チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[13195] (原作改変)魔法少女リリカルなのはStS IF チンクの逃走劇(キャラ改変)【完結】 EP 後日談02更新
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/12/28 22:06
初めまして皆様。


これから書かれますシナリオには以下の成分が含まれますのでお気をつけください。
進む毎に成分は追加されていきます。現時点で空欄やだけの部分はネタバレ要素を含むため、適切な部分まで話が進めば次第に埋まっていきます。


StS22話以降のIF展開

基本描写方法三人称内心描写在り・焦点変更在り
オリジナル主人公
展開にご都合在り
戦闘機人・人造魔導師に独自解釈在り
デバイスに独自解釈・設定在り

とらいあんぐるハートの原作キャラクター多数登場名前だけ・使い捨ての可能性あり
リリカル原作キャラを諸々修正
チンクの性格微修正
高町なのはの性格変更黒化

ナンバーズ5捕獲失敗→管理外世界「地球」とらハ改変詳しくは設定に記載へ逃走
JSCTS
シリアス6和み2その他2のつもり

前半は作者の練習パートです。後半は作者のリハビリパートです。落差が激しく後半は展開が可笑しいと思います。

※指摘があったのでH.Nを変更。本来使っているものに似たようなものへ。


感想はご自由にお願いいたします。多いと作者が喜びます。更新速度に影響する可能性は否定出来ません。

 ※ 捨てハンでの批判のみはご遠慮下さい。
   日本語の使い方を良く考えてください。
   暴言は自分の品位を貶めるものとご理解下さい。
   他者を貶める発言もご遠慮下さい。

感想コメントには更新時に一括レスに複数の内容を記入と言う形をとらせて頂きます。普段見ていないのではなく、作者の単独レスでコメント数が多くなるを避けるためです。ご理解ください。

更新は不定になる場合が在ります。11/28より次回更新予定を感想レスの最後に目安として記入いたします。
複数のPCを使うのでIDは違ったりします。トリップで判断し



[13195] 一話 逃走成功、色々失敗
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/09 12:03
 夜の闇は、こんな路地裏など簡単に覆いつくしてしまっていた。
 まだ冷えるこの時期のこの時間帯、外を出歩くならコートの一枚でも羽織っているのが普通だ。

「状況……把握不能……。
 内骨格フレーム、修復率64.7%……」

 ここは管理外世界「地球」。海鳴とは違う、もっと貧相な街だ。

「Dr.並び姉妹との通信……不通――っ!?」

 闇に呑まれた路地裏で、暴行された後のように横たわり、ブツブツと独り言を呟いているのは全裸の長い白髪の少女だ。右目を瞑っており、単に閉じているだけなのか端から使い物にならないのかは解らない。

「――っ、ナゼ、このタイミングで……あぁっ!」

 彼女が自分の下腹部を抑えるのと同時に、抑えられた事に反発するかのように急激に膨張を開始する下腹部。

(栄養素蓄積層からタンパク、カルシウム、その他の人体構成要素の急激な減少! この成長速度だと――ま、まずい……このままでは母体になっている私が干乾びてしまうっ!!)

 何とかして現状を脱しなければ自身の生命も危険に晒す事になると結論付けた少女――ナンバーズ5 チンクは状況を打開しようと修復も中途半端のフレームを軋ませ、強引に立ち上がる……。

「あ、ぅ……?」

(血圧値低下……? 脈拍・心拍も……?)

 そのままふらりと揺れ、再び倒れこむ。

 如何に戦闘特化された戦闘機人と言え、有機素材を全て省いたわけではない。肉体が機械類を異物として弾かない様に完全調整されただけの人間だ。

 急激に全身から栄養素を奪われ、血中のブドウ糖やその他成分まで減少し、貧血を起こしたのだ。

「このまま、では……危険――」

「あのっ、大丈夫ですか?」

 思うように動かない自分の体に半ば涙を滲ませながら、もう一度行動を起こそうとした時、背後から声をかけられた。

 振り返ったチンクが見たのは人か良さそう――というより良すぎて損をしている感じのするぱっとしない凡人の男だった。

「け、警察か病院に連れて行きましょうか?」

(使用言語:日本語……? ……この世界は「地球」か? ならば警察はまずい! 病院も、だ! この体をCTか何かで検査されたら!!)

「あ、貴方の家に匿ってもらいたい」

「……」

 あからさまに不信感を露にした男だが――。

(見たところ13~15歳ぐらい? それで全裸で放置されてて妊娠数ヶ月って感じのお腹してて……物凄く事件の臭いがするんだけど――そんな必死な目で見られちゃったらなぁ……)

 眼球が右上、左下、右下、左上へと移動しまた正面へ戻ったときには、何か全てを諦めた様な――これも自分の性か、と悟った様な表情で。

「……解りました。事情が在るようですね。安アパートですが、私の住まいにお連れしましょう」

 と言うと、自分の着ていたダッフルコートを脱ぎ、チンクに着せ、さっと抱き上げた。

「……。こういう事を言ってしまうのは、大変失礼かと思いますが……」

「……?」

「随分、筋肉質なんですね?」

 これは遠回しに重量が可笑しい事になっていると言っているのだが、チンクはこれに答えることはできなかった。自分の素性も何も知らない本当の意味での一般人を、誤魔化す為の方便すら浮かばなかったのだ。

 そもそもこんな状況下に陥ることなど想定外にも程が在った。

 全ては、管理局と聖王協会、それと施設の管理プログラムのお陰だった。



[13195] 二話 新拠点までの道程、栄養補給は急務だった?
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/09 12:04
 ベースとしていた施設が管理局のフェイト=T=ハラオウン執務官とヴェロッサ=アコース査察官、それと聖王協会の騎士であるシスター・シャッハ=ヌエラの活躍で完全制圧される寸前に、調整槽で修復中だったチンクを、エリア内に侵入してきた「無限の猟犬」(ウンエントリヒ・ヤークト)を感知した独立管理プログラムが適当な世界に修復中のそのまま転送してしまったのだ。

 お陰で捕縛されて逮捕、拘留、留置などと言うことにはならなかったが、別世界に飛ばされたせいか、姉妹同士のリンクは切断され、更にはスカリエッティのコピーが本人の生存も確認せずに成長を始めた。中断・停止・凍結するプロセスは一切組み込まれていないし、もう成長しきってから体外へ放出するしかない。

 その為に天が采配したのでは? と、疑いたくなるようなタイミングでチンクを拾い、匿った男――純日本人のオタク気質の在る一般平会社員・最上一夜(もがみ かずや)

 チンクの左目は彼から異常を一切検知しなかった。つまり本当に単なる一般人で、単純に善意か何かしらの下心でチンクを助けたと言うことになる。

 何かしらの下心の方がチンクとしては相手を御しやすいのでそちらと言う可能性を期待している。

 完全な善意だった場合の方が面倒だ。

(しかし、栄養素の減少量がそろそろ危険域に達する……)

 自身の真皮と内臓の間や筋肉との隙間に蓄積させていた栄養素は使い切った。次に切り崩されるのは肝臓内の栄養素だ。ここに手をつけられるとチンク自身が有機部の再生や脳組織の維持の為の栄養素に事欠くかもしれない。筋肉などは有機部分がそんなに無い。通常の人間のように自分の骨格や筋肉組織を分解して当座のエネルギーを得ると言う手段がとり難い。

(さしあたってタンパクとブドウ糖とカルシウム……鉄分に亜鉛……)

 そんなものが一辺に摂れるような便利な物質は自然界には存在しない。在るとすれば人間が合成したものだろうが、その必要要素を摂ろうとすればサプリメントだけでも5種類必要だ。

「あ、妊婦さんなんですよね? 食べられるなら、これ食べます?」

「……?」

 一夜は自分の鞄から何種類かの錠剤型栄養補助食品――機能性サプリメントを取り出した。普段の食事がいろいろな事情で十分に摂れなかった時の為に持ち歩いているものだった。

 その中にはチンクが必要としていたものがタンパク以外揃っていた。一種類だけないサプリメントが在ったのだ。

「プロテインは、無いのか?」

「え? プロテインも要ります? でも、今水すら持ってないんですけど……。後十分ぐらいなんですが、待てませんか?」

 その答えに、持ってはいるが顆粒どころか粉末状のものしかなく、水か何か水分と一緒に摂取しないととてもではないが食べられないと言うことを理解したチンクは、取りあえず水無しで食べられる眠気覚まし用のブドウ糖の塊を三つ四つと噛み砕き、丸きり牛乳味にされているカルシウムの錠剤をザラザラと口に落とし込み、プルーン味の鉄分飴をこれまた鷲掴みで取れた分だけ口に詰める。亜鉛の不味い錠剤は空いている隙間に何とか押し込んだ。

 こんな真似は、サプリメントの危険性を知っている人間なら決して行わないだろう。パッケージの注意書きにも記載されている。

 そして、豪快に噛み砕き口内で混ぜ始める。

「え……えぇ~……」

「ん? ふぁにふぁ?(ん? 何か?)」

 予想外の食べられ方をされ、思わず声が漏れたのだろう。普通は全部纏めて噛み砕くなど予想もしないだろうから。

 そのままバリボリと歯に悪そうな咀嚼音を響かせ、チンクは黙々とサプリメントを胃に押し込んでいった。

(急速消化……さっさと栄養素化しないと。あんまりこの手のものを過剰摂取するのは良くないらしいが……今の私には構っている余裕は無い)

 何とも忙しない事だが、あわや命の危機まで逝きかけたのだ。仕方ないだろう。

(補給不完全? タンパク、カルシウム、鉄分……)

 更に彼に催促しないといけないという、現在の状況を常識的に判断すれば何とも勇気と言うか度胸と言うか、面の皮の厚さというか、毛の生えた心臓と言うか、その辺りの物が必要そうな自己診断結果だ。

「そ、その……催促するようで申し訳ないのだが――」

「何です?」

「貴方の自宅に、食料は在るのだろうか?」

「――一人で三日ぐらい篭れる程度には在りますよ。栄養素だけという話なら、買い置きのサプリメントも在りますから、そこそこの期間は保つと思いますが。
 足りなければ買い足せばいい話ですし」

 幸か不幸か、一人暮らしで趣味以外に何もしてませんから、そこそこ余裕はあるんですよ? なんて、軽く笑いながら言った。

 後十分と言う一夜の言葉は正しく、丁度会話が終わった辺りで目的のアパートが見え出した。



[13195] 三話 拠点到着、一番は食事、二番は風呂
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/09 12:04
 余計な装飾を省いて言い表すなら――。

(……古い、な)

 チンクは左目で簡易走査を行った。

(土台は問題無い。外観は古ぼけているが、内部は相当請った造りで修繕も手入れも十二分にされている。可笑しなアパートだ)

 二階建て、書割の量産アパートのような感じは無く、一階の方が部屋面積は大きく、代りに二階には広めのベランダが用意されていた。通路とドア総数から入居可能数は四世帯。そこそこ値段がしそうな贅沢と言っていい造りだ。

耐衝撃性や耐火性等、無駄に高性能に造られているようだった。オーナーの意向だろうか。

 一夜はそれの向かって左の一階部分に入った。

 目撃者は誰もいない。

 コート着ただけのチンクをソファに降ろし、押入れから引っ張り出した羽毛布団を掛け、先ずは料理から取り掛かることにしたようだ。

「さて……お腹減ってるんですよね? 何か作ります。食べられない物とか在りますか?」

「あ、と、特に無い。お願いする……」

 任されました~。と、返事をした後、冷蔵庫から卵とベーコンと冷蔵白米、コンロの下から調理油とフライパン、流しの下から包丁、流しの脇から布巾の掛けられていたまな板を準備した。

(土地柄と材料から推察すると、炒飯になるような気がするが――)

 チンクがじっと一夜の動きを見ている。一夜はその視線に気づいていたが、振り返ったりはしなかった。

 ベーコンを三枚重ねで一センチほどに切り分けていく。

 卵を割り、お椀の中で混ぜる。

 フライパンに順調に熱が入ったところで調理油を薄く引き、冷蔵白米を入れる。

「あ、と……」

 冷蔵庫から追加でトマトケチャップを取り出した。

(……?)

 この調味料一つで、チンクには彼が何を作るのか解らなくなった。

 切り分けられたベーコンを残らず入れ、白米が焦げ付かないよう混ぜる。

 ベーコンにも十分火が通った辺りでケチャップが投入された。

 素早く混ぜ合わされ、白米が赤っぽく色づく。

 炒めるのは終わりなのか、深皿に移す。

 またもフライパンを火に掛け、最初の三分の一程度の調理油を垂らす。

 今度は溶き卵を流し込んだ。

 固まりきらない内に何度か掻き混ぜ、柄をコンッと叩いて中身を器用に折った。そのままケチャップライスの入っている深皿の上でひっくり返し、半分に折られた卵焼きを落とした。

 見た目はオムライスっぽかった。

(いや、オムライスはチキンライスを使うはず……)

「はい、簡易版オムライスです。手抜きでチキンライスじゃなくてケチャップライスの上、具がベーコンだけですが。あ、この上に更にケチャップかけても大丈夫ですよ。むしろかける事をお勧めします」

 一夜の説明で概要は把握できた。確かに、その違いさえ気にしなければ出来は良さそうだった。

 言われたとおり軽くケチャップを掛け、卵を開く。

 見事、トロッと卵が蕩け出した。

 そして一口。果たしてその味は――?

「どうでしょう? うまく出来てますか?」

「……」

 チンクが沈黙し、動かなくなってしまったので一夜は少々料理の出来に不安が募ってきた。

「……美味しく、無かったですか?」

「……へっ? あ、いや、逆だ! こんなシンプルな料理で正直ここまでの味が出せるとは思っていなかった」

 止まっていた手を再び動かし、それなりに質量の在った簡易オムライスを5分程で全て食べてしまった。

「そうですか。なら良かったです。

 あ、これもどうぞ」

 そう言って一夜がトン。と、コップに入った白色の液体をテーブルに置いた。

「適量のプロテインをホットミルクに溶いてあります」

 チンクは説明を全部聞く前に飲み干していた。

「ご馳走様、だ」

(……普段は味など気にしないからな。「美味い」と感じる食事があんなにも気分が高揚するものだとは思わなかった)

 ぱん。と、手を合わせ、律儀に挨拶している。

 またも急速消化が始まっているが、今回は警告が出なかった。当面の必要栄養素は補給完了したと言うことだろう。

「さて、じゃぁお風呂の準備してきますね」

「あ、ありがとう……」

 風呂場の方へ歩いていく一夜を見送りながら、チンクはマルチタスクを開始した。

(建屋内部状況走査開始。内骨格フレームの現状精査開始。子宮拡張率、子宮内JS因子成長率計算開始)

 結果は順にさっさと揃い始めた。

(子宮拡張率65%、因子成長率70%か……。成長速度が少し緩んだな)

 見事に出っ張ってきた自分の腹部を見て、軽く嘆息する。他の姉妹がコピーを子宮内に着床されたことは知っていたが、まさか修復中の自分にまで着床されているとは思っていなかった。これもDrの判断ではなく管理プログラムの仕業だろうか?

(内骨格フレーム、湾曲は無し。折損箇所は粗方補修完了。物理強度は完調時の40%程度。対魔導師戦闘は不能、対人戦闘は限定付で可能)

 丸きり役立たずと言うわけではない。管理局の手がそう簡単に届かないここならこれだけ動ければ上々だろう。

(何せ管理外世界の一つだしな。あの管理プログラムだってダミーやデコイを同時に幾つか転送しているだろうし、そう簡単に足取りを捕まれたりはしないだろう。お、建屋内に不審物・魔法論理デバイスの類は無し。まぁ、当然か)

 拠点としては十分だろう。

「準備できましたよ。直ぐ入りますか?」

「ああ。使わせてもらおう」

 調整槽で使われていた培養液の残りや全裸で路地裏にへたり込んだ時の汚れは、実は結構不快感を催すものだった。

 チンクは一夜の言葉に従って直ぐに身を清めることにした。



[13195] 四話 バスタイム、熾烈な言葉は突然に。そして、忘れてない?
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/09 12:05
 カラカラとガラス戸をスライドさせ、浴室に入る。

 湯船からはもうもうと水蒸気が昇っている。

 まずはシャワーで全身を洗い流すことから始めた。シャワーヘッドをフックから取り外す。赤いバルブを開け、温水を出す。

「……? 湯温50℃? 適温で出ないのか」

 ここの浴槽・シャワーは自分で湯と冷水の量を調整して適温に合わせてから使う旧式の温水システムだった。

 サーモグラフモードで見れば温度など一発で解るので調整にも手間取らず、チンクはシャワーヘッドをフックに戻そうとする。

「――」

 フックの位置が、実は少々高い位置に在った。外す時は何気なく外してしまったが、戻す時に気がついた。

 濡れて滑りやすい浴室で飛び跳ねるのは危険が伴うので、自分で戻すことは諦めた。

「すまん。手伝ってほしいのだが」

「え? はっ!? はいっ!!」

 外に向け救援を要請するが……チンクは自分の性別と相手の性別をきちんと認識しているのだろうか?

 呼ばれた一夜が恐る恐る浴室に入ってきた。顔が明後日の方向を向いている。

 その行動を、チンクは訝しげに見ていた。

「何故そんな所を見ている? 私はここだぞ」

 腰に手を当て、自分のほうを見ろと要求する。

「え、えぇ~……」

「何だ? 私など見たくないと言うことか?」

「何でそうなるんです!? もうちょっと常識的に考えてくださいっ! 恋人でもない女性の裸なんて恥ずかしくって見れませんよっ!?!?」

(恋人相手だってそんなマジマジと見るもんじゃないし!)

 そこまで言われて、チンクはようやく一夜の言いたい事を理解した。

「成る程。理解した。だが、私にそんな気遣いは無用だぞ?」

「え、えぇ~……。気遣いと言うよりこっちの問題なので――」

「何の問題が在ると言うんだ? 自分で言うのもなんだが、私は発育不良だ。こんな体に発情したりする特殊性癖でも在ると言うのか?」

「と、特殊性癖……」

 何故かがっくりと膝をついて項垂れる一夜。その様子を見て、チンクは察した。

「……図星なのか?」

「はぐっ……」

 止めを刺した。容赦無く、慈悲も無く、鋼の刃ではなく言葉の刃で。

「ふむ、なら無理にこちらを見ろと言うのは、拷問か。貴方の理性が保たないだろう。
 なら、このシャワーヘッドをフックに掛けてくれ」

「……は?」

「自分でさっき言ったことだが、発育不良でな。身長が足りず、フックにヘッドを掛けられない」

 ずいっとシャワーヘッドを一夜に差し出す。

「解りました。それについては後ほど対策を考えましょう。今回は――。
 はい、これでいいでしょう」

「うん。助かった。礼を言う」

 どういたしまして。と言って、一夜はその場を後にする。

(はぁ~……ったく、とんでもないお嬢さんだ。羞恥心ってモンが無いのか? どういう環境で育ってきたんだか……)

 地球の一般家庭からは想像もつかない環境で育ってきたとは、当然ながら全く考えられる要素が無い。その一端すら、チンクは見せていない。そういう意味では巧い事誤魔化していると言える。

 風呂場からチンクの鼻歌らしき旋律が水音に混じって流れてきた。

(聞いたこと無い曲調だな……。J-POP、テクノ、トランス、ロック、メタル、日本民謡じゃないな。西洋の民族音楽か?)

 その曲を特定することを諦め、一夜は自分の分の夕食を作り始めた。チンクに出
したものより更に手抜き――夕べの残りのカレーを温めていた。

「まぁ、自分の分程度はこんなもんでいいか」

 適温まで温め、白米と一緒に食べ始める。若干夕べより深みを増した味に満足しながら、さっさと食べ終え、チンクの使った食器と一緒に洗い始める。油物を載せた食器は冷えれば冷えるほど、時間が経てば経つほど油分が落ちにくくなる。

(あっと、あの子の着替え……。下着類は、まぁ、我慢してもらうとして。お腹冷やさないようにちゃんとした服じゃないと拙いよねぇ。前に作ったもので使えそうなの在るかな?)

 考えながら自分用ではない衣装箪笥の引き出しを引き出していく。

「ん~、これ? あ~、こっちでもいいか」

 一着二着と目星をつけて取り出していく。

「上着も使えそうなのが――」

 衣装箪笥脇のクローゼットを開ける。ハンガーに掛けられた服が何着も収まっていた。

「え~っと、あ、これがいいか」

 一着引き抜き、クローゼットを閉める。

「ああ、冷たい物でも準備しておいて」

 今度は冷蔵庫からオレンジジュースを取りコップに注いで置く。

「ふぅ、いい湯だった」

「あ、服だけど、どれがいいですか? って、バスタオル巻いてくださいっ」

「どれがって……。私が着られる服がそんなに在るのか?」

 意外そうな顔をするチンク。その顔を見ることなく、一夜はチンクの体にバスタオルを巻きつけた。

 しかし、チンクが意外そうな顔をするのは当然だろう。

 彼女が居ないと言っていた一夜の部屋に、選べる程女物の服が在るのかと言う驚きと、よもや彼に変な性癖がまだ在るのではないかという疑い。仕方の無いことだ。

「趣味の一つに裁縫が在りまして。ドール服からコスプレ衣装まで、頼まれれば作ってます。これはその一部から使えそうなものを引っ張ってきました。あ、下着は流石に無いんで今日だけ我慢してもらえますか?」

 一夜の話を聞き流しながら、チンクは言われて見てみれば、部屋の片隅には作業台と思える変な机があり、脇に多機能ミシンが置いてあった。モデルかトルソー代わりなのか、幾つかサイズの違うドールもばっちりスタイリングされて座っていた。

「と言っても、基本はゆったりしたワンピースなんですが。本当にシンプルなほうと、一応ギャザーやらフリルやらで装飾されてるの、どっちがいいですか?」

「シンプルな方でいい。装飾が在るようなものは趣味じゃない」

 シンプルなほうを選ぶと、その場で着込み始めた。

(ああ、もう何を言っても聞いてくれないのか……)

 一夜は諦めた。

「あと、上着はこれを着てください。この部屋の保温性能は高いので今ぐらいの室温ならこれで十分でしょうから」

 差し出したのはたっぷり腰より先まで裾の在る長袖のカーディガンだ。

「おお、ありがたい」

 それを羽織って、ようやく一段落。

「じゃぁ、座ってそれでも飲んでいてください。その間に髪を乾かしますから」

 チンクは言われるままにソファに座り、オレンジジュースを飲み始めた。

 一夜はチンクの後ろに回り、手にしたドライヤーでチンクの長く湿った髪をブロウしていく。

「終わったら、お互い名乗りましょう」

「ん? ……あ、ああ。まだお互いの名前を知らなかったな……」

 えらく悠長な二人だった。



[13195] 五話 相互理解、第一段階完了。寝床はベッドだよね?
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/09 12:05
 チンクの髪もようやく乾き、一夜の手が空いたところで一夜はチンクの脇に座り直した。

「さて、ようやく自己紹介ですね」

「最初にしておくべきだった気がするが……タイミングと言うものは難しいな」

「――私の名前は最上一夜(もがみ かずや)です。年齢は23で、企業勤めの平会社員です。趣味は読書、手芸、ツーリング、それと……ドールです」

 一部説明に淀む部分が在り、チンクも単語の意味を理解できないのかスルーしたようだ。

「私の名は――チンク。年齢は――秘密だ。職は――無い。趣味も――無い。以上だ」

「って、以上っ!?」

「以上だ」

「いやいや、名前しか喋ってないよ?」

「以上だ」

「だから、他には――」

「以上だ」

「俺のはな――」

「以上だ」

「――少しは真面目に話さんくゎいっ!!」

「 以 上 だ 」

 自己紹介時間、終了~。

 一夜はホント、色々諦めた。

「もういいです。それで、チンクさん?」

「何だ?」

「名前以外みんな不詳なのは、私に対してだけならそんなに問題は無いんですけど、身分証明書か保険証は持ってるんですか? 見たところ、出産予定日はそんなに遠くないんじゃないですか? どこか産婦人科なり探さないと」

「この国で使えるような身分証も何も無い。当然一銭も持っていない。それに事情が在って警察も病院も私は行けないんだ」

(しみじみ考えれば、一夜が拾ってくれなければ最悪は機能停止して死んでいたか?)

(ひ、拾って良かったんだろうか……今更ながら不安になってきた……)

 お互いに難しい顔になる。

「それで、これから一夜は私をどうする?」

「えっ!? いや――って、普通聞きます? それ!?」

「いや、確認しておかなければ。返答次第では私も考えねばならんのでな」

(最悪、一夜を殺してでも――)

(何でだろう……これ、半分死亡フラグが立ってる気がするのは!?)

 自分の感覚が何か狂ったのか、そう疑った一夜だが、チンクの眼を見て納得した。

(ああ、チンクさん眼が笑ってない。この眼はハラを据えて覚悟を決めてる眼だよ。今更投げ出すっていったら、殺される――? ま、投げ出す気は無いけどね。自分で拾ったんだし、もういいって言われるまでは、ね……)

「警察も病院もダメで身元不明、年齢不詳で妊娠中。普通の人間なら放り投げるところでしょうけど……一回は自分で決めて連れてきたんですから、チンクさんがもういいって言うまで、面倒を見る――とまでは言えませんけど、お手伝いはしますよ」

「そうか。なら、しばらくで済めばいいのだが、世話になる」

 チンクは一夜に向かって右手を差し出す。一夜も差し出されたチンクの右手を取る。

 傍から見れば随分と奇特な人間と運の良い人間の、珍妙なやり取りに見えることだろう。

「さて、仕切り直しです。
 チンクさん、出産予定日って何時なんです?」

「な、何故そんな事を気にする?」

「何故って……自分で病院行けないって言ったじゃないですか。まさか自分一人で完璧な出産が出来ると思っているわけじゃないですよね?」

「い、いや、一人で――」

「何か在ったらどうするんですか! 近くで助産師さんか、居なければ自宅出産の方法を調べて準備しますから!!」
 
 一夜のいうことは最もで、チンクもその事を理解しているから言葉は尻すぼみになり途中で続けられなくなった。

(ま、拙い。漠然とした概算しかしてなかったから、具体的な日数は意識の埒外だった。
 現在の子宮拡張率は84%か、因子成長率は82%……? 1~2日中に成長完了だと?)

 速度が緩んだことで監視を怠っていたが、わずかな時間で急速に成長していた。

「で、何時なんです?」

「……それなんだが……明日か明後日――」

「どうしてさっさと言わないんですかっ!? その子、どうでもいいんですか!?」

「い、いや、そんな事は無い――」

 チンクは正直、どんな状況下であれ、この子宮内の生命体がそう簡単に死滅するような事は無いと思っている。あのDr.のコピーなのだ、何かしら、機能付加がされているに違いないと。

「今すぐ情報を集めます。明日、明後日は土日ですから、私の会社も休みです。……最悪の場合は、私が補助しますからね!」

 語気荒く、一夜は作業台に向かっていった。正確には、作業台の脇に設置されている個人用電子演算機――パーソナルコンピュータの前へ行ったのだが。

 常時スタンバイになっているのか、エンターキーを押し、画面が点灯。画面を見ながら手元は見ずにパスワードを入力すると、OSが起動していた。インターネットブラウザを立ち上げ、これまた手馴れたタッチでキーワードを入力し、必要な情報を漁り始めた。一連の動きは滑らかで、年季を感じさせるものだった。

(この近所に助産師さんは……片道3時間? 何だってそんなに……。しかもスケジュールが……。当然か、これはもっと長期的な活動をするもので、今日明日なんて話は論外か……。
 なら次は――)

 助産師への依頼は諦め、自宅出産に必要なもの、知識を検索しだした。幸いにも薬局などで入手できるものが殆どだった。

 一方で放置されているチンクは、急激な全身の倦怠感に襲われていた。

(何だ……、肉体の活性値が落ちてる……。こ、こんなものを感じるなんて……)

 既に肉体は脳からの命令を拒否し始め、各部を睡眠状態に移行し始めていた。このまま意識を残し続けると、俗に言う金縛り状態になる。肉体は眠っているのに、脳だけが活性化し覚醒している状態だ。

(いかん……眠い……)

 そのまま眠ってしまった。

「ふぅ、大体は揃ったかな。あ~あ、プリントアウトもしたから結構な量に……。
 チンクさ~ん。……チンクさん?」

 調べ物が完了し、必要で忘れてはいけない部分をプリントアウトしたコピー用紙を纏めながら、チンクに声をかけるが、返事が無い。

 一夜が視線をチンクに向ければ、チンクは眠っていた。

「あ~、もう……こんなところで寝ちゃって……。言ってくれれば寝室に案内したのに」

 チンクの膝の裏と背中に腕を差し込み、持ち上げる。一夜の両腕に明らかにチンクの慎重から考えられる以上の重量が圧し掛かる。

「ほんっとに、この人どんな体してんだろ」

 一夜はプリントした用紙の束をテーブルに置き、チンクを寝室に運んだ。

 自分用のシングルベッドにチンクを横たえ、自分はソファで寝ようかと踵を返した瞬間――。

「へっ――?」

 視界が90°ほど時計回りにズレた。首を捻れば真横にチンクの顔があった。

(俺が引っ張り込まれた? 一応57kgあるんだけど……。まぁ、いい。脱出――)

 抜け出すことは不可能だった。両肩を抑えられ、その手を外す事が出来ないのだ。成人男性の腕力で、チンクの細腕が外れなかった。

(え? マジ!? ちょ、これ地獄だから!!)

 特殊性癖とまで言われてしまった一夜の性的嗜好からすれば、この状況は生殺しもいいところで生き地獄だ。いっそ気絶できればとも思ってしまう。

(はぁ……もういいや。眠れるように頑張ろう)

 一夜はこのまま寝ることを選んだ。抵抗は無駄だと悟ったようだ。

 理性が保つかが、唯一の懸案事項だった。



[13195] 六話 嵐の前の静けさ、一夜の趣味は不可解?
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/09 12:06
 目覚めれば朝。まぁ、至極当然の事だが。

 目覚めた一夜は既に解放されていた。それでも解放されたのは明け方で、ほんの一時間前までしがみ付かれていた。

 何とか眠ることには成功したものの、2~3時間おきに目が覚め、とても熟睡した気分ではなかった。

(でも、ま……。今日も動かないとならないし、朝食でも作りますかね)

 今までの人生、「諦めが肝心」と「割り切りに際限無し」で生きてきた、俗に言えばツマラナイ部類の人間である一夜。趣味として行っていることも「面白いから」ではなく「つまらなくないから」という理由からだ。彼にとっての行動基準は「面白い」面白くない」ではなく、「つまらない」「つまらなくない」だった。

 それ故に熱中するわけでもないのでいつでも簡単に全てを放棄することもできる。

 唯一つ、面倒くさがりでは無かったことが救いだ。

(あ、夕べは俺が風呂入って無いや。まずはシャワーかな)

 温水システムを稼動させ、温水が出るまでの時間に朝食として予定しているものの材料を準備する。食パンに卵にベーコン、塩コショウとマーガリンとイチゴとブルーベリーのジャム。

 準備を終えて風呂場へ。

 適当にシャワーを浴び、洗濯機を動かす。最近据付だった洗濯機が寿命を向かえ、大家と相談し新たに購入した新型だ。静穏性にも優れていた。

 タオルを一枚抜き取り、器用に丸めた。それを手に戻る。

「さて、トーストと目玉焼きベーコンでも作るかねぇ」

 基本、気心の知れた友人にはこんな口調で喋るのが一夜だ。常に敬語と言う訳ではない。さすがにそんな疲れることはしていない。

「~♪ ~~♪」

 鼻歌を歌いながら調理を進める。この年齢の男にしては高いキーを保っているせいか鼻歌で原曲キーをやられると男女の区別が付かない。

 朝食は非常に簡単な手順しかないのであっさりと片がつく。

「……いい、匂い……」

「お早うございます。目を覚ましてくださいね~。顔洗ってくださいね~」

 丸めてあったタオルを寝ぼけているチンクに投げつける。

「ん~、了解……」

 飛んできたタオルを軽々と掴み、洗面所へ歩いていった。

 冷水で顔を洗う。割と硬く丸められていたが、チンクはそれをあっさりと解き、顔を拭いた。

「ふぅ……。まだ少し眠いな……」

(しかし、そうも言っていられまい)

 夕べの一夜の意気込み方から見て無茶はしないだろうが――。

(まぁ、何にせよ迷惑を掛けるのは私だ。多少は一夜の意に沿わないとな)

 水気が消えたところで、チンクは一夜の許へ戻った。

「それで、今日はどうするつもりなんだ?」

「必要なものを買い揃えます。後、チンクさんの衣料品なんかも」

「私のものなんかは別にいいんだが――」

「駄目です! 女の子が着たきり雀なんて許しません。大体、私が渡した服はそれ一着限りじゃないですか。最低でも後五着は揃えます。下着類もですからね!」

 妙な気迫を滲ませ、一夜が熱弁する。

「わ、解った……。少し落ち着け」

「解ればいいんです。じゃ、食べたら支度しますよ」

「支度?」

「チンクさんは洗面所の引き出しに在る買い置きの歯ブラシで歯を磨いててください。終わったら一息ついて座っててください」

 と、一方的に言いつけると、一夜は寝室に向かった。朝食はいつの間にか一夜の分だけきれいに無くなっていた。喋りながら食べたとでもいうように。

 言われた事をこなそうと、チンクは並べられていた朝食に手をつける。

(……しかし何だ? 夕べから妙な吐き気があるように感じるが――?)

 まぁ、些事と判断して朝食を平らげる。栄養は補給しておかねばならない。

 食器を流しに置き、洗面所へ。引き出しを適当に開けると、一番上の引き出しに未使用の歯ブラシが入っていた。

「これか?」

 パッケージを破り、歯を磨き始める。そして、不意に思い出したように脳内で情報処理を始めた。

(代謝制御30% 肉体活性率30% 脳活性率50% 第1~5抑制機構起動、各種探知機選択停止、通常生活状態)

 すっかり忘れていたモード変更を手早く行う。こうしておけば普通の人間と同じ程度の力しか振るえない。

(ん~……。変な癖が付いてる……)

 洗面所の鏡で自分の髪を見ると、明らかな寝癖が付いていた。

(手櫛では駄目だな。ブラシブラシ……)

 昨夜、髪を乾かすためにドライヤーとブラシをここから持ってきたのは見ていた。

 目的のものを見つけると、ブラシで梳き始める。

 幸いにもドライヤーでブロウしないといけないほど頑固な寝癖ではなかったようだ。

 仕上がりに満足し、口を濯いでリビングのソファに腰掛ける。あれだけしか動いていないと言うのに、身体は軽く疲れていた。

(体力の低下? 妊娠中は一時的な体力の増加が認められる場合が殆どだと思ったんだがな)

 私は例外か……?

 そも自身の状況が特殊であると言うことは埒外だった。

「チンクさん、準備できました。行きましょう」

「ん? おぉ――?」

 昨日初めて会った時はぱっとしないジーンズにパーカーという格好だったが、今はベージュのスラックスに水色のシャツ、薄手の編み上げベストをその上に着込み、黒のジャケットを羽織っていた。

 その格好をチンクが見ていることに気がつくと

「ま、女性と出かけるんですからね。そこそこ見れる格好じゃないとマズいでしょう?」

 等と嘯いた。

「……センスが腐っているわけじゃないんだな」

「どういう意味ですかっ!?」

 チラリとチンクは作業代近くに置いてあるクローゼットと衣装箪笥に目をやった。それで言いたい事が把握できたのか、一夜はため息をついた。

「あれは依頼されたものの試作品とかですよ。何も自分で着る訳じゃありません」

「だったら処分してもいいんじゃないのか?」

「手ずから作ったものですからね。おいそれと処分できませんし……。友人伝いに来た人は結構以前の作品を見たがったりするので」

 まぁ、それも大手メーカーが参入するまでの話だった。一定以上のクォリティをクリアしていればいいと言う類は皆そちらに流れた。最近は殆ど作っていない。

「そんなものか? 作り手の気持ちなど解らないからな」

「ん? 今まで何も作らなかったんですか?」

 そんな馬鹿な。と、いうニュアンスが多分に含まれているが、チンクは苦笑を返しただけだった。

「ここでうだうだ話していても仕方ないだろう。出るんじゃないのか?」

「あ、はい。じゃぁ行きましょうか」

 取りあえずチンクには新品の黒い靴下とあまり履かなかったほぼ新品のスニーカーを渡した。サイズが一夜26.5cmに対しチンク23.5cmなのでかなり緩いが靴紐を痛くない程度に絞めてゆっくり歩くことにした。一夜自身は外国製の5.11と言うメーカーのタクティカル・ブーツH.R.T.ハーストを履いていた。なんでも拘りの一品なんだとか。

「一時期ミリタリに嵌った事も在りましてね。今じゃ規制でアレですが、ナイフなんかも何振りか残して在りますよ。さすがにナイフ単体で持ち歩きはしませんが」

 少し危ない発言も飛び出たり。

 ともあれ、二人はアパートを出て買い物に向かった。



[13195] 七話 一路海鳴へ、一夜の先生登場。この人は――
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/09 12:06
 一夜は自分の移動の足として軽自動車と400c.c.の中型自動二輪を所持していたが、アパートから最寄の駅まで徒歩10分の距離で、今回は海鳴まで出かけるつもりだったので車ではなく電車移動にした。海鳴は市街地に駐車スペースが無さ過ぎるのだ。コインパーキング代も舐めていると馬鹿にならない出費となる。

 一つだけチンクの容態が気にはなったものの、随分と安定していると言うか、飄々としていて把握できなかった。

 さりげなく体調は大丈夫ですかと聞いてみても、

「変化は無い」

 と、にべも無く答えられてしまった。

 一夜からすると本当に何を考えているのか読み難い少女だった。これならまだ会社の人間や友人達の方が読み易いと言うものだ。

 電車に揺られ15分ほど。海鳴駅に着いた。

「……海、鳴……」

「チンクさん? 知ってるんですか、この街?」

「いいや、初めて来る」

(データ上では知っているさ。機動六課の隊長陣の出身地だ。まぁ、一夜が管理局と繋がっているとは思いたくないが――)

 状況証拠次第では、温い事も言っていられない。チンクは脳内でモード切替を瞬時に出来る様設定しておく。

「山響(やまひびき)より色々揃うんですよ~。まぁ、楽しくお買い物はまた今度ですけど」

「山響?」

「私たちの住んでるアパートの在る地名ですよ。駅の看板見ませんでした?」

 全く気にしていなかった。チンクは自分の意識レベルを疑った。

(注意力散漫、などと言うレベルでは済まないぞ……。どうしたと言うのだ? 私は……)

「あ、チンクさん。着る物とか、ブランドじゃないとヤだとか言わないですよね?」

「ん? 別に気にしないが?」

「良かった。じゃぁついて来て下さい」

 チンクの歩く速度を考慮し、普段からは考えられないほどゆっくり歩く一夜。チンクはその左側を自分のペースで歩く。

(くっ……さっきも思ったが、重心が下がりすぎて足に負担が……)

 当然、普段なら何の問題も無いのだが、内骨格フレームはタイプゼロセカンド(スバル=ナカジマ)の振動破砕で皹が入り、所々本当に砕けていた。一応くっついてはいるものの、不完全と言うことに変わりは無い。おまけに急速成長されたせいで重心の変化やバランスなど、対応する間もなかったためそのツケが今回ってきている。

 駅のメインストリートから外れ、2~3本も道をズラせばちょっと庶民的な店が並ぶ区画にたどり着く。

「私の手芸の先生が経営している店が在るんですよ」

「……ほう、そうか……」

 チンクの反応が上の空に近いことに気がついた。予想以上に体力を消耗しているようだ。

(こりゃ、先生に預けた方が良さそうだな)

 買出しは自分一人で行くことにするかと、一夜は決めた。

 目的の店まで後100mほどだ。もう少しチンクに頑張ってもらう。

 小ぢんまりとした手芸店に着いた。一夜は迷わず店内に入る。

「こんにちは~。先生~、居ますか~?」

「ん? 私を先生と呼ぶのは弟子以外許して無いんだよ~」

「あれ? 俺は破門ですか?」

 レジの脇で椅子に座り、新聞を広げていた新聞に隠れそうなほど小柄な女性。

「何だ~、誰かと思えば不肖の弟子一夜くん。どうしたの?」

「いい加減不肖って言うの止めてくださいよ。

 今日は、この子に似合う服を探しにきたんですよ」

「その子は?」

「ほ、ほらチンクさん。挨拶」

「あ、あぁ……。チンクと言う。――宜しく」

「はいはい。私は一夜くんのお裁縫と料理の先生、野々村小鳥といいます。宜しくね」

 チンクと同じか下手をするとそれより小さい女性は、野々村小鳥と名乗った。もう三十代も半ばに近い筈なのだが、全くそんな風には見えない。

「それで、服を探してウチに?」

「はい。先生なら完璧に見立ててくれると思ったので」

「ん~、何着か似合いそうなのは在るよ? でも、ウチじゃさすがにマタニティは扱ってないよ~?」

 この辺りでは手芸用品では一番の品揃えを誇り、常連さんも結構多い。何より彼女がオーダーメイド、もしくは何かしらのテーマで作った衣装は評判がいい。

 何やら彼女の友人知人には常識外の職についている人間が多いらしく、チンクが妊婦でも全く意に介さなかった。

「しかし、しばらく音沙汰が無いと思ったら、彼女を通り越して奥さん連れてこられるとはね~。私の斜め上を行くね~」

「い、いや、この子は遠縁の子でして……。事情が事情で実家に居られないと言うことで俺の所にお鉢が回ってきまして」

「……はぁ、本当にお人好しだね~。

 まぁ、そこが君のいいところと言うかな?」

 結構言葉で遊ばれているようだが、険悪な感じは一切無い。

「解ったよ。服はマタニティ用も合わせて何とかしてあげよう。予算は?」

「あ、できれば下着類もお願いしたいんですが」

「……。君ねぇ、私は便利屋じゃないんだよ?」

「重々理解しています。戻ってくるときに翠屋のデザート買ってきます。あ、予算はこれです」

 一夜の提案と渡された額を見て、仕方ないね~。と、言って引き受けてくれた。

「で、チンクちゃんは置いていくのかな? 結構顔色凄いけど」

「お願いします。お昼前には何とか戻ってきますから」

「わ、私は大丈夫だぞ!?」

 そう怒鳴ったチンクだが、正直意識がヤバかった。どこかに座って休まなければとても連続行動は出来そうに無い。

「はい、この顔色を自分で見てから一夜くんを怒鳴ってね」

 小鳥が手鏡をチンクに向ける。そこには血の気が引いて顔色が青を通り越しそうになっている自分の顔が映っていた。

「――っ!?」

(よもやここまでとは思わなかった……! こんなにも妊娠とは体調に影響するものなのか!?)

「理解して納得したね。チンクちゃんはここで待つこと。私と一緒にね」

「そ、そうだな……。一夜、済まない」

「いいえ、無理をさせてしまったようです。しばらくここで先生の話し相手をしていてください」

 では、行ってきます。と、一夜は行ってしまった。

「さて、じゃぁチンクちゃんはここに座ってね。
 はい、アイスティーでも飲んで」

「あ、ありがとう」

 チンクは小鳥が座っていた椅子に座らされ、アイスティー受け取った。

「ふ~む、見たところ臨月が近そうだけど、予定日は?」

「あ、明日か明後日ぐらいだと――」

 答えを聞いた小鳥の顔が凍りついた。

「はっ!? ちょ、ちょっと正気なの! なんでそんな容態で海鳴まで出歩いてるの!? しかもエンジン音がしなかったから駅から歩きでしょう!? あの馬鹿弟子は~出産間近の妊婦さん歩かせるなんてっ!!」

「え、あ、いや、その――」

「も~!! 一夜くんは戻ったら折檻ね! 今回は容赦しないわ!! 今までで最大のミスよ!! ここまで何とも無かったからいい様なものの……。迂闊過ぎるわ!!」

 小鳥から黒いオーラのようなものが立ち上っているように見えた。

(ま、魔力反応は皆無……。幻覚……?)

「しかし、それじゃ仕方ないなぁ。帰りは纏めて送ってあげるね」

「は、はぁ」

「あ、一夜くんが帰ってくるまでに頼まれたもの準備しちゃおう。ちょっと待っててね」

 小鳥は奥に引っ込み、何やら独り言を言いながらごそごそと動き回っているようだ。

 チンクは色々と戸惑っていた。



[13195] 八話 翠屋での会話。意外な一夜の側面
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/09 12:06
 一人海鳴の街を歩き、色々と買い込んでいく一夜。

 一人で買うには少々気恥ずかしいものも幾つか在ったが、その気恥ずかしさを初めて手芸に望んで材料を買い集めた時と比較し、大した事ではないと言い聞かせた。

 ある程度買い集めた後、翠屋に向かうその道すがら――。

「ん? あ! 一夜~!!」

「ちょ、ちょっと……大声出しちゃ――」

「っと、大声で呼ぶんじゃないよ……」

 呼ばれて振り向けば、そこには二人の女性が立っていた。

 一人は金短髪、勝気そうな雰囲気を隠すことも無く、威風堂々と立っていた。

 一人は紫紺の長髪、物静かそうで儚げな雰囲気を纏ったお嬢様前としていた。

「やぁ、アリサちゃんにすずかちゃん。久しぶりだね」

「ホントよ~。最近あんたイベントに出てこないんだもの」

「ほ、ほら、一夜さんお仕事だってあるし……」

「どうも創作意欲が湧かなくてね。もしかして新しい衣装、期待してた?」

 イベントと言うのはドールのイベントだ。すずかの方が高校時代に球体間接人形に興味を持ち、当時から広まっていたあるドールを購入――お迎えするようになってから、ドール衣装をイベントでディーラー参加して販売していた一夜に会い、住まいが近いと言うことで馴染みになったのだ。一応メールはやり取りすることが在る。彼女らから揃いでオーダーを受けたことも在る。

「まぁ、多少はね。あんたのセンス、割といいから」

「はは、厳しいね。耳が痛い」

 しかし、アリサのこの物言いには慣れた。始めは「随分ナメた口をきく」と思ったものだが、これが照れ隠しと偽った本音と見抜いてからは、その真意を読み取る度に本人の表情とのギャップで笑ってしまうのを堪えるので大変だ。

「……随分と変わったものを買っていますね?」

「え? あ、ホントだ。99%エタノールとか、何に使うの?」

「あ、いや、はは……ちょっと事情が在ってね。
 ふ、二人はどこへ行くのかな?」

 かなり強引な会話誘導だ。一夜自身苦しいとわかっている。だが、すずかの性格上この転換には乗ってくるはずだ。

「翠屋です」

 案の定だ。転換に乗ってくれた。

「そう。俺も用があってね。一緒に行こうか」

 ともかく立ち止まった状態で手荷物を覗かれるのはマズいだろうと判断した。移動していれば荷物ばかりに注意を向けるわけにはいかないだろう。

「一夜さんは翠屋に行った後どうするんですか?」

「ん? 小鳥さんの店――って、解るかな?」

「はい。私とファリンもお世話になってますから」

 そう言えば入り浸ってたころはたまにメイド服の人が居たな~。と、一夜は少し前の記憶を引っ張り出した。

「で、その店が何なの?」

「ちょっとお願い事をしてきたからね。お土産を買って行くんだよ」

「ふ~ん……。

 ねぇ、すずか。そこって何の店なの?」

「え? 手芸屋さんだよ。この辺じゃ一番品揃えがいいの」

「へぇ。じゃあ一夜はそこで布地とか金具とか買ってるわけだ?」

「ん、まぁ、大体は。単品で取り寄せられないものとかはさすがにネットとか使うけどね」

 そこまで聞くと、アリサは一瞬だけ思案し、決めたようだ。

「よし、じゃああたしたちもそこに行くわよ」

「え?」

「え゛っ!?」

 アリサの思いつきに驚いた風のすずかと、本気で焦る一夜。

 その様子がアリサにバレたようで、絶対行くと主張する。宥めすかして主張を引っ込めさせることは出来そうに無い。少なくとも、一夜には。

「さて、それじゃ何をお土産にしようかしら。あ、一夜も考えなさいよ」

「桃子さんにケーキを5個ぐらいお任せで詰めて貰おうと思ってたんだけど……」

「無難ねぇ」

「悪かったね……」

 正直もう少し奮発してもいいのだが、あまり甘い顔ばかり見せるわけにもいかないし、過剰なサービスは不要のはずだ。無難程度で丁度いい。

「ま、あんたがそう決めてたんならそれでいいか」

「少し私たちが上乗せすれば、結構グレード上がると思うよ?」

(君たちの少しは額がズレてるような気がしてならないんだがな。俺の先入観か?)

 まぁ、イベント会場で一着数万がついている服も在るわけだが、値札を付け忘れた一夜のドレスに

「ねぇ、これ言い値ってこと?」

 と、ASKと勘違いして最初から万単位の額を言ってきたアリサのイメージが抜けないわけだ。実際は万までは行かない額で販売するつもりだったものだ。それだけ評価されたのだろうと思うことにしている。

 すずかのほうも似たり寄ったり――いや、アリサよりもそういう点ではズレているかもしれない。

「ま、着いてから考えましょ」

「そうね」

 三人でてくてくと歩いて、ようやく目的地に着いた。

 翠屋だ。

 店内に入り、ある女性に声を掛ける。

「桃子さん、ご無沙汰しています」

「え? あ、一夜くんじゃない。本当に久しぶりね。きみが就職して以来かしら?」

「はい、そうですね」

 長い栗色の髪をした若く見える女性。翠屋の店長でパティシエの高町桃子さんだ。

「こんにちは~。

 あれ? お二人は知り合いなんですか?」

「あら、アリサちゃんとすずかちゃんも一緒なの?

 知り合いも何も――あ、二人とも忘れちゃったのかな?」

 アリサとすずかが「?」マークを浮かべていると、桃子はにっこり微笑んだ。

「二人が聖祥4~5年生の時、風芽丘に通いながらウチでホールのバイトをしていたのよ、一夜くん」

「「えっ!?」」

(あ~、すっごい意外そうな顔された。でも、仕方ないか。俺がホールのバイトなんてなぁ。しかも覚えてないときた。まぁ、俺も気づかなかったんだけどな)

「え? じゃぁ何? 一夜とはみんな知り合いなの!?」

「そうよ~。美由希は同級生だし、恭也の二個下。忍ちゃんとも顔見知りだし、フィアッセとも仲が良かったし、晶ちゃんやレンちゃんともいい感じだったのよ」

(他にも来る度に俺をイジっていくさざなみ寮の住人とか、それなりの友好関係だったし。高校では鷹城先生にお世話になったなぁ)

 思い返せば、随分充実した人間関係だ。それだけで十分リア充できそうなのだが――。

「……呆れた、何この顔の広さ」

「お姉ちゃん、何で教えてくれなかったんだろう……。あ、実名で話したことなかった――」

 何やら思い悩み始めてしまった二人。それを見ながら桃子は一夜に問いかけた。

「それで? 今日はどうしたのかな?」

「あ、っと、桃子さんのお勧めでケーキを5個ほど詰めて欲しいんです」

「あら? 誰かに上げるのかな?」

「はい。小鳥さんに――」

 そこまで言って、変に勘繰られないか心配になった。

「ああ、小鳥ちゃんね。あの子もいつまで一人で居るんだか……」

「あ、あはは。その辺は個人の自由だと思いますよ」

 いい子なんだけどね~。と、言いながらケーキを取り出し始めた。

「小鳥ちゃんなら、この辺りかな。はい、どうぞ」

「ありがとうございます。
 これで足ります?」

「ん? 十分よ。むしろおつりを渡すわ」

 と、小銭を幾らか返された。

「それじゃ、また。今日は失礼します」

「ええ、またね。

 ほら、二人とも。置いて行かれちゃうわよ?」

「えっ? あ! 待て、一夜~!!」

「ま、待ってよ、アリサちゃん~」

 出て行った三人の後姿を、桃子は笑顔で見送った。



[13195] 九話 初会合。特に問題無し、……一夜受難?
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/09 12:07
 後ろから二人が慌てた様子で追いかけてくるのをちらりと確認し、一夜は止まらなかった。
 
 何故? 止まる理由がないからだ。荷物を抱えている自分の歩く速度などたかが知れている。対してバッグ程度しか手荷物の無い二人なら、男性と女性の違いはあれど絶対追いつけないなどと言うことは無いからだ。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

「待ってくださいよ~」

 と、ここまで言われて一夜は足を止め、振り返った。

「な、何で、先に行くのよ!」

「目的地は解ってるし、二人ともなんだか考え込んでたみたいだったから」

「あ、あんたの顔の広さに驚いただけよ」

(しかし、アリサちゃんが息を切らせているのにすずかちゃんは平気そうな顔だなぁ。もしかして見た目によらないのか?)

 事実なのだが、アリサよりもすずかの方が体力があった。それは血縁的な理由によるものだが、それをアリサも一夜も知る由は無い。

「ね、ねぇ、一夜?」

「何?」

「昔、翠屋でフィアッセさんに歌わされたこと無かった?」

「ん~? あったような気がするけど……ああ、あった。閉店間際に何故かフィアッセさんに「ねぇ一夜、この曲歌って♪」って、涙の誓いって曲を歌わされたな。原曲キーで」

 そう、何故かそれを歌わされた。

(何で歌わされたんだっけ? 忘れちまったなぁ。しかもプロに「上手いね~♪」なんていわれても、素直に喜べないっての)

「あ~、思い出したわ。男の癖に高い声で歌ってて気持ち悪っ! って思った――」

「アリサちゃんっ!?」

 すずかがアリサの口を塞ぐが、時、既に遅し。重要な部分は喋り終わっていた。

「まぁ、別にいいけど。
 少しペース上げるよ。生もの持ってるからね~」

 言うなり、一夜は歩くスピードを上げた。というより、本来の速度に戻しただけだが。

(別に、何て言われても構いはしないけどね。声が高いのは事実だし)

 一夜の平時のキーは、ハスキーヴォイスの女性ぐらいにある。普段は意識して低めに声を出している。

 そうして半分思考が自閉状態になっていたせいで、小鳥の店に入るまで何故二人が付いてくることに焦っていたのか忘れてしまっていた。

「……。お、帰ってきたね」

「た、只今戻りました……?」

 一夜には解らなかった。何故小鳥が笑顔を浮かべながらも背後に黒いオーラに包まれた般若を出しているのかが。

「あら、すずかちゃん?」

「こ、こんにちは……」

 一夜の背後からすずかとアリサが顔を出し、小鳥は営業モードになった。

「ん~、ちょっと待っててくれるかな? チンクちゃん、相手しててね~。

 一夜くん~。こっちね~」

 がしっと一夜の腕を掴み、引きずり始めた。小鳥の体格で軽く30cmは差のある一夜を引きずるのだ、その力は想像し難い。

「え? あ! ちょっ!?」

 一夜が小鳥に引きずられ、奥へ消えた。

「……。こんにちは」

「「こ、こんにちは……?」

 椅子に腰掛けた小柄な女性、チンクが二人に挨拶をし、二人が返した。チンクの顔色がやたらと良くなっていた。

「私はチンクと言う。きみたちは何と言うのかな?」

「私はすずかと言います」

「あたしはアリサよ」

 名乗った次の瞬間、二人は顔を見合わせ一瞬で意思疎通を行っていた。

(ちょっと、あたしたちより年下っぽいのにに、に、にん、妊娠してるんですけど!?)

