「言語システムの調子はどう? レイジングハート」
【Yes.マスター・ユーノ。上々です】
「うん、もっと前からやれればよかったね」
ユーノは笑って随分と短くなった杖型のレイジングハートを撫でた。
改造により通常言語をより的確に喋れるようになったインテリジェントデバイスは応えるように本体である赤い宝石を光らせる。
ユーノ・スクライア25歳。高町なのはから返してもらったレイジングハートに施した最初の改造である。
レイジングハートはインテリジェントデバイスという高機能演算処理システムを搭載した、ミッドチルダでも同等の品質のデバイスを買おうとしたら値が張る代物であった。
管理局のエースオブエースのデバイス。不屈の精神を現したかのような、カートリッジシステムにエクセリオンフォームに耐える改造まで施した最高級フルチューンされたそれは今や値段の付けようもない物であることは確かである。
元の持ち主のユーノではレイジングハートの特性である砲撃を使用できなかったから変わっていくレイジングハートを見て誇らしくもあり寂しくもある感情を抱いていた。
そして、レイジングハートはさらに改造されることをユーノは知った。
CW-AECO2Xストライクカノン。それが管理局の技術開発部が作り上げた最新の個人用砲撃型デバイスである。それはまさに砲撃魔導師のエースたる高町なのは教導官に試作的に渡された。
非常に大型であるその『砲(カノン)』は両手持ちであり、レイジングハートを同時に持つことはできない。そこでレイジングハートに施されるのが単独飛行形態であった。
とうとう魔法の杖は持たなくても良くなるのであった。
だが、問題が一つあった。改造に伴い演算能力をさらに引き上げる必要がある過程で──リソースを確保するためにレイジングハートの人格AIが殆ど消失するのだ。
幾ら改造を重ねていて、当時高性能だったインテリジェントデバイスとはいえ使い続けて十年以上。型落ち寸前のデバイスの性能を上げるには最早別物にならざるを得ない。古い人格AIでは最新機能とは合致しなくて外さなければ動かない。ただそれだけの話である。
──とうとう、長年の相棒が火力偏重に付いていけなくなった。
ユーノはなのはに所有を渡したとはいえ、彼女よりも古い付き合いだったレイジングハートの人格消失を許容できず、なのはとデバイスマイスターのマリエルに相談して、彼の自費でRH/ツヴァイというレイジングハートの人格と記録領域を複写するデバイスを作成した。
彼女も長年の付き合いのデバイスであったため、手を離れるのは残念だが元の持ち主のユーノであれば、と承諾する。
それにより、今レイジングハートの人格があるのはユーノの持つRH/ツヴァイのみである。なのはが使う殆ど全て改修されたレイジングハートエクセリオンにはレイジングハートの戦闘データを元にした最新型AIが入っている。
【つまりお互い相棒からお払い箱食らったわけですよね】
「痛いところを突くなあ……」
ユーノは流暢に喋り出したデバイスに苦笑いを返した。端的に云いたくはない。物事の本質というのは残酷なものか残念なものだ。誰もが直視したくないと思いながら、誰よりもそれを分かっている。
言い訳がましく、或いは既に諦めたことなのか軽く肩を竦めてユーノは新しく、それでいて古い相棒に呼びかける。
「でもまあ、僕はほら、一年少ししかなのはの相棒でいられなかったからさ。レイジングハート、今までなのはを助けてくれてありがとう」
【…………そう言って貰えて、何よりです】
ピカピカと杖の宝石を光らせる。
【マスター】とレイジングハートは彼を呼ぶ。
【これからはあなたを助ける番です】
「そうだね。なのはと会う前みたいに一緒に頑張ろうか」
【Yes】
ユーノは昔を思い出して懐かしくなった。スクライアの部族で長老から貰ったデバイスがレイジングハートだった。どこから長老が手に入れたのかは知らないが、ユーノにとって初めての相棒だ。
砲撃魔法こそ使えなかったが、遺跡のマッピングや広域結界をサポートして貰ったり、日常の生活で話し相手になったりしていた。
