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[25126] DAGGER 戦場の最前点【ファンタジー・弟子育成】
Name: BLACKGAMER◆b730d07e ID:a99f7f4b
Date: 2010/12/27 22:13
【概要】
青年は最強であるが故に、人から外れ
少女は最弱であるが故に、人から外れた

孤独な青年、ティスト・レイア
心を閉ざした少女、アイシス・リンダント

二人が織り成す、心優しい物語

【補足】
これは、同人サークル『The sense of sight』が作成した
同人ゲーム『DAGGER 戦場の最前点』ネットで無料公開している【体験版】と同じ内容です。

『少しでも多くの方に、この作品楽しんでほしい』

そう思い、ここでも公開させて頂きました。

御意見、御感想など頂けると大変嬉しいです。
よろしくお願い致します。



[25126] 01話-【ティスト視点】
Name: BLACKGAMER◆b730d07e ID:a99f7f4b
Date: 2010/12/27 22:15
【view of ティスト・レイア】



「よし、買出し終了」

コーヒー豆も買い足したし、これで全部そろった。

買い忘れると半日を潰してここまで来るか、我慢するかの二択になるからな。

念のため、買い物袋の中身を確認しながら、のんびりと歩く。

「おっと」

「あ、すみません」

お喋りに熱中していた女とぶつかりかけ、慌てて避ける。

夕暮れの喧騒と行き交う人の多さには、いつも居心地の悪さを感じてしまう。

人の波を避けるように、店のない路地裏へと道を変えた。







長い塀にそって、人気のない道をゆっくりと歩いていく。

たまに目つきの悪い人間とすれ違うが、互いに相手のことなど気にも留めない。

居心地がいいとは言えないが、こっちのほうが気を使わなくて済むだけ、楽でいい。

どこまでも伸びている頑丈な塀の中は、クリアデルという兵士や傭兵を育成するための機関。

強さを求める者たちが集う場所…といえば、聞こえはいいかもしれないが…。

持て余した力を誇示する者や戦うことに魅入られた…つまりは、戦うことしか能のない人間が集う場所だ。

「…?」

ようやく見えた角を曲がったところで、奇妙な光景に足を止める。

クリアデルの塀に背をつけ、女の子が膝を抱え込んでいた。

地べたに座り込んで、何をしているんだ?

「…ッ」

その顔を見て、思わず息を飲む。

瞳は虚ろで、焦点が定まっていない。

土気色の顔には、生気がまるで感じられない。

自分を抱え込むその姿は、全てを拒絶しているようだ。

医者じゃないから詳しいことは分からないが、素人目にも分かるほど、女の子は憔悴していた。







俺が近づいても、何の反応も見せない。

ただ、ぼんやりとした表情で座っているだけだ。

知覚していても無反応なのか? それとも、知覚すらできていないのか?

どちらにせよ、こんな場所に座らせておいていいほど、軽い症状じゃないはずだ。

安っぽい胸当てとグローブは、戦闘をするには心許ない装備だが…。

この格好からすると、クリアデルの人間…か?