(私に言わないでよ! あ、もしかして、一夜さんが私たちに来て欲しくなかったのってこの人と関係が!?)

 中々に鋭い意見がすずかの中に発生した。というより、二人は魔導師でもないのにテレパシーなどの精神感応系のレアスキルでも持っているのだろうか? それともESP能力者なのだろうか?

「小鳥に相手をしていてくれと言われたからな。話でもしていよう」

「は、はぁ……」

「あの、チンクさんは一夜さんのお知り合いですか?」

「ん? 一夜のところに世話になっている」

 事も無げに放たれたチンクの一言で凍りつく二人。また顔を見合わせた。

(どういうこと!? 一夜が父親ってこと!?!?)

(私にも解んないよぅっ!?!?)

 大混乱の二人。と、いうよりもこれが正しい反応だと思うが。いかに魔導師の友人が三人も居るとはいえ、生活の基準は地球で、常識の基準も地球だ。一部の特殊職があることも知識としては知っているし、すずかに至ってはその身で特殊な血筋を体現している。

 それでも、やはり目の当たりにすると常識外――異常事態と言うものに対し混乱するしかないようだ。

 これで相手が恭也や忍だったなら話は別で、平然としているのだろうが。

「ああ、勘違いしないでもらいたい。私の腹が膨らんでいるのは、一夜のせいではない。
 昨日、身一つで山響に送られ、難儀していたところを拾ってもらった」

 チンクの説明は適切だが、事実のみを最低限表現してあるだけで、必要な装飾が足りなさ過ぎる。

「……よ、世の中広いわね……」

「そ、そうだね……」

 チンクの身の上のスケールに圧倒され、すっかり萎んでしまったアリサとすずか。

 そこへ、小鳥と一夜が戻ってきた。

「お待たせ。それですずかちゃんはお友達を連れてどうしたのかな?」

「あ、一夜さんと会った時、アリサちゃんがここに行ってみたいと言ったので、一夜さんに付いてきました」

「ふぅん?」

「あの、それより一夜さんはどうしたんですか?」

「……別に、どうもしないよ……。ただ、尻が痛いだけだから……」

 その言葉を聴いた瞬間、すずかは赤面して黙り込んだ。アリサは何も解らないのか「?」マークを浮かべている。

「……すずかちゃん? 何か勘違いしてない?」

「へぅっ!?」

「小鳥さん、もう俺23なんですから、子供にするみたいに『お尻ペンペン』は止めてくださいよ……。可笑しな性癖が出たらどうするんですか……」

「ん? そうしたら私が貰ってあげるよ」

「「ぶっ!」」

 小鳥の発言にアリサと一夜が盛大に噴き出した。

「先生! 冗談でもそういうこと言わないで下さい!!」

「な、なんつう事言うのよ……」

「ふふふ。
 まぁ、冗談はさて置き、頼まれたものは揃えといたよ。それと、すずかちゃんたちはちょっとお留守番しててくれるかな? 一夜くんとチンクちゃん送ってくるから」

 チンクに紙包みを持たせ、今度は二人一辺に引きずり出した。

「じゃ、じゃぁまたね」

「さようならだ」

 悠々と一夜と一夜より重いチンクを引きずって行く小鳥。彼女の基礎筋力は一体どれほどなのか――?



[13195] 十話 嵐直前、月村家の企み。
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/09 12:07
 小鳥の自家用車でアパートまで送り届けられ、遅めの昼食を済ませ、すっかり気だるい午後のまったりタイムに突入した二人だったが、その行動は対極もいい所だった。

「Zzz……」

「……ソファで居眠りとか――。お腹冷やしますよ……」

 ぼやきつつ薄手の毛布をソファで撃沈しているチンクに掛ける。穏やかに緩みきっている寝顔は、一夜の理性を飛ばしそうになるほど可愛らしかった。

 だが、同時に彼女の立派に膨らんだ腹部が目に付き、飛びかけた理性はむしろ一層強固に自分に対し行動抑止のための理由を並べ立てる。

 そんな自分の中途半端な常識人、へたれっぷりに思わず自嘲の苦笑が漏れる。

(これが、何事にも本気になれない自分の限界かな)

 小鳥に習った料理も裁縫も、桃子から教わった洋菓子作りの基礎も、幼い頃巻島館長に直に教わっていた空手も、数年しか続かなかった。

 自分の悪癖については身に沁みて理解している。ならば既に人生そのものに「詰まらない」と終止符を打っていても可笑しくないのだが、そこは触れ合った前述の人たちの生き様から、この程度で判断するのは早いのでは? と思い自分で自分を殺す事無く生き永らえている。

 身に付いた技術は全てが中途。しかし、自分でこれ以上望む事は出来ないと理解している。典型的な器用貧乏だ。

(っと、こんな事で時間使うなら、夕飯の仕込みでもしようかな)

 と、台所に向かった。




 一方、小鳥の店を後にし、アリサとも別れ自宅に帰ったすずかは、姉の忍と姉付きのメイドであるノエルと対峙していた。

「お姉ちゃん、最上一夜さんって知ってる?」

「ん? 最上、一夜……? ああ、懐かしい名前だね。知ってるよ。ねぇ、ノエル」

「はい。数年前まで交友のあった、お嬢様の二歳年下の男性ですね」

 二人はやはり知っていた。

「それで、突然そんな事聞いて、どうしたの?」

「うん。私のドールの衣装、最夜って人が作ったものが殆どなんだけど、それが最上一夜さんなの」

 それを聞いて、忍とノエルは顔を見合わせ、忍は笑い出した。

「む、昔から器用貧乏な奴だったけど、まさか洋裁にまで手を出してたなんて」

「当時の彼を知っているので申し上げますが、意外なことですね」

 忍とノエル曰く、当時の一夜はあまり愛想が良くなく。どちらかと言えば恭也のような雰囲気だったと言う。何をやらせても覚えは早くすぐに一定レベルまで上達するが、それ以上の成長は見込めない、完全な器用貧乏だったという。

「翠屋でバイトしてたんだけど、それも器用貧乏だったしね。まぁ、素直で使いやすい奴だったけど」

「人間的な好悪で言うなら、好ましくはありました。自分の性質を理解し、それでも新たな事に挑戦し続けていました」

 二人とも、一夜を褒めている。

「それにね、器用貧乏って言ったけど、プロになれないけどセミプロなら通用するレベルにはなるのよ。あれで本人にもっとやる気があればね~」

「そこが彼の欠点でした」

 中々にすっぱりと言ってしまう。と、言うより、そこまで理解できるほどには付き合いがあったと言うことだ。

 すずかの知らないところで。

 それが、少し面白くなかったのかもしれない。

「で、まだあるんでしょう?」

「……うん。今、一夜さんの所に妊婦さんが居るの。なんでも遠縁の人らしいんだけど、名前が日本人じゃなくって――」

「へぇ、何だか訳アリっぽいわね。でも、そうなると産婦人科とか行ってないんじゃない?」

「そう言ってた」

 そこで、忍は思案顔になる。多少キナ臭くはある話だが、旧知の友人が何かに巻き込まれている。そして、その負担を減らす手段を、自分は持っているのだ。

「はぁ……。あいつのお人よしはいまだに健在なのね。しょうがないなぁ。
 ノエル」

「はい、お嬢様」

「ちょっと行って様子を見てきなさい。住所は解るわね?」

「以前、ドール衣装を郵送して頂いた際の住所ならば。最夜の名義でしたが、おそらく所在だと思われます。
 では、行ってまいります」

 ノエルが一礼して退室する。

「お姉ちゃん?」

「一夜には昔、ちょ~っと世話になったからね」

 大破したノエルを修理する際、一夜が持っていた金属加工技術など、ハードウェア面で助けられた事があった。自分でパーツの削り出しなどをやっていた一夜の実家には、電気炉、グラインダー、サンダーなどの工具が充実していた。

「ま、恩は返すものでしょ」

 にっと、忍は笑顔を浮かべる。



[13195] 十一話 嵐到来、ノエルの訪問。もう少し探り合ったら?
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:fdf63966
Date: 2009/11/10 11:54
 
夕食の仕込をしていると、インターホンが鳴った。

「?」

 自分を訪ねる人間など、そうそう居ないので誰だ? と、思った一夜だが、出ないわけには行かないので玄関に向かい、人物を確認した。

(……え? ノエルさん?)

 覗き窓から見えたのは薄紫のショートヘアの女性。数年前までしょっちゅう見ていた見慣れた顔、ノエル=綺堂=エーアリヒカイトだった。

 慌てて扉を開けると、

「お久しぶりです。一夜さん」

「お久しぶりです。……どうしたんですか?」

(と言うより、何でこの場所が?)

 忍にも、当然ノエルにもこのアパートの場所は教えていない。何故ここにノエルがきたのかより、何故この場所を知っているのかが気になった。

「すずかお嬢様から一夜さんの事を伺って、忍お嬢様から様子を見てくるように申し付かりました。
 何やら複雑な事情を抱えた方の面倒を見ているとか……。微力ながらお力添えをと思いまして」

 はっきりいって意外な申し出だった。交友が無くなって数年。正直こんな事をしてもらえるとは思っていなかった。

「凄く嬉しい事なんですが……。でも、いいんですか?」

「はい。忍お嬢様も、私も、一夜さんには恩があります。それを返すだけです」

「二人に恩なんか……。そんな大層な事をした覚えは無いんですが……?」

 困惑する一夜の様子に、ノエルは微笑を持って答えた。

「いいえ、一夜さんには確かに恩があります。一夜さんがそうと思わないだけです。
 ともかく、私に任せていただけませんか? これでも助産師の資格を持っております」

 それの方が意外すぎた。優秀な万能メイドだと知ってはいたが、まさか助産師の資格までもっているとは――。

「解りました。そこまで言って頂けるなら、よろしくお願いします」

 一夜はノエルを家に招いた。

 ノエルはソファで眠る件の女性、チンクを見て、自身のプログラムが警告を発した事に戸惑った。

(警告:脅威レベル2? 識別不能の高位エネルギーを感知? どういうことでしょう……?)

 センサーが捕らえた奇妙な反応。チンクの体内で機械部品を駆動させるための動力炉が発するエネルギーを感知したのだ。

 しかし、その警告も脅威レベル2程度で、定義から言えば低い。一夜の手前、迂闊な真似は出来ない。

(事情は複雑を極めるようですね。しかし、ここまで無防備になっていると言うことは、一夜さんを信頼しているのでしょう。ならば、私は当初の目的を果たすのみです)

 ノエルが思案している間に、一夜はチンクの横に居た。

「チンクさん、少し起きてもらってもいいですか?」

「……ん? どうした、一夜――っ!」

 チンクは起きた途端、背後に居たノエルを警戒した。

(識別不能の機体を感知。脅威レベル4……。現状戦力での敵対は不可能……)

「初めまして。私はノエル=綺堂=エーアリヒカイトと申します」

「……チンクだ」

「――一夜さん、これから彼女を診察しますので、寝室に移ります。覗かないで下さいね」

「の、覗きませんし聞き耳も立てません! 容態は後で教えてくれるんでしょうから」

 そのやり取りを聞いて、チンクは一応警戒レベルを下げた。

(一夜が呼んでくれたのなら、警戒しすぎることも無い、か?)

 その判断が正しいかどうかは解らない。だが、自分のためにあれこれと世話を焼いてくれる一夜の行動を無碍に出来なかった。

「それでは、寝室へ」

「ああ、宜しく頼む」

 寝室に移り、扉を閉めると開口一番、ノエルは核心を突いた。

「貴女は、普通の人間ではありませんね」

「そちらも、そういう意味では人間では無いだろう」

 ベッドに腰掛けるチンクも、核心をあっさりと突いた。

「はい。私は自動人形に分類される機械です。現代では遺失してしまった技術によって作られています」

「道理で。私のセンサーが識別不能の機体と判断するわけだ。
 正直に話してくれたのだし、何より一夜の知人相手だ。私も話そう。
 私は全身に機械部品を移植し、身体強化を行った、一種のサイボーグだ。生体部品は生来のものだが、純粋な人間と言うわけではない」

 お互い、自分のセンサーは正しかったと安堵する。誤作動などするパーツがあっては、様々な局面で迷惑する。

「その事、一夜さんには?」

「それはお互い様じゃないのか? ……一夜に、言える訳が無いだろう」

「そうですね、失礼しました。
 では、診察に入ります。簡易エコーぐらいはやらせてもらいます」

「ああ。その他の数値は自己申告しよう」

 ノエルが左手をチンクの腹部に当てる。

「アクティブ」

 潜水艦映画などでよく見受けられるあの「コーン」というような音が、小さく鳴った。どうやらノエルのエコーは可聴域外の超音波を発するものではなく、アクティブソナーの流用のようだ。

「エコー上、もう十分育っているようですが」

「ああ、今日か明日にでも予定――っつ!?」

 唐突に、チンクが苦しみだした。

「! まさか陣痛が!?」

「く、こ、これがそう、なのか……?」

「私が打ったあれが刺激してしまいましたか……」

 どうやら陣痛の直接の原因はノエルのアクティブソナーの音に、胎児が反応してしまったことからきているようだ。

「ぐっ!?」

「破水!? そんな、進行が早すぎる……。
 一夜さんっ! お湯と、清潔なタオル、それから――」

「始まっちゃったんですか!? 今すぐ準備します!!」

 扉の外から一夜の返事が聞こえた。

(事前に準備していたなんて……。手際が良すぎです。
 さて、どうやら私が取り上げないといけないようですね。研修はしましたが、単独では初めてです……。難産で無い事を祈りましょう)

 ノエルは袖を捲くり、持参した医療用ゴム手袋を付ける。

 心なしか、その表情は緊張しているように見えた。



[13195] 十二話 嵐の通過、峠越え。でも、これって――
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:fdf63966
Date: 2010/09/27 23:05
 言われた物を準備し、引き渡して十分少々。

 非常に落ち着かない一夜は扉の前で右往左往していた。

 自分が寝室に入るわけにはいかないと十分承知しているが、それでも落ち着かないものは落ち着かないのだ。

 時々聞こえる呻き声と言うか、非常に苦しそうな声が拍車を掛ける。

(お産って平均何時間ぐらい掛かるんだったかな? あ~、その辺は調べて無かった……。失敗したなぁ。この手持ち無沙汰でどうにも落ち着かない感覚って――)

 苛々して貧乏揺すりをしたり、壁やテーブルをコツコツと指で叩かないだけマシかもしれない。足音を立てずに右へ左へ行ったり着たりしているだけなのだから。

(あ~、もう! 一体いつ生まれるんだ!?)

 まるで初めての出産に立ち合う父親のような動きをする一夜だった。


 一方、ノエルはノエルで、チンクはチンクで非常に苦労していた。

「痛覚は遮断できないのですか?」

「既に、しているが……くっ、ここだけが効かない……はぁっ!」

 内骨格フレームが損傷している状態の為、痛覚は常に遮断し、データ化された数値をモニターしていたのだが、事ここに限って痛覚の遮断が通用しない。

(他の場所は遮断できているのに、何故コレだけが?)

 疑問に思うがそれについて思考・検証する余裕も無く、チンクは波状にくる陣痛を凌いでいた。

「既に破水しています。じきに産道が拡張して胎児を体外へ――」

「膣道の、拡張はとっくに始まって、いる……。今、子宮口に頭っ!? がっ!!」

(降り始めましたか!!)

 チンクの身体が小刻みに震える。叫びたいのに叫べないのか、大きく開いた口からは荒い呼吸音がするだけだ。

(先程のエコーからすると、平均の胎児より成長していました。それに加えこの小柄さ……母体の負担はかなり大きいはず。耐えてください……!!)

 一分一秒が果てしなく長く感じる。が、通常の出産に掛かる時間より遥かに短い。まるで生産工場のサイクルタイムを短縮するかのように、一連の流れが非常に早い。

 ノエルもそれに気付いているが、どうする事も出来ない。事態に対処する事、それだけしか。

(あっ!? 頭が出ました!! と、出血!? どこか切れたのですか!!)

「後一息です!」

「くっ……。耐えて、みせるさ……! あぁっ!!」

 多少余裕が出たらしいチンクが、最後とばかりに力んだ。

 次に聞こえたのは、チンクの呻き声ではなく、新しい生命の産声だった。



 赤ん坊の泣き声が聞こえた瞬間、不覚にも一夜は寝室に入ってしまった。

「生まれたんですかっ!?

ふぼっ!!」

 一夜の顔面に枕がぶつかった。

「――そのまま抑えていてください。見ないでください」

 一夜の見えない視界の外から、ノエルの声が聞こえた。……若干怒っている様にも聞こえた。

 一夜は瞬時に頭を冷却し、自分の行動がかなり迂闊だった事を悟った。どれほど動転していたと言うのか。

 ノエルの言葉に素直に従い、顔に当たった枕を両手で抑えた。

「は、はイ……。
 それで、どうなんです!?」

「……。母子共に無事、と言いたいのですが……」

「言いたいのですがって、何か問題が!?」

 言い澱んだノエルの様子から、何か異変があったと察知した一夜は思わず声を荒げた。

「母体――チンクさんの方に――」

「チンクさんがっ!?」

「騒がしいな、私も無事だ。そんなに声を荒げるな」

「だ、大丈夫なんですか?」

 一夜は、どこか自分の身体に平気で無茶を強いる傾向にあるとチンクを評している。本人の申告は余り宛てにならないとも思ったが、聞かずにはいられなかった。

「何とも無い、とは言わないが……。まぁ、大した事ではない。

出産時に処女膜が破れて少々出血しただけだ」


「……はぁ?」


 しばし絶句し、一夜は思わず変な声を出してしまった。

 常識的に考えて、出産するという事は、事前に性交渉が有りきだ。因果律の倒置や、聖母の再来でもあるまいし。

「非常に不可解な出来事なのですが、その通りのようです。詳しくはお伝え出来かねますが、その出血以外異常は認められません」

「え、えぇ~……」

 まぁ、一夜の常識から言っても処女懐妊など御伽噺でしかない。事実を知らなければ到底納得できないだろう。

「事情があってな。未婚の上、そう言った事もすっ飛ばしてこうなった。それで納得しておいてくれ」

 チンクとしても説明できない歯痒さと、何とか納得して欲しいと言う願いから、物凄く苦い笑みがこぼれた。

「……流石にそれは無理でしょう。私は事情を全く知りませんので構いませんが、一夜さんはそれで納得できるのでしょうか?」

「……まぁ、話したくないならそれで」

「……お人よし、ですね」

「自覚してます」

 ため息交じりのノエルの台詞に、微苦笑で答える一夜。その気心の知れたやり取りをみて、チンクは何か微妙な感じになった。

(……?)

 居心地が悪いと言うか、座りが悪いと言うか、ともかくそんな気分に。

「しかし、この子も随分と太い神経をしていますね。産湯に浸ける前から眠ってしまいましたよ」

 会話をしながら、ノエルは後始末を色々とやっていたようだ。

「臍の緒は切除、産湯に浸け肌着を着せました。

 チンクさんの方も、後始末が終わっています。しばらく動かさないほうがいいと思いますが。

 ……。一夜さん、もう枕をどけてもいいですよ」

 ようやく枕解除令がでたので、一夜は枕をどける。実は少々息苦しかったりもした。

「お疲れ様です、チンクさん」

「ああ、実に疲れた……。だが、その子を抱くまで意識を失うわけにもいかないからな」

(果たして、既にDr.としての意識が有るのか?)

 ノエルから赤ん坊を受け取り、顔を覗きこむ。そこで、チンクが固まった。

「……つかぬ事を聞くが――」

「はい?」

「新生児は、普通髪の毛や歯は生えていないな?」

「産毛程度だと聞きますけど? 歯は生えてませんね」

「そう言う事例もありますよ。……俗に鬼子と呼ばれますが」

 チンク、ノエル、一夜が覗き込んだ赤ん坊には、ラヴェンダー色の髪が生え、寝息を洩らす口からは、生え揃っている乳歯が見えた。

(成長速度は早いんだったな。目覚めたときに、色々確認……しなくて、は――)

「おっと」

 一夜が倒れこみそうになったチンクを支えた。

 ノエルが赤ん坊を抜き取り、一夜がチンクを寝かしつける。

「今日、明日ぐらいは私が付き添います。明日一日でお二人には色々と覚えてもらいます」

「よろしくお願いします。
 あ、そういえば、その子って。男の子ですか? 女の子ですか?」

 一夜の質問に、ノエルは澱み無くキッパリと答えた。

「元気な『女の子』ですよ」



[13195] 十三話 子育て。というより、これは餌付け?
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:fdf63966
Date: 2009/11/12 19:52
 その日は一大イベントのおかげでチンクが撃沈。自宅に連絡を入れ、泊まる事になったノエルと夕食を済ませ、一夜はソファと言う名の床についた。

(はぁ……どっと疲れた……。今夜はノエルさんが見てくれるって言うから、お任せしちゃったけど、明日からは俺とチンクさんで見ないとな)

 案外真面目に考えているようだ。

(あ~、でもそうすると仕事どうするかなぁ……。有給は溜まってるから消化するって考えれば問題ないけど、俺以外に人空いてないんだよなぁ……)

 明日は日曜。明後日以降が問題だ。流石に「有給を消化したいので」なんて理由では連休を取ったり、頻繁に休みを入れる事は難しい。

(だからもっと保全に人を回せっていってるのに……)

 一夜は設備の保守・点検・修理等を受け持つ保全と言う部署にいた。これでも機械保全2級、電気保全2級と言う資格を持っている。本当はどちらも1級レベルの技能を有するが、実務経験が足りない為に受験資格がないのだ。保全に移動してから4年目、これからなのだ。

 現状十数台の大型設備が配置されている建屋にいるが、どれもこれも老朽化が進んでおり、要交換部品が殆どの設備に2~3箇所存在する。しかし予算と言うものは区切られているわけで、突発的な故障の対応や、消耗品の補充などで一気に全ての部品を交換するほど残らない。おかげで騙し騙し稼動させている設備も多い。

 そう言う設備ほど臍を曲げやすく、時には休日出勤してまで修理に当たる事もある。

 おまけに、保全は現状3人しか居らず、どうにも人手不足気味だった。

(家族がって言って、上司に相談するしかないか)

 その辺りの言い訳はなんとか月曜までに練る事にして、一夜は寝る事にした。

 寝付きはかなりいい方で、頭の中を空っぽにすれば、ものの三分で眠れる。

(じゃ、お休み~……)


 ノエルはコンセントから電源を取り、充電を行っていた。フル充電してしまうと電気代が妖しい額になってしまうので明日半日動ける程度に留めた。

(半休止状態。各部受動待機)

 ようはスリープモードで、外部入力で起動する状態と言うことだ。

 チンクと違い完全機械のノエルは『睡眠』を必要としない。動力さえ確保できれば何十時間でも連続稼動できる。

 今は機能を制限して一部の感知機能のみを稼動させている。すなわち聴覚・触覚・嗅覚の感知機能だ。

 チンクの睡眠も随分深いレベルになっているようで、まったく反応がない。赤ん坊も夜鳴きをする様子がない。

(朝まで、このままで――)

 そう願う。


日曜日 AM6:30


 一夜、起床。

 こんな時間に目覚めるのは、癖だった。

 半覚醒状態で着替え、洗面所へふらふらと歩いていく。冷水で顔を洗い、歯を磨いてようやく完全に覚醒する。

(夕べは何事もなかったなぁ。どうなってるんだ?)

 正直夜鳴きか何かで起こされることを覚悟していた。防音もしっかりしているこのアパートは、周囲に音が洩れる事はほぼ無いが、同じ仕切りの中は割りと聞こえるもので、壁一枚、扉越しでも大声がすれば気付く。

(ん~、ノエルさんにも起こされなかったし、大丈夫なんだろうけど)

 洗面所から台所に移動し、三人分のトーストなどを準備する。コンロには薬缶を準備しておき、いつでもお湯を沸かせるようにしておく。

「お早うございます」

「お早うございます。良く眠れましたか?」

「はい。問題ありませんでした」

 次に起きてきたのはノエルだった。彼女の場合待機状態から復帰しただけなのだが。

「夕べは静か過ぎだった気がしますが、大丈夫なんですか?」

「はい。朝確認しましたが、健康状態に問題はありません。どうやら両者共に余計な事にエネルギーを消費しないようにしているみたいです」

 ノエルの言葉に、一夜は思わず内心突っ込みを入れていた。

(そう言う所は親子で似るのか?)

 そんな訳はなかった。チンクは単純に体力の回復と体調の復調の為。赤ん坊はチンクからかなり大量に吸収していた栄養素で自身の肉体を急成長させる為。それぞれ深く眠っていた。

 それでも限界はあるのでそろそろ起き出してお互いに色々要求を突きつけてくるはずだ。

「……一夜、朝食は……?」

「ち、チンクさん? どうしたんですか、そんなにゲッソリして……」

 フラフラとした足取りで現れたチンクの頬は、やつれていた。

「体調を戻す為に深く眠ったんだが、どうにも私にはまだやる事があるらしくてな……。起きたら胸を吸われていた……」

 母乳は当然母親の持っているものを削って作られる。普通はここまでにはならないが、どうやら常識を超えて吸引されたらしい。

「授乳はした方がいいのですが……あの子は勝手に吸っていたのですか?」

「ああ……気付いたらかなり強く、喰らい付く勢いで吸われていた……。一夜、食べ物……」

「は、はい。トーストだけじゃ足りないですよね、卵とベーコンと野菜で炒め物作りますね」

 まずはバターが染みたトーストが三枚出され、チンクがそれを食べている間に一夜は急いでフライパン、調理油、各種材料を準備し、調理を始めた。

(冷静に考えたら、普通首が据わってない乳幼児って、ハイハイとか出来ないんじゃ?)

 炒め物をしながら一夜は考える。通常首が据わるまで4~5ヶ月は掛かるものなのだが、たった一晩でそこまでになったことになる。

「一夜、まだか?」

 チンクはもうトースト三枚を平らげていた。

「今出来ます!」

 出来上がった炒め物を大皿に移し、チンクの前に置く。

 直ぐにがっつきはじめ、どんどん消費していく。

「まだ足りませんか?」

「……」

 一夜の問いかけに無言で頷く。

「次は――」

「肉だ。肉を寄越せ」

 チンクは肉を要求する。

「それだけじゃダメです。野菜とか色々混ぜますからね」

 一夜は冷蔵庫から色々と食材を取り出し、調理を始める。焼いてしまうのが一番早いので油の量に気を配りながら炒め始める。

「……泣き声がしますね。見てきます」

 ノエルが立ち上がり、寝室の方へ向かう。

 かと思えば、直ぐに戻ってきた。

「おしめの代えはありますか? あと、粉ミルクと哺乳瓶も」

「そっちの袋の中です。お湯は今沸かします」

 一夜は物の場所を教え、薬缶に水を入れ火に掛ける。

「一夜……」

「焼きあがります。待ってください」

 中々どうして、チンクも赤ん坊も手が掛かるようだ。



[13195] 十四話 間幕と本編。一夜の薀蓄とチンクの驚愕
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/14 20:59
 ノエルの居ない月村家。

「……ファリン?」

「はい……」

 ソファに腰掛け、足と腕を組みながら笑顔でこめかみに#マークを浮かべている忍に、すっかりしょげてしゅんとなっているすずか付きメイドのファリン。

「貴女、夕べからどれだけミスをしたか解ってる?」

「はい……」

 ノエルが居ない分、ファリンに任せた仕事があったのだが、やる気が空回り気味でどうにも失敗が付いてまわった。

「一つや二つのミスなら、『ああ、いつもの事よね』って、それで済ますけど、ちょぉっと、多すぎない?」

「はい……」

 ファリンも自動人形で、ノエルと同じエーデリッヒ後期型。シリアルの数字がノエルより大きかったのでノエルよりも後の機体のはずだ。

「まったく、ノエルと同じように直したのに……。比べるのはアレだけど、この差は一体何なのよ」

「え~っと、確かに同じエーデリッヒ後期型なんですけど、製作者の違いと言いますか――」

「すると何? ファリンの製作担当者は意図してこう言う風に作ったって事?」

「恐らくは、ですが」

 はぁ……。と、深いため息をついて額に手を当てる忍。若干頭痛がしていた。

「何処の世界にわざわざミスを見逃すように作る奴が居るのよ……」

「ドジっ子萌えだったのd――」

「ん?」

 ファリンがウェットに富んだ一言を言い切る前に、忍はこめかみの#マークを脈動させながら、やはり笑顔で聞き直す意図の含まれた「ん?」を、発した。

「な、何でもないです済みません」

「自分でもドジをするって解ってるなら、一つ一つ確認しながら行動しなさい。そのくらい出来るでしょう?」

「はいぃ……」

「もう、あんまりこういう事は言いたく無いんだから、言わせないでね?」

「ぜ、善処しm――」

 ギロッ! と、忍の目が鋭くなった。

「努力しますぅ!」

「そうして頂戴。この話は此処までね。それじゃ、お昼は貴方が作る? それとも、店屋物でも取る?」

 この質問も夕べの失敗――砂糖と塩を間違えるという典型的かつ非常に復旧の難しいミス――を踏まえてのものだった。砂糖と塩は見た目こそ白い粉だが、肌理の細かさと質感の違いで何となく見分けられるものだ。それでなくともノエルはちゃんと容器に『砂糖』『塩』と明記している。

「う、うぅ……忍様意地悪ですぅ……」

「あら、自信があるならいいのよ。どちらにするか任せるわ」

 それで話は本当におしまいなのだろう。忍は立ち上がり、自室に歩いていった。

 一人残されたファリンは、しばらく沈黙していたが、キッと引き締まった顔になり、キッチンへ歩き出した。

「見るがいいです。私の本気を!」

 決意は大変素晴らしいのだが、最初の一歩を踏み出したときに、何もないのに躓くファリンは、果たして信用できるのだろうか――?




 一夜はもう、腕が痛くなっていた。

(どれだけ俺にフライパンを持たせれば気が済むんだ――?)

 あれからゆうに二時間。一夜は台所に立ち続けた。

「ふぅ……。ようやく落ち着いたよ」

「うん。助かったぞ一夜」

「ははは……お粗末さまでした」

 あれからゆうに二時間、チンクは食べっぱなしだった。おかげで冷蔵庫、冷凍庫、台所の冷蔵の要らない買い置き、缶詰、果てには非常食のインスタント食品までも綺麗になくなった。

 合計すると軽く二週間は食べられる食料が全て、だ。

(あぁ……これから買出しに行かないと駄目だな。しょうがない、車で行くか)

 軽い買い物なら単車なのだが、相応に買い込む必要があるので軽自動車――HONDAのミッドシップ・アミューズメント、ビート(PP1型Ver.Z、ハードトップ化)のエバーグレイドグリーンメタリック――で行く事にした。二人乗りで積載など殆ど無いが、しばらく彼女も作る予定も無かったのでフルレストアしたコレに乗っていたのだ。車高の高い車が苦手で、ステーションワゴンの車高でアウトだった。その点このビートは市販車の中でも特に車高が低い。高回転まで快調に回るエンジンも気持ち良く、一夜が「面白い」と感じる数少ないものの一つだった。

(赤白のローバーMINIと悩んだんだけど、軽の方が維持費かからないしなぁ)

 それでも単車を持っていれば、合計で普通車一台分より高くつくが。

「ノエルさん。しばらく二人をお願いしてもいいですか? ちょっと食料の買出しに言ってきます」

「はい、解りました。大丈夫ですよ。
 車は私が乗ってきた――」

「いいえ、自分ので行きますので」

(ベンツになんか乗れるか!)

 ノエルが運転するのはメルツェデス社製ベンツSクラス(2代目 W126 AMG560SEC6.0-4V後期)だ。一応日本に正規輸入されていたディーラー車らしいが、随分マニアックなグレードだ。

 どうやらノエルの個人所有車らしく、忍やすずかの送迎をしているときには見たことが無い。

「そうですか……軽より乗りやすいですよ?」

「いいえ、遠慮しておきます……」

(俺のビートの10倍近い排気量の車なんか乗れるか!)

 ちなみに馬力は5倍近い。一夜からしたらモンスターカーに乗れといわれているようなものだ。

「それじゃ行ってきます。何か買ってくるものありますか?」

「肉だ」

「粉ミルクを――そうですね、3缶ほど」

「チンクさんのは善処します。ノエルさん、その子そんなに飲むんですか?」

「正直、今も私の胸を凝視しています。チンクさんに渡したら、おそらくまた吸い付くでしょう」

 なんとも食欲旺盛なことだった。そのせいか既に体が一回り以上大きくなっているように見受けられる気がした。

「解りました。行ってきますね」

 アパートを出て裏手に回る。そこが駐車スペースになっている。

「3日ぶりか」

 3日間乗っていなかった。長い期間エンジンを掛けないと調子が悪くなるキャブ式の単車を所有している身としては、出来るだけ単車にも乗る事にしている。

(単車は車と違う楽しみがあるからな、辞められない)

 単車も一夜の数少ない「面白い」ものだった。単車はとある人物から「面白いから乗ってみろ」といわれて乗り始め、嵌ったものだった。そういえば、しばらくその人物とツーリングに行っていないことを思い出した。

 ドアを開け、キーを挿し警告灯を確認しイグニッション。

 セルが回りエンジンが始動する。

 シフトを操作しスムーズに発進。

 3日乗っていなかった程度ではビートは臍を曲げたりしなかった。




 一夜が出掛けている間、チンクはノエルから乳幼児の世話の仕方を色々とレクチャーされていた。

「では、次は押し目の換え方を練習しましょう」

「ああ」

 正しい授乳の姿勢に始まり、入浴の仕方やあやし方、そしてそろそろ終わりの方になってきた。

 そうしていたら、赤ん坊がぐずり出した。

(やはり、まだDr.としての意識は表層には無いか。まぁ、こんな所を自覚しながらやられていたらたまったものではないだろうからな。私なら耐えられん)

「丁度交換みたいですね。では、私が一回お手本を見せますので」

「よろしく頼む」

 ノエルが手際よく肌着を脱がせ、おしめを外す。


 次の瞬間、チンクの目が点になり、世界が止まった。



「――なん、だと……っ!?」




 在るべきモノが無い風景。

 チンクは止まった世界が遠のくような錯覚を覚えた。



[13195] 十五話 懐かしの会合、いい加減名前つけようよ。
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/17 22:39
 いつも使っているスーパーで粉ミルクや飲み物などを購入し、今度は商店街へ。

 何軒か梯子をしながら食料品を買い込み、車に戻る最中の事。

「あれ?」

「ん? おお、一夜」

 ペットショップから出てきたショートヘアの猫っぽい女性。

「美緒、久しぶり」

「そうだな、お前が仕事を始めて付き合いが悪くなったからな」

 にゃん♪ と、悪戯する子供のような笑顔を浮かべながら厭味を言った。

「ははは……。初めのうちは部署を転々とさせられてたから落ち着けなくてな。落ち着いたと思ったら今度は資格取得に奔走させられて」

「社会人は辛いな。まぁ、あたしもそろそろ働かないとマズいんだけど」

「まだニートしてるのか? 美由希もそうだけど、お前ら働かなくていいなんて随分な身分じゃないか?」

「美由希は翠屋を継ぐらしいぞ。今パティシエの修行もしてるって言ってた」

 一夜にとっては意外な一言だった。高校時代そんなに家事をしていたようには見えなかったからだ。やけに絞った身体をしていたようだったので、スポーツ選手かどこかの事業団にでも入るものだと思っていた。

「え? ああ、なのはちゃんは外国行ったしな。専門職に就いたから、中々帰ってこれないんだっけ。
 あれ? でも美由希には兄貴――あ~、忍さんのとこに婿入りする予定なんだっけ」

「らしいな。
 しかし、何なんだ? その大量の食材は」

「ちょっと大喰らいの同居人がいてな。部屋の食料を軒並み喰われた。
 美緒こそ、わざわざ隣町のペットショップなんかに何しに来たんだ?」

「ここでしか扱ってない猫缶があって、ウチの猫たちの好物なんだ」

 背中に背負ったバッグに入っているのだろう。視線が後ろに向いた。

「と、言う事は、その脇に停めてあるのは美緒のCBRか」

 美緒が扱うのは大型自動二輪免許が必須のCBR-900RR Fire Bladeだ。カテゴリーはスーパースポーツ(SS)ロングツーリングからスポーツ走行までこなす。HONDAらしい優等生なマシンだ。

「調子は良さそうだな」

「一応自分でも簡単にメンテはしてるからな。あたしの唯一の足だし」

 楽しそうに喋る美緒。一夜に単車の楽しさを教えたのは彼女なのだから当然とも言える。

 高校二年の真冬、美由希と学校の帰りに翠屋に寄ったとき、突然CB400SF(通称スーフォア)で現れ、一夜とはそこからの付き合いだった。

 一夜も当初、大型免許を取ろうと思っていたが、諸般(経済的貧困)の理由から中型免許になった。本音を言えばZX-12 Ninjaあたりが憧れだったのだが。

「はぁ、余裕があれば大型も乗りたいんだけどな」

「大型はパワーがあって楽だぞ。400みたいに扱いきる楽しさは少ないけどな」

 これ以上聞いていると免許を取りたくなって仕方が無くなりそうだった。

「ま、今はそれどころじゃないんで帰るわ。また暖かくなったらツーリングにでも行こう。後で連絡するよ」

「おお。気をつけろよ」

「それはこっちのセリフだ」

 美緒と別れ、自分の車に戻りアパートへ帰る。

 玄関を開け、中に入ると――。

「――チンクさん? どうしたんですか?」

 台所に荷物を置きながら問いかける。なんだか落ち込んでいるように見えたのだ。

 視線でノエルに問いかけるが、ノエルも解らないようで首を左右に振るだけだった。

「か、一夜か……。ちょっと、ショックな事実が発覚してな」

 寄ってきた一夜に抱いていた赤ん坊を預け、ふっと遠い目をする。

 一夜が「?」マークを浮かべていると、チンクは乾いた笑いを発しながらこう言った。

「女の子、だったんだな……」

「男だと思っていたんですか?」

「ああ……99.9%男のはずだった。いや、男でなければならないはずだった」

 眠っているのか大人しく抱かれている赤ん坊を見ながら、一夜は自分が母親に言われた一言を思い出した。

(俺も散々「女の子なら良かったのに」って言われたっけ。あれは悔しかったなぁ)

 医者にまで生まれてくるのは女の子ですと診断されていたらしく、両親は揃って女の名前しか考えていなかった。おかげでついた名前が「一晩悩んだ」「苗字と掛けて」という不条理な理由で「一夜」になったらしい。一晩悩んだと言う理由は百歩譲って納得したが、苗字と掛けてと言う理由には親のセンスを疑ったものだ。

 最上一夜

 最上の一夜なんて、下世話すぎてたまらなかった。改名も考えたが、苗字との相性が悪いだけで名前としては変ではないと気づき、それは止めた。勝てなさそうだったからだ。

「この子にそんなこと言っちゃダメですよ」

「あ、ああ……。一番の問題はそこじゃないから――」

「問題が在るんですか?」

「いや、何でも無い」

 まただ。

 またはぐらかされた。

 本当に秘密主義で謎が多い。

 大らかと言うより適当に分類される一夜だが、いい加減気になってきた。

 だが、問うたところでまともな答えが返ってくるとも思えない。

 ふぅ。と、ため息をついて問うのを諦めた。

 ふと、これは聞かなければいけないと思ったことがあったことに気付いた。

「あの、チンクさん?」

「何だ?」

「この子の名前、どうするんですか?」

 チンクの世界がまた止まった。

「――あ」

「あ?」

「すっかり忘れてた。男の名前しか無いんだ……」

 どうやらこの子も、一夜と同じ運命を辿りそうな予感がする。いや、このままなら現実になる。

「ちなみに、どんな名前を考えていたんですか?」

「ジェイルだ」

 突っ込む余地が無いくらい、男の名前だった。スペルにするならJailあたりだろう。……別の読みで女の名前にすることも難しい。と言うより出来そうに無い。

「何か、女の子の名前考えてますか?」

「いいや、正直今それを考える余裕は無い」

「私が決めていいですか?」

「頼む」

(将来、不満の出ない、からかわれない名前を考えてあげよう)

 と、思い自分の腕に抱いている赤ん坊の顔を見ると、起きたのか赤ん坊がこちらを凝視していた。

 一夜は柔らかく笑みを浮かべ、顔を良く見る。

(ラヴェンダーの髪、金色にも見える瞳、……さて、相応しい名前は何だ?

 ……待て、スペル表記するとJailなら、aを抜いて最後にlを足してやればJillになる。これなら普通にジルと読める。愛称をこれにするなら、正式表記でJuliaがいけるはず。……でもジュリアか……某世紀末漫画が浮かぶのは俺だけか?

 あ~、他に無いか? Jellyでジェリー……濁音でジェの後に伸ばすってあんまり好きじゃないんだよなぁ……。あ、何もJに拘る事無いか。俺が決めるって言ったんだし、だったら…………Silviaとか。愛称はSylvieが使えるな。愛称はシルヴィが嫌ならジルだって構わないだろうし)

 考えをまとめ、赤ん坊に問いかけてみる。

「シルヴィア」

 何を言われているのか解らないだろうが、この子が音で気に入らなければ止めるつもりで言ってみる。正直これは車にも使われるほどありふれた名前だ。だが、音の響きはそれだけに良いはずだ。

 さて、反応は――?



「しぇ、りゅヴぃ、あ……」



 一夜の目が点になった。世界が止まる感覚が襲う。


 笑うか泣くかするだけかと思ったら、発音した。不完全ながらも、間違いなくシルヴィアと発音しようとした。

「しぇりゅヴぃあ~♪」

 おまけに楽しそうにはしゃぎ、一夜の頬をまだまだ小さい手のひらでぺちぺち叩く。

 この状況に、ノエルと一夜は完全に硬直した。
 
 ただ一人、チンクだけが――。

(まぁ、成長速度としてはこんなものか。さて、この後どうなる事やら――)

 未来に対する不安に支配されていた。



[13195] 十六話 言い訳の虚実、ここはご都合主義で
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c55c251c
Date: 2009/11/17 23:11
 ショックから立ち直り、一夜は昼食をやはり大量に作った。

 そして、やはりそれをチンクは綺麗に平らげた。まぁ、その分昼食前にシルヴィ――シルヴィア――に吸われたわけだが。そしてシルヴィは眠っている。

(ふぅ、とりあえず明日の昼食ぐらいまでは食材が保つな。……何事も無ければ明日は半日年休であがるか。前振りも兼ねて)

 一夜は明日はこれから先の年休行使にあたり、前振りとして「家族の体調が危ないので」を理由に、まずは半日年休を使い午前中で退社するつもりだ。

 ここで、ノエルが口を開いた。

「……一夜さん、チンクさん。
 研修程度の知識しかありませんが、このシルヴィの成長速度は異常です。出産直後に頭髪、乳歯が生え揃い、数時間で首が据わり、生後一日経たずに不完全とは言え意味在る単語を発音しました。

 身体的な発育も早く、体重は恐ろしい速度で増加。骨密度や筋肉量も急激な成長に対応し増加。既に今の時点で1歳児程度の計算です。これは人間の成長速度の約365倍に相当します。

 身体的異常は在りませんが、生物学的に異常です。このままでは長くても三ヶ月程度で――」

 その先は言わずとも理解できた。人の365倍で成長すれば、三ヶ月で90歳を超えるかもしれない。そうなれば、待つのは老衰だ。

「そもそも、この成長に細胞が完全に対応し、何の不具合も出ないことが異常です。消費されている栄養素は、チンクさんから摂取しているだけでは明らかに不足しているはずです。何らかの特殊な能力が備わっているとしか思えません」

(おそらく、細胞の寿命も制御されて、代謝で死滅するはずの細胞が損傷していない限り生存しているのだろうな。だから、このシルヴィは「垢」が殆ど出ていない。通常の代謝をしていれば、数時間で垢まみれになるはずだ。そうならないと言う事はこれが正しいと言うことで、そうなれば身体を大きくするために新規の細胞を増殖させるだけだ。栄養素の消費をそこで抑えているのだろう。

 それに、頭髪が伸びたり、抜け生えしない。私がいることで対外的な脅威が無いから自身の保護機能には栄養を割かないのだろう。ここでも栄養素の消費は抑えられる。

 このあたりはDr.の狙い通りの成長制御なのだろうな)

 チンクの読みは当たっていた。だが、それを二人に説明する気は無かった。そうなれば必然的に身の上話をしなければならなくなる。

 正体がバレてしまう。

 自分たちが特殊な存在で、この世界にとっては異物であると言うことが。

 だが、一夜はこの話を真に受ければ何かと心配するだろう。何とか誤魔化す虚実を作らなくてはならない。

「ノエルさん、確かですか?」

「はい。詳しくは申し上げられませんが、確かな事実です」

 ノエルの無表情――一夜は見慣れていたはずのノエルの表情が微妙に曇っていることに気がついた。間違いなく本当で、嘘は一片も入っていないことが解った。

「……。解りました。信じます。

 チンクさん?」

 案の定だった。

 一夜は気遣わしげな表情でチンクを見る。チンクがこの事実にショックを受けていないか心配しているのだ。

(周りから言われるように、本当にお人よしだな、一夜は……)

 そのことが嬉しい反面、何も教えてやれない自分がやはり歯痒かった。いや、むしろ悔しいと言う感覚さえある。

(何とか誤魔化さないと、流石に一夜には負担になるだろう)

「大丈夫だ。シルヴィアがこうなる事は解っていた。急速成長は一定年齢に達すれば止まる。

 実はな、私とシルヴィアはとある組織で実験体として扱われていて、この間なんとか逃げ出してきたんだ」

 普通ならまず信じない話だ。どこの三文小説、と言われても可笑しくない。だが、ノエルの表情がまた微妙に変化する。

「チンクさん、その組織とは〝龍(ロン)〟ですか?」

 一夜にもチンクにも聞き覚えの無い単語だ。だが、ノエルが出したと言うことはその組織は存在し、人体実験すら行っていると言う事になる。

「名前は知らん。が、思い当たる組織があるならそうかも知れない。

 ああ、捜査室や対策室があって、連絡が取れるとしても、私とシルヴィアの事は黙っていてほしい。連中にはここの事は絶対にバレないからな」

 このチンクの言葉に、ノエルは直ぐに頷かなかった。

(この自信……余程の逃走手段を用いたと言うことでしょうか? それとも幹部クラスに裏切り者がいるのでしょうか? どちらにせよ、迂闊に刺激すると厄介な事になりそうですね。彼女がここへ現れて数日、御神美沙斗も現れませんし、そう言った話も聞きません。今の所彼女の言う通りなのでしょう)

「解りました。対抗組織と連絡が取れるのですが、貴女の言葉を信じ、この事は私の中に沈めておきます」

「助かる」

 平然と受け答えをし、嘘をついてのけたチンクだが、内心は冷や汗モノだった。運よく違法組織が存在し、それをノエルが知っていて初めて成り立つ会話だった。ノエルの思考能力の高さも幸いした。

 もっとも、この会話では一夜は空気だったが、脇で話を聞いているだけで事の重大さと下手をすると命に係わる事態に発展するということは理解できた。

 同時にノエルがチンクを信じ、何所の誰にも話さないと言った事が意外だった。しかし、ノエルの読みが外れた所を一夜は見た事が無かった。本当に大丈夫だと判断したのだろう。

「一夜、お前にはまだ迷惑を掛けるが、シルヴィアの成長が止まるまで……せめてそこまではここに置いてくれないか?」

 すがる様なチンクの表情。こんな顔をするチンクを放り出せるほど、一夜は普通の人間ではなかった。

「心配しなくていいです。自己紹介の後に言ったじゃないですか」

 ノエルが呆れるほどにお人よしなのだ。そして、毒を喰らわば皿まで派だった。

 一夜が何を言うんだと言わんばかりに微笑を浮かべる。

「チンクさんがもういいって言うまでは。って」

 言ったことには責任を持つと言うことか。一夜の表情に迷いは無かった。

「さて、私に出来る事はもう全て終わりました。そろそろお屋敷に帰らせていただきます」

「久しぶりだったのに、ありがとうございました」

「本当に助かった。感謝する」

「いえ、お役目を果たしただけです。ですが、感謝の言葉は受け取っておきます」

 ノエルは小さく笑顔を見せ、帰っていった。

「シルヴィの成長速度だと、そろそろ離乳食ですね」

「そうだな。……一夜――」

「大丈夫です。作れますから」

 自慢する事では無い――と言うか、自慢出来ない事だろうが、チンクは家事が殆ど出来ない。単独任務で長期間潜入していたときも、自分の事は最低限しかしていなかった。離乳食など作れるわけも無かった。

「さて、それじゃチンクさんはシルヴィを見ててくださいね。私は掃除洗濯を済ませますから」

「ああ」

(一夜が家事万能で助かったな)

 この事実は覆せないものだった。一夜の家事スキルが高くて本当に助かった。



[13195] 十七話 間幕2と午後の一時、響く歌声
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c55c251c
Date: 2009/11/21 00:10
 時空管理局本局。

 ここしばらく忙しいのは文官や事務員たちだった。書類整理に始まり地上本部の再建プランの検討……。本局に詰めている提督クラスも動員されるほどだった。

「あ~、疲れたわぁ……」

 休憩スペースでリンディ=ハラオウン提督が、抹茶に角砂糖を投入しミルクを垂らした液体を啜っていた。

「は~……。後始末もようやく終わりが見えてきたし、後の懸案は――?」

 空席になったレジアス中将のポストに後釜を据え、地上本部は提出された再建プランにのっとり再編成中。首謀者のジェイル=スカリエッティと実行要員のナンバーズもそれぞれの設備に分割収容が完了――。

「残った問題は取り逃がしたナンバーズのナンバー5、チンクだけ、ね」

 中空に映したディスプレイに施設や聴取によって得られたチンクのデータが画像入りで投影される。

取り逃がした彼女を探すため、時空航行艦隊は巡回ルート内を隈なくスキャンし、執務官も通常任務の他に単独捜査を課せられていた。

「クロノからもフェイトさんからも連絡無し。他からも連絡無し。やっぱり難航しているわねぇ」

 ずずず。と、常人の味覚からすれば「これどうよ?」と思う液体を美味しそうに啜る。

「というか、手掛かりすら無いって言うのがねぇ……」

 施設の管理プログラムは遠の昔に解析に掛けられているが、当日該当時間に転送された物体の転送ログからは数百を超える同時転送のデータが検出され、捜査は本当に難航している。

「あ~、もう……。いっそ転送先を全部アルカンシェルで――」

「冗談でもそういう事は言わないでくれるかしら?」

 すっかりダレてとんでもないことを口走ったリンディに、冷静な突っ込みが入った。

「あら? レティ。そっちは終わったの?」

「一応ね。でも臨時予算の分配なんかが、何で私なのかしら。こういうものはもっと金勘定が上手い人間に回して欲しいわ」

 展開していたディスプレイを次々に処理し、閉じていく。その手際は見事なもので、だからこそ回されたのでは? と、思わせる。

「リンディの方は?」

「進展無し、よ……。足跡すら見つからないわ~……。捜索先も多くて、もう嫌になっちゃうわ」

「だから、あんな物騒な事言ってたのね。でも駄目よ。地道に捜査しなさい」

「解ってるけどね。冗談ぐらい良いじゃない」

 もっとも、リンディは進展が無くても苦労はしていない。苦労しているのは現場で捜査している人間たちだ。苦労は精々報告の度に嫌味を言われるぐらいだ。

「まぁ、もう少しすれば状況は動くでしょ。事態は進展しているんだし。

 それにあっちは手負い……。痕跡は残ってるはずよ」

 リンディの眼が鋭く光る。




 昼食は三人で摂る事にした。

「さて、食べてくれるかな?」

 一夜は作ってみた離乳食をスプーンに掬ってシルヴィの口元に持っていった。

 シルヴィはというと、くんかくんかと鼻で匂いを嗅ぎ――迷わず喰い付いた。

「お……おぉ~……」

 すっと口からスプーンを抜くと、何も無かった。また掬って近づけると、また即座に喰い付いた。

(や、ヤバイ……。可愛いよっ!)

