸士達は裸に剥かれ『負け犬』の張り紙を股間に貼り付けられた状態で発見されたとか。
地上部隊では、割と良くある光景だった。


~おまけのあとがき~
そろそろおまけでスカさん編やろうかと思います。



[21147] 【習作】やっちまった感じしかしねぇうろ覚えの記憶に頼ったSS【ゴミ屑筆者】
Name: do◆579b2688 ID:00a27d88
Date: 2011/01/01 00:32
~注意~
・駄文。稚拙。
・オリ主。転生。
・原作崩壊。キャラ崩壊。
・約束すら護れない屑筆者。
以上の事が許容できる方のみ、スクロールして下さい。
































































午前四時。未だ日も昇りきらぬ明朝、ジョン・スミスの朝は此処から始まる。

「―――んぬむ」

パチリ、と眠気を感じさせぬほどアッサリ、スミスの両目が開いた。
……朝か。
起床と同時に『親父』が駆動を開始する。毎朝恒例となったバイタルチェックが行われ、眼前に数値を記録したウィンドウが無数に展開された。

「……オールグリーン、と」

危険を表す赤字の数値は今日も無い。最後にウィンドウの右上にある時刻表示を見て、展開されたウィンドウを閉じる。
独特の小さな音を立てながら消えるウィンドウを見つつ、身を起こす。

「んごっ」

頭をぶつけた。予想外の痛みに、若干涙が出た。
暫くの間、二段ベッドの上段、現在の自分の寝床にてゴロゴロと悶絶を繰り返す。痛みには慣れているが、日常生活と戦場は違うのだ。
常在戦場、と言う言葉もあるが。
頭部を押さえつつ、完全に眠気の吹き飛んだ面で歯を食いしばり、怨嗟の言葉を吐く。

「くぬををををを…クソ、此処の設計者やっぱ馬鹿じゃねぇのかオイ。何で天井低いトコに二段ベッドなんて配置したのよさ」
『相棒、二週間も経って未だに慣れない相棒にも非があると私は思うのだが』

背後からの声に、ぬお、と首を動かせば、ホログラムを形成して枕元に立つネームレスが見えた。だが、その形状は今までのものでは無く、

「……お前さん、そんなコスプレみてぇな趣味、あったかね?」
『デバイスであるこの身に、そんな趣味は兼ね備えられていないぞ、相棒』
「ンじゃ、その姿は何なのさね」

少し大きめのワイシャツ一丁のネームレスが、其処に居た。無駄に造詣の凝っているそのホログラムは、割と自分の趣味にクリティカルヒットだった。
対し、問われたネームレスは変わらぬ無表情のままに肩を竦めるような動きをして、

『さてな。少々、データに改良を加えようとスリープモードに入っていたのだが…再起動してみれば、この通りだ』

…十中八九、あの馬鹿どもの仕業だぁね、こりゃ。
こんなしょうも無い改造を施せるのは、ネームレスの調整を行っている奴らしかいない。
思わず半眼で、ネームレスの姿を見た。同時に思い出すのは、イイ笑顔でサムズアップをかます第十三技術室の面々の姿。
取りあえず、想像の中で爆砕しておく事にした。

『相棒、彼らはきっと爆砕しても笑顔だと思うぞ』

思考を読まれた。

「…だから、人の思考を勝手に読むなってのよ」
『それは無理な話だぞ、相棒。私はあくまでも『親父』から伝達される脳波を計測しているだけで、私自身に見る、見ないの選択権は無いのだから』

尤も、ある程度明確な思考でなければ読み取れないがな、とネームレスは語る。

「ンな事、初耳だぞや」
『当然だ、言っていないからな』

いけしゃあしゃあと言ってのける己のデバイスに対し、スミスは思う。
……こいつぁ、俺に忠実なのやら反抗的なのやら……。
いや、恐らく前者ではあるのだろう。しかし融通が利かない部分があると言うべきか、どうにも極端なところがある。
気を使う時は気を使うのだが、それでも未だに機械的と言うか。少しばかり人間に近づいてきたような気もしていたのだが、
……いや、機械に人間性を求めるのが酷、ってぇ話かねぇ?
ふと、疑問に思った。
どうなのだろうか。一般的なインテリジェントデバイスは、意思こそあるものの『人間性』と言うものはどちらかと言えば希薄だ。
或いはもう少し長い時間ネームレスとの付き合って行けば、何れは其処に辿り着くのだろうか。そうは考えるものの、
……まぁ、要、不要は置いといての話、だがねぇ。
必要なのか否かは、分からない。
利点があるのならば即座にでも人間性と言うものを発揮して欲しいが、そもそも単純な武器に『意思』と言うものは必要で無いとスミスは考える。
武器は武器として在る事が美しい。所謂、機能美と言う奴だ。
仮に武器が意思を持ったとして、その意思は『武器であること』を放棄するかも知れ無いし、『殺す事』に嫌悪を覚えるやも知れない。それは、武器として致命的な欠陥となるだろう。
だがしかし、それは今までスミスが駆け抜けてきた『血生臭い戦場』においての考えだ。『魔法』と言う新しいファクターが存在するこの世界で、『意思』があることに意義があるのか無いのか、『武器』に『意思』を持たせるこの世界で、その『意思』に如何程の価値があるのか。
見知らぬ事に対する探究心。今まで無縁だったその気持ちが、何時しか己の中で鎌首を擡げ―――、

『……ふむ、何やら難解な事を考えているらしいな、相棒』
「んむ……」

何時の間にやら、思考に没頭していたらしい。ネームレスの声に、意識が現実へと引き戻された。

『何やら考えていたようだが……小難しい事を考えるのは、相棒の癖か何かか?』
「喧しい。いいだろうがよ、多少考えに耽っても」
『答えが今すぐ出るわけでもないものに対し、無闇に時間を割くのは時間の浪費だと言っておこう』

……コイツ、一辺スクラップにしてやろうか。




       第十一話    『そろそろ戦だスミスさん』




―――機動六課の正式稼動から、約二週間の時が過ぎた。
二週間と言う時間は、スミスの生活環境を割と激変させたと言っても良い。
まず第一に変わったところと言えば、スミスの寝床である。元々は地上部隊の隊員寮を使用していたのだが、移籍に伴い寝床もまた移り変わる事となった。
そうしてスミスは一人部屋を失い、代わりに手に入れたのが、

