きっと、だいじょうぶ。

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きっと、だいじょうぶ。:/16 男の育児参加=西野博之

 「今日はまだ、言葉をひとことも話してないの」

 仕事を終えて帰ってくるなり、生まれて間もない息子のところにかけよる僕に向かって、妻が訴える。

 楽しみにしていた子宝にも恵まれ、出産間近までフルタイムで仕事をしていた。でもいざ育児が始まってみると、おっぱいあげて、オムツ替えて、洗濯して、また、おっぱいあげて、オムツ替えて、洗濯して……。一日中、誰と話すこともない。今日のお仕事はこれまでという区切りが訪れることもなく、延々と同じことのくり返し。

 ウンチの色やおっぱいの飲み具合などに一喜一憂する日々。「今日はなかなか寝つかなくて困ったの」と語る妻に向かって、なんとか助けになればと「だったら、こうしてみたらいいんじゃない」とアドバイスをしてみる。

 ところが彼女は「じゃあ、私のやり方がいけなかったというの」と怒り出す始末。そんなつもりは毛頭なく、ただ良かれと思って発した言葉に対して、責められたように感じてしまったらしい。

 彼女が求めていたのは、ただ「たいへんだったね」のねぎらいの言葉。答えやアドバイスを求めていたわけではなかったのだ。

 あれから20年近い月日がたった。いま巷(ちまた)では「イクメン」という言葉がはやっている。「イケメン」をもじって、育児を楽しみ、育児を積極的に行う男性のことをさす言葉だという。

 厚生労働省のキャンペーンに乗って、さまざまなイクメン応援商品の販売や、お出かけ情報などを目にする機会が増えてきた。

 どのようなきっかけであれ、男性が育児に興味を持ってかかわることは大いにいいことだと思う。ただ子育ての参加の仕方って、いろいろな入り方があるのではないだろうか。何も特別に子どもをどこかに連れ出して一緒に遊ばなければダメという話でもない。慣れない子育てに戸惑い、いい母を頑張らねばと思って孤軍奮闘している妻の話を聞き、大変だと感じていることを分かち合うことも大切なことだ。2人で話していたら、ウンチのことだって笑い話になることもある。

 まだ言葉を発しない乳児を抱え、社会から切り離されたかのように、孤立して子育てに取り組んでいる母親がたくさんいる。子どもが起きている時間には帰宅がかなわぬ夫たちよ。妻のそばにいて話を聞き、彼女の思いを受けとめることも、大事な育児参加なのではないかと、いまは思う。(NPO法人フリースペースたまりば理事長)=次回は19日

毎日新聞 2010年12月5日 東京朝刊

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