加藤 鷲尾さんは、最初は秋田朝日放送記者だったとお聞きしました。
鷲尾 あ、それは最初じゃないんです。今の会社(東映アニメーション)が四つ目で、秋田朝日放送の前にもう二つあるんですよ(笑)。大学を卒業するときにテレビ局や新聞社を受けたんですがことごとく落ちて、就職浪人までしたんですがやっぱり駄目で、最終的には商社に入ったんです。そこに半年くらい居て、それから辞書や教科書を出版している三省堂に中途入社しまして営業を二年やりました。それから新規開局した秋田朝日放送に転職したんです。そこで6年間、報道や番組制作に携わりました。
加藤 その後に東映アニメーションに入られたんですか?
2004
「ふたりはプリキュア」
2005
「ふたりはプリキュア Max Heart」
映画「ふたりはプリキュア Max Heart」
映画「ふたりはプリキュア Max Heart 2 雪空のともだち」
●主要キャラクター
美墨なぎさ(キュアブラック)
雪城ほのか(キュアホワイト)
九条ひかり(シャイニールミナス)(Max Heart)
2006
「ふたりはプリキュアSplash☆Star」
映画「ふたりはプリキュア Splash☆Star チクタク危機一髪」
●主要キャラクター
日向 咲(キュアブルーム、キュアブライト)
美翔 舞(キュアイーグレット、キュアウィンディ)
2007
「Yes!プリキュア5」
2008
「Yes!プリキュア5GoGo!」
●主要キャラクター
夢原のぞみ(キュアドリーム)
夏木りん(キュアルージュ)
春日野うらら(キュアレモネード)
秋元こまち(キュアミント)
水無月かれん(キュアアクア)
美々野くるみ(ミルキィローズ )(5GoGo!)
2009
映画「プリキュアオールスターズDX みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合!」 |
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鷲尾 新聞の求人欄に「東映動画・プロデューサー募集」という告知があって、「あぁ、昔アニメ見たことあるから受けてみようかな」みたいな、軽い気持ちだったんです。
加藤 アニメがお好きだったんですか?
鷲尾 いや、それほどでも(笑)。昔観ていたアニメと言うと、東映動画の「マジンガーZ」ですから、かなり古いですよね(苦笑)。中学生ぐらいからはほとんど見てなくて、自分がアニメーション会社に入るなんて想像もしてなかったです。
加藤 東映アニメーションでは「金田一少年の事件簿」や「キン肉マンII世」などを経て「ふたりはプリキュア」のプロデューサーになられたということですが、今のシリーズ「フレッシュプリキュア!」からプロデューサーを交代された理由は?
鷲尾 ちょっと話はさかのぼるんですが、三年目に放送した
「ふたりはプリキュアSplash☆Star」が残念ながら一年で終わってしまって、周囲からは次の番組に「プリキュア」と言うタイトルを付けるべきかどうかという議論がされました。結論として「もう1年プリキュアをやろう」ということになりまして、そのときに会社からは「来年はそのまま君にやってもらうけれども、そこでうまくいかなければプロデューサー交代もあるから」と言われて。
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ベローネ学院女子中等部に通う美墨なぎさと雪城ほのかはある日、不思議な生き物メップルとミップルに出会う。プリキュアに変身する能力を与えられたふたりは地球を守るため戦う事に。伝説はここから始まった!?
DVD好評発売中(発売元 マーベラスエンターテイメント)
©ABC・東映アニメーション |
加藤 それは厳しいですね。
鷲尾 でも私もそれはそうだろうなと思い、ハイと言って。ただ、もし次のプリキュアがビジネス的にいろんなことをクリアできてもう1年続くことになったら、そこまではやらせて下さいとお願いしたんです。
加藤 それが「Yes!プリキュア5」と「Yes!プリキュア5GoGo!」で、二年続きましたね。
鷲尾 おかげさまで。で、結局5年間やって精も根も尽き果てました(笑)。「プリキュア」というタイトルが長く続くためには、一人の人間がずっとそこに居座り続けてはいけないと思うんです。独りで何でもやってるような尊大な気持ちにもなってしまうし、個人的にも「プリキュア」というタイトルの中で考えることが出尽くしたような気もしたので、いい潮時だったかなと思います。
加藤 アニメーションを作る時に気を付けている点などはありますか?