「んー…あ、お早う御座います、スミスさん…。今日も起きるの、早いですね」

エリオ・モンディアルと言うルームメイトだった。今し方目覚めたらしい赤毛の少年は、既に局員制服に着替えたスミスの姿を見て、軽く頭を下げた。
小さく船を漕いでいるところを見ると、まだ少し寝ぼけているのだろう。それでも頭を下げると言う、その律儀な仕草に苦笑する。
……にしても二週間程度だが、それなりに打ち解けれたもんだな。
正直、あの頃のヤサグレ少年が本当にマトモになっているのだろうかと心の奥底では心配していたのだが、無用だったようだ。
最初に飯を作ってやったのが良かったのかね、と思いつつ、片手を上げてスミスは言葉を返した。

「おう、おはようさんエリオ坊。ま、老人の朝は早いってやつよな」

その返答に、エリオは少し首を傾け、

「…そう言うものですか?」
「そぉ言うもんさね。お前さんも、歳を取りゃあ理解できるだろうよ」

カッカッカ、と笑みを浮かべつつ、エリオの頭をクシャクシャと撫でてやる。未だ眠気が残っているのか、エリオは振りほどく様子も無く従順だ。

「さってと…現在時刻は…午前五時、か」

……普通のちびっ子なら、未だおねんねしてる時間かねぇ?
エリオの頭から手を離し、右目に展開したウィンドウで、現在時間を確認した。
午前五時。恐らく、普通の少年少女は寝ている時間帯だ。
けれども彼は、エリオ・モンディアルは普通の少年では無く、管理局と言う組織で働く立派な社会人だ。同時にその中でも新人である彼は、朝早くからの訓練を受けなければならないわけで、
……身体慣らすにゃ、しゃあねぇわなぁ。
開始時刻が何時頃か、と言うのをスミスは知らない。しかし、寝ぼけ眼や鈍った身体で訓練を受けると言うわけには行かないと言うのは分かる。
それ故に彼や、或いは別室に居るだろう彼女らは予定時間よりも早く起きる。頭や身体がしっかり機能するだろう時間を計算に入れて起床する。

「…ま、面ぁ磨いてしっかり眼ぇ覚ましときなや。俺ぁもう出るからさ」
「ふぁい…行ってらっしゃい…」

……今日はやったら眠そうよな、エリオ坊。
それほどまでに昨日の訓練は激しかったのだろうか。やりきったような表情をして帰ってくる辺り、力が付いて来ている実感はあるように見受けられるが。
まぁ苦も無く強くなれれば努力なんぞ要らんわなぁ、と思いつつ、寝ぼけ眼のエリオを置き去りに、部屋を出た。

                       ●

「あーいむしんかーとぅとぅとぅー」
『相棒、何だその歌は』
「うん?ああ、大量殺人鬼の鼻歌的なもんだ」
『物騒な歌もあったものだな、相棒』
「カッカッカ、ま、俺も良く知らんのだ。単にフレーズが気に入ってるだけなんでな」

上機嫌に鼻歌を歌い、トレードマークであるバンダナとサングラスを装着したスミスは、早速六課宿舎に設けられた中庭へと出た。
これから向かう先は、機動六課隊舎にある食堂。新人達を労う為に厨房を借りたあの日以来、スミスの主な仕事場となっているのだ。
本来ならば出来ぬ事ではあるものの、料理長からの推薦とスミス自身の意思と取得していた調理師免許、更にはレジアス中将からのお墨付きも有り、『暇な時に限る』と言う条件付きで、仕込みを手伝う事を許可されている。
故にスミスは、朝早くから機動六課隊舎へと出向くのである。
このまま十数歩直進すれば、隊員寮の外へと出ることも容易であるのだが、

「――――んぬむ?」

ふと、違和感を感じた。何かが違うと、頭のどこかで警笛が鳴る。
……ふむ。
コレは恐らく、と考えたところで、

「――――――」
「おっと」

シャリン、と。金属と金属の擦れる音が、日の昇り始めた朝の空間に木霊した。
背後からの不意打ち。ソレを、即座に構成したネームレスのナイフパーツによって逸らし、背後を振り向けば、

「――――――」
「おう、ガリュー。良い不意打ちだったぞや、今のは」

スゥ、と黒い影が浮き出る。赤いマフラーを身に纏ったその影の、赤い四つの眼光がスミスを見据えている。
ルーテシアの使役する召喚獣、ガリュー。ナイフパーツを使って軌道を逸らされた凶器は、彼の腕から伸びる長大な爪。
その爪を、ナイフパーツで擦り合わせるように下方へとずらされたガリューは、そのまま何をするでも無く爪を腕の中へと仕舞う。対するスミスもまた、先ほどの攻撃に対して特に言及するわけでも、反撃するわけでも無くその様子を大人しく見ている。
ガリューが姿勢を戻した後、どちらととも無く軽く腕を上方に挙げ、

「―――――」
「ハイ、おはようさん」

どちらととも無く、軽いハイタッチ。
人の言語を持たないガリューにとって、行動こそが言語と同意義だ。このハイタッチは、親しい者に対しての挨拶。
それを理解しているスミスは、全く律儀な事だねぇ、と呟きつつ軽い笑みを浮かべ、しかし即座に眉根を寄せた。

「……が、あれよな。一瞬だけ発露しちまったな。あれじゃあ不意打ちは成り立たんぞや」

少なくとも、歴戦の戦士にゃあだがね。
そう言って後頭部を引っ掻くスミスに、ガリューは静かに頷いた。しかし、其処には少しばかり落胆の色が見て取れる。
それを察知したのか、ネームレスが中枢部分を光らせつつ言を発した。

『そう落ち込むことも無いだろう、ガリュー氏。相棒がそっちの方面に突飛なだけで、貴方は十二分に優秀だ。相棒が変人なだけで』
「オイ、ネームレス。何で二回言った」
『何?重要な事は二回言うのが基本なのでは無かったのか?相棒』
「そうだな、ギャグにおいての基本だな。でも日常生活で使う必要性、殆ど皆無じゃねぇかなぁとお爺さん思うのよね」
『ふむ、そうか。…やはり、第十三技術室の用意したデータベースは当てにならんな』

