<第二新東京市北高校 2年5組>
「ちょっと、キョン! 予備校に通うなんて勝手に決めちゃって!」
朝のホームルームが始まる前の教室でハルヒはキョンに向かって怒鳴っていた。
「この前の模試の成績があまり良くなかったからな、親に頼み込んで通わせてもらったんだ」
「赤点は十分クリアしているじゃない」
「ハルヒが教えてくれたおかげでな。でも、それじゃダメなんだ」
「おいおいキョン、何をあわてているんだ。俺達はどうせ再来年に予備校に入るんだぜ」
谷口は馴れ馴れしく背後からキョンの肩に手を掛けるが、キョンは谷口の手を振り払う。
「悪いな谷口、俺は浪人生になるつもりはない」
「だから、あたしがキョンの勉強を見てあげれば現役合格は出来るって言っているでしょう?」
「その分、ハルヒの勉強時間が減るだろう、迷惑を掛ける」
「でも……」
それでも文句がありそうなハルヒの肩にキョンは正面から手を掛けて、キョンはハルヒの目をじっと見つめる。
「俺の望みはハルヒと同じ大学に現役合格する事だ」
キョンの言葉を聞いたハルヒは驚いて息を飲んで目を見開いた。
「キョン君はとっても涼宮さんの事を大切にしているのね」
阪中さんにそう言われたキョンはハルヒの肩から手を離して照れ臭そうに頭をかいた。
「キョンの気持ちは分かったわ……」
ハルヒはそう言っても、まだ怒っている事があるようだ。
「あたしも一緒にその予備校に行くんだからね!」
「俺の通う予定の予備校は授業料が高めだからな……」
「そんなの何とでもなるわよ」
キョンがハルヒが一緒の予備校に行くのを渋ったのは、ハルヒが居ると騒がしくて勉強が出来なくなるからだ。
ハルヒも別に理由もなく予備校で遊ぶほど子供では無い。
騒がしくなってしまうだろう原因は他にあった。
<第二新東京市 キョンの部屋>
その日の夜、自宅に居たキョンの携帯電話に渦中の人物から電話が掛かって来た。
「佐々木か」
「キョン、来週の英語の授業から一緒のクラスだね、また中学時代のように君と机を並べる事ができて嬉しいよ」
「ああ、その事なんだがな、余計なおまけが付いて来るかもしれん」
「涼宮さん? 僕は彼女とも親しくする事に異論はないよ」
「お前は何でもお見通しだな」
キョンはそう言ってため息を吐き出した。
「そういえば、君達SSS団の仲間に朝比奈みくるさんと言う先輩がいるよね」
「ああ、朝比奈さんがどうかしたか?」
「是非彼女に一度ご教授願いたいね、模擬試験の物理で100点をとれる勉強法を」
「マジか?」
「うん、北高だけで実施される模試だから、規模は大きくないんだけど、去年は相当レベルの高い問題が出されたらしいんだ、それで予備校でも話題になってる」
「朝比奈さんの成績は悪くないと聞いていたが、それほどなのか」
「100点は彼女だけだからちょっとした伝説になっているよ」
「そんな話題になっていたのか、初耳だな」
「今年はきっと涼宮さんや国木田君も上位に食い込むだろうね、成績発表を楽しみにしているよ」
「ああ、国木田が居たか」
「冷たいじゃないかキョン、中学時代からの友達なんだろう? おまけに予備校を紹介したのも彼って話じゃないか」
「すまん、仲間と言うカテゴリーでパッと思いつく中に含まれていなかった。周りの人間が個性豊か過ぎるもんでな」
「忘却は人間に必要な機能だからね。僕も完全にキョンに忘却される前に会えてよかったよ。僕も没個性の人間だからね」
「いやいや、お前も結構個性的で変な女だって国木田達も口をそろえて言ってるぞ」
「変な女って、涼宮さんにしっとされてしまいそうだな」
「勘弁してほしいぜ」
キョンは電話の向こうの佐々木に聞こえるぐらい大きなため息をついた。
「そうだ、この前中河君にキョンの事を話したら、彼も予備校で会うのを楽しみにしてるって言っていたよ」
「中河?」
