講演「聴覚障害者とコンピュータ」 (全文)
日本聴覚障害者コンピュータ協会 T・Kさん

編集者注記:実際には、もう少し枝葉のついた講演になりましたが、 下記予定原稿に言いたかったことは述べられているとのことですので、講演ログではなく、 予定原稿のまま掲載します。)

皆さんこんにちは。

私はT・Kといいます。兵庫県の明石市出身。歳は9の倍数です。 本業はメール書きですが、それだけでは食えないのでプログラマーで稼いでいます。

まず私の障害についてお話ししますね。私は先天性感音性難聴。つまり生まれつきです。母のお腹にいるときに、母が飲んだ風邪薬が原因だろうといわれていますが、特にはっきりしていません。2歳ぐらいのときに、私の反応がおかしいことに気がついて、大学病院で診てもらったら聞こえないことがわかったんだそうです。

音はクラクションなど大きな音はわかりますが、音声の判別は全くダメです。 ということで、お話は手話がメイン。そうでない人とは筆談など文字を使って行うしかありません。

生まれつきということで、音のない世界でずっと生きていたので「何かを失った」という苦しみはありません。しかし、他の人とうまく話せないことをずっと自分の会話能力のせいにして苦しんでいました。劣等感というやつです。

小学低学年までは周りの友人たちとはなんとか話せていました。語彙数が少なく、話す内容や範囲もだいたい決まっていたため口話法でなんとかやっていけたわけです。しかし大きくなって、みながテレビからどんどん流れて来る言葉を口にするようになったり、だじゃれや微妙な言い回しを使うようになったあたりから皆とうまくコミュニケーションがとれなくなり、小学を卒業するころには半ば自閉気味、始終いらいらしてすぐケンカするようになったりしました。

ここで注意して欲しいのですが、私が苦しんでいたのは、

 「音が聞こえない」

ことではなく、

 「聞こえないことによって発生するトラブル」

ということになります。結局は、そういったトラブルは「何を考えているのかわからない」というふうに、私や相手の傷を残す形で吸収されていったわけです。最近になって自分と同じような状況の人達と出会い、話していくうちにこのままでは良くないと思うようになりました。

この状態は大学の中程まで続きました。

ところがちょっとした転機が私を訪れました。大学の卒業研究のとき、研究内容の関係で別の大学に行くことになりました。そのため、もとの大学の担当の先生とはそのころ日本でも普及しはじめた電子メールを使って話をするようになりました。これが私が電子メールを使い始めたきっかけです。

電子メールを使いはじめてから、それまでほとんど話もしなかった友人や先生たちと話すようになり、お互いに「こういう人だったのか」と驚きの連続でした。それまではお互いに相手に対する不安感から距離をおいていました。また、メーリングリストではじめて知り合った人たちとも、オフラインミーティングで会うときに、それなりに楽しめるようになりました。電子メールを使う前では考えられなかったことです。このとき私は「聴覚障害者とコンピュータは基本的には相性がよい」ということを実感しました。この気持は現在も変わっていません。

もうひとつ、コンピュータのおかげで助かったことがあります。4年前の阪神大震災。私も半分被災しました。そのとき私は京都で研究のため大学で鉄やしていました。空が白みはじめ、毛布をかぶってウトウトしはじめたころに、突然私は起こされました。起きてみると、誰も見えません。もう一人先輩がいましたが、彼も私と同時にはね起き、顔を見合わせました。しばらくして先輩ははたと気が着いてテレビのスイッチをいれました。テレビでは地震が起きたことをつげていました。 私を起こしたのは京都まで届いたゆれだったのです。

そのときは震原ははるか海の沖あたりだろうとたかをくっていたのですが、先輩は「おまえの実家の近くじゃないか」と言います。あわててテレビにかじりついて先輩に通訳してもらったのですが、先輩は手話がわからないこと、テレビには字幕がついてなかったこと、実家のあるあたりは田舎なので映像もながれなかったことから家族の安否がほとんどわかりませんでした。

電話は切断されたかパンクしたのか全くつながりませんし、実家に帰る交通手段は寸断されたまま。本当にそのときはもどかしく感じました。そんなときネットニュースをはじめて知り、地震の情報がないかと探してみたら、案の定専用のニュースグループができていました。ここで明石の実家のことを質問すると、何人かからメールが来て、明石は比較的倒壊や死者が少なかったことなどを教えてもらい、なんとか落ち着くことができました。結局3日後にやっと電話がつながり、先輩の通訳で安否を確認することができました。家にひびが入り、皿と高いつぼばかりが割れただけでした。

