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明日へのカルテ:第3部・看護師不足の現場から/2 メス渡す技師の卵

 膵臓(すいぞう)から腫瘍を摘出する手術中の医師が無言で差し出した手に、「器械出し」と呼ばれるスタッフの大元彩菜さん(22)が素早く電気メスを渡す。埼玉医科大国際医療センター(埼玉県日高市)の手術室。間もなく医師から使い終えたメスを渡され、また使えるよう血や脂をぬぐって100以上の器具が並ぶ台に置く。大元さんは手術の進行を見つめ、次の器具を渡すタイミングを探った。

 ◇ナースに代わり

 手術には医師以外に「器械出し」と、患者の安全を総合的に見守る「外回り」のスタッフが必要だ。器械出しには手術の手順や器具の知識が、外回りは容体把握や看護の力がいる。従来はいずれも看護師が務めてきた。

 だが大元さんは看護師ではない。免許申請中の「衛生検査技師」の卵だ。同センターは今春、看護師不足への対策として、大元さんら技師の卵2人を器械出しとして採用。約2カ月の教育後、6月ごろから独り立ちした。

 同センターの小山勇副院長(消化器外科)は「手術室が16室あるが、看護師不足で同時には12室程度しか使えず、患者さんに数週間手術待ちをしてもらう状態だった。器械出しの仕事は看護というより医師の補佐で看護師でなくてもよい」と説明する。手術数は昨年度は約5300件だったが、手術室の稼働率が上がり今年度は5700件を上回る見通しとなった。

 ◇学会で議論に

 信州大医学部の深澤佳代子教授(臨床看護学)が06~08年、全国の大学病院や公立病院など約130施設を調査したところ、手術室の看護師は平均で1病院あたり5~6人不足していた。病棟の看護師数には診療報酬上の基準があり、人数が報酬に直結する。一方、手術室看護師には基準がなく、確保は後回しになりがちという。

 そんな中、看護師以外の器械出しは各地の病院に広がり始めている。保健師助産師看護師法は、看護師以外が「診療の補助」を業として行うことを禁じる。複数の学会で議論になり、「違法では」との声も出ている。

 手術室看護師を約20年務めた深澤教授は「看護師不足解消の見通しはなく、やむを得ない」と理解を示し、厚生労働省看護課は「器械出しが診療の補助にあたるかは一概に判断できない」と説明する。ただ、深澤教授は「器械出しは専門職で、一定の研修や資格が必要。医療資格のない人が務める例も聞き、医療の質の低下が心配だ」と指摘する。

 ◇ベッド増やせず

 看護師不足は各地で医療体制の確保にも影を落とす。

 ベッド数569床の静岡県立静岡がんセンター(静岡県長泉町)。患者が多く、手術を1カ月待つ人もおり、本来は05年度に615床にする計画だった。実現には看護師約90人が必要で、毎年約100人募集するが、採用者は約70人。退職者を引くと実増は年10人弱で、いつ実現できるか不明という。

 埼玉医大は県の依頼で来春、新生児集中治療室(NICU)を30床増やす予定だった。看護師不足のため12年春に15床増、その後4~5年で残り15床を増やすことにした。医師らでつくる「新生児医療連絡会」の08年調査では、全国約70施設がNICU増床の障害に看護師不足を挙げた。【高木昭午】

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毎日新聞 2010年12月21日 東京朝刊

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