そりゃあ当然だろうよ、と返答を返しつつ、若干置いてけぼりになっている感があったガリューの方へと視線を戻す。
彼の召喚獣は、相変わらず其処に佇んでおり、

「…ぬ、そう言えばルーテシア嬢はどうしたのよさ。お前さんがあの子から離れる事なんて、中々無い事だろうに」

思えば、ルーテシアが見当たらなかった。大抵の場合、どこぞの茂みに隠れていて、ガリューとの不意打ち講座が終わった直後に飛び出してくるはずなのだが、今日は出てくる気配が無い。
ガリューがルーテシアを蔑ろにするなどと言う事はありえないし、さてどうしたものかと問い掛けると、

「―――――。――――」

必死のジェスチャーだった。否、本人は普通にやっているつもりなのだろうが、人間視点で見ると人型の怪物が必死こいて妙な踊りを踊っているようにしか見えない。
……ふむ、ふむ。
しかして、付き合いが長くなれば何と無しに伝えたい事は分かってくる。そのジェスチャーが示す意味はつまり―――、

「…あのちっこいドラゴンが二人とも護るって張り切ってるから、任せて来た、と」
「―――――」

コクコク、とガリューが素早く二度頷いた。見た目は頼り無さそうに見えるんだがねぇ、と呟くスミスは、手元で弄くっていたナイフパーツを消しつつ、

「そぉ言えば、お前さんとの付き合いも三年かぁ…存外、長い付き合いになったもんだなぁ、オイ」
「――――」

その言葉に、ガリューが四つの眼を同時に細めた。恐らく彼もまた、昔を懐かしんでいるのだろう。
……ホント、存外に長い付き合いになったもんだなぁ。

                      ●

ガリューとスミスが出会ったのは、現在から三年ほど前に遡る。
三年前のある日、相変わらず世紀末オーラ全開でヒャッハーしている同僚の陸士達の行動に頭を痛めていた時の事だ。
爆音と共に壁が破壊され、サフザーの肋骨が圧し折れる音と共に、槍を構えた騎士が壁に空いた穴の中から出現した。出現した騎士、ゼストは一直線に此方へと向かってくると、

『ルーテシアが、初めて召喚獣の召喚に成功したのでな。一度、見に来ると良い』

娘の成長が余りにも嬉しすぎたらしいゼストは、爽やかな笑みでそう言った。屯所の壁を壊してこなければ、とても素晴らしい笑顔だったろうに、とスミスは思う。
ともあれ、優秀な召喚師であったメガーヌの血を引くルーテシアがどのような召喚獣を召喚したのだろう、と言う興味が湧いたスミスは、休日を使ってグランガイツ家へと訪れた。其処でスミスが眼にしたものは、

『―――――』

ルーテシアの背後に佇む、漆黒の異形だった。人型の甲虫にも、或いは龍にも見えるその姿と、首に巻かれた赤いマフラー、四つの赤い眼光が射抜くように此方を見据えており、
―――似てる。
その姿は、スミスの記憶に焼きついたものと、重なった。
技術犯どもの悪ふざけとしか思えない、彼のバリアジャケットのデザインと彼は、あまりにも酷似していた。恐らく彼をより機械的に、豪壮に変化させれば自身の所有するバリアジャケットのデザインとなるのでは無いか、と思うほどに。
同時に、思ったのだ。
――――カッコいいな、オイ。
自分がやると恥ずかしいとしか思えない格好も、他人がやればカッコよく見えた。やはりライダー系は見る側に楽しさの比重が傾くよなぁ、と改めて実感。
無意識のうちに差し出した右手。その右手に首を傾げていたガリューだったが、自身の主たる少女の手に導かれ、その差し出された手を握り返した。

『俺の名前は、ジョン・スミスだ。お前さんの名は…って、あー……喋れん、よなぁ』
『――――――』

コクリ、とガリューが頷いた。人の言語の理解は出来るが、彼の声帯は人の言葉を語るようには出来ていないのだ。
故に彼は、幼い主に、その主から貰った名を代弁して貰う事としたらしい。
他者と話す事は出来ないが、主との意思疎通は可能。召喚獣に備わっている、一種の異能とも呼べるその力を使い、彼はルーテシアへとその件を依頼した。

『――――』
『ん、分かった。…ジョン、この子の名前は、ガリュー』

明かされたその名に、スミスは一瞬だけ考えるような仕草を取り、

『ガリュー?…牙龍、てか?いやさ、いい名前じゃねぇのよ』

ニッ、と笑みを見せた。此処までは、良い話だ。
では何故、スミスとガリューの間に『不意打ちの特訓』を行うような関係が生まれたのか。
―――理由と呼べるものは無い。何時からか、出会ったときの習慣となってしまった事だ。
しかし、切っ掛けと呼ぶべきものはある。
スミスとガリューは、その付き合いの中で何と無しに模擬戦を行う事があった。尤も、それは別段双方が望んだ、と言うよりはゼストの趣味に近いものだったのだが。

『お前の戦法と、ガリューの能力は似た部分があるのでな。どちらが上なのか、と言うのを少し知りたくなったのだ。一戦、交えて見ないか?』
『そうかい。じゃ、また』
『逃さんぞ?』

言われた直後、スミスは逃げた。が、回り込まれてしまった。

『…魔王じゃねンだから、そぉ言うのはどうかとお爺さん思うのよな』
『残念ながら俺は魔王では無く父だ、ダディだ、ファーザーだ。父は魔王も神も超越したところに存在している。同列にして貰っては困るな』
『とりあえず全世界のパパさんに謝って来いド阿呆。今日も奥さんに頭下げたり公園で時間を潰してるパパさんには重点的に』

その後、暫く突破口を探し、しかし即座に回り込まれると言う壮絶且つ高度な追いかけっこが発動したのだが、その内容は割愛しよう。
そんな事態を経て、スミスとガリューは模擬戦を行う事と相成ったわけだが、