「そこで、何をしている?」

横柄な声に振り返れば、人相の悪い男が腕を組んで立っていた。

見るからに、あくどい商売が似合う面だ。

「ウチの商品に何のようだ?」

「べつに」

商品…ね。

人の売買を生業とする奴らは、人間を平然と物扱いする。

このご時世だし、当たり前だという奴も多いが、こいつらの考え方には正直ついていけない。

俺は、人を買おうと思ったことも、売ろうと思ったこともない。

「女が欲しいなら、世話してやってもいいぜ。その娘は売約済みだから、別の女になるがな」

「売約済み?」

「ああ。あと一時間もしないで、こいつを買いに客が来るのさ」

だから…か。

これからの人生は、買った人間の奴隷として、媚びへつらいながら生きていくだけ。

その運命から解放される選択肢は、捨てられるか、死ぬか、そのどちらか。

おそらく、それを理解して、この子はたぶん…諦めたんだろう。

そう、暗く淀んだ瞳が告げている。

この子の人生は、あと一時間ほどで決定し、おそらくそのまま終わる。

こうして、俺がこの子を見下ろしているのは、たぶん、人の最後を看取るのと同じようなものだ。

その事実に、激しい嫌悪感を覚える。

このまま見過ごせば、人殺しと変わらない。

「この子の家族は?」

「は?」

「親はどうしたんだ? 両親がいるだろう?」

「その親からのお達しだよ」

半ば予想していた返事なのに、息が詰まりそうになる。

親でさえ、平気で子を見捨てる…あいも変わらず、腐った世の中だ。

「まったく、金があるってのは羨ましいねえ、なんでも思い通りになる」

言葉と裏腹に、この男の目は、金持ちを羨むのではなく、金を持っていないこの少女を蔑んでいた。

ただ光るだけのものにそれほどの価値を見出すなんて、なんとも不思議な話だ。

金は、飢えも渇きも癒してくれないのに…こんなもので、人の命すら買えるんだから。

「………」

腰から下げていた皮袋に、手を伸ばす。

そこには、たしかな重みがあった。

財布の中身には、執着も、使う予定もない。

足りなくなったら、また稼げばいい。

これを使い果たして、この子を今の状況から逃がせるなら…。

悪くないかもしれない。

「俺が、この子を買うといったら?」

「はぁ? なんだって?」

「俺が、この子を買うといったら?」

言葉に迷いを乗せないように、もう一度繰り返す。

くだらない意地を張ることが正しいのかなんて、分からない。

ただ、家に帰ってコーヒーを飲むときに、こんなことを思い出したら、まずくて飲めたものじゃなくなる。

「どれだけ持ってるんだよ?」

「お前が首を縦に振るぐらいだ」

大き目の皮袋の中から硬貨がぶつかり合う音を聞いて、男の目の色が変わる。

金と騒ぐだけのことはあるな、その反応は分かりやすくて話が早い。

「見せてみな」

金の入った皮袋を、無造作に投げつける。

「おっと」

両手で袋を受け止めた男は、口紐を緩めて中身を覗きこみ、ジャラジャラと音をさせて上機嫌で数えている。

あの姿には、醜さしか感じない。

「こいつはすげえや」

「これを使って、横取りする…ってわけか?」

「文句あるのか?」

「へぇ、よっぽどこいつが気に入ったらしいな」

「そんなに幼子がいいなら、別口で2、3人用意するから、ぜひとも買ってくれよ」

叩き売りの口上を聞くだけで、苛立ちが募る。

この男さえ消せば…そう思う気持ちを、なんとか抑え付けた。

「それで…できるのか?」

「その前に、俺の質問に答えてくれよ。

 どうやってこんなに大金を稼いだんだ? 人に言えないことをしてきたんだろう?

 いい口があるなら、俺にも紹介してくれよ」

商売根性を丸出しにして、大声でまくし立てる。

こんな耳障りな声を、これ以上聞いていたくない。

「金を払って欲しいなら、余計なことは喋らないことだ」

俺の敵意にようやく気づいたのか、相手も表情を引き締める。

「尖るんじゃねえよ。俺と揉めたら、どうなるか分かってんのか?」

ドスを利かせた声を出し、俺を睨みつける。

だが、それも形だけだ。

丸腰で、この状況で身構えないのだから、戦闘になれていないことは明白。

こいつはあくまでも商売人であって、戦士じゃない。

どうせ、金で他人をいいように使って、それを自分の力と勘違いしているんだろう。

「前金は、もらってるのか?」

「なにぃ?」

「儲けがなくなるのは、さすがに気の毒かと思っただけだ」

鞘に収めたダガーの柄に手をかけ、相手の目を射抜くように睨みつける。

どんなに頭の悪い奴でも、ここまですれば、無駄口はなくなるだろう。

これ以上、くだらないおしゃべりに興じるつもりはない。

「ま、待てって! 悪かったって」

「この額なら俺も文句ねえよ。この女はあんたのもんだ」

慌てた男が、下手な愛想笑いを浮かべる。

これで、交渉成立…か。

「…立てるか?」

座り込んだままの女の子を刺激しないように、ゆっくりと左手を差し出す。

この後どうするのかなんて考えていないが、とりあえず、ここからは早く離れたい。

「………」

少女は、わずかに視線を上げて、俺の手のひらを見つめる。

だけど、動かない。

その瞳に俺の手のひらを映して、じっとしていた。

「立てないか?」

俺の問いに、唇が動く気配はない。

心を閉ざしてしまっているのか?

「まどろっこしいな、蹴り飛ばしてでも立たせりゃいいだろ?」

俺のやり方に苛立った男が、後ろでぼやく。

そんなことを繰り返して、こうなったわけか。

黙れ…そう言ってやろうと振り返ると、少女の方から物音がする。

そちらを見れば、女の子は目を閉じて横に倒れていた。

「!? 大丈夫か?」

何度か肩をゆすってみるが、目は閉じられたままだ。

これは…?

