郵便不正事件とそれに絡む証拠改ざん・隠蔽(いんぺい)事件を巡る最高検の検証結果が24日にも公表される。リクルート事件で東京地検特捜部に逮捕され、執行猶予付きの有罪判決が確定した同社の江副浩正元会長と、当時副部長として同氏を取り調べ、退官後は福島県知事汚職事件の被告側弁護人として特捜部と対峙(たいじ)した宗像紀夫・元特捜部長に聞いた。
郵便不正事件で厚生労働省の元局長が無罪になったのは、検事の求める自白調書にサインせず、裁判官が法廷証言に重きを置かざるを得なくなったことが大きい。サインしていたら有罪になったかもしれない。
特捜部の取り調べは本当に厳しい。私の場合、宗像(紀夫検事)さんは紳士的だったが、他の検事には怒鳴られ、壁に向かって何時間も立たされ、土下座も強要された。
特につらかったのは113日に及んだ拘置所生活。体を自由に動かせない状態が続くと拘禁反応の後遺症が残る。検事に「外に出ると浦島太郎になる。ドアの鍵が開けられなくなったり、運転ができなくなるぞ」と脅され「この調書に署名しないと長期勾留する」と迫られた。一方で「裁判で争える余地を残しておく」と懐柔され、長期勾留で社会復帰できなくなる恐怖心からサインしてしまった。
こうした取り調べも、全過程を可視化すれば防げると思う。私は裁判で調書の任意性を争ったため、日本の刑事裁判史上最長の計322回に及ぶ公判で13年かかったが、可視化されていれば1年以内で終わったと思う。
また、逮捕勾留中は私の言い分を伝えられず、検察情報をメディアが一方的に流していた。その意味で、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の映像流出を巡る捜査に注目していた。
マスコミ各社はビデオを流出させた海上保安官を逮捕する見通しを報じたが、インターネット上では「公開しない政府が悪い」と、否定的な意見が相次いだ。結局、逮捕に至らず、ネット世論が初めて司法に影響を及ぼしたケースだと思う。司法は、世論に左右されてこそいい方向に向かっていくと思う。
ただ、特捜部の廃止論にはくみしない。
政治とカネの問題はどこの国にもあるが、政治家に関わる大きな問題については優秀な検事の集団、つまり特捜部が追及する仕組みが必要だ。そうでなければ腐敗がどんどん進む。【聞き手・大場弘行】
リクルート事件では捜査で多くの政治家の名前が浮かんだが「うまくいって1人か2人の摘発につながればいい」という気持ちだった。間違っていても修正できる範囲で事件の「筋読み」をしていた。
ところが郵便不正事件では、最初から「厚生労働省の局長を摘発する」と決めてかかっている。証拠物の偽造以前に「うその供述を引き出してでも、何がなんでも事件をやる」という姿勢が問題だ。筋読みに合致しない証拠や供述に耳を傾けていない。これは東京の特捜部でも同じだ。
東京の特捜部が摘発した福島県知事汚職事件では、前知事実弟の記憶にない調書が4通あり、「知事に相談した」という内容になっている。普通はそんな供述をしたら「どんなふうに相談したのか」と具体的に詰めていくはずなのに、一切やっていない。この調書は、前知事を逮捕する許可を上級庁から得るために、検事に捏造(ねつぞう)された疑いがある。
公判でも「ゼネコン汚職のころまで知事が『天の声』を出していた」と、談合の仕切り役の調書を基に冒頭陳述で指摘しながら、弁護側と争いになると調書を撤回した。よほど無理して取った調書なのだろう。
また、証人出廷した取り調べ検事を弁護側が尋問中、立ち会い検事が証言を制止するように机をドンドンとたたき、裁判長が怒ったこともある。衆人環視の法廷でそんなことをするなら、見えないところで何をしているか分からない。
私は検察を愛するがゆえに言うが、度を越えた捜査をするような機関ならむしろ有害。今の検察は傲慢になっている。
36年間の検事時代、治安維持や国の腐敗摘発の使命感から、捜査に支障がある「取り調べの可視化」は避けたい気持ちが強かったが、最近の取り調べはあまりにひどい。強大な権力を持つ検察官が密室で被疑者を取り調べ、意のままに調書を作るということは、現代社会にはもう合わない。もっとオープンにやるべきだ。【聞き手・伊藤直孝】
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■人物略歴
60年、東京大卒後にリクルートの前身「大学広告」設立。現在は江副育英会理事長。
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■人物略歴
68年検事任官。名古屋高検検事長などを経て現在弁護士、中央大法科大学院教授。
毎日新聞 2010年12月23日 東京朝刊