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世田谷事件10年 隣家のおい、初めて口を開く(1/2ページ)

2010年12月28日15時0分

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 犯人がわからないまま、発生から間もなく10年を迎える東京都世田谷区上祖師谷の宮澤みきおさん一家殺害事件。夫妻と幼い2人の遺体が見つかった2000年の大みそか、壁を隔てた二世帯住宅の隣家で暮らしていたおいは、23歳の大学院生になった。ショックから事件を遠ざけていた彼は今年、初めて口を開いた。

 今月10日、世田谷区で開かれた「ミシュカの森2010」。4人を悼み、彼の母親の入江杏(あん)さん(53)が友人と主催してきた集会だ。その終わりにマイクを握った彼は、緊張で少しふるえる声で満員の来場者にお礼を言い、こう言った。「自分も語り継いでいこうと思います」

 殺害されたのは、みきおさん(当時44)、妻泰子さん(41)、長女にいなさん(8)、長男礼君(6)。犯人は30日深夜に侵入し、犯行後は10時間以上屋内にとどまったとされる。

 亡くなった泰子さんと入江さんは仲の良い姉妹で、彼が4歳のころ二世帯住宅を建てて、互いの家族が壁一枚を隔てて同じ屋根の下に住んだ。笑顔があふれたその家で突然事件が起きた。

 彼は母親が記者会見したり、家に取材のカメラが入ったりすることがずっと「嫌だった」という。「なんで傷口に触れるようなことを、と」

 当時は中学1年生。両親と学校の配慮で、クラスメートには事件との関係は一切知らされなかった。それでも「ふつう」に学校生活を送るだけで精いっぱい。鋭敏になった心に何も触れないように「思考停止」。苦しすぎて数年の記憶が抜け落ちているという。「誰にも本音を言えなかった。本心では話したいと思っていたけれど、実現できたのは、大学に入ってから」

 ごく少数の友人や教員に打ち明けた。そして、昨年。大学の授業で、時効制度にからんで教員が「世田谷一家殺害事件を知っていますか」と学生に尋ねた。どきっとした。が、大教室のほとんどの学生が「知らない」と答えた。

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