鷲尾 一番気をつけるのは「感情のリアリティ」ですね。例えばヒロインがさっきまで泣いてたのに次のシーンでいきなり大笑いしてるとか、気持ちのつながりがおかしいことはやらないということです。よくあることなんですが世界観やストーリーを先に作り上げてしまうとその都合でキャラクターに無理な行動をさせたりしてしまいがちですけど、それはできるだけ避けるようにしていますね。
加藤 キャラクターの感情の動きを優先させるべきなんですね。
鷲尾 キャラクターが世界観の枠からはみ出しそうになったら、枠を広げればいいんじゃないか、と思います。ずっとまっすぐに突き進んできた主人公が世界の果てまで行き着いたら「後退しよう」じゃなくて「もっとまっすぐ行って見ようよ!」というのが正しいんじゃないかな、と思います。
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3年生に進級したなぎさとほのか。平和が訪れたはずの日常に撃退したはずのザケンナーが現れる。新たな仲間シャイニールミナスも加わり、プリキュアもますますパワーアップ! やっと普通の学校生活を送れると思ってたのに、こんなのってありえな〜い!
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©ABC・東映アニメーション |
加藤 それが感情のリアリティなんですね。
鷲尾 そうですね。あと映像上の留意点としては、「嫌な絵を作らない」ということです。例えば食べ物を粗末にしたり好き嫌いをしているとか、そういう絵は絶対に作らない。それは5年間守りましたね。
加藤 確かに、みんな美味しそうによく食べますよね。なぎさがほのかの分までお弁当を食べるとか、りんちゃんがスパゲティをもりもり食べてるのとか好きですね。
鷲尾 きっとどんな親御さんでも子どもにはたくさん食べて健康に育ってほしいって思ってますよね。もし子どもたちがプリキュアを理想としているのなら、「プリキュアたちもたくさん食べてるから私も!」と言う風になれば嬉しいですね。あとは汚い言葉を使わない、それは敵役のキャラにも言わせないようにしました。子どもはそういうところを一番真似しますから。
加藤 「プリキュア」の中で好きなキャラクターっていうのはいますか?
鷲尾 全員です。当たり前すぎますか?(笑)。もちろん初めて作ったキャラクターと言うことではブラックとホワイトに対しては絶大な敬意を払っています。これはもう愛情に近いものをやっぱり抱いています。
で、次の
「ふたりはプリキュア MaxHeart」ではそこにクイーンというものをイメージさせたシャイニールミナスを参加させました。
加藤 アクションをしないで、変身してプリキュアと一緒にいるキャラクターですね。
鷲尾 キャラクターがストーリーを動かしていくんだ、ということを強く実感しました。シャイニールミナスは正面からアクションはしないキャラだったので、描き方はとても難しかったですが、そこに挑戦できたというのはとても良かったと思います。
(次の)「Splash☆Star」は残念ながら一年で終わってしまったけれども、ストーリー、キャラクターとも大好きな作品です。咲と舞というキャラクターだからこそできたこともたくさんあります。二人(樹元オリエ、榎本温子)が今でもライブをやったり、プライベートでも非常に仲が良いというのもとても嬉しいし。敵役についても非常に強烈な印象を持たせることが出来たと思うし、皆さんの力で素晴らしい作品になったと思ってます。
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日向咲と美翔舞は夕凪中学校の2年生。泉の里からやってきたフラッピとチョッピの力でプリキュアに変身、ダークフォールから泉の里を守るためにふたりは戦う事に! 本日も絶好調なり!
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©ABC・東映アニメーション |
加藤 プリキュアシリーズは声優さんや歌手の人たちもとても仲が良いことで有名ですよね。
鷲尾 チームと言う事をとても意識して番組を作っていました。大泉(東映アニメーション大泉スタジオ)で制作してるスタッフや録音してる役者さん達全員が一つのチームだった。一番象徴的だったエピソードが、オールスターズの映画のアフレコの時だったんですけど。
加藤 「映画プリキュアオールスターズDX みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合!」。34回見に行きました。
鷲尾 ありがとうございます(笑)。あの時は歴代の役者さんのスケジュールが合って全員同じ日に集まってアフレコすることができたんですよ。
加藤 それは凄い!
