和解後に母親が出した挨拶文
私たちの勉強不足もあり娘は亡くなりました。裁判をしても、娘の命は戻らないけれど、娘の死をきっかけに少しでもたくさんの方が、医療を受ける側として何ができるのか考えていただければ、うれしいです。簡単に防げる病気で娘のように亡くなる赤ちゃんがいませんように。
この事件が広く知られる発端になったブログに22日22時に掲示された。下線は私が施した。みずからにも非があったことを認め、医療を施す側だけでなく受ける側の精進も必要であることを書いている。まったくその通りだ。
(12月24日7時追記)
山口の裁判は、21日に和解して、翌22日に報道された。この和解という結果は、原告(母親)を支持してきた人たちにとって意外だったようだ。多くは失望しているようにみえる。
朝日新聞は山口発の地方記事をひとつ載せただけ。朝刊一面に記事を掲載するなどの大きなキャンペーンを展開した科学医療グループが書いた記事は今朝の時点でまだない。
Kikulog(菊池誠さん運営のブログ。コメント欄で掲示板のようなやりとりが活発になされる)とツイッターでの意見交換は低調だ。一部のひとたちは和解したことを知ってもあいかわらず母親へのねぎらいの言葉をかけているが、リーダーと目されるひとたちから発せられるコメントは少ない。あっても、その主張は頼りないものばかりだ。いままであった迫力ある文章は影も形もない。
私は22日にツイッターでこのことを集中的に議論した。原告支持者たちの考え方に反するだろうツイートを、これまでに増してたくさん書いたと思う。しかしはてなブックマーク(はてブ)に現れたコメントの数は、7月から9月にかけての一時期と比べると圧倒的に少ない。そこに書かれた内容には、具体的指摘がいっさいなく、個人攻撃に留まっている。
原告を支持するブロガーやツイッター人に私は何も求めない。どうでもよい。しかし朝日新聞には、このたびの和解を受けて、ホメオパシー報道に関するきちんとした総括記事を書いてもらいたい。
(12月24日19時追記)
もしかすると、山口の母親は自分がなした訴訟を世間があまりに大きく取り上げることに当惑していたのかもしれない。わが子を失った悲しみと怒りはあったろうが、ホメオパシーへの親近感も捨てられなかったのではないか。この複雑な思いが彼女に、和解を選択させたのではないか。
彼女は、自分の民事訴訟を利用して世間がホメオパシーを叩くことをにがにがしく感じていたのかもしれない。彼女は子どもを失ったが、それでもホメオパシーを続ける人のかもしれない。だから和解に応じたのではないか。
勉強不足だったとおっしゃいましたね。その通り勉強不足でした。なすべきことをしなかった自分を恥じてください。この失敗を教訓として、これからの人生に生かしてください。生きるために必要な情報は他から与えられるものではありません。みずから取りに行くものです。勉強は死ぬまで続きます。