 雛鳥のようにピーピーと鳴きはしないが、じっと口元まで運ばれてくるのを待っている姿は可愛らしかった。

 一夜はすっかりその魅力に捕らわれたのか、ぽけ~っとした表情で離乳食を与え続けている。

「……」

(何でだ? 少し悔しいぞ……)

 失った分を大体補充したのか、チンクの食事量は大食いのレベルにまで下がっていた。しかし、何だかよく解らない悔しさを感じていた。

(ここ2日で時々感じるようになったな。……本当に何だ? これは……)

 自身の感情で今まで感じたことの無い類のもの。それを一夜と出会ってから2日、たった2日で何度か感じるようになった。

「あ~、もぉうっ! 可愛いなぁ~♪」

 作った分を全て平らげたシルヴィを、一夜は抱き上げていた。そして背中をぽんぽんと叩いてやる。

「……けっぷ」

 シルヴィがげっぷをしたのを確認すると、一夜は歌いだした。

「風に揺らめく花の~、姿を胸にそぉっと~、仕舞い込んだら行こう~、嵐待つ荒野の果てへ――」

 普段よりもキーの高い声で、それでも綺麗に歌う。

選曲がどうかとも思うが、これは女性歌手としても活躍するフィアッセ=クリステラの曲で「inside of wilderness」と言う曲だ。本人の知人たちを謳った曲だと言われているが、本人の口からは一切言及されていない。

 しかし、昔フィアッセから歌が上手いと褒められただけあって、一夜の歌唱力は高かった。普段のキーよりも高いキーで平然と、高音の伸びも問題なく歌い上げる。声がかすれたりもしない。

(ほう、曲調が子守唄には向かないが、中々どうして。一夜の歌はひびきが良いな)

 チンクもこの芸当には驚いたようだ。

 一夜の声が高い事は知っていたが、耳にキンキンと障るような甲高さではなく、自然と滑り込んでくる柔らかい高さだった。

(はは、これは……曲調など関係なく、眠く、なる、な――)

 事実、抱かれているシルヴィは既に夢の中。一夜の腕の中ですやすやと眠ってしまっていた。

「人とは、違ってる、君の目を――」

 今度は二曲目、同じくフィアッセの曲だ。タイトルは「涙の誓い」

(私も、限界、か――)

 チンクも一夜の歌によって眠りに落ちた。

 そのまま二曲目を歌いきり、一夜はシルヴィをベッドへ寝かせ、チンクに毛布を掛けた。

「さて、食器洗っちゃおうか。ついでに夕飯の買い物と~」

 もう午後の予定を組み始める。

 本当に一夜の家事スキルは高かった。



[13195] 十八話 一夜の薀蓄2と危険予知――は、無意味? 危険性<異常性
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/23 01:29

 自宅から今度は単車――Kawasaki ZRX400(エボニーカラー、ステッカーライン・マークⅡ仕様、自家塗装アッパー、アンダーカウル装着)――に乗り、冷蔵庫の中身で不足していたものを買いに出掛けた。一応書置きを残してきた。

『買い物に出掛けます。小原が空いたらこれをどうぞ』

 書置きの脇にチンク用とシルヴィ用のおやつも添えて。

 車もそうだが、単車も実はカスタマイズされている。

 普通、車や単車を改造するとなると方向性に合わせ外装、足回り、給排気、タイヤ、ホール、電飾と、それぞれ追加交換するものだが、一夜の場合走りの方向へ振られていた。

 車も単車も内燃機関はエアクリーナー、インテーク、エグゾースト、マフラー、プラグ、プラグコード、バッテリーを社外品にし、空気・電気の効率化を図り、足回りはダンパー、サスペンションをやはり社外品にし、重心を下げた状態で乗り心地とコーナーでの安定性を確保。ホイールは拘りが無いので履かせたかったタイヤに合わせた適当なものが入っている。

 外観は殆ど変わっていないが、中身はかなり変更されている。

「さて、一発で始動してくれよ~」

 キーをONにし、チョークを半開、クラッチレバーを握りスタータースイッチを押す。

 キュキュキュ……ドゥン!

 一発でエンジンがスタートした。

 チョークが半開状態で初動回転数が500rpmだ。低い。アイドルも不安定で息継ぎをするような感じになっている。やはり気温が低いせいだろう。

 チョークを3/4開放する。

 すると、回転数が高くなり、アイドルは安定した。だが、いつまでもチョークを開けっ放しには出来ない。回転数が1000rpmになったところでチョークを閉じる。

 回転数が700rpmに落ちる。アイドルが若干不安定になる。が、止まりそうに感じる事は無い。

 そのまま3分程度も暖機運転をすれば調子よく走ってくれるだろう。

「……いつもなら煙草で一服しながら待つところだけど、チンクさんと、なによりシルヴィが居るからなぁ。こりゃ、禁煙はしばらく絶対だな」

 仕事を始めてすぐ、法律では当然違法行為に値するが、一夜は煙草を吸うようになった。慣れない職場でのストレスが大きかったのだ。煙草を吸っていると緩和されるような気分になる。初めは会社に居る間は煙草が必須だった。

 ドールもその後に扱うようになったので、普段は殆ど吸っていないが、友達との酒の席や、こうして単車での暖機運転の待ち時間などにはいまだに吸っている。

 煙草もやはり惰性で吸っているようなものなので、止めるつもりになれば直ぐに止められた。周囲からは「嘘だ」「無理だ」「ありえない」と言われるが、何事にも熱中できない性格から来るものは、食料品から嗜好品までその対象となっている。つまり、一夜にとって煙草は「詰まらなくない物」程度なのだ。

 エンジンが十分熱を持ち、アイドルが安定する。その回転数は1500~1200rpmと言ったところだ。これは殆ど出荷当初のモノと同じ。

 スロットルを開け閉めして、アクセルのツキを確認する。

 反応は早く、いつも通りの反応を見せる。

「さて、行きますか」

 ヘルメットとグローブを装備し、着込む上着は普段からは想像も出来ないメーカーロゴがでかでかと入った派手なデザインのライダージャケットだ。まぁ、背負ったリュックで隠れて殆ど見えないが。

 サイドスタンドを外し、取り回す。

 シートに跨り、クラッチを握りギアを一速(ロー)に入れる。

 クラッチを離しながら、スロットルを開け始める。

 ギアが噛み合い、ゆっくりと発進する。

「さぁて、頼むぜ~」

 クラッチを離した左手で単車のタンクをぽんと叩く。

 一夜の操る単車は危なげな様子も無く、目的地に向かっていった。




 山響から出て、海鳴へ向かう。こっちにしか無かったのだ。

(あ~、美緒の事言えないなぁ)

 わざわざ隣町まで来るなんて――。少し前に美緒に言った事を思い出していた。

 しばらく住宅街を走り、公園のある辺りに差し掛かる。

(この辺は特に注意しないとな)

 住宅街の公園は、ドライバーにとって何かと危険があふれている。例えば――。

「あっ、ボール!」

「「「カレル!?」」」

 公園からボールがテンテンと転がり出てきた。――ついでに、男の子も。

(っ!? ヤバい!!)

 速度60Km/h。相対距離約100m。

「カレルぅ!!」

「リエラっ!!」

「くっ!!」

 別の叫びと悲鳴に近い声が響いた。

 声に一瞬気をとられたが、一夜は右足のペダルを踏み、後輪に制動を掛ける。続いてクラッチを握りギアを四速(トップ)から二速(セカンド)まで落とす。スロットルを開け回転数を合わせ、今度は右手のレバーをゆっくりと引き、前輪にも青銅を掛ける。ボールの手前5mぐらいの位置で止まれるはずだ――。

(ダメだ!! 間に合わない!!)

 一夜の最初の反応が遅れた。

 ボールを拾ってこっちを見て固まっている男の子の元に、女の子が走っている。その後ろから二人より背丈の高い女の子が駆け寄る。

 最悪、三人を撥ねる事になる。

(もう、車体を倒しても――余計悪化させる!)

 車体を倒して抵抗を増やし、止めようかとも思ったが。それも間に合わない。今から進路変更も出来ない。

(――)

 一夜の思考が停止した。

「はぁっ!!」

 鋭い発声が響き、衝撃が一夜を襲った。

「――え……?」

 一夜は目を疑った。一番大きい女の子が、片膝をついて両手で単車のフロントタイヤを掴んで停めていた。

「ま、間に合ったよ……」

「カレル、リエラ、アルフ! 三人とも大丈夫!?」

 女の子が安堵のため息をついていると、母親らしい女性が出てきた。

「「大丈夫……」」

 二人の子供は無傷のようだが、フロントタイヤを掴んだ子は――。

「君、身体、大丈夫なの!?」

「えっ? あ、あぁ~……ちょっと、痛いね」

「いくら速度が落ちてたからって、何て無茶を!」

 一夜はサイドスタンドを掛け、バイザーを上げて単車から降りて女の子の身体を確認する。本当ならこの子は撥ね飛ばされているはずなのだが、一夜はそこに気付いていなかった。

「ああ……膝と掌が擦れちゃってる……」

「アルフ、怪我したの……?」

「エイミィ、大丈夫だよ。心配しないでいいから」

 アルフと呼ばれた女の子は、ポケットからハンカチを出して膝を止血して、両手はそのままにしようとする。怪我の直後で脳内麻薬が出すぎて痛覚が麻痺しているのだろうか、痛がる様子が無い。

「手を出して」

「えっ?」

 グローブを外した一夜が自分のハンカチを裂いてアルフの両手に巻く。

「止血だけ、後は病院に行かないと――」

「だ、大丈夫だからさ、アンタはそんなに気にしないで。

 車道に飛び出したこの子らが悪いんだからさ」

 アルフは振り返り、男の子と女の子を睨んだ。小さい身体なのにその凄み方は本職の筋の人も吃驚するものだった。

「カレル、リエラ、あれほど道に飛び出しちゃダメって言っておいただろう! アタシが間に合わなかったら、エイミィだけじゃなくてもっと大勢泣くところだよ!!」

「「ご、ごめんなさいっ……」」

 男の子――カレル――と女の子――リエラ――は、怒ったアルフが余程怖いのか、小さくなって謝った。

「……ホントに、心配させないでおくれよ」

 ぎゅっと、二人を抱きしめるアルフ。その様子を黙って一夜が見ていると、声が掛けられた。

「あの、ご迷惑をおかけしました」

「は、ぁ……? い、いいえとんでもない!」

 一夜に声を掛けたのは、カレルとリエラの母親、エイミィだった。一夜は慌ててヘルメットを外し、素顔を晒した。

「こちらこそ、止まるのが間に合わなくて、その、その子に怪我をさせてしまって――」

 一夜が腰を折って頭を下げる。

「治療費はこちらで負担します。連絡先を教えてもらえないでしょうか?

 あ、私の連絡先は――これです」

「あ、ご丁寧に――。はい、こちらの連絡先です」

「警察を呼びましょうか。事故証明を――」

 一夜が携帯を取り出し、110に電話しようとすると、物凄い反応でエイミィの手によって電源ボタンが押された。

「警察は大丈夫です。アルフは――その、ちょっと事情がありまして」

 物凄く言葉を濁す。

「こちらから改めてご連絡いたします。詳しくはその時に」

「……解りました」

 こういう場合、警察を呼んでおかないと面倒になる。それは一夜も重々承知していたが、エイミィがあそこまで慌てて電源を押したのだ。あちらにも何か後ろ暗い事があるのだろう。そう思った。

 本当に、お人よしだ。

「それでは、いったん失礼します。

 三人とも」

「ああ、解ってるよ。カレル、リエラ、行くよ」

 エイミィとアルフはカレルとリエラを連れて帰っていった。残された一夜は車体の確認を始める。

「電装系、異常なし。警告灯、無点灯。フロントフォーク、見た目曲がり無し。フロントタイヤ――」

 一夜は驚いた。

「手形……?」

 擦った後は無く、そこには手の形が左右分、くっきりと付けられていた。掴んだ瞬間、回転を0にされたと言うことだ。

「――一体、どうなってるんだ?」

 先ず在り得ない現象に、事故を起こしかかって混乱し始めていた一夜の頭では、考え切れなかった。



[13195] 十九話 間幕3灰色のエイミィ、本編純白のシルヴィア
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/11/28 19:39
 アルフは頭を悩ませていた。

「ん~……?」

「どうしたのアルフ、何を悩んでるの?」

 頭から湯気を立てそうな様子のアルフに、エイミィは声を掛ける。こんなことは滅多に無いからだ。

「いやさ、さっきのバイクの男なんだけどさ、あの声に聴き覚えがあってね。誰だったか思い出せないのさ」

「さっきの? ああ、その人なら連絡先と一緒に名前を教えてくれたよ。

 えっと、最上一夜だって」

「最上、一夜……。

 最上一夜!?」

 アルフはエイミィの手から連絡先と名前の書かれた紙片を奪い取った。そして、そこに書かれていた名前を見て愕然となる。

「一体どうしたの?」

「こ、こいつ……、一時期係わり合いになった男だよ! 多分、フェイトも覚えてるはず」

「え? ってことは、三人とも知り合いなの?」

「それだけじゃないよ。案外顔が広くて、思わぬところに知り合いがいるんだ」

 それは、場合によっては面倒なことだ。又聞きの噂より精度の高い情報を回収できる可能性が高くなる。正体を隠している人間たちには厄介な相手になりえる。

「へぇ……」

 エイミィの眼が鋭くなる。

「そいつは、ちょっと探らないと危ないかな?」

「そこまでは要らないよ。あくまで一般人だからさ。誰もあいつの前じゃ魔法の話はしなかったし」

 アルフは慌ててフォローする。エイミィが本気で探ったら、相手にはプライバシーなどあったものではない。

 個人情報は戸籍謄本に始まり、契約している携帯会社、保険機構、クレジットカード会社、勤務先など、データ上で管理される情報は、全てこの部屋から検索可能だ。ここにはこの世界の技術水準からすればオーバースペック過ぎる機材が隠蔽されている。スタンドアローンで稼動する機体へは流石にアクセスできないが、ネットワークに繋がっている機体にならほぼ無条件でアクセスできる。

 そう、ここから米国国防総省(ペンタゴン)のメインフレームにだって侵入できる。

「そう。ならいいけど……。

 で、何て連絡する? それともだんまりでやり過ごせる相手なの?」

「無理だよ。昔と変わってないようだったから、こっちから連絡しなければ、三日以内に向こうから連絡してくるよ」

 アルフはため息をついた。子犬の姿で接していたときは何かと食べ物を貰ったりしていたが、その優しさというかお人よしさはここに至ってこういう場合には仇となる。

「でもなぁ、こっちから連絡するにしても、アルフの怪我は医者に診せられないし」

「体が人間とは違うからね。詳しく精査されたら――」

 アルフはブルッと身を震わせた。ベッドに縛り付けられ、某仮面二輪騎乗者の改造手術に似た風景が脳内に浮かんだからだ。

「上手いこと喋れる誰かを間に挟む?」

「……はやてとか?」

「はやてちゃんは無理でしょ。なんだか事件の後片付けが大変みたいだし」

「なのはは?」

「同じく。教導隊も業務停止で復旧作業に回ってるらしいよ」

 比較的会話が上手いのは二人の知る範囲ではこの辺だ。

「……」

「――」

 二人とも黙ってしまった。一人だけ名前が出ていないが、彼女の話術というものは、どうも信用無いものだった。


「「フェイト……?」」




 頭の中がグシャグシャになったまま、一夜は買い物を済ませ帰宅した。

 単車は後でショップに持って行き検査してもらうつもりだが、相手側からの連絡しだいでは手放すことも視野に入れなければならないかもしれない。

「……」

「どうした、何かあったのか?」

 夕飯を作り終え、食べている最中にチンクが一夜に尋ねた。

「いえ、ちょっと接触事故を起こしかけまして……」

「大丈夫なのか?」

 流石に一夜の心配をするチンクだが、一夜の答えは彼女の予想の斜め上をいっていた。

「大丈夫です、チンクさんに迷惑はかけません」

「――馬鹿者。そんな時ぐらい自分の心配をしろ」

 まさかこんな状況に至ってまで、自分の事は後回しにする一夜に、チンクは驚きと同時に呆れた。

 二人が微妙に沈んだ空気を漂わすが、シルヴィアは一人で離乳食を食べていた。

「かじゅや、おかぁり~」

「……あの、驚いていいですか?」

「……いいと思うぞ。私も驚いている」

 二人の眼が比喩表現ではなく、点になる。

「成長速度が更に上がったのか?」

 確かにチンクは一夜に向かって「かずや」「おかわり」などの単語を言っていたが、シルヴィアの今の発言は明らかに意味を理解し、その上で言っているようだ。茶碗が空になっている。

「シルヴィ、私の言っている事が解るか?」

「わかぁるよ、ちんく~」

「……」

 チンクは開いた口が塞がらなかった。肉体的な成長速度は変わりないようだが、頭の中身は随分と急成長しているらしい。

(それとも、ここにきてDr.の意識が覚醒したか?)

「自分の名前は?」

「しるヴぃあだよ?」

 小首を傾げ、自分はシルヴィアだと名乗る。その様子に、チンクは落胆よりも安堵を覚えた。

(……? 私は何を安堵している? むしろ落胆すべきではないのか……?)

 ここ数日で、自分の感情の振れ方が解らなくなっていた。あまり考えないようにしているが、「こう感じるべきだ」と思う場面で逆の感情を覚えると、流石に表面化する。

「し、シルヴィ?」

「かじゅや、おかぁり」

 今度は空の茶碗を一夜の前に突き出す。催促の仕方もチンクを見て覚えたらしい。

「せ、せめてパパとか呼ばれたかった……」

「そんな風には呼び合っていないからな、無理だろう」

 若干野望が破れた一夜だったが、成長速度からすればこっちの方が良いかとも思う。一週間もすれば歳の離れた妹ぐらいに育ってしまうのだろうから。

「おかぁり~……」

 シルヴィアは半泣きになってきていた。

「ああ、泣かない泣かない。すぐに作ってあげるから」

 茶碗を受け取り、一夜は再び台所へ向かう。

 その頭からは、接触事故の事柄が一時的にすっ飛んでいた。



[13195] 二十話 急成長のシルヴィア、そして誘惑? 間幕3.5雷光召喚
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c55c251c
Date: 2009/12/17 00:00

 どうやらシルヴィアの成長速度は確実に上昇しているようだった。

「かずや~♪」

 手ずから離乳食を満足するまで与えてくれた一夜に、シルヴィアは正面から飛びつきながら抱きついた。

「おっと」

 後ろに倒れそうになった一夜だが、何とか堪え、抱きしめる。当然力加減は完璧だ。

「えへへ~♪」

「ご機嫌だね、シルヴィ」

「うんっ」

 発音がまだまだ怪しい時があるが、十分聞き取れるレベルになっている。

 正直に、一夜はシルヴィが可愛くて仕方なくなり始めていた。一種の親バカ、シスコンと同列の状態だ。

 どちらの感情が強いかといえば、親バカだ。

「何だか、私より一夜に懐いてしまったな」

「そうとも言えないと思いますけど?」

 シルヴィアを抱き上げ、チンクに近づく。シルヴィアをチンクのほうに向けると――。

「ちんく~♪」

「ね?」

「……そのようだな」

 近づくとチンクに向かって手を伸ばすシルヴィア。その手をとり、ふっと微笑するチンク。

「しかし、予測より成長速度が上がっているようだな。もう三歳児程度か?」

「ん~、大体そのぐらいだと思いますけど……。早まった成長速度もそうですけど、知能の発達が著しい気がするんですが」

「そうだな。まさか教えるでもなく言葉を理解されるとは思わなかったぞ」

 普通は無い事だ。少しずつ両親が子供に単語を教えながら、言語学習をさせるものなのだが。

 チンクに思い当たる節がない訳ではない。

 Dr.ジェイル=スカリエッティの記憶と知識だ。

 意識は今のところ表れていないが、シルヴィアの頭脳にそれらが入力されなかったと考えるのは時期尚早だ。

 発生からスカリエッティの設計通りにいかず、随所に異常があったシルヴィアだが、その肉体は健康そのものだ。それに、スカリエッティが自身のコピーに何か特殊な細工をした可能性も捨てきれない。この予想と違っていた異常こそが正常で、その影響でシルヴィアがこういった形で現れたとも考えられる。

(意識と人格は沈んでいるか消えているのだろうが、知識と記憶はシルヴィの脳内に記録されているのかもしれないな)

 片手で手を取り、もう片方の手でシルヴィの頭を撫でながら、チンクは思考する。

「かじゅや~、ねむぃ~のー……」

 満腹で、抱きしめられ、撫でられ、眠くなったのかシルヴィアは甘えた声で訴える。その眠たそうな顔がまた可愛くて、一夜の顔がだらしなく緩む。

 しかし、眠っている間にまた体が成長するようだと、そろそろ着替えが無くなる。いままでは一夜のシャツなどで事足りたが、身体的に四歳以上ともなればシャツだけではカバーしきれなくなる。裾が足りない。

(子供用の服なんて――何着かあるか。母子でレイヤーやってる人から前に受注した試作品が。シルヴィが嫌がらなければいいけど。あ、下着も何とかしないとな~……。でも、それはチンクさんに頼めばいいか)

 そこまでどぎついキャラクター物は無かったはずだ。とは言え、オタク寄りの感性をしている一夜の主観での話だ。

 下着類も、今度はチンクが動けるだろうから苦労することは無い。

「うん、それじゃ寝よ――」

「かじゅやも、いっしょがいい~」

「……」

 その誘いに、一夜は固まった。

 その様子に、チンクは怖気が走った。

「一夜、まさか、お前のストライクゾーンは――」

「さすがにそんなに低くありません!」

「うきゅ……みみがいたいよ……」

「あ、ごめんね」

 つい大声を出してしまい、シルヴィアを驚かせてしまった。

「かじゅや、こえおおきいね~」

「昔空手やってたからね。もっと大きい声も出せるんだよ~」

 ぎゅ~っと、シルヴィアを抱きしめて笑顔で話す。やはり大成はしなかったが無駄な経験ではなかったと言える。精神的にも肉体的にも、強くなった。

「ふぁっ……ぁあ~……」

「本当に眠そうだね。
 よし、じゃぁ寝ようか」

「うん~……」

 一夜の姿は子供を可愛がる父親そのものだった。

 その様子を、チンクは微笑を浮かべて見ていた。

「何蚊帳の外に居るんですか? チンクさんも一緒ですよ」

「何……?」

「ベッドは一つですからね。間にシルヴィを入れて寝ますよ」

 さも当然と言わんばかりの一夜だった。さすがのチンクも動揺した。

「ちんくも、いっしょだぉ~……?」

「……仕方ないな」

 眠りに抗えなくなってきたシルヴィアに引っ張られ、チンクは立ち上がった。

「ほら、寝るのだろう?」

「はい」

「ねゆ~……」

 三人揃って文字通り「川」の字になって眠りに付いた。




 エイミィはコンソールを操作し、ミッドチルダの時空管理局本局に通信を繋いだ。目的の人物が現在そこに居るのだ。

『エイミィ? どうしたの?』

「いや~、実はフェイトに相談があってね~」

『相談……?』

 通信用ウィンドウに現れたのはフェイト=T=ハラオウンだった。制服を着て、なにやら書類データを処理していたようだ。

「こっちにこれない?」

『こっちって、地球に?』

「そう。捜査とか何とか理由をつけてさ」

 職権乱用も極まれりと言う感じがするが、フェイトからすれば今割り振られている捜査域に地球もあったので別に無理なことではない。当然、出身にまつわるもので割り振られた範囲だ。

『別に大丈夫だけど……急にどうしたの?』

「ちょっと込み入った事情がね。長距離転送で直接来れるかな? 詳しくはこっちで話したいんだけど」

『……。それ、凄く怪しいよ』

「あはは……まぁ、ね。解ってるけど、お願いっ」

 ぱんと手を合わせ、拝み倒す。

 少し前まで有人惑星の捜査をしていたので、正直一休みしたかったし、バルディッシュのメンテナンスもしておきたかったが、ここまで頼まれてはしかたがない。義理の姉の頼みでもある。無碍には出来ない。

『解ったよ。これ纏めて提出したらそっちに行く』

「ありがと~。持つべきものは優しい義妹だねぇ~」

『煽てても何もでないからね、っと、じゃぁ、準備して行くよ』

「よろしく!」

 割と強引に――というより、無理にねじ込んだ感じがするが――フェイトを呼び寄せることに成功した。後は、上手くいけばいいのだが。



[13195] 二十一話 一夜の懊悩、間幕4 雷光の疑惑
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c55c251c
Date: 2009/12/24 22:36
 爽快な朝の目覚め――と、言うわけにはいかなかった。気が付けば非常に心臓に悪い目覚めになった。

「……」

「うきゅ~……」

 ふと、一夜が眼を覚ますと、シルヴィアが首に腕を回し、足を胴に絡ませ、しがみ付いていた。

 まぁ、それだけなら驚いたりすることは無い。あり得ることだからだ。
昨日抱き上げていたシルヴィアとは明らかに違う感触がすることに気が付いた。

「……チンクさん、チンクさん」

「……何だ、朝といってもまだ早いだろ――」

 何とか動かせた腕でチンクを揺り動かし、起こした。

 そうして起きたチンクも、シルヴィアを見て言葉を失った。

「その――何だ、どう言ったものか……」

「ですよねぇ……明らかに、その――」

 一夜にしがみ付いてすやすやと眠っているシルヴィア。

 だが、夕べとは違っている。

「……ん~……? うきゅ……」

 困惑している二人を他所に、シルヴィアは眠そうに一夜の首から外した手で眼を擦りながら上半身を起こした。

「おはよ~……。

 二人とも、どうしたの?」

 きょとんとしながらシルヴィアは二人を交互に見る。

「……シルヴィ、自分の身体に違和感が無いかな?」

「身体に? ……。

 ――え? 何、これ……」

 シルヴィアは一夜に言われて、自分の身体をまじまじと見て驚いていた。

「言葉も随分すらすらと話せているし、一晩で小学校低~中学年程度まで育ったのか……」

 チンクが冷静に判断する。

 動転している二人にそれは望めないだろう。

(推定9~10歳程度か。頭髪が腰程度まで伸び、随分大人びたな。顔はDr.と言うよりウーノ――)

「髪も伸びてるっ!? え? え? えぇっ!?」

 自分のあっちこっちを触って驚いている。

「あの、シルヴィ、ごめん。胸元開けないで」

「うきゅ? どうしたの?」

「だから、胸元閉めなさいって!」

 パパパッとシルヴィの着ていたシャツの胸元のボタンを留めた。

「うぎゅ、苦しいよ」

「開けても一個だけね」

(ああ、一夜の性癖からすると今のシルヴィはストライクか)

 正直、一夜は目のやり場に困っていた。始めは開いていた胸元に視線が行き、逸らした先には太もも、更に逸らすと純粋な瞳の可愛い顔があった。

(いや、これ、想定外……)

 もう布団に顔を埋めてもがくか、シルヴィアを抱きしめて撫でくり回したしたい衝動に駆られていた。

「でも、ビックリしたけど違和感とか無いなぁ」

 手を握ったり開いたり、腕を回したり、身体の調子を確認しているようだが、違和感が無いらしい。

(脳内で感覚補正がされているのだろうな。もしくは、成長と同時に感覚を同期させているか、どちらかだろう。私たちのようなエネルギー反応は皆無。魔力反応があるが、魔力はAランク程度。優秀ではあるだろうが賞賛されるほどではないな。レアスキルなどは不明か)

 チンクのセンサー類がシルヴィアの詳細を探査する。ここまで育つまで調べずにいたが、一気にここまで育ったため、現状を早急に調べる必要性が出てきた。

(魔力資質があるのなら、魔法を使えるようにした方が都合が良いんだが、下地から作らないとな。Dr.の記憶があれば違うのだろうが――)

 どうやらスカリエッティの人格・意識は出てこないようだ。何がどうなっているのか、本来ならきっちり調べなければならないが、一夜の手前、迂闊なことは出来ない。

(まぁ、追々解決していこう。それよりも今は)

「二人ともその辺にしておけ。想定外なのは今に始まったことではないし、成長に伴いシルヴィの内面も成長しているようだ。

 これからの事について色々話そうじゃないか」

 今回はチンクが上手いこと纏めた。




 長距離転送で早朝の海鳴市の外れにフェイトが現れた。当然普通の冬用の服装で。

「久々の海鳴だけど、感傷に浸ってる暇は無い、かな」

 ここから歩くとエイミィ達の住んでいる場所まで結構距離がある。

「バルディッシュ」

『Yes Sir』

 待機モードから復帰し、アサルトフォームを取る。バリアジャケットの展開はしない。

「ちょっと寒いけど、このまま飛ぶよ」

『As wished』

 バルディッシュの応答がいつもと違った。普段は『Yes Sir』で「了解しました」と、なるが、この『As wished』は意味合い的には「お望みのままに」となる。捻くれた捕らえ方をする人間なら「勝手にすれば良い」と受け取る危険性もある。

 マッハキャリバーやクロスミラージュほど人間くさい受け答えをしないバルディッシュがこういう答えを返すと、どうとって良いのか悩むところだ。

「……」

 その反応に少し引っ掛かったが、フェイトの魔法は通常通り発動し、身体が宙を舞う。

(ソニックムーブで高速移動した方がいいかな? 相当早い時間だけど、見つからない保証は無いからね)

『Sonic Move』

 フェイトが思考した瞬間、バルディッシュが高速移動の魔法を発動した。

「っ!? バルディッシュ?」

『Is there a problem?』

 高速で海鳴上空を飛翔し、目的地に到着する。

「……」

 バルディッシュを待機モードにし、三角形になったバルディッシュをじっと見つめる。いつもと勝手が違いすぎる。反応もおかしい。

「フェイト~!」

「アルフ?」

 建物から小さい女の子が走ってきた。フェイトの使い魔、アルフの子供フォームだ。直に会うのは久々だった。

「久しぶりだよぉ!」

「うん、久しぶりだね」

 走ってきた勢いのまま、アルフはジャンプしてフェイトに抱きついた。

「エイミィたちは?」

「まだ寝てるよ。アタシはフェイトが来たって分かったから起きてきたけど」

「そう。

 それで、一体何が在ったの?」

「それについてはエイミィも交えて話すよ。

 先ずは入ろう? 外は寒いよ」

「そうだね」

 促され、フェイトはアルフに続いて建物に入る。

 一方的に大問題にされているが、そこまでの問題ではない。話を聞いたとき、フェイトは一体どんな反応をするのか――?



[13195] 二十二話 想定外、喜べぬ再会
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/12/28 22:23
 一夜の理性は、割と堅牢だった。

「一夜~♪」

「……」

 無邪気に抱きつくシルヴィアだが、色々と成長し始めているその肢体は、一夜のストライクゾーンのど真ん中。様々な欲望が彼の脳裏を過り、あわよくば彼の体を支配しようとしている。

 一夜は切に願った。仮に結婚し、子をもうけたとき、息子であってくれと。

「シルヴィ、その位にしておけ」

 すっと、チンクが一夜に張り付くシルヴィアを剥がす。

 引き剥がされてむくれるシルヴィアがまた可愛らしくて――と、一夜は凄く困る。

(今は七時半――そろそろ会社に行かないと拙いんだけどな)

 休日は終わった。一夜は本来なら、そろそろ仕事場に向かわなければいけない時間になっている。しかし、この状態のまま二人を放って仕事に行けるかと言えば――。

(……しょうがない、何とかするか)

 おもむろに携帯に手を伸ばし、電話帳から一つのメモリーを呼び出し、コール。

『あい?』

「あ、最上です。おはようございます」

『ああ、何だ?』

「ちょっと相談なんですが、体調不良で三日ほど休みたいんですが」

『……はぁ? テメェ、ナメた――』

「先輩が作った貸し、三つ消してあげます」

『ぐっ……。しょうがねぇな。何とかしてやる』

「成立と言うことで」

 通話を終了。

 電源ボタンを押し、回線を切断。

「さて……?」

 チンクとシルヴィアが一夜を見ながら固まっていた。

「どうしました?」

「あ、ああ……、いや、一夜はあんな顔もできるんだな?」

「あんな顔?」

 言われて、一夜は自分の顔を触ってみる。少々髭が生え始め、ザラザラする以外なんら変わりないように感じた。

「ああ、まるで楽しいことを思いついた時のDr.のような――」

 一体どこまであくどい顔をしていたと言うのだろうか。

「何を言われているのか解りませんけど、とりあえず三日は休みを取ったので何をするか考えましょう。あと、買出しにも行きますからね」

 一夜は洗面所に向かった。




 仏頂面になり、こめかみに血管が浮きそうになっているフェイト。その様子に、まずかったかな~。と、冷や汗を垂らしそうになっているエイミィ。

「それで、私に仲裁をしてほしい、と?」

「う、うん。そうなんだけど――」

「エイミィ、ここで『うん、任せておいてよ』なんて、私が言うとでも?」

「い、いやぁ……フェイトなら――」

「あのね、私を含めて執務官は今、通常任務の他に無差別転送されたある物の探索を課せられているの」

 暗に暇じゃないと言っている。

「はやては本局に詰めっ放しだし、なのはだって教導任務は凍結されて地上本部とかの復旧に回ってる」

「言いたいことはわかってる! だから地球に転送されてきた物の探索はあたしが引き受けるからさ」

 それ自体は悪い条件ではなかった。ここの設備が周辺状況を常時監視していたのなら、転送時にあった様々なデータの揺らぎを記録している。次元転送はただでさえ様々な変調を示す。人間よりも複雑な構造を持った存在が現れれば、それが残す変調は大きいものになる。

「代わりに折衝しろってこと?」

「そう! フェイトが本来捜索するはずだったものは、あたしがきっちり探しとくから」

 あらゆる建物の監視カメラからそれらの収集した映像データまでハッキングしクラッキング出来るのだ。探索など造作もない。フェイトも地球を探索する際はエイミィに捜査協力をお願いするつもりだったので、それはそれで願ってもないことなのだが。

「……。

 私を呼んだって事は、相手は知り合いなんでしょう? 一体誰なの?」

「え~っと……?

 ――ありがとうフェイト~!」

 フェイトは打算的な計算をした自分を少しだけ咎めたが、労力の削減と時間の短縮のためだと言い聞かす。

「それでね、相手なんだけど、最上一夜って人なのよ」

「――最上、一夜……」

 脳裏に浮かぶのは人の良い顔をした、とても優しかった青年だ。

小さい頃は人見知りと言っても過言ではない反応をしていた自分に、はやてやなのはと接するのと変わらない態度で接してくれた。短い間だったが、自分たち三人にとても暖かな一時をくれた人だった。

「何で、あの人なの……」

 小さく、アルフでも聞き取れないほど小さく呟いた。

「あ、それでこれが連絡先――。

 どうかした?」

「――ううん、何でもないよ。

 連絡先は預かる。『今回の事はお互い水に流しましょう』で、済ませていいんだね?」

「そう。それで纏めて欲しいな」

「解った。何とかするよ」

(一夜さんは、過剰に心配するだろうけど……何とかするしかないね)

「少し散歩してくるよ。私の任務のほう、お願いね」

「あいさ~。お任せあれ」

 エイミィから紙片を受け取り、少しだけささくれ立った心を宥めすかして、コートを腕にかけ、外へ出た。

 アルフが少し心配そうに見ていたが、カレルとリエラに捕まってしまい、フェイトを追う事は出来なかった。




 一夜はチンクたちを連れ海鳴りに出て、二人に幾らか手渡し、服の量販店に行かせ、自分は食料品の買い物に出ていた。

 恐ろしいほど跳ね上がったエンゲル係数に少しだけ頭が痛かったが、それも直に落ち着くだろうと思い込もうとしていた。

(さて、ある程度買い終わったし、どこかで一息入れるか)

 現在位置から一番近い喫茶店の類は、翠屋だった。

 悩む事もせず、翠屋に行く事に決めた。

「こんにちは~」

 店内はそれほど人が多くなかったので、そう声をかけながら入った。

「あら、一夜くん?」

「はは、どうも」

 桃子が不思議そうにしていた。それはそうだろう。しばらく顔を見せていなかったのに、短い間隔で現れたのだ。

「ちょっと買いすぎまして。休憩させてもらおうと思いまして」

「あらぁ、それじゃコーヒー一杯で粘るなんて事はしないんでしょうね?」

「お土産用に何か買っていきますから、俺の休憩はコーヒー一杯で勘弁してくれません?」

 そういうと、桃子はしかたないわねぇ。と言う風に苦笑した。

「コーヒーは、前と同じで良いの?」

「ええ」

 カウンター席に座り、少しだらける。荷物が少し重かった。

 そうしているとコーヒーが運ばれ、その様子を見た桃子はまたしかたないわねぇ。と苦笑する。

 だされたコーヒーを一口すする。

「こんにちは~……」

 一夜と同じように声をかけて入ってきた女性がいた。

 その声に聞き覚えがあった一夜は、振り返って驚いた。

「あれ? フェイト、ちゃん?」

「――一夜、さん……?」

 お互い予期せぬ再会。フェイトにとっては最悪の展開だった。



[13195] 二十三話 フェイトの仲裁……
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2009/12/31 22:31

 一夜の隣にちょこんと座ったフェイトは、なんとも居心地が悪そうだった。

 ちらりちらりと一夜を盗み見ては俯き、ため息をつく。そんな様子のフェイトを見ているのは、一夜としても良い気分はしなかった。

 コーヒーを飲みきり、やれやれと言う風情で立ち上がった。

「桃子さん」

「ん? 何かしら?」

「ちょっと厨房貸してもらえますか?」

「――え?」

 桃子としては調理師免許を持っていない身内以外の人間を厨房に入れるなどありえない事なのだが、俯き背中に陰があるフェイトを見て、しょうがないな~と、妥協した。

「ツケとくわよ」

「ありがとうございます」

 一夜が厨房に消える。

 代わる様に、桃子がフェイトの正面に立った、

「フェイトちゃん? どうしたの」

「桃子さん……」

「そんな顔しないで。周りの人まで心配しちゃうわよ?」

 そういわれて、隣に一夜が居ない事に気がついた。

「……」

(呆れられちゃった、かな……)

 そう思うと一層気分が落ち込む。

 折衝しないといけない相手が一夜だと聞いて、ただでさえ滅入っていたのに、どう切り出したものか決まりもしない内に再会し、挙句にこの様だ。はやてなら――。なのはなら――。と、ここには居ない親友たちが浮かんでは消える。

「済みません……。ちょっと、色々あって」

「ふ~ん? 自分で解決出来るならいいんだけど、出来ないなら力になるわよ」

「……大丈夫です。身内の不始末ですし、引き受けたのは私ですから」

 はっきりと答えたフェイトに、迷いは無かった。だが、やはり切り出し方が思い浮かばない。これが常に身近なところで接していたなら話は別だが、海外に赴いて職についている事になっている自分が唐突に現れ、あの事故は身内が――等と言っても不信を買うだけだろう。連絡一本で呼び寄せられるほど安い仕事で、近場に居る事になる。プライドを持って就いている管理局の執務官としての仕事を、その程度の物だなどと思われたくなかった。

「突然戻ってきたと思ったら、陰鬱な空気を放つばかり……。何事かと思ったんだけど」

「え!?」

 桃子の後ろに、一夜が居た。手には皿を持っており、何やら香ばしい匂いがする。

「まぁ、これ食べて」

 何か言おうとしたフェイトの口に、皿から一枚の四角いクッキーを取り出し、突っ込んだ。

(あ――。これ、昔たまに作ってくれた――)

 ここで一夜がバイトをしていた時代、「桃子さんには内緒ね」と言いながら、三人にプレーンクッキーを出してくれた事が多々あった。その実は厨房にある型抜き後の耳を再利用した物で、とても一般のお客さんには出せないものだが、生地としては他の販売しているクッキーとなんら変わりは無いので、味は焼き加減さえ間違えなければお墨付きのものだ。

「どれどれ……。ん~、調味料で味を整えたわね。ウチの味付けと違うわ」

「あ、本職さんが味を確かめないでくださいよ」

「いいじゃないの~。厨房と材料貸してあげたんだし。でも、こういう味付けも悪くないわねぇ」

 確かに少しばかり一夜が砂糖だのを追加して調整してあるが、桃子はそれを簡単に見破った。

「もう一枚~♪」

「駄目ですよ、これはフェイトちゃんの為に作ったんですから」

「え、あ、あの……」

 目の前でやり取りされる内容は、昔とあんまり変わらなかった。

「ちぇ~、ケチねぇ」

「しっかり貸しにしておいて言う台詞がそれですか……」

 クッキーの皿をフェイトの前に置いて、元の椅子に座る。

「どんなにしょげた時も、お菓子を食べると笑ってくれたよね」

「……」

 覚えていた。

 執務官になる為に、勉強して、訓練して、でも上手くいかなくて落ち込んだ時、何も話さなかった自分にこうやってお菓子をくれて、励まして、そうして一夜に笑顔を見せていた事。

 やっぱり昔と変わらない、あの頃のままの一夜に、策を弄する必要なんて無かった。素直に言ってしまえば良かった。

 覚悟を決め、立ち上がる。

「あの、ごめんなさい!」

「……え?」

「アルフたちがご迷惑を!」

「――ああっと、フェイトちゃん?」

「本当に、ごめんなさい!!」

 大声で謝り、頭を下げるものだから、周囲の視線が物凄く集まっていた。

「事情がさっぱりなんだけど、ちょっと落ち着こうか」

 言われて、自分の声で周囲から要らない注目を集めていることに気づいたフェイトは、顔を赤くしてまた俯いてしまった。

「……あ、う――」

 意気込んでいたのも束の間、また萎んでしまった。

「全部繋げると、フェイトちゃんの身内って言うのが、エイミィさんたちなのかな?」

「……はい、そうです」

「それで、どうして海外に居るはずのフェイトちゃんが?」

 一番気づかれたくないところを気づかれてしまった。

「え、と……。こ、今回なのはたちと休暇がずれて、私だけ帰ってきたんです。そうしたら、一夜さんと事故を起こしたって聞かされて――」

「それで、フェイトちゃんが俺のところに来たの?」

「……はい」

(それは筋が違う気がするんだけどなぁ)

 腑に落ちない、というより、ここでフェイトが間に入るのは筋が違うような気がした。

 一夜が訝しげな顔をすると、フェイトは前もってエイミィたちと打ち合わせた台詞を言い始めた。

「全く面識も無いエイミィたちより、一夜さんと面識のある私の方が話しやすいだろうって――」

「わからなくも無いけど、話によっては不愉快な事になるんだよ? それを解っててフェイトちゃんを来させたんなら、ちょっとなぁ」

 一夜の中で不快感が広がっていた。代理人同士なら別だが、一方は当事者で、一方は言ってしまえば事情を説明されただけの代理人だ。誠意を問うと言う意味合いでも釣り合いが取れない。一夜の顔つきが厳しくなる。

「ふ、不愉快なことには、なら無い、と、思います」

「……と、言うと?」

「アルフは、その、先天性の遺伝子疾患で、HGSに似た症状があって、全然何とも無いので、えっと、今回の事は、無かった事に」

「――俄かに信じられることじゃない。って、解ってるよね?」

 つらつらと連ねた言葉が、如何に薄っぺらいか、フェイト自身も良く解っている。だが、ここは押し切って何事も無かった事にしないとならない。

 そもそも、HGSと呼称される遺伝子障害は、一時期、ある一定期間のみ発症したもので、それ以降似たような症例は報告されていない。信憑性に問題がありすぎる説明なのだ。

「う……」

 どっしりと構え、きっちり対応する一夜は、相手からするとこんなにも――と、フェイトはちょっと泣きたくなった。

「こらこら、あんまりフェイトちゃんを苛めちゃ駄目でしょう」

 こん。と、桃子が一夜の頭に軽く拳を落とす。

 実際、フェイトの眦にはちょっと涙が滲んでいた。

「全く、女の子泣かせちゃ駄目じゃない。たまに手加減しないわよね、一夜くんは」

「桃子さん……」

「相手はエイミィちゃんたちなんでしょう? 私も知らない仲じゃないし、この一件、私の顔も立てて無かった事にしてあげて?」

「無かった事にするのは構いません。というか、アルフちゃんに怪我をさせちゃったんで本当は俺が謝罪しないといけない感じなんですが……。おかしいな、こんな風になるはずじゃ――」

 一夜が首を捻る。どこで展開を間違えたのか。

「あの、それじゃ――」

「無かった事にするのは全然問題ないよ。でも、本当にいいの? 結構酷い怪我だったよ、あれ」

「アルフが言うには『美味しい物食べてしっかり寝れば大丈夫』だそうなので」

 現代医学を馬鹿にしている発言だが、あの程度の損傷で機能不全に陥るようでは使い魔など勤まらない。自己修復の範囲内だ。

「そう言われると……。食い下がるのも失礼だね。

 桃子さん、今度は厨房とスポンジと生クリームとフルーツ貸してください」

「仕方ないわねぇ。今回だけよ」

「恩に着ます。

 フェイトちゃん、ちょっと待っててね」

 またも一夜は厨房へ消えた。



[13195] 二十四話 事無きかな。日常は儚きかな
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/01/05 01:06

 厨房に一夜が消え、フェイトは椅子にへたり込んだ。

「ふ、ふぇ~……」

 普段は絶対もらさないような声が漏れた。それだけ色々と張り詰めていたと言うことだろう。

「お疲れ様」

 桃子がへたり込んだフェイトの頭を優しく撫でる。

「さっきの一夜くんはちょっとキツかったわねぇ。まぁ、あれでも本人は加減してたつもりなんでしょうけど」

「あ、あれでですか?」

「前に一回だけ見たことがあるのよねぇ、筋の通っていない事言った奴らを屁理屈も混ぜた理屈で論破した挙句――」

 桃子はそこで言葉を切った。

「挙句、どうしたんですか?」

「ううん。何でも無いわ。

とにかく、普段が普段だからちょっとでも厳しい態度を見せると目立つのよね」

 底抜けにお人よしの一夜だが、自分の中で何かが引っかかった時の対応は今のフェイトを相手にした時より厳しいときがある。古くからそこそこの付き合いのある人間なら、一夜のそう言ったある意味面倒くさい所も知っている。

 二人がそんな話をしている所へ、一夜が手に白い箱を持って戻ってきた。

「お待たせ……どうかしました?」

「別にどうもしないわよ。

 それより、何を作ってきたのかしら?」

「本職のパティシエさんにお見せするほどの物じゃ――」

「えいっ」

 すっと一夜の手から白い箱を抜き取った。気軽に、無造作に抜き取ったように見えて、その実中身を崩さないように非常に微妙な力加減で抜き取っていたのだが、余人がそれに気づくことは無いだろう。

 そして慣れた手つきで箱の上部を開放した。

「あ、ずいぶんシンプルなショートケーキに見えるわね」

「見た目はそうですけど、スポンジの間に数種類のカットフルーツと生クリームを挟んでありますよ。あんまり手を加える余裕が無かったので、そんなに味は変わらないと思いますけど」

 と、言っているが、香り付けにバニラエッセンスを加えたり、甘さの調整に砂糖を追加したり、細かく自分好みに調整してあるのだが。

「……ウチのものより甘い香りが強いから、少なくてもバニラエッセンスは追加されてるわね」

「良くお気づきで。

 で、返してくださいね。それ、フェイトちゃんにこちらからの謝罪の印として持って帰ってもらうんですから」

 桃子から丁寧に箱を取り返し、再び閉じてフェイトに手渡す。ついでにいつの間にか包んであったクッキーの残りも。

「これで今回の件は無かった事になりました。

 それで本当にいいんだね?」

「あ、はい。それがエイミィたちの要望でしたから」

「なら、俺もこれ以上言うのは止めるよ。あ、でも、アルフちゃんに早く良くなってねって伝えてもらえるかな?」

「解りました。では、失礼します」

「ん、またね」

 フェイトを見送って、一息。

「お疲れ様」

「桃子さん……。本当に良かったんでしょうか……」

「さて、各家庭には各家庭の事情があるのは確かだし、ウチも例に漏れず、ね」

 高町家の家庭事情は複雑を極めると思う一夜だったが、そこは口にしない。曖昧に頷いただけだった。

「まぁ、フェイトちゃんをヘコませて帰すよりは良かったんじゃないのかな?」

「そういう事にしておきますか。女の子の泣き顔は苦手ですし」

 一夜は苦笑する。

「そういえば、この間来たときも見かけませんでしたけど、美由希はどうしたんです?」

「ん? 今は知り合いの所に修行に行かせてるわよ。ここでの基本的な仕込がようやく終わったからね」

 軽く言われるが、果たしてその域にたどり着くまでに、どれだけの労力と忍耐力が必要とされたことか。

「そうですか、ついに、そこまで」

「ええ……長い道のりだったわ」

「あっと、感慨に耽ってる所済みませんが、会計をお願いします。合流しないといけない人たちがいるので」

「はいはい~。翠屋のご利用、ありがとうございました~」

 会計を済ませ、荷物を持ってチンクたちの元へ向かう。別れてから悠に三時間あまり、余程の愚鈍で無い限り、ある程度の買い物は終了しているだろう。




 一夜の目論見は大筋間違ってはいなかった。

「一夜~♪」

「おっと」

 量販店の前で待っていたらしいチンクとシルヴィア。

 シルヴィアは一夜が現れたと解るやいなや、一目散に走ってきて抱きついた。

「ねぇ、一夜一夜、どう?」

「ん、ちょっと離れてくれないと、良く見えないよ」

「あ、うん」

 主語が完璧に無視されている会話だが、意味は通じているらしい。シルヴィアは一夜から離れ、一メートルほど距離をとり、その場で一回転して見せた。

 首の裏で髪を纏め、白のリボンで括り、服は割りと簡素な白のツーピース。靴まで白で揃えてある。

(……白のS15――いや、うん、言うのは止めとこう)

 自分で付けた名前ながら、こう白などの単色で固められると、つい言いたくなってしまう。特に、流線型とシャープな目つきが特徴的なS15型は、どうも目の前のシルヴィアと重なりやすかった。

「――うん、良く似合ってるよ」

「ありがとっ!」

 また抱きついた。

「やれやれ、ここは家の中ではなく外だと言う事を解っているのか?」

「解ってるよ~。でも、私と一夜なら歳の離れた兄妹で通るでしょ?」

「……あの、何だか更に中身が育ってるような気がするんですけど?」

「事実、育ったようだ。周りの情報を収集して、更に加速したらしい」

 精神年齢は外観+2~3歳と言うところか。言葉遣いも変化している。外に連れ出したのは吉と出たか凶と出たか。現段階では判断がつかない。

「一夜、そろそろ帰るの? 随分荷物持ってるけど」

「ん? ああ、そろそろ帰るよ。でも、その前に何処かで何か食べてく?」

「私は一夜の作った物が良い!」

「……私も同感だ」

 あっさり答えたシルヴィアに、同調するチンク。成程、二人は一夜の労力を減らそうと言う気遣いは無いらしい。

 まぁ、最もそんな事を考えて出た言葉では無かったのだが。

「それじゃ帰りましょうか」

「うん、帰る!」

「ああ、帰ろうか」

 一夜が右に、チンクが左に、そしてシルヴィアが真ん中に。それぞれ手を繋いで歩く姿は夫婦とその娘に見え――無かった。



[13195] 二十五話 間幕5 エイミィの運、フェイトの驚愕
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c55c251c
Date: 2010/01/08 00:44


 無数の空間投影式ウィンドウが展開され、海鳴市全域の監視カメラの映す映像を表示していた。

 ただ単に表示されているのではなく、特定個人の人相データを探索している。フィルタに引っ掛かった映像を、エイミィは一つ一つチェックしていた。

「う~ん……中々引っかからないなぁ……」

 フェイトの代わりにナンバーズⅤのチンクを捜索していた。

 まずは転送の痕跡を探したが、それは隣町で簡単に見つかった。ダミーだったのかそれとも移動した後なのかは解らなかったが、ともかく隣町から海鳴までの範囲で監視カメラなどのセキュリティに侵入し、データを掠め取りながらフィルタリングを施し、網に引っ掛かったデータを洗っていた。

 だが、どれも似ているレベルで、本人と特定するには至っていない。

「はぁ……そもそも本当に居るのかすら定かじゃないのに……。まぁ、フェイトに面倒を押し付けたからやるけどさ」

 ぶちぶち言いながら眼と手は停まらない。

「あぁ~……――んっ?」

『合致率99.99%』

「お、お、おぉ~!?」

 ある映像で合致率が限りなく100%に近い数値を弾き出した。

「こいつかぁ?」

 表示されたのは白髪にも見える長い銀髪をした隻眼の十代前半から半ばぐらいの少女だ。傍らには薄紫の髪をした一桁後半から十代前半の少女を連れ居ていた。

「片方は該当無しだけど……、これは……」

 コンソールを操作し、資料データと多角度から照合する。

『合致率80、92、96、98、99、99.92、99.97、99.99、100%』

「よっしゃぁ! 見つけたぁ!!」

 思わずガッツポーズ。子供たちが居なくてよかった。

 ついに、エイミィは辿り着いた。

「エイミィ、どうしたの?」

「アルフ~♪ 見つけたよ、あの指名手配犯~♪」

「えっ? ホント!?」

 丁度様子を見に来たアルフは驚いた捜索開始から1日経っていない。どれだけの引きの強さなんだか。

「あれまぁ……ホントに地球に居たんだねぇ」

「みたいだね」

「それで、この……ちんく? って、今何処に居るのさ?」

「ん~……。これが海鳴駅近くのビルの監視カメラの映像で、三十分前のもので――。今は……。あ、隣町で見つけた! あれ? 誰か男の人が居る? あ、さっきのにも映ってるね。空気みたいだったから気付かなかったのか。

 ん? んん? んんん!? この男って――」

「一人でブツブツと……。それで、何なのさ」

「いや、この一緒に映ってる男って、あの人じゃない?」

「え? 一体誰だって――」

 二人揃って固まった。予想外の男の横顔が映ったからだ。

「これ……一夜じゃないか!」

「あ、やっぱり?」

 チンクと一緒に映っていた男は、最上一夜だった。

「これは、面倒かな?」

「間違いなく、面倒だよ」

 アルフが渋い顔をする。フェイトにどう伝えるか考えているのだ。

「ただいま~」

「あ! フェイトが帰ってきた!?」

 玄関からフェイトの声が聞こえた。

「「お帰り~♪」」

 カレルとリエラが出迎えた。

「ただいま。アルフとエイミィは?」

「あっちで何かしてるよ」

「一杯の画面と睨めっこしてるの」

 二人の答えを聞いて、フェイトはエイミィたちが居る部屋に向かう。

「どう?」

「あ~、うん。結果は出たんだけど……」

「え? もう?」

「ま、まぁ、このエイミィさんに掛かればこのぐらい――」

「単に引きが強いだけじゃないか。

 その事なんだけど、お茶でも飲みながら、ね。フェイト」

 歯切れが悪い二人の様子に、フェイトは引っ掛かるものを感じたが、折角一夜が作ってくれたケーキとクッキーがあるのだ。お茶をしながら話を聞いてもいいかと思った。

「お土産もあるし、お茶しながらでもいいけど……?」

「じゃぁそうしよう! フェイトは居間に居て!」

「え? あ、うん……」

 アルフが部屋を出て行く。エイミィは部屋の機材の電源を落としていた。必要なデータはこの家のサーバに転送済みだ。

「ほら、行こう。フェイト」

「解ったよ」

 エイミィと一緒に居間に行くと、カレルとリエラがソファに座っていた。

「ねぇ、その箱なぁに?」

「甘い匂いがするの~」

 子供たちはフェイトが持っているお菓子の匂いに釣られていたようだ。

「これはね、ある人が皆に――って、くれた物なんだ。ケーキだから、アルフがお茶を持ってきたら食べようね」

「「は~い」」

 素直な子供たちだ。

「え? それケーキだったの? 早く言ってよ~♪ というより、早く出してぇ~♪」

 素直な大人は媚び媚びだった。

「もう、エイミィったら……」

 苦笑するフェイトに、涎を垂らしそうなエイミィ。

「はい、紅茶が入ったよ~」

 アルフがタイミングよく紅茶を運んできた。

「あれ? 煎茶じゃないんだ」

「生クリームの匂いが鼻に突いたからね。洋菓子なら紅茶だろう?」

「さっすが。ナイス采配!」

 テーブルに紅茶が並べられる。

 そして、その中央でケーキの箱が開けられた。

「……? ショートケーキ、だよね」

「ショートケーキ、だね」

「ショートケーキ以外に見えないねぇ」

「「ショートケーキだ~♪」」

 反応はマチマチだったが、子供たちは喜んでいた。箱の中に六つに切り分けられたケーキがワンホール入っていた。見てくれは何の変哲も無いイチゴのショートケーキ。

「まぁ、食べてみようか」

「そうだね」

 エイミィとフェイトが手をつけた。

「……」

「……」

「どうしたんだい? 二人とも――」

 一口食べたきり、固まってしまった二人に、思わずアルフが声を掛ける。

「――上手く言えない。でも、これ美味しいよ」

「うん。スポンジの間にも生クリームとベリー系が何種類か入ってるね。酸味と甘みと、丁度良い」

 ホクホク顔でケーキを食べるフェイト。しかし、エイミィは渋い顔をしていた。

「どうしたのさ?」

「この味は初めて食べる味……。このあたりの洋菓子店は制覇してるはずなのに。翠屋のっぽいけど、微妙に違う」

「へぇ、どれ……ん、確かに。でも、アタシはこの味知ってるような気がするよ」

「それはそうだよ。だってこれ、翠屋の材料で一夜さんが作ってくれたものだから」

 フェイトの一言で固まるアルフとエイミィ。言わなければいけない事を思い出してしまった。

「あ、あのさ、フェイト? 一夜はどうだった?」

「え? どうだったって……言われた通り無かったことにしてもらったよ?」

「いや、さ……。変わってなかったかい?」

「昔のまま、だと思うよ。少し話した感じじゃ、変わってなかった」

 フェイトの答えに、アルフがガッカリする。その様子を不信に思ったフェイトだったが、エイミィが何も言わず、フォークを銜えたまま向けてきたディスプレイを見て愕然とした。

