俺の日常は、ある日を境に大きく変化していった
目の前で人がバジュラに殺されたから?
遺された機体を操ってバジュラと戦ったから?
民間軍事機関S.M.Sに入隊したから?
違う。 どれも違う
どれもが切欠に過ぎず、それ1つで大きな変化を生んだとは言い切れない
じゃあ、何が人生を変えたんだ? そう、それはミス·マクロスが終わって大統領から非常事態宣言が発令され、S.M.Sでも特例B項が発動されてから初めての出撃の時だった……
「遅いぞアルト!」
「すいません!」
シェリルの所に行っていたせいで遅れ、その遅れを取り戻す為に自分の機体に走り寄る。 前回の遭遇戦で壊した機体は、破損状況や機体のデータ取りの為に未だに廃品レベルでしまわれている
だから今回の搭乗機であるVF-25Fは予備機であり、新品に近いパーツに対する信頼性は高い。 だけど、それがどうした! 信頼性なんて関係無い…… 機体を動かすのは俺だし、俺はコレをシェリルに返さないといけないんだから!
シェリルから渡されたイヤリングをコックピットに飾り、出撃準備を終えて待機する。 出撃したらその先は戦場だ……
『総員フォールドに備えよ』
艦長の声に心が引き締まる。 確かに実戦は乗り越えたが、あくまであれは偶発的な遭遇戦であり、今回のような大規模な会戦じゃない
前回は前だけ見ればよかったのは、それはバジュラが1体しか居なかったからであり、大規模なバジュラが相手になるなら周囲を見渡して戦わないとならない。 シミュレータは時間が有れば乗っていた。 後は実戦だけだ!
『お前らも聞け。 いいか、誰1人死なせはしない。 必ず生きて…… フロンティアに帰ってくるぞ!』
隊長からの全小隊員に向けた訓示が、これから戦場に向かうんだと俺を追い込む。 大丈夫、大丈夫だ。 その為の訓練で、その為の機体なんだから!
訓示が終わるとまだ少し慣れないフォールドの感覚を越え、全機に発艦命令が出された。 スカル1から順に発艦していき、終にはスカル4――俺の順番に回ってきた
全て訓練通りにシミュレータ通りに機体を動かし、刻一刻と戦場に足を進めていく。 ゆっくりと着実に前へ進み、甲板へと流れるようにエレベーターで揚げられて発艦準備を済ます
画面に映るスタンバイの文字を見て、小さく唾を飲み込む。 この先は命を賭けた戦場。 その賭けに負ければ、俺も命を……
『発艦どうぞ!』
その言葉にスロットルレバーを入れ、エンジンを思い切りふかして発艦する。 いつもの訓練通りの発艦と、いつもの訓練通りの宇宙
それでも戦場ってだけで、暗い星空に輝く光は小さな心を握り潰そうとしてるんじゃないかとすら思えてくる
『スカルリーダーより各機へ、俺達は軍の露払いだ。 ついでにバジュラのデータ収集もある』
『試作のフォールド通信システム良好。 これならバジュラに撹乱されずに済む筈です』
『了解だ。 それからアルト…… アルト?』
戦場に向けて巡航するなかで、隊長やルカの通信が入って来るが俺にはそれに返す余裕が無い。 俺は返事をするよりも機体制御に手間取っていた
『おいアルト、お前は戻れ』
「なっ! これくらいじゃ問題ない!」
『き、危険ですよ先輩! だって、パックのスラスターが1つ着いてないじゃないですか!』
そう、それが機体制御を難しくしている理由。 発艦は機体のスラスターだけを使っていたから気づかなかったが、巡航に入ってからスーパーパックを点火してみると4つの内の3つしか点火せず、そのせいで機体のバランスがおかしくなり制御だけでも手間がかかっていた
何度か着火シークエンスをやり直してみたが、何度やり直しても異常が検出されずに点火がなされなかった
「くっ…… スーパーパックを投棄すれば」
『お前は増槽や武器が満載されたスーパーパックを棄てて、ちょっとの燃料と小さな鉄砲だけで戦うって言うのか?』
「だけど!」
『上官命令だ、お前は艦に戻れ』
隊長から下された無情な決断は、俺の艦への帰投だった。 上官命令に対して俺には抗う術がない
戦うなんて考えて覚悟をシェリルに見せたのに、何もしてないのにこのザマか……
『艦に戻って新しいのをここに持ってこい。 着いたら俺を呼べよ! ヒヨッコのエスコートも仕事の内だ!』
「はっ、はい!」
苦笑する隊長にそう言われ、生きてるスラスターに全力で火をいれて艦に俺は帰投して行った
宇宙を彩る美しい花火を尻目に、艦橋は重苦しい空気に包まれていた。 あの爆発の1つ1つはミサイルだろうか? それともバジュラか人間か……
「どういう事ですか艦長!」
「そのままの意味だよキャシー。 機体の慣熟訓練すらしていないのに、あの機体で出撃させる訳にはいかん」
重苦しい空気の元凶は、新統合軍から派遣されたキャサリン·グラス中尉が出していた。 そもそも彼女がここに居るのには様々な理由があり、その理由の1つが発艦していないことに苛ついていた
彼女だってガキの使いでS.M.Sに来ている訳ではなく、歴史とした軍人として政府の息のかかった使者としてこの艦に送られている。 だからこそ、彼女には与えられた任務を遂行する義務も意思もあった
与えられた任務は幾つかあるが、その1つは[無人宙域で発見された機体の運用及びデータ収集]であり、これは政府からS.M.Sにも下達されている命令である。 それなのに、命令を知っていながら無視する艦長に苛立っていたのだ
