<分析>
財務省は29日、基礎年金の国庫負担率を現行の50%から、08年度以前の36・5%に戻す方針を厚生労働省に伝えた。50%を維持するために必要な年2・5兆円の財源確保のめどが立っていないため。厚労省は引き下げに強く反発しており、11年度予算編成に向けた大きな火種になりそうだ。【坂井隆之、鈴木直】
「どう考えても財源が無い以上、この案が一番自然な解決法だ」。財務省幹部は、国庫負担率引き下げを提案した事情をこう説明する。
少子高齢化に伴い増え続ける保険料負担に歯止めをかけようと政府は04年、基礎年金の国庫負担率を09年度から引き上げることを決めた。この際の前提が、消費税増税など「税制抜本改革による安定財源の確保」だった。
だが、自公政権は抜本改革を11年度まで先送り。09、10年度の2年間は、「埋蔵金」と呼ばれる財政投融資特別会計の積立金を財源に充てることで、国庫負担引き上げを見切り発車していた。
09年9月の政権交代後も、鳩山由紀夫前首相は任期中の消費税増税を封印。菅直人首相は6月の就任後、消費税率を10%に引き上げることに意欲を見せたが参院選で惨敗したため、税制の抜本改革論議は大きく後退した。
一方、09、10年度の財源に充てた財投特会の積立金の残高は、10年度末見込みで1000億円とほぼ使い果たした。政府はすでに11年度の国債発行を10年度並みの44・3兆円に抑える方針を閣議決定しており、国債増発で賄うのも困難。大幅な歳出削減のめども立たない中、財務省は「ない袖はふれない」と国庫負担のための財源確保を断念し、負担割合引き下げ提案に踏み切った。
財務省によると「一時的に国庫負担を減らしても、年金受給者にすぐ影響が出るわけではない」(幹部)という。11年度の年金給付で不足した分は、年金特別会計の積立金で穴埋めするので、保険料が上昇したり、給付が減ることはないためだ。
ただ、積立金取り崩しは将来の年金財政に悪影響を及ぼす恐れがある。財務省は「12年度以降、消費税の引き上げなどで安定財源を確保し、再び国庫負担を50%に引き上げるとともに、積立金の取り崩し分も事後的に穴埋めする」ことで、将来の影響を回避する考え。だが、これは、決まってもいない消費税増税による税収を「先食い」することを意味する。税制の抜本改革が先送りされない保証はなく、将来世代へのつけ回しがさらに拡大する可能性もある。
財務省が国庫負担割合の引き下げを提案したことに、厚生労働省は「一時的であれ、年金制度への信頼を揺るがしかねない」と強く反発している。政務三役の一人は「だれも納得しない。あり得ない案だ」として、あくまで50%負担の継続を主張していく構えを崩していない。
現在の国民年金法の付則は、50%負担を前提に11年度に安定財源が得られない場合は「臨時の法制上及び財政上の措置を講ずる」としている。36・5%への引き下げには法改正が必要となり、厚労省は「参院で与野党が逆転するねじれ国会の下、野党の理解を得るのが難しい」と懸念する。
ただ、安定財源の確保なしに50%負担を維持し続けるのは不可能。所得税法の付則は、消費税を含む税制の抜本改革について「11年度までに必要な法制上の措置を講ずる」と定めている。財務省の今回の国庫負担引き下げ提案には、消費税増税を含む税制改革なしには安定した年金運営はできないことを見せつける狙いもありそうだ。
政府・民主党は社会保障と税制の一体的な改革について議論を進めており、年内には一定の方向性をまとめる方針だ。だが、民主党内には消費税増税への慎重論が根強く、容易に結論は出そうにない。五十嵐文彦副財務相は29日の会見で、「(11年度までの)法律上の期限が来るということで、(税制の)抜本改正をやらなければいけない」としながらも「間に合わないケースを当然想定して、いろんな手当てをしていかなきゃいけない」と言葉を濁した。
毎日新聞 2010年11月30日 東京朝刊