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2010-09-15up

伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2010年7月10日@伊藤塾本校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、 随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

我が国刑事司法への提言 〜冤罪事件を取材して〜

講演者:江川紹子さん(ジャーナリスト)
1982年〜1987年 神奈川新聞社会部記者として勤務。その後、フリージャーナリストに。冤罪・新宗教・災害事件や、若者の悩み・生き方などの問題に取り組む。

新聞記者時代から、事件や「冤罪」について、数多くの取材や執筆を続けてきたジャーナリストの江川紹子さん。「冤罪」がなぜ起きてしまうのか、それが起きないためには、何が必要なのか、また法律家に期待したいことなど、お話しくださいました。その一部を要約してご紹介します。

●「冤罪」は、普通の無実の人を巻き込んでしまう

 江川紹子さんは、大学を卒業後「神奈川新聞社」に入社し、そこで事件取材(いわゆる警察まわり)を担当。その後、裁判の担当になり、取材活動を続けてきました。
 そうした中、出合ったのが「山下事件」です。山下事件とは、1984年3月に横浜市で起こった事件で、山下さんの奥さんが自宅で死んでいるのが見つかった際、死体にうっ血したような跡があり、夫の山下章さんが逮捕され自白を強要。「うっ血のあとは絞殺によるもの」とする法医学者による鑑定結果も「証拠」として検察側から出されたのですが、裁判中に山下さんが「やっていない」と証言をひるがえす。そこで、弁護士側も別の法医学者による鑑定を行い「絞殺しなくても心臓病の薬とマッサージにより、鎖骨部分の赤い跡はつく」ので「山下さんが殺したわけではない」とまったく別の鑑定結果を出して訴えました。
 裁判所の判決は、検察の主張を退け「無罪」でした。検察も控訴せずに、「無罪」が確定しました。
 「私はこの時、一つの現象や事実について別の角度から光をあてると、別の見方や推測が浮かび上がってくるのだ、ということを知ったのです。戦前や戦後という混乱の時代でなく現在でも、冤罪は起こりうる。そしてそれは、ごく普通の暮らしをしている一般の人にも、突然降り掛かってくることなのだと、実感したのです」と、江川さんは冤罪事件への関心を持つきっかけとなった事件について、語ってくれました。

●取り調べのプロセスを明らかにする「可視化」の必要性

 また江川さんは、「国民の裁判所への期待」について、次の2点をあげました。

(1)凶悪犯人は厳しく裁いて欲しい。
(2)無実の人を有罪にしてはいけない。もし「冤罪」が起こったらすみやかに解決して欲しい。

「最近の傾向として、(1)については、その傾向が強まっていると思います。しかし(2)については、「冤罪」が起きないようにするための手だては、何も進んでいないように思います。」と分析。

 そもそも「冤罪」はなぜ起きるのでしょうか? という疑問については、

 「メディアは警察や検察、弁護士を批判することが多いですが、一番の大きな問題、責任はやはり判決を書いた裁判所にあるのではないか、と考えます。裁判官の性分として、とにかく書類が好きで書類を読みたくなる、書類から判断する、というところがあるのではないか。だとしたら、その書類を作成する過程も明らかにするべき」だと語ります。

 「可視化」の必要性をいう人の中にも、全件行うのは物理的に難しいので、まずは殺人など重要な事件について、行っていけばいい、という論調もあるようですが、当事者にとっては、万引きでも痴漢でも「冤罪」は、当事者にとっては大問題です。

 この「可視化」については、全件可視化がゴールだとしても、今すぐにできる対策として、江川さんは、

(1)弁護人から申し出があったもの
(2)裁判員裁判のもの
(3)任意の取り調べ、参考人として取り調べを受ける場合は、ICレコーダーなどの録音機を持ち込むことを許可する

を提案されました。特に(3)については、取り調べする側にとっては、お金も労力もかからないわけですから、今すぐにでも許可をするべきではないでしょうか。

●これからの法曹界、法律家へ期待したいこと

 また江川さんは、「裁判員制度については、制度自体には反対していないが、量刑まで裁判員が決めるのは、いかがなものか。また、死刑を裁判員裁判で決めるということは、一刻も早く止めてもらいたい。市民にはあまりにも荷が重すぎることですから」と、ご自身が実際に体験された、死刑判決が出たオウム裁判の傍聴や取材の経験からも語られました。

 「今、“民意”や“市民感覚”というのが、錦の御旗のようになっていますが、『私たち市民だって間違うのだ』ということを、ちゃんと認識しておく必要があるでしょう。ここはマスコミにも責任があると思いますが」とも。

 最後に、法律家というのは、今、法律がないからできないのではなく、今のおかれた状況の中で、アイディアや知恵で工夫していく、非常にクリエイティヴな仕事だと江川さん。例えば「当番弁護制度」についても、「今では当たり前のことだが、以前はなかった制度を、弁護士会などの働きで作られたもの。それも法律の実務者に与えられた仕事ではないでしょうか」と、法律家を目指す人たちへ、エールを送りました。

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つい先日、村木事件の無罪判決が出たばかりですが、
「冤罪」というものが、どのように作られるのか、
多くの人の目に晒されたのではないでしょうか。
どんな小さな事件だとしても、「冤罪」は決してあってはいけないこと。
そのための「取り調べの可視化」の、一刻もはやい実現をのぞみます。

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