一匹だけポケモンが擬人化します。苦手な人は注意してね!
ポケットモンスターブラック・ホワイトのネタバレを含みます、でんどういりしてない人は注意してね!
カゴメタウン――夜になると人もポケモンも、生物たちが姿を消す、どこか懐かしさを感じさせる小さな町。
その町の裏には、ジャイアントホールと呼ばれる場所がある。
その昔、空から“何か”が降ってきた時にできた大きな穴。そこには空から降ってきた怪物が住み、近づくものは人もポケモンも食べてしまうという。
それだけならば少し怖いだけの昔から伝わる御伽噺だが、それだけではなかった。
本当に怪物は存在し、ジャイアントホールが出来た時からそこに住まっているのだから――。
夜になれば人が消えるが、昼間は至って普通の町。それこそトレーナーたちにとってはポケモンセンターに寄るためだけの、つまらない町だが。
しかし昼間とはいえ、ジャイアントホールに近付く住民はいない。
いない――――はずだった。
数年前に越してきたグレイという少女がいる。
女の子らしからぬ名前だが、本人は気に入っているようで誇らしげな彼女の名乗りを聞いた人間も多い。
元々この町に住んでいたわけではないが、数年も居着けば町の常識は少女の常識となり、彼女もまた夜、外出することはなかった。
だがやはり染まりきっていなかったのか、それとも好奇心を抑えきれなかったのか、グレイは“昼間”にジャイアントホールに向かってしまう。
夜一人でトイレに行けない子供は数居れど、昼間に一人でトイレに行けない子供は少ない。
『ジャイアントホールに行って戻ってくれば、みんなに自慢できる』
そんな軽い気持ちでグレイは町から飛び出した。
――そして、彼女は出逢う。
黒き竜 ゼクロム
白き竜 レシラム
それに肖り名付けられた、畏怖すべきもの――キュレムと。
◇
『ヒュラララ!』
(・・・・・・もしかしなくとも、あたしってばピンチ?)
文字に起こすと少しマヌケな鳴き声だが、それを正面切って向けられるグレイにとっては冗談ではない。
洞窟の寒さもあり、チビりそうだ。
(いやさオカシイ。ジャイアントホールが出来たのってすんごい昔なんでしょ? なんでこんな元気なのさ、この子は)
人間だったら輪廻転生を大分繰り返してるはずだが、目の前の怪物はお年を召しているようには全く見えない。むしろ若々しい気がする。
(あー意地になって寒い中進むんじゃなかった! これは完全に選択肢ミスったよ!)
昼間に出てきたはずなのに、吹雪の中を進んでいたらいつの間にか時刻は深夜を示していた。
内心号泣なグレイの脳裏に両親の顔が思い浮かぶ。
『母さんたちはサザナミタウンで大人のお仕事があるから☆』
『一週間で戻ってくるから、いい子で待ってるんだぞ? これからお姉ちゃんになるんだからな☆』
(一人娘置いて何が大人のお仕事だよっ!? 一週間ってどんだけお盛んなんですかマイペアレント! ええい、台詞さえなければ浸れたのにっ)
走馬灯の内にも目の前の怪物という脅威は近づいてくる。
最早距離は文字通り目と鼻の先。
体が恐怖と寒さで震える。というか比重では寒さの方がデカい。
(くっ、これは定番の命乞い!? いやでもそれは死亡フラグな気がしてならない!)
「・・・・・・あ」
震えながらも何とか声を絞り出す。
最期の言葉になるかもしれない、慎重に――
「あたしの名前はグレイ! カゴメタウンに住む灰被り姫(シンデレラ)とはあたしのことよ! さあ、そうと分かったら跪いて!」
『ヒュラララ!』
「マジごめんなさい」
即刻一歩下がって土下座。シンデレラにプライドも何もあったものじゃない。
――と、土下座したはずみでグレイのポケットから小瓶が零れ落ちた。
『――!?』
それを見た怪物が後ずさるが絶賛土下座中のグレイは気づかない。
『・・・・・・』
「あたしは食べても美味しくないけどもし食べるなら痛くないようにガッツリいってくれると泣いて喜びますんでどうか一つ!」
『・・・・・・』
怪物は考えるように首を傾げ、グレイはベラベラと言葉を吐き出し続ける。
そんな図が五分ほど続いたところで、グレイが漸く異変に気づいた。
「昔話でしょ(笑)とか言って本当スイマセンでしたっ・・・・・・?」
恐る恐る顔を上げると相変わらず怪物は目の前にいて、叫び声をあげそうになるが踏みとどまる。
怪物との距離が先ほどよりも少しだけ空いていたからだ。
そして自分と怪物との間に落ちている小瓶に気づく。
(あ、あれはジョウトの友達から貰った聖なる灰(笑)!? 常に暖かいからカイロ代わりに持ち歩いてたんだった! や、やっぱりこんな寒い所に住んでるくらいだし暖かいものが苦手だったりするの!?)