『っつつ……あー、クソ。もンの凄く疲れたぞ、オイ』
『―――――ッ!?』

結果は、ガリューの惜敗に終わった。理由は、そう難しいものでは無い。
殺気、或いは敵意。他者を害そうとする意識を、最後の最後でガリューが消しきれなかっただけの事だ。
何より、不意打ちはスミスの十八番でもある。微かな殺気、敵意、空気の流れの変化ですらも汲み取るその男に、僅かな綻びも仇となる。
……まぁ、真正面から殴りに来られてたら、徹頭徹尾ボッコボコだっただろうがなぁ。
それからと言うもの、時折ガリューは不意打ちを仕掛けてくる事がある。無論、TPOを弁えた上での行動ではあるし、スミスも他の戦闘狂とは違い、一撃のみで引いてくれるという事もあり、特に迷惑だとは思っていないのだが。
そんな事情を経て、現状へと至る。正直に言えば、接近戦だけで十二分に強いガリューが不意打ちを覚える必要があるのだろうか、とスミスは思うが、恐らく擬態のように身を隠す力を持った存在にとって、不意打ちとは最も得意とするべき戦法なのだろう。
それを容易く破られたのだから、プライドと言うべきものが刺激されたのではないかとスミスは思う。
……狩人の誇り、てか?
どうにもガリューと同系統の生命体は、自然界において『強者』の部類に入るらしい。敵が己に気付く間も無く仕留める事を良しとする彼らの本能が、やはりガリューにもあるのだろう。

                     ●

『メールが百件届いています』

目覚めた直後、こんな文字を見せ付けられた。
……間違いなく、お父さんからだ。
母から譲り受けたブーストデバイス『アスクレピオス』からの報告に、ルーテシア・グランガイツは小さく溜息を吐いた。
自分の父親は、過保護が過ぎると思う。と言うか、学校に通っていて良くその事が実感できた。
少なくとも、普通の家庭の父親は、

『ルゥゥゥゥゥゥテシアァァァァァァァ!!ひ、膝を擦り剥いているではないかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!メディック、メディィィィィィィィィィィック!!回復魔法だ!!今すぐ回復魔法を使え!!我が愛娘のピンチだぁぁぁぁぁ!!』
『落ち着いて下さい隊長ぉぉぉぉぉ!!掠り傷!!掠り傷程度ッスよ!!だからそんな焦らずともってか振らないで下さいぃぃぃぃぃ!!酔う!!コレマジで酔う!!』
『落ち着け!?落ち着けだと!?もしルーテシアの肌に傷が残ったらどうする!?どうしてくれるのだ貴様ぁぁぁぁ!!』

転んだ時の掠り傷程度で、部下を呼び出したりしない。
少なくとも、普通の家庭の父親は、

『ところでルーテシア、何か欲しいものはあるか?ふむ、例えばそうだな……妹とか弟とか妹とか弟とか妹とか弟とか……どうだ?』
『あらあら、今夜のお誘いかしら?』
『フッ……さて、どうだろうな。いやしかし、実際のところ妹とか弟とか妹とか弟とか妹とか弟とか、欲しいと思わないか?別段、他のものでも良いぞ?そうだな……小型戦艦ぐらいまでなら、何とか用意できると思うが』

小型戦艦を娘に与えると言う発想を、したりはしない。
少なくとも、普通の家庭の父親は―――――、

「…うん、アスクレピオス。全部処理しておいて」
『宜しいのですか?』
「……大丈夫、きっと同じような事しか書いて無いから問題ないよ」
『了解しました』

ピコン、と一度アスクレピオスの中枢機関が光ると同時、展開されたウィンドウに写るメールのアイコンが凄まじい勢いでゴミ箱へと吸い込まれていく。画面内を連続して駆け巡る『DELEET』の文字が、何故か心地よかった。

「……処理完了」
「きゅくー?」
「……?」

足元から疑問を示すような鳴き声。視線を下方へと向ければ、其処には小さな白い竜が居た。
フリードリヒ。自身のルームメイトでありライバルである少女、キャロ・ル・ルシエの召喚獣。
自身にとってのガリューと同じ、掛け替えの無い家族の一員なのだろうその竜を、何と無く持ち上げて見た。

「キュッ!?」
「……」

……軽い。
想像していたよりも、ずっと軽かった。そうしてみてふと、少し前に図鑑で読んだ情報を思い出す。
確かその本には、こんな事が書かれていたはずだ。

『竜と言う生物は、本来飛行に適した体格をしていない。彼らはその巨大な体躯を飛ばす為に翼を持つが、もし彼らの体格通りの重量を飛ばすのだとしたら、その翼では到底飛ぶ事は出来ない。しかし、彼らは空を飛ぶ。それは何故か。
 その理由は単純だ。彼らもまた、魔法を使う。それは魔導師のマルチタスクや、デバイスによる補助では無くその本能に刻み付けられた『重力操作』の魔法だ。その魔法によって彼らは自身の身体が持つ重量を軽減し、翼によって空を飛ぶのだ』

……この子も、そうなのかな。
何故に自分が抱き上げられたのかが分かっていないらしく、首を傾げるフリードに合わせ、ルーテシアもまた首を傾げた。
しばし、奇妙な沈黙が続く。
……あ。
そう言えば、聞きたいことがあった。

「…フリード」
「キュ?」
「…ガリュー、何処?」

そう問えば、フリードが身体を持ち上げていた腕から脱出し、外の方を首で示した。それにつられて外へと視線を向けると、
……今日もやってる。
スミスのナイフによって攻撃を防がれる、ガリューが居た。
その姿を見て、ルーテシアは少しばかり肩を落とした。しかしその動作は、ガリューに失望したと言うわけではない。
彼の、ガリューの強さは自分が一番良く知っている。彼が並みの魔導師に負けぬほどの力を持っている事も知っている。
けれど、彼は存外にナイーブだ。
……やっぱり、少し落ち込んでるんだろうな。
窓の外でスミスの言葉を聞いているらしいガリューを見て、ルーテシアはそう思う。
当然だ。誰だって自身の得意とする戦い方をアッサリと返されれば、落ち込みもするだろう。
其処で拗ねて道を曲げない辺り、人間と違って素晴らしいところだと思うが。

「おはよー…て、あれ?ルーちゃん、何見てるの?」

そうして外を眺めていると、背後から声。その声のする方向へと視線を向ければ、今し方起きてきたらしいキャロの姿があった。
問い掛けに対し、ルーテシアは再び窓の外を見て、

