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明日へのカルテ:第3部・看護師不足の現場から/3 医療事故の不安抱え

 群馬県内の公立病院の女性看護師(24)は入職2年目で、末期がんの患者を受け持つ。「分からないことは先輩に聞きながら何とかこなしているが、重大なミスをしてしまうのではと心配でしょうがない」。通常は3年目以上の看護師が担当するが、今春から先輩の看護師が産休に入るなどして人手が足りなくなり、受け持たざるを得なくなった。

 人員不足が深刻化する中、看護師たちは医療事故への不安を抱えながら働いている。日本看護協会の調査(09年)によると、看護師や助産師ら看護職員の悩みで最も多いのは「医療事故を起こさないか不安」で、6割超が感じていた。特に、20代前半では8割超に達する。

 同協会の小川忍常任理事は「夜勤の多さなどが原因で中堅看護師の離職が増えた影響により、新人らの教育が不十分な病院も多く、若手ほど事故への不安が大きい」とみる。

 過酷な長時間労働も事故を招く危険性がある。実際、横浜市立大病院での手術患者取り違え事故(99年)▽京都大病院で人工呼吸器の加湿器に消毒用エタノールを誤注入した事故(00年)▽東海大病院で内服薬を点滴で誤投与した事故(同)--など、看護師らのミスで患者が死傷した医療事故のいくつかは、長時間勤務の終了間際に発生した。

 重大事故の手前の「ヒヤリ・ハット」も各地で相次ぐ。東京都内の大学病院の女性看護師(40)は「約20人の患者に薬を飲ませる際、患者の名札の確認を怠り、血糖値を下げる薬を誤って隣の患者に飲ませてしまったことがある。幸い無事だったが、忙しいと、どうしてもチェックがおろそかになりがちだ」と明かす。

 夜勤帯の作業は事故のリスクが高いことを示す実験結果も出ている。豪州の研究者が、ゆっくり動く光の点を手で追う「トラッキング作業」の成績と時間の関係を調べる実験をしたところ、午後11時を過ぎたころから成績が急激に悪化。深夜から朝にかけての成績は、血中アルコール濃度が日本の「酒気帯び運転」並みになるよう飲酒させた被験者の平均成績を大きく下回ったという。

 労働科学研究所慢性疲労研究センター(川崎市)の佐々木司センター長は「本来睡眠を取るべき夜間の勤務は、疲労により注意力と作業効率が低下し、危険な状態になることが確かめられた。夜勤中の事故を防ぐためにも、人数を多くするなどの安全対策が求められる」と指摘する。

 ただ、看護師の数を増やすだけでは不十分との声もある。京都大病院のエタノール誤注入事故で長女(当時17歳)を亡くした京都市の藤井香さん(54)は「医療の進歩についていけず、自信を失っているように見える看護師もいるが、業務に追われて知識や技量を磨ける状況にない。人数を増やして十分な臨床教育ができる体制を確保するとともに、入職前の看護学校などでも実技や生命倫理の教育を強化すべきだ。患者を助けるために頑張っている看護師が患者を死なせてしまうという悲劇を繰り返さないでほしい」と訴える。【福永方人】

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毎日新聞 2010年12月22日 東京朝刊

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