「……エイミィ、嘘、だよね……?」

「加工無し、ほんの十分前の映像だよ」

「そんな――」

 フェイトの前に向けられたのは、チンクと歩く一夜と少女の映像だった。



[13195] 二十六話 チンクの疑惑 不穏な空気
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c55c251c
Date: 2010/02/02 01:44
 トントントン――。包丁が規則正しくまな板を叩く音がする。食事の準備をしているのは一夜。

 パソコンの前に座り、キーボードをカタカタカタとタイプしているシルヴィア。

 ソファに凭れ掛りすっかり腑抜けた顔でボーっとしているように見えるチンク。

(フレームの破損が自己修復されないな……。多少は改善されてもいいと思うのだが)

 自律稼動する兵器として、破損・故障はある程度、当該の機体が対処するか、対処する手段を確保していることが必要になる。

 チンクなどナンバーズは前者後者の両方が準備されていた。

 前者は生体の再生機能を模した自己修復機能、後者は施設の調整槽での修理だ。

 後者は現在使用不能、前者に期待していたチンクだったが、破損の程度が酷く、自己修復機能でのリカバリーは出来ないようだ。

「もう少し待っててくださいね~」

「……うん~」

「……ああ」

 一夜の言葉に生返事が二つ。

 パソコンの画面と睨めっこをしているシルヴィアは、一体何をしているのか。

 チンクは破損が直らない現状でこれから先どうしたものかと思案中。

 ここの時間は非常にゆっくり流れていた。

「時に一夜、一体何を作っているんだ?」

「今ですか? 夕飯用のカレーですけど」

「今からか? というようり昼食はどうした?」

「昼食はもう殆ど出来てますよ。麻婆豆腐ですから、あと少ししたら火を止めるだけです」

 二つあるコンロの一つには寸胴と見間違う鍋が、もう一つには湯気の立っているフライパンがあった。

「……フライパンで麻婆豆腐か?」

「作れるんですよ。っていうか、一般家庭に中華鍋があると思うんですか?」

 一夜の正論。普通の家庭に中華鍋はまず無いだろう。そうなれば代用品はフライパンになるだろう。

 言いながら、一夜はフライパンの方の火を止めた。

「さて、完成です。

 シルヴィ、お昼だよ」

「――うん」

 シルヴィアはキーボードから手を離し、モニターから視線を外した。

「さっきから何をしてたんだ?」

「んきゅ? 調べ物~。でも、何だかパソコン使ってると少し頭が痛くなるんだ」

「何?」

 チンクの眼が細くなる。

(コンピュータを使って頭痛だと? いや、まさかな。今更だ)

 頭痛ということでチンクの脳裏にスカリエッティの影がチラついた。しかし、ここまで「シルヴィア」として成長しているのだ、今更ジェイル=スカリエッティの人格が浮かぶことは考え辛い。

 一夜はチンクとシルヴィアが会話している間に、昼食の準備を終えていた。

「ごはんはこれね。麻婆豆腐は好きなだけ自分で取ってね」

「うん♪」

「ああ」

 大皿に大量に盛られた麻婆豆腐。昨日までの二人の食事量を見越して作られたものだったが――。

「うぎゅ……もう食べられない……」

「うん、十分だ」

 半分ほどが無くなった所でシルヴィアとチンクはギブアップになった。

(食事量が減った? 二人の中で何かが変わったのかな? まぁ、いいか。このぐらいなら何とか一人で消化できるし)

 半分残っている麻婆豆腐をがつがつとかき込む。見た目も実際も細い一夜だが、食事量は多い方だった。ただ、普段は必要以上に噛んで誤魔化しているに過ぎない。

 だから、多く食べるときは一気に流し込むのだ。ゆっくり時間を掛けて食べるのは愚策だ。咀嚼回数が増えれば増えるほど満腹中枢が信号を出してしまう。

 その様子を、チンクがぽかんとした表情で見ていた。

「ん? 何か?」

「あ、いや……。一夜はそんなに食べていた記憶が無かったからな」

「普段はそんなに食べませんよ。まぁ、特技の一つです」

 そうして二分ほどで食べつくしていた。

「ご馳走様でした。

 さて、洗物片付けますね」

 一息つくこともなく、一夜は洗物を始める。時間を置くと汚れが落ちにくくなると持論があるからだが、食事の後に休憩もせずよく動けるものだ。

「私、もう少し調べ物してるね」

「長時間モニターを見るなら、時々休憩するようにね」

「うん」

 シルヴィアはまたパソコンの前に座り、何やら操作し始めた。

 チンクは立ち上がり、一夜の側に行った。

「一夜」

「ん? 何ですか?」

 突然声をかけられたというのに、一夜は慌てなかった。

「何か、私に手伝えることは無いか?」

「……。さっきの麻婆豆腐に何か嫌いな物でも入ってましたか?」

「いや、そんな事は無いぞ。

 何だ? 何故そんな事を聞く?」

 今まで助力の申し出などしたことの無い者が突然の申し出をしてくれば何かを疑うのは定石では無いだろうか。少なくとも、一夜の中では定番になっている。

「……あれか? 私が手伝う等と言うのは可笑しいと言うのか?」

「今までそんな事言わなかったじゃないですか。突然言われれば何かを疑うものです」

 苦笑を浮かべる一夜を見て、チンクは今更ながらに思った。

(そういわれても仕方が無いか……。今までの私は余裕が無さ過ぎたからな。状況が多少安定し、少し周囲を見れるようになってみれば、一夜には無償の奉仕ばかりをさせていた。私は何も返せていない)

 もっとも、返せるものがあるのかといえば、殆ど何も無いと言わざるを得ないわけだが。単純労力か、それとも――。

「というようなことを言っている間に、洗物終了です」

「なに……。何故そんなに手際がいいんだ……?」

「慣れですよね。反復練習に勝るものは無いです。あとはちょっとしたアレンジですかね」

 言うのは簡単だが、単純作業の反復と効率化を行うのは面倒だ。単純であるが故に、そこから更に変化を与えるのは逆に手間になることが多い。

「……本当に器用だな、一夜は」

「このぐらい誰でも出来ますよ。相応に時間を掛ければ、という前提が付きますけど」

「出来れば誰も苦労をしないんだがな」

「だから、前提を付けたんです――」

「一夜~。ちょっと来て~」

 そこへシルヴィアから声が掛かる。

「どうかした?」

「これどういう意味?」

 画面を指差すシルヴィアに、近づいていった一夜はそこを見て答える。

「何を見て――、自動拳銃の仕組み? 妙なとこ見てるね。まぁいいか。

 で、パウダー? ああ、ガンパウダーね。これは弾丸を飛ばすために薬莢に充填する炸薬だよ。今は無煙火薬を使うね」

「じゃぁ、これは?」

「ライフルリングは銃身内に刻んである螺旋の溝だよ。これで弾丸に溝を刻んで回転を与えて、弾道を安定させるんだ。その辺の理屈は、下にあるリンクで飛んだところを見れば解るんじゃないかな」

 一夜には無駄な知識も多かった。

(むぅ、本当に何だろうか……。この微妙な感情は?)

 眉を顰めるチンク。自分との会話をあっさり打ち切られ、シルヴィアの方へ行ってしまった一夜に対し、この手の感情を感じることが多くなったような気がした。

(何だか、ささくれ立っているのか? いや、違うようでもある……。ふぅ、解らないな)

「今度は刀の鍛造方法? 本当に何でこんなものを――。

 ああ、玉鋼っていうのは、タタラ製鉄法で精製された高純度の鉄片のことだよ。日本刀はこの玉鋼を使って作るんだ。芯は低炭素の柔軟な鉄で、切り刃をつける外皮は高炭素の硬い鉄。この構造は他の国じゃ見られないね」

 雑学どころか無駄すぎる知識だ。

「ん~、こういうものって簡単に作れるの?」

「え? あ~、設備さえあれば真似事は出来るよ。本格的なことは技術が無いとね。

あ、さすがにこんなの作る技術は持って無いからね」

「うきゅ、そっか」

 詰まらなさそうになるシルヴィア。

「急にどうしたの?」

 変に思った一夜が聞いた。

 子供の興味関心は移ろいやすいものだと解っていても、この極端な情報の検索は引っ掛かった。

「ん~、何か武器とか兵器とか、調べなきゃいけないような気がしたの。後は、生物学とか――」

 シルヴィアの答えに、チンクは表情を強張らせた。

(……待て、それは――)

 スカリエッティの意識が侵食を開始したのだろうか。やはり、シルヴィアの脳内にはDr.の意識が存在しているのだろうか。

(警戒しないと駄目か?)

 チンクはこれから少々気を付けてシルヴィアを見ることにした。




 ある一室で、フェイトは通信用のウィンドウを開いていた。

「うん、目標は見つけたんだけど……97管理外世界の現地人が匿ってるみたいなんだ」

『それはアカンなぁ……。説得できそうなんか?』

「現地人って、最上一夜さんなんだよ」

『一夜の兄ちゃんか? また難儀な相手やな。説得は難しいか』

 通信の相手は八神はやてだ。彼女をして難儀といわせるほど、一夜の相手は面倒ということだ。

『仕方ないなぁ。武力行使も視野に入れて上にバレへんように誰か派遣するわ。悠長に構えてる余裕は、今は無いからなぁ』

「私だけで何とか出来ればよかったんだけど、目標の確保と同時に一夜さんの相手は出来ないから」
『ま、世の中都合良くはいかへんからな。ともかく、応援が到着するまで待ってて
な』

「うん、解った。監視と追跡だけエイミィにばっちりやってもらうよ」

『あんまり派手にセキュリティシステムにハッキング仕掛けたらアカンよ。そこは管理外世界なんやから』

「大丈夫。その辺の匙加減は慣れたものみたいだから」

『……エイミィにも、査察受けてもらおかな……。

まぁ、今回はええわ。それじゃ』

「宜しくね」

 通話が終了。ウィンドウが消失する。

「ふぅ……。大事になってきたなぁ」

 予想外の展開に、フェイトは辟易し始めていた。



[13195] 二十七話 定番のサービス、これはお約束 間幕6 魔王蠢動
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c55c251c
Date: 2010/02/16 23:12
 同居人が増え、若干の息苦しさも感じていた一夜は、風呂場にてパーソナルスペースを築き、湯船に浸かりながら束の間の孤独を満喫していた。

「ふぃ~……」

 他人にと一緒に居て気疲れしないなどまずない。余程気心が知れているか、何か特別な理由がある場合を除いて。

「あ~……。参った。参ったなぁ~」

 ピタンと額を右手で叩いて、緩い顔をする。とても何かに参っているようには見えない。

「チンクさんもシルヴィも可愛いんだよなぁ」

 ……。

 何ともくだらない事だった。頭の中が桃色になっているようだ。

「あ~、俺の理性は何時まで保つのか」

 ここまで好い人のままやってきているが、色々揺らぎかけているようだ。

「ま、何かを楯に迫るような無粋な真似だけはしないようにしないとなぁ」

 どうやらその程度のプライドはあるようだ。

「さて、そろそろ出るか――」

「一夜~」

「こら、そんな急に――」

 ガラッと引き戸が開き、そこにはバスタオルを巻いただけのチンクとシルヴィアがいた。全裸ではなかっただけマシだろう。

「ぶはっ!?」

 しかし、バスタオルが小さめだったのか、二人とも隠れてはいるものの上も下もギリギリのラインだ。

「ちょ、ちょっと二人とも何してるんだろうなーー!?」

 言葉が物凄く可笑しくなっている一夜だった。

「んきゅ? 一夜の背中を流そうって、ね?」

「ああ。世話になりっぱなしだからな。そのぐらいはしても罰は当たらないだろう?」

 立派に筋の通った行動のようだが、チンクは一夜の性癖を忘れているのか意図的に無視しているのか、あるいはそれらを踏まえた上で狙っているのか。

「まぁ、出て来い。磨いてやる」

「ピカピカにしてやる~♪」

「いや、無理! 出れないから!!」

 ごく一部が現金にも著しい反応を示している状態で、二人の前には出れなかった。

(このチラリズムは――勘弁してくださいっ!!)

 一夜の反応に、とても不思議そうな顔をするシルヴィア。チンクは始め怪訝そうな顔をしていたが、途中から自分とシルヴィアの格好を見直し、何か納得したようだ。

「あ~……少し失敗したか。済まないな、一夜の性癖を忘れていた」

「解ったら出て行ってください!」

「え~? 折角来たのに~」

 シルヴィアがクロい笑顔を浮かべている。

「またと無いチャンスなんじゃないかな~?」

「シルヴィ……まさか……?」

「んきゅ? なに~♪」

 どうやらシルヴィアに気付かれたらしい。

「ねぇ~、出てきたら~?」

「くぬっ……」

(心頭滅却すれば火もまた涼し、1,3,5,7,11,13,17,23――)

 必死に関係ないことを考え、下半身に集まった血液を散らそうとする。

「一夜が出てこないなら――」

 ぐっとシルヴィアの身体が沈み込む。一夜とチンクはその動きに即座に反応した。

 濡れた風呂場の床が、如何に滑りやすいのかを知らないシルヴィアの恐るべき行為に対する行動だ。

「あうっ!?」

 足を動かした瞬間、二人が予想したとおりにシルヴィアは足を滑らせた。

「うぎゅっ!?」

「間一髪だな」

「セーフ、ですね」

 チンクが浴槽の縁に右足を乗せ身体を固定し、左手でシルヴィアの首を掴んでいた。

 一夜は浴槽から身を乗り出し、シルヴィアの両脇に両手を差し込んでいた。

「ぐ、ぐるじいよぉ」

「少しそのままで反省しろ。今のは危険すぎるぞ」

「そうだね。もしも、俺もチンクさんも間に合わなかったら顔面に大怪我だったよ」

「あう、うきゅ……」

 二人に言われ、さすがに意気消沈したシルヴィア。

 一夜の方も肝が冷えたためか、下半身の方も大人しくなった様だ。

「無理されると困るからね、大人しく出るよ」

 一夜が立ち上がる。自然とシルヴィアは持ち上げられる形になる。チンクは既に手を離していた。

(平常に戻ったのか。まぁ、一般人にしてはさっきの動きは中々だったし、な。余程集中したのだろう、煩悩も散るか)

「さて、それでは一夜を洗うとするか」

 チンクが何気なく言うが、一夜としては無かった事にしておきたかった二人の目的だった。今も後一言シルヴィアに注意をして風呂から上がるつもりだった。

「……え、本気なんですか?」

「で、なければこんな格好はしないと思うが?」

「本気だよ~」

 がしっと右手を掴まれた一夜。チンクの握力は一夜の腕力などでは振りほどけるものではなかった。

「ま、観念しておけ。ささやかな恩返しだ」

 恩返しで観念しなければならないとはどういうことか。しかし、物理的に抗えない状態に既になっている一夜は、観念するしかなかった。

「勘弁してくださいよ」

「諦めろ~♪」

 調子を取り戻したらしいシルヴィアもチンクに乗る。

 結局、一夜は生き地獄を味わうことになった。





 時空管理局本局。

 食堂にて八神はやては悩んでいた。

「ん~……誰にするかなぁ?」

「何を悩んでるです?」

 脇に居たリィンフォースⅡ(ツヴァイ)が尋ねる。

「地球に誰を派遣するんがええかなぁって。手が空いてないのは誰も一緒なんやけど、近接はまぁ置いといて、砲撃や射撃、それも誘導型が使えて、バインドも勿論完璧、できれば結界も張れる様な人材がええんやけど」

「そこまで万能な魔導師なんていないですよ」

「せやなぁ……。でも、メインや無くてサポートやからなぁ。フェイトちゃんのサポートならティアナ辺りが無難かなぁ?」

 近接戦闘タイプのエリオとスバルは最初の時点で論外。同様に近接メインのシグナムが外れる。召還が主な戦闘方法で補助系のキャロも候補外。次点で近接から射撃は行えるヴィータ。シャマルはJS事件で負傷した魔導師たちの治療でてんてこ舞い。ザフィーラは再入院中。

 敢えて一人省いているが、やはりティアナが最有力だろう。

「さて、それじゃティアナに――」

 連絡をしようとしたところで、近づいてくる人影に気付いた。

「はやてちゃん、何してるの?」

「なのはちゃん……。い、いや、何でもないんよ」

 開きかけたウィンドウを慌てて閉じる。

(しまったぁ……。なのはちゃんが居るとは思わんかった)

 はやてはとある事情からチンク発見に伴う執務官補佐になのはを派遣するわけにはいかなかった。だが、なのはが聞けば自分が行くと強固に主張するだろう。それは他の誰にも譲らないほどに。

 その理由も、過去の事件で知っているが故に、言い出されたらはやてには止められない。

 だから、知られてはならない。

「な、なのはちゃんこそどうしたん? 地上の復興に助力してるはずじゃ?」

「それなんだけどね、ちょっと地球に行ってくるよ」

「な、何やてっ!?」

 そこで、なのはは暗い笑顔を見せた。

「やっぱり、はやてちゃん知ってたんだね。逃走中のナンバーズが見つかったこと」

「なのはちゃんこそ何で? 何で知ってるん!?」

「私もね、色々と仕込んでるんだよ。これはそこから拾った情報なの。

 このネタ、私が流すと思った?」

「……思わへんよ。だからなのはちゃんには連絡しなかったんや」

 苦虫を噛み潰したようなはやての表情。一番知られたくない相手に知られてしまった。

「そう。でもいいよ。はやてちゃんは許可だけ出して」

「……。ここでダメやって言うても無駄やろ。他にも手ぇ回してるんやろうからな」

 はやては諦めた。執務官補佐として地球へ向かう事に許可を出す。

「ただ、条件を一つ付けるよ。リィンを連れて行くことや」

「ふぇっ!?」

 この条件はツヴァイにお目付け役をやらせるためだ。

「は、は、は、はやてちゃん!?」

「何や? 問題無いやろ」

「む、無理ですよぉ! 私単体で出来ることなんてそんなに無いんですよ!?」

「リィン、しっかり『観て』くるんや」

 はやての視線が鋭くツヴァイを貫く。そこでようやく言葉の意味に気付いたようだ。小さく頷く。

「……。話は纏まったかな? なら今から出るよ。準備は出来てるから」

「『無茶』はせぇへんようにな」

 踵を返したなのははもう振り返らず、左手を挙げて答えた。最も、それがアテにならないことは重々承知していた。だからはやてはツヴァイを同行させたのだ。

 去っていくなのはに置いて行かれない様にツヴァイも飛んでいく。

 はやては通信用ウィンドウを開き、フェイトに繋ぐ。

「ごめんなぁ、なのはちゃんに知られてもうた。今からそっちに向かったわ」

『えっ? なのはが来るの!? だ、誰か広域結界を張れる人も寄越して!!』

 フェイトがかなり慌てる。一番派遣されては困る人材が手配されたからだ。

「リィンも同行させた。大丈夫や」

『穏便に、は、無理だね』

「なのはちゃんやからなぁ。相手が単なる違反者ならよかったんやけど……。『テロ』関連の罪状持ちやからなぁ」

 二人が諦め顔になる。

 事、テロや騒乱の罪状持ちには、なのはは――。

『でも、仕方ない、ね』

「せやな。

 まぁ、フェイトちゃんには悪いけど、被害は最小限で頼むで」

『出来る限り頑張るよ』

 精彩を少し欠いたフェイトが、疲れた笑顔を浮かべる。そこで通信を切った。

 ウィンドウが消え、はやては額に手を当ててため息を一つ。

「あ~、バックアップの準備せんとな」

 立ち上がり、歩き出す。向かう先はリンディの所だ。



[13195] 二十八話 過去の悪夢、生まれた余裕 間幕7 管理局の足音と張られた網
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/02/21 22:38


 一夜の寝相が乱れる。

「……ちっ」

 一夜が起き出した。

「あ~……厭な夢」

 どうやら悪夢で起きたらしい。

 そのまま二人を起こさないように抜け出し、煙草と携帯灰皿を手にして外に出た。

 そして、ビートのボンネットに腰を下ろし、煙草に火をつける。

 周囲に漂うのは強いヴァニラの香り。一夜が口に銜えている煙草の名は「ARK ROYAL」と言う。着香系の煙草でタール値18mg、ニコチン値1.4mgという通常販売されている煙草の中でも重い部類の代物だ。吸い慣れない者が吸えば一口二口で気分が悪くなるだろう。

 しかし、一夜はその煙を深く吸い込み、紫煙を吐いていた。

「懐かしい面々に最近遭遇しすぎたかな。今更学生時代を夢に見るなんてなぁ」

 悪夢の内容は学生時代の記憶だったようだ。一体どんな黒歴史だったのやら。

「一夜? どうした、こんな夜更けに」

「チンクさん?」

 湿気た顔で煙草を吹かしていた一夜に、起こされたのかチンクが現れ声を掛けた。

「それに、煙草か? 一夜は吸う人間だったのか」

「ああ、あんまり吸わないんですけどね。ちょっと夢見が悪くって」

 拙い所を見られたような表情をして、一夜は短くなった煙草を消して灰皿に入れて密封した。

「煙草は安定剤代わりか」

「一時期はそのせいでヘビースモーカーになったこともありますけどね。ま、コレはもうそんな重要なものじゃないんですけど。

 それで、起こしちゃいましたか?」

「人一倍、気配の類には敏感でな。まぁ、気にするな。

 それで? こんな寒空であまり吸わない煙草を吸いたくなるような夢とは何だ?」

 何気なく問われ、一夜は答えに詰まった。

「いや、ん~、昔の話ですよ。

 小学とか中学とか、高校の一年の時とか、その頃は自分の性質について理解が足らなくって、自分も含め周りの失望とかがキツかった時期がありまして。まぁ、その頃のダイジェストみたいなものを見たようで」

 確かに一夜の『器用貧乏』は厄介な性質だ。覚えが早い分、始めの内は期待されるだろうが、その後で簡単に失望される。だから、忍たちが一夜と知り合った頃はやさぐれ、恭也に近い雰囲気を放っていた。

「まぁ、理解してからは適当に付き合うようになったのでもう差ほどでもないんですがね」

「そうか。まぁ、生まれ付いての性質はどうしようもないからな」

(私のようなものは特に、な)

 チンクもそう言った意味では似たようなものだ。能力を始めから限定され、機能特化されている。それは自身で望んだ結果ではなく、そう在る様に造られたからだ。

 もっとも、チンクの場合は自分の在り様を端から理解していたので、一夜のような葛藤も何も無かったわけだが。

「さて、眼が完全に覚める前にもう一回寝ますか」

「そうだな」

 二人で寝室に戻ると、シルヴィアが泣いていた。

「ふ、二人とも、何処行ってたのぉ~……」

 どうやらシルヴィアも目を覚ましたらしく、その時二人が揃っていないことに気付き、不安と寂しさで泣いていた様だ。

「ああ、ごめんね。何処にも行かないから」

「済まなかったな、まさか起きるとは思わなかったんだ」

 二人でシルヴィアを抱きしめて宥める。

「うきゅ……」

 シルヴィアはようやく落ち着き、また眠った。

 二人とも離れようとしたら、シルヴィアが二人の服の端を握り締めていた。

 一夜とチンクはお互いの顔を見合わせ、苦笑してそのまま倒れこみ眠ることにした。

 今度は、悪夢を観ずに済みそうだ。




 朝、一夜が眼を覚ました。

「……あれ?」

 今日も今日とて驚いた。

「チンクさん、起きてます?」

「……ああ、今起きた」

 チンクも眼を開き、やはり驚いた。

 最早恒例行事のような感じになっている。

「止まりました、ね」

「そのようだな」

 二人の間には、夕べと変わらない姿のシルヴィアが居た。どうやら急成長は止まったらしい。

「まぁ、止まったのはいいんですけど……」

「一夜にとっては悩みどころか?」

 からかう様な口調でチンクが小さく笑う。

 笑われても仕方ないだろう。一夜の性癖を考えれば。

「む、まぁいいです。

 今日はどうしましょうか?」

「ようやく気持ちに余裕も出てきたしな、少し街をゆっくり歩いてみたいな」

 一夜の問い掛けに、チンクは何とも普通な答えを返した。だが、その普通な答えが言えるほどに、本人が言ったように精神的な余裕が出てきたと言うことだろう。

「今までは慌ただし過ぎたからな、一夜の休みも残り少ないし、ゆっくりするのもいいだろう?」

「そうですね。

 海鳴は景色の良い所がありますから海鳴に出ましょう」

「ああ、任せる」

 一夜の答えに、チンクは初めて一夜に穏やかな笑顔を見せた。




 寒風吹き荒ぶ早朝に、コートとマフラーで防寒した高町なのはが居た。

 場所は海鳴市街のビルの屋上。

 風でコートの裾やマフラーの端、サイドポニーがはためく、なびく。

「……」

『Wide area search Complete』

「海鳴には居ないね、隣町か……」

「うう、さ、寒いですぅ」

 なのはの胸元で待機モードのレイジングハートが告げる。なのはは結果を聞かずして目標が海鳴に居ないと断定する。

 なのはの脇にはツヴァイが浮かんでいるが、スカートの制服では寒いのか、肩を抱いてガタガタと震えている。

「なのはさん、もう少し待たないと動かないと思うですよ~」

 時間はAM6:25 確かに早すぎる。

「動くのを待つ義理も無いんだけど? さっさと捕縛して連行すれば話は早いよ」

「ここの捜査権はフェイトさんが持ってるです。私たちは補佐ですよ、単独行動は慎んでください」

 そう、あくまでなのはとツヴァイはフェイトの応援、執務官補佐と言う名目で地球に来ている。フェイトを無視して単独行動を起こすことは業務命令違反に該当する。

「リィンも小五月蝿くなったね。

 解ったよ、まずはフェイトちゃんに連絡を取るよ」

 なのはは面倒くさそうに通信用ウィンドウを開いた。即座にフェイトに繋ぐ。

「フェイトちゃん、おはよう。

 起きてた?」

『なのはがこっちに来るってはやてから連絡を貰ってたから、一応ね。

 こんな時間から動くとは思ってなかったけど」

「事態は迅速にケリをつける必要があると思うよ。テロリストなんて野放しにしておいていい筈が無いもの。

 フェイトちゃんもだけど、気長に構えすぎじゃないかな?」

『目標は最上一夜と行動を共にしている状態で、地球に転送されて以来行動を起こしていないよ、確認済み。だからこちらの態勢が整うまで監視だけにしていた』

「最上一夜? 一夜さんと一緒なの?」

 なのはの顔に険が乗る。明らかに不快感を感じているようだ。

 それも仕方が無いだろう。なのはが一番嫌う『テロリスト』と幼い頃に良い思い出を沢山くれた人が一緒にいるという話を聞いてしまえば。

『一夜さんらしいというか、どういう経緯か解らないけど目標と接触しそのまま匿ったみたい』

「……ちっ、面倒ね」

(まぁいいわ。私がやる事は変わらないから)

「それじゃぁ、フェイトちゃんは一夜さんの捕縛と連行をお願いね」

『……え? 待って、なのは。どういうこと?』

 ウィンドウの向こうで困り顔を浮かべるフェイト。事情が飲み込みきれずに消化不良になったツヴァイ。

 二人を見たなのはは、悠然と笑みを浮かべた。

「フェイトちゃん、自分で報告したんでしょう? 『目標は現地人が匿っている』って。それはつまり、逃亡幇助と容疑者の隠匿及び捜査妨害、だよ。一夜さんも、犯罪――」

『なのはっ!!』

「なのはさんっ!!」

 なのはが何を言うのか、ようやく飲み込めたフェイトとツヴァイが、大声を出してなのはの言葉を遮った。

 なのはの言葉は、一夜も犯罪者として連行するという内容だ。これは管理外世界に対する、軽く言って完全な越権行為となる。重く言えば過剰干渉。

「――何かな? 何か問題でもある?」

『自分が何を言っているのか解ってるの!? 私たちには管理外世界の人間に干渉する権限なんて無いんだよ!!』

「そんな事をしたら、仮に目標を確保して帰っても査問会ものですよ!」

 フェイトとツヴァイが揃って声を荒げる。

「この世界からテロを起こされるよりマシだよ。この世界自体のテロ事件発生率は、私たちがこの世界を離れるまでに減少傾向になり、今現在、発生事件におけるテロの発生率は一桁まで落ち着いてる。

 ここで異世界からのテロリストに行動されたら、それこそこの世界で何が起こるか想像したくも無い事態になるかもしれないよ」

 なのはが言外に言っているのは、沈静化した過激派や裏社会の組織が、チンクが行動を起こした際の動きに触発されまた活発になる可能性だ。

「私は、テロリストが本当に嫌いなの。それは、フェイトちゃんはよく知ってるよね」

『身を持って、ね。でも――』

「言いたい事は解ったよ。なら、一夜さんの処遇はフェイトちゃんに一任する。目標は私が『捕縛』するから。それじゃ、話はここまで」

『あ、なの』

 一方的に通信を切った。

「さて、それじゃ目標が動くまで待つよ」

「なのはさん、本当に『捕縛』するですよね?」

「するよ。大丈夫、ちゃんと捕まえるから」

 ツヴァイは、こんななのはを見たことが無かった。いや、正確にははやてからテロリストには容赦が無いことが多いとは聞いていた。なのはの過去にまつわる事柄が理由らしいが、管理局入りする前の事で、起因する要因を特定できなかった。

 事件の救助要請には全力で答え、魔導師としても教導官としても優秀。しかし、テロリストにだけは容赦が無い。

 だからだろうか、ツヴァイが調べた範囲で、なのははできる限りテロリストの捜索や捕縛には回らないよう、わざと遠ざけられていたような節が目立った。特にそれは、なのはが教導隊入りする前に集中していた。

 ツヴァイは、ここにきて自分がなのはにつけられた暴走抑止の首輪のような気がしてきた。だが、それはあまりに脆弱で、簡単に引き千切られてしまう真綿の首輪。

 寒空の下、広域探査魔法を再度展開したなのはは、静かに時を待っていた。



[13195] 二十九話 フェイトとはやての苦悩 完全に巻き込まれた一夜
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c55c251c
Date: 2010/03/01 23:45
「あ、なのは! あっ!?」

 プツンとウィンドウの表示が消えた。一方的に通信を切られてしまったようだ。

「全く、事件にテロが絡むと暴走するんだから……。もう、はやてに連絡して色々手を回さないと危ない気がするよ」

 ぶちぶち言いながら今度ははやてに繋ぐ。

『どうしたん?』

「なのはが単独で目標の確保に向かっちゃったよ。聞く耳はあっても聞き入れる頭が今は無いみたい」

『やっぱりかぁ。そうするとリィンだけが頼みって事になるなぁ』

 はやてもため息が重い。

「リィンに氷結でもさせるの?」

『なのはちゃんには通じないやろ。閉じ込めても砲撃でブチ抜かれるのがオチや。

 やり過ぎないように目標の保護をさせるつもりや。まぁ、多少はストッパーの期待もしてるけど』

「やっぱり事後処理が重要になるかな」

『その辺は一応リンディ提督とレティ提督にフォローをお願いしてきた。二人ともやれる人間やからよっっっっっっっぽど酷いことにならへん限り大丈夫やろ』

「さすが、手回しが早いね。

 でも、そのよっっっっっっっぽどの事をした前歴が――」

『あ~、やめてやめて。聞きたない』

 はやてが耳を両手で塞いで首を左右に振る。

「私たちが着いた時には、目標が襤褸雑巾も同然、って状態だったよね。砲撃型の魔導師がどうやってあんな風に人間をボロボロにしたのか解らなかったけど」

『さすがにそのボロ雑巾を引き摺りながら歩いてくるなのはちゃんには引いたわ。でも、フェイトちゃんもなのはちゃんとガチでやりあった時は結構ボロボロになったんやろ?』

「……思い出したくない。ただ、あの時のなのはは怖かったよ」

 何度も砲撃され、射撃され、最後には殲滅級の超火力魔法の一撃を直撃させられた。フェイトもなのはに強烈な攻撃を掛けていたが、いかんせん一撃の火力が違いすぎた。

「今回は惨事だけは回避したいね」

『せやなぁ。何せ管理外やからなぁ。本当に被害は最小限で頼むで?』

「物理的にも人的にも、努力するよ……」

『それじゃ、こっちでも監視はしとるけど、すぐに対応は出来ないんやから派手にやらんといてな』

「何とか、頑張るよ」

 通信が終了する。

 フェイトはどっと疲れていた。本番はこれからだと言うのに。




 朝食を食べ終え、外出の準備をした一夜たちは、連れ立って電車に乗り込んでいた。

「今日はどうするの?」

「海鳴を散策するよ。時期が時期なら、綺麗な風景が結構多いんだ。今日はその下見だね」

 春になれば桜で満たされる場所、夏なら草木が茂る森林、秋なら紅葉が美しい山々、冬なら凍結する水面が見れる湖畔。

 海鳴は四季折々で、様々な顔を見せるスポットがそれなりに揃っていた。

 自力で移動するのは骨が折れるが、高校時代に隅々まで巡っていた一夜は、それぞれの場所に効率よく行ける交通網も知っていた。

「チンクさんが車か自動二輪の免許を持ってれば、自分たちで行けたんだけどね」

「生憎と、そんなものは持っていないのでな。まぁ、歩きも悪くないだろう」

「うん、歩くの好きだよ。私」

 笑顔を見せるシルヴィアの頭を、一夜は優しくなでる。撫でられるシルヴィアも目を細めて心地良さそうにする。

 旗から見れば仲のいい兄妹か、穿った見方をすれば親子だ。

 だが、どちらも結構無理があることは、一夜の顔立ち、髪や目の色と、シルヴィアの顔立ち、髪や目の色があまりに違うという点ではっきりと解ってしまう。増してや、その脇に居るチンクもまた、二人とは特徴が違いすぎる。

 和気藹々としている内に、電車は海鳴駅に着いた。

 駅のロータリーに出た所で、一夜たちは鬼門と言える二人とばったり遭遇してしまった。

「あれ? 一夜とチンクさん?」

「あ、本当。こんにちは」

 アリサとすずかだ。

「何で二人がこんな時間に……!?」

 大学で講義を受けているはずの時間帯だ。

「何でって、私たちの講義は午後からだし。それまで駅前をふらついてたら変?」

「い、いや、別に変じゃない、ね」

 アリサが腰に手を当てて「何馬鹿なこと言ってんの」みたいに一夜に答える。

「一夜~、誰?」

「え、あ、と……友達の子達だよ」

 足元でアリサとすずかを指差すシルヴィア。一夜はシルヴィアを抱き上げ、若干引きつった顔で答えた。

「一夜? その子誰よ。チンクさんはお腹へっこんでるし」

「あ、う……」

 アリサの突っ込みはキツ過ぎた。まさか、このシルヴィアがチンクが数日前に出産した子だ、などと言って信じてもらえるわけも無く。

 一夜が困った顔でアリサからすずかへ視線をズラすと、すずかは微笑んでいた。

(……? あ! もしかしてすずかちゃんはノエルさんから聞いてる!?)

「アリサちゃん、その子、チンクさんの産んだ子だよ」

「はぁ!? 人間がそんなに早く育つわけ無いじゃない。すずか、寝ぼけてるの?」

「世の中、私たちの知らない不思議っていっぱいあるじゃない。なのはちゃんたちとか」

「う……」

 すずかの言葉に、アリサが押され始めた。

 一夜には全く解らなかったが、二人の間では通じる何かがあるらしい。

(この娘たちは高町なのはの友人か。それも相当親しい間柄。この子達は警戒しないといけないか?)

 チンクの脳裏にそんな思考が走った。若干左目が細くなる。

「ま、まぁまぁ。

 アリサちゃん、この子はシルヴィア。すずかちゃんの言ったとおり、チンクさんが産んだ子だよ」

「信じらんないわねぇ。大体、髪の色から違ってるじゃない」

「その辺は遺伝だ。何も生まれる子供は皆が皆、母親に似るとは限らないだろう」

「それはそうだけど……」

 なにやら本気で納得できていない様子のアリサだった。対してすずかはノエルから話を直に聞いていたのか驚きもせずにジッとシルヴィアを見ていた。

「うきゅ……」

 シルヴィアが一夜の後ろに隠れる。そして自分を見ているすずかをちらりちらりと盗み見る。

「すずかちゃん?」

「……おいしそ――っ!? はい、何ですか?」

 一夜が声を掛けるとはっとして表情を取り繕った。何か狙っていたようだ。

「いや、何だかシルヴィを見る眼がやけにマジだったみたいだから」

「そ、そんなこと無いですよ?

 それで、三人で何処に行くんですか?」

「え? あぁ、海鳴を色々散歩しようと――」

 そこまで喋った所で、一夜とチンク、シルヴィアの姿が消えた。

「「えっ!?」」

 アリサとすずかが驚く。自分たちも、昔に似たような体験をしたからだ。

 すずかが携帯を取り出し、どこかに掛ける。

「もしもしっ! ノエル、何か感知した!?」

『はい。魔力センサーに反応があります。現在、広域結界が展開されている模様です』

「一夜さんたちが取り込まれたみたいなの!!」

『……B装備で出ます。ファリンも同装備で同行させます』

「お願い!」

 通話が終了した。

「すずか?」

「なんでもない、大丈夫……」

 答えたすずかの表情から、とても大丈夫だとは思えなかった。




 海鳴上空に白い服を纏い、硬質金属で作られた杖を持ち、靴から桜色の羽を生やした女性が浮かんでいた。

「そろそろ頃合かな。

 リィン、封時結界を張って。目標の選別はこっちでする」

「りょ、了解です」

 ツヴァイが結界魔法を展開。海鳴市の一部の空間が切り取られ、空間と時間をズラされた閉鎖空間が出来上がった。当然なのはも結界内に居る。

 はるか上空から、特異空間――封時結界(広域結界)――の展開を指示したなのはは、冷たい声音で囁いた。

「レイジングハート、カートリッジロード」

『Load Cartridge.』

 柄の先端下部、取り付けられた弾倉(マガジン)から薬莢が柄の内部に押し込まれ、弾丸ではなく魔力を供給し排出される。

 同時になのはの足元、構える杖――魔法発動補助媒体(デバイス)――に桜色の魔力光によって描かれる魔法陣が展開される。

 キュィィィィ。と、普通の人間なら聞きなれない音が鳴り、デバイス先端に小さい桜色の球体が作られ、膨張を始める。

 その先、チンクを見つめるなのはの瞳は、冷め切っていた。



[13195] 三十話 風雲急、急転直下。フェイトの失敗、意外な再登場?
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/03/06 21:46


 チンクは封時結界が展開された事に気付いた。

(結界魔法! 管理局に気付かれたか!!)

 同時に上空で魔力が高密度に収束されていることも感知する。
上空を仰ぎ見ると、奇妙な色彩に彩られた空が見え、そこに桜色の光が輝いていた。

(……この収束率、魔力量――オーバーSランクだとっ!? 待て、あの魔力光の色……高町なのはかっ!!)

 瞬時に相手の力量を量り、自分の現状と対比する。

(収束完了時の想定魔力量とこちらの防御力の対比は――演算するだけ無駄か。非殺傷設定であったとしても、耐えられて一撃。以降は良くて失神、最悪はショック症状を起こすか)

 収束型・直射型砲撃魔法なら回避可能かもしれないが、誘導制御型に切り替えられたら手詰まりだ。射撃魔法でも同様の事が言える。

「チンク、あれ何……?」

 声をかけられ、自分の一歩後ろにシルヴィアが居る事に気づいた。

(まさか、私と一緒に居たから敵性勢力と見做されたというのか!?)

 少女の姿をしているシルヴィアも油断無く結界内に取り込んだ管理局の魔導師は、一体どういった思考をしているのやら。それに、一夜の姿が消えていた。

(おのれっ! あんな砲撃を喰らったら、魔力はあってもまだ魔法に耐性の無いシルヴィは――!! それに一夜は何処へ行った――いや、外されたか転送されたか!!)

 一夜が居ない理由を即座に判断する。結界展開時に選別されたか、もしくは別座標に強制転送されたのだろう。

 しかし、シルヴィアがここに居る状態は不味い。訓練されてもいない一般人が、突然あんな砲撃魔法を喰らえば、設定に関係なく間違いなく一撃でショック状態に陥る。

「シルヴィ、逃げるぞ!」

「え――」

 シルヴィアを左脇に抱え、チンクは逃走を謀る。現在の状態でもその程度は十分可能だ。

(ちッ! クワットロのシルバーカーテンか、ウェンディのエリアルレイヴのISでもあれば!)

 潜入工作を得意とするチンクだが、破壊工作の方へ能力が固定されている。逃走には不向きと言える。だが、そんな事は関係なく、今は逃げなければならない。

(結界を打ち破るほどの出力に、耐えられるか?)

 自身の基礎フレームは完調とは言いがたい。子供一人を抱えて逃走するだけならともかく、ランブルデトネイターの爆撃のみで結界を破壊できるとも思えない。強引に結界に体を捻じ込んででも破壊しなければ先は無い。

 とどのつまり、上空に陣取られて砲撃や射撃を繰り返されれば、それだけで終わってしまう。

(諦めるのは、終わった後だ!!)

 チンクは結界外縁までジグザグに、時に家屋を飛び越え、駆け抜け、上空の彼女を霍乱しながら奔り抜ける。

「ランブル、デトネイター!!」

 スティンガーを一本、結界に向け出現させ、ISを発動。

 今まで稼いできた運動エネルギーの全てを突き出す右手に集約させ、スティンガーの柄尻を殴り、押し出す。投擲や転移で出現させるよりも高速で弾き出された。

 直に結界面に触れ、爆発。運動エネルギー+爆発力=破壊力という計算式で発生したエネルギーが――。

「――届か、ない――」

 結界を打ち破るには出力が足りなかった。

『ディバイン・バスター!!』

 チンクの聴覚が、冷め切った声で唱えられた、砲撃魔法のトリガーを、聞き取った。

 振り返れば、放たれた桜色の砲撃魔法が、目前に迫ってくる。

「シルヴィ! 逃げろッ!!」

 チンクはシルヴィアを五メートル以上も投擲した。

「チンク!!」

 地面を転がり、上半身を起こしたシルヴィアが叫ぶ。

 チンクはシルヴィアを優しい眼で見ながら、砲撃魔法に直撃された。




 別地点にて、一夜も困った状況に立たされていた。

 突然周囲の人間が消えたと思ったら、目の前には見知った女性。ただ、井出達がいつもと違い、一見コスプレをしたレイヤーかと思う。

(さて、あんまり取り乱さない自分に驚く前に、質問をしないといけないなぁ)

「参ったな。これはどういうことかな?」

「えっと、あの、一夜さんと一緒に居たチンクなんですが、彼女には超広域指名手配が掛かっています。一夜さんにも、彼女の隠匿罪などが――」

「……はは、笑えないね。性質の悪い冗談かな?」

 まだ一夜は冷静に見える。彼女から情報を引き出そうと頭を回しているようだ。

 対峙する彼女――フェイト=T=ハラオウン。バリアジャケットを展開し、アサルトフォームのバルディッシュを持っている。

(説得できるかな……? 出来るといいんだけど、出来ないとちょっと乱暴になっちゃうし……あんまり一夜さん相手にそういうことはしたくないんだけど)

「冗談じゃないんです。

 あの、それで一夜さんには私と同行してもらいたいんですけど」

「詳しく説明してほしいんだけど? 警察の任意同行じゃあるまいし」

 一夜の眼が細まっていく。雰囲気が変わり始める。

「それに、チンクさんが超広域指名手配犯だって? 彼女が何をしたって言うんだ? 事情も解らない状況でまで誰かを簡単に信じられるほど、馬鹿じゃないつもりだ」

(あ~、駄目だ。フェイトちゃんの言葉に思っている以上にイライラしてる。頼むからこれ以上余計なことを言わないでくれ)

 一夜の日和った感じが消失し、刺々しさが現れ始めた。

「彼女にはある国で大規模騒乱罪を始め、幾つかの罪状に――」

「いい加減にしろ!!」

 一夜がキレた。

 裂帛の怒声が辺りの空気ごとフェイトを震撼させる。

(……これ、失敗だね……。こんな一夜さん見たこと無い。
でも、実力行使は――)

 フェイトは自分の説得が失敗したと思った。それも仕方ないだろう。彼女は一夜がキレた所はおろか、怒った姿すら見た事が無かった。こんな大声で怒鳴るなど思いもしなかった。

「チンクさんがそんな事をするか! あの人はそんな事する人じゃない!!」

「……事実です。事実、なんです」

 二人が膠着状態になる。

『Haken Form――Load Cartridge.』

「バルディッシュ!?」

 突如アサルトフォームからハーケンフォームを取ったバルディッシュ・アサルトは、勝手にカートリッジをロードした。

『Currently, the enemy is not persuasive. Then recommend seizure force.』

「なっ!?」

 バルディッシュは、「説得が不可能なら武力制圧しかない」と、言っている。何とも短絡的な思考だ。しかし、ある意味で理には適っている。激昂する相手を封じるには、言を尽くすことに意味が無いのなら、武にて圧倒するほうが遥かに楽だ。

 しかし、しくじったのはフェイトで、立て直さないといけないのもフェイトだ。いきなりここで武力制圧など行えば、一夜の自分に対する――ひいては管理局に対する――心象は最悪の物となりかねない。その後の係わりを絶ってしまえばいいというのであればそれまでの話だが。

 フェイトが逡巡する間に、バルディッシュは一つの結論に達していた。

『Confirmed the loss of the master fight. Priorities and survival, from automatic pilot mode start it.』

「えっ! 何? バルディッシュ、何をするの!?」

 バルディッシュがフェイトの戦意喪失を認識し、実力行使に出た。

「……」

 不穏なものを感じていた一夜は、フェイトが声を掛けるまで動く気は無かったが、動かされた。

「ち、違っ――!?」

 一夜は半身ズラし、頭頂から股間までを唐竹割りにしようとした電撃を纏った刃を、回避していた。

(ちっ、何だ? いきなり斬りかかってくるなんて。どんな国に行ってたんだ? それにこの武器……。漫画やアニメじゃあるまいし、実は某国では実用化されてる~なんて類のレーザーブレードやビームソードじゃねぇだろうな?)

(身体が、勝手に動く!? バルディッシュが動かしてるの!?)

 今度は、刃とは逆の石突で横殴りに一夜の顔面を狙う。

「ふっ!」

 一夜は自分の右腕でその軌道を阻害し、攻撃を止めた。関節のロック、筋肉の瞬間緊張、使える技術は全て投入し瞬間的に身体の強度を倍加する。

(イタッ!! 金属、鍛鉄か? やけに軽く振り回してるからチタンか?)

(硬い!? 人間の身体なのに!!)

「近接戦闘なら、俺にも心得が、ある!」

 昔の杵柄、巻島館長直伝の空手を基本に、高町家に居候していた鳳蓮飛(フォウ=レンフェイ)が使っていた鳳家拳法の一部、高校で鷹城唯子教諭に護身道部の技を、持ち前の器用貧乏で習得していた。

 今の攻撃の受け方は、その習得した技術の総合応用だ。要素は空手と護身道。

 決して鍛え抜かれた肉体と言うわけではないが、武術・武道とは普遍的に後世へ残すために体系化され、効率化され、その為コツを掴めば馴染ませるだけだ。

 一夜の器用はコツを掴む速度、貧乏は伸び代の少なさだ。一定レベル以上にはなれない。

 今の相対距離、零。ならばここから繰り出せる技は――。

「寸掌!」

 一夜の反撃、まともに決まれば連飛が晶を三メートルは吹き飛ばすことが出来る発頸系の掌打。

「あぐっ!」

 フェイトの意思とは無関係に動く身体は、寸掌をバルディッシュの柄で遮り、本体への到達を防いだが、両腕の手首、肘、肩などの関節へ大きな負荷が掛かった。

(――どうなってるの……。一夜さん、普通の人のはずなのに――)

 得意とする超速度移動や、空戦を行っていない上に魔法も使用しない状況で、バルディッシュが勝手に戦っているだけだが、それでも一般人が魔導師に引けを取らない白兵戦を展開している。

『The ban on the use of magic to eliminate the enemy.』

 魔法無しの戦闘では一夜を圧倒できないと演算したのか、魔法を使うことを決定した。

 が、それは遅かった。

「割れろ!」

 追撃行動に出ていた一夜が、またも相対距離零に詰め、打点をそれぞれズラした左右の掌で歪んだバルディッシュの柄を叩き折る勢いで痛打した。

「――う、そ……?」

 フェイトが愕然となる。

 在り得ない事態に脳が思考を停止する。

 バルディッシュの柄が一夜の掌と掌の中間点あたりで罅が入った。中が中空になっているわけでもないのに。

 力学の観点から見れば決して不可能とは言うまい。だが、そこに用いられる衝撃エネルギーは一個の人間が生み出せるはずが無い。あるとすれば一夜の持っている技術と先の一撃で柄の構成金属に金属疲労が溜まり、割れ易くなっていたと言う点の複合結果だろう。

『Recov――』

「もう、何もするな」

 捻られる足先から腰、そしてそれらから集められた力を十分に乗せられた鉄板仕込みの爪先が、バルディッシュ本体を打ち据え、フェイトの手から捥ぎ取り、地面に叩きつけるに至った。

『……The main body was ……The system――』

 本体に大きな罅が入り、バルディッシュはそれきり沈黙した。

「あ……ばる、でぃっしゅ――?」

 へたり込んだフェイトは、通常の時間で行われるには少々早い展開についていけずにいた。機能停止して沈黙したバルディッシュを手に取る。

 在り得ない事態が重なりすぎた。

 一般の非戦闘員による魔導師との近接戦闘。

 同上員によるデバイスの破損。

 同上員によるデバイスの機能停止。

「何で……こんな事……」

「相手が、悪かった、と、思ってくれる? 流石に手加減なんて、出来なかったから」

 荒い息を吐きながら、一夜は冷や汗を拭っていた。普段こんな事をしないツケだ。短期決戦で終わらなければ一夜が確実にやられていた。

「はぁ……煙草なんて手を出すんじゃなかった……」

 明らかな身体能力の低下。特に酷いのは肺活量の減少。ここしばらくこう言った厄介事には係わらないようにしていた一夜だったが、久々に身体に喝を入れ、全力を出したらこの様だ。

「さて、これで落ち着いて話が出来るかな?」

 出来る限り虚勢を張って、一夜はフェイトに話しかけた。

 だが――。

『ディバイン・バスター!!』

 上空から桜色の砲撃魔法が、地上に向けて放たれた。轟音と共に地面が振動する。

「何だ!?」

「なのは……? かなり絞ってる?」

 一夜が振り向き、フェイトは見慣れたディバイン・バスターよりその太さが細いことに気が付いた。

『Reboot. Zamber Form』

「えっ?」

「……あ?」

 一夜が間の抜けた声を出す。

 急にバルディッシュが再起動し、ザンバーフォームを取り一夜の背中を貫いた。刃が胸から生えている。

「洒落に、なってねぇ……」

 痛みも無く血が出ないが、一夜は混乱の極みに陥る。

『Magic power down. Real boot impossible』

 どうやら破損のせいで出力が低下し、魔力刃を実体化出来なかったようだ。

「また、動けない……!!」

 フェイトがまた自分の意志で動けなくなっているようだ。

 そこへ、一つの影が高速接近し、

「ファイエル!」

 バルディッシュの本体を、飛んできた拳が打ち据えた。

『Main body damage. System Err. Err. Main system reset. Set up』

 バルディッシュのメインシステムがまた再起動した。しかし、今度は何か違ったようだ。

「一夜さん、無事ですか?」

 左腕に長大なブレードを装備したノエル=綺堂=エーアリヒカイトが右のロケットパンチを回収し、悠然と装着していた。



[13195] 三十一話 間幕8 裏方の役割
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c55c251c
Date: 2010/04/06 01:15
本局の廊下を足早に進むはやて。

「リンディ提督、指令所ってどこか空いてませんか?」

『そう言われると思って第3指令所を抑えてあります』

「助かります」

『でも、スタッフまでは手配が追いつかなくて』

 そう言われて、はやてはニヤリと笑う。

「そこは心配ご無用です。何とかスケジュールに空きを作れるよう作業の再振り分けをして六課のスタッフをこっちに呼びました。

 と言っても、確保できたのは二人しか居ませんけど」

 歩きながらの会話は少々マナーが悪いが、今は誰も咎めたりしない。

 本来なら、はやても本局に居るわけにはいかない身の上だったが。

「はやてさん、無理してませんか? 顔色が悪いようですよ」

「大丈夫です。今はちょっと我侭を言って地上を離れてるんですから、こっちからでも出来る事はしているだけです。

 まぁ、美容の大敵、睡眠不足になるのは仕方ないかなぁ、と」

 はやてのここ最近の平均睡眠時間は3時間弱だった。一日二日程度ならちょっとだるい程度で済むかもしれないが、そろそろ体調に異常をきたす頃だ。

「私の方は大丈夫ですので。

 それより、お願いしていた方は何とかなりましたか?」

『一通りは、話をつけました。レティの方と合わせて、

 地球への長距離転移ポートの使用許可、経由点無し、結界内への直接転送という限定条件が付いています。コントロール権限ははやてさんに渡します。

 結界内での破損修復技能保有者の確保と派遣準備、これは五人一チームしか動かせませんが。これの出動決定権もはやてさんに。

 医療班とベッド。こちらも救急は空きませんでしたのでシャマルさんを経由して受け入れ態勢を整えてもらう手筈になっています。

 スカリエッティの独房への直通回線の使用許可。パスコードは指令所に転送して置きます。

 デバイスの強制停止コードの使用許可。これも指令所に転送して置きます。

 後、なのはさんがテロリスト捕獲に出るのは久々になりますが、査問会の会場も一応は事前に準備しました。

 その他細々としているものも大体終わりました。頂いたリストに可否を記入して転送して置きますから、目を通してくださいね』

「助かります。

 あ、それと査察官を何人か動かしたいんですけど」

『査察官?』

「はい。何だかエイミィが規定以上の機材を持ち込んでいるようなので、ちょっと調べてもらおうと思いまして」

『……エイミィが、ですか?』

 温和なリンディの声が、トーンダウンした。

『そうですか……。少しばかり目を離しすぎたようですね。クロノも殆ど帰らないことですし。

 解りました。一両日中に手配します』

「お願いします」

 リンディとの通信が切れる。

「ふぅ、リンディ提督たちに頼んどいて良かった。色々と制約がついとるけど、まぁ、仕方ないなぁ」

 はやてが両提督に願い出ていたのは終了後の対策とこれから起こるチンク捕獲時の管制だ。さすがにフェイト一人にまかせっきりと言うわけにはいかなかった。

 六課スタッフの一部も動かせるよう、スケジュールを調整したし、その分の負担もした。

「はぁっ。あかんな、息が切れる。もうそろそろ無理がきかなくなるか」

 ツヴァイを行かせたのが影響している。何だかんだと言って、ツヴァイはきっちりはやての役に立っていたのだ。

「でも、もう少し。もう少しだけ、頑張らな」

 はやてが重くなってきた体で第3指令所に入る。
そこには、コンソールの前に座り、もう作業を始めている二つの人影があった。

「シャーリー、グリフィス君……?」

「準備万端ですよ」

「指令所の調整や各種機能の解放は完了しています。何時でも始められます」

「二人とも、まだ場所は教えて――」

「母から連絡がありました。第3指令所の使用許可を取ったので、先に準備を進めておけと」

 それを聞いたはやては、苦笑しながら髪を掻き揚げる。

「本当にかなわんなぁ。まぁ、二人ともありがとうな。

 さて、それじゃそろそろ始めようか。状況開始や!」

「「はい!」」

 はやてが椅子に座ると複数のウィンドウが立ち上がり、種々様々な情報が表示されていく。

 先ずは申請事項の認可の確認からだ。今回、なのは達をバックアップするために様々な使用権の許可を求めた。はやて自身の階級では申請許可が降りるのに数日以上掛かるものもあったため、リンディやレティなど、提督クラスに代理申請してもらったものも多い。

(現時点で最低限以上に揃ってるな。これなら何とかなりそうや)

「あの、八神部隊長」

「ん? 何や?」

「何故、今回高町一等空尉を派遣したのでしょうか? 彼女は対テロリスト捕獲には向かない筈では?」

「ああ、その事な。

 ん~、あんまり気持ちのいい話やないで?」

「お聞かせ願えますか?」

 淡々と聞いてくるグリフィスに、はやては渋い顔をするが、どうやら彼ははやての判断に納得がいっていない様だ。

「しゃぁないなぁ。

 今回のなのはちゃんの派遣は、打算の結果や。

 一つ、あの時点で他の誰よりも高い任務遂行能力を持っていた。実力以外の要素を具体的に挙げると経験の豊富さ、臨機応変な対応、その他状況に応じた行動の選択力。

 あ、身内の贔屓目は無しや。

 二つ、自ら志願してくるほどの士気の高さ。

 三つ、裏工作も厭わない覚悟。

 四つ、実際にやってのける実行力。

 五つ、こちらが手の内を知っている為に暴走した際も対策を立て易い。

 六つ、単純に手隙の人間が他に居なかった。

 七つ、なのはちゃんの事情が変わっていると知っていたから。

 『以前』のなのはちゃんのままやったら、さすがに派遣しなかったんやけどな。まぁ、事情が変わるなんてのはよくある話や。確認の為にリィンも同行させてるしな。

 以上」

 本当はまだあるのだが、これ以上は機密事項とプライバシーに関わってくる。話せる範囲のギリギリの所だ。

「……。本当にそれだけですか?」

「何や、納得出来ないか?」

「それだけで、捕獲対象を毎回病院送りにするような魔導師を派遣するに至るとは思えません。リィンフォース曹長の同行だけでなく、確実性を増すために、少し手間が掛かっても他に手段はあった筈です」

 それも正論でもある。が、理想論に近い。

 はやては表情を変えず、しかし、内心は少し渋い顔になっていた。

(優秀なんも考えもんやなぁ。しかし、まぁ、こっから先は教えられへん)

「グリフィス君、悪いんやけどそこから先は情報管理レベルAAAの内容が含まれるから、アクセス権限クラスAAA以上の資格が要るんよ。君、持ってないね」

「……確かに、僕はまだクラスAAまでしか所持していません。ですが――」

「管理局局員の個人情報が含まれるんや。

 厳密に言えば管理レベルSSの情報や」

「解りました。これ以上は聞きません。

 作業に戻ります。指示をお願いします」

 案外簡単に引き下がった。

 グリフィスもコンソールの前に向き直った。

(こう言う時は縦割り社会って便利やなぁ。

 まぁ、だからこその欠陥も欠点も多いんやけどな)

「シャーリー、まずはフェイトちゃんを呼び出して」

「了解。メインモニターに回します」

 メインモニターにフェイトがアップで映される。

『……はやて……』

「な、どうしたんや?」

 とても酷い顔をしていた。

『なのはが動き出した。私には一夜さんの処遇を一任してきたよ』

「……一夜さんの処遇を、フェイトちゃんの裁量に任せたってことやな?