「どーせ、栄養失調かなんかだろうぜ。

 ここ2、3日、食事にも手を着けていないって話だからな」

金に見合うだけの情報を提供くらいしてやる、という顔で、男が少女を指差す。

身体は悲鳴をあげているのに、心が生きることを拒絶して、食事をしない…か。

それが、この子をこんなにも追い詰めてしまったんだろう。

「好都合じゃねえか、家につくまで抵抗されねえ。

 しかも、人間ってのは案外しぶといからな。この程度じゃ、くたばらねえだろ」

「………」

俺が拳を握りこむ音が、あいつにまで聞こえたらしい。

音に反応して交叉した視線を、奴が慌てて逸らした。

「分かった分かった。失せればいいんだろ?」

男は静かに塀の中へと入っていった。

奴もクリアデルの人間か。

噂に違わず、中は腐りきっているようだな。

「さて…と」

ここに残っていたら、契約者が現れるかもしれない。

さっさと離れたほうがいいな。

二の腕に荷物を引っ掛けて、両手を自由にしてから、少女の隣に膝をつく。

背中と膝の下に腕を入れ、それでも反応がないことを確認して、少女を横抱きにして立ち上がる。

両腕の中におさまる小さな身体は、驚くほどに軽かった。

「………」

自分の胸の前辺りから聞こえる、規則的な呼吸。

意識の喪失から睡眠に変わったのか、さっきと比べて、表情が穏やかになっている気がする。

恐怖に攻め立てられて、眠ることさえ、できなかったのかもしれないな。

医者に連れて行くことも考えたが、結局、我が家に向けて歩き出す。

本人に助かる意志がないのなら、どんな医者であろうと助けることなんて、できやしない。











草原の果てに見えるのは、沈み行く太陽。

その夕焼けを楽しみながら、少女をなるべく揺らさないようにのんびりと歩く。

家につく頃には、真っ暗だろうな。

街の賑わいに背を向けて、ひたすら街道を進む。

草原を吹き抜ける夜風が、肌に心地よかった。

街の灯から遠ざかり、喧騒も聞こえない。

静かな夜道を、月明かりを頼りにして進む。

見慣れた森へと差し掛かって、ようやく街道から外れた。

少女の足や頭をぶつけないように気をつけながら、木々の間を抜ける。

木の根が絡まり、足場が悪くなっている場所を過ぎて、さらに奥へ。

数分をかけて森を抜けると、ようやく我が家が見えてきた。







なんとか片手で扉を開け、すぐ近くにある蝋燭に火をつける。

炎が部屋の中を照らして、冷えていた部屋がほんのりと暖まっていく。

ようやく帰りついた我が家は、いつもと同じで出迎えてくれる人間なんていなかった。

『この女はあんたのもんだ』

思い出した馬鹿な言葉を、頭の中で打ち消す。

この子が目を覚ましたら、少しだけ話をして、それで終わりだ。

ここは、俺一人の家。

いつもと変わらない。

少女を空き部屋に寝かしつけて、自分もベッドに潜り込む。

夕飯どころか、コーヒーを飲む気にもならなかった。




[25126] 02話-【アイシス視点】
Name: BLACKGAMER◆b730d07e ID:a99f7f4b
Date: 2010/12/28 01:26

【view of アイシス・リンダント】



「…なに、これ?」

自分の目に見えているものが、理解できない。

見覚えのない部屋、柔らかい枕、清潔なシーツ、暖かい毛布。

夢?

だとしたら、最低な夢だ。

私の手に届かないものばかりが、ここにある。

他には、テーブルが一つあるっきり。

ベッドの脇にきちんと並べられていた自分の靴を履き、窓へと歩み寄る。

カーテンを開け放った。

差し込んでくる日差しが、うっとうしい。

それを無視して、窓を覗き込んだ。

「………」

見下ろした地面が、遠い。

ここは、二階みたいだ。

見えるのは木ぐらいで、隣の家さえない。

森に囲まれてる?

ロアイスの街じゃない?

どうやってここまで来たのか、それを思い出そうとして、途中でやめる。

それがどれだけ無駄なことか、自分が一番よく分かっていた。

ここが、私の死に場所。

その事実は、変わらない。

抵抗するつもりなんてないし、そんなことはしても無駄だ。

どうせ、今までと変わらない。

それに、最低最悪よりも下なんて、存在しない。

カーテンを閉めて、後ろを振り返る。

そこにあるのは、ここから出るためのドアだ。

「………」

外へでようか数秒だけ悩んで、結局、ベッドに戻る。

目を覚ましたときと同じ格好で寝ころび、目を閉じた。

何をしようと、何も変わらない。

なら、私は、何もしない。

そう決めたんだ。





ぼんやりと濁っていた意識に、音が響く。

今のは…たぶん、ノックの音だ。

無視。

相手をする気なんて、ない。

もう一度、同じ調子でノックされる。

何度やっても同じだ、返事なんてしない。

足音が一つ、部屋の中に入ってくる。

私の横で、ぴたりと止まった。

見られている? 何かされる?

考えているうちに、足音が部屋の奥へと向かう。

窓のあたりで止まると、今度は迷いなくドアへと向かっていった。

何もしないで、出て行くの?