「ほら、クラスで一番背が高くてがっしりとした体格の」
「うーん、よく思い出せん」
「キョンは彼とは特に親しい間柄じゃないから無理もないか」
「でも、中河は俺の事を覚えているのか」
「そうみたいだね」
「顔を見れば思い出せるかもしれんが」
キョンが佐々木と電話で話し込んでいると、風呂からあがったキョンの妹が部屋に入って来る。
「キョンくん、お風呂空いたー」
「妹が風呂からあがって来たから切るぞ」
キョンはそう言って電話を切ったが、キョンの妹は電話の相手に興味を持ってしまったようだ。
「ねえねえ、誰と電話してたの?」
「誰でも良いだろう」
キョンがそう答えると、キョンの妹は素早くキョンの携帯電話をひったくって着信履歴を見る。
「佐々木って誰? 男の人、それとも女の人?」
「だから、どっちでも構わないだろう」
「じゃあ、ハルにゃんに聞いてみようっと」
「それだけはやめろ!」
キョンの妹がハルヒの名前を出すとキョンは顔が青くなった。
「何で?」
「お願いだからハルヒにだけは言わないでくれ、頼む!」
妹に頭を下げて頼み込むキョンも情けないが、閉鎖空間の発生を許すわけにはいかなかった。
<第二新東京市北高校 SSS団部室>
「うーん、やっぱりお茶はミクルちゃんがいれた方がおいしいわね」
「ご、ごめん」
放課後のSSS団部室、ミクルは受験で忙しくて不在なので代わりにシンジがお茶を入れていた。
「やっぱり、この格好でお茶を入れても朝比奈さんみたいに上手くいれられるわけないよ」
シンジはコンピ研パソコン強奪事件の時と同じように、化粧をして胸に詰め物をしてメイド服姿でお茶をいれさせられていた。
アスカがハルヒとの勝負に負けて罰ゲームをさせられる事になって、シンジが罰ゲームを引き受けたのだ。
「ミクルちゃんは3月には卒業しちゃうし、お茶くみ担当の後継者が必要ね」
ハルヒはそう言って部室に居るメンバーを見まわしたが、誰にもピンと来なかったらしく失望してため息をもらした。
「自分達で好きな飲み物を持ってきて飲めばいいじゃない」
「アスカもお姫様っぽい格好が似合うんだから、紅茶を優雅にいれるスキルとか持ってないの?」
「アタシは上品とか堅苦しいマナーとか好きじゃないのよ」
「そうだよ、アスカはリビングで寝っ転がっている時が一番幸せそうなんだ」
「余計なこと言わないの!」
顔を赤くしたアスカはシンジの頭を軽く殴った。
「そうだ長門、ちょっと聞きたい事があるんだが」
「何を」
ハルヒがアスカ達との話に夢中になっている間に、キョンは声をひそめてユキに尋ねた。
「朝比奈さんが去年の模試で好成績を収めたってウワサを聞いたが、本当の事なのか?」
「そう」
「朝比奈さんは特に勉強をしているようには見えなかったんだが、長門が情報操作したのか?」
「情報操作は行っていない」
「そ、そうか、疑って悪かったな」
キョンはそう言ってユキに頭を深々と下げて謝った。
「私と朝比奈ミクルは、学校の成績がSSS団での活動の障害にならないように配慮されている」
「どういう事だ?」
「あらかじめ出題される問題と模範解答のデータが全てインプットされている」
「やっぱり、ズルをしているんじゃねーか!」
キョンが思いっきり叫んでしまうと、アスカ達と話していたハルヒが気になったのか、ユキと話しているキョンの方に視線を向けた。
「あなたが大きな声を出すと涼宮ハルヒに気が付かれてしまう」
「そうだな、すまなかった」
しかし、ハルヒはよっぽどアスカ達との話が面白いのか、顔をアスカ達の方に戻して話を再開した。
キョンは安心してため息を吐きだすと、声をひそめてユキに再び話しかける。
「でも、それってただ問題と答えを理解せずに丸暗記するだけじゃないか」
「しかし、効率的な方法である事は間違いないと教えられた」
