<2010~2011>
クリスマスシーズン真っ盛りの東京・銀座。夕方になるとイルミネーションがともり、百貨店はにぎわい、レストランではグループが忘年会で盛り上がる。それだけ見れば、不況から立ち直ったのかとさえ思える。でも--。
支持率が24%にまで落ち込んだ菅政権。民主党はマニフェストに掲げてきた「生活者重視」から経済成長優先へとかじを切った。来年度の税制改正で法人実効税率を5%引き下げる。しかし、慶応大学の土居丈朗教授は「税率が“アラフォー”%では、日本企業の不利は払拭(ふっしょく)できず、経済を良くする特効薬にはならない」と断言する。日本の法人実効税率は40・69%。5%下げても、中国の25%や韓国の24・2%と比べ、まだ開きがある。
「小幅の法人減税はやっても、やらなくても地獄」と土居教授。「財源をどうするか、雇用は確保されるかなど不安は大きい。でも、何もせず日本企業が国際競争に負ければ雇用自体が失われる恐れもある。効果は立ち止まっているよりはましという程度」
09年11月の「デフレ宣言」から1年。菅政権はデフレ克服を最大の課題としているが、その処方箋は見えない。
土居教授は「政府も日銀も将来に対する確固たる姿勢、覚悟が足らない。場当たり的」。だからこそ閉塞(へいそく)感は消えないのだろう。「煮え切らない態度で政策を打ち出しても効果は上がりません」
「一兵卒」と二人きり、1時間半の押し問答をしても何も答えを出せず、指導力のなさばかり際立つ菅直人首相に、国民は失望している。
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町中で流れるクリスマスソングがむなしく響く。いったいこれからどうなるのだろう。日本の景気を左右する円・ドル相場は現在、1ドル=83円前後を推移。円高・ドル安が落ち着けば、国内経済にも好材料だ。だが、1ドル=80円台を割る可能性も語られる。
みずほ総合研究所シニアエコノミストの中村正嗣さんは「米国では個人消費は持ち直しつつあり、来年は減税効果も期待できる。春先ぐらいまでは今の水準が続くのでは」とみる。「しかし、雇用情勢が思うように回復しなければ、追加緩和が実施されるのではとの見方が強まり、もう一度円高方向に動く可能性がある。戦後最高値の79円75銭を突破して78円台をめざすことも十分あり得ます」
為替相場に振り回されないためには、政治の指導力がカギとなる。「来年の景気を展望する上で、円高による輸出への悪影響は気掛かりです。しかし、本来、円高にはメリットがあります。そのメリットを生かすには内需を強くすべきであり、地道な構造改革が必要でしょう。政府には『5年後、10年後のあるべき姿』を示した上で、その目標に向けて取り組む強いリーダーシップが求められます」
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「政府や産業界、経済学者などは皆、いつ来るか分からない右肩上がりの経済成長を前提に話をする。腑(ふ)に落ちないんですよね」
角度を変えて身近な視点からの意見を聞きたくて北海道・夕張医療センターの医師、村上智彦さんを旭川に訪ねた。この日の最高気温は氷点下3・6度。ピリッと冷たい空気。時折、小雪がぱらつく。午後2時、村上さんは連携する旭川の診療所で、午前の診療を終えたばかりだった。
「僕は専門家ではないから言うけど、高度成長を経て経済大国になって、まだ成長する余地があるのかと。高齢化が世界一進んだ国で、労働人口が減っていくと分かっているのに、何でそんな夢を語ってるの? 輸出主導だろうが、内需主導だろうが、成長ばかり求めるのは『ないものねだり』としか思えない」
夕張市の財政破綻に伴い、約40億円の赤字を抱えていた市立総合病院は廃止。村上さんは市が新たに開設した医療センターの運営を託され、「支える医療」を掲げて地域医療に取り組む。その目には、今の日本が夕張市に重なって見える。炭鉱の町として栄華を極め、住宅費や医療費などの公共サービスは全国でもかなり高い水準だった夕張市。恵まれた生活は、財政破綻で水準を落とさざるを得なくなった。「水準が下がったといっても、今までぜいたくしていた部分がなくなっただけ。世界保健機関(WHO)から『世界一』と評価された質の高い医療は受けられる」
夕張では、夜中に水虫や目が腫れたといった理由でタクシー代わりに救急車を呼ぶことが常態化していたという。「円高では業績が悪化するから何とかしてくれというのは、夕張市民が『今まで無料だった医療にお金がかかるのは嫌だ』と言っているのと同じに聞こえる」と村上さんは言う。「日本は世界でも有数の経済大国。多少景気が悪くても、生活水準が大幅に下がるわけじゃないのに成長ばかり求める。そろそろ自分たちの生活がどうあるべきか、問題提起すべきじゃないかな」
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「どういう状態を経済が良いというのか。経営者、労働者それぞれの立場で考えていかなければいけない状況に来ている」。一橋大学大学院の斉藤誠教授もそう言う。
働けば働くほど給料が増えた高度成長の時代はもう来ない。もはや政府・日銀頼みでは経済成長は望めない。「法人税を減税したからといって、すべての企業に国際競争力がつくわけではない。不況と言われる今だって、立派に国際競争を勝ち抜いている企業はたくさんある。自分たちの努力や成果が伴わないのを、環境や政府の責任にすることがあまりにも多い」
斉藤教授が指摘するのは企業側だけの問題ではない。個人のありようも見つめ直す時が来ているという。
「高齢化社会になり労働人口も減る今後、成長し続けることはあり得ない。自分たちは既得権益を守って何一つ変わろうとしないで成長を求めるからあれだけ首相が代わるのです。誰がやってもできっこない。給料が多少減っても、日本は十分豊か。発想を変えて、これまで土日返上で猛烈に働いてきたのを、豊かな国に見合った多面的な生活を見つけるプロセスと思えばいい」
華やかに彩られた銀座の街が寒々しく見える。来年はこのあかりが温かく感じられるだろうか。【小松やしほ】
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毎日新聞 2010年12月24日 東京夕刊