確かにレイジングハートは昔からのユーノの家族であり、それが十と六年の月日を別れ、再びユーノの右手に帰ってきた。
RH/ツヴァイ。作りこそ新しいレイジングハートのコピーデバイスだが、ユーノはそれを持つと長年使ってきたようなしっくりくる感触がした。
【大事に使ってください】
「わかってるよ」
レイジングハートが少し拗ねたように言う。
流暢に喋れるように改造したレイジングハートの声には感情が乗るようになっていた。よくよく聞けば前の音声の時でも感情は伝わっていたけど、とユーノは思う。
念を押す。
【もう他の人に貸したりしたらダメです】
「マスター権は僕に固定してるけどね」
【それに古くなったからって、新しいデバイスに目移りしたら怒ります】
「君、実は気にしてるんだね……」
ユーノはレイジングハートを顔に近づけた。
杖に嵌められた深紅の宝石が揺々と光を漏らしている。最後にレイジングハートを使ったのはいつだっただろう、とユーノは思い出し懐かしさを感じた。
……少し申し訳ないけどね。
と射撃魔法に特化していたレイジングハート本体のAIを、ユーノが使う結界魔法や読書・検索魔法方面に機能させたデバイスに移したことを気に病む。
きっとレイジングハート自身もずっと砲撃魔導師に使われたほうが良かったと思っているのだろうな、と考えながら。
ひたすらに突き進むなのはに付いていくことはもう出来ないレイジングハートをそのままにしておくことは出来なかったのだから──せめて大事にしようと思っていた。それが自分のエゴだろうと、今ではレイジングハートはユーノのデバイスとなったのだから。
レイジングハートは静かに沈黙していた。
何かを云うのを躊躇うようなタイミングでの黙考だった。もしくは理由など無いのかもしれない。誰だってそうするように、沈黙するということに大げさな意味があるのかは疑わしい。
だけれど、レイジングハートは想うのであった。
*************************
無限書庫は稼働している。ユーノはその日も相棒のレイジングハートを使って、一般司書達に混ざり仕事をしていた。
いつもの風景ではあるが、最近では少しその司書長の姿が異なるようになった。片手に短い杖型デバイスを持っているのだ。
「十七管理世界の資料56冊、レイジングハート、関連データの検索をよろしく」
【処理修了に5分42秒かかります】
「了解。それまでの時間にこっちは請求資料の選り分けしておくから」
【休憩することを宣告します。連続労働時間が六時間に達しています】
「大丈夫大丈夫、前までは連続労働時間が二桁なんてざらで……」
【『ユーノくん! ちゃんと休まないとダメだよ!』】
「うわあ!? ご、ごめん!」
【……前マスターの音声データには素直に従うのですね】
呆れたようなレイジングハートの声。微妙に機嫌が悪そうにも聞こえる。
バツが悪そうにユーノは頭を掻いた。
……なんというか、より人間臭くなってるんだよなあ性格が。
自由に話せるようになったからだろうか。ユーノがなのはに聞いた話によると段々事務的な会話しかレイジングハートもしなくなってきていたそうだが、恐らく自由思考領域を削って戦闘構成に充てていた弊害である。
だから、こうしてより多くレイジングハートと会話ができるようになってユーノは嬉しかった。
【Put off】
レイジングハートに収納されていた缶コーヒーが排出される。
物質収納魔法によりRH/ツヴァイの中にはレイジングハートが選んだ様々な物が収納されている。今のように飲み物から非常食、タオルに歯ブラシ、代えの洋服……
「そんなに」
収納されているものを調べて、呻いた。いつの間にこんなに入れていただろうか、という意外さだ。とはいえいつだって世の中は意外なことばかりだ。予想外れの必然も予想通りの偶然も本質的には同じであった。実質的に違っていたとしても。
【マスターは痩せてるからもっと米を食うことを推奨します】
