北海道内に計20カ所ある地裁本庁と支部で09年に受理された民事事件数は、管内の人口比で本庁と支部に2・23倍、さらに裁判官が常駐する6支部と非常駐の10支部にも1・18倍の差があることが分かった。裁判所の規模が小さいほど、住民が紛争解決に裁判所を利用する頻度が低い状況で、格差は拡大傾向にある。北海道弁護士会連合会は、司法アクセスに不平等があるのは問題だとして、実態調査を始めた。
道内には札幌、旭川、函館、釧路の地裁4カ所と16カ所の地裁支部がある。支部のうち10カ所は裁判官が常駐せず、地裁から裁判官が出張してくる日しか開廷しない。
毎日新聞が、民事訴訟の提起や、強制執行や仮処分などの申し立ての総件数を裁判所ごとに調べたところ、地裁本庁では05~09年の5年間で1763件増えた一方、常駐支部では3628件、非常駐支部では1803件減っていた。
これを人口1万人当たりで見ると、09年は本庁と支部で2・23倍、支部の常駐と非常駐で1・18倍の開きがある。05年は本庁と支部の差が1・30倍、常駐支部と非常駐支部の差が1・15倍で、それぞれ5年間で広がった。利用頻度が最も高い札幌地裁と最低の稚内支部の09年の差は4・30倍に上る。
非常駐支部では裁判が月3~4日程度しか開かれず、迅速な解決が期待しにくい。また労働審判や強制執行など、規模が小さい支部では取り扱わない案件もある。こうした問題が、住民が裁判所利用を敬遠する原因になっているとみられる。
道弁連は「地方では裁判所に訴えたくてもあきらめている人が多数いるのではないか。一連の司法制度改革の中で、過疎地の住民の司法アクセス確保が置き去りにされている」と指摘している。【久野華代】
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北海道内に10カ所ある裁判官非常駐支部の一つ、旭川地裁稚内支部。地裁の裁判官が出張で来るのは月3日程度で、それ以外は裁判官が不在だ。稚内市内で「稚内ひまわり基金法律事務所」を切り盛りする佐藤真吾弁護士(35)は「どこに住んでいても平等に裁判を受けられることが前提なのに、都会と田舎ではあからさまな差がある」と訴える。
赴任から間もない08年春、夫からのドメスティックバイオレンス(DV)に悩む女性から相談があった。DV防止法に基づいて裁判所が保護命令を出せば、2カ月間の退去や6カ月間の接近禁止などが夫に命じられる。「殺す」などと脅されている女性の恐怖を早く取り除いてやりたいと、急いで地裁支部に申し立てた。だが、書記官は「期日が遠いので取り下げてほしい」と頭を下げた。
DV保護命令は、裁判官に直接申し立てなければ受理されない。ところが裁判官の留学などの事情で、次の開廷は数カ月先という状況だった。警察が男を脅迫容疑で捜査しているとも聞き、やむなく取り下げた。夫は逮捕、起訴され有罪判決を受けた。
「あの時、申し立てを取り下げなければよかった」。佐藤弁護士には悔いが残る。手を尽くして保護命令を出してもらえば、女性の身の安全を守れたうえ、男に前科が付かずに済んだかもしれない。だが、裁判官がいる旭川までJRで片道3時間半。往復だけで1日がつぶれ、他の仕事ができなくなる。「せめて緊急時は支部に急行できる裁判官を本庁に置いくれないか」。今も不安を抱えながら仕事を続けている。
本庁でしかできない手続きもある。労働関係のトラブルを迅速に解決する目的で06年度に導入された労働審判はその一つだ。
08年夏、理由なく突然解雇されたと相談に来た依頼者に、旭川地裁でなら労働審判を受けられると案内した。しかし、旭川で審判をするには、交通費や弁護士の日当など10万円ほどの費用が余計にかかる。依頼者は二の足を踏んだ。札幌で引き受けた依頼なら労働審判で解決したケースだったが、結局、稚内支部に仮処分を申し立て和解で決着した。
労働審判は、組合幹部や企業の人事担当者ら専門家による労働審判員の経験に基づいて解決が促され、双方の納得が得やすい手続きだと佐藤弁護士は評価する。「当事者が全員、稚内市内にいるにもかかわらず、支部だと労働審判を受けられない。国民に等しく保障されているはずの権利が、ここでは見劣りしている」と訴える。【久野華代】
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政府の司法制度改革審議会が00年に議論を始めてから10年間、日本の司法は裁判員裁判や労働審判制度、裁判迅速化など「分かりやすく、利用しやすい」ことを目指した変革が進められてきた。しかし、その中心的役割を担う裁判官は東京や大阪など大都市の地裁に集中投下され、地方の住民の司法アクセス向上には使われなかった。その結果が、地裁本庁と支部の人口1万人当たりの受理件数の差と言えるだろう。
新司法試験導入などで、裁判官の数は05年の3266人から今年は3611人に増えた。しかし北海道内の増員はわずか7人で、過半数の支部に裁判官が常駐していない状況は変わらない。公設事務所設置などで08年には全国の裁判所単位で「弁護士ゼロ」を解消した日本弁護士会連合会と比べ、司法過疎対策は大幅に遅れている。
「地方は(民事・刑事の)事件が少ないから、現状で足りている」と指摘する法曹関係者もいるが、月に数日しか開廷しないといった使い勝手の悪さが、住民の裁判所利用をためらわせている面は否定できない。また、差し押さえの申し立てなど、機能が本庁に集約されて支部で取り扱わなくなった案件もある。こうした点で利便性の均衡を図る前から「事件が少ない」と決めつけるべきではない。
日弁連によると、裁判官が非常駐の支部は全国に46カ所あり、うち10カ所が北海道内に集中する。非常駐支部では刑事事件の容疑者・被告人も、接見の機会や勾留の長さなどで不利益を受けやすい。司法の平等について、道内の自治体や法曹界は議論を深め、国にアピールすべきではないか。【清水健二、久野華代】
毎日新聞 2010年12月27日 2時30分