1・元カノの美坂君なのだよ。
「うーむ……」
辟易しつつも子供の頼みを無碍にできないところが、凡そ外道な心しか持たない久瀬の唯一の良心なのだろう。
そこをまいにつけ込まれるあたりが、三流悪役たる所以なのだろう。
「…ええい…仕方ないな。実は元カノの美坂君なのだよ」
久瀬の曝露に興味深深で話を聞く、梨花と春原。
「凶悪な戦闘力を誇る戦闘民族の上に非常に嫉妬深い。僕が他の女の子と仲良くしようものなら問答無用で抹殺される。その上極度のシスコンで妹以外はどうなろうとしったこっちゃない…妹のためなら世界を滅ぼしかねない―――」
「あ、その…後ろ………」
忌まわしげに話を続ける久瀬であったが、その話を中断するかのように、春原が久瀬の背後を指摘する。
その春原の表情たるや、この世の破滅を目撃するようだったと、後に梨花は語る。
「!!?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
久瀬が気づいたときには時既に遅し。
その背後で燃え上がる暗黒闘気……
「……あなた、そんなに死にたいのかしら?」
その圧倒的なプレッシャーを久瀬に感じさせることの出来る人間は、彼女を置いて他には考えられない……!!!
「み…美坂君ッッ!!?」
そう!
このウェーブ掛かった髪形が特徴の女子高生こそ、Kanonのヒロインの一人、『美坂栞』の姉にして、愛深きゆえに愛を失った漢女!!『美坂香里』であった!!!
「み、美坂君はなぜそこにいるのだい……?」
つい先ほどまで言いたい放題言っていた後ろめたさと恐怖に、久瀬はめったに見せることの出来ない脂汗を、これほどまでかという風に滲ませる。
「さぁ?なんでかしらねぇ……」
一方、穏やかな口調とは裏腹に、目は完全に笑っていない香里。
しかしながら、黒き炎は勢いを増すばかりであり、それが久瀬たちへのプレッシャーを一層強く感じさせる。
―――しばらくお待ちください―――
「と、ところで美坂…さん?」
「あら、なにかしら?」
闇の炎で黒こげとなった哀れな久瀬をなかったことにし、梨花は香里に尋ねる。
その梨花の判断は至極当然であり、誰も彼女を責めることはできまい。
「ど、どうしてこんなトコにきたのですか?」
当然といえば当然の質問であった。
「ま、久瀬君がまたなんか悪巧みしてそうな気がして…ね」
「ひゃあ……なんて健気なんすか……」
その抽象的な香里の回答に、空気の読めないお花畑の春原が香里を賞賛する。
久瀬は放っておけば悪巧みをするから、元カノとはいえ、それは自分が保護しなければいけない……
つまり、別れた身でありながらも未だに久瀬を案じる元カノであると、春原は香里のことを感心していたのだ。
「勘違いはよくないわね。あなたも消し炭になりたい?」
しかし、その春原の言葉を完全否定。
それどころか、笑いながらも恫喝する美坂香里。
いうまでもなく春原は、怒涛の勢いで首を横に振る。
まあ、春原でなくとも10人が10人、このような状況においては彼女に従わざるを得ない。
それでも春原の推察は、実はあながち間違ってはいないのではあるが……
「……相変わらず、都合の悪いことは実力行使なのだな……」
いつの間に復活していた久瀬は、そんな香里のやり方を真っ向から批判する。
このあたりがさすがは元カップルといったところ、ある意味、別れて至極当然ではあるのだが……
そして、次の瞬間には香里の顔からは笑みすらも消えていた。
「……ま、あなたが何を企んでるのかは知らないけど……『諸悪の根源』による『時間圧縮』を食い止めたいんだったら大笑いよ」
「「!!!」」
その香里の口から出た意外な言葉に、驚きの色を隠せない久瀬と梨花。
そう、香里は既に久瀬の目的を知っていた。
そして、香里は『諸悪の根源』を打倒しようとしている久瀬を止めにきたのだ!!
