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外交文書公開:沖縄返還協定「尖閣」明記、日本押し切る 米、中台配慮し難色

 外務省は22日、72年の沖縄返還をめぐる交渉などに関する外交文書291冊を一般公開した。日米両政府が71年に結んだ沖縄返還協定と関連文書で、返還地域に尖閣諸島が含まれることをどう表現するかを巡り、両国間で綱引きが行われていたことが分かった。国際機関の調査で石油資源埋蔵の可能性が指摘され、台湾が領有権を主張し始めた時代。領土紛争に巻き込まれる可能性を懸念してあいまいな表現を目指した米国に対し、緯度経度で明確に示すことを求めた日本が押し切った経過が浮き彫りになっている。【西田進一郎】

 71年3月20日付の外務省アメリカ局、条約局名の極秘メモ「沖縄返還交渉全般について」で、返還地域明記について米側が「奄美返還協定の対象地域を除く北緯29度以南の南西諸島」を主張、日本は「付属書において経緯度線をもって地理的に表現する」との案文を提示したと説明。米側は、経緯度線で囲む方式について「尖閣問題を表面化することは避けたい」と難色を示したことを記している。その後、協定に付属する合意議事録に適用範囲を経緯度で示すことで両政府は合意した。

 しかし、米側の消極姿勢は続いた。4月27日に同省北米1課が首相への説明用に作成した極秘文書「沖縄返還交渉」でも、「米側は尖閣諸島の問題との関連で、対中国考慮上、日台間の紛争には巻き込まれたくないとの感触を示している」と記されている。

 5月11日の愛知揆一外相とマイヤー駐日米大使の会談でも、大使が「領土の主張の裁決を行わず、将来国際司法裁判所に引き出されたりする事態を避けることが基本的立場だ」と理解を求めた。これに対し、愛知外相は「米側の立場を察して尖閣諸島という地名の特掲を求めず、また協定本文での返還地域の表現の主張を譲って合意議事録に同意した」と強調し、押し返した。

 米側はさらに、署名を8日後に控えた6月9日の愛知外相とロジャース国務長官との会談でも、「国府(台湾)は、一般国民の反応に対し、非常にゆう慮しており、米国政府に対しても圧力をかけてきている」と強調。そのうえで「われわれを助けていただければありがたい。なるべく速やかに話し合いを行うというような意思表示を国府に対して行っていただけないか」と要請し、愛知外相は「米国に迷惑をかけずに処理する自信がある。必要とあらば話をすることは差し支えない」と引き取った。

 尖閣問題に詳しい浦野起央・日本大名誉教授は「領土問題に巻き込まれないように慎重な米国と、何とか尖閣諸島を沖縄返還協定に盛り込ませたい日本とのやり取りがよく分かる文書だ。日本がうまく立ち回って、米国に、尖閣諸島が日本領であることを事実上確認させた外交的成功を物語っている」と話している。

 ◇沖縄返還 佐藤首相、密約に言及「繊維交渉、約束果たせず」

 今回公開された外交文書からは、沖縄返還協定交渉に日米繊維問題が絡み、日本政府が壁にぶち当たっていた実情が明らかになった。また、一線の外交官の苦悩がつづられた手紙なども開示され、政府内の焦りや苦悩が浮き彫りになっている。

 「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、我が国にとって戦後は終わらない」と明言した佐藤栄作首相は政権担当6年を経た70年10月、自民党総裁4選を果たし、沖縄返還式典を首相として迎える意欲に燃えていた。しかし、日米繊維交渉が日本国内の業者の反対もあり進まず、72年返還に支障が出かねないことに強い焦りを抱いていた。

 71年6月3日付の佐藤首相とマイヤー駐日米大使会談の極秘文書によると、首相は「約束を果たせなかったものの一例が繊維であるといえるかもしれない、(中略)(日本の)業界は韓国、台湾、香港等が日本に同情してくれることを望んでいるが、政府としては上記3国の今後の動きがどうあろうと約束を果たすべきであると考えている点を強調したい」と明言。両国の正式合意はないが、佐藤氏が「約束」という表現で密約に言及したことが初めて明らかになった。

 佐藤氏は会談から1カ月後、政権最後の内閣改造を断行。繊維交渉に失敗した宮沢喜一通産相を更迭し、田中角栄氏を通産相に起用した。田中氏は国内の繊維業界の損失補填(ほてん)によって問題を決着。返還式典の7カ月前の71年10月15日に輸出規制に関する政府間協定に仮調印する。「糸で縄を買った」とやゆされるが、田中氏はその実績をバックに翌年首相の座に就いた。

 駐米日本大使館の1等書記官で後にフランス大使などを歴任した木内昭胤氏が70年11月20日付で、外務省北米1課長の千葉一夫氏に宛てて送った手紙も公開され、日本人外交官の本音が赤裸々に語られていた。

 ワシントンで米側との交渉に携わっていた木内氏は、佐藤首相が69年の首脳会談でニクソン大統領に譲歩したとされる繊維問題について「一進一退とメドがたたず重苦しい気分です。(最低日本側としてはやれるだけやったと主張できるところまで何とか持ってゆかないと)本件交渉に直接・間接の悪影響を与える」とし、沖縄返還協定交渉に刺さったとげが「繊維」であることを強調した。返還協定については、「(駐日米大使館の)スナイダー公使があたかも自らがホワイトハウスであるかのような動きをして、任国の気持ちを汲(く)んで、本国政府に意見具申、報告をしていない」などと米国への不満を述べた。【中川佳昭】