「だけどな、無駄だと思った知識も役に立つ場合があるんだぞ……って待てよ? それなら、他の科目も満点になるはずだよな」
「未来の私達の過去の歴史と、今私達が体験している現在ではわずかながら差異が生じる」
「ああ、要するに俺がため息を付くタイミングとか、歴史とは一致しているとは限らないってことか」
「一例をあげるなら、そう。私達は差異を埋めるための学習はおこたっていない」
「それなら、朝比奈さんの受験は大丈夫って事だな」
ユキは首を大きく縦に振ってうなずいた。
「長門、俺は受験勉強が失敗に終わったとしても、それはそれで受け入れるべき結果だと思っている」
「そう」
「きっとハルヒも閉鎖空間を発生させる事は無いさ」
「私もあなたの気持ちを尊重したい」
「長門さんも僕達に近い感情を持つ存在になりつつあると言う事ですよ」
「そうだな」
今まで黙って聞いていたイツキの言葉に、キョンは微笑みを浮かべて同意した。
<第二新東京市 某有名予備校>
そして数日後、キョンは体験入学と言う名目で押しかけて来たハルヒと一緒に予備校へとやって来た。
「やあキョン」
「お久しぶりです」
そんな2人を教室で待っていたのは佐々木と橘キョウコだった。
「ああ、久しぶりだな」
キョンは橘キョウコの姿を見て渋い顔になったが、なんとか引きつった笑顔であいさつを返す事が出来た。
「ふーんキョンはこれから花に囲まれた楽しそうな時間が送れそうじゃない」
ハルヒは皮肉めいた言い方をした。
キョンは少し冷汗を浮かべながらツッコミを入れる。
「何か棘のある言い方だな」
「それなら、僕達はバラと言う事になりそうだね」
「面白い事言うじゃない」
ハルヒは佐々木の言葉に笑ったが、目は笑っていなかった。
「何だこの微妙にトゲトゲした空気は……」
キョンは佐々木とハルヒの視線がぶつかり火花を散らしている(ハルヒが一方的ににらんでいるだけなのかもしれないが)のを見て冷汗を流していた。
橘キョウコは面白そうにその様子を見守っているので、キョンは少し腹が立った。
「おおっ、キョン! 来てくれたか!」
そんなキョンの姿を見つけて大声を出しながら近づいてきたのは、体格も大きい角刈りの男子高校生だった。
「ずいぶんと大きい男ね、キョンの友達?」
「ああ、俺と中学時代同じクラスだった中河だ」
「中国の中と黄河の河と書いて中河だ、よろしく頼む!」
キョンに紹介された中河はそう言ってハルヒに名乗った。
「あたしは……」
「キョンの彼女の涼宮さんだろう? SSS団の団長だって事も聞いている」
「そうなの、じゃあ名乗る必要はないわね」
ハルヒはそう言って息をついた。
「キョンは中学時代から奇妙な女と付き合うのが好きだったからな、佐々木と別の高校に行った後に新しい彼女を作っているとは意外だな」
中河の言葉を聞いたハルヒの目が険しくなった。
「だから、俺と佐々木はそう言う関係になった事は無いって」
「そうだよ、きわめて親しい友人関係だよ」
佐々木がそう言って笑顔でキョンの手を握ると、ハルヒの顔色は青くなった。
「なあ中河、お前はスポーツ一筋のはずじゃなかったのか? どうして予備校に入ろうと思ったんだ」
「ああ、確かに俺は高校に入学してからアメフト部で活動していた。しかし、俺は大いなる愛に目覚めてしまったんだ」
「いったい何があったんだ?」
「お前と同じクラスに長門ユキと言う才女が居るだろう?」
中河に聞かれたキョンは目を丸くした。
ハルヒも中河の言葉に驚いてすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。
「俺は長門さんにふさわしい男になるために一流大学に入ると決めたのだ!」
「待て中河、何でお前が長門を知っている?」
「あれは先月の事だ、俺はアメフトの試合に遅れそうになって道を走っていた。しかし地面は凍結し、とても滑りやすかった」