「君も軍人だからわかるだろう? パイロットが自分の愛機に馴染む為に、どれだけシミュレータや実機訓練に励む事で機体に慣熟して運用しているかを」
「知っています。 ですが、アレを実戦で使うチャンスなんです!」
「ふむ……」
顎髭を撫でながらキャシーを見る艦長の元に、緊急性は低いが準備の必要な話が飛び込んでくる
「艦長! スカル4より通信です。 『スーパーパックの故障を確認。 帰投するので代替機を用意して欲しい』との事です」
「帰投を許可しろ」
緊急性の低い案件とはいえ、この空気を霧散させるには丁度いい内容だった。 キャシーが畳み掛けようとしたタイミングで、その出鼻を挫いてくれるとは彼に感謝せねばならない。 だがしかし、そんな感謝の気持すら吹き飛ばしかねない話が聞こえてくる
「代替機って言っても、彼が乗ってるのは25Fよね? 予備機は標準の25しかないわよ」
「スーパーパックだけ換装するのはどうでしょう?」
「たしか予備機の中に、スーパーパックを着けて訓練したのがあったはずよん」
「しかし、そのスーパーパックはオーバーホールしてませんが……」
オペレータ達から悲観的な意見が艦長に寄せられる。 元々スーパーパックは使いきりで投棄でき、分類としては消耗品になっている。 そのスーパーパックも明後日には追加が納入される筈だったが、今回の戦闘の為に発進して納入されていない
旗色が悪くなってきた…… とにかく何か機体を用意しないとならないんだが
「艦長」
「……何だねグラス中尉」
「スカル4であるアルト准尉の機体が無いならば、アレに乗って出撃させて下さい!」
「しかしだな……」
「25Fと25には性能に小さな差がありますし、オーバーホールされていないスーパーパックを搭載させるのは危険です」
早乙女君には済まないが、彼にはアレで出てもらうしかなさそうだ。 少し憮然としたそんな表情の艦長を眺め、キャシーはアレでの出撃を確信してその機体のスペックに高揚していた。 艦長も興奮を隠せないキャシーをみやりながらも、小さく呟いていた
「――アレは動かせるのかね?」
「問題ありません。 あの機体にはISCを搭載しましたし、推進機にも制限はかけてあります」
我が意を得たりと胸を叩きかねない彼女を冷たい視線で見つつ、心の中で小さく「そうじゃない」と考える。 自身が案じて居るのは機体の事ではなく、それに乗るパイロットの事だ
「……アレは人間に動かせるのかね?」
今度の呟きは誰にも聞こえなかったのか、命が煌めく宇宙を眺める艦橋に溶けて消えた
艦に帰投して機体を降り、乗り換える代替機を探すように走り出す。 事前に連絡が言っている筈なので、俺が乗り換える機体がスクランブル状態の筈なんだが……
そんな時に、目の前に全く見たことの無い機体が置かれていた
「何だよ…… これ?」
それはVF-25Fの半分程度しか幅のない大きさの機体で、今までのバルキリーが持っていた鋭角さを無くし、全体的に丸みを帯びた機体がそこにあった
「これは貴方の出撃する機体です」
「これが?」
やって来たあの女軍人の話しは、華奢と言ってはなんだが、バルキリーのような大きな翼もない小さな機体。 こんなので戦えと言う内容だった
「この機体は、無人宙域で偵察中に発見し鹵獲したものです」
「無人宙域に?」
「はい。 発見した際にはキャノピーが破損していて搭乗者はいませんでしたが、それを回収してブラックボックスだらけの機体を出来る範囲で修理したものです」
「そんな機体で大丈夫なのか?」
「試験では戦力として考えるならば、VF-25Fの5機以上に値するとでています」
その説明に息を飲む。 こんな小さな機体がVF-25Fを5機以上の戦力なのか? 武装もそんなに派手に着けてる様には見えないが……
「メイン武装はレールガンで、ガンポッド以上の連射が可能です。 更には機体上下に追尾式のミサイルが搭載されています」
出てくる武装は、あくまで普通でしかない。 この程度じゃ標準のVF-25にすら値しないと思うが、どういう事だ?
「そして、ブラックボックスにしてこの機体の特徴は、未だに軍が全力を挙げても解析できない通称[ザイオング慣性制御システム]です。 これは異常なまでの推進機で、最大速度はM15を優に超えます」
「待ってくれ! VF-25FですらM5が最大速度なんだぞ!?」
「最後まで聞いて下さい。 さすがにそこまで出ると体が耐えきれないので、リミッターをかけてM6までしか出ないようにしてあります。 そして武装にして最大の特徴は、前方に特殊な力場を形成し、エネルギーを収束させベクトルを付与した後に開放、放出する能力です。 破壊力はメイン武装のレールガンを遥かに上回ります。 発射を機体前方でする関係で、物理的な砲口は存在していません」
「何なんだよこの機体は……!」
「我々は便宜上この機体をR-9Aと呼んでいます。 暗号名はアロー·ヘッド」
俺の日常は、ある日を境に大きく変化していった
初めての実戦に出撃したから?
偶々スーパーパックが故障したから?
代わりの機体が見つからなかったから?
違う。 どれも違う
どれもが切欠に過ぎず、それ1つで大きな変化を生んだとは言い切れない
じゃあ、何が人生を変えたんだ? そう、それはこの機体との出会いだった