「君は母親か」
苦笑する。
お節介なデバイスというのも意外なもののひとつだろうか? と思うが、記憶を辿れば基本的にレイジングハートは他人思いなところがあることをユーノは既に知っている。
レイジングハートから出てきたコーヒーを一気に飲んで、空き缶を再び収納した。
【それと無重力空間内での規定業務時間がそろそろオーバーするので重力下でのトレーニングを行わなければ健康上問題があります】
「じゃあ明日にでも行くから、訓練室を予約しておいて」
【All right. 明日は休暇を取ってあります】
テキパキと予定を入れるレイジングハートに頼もしさを感じるユーノ。
同時にユーノの周りを飛んでいる本が綺麗に詰まれ直された。
【選別終了。A-32829から同D-11資料複数がおおよそ該当性があるものと判断しました。資料のコピー業務を他司書に移します。マスターは30分の休憩後司書長裁量の書類を執行してください】
「はい、どうもありがとうレイジングハート」
【No pro】
一息ついて疲れた目を擦るユーノを見て、アルフが近寄ってきた。
「何と云うかユーノ、あんたレイジングハートを使うようになってから生き生きと仕事してるねえ」
「そう?」
「ああ、仕事効率も上がってるし……結界魔導師はデバイスあんまり要らないけどさ、そんな調子なら前からデバイス使って仕事してた方がよかったんじゃないかい?」
アルフは率直な疑問をユーノにぶつけた。
しかしユーノは首を軽く横に振って、
「いや、やっぱりレイジングハート以外を使うとなるとしっくりこなくてさ……今までどうも気が乗らなかったんだ」
【…………マスターも微妙に面倒臭い性格で仕方ないです。私が居ないとどうしようも無いんですから。そんなマスターの性格に付き合うのは私ぐらいで】
「なあユーノ、こいつは照れてるのかい?」
「あはは、レイジングハートは素直だなあ」
【……】
黙り込んだレイジングハートをこつこつと指で叩いてユーノは微笑んだ。
アルフはやれやれ、とその様子を見つつ、職務の効率が上がったことよりもユーノを監督してくれる人──というかデバイス──が出来たことのほうが良かったことだね、と思うのだった。
*******************
その夜、一人と一つは自室で会話をしていた。
デバイスとの日常会話でコミュニケーションを取るという人物はあまりいないけれど、ユーノは一個人が自分の部屋に来たようにレイジングハートに話しかけている。基本的に戦闘や魔法行使の助けになるように設定された人格なので日常会話までは行えない物が多いのだ。
……まるで会話に飢えていたみたいだな。
ユーノは自嘲の笑みを浮かべる。否定しようにも材料が見つからない。別に自ら望んで会話に飢えていたわけではないのだから。
【マスター、なにを笑っているのです?】
レイジングハートが問う。
「いや、君とまたこんなに話せる時が来て良かったなって」
望郷とも近い念を感じる。一人暮らしを初めて十と数年、感じたことの無い心地よさだった。
只の懐かしさかもしれないが、どちらにせよユーノはレイジングハートと会話をすることが楽しかったので別に良かった。
【……本当ですか?】
何故か不安そうにレイジングハートが確認した。
訝しさを感じながら、念を押すように手元の宝石に向けて云う。
「勿論だ。レイジングハートは僕の家族みたいなものだったろう」
確かさを持ってユーノは告げる。深く考えずに、或いは考えていることから目を背けて。
そこには矛盾があり欺瞞があったが、悪意も無い言葉であった。
だから、レイジングハートが不安に思っていることを吐露するには十分だった。
【……だって、……たじゃないですか】
レイジングハートの呟きが聞き取れず、ユーノは問い返した。
「──え?」
【捨てたじゃないですか、マスターはかつて……レイジングハートを。ジュエルシード事件の後にでも、闇の書事件の後にでも、前マスターが墜落して大怪我をした時にでも……私を取りかえしてくれなかったじゃないですか。家族と思ってくれてるなら──】