「おい、ケガをしたら試合に出れなくなるだろう」
「俺は角から姿を現した長門さんに思いっきり正面からぶつかってしまったんだ」
中河の話を聞いたハルヒは顔を青くして叫ぶ。
「ちょっとあんた、その大きな体格でしかもアメフトの選手なんでしょう? ユキが大ケガしちゃうじゃない!」
「俺もそう思ったんだが、彼女は無事に何事も無かったかのように立っていたんだ」
「本当にユキは何ともなかったの?」
「何回も彼女に尋ねたが、彼女は凛とした態度で何ともないと繰り返したんだ。そして、俺はそうしているうちに彼女からあふれる理知的な雰囲気に心を奪われてしまったんだ」
「じゃあ、ユキの事をほとんど知らないんじゃないの」
「俺はしつこく迫って彼女の名前だけは聞き出した、しかしそれ以上は近づく事は出来なかったんだ」
「あのなあ、よくも知らない長門のために一流大学に入るのか?」
ハルヒとキョンはあきれ果ててため息をついた。
「まあキョン、ここは中河の力になってあげてよ。彼は予備校に入ったのは良いけど、長門さんの事が気になって勉強が手につかないみたいなんだよ」
「熱病に犯されたように挙動不審でしたわ」
「分かった、何をすればいいんだ」
佐々木と橘キョウコに言われて、キョンは渋々と言った口調で中河に尋ねた。
「ありがたい、俺の言葉を長門さんに伝えてくれ!」
それから中河は長門への思いを語り始めた。
一流大学を卒業して一流企業に就職し、数年後にはベンチャー企業を立ち上げて上場し、アメリカの経済新聞に名前が載るようになったらユキを迎えに行くからそれまで待っていてくれと。
そして、長門と結婚した後は長男に会社を継がせて末っ子はプロのアメフト選手にして幸せな余生を送るのだと。
「中河、お前はとんでもないバカだな、そんな遠い将来の事なんて約束できるわけないだろ」
「そうね、バカバカしいわ」
キョンの言葉にハルヒも腕組みをしてうなずいた。
「やっぱり、ダメなのか……」
「そうよ、そんなにゆっくりしてたら、ユキが他の男にとられちゃうわよ」
ハルヒの発言を聞いたキョンは驚いて目を見開いた。
そちらの方向に転ぶとは思ってもみなかったのだ。
「しかし、今の俺にはアメフトしか自信が持てる物が無い」
「それで充分じゃないの」
笑顔で中河に話しかけるハルヒを見て、キョンはため息をついた。
<第二新東京市 市民グラウンド>
そしてそれからしばらく経った日曜日、SSS団はミクルの受験合格祝いでアメフトの試合観戦をする事になった。
「中河君の雄姿を見せれば、ユキもグッと来るものがあるかもしれないわ」
「ハルヒが他人の恋を応援するようになったとは、恋愛が病気だって言っていた頃と凄い変わりようだな」
「変えたのはキョンよ」
「何だと?」
「好きな人とキレイな景色を見て感動を共有したり、遊んで楽しさを何倍にもする。それって素晴らしい事だって気付かされたのよ」
「そう言ってくれるとくすぐったくなるな」
「その点においてはあたし達はアスカ達に負けている気がするのよね。あの2人はすぐに自分達だけの世界を作ってしまう事が多いし」
「まあな」
キョンはすっかりのろけてしまっている、前を歩くアスカとシンジの姿を見て苦笑した。
「たった一度しか無い高校生活なんだからね、ユキにも色恋があっても良いと思うのよ」
「まあその意見には同意するがな……」
「何よ歯切れが悪いわね、もしかして、中河君がちょっと変わっているからってユキに近づけたくないとか思っているわけ?」
ハルヒは理由を勘違いしているが、本当の事を言えないキョンは否定しない事にした。
「長門さん、涼宮さんから中河氏の愛の告白をお聞きになられたとか」
「聞いた。しかし、私は応える事は出来ない」
「それはそうですね、結婚してスローライフを送る計画を話されても困ってしまいますからね」