 なら、先ずは説得から入ってこの件から手を引いてもらうのが定石なんやけどな……。

 フェイトちゃん、バリアジャケットを展開して、デバイスをスタンバらせて。一夜さんを説得するなら」

『え? 何で』

 ぶつんと、フェイトの映像が切れた。

「何や!?」

「封時結界が展開されました! 通信障害発生中!」

「何でや!? リィンの張った結界なら通信は通る筈や!」

「パラメーターが変更されています……。中継器が無いと繋がりません!」

「っ!」

(結界発生時に何か余計な手が入ったんやな……。リィンが単独で発動すると想定していたのが間違いやったか!

 しかし、管理外世界に中継器なんて――)

「――シャーリー、エイミィに繋いで! あそこになら中継器がある!」

「了解です!」

(早く、早く早く早く! 一分一秒でも惜しい!! もしフェイトちゃんがあの途切れた部分だけで行動したら、無駄に一夜さんを刺激するだけや! それだけは避けないとならん。あの人、キレたら洒落にならんぐらい強いんや!!)

 はやては一夜の見てはいけない一面を知っていた。

 足がまだ完全に治っていなかった時、外出先で数人の不良を相手に立ち回っていた一夜を目撃した。理由は絡まれていたクラスメートを助けるためだったようだが、複数人を相手にしていると言うのにもかかわらず、一夜は短い時間で制圧して退けた。

 フェイトを相手に素手の一般人が勝てるとも思えないが、余計な争いは無用だ。

「まだか!?」

「今繋がります!」

『どうしたの?』

「説明は後や! そこの中継器貸して!!」

『今から起動するけど、電力とかの問題で少し時間が――』

「ええから早く!」



 それから中継器が起動するまでにエイミィに事情を簡単に説明し、ようやく通信が回復したときには一夜とフェイトが戦っていた。

「最悪や……」

「何だ、一般人が魔導師を圧している……?」

 少々呆然としてしまったが、はやては自分のするべきことを思い出した。

「通信は繋がらんのか!?」

「バルディッシュが拒否しているようです! バルディッシュ、スタンドアローンモード……、介入できません!」

「どうなっとるんや!? デバイスのスタンドアローンモードは禁則のはずや!」

 司令室など、外部からの管制が出来なくなるので、原則禁止されている。

「通信が途絶したりデバイスが勝手にモードを切り替えたり、どうなっとるんや……?」

『はははは! 中々面白いことになっているようだな!!』

 哄笑、というより、爆笑が響いた。

「誰や!?」

「外部からのハッキング! メインフレームのセキュリティにバックドア!? ハッキング元は――グリューエン軌道拘置所、ジェイル=スカリエッティの独房です!!」

『くくく、独房のスタンドアローンの端末からそこに繋げるのにはかなり苦労したよ。だが、私も色々と捕まった後の準備もしていたのでね。苦労はするが不可能ではないのだよ』

「油断ならん奴やな。

 それで、わざわざ次は使えなくされる方法で一回こっきりのハッキングを仕掛けてまで、何をしにきたんや?」

『チンクがどうなったか、非常に興味があってね。それと高町なのは、彼女にもね』

「……お前、まさか!」

『ははは! まぁ、続きを見ようじゃないか。フェイト=テスタロッサが予想外に面白いことになっているぞ』

 確かに、中継されるフェイトV.S.一夜の戦闘は、意外な決着を迎えていた。

「んな、アホな……」

 はやては元より、グリフィスもシャーリーも言葉を失った。エイミィも空いた口がふさがらない様子。

 ただ一人、スカリエッティだけが笑っていた。



[13195] 三十二話 なのはの内心 今の状況
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c55c251c
Date: 2010/03/23 22:53


 十分に球体が膨張した。後は放つだけだ。

『Master』

「何?」

 レイジングハートの本体が点滅しながら語りかけてくる。なのはは視線を向けもせず、淡々と聞き返す。

『Are you O.K?』

「問題無いよ」

 即答。

 自身に問題は一点も無いと言う。

「状況も想定範囲内で進行中。

 周囲に影響を出さず目標を結界に隔離できたし、捕捉完了。
 
 違法擦れ擦れの情報収拾や、人員配置に対して強引な割り込み、過去を使った脅迫紛いの手管も使ったけど、それは必要悪。実際、はやてちゃんが使おうとしていたティアナより私の方が適正が高いし、ついでにはやてちゃんが最初から私を候補から外した理由も、ちゃんと解ってるから」

 なのはの脳裏にフラッシュバックする数々の光景。

 戦闘不能状態にされ、連行と同時に病院送りになったその時々の犯罪者たち。

 一番強く覚えているのは、はやてとフェイトが通信の中で出していた、襤褸雑巾のようにまでなった犯罪者の姿。あれはなのはにも明かせない部分があった事件なので様々な部分が報告から抜けている。特に、詳しい戦闘に関するログは一部が丸々欠損している。意図的にレイジングハートのレコーダーを機能不全にしてまで隠蔽した。

 当時、撃墜からの復帰直後のなのははそこまでした後に犯罪者を逮捕する事が多かった。その度に上層部からは厳重注意と罰則、減俸や奉仕活動を命じられ、教導隊に入る前に何度か独房にも入った。精神鑑定、精神科医のカウンセリングと、様々な心因的な治療もあった。

 結局その全てをもってしても骨子を変えられる事は無かったが、リンディやその他の提督たちとの議論、独房でただ流れるだけの時間での自問自答、精神科医との対話、友人たちとの談話。現場で様々な経験を積み、自分の思考に大きな変化を得ていた。

 その結果が教導隊に入る事。行ったのは後続の教育・育成。

「昔は、ただ自分がこの力を振るって誅すればいいなんて思ってた、思い上がってた。私の怒りをぶつけるべきだったのは彼らじゃないのに……。彼らを裁くのは、私じゃない」

『Master?』

 突然に独白を始めたなのはに戸惑う様子のレイジングハート。今まで、なのははこんな事をレイジングハートに言ったりしなかった。

 レイジングハートの様子に、なのはは幾つかの含みを持った苦笑を漏らした。

「久々に海鳴に戻って、感傷でも湧いたかな。それとも、やっぱり決意は変わらないから言葉にしたかったのかな。今まで一回も、誰にも話さなかったのに、ね……。

 解ってるんだ。

 私が怒りをぶつけるべきだったのは、お父さんを殺したこの世界の犯罪組織で、私が任務で捕まえた犯罪者を裁くのは、彼らのせいで何かを失った人たち。私じゃない。

 私は、もうこの世界の犯罪者には手を出せないから、それは奴らを追って戦ってる美沙斗さんに任せた。

 でも、この世界は魔法が周知の技術じゃない。今回の目標は迅速に私たち管理局が捕まえる必要があった。

 だから私は、っ?」

 なのはの視線の先でチンクが結界に穴を空けようとしていた。爆発の規模こそ小さいが、蓄積ダメージは軽視できない。この結界はユーノが張っているわけではない。主と融合することで真価を発揮するユニゾンデバイスのリィンフォースⅡが単体で形成している。ユーノほどの結界強度と持続時間は期待できないだろう。事実、なのはがこんな独り言を言っているのにも関わらず、ツヴァイは無反応だ。

「先ずは目標を無力化するよ。最大出力制限は対魔導師レベル、非殺傷設定の解除は絶対にしない。出来る限り素早く、罪状を増やされる、もしくは結界を破ってこの世界で逃走ついでに暴れられる前に魔力ダメージのみで、ノックアウト。目標は正体不明の女の子を抱えているけど、現状脅威とは思われない。その子には当たらないようギリギリまで砲撃は絞る。できれば目標の胴体幅と同等まで。

 異論は有る?」

『I'm Copy. Master』

 レイジングハートから了解の答えが返ってくる。射撃魔法をレイジングハートが推奨しなかったのは、「魔力ダメージのみで」の、後に「一撃で」と、なのはは言いたかったようだという意を汲んでの発言だ。

 射撃魔法は集中して正確に、ピンポイントで急所に当てない限り、戦闘機人を一撃で闘不能、もしくは行動不能にすることは難しい。ある程度の範囲をカバーしながら一撃で相手をノックアウトするのであれば砲撃の方が向いている。

 だから、今回について言うのであればティアナよりなのはの方に適正があった。砲撃、射撃共に使用可能ななのはと、基本的に射撃のみのティアナではなのはに軍配が挙がる。

「なら行くよ、レイジングハート。

 ディバイン、バスター!」

 桜色の砲撃魔法が、地上のチンク目掛けて発射された。

 なのははチンクがシルヴィアを投げたことに気づいた。逃げられないと悟り、砲撃から退避させたのだと理解もした。もっとも、砲撃幅を、収束率をいつもより上げ、細くし、魔力密度を上げた代わりに威力を落としているので、仮に一般人に直撃しても深刻なダメージにはならない事も計算ずくめだったが。チンクの装甲と魔法耐性ならば、一発では肉体の一時的な機能低下か麻痺程度で、意識を失うことは無いだろう。

 シルヴィアも確保の対象であったならチンクに直撃させた後、そのまま射軸をズラし巻き込むところだが、現時点では不要だ。

「直撃、かな?」

『Perhaps』

 レイジングハートにしては歯切れの悪い答えだ。なのはもどうやら疑問があるらしい。

「直前で、何かが――」

『Master!』

 なのはが着弾点を見ると、いつの間に割り込んだのか、そこには長い紫髪のメイド服を着た女性が、細長い包みを持って立っていた。チンクは彼女の背後に庇われる形になっており、全くの無傷のようだ。

 なのはは、そのメイド服の女性に見覚えがあった。

 出会った当時と殆ど変わらない姿。

 親友の家人。

「……何で、ファリンさんが?」

『Detect high-energy. I think driving a small reactor of a type that absorbing of the magic power. This is a guess, she is not ordinary human.』

 レイジングハートは「彼女は普通の人間ではなく、高エネルギーを発生させる魔力吸収型駆動炉と推察されるものを持っている」と言っている。

「そんな……。人間が持てるような駆動炉なんて、一般には実用化されていないのに?」

『May the lost logia』

「アルハザードの遺産だって言うの? 地球に?」

『May be』

 おそらく、と言う回答しか返ってこない。レイジングハートも判断し切れ無いようだ。それも仕方が無いだろう。何分情報、データが足りなさ過ぎる。

 ならば考えていても埒が空かない。

「砲撃、射撃は吸収される?」

『Judging from the situation while ago』

「魔力吸収型と言うより、魔法吸収型ね」

 なのはは試しに最低出力のアクセル・シューターを四発放ってみる。直撃は避け、周辺10cmに着弾するように制御。

 やはり、ファリンの近くで消失した。

 完全にファリンは魔法を吸収か消失させている。

「AMFの可能性は?」

『Negative. Not look like it has been resolved』

 「分解されている様子はない」らしい。

 レイジングハートの言っていることが十全に正しいのならば、砲撃、射撃は意味を失う。近接も魔力刃では効果があるか不明になった。実体化するほどの密度の魔力で作られる魔力刃も、詰まるところ魔力の塊だ。射撃魔法の弾体と変わらない。で、あれば吸収される可能性が100%に近い。

「……。話が通じないようなら、Mode Rを使うよ。リィンがいつまで保つか解らないから」

『No way』

 レイジングハートの返事を聞いてから急降下し、地面にへたり込んだチンクと、チンクに駆け寄り抱きついたシルヴィア、それにチンクをディバイン・バスターから護ったファリンの前に着地した。

「ファリンさん、邪魔をしないでもらえますか?」

「それは出来ません。私はこちらの二人を護るために着たんですから。なのはさんこそ、引いてもらえませんか?」

「出来ない相談ですね。私は彼女を捕縛、連行するために赴きました。

 ついでに、貴女は何者ですか? 魔法を吸収してエネルギー化する駆動炉なんて、この世界の技術ではありませんね」

 なのはの言葉に、ファリンは微笑んだ。

「お気づきでしたか。

 私は遺失技術で造られている自動人形です。忍お嬢様に再生していただく前の記録が無くなっているのでそれ以上は詳しく知りませんが」

 さすがのなのはにも動揺が生まれた。

「レイジングハート?」

『Detect high-energy. Exceeded the limits of human possession』

 人類としてのエネルギー保有量を超えているらしい。なのはの持っている知識を総動員しても信じるには少し難しいものだが、そもそも彼女をこの結界に取り込んではいなかった。にも拘らず、ファリンはこうして結界の中でなのはの前に立っている。

 ファリンが何らかの方法で結界内に侵入してきた、つまり、魔法に対する力を持っていることは確かだといえる。

「交渉に応じてもらえないとなると――」

「こっちで話すことになりますよね」

 なのはの言葉に、ファリンは握り拳を突き出して答える。

「遥かな過去に、夜の一族がどこからか調達してきた自動人形製造技術。現在では殆どがブラックボックス化している中で、忍お嬢様が解析に成功したこの駆動炉。

 その真価を、なのはさんにお見せしましょう」

 普段のドジなメイドの顔が、消えた。

「事、戦闘に関しては姉機のノエルを越えます。最終型の流用品も多用されている私は、結構強いですよ」

 包みが解かれ、中から現れたのはノエルが使うものと同じ長大なブレード。ただし右腕に装着された。

「ちなみにこの戦闘用ブレードはきちんと刃の付いている実戦用で、フルATS-34鋼材で出来ています。生半可な攻撃で破壊できるなんて楽観しないでくださいね」

 すぅ。と、構えるファリンの動きは淀みが無く、熟達していることが伺える。過去、何度も達人クラスの武芸者を見てきたなのはだから良く解る。

 ブレードの鋼材として用いられているものは、刃物用金属としてはかなり上等なものになる。あれだけの量ともなれば、相当の額が費やされているはずだ。

「砲撃、魔力弾、魔力刃、その全てが無効……。はは、いつもの私は全くの役立たずになっちゃう状況だね」

 なのはは俯き、くつくつと哂う。

 使いたくは無いが、使うしかない状況。

 一応の完成を見てはいるものの、最後に試運転を行った時は、捕獲対象は最後には襤褸雑巾のようになってしまっていた。それからは試運転すら行わず、バグの修正とアップデートとシミュレーションのみでVer1.0が仕上げられた。


 実稼動させるのは、数年以上の空きがある。


 不安要素はまだある。暴走の可能性も残っている。それでも、なのはは決めた。今のままでは状況を打開出来ない。

「レイジングハート、モード・リバース」

『All right.

 Reverse Mode』

 レイジングハートがなのはのコマンドを受諾し、形状を変化させ始めた。

 まず柄が縮み、レイジングハート本体が手元に近づく。そこから本体が縮小し、本体をガードする金色のフレームが完全なリングを成し、柄とは逆方向に微妙な曲線を描いたブレードが形成された。カートリッジシステムは柄の後端、柄尻に移動した。

「小太刀、ですか」

「そう。

 意味は解らないと思うけど、アームドフレーム。近接戦用の形態だって解ってもらえれば十分」

『Barrier jacket Reverse From “Revenger”』

 なのはは小太刀の様に変形したレイジングハートを両手で握り、左右に腕を開く。

 同時にバリアジャケットが解け、再び編み上げられる。

 基本色は漆黒。普段の純白とは真逆。

 上着は長袖のジャケット。その下は半袖のシャツ。

 下はタイトなズボン。

 髪は纏められる事も無く、そのままに。

 その姿は、ある人物を髣髴とさせる。

「その姿は……御神、美沙斗?」

「貴女には、そう見えるかもね。事実、その通り、なんだけど」

 姿のモデルは復讐に燃えていた時代のなのはの叔母である御神美沙斗。

『System change.

 Auto pilot system, stand by. Emulating Slot set program “Sword master of MIKAMI”

 Emulate ready』

 フェイトのライオットの様に分裂し、二振り一対の小太刀二刀となった。

「これなら、貴女だって倒せます」

 右の小太刀を突き付け、なのはは気を引き締める。一歩間違えれば自殺行為になりかねない、自分の不得意な近接戦闘を行うのだから。



[13195] 三十三話 執務官VSメイド(姉)
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c55c251c
Date: 2010/04/06 02:08
 ロケットパンチを装着し、炸薬カートリッジを再装填する。

「さて、すずかお嬢様からは一夜さんたちを頼まれただけなので、フェイトさんと戦う必要は無いのですが、いかがなさいますか?」

 一夜の状態を確認しながら、ノエルはまだ座り込んだままのフェイトに問いかける。

『Detect high-energy. Exceeded the limits of human possession』

(ロケットパンチなんて装備してるのが、普通の人間の訳無いよね。戦闘機人か、それに順ずるサイボーグ?)

「私は一夜さんを任意同行し、事情を説明した後、場合によっては一時行動を制限します」

(バルディッシュ、元に戻ったの?)

(『I’m so Sorry, master. Bad, no problem』)

 本体を破損し、一時機能不全に陥ったが、それでもバルディッシュは復旧した。本体強度や機能は著しく低下しているだろうが、まだ動ける。

「それは、あくまで任務を遂行する、という解釈で、宜しいのですね。

 そちらの保有する権限が、ここでは通用しないと言うことも踏まえた上で。任意同行と言いはしていますが、実際強制連行に近いものでしょう。

 ならば、私も一夜さんを護る為、非常に心苦しくはありますが、貴女に刃を向けることになります。

 お覚悟を」

(一夜さんが半ば意識を失っている……。外傷無し、と言う事は、先ほどの胸部を貫かれたショックということでしょうか? あの非実体の刃に一体どんな作用が――)

 そこまで思考を巡らせた時、フェイトの魔力変異を感知した。何か仕掛けるつもりだ。

「ならば、仕方ありません」

『Sonic move』

 一瞬で距離を取り、そのまま体勢を整える。

『Recovery』

 応急処置ではあるが、本体以下構成物の破損を修復。外観的な損傷は復元された。

「私も、友人知人に刃は向けたくありませんが……。

 最悪、貴女を足止めできるのであれば、構いません」

 今度こそ、フェイトは自らの意志でノエルに刃を向けた。

「では、お相手いたします」

 ノエルも左腕のブレードを構える。

「参ります」

 先手はノエルが取った。

 人間以上の移動速度で、フェイトに肉薄する。

『Blitz Action』

 高速行動で回避。ノエルの裏に回る。

「はっ!」

 だが、ノエルはその動きを掴んでいたのか、反転しながらブレードを横薙ぎに振るう。

 ザンバーの魔力刃がノエルのブレードと噛み合う。

「駆動炉、稼働率上昇」

 普段は電気バッテリー式の動力を用いているが、対魔導師戦ではノエルも魔法吸収式駆動炉を使う。しかし、その駆動炉は妹機であるファリンの駆動炉より性能が落ちる。復元に必要な特殊素材が十分に無かったことと、今の時代にこの駆動炉は不向きだった。

 過去、夜の一族がどこからか入手してきた自動人形製造法には、その時代でも衰退し、消滅しかけていた魔法・魔術を使う者たちとの戦闘を考慮したこの駆動炉が記載されており、一族の技術者たちはその通りに造ったに過ぎない。解析し、理解の上で造られているわけでは無かった。

 事実、現存する殆どの自動人形たちは破損した状態で放置されており、修理ができるのは忍だけだった。その忍をもってしても、解析不可能な領域はまだまだ多く存在し、完全に一から自動人形を製作することはできない。

 今はフェイトが魔法を使用したことで周囲に放出された魔力の残滓を吸収して駆動炉を稼動させていたが、魔力刃と接触し、そこから魔力を吸収し始めた。

『Output power Down. Magic blade Impossible Real boot』

 実体化する必要最低限以上に魔力を吸収され、魔力刃が非実体となる。同時にフェイトの魔力変換資質によって発生していた電気もバッテリーへと吸収されていく。

(っ!? 在り得ない!! なんなの、コレは!?)

 自分の魔力も電気も吸収され、さすがに焦る。

 ザンバーを維持しようとすればするほど、魔力は消費されていく。高濃度AMFよりも性質が悪い。

「攻撃手段の全てに魔力を要するのであれば、貴女は私に負けます」

「言ってくれる……!」

 一瞬実体を失いかけたザンバーの刀身を何とか立て直し、ノエルを弾き飛ばす。

(しかし、厳しいのは事実だ。どうする?)

 フェイトはミッド式しか使えない上にデバイスもミッド式。主要の攻撃は全て魔力頼りだ。

(ベルカ式のアームドデバイスなら、単純な物理攻撃に魔力は使わないけど……。なのはみたいに石とかを浮遊、射出するような真似も無理だし――あ!)

「バルディッシュ、アサルトフォーム!」

『Assault form』

 ザンバーフォームからアサルトフォームに切り替える。

 これは戦斧で近接戦闘を行うための形態だ。確かに魔力は必要ない。だが、耐久性はデバイス自体の構成金属の強度、切断力は付けられている刃の鋭利さに頼むしかない。元々戦斧は自重を利用し叩き斬る使い方をする。威力を持たせようとするなら大振りになりがちで、隙も生まれやすい。

「幾つかの形態を使い分けるのですか。

 ですが、その形状は高速戦には不向きでは?」

「試してみれば、解る」

 完全にフェイトのスイッチが入った。

 最近はザンバーフォームを多用するようになったが、元々はこのアサルトとハーケンの2パターンで戦っていた。錬度ならばこちらの方が高い。

「言い忘れていましたが、私の使用するこのブレードは、単なる鋳鉄ではありません。簡単に砕けるなどと思わないでください」

 言い切ると同時にノエルが特攻を仕掛ける。

 ノエルのブレードは腕に添う様に刃が付いている。先端は手首付近と肩の方にある。至近距離で押し切る使い方が最も適している。

 自動人形の行動速度は達人クラスの武芸者と互角以上。

『Blitz Action』

 腕の振りを高速化。ノエルの一撃を受ける。が――。

(ぁに、これっ!?)

 ノエルのブレードは受けられたが、その圧力に押し負け、吹き飛ばされる。

 膂力が人間の比では無かった。フェイトの踏ん張りが足りなかった。

「この程度で、簡単に吹き飛ばないでください。追いかけるのが大変です」

 あっさりと吹き飛んだフェイトの目の前に現れ、左腕が高速で振るわれる。

 その斬線はフェイトをナマス切りにでもしようかという数だ。

『Round Shield』

 フェイトとノエルの間に円形の盾が作られ、瞬間的にはノエルの攻撃を防いだが、あまりに接近していたためにほんの数秒でノエルの駆動炉に解体吸収された。

 だが、その数秒でもフェイトには十分だった。

「でやぁっ!」

 シールドが発生した瞬間、バックステップ。間合いを取り、右手側から横殴りの一撃を繰り出す。

 だが、ノエルも簡単にその攻撃をブレードで受けきる。

『Sonic Move』

 そこからフェイトは反撃に移った。

 高速移動でノエルの背後、真横、正面とランダムに移動を繰り返す。ノエルもフェイトを追うが、フェイトのほうが速い。

「確かに速いのですが、何度も見れば対応は可能です」

 ぴたりと静止し、フェイトの動きを見切ったかのように真横へ右の拳を繰り出した。

「くっ!?」

「はっ!!」

 防御系魔法を起動する間も無く、フェイトはノエルに殴られた。

 丁度、鳩尾に直撃していた。

 またも吹き飛ばされ、今度は建物の壁面に叩きつけられ、壁を砕き、建物の室内を転がって止まった。

「なんて、衝撃……」

 バリアジャケットが衝撃を緩和し、ほぼノーダメージだ。ノエルの拳撃も同様に緩和され、そのダメージは徹っていない。

「まだ、いける」

「いいえ、ここまでです」

 身を起こしたフェイトの首筋に、ノエルのブレートが当てられる。

「残念ですが、フェイトさん。貴女の負けです」

 先ほどの拳撃から推測するに、ブレード使用時の破壊力はバリアジャケットの防御力を上回る。つまり、この状態から腕を振られるだけでフェイトの首は胴体と泣き別れになる。

 防御魔法の展開も、間に合わないだろう。

「……」

「抵抗を止め、降参――」

「まだだっ!!」

『いや、そこまでや』

 フェイトとノエルの視線の間に、はやての通信ウィンドウが割り込んだ。

『ようやく通じた』

「はやて?」

「お久しぶりですね、はやてさん。

 さて、こうも明らかなオーバーテクノロジィで介入ですか。今回の一件、一体どういうつもりですか?」

『そっちも、ロストテクノロジィの塊らしいなぁ。色々お話聞かなあかんのやけど、それは後や。この場の戦闘は一時休戦してくれ。

 今リィンから結界のコントロールと維持をこっちに移したんやけど、フェイトちゃん急いでなのはちゃんのところへ行って! 目を覚ました一夜さんがそっちに行ってしまったんや!!』

「「なっ!?」」

 二人が驚く。

「はやて、何で止めなかったの!?」

「あちらも戦端が開かれているはず。危険です!!」

『通信で話そうにも意識が朦朧としてるみたいで通じへんのや! だから、急いで行って欲しいんや!!』

「休戦です。今すぐ向かいます」

「あっ、ノエルさん!?」

 ノエルが先にその場を離れた。

 猛烈な加速でその姿は直ぐに豆粒になって消えた。

「私も追う!」

『Sonic move』

 フェイトも消えるように行動した。

『リィンも向かわせた、最悪の事態にはならんはずや』

『ははは! そうかな?

 実に、これは実に面白い展開だ! 一般人が魔法戦闘区域に侵入するとは!!

 彼は好い仕事をする! これは予想外の事態になるかもしれないなぁ!!』

 その場から、苦い顔になったはやてのウィンドウが消え、スカリエッティの哄笑を響かせるウィンドウが開いていた。



[13195] 三十四話 間幕9 壊れかけの指揮官
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/05/02 00:36


 朧げな記憶。

 胡乱な意識。

 ただ、そっちへ行かないと一夜は自分が後悔すると思った。

(い、かない、と――)

 何かに貫かれた胸は、裡から鈍い痛みと吐き気を催す不快感が発せられていた。

 そのせいだろうか、一夜の意識は焦点を失い、ただ亡と、身体だけを動かしていた。

『――かん! そ――ら、ダ――っ!!』

(誰かが、何か言ってる……?)

 聴覚もまともに機能していないのか、途切れ途切れに何かが聞こえたが、はっきりと聞き取れなかった。

 視覚も焦点が合わず、ぼんやりと風景が辛うじて見て取れるレベルだ。

 まるで生きた屍が地上を徘徊しているような状態で、一夜は歩いていった。





「何や、この超展開……」

 はやては呆然としかけた意識を無理に正気に戻した。

 二面でそれぞれに展開されている外部勢力の介入と、それによるそれぞれの戦闘開始。なのはの方はお互いににらみ合っている状態でまだ開戦していないが、フェイトの方は始まってしまった。しかも状況はフェイトが不利になるという予想の斜め上の事態を進行中だった。

「魔導師、それも執務官のフェイトちゃんがここまで圧されるって、普通無いやろ? それに何や、ロケットパンチって……。地球の科学がそんな進歩しとるはずが――まさか、ロストロギア?」

「なのはさんに変化が! バイタルグラフが異常値を観測! 魔法の恒常使用による身体能力と知覚、脳機能の自己ブースト確認!」

「結果以内の空間中魔力値が減少傾向になりました! 結界の構成にも影響が出ます!」

「っ! 次から次へと!!

 グリフィス君、リィンから結界のコントロールと維持をこっちに移管させるんや! 結界の維持に使う魔力はエイミィに何とかさせて! そしたらリィンはなのはちゃんのところへ向かわせて!!

 シャーリーはレイジングハートに強制停止コードの入力準備や!」

『いやいや、楽しそうだねぇ? 八神はやて』

「変態博士は黙っとき!!」

『ははは、これはこれは。随分余裕が無いようだね。

 では、ここで一つ面白いことを教えてあげよう』

 くつくつと喉の奥で楽しそうに笑っているスカリエッティが、はやての神経を逆撫でし続ける。

「あ゛!? 下らんこと抜かしよったらブッ殺すで!?」

「はやてさん?」

「八神部隊長?」

 はやてが普段からは想像しにくい暴言を吐いた。それほど切羽詰っているのだろう。

「こっちは急がしいんや! ボケの戯言に付き合っとるヒマなんかあらへん!!」

『おやぁ? 良いのかな、そんな事を言ってしまっても?

 私の持っているこの情報は今後に係わる事だと思うのだがね』

「だったらさっさと言い!!」

『キミも弄り甲斐のある子だ。だが、どんなものにも使い時というものがある。教えよう。

 チンクの脇に居る少女だが、アレは、私の特殊コピーだ』

 スカリエッティの発言に、場の空気が凍り、時間さえ止まった感覚が三人を襲った。

「「「はぁ!?」」」

『ははは! 驚いているな?

 いや、この状況は私としても予想の斜め上を行っていてね。こうなる可能性がゼロでは無かったにせよ、こんな所で成功例が発生するとは思っていなかったのだよ』

 スカリエッティが実に楽しそうだ。ずっと気色の悪い笑顔を浮かべている。

『おそらく、私や他のナンバーズとの通信が不可能になったと認識した時点でチンクの中でコピー培養プログラムが誤作動を起こしたのだろう。私を含む全員が死亡した、とね。

 実験的にチンクに植え付けた私のコピーはある追加要素を盛り込んでいたのだが、今まで失敗続きで、今回も失敗する確立の方が7:3で高かった。

 まぁ科学者や研究者という人種はどうも実験が好きで困る。不確定要素すら利用しようとするのだから。

 おっと、話が逸れたな。

 それでその結果、成功した代わりに遺伝子配列が組み変わり、性別が変化。更にそれが原因で今度はコピーの成長促進プログラムが異常をきたし、あんな半端な所で急速成長が一時停止したのだろう。

 いや、しかし私というよりもウーノに似てしまったな。まぁ、それも仕方が無いか。ウーノ以下トーレまでは外見に私の因子が強く出ているからな。

 さぁ、他にも蒔いた種はあるのだが、取り敢えず今言えるのはこれだけだ。直ぐに芽吹かせるぞ』

 スカリエッティがそんな事を言っている間に事態は更に悪化する。

 フェイトがノエルの重い一撃を貰って建築物に突っ込んだ。そこに畳み掛けるように。

「最上一夜が行動開始しました! フェイト執務官の交戦区域を離れ、高町教導官の交戦区域に移動し始めました!」

「一夜さん!? あかん! そっち行ったら、ダメなんやっ!!」

 通信で必死に一夜に呼び掛けるはやてだが、一夜は全く止まる気配がないどころか、聞こえているのかすら怪しい。ふらふらと歩き続けている。

「ちっ!

 シャーリー、最優先でフェイトちゃんの正面に通信を飛ばして!」

「了解! 出力を上げて一気にウィンドウを展開します!!」

『抵抗を止め、降参――』

『まだだっ!!』

「いや、そこまでや」

 フェイトとノエルの視線の間に、はやての通信ウィンドウが割り込んだ。

「ようやく通じた」

『はやて?』

『お久しぶりですね、はやてさん。

 さて、こうも明らかなオーバーテクノロジィで介入ですか。今回の一件、一体どういうつもりですか?』

「そっちも、ロストテクノロジィの塊らしいなぁ。色々お話聞かなあかんのやけど、それは後や。この場の戦闘は一時休戦してくれ。

 今リィンから結界のコントロールと維持をこっちに移したんやけど、フェイトちゃん急いでなのはちゃんのところへ行って! 目を覚ました一夜さんがそっちに行ってしまったんや!!」

『『なっ!?』』

 二人が驚く。

『はやて、何で止めなかったの!?』

『あちらも戦端が開かれているはず。危険です!!』

「通信で話そうにも意識が朦朧としてるみたいで通じへんのや! だから、急いで行って欲しいんや!!」

『休戦です。今すぐ向かいます』

『あっ、ノエルさん!?』

 ノエルが先にその場を離れた。

 猛烈な加速でその姿は直ぐに豆粒になって消えた。

『私も追う!』

『Sonic move』

 フェイトも消えるように行動した。

「リィンも向かわせた、最悪の事態にはならんはずや」

『ははは! そうかな?

 実に、これは実に面白い展開だ! 一般人が魔法戦闘区域に侵入するとは!!
彼は好い仕事をする! これは予想外の事態になるかもしれないなぁ!!』

「ホントにやかましいなぁ! 少しだま――」

『ははは、そう邪険にしないで貰えるかな。また教えてあげよう。どうやら彼の中で何か異変が起こっているようだ。幾つか思い当たる節があるが――。

 八神はやて、どうだろう。そちらの観測データを私にも見せてくれないか? この状況は実に有意義だ。私が知識と推論を提供する代わりにそちらは観測される実データを渡してくれないか?』

「手ぇ組むって言うんか?」

『有り体に言えば、そうだ。悪い提案ではないと思うが?』

 確かにこの申し出はメリットが多いが、それは犯罪者との裏取引だ。清廉潔白を身上とするものならば、間違いなく断るが――。

 グリフィスとシャーリーの四つの瞳がはやてを見る。

「……。

 解った。

 グリフィス君、さっき指示した作業を終わらせてなのはちゃんのバイタルを監視して。

 シャーリー、スカリエッティにデータを回し。

 スカリエッティ、適当ぶっこいたらタダじゃおかんからな」

 その判断に、二人はそれぞれ思うところがあったようだが、指示通り動いた。

『ほほぉう。これはこれは。この数値からすると、やはりか。

 彼はリンカーコア持ちだったようだ。元々休眠状態だった上に低ランクのようだが、フェイト=テスタロッサの一撃でコアにダメージが通り、活性化と暴走し始めたようだな。チンクのところまで保てばいいが』

「なんやて?」

『この最上一夜という男は、魔導師資質を持っていたと言うことだ。まぁ、総合Cランク程度だろうが。しかし、この魔力パターンは――』

「勿体ぶらんと言わんか!」

 すっかり熱くなっているようだが、はやての判断力は鈍っていないのだろうか。少々怪しくなってきた。

『古代ベルカ人の統計パターンに酷似しているな。どこかで混じったか? いや、それを判断するには彼の細胞サンプルが要るな。

 いやぁ、彼自体も随分面白そうな逸材ではないか。機会があれば是非構造解析をしてみないものだ』

「そないなことさせへんからな!」

『はやてちゃん! なのはさんの交戦区域に到着したです!!』

「リィンか! 状況は!?」

 リィンフォースⅡがフリーとなって行動を開始した。どうやらなのはの近くまで移動していたらしい。

『……、あ、ありえ、ないです……。私の認識の限界を超えてるです!!』

 リィンフォースⅡの声が、通信でも判るほど震えている。

「グリフィス君、バイタルはどうなっとる?」

「……現在、数値化できません」

「どういうことや?」

『バイタル情報を転送する余裕が、デバイス側にも無いということだろう。その処理能力の全てを費やして、戦闘をサポートしていると言うこと。安全マージンすら削ぎ落とした極限の戦闘用プログラムなのだろうな。まぁ、デバイスについては私より詳しいものが居るのではないかな?』

「……シャーリー?」

「わ、私からは言えません。マリエル技官に……」

「グリフィス君、緊急でマリーを呼び出しぃ!!」

「は、はいっ!」

 はやての鋭い声が飛ぶ。心なしか、目が血走ってきているようだ。

「どいつもこいつも……。好き勝手してぇ……」

『はいはい、呼んだ?』

「マリー、正直に言い。

 レイジングハートに組み込んだ近接用戦闘プログラムは何や?」

『……あら、なのはちゃんみんなの前で使っちゃったかぁ』

「答え!!」

『なのはちゃんの目指した、〔万能な魔導師〕への足がかり。これが完成すれば、魔導師は陸戦空戦に囚われることが無くなる、文字通り〔魔法〕のプログラムだよ』

「……?」

『魔導師の無個性化とも取れるけど、ある魔導師を、剣士を、術士をモデルとして徹底的にデータ化し、その特徴を完全に再現するエミュレーションプログラム。
デバイスが肉体制御、術式制御を完全代行し、使用者は行動を指示するだけ。ただ、レイジングハートに搭載しているのはプロトタイプの上に様々な規制に引っかかる代物で、おまけに魔導師にかなりの負担を強いるから、普段は圧縮した上でかなり厳重にロックしてるんだけど』

「プロトタイプ? 完成してるんか?」

『まだだよ。レイジングハートのは完全ワンオフチューニングだから汎用性が無いし。

 汎用型は機能を制限したテストβ版をバルディッシュに隠してあるけど?』

『フェイト=テスタロッサの先ほどの暴走はそのプログラムが起動したのだよ。私が捕まるときに接触した際に起動条件を弄ったのでね』

「今回の戦闘の引き金はお前が引いたんか!!」

『こんな形で役に立つとは思わなかったがね。ああ、因みにまだ大きいのが一つ二つ仕込んであるが、聞きたいかね?』

「このっ!」

『まぁ、まだ時期じゃない。教えないがね!』

『え? バルディッシュのアレが動いたの? だったら実働データ欲しいな。改良に使うから――』

「ああっ、もうっ、何で技師や学者とか専門職の人間はこうなんやっ!!」

『はやてちゃん! なのはさんが!!』

「っ!? どないした!?」

 はやてが色々キレかけたとき、リィンフォースⅡからとんでもない報告が映像付で入った。

「う、そ、やろ……?」

『ふむ、これは少し不味いな』

 スカリエッティも顔を顰める。

 それほどに、その映像は致命的だった。



[13195] 三十五話 教導官VSメイド(妹)
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/05/06 00:28

 なのはとファリンが睨み合う。

(構え自体は恭也さんに酷似してますね)

 なのはの構えは恭也の構えに良く似ていた。それもその筈だ。最もデータを収集しやすく、高レベルの剣士なのだから。自然とエミュレーションするベースになっていた。

「動かないんですか? 私から仕掛けますよ?」

「……」

(さて~、感情豊かななのはさんだったんですがね、ここまで見事にポーカーフェイスしますか……。仕方ないですね)

 ファリンが右腕を前に、ブレードの刃をなのはに向け、駆ける。

「神速」

『Emelite 〝Sinsoku〟』

 恒常的にブリッツアクションが肉体の動作を加速させている状態で、そこに更にソニックムーブを重ね掛けし、神速の速度を模倣する。

「んっ!?」

「ちっ!!」

 ファリンのブレードをなのはが右の斬撃のみで弾いた。

(この速度と斬線……美由希さん?)

(硬い。おまけに人間離れした怪力……。自動人形は伊達じゃないって事みたいね)

 双方探りあう。

 しかし、なのははあまり時間を掛けていられない。肉体的にもデバイス的にも時間的余裕は無い。

「御神流奥技之参 射抜」

『Emelite 〝Inuki〟』

 近距離からわざわざ長距離用の技を放った。それは――。

(この距離で最速の突き!? それは卑怯ですっ!!)

 下がった右半身が強力な踏み切りで前に飛び、伸びた右の小太刀がファリンの顔面を狙うが、それは左掌を犠牲に回避。

 逆の左が右脇腹を串刺しにしようとするが、それはブレードで防御。

(このモーションは美沙斗さんのもの! さっきからエミュレートエミュレートって、動きを完全にコピーしてるって事ですか!?)

「ちょっと、ずるいんじゃないですか?」

(暖気開始)

「……ずるいもなにも無いよ。私には必要だっただけ」

 密着状態からなのはがファリンの胸部を蹴り上げた。

 強化された肉体は自動人形の重量も関係なく、対象を吹き飛ばす。

 間合いが外れ、ファリンが着地する前になのはが次の行動を取った。

「高周波発生」

『Hiper sonic』

 小太刀のブレードが高周波を纏い、超微細な振動を始めた。いわるゆる超音波カッターだ。切断力が飛躍的に上昇する。これを使うとカッターナイフの刃でABS樹脂やプラスチックがバターのようにさくさく切れるようになる。もっと本格的な刃物に使用した場合の切断力は、考えないほうが良いだろう。当然欠点もあるのだが――。

「それは流石に卑怯じゃないですかっ!?」

「五月蠅いよ。必要だった、それだけ。

 神速」

『〝Sinsoku〟』

「知覚強化重ね掛け、極限の神速」

『〝Kyokugen No Sinsoku〟』

 恭也オリジナルの神速二段掛け。この状態になると相手がどんな動きをしようとも見切れる。恭也はこれで美沙斗の射抜を見切った。

(暖気完了)

「腕の一本ぐらい、あげようじゃないですか!」

 ファリンの眼はなのはをきっちり観ていた。左右の薙ぎ払いが繰り出されると判断。最悪は左腕を犠牲に小太刀の片方を潰すつもりだ。

(刃の根元を掴めれば私の勝ちですっ!)

(陽炎? あのブレードも特殊機能付きか。おそらくヒートブレード)

 ファリンも電磁加熱でブレードを赤熱状態にしていた。こちらも切断力強化の一つだ。触れる物を焼き切る事で切断を容易にする。ただし、適正温度で運用しないとブレードの強度が落ち、損耗を早める。

 ファリンが狙うのは高周波・超音波カッターの欠点である根元を押さえる事。そこは切断力が落ちており、更に一度振動を掴んで抑えられると、もう一度起動し直さないと意味が無くなると言う点だ。


 二人が交錯する一瞬が来た。


「引き分け、ですかね?」

「運が良い」

 なのはの右の小太刀はファリンの左手を落とすことが出来ず、止められていた。

 ファリンのヒートブレードはなのはの左の小太刀に刀身の半ばまで切り込まれていた。

 双方痛み分けだ。

「ですが、これでは面白くありませんので、ちょっと強めに反撃します。

 出力上昇!」

 ファリンがブレードの電磁加熱の出力を上げた。そして起こるのは刀身の白熱化となのはの小太刀への伝熱。ここまで加熱してしまうと刀身はもはや使い物にならない。熱処理の効果がリセットされ、硬度は急降下。

「っ!!」

 再度なのはがファリンを蹴り飛ばした。

 なのはの左手から蒸気と、何かが焦げる嫌な臭いがする。

 伝熱したせいで小太刀の柄まで高温化し、なのはの左手を焼いたのだ。接触していた事でなのはの小太刀に直接電磁加熱が通り、バリアジャケットの耐熱限界を超えてしまった。

「手荒いですね。もう少しスマートに戦いましょう?」

 ファリンの腕からブレードがパージされ、地面に落ちる。

「武器を失くした状態で、強がっても――」

「強がってませんし、武器はまだありますよ。

 出番ですね、『静かなる蛇』」

 ファリンが右腕をしならせて振る。

 袖口からするり。と、黒い鞭がうねり出る。

「オリジナルではないレプリカですが、四重に鋼糸を紙縒り芯として、その外をカーボンナノチューブで編み上げ、更に外周を0番鋼糸でメッシュ編みしています。オリジナルより軽量、細身、機械的強度もオリジナル以上です。放電特性が若干劣りますが、それでも最大放電電圧は1億Vで、最大電流は2万Aなので、触ったら黒焦げですよ」

 軽い説明だが、まず一般人に断ち切れる強度ではない上に、0番鋼糸は美沙斗が暗殺に用いるほどの擦り切断力がある。

 おまけに電圧、電流の最大がその数値なら、出力を1%としても10万V、20Aだ。それならば人間は右手で触っても離脱出来ずに感電死だ。一体どこにそんな昇圧機を内蔵しているのやら。バッテリー電源は家庭用のAC100Vの筈なのに。

「この説明、意味が通じますよね?」

「殺人兵器って訳だね。流石に最大出力だとバリアジャケットも耐え切れない数値……。

 私を殺してでも止めるつもり?」

「さっきのヒートブレードだって十分な殺人兵器ですよ。それを凌いだ人間がそんな事を言いますか。そっちの高周波ブレードの方が切断力が上なんですけどね。

 まぁ、質問に答えましょう。そちらの耐電能力は知りませんけど、出力調整が1/10000から出来ますから、徐々に探って麻痺する値を算出します。

 殺す気なんてさらさらありません。すずかお嬢様が悲しみますから」

 懇切丁寧な説明で、なのはは対策を組み上げる時間が出来ていた。状況もまだなのはに分がある。なのはの消耗限界まで後20分はゆうにある。

(これなら、勝てる!)

 鞭に当たるような低速で行動することなど現状あり得ない。ならばファリンは武器の選択を誤った。

「では、行きますよっ!」

 ファリンの静かなる蛇が周囲にバチバチと放電しながら螺旋を描き突っ込んでくる。

(どんな操縄術をっ!?)

 一直線に奔ってくるならまだしも、螺旋を描かせるなど常識の範囲外だ。

(それに、射程が!!)

 ブリッツアクションのおかげで回避できるが、ファリンの操縄術は卓越しすぎている。

「そいっ!」

 長い射程の割に引き戻しが早く、繰り出しも的確だ。

 しかし、単調な動きすぎる。これでは避けてくださいといっているようなものだ。

 なのはが表情に少しだけ疑惑を浮かべると、ファリンがにやりと笑う。
 
 右の静かなる蛇をなのはの向かって左側に走らせる。

「そろそろ本気で行きますよ、二式!!」

 左腕からも静かなる蛇がなのはの向かって右に走った。

「Eine Klinge kreuzt sich!」

 左右の静かなる蛇がファリンの手元で交差され、左右に振り抜かれる。その交差点がはのはに向かって移動して行く。これは左右に引き裂く威力がある。

 なのはの左右には静かなる蛇の先端が抜けており、上に逃げるしかない。なのはが飛行の魔法を使う。

 だが、他の恒常使用している魔法のせいで高速飛行できるほどの余裕は無かった。

「Kneifzangenbewegung!!」

 今度は上に向かって左右の静かなる蛇を交差させる。これは左右から打ち付ける威力がある。

(回避、不可っ!!)

 なのはが感電覚悟で静かなる蛇を小太刀で切断しにいった。

「っ! あぁぁぁあぁぁああああぁぁっ!!」

 小太刀が静かなる蛇の表面に触った瞬間、なのはの全身を電流が走り抜け、全身の筋肉という筋肉が不随意痙攣を始める。こうなったら自力で離脱する事は出来ない。ファリンの出力調整が完了しているのか、心臓の機能は阻害されていないようだ。

 だが、静かなる蛇が小太刀に触れた点を支点になのはに巻き付いた。

『A strong current flows in the high pressure. There is danger in the life.』

 レイジングハートが警告を発する。

「せんとっ、ぞっこ、うっ!!」

『No!! It gives priority to the life preservation!』

 レイジングハートがなのはの命令を拒否し、生命保護を最優先にする事を決めた。

『Releases The Emulating program “Sword master of MIKAMI”

 It secedes at full throttle!!』

「あ、させませんから」

 上空のやり取りを聞いているのか、ファリンは静かなる蛇の放電を停止し、強く引き絞り上げ、今度は地上に向け引きずり落とす。

 ファリンが冷徹に告げる。

「どうやら耐衝撃性能は高いようなので、このぐらいしないと気絶してくれないようですから」

 地響きが鳴り、アスファルトが罅割れ、地面が大きく陥没する。

「……行動停止を確認。

 さて、お嬢さんたち、大丈夫でした?」

 なのはの動きが止まったのを確認し、ファリンは大声でチンクとシルヴィアに向けて問い掛ける。

 二人は近くの建築物を遮蔽物として利用して身を潜めて事態の成り行きを観ていた。

「……ああ、私たちは大事無い」

「無事だよ」

 二人がファリンの近くに出て行く。投げられたシルヴィアは若干の擦り傷があったが、それ以外は何とも無い。チンクも少しフレームの亀裂が大きくなった程度で通常行動に支障は無い。

「いや~、少し苦戦しました。本当はコレを使うつもりは無かったんですけど」

 いつもの顔に戻ったファリンが左手の静かなる蛇を指しながら苦笑する。

「お前も、お前の姉も、一体何なんだ?」

「戦闘機能も持ち合わせた自動人形ですよ。使われてる技術の出自が不明なだけです」

「その性能、まるでロストロギアだな」

 チンクがため息混じりに呟いたとき、シルヴィアが後ろを向いて何かを見つけた。

「あ、一夜!」

 視線の先にはふらふらと歩いてくる一夜が居た。シルヴィアが一夜に向けて走り出す。

 どうやら事態は収拾が付くように思われた。



[13195] 三十六話 間幕10 最後の転換
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/05/10 21:46

 異常はまずシャーリーが気付いた。

「なのはさんの交戦区域に最上一夜が到着? フェイトさんと綺堂ノエルがまだ着いていません!!」

「何やて!?