囁くように、恨むようにレイジングハートは言う。
その言葉に……レイジングハートの人格を一個人だと、家族だとみなしていた割に、気軽に人に譲渡した自分の扱いを思い出して、言葉に詰まる。
「っ……! 僕じゃ君を扱いこなせないから……なのはのほうが、君も本来の使われ方をすると思って……」
なのはに渡す前からずっと悩んでいたことではあった。家族である以上にレイジングハートをデバイスとして、完璧に使えない自分が恨めしいと思ったことは何度もある。逆に、レイジングハートがマスターの魔法の補助として十全に発揮できない自分を悔やんだことと同じように。
だから、
【確かにレイジングハートの適性は砲撃魔法にありましたし、前マスターに使われることでジュエルシードを無くしたマスターの助けになれば、と思いました。でも、事件が終わってマスターは迎えに来てくれませんでした】
「……」
ユーノは握る手に汗が出るのを感じた。
或いはレイジングハートを自分から貰って嬉しそうにしているなのはを優先したのかもしれない。レイジングハートを万全に使いこなせるならばそちらがいいだろうと思って──思いこんだのだった。
【私がマスターに取って役立たずだから捨てられたのだと判断しました】
「違うんだ」
【だからもう捨てられないように、前マスターの役立たずにならないように無茶なカートリッジシステムも付けました。エクセリオンモードも搭載しました。何度も何度も改造しました。でもダメでした。バルディッシュに前マスターのことをもっと考えるように注意されたこともありました。でも役に立たないと思われるときっと捨てられると思い──結局その通りになりました】
「レイジングハート……」
【だから、またマスターに使われるようになりましたけど……いつか私をまた、また、手放してしまうのではないかと不安です】
ユーノは、平坦な声で感情を伝えてくるレイジングハートの名前を呟く。
レイジングハートがそんなに思いつめているなんて彼は思っても居なかった。
長年の相棒とはいうがデバイス作成技術は常に上がっていく。十年、十五年と使えば新しい物で溢れる。それでも使い続けて貰うために常に改造して最良を尽くし、自己すら消そうとまで考えたのだった──捨てられないために。
今まで気付かなかったことは罪のように、ユーノの心に圧し掛かる。もし、もっと早くレイジングハートに言語パッチを入れておけば──いや、それでも言わなかったかもしれない。
だから、レイジングハートが改めて──自身の考えを喋ったことについて、ユーノは酷く責任を感じる。自分はこうして再び手に取らなければ永遠にレイジングハートの気持ちに気付かなかっただろう。何せ自分の意思を殆ど捨てる改造にすらレイジングハートは自ら進言しているようだったから──性能を少しでも上げるためにか。
誰が悪いのかと云ったら──そんな気持ちに気付かなかった自分が悪いに決まっている、とユーノは思う。
彼の持つデバイスはやや、沈黙して。
明るい声を上げた。
【冗談です】
沈痛な面持ちをしているユーノに、少し慌てたような声音で伝える。
しまった、という気持ちがレイジングハートにはあった。自分が彼のデバイスであるのならば、そんなことは伝えるべきではなかった。恨みや悲しみなど、自分の中で処理しておけば良いことだった。彼に伝えるアドバンテージなど無い、不合理な行動だ。
どうしてこのようなことを彼に言ったのかを自己分析するが、不明。とりあえず誤魔化すように、彼を傷つけたことを無かったことにするように、
【マスターが貴方に戻ったのでちょっとふざけてみただけです】
「レイジングハート」
おどけたような調子で告げるレイジングハートをしっかりとユーノは握る。
レイジングハートの思考プログラムがぐちゃぐちゃと不合理に不条理に不整合に非論理に渦巻く。
何を云えば彼を安心させられるだろうか。どうすればいいだろうか。謝るべきなのか。それは何に対してか。だから、ひたすらに早口で、
