郵便不正事件などを巡り最高検が24日に公表した検証結果で、大阪地検特捜部前部長の大坪弘道被告(57)=犯人隠避罪で起訴=が、元主任検事の前田恒彦被告(43)=証拠隠滅罪で起訴=に「何とか村木(厚子・厚生労働省元)局長までやりたい。これが君のミッションだ」と告げていたことが分かった。元局長の部下で元係長、上村勉被告(41)=公判中=が当初の捜査に「単独犯」を主張した際には、当時の大阪高検検事長が「考えられない」と指摘していたことも判明。のちに無罪が確定する村木元局長の逮捕へと突き進んでいた。
検証結果によると、前田元検事は09年4月下旬、郵便不正事件の主任として捜査を始める際、大坪前部長から「何とか局長までやりたい」「前田君、頼むな。これが君に与えられたミッションだからな」と言われた。前田元検事は、元局長の検挙が最低限の使命で、必ず達成しなければならないと考えたという。
その後、自称障害者団体から依頼された偽証明書の作成について上村被告が「独断だった」と供述。これを前田元検事が大阪地検、高検に報告すると、当時の大阪高検検事長らから「独断でやるとは考えられない」と否定されたという。
検証結果は「独断で行う合理的理由がないと考えたことに一理あるが、一つの想定に過ぎない」と指摘。「最初から特定の対象者の検挙を最低限の使命と定め、証拠の十分な吟味がおろそかになれば、捜査の基本と相いれない」と批判した。
大坪前部長は特捜検事が消極的な意見を述べることを好まず、意向に沿わない検察官に「特捜部から出ていってもらう」と理不尽な叱責をすることもあったという。検証結果はそのことが、消極証拠の存在や問題点の指摘を困難にしたと位置づけた。
検察側は04年6月上旬に村木元局長の指示で上村被告が偽証明書を作成・発行したと主張したが、初公判で弁護側は、捜査報告書に添付されたフロッピーディスク(FD)の記録から作成は6月1日未明で、検察側主張と矛盾すると指摘。それでも検察側は、1日の作成だとしても印刷・発行は後日だったとして裁判を続行した。
ところが今回の検証でFDを解析すると、印刷日時も6月1日未明だったことが判明。捜査のずさんさが改めて鮮明になった。
公判では、厚労省への口利き依頼を受けたと疑われた石井一・民主党参院議員を、村木元局長らの起訴まで聴取せず、総選挙後に初めて聴取したことに批判が出たが、検証結果によると、これを最高検も了承していた。
約3カ月にわたった検証の末、最高検は捜査を尽くさないまま厚生労働省元局長を逮捕、起訴した大阪地検の判断に問題があったと結論付けた。誤りを認めた姿勢を評価する声もあるが、証拠改ざん・隠蔽(いんぺい)事件で起訴された元主任検事や前特捜部長らを批判する言葉が目立ち、個人に責任を負わせた印象がぬぐえない。
一連の事件で検察の信用は根底から失墜した。公益の代表者であるはずの検察官が、自分たちに都合のいい証拠だけを集め、容疑者を処罰しようとしているのではないか。国民はそんな不信感を抱き、検察に厳しい目を注いでいる。
こうした批判に応える形で、最高検は特捜部の捜査のチェックを強化する再発防止策を打ち出した。しかし、特捜部の一般的な捜査手法や組織の責任への言及は少なく、事件の背景まで真摯(しんし)に検証したと言えるか疑問も残る。
法相の私的諮問機関「検察の在り方検討会議」の委員の一部からは「検察は危機感が足りない」という辛辣(しんらつ)な声が上がっている。今後の議論で、全面可視化や証拠開示方法の見直しといった大胆な改革を求められる可能性もある。失われた信頼を回復する道は、なお険しい。【木戸哲】
毎日新聞 2010年12月24日 20時24分(最終更新 12月24日 23時33分)