 ◇「沖縄占領は真珠湾攻撃が原因」 米、琉球行政主席に

 マクナマラ米国防長官が67年、米国を訪問した松岡政保・琉球政府行政主席に対して、当時泥沼化していたベトナム戦争に日本が派兵しないことなどを批判したうえで、「そもそも沖縄占領にいたる根本的原因は、日本が真珠湾を攻撃したことにある」と述べていたことが分かった。

 外務省の極秘文書によると、松岡氏が67年11月2日、三木武夫外相と会談した際に明らかにした。マクナマラ氏は、松岡氏に「日本は、米国の防衛力の翼の下で経済発展をとげたにもかかわらず、防衛面での協力は薄い。韓国はベトナムに出兵しているのに日本はしていない」と、日本の非協力ぶりを批判した。

 さらに「米国が沖縄から引きあげたら、日本の防衛はどうなるのか。日本は憲法改正ができそうな情勢にないが、日本政府は防衛準備があるのか」などと述べたという。【吉永康朗】

 ◇542億円輸送大作戦 本土復帰前、警備に警官1200人

 沖縄の本土復帰に伴う通貨交換で、日本政府は復帰を前に、警察庁や防衛庁などの協力で、沖縄本島と離島への大規模な「現金輸送作戦」(72年4月下旬~5月上旬)を計画したことが明らかになった。

 文書によると、現金輸送のために準備されたのは、海上自衛隊の輸送艦2隻▽陸上自衛隊のヘリコプター3機▽航空自衛隊の輸送機1機。万全を期すためにヘリ1機と輸送機1機を予備機として待機させた。4月中旬には、各離島でヘリ着陸に適した場所などを調査させることにした。

 警備には本土から警察官約500人、琉球警察から約700人を応援で動員。流通量を約1億ドル(360億円)と見込み、通貨輸送量を銀行券517億円(22トン)▽コイン25億円(293トン)で、計542億円(315トン)とした。【内藤陽】

 ◇日本、ベトナム出撃を容認 「米側が最も懸念、歩み寄った」

 72年沖縄返還を盛り込んだ69年11月の佐藤栄作首相とニクソン米大統領の共同声明に向けた日米交渉で、米側が返還後も朝鮮半島や台湾に加え、ベトナムに向けて米軍が沖縄から自由出撃できることにこだわっていたことが、外交文書で改めて裏付けられた。ベトナム戦争の行方が見えない中、米側は「返還の条件としては、作戦行動に関し台湾及びベトナムが含まれる」と自由出撃も約束するよう迫った。日本側は、日本が判断できる形にするよう主張した。

 米側は秘密合意を検討することも提案したが、日本側は「秘密文書は絶対に避けることとしたい」と拒否。下田武三駐米大使は9月8日のジョンソン国務次官との会談で「米軍の軍事行動の継続を日本側が承認すべきことは当然だ。ただ、本年秋の時点で明示できないにすぎない」と話し、自由出撃を事実上認めることを示唆した。

 強硬姿勢を崩さない米側は同月12日の日米外相会談で、同席したジョンソン次官が「日本としてはオキナワからの米軍事行動是認か、返還延期かの二者択一である。CLEAR CUTな表現でなければ議会の支持を得られなくなる」と容認を明確にするよう迫った。愛知揆一外相の訪米に同行したアメリカ局長は外務省に宛てた文書で、「米側が最も懸念していたのはベトナムだった。従って我が方が歩み寄った」と記している。

 最終的に共同声明は、米国のベトナム戦争への関与を前提に「米国の努力に影響を及ぼすことなく、沖縄の返還が実現されるように、その時の情勢に照らして十分協議する」と記し、ベトナムへの出撃容認を示唆する内容となった。【西田進一郎】

 ◇「ソ連ミサイル怖くない」 福田首相に独首相「間違いだ」

 東西冷戦下の78年に行われた福田赳夫首相と西ドイツのシュミット首相の会談で、ソ連の中距離ミサイルについて福田氏が「さほど脅威に感じていない」と述べたのに対し、シュミット氏が「それは大きな間違いだ」と指摘していたことが分かった。

 同年10月12日、迎賓館で訪日中のシュミット首相主催の答礼夕食会が開かれた。福田氏はソ連の同ミサイルに関し「主として西欧に向けて配置されているもの」との見方を示した。

 これに対し、シュミット氏は「8年前なら地下壕(ごう)内に固定されていたが、現在ではトラックで移動可能」と指摘。「その気になれば日本、中国、パキスタン、イラン、中東、西欧と全周辺地域を攻撃できる。中距離核搭載爆撃機はもとよりどこからでも発進できる」と警告した。

 福田氏は「ミサイルに対抗できる武器はないか」と質問。シュミット氏は「よほど強力な核弾頭を大量に打ち上げて撃ち落とす以外に手はなく、それには何兆円もの金がかかるだろう」などと答えた。【高塚保】

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 ■ことば

 ◇日米繊維交渉

 ニクソン米大統領が68年の選挙で繊維輸入規制の導入を公約して当選、日本に包括的な協定締結を求めた。69年11月に2国間予備交渉を開始。同時に行われた日米首脳会談で佐藤栄作首相が沖縄返還と取引する形で秘密裏に早期妥結に同意したとの「密約説」は以前からあった。

毎日新聞 2010年12月23日 東京朝刊

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