淡々と答えるユキに、イツキは微笑みながらそう言った。
しかし、イツキは真剣な表情になってユキに尋ねる。
「ですが、一時の恋愛を楽しむと言う事はありえないのでしょうか、例え別れの時が決まっているとしても」
「あっ……」
イツキの言葉を聞いたミクルはショックを受けて小さな驚きの声をもらした。
その質問はユキだけでは無くミクルにも向けられていたのだ。
「私は今その質問に結論を出す事は出来ない」
長門は小さくつぶやく声で答えて、ミクルは何も言えずに黙り込んでしまった。
「そうですか……」
イツキは残念そうにため息をついて、それ以上聞こうとはしなかった。
試合場では中河がユキに良い所を見せようと張り切っていた。
ユキは無表情に近い顔で試合を眺めていた。
しかし、その視線は熱心に中河の動きを追いかけているようだった。
「キョン、ユキはずっと中河君から目を離そうとしないし、脈ありなんじゃない?」
「さあな、俺には分からん」
ハルヒもそんなユキの様子に気が付いたのか、ワクワクしながらキョンに耳打ちした。
ユキの熱視線の効果があったのか、中河は試合で大量得点を取り、MVPに選ばれるほどだった。
<第二新東京市 ファミリーレストラン>
試合が終了した後も、ハルヒ達は中河を直接ユキに会わせるために試合場の近くのファミリーレストランで中河を待っていた。
「初めまして、中河と申します、以後お見知り置きを!」
「長門ユキ」
緊張して大声を張り上げて名乗る中河をユキはじっと見つめながら小声で返事をした。
「試合での俺の活躍、見てくれていましたか?」
「見ていた」
「ありがとうございます!」
無味乾燥と言われても仕方が無いユキの答えだが、中河は感激してお礼を言っていた。
「あの、よろしかったらまた会って下さいますか?」
無言で首を縦に振って答えるユキにアスカ達は驚きの声をあげた。
「ありがとうキョン、お前の友情に感謝するよ!」
「あのねえ、この場をセッティングしたのはあたしなんだけど?」
「涼宮さんもありがとう!」
「中河、嬉しいのは分かったからハルヒの手を離せ」
「ああすまない、興奮しすぎた」
中河はそう言って思わず握ってしまっていたハルヒの手を離して、勧められるままにユキの向かいの席に座った。
「長門さんは読書がお好きだと聞きましたが本当なのですか?」
「そう」
「やっぱり、ロシア文学とか哲学系の本をお読みになられるんですか?」
「そう」
「それとも、フランス文学のような恋愛系の本だとか?」
「そう」
「もしや、アガサ・クリスティーのような推理物が好みですか?」
「そう」
中河とユキの壁打ちテニスのような会話のやりとりを聞いてハルヒ達はため息をついた。
「長門にも弱点があったな」
「しばらくあたし達がアシストする必要があるわね」
その後、ハルヒ達はお見合いの仲人のように中河とユキの会話を取り持った。
しばらく中河とユキの話が続き、中河はハルヒ達に感謝の言葉を述べて喫茶店を出て行った。
中河が立ち去って緊張から解き放たれたハルヒ達は疲れた顔でため息を吐き出した。
無表情のまま座っているユキにハルヒは声を掛ける。
「で、中河君とつき合ってみようかなって考えたの?」
「……少しだけなら」
ユキはそう答えてハルヒから視線を反らした。
そんなユキの姿を見て、アスカはニヤニヤとした笑みを浮かべながらシンジに耳打ちする。
「ねえ、きっとあれはユキの精一杯照れている顔よ」
「涼宮さんと目を合わせようとしないね」
シンジもそんなユキを見てクスリと笑った。
<第二新東京市 市街地>
「じゃあ今日はこれで解散ね。明日学校で会いましょう、ミクルちゃんもね」
「はい」
この時期すでに3年生は登校する義務は免除されているのだが、受験を終えたミクルは明日からまた学校に登校する事になった。
