1960年の日米安全保障条約の改定を巡る交渉などを記録した外交文書が一般公開され、日本側が求めた在日アメリカ軍の大幅な削減で政府内に防衛力低下への不安が生まれたことが、アメリカによる日本の防衛義務を明文化した条約改定につながったという経緯が明らかになりました。
1957年6月、当時の岸総理大臣は、アメリカでアイゼンハワー大統領と会談し、日本側の要求を受けて、在日アメリカ軍を大幅に削減することで合意しました。これに関連して、今回公開された1958年6月の外務省の内部文書では、「米軍は相当急速な縮小過程にあるのに対して、自衛隊の育成は種々の制約下にあり、我が国の防衛に空白を生ずるおそれ大である」として、外務省が防衛力の低下に強い危機感を持っていたことが記されています。さらに、同じ内部文書で、外務省は、日本とアメリカが「日本地域および極東の平和と安全のために協力することを交換公文で確認」することで、日本の安全確保を図ろうと検討していたことも分かりました。こうした考えは、アメリカによる日本の防衛義務を明文化した、1960年の日米安全保障条約の改定につながり、今回公開された文書からは、在日アメリカ軍の大幅な削減で政府内に防衛力低下への不安が生まれたことが条約改定の1つのきっかけだったという経緯が明らかになりました。