• The Wall Street Journal

【現地記者に聞く】FRBの量的緩和第2弾-吉と出るか?

  • 印刷 印刷
  • 共有:
  • ブックマーク:
  • 文字サイズ:

 米経済の二番底懸念を背景に連邦準備理事会(FRB)が11月上旬に決めた6000億ドル(約48兆8000億円)の国債購入拡大計画は、インフレ加速を恐れる新興国をはじめとする海外の批判だけでなく、FRBの権限に対する反発など米議会の反対を受け、異例の展開を見せている。量的緩和第2弾(QE2)は、米国・世界経済にとって吉と出るか凶と出るか――。米メディアでバーナンキFRB議長を最もよく知る記者のひとりであるWSJの経済担当エディター、デービット・ウェッセルに話を聞いた。

――米国はなぜ量的緩和を拡大することにしたのか。

Bloomberg

米連邦準備理事会(ワシントン)

 答えはシンプルだが、海外だけでなく米国内でも十分理解されていない。FRBには物価安定と雇用の最大化という2つの使命があるが、今後数年間の米経済についてバーナンキ議長は、失業率が非常に高いレベルに留まり、インフレ率もFRBが物価安定の定義とする2%を下回り、さらに低下するリスクもあるとみている。

 教科書的な答えなら、バーナンキ氏は、大統領と議会が、景気を刺激し成長促進に資するような減税と、説得力のある長期的な財政赤字削減策の二つを組み合わせた財政政策を打ち出すことが望ましいと言うだろう。しかし、目先そのようなことが実現する可能性は低い。

 したがって、バーナンキ議長にとっての選択肢は、何もしないか、すでに短期金利がゼロ水準にあるなかで長期金利の低下を促すかのいずれかだ。

 ある意味、過去数年間のバーナンキ議長の仕事の大部分は大恐慌の再来を防ぐことだった。いまは、日本の「失われた10年」と同じことが米国で起きないようにすることだ。できることがあったのに何もしなかった、と批判されたくないのだ。議長は、量的緩和策、さらにはFRBが米国経済の問題のすべてを解決できるとは思っていない。だが、現在のような高失業率と低インフレ率のなかで何もしないというのは間違っていると考えている。

 しかし、FRB内部でも異論のある問題ではある。

――期待できるQE2の効果は?

 企業の借り入れや住宅ローンに適用される金利である長期金利の低下だ。また、債券の利回り低下で株への投資意欲が高まり、株式市場を押し上げる。理論上は、米国の輸出を促進することになるドルの為替レート低下も予測される。いまの米国の経済成長にとっては、消費を抑制する一方で輸出を増やすことが必要だ。

――QE2が他国に与えるインパクトについて、米国当局の認識はあるのか。

 (QE2は)特に新興国など海外諸国にとって厄介なことではある。FRBが対外的なコミュニケーションをうまくやったとはいえないが、それは認識がなかったということではない。米国の低金利政策と時間軸を示すことによる長期金利の低下が持つ副作用の一つは、マネーの流れが、同じような政策をとる米国や欧州から、金利や成長率がより高く、為替レートが上昇する可能性が高い地域に向かうことだ。日本を除くアジア地域の大部分が対象になる。

 米国の当局者は、他国に影響があるとしても、米経済にとって一番望ましい政策をとるべきだと、さらに、アジアの問題のいくつかはアジアの当局が解決できるだろう、と考えている。

 バーナンキ議長がいつも言うのは、中国がインフレを心配するのであれば、コントロールする手段はあるということ、そして人民元相場の上昇を加速させるべきだということだ。

 バーナンキ氏は、一部のアジア諸国が短期資金の流入を抑制する政策、つまり資本規制や税制に対して基本的には理解を示している。一方、米国の経済成長の鈍化はアジア各国にとって良いことだろうか、と指摘する。同氏の答えはノーだろう。

――マネーは結局のところ、米国からアジアに流れることになるのではないか。

 そう簡単な話でもない。たしかにわれわれはマネーが世界中を駆け巡るグローバル経済の中にいる。しかし、米国内でも多くの人が金利低下の恩恵で住宅ローンの借り換えをしているし、株式市場も好況を呈している。これら米国内の現象にはFRBの政策が一部貢献している。