「…ん、おはよう。…ちょっと、家族の成長記録を見てた」
「?」

どう言う意味なのか分かっていないらしいキャロが、首を傾げた。気にしないで、とだけ言葉を返し、身体をキャロの方へと向ける。

「……それじゃあ、洗面所に行ってから、エリオのトコ、行こ?」
「あ、うん。そうしよっか」

戸棚に仕舞ってある、コップや歯ブラシを用意。タオルを腕に掛け、部屋を出た。

「………あれ?ルーちゃん、アギトちゃんは?」
「…………あ」

……忘れてた。

                      ●

時刻は過ぎ去り、十時半。ヴァイスとスミスは、オフィスの一角で一服している最中であった。

「―――ん、そろそろ新人達も戻ってくるぐらいかねぇ?」
「そうじゃ無いッスか?そろそろ昼飯時ですし………にしても、あの五人はなのはさん相手に何処まで立ち回れてるんですかねぇ?」

何か砲撃魔法一発で吹っ飛んでそうなイメージあるんスけど、とスミスの呟いた言葉に、ヴァイスはそう答えた。手元の『ラグナ成長日記』と題されたファイルの編集を続けつつ。
その言葉に、スミスはポリポリと米神を引っ掻きつつ、

「さてねぇ。潜在的な才能は全員凄まじいもんがあるとは思うが、そうそう簡単にあの壁を乗り越えるこたぁ出来んだろうさ。―――ま、超えられるようにするのが、指導者としての腕の見せ所だとは思うがね」
「いやぁ、あの人を超えるって並大抵じゃ無理でしょうに。…それこそ才能っつぅ壁も、ありますからねぇ」

ヴァイスが、若干呆れを含んだ声で言った。そうしてスミスの脳裏に浮かぶのは、かつて見せられた彼女の戦績、魔法の威力。
……ま、確かにあの才能との差は、如何ともし難いわなぁ。
才能と言うアドバンテージは、凄まじいものだ。努力によって才能との差は埋められる、それは事実だ。
しかし、その事実があったとしてもやはり才能とは圧倒的なアドバンテージを齎す。凡人が積み上げた努力を一瞬で無かったものにでもするように、天才と言う人種は距離を詰めてくる。
……『あいつ等』が、俗に言うそれだったからな。
その気持ちは、恐らく自分が一番良く知っている。
最近は思い出すことも少なくなった、かつての世界での『子供』たちを思い出す。彼らは性格にこそ難のあるような者ではあったが、しかしてその才能は凡愚なる己では到底追いつけないほどのものだった。
正直、初めて行った狙撃勝負でマルスに負けた時は死にたくなった。

「――――――」

既にあれから八年経ったか、と改めて思う。
死んだはずの己は若返り、何の因果か魔法の世界へと飛ばされた。相変わらずやっている事は戦う事ではあるものの、
……以前ほど、血生臭くは無ぇのよな。
それは正直、喜ばしい事ではあると思う。此方とて好き好んで他者を殺そうと思うような狂人では無い。
だがしかし、時折ふと思う事もある。
―――己がこんな世界にいて良いものか、と。
己の両手は血に塗れて、殺しの罪科に捕らわれる。戦争だから、と思えれば楽なのであろうが、生憎と其処まで図太い神経はしていない。
自分は殺人者だ。そんな己が、今も戦い続けているであろう彼らを差し置いてこんな場所で生きていて良いのかと―――、

「―――んな?旦那?おーい?……ついに耄碌したかぁ、旦那とも思えば長い付き合い―――」

下から突き上げるように、ヴァイスの顎へと鉄拳を打ち込んだ。

「…誰が耄碌したってのよさ、シスコンスナイパー。顎かち割るぞオイ」
「こ、攻撃ぶち込んでから言う台詞じゃねぇッスよ旦那……うおおお、超痛ぇ……」
「……何しとるねん、スミスさんとヴァイス君」
「ん?」

顎を押さえ悶絶するヴァイスから視線を外し、声の聞こえた左方を見る。
其処に居たのは機動六課部隊長、八神・はやてとライトニング小隊隊長、フェイト・T・ハラオウン。著名人二人の組み合わせであった。

「おお、課長。それに執務官殿まで」
「…あの、スミスさん。その執務官『殿』って呼び方、少しむず痒いと言うか恥ずかしいので出来ればやめてほしいんですけど…」

あはははは、と顔を少し赤らめながら笑うフェイトに、ふむ、とスミスは一つ頷き、

「――――じゃ、続けるか」
「え!?な、何で!?其処は普通、やめるところじゃ無いんですか!?」
「いやぁ………何かこう、うん、あれよな。お前さんから『虐めてオーラ』みたいなもんがズモワッと出てる気がして、こりゃあもう続けるしか無いと…」
「ちょ、ちょっと前まで私をS扱いしてたじゃないですかスミスさん!!いやSじゃないですけどね!?」

バタバタと身振り手振りを交えて抗議するフェイトを見て、スミスは思う。
……ホンット、面白ぇなこの娘。
何だろう、噛めば噛むほど味が出ると言うか、弄くれば弄くるほど面白味が出ると言うか。とりあえず弄りたくなる不思議な魅力を持っている娘だ。

                    ●

「―――で、フェイトさんは必死に否定してますけど実際のところどう何スか?」
「んー?私が思うに、フェイトちゃんはM属性やと思うよ?」
「ほほう?それは何故?」
「何やろなー、こう、スミスさんが言ったみたいなオーラ出してるのも確か何やけど、これまでも結構そんな風な反応を返した事が……」
「そ、そこ!!人が必死に否定してるのに変な事言わない!!」
「「おお、怖い怖い」」
「お前さんら、魔導師試験の時も思ったけど地味に容赦無いのな。執務官殿に対して」

                     ●

「うう……私ってそんなに弄くり易いのかなぁ……」
「ぶっちゃけた話、他に類を見ない逸材だと俺ぁ思うのよな」
「私の知っている中ではシャマルと同率一位やね」
「いやぁ、普段はそんな事無いんスけど、他の人がやってるとつい」