しかし、その彼女の情報入手の方法はいったい何なのであろうか……
「まあ、校舎内を怪しい少女がコソコソ何かを調べてたもんだから、とっ捕まえてちょっと『脅したら』、その娘は時空管理局の人間だったらしくて、なにもかもゲロったわよ」
香里の顔には再び余裕の笑みが戻り(無論、目は笑っていない)、事も無げに情報入手の経緯をしゃべる。
その方法たるや、あまりの強引さに三人とも言葉を失う。
それはさておきこの事件、『時間』が舞台となっている以上時空管理局の介入は当然といえば当然である。
おそらく『諸悪の根源』が存在していることは、時空管理局もとっくに突き止めているであろう。
その恫喝された少女…すなわち時空管理局の人間は、同じく『諸悪の根源』の件に関わっている久瀬の足跡を調査しているところを香里に捕まり、凄まじく『脅された』とみて間違いない。
…しかし、久瀬にとって重要なのは、香里が何故その情報を掴んだか…ではなかった。
「……なぜ、そこまで知っていて僕を止めようとするのだ」
そう、久瀬が一番知りたかったのは、今更香里が自分たちのやろうとしていることに介入する理由だった。
久瀬には、どうして香里が自分を止めにきたのか一切理解できなかった。
「当然じゃない!なんで無関係のあなたがそんなことするわけ?理解に苦しむわよ。そんなの時空管理局の仕事じゃない!バカじゃないの」
笑みも何も消え、感情的になり久瀬に言葉をぶつける香里。
香里の言うことも正論であり、確かにこのような世界、及び全時空を巻き込む『大事件』は時空管理局の管轄であり、あくまで一個人の久瀬らが手をだす範疇を大きく超えている。
「……時空管理局のことは僕も知っている。だが、アレでは『諸悪の根源』を突き止めることはできない」
しかし、久瀬は逆に時空管理局では役不足であり、自分らでなければこの『大事件』は解決できないと踏んでいた。
なんという自意識過剰ではあるのだが、久瀬はある意味では『大きな力』というものには失望している。
舞(まい)の悲劇、えいえんの世界の存在、ひぐらしのシナリオ、悪夢&絶望のエンディング……
その例の枚挙には暇がなかった。
「大丈夫よ。時空管理局はそこまで無能じゃないわ」
しかし、そんな久瀬の心を否定するかのように、あくまで自信満々の香里。
その自信たるや、ある意味では似たもの同士の二人であろう。
「なぜそう言いきれる?」
この久瀬の問いは至極当然であろう。
対する香里の答えは―――
「だって、あたしが乗っ取ったから」
―――まさに青天の霹靂であった。
「の…乗っ取った……って……」
さしもの久瀬も、まったくもって信じられんという表情だった。
しかし、そんなものでは終わらないとばかりに、香里の話はまだまだつづく。
「まあ、パチンコで勝ったお金でねっ」
「「(パ、パチンコ……!!?)」」
春原、梨花ももはや絶句であることは言うまでもない。
そのあまりのバカげた発言に、眩暈さえ覚える久瀬。
……しかし、半分冷静の頭ではこう考える。
パチンコで勝ったところで、そんな一組織を買収できるような大金など稼げるわけがない。
そもそも香里はそこまでギャンブルは強くはない。
大概が熱くなりすぎて、引き際を誤りボロ負けのパターンがほとんどである。
っていうか、そもそも高校生がパチンコはダメだろ……
久瀬がそう考えている途中に、香里はこう付け加える……
「ま、そのパチンコで勝ったお金『2,000円』をもって、『ミッドチルダ首都地上本部』の門を堂々とくぐったわ。ま、多少うるさい蟲がいたようだけど、みーんな『おねんね』しちゃったしね」
直訳すると、障壁は堂々と破壊突破し、行動を邪魔する敵はすべて屠った…というところであろう。
久瀬は眩暈どころか、意識が一気に宇宙まで飛んでいきそうな感覚だった。
「ま、あとは『評議会』とやらのモニター越しに『脳みそみたいなの』を壊そうとするだけで簡単。交渉はいとも簡単に成立したわよ」
「……それを人は『恫喝』というのだよ……」
なんとか意識を取り戻し、平静を装い久瀬は言う。
……そんなことを平然とやる人間は、この女を除けば『範馬親子』ぐらいしかいない。
「でも、あなたのまどろっこしい『権謀術数』とやらよりはシンプルで確実だと思うけど?」
「……はぁ……僕は頭が痛い……」
お互い高い能力を持ちながらも、手段は真逆の二人。
その香里のあまりにもの強引過ぎる手段に、もはや完全にお手上げ、頭を抱え込む久瀬であった。
「(……は、初めて見たよ…。あの久瀬があんなに翻弄されてるの……)」
「(……あんな彼女じゃ、ほんとーにかわいそーなの……)」
そのめったに見られない久瀬のうろたえっぷりに、同情はするが決して助けない春原と梨花。
……それもまあ、いた仕方のないことであろう。
その後香里は、「とにかく、後は時空管理局がなんとかするから後は全員元の世界へ返しなさい」といい残し、自分は街へ帰っていった。
「かわいそーかわいそーなの」
「あ、あのねぇ……」
とりあえず久瀬を慰める梨花ではあるが、久瀬としては心境複雑である。
そして……
「ま、まあ、ねえ、ほらあの(おっかない)元カノも言ってるんだし、あとはその『じくーかんりきょく』とかに任せようよ」
まるで触らぬ神にたたりなしといわんばかりに、ここは退いて『時空管理局』に全てを委ねようと提案する春原。
「ダメなのです!あんな後から割り込んできて、ズーズーしいったらありゃしないのっ!負けちゃダメなの!ふぁいっ!おー!なのです!!」
一方、こちらから先に『諸悪の根源』による『大事件』を特定したというのに、あとから割り込みのように入ってくる『美坂香里』及び『時空管理局』に不快な態度を示す梨花。
意見は完全に真っ二つに割れたのであった。
久瀬は結局―――
1・全てを時空管理局に任せ、えいえんの世界へ帰ることにした。
2・まいを信じ、そのまま手がかりを探しに向かった。