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こうのとり追って:第1部・不妊治療の光と影/4 「父と血縁ない」告知に衝撃

 ◇「子の権利」国が議論 当事者ら自助グループも

 提供された精子で人工授精を行う非配偶者間人工授精(AID)は男性不妊の治療法として、国内で60年以上前から行われている。提供者は匿名とされ、長く医師の間では「治療のことは夫婦間で秘密にしたほうがよい」と考えられてきた。だが、夫婦の離婚や病気などをきっかけに、AIDで生まれたことを知った子供たちの悩みは深刻だ。

 「お父さんはね、本当のお父さんやないんよ」。西日本に住む女性(44)は12年前、母親から離婚の相談を受けた際、AIDで生まれた事実を知らされた。父親は女性が幼いころに家を出て、ほとんど別居状態だった。母親は泣き崩れ、提供者については「わからない」とだけ繰り返した。

 母親が9年前に亡くなった後、女性は原因不明の頭痛や不眠、肩のしびれに悩まされるようになり、心療内科でうつ病の一種と診断された。苦しむ女性の姿を見て、19歳になった長女は「自分は子供を産まないかもしれない。不自然な生まれ方をしたことを自分の代でストップさせたい」と話しているという。

 女性は「子供たちも巻きこんでしまったことがつらい。AIDを選択した夫婦がよければそれでいい、というわけではないと思う。関わった人たち全てがよかったと思える医療の形はないのだろうか」と話す。

   ◇

 父親の遺伝性の病気に悩んでいた東京都内の女性(31)は大学院生だった8年前の夏、遺伝子検査を受けようか迷っていた時に、突然母親からAIDで誕生したことを聞かされた。「お父さんと血はつながっていないから、遺伝する心配はないよ」。女性は「こんなことがなければ、母親は言わないつもりだったのだろうか」とショックを受けたという。

 その後、母親がこの話題を避ける態度に余計に傷ついた。「隠したい技術によって生まれてきた私って何なんだろう」。一番悩みを受け止めてほしい人に拒絶され、一人になると悲しくなり、電車の中でも帰り道でも気づくと泣いていた。

 女性は「子供が生まれた時点では健康でも、その後どう成長したのか、その夫婦はどうなったのかきちんと検証されていないのではないか」と語る。

   ◇

 03年、厚生労働省の部会は精子や卵子提供について議論し、生まれた子が希望すれば、15歳以降に提供者の個人情報を全面開示するよう求めた報告書をまとめたが、法制化には至っていない。

 2人の女性はやはりAIDで生まれた男性と3人で05年に自助グループ「DOG」を設立。自分たちの思いを伝える活動を始めた。AIDを選ぶ不妊の夫婦の心情も学び、2人ともようやく「本当の父親は育ててくれた人しかいない」と思えるようになった。

 国際医療福祉大講師の清水清美さん(看護学)は7年前から、AIDを検討している親のグループ「すまいる親の会」のサポートを続けている。清水さんは「親も子供も双方が幸せになる道を探りたい。そのためには親が最低限の責任として子供に小さいころから事実を伝えられるように、偏見をなくすなど社会的な環境づくりが重要。また子供たちが提供者の情報にアクセスできる体制を整え、養子縁組のように、経験者の勉強会や同じ境遇の親子が交流し、情報交換する場が必要だ」と指摘している。=つづく

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 ◇出自を知る権利

 夫婦以外の精子や卵子、受精卵の提供を受けて誕生した子が提供者に関する情報を得る権利。スウェーデン、オーストリア、ニュージーランドなどで法的に認められている。各国とも法的な父子関係は子と育ての親との間に成立し、提供者との間にはいかなる父子関係も成立しないと定めている。日本のAIDでは匿名性を前提とし、子供が提供者を知る権利は保障されていない。DOGの連絡先はhttp://blog.canpan.info/dog/。すまいる親の会はhttp://www.k2.dion.ne.jp/~oyanokai/index.html。

毎日新聞 2010年12月23日 東京朝刊

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