 スカリエッティ、何をした!!」

『彼女らには少々遅れてもらったよ。このままでは全てが終わってしまうのでね。それはまだ早い』

「貴様!!」

『どうせなら、全て観たいのだよ。君も自分で言っただろう? 技術者や学者という人種は、こうなのだよ。

 ほら、新たな局面に入るぞ』
 
 スカリエッティの指した現場では、確かに新たな局面が始まっていた。




 ノエルとフェイトは自身を取り巻く異様さにようやく気付いた。

「おかしい……」

「何か、異様な空間ですね。私たちの速度なら、とっくに一夜さんを捕捉しているはずなのですが」

 かなりの超速度で移動していたにもかかわらず、二人はいまだに一夜に追い着けていなかった。

「バルディッシュ、現在位置は?」

『The outside and the communication were cut off. A present position cannot be specified』

 バルディッシュからの返答は冗談では済まされない内容だった。

「そんな……。それじゃ、ここは何なの?」

「結界の内部に、更に結界? いえ、これは一部を改竄してループを作られているようですね」

 ノエルがアクティブソナーを使い状況をいち早く把握した。

『おや、気付いたようだね』

「スカリエッティ!?」

 二人の前にスカリエッティの写ったウィンドウが開いた。

『やぁ、フェイト=テスタロッサ。そう睨まないでくれるかな?』

「何故お前が!」

『現在、八神はやてとは協力態勢でね。こうして通信程度なら――』

「何? どういう事だ!!」

『まぁ、今の君には確認も取ることは出来ないだろうがね』

 そこまで黙って二人のやりとりを聞いていたノエルが、口を開いた。

「貴方ですか、私たちをこの空間に閉じ込めたのは」

『おや、何故そんな発想が出るのかな?』

「狙ったとしか思えないタイミングでの介入、そしてわざと会話を長引かせるような語り口。その二つで貴方、ないし貴方の協力者の仕業と判断出来ます。

 そして、協力態勢にあると言う相手ははやてさんです。彼女はこんな事はする必要がありません。

 ならば、これは貴方の独断行動という事です」

『っく! はっはっは!! 出来の良いAIだ!! 論理回路はインテリジェントデバイス並みか! 素晴らしい!!

 君も是非、構造解析をして観たい!』

「ご遠慮願います。私の身体はその全てが忍お嬢様のものですので。

 それで、私たちをここに閉じ込めた理由は、一夜さんですか?」

『おぉ、ますますもって素晴らしい! 一体何を基準にその判断を下したのかな!?』

「冗長に話している余裕はありません。十分、把握出来ました。今から突破させていただきます。

 フェイトさん、私の駆動炉を一時停止します。この結界のループを破砕してください」

 級に話を振られ、すっかり置いてけ堀になっていたかと思われるフェイトだが、ノエルに声を掛けられた瞬間、心得たとばかりに頷いた。

 横から聞いていて十分理解で来ていたのだろう。

「はいっ!

 バルディッシュ、ザンバーフォーム!!

『Zamber From』

 バルディシュが大剣に可変する。カートリッジが二発ロードされた。

「撃ち抜け、雷神!」

『Jet Zamber』

 刀身が伸び、ループを形成していた部分だけが切り裂かれた。

『おやおや、随分器用になったねぇ。てっきり外部の結界まで斬るのかと思ったよ』

「破損も修復されていない状況で、結界を破壊するわけにはいかない。それに、事態はまだ終わっていない。

 貴様が楽しそうにしているのがその証拠だ」

『ふふっ。まぁ、十分に時間は稼げた。もう、間に合わないぞ』

「何!?」

 そこでスカリエッティのウィンドウが消失した。

 そして、次に二人を一夜が向かった方向から爆音と衝撃波が飛んできた。

「……大魔力反応を感知!」

『It corresponds to S + rank』

「誰の!?」

「不明です。が、急行します! 駆動炉の出力はギリギリまで抑えます。

 フェイトさんは私より先に全力で向かってください!!」

「解りました!

 バルディッシュ!!」

『Sonic Move』

 フェイトが高速で現場に飛んで行く。ノエルも跳ねる様に駆け出す。




 リィフォースⅡは上空から地上に急降下する。

「なのはさん!!」

 陥没した地面に、すっかり埋没しているなのは。ファリンが算出した通り、なのはのバリアジャケットの耐衝撃性能を僅かに上回り、落下の衝撃はなのはの意識を刈り取っていた。

「しっかりしてください! 大丈夫ですか!?」

「……」

「レイジングハート!」

『――The main body is not damaged』

 レイジングハートが反応した。どうやら深刻なダメージは無いようだ。

「無事ですか……。なのはさんのダメージは?」

『The problem is not in the damage of the body. It is likely to come toe at once』

 だが、それを待っている余裕があるのか。

「ぐ、ぁああああぁぁぁああああぁっ!!」

 誰かの絶叫が響き、爆音と魔力を纏った衝撃波が撒き散らされた。急激な魔力の膨張が始まった。

「何事です!?」

『楽しいショウの始まりだよ』

「スカリエッティ!?」

 突如、スカリエッティのウィンドウが開いた。そして、リィンを無視してなのはに語りかける。

『高町なのは。君はそんなところで寝ていていいのかな? ほら、君の大嫌いなテロリストは、そこに居るというのに』

「……」

 しかし、気絶しているなのはは反応しない。

『ならば、最後の芽吹きだ。

 コマンド・ワード:覚醒せよ、漆黒の復讐鬼。全てを殺戮せよ』

 人間とは、気絶していようが眠っていようが、聴覚は機能している。そして、スカリエッティの言葉はなのはの脳に施されていた仕掛けを動かした。

「何を言っているです!!

 っ! なのはさん!?」

 なのはが無造作に立ち上がる。しかし、その眼は虚ろで、何かをぶつぶつと呟いている。まるで薬物中毒者のようだ。

「レイジングハート、AI停止。ストレージモード」

『Mast――』

 なのはがレイジングハートのAIを強制停止させ、ストレージにしてしまった。

『リィン! なのはちゃんと強制ユニゾンや!!』

「はやてちゃん!?」

『外部からの停止コードが弾かれとる! 中から押さえ込むんや!!』

「了解です! なのはさん、ごめんです。

 ユニゾン、イン!!」

 リィンが光の塊になってなのはの中に解けて消えた。

『スカリエッティ、貴様は!!』

『仕込みはこれで全部だ。後は、結果を見届けるだけだ。何、解説はさせてもらう。取引だからな』

 不敵な笑みを見せるスカリエッティだが、若干精彩を欠いていた。

「異物侵入、強制排出」

『Unison Relese』

「あうっ!?」

 リィンが弾き出された。

『リィン、どうしたんや!?』

「だ、駄目です……。なのはさんの中に入れないです。まるで壁があるみたいで、意識に触ることも出来ないです!」

『コンシデレーションコンソールのプロトタイプで施した洗脳暗示だ。それがユニゾンデバイスには壁のように感じられるのか……。成る程な』

『何時や!? 何時そんな真似を!!』

『彼女が一度墜ちて、入院生活を送っていた最中だよ。サンプルの採集と共に、ドゥーエを使ってな』

 考えてみれば可能だろう。今は亡きナンバーズⅡドゥーエのISはライアーズ・マスク。あらゆる検査をすり抜ける事が出来る完璧な偽装だ。セキュリティの高い医療施設にだろうと成り代わって入りこめる。

『あんな、あんな時期から……!』

『彼女を墜としたものが、何だか忘れたのかな? その件で素材として目を付けたのだが。

 まぁ、今となってはどうでもいいが。どうやら、上も面白い事になっているぞ』

『っ!

 リィン、上へ! 一夜さんたちのところへ!!」

「は、はいですっ!!」

 手遅れになるかならないか、紙一重のラインまで来ていた。スカリエッティが話を長引かせるからだ。

『狙っとるんやったら、アンタは最低や!』

『褒め言葉として受け取っておこう。何、全てはタイミング一つで決まる。私はそれを最高の状態に持って行きたいだけだ』

 もう完全に傍観者を決め込むつもりか、随分口が軽くなっている。対して、はやては臍を噛む思いだった。



[13195] 三十七話 一夜覚醒? 頑張る曹長
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/05/28 00:09
 歪む視界に、少女の影が写る。

(シル、ヴィ……?)

「一夜!」

 シルヴィアが一夜に抱きつく。

「ッ!

 ぐ、ぁああああぁぁぁああああぁっ!!」

 シルヴィアに抱きつかれると同時に、一夜の胸の裡でリンカーコアが一際大きく暴れた。

 周囲に耳を劈く爆音と衝撃波が撒き散らされる。

「きゅあっ!?」

 一夜を中心に起こった目に見えない爆発はシルヴィアの小さな身体など簡単に引き剥がし、呆気無いほど軽々と吹き飛ばす。

「シルヴィ!!」

 爆風に逆らい、チンクが飛んできたシルヴィアを受け止める。

「一体何が――」

『リンカーコアの暴走だよ、チンク』

 チンクの目の前にスカリエッティの通信ウィンドウが開いた。

「ドクター!?」

『彼の中には休眠状態だったリンカーコアがあった様でね。先ほどフェイト=テスタロッサの一撃を受け損傷し、暴走しているらしい』

「それは一大事だが……。なぜ貴方がそんな事を知っている?」

『この状況を観測する為、管理局と取引したからだ。

 やぁ、初めまして。成功作』

「……貴方、誰?」

『キミのオリジナルだ。いや、正確にはキミの肉体のベースとなった科学者だ。どうやら転写されるはずだった『私』は、キミの中に無いようだね。そこだけは残念だ』

「一体何を言って――ッ!?」

「シルヴィ? どうした!?」

 スカリエッティと会話を交わしたシルヴィアが頭を抱えて苦しそうな顔をする。

『んん? 私を認識して、『私』が反応したか?』

「な!? くっ、消えろ、ドクター!」

『もう遅い。何事も始まってしまえば止められない。それがどんな結果を生もうとも――』

 そこでウィンドウが唐突に消失した。

「あ、何か五月蠅かったので私の周囲にジャミングを掛けました。拙かったですか?」

 チンクの横にファリンが立っていた。この強風と、時折発せられる衝撃波にびくともしてない。チンクでさえ少し辛いこの状況でも。

「いや、構わない。

 そんな事より、一夜を取り押さえてくれ。貴女なら風も魔力による衝撃波も関係ないだろう」

「そうですね。では、ちょっと――。


 ――あれ――?」


「どうし――。


 ――な、に――!?」


 二人の顔が驚愕を形成す。視線は双方共に自身の胸部。


 そこから、銀の刃が生えていた。


 チンクがシルヴィアを取り落とす。

(損傷:胸部貫通創。被害:重要器官正常。神経系に一部断線発生、左腕信号不達。

 これなら行動に支障無し!)

 ファリンが片眉を顰める。

(警告:駆動炉に損傷。被害:外殻破損。状況:運用上の安全性に問題が発生、機能停止。

 魔法攻撃を吸収できなくなっちゃいましたね、ヤバいですよ……)

 チンクはファリンの表情から自分よりファリンの被害が大きいようだという事を悟り、行動を開始する事を決めた。その時、風が止んでいる事に気付いたが、それは後回しだ。

(スティンガー配置、座標――)

 自分となのはの間と、ファリンとなのはの間に一本ずつスティンガーを出現させる。

「IS発動、ランブルデトネイター!」

 チンクの足元にテンプレートが出現し、ISが発動した。


 なのはとの間で二つの爆発が起こる。


 チンクの行動には二つの狙いがあった。

 一つ、爆発で発生する爆炎と爆煙を利用した目晦まし。

 一つ、爆風を利用した刃からの離脱。

 ただ、後者にはチンクの場合リスクがある。傷口からの出血だ。刃が抜ければ傷口を押さえているものが無くなり、一気に出血する可能性が大きい。

 チンクとファリンが地面を転がる。

 ファリンは問題無い様だ。だが、チンクは予想よりも離脱の際に損傷箇所が広がったようだ。

(ぐぅっ! 流石に無茶だったか? いや、どの道結果は変わらないだろう。ならば――!?)

「待て! その子のに手を出すなっ!!」

 なのはの虚ろな瞳が自分の足元に転がっているシルヴィアを捉えていた。当のシルヴィアはいまだに頭を抱え、苦悶の表情を浮かべていて、動けそうに無い。

「――状況判断:INFの信号無し。魔力反応有り。危険レベル3。.対処:現時点での無力化」

 非常に機械的な事を呟き、右手の小太刀を握り直し、峰を向ける。峰打ちにでもするのだろう。ただし、どの程度の力が掛けられるのかが不明だ。このまま打ち込まれて、シルヴィアの身体が耐えられるのかは――。

「――」

 振りかぶられた小太刀が、振り抜かれ――。


「その子に、何をする?」


 小太刀が、途中で止められていた。

 止めていたのは、一夜の左掌だ。




 吹き荒れる風に翻弄されながら、リィンフォースⅡは何とか一夜の元に辿り着こうと割りと必死だった。

『リィン、急いでな! この調子だといつまで保つかわからへん!!』

「解ってるです! でも、凄い風――あだっ!?」

 風だけでなく、衝撃波が直撃したようだ。

「い、痛いです~!」

『挫けたらあかん! 今はリィンが頼りなんや!!』

 通信ウィンドウごしに、はやてが煽る。

 それに応えるため、リィンは頑張って飛行を続ける。

「でも、これどう見ても総合Cランクの魔力じゃないですよ?

 それにどうやってコレを止める――」

『……一夜さんとユニゾンするんや。内側から損傷したリンカーコアに干渉して停止させる。最悪の場合はリンカーコアの破壊もやむを得ないやろ。命には、命には代えられへん』

「……了解です」

 リィンも覚悟を決めた。

 ユニゾン中にリンカーコアの破壊を行った場合、考えられる最悪のケースは、ユニゾンデバイスの破損。つまりリィンフォースⅡの損傷も有り得る。

『リィン――』

「大丈夫です。私はちゃんとはやてちゃんの所に戻るです。心配しないでくださ――いだっ!?」

 笑顔で答えていたころに、また衝撃波が直撃した。



[13195] 三十八話 一夜のスペックはチート。 曹長の功績。
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/06/05 23:34


 暴れる何かに翻弄されるまま、一夜は苦悶していた。

(気持ち、悪い……! 苦し、いっ!?)

 胸焼けとは違う、強烈な不快感と内側から膨れ上がる何かが、肺腑を押し潰そうとしている。

 余波として一夜を中心に風が巻き起こり、時折魔力が衝撃になって放たれている。

「最上一夜さん! 聞こえますか!?」

 そこに、強風に煽られ、衝撃波を受けながら、リィンフォースⅡが現れた。風のせいで安定性を失い、衝撃波で時々身体のあちらこちらがあらぬ方向へ弾かれたりしているが、何とか一夜の傍に留まり大声を上げている。

(……? 何だ? この小さいのは)

 一夜がリィンフォースⅡを視認したが、それが意志を持つ者だと理解するほど頭が回っていない。

「貴方は今、大変危険な状態にあります! これからこちらで対処します! よろしいですね!?」

(これを、何とかしてくれるのか……? だったら――)

「――まか、せるよ」

「了解しました!

 ――いきます! ユニゾン、イン!!」

 リィンフォースⅡが光球となり、一夜に溶けた。

 一夜の内部に入ったリィンフォースⅡは、体内でも荒れる魔力の発生源へ急行する。

「見つけたです!」

 紫紺の魔力光を放つ一夜のリンカーコア。損傷箇所と思われる所から魔力が噴出し、一夜の中で圧力を上昇させていた。

「体外への放出量より、中で残留している魔力の方が多いですよ? 推定AA~AAAランクじゃないですか……。何か一夜さんの身体には仕掛けでもあるんですか?

 ああ、それは後回しです! 何とか止めないと!!」

 一夜のリンカーコアに近接し、手を触れようとした時、リンカーコアから全周に魔力が一気に放出された。

「はぁぅっ!?」

 簡単に触れられると思っていた分、リィンフォースⅡは大きく弾き飛ばされた。

「くっ、触らせないつもりですか!? だったらこうするまでです!!」

 加速を付け、吶喊する。

 また魔力が放出されるが、今度は突破できた。

 そして、一夜のリンカーコアを抱きかかえる。

「掌握開始です!」

 リィンフォースⅡがリンカーコアの掌握に乗り出す。

 入ってくる情報を的確に処理しながら、何とかリンクを確立しようと目に見えない奮闘が始まる。

「リンカーコアの基本能力:魔力への変換能力は管理局基準AAに準拠。

 魔力変換資質:保有→変換能力:烈風。

 希少技能:保有→リストに該当有り、能力名『圧縮』」

 出てくる魔導師としての性能は正直並外れていた。

「掌握進行中、現在掌握率70%

 しかし何ですか、コレは……。六課の隊長たちだって相当なハイスペックですけど、コレもかなりの反則物じゃないですか」

 驚きのデータが揃い出し、驚きもひとしおだ。

「……もし、制御できればなのはさんだって止められたんじゃ?」

 データ上のスペックなら不可能では無いだろうが、なのはは教導官を勤めるほどの魔法戦のスペシャリスト。対してこちらは魔法戦など無経験のちょっと喧嘩が強い一般人。戦力の彼我は歴然としている。

「掌握率90%

 ん? 何か妙なコードがあるですね。ベルカ式の高密度圧縮データみたいですけど随分古い形式――。とと、解凍は後回しです! 今は一刻も早く完全掌握するです!!

 掌握率98、99、100%!

 完全掌握です!!」

 掌握完了と同時に無差別な魔力変換を停止し、次に体内の魔力が一定水準になったら体外への魔力の放出も止める。

「ふぅ、一先ず安心です。

 リンカーコア、補修開始です」

 刃で傷つけられたような部位を補修し、暴走しない程度まで回復させる。

「制御できて良かったですよ~。私も壊れずに済みます。

 そういえば、外はどうなってるですか?」

 リィンフォースⅡが一夜の目を通して外の様子を窺う。




 一夜は不快感と圧迫感が消え、いつもの自分に戻ったような気がした。

(あ~……、キツかった)

 ふぅ。と、ため息を一つ。

 自分の中に何か違和感も感じたが、それを気にする時ではない。

 さっき、シルヴィアを吹き飛ばした。それを覚えていた。

(シルヴィ、無事か?)

 周囲を見渡すと、見たくない風景が見えた。

「――え? ちょ、なんだよ、それ――」

 胸を貫かれているチンクとファリン。

 その足元に転がり、悶えているシルヴィア。

 妙な目付きで二人を刺しているなのは。

「チ――」

 ンクさん。と、言おうとしたら、チンクとファリンの背後で爆発が起こった。

 刃からは逃れた二人。だが、チンクは目に見えて出血が酷い。ファリンは鈍いながらも立ち上がろうとしていた。

 一方、なのははあの爆発でも無傷のようで、近くに転がっているシルヴィアを見て、

「待て! その子に手を出すな!!」

 チンクの怒鳴り声にもピクリともせず何かを呟き、小太刀を片方、振りかぶった。

(あ――!?)

 何をするつもりなのか、意識が理解するより早く、身体が動いた。



 かなり軽快に。



 普段の数倍の速度で。



 あっさりと、なのはとシルヴィアの間に割って入り、



 振り下ろされた小太刀を、左掌で難なく止めていた。



「その子に、何をする?」



 いまだかつて、出した事の無いような厳しい声が滑り出た。

 そして一夜は理解する。


 自分が、過去に類をみないほど、最高に怒っている事に。


(一夜さん! 急に無茶な事をしないでください!!)

(頭の中で声が? 誰だ?)

 今、一夜は魔力を変換資質で風に換え、後方に噴射し急加速を付けてなのはの行動を止めていた。

(先ほど声を掛けました管理局所属のリィンフォースⅡです。今、貴方とはユニゾン状態にあります。魔力の管理・運用をサポートしています)

 正直な話、意味の通じない単語が有り、全ての意味が理解できない。

「行動に障害発生。魔力検知、危険レベル5、対処法→全力での強制排除」

 なのはが刃を引き、距離を取る。

 小太刀を構え直す。

(わわっ!? なのはさんがこちらを敵と認識しちゃったじゃないですか!)

(え? あれなのはちゃんなのか? 見ない間に随分やさぐれたなぁ)

(そんな事言ってる場合ですか!?)

(冗談だよ。それに、誰であろうとチンクさんを刺した、シルヴィに手を出そうとした。

 それは許さない!)

 一夜も構える。構えは巻島流の空手の構えだ。

(戦う気ですか!? 無茶です! 経験が違いすぎますし、何より相手は局でも指折りの魔導師なんですよ!!)

 リィンの悲鳴に近い叫びが聞こえるが、一夜には何処吹く風だ。

(関係無いね。

 許せないものは許せないし、力が足りずに敗れるならともかく、端から諦めて何もしないなんていうのは、挑戦もせずに引っ込むなんていうのは、俺の生き方に反する!)

 才能の限界を感じ続かなくなり、挫折し続けてきた。それでも、新たに挑戦する事を止めたりだけはしなかった。挑む前から自分には無理だと決め付ける事だけはしてこなかった。

 固く握り締めた拳に体内で練り上げられた魔力が集まる。魔力運用の変化形だ。更に希少技能(レア・スキル)を無意識に使っているのか、集められた魔力が拳の中に押し込められ、密度が上がっていく。

(そういう問題じゃないです! なのはさんのデバイスは現在、非殺傷設定が機能しない状態にあります! 直接デバイスで斬られたら、命に関わるんですよ!?)

 流石に命のやり取りはした事が無い。精々が路地裏の喧嘩でナイフや金属バット、鉄パイプの類を相手にした程度だ。

「さて、聞こえてるのかな? なのはちゃん。

 俺の知ってる君は、人に平気で刃を向けるような子じゃなかった筈だけど」

「……」

 答えが無い事を確認し、一夜は、ふぅ。と、息を吐いた。

 無駄に力んでいたこわばりが解け、自然体になった。

「事情はよく知らないけど、君はチンクさんを刺した。シルヴィに手を出そうとした。それが許せない。彼女たちは俺の大事な人たちだ。

 だから、とりあえずチンクさんの分は殴らせてもらうよ」

(あ~! もうっ!! 人の話を聞かない人です! いいです、少し痛い目に合えばいいんです!!)

(そう言わないで協力してくれないかな? この力の使い方、教えて欲しいんだけど)

(……なのはさんを、止めてくれますか?)

(俺で何とかなるのなら。

 あんなのなのはちゃんじゃない。正気じゃなくなってるなら、ぶん殴って正気に戻してあげるさ)

 一夜が脳内で会話しながら、なのはからは注意を逸らさずにいる。既に、並列思考はおぼろげながら出来ているようだ。

(解りました。いきなりの実戦で相手がなのはさんで、ユニゾンデバイスのみ使用という最悪の悪条件ですが、貴方の適応力に期待します。私が可能な限りサポートしますので、なのはさんを止めますよ!)

(よし、なら、行くよっ!)

 一夜の髪が銀髪に変わり、眼が蒼くなる。どうやらリィンフォースⅡの支配率の高さが外観の変化に繋がっているようだ。

 一夜を中心に再び風が巻き起こる。

(衝撃追加!)

「烈風加速!!」

 一夜が風に乗って一気に距離を詰める。

 なのはが迎撃に出た。

 魔力を纏った拳と小太刀の刃が交錯する。



[13195] 三十九話 魔法合戦~チート主人公VS魔改変教導官~
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/06/20 13:35
 魔力が高密度で収束している拳は、魔力刃と同等の性質を持っているのか、なのはの小太刀とぶつかっても切創すら負わなかった。

 振られる反対の小太刀を今度は脛で止め、蹴り弾く。

 上段付近まで上がった蹴り足を振り下ろし、なのはの頭部を狙う。

(側頭部か顎先に当たれば!)

 普通の人間ならそこに当たれば動けなくなる。脳に衝撃が伝わり体をコントロール出来なくなるからだ。

 だが――。

(そんなっ!?)

「側頭部に、直撃だったんだけどね」

 なのはが蹴られた事などお構い無しに、一夜の蹴り足を切断しようと小太刀を振るう。

 今度はなのはに向かって風を起こし、反作用で後ろへ下がる。

「常人なら昏倒ものだったんだけど」

(普通なら気絶ものですよ。

 一体どうなってるですか? あ、防護フィールドを張るです。Panzergeist)

 一夜を紫紺の魔力光が包み込む。ベルカ式防御魔法のフィールドタイプ、パンツァーガイストだ。

 そこで、なのはが行動を起こした。

「バレル展開」

 なのはが左の小太刀を一夜に向け突きつける形を取り、呟く。

「?」

(え?)

 感情の揺らめきが一切無い、褪めた瞳が一夜を捉える。同時に数発の薬莢が排出され、なのはの足元に魔法陣と、左の小太刀に帯状の円環魔法陣が出現する。そして、桜色の魔力が球状に収束される。

「ディバイン・バスター」

 通常のものより幅が狭いが、ディバイン・バスターが放たれた。

(コレだけじゃ防ぎきれません!? 一夜さんっ! 右手を!!)

「こうっ!?」

 すかさずリィンフォースⅡが指示を出し、一夜が行動する。パンツァーガイストのみでは防御力が低すぎた。

(シールド展開っ! Panzerschild!!)

 ベルカ式魔法陣が一夜の足元に描かれ、目の前にシールドが展開される。

(直撃で凄い負荷がきますけど、堪えてくださいっ!!)

 ディバイン・バスターが直撃する。

「なんっ、だ!? これぇっ!!」

 忠告を受けていなければ一発で吹き飛ばされてしまいそうになるほどの圧倒的な火力。文字通り洒落にならない。

 今、逃げれば周囲の三人に被害が及ぶ。一夜は懸命にディバイン・バスターに耐えていた。

「チンクさん! 動けますか!?」

「だ、大丈夫だ。この程度でどうにかなるほど柔には出来ていない」

 そうは言っても生体部分が悲鳴をあげている。損傷箇所の生体機構を操作し、出血は止めたがそれまでに流れだ量が多かった。生体部が損傷しないように維持するのにかなりのリソースを消費している。

「ファリンさんは!?」

「わ、私も大丈夫です。一般人とは造りが違いますから」

「だったら、シルヴィを連れて下がってください! ここは――」

「……解った。一旦退かせてもらう」

 チンクが悶えるシルヴィアを拾い上げ、ファリンと共に離脱する。それに気が緩みそうになるが、まだ駄目だ。

(砲撃終了まで後、4,3,2,1――!)

 砲撃が終った。

(シールド解除、反撃行くです!

 足元の瓦礫を何個か掴んで胸の辺りで放ってください!)

 一夜が言われたとおりコンクリ片だかアスファルト片だかを適当に何個か拾って宙に放る。その数、四つの二列、計八つ。それぞれが紫紺の魔力に包まれる。

(術式最適化、Schwalbefliegen!)

「術式最適化、シュワルベフリーゲン!」

 一歩踏み込み、右の拳で上の列を、返す動きで左で下の列を。

 それぞれ全力で殴りつけてなのはに向け弾き飛ばす。

(ヴィータちゃんのコレは当たると痛いですよ!)

(いや、これ、人が簡単に死ねる威力が乗ったと思うんだけど……)

 撃ち出した感覚と飛んで行く速度を見て、一夜は呆然としかけた。明らかに殺人級の威力が備わっていると判断できる異様なすっ飛び方だったからだ。頭に当たったらかち割れかねない。

「――排除」

 だが、なのはは何の苦も無く八つの弾体を軽々とそれぞれ二分割し、無効化してしまった。

(エェェェエ! そんなあっさりと!? 術式の調整大変なのに!!)

(いや、清々しいまでの実力差だねぇ。まぁ、こっちが技量的に不足しすぎなだけだけどさ)

(くっ! なら次です!! 一夜さんぐらい魔力量があればコレだって使えますから!!

 術式調整、一夜さん、重ねて詠唱してください! 行きますよ!!

 来よ、白銀の風――)

「来よ、白銀の風、天よりそそぐ矢羽となれ!」

 一つだけ光球が生まれ、そこからかなり出力を絞られたフレースヴェルグが放たれた。一夜の魔力量を計算し、その上での限界威力、更に精密特化させたようだ。

「危険→行動選択:防御。

 カートリッジロード、ラウンドシールド」

 わざわざカートリッジをロードして防御力を強化した。いかにオリジナルよりも威力を絞られ、ランクダウンしているとはいえ、元ははやての持つ大威力の砲撃魔法だ。万一の備えだろう。

 だが、一夜の中でリィンフォースⅡがニヤリと笑う。

(魔力『圧縮』解放! 威力強化!!)

 一夜の資質『圧縮』を使い、自己の魔力を一部圧縮しておき、その状態で通常通り魔法を発動させ、その後に圧縮を解除し魔法を強化する。カートリッジシステムに似た効果が得られる。

(一夜さんのリンカーコアは変換量はAA程度ですけど、変換速度――魔力の回復速度がバカ速いんです! だからこういう無茶な使い方も出来るんですよ!!)

 何故かリィンフォースⅡが得意げになっている。

 一夜の放ったフレースヴェルグだが、上乗せされた分でほとんどオリジナル並の威力になった。それが、なのはを直撃する。

 魔法に呑み込まれ、姿が見えなくなる。

(次っ!)

(え? 流石にあれなら――)

(なのはさんを舐めちゃいけません! ヤるのなら確信を得るまでヤめちゃ駄目なんです!! 終了と同時に次弾発射です!!

 魔力『圧縮』! 術式調整)

「トライデント・スマッシャー!!」

 間髪入れずに第二射は放たれる。

(魔力『圧縮』解放! 威力強化!!)

 またも威力が強化される。

(ちゃんとしたデバイスがあればもっと――!?)

「な――、ぐっ!?」

 魔法発動後の無防備な隙を突かれた。

 バリアジャケットの各部が煙を立ち上らせた状態で、なのはが一夜の腹に回し蹴りを叩き込んでいた。

 そのまま吹き飛ばされ、地面をワンバウント、ツーバウンド、建築物の壁面に激突。パンツァーガイストのおかげで物理ダメージはほとんど通っていないが、突然の衝撃に一夜の内部でリィンフォースⅡは気絶、一夜も意識が飛びかけた。

「何時の、間に……?」

「……」

 実はなのはは、一発目のフレースヴェルグが途切れ、二発目のトライデント・スマッシャーが直撃する寸前に神速を使い本人が離脱、その場にラウンドシールドを残し二人を欺いていた。

(リィンちゃん? 平気なの?)

(……)

 返事が無い。完全に意識を失ってしまったようだ。そして、こうなった場合――。

「あっ!? クソッ!!」

 リィンフォースⅡが一夜の外に現れ、ユニゾンが強制的に解除される。当然リィンフォースⅡが起動させた魔法も終了されてしまう。

「……絶体絶命ってヤツかな」

 コツコツコツ。と、わざとなのか足音を立てながらなのはが歩み寄ってくる。障壁も失い、魔法を単独で使うことも出来ない一夜に、抗う手段はもう無い。





[13195] 四十話 間幕11 手出し無用? 本編 一夜覚醒! 主人公補正って偉大
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/06/28 00:01

 はやては頭痛を通り越して吐き気すら覚えていた。

「今度は通信が完全不通!?」

「プログラム、設備に異常は有りません! 原因不明です!!」

 シャーリーも混乱している。リィンフォースⅡに対し通信を行った後、完全に地球との通信が不能と言う状態に陥っていた。

(何や? 一体何がおこっとるんや!?

 ……まさか――!!)

 そこではやては一つの可能性にたどり着く。もっとも単純で明快。それなら説明が出来てしまう理由。

「スカリエッティーーッ!! お前か!!」

『ふふ、何の事だい?』

「惚けるな! こちらに異常を悟らせずに通信を不能にするなんて真似、他に誰が出来る!?」

 はやての言葉に肩をすくめ、やれやれと言わんばかりの態度で解説を始める。

『別に、惚けているわけではないんだがね。

 私が言えるのは、これは私の仕業ではない。精密観測すれば解ると思うが、原因はあちら側に有る』

「地球側?

 シャーリー、観測可能なデータを全部精査しい」

「了解!

 光学・電磁波・魔力波等を精査します」

 シャーリーが各種パラメータを通常よりも精密にチェックする。

「結界内及び境界面に魔力の著しい乱れを観測、以降は結界自体が特殊な振動数で微細な振動を起こしています。それに伴い、磁界も不安定になり、現在の機器では通信並び内部のスキャニングが出来なくなっています」

『やはりか。余波が面白い形で現れてしまったか』

「心当たりが有るんか!?」

『思い当たるのは私の特殊コピーだよ。アレと私の絶対的な相違点はリンカーコアの有無なのだが、リンカーコアの生成に失敗しても問題無い様に戦闘機人技術の一部を投入し、部分的に改造して有る上に、体内にデバイスの機能も付与してある。
 
 生体のまま魔導兵器と成った聖王とは違い、アレは現代技術で魔導兵器と成った。言わば魔導と科学のハイブリッド・ウェポンだ』

「なん……やと……!?

 お前、自分のコピーになんて事をするんや!!」

『私のコピーだからこそだ。

 私と寸分違わず、まったく同じ物など、停滞以外の何者でもない。科学、技術は常に進歩してこそ意義が有る!

 如何な天才であれ、時間の経過による思考の硬化は避けられない。ならば、条件を変えてやればいい。過去のデータは全てプリセットして有るのだ、それをベースに全く新しい発想を生み出して貰ったとしても一向に構わない。

 私が必要とするのは『意志』と『思想』の継承のみ、だ』

 はやてを始め、シャーリーもグリフィスも、挙句にはまだ通信が繋がっているマリエルでさえ開いた口が塞がらなくなっていた。

『自分すら代えの利く歯車扱いするなんてね、流石に吃驚したわ』

『ふ、技術と土壌さえ整えば、君も同じ事をするのではないかね?』

『あはは、それはご免だね。私は私で在るが故に『私』を定義するからね。自己の手で何かを弄ってまで続けようとまでは思わないね』

 マリエルはスカリエッティの言葉を一笑に付した。

『そうかね。まぁ、哲学になる部分だ。他者の理解を得ようとは思わないがね。

 ともかく、各種改造によってアレは魔導兵器化されたわけだが、肝心のOSが別物になっていた。私が揺さぶりを掛けて本来のOSを起動させたが、肉体の使用権を巡る内部葛藤の余波が身体に埋め込まれている装置類を無秩序に作動させているのだろう。結果が、結界の振動による通信障害と言うものになっていると予想される』

 スカリエッティの淀み無い予測説明に、はやては最早言葉が無かった。

「イカれとる……」

『狂科学者とは、得てしてこんなものだ。何も私だけが特別なわけではないよ』

「は、そうかー……。

 この状況を打開するには?」

『アレの内部でどちらかのOSが勝つか、アレ自体が破壊されるまで収まらないだろうな』

「打つ手は無しか……」

『え~、結界が変な振動して遮断機になってるんでしょう? だったら、その振動を相殺する振動数を割り出して、通信波長を調整すればいいじゃないかな?』

「そういう真似ができるんか?」

『無理だな。稼動する装置類が一瞬ごとに変わっているせいで振動数が一定にはならない。

 オペレーター君、実際のところどうだね?』

 話を振られたシャーリーが、振動数の計測お行うが、苦い顔になった。

「……スカリエッティの言っている通りです。振動数がその都度変化していて相殺は不可能です」

『有線でも引いてあれば話は別だが、空間的・物理的に遮断されている結界内にそんなものはないしな。

 しばらくの間、こちらは完全に無力だよ』

 指令所の中に、厭な沈黙が横たわった。




 高速で飛行する一つの影。

(足りない、足りない、足りない――!!)

 現在の自分が出せる最高速度。

(もっと、もっと、もっと速く!!)

 音速の域にあって尚、まだ足りないと心で叫ぶ。

『Master,Use to It’s New Magic?』

(え? 何、新しい魔法って――)

『Name is Lighting Speed』

(雷光速度? それって――!)

『Ues?』

(やる。いくよ、バルディッシュ!)

『Yes Sir.

 Lighting Speed』

 全身が帯電し、空気が爆ぜてオゾン臭が撒き散らされる。

 そして、音速の域にあった身体が、ついに光速の域へ至った。


 全ての距離を無とし、フェイトが現場に瞬着する。




 自身の最後すら想像した一夜だったが、それは実現することなく妄想となった。

 横から眩い光が差した瞬間、歩み寄っていた死の象徴にも見えたなのはが、何の前触れも無く一夜の動体視力の限界を越えた速度で弾き飛ばされた。

「間に合った!!」

『A Just taiming』

 何時の間にか真ソニックフォームでライオットの形状のバルディッシュを持ち、フェイトが現れた。先ほどまでの余韻か、その全身は帯電し、バチバチと放電現象を起こしていた。

「……フェイト、ちゃん?」

「一夜さん、無事ですね?」

「あ、ああ……。俺は大丈夫だけど」

 少々展開が速すぎて、一夜の思考が追いついていない。

「……排除」

「はっ!?」

 ライオットの魔力刃になのはの小太刀が噛み合う。

「っく、なのは!」

「攻撃確認、反抗の意志有り。敵と認し――に、ん、識……?

 違、う? 敵、味方? みか、味方?

 矛盾発生、思考断裂……!」

 フェイトを敵と認識することが困難なのか、なのはの言動が錆び付いたロボットじみている。

 噛み合わせた小太刀を強引に振り抜き、バックステップで距離を取る。そこで小太刀を握ったままの右手で頭を抑え、苦しげに表情を歪ませる。

「INF信号確認→登録有り。識別信号から味方と確認。

 状況判断:攻撃を確認→味方の誤射の可能性……否定。

 否定理由:推定威力より通常であれば肉体麻痺が確実。誤射による可能性は低位。

 対処方法:INFの登録を暫定解除、敵と認識し強制排除――排除? はい、じょ……?」

 ついには両手で頭を抱えだした。

「ち、が、うっ!

 フェイトちゃんは、敵なんかじゃ、ない……!!

 『三つ子システム』ブレインナンバー01が02、03の決定を否定。

 01を強制停止――不能。

 01が行動阻害を開始」

 ガクガクと全身が震えている。

「なの、は?」

「フェイ、ト、ちゃ――! 逃げ、てッ!!

 01の自律行動を封鎖。

 採択変更無し、強制排除」

 ピタリと震えが止まり、両の小太刀がフェイトに向けられる。

「バレル展開、カートリッジロード」

 カートリッジが連続で二発ロードされる。

「ディバインバスター・エクステンション」

 小太刀の間に魔力球が形成され、そこから集束砲撃魔法が撃ち放たれる。

「!?」

『Round shield』

 咄嗟にフェイトがシールドを展開する。

 そこに、ディバインバスター・エクステンションが直撃する。

「くぅっ!? 相変わらず、とんでもない威力!!

 一夜さん、早く逃げてください!」

「解った!」

 一夜は右手でリィンフォースⅡを掴み、上着の胸ポケットに押し込むと全力で走り出した。

「あ、うぅ……」

「あ、気づいた!?」

 ポケットに捻じ込まれたせいか、リィンフォースⅡが意識を取り戻したらしい。

「現在、セーフモードで再起動中です。通常モードで最後に行おうとしていたタスクを実行します。

 古代ベルカ式圧縮プログラム、解凍」

「え?、ちょっと、どうし――」

 リィンフォースⅡの人間味が喪失したような声音が、何かを始めた。

『……ふむ。久方の目覚めが戦場とは、優雅さに欠けるのぅ』

「……え?」

 二人以外の声が、一夜の脳裏に響いた。

『状況は把握している。若き融合騎よ、大儀であった。後は任せい。

 宿主である吾が君よ、汝はその手に力を望むか? 全てを圧し退ける、破砕の力を望むか?』

(いきなり何なんだ!?)

『望むか、望まぬか、二つに一つだ。さぁ』

 からかう様な響きの声に、一夜は引っかかりを覚えるが、かまっている場合ではない。

 走りながら後ろを見ればフェイトが双剣を操り、なのはと殺陣を舞っている。今の所は互角に見えるが、何時またどうなるか、全く読めない。

 このまま逃げれば何とかなるかもしれない。ならないかもしれない。全てをフェイトに任せてしまうのもありと言えば有りだ。だが、そんな事は――。

(砕く力は要らない! 俺は誰かを壊したいんじゃない、大事な人たちを助けたいんだ!

 だから、その為の力を寄越せよ!!)

『…………ふぁっはっは!

 我儘な吾が君よ! だが、そう望むならそう有ろう。ならば描け、吾が絵姿。汝が思いのままを! さらば道は造られる! 圧砕の騎士が名の下に!!』

 その言葉を聴いた瞬間、一夜の裡で何かが砕けた。

 そして浮かぶ金髪の巫女装束のような服装の女性の姿。だが、頭にはツンと尖った三角耳が二つ、腰からは幾つもの金色のふさふさな尻尾が生えていた。その数、十本。

『ほぅ、それが吾が姿か。

 良かろう! ならば呼ぶがいい、吾が名を!!』

「――全てを砕くと言うのなら、あの世だって砕いて魅せろ!

 
砕冥(さいめい)!」


 一夜の叫びが、一夜の中でデータとなっていた存在を喚び出した。

 金のリンカーコアが一夜から分離し、コアを中心に魔力が集まり、一夜が思い描いた通りの姿をした女性が現れた。

 靡く金髪、三角耳、金毛の尻尾、何故か巫女装束っぽいもの。

 姿形は一夜のイメージでオリジナルとは異なったが、古きベルカの融合騎。列記としたユニゾンデバイスだった。



[13195] 四十一話 管理局の白い悪魔V.S.覚醒したチート主人公
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/07/17 22:28


 ただし、サイズがリィンフォースⅡと同じと言う点を除いては。

「この姿で、名は砕冥か。

 了承したぞ、吾が君よ」

 一夜の右肩に乗り、にっこりと笑う。人間と同じ大きさなら、絶世の美女と言っても過言ではない容姿をしているのだが、これでは逆に良く出来た人形のようだった。

「さて、さし当たっては後ろのバカ騒ぎを収めることかのぅ?」

「何とかできるのか?」

「ふふっ。初代のロード、つまり吾が君の祖先は、優秀なベルカの騎士だったのだ。素質は有る。十分に」

「つまり、何とかできる下地は有るって事で、手段はこれからって事?」

「まぁ、そう言う事になるのぅ。

 な~に。この妾がきっちり一人前の騎士にしてやる。と、言うわけで、融合するぞ。

 ユニゾン・イン!」

 言うなり、また一夜の中に融けた。

 今度は一夜の髪が金髪になり、服も変わった。

「…………なんだ、この服…………」

『騎士甲冑だ。ミッド風に言えばバリアジャケット。魔力で構成されるフィールド系防御魔法の塊だと思えばいい』

「そうじゃなくて、何でこの格好なんだよっ!」

『吾が君の記憶を攫ってそれっぽい物を仕立ててみたのだが、気に入らんかったかのぅ?』

 一夜の騎士甲冑はヘルメットがないがバイクのライダースーツみたいなものだった。ただ、金属プレートやなにかで補強されているように見える部位が多いが。

『まぁ、今回はコレで我慢しておけ。

 次だ、アームドデバイスを展開する。違和感に気を付けるように』

一夜の両腕の肘から指先まで魔力光が集まる。

『思い切り両手を握り締めろ!』

「へっ!? あ、ああ!!」

 グッと両手を握り締める。魔力光が弾け、金属光沢で煌びやかに光る籠手が現れた。

『ガントレットのアームドデバイス、イルアン・グライベル。打ち砕くものが扱うに相応しいデバイスだ。

 もう一つ有るぞ、グリーブのアームドデバイス、ヴィーザル。魔力光が集まったら踏み鳴らせ』

 言われた通りに一回震脚を行うと、また魔力光が弾け金属質が目立つ膝近くまでを防護する脚甲が現れた。

 呼ばれた銘はどちらも北欧神話に所縁の有る名前だ。性能もそれに因んでの物だとするならば、かなり強力なもののはず。

「トールの手甲にフェンリル潰しの靴か……。仰々しい名前だなぁ」

『その名に恥じぬポテンシャルが有る。使いこなせれば。の、話だがのぅ。

 ま、ココから先は実戦で実践して覚えるしかないのぅ。悠長に教えている暇は無さそうだ』

 フェイトが大きく体勢を崩され、なのはの左回し蹴りで吹き飛ばされていた。

『どちらも速度が異常なほど速いのぅ。これに介入するのは至難だと思うが?』

「そこは俺が何とかする。加速は出来るんだろ?」

『吾が君には慣れぬ加速だと思うが、出来なくはないのぅ。

 意識的にヴィーザルに風を集めるイメージをしてみぃ』

「?」

 言われた通り、足元に風が集中するイメージをする。

『Verdichtung Freilassung』

 ヴィーザルが発生した風を一旦自身に集め、後方に噴射した。

「うぁっ!?」

『だから慣れぬ加速だと言っただろ――』

「――ぁるほどっ! こう、かっ!!」

 足首を微妙な角度で固定し、噴射される風を制御、前傾姿勢を取って真っ直ぐ走り出した。

『……。慣れればヴィーザルの噴射口の向きを変えて、変な格好を取らなくても済むようになる。今はそれで構わんがのぅ。

 リンカーコアの解放と同時に封も解けたか。さて、吾が君はどこまで伸びる事やら』

 半分呆れたような砕冥。一夜が最後の部分に突っ込んで聴こうとしたとき、一夜の身体はもうフェイトとなのはの間合いに入っていた。

「一夜さん!?」

「新手、排除」

 フェイトが一夜が来た事に驚いて手を止めた瞬間、なのはの斬撃が一夜を襲った。

『得意の体術で何とか出来るかのぅ?』

(この程度だったら!)

 左足を軸に右の回し蹴りで右の斬撃を弾き、今度は右足を軸に身体を捻り、左踵で左の斬撃を蹴り上げる。

 更に身体を捻りながら左足を着地させ、右足を前へ踏み出しながら右の拳を突き込む。

『Verdichtung Freilassung』

 イルアン・グライベルが反応し、一夜の拳を風圧で加速させた。

 当たる瞬間に音速を越えたのか、衝撃波が発生した。

「ちょっ!?」

「……うそ……」

 両腕を明後日の方向へ流されていたなのはは、その拳をがら空きの鳩尾に受け、凄まじい速度で吹き飛び、背後に有った建築物の壁を突き破って瓦礫に埋もれた。

「な、なんだ今の……?」

『ヴィーザルでやった事のイルアン・グライベル版だ。変換資質で発生した風を希少技能で圧縮し、瞬間的に解放しただけよ。魔法的な術式など一切使わない、吾が君の能力とデバイスの機能だ』

「――――」

 なのはの埋もれた瓦礫から、桜色の魔力球が無数に飛んできた。

「アクセルシューター!?」

 フェイトが幾つか斬り裂いて消失させるが、大半を打ち漏らした。複雑な軌道を描き、一夜に肉薄する。

『これは普通に殴れば消せるぞ』

「ホントかよ? ってか当たるか!?」

 動きを追って拳を繰り出し、蹴りを放つがそうそう簡単には当たらない。逆に動いた後の隙を突いて背後、真横、時には正面から誘導弾が一夜に衝突する。

「いてっ! いててててっ!?」

『ほぅ、吾が君の騎士甲冑は優秀だのぅ。そこそこの威力が有るこの誘導弾の直撃でも痛い程度か』

「暢気にしてないで、何とかする方法はないのかよ!?」

『しょうがないのぅ。では魔法を使ってみるか。本体にダメージが届けば制御どころではないだろう。術式を吾が君の脳に転写する。圧迫感があるだろうが抵抗しないように』

 一瞬だけ一夜を圧迫感と貧血に似た眩暈が襲った。

「っと、こう、か?」

 一夜の足元にベルカ式魔法陣が描かれた。

「これなら、こうして……こうだ!」

 右腕を引き、拳を握る。

 左腕を地面と平行に、掌を開く。

 左手の先に紫紺の魔力球が形成され、大きさを増していく。

「魔力『圧縮』」

 大きくなっていた魔力球が二周りほど小さくなった。

『Brionac』

 右拳で魔力球を殴りつけると、ディバインバスターのような砲撃が放たれた。

「魔力『圧縮』解放」

 解放された魔力球は、更に同時に四発の砲撃を放ち、なのはの埋まっているポイントで集束し、爆発した。

『ベルカ式にしては珍しく、ブリューナクは誘導系砲撃魔法だ。威力も折り紙をつけてもいいぐらいだ。流石にアレの直撃を受ければ――』

 砕冥がそこまで言った途端、砂煙の中からなのはがゆっくりと歩きながら現れた。バリアジャケットはあちこちが破損して本人の顔にも汚れが目立つが、外傷は一切無し。

『ふぅむ。あの魔導師は化け物か?』

「知るかよっ! 次、無いのか!?」

『ブリューナクで効果が薄いのではなぁ……。砲撃、射撃は通らんな。元々ベルカ式はアームドデバイスでの接近戦が主――』

「だから! そっち系の魔法は!?」

『吾が君の熟練度が足りんと思うが。

 背に腹は代えられんか。幾つか術式を転送する。好きに使ってみろ。こちらはきっちり合わせるのでな』

 放任主義にも程がある。

(……おい、冗談だろ? 何だよこの魔法は!)

『何が冗談か。吾が君の知識に似たようなものが有ったので、わざわざ名称をそちらに合わせただけよ』

「ああ言えばこう言う!

 畜生っ!!」

 一夜の足元にベルカ式魔法陣が描かれる。

「どうにでもなれ!」

 自棄になった一夜の両手が高周波を纏う。またヴィーザルを使って高速移動し、なのはとの距離を詰める。

 なのはが右の小太刀を振るう。

「周破衝拳!」

『Hertza haeon』

 一夜の右手となのはの右の小太刀が衝突する。

「うぁっ!?」

「っ!?」

 両者の右腕が大きく、反発するかのように弾かれた。

『あ~、だから習熟度が足りんと言っただろう。反動も堪えられんようではなぁ』

「喧しい!」

 脳内で聞こえた砕冥の声に、思わず一夜は突っ込んだ。言われずとも良く解っている事だからだ。

「……右デバイス破損、修復不能」

 なのはの右の小太刀は、一夜の右手に直接触れた部分が半ばまで砕け、全体に無数の亀裂が走っていた。

「右デバイス破棄。モード変更、ベルカ式アームド→ミッド式ストレージ、エクシードモード」

 なのはが素早くデバイスとバリアジャケットをを換装し、本来の自分のスタイルである砲撃型魔導師の姿に戻る。レイジングハートはAIを停止したままエクシードモードになる。

「ショートバスター」

 最速の砲撃が放たれる。二人の相対距離は近接戦闘の距離だ。そこでなのはの最速砲撃を放たれてはとても回避など間に合わない。素早い魔法の展開も今の一夜には難しい。直撃を受けるしかない。

『Lighting Speed』

 瞬間、一夜はなのはからかなり離れた位置に移動していた。フェイトに抱えれた状態で。

 なのはのショートバスターが何もない空間を薙ぎ払う。

「間一髪、でした」

「フェイトちゃん、ありがとう」

「いえ。お礼なんて。

 それより、なのはが本来のスタイルに戻りました。付け入る隙は、今までより少なくなります」

「だろうね。行動の全てに余分な動作が殆ど無い」

『先ほどまでは扱いあぐねていた感が有ったのだがのぅ。デバイスの片方を破壊したのは失敗だったかもしれんなぁ』

「そこで提案です。私も、何かと言えば近接戦が得意です。二人で一斉に仕掛ければ、突破口が見えるかもしれません」

「そうは言っても、俺は足手纏いじゃない?」

「いいえ。一夜さんは既に陸戦Aランクの実力が有るように見えます。そのグリーブのアームドデバイスがあれば空戦も可能なのでしょう? 十分戦力となります」

「……最悪は、俺が囮になればいい。って事かな?」

「申し訳有りませんが」

 フェイトも中々にえぐい事を言う。

「ですが、それは私にも言えることです。どちらかがなのはを制すればいいんです。何より、早く止めないとなのはの身体に限界がきてしまいます」

 フェイトの顔に焦りが浮かぶ。

「い、いふぁいっ!?」

「少し、力抜こうか。

 二人掛ならなんとかなるはずなんでしょ? そこまで思い詰めないこと」

 フェイトの左頬をにゅーっと引っ張りながら一夜が嘯く。

「さて、それじゃ二人で左右から攻めてみようか」

「は、はいっ!!」

 フェイトから離れ、こちらを追ってきているなのはに、左右から同時に仕掛ける。

(砕冥、まだとっておきの魔法、あるんだろ?)

『一応な。吾が君の脳に転送しておく。使うかどうかは、好きにするといい』

 フェイトと同時に、一夜はなのはに殴りかかった。





[13195] 四十二話 決着、無限の欲望V.S.純白の森の女神
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/07/24 22:34
 シルヴィアの身体を運んでいたチンクが、突然膝を着いた。

「どうしたんですか?」

「い、いや……何だ? か、身体が上手く――」

「え? 一体何が――」

 ファリンが頭を抱える。

「なんですか、この酷いノイズはっ!?」

「シ、シルヴィ……!?」

 チンクは抱えていたシルヴィアの身体が異常な振動をしていることに気付いた。更に両手にスカリエッティが使っていたような奇妙な手袋が嵌っている事にも。

「うぅ……あぁっ!!」

「シルヴィ!?」

 しばらく小康状態だったシルヴィアだったが、ここにきてまた呻き始めた。

「――たしは、要ら――の――」

「え……?」

 閉じられた双眸から涙が流れる。

「私、は、要らない、の――?」

「シルヴィア、何を言っている!?

 っく、ドクターの精神干渉か!!」

 シルヴィアの身体から魔力や電磁波などが無作為に放出されている。それらがチンクの行動を阻害し、ファリンにはノイズとして届いている。

(ドクターの意識がシルヴィアの身体を乗っ取ろうとしているのか!? いや、それが本来の形ではあるのだろうが、今更、そんな事をさせるものか!!)

「シルヴィア、しっかりしろ! ドクターに負けるな!!」

「……うぅ――」

(私の声では届かないのか!? だからと言って、はいそうですかと諦めるものか!!)

 どこかを動かそうとするたび、脳内に無数のエラーメッセージが発生し、すんなりと身体が動いてくれない。それでも、チンクはシルヴィアの頭を何とか抱えた。

「お前が要らない筈は無い! 要らないのなら、私は元より、一夜が助けになんか来るものか!!

 目を覚ませシルヴィア、お前はお前のままでいいんだ!!」

 チンクが叫ぶ。

「――あ、あぁああああぁぁぁァァァァーーっ!!」

 シルヴィアが咆哮した。直後に、鮮やかな白い光が辺りを照らした。




 精神戦はスカリエッティが優勢に進んでいた。

 シルヴィアの自意識は消失が間近になるほど圧迫されていた。

「くくっ、これで私の望みが一つ叶う」

『……』

 イメージとして、手足の先から解けていきそうな感覚がシルヴィアを襲っていた。そして、精神世界ではそれが如実に反映されてしまう。

 シルヴィアの末端が解けて融け始めた。

 そんな時――。

『シルヴィア、しっかりしろ! ドクターに負けるな!!』

『……チン、ク……?』

「外部からの干渉? チンクめ、この器にも通信機能がある事に気付いているのか?」

 当然、チンクはそんな事は知らない。だが、彼女は叫ばずにはいられなかった。

 ただ、それだけだ。

『お前が要らない筈は無い! 要らないのなら、私は元より、一夜が助けになんか来るものか!!

