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論の焦点:12月 「危機論」時代の「友愛」

 今月発売の論壇誌の表紙には、日本は「取り残される」「自壊する」との文字が躍る。「危機論」の時代とでも言うべきなのか。危機的な事実も確かにあるのだが……。

 東京新聞デスクの田原牧は『世界』で、テロに関する公安内部資料とおぼしき文書の流出を論じる。田原によると、要するにイスラム教徒を敵視したものだ。礼拝を欠かさない▽飲酒しない▽欧米を批判する--などを過激派の基準としているが、<カイロの街角でこれらの条件を満たすムスリムは「ごく普通のまじめな市民」>である。

 文書には<無知の怖さ>が充満している。イスラム系サイトを見ただけで過激派扱いされた人もいるという。こうした無知こそが本当のテロを招くのではないか、と田原は危機感を募らせる。

 いわゆる危機論の中の「危機」とは元々、資本主義の危機であり、革命の好機だった。マルクス主義党派の危機意識は、時に世間から隔絶した夢想や暴走に行き着いたが、保守派はどうなのか。

 尖閣問題では日の丸を掲げた団体の反中デモが一部で話題になった。『G2』6号は、こうした<ネットを出自とする「行動する保守」>団体について、ジャーナリストの安田浩一が手掛けたルポを掲載している。

 彼らは、中国人や在日韓国・朝鮮人が日本を脅かすという危機感を抱き過激な言辞をはく。だが、実は<日常(略)ケンカする機会もなさそうな、おとなしそうな人々>で、彼らの怒りは<社会の中で器用にふるまうことのできない自分に対する>いらだちでは、と安田は感じる。<やっと本当の仲間ができたような気がするんです>と話す女性メンバーもおり、<おそらくは人生の中で初めて手に入れた「団結と自由」であろう>。

 同じ『G2』で社会学者の古市憲寿は、自身より2歳上の27歳の社長を通して、若手起業家の一例を示す。<ほどよく堅実>な社長は、金もうけだけに走らず、自分と周囲が幸せになれるように気を配り、金を使う。

 会社の拡大にも、社会を動かすことにも、興味はない。愛車は中高年富裕層に人気のレクサス。費用対効果が高く、<みんな>で乗れるからだ。3人の社員全員が同じマンションに住み、突然一緒に北海道へカニを食べにいったり、東京ディズニーランドで遊んだり。肩ひじ張らず、楽しく、仲良く、金もある。似たような高学歴の若手起業家が周りに集まり、ある種の<生態系>を作っているという。

 危機論の時代に、鳩山前政権が残した「友愛」という一見対照的な言葉が似合う光景。それが今年を象徴しているのかもしれない。友愛の共同体とその外部の間に何があるのかは、さておき。【鈴木英生】

毎日新聞 2010年12月28日 東京夕刊

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