フラワー長井線「カリスマ?販売員」誕生物語(最終回)
「公募社長サミット」で大活躍だった野道君。「15分で10万円分のグッズを売り切ってしまったのだから、相当自信が付いただろうに」と、今後の活躍に大いに期待をかけていた私が甘かったようです。相変わらす出社時間は遅刻ギリギリ、毎度おなじみパソコンにかじりつく日々。全く変化がありません。野道君を見る社員全員の目が、さらに険しくなってきています。
「公募社長サミットでの野道君は。大活躍だったんだよ!」と、いくら彼の武勇伝をほかの社員に語っても、信じてもらえません。「単なる社長講演会の鞄持ちだろ。あいつ一人じゃ1000円も売れないんじゃないの?」と言わんばかりです。車の免許さえ持っていない彼は、免許取得を条件に採用したのに、教習所すら通っていない様子です。
「今、君がやるべき仕事は免許を取ること! これ以上、みんなに迷惑をかけないでください!」と、いつも穏やかなイケメン車掌の横山君でさえ、野道君には実に冷たい言葉を吐くようになってしまいました。
そんな時、野道君は「ちぇっ」と、聞こえるか聞こえないかのような舌打ちをして、うつむいてしまいます。
(せっかく育ってきたのに残念だが、野道君には千葉に帰ってもらうしかないかな? これ以上、彼を引き留めているとほかの社員に示しがつかない。社員のモチベーションにも悪影響を及ぼしてしまう)
グッズ売りを志願
以前から、何度も何回も、考えていた事ですが、もう待ったなし!の状態のようです。明日からはお盆休み。鉄道会社は、もちろん年中無休ですが、社員は交代で休みを取ります。野道君には休み明けにでも、「残念なお知らせ」を伝えなければなりません。
8月13日。たまっていた仕事を処理していた私の所に、休みを取っているはずの野道君が現れました。走ってきたのか肩で息をしています。
「社長! 今から車内販売をさせてください!」
「車内販売だと? あのな、お盆はまったく団体ツアーのお客様が来ないんだぞ! そんなことも把握していないのかよ!」。あきれて物も言えません。
「ですから、一般乗客の皆様にお買い上げいただくんですよ! 絶対売れます! お願いです! やらせてください!」。野道君は譲りません。
「お前なぁ〜なんでこんな時、やる気になってんだよ! 休む時は、休む! 今ごろやる気になったって遅いんだよ!」
「遅い?…どういうことですか? 社長!」
野道君だって人間です。心の準備だって必要です。こんな状況で、“死刑の宣告”のような事を伝えられるほど、私は残酷な人間ではありません。
「まあ、まあ…なんだかよくわかんねぇけど…と、とにかく行ってこい!」
と、勢いよく列車に乗り込んでいく野道君を窓ごしに見送りました。
「社長! あいつ、どれくらい売ってくるか賭けませんか?」と本部長がニヤリと笑いかけてきます。
「ちなみに私は、3000円ってとこかな? 社長は?」と本部長。
「そんじゃ、俺は500円!」(笑)
野道君の意気込みは買いますが、観光客以外にグッズを売るなんて無謀です。下手をすれば、乗客の皆様からけげんな目で見られやしないか?と、かえって不安にさえなってきます。
「ただいま帰りました〜」
そろそろお昼休みです。なんだか元気がない野道君。菓子パンをかじりながら、売れ残ったグッズをカゴいっぱいに詰め込むと、再び、車内販売に出かけて行きました。その姿を背に、本部長は両方の手のひらで天井をあおぐようにして首をかしげています。
目標の半分でもスゴイ
17時すぎ、滝のような汗を流しながら帰ってきた野道君。肩を落とし、ふらふらの状態で私の方へ寄ってきます。
「社長〜っ! 全然ダメでした…これしか売れませんでした」と右手を大きく開いています。
「おお、500円か?…(やっぱりな)…でも頑張ったじゃんか! 今回は、売れなくても車内販売をやったことに価値があるんだ。う〜ん、お前にしては、よくやったよ。あまり気を落とすな」と私は野道君をなだめます。