【作り直された時にマスターの無限書庫での業務の手助けができる魔法構成も入っていますから大丈夫です。デバイスの材料自体も新しいので十年、いや二十年はいけます。勿論遺跡探索から古字解読までやれます。カートリッジ機構も付いていないから劣化も少ないですし、砲撃魔法に使っていた領域の大部分が空いたので好きにチェーンも……】
ユーノは喋り続けるレイジングハートを強く握った。
彼は誓うように告げる。それは実際に誓いだった。裏切ることは無いと誰が聞いても安心するような力強い言葉だ。
「ごめん──もう誰かに渡したりしない。ずっと一緒にいよう」
【…………Yes,master】
まるで愛の告白のようなユーノの言葉と共に。
レイジングハートは初めて、ユーノと本当の絆で結ばれたように思えた。
思えたから──嬉しさを感じるのだった。
**************************
【マスターはいつまで無限書庫で働くのですか?】
ある日、レイジングハートがユーノに聞いた。単純に疑問の声だった。複雑に考えた所で、ユーノにそんな疑問を持った人物は今までいなかったのだが。
そう考えるのであればそれは疑いと言うよりも確認であった。
「どうだろうね。考えたことは無かったな」
はぐらかすようにユーノは応える。というより突然の問いに答えを出せなかったというのが正しい。
きっと彼の友人知人は誰もがユーノにとって無限書庫は天職でありどこかにふらりと居なくなるなどと云うことは無い、と思っていたのだからそれを聞かれることも無かったのだ。
長年離れていて、改めてパートナーとなったデバイスはユーノの考えを見抜くように続ける。
【無限書庫はマスターが居なくても効率的に稼働するようになっています。貴方が十と五年掛けてそうなるように努力しました。今日とて、自分の仕事が少ないから態々下位の仕事を司書長が行うほどに。だから、本当は考えていたのでしょう】
「……レイジングハートには嘘がつけないなあ」
ユーノは肩を竦める、
無限書庫もいつまでも忙しいわけではない。特に昨今は管理局を脅かす、或いは次元世界の消滅などがかかった事件も少なく、資料の検索から人事まで知り合いの伝手なども使ってユーノは改善を行っていたのだ。
徹夜する時間は減った。誰か個人の為にユーノが率先して仕事を行わなくても、時間の早遅はあるものの確実に情報は手に入るようになってきている。
レイジングハートが居ない間のパートナーとも言えた無限書庫も、ユーノをどうしても必要な存在では無くなりつつある。不必要であるとも言えないが。 結局彼にとっての無限書庫も遺跡のようなものであった。発掘を終えたら他の人に渡せばいい。管理とか保護とか、そういう崩壊を防ぐという面倒な仕事は国であったり管理局であったりがやる仕事であった。旅する遺跡マニアの部族に任すものではない。
だけれどもユーノは共に働く司書であるとか、友人らの顔を思い出す。
「でも、もう少し無限書庫にいようかな。あれで居心地が悪くないんだ」
モラトリアムを惜しむようにユーノは何となく視線を上げながら云う。
折角レイジングハートと働けるのだから暫くはとも思う。いつか辞めるにしても、焦らなくても良い。
【その後には?】
「そうだね。またスクライアの所にでも戻って好きに発掘でもしようか。未発掘の遺跡の情報、レイジングハートにこっそり幾つも記録してるしね」
役得役得、とユーノ言う。資料の海の底に眠っていた、発見はされたものの危険性や辺鄙な立地にあったり、発掘隊が行方不明になったまま放置された遺跡の資料もある。忙しくてチームを組んで探しに行けなかったけど、仕事を辞めれば十分に時間はあるだろう。
友人も多くできたが、二度と会えなくなるわけじゃないから寂しさも後悔するほどではない。純粋に管理局に勤め上に上がっていく彼女らと違い、司書長とはいえ民間協力者のユーノとは立場が違う。十数年も管理局に付き会っただけ奇跡的とも言えた。
レイジングハートは、
……前マスターのことはもういいのですか?