赤信号、皆で渡れば怖くないって奴ッスかねぇ、とヴァイスは呟く。同時に、ある意味で自分が一番酷い理由なのでは、とも思う。
……いや、自重しようとは思ってんだけど……。
どうにも自制が聞かなくなる。やはり所謂『虐めてオーラ』と言う奴が放たれているからなのか。

「……もう、いい。私は弄くられる運命にあったんだよ……」
「運命……フェイトだけにか―――――――いいセンスだ、感動的だな。だが無意味だ」

泣き崩れるような体勢で座り込むフェイトに対し、スミスが張り付いたような薄ら笑いを浮かべて言う。が、その笑みは何と言うか、

「スミスさん、その薄ら笑いやめてくれへん?何や知らんけど無性に腹パン喰らいそうで怖いわ」
「とりあえず不安にはなるッスね、その笑み。旦那、顔が結構怖いから余計に」
『所謂悪役、と言う感じの笑みだな。腹に一物どころか二、三抱えていそうなレベルの』
「オイオイ容赦無いなお前さんら。何だ、今日はパーリィでもあんのか?俺を虐めてテンション高めるって寸法か?…ご機嫌じゃね?」

何がだよ、と全員がツッコミを入れれば、

「何かだよ」
「旦那、相変わらず時々言語機能に支障が出てる感じッスね。物事考えて喋ってます?」
「ん?時々どっかの電波受信したみてぇに変な言葉出てくる事もあるっちゃあるが、基本的には考えて喋ってンぞ?」

……やっぱ、時々勢いで喋ってるんだな。
やっぱ旦那も地上部隊の一員だよな、と改めて認識する。寧ろこれだけキャラが濃くなければ地上部隊で目立つ事など無いか、とも思うが。
そう考えて、そう言えば、と思い出す。

「あの、お二人ともどうして此処に?基本暇を持て余してる旦那やヘリパイロットの俺はともかく、お二人は忙しいと思うんですが」
「おーい、ヴァイス。お前さん地味に人の事ニート扱いしてね?」
「してないッスよ。単純に旦那が機動六課の中ブラブラしてるのを見る機会って多いよなぁ、と思っただけッスよ」
「喧嘩売ってんのかコノヤロウ」
「オーケー旦那、俺が悪かった!だから握った拳を解いて欲しいんスけど!?」

ギリギリと音がするほど握られた拳を、舌打ちと共にスミスが解いた。
……さ、流石に調子乗りすぎたぜ……!!
スナイパーである自分が、白兵戦を主体とするスミスに勝てるとは到底思えない。流れる冷や汗を拭いつつ、呼吸を整え、

「……で、返答をどうぞ」
「え、あ、ああ。うん、私はこれから聖王教会に行く予定があって」
「私の方は、六番ポートまで」
「あー、道中ですからね、聖王教会。…て、何しに聖王教会まで?」
「ちょっとカリムと会談しにいくんよ」

お茶会しながらやけどねー、とはやては笑みを見せた。その言葉に、反応した者が居た。

「ほほう?お茶会とな?」

キラリ、とスミスの目が輝いた。すると彼は、椅子の下においていたらしいバッグを取り出し、中身を漁り始める。
あれでもない、これでも無いと呟きつつ、スミスは暫くの間バッグの中をかき回し、

「――――お、あったあった」
「何があったんスか?旦那」

そうヴァイスが問うと、スミスは楽しそうな笑みを見せて、

「ぱっぱらぱっぱーぱーぱーぱー!ラ~ス~ク~!」

二十枚ほどの菓子が入ったビニール袋を取り出した。ソレを、無造作にはやての方へと投げ付ける。
咄嗟に受け取ったらしいはやては、手の中に納まったそれを暫く見つめ、

「……くれるん?」
「おうよ。昼頃に喰おうかと思って自作したもんだが、お茶会と聞いちゃあコレを出さざる終えんな、と思ったんでね。味の方は料理長のお墨付きだし、安心して聖王教会に持ってくといい」

手ぶらってのも、ちぃとばかしカッコつかんだろ?と口角を吊り上げる笑うスミスに、はやてもまた笑みを返し、

「あはは、ありがとうな」
「良いって事よ。それに、何もただってわけじゃあねぇって話よ?」
「え、じゃあお金とか取るん?」

眉根を寄せたはやてに、スミスは苦笑しつつ手を左右に振り、

「違う違う。ソレ食った感想とか聞いてきて欲しいのよ、俺は。沢山の人に色んな意見を貰うってのは、どんな事でも上達に繋がる要素の一つだろう?」
「……旦那、俺、旦那が何で管理局員になったのか全く理解できないんスけど」

……まぁ、金が欲しかったからだったと思うけど。
過去に、スミスが管理局員になった経緯を聞いている。ようは手っ取り早く金を稼いで、ナカジマ家の負担を取り除きたかった、と言う話だ。
そう説明した事をスミスも覚えているのだろう。特に何も言わず、懐から取り出した薬用煙草を咥えるだけで、

「ま、人生そんなもんよ?誰だって夢見た職業やら行動を実現できるわけじゃねぇのよさ。それによ、また年食ってからでも料理人目指すのは遅かぁ無かろう?」
「……気長ッスねぇ、旦那」
「これでも生きてきた年月、長いんでな。一年なんざあっと言う間に過ぎていくのよ。それが積み重なれば、あっと言う間にまた爺になるさね」

そう言って、カッカッカ、とスミスは笑った。

                      ●

「……あれ?ジョン兄?」
「おう、訓練ご苦労さん。一区切り付いたのかね」

はやてとフェイトが出て行った十分ほど後、新人達が帰ってきた。こちらに気が付いたらしいスバルに対して、スミスは気軽に手を上げた。
が、しかし、

「うん!シャワー浴びてご飯食べてから、また訓練」
「……ふむ、そうか。ンじゃあチャッチャと汗を流してくると良い」
「うん!」
「あ、ちょっとスバル!!走るんじゃないわよ!!」
「わわわわわ!!待ってください!!」
「……エリオも行く?」
「行かないよ!?」

じゃあ行って来るねー、と言い過ぎ去っていくスバルと、その後を追う女性陣の後姿を見て、スミスは首を捻った。
……何ぞ?
表面上、何時も通りのスバルに見える。確かに見えるのだが、何か覇気が無い気がする。
不思議に思い問おうとするも、既にシャワー室に駆け込んだらしくスバルの姿は見えない。ティアナ達も後を追い、シャワー室へと入っていくところだ。
さてどうするべ、と考えたところで、