「あのぅ、ちがうんです…ケタが…」
「えっ! じゃあ5000円も売ったんかぁ〜そりゃすごいじゃんか!」と本部長。
「いやぁ、…5万円です! でも、目標の半分しかいきませんでした。申し訳ございません」と野道君。
「本当か! お前すごい! 伝説の男になるぞぉ!」私と本部長は、もうびっくりです。
「でも、社長! この間の公募社長サミットでは15分で10万円も売ったんですよ。それなのに、今日は7時間でたったの5万円しか売れませんでした。だから、くやしくてくやしくて…」と野道君は涙さえ浮かべています。
都会人だからこその発想
「わかった、わかった! お前はすごいよ! でも、どうして、そんなに売れたんだ! お前には勝算があったのか?」
「社長は埼玉県人でしたよね」と野道君が急に妙なことを言い出します。
「そうだけど…それがどうした?」と私。
「社長は、今ではすっかり山形の人になっちゃったんですよ。だから、気付かないんです。ほら、今日はお盆休みですよね。たくさんの帰省客が首都圏からこの地域にお越しになっているはずです。やっぱり自分の故郷はいいもんです。里心がつきます。新幹線を赤湯駅で降り、『フラワー長井線』がポツンと停まっています。高校時代によく利用した列車に乗るだけでも懐かしいのに、車内でグッズを販売していれば思わず手にとってしまいます。人は何か思い出を『カタチ』として残しておきたいものですからね」
ミステリー小説の謎解きみたいな口調で説明する野道君に少々いらだちを覚えながら私はこう返しました。
「なるほど。お前は、まだ都会人から抜け出せないでいたんだな。だから、みんなにも溶け込めないでいた。でも、今回はそのことを逆手にとった」
「そうなんです。ほら、社長がよくおっしゃっている『逆転の発想』ってヤツですよ。それから、商品そのものでなく、その背景や歴史、人間の心理をよく見なさい!と、いつも社長に教わっている通りのことを私はやったまでです」
ともあれ、こうして「フラワー長井線カリスマ販売員」が誕生しました。おかげさまで最近は、野道君1人だけでも月に30万円以上ものグッズを売ってくれています。これも乗客の皆様に支えられているお陰です。本当に感謝申し上げます。
こんな小さなローカル鉄道でも、その気になればなんでもできるんですね。私は、野道君を千葉の実家へ帰らせようと思った自分を恥じ、今ではそんな彼を見直しました。
それから1か月後…。お客様からこんな内容のお手紙をいただきました。
◇
野村社長様 赤湯からフラワー長井線に乗車しました。大きな荷物を持って階段を下りていたら車内販売をしていたお兄さんが手伝ってくださいました。さらに、車内では親切に沿線案内をしていただき、色々なグッズを紹介してくれたのです。 その社員さんは、1冊の本を手にしますと「僕は、この本を読んで感動し、仕事を捨て、恋人とも別れて、山形鉄道に入社したんです」と社長の本をすすめてくださいました。 「一人の人間を動かす本ってどんな本?」と思い購入させていただくと、大変おもしろく、感動し、涙を流しながら、ほとんど徹夜で一気に読んでしまいました。 野村社長様は本当にたくさんのすばらしい社員さんに恵まれてお幸せですね。短い時間でしたが、楽しい列車の旅をありがとうございました。今度は「なが〜いカレンダー」でも買いにまたフラワー長井線に乗りにいきます。車内販売をされていたお兄さんにもくれぐれもよろしくお伝えください。 社員さんに元気づけられた乗客より |
山形鉄道株式会社社長 野村浩志 |
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1968年2月、埼玉県生まれ。駒沢大学文学部地理学科卒。元来の「鉄道オタク」。鉄道風景画の「移動美術館」をフラワー長井線の長井駅前で開く。街の活性化の手伝いをしているうちに、その鉄道会社の公募社長に選ばれた。 山形鉄道のURLは、http://www.flower-liner.jp/ |