編集長日誌〜本の御しるし

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編集長日誌13

12月1日(水曜日)

資料会大市入札日、午前中に覗くが商品がやや少ない感じがした。社会科学系専門書、ことに雑誌類が本筋の会だが、需要状況は厳しいのではないだろうか。例えば国立国会図書館の蔵書目録類が山と積まれていたがネット社会となり必要とするところは極めて稀だろう。壁のように積まれた重要文化財修理報告書も一時は人気があったが現在はどうなのか。「国家総動員史」全十三巻など戦時史研究には必須の重要な文献だと思うが、各巻が分厚く大部の資料ゆえ敬遠されがちだろう。基本文献は、学校や博物館などが盛んに創設される時期は高くなるが、現在のような停滞期には難しい。

出久根さんから東京新聞に書いた『作家の値段』書評に対して毛筆のお礼状が届いた。本当に丁寧な方で感心させられる。贈ってくださった本には「人は見えない糸で結ばれている」と認められていたが、今回の本のキーワードだし、人との関係を大切にされる出久根さんの人生訓でもあろうか。

昭和初期に林不忘・谷譲次・牧逸馬の『一人三人全集』が出たのは知っていたが、戦後河出書房新社から復刊されているのを初めて知った。前から一度読んでみたいと思っていた「テキサス無宿」と書かれた本をお昼に見つけたので取り上げると、箱に一人三人全集と書かれている。装丁は横尾忠則で彼が好きな朝日の図柄だ。金色の布装で、本冊の挿絵は金森馨だが、次回配本「釘抜藤吉捕物覚書」の挿絵は水木しげるとある。昭和44年の刊行である。「テキサス無宿」のほか「めりけんじゃっぷ」「もだんでかめろん」が収めれている。

12月2日(木曜日)

先ごろ文化功労者に選ばれた中野三敏先生から『古文書入門 くずし字で「百人一首」を楽しむ』(角川学芸出版)という本が送られてきた。先生は、本誌にも掲載した千代田区立千代田図書館での講演の際も、「和本リテラシー」の重要性を強調されていたが、江戸の庶民だれもが読めたくずし字、変体仮名を現在の知識人といわれる人々の殆どが読めないという現実に危機感を抱かれている。その打開のための一冊で、古文書などで使われる変体仮名よりも遥かにバリエーションの少ない和本でくずし字を覚えることを提唱、しかも江戸期の版本百人一首を教科書とすることで、短く、ある程度の読みの予測もつき勉強しやすいということで本書を編まれている。なるほど良いところに目を付けられたと感心した。

友人が、急に里見クに急に興味を持ち出したらしくいろいろ聞いてくる。しかし、有島武郎とは兄弟といってもまるで違う小説家、泉鏡花などとも親しく白樺派の中では異質な作家だとは思うが、私は何も知らない。里見とも親しかった新小説社の島源四郎さんが「真心の作家」と言っていたが、今日丸谷才一さんの『みみずくの夢』を読んでいたら、「里見クの従兄弟たち」という文章に出合った。鶴見俊輔が紹介している、里見の学習院の後輩で、言われなき皇太孫への不敬で退学させられ、後に渡米して開戦直後に日米交換船で帰国するが横浜事件の関係者として逮捕投獄されるという数奇な人生を歩んだ大河内光孝と、上流階級に生まれながらも、本来のコースは歩まず、芸術家であることの自負と、社会批評の眼で社会の全階層をとらえた里見をオーバーラップして描いている。丸谷によると里見に「T・B・V」という作品があるらしい。煙草、バッカス、ヴィーナスのことらしいが、どこか昨日の谷譲二の「テキサス無宿」と似たところのある話のようだ。どうも「真心の作家」というだけではないのかもしれない。

12月3日(金曜日)

