沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突を巡るビデオ映像流出事件で、一色正春・元主任航海士(43)への行政処分は停職12カ月、本人は依願退職という形で海上保安庁を去った。国家公務員が政府の方針に反して、職務上知り得た秘密を故意に流出させた行為に、懲戒免職にすべきだとの意見もあった。しかし、免職処分にすることで馬淵澄夫国土交通相らへ影響が波及しないかとの懸念や、ビデオ映像を非公開とした政府の方針に批判的な世論もふまえた「政治判断」が透けて見える処分となった。【石原聖、臺宏士】
一色元航海士は金銭的な見返りはないが職務上知り得た秘密を故意に流出させており、免職になる可能性もあった。だが、免職とすれば、監督する鈴木久泰長官、馬淵国交相への辞任要求が野党などから高まるとの見方もあったうえ、「非公開にする映像だったのか」という政府に批判的な世論も起きた。海上保安庁は、捜査の進展や同様のケースの処分例を参考にしながら、「政治判断」を仰いだうえで、停職にして依願退職という形での事態収拾を図ったと見られる。
一色元航海士の任命権者は、第5管区海上保安本部(神戸市)本部長。本来なら懲戒処分のための事実関係の調査は5管が行う。しかし、映像流出の経緯が複数の管区にまたがるうえ、海上保安庁を所管する馬淵国交相が問責決議を受けた。「一保安官の不祥事というレベルにとどまらない事案」(海保幹部)という社会的影響の大きさから、本庁主導で調査を進めた。
今月上旬からは5管に派遣された本庁職員が、巡視艇「うらなみ」の主任航海士から陸上勤務へと配置換えとなった後、年次休暇を取っていた一色元航海士を出勤させ、免職、停職、減給、戒告の4段階ある懲戒処分のどれに該当するか事情を聴いた。
過去の公務員の情報漏えいでは懲戒免職になったケースはあり、海保内では、公務員が政府方針に反したことや、日中関係を悪化させた社会的影響から免職にすべきだという見方もあった。一方、映像は一時期、海保内で誰でも閲覧可能な秘密度の低い時期があったため停職とすべきだとの意見があった。
しかし、海保が撮影した映像に関しては、不審船から銃撃される模様など、より秘密度の高い映像は公開されてきた。事件後、尖閣沖に姿を見せている中国の漁業監視船の映像も公開されており、政府内で公開・非公開の議論がなされた形跡はない。
さらに、公務執行妨害容疑で逮捕され、処分保留で釈放された中国人船長に対する検察の処分は終わっていない。逮捕や釈放、映像の公開・非公開がどのような基準、判断でなされたかも不明瞭なままだ。
ある海保OBが「結局、最初の非公開の判断がすべてだった」と振り返るように、当初の非公開判断に疑問が残る中、政治や世論へ配慮した印象を強く残す処分となった。
一色元航海士が映像をインターネット上に流出させた行為は、職務上知り得た秘密を漏らしたと警視庁は判断したが、半面、尖閣諸島沖で何が起きたかを明らかにし、国民の知る権利に応えたとも言える。漏えい対象は異なるが、公務員が報道機関の取材に協力して情報を提供したことによって懲戒処分になるケースは過去にもある。こうしたケースに比べて今回の処分はどうだったのか。
沖縄密約問題で、外務省の機密電文を毎日新聞記者に渡した女性事務官は懲戒免職(72年)になり、読売新聞記者に南シナ海での中国海軍の潜水艦火災情報を教えた航空自衛隊1等空佐も懲戒免職(08年)になった。これらのケースと比べると、依願退職したとはいえ、一色元航海士は免職にならなかった分、形式的にはやや軽い。
今回の処分について、服部孝章・立教大教授(メディア法)は「女性事務官や1佐に対する懲戒免職処分は、情報提供者を萎縮させる不当な処分だと思う」とした上で、今回の停職処分について「これまでのケースに照らせば本来であれば、政府の方針に反して勝手にネットに流したわけで、懲戒免職に該当する処分になったはずだ。それが今回は停職12カ月の軽い処分となったのは、保安官の行為を支持する世論への政治的配慮だけでなく尖閣ビデオの内容は、そもそも政府にとって公開されると困るほどの情報ではなかったということなのではないか」と分析する。
また、大石泰彦・青山学院大教授(メディア倫理法制)は「自分の勝手な正義感で尖閣ビデオを流出させたのだから懲戒処分は当然だ。しかし、本来は政府が国民に提示すべき情報であったことや、保安官が自分なりの信念で行ったことを踏まえると、懲戒免職などの重罰によって解決されるような事案でもない。政府にとっては『それなりの処分』であると言えるかもしれない」と指摘。その上で「政府や海上保安庁は、極端な秘密主義は不測の情報漏えいを招きかねないことを教訓として学び、情報の公開や庁内での情報共有をどのように図っていくかを考えていくべきではないか」と話した。
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沖縄返還を巡り本来、米国が負担すべき旧軍用地の原状回復補償費を日本が肩代わりすることを示した外務省の機密公電を毎日新聞記者に渡したとして、外務省が女性事務官を懲戒免職(4月)。事務官は、国家公務員法違反(守秘義務)で起訴され、東京地裁は74年1月、懲役6月(執行猶予1年)の有罪判決を言い渡した(確定)。
週刊誌記者に捜査情報を漏らしたとして、神奈川県警は同県警捜査2課の男性警部補を停職1カ月の処分(11月)。県警は地方公務員法違反(守秘義務)容疑で書類送検(起訴猶予)。警部補は依願退職。
読売新聞が05年5月に報じた中国海軍潜水艦が南シナ海で起こした火災事故で、防衛省は情報提供した航空自衛隊1等空佐(当時)を懲戒免職(10月)。1佐は自衛隊法違反(防衛秘密漏えい)容疑で08年3月に書類送検された(起訴猶予)。
毎日新聞 2010年12月23日 東京朝刊
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