「……おおう、丁度良いのが一人居た」
「え?」
「エリオ坊、ちょっとこっちに来なさいな、と」

赤毛の少年を手招きすれば、此方へと素直に歩いてきた。まぁ座んなさいな、と椅子を引いてやれば、一度頭を下げてからその椅子へと座った。
……律儀だねぇ。
あの時のヤサグレ少年の面影は、既に何処にも無い。引き取ったハラオウン家の教育が良かったのだろうなぁ、と感心し、その礼儀に答えるべく、ヴァイスに財布を投げ付け、

「ヴァイス、財布預けるから人数分の飲み物買って来い。俺ぁコーヒーの微糖な。エリオは炭酸のやつで良いか?」
「え?あ、あの」

戸惑いを見せるエリオを割と適当に無視しつつ、ンじゃ頼むわ、とヴァイスに言えば、ヴァイスは眉根を寄せて溜息を吐き、

「旦那ぁ、これでも俺、旦那より階級上なんスけど。パシリにするのはどうかと」
「バーローお前さん、これはパシリじゃなくて俺とエリオ坊が改めてルームメイトとしての親交を深めるのにお前さんが邪魔だっただけであってな」
「尚更酷い理由ッスねソレ!?」

そうは言いつつも、しっかりと足取りが隊舎内の自販機へと向かっているのは、地味に御人好しであるヴァイスらしい。
……今度、何か作ってやろうかねぇ?
全部の料理を『美味いけどラグナの作った料理の方がもっと美味い』と言われそうではあるが、まぁ、ソレはソレで楽しそうである。
寧ろ鍋パーティーでもやろうか、と計画していれば、未だオロオロとしているエリオに気が付いた。

「っととぉ……スマンな、俺が誘ったのに無視してて」
「い、いえ。ソレは良いんですけど、あの、ヴァイスさんじゃなくても僕が行けば……」
「馬鹿言っちゃいかんぞや、エリオ坊。俺ぁお前さんを呼んだ身で、お前さんは呼ばれた身。客人に茶汲みを頼む奴が何処にいるよ」
「は、はぁ……」

微妙に納得が行っていないらしいエリオの頭をクシャクシャと撫でてやる。

「う、うわわわわ!?ちょ、やめてくださいよスミスさん!!」
「クカカカカ!!何だ何だ、朝は大して反抗無かった癖に恥ずかしいのか?」
「あ、朝は寝ぼけてただけです!!」

頭の上の手を払いのけようとするエリオだったが、当然、未完成の肉体と成人男性の筋力には違いがあるわけで、地力では払いのけられない。
それでも暫く抵抗を続けていれば、自然と彼の頭から手が離れ、

「クカカ……と、ここらでやめとくかね。機嫌を損ねて話を聞き損なっちまうといかん」
「え?」
「いや、え?じゃなくてだな」

俺ぁ、お前さんに聞きたい事があるのよ、とスミスは言葉を続けた。

「ほら、何かスバルの奴、表面は取り繕ってるけど覇気が無かったからさ。一体、何があったんか気になっちまってさ。何ぞ知ってる事、無いかね」
「あ、それは……」

エリオがその質問に対する答えを返そうと口を開いた瞬間、ふとスミスの脳裏に駆け巡る疑問があった。
……あ。
その疑問に、先に返答を返して貰おうと思い、スミスは手を前に出し、待ったを掛けた。

「ああ、ちょいと待ったエリオ坊。先に聞きたい事があったんだが、いいかね?」
「は、はぁ。僕に答えられる範囲なら、どうぞ」

そいつぁどうも、と礼を言い、身体の向きを変え真剣な顔でエリオと向き合う。するとエリオもまた、真剣な表情で此方を見返し、

「―――――――――――ホントにシャワー室、行かなくて良かったのか?」

ゴン、とテーブルに頭をぶつけた。良いリアクションするなこの少年、と微妙にずれた感想を抱いたスミスに、バッと顔を上げたエリオが少し涙目になりつつ、吼えた。

「行きませんよ!?その、女性と一緒にシャワーと言うのは……」

ちょっと、と少し声のトーンを落としつつ言い、顔を赤らめるエリオを見て、スミスは思う。
……純朴だねぇ。
どこぞの図書館で司書長やってる淫獣とは大違いだわなぁ、とスミスは小さく呟いた。

                      ●

「――――今、どこかで不当な評価を受けた気がするよ」
「……ユーノ、アンタ働きすぎなんじゃないかい?もうここら辺はアタシが整理しとくから、アンタは休んでなよ」
「え?いや、でも体調は万全……」
「そんな戯言吐くなら、間違いなく疲れてる証拠だよ!アンタ、なのはと同じで結構自分の事に鈍いんだから、さっさと仮眠室で寝てきな!!」
「う……そんなに不摂生してるかなぁ、僕」

                      ●

「――――ふむ、訓練中にンな事があったのか」
「はい……スバルさん、凄いショック受けてるみたいでした……」
「ま、そりゃあそうだろうよ。ローラーブーツは、あの娘にとって長年連れ添った相棒だったわけだし。ソイツが壊れたんだ」

そりゃあショックも受けるだろうよ、とエリオの横に座る男性、ジョン・スミスは言った。
……相棒、か。
手元に巻かれた腕時計を見る。自身のデバイスであるストラーダの待機形態を見つめ、エリオはふと考える。
……何時か、僕とストラーダにも別れる時が来るのかな。
形あるものは何時か壊れる。それは分かりきった事で、しかし、ソレを考えると無性に悲しい気持ちになってしまう。
そんな感情が表に出てしまったのだろう、スミスが、此方の顔を覗き込んできた。