鷲尾 そこでアフレコが終わってから簡単な打ち上げをやった時に、結構な人数の方が挨拶をされながら感極まって泣きだしたんですね。それぞれ自分たちの代に思い入れがあり一番良い作品だと思ってる、それをみんなに言えることが嬉しいと言ってたんです。
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質問内容を余すところなく書き込んであるこの紙には俺の愛のすべてが詰め込まれていると言っても過言ではないだろう。
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加藤 お互いに意識して、世代にシャットアウトはしなかったって事ですね。
鷲尾 私も嬉しかったですね。歌い手さんのチームも実はそうなんです。
加藤 シリーズごとに歌い手さんが変わってますね。
鷲尾 それぞれがやっぱり仲がいい。同じタイトルでありながら番組が変わったときにはえてして人間関係がギクシャクすることがあるんですけど、今回それがどの世代でもなかったし、それを皆が喜んでくれているので良かったかなと思いますね。
加藤 今月もライブ(「みんなでSUPER☆TEUCHI☆LIVE 〜Friend×Friend〜」)がありますね(取材日は6月16日)。
鷲尾 よくご存じですね。
加藤 この間の「あにまーとないと2009 Special!」も行ったんですよ、鷲尾さんのおすがたを見かけたので声をかけようとしたんですが、かけられなくて。
鷲尾 そうだったんですか(笑)。
加藤 緊張して、何話していいかわからなかったんですよ(笑)。
鷲尾 「Yes!プリキュア5」は「プリキュアシリーズ」の大きな転機であり、5人になったという事には私たち製作スタッフもずいぶん戸惑いを覚えました。それまでの「ふたり」シリーズに対する愛着も強かったですし。でもそこでチームを成立させてくれた5人のメンバーに対してはとても感謝しています。中でものぞみというキャラクターはすごい難しかったんですね。いろんな個性のあるメンバーの中で真ん中にいる人って一体どんな人だろう、というのは相当悩みましたよね。
加藤 常に輪の中心にいるのはのぞみ。物凄い魅力の持ち主だと思っていますが。
鷲尾 本人にその自覚はないし周りも意識してないけど、何かあった時に皆が彼女の方を見る。そういう存在ってなんだろうと相当悩みました。いわゆる何の取り柄もない人間が真ん中にいる理由ってなんだろう、それはもうまっすぐさでしかないんだよってことに気づいて。悩んだ分だけあの5人に対しての愛着はすごく強いです。
加藤 「Yes!プリキュア5GoGo!」から、そこにミルキィローズが入ってくる。
鷲尾 圧倒的にアクションが強くて、「5」の5人と対等くらいの強さがあるキャラクターです。
加藤 そこは「MaxHeart」のルミナスとは対照的なキャラクターでしたね。
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夢原のぞみはサンクルミエール学園に通う中学2年生。ナイトメアによって滅ぼされてしまった故郷を蘇らせるためにドリームコレットとピンキーを探しているココと出会うのぞみ。そんなココを助けるためにのぞみはプリキュアになることを決意、4人の仲間とともに5人のプリキュアが大活躍! ココの夢を叶えること、けって〜い!