 目を覚ませシルヴィア、お前はお前のままでいいんだ!!』

「余計な事を……!! 現時点で私が制御できる武装は――」

 チンクの叫びがスカリエッティを焦らせる。この声でシルヴィアが自己保持をしてしまえば、チャンスが無くなる。

 スカリエッティの言葉には偽りが在った。

 この身体の正当な持ち主は、如何な理由が在ろうともシルヴィアなのだ。植えつけられたスカリエッティは、言わば精神寄生体のようなもの。シルヴィアが完全に自己を保持してしまえば、そこにスカリエッティの在れる余剰は無くなる。身体の自意識が発達する前に、その芽を摘み取り、挿げ変わる必要が在ったのだ。

 だが、プログラムの誤作動でそれに失敗した。

 故に焦り、自分が動かせる身体の兵装を使い、チンクを何とかしようとシルヴィアから意識を逸らしたスカリエッティは、ここでも失敗した。
シルヴィアから意識を外すべきではなかった。チンクの声を聞き、シルヴィアが、動いた。

『お前に動かせるものなんて、私の身体には無い!』

 精神体が復元され、白い光を放つ。

『チンクのおかげで眼が醒めたよ! 私はチンクに産んでもらって、一夜に育ててもらった!

 私が!! 育ててもらったんだ! お前じゃない!!』

 シルヴィアが湖面に両手で触れた。大きな波紋が広がる。

『消えるのは私じゃない! お前だ!!』

 シルヴィアが叫ぶと、情景が逆転した。

『何っ!?』

「コレは私の身体だ! お前なんて、私が呑み下してやるっ!!」

 物凄い勢いで、水中に没したスカリエッティの精神体が圧縮されていく。

『ま、待てッ! このまま私を摂り込んだら、身体の使い方は――』

「お前の記憶をストレージ化してサルベージすれば済む事よ!」

『お、おの、れっ――』

 圧縮限界か、今度は弾け飛んで周囲に解けた。

「私はシルヴィア。身体はスカリエッティの特殊コピーでも、意識は、心は、私だけの物」

 シルヴィアが眼を閉じると、周囲の情景は消失した。そして、意識は現実に回帰する。




 白い発光と、酷いノイズが消失した。

 呻きが収まり、シルヴィアがゆっくり眼を開く。

「シルヴィア!」

「御免ね、チンク。心配と迷惑掛けちゃった」

「お前が無事ならこの程度、どうと言う事は無い」

 ぎゅっと、チンクがシルヴィアを抱きしめる。

「どこもなんとも無いのか? ドクターの意識はどうした?」

「私が消して、摂り込んだよ。もう、ジェイル=スカリエッティの意識は完全に消失した。此処に居るのは、チンクと一夜の育ててくれたシルヴィアだよ」

「ああ、良かった。本当に、良かった……」

『あ~、お取り込み中の所、大変申し訳無いんやけど』

 ぽつんと浮かんだ通信用ウィンドウに、はやてが映っていた。

『ようやく通信障害が回復してな、そちらさんにお知らせが有るんや』

「「「……」」」

 三人が沈黙し、ウィンドウに映るはやてを睨む。

『そ、そないな顔しないで欲しいなぁ……。

 一夜さんとフェイトちゃんがなのはちゃんと戦闘中で、ノエルさんももうすぐ現場に到着するんや。

 こちらとしては、もうしばらくそこで大人しく――』

「一夜が戦ってるの!?」

『うぇっ!? ま、まぁ、フェイトちゃんと一緒に空戦中や』

 シルヴィアが驚いた。一夜が魔導師の素質を持っていたという部分が聞き逃していたからだ。

「チンクと自動人形のお姉さんは此処に居て! 私が行く!!」

「なっ!? 何を言う! シルヴィアこそ此処に居ろ!!

 私が――ッ!?」

 チンクがシルヴィアを制して動こうとすると、全身が悲鳴を上げ、無数の重大エラーメッセージが発生し、立ち上がる事すら出来なくなっていた。

「な、何故今になって……?」

『無茶のし過ぎや……。いくら戦闘機人とはいえ、今まで動けていた方が可笑しいダメージ総量なんよ』

「チンク、しばらく休んでて。スカリエッティのおかげ、っていうのは癪だけど、この身体の使い方、解ったから」

 再びシルヴィアが白い光に包まれる。

 光が収まると、破損していた服がすっかり元通り――いや、バリアジャケットにすり替わっていた。そして両手にはあのグローブ。

「魔力値、Sランク……?」

「私は大丈夫。戦い方は、この身体が知ってるから。

 私は行くよ! 今度は私が一夜を助けるんだ!!」

 背中に白い三対六枚の翼を展開し、シルヴィアが空を駆ける。

『あ、あーー!! 駄目やって!』

 はやてが怒鳴るが、もうシルヴィアには届かなかった。そして、忠告を無視するものがもう一人、二人。

「済まないが、肩を貸してくれないか?」

「構いませんけど、どうするつもりですか?」

「私も後を追う。身体は殆ど動かなくとも、ISは使える」

「仕方ないですね。私も戦闘は不能ですけど、動くことは出来ます」

 ファリンがチンクを抱え走り出した。

『こ、コラッ!! 人の話を聞けーー!!』

 はやてのお知らせは、結果として三人を動かしてしまった。これは完全に裏目に出てしまった。



[13195] 四十三話 魔法戦終結
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/08/09 21:38
 空中で黄色い剣閃と紫紺の彗星が乱舞する。

「はぁっ!」

 ヴィーザルで宙を飛び、『圧縮』で空気を固め足場として跳ね回る。

 なのはに接近し、拳撃を繰り出すがラウンドシールドに阻まれる。

 その隙を狙いフェイトが仕掛けるが、こちらはアクセルシューターの弾体に弾かれる。そうして二人が近づいたところをショートバスターやA.C.Sドライバーで反撃に出る。

「埒が空かないな」

「なのはがここまで近接戦を捌けるとは知りませんでした」

 なのはが距離を摂ったところでフェイトと一夜が並んで言葉を交わす。

「ブラスターシステム、リミット・ワン、リリース。

 カートリッジロード。

 ディバインバスター・エクステンション」

 狙い澄ましたかのようにそこをなのはの強化砲撃が襲う。

 二人がそれぞれ別方向に回避行動を取ると、

「アクセルシューター」

 無数の魔力弾が二人を個別に追跡し、追い立てる。

(演算効率低下、ブレインナンバー01の再起動を02は提唱。

 03、拒否。再度妨害行為を行う可能性大)

 なのはの脳内で二つの意見が対立していた。

 本来は主演算を司るなのは本人の意識であった01を停止したため、演算速度の低下を起こしていた。02、03は共になのはの思考誘導を行うために作り出された補助演算の為の理論と論理の擬似人格だ。本来のなのはにはどうしても及ばない。扱える演算領域がなのは本人の1/3しかないのだから。レイジングハートのCPUも投入して魔法演算を行っていたが、デバイスの中央演算処理装置と人間の生体頭脳では演算できる容量も速度も違いすぎていた。デバイス側のCPUでは絶対的に足りなさすぎた。

 人間の生体脳は一種の量子コンピューターだ。その性能は通常休眠状態に有り、2~3%程度しか使用させていない。ならば残りを覚醒させ、使用したらどうなるか。

 魔導師として優秀、有能な人物の生体脳の覚醒率は50%以上である事が統計で出ている。

 しかし、そのなのはの意識を強制的に休眠させた事により、生体脳の覚醒率は20%を割り込み始めた。ここまでくると出力の大きな魔法はディバインバスターが限界で、それ以上の高威力魔法は演算不可能だった。当然、スターライトブレイカーなど演算できない。

 たった今、ブラスターシステムを解放し、少しでも標的の撃墜率を上げる手段を取ったが、そもそも当たらなければ意味がない。

(両者同意にてブラスターシステム、フル・ドライブ)

「ブラスター2、ブラスター3、起動」

 強力な自己ブーストに身体が悲鳴を上げる。

「一夜さん! これ以上はなのはの身体が!!」

「今すぐ止めるさ!」

 一夜はアクセルシューターを全弾フェイトに押し付け、なのはに向かって駆ける。

『吾が君よ。魔導師の周囲に四つ、浮かんでいるビットを完全に潰せ。それで取り敢えずは自己ブーストの作用で自滅する事は無かろう』

「了解ッ!」

 一夜を取り囲むように展開するビットだが、一機目があっさりと砕かれた。

「周破衝拳!」

 眼前に圧縮空気の足場を作り出し、直進状態からから直上へ跳んだ。その先に有った一機目が高周波を纏った掌底に打たれ、構成金属の結合を解かれ、砕けた。

『若き融合騎が吾が君の中に残していった術式を利用する』

「シュワルベフリーゲン!」

 砕けたビットの破片に紫紺の魔力が宿る。

 一夜の拳で撃ち出されたその破片は二機目のビットを直撃、破砕した。

『まだまだ。大盤振る舞いと行こう』

 ヴィーザル+イルアン・グライベルの風力加速を最大利用し音速突破。

「周破衝拳・双掌打!」

『Hertza Haeon Dopered』

 一夜の両手が三機目のビットを強打する。金属の結合を解かれただけでは済まず、その威力で爆散した。

「ストレイトバスター」

「――!!」

 ビットを潰すことに意識を回し過ぎたため、なのはが接近している事に気付けなかった。

 そこへ反応炸裂効果の高いストレイトバスターが一夜を直撃し、派手に炸裂した。

『左上半身部、騎士甲冑大破。恒常防御フィールド部分消失。左腕デバイス、中破。魔法支援機構機能停止。

 そこそこ被害が大きいぞ』

(解ってる!)

 即座にヴィーザルと右のイルアン・グライベルに風を集め離脱。

(修復は可能か?)

『現状では無理だ。マスターコードは確かに保持しているが、復元のために演算容量を裂く余裕は無いのぅ。

 それより、有効打は持つが、あの魔導師に対する決定打が無い』

 なのはを撃墜す威力のある一撃はあるが、彼女を正気に戻すという点での決定打が無い。

「レストリクトロック」

「んぐっ!?」

 一夜が空中で固定された。

(出せる最高速で逃げてたんだぞっ!? なんで追いつかれてるんだ!!)

『吾が君の騎士甲冑は超重装甲・低機動・高可動型故、一機でも風力加速機構が止まってしまえば初速さして出ないからな。あの魔導師の方が早かったと言うだけだろう。一回加速度が付けば話しは違ったんだが、初速の遅さは如何ともしがたいのぅ』

 イルアン・グライベルが片方、機能停止しただけで初速は1/4に落ち込み、最高速度までの移行時間も1.5倍に延びてしまっている。

『吾が君の今現在の慣熟度では飛行魔法を使えるほどのリソースは余っておらん。飛行はデバイス頼み、魔法は単発使用が限界だ。どうやら三つ以上のマルチタスクはまだ無理の様だのぅ』

「カートリッジ・ロード、マキシマムロード」

 出力を限界まで上げるためか、なのははただでさえ容量を上げてある自身のカートリッジを最大数でロードした。

「ディバインバスター・エクステンション、アニヒレイト・シフト」

『魔力密度異常値観測。

 ……吾が君よ、根性を見せてもらうことになりそうだ。極大の集束砲撃が来る!!』

 一夜の脳内に砕冥の悲鳴に近い皮肉が響く。

「一夜さん!」

 向こうでアクセルシューターと格闘しているフェイトが叫ぶ。

 そんな事もお構い無しに、なのはが砲撃を放――。


「そんな事させるもんかッ!
 IS『インペリアル・ワイヤー』発動! アンチ・マギリンク・フィールド、局部最大展開ッ!!」


 咆哮が轟き、なのはに紅い糸のようなものが無数に絡み着いた。その大元には純白のバリアジャケットと六枚三対の翼を展開するシルヴィア。

 そして、なのはの周囲にのみAMFが発生し、魔力結合を解除していった。

「――!

 シュート!!」

 まだ結合を解除されていない分でディバインバスター・エクステンションが放たれる。

『これなら防げる!

 パンツァー・シルト、全力展開!! 抗拘束魔法同時開始!!』

「パンツァー・シルト!」

 一夜の眼前に紫紺色のベルカ式魔法陣が浮かび、なのはの砲撃に対抗する。それと同時になのはの仕掛けた拘束魔法の術式に砕冥が割り込みを掛け、解除を試みる。

『硬い術式構成だが、正統ベルカの融合騎をこの程度で長々縛れると思うな!!』

 砕冥が拘束魔法の破壊に成功する。

「一夜! 気絶するぐらいキッツいの! 一発喰らわせて!!」

「シルヴィ!?

 ――解った! 任せろ!!」

(砕冥、アレを使う!)

『確かにここが使い時だ。だが、その後はどうする?』

(良く解らない事があるけど、シルヴィがああ言ってるんだ。乗ってやるのが親心ってもんだろ!)

『存外に親バカだな、吾が君は。

 まぁいい。術式展開、破損した左腕のデバイスも一発ぐらいなら耐えられる』

「バレル展開! 進路クリア!」

『魔力最大『圧縮』』

 ヴィーザルとイルアン・グライベル、それに一夜自身にそれぞれ魔力が圧縮封入される。

『ヴィーザル、『圧縮』解放』

 圧縮を解放されたヴィーザルが、耐久限度を越えて驚異的な加速をみせる。

『イルアン・グライベル、『圧縮』解放』

 展開された擬似電磁バレルに入り、電磁投射砲の理論でイルアン・グライベルが電磁加速される。

『一夜、『圧縮』解放』

 その際発生する空気抵抗などの諸々の要素が魔導師に影響を及ぼさないよう、一夜に封入されていた魔力が解放され、騎士甲冑の性能を底上げする。

 僅かコンマ数秒も掛からず、電磁加速された一夜ははのはを打ち据える距離に到達。

「電磁加速拳!」

『Elektromagnetische Beschleunigungsfaust』

 右手がなのはの額を、左手がなのはの鳩尾を打った。左のデバイスは衝突の衝撃で完全に自壊。崩れ落ちた。

 額を強打され、流石に防御フィールドを抜いたのか、なのはが気絶した。

 崩れ落ちるなのはを抱え、シルヴィアに近づく。

「『インペリアル・ワイヤー』撃ち込み、神経系に接続、コンシデレーション・コンソール展開、対象へ接続!」

 シルヴィアがコンシデレーション・コンソールを使い、無防備になっているなのはに直接接続を敢行する。

「一夜、ちょっとの間私たちの身体をお願いね」

「シルヴィ? 何を――」

「この人、ちゃんと元に戻すから。

 侵入開始、没入!」

 シルヴィアの身体が脱力し、一夜に凭れ掛かってくる。足場の無い空中だ。流石に二人は抱えられない。

『大気『圧縮』

 いかんのぅ、吾が君。この程度すぐさま実行できないようでは。

 ユニゾン解除』

 最後と言わんばかりに周囲の大気を圧縮し、二人を置ける足場を造ると、砕冥はユニゾンを解除した。

「さて、後は――」

「一夜さん!」

「フェイトちゃん。お疲れ様」

 フェイトもなのはが気絶した事でアクセルシューターから解放されたようだ。

「なのはの頭、割ったりしてませんよね!?」

「……何気に酷い事言うね。

 大丈夫、そこまでの出力にはなって無いから」

『本当に割れてへんか~? ガチの一発に見えたんやけど』

 通信ウィンドウが開き、はやてが姿をみせる。

「コレが割れてるように見える? ……そりゃ、ちょっと流血してるけど」

「ああっ!? なのはっ!!」

 なのはの額から血が流れていた。さすがに無傷とはいかなかったようだ。

「まぁ、後はシルヴィの頑張りと、なのはちゃんの意志力に掛けるしかないね」

『そうやね。

 それじゃ、下の三人と合流してくれへんか? 一箇所に居てくれた方が助かるんやけど。

 あ、後リィンの面倒よろしくな。再起動してくれると嬉しいんやけど』

「……ポケットに入れっぱなしだった。

 潰れて無いよ、ね……?」

「あの融合騎なら、ここだ。妾が再起動中だ」

 砕冥が小脇にリィンフォースⅡを抱えていた。

「もうしばらく待て。強制終了の影響が無いか確認してからだ」

 Ⅱは砕冥に任せておけば問題ないだろう。

 一夜はフェイトに示し合わせ、下でこちらの様子を伺っているだろうチンク、ファリン、ノエルたちと合流する事に決めた。



[13195] 間幕12 罵倒する指揮官 四十四話 なのはの心の裡・上
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:c5a7d580
Date: 2010/08/15 21:39


「ふぃ~~……。

 何とか終結しそうやねぇ」

「結界内部の破損状況など、物理的に深刻な被害も出ていませんし」

「問題は高町空尉のみ。ですか?」

「そうやね。なのはちゃんの精神汚染の具合が一番深刻な問題や。後の事はどうとでもなる。

 さて、お前の目論見は知らんけど、結果はご覧の通りや。コレで満足か? スカリエッティ」

『……満足? はは、満足なものかね。ここまで面白可笑しく君たちに有利な条件が揃うなんて、通常有り得ない。

 私としても、幾重にも施した仕掛けを食い潰してこの程度の結果しか生まないと言うのは、甚だ不本意と言わざるを得ないよ。

 まるで、どこぞの神か何かが介入したかのようだ』

 苦笑と自嘲を多大に含んだ奇妙な笑い顔を見せる。

「は、科学者の口から神なんて単語が出るなんてな。とんだ――」

『勘違いしないでもらいたい。私は神か何かが。と、言ったんだ。神とは限定していない。

 そもそも、神など存在し得ない。仮に目に見えない高次存在が在るのだとすれば、意思を有する時点でそれは人間と同義だ。

 神は現象であり、事象であり、全ての始点にして終点でしかない。思惑を持って事柄に手を加えるモノなど、ヒト以外の何者でも無いだろう』

「その手の話しは神学論者とでもやってくれへんか。わたしは興味無い」

『さすが無神論国出身者。面白みも在ったものではないね』

「概念に囚われない自由な国の出身と言ってくれへんか。

 ま、下らない話しはここまでや」

 はやては通信ウィンドウ越しに、スカリエッティを感情の宿らない冷たく凍える顔で、まるで路傍の小石でも見るかのような眼で見る。

「お前、なのはちゃんに何したんや?」

『……』

 スカリエッティは奇妙な笑い顔のまま、答えない。

「なのはちゃんの頭ん中、どう弄繰り回した?」

『……』

 通信ウィンドウに映るスカリエッティの首を、人差し指で横になぞる。

「――あの子になにしくさったか聞いとんじゃコラァ! 答えんかいワレェ!!」

『……』

「黙ってりゃ許されるなんて思うてんのか!? あ゛!?

 それとも何か? わたしが何も出来ひんて高ぁ括ってだんまり決め込む気か?

 あんまし舐めへん方がええで? 大事な友達を勝手に弄繰り回されて、泣き寝入りするようなタマやないんや。その留置所ごと、次元の塵にしたろか!?」

『君の質問に――いや、君が知りたいであろう事柄に答えられないから、黙っているのだよ』

「……どういうことや?」

 思いがけない答えに、はやてが微妙な顔になる。

『君が私を十全に信用しないことは承知の上だが、まず、高町なのはに掛けた洗脳暗示は時間が経ち過ぎている。彼女と完全に癒着融合している可能性が高い。

 最初の質問の答えはこうだ。初期、彼女に施したのは単純な思考誘導だった。理論と倫理の観点から、彼女のテロリズムに対する敵対心、または敵愾心を煽る様に思考補助回路を植えつけた。全てを書き換えるような真似は一切していない。そんな事をすればあっという間に発覚し、全てが台無しになってしまうからだ』

「続けぇ」

『そして、君がい知りたいであろう事柄に対する答えとして、その程度の変化ではかなり長期的に見なければ差異が現れない。それどころか、本人の意思力次第では封殺されてしまう可能性もある。まぁ、彼女に関して言うのであれば、十分に機能したようだがね。

 だが、そこで問題が発生する。こちらにも、彼女の中がどうなっているのか、全く知る事が出来ない。どの程度変質、変容するのか、それは非常に個々人で異なり、精神構造の変化も千差万別なのだよ。そもそも、その変化のデータなど取れる由も無いので、現時点で彼女がどう変化したのか、推測は出来ても正しく把握する事は、私をもってしても不可能だ。

 よって、君が知りたいであろう彼女を元に戻す方法を、この私は持っていない』

「……お前、ほんっとうに最っ低や!! やりっぱなしか! 投げっぱなしか!!

 なのはちゃんが元に戻らんかったら、覚悟しとき!!」

 言い捨て、スカリエッティから視線を外す。

「向こうの状況は?」

「進展有りません」

「結果待ち、か……。何も出来ひんってのは、辛いなぁ」




 初めは、何も無いのかと思えるほどに一面真っ黒い世界だった。

「――広域探査完了。だだっ広い世界だけど、確かに、在った」

 ある方向に進路を固定し、シルヴィアは一直線に飛んで行く。

 精神世界で時間も距離も余り関係無いのだが、人間とは手順を重要視するきらいがある。

 何処かに辿り着く→移動する→時間が掛かる

 のような図式を、無意識下で共有しているものだ。精神世界はその精神の持ち主の条件付けで形成される。常識の弊害と言ってもいい。

「一軒家?」

 暗闇の世界に、突如一軒の家が現れた。

「っと、高町なのはの生家……」

 現実に存在する家を完全に再現しているのだろう。漆喰の外壁に囲われた、あの家そのものだ。表札にはご丁寧に『高町』と書かれていた。

「でも、結構オリジナルと違ってるようだね。それとも、今の家は門扉に電子ロックなんてつけてるのかな?

 まぁ、いいか。どの道解除しないと入れないわけだし。IS『インペリアル・ワイヤー』」

 紅い糸を電子ロックの本体に射ち込み、解析→開錠する。

 更に玄関を抜け二階に上がろうとするが、二階への階段が何故か存在しない。訝しく思いながら居間に移動する。

「招いた覚えの無いお客人、歓迎はしない」

「貴女の目的は解っています。が、我々はそれを良しとしない」

「貴女達が、スカリエッティの植えつけた思考誘導回路の今の姿ね。

 歓迎されていないなんて百も承知よ。でも、この人を解放するため、貴女達は消去します。完膚なきまでに、ね」

 居間に入ったシルヴィアの前に、黒いバリアジャケットを纏ったなのはと、リバースモードのなのはが居た。

「残念だけど……。本体の数分の一しか性能を発揮できない存在に、時間を掛けている余裕なんて無いの。

 IS発動『インペリアル・ワイヤー』」

 シルヴィアの両手から紅い糸が無数に撃ち出され、床を貫き、動こうとした二人の偽なのはを床、壁、天井から出現したインペリアル・ワイヤーが雁字搦めに絡め取った。

「強度設定は最硬、一度捕まったら抜けられないよ」

「ここが、我々の支配域で――」

「それも百も承知。でも、高々植えつけられただけのプログラムが、調子に乗らないほうがいいよ。生の精神体ならいざ知らず、数式によって構築された程度の存在に、私が、圧し負けると思ってるの?」

 シルヴィアが両手を持ち上げる。

 二人を絡めるインペリアル・ワイヤーがぎゅぅっ。と、絞られる。

「精神世界では、誰が主導権を握っているのかが最も重要だけど、借り物の世界で十全に動けるとでも思ってるの?

 ダイレクト・アクセスしている私は、その気になればこの世界を私の精神世界に取り込む事だって出来るんだよ?」

 シルヴィアは二人に疑問系で問いかけるように喋る事で、この世界の様々な事柄を固定していく。

 言うなれば、シルヴィアの言葉はスカリエッティがシルヴィアに対して行っていた揺さぶりだ。精神世界でのこういった行動まで見越してプログラムされた存在ではないと看破しての行動だが。

「このまま刻み消してあげる。痕跡は一切残さない。核を消された後に復旧できるような構造が無い事は確認済みだから。

 さようなら」

 持ち上げた両手を握って捻り上げる。

 それだけ。

「コンソール、デリートツール起動。プログラム削除実行。デフラグツール起動。精神構造体のデフラグ待機」

 たったそれだけでなのはを長年に渡って一定方向へ誘導し続けた二つのプログラムは痕跡も残さず消え去った。更には精神構造を整理するためのツールも待機させる。

(これを実行するのはこの人を立ち直らせてから)

 廊下に出て、一階を隅々まで探索するが、どこにもなのは本人が無い。

(二階に閉じ込められてるのか……。階段も無いし、あんまり手は加えたくないんだけど)

 おそらく本来なら階段が有るだろう場所の前に立ち、コンソールのツールを起動する。

「干渉ツール起動。構造変更、階段設置。天井の一部を消去。実行」

 急ごしらえの階段が造られ、人一人が出入り出来る程度の穴が空く。

 二階に上がり、部屋を一つ一つ確認していく。

 そうして、一つだけ開かない扉に行き当たる。

(これ、かな。蹴り破るわけには行かないから、鍵を開けるしかないね)

 インペリアル・ワイヤーをドアノブに射ち込み、軽々と鍵を開ける。

 ワイヤーを回収し、ドアノブを回して扉を開く。

「こんにちは、高町なのはさん」

「……誰?」

 部屋の中は薄暗く、カーテンが締め切られているようだ。照明も付けず、高町なのはは膝を抱えて蹲っていた。

「私はシルヴィア。貴女の眼を覚ましに着たの」

「私は起きてるよ」

(……この姿……精神が逆行してるのかな?)

 顔を上げたなのはは、十歳程度の姿だった。だが、着ている服はサイズが合っていないが管理局の教導隊で支給されている制服だ。

「ううん、起きてないよ。長い間、本来の貴女は眠っていたの。ついさっき私が、貴女を眠らせていた原因を取り除いたから。

 目覚める時間だよ」

 シルヴィアの言葉に、小さいなのはは目を伏せ、首を横に振る。

「……私は眠ってなんかいない。ずっと起きていた。全部見ていたし、全部知ってる」

(私の言葉の否定……。でも、自身を語らない……?

 そうか、この時点で精神が構造を自律調整しようとしてるんだ。迂闊な事を言うと、今度こそ歪んじゃうって訳か)

 シルヴィアはなのはの現状を推察する。洗脳暗示を掛けられたであろう年齢まで精神体が逆行し、そこからプログラムの影響が無かった場合の精神発達を行うところだったのだろう。だが、人一人でそんな真似をすれば、途方も無い歳月が必要になるだろう。人間は他者を鏡に自身を認識し、成長するのだから。

「そうなんだ。起きていたんだね。見てたし、知ってる。

 じゃあ、貴女は何故蹲ってるの?」

「私は、悲しかった。お母さんは笑ってくれない。お兄ちゃんたちは一緒に居てくれない。フィアッセさんも、晶ちゃんも、レンちゃんも、皆、皆……」

「皆が一緒に笑ってくれないから悲しくて、蹲ってるの?」

「違う。一緒に居てくれた。笑ってくれた。でも、違うの。

 お母さんも、お兄ちゃん達も、心から笑ってくれない。私は、皆の本当の笑顔を知らない」

(本当の笑顔を知らないと言うことは、記憶が混ざってる……。本当の笑顔を知っていないと、こんな風には言わないもんね。私の推測は正しかったわけだ)

「じゃあ、貴女は何故蹲ってるの?」

 重ねて問う。原因を特定しないとならない。それは、なのは自身が気付かないといけない。

「皆が、心から笑ってくれないから、悲しくて……。でも、私じゃ何も出来なかったから、私も悲しくて……」

「だから蹲ってるんだ。でも、本当に何も出来ないの?」

「……私は、魔法が使えた。それが解った。この力が在れば、皆を悲しませた原因を、消すことが出来ると思った。

 皆に本当の笑顔を取り戻せると思った!」

 目尻に涙を浮かべ、なのはが床を両手で叩く。

(ここで、魔法に出会っちゃったのか。だから、あんなにも、悲しくなるほど強くなったんだ)

 シルヴィアはストレージ化したスカリエッティの記憶からなのはのデータを引き出し、その経歴を知っていた。

「魔法のおかげで、フェイトちゃんと解り合えた。はやてちゃんも助けられた!

 だから、何でも出来ると思った!!」

(さて、この先からか。私が巧く誘導できれば、記憶の負の部分にも負けない、強い心を築けるはず。予測演算最大で、あらゆるパターンを!)

 シルヴィアがそうとは悟られないように自分に渇を入れる。なのは主導で精神の再構築をする。言葉にするのは簡単だが、人生経験の少ないシルヴィアには、実体験から来る説得力は準備できない。あくまでなのはの経験から来る説得力を引き出すしかない。作業は困難を極めるだろう。



[13195] 四十五話 なのはの心の裡・下
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:7ddf1055
Date: 2010/09/01 00:19


 地上に降りた一夜たちは、チンク、ノエル、ファリンと合流した。

「チンクさん! 大丈夫なんですか!?」

「問題無い。少し無茶をして動けなくなっただけだ。直になんとかなる」

「実情は、芳しくありません。出来るなら今すぐにでも医療設備の整った所へ放り込みたいくらいです」

 チンクの軽口に、ノエルが真面目に答える。

「砕冥、回復魔法とかって無いの?」

「ん? 存在はするぞ。ただ、吾が君には扱えん。対象の損傷回復を行える魔法は、扱う者を選ぶのでな。吾が君はからっきし適性が無い。第一、その小娘には――」

「黙ってもらおう」

 チンクがスティンガーで砕冥を包囲していた。

「要らん事は言う必要が無いな」

「……ふ、秘密主義も度を越せば気味が悪いだけだぞ」

「忠告感謝する。だが、不要だ」

「可愛げのない小娘だのぅ。

 ――っと、チェック完了。破損無し。再起動開始。

 起きろ。若輩者」

 砕冥が小脇に抱えていたツヴァイの頬を叩く。

「はやてちゃん~、そんなに食べられないですよ~……」

「古今東西、ベタな寝言と言うやつかのぅ。

 起きろ!」

 緩い顔で非常に在り来たりな寝言をほざいたツヴァイの頬を、今度は捻り上げた。

「いっっっったいですぅ~~~~!!!!」

 流石に一発で目を覚まし、ジタバタと暴れる。

「んな、な、何するですか~~!!」

「暢気に寝言なんぞをほざくからだ。自業自得だ」

「う~~!!」

 ツヴァイが膨れっ面になって砕冥を威嚇する。

「こちらを威嚇した所で何かが変わるわけでも無いだろうに。

 そもそもあの程度で強制終了してしまうなど、耐久性能に問題が在るのではないのか?」

 暗に欠陥品だと言われ、ツヴァイはキレた。

「う、五月蝿いです! 私は古代ベルカの融合騎みたいに無駄に頑丈に出来て無いんです! 繊細で壊れやすい硝子細工みたいな――」

「実用機器としてはガラクタだと声高に叫んでいるように聞こえるが? 主と共に戦場を駆け抜ける事すら儘ならないような補助機に、一体何の価値がある」

 さらりと砕冥がツヴァイを全否定した。完全に墓穴を掘ったと気付いたのか、ツヴァイも涙目のまま続きを言えなくなってしまった。

『敢えて言うなら、愛玩用といったところや』

「は、はやてちゃん酷いですっ!?」

 ちんまりと白熱していたしたツヴァイと砕冥のやり取りに、はやてが介入した。はやての一言にさすがに凍りつくツヴァイだった。

『まぁ、冗談や。

 ユニゾンデバイスを現代の技術で再現しようとしたら、思いの外実用強度と演算能力とのバランスが難しくてなぁ、ギリギリのバランスになってしまったんや。これ以上強度を上げれば演算能力が落ちるし、演算能力を強化すれば強度が落ちる』

「なんだ、技術は退化しているのか?」

『一部においては、そう言わざるをえん状況やね。

 と言っても、何や普通のユニゾンデバイスと違うようやけど?』

「ん? 別に何て事は無い。古いと言うだけだ」

『何や裏がありそうやけど……。

 あ、一夜さん。コレが一段落したらちょっとそっちにお邪魔するんで、そのつもりでいてな』

 突然話しを振られた一夜が慌てる。

「え? 何でかな?」

『今回の件で、まぁ、こう、色々面倒な事が、な……。

 その辺はフェイトちゃんのが詳しいからフェイトちゃんに聞いてな!』

「え! ここで私に振るの!? それはちょっと酷――」

『それじゃ一旦切るから! また連絡するまで待機してて!!』

 プツン。と、ウィンドウが閉じて消えた。

「あ、あっ!? はやて! はやてっ!?

 投げっ放し過ぎるよっ!!」

 わたわたと慌てるフェイトだが、はやては通信の呼び出しに応じない。

「それで、説明は受けられるのかな?」

「はぅっ!?

 う~、……どちらにしろしばらく待機しないといけないので、皆さんに出来る範囲で説明します……。

 はやての代わりに、リィンが手伝ってね!」

「えぅっ!? そんな! こういう折衝は執務官の――」

「リ・ィ・ン!」

「は、はいですぅ~……」

 目幅の涙を流しながら、ツヴァイが折れた。フェイトの笑顔+青筋が怖かったのだ。

 それからフェイトが咳払いをし、表情を整えてからはやての言った『面倒な事』に付いて、全員の前でそれぞれ説明を始めた。




「でも、私の得意なスタイルだけじゃ足りなかった! 墜とされた!!」

 なのはの姿が成長を始める。

「私は! 何でも出来る魔導師になりたかった! 何者にも負けない、絶対の力が必要だった!!」

 なのはの姿が中学生ぐらいに成長する。

「その力で、何をしたかったの?」

「お母さんたちみたいに、理不尽に泣かされる人を無くしたかった! 犯罪者なんて、一掃したかった!!」

(夢と理想……。貴いものだけど、それだけじゃ足りないし、叶えられない)

「それは、出来たの?」

「……駄目だった。誰にも負けない魔導師を目指して、無茶なプログラムを創ったり、お兄ちゃんたちのデータを集めてアプリケーション化したけど、結局不完全で……」

「それで、その後は何をしたの?」

「私独りで出来ることなんて、とても小さかった。思い上がってた私は、そんな現実に負けた。犯罪を減らすには、泣き飽く事無い人を減らすには、私独りじゃ絶対に足りなかった。

 それはそうだよね、巨大な組織の管理局が必死になって多方面に色々と干渉したりして、それでも犯罪率は、高いし、減らない。

 それは、組織力ではなく、構成員の地力が不足してたから。高ランクってだけで、歳の若かった私なんかが現場で幅を利かせられる程度に」

 更になのはが成長する。服のサイズが合い始める。

「だから、だったら、地力を上げればどうなるのか? より強力な魔導師が揃えばどうなるか……。

 私は現場から退かず、管理局の構成員の地力を上げる方法を考えた」

 なのはの服のサイズが、ついになのは本人と合致する。

「そう、磨き上げた私の魔導師としてのスキルを、他の魔導師に教えればいい。

 そして、その為の部署も在った。だから私は、教導隊に入った。後発を育成するため、高度な技術を身に付けた、魔導師を増やすため、構成員の地力を上げるため」

 座り込んでいたなのはが、ゆっくりと立ち上がった。

「だから私は、無茶をやってきたし、間違いもした。

 でも、無駄にはしない。ううん、だからこそ無駄に出来ない。

 そう、過去は、経験は、得たものは、全部私のもの。何一つ誰かのモノじゃない。誰かに選ばされたんじゃない。私が選んだんだ」

 例え思考誘導をされていても、導き出したのはなのは自身だ。その時最善だと思われた解を実行してきた。誰に言われた訳でもなく、自分の意志で。それにだけは、嘘も偽りも無かったのだから。

 ならば、結果は全て彼女自身のモノ。

「最後に、貴女は誰なの?」

 なのはがシルヴィアをはっきりと見つめる。

「私は高町なのは。テロリストがちょっと嫌いな、管理局本局武装隊航空戦技教導隊の戦技教官、高町なのは!」

 あっさりそう宣言するなのはに、シルヴィアはちょっと引きつった笑顔を見せた。

(……テロリストが嫌いって部分は直らなかった、かな?)

 なのはが自身を再構築した事で、薄暗かった部屋は明るくなり、陰は無くなった。

(ま、まぁいいのかな? 大丈夫だよね、多分…)

 人の心がどう在るか、それは余人に理解する事は出来ない。だから、これ以上は踏み込むべきではない。もう、なのはははっきりとした目的を定め、立ち直ったのだから。

「じゃぁ、もう大丈夫だね。私のする事はコレでお仕舞い。

 接続解除。

 次は、現実で再会だよ。なのはさん」

 シルヴィアがなのはとの接続を切る。一足先に現実世界へ回帰する。




「と、言うわけで、皆さんそれぞれに問題点が在りますので、今回最も役職の高いはやてが直接出向くことになります」

「程度問題なのですが、どれも重要度の高いモノとなってるです。管理局側から何らかの介入が予想されるです」

 チンクを除く全員が微妙な表情をしていた。

「ノエル姉さん、私たちの場合、藪蛇だったかな?」

「言わないでおきましょう。必要悪です」

「チンクさん。どうなるんですか、これって……」

「さて、な……。一夜に関しては完全にイレギュラーだ。予想の範囲を越える」

 本当に全員、微妙な顔をしている。

「皆難しい顔してるね?」

 そこへ目を覚ましたシルヴィアが声を掛ける。

「シルヴィ!?」

「んきゅ? 何、一夜?」

 しゅるしゅるとインペリアルワイヤーを収納し、小首を傾げて一夜を見る。

「えっと、終ったの?」

「ばっちり! 余計なプログラムは完全消去して、コンソールの接続口も潰してきたから、もう大丈夫。なのはさんもその内起きると思うよ~♪」

 褒めて? 撫でて? と、言わんばかりに一夜に擦り寄っていく。

「そっか、お疲れ様」

 寄ってきたシルヴィアの頭をデバイスを装着したままの右手で撫でてしまった。

「いたっ!? ごつくて痛いよっ!?」

「あ! ご、ごめん!!

 砕冥、コレどうやって外せばいい!?」

「仕様の無い吾が君だのぅ。

 ほれ」

 砕冥が右手に触れると、イルアン・グライベルが消えた。

「ついでに騎士甲冑も消しておくかのぅ」

 一夜の肩をぽん。と、叩くと、騎士甲冑も消え、私服の一夜に戻った。

「そっちの金髪の嬢もバリアジャケットを解除したらどうだ? もう何も起こらんのだろう」

「そうですね」

 フェイトもバリアジャケットを解除し、私服に戻った。

「さて、後はそっちの大将からの連絡待ちか。中々にもったいぶるのぅ」

「タイミングを見計らってるんだと思――」

「……なんで、額がすっごく痛いのかな?」

 なのはが目を覚まし、額を両手で押さえながら上半身を起こした。

「――血が出てる……?」

「ご、ごめん……。それやったの俺なんだ……けど……」

 恐る恐る、一夜が白状する。

「……一夜さん?

 ――あれ? ……ああ、そっか……。そうだ。あぁ~……何やってたんだろう、私は……」

 目覚めると同時に自己嫌悪で凹み始めた。

「な、なの、は……?」

「フェイトちゃん、ごめんね。ほんっと、色々とごめん……」

 漫画的な表現をするなら「ズ~ン……」という音と共に陰鬱な描写が似合う状態になっている。

『まぁ、反省するのは後でも出来るよ。凹むのは諸々片付けてからにしてな』

「はやて!」

 現れたウィンドウにいち早く気付いたのはフェイトだった。

「色々言いたい事が在るからね!」

『苦情は後で受け付けるから。とりあえずそこの全員を引き上げて、代わりに工作班を送り込むから』

 言うと同時に、全員を囲む魔法陣が展開された。転移魔法だ。当然目的地は――。

『それじゃ管理局本局に、ご一行様ご招待や』

 はやての宣言で魔法が発動し、全員が本局へ転送されていった。

 代わりに、結界内の破損を修繕するための工作班が現れたが、全員が到着と同時に膝を着いて周囲の有様に嘆いたのは、言うまでも無い。





[13195] 四十六話 管理局でのやりとり・上
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:1244cebd
Date: 2010/09/27 23:06

 時空管理局本局、第三小会議室。そこが地球から回収された全員が通された場所だった。リィンフォースⅡは途中ではやての所へ向かったので別行動を取っている。

「では、全員この場で待機していてもらう」

「了解。案内ありがとうね、シグナム」

「気にするな。二人のデバイスを預かりに来たという事もある。レイジングハートとバルディッシュを渡してくれ」

 シグナムはフェイトとなのはからそれぞれデバイスを回収する。

「バルディッシュはダメージ測定後に危険プログラムの削除とフルメンテナンス。劣化や損傷が酷ければフレーム、各部品の交換。

 レイジングハートは強制停止させられたAIプログラムのチェック、本体のダメージ測定後に危険プログラムの抽出と削除。更に場合によってはフレーム交換まで予定されている。

 どちらも入院コースだ」

 待機状態では見た目に異変があるようには見受けられないが、あれだけ派手に振り回されていたのだ。相応にダメージは蓄積されているものと思われる。特にバルディッシュは柄と本体に罅を入れられている。間違いなくフレーム交換になるだろう。

「それと、この後シャマルがチンク、スカリエッティクローン、自動人形の二人を連れにくる。戦闘機人用の検査プログラムを適用するらしい」

「……なんで、チンクさんとシルヴィまで?」

 フェイトとシグナムの会話を脇で聞いていた一夜が口を挟んだ。

「久しいな、一夜。

 残念だが、私はその質問に答える許可が出ていない。私としては、この話しをこれ以上続けるつもりは無い」

 チンクがその隻眼でシグナムを見つめていた。

「ただ、お前とは旧知の仲だ。助言をやろう。

 本人に聞くことだ。いい加減、隠し通すには限界だと感じているはずだ。答えてくれるだろう。

 では、私は行く」

「バルディッシュとレイジングハートを宜しくね」

 既に歩き出していたシグナムは片手を上げてフェイトの声に答える。

「チンクさん、一体どういうことですか?」

「……。

 別にどうと言う事は無い。私は普通の人間ではなく、中身の殆どを機械に置き換えられていると言うだけだ」

 ついに観念したのか、チンクが正直に話した。

「そんな……。ノエルさんたちの話しだって嘘っぽく聞こえてるっているのに……」

「私を初めて抱きかかえたとき、重すぎると思っただろう? アレはそのせいだ」

「ホントだよ、一夜。私もチンクも、普通の人間じゃないの。機械部品が一杯入ってるんだ」

 流石に自身にはオリジナルが居て、その複製品だと言う事までは言わない。

「シルヴィはそんなこと、何時?」

「チンクの胎(なか)に居た時から。もう、そうなるように『設計』されてたんだよ」

「一体、誰がそんな事――」

「お邪魔します。迎えに来ました」

 今度はシャマルが入ってきた。

「しゃ、シャマルさん?」

「あ、一夜さん。お久しぶりです。でも、長々とお喋りしている暇はちょっと無いので、チンクさんとシルヴィアちゃんとノエルさんとファリンちゃんはついてきてください」

 名を呼ばれた四人は素直にシャマルの後に続いていく。

「チンクさん、シルヴィ!」

 一夜に呼ばれた二人は、振り返る。

「大丈夫……?」

「何を心配しているかは解らないが、悪いようにはされないだろう」

「大丈夫だよ、一夜。私たちよりも、自分の心配した方がいいよ~?」

 ふっと笑ったチンクと、にぱっと笑ったシルヴィアが、ノエルとファリンと共にシャマルに連れられ部屋を出た。

「吾が君よ。あの娘の言う通り、少しは自分の身を案じたらどうだ? どうやら吾が君の居た世界において、魔法というのは面倒な立場に置かれるもらしいぞ。金髪の娘が説明しておっただろう」

「あの~、私フェイトって名前が在るんですけど……」

 フェイトのささやかな突っ込みはさらりと流された。

「おい、なのはは居るか」

「ヴィータちゃん?」

 今度はヴィータが来た。

「ん? ああ、一夜か。派手にやらかしたらしいな」

「あ、うん。まぁ、ね」

「そこんとこは後ではやてが突き回すだろうから、あたしは何も言わねぇ。

 フェイト、なのはを借りてくぞ。精神鑑定プログラムの適用だ」

「あ、うん。

 なのは、動ける?」

「大丈夫。ちょっと行ってくるね」

「腑抜けてんじゃねぇぞ。ったく、面倒な事されてたな。もうなんともねぇんだろうな」

「うん。頭の中が大分すっきりしただけ。ちょっと混乱してはいるけど、時期に落ち着くと思うから」

「だったらさっさと行くぞ。とっとと済ませて問題がないってのを証明すんだからな」

 ヴィータはなのはの手を取り、先導して行った。時折振り返り、なのはの様子を見て気遣いながら。

 結局部屋に残されたのは一夜と砕冥とフェイトの三人だけだった。

「え、えっと、随分減りましたね」

「そうだね」

「無理に話さなくてもいいだろう。その内にあのはやてとか言う娘が来るのだろう?」

「そんな事を言っている間に来てたりするんや」

 砕冥が言い終わると同時に、はやてがツヴァイを連れて現れた。

「待たせたな。後始末をちょっとやってたもんで少し遅れてしもうた」

「それと、お呼びする方がいたので呼んできたんです」

「リィン、それって――」

「私ですよ、フェイトさん」

 遅れて現れたのはリンディだった。

「初めまして、最上一夜さん。私、次元管理局本局のリンディ=ハラオウンと言います。一時は同じ世界に住んでいたんですが、お会いするのは初めてですね」

「初めまして。ご存知のようですが、最上一夜です」

「後、もう一人呼ばないとあかんのやけど、あっちはちょっと離れすぎとるんで、通信をつなぐな」

『どうも、ベルカ自治区・聖王協会のカリム=グラシアです』

 通信ウィンドウに、カリムが映った。

「ベルカ『自治区』? ……群雄割拠していたベルカは終わりを告げたのか。そして、残ったのは聖王の勢力か。まぁ、相当の年月が経っているからな、仕方ない事か」

『見慣れない服装をしていますが、古代ベルカの融合騎らしいですね。どの時代の者ですか?』

 昔を懐かしむような砕冥と、興味が在るらしいカリム。

「さてな。あの時代がなんと呼ばれているか知らんのでな、何とも言えん」

『では、貴女は何の騎士に仕えていたのですか? それが解ればこちらのデータベースに残っているものであれば照会できます』

「吾が主の騎士号か? 今も変わらぬ、圧砕の騎士だ」

『圧砕……。出ました。融合騎開発が始まった辺りで名を馳せていたフリーランスの騎士ですね。何処にも属さず、一騎の融合機と共に戦火に巻かれる民を守ることのみに心血を注いでいたと記述が在ります。ただ、ある時を境に姿を消した、と』

「次元震に巻き込まれて、地球に飛ばされたからのぅ。残念な事に直接戦闘用以外の魔法を使えなかったので帰還できなかったわけだが。

 っと、そんな身の上話はどうでも良かろう。重要なのは、これからの事ではないのか?」

『そうですね。

 はやて、話しを進めてください」

「解った。

 さて、一夜さん。貴方には幾つかの選択肢が在ります」

「選択肢?」

「そうや。

 一つ、全部忘れて、そこの融合騎も魔法の力も封印して今までの生活に戻る事。

 二つ、管理局の監視を受けながら今までの生活に戻る事。

 三つ、管理局の魔導師として登録し、生活の基軸をこちらに移す事」

「どれも却下したいんだけど」

「あっさり言うてくれるなぁ。この場でこの話しをするのだって結構回りを押さえ込んでの独断専行なんよ? まぁ、そう言われるのはしゃあないと思うけど」

「簡易測定でしたが、貴方には高ランク魔導師としての素質が有りました。管理局は、優秀な人材を常に求めています。

 が、本人の意思を無視してまで無理強いはしません。ただ、魔法がない世界において魔法は大変危険な力です。通常ははやてさんの提示した三つの選択肢を取ってもらうのですが」

「勿体ぶりますね。あんまり回りくどいのは好きじゃありません。

 はっきりしましょう。最も望ましい答えはなんですか? そこから妥協点を探そうじゃありませんか」

 随分と挑発的な言葉を吐いた。今までの経緯を考えれば一夜が大人しくしているのも可笑しい話しでもあるのだが、チンクとシルヴィア、ノエルにファリンまで今は管理局の施設で検査されている。人質を取られているのも同然だと言う事は理解している。

 話し合いで決着をつけられるなら、それに越した事は無いと判断している。ただ、態度が尖るのだけは堪えられなかった。

「こちらとしては、次善の解答が存在しても最良の解答は存在しません。どう転んでも、貴方に負担が掛かります。

 貴方が何処に妥協できるか次第です」

 一夜は内心舌打ちした。はやてが連れてきたリンディが面倒くさい類の相手であると感じ取ったからだ。丁寧な対応をしているが、確固たる意志が存在している。芯を持つ人間の言は曲げる事が難しい。おまけに頭もキレそうだ。からめ手を使われると厄介である事が伺える。そして、向こうにはからめ手を使う準備がある。

「では、予め言って置きましょう。ナンバーズⅤ・チンクと、スカリエッティクローン・シルヴィアはこのままなら更生施設行きです。自動人形のお二人は各種データを採集後、簡易修理を行い地球へ帰します」

「……なんで二人が施設行きになるんだ?」

「まず、チンクに関してはミッドチルダでの罪状が存在します。協力的な彼女の姉妹機は大半が更生施設に、非協力的な数名は留置所に勾留されています。彼女にも同様の処置が行われます。

 次に、シルヴィアですが、あの子はその発生経緯が特殊です。施設で様子を見ながら、知能レベルやその他を調査する必要があります」

 その答えに、一夜の中で攻撃的な感情が高くなっていく。

「吾が君よ、抑えよ。それ以上怒ると、魔力が暴れだすぞ。この辺りは魔素が濃い。吾が君の変換効率だとほんの数秒でこの部屋を吹き飛ばすだけの魔力を変換するぞ」

「家族同然の二人をそんな風に言われて、怒らない方が可笑しいだろう!」

 リンディは随分とオブラートに包んでいたが、要はチンクは犯罪者だから。シルヴィアは正体不明だから。だから施設に送る。そう言われているのだ。

「彼女らの正体を知っても、同じ事を言えますか?」

「正体? 俺が知っている以上の事なんか判断材料にしない。人づての情報なんて正確性に欠ける。

 俺が一緒に過ごした二人の姿が全部だ!」

「素晴らしい答えですが、確実性に欠けますね。危機管理がなっていません。平和な世界で平和な世に生きているのですから、仕方ないのでしょうが」

「知ったような事を言いますね」

「一時、同じ世界で過ごしていましたから。

 では、こう言いましょう。貴方の望みは何ですか?」

 来た。

 一夜が一番返答に困る質問だ。自分の考えだけなら、「二人を帰せ」と言ってしまえばいい。だが、それを二人が望むのか? と、考えたとき、自分の言葉は正しいのか、解らない。

 答えが出ない。



[13195] 四十七話 提督級とサシの交渉。手緩い感が……?
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:1244cebd
Date: 2010/09/27 23:10


 朗らかな表情を崩さず、リンディは一夜を追い詰めていった。

(彼の性格からして、自分本位の要望を突き付けようとはしないでしょう。ならば、こちらは手札を切らずに落とし所を探る事が出来る……。我ながらあくどいわね)

 内心ため息をついているが、それは表情に出さない。

(ちっ、どうする? ここで起死回生の一手は打てないものか?

 このままだと言い様に言いくるめられるな……。なら、論点の転換を行って会話を引き伸ばしながら考えるしかないか。色々抉られそうな気がするけど、仕方ない)

 一夜が腹を括る。

「まぁ、そう急いで結論を出すこともないでしょう。こちらも急ぎすぎました。急いては事を仕損じる。とも言いますし。

 まず、そちらが保有している詳しい状況の説明と、本人の言質を頂きたい。これは巻き込まれた者として、正確に事態を把握するためです。

 チンクさんと通信をつないでください」

「……いいでしょう。双方が納得しない限り、真に和解とはなりません。

 はやてさん、検査室のチンクさんと繋いでください」

「はい」

(冷静になったようですね。少々失敗しましたか。ですが、ここからが本番です)

『管理局が、私に何の用だ?』

「初めまして。ナンバーズⅤ・チンク――」

『リンディ・ハラオウンか。随分大物が出てきたな。検査を受けている私に、何の用だ?』

「私の事は把握しているわけですね。なら、挨拶は抜きにしましょう。
今から一夜さんに今回の件のあらましと、貴女達についての説明をします。こちらの資料に誤りなどがある場合は、貴女の方で訂正をお願いします」

 簡単に台詞を遮られた事に対しては言及せず、リンディは淡々と進めていく。

『……ふん、そう言うことか。

 解った。一夜のためでもある。協力しよう』

「ありがとうございます。

 では、先ず戦闘機人とクローンについて基本的な事を。そして今回の件の起こりである地球への転送の所から」

 リンディが幾つか空中にウィンドウを開く。

「戦闘機人についての詳しい資料は一夜さんの手元にも表示されています。どちらをご覧になっても構いません。私はそれを簡単に説明します。

 戦闘機人とは、人間の身体を機械部品に置き換え、基本性能を底上げした存在の総称です。今まで幾つかの違法組織が研究・開発を進めてきましたが、ジェイル=スカリエッティが人造魔導師素体を用いた、先天的に機械との融和率の高い人体を生産するという方法で『ナンバーズ』という呼称で呼ばれる全12体を完成させました。全部が女性体であり、彼女らにはインヒューレントスキル、通称「IS」と呼ばれる特殊な固有能力があります。例えばチンクさんのISは金属を爆発物に変化させるもの。

 また、彼女らが女性体である意味は単にスカリエッティのクローンを宿すことが出来る器である必要があったからです」

『大筋はそんな所だ。取り立てて補足する必要はないな』

「……ちょっと、待ってください。コレ、事実なんですか?」

「非常に残念ながら、事実です」

「注釈部分やリンク先も確認しましたけど、これ、完全に――」

『地球でも違法行為だ。生命操作だからな。おまけに、人間の尊厳など蔑ろにしているな。そうして生を受けた私が言うのもなんだが』

「……」

「管理世界では、こう言った犯罪者が後を絶ちません。今回の件は非常に大変な事態へと発展していましたが」

「次、説明をお願いします」

「……解りました。

 次にナンバーズに植え付けられていたスカリエッティのクローンについてです」

『待て。その話しをするなら、シルヴィにも通信を繋げ。不公平だろう』

「はやてさん」

「はい」

『……私に通信が繋がったって事は、何にせよ嬉しく無いお話しかな?』

 ウィンドウに映ったシルヴィアは困ったような笑顔を浮かべていた。

「今から一夜さんに貴女の発生経緯について説明を行います。こちらは今現在、貴女を解析中なので、補足をよろしくお願いします」

『だったら私が自分で説明するよ。一夜にも見せてる資料をこっちにも映してくれる?』

(やけに態度の大きい子ですね。オリジナルも態度が大きかったですが、これは性質なのかしら?)