「置いておく。食べ終わったら、降りて来てくれ」

男の人の声に、目を開ける。

既にドアは閉じていて、後ろ姿さえ見えなかった。

私が起きていたことに、気づいていた?

食べるって? 何を…?

そう思って、足音が向かっていた窓の方へと、目を向ける。

テーブルの上には、さっきまでなかった料理が、湯気を立てていた。

匂いに釣られて、近づいてみる。

焼きたてのパンと、皿の底が見えないほど具だくさんのスープ。

水さしと、空のグラスまで置いてあった。

こんなに豪勢な朝ご飯なんて、見たことない。

しかも、食器は全て、この小さな部屋に似合わないくらいに豪奢で…。

まったく、わけが分からない。

「…っ」

美味しそうな匂いに、つばを飲む。

そういえば、ここ最近、ろくに食事もしていなかった。

知らない人が用意した料理なんて…と思ったところで、自分の馬鹿さ加減がイヤになる。

例え、毒が入っていて、それで苦しんでも、たとえ死んでも、何も困らない。

だって、ここで殺されても、後で殺されても、変わらないんだから。

何も考えず、無心で手を動かす。

気が付けば、料理が冷める前に、全て食べ終えていた。




[25126] 03話-【ティスト視点】
Name: BLACKGAMER◆b730d07e ID:a99f7f4b
Date: 2010/12/28 19:16