このように、電子メールやネットニュースというコンピュータによる文字メディアは強力で、現在でも職場での連絡など、手話のわからない人達との会話に役立っています。

そういえば、私は昨年から聴覚障害者向けのコンピュータ講習会を3ヵ月に1回のペースで開催しています。よくある講習会は、聴者むけばかりで、講師の話すことがほとんどわかりません。そのためろう者による講習会を、ということで設けてきました。 講師は当然手話を使うので、もう通訳はいらないと思うでしょう。ところが実際はそんなにうまいものではありません。聴覚障害者は手話を使う人、補聴器などで聞いて会話ができる人、実にさまざまです。受講する人達は2/3が手話のわかる人達ですが、残りの1/3は手話があまりうまくないか、残存聴力で聞ける人たちです。なので、このような人達が困ります。どっちにしろ通訳が必要になってきます。そこで要約筆記としてO-Capさんにいつもお願いしています。講習会ではコンピュータの専門用語がよく出てくるのですが、手話ではあらわせなかったり、わかりにくかったりします。そういうときには要約筆記の画面を見てもらうなどとても役に立っています。

ほかには、去年のワールドカップの時に、いろいろな方面の人たちが協力して、TVの実況中継放送の解説を文字に起こし、IRCなどを利用してみなが見れるようにしました。これによって聞こえない者でもテレビをテープ起こしのようにあとで楽しむのではなくリアルタイムに楽しめることが可能になりました。

コンピュータが普及するとともに、私たち聞こえない人のバックアップとしてさまざまな手段が試みられることは大変うれしいことです。

ところで私の仕事の話になります。

私はプログラマーだと話しました。この仕事は一人だけで行うのは大変です。ときどきグループのメンバーと集まって計画をたてたり設計のチェックを行ったりします。そのため自分のしなければならないことを把握したり、自分の作った設計をこのまま進めてよいか確認したりしなければなりません。

会社に入ったときに、面接でこの問題が取り上げられ、「本当に大丈夫か」と聞かれました。「手話通訳や筆談を活用して皆の話がわかるようにしてほしい」と申し入れましたが、そのときは「会議は不定期に設けられることも多いので、あらかじめ手話通訳を派遣してもらうようなことは難しいと思うが、筆談は誰でも可能なので周知するようにする」という感じになりました。

実際、配属後、グループの人たちは自己紹介からして紙に書いて用意してくれたり、ちょっとした話でも紙に書くなど徹底していました。たまに声で話しかけてくる人にも「わかりません」と、すぐに紙を出したりなどしたので3ヵ月もすると、ほとんど筆談になりました。私のほかにも、同じ部署ではありませんがろう者が6年ほど前に入社しており、同じように筆談ですすめていたので、このあたりは比較的スムーズだったようです。

コンピュータにかかわっている仕事がら、タッチタイプにしろツンツンタイプにしろキータイプの早い人ばかりなので、自信のある人はモバイルギアなどサブノートパソコンをもち歩いて、メモ帳を使ってタイプしたりしてくれました。

そのときは、「とにかく筆談を行ってもらえれば、仕事の話にもついていける!!」と期待していました。が、それは甘かったことをあとで思い知らされました。

皆さんが想像するのはおそらく筆記は発声より時間がかかるので、そのぶん情報が少なくなるだろう、ということだと思います。

ところが実は、

  「仕事が楽しくない」

ということでした。いえ、内容は私の興味のある分野で、自分で提案したものでした。だから嫌だったわけではありません。なぜ楽しくなかったのか? それは自分のした仕事に対して皆の反応がうまく伝わってこないということが原因でした。どういうことかというと・・・

まず設計します。これをみんなにみてもらい、意見をもらいます。しかしこれは声でパッパッパッと交わされ、最終的に上司が「このようにしてください」と決めます。このあいだ筆記通訳はほとんどおいついていません。これは、一部の人が私にいうべきところを上司に言い、上司もまた私に意見を聞かずに決めてしまいます。これでは私がなぜこのような設計にしたのかという意見を出す機会さえありません。あとで聞いたところ、これは時間の効率化のために筆記通訳があるから大丈夫ということで安心してしまったということだったので、それはおかしいと抗議しました。ほかにも完成したあとのソフトの評価といった情報がはいらず、達成感がおこらないなどがあり、その意味でやる気がしぼんでしまったりなどします。

みなさんが情報保障を行うにあたって、私からお願いがあります。まず、手話にしろ、要約筆記にしろ、コミュニケーションと情報保障はわけて考えて欲しいと思っています。単に聞こえないことをカバーするために、音声を文字や手話に変換したりする作業は技術があればできると思います。しかしそれで全てが解決するわけではありません。十分なコミュニケーションができるということは相手の不安感を取り払い、お互いの信頼関係を深めるものです。もしあなたが聴覚障害者と話す機会があれば、是非コミュニケーションをとれるようになってください。そうすれば自ずから情報保障も充実したものになるでしょう。

(1999年7月11日)

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