*紫髪* 目次>漢詩>「文天祥」
文天祥(字・履善)
(1236-1283)字は一説に宋瑞とも。文山と号す。弱冠二十歳にして科挙に状元(第一席 )で及第、累進して丞相に至る。元軍の入寇に際しあくまで抗戦したが、宋滅び、その身は捕らえられて大都に送られ、土牢に閉ざされること三年、ついに屈せず刑死した。獄中で「正気歌」を作り、元の世祖フビライをして「真男子」と嘆ぜしめた。
「過零丁洋(零丁洋をわたる)」は、文天祥が1278年に元軍に捕らえられたあと、元将張弘範になおも抵抗を続ける宋の将張世傑に再三降伏勧告書を書くように求められた際にこの詩を著し拒否の意を示したといわれています。