ゆっくりと手を聖なる灰に手を伸ばす。怪物はそれを黙って見ている。
――掴んだ!
「そぉい!」
――投げた!
パリンッ
――割れた!(小瓶が)
「や、やったの!?」
微動だにしない怪物を見て、“こういう場面で言ってはならない言葉”を言ってしまうグレイ。
『――ヒュラララ!』
「やってないかー!」
ヤケクソ気味に叫び、今度こそ死を覚悟する。
(ああ、せめてまだ見ぬ弟か妹を見てから死にたかった・・・・・・母さん、父さん、先立つ不幸をお許しください)
『――!!』
言葉にならない声と共に、凍えるような風がグレイを襲う。
あ、氷付けか、と他人ごとのように思いながらグレイは意識を失――――わなかった。
「・・・・・・はて?」
「――あー、スッキリした。まったく我が力といえど自分の鼻水まで凍らせることはなかろうに」
それを疑問に思ったグレイが固く閉じていた目を開けるとそこには同じくらいの少女が一人立っていた。
少女は透き通るような青みがかった白い髪をしている。そう、それは喩えるならば怪物の肌のような、氷の色。申し訳のように身に着けたぼろ布のみずぼらしさを感じさせない神々しさを持つ彼女を“少女”などという表現で収めていいのかはわからないが。
「ここ数百年、鼻の穴が痒くて痒くて堪らなかったのが漸く解消された。うぬのおかげじゃ。いや、私の言いたいことが一発で伝わるとは思わなかった。その灰を私の鼻に入れてくしゃみをさせてくれ! という私の思いがうぬに届いたのじゃな!」
「あ・・・・・・あう?」
うんうん、と頷く少女にグレイは困った顔をするしかない。
いくら子供でも、目の前の現実は許容し難い。
怪物が、いきなり、少女に、なった、などという現実は。
「この気持ちを伝えるためにどれだけの生命を食い荒らしたのか知れぬな。あまり生態系を崩すのは好ましくないのだがのう」
「あー、えーと、あのぅ?」
「ん? なんじゃなんじゃ。言いたいことがあるなら言ってみろ。うぬと私は最早対等の存在、相応の敬意と態度を持って接しようではないか」
偉そうに言う少女。だが混乱中のグレイに気にする余裕はない。
「で、ではお言葉に甘えさせていただいて」
「うむ」
むしろ普通に敬語で返してしまった。
「あなたがさっきまであたしの目の前にいた怪物さんですか?」
「怪物などと言ってくれるな。本来の私はもっとスマートなのだからな。それにうぬたちが付けてくれた名前があるだろう?」
「な、名前・・・・・・?」
「キュ、キュ・・・・・・」
「キュ・・・・・・キュレムさん、ですか?」
まさか、という気持ちとやっぱり、という気持ちが混ざり合った言葉。
対する少女の返答は、
「おお! そう、それだっ。少しゴツい気がしなくもないが、うぬたちがくれた大切な名前じゃからな」
「そ、その、キュレムさんは何故そのようなお姿に?」
まさか聖なる灰の力!? とグレイは驚愕する。
「なに、ではなく、私の力のちょっとした応用だ。集中しないと使えないからこの姿になるのは数百年ぶりだがな。あれだけ鼻が痒いと集中もできぬ。この姿ならば掻きたいところをいつでも掻けるというのにな」
「は、はぁ。なるほど・・・・・・」
「そもそもこの星の環境が我に合わぬのじゃ! 否が応にも重苦しい氷の鎧を纏わねばならぬのだからな」
星とかかなり大きな話になってきたが、グレイはスルー。この状況でそんなことにまで頭が回る子供はいないだろう。
「じゃあ聖なる灰の力じゃなかったんだ・・・・・・がっかりというか逆に驚愕というか」
「そう落ち込むではない。私の氷を溶かす灰なのだ、大したものだぞ? 実際」
その灰ももう散ってしまったんですが・・・・・・とグレイは涙目。
「さて、私の力が弱まったとはいえこの洞窟は寒い。外に出ようではないか」
「えっ、あたし生きて帰れるの!?」
「? 何を言っている? まあ死にたいのならば止めぬが、私としては久しぶりの友人じゃ、うぬが寿命で死ぬまでは付き合うつもりなんじゃが」
また聞き捨てならない言葉が聞こえたが、グレイは助かったことに歓喜して聞いていない。
灰被り姫らしい、彼女の不幸である。
「では参ろうか。うぬの家へ」
「あ、はいっ!」
(こ、ここここの子も来るの!? あ、いやでも下手に断ったりしたらあたしってばマルカジリ? あうあう・・・・・・)
「外がどうなっておるのか楽しみじゃな」
あとがき
自分の体を凍らせちゃうドジっ子なキュレムが可愛くて書いた。
時系列的には主人公たちが旅に出る直前です。
次回あとがきにキャラ紹介を載せますのでこの作品の主人公グレイとキュレムたんについてはそこで。