「オイオイ、エリオ坊。ンな悲しそうな顔してどしたのよ」
「え!?あ、い、いえ!!少し考え事をしてただけで!!」

どうやら心配を掛けてしまったらしい。申し訳ないと思いつつ、急いで頭を下げると

「旦那ぁ、何エリオ虐めてるんスか。フェイトさんが怒ってザンバー振り回して突撃してきますよ?」
「大丈夫、跳ね返した」
「そうッスか、じゃあ安心ッスね」

戻ってきたヴァイスの言葉とスミスの返答に、エリオは再び戸惑いを覚えた。
……何が安心なんだろう。
それとも自分の理解できない暗号のようなものだろうか。二人は長い付き合いだと聞くし、自分が理解できない事も分かり合っているのだろう。
たぶんそうなのだろう、とエリオは自分を納得させた。深く考えても、付き合いの短い自分では内容の一辺も理解できないだろうから。
―――実際のところ、彼らの会話などノリと勢いだけで構成されているだけなのだが。

「っと……ほい、旦那。ご所望のコーヒー、それと財布」
「おう、サンキュ」

スミスが投げ付けられた缶コーヒーと財布をキャッチした。それを見ていた自分の前に、コツコツと音を立てつつ近づいてきたヴァイスが、正面の位置に黄緑色のペットボトルを置いた。

「エリオにはメロンソーダな。一応、旦那に言われた通り炭酸買ってきたが、飲めるか?」
「あ、はい。大丈夫です。お気遣いありがとう御座います。ヴァイスさん」

良いって良いって、と笑い手を左右に動かすヴァイスを見て、隣の席のスミスが顔を顰めた。

「オイオイ、ヴァイス。俺ぁ人数分買って来いっつったのに、お前さんのが無いじゃねぇのよ」
「ん?……ああ、実は俺、今は虫歯の治療してんスよ。だからあんまし甘味料とか取りたく無い状態でして」

昨日の業務が終わった後に行って来ましてね、と言って肩を竦めるヴァイスに、拍子抜けしたような顔でスミスは缶コーヒーを一口飲み、

「ングッ…ありゃま、そいつぁ気が付かんかったが…虫歯か。喰いたいもん喰えなくなるってぇのは、難儀だな、オイ」
「ま、自身の不摂生が祟ったつぅ事でしょうよ。エリオも、小まめに歯ぁ磨いとけよ?歯医者に行く方が時間とか金とか取られて面倒だから」
「子供の頃とかはしっかり磨くんだがねぇ…大人になると面倒臭くなって適当になっちまうのよなぁ、歯磨きって」
「そうッスねぇ。後々で余計面倒臭くなるってのに、何であんな風に思うんスかねぇ」

……ええっと。
会話に入りづらい。一応、聞きたい事を聞いたのだから自分はもう用無し、と言う認識で良いのだろうか。
去るべきか残るべきかと考えを巡らせる中で、言を発する者が居た。

『ヴァイス氏、相棒。モンディアル氏がまた置いてきぼりにされているぞ』

スミスの持つインテリジェントデバイス『ネームレス』の声だった。その声に反応したらしい二人は、再び此方に視線を向けた。

「ぬ?…っと、スマンなエリオ。どうにもヴァイスと話してると、地上部隊で話してた頃みたいなノリになっちまってな。周囲が見えなくなる」
「あそこはそうでなきゃやってけないッスからねぇ…って、こう言うのが駄目なんだよな。失敬失敬、と。んじゃエリオ、どうせお嬢さん方が出てくるまで暇だろうし、テキトーに雑談でもしようや」
「そうさな。…ふむ、んじゃあ、俺たちに何か聞きたい事があったら気軽に聞いてくれ。美味い飯屋の情報とかでも良いぞ?」
「はぁ………」

スミスの言葉に生返事を返したエリオだったが、
……何でも、か。
一つだけ、どうしても聞きたい事があった。それは、自分にとってとても重要な情報で、

「――――あの、じゃあ、スミスさん」
「うん?何だ何だ?何でも聞いてくりゃあせ、と」

満面の笑みでそう返答するスミスに、エリオは瞳を輝かせ、言った。

「――――――ミスター・ゲシュペンストは、実際に居ますよね!?地上部隊の特殊部隊に所属して、日夜影からクラナガンを見守っているんですよね!?僕、一回だけテレビじゃなくて現実で見たんです!!高らかに笑いながら、夜の街を疾走するあの人を!!」
「―――――」
「―――――」
『―――――』

空気が、凍った気がした。身体の向きを変えて自身と向き合うような体勢になっていたスミスは、両目を限界まで見開き、しかし次の瞬間には瞑り、眉根を寄せ、酷く悩むような表情で、或いは思いつめたような表情で数秒間を過ごし、見開いた、何処か遠い眼をしながら言った。

「――――ウン、イルヨー?ミスター・ゲシュペンストサンハイルヨー?」
「旦那ぁ、無理しないでゲロッちまった方が良……グファア!?」
『ヴァイス氏。相棒にとってアレは言語化が非常に難しい感情に支配されるものだ。あまり平時に思い出させてやらないでくれ』
「チクショウ!!殺せよ!!俺を殺せよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!一回若気の至りでやっちまっただけ何だよぉぉぉぉ!!」
「だ、旦那!!分かりましたから!!分かりましたからストップ!!ストォォォォォップ!!

そう叫び、暴れるスミスを、ヴァイスが押さえつける。血涙さえ流しそうなスミスの姿を見て、エリオは思う。
……僕、変な事聞いちゃったのかな?

                      ●

――――この暫く後、新人達は『新しいデバイス』を受け取る事となる。
同時にそれは、彼らの初陣を告げる鐘となり、『何処かの誰か』が、本当の意味で『役目』を果たす時なのだが、それはまた、次の話。



~あとがき~
中間テストがあったり、入試試験があったり、期末テストがあったり、自動車学校があったり、ネタが思い浮かばなかったりしたけど私は元気です。
と言うか結局土日に投稿できていないこの始末。自分で言った事すら護れないとか、死ねばいいのに、自分。
見直すたびに『相変わらずのクソ文章だなぁ』と思う今日この頃、文才が欲しいとガチで思うで御座る。未だに自動車学校が忙しいので次の更新が何時になるのか分かりませんが、今度は一ヶ月以上は掛けないつもりです。
…掛かったら、その、まぁ、何だ。焼き土下座しようと思います。
それとガリューの種族だとか竜についての云々は完全にオリジナル設定です故、本気になさらぬよう。本気にする人なんか居ないと思うけど。


















































お詫びの意も込めて、ネタを出してくれたらどれかをやろうと思います。おまけの短編として、程度でありますが。


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