【view of ティスト・レイア】



朝食を食べ終えて、食後のコーヒーを楽しむ。

部屋で寝たふりをしていたあの子は、料理に手をつけてくれればいいが…。

食べられないほどに衰弱していると、そっちのほうが問題だ。

向かい側の席に用意したマグカップを眺めて、取りとめもなく、そんなことを考える。

考えても意味のないことなのは分かっているが、考えずにはいられなかった。

来客を告げるノックの音が、玄関から響く。

「あ…」

誰が来たのか理解したときには、もうドアが開いていた。

手にバスケットを提げた少女が、楽しそうに微笑んでいる。

大きなリボンで結わえられた、手入れの行き届いた栗色の髪は、いつ見ても目を奪われる。

思わず指を通してみたくなるような、不思議な魅力があった。

「おはよ、ティスト」

「おはよう、ユイ」

とびきりの笑顔で挨拶してくれる幼なじみに、いつもの調子で返す。

すっかり忘れていた。

今日は、週に一度、ユイが来てくれる日だった。

「もしかして…朝ご飯、もう済ませちゃった?」

俺が手にしていたカップを見て、顔を曇らせる。

コーヒーはいつも食後に…俺の癖まで、しっかり覚えてくれるんだな。

「ああ、今日はもう食べ終わった…ごめんな」

「ううん、いいよ」

いつもなら、一緒に食べていたからな。

あのバスケットの中にあるのは、たぶん、朝ご飯か、その材料だろう。

「?」

どう謝ろうかと考えていると、ユイの視線がテーブルの上で止まる。

そこには、あの子のために用意したマグカップ。

「これ、あたしのために用意しておいてくれたの?」

申し訳なさすぎて、目を輝かせるユイを直視できない。

次回は必ず用意をしておこうと誓って、俺は話を切り出した。

「相談があるんだ、聞いてくれるか?」

「どうしたの?」

ユイのた めにコーヒーを用意して、向かいに座ってもらう。

あの子が降りて来ていないことを確認し、声を落として、昨日のことを話した。







話を聞き終えて、ユイがゆっくりとため息をつく。

その顔は、悲痛な経験をしたあの子への同情で染まっていた。

「正しいことかどうかなんて、分からないけど…

 あたしは、ティストのしたことが、いいことだと思う」

その肯定で、俺の心が安らぐ。

自分の行動を認めてくれたことが、素直に嬉しかった。

「で、これからどうするの?」

「あの子に任せるよ。見返りを求める気もないからな」

金で他人の人生を縛り付けるつもりなんて、さらさらない。

「ティストならそう言うと思ってた。

 でもね、あたしの想像の話なんだけど…。

 その子には、家も、お金も、助けてくれる人も、何にもないと思う。

 だから、どうしたいのか聞いても、困らせるだけかもしれないよ」

「…そうだな」

生活するなら、必要になるものが絶対に出てくる。

何も持っていなければ、自分の意志とは関係なく、何も出来ない。

だからといって、あれだけの仕打ちをされて、誰かを信じて頼るなんて、できないだろうな。

「とにかく、話してみる。今の俺には、それしか言えない」

「うん、それがいいと思う。

 踏み込みすぎたらダメかもしれない、でも、一番大事なのは離れないこと…じゃないかな」

ユイの言葉にかぶるように、階段を下りてくる足音が響く。

どうやら、部屋から出てきてくれたみたいだな。

テーブルの上にある三つのカップに、コーヒーを注ぐ。

立ち上る湯気が、部屋の中を香りで満たしていった。







「………」

少女と目が合い、その顔が恐怖に歪む。

俺に向けられたその表情に、息が詰まる。

心の中に沸いた苦みを噛み潰して、自分の表情に出さないように抑え付けた。

「食べ終わったか?」

「………」

小さくうなずいて、部屋の中を見回している。

その姿は警戒している小動物のようで、昨日の虚ろな瞳でないことに安堵する。

どうやら、精神に異常をきたしているわけではなさそうだ。

「初めまして、ユイ・カルナスです」

突然の挨拶に、少女が強張る。

だが、名乗るのは最低限の礼儀だし、ユイの判断はおそらく正しい。

「ティスト・レイアだ」

「アイシス・リンダント…です」

俺たちの自己紹介に、戸惑いながらも返してくれる。

どうやら、話はできるようだ。

「座ってくれ」

「…はい」

目の前に置かれたカップに視線を落とし、それでも手は伸ばさない。

手をつけていいのか迷っているのか、じっと見ているだけだ。

沈黙が続く。

たぶん、俺たちが話し出すのを待っているんだろうが…。

何から話せばいいだろう?

どう話せば、相手を怯えさせない?

「こうやって、黙っててもしょうがないし…

 説明しようとしても、うまくできないだろうから…

 アイシスちゃんが聞きたいことを、あたしたちに質問してくれない?」

ユイの打開策に、困ったような顔をしてから、アイシスがうなずく。

いい提案だ。

これなら、余計なことまで話す心配もない。

「………」

数秒の間、渇いた唇を動かしているが、声にならない。

何事かを言おうとしているのが分かって、それを静かに待った。




「…あなたが、私の飼い主ですか?」




寒気がするほど希薄な声で、アイシスが問いかける。

昨日、道端で座り込んでいたときと同じ、全てを放棄したような目だ。

「悪趣味な言い回しだな。俺には、そういう趣味はない」

「…どういう、意味ですか?」

「契約は、破棄された。だから、アイシスは自由だ」

言葉の真偽を確かめようと、アイシスが俺の顔を見る。

嘘や冗談でないことを伝えるために、その瞳を真正面から見返した。

「…ほんとう…に?」

「ああ」

はっきりと答えると、瞳の色が驚きに変わり、見開かれたアイシスの目が俺を見る。

どうやら、信じてくれたらしいな。

「そんな…どうやって…」

つぶやくアイシスに対して、コーヒーを飲んで答えを濁す。

金を払ったといっても、アイシスを困らせるだけだろう。

「…あなたが、そうしたんですか?」

「ああ」

「…どうして、そんなことを?」

どう答えたら、アイシスが受け入れてくれるのか…そんなことを考えようとして、やめる。

取り繕うと言えば聞こえはいいが、それは都合のいい表現で、結局は嘘だ。

だから、思ったとおりに答えた。

「アイシスが誰から見捨てられても、俺は見捨てたくなかった。

 俺も見捨てられた人間だからな」

自ら触れた自分の傷の痛みに、顔をしかめそうになる。

だが、それが偽らざる本心だ。

見捨てられた者の辛さは、俺も味わったことがある。

そして、そこから俺は救われた。

だから、同じ辛さを味わってほしくないし、救われてほしいと思う。

俺が本当に助けたかったのは、この子に投影した昔の自分なのかもしれない。

「だから、アイシスの好きなようにしたらいい」

「…好きな、ように…」

絞り出すように、アイシスが繰り返す。

どうしていいか分からないと、その表情が物語っていた。

まあ、突然そんなことを言われても、困るだろうな。

「アイシスちゃんがしたいことが分からないなら、あたしの質問に答えてくれるかな?」

今まで静かに見守っていたユイが、優しい声でアイシスに質問する。

相手のことをきちんと尊重している、ユイらしい聞き方だ。

「…はい」

「クリアデルにいたんだよね? 戻りたい?」

「…いえ、わかりません」

ここで戻りたいと即答しないのだから、クリアデルの環境も決して良くなかったのだろう。

それ以上に過酷な現実が待っているなら戻ってもいい、そんな返事に聞こえる。

「じゃあ、ウチで働いてみない?」

「ウチ…って?」

「あたしの家、ライズ&セットっていう料理店なんだけど…

 もし、アイシスちゃんがよければ、住みこみで働いてもらえると思うの」

「あの…考え…させてください」

急にそんなことを言われても、即決できないのは分かるが…。

ユイの説明に、アイシスはあまり関心を示していないように見える。

信用していないからか、それとも、他に何か理由があるのか…今のままじゃ分からないな。

「俺からも質問があるんだけど、いいか?」

「はい」

「どうして、クリアデルにいたんだ?」

「…徴兵制で、入りました」

少しの間をあけて、アイシスがそう答える。

あれは、たしか女子供には適応されないはずだが…。

志願じゃない…つまり、自分で入ったわけじゃないのか?