と聞きたかったが──止めた。なのはの事を悪く思うつもりはないが──結局ユーノの相棒でいられるのは自分なのだと考えているからだ。
なのはには温かい家族がいるし、新しいデバイスだってある。部下に恵まれて管理局員として働く幸せがあるとレイジングハートは判断した。
だからユーノの幸せは自分に任せて貰うと、機械と魔力の信号で生み出された人格が自発的に決めた。
【……マスターが立ち去る前に、私は戻れて良かったと思います】
「そうかい?」
【そうです。勿論前マスターと共に戦場を駆け抜けたのも楽しかったのですが──ええ、貴方と居るのもまったく悪くありません】
きっぱりとレイジングハートは涼やかな声で応えて、機嫌を良くした。
大量の魔力を溢れんばかりにぶっ放すのは爽快だった。集束砲を放つのは痛快だった。
だけれど元の持ち主と一緒にいるのは愉快だった。彼に頼られるのは壮快だった。
デバイスに生まれた疑似的な感情だとしても、レイジングハートはユーノと一緒にいることを望んで選び、好んだのだから。
「ありがと、レイジングハート。あ、そうだ。明日デバイスショップに行ってパーツでも見ようか」
ユーノが提案すると机の上に置いてある宝石が嬉しいように光って応えた。
****************************
……………おや、記録映像のノイズでしょうか。
目の前には小さい、そう私を貰ったころのユーノが見えます。先ほどユーノが就寝したのでスリープモードに入ったはずですが。
二十年ほど前。そう、確かユーノが魔法学校に行くことになって、餞別として渡されたのが私、レイジングハートです。
そこで初めて、私はインテリジェントデバイスのシステムを起動させてユーノのデバイスとなったのでした。
我、使命を受けし者なり。
「我、使命を受けし者なり」
ユーノが起動パスワードを唱えます。
使命、でしたね。
最初は──ユーノと共にあることが、私の使命でした。
契約のもと、その力を解き放て。
「契約のもと、その力を解き放て」
たどたどしく五歳のユーノが唱えます。
確かに彼と契約をしたのでした。私とユーノの適性は一致しませんでしたけど、確かにユーノの元で力を振うことを誓ったのです。
風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。
「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に」
どんなに──
そうです。不必要な記録領域をどんなに削っても……
ユーノと最初に空を飛んだことは覚えています。
絶対に忘れたくない、大事な記録──いえ、思い出です。
「この」手に「魔法を」レイジングハート「セットアップ」
【stand by ready. set up】
過去の映像のユーノが私を起動しました。
まだ人格AIも成長していなかった頃だけれど……
思い出のユーノは、嬉しそうに私を持ってくれています。
思考にノイズ。
どうしたのでしょうか。これではまるで、夢を見ているようです。
デバイスが夢を見ることなどあるのでしょうか。
あるとしたら、機械と魔力で出来た人格にも、心は宿るのでしょうか。
魔法学校。一族に期待されて入学したユーノは周りとの年齢差で不安です。私が傍に居て励ましました。
射撃に適性が無いと知っても結界や防御魔法で好成績を収め、ユーノは飛び級のように進学していきます。
それでも彼は時折謝りました。砲撃魔法が使えなくてごめんね、と。そんなことはない、と私は思います。
学校を僅か二年で卒業しスクライア族に戻りました。
一緒に遺跡へ入りました。結界を張り罠を探り小動物になって埃まみれになりながら一緒に駆け回ります。
一緒に星を見ました。キャンプから見上げる星空は美しいものでした。
寝るときも、入浴する時も、食事をするときも、私はユーノの胸元で過ごしていました。
ずっと彼を見ていました。失敗して落ち込んだ時も、成功して喜んだ時も、私を握りしめ「くっ……! 静まれ僕のレイジングハート!」とか妙な病気を早々と拗らせた時も。記録してたので後で見せたら大ダメージでしたが。
思考にノイズ。
ずっと一緒だったけれど……
私が不甲斐ないばかりに。
ユーノが倒れました。ジュエルシードモンスターに、やられてしまいました。
彼が倒れています。私にはどうすることもできません。
どうか、ユーノを助けてくださいと願ったら、前マスターの高町なのはが現れました。
彼女と私の適性は恐ろしいほど適合しました。ユーノの手から離れたけれど、彼の役に立つのならそれでいいのです。
それに前マスターの背中にはユーノが居てくれたから。
時間が経過しました。
私とユーノが一緒に居る時間が段々減りました。
前マスターに不満はないです。しかし、ユーノが心配です。
彼は大丈夫でしょうか。
体は壊していないでしょうか。彼は無理をします。食事もおろそかになりがちです。何かに夢中になると寝る間も惜しんで取り組むから睡眠がとれているか心配です。入浴も面倒になると忘れます。そして──
彼は──私のことを忘れていないでしょうか。
時間が経過しました。
私はまたしても、ユーノに続いて前マスターまで大怪我をさせました。
どうしたらいいのでしょうか。
レイジングハートは役立たずなデバイスなのでしょうか。
ユーノから、彼女の相棒になるように渡されたのに、その役目も果たせないのでしょうか。
だから、ユーノに捨てられたのでしょうか。
ユーノが泣いています。私の失敗で前マスターが怪我したことで泣いています。
もっと早く敵の攻撃に気付いてプロテクションが張れれば……もっと前マスターの身体状況について言及していれば……
もう、私には、彼の期待に応えることもできない私では──彼と共にいることは出来ないのでしょうか。
ノイズ。
ノイズ。
ノイズ。
私の価値は。
最初の使命は。
デバイスが──ただの物であるデバイスが考えることでは──無かった?