 また、海外に出たマネーも、アジアの外貨準備増加の結果として米国債の購入につながり再流入している側面もある。

 状況を把握する難しさや、金融政策を単純化して理解しようとする傾向から、FRBは紙幣の発行を増やし、それはすべて香港市場に流れている、と考える人がいる。実際はそのような仕組みにはなっていない。

――バーナンキ議長の政策に反対する声が多いのはなぜか。

 量的緩和策の皮肉なところだが、賛成する人は、この政策が与える影響は限定的で、ないよりはましだと言い、反対する人は、インパクトは大きく、将来インフレを大きく加速させ、放漫財政につながると言う。

 また、政府に対する信頼が揺らいでいることも事態を難しくしている。多くの米国民が、FRBの量的緩和を効果のない無駄な施策だと思っている。彼らは銀行を救済するために作られた「不良債権救済プログラム(TARP)」はうまくいかなかった、オバマ政権による財政出動も有効でなかったと考えている。そして、量的緩和もウォール街を潤すだけで、米経済のプラスにはならないと思っている。

 QE2は、中間選挙で当選した、小さな政府・反オバマ志向の共和党議員にとって格好の批判のターゲットになっている。専門的な分析というより「なにか信用できないぞ」といった反応だ。しかし、バーナンキ議長やオバマ大統領は、「何もしなかったらもっと悪い状況になっていた」と反論するしかない。確かにそうだが、失業率が9.8%に上昇し、住宅ローンを借りている国民の4分の1が住宅の価格よりも大きいローン残高を抱えており、子供たちが大学を卒業しても就職できない状況では納得しにくいものだ。経済全体が苦境にあるなかで、ウォール街だけが救済されたと感じている人々の怒りがFRB批判の背景にある。

――FRB内部でも異論が出ているが、どのような点が争点になっているのか。

 インフレ上昇率を加速させ、異例の策からの出口戦略を難しくさせるとの懸念、財政規律を緩ませ、赤字をさらに肥大化させるとの懸念、今回の政策の有効性への疑念とFRBに対する信頼を損なうとの懸念だ。

 内部の意見相違は、政策そのものの効果を減じてもいる。

 発表された6000億ドルの計画について当初、これは「頭金」であって、経済情勢が改善しなければ増額もあり得ると考える向きも多かった。しかし、内部の意見がかなり分かれていたことで、市場関係者はこれで打ち止めだと考えるようになった。

 薄氷を踏むような状況で政策決定がなされたことには間違いない。バーナンキ議長が5日、テレビ番組に出演したことは、最初から分かっていた海外の反応よりも、予想していなかった国内の反発に、対外的な説明の必要を感じたからだ。

 高失業率に直面する米国で、FRBが景気に配慮した政策をやりすぎだと、議会が批判するのは異例のことだ。

――QE2が世界経済、とくにアジアに与える影響をどうみるか。アジア経済にとってマイナスとの意見もあるが。

 アジアに悪影響を及ぼしているとは思わない。ただ、タイミングはこの上なく悪かった。G20サミットを目前にしていたからだ。G20では、米政府が中国に人民元の上昇加速を求める「中国たたき」が予想されており、その一環としてFRBの量的緩和は批判の対象になりやすかった。

 例えば、香港に流れ込んでいるマネーは、米国の低金利を嫌ったグローバルな資金ではなく中国本土からのものであることはほぼ明白だ

 FRBのせいにされていることは実際以上に多い。米国や英国、欧州と比べて、成長率、金利ともに高いブラジル、南アフリカ、イスラエル、タイ、台湾、韓国などの状況が大きく違うことに疑いを挟む余地はなく、資金はそういった国々に流れ込むだろう。副作用が生じることも確かだ。しかし、米経済の成長が低下することをアジア諸国は望んでいるだろうか。FRBが行動し、米経済を刺激する効果を試すことの方が望ましくはないか。

 アジアの識者は「金融政策でなく、財政政策が対処すべきではないか」と言うだろう。だが、FRBには財政政策の権限はない。バーナンキ議長には、何もしないか、行動するかの選択をするしかなかった。

――QE2の効果を計るために注目している点は?