『ふぅん。まぁ、間違ってないけど……。

 一夜、私はね、チンクに植え付けられてたジェイル=スカリエッティの改造クローンなんだ。自分が持てなかった魔法への執着の結果、リンカーコアを持つように調整されたクローン。それに戦闘機人技術の組み合わせがされた結果、こんな可笑しなスペックを持った性別逆転クローンが出来上がったんだけど。本当は私の意識は本来のジェイル=スカリエッティの意識に食い潰される筈だったんだけど、余計に弄繰り回した結果かな? 私の意識が生き残っちゃった』

 多分に自嘲を含んだ笑いが漏れる。

「……そんな風に言うなよ……。シルヴィはシルヴィだろ……」

『……そうだね。そう、私はシルヴィア。チンクに産んでもらって、一夜に育ててもらった。それだけは、何の打算も無い確かなことだから。だから、私は今、此処に居る』

 二人の間に沈黙が降りる。

「さて、お二人の詳細は理解してもらえたと思います。ここからは地球での事にシフトします。

 まず、チンクさんが地球に転送されたと、我々は知らないまま各方面を捜索していました。最終的にはフェイトさんが地球で発見するのですが、その時にはシルヴィアさんが居り、貴方が彼女らを保護していました。

 穏便に事を運ぶつもりだったのですが、局員が独断専行をした結果、あの戦闘へと雪崩れ込んでしまいました」

「……独断専行と言うか、突然襲われたと思うんですが」

「フェイトさんについては、使用デバイスに隠匿されていた戦闘プログラムの暴走です。なのはさんはスカリエッティによって思考を特定方向へ固定されていました」

「それは、そちらの落ち度では?」

「そうですね。我々の落ち度です。管理局とは言っても、一枚岩でもなければ、見落としもあります。何せ、人材が不足していますので」

 さらりと言ってのけるリンディ。悪びれた様子は微塵も無い。

(と、言って置きますけど、苦しい言い訳ですね。さて、彼はコレをカードとして認識するかしら?)

「そちらの落ち度であると認めるんですね。解りました。では、それによって私は眠っていたリンカーコアというものを起こされて、チンクさんは胸を刺されて、シルヴィは自分の正体を知ってしまった、と」

「……その通りです」

(しっかり使ってくる。これはバランスが崩れましたね)

 リンディが内心渋い顔をする。予想以上に一夜が事柄を拾い上げてくるからだ。

「そう考えると、幾つか違法行為に抵触しそうなことがあるように見受けられるのですが」

「……鋭いですね。その通りです。

 ですが、事態を終息させるため、こちらも超法規的措置を現場の独断で行っています。その甲斐あって、全員が無事に居られると――」

「恩着せがましいのは好きじゃあありません。不始末を始末しようとしただけですよね。つまり、あの結界内で行われた戦闘行為のほぼ全ては貴女方、管理局側の落ち度と言う事になりますね」

「……否定はしません。引き金を引いたのはこちらの問題です」

(余計な情報は与えるべきではありませんでした、ね……。今更ですが。予想以上に混乱もせず、淡々と目の前の事を消化していく子ですね)

(巧く行ってるか? 顔色を変えない人だなぁ。圧してるのかどうか実感が全く無いぞ)

 お互い相手に対して驚いている。

 ここまで、二人以外は黙っている。どちらかに加勢がはいれば、収拾がつかなくなると解っているからだ。

「さて、もう十分でしょう。こちらを譲歩させるためのカードは十分引き出したはずですね」

「そうやって話しを切り上げようとするということは、決定打までは引き出せなかったようですね。まぁ、それでも文明的な相手なら十分なカードを手にしたと考えていいでしょうね」

 お互い微妙な笑顔で。

「チンクさん、シルヴィ」

『なんだ?』

『何?』

 一夜が今までとなんら変わり無い調子で二人に声を掛ける。まるできっきまでの説明などどうでもいいと言わんばかりだ。

「コレから先、どうするんですか?」

『さてな。私は取り敢えず先だっての事件の片をつけないと身動きが取れないだろう。それから後の事は今の所白紙だ』

『うきゅ……。私も何も……』

(だよね……。さて、どうするかな……?)

 なるべくなら二人のために便宜を図りたい。それだけの交渉カードは揃えられたつもりだ。ならば、後は一夜自身が『最善』と思える答えを二人から引き出すだけだ。




[13195] 四十八話 交渉決着、円満解決?
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:1244cebd
Date: 2010/10/11 07:48


 一応は緊張感のある空気の中、はやてはうつらうつらと立ったまま舟を漕いでいた。

『はやて、はやて。起きなさい。一応真面目な場面なのですから』

「……Zzz」

 激務続きで参っていたところ、ようやく自分が何も考えなくていい状況になった事で、意識が飛んでしまった。

『仕方ないですね……』

 カリムの表示されているウィンドウに一瞬ノイズが走る。

『起きなさい!』

 音声の進行方向を固定。拡散しないよう調整し、波形を減衰の無いソリトンとし、はやての鼓膜を直撃させる。

「……ほぉぅ?」

 目が覚めたが鼓膜の奥の三半規管まで揺すられ、一瞬平衡感覚まで怪しくなった。

「な、何するんや……」

『大事な場面で居眠りをしているからです。最後まで責任を持って見届けなさい』

「そうは言うてもなぁ。リンディ提督に出てきてもらったし、私の役割はここまで含まれていないんよ?」

『はやて……。数少ない古代ベルカ式の使い手、それもあの当時のまま一切劣化していない術式を保持している貴重なユニゾンデバイスを、ふいにするつもりですか?』

「カリム、何を考えてるんや?」

『彼のデータを見ました。彼のレアスキル『圧縮』……。あれはカートリッジシステムの根幹、カートリッジ開発の際に参考資料とされたスキルです。オリジナルの汎用性は語る必要がありませんね』

「……だから、何考えてるんや」

『彼には、是が非でもこちらに――』

「そないなことさせへんよ。一夜さんが望まない限りは」

 はやてはウィンドウのカリムを流し目で見ていた。

「一夜さんにはこの世界は向いてない。根がお人好しやからな」

『しかし、はやて……』

(確かに、古代ベルカ式の使い手は貴重やけどなぁ。あの人ヤル気の無い事にはとことん無頓着やし、下手気に突っついて蛇になられたら敵わんし)

「駄目やって。

 ……仕方ないなぁ。ちょっと出しゃばるか」

 食い下がるカリムの様子に嘆息しながら、はやてはリンディに向かって歩き出した。

「提督、ここから先は私に話をさせてもらえないでしょうか?」

「はやてさん?」

「越権行為やってのは解ってます。でも、私も何だかんだでお世話になっとった人です。自分の手で決着つけさせてくれませんか?」

「……解りました。後ははやてさんにお任せします。

 一夜さん、私はここまでです。少々信を失うことをしますが、はやてさんたっての希望による交代です。どうか、ご理解ください」

「済まんなぁ、一夜さん。せやけど、損はさせへんよ」

 そう言ってウィンクを一つ。

「ほんなら、最初に軽く言っといたこちらが通常行う手順での彼女らの扱いを言っておこうか。

 ナンバーズⅤ・チンクは更生施設で他の姉妹機と一緒に更生プログラムを受けてもらう。その後は彼女ら独自の判断で今後を決定してもらう。

 スカリッティクローン・シルヴィアは研究施設での調査が一番やね。その後は教育施設等で一般的な教育後、本人の意思次第でどの道でも。

 こんな所やね」

『私はそれでも構わないんだが』

『……弄繰り回されるのは嫌なんだけど』

 さらりと構わないと流すチンクに、うげっ。と、いう嫌悪感丸出しのシルヴィア。

「じゃぁ、まずシルヴィには何もしないでもらえるかな?」

「結構良い札を切ってもらわんとならんで?」

「結界内で俺が受けた被害の全て、帳消し」

 はやてが眉を顰める。

(ここでコレを切るか、普通……?)

「コレを切れば、嫌だとは言えないだろ?」

「……そう言う事かい。解った。あの子にはなにもせぇへん。ただ、偽り無く自己の機能についてレポートをしてもらうけどな」

 はやてがそう言うと、一夜がにっと笑った。

「良かったな、シルヴィ。何もされないってさ」

『う、うん……。でも、ここでそれを切ったら――』

「大丈夫。まだあるから」

「それで、チンクの方についてはどうする?」

『私は妹たちと同じ扱いで良い。その為なら捜査協力だろうとする事を約束する』

「チンクさん、良いんですか?」

『罪を問われるのも仕方の無い事をしている。その分は、清算するさ』

 そこまで言うと、何やらチンクはそわそわしながら一夜をちらちらと見る。

(……? その分は清算する……。やった事に対して責任は取るって事で、それが終ったらどうするんだ?

 で、何でこっちを気にするような感じに……?)

 少し、ん~? と、考え込んでいた一夜だったが、今までの会話を思い出しながら、チンクが自分に何を望んでいるか並列思考する。

「じゃあ、更生プログラムが終了したら、チンクさんを俺の所に寄越してくれ。シルヴィも一緒に」

「んなっ!? そないな事幾ら何でも認められるわけが――」

「局員の管理、運用能力の欠陥、暴走時の対処の不手際……まだ切ろうか?」

「ぐぬっ……!」

 それだけの不祥事が発覚すればどうなるか……想像に難くない。

 はやてが思わずリンディを見ると、リンディは苦笑しながら肩を竦めていた。

((この札を切られてしまうと、どうしようもないわね~))

((そんなっ! どうしようもないて、これを認めるて言うんですかっ!?))

「そこ、念話で相談事とは、少々卑怯ではないか?」

「なっ!?」

 ずっと黙って一夜の脇に浮かんでいた砕冥が、片目を閉じて開いてる目ではやてを睨みつける。

「聞かれて拙い事でもあるのかのぅ?」

「そ、そないな事あらへんよ……?」

「だったら、念話など使う必要は無かろう。普通に喋ったらどうだ?」

「で、相談の結果、認めるのかな?」

「……み、認め……る……」

「と、言うわけで、チンクさん、シルヴィ。全部片付けたら地球で一緒に暮らしましょう」

 がっくり項垂れるはやてを尻目に、一夜が勝利宣言のように言う。

『お前と言う奴は……』

『一緒に暮らせるの?』

 苦笑するチンクに半信半疑のシルヴィア。

『自分から苦労を背負い込まなくてもいいだろうに』

「何だかんだと言って、二人との生活が気に入ったんです。嫌なら、止めますけど?」

『べ、別に嫌だなどとは言わない』

『ホントに、一夜と一緒に居ていいの?』

「シルヴィも一緒じゃないと、俺が嫌だよ」

『うん、うんっ! ありがとう、一夜!!』

 アットホームな雰囲気が一夜の周りに立ちこめる中、笑顔のリンディが口を開いた。

「では、一夜さんの魔法能力は再封印で構いませんね」

『なっ!?』

『なんで!?』

「もう、切れる札は無いでしょう? でしたら、危険な能力は封印するしかありません」

「ああ、札ならまだありますよ」

 一夜がしれっと言った。

「こちらの思い込みでなければいいんですけどね。

 あの戦闘に置いて、二人の局員の暴走を止めた、『一般人の善意の協力』を評価してもらえれば、十分釣り合うんじゃないですかね?」

 リンディの笑顔が凍りつき、引きつり始めた。

 その様子に耐え切れなくなったフェイトが、笑い始めた。

「ぷっ! あははっ! リンディ母さん、酷い顔してる!」

「ふぇ、フェイトさん……」

「完全に私たちの負けだよ。今回、全部に置いてこっちがミスしてるんだから。はやては勝手にスカリエッティなんかと手を組むし、バルディッシュには変なプログラム仕込まれるし、なのはの補助にはリィンしか来ないし……。

 あれ、今回一番辛い思いしたのって、私……?」

「ふぇ、フェイトちゃんも疲れとるよな! いかんなぁ、こら少し入院してでも休養してもらわんと!

 提督、後頼みます!!」

「あ、待ってくださいです!」

 はやてがフェイトを圧して部屋から逃げるように出て行った。ツヴァイもはやてを追って行ってしまった。

(逃げたわね)

(逃げたな)

(逃げたのぅ)

(逃げましたね)

「はぁ……。全く……。

 仕方ありませんね。今回の件はほぼ全てに置いて我々が譲歩します。貴方の勝ちです、一夜さん」

「それはどうも。

 それじゃぁ、私はノエルさんたちと一緒に先に地球に帰らせてもらいます。二人の事、『くれぐれも』よろしくお願います」

「解りました」

『一夜。また、後でな』

『一夜、またねっ』

 チンクとシルヴィアのウィンドウが消える。

「では、転送ポートに――」

『ちょっと待ってください』

「カリムさん?」

『私にも、少々お話ししたい事があります』

「今度はなんでしょう?」

『管理局には入らないようですが、こちら、聖王教会の招集に応じてはいただけませんか?』

「砕冥?」

「必要ないな。最早ベルカに未練は無い。改めて係わり合いになる必要など欠片も存在しない」

「だ、そうです。私もこれ以上面倒になるのは御免ですので、拒否します」

『そ、そう、ですか……失礼しました』

 無碍に断られ、肩を落とすカリム。一人と一騎の様子は正に取り付く島も無い。

 そのままプツンと通信が切れ、ウィンドウが消失した。

「さて、これで終りかのぅ?」

「今日の所はもう帰りたいんだけど」

「重ねて失礼しました。

 転移ポートでノエルさん、ファリンさんが待機しているとの事です。一夜さんが合流した後、海鳴に転送します」

「では、出来ればもう会わない方がお互いの為、ですか?」

「さて、どうでしょうね? 何処で何がどう繋がっているかは、誰も預かり知らぬ所です。またお会いする事もあるかもしれません」

 そういうと、リンディは右手を出してきた。一夜はその右手を握り、握手をし、来るときに使った転移ポートへ向けて歩き出した。

(あ~、今日は久々に一人で寝るのか……寝れるかなぁ)

 等とと、下らないことを考えつつノエルたちと合流し、海鳴へ帰還した。



[13195] 四十九話 日常復帰、環境変化
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:1244cebd
Date: 2010/11/07 18:10


 海鳴に戻った一夜は、ノエルたちに連れられて月村の屋敷に居た。

 面子は一夜、忍、ノエルの三人だ。

「ふ~ん、結構面倒な事に巻き込まれてたのねぇ」

「完全に人事ですね、忍先輩」

「ん? そりゃ人事だもの。

 で、ノエル。変な事されなかった?」

「はい。こちらのシステムにハッキングを掛けられましたが、こちらのプロトコルに対応できず、断念していました」

「ま、当然ね。ノエルたちの基礎システムのプロトコルは私ですら解析できない代物だし。スパコン4台で並列解析しても演算終了まで30年とか出たしね。

 あ、それでこっちの成果は?」

「カウンターハッキングを仕掛け、解析も何もしないままデータを抜けるだけクラッキングしてきました。こちらのメモリに入っています」

「上出来♪ 流石ノエル」

「お褒めに与り恐縮です」

「……あの、忍先輩。本当にノエルさんとファリンちゃんは人間じゃないんですか?」

 一夜の質問に、忍は呆れ顔になった。

「アンタねぇ、普通の人間がロケットパンチなんで装備してると思う?」

「いや、実は義手とか――」

「指先まで意のままに、淀み無く動く義手なんて今の科学だけじゃ到底造れないわよ。

 ……そんなに疑うなら、自分の身体で試してみる? ノエルたちが人間かどうか」

「は? それはどういう意――」

 そこで一夜は忍の顔に浮かぶ下品な笑顔に気付いた。これは下世話な話題で一夜をおちょくっている時によく見られる顔だ。

「先輩……?」

「何よ? ちょっとノエルを持ち上げてみれば解るわよって意味なんだけど」

「先輩……!」

「お嬢様、少々冗談が過ぎるかと存じます。それに、平常時の一夜さんではファリンすら持ち上げられません。旧式の為、重量でファリンの1.5倍ある私を持ち上げるのは物理的に不可能かと」

(……え? どんだけ重いんだろ)

(ファリンと言ったか? あの締まりの無い方は音響測定では軽く150kg以上と計測されるぞ)

(は? 150って……)

 砕冥は今、一夜の裡に居た。何やら忍の眼が怖かったらしい。

「ま、それもそうね。

 一夜、興味があるなら私のラボ見て行く?」

「忍先輩のラボですか? 見てみたいですけど……」

「あ~、でもやっぱり今の一夜には見せられないな~」

「今の俺には? どういう事ですか?」

「時期が来れば解るわよ。調べてみたら根回しは簡単そうだしね」

「え?」

 そこで忍が意地の悪い笑顔になる。何か企んでいる時の顔だった。

「今日はここまでね。一夜も疲れてるだろうし。

 ノエル、調子はどう?」

「問題ありません。日常行動に支障が無い程度には」

「じゃ、一夜を送ってちょうだい。すずかの方には私から説明しておいてあげるから」

「あ、……はい。お気使い感謝します」

「あの子も不可解なことに対する理解はあるけど、なのはちゃんたち絡みの話だと、アンタに噛み付かないとは言いきれないからね」

 肩を竦め、立ち上がる忍。そのまま部屋を出て行った。

「では、ご自宅までお送りします」

「お願いします」

 ノエルの運転で彼女の愛車に乗り、一夜は自分のアパートに戻った。

「さて……。飯、は、いいか。面倒だし」

(吾が君よ、もう少し身体に気を使った方がいいぞ。魔法を使用し肉弾戦を演じれば、相応のエネルギーを消費する。空腹感が無くとも何か食べておけ)

(とは言ってもね……解った。栄養だけは補給するから)

 一夜は冷蔵庫からゼリーを取り、戸棚から固形栄養食のパッケージを出した。計算上では、二食分近くの栄養が取れる。栄養学的には問題無い。

(……随分と味気ないのではないか?)

(明日からはちゃんと作るさ。今日は勘弁してくれ)

 一夜はそれらを流し込み、着替えもせずにソファーで横になった。

(予想以上に、疲れ、た――)

 そのままあっさりと意識を手放していた。

「やれやれ、せめて何か被らねば風邪をひくだろうに」

 砕冥が一夜の中から抜け出し、姿を現した。

「何か……お、あったな」

 寝室から毛布を持ち出そうとするが、毛布の方が大きい。

「……この姿では無理、か――仕方ないのぅ。

 身体設定数値変更、形状変更」

 砕冥の身長が、伸びた。

「ま、こんなものかのぅ。吾が君の趣味からは外れるのだろうが」

 大体ノエルと同じ程度まで身長が伸び、体つきも随分と豊満になった。確かに一夜の趣味からは外れるだろうが、一般男性の趣味的にはド直球だろう。

 毛布を片手に一夜のそばに戻る。

「……ならば、ついでだ」

 一夜の頭を持ち上げ、自分がソファーに座り、太ももの上に一夜の頭を乗せる。身体には毛布を被せ、眼を細めてその頭を撫でる。

「初めての魔法戦、疲れただろうが、頑張ったのぅ。もう、あんな事にはならないだろうが、立派だったぞ」

 砕冥は一夜の寝顔にかつての主の顔を幻視した。混血が進み、最早その面影すら無いような一夜の顔に、何故か被さって見えた。

(ああ、姿形は変わっても、その心根は変わらんのだなぁ)

 そのまま、眠る一夜の頭を撫でていた。



 局員に連れられ、チンクとシルヴィアは他の管理局に協力的なナンバーズが収容されているミッド海上の隔離施設の廊下を歩いていた。

「ねぇ、私たちどうなるのかな?」

「最終的には一夜の元に送られるのだろうが、どのくらいの期間が掛かるかは解らないな。

 さし当たっては、私の妹たちとしばらく一緒に居る事になるようだ」

「チンクの妹って、ナンバーⅥからだよね?」

「ああ。そうだ。妹たちは殆ど全員居るらしい。
しかし、私より前の世代は協力を拒否したらしい。まぁ、クアットロまではドクターの因子が強いからな。仕方ないだろうが」

 そうこう話していると、どうやらついたようだ。目の前の扉が開かれる。

 そこには、すっかり寛いでいるナンバーズと、ルーテシア、アギトが居た。

「……何だ、構える必要は無かったか」

「……あれ? チンク姉……?」

 チンクが現れた事に、セインが気付いた。寄って来る。

「チンク姉もついに捕まったっすか」

 そこにウェンディも加わった。

「二人とも、元気そうだな」

「チンク姉も、逃亡生活してた割には血色良いんじゃないっすか?」

「それより、その子は? 何だか全体的にウーノ姉に似てる――」

 二人が寄ってきて、チンクの裏に隠れようとしたシルヴィアだったが、ちょっとした悪戯を思いついたらしい。

「『いやぁ、二人とも、元気そうで何よりだ。私が誰だか解らないか? 私だ、ジェイル=スカリエッティだ』」

 あまりにも悪質な悪戯だが、間違いは言っていない。確かに変質しているがスカリエッティのクローンなのだから。

「――って、言ったらどうする?」

 にっこりと可愛らしく笑うシルヴィアに、ぽかんとした二人だったが。

「ドクターとの形状合致率、48%。ウーノ姉との合致率67%。嘘とは言い切れない数値っすね」

「チンク姉?」

「……はぁ。シルヴィ、冗談は程々にしておけ。間違っていない分性質が悪い」

 盛大にため息をついて、シルヴィアの頭を軽く小突く。

「間違っていない?」

「冗談じゃないんすね」

 そんなやり取りをしていると、全員が集まってきた。

「丁度いい。一々説明する手間が省ける。

 この子は、私に植え付けられていたドクターのコピーだ。訳があって身体は女性化、意識もドクターのモノではない。似ているが、別人だ」

「ちょ、ちょっと待つっすよ!? なんでチンク姉だけ? しかも女性化とか意味解んないっすよ!!」

「あ~、施設が制圧される寸前に地球に転送されてな……。リンクが切れたところでプログラムが誤作動したようだ」

 チンクから推測を交えた詳細が語られる。その内容に唖然とする一同。

「あ、アホみたいな話しっすねぇ」

「チンク姉、そんな事になってたんだ」

「てかチンク姉、よくそんな状況で生き延びたな?」

「まぁ、向こうでとある現地人に拾われてな。一般レベルでは手厚いと言ってもいい保護を受けていた。だから、無事にシルヴィを成長させることも出来たし、私も機能不全に陥るような事はなかった。

 フレームはまだガタガタのままだがな。施設が生きていれば、乗せ換えも出来るんだが」

「それは難しいっすねぇ。自爆プログラムが走ったせいで機能の殆どがイカレてるらしいっすよ。あのレベルの施設は管理局でも持ってるかどうか」

「まぁ、フレームは最悪動ける程度に直れば構わない。この後は、もう戦闘行為などとは無縁の生活を送るつもりだからな」

「……え?」

「この子と、シルヴィアと共に地球へ行く。機能を封じられたりするだろうし、もう普通の人間と同じ事が出来ればいい。

 お前たちともそこでお別れになるが、それまでは――」

「なんでっすか!?」

「そうだよ、チンク姉! なんで地球になんて!?」

 口々にチンクに噛み付く妹たち。

「私が決めたんだ。異議も異論も受け付けない。お前たちも、これまでの稼動で十分に経験値を積んだだろう。もう、それぞれに自分の道を行け。

 これが、私の行く道だ」

「……」

 きっぱりと言い切ったチンクに、誰も何も言えない。チンクの隻眼に、確固たる意志が見て取れたからだ。

「お前たちにも、いつか解るさ。なぜ私が、この道を選んだのか」

 そう言ってシルヴィアの頭を撫でるチンクは、母親の顔をしていた。




 一夜は嗅ぎ慣れない匂いで眼を覚ました。

「……?」

「お、起きたか。おはよう、吾が君」

「砕冥……?」

 頭を振って意識を完全に覚醒させる。ぼやけていた視界もクリアになり、砕冥の姿がしっかりと見えた。

「……?」

「ん? どうした、変な顔をして」

「いや、声は砕冥で、砕冥に見える貴女は誰ですか?」

「そこまで言っておいて何を言う。私だ、砕冥だ」

(……普通の女の人に見えるんだけど?)

「ああ、この姿か? 身体設定の数値を変更しただけだ。こちらが本来の姿。向こうの方があらゆる面で消耗が少ないので普段は小さくしているというわけ――」

「そんなことが出来るなら前もって言っとけよ!? 吃驚したじゃないか!」

「この程度想定して当然だと思うがのぅ。

 ま、そんな事は些事だ。朝食を作っておいた。さっさと食べてシャワーでも浴びたら仕事に行って来い」

「あ、ありがとう……?

 あれ? 何だか違和感が――」

「さっさと行動した方がいいと思うぞ。もう時間が余り無い」

「あっ!? ち、遅刻するっ!!」

 一夜は急いで砕冥の作ってくれた朝食を食べ、シャワーを浴び、髪を乾かすのもそっちのけで着替え、出て行った。

「やれやれ、慌しいのぅ。

 っと、少々疲れた……。数値変更」

 いつものサイズに戻り、ソファーに横になる。

「少し、眠るか――」

 砕冥はそのまま眠ってしまった。



「一夜、お前、この職場をクビだ」

「……朝一でそんな冗談に付き合っていられるほど――」

「冗談? 馬鹿を言うな。本社から直の辞令だ」

「はぁっ!?」

 一夜の前に一枚の紙片が差し出される。そこにはこうかかれていた。

『最上一夜を、本日付で本社研究部開発7班に移動とする』

「はぁーーっ!? なんですかコレっ!!」

「俺に言うな。主任から渡されたんだ。なんでも月村のお嬢様が決めた事――」

「しっ、忍先輩の仕業かッ!!」

「んだよ、コネで移動か」

「コネとか言わないでくださいっ!

 ……昨日の含みはこういうことか! あーもー、性格悪いな相変わらず!! っていうか、ウチの本社って月村財閥系だったんだ……」

「今時旧態然としたシステムだがな。まぁ、それで巧い事回ってるから変更されてねぇんだけど。本社は月村財閥直轄直営、人事に口出すなんて余裕だろうな」

 一夜とやり取りをしているのは一夜の先輩社員だ。一夜に借りが幾つもあるダメな大人の見本だ。

「この現場から俺を抜くなんて……しかも開発班って」

「代わりは直ぐに来るらしい。ああ、今のうちに荷物纏めとけよ。後一時間ぐらいで迎えが来るってよ」

「早っ!? 容赦ねぇな畜生! 挨拶回りも出来ないじゃないですか!!」

「皆には後で改めてすりゃいいさ。ご機嫌損ねないように言われた通りにしとけ」

「……仕方ないですね」

 一夜は机の荷物を纏め上げていく。細々とした物が多く、整理した上で一気に全てをと言うわけにはいかなさそうだ。仕方ないので発注していた部品の入っていた段ボール箱に片っ端から叩きこんでいく。

 残していく、もしくは引き継ぐために置いていく書類と破棄する書類も分類する。

 全てを完了させるのに四十分を要した。

「よし、終った」

「ん? そうか。短い間の付き合いだったな」

「その短い間でよくもまぁあそこまで俺に借りを作れましたよね、先輩は」

「ふ、甲斐性が無いからな」

「自分で言いますか、それ」

「言わなけりゃお前が言うだろ。自虐ネタで言っちまう方が楽だからな」

 ある意味正論だが、逃げ方が半端ない。

「はぁ、真面目に挨拶する気が失せますね。

 今までお世話になりました。これからも頑張ってください」

「定型文だな。まぁ、向こうでも適当に頑張れ」

 さらりと流された。淡白なやり取りだ。

 そこで扉がノックされ、一人の女性が入ってきた。

「失礼します。

 最上一夜さん、お待たせいたしました。迎えの者です」

「ノエルさん?」

「はい。私が迎えです。何か問題でも?」

「……いえ、何でもありません。

 じゃ、行きましょうか」

 迎えに来たのはノエルで、一夜は一瞬だけ戸惑ったが忍の差し金だろうと予想がつき、肩を竦めて頭を左右に振った。

 その様子にノエルは小首を傾げたが、一夜に行きましょうと言われ、「はい」と、返事を一つ。先導するように歩き出した。

 ノエルに先導されるまま、荷物を持って後をついて行った一夜は、ノエルが歩みを止めたとき、あまり信じたくないものを見た。

「ノエルさん? ノエルさんの愛車はあのベンツでしたよね?」

「はい。私の一番の愛機です」

「では、これは?」

「要人運送用の公用車です」

「公用車……? これ、これがっ!?」

「はい。

 月村財閥、月村家直轄管理№3 Honda社製 NA2型NSX Type-R GTです。普段はお屋敷のガレージに眠っています。何せ、公式には1台しか流通していませんので」

「NA2型のタイプR、GT……?

 あぁっ! 5台限定で販売されて1台しか売れなかった最後の、特別仕様だったNSXタイプR!?」

 一夜の眼が輝き、停まっているNSXに引き寄せられていく。

 それも仕方ないだろう。ホンダ乗りとしては、誰もが夢見るNSXだ。それも特別仕様車ともなればこうなるだろう。

「メーカーに無理を言ってフルスペックチューニングを施されています。NAエンジンを載せた公道用車体としては、トップクラスの性能を有しているでしょう」

「ドライバー次第ですけど、ノーマル車両でもコレに勝てる車なんてそうそう――って、違う」

 車に見とれながら上の空で答えかけた一夜だったが、本来の目的を思い出した。

「それで、これが公用車だっていうのは流します。目的地までノエルさんがコレで送ってくれるんですよね?」

「まぁ、そうなります。さすがに迂闊に運転していいですよ。とは、言えませんから」

 NSXはボディ素材から普通の車とは一線を画す。

「オールアルミのモノコック・ボディなんて、ぶつけたら一発でオシャカな車、自分で運転したくありませんって」

「ですよね。まぁ、稀に乗りたがる方がいらっしゃいますので。ともかく乗ってください」

 運転席にノエルが乗り込む。一夜も積載スペースに荷物を載せて助手席に乗り込む。

「では、出発です」

「安全運転、ですよね?」

「当然です。無理、無茶、無謀の3Mは致しません」

 キーを挿し、イグニッション。

 すこんとギアをローに入れ、走り出す。

 工業帯から住宅街、そして辿り着いたのは――。

「なんで、月村の屋敷なんですか?」

「一夜さんの勤める研究部開発7班はお嬢様の私設班で、今までお嬢様のみでした」

「……」

「ご質問等、お嬢様本人にお願いします」

「そうします」

 一夜はため息が重くなるのを自覚した。



 忍の言っていた、ラボとは文字通り研究室だった。

「お、着たね」

「……辞令なんて出されたら、俺みたいな会社の歯車は動かざるをえませんからね」

「皮肉はいいよ。

 それにこの移動は、一夜の為になるからやったんだし。そう不満気にならないで欲しいんだけど」

「俺の為?」

「そうよ。自由の利かない職場じゃ、二人がこっちにきてから困るんじゃないのかしら」

「……それは……いや、そんなことは――」

「無いとは言わさないわよ。おまけに一夜自身もHGSみたいな能力が覚醒したみたいだし。融通が利く場所の方が利点が多いでしょ。

 その点、ここは私の私設だし。業務は専ら私の趣味で集めたオーパーツの類を研究する事。ノエルたちのメンテとかも含むからね」

「……だからですか。技術職でノエルさんたちの素性に疑問を持たない人間じゃないと勤まらないから。だから俺を」

「そう言うことよ。親切心だけで呼んだりしないわよ。

 この世は全てギブ&テイク。決してラブ&ピースなんて事は無いわ。……まぁ、一部例外がいることは認めるけどね」

 そう言って肩を竦める。

「そんなわけで、最上一夜。貴方をこの第7班に転属させました。そうそう、人事に関する業務上の処理は終ってるから。給与体系は職群が変わるわよ。あんた何で保全に居たのに一般作業職だったの? 一般作業職から専門技術職に。追々必要な資格とか取ってもらうし、業種変更の試験も突破してもらうわよ」

「手が早いですね。まぁ、待遇は良くなるわけですからこちらは万々歳なんですけど」

「あら、資格試験なんか余裕って訳?」

「苦手じゃありませんから」

「あ~……そう言うヤツだったわね。

 まぁいいわ。じゃ、これマニュアルね。ファリンの修理と調整宜しく」

 どん! と、分厚いファイルがテーブルに置かれる。音から推察するに3~4Kgはありそうだった。

「……この分厚いファイルは?」

「私が纏めた自動人形の構造解析見取り図よ」

「それで、ファリンちゃんを修理調整って?」

「ちょっと別件で立て込んじゃってね。ファリンの修理まで手が回らないのよ。だから研修兼ねて今日から取り掛かって頂戴。修理が遅れれば遅れるほど、すずかが臍を曲げるから早めにね」

 何と言う無茶振りだろうか。

「ファリンの意識は起動してるから、何か解らなければ本人に確認して。その扉の向こうが多目的作業所だから。

 じゃ、私は出掛けるわ。

 ノエル! 準備して!! 出るわよ!」

 そう言い残して、忍はさっさと出て行ってしまった。

「……」

 諦め、分厚くクソ重いファイルを持って、一夜は隣の多目的作業所に移動した。

「……」

「あ、一夜さん。宜しくお願いしますね」

 改造手術台――もとい作業台にファリンが仰向けで待機していた。

 ただし、その格好に大いに問題があった。どんな格好かと言えば、実に解りやすく言うならば。


 全裸+M字開脚。


 だった。

「あ、あれ? どうしました?」

「何でそんな格好をしてるのかな?」

「忍お嬢様にこうしてろって――」

「あっのっひっとっはっ!!」

 持っていたファイルを床に叩きつけ、遣る瀬無い怒りをどうにか静める。

「――服着て普通にしてて。直さないといけないところだけ露出してくれればいいから」

「あ、は~い」

 わめき散らしたい諸々の事を呑み込み、何とか指示を出した。しかし、本当にここに来て良かったのか、今更ながらに不安を覚えた一夜だった。

「……なんで上半身裸なの?」

「え? だって、損傷箇所は胸部中央付近ですから」

 がぱっ。と、ファリンが自分で開胸する。

「っ!?」

「ほら、この辺がまだ直って無いんですよ~。普通に動くことは出来るんですけど、出力調整が利かなくなってて家事も何も出来ないんです~」

 改めて、彼女が人間ではないと思い知った一夜だったが、ファリンの内部の構造には酷くそそられた。

 そこには一つの完成された美があった。文字通り機能美という美が。
三次元パズルのように配置される機器、干渉・阻害する事が無いよう計算された配線、動作の基軸となる骨格、確かな駆動を約束する代替繊維群、それらを保護する内外殻……。これらが過去の技術だとは到底思えなかった。

「凄い……」

「ひゃんっ!? あ、あの、いきなりはっ!?」

「あ、ご、ごめん」

 一夜が魅入られたようにファリンの裡に手を入れた。吃驚したファリンが黄色い声を上げる。

「……ここか。この一つの世界で違和感を感じる」

「ふぇ?」

 一夜の眼には三つ、縦に断ち切られたエネルギーラインが診えていた。断線したまま管理局の技術者たちが直してしまったのだろう。

「ここの素材は……?」

 一夜が床に叩きつけたファイルを拾い、当該箇所の記述を調べる。

「……元素記号Au……金線か。接続先と端子形状は……」

 銅線や銀線ならまだ繋ぐことも出来たが、金線を繋ぐのは無理がある。伝導率などの点で普通のハンダではロスが多すぎる。銀ハンダという手段もあるが、どちらにしろその後皮膜する手段が無い。熱収縮チューブでは耐久性に問題がある。ならば配線を取り替えるしかない。

 接続先のデバイスが何の役割を果たすものかを確認し、更に端子形状と配線の長さを調べる。

 同時に金線と端子入れを引っ張り出し、必要な長さと対応する端子を取り出す。

「……変な端子……」

「特別規格ですから」

 端子と線をカシメて繋ぐ。それを3セット作った。

「ここってこのまま抜いても平気?」

「はい。一時的にその部分に動力が行かないよう遮断してますから大丈夫ですよ」

 図面を見せてファリンに確認を取り、慎重に断線している配線を抜き、新しく作った物と交換して行く。

「……交換完了。これで直ったと思うけど」

「試してみます。

 胸部装甲閉鎖、遮断解除。通常モードで起動します」

 ファリンの胸が閉じる。表皮は分子レベルで癒着するのか繋ぎ目が全く見えない。

「ん~。一夜さん、握手してください」

「え? あ、うん」

 ファリンが差し出した手を、一夜は何の疑いも無く握った。

(うん、人間の女の子と変わらない、柔らかくて可愛い手なんだけどなぁ……。あれ? もしかして出力調整が出来てるかコレで実験してる……!?)

「うん、大丈夫みたいですね。

 ありがとうございます。直ったみたいです♪」

「……まぁ、いいか。

 でも、これで頼まれてた仕事は終っちゃったな」

 何気なしに周囲を見渡しながら、次に何をするか考える。

「あ、もう服をちゃんと着て、自分の仕事に戻ってね。すずかちゃんの機嫌が悪くなると困るから」

「はい。では、何かありましたらお呼びくださいね」

 ファリンは着衣を直し、一礼して退出していった。

(さてと、適当にこのファイル流し読みして、この研究室を調べてみるか)

 一夜は自分なりに今日は何をするか決め、その通りに行動することにした。





[13195] 五十話 チンクとシルヴィアと――
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:1244cebd
Date: 2010/11/07 18:14


「吾が君よ、いい加減起きろ」

「……ん? 今日は休みじゃないか……。もうちょっと寝かせろよ」

「確かに仕事は休みだが、今日だろう」

「今日? ……今日……。

 っ!? 今何時だっ!!」

「時刻はAM8:30だ」

「後三十分しかないっ!」

 一夜は跳ね起き、身嗜みを整えていく。

「7時ぐらいから何度も起こしたのだがのぅ。一向に起きなかった自らを恨めよ」

「泣き言は言わないよっ!」

 瞬く間に外出の準備が整っていく。

「ほれ、鍵だ」

「間違えて無いだろうな?」

「吾が君の持つ鍵の中で、リモコン機能があるのはそれだけだろうに」

 砕冥から鍵を受け取り、外に出る。施錠し、車の方へ向かう。

 季節は既に春を終え、夏に差し掛かり始めていた。

「慌ててぶつけんようにな」

「いい加減慣れてきたよ」

 開錠し、乗車する。

 一夜は車を新たに増やしていた。

 普通自動車、Honda社製セダン、ABA-CL7後期型Accord EURO-R、それの黒。

 ビートとはサイズが全然違うのだが、もう乗り出して一ヵ月半、いい加減に扱いにも慣れてきていた。

 エンジンをスタートし、目的地に向け発進。

「お~お~、随分急ぐのぅ。まだしばらくはエンジンなどの慣らしをするのではなかったか?」

「今日は別っ!」

 まだ十分に温まっていない状態でタコメーターの針が忙しなく上下する。

 目的地は仕事先でもある月村家の屋敷だ。




 あの一夜が巻き込まれた事件、JS事件付属特例001項において、管理局本局や管理・管理外世界における局員並び関係者に関する制度の抜本的な見直しがあらゆる分野で始まっていた。当然全てが刷新されるまで長い時間が掛かるだろうが。

「遅かったわね」

「まぁ、色々ありまして」

「単に寝坊していただけなのだがのぅ」

 屋敷の庭には、忍とすずか、ノエルにファリンが待機していた。通信ウィンドウも展開されており、はやてが映っていた。そこへ一夜と砕冥が遅れて到着した。

『役者は全員揃った見たいやね』

「ああ、待たせちゃってごめん」

『私に謝るより、そっちに行く二人によく謝ることや。それじゃ、転送始めるで。現れる魔法陣から離れてな』

 言うが早いか、全員の目前の地面にミッド式の魔法陣が展開される。

 光の粒子が中央に集まり、二つの影を形作っていく。

『転送終了』

 二つの影は、チンクとシルヴィアになった。

「チンクさん、シルヴィ……」

「「一夜……」」

 ゆっくりと、一夜とチンク、シルヴィアの距離が縮んでいく。感動の再開的な空気が流れる。が、二人が笑顔でこう言った。

「「何時まで待たせる」」

 そして、二人の顔つきと空気が変わった。

「つもりだっ!」

「のっ!!」

 両サイドから鋭いローキックを左右の太腿に喰らい、一夜の膝が砕け、地面に正座するような形で座り込んでしまった。

「ちょっ――!?」

 そうして低くなった一夜の頭をチンクとシルヴィアが抱きしめる。

「ばか者が、どれだけ待っていたと思っている……」

「この日を、ずっと楽しみにしてたんだからねっ!!」

 時々エイミィを経由し通信を繋いでもらい、連絡を取り合っていたとは言え、再会するのは数ヶ月ぶりになる。

 二人にそう言われてしまい、出掛かっていた文句は霧散し、罪悪感が沸きあがってきてしまう一夜だった。

「そんな風に思ってくれてたんですね、ありがとうございます。

 そして、遅れて済みません」

 それぞれの腕で二人を抱きしめ返す。

『あ~、こう言う所に口を挟むと怨まれそうなんやけど……。チンク、シルヴィアの両名、確かに引き渡したのでこのウィンドウのポップを右手の親指で押してくれへん? 事前に署名してもらってた各書類の最終確認印代わりになるんや』

「はい」

 ろくすっぽ見ずに素早く押す。書類については一夜と砕冥、忍にノエルと四重にチェックを入れ、問題がないのを確認した上で署名、捺印済みだからだ。

『これでJS事件付属特例001項の終結を宣言する。一夜さん、長い間ご苦労さんやったな』

「そっちもね。なのはちゃんたちは元気?」

『ま、それなりや。なのはちゃんも順調に快復して復帰してるし。ただ、この間来てもらったときはウチの二人とカリムが迷惑を掛けて済まんかったなぁ』

「あ~、うん。まぁいいよ。

 じゃ、もうこうして会う事はないと思うけど、元気でね」

『そうやね。こういう形で会う事はない方がええんや。それじゃ』

 ぷつんとウィンドウが消失する。

「忍さん、すずかちゃん、ノエルさん、ファリンちゃん、折角の休日にわざわざ立会い、ありがとうございました」

「気にしないで。部下の頼みだもの」

「一夜さんのお願いですから」

「お気になさらず」

「どうって事ないですよ~」

 口々にそう言いながら解散していった。一夜も二人の手を取って車まで案内する。この為にわざわざ新たに車を購入したのだ。

「じゃ、行きましょうか」

「待った」

 車に乗り込もうとした所で、チンクに待てと言われて、一夜は動きを止めて振り返った。チンクとシルヴィアは神妙な顔をしていた。

「どうしました?」

「私とシルヴィは、お前の元に帰ってきたんだ」

「? ええ。解って――」

 解ってますと言いかけ、一夜は言葉を切って首を左右に振った。

「済みません。大事な事を言い忘れてましたね。

 お帰りなさい。チンクさん、シルヴィア」

 笑顔で二人にお帰りと言う。

 そこで二人はようやく破顔し、飛び切りの笑顔になった。



    「「ただいま、一夜!」」
 







         E N D



[13195] あとがき ’10 11/07
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:1244cebd
Date: 2010/11/07 18:17



ここまでお付き合いいただき、厚く御礼申し上げます。

コレにて本SS「魔法少女リリカルなのはStS IF チンクの逃走劇」は終幕となります。

こんなエピソードが見て見たい等、何かご要望等ありましたら、感想板の方へどうぞ。書いてみたくなるようなものがあれば追記すると思います。


では、またどこかでお会いしましょう



[13195] EP 後日談01~一夜の企み~
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:584931df
Date: 2010/12/28 22:02
 グリューエン軌道拘置所、ジェイル=スカリエッティの独房。

 監修されている対象は俯き、目を閉じて何かに思いを馳せているようだ。

 カッカッカッ。

 細いヒールが床を叩く音。

 コツコツコツ。

 しっかりと作られた革靴が床を進む音。

 パタパタパタ。

 硬いゴム質が跳ねる様に床を弾む音。

 三つの靴音が静寂と、微小な機械の駆動音と、電子機器の発する電磁波のノイズが混在する空間に響く。

「……ほぅ、珍しい。訪問者か」

「……」

 ふと、人の気配で顔を上げたスカリエッティは微妙な笑顔を浮かべた。

「これはこれは。誰かと思えばチンクに、――シルヴィアだったか? それに、最上一夜。三人揃って私に何の用かな」

 スカリエッティの前に現れたのは、正装したあの三人だった。




話は少し巻き戻る。




 一夜は微妙な顔でノエルの右手を修理していた。

「……」

「あの、怒っていますか?」

「別に怒ってませんよ」

 骨格まで破損している右手。親指と人差し指は欠損し、掌の表皮は吹き飛んでいた。

「ただ、ノエルさんの正体のこともありますから、街中で無茶はしないでください。そう思ってるだけです」

「ですが、念動力の力場を抑えられるのはあの場では――」

「担当がリスティさんだったから、何とかなりましたけど、限度があります」

 街中で暴れたHGS患者を取り押さえるなんて大立ち回りを演じてしまったのだ。その際に一般人に向けられたサイコフィールドを右手で止めた結果がコレだった。

「それで、あの人は?」

「欠陥品だった抑制部品を入れ直すらしいです。そっちはフィリスさんの分野ですから俺は関知しませんが」

 まずは関節部の稼動部から補修する。円滑に駆動するために鏡面仕上げされている土台になっている部分の傷を指で撫でて確認する。一夜の指先は大きさ200μ程度の傷まで触って感じることが出来る。

「根元から取り替えますね。吹き飛ばされたとき全面に傷が出来てます」

 特殊形状の工具で部品を剥がし、付け替える。

「ここからは新規に作り直しですから、ペースを上げますよ」

 一夜の顔つきが変わった。

 次から次へと必要な部品を流れるような動きで組み付け、固定して行く。

「すっかり慣れましたね」

「何故だか二人とも最近あちこち壊してますからね。嫌でも慣れます」

 一夜のこめかみにちょっとだけ青筋が浮いていたのは、流石にノエルも気がついた。

「まぁ、今日はこれで終わりですからいいんですけど。あんまり壊さないでくださいね。自分たちの身体なんですから」

 ビスの締め込みも完了し、一夜は工具をテーブルに置く。

「表皮の張り直しはファリンちゃんにやってもらってくださいね。あの素材は巧く使えないので」

「はい、ありがとうございました」

 金属骨格などが剥き出しの状態だが、動作に問題は無い。

 道具を片付け、一夜は立ち上がる。

「今日はコレで終わりですから、俺は帰ります」

「そうですね。早く帰ってあげてください。後片付けは私がしておきます」

「それじゃ、お疲れ様です」

 一夜はそのまま部屋を出て、職場である月村の屋敷を後にした。

 通勤兼用趣味の車になったビートを走らせチンクとシルヴィア、砕冥の待つ我が家へ帰る。

「ただいま~」

「お帰りなさ~い♪」

「お帰り」

「お勤めご苦労だのぅ」

 三人に出迎えられ、顔の緩む一夜。

「一夜~、今日ね今日ね!」

 最近、少し遠いが聖祥付属に通っているシルヴィアは純粋に学校が楽しいようだ。毎日こんな調子で一夜にその日の事を話している。

 精神年齢は身体に依存するらしく、知能指数はアホみたいに高く、不特定の分野に見識を持つシルヴィアだが、その辺は上手く誤魔化しているらしい。

「シルヴィア、先ずは吾が君に着替えをさせてやれ。自室にいてまで仕事着では落ち着かぬだろう」

「あ、うん。一夜、早く着替えてきてね!」

「解った。ちょっと待ってて」

 寝室で部屋着に着替え、話を聞くためシルヴィアの元へ戻る。

 その間にチンクは夕食を並べ始める。サイズを大きくした砕冥もそれを手伝う。最近は一夜のリンカーコアが完全に治ったのか砕冥に供給される魔力も安定し、自由自在にそのサイズを操作することが出来るようになっていた。、

「すっかり手馴れたのぅ」

「一夜が教えてくれているんだ。何時までも下手というわけにもいかないだろう」

 チンクはだいぶ家事が上達していた。少し前から一夜の代わりに家事全般をこなし始めていた。

「それに、何もせずに養われているだけというのは居心地が悪い」

「言えているのぅ」

 今のところ、チンクは働いていない。日がな一日このアパートに居るわけだが、時間が余るわけで、ならば働いている一夜の代わりに家事ぐらいは。と、思った訳だった。

 まぁ、ここまで上達するまではそれなりに失敗してきたわけだったが。どうやら家事に関してはそれほど才能がある部類ではなかったようだ。

「――だったんだよ~」

「そっか。頑張ってるね」

「えへへ~♪」

 シルヴィアの話に相槌を打ちならが頭を撫でている一夜。

「準備ができたぞ」

「それじゃ、話の続きは少し待って、ご飯食べようか」

「うん」

「あ、チンクさん。明日は有休取ったんで出掛けましょう」

「ん? 急だな。まぁ、私は家事以外することが無いから構わないが」

「あ~! ずるい~!!」

「シルヴィとは今度の休みに出掛けよう。だから、今回は眼を瞑ってくれないかな?」

「う~、しょうがないなぁ……」

「そう拗ねるな。何も無碍に扱われた訳ではるまいに」

 膨れるシルヴィアだったが、砕冥に窘められ、ぐりぐりと頭を撫でられて諦めたような顔になった。ここで腹を立てることは間違っているとちゃんと解っている様だ。

「それで、何処に行くんだ?」

「ついてからのお楽しみです」

 左手の人差し指を立て、左目を瞑ってそう嘯く一夜だった。





[13195] EP 後日談02~一夜の決意・前~
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:584931df
Date: 2010/12/28 22:05



「それじゃ、行って来ま~す!」

「ああ、気をつけてな」

「行ってらっしゃい」

 翌日、シルヴィアを二人で見送る。

「さて、取りあえず片付いたな。直ぐ出るのか?」

「いえ、少し……」

「ほれ、コレでも飲んでから行け」

 砕冥がお盆に湯飲みを二つ載せてきた。

「吾が君よ、そんな妙ちきりんな顔をしてどうした?」

「そんなに変な顔してるかな?」

「いつもより硬いな。まるで何かに怯えているようだ」

 一夜は湯飲みを一つ取ると、口をつけて傾ける。

「ああ、そうそう。その煎茶だが――」

「ごはっ!?」

 一夜が咽る。

「とびきり渋く淹れておいた」

「な、何するん――」

「余計な力も抜けただろう? いつも通りで行け、吾が君よ」

 砕冥は悪戯っぽく笑い、引っ込んだ。

「はぁ、全く……。

 さ、行きましょうか」

「解った」

 寸劇一つ、一夜は多少険が取れた顔でチンクと共にビートに乗り込み、発進させる。

 先ずは海鳴市へ。そして、街中を走り抜け、街外れの丘のほうへ。

 ハンドルを握る一夜は、目的地が近づけば近づくほど、また神妙な顔をしていた。

 お互い一言も発せず、微妙な沈黙があった。

 チンクは一夜が向かう方角から、幾つか到着地に当たりをつけていたが、最も確率の高いものは、少々重みが在る場所だ。

 だからこそ、チンクは気軽に声を掛ける事はしなかった。予想が中っていれば、それは一夜も相応の覚悟を持って向かっているのだろうと理解できるからだ。

 ただ、一つだけ聞いておかなければならないことがあった。

「一夜、ここまで着てなんだが、この格好のままでいいのか?」

「……はい。普段通りで構いません。だから俺も、普段着ですよ」

 また、それっきり会話は無くなった。

 そうして一夜のビートは目的地の駐車場に到着した。

「さ、行きましょう」

「……ああ」

 二人は並んで歩きだした。



 ここは、藤見台墓地。



 今の礎と成った祖が眠る地。



 深とした静寂と、ある種の霊的な空気を纏うこの墓地の墓の間を歩き、一夜は迷うことなく目的の場所に着く。

 一夜の目の前には最上家代々と彫り上げられた御影石の墓石。

「……久しぶり、親父、母さん」

 パン。と、拍手一つ。礼法としては普通はこんなことはしないが、自分が来たと知らせるためか、一夜は毎回癖のように自然とやっていた。

「今日は、二人に紹介したい人がいるんだ」

 そこで一夜はチンクに手招きする。

「……」

「今、一緒に暮らしてる、チンクさん」

「一夜の元、世話になっているチンクという。以後、見知り置いて欲しい」

 そういうと、チンクは手を合わせ、目を閉じる。

「訳があって少し前から一緒に暮らしてるんだ。他にも二人いるんだけど、その二人はまたの機会にね」

 そこで、一夜は身体ごとチンクに向き直った。

「チンクさん」

「……何だ?」

 一夜が今まで生きてきた中で三指に入るほど真面目な顔になる。

「俺と一緒にここに入ってくれませんか?」

「……。

 お前の行動はいつも私の予想の斜め上に行くな。まさかこのタイミングでとは思わなかった」

「だ、ダメですか……?」

 途端に自信が無くなったのか、一夜が情けない顔になる。

 そんな一夜の様子を見てチンクは小さく苦笑する。しょげる一夜の額にデコピンを一発。

「馬鹿者、嫌ならお前の元に戻ってなどこなかった。

 ただ、私は相当長生きするぞ。一緒に入るなら、一夜も長生きしないといけない。出来るのか?」

「大丈夫です! 根拠は無いですけど大丈夫です!!」

「そうか。なら――」

 チンクが左手を持ち上げる。

「計画犯のようだからな。まさか、準備しているんだろう?」

「抜かりはありません」

 一夜は胸ポケットから一つの小さなリングを取り出す。白金の指輪に金剛石の飾り石。チンクの指のサイズに合わせてオーダーした婚約指輪だ。

 一夜がチンクの手を取り、薬指にリングを近づける。

「チンクさん。改めて、俺と添い遂げてください。そして、添い遂げさせてください」

「ああ。お前と共に、最後まで」

 そして、指輪が薬指にぴったりと収まる。




 上空十数メートルの辺りに、小さなもふもふの尻尾を持った影があった。

「――だ、そうだぞ。シルヴィ?」

 方目を閉じ、狐耳の方で下の音を拾い上げていた。

『あ~、もう……。チンクの一人勝ちかぁ』

 その脇にはアクティブの通信ウィンドウ、シルヴィアだ。現在体育の授業中だが、マルチタスクで通信しながら授業を受けていた。

『まぁ、仕方ないかな~。……普通なら、ここで諦めるとこだけど』

「ん? 諦めが悪い子だったかのぅ?」

『さぁね。自分の気持ちも良く解らないから、もう少し様子を見るよ。それに、この身体の成長速度はしばらくすっごく地味みたいだから。時間は沢山あるし。

 一夜の家系はここ十代ぐらいずっと男系みたいだから、義弟が出来たら解らないな~』

「狡賢いと言うか」

 くつくつと笑う砕冥。

『だって、案外早そうだよ。ほら』

「ん? お~お~、先祖代々の墓の前でよくもまぁ」

 二人の視線の先にはキスをしている一夜とチンクの姿があった。

「やれやれ、今夜は機能停止しておくかのぅ」

『私も完全にシャットダウンしようかな』

 生温い視線を向けながら、二人は微笑んでいた。




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.687674045563