記者の目

文字サイズ変更

記者の目:電子書籍元年=佐々本浩材(東京学芸部)

 今年の出版界は「電子書籍」に大揺れした。ホームページで、データ化された書籍を購入してダウンロードし、専用端末やパソコン、携帯電話などの画面で読む“新しい本”だ。今年5月に、米アップル社が電子書籍も読める新型携帯端末「iPad(アイパッド)」を日本で発売。持ち運びが簡単で使いやすいことから注目を集め、「電子書籍元年」と騒がれた。

 だが、読書や出版の未来像を巡る議論は両極端に進みがちだった。紙の本は消えて出版社や街の書店も不要になるという予想。逆に電子書籍は普及せず、しばらく紙の本の時代が続くという考え。私には、いずれにも読者の視点が感じられない。購入した本を自分で電子化する「自炊」がはやるなど、読者は電子書籍活用で一歩先を行く。観念的な議論を脱し、より良い読書環境を模索する時期だと思う。

 ◇続々と専用端末 新作を電子化 

 電子化されたデータで読書することは、以前から実用化されていたが、昨年米国で、電子書籍専用端末の価格が下がり、普及が本格化。日本ではiPadで火がつき、秋以降、シャープの「ガラパゴス」やソニーの「リーダー」など新端末が相次いで発売され、ブームが拡大。コンテンツは新刊、既刊の小説や漫画、ビジネス書や雑誌、新聞記事などへと広がっている。こうした中、京極夏彦さんや村上龍さん、よしもとばななさんら人気作家が新作小説を次々と電子化して注目された。

 この1年で浮き彫りになったのは紙の本と電子書籍の特性の違いだ。それはヒットしている電子書籍を見ても分かる。例えば旅行ガイドの電子版。立ち寄りたいレストランを見つけると、動画で店内の雰囲気を確認。連携した地図のサイトで店の位置を表示させ、端末からの予約もできる。また「朗読少女」という人気アプリ(応用ソフト)は好きな小説をダウンロードすれば、本文の表示とともに声優の女性の朗読が流れ、作品を目と耳で楽しめる。

 村上さんの新作小説「歌うクジラ」の電子版は特定のページになると、坂本龍一さんのオリジナル曲が流れる。こうした「リッチコンテンツ」化のため、村上さんは11月にコンテンツ制作会社と共同出資会社「G2010」を設立。紙の本は従来通り出版社から刊行するが、電子書籍は新会社で制作する。岸博幸・慶応大教授(メディア論)は「ネット上の動画、音楽、書籍が融合し、新たなコンテンツが生まれる」と予想する。

 検索機能も特徴だ。端末一つで数冊分のデータを持ち運べる電子辞書は既に普及している。検索大手グーグルは12月に米国で始めた「グーグルeブックストア」を、来年日本でも開始する予定。ウェブ上で書籍本文を無料で検索でき、書籍丸ごとや章単位などで購入できる。

 ◇利用10%どまり 話題先行の感も

 といって、紙の本の利点がなくなるわけではない。画面で文字を追うより読みやすいし、端末を買う必要がなく電池切れの心配もない。電子書籍は、端末や配信先がサービスを中止すると購入後でも読めなくなる恐れもある。紙の本のように変わらない情報を所有する楽しみを、電子書籍の読者は持てないだろう。

 実際に、「ブーム」という割に、端末の販売台数はまだ少なく、電子書籍はあまり売れていない。「ダウンロードされた部数は恥ずかしくて言えない」と出版社がこぼすほどのレベルだ。付録つき雑誌などで売り上げを伸ばす宝島社のように「電子書籍はもうからない」と慎重な出版社もある。紙の本へのこだわりなどから電子化を完全に拒否する作家も多い。

 読者にとっても、可能性は感じるが、まだ「使える」メディアとはいえないようだ。毎日新聞が今秋実施した読書世論調査でも、電子書籍を読んだことが「ある」10%、「ない」86%。ない人の77%は読みたいと「思わない」と答え、その理由で目立つのが「使い方がわかりにくい」。魅力的なコンテンツが見当たらないという声もよく聞く。

 現状は話題先行の感が強い電子書籍だが、紙の本とは違った新しいメディアとして成長していく可能性を秘めているのは確か。ジャンルや内容で電子書籍向きか、紙の本向きかがはっきりしていけば、本とのより深い、新しい付き合い方、読書の新しい形が生まれるに違いない。出版社にとっては、従来と違う読者を開拓する好機ともいえる。

 出版社や作家は、電子書籍の魅力を、具体的に作品やサービスで読者に示せるか。読者は内容や目的に応じて、いかに紙の本と使い分けるか。本格的な普及のカギは、このあたりにありそうだ。

毎日新聞 2010年12月22日 0時22分

PR情報

記者の目 アーカイブ一覧

 

おすすめ情報

注目ブランド