 10年物米国債の利回りがどうなるかは重要だ。QE2の発表時には金利は低下したが、その後、実施された際には上昇した。株式市場やドルの為替レートの動きも重要だが、米国民の景況感に与える影響にも注目すべきだろう。景気が改善し、雇用が増えれば議長に対する評価も変わる。一方で、効果がそれほど出ないというリスクもある。そうなると批判は避けられない。

 また、QE2との関連性は確かではないが、世界経済のインフレ率がどうなるかには注目している。グローバルな資金移動が盛んな状況で、アジアでインフレ圧力が高まる一方で、米国や欧州は変わらないということはあり得るだろうか。そのような状況が続くのか、または地域間の平準化が進むのかみていく必要がある。

――特に日本にとってのQE2の意義をどうみるか。

 米国は、日銀によるバブル崩壊後の対応は慎重過ぎ、不十分だったと批判した。バーナンキ議長も同様の指摘をしている。したがって、今回FRBがとった積極策が日本のケースよりも良い結果をもたらすのかどうかが問題だ。

 もし米経済によい影響をもたらせば、日銀はできるかぎりのことをした、との主張が覆される。言い換えれば、もし積極策に効果があれば、日本国民が日銀に対して、どうしてもっと積極的な政策をとらなかったのか、と問う理由になるのではないか。

 米国の量的緩和第2弾は、やることになるとは思っていなかった「実験」だ。日本は量的緩和はすでに経験済みだが、その教訓は経済政策に十分生かされていない。しかし、日本の政策を批判していた米国は今回、少し謙虚になった。

****************

デービット・ウェッセル

デービッド・ウェッセル氏 Jay Mallin

 ボストン・ブローブ紙などを経て1984年にウォール・ストリート・ジャーナルに入社。経済担当エディターを務めるかたわら、米国の経済・金融政策や世界経済の潮流を追うコラム「Capital」を毎週執筆している。主な著書に、米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ議長が2008年の金融危機にどう対処したかを詳しく描写する“In Fed We Trust” (邦題:「バーナンキは正しかったか?FRBの真相」朝日新聞出版)がある。2002年の企業不正に関する一連の報道などでピューリッツァー賞を2回共同受賞。

◆そのほかのデービット・ウェッセルの記事

【コラム】世界の「過剰貯蓄」が終わる日(12月 9日)
【コラム】よみがえるか、超党派の米財政再建策(12月 6日)
一部議員の奇妙なFRB法改正論議-インフレ抑制だけに専念すべきか(11月 24日)〔有料〕
【ブログ】バーナンキ米FRB議長の発言を解釈すると…(11月 19日)
【コラム】米の4リーダーを待ち構える難問(11月 11日)
【コラム】FRBのQE2、フリードマン派はどうみるか?(10月 28日)
【コラム】FRB議長と米財務長官が通貨政策に慎重な訳(10月 21日)
【コラム】FRBが市場てこ入れ策に寄せる期待(10月 14日)

Copyright @ 2009 Wall Street Journal Japan KK. All Rights Reserved

本サービスが提供する記事及びその他保護可能な知的財産(以下、「本コンテンツ」とする)は、弊社もしくはニュース提供会社の財産であり、著作権及びその他の知的財産法で保護されています。 個人利用の目的で、本サービスから入手した記事、もしくは記事の一部を電子媒体以外方法でコピーして数名に無料で配布することは構いませんが、本サービスと同じ形式で著作権及びその他の知的財産権に関する表示を記載すること、出典・典拠及び「ウォール・ストリート・ジャーナル日本版が使用することを許諾します」もしくは「バロンズ・オンラインが使用することを許諾します」という表現を適宜含めなければなりません。

 

  • メール
  • 印刷
  •  
  •  

関連記事

日経平均 10,279.19 -67.29 -0.65
ダウ工業株30種平均 11,573.49 14.00 0.12
TOPIX 901.66 -4.12 -0.45
為替:ドル―円 82.86 82.91
原油 91.41 1.03 91.51
*終値

投資に役立つ最新分析

日本版コラム〔12月24日更新〕

ビジネス英語〔12月24日更新〕