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内部告発サイト「ウィキリークス」は約25万通に上る米外交公電を入手しているといわれ、これまでに暴露されたのはそのごく一部である。これと比ぶべくもないが、過去、米外交公電の大量流出で思い出すのはイラン革命だ。
革命直後の79年11月、テヘランの米大使館を占拠した急進派の学生たちは、シュレッダーにかけられた外交公電を発見した。彼らは粉々になった公電の紙片を丹念に集め、2年かけてジグソーパズルを解くように2000通以上の公電を復元。ペルシャ語の対訳つきで6冊の本にした。
私が特派員としてテヘランに赴任した時、順次出版されている最中で、さっそく読んでみた。そこには米本国と大使館の緊迫したやり取りがあり、革命にまつわる幾つかの疑問を解いてくれた。
革命後、多数のイラン軍幹部が処刑されたが、なぜ彼らは国王のように国を脱出しなかったのか。実は米国が軍幹部に「軍を握っていれば、革命派も極端な行動には出られない」と、国にとどまるよう説得していたことを公電は明るみに出した。
革命政府は「反革命を狙う米国の邪悪な意図の証拠」と吹聴。米国にとって大使館占拠事件とこの公電暴露は大きな屈辱として、今日に続くトラウマとなっている。
しかし「ウィキリークス」の前ではイランの米外交公電の暴露も牧歌的に見えてくる。いま我々に突きつけられているのは公電暴露という問題を超えて、インターネット時代、国家機密はどう保護されるべきなのか、また国家機密が漏えいした時、ジャーナリズムはどう対応すべきかという根本的な問いかけである。
今後も第2、第3の「ウィキリークス」が登場するだろうし、それは米国とは限らない。尖閣諸島沖で中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突した時のものとみられるビデオ映像の流出事件がこれを示唆する。国家情報が根こそぎ、世界にばらまかれる時代なのだ。そんな時、特に民主主義体制の下で情報統制はどこまで許容されるかの問題がある。
もう1点、インターネットを使い個が権力と国家に挑んだ時、既存メディアはどう対応すればいいのか。「知る権利の下、すべて報ずることが使命」と言い切れるのか。
今回はメディア自身、対応を決めかねているようだ。「ウィキリークス」からの事前の情報提供を断った新聞もある。米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は首謀者のアサンジ容疑者逮捕で、公電に基づく連載コラムを停止した。白黒、一刀両断にできない難しい問題を我々は提起されている。(専門編集委員)
毎日新聞 2010年12月10日 東京朝刊
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