アイシスの反応を見るに、追求は止めておいたほうが良さそうだ。

「戦えるなら、クリアデルの連中のようにギルドで仕事をこなすこともできるぞ?

 危険はあるが、それに見合うだけの見返りも…」

「…戦えません」

俺の言葉を遮って、アイシスがつぶやく。

小さな声なのに、はっきりと耳に残った。

「私は、弱い…ですから」

耐えるように、アイシスが声を震わせる。

聞いているほうが辛くなるような、涙声だ。

「仕事を受けたとしても、それをこなす力がない。

 誰かに襲われても、抵抗できるだけの力もない。

 私には、何もないんです。

 一人で生きていける力が欲しかったのに…クリアデルでは、身に付きませんでした」

誰にも寄りたくない、誰にも寄られたくない、誰にも関わりたくない。

『一人で』の中に詰められたその言葉の意味に、なんとなく共感を抱いてしまう。

自分と一つずれた道を進んだ先、それが俺にとってのアイシスの位置のような気がした。

「…すみません。そんなの、私には無理だって分かってるのに…」

小さく首を振って、アイシスが自分の願いを潰す。

それを見ているのが、たまらなくイヤだった。

だから、売り言葉に買い言葉で、口をついて出た。

「俺が、教えようか?」

「…え?」

驚きの表情で、アイシスが固まる。

時間をかけて考えたのか、ゆっくりと首を振った。

「いえ、いいです。どうせ、変わりませんから」

自棄になって吐き捨てるアイシスは、聞く耳を持ってくれそうにない。

今までの経験が、アイシスを頑なにしてしまっている。

「アイシスちゃんが、どんな訓練をしてきたのか分からないけど…

 強くなるためには、必要なものがあるの」

「…なんですか?」

「上達するために、導いてくれる人。

 何がいけないのか、何が足りないのか、自分で考えることも必要だけど…

 自分が分からないときに、それを教えてくれる人が必要だと思う」

「導いて…くれる…人」

疑いの表情で、ユイの言葉を途切れ途切れに繰り返す。

そんなものはいないと考える気持ちも、分からないでもない。

だが、これは、本当のことだ。

俺も師匠たちのおかげで、今がある。

「あたしは、戦うことはできないけど、他のことでも同じだと思う。

 自分の進み方がわかるまでって、道標が必要なの」

「………」

どう反論していいか分からないのか、アイシスは黙り込んでしまっている。

自分に今まで足りなかったものの話なんてされても、実感はないだろうし、正解かどうかも分からないだろう。

『踏み込みすぎたらダメかもしれない、でも、一番大事なのは離れないこと』…だったかな。

「試してみるか?」

「え?」

「俺がアイシスの道標にふさわしいかどうか、試してみるか?」

「でも…」

「違ったなら、また道標を探せばいいだけだ。

 可能性があるなら、確認ぐらいしてもいいだろ」

「…はい」

俺の言葉に押し切られるように、アイシスが了承する。

戸惑うアイシスの気持ちも分かるが、ここで議論していても、結論はでない。

試してみるだけだ。

「表に出ようか」

アイシスとユイをつれて、小屋の外へと出た。





「問題は、何をやるのが一番効果的か…だな」

「ね、ティストはアイシスちゃんのことをどのくらい知ってるの?」

ユイが言葉に含みを持たせて、俺のやるべきことを教えてくれる。

「そうだな。相手の力量(こと)が分からなければ、何もできないな。

 武器無しで…体術の訓練もしてあるのか?」

「…はい、一応は」

アイシスが表情を翳らせて、ゆっくりと頷く。

その不安そうな表情は、分かりやすいぐらいの拒絶だった。

「手合わせはやめておくか?」

「いえ、大丈夫です」

アイシスが小さく首を横に振り、消え入りそうな声で返事をする。

たしかな違和感を俺もユイも感じているが、アイシスから問いただすのは無理だろう。

「なら、始めようか」

戦えば、その理由が見えてくるかもしれない。

上着とダガーをユイに手渡して、アイシスと距離を取った。









「遠慮はいらない、全力でやってくれ」

「…はい」

アイシスが拳を握り、地面を踏みしめる。

そのまま、緊張した面持ちのままで、微動だにしない。

俺の出方を見ているのか?

「………」

どれだけ待っても、アイシスは動き出そうとしない。

俺から動くしかなさそうだな。

「…ッ」

手加減して繰り出した、ゆっくりと大振りな拳。

これぐらいなら、避けられるだろう。

「ぐっ…」

鈍い音をさせ、俺の拳をやっとのことで、両腕で受け止める。

なぜ避けない? 受ける姿勢を取ってもまだ時間の余裕があるのに、なぜだ?