ハルヒとキョンが立ち去って行った後、ミクルは緊張の糸が切れたように膝を折って泣き出す。
「どうしたのですか朝比奈さん?」
「私、高校を卒業したくありません!」
「そんな、大学に行ったら今までのように毎日会えなくなるでしょうけど、そんな大げさな……」
アスカが少しあきれた顔でそう言うと、ミクルは手で涙をふきながら肩を大きく回して否定した。
「私は高校を卒業して新学期が始まると同時に、未来の世界に帰らないといけないんです」
「ええっ、そんなに急にお別れなの?」
ミクルの言葉を聞いたアスカが驚きの声をあげた。
イツキは大きなショックを受けたのか、青い顔になって何も言えなかった。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか?」
「だって、話したらみんな私に気を使ってしまうから……私は最後までいつものようにSSS団のみんなと過ごしたかったから……」
責めるように言ったシンジにミクルはまだ涙を流し続け、しゃくりあげながら答えた。
「そんなに朝比奈さんにきつく言わないでください」
「古泉君……」
「きっと涼宮さんが朝比奈さんに会いたいと思った時、僕達はまた会う事が出来ますよ」
「そうよね、そうじゃないときっとハルヒが納得しないもの」
「僕もそれを忘れてしまって、本当に朝比奈さんと二度と会えなくなるのかあせってしまいましたよ」
「そうよね」
イツキがそう言うと、アスカ達は顔を見合わせて和やかに笑った。
「あなた達が高校卒業後の朝比奈ミクルに会う事は二度と無い」
ユキが断言すると、アスカ達の空気が一瞬にして凍りついた。
「どうしてよ?」
「私があなた達から朝比奈ミクルの記憶を完全に消去する。そうすればあなた達の心は傷つかない」
「そんなの優しさじゃないわ!」
ユキの発言を聞いたアスカが叫び声をあげた。
「それは、どうにかならないのですか?」
「ごめんなさい古泉君、これは未来の世界での規定事項なんです」
ミクルはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
そして泣いたまま、アスカ達の前から立ち去ろうとした。
「朝比奈さん」
「これ以上、私に優しくしないで! 辛くなっちゃうから」
ミクルは肩に掛けられたイツキの手を振り払って走り去って行ってしまった。
「ユキ、記憶を消すって事は思い出を全て失くしてしまうって事なのよ、そんなひどい事をアタシ達にするの?」
「今まで私達の身に起こった出来事は、朝比奈ミクルの存在だけを消した状態で違和感を覚えないように情報修正する。これは上からの命令、私の一存では変更できない」
「ふざけないでよ、そんな命令、無視しなさいよ!」
怒りが抑えきれなくなったアスカは、ついにユキの肩をつかみ上げてしまった。
「待ってよアスカ、長門さんが本当に僕達の記憶を消すつもりなら、僕達にその事実を知らせないはずだよ」
「そうなの?」
アスカに尋ねられたユキは小さくうなずいた。
「現時点の私は命令に従う他に無い。しかし、私は最後まで諦めるわけにはいかない。なぜなら、私達には希望が残されているから」
ユキがそう言うと、アスカはユキの肩をつかんでいた手を離す。
「そうよ、きっと何か良い方法があるはずだわ」
「朝比奈さんが未来に帰ってしまうその瞬間まで、僕達は諦めずに考え続けましょう」
イツキがそう提案すると、アスカ達は力強くうなずいた。
「何だか出来るかもしれないって思ったら、少し元気が出て来たわ」
「それが、希望」
ユキがポツリとそうつぶやいた。
「うん、それは大切なものだよね」
沈みゆく夕日を眺めながら、シンジもそうつぶやくのだった。
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