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©ABC・東映アニメーション
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鷲尾 派手で艶やかな存在で、でもまっすぐさを失わずに一番自由奔放であるという、ある意味理想的なキャラクターですね。キャラクターデザインの川村敏江さんや監督の小村敏明さん、そして役者の仙台エリさんといっしょに作り上げました。大好きなキャラクターです。
前にも話しましたが、皆が自分のキャラクターが一番好きで、自分のシリーズに一番敬意を払っている。皆がそう思っていることをそれぞれが認めあっているのと同じ感情を私はやっぱり全作品に持ってますよね。
加藤 シリーズを語る上で欠かせないのが敵キャラですが、皆いい味を出してますよね。
鷲尾 私は主人公たちと同様に彼らも大好きなんですよ(笑)。彼らの組織にこそ我々大人が普段抱え込んでいる事情が全部含まれていますから。大人が思わず笑ってしまう台詞や芝居をいっぱい入れてあります。
加藤 特に「5」のナイトメアなんかはお父さんたちは複雑な心境で見ていたでしょうね。
鷲尾 デスパライアの理不尽さ、カワリーノのいやらしさ、ブンビーの立ち位置とか。理屈じゃない事を言う大ボスが居て、それをまるで理想であるかのように噛み砕いてそれを実現することが自分の地位の向上だと思っている上部の人間が居て、それをさらに下におろした時に、意味もわからず奪えと言う指示を出す中間管理職がいて、さらにそれを一番下の人間たちが忠実に実行しようとする。
加藤 組織ってそういうもんなんですね。
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終わった後、以前「クイック・ジャパン」 (VOL.80)に書いたプリキュアのコラムを見ていただく。「りんちゃんやこまちさんは大人のファンが多いですね、特にりんちゃんファンは辛い思いをしているとか」。思わず涙が出てしまう。
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鷲尾 もちろん現実はそれだけじゃないとは思いますが(笑)。で、そのほかの連中も、自分の欲望をむき出しにしながら、「よこせ」と立ちはだかってくる。理不尽な敵役たちが居て、理不尽な目にあってる妖精たちが居る、そこに「そんなことおかしいでしょ」って言うプリキュアたちがいるっていう図式がきちんと守られている。だからこそプリキュアたちが輝けたし敵キャラにも非常に愛着が湧く。どうでもいいキャラクターは一人もいないですね。
加藤 特に好きなシーンとかはありますか?
鷲尾 そうですね、敵キャラとプリキュアの関係と言う観点だと「5GoGo!」の47話は印象深いですね。5のシリーズは今まで決して敵役の名前を呼んだことはなかったのですが、ドリームがエターナルを去っていくときに「ブンビーさんありがとう」って初めて名前を言うんですよ。あれは全てを救うシーンですね。
加藤 ブンビーも「5」の最初の頃は退場する予定だったんですよね。「5GoGo!」で再登場することになった。
鷲尾 そうなんです。「5GoGo」からは全然違う敵キャラクターが出てくるはずだったんだけど、あまりにブンビーというキャラクターが生き生きと動き出しちゃって、なぜか居残ってしまう。登場人物が枠をはみ出した瞬間ですよね。
あの時は「5GoGo」のオープニングの中にブンビーが居るぞとネットで話題になったと聞きました。そういうことも、キャラクターが生きるんだったらありということです。
加藤 大人の男として聞くんですが、プリキュアシリーズって女の子向けじゃないですか、ターゲットには大人の男性女性って言うのは入れてないんですかね。
鷲尾 うーん、主に意識するのは女児が観て喜んでくれるように、ということですね。ただ、お母さんも含めて大人が見た時に楽しめるストーリーにはなるようにしています。いわゆる子どもだましの作品は作らない。ただ、そこ(大人)に媚びるようなことはしていないですね。
加藤 あくまでもメインは子どもなんですね。僕もそういうところが好きで見ているんですよ、変に媚びてほしくないというか。
鷲尾 子ども向けだからこの程度でいいよねって言う手の抜き方は絶対にしていません。
加藤 ありがとうございます、最後に一ついいですか? 今のシリーズに期待することなどは?
鷲尾 制作者が感じ、考えていることをやっていけばそれでいいと思ってます。男の子もののアニメになろうと、大河ドラマになろうと、魔法ものになろうと、「プリキュア」というタイトルが常に子どもたちの喜びを与えて世間に受け入れられるのであれば、どんな形になっても構わないと思っています。
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オールスターズの立て看板前で写真を撮るのは初めてだという鷲尾さんを激写する加藤。「人が来てしまうんで早くお願いします(笑)」この後二人で撮りました。
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加藤 初代プロデューサーとして「ここはこうして欲しい」みたいなこともないということですか?
鷲尾 そういう意識はないですね。
加藤 本日はありがとうございました。
鷲尾 ありがとうございました。ごめんなさいね、いっぱい喋って(笑)。