「…ッ」

一拍以上の間をあけて、アイシスが拳を突き出してくる。

大きく距離を取ってその攻撃を避け、アイシスの表情を観察する。

「………」

あの辛そうに歪んだ表情は、痛みのせいか?

「ッ!」

今度は左の回し蹴りをゆっくりと放つ。

また、さっきと同じような反応でアイシスが無理やり受け止め、一拍以上の間をあけて反撃をする。

三回、四回と威力をできる限り抑えて繰り返すが、同じことの繰り返しだ。

そして、続けるうちに、もう一つの違和感に気づいた。

アイシスの反撃は、遅い上に、もう一つおかしいところがある。

「試してみるか」

聞こえないように小さく呟き、さっきまでと同じように攻撃を打ち込んでアイシスに受け止めさせる。

一拍以上の間をあけて、アイシスが反撃をする瞬間に…。

さっきまで下がって避けていたところを、あえてその場に残った。

「…!?」

驚いたアイシスの身体が硬直し、拳は俺の身体に触れる前に止まる。

俺は攻撃した場所から動いていない、なのに、反撃したアイシスの攻撃は届いていない。

やはりそうだ、アイシスは、俺に攻撃を当てるつもりがない。

「どうした?」

「いえ」

否定をするが、動揺は隠せていない。

これ以上続けても、アイシスに怪我をさせるだけで、意味はないな。

「終わりにしようか」

「え…あ…」

戸惑うアイシスの前でいつもの立ち方へと崩して、戦いの終わりを伝える。

アイシスは何も言えずに、自分のかまえを解いた。

「なぜ、攻撃を避けようとしないんだ?」

「攻撃を当てようとしないのには、何か理由があるのか?」

俺の質問に、アイシスの顔色が見る見るうちに青ざめていく。

身体は小刻みに震え、その顔には汗がうっすらと浮かんでいる。

「アイシス?」

「い…や…」

「大丈夫」

その全てを優しく包むように、ユイが後ろからアイシスを抱きしめる。

そして、アイシスを光が優しく包んだ。

「え? え!?」

「大丈夫」

さっきと同じように、ユイがアイシスの耳元で優しく囁く。

「これは、あたしの魔法なの…だから、大丈夫」

「…はい」

ユイに小さく返事をして、アイシスが強張らせていた身体の力を抜く。

傷を癒すことのできる、ユイの癒しの魔法。

それには、その心を落ち着かせる効果もある。

「もし、アイシスちゃんがイヤじゃなかったら、さっきのティストの質問に答えてくれないかな?」

「私が…攻撃を避けたり、当てたりすると…

 何倍にもなって、やりかえされるから…

 だ…から…」

言葉はそこで嗚咽に変わり、途切れてしまう。

でも、それで十分に伝わった。

全ては、クリアデルの連中が、そうなるように仕向けたわけだ。

自分より下であるように、自分より強くなれないように、圧力をかけて相手の成長を阻む。

騎士団、貴族、どこでも立場や争いがあれば、同じようなことをやっている…が。

悪質にも、程があるな。

この呪縛から解放されない限り、アイシスが誰かに勝つなんて不可能だ。

「腕は、大丈夫か?」

「あ…はい」

受け止めた腕をさすってみたアイシスが、あいまいな表情でうなずく。

傷の痛みが癒えていく魔法の違和感が、受け入れられないみたいだ。

「よく受けられたな、決して軽い攻撃じゃないのに」

「え?」

「その身体で、あれだけ攻撃を受け止められるのは、見事なものだ」

俺が攻撃した速度はたしかに遅いが、それほどに弱い攻撃じゃない。

アイシスが本当に外見どおりの華奢な少女なら、まず、受けきれないだろう。

「いえ…」

褒められてどうしていいのか分からず、顔を赤くしてアイシスが戸惑う。

誰だってそうだ…褒められたら悪い気はしない。

それが、ずっと認めてもらえなかったことなら、尚更だろうな。

「手合わせをして、俺が分かったことと言えば…

 もし、俺がアイシスに教えるのなら、おそらく戦いの根底からになると思う」

「根底?」

「ああ、武器の扱いや技よりも、もっと前のところからだ」

積み重ねるのに必要な土台を根こそぎ壊されていることを、おそらく自覚していない。

だから、筋力や体力を積み重ねても、それを戦いに生かすことができないんだ。

『踏み込みすぎたらダメかもしれない。でも、一番大事なのは離れないこと』…だったよな。

今の二人を見ていれば、ユイのちょっと大きな踏み込みが、アイシスの救いになることがよく分かる。

俺には、やることも、やらなければならないこともない。

一人で日がな一日訓練をし、家事をし、食事をし、持て余した時間を誤魔化すように使っている。

訓練に目的はなく、目指す強さなんてものもない、ただ怠惰に過ごしているのと変わらない。