世田谷の蔵書整理三回目の日だが、早朝は嵐のような雨でどうなるかと心配したが、午後からはすっきり晴れて無事終了した。「新青年」「探偵趣味」など今回は雑誌が中心であっる。「キング」「日の出」などの雑誌もよく揃っており、時間をかけた収集であることがよく分かる。最初の仕入れの時に「主人なき書庫をあければ風さわぐ」という句が浮んで、参加している俳句同人誌「鬣」に投句したら良い評価を受けたが、最後の今日の心境は「虚ろなる書庫となりけり冬嵐」が浮んだ。

先日、孔版画家の小針美男さんが一月十日に82歳で亡くなったと川本三郎さんが教えてくださったが、12月号の古本屋の手帖に思い出を書くために、以前に頂いた孔版による『四畳半襖の下張』を読み直した。昭和38年に孔版機材製造の王冠ヤスリ工業が、小針さんに依頼して作製した本で、限定百部だ。小針さん36歳、技術的にも最も完成した時期に技の全てを注入して作られた本だ。解説も小針さんの文章だと思うが、荷風の筆癖を上手に生かした偽作とされている。昭和21年の三希洞版を元にしているが、昨夜読んでいて、私もやはり荷風の作ではないなと思った。

12月6日(月曜日)

12月号ようやく校了、相変わらずの綱渡り的編集といわざるを得ない。NHKの番組で「スポーツ大陸」というのが好きだ。民放には「情熱大陸」という同じようなコンセプトの番組がある。昨夜はそちらでクラシックバレーの熊川哲也を取り上げていた。38歳だが、既に大家の風格と自信に満ちているし、それだけの努力もされている。56歳になった私はひたすら忸怩たる思いに沈むばかりだ。

ところで、1月号から「古本屋大陸」という連載をすることにした。第一回は札幌のサッポロ堂書店石原誠さんと、東京、八重洲古書館の花井敏夫さんに、日ごろの古本屋としての精進の様子を報告していただくことにした。お二人に何回か続けて貰い、後は、また別の二人に引きついで書いて頂く予定だ。12月号の「クローズアップ現在の古本屋」といい、ややパクリ的タイトルだがお許し願いたい。

1月号の原稿がほぼ揃った。明日には入稿しないと、20日の校了がきつくなる。小社古書部の落語本特集も掲載の予定だ。

12月7日(火曜日)

世間は狭い。今朝、小誌で「眷属の本」を連載中の鈴木地蔵さんから電話があり、私が所属している俳句同人誌「鬣」のバックナンバーが十冊届いたという。同人の吉野わとすんさんが姪になるのだそうだ。私は同人といっても彼女を含め同人全員にお会いしたことがるわけではない。俳句とエッセイに分かれた30人ほどの同人だが、代表格の林桂さんや水野真由美さんも面識がない同人もいる。わとすんさんは1973年生まれの校正者だという。地蔵さんもフリーの編集・校正者だが、奥さんの姪だから血のつながりはないが、類は友を呼ぶというのだろう。星の数ほどある俳句誌(各俳人協会が後援して発行されている『俳壇抄−482誌』という年鑑がある)なのに不思議なことだ。

詩人の荒川洋治さんには1月号に「シャドウ・ライン−本は遠くからでも見える」を寄稿していただいているが、先ほど電話があり、火曜日午前8時からのTBSラジオ「話題のアンテナ」で、『古本屋名簿』を紹介してくださるという。21日が予定日とのことだ。荒川さんは、古書会館での「地下室の古書展」のトークショーにも出演され、その折も話題にされたが、地名に感心が強い。文学と地名の関係に注目しているのだ。旅行の多い方だし、『古本屋名簿』は携帯に便利で「本当にこれはいいね」と褒めて下さった。有難いことである。

1月号の原稿が殆ど揃いほぼ入稿を済ませた。仕事が捗るときもたまにはある。

12月8日(水曜日)

先月25日に配信された「日本の古本屋」のメルマガで、折付が『古本屋名簿』の編集苦労話を書いたが、その折希望者には「古書通信」見本を進呈するとした。その希望者のリストが先日データで届いた。その数330件あまりだ。ネット上でクリックすれば済むので反応が良い。本日はその発送準備で追われた。300件以上の見本誌を作るのはそれなりに時間がかかる。見本誌は随時出しているが、やはりこれも以前(二十年以上まえ)に較べると効果が減少している。購読契約に結びつくのは1パーセントにも満たないケースが殆どである。ただ、今回は明らかに「日本の古本屋」を利用している方たちだから、期待が持てるが、どうだろうか。

昨日入稿した原稿の校正がもう出始まった。おそろしい速さだ。年末進行というが、データ入稿ならではの早さではある。追いかけられるような年末の始まりである。

12月9日(木曜日)

天才必ずしも早熟ではないと思うが、私の知人に一人だけ早熟の天才がいる。満十五歳にして乞われて円谷英二プロにスカウトされた怪獣博士竹内博さんだ。昭和30年生まれだが確か早生まれで私と同級である。彼が編纂した新刊『定本円谷英二随筆評論集成』(ワイズ出版・定価5985円)が送られてきた。A5判、二段組814頁の大冊である。円谷英二にこんなに随筆評論があったのも驚きだが、竹内さんの編んだ「年譜」が面白い。例えば、昭和五年二十九歳のところに「小石栄一監督『野狐三次』(撮影)、一月五日封切。二月、自作の木製クレーン(日本初)で撮影中、事故でクレーンから落下、大怪我をし、看病をしてくれたのが縁で二月二十七日、荒木真砂子(マサノ、明治四十四年一月四日生まれ、十九歳)と結婚」などとある。これは読ませる年譜である。あとがきによると、竹内さんが「円谷英二が執筆した文章を一冊の本に仕上げたいと考えついたのは、昭和四十六年、小学館の「円谷英二―日本映画界に残した遺産」の編集に参与してからであった」というのだから、彼が十七歳の時だ。これを早熟といわずして何と表現するだろう。それから実に四十年近くの資料収集をへてこの大冊の完成となったのである。凄いなあ!

12月10日(金曜日)

午前十一時から編集会議。編集会議といっても殆どは経理報告だ、当社が新体制に変わって何が一番変わったかといえば、毎月の成績を数字で表し検討するようになったことだ。なかなか厳しい。といっても経理も担当する折付の主な仕事だ。私はせっせと雑誌のマイナスを古本業で穴埋めするのが役目だ。目立たぬかもしれぬ、しかし雑誌の内容は相当に変化してきていると思う。ただ実際のところ販売部数を増加させるのは難しい。

世田谷の仕入れの一部を本日の明治古典会に出品したが、今回は時間がなく全て仕分けは会にお願いした。世田谷の現場で、今年最後のクリスマス市へ出品分は分けてあるので、本日分は量的には大したことはない。中に大佛次郎『鞍馬天狗』の戦前版箱入り本が七冊あったが、随分のよい値段になった。最終台の緋毛氈の上に村上春樹の署名本が一冊でていた。先週の『村上ラジオ』が良い値段になったからであろう。高くなると本は出てくる、これは古本の世界のきまりだ。

12月13日(月曜日)

12月号発送準備でおおわらわ。その後、1月号小社古書部の目録原稿作り。来週月曜日には校了なのに今頃なにをという感じだが、明治から昭和戦前の落語本が既に整理されているから、どんどんワードに打ち込むだけだ。旧蔵者が値札をつけたままのものが大分あり、相当に高額なのに驚く。今はきっとその頃よりは下がっているのではないだろうか。正月号のお楽しみに前から考えていた企画だが、原稿作成が本日からとはやや問題がある。見た目も面白いから写真を入れて値段も手ごろで出すつもりだ。

俳句同人誌『鬣』には書評欄があり、今回、福岡市文学館で開催された「檀と眞鍋」の図録が私の担当になった。図録といっても殆ど文章からなる本なのだが、充分に読み物として面白く出来上がっている。様々な資料からの引用も多いのだが、一部フィクションによって解説されているところがある。それは別として、こうした本を読むと、あれ、俺は檀一雄のあの本を、眞鍋呉夫の『雪女』(冥草舎)という句集を持っていたはずだがと、あちこち探すが出てこない。書棚の奥に隠れているならまだしも、ダンボールに詰めたままだともうどうしようもない。なんとか檀の本は数冊見つかったが、真鍋のは出てこない。

けやき書店さんから目録82号が届く。今回はA5判、320頁だ。巻頭は偶然、檀の本だ。『花筐』237000円、『虚空象嵌』42000円、『長恨歌』33000円、いずれも署名入り。「少年猿飛佐助かるた」もあり、36000円。まあ、この手の本は残念ながら所持していない。

12月14日(火曜日)

昨夜からの雨が朝まで続いて、今日の午後になっても青空は見えず一日雨模様だ。1月号の校正をどんどん済ませる。いつもは原稿のおそいあの方も今回は早くて驚く。午後、扶桑書房さんから、今月26日(日曜日、12時から17時、東京古書会館)に開催される扶桑書房一人展の目録を頂く。今回が四回目、昨年は午後からの開催なのに朝6時から並んだ猛者がいたが、今年もきっと同じ人が並ぶに違いない。写真版24頁全点カラー、収録は1148点だが、当日は他にも多数出品されるとのことだ。そちらが目的のファンも多いだろう。巻頭の4点はカバー、袋付の稀少本、一葉『通俗書簡文』、『閨秀小説』、晶子『夢の華』、『舞姫』だ。美本収集家はこうした本にうっとりするが、どうも私にはぴんと来ない。しかし、法帖型の種田山頭火句集、7冊揃180万、草野心平『廃園の喇叭』150万、あるいは、春陽堂の「文壇新人叢書」10冊揃45万などはさすが扶桑さんと感嘆の声を上げるばかりだ。立原道造『暁と夕の詩』特製帯付180万も目録に載るのは初めてとのことだ。一人展は今回を含めて後二回だ。今年も良い成績を残すこと間違いなさそうな目録である。

12月15日(水曜日)

小社古書部落語本特集1の原稿、朝の内に完成、印刷屋へ送信する。全部で49点、写真8点だ。パンタライ社の黒瀬春吉が編纂した『芸人名簿』という袖珍版がある。黒瀬は、浅草ペラゴロ、アナゴロたちの親方みたいな人物で、あの通叢書『芸妓通』の著者で元浅草のダンサーだった花園歌子の情夫だ。きっと珍しい本だと思う。

深井人詩さんが独力で刊行されている『文献探索2010−書誌と書誌論』が届いた。一時は電話帳ほどのヴォリュームがあったが、現在はB5判、122頁。中に茨城大学名誉教授佐々木靖章さんが「林太郎主宰『野人』総目次」「多田文三主宰『ドドド』総目次ほか」を執筆されている。この雑誌は執筆者がそれぞれにプリントした原稿をダイレクト印刷している。佐々木先生もびっしり詰め込んでいる。珍本稀本を所蔵する大変な蔵書家である。まだまだ発表されるべき資料をお持ちのはずだ。

日本近代文学館が「マヴォ」を複製した時、伊藤信吉さんが解説を担当した。その折、多田文三の著作権継承者が分からぬかと館から私に問い合わせがあった。伊藤さんの指示かと思うが、私が知るよしもなく、確か、尼崎の寺島珠雄さんにそんな話をしたところ、なんでも息子がいてお笑い芸人をやっていると聞いているとのことだった。お笑いで多田と聞いて、すぐに殿様キングスの多田そうべいだと直感した。文学館がその後連絡して許可が出たらしい。多田文三というとそのことを思い出す。トリオザパンチの内藤陳が、やはりアナキズムの文学者内藤辰雄の息子だったり、お笑いとダダやアナキズムはどこかで通じるものがあるのだろう。




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