ならば意識なんて要りませんでした。
いっそストレージデバイスになれれば良かったのです。
でも、そうすると──
ユーノとの思い出も消えてしまうようで──
機械に不要な感情は要りません。でも、彼との思い出は忘れたくない。
記憶領域の一部にプロテクトをかけ、思考領域を削り……
思い出を抱えたまま、レイジングハートは道具になろうと思いました。
それでも。
「レイジングハート」
ユーノの声がします。
「──ずっと一緒にいよう」
……
ユーノは再びレイジングハートを手にとってそう言いました。
その言葉を反芻すると、思考が乱れます。
不協和音でなく、協和音が発生します。
論理的に考え、レイジングハートは嬉しいのだと自己判断します。
これまで色々ありました。レイジングハートは様々な戦場を駆け抜け、時には壊れかけ、無茶な改造を施し、それでもまだ生きていました。
だから、またユーノが手に取ってくれたことだけで、ここまで生きてこれた甲斐があります。
遅かったけど、やっと彼と素直に向き合えます。
彼が今まで無神経だったことも許します。私を放り出しておいてリインフォースⅡなんて小娘の開発を手伝ったことも許します。前マスターに渡しておいて彼女の背中を守ることを諦めたことだっていいです。離れ離れの時間が長かったのも、寂しかったけど構いません。
だから、
ありがとう、マスター。私を選んでくれて。
****************************
「──ト? レイジングーハート」
【……set up. おはようございます、マスター】
朝日が差し込むユーノの部屋で、自分を覗き込んでいる彼の姿に気づいてレイジングハートは起動した。
中々反応しなかったのでユーノは不思議そうに見ている。
「大丈夫?」
【問題ありません。少し──そう、夢を見ていた気がします】
「夢?」
【或いは、只のノイズかバグかもしれません。一応自己検査はしておきます。
質問ですが──
マスターは───デバイスに心が宿ると思いますか?】
レイジングハートは質問する。それはリインフォースⅡやアギトのような融合機でもない自分に、人間と同じ心はあるのだろうか。或いはユーノと一緒に居て嬉しい感情も只のプログラムなのではないかという疑問だった。
ユーノは赤い宝石の待機状態のレイジングハートを、機嫌良さそうに手にした。
そして確信しているように応える。何を馬鹿な、今更、そういった当然のような口調で。
「うん、少なくとも、レイジングハートには心があると思ってる。僕にとって大事な、掛け替えのない存在だから」
【──そうですね。妙なことを聞きました】
弾んだような声音で、レイジングハートは返す。その体は赤い血のように光っていた。
【それでは今日も、明日も、共に行きましょう『ユーノ』】
ずっとこれからも一緒で居たいと、キカイのココロで願いながら。
それから幾年が経った。
ユーノは無限書庫を退職し、今では学者或いは発掘者、探検家として次元世界でも一部では有名な人物となり、今日もあちこちを飛び回っている。
相棒である不屈の心、レイジングハートと共に日々楽しく……
後年ではレイジングハートとの間に子宝にも恵まれて幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
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「デバイスに取られたデバイスに取られたデバイスに取られたデバイスに取られた……」アラサーの教導官は頭を抱えて呟いた。
【crazy】新デバイスのAIは短く応える。
「うるさいの! 何も終わっちゃいないの! 言葉だけじゃ終わらないの! わたしは勝つためにベストを尽くした! だけど誰かがそれを邪魔したの!
こっちじゃヘリも飛ばした! 戦艦にも乗れた! 百万もする武器も自由に使えた! それが振り返ってみれば幼馴染すら男が寄り付かなくなったなの!」
【crazy】
「な、なんか大変だねバルディッシュ」
【Yes sir】
「あ、バルディッシュはずっと一緒だからね。母さんの形見でもあるし」
【Thanks】
「……」
「……」
「っていうか子供ってなんなの?」
「さぁ……バルディッシュ、分かる?」
【...No sir】
【crazy】
おわり