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明日へのカルテ:第3部・看護師不足の現場から/4止 夜勤、発がんリスクも

 「今日は当直。25時間勤務」「仕事量が確実に私のキャパ超えている」「意識飛んだ」「救外(救急外来)に搬送されました」。東京都済生会中央病院(東京都港区)に勤務していた看護師の高橋愛依(あい)さん(当時24歳)が亡くなる前、友人に宛てた携帯メールの内容だ。母の真由美さん(50)は「(SOSの)シグナルにどうして気付いてあげられなかったのか……。看護師の勤務時間について、病院はもっと配慮してほしかった」と涙した。

 高橋さんは06年4月に同病院に就職し、手術室勤務となった。当直明けの07年5月28日朝、手術室で意識不明で発見され、致死性不整脈で亡くなった。

 両親らの調査によると、高橋さんは亡くなる直前、月4回の24時間拘束の当直を含め、月95~100時間も残業をしていた。亡くなる約1カ月前にも倒れたが、翌日も勤務していた。三田労働基準監督署は08年10月、月80時間近い残業を認定し、連続勤務や休日の少なさなどから過労死と認めた。同病院は24時間当直を廃止し、看護助手を増員した。

 命を落とした看護師は高橋さんだけではない。国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)では、看護師の村上優子さん(当時25歳)が01年2月に自宅で倒れ、約1カ月後にくも膜下出血で死亡した。両親が公務災害(労災)認定を国に求めた訴訟で、大阪高裁は08年10月、「深夜勤と日勤が連続する不規則な交代制勤務で、勤務間隔が5時間ほどの状態が続き、体が限界に達した」として労災を認定。国は上告を断念し判決が確定した。同センターは看護師を増やし、残業を減らした。

 真由美さんは「看護師が疲れ果てては、患者の命や安全が脅かされる危険が生じかねないことを、国や病院管理者は分かってほしい」と訴える。

 深夜勤務が看護師の健康へもたらす悪影響は、さまざまな研究で解明が進む。労働科学研究所慢性疲労研究センター(川崎市)の佐々木司センター長は「影響は短期、中期、長期の三つに分けられる」と解説する。

 短期の影響には、疲労やストレスによる感情障害があり、中期の影響としては循環器疾患発症のリスクが指摘されている。長期的な影響では、乳がんの危険性が高くなるとされる。抗腫瘍作用のある睡眠物質のメラトニンの分泌が抑制される一方で、乳がん発症に関係する女性ホルモンのエストロゲンの分泌が増えるからだ。

 国際がん研究機関(IARC)も、夜勤交代勤務を「発がん性がおそらくある」グループに分類。デンマークでは、少なくとも週1回の夜勤を20年間経験し、他に特別な要因がないまま乳がんになった看護師らに労災補償を実施している。

 看護師の過酷な勤務環境は患者の安全を脅かし、看護師の健康も害する。日本看護協会の小川忍常任理事は「看護師の養成数を増やしたり、再就職を促しても、勤務環境を改善しなければ辞めてしまう。大量採用・大量離職の『使い捨て』的な構造から脱却するために、夜勤日数や残業時間の上限目標などを国が示し、看護職場の文化を変える必要がある」と訴える。【河内敏康、福永方人】

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 メール(t.shakaibu@mainichi.co.jp)、ファクス(03・3212・0635)、〒100-8051 毎日新聞社会部「明日へのカルテ」係。

毎日新聞 2010年12月23日 東京朝刊

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