それに、俺の意思でアイシスをここまで連れて来ておいて、知らん顔するわけにもいかない。

何より、ユイや師匠…そして、あいつに助けてもらったときに、俺は嬉しかったから。

少し、あいつを見習ってみるか。

「俺から、戦いを習ってみるつもりはあるか?」

「…え?」

「別に、強制はしない。

 それに、期限を決めるつもりもないから、アイシスの好きなときに終わりにしていい」

「どうして…そこまで?」

「一人で住むには、あの家が大きすぎるから…かな」

自分の弱音に、自分でも情けなくなる。

だが、誰もいない家に帰るたびに、少しの寂しさを感じていたのも事実だ。

ドアを開けて、真っ暗な家に帰ったとき。

自分のためだけに料理をして、片づけをするとき。

自分は、何をしているんだろうという虚無感に襲われていた。

それが、少しでも紛れるなら、俺としては大歓迎だ。

「…ほんとうに…ほんとうに、いいんですか?」

「アイシスが俺のことを、教わるに足る存在と認めてくれれば…な」

「………」

無言でアイシスが俺の瞳をみつめる。

俺は、黙ってアイシスの目を見返していた。

「よろしく、お願いします」

小さく、やっと聞こえる程度の声で、アイシスがそう呟く。

涙で顔を塗らすアイシスの頭を撫でながら、ユイも優しく笑ってくれた。




[25126] 04話-【ティスト視点】
Name: BLACKGAMER◆b730d07e ID:a99f7f4b
Date: 2010/12/29 01:38
「この部屋でいいか?」

アイシスを寝かせていた二階の空き部屋、俺の部屋と同じぐらいの広さだし、日当たりも悪くない。

「でも、ちょっとお掃除したほうがいいかもね」

カーテンをあけると、部屋の中を舞う埃が照らされる。

ほとんど使わないから、少し掃除が雑になっていたのは、否定できないな。

「これからしちゃおっか?」

「いいです。掃除ぐらい、自分で出来ますから」

「そだね、アイシスちゃんの部屋だもんね」

「私の…部屋」

慣れない響きというように、アイシスが繰り返す。

その顔は、戸惑いでいっぱいだった。

「じゃあ、お掃除がいいなら、ロアイスまで買い物に行かない?」

「…そうだな」

人が一人増えるなら、それだけ必要な物も増える。

俺の物を使いまわしてもいいが、アイシスのために一通り揃えたほうがいいだろう。

「そういえば…ユイが持ってきてくれたのって、日持ちするのか?」

「うん。この寒さだし、2~3日は平気だと思う」

「なら、行こうか」

「………」

俺とユイが廊下へ向かおうとしても、アイシスだけは動かない。

その場で俯き、じっとしていた。

「アイシス?」

「私は…いいです」

必要最低限、そう思えるような小さな声で、アイシスが答える。

だけどそれは、俺たちへの明確な拒絶の意思だ。

「でも…」

そこで言葉を区切って、ユイが口をつぐむ。

どう言えば、アイシスに話を聞いてもらえるのか、悩んでいるんだろう。

無理強いをすれば、頑なになる。

だからといって、このままユイと二人で行けば済む問題でもない。

「体調が悪くないのなら、ロアイスまでの道は今日中に覚えておいたほうがいい。

 このあたりの地理は、アイシスも把握しておくべきだしな」

「…わかりました」

賑やかなところは苦手で、そこに行くなら自分を納得させる理由がいる。

相手と少し距離を置くことで、自分にとって安心できる位置が確保できる…か。

昔の自分を意識して考えた説得が通じても、素直に喜べないな。







小屋を覆うように立ち並ぶ木々の間を抜けて、ようやく街道に出る。

眩しく輝く太陽は、もう一番上を過ぎていた。

心地よい風が草原を抜けて、草の波が体を揺らして音を立てる。

「いい風だな」

「うん」

目を細めて笑うユイの横で、アイシスは静かに辺りを見回していた。

「あれが、ロアイスですか?」

「ああ、迷わなくていいだろ」

遠目にロアイスの城壁が見えているのに、歩くと案外距離がある。

この時間からだと、夕方までにつけるかどうか…だな。

「行きはいいが、問題は帰りだ。

 森に入る場所は目印がほとんどないから、覚えておいてくれよ」

「はい」

通ってきた道も、いくつかある獣道の一つにしか見えないから、思ったよりも間違えやすい。

この辺りの森でも、変に深入りして迷うと冗談ではすまないときがあるからな。

「さて、行くか」

いつもは一人で、たまにユイと二人で歩くこの長い街道。

少し離れて歩くアイシスを気にしながら、速度をあわせてゆっくりと歩いた。



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