2010年12月20日1時6分
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北海道の森の木を使った地元職人の手作りの椅子を、生まれた子どもに贈る「君の椅子プロジェクト」が、大雪山の麓(ふもと)から全国に広がった。当初は旭川大学(旭川市)と近隣の町の取り組みだったが、全国各地の要望にも応えるようになった。「椅子は居場所の象徴。少子化の時代に、椅子を通して誕生や家族の意味、地域社会を見つめ直すお手伝いができれば」と発案者たちは願っている。
プロジェクトは5年前、同大の磯田憲一客員教授(65)のゼミで生まれた。学生が秋田県の大花火大会の様子を興奮気味に話す姿に、磯田さんが言った。「何万の花火もいいが、北海道には赤ちゃんが生まれると花火を1発上げて祝う町がある。その1発も素晴らしいじゃないか」
会話がひらめきを生み、花火の代わりに椅子を贈るアイデアにつながった。酷寒を越えて成長したたくましい木と、地域で磨かれた職人の技で椅子が出来れば、地域全体で誕生を歓迎することになる――。家具の街の旭川には職人が大勢いる。デザインは東京などの著名な建築家、デザイナーが毎年交代で引き受けることになった。
プロジェクトが最初に動き出したのは、旭川の隣の東川町。費用は町が負担し、町内で子どもが誕生すると旭川大の事務局に連絡、名前や生年月日などが刻印された「世界に一つだけの椅子」が贈られる。2006年以来、10月までに261人。今は道北の剣淵、愛別両町も参加する。
この取り組みが雑誌などで紹介され、全国から希望が相次いだ。北海道の椅子が遠くの街の家に届き、家族の絆を深めるのに役立つならと、個人からの要望も受けることにした。個人で加入できる「君の椅子倶楽部」という仕組みもでき、昨秋から100脚以上が東京や千葉、福岡などに届けられている。
京都府長岡京市の橋本麻有子さん(34)もその一人。昨夏生まれた長女彩織ちゃんは630グラムの超未熟児だった。「生まれてすぐ親に抱かれることもかなわず、新生児集中治療室で頑張った娘に、いとしさと感謝を込めて贈りたいとの思いで申し込みました」と橋本さん。
その京都を、磯田さんが訪ねた。命の危機を乗り越えて生きる女の子が、椅子に座る姿が見たかった。目を細める磯田さんに、橋本さんは「いつか家族で、この椅子を作ってくれた工房や町を訪ねてみたい」と話した。
磯田さんは言う。「大きくなってこの椅子を見たら、自分がどれだけのものに包まれていたのか気付くはず。椅子が語りかける記憶や思い出は勇